転生者の打算的日常 (名無しの読み専)
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#01 転生

はじめまして。小生名無しの読み専と申します。
読み専の書く作品ですので、お見苦しい物になるかもしれませんが、どうぞ暖かい目で見てやって下さい。


 私の目の前に一人の男が居た。手には血塗れになったナイフを持ち、荒い息をしながら私を見下ろしている。

 この男は確か、二年前まで私の勤める会社に居たが、提案してくる事業内容が荒唐無稽な上に、仕事は出来ないくせにプライドばかりが高かった為、私を含めたほぼ全ての社員から見向きもされなかった男だったはずだ。

 上司にも彼の存在はこの会社の害でしかない、早急に解雇処分にすべきだと何度も掛け合った。しかし縁故採用の為、人事異動が精一杯だと言われた。ちなみに最後は、異動先で暴力沙汰を起こして懲戒解雇になったと聞いている。

「お前だ!!お前が悪いんだ!!お前のせいで俺は仕事を失った!!お前さえいなければこんな事にはならなかったんだ!!死ね!!この糞野郎!!」

 男は私に馬乗りになり、何度も何度も私の体をナイフで刺した。騒ぎに気づいた通行人が男を取り押さえ、救急車が呼ばれたのは刺し傷が20を越えた辺りだったと思う。

 道路に広がっていく自分の血を見ながら、私は自分がここで死ぬ事を理解した。

 私を気遣う通行人の声ももう聞こえない。やがて目を開けていられなくなり、意識が徐々に闇に沈んでいって−−−

 

 

 気が付くと、一面真っ白な世界に居た。

 上下の感覚が曖昧な浮遊感を覚える。しかし、私はすぐにこの状況はおかしいと気付く。何故なら私は−−−

『左様、御主は死んだ』

−−っ……!?

 掛けられた声に振り向く。そこには、金髪碧眼で二対の翼を背に持つ男が居た。

『我が名はロキ。御主を此処へ呼んだ者』

−−呼んだ?何の為に?

『御主に再びの生を与える為に』

−−それはまた何故?

『我の楽しみの為』

−−……それだけ?

『それだけ』

−−……本当に?

『本当に』

−−他に何か理由とか……。

『無い』

−−では、何故私を選んだんです?

『それは御主の生き方が我の好み故』

−−生き方?

『御主は、常に自分にとって最も益となる道を選び、己の利を追求してきた』

−−それは当然ですよ。人間、誰かの為とか言ってみた所で、結局は自分の為に生きている。中には本当に一切の下心無く人に親切に出来る人もいるでしょうが、少なくとも私はそんな生き方はできません。

『やはり御主は我の見込んだ通りの男よ。もっとも、それ故御主が利に繋がらぬと切り捨てた者の恨みを買い、殺された訳だが』

−−私を殺したあの男に関しては、完全な逆恨みですけどね。それで、転生させてくれるとの事ですけど…?

『左様。御主にはある異世界へと転生してもらう』

−−異世界?

『左様。ある人間サイズの機動兵器の登場によって女性優位になった世界に……な』

−−それは、まさか……!?

『『インフィニット・ストラトス』。御主にはこの世界のいわゆる『原作開始前』に転生して貰う。異論も拒否も受け付けん』

 

『インフィニット・ストラトス』

 それは、いわゆるライトノベルの一作品であり、ジャンルで言えばロボット物であり、学園物であり、ラブコメ物である。

 煽り文句には『ハイスピード学園バトルラブコメ』などと書かれていた。

 朴念仁の主人公とそれに恋する乙女達の学園生活を時に熱く、時に切なく、時にギャグやパロディを交えつつ描いた作品だ。

 ただ、作者の筆が遅く、刊行に年単位の時間がかかるのはいただけなかった。

 せめて私が死ぬ前に完結して欲しかった。白式対黒騎士、読みたかったなあ……。

 

『御主には転生するにあたり、いくつか注意事項がある』

−−何でしょう?

『まず物心の付く年、五歳の時に記憶が戻るが、その際確実に高熱で倒れる』

−−何とか……。

『ならん。次に記憶が戻ると同時に御主の運命も動き出す』

−−具体的には?

『所謂、原作の登場人物との邂逅。ただし、誰と出会うかは我にも分からぬ』

−−そんな無茶苦茶な。

『我は運命神ではない。そこまでの干渉は出来ぬ。最後に、御主の転生特典だが』

−−何か嫌な予感が……。

『男でありながらISを動かせる能力を授ける』

−−あぁ、やっぱり。

『もっとも、専用機に関しては我には用意出来ぬ』

−−何故?

『我は創造神ではない。何かを作り出す事は出来ぬ』

−−またそれか。なら、貴方は一体どんな神なんだ?

『我が名はロキ。知恵と悪戯の神である』

−−え?いや、いたず……え?

『では行け人の子よ。願わくは、我に退屈をまぎらわせる愉悦をくれ!』

−−いや、ちょ、ちょっとまっ……!

瞬間、私の体は光に包まれた。

 

こうして私は転生する事になった。

退屈嫌いな悪戯の神によって。

 

 

 20XX年4月13日。この日、一人の赤ん坊が新たにこの世に生を受けた。

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

「ありがとうございます」

 看護師に祝福の言葉を贈られた男は、返答もそこそこに妻の病室へと入る。

「八雲、よく頑張った。ありがとう」

「こちらこそありがとう、槍真さん。抱いてあげて」

「ああ」

 妻、八雲の隣でスヤスヤと眠る赤ん坊。抱き上げると、思った以上に重く感じた。槍真は思う。これが命の重みか、と。

「槍真さん。この子の名前は、もう決めているんでしょう?」

「ああ、この子の名は九十九(つくも)。『村雲九十九(むらくも つくも)』だ」




いかがでしたでしょうか?
ご意見、ご感想をぜひお聞かせください。

次回予告

それは、必然だった。
それは、運命だった。
それは、お約束(テンプレート)だった。

次回 「転生者の打算的日常」
#02  邂逅

さあ、私の利の追求を始めよう。


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#02 邂逅

お気に入りに入れて下さった皆さまに感謝。
これからもよろしくお願いいたします。


 自称『知恵と悪戯の神』の退屈しのぎの為だけに『インフィニット・ストラトス』の世界に転生してはや5年。5歳の誕生日と同時に『僕』は『私』の記憶を取り戻した。

 ただ、その時に流れ込んだ膨大な知識と記憶に子供の脳が耐えられず、それによって高熱を出した事が原因で、せっかくの誕生日を病院で過ごす事になった上、両親に心配をかけたのは正直いただけなかったが。

「九十九、大丈夫?」

 母がこちらを今にも泣き出しそうな顔で問い掛けてくる。

「うん、熱はもう下がっているな」

 父が私の額に手を当て熱を見る。こういうのは母の仕事だと思うのだが。

「うん、もう大丈夫だよ。お母さん」

 当たり障りの無い返事をしておく。前世の事を思い出した事で熱が出たとは言えなかったからだ。

 それから数日。高熱も収まり、知識と記憶の擦り合わせが終わった私には考えねばならない事が有った。それは、私の事を両親に話すか否かと言うことだ。

 

 話す場合のメリットは、少なくとも両親に隠し事をしなくて済む事。デメリットは、今話しても子供の戯言として片付けられてしまう事。最悪、精神病患者として病院送りにされかねない事。

 話さない場合のメリットは、両親に精神病や誇大妄想等の妙な心配を掛けなくて済む事。デメリットは、今後数年に渡って両親に隠し事をし続けなければならない事。

 しばらく考えて、話さないメリットの方が話すデメリットより大きいと判断する。

 この事は少なくとも私が「この人なら」と思った相手にだけ話す事にすべきだろう。いつかは両親にも話すべきだが、少なくともそれは今ではない。そう結論付けた。

 

 

 あの神の話によると、記憶が戻ると同時に原作の登場人物と関係を持つ事になるらしいが、今の所それらしい人物は見ていない。

 そもそも、今住んでいる所は正直『田舎』と言っていい所だ。余程の事が無い限り、関わりを持てるはずがないのだが……。

「九十九」

 父が私を呼んだ。その顔は何か言い難そうにしている。

「何?お父さん」

 父は2、3回言い淀んだ後、意を決したように私に訊いた。

「……父さんの会社の事は知ってるな?」

 父の会社は、社長の代替わり以降事業に失敗してばかりらしく、給料の未払いがもう半年続いているのだという。このままでは家計がたちいかなくなると、母と話しているのを聞いた。

 私は首を縦に振る。それを見て父は何かを決めた時の顔になる。この顔をした父は何度か見た事がある。

 父の性格は前世の私に似ている。もっとも私は『自分の利』を追求し、父は『家族の利』を追求する。という違いがあるが。

「父さん、実は古い友人から『一緒に仕事をしないか』と誘われててな。今の会社に嫌気が差していたし、丁度いいから受ける事にした。と言う訳で九十九、引越しだ」

「……え?」

 よほどの事が、あった。

 

 引越先は、都会の中にある閑静な住宅街だった。しかも二階建ての一軒家だ。

 ふと父に目を向けると、呆れたような顔で「あいつ、余計な事しやがって」と呟いた。どうやら父も予想外だったらしい。

 ここまでの厚待遇をしてくれる父の友人の事が凄く気になった。一体、二人の間に何があったのだろうか?

 荷解きもそこそこに、両親と共にご近所に引越しの挨拶をして回った。この辺りに子供は少ないらしく、同年代の子供は数える程だった。

「さて、ここで最後だな」

 一軒の家の前で父が言った。と言うか、お隣さんが最後なのはどうなんだろうか?

「遠くの家から回った方が帰りが楽だからな」

 心を読まれた気がした。まあその通りだとは思うが。

「それじゃ行きましょう」

 母の言葉に従いドアの前に立ち、インターホンを押して待つ事暫し。ドアが開き、姿を見せたのは中学生位の女の子だった。

 背中まで伸ばした髪を首の後ろ辺りで纏めた、綺麗より格好いいと言われるだろう凛とした雰囲気。野生の狼を連想させるつり上がった切れ長の目。私は彼女の姿を見てふと気づいた。気づいてしまった。

 もし彼女が『あの人』で、今が原作開始10年前なら、丁度この位の年齢でもおかしくない。なら、今私の目の前にいるこの人は、まさか……。

「隣に引越しました村雲と申します。これ、つまらない物ですが」

「ご丁寧にどうも。私は織斑と申します。よろしくお願いいたします」

 頭の上で和やかな会話が続いている。しかし、私は内心で冷汗をかいていた。よりによって最初に出会う原作キャラが、ある意味最も分かりやすく、できればもっと後で関わりたかった相手だなんて……。

「ご両親にもご挨拶さしあげたいのですが……」

「いえ、両親は……」

「そうですか……。失礼しました」

「お気になさらないでください。私は大丈夫です。弟もいますし、泣き言は言えません」

 未だに話を続けている二人から視線を外すと、奥にいる同い年位の少年と目があった。

「ちふゆねぇ、そのひとたちだれ?」

「ああ、お隣に引っ越してきた村雲さんだ。挨拶しろ」

「うん!」

 姉に促され、少年が近付いてくる。整った目鼻立ち、明るい雰囲気、なんとなく感じる朴念仁の気配。

 将来間違いなく無数のフラグを立て、そのことごとくを粉砕してのけるだろうその少年の名は。

「はじめまして!おりむらいちかです!」

 正直、勘弁して欲しかった。

 

 こうして私は原作キャラとの邂逅を果たした。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)の大笑いする声を聞いた気がした。

 

 

「ほら、九十九も」

「う、うん。母さん。えっと、村雲九十九です。その……よろしく」

「おう!よろしくな!オレのことはいちかでいいぜ!」

「あ、ああ。なら私……んん、僕の事も九十九で良い」

 朗らかな笑みを浮かべて私の両手を握り、上下に振りまくる一夏。聞いてみると同年代の友達があまりいないらしく、嬉しかったと言う。どうやらファースト幼馴染、篠ノ之箒とはまだ知り合ってないか、知り合って日が浅いのだろう。

 原作で明確に同年代、かつ同性の友人と言えば五反田弾(ごたんだ だん)くらいだったはず。御手洗数馬(みたらい かずま)もいるにはいたが、影がかなり薄かったので彼はむしろ弾の友人なのだろう。

 「あそびにいこうぜ!」と私の手を引っ張って前を行く一夏。その後姿を眺めながら、私はこの先一夏と私の身の回りで起こるだろう大小様々な騒動を思って嘆息する事しかできなかった。

「あれ?ここどこだ?わかるか、つくも?」

「……私に訊くな。この街には今日来たばかりだ」

 例えば、現在二人揃って迷子になっているこの事態とか。

 なお、そこは丁度私の新居の真裏だったらしく、母さんがすぐに気づいて事無きを得た。




次回予告

変わる。世界の在り方が。
代わる。男尊の世界が
替わる。世界最強の兵器の座にあるものが。

次回 「転生者の打算的日常」
#03  白騎士事件

さて、どうすれば私の利になる?


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#03 白騎士事件

 織斑一夏。『インフィニット・ストラトス(IS)』の主人公であり、原作において世界唯一の男性IS操縦者。

 無自覚にフラグを立て、そのフラグをやはり無自覚にへし折る男。

 作中最強の朴念仁であり、前世でよく見ていた感想掲示板で『朴念仁って言うより朴念神』『無自覚リア充』『爆発しろ』と言われるような男。

 そして、神の暇潰しの為にこの世界に転生した私、村雲九十九の友人の一人である。

 

「つくも~!!いっしょにあそぼうぜ!」

「構わないが、どこへ行くか、何をするのかを決めてから言ってくれ」

「わかった。んー……」

 一夏と出会った当初、私は一夏とどのように付き合うべきかを考えた。

 あくまで隣人として付き合うのか?それとも最も近い友人になるべきか?

 だが原作での一夏の性格を考えれば、同い年である私とただの隣人として距離を置いた付き合いなど出来ないだろう。

 よって隣人としての付き合いはそもそも不可能だ。ならば、友人としての距離をどうするか?

 数いる友人の一人として付き合う場合のメリットは、一夏のファースト幼馴染みである篠ノ之箒の嫉妬を買い難い。これに尽きる。デメリットは、篠ノ之束に接触する機会が無い事。これに関して特に問題はない。後々嫌でも関わり合いになるだろうからだ。

 最も近い友人として付き合う場合のメリットは、一夏の姉の織斑千冬、もしくは篠ノ之箒を通じて、篠ノ之束に早い段階で接触できる可能性が高い事。ただし、彼女が私に興味を持つかどうかは不明だが。デメリットは、数いる友人の一人として付き合う場合のメリットを失う事。

 篠ノ之箒にとって一夏は初恋の相手であり、一夏の周りに自分以外の相手が居るのは、彼女からすれば何よりも面白くない事だろうからだ。もっとも、これは篠ノ之箒への接し方次第で覆す事は可能だ。

 どっちをとってもメリットもデメリットも大きさはほぼ同じ。ならば、ここは近い友人として付き合う方がまだましだろう。この選択がどう転ぶかは、私にもわからないからだ。

「よし!近くの公園でキャッチボールだ!」

「ボールとミットが無いだろう。もっと考えて物を言え」

「うっ!じゃあ、えーっと……」

「まったく……」

 ただ、周りから見た時の私達の関係が『面倒見の良い兄と腕白な弟』と言うのが少しアレだが。

 

 

 白騎士事件発生まで、そう遠くはないだろう。何故なら、その兆しは既にあったからだ。

 ある日、一夏(と箒)に連れられて行った篠ノ之道場。剣の心得のない私が剣道の稽古など見ていても、暇なだけだった。

 そんな私が「神社を探索したい」と言い出すのは、私を見た目通りの子供だと思っている大人達からすれば至極当然だった。

「ああ、良いよ。あまり奥に行かないようにね」

「はい。ありがとうございます(計画通り)」

 この時の私は頭を深々と下げながら、どこぞの自称新世界の神の如き黒い笑顔を浮かべていたと思う。

 

 許可を貰い、歩く事暫し。神社の中庭に私はいた。ここに来たのは、ある物を探すためだ。

「私の考えでは、この辺りに篠ノ之束の研究室への入口があるんだが……」

 原作において、篠ノ之束がISの研究開発をしていた当時、それを両親はおろか妹の箒や親友である織斑千冬ですらはっきりと知っていたというような描写が無い。

 その事から、研究室は誰も知らない場所、例えば地下や篠ノ之束しか知らない秘密の部屋があり、その入口がある場所として最も可能性の高い場所が中庭の何処か、次点で篠ノ之束の部屋の中だと考えた。

 篠ノ之束の部屋に入るのは現時点では不可能。なので中庭を探しているのだ。

「とは言え、怪しい所は無し。となると入口は篠ノ之束の部屋か……ISの研究の進捗状況を確かめたかったのだが……」

『出来た~!!』

 どこかから聞こえたやけに甘ったるい感じのする声に、驚いてつい反応してしまう。

「……っ!?貴女は……」

 振り返った目の前に居たのは、エプロンドレスを身に纏い、やけに機械的な兎耳カチューシャを着けた女性。

「篠ノ之……束……」

「ん?君は誰だい?なんで束さんの事知ってるの?束さんには男の子の知り合いなんていっくん以外いないんだけど。まあいいや。それよりちーちゃんにようやく出来たって教えてあげなきゃ♪」

 流石、興味対象と友人とその弟、そして自身の妹以外に一切関心を持たない女。あまりにも自然に人の心を折りに来た。知らなければ私は打ちひしがれていただろう。

 しかしそれ以上に、さっきの「出来た」と言う言葉が気になった。もしかしたら……だが。

「出来た?一体何が……」

「ん?君まだ居たの?凡人に用は無いんだよ。早く帰ってくれるかな。ちーちゃーん!!ついに束さんの夢が叶う日が来たよ~!!」

 さっきは敢えて知らない振りをしたが、走り去る彼女の言葉に私は確信する。完成したのだ。世界初のIS『白騎士』が。

 私は、私のいる世界がやはり『IS』の世界なのだと、この世界に生まれて6年目でようやく実感した。

 

 結論を言えば、白騎士事件は概ね原作通りだった。

 自分の夢の結晶を馬鹿にされて激怒した篠ノ之束は、全世界からミサイルの操作権限を強奪。日本の政治の中枢である国会議事堂へむけ、合計2341基と言うとんでもない数のミサイルを発射した。

 騒然とする日本議会。このままでは『最悪の結末』を迎えてしまう。だがどうすれば……。

 そこに現れたのは、人間サイズの人型機械。それは数日前、荒唐無稽なお伽話をした女子中学生の言っていた宇宙活動用マルチフォームスーツ。固有名称『インフィニット・ストラトス』一号機『白騎士』だった。

 瞬く間に2341のミサイルを破壊して見せた『白騎士』は、その後各国から『白騎士』の捕縛・撃墜のためにやって来た戦闘機や戦艦をも戦闘不能にして茜色の空へ消えた。しかも、一切の人的被害を出す事なくである。

 これにより、世界は『IS』の有用性を認めた。ただし、宇宙開発用のマルチフォームスーツとしてではなく、世界最強の兵器としてだが。

 

 これが、私の経験した白騎士事件である。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『本番はここからだ』と言った気がした。

 

 

 それから2年、世界は急激に様変わりした。

 ISの登場時に判明した『ISに乗れるのは女性だけ』という事実は、世の女性の社会進出を一気に押し進めた。

 各国政府はIS搭乗者になれる女性を少しでも多く抱き込むため、こぞって女性優遇政策を実施。社会情勢はあっという間に男女平等から女尊男卑へと傾いた。

「ここまでは原作通り。IS学園も発足した。来年のモンド・グロッソでは千冬さんが総合優勝。その翌年には箒が要人保護プログラムに組み込まれる事になるはず。今の所は順調だ」

 学校からの帰り道。私はこれまでの経過を思い返していた。そう、今の所順調。

 しかし、私という存在が原作乖離を引き起こす鍵になりうる事を思えば、逆にこれだけ順調なのが怖くもある。いつ、どこで、どのような形で乖離が起きるかまでは予想できないからだ。

「……今考えても仕方ない。その時はその時だ」

 徹底的に原作通りに行くなどとは思っていない。ここが『IS』の世界でも、私にとっての現実はここだからな。

「ただいま、母さん」

「……おかえりなさい。九十九、ちょっと来て」

「うん」

 母が私を呼び止めた。居間に行くと、そこには父もいた。そしてテーブルの上に、二人に見られては一番拙い物が置いてあった。

「そ……れは……」

『これから起こる事ノート』私がこの世界で将来的に起こる事を、私自身が忘れない内に記録したノートだ。

「それが、なぜここに……?」

「お母さん、今日九十九の部屋を掃除したの。それで、勉強机の本棚に教科書を戻そうとしたら、これが落ちてきて……」

「悪いとは思ったが中を読ませてもらった。九十九、これは一体なんだ?なぜ未来の事がここに書いてある?」

 父の「嘘は許さない」と言う強い眼差しに、私はもう逃げられないと悟った。やむを得ないか……。

「分かった、話すよ。まず最初に、これは誓ってその場限りの嘘でも、二人を言いくるめるための詭弁でも、頭がおかしくなって妄想と現実の区別がつかなくなった訳でもない。その上で敢えて言う。僕は……私は『転生者』だ」

 

 私は両親に全てを語った。向こうの世界で25歳の時に逆恨みで殺された事。ロキを名乗る自称神に「暇潰しをしたかった」という理由でこの世界に転生させられた事。この世界で将来的に起こる事を『原作小説』という形で知っている事。

「信じて欲しいとは言わないし、言えない。でも、今私が語った事は私にとっての事実で真実だよ」

「「…………」」

 居間を沈黙が支配する。無理もない事だろう。突然、自分の息子が前世の記憶を持っていると知って、平然としていられる方がおかしい。

「……私は一旦席を「信じるよ」っ!?」

「僕は信じるよ、九十九」

「父さん……」

「そうね。私も信じるわ」

「母さん……」

「息子の言う事を信じられないで、親だなんて言えないさ」

「前世の記憶があってもなくても、あなたは私達の大事な息子よ」

「……ありがとう」

 

 この後、両親にはこの事は秘密にして欲しいと願い出た。

 父さんは「安心しろ。墓まで持っていくさ」と力強く言ってくれた。

 母さんも「九十九の困るような事はしないわ」と優しく微笑んでくれた。

 私はこの時初めて、この二人と本当の親子になれた気がした。




次回予告

誰かが言った。「歴史上、全ての人が平等だった時はない」と。
誰かが言った。「世界はいつだってこんなはずじゃない事ばかりだ」と。
誰かが言った。「こんな世界に誰がした」と。

次回 「転生者の打算的日常」
#04  女尊男卑

やれやれ、私の利は何処にある?


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#04 女尊男卑

 インフィニット・ストラトス。通称IS。

 5年前、『天災』篠ノ之束が開発・発表した宇宙開発用マルチフォームスーツ。

 ……だったはずなのだが、『白騎士事件』で世界初のIS『白騎士』が戦車以上の攻撃力、戦闘機以上の飛行速度、軍用ヘリ以上の旋回性を見せた事で、世界はISを兵器として認識した。

 その後、各国政府はISの情報開示と情報共有、IS研究のための超国家機関の設立、ならびにISの軍事利用を禁止した『IS運用協定』通称『アラスカ条約』を締結。これにより、ISは兵器からスポーツ用品の一種になった。あくまでも表向きではあるが。

 しかしこのIS。ある特徴、と言うより兵器として見た場合に極めて致命的な欠陥があった。それは『ISを動かせるのは女だけ』という事である。

 しかも、篠ノ之束は『ISコア』と呼ばれるISの中枢部分を467個だけ作成すると、どこかに雲隠れしてしまった。

 世界はこの僅かなコアを国力に応じて分配。ISの研究・開発・操縦者育成にその力の大半を傾けた。

 各国の軍事の在り方はISの圧倒的な性能から「ISがあればいい」という意見が大半となり、旧来の兵器はISの登場から僅か数年で衰退。その煽りを受け、多くの男性軍人、自衛官、技術者や研究者達が職を失った。

 そして『ISを動かせるのは女だけ』という事実は、男女の関係をも劇的に変化させた。

 

 男性に対し高圧的に何か言う女性と、それに黙って従う事しか出来ないでいる男性。最近、街を歩けば一度は見かける光景だ。

 しかしそれを誰も咎めようともしない。何故こんな事になったか。それは『ISを動かせるのは女だけ』だからだ。

 各国政府はISパイロットになれる可能性がある女性達を少しでも多く抱き込むため、あらゆる面において女性に有利な法律、条例を次々と成立。世界はあっという間に男女平等社会から女性優位社会となった。

 これにより、世の中には「ISは強い、ISは女しか乗れない、よって女は強い。男は皆弱くて役に立たない」と言う風潮が拡がった。いわゆる『女尊男卑社会』の完成である。

 実はかつて、一度父さんが逮捕された事がある。罪状は『名誉毀損』だった。

 父さんに話を聞いてみると、デパートに買物に行った時に見ず知らずの女性から「このワンピースが欲しいから、あなたがお金を出しなさい」と言われ、それを断ったからだと言う。

 後に示談が成立し不起訴処分になったが、父さんの経歴に若干の傷が付いたのは確かだった。

 何とも理不尽な事だが、これが女尊男卑社会(今の世の中)なのだ。そしてそれは、私の周りでも同じだった。

 

 

「ちょっと村雲!あんた掃除当番替わりなさい!」

 私に声をかけて来たこの女子の名は木葉竹子(このは たけこ )。5年前から台頭を始めた女性権利団体の幹部を母に持ち、自身も女尊男卑思考に染まった女子だ。ちなみにあだ名は『ジャイ子』である。理由は……まあ、察して欲しい。

「村雲、あんた今失礼なこと考えてなかった?」

「まさか。さて、掃除当番だったね」

 私は木葉の話をどうするか考えていた。

 

 受けた場合のメリットは、木葉の機嫌を損ねない事。不用意に彼女を怒らせれば、間違いなく母親が飛んでくる。そしてとてつもなく面倒な事になるのだ。

 以前彼女に楯突いた男子が、その翌日に父親の転勤を理由に転校して行った。彼女の母親が裏で手を回したらしい。あまりに突然の出来事にクラスの皆が唖然とした。彼女の得意気な顔がやけに印象的だった。

 デメリットは帰宅時間が遅れる事。実はこれに関しても多少問題がある。うちの母さんは、門限の18時を過ぎると赤飯を炊こうとするのだ。盛大な勘違いなので頼むから止めて欲しい。

 前世込みで間もなく35歳の男が、小学生女子に恋など出来ない。出来たらそれは変態だ。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

 受けなかった場合のメリット・デメリットは受けた場合の逆。私自身が翌日にはこの学校に居なくなってしまう可能性が高い事だ。明らかに受けなかった場合のデメリットが大きい。よってここは……。

 

「わかった。その話、受けよう」

「ふん!はじめからそう言いなさいよ!!」

 言って彼女は盛大に足音をたてながら教室を出ていった。

「あ、竹子ちゃん待って!」

「じゃあ村雲、よろしく~♪」

 木葉の後を二人の女子が追う。確か……鳥井真希(とりい まき)小場沙芽(こば さめ)だったか。何ともそれらしい名前だ。ちなみに、他の男子はさっさと帰っている。必然、掃除は私一人でやる事になる。やれやれだ。

「さて、始めよう。教室よ、ホコリの貯蔵は十分か?」

 ……何やら変な電波を受信したようだ。

 

「よ、九十九」

 教室掃除をしていると一夏と箒がやって来た。二人とはクラスが異なるので、帰る時は二人がこうして私の教室にやって来るのだ。

「おや、織斑夫妻ではないか。どうした?」

「ふっ夫妻!?ち、違うぞ九十九!!わたしは!!」

 顔を真っ赤にしながら言っても説得力が無いな。

「そうだぜ九十九。俺と箒は幼なじみだ」

 飛び出した一夏の朴念仁発言。隣の箒の機嫌が目に見えて悪くなる。

「ん?箒、どうした?」

「何でもない」

「いや、何か怒ってるじゃん」

「この顔は生まれつきだ」

 やれやれ、この二人の関係が進む日は来るのかね?

「それより、聞いたぜ九十九。また木葉の掃除当番替わってやったって?あいつの言うことなんて無視すれば良いのに」

「なんだ一夏。お前は私に転校しろと言うのか?」

「何でそうなるんだよ?」

「彼女の母親の立場と権限がそれを可能にするのは、いつかの転校騒ぎで知っているだろう。だから彼女にとりあえず従っておくのが、私にとっての正解だ」

「ふん、軟弱者め」

「軟弱で結構。それが私の生き方だよ、箒。それより、掃除を手伝ってくれ。このままでは母さんが赤飯を炊こうとする」

「ああ、良いぜ」

「仕方ないな、手伝ってやろう」

 三人で掃除をしていると、ふと気になったのか、一夏が私に質問をしてきた。

「そう言えば、何で九十九の母さんは門限過ぎると赤飯炊くんだ?」

「大人になったとでも思っているんだろう」

「は?」

「いずれ分かる。ほら、口ではなく手を動かせ」

「お、おう」

 二人のおかげで掃除はすぐ済んだ。今日は母さんが赤飯を炊かなくてすみそうだ。

 

 これが私の女尊男卑社会(この世の中)の生き方だ。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)のイヤらしい笑みを見た気がした。

 

 

 他愛ない話をしながら、三人で帰路に付く。

 一夏が話をふり、箒がそれに答え、私がその答えを元に二人を弄り倒す。箒が怒って実力行使をしようとして、一夏がそれを止める。疑いようのない、いつもの日常だった。この日までは。

 

 篠ノ之家の前に着くと、黒服にサングラスという怪しい男達がいた。

「箒、帰ったか」

「箒ちゃん……」

 箒の両親が深刻な顔で箒を出迎える。私にはこれから何が起きるのかがわかった。そうか、今日だったのか。

「あ、あの……?」

 黒服の一人が箒の前へ進み出る。圧迫感を与えないようにか、膝を折って箒と目線を合わせると、静かに口を開いた。

「篠ノ之箒さん……ですね?」

「は、はい……」

「我々は防衛省の者です。これから貴方達には、国際的重要人物である篠ノ之博士の親族という事で、政府の要人保護プログラムを受けて頂きます」

「……え?」

 別れの時が、近づいていた。




次回予告

別れがあれば、出会いがある。
出会いがあれば、また別れがある。
そうして人は繋がっていく。

次回「転生者の打算的日常」
#05  第二幼馴染(セカンドガールフレンド)

私の利にするのは難しいか?


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#05 第二幼馴染

 重要人物保護プログラム。その人物の存在、生死が世界情勢に大きな影響を及ぼしかねないと判断された場合、政府主導で対象者の監視と護衛を行うための一連の行動計画(プログラム)である。

 戸籍の変更、頻繁な転居、著しい行動制限、24時間の監視等、かなり窮屈な生活になるが、その分命の危険は確実に少なくなる。

 その要人保護プログラムの対象に篠ノ之家が選ばれた。理由は単純、篠ノ之束博士の家族だからだ。

 近い内に、篠ノ之家はお互い『戸籍上無関係な人』となり、離散する事になる。そしてこの事が、後の箒の性格を歪める原因となるのを私は知っている。

 だが、今の私はただの小学生。私が今ここで何か言ったとしても何も変わらないのは、私自身がよく分かっていた。

 

 4年生の修了式と同じ日に、箒は引越して行った。クラスの反応は様々だったが、おおむね別れを惜しんでいた。

 一部の男子が「我が校の美少女率(レベル)が下がった」と嘆く一方で、一部の女子が「ライバル(お邪魔虫)が一人減った」と喜んでいた。

 男子の意見には一定の理解を示すが、女子の意見には正直引いた。何時の時代も女は怖い。それだけは変わらないらしい。

 

「行っちゃったな。箒」

 いつもは明るい一夏の声も、今日ばかりは沈んでいた。

「ああ、そうだな」

 かくいう私の声もいつもよりは暗いだろう。なんだかんだでよく一緒にいた相手だ。悲しくならないはずがなかった。

「また、会えるよな?」

「どうだろうな。箒の身の上を考えれば、難しいと言えるだろう」

「何でだよ?九十九」

 一夏の疑問はもっともだ。だから私は言い含めるように一夏に語りかける。

「一夏、よく聞け。箒はこの先本人の希望とは関係なく、必ずISに関わる事になる。なぜなら箒が『篠ノ之束の妹』だからだ」

「それがどうして会うのが難しいってことになるんだ?」

「あるだろう?5年前新設された、IS関係でしかも基本的に男子禁制の場所が。箒は恐らく、いや必ずそこに行く」

「え?まさかそこって……」

「箒の将来の進学先は『IS学園』で確定だ。こちらからは余程の事がない限り会いに行けないんだよ」

「そ、そんな……」

 愕然とする一夏の姿に、私は微かに罪悪感を覚えた。だが「心配しなくても6年後には必ず会える」とは言えなかった。

 そんな事を言えば「何でそんな事が分かるんだ?」と聞かれ、最悪私の秘密を一夏に教えなければならなくなる。

 それは私としては避けたかった。今はまだ、私の覚悟が出来ていないからだ。

 

 

 桜舞う4月の終わり頃、その情報は私にもたらされた。

「おい九十九、聞いたか?」

 私に声をかけて来たのは、一夏の紹介で友人となった、原作上ほぼ唯一の一夏の男友達、五反田弾(ごたんだ だん)だ。

 鮮やかな赤髪をバンダナで纏めた少年で、顔は良いものを持っているのだが、軽い性格と女性に対してがっつく感じが原因でいまいち女子の受けが良くない悲しき二枚目半。

 実家が定食屋『五反田食堂』を営んでいて、私も何度も行った事がある。

 店長で弾の祖父、五反田厳さんの作る『業火野菜炒め』は絶品で、行くと必ず頼む一品だ。

「どうした?弾。何か面白い話でも仕入れたのか?」

「ああ、一夏のクラスに中国から転校生が来たんだけどよ……」

「皆まで言うな弾。おおかた園場(そのば)辺りがその転校生をいじめて、それを一夏が割って入って助けて、それで転校生が一夏に惚れたとかそんな感じなのだろう?」

 弾の顔が驚愕に染まる。その顔はどこかの『海洋冒険浪漫譚』に出てくる雷男の顔芸にそっくりだった。

「お前、エスパーか?」

「いや?一夏の性格と、それによって取るだろう行動を考えれば答えは限られる。まあ、惚れたというのは外れて欲しかったが。そう言えば、その転校生の名前を聞いてなかったな」

 一応、知識として知っているがここで聞かないのは不自然だろう。その質問に対して、弾は記憶を辿りながら答えた。

「ああ、確か……『ファン・リンイン』だったっけか」

「どんな字を書く?」

「え?えっと……こう……だな」

「ほう……(ニヤリ)」

 この時私は、ここで凰に対しどのように接するかを考えていた。

 

 箒の時のように、一夏の事をネタに弄り倒す方向を取る場合のメリットは、確実に私が楽しめる事。やり方次第だが、凰の恋愛相談相手になれるかもしれない。

 デメリットは、凰も箒と同様照れや怒りで実力行使をするタイプの性格なので、下手をすれば毎日生傷が絶えないだろう事。

 あくまで、隣のクラスの生徒の一人として接する方向を取る場合のメリット・デメリットは考えるだけ無駄だろう。

 なぜなら、一夏がそうさせてくれないだろうからだ。ならば、私の取る選択肢は一つだ。

「九十九が黒い笑みを……何かする気だこいつ」

 

 その日の放課後、私は一夏のクラスの前に来ていた。

「な、なあ九十九。本当にやる気か?」

 後ろから声をかける弾を一旦無視し、ドアをノックする。

「ノックしてもしも~し」

「なんだそれ?」

「なに、気にするな。ハゲるぞ」

 ドアを開けて、目的の人物(凰鈴音)を視界に入れつつ一夏の下へ。

「おお、九十九。珍しいな、お前がこっちに来るなんてさ」

「やあ、一夏。なに、私も噂の中国人転校生に会ってみたくなってね」

 言って、彼女の方にチラリと目を向ける。ツインテールに纏めた茶色がかった髪。つり気味の大きな目は猫を連想させる。小柄だがしなやかな印象を受ける体つき。間違いない。彼女が……。

「はじめまして。私は村雲九十九。一夏の古い友人だ」

 言って右手を差し出す。彼女は握手に応えながら、おずおずと口を開く。

「は、はじめましテ。ワタシは−−」

「知っている。凰鈴音(おおとり すずね)さん……だろ?」

 一瞬、クラスの時間が止まった。次の瞬間、凰が席から立ち上がり、顔を真っ赤にして吠える。

「ちがーウ!!凰鈴音(ファン・リンイン)ヨ!!」

「これは失礼。私は君の名前を字面でしか知らなかったのでね」

「そうナノ?なら仕方ないワネ」

「お前、さっきオレに名前聞いて……(ズンッ)グフゥ……ッ!」

 表向きの理由を言うと、納得したのかあっさり矛を収める凰。私の言い分に弾が横から小声でツッコミを入れてきたので、肘鉄を入れて黙らせておいた。

 教室に残っていた他の生徒が「確かにそう読めるけど……」とか「絶対わざとだろ」だのと言っているが無視だ。

「弾、お前も自己紹介ぐらいしろ。凰さんが『誰?』と言う顔をしているぞ」

「あ、ああ。五反田弾だ。よろしく」

「エエ、よろしくネ」

 二人はどちらからともなく、握手をかわす。

「さて、凰さん」

「鈴でいいワ。ワタシも九十九って呼ぶカラ」

「そうかね。では鈴」

「ナニ?」

 訝しげな表情をする鈴にだけ聞こえるよう、耳元に顔を近づけ小声で話しかける。

『一夏に関して、私は専門家(プロ)だ。あいつの事は私に聞くといい。恋する乙女さん?』

「な、なななな、何を言ってるのか分からないワネ」

 何とかごまかそうとしているが、真っ赤な顔で言っても何の意味もない。そして、そんな状態の鈴を一夏は見逃さない。

「鈴、風邪か?顔が赤いけど」

「な、なんでもないワヨ!」

「そうか?でも……」

「なんでもないッタラ!!」

 そこで意地を張らずに「実はちょっと熱が……」とでも言って女の子アピールをすれば良いのに。まあ、口には出さないが。

 こうして私達は、友人同士となった。他のクラスメイトから『いつメン』あるいは男三人の名前に数字が入っている事から『鈴&ナンバーズ』と呼ばれる四人組の誕生だった。

 

 これが、私と第二幼馴染(セカンドガールフレンド)の出会いだった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)がサムズアップしているような気がした。

 いや、何に対して?そのサムズアップ。

 

 

 今を遡る事2年前。世界のISパイロット達の頂点を決める大会『モンド・グロッソ』が開催された。

 格闘部門(武器の部)と総合部門に日本代表として出場した千冬さんは、ブレード一本で世界中から集まった一流パイロット達を切り伏せて優勝を果たし、『世界最強の女(ブリュンヒルデ)』としてその名を世界中に轟かせた。

 

 あれから2年が経ち、『第2回モンド・グロッソ』がドイツ・ベルリンで開催される事になった。

 巷では「織斑千冬の連覇達成は確実」が大半の意見だったし、私もそう思っただろう。あの事件が起きる事を知らなかったならの話だが。

 

「千冬さんは総合部門決勝進出か。まあ妥当な所だな」

「やっぱ千冬姉はすげぇや!」

 目を輝かせ、我が事のように喜ぶ一夏。相変わらずのシスコン振りだな。いつか姉離れする日が来るのだろうか?

「そうだ、九十九。千冬姉から決勝戦の観戦チケットが届いたんだ。一緒に行かないか?」

 そう言った一夏の手には、観戦チケットと航空券が二枚ずつあった。決勝戦の開始は一週間後。

 運命の時が、近付いていた。




次回予告

少年は自らの弱さを嘆いた。
女性は己の無力を悔いた。
世界は女性の選択に疑問を抱いた。

次回「転生者の打算的日常」
#06  誘拐

たまには打算抜きで動いてみるとしようか。


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#06 誘拐

この物語の時系列は、
yahoo!知恵袋の回答を元にしています。


 モンド・グロッソ。ISが世界に現れた4年後に、各国政府の協議と各国企業の出資により開催されたISの世界大会である。

 格闘・射撃・機動・総合の四部門があり、その内総合を除いた三部門は、さらに二つの部に分かれる。

 格闘部門は刀剣類や槍等の近接戦闘用武装を用いる『武器の部』と、拳打武器(ナックル)のみを用いる『徒手の部』に。

 射撃部門は拳銃や機関銃等、小口径の射撃武器に限定した『銃の部』と、グレネードやガトリング等の重火器に限定した『砲の部』に。

 機動部門はスピードを競う『飛行の部』と、フィギュアスケートのように飛行の美しさを競う『技能の部』に分かれる。

 総合部門は文字通り、全ての部門の出場選手から世界最強のIS乗りを決定する部門である。

 各部門の優勝者には『戦乙女(ヴァルキリー)』の称号が、総合部門優勝者には『世界最強の女(ブリュンヒルデ)』の称号が与えられ、全ての女性の尊敬と憧憬の的になる。

 初代総合部門優勝者は織斑千冬であり、次の大会に出れば連覇は間違いないという意見が大半だった。だが−−

 

 

 モンド・グロッソ総合部門決勝戦の前日。私と一夏は大会の行われているベルリンにいた。

「ふむ、ベルリンと言う所は空港に似ているな」

「いや、ここは空港だぜ九十九。ってか、なに言ってんだ?」

「なに、古いボケさ。忘れてくれ」

 また何やらおかしな電波を受信したようだ。一夏は「逆に気になるけど……まあいいか」と呟いた後、話題を切り替えた。

「そう言えば、千冬姉には今日行くって伝えたんだけど、迎えには行けないって言ってた」

 それは当然だろう。明日の決勝戦に向け、機体の調整や本人の体調管理など、やるべき事はいくらでもある。

「アリーナ近くのホテルを押さえてくれただけでもありがたいだろ。適当に観光してからホテルに入って、明日に備えよう」

「おう!」

 そう、明日は本当に色々ある。

 明日、一夏は何者かに誘拐され、その後決勝を棄権して駆けつけた千冬さんに救出される。そしてこの事件を切っ掛けに、一夏は『誰かを守る為の強さ』を求めるようになる。

 私に出来る事はあまりない。精々千冬さんに一夏の居場所を教えるくらいだろう。あまり極端に原作の流れを変えるわけにはいかないのだ。

 

「そう言えば、観光するはいいけど金がないぜ?」

 困った様な顔で一夏が呟いた。

「心配するな。父さんがいくらか持たせてくれた。お前の分も出せるくらいはあるだろう」

 私は出発前、父さんに渡された封筒を開けて中を確認する。瞬間、私は顔が引き攣ってしまった。

「いくら入ってたんだ?」

 一夏が怪訝な表情で聞いてきた。

「……1万だ。ユーロでな」

「えっと……それって……」

「日本円に換算して、およそ136万円だ」

 1泊3日の旅行の小遣いにしては額が大き過ぎた。いくらなんでも持たせ過ぎだ、父さん。

 

 明けて翌日。モンド・グロッソ総合部門決勝戦の開始3時間前。私達はアリーナに向かうための準備を終え、ホテルを出ようとしていた。

「さて、行こうか。一夏」

「ああ。ところで九十九、なんで帽子かぶってるんだ?普段はかぶらないのに」

「なに、気にするな。ただの気まぐれだ」

 誘拐犯達が一夏を誘拐しようとするなら、アリーナの中では人目が多過ぎる。私が誘拐犯だとして、仕掛けるのなら−−

 

 予想通りホテルを出た直後、いかにもといった感じの男達に囲まれた。彼等が一夏誘拐の実行犯という事か。

「なんだよ?あんたら」

「織斑一夏だな?我々と一緒に来てもらおう。断わると言うなら……」

 言って男の一人が懐から銃を取り出し、私に向ける。……なるほど、そう来たか。

「っ!?」

「お友達がどうなるか……分かるな?」

 私を簡易な人質にする犯人一味。これで一夏に拒否するという選択肢は無くなった。

「九十九!クッ……分かった」

 心底悔しそうに一夏は首を縦に振った。

「いい返事だ。来い」

 男が顎で停めてあるバンを示す。

「ああ。九十九には……」

「安心しろ。何もしないさ。何も……な!!」

 後頭部に衝撃が来る。どうやら銃のグリップで殴られたようだ。

「グゥッ!?」

 瞬間、意識が遠くなった私は、バタリと地面に倒れる。

「九十九!?」

「安心しろ。気を失ってもらうだけだ」

「クッ……一夏……」

 最後に私に出来たのは、男の一人の足を掴む事だけだった。だがそれも、あっさりと振り払われてしまう。

「ふん、行くぞ」

 男達はバンに一夏を乗せ、そのまま去って行った。

 

 

「……さて、そろそろいいか。流石父さんの会社の対衝撃防御機能付きキャップ。良い仕事だ」

 私は地面から起き上がり、服に付いた砂を払う。そして携帯電話を取り出し、あるアプリを起動する。画面にはベルリン市街の地図上を動く光点があった。

「ふむ、どうやら港の方に行っているようだな」

 あの時、私は気絶間際の最後の抵抗のフリをして誘拐犯の一人の足に小型の発信器を付けたのだ。父さんの会社の商品で、本来の使い方は迷子になりやすい子供や、徘徊癖のある認知症患者等を探す為の物らしい。

 『道に迷った時の為に持って行け』と渡された物だが、どうやら役に立ったようだ。

「後はこれをどうやって千冬さんに教えるかだが……」

 悩んでいると、後ろから風切り音が聞こえてきた。振り向くと、こちらに飛んで来るISが一機。千冬さんの『暮桜』だ。必死の形相で一直線に港の方に向かっている。となると、ドイツ軍から既に情報提供を受けたと言う事か。

「千冬さん!!」

 聞こえるか分からないが取り敢えず叫ぶ。と、『暮桜』が急停止。こちらに振り返った。

「九十九!?なぜそこに!?一夏と一緒に誘拐されたとばかり……」

 私に気づいた千冬さんが驚いたような顔をする。

「私に用は無いようでした。気を失わされただけです」

「そうか。ドイツ軍からは一夏が誘拐され、誘拐犯は港に向かったらしいとしか聞いていなくてな」

 そう言う千冬さんに、私は携帯の画面を見せる。

「ここです。この光点の位置に一夏が、正確には一夏を誘拐した犯人がいます」

「なぜ、お前がそんな事を知っている?」

「気を失う直前、犯人の一人の足に父さんの会社が作った発信器を取り付けました。十中八九、一夏はここです」

 千冬さんに携帯を投げて渡す。千冬さんはそれを受け取りながら訊いてきた。

「来ないのか?」

「生身の私がISの飛行速度に耐えられると?」

「そう言えばそうか。九十九」

「はい、なんでしょう」

「ありがとう」

 言って、千冬さんは再び空を駆けた。しばらくして、港の方から盛大な破壊音が響いてきた。一夏の救出には成功したが、その際港の倉庫が一軒ダメになったのだろう。

 やはり、あの人を一夏がらみで怒らせてはいけないと改めて感じた。

 

 その後、千冬さんは情報提供をしたドイツ軍に恩を返すため、1年間ドイツ軍のIS教官として従軍。

 帰国後、しばらくして突然の引退宣言。その後、IS学園に教師として赴任し後進の指導にあたっている。一夏には「IS関連の仕事」とだけいってあるようだ。

 

 

 これが、私の見た一夏誘拐事件の顛末だった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が「御主今回何かしたか?」と言った気がした。

 したよ。見てたろ?アンタの事だからきっと。




次回予告

それは、ありえないはずの事だった
それは、常識外れの出来事だった
例えそうなった理由が、「道に迷ったから」であったとしても。

次回 「転生者の打算的日常」
#07 発覚

これは、私の利になるのか?


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#07 発覚

 IS適性ランク。その女性がISの操縦に関してどの程度の適性を持っているかを端的、かつ明確に指し示すものである。

 ランクは辛うじて起動が可能なEから、各国代表、またはその候補の最上位になれるレベルであるAまでの五段階。

 更にその上にモンド・グロッソ成績上位者、あるいは部門優勝者クラスのランクであるSが存在する。もっとも、ランクSを叩き出せるパイロットは極僅かだ。

 毎年政府が行う簡易適性検査で高い適性を見せた者は、成人女性ならISの開発企業や軍からテストパイロットとしてオファーが来る事があるし、学生であればIS学園の入学試験に有利に働いたりする。

 もっとも、どんなに適性が高くてもISの数には限りがあるため、全員がパイロットになれる訳ではない。

 特にISパイロットの国家代表は才能と高い適性が有り、かつ努力を怠らない者のみがその座に収まる事を許される、まさに頂点の存在なのだ。

 言うまでもないが、男性にISの適性はないとされてきた。これからもそうだっただろう。

 あの日、あの時、あの場所で、あいつが彼女(IS)に出会わなければ。

 

 

 千冬さんが忙しい職場(IS学園)に就職してから約2年。中学生になった私達はそれぞれの日常を過ごしていた。

 一夏は「千冬姉にばかり負担は掛けられない」と、放課後や休日にアルバイトを始めた。

 先日千冬さんに「中学卒業したら就職する」と言ったら「金の事は気にしなくて良いから高校は出ておけ」と、ありがたいお説教を受けた(フルボッコにされた)そうだ。

 鈴は一夏と弾、そして私の『いつメン』をあちらこちらへ連れ回した。

 鈴の父親が経営する中華料理店でご馳走になったり、遊園地で日が暮れるまで遊んだり、互いの家に泊まり掛けでゲームをしに行ったりした。

 だが、中2の始め頃から彼女の顔に時折暗さが見えるようになった。恐らく両親の不和が原因だろう。酷いようだが、ここで私が鈴に何かをしてやる事はない。

 鈴の両親が決定的な所まで行ってくれなければ、『中国代表候補生・凰鈴音』は誕生せず、結果的に原作が崩壊するからだ。

 弾は相変わらず「モテたい」「彼女欲しい」と繰り返し言っている。

 だがいかんせん隣にいる奴(織斑一夏)のせいなのか、どうにも影が薄く結局『いい人』止まりでしかない。この男の春は、もう少し先だろう。

 私はと言えば、やはり相変わらずだった。

 一夏のボケに皮肉を込めたツッコミを入れ、鈴の一夏への照れ隠しの一撃にため息をつき、弾の『彼女欲しい』発言を適当に流し、校内の私設組織『織斑一夏親衛隊(オリムラヴァーズ)』に一夏の情報や写真を売ったりして日々を過ごしていた。

 

 

 中2の終わり頃、クラスに悲報がもたらされた。

 鈴が家庭の事情で中国に帰る事になったのだ。やはり鈴の両親の間に出来た溝は、娘にも埋める事ができなかったようだ。

 原作を壊さないためとは言え、一番の女友達に救いの手を出してやらなかった事は、私の心に決して浅くない傷を生んだ。

 

 翌日。私と一夏、弾の三人は中国に旅立つ鈴を見送るため、空港の出発ロビーにいた。

「別に見送り何ていらないのに……」

「そう言うなよ。俺たちがそうしたかったんだからさ」

「相変わらず素直じゃねぇなぁ」

「それが鈴だろう。変にしおらしいよりずっといい」

 だいいち、素直な鈴は鈴ではない。彼女ははね返っている位が丁度いいのだ。

「あんたたちね……。でも、うん。ありがと」

 スピーカーから、中国行きの便の搭乗開始のアナウンスが響く。

「じゃ、そろそろ行くわ」

「向こうでも元気でな」

「たまには連絡しろよ?」

「うん、それじゃ」

 そう言って、踵を返す鈴に私は声をかける。彼女には、やり残した事があるはずだからだ。

「……凰鈴音、()()()()()()()?」

「…………」

「本当に、それでいいのか?」

「……一夏、ちょっと来て」

「へ?」

「いいから来なさい!」

 鈴は一夏の手を引き、早足でロビーの隅へ行く。すれ違いざま、私に小さな声で「ありがと」と言ってきたので、それに「頑張れ」と返した。後は彼女次第だが……。

「九十九、勝算は?」

「言い方次第で100にも0にもなる」

 一夏は、自分に向けられる好意に恐ろしいほど鈍感だ。以前、一夏に「付き合ってください!」と告白した女子生徒に「いいぜ。どこに買い物に行けばいいんだ?」と返して、その子の心を盛大にへし折った事がある。

 その他にも似たような告白の曲解(フラグクラッシュ)の回数は、私が知る限りで35回。その度に告白した子のフォローに回る私達の苦労を、一夏は知らない。

「あいつには下手な言い回しや婉曲表現は逆効果だ。それこそ曲解も聞き間違えも出来ないど真ん中ストレートの言い方をしなければ伝わらないさ」

「なるほど」

 しばらくして、一夏が戻ってきた。鈴はそのまま搭乗ゲートへ行ったようだ。

「一夏、鈴は何と?」

「いや、なんか『あたしが料理が上手くなったら、毎日酢豚を食べてくれる?』って言ってたんだけど、どういう意味だ?」

「それは……あ~……九十九?」

「……知らん。自分で考えろ」

 それは、日本で言う所の「毎日私の味噌汁を……」をアレンジした、あいつなりの告白なのだろう。しかし、やはり一夏には全く伝わっていなかった。鈴、いとあわれ。

 

 

 中3の冬。私と一夏は電車に揺られ、高校受験会場のある多目的ホールに向かっていた。

「ったく、なんで一番近い高校の、その試験のために4駅乗らなきゃいけないんだ?しかも今日超寒いし……」

「文句なら去年カンニング事件を起こした奴に言え。あと、試験会場の通知を2日前に行うと決定した文科省の偉いさんにもな」

 私達が今回受験する高校は『私立藍越学園』。自宅に近い・中程度の学力・行事が多いの三拍子が揃った上に、私立でありながら学費が驚くほど安い高校なのだ。

 その理由は、卒業生の実に9割が学園法人の関連企業に就職するためだ。しかもその大半が優良企業であるという、まさに地域密着型の学園法人だ。実際、私の中学からも50人程がこの高校を進学先に選んでいる。ほとんどが織斑一夏親衛隊だが 。

 

 試験会場にたどり着いてしばし、私達はある問題に直面した。

「九十九、大変だ」

「ああ、大変だな。完全に迷った」

 この多目的ホール、地域出身のデザイナーに設計を依頼したらしいのだが、そのデザイナーはどうも『常識的に造らない俺カッコいい』とでも思っているのか、このホールは実は迷路だと言われても納得出来てしまう程に複雑な造りになっている。

 こんなにも分かりにくい構造なのに、どこにも案内図がないのは何故なのだろうか。

「ええい、次に見つけたドアを開けるぞ、俺は。それで大体正解なんだ」

 業を煮やした一夏がそんな事を言いながら、近くのドアに足を向ける。

「待て、一夏。それは「ほら、行くぞ九十九」お、おい」

 

「あー、君達受験生だよね。はい、向こうで着替えて。時間押してるから急いでね。ここ、16時までしか借りれないからやりにくいったらないわ。ったく、何考えて……」

 部屋に入ると、神経質そうな30代後半の女性教師に言われる。あまりの忙しさに判断力が低下しているのだろう。ろくに私達の顔を見もせずに出ていった。

「着替え?なあ九十九、最近の受験は着替えまでするのか?」

「そんな訳が無いだろう。受験するにあたって着替えを必要とする高校など、私は一つしか知らん」

 言って、私は目の前のカーテンを開けた。

「これって……」

 そこには『鎧に似た何か』が跪いていた。鈍く光る装甲、跪いている状態で成人男性の平均身長とほぼ同じか少し高い位の大きさだと言うのに、圧倒的な存在感がある。間違いない。間違えようもない。これは−−−

「ああ、ISだ。つまりここは、IS学園の試験会場なんだよ」

 私はそう言いながら、ついにこの時がきたと考えていた。

 この時、一夏は目の前のISに手を触れてISを起動した事で『世界初の男性IS操縦者』となる。

「これって、男には動かせないんだよな」

 それは違う。お前は、そして私も動かせる。

「ああ。だからといって、触ろうとするなよ?精密機械なんだ。壊しでもしたら大問題だ」

 さあ、触れてみろ。それでお前が主人公だ。

「いいだろ、少しくらい」

 言って、一夏はその手を−−

「お、おい」

 ISに−−

「え!?」

 触れた。瞬間、辺りが光に包まれ、それが収まると……。

「え、あれ、何で……」

「一夏?お前……」

 そこにはISを纏った一夏がいた。私は内心歓喜していた。遂にこの時が来た(原作が始まった)のだ、と。

 

 私達の騒ぎに気づいたのか、先程の教師が戻ってきた。

「騒がしいわね。どうしたって……え!?嘘!?何で男がISを!?」

 教師は、目の前のあり得ないはずの出来事に動揺している。

「それが、私にもさっぱり……」

「そんな、あり得ないわ。なんでこんな……」

 教師は私の言葉を聞いているのかいないのか、ぶつぶつと何かを呟いている。

「あなた」

「はい?」

 教師が私に顔を向けた。

「あなたもISに触れてみなさい」

「え、いやしかし」

「いいから!」

「……分かりました」

 渋々、と言った風情でISに近づき、手を触れる。

「!?」

 瞬間、頭に響く金属質な音。雪崩のように押し寄せる機体の情報。

「くうっ」

 襲い来る圧倒的なデータの暴力に、私は意識が遠くなるのを感じ−−

 

 この一件で、私と一夏にIS適性がある事が発覚した。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)に『御主に話す事がある』と言われた気がした。

 

 

『御主に話す事がある』

−−え?

 気がつくと、見渡す限りの白い空間だった。上下の感覚が曖昧な浮遊感。ここは……。

−−貴方は、ロキ?

『左様』

−−何故また、私をここに?

『御主に話す事がある』

−−何でしょう?

『我らの主神に我の退屈しのぎが露見してな』

−−それで、私を元居た場所へ帰せ。とでも?

『いや、一枚噛ませろと言ってきた』

−−あんたらって暇なの!?

『それ故、こんな事をして遊んでいる』

−−言い切っちゃったよ!!

『さて、主神から御主に与えられる物だが』

−−スルーするのかよ!

『まずはこの世界の機動兵器。いわゆる専用機を、御主の父の会社を通じて与える』

−−父の会社にはIS部門はなかったはずですが?

『主神の力があれば、容易い事だ』

−−無駄遣いのような気も……。

『それと、御主にもう一つ転生特典として、特殊能力を授ける』

−−それは何故?

『主神の創る機動兵器の能力を十全に振るうには、この能力が必須だからだ』

−−その能力とは?

並列思考(マルチタスク)だ、最大100の思考を同時に処理できるようになる』

−−半端な数じゃない!!どんな機体なんだよ!!

『知らぬ。我は主神ではないのでな。ではいけ人の子よ!我に更なる愉悦をくれ!』

−−ちょ、ちょっと待って。せめてもう少し詳しく……!

 

 

 こうして私は神製専用機と並列思考(とんでもないもの)を与えられる事になった。

 やはり神って奴はろくな事をしないと思った。




次回予告

そこは、女の園だった。
そこは、男にとって縁のない場所だった。
ただし、二人を除いては。だが

次回「転生者の打算的日常」
#08 入学

これを私の利に繋げるには……


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#08 入学

 IS学園。正式名称『国立インフィニット・ストラトス学園高等学校』

 ISの登場から半年後、アラスカ条約に基づいて日本近海の人工島に建設された、IS操縦者育成のための特殊国立高等学校だ。

 操縦者に限らず専門のメカニックや研究員など、ISに関係する多くの人材がこの学園を卒業している。

 また、この学園はどこの国際機関にも属さず、あらゆる組織、国家の干渉を受けない。とされており、他国のISとの比較や新装備の性能試験をする場合に重宝される。

 ただ本当に全く干渉を受けないかといえばそうではなく、有名無実化しているのが実状である。

 当然の事ながら、在籍者は用務員と警備員を除いて全て女性であり、校舎や学生寮も基本的に女性向けに造られている。

 そんな女の園に今年、男子生徒(イレギュラー)がやってくる。それも、二人も。

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあショートホームルームをはじめますよー」

 黒板の前で微笑む女性教師は、このクラスの副担任の山田真耶(やまだ まや)先生。

 生徒達とほぼ変わらない身長と、サイズの合っていない緩めの服装、ややずれた黒縁眼鏡が原因か『無理に大人の服を着た子供』のような背伸びしている印象を覚えた。

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

「「「…………」」」

 山田先生が声をかけるが、教室は妙な緊張感に包まれており、誰からも反応がなかった。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 狼狽える山田先生が少々不憫だったが、私自身反応をする余裕がなかった。

 クラスメイトがほぼ全員女子。しかもその視線は、もれなく私と一夏に向いている。

 私はまだましだが、一夏は席が悪かった。よりにもよって中央最前列。否が応でも視線が集中する。

 その一夏がチラリと窓側に目を向ける。私もつられてそちらに目を向けると、そこには懐かしき幼なじみの篠ノ之箒がいた。

 救いを求めるような一夏の視線に、彼女は窓の外に顔を逸らす事で答えた。

 照れから来る行動だろうが、今回はタイミングが悪かった。あれでは一夏は『俺、嫌われてる?』と思うだろう。あわれ箒。

 

「織斑くん。織斑一夏くんっ」

「は、はいっ!?」

 突然大声で名を呼ばれた事に驚いたのか、返事が裏返る一夏。それを聞いた女子のあげる含み笑いに、一夏はますます落ち着きを無くしていく。

 山田先生がぺこぺこ頭を下げて謝りながら、一夏に自己紹介を促す。覚悟を決めたのか、一夏がこちらに向き直って……。

「うっ……」

 一気に集中する視線にたじろいだ。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 頭を下げる一夏だが、空気が『これで終わりじゃないよね?』と言っている。それに気づいたのか、一夏は固まっていた。

 何か言おうとするが、何も頭に浮かばないのだろう。やがて大きく息を吸い、口を開く。

「以上です!」

 

がたたっ!

 

 思わずずっこけた女子が数人いた。期待していた分、その落差が激しかったのだろう。

「あ、あのー……」

 山田先生が一夏に声をかける。さっきより涙声成分が2割増しだ。と、教室のドアが開く。中に入ってきた女性を見て、私は一夏に声をかけた。

「一夏、後方注意だ」

「へ?(パァンッ!)っ痛!?」

 頭を叩かれた一夏は、その痛みに覚えがあったのか恐る恐る後ろを振り向く。私も一夏の後ろにいる女性を改めて視界に収める。

 スラリとした長身と、鍛えられているが決して過肉厚でないボディライン。黒のスーツとタイトスカートが、彼女の芯の強さと美しさを一層際立てる。組んだ腕と狼のごとき鋭い吊り目は、どこか威圧的だ。果たしてそこにいたのは……。

「げえっ、関羽!?」

 ではなく、一夏の姉にしてIS学園教師、今年度一年一組担任の織斑千冬さんであった。

 

パァンッ!

 

 また叩かれる一夏。その大きな打撃音に、女子が若干引いている。

「誰が三國志の英雄か、馬鹿者」

 トーン低めの声。相変わらず弟に厳しい人だ。

 千冬さんの登場に安堵したのか、今にも泣きそうだった山田先生の表情がパッと明るくなる。

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「いえ、副担任ですから、これくらいはしないと……」

 千冬さんの優しい声に、山田先生はやけに熱っぽい声と視線で答える。ん?今はにかんだか?

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を−−」

 千冬さんの言葉と、女子達の黄色い声援を思考を分割して聞きつつ、私はこの激動の2ヶ月を思い返していた。

 

 

 私、村雲九十九と我が友人、織斑一夏がISを動かしたというニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。

 私と一夏の自宅には連日マスコミが押し掛けて来て、口々に「ISに乗れると分かった時のお気持ちは?」「IS学園に進学するにあたって所信表明を」「専用機はどこの企業に?」と、実にしつこく聞いてきた。

 数日後に政府の人間が終日監視を始めた事でマスコミの取材攻勢は収まったが、その間、気の休まる時はなかった。

 それから一月経った頃、父さんが「僕の会社に来て欲しい」と言って来た。なんでも、私に見せたい物があるらしい。恐らく『神の創ったIS』が形になったのだろう。

 父さんが働いている会社の名前は『ラグナロク・コーポレーション』。

 今から10年前、父さんの古い友人が祖父から受け継いだ会社を母体にして興した会社で、軍用の機械部品の他、衣服から日用品までありとあらゆる物を扱っている総合企業だ。起業から2年後、ISの研究・開発を開始した(事に主神の力でなった)そうだ。

 開発品には特殊な装甲材や妙なギミックのある武器が多く、あまりにも使う人を選ぶそのマニアックさからか、IS業界では知る人ぞ知るという感じの企業である。

 

 私と父は社屋内のある部屋の前に居た。ドアには『社長室』の表札。まずは社長に挨拶をという事か。

「藍作、僕だ」

「ああ、入ってくれ」

 ドアが開き、この部屋の主が姿を現す。彫りこそ深いが、黒髪黒目の日本人的顔立ち。精悍な体つきと、たてがみのようなヘアスタイルは、野生のライオンをイメージさせる。

 この男性がラグナロク・コーポレーション社長にして、私の父『村雲 槍真(むらくも そうま)』の無二の親友。

「はじめまして、九十九君。仁藤 藍作(にとう あいさく)だ。よろしく」

 

ーーー

「で?挨拶も満足できんのか、お前は」

「いや、千冬姉。俺は−−」

 

パァンッ!

 

 三度目の打撃音。

「織斑先生と呼べ」

 校内で身内呼びはなしだ、一夏。

ーーー

 

 藍作さんに連れられ、私は会社の地下にある研究所へ案内された。

「社長、彼が……?」

 くたびれたYシャツとスラックスに白衣を着た、いかにもな感じの研究員が藍作さんに近づき、声をかける。

「ああ、村雲九十九君。『二人目』にして、我らの新たな仲間さ」

「やはり。はじめまして村雲君、私は絵地村 登夢(えじむら とむ)。この研究所の主任研究員をやっている者です」

「村雲九十九です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。さて、早速で恐縮ですが九十九君。まずはこちらへ」

 絵地村博士に促されて、私と藍作さんは『絵地村研究所』と書かれた部屋の前にやって来た。

「さあ、入ってください」

 部屋に入るとそこには一機のISの姿があった。

 全体的に灰銀色の装甲、そこにアイスブルーのラインが所々に入っている。流線的でありながら鋭さを感じるフォルム。

 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は大型ウィングスラスターのようで、機動力が高そうだ。

 狼の意匠のヘッドセットが、孤高の狼王をイメージさせる。

「これが……」

「はい。我がラグナロク・コーポレーションが総力を結集して造り上げた第三世代型IS。『魔狼王(フェンリル)』です」

 

 

「さて、時間がないので自己紹介は各自で行うように。ただし、村雲」

「はい?」

 千冬さん水を向けられたために、分割思考を一時中断する。

「皆、お前の事が気になっているようだ。自己紹介をしろ」

「了解です。ちふ……織斑先生」

 持ち上げられた出席簿に両手を挙げて降参の意を示しつつ、席を立つ。

 自然に集まる視線につい一歩後退りしてしまった。しかしここで呑まれるわけにはいかない。意を決し口を開く。

「ゴホン……あー、村雲九十九です。何の因果かISを動かしたために、ここで勉学に励む事になりました。よろしくお願いします。時間が無いそうなので、質問は後程受け付けます」

 言い切ってチラリと千冬さんの方を見る。

「ふん、まあ良いだろう。では授業を開始する」

 どうやら、出席簿アタックは回避出来たようだ。

 まずは、初日を切り抜ける事を考える事にしよう。そう考えて、私は授業の準備を始めた。

 

 こうして、一夏と私はIS学園に入学を果たした。

 私はこれからやってくる数々の厄介事(原作イベント)に、今から胃が痛かった。

 

 

 ここに一機のISがある。灰銀色の装甲の、狼の意匠をちりばめたそのISの名は『フェンリル』

 『ラグナロク・コーポレーション』が総力を結集して完成させた、第三世代型ISである。

 搭載した()()()()が原因で誰にも扱えないと思われていたが、『二人目の男性IS操縦者』である村雲九十九が極めて高い適性を見せたため、その専用機として運用される事になった。

 『神喰らいの狼王』の牙にかかるのは、はたして……?

ーーーIS関連企業向け月刊誌『月刊女のIS』より一部抜粋




次回予告

少年は、多くの人から「彼ならば」と推された。
少女は、ただ一人「自分が相応しい」と吠えた。
よろしい、ならば決闘だ。

次回「転生者の打算的日常」
#09 学級代表決定戦(勃発)

せめて、私の利になって欲しいものだ


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#09 学級代表決定戦(勃発)

「あー……」

「ふむ、これはなかなかにきついな」

 1限目『IS基礎理論』を終え、現在休憩時間……なのだが、教室内は何やら異様な空気に包まれていた。

 私達以外は全員女子。それはなにもこのクラスだけの事ではなく、学園全体がそうなのだ。

 なお『世界で二人だけの男性IS操縦者』として、私達の存在は学園関係者から在校生に至るまで全員に知れ渡っている。という訳で現在、廊下には同級生はもとより二年、三年の先輩方が詰めかけている。

 だが女所帯に慣れ過ぎていたためか、こちらを遠巻きに見てくるだけで話しかけてくる女子はいない。

 それは教室内でも同じで、「あんた話しかけなさいよ」という空気と、「抜け駆けする気?」という緊張感に満ちている。

「九十九、助けてくれ」

「何からだ?さっぱり意味が分からない授業内容からか?それともこの刺すような視線からか?」

 言いながら、私は隣の女子へ目を向ける。すると彼女は、それまで私達に向けていた視線を慌てて逸らす。「話しかけて!」という雰囲気はそのままにだ。

「弾は私達を羨ましいと言っていたが、ならば替わってみるかと言ってやりたくなるな」

「おう、本当にな」

「……ちょっといいか」

「え?」

「む?」

 突然、話しかけられた。女子同士の牽制合戦に競り勝ったのか?

 ……いや違う。教室内外のざわめきから、一人思い切った行動に出たというのが分かった。

「……箒?」

「…………」

 目の前にいたのは、実に懐かしき幼馴染だった。

 

 篠ノ之箒。一夏が昔通っていた剣術道場の娘さん。

 背中まである長い髪を白のリボンでポニーテールに纏めた、昔と変わらない髪型。身長は同年代女子とそんなに変わらないが、剣道によって培われた体が実際より長身に感じさせる。不機嫌に見える目付きは、本人曰く生まれつき。

 『日本刀』それが私と一夏が彼女に抱いていた印象だが、この6年で更に鋭さを増したようだ。

「おや、織斑夫人ではないか。久しぶりだな。どうやら別居中も旦那の事が頭から離れなかったらしいな。私は置物か?まるで目に入っていなかった様だが?」

 もっとも私にとっては、弄りがいのある一夏ラヴァーズの一人に変わりないのだが。

「ふ、夫人!?ち、違うぞ九十九!私は!」

 だから、顔を真っ赤にして言っても説得力がないと思うぞ、箒よ。

「何言ってんだよ九十九。箒は幼なじみだって」

 久しぶりの鈍感発言。その言葉に箒の顔が不機嫌になっていく。6年前から変わらないな、この二人。

「……話がある。廊下でいいか?」

「え?」

「早くしろ」

「いや、でも……」

 チラリと私の方を見る一夏。大方付いてきて欲しいのだろうが……。

「なに、私の事は気にするな。二人で話してこい」

「お、おう」

 廊下にいく箒の進行方向に集まっていた女子が一斉に道を開ける。その様はまさにモーセの海渡りのようだった。

 

 二人が廊下に出た後で、私は少々後悔していた。一夏に分散していた教室内の視線が、全て私に向かってきたからだ。

 動物園の人気者(パンダ)の気持ちとはこんな感じなのだろうか。今なら彼らといい酒が呑めそうだ。年齢的に無理だが。

「ね〜ね〜、つくもん」

 やけに間延びした声をかけられたのでそちらを向く。

「ふむ、何かね?確か……」

布仏本音(のほとけ ほんね)だよ~」

 背中まである薄紅色の髪を狐のチャームが付いたヘアゴムで纏め、袖の長い改造制服を着た、のほほんとした雰囲気の少女。

 原作の脇役の中でも屈指の人気者、布仏本音だ。こちらを興味津々といった感じで見つめている。

「改めて、村雲九十九だ。それでのほほん……失礼、布仏さん。私に何か聞きたい事があるのかね?」

「うん。つくもんとおりむーって知り合いなの~?」

「あっ!それ私も知りたい!」

「「「私も私も!」」」

 教室にいる女子の気持ちが一つになった。こういう時の女子の結束力には感心するね。まあ、隠していても意味が無いので質問に答えるとしようか。

「私と一夏、そして一夏を廊下に連れ出した女子、篠ノ之箒は幼馴染みの関係だ。箒とは彼女が6年前に引越して以来だが、一夏とはもう10年近い付き合いになる」

「へ~、そうなんだ~」

「他に質問はないかね?」

「あ、じゃあ私が−−」

 

キーンコーンカーンコーン

 

「残念だが時間切れだ。早く席につきたまえ。でないと……」

 

パァンッ!

 

 打撃音に驚いた女子が一斉に振り向くと……。

「早く席に戻れ、馬鹿者」

「……ご指導、ありがとうございます。織斑先生」

 千冬さんから強烈な一撃を受けて頭を抱える一夏がいた。

「……ああなる」

 私が言い終わるが早いか、慌てて席に戻る女子達。誰も出席簿アタックは受けたくないようだった。

 

 

「……であるからして、ISの基本的運用は現時点で−−」

 すらすらと教科書を読み上げていく山田先生。私はなんとかついていけているが、一夏はどうやら思い切り取り残されているようで完全に挙動不審だ。

 机の上の教科書をめくって、頭を抱える。隣の女子の様子を注視し、視線に気付かれて「何でもない」と誤魔化す。

 挙句の果てに「わからない所があったら何でも訊いてくださいね」という山田先生に「ほとんど全部わかりません」と返して、女子の何人かをずっこけさせていた。

 山田先生が私にも同じ事を訊いてきたので「現状問題ない」と答えておいた。一夏はかなり驚いていたが、とりあえず無視。

 一夏が入学前に渡された参考書を古い電話帳と間違って捨てる。という珍プレイをした事は原作を読んで知っていたが、それでも脱力した。

 再発行される参考書を一週間で覚えろ。という千冬さんの無茶振りが発動。

 その言葉に『望んでここに居るわけではない』と憮然とする一夏。だが、千冬さんの「現実を直視しろ(要約)」とのありがたいお言葉に気合いを入れ直していた。

 放課後の補習授業を一夏に提案した山田先生が、一夏が提案を受けた途端にいきなりトリップして帰って来なかったので、千冬さんが咳払いで呼び戻す。

 帰って来た山田先生が慌てて教壇に戻ろうとして、段差に足をとられて盛大にこけた。ぶつけた額を擦る山田先生の姿に、私は先行きが少し不安になった。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

「ん?」

 2時限目の休み時間。再びの針のむしろを覚悟していた私達は、いきなり話しかけられた事に驚いて変な声を上げてしまった。

 話しかけて来たのは、鮮やかな金髪の女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、つり上がり気味に私達を見ている。

緩めのロールのかかった髪は高貴なオーラを醸し出しているが、その女子の雰囲気はいかにも『現代女子』という感じである。

「聞いてます?お返事は?」

「あ、ああ。聞いてるけど……どういう要件だ?」

 一夏の答えに目の前の女子はかなりわざとらしく声をあげた。

「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 私は正直、こういった手合いが最も苦手だ。

 ISを使える。その事が即、国家の軍事力に繋がる。よってIS操縦者は偉い。そして、IS操縦者は原則女性のみ。それゆえ彼女のような女性が幅を利かせているのだ。

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

「わたくしを知らない?この「セシリア・オルコット。イギリス代表候補生で、今年度IS学園首席入学の才媛だよ。一夏」あら、あなたはわたくしの事をご存じのようですわね」

「まあ、この位はね」

 男を見下した口調はそのままだが、とりあえず満足のいく答えだったようだ。

「あ、質問いいか?」

 一夏が何か聞きたい事があるようだ。

「ふん、下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

「代表候補生って、何?」

 

がたたっ!

 

 聞き耳を立てていたクラスの女子数名がずっこけた。◯本新喜劇もかくやのいいリアクションだな。

「あ、あ、あ……」

「『あ』?」

「あなたっ、本気でおっしゃってますの?」

「おう。知らん」

 物凄い剣幕で一夏に詰め寄るオルコットに対し、堂々といってのける一夏。

 オルコットのこの反応も当然だ。まさか代表候補生の事を知らないという人間がいるとは思ってもいなかっただろうからな。

 この一夏の一言で、オルコットは怒りが一周して逆に冷静になったらしく、頭痛を堪えるかのようにこめかみを押さえながらぶつぶつと呟きだした。

「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのはこうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビが無いのかしら……」

「一応反論させてもらうが、テレビぐらいあるさ。目の前の男が滅多に視聴しないだけでね」

 未開の地は一夏の周りだけで充分だ。

「ひでえな九十九。で、代表候補生って?」

「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出される女性達の事さ。いわばエリートだ。単語から想像出来るだろう?」

「そう言われればそうだ」

 多分だが、こいつは今『簡単な事ほど見落としやすいって本当だな』と思ってるだろうな。

「そう!エリートなのですわ!」

 私の説明を聞いてオルコットが復活。流石は代表候補生。この位で挫けていてはエリートは名乗れないか。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくする事だけでも奇跡……幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか。それはラッキーだ」

「神に感謝せねばな」

「……馬鹿にしてますの?」

 幸運だと言ったのは君だろう。とは、思っても口にしない。

「大体、あなた方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞きましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわね」

「俺に何か期待されても困るんだが」

「君の期待に応えるメリットが無いのだが」

「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ」

 この態度が優しさなら、今頃世界は優しさに満ちているだろう。と、考えたが口にしない。

「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれれば教えて差し上げてもよくってよ。なにせわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 唯一をやけに強調して語るオルコット。だが、入試といえば……。

「あれ?俺も倒したぞ、教官」

「は……?」

「あれを倒したと言っていいならな。なにせいきなり試験官が突撃してきて、一夏が避けたらそのまま壁に激突して失神。だからな」

「あー、確かにそんな感じだったなぁ」

「つまり、教官を倒したのはわたくしだけではないと……?」

「繰り返すが、あれを倒したと言っていいのであれば、だがね」

「あなた!あなたはどうなのです!」

 オルコットがこちらに顔を向けて訊いてくる。

「私かね?私は倒してはいないよ。まあ、合格基準は満たしたがね」

 IS学園の入学試験には座学と実技がある。私達は特異ケースという事で座学試験は免除され、実技試験のみ行われた。

 試験内容は『SE(シールドエネルギー)は受験生側が1000、試験官側が500からスタート。30分以内に試験官機のSEを400以下にする、もしくは試験官機の武装を破壊する事が出来れば合格』というものだ。

 私は開始5分で試験官機の武装の破壊に成功した。オルコットに言った「倒してはいないが合格基準は満たした」は嘘ではない。真実全てを語ってもいないが。

「では、教官を倒したのはわたくしとあなたという事ですわね!?」

「うん、まあ。たぶん」

「たぶん!?たぶんってどういう意味かしら!?」

「さっき私が解説したのだが……聞いていたかね?」

「えーと、落ち着けよ。な?」

「これが落ち着いていられ−−」

 

キーンコーンカーンコーン

 

 話に割って入った3限目開始のチャイム。正直ありがたかった。

「っ……!またあとで来ますわ!逃げない事ね!よくって!?」

 よくはなかったが、そういえば怒るのは明白なのでとりあえず頷いておく。原作でそんな初対面だったと知っていても、やはり面倒な子だなと思った。

 

 

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 この時間は千冬さんが教壇に立っている。よほど大事な授業なのだろう。山田先生がノートを手に持っていた。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 ふと、思い出したように言う千冬さん。クラス代表者とは、対抗戦への出場だけでなく、生徒会の開く会議や各種委員会への出席などを行う、普通校で言う所の学級委員のようなものである。

 色めき立つ教室。一方で事前知識の無い一夏は話についていけず、呆けた顔をしている。だが油断していると……。

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

 ほら、こうなる。その一言から一夏を推す声が続々と上がる。

「私もそれがいいと思いますー」

「私も織斑君に一票!」

「では候補者は織斑一夏……他にいないか?自薦他薦は問わないぞ」

「お、俺!?」

 ようやく自分が推されている事に気付いた一夏。つい立ち上がった一夏の背に刺さる視線の一斉射撃。

 これは『彼ならきっとなんとかしてくれる』という無責任かつ勝手な期待を込めた眼差しだ。

「織斑。席につけ、邪魔だ。さて他にいないか?いないなら無投票当選だぞ」

「ちょっ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな−−」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ」

「だ、だったら俺は九十九を推薦します!」

「あ、じゃあ私も村雲くんを推薦します」

「わたしもつくもんを推薦しま~す」

 私にもお鉢が回ってきたようだ。あり得るとは思っていたが、言い出すのが一夏とはね。

「私かね?まあ、やれと言うならばやるが……」

「では、織斑と村雲で決戦投票を−−」

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 甲高い声を響かせ、机を叩いて立ち上がったのは、イギリス代表候補生セシリア・オルコットだった。

「そのような選出、認められません!男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 どうやらかなり頭に血が上っているようだ。恐らく、自分が何を言っているのかさえよくわかっていないだろう。

 やれ「実力からいえばわたくしがクラス代表になるのは必然」だの「物珍しさを理由に極東の猿に任せるな」だの「このような島国まで来たのはIS技術の修練の為であり、サーカスをする気はない」だのと、差別的発言を次々に捲し立てる。

 挙句「文化の後進的なこの国で暮らすこと自体苦痛」と言った時点で遂に一夏がカチンと来たらしく、「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」と反論した。祖国を馬鹿にされたと感じたオルコットは大激怒した。

 あとはもう売り言葉に買い言葉。

 セシリアが一夏に決闘を申し込み、一夏が受ける。

 セシリアがわざと負ければ奴隷にする。と言い、一夏が真剣勝負で手を抜く気はないと返す。

 一夏がセシリアにハンデをつけてやると言って、クラスの爆笑する声にそれを取り下げる。

 セシリアが、むしろ自分がハンデを付けなくていいのか迷うくらいだ。と嘲った笑みを浮かべて語る。

 この二人、いがみ合ってるわりに息が合ってるな。と、私は思わず感心してしまった。

「そういえば、あなたはハンデは付けなくてよろしいのかしら?」

 思い出したようにオルコットが私に問いかけて来た。

「決闘を申し込まれたのは一夏だけかと思ったが、私もやるのかね?」

「当然ですわ。あなたにもこのセシリア・オルコットの実力を思い知らせて差し上げます!」

「ふむ……」

 私は、オルコットの挑戦を受けるかどうかを考える。

 

 受けた場合のメリットは、単純に戦闘経験値が上がる事。私の『フェンリル』とコンセプトの似た特殊兵装を持っているオルコットのISとの戦闘経験は、正直欲しい所だ。

 デメリットは特になし。むしろ受けない場合のデメリットが大きい。今は少しでも『フェンリル』に戦闘経験を積ませるべきだ。よってここは……。

 

「いいだろう。その申し出、受けさせてもらう」

「決まりですわね。それで、ハンデは?」

「射撃武装の全面禁止」

「なっ……!?」

 オルコットの顔が驚愕に歪む。それはそうだろう。暗に「お前のISの事は知っている」と言われたようなものなのだから。

「と言いたい所だが、一夏がノーハンデなのだ。私もハンデはなくて構わんよ」

「ねー、織斑くん、村雲くん。今からでも遅くないよ?セシリアに言ってハンデ付けてもらったら?」

 私達の斜め後ろにいた女子が気さくに話しかけてくる。だがその顔には、苦笑混じりの表情が浮かんでいる。その顔が一夏の反骨心を刺激したらしい。

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデはなくていい」

「私もだ。己の言葉に嘘はつきたくないのでね」

「えー?それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも知らないの?」

「…………」

 一夏は、千冬さんにISに関わる物を全く見せてもらえなかった。千冬さんが一夏がISに関わる事を良しとしなかったからだ。

 そのため、あいつの見た事があるIS関連の何かといえば現役時代の千冬さんの動画くらい(しかもこっそり)だろう。

「さて、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜、第三アリーナで行う。織斑、村雲、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 ぱんっと手を打ち、千冬さんが話を締める。

 一夏はどこか釈然としない顔をしながら席についた。

 私は、一週間後の勝負のために何をすべきかを分割した思考で考えながら、きちんと授業を受けた。

 

 こうして、クラス代表決定戦の開催が決まった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『ようやく原作バトル一発目かよ。待たせすぎだろ』とキャラ崩れ気味で言った気がした。




次回予告

一週間。
それは長いようで短い。
少年たちのそれぞれの過ごし方は…...

次回 「転生者の打算的日常」
#10  学級代表決定戦(対策)

丸裸にさせて貰うぞ、オルコット。


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#10 学級代表決定戦(対策)

「うう………」

 オルコットとの決闘が決まったその日の放課後。私の目の前には、机の上でぐったりとする一夏がいた。

「い、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 一夏が愚痴をこぼすのも無理はない。IS学園の教科書はとにかく専門用語の羅列なのだ。辞書でもあれば話は別だが、世に出て10年しか経っていないISに、専門用語を分かりやすく解説できるだけの蓄積は無い。

 そのため、ISの辞書などという物は現状存在しない。つまり一夏は、今日一日ほとんど何もできていないのだ。

「まあ、事前に知識の蓄積を怠ったお前の責任だな」

「言わないでくれ……」

「それにしても……」

「ああ……」

 私達は教室の外に目を向ける。そこには、放課後だというのに休み時間と全く変わらない光景があった。

 一年一組教室の前には他学年・他クラスの女子が多数押しかけ、きゃいきゃいと小声で話し合っている。

「勘弁してくれ……」

「それには同意する。昼休みも大騒ぎだったからな」

 溜息をつきつつ、僅かに顔を俯ける。なにせ昼食にしようと私達が学食に移動すれば、集まっていた女子が全員後ろからゾロゾロとついて来るのだ。一夏はげんなりした様子で「大名行列かよ」と呟いていたが、女子ばかりだからむしろ江戸城大奥の御鈴廊下(おすずろうか)だろう。

 しかも学食ではモーセの海割りが再び発生。ちょっとしたガリバー状態に二人で顔を見合せてしまう。

 私達は完全に『日本初上陸の珍獣』状態だった。前世でウーパールーパーという両生類が流行した事があるが、これはそれと同じようなものなのだろうか?

 

「ああ、織斑くん、村雲くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

「「はい?」」

 呼ばれて顔を上げると、副担任の山田先生が書類片手に立っていた。

「何かご用ですか?山田先生」

「あ、はい。えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーをこちらに渡す山田先生。

 IS学園は全寮制であり、生徒は学生寮での生活を義務づけられている。これには、将来有望なIS操縦者を保護する目的もある。

 未来の国防が関係する以上、学生の頃からあの手この手で勧誘しようとする国があってもおかしくない。実際、どの国も優秀な操縦者の勧誘に必死だ。

「俺たちの部屋、決まってないんじゃなかったんですか?前に聞いた話だと一週間は自宅から通学して貰うって事でしたけど」

「私にも同じような話が来ていましたが?」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……二人とも、その辺りの事って政府から聞いてます?」

 最後は私達だけに聞こえるよう耳打ちする。

 政府とは当然日本政府だ。何せ今まで前例のない『男性IS操縦者』だ。国としては保護と監視の両方を付けたいのだろう。

 なにせあのニュースが世界中に流れて以降、マスコミの取材はもとより日本駐留の各国大使が「ぜひ我が国に国籍を移して欲しい」と言って来たり、企業の人事部所属の社員が「我が社に入りませんか?」と言って来たり、挙句の果てには遺伝子工学研究所の所員が「是非、生体調査をさせて欲しい」と言って来たりした。上二つはともかく、流石に研究所員の話には頷けない。

 

「そう言うわけで、政府特命もあってとにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一月もすれば個室が用意できますから、しばらくは相部屋で我慢してください」

「……あの、山田先生、顔に息がかかってくすぐったいんですが……」

「というか、いつまで耳打ちするつもりですか?」

 教室内外の女子達が、興味津々と言った顔をしている。残念ながら、そんな甘酸っぱい話はしていないぞ諸君。

「あっ、いえっ、これはそのっ、別にわざととかではなくてですねっ……!」

 あからさまに慌てる山田先生。男に免疫がないのか、顔が真っ赤に染まっている。

「いや、わかってますけど……。それで、部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備出来ないですし、今日はもう帰っていいですか?」

「あ、いえ、荷物なら−−」

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 後ろから千冬さんの声がした。今、一夏の脳内では間違いなく『ダースベイダーのテーマ』が流れているだろう。ちなみにもう一曲は『ターミネーターのテーマ』だそうだ。

 ちなみに、同じ状況になった時に私の脳内に流れるのは『ジョーズのテーマ』もしくはベートーベンの『運命』である。

「ど、どうもありがとうございます……」

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 なんとも千冬さんらしい大雑把な荷造りだった。その通りではあるけれど、日々の潤いは重要だと思いますよ?

「村雲の荷物はお前の母親が用意している。すでにお前の部屋に搬送されているので、後で確認するように」

「わかりました」

 母さんの事なので余計な物が含まれてないか心配になるが、一旦その思考を中断して山田先生の説明を聞く事に集中する。

「じゃあ、時間を見て部屋に行って下さい。夕食は18時から19時、寮の食堂でとって下さい。各部屋にはシャワーがありますけど、その他に学年寮ごとに大浴場があります。けど……えっと、その、織斑くんと村雲くんは今の所使えません」

 まあ、そうだろう。ここはそういう場所だからな。

「え、なんでですか?」

 だというのに、なんでまたそれを聞く?

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

「一夏、私は性犯罪者を友人に持ちたくないのだが?」

「あー……」

 言われてようやく気付く一夏。遅いわ……。

「おっ、織斑くんっ、女子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」

「い、いや、入りたくないです」

 その言い方は誤解を招くぞ一夏。

「ええっ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような……」

「一夏、どうやら私はお前との付き合い方を考えねばならないようだ。取り敢えず、私の後ろに立たないでくれ」

 さりげなく一夏から距離をとる。尻を押さえるのも当然忘れない。

「まてまて九十九!違うから!そんな趣味ないから!!」

 必死に否定する一夏の叫びときゃいきゃい騒ぐ山田先生の言葉が伝播したのか、廊下では俗に言う『腐女子談義』に花が咲く。

「織斑くん、男にしか興味がないのかしら……?」

「それはそれで……いいわね!」

「一夏×九十九?それとも九十九×一夏!?ああっ、どっちもいい!!」

 なにか不穏なかけ算が聞こえたが、今は無視。後で片っ端から潰しにかかるとしよう。

「えっと、それじゃあ私達は会議があるのでこれで。織斑くん、村雲くん、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」

 校舎から寮までは約50m。それでどうやって道草を食えと言うのだろうか、この人。

 確かに各種部活動、ISアリーナ、IS整備室にIS開発室と、およそISに関係するありとあらゆる施設・設備を擁するIS学園だが、今の所私達にそれらは関係ない。いずれは見て回るべきだが、今日はもう休みたかった。そろそろ女子の視線から解放されたいのだ。

「ふー……。行くか、九十九」

「はあ……。そうだな」

 先生二人が教室から出ていくのを見送って、私達はため息混じりに席を立つ

 またしても教室内外であれこれ騒いでいるが、今日は無視を決め、部屋に行く事にする。とりあえずここよりはましだろう。

 

 

「えーと、ここか。1025室だな」

「私は1033室だ。もう少し先だな」

「って、同じ部屋じゃないのかよ!」

 寮の部屋番号を確認しながら進むことしばし、私達は一夏の部屋の前にいた。

「山田先生の話を聞いていたか?無理矢理部屋割りを変更したと言っていただろう。私達が初めから同じ部屋になれるなら、そんな苦労はしていないぞ。まあ、一月少々の同居人だ。よろしくやれ」

「お、おう」

 私はそう言いながら、自分の部屋を目指した。

 

ガチャ

 

 ドアの開く音がしたので振り返ると、一夏が部屋の中へ入っていったのが見えた。そういえばあいつ、ノックしたか?

 

 『1033』のプレートを見つけたのは、一夏と別れて20mほど行った場所だった。

「ここだな。さて私のお相手は誰だろうね」

 

コンコンコンコン

 

 ドアを4回ノックする。豆知識だが、ノックの回数には意味があり、2回はトイレの個室の使用確認で、3回は親しい相手の場合、公の場や初対面の相手の場合は4回が正しいとされている。

「は~い、誰~?」

 やや間延びした、幼い印象を受ける声。この声は……。

「この部屋の同居人になる者だ。今大丈夫かね?」

「うん、大丈夫だよ~」

「では、失礼する」

 

ガチャ

 

 ドアの開けて中へ入る。そこには……。

「……きつね?」

 の着ぐるみのような部屋着を身につけた−−

「おお~、つくもんだ~。ど~したの~?」

 どこか小動物的な雰囲気の漂う女の子がいた。

「いや、つい先程『同居人になる者だ』と言ったはずだが?のほほん……失礼、布仏さん」

 いわずもがな、布仏本音その人だった。

「ほえ?そ~なの?」

 首を傾げてこちらを見てくる布仏さん。なんか和む。

「ああ。政府特命でやむを得ずらしい。なに、一月少々の事だ。辛抱してくれると有難い」

「うん、わかった~。じゃあ~よろしくね~つくもん」

 言いながらこちらに右手を差し出す布仏さん。

「ああ、よろしく頼むよ。のほほん……失礼、布仏さん」

「言いにくいなら名前で呼んでもいいよ~?」

「そうかね?では、改めてよろしく。本音さん」

「うん、よろし−−」

 

ズドンッ!!

 

 突如廊下全体に響く大音量。何が起きたのか知ってはいるのだが、やはり驚いた。

「ひゃあ!なになに〜!?」

「何か棒状の物で、木の板を貫いたような音だな。それが出来そうな人物を二人ほど知っているが……」

 

ドンドン!!ドンドンドン!!

 

 ドアがノックされたので開けると、そこにいたのは−−

「た、助けてくれ!九十九!!」

 顔面蒼白で息も絶え絶えの一夏だった。

「あ、おりむーだ~」

「一夏、単刀直入に訊くぞ。何をした?」

「俺が何かしたの確定なのかよ!?」

「当然だ。まあいい、入れ。ここでは目立つ」

「お、おう」

 一夏を部屋へ入れる。部屋の前では女子達が騒いでいて、落ち着いて話が出来そうにないからだ。

 

「さて、一夏。もう一度訊くぞ。何をした?」

「いや、ルームメイトが箒だったんだけど、シャワー中でさ……」

「皆まで言うな。大方お前がノックもせずに部屋に入って、箒が入ってきたお前を同性の同居人だと思ってバスタオル一枚の格好で出てきて鉢合わせ。箒が怒りと羞恥から木刀を持って襲ってきた。と言った所だろう?」

 私の言葉に、一夏が衝撃を受けたかのような顔をする。その顔は『自称神の雷男の顔芸』に似ていた。

「お前、エスパーか?」

「いや?だが、お前と箒の性格と行動パターンを考えればこの程度の予測はできるさ」

「つくもんすご~い。……おりむー、ノックは人類の偉大な発明なんだよ~?」

「グハッ……!」

 本音さんの一言にへこむ一夏。自業自得だがな。

「九十九、俺はどうしたら……」

「知らん。一夏、私は昔から言っているはずだ。お前達の夫婦喧嘩に巻き込むなとな。さっさと謝るなりなんなりして、部屋に入れて貰え。話はそれからだ」

「いや、俺たちは夫婦じゃ「いいから」アッ、ハイ。ワカリマシタ」

 すごすごと私の部屋を出ていく一夏。やれやれ。あの二人、本当に進歩がないな。

「さて、本音さん」

「な~に~?」

「まずは、色々取り決めなければならないが、何か要望はあるかね?」

 

 私達は、部屋の中での決め事について話し合った。ベッドの位置、シャワーの時間、着替えの方法と場所、冷蔵庫の使い方等を決め、夕食を取ろうと部屋を出ようとした時。

 

ズガンッ!!

 

 再びの大音量。ビックリした本音さんが飛び上がる。

「ひゃあ!今度はなに~!?」

「棒状の物で何か硬い物を叩いた音だな。一夏め、今度は何をした?」

 というか、あいつ生きてるよな?

 

 

 翌朝、一夏と箒、そして本音さんと食堂で朝食を摂る。箒はかなり不機嫌らしく、一夏の話しかけに応じる気は全く無さそうだ。

 私達の周りには、昨日から変わらず一定の距離を保ちつつ『興味津々ですよ。でもがっつきませんよ』というどうにもむず痒い気配を放つ女子達がいる。

 そんな中、三人の女子が私達に声をかけてきた。朝食を一緒にしたいらしい。

 一夏が「別にいい」というと、声をかけた一人が安堵のため息をつき、後ろの二人が小さくガッツポーズをとっている。周囲からは「出遅れた」「まだ2日目。焦る段階じゃない」「昨日部屋に押し掛けた子もいるらしい」「なん……だと……?」といったざわめきが聞こえてきた。

「織斑くんも村雲くんも、朝すっごい食べるんだ!」

「お、男の子だねっ」

「俺は夜少なめに取るタイプだから、朝たくさん取らないと色々きついんだよ」

「私は単純に燃費が悪くてね。これ位は取らないと昼まで保たんのだよ」

「へ~、そうなんだ~」

 この後、一夏が女子の食事量が少なめなのを見て「そんな量で平気なのか?」と聞き、三人がしどろもどろになりながら答えるというシーンがあった。ダイエットしているのだろうが、それを言えない乙女心。という奴だろう。

「織斑、村雲、私は先に行くぞ」

「ん?おう。また後でな」

「了解した。また後で」

 さっさと食事を済ませた箒は席を立って行った。ちなみにあいつの食事は全て和食だった。相変わらずのサムライぶりに感服するね、まったく。

「織斑くんと村雲くんって篠ノ之さんと仲がいいの?」

「織斑くんと同じ部屋だって聞いたけど......」

「ああ、まあ、俺たち幼なじみだし」

 別段意識せずに言った一夏だが、周囲のどよめきは大きかった。誰かの『え!?』という声が聞こえた。

「え、それじゃあ−−」

 一夏の隣の女子、谷本さんが質問をしようとした所で、食堂に手を叩く音が響く。

「いつまで食べている!食事は迅速に効率よく取れ!遅刻したらグラウンド10周させるぞ!」

 千冬さんの声は実によく通る。途端、食堂にいた全員が慌てて朝食の続きに戻る。

 IS学園のグラウンドは1周5㎞。つまり10周で50㎞となり、フルマラソンより長い距離を走る事になる。流石にそれは勘弁なので、私も急いで食べる事にする。

 ちなみに千冬さんは一年生寮の寮長も務めている。相変わらず、いつ休んでいるのかわからないお人だ。

 

 2時限目終了時、すでに一夏はグロッキーだった。多少の予習はしたのだろうが、その程度では間に合わなかったようだ。

 腕を組み、教科書と睨み合いを続ける一夏だが、そんな事はお構い無しに授業は進む。

 山田先生は時々詰まりながらも、生徒達にISの基礎知識を教えていく。

 ISの生体補助機能についての話で、ある生徒が『体の中を弄られているようで怖い』と言ったので、ブラを例えに出した時に一夏と目が合ったらしく、ごまかし笑いを浮かべて教室が微妙な雰囲気になったり、ISの学習能力の話で山田先生が『ISを道具ではなく、パートナーとして認識すること 』と言った所、生徒から『彼氏彼女のような感じですか?』と質問され、『経験がないのでわからない』と赤面し俯いたりしていた。そんな山田先生を尻目に、女子達は男女についての雑談を始める。

 私はこの状況に、女子校特有の空気の甘さのようなものを感じた。

 

 3時限目開始前、千冬さんによって一夏に専用機を用意する事が伝えられた。

 教室がざわつくが、一夏は相変わらず何の事だかわかっていないようだった。

 千冬さんがため息混じりに「教科書6ページ。音読しろ」と呟く。そこに書いてある事を要約すると、以下のようになる。

 

 1.ISは世界に467しか存在しない。

 2.ISコアは篠ノ之束博士以外に製作不可能で、博士はもうコアを製作していない。

 3.専用機は国家、ないし企業所属の人間のみに与えられるが、男性IS操縦者のデータ収集のために織斑一夏に専用機を用意する。

 

 要は一夏に「モルモットになれ」と言う事だ。

「あれ?じゃあ九十九は?」

 当然の疑問を一夏が口にする。

「ああ、村雲なら−−」

「私は既に専用機を持っている。テストパイロットとして父さんの会社に所属しているからな」

 言いながら襟元に手を入れて、ある物を取り出す。

「ドッグタグ?」

 それは、狼の横顔が彫られたドッグタグだ。

「これが私のIS『フェンリル』だ。今は待機形態だがな」

 私の言葉に一部の女子が食いつく。

「村雲くんって、どこの企業所属なの?」

「ラグナロク・コーポレーションだが……知っているかね?」

「えっ!?ラグナロクってあの!?」

「とんでも武器ばっかり作ってる変態企業!?」

 失礼だな。割とその通りだが。

 その後、箒が束博士の妹だと知れて大騒ぎになったが、箒の「あの人は関係ない!」という言葉に、皆困惑や不快を顔に表していた。やはり、箒と博士の間にある溝は深いようだった。

 

 

 休み時間に私達の前に現れたオルコット。腰に手を当てるポーズをとっている。様になっているが、今はどうでもいい。

 オルコットは私達に専用機がある事に安心したという。「勝負は見えているが、フェアではないから」が理由だそうだ。

 一夏の「何故フェアではないのか?」という質問に、オルコットは「自分も専用機を持っているから」と答えたが、一夏にはいまいち伝わっていなかった。

 馬鹿にされたと思ったのか、一夏の机を叩くオルコット。あ、ノートが落ちた。

 続くオルコットの「専用機持ちは全人類60億超の中でも、エリート中のエリートである」という言葉に「人類は60億超えてたのか」とずれた所で感心する一夏。

 やはり馬鹿にされたと思ったのか、また一夏の机を叩くオルコット。あ、教科書落ちた。

 さらに「博士の妹なんですってね」と矛先を箒に向けたが、自分に向けられたヤクザ顔負けの鋭い視線に気圧されたのか「クラス代表にふさわしいのはわたくしだということを忘れないように」と捨て台詞を吐いて、踵を返して立ち去った。

 オルコット、私には何も無しかね?ああ、そうかね。

「つくも~ん、お昼行こ~」

 オルコットに無視された事でささくれた心が、急速に癒されるのを感じるふんわりボイス。

「本音さん。私の味方は君だけのようだ」

「ほえ?」

 ああ、いいなあこの娘。和むわ。

 

 場所は変わり食堂。一夏と箒の動向に分割思考を向けつつ、本音さんと一緒に昼食を取る。

「ね~ね~、つくもん」

「何かね?本音さん」

 パスタを食べながら、本音さんが私に話しかける。

「せっしーに勝てるの~?代表候補生なんだよ~?」

「ふむ、まあ勝算が無いとは言わない。もっとも確実に勝てるとも言えんがね」

 特大マルゲリータピザを齧りつつ答える。む?このモッツァレラチーズ、水牛乳を使った本物だ。流石はIS学園。手抜かりがないな。

「えっと、それってどういうこと?あ、隣いいかな?」

 かけられた声にそちらを向くと、二人の女子がいた。

「構わんよ。確か、相川清香(あいかわ きよか)さんに谷本癒子(たにもと ゆこ)さん……だったかな?」

「う、うん。名前、覚えてくれたんだ」

「まあ、これくらいは出来ないとね」

 

ーーー

「そういやさあ」

 定食を食べながら、おもむろに口を開く一夏。

「……なんだ」

「ISのこと教えてくれないか?このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

 それは言わない約束だ、箒。

ーーー

 

 私の隣に相川さんが、斜向かいに谷本さんが座り、話の続きを促す。

「それで、さっきの話だけど……」

「ああ、『勝算は無いとは言わないが確実に勝てるとも言えない』の意味だったね」

「うん、それ」

「それは私の言う勝算が、オルコットの精神状態によるからだ」

 私の言葉に頭の上に『?』を浮かべる三人

「オルコットは私達を『ISに乗れるだけの男』だと思っている。そして自分を『エリート中のエリート』だと思っている。ここまではいいかね?」

 こくりと頷く三人。

 

ーーー

 三年生の女子が一夏と箒の所にやってきて「ISの事を教えてあげる」と言ったが、箒の「私が教える事になっている。私は篠ノ之束の妹だ」と言う言葉に軽く引いた感じで立ち去った。親切そうな人だったのに、残念だったな一夏。

ーーー

 

「要するに、オルコットは自分が勝って当然だと慢心し、油断している。恐らく、こちらの機体やその能力をろくに調べもせず、自分の腕を今より磨く事もしないだろう」

「えっと……つまり?」

「オルコットの慢心と油断。そして、対戦相手である私達に関する情報の不足。それが私の言う勝算だ」

 

ーーー

「今日の放課後、剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないかみてやる」

「いや、俺はISのことを−−」

「みてやる」

「……わかったよ」

 どうにも一夏の周りには強情で強引な女が多いな。そういう運命なのか?

ーーー

 

「もっとも、一夏が先に対戦して善戦した、あるいは何かの拍子に勝ったとなれば、彼女の慢心と油断は消え、私のアドバンテージはこちらの情報の不足のみになる。それが確実に勝てるとも言えない理由だ。出来れば先に戦いたいが、こればかりは運だな」

 と言っても、原作通りに事が進めば先に戦える可能性は高いが。

「そ、そうなんだ……」

「か、考えてるんだね……」

「つくもんはゲスいな~」

 失礼な。戦うとなればこれ位は当然だろうに。

「本音さん。この位でゲスいなんて、真のゲスに失礼だろう」

「え、そこなの~?」

「うむ、そこなのだよ。ああ、先ほど一夏と箒が剣道場で修練すると言っていたぞ。行ってみるといい」

「え、そうなの!?」

「て言うか、どうやって知ったの!?」

「ふっ、秘密だ」

 さて、これで一夏の錆び付いた腕が多少はましになるといいが。

 

 

 時間は放課後、場所は自室。本音さんは剣道場に行ったようで今はいない。

「さて、一夏の事は箒に任せるとして、私は情報収集に励むとしようか」

 持参したパソコンを立ち上げ、オルコットの機体の性能、本人の技量と得手不得手、得意な戦術、嫌う戦術など、調べられるおよそ全ての事を調べ尽くす。

 

 セシリア・オルコット。イギリス代表候補生。IS適性はA、BT適性はA。

 専用機はイギリス製第三世代機『ブルー・ティアーズ』。機体分類は遠距離射撃型。

 主な装備は以下の通り。

 BTエネルギーライフル《スターライトmk-Ⅲ》

 近接戦用ショートブレード《インターセプター》

 BT兵器《ブルー・ティアーズ》(内訳はレーザービット4機、ミサイルビット2機)

 BT兵器は、高稼働時にビームの偏光制御射撃(フレキシブル)が可能になるとされているが、現在オルコットに偏光制御射撃の成功事例はない。

 機動射撃も出来るが、静止状態での狙撃をより得意とする。中長距離戦に極めて強く、反面接近戦を非常に苦手としている。

 自機の機動中に《ブルー・ティアーズ》を稼働する事ができず、その逆も同様である。

 基本戦術は《ブルー・ティアーズ》による対象の足止めからの狙撃。対象の反応の最も遅くなる位置に《ブルー・ティアーズ》を配置する癖がある。

 

「なるほど、やはり原作と大きな違いは−−」

「ただいま~」

 ないな、と言おうとした所で、本音さんが帰ってきた。

「ああ、お帰り本音さん。一夏はどうだったね?」

「しののんにこてんぱんにされてたよ~」

「まあ仕方ない。あいつは中学時代、家計の足しにアルバイトをしていたからな。腕も落ちるだろう」

「しののんはおりむーを鍛えなおすってはりきってた~」

「まあ、一夏の感覚を取り戻させるには丁度いいだろう」

「つくもんは練習とかしないの~?」

 首を傾げて聞いてくる本音さん。うん、かわいい。

「練習をするのは早朝さ。それならオルコットに見られる事はないからね。情報とは自分の物は相手に渡さず、かつ自分は相手の物を持っているというのが、一番理想の状態なのだよ」

 パソコンを閉じながら、私は本音さんに持論を語る。

「お~、つくもんは策士だね~」

「誉めても何も出ないさ。さあ、夕食に行こうか」

「は~い」

 こうして、一日が終わりを告げた。

 私は明日の早朝訓練のためにアリーナの使用申請をした後、シャワーを浴びて眠りについた。

 

 

 翌早朝。私は第二アリーナにいた。

「さて、始めるか」

 入念なストレッチを終え、まずはISの着脱訓練から開始。目標は1秒以内だが、今の私の最短時間は約2秒。精進が必要だな。

 ついで、各種装備の展開(オープン)&収納(クローズ)訓練。二種の拳銃、片手剣、投擲槍を次々に取り出しては素早くしまう。目標は展開・収納共に0.5秒だが、現在の平均は共に1.3秒。こちらも要練習か。

 最後に『フェンリル』の第三世代兵装を展開して最大数稼働を10分間維持して今日の早朝訓練を終了する。

 

「はあ……はあ……やはり最大数稼働は負担が大きいか」

 頭痛をこらえて部屋に戻り、シャワーを浴びて汗を流した後、制服に着替える。

 ちなみに部屋に戻った時、本音さんはまだ寝ていた。時間は6時半。そろそろ起こさねば。

「本音さん、起きたまえ。もう時間だ」

 声をかけるが反応なし。

「本音さん、朝だ。起きたまえ」

 軽く肩を揺する。「ん……ふにゅ~」と、わずかに反応。

「本音さん、起きたまえ。遅刻したいのかね?」

 さらに強く肩を揺する。と、ようやく一言。

「ん~……あと5分……」

 

ピキッ!

 

「わかった、あと5分だな……。などと言うと思うか!!」

 

バサァッ!

 

 本音さんのベッドの掛け布団を一気に引き剥がす。

「ひゃあ!」

 驚きに意識が覚醒する本音さん。

「やあ、おはよう本音さん。いい朝だな」

「う~、ひどいよつくもん~」

 こちらを恨みがましげに見てくる本音さん。

「このような起こし方をされたくなければ、自分で起きる努力をしたまえ。ほら、身支度を整えたら朝食に行くぞ」

「うん、わかっ……く~」

「だから寝るな!起きんかコラ!」

 結局、本音さんが身支度を整えて部屋を出る事ができたのは7時過ぎ。朝食は軽くしか取れなかった。

 ついでに、毎朝本音さんを叩き起こすのが私の仕事になった。何故こうなった?

 

 これで私のクラス代表決定戦の対策は立った。

 あとは、訓練をしながらその日が来るのを待つだけだ。




次回予告

蒼の奏でる雫のワルツ。
純白の唄う剣のアリア。
灰銀の指揮するオーケストラ。
観客の支持を最も受けるのは……。

次回「転生者の打算的日常」
#11 学級代表決定戦(対決)

聴いていけ。私の奏でる交響曲を。


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#11 学級代表決定戦(対決)

 時は過ぎ、月曜日。セシリア・オルコットとのクラス代表決定戦当日。私達は第三アリーナ、Aピットに来ていたのだが……。

「−−−なあ、箒」

「なんだ、一夏」

「どうした?何か問題か?」

「気のせいかもしれないんだが」

「そうか。気のせいだろう」

「何があったかは何となくわかるが……どうした?」

「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」

「…………」

 ふいっ、とそっぽを向く箒。

「目 を そ ら す な」

「まさかとは思うが……この6日間、剣道の稽古しかしていないなどとは言うまいな?箒」

「し、仕方がないだろう。一夏のISがなかったのだから」

「まあ、そうだけど−−じゃない!」

「とは言え、知識や基本的な事くらいは教えられたはずだろう?」

「…………」

 ふいっ、と目をそらす箒。

「「目 を そ ら す な っ!」」

 一夏のISはごたつきがあったようで、結局来ていない。今日の今日、今の今もまだ来ていないのである。

「「「…………」」」

 沈黙が、場を支配していた。

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 山田先生が慌ててこちらに駆けてくる。相変わらず転ばないか心配になる足取りだな。

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」

「は、はいっ。す〜は〜、す〜は〜」

「はい、そこで息を「止めさせるな」イテッ!」

 一夏の頭にチョップを入れる。この人はノリを本気にするだろうからな。もしあそこで突っ込みを入れなければ、山田先生は間違いなく息を止める。そして顔を真っ赤にしながら息を止め続けようとする。この人は変な所で真面目なのだ。

「よく止めた、村雲。織斑、目上の人間には敬意を払え」

 

パァンッ!

 

 いつも通りの弾ける様な打撃音。これで威力はヘビー級だと言うのだから、まったくもって笑えない。

「千冬姉……」

 

パァンッ!

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 教育者とは思えない暴力発言。美人なのに浮いた話がないのは、ひとえにこの性格が原因ではなかろうか。

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもできるさ」

 一夏も同じ事を考えていたらしい。心を読まれた。と言った顔をしている。

「それでですねっ!来ました!織斑くんの専用IS!」

「−−え?」

 まるで図ったかのようなタイミング。誰だ仕組んだのは?兎博士か?

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

「−−はい?」

「先に私が出ればいいのでは−−」

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ。一夏」

「−−え?え?なん……」

「いや、だから私が先に−−」

「「「早く!」」」

 山田先生、千冬さん、箒の声が重なる。私と一夏の周りには、こんな異性しかいないのか?

 

ゴゴンッ!

 

 ピット搬入口の防護壁が重々しい音を立ててゆっくりと開く。そこにいたのは『白』だった。一切の飾り気のない、眩しい程の純白の機体。その名は……。

「これが……」

「はい!織斑くんの専用IS『白式』です!」

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないから「織斑先生!」……なんだ、村雲」

 少し強めに呼んでようやくこちらを向いてくれる千冬さん。やっと話を聞いてくれるようだ。

「私の機体は既に初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を終えています。私が先に出てオルコットと対戦し、一夏が初期化と最適化を終えた上で、一夏とオルコットで対戦。ではいかがでしょう?」

「ふむ……いいだろう。では、第一試合は村雲対オルコット、第二試合が織斑対オルコット、第三試合を村雲対織斑で行う」

「了解しま……あの?」

「なんだ、村雲」

「私と一夏も対戦するので?」

「三人なんだ。当然だろう」

「はあ……。了解しました」

 言いながらピット・ゲートへ進む。だが、ひとまずはこちらの思惑通りに進んでいる。今の慢心しきったオルコットならば、やり方次第で十分勝機はある。

 私は首に下げたドッグタグを軽く指で弾く。私にとって、これが最も装着のイメージをしやすい動きだったからだ。

「始めるぞ。フェンリル」

 瞬間、私の体を光が包む。全ての感覚がクリアになり、今なら何でもできそうだと言う全能感が体を包み込む。

 次の瞬間、現れたのは一機のIS。

 全体に灰銀の装甲に所々アイスブルーのラインが入った、流線形でシャープなシルエット。

 非固定浮遊部位(アンロックユニット)はウィングスラスターになっていて、機動性を重視しているようだ。

 狼の頭部を象ったバイザーが、孤高の狼王をイメージさせる。

「それが……」

「ああ、これが私のIS『フェンリル』だ」

 さあ、始めようか。カタパルトに機体を固定する。ゲート開放を確認。

「村雲九十九。『フェンリル』出る!」

 

 

「あら、まずはあなたですのね」

 オルコットがふん、と鼻を鳴らす。腰に手を当てたポーズが実に決まっているが、私の関心はそこにはない。

 鮮やかな蒼のIS『ブルー・ティアーズ』

 4枚のフィン・アーマーを背に従えたその姿は、さながら王国騎士のごとき気高さがある。

 手にはBTレーザーライフル《スターライトmk-Ⅲ》が握られている。彼女の腕なら照準から発射まで最速で0.4秒ほど。試合開始の鐘は鳴っているため、いつ撃ってきてもおかしくない状況だ。

「最後のチャンスをあげますわ」

 こちらに人差し指を伸ばした右手を向けてくるオルコット。左手のライフルは余裕の表れか、未だ砲口は下がったままだ。

「ほう。チャンスかね?」

 言いながら、右手に銃を呼び出し(コール)していつでも撃てるようにしておく。

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから−−」

「惨めな姿を晒したくなくば、今ここで謝れ。そうすれば許す……かね?」

「……っ!?」

 自分の言葉の続きを言われた事に驚愕するオルコット。

「君ならそう言うと思っていたよ。そしてその答えは……こうだ」

 右手に持った銃を素早く構え、撃つ。

 

ガオンッ!

 

 大口径銃特有の低く鈍い発射音がアリーナに響く。

「きゃあっ!?」

 いきなりの射撃にオルコットは反応しきれず、弾丸は吸い込まれるように『ブルーティアーズ』の右肩に直撃する。

「残念ながら、君の提案はチャンスとは言わない。あと、君に噛みついたのは一夏であって私ではない」

 硝煙を上げる銃を構えたまま、私はオルコットにそう告げた。

「やってくれますわね……」

「そうかね?君が私と会話していたあの時、既に試合開始の鐘は鳴っていた。余裕ぶって砲口を下げていた君のミスだろう。私の返答が言葉のみだと思っていたのと合わせてね」

「言ってくれますわね……。では、こちらからも返礼をいたしましょう!」

 ーーー敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、エネルギー装填。

 

キュインッ!

 

 レーザー兵器特有の甲高い発射音。閃光が私に迫る。

「ふっ!」

 その場から大きく動いて回避する。続いて第二射、第三射が迫る。第三射が装甲表面を掠めていった。

「くうっ!」

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと『ブルー・ティアーズ』の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 射撃、射撃、射撃。

 降りしきる光弾の雨をなんとか躱しながら、私はオルコットを観察する。やはり、静止状態での狙撃に徹底している。

 狙いは正確。実際、直撃こそないものの、躱しきれずに装甲を数ヵ所えぐられている。このままではじり貧か。ならば……。

 左手にもう一丁銃を呼び出し(コール)。オルコットに対し照準、発砲。

 

ガガガガンッ!

 

 短い間隔で連発する発射音。左手の銃は機関拳銃(マシンピストル)なのだ。

「っ……!?」

 飛んでくる弾丸を回避するオルコット。彼女の射撃が途切れた瞬間を狙って急速接近。両手の銃を照準、発砲。

 

ガオンッ!ガオンッ!ガガガガンッ!

 

「くっ、あぐっ!?」

 流石は代表候補生。体勢の崩れたあの状態からさらに躱して見せるとは。全弾発射して、直撃は右手の銃の一発と左手の銃の二発だけとはね。

「今のを躱すとは流石だな、オルコット。私は全弾当てに行ったのだが。……ところで、もしや機動射撃は不得手かね?私が全弾発射した後の隙を、君ほどの操縦者が見逃すとは思えないのだが?」

 両手の銃に弾をリロードしながら挑発する。

「本当に言ってくれますわね。いいですわ、これを見てもその余裕が保てるかしら!」

 『ブルーティアーズ』の肩部ユニットから機動兵装が分離する。ようやく本気になったか。

「お行きなさい!《ブルー・ティアーズ》!」

 オルコットの呼びかけに応えるように《ブルー・ティアーズ》(以下ビット)が飛来。こちらを包囲するように陣取る。

「ふむ、まいったね」

 この状態から《ビット》で牽制射。相手が回避、防御するその隙にオルコットが狙撃。これがオルコットの必勝パターンだ。

 だが、彼女の《ビット》の運用には、分かりやすい癖と決定的な弱点がある。あとは、そこを何時突くかだ。

 

 

「思いの外やりますわね。誉めて差し上げますわ」

「そうかね?素直に受け取っておくとしよう」

 SE(シールドエネルギー)残量217。実体ダメージは中破に近い小破。武器も問題なし。

「この『ブルー・ティアーズ』を前にして、初見でこうまで耐えたのはあなたが初めてですわね」

 そう言って、セシリアは自分の周りに浮遊する四機の自律機動兵器を撫でる。

「イメージ・インターフェース兵器《ブルー・ティアーズ》……思った以上に厄介だな」

「あら、誉めてもなにも「だが」っ!?」

 オルコットに顔を向け、一言。

「調べた以上の動きではなかった。攻略は可能だ」

「少々わたくしと『ブルー・ティアーズ』の事を調べたからといって、どうなるものでもありませんわ!さあ!閉幕(フィナーレ)です!」

 オルコットの右腕が横に動く。指令を受けた《ビット》が二機、多角的直線機動で接近。

「ふむ……」

 私の上下に回った《ビット》がレーザーを発射。これを防御、あるいは回避するとその隙をオルコットのライフルが突く。事前調査通りの動き。これならば……。

「左足、いただきますわ! 」

「やらせんよ!」

 

ガオンッ!ガオンッ! ガギンッ!ガンッ!

 

 発砲音の後に派手な衝突音と飛び散る火花。

 オルコットがこちらをロックオンしトリガーを引く直前、私の銃から放たれた弾が彼女のライフルを打ち上げる。結果、オルコットの放ったレーザーはあらぬ方向へ飛んでいく。

「そ、そんな!?けれど無駄なあがき!」

 オルコットはさらに距離をとり、左手を横に振る。すると、周囲で待機していた《ビット》が私に向かって飛来。

「やはりな。調べた通りだ」

 右手の銃を収納(クローズ)、ついで投擲槍を呼び出し(コール)。襲い来るレーザーを躱しつつ投擲する。槍に貫かれた《ビット》は穴から火を吹いて、直後に爆散。まずは一つ。

「なんですって!?」

 投げた槍を呼び戻し、驚愕するオルコットに向けて投擲。

「くっ……!」

 右方向に回避するオルコット。そしてまたその右手を振ろうとするが。

「オルコット、後方注意だ」

「え?きゃあっ!」

 私の言葉に後ろを向くオルコット。その視線の先で、戻ってきた槍がその切っ先をオルコットに向けていた。直前で躱したオルコットだが、私が投げた槍はなおも執拗にオルコットに襲いかかる。

「なんなのです!?この槍は!」

自動追尾式投擲槍(ホーミングジャベリン)《グングニル》。ラグナロクの最新式槍型武装だ」

 必死に《グングニル》を躱しながら訊いてくるオルコットに丁寧に回答してやる。

「オルコット。君の《ビット》は、毎回君が指令を送らねば動かない。そしてその時、君は《ビット》以外での攻撃が不可能になる。その逆に、君自身が攻撃したりあるいは機体の機動に専念すると、《ビット》による攻撃が不可能になる。全て調べた通りだ」

 私の言葉を《グングニル》を躱しながら聞いていたオルコットの右目尻がひきつる。ここまで調べられているとは思っていなかったのだろう。

「よって、《ビット》を封じようと思えば、君が自機の機動に専念せざるを得ない状況にすればいい」

 左手の銃を収納(クローズ)。両手を腰だめに構え、もう一つ武装を呼び出し(コール)

 

ヒィィィン……。

 

 甲高い音をたて、逆三角形に配置された三本の砲身が高速で回転する。

「そ、それは……!?」

 私の構えた武装の正体に気づいたか、オルコットの顔が焦りで歪む。

「30㎜口径3×3連装回転式機関砲(ガトリングガン)《ケルベロス》。ラグナロクの中では、比較的マシな部類に入る武装だ」

 

ドルルルルッ!

 

 毎分3600発の弾丸の嵐がオルコットを襲う。

「くっ……!」

 ケルベロスの射線から逃れようと上空へ向かうオルコット。だがそこには……。

「オルコット、左に注意だ」

「なっ!?まさか……!」

 私の言葉に自分の左側を見るオルコット。しかし、そこには何もない。

「えっ!?(ズガッ!!)きゃあっ!」

 そこにオルコットを狙っていた《グングニル》が襲いかかる。ただし、彼女の右側から。

「ああ失礼。私から見て左だったよ」

 言いながら、戻ってきた《グングニル》を掴み、収納(クローズ)

「馬鹿にしてっ!ティアーズ!」

 腕を振り、《ビット》を呼び寄せるオルコット。そしてもう一度私に向かって飛来する《ビット》達。

「ついでだ。これも教えておこう」

 左手に大口径銃を、右手に片刃の片手剣を呼び出し(コール)

「君は《ビット》で攻撃する時、必ず対戦相手の反応の最も遅くなる角度を狙ってくる。それは、裏を返せば『飛んでくる位置の誘導が可能』という事だ。その証拠に隙を自分で作れば……」

 瞬間、私のわざと作った隙に反応する《ビット》。

 遠い《ビット》を銃で撃ち抜き、近くの《ビット》は片手剣で切り落とす。さらに残った《ビット》を剣を振った勢いを利用して地面に蹴り落とす。

「この通りだ。ああ、そう言えばもう2機、ミサイルビットがあったな。使ってみるかね?」

「くっ……!」

 自分の事を完全に調べられている事に悔しげに唇を噛むオルコット。

「さて、ではそろそろ私もいわゆる第三世代兵装をお見せしよう」

「なっ……!?あの槍がそうではありませんの!?」

「あれが第三世代兵装なら、今頃第三世代ISは完成をみているよ。では聴いていけ。私、村雲九十九と『フェンリル』の指揮する交響曲(シンフォニー)を」

 

キィィン……

 

 高周波音と共に、私の背後に光の粒子が放出される。

 粒子が形を持って光が収まると、そこに現れたのは数十の腕だった。その手には私の使っていた武装が握られている。

「これが私のIS『フェンリル』の第三世代兵装。思念誘導式機動汎用腕(マニピュレータービット)、《ヘカトンケイル》だ」

 私が振るう右手に合わせて、一糸乱れぬ動きを見せる《ヘカトンケイル》。

「あり得ません!あり得ませんわ!量子反応があったということは、拡張領域(バススロット)量子変換(インストール)していたということ!それだけの数の武装を一体どうやって……!」

 オルコットの疑問はもっともなので、答える事にする。

「その秘密は、ラグナロクの新技術である超超大容量拡張領域『世界樹(ユグドラシル)』だ。『ラファール・リヴァイブ』20機分の武装と弾薬を量子変換できる」

「なっ……!?」

「解説終了。さてオルコット、君に質問だ。君は嵐の中を、雨具なしで濡れずに家に帰る事ができるかね?」

「は?……っ!」

 オルコットが私の言葉に何かを感じたのか、自分の周りを見回す。だがもう遅い。オルコットは既に周囲を《ヘカトンケイル》に囲まれている。

「君の負けだ、オルコット」

 全ての《ヘカトンケイル》が一斉に発射体勢に入る。私はゆっくりと右手を上に挙げ、そして一気に振り下ろす。

「銀狼交響曲第1番『嵐』」

 

ガガガガンッ!ガオンッ!ガオンッ!ガオンッ!ドルルルルッ!

 

「ひっ……!きゃあぁぁぁぁっ!」

 大口径銃、機関拳銃、回転式機関砲による全弾一斉射。『ブルー・ティアーズ』のSEは一瞬で0になった。

 オルコットは着弾の衝撃で気絶したのか、地面に落下していく。墜落死されてはたまらないので、《ヘカトンケイル》を使って助けておいた。

 

ビーーーッ!

 

『試合終了。勝者、村雲九十九』

 無機質なアナウンスが私の勝利を告げる。

「しまった。やり過ぎたな」

 

 

 私とオルコットの対決は、私の勝利に終わった。

 本来なら一夏とオルコットの対決が先なのだが、オルコットの治療と『ブルー・ティアーズ』の修理、補給があるため、先に私と一夏が戦う事になった。

 

 『フェンリル』の修理、補給を済ませ、アリーナで相対する私と一夏。

 一夏の『白式』は一次移行(ファーストシフト)を済ませたらしく、最初に見たときの工業的凹凸が消え、滑らかでシャープな装甲の中世の騎士鎧をイメージさせる外観へと姿を変えていた。

「それがお前のIS『白式』か」

「ああ。っていうか九十九、お前大丈夫か?何か顔色少し悪いぜ?」

「心配ない。《ヘカトンケイル》を使った後は大体こうだ。なにせ腕の一本一本に思考を割いて動かしているからな。一度に使う数が増えるほど、割く思考の数も増える。結果、脳の処理能力を一時的に超えて頭が痛くなるのさ」

「マジかよ。すげぇな「だから」へ?」

「試合を長引かせたくない。一瞬で終わらせる」

 言いながら、《ヘカトンケイル》を最大数展開。

「なっ、なんだこりゃぁぁぁ!?」

 空間を埋め尽くす鉄腕の群れ。その数、実に百本。

「伊達にヘカトンケイル(百腕魔人)を名乗っていないんだよ。では行くぞ、一夏」

 両手を広げて構え、一夏に《ヘカトンケイル》を向ける。ちなみに今回、《ヘカトンケイル》は何も手にしていない。百の拳が鈍く光る。

「ちょ、ちょっと待っ−−」

「銀狼交響曲第2番『星の白金』」

 両手を伸ばしたまま胸の前でクロス。拳を握った百本の腕が一斉に一夏に襲いかかる。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

 

ビーーーッ!

 

『試合終了。勝者、村雲九十九』

 地面に落下し、ピクピクと痙攣する一夏。私は襲ってくる頭痛を堪えつつ、ため息混じりに呟いた。

「やれやれだな」

 

 ちなみに、一夏対オルコットの対決は大体原作通りだった。

 違ったのは、一夏が既に一次移行を終えていた事。オルコットに慢心が無かった事くらいだろう。

 オルコットの正確な射撃とビット攻撃に耐えながらオルコットのビット操作の弱点を見抜いて、ビットを切り裂きオルコットに肉薄。唯一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)『零落白夜』を使用して勝負に出る。

 オルコットがミサイルビットを発射。ギリギリでかわした一夏が『零落白夜』の一撃を加えようとした瞬間。

 

ビーーーッ!

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

「えっ?」

「あれ……?」

 一夏とオルコットが二人して『なんで?』という顔で向き合っている。

 結論から言えば、一夏はオルコットに負けた。という事だ。一夏は何が起きたか分かっていないだろうが。

 

 その後、ピットに戻って来た一夏は姉にお叱りを受けたり、山田先生に渡された『ISの起動におけるルールブック』の分厚さにげんなりしたり、箒に「負け犬」と言われてへこんだり、帰り道で箒にISの事を教えてもらう事を決めて箒が上機嫌になったが、箒がそわそわしていたのをどう勘違いしたのか「トイレに行きたいのか?」と聞いて、箒に竹刀で叩かれたりしていた。

この二人、やはり見ていてあきないな。

 

 その日の夜、私はオルコットの部屋の前にいた。

 

コンコンコンコン

 

「どなたですの?」

「私だ。村雲九十九だ」

 ガチャリ。と音を立てて開いた扉の陰から、憮然とした顔のオルコットが現れた。

「何のご用かしら?まさか、無様に負けたわたくしを笑いに来たのかしら?」

「それこそまさかだ。私は君にある提案をしに来たのだよ」

「提案?」

「ああ。実はな−−」

 

 これが、クラス代表決定戦の結果である。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『一夏戦、あっさりしすぎじゃね?』と言った気がした。

 アンタの言い分なんて知った事ではないよ。

 

 

 翌日、朝のSHRにて。

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでイイ感じですね!」

 嬉々として話す山田先生。盛り上がるクラスの女子。暗い顔をしているのは一夏だけだ。

「先生、質問です」

「はい、織斑くん」

「俺は昨日の試合に全敗したんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

「それは−−」

「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 がたんと立ち上がり、腰に手を当てるいつものポーズ。様になっているが、取り敢えずそれはいい。

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、考えてみればそれも当然の事。このセシリア・オルコットが相手だったのですから、仕方のないことですわ」

「あれ?じゃあ九十九は?っていうか、お前も九十九に負けてるじゃねぇか」

「そ、それは−−」

「それは私も辞退したからだよ。一夏」

 話が私におよんだので、私も理由を話す。

「いいか?一夏。昨日の試合の時にも言ったが、私のIS『フェンリル』の第三世代兵装《ヘカトンケイル》は、使用するとアフターリスクとして程度の差はあれ必ず頭痛に見舞われる。私は試合終了の度に保健室送りになりたくないのだよ。それに−−」

「それに、なんだよ?」

「いや、これは個人的理由だ。一夏には関係ない」

「なんだよ、気になるな」

 一夏(お前)がクラス代表にならなければ、原作の流れが変わるから。とは言えなかった。

「そ、それでまあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして。"九十九さん"と相談して"一夏さん"にクラス代表を譲る事にしましたわ。やはりIS操縦には実戦がなによりの糧。クラス代表になれば戦いには事欠きませんもの」

 一夏にとってはありがた迷惑だろうがまあ頑張って……はて、彼女は今私を名前で呼んだか?

 

 その後、クラスの女子が一夏と私の情報を売ろうと発言したり(後で「一夏の情報は私が売ろう」と言っておいた)、オルコットが一夏にコーチ役を申し出て箒と火花を散らし、ISランクの話になって千冬さんから「尻に殻くっ付けたひよっこが優劣を語るな。揉め事は結構だが私の前でやるな(要約)」というありがたいお言葉と出席簿の一撃を二人してもらったりしていた。

 ちなみに私のISランクはSである。おおかた、あの悪戯好きの神がかましてくれたのだろう。勘弁して欲しかった。

 千冬さんが言葉をしめた後、いきなり一夏に出席簿アタックをした。

 

バシンッ!

 

 なんとも軽い音がするが、そのダメージは計り知れない。

「……お前、今なにか無礼な事を考えていただろう」

「そんなことはまったくありません」

 いや、あの顔はおそらく職場での千冬さんが意外としっかりしていた事に対する驚きと、それとは裏腹の千冬さんの生活力のなさについて考えていた顔だ。

 具体的には『洗濯の時、せめて下着は自分でネットにいれてほしい』とか『それくらいは自主的にやってくれよ24歳社会人』とか。

「ほう」

 

バシンバシン!

 

 出席簿の連撃が一夏の頭を再度襲う。この瞬間、一夏の心はちょっとだけ折れた。

「すみませんでした」

「わかればいい」

 

バシン!

 

「ガハァッ!?何故、私まで……!?」

「お前も、織斑と似たような事を考えていただろう」

 読心術は弟限定ではないらしい。

「ははは、まさ(バシン!)かばっ!?……すみませんでした」

「わかればいい」

 善良な市民はこうして力に屈するのだな。これが理不尽というやつか。

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

「「「はーい!」」」

 クラスが一丸になって返事をする。団結はいいことだ。

 もっとも、一夏は「俺にとってもいいことであれば良かった」と心から思っているだろうが。

 

 

 時は遡り、九十九対セシリアの試合終了直後のアリーナ観客席。そこである女生徒が好戦的な笑みを浮かべて九十九に目を向けていた。

「あたしと同じ二丁拳銃使い(トゥーハンド)か……。村雲九十九、面白えじゃねえか」

 ポツリと呟き、笑みを深めた女生徒は、席を立って踵を返すと「もう用はない」とばかりにアリーナから去って行った。

 彼女と九十九が出会うその日は、すぐ近くまで迫っていた。




次回予告

訪れたしばしの平穏。
しかし、平穏というのは意外と簡単に崩れる。
例えば、懐かしい旧友の登場なんかで。

次回「転生者の打算的日常」
#12  再会
さて、どう弄ってやろうかね。


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#12 再会

 4月下旬、遅咲きの桜が全て散った頃、一年一組はISの実習授業を開始した。

「ではこれより、ISの基本的な飛行操縦を実践して貰う。織斑、村雲、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 千冬さんの指示に従い、『フェンリル』を展開する。展開完了まで0.6秒。訓練の成果が出たな。

 セシリア(こう呼んでと頼まれた)も『ブルー・ティアーズ』の展開を終えている。あとは……。

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで1秒とかからないぞ」

 千冬さんに急かされ、意識を集中する一夏。ちなみに一夏の『白式』の待機形態は、原作通りの右腕のガントレット。

 しかし、通常アクセサリーの形状になるはずのISの待機形態だが、一夏の『白式』は何故か防具。一体誰の趣味だ?兎博士か?それとも『白式』か?などと考えている間に、一夏が『白式』の展開を完了。

「よし、飛べ」

 指示を受けてからのセシリアの行動は早かった。急上昇し、私達の遥か頭上で停止。見事な操縦だな。

 私と一夏も後に続くが、その上昇速度はセシリアに比べれば遅いものだ。一夏に至ってはフラフラしながら上昇しているため、私よりも更に遅い。

「何をやっている。スペック上の出力は『白式』が一番上だぞ」

 早速お叱りを受ける一夏。急上昇、急下降の授業は昨日習ったばかりだ。教科書には『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』と書いてあったが、私にはどうも合わなかった。

「う~ん、どうもイメージが掴めないんだよなぁ」

 どうやら一夏も同じらしい。

「一夏さん、九十九さん、所詮イメージはイメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体まだあやふやなんだよ。何で浮いてるんだ?これ」

 ISは翼なしで飛べる。だけでなく、翼の向いている方向、角度など一切関係無く自在な飛行が可能だ。その仕組みを理解しようと思えば出来なくはないが……。

「説明しても構いませんが長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「極めて専門的な話になりそうだな。一夏」

「わかった。説明はしてくれなくていい」

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 一夏に楽しそうに微笑みを向けるセシリア。嫌味も皮肉もない、純粋に楽しいという笑みだ。

 クラス代表決定戦以降、セシリアは何かと理由をつけては一夏(と私)のコーチ役を買って出てくる。流石に代表候補生だけあってそのコーチングは優秀だ。……説明がいちいち専門的なのがあれだが。

 よほど一夏の気を引きたいのだろう。初対面の時のあの態度はなんだったのかと思うほどの豹変ぶりだ。

「一夏さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ。その時はふたりきりで……」

『一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りてこい!』

 通信回線から響く怒鳴り声。下を見ると、箒にインカムを奪われた山田先生がおたおたしていた。その様子はハイパーセンサーの望遠機能でこの距離から表情を含めはっきりと見える。

「すごいな、ISのハイパーセンサーって。この距離で箒の睫毛まで見えるぜ」

「悪用するなよ一夏。例えば覗きとか」

「しねえよ!俺を何だと思ってんだよ!」

「ち、ちなみにこれでも機能制限がかかっているんでしてよ。元々ISは宇宙空間での稼働を想定したもの。何万㎞も離れた星の光で自分の位置を把握するためですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ。ですが一夏さん、の、覗きに使うのは……」

「だからしねえよ!」

 私の言葉に顔を真っ赤しながら、それでもハイパーセンサーに関する説明をするセシリア。

 でも、自分なら覗かれてもいいかな。むしろ覗け!

〈と、思っていないかね?〉

 個人間秘匿回線(プライベートチャネル)を使い、一夏にわからないようにセシリアに声をかける。

〈思ってません!〉

 反論するセシリア。しかし、顔が真っ赤なので説得力がまるで無い。

 ちなみに個人間秘匿回線のイメージは『右後頭部で話をするイメージ』らしいが、私は『携帯電話で話をするイメージ』を使っている。その方がよほどイメージしやすかったのだ。

 

『織斑、村雲、オルコット。急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地上から10㎝だ』

 千冬さんから上空の私達に次の指示が来る。

「了解です。では一夏さん、九十九さん、お先に」

 言って、セシリアが急下降を開始。見る間に小さくなる姿を、一夏と共に感心しつつ眺める。

「うまいもんだなぁ」

「伊達や酔狂で代表候補生は名乗れんよ。先にいくぞ」

 セシリアの完全停止クリアを確認し、私も急下降を開始する。

 教科書では『ロケットファイアが噴出しているイメージを思い描き、それを下へ傾けて地面ギリギリで上へ戻す感覚で』となっていた。他にいいイメージが浮かばないので、教科書通りのイメージで行ってみる。

 急下降開始から1秒。地面まで残り50mになった辺りでロケットファイアを上へ傾けるイメージを強くする。いけるか!?

 

 結果として完全停止はできた。しかしその高さは……。

「……地上30㎝。まだまだだな、村雲」

「……精進します」

 初めてにしては上手くいったと思ったが、千冬さんのお気には召さなかったようだ。

 さて、最後に一夏だが……。

 

ギュンッ−−ズドォォンッ!!!

 

 確かに地上には到着した。もっともこれは、専門用語では『墜落』という。体はISがGや衝撃から守ったが、クラスメイトの含み笑いに一夏の心は多分瀕死の重傷だ。

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴をあけてどうする」

「……すみません」

 姿勢制御をして上昇し、地面から離れる一夏。シールドバリアの恩恵か『白式』には傷はおろか汚れひとつない。

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろ」

 腕を組み、目尻を吊り上げて一夏を待ち構える箒。確か、昨日の箒の教えた事といえば……。

『ぐっ、とする感じだ』

『どんっ、という感覚だ』

『ずかーん、という具合だ』

 ……うん、これで分かるなら誰も苦労しない。この説明で「なるほど」と言えるのは、箒と同じ世界の住人だけだ。例えば、とある野球チームの終身名誉監督とか。

 箒が一夏に小言を言おうとした所に、セシリアが遮るように一夏の心配をしながら近付く。

「ISを装備していて怪我などしない」と箒。「他人を気遣うのは当然だ」とセシリア。

 二人の視線がぶつかり、火花が散る。この二人、日増しに仲が悪くなるな。一夏は理由に気づかないだろうが。

 

 続いて武装展開訓練に移る。まず一夏が《雪片弐型》を展開する。時間は一秒とまずまずの出来だが……。

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 やはり千冬さんのお気に召さなかったようだ。まさか褒めないどころか貶しにかかるとは。

 弟に早く一人前になって欲しい姉心なのだろうが、これでは一夏に伝わらな−−

 

パァンッ!

 

「いっ!?お、おぉう……。織斑先生、急に何を……」

「貴様が失礼な事を考えていたからだ」

 この人はいつの間に私の心が読めるようになったのだろうか?それ以前に、ISを装備している私に出席簿でダメージを与えるとか、本当に人間なのか?

 

パァンッ!

 

「グガッ!……失礼しました」

「分かればいい。オルコット、武装を展開しろ」

「はい」

 千冬さんからの指示を受け、セシリアが左手を肩の高さまで挙げ、真横に手を突き出す。

 直後、一瞬の爆発的な光の奔流が目を焼く。光が消えると、その手には狙撃銃《スターライトmk−III》が握られていた。

 一夏に比べ圧倒的に速い。既にマガジンも接続済みで、セーフティを外せばすぐに射撃可能だ。ただ、その銃を突き出した方向というのが悪かった。

「流石だな、代表候補生。ただし、そのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開して味方でも撃つ気か」

「セシリア、私は君に何か恨まれるような事をしたかね?心当たりがないのだが……」

 そう、セシリアが展開した《スターライト》は、よりにもよって私の頭のすぐ横にその砲口を向けている。

「え?あっ!も、申し訳ありません!」

 慌てて私の頭から砲口を逸らすセシリア。原作ではさらりと流されたシーンだが、実際にやられるとたまった物ではないな。

「次からは、正面に展開できるようにしろ」

「で、ですがこれはわたくしのイメージを纏めるために必要な−−」

「直せ。いいな」

「−−、……はい」

 反論の余地は十分にあったが、千冬さんの一睨みで沈黙せざるをえなくなるセシリア。

 まあ、展開する度に隣の人に『私を撃つ気!?』という思いはさせるべきではないよな。

 

 その後、近接用武装の展開を指示されたセシリアだが、近接用武装の展開はやはり苦手な様でなかなか展開できなかった。

 結局、最後は武装名を口に出す『初心者用』の手段を使って展開。代表候補生のセシリアにとって、これはかなり屈辱的だろう。

 千冬さんに「実戦で相手に展開完了まで待って貰うのか?」といわれたセシリアが「実戦では間合いに入らせない」と反論。

 しかし「初心者の織斑に懐を許していたように見えたが?」と千冬さんに言われ、ごにょごにょと歯切れ悪く呟くセシリア。

 しばしその様子を眺めていると、セシリアが一夏を睨み付けた。

 〈あなたのせいですわよ!〉とか〈責任をとっていただきますわ!〉等と個人間秘匿回線で一夏に話しているのだろう。だがセシリア、それは八つ当たりだ。

 

「村雲、射撃武装を展開しろ」

「了解です」

 千冬さんの指示を受け、私は武装の展開準備に入る。

 右手を右腰に構え、ホルスターから引き抜くイメージで《狼牙》を展開。この間、0.8秒。

「まだ遅い。織斑同様0.5秒で展開できるようになれ」

 この人は本当に人を誉める事をしないな。展開時間1秒を切るのがどれだけ大変だったと……。

「その程度で満足していては、先はないぞ?村雲」

 またしても心を読まれた。本気で閉心術を身につけたくなってきたな。

「では村雲。近接用武装を展開しろ」

「了解」

 右手の《狼牙》を収納。ついで左腰から剣を抜き放つイメージで展開。すると、私の右手に刃渡り1m程の、ISから見れば短めの剣が現れる。

「あれ?九十九、その剣なんか変じゃないか?」

 一夏の疑問の言葉に、周りの女子達がざわついた。それもそうだろう。何故ならこの剣には、普通なら不要なはずの『引鉄』があるからだ。

「ああ、これか?これは、こう使うのさ」

 言いながら、私は剣の引鉄を引いた。

 

ガシュンッ!キュゥゥゥン……!

 

 すると、剣の刀身が一気に赤熱化し、刀身周辺の空気が熱されて蜃気楼が発生する。

「これは……刀身が高温になっていますの?」

「そうだ。これはラグナロク・コーポレーション製カートリッジ式高温溶断剣(ヒートソード)、《レーヴァテイン》だ」

 ISの武器の中には、刀身を赤熱化して対象の装甲を溶断する事でダメージを与える、高温溶断武装(ヒートウェポン)と呼ばれる物がある。

 これは、現役時代の千冬さんが使っていたIS『暮桜』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)である『零落白夜』を簡易的に再現しようとした物だ。

 だが『零落白夜』に比べるとどうしても瞬間的な攻撃力に劣り、しかも刀身の赤熱化状態を維持するため、武装展開中は常にシールドエネルギーを消耗するという欠点があった。

 それを解消するためにラグナロクが考えたのが、エネルギーをカートリッジに充填しそれを任意のタイミングで撃発。刀身を赤熱化するという物だった。

 それを形にしたのが、今私の手の中にある《レーヴァテイン》だ。

「まあ、欠点としてカートリッジ一発当たりの持続時間が10分しかない事と、間を開けずに連続して撃発すると刀身が融解してしまう危険がある事だな」

「なんとも使い勝手の悪い武器ですわね……」

「使い手を選ぶが、使いこなせれば強力な武器を作る。それがラグナロクだ」

 

キーンコーンカーンコーン

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 一夏に言い残し、教室棟に向かう千冬さん。一夏が箒の方を見るが、箒は顔をフンと逸らす。セシリアは既にアリーナにいない。

 点数稼ぎをする気はないのか君らは?仕方ない。

「私が手伝おう一夏。私が居れば少なくとも十人力だ」

「おお!助かるぜ九十九!でも十人力は言い過ぎ−−」

「《ヘカトンケイル》」

 

キィン、キィン、キィン!

 

 私の周りに十組20本の鋼鉄の腕が現れる。そして二組ずつペアになり、スコップと猫車を持ってくる。

「どうだ?十人力だろう?さあ、早く終わらせよう。お前も動け、一夏」

「お、おう。って言うかこんなこともできるんだな」

「伊達に『機動汎用腕』と銘打っていないんだよ」

 こうして二人(と十組)でグラウンドの穴を埋めた。私達がIS操縦をものにするには、まだ時間がかかりそうだ。

 

 

 時は過ぎ、現在の時間は20時。アリーナでの放課後特訓を終え、私と一夏と箒は寮への帰路についていた。

 私の隣では、一夏と箒が先程の訓練について活発な意見交換……もとい、言い争いをしている。

「だからくいって感じでだな……」

「だから、そのイメージがわからないんだよ」

 言い争いの原因は、訓練中の箒の説明の仕方(ほぼ擬音オンリー)にある。

「いち−−」

 不意に、裏返った誰かの声が耳に届く。この声は……。

「一夏、いつになったらイメージが掴めるのだ。先週からずっと同じ所でつまっているぞ」

「あのなあ、お前の説明が独特過ぎるんだよ。なんだよ『くいって感じ』って」

 声のした方向に目を向けると、見知った茶髪のツインテールが見えた。そうか。今日だったのか。あいつが来るのは。

「……くいって感じだ」

「だからそれがわからないって言って−−おい、待てって箒!」

 足を速めて行ってしまう箒を追いかける一夏。だが、私が足を止めた事を訝しんだのかその足を止める。

「どうしたんだよ?九十九」

「いや、忘れ物をした気がしてな。先に行け」

「おう、わかった。後でな」

 一夏が寮への道の角を曲がった所で、私は近くの茂みに向かっておもむろに口を開く。

「転校か?手続きがまだなら、総合事務受付はこのアリーナのすぐ後ろだ。IS学園にようこそ、凰鈴音(ファン・リンイン)

「なっ、あんた気付いて−−」

「ちなみに受付時間は20時半までだ。それ程時間はないぞ。急げよ」

 声を遮り、それだけ言って私も寮へと向かった。後ろから小さく「ありがと」と聞こえた。私はそれに手を振って返した。

 

 

 夕食後の自由時間に、寮の食堂の一角で『織斑一夏クラス代表就任パーティー』が行われた。

 一組のクラスメイトが集合し、めいめい飲物を手に盛り上がっている。何故か二組の生徒もいるが、まあどうでもいい事だ。

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君と村雲九十九君に特別インタビューをしに来ました~!」

「「「おーー!」」」

 盛り上がる一同。え?今盛り上がる所だったか?

「私は二年の黛薫子(まゆずみ かおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 差し出された名刺を受け取り、名前を見る。おそらく原作中最も画数の多い名だろう。

「一夏、お前今『名前書く時大変そうだな』と思ったろ」

「そ、そんなことねぇよ」

 あからさまに狼狽える一夏。バレバレだ。

「あはは、よく言われるよソレ。ではズバリ織斑君!クラス代表になった感想をどうぞ!」

 ボイスレコーダーを一夏に向け、無邪気な子供のように瞳を輝かせる黛先輩。

「えーと……まあ、なんと言うか、頑張ります」

 当たり障りのないコメントをする一夏。そもそもクラス代表に乗り気ではないが、期待は裏切れない。という感じか。

「えー。もっと良いコメントちょうだいよ~。『俺に触ると火傷するぜ!』とか」

 えらく前時代的な台詞だな。はて、誰の名言だったか?

「自分、不器用ですから」

「うわ、前時代的!」

 自分の先程の言葉をもう忘れたのか?この先輩。かの日本の名優を侮辱するとは、良い度胸ではないか。

「じゃあまあ、適当に捏造しておくからいいとして」

 良いのかそれで。インタビューの意味がまるでないな。

「続いて村雲君。コメントちょうだい」

「私ですか?さて、何を言えばいいやら。ああ『俺に触ると火傷するぜ!』とでも言いましょうか?前時代的に」

「いや、それはちょっと……」

「冗談です。そうだな……」

 頭の中で少し考えて、ふと思い浮かんだフレーズを口にする。

「『百本腕の魔人に捕まらない自信があるか?』と言っておきましょうか。ああ、あと『寄らば斬る。寄らずば寄って斬る』と一夏が言っていた事にしましょう」

「おい、九十九−−」

「いいねぇ。それいただき!」

「え、ちょっと−−」

「まともにコメントできないお前を、捏造報道の危機から救ったんだ。ありがたく思え」

「…………」

 私の言葉にぐうの音も出ない一夏。お前には語彙力(ボキャブラリー)が足りないな。

 この後、セシリアにもコメントを求めた黛先輩だが、クラス代表辞退の理由をセシリアが語ろうとした瞬間に「話が長そうだからいい」と切り捨てて写真撮影に入ろうとする。

 「最後まで聞きなさい!」と詰め寄るセシリアに「『織斑君に惚れたから』と捏造するからいい」と黛先輩。その言葉に顔を真っ赤にするセシリア。分かりやす……。

「何を馬鹿な」

 援護射撃のつもりだろう一夏の朴念仁発言にセシリアが怒る。気持ちはわかるが睨んでやるな。美人の怒り顔は結構怖いのだから。

 そして、写真撮影。私達三人で撮る事になったのだが……。

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

「えっと……2?」

「74.375だ。というか何です?その掛け声」

「正解〜。すごいね」

 

パシャッ!

 

 デジカメのシャッター音がして撮影完了。はいいが−−

「何で全員入ってるんだ?」

 そう。撮影の瞬間、一組メンバー全員が恐るべき行動力で私達三人の周りに集結。結局、一組の集合写真になっていた。

「あ、あなた達ねえっ!」

 不満を漏らすセシリアだったが「抜け駆けはないでしょ」とか「クラスの思い出になる」など、丸め込むような言葉を口々にかけられ、苦虫を噛み潰したような顔で何も言えなくなる。

 結局、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』はその後22時過ぎまで続いた。

 

 

「今日は楽しかったね~」

 部屋に戻り、ベッドに寝転がる私に本音さんが話しかけてくる。

「そうかね?私は少々疲れたよ。女子のエネルギーと言う奴を侮っていたな」

「そっか〜。あ、つくもん。着替えるから脱衣所使うね~」

「分かった。私もその間に着替えるとしよう」

 パジャマを持って脱衣所に行く本音さん。さて、出てくる前に私も着替えを済まさねばな。

「お待たせ〜」

 着替えを済ませて脱衣所から出てくる本音さん。

「いや、別に待っては……それは?」

「えへへ〜。かわいいでしょ~?お気に入りなんだ〜」

 本音さんが着て出てきたパジャマは、やはり着ぐるみだった。しかも、どこかで見た事があるシルエットだ。

 尖った耳、先端が不自然に角ばった尻尾、そして全体に黄色い体。間違いない。これは、最近突然鳴き声が人間的になったあの電気ネズミだ。そしてやはり袖が長かった。ポリシーなのだろうか?

「……どこで売っているんだね?それ」

「こういうのの専門店があるんだ〜」

「どこにあるのかは、あえて訊かない事にしよう。おやすみ、本音さん」

 ベッドに潜り込み、横になる。

「え~?もう寝ちゃうの〜?まだ22時半だよ~?」

「すまないね。疲れた時は寝るのが一番いい方法なのだよ」

「そっか〜。じゃ〜私も寝ちゃお〜。おやすみ〜つくもん」

「ああ、おやすみ」

 そう言って、やって来た眠気に身を任せる。夢は、見なかった。

 

 

「織斑くん、村雲くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 翌日、席に着くなりクラスメイトが話しかけてくる。

「転校生?今の時期に?」

 4月のこの時期に、入学ではなく転入。IS学園に転入しようとした場合、その条件は極めて厳しい。

 合格基準が入学試験より厳しくなるのはもちろん、国の推薦がなければそもそも転入自体不可能だ。つまり−−

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

「ふーん」

 代表候補生といえば。

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 一組所属のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。腰に手を当てたポーズが相変わらず様になっている。

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐほどの事でもあるまい」

 箒がいつの間にか一夏のそばにいた。一夏との会話に加わりたい乙女心か。

「どんなやつなんだろうな」

 ふと一夏がもらす。やはり気になるのだろう。安心していい、お前の知っている奴だ。とは言わない。

「クラス対抗戦もあるのに、女子を気にしている余裕があるのか」と箒。

「訓練相手は専用機持ちであるわたくしが」とセシリア。

 

 説明が遅れたが、クラス対抗戦とは読んで字の如く、クラス代表同士による対抗戦である。本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点における実力指標を作成するために実施される。

 また、クラス単位での交流及びクラスの団結のためのイベントという側面もある。

 モチベーションを上げるため、優勝クラスには賞品として学食デザートの半年フリーパスが与えられる。これに燃えない女子がいるだろうか?いや、いない。

 

 「やれるだけやってみる」という一夏の言葉に対し、いつの間にか集まっていたクラスの女子達が「やれるだけでは困りますわ!」「男たる者、そんな弱気でどうする!」「織斑くんが勝つとみんなが幸せなんだよ!?」と、好き勝手言っている。これが女子高生パワーか。

「織斑くん、頑張ってね!」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから余裕だよ」

 やいのやいのと楽しそうな女子一同。気概をそぐのもどうかと思ったのか、一言「おう」とだけ返す一夏。

「−−その情報、古いよ」

 突然、教室の入口から声がした。そちらを見て、その姿を確認。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたのは−−

「鈴……?お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 ふっと小さく笑みを漏らしてこちらに向き直る鈴。トレードマークのツインテールがフワリと揺れた。

 

 

 こうして、私と一夏、そして鈴は再会を果たした。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が、左腕を上下させながら『鈴ちゃん!鈴ちゃん!』とやっているのを見た気がした。

 あなた、セカン党だったの?




次回予告

それは、守ってこそ価値がある。
それは、憶えていてこそ意味がある。
ただし、解釈を間違えていなければ、ではあるが。

次回「転生者の打算的日常」
#13 約束

だから言ったんだ。それでは伝わらないと。


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#13 約束 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」

 腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたのは−−

「鈴……?お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 ふっ、と小さく笑みを漏らしてこちらに向き直る鈴。トレードマークのツインテールがフワリと揺れた。本人的には格好よく決めたつもりだろう。だがそれも−−

「何格好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 一夏の一言であっさり崩壊。気取ってみても全く意味が無かった。

「久し振りだな、鈴。ところで……後ろだ」

「は?九十九、あんたいきなり何言って−−」

「おい」

「なによ!?」

 

バシンッ!

 

 聞き返した鈴に痛恨の一撃(出席簿アタック)が入る。我らが鬼教官、織斑千冬先生の降臨である。

「もうショートホームルームの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません……」

 すごすごとドアから離れる鈴。その態度は完全に千冬さんを恐れている。

 こいつは昔から千冬さんの事を苦手にしている。仔猫では狼に勝てない。とか思っているのかもしれない。

「また後で来るからね!逃げないでよ、一夏!ついでに九十九!」

 私はついでなのか?あと、一夏はどこに逃げるんだ?

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

 二組へ向かい猛ダッシュ。やはり変わらんなあいつは。格好つけても無意味だったのは、少し可哀想だったが。

「っていうかあいつ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

 なんの気なしに一夏がそう口にする。が、今はタイミングが悪かった。

「……一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったな?」

「い、一夏さん!?あの子とはどういう関係で−−」

「つくもん、あの子誰〜?」

「村雲くん!彼女と織斑くんの関係について是非!」

 などなど、クラスメイトからの集中砲火。やれやれ。

「総員、後方注意だ」

「「「え?」」」

 

バシンバシンバシンバシン!

 

「席に着け。馬鹿ども」

 火を吹く千冬さんの出席簿。……誰のせいだ?ああ、一夏か。

 席に着くと、隣の本音さんから小さな手紙が渡された。開いて内容確認。たった一言『お昼休みに説明してね』とあった。

 『了解。他に聞きたい人が居るようなら声掛けを』と書いて、本音さんに返す。本音さんの方を見ると、コクリと頷いて返事してくれた。

 さて、今日もISの訓練と学習が始まる。気合いを入れねば。

 

 授業中、ふと気になった私は思考を分割して箒とセシリアの様子を見る事にした。

 ……どちらも授業に全く集中出来ていない。千冬さんの授業でそれは致命的なミスだ。

 箒はさっきから百面相をくり返しているし、セシリアはノートにペンを走らせているが、手の動きを見るにおよそ意味の無い線になっているだろう。そんな調子では……。

「篠ノ之、答えは?」

「は、はいっ!?」

 突然名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げる箒。間違いなく聞いてなかったな、あれは。

「答えは?」

「……き、聞いていませんでした……」

 

パシーン!

 

 なんとも小気味よい打撃音が響く。あの出席簿、やけに頑丈だな。何で出来ているのだろう?

 ふと、千冬さんがセシリアの方を見て、歩み寄っていく。セシリアが授業に集中していない事に気づいたようだ。

 だが、その事にセシリアは気づいていない。見ると小さく口が動いているので、ハイパーセンサーで声を拾う。

「オルコット」

「……例えばデートに誘うとか。いえ、もっと効果的な……」

〈セシリア、左前方注意!〉

 個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)でセシリアに強めに注意を促す。

「え?」

 私の注意を受けて顔を上げるセシリア。が、時すでに遅し。

 

パシーン!

 

 セシリアのふんわりブロンドヘアが、出席簿によって圧縮された。

 結局この日の午前中だけで、二人は山田先生から5回注意を受け、千冬さんから3回教育的指導(出席簿アタック)を受けた。

 

 

「「お前(あなた)のせいだ(ですわ)!」」

 昼休み、開口一番一夏に文句を言う箒とセシリア。何故そうなる?

 鈴の事が気になるのは分かるが、千冬さんの授業で呆ける方が悪い。空腹の虎の前に新鮮な肉を置いたらどうなるかなど、分かりきっているだろう。

「まあ、話なら飯食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

「む……。ま、まあお前がそう言うなら、いいだろう」

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

 一夏の言葉にとりあえず矛を収める箒とセシリア。一夏はさらに、私にも声をかけてきた。

「九十九、昼飯行こうぜ」

「すまない、一夏。先約が−−」

「つくもん。お昼行こ〜」

「ああ、了解した。君の他には?」

「え~とね、きよりんとゆっこ〜。あ、あとさゆゆんも~」

 相川さんと谷本さん、それと夜竹さんか。まあ、そんなものだろう。

「と、いう訳だ。悪いが……」

「そうか。分かった」

 言って、学食へ向かう一夏。他にも何人か付いて行った。

「それでは、行こうか」

「「「はーい」」」

 四人を連れて学食に向かう。その途中本音さんが急に「インペリアルクロス!」と叫んだが、残念ながら私以外は「え?」という顔をしていた。本音さんやってたんだ、ロマ○ガ。

 

「待ってたわよ、一夏!あと九十九!」

 一夏に遅れる事わずか。食堂に着いた私達の前に立ち塞がったのは件の転入生、凰鈴音。私達は縮めて鈴と呼んでいる。

 昔から変わらないツインテールと成長に乏しい体。それを声に出して言うと烈火の如く怒るので言わないが。

「まあ、とりあえずそこどいてくれ」

「そうだな。食券が出せんし、なにより通行の邪魔だ」

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 言って、一夏から少し離れる鈴。その手にはラーメンが乗った盆が持たれている。

「伸びるぞ」

「わ、わかってるわよ!大体、アンタを待ってたんでしょうが!何で早く来ないのよ!」

 一夏はエスパーではない。よって、約束もしていないのに早く来る事は出来ない。まあ、こいつがうるさいのは毎度の事だ。私は気にする事なく食券をおばさんに渡す。

「おばさん、今日は大盛で」

「おや、特盛じゃなくていいのかい?」

「ええ。この後実習があるので」

「そうかい。じゃ、ちょっと待ってな」

 私が料理を待っている間に、一夏の他十人近いクラスメイトが席へ移動。あれだけの人数だと移動するのも骨だな。

「はいよ。お待ちどうさま」

「ありがとうございます」

 出てきた本日のパスタ(大盛)を受け取る。今日はカルボナーラだ。濃厚なクリームの香りが食欲をそそる。

「つくも〜ん。こっちだよ~」

 本音さんに促され、一夏達とは離れた席に座る。分割思考で一夏達の会話を聞くつもりだったが、周囲が騒がしすぎて不可能そうだ。まあ、仕方ない。ここはあいつに任せよう。

「それでは、いただきます」

「「「いただきます」」」

 しばし無言で食事をとる。

 「料理とは、美味いうちに食べるのが作ってくれた人に対する礼儀だと思う」少し前にそう言うと、いつの間にか本音さん達も無言で食事をとるようになった。女子には辛くないのかと訊くと「そうでもない」と返された。不思議だ。

「ごちそうさまでした」

「「「ごちそうさまでした」」」

 ここからは質疑応答タイムの始まりだ。

「さて、では何から聞きたい?」

「じゃ〜、あの子とつくもんの関係について〜」

 やはりそこからか。まあ、妥当だな。

「彼女は凰鈴音。私と一夏のセカンド幼なじみだ」

「セカンド……」

「幼なじみ?」

「彼女は箒が小4の終わりに転校した後、入れ替わる形で転校してきたのだよ。子供の頃からの知り合いという意味で言えば厳密には違うが、便宜上そう呼んでいる」

 その後、中2の終わりに国に帰ったため、会うのは1年ぶりとなる。

「へ~、そ~なんだ〜」

「どう知り合ったの?」

「彼女は中国からの転校生だったからね。始めは日本語に不慣れだった。その事や外国人であるという理由で一時期いじめに遭っていて、それを助けたのが一夏だった。で、そこからの繋がりで私ともう一人の男友達とも知り合ったのさ」

「何で中国に帰る事に?」

「詳しい話は何も。ただ、私は彼女の両親の不和が原因ではないかと思う」

「それは……何故ですか?」

 夜竹さんの問いに、「これは多分に憶測が入るが」と前置いて答える。

「彼女の両親は中華料理店を営んでいた。私や一夏はよくそこで食事をしていたんだ。だが、中2の始め頃から少しづつ店の雰囲気が悪くなっていってね。何か、両親の間で意見の相違でもあったのだろう。そして彼女の両親は、中2の終わり頃に決定的な所まで行ってしまい、彼女は母親と共に中国に帰る事になったわけだ」

「なんでお母さんとだったの〜?」

「今は女性優遇社会だからな。その方が何かと都合がよかったのだろう」

そして、中国に戻った後IS操縦者となるため軍に入り、僅か1年足らずで代表候補生にまでのし上がった。というわけだ。

「へ~。すごいんだね〜」

「専用機を受領できるくらいだ。才能はあったろうし、努力もしただろう。でなければ僅か1年で中国代表候補生にはなれんよ。さて、そろそろ時間だ。行こうか」

「「「はーい」」」

 午後の実習は確か千冬さんの担当だ。気は抜けないな。

 

 

「おい、村雲九十九」

「はい?」

 放課後の第三アリーナ。一夏と共にセシリアにIS操縦を教わる予定だった私は、ピットへ向かう途中で横からかけられた声に、少し間の抜けた声を上げてしまった。

「話がある。ちょっとツラ貸しな」

 目の前にいたのは一人の女子生徒。制服のリボンの色は黄色なので二年生であると分かる。ショートカットの黒髪と中国系の整った顔立ち。確かこの人は……。

「アメリカ代表候補生序列五位、『二丁拳銃(トゥーハンド)』のレヴェッカ・リー」

「へえ、あたしの事知ってんのか。なら話が早いぜ、あたしと勝負しな!」

 ビシッ!と音が聞こえそうな勢いで私を指さすリー先輩。満面に浮かべた不敵な笑みが、自信の高さを伺わせる。

「それは……私が二丁拳銃の使い手だから、ですね?」

「ああ、この学園に『トゥーハンド』は二人もいらねえんだよ」

「ふむ……」

 私は、彼女と勝負する事のメリット・デメリットについて考える。

 

 メリットは、早い段階で上級生の実力の一端がわかる事。よく似た基本戦術の使い手と戦えるのは正直ありがたい。

 デメリットは、思いつかない。ネット上では彼女の性格までは調べられず、二言三言交わした程度では性格を掴めないため、勝負を受けた後どう転がるかわからないからだ。

 受けない場合はデメリットのみが発生する。それは、受けた場合のメリットが消滅するという事。今は少しでも戦闘経験が欲しい所だ。よってここは……。

 

「わかりました。お受けします」

「OK、付いてきな。第五アリーナだ」

 サッと踵を返し、歩いて行くリー先輩。その後ろを付いて歩く。

「お、おい九十九」

「すまない一夏。セシリアにはうまく言っておいてくれ」

 さて、胸を貸して貰うとしようか。ああ、そういう意味じゃないぞ。

 

 第五アリーナ。ここは主に射撃訓練を行うために、かなり広く出来ている。

 そのアリーナの中央に、『フェンリル』を装着した私と『ラファール・リヴァイブ』を装着したリー先輩が対峙していた。

 リー先輩の装備は『トゥーハンド』の通称通り、二丁の.35口径自動拳銃《カトラス》だ。一方の私は.55口径回転式拳銃《狼牙》を二丁装備している。

「準備はいいか?」

「ええ。いつでも」

 互いに銃を相手に向ける。

 

ビーーーーーッ!

 

 さあ、試合開始だ。

 

 試合開始から10分後。結論から言えば、私は完敗した。

 私の撃つ弾は全くと言っていいほど先輩に当たらず、逆にリー先輩の撃つ弾は面白いように私に当たったし、私の弾を自分の弾で弾くという絶技を見せられた時は唖然としてしまった。

 リー先輩曰く「相手の動きを予想するんじゃねえ。そう動かざるを得ないようにすんだよ」だそうだ。

 自身の未熟と上級生の練度の高さを思い知らされた模擬戦だった。

 模擬戦終了後、リー先輩が「アドバイスが欲しけりゃ言え。あたしが暇な時でよけりゃ、いつでも相手してやるよ。あと、あたしの事は『レヴィ』でいい」と言ってくれた。

 いきなり愛称呼びは何だか失礼な気がしたので、とりあえず『レヴェッカさん』と呼ぶ事にした。しかし、レヴェッカさんは「レヴィでいいのに……」と不満そうだった。出会って1時間も経っていないのに、彼女の中で一体何があった?

 

 

 レヴェッカさんと勝負を終えて自分の部屋に戻る途中、一夏の部屋の前でそれは聞こえた。

「最っっっ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!犬に噛まれて死ね!」

 激墳した鈴の叫びがドア越しに廊下に響く。どうやら一夏が「私の酢豚を……」の約束を勘違−−−

 

バタンッ!ガンッ!

 

「いっ!?ぐおぉぉぉ……ドアに近づきすぎたか……」

 どうやら、無意識にドアに近寄り過ぎていたようだ。勢い良く開いたドアに額を打ち抜かれて、痛みに悶絶する私。

「え!?九十九!?ゴメン!大丈夫!?」

 鈴はドアの前に私がいた事に驚いたようだった。

「ああ、問題ない。で、鈴。単刀直入に訊くが、一夏が何をした?」

「っ……!?」

「ここで話しにくいなら、私の部屋に来るか?」

「……うん」

 

 所変わって、私の部屋。本音さんはすでにパジャマ(電気ネズミver)に着替えていた。

「ただいま。本音さん」

「つくもん、お帰り〜。あ、リンリンだ〜」

 鈴の訪問に嬉しそうな声を上げる本音さん。だがその呼び方は、鈴にとって最大の禁句だ。

「誰がワシントン条約で輸出入が禁止されてる希少動物だコラー!」

 ウガー!と吠える鈴。だが、本音さんは「え~?可愛いじゃん。パンダ」とふんわり笑顔を鈴に向ける。

 その笑顔に邪気を感じなかったらしい鈴は「別のあだ名にして」と言ったが、本音さんからは「ファンファン」や「インイン」といった、どこかパンダっぽいものしか出てこず、結局「鈴ちゃん」で双方が妥協。

 本音さんは「リンリン」と呼びたがっていたが、鈴が「それだけは」と本気で嫌がったためだ。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「それで鈴。何があった?」

「うん、それがね……」

 鈴の話によると一年前、中国に帰る日に一夏に言った「私が料理が上手くなったら毎日酢豚を食べてくれる?」という約束を、一夏は「毎日酢豚を奢ってくれる」と間違って覚えていたという事だった。

「つまり遠回しのプロポーズを、食事をご馳走してくれると勘違いしていた事に思わず腹を立てた。と、そういう訳だな」

「おりむーはひどいな〜」

「そうなのよ!あいつ人の一世一代の告白を何だと−−」

「鈴、私は言ったはずだ。あいつに告白をするのなら、聞き間違えも曲解も出来ないど真ん中ストレート以外通用しないと」

「うっ……」

 私の言葉に聞き覚えがあったのか、言葉に詰まる鈴。

「そしてあいつの事だから、きっと約束の意味を直接お前に訊こうとするだろうな。その時お前は言えるのか?本人を目の前に『あれはプロポーズのつもりだった』と」

「そ、それは……」

「まあいい。あまりこじらせるなよ?今日の所は帰って頭を冷やせ。いいな」

「う、うん」

 話している間に怒りが多少は収まったのか、落ち着いた様子で私の部屋を出ていった。

 お互い意地っ張りな所のある二人だ。こじれないという事はないだろう。

 私は確実に板挟みになるだろう自分の未来を思い、今から胃が痛かった。

 

 

 こうして、一夏と鈴が交わした約束は破られた。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『鈴ちゃんを泣かせたな?織斑一夏……ゆ゛る゛さ゛ん゛!』と怒りに燃えていた。

 バ○オラ○ダーにでもなる気か?アンタは。

 

 

 明けて翌日。教室棟生徒用玄関前に『クラス対抗戦日程表』が張り出された。

 一年一組代表織斑一夏の相手は二組代表凰鈴音だった。




次回予告

きらめく白雪の剣閃。
轟く龍の咆哮。
現れた招かれざる客がその目に映すのは……。

次回「転生者の打算的日常」
#14 襲撃

せめて、私に出来ることをしよう。


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#14 襲撃

 クラス対抗戦の日程が張り出されてから2週間弱が経過。暦は5月に入った。

 先月末の『おりむー約束勘違い事件(By本音さん)』以来、鈴の機嫌は直るどころか連日ストップ安だ。

 鈴が一夏に会いに来る事はまずなく、廊下や学食で会っても露骨に顔を背ける。さらに、全方位に向け『あたし怒ってます』的なオーラ力……もとい、雰囲気を放っている。

 一夏も何度か話し掛けようとしたが、その度に鈴が「フシャー!」という感じに威嚇するため、そのうち諦めた。

 やはりこうなったか……。原作通りだが、当事者になると辛いな。

 

 

「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」

 放課後、茜色に染まる空を眺めつつ、今日も訓練のため第三アリーナへ向かう。面子は一夏、箒、セシリア、私だ。

 入学から1月半が経ち、クラスメイトの興奮も収まってきたのか、最近は質問の絨毯爆撃も視線の面制圧攻撃も減少してきた。

 しかし、未だ私達が学園内において話題の対象である事に変わりはなく、訓練を行うアリーナの観客席は今日も満員御礼だろう。

 ちなみに、その席を『指定席』として販売していた二年生が先日千冬さんの制裁を受けた。レヴェッカさんによると、首謀者グループは3日間寮の自室から出てこられなかったとか。……一体何をされたのだろうか?

「IS操縦もようやく様になってきたな。今度こそ−−」

「まあ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。このくらいはできて当然、できない方が不自然というものですわ」

「ふん、中距離射撃型の戦闘法(メソッド)が役に立つものか。だいいち、一夏のISには射撃装備がないだろう」

 言葉を遮られた為か、棘のある言葉で箒が告げる。実際、一夏のIS『白式』には射撃装備がない。あるのは雪片弐型一本のみだ。だがそれでも−−

「そうとも限らんさ。射撃型の戦闘法を知っていれば、それに対処する方法も分かる。近接格闘型ISの使い手は、誰よりも間合いの把握と制圧に優れていなければならないと、レヴェッカさん……二年のリー先輩が言っていたよ」

「その通りです。大体、わたくしの訓練が役に立たないと言うなら、篠ノ之さんの剣術訓練なんてもっと役に立ちません。ISを使用しない訓練なんて、時間の無駄ですわ」

 我が意を得たりとばかりに箒にダメ出しするセシリア。確かにISを使わない訓練は傍から見れば無意味に映るだろう。とは言え−−

「そうとも限らない。ISとは言わばパワードスーツ。自分の体の延長線上にある物だ。生身の自分に出来ない動きがISで出来るはずがない。セシリア、君は生身で狙撃は出来ないがISを装着すれば出来る。とは言うまいね?」

「そ、それは……」

 とは言え『空を飛ぶ』という生身の人間には不可能の動きが、ISを装着すれば出来るという例外があるぞ。とは言わないが。

「うむ。その通りだ」

 言って自信満々に胸を張る箒。ちなみにこの間、一夏はほぼ空気だった。

「九十九さん!あなたはどちらの味方ですの!?」

 自分のダメ出しが論破されたセシリアが私に詰め寄る。そうだな……。

「私は基本的に中立だ。だが今は……」

 言いながらAピットのドアセンサーに触れる。指紋・静脈認証によって開放許可が下り、圧縮空気が抜けるバシュッという音と共にドアが開く。

「心情的にこいつの味方だな」

 開いたドアの先、ピットに居たのは……。

「待ってたわよ、一夏!」

 一年二組クラス代表にして中国代表候補生、鈴こと凰鈴音その人だった。

 

「貴様、どうやってここに−−」

「ここは関係者以外立入禁止ですわよ!」

 またも台詞を遮られた箒。どうやら今日はそういう日のようだ。鈴は「はっ」と挑発的な笑いを上げて自信満々に言い切る。

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」

「それを言い出すと、一組の人間全員が一夏関係者になるのだが……」

 私の呟きは届かなかったらしく、箒とセシリアから怒りのオーラが立ち昇る。

「ほほう、どういう関係かじっくり聞きたいものだな……」

「盗っ人猛々しいとはまさにこの事ですわね!」

 いつだったか言った気がするが、美人の怒り顔は実に恐い。特に静かに怒る箒の姿は、私が悪いわけではないのに思わず平身低頭してしまいそうだ。

「……おかしなことを考えているだろう、一夏」

 一夏から何か感じとったのか、箒が一夏に詰め寄る。

「いえ、何も。人斬り包丁に対する警告を発令しただけです」

「お、お前というやつはっ−−!」

 一夏に掴みかかる箒を、鈴が間に入って邪魔をする。

「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ」

「わ、脇やっ−−」

「箒、話が進まんから後にしろ。それで鈴。一夏に何の話だ」

「あ、うん。……で、一夏。反省した?」

「へ?なにが?」

 やっぱり分かっていなかった一夏。仕方なく助け舟を出す。

「いや、鈴を怒らせた事に対して申し訳無いとか、仲直りしたいとかあるだろう?」

「そう!それよ!」

「いや、そうは言ってもな九十九。鈴が避けてたんじゃねえか」

「……まあ、確かに。一夏が何度か対話を試みたが、その度に思い切り威嚇してたしな」

「あんた達ねえ……じゃあなに、一夏は女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

「おう」

 普通はそうだ。自分で「放っておいて」と言っておいて、本当に放っておかれたら「何で放っておくの!?」などと言う女は、男からすれば『面倒くさい奴』以外の何者でもない。

 逆に「放っておいて」と言った女を追いかけて「放っておけるかよ」と抱きしめる男など、古い恋愛映画やトレンディドラマ、あるいはラブコメアニメの中ぐらいにしか居ない。そもそも一夏に「放っておけるかよ」を求める方がおかしいのだ。

「なんか変か?」

「変かって……ああ、もうっ!」

 焦れたのか、声を荒げ頭をかく鈴。自慢の髪が台無しになるぞ?

 そこからは完全に水掛け論だった。

 「謝りなさい!」と強要する鈴に「約束は覚えてただろうが!」と一夏が反論。

 「約束の意味が違う」という鈴の言葉に、何かくだらない事を考えついたのか一夏の顔がニヤリと歪む。恐らく鈴も気づいている。

「くだらないこと考えてるでしょ!」

「一夏、それは沖縄の豚肉料理(ミミガー)だ。鈴の言ったのは『意味が』だ」

 ばれたという顔をする一夏。それに激怒した鈴が「どうあっても謝らないつもりね!?」と詰め寄る。

 「説明してくれれば謝る」と一夏が言えば、「説明したくないからここにいる」と鈴。

 だから言ったんだ。「本人目の前に『あれはプロポーズのつもりだった』と言えるのか?」と。やはり無理だったか。

 最終的に『クラス対抗戦の勝者が一つだけ何でも言う事を聞かせられる』事で双方が同意。

 最初からそうしろ、ド阿呆ども。とは口に出しては言わない。

「それで?お前が勝ったら鈴に何をさせるつもりだ?」

「決まってるだろ!約束の意味ってやつを説明してもらうぜ!」

「せ、説明は、その……」

 一夏の言葉に一瞬で顔を赤くする鈴。まあ無理もない。今の一夏の言葉は鈴からすれば『俺にプロポーズしろ』と言われているようなものだからな。

「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」

 一夏的には親切心だろうが、鈴にとっては逆効果だった。

「誰がやめるのよ!アンタこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

「なんでだよ、馬鹿」

「馬鹿とは何よ馬鹿とは!この朴念仁!間抜け!アホ!馬鹿はアンタよ!」

 鈴の言葉に腹を立てたのか、一夏は言ってはいけない一言を−−

「うるさい、貧乳」

 口にした。……マズいな。

 

ドガァァンッ!!!

 

 突然の爆発音。衝撃で部屋が微かに揺れる。見れば鈴の右腕は、指先から肩までIS装甲化していた。

 全力で壁を殴り、しかし拳は壁に届いていない。そんな衝撃だ。なるほど、今のが……。

「い、言ったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!」

 ISアーマーから紫電が走り、ぴじじっと音を立てる。やれやれ、本気で怒っているなこれは。

「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん」

「今の『は』!?今の『も』よ!いつだってアンタが悪いのよ!」

 かなり無茶苦茶な理屈だが、今の一夏に反論の余地はない。

「ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわ、ご希望通り……全力で叩きのめしてあげる」

 最後に、今まで見た事のない鋭い視線を一夏に向け、鈴はピットから出ていった。閉まったドアのぱしゅん……という音に怯えを感じるほど、鈴の気配は鋭かった。

 壁に目をやると、特殊合金製の壁に直径30㎝はあるクレーターが出来ていた。つまり、それが出来るだけのパワーがあるという事だ。

「パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型……」

 真剣な眼差しで壁の破壊痕を見つめるセシリア。だが、一夏は別の事を考えているのか、反応がない。おそらく鈴の胸の事を言ってしまった事を後悔しているのだろう。

「中国製第三世代IS『甲龍(シェンロン)』……侮れないようだな」

「知っているのか!?九十九!」

 箒が久々に声を上げた。だが○樫・虎○なんてどこで知った?いや偶然か。

「ああ、すでに情報の収集と精査は終わっている。それを一夏に教えるつもりはないがな」

「なぜですの!?」

 納得いかないのか、私に詰め寄るセシリア。

「言ったはずだ。今の私は心情的に鈴の味方だと。あいつが不利になるような真似はせんよ」

 とは言え、やった事の責任は取らせなければな。携帯を取り出しつつ、ピットを出る。

「どこへ行く?九十九」

「なに、ここにいてはお前達が私から鈴のISの情報を聞き出そうとするだろうからな。そうなる前に退散させてもらう」

「ま、待て!つく−−」

「お待ちなさい!九十九さ−−」

 

ぱしゅん……

 

 引き留めようとする箒とセシリアを、ピットのドアがカット。ナイスプレイ、ドア。

 歩きながら、携帯の電話帳からある人物の番号を選び出して電話をかける。待つ事3コール。電話が繋がった。

『私だ』

「あ、織斑先生。村雲です。実は……」

 

 

 翌日。教室へ向かう途中、頭にコブを作った鈴が私に掴みかかってきた。

「九十九!アンタなんてことすんのよ!」

「何の事だ?ああ、お前がピットの壁を殴ってへこませた事を千冬さんに伝えたが、それか?」

「それよ!おかげで千冬さんに怒られて、反省文5枚書かされることになったじゃないの!」

「信賞必罰は世の常だ。やった事の責任は取ってこそだろう?むしろその程度で済んだ事を有難く思え。場合によっては停学もあり得たんだ」

「うっ……」

 私の言葉に二の句が継げなくなった鈴。

「代表候補生とは、いずれ国の顔になる可能性のある者達だ。自重しろ、鈴。肩書と国の名が泣くぞ」

 踵を返し教室へ向かう。鈴との会話で時間をくった。このままでは遅刻をしてしまう。

「あっ!こら、待ちなさい!」

 鈴が私を追おうとしたが、それに後ろから待ったがかかる。

「おい」

「なによ!?」

 

バシンッ!

 

 聞き返す鈴に痛恨の一撃(出席簿アタック)をしつつ、織斑先生登場である。数週間前にも見た事のある光景だ。

「もうショートホームルームの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ」

「は、はい!」

 千冬さんに言われ、慌てて二組の教室へ戻る鈴。やっぱり千冬さんが苦手なのだな。

「お前も早く教室へ行け、村雲」

「了解です。織斑先生」

 私も改めて教室へ歩を進める。さあ、今日も授業頑張ろう。

 

 

 試合当日、第二アリーナで行われる一年生クラス対抗戦第一試合。組合せは一夏に鈴だ。

 噂の新入生同士の戦いとあってアリーナは全席満員。通路は立見の生徒で満杯だ。入りきれなかった生徒、関係者はリアルタイムモニターで観戦すると言う。

「つくも〜ん。こっちだよ~」

 本音さんがこちらに手を振りながら私を呼んだ。でも袖が隣の娘に当たりそうになってるからやめなさい。

「すまない。待たせたかね?」

「ううん。そんなに待ってないよ~」

 席に座り、アリーナに目を向ける。そこには一夏の『白式』と鈴の『甲龍』が対峙していた。

 鈴の『甲龍』は、全体に濃桃色のアーマーと肩の横に浮く棘付き装甲(スパイク・アーマー)が特徴の機体だ。

「つくもん、つくもん」

「何かね?本音さん」

「鈴ちゃんのISって『甲龍(シェンロン)』って名前なんだよね~」

「ああ、そうだが。それがどうしたね?」

「何だか七つの珠を集めたら出てきそうだね~」

「……それは言ってはいけないよ。本音さん」

 だからあえて『こうりゅう』と呼ぶ事にする。漢字なのだし、構わないだろう。

『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』

 アナウンスに促され、一夏と鈴がアリーナ中央の空中で向かい合う。互いの距離は5m程。二人は開放回線(オープン・チャネル)で言葉を交わす。

「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

「雀の涙くらいだろ。そんなのいらねえよ。全力で来い」

「一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる」

 これは脅しでも何でもない、純然たる事実だ。情報によると、IS操縦者に直接ダメージを与えるため『だけ』の武装が存在するという。当然、競技規定違反な上、人命に危険が及ぶ。

 しかし『殺さない程度に甚振る事は可能』という現実は変わらない。そして、代表候補生クラスはそれが可能な者が殆どだ。

 一夏がセシリアを追い詰め、私が勝利を収めたのは奇跡としか言えない。そして奇跡とは、二度は続かないものだ。

『それでは両者、試合を開始してください』

 鳴り響くブザー。それが切れた瞬間、二人が動く。

 

ガギィンッ!!

 

 一夏の《雪片弐型》と鈴の両刃青龍刀《双天牙月》がぶつかり合い、一夏がその衝撃で弾き返される。

 態勢を崩した一夏がセシリア直伝の三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)で鈴を正面に捉える。

「ふうん。初撃を防ぐなんてやるじゃない。けど−−」

 鈴が《双天牙月》をバトンのように回しながら縦、横、斜めと一夏に斬り込む。

 高速回転している分遠心力で威力が上がっているため、同じ近接格闘型でもスピードタイプの白式では、捌くのも一苦労だろう。

 消耗戦になると判断したのか、一夏が一旦距離を取ろうとする。しかし……。

「それは悪手だ。一夏」

「ほえ?」

 

「−−甘いっ!」

 鈴の肩アーマーがパカッとスライドして開く。中心の球体が光った瞬間、一夏が『何か』に殴り飛ばされた。一瞬飛んだ意識を取り戻す一夏。しかし、鈴の攻勢は止まない。

「今のはジャブだからね」

 不敵な笑みを浮かべる鈴。牽制打(ジャブ)の後は、本命の一撃(ストレート)と相場が決まっている。

 

ドンッ!!

 

「ぐあっ!」

 見えない拳に殴られ、地表に叩きつけられる一夏。あれはかなり持っていかれたな。

「つくもん、今のなに〜?」

 本音さんが私の方を見ながら訊いてきた。

「あれは《衝撃砲》だよ。空間そのものに圧力をかけて砲身を生成し、余剰で発生する衝撃を砲弾として撃ち出す。私の《ヘカトンケイル》やセシリアの《ブルー・ティアーズ》と同じ第三世代兵装さ。最大の特徴は、砲身も砲弾も見えない事と、射角が事実上無制限な事だな」

「へ~。すごいんだね~」

「確かにな。だが、攻略法はある」

「たとえば〜?」

「そうだな、例えば……。む?試合が動くぞ」

 

「よくかわすじゃない。衝撃砲《龍砲》は砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」

「…………」

 一夏に声を掛ける鈴。実際、一夏は見えない砲身から撃ち出される見えない砲弾を、時折直撃を受けながらもかなりの回数躱していた。

 しかしそれは、空間の歪みと大気の流れをハイパーセンサーに探らせ、探知と同時に回避。という、撃たれて初めて分かる回避法だ。

 どこかで先手を打つ必要があるだろう。そしてその方法は、先週の訓練で身につけた『アレ』ぐらいしかない。

「鈴」

「なによ?」

「本気で行くからな」

 鈴を真剣な眼差しで見つめる一夏。気概に押されたか、表情にキュンと来たのか、鈴は曖昧な表情を浮かべていた。

「な、なによ……そんなこと、当たり前じゃない……。とっ、とにかくっ、格の違いってやつを見せてあげるわよ!」

 鈴が《双天牙月》を一回転させて構え直す。一夏が加速姿勢をとった。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。 後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを一度内部に吸収し、圧縮して再度放出。その際の慣性エネルギーを利用し、爆発的な加速を得る高速機動戦術だ。

 現役時代の千冬さんが最も得意とし、これと『零落白夜』のコンボで一時代を築いた事は有名だ。

「うおおおおっ!」

「っ!?」

 一瞬で距離を詰め、《雪片弐型》の『零落白夜』を展開する一夏。その刃が鈴を捉えるかと思われたその時。

 

ズドオオンッ!!!

 

 突如、大きな衝撃がアリーナ全体に走る。ついに来たか。

「「「きゃああああっ!!」」」

 突然の爆発音と衝撃に、観客席はパニックに陥った。生徒達はアリーナから避難しようと我先に出口へと殺到する。しかし……。

「えっ!?うそ!?隔壁が閉じてる!」

「なんで!?」

「だめ!開かない!」

「助けて!ここから出してよ!」

 隔壁が閉じ、しかも開かないという非常事態に、生徒達は混乱の度合いを更に深める。蹲って泣き出す者、隔壁を叩いて必死に助けを呼ぶ者、友人と抱き合ってただ震えている者など反応は様々だ。

 一方アリーナでは、一夏と鈴が乱入者と戦っている。

 私の知る原作同様、やって来たのは『全身装甲(フル・スキン)』のIS。無人IS『ゴーレム』だ。だが……。

「馬鹿な……何故……」

 そこにいたのは『二機』の無人ISだった。

 

 

 こうして、無人ISによる襲撃が発生した。

 私は、この時初めて気が付いた。既に原作との乖離が始まっている事に。




次回予告

始まった乖離。
崩れた前提。
この先、私がとるべき道は……。

次回「転生者の打算的日常」
#15 選択

たとえ誤りだったとしても、私は……。


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#15 選択

 混乱と恐怖に支配された第二アリーナ観客席。そこで私は、信じられない光景を目にしていた。

 アリーナのシールドバリアを破って現れた、全身装甲(フル・スキン)の異形のIS。無人IS『ゴーレム』が一夏と鈴と戦っている。そう、ここまでは原作通り。違ったのは……。

「馬鹿な……何故……」

 その『ゴーレム』が二機いて、しかもうち一機が無機質な目でこちらを見ているのだ。私はこのタイミングで発生した原作との乖離に、軽い混乱に見舞われる。と、こちらを見ていた『ゴーレム』がおもむろに腕を挙げる。まさか!?

 

ーーー警告!敵ISに高エネルギー反応を確認!緊急展開します!ーーー

 

「くっ……!」

 『フェンリル』が自動展開すると同時に、私は観客席の天井ギリギリまで移動する。

 アリーナの天井の高さは、観客席最上段から50m。これは、万が一何者かからの襲撃を受けた際、生徒を教師が搭乗するISで護衛するために必要な高さらしい。だが、普段は無駄なその天井の高さが今回はありがたい。

 これは賭けだ。『ゴーレムB』の狙いが私自身ならば、掌の砲口は私を追って上へ上がる。

 そのまま砲撃をしてくれれば、再びシールドバリアに穴が開く。そうなれば、私はそこからアリーナへ飛び込んで『ゴーレムB』を撃破する事ができる。

 しかし、私がアリーナへ入り込むのを阻止する事が狙いなら、その砲口は観客席に向かう。私は観客を守る為、自らを盾にせざるをえなくなる。

 結果として私はその場に釘付けになり、一夏と鈴を救援できない事になる。あいつの狙いは、どちらだ?

 『ゴーレムB』の腕は、私を追って上がった。狙いはあくまで私一人という事か。私はアリーナの最上段通路に殺到している生徒達に声をかける。

「総員、そのまま動くな!!」

「えっ!?」

 私の言葉に『?』を浮かべる生徒達。説明している時間は無い。ゆえに叫ぶ。

「死にたくなければそこでじっとしてろ!いいな!?」

「「「は、はい‼」」」

 

ズバアアアッ‼

 

 言い終えると同時、『ゴーレムB』から大出力砲撃が来た。

 

ズドオオオオンッ!!

 

 シールドバリアを貫くほどの攻撃力を持った砲撃が私を捉え、その直後に爆発。

「「「きゃああああっ!!」」」

「つくも〜ん!!」

 瞬間、観客席は狂乱と爆炎に包まれた。

 

 

 その光景は『ゴーレムA』と戦闘中だった一夏と鈴の目にも映った。

「な、なんだ!?」

「九十九がもう一機のビームをまともにくらったみたい!」

「なんだって!?」

 『ゴーレムA』の攻撃を回避しつつ、会話をする鈴と一夏。鈴の言葉に一夏が観客席を見る。その視線の先で、爆炎の中から何かが観客席に落ちるのが見えた。

「や、野郎!」

 怒りに任せて『ゴーレムB』に突撃する一夏。それに気づいた『ゴーレムA』が一夏の行く手を阻む様に回り込む。

「ちょ、ちょっと一夏!?」

「うおおおおっ!」

 『ゴーレムA』がその腕を一夏へ向けて、ビームを放とうとした瞬間。

 

ズンッ!

 

 一夏の目の前数mに、突然『壁』が降ってきた。

「へっ?って、ブッ!?」

 

バシュウッ!パアンッ!

 

 一夏のぶつかった『壁』は、本来なら一夏に当たっていたビームを弾いていた。

「いってー。なんだこれ?壁か?」

「アリーナの壁でも落ちてきたの?でもこれ、今ビームを弾いたわよね?じゃあこれって……」

「見て分からんか?盾だ」

「「えっ?」」

 かけられた声に驚く二人。何故ならそこにいたのは、ついさっき観客席に墜ちたはずの……。

 

 爆炎の中から何かが落ちてきた時、真っ先にそれに走り寄ったのは本音だった。

「つくもん!大丈夫!?しっかりし……て?あれ?」

 落ちてきた物に近づくにつれ、本音は自分の中で違和感が強くなるのを感じた。機体色が違う、特徴的なスラスターが無い、というかそもそも人型ではない。それは……。

「えっと……壁?」

 とてつもなく大きな『壁』だった。ただ裏側に取手のような物が付いているが。

「じゃ〜、ひょっとしてこれって〜……」

『見て分からんか?盾だ』

「えっ!?」

 アリーナ内に開放回線(オープン・チャネル)で響いた声に、本音は慌ててそちらを向き、驚きに目を見開いた。

 何故ならそこにいたのは、謎のISのビームをまともに受けたはずの……。

 

 

「「「九十九(つくもん)!?なんでここ(そこ)に!?」」」

 私だったのだから。

「何故と言われてもな。相手のビームを防いで、破れたシールドバリアから入ってきたからだが?」

「防いだって……どうやって?」

 私はアリーナに突き立った『壁』を指さし、説明をする。

「それだ。超大型対光学兵器物理盾(ヒュージアンチビームシールド)《スヴェル》。私の会社がいずれ来るビーム兵器時代を見越して開発した試作超大型物理盾だ。計算上、第二世代IS三機分の全エネルギーを使用したビーム砲を防ぐそうだ」

 ただし、あまりにも巨大なため取回しが利かず、側面や後方に回られると防御が間に合わないのが欠点だが。

 ちなみに爆発はシールド前面に仕込んだ小口径グレネードによるものだ。目くらましには丁度いい。

「無茶苦茶だわ……」

「お前の会社、準備よすぎないか?」

「褒め言葉と受け取ろう。それより一夏、気づいているか?」

「ああ。鈴、あいつの動きって何かに似てないか?」

「何かって何よ?コマとか言うんじゃないでしょうね」

「いや、なんつうか……機械じみてないか?」

「ISは機械よ」

「そう言うんじゃなくてだな。えーと……」

「つまり一夏はあれに人が乗っていないのではないか、と言いたいのだな?」

「あ、ああ、そんな感じだ」

「あり得ないわ。ISは人が乗らないと動かない。そういうものだもの」

 教科書では確かにそうなっている。しかし、そうではない。あれは間違いなく無人機だ。何せあの兎博士のお手製だ。その目的はいまいち分からないが。

 『ゴーレム』の性能実験を兼ねた一夏のかませ犬役なら一機で十分だし、そのついでに私の排除をする事が目的なら、いくら何でももう一機の方に動きがなさ過ぎるからだ。

「仮に無人機ならどうだというのだ?一夏」

「なに?無人機なら勝てるっていうの?」

「ああ。人が乗ってないなら容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな」

「策はあるのか?」

「ああ」

「ならば、一機は任せる。私はもう一機の方を相手する」

 右手に《レーヴァテイン》を呼び出し(コール)

「では、行こうか」

「おう」

 一夏が『ゴーレムA』へ、私が『ゴーレムB』へ向かい突撃姿勢をとった瞬間、アリーナのスピーカーから大声が響いた。

『一夏ぁっ!』

 

キーン……

 

 ハウリングが尾を引くその声は箒のものだった。

「な、なにしてるんだ、あいつ……」

「おおかた、お前に発破をかけに来たんだろう。いい迷惑だがな」

 中継室を見ると、ドアの近くで審判とナレーターがのびていた。ドアを開けた瞬間に一撃食らわせたのだろう。暫く目を覚ましそうにない倒れ方だ。好きな男への声掛けのためにそこまでするか?普通。

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』

 再びの大音声にハウリングが起こる。『ゴーレムA・B』が館内放送の発信者、つまり箒にセンサーレンズを向けている。

 そしてある事に気付く。まずい!このままでは箒と中継室でのびている二人が危険だ!

 この無人機には高度な自律行動AIが仕込まれているはずだ。という事は−−−

 

 敵ISに声をかけた。

  ↓

 敵に命令をした。

  ↓

 声をかけたのは指揮官。

  ↓

 指揮官は最優先撃破目標。

  ↓

 ならば指揮官を倒そう。

 

 という思考展開をするはずだ。事実、『ゴーレムA・B』は中継室を目掛けて砲口の付いた腕を伸ばし始めている。

 ここからでは声をかけたくらいでは間に合わない。……やるしかないか。

 

 

 九十九と同様、箒が危険だという事に気づいた一夏が、鈴に作戦の開始を宣言した。

「鈴、やれ!」

「わ、わかったわよ!」

 衝撃砲の最大出力砲撃体勢をとる鈴。と同時にその射線上に一夏が躍り出る。

「ちょっ、ちょっと馬鹿!なにしてんのよ!?どきなさいよ!」

「いいから撃て!」

「ああもうっ!どうなっても知らないわよ!」

 一夏が瞬時加速を作動。衝撃砲のエネルギーを取り込んで最大加速、『零落白夜』を発動させ、大上段から一閃。

 必殺の一撃は『ゴーレムA』の右腕を切り飛ばした。

 

 ……やるしかないか。

 《レーヴァテイン》のカートリッジを柄から取り出し、リボルバーマガジン式の大型カートリッジを接続。

「音声コード入力。『汝、世界を焼き尽くすべし』」

 

ーーー音声コード入力を確認。レーヴァテインオーバードライブ発動ーーー

 

 音声入力と共に6発のカートリッジを同時に撃発。刀身は一瞬で耐熱限界を迎え、昇華。昇華した刀身は余剰エネルギーによって形成されたエネルギーフィールドに電離体(プラズマ)として固定、超高温の非実体剣となる。

 これが《レーヴァテイン》の隠し玉。電離体刀形態(プラズマブレード・モード)、《レーヴァテイン・オーバードライブ》だ。

 エネルギー消費量の関係上、刀身の維持限界時間は10秒。その10秒でケリをつける!

 瞬時加速で急速接近、『ゴーレムB』がこちらに気づくがもう遅い。私は《レーヴァテイン》を一気に振り下ろした。

 

カッ!バシュゥゥゥッ……!

 

 《レーヴァテイン》を受けた『ゴーレムB』の体は1万℃という超高温の剣の一撃に耐えられるはずもなく、両腕の肘から先のみを残して完全に消滅した。

 

 

 『ゴーレムB』を消滅させた私の耳に届いたのは、二人の女子の叫びだった。

「「一夏っ!」」

 その声に振り向くと、右腕を切り飛ばされた『ゴーレムA』が一夏の腹に左拳を叩き込んでいる。更にそこから高エネルギー反応、零距離からビームを叩き込むつもりのようだ。しかし安心していい。一夏の策は成ったのだから。

「「狙いは?」」

『完璧ですわ!』

 よく通る声。やかましいと感じる時もあるが、今は頼もしい限りだ。

 刹那、客席から『ブルー・ティアーズ』の四機同時狙撃が『ゴーレムA』を撃ち抜く。そう、一夏の一撃は『ゴーレムA』のシールドバリアを破壊していたのだ。

 ボンッ!と小さな爆発を起こして、『ゴーレムA』は地面に落下する。シールドバリアが無い状態で『ブルー・ティアーズ』のレーザー狙撃を受ければ、ひとたまりもあるまい。

 無人機械には予測不可能の、認識外からの攻撃。自由な発想が人間の最大の長所であるといったのは誰だったか忘れたが、その通りだと思う。人は実に巧みに裏をかく。機械には真似できない方法で。

 個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で会話しているのか、セシリアがホッとしたような顔をしたり、顔を赤くして狼狽したりしている。やれやれだ。

「ふう。何にしてもこれで終わ−−」

 

ーーー敵ISの再起動を確認!僚機『白式』がロックされています!ーーー

 

「一夏っ!!」

「!?」

 『白式』からも警告が来たのだろう。一夏も『ゴーレムA』の方を振り向く。

 『ゴーレムA』が残された左腕を最大出力形態(バースト・モード)に変形させ、地上から一夏を狙う。

 瞬間、放たれるビーム。一夏は躊躇いも見せずにその光の中へ飛び込んだ。一夏の刃が『ゴーレムA』の装甲を切り裂き、ビームの照射が止まる。

「「「一夏(さん)!!」」」

 『白式』はボロボロだが、一夏は無事だった。満足そうな顔で気絶していた。

「まったく、無茶をする」

 『白式』が解除され、担架で運ばれる一夏を見ながら呟く。原作でそう行動し、かつ無事だったと知っていても、やはり心臓に悪かった。

 ともあれ、これで『クラス対抗戦無人機襲撃事件』は終わりを−−

「告げていないぞ、村雲」

 告げた。と思った瞬間、後ろから声がかかる。突如、脳内に流れる『運命』の旋律。

 織斑千冬、降臨。……逃げられそうには、無かった。

 

 結局この後、千冬さんの殺人拳骨と説教のセットを受けた。

 ISの無断展開は、緊急事態だった事からお咎めはなかったが、アリーナへの無断侵入とアリーナ内の器物損壊(レーヴァテイン・ODを振った時、『ゴーレム』と共にフェンスの一部を消滅させた事)により、一週間の校内奉仕を言い渡された。

 ちなみにこれはかなり軽い方で、本来なら退学ものらしい。やはり『二人目』だからか?

 一方、箒の方は反省文5枚という非常に軽い処分だった。中継室の不法占拠に暴行傷害、独断専行による戦闘行動の妨害など、それこそ退学ものの行動だったにも関わらずだ。

 千冬さんは『停学一週間』を進言したが、上層の教師陣が聞き入れてくれなかったらしい。

 これはやはり、箒が『篠ノ之束の妹』だからだろう。(千冬さん以外)誰もあの天才(天災)を怒らせたくないのだ。

 

 

「……ただいま、本音さん」

 たっぷりと説教を受け、心身ともに疲れ果てて部屋に戻る。

「お帰り〜、つくもん」

 いつものゆるふわボイス。ああ、癒される。やっぱりいいなこの子。

「大丈夫だった〜?って、うわ〜すごいタンコブ〜」

 ぴょんぴょん跳ねながら私のコブに触ろうとする本音さん。って、ちょっと待て!

「や、やめてくれんかね!本気で痛いんだ!」

「だめ〜。心配させたバツなのだ〜」

「いや、だからほんとにやめ……アーーッ!!!」

 結局、本音さんにコブをさんざんいじられ、更に「心配させたバツとして、食堂のスペシャルパフェを奢ること」になった。

 財布にもダメージか……辛いな。

 

「あ~、おいしかった〜」

「それは何よりだ。で、私は許されたのかね?」

 食堂での夕食後の帰り道。満足そうにしている本音さんにあえて訊いて見る。

「ん〜、もう一声かな~」

「では、明日は三食におやつも私が出そう。それでどうかね?」

 そう提案する私を、ムスッとした顔で見る本音さん。

「つくもん。わたしが食べ物でつられる子っておもってない~?」

「ふむ、ならばいらないという事でいいかね?」

「う、う~。つくもんのいじわる〜」

 私をポカポカと叩いてくる本音さん。全然痛くない。って!

「だからコブはやめたまえ!」

 ぴょんぴょん跳ねながら私のコブに一撃くわえようとする本音さん。私も必死で押し留める。と、一夏の部屋近くで声がした。部屋の前には箒がいた。

「ら、来月の学年別個人トーナメントだが、わ、私が優勝したら、つ、付き合ってもらう!」

「……はい?」

 

 部屋に戻り、シャワーと着替えを終わらせると、本音さんが私に訊いてきた。

「ね~ね~つくもん。さっきしののんの言ってたことってさ~」

「ああ、『優勝したら自分と男女交際をしろ』という意味だろう。しかしあの言い方では、一夏は頭の中で『優勝したら買い物に付き合え』と変換するだろうな」

 本音さんが私の説明に一瞬ポカンとした後、苦笑いした。

「おりむーはひどいな〜」

「ああ、まったくだ。さあ、そろそろ寝る時間だ。おやすみ、本音さん」

「うん、おやすみ。つくもん」

 床につき、電気を消す。すぐに隣から寝息が聞こえてきた。

 

 私はベッドの中で今日の出来事を思い返していた。

 現れた二機の『ゴーレム』。原作では一機しか来なかったはずのそれが、わずかに変わった。

 可能な限り原作通り行くようにしてきたが、私そのものが原作に無い存在(イレギュラー)である以上、必ずどこかでこういう歪みが出る事は分かっていた。

 今後、この手の原作乖離は徐々に進んでいくだろうし、私がそれを止められるかは不明だ。

 ならいっその事、原作知識は参考程度に留める事にしよう。そうすれば、いざ原作にない事が起きてもそこまで狼狽えない。と思いたい。

 そう思考を締めくくり、私も眠りについた。

 

 

 今回の事で、私は原作知識に頼り切るのを止める。という選択をした。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『そもそもそんなに頼ってたか?あ、あと言い忘れてたが、御主の精神年齢を前世での死亡時と同じ位にしといたから』と言った気がした。

 いや、いまさらそれ言ってくんの!?

 

 

 どことも知れない場所。一人の女性が大量のモニターの前で笑みを浮かべていた。

 豊満な肉体をエプロンドレスに包み、機械じみたウサギ耳のカチューシャを頭に着けた女。篠ノ之束である。

「いっくんも無茶するなあ。束さんビックリしちゃったよ。でもこれで、いっくんのISデビューは大成功だね!でも……」

 束がちらりと一夏の映っていたモニターから目を外し、別のモニターへ向ける。

「何なんだろうね。コイツ」

 そこには、実体剣をプラズマ化させ、一撃で『ゴーレム』を腕を残して消滅させた『二人目』村雲九十九の姿が映っていた。

「まあ、なんでもいいや。私の邪魔をするなら……」

 消すだけだから。




次回予告

現れた二人の転校生。
金の貴公子と銀の軍人。
抱えた火種はどちらも大きく……。

次回「転生者の打算的日常」
#16 三人目

どちらを先に片付けようか?


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#16 三人目

 6月第1週の日曜日。私は所属企業であるラグナロク・コーポレーションに来ていた。

 《レーヴァテイン・OD(オーバードライブ)》を使った事で機体に歪みが生じていないか点検・整備するためだ。私に合わせて外出した一夏は、今頃はもう一人の友人である五反田弾の所だろう。

「では博士、お願いします」

「はい、お任せください。新品同様にピカピカにしますよ!」

 妙に張り切っている絵地村(えじむら)博士。理由を聞くと「最近新武装の開発行き詰まり、気分転換したかった」との事。開発の気分転換に整備って……どれだけ仕事人間なんだ?この人。

 

 場所は移り社長室。ラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作(にとう あいさく)さんに呼ばれた私は、そこである話を聞かされた。

「デュノア社が?」

「ああ。最近動きが慌しいと、フギンとムニンから報告があってね」

 

 デュノア社。第二世代最後発にして最優秀とも評されるフランス製IS『ラファール・リヴァイヴ』の製造開発元であり、世界第三位のシェアを誇る企業である。

 だが、シェア第三位とはあくまで第二世代ISの話。各国が第三世代ISの研究・開発に注力している昨今において、デュノア社は完全に出遅れていると言ってよく、第三世代ISを開発するには時間もデータも足りず、今現在開発はストップしている状態だ。

 また、フランスは現在欧州連合統合防衛計画(イグニッション・プラン)から除名されており、第三世代ISの開発は国防の観点は元より、資金力で他国に劣るフランスにとって、他国を出し抜いてアドバンテージを得る為には必須、かつ急務であると言える。

 その為、焦ったフランス政府はデュノア社に対し予算の大幅減を通達。さらに、第三次欧州連合統合防衛計画のトライアルで開発したISが次期主力機に選定されなかった場合、IS開発許可の取り下げを通告したと言う。

 デュノア社は今、倒産の危機にさらされているのである。

 

「そんな訳で、焦ったデュノア社は第三世代ISのデータ入手の為に、とんでもない策を講じようとしている」

「その策とは?」

 原作知識で知ってはいるが、聞かないのは不自然なので質問をする。

「これを見てくれ」

 社長が私に渡したのは一枚の写真。目線がカメラに来ていない事から隠し撮りであると判る。

 ハニーブロンドの髪を首の後ろで纏めた、美しい藤色の瞳が印象的な少年とも少女ともとれる顔つきの人物。だが、胸元の確かな膨らみが、写真の中の人物が少女である事を声高に主張していた。間違いない、彼女は……。

「シャルロット・デュノア。デュノア社社長とその愛人の間の娘だそうだ。デュノア社は、この娘をIS学園に転入させようとしている。『三人目』としてね」

「……なるほど、目的は体のいい広告塔。それと私と一夏の身体データかISのデータ、もしくはその両方ですね」

「それしかないだろう。九十九君、くれぐれも用心してくれ」

「わかっています。……社長。一つお願いが」

「フギンとムニンにデュノア社の最深度調査を……かな?もう言ってあるよ。あと一週間もあればデュノア社を丸裸に出来る。資料は君の所にも送ろう」

「流石、仕事が早くていらっしゃる」

「兵は神速を尊ぶ。何事もいかに素早く先手を打てるかが勝敗のカギなのさ」

「くくっ、違いないですな」

「ふふっ、だろう?」

 社長と二人で顔を見合わせ、含み笑いを零す。ああ、この人とはホントに気が合うな。ちなみに……。

「僕、今完全に空気だよね」

 同じ部屋にいた私の父で、ラグナロク・コーポレーション社長秘書村雲槍真(むらくも そうま)が、ポツリと呟いた。

 

「では、失礼します」

 扉の前で一礼し、出ていく九十九を見送った藍作と槍真。槍真は藍作に目を向けて言った。

「良かったのか?あの事を言わなくて」

「資料が出来たら手紙の一つでも付けて教えるさ。情報とは……」

「自分は相手の物を持っているが、相手には自分の物を与えないのが最上。だろ?九十九も似たような事を言っていたよ」

「そうか。やはり彼は面白いな」

 そう言って含み笑いを零す藍作を、槍真は溜息混じりに眺めていた。

 

 

 昼食時の社員食堂。カツ丼(特盛)を食べていると、後ろから声をかけられた。

「相変わらずよく食べるわね。見てるこっちがお腹一杯になるわ」

 振り向くとそこにいたのは一人の女性。ピンクブロンドの長髪、ツリ目がちの碧目、少々物足りないボリュームの……。

「アンタ、今どこ見てた?」

「失礼した、ミス・ヴァリエール。それともミセス・平賀とお呼びした方が?」

「心の篭ってない謝罪はいらないわ。あと、ミセスはやめて。まだ慣れないから」

 私の前で照れたように頬を染めるこの女性は、ルイズ・ヴァリエール・平賀さん。

 ラグナロク所属のテストパイロットで、元フランス代表候補生。私にISの戦闘機動の基礎を教えてくれた、言わば師匠だ。

 得意戦術はグレネードランチャーによる空間制圧射撃。と言うよりそれしかしない。両手に大口径グレネードランチャーを構え、とにかくバカスカ撃ちまくるのだ。

 その爆炎が晴れた先には草木一本残らない事から、ついた二つ名が『虚無(ゼロ)』。

 又は本人の身体的特徴を皮肉って『胸無(ゼロ)』。これを言うとグレネードが飛んで来るので誰も表立っては言わないが。

 ちなみに最近結婚した旦那さんの名前は平賀才人(ひらが さいと)さん。ラグナロクの機体整備技師で、ルイズ専用ラファールの主任整備師だ。

 二人の名前を聞いた時、私は「冗談だろ?」と言いたくなった。前世で一度だけ読んだファンタジー小説の主人公とヒロインと名前が同じとか、正直ひょっとしてと疑うぞ。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「それで、なんの用ですか?ルイズさん。また才人さんが何かしでかしたので?」

「そうなのよ!ちょっと聞いてよ九十九!あいつったらね……」

 ルイズさんは普段はキリッとした女性なのだが、才人さんが絡むと途端に残念な感じになる。

 私や周りの誰かを捕まえては、才人さんの事を始めは愚痴り、次に惚気て、最後は「あいつのそんな所も好き」で締める。

 しかもこちらが口を挟む暇のないマシンガントークを展開。本人が満足するか、誰かの横槍が入るまで延々話し続けるのだ。

「ちょっと九十九!聞いてるの!?」

「あ、はい。聞いてます、聞いてます」

 なので話に巻き込まれたら、嵐が過ぎるのを待つしかないわけで……。

「でね、その時の笑顔がかわいくて−−」

「そうですかー」

 結局、この日私がルイズさんから解放されたのは、絵地村博士が『フェンリル』のチェックと整備が終わったと知らせに来た17時の事だった。何もしてないはずなのにひどく疲れた休日だった。

 

 

「ただいま。本音さん」

「むっす~」

 寮の部屋に帰ると、何やら不機嫌そうな顔の本音さんがお出迎え。

「どうしたね?本音さん。かわいい顔が台無しだぞ?」

「……どこに行ってたの〜?」

「『フェンリル』の整備の為に会社に行っていた。朝そう言ったし、返事も返して貰ったが?」

「ほえ?そ~なの?」

「ああ。もっとも君はかなり寝惚けていたようだがね」

 朝、私は本音さんに「『フェンリル』の整備の為に会社に行ってくる」と声をかけた。本音さんはのっそりと起き上がり、眠そうな声で「いってらっしゃ〜い」と返した後、もう一度ベッドに倒れた。

「ああ、これはきっと覚えてないな。とは思ったが……」

「あうぅ……ごめんなさい」

 しゅんとする本音さん。こころなしか狐パジャマの耳が垂れているように……いや、本当に垂れてる!?どういう仕組みだ!?なんかカワイイ!!

「いや、書き置きくらいは残すべきだったが、それを怠った私にも非はある。お詫びに今日の夕食は私が出そう。なんなら食後にケーキを付けてもいい」

 それを聞いた本音さんの狐パジャマの耳がピコンと立った。本当にどういう仕組みだ?

「ほんと〜?」

 顔を上げた本音さんの目は期待に溢れていた。こういう所は、まだお子様だよな。

「当然だ。この村雲九十九、女性相手に嘘はつかん。では、行こうか」

「うん!」

 さて、今日の夕食は何にするかな。

 

「なに?蘭が?」

「ああ、来年IS学園(ここ)を受けるって言ってたぜ」

 食堂で夕食をとっていると、先に夕食を終えていた一夏に五反田食堂での一幕(原作エピソード)を聞かされた。

「ね〜ね〜つくもん、蘭ってだれ〜?」

「ああ、私と一夏の共通の友人『五反田弾』の妹さんだ。聖マリアンヌ女学院で生徒会長を務める女の子だよ」

「えっ!?聖マリアンヌって言ったら……」

「エスカレーター式で大学まで出れて、しかも卒業生ってだけで一流企業に就職できるぐらいにネームバリューのある所だよね?」

 私と本音さんと一緒に夕食をとっていた相川さんと谷本さんが驚きの声を上げる。

「まあ、おおかた背中を追いたい『誰か』がここにいるのだろうよ」

 言いながら、その『誰か』に目を向ける。

「ん?なんだよ九十九」

「「「ああ〜〜〜」」」

 その『誰か』はいまいち分かっていない様子だったが、女子達は分かったようだった。

「で、入学した時は俺が面倒見ることになったんだよ」

「女の約束は軽くないぞ一夏。安請け合いをして責任がとれるのか?」

「それ、鈴にも言われたぜ」

 僅かに肩を落とし、つぶやく一夏。

「まあ、蘭と約束した以上その約束は守れ。でなければ……」

「でなければ……?」

「《ケルベロス(ガトリングガン)》5分の刑に処す(ニヤリ)」

「九十九が黒い笑みを!怖えよ!?」

 私の笑顔に本気で恐れをなす一夏。ちなみに、わりと本気だ。

 

「ん〜。おいし〜」

 一夏が部屋へ戻っていった後、本音さんがケーキを食べてご満悦といった顔をしているのを眺めつつコーヒーを啜っていると、他のクラスの女子から声をかけられた。

「あの、村雲君。あの噂ってホント?」

「ん?噂とはなんの事かね?」

「あのね、今度の−−むぐっ!?」

 何か言いかけたその子の口を、後ろから別の女子が塞ぐ。まさかとは思うが……。

「な、なんでもないのっ!なんでもっ」

「−−バカ!秘密って言ったでしょ!?」

「で、でも……」

 一人が私の前で体を広げて妨害。その後ろで二人が小声で喋っている。

「それで?噂とはなにかね?」

「う、うん!?なんの事かな!?」

「人の噂も365日って言うし!」

「75日だ。……君達、何か隠してないかね?」

「「「そんなことないよ!?」」」

 必死に取り繕おうとする三人組だが、その態度は「隠し事をしています」と言っているようなものだ。なので……。

「教えてくれないかね?(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ」」」

「つくもんの必殺『怖い笑顔』が決まった〜!どう思いますか?解説のきよりん」

「そうですねえ。あの笑顔には有無を言わせない迫力がありますから、初見ではまず耐えられないでしょう」

 突然格闘技の実況解説じみた会話をする本音さんと相川さん。人の誠心誠意をなんだと思っているんだ?

 

「えっと……」

「実は……」

 女子から語られたその噂とは「今度の学年別トーナメントで優勝すると織斑一夏・村雲九十九のどちらかと交際できる権利が与えられる」と言うものだった。

 この噂自体は、原作でも流れた噂だ。しかし若干の原作乖離が起きたのか、その噂の対象に私も入っているのだ。

「その噂、情報源(ソース)は?」

「えっと、何日か前に織斑くんの部屋の辺りから『学年別トーナメントで私が優勝したら付き合ってもらう!』って誰かが言ってたのを他の子が聞いたって言ってたのを聞いて……」

「なるほど。そこから尾ひれがついて、いつの間にか『学年別トーナメントで優勝すると織斑一夏・村雲九十九のどちらかと交際できる権利が与えられる』になった。という事か」

「どうするの〜?つくもん」

「ここまで広まっていては、火消しは難しいだろう。それに……」

「「「それに?」」」

 原作通りに行けばだが、VTシステムの暴走により学年別トーナメントは中止になり、それにより噂は完全に無効となる。つまり、放っておいても問題はないのだ。とは言え、それをそのまま言うわけにはいかないので。

「私がその噂を根も葉もない物だと断じれば、女子のモチベーションはガタ落ちだ。たとえ嘘でも、それが奮起の材料になっているなら、それを止める理由はないよ」

「「「なるほど〜」」」

 感心したように何度も頷く本音さん、相川さん、谷本さん。

「えっ!?それじゃああの噂は−−」

「君達は何も聞いていない。いいね?(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ」」」

 私の笑顔と誠意を込めたお願いに快く頷いてくれる三人組。その後、何やらギクシャクした動きで食堂を出ていった。大丈夫か?あの三人。

「やっぱり村雲君の笑顔って……」

「なんか怖いよね」

「そんなに怖いかね?」

「だいじょうぶだよ〜、つくもん」

「本音さん?」

 肩を落とす私に、ふんわり笑顔を向けながら言う本音さん。

「つくもんが優しい笑顔もできるって、わたし知ってるから~」

「ああ、ありがとう。本音さん」

 不覚にも涙が出そうになった。本音さんマジ天使。

 

 

「やっぱりハヅキ社がいいなぁ」

「そう?ハヅキのってデザインだけって感じじゃん?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的にミューレイのかな。特にスムーズモデル」

「あれ、モノはいいけど高いじゃん」

 月曜日の朝。クラスの女子がワイワイと談笑している。手に手にカタログを持ち、あれこれ意見交換をしている。

「そういえば織斑くんと村雲くんのISスーツってどこのやつなの?見たことない型だけど」

「あー。特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、元はイングリッド社のストレートアームモデルって聞いてる」

「私の物はラグナロクの特別製だ。ウチはISスーツも作っているのでね」

 ISスーツとは、文字通りIS展開時に着用する特殊なフィットスーツだ。このスーツ無しでもISの操縦自体は可能だが、反応速度に違いが出るのだ。

 何故ならISスーツとは肌表面の微弱な電位差を検知し、操縦者の動きを各部にダイレクトに伝達する事で、必要な動きをISに行わせるための物。言わば、円滑な操縦を行うための媒体なのだ。

「また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」

 説明をしつつ教室に現れたのは山田先生だった。

「山ちゃん詳しい!」

「一応先生ですから……って、や、山ちゃん?」

「山ぴー見直した!」

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」

 入学から約二ヶ月。山田先生には確認できる限り八つは愛称がついていた。慕われているのか友達扱いなのかわからないが、まあ人徳という事にしておこう。

 「教師をあだ名で呼ぶのは……」と弱めの拒絶を示す山田先生だったが、生徒達はどこ吹く風と言わんばかりに「まーやん」や「マヤマヤ」とあだ名を連ねていく。

「マヤマヤもちょっと……」

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

「あ、あれはやめてください!」

 珍しく語気を強め、明確な拒絶を示す山田先生。前回「ヤマヤ」と呼ばれた時も似たような反応を返していたが、何かトラウマでもあるのだろうか?

「とにかくですね。ちゃんと先生とつけてください。わかりましたか?わかりましたね?」

 「はーい」とクラス中から返事がくるが、明らかに言っているだけの返事だ。今後も山田先生にあだ名は増えていく事だろう。合掌。

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます!」

 一方、絶対にあだ名は付かないだろう我等が担任教師、織斑千冬さんが登場。たったそれだけでクラスの空気が引き締まる。相変わらずスゴイ人だ。

 よく見るとスーツが夏用になっている。一夏が用意したのだろう。あの人着る物に頓着しないからな。

 そういえば、学年別トーナメント終了と同時に生徒も夏服に替るそうだ。

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学園指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学園指定の水着で訓練を受けてもらう。それもない者は……まあ下着で構わんだろう」

 いや、構うでしょ!と、心の中でツッコミを入れたのは私だけではあるまい。今年は男がいるのだし、下着姿はマズかろう。

 余談だが、学園指定の水着は何とスクール水着である。そう、男心をくすぐる紺色の憎いアンチクショウだ。

 絶滅危惧種指定されていたが、まさかこんな所で生き延びていたとはな。弾は喜びそうだ。一夏はどうでもいいとか思ってそうだが。

(ああ、そういえば体操着もブルマーだったな)

 やはり弾は喜びそうだ。当然だが、男子は短パンだ。男のブルマーなど誰得だと言いたい。

 なお、学園指定のISスーツはタンクトップとスパッツを組み合わせたような、極めてシンプルなものだ。何故学園指定のものがあるのに各人で用意するのか。

 それは、ISが自己進化をするものであり、百人百様の仕様へと変化するために、早い段階でのスタイル確立が重要なのだ。

 当然、ここにいる全員が専用機を持てる訳ではないため、どこまで個別のスーツが役立つかは線引きが難しいが、そこは花も恥じらう10代女子の感性と言う奴を優先させてくれているのだろう。「女はオシャレの生き物なんだよ〜」とは本音さんの弁。

 ちなみに専用機持ちの特権である『パーソナライズ』を行うと、IS展開時にスーツも合わせて展開される。その際、着ていた服は素粒子まで分解、拡張領域(バススロット)に格納される。

 着替える手間が省けるので楽なのだが、ISスーツ込みの展開はそのためのエネルギーを消耗するため、緊急時でもない限りISスーツを着てからISを展開するのがベターであると言える。

 

「では山田先生、ホームルームを」

「は、はいっ」

 連絡事項を言い終えた千冬さんが山田先生にバトンタッチ。ちょうど眼鏡を拭いていたらしく、慌ててかけ直す様はワタワタしている子犬のようだった。

「ええとですね、今日は転校生を紹介します!しかも二名です!」

「え……」

「「「ええええっ!?」」」

 突然の転校生紹介に一気にざわつく教室。それもそうだろう。噂好きの10代女子の情報網をかいくぐり、いきなり二人も転校生が現れれば驚きもする。もっとも、私は知っていたわけだが。

「それでは、入ってきてください」

 山田先生がそう言うと、教室のドアが開いた。

「失礼します」

「…………」

 クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきが止まる。それも当然だ。何故なら、その内の一人が−−(外見上は)男子だったのだ。

 

 

 こうして私は『偽りの三人目』と出会った。

 私は『知っている』と言うアドバンテージをどう活かすかを考えていた。




次回予告

始まる実戦訓練。
始まる女の戦い。
できれば外から眺めていたいが……。

次回「転生者の打算的日常」
#17 訓練

頼むから、私を巻き込まないでくれ……。


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#17 訓練

思い浮かばない、オリ主のイメージCV。
皆さんはどうですか?


 教室のドアが開き、二人の転入生が入ってくる。その内の一人の姿にクラスの女子が沈黙する。何故か?それは……。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 にこやかな笑顔で一礼する転校生の一人、シャルル・デュノア。そう、『シャルル』だ。つまり……。

「お、男?」

 誰かがそう呟いた。

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方達がいると聞いて本国より転校を−−」

 人懐こそうな顔。礼儀正しい立ち居振る舞い。ハニーブロンドの髪を首の後ろで纏めた中性的な顔立ち。スリムと言うより華奢といった方がいい体付き。見た目は確かに男だ。

 だが、私は目の前の人物が『自称』男であると知っている。

 

 シャルロット・デュノア。

 原作において『第二の男性操縦者』として転入。『白式』のデータを盗み出す事を目的に一夏に近づくも、実行に移す前に一夏の『ToLOVEる体質』が発動。女とバレてしまう。

 その後、境遇に共感を覚えた一夏の説得により学園に留まる事を決意。VTシステム事件終了後、詳しい経緯は不明だがデュノア社と決別し、女生徒として再転入。一夏ラヴァーズの一人となる『予定』の少女だ。

 『シャルル』とは『シャルロット』の男性形。本名を少し変えただけのお粗末な偽名だ。

 それに、注意深く見れば目の前の『彼』が『彼女』かも知れないと気づく者もいるのでは無いだろうか。

 男にしては声が高いし、男と言うには線が細すぎる。何かで強引に胸を押さえているせいで呼吸が不自由なのだろう。浅く短い呼吸をしている。これで「自分は男だ」などとよく言えるものだ。

 

「きゃ……」

「はい?」

 まずい!私は咄嗟に耳を塞ぐ。その一秒後。

「「「きゃああああっ!!」」」

「ぎゃああああっ!!」

 発生する歓喜の叫び。このクラスの大半の女子は彼女を『彼』と認識したようだ。一夏はこの大絶叫をまともに聞いて悶絶している。ご愁傷さんだ。

「男子!三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれて良かった〜〜〜!」

 元気に騒ぐクラスメイト達。ちなみに隣のクラスや他学年の生徒が覗きに来ないのは今がHR中であるからだ。暴走する10代女子を抑え込めるIS学園教師陣は凄いと思う。

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 いかにも面倒臭いというように、千冬さんがぼやく。仕事がというよりは、むしろ10代女子のこの手の反応が鬱陶しいのだろう。学生時代も一般女子とは付き合いがなかったからな。

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから〜!」

 山田先生の言葉に、私はもう一人の転校生に目を向ける。

 腰近くまで下ろした白に近い銀髪。しかし整えているのではなく、伸びるに任せているだけという印象。

 左目の眼帯は医療用ではなく服飾目的。右の赤い瞳に熱のない光をたたえた、まさに軍人の佇まい。

 身長は明らかに低いのだが、全身から放つ怜悧な気配が実際より大きく感じさせる。

 ちなみに、デュノアは男としてみればかなり小柄な方だ。

「…………」

 本人はいまだ口を開かず、腕を組み、クラスの女子を下らなそうに見ている。しかしそれも僅かな事で、今は視線をある一点……千冬さんに向けている。

 彼女がこの先起こる『はず』の事件の中心人物である……。

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 居住まいを正し素直に返事をする転校生−−ラウラと呼ばれた少女に、クラス一同がポカンとする。

 一方、ドイツ軍式の敬礼を向けられた千冬さんは先程とは違う意味で面倒そうな顔をする。

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 そう答える彼女は伸ばした手を身体の横につけ、足を踵で合わせて背筋を伸ばしている。

 その体勢のまま、こちらに向き直り一言「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」とだけ口にした。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュバルツェア・ハーゼ』隊長。階級は少佐。

 『第二回モンド・グロッソ織斑千冬決勝辞退』の原因となった一夏に対して『織斑千冬の汚点である』と一方的な憎悪を向けていたが、学年別トーナメントのVTシステムからの救出と相互意識干渉(クロッシング・アクセス)での会話により一夏と和解。一転一夏ラヴァーズの一人となる『はず』の少女である。

 

「…………」

 沈黙するクラスメイト。言葉の続きを待っているのだが、ボーデヴィッヒは名前のみを口にして完全に沈黙。

「あ、あの、以上ですか?」

「以上だ」

 重い空気にいたたまれなくなったのか、山田先生が可能な限りの笑顔でボーデヴィッヒに訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答。山田先生が泣きそうな顔になる。

 原作を読んでこのシーンを見た時「こいつヒデーな」と思ったが、実際に当事者になるとよりそう思えるな。と、そんな事を考えていたらボーデヴィッヒと目があった。

「っ!……貴様が−−」

 こちらに向かって歩を進めるボーデヴィッヒ。ああ、これは勘違いしているな。

 私の前に立ち右手を振り抜こうとするボーデヴィッヒを、彼女の顔の前に手を突き出す事で止める。

「……やるな。だが、私は貴様があの人の弟だなどとは「すまないが」っ!?」

 ボーデヴィッヒの台詞を遮り、言うべき事のみを言う。

「私は村雲九十九。君の言う『あの人の弟』は、あっちだ」

 私が指し示した先に目を向けるボーデヴィッヒ。そこには、展開について行けずにアホ面をさらす織斑一夏(あの人の弟)がいた。

「…………」

 改めてこちらに向き直るボーデヴィッヒ。バツの悪そうな顔をしている気がする。

「さて、どうする?ラウラ・ボーデヴィッヒ。一夏相手にテイク2と行くかね?」

「ふ、ふん……」

 来た時同様、足早に私の前から立ち去るボーデヴィッヒ。席について腕を組み、そのまま微動だにしなくなる。

 せめて勘違いに対する謝罪くらい欲しかったが、実害は無かったのでまあ良しとしよう。

 

「あーゴホン!ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二アリーナに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 ぱんぱんと手を叩き、行動を促す千冬さん。私はまず教室から出る事にした。

 いつまでもここにいると、女子達が揃って「きゃあーっ!!九十九さんのH!」とか言い出すのだ。私はどこぞの猫型ロボット頼みの駄眼鏡男子ではない。

「急げ、一夏。今日は第二アリーナの更衣室が空いている」

「お、おう」

 一夏を急かし、教室を出ようとすると千冬さんからお声が掛かる。

「おい織斑、村雲。デュノアの面倒を見てやれ。同じ『男子』だろう」

 男子の部分を僅かに強調した言い方。もしや千冬さん、気づいている!?

「君たちが織斑君と村雲君?初めまして。僕は−−」

「ああ、いいから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」

 言うが早いか、一夏はデュノアの手を取り教室を出る。デュノアの頬が少し赤らんでいた。

「どうした村雲。貴様も早く行け」

「……千冬さん。『彼』の事、気づいているんでしょう?」

「何の事だか分からんな。早く行け。それから、織斑先生だ」

「了解しました。……それで十分答えになってますよ」

 教室を出て、一夏を追う。果たして二人はすぐに見つかった。その理由は、HRが終わり各学年各クラスから情報収集のための尖兵が駆け出して来ていて、動けなくなっていたためだ。

 もしこの波に飲まれれば、女子達から質問攻めに会い確実に授業に遅刻、結果オニ斑先生監修の特別カリキュラム『マストダイ』を受けさせられるという未来が待っている。それだけは避けねば!

「織斑君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」

「しかも瞳はアメジスト!」

「きゃああっ!見て見て!ふたり!手!手繋いでる!」

「日本に生まれて良かった!ありがとうお母さん!今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 二人を見てキャイキャイ騒ぐ女子達。というか最後の一人、今年以外にもちゃんとした物を贈りなさい。お母さんが可哀想だぞ。

「な、なに?なんでみんな騒いでるの?」

 状況が飲み込めず困惑しながら訊いてくるデュノア。それに一夏が答える。

「そりゃ男子が俺達だけだからだろ」

「……?」

 「意味がわからない」という顔をするデュノア。まあ、本当は女子だからな。

「普通に珍しかろう。ISを操縦できる男は、現在私達だけなのだから」

「あっ−−ああ、うん。そうだね」

「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

「ウー……何?」

「ウーパールーパー。和名でメキシコサンショウウオという、昔日本で流行した珍獣だ」

「ふうん」

 まあそれはどうでもいい。今はこの包囲網を突破せねば。群衆が少しづつこちらへ近づいてくる。……やむを得んか。私は一歩前へ出る。

「淑女諸君」

「「「はいっ!なんでしょう!?」」」

「我々はこの後織斑先生の実習授業でね。遅刻をするわけにはいかんのだ。質問は後ほど受け付ける。だから……」

「「「だから?」」」

 今こそ我が誠心誠意を見せる時!

「そこを通してくれんかね?(ニッコリ)」

 

ザザザッ!!ガバアッ!!

 

「「「ハイッ!ゴメンナサイ!」」」

 私の誠意が通じたのか、左右に分かれ90度に腰を折る女子達。でも、こころなしか震えてないか?

「分かってくれてありがとう。では行こうか一夏、デュノア」

「「お、おう(う、うん)」」

 この後道すがら自己紹介をし、互いに名前呼びでいいという事になった。私は呼ばないが。

「ね、ねえ一夏。さっきの人達、なんであんなに怯えてたの?」

「ああ、九十九の『怖い笑顔』を真正面から見たからだな。あいつの笑顔は本能的に『逆らうな』って感じるから」

 聞こえてるぞ、一夏。人の誠心誠意をあしざまに言うんじゃない。

 

 第二アリーナ更衣室に着くと、かなり時間が押していたので急いで着替える事にする。

 一夏が一息にTシャツまで脱ぎ捨てたのを見てシャルルが慌てる。男の裸など見た事がなかったのだろう、顔が赤い。

「一夏、私は先に行くぞ」

「おう。って、お前着替えるの早いな。コツでもあるのか?」

 既に着替えを終えた私を見て、一夏が驚きながら訊いてきた。

「コツなどない。強いて言えば『実習のある日には前もって着ておく』だな」

「そ……」

 一夏の「その手があったかー!」という叫びを背中に受けつつ、更衣室を後にする。

 叫んでいる暇があればさっさと着替えろ。どアホウ。

 

 

「村雲、残りの二人はどうした?」

「一夏が着替えに少々手間取っておりまして。なに、すぐに来るでしょう」

 言いながら一組の列の端へ並ぶ。隣は本音さんだ。

「つくもん、さっきは災難だったね~」

「ああ、全くだ。実害は無かったので良しとしようとは思うがね」

「え~?それでいいの〜?」

「いいのだよ。余計な波風は立てたくないのでね」

 本音さんと話していると一夏とデュノアがやって来た。

 千冬さんに教育的指導(出席簿アタック)をもらい、その後列に並ぶ。ちなみに隣はセシリアだ。

 一夏ではなく私がボーデヴィッヒにはたかれかけたためか、セシリアと鈴が千冬さんから教育的指導を受けるシーンは無くなった。さて、訓練開始だ。

 

 訓練開始前セシリア&鈴対山田先生の模擬戦が行われる事に。

 やる気のない二人に、千冬さんが「アイツにいい所を見せられるぞ?」と言った途端、二人はものすごいやる気を出した。

 しばらくして、上空から山田先生が現れる。ただし、一夏に向かって高速で。

「一夏、右斜め後方注意だ」

「へ?」

 一夏が私の示した方を向くが、時既に遅し。

「ああああっ!ど、どいてくださーいっ!」

「どわあああっ!?」

 一夏は山田先生の『ラファール』の突進をうけて数m吹き飛ばされた後、地面を転がった。グラウンドを土煙が覆う。

「「「お、織斑くーんっ!?」」」

「ギリギリでISの展開が間に合ったようだから、心配はないと思うが……」

 土煙が晴れた先にあったのは、山田先生を押し倒し、胸を揉みしだいている(ように見える)一夏の姿だった。

 何というラッキースケベ。これが主人公補正か?羨まけしからん!

 と、背後から強烈な殺気を感じた。このプレッシャー、シャ○……もとい、セシリアか!?

「−−ハッ!?」

 身の危険を感じたか、山田先生から体を離す一夏。直後、一夏の頭のあった位置をレーザー光が貫く。今のが当たっていたら、気絶で済めばいい方だったぞ。

「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ……」

 満面の笑みだが、額に浮いた血管が明らかな怒りを表しているセシリア。『怖い笑顔』とはこういうのを言うのではないか?

「……………」

 ガシーンと何かを組み合わせる音がした。今のは鈴の武器《双天牙月》の連結音だ。

 見ると鈴が両刃形態にした《双天牙月》を振りかぶり、一夏の首を狙って投げつけていた。

「うおおおっ!?」

 間一髪、のけ反って躱す一夏。しかし勢い余って仰向けに倒れてしまう。体勢を完全に崩した一夏に、ブーメランの如く戻ってきた《双天牙月》が襲いかかる。(私以外の)誰もが最悪の未来を予想した、次の瞬間。

「はっ!」

 

ドンッドンッ!

 

 短く二発、火薬銃の音が響く。弾丸は正確に《双天牙月》の両端に命中、その軌道を変えた。一夏の危機を救ったのは山田先生だった。

 両手でマウントしているのはアメリカ・クラウス社製.51口径アサルトライフル《レッドバレット》。実用性と信頼性の高さから、多くの国で制式採用されているメジャー・モデルである。

 しかし、真に驚くべきは山田先生の射撃姿勢だ。倒れたままの姿勢から上体をわずかに起こした姿勢であの精密射撃なのだ。

 雰囲気もいつもの慌てふためく子犬のようなそれと違い、落ち着き払っている。とても入学試験の時、一夏相手に勝手に壁に激突して動かなくなるという失態を犯した人物とは思えない。

「…………」

 皆驚いたのか、一夏はもとよりセシリアと鈴、他の女子達も唖然としている。

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」

「む、昔の事ですよ。それに候補生どまりでしたし」

 雰囲気が元の山田先生に戻る。体を回して起き上がり、肩部武装コンテナへ銃を預けた後、ずれたメガネを直す。

 確かにあの仕草は山田先生だ。千冬さんの言葉に照れたのか、頬が赤かった。

「『狩猟女神(アルテミス)』の二つ名は伊達ではない……か」

 呟いた私の声に本音さんが興味津々に訊いてきた。

「ね~ね~つくもん、『アルテミス』って〜?」

「代表候補生時代に山田先生に付けられた二つ名さ。どんな体勢からでも正確に当てられる射撃技術から来ている」

「「「へーーっ!」」」

 いつの間にか周りの女子達も聞いていたようだ。そのテンションが一気に上がる。

「ちなみに当時のゲスな男共は、戦闘機動を行う度に躍動する体の一部を指してこう呼んだ。曰く『乳揺姫(プルンセス)』」

「「「へーー……」」」

 一部の女子達のテンションがだだ下がる。言わない方が良かったか?

「な、なんでそんな事知ってるんですか!?村雲君!」

 聞こえていたのか、山田先生がさっきとは別の意味で顔を赤くしながら叫ぶ。

「うんんっ!さて小娘ども、さっさと始めるぞ」

 咳払いをして緩みかけた空気を引き締めた後、千冬さんがセシリアと鈴に言った。

「あ、はい。って、え?あの、二対一で……?」

「いや、流石にそれは……」

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 負ける、と言われたのが気に障ったか、セシリアと鈴が瞳に再び闘志を宿らせる。

 特にセシリアは入試の際、一度勝っている相手であるのがポイントだったのだろう、先程より力が漲っている。

「では、はじめ!」

 号令と同時にセシリアと鈴が飛翔する。それを一度目で確認し、山田先生も空中へ躍り出る。

 

 結論から言えば、結果は原作通りだった。

 デュノアが『ラファール・リヴァイブ』の性能や特徴を解説する僅か90秒程で山田先生の射撃に誘導されたセシリアが鈴と激突、そこに山田先生がグレネードを投擲、セシリアと鈴が煙の中から地面に落下。文句のつけようもない完敗だ。

 敗北を喫した二人は、その理由を互いの戦い方が悪いからだとした。

 「無駄に衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」とセシリアが言えば、鈴が「何ですぐにビットを出すのよ!しかもエネルギー切れ早いし!」と返す。どちらの主張もそれなりに正しいため、かえってみっともない感じだ。

 二人の言い合いは、女子達が含み笑いを起こすまで続いた。

 

 

「これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 ぱんぱんと手を叩き、千冬さんが皆の意識を切り替える。

「専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、村雲、凰だな。では6グループに分かれて実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?では分かれろ」

 千冬さんがいい終えると同時、一夏とデュノアにほぼ二クラス分の女子が殺到した。

「織斑君、一緒にがんばろう!」

「わかんないとこ教えて〜」

「デュノア君の操縦技術みたいなぁ」

「ね、ね、私もいいよね?同じグループに入れて!」

 予想通り、かつそれ以上の大繁盛。一夏もデュノアもどうしていいやらと立ち尽くすだけだ。一方、私の所にはいつものメンバーがやって来ていた。

「がんばろ〜ね~、つくもん」

「よろしくね!村雲君!」

「大丈夫!需要はあるよ!」

「癒子、それ慰めてないよ?」

「谷本さん、君が私の事をどう思っているのかよくわかったよ」

 そんな状況を見かねたか、自らの浅慮に嫌気が差したか、千冬さんが面倒臭そうに額を指で押さえつつ低い声で告げる。

「この馬鹿者共が……出席番号順に一人づつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次もたついたら今日はISを背負ってグラウンド百周させるからな!」

 まさに鶴の一声。それまで砂糖に群がるアリのようだった女子達が蜘蛛の子を散らすが如くに移動。それぞれの専用機持ちグループは2分とかからず完成した。

「最初からそうしろ。馬鹿者共が」

 ため息を漏らす千冬さん。とにかく、これで訓練が開始できそうだ。

 

 これから、最初の実機使用訓練が始まる。

 私はうまく人に教えられるか、少し不安だった。




次回予告

秘密というものは、いつか必ずバレるものだ。
それが大きければ大きいほど、衝撃も大きくなる。
たとえそれが、小さな親切の結果でも。

次回「転生者の打算的日常」
#18 露見

いくらなんでも早すぎないか……?


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#18 露見

「出席番号順に一人づつ各グループに入れ!順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンドを百周させるからな!」

 千冬さんの鶴の一声を受け、7つのグループに分かれた一組・二組女子。

「最初からそうしろ。馬鹿者共が」

 ため息を漏らす千冬さん。それにバレないようにしつつ、各班の女子は小声で喋っていた。

「……やったぁ。織斑くんと同じ班っ。名字のおかげねっ……」

 一夏の班になった者は、自分の運の良さを喜び。

「……うー、セシリアかぁ……さっきボロ負けしてたし。はぁ……」

 セシリアの班になった者は、先程無様な負けっぷりを見せた人物が班長という事に落胆し。

「……凰さん、よろしくね。後で織斑くんのお話聞かせてよっ!……」

 鈴の班になった者は、鈴から一夏の話を聞き出そうとし。

「……デュノア君!わからない事があったら何でも聞いてね!ちなみに私はフリーだよ!……」

 デュノアの班になった者は、自分を売り込む事に余念がなく。

「……つくもん、よろしくね〜……」

「……村雲君、お願いだから『あの笑顔』はやめてね?……」

「……君達が私をどう思っているのか良く分かったよ……」

 私の班になった者は、私の笑顔に何故か恐れをなしていた。解せぬ。

「…………………」

 そんな中、一切の会話が無いのがボーデヴィッヒ班だ。

 張り詰めた雰囲気、コミュニケーションを拒むオーラ、他の生徒に対する軽視を込めた冷たい視線と一度も開かない口。

 おしゃべり好きな10代女子も、これだけの鉄壁城塞に対して有効な攻撃手段(話題)など持っている筈もなく、俯き加減で押し黙る以外にないようだ。

 可哀想だとは思うが、私にはどうにも出来そうにない。ボーデヴィッヒ班の班員諸君には、沈黙に耐えて頑張れ。としか言えそうに無かった。

 

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一班一機取りに来てください。数は『打鉄』が3機に『リヴァイブ』が3機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」

 山田先生がいつもの5倍はしっかりして見える。先程の模擬戦で自信を取り戻したのかその姿は堂々としたものであり、眼鏡を外すだけで『仕事の出来るオンナ』に見えそうだ。

 が、堂々としているのは態度だけでなく、10代女子にはない豊満な膨らみを惜しげもなく晒している。

 山田先生が時折見せる眼鏡を直す癖。その度にたわわに実った『果実』に肘が当たって重たげに揺れる。う~ん、ダイナマ−−

 

ギュッ!

 

「いったぁ!な、なにをするのだね!?本音さん!」

「つくもん。今、山田先生の胸見てたでしょ〜?」

 私の脇腹をつねり、非難じみた視線を向けてくる本音さん。

「そ、そんな事はないよ?」

「じ〜……」

「……すみませんでした」

「うん、よろしい」

 非難の視線に耐え切れず、謝罪を口にしてしまう。まあ、見ていたのは事実だが。

 と、私達の後ろで二組の女子達がボソボソと喋りだす。

「ねえ、村雲君と布仏さんってさ……」

「うん。そうなのかも……」

 ゲスの勘繰りはやめたまえ。そう思いながら私は『リヴァイブ』を受け取りに行った。

 

 

「さて、始めよう。まずは……」

『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。全員にやってもらうので、設定で最適化とパーソナライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね』

 ISの開放回線(オープン・チャネル)で山田先生が連絡してきた。

「だそうだ。では出席番号順にISの装着と起動、歩行まで行おう。一番手は−−」

「あ、私です」

「確かうちのクラスの柏崎由美(かしわざき ゆみ)さんだったね」

「はい、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく−−」

「「「お願いします!」」」

「ん?」

 やけに大きな声に振り返ると、そこではどこかで見た事のある展開になっていた。

 一夏、あるいはデュノアの前で腰を90度に折り、右手をさしだす複数人の女子。これは……。

「ねる○ん紅○団?」

 ポツリと呟く本音さん。いや、なんで知ってるんだ?生まれて間もなかったと思うんだが?とりあえず、班員達に忘れずに釘を刺しておく。

「あー、君達は決して真似をしないように。さもないと……」

「「「さもないと?」」」

 

スパーンッ!

 

「「「いったああっっ!」」」

 炸裂する出席簿と見事なハモリ悲鳴。顔を上げたデュノア班女子はそこでようやく目の前の修羅に気づく。結局デュノア班は千冬さんが直接指導する事になった。

「……ああなる所だったと言っておく。では始めよう。柏崎さん、ISの搭乗経験は?」

「えっと、中学時代の特別授業で何回かだけ……です」

 大半の女子はそんな経験すら無い。それだけISは希少なのだ。

「なら問題はないな。まずは装着と起動まで行おう。時間超過をすれば放課後に居残りだ」

「それは良くないですね。急ぎましょう」

「焦りは失敗を生む。急ぎつつも丁寧に行こう」

「はい」

 というわけで一人目の装着と起動、歩行を問題なく終える。しかし……。

 

「柏崎さん、装着解除時には必ずしゃがんでくれと言わなかったかね?」

「え?あっ!ご、ごめんなさい」

 専用機の装着解除を行う場合は自動的に待機形態になるため関係ないのだが、訓練機の装着解除を行う場合、必ずISをしゃがませる必要がある。

 起立状態で装着解除をすれば、当然ISは起立状態で固定される。これでは、次に乗る人に迷惑がかかるし、なによりISが転倒する危険があるのだ。

 ちらと見れば一夏班でも同じ事態に陥っていた。事態に気付いた山田先生が一夏班に近づいていく。あちらは山田先生が何とかするだろう。

「いや、直前に警告しなかった私にも非はある。しかし、どうしたものか……いや待てよ」

 原作で一夏に山田先生が提案していた方法を使えばいいのだ。私は『フェンリル』を展開する。

「谷本さん、こちらへ」

 我が班の二番手、谷本さんに右手をさしだす。谷本さんが困惑しながら訊いてくる。

「え?ど、どうするの?」

「決まっている。コックピットの位置が高いなら、そこまで私が連れていけばいい」

「あの……どうやって?」

「横抱き以外に方法はないな。早くしてくれたまえ、時間が押している」

 実際、現時点で二人目が終わっていないのは私の班と一夏の班だ。ちなみにボーデヴィッヒ班だが、ようやく一人目が起動を終えた所だ。見かねた千冬さんが山田先生をボーデヴィッヒ班のサポートに回した。

「う、うん。それじゃあ失礼します……」

 おずおずと私の手を取る谷本さん。それを確認して一息に抱き抱える。

「きゃあっ!?」

「おっと失礼。変な所でも触ったかね?」

「ううん、大丈夫」

「よし、では行くぞ。落ちないようにしっかり掴まってくれ」

「う、うん」

 谷本さんが私の腕に掴まるのを確認し、1mほどゆっくりと上昇する。

 大した高さではないように思えるが、展開状態のISを装着する場合には背を預けるようにして乗るため、この高さでも落ちれば危険なのだ。

「では、背からゆっくりと乗り込んで。ああ、そちらの装甲に手をかけた方が格段に乗りやすくなるな。分かるかね?」

「だ、大丈夫」

 まだ体を離していないため密着状態での会話だ。男に体を触られているのが気になるのか、谷本さんはどこか落ち着きがなく、しきりに視線をさまよわせている。

「では離すぞ。いいかね?」

「え?あ、うん」

 谷本さんから体を離し、地面に降りる。どうやらうまく乗り込めたようだ。

 と、一夏班の周囲から声が上がる。やれ「何してるのよ!」だの「私もされたい!」だの「この名字にしたご先祖様を末代まで恨むわ!」だのと騒ぎ立てる。最後の女子は先祖を敬う気持ちを持とうか。

「やれやれ、えらい騒ぎだな。では谷本さん、起動を開始したまえ」

「う、うん」

 私に促され、谷本さんが起動シークエンスを開始。開いていた装甲が閉じ操縦者をロック、静かに起動音を響かせ『ラファール』が姿勢を直した。

「うむ。ここまではいいな。では次に−−」

 

 一通りの起動と歩行訓練を終え、装着解除という所で事件は起きた。

「……谷本さん?」

「ごめん、村雲君。他の子の視線が強制力を持ってて……」

 なんと谷本さんは、ISを起立状態で装着解除したのだ。他の子とは同じ班の女子の事。その視線は『自分だけいい目見る気かコラ』と言っている。これは怖い。

 ちなみに一夏班を羨ましそうに眺めていた女子達は、千冬さんのきつい仕打ち(グラウンドを20周)を受けるハメになった。

「はあ……仕方ないか。次は誰かね?」

「わたしだよ〜」

 手を上げたのは本音さんだ。どこか嬉しそうな顔をしている。

「了解した。では始めよう」

「うん。よろしくね〜」

 私の差し出した手を取り、笑みを浮かべる本音さん。

「では、抱えるぞ。しっかり掴まってくれるかね?」

「は~い」

 本音さんを抱きかかえると、本音さんは私の腕に掴まった。のだが……。

「あー、本音さん?当たってるんだが……」

「当ててるんだよ〜」

 本音さんのその見た目の幼さからは想像が付かない程大きな『水風船』が、私の腕に思い切り当たっている。しかも本人の弁を信じるならわざと当てているのだ。

 おかしい。この娘はこんなにあざとかっただろうか?これも原作乖離の一環か?

「どうしたの~?つくもん」

「いや、なんでもない。では行くぞ」

 コックピットに近づき、本音さんを乗り込みやすい位置へ。

「では離すぞ。いいかね?」

「もうちょっと~」

「馬鹿言ってないで早くしたまえ。居残りしたいのかね?」

「う~、わかった~」

 本音さんは私から体を離し、『ラファール』に乗りこんだ。ここまではいいな。

「では、起動と歩行までやったら交代だ」

「わかった~。あ、つくもん、お昼いっしょに食べよ〜?」

「ああ、構わんよ」

 正直、本音さんの提案は有難かった。もしこの提案が無ければ、おそらく一夏が昼食に誘ってくる。そこでセシリアのサンドイッチ(劇毒物)を食べる破目になりかねないからだ。

 まさに渡りに船。一夏には悪いが、原作乖離を少しでも抑える為に利用させてもらおう。

「終わったよ~つくもん」

「よし、では交代だ。今度こそしゃがんで降りるように」

「つくもん、後ろを見てそれでも同じこといえる〜?」

 言われて後ろを見ると「次は私だよね?」という期待混じりの視線。残り時間はぎりぎり。仕方ない、ここは一つ誠意を持った話し合いと行こう。

「諸君」

「「「はい!なんでしょう!?」」」

「これ以上の遅滞は許されない。だから、ここは堪えてくれんかね?(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ。ワカリマシタ(プルプル)」」」

 私のお願いを快く承諾してくれた残りの班員。これも人徳か。

「いや、だからその笑顔怖いんだって」

 谷本さんがボソリと呟いた。何故だ?

 

「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 なんとか時間内に全員起動訓練を終えた私達一組・二組合同班は格納庫にISを移して再びグラウンドへ移動。

 本当に時間いっぱいだったため全員が全力疾走。ここで遅れる事があれば、かの鬼教官に何を言われるか分からないからだ。

 そういう訳で肩で息をする私達に、千冬さんは連絡事項のみを伝えて山田先生と共に引き上げていった。

「あー……。あんなに重いとは」

「カートに動力がついていないとはな。ハイテクなのかアナログなのか……」

 二人して溜息をつく。訓練機は運搬専用のカートで運ぶのだが、そのカートには動力が無い。強いて言えば動力源は『人間』という事になる。

 私の班は私の『誠意あるお願い』によって班員全員で運んだため苦労は無かったが、一夏の班は一夏が一人で運んでいた。

 これも女尊男卑の弊害と言う奴か。表には出さずとも、根強く残っているらしいな。

 なお、デュノア班は「デュノア君にそんなことさせられない!」と、数人の体育会系女子が訓練機を運んでいた。一夏と扱いに差があり過ぎないか?

「まあいいや。九十九、シャルル、着替えに行こうぜ」

「そうだな。私達はまたアリーナの更衣室に着替えに行く必要があるからな」

「え、ええっと……僕はちょっと機体を微調整してから行くから、先に行って着替えててよ。時間がかかるかもしれないから、待ってなくていいからね」

「だそうだ。行くぞ一夏」

「いや、別に待ってても平気だぞ?俺は待つのには慣れ「いいから」アッ、ハイ」

 私の気迫にカクカクと頷く一夏。後ろでデュノアがホッとしている様子を見せた。

「では、また後でなデュノア。ほら、行くぞ一夏」

「お、おい押すなって九十九!」

「う、うん。また後で」

 一夏の背を押しつつ更衣室へ。デュノアは私達のいなくなったタイミングで着替えを始めるだろう。女が軽々しく男に肌を見せるわけにもイカンだろうしな。

「あ、そうだ九十九。一緒に昼飯食わないか?」

「すまんが先約がある。また次にしろ」

「そうか、分かった。じゃ、後でな」

 着替えを終え、タオルで頭を拭きながら一夏は更衣室を出て行った。

「あの阿呆め。授業開始前の私のアドバイスをもう忘れたのか」

 着替えの際、一夏はISスーツを脱いだのだ。私はため息をひとつつくと、ISスーツの上から制服を着て更衣室を出た。

 

 

 午後の授業『IS整備実習』開始前に、私は千冬さんから質問を受けた。

「村雲、織斑はどうした?」

 そう、授業が始まるというのに一夏が格納庫にいないのだ。なぜなら……。

「一夏なら、私が保健室へ連れて行きました。今頃はベッドの上かと」

「それは何故だ?」

「激しい腹痛に襲われていたようです。本人によると、昼食時に食べた物が原因だとか」

「一体何を食べたんでしょうか……?」

 山田先生が心配そうに呟く。組んだ手で胸が潰れてエロい……もとい、エライ事になっている。女生徒の嫉妬と羨望の目がそこに向いていた。先生は気づいてないようだったが。

「これも本人によると、昼食時に食べた物は箒の唐揚げ弁当、鈴の酢豚、それから……」

「「それから?なんだ(ですか)?」」

「セシリアのサンドイッチ」

 

ババッ!

 

 鈴と一組女子の視線がある一点に集中する。二組女子もそれに倣って一組女子の向いている方を見る。そこにいたのは急に注目を浴びた事に驚くセシリアだった。

「な、何ですの!?」

 そう、一組女子は知っている。セシリアの料理の腕が壊滅的である事を。私の身に何日か前に起きた事をありのまま話そう。

 『家庭科の調理実習でセシリアが作った料理を食べ、ふと気付いた時には夕方だった』

 ……何を言っているかわからないと思うが、私も何が起きたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった。『料理ベタ』とか『メシマズ』なんてチャチなものでは断じて無い、もっと恐ろしい何かの片鱗を味わった気分になった。

「セシリアぇ……」

「なんてひどい……」

「織斑君大丈夫かな……」

「そんなになんだ……」

「皆さんヒドイですわ!」

 セシリアの叫びが格納庫に響き渡る。この後一夏の班は千冬さんの鶴の一声により、セシリアに見てもらいつつ訓練機の整備実習を行った。

 自分の専用機と訓練機二機の整備をする事になったセシリアは「理不尽ですわ!」と涙目になりながらも、何とか時間内に整備実習を終えた。

 ちなみに一夏だが、寮の夕食時間にようやく復帰。しかし、未だ胃が受け付けないのか玉子雑炊だけを食べて早々に部屋へと帰っていった。そんなにダメージでかかったのか……。

 セシリアの『メシマズ』は翌日には学年全体に知れ渡り、『マズメシリア』という本人にとってはかなり不本意なあだ名がつく事になった。

 

 この一件でセシリアの最大の弱点が露見した。

 私は「余計な事言ったかな?」と、若干後悔した。

 

 

 それから3日後、私の手元に一冊の資料と一枚のDVD、一通の手紙が届いた。差出人の名は「烏丸夢路(からすま ゆめじ)」ムニンの偽名だ。

 資料の表題は『フランシス・デュノア、並びにデュノア社に関する最深度調査報告書』

 流石はフギンとムニン、仕事が早い。私は早速資料に目を通した。

 DVDの方はついてきた手紙に『シャルロット・デュノアにのみ閲覧させる事』と書いてあったため、確認はしなかった。

「……なるほど、やはりそうだったか。真の黒幕は……」 

 これで全て整った。後は一夏がやらかすのを待つだけだ。




次回予告

それは、知りたくないものかもしれない。
だが、知らなければいけない事かもしれない。
事実を繋いだその先に、それがあるのならば。

次回「転生者の打算的日常」
#19 真実

君に、全てを知る覚悟はあるか?


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#19 真実

 シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ両名が転入してから5日。今日は土曜日だ。

 IS学園は、他の一般的な高校同様に土曜日が半休となっている。午前に理論学習をし、午後は完全自由時間だ。

 と言っても、土曜日は全てのアリーナが開放されるため、ほとんどの生徒が実習に使う。それは、私や一夏も例外ではない。

「さて、デュノア。君は一夏がセシリアや鈴に勝てない理由をどう見る?」

「そうだなぁ……やっぱり単純に射撃武器の特性を把握してないからかな」

 本日の講師は『三人目の男性操縦者』こと、シャルル・デュノア。デュノアが一夏と軽く手合わせを行い、それからIS戦闘に関するレクチャーを開始する。

「そ、そうなのか?一応わかっているつもりだったんだが」

「知識として知っているだけではなんの意味もなかろう」

「そうだね。さっき僕と戦った時も、ほとんど間合いを詰められなかったし」

「うっ……確かに。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』も読まれてたしな……」

 一夏は先の対デュノア戦において、何もさせて貰えずに敗北した。原因は、デュノアの使う射撃武器の特性を知らなすぎた事だ。

「お前の『白式』は近接格闘特化型だ。対戦で勝とうと思えば、より深く射撃武器の特性を把握すべきだぞ」

「それに一夏の瞬時加速は直線的だからね。反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうし」

「直線的か……うーん」

 私とデュノアの言葉に何やら考えるような仕草をする一夏。

「一夏、妙な事を考えてないか?例えば『だったら瞬時加速中に軌道を変えてみるか』とか」

「あ、それはやめた方がいいよ。空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするから」

「……なるほど。ってか、やっぱお前エスパーだろ。九十九」

「お前がわかりやすいんだ。一夏」

 デュノアの話に頷きつつ、こちらへのツッコミも忘れない一夏。この辺が無駄に器用な分、女性関係で不器用なのか?

 それにしても、デュノアの説明は非常に分かり易い。こちらの理解度を確認した上で、その理解度でわかるように噛み砕いた表現をする。これがいつもの連中なら−−

 

『こう、ずばーっとやってから、がきんっ!どかんっ!という感じだ』

『なんとなくわかるでしょ?感覚よ感覚。……はあ?なんでわかんないのよバカ』

『防御の時は右半身を斜め上前方へ5度傾けて、回避の時は後方へ20度反転ですわ』

 

 という感じになる。もし、これでわかる奴がいたら名乗り出ろ。褒めてやるから。

 ちなみに、さっきから後ろの方で(自称)コーチの三人がぶつくさ言っている。

「ふん。私のアドバイスをちゃんと聞かないからだ」

 擬音オンリーのどこがアドバイスだ。とは口にしない。

「あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ」

 ブルース・リー的指導法(考えるな、感じろ)のどこがわかりやすいんだ?とは言わない。

「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だと言うのかしら」

 初心者相手に小難しい理論を小難しいまま教えてどうする。という言葉を飲み込む。

 一流のプレイヤーが一流のコーチとは限らない。その典型例だよな、この三人。

 

「一夏の『白式』って後付武装(イコライザ)がないんだよね」

 デュノアが話を再開する。一夏がその声に身構える。心して聞こうとしている証だな。

「何回か調べてもらったんだけど、拡張領域(バススロット)が空いてないらしい。だから量子変換(インストール)は無理だって言われた」

「多分だけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量を使っているからだよ」

「ワンオフ・アビリティーっていうと……えーと、なんだっけ?」

「言葉通り、単一仕様(ワンオフ)特殊能力(アビリティー)だ。ISと操縦者の相性が最高状態になった時に自然発生する能力の事だな」

「九十九の説明で大体当たり。でも、普通は第二形態(セカンド・フォーム)から発現するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから……」

「それ以外の特殊能力を、複数の人間が扱えるようにした物が第三世代ISとその兵装。この中で言えばセシリアの《ブルー・ティアーズ》、鈴の《龍砲》、私の《ヘカトンケイル》がそれにあたるな」

「なるほど。それで、『白式』の単一仕様ってやっぱり『零落白夜』なのか?」

 エネルギー性質であれば、あらゆるものを無効化・消滅させる単一仕様能力。それが『零落白夜』だ。発動に自身のシールドエネルギーを消耗するというリスクはあるが、その分破壊力は絶大だ。

「『白式』は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけでものすごい異常事態だよ。前例が全くないからね」

「しかも『零落白夜』と言えば初代『ブリュンヒルデ(世界最強)』たる千冬さんが現役当時に乗っていた『暮桜』と同じ能力だ。因縁を感じざるをえんな」

「まあ、姉弟だからとかそんなもんじゃないか?ってか、今考えても仕方ないし」

「確かに。今は一夏の射撃武器の特性把握の方が重要だ。という訳でデュノア、頼めるか?」

「あ、うん。じゃあ、はい、これ」

 そう言ってデュノアが一夏に手渡したのは、先程までデュノアが使っていた.55口径アサルトライフル《ヴェント》だ。

「え?他のやつの装備って使えないんじゃないのか?」

「普通はな。だが所有者が使用許諾(アンロック)をすれば登録者全員が使用できる」

「今、一夏と『白式』に使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」

「お、おう」

 デュノアの丁寧な指導で一夏が《ヴェント》を構える。と、そこで一夏の『白式』に射撃補正用のセンサーリンクが搭載されていない事が発覚。やむを得ず目測で射撃を行う事になった。一体何を考えているんだ?あの兎は。

 

バンッ!!

 

「うおっ!?」

 火薬の炸裂音に驚く一夏。まあ無理もない、私も最初はそうだったからな。

「どう?」

「あ、ああ。そうだな、とりあえず『速い』って言う感想だ」

「そう、速いんだよ。一夏の瞬時加速も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから軌道予測さえあっていれば簡単に当てられるし、外れても牽制になる」

「お前は特攻を仕掛ける時には集中状態にあるが、それでもやはり心がどこかでブレーキをかけているんだ」

「だから簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

「うん」

「ようやく理解できたようだな」

 これまでの模擬戦でセシリアや鈴相手に一方的な展開になる原因に思い至った一夏。

 後ろの方で(自称)コーチ達が呆れ混じりにぼやいている。

「だからそうだと私が何回説明したと……!」

 あのがきんっ!だのどかんっ!だのにはそんな意味があったのか……。いや分かるか!

「って、それすらわかってなかったわけ?はあ、ほんとにバカね」

 感覚頼みの教え方でそれが分かると思う方が馬鹿だろう。

「わたくしはてっきりわかった上であんな無茶な戦い方をしているものと思っていましたけど……」

 小難しい理論をあいつが理解できていると思っている方がおかしいぞ。

 やはりこいつらにコーチ役は無理なのだろうか?私は溜息しか出なかった。

 

「そういえば九十九」

「何かな、デュノア」

「なんで九十九が一夏に射撃武器を貸さなかったの?」

「それなのだが……」

 デュノアが聞いてきたので、私は銃を全種類展開する。大口径拳銃(マグナム)機関拳銃(マシンピストル)回転式機関砲(ガトリングガン)。どれも初心者には扱いづらいものばかりだ。

「一体どれを貸せばいい?クセの強い物ばかりだぞ?」

「えっと……あはは」

 乾いた笑いを上げるデュノア。なら聞くなと言いたい。

 

 

 一夏がデュノアの専用機『ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ』の事について質問し、その質問にデュノアが丁寧に答えていた時、それは現れた。

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でトライアル段階って聞いてたけど……」

 ざわつくアリーナ。私はすぐさま、一夏はマガジン一本分16発を撃ちきった後で注目の的に視線を移す。

「…………」

 そこにいたのはもう一人の転校生、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 転校初日以来、誰と一緒にいる事も無く、会話さえしない孤高の女子。

 あの一夏ですら会話をした事がない。勘違いとは言え、友人の頬を張りかけた相手と仲良くはできないと言う事なのか?それとも単純にどんな顔で話しかければいいのか分からないの方か?

「おい」

 ISの開放回線(オープン・チャネル)で話しかけてくるボーデヴィッヒ。とりあえず返事を返してみる。

「何かな?ボーデヴィッヒ」

「貴様ではない。織斑一夏、貴様だ」

「な、なんだ?」

 訳がわからないという感じに返事をする一夏。これも私が叩かれかけた事(原作と違う展開)の影響か?本来なら気が進まないと言わんばかりの生返事だったはずだが……。

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 こちらに飛翔してきながら言葉を続けるボーデヴィッヒ。

「えっと、なんでだ?理由がないだろ」

「貴様にはなくても私にはある」

 ボーデヴィッヒの言葉に一夏の顔が微かに歪む。彼女の言う『理由』に思い至ったのだろう。

 それは、第ニ回モンド・グロッソ総合部門決勝戦直前の一夏誘拐事件だ。

 一夏は決勝戦当日に何者かによって誘拐され、ドイツ軍から報せを受けた千冬さんが決勝戦会場から救出に向かったのだ。

 当然、決勝戦は千冬さんの不戦敗となり、大会連覇はならなかった。誰しもが千冬さんの連覇を確信していたため、決勝戦棄権は世間に大きな騒動を招いた。

 一夏の誘拐事件は世間には一切公表されなかったが、事件発生時に独自の情報網から監禁場所のおおよその位置の情報を入手していたドイツ軍関係者、その時一夏と一緒にいた私は全容を大体把握している。

 千冬さんはドイツ軍からもたらされた情報によって一夏を助け出せたと言う『借り』を返すため、大会終了後の一年少々の間、ドイツ軍のIS部隊教官をしていた。

 その後しばらく足取りがつかめなくなり、突然の現役引退、現在のIS学園教師へと仕事を移したというわけだ。

「貴様がいなければ教官が大会連覇をなし得ただろう事は容易に想像できる。だから私は貴様を−−貴様の存在を認めない」

 つまりそういう事だ。千冬さんの教え子という事以上に、彼女はあの人の強さに惚れ込んでいる。故に、その経歴に傷をつけた一夏を憎悪の対象として見ているのだ。

 小説を読んでいた時(前世の時)には分からなかった彼女の気持ちが今なら少しわかる。

 一夏はあの日の無力な自分が今でも許せないし、原作を守る為とは言え、あの時手を差し伸べなかった事を私も悔いているからだ。

 とは言え、それとこれとは別問題。一夏とボーデヴィッヒが戦う理由にはならない。だいいち、一夏にやる気がないのだ。

「どうする?一夏」

「また今度な」

 言って背を向ける一夏。そのまま歩き去ろうとするが、それをボーデヴィッヒが阻む。

「ふん。ならば−−戦わざるを得ないようにしてやる!」

 言うが早いかボーデヴィッヒは自身のISを戦闘状態にシフト。左肩の大型実弾砲が火を噴く。

「一夏!」

「!」

 

ゴガンッ!

 

「こんな密集空間で戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

「貴様……」

 横から割り込みをかけたデュノアがシールドで実体弾を弾くと同時に、右手に.61口径アサルトカノン《ガルム》を展開してボーデヴィッヒに向ける。

「フランスの第二世代型(アンティーク)ごときで私の前に立ち塞がるとはな」

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型(ルーキー)よりは動けるだろうからね」

 互いに涼しい顔での睨み合いが続く。

 その横で、一夏はデュノアの行った事に凄味を感じているようだった。

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)。通常1〜2秒かかる武装の量子構成をほぼ一瞬で行う、操縦者の技能の一つだ。

 この技能があれば、事前に武装の呼び出しをせずとも、戦闘状況に合わせて適切な武装を使用可能だ。そして、それと同時に弾薬の高速補給も可能となる。

 つまり、持久戦において圧倒的アドバンテージを得られるという事だ。

 また、相手の装備を確認した上で自分の装備を変更できるという強みがある。

 デュノアの専用機が量産型のカスタム機なのは、デュノア社が第三世代型を開発できていない事以上に、この技能を活かす事ができるからだろうな。

 

『そこの生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 アリーナにスピーカーからの声が響く。騒ぎを聞きつけてやって来た担当教師だろう。

「……ふん。今日は引こう」

 二度も横槍を入れられて興が削がれたか、ボーデヴィッヒは戦闘態勢を解除しアリーナゲートへ去っていく。

 その向こうでは怒り心頭の教師が待ち構えているだろうが、ボーデヴィッヒの性格上無視を決め込むだろう。

「やれやれ、なかなかに面倒な奴のようだな」

「一夏、大丈夫?」

「ああ、助かったよ」

 一夏に声をかけるデュノアの顔に、先程までの鋭い視線はもう欠片もない。いつもの人懐こい顔のデュノアが一夏を顔をのぞき込んでいた。

「一夏、デュノア、今日はもう上がろう。16時を過ぎた。閉館だ」

「おう、そうだな。あ、シャルル。銃サンキュな。色々参考になった」

「それなら良かった」

 そう言ってにこりと微笑むデュノア。一夏が何やら落ち着かない様子だった。女の子の無防備な姿なんて、男からすればどきりとするものの筆頭だ。一夏がこうなるのは当然だ。

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

 当然といえば当然だが、デュノアはIS実習後の着替えを私達としない。それが一夏は気に入らないらしい。デュノアの説得に入る。

「たまには一緒に着替えようぜ」

「い、イヤ」

「つれないこと言うなよ」

「そこまでだ、一夏」

 これ以上はデュノアが押し切られてしまいかねなかったので、一夏を止めに入る。

「デュノアには着替えを見られたくない何かしらの理由があるのだろうさ」

「理由って……例えば?」

「大きな傷痕があるとか、消えない痣があるとかかも知れん。もしくは……」

「もしくは?」

「実は男と偽っている女の子で、それがバレたくないとか」

 ちらりとデュノアの方を見ながら言う。一瞬、デュノアの肩がぴくりと動いた。

「最後のはないだろ。でもまあ、そういう事かもしれないなら仕方ないか。じゃあ先行ってるぞ」

「10分もあれば着替えは終わる。しばらく待っていたまえ」

「う、うん……」

 それだけ告げ、ゲートへ向かう。急加速・急停止も慣れたものだ。日々の訓練の賜物だな。

 

 

「しかしまあ、贅沢っちゃ贅沢だよな」

「物寂しいとも言うがな」

 ガランとした更衣室で一夏が呟く。更衣室のロッカーの数は50台200人分。当然室内もそれに見合う大きさだ。それをたった二人で使えばこうもなろうというものだ。

 私は『フェンリル』を待機形態(ドッグタグ)に変換、そのまま制服に着替える。ちなみに一夏はやはりスーツを脱いでいた。私のアドバイスを活かす気はないのか?

「はー、風呂に入りてえ……」

 ポツリと一夏がぼやいた。いくらISスーツが吸水性と速乾性に優れているとはいえ、汗をかいた事に変わりはない。心身共にリフレッシュしたい気持ちはよく分かる。

「山田先生がタイムテーブルを組み直してくれているらしいから、それを待つしかあるまい」

「仕方ないか……。よし、着替え終わり」

 一夏が着替え終わるのとほぼ同時に、更衣室の外から声がかけられた。

「あのー織斑君、村雲君、デュノア君はいますかー?」

「はい。織斑、村雲がいます。着替えは済んでいますので、どうぞお入り下さい」

「それじゃあ、失礼しますねー」

 バシュッとドアが開き、山田先生が入って来た。噂をすれば影と言うやつか。

 

 山田先生の話とは、今月下旬から週二回大浴場の男子使用日を設ける事が決まった。というものだった。

 これを聞いた一夏は大喜び。嬉しさからか山田先生の手を取りしきりに感謝の念を言葉にしていた。のは良いのだが……。

「一夏、そろそろ手を離せ」

「なにしてるの?一夏。先生の手なんか握って」

「あ、いや。何でもない」

 一夏が慌てて山田先生の手を離す。先生もデュノアに言われて恥ずかしくなったのか、一夏が手を離すと同時に背を向ける。

「一夏、先に戻っててって言ったよね。九十九、10分くらいで済むって言ったよね」

「お、おう、すまん」

 何やら刺々しい物言いのデュノア。だが表情はいつも通りなので、それが逆に怖い。

「いやすまない。更衣室を出ようとした所で山田先生が話があると言ってきてね。なんでも今月下旬から大浴場の使用ができるようになるそうだ」

「そうなんだよ!いや~楽しみだぜ!」

「そう」

 興奮気味に話す一夏を横目に、ISを解除したデュノアはタオルで頭を拭き始める。

 一体何がデュノアの機嫌を悪くしたのかいまいち良くわからないが、ここは下手につつかない方が良さそうだ。

「ああ、そういえば織斑君にはもう一件用事があるんです。ちょっと書いて欲しい書類があるんで、職員室まで来てもらえますか?『白式』の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど」

「わかりました。−−じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」

「うん。わかった」

「まあせいぜい名前を書くぐらいのものだろう。さっさと終わらせてこい」

「おう。じゃ山田先生、行きましょうか」

 山田先生に連れられ、一夏は職員室へ。私とデュノアもそれぞれの部屋へ戻った。

 

 

「ただいま、本音さん」

「おかえり〜、つくもん。シャワーあいてるよ〜」

「ああ、ありがとう。使わせてもらうよ」

 着替えを手に取り、シャワールームへ向かう。シャワーを浴びている途中ふと考えると、IS学園に来て以来一度も浴槽に体を沈めていない事に気づいた。

 なにせ元が女子寮で、海外には湯船に浸かるという習慣がある国がほとんどないためか、個室の浴槽が酷く狭いのだ。

 これではリフレッシュは無理だろうな。ああ、だからこその大浴場か。

 

「ふう、さっぱりした。本音さん、この後だが……」

 

prrr prrr

 

 夕食に行かないか。と言おうとした所で携帯電話がなる。送信者は一夏。

 

ピッ

 

「なんだ?今度は何をやらかした?」

『俺が何かしたの確定なのかよ!?』

「当然だ。お前が私に電話をかけてくるのは遊びか食事の誘い、もしくは自分では対処しきれない事態になり、私に助けを求める時ぐらいだからな。で?何をした」

『お前が言った、シャルルが一緒に着替えたがらない訳の三番目が当たってた』

「……今行く。待ってろ」

 ようやくやらかしたか。通話を切り、パソコンと書類を持ってドアへ向かう。

「ど~したの?つくもん」

「一夏が助けを求めてきたので行ってくる。すまないが一緒に夕食には行けそうにない」

「そっか〜。わかった〜、行ってらっしゃ〜い」

「ああ、行ってくる」

 

 一夏の部屋へ入ると、男装を解いたデュノアと一夏が深刻そうな顔でこちらを見てきた。

「さて、何が原因で君の男装がバレたのかはあえて訊かない。まずは聞かせて欲しい。何故男のふりをしていたのかを」

「……うん」

 そこからデュノアは訥々と語り始めた。

 自分が愛人の子である事。二年前に母が亡くなり、父であるデュノア社社長フランシス・デュノアに引き取られた事。

 検査の過程でIS適応が高い事が判明し、非公式のテストパイロットになった事。

 本妻に殴られ、「泥棒猫の娘」と罵られた事。

 そして、現在デュノア社が深刻な経営危機に陥っている事。

「それがどうして男装に繋がるんだ?」

「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに−−」

「同性なら特異ケース(私達)と接触しやすい。機体や本人のデータを取る事もできるかもしれない。と言う事だな」

「それはつまり−−」

「そう。『白式』か『フェンリル』のどちらか、できれば両方のデータを盗んでこいって言われてるんだよ。あの人にね」

 なるほど、そう聞かされているのか。だからこそ父親をああも他人行儀に呼ぶのだな。

「ふむ、聞いていた事前情報とさして変わらんな」

「「えっ!?」」

「デュノア、私は君が女性だという事を、君が転入してくる以前から知っていた」

 言いながらデュノアに紙媒体の資料を差し出す。表題は『フランシス・デュノア、並びにデュノア社に関する最深度調査報告書』2日前、ムニンから送られてきた物だ。

「これって……」

「読みたまえ、デュノア。君に全てを知る覚悟があるのなら」

「…………」

 資料を前に僅かに逡巡した後、意を決したように資料を受け取り、ページを開く。

「最初におかしいと思ったのは、軍需産業界に首まで浸かったフランシス・デュノアが、事が露見すれば自社が潰れかねないような策を使うのか?という点だった」

 そもそもあんなお粗末な、見る人が見れば男装女子だと分かる恰好で誰にもバレないと思っている事自体がおかしいのだ。

 これは、明らかにそういった事に疎い人物が、思い付きを無理矢理実行に移させたものだと言う事が分かる。そして、デュノア社の中にそれができるのは、社長を除けば一人だけしかいない。

「つまり君を男としてここに転入させる事を画策した張本人は、デュノア社長夫人エレオノール・デュノアだ」

「………!」

「さあ、読み進めたまえ。その先に、君が知らなければならない事が書いてある」

「う、うん」

 デュノアは恐る恐るページをめくり、そこに書いてある事を確かめる。

 私と一夏はそれをただ見守っていた。

 

 

 この日、シャルロット・デュノアは父の真実を知ることになった。

 この事が原作をどう変えるのか?それはまだ分からない。




次回予告

今を守って未来を失うか?
未来のために今を捨てるか?
それとも……

次回「転生者の打算的日常」
#20 決心

全ては君次第だ。


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#20 決心

 『フランシス・デュノア、並びにデュノア社に関する最深度調査報告書』

 ラグナロク・コーポレーションが誇る二人の諜報員、フギンとムニンが収集したデュノア社に関するありとあらゆる情報が詰まった書類である。

 そこには、デュノア社長夫人エレオノール・デュノアの悪事の数々と、シャルロット・デュノアの実父にしてデュノア社社長フランシス・デュノアの真実の愛が書かれていた。

 

 今から20年前、当時渉外担当としてフランス全土を走り回っていたフランシスがたまの休日に訪れた喫茶店。

 そこでウェイトレスとして働いていたのがシャルロットの母、マリアンヌ・ソレイユだった。

 マリアンヌに一目惚れしたフランシスは、休日の度にその喫茶店を訪れては二言三言の会話を楽しんだ。

 そんな状態が一年程続いたある日、フランシスは意を決してマリアンヌをデートに誘った。マリアンヌの返事はイエス。

 当時の常連客の証言によると「あまりに嬉しかったのかフランシスがその場で気絶し、それを見たマリアンヌが慌てていたのが微笑ましかった」と言う。

 当時のマリアンヌの同僚の証言では「マリアンヌもフランシスに一目惚れしていて、フランシスのデートの誘いがもう少し遅ければ自分から誘っていただろうと言っていた」そうだ。

 

 初デートから2年程が経ち、二人は同棲を開始する。

 この頃には結婚も視野に入れるようになっていたが、大会社の次期社長と喫茶店のウェイトレスでは釣り合わないと思い、お互いその話はしなかった。

 同棲開始から1年後、マリアンヌの妊娠が発覚。それを機に、フランシスが結婚の意思を固めマリアンヌにプロポーズをしようとした矢先、事件は起きた。

 フランシスの父で当時のデュノア社社長アレキサンダーが事業拡大に失敗。日本円にして約200億の損害を出し、当時一中小企業でしかなかったデュノア社は倒産の危機に陥った。

 この事態にフランシスの祖父でデュノア社会長アルセーヌが解決策を提示。

 それは、祖父の友人ギーシュ・グラモンが損害額分の融資を行う見返りに、グラモンの孫娘のエレオノールとフランシスを結婚させるというものだった。

 自身の失敗を一刻も早く帳消しにしたいアレキサンダーは即座にこれに同意。フランシスにエレオノールとの結婚を迫った。

 当初フランシスは反発したが、父の「社員を路頭に迷わせる気か?」という言葉に大いに苦悩する。

 会社のために愛のない結婚をするか、それとも自分の愛を貫いて会社を潰し、1万人超の社員全てを路頭に迷わせるのか。いくら考えても、答えは出なかった。

 

 資料からいったん目を上げ、デュノアが私に訊いてきた。

「これは、本当の事なの?」

「それは、君がどう思うか次第だ。ただ、その資料に書かれている事は『事実』だ」

「…………」

 デュノアはもう一度、資料に目を落とした。

 

 

 数日後、フランシスはマリアンヌに全てを話した。

 態度を決めかねていたフランシスだったが、マリアンヌの「私は大丈夫。あなたはあなたの家を大切にして」という言葉にフランシスはついに決意を固める。

 会社を守るために敢えてマリアンヌと別れ、エレオノールを妻に迎える事にしたのだ。

 当時フランシスとマリアンヌの同棲していた部屋の隣に住んでいた夫妻によると、フランシスはドアの前で力なく膝をつき、涙ながらに「すまない、アンナ」と何度も言っていたそうだ。

 マリアンヌはフランシスから生まれてくる子供の養育費20年分(日本円で5億)と、とある山の麓の小さな家を与えられ、そこで出産。生まれた娘はシャルロットと名付けられた。

 フランシスとエレオノールが結婚した事で経営の立て直しに成功したデュノア社は、その後経営陣を一新。フランシスを新社長に据え、父が失敗した事業拡大に成功。フランスの軍需産業の一翼を担う会社に成長した。

 

 その後しばらくして、デュノア社内部である異変が起きた。

 デュノア社の支出に占める使途不明金の割合が急に上がったのである。使途不明金増加の原因は妻エレオノールの浪費。

 毎年、年間純利益の実に0.5〜1%がエレオノールの交遊費・購入費・旅行代金等に使われていたと言う。

 しかし、使途不明金の割合は毎年の年間純利益の1〜1.5%。では、残りの使途不明金はどこに行ったのか?

 その答えは、マリアンヌがシャルロットと共に住んでいた家から程近い街の変化を追えばすぐに分かった。

 その街に20年以上住んでいる人物によると、マリアンヌが街の近くに移り住んだ直後から、急に警察の装備の質が上がって街の治安が向上したり、個人商店の出店者が数多く移り住んで来て街が便利になったり、街の学校に優秀な教師が赴任して来て教育水準が大きく上がったりしたと言う。

 一番最初にこの街に店を出した人物に話を聞くと、フランシスが「無利子・無担保かつある時払いで良い。催促はするかもしれないけどね」と言って開店資金を出してくれたのだと言う。

 そう。フランシスはマリアンヌが不便を被らないよう、シャルロットが良い教育を受けられるよう、裏から手を回していたのだ。マリアンヌは当然それに気づいていたが、敢えてシャルロットに何も言わなかった。

 また、マリアンヌはフランシスから与えられた養育費にほとんど手を付けていなかった事も判明している。

 

「お母さんがあの人から貰ったお金を使わなかったのってなんでかな?」

 ポツリとデュノアが呟いた。

「恐らくだが、贅沢を覚えさせないためだ」

「どういう事だよ?」

「20年分の養育費として約5億。単純計算で年間2500万使える事になる。母娘二人が十分遊んで暮らせる額だぞ。そして、人というのは一度生活のレベルを上げてしまうと容易には下げられない。だから、敢えて生活レベルを一般家庭程度に抑えたのかもしれん」

 実際、マリアンヌの口座を調べてみるとフランシスから振り込まれた養育費約5億の内、実際に使われていたのは僅か500万弱。それもシャルロットの養育関係で必要な出費のみだった。

「……なるほど」

「何も教えてくれなかったのは?」

「それは流石に君の母親……マリアンヌさん本人にしかわからんさ」

「そっか……そうだよね」

 ポツリと言って、デュノアは資料を読み進めた。

 

 

 今から2年前、マリアンヌはこの世を去る。死因は過労による免疫力低下と、それによる肺炎の重篤化によるものだった。

 医師の懸命の治療も虚しく、最期は眠るように息を引き取った。享年36。あまりにも若すぎる死だった。葬儀はしめやかに行われ、多くの人がその死を惜しんだ。

 葬儀から2日後、シャルロットの家を一人の男が訪れる。男の名はジャン=ジャック・コルベール。フランシスの第一秘書である。

 ここでシャルロットは初めて、自分がデュノア社社長フランシス・デュノアの娘である事を知った。シャルロットは父フランシスに引き取られ、その姓をソレイユからデュノアに改める事になった。

 

「あとは先程デュノアが語った事とだいたい同じだ」

「でもなんでシャルルの親父さんはシャルルの母さんが死んだってすぐに分かったんだ?」

「簡単だ。デュノアの住んでいた所の近くの街に、住人として部下を送り込んでいたのさ」

「えっ!?」

 私の言葉にデュノアが顔を上げて驚きの声を上げる。

「商店街の雑貨屋の主人、学校の用務員、それから街の郵便屋。彼らがそうだ」

 聞き取り調査によると、この三人は元々デュノア社内で燻っていた所をフランシスに『周囲に溶け込む才能』を見出され、マリアンヌ・シャルロット母娘をそれとなく見守る事を命じられたと言う。

 「君達にしか出来ない事だ。二人を頼む」と机に額が付かんばかりに頭を下げて来たのには驚いたそうだ。

「それだけ大切に思ってて、なんで自分で迎えに来なかったんだ?」

「それも書いてある」

 

 ジャンは、何故自ら迎えに行かなかったのかをフランシスに訊いた。それにフランシスは寂しそうに笑いながらこう答えた。

「あの子からすれば、僕は10年以上も自分達を放っておいて、母親が死んだ途端に父だと名乗り出て来る最低の男だ。一体どの面下げて会いに行けばいい?」

 

「また、面会や会話が僅かだったのも『あの子がマリアンヌにあまりにもよく似ていて、顔を合わせると泣いてしまいそうだから』と語ったそうだ」

「……馬鹿だね。話してくれなきゃ何もわからないのに」

「これを読んでの私のフランシス氏への印象は『思春期の娘との距離の取り方が分からないダメ親父』だな」

「ああ、俺もそう思った」

「ふふっ、本当だね」

 フランシスのダメ親父っぷりにだろうか、ようやく笑みを浮かべるデュノア。

「さて、この先はエレオノール・デュノアの悪事の数々が書かれている。読むかね?」

 コクリと頷き、デュノアは資料に再び目を落とす。

 

 

 エレオノール・デュノアの悪事。それは、一歩間違えなくても犯罪と言える物ばかりだ。

 フランス政府高官への贈賄、部下の業務上横領の黙認、下請け業者への強要や脅迫、多額の脱税など、大小合わせて数十の犯罪行為に直接的・間接的に関与している。

 中でも政府高官への贈賄は額にして10億に上り、その多くはISに深く関わる部署の人物に支払われている。これがシャルロット・デュノアの男性IS操縦者としてのIS学園転入を容易にした一因だろう。

 

「どういう事だよ?」

 一夏が訳がわからないと言う顔をしていたので説明をする事にした。

「いいか一夏。IS学園に転入をする場合、必要な物が三つある。資格・許可・承認だ」

 資格とは、転入希望者がIS学園に転入するのに必要最低限の実力を有しているか。である。

「具体的には?」

「各国代表候補生の序列十位以上である事。ちなみに鈴は中国の第三位、ボーデヴィッヒはドイツの第一位だ」

「へー」

 許可とは、転入希望者がIS学園に転入する事に対し、政府が許可を出す事である。

 序列十位以上で人格にも問題が無く、身辺に怪しい所もないと判定されて初めて許可が与えられるのである。

「ん?じゃあシャルルはなんで許可されたんだ?シャルルが女だなんて、調査をすればすぐわかるだろ?」

「その調査員や許可を出す政府高官を金で抱き込んだ。としたら?」

「なるほど……」

「実際、申請から許可が出るまでにかかった日数は僅か3日。IS学園への転入希望者に対して、その程度の緩い調査などせんさ」

 そして最後に承認。資格があり、政府の許可も受けた者が国際IS委員会に申請をし、これを承認される事で晴れてIS学園に転入が可能となる。実はこの承認が最も簡単に取れる。

 資格があり、政府からの許可も得ているなら、今更こちらが何も言う事は無いから。と言うのが委員会の言い分だ。

 ちなみに、転入生に外国人が多いのは、IS学園の学則に『海外からの転入生はこれを無条件で受け入れる事』というものがあるからだ。

「そんな仕組みになってたのか……」

「ああ。エレオノールはその内の『許可』の部分に目をつけて、金で政府高官を味方につける事でデュノアを『三人目』として転入させる事に成功したんだ。まあ、政府高官にもこの話に乗るメリットがあったしな」

「それってどういう事?」

 デュノアは資料を読み終わったのか、それをテーブルに置きながら訊いてきた。

「仮に『白式』か『フェンリル』、あるいは両方のデータを盗み出す事に成功すれば、フランス製第三世代IS開発に弾みがつく。失敗した、あるいは行動を起こす前に事が発覚したとしても、デュノア社の勝手な暴走として、コアの没収やIS開発権の凍結を行えばいい。あとは買収された高官が知らぬ存ぜぬを通せば、この話は終わりだ」

「そんな……」

「そんなのありかよ!」

「それが『高度な政治的判断』と言う奴だ。さて、これらの話を踏まえた上でデュノア、君に訊きたい。どうしたい?」

「どうって?」

「父の『事実』を知り、デュノア社の『現状』を知り、そうなった『諸悪の根源』を知った上で、君はどうしたい?」

「僕は……」

 俯き、黙り込んでしまうデュノア。まあ無理もない。一度に全てを知ったのだから、それを飲み込むには時間がかかるだろう。一旦時間を開ける必要があるか。

「すぐに答えは出ないだろうな。だがこれは君が考え、君が決めねばならない」

「……うん」

「どうしたいか決まったら私に言いたまえ。可能な限り協力しよう」

「もちろん、俺もな!」

「ありがとう、一夏、九十九」

 話が纏まった所で、ドアがノックされた。誰か来たらしい。ビクリと身をすくませる一夏とデュノア。

「一夏さん、いらっしゃいます?夕食をまだ取られていないようですけど、体の具合でも悪いのですか?」

 声の主はセシリア。どうやら食事を取りに現れない一夏を心配してやって来たようだ。

「ど、どうしよう?」

「私に考えがある。デュノア、ベッドに入れ。一夏、その横へ座れ」

「「お、おう(う、うん)分かった」」

「一夏さん?入りますわよ」

 

ガチャ

 

 セシリアがドアを開けて部屋に入ってくる。セシリアは私がいた事に少し驚いた様子だった。

「あら、九十九さん?どうしてこちらに?」

「なに、デュノアが調子を悪くしたと一夏から聞いて、少々診察をね」

「まあ、医学知識もおありですの?」

「齧った程度さ。私の所見は、慣れぬ環境によって溜まった疲れから来る軽い風邪だ。明日一日安静にしていれば治るだろう」

 唖然とした顔をする二人に個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で話しかける。

〈という事にする。合わせろ〉

〈〈う、うん(お、おう)〉〉

 私の台詞に、セシリアは心配そうにデュノアに話しかけた。

「そうですの。デュノアさん、お大事に」

「う、うん。ありがとう、セシリア」

「ところで、一夏に用だろう?」

「ええ。一夏さん、夕食がまだのようでしたらご一緒しませんか?」

「あ、ああ、いいぜ。九十九はどうする?」

 そう私に訊いてくる一夏。セシリアの目が「一緒に食事まではしませんわよね?」と訴えていた。私もそこまで野暮ではないつもりなんだがな。取り敢えず「そんな気は無い」と目で返しておいた。

「私も夕食はまだだからな。食堂に行くまではご一緒しよう」

「それじゃあ三人とも、ごゆっくり」

「おう、後で定食でも−−」

「一夏、症状は軽いとはいえデュノアは病人(という設定)だ。食べやすく、消化の良い物にしておけ」

「お、おう、そうだな。じゃあ、雑炊でも貰って来るから」

「うん、ありがとう」

「さあ一夏さん、参りましょう」

 スルリと一夏の腕を取るセシリア。こういう時の欧米人の躊躇のなさは、現代日本人には無いものだよな。その状態のままドアを開け、廊下へ出ていった。

 

「九十九?行かないの?」

 デュノアが部屋から出て行かない私に訝しげに声をかける。

「いや、咄嗟にとはいえ君を病人に仕立てた事を謝っておこうと思ってね。すまない」

 軽く頭を下げる。デュノアはそれに慌てて手を振る。

「う、ううん、いいよ。これが一番簡単な方法だったし」

「そう言って貰えると助かる。詫びというわけではないが、そのパソコンを置いていこう」

 テーブルの上にあるパソコンを指さし、そう告げる。

「その中には私が厳選した面白動画の数々が入っている。暇潰しに丁度いいと思うぞ」

「うん、ありがとう」

「それから、このDVDは必ず君一人の時に見てほしい」

 パソコンと共に置いてあるDVDを手に取り、デュノアに渡す。

「えっと……これは?」

「『シャルロット・デュノア以外に見せるな』と資料と一緒に来た手紙に書いてあった。よって中身は私も知らない。いいかね?必ず一人で見るように」

「う、うん。分かった」

「では、失礼する。一応、お大事にと言っておこうか」

 言ってドアに向かう。後ろから「ありがとう」と声をかけられたので、軽く右手を上げて返した。

 

 部屋を出て廊下へ。食堂行きの階段を降りると、そこには箒とセシリアに腕を組まれて歩きづらそうにしている一夏がいた。

「両手に花だな、一夏。羨ましい事だ」

「そう思うなら替わって「無理」ですよね~」

 一夏の戯言を切り捨て、足早に食堂へ。今日の定食は和定食が鰆の塩焼き、洋定食が温泉卵のカルボナーラ、中華定食が回鍋肉だったはず。どれも美味そうだ。さてどうするか。

 ……いや待てよ、たまにはどれにしようかなで運任せも悪くないか。

 そう思って行動に移した結果、私の右手人差し指が選んだのは何故かフグ雑炊。美味かったが量が少し足りなかった。雑炊メニューは大盛りにできないんだよな、ここ。

 まあ、たまにはこんな日もあるか。寝る前に空腹に苛まれなければ良いが。

 

 

「一人で見るようにって言ってたし、今の内だよね」

 一夏と九十九が部屋を出た後、シャルロットは九十九の置いて行ったパソコンを立ち上げてDVDをセット。中身を確認した。

 そこに写っていたのは、デュノア社社長室の俯瞰映像。日付は『20XX.5.28』

 シャルロットが男としてIS学園に行くため、フランスを立った日だ。

 社長室にはフランシスとジャン、そしてエレオノールの三人がいた。

「これって……」

 シャルロットは、食い入るようにそれを見つめた。

 

『あの娘は無事フランスを立ちました。後は特異ケースのデータが手に入れば第三世代ISの開発も大きく前へ進むというもの。少しは会社(ウチ)の役に立つという所を見せて欲しいわ』

『しかしエレオノール。僕にはどうしても上手く行くと思えない。あんな付け焼き刃な男のフリ、本物の男が見ればすぐにバレてしまう。もしそうなれば……』

『そうなればあの娘が色仕掛けでもすればいいだけの事。特異ケースと言えど所詮は男、情に訴えれば脆いものです。泥棒猫の娘ですもの、男の心を盗むなんてお手の物でしょ?それに『そういう関係』になればどちらかの遺伝情報が手に入るかも知れませんし』

 エレオノールの発言にフランシスが椅子から立ち上がる。

『エレオノール!お前は!』

『今更父親ぶるつもりですか?何もしてこなかったくせに』

『……っ!?』

『もう賽は投げられました。あなたに出来る事は何もありません。全ては私の掌の上です』

 それだけ言ってエレオノールは社長室から出ていった。椅子に崩れるように座るフランシス。

『社長……』

『すまない、ジャン。一人にしてくれ』

『……わかりました』

 ジャンが社長室から出ていった後、フランシスはマホガニーの机の引出しから一枚の写真を取り出す。それは、20年前に二人で撮った思い出の写真。

『すまない、アンナ。僕はまた、あの子に何もしてやれなかった……』

 写真を手に、ポツリと呟くフランシス。いつしかその目には、涙が溢れていた。

『すまない……すまないアンナ。すまない、シャルロット……うっ……うう……』

 静かに嗚咽を漏らすフランシス。シャルロットはそれを、画面越しにただただ見つめていた。

「お父さん……」

 思わず漏れた自分の言葉にはっとする。今、自分はあの人をなんと呼んだ?

 自分の中に生じた小さな変化に気づいたシャルロット。その目には確かな思いが宿っていた。

 

 

 時は過ぎ、月曜日の放課後。私はデュノアに呼び出され、教室棟の屋上にいた。空模様は怪しく、いつ雨が降ってもおかしくない。遠くでは、転雷がゴロゴロと響いている。

 しばらくして、屋上の出入口からデュノアが現れる。

「おまたせ、九十九」

「いや、さして待っていない。さて、早速だが……シャルロット・デュノア、全てを知った君に訊く。どうしたい?」

「僕は……ここに居たい。みんなと一緒に過ごしたい」

「どうしたら、それが叶うと思う?」

 転雷が、少しづつ近づいてくる。雨粒が屋上を濡らし始めた。

「僕をこんな目に合わせた元凶を、九十九の言ってた『諸悪の根源』を取り除く事」

 雨は少しづつ激しさをまし、雷の音は更に近くなる。

「だから九十九、協力して欲しいんだ。君と、君の会社に」

「君は一体、何をする気だね?」

 

カッ!!ガガアアアアン!!

 

 すぐ近くに落雷。一瞬目の前が白くなる。直後の轟音のせいでデュノアの最後の言葉は聞こえなかった。

 しかし、その唇は確かにこう動いた。「デュノア社を、僕の物にする」と。

 

 

 この日、シャルロット・デュノアは自ら『泥棒猫』になる決心をした。

 私は、あまりに大きな原作乖離に目眩を覚えた。どうしてこうなった?

 ああ、私がそう動いたからか。




次回予告

本当に愛し、しかし別れざるを得なかった女の娘。
望まず、しかし結ばれざるを得なかった女。
果たしてどちらが真の泥棒猫なのか?それを決めるのは、いつだって多くの「その他」だ。

次回「転生者の打算的日常」
#21 転落

貴方には、痛いでは済まさないよ。『お義母さん』


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#21 転落

お気に入り件数200件突破。ありがとうございます。
こんな作品でも需要があるのかと思うと、小生涙で前が見えません。
これからも応援して下さる皆様のため、頑張ります。


「デュノア社を、僕の物にする」

 私の目の前の彼女、シャルロット・デュノアが放った一言は、私の思考が一時停止する程の破壊力を持っていた。

 シャルロット・デュノアがデュノア社を手に入れる。それは下手をすれば『本妻から全てを奪った愛人の娘』のレッテルを貼られかねない行動だ。本来なら止めるべきだが、彼女の決意に満ちた目を見た私は、その考えを捨てた。

「分かった。その願い、叶えよう」

 携帯を取り出しながら屋上の出入口へ向かって歩きだす。

「九十九?どうしたの?」

「いつまでもここにいては本当に風邪を引く。寮に戻ろう。君の部屋に集合でいいかね?」

「え?あ、うん。そうだね」

 激しい雨に打たれたせいですでに全身ずぶ濡れ。すっかり体も冷えてしまっている。

 寮に戻り、シャワーを浴びて温まってから改めて話をする事にした。

 デュノアが寮への道を進み、曲がり角で姿が見えなくなった所で、私は取り出した携帯である人に電話をかける。

「……村雲です。例の件に進展がありました。協力をお願いしたいのですがよろしいですか?」

 

 

 一夏とデュノアの部屋に集まった私とデュノア、そして一夏。

「さて、デュノア。これから君をウチの社長に紹介する」

「う、うん」

 言いながらパソコンを起動。テレビ電話用のカメラを取り付けて、ラグナロク・コーポレーション社長室へアクセス。

 しばらくして画面に一人の男性が現れる。彫りは深いが黒髪黒目の日本人的顔つき、ライオンのたてがみのような髪型、この人が。

『はじめまして、シャルロット・デュノア君。私がラグナロク・コーポレーション社長の仁藤藍作(にとう あいさく)だ』

「は、はい。はじめまして」

「社長、電話でお伝えした通り彼女は……」

 私の言葉を画面の向こうで手を突き出して止める社長。

『九十九君。私はシャルロット君の口から直接聞きたい』

「……わかりました。デュノア、君の思いの丈をぶつけたまえ」

「うん、僕は……いえ、私は……」

 デュノアは社長に自分の思いを語った。

 これまで父に愛されている事を知らず、知ろうともしなかった事。

 父と母の真実を知り、今まで世界で一番不幸だと思っていた自分の身の上を、今はそれ程でもないと思っている事。

 そして、父と母の幸せを横から出て来て無理無理奪い取り、今も奪い続けているエレオノール(あの女)を許しておけないという思いが芽生えた事。

「あの女がデュノア社にいる限り私と『お父さん』、何も知らないデュノア社の人達の今とこれからは暗いまま。だから……」

『エレオノール・デュノアから母の物になるはずだった全てを奪い返し、自分達の今とこれからを守りたい。そのためにデュノア社を君の物としたい。そういう事だね?』

「はい」

『しかし、自分一人に出来る事などたかが知れている。だから我が社に協力して欲しい。そう言うのだね?』

「不躾なお願いだとは思います。でも、他に頼れる人も頼れる所もありません。どうか、私に力を貸してください」

 テーブルに付く勢いで頭を下げるデュノア。画面を見ると社長が渋面を作っていた。これはまさか?

『え〜?いいよ』

「いいのかよ!?」

 思わずツッコんだ一夏。気持ちは分かるがいちいち反応していてはきりがない。

「一夏、社長は初めからそのつもりだった。でしょう?」

 ニヤリと笑みを浮かべて社長に声を掛ける。社長もニヤリと笑みを浮かべていた。

『まあね。シャルロット君、君の願いだが、実は叶える準備はすでに出来ているんだ』

「えっと、それって……」

 困惑した表情を浮かべるデュノアに社長が説明をする。

『実は、私とフランシスは以前から面識があってね。彼から「妻の専横を止めたいが、女尊男卑の今となってはそれも難しくて困っている」と相談されていたんだ。この一件、既にフランシスと話をつけて各方面への根回しをさせた。フランシスは妻の影響力を削ぎ落として会社の再建が出来る。私はフランシスに恩が売れる。両者Win-Winと言う奴さ。後は君がゴーサインを出せば、今週末には全てにケリがつく』

「今週末と言えば、学年別トーナメントの開催前日だな」

「どうする?デュノア。決めるのは君だ」

「……お願いします」

『万事任せておいてくれ。ではまた、全てが終わった後で』

 パソコンの画面がブラックアウト。通話終了だ。緊張から解放されたのか、デュノアが大きく息をつく。

「良かったなシャルル」

「うん、ありがとう一夏。九十九も」

「礼は全てが終わってからにしてくれ。それにしても……」

「「それにしても?」」

「いや、なんでもない」

 フランスの大企業の社長と面識を持ち、身内の事で相談まで持ちかけられる日本の中小企業の社長。

 ラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作、あの人は本当に何者なんだ?

 

 

 翌日の放課後、場所は保健室。ベッドの上には包帯を巻いた痛々しい姿のセシリアと鈴。

 その横には私と一夏が座っていた。何故こうなったのか?それを説明するには、時計の針を少々巻き戻す必要がある。

 

 事の発端は、第三アリーナでセシリアと鈴が鉢合わせた所からだ。

 学年別トーナメントに向けた特訓を行おうとした二人は、どちらからともなく模擬戦をしようとした。

 そこにボーデヴィッヒがレールカノンを撃ち込むというとんでもない方法で乱入。

 ボーデヴィッヒの挑発的な物言いに、もともと切れやすい堪忍袋の緒が切れた二人は二人がかりでボーデヴィッヒと対戦。

 ボーデヴィッヒの乗機であるドイツ製第三世代IS『シュヴァルツェア・レーゲン』の特殊兵装《停止結界(AIC)》の前になす術もなく追い込まれるセシリアと鈴。

 鈴の衝撃砲は発射寸前でボーデヴィッヒの実弾砲撃によって爆散させられた。

 セシリアの自爆(零距離ミサイル攻撃)もさしたるダメージを与えられず、攻撃手段を失った二人を待っていたのは、ボーデヴィッヒによる一方的蹂躙だった。

 二人のISのシールドエネルギーは見る間に減少。機体維持警告域(レッドゾーン)を超えて遂には操縦者生命危険域(デッドゾーン)へ突入。

 これ以上のダメージ増加はISを強制解除に陥らせる。もしそうなれば、二人の生命に関わる。

 しかし、ボーデヴィッヒは攻撃の手を緩めない。淡々と攻撃を加え二人のISを破壊していく。無表情なボーデヴィッヒの顔が愉悦に染まるのを見た時、一夏の何かが切れた。

 『白式』の展開と同時に《雪片弐型》を構築、全エネルギーを集約して『零落白夜』を発動。アリーナのバリアに叩きつけてバリアを切り裂き、その間を突破。ボーデヴィッヒを射程に捉えると同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)、ボーデヴィッヒに急接近し刀を振り下ろすも『シュバルツェア・レーゲン』のAICに捕らえられてしまう。

 一夏と共に切り裂かれたバリアからアリーナに進入したデュノアの射撃によりAICから逃れた一夏は、ボーデヴィッヒが手放したセシリアと鈴を抱えて瞬時加速で離脱。二人は事なきを得る。

 デュノアの連続射撃によって釘付けにされていたボーデヴィッヒが攻勢に転じようと瞬時加速を仕掛けようとしたその瞬間、千冬さんが横からIS用のブレードを突き出す事でそれを制した。

 結局、千冬さんのとりなしで決着は学年別トーナメントで付ける事となり、その間の私闘の一切禁止が言い渡された。

 

「って事があったんだ」

「私がいない間にそんな事になっていたのか」

 私が教室棟の屋上で社長とエレオノール追い落とし計画の進捗状況を確認している間に原作エピソードが発生していた事に、若干のショックを覚えつつ答える。

「「…………」」

 ベッドの上で治療を受けたセシリアと鈴があらぬ方へ視線を向け、いかにも不機嫌そうな顔をしている。

「それで?なぜ君達はそんなに不服そうなのだね?」

「……別に助けてくれなくても良かったのに」

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 話を聞く限り原作と同じ流れなので、放置していれば確実に大怪我をしていたし、最悪死亡していただろう。感謝ぐらいしてもいいだろうに、この跳ね返り共と来たらこれだからな。

「お前らなあ……。でもまあ、怪我が大したことなくて安心したぜ」

「下手をすれば死んでいたかもしれんのだ。その程度で済んだ事を感謝するんだな」

「こんなの怪我のうちに入らな−−いたたたっ!」

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味−−つううっ!」

 私と一夏に言い募ろうとこちらに向き直った途端、痛みに呻く二人。一夏が「馬鹿なのか?」と言っているような顔をしている。

「バカってなによバカって!バカ!」

「一夏さんこそ大バカですわ!」

 ひどい反撃を受ける一夏。「なぜバレた?」と言っているような顔をしている。

 とは言え、怒髪天を衝く状態の怪我人が二名。まあ、怒っている理由は分かりやすいもので。

「「好きな人(想い人)に格好悪い所を見られたから、恥ずかしいんだよ(のだろう)」」

「は?」

 飲み物を買って戻って来たデュノアと私の台詞が重なる。しかし、一夏の耳には届かなかったようだ。

 それでもセシリアと鈴にはしっかり届いたらしい。顔を真っ赤にして怒り出す。

「なななな何を言ってるのか全っ然っわかんないわね!ここここれだから欧州人って困るのよねえっ!あと九十九も!」

「べべっ、別にわたくしはっ!そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわね!」

 二人ともまくしたてながら更に顔を赤くする。ツンデレ乙とでも言っておこうかね。

「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」

「ふ、ふんっ!」

「不本意ですがいただきましょう!」

 渡された飲み物をひったくるように受け取り、ペットボトルの口を開けて一息で飲み干す。一夏なら「冷たいものを一気に飲むと体に悪いぞ」とか言いそうだ。

「まあ、先生も落ち着いたら帰っていいと言っているのだし、暫く休んでい−−」

 

ドドドドドドッ……!

 

「な、なんだ?何の音だ?」

「地鳴りか?その割には少しづつ近づいて来ているようだが……」

 

ドカーンッ!

 

「「なっ!?」」

 保健室のドアが比喩でもなんでもなく、文字通り吹き飛ぶ。ギャグ漫画か!とツッコミそうになったよ。

「織斑君!」

「デュノア君!」

「村雲君!」

 入って来た−−などという生易しいものではなく、まさに雪崩込んできたのは数十人の女子の群れ。五床のベッドが入る広い保健室は一瞬で埋め尽くされた。

 しかも私達を見つけるなり一斉に取り囲み、バーゲンセールの取り合いさながらにこちらへ手を伸ばす。軽いホラーだなこれは。人垣から伸びる無数の手とか、普通に怖いぞ。仕方ない、少し落ち着かせる必要があるか。

「諸君、ここは保健室だ。騒がんでくれるかね(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ。ゴメンナサイ(プルプル)」」」

「一夏、今すごくゾッとしたよ!何アレ!」

「アレが九十九の『怖い笑顔』だ」

「相変わらずすごい威力ね」

「わたくし、やっぱり慣れませんわ」

 口々に言う我がクラスメイトと幼馴染。人の誠心誠意に対して本当に失礼だな君ら。

 

「それで?君達は何故大挙して押し寄せて来たんだね?」

「あ、あの……これ」

 そう言って女子生徒の一人が手渡してきたのは、学内の緊急告知文付き申込書だった。

「なになに……?」

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人一組での参加を必須とする。なお、ペアができなかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締切は』−−」

「そこまででいいから!とにかくっ!」

 説明文を読んでいた私を遮り、再び一斉に伸びてくる手の群れ。だから怖いって。

「私と組もう、織斑君!」

「私と組んで、デュノア君!」

「お願いします、村雲君!」

 学年別トーナメントの突然の仕様変更。その背景にあるのは、クラス対抗戦での無人機襲撃事件だ。一般には『反体制組織によるテロ行為』とされたこの事件は、各国に疑心暗鬼を呼んだ。

 そこで、より実戦的な模擬戦闘を行うことで戦闘経験を積ませ、特に専用機操縦者の自衛能力を向上させる目的で今回の二人一組での開催となったのだ。しかし、そうなると問題が発生してしまう。それは……。

「え、えっと……」

 そう、デュノアの事だ。ここにいる女子は気づいていないようだが、デュノアの本当の性別は女。誰かと組むというのは問題だ。ペア同士での戦闘訓練を行えば、いつどこで性別バレをするか分からない。

 同じ事を考えたのか、一夏がデュノアの方を見る。デュノアがその視線に気づいて目をそらすが、その先には私がいた。デュノアが慌てて私からも目をそらす。

 遠慮がちな所はそう簡単には変わらんか。思わず苦笑してしまう。とここで、一夏が大きな声できっぱりと宣言した。

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 しんとする室内。いきなりの沈黙に一夏が後退る。

「まあ、そういうことなら……」

「他の女子と組まれるよりはいいし……」

「男同士っていうのも絵になるし……ゴホンゴホン」

「待って、まだもう一人いるわ!」

 バッ!と視線が私に向く。これはまずいな。ここで誰かと組めば、最悪VT事件の際に完全に蚊帳の外になりかねない。何かうまい逃げ方は……そうだ!

「済まないが、私は当日の抽選を当てにする」

「え?なんで?」

「今からペアを組み、そこから連携訓練をしても付け焼き刃にしかならない。なら最初から連携に期待せず、お互いに出来る事だけを別々にやった方がまだましだからな」

 再びの沈黙。苦しい言い訳だったろうか?

「まあ、そういうなら……」

「ワザとペアを組まなかったらチャンスはあるわけだし」

「暗に『誰と組んでも変わらない』って言われた気もするけど、まあいっか」

 とりあえず納得したのか、女子達は各々仕方ないと口にしつつ保健室から去って行こうとする。が、そうは問屋が卸さんよ。

「ところで……保健室のドアを破壊した件、織斑先生に報告するのでそのつもりで」

「「「え?」」」

「何か?(ニッコリ)」

「「「イエ、ナンデモアリマセン!」」」

 ババッ!とぎこちない敬礼をし、足早に去っていく女子達。ここから改めてペア探しを始めるのだろう。廊下から再び喧騒が聞こえてきた。

 

「ふう……」

「やれやれ……」

「あ、あの、一夏−−」

「「一夏(さん)っ!」」

 安堵の溜息をつく一夏にデュノアが声を掛けようとして、それ以上の勢いでセシリアと鈴がベッドから飛び出す。二人の用件は全く同じ「自分とペアを組め」だ。

 この二人を説得するのは困難と思われたが、山田先生がやって来てそれに「待った」をかけた。

 山田先生曰く「ISのダメージレベルがCを超えている。当分は修理に専念するべきであり、トーナメントへの参加は許可できない」との事。この説得に二人はあっさり引き下がった。不思議そうにする一夏にデュノアが説明する。

 デュノア曰く「ISのダメージレベルがCを超えた状態で起動をすると、不完全状態でのエネルギーバイパスを構築。それが平常時での稼働に悪影響になりかねない」との事。要は『骨折ってんのに無茶したら、今度は筋肉痛めるぞ』という事だ。

 話も纏まった所で一夏がセシリアと鈴にボーデヴィッヒと戦う事になった理由を訊くと、二人はやけに言いにくそうにする。一体どんな挑発だったのか?まあ知っているが。

「「ああ。もしや(もしかして)一夏の事を−−」」

「あああっ!デュノアも九十九も一言多いわねえ!」

「そ、そうですわ!まったくです!おほほほほ!」

 閃くものがあったデュノアと元々知っている私の台詞がまたも重なる。それを鈴がデュノアを、セシリアが私を取り押さえ、口を塞ぐ事で制す。これは苦しい。と言うか、怪我人が無茶をするな。デュノアも苦しそうだ。

 見かねた一夏がデュノアと私を助けようとセシリアと鈴の肩を指で軽く突く。

「「ぴぐっ!?」」

 相当の痛みが走ったのか面白い悲鳴をあげて凍りつく二人。その痛みは、二人の沈黙と恨みがましい視線でおおよそ分かる。

「あ……すまん。そんなに痛いとは思わなかった。悪い」

 流石にやり過ぎたと思ったのか、すぐさま謝る一夏。

「いちかぁ……あんたねぇ……」

「あとで……おぼえてらっしゃい……」

 体が無事なら鉄拳を振るっていただろう気迫の二人。まあ、この様子なら明日には起き上がってくるだろう。

 私は「お大事に」とだけ言い残して、保健室を出た。

 

「という訳で、今は君と組む事はできない。すまないね、本音さん」

「むっす~」

 夕食を終え、部屋に戻って本音さんに事情説明。本音さんはやや不機嫌だ。

「まあ、君がペアを組まなければ当日私と組める可能性はあるのだし、そんなに気を悪くしないで欲しい」

「う~、わかった」

「ご理解頂けたようで何よりだ」

「でもなんでそうしたの~?」

「先ほど語った理由ともう一つ、極めて個人的な理由からだな」

「それってなに~?」

「流石に言えんよ。極めて個人的な理由なのだから」

「う~ん、気になる〜」

 なんとか聞き出そうと食い下がる本音さんをどうにか宥めて床につく。本音さんは未だに諦めてはなさそうだったが、こればかりは言えない。「ボーデヴィッヒと組む事が出来ればVT事件(原作イベント)に関われるから」などと。

 

 

 それから3日後、学年別トーナメント開始の前日。世界に激震が走った。

 フランス代表候補生シャルル・デュノアが、所属企業であるデュノア社の社長夫人であり義理の母でもあるエレオノール・デュノアに強制されて男性IS操縦者としてIS学園に転入した『女性』である事と、エレオノールの乱れた私生活と悪事の数々、そしてフランシスがエレオノールを妻に迎える以前に存在した恋人とフランシスの真実の愛が、『どこかの新聞記者』によってすっぱ抜かれたのである。このニュースは瞬く間に世界を駆け巡った。

 この時、フランシスが恋人とその間に生まれた娘に対して行った有形無形の支援がフランシスの愛が本物であると強烈に印象づけ、逆にエレオノールを『フランシスが弱っている所につけ込んで、恋人から全てを奪った最低の悪女』として際立たせた。

 これによりエレオノールのデュノア社内での影響力は完全になくなった。

 さらに、エレオノールと一部の政府高官との黒い交際や多額の脱税、下請け業者への強要や脅迫等、枚挙に暇がない犯罪行為の数々で裁判にかけられ、追徴金や下請け業者への謝罪金という名目で全ての資産を没収された上、累積刑で仮釈放無しの懲役120年の判決を受ける事になった。

 当然、エレオノールに与していた者達も『どこかの調査員』が持ってきた情報により犯罪行為が露見。けして軽くない刑罰を受ける事となった。また、エレオノールから贈賄を受けていた政府高官もあわせて罰せられる事となった。

 フランシスは一連の出来事を「妻を止められなかった自分の責任」として社長職を辞任し、娘であるシャルロット・デュノアを次期社長に指名。同時にシャルロットが学生である事、今現在会社経営のスキルを持っていない事を理由に、しばらくの間社長代行として自分が業務を行う事を決定した。

 この決定は、『事実』を知ったデュノア社社員ほぼ全員に好意的に受け止められた。これにより、デュノア社は名目上ではあるもののシャルロットの物となった。名実共にそうなるのには、今しばらく時間がかかるだろう。

 

 

 こうして、悪女は頂点から転落した。

 私はふとある事に気づいた。

「あれ?ひょっとして一夏とデュノアの混浴イベント潰しちゃってないか?」と。




次回予告

白い剣閃と橙の疾風。
対するは黒い雨と灰銀の狼。
雨は己の内にあるものを未だ知らず……。

次回「転生者の打算的日常」
#22 学年別勝抜戦

君にとって、強さとはなんだ?ボーデヴィッヒ


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#22 学年別勝抜戦

 後に『エレオノール事件』と呼ばれる事となる一連の事件報道は、世界を激震させた。当然、それはIS学園も例外ではない。

 フランスとの時差の関係で、学年別トーナメント前日の早朝に齎されたこのニュースは、多くの女子生徒に衝撃を与えた。

 シャルル・デュノア(恋した相手)が女性だった事にショックを受けて卒倒した者、フランシスの不器用な愛に苦笑する者、エレオノールの悪事に怒りを覚える者。反応は様々だったがその多くはデュノアに対して好意的なものだったと言えるだろう。

 中には「女なのに男の恰好をするなんて」と事件の本質と全く関係ない所に憤っている一部の女尊男卑主義者もいたが、そんな彼女達に私は敢えてこう言いたい。「貴方方は宝塚歌劇団を知らんのか。なら一度見に行ってこい」と。

 あの演劇集団は女尊男卑社会になってからもブレる事なく『古き良き男』を演じているぞ。

 

 その日の学生寮食堂は上を下への大騒ぎとなった。一夏とデュノアが現れると、女子達が二人を一瞬で取り囲み「織斑君はいつ、どこで、どうして知ったのか?」「デュノアく……さんは、どんな方法で男のふりをしていたの?」「男女同室の感想をぜひ」と根掘り葉掘り聞き出そうとした。

 デュノアが実は女子だと知って暴走するかと思っていたセシリアと鈴だが、意外にも一夏とデュノアのどちらにも当たらなかった。理由を訊いてみると二人はこう言った。

「好き好んでやっていた訳ではありませんのに、それを理由に当たるなんてできませんわ」

「一夏の超鈍感は今に始まった事じゃないし」

 意外と大人な反応にこちらが面食らってしまったよ。まったく。ちなみに、箒だけは思い切り一夏に当たり散らした。困ったものだな、まったく。

 

 

 夕方、私の部屋に集まった一夏とデュノア、そして私。

 一夏が訊きたい事があると言ってデュノアを伴ってやってきたのだ。本音さんは相川さんの部屋にお出かけ中だ。

「それで?訊きたい事とはなんだ、一夏」

「ああ、何であんなに早く判決が出たんだ?」

「え?ひょっとして一夏、特重法を知らないの?」

 意外な質問だったのか、デュノアが驚きの声を上げる。

「なんかどっかで聞いた事あるような、ないような……」

 どうにも要領を得ない一夏に説明する。

「いいか一夏、特重法とは……」

 

 特定重犯罪超短期結審法。略称『特重法』

 殺人、強盗致死傷、強姦致死傷、暴行傷害、強要・脅迫、詐欺等、いわゆる『社会的影響の大きい罪』を働いた者に適用される法律だが、この法律は特定条件下においてのみ適用される。それは以下の条件にあてはまるかだ。

 

 1.被告人が確実に犯行を行ったと言える物的証拠が、10点以上ある。

 2.判例に則った場合、被告人の15年以上の実刑判決は免れ得ない。

 3.検察・弁護人双方が『特重法』の適用に合意している。

 

 この三つを満たした場合のみこの法は適用され、控訴・上告はその場で棄却される。

 つまり、一審での判決がそのまま刑として確定するのである。この三つの条件のうち、最も取得の難しいのは条件3だろう。

「なんでだ?」

「検察は被告の刑を重くしたい。弁護人は被告の罪を無くしたい。それが無理ならせめて少しでも刑を軽くしたい。思惑の異なる二人が合意に至るのがいかに困難か、分からないとは言わせんぞ」

「ああ、確かにな。じゃあなんで今回は合意したんだ?」

「直接的な理由では無いが、グラモン家の一族も逮捕されたからだ」

 グラモン家はエレオノールの犯罪行為の揉み消しを行ってきたが、その事が『ある人物』から警察に伝わり、当主のジャン=ピエール・グラモンを始め一族の主だった者が『犯人蔵匿・隠秘罪』及び『贈賄罪』で逮捕された。

 完全に後ろ盾を失ったエレオノールの運命はある国選弁護人に委ねられたが、この弁護人はエレオノールの弁護を行うつもりは全くなく、検察からの特重法適用の要請を二つ返事で承諾。

 結果、エレオノールの裁判はわずか3日で結審。これは特重法適用裁判の中でも、五本の指に入る速さである。

 

「と、まあそういう訳だ。ちなみに刑務所への送致は今月末だそうだ」

「ほんとに速いな」

「徹底した根回しの結果と言うやつだ。社長によると今回の一件、デュノアのゴーサインがあろうとなかろうと、今月中にはエレオノールはこうなっていたそうだ」

「……ねえ九十九、ラグナロク・コーポレーション(君の会社)って……何?」

 暗に「何もしなくても結果は変わらなかった」と言われたデュノアが震えた声で訊いてきた。その質問に、私はこうとしか答えられない。

「私に聞かれても困る」

 

 

 6月最終月曜日。今日から3日間の予定で行なわれる学年別タッグトーナメントは、予想を遥かに上回る慌ただしさを見せ、第一回戦開始直前まで全生徒が雑務や会場整備、来賓の誘導を行った。それらの作業からようやく解放された生徒達は、急ぎ各アリーナの更衣室へと走る。

 男子組は例の如く広い更衣室をたった二人で使っている。デュノアは全生徒に女子であるとバレたため、今頃は通常の倍の人数がひしめく反対側の更衣室で着替えているはずだ。仕方ない事とはいえ女子生徒諸君に申し訳ない気持ちになるな、これは。

「しかし、すごいなこりゃ……」

 更衣室備え付けのモニターから観客席の様子を見ていた一夏が呟いた。

 そこには各国政府関係者、研究所員、軍のスカウター、有名IS企業の上層部など、そうそうたる顔ぶれが一堂に会していた。

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果確認の為にそれぞれ人が来ているからな。私達一年生には現状関係ないが、それでも上位入賞者にはチェックが入るだろう」

「ふーん、ご苦労なこった」

 興味なさそうに話半分に聞いている一夏。考えが筒抜けだ。思わず吹き出す。

「お前はボーデヴィッヒとの対戦だけが気になるようだな」

「まあな。セシリアと鈴は結局トーナメントに出られなかったし」

 先日の一件でISが大きなダメージを受けたセシリアと鈴だったが、それでもなおトーナメントへの参加を何度も頼み込みに行った。しかし、結局最後まで許可が下りる事はなく、今回は辞退せざるを得なくなった。

 一般生徒ならいざ知らず、二人は代表候補生の中でも選りすぐりの専用機持ちである。そんな二人がトーナメントで結果を残せないばかりか参加すらできないというのは、二人の立場を悪くする要因となるだろう。

「自分の力を試せもしないってのは、正直辛いだろ」

 例の騒動を思い出しているのか、左手を強く握りしめる一夏。この場にパートナーのデュノアがいればさり気なく手を重ねてそれを解すのだろうが、私にはそんな事は出来ない。

「左手に力が入りすぎだ。感情的になるな、一夏。ボーデヴィッヒは一年生の中では群を抜いた実力者だ。感情に任せた剣では捉えられんぞ」

「ああ、わかってる」

 そう言って左手から力を抜く一夏。皮こそ破れていないが、手のひらにはくっきりと爪の跡が残っていた。

「ならいい。さて、そろそろ対戦表が決まるはずだ」

 理由は不明だが、タッグマッチ形式への変更がなされてから従来式のシステムがうまく稼働せず、本来なら前日には決定しているはずの対戦表は、今朝から生徒手作りのくじ引きによって決定していた。

「一年生の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな」

 ポツリと漏らす一夏。まあその理由は分かる。

「待ち時間に余計な事を考えずに済むからだろう?出たとこ勝負はお前の十八番だしな」

「分かってるじゃねえか。九十九は出来るだけ後の方がいいんだろ?相手の手の内を見られて、自分の手の内を晒さずに済むから」

「よく分かっているじゃないか。さて、対戦相手が決まったようだ」

 モニターがトーナメント表に切り替わる。それを見た一夏が呆然としていた。

「え?」

「……そう来たか」

 モニターに表示されたトーナメント表、その一回戦第一試合の組み合わせは。

『織斑一夏&シャルロット・デュノアペア対村雲九十九&ラウラ・ボーデヴィッヒペア』

 

 

 試合開始20分前。一年生の部の会場である第三アリーナのBピット。そこで私とボーデヴィッヒが対峙していた。第二試合の対戦ペアである箒と本音さんも後ろに居る。

「さて、一応よろしく頼むと言っておこうかボーデヴィッヒ。作戦は?」

「邪魔をしなければそれでいい」

 不遜な物言いに後ろの箒の顔に怒りが浮かぶ。本音さんが「落ち着いて~」と箒を宥めるが、あまり効果は無いようだ。

「了解した。では、君の敗北が決定的になったと同時に動くとしよう」

「万が一にもありえんな。貴様は−−」

「『シュヴァルツェア・レーゲン』の第三世代兵装であるAICは、発動時に右手を突き出すモーショントリガーが必要になる」

「っ!?」

 私の言葉に、勢い良くこちらを向くボーデヴィッヒ。

「効果範囲は右手の前方1mを頂点に5mの半球状。後方はカバー不可能」

「貴様……」

 その顔は、徐々に険しいものになっていく。

「慣性停止対象は一回の発動につき一種一方向のみ。二方向以上の同時攻撃、もしくは時間差攻撃には対応不可能」

「…………」

「停止可能なのは実体弾、実体剣、相手のIS等の重さのある物のみ、光学兵器や爆風のような重さの無い物は停止不可能」

 鈴の衝撃砲が停止可能なのは、空間圧作用兵器と似たようなエネルギーで制御しているからだ。

「発動時に停止対象に集中力を傾ける必要があるため、集中を乱してやれば発動そのものが困難になる。以上、訂正はあるかね?ちなみに、多くの生徒はこの弱点を知っている」

「何っ!?」

 この一言に、二度目の驚愕を見せるボーデヴィッヒ。

「敵になる可能性もあったのだ。当然だろう」

「まあいい、その程度の事で私が奴に負けるなどありえん」

「……一つ訊こう、ボーデヴィッヒ。君にとって強さとはなんだ?強いとはどう言う事だ?」

 私の質問にボーデヴィッヒがこちらに向き直り、鼻を鳴らして言った。

「決まっている。圧倒的な力を持っている事だ」

 それ以外の答えなど無い。と言わんばかりの物言いに苦笑してしまう。それが気にいらなかったのか、ボーデヴィッヒがこちらに詰め寄る。

「貴様……何がおかしい!」

「おかしいとも思うさ。君の言う強さに則って最強を決めたら、それは誰になると思う?」

「愚問だな。織斑教官に決まって「違うな」っ!?」

「間違っているぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。君の言う強さに則ったら、最強は『核兵器保有国の首脳』だ」

「なぜそうなる!?」

「刀を使い、一瞬で一人を切り伏せる人間と、一瞬で数万人の命を奪う核兵器をボタン一つで撃てる人間。圧倒的なのはどちらだね?分からないとは言わせんぞ。ドイツ軍人」

「くっ……ならば貴様はどうなのだ!貴様にとって強さとはなんだ!?」

「私にとって強さとは……」

 

ビーーーッ!

 

『試合開始5分前です。各選手はISを装着のうえ、カタパルトへ』

 アナウンスが響き、試合時間が近づいている事を知らせる。

「話の続きは試合終了後に。まあ、君に聞く気があればだが」

「ふん……」

 こちらに一瞥をくれた後、『シュヴァルツェア・レーゲン』を展開してカタパルトへ向かうボーデヴィッヒ。私も『フェンリル』を展開してあとに続く。

『ゲート開放、カタパルトの操作権を各機に移譲。ユーハブコントロール』

「アイハブコントロール。村雲九十九、『フェンリル』出る!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、『シュヴァルツェア・レーゲン』発進する」

 カタパルトからアリーナへ飛び出す。さあ、始めようか。先行き不明の戦いを。

 

「一戦目から当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 軽口を叩きあう一夏とボーデヴィッヒ。

「お互い貧乏くじだな。デュノア」

「ホントだね。九十九」

 互いにたった一人の相手しか見ていないパートナーに苦笑する私とデュノア。

 試合開始まであと5秒。4、3、2、1−−開始。

「「叩きのめす」」

 一夏とボーデヴィッヒの台詞が奇しくも重なる。

「邪魔をするなと言われているのでね。すまないが、一時的に下がらせてもらう」

「え、ちょ、ちょっと九十九!?」

 やる気を見せない私に虚をつかれたデュノアの叫びが響く。

 

 

 ついに学年別トーナメントが開始した。

 私は私が関わった事でVT事件がどうなるのかを、今この瞬間も計りかねていた。




次回予告

負けられない、負けたくない。だから、強い力をよこせ!
雨を纏う少女の願いは叶う。
ただし、ひどく歪んだ形で。

次回「転生者の打算的日常」
#23 戦乙女模倣機構

これが君の出した答えか?


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#23 戦乙女模倣機構

戦闘描写ってやはり難しい……。
どうしたら上手くかけるやら。


 試合開始と同時に、一夏がボーデヴィッヒに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で急接近。この初手が入れば、戦局は一夏側に大きく傾く。しかし、そう簡単には行かない。

「おおおっ!」

「ふん……」

 ボーデヴィッヒが右手を突き出す。−−出す気か。

 私はアリーナの壁に背を預けながら、一夏達とした話を思い返していた。

 

 

「AIC?なんだそれ?」

 学年別トーナメント2日前、私はボーデヴィッヒと直接対峙したセシリアと鈴から話を聞くため、寮の食堂に皆を呼び寄せた。

「『シュヴァルツェア・レーゲン』の第三世代兵装よ」

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略だ。能動式慣性制御装置とでも訳せば分かるか?」

「ああ、なんとなくな」

「ちなみに一夏さん?PICはご存じですわよね?」

「……知らん」

「あのねえ……。基本でしょうが、基本!」

「パッシブ・イナーシャル・キャンセラー、受動式慣性制御装置とでも訳すか。ISの浮遊、加減速、停止を行うための装置だ。これを発展させたものがAICというわけだ」

「おお、どこかで聞いた事があると思ったらそれか」

「あんたねぇ……」

 呆れ顔をしながらなおも言い募ろうとする鈴をセシリアが制する。

「はいはい、漫才はそれくらいにして、対策を考えますわよ……正直、わたくしも実物を見るのは初めてでしたが、あそこまでの完成度を誇っているとは思ってもみませんでした」

 セシリアの述懐に、鈴が重々しく頷く。

「それはあたしも同意見。あそこまで衝撃砲と相性が悪いとはね……」

「ふむ、となるとエネルギーで空間に作用するという点で、衝撃砲と理屈は同じか」

「そうね、だいたい同じだと思うわ。厳密には違うでしょうけど」

 ここまで聞いた一夏に何か閃くものがあったようだ。

「ん?って事は、《零落白夜》なら切り裂けるんだな?」

「理屈の上ではそうですが、実際には止められましたわね?」

「そこなんだよなぁ。なんで止められたんだ?」

「簡単だろう。お前の腕を直接止めたんだ」

「ああ、そっか。《零落白夜》に触れなければいいんだから、たしかにそれが簡単ね」

「直接って……腕だぞ?しかもあんな速く動いてるのに、ピンポイントにそんな事……」

「出来るから止められたんだろうが。そもそも、お前の動きは−−」

「ぶっちゃけ読みやすいのよ」

「ぐっ……」

 「お前の動きは単純だ」と言われた一夏からうめき声が漏れる。自覚はあったんだな。

「特に腕って線の動きじゃない?こう、縦か横にラインが動くわけでしょ?だから−−」

「それに交差するようにエネルギー波を展開すれば、簡単に引っかかるわけだな」

「ですわね」

「なるほどなぁ。じゃあどうすればいい?」

「それを考えるのがあんたの役目でしょうが」

「……ごもっとも」

「まあ、手ならあるのだが」

「「「えっ!?」」」

 私の言葉にこちらを向く一同。よく見ると、他の生徒もこちらを見ている。

「『シュヴァルツェア・レーゲン』のAICは強力だが、実の所弱点が非常に多い。例えば−−」

 そう前置き、私はAICの弱点を皆に教えた。どう活かすかは本人達次第だ。

 

 

 そして一夏の取った手段は最も単純なもの。つまり、開幕と同時の奇襲と言う『意外性』で攻めるというものだ。が、その程度の戦術はボーデヴィッヒには読めている。結果として一夏はAICに完全に捕らわれてしまう。

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

「ならば私が次にどうするかもわかるだろう」

 ボーデヴィッヒが一夏に『シュヴァルツェア・レーゲン』の右肩にマウントされているレールカノンを向けた。リボルバー特有のガキン!という回転音が轟く。後は撃つだけだ。

「させないよ」

 レールカノンを発射する直前、デュノアが一夏の頭上を飛び越えて現れると同時に.61口径アサルトカノン《ガルム》による爆裂(バースト)弾の射撃を浴びせる。

「ちぃっ……!」

 銃口を射撃によってずらされた事で、一夏に当たるはずだった砲弾は虚しく空を切る。更に畳み掛けてくるデュノアの攻撃に、ボーデヴィッヒは急後退で間合いを取る。

「一夏、大丈夫?」

「ああ、助かったぜ。シャルル」

「どういたしまして」

 一旦仕切り直すつもりか、後退したボーデヴィッヒを追撃せずにその場に留まるデュノア。

「九十九、どういうつもり?」

「何がかね?デュノア」

 デュノアがこちらに厳しい目を向ける。一夏も私に訝しげな視線を送っていた。

「『邪魔をするなと言われているのでね。一時的に下がらせてもらう』君はそう言った」

「どういう事だよ?」

「どういうも何も、そういう事だ。私とボーデヴィッヒの作戦は『ボーデヴィッヒの敗北が決定的になると同時に私が動く』これだけだ。私を引きずり出したいのならば、ボーデヴィッヒを倒しかけて見せたまえ」

「おしゃべりとは余裕だな」

 態勢を整えたボーデヴィッヒが一夏とデュノアに襲いかかる。さあ、ここからどうなる?

 

 一夏とデュノアを同時に相手取りながら、それでもなおボーデヴィッヒの優位は変わらなかった。

 一夏の《雪片弐型》と両手のプラズマ手刀で切り結びつつ、デュノアにワイヤーブレードを使った牽制を行い一夏から引き離す。六本同時操作こそしていないが、射出と回収を順に行う事で間断のない多角攻撃を繰り広げている。

 デュノアもその攻撃をさばくのに精一杯であり、とてもではないが今すぐ一夏のフォローには回れない。その間もボーデヴィッヒの猛攻は続く。一夏は防戦一方だ。

「貴様の武器はそのブレードのみ。近接戦でなければダメージを与えられないからな」

 それもあるだろうが、それ以上に一夏が迂闊にボーデヴィッヒから離れれば、その瞬間レールカノンの格好の的になる。

 しかもワイヤーブレードがあるため、一度でも距離を取れば取り戻すのに時間とエネルギーを使ってしまう。よって一夏は意地でもボーデヴィッヒに食らいつくしか打つ手がないのだ。

「うおおおおっ!」

 右手に《雪片弐型》を構え、左手はボーデヴィッヒのプラズマ手刀を払う為に使い、両足は姿勢制御とワイヤーブレードの蹴り飛ばしに使う。極限の集中状態で行われる零距離での高速格闘戦は、ボーデヴィッヒの一言で唐突に終わりを告げる。

「そろそろ終わらせるか」

 ボーデヴィッヒがプラズマ手刀を解除すると同時にAICを発動する。刹那、一夏の体が凍りついたかのように止まる。

 ボーデヴィッヒとデュノアの距離は概算で50m。救援は間に合うかどうかの距離だ。

 ワイヤーブレードの攻撃が止まると同時にボーデヴィッヒに迫るデュノアだったが、ボーデヴィッヒの攻撃が僅かに早い。

「では−−消えろ」

 一斉射出されたワイヤーブレードが一夏の体を切り刻み、『白式』の装甲の三割とシールドエネルギーの半分を奪う。

 更にボーデヴィッヒは一夏の右手を二本のワイヤーで拘束、回転を加えて床に叩きつけようとする。

 その直前にデュノアが救援に入った。一夏を拘束しているワイヤーを切断し、その手を引いて急速離脱。

 あれが間に合わなかった場合、最悪一夏はレールカノンの直撃を受けて沈んでいただろう。

「シャルル……助かったぜ。ありがとよ」

「どういたしまして」

「九十九は?」

「うん、動く気配はないよ」

「じゃあ、意地でも引っ張り出さなきゃな」

 一夏が《雪片弐型》を構え直し、デュノアはアサルトカノン二丁からショットガンと重機関銃に装備を変更する。

「見せてあげようよ。僕たちのコンビネーション」

「ああ、行こうぜ」

 

 

 外側から見ているとよく分かるが、デュノアは人に合わせるのが本当に上手い。

 一夏の動きを巧みにフォローし、連携を成立させている。現に一夏はとにかく間合いを詰めようとしているだけであり、仮に1対1ならば一夏は今頃アリーナの床に無様に転がっているはずだ。そうなっていないのは、ひとえにデュノアのフォローショットと的確な指示による所が大きい。

 と、ここで一夏が《零落白夜》を展開。決めに行く気か?

「これで決める!」

 《零落白夜》を起動させた一夏はボーデヴィッヒへ直進。

「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去ると聞いているが……それなら当たらなければいい」

 ボーデヴィッヒのAICが連続で一夏を襲う。一夏は急停止、転身、急加速を繰り返しそれを躱していく。ボーデヴィッヒの苛立ちが募っていくのが目に見えてわかる。

「ちょろちょろと目障りな……!」

 AICに加えてワイヤーブレードも加わり、攻撃はさらに苛烈になる。しかし、ボーデヴィッヒは失念している。自分の相手が一夏だけではない事を。

「一夏!二時の方向に突破!」

「わかった!」

 射撃でボーデヴィッヒを牽制しつつ、一夏の防御も忘れない。仮にデュノアが一夏の敵に回っていた場合、一夏は10分持ったかどうかわからないだろう。

「ちっ……小癪な」

 一夏がワイヤーブレードをくぐり抜け、ボーデヴィッヒをその射程圏へ収める。

「無駄だ。貴様の攻撃は読めている」

「普通に斬りかかればな。−−それなら!」

 一夏は足元に向けていた切っ先を起こして、体の前へ持っていく。なるほど、そう来たか。

「!?」

 一夏が選択した攻撃方法、それは『突撃』だ。攻撃の読みやすさという点では同じだが、腕の軌道は捉えにくくなる。線より点の方が、圧倒的に捕まえにくいのだ。しかし……。

「無駄なことを!」

 ボーデヴィッヒが突き出した右手のその先で、一夏の全身の動きが凍りつく。AICの網が一夏を完全に捉えていた。

「腕にこだわる必要は無い。要はお前の動きを止められれば−−」

「それは悪手だ。ボーデヴィッヒ」

「なに?」

「九十九の言う通りだ。忘れてるのか?それとも知らないのか?俺たちは−−」

「二人組なんだよ?」

「!?」

 後ろから掛けられた声に、弾かれたように視線を動かすボーデヴィッヒ。だがもう遅い。

 零距離まで接近したデュノアがショットガンの6連射。瞬間、ボーデヴィッヒのレールカノンは轟音を立てて爆散した。

「くっ……!」

 上手くやったな。先日教えたAICの弱点『停止対象は一度の発動につき一種一方向のみ』を突いてボーデヴィッヒの最大威力武器を奪い、かつ一夏の拘束を解く、一石二鳥の策だ。

「一夏!」

「おう!」

 拘束から逃れた一夏が《雪片弐型》を構え直し、ボーデヴィッヒに再度攻撃。絶対必殺のその一撃は、体制を崩したボーデヴィッヒには回避不能。しかし、運命は無情だ。

 

キュゥゥン……

 

「なっ!?ここに来てエネルギー切れかよ!」

 ここまでで受けたダメージが大きかったのだろう。《零落白夜》のエネルギー刃は情けない音と共に小さく萎んでいき、そのまま消える。こうなると一転一夏のピンチだ。

「残念だったな」

 プラズマ手刀を展開し、一夏の懐へと飛び込むボーデヴィッヒ。

「限界までシールドエネルギーを消耗してはもう戦えまい!あと一撃でも入れば私の勝ちだ!」

 ボーデヴィッヒの言う通り、一夏のシールドエネルギー残量は残り少ない。おそらく一撃でももらえば一夏には撃墜判定が出るだろう。一夏は必死に左右から襲い来るプラズマ手刀を弾き続ける。

「やらせないよ!」

「邪魔だ!」

 一夏への攻撃の手を休めることなく、援護行動に入ろうとしたデュノアをワイヤーブレードで牽制。その精度とスピードは、技量の高さを改めて窺わせる。

「うあっ!」

「シャルル!くっ−−」

「次は貴様だ!堕ちろ!」

 一夏が被弾したデュノアに気を取られた次の瞬間、ボーデヴィッヒの一撃が一夏を捉えた。

「ぐあっ……!」

『白式』から力が抜け、ゆっくりと床に落ちていく。

「は……ははっ!私の勝ちだ!」

 高らかに勝利宣言をするボーデヴィッヒ。しかし……。

「勝利宣言をするにはまだ早いぞ?ボーデヴィッヒ」

 私の言葉にこちらを向くボーデヴィッヒ。そこに超高速の影が突撃する。それは−−

「まだ終わってないよ」

 一瞬にして超高速状態へ突入したデュノアだった。驚いたな、あれは……。

「なっ……!瞬時加速だと!?」

 初めて狼狽の表情を見せるボーデヴィッヒ。与えられたデータにはデュノアが瞬時加速を使用できるなどとは書いていなかったのだろう。当然、私の持っているデータにも無い情報だ。

「今初めて使ったからね」

「な、なに……?まさか……」

「この戦闘の中で習得したと言うのか。器用にも程があるぞ」

 もはやこれは技能の一種と言えるのではないだろうか。あるいは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)と呼べるだけのものかも知れんな。

「だが私の停止結界の前では無力!」

 AIC発動体勢を取るボーデヴィッヒ。と、私の視界の端で動く影が一つ。

「もう一度言う。それは悪手だ、ボーデヴィッヒ」

 私の言葉の一瞬後、その動きを止めたのは−−ボーデヴィッヒの方だった。

 

ドンッ!

 

「っ!?」

 想定外の方向から射撃を受けたボーデヴィッヒが視線を巡らせる。と、真下にいる一夏とボーデヴィッヒの視線がぶつかった。その手に、デュノアが放り捨てた()()()()()()()()()()()()()を構える一夏と。

 一夏の構えているライフルは、訓練の時に使用許可(アンロック)の下りていた物だ。それを弾を残した状態で捨てておき、デュノアがボーデヴィッヒに接近。ボーデヴィッヒがAICを発動した場合、一夏がそのライフルを拾ってボーデヴィッヒを撃つ。という二段構えの策だったのだ。

 だがこの策、運の要素があまりに強い。仮に『白式』がボーデヴィッヒの一撃に耐えられなかったならば、この策は使えなかったのだから。だが二人はこの賭けに勝った。

「これならAICは使えないだろ!」

「こ、の……死に損ないがぁっ!」

 吠えるボーデヴィッヒ。しかし、冷静さは失われていない。命中率の低い一夏の射撃を一旦無視してデュノアを撃墜するつもりだろう。AICの矛先を再び前方へ向ける。

「でも、間合いに入ることは出来た」

「それがどうした!第二世代型の攻撃力では、この『シュヴァルツェア・レーゲン』を墜とす事など−−」

 出来ない。と言いかけてボーデヴィッヒがはっとする。あるのだ、一つだけ。『シュヴァルツェア・レーゲン』を撃墜可能な装備が。

 それは、単純な攻撃力だけであれば第二世代型最強と謳われる装備。そしてそれは、戦闘開始当初からデュノアが装備していた。その左腕の物理シールドの下に。

「この距離なら、外さない」

 盾の装甲が爆発ボルトで弾け飛び、そこからリボルバーと鉄杭が一体化した武装が露出する。

 69㎜口径射突式徹甲杭(パイルバンカー)灰の鱗殻(グレー・スケイル)》、通称−−

「『盾殺し(シールド・ピアス)』……!」

 ボーデヴィッヒの顔が焦りに歪む。文字通りの必死の形相だ。

「「おおおおっ!」」

 二人の声が重なる。デュノアが左拳を握り、叩き込むかのように突き出す。一夏同様の点による突撃。

 さらに一夏の時と違い、デュノアは瞬時加速で接近している。全身停止はもはや不可能。ピンポイントでパイルバンカーを止めなければ、直撃する。

 ボーデヴィッヒがその目を集中し、デュノアのバンカーに狙いを定めてAICを発動。しかし、それを外してしまう。

 一瞬、デュノアの顔に笑みが浮かぶ。それはさながら告死天使の如き様相。眩く、そして罪深い笑みだ。その左腕がボーデヴィッヒの腹に当てられた、次の瞬間。

 

ズガンッ!!

 

「ぐううっ……!」

 パイルバンカーの一撃が叩き込まれた。シールドエネルギーが集中して絶対防御を発動、エネルギー残量が一気に奪われる。

 相殺しきれなかった衝撃が深く体を貫いたのか、ボーデヴィッヒの表情が苦悶に歪む。だがこれで終わりではない。《グレースケイル》はリボルバー機構による高速の炸薬装填を可能とする。つまり、連射が可能なのだ。……終わったな。

 私は《グングニル》を展開。デュノアに向けて投げつけた。

 

 

 シャルロットがラウラにパイルバンカーの一撃を叩き込み、さらに連射する。

 

ズガンッ!ズガンッ!

 

 続けざまに二発を撃ち込んだ所で一夏の声がアリーナに響く。

「シャルル!右だ!」

「!?」

 声に反応し、咄嗟にその場を離れるシャルロット。一瞬後、シャルロットのいた場所を『何か』が通りすぎる。『何か』が飛んできた方にいたのは……。

帰還せよ(カムバック)

 その言葉で瞬時に戻ってきた『何か』を掴んでこちらを見る九十九だった。

 

「貴様……何のつもりだ?」

 ボーデヴィッヒが私に向けて声をあげる。

「忘れたか?それとも聞いていなかったのかね?私は君の敗北が決定的になったと同時に動くと、そう言った筈だが?」

「ふざけるな!私はまだ……「あと一発」っ!?」

「君のISが《グレースケイル》の攻撃に耐えられる限界だ。違うかね?」

 事実、ボーデヴィッヒのISからは紫電が走り、強制解除の兆候が明らかに見て取れる。

 あそこで横槍を入れなければ、ボーデヴィッヒはそのまま敗北が決定していた。原作ではそれより先にあのシステムが働いて、勝負自体が有耶無耶になるのだがそれは口にしない。

「いいかね?君は負けた。君自身の傲慢と油断が、君を敗北させた。後は私に任せたまえ」

「くっ……!」

 歯を食いしばり、俯くボーデヴィッヒ。それを放置し、私はデュノアのいる場所と同じ高度まで上昇する。

「いいの?放っておいて」

「あの程度で心が折れるようなら、初めからここにいない。では、決着をつけようか」

 右手に《狼牙》、左手に《グングニル》を構える。それに呼応して、デュノアも戦闘態勢を取る。

「「行くぞ(行くよ)」」

 私とデュノアの声が重なり、互いに相手に向かって前進しようとした次の瞬間。

「ああああああっ!!!」

 突如、ボーデヴィッヒが身を裂かんばかりの絶叫を上げる。

 同時に『シュヴァルツェア・レーゲン』から激しい電撃が放たれる。意外に早かったな。

「一体何が……。−−!?」

「なっ!?」

「一夏、デュノア、戦闘は一時中断。『あれ』に警戒しろ」

 私達の目の前では、ISの常識ではありえない事が起きていた。

 ボーデヴィッヒのISがその形を変えているのだ。いや、変形とは言えないか。装甲が形を失い、正体不明の不定形物質へと姿を変え、ボーデヴィッヒを飲み込んでいく。

「なんだよ、あれ……」

 一夏の無意識の呟きも無理はない。おそらくこれを見ている全ての人間が同じ事を考えただろうからだ。

 ISは、原則として変形しない。より正確に言えばできないと言うべきだろう。

 ISが形状を変えるシーンがあるとすれば、それは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』のみ。パッケージ装備による部分的な変化はあっても、基礎形状の変化はまず無い。ありえない。

 しかし、そのありえない事が今目の前で起こっている。しかもそれは変形などというものではなく、その様はまるで一度溶かしてから再度作り直す粘土人形だ。

 『シュヴァルツェア・レーゲン』()()()ものはボーデヴィッヒの全身を包み込むと、その表面を流動させながら鼓動のような脈動を繰り返し、少しずつ地面に降りていく。そして地面に着くと同時、倍速再生のように高速で全身を変化、形成していく。

 果たしてそこに現れたのは、漆黒の全身装甲(フルスキン)のISのような『なにか』だった。

 ボーデヴィッヒのボディラインをそのまま表面化した少女のシルエット、最小限のアーマーを腕と足につけ、フルフェイスアーマーに覆われた頭部のラインアイ・センサーから赤い光が漏れる。そしてその手に握られた武器、あれは間違いなくかつて千冬さんと共に一時代を築いた……。

「《雪片》……!」

「ああ、間違いない。今目の前にいるのは……」

 暮桜(かつての最強)が、そこにいた。

 

 

 ついにVTシステムが発動した。

 私はこうなると分かっていたとはいえ、言いたくなった。

「そうか、それが君の答えか。ボーデヴィッヒ」




次回予告

かつての最強と未来の最強。
なりたいと願った者と超えたいと思う者。
勝敗は、その思いの強さが鍵となる。

次回「転生者の打算的日常」
#24 決着・落着

あるいはこれが最善なのかもしれないな。


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#24 決着・落着

 私達の目の前に立っている漆黒の全身装甲(フルスキン)に身を包んだ『何か』は、色合いだけを見れば『クラス代表戦襲撃事件』に現れた無人IS(ゴーレム)に酷似していたが、その姿は全く異なっていた。

 ボーデヴィッヒのボディラインをそのまま表面化した少女のシルエット、腕と足に着けた最小限のアーマー、頭部のフルフェイスアーマーのラインアイ・センサーから赤い光が漏れる。

 そしてその手に握られた武器が目の前の『何か』が何者なのかを如実に物語る。

「《雪片》……!」

 それはかつて千冬さんが振るい、一時代を築いた刀。つまり、ボーデヴィッヒが願った最強の姿とは。

「『暮桜』……。そうか、それが君の答えか。ボーデヴィッヒ」

 私は我知らずそう呟いていた。

 

「−−!」

 一夏が《雪片弐型》を中段に構えた刹那、『暮桜』が一夏の懐へ飛び込む。刀を中腰に引いて構え、居合に見立てた必殺の一閃を必中の間合いから放つ。それは、学園のアーカイブで見た千冬さんの太刀筋と瓜二つだった。

「ぐうっ!」

 一夏が構えていた《雪片弐型》が弾かれる。そのまま『暮桜』は上段の構えを取る。この流れは、選手時代の千冬さんの必勝パターン。おそらく一夏も気づいている。

「!」

 唐竹一閃、落とすような斬撃が一夏を襲う。一夏の刀は弾かれているため、防御は不可能だ。

 瞬間、一夏は後方へ急速回避。間一髪で攻撃を回避したが、シールドエネルギーが底をついていた『白式』に一夏を守る術はなく、軽く刃が触れたのだろう左腕から僅かに血が滲んでいた。そして『白式』は力尽きたかのように光となって一夏の体から消えた。

「……それが……」

 一夏はポツリと呟くと、立ち上がって『暮桜』に向かい生身のまま駆け出す。

「それがどうしたああっ!」

 激しい怒りに彩られたその叫びと共に『暮桜』に突撃する一夏を私の《ヘカトンケイル》が掴んで引き戻す。それに気付いた一夏がこちらを睨みつける。

「何をしている?死にたいのか?」

「離せ!あいつ、ふざけやがって!ぶっ飛ばしてやる!」

 一夏はなんとか《ヘカトンケイル》を振りほどこうともがくが、その程度で外れるほど《ヘカトンケイル》はヤワではない。

「お前の気持ちが分からんとは言わん。だが落ち着け」

 取りあえず一夏を諭すが、一夏は全く聞いている様子がない。

「どけよ、九十九!邪魔をするならお前も−−」

「いい加減にせんか!このど阿呆が!」

 

ガツンッ!

 

 右腕の装甲を解除し、一夏の頭に向かって拳骨を振り落とす。同時に《ヘカトンケイル》の拘束を解除。拳骨を受けた一夏はそのままアリーナの床に倒れる。

「少しは落ち着いたか?では聞け。あれが何かは分かるな?」

 怒りの頂点が折れたのか、少しだけ冷静さを取り戻した一夏が口を開く。

「ああ……あれは千冬姉のデータだ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを……くそっ!」

 『暮桜』はアリーナ中央で動かない。原作同様、武器か攻撃に反応する自動攻撃プログラムのようだ。一夏の拳、私の《ヘカトンケイル》は攻撃とも武器とも見なさなかったらしい。

「やれやれ、お前はいつも千冬さん千冬さんだな。まあ、気に入らんのは私もだが。あんな不格好な剣を『本物』ぶって振るっているのだからな」

 千冬さんの必勝パターンである居合からの唐竹。これをもしも千冬さん本人がやれば、一夏では躱す事はおろか反応する事すら出来ないはずだ。

 しかし、今回それができた。その時点で目の前の『暮桜』が粗悪な複製品(デッドコピー)以外の何者でもないと分かる。

「それだけじゃねえ。あんなわけわかんねえ力に振り回されてるラウラも気に入らねえ。ISとラウラ、どっちも一発ぶん殴らねえと気がすまねえ。そのためにまずあいつを正気に戻す」

「どうやってだ?『白式』のエネルギーは枯渇して、現在展開すらままならんというのに」

「ぐっ……」

 私の言葉に声を詰まらせる一夏。考え無しだったのか?コイツらしいが。と、ここでアリーナに管制室から放送がかかる。

『非常事態発令!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!来賓−−−』

「だそうだ、一夏。お前が何をせずとも状況の収拾はつく。無理に……」

「無理に危ない場所に飛び込もうとするな、か?」

「そうだ。と言った所でお前は聞かんだろうがな」

「ああ、これは俺が『やらなきゃならない』んじゃないんだ。これは俺が『やりたいからやる』んだ。他の誰がどうとか知るか。だいたいここで引いたら……」

織斑一夏()じゃ無い。だろう?」

「……やっぱお前、エスパーだろ?」

 一夏が苦笑混じりにいつものツッコミを入れる。それに私はいつものように返す。

「いや?お前ならそう言うだろうと思ってな。それで?正気に戻すはいいが、そのための『白式』のエネルギーはどうする?」

「そ、それは……」

 口籠り俯く一夏。やはり考え無しだったのか。

「無いなら別の所から持ってくればいい。でしょ?」

 今まで口を開かなかったデュノアが、ここで初めて口を開いた。

「普通のISは無理だけど、僕の『リヴァイブ』ならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」

 その言葉にばっと顔を上げる一夏。その顔は喜色に彩られていた。

「本当か!?だったら頼む!早速やってくれ!」

「けど!」

 デュノアが一夏を指差し、いつもより強めの語気で言った。それは有無を言わせない迫力をともなっていた。

「けど、約束して。絶対に負けないって」

「もちろんだ。ここまで啖呵を切って飛び出すんだ。負けたら男じゃねえよ」

「言い切ったな、一夏。ではもし負けたら、明日からお前には女子制服で登校してもらおう」

「あっいいねそれ」

「うっ……い、いいぜ?なにせ負けないからな!」

 冗談混じりのやり取りで、一夏の頭も適度に冷えたようだ。さて、私はどうするか?

「じゃあ、始めるよ。……『リヴァイブ』のコア・バイパスを開放。エネルギー流出を許可。−−一夏、『白式』のモードを一極限定にして。それで《零落白夜》が使えるようになるはずだから」

「おう、分かった」

 リヴァイブから伸びたケーブルが待機形態の『白式』に繋がれ、エネルギーの移譲が始まる。

「デュノア、一つ訊きたい。エネルギーを移し終えるのにどの程度かかる?」

「え?えっと、3分くらい……かな?」

「了解した」

 言って私は『暮桜』の前に出る。彼我の距離は約20m。何時でも攻撃可能な距離だ。

「お、おい九十九。何する気だよ?」

 私の突然の行動に、一夏が戸惑い気味に訊いてきた。

「言ったはずだぞ一夏。私もあれが気に入らないと」

 一夏達の方に向き直りながら、私は言った。

「優れた芸術作品に模倣品や贋作が多いのは、それだけ本物が素晴らしい物だからだ。だが、あれはいただけない。あんな物を私は模倣品や贋作と認めない。あれは……」

 一旦言葉を区切り、『暮桜』に視線を向けつつ言い放つ。

「ただの粗大ゴミ(ガラクタ)だ」

 《狼牙》を展開し『暮桜』に向ける。それに反応して『暮桜』が攻撃態勢をとった。

「一夏。お前の準備が整うまでの180秒、貰うぞ」

 さあ来い紛い物。少しだけ遊んでやる。

 

 

 九十九が右手に大口径銃を構えると同時、黒いISが九十九に向かって突進。居合に入ろうとした瞬間、突然その動きが止まった。

「え!?なんだ!?何が起こってるんだ!?」

「一夏。あの黒いISの背中を見て」

 言われた一夏が黒いISの背中を見ると、そこにはいくつもの《ヘカトンケイル》が『行かせるか』とばかりに掴みかかっていた。だが黒いISはそれに構わず、その場で居合からの唐竹を繰り出す。その様子に、一夏とシャルロットはぽかんとする。

「あいつ、何してんだ?」

 一夏の呟きに九十九が答える。その声には嘲りの色が混ざっていた。

「所詮は自動行動プログラム、特定の行動に対して特定の反応しか返せない。と言う事か。−−つまらんな」

 ポツリと呟き、黒いISを見据える九十九。その顔は無表情で、ひどく冷たい目をしていた。

 

 そこからは一方的だった。黒いISに《狼牙》から持ち替えた《レーヴァテイン》を向けて構える九十九。

 それに反応して九十九に向かう黒いIS。その刃が九十九に届く遥か前。

 

ガオンッ!ガオンッ!ガオンッ!

 

 黒いISの背後で発砲音。黒いISがそちらに目を向けると《ヘカトンケイル》の一機が《狼牙》を構えていた。黒いISが自分を攻撃した《ヘカトンケイル》を最大警戒対象に設定、それを撃墜しようと反転。接近し、剣を振りかぶった次の瞬間、真横から《グングニル》が飛来。その腕を弾いて体勢を崩させると同時。

 

ヒィィィィン……ドルルルルルルルッ!

 

 真上から《ケルベロス》の一斉射。分間3,600発の弾丸の雨が容赦なく降り注ぐ。

 黒いISが弾雨から脱出を試みるが、着弾点周辺を弾に当たらない距離で飛び回る無数の《ヘカトンケイル》がそれを許さない。黒いISの装甲はあっという間にボロボロになって行く。

 そして戦闘開始から150秒後。そこには無惨な姿になった黒いISがいた。

 

 

「少々やり過ぎたか……?」

 どうやら私は、自分で思った以上に憤慨していたようだ。私の目の前にはボロボロになり、あちこちから紫電が上がっている『暮桜』がいた。

 あと一撃加えれば、このISは倒れるだろう。もう少し加減して、一夏に花を持たせるつもりだったのだがな。

「まあ、いいか。一夏、デュノア、準備は?」

「もう少し……完了。『リヴァイブ』のエネルギーは残量全部渡したよ」

 言い終わると同時、デュノアの体から『リヴァイブ』が光になって消える。それに合わせるように、『白式』が再度一夏の体に一極限定で展開する。

「やっぱり、武器と右腕だけで限界だね」

「十分さ。ってか、相手があんなだし」

 一夏がこちらに視線を向ける。そこにはボロボロになった『暮桜』が力無く佇んでいた。

「お膳立てが過ぎたな。あと一撃加えれば終わりだろうが、油断はするなよ」

 一夏へ歩み寄り、その肩を叩く。

「決めて来い」

「おう」

 それだけのやりとり。一夏は目の前の『暮桜』に歩を進める。ちらと目を向けられたデュノアが、無言で一つ頷いて答えた。

「じゃあ、行くぜ偽物野郎」

 一夏の右手に握られた《雪片弐型》が、その意志に呼応して刀身を開く。

「零落白夜−−発動」

 

ヴン……

 

 小さな駆動音と共に、あらゆるエネルギーを無に帰す光刃が現れる。その長さ、本来の刀身長の実に二倍。しかし一夏はそれを構えず、更に深く集中していく。

 次の瞬間、《雪片弐型》に変化が起きた。これまで漫然と解放されていたエネルギー刃が、その姿を細く鋭い日本刀状へと集約したのだ。ここで初めて一夏が構えをとった。

 腰を落とし、刀を持つ手を背に回す。その行動に『暮桜』が反応。刀を持ち上げ振り下ろしに掛かるが、その動きはひどく緩慢だ。一夏から見ればそんなものは−−

「真似事ですらねえよ」

 一夏が《雪片弐型》を横一閃して『暮桜』の刀を弾き、すぐさま上段から唐竹一閃。すると『暮桜』は正中線から左右に分かれ、その中からボーデヴィッヒが崩れるように一夏に倒れ込んできた。

 それを抱きかかえ、何かをポツリと呟いた後、こちらに向かって一夏が歩いて来た。私は何を言ったのか知っていたが、敢えて訊いてみた。

「どうした一夏?ぶっ飛ばすのではなかったか?」

「……まあ、ぶっ飛ばすのは勘弁してやろうかなって思ってさ」

「そうか。だが、私は一発殴っておく」

 言いながら私は拳を握り、一夏が抱えているボーデヴィッヒに振り下ろす。

「お、おい九十九!?」

 コツン。と、ごくごく軽く。

「これで私も勘弁してやろう。さあ、これから忙しいぞお前達」

「「え?」」

「この後私達は間違いなく事情聴取を受ける事になる。さて、いつまでかかるやら……」

 私の呟きに一夏とデュノアがどこかげんなりとした顔をしていた。

 

 こうしてVT事件は一応の決着を見た。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『いっそ美味しいとこ全部もってきゃ良かったのに。転生オリ主なんだし』と不満そうに言っていた気がした。

 あんたの希望なんか知らんよ。

 

 

『よってトーナメントは中止。ただし今後の指標とするため、一回戦は全て行う事とします。以上、放送部がお伝えしました』

 学食のテレビから流れる告知を聞きながら、私達は食事をとっていた。

「まあ、こうなるとは思っていたが」

「シャルルと九十九の予想通りになったな」

「そうだねぇ。あ、九十九、七味取って」

「ああ、ほら」

「ありがと」

 当事者なのに随分のんびりしたものだと批判がきそうだが、つい先程まで教師陣から事情聴取を受け、解放されたのは食堂終了時間30分前。慌てて戻ると、そこには話を聞きたかったのか相当数の女子が残っていた。

 まずは食事をとってから、と言う事で私達は夕食優先でテーブルに着いたのだが、そこで重大な告知があるとテレビに帯が入り、先程の内容が放送されたというわけである。

「ごちそうさま。学食と言い寮食堂と言いこの学園は本当に料理がうまくて幸せだ。……ん?」

 一夏が何かに気づいたのか後ろを振り返る。そこには私達の食事が終わるのを心待ちにしていた女子一同の酷く落胆した姿。ああ、そういう事か。

「……優勝……チャンス……消え……」

「交際……無効……」

「「「……うわああああんっ!」」」

 

バタバタバタバター!

 

 食堂にいた数十人の女子が泣きながら一斉に走り去った。一夏とデュノアがぽかんとした顔をしている。

「どうしたんだろうね?」

「さあ……?」

「女は摩訶不思議な生き物だという事だな」

 ちなみにこの後、呆然と立ち尽くす箒に一夏が「付き合ってもいいぞ……買い物くらい」と朴念仁発言をかまし、箒の怒りの正拳とみぞおちへのつま先蹴りを受けて食堂の床に沈んだ。

「あれでわざとでは無いのだよ、デュノア」

「それはそれでひどいと思うけどね」

 5分後、なんとか復活した一夏がデュノアに相互意識干渉(クロッシング・アクセス)の事を訊いてきたので、それにデュノアが丁寧に答える。

 食器を片付けて食堂を出ようとした所に、山田先生が嬉しい報告を持ってきた。今日から大浴場の男子使用が解禁になったのだ。なんでも、今日は大浴場のボイラー点検日で元々生徒が使用できない日なのだが、点検自体は終わっているので折角だから男子二人に使って貰おうという学園側の計らいだとの事。

「ありがとうございます、山田先生!」

 感動のあまり、山田先生の両手を自分の両手で包み込むように握り、キラキラした目で山田先生を見つめる一夏。それに山田先生が落ち着きを無くし、視線をさまよわせる。

「もう一度言う。あれでわざとでは無いのだよ、デュノア」

「やっぱりひどいと思う」

 あいつ、いつか後ろから刺されやしないか?いや、もっとひどい目にすでにあってるか。

 

 

 という訳で、一年生寮大浴場にやって来た私と一夏。当然と言えば当然だが、女バレしたデュノアはここには居ない。

「シャルル、残念っちゃあ残念だよな」

「デュノア『が』入れなかった事か?それともデュノア『と』入れなかった事か?」

 脱衣場でそんな事を言う一夏にからかい混じりに訊いてみる。

「シャルル『が』だよ!何言ってんだよ!」

「冗談だ。先に行くぞ」

 服を脱ぎ、大浴場の扉を開けるとそこはパラダイスだった。やや遅れて一夏もやって来る。

「うおー」

「これはまたすごいな」

 広い。とにかく広いのだ。30人位が一度に入ってもなお余裕があるだろう大きな湯船が一つ、ジェットバスとバブルバスが一つづつ、さらに檜風呂まである。おまけにサウナ、全方位シャワー、打たせ湯まである充実の設備内容。しかも入り放題だ。

 これは日本人なら気分が高まること間違いなしだ。今すぐにでも飛び込みたい衝動を抑えて全身をくまなく洗い流し、その後湯船(大)へ身を沈める。

「ふうぅぅ〜〜……」

「ぬあぁぁ〜〜……」

 思わず溜息が漏れる。全身を包む安堵感、疲労が溶けていく虚脱感と湯の熱さが連れてくる圧迫感、そして心地の良い疲労感。それら全てに身を委ね、私達はただ無心に風呂を満喫した。

 余談だが、一夏が寝落ちして溺れ死にしかけた。私がいなかったらどうなっていたか。

 

「ふう、いい湯だった」

「おかえり〜つくもん」

「お、おかえりなさい、九十九」

 大浴場を十分に堪能して部屋に戻ると、本音さんの他にデュノアがいた。

「私に何か用かな?デュノア」

「う、うん。九十九にお礼を言おうと思って。ありがとう。僕を、お父さんを、会社を守ってくれて」

「私は仲立ちをしただけだ。感謝するならうちの社長にしてくれたまえ」

「それでもだよ。ありがとう」

「ふう。では受けとっておこう」

「ね~ね~つくもん、ど~ゆ〜こと?」

「ん?ああ、実はね……」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「という訳なのだよ」

「そ~だったんだ〜」

「そういえば、確か今日の今頃の時間にエレオノールが刑務所へ護送されるはずだが」

 気になってTVをつけてみる。すると信じられないニュースをやっていた。

『速報です。フランス国営超長期刑務所に護送中だったエレオノール・デュノア受刑者が、男性復権団体過激派『イエスタデイ・ワンス・モア』と思われる集団に襲撃を受け死亡しました。犯行声明で彼らは「エレオノール・デュノアは女であり妻でありながら夫を立てる事をせず、あまつさえ犯罪行為に手を染めて会社の男達を窮地に立たせた。その罪は死を持ってのみ償われる。よって我々の手で天誅を下したものである」と語っており、フランス警察は現在逃亡した実行犯を捜索中です。繰り返しお伝えします−−』

「え……?」

「そんな……」

「まさか、こんな結末とはな……」

 思ってもいなかったエレオノールの無残な最期に、私達は呆然とするしかなかった。

 

 男性復権団体過激派『イエスタデイ・ワンス・モア』通称YOM。

 女尊男卑主義が蔓延り、男の地位が下がった事をよしとしない男達が結成した、男性の地位の再向上と男女平等の復活を目標に活動している、いわゆる男性復権団体の中でも特に男尊女卑思考の強い者達が集まったテロ組織である。

 主にヨーロッパを中心に活動している。

 女性に対する暴力行為や女尊男卑主義者の殺害、陵辱行為を平然と行うため、世界中から『悪の組織』として認識され、幹部クラスの者は全員が国際指名手配を受けている。

 

 お互い何かを話し合う空気でなくなってしまった私達は、とりあえず明日また話をする事にした。

 デュノアが部屋を出ていってしばらく後、部屋のドアがノックされる。誰だこんな時間に?

「誰だろ〜?」

「私が出よう」

 立とうとする本音さんを制し、来客の応対に向かう。扉を開けたその先にいたのは。

「やあ、もう歩き回って大丈夫なのかね?ボーデヴィッヒ」

 今回の事件の加害者にして被害者、ラウラ・ボーデヴィッヒであった。

「立ち話もなんだ。入りたまえ」

「いや、ここでいい。すぐに済む話だ。聞かせろ、貴様にとって……」

「強さとは何か、かね?」

 コクリと頷くボーデヴィッヒ。それは試合開始前にした話の続きだった。

「私にとって強さとは、力の使い方だ」

「力の使い方?」

 ボーデヴィッヒが話の続きを促してくる。ふと視線を感じて後ろを見ると、本音さんも私の話を聞いていた。

「人によって手にする力はまちまちだ。例えば腕力や知力、経済力、あるいは権力と言った風にな。それは望んで得たものかもしれないしそうじゃないかもしれない。だが、それよりも大切なのは、手にしたその力はただ力でしかないと理解する事だ。力とは、手にした者が何に使うかで善にも悪にもなる物だと私は考える」

「力はただ力……か」

「納得のいく答えだったかね?一夏あたりならきっと『強さとは心の在り処、己の拠り所。自分がどうありたいかを常に考える事』と言うだろうね」

 私の言葉にボーデヴィッヒの頬がかすかに朱に染まる。この反応……やはりか。

「一つ、私からも良いか?」

「な、なんだ!?」

「一夏は相互意識干渉の中で君になんと?」

「そ、それは……」

 言い淀むボーデヴィッヒ。どうやら相互意識干渉の中で交わした会話は原作通りで間違いなさそうだ。

「あいつの事だ。大方『お前も守ってやる』とか言ったんだろうな。あいつの事だから」

 大事な事なので二回言いました。私の言葉にボーデヴィッヒの顔がさらに赤くなる。

「君にアドバイスだ。あいつの鈍感ぶりは超弩級だ。想いを伝えるなら、曲解も聞き間違いも出来ないど真ん中ストレートでいけ。あいつのストライクゾーンはそこだけだ」

 真っ赤な顔でコクリと頷き、そのまま部屋へ帰っていくボーデヴィッヒ。帰り際小さく「ありがとう」と言っていた。

 さあ、これからが大変かもな。一夏が。

 

 

 明けて翌日。ホームルームの時間になったが、そこにデュノアの姿がない。おそらく改めて紹介されるのだろう。

 女子達もそれがわかっているのか少しざわついている。と、そこへ山田先生がやって来た。

「皆さん、おはようございます。今日は転校生を紹介します……と言っても、もう紹介は済んでいますが。じゃあ、入ってきてください」

「失礼します」

 やはりと言うかなんというか。果たしてそこにいたのは女子制服を纏った−−

「シャルロット・デュノアです。改めてよろしくお願いします」

 言ってペコリと頭を下げるデュノア。その制服は原作通りの超ミニスカだった。あざとい、さすがデュノアあざとい。

「男子制服も良かったけど、これはこれで……いい!」

「……Cはある……一体どうやって隠してたの……?」

「眩しい!スカートから覗く生足が眩しい!」

 キャイキャイと騒ぎ立てる女子諸君。一部男性的な感想があったような気もするが、いつもの事としてスルー。その一方で。

「今からでもいい。ウソだと言ってよ、バー○ィ!」

「さよなら、私の初恋……」

「グッバイ、青春……」

 デュノアの事を男だとつい先日(#22)まで思っていた女子達が、女子制服のデュノアを見て改めて真っ白になっていた。ご愁傷様としか言えないな。ふと、デュノアと目があった。こちらに向かって来るのを席を立って迎える。

()()()()()()、シャルロット・デュノアです」

 そう言って握手を求めるように右手を差し出す。私はそれに答えて握手を返し、言った。

()()()()()()()()()()()、村雲九十九だ」

「僕のことはシャルロットでいいよ」

「では、私も九十九と呼んで貰って構わない」

 このやりとりを周りは不思議そうに眺めていた。お互い手を離して、会話をする。

「この事は一夏から?」

「うん、九十九は相手が自分から本当の名を名乗って初めて名乗り返してくれるって」

「まあ、小さな拘りさ。本当の名を知らずに本当の友にはなれんからな」

「そうかもしれないね」

 言って二人で微笑み合う。と、教室の扉が開いて千冬さんに連れられて誰かが入ってきた。銀髪赤眼の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。瞬間、教室に緊張が走る。と、ボーデヴィッヒは一夏の席の前で足を止め、一夏へ顔を向ける。

「……織斑一夏」

「な、なん−−むぐっ!?」

 それは突然の出来事だった。ボーデヴィッヒが一夏の胸倉を掴んで引き寄せ、その唇を奪ったのだ。教室内の時が止まった。

 そして時は動き出す。一夏の唇から自分の唇を離したボーデヴィッヒは開口一番のたまった。

「お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」

「……嫁?婿じゃなくて?」

 混乱でもしているのか、ツッコミ所がおかしい一夏。

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 間違ってはいないが間違っている。それはあくまで二次元少女やアイドル(会えないあの子)を対象にしたもので、断じて一般的風習ではない。教えたのは誰だ?ああ、あの日本のサブカルかぶれ(副長さん)か。

 突然一夏が教室後方のドアへ駆け出す。命の危険でも感じたのだろう、顔が青い。ドアに手がかかった瞬間。

 

ビシュンッ!

 

 その鼻先をレーザーが掠める。一夏がぎこちなく振り返るとそこには。

「一夏さん?どこかにお出かけDeathか?聞きたいことがありますのに」

 「です」の発音がおかしくなる程に激怒したセシリアが《スターライトMk-Ⅲ》を構えていた。遅れて『ブルー・ティアーズ』が展開完了。廊下への脱出は不可能だ。それに気づいた一夏が今度は窓へ向かう。

 ここは二階だから、着地さえ誤らなければなんとか無事だろうし、最悪『白式』を展開すればどうにかなる。と思ったのだろうが。

「そこは死路だ。一夏」

「へ?」

 

ダンッ!

 

 一夏が窓に手をかけようとした所で、その目の前に日本刀が突き立った。

「一夏、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」

 怒りのオーラを纏った箒が一夏に詰め寄る。普通に怖いぞ。

「待て待て待て!説明を求めたいのは俺の方で−−おわあっ!?」

 聞く耳持たん!と言わんばかりの鋭い斬撃。あれ真剣だよな?このままでは本当に一夏が死にかねない。仕方ない、助けるか。

「二人とも」

「「なんだ(なんですの)!」」

 私に対して射殺さんばかりの視線を向ける箒とセシリア。

「気持ちはわからんでもないが、今は堪えてくれんかね?(ニッコリ)」

「ハイ!ゴメンナサイ!」

 私の誠意が通じたのか、二人揃って90度のお辞儀。セシリアはISを待機状態に戻し、箒も刀を納めている。うん、とりあえずこれで良し。

「よろしい。では二人の処遇、お任せしても?織斑先生」

「ああ」

 静かな怒りを孕んだ低い声に、箒とセシリアの体がビクッ!と跳ねる。自業自得だ阿呆。

 

 結局、セシリアはISを臨海学校当日まで没収、箒は日本刀の没収と持ち歩きの禁止。さらに両名に対し5日間の懲罰房行きと反省文50枚が言い渡された。これで少しは懲りてくれればいいのだが。

 

 

 二人の転入生がやって来た事に端を発する一連の事件は、こうして落着した。

 私はかなり原作から離れたが、あるいはこれが最善だったのかもしれないと考えていた。




次回予告

臨海学校にはいろいろとものいりだ。
着替え、アメニティグッズ、カードゲーム、そして水着。
無いものがあるなら手に入れなくてはならないだろう。そのためには……。

次回「転生者の打算的日常」
#25 買物

つくもん(九十九)これなんてどうかな?


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#25 買物

「ゴメンね、手伝ってもらっちゃって」

「気にする必要は無い」

 茜色に染まる放課後の廊下を九十九とシャルロットが並んで歩いていた。二人の手には今月の行事である臨海学校について書かれたプリントが山になっている。

「でも、よかったの?今日は本音たちと街に行く予定だったんでしょ?」

「いいのだよ。君がいないなら、行っても仕方がない」

「えっ?」

「用事がプリント運びの手伝いでも、想いを寄せる相手と居たいと思うのは当然だろう?」

 そう言う九十九の頬は微かに赤い。夕日の色だけが理由ではなさそうだった。

「九十九……」

「シャルロット……」

 二人きりの廊下、お互いしか写していない瞳。そこに言葉は不要だった。光の中、二人の影が徐々に重なっていき……。

 

「−−あ、れ?」

 呆けた頭で状況を確認。ここはIS学園一年生寮の自室。時刻は朝の6時半。

「………………」

 はっきりとしない意識のままのシャルロットだったが、ゆっくりと二回瞬きをした所でようやく現状を把握する。

「夢……」

 

はぁぁぁぁ……

 

 思わず深い溜息が漏れる。と、ここで横からこの場にいないはずの人物の声がした。

「随分と深い溜息だな。余程惜しく感じる夢だったのかね?」

「うん……って、えっ?」

 声のした方へ振り返ると、そこにはさっきまで見ていた夢の登場人物である九十九が何かを肩に担いで立っていた。

 

「うわぁ!?つ、九十九!?」

 ベッドの上で飛び上がるシャルロット。驚きに目を見開いている。まあ当然だが。

「おはよう、シャルロット。それと、驚かせてすまない」

「え、え?なんで……」

「なんでここに、かね?その話をする前に渡す物がある」

 そう言ってシャルロットのベッドに抱えていた物を下ろす。

「………………」

 それは、布団でぐるぐる巻きにされた挙句、その上からロープで縛られた状態でぐったりしている−−

「ラ、ラウラ!?」

 ラウラ・ボーデヴィッヒ(彼女のルームメイト)だった。

 なぜ彼女がこんな事になっているのか?それを語るには、時計の針を30分ほど巻き戻す必要がある。

 

 午前6時、早朝の軽いランニングを終え部屋に戻った私は、ある異変に気づいた。一夏のベッドがまるでもう一人中にいるかのように大きく盛り上がっているのだ。それに気づいた時、他にも幾つかおかしい点があった事に気づく。

 部屋から出る時になんの気無しに開けたドアだったが、確か鍵は掛けていたはずだ。それにいくら寝ていると言っても、物音がすれば気がつこうというものだ。

 つまり、今一夏のベッドの中にいるのは、音も立てず非正規な方法でドアの鍵を開ける事ができ、これまた音も立てずにベッドに近づき、一夏に気付かせずにそこに潜り込める人物。私の知る限りでそんな事が出来るのはただ一人。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 思わず溜息が出た。原作通りの展開とはいえ、直面すると頭が痛い。早急に対処せねば。

「……《ヘカトンケイル》」

 

キィン……

 

 私は『フェンリル』から《ヘカトンケイル》のみを呼び出(コール)し、8本の腕を配置につける。

 4本を私のベッドの掛け布団を持たせて一夏のベッドの足側に移動。掛け布団を空中で広げて待機させ、残り4本のうち2本を一夏のベッドの掛け布団の片側に、もう2本を真上に配置。準備完了。

「スタート」

 掛け声とともに一夏のベッドの掛け布団を一息に剥がす。一瞬肌色が見えたので目を逸らす。

「うわっ!?何が……」

 同時に真上に配置した腕がボーデヴィッヒを掴み上げ、広げられた私の掛け布団に放り込む。

「わぷっ!」

 ボーデヴィッヒを受け止めた4本の腕が協力してボーデヴィッヒをぐるぐる巻きにして空中に固定。さらに、仕事を終えた残りの腕がその上からロープで縛りあげて完成。この間15秒。

「名付けて、銀狼八重奏『仕置』……。またつまらぬ技を作ってしまった。さて、おはよう一夏。いい朝だな」

「お、おう。おはよう。てか、何だそれ?」

 一夏はいまいち状況が掴めていないらしく、目の前の簀巻にハテナマークを浮かべている

「た、助けてくれ!嫁よ!」

「って、ラウラか?なんでこんな事に……」

「お前のベッドに全裸で潜り込んでいたから、仕置をな」

「へ、へえ……じゃなくて!ラウラ!?なんでそんなことを!?」

 疑問を呈する一夏にボーデヴィッヒはさも当然とばかりに答える。

「日本ではこういう起こし方が一般的と聞いたぞ。将来結ばれる者同士の定番だと」

 どうやらどこぞのジャパニメーションかぶれは余計な事しか教えていないらしい。軍隊暮らしが長く、俗世に触れる事のない生活を送っていたが故の弊害と言う奴か。

「君は一度、一般常識を学び直してこい。とにかく、君の事は千冬さん……織斑先生に報告する。覚悟はいいか?」

「ま、待て村雲。頼む、教官にだけは……」

「聞く耳持たん」

「嫁よ!助けて「ごめん無理」なっ!?」

 簀巻になったボーデヴィッヒを抱えあげて肩に担ぐ。彼女が軽くて助かったな。

「……連行」

「嫌だあああっ!」

 

 この後、千冬さんに(全裸のため)簀巻状態のまま強烈なお仕置きを食らったボーデヴィッヒは完全にグロッキーに。

 私は千冬さんに命じられ、ボーデヴィッヒをシャルロットの部屋に持っていく事になった。

 

「という訳だ。朝から騒がせてすまないね。勝手に部屋に入った事と合わせて謝罪する」

「それはいいんだけど……ねえ、九十九」

「何かな?シャルロット」

「ラウラに、一体何があったの?」

 改めてボーデヴィッヒの方を見るシャルロット。そこには身じろぎ一つしない屍のようなボーデヴィッヒが。

「……世の中、知らない方が幸せな事もあるのだよ?」

「分かった、聞かないでおく」

 重々しい私の物言いに、何かを察したのかそれ以上の追求をやめるシャルロット。

「そうしてくれると助かる。ではまた後で。ああそうだ、言い忘れていた」

「なに?」

「ボーデヴィッヒに巻いてある布団は私のでね。放課後にでも返しに来て欲しいのだが」

「えっ!?」

 私の発言にやけに驚くシャルロット。男の部屋に入るのに抵抗でもあるのか?

「嫌だというなら、この場で持って帰るが……」

「ううん!いいよ!持っていく!ラウラ裸なんでしょ?今すぐはまずいんじゃない?」

「あ、ああそうだな。では頼めるか?」

 だから頼んでいるのだが。と言いたかったが、シャルロットの妙な迫力に頷く以外できなかった。

「うん!任せて!あ、干した方がいいかな?」

「そこまではいい。ではまた後で」

「うん、後で」

 互いに挨拶を交わし、シャルロットの部屋を出る。そういえば、原作でシャルロットは夢から覚めた後、夢の続きを見ようとして二度寝したがここではどうなのだろう?

 

 結論から言えば、シャルロットは原作通りかなり遅れて食堂にやって来た。

 ただその理由は『夢の続きを見たくて二度寝をしたから』ではなく『グロッキー状態のボーデヴィッヒのリカバリーに時間をとられたから』だったが。

 未だふらつくボーデヴィッヒを引きずるようにやって来たシャルロットは、手近にあった定食を取ると私と本音さんのいるテーブルの空いた席に座り、大慌てで定食を食べ始めた。

「災難だったな、シャルロット」

「半分は君のせいだよ……せめてラウラを起こしてから行ってくれればいいのに」

 苦言を呈するシャルロット。確かにそうだ。失敗したな。

「それはすまなかった。気が回らなかったよ」

「ね~ね~つくもん。なにかあったの〜?」

「ん?ああ、実はな……」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「とまあ、そんな事があったのだよ」

「みんな大変だね~」

 

キーンコーンカーンコーン……

 

「む、いかん予鈴だ。急ぐぞ二人とも、今日のSHRは千冬さんの担当だ」

「待って!ラウラがまだ……」

 話と食事をしている間も、ボーデヴィッヒは完全には戻ってきていない。やむを得ないか。

「私が運ぼう。二人は先に……おや?」

 先に行くといい。と言いかけて前を見ると、二人はすでに食堂を出ていた。

「「ラウラ(らうらう)の事はよろしく!」」

「少しは待ってくれても良くないか!?」

 文句を言いつつボーデヴィッヒを小脇に抱えて生徒玄関へ。

 寮を出る時には外履きへ替え、校舎に入る時には内履きへ替える。これが結構な手間だ。

 本音さんは足がビックリするほど遅いので、途中で捕まえて空いている方の小脇に抱えた。だが、小柄とはいえ女子二人分の重りは私の走行速度を奪うには十分だった。このままでは始業のチャイムに間に合わん!

「九十九!」

 玄関で待っていたシャルロットが私に向かい手を伸ばす。その仕草に、私は彼女が何をしようとしているのかを察した。ならば私のすべき事は……!

「本音さん!私の背にしがみつけ!絶対に離すな!」

「え?なんで「いいから!」は、はい!」

 私の剣幕に慌てたように私の背にしがみつく本音さん。制服越しに柔らかい感触が伝わって来るがここは無視。ともあれこれで片手が空いた。シャルロットの手を掴み敢えて訊く。

「なんとなく分かるが一応訊くぞ。どうする気だ?」

「飛ぶよ!九十九!」

「やはりか……って、うおっ!?」

「ひゃあっ!?」

 言うが早いか、シャルロットは『ラファール』の脚部スラスターとウィングスラスターのみを展開。見事な飛行技術で一息に教室のある三階に到達。途中、シャルロットのスカートの下から水色の何かが見えたが見なかった事にする。

 ちなみに、あれだけの高速飛行だったにも関わらずボーデヴィッヒの意識は未だ不完全だった。ある意味凄いな。

「到着!」

「お〜、はや~い」

「後は千冬さん……織斑先生がまだ教室に来ていない事を神に祈るしかないな」

「…………」

 原作では到着時点ですでに教室にいたが、ここではどうだ?

「その祈りは届かんぞ、村雲」

「「「っ!?」」」

 後ろからかけられた声に全員の体が固まる。織斑千冬、降臨。現実はいつだって無情だ。

 

 結局、私達四人は規律違反を犯したという事で放課後の教室掃除を言い渡された。

 ちなみにボーデヴィッヒだが、千冬さんの声を聞いた事で完全回復。その後何があったのかの説明をシャルロットから受け「理不尽だ」とぼやいていたが、現実は覆らないと知り消沈。

 とは言え、そもそもこうなった原因は君にもあるぞ。と言いたかったが、とどめを刺すのは忍びなかったのでやめておいた。

 

 本鈴が鳴り、SHR開始。「期末テストで赤点取るなよ」と言うありがたいお言葉を千冬さんから頂戴する。この後が本題だ。

「来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。3日間だが学園を離れる事になる。自由時間では羽目をはずしすぎないように」

 そうなのだ。IS学園では七月頭に校外実習−−臨海学校を行う。

 3日間の日程のうち、初日は全て自由時間となっている。そこは勿論海なので、10代女子たる一組クラスメイトのテンションは先週からかなり高い。それこそ全身が紫に発光しそうな勢いだ。私も海は久しぶりなので、実は楽しみだ。

 ちなみに、山田先生は臨海学校の現地視察に行っており不在との事。

 それを聞いた花の10代女子は、「一足先に海に行ってるんですか!?良いなー!」「私にも声かけてくれればいいのに」「泳いでるのかなー。泳いでるんだろなー」と一気に賑わいだす。どんな小さな話題でも食いつく10代女子の会話力は凄いな。

「いちいち騒ぐな鬱陶しい。山田先生は仕事で行っているんだ。遊びではない」

 千冬さんの言葉に、はーい。と揃った返事をする一組クラスメイト諸君。相変わらずのチームワークだった。

 

 時は過ぎ、放課後。教室の罰掃除は罰を受けた人物が四人いたためかなり早く終わった。

 ボーデヴィッヒは最後まで「なぜ私まで……」と愚痴っていたが、千冬さんの手前サボる事も出来ず、しっかり罰清掃を果たした。なんだかんだで真面目なのだ、ボーデヴィッヒは。

 

 

 自室に帰り、コーヒーを淹れて飲んでいると部屋のドアをノックする音がした。

「ふむ、シャルロットかな?」

 布団を返しに来てくれたのだろう。ドアを開けて出迎える。するとそこには……。

「九十九、あの……これ返しに来たんだけど」

 布団を抱えるシャルロットと。

「つくもん、これ一緒に食べよ~」

 お菓子の袋を抱える本音さんがいた。

「まあ、立ち話もなんだ。入りたまえ。コーヒーで良ければ馳走する」

「「うん!」」

 

 コーヒーを飲みながら本音さんが持ち込んだお菓子を食べつつ談笑する事暫し。話は来週から始まる臨海学校の事に及んだ。

「海、楽しみだね~」

「なにぶん久し振りだ。心が踊らないと言ったら嘘になるな」

「一緒に泳ご〜ね~」

「構わんが、君泳げるのかね?」

「あ、ムカ。ちゃんと泳げるもん!」

「海……泳ぐ……水着……あーっ!」

 突然シャルロットが大声で叫ぶ。一体何事だ?

「どうしよう九十九。僕、水着持ってないよ……」

 シャルロットによると、性別バレが無かった場合に臨海学校で着る予定だった『男に見える水着』はあるのだが、女物の水着は持っていないのだと言う。

 臨海学校に行って海に出ないのは片手落ちだ。となれば、買いに行くしかないだろう。だが、遠慮がちな彼女の事だから自分からは言い出しにくいだろう。私は助け舟を出す事にする。

「なら丁度いい。私も去年の物がサイズが合わなかったのでね。明日買いに行くつもりでいた」

 ちらりと本音さんに目配せをする。私の意を汲み取ったか、それとも本人の希望か、本音さんも私の言葉に乗る。

「私も去年の水着がきつくって~、新しいの欲しいなって思ってたんだ〜。あと、持っていくお菓子も買わないとね~」

「え、え?あの、二人とも?」

 困惑するシャルロット。どうやら流れに乗れていないようだ。仕方ないな。

「という訳だシャルロット。明日の休日、買物に行く。君も付き合え」

「集合は10時、場所は『IS学園駅』北口で~」

「えっと……うん、わかった」

 私達の有無を言わせぬ勢いに頷くシャルロット。

「決定だな。では明日を楽しみにしつつ、食堂へ行こう」

「「うん!(う、うん)」」

 話を切り上げ、三人で食堂へ向かう途中でふと気づく。原作ではシャルロットを誘ったのは一夏だったが、それは私がやっている。では、一夏が誘うのは誰になるんだ?

 

 

 翌日、『IS学園駅』北口。

 IS学園内外へのアクセスはこのモノレール駅以外になく、そのため休日ともなれば街へ繰り出す10代乙女で溢れかえる。

 時間は9時半、早く来すぎたかと思っていると後ろから声がかかる。

「「つくもん(九十九)おまたせ」」

 振り返ると、よそ行きの格好をした本音さんとシャルロットがいた。

 シャルロットは季節感のあるホワイト・ブラウスにライトグレーのタンクトップ、下はタンクトップと同色のティアードスカート。短めのスカートから伸びる脚線美が眩しい。

 本音さんはライトイエローのノースリーブワンピース。胸元が少し大きめに開いていて、健康的な色気を放っている。二人ともよく似合っていた。

「どうかした?」

 こちらが何も言わないのを気にかけたのか、シャルロットが顔をのぞき込んできた。

「いや、何でもない。似合っているよ、二人とも」

「そ、そう?ありがとう」

「てひひ〜、ありがと〜つくもん」

 はにかんだ笑みを浮かべるシャルロットと満面の笑みの本音さん。

「さて、では行こうか」

「うん!」

「れっつご〜!」

 駅のホームに向かい三人で並んで歩く。これが一夏ラヴァーズなら誰が腕を組むかで壮絶な争いが起きるだろうが、この二人にそんな事はなかった。実に平和だ。 

 

 『IS学園駅』からモノレールで『IS学園入口駅』まで行き、更にそこから電車で15分。『新世紀町駅』の駅舎も含んだ地下街と繋がった大型ショッピングモール。ここが……。

「ようこそ『レゾナンス』へ!」

 

 ショッピングモール『レゾナンス』

 洋の東西を問わずあらゆる飲食店と食料品店が軒を連ね、衣服も量販品から超一流メーカーまで網羅。

 家具・家電量販店はもちろん、玩具店やゲームセンター、スポーツジム等のレジャー施設もあり、老若男女を問わず幅広い対応が可能。曰く『ここにないなら市内の何処にもない』とまで言われるほどの巨大店舗だ。

 

「フフ、少し懐かしいな。中学の頃、弾と一夏と鈴の四人で放課後に繰り出したものだ」

「そ~なんだ〜」

「まずなにから見ようか?」

 入り口の案内表示を眺めつつ思案する。

「取り敢えず、一番入手しなければならない物からではないか?」

「そうだね。じゃあ水着売り場は……」

「西棟二階、エスカレーターを降りて左だね~」

「了解した。では行こうか」

 エスカレーターに向かって歩いていると二人から同じ要請が飛んできた。

「「つくもん(九十九)、わたし(僕)の水着選んでくれない?」」

「構わんが、まず自分である程度選んでからにしてくれないか?」

「わかった〜」

「そうだね」

 そうこうしている内に二階水着売り場へ到着。

「では、男女で売り場が違うし、一旦別れて探すとしよう」

「「うん」」

 さて、あの二人はどんな水着を選ぶかな?原作通りか全く違うのか、それも楽しみだな。

 

 とは言え、男の水着選びなど15分もあれば終わってしまう。

 私が選んだのはグレーに青いラインの入ったトランクスタイプ。『フェンリル』と同じカラーリングが気に入ったからだ。

 会計を済ませて待ち合わせ場所へ。ふと見ると、手招きをしているシャルロットが。そちらに歩み寄ると、二つの水着を持っているようだった。

「もう選び終わったのかね?」

「うん、九十九に見て選んでほしいなって」

 そう言ってシャルロットがかざしたのは、パステルブルーのワンピースとオレンジのミニパレオ付きセパレート。どちらも似合いそうだが……。

「君には暖色系の方が似合うと思う。オレンジのセパレートを勧めよう」

「そ、そう?じゃあそうするね」

「サイズは大丈夫かね?」

「うん。一回着てみたから」

 そう言ってレジへ向かうシャルロット。

「つくも〜ん、私のもえらんで〜」

 試着室辺りから本音さんの声がするのでそちらに向かう。途中で会計を終わらせたシャルロットも合流。二人で声のした方へ行くが、そこには誰もいない。はて?確かにこの辺りから声がしたんだが……。

「本音さん、どこだね?」

「ここだよ〜」

 シャッ!と軽い音とともに試着室のカーテンが開く。そこにいたのは……。

「「……狐?」」

 の着ぐるみのような、本当に水着なのか怪しい物を着た本音さんだった。

「ど~かな~?」

「それは……本当に水着かね?」

「ちゃんと水着だよ~」

 と言って私に手を差し出す本音さん。触ってみると確かに水着特有の感触だった。

「ねえ、本音。その下どうなってるの?まさか……」

「下にも着てるよ〜」

 そう言って着ぐるみのファスナーを開けて上半身部分を脱ぎ去る。そこから現れたのは。

「ぶうっ!?」

「ええっ!?」

 本音さんの『発育の暴力』を申し訳程度に隠したマイクロビキニだった。

「ペンギンさんのもあるよ~。下はおんなじかんじ〜」

 そう言ってペンギンの水着の中を見せる本音さん。そこには本音さんが着ているものと同じ水着が。

「下に着るそれは変えられんのかね!?と言うか変えてくれ!」

「え~?無理だよ~」

 本音さんによると、この着ぐるみ水着はインナーのマイクロビキニとワンセットであり、分売は不可なのだそうだ。

「他の選択肢は?」

「ない(キリッ)」

 無駄にかっこつけた言い方に少し腹が立ったが、本人に買う水着を変える気がない以上どうしようもなく、私は「狐で」と力無く答える事しかできなかった。

 

 水着を買った後、三人で昼食をとってこれからどうするかを話し合う。

「お菓子買お〜」

「移動中の暇潰しに、カードゲームがあるといいかもね」

「仰せのままに、お嬢様方」

 本音さんのリクエストでお菓子コーナーで買い物をし、その足で玩具店へ。シャルロットが希望したカードゲームを入手。

 他にもアメニティグッズなどを買い揃え、帰り着いた時にはすっかり日も暮れていた。

「明日から臨海学校か〜」

「楽しみだね」

「二日目からはいろいろ大変だがな」

 臨海学校二日目には、原作通りならば銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件が起きるし、原作通りにならなくても専用機持ちは専用パーツの試験が、その他の子達も各班ごとに振り分けられたISの装備試験がある。どちらにせよ楽しめるのは初日だけだ。

「それは言っちゃダメだよ〜」

 本音さんがプンスカといった感じで私に言ってくる。

「すまない、不躾だったね。その分しっかりと自由時間を楽しみたまえ」

「「うん!」」

 力強く頷く本音さんとシャルロット。明日は私も楽しむとしよう。

 

 

 買物と準備は終わらせた。明日から臨海学校が始まる。

 訪れるだろう一学期最大の事件と天災的天才にどう対処するか。私は今から考えていた。

 

 ちなみに一夏だが、どうやら一人で水着を買いに行ったらしい。どうしてそうなった?




次回予告

青い空、蒼い海、白い砂浜。
そして水着の乙女達。
さあ、今を全力で楽しもう。

次回「転生者の打算的日常」
#26 臨海学校

さて、私はどうするかな。


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#26 臨海学校

「海っ!見えたあっ!」

 県境の長いトンネルを抜けると、そこは海岸だった。テンションの上がった女子達がバスの中で嬌声を上げる。

 臨海学校初日、天候は快晴。陽光を受けて輝く海面は実に穏やかで、心地良さそうな潮風を受けてゆったりと揺れている。

「おー。やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ」

「そうか。私はこの針のむしろからようやく解放される事にホッとしているがな」

 隣の席は一夏だった。これは千冬さんの「男二人で並んでおけば面倒な事にならんからな」という至極もっともな一言で決まったものだ。ちなみに私が通路側。

 おかげで移動中ずっと非難めいた視線が通路を挟んだ向かいと斜め後ろから飛んでくるため、目的地到着まで寝ているつもりが全く眠れなかった。視線の主達に言いたい、私は悪くないと。

「つくもん、一緒にあそぼ〜ね~」

「あ、僕も一緒していいかな?」

「ああ、構わんよ」

 前後の席から身を乗り出して話し掛けてくる本音さんとシャルロットに軽く返す。

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 千冬さんの言葉に全員がさっと従う。おそるべき指導能力である。

 

 ほどなくして、バスが目的地である旅館へ到着。4台のバスから生徒達が降りてきて整列する。

「ここが今日から3日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないよう注意しろ」

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 千冬さんの言葉の後、全員で挨拶をする。この旅館は毎年世話になっているらしく、着物姿の女将が丁寧にお辞儀を返してきた。

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 年の頃は30代後半から40代前半。しっかりとした大人の雰囲気を漂わせた女性だ。仕事柄笑顔が絶えないからだろう、その容姿は女将という立場とは裏腹に若々しく見えた。

「あら、そちらが噂の……?」

 ふと、私達の方を見た女将が千冬さんに尋ねる。

「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

「いえいえ、そんな。それにいい男の子達じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者共」

 千冬さんが私と一夏の頭を押さえ、無理無理下げさせる。今しようとしていたのだが。

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「村雲九十九と申します。どうぞよろしくお願いします」

「ご丁寧にどうも。清洲景子(きよす けいこ)です」

 女将はそう言ってまた丁寧なお辞儀をする。先程と同じ気品のある動きに、大人の女性に耐性の低い一夏は緊張しているようだ。

「不出来の弟と弟分でご迷惑をおかけします」

「あらあら。織斑先生ったら、弟さん達には随分厳しんですね」

「いつも手を焼かされてますので」

 それ程でもないでしょうよ。と言いたかったが、一部は事実のため否定が出来なかった。

 特に一夏は「早く千冬姉に迷惑をかけない大人になりたいものだ」と思っているだろう。そんな顔をしているし。

「それじゃあ皆さん、お部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所が分からなければいつでも従業員に聞いてくださいまし」

 女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へ入って行った。まずは荷物を置いてから、という事だろう。

 なお、臨海学校初日は終日自由時間。食事は旅館の食堂で各自とるようにと言われている。

 

「ね~ね~、つくもん」

 本音さんがこちらに向かってトテトテと歩いて(本人的には走って)やって来た。

「何かな?本音さん」

「つくもんのお部屋ってどこ〜?一覧に書いてなかったんだ〜。遊びに行くから教えて〜?」

 その言葉に一部の女子が聞き耳を立てるのがわかった。

「残念だが私も知らない。しかし予想はつく。私の部屋は……」

「部屋は~?」

 ゴクリ、息を飲む音がどこかから聞こえた。視線が十分集まった所で口を開く。

「織斑先生か山田先生、もしくはその両方と同じ部屋ではないかと思う。一夏も同様だ」

 

ピシリ……

 

 音にすればそんな感じに空気が凍る。

 それはそうだろう。私や一夏の部屋に遊びに行くという事は、千冬さんか山田先生、もしくはその両方が居る部屋に行くのと同じ意味になるからだ。誰も好き好んで虎穴に入りたくはない。

 近くにいた別のクラスの女子が、声を震わせながら訊いてきた。

「ど、どうしてそう思うの?」

「私と一夏が同室、あるいはそれぞれ個室を貰った場合……」

「消灯時間を無視した馬鹿者共が織斑・村雲両名の部屋に大挙しかねん。それを見越しての措置だ」

 後ろからやって来た千冬さんが私の言葉に続く形で理由を述べる。それに何人かの女子が「うっ!」と反応。やはりそんな事を考えている子がいたか。

「織斑、村雲。付いてこい」

「「はい」」

 千冬さんに促されて後を付いて行く。到着した部屋は、ドアにデカデカと『教員室』と書いた紙の貼ってある部屋だった。

「やはりここなんですね」

「ああ。理由は先程言った通りだ。織斑は私と、村雲は山田先生と同室となる。村雲、お前の部屋はこの隣だ」

「了解です。一夏、また後で」

「おう、後でな」

 挨拶をかわし、隣の部屋へ移動する。一応ノックをしてみたが反応はなし。だが鍵は開いているようなので入室。

 中は二人部屋とは思えぬほど広々とした間取りで、外側の壁が一面窓になっている。

 そこからは海が見渡せるようになっており、素晴らしい景色を一望できる。東向きの部屋だから、日の出の美しさは格別だろう。

「凄いな、これは」

 その他バス、トイレはセパレート。洗面所も専用の個室となっている。浴槽は広く、男の私が足を伸ばして入れる程大きかった。

「言い忘れていた」

「うおっ!?」

 突然千冬さんに後ろから声をかけられ、思わずビクリとしてしまう。

「一応、大浴場も使えるが男のお前と織斑は時間交代だ」

 千冬さんの言葉の意味を考えて、その理由に思い当たる。

「本来、この旅館の大浴場は男女別。しかし一学年全員が入ろうとすればそんな事も言っていられない。私達のために残りの全員が窮屈な思いをするのはおかしな話。という事ですね?」

「そうだ。よって一部の時間のみ使用可能だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」

「了解です。千冬さ……」

「一応言っておく。あくまで私は教員だという事を忘れるな」

「……はい、織斑先生」

 二人きりだというのに職務に忠実な事だ。千冬さんらしいと言えばらしいが。

「さて、今日は一日自由時間だ。荷物は置いたな?では好きにしろ」

「織斑先生はどうされるので?」

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまあ−−」

 軽く咳払いをする千冬さん。

「軽く泳ぐくらいはしよう。どこかの弟が選んだ水着もあるしな」

「そうですか……はて?一夏は一人で水着を買いに行ったのでは?」

「出先で鉢合わせた」

「そうでしたか。では、行って来ます」

「おう」

 荷物の中から水着とタオル、着替えを入れたバッグを取り出してドアへ向かう。ノブに手をかけようとした所で、そのドアがいきなり開いた。

「織斑先生、こちらでし……えっ!?村雲くん!?」

 ドアを開けたのは山田先生。ドアを開けた先に私がいた事に驚いているようだ。

「山田先生、この部屋割りはあなたの提案だったと思ったが?」

「は、はいぃっ。そうです、はいっ。ごめんなさい!」

 千冬さんの視線を受けた山田先生は、蛇に睨まれた蛙状態に。哀れな……。

「あー、では私はこれで」

「ああ、どこへでも遊びに行ってこい」

 山田先生には悪いが、私にはどうしようもないのでそそくさとその場を後にした。

 本音さんとの約束もある。海へ繰り出すとしよう。

 

 

「あ、つくもん。これからお着替え〜?一緒にいこ〜?」

「ああ、構わんよ」

 更衣室に向かう途中、本音さんとバッタリと会ったため、一緒に別館に向かう事に。

「よ~し、れっつご〜」

 本音さんはそう言うと私の右腕に抱きついた。本音さんの『グレネード』が私の腕に当たり、その形を思い切り歪める。

「本音さん?その……当たってるのだが」

「あててるんだよ〜」

 まさかの『当ててんのよ』だった。この様子を誰かに見られやしないかと気が気じゃないのだが。

「あ、九十九。本音も」

 と思っていたらシャルロットの登場。どうやらこれから海らしい。

「しゃるるん、やっほ〜」

「や、やあシャルロット。これから海かね?」

「うん。……えっと……」

 シャルロットが私を見て、本音さんを見て、もう一度私を見た。その目は何かを訴えている。

「ん?どうした?」

「え?う、ううん。何でもないよ?」

 顔の前で両手を振って「気にしないで」アピールをするシャルロット。しかしその目はさっきから私の左腕と顔、そして本音さんの顔を行き来している。

 ふと右下から視線を感じてそちらに目を向けると、本音さんが何かを目で訴えている。これは『リクエストに応えてあげて』と言っているような目だ。

「……シャルロット」

 二人の視線に耐え切れず、左腕をシャルロットに差し出す。その瞬間、シャルロットの顔に喜色と戸惑いが同時に浮かぶ。

「えっと、いいの?本音」

「いいとも~。ね~つくもん♪」

「君達の視線に負けた時点で、私に拒否するという選択肢は無いよ」

「えっと、じゃあ失礼します」

 そう言って私の左腕に腕を絡めるシャルロット。形の良い『ツインボム』が私の腕に当たってひしゃげている。

「シャルロット?当たってい「その……当ててるの」って君もか!?」

 両側から襲って来る温かさと柔らかさに理性が『ヤバイ』と訴える。理性が焼き切れる前に急いで更衣室に行こうとしたが、それぞれの歩幅が違いすぎてその動きはどうしても遅くなる。ようやく別館へ続く渡り廊下に出た時、私達は珍妙な光景を目にした。

 

「何これ?」

「ニンジン?」

「……のような何かだろう」

 私達の目の前にあるのは、左右に割れたデフォルメされたニンジンの形をした、ロケットにも見える何か。

「ここで何があったんだろ〜?」

「さあ……?」

 首を傾げる本音さんとシャルロット。確かにこれだけ見たら、一体ここで何があったのかは分からないだろう。だが、私には分かる。分かってしまう。

 来たのだ。原作通りのタイミングであの『天災』が。今頃は箒を探し回っているか追いかけ回しているだろう。

 ちなみに、この臨海学校の主題は『非限定空間におけるISの稼働試験』である。そのため、代表候補生や専用機持ち宛に大量の試験装備が送られてくる。

 しかし、この臨海学校は『関係者以外立入禁止』であるため、そういった装備一式は揚陸艇に搭載されてやって来る。

 もっともあの篠ノ之博士の事。「規則?何それ美味しいの?」と言わんばかりに平然とやってくるだろう。二日目が波乱に満ちたものになるのは確定だ。

 取り敢えず二人に腕から離れてもらい、携帯を取り出して千冬さんの携帯にメールを送る。文面は極めて簡潔に一言だけ。

 

『報告。侵入者あり。兎に注意されたし』

 

「これでよし。では行こうか」

「え?いいの?放っておいて」

 メールだけをして別館へ向かう私にシャルロットが訊いてきた。

「私達には今の所関係はなさそうだ。無理に探し出す必要も無いだろう。それに……」

「それに〜?」

 首を傾げながらこちらを見る本音さん。その声音はどこか楽しそうだ。

「こんなに堂々と侵入してくるんだ。侵入者の目的がIS学園の誰かなら、必ず向こうから姿を現す」

「「たしかに」」

 しきりに頷く二人。この二人、なんか妙に息が合ってるような気がする。

「納得いただけたようで何よりだ。では行こうか」

「「うん!」」

 そう言って、また腕を組んでくる二人。またしても凶悪な武器が私の腕を襲う。

「二人共?そろそろ離してくれないか?」

 更衣室のある別館まであと10m。このままでは私が着替えに行けない。

「「え~?」」

「その発言に私が『え~?』だよ」

「仕方ないね、じゃあ後で」

「つくもん、あとでね~」

 私と組んでいた腕を離し、手を振りながら更衣室へ向かう二人。

「ああ、後で」

 それに軽く手をあげて返す。二人が見えなくなった所で、私は安堵の溜息を漏らした。

「よかった。理性が焼き切れなくて」

 私の理性は、二人が更衣室に向かった時点で警告域(イエローゾーン)から危険域(レッドゾーン)に突入していた。もし後1分でも長く腕を組まれていたらどうなっていたか分からない。それ位、二人の得物は強力だった。

「ふう。行くか」

 心を落ち着け、男子更衣室へ向かう。ちなみに、男子更衣室は別館の一番奥の部屋であり、そこに行くには当然女子更衣室の前を横切らざるを得ない。すると当然、中から着替え中の女子達の声が聞こえてくるわけで。

『ミカってば胸おっきー。また育ったんじゃない?』

『きゃあっ!揉まないでよぉっ!』

『ティナってば水着だいたーん。すっごいね~』

『そう?ステイツでは普通だと思うけど』

(………………)

 女だけの空間で飛び交うこの手の話題は、理由は分からないがどうにも気恥ずかしい。

 早足でその場を離れ、男子更衣室へ。男の身支度など手軽なもので、本音さんとシャルロットの二人が何をしようと言うのかを考えている間に終わった。

 さて、楽しむとしようか!

 

 

 今日から3日間の臨海学校が始まった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『鈴ちゃんの水着姿……見に……いぎだいっ!!』と涙声で言った気がした。

 そんなになの!?




次回予告

泳ぐ阿呆に遊ぶ阿呆。
同じ阿呆なら泳いで遊べ。
じゃないときっと損をするから。

次回「転生者の打算的日常」
#27 一日目(昼)

つくもん(九十九)、はやくはやくっ!


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#27 一日目(昼)

遂に我が県にもアニメイトができました!
これを橋頭堡にメロンブックスととらのあなも来てくれないかな?
と思う今日この頃。


 着替えを終えて別館の扉を開けると、そこはもう海辺だ。

 青い空、蒼い海、白い砂浜、そして色とりどりの水着を纏った乙女達。眩しいのは真夏の太陽だけが原因ではないだろう。

「あ、村雲君だ!」

「えっ!?うそっ!?私の水着、変じゃないよね!?大丈夫だよね!?」

「ほほ〜。いい体してるねー」

「村雲君、あとでビーチバレーしない?」

 更衣室から浜辺に出てすぐに、隣の更衣室から出てきた女子数人と鉢合わせた。皆それぞれに可愛らしい水着を身に着けており、その露出度の高さに少々照れてしまう。

「すまないが先約がある。その後で良ければ」

「オッケー、あとでねー!」

 手を振りながら浜へとかけていく女子達。元気だな。

 

「「つくもん(九十九)、おまたせ!」」

 後ろからかかった声に振り向くと、そこにいたのは二人の水着姿の美少女。

 オレンジのミニパレオ付きセパレート水着のシャルロットと狐の着ぐるみ水着(下はマイクロビキニ)の本音さんだった。

「いや、さして待ってはいないよ。水着、よく似合っている。……本音さんはコメントし辛いが」

「うん、ありがとう九十九」

 私の言葉に、はにかんだ笑みを浮かべるシャルロット。

「え~?ちゃんとコメントしてよ~。こうなったら上を脱ぐしか……」

 不満顔で本音さんがそう言った途端、着ぐるみ水着の腕が垂れ下がる。中からファスナーを開けようとしているようだ。……ってそれはまずいだろ!

「「それはやめろ(やめて)本音(さん)!」」

「えぇ~?」

 慌てて二人掛かりで抑えにかかる。本音さんは不満そうにしていたが、やがて諦めたのか腕を戻した。この子、たまに心臓に悪い。

「じゃあ、行こ?九十九」

「れっつご〜」

 そう言って腕に組みついてくる二人。互いに水着という事もあり、その密着度は先程の比ではない。

 安全域(セーフゾーン)まで戻っていた理性は一瞬で危険域(レッドゾーン)まで逆戻り。ここは精神の安定を図らねば。

「二人とも、私は逃げないからせめて腕に組みつくのはやめてくれないか?」

「「え~?いいよ」」

「いいのかよ!」

 思わずツッコミを入れた私に気を悪くする風もなく、二人は私の腕を離し、その代わりなのか手を繋いできた。

「つくもん、いこ〜」

「ほら、はやくはやくっ!」

「わかった。わかったから引っ張らないでくれ」

 海でテンションが上がったのか、浮かれ気味の二人に急かされ砂浜へ。

 足裏を焼く砂の熱さに顔をしかめつつ波打ち際へ行くと、そこには顔を真っ赤にしたセシリアがいた。なんとなく何があったのか分かった。

「何があった?一夏と」

「一夏さんが何かしたのは確定ですの!?」

「「「え?違うの(か)?」」」

「ひどい言われようですわ!」

 むしろ一夏といて何も無い方がおかしいと思うのは、私だけだろうか?

 

 セシリアによると、一夏にサンオイルを背中に塗って貰い、更に下の方まで塗って貰おうとお願いした所で鈴が乱入。無理矢理、かつ無遠慮な塗り方に怒ってつい体を起こしてしまい……。

「紐を解いていた上の水着がそのまま落下、一夏に思いきり胸を晒してしまったと」

「それで怒られると思った鈴ちゃんがおりむーを連れて逃げて~」

「一夏の事だから『見えてはないから』とでも言って……」

「その言葉に振り上げた拳の下ろしどころをなくしちゃった。かな」

「あなた達エスパーですの!?」

 驚いたような顔をするセシリアにいつものように返す。

「いや、君達が分かりやす過ぎるんだ」

「最近私もわかってきた〜」

「僕はそこまでじゃないかな」

「あなた達ねぇ……」

 セシリアがなおも何かを言い募ろうとした時、不意に後ろがざわついた。

 振り返ると、顔を赤くした鈴が別館の方へ歩いて行くのが目に入る。そのさらに後ろには一夏がいた。どうやら今度は鈴と何かあったようだ。

「単刀直入に訊くぞ、一夏。何をした?」

「今回俺は何もしてねぇ!」

 嘘を言うなと言いたい。鈴が顔を赤くする理由はお前以外にないんだからな。

 

 一夏によると、鈴と新世紀町駅前の喫茶店、@クルーズのパフェ(最安でも1500円の高級品)を賭けて泳ぎで競争中に、鈴が突然溺れだしたのでそれを助けあげてここまで戻ってきたのだと言う。

「なるほど。お前の事だからそのまま鈴を背負って別館まで連れて行くつもりだったんだろうが……」

「鈴ちゃんが恥ずかしがっておりむーの背中から降りて自分で行ったんだね〜」

「何度も言うけど、やっぱエスパーだろお前」

 苦笑しつついつものツッコミを入れる一夏。それにいつも通りに返す。

「何度も言うが違う」

「おりむーが分かりやすいんだよ~」

「ぐはっ……のほほんさんまで……」

 本音さんから『単純野郎』扱いを受けて打ちひしがれた一夏が砂に膝をついたのと同時、今度は別館の方が騒がしくなった。

 目を向けるとそこにいたのはボーデヴィッヒだった。だが、その恰好はおよそこの場に似つかわしくなく、しかしこれが学校行事である事を考えれば最も似つかわしいと言える物だった。彼女が着ているのは……。

「「「スク水!?」」」

 IS学園指定水着。絶滅危惧種を通り越し、保護指定種にランクアップした紺色の芸術ことスクール水着だった。

 しかもご丁寧に胸元の名札は『1-1 らうら』とひらがな表記。この名札を縫い付けた誰かさんは実によく分かっている。

 ……いや待て、ちょっと待て。どうしてこうなった!?ボーデヴィッヒの事だから一夏が出かけるとなれば堂々とかこっそりとかは別として、必ず付いて行くと思っていたのに!と、考えていると、こちらを見つけたボーデヴィッヒが歩み寄ってきた。

「ここにいたか、嫁よ」

「ラウラ?その恰好……」

「君の事だ。一夏が出かけると知れば付いて行くと思ったのだが」

「うむ、当初はそのつもりだったのだが……」

 

 ボーデヴィッヒによると、一夏が出かけると知って付いて行こうとした矢先、ドイツ軍からネット会議への出席命令が下ったため諦めるしか無かったと言う。

「会議が終わったのは昼を大分回った頃でな」

「今から一夏を追っても仕方がないと臨海学校の準備をしたと」

「うむ」

「それで水着を持っていない事に気づいて、とりあえずそれを持ってきたと」

「うむ」

 大きく頷くボーデヴィッヒ。しかしその結果持ってきた水着がスク水というのはどうなんだ?

「この水着は機能的に優れているからな。まあ、泳げればなんでも……」

「よくないよ!!」

「「「っ!?」」」

 突然砂浜に響いた叫びに全員がビクリとなって声の聞こえた方に振り向いた。叫び声の主はシャルロットだった。

「ど、どうした?シャルロッ「九十九!」……な、なんだ?」

 何事かと声をかけた私の肩を掴み、シャルロットは物凄い剣幕で私に詰め寄って来た。

「この辺で水着を売ってるトコ知らない!?」

「あ、ああ。旅館の売店と、ここから西へ徒歩5分の所にスイムショップが……」

「ありがと!」

 言うが早いか、シャルロットはボーデヴィッヒの手を掴んで旅館の方へ向かって行く。

「お、おいシャルロット。何をする!?」

「せっかく可愛いのにそんな恰好じゃもったいないよ!僕が水着を選んであげる!」

「いや、私はこれで「これでいいは無しで!」……」

 言い合いをしながら、と言うよりシャルロットが一方的にまくし立てながらボーデヴィッヒを引きずって行った。

 その様子をポカンとしながら見ていた私達。しばらくして再起動したセシリアが呟く。

「あれは……どういう事ですの?」

「えっとね~」

 

 本音さんによると、シャルロットは男としての振る舞いを身に着けるために女性的な物を徹底的に取り上げられていた時期があり、その反動で可愛い物に目がなくなったのだと言っていたと言う。

「それで元はいいのに野暮ったい恰好をしていたボーデヴィッヒが我慢ならなかったんだな」

「そ~いうこと〜」

 あの二人はしばらく帰ってこないだろう。暴走したシャルロットに振り回される事になったボーデヴィッヒに合掌し、私達は海を楽しむ事にした。

 

 

「で?私は何故こんな事になっているのかね?」

 今現在、私は砂に埋められている。いつの間にかあった落とし穴に落とされ、首から上を地面から出す形で縦にだ。

 本音さんに「こっちに来て〜」と言われ、ついて行ったらあれよあれよという間にこうなった。これはどういう事だ?

「だましてごめんね村雲君。という訳でっ!」

「第一回チキチキつくもん割り〜!」

「「「イエーーイッ!!」」」

 やけにテンションの高い本音さんと集まって来た女性陣。だが問題はそこではない。

「待て、ちょっと待て。なんだその不穏な響きのゲームは!?」

「それではルールを説明します」

「聞いて!?ねぇ聞いてっ!?」

 

 チキチキつくもん割り。それはルールだけを言えばスイカ割りだ。叩く対象が私であるという点と、使う棒がスポーツチャンバラに使うエアチューブ剣である事を除けばだが。

 そして見事ヒットさせた選手には、賞品として私に(18禁以外で)一つだけ何でも言う事を聞かせられる権利が与えられると言う。私の人権無視してないか?

「待ちたまえ淑女諸君。私に拒否権は……?」

「「「無い‼」」」

「理不尽だ!」

 これも女尊男卑社会の弊害という奴なのだろうか。涙が出そうだ。

 こうして、私の意志も人権も無視した(私にとって)恐怖のゲームがスタートした。

 

「えーいっ!」

「うおっ!近っ!風来たぞ今!」

 ヒュン、という軽い音を立てて私の顔の横を通り過ぎるエアチューブ剣。叩いた先は私から見て右方向、残り5㎝の所だった。

「アーン、おっしー」

 悔しそうな顔をする女子が開始位置に戻って次の子に剣を渡す。

「次は私だよっ!村雲君、覚悟!」

 受け取った剣をこちらにビシッと向けて言い放つ女子。何やらやけに気合が入っているが、何故?

「フッフッフ……村雲君に何としても剣を当てて、頭ポンポンしてもらうんだから……」

 お願い小さっ!それくらい言ってくれればやるのだが。と言ったら、空気読めないとか言われそうなので黙っておいた。

 結局、彼女の剣は私に掠りもしなかった。膝をついて悔しがる彼女を、他のメンバーが肩を叩いて慰める。麗しき友情だな。こんな状態でなければ拍手しているよ。

 

「それにしても……」

 この状況はそろそろまずい。なにせ的が私のスイカ割り。そのため、水着姿の女の子が目隠しをして、周囲の声を頼りにフラフラしながら私に向かって来るのだ。これは結構クルものがある。

 一歩歩み寄ってくる度に大小取り揃えた『禁断の果実』が目の前で揺れるし、思いきり剣を振り下ろすために腰を曲げるから深さそれぞれの『渓谷』が真正面に大パノラマで迫るのだ。

 正直、色々ヤバイ。このままでは私の『ユニコーン』のNT-Dが発動する!……こんな思考に至る時点で既に限界が近いな。

 助けてくれ!誰でもいいから……いや、本当に誰でも良い訳ではないが。とにかく誰か助けてくれ!と考えていると、斜め上から声がかかる。

「何してるの?九十九」

 声の主はシャルロット。どうやらボーデヴィッヒの水着を選び終えて帰ってきたようだ。その顔にはどことなく『やりきった』感があった。

「おおシャルロット、おかえり。ボーデヴィッヒはどうした?」

「あっち」

 私の後ろを指差すシャルロット。この態勢では見えない位置だった。まあ、昼食を取りに行く時に見る事が出来るだろう。

「それで、どうしてこんな事になってるの?」

「それはね~」

 

ーーー布仏本音説明中ーーー

 

「ってことなんだ〜」

「そうなんだ。……ねえ、本音」

「なに〜?」

 本音さんに目を向け、口を開くシャルロット。彼女ならきっと私を助けて−−

「僕も参加していいかな?」

「おっけ〜♪」

「なん……だと……!?」

 よりによってシャルロットは途中参加を表明。これで救いの手はどこにもなくなった。

「シャルロット!何故だ!?」

「ゴメンね九十九。僕もその賞品が欲しいんだ」

 悪びれない笑顔とペロリと出した舌。昔よく箒がやってたやつに似てた。確か『テヘペロ』とか言ったか。

「くっ!なんか腹立つ!」

「じゃ〜しゃるるんは最後ね~」

 そう言ってシャルロットを列の最後尾に連れて行く本音さん。そのままシャルロットの前に立つ……って!

「君は!君だけは私の味方だと思っていたぞ!本音さん!」

「ゴメンね〜つくもん。これわたしの持ち込み企画なんだ〜」

 言って『テヘペロ』をする本音さん。

「くそっ!やっぱり腹立つ!」

 これ考えた奴出てこい!……あ、箒か。

「それじゃ〜、ゲームさいか〜い」

「「「イエーーイッ!!」」」

「もう勘弁してくれ……」

 助けてくれる者のいなくなった私には、もはや項垂れる事しか出来なかった。

 

 結局、この『つくもん割り』は参加者24名中6名が命中に成功。その中にはシャルロットと本音さんもいた。

 私は砂まみれだわ頭が色々な意味で痛いわと散々な目にあった。

 ちなみにお願いだが、シャルロットが「お昼ご飯の時『あーん』して」と言ったのを皮切りに、全員『あーん』になった。

 

 

 という訳で昼食時間である。本日のメニューは海鮮丼。丼の縁からはみ出る程大きな刺身が実に美味そうだ。美味そうなんだが……。

「「「あーん」」」

「一斉に口を開かれた私はどうすればいい?」

 私の対面に一列に座り、目を瞑って口を開ける女子諸君。しかし私の腕は二本だけ。とてもではないが全員の口に同時に料理を運ぶのは不可能だ。さてどうするか……ああそうだ。

「ヘカトン「「「それはダメっ!」」」あ、はい。すみません」

 《ヘカトンケイル》を使った一斉『あーん』は一瞬で却下され、一人づつ丁寧に『あーん』をする事になった。

 最後の一人である本音さんへの『あーん』を終わらせた時には、既に異変は起きていた。何故か対面にいる人数が増えているのだ。6人だったはずなのに、今は20人はいる。しかも。

「「「あーん」」」

 全員が目を瞑り口を開けている。さっきまで物理的に痛かった頭が、今度は精神的に痛くなった。

 仕方ない、ここは誠意を込めたお願いをするしかないな。

「すまないが、これは彼女達が自ら勝ち取った権利だ。誰にでもやる訳ではない。なので……諦めて貰えるかな?(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ。スミマセン」」」

 首をカクカクと振り、それぞれ席について大人しく食事を始める女子諸君。私の誠意を込めたお願いが功を奏したようだな。

「そうじゃなくて……」

「つくもんの『怖い笑顔』にやられたんだよ〜」

「「「うんうん」」」

 いつの間にか周りにいて重々しく頷く一組女子一同。解せぬ。

 

 昼食後は皆でビーチバレーを楽しんだ。

 私は、対戦相手や私のチームメイトがビーチボールを叩く度に弾む『別のボール』の方に目が行ってどうにも集中できず、結果私のチームは全敗した。いろんな意味で悔しかった。

 本音さんとシャルロットと砂の城も作った。

 高校生にもなってそれは無いだろうとも思ったが、やってみると意外と楽しかった。私もまだまだ子供という事か。

 そう言えばボーデヴィッヒの水着だが、原作通りのフリルをふんだんにあしらった、ともすれば大人の下着(セクシー・ランジェリー)にも見える黒のセパレートだった。恥ずかしがるボーデヴィッヒがなんとも可愛らしかったと言っておく。

 

 

 こうして一日目の昼は騒がしく過ぎて行った。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が「ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん。鈴ちゃんの出番あれだけなん?」と妙にリズミカルなツッコミを入れてきた。

 あんたの希望なんて知らんよ。




次回予告

真夏の夜は長いようで短い。
なら、一分一秒も無駄にはできないとは思わないか?
よろしい、ならば女子会だ。

次回「転生者の打算的日常」
#28 一日目(夜)

お前たち、あいつ等のどこがいいんだ?


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#28 一日目(夜)

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、現在19時。大部屋を三つぶち抜いて作られた大宴会場にて、私達IS学園一年生一同は夕食に舌鼓を打っていた。

「うむ、美味い。昼も夜も刺身が出るとは、なんとも豪勢な話だ」

「そうだね~」

「ほんと、IS学園って羽振りがいいよ」

 言って頷くのは両隣の本音さんとシャルロット。ちなみに全員浴衣着用だ。

 というのも、この旅館では『食事中は浴衣着用』がルールだからだ。普通は浴衣禁止だと思うのだが、変わった旅館もあったものだ。

 ズラリと並んだ一年生生徒は座敷のため当然正座。そして一人一人の前に膳が置かれている。

 メニューは刺身と小鍋、山菜の和え物二種、赤だしの味噌汁に香の物。これだけ書けばごくありふれた海辺の旅館の夕食だがさにあらず。刺身はなんとカワハギ。しかもご丁寧に肝刺しまで付いている。

 独特の歯応えと癖のない味わいが舌を楽しませてくれる。肝刺しは臭みも苦味もなく、濃厚だがしつこくない実に深い味だ。近年では高級魚と言われているカワハギだが、これなら納得だ。

「実に美味い。しかもこのワサビ、本ワサビではないか。高校生の食事ではないぞこれは」

「本ワサビ?」

 首を傾げるシャルロット。どうやら良く分かっていないようだ。

「ああ、シャルロットは知らないのか。本物のワサビを摺り下ろした物を本ワサビと言うのだ」

「学園の刺身定食に付いてるのは?」

「あれは練りワサビ。ワサビダイコンやセイヨウワサビを原料に、着色や合成をして見た目や色を似せた物だ」

「お〜。つくもんくわし〜」

「ふぅん。じゃあこれが本当のワサビなんだ?」

「そうだ。だが練りワサビも最近は良く出来た物もある。店によっては本ワサビと練りワサビを混ぜて出している所もある程だ」

「そうなんだ。あー「待て」ん?」

 ワサビの山を箸にとり、そのまま口に入れようとするシャルロットを寸前で手と声で制す。

「ワサビはそれ単体で食べる物ではない。こうして軽く取って、刺身と一緒に食べるんだ」

 そう言って、シャルロットに手本を見せる。それに倣ってシャルロットが刺身を一口。

「んっ、ツンとくるけど、風味があって美味しいね」

「それは良かっ「っ〜〜!?」ん?」

 誰かの悶える声が聞こえたのでそちらを見ると、一夏の右側にいるボーデヴィッヒが鼻を押さえて涙目で一夏を睨んでいた。どうやらワサビを山で食べたらしい。

「見たまえシャルロット。私が止めねば、君がああなっていた」

「うわぁ……大丈夫かな?ラウラ」

「心配はいらない。ワサビの辛味成分は揮発性だ。唐辛子や胡椒と違い、長続きはしない」

 しばらくすると、辛味が治まったのか何事も無かったように食事を再開するボーデヴィッヒ。

「と、まあ見ての通りだ」

「ほんとだ」

 ホッとした様子のシャルロット。その姿は、さながら妹を見守る姉のようだった。

 そんな事を考えながらふと一夏の左側を見ると、正座に慣れないのか時折呻き声を上げながら何とか食事をしようとしているセシリアがいた。

「無理をせずにテーブル席に行けばいいものを」

 イギリスをはじめとして、西欧諸国には床に両膝を折って座るという座り方、いわゆる正座の習慣はない。

 そのため、そういった『正座の出来ない生徒』のために学園はこの宴会場の隣の部屋にテーブル席を用意した。

 利用者は各々膳から盆を分離して持って行けばいいようになっている。事実、一組からも数名テーブル席を利用している。恥ずかしくはないと思うが?

「分かってて言ってるでしょ?」

 こちらにジト目を向けて呟くシャルロット。バレていたか。

「まあな。せっかく手にした『権利』だ。手放すという選択肢は無いだろうさ」

 一夏の両隣、つまり入室時の前後を巡っては水面下での争いがあった。その勝者がセシリアでありボーデヴィッヒなのだ。

 必死に手にした最高の席を『正座が辛いから』という理由で離れるなど、セシリア的に有り得ないのだ。

 と、ここでなかなか食事の進まないセシリアを見かねた一夏がセシリアの食事の世話をしようとした。

 セシリアに『あーん』をしようとした次の瞬間、他の女子に気づかれた一夏の周りはあれよあれよという間に『あーん』待ちをする女子達で溢れかえった。が、そんな事をすれば当然あの人の怒りの琴線に触れる事になるわけで。

「お前たちは静かに食事をする事ができんのか」

 最終地獄(ジュデッカ)から響く絶対零度の声に場の全員が凍りつく。織斑千冬、お冠。

「どうにも体力があり余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜をランニングしてこい。距離は……そうだな。50㎞もあれば十分だろう」

「いえいえいえ!とんでもないです!大人しく食事をします!」

 言って慌てて各自の席に戻る女子達。それを確認し、一夏に目を向ける千冬さん。

 口を開いて曰く「鎮めるのが面倒だから騒動を起こすな」との事。まあ、人前で『あーん』なぞするからそうなるのだ。

 溜息をつき、食事を再開しようとした所で両隣から視線。目を向けると……。

「「あーん」」

「……いや、やらんよ?」

 口を開けて待っている本音さんとシャルロットに呆れつつも拒否を告げる。

「「む~〜」」

 その瞬間、不機嫌そうなむくれ顔になる二人。

「そんな顔をしても駄目だ。それとも織斑先生の言う通りにするかね?」

「うっ……そ、それは……嫌かな」

「わたしも~」

「当然私も勘弁だ。大人しく食事をしよう、二人とも」

「「は~い……」」

 若干気落ちしたような返事に罪悪感が湧いたが、ここで下手に『はい、あーん』なぞしようものなら確実に一夏の二の舞。

 今度はランニングを強制されることになるだろうから、今は余計な騒ぎを起こすべきではない。

 

 あらためて食事を再開。小鍋の中に箸を伸ばす。しっかりとした旨味とさっぱりとした後味が実に良い。

 山菜の和え物も箸休めに丁度良い薄味でますます箸が進む。

 気づけば全ての料理を残らず平らげ、すっかり満腹になっていた。

 

 

「ふう。いい湯だった」

 露天風呂を堪能し、部屋へ戻る途中でセシリアに出くわした。何やらヨレヨレでどことなく憔悴した様子だ。

「うう……ひどい目に会いましたわ」

「やあ、セシリア。この先は私達の部屋だが、何か用かね?あと、何故ヨレヨレなんだ?」

 声をかけられてようやく私に気付いたのか、こちらに驚きの目を向けるセシリア。が、すぐに気を取り直して自分がこうなった原因を語った。

 

 セシリアによると、夕食の時の『あーん』がご破算となって不機嫌になっている所に一夏から部屋への誘いがあった。

 一気に機嫌を良くしたセシリアが色々と『戦闘準備』を整えて部屋から出ようとした矢先、いつもと下着や香水が違う事を同室の本音さんに気付かれてしまい……。

「同室の他の女子にもみくちゃにされた。と」

「はい……」

 本音さんは普段眠たげな半開きの目をしているが、実は洞察力に優れている。

 その本音さんの前でいつもと違う事をすれば、彼女はすぐに気付いて「ど~したの~?」と声をかけてくる事請け合いだ。

「下着がどう違うのかは聞かない事にするが、確かに香水が違う。これは……レリエルNo.6か」

「わかりますの?」

「ああ、私のISの師匠が使っているのでな」

 

 レリエルNo.6。イギリスの名門香水ブランド『レリエル』が開発した、英国王室御用達の最高級香水。年間生産本数僅か100本の、希少価値の極めて高い一品だ。一般庶民には到底手が出ない品で、一説では「一振り10万はする」らしい。

 

「そんな特一級の貴重品をどうやって?」

「実家がレリエル社と懇意にしていまして」

「なるほどな」

 普段が普段なので皆忘れがちだが、セシリアは、と言うよりオルコット家はイギリス国内でも有数の名門貴族だ。

 当然、その資産や人脈は半端ではない。何せ両親の死後、親戚一同がセシリアからあの手この手で奪おうとするくらいなのだから。

「まあ、それはいい。セシリア」

「はい?」

「一夏が君を部屋に招いた理由だが、それは恐らく……何をしている?箒、鈴」

 話をしつつ歩く事暫し。私とセシリアは、一夏の部屋のドアに女子二人が張り付いている。という珍妙な光景に出くわした。

 ドアに張り付いているのは、一夏ラヴァーズ主席・篠ノ之箒と次席・凰鈴音。ちなみに席次は私の独断と偏見で決めている。

「あの……お二人とも一体そこで何を「しっ!!」むぐっ!?」

 何をしているのか訊こうとしたセシリアの口を鈴が塞ぐ。一体何事かと三人に近づくと、ドア越しに声が聞こえてきた。

『千冬姉、久し振りだからちょっと緊張してる?』

『そんな訳あるか、馬鹿者。−−んっ!す、少しは加減しろ……』

『はいはい。んじゃあ、ここは……と』

『くあっ!そ、そこは……やめっ、つうっ!!』

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってるみたいだし、ね』

『あぁぁっ!』

 解釈次第では姉弟で『夜の寝技特訓』をしているようにも聞こえる会話。しかしこれは間違いなく一夏お得意の『アレ』をしているのだろう。『アレ』をされている時の千冬さんは、やけに艶っぽい声を出すのだ。

 織斑家に泊まりがけで遊びに行った時に初めて聞いて、原作でそんなシーンがあった事も忘れて『まさかあの二人!?』と思ったのは懐かしい思い出だ。とは言え、そんな事を目の前の三人が知るはずもなく。

「こ、こ、これは。一体、何ですの……?」

 引きつった笑みを浮かべて尋ねるセシリア。しかし、二人から返ってきたのは沈黙という名の回答のみ。箒も鈴も沈んだ表情をしている。その様は、さながら通夜であった。

 ここで私の中の悪戯心がザワリと湧いた。きっと今の私は悪い笑みを浮かべているだろうな。

「そう言えばセシリア。君は確か、一夏の部屋に呼ばれたのだったね?」

「「えっ!?」」

「つ、九十九さんっ!?」

 反射的にセシリアの方を向く箒と鈴と私の方を向くセシリア。まさに神速の振り向き。三人の顔がドアから離れたのとほぼ同時に。

 

バンッ!

 

「「「あだっ!!」」」

 後頭部を突然開いたドアに殴られた。その瞬間漏れた声は、およそ10代女子にはそぐわぬものだった。現れたのは千冬さん。

 見つかった事に慌てた三人が、脱兎の如く逃走……しようとして瞬時に捕まった。箒と鈴は首根っこを掴まれ、セシリアは浴衣の裾を踏まれて即終了。私はそもそも何も悪い事はしていないので普通に話しかけた。

「こんばんは、織斑先生。どうです?久し振りに一夏にして貰った感想は?」

『何聞いてんのこいつ!?』と言う顔をする三人。千冬さんも私の意図に気付いたのか、ニヤリと笑って答えた。

「そうだな。腕が落ちていなくて安心したと言った所か」

「相変わらず手厳しい。褒めてもバチは当たりませんよ?一夏の技術は一級品です。母さんに言わせれば、その道で食っていく事も可能だそうですよ」

「ああ、そう言えば八雲さんも一夏にして貰った事があったか」

「ええ。そのせいか父さんでは物足りなくなったとぼやいてました」

『何してんのあいつ!?』みたいな顔をする三人。何だか楽しくなってきた。

「あいつも罪作りな男だ」

「ええ、まったく。そういえば、一夏がセシリアを呼んだ事は?」

「知っている。ついでだ篠ノ之、凰。他の三人……デュノア、布仏、ボーデヴィッヒも呼んでこい」

「「は、はいっ!」」

 首根っこを離された箒と鈴は返事をするが早いか一目散に生徒寝室の方へ駆けて行く。その顔は何を想像したのか真っ赤だった。

「では、私はこれで。セシリア、全て一夏に任せればいい。なに、大丈夫だ。最初は痛いかも知れないがすぐによくなる。心配はいらない」

「えっ、でも……その……」

「怖がらなくていい。私もやって貰った事があるしな」

「ええっ!?」

 なにやらひどく驚くセシリア。私と一夏の『ベーコンレタス』とか考えていそうなので、そろそろタネ明かしといこうか。

「そんなに意外かね?私が一夏にマッサージをして貰うのが」

「……はい?」

 私の言葉にピシリと凍りつき、錆び付いたかのようにゆっくりとこちらに顔を向けるセシリア。

「マッサージ……?」

「そうだが?まさか妙な勘違いをしていたなんて事はないだろうね?」

 俯き、体を震わせるセシリア。これは爆発寸前か?

「つ、つまり九十九さんは全て分かっていた上でわたくしをからかっていた。と……?」

「当然」

「〜〜ッ!!九十九さん!!」

 ガバッと顔を上げるセシリア。その顔は羞恥と怒りで真っ赤に染まっている。

「おっと、怖い怖い。ここは退散するとしよう。では先生、また明日」

 言って足早に自分の部屋のドアを開けて中へ入……れなかった。

「なっ⁉ロックされている!?」

 ドアは完全に閉まっていた。鍵を持っているのは山田先生だが、その先生はドアを動かす音がしたのに出てくる様子がない。

「ああ、言い忘れていた。山田君の入浴は非常に長い。今頃はまだ大浴場で入浴中だろう」

「神は死んだ!」

 天を仰いだ次の瞬間、肩を掴まれた。振り向けばそこに壮絶な笑みを浮かべたセシリアがいた。

「慈悲は……?」

「ありませんわ」

怒れる英国淑女(大魔王)からは逃げられない。そういう事だ。

「アッーーー!」

 

 

 箒と鈴がシャルロット、本音、ラウラの三人を伴って一夏と千冬の部屋の前に来た時、ドアの横に誰かがいる事に気づいた。

 ロープで縛られて無理矢理正座の姿勢を取らされた上、首から「私は純真な乙女心をもてあそびました」と書かれた段ボール製のプレートを提げた……。

「山田先生はまだかなぁ?床の上に直に正座とか、地味にきついんだがなぁ」

 と、いつに無く弱々しく呟く一人の男。

 箒と鈴にとって幼馴染にして最大の理解者であると同時にある意味最大の敵、本音とシャルロットにとって淡い想いを寄せる相手である九十九だった。

「「九十九(つくもん)!?どうしたのそのカッコ!?」」

「ああ、君達か。いや、実はな……」

 

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「……という事があってね。結果このザマだ」

「つまり、千冬さんはマッサージを受けてただけで……」

「私達が勝手に変な勘違いをしていただけだ……と?」

「そういう事だ」

「で、貴様は始めから全てわかっていて……」

「その上でセシリアをからかった……と」

「そうなるな」

 一旦話に区切りがつくと、五人が円陣を組んでなにやら話し出した。小声なので全く聞こえない。一体何を話しているんだ?

「「「判決。有罪(ギルティ)」」」

「何故そうなるっ!?」

 突然の有罪判決に思わず叫ぶ。

「当たり前だ」

「全部分かってて言わないとか最低じゃない」

「人をからかうにも程があるぞ貴様」

「ゴメンね。弁護できないや」

「全会一致で有罪だよ~」

 五人五様の言い分に今回も味方はいない事を理解する。

 結局、五人は私をそのままにして千冬さんと一夏の部屋に入って行った。まだしばらくこのままか……辛いな。

 

 

 ノックをし、千冬の「入れ」の声に促されて部屋に入った五人が最初に目にしたのは、セシリアの尻を無遠慮に掴む千冬と、浴衣が捲くれて無駄に豪奢な『脱がされる事を前提にした設計の下着』がほぼ丸見えのセシリア。そして顔を赤くして視線を逸している一夏の姿だった。

「来たか。一夏、マッサージはもういいだろう。全員好きな所に座れ」

 目の前で展開されていた光景に付いて行けずポカンとする五人だったが、千冬の手招きを受けて各々好きな場所(ベッドかチェアの二択)へ座った。

 直前の様子から、九十九の言っていた通りただのマッサージだったと確信した一夏ラヴァーズは安堵のため息をついた。やはり一夏は一夏だったと。

「一夏、もう一度風呂へ行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」

「ん、そうする」

 千冬の言葉に頷いた一夏は、タオルと着替えを持って部屋を出た。一言「寛いでってくれ。って、まあ難しいかもだけど」と言い残して。

 ちなみに、温泉に思いを巡らせていたのか九十九には気づかなかったようだ。ドアの向こうから「おのれ一夏、友達甲斐の無い奴め……」という怨嗟の篭った声が聞こえた。

 

 とはいえ、実際問題どうすればいいのか分からない女子六人は、部屋に入って座った姿勢のまま止まってしまっていた。

「おいおい。葬式か通夜か?いつもの馬鹿騒ぎはどうした」

 そう言われても、千冬と向かい合って話すなんて初めての箒達。勝手が分からず狼狽えていると、千冬が部屋に備え付けられている冷蔵庫から清涼飲料水を六人分取り出して手渡す。千冬の奢りだそうだ。

「「「い、いただきます」」」

 全員が同じ言葉を口にし、飲み物に口をつける。女子の喉がゴクリと動いたのを見て、千冬がニヤリと笑った。

「飲んだな?」

「は、はい?」

「そりゃ、飲みましたけど……」

「何か入っていましたの!?」

「ううん。違うよ~」

「多分だけど軽い口封じ。ですよね、織斑先生」

「いい読みだ。奴の近くにいるだけの事はある」

 そう言って千冬が新たに冷蔵庫から取り出したのは星のマークの缶ビール。

 プシュッ!といい音を立てて飛沫と泡が飛ぶ。それを唇で受け取り、そのまま千冬は一息に中身を飲み干した。

「………………」

 ほぼ全員が唖然とする中、千冬は上機嫌でベッドに腰掛ける。

「本当なら一夏に一品作らせる所なんだが……それは我慢するか」

 いつもの規則と規律に厳しく、常時全面警戒態勢の『織斑先生』と目の前の人物が一致しない女子達は、またしてもポカンとしている。特にラウラは、さっきからしきりに瞬きを繰り返していて、目の前の光景が信じられないでいるようだった。

「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらい飲むさ。それともなにか?私は機械油を飲む物体に見えるのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「ないですけど……今って、その……」

「仕事中なのでは?」

 ラウラのポカンと開いた口からは何も言葉が出てこない。代わりに、ブラックコーヒーをゴクリと飲み下す。

「堅い事を言うな。それに、デュノアの言う通り口止め料は払ったぞ」

 言って、全員の手元を流し見る千冬。そこでやっと先に気づいた二人以外の全員が飲物の意味に気づいて「あっ」と声を漏らした。

「さて、前座はこれくらいでいいだろう。そろそろ肝心な話をするか」

 二本目のビールをラウラに言って取らせ、またいい音を響かせて千冬が続ける。

「お前達、あいつ等のどこがいいんだ?」

 千冬は『あいつ等』と濁したが、全員が誰と誰を指しているのか瞬時に理解する。−−織斑一夏と村雲九十九の二人しかいない。どちらの事かはそれぞれ違うが。

「私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけです」

 と、ラムネを傾けつつ箒。

「あたしは腐れ縁なだけだし……」

 スポーツドリンクの縁をなぞりつつ、もごもごと言う鈴。

「わたくしはクラス代表としてしっかりして欲しいだけです」

 先程の行動(尻掴み)への反発か、ツンとした態度で答えるセシリア。

「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておこう」

 しれっとそんな事を言う千冬に、ギョッとした三人は一斉に詰め寄った。

「「「言わなくていいです!」」」

「はっはっはっ。で、お前は?ボーデヴィッヒ」

 その様を快活な笑い声で一蹴した千冬が、さっきから一言も発しないラウラに話を振った。どうもその事自体には警戒していなかったらしく、ラウラはビクリと身を竦ませながらも言葉を紡ぎ始めた。

「つ、強い所でしょうか……」

「いや、弱いだろ」

 にべもないとはこの事。なんでもないように言う千冬に、珍しくラウラが食ってかかる。

「強いです。少なくとも私よりも」

 そうかねぇ……と呟きながら、千冬は二本目のビールを空けた。

「まあ強いかは別としてだ。あいつは役に立つぞ。家事も料理も中々だし、マッサージだって上手い。そうだろう?オルコット」

 話を振られたセシリアは、赤い顔をして俯き、頷いた。

「という訳で、付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」

「「「えっ!?くれるんですか!?」」」

 顔を上げ、期待に満ちた目を向ける一夏ラヴァーズ。千冬の回答は……。

「やるかバカ」

 ええ〜……と心の中でツッコむ一夏ラヴァーズ。それに千冬はこう続けた。

「女なら、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ、ガキ共」

 そう言いながら三本目のビールを口にする千冬の表情は実に楽しげだった。

 

「ああ、聞き忘れる所だった。お前達はどうだ?デュノア、布仏」

 ふと思い出したかのようにシャルロットと本音に話をふる千冬。完全に気を抜いていた所に突然話しかけられた二人は、思わず飛び上がるほど驚いてしまった。しかしすぐに気を取り直すと、シャルロットから話し出す。

「僕−−私は、優しい所、です」

 小さな声だが、その言葉には真摯な響きがあった。

「ほう。だがあいつの優しさはわかりにくい上に、究極的には自分のためだぞ」

「そうですね。でも、それが彼ですから」

 ニコリと笑みを浮かべるシャルロット。その様子がなんだか悔しくも羨ましい一夏ラヴァーズは、押し黙ってじーっとシャルロットを見つめた。

「わたしは気がついたら好きになってました〜」

 あっけらかんと答える本音。あまりにもあっさりと「好き」と口にする本音がなんだか眩しくて、一夏ラヴァーズは思わず目を逸してしまう。

「そうか。気がつけば……か」

「はい〜」

 ビールを傾けつつ、本音を見る千冬。嬉しそうな笑顔の彼女の頬は、かすかに赤く染まっていた。

「私はあいつの事でとやかく言うつもりはない。取り合うなり、分け合うなり好きにしろ」

「「はい!」」

 二人の元気の良い返事に、千冬は眩しい物でも見るかのように目を細めた。

 

 

 聞きたい事を聞き終え、千冬が六人を帰そうとした時、外から二人の男の声が聞こえてきた。

『ふう、いい湯だった……って、うおっ!?九十九!?おい、大丈夫か!今助ける!』

『おお一夏。助けてくれるのは嬉しいが、できれば風呂に行く前に気付いて……って、いだだだだっ!』

『あれ?おかしいな?ここを解けば……よし、緩んだ』

『のはいいが、代わりに別の所が締まって……ぐわあああっっ!!』

「…………」

 聞こえてきたのは、何とかして九十九を縛っているロープを解こうとする一夏と、かえって余計に締まりがきつくなり苦悶の叫びを上げる九十九の声だった。

「九十九はまだあのままだったのか?」

「みたいですわね……」

「もう一時間近く経ってるわよね?」

 話している間にも事態は進む。

『こうなったら縄を切って……』

『って待て待て!《雪片》を出そうとするな!私ごと斬る気か!』

『いやでも他に手がないぜ?』

『あるだろうが!厨房からハサミを借りてくるとか!』

『はあ、いいお湯でした。あれ?織斑君、村雲君、どうしたんで……えぇっ!?村雲君!?どうしたんですか!?』

『ああ、山田先生。実はかくかくしかじか』

『なるほど、それは村雲君が悪いです。もうしばらくそうして……』

『もう一時間近くこうしてるんですが……』

『えっ?そうなんですか?それじゃあ……これは、ここをこうして……』

『おお!解けた!ありがとうございます!山田先生!はあ……まったく酷い目に……って、あ、足が!?』

『む、村雲君!?』

 

ドターンッ!

 

 何かが床に倒れ込むような音が響いた。何事かと六人が部屋の外に出た時目にしたのは、真耶を押し倒し、その胸に顔を埋めている(ように見える)体勢の九十九だった。

 

「「九十九(つくもん)説明」」

「あっ、はい」

 本音さんとシャルロットの冷たい声に素早く飛び起き、足の痺れに顔を顰めつつ山田先生から距離を取る。

「何故ああなっていたかと言うと、足が痺れて立ち上がり損ね、倒れた先に山田先生がいた結果だ」

 私の説明に溜息をつくシャルロット。が、すぐにその目が険しくなる。

「ドアの向こうから聞こえてきた会話から大体そうだとは思ったけど……」

「わたしたちが出てくるまで少しあったよね〜。それじゃ〜……」

「「なんで離れてなかったの?」」

 二人の言葉にギクリとする。なぜすぐ離れなかったのか?その理由は、足の痺れもあったがそれ以上に……。

「「感想は?」」

「……柔らかかったです。とても」

「「判決、有罪」」

 二度目の有罪判決。しかし、今回は仕方がないと諦めた。私が悪いと分かっているからだ。

 

「それでは先生、おやすみなさい」

「は、はい。おやすみなさい。でも村雲君、本当にいいんですか?そのままで」

 ようやく部屋に戻り、あとは寝るだけ。私は既にベッドに倒れ込んでいる。

 もっとも、その姿は数日前ボーデヴィッヒにしたものと同じ『簀巻状態』だ。山田先生が心配そうな顔を向けてくる。

「いいんです。これは私の罪の証ですから。あ、朝には解いて下さいね」

「あ、はい」

 山田先生にそう告げて目を瞑る。少し暑苦しいが、眠れないという事はなさそうだ。

 

 

 こうして一日目の夜は更けていった。

「むしろ私の方が眠れませんよぅ……」

 山田先生が弱弱しく呟いた。緊張する必要は無いのでは?私はこんな恰好なんだし。




次回予告

篠ノ之束。言わずとしれた天才にして天災。
彼女が人前に姿を見せる時。
それは往々にして大きな騒動の始まりだ。

次回「転生者の打算的日常」
#29 二日目(襲来)

やはりこうなるか。厄介な……。


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#29 二日目(襲来)

 一夜明け、臨海学校二日目。今日は午前中から夜まで、ひたすらISの各種装備の運用試験とデータ取りを行う。

 特に専用機持ちは大量の装備が搬入されているため、その苦労は推して知るべしだ。

「ようやく全員揃ったか。−−おい、遅刻者」

「は、はい!」

 千冬さんに呼ばれて身を竦めたのは意外にもボーデヴィッヒ。軍人である彼女にしては珍しく寝坊をしたらしく、彼女は集合時間に5分遅れでやってきた。

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

「は、はい」

 千冬さんの質問に淀みなく答えるボーデヴィッヒ。それによると−−

 

 1.ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っている。

 2.コア・ネットワークは元々宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられ、現在は開放回線(オープン・チャネル)及び個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)による操縦者会話等の通信目的に使用されている。

 3.近年の研究で『非限定情報共有(シェアリング)』をコア同士が各自に行い、様々な情報を自己進化の糧にしている事が判明した。

 4.これらは、コアの製作者である篠ノ之束博士が自己発達の一環として無制限展開を許可したため、現在も進化の途中であり全容は掴めていない。

 

 −−という事らしい。

「さすがに優秀だな。遅刻の件はこれで許してやろう」

 そう言われ、安堵の溜息をつくボーデヴィッヒ。千冬さんがドイツで教鞭をとっていた頃に、その恐ろしさをイヤというほど味わったろうからな。

「さて、それでは各班、自分達に振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 はーい、と一同が返事をする。一年生全員がずらりと並んでいるため、結構な人数だ。ちなみに現在地はIS試験用ビーチ。

 四方を切り立った崖に囲まれたドーム型の空間はまさしくプライベートビーチのそれに近い。なお、海に出る場合には一度水中に潜り水中トンネルを抜けていく必要がある。

 何故こんな所でISの運用試験を行うのか?その理由は単純。『情報漏れを限りなくゼロにするため』だ。

 

 どの国も、他国の最新のIS関係情報は喉から手が出る程欲しいものだ。そのため、ありとあらゆる手段を用いてそれを得ようとする。

 それを嫌う各国政府や軍、あるいは企業は、その時々の代表候補生の中で、IS学園に行ける年齢でかつ高い実力を持つ子に最新機を専用機として与える。何故か?

 それは学園規則の一つに『学園内で得られたISに関するデータは、その一切を本人及び所属軍・企業の許可なく他国に開示しないものとする』というものがあるからだ。

 これにより、最新型の機体を安全、かつ(ある意味で)秘密裏に試験稼働させる事が可能となるのである。

 その規則を破らないように、破らせないようにするための努力が、このIS試験用ビーチなのだ。

 到達の難しい切り立った崖で四方を囲み、直通ルートは水中トンネルのみ。更に周囲を教師部隊がIS装備の上で周回監視している。これでスパイ行為をするような馬鹿な国や企業はまず出ない。出てくるとすれば、ISスーツ姿の美少女を一目見ようとする馬鹿なカメラ小僧位だろう。

『そこ!何してるの!』

「ヤベッ!見つかった!逃げろ!」

 ……どうやら早速いたようだ。千冬さんが「今の声……またヤツか」と呟いた。毎年来てるの?今の人。

 

 

 今回の臨海学校の目的は、前述した通りISと新型装備のテストだ。

 当然ISの稼働を行うため、全員ISスーツ着用。ロケーションが海辺だからかますます水着に見えるな。

「ああ、篠ノ之。お前はこっちに来い」

「はい」

 打鉄用装備を運んでいた箒が、千冬さんに呼ばれてそちらへ向かう。

「お前には今日から専用−−」

「ちーちゃ〜〜ん!」

 

ずどどどど……!

 

 砂煙を上げ、およそ人間には不可能な速さでこちらに近づいてくる人影。ISをつけている様子はない。

 素の身体能力なのか、ISには見えないISを着けているのかは、ここからでは判別不能。だが、一番の問題はその人影というのが……。

「……束」

 であるという事。関係者以外立入禁止の規則など知った事かとぶち破り、当代最高頭脳・天才にして天災と謳われる女、篠ノ之束博士は実に堂々と臨海学校に乱入してきた。

「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめ−−ぶへっ」

 飛びかかってきた博士を片手で掴んで止める千冬さん。しかも掴んでいるのは顔。思い切り指が食い込んでいる事から、一切の手加減をしていないのが見てわかる。

 それにしても、成人女性の飛びつきを腕一本で止め、更にそのまま持ち上げる千冬さんも大概人間辞めていると思うのだが。

「うるさいぞ、束」

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」

 そしてその拘束からあっさりと抜け出す博士もやはり人外と言えるだろう。よっ、と着地をした博士は箒の方へ向き直る。

「やあ!」

「……どうも」

 挨拶の温度差がこの二人の関係を端的に物語る。やはり苦手意識が強いようだ。

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね箒ちゃん。特におっぱ……」

 

ゴスッ!

 

「殴りますよ?」

「な、殴ってから言ったぁ……ひどいよ、箒ちゃん!」

 箒の拳骨を受けた頭を押さえ、涙目で訴える博士。その様子をぽかんと眺めるIS学園一年生一同。

 はて?原作では日本刀の鞘で殴ってなかったか?……ああそうか。タッグトーナメント終了後の騒動で日本刀の携帯禁止を言い渡されていたんだったか。忘れていた。

「え、えっと、この合宿では関係者以外−−」

「んん?珍妙奇天烈な事を言うね。ISの関係者というなら、一番はこの束さんをおいて他にいないよ?」

「えっ、あ、はいっ。そうですね……」

 山田先生、轟沈。しかし普通に考えて、ここで言う『関係者』とは『ISの』ではなく『IS学園の』だと思うのだが……。

〈その辺どうなんだ?一夏〉

 個人間秘匿回線で一夏に訊いてみた。

〈束さんには、基本何を言っても無駄だ。好きにさせておくしかない〉

〈了解だ。極力関わらないでおこう〉

 下手につついて心を折られたくはないからな。

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 言ってその場で一回転。ぽかんとしていた一同も、ここでようやく目の前の人物がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之束だと気づいたらしく、女子達がにわかに騒ぎ出した。

「はあ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつの事は無視してテストを続けろ」

 手を叩き、テストの続きを促す千冬さん。まあ、あの人の事は基本無視で構うまい。あちらも私に興味は無いだろうしな。

 

 という訳でテスト再開だ。会社から送られてきたコンテナの前に行くと、妙な事に気付く。

 向かって正面、丁度顔が来る位置に謎のボタンがあるのだ。ボタンの下には『押すなよ。押すなよ。絶対押すなよ!』と書かれた鉄製のプレートが付いている。

 これは押せという事でいいのか?いや、しかしあの人達の事だから押したら本当にまずい事に……。

 

ポチッ

 

 好奇心には勝てなかったよ。

『THREE!』

「は?」

 ボタンを押した次の瞬間、やけに機械じみた音声が響いた。

『TWO!』

「えっ!?いや、ちょっ!」

 しかもカウントダウンしていた。おいまさか本当に!?

『ONE!』

「待っ……」

 逃げるのはもう間に合わない。ならば!

「スヴェ……」

『OPEN!』

「ル?」

 バシュウッ!と、空気の抜ける音と共にコンテナが開いた。

 そこに入っていたのは、『フェンリル』専用パッケージとその仕様説明書。それと『驚いた?ねえ、驚いた?』と書かれた画用紙。それを拾い上げて丸め、万感の思いを込めて力一杯海に投げた。

「馬鹿にしてんのかーっ!」

 突然叫んだ私を不思議そうに眺めている女子達を尻目に荒い息をつきつつ思う。

 ……最近、こんな役回り多いな。何故だろう?

 ちなみにその一方で箒の専用機『紅椿』の授与と博士による一夏の専用機『白式』のフラグメントマップ調査。そしてセシリアの心がポキっとねがあったようだ。セシリア、ご愁傷様。

 

 

 気を取り直し、パッケージの量子変換(インストール)を開始する。作業は10分程で終わった。

 うちの研究員は性格に難はあるが知識と技術は超一流なので厄介だ。普通ならワンマンオペレーションで量子変換完了に10分など有り得ないぞ。

「よし、量子変換完了。あとは実際に使ってみて感覚を……」

「たっ、た、大変です!お、織斑先生!」

 いきなりの山田先生の声。いつも慌てている先生だが、それにしては今回はそれが尋常ではない。これはもしや……。

「どうした?」

「こっ、これを!」

 山田先生に向き直った千冬さんが差し出された小型端末を受け取り、画面を見てその表情を曇らせる。

「特命任務レベルA、現時点より対策をはじめられたし……」

「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働していた−−」

「しっ!機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」

「すっ、すみませんっ……」

「専用機持ちは?」

「一人欠席していますが、それ以外は」

 千冬さんと山田先生が小声でやり取りを始める。しかも、数人の生徒の視線に気づいてか、会話ではなく手話でやり取りを始めた。それも普通の手話ではない。あれは国際連合軍式の暗号手話だ。あれなら大半の生徒は何を話しているのか分からないだろう。と、『フェンリル』に会社から特殊回線で連絡が来た。

 

〈受諾。村雲九十九です〉

〈ああ九十九君。仁藤だ。今いいかい?〉

 連絡してきたのは仁藤社長。

〈はい。問題ありません〉

〈きっとそっちも忙しくなるだろうから簡潔に。ハワイ沖で試験稼働していたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が突如暴走。アメリカ軍の追跡を振り切って逃走中だ。飛んでいった方向から、目的地は……〉

IS学園の臨海学校開催地(ここ)……なんですね?〉

〈そうだ。おそらくそちらにも政府特命が下るだろう。気をつけたまえ〉

〈了解です。ついては……〉

〈『シルバリオ・ゴスペル』のデータだろう?もう送っておいたよ〉

 確認すると、『フェンリル』のデータベースに新しいフォルダがあった。

〈ありがとうございます。以上、通信終了〉

〈武運を祈るよ。通信終了〉

 

「全員注目!」

 通信を終わらせると同時、千冬さんが手を叩いて生徒全員を振り向かせる。山田先生は旅館の方へ去っていった。他の先生へ連絡に行ったのだろう。

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館へ戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」

 不測の事態に女子一同が騒がしくなる。「中止って……なんで?」「状況が分かんないんだけど……」と口々に言い合うが、それを千冬さんが一喝して収める。

「とっとと戻れ!以後、許可なく室外に出た者は我々で身柄を拘束する!いいな!」

「「「は、はいっ!」」」

 全員が慌てて行動を開始する。接続していたテスト装備を解除、ISを起動終了させてカートに載せる。その姿は、今までに見た事のない千冬さんの怒りの形相に怯えているようでもあった。

「専用機持ちは全員集合!織斑、村雲、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!−−それと、篠ノ之も来い」

「はい!」

 やけに気合の入った返事をしたのは、専用IS『紅椿』を受領したばかりの箒だった。その目は爛々と輝き、総身にやる気が満ちている。

 あれは初めて『フェンリル』を纏った時の私と同じだ。初めて感じる強烈な全能感に昂揚している状態だ。だからこそ……。

「下手を打ってしまうのだったな……」

「なにか言った?九十九」

 ポツリと呟いた言葉をシャルロットに聞かれたようだ。

 「何でもない」と誤魔化し、先を歩く千冬さんと一年専用機持ちの後を追った。

 銀の福音襲来まで−−あと1時間。

 

 

 ついに一学期最大の事件が幕を開けた。

 作戦に参加するための手段はすでに得た。あとはそれを進言して、千冬さんが許可するかどうかだ。

 こればかりは私にはどうしようもなかった。




次回予告

鳴り響く福音の鐘。もたらされる破壊の嵐。
白き騎士と灰の狼は嵐に呑まれ倒れ伏す。
その時、少女たちの選択は……。

次回「転生者の打算的日常」
#30 二日目(墜落)

どうしたんだよ、箒。らしくないぜ。


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#30 二日目(墜落)

「では、現状を説明する」

 旅館の一番奥に設けられた宴会用大座敷『風花の間』には、私達専用機持ち全員と教師陣が集合。神妙な面持ちで千冬さんに注目していた。

 照明の落とされた薄暗い部屋に、大型空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働していたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』……以下、『福音』と呼称する……が制御下を離れて暴走。アメリカ軍の追跡を振り切り、監視空域を離脱したとの連絡があった」

 ここまでは社長からの情報通り。一夏は突然の事態に面食らっているようだ。

 それもそうだろう。軍用ISが暴走し、しかもその連絡が何故かIS学園に入る。混乱するのも無理はない。

 一方で他のメンバーはどうかと言うと、全員厳しい顔つきをしていた。私や一夏、箒と違って正式な国家代表候補生である彼女達は、こうした状況を想定した訓練を受けているだろう。特にボーデヴィッヒの目つきは真剣そのものだ。

「その後、衛星による追跡の結果、『福音』はここから2㎞先の空域を通過する事がわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった」

 淡々と告げる千冬さん。重要なのはその次の言葉だ。

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 つまり、暴走した軍用ISを15、6の少年少女達だけで止めろ。と言っているのだ。一夏はそれを理解した事で、却って混乱の度合いを深めているようだった。

 

 未だ状況の飲み込み切れずにいる一夏をおいて、対『福音』の作戦会議が始まった。

 セシリアが『福音』の詳細なスペックデータを要求。口外の絶対禁止と、情報漏洩した場合の処分について聞かされた後、データが開示される。

 それは、私が会社から受け取ったデータとそう変わりはなかった。開示されたデータを元に、専用機持ち達は相談を始める。

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。スペック上ではあたしの『甲龍(シェンロン)』を上回ってるから、向こうの方が有利……」

「特殊武装が曲者だね。『リヴァイブ』の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しそうかな」

「しかもこのデータでは格闘性能が未知数「分かるぞ」−−何っ!?」

 活発な意見を交わしていた四人が私の方を向く。千冬さんもこちらを訝しげな目で見ていた。

「村雲、どういう事だ?」

「我が社には、各国のIS開発の最新情報の入手に特化した諜報員がいます。『福音』に関する情報も当然入手済みです」

 言って、『フェンリル』に会社から送られてきた『福音』のデータを開示する。そこにはアメリカが寄越した物より遥かに綿密で詳細なスペックが書いてあった。

「うちの諜報員の情報を信じるなら、格闘武装として拳部エネルギーパイクが搭載されている。あくまでも非常用で、威力は低いようだ。ある程度は無視できる」

「なるほど……」

 納得がいったかのように頷くボーデヴィッヒ。

「しかし、これはあくまでカタログスペックだ。実際にスペック通りかまではわからない。先生、威力偵察は行えますか?」

 返ってくる返事は分かっているが、ここで訊かないのもおかしいだろう。私の言葉に千冬さんが首を横に振る。

「無理だな。『福音』は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

「チャンスは一度……となれば取り得る策はやはり……」

「一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 という事になる。全員の視線が一斉に一夏を射抜いた。突然注目された一夏は戸惑いを隠せない。

「え……?」

「一夏、アンタの《零落白夜》で落とすのよ」

「それが現状取り得る手段の中で最も手っ取り早い方法だ」

「たしかにそれしかありませんわね。ただ問題は−−」

「どうやってそこまで一夏を運ぶかだね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

「以上の条件を満たす機体というと……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

 事態の推移について行けず、思わず問いかける一夏。どこか及び腰になっているような声音だ。

「「「当然」」」

 一夏以外の全員の声が重なった。その後で千冬さんが続ける。

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。覚悟がないなら、無理強いはしない」

 その言葉に俯き、すぐに顔を上げる一夏。その目からは、弱気が消えていた。

「やります。俺がやってみせます」

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

「それならば、私の『フェンリル』かセシリアの『ブルー・ティアーズ』でしょう。セシリアはイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきているはずですし、私にも会社から高機動戦用パッケージ『フレスヴェルグ』が来ています。パッケージはすでに量子変換(インストール)済みです」

 全てのISは『パッケージ』と呼ばれる換装装備を持っている。単純な武装のみならず、追加アーマー、増設スラスター等の装備一式を指し、その種類は豊富、かつ多岐にわたる。これらを装備する事によって機体性能と性質を大幅に変更し、様々な作戦の遂行を可能とするのである。また、それらとは別に専用機専用の機能特化パッケージ『オートクチュール』も存在する。残念ながら見た事はないが。

 ちなみに現在の私達の装備は全員がセミカスタムの標準装備(デフォルト)だ。シャルロットはフルカスタムのデフォルトという紛らわしい事になっているがここでは関係ない。

「オルコット、村雲。超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

「15時間です」

「最高速度は?」

「2300㎞ですわ」

「2550㎞出ます。後先考えなければもっと出せますが」

「ふむ、では村雲。お前が−−」

 行け。と言おうとしただろう千冬さんの声を底抜けに明るく、かつ妙な甘ったるさを感じる声が遮った。

「待った待ったー。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 声の発生源は天井。見上げるとそこには博士の首が逆さに生えていた。軽いホラーだな。

「……山田先生。室外への強制退去を」

「あ、は、はい。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきて下さい……」

「とうっ☆」

 空中で一回転して着地。鮮やかな身のこなしはその辺の下手なパフォーマーを上回る。どこまでも出鱈目な……。

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

「……出て行け」

 額を押さえる千冬さん。山田先生は言われた通り博士を部屋から出そうとするが、スルリと躱される。

「聞いて聞いて!ここは断然!『紅椿』の出番なんだよ!」

 言いながら博士は千冬さんの周囲に複数枚の空間ディスプレイを出現させた。

「『紅椿』の展開装甲を調節して……っとほら!これでスピードはバッチリ!」

 展開装甲という聞き慣れない言葉に首をひねる一夏に、博士が説明を開始する。

 いつの間にメインディスプレイを乗っ取ったのか、『福音』のスペックデータはいつの間にか『紅椿』のスペックデータに変わっていた。展開装甲は、篠ノ之博士が作り出した第四世代ISの装備だ。

 

 ここで、ISの変遷について解説をする。ISには世代がある事は知っているだろう。

 10年前に現れた世界初のIS『白騎士』を皮切りに、世界がこぞって開発した『ISの完成』を目標とした機体。これが第一世代型IS。そこから『後付武装(イコライザ)による多様性の追求』を目的とした第二世代。『イメージ・インターフェースを利用した特殊兵器の実装』を目指した第三世代と続く。

 そして、ここからが重要。第四世代ISとは『パッケージの換装を必要としない万能機』という机上の空論の実現化を狙った機体だ。つまり、現時点でありえないはずの機体なのである。

 

 篠ノ之博士の解説はさらに進む。

 『白式』の唯一にして最大の武装《雪片弐型》の機構は、試作型展開装甲であると言う。衝撃の発言に専用機持ち達は驚きを隠せない。

 さらに、『紅椿』の展開装甲は発展型のため、用途に応じて攻撃・防御・機動と切り替えが可能な即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)。第四世代型の目標をいち早く実現した……実現してしまったマシンなのだ。

 

 しんと静まり返る室内。誰も何も言えないでいた。

「はにゃ?あれ?なんでみんなお通夜みたいな顔してるの?誰か死んだ?変なの」

 変なのは貴女の方だ。と声を大にして言いたかった。

 この天災の思い付きの行動によって、各国が多額の資金と膨大な時間、優秀な人材の全てをつぎ込んで競っている第三世代型ISの開発が、全て無駄になったというのだから。

「−−束、言ったはずだぞ。やり過ぎるな、と」

「そうだっけ?えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」

 千冬さんに言われ、ようやく博士は私達が沈黙していた理由に思い至ったらしい。

 その後の博士の言葉を信じるなら、『紅椿』はまだ完全体ではなく、最強で無敵なのはフルスペックを引き出す事が出来ればの話だという。それでも圧倒的である事に変わりは無いのだが。

 この後、「海で暴走といえば」と博士が『白騎士事件』の話をしたが、今回の一件とは特に関係ないので割愛させて貰う。

 

 千冬さんが雑談を打ち切り、作戦会議に引き戻す。

「話を戻すぞ。……束、『紅椿』の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

「織斑先生!?」

 驚きの声を上げたのはセシリア。専用機持ちの中で高機動パッケージを持っているのは自分と私だけ。ならば経験値の多い自分が選ばれると思っていたようだ。

「わたくしと『ブルー・ティアーズ』なら必ず成功してみせますわ!」

「そうは言うがセシリア。目標との接敵(エンゲージ)まであと40分も無い。量子変換は済んでいるかね?済んでいないとして量子変換にかかる時間は?」

「それは……」

 私に痛い所をつかれて勢いを失うセシリア。入れ替わるように博士が笑顔で口を開く。

「『紅椿』の調整は7分あれば余裕だね☆」

 その言葉に続けて私も口を開く。

「私のパッケージは先程も言った通り量子変換済みです。いつでも行けます」

 私の言葉に博士が不機嫌そうに話しかけてきた。

「君、空気読みなよ。ここはいっくんと箒ちゃんが二人で行く場面だよ。君なんてお呼びじゃないんだよ」

「二人で仕留めきれなかった場合の後詰め、作戦失敗の際の撤退支援。必要だと思いませんか?」

「思わないね。束さんの作ったISと作戦は完璧で十全だからね」

「『蟻の一穴、堤を崩す』。どんなに練った作戦でも、いえ、練りに練った作戦だからこそ、予想外の事態に陥れば一瞬で瓦解するものです。織斑先生、ご決断を」

「……いいだろう。本作戦では織斑・篠ノ之・村雲の三名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は30分後。各員ただちに準備にかかれ」

 パン、と千冬さんが手を叩く。それを合図に教師陣はバックアップに必要な機材の設営を始める。

「ちーちゃん!?何で−−」

「黙っていろ、束。手の空いている者はそれぞれ運搬など手伝える範囲で行動しろ。作戦要員はISの調整を行え。もたもたするな!」

「了解です」

 即座に『フェンリル』のコンソールを呼び出し、状態を確認。『フレスヴェルグ』との接続は問題なし。エネルギー残量は100%。いつでも行ける。

 箒は束博士の下、『紅椿』のセットアップを始めた。一夏を見ると、セシリアに高速戦闘のレクチャーを受けていた。

 

 高速戦闘時に用いる超高感度ハイパーセンサーは、使用時に世界がスローモーションになったように感じる。

 これに慣れるまでが辛い。初めて使った時、『フェンリル』を降りた後で酷い乗り物酔いになったくらいだ。

 では、何故スローになるのか?それはセンサーが操縦者に適切な情報を送るために感覚を鋭敏化させるからだ。そのため、逆に世界が遅くなったように感じるのである。

 他に留意が必要なのはブースト残量だ。高速戦闘下ではブーストは通常の倍以上の早さで消耗する。近接戦闘型であるほど気をつけねばならない。

 また、通常時より相対速度が上がっているため、射撃武器のダメージが尋常ではなくなる。当たり所次第では一撃で装甲を持っていかれる事もあるのだ。

 

 以上の説明が行われた。−−セシリア以外の全員から。

 「自分が説明するはずだったのに」と憤慨するセシリアだったが、一夏が礼を言うと途端に機嫌を良くした。チョロい。さすがセシリア、チョロい。そんなだから一部から『チョロコットさん』なんぞと呼ばれるのだ。

「九十九、君の意見も聞きたいんだけど」

「分かった。今行く」

 シャルロットに呼ばれ、一夏の下へと向かう。この事件、私に出来る事は何かと考えながら。

 

 

 時刻は11時半。ついに『銀の福音撃墜作戦』が開始される。

 私、一夏、箒の三人は砂浜に若干の距離を開けて並び立ち、互いに目を合わせて頷きあった。

「来い、『白式』」

「行くぞ、『紅椿』」

「始めるぞ、『フェンリル』」

 一瞬の光の後、ISアーマーが構成される。同時にPICによる浮遊感、パワーアシストによる力の充満感に全身の感覚が変化した。

「じゃあ箒、よろしく頼む」

「済まないな、箒。『フレスヴェルグ』には掴める突起がない。一夏を乗せては行けんのだ」

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 作戦の性質上、一夏は移動にエネルギーを割けない。当初千冬さんは移動に私を使うつもりでいたが、一夏が体を固定させるための場所が無い事を伝えると、仕方なしに箒に任せた。

 最初にそれを聞いた箒は、嫌そうな事を言っていた。その割に機嫌は妙に良かった。この感じ、やはり……。

「それにしても、たまたま私たちがいた事が幸いしたな。私と一夏が力を合わせればできない事などない。そうだろう?」

「私は無視か?箒」

「ああ、すまない。そうだな、九十九もいればできない事を探す方が難しくなる。だろう?一夏」

「そうだな。でも箒、先生達も言ってたけどこれは訓練じゃないんだ。実戦では何が起こるかわからない。十分に注意して−−」

「無論、分かっているさ。どうした?怖いのか?」

「そうではない箒。一夏が言いたいのは−−」

「心配するな。お前のことはちゃんと私が運んでやる。大船に乗ったつもりでいればいいさ」

「「…………」」

 先程から終始この調子。専用機を、それも現行最新鋭、かつ最強のISを手に入れた事に異様なまでに浮かれている。

 一夏はどこか不安げな表情を浮かべながら、箒の駆る『紅椿』の背に乗った。

『織斑、篠ノ之、村雲、聞こえるか?』

 ISの開放回線(オープン・チャネル)から、千冬さんの声が聞こえた。私達はそれに頷いて応える。

『今回の作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心がけろ』

「了解」

「現場指揮は私がしても?」

『構わん。任せる』

「私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実践経験は皆無だ。突然、何かしらの問題が出るとも限らない』

「わかりました。できる範囲で支援をします」

 一見すれば落ち着いているかのような返事だが、その声音は喜色に弾んでいる。原作ではそれが原因で−−

〈−−村雲〉

〈はい、なんでしょう〉

 今まで使っていた開放回線ではなく、個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で千冬さんの声が届く。回線を切り替え、返事を返す。

〈織斑にも言ったが、どうも篠ノ之は浮かれている〉

〈ええ、あれでは何か重大なミスをしてしまいかねない〉

〈意識はしておけ〉

〈分かっています。無茶をさせるつもりはありません〉

〈頼むぞ〉

 それから再び千冬さんの声が開放回線に切り替わり、号令がかかった。

『では、作戦開始!』

 

 号令と同時、一夏を背に乗せた箒が一気に上空300mまで飛翔した。

 なんというスピード!瞬時加速(イグニッション・ブースト)と同等、あるいはそれ以上か。すぐさま箒の後を追って上昇。

 しかしその頃には『紅椿』は『白式』という荷物を背負った状態にも関わらず、わずか数秒で目標高度500mに到達。

 そのまま脚部と背部の装甲を展開し、強力なエネルギー光を撒き散らして加速した。

「待て、箒!九十九がまだ……」

「急に加速をするな。置いて行かれるかと思ったぞ」

「って、うおっ!?いつの間に!」

 横からかけた声に驚く一夏、見れば箒も驚いている。

「『フレスヴェルグ』の加速性能が低いとは言っていないぞ」

 高機動戦用パッケージ『フレスヴェルグ』の最高速度到達時間は3秒を切る。お蔭でなんとか追いつく事に成功した。

 それにしてもとんでもないな、この機体は。《雪片弐型》に試験搭載された展開装甲の完成形。博士の話では攻撃・防御・機動の全てに即時対応可能。しかもアーマーのほぼ全てが展開装甲だという。

 最大出力時にどうなるのか、想像すらできんな。それにしても、一体どこからそれだけのエネルギーを引っ張って−−

「見えたぞ、一夏、九十九!」

「「!!」」

 ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映す。

 アメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は名に相応しく全身を銀の装甲で覆った機体だ。

 何よりも目を引くのが、頭部にマウントされた一対の巨大な翼状の大型スラスター兼広域射撃兵装《銀の鐘(シルバー・ベル)》だ。あれによる多方向同時射撃は脅威の一言に尽きる。

「目標との接触を10秒後に設定。箒、加速を開始。一夏、10秒後に《零落白夜》発動と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)。決めろ」

「「了解!」」

 返事と同時、スラスターと展開装甲の出力を更に上げる箒。凄まじい速度で『福音』との距離を詰めていく。

 接触まで3…2…1。

「うおおおおっ!!」

 一夏が《零落白夜》を発動。瞬時加速で間合いを一気に詰める。『福音』に光刃が触れる、その瞬間。

「なっ!?」

 『福音』は最高速度のまま体勢を反転、一夏に対して向き合う形で迎撃姿勢をとった。一夏と『福音』の距離はあまりに近い。体勢の立て直しは不可能だ。そう悟った一夏はそのまま押し切りに行くつもりのようだ。だがそれは−−

「敵機確認。迎撃モードヘ移行。《銀の鐘》稼働開始」

 開放回線から聞こえた、抑揚のない機械音声(マシンボイス)。そこに篭もる明確な『敵意』に呑まれたのか、一夏の動きが僅かに鈍った。それがいけなかった。

 

ぐりん

 

 突然、『福音』が体を一回転させて《零落白夜》の一撃を刃先から僅か数㎜という精度で回避した。それはPICを標準装備しているISであっても、かなりの高難度の操縦だ。

「あの翼が急加速をしているのか!?」

「のようだな」

 高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)は他にも数多く存在するし、『フレスヴェルグ』にも使われている。

 しかしここまで精密な急加速ができるとは。改めて『最重要軍事機密』というものの意味を思い知らされる。

 それをあっさり持ってくるうちの対組織専門諜報員(フギンとムニン)は一体何者なんだろうか?

 

「一夏、再度攻撃。箒、一夏を援護しろ」

「「おう(わかった)!」」

 時間をかけてしまえば、決定打となりうる攻撃が《零落白夜》以外にない私達に不利になる。一夏は箒に背を預け、再度『福音』に斬りかかる。

「くっ!このっ……」

 しかし『福音』は一夏の攻撃を紙一重でかわし続ける。その様はさしずめマタドールのようだった。

「一夏、落ち着け。闇雲に振ってもエネルギーの無駄使いになるぞ」

「そうは言っても……このおっ!」

 《零落白夜》のリミットが近づいて焦ったのか、大振りの一撃を繰り出す一夏。しかし『福音』に回避され、決定的な隙を晒してしまう。その隙を、『福音』は見逃さない。

「!!」

「一夏!距離を−−」

 距離を取れ、と言う間もなく、スラスターの一部が翼を広げるかのように開き、その砲口を露わにしたかと思うと、『福音』は翼を前にせり出して一夏に幾重もの光の弾丸を浴びせかけた。

「ぐうっ!」

 その弾丸は高圧縮エネルギーであり、羽型をしている。それが一夏のアーマーに当たった瞬間、一斉に爆発した。

 炸裂エネルギー弾。それが『福音』の主武装だ。知ってはいたが、予想以上に厄介だ。

 破壊力もそうだが、一番の問題はその連射性能。狙いこそ甘いものの、圧倒的な弾数と当たれば爆ぜるという特性にどうにも攻めあぐねていた。

「一夏、箒。三面作戦で行く。一夏は右、箒は左から攻めろ。私は後ろから行く」

「待て、九十九。それは卑怯では−−」

「今は手段を選んでいられない。割り切れ、箒。行くぞ!」

「了解!」

「……了解」

 三人で複雑な回避行動をとりつつも連射の手を休めない『福音』へ多面攻撃を仕掛ける。−−しかし、一夏の剣の一閃も、箒の二刀流による連撃も、私の『フレスヴェルグ』専用複合兵装《グラム》の一撃も、その全てがことごとく躱される。

 『福音』は回避に特化した動きと同時に反撃を行ってくる。あの特殊形状のウィングスラスターは、奇抜な外見とは裏腹の高い実用性を誇っているようだ。

 

「一夏、私と箒で動きを止める。《零落白夜》のエネルギー量から考えれば次で最後だ。確実に決めろ」

「おう!」

「箒、行くぞ」

「分かった!」

 言うと同時、箒は突撃と斬撃を交互に繰り出した。それに合わせて腕部展開装甲が開き、発生したエネルギー刃が自動で射出、『福音』を狙う。『福音』も相当だが、こっちの『紅椿』も大概だな。

 射出されたエネルギー刃を躱す『福音』の動きに合わせ、《グラム》の主兵装である電磁投射砲(リニアレールガン)を発射。『福音』の回避位置を限定する。

「箒、間合いを詰められるか?」

「無論だ!」

 展開装甲を用いた自在な方向転換と急加速で一息に『福音』との間合いを詰める箒。この猛攻に、『福音』も防御の比率が高くなってきた。

(−−行けるか?)

(−−ああ!)

 視線で会話をする私と一夏。一夏が刀の柄を握りしめ攻撃に転じようとした瞬間、『福音』の全面反撃がやってきた。

「La……♪」

 甲高い機械音声が聞こえた刹那、ウィングスラスターが全砲門を展開。その数、36。しかも全方位への一斉射撃。私は躱し切るだけで精一杯だった。

「くっ……!」

「やるなっ……!だが押し切る!」

 そんな中、箒は光弾の雨を紙一重で躱し、『福音』に迫撃を仕掛ける。−−隙ができた。

「一夏!今……あれは!?」

「!」

 私と一夏が海上の『それ』に気づいたのはほぼ同時。その瞬間、一夏は『福音』とは逆方向、直下の海面へと全速で向かう。

「一夏!?」

「うおおおおっ!」

 困惑する箒をよそに、瞬時加速と《零落白夜》を最大出力で展開、一発の光弾に追いついてそれをかき消した。

「なにをしている!?せっかくのチャンスに−−」

「船がいるんだ!海上は先生達が封鎖したはずなのに!」

「おそらく密漁船だ。だからと言って、見殺しにはできんか。お前には」

 やはり存在した蟻の一穴(原作展開)。一夏の手の中で《雪片弐型》の光刃が消え、展開装甲も閉じた。

 《零落白夜》エネルギーエンプティ。唯一最大の好機と作戦の要を、私達は同時に失った。

「馬鹿者!犯罪者などをかばって……!そんな奴らは−−」

「「箒!」」

「っ−−!?」

「随分な物言いだな、箒。力を手にしたというだけで選ばれた者気取りか?」

「そんな寂しい事は言うな。言うなよ。力を手にしたってだけで、弱い奴の事が見えなくなるなんて……どうしたんだよ箒、全然らしくないぜ」

「わ、私は……」

 明らかな動揺を顔に浮かべた箒は、それを隠すように顔を両手で覆う。その時、落とした刀が空中で光の粒子となって消えた。その瞬間を目撃した私はギクリとする。

 具現維持限界(リミット・ダウン)−−早い話がエネルギー切れ。そしてここは安全の保証されたアリーナではない。生命の危険を伴う実戦の場だ。

 

「箒ぃぃぃぃっ!」

 一夏が刀を捨て、真っすぐに箒に向かう。残りの全エネルギーを振り絞っての瞬時加速に入る。

「くそっ!」

 数瞬遅れて私も瞬時加速を開始。だが、その時既に『福音』は箒を狙った一斉射撃の態勢に入っていた。私では間に合いそうにない。

 エネルギー切れを起こしたISのアーマーは酷く脆い。たとえ第四世代ISといえどもそれは変わらないだろう。

 絶対防御分のエネルギーを確保してあったとしても、あれだけの炸裂エネルギー弾を受ければ耐え切れない。

 一夏が割り込むのが早いか、『福音』の一斉射撃が箒に着弾するのが早いか。その結果は−−

「ぐああああっ!!」

 箒を庇うように抱きしめ、背に襲いかかる炸裂エネルギー弾による激痛に叫びを上げる一夏。直前で間に合ったようだ。

 私はその時『ある事』を考え、そしてそれに自分で愕然とした。私は……今、何を考えた?

「一夏っ、一夏っ、一夏ぁっ!!」

「……ぅ……ぁ……」

 意識を失い、それでもなお箒の頭を守るように抱きしめる一夏。そのまま二人は海に落ちていった。

 私は極力平静を保ちながら、箒に個人間秘匿回線で通信を入れる。

〈……箒、聞こえるか?聞こえたら応答を〉

〈九十九!一夏が、一夏がっ!〉

〈分かっている。箒、一夏を連れてそのまま海中を潜行モードで移動。作戦空域離脱後海面から上昇し、最大戦速で旅館へ向かえ〉

〈おまえはどうする気だ?〉

殿(しんがり)を務める〉

〈しかしっ!〉

〈死なせたいのか?一夏を〉

〈っ!?……分かった。気をつけろよ〉

〈無理をする気はない。通信終了〉

 海中のエネルギー反応が遠ざかって行くのを確かめながら、私は『福音』を睨みつけた。

 

 今、私の中で二種類の怒りの感情が渦巻いていた。一つは『福音』への怒り。親友である一夏を傷つけた事に対する怒りだ。

 そしてもう一つは自分への怒り。一夏が撃墜されたあの時、私はこう考えた。「ああ良かった。これで原作通りだ」と。

 自分で原作知識は参考程度にしようと決めておきながらこの体たらく。久しぶりに自分で自分が情けなかった。

「すまないな、『福音』。もう少し付き合ってくれるか」

 『福音』に向けて《グラム》を突きつけて声をかける。その声は、自分でも出した事がないのではと思うほど、どす黒い感情に染まっていた。

「ただお前には悪いが……」

 戦闘態勢を取る福音に、たった一言謝りをいれた。

「これからお前にする事の全て、ただの八つ当たりだ」

 言うと同時、私は《グラム》を下段に構えて、銃口に付いた単分子ブレードの回転刃を稼働。瞬時加速で『福音』に斬りかかった。

 

 

 箒が作戦空域から無事に離脱し旅館に辿り着いたのは、九十九と最後の交信をしてから10分後の事だった。

 到着と同時、完全にエネルギー切れを起こした紅椿は光となって消えた。一夏を救護班に任せ、向かった先は司令室。

 一夏の傷の具合も気がかりだが、戦場に残ったもう一人の幼馴染が気になったのだ。

 作戦開始前、『紅椿』の調整中になんとはなしに聞いていた自分抜きの作戦会議。そこで九十九はこう言っていた。

 

『一夏、今回は《ヘカトンケイル》による援護を期待するな』

『なんでだよ』

『あ、ひょっとして使えないのかな?速さが違いすぎて』

『シャルロット、正解。《ヘカトンケイル》の最高速度は800㎞。今回のような超音速下戦闘には不向きなんだ』

『なるほど』

 

 つまり九十九は、最大戦力を使えない状況で一人残る決意をしたという事。

 無事だと信じたい。だが無事でいられるとも思えない。二つの相反する感情を抱えたまま、司令室へと急ぐ。

 箒が司令室の扉を開くのと、一年一組副担任・山田真耶が悲痛な表情でそれを告げるのはほぼ同時だった。

「『福音』、『フェンリル』ともに信号途絶(シグナル・ロスト)。……村雲君、行方不明です」

 

 

 第一次対『福音』戦は惨憺たる結果となった。

 『白式』−−ダメージレベルD。

 『白式』専属操縦士・織斑一夏−−全身打撲及び背部重度熱傷。両脚部並びに両腕部軽度熱傷。現在意識不明。

 『紅椿』−−ダメージレベルB。

 『紅椿』専属操縦士・篠ノ之箒−−目立った外傷なし。ただし極度の精神衰弱状態。

 『フェンリル』−−信号途絶。ダメージレベル不明。

 『フェンリル』専属操縦士・村雲九十九−−行方不明。目下教師陣が捜索中。




次回予告

福音を告げる者は破壊の天使へと変貌を遂げる。
次々と倒れていく仲間たち。
だが、えてしてヒーローとは遅れてやってくるものだ。

次回「転生者の打算的日常」
#31 二日目(復活)

すまない、少し出遅れたようだ。


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#31 二日目(復活)

 それは、一夏がまだ小学2年生の頃だった。

 姉に付き合わされる形で始めた剣道も1年が経ち、それなりに様になってきた。

 幼馴染みは「よく続くな。あんな無駄に痛い思いをするもの」と呆れたように言っている。

 その幼馴染みも父親に妙な格闘技を仕込まれているようだったが。それについて訊いてみると、あいつはニヤリと笑みを浮かべ「あれは一瞬で相手を沈める事を目的にした戦闘技術だ。精神性を重視する近代武術とは相容れんものだよ」と言っていた。

 正直、あいつが何を言っているのかよくわからなかった。

 

(ったくよー。あいつはー……)

 剣道を習いに行っている篠ノ之道場。その道場主の娘で同い年の女の子とはどうにも馬が合わなかった。

 今朝も朝練で衝突して試合に発展。結果は胴薙ぎ一本。見事なまでの敗北だった。

 それを幼馴染みに聞かせると「相手と折り合いがつかないなら、折り合わないという一点で折り合えばいいではないか」と訳の分からない事を言っていた。

(あーくそー……。勝てねえかなぁ……勝ちてえなぁ……)

 そんな事を考えながら、不機嫌極まりない顔で教室の掃除をする一夏。

 自分以外のクラスメイトはサボって遊びに行っているのを知ってはいたが、別にどうとも思わない。誰かがやらねばならないなら自分がやるだけだ、と考える。

 これも幼馴染みに言わせれば「面倒臭い生き方だな。潰れても知らんぞ?私は」らしい。

 

「おーい、男女〜。今日は木刀持ってないのかよ~」

「……竹刀だ」

「へっへ、お前みたいな男女には武器がお似合いだよな~」

「…………」

「しゃべり方も変だもんな~」

 女子は答えない。

 三人の男子が一人の女子を取り囲んでからかっている。そんな状況の中、けれど少女は凛とした眼差しで相手を睨み、一歩も引く気を見せない。

−−少女の名は篠ノ之箒。一夏が剣道で勝ちたい相手である。

「や~いや~い、男女〜」

「うっせーなぁ。テメーら暇なら帰れよ。それか−−」

「それか一夏の手伝いをしたまえ。私まで帰りが遅くなってしまうではないか」

 いい加減、無意味な攻撃に苛立ちを覚えていた一夏の言葉の後半を奪って、教室に一人の男子が現れる。

「……九十九」

「すまん、お前の台詞を奪ったか?まあ気にするな。ハゲるぞ?」

 男子の名は村雲九十九。一夏の一の親友の少年である。

「なんだよ織斑、村雲。お前らこいつの味方かよ」

「へっへっ、この男女が好きなのか?」

 古今東西、子供のからかいというのは度し難い。そしてそれは、たとえ同い年であっても一夏にとって不快極まりないものだった。

「邪魔なんだよ、掃除の邪魔。どっか行けよ。うぜえ」

「君達に手伝う気がないなら仕方ない。私が手伝おう、一夏」

 言って、掃除用具入れに向かう九十九。その背中に男子が声をかける。

「へっ。お前ら揃って真面目に掃除なんかしてよー、バッカじゃねえの−−おわっ!?」

 いきなり、箒が男子の胸倉を掴んだ。その手は小学二年生とはいえよく鍛え上げている。本気の殴り合いをすれば、男子三人にも負けはしないだろう。

 しかし、何を言われても反応しなかった箒が、その言葉だけには反応した。

「真面目にする事の何が馬鹿だ?お前らのような輩よりはるかにマシだ」

「な、何だよ。何ムキになってんだよ。離せ、離せよっ」

 強靱な腕に絞め上げられてもがく男子、それとは別に残りの二人はニヤニヤと笑いを浮かべている。

「あー、やっぱりそうなんだぜーこいつら−−」

「夫婦なんだよ。とでも言うつもりかね?仲の良い男女を指してそう言うのなら、君と君の妹は夫婦だという事になるが?」

「なっ!?なわけねーだろっ!なんで俺とあいつが夫婦なんだよ!」

 台詞を奪われ、おまけにとんでもない事を言い出す九十九に食って掛かる男子。それに九十九は黒い笑みを浮かべて返す。

「おや?君は妹さんを心から愛していて、妹さんは君に最も懐いている。これで仲が悪いなどとは言うまいね?」

「そ、それは……」

 九十九の言葉に何も言えなくなる男子。九十九の追求は更に続く。

「君は仲の良い男女を指して『夫婦』と言うのだろう?君は男、妹さんは女。君の理論で言えば君達は夫婦に……」

「う、うるせーっ!」

 九十九の物言いに元々沸点の低い男子は激昂。九十九に殴りかかる。が……。

「しっ!」

 

カコッ!

 

「あ……う?」

 素早く振るわれた拳を顎先に受けた男子は、膝から垂直に崩れ落ちてそのまま前のめりに倒れ、ぴくりとも動かなくなった。

「おっと、すまない。殴りかかられたのでつい。綺麗に入ってしまったな。大丈夫……ではないな。まあいいか。それで、もう一人の方も何か言おうとしていたな。聞こうか」

「あ、あ、あ……」

 目を向けられ、思わず後ずさる男子。それに近づきながら九十九が口を開く。

「そういえば、何日か前に篠ノ之がリボンをしていたな。君はあれを見てどう思った?」

「え、いや、あの……」

「言いたまえ。悪いようにはせん、()()()

「えっと、その……みんなで、男女の癖に笑っちまうよな……って」

 弱々しく呟く男子。一撃で仲間を沈めた九十九に恐怖しているようだった。

「だそうだ、一夏。怒ってもいいが、殴るのは……」

「ぶごっ!?」

「やめろ。と言おうとしたんだが、遅かったな」

 九十九の制止を聞かず、一夏はもう一人の男子の顔面に拳を叩き込んだ。倒れた男子を片腕で立たせて締め上げる。

「笑っちまう?何が面白かったんだよ?あいつがリボンしてるのがそんなおかしいかよ?なんとか言えよボケナス」

 その様子を箒に締め上げられていた男子が見て、叫ぶ。

「お、お前ら!!『先生に言うからな!』はっ!?」

「分かり易すぎるな、君。もう少しひねった物言いができんものかね?」

「勝手に言えよクソ野郎。その前に、お前ら全員ぶん殴る」

「やれやれ、こうなったら止まらんな。篠ノ之、すまないが先生を呼んできてくれ」

「あ、ああ」

 箒が締め上げていた男子を離して教室を出ていく。離された男子は怒りに顔を赤く染めて二人を睨む。

「てめえら、もう謝っても許してやらねえからな!」

「それはこっちのセリフだ、クソ野郎」

 急ぎ職員室に向かう箒が最後に聞いたのは、九十九の一夏を諌める声だった。

「やり過ぎるなよ、一夏。後で色々面倒だ」

 

 数分後、箒が教師を連れて戻ってきた時には全てが終わっていた。

 一人は前のめりに倒れてぴくりとも動かず、一人は腹を抱えて悶絶。もう一人は股間を押さえて大量の脂汗を流していた。

 一方、一夏と九十九に目立った傷はない。誰が見ても分かる完勝だった。その三人を後ろに、九十九が一夏に話をしていた。

「いいか、一夏。対複数戦で最も重要なのは、いかに素早く相手を倒すかだ」

「お、おう」

「そのためにはたとえ卑怯だと言われる手でも使え。立てなくさせれば、それでこちらの勝ちだ」

「いや、でもよ。だからって後ろから金蹴りはねえだろ。金蹴りは」

「父さんの教える技の大半がこんな感じだが?」

「貴様がやり過ぎだ!村雲!」

 夕方の教室に少女の叫びが響いた。

 

 その後、職員室に当事者とその親が呼ばれ事の次第を説明する事になった。担任教師は両者の言い分をしっかりと吟味する。

 その結果「殴った織斑・村雲両名も悪いが、女の子一人をよってたかっていじめていた三人も悪い」となった。

 もっともそれで納得いかないのが三人の馬鹿ガキの親。やれ警察だ、裁判だと騒ぎ立てていた。

 一夏自身は気にも止めなかったが、そのせいで姉が意味もなく頭を下げさせられたのが許せなかった。

 一方の九十九は、そのバカ親に冷たい視線を向けていた。九十九の父(槍真)も似たような視線を向けている。

 それに腹を立てたバカ親が、今度は槍真に向かって何か言おうとしたが、その瞬間、室内の温度が0度近くまで下がったような感覚にその場にいた全員が襲われる。

 どうやら槍真は、バカ親があまりにも馬鹿な発言を繰り返すので腹に据えかねたらしい。

 槍真がたった一言「黙れ。恥知らず共」と言っただけでバカ親全員が失神してしまった。それを見た馬鹿ガキ三人は恐怖で声も上げられず、ただ泣いていた。

 それからと言うもの、その三人の箒いじめは完全に鳴りを潜めた。

 九十九が言うには「おおかた、親から『二度とあの子達に関わるな』とでもきつく念押しされたんだろうさ」だそうだ。

 この一件で、一夏は『問題を起こせば千冬姉の迷惑になる』事を理解した。

 ただ、馬鹿な男子が一夏に突っかかる事もなくなったため、それを活かす事はついぞなかったが。

 

 数日後、放課後の剣術修行の後で箒が一夏に「あんなことをすれば、後で面倒なことになると考えないのか?」と訊いた。

 それに対する一夏の返事は「考えない。許せない奴はぶん殴る」であった。それで一度姉にこっぴどくお叱りを受けたが、それは一夏にとってただ一つの譲れない事だった。

「大体、複数でってのが気にいらねえ。群れて−−」

「群れて囲んで陰険なんざ、男のクズだ。だろう?一夏」

「……九十九」

 数日前と同様に一夏の台詞を奪って現れたのは一夏とよくいる少年、村雲九十九だった。手には買い物袋を下げている。

「やあ、一夏。使いの帰りだったのだが、そろそろ修行が終わる頃かと思って寄ってみたよ」

「今終わったとこだ。ちょっと待っててくれ」

 そう言って、井戸水で顔を洗う一夏。修行終わりにこの冷たい水で汗を流すのが、一夏はたまらなく好きだった。それを横目に見ながら、九十九が箒に話しかけた。

「篠ノ之。要は一夏は『あの時の事は気にするな』と言いたいのさ。リボン、よく似合っていたよ。なあ、一夏」

「おう、そうだな。またしろよ」

「ふ、ふんっ。私は誰の指図も受けない」

 顔を拭きながら一夏が九十九に賛同した。それに腕を組み、そっぽを向いて答える箒。

「そうか。じゃあ、帰るわ。またな、篠ノ之。行こうぜ、九十九」

「ああ。では篠ノ之、また明日」

「−−だ」

「ん?」

「私の名前は箒だ。いい加減覚えろ。大体、この道場は父さんも母さんも姉さんも篠ノ之なのだから紛らわしいだろう。次から名前で呼べ、いいな」

「だそうだ、一夏」

「わかった。俺は割と身近な奴の指図は受ける。−−じゃあ、一夏な」

「な、なに?」

「名前だよ。織斑は二人いるから、俺の事も一夏って呼べよな」

「う……む」

「わかったか、箒」

「篠ノ之。こうなった一夏はテコでも動かん。覚悟を決めたまえ」

「わかっている!い、い、一夏!これでいいのだろう!?」

「おう、それでいいぜ。……指図じゃなくて頼みならちゃんと聞いてくれるんだな」

「今のが頼みなのかは疑問が残るがね」

「ふ、ふん!」

 最後の強がりを残して立ち去る箒を、一夏はおかしな奴だなと思いながら、九十九はこれは落ちたなと思いながら見送った。

 季節は6月。夏はもうすぐそこだった。

 余談だが、箒と九十九が互いを名前で呼び出すのはこの日から一月後の事だった。

 

 

「…………」

 旅館の一室。壁掛け時計は16時を指している。

 ベッドに横たわる一夏はもう3時間以上も目を覚まさないままだった。その傍らに控える箒はずっとこうして項垂れていた。

 リボンを失って垂れ下がった髪が、今の彼女の心境を物語っているようだった。

 −−自責。

 今の箒の心を占めるのはその感情のみ。作戦は失敗。一夏は重傷を負い今も目を覚まさず、九十九は現在も行方不明。

 その理由の全てが、自分の驕り高ぶりにあると感じてしまう。思わず、スカートが皺になるほど拳を握り締める箒。

『作戦は失敗。教師部隊は村雲の捜索を開始。以降、状況が変化し次第招集する。それまで各自現状待機しろ』

 一夏を救護班に任せ、司令室を訪れた箒を待っていたのはこの言葉だった。そして専用機持ち達に司令室を出て行くよう指示した後、千冬はそのまま司令室に篭ってしまった。何の責めも受けない。今の箒にとって、それが何より辛かった。

 箒は考える。何故自分はいつも力を手に入れるとそれに流されてしまうのか?

 力を手に入れるとそれを使いたくて仕方がなくなり、湧き上がる暴力の衝動を抑えられない瞬間があるのは何故か?

 箒は考える。何のために修行をしてきたのか?

 箒にとって、剣術は己を鍛えるものではなく、律するためのものだった。剣術は枷であり、自らの暴力性を抑え込むための抑止力のはずだった。しかしそれは、僅かに重みがかかれば壊れてしまうような、薄氷の如き危うい物であると思い知らされた。

(私は……もうISには……)

 箒が一つの決心をつけようとした時、部屋のドアが乱暴に開かれる。入ってきたのは鈴。項垂れたままの箒の隣へやって来た鈴は、箒に話しかける。

「あのさあ」

 しかし箒はそれに応えない。応えられない。

「一夏がこうなったのって、あんたのせいなんでしょ?」

 ISの操縦者絶対防御。その致命領域対応により、一夏は現在昏睡状態にある。全エネルギーを防御に回す事で操縦者を守るこの状態は、同時にISの補助も深く受ける。そのため、ISのエネルギーが回復するまで、操縦者は目を覚まさないのだ。

「…………」

「九十九はまだ見つかってないわ。まあ、これはあんたが原因とは言えないけど」

 九十九と『福音』が最後に交戦していた場所は、小島が多く海流が複雑な場所だった。そのため、墜落後にどこかに流されたとしてもどこへ流されたのか見当もつかない状態で、教師部隊は予想海域をしらみ潰しに探しているというのが現状だ。

「…………」

「で、落ち込んでますってポーズ?−−っざけんじゃないわよ!」

 突然、烈火の如き怒りを露わにする鈴。項垂れたままの箒の胸倉を掴み、無理矢理に立たせる。

「やるべき事があるでしょうが!今!戦わなくてどうすんのよ!?」

「私は……私はもうISには……二度と乗らない……」

「っ−−!!」

 

バシンッ!

 

 頬を打たれた事で支えを失った箒は床に倒れる。なぜ頬を打たれたのかわからない。そんな様子の箒を、鈴がもう一度締め上げるように振り向かせる。

「甘ったれた事言ってんじゃないわよ!専用機持ちってのはね、そんなわがままが許されるような立場じゃないのよ!それともなに?あんたは−−」

 鈴の瞳が、箒の瞳を真っ直ぐに捉える。その目に燃えるのは、怒りにも似た赤い感情。闘志だ。

「戦うべき時に戦えない、臆病者なわけ?」

 その言葉に、箒の瞳の奥底の闘志に火がつく。

「−−ど……」

 口から漏れたか細い言葉。それはすぐに怒りを纏い、強く大きくなる。

「どうしろと言うんだ!もう敵の居所もわからない!戦えるなら、私だって戦う!」

 自らの意志で立ち上がった箒を見て、鈴が溜め息をついた。

「やっとその気になったわね……あーあ、面倒くさかった」

「なに?」

「居場所ならわかるわ。今ラウラが−−」

 言葉の途中でドアが開く。そこにいたのは、漆黒の軍服に身を包んだラウラだった。

「出たぞ。ここから30㎞離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星での目視で発見したぞ」

 タブレット端末を片手に部屋に入ってくるラウラを、鈴がニヤリとした顔で迎える。

「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」

「ふん……お前の方はどうなんだ。準備は?」

「当然。甲龍の攻撃特化パッケージは量子変換(インストール)済みよ。あとの二人は?」

「それなら−−」

 ラウラがドアの方へ視線を向けると、すぐにドアが開かれた。

「たった今完了しましたわ」

「準備オッケー。いつでも行けるよ」

 専用機持ちが全員揃うと、それぞれが箒へと視線を向ける。

「で、あんたはどうすんの?」

「私は……」

 拳を握りしめる箒。それは先程の後悔とは違う、決意の表れだった。

「戦う。戦って……勝つ!今度こそ、負けはしない!」

「決まりね」

 腕を組み、不敵な笑みを浮かべる鈴。

「それじゃあ、作戦会議よ。今度こそ確実に落とすわ」

「ああ!」

 こうして専用機持ち達は対福音の作戦会議を始めた。

 

 第一次対福音戦から約4時間後の17時。専用機持ち達は海岸にそれぞれのISを身に纏って立っていた。

「行くわよ!」

「「「おう(うん)(ええ)!!」」」

 号令一下、飛び出す五人。それはすぐに司令室の知る所となる。

「織斑先生!専用機持ちの子達が無断出撃を!」

「ああ、分かっている。……奴め、ここまで読み切っていたというのか……?」

 呟く千冬の手には一枚の封筒。それは出撃前、九十九が渡してきた物だった。

 そのタイトルは『織斑・村雲のいずれか、もしくは両名が撃墜ないし行方不明となった場合の専用機持ちの動向の予測とその処遇についてのお願い』

 千冬は九十九の読みの深さと鋭さに、戦慄を禁じえなかった。

 

 

 ふと目を覚ますと、どことも知れない荒野にいた。空には満月が輝き、辺りを柔らかく照らしている。

 地上では強い風が吹き、足元の砂が舞い上がって一瞬視界を遮る。知らない光景がそこにあった。

「ここは……確か私は『福音』と戦って……」

 

 箒と一夏を撤退させた後、私は単身で『福音』に挑んだ。

 瞬時加速からの単分子ブレードによる最初の一撃は躱されたが、二撃目の直後に電磁投射砲を発射。

 ブレードの連撃を紙一重で躱していた『福音』は、電磁投射砲を躱しきれず直撃を受ける事になる。

 大きくバランスを崩しながら吹き飛ぶ『福音』に追撃すべく、プラズマランスを展開。突撃からの零距離電磁投射砲で沈めるつもりだったが、思いの外『福音』が態勢を立て直すのが早く、突撃は虚しく空を切った。

 直後、背後から『福音』の炸裂エネルギー弾が迫る。連続鋭角飛行で回避しつつ『福音』の頭上へ。落下速度とブースターを利用した高速突撃を仕掛ける。

(とった!)

 そう思った次の瞬間、『福音』は空中で仰向けになりこちらに《銀の鐘》を展開。発射態勢に入る。彼我の距離を考えればもう回避は不可能。

(ならば、せめてもう一撃!)

 プラズマランスを解除すると同時に電磁投射砲を発射態勢に。『福音』の炸裂エネルギー弾と私の超音速徹甲弾がほぼ同時に発射される。そして−−

 

「結果は相打ち、とは言えんか。意識が切れる寸前、奴がどこかへ行くのを見たからな」

 ダメージを受けた私と『福音』は海へと落ちていったが、『福音』は海面に叩きつけられる直前に態勢を立て直して何処かへと去っていった。その直後に私は海面に叩きつけられ、意識を失った。そして目覚めたらここに居た。という訳だ。

「しかし、だとすればここはどこだ?」

 海に落ち、そのままどこかに流れ着いたというなら、この光景はおかしい。見渡す限りの荒野と空に浮かぶ満月なんてありえない筈だ。つまりここは……。

「ここは……私の心象世界か!?」

「分かっていてボケていないか?主」

 背中からかけられた声に振り向くと、そこにいたのは一人の女戦士。

 両手足を灰銀の毛皮で覆い、銀の胸甲を身に着け、狼の意匠の兜を被り、右手に剣を、左手に銃を携えている。

「分かっているじゃないか。私をここに呼んだのはお前だな?『フェンリル』」

 名を呼ばれた女は「ふっ」と口角を上げた。彼女の名は『フェンリル』。私のISだ。

 

 

「…………」

 花月荘から沖合30㎞の海上。その上空200mで『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は胎児のような格好で蹲り、静止していた。

 膝を抱くように丸めた体を守るように、頭から伸びた翼が包んでいる。

(−−?)

 不意に、何かに気づいたように『福音』が顔を上げる。次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が『福音』の頭部を直撃、大爆発を起こした。

「初弾命中。続けて砲撃を行う!」

 5㎞離れた場所に浮いているIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とラウラは、『福音』が反撃に入るより早く次弾を発射する。

 その姿は常とは大きく異なっている。大型レールカノン《ブリッツ》二門と、左右と正面を守る物理シールド。

 これが砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した『レーゲン』の姿だ。

(敵機接近まで4000……3000−−予想より速い!)

 瞬く間に相対距離が1000mを切り、『福音』がラウラへと迫る。その間も砲撃は行っていたが、『福音』は翼からエネルギー弾を放って砲弾の半数以上を撃ち落としながらなおもラウラに接近してくる。

「ちいっ!」

 砲戦仕様機には『機動性に欠ける』という弱点がある。

 反動相殺用のカウンターウェイトとして機体自体が非常に大きく、機体を振り回すのが難しい。と言うよりほぼ不可能なためだ。

 一方、その性能を機動に特化させた『福音』は距離300からさらに急加速。その右手をラウラに伸ばす。回避は不能。しかし、ラウラはその口元をニヤリと歪めた。

「セシリア!」

 『福音』が伸ばした腕は、突然上空から垂直落下してきた機体によって弾かれた。

 それは青一色の機体−−『ブルー・ティアーズ』のステルスモードを使用した強襲だった。

 六機のビットを腰部にスカート状に接続、砲口を塞いでスラスターとして用い、ビットを機動力に回した事で落ちた火力は全長2m以上もある大型レーザーライフル《スターダスト・シューター》で補っている。

 強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したセシリアは、時速1000㎞を超える速度下での反応を補うためのバイザー型超高感度ハイパーセンサー《ブリリアント・クリアランス》を頭部に装着している。

 そこから送られる情報を元に、セシリアは最高速から突如反転。『福音』をその照準に捉えると、間髪を入れずに射撃を行った。

『敵機Bを認識。排除開始』

「遅いよ」

 セシリアの射撃を躱し、攻撃態勢に入る『福音』。しかしそれは、真後ろから現れた別の機体に遮られる。

 その正体はセシリアが突撃を仕掛けた時にその背に乗っていた、ステルスモードのシャルロットだった。

 ショットガン二丁による近接射撃を背に浴びた『福音』は姿勢を崩す。だがそれも一瞬の事で、すぐさま三機目の敵機に向かって《銀の鐘》による反撃を開始する。

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』はその位じゃ墜ちないよ」

 『ラファール』用防御特化パッケージ『ガーデン・カーテン』が実体シールド二枚とエネルギーシールド二枚で『福音』の弾雨を防ぐ。

 防御の間も、シャルロットは『高速切替(ラピッド・スイッチ)』でアサルトカノンを呼び出し(コール)、タイミングを計って反撃を開始。

 さらに、セシリアの高速機動射撃、ラウラによる遠距離からの砲撃という三面攻撃に、『福音』の消耗は徐々に大きくなっていく。

『優先順位変更。現空域からの離脱を最優先』

 全方位にエネルギー弾を放った『福音』は、次の瞬間に全スラスターを展開。強行突破を図る。しかし−−

「それは悪手だよ。『福音』」

 シャルロットがポツリと呟いた次の瞬間、海面が膨れ上がり、爆ぜた。

「させるかぁっ!!」

 飛び出したのは真紅の機体『紅椿』と、その背に掴まる『甲龍』だ。

「離脱する前に叩き落とす!」

 『福音』へ突撃する『紅椿』。その背から離れた鈴は、機能特化パッケージ『崩山』を戦闘状態へ移行させる。

 両肩の衝撃砲の展開に合わせて、増設された二つの砲口がその姿を現す。計四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

『!!』

 『福音』に肉薄していた『紅椿』が瞬時に離脱。その後ろから衝撃砲の弾丸が降り注ぐ。その弾丸はいつもの不可視の物ではなく、赤い炎を纏っている。しかも『福音』の射撃と見劣りしないレベルの弾雨。増設された衝撃砲が放つのは、言わば熱殻拡散衝撃弾である。

「やりましたの!?」

「−−まだよ!」

 拡散衝撃砲の直撃を受けてなお、『福音』は機能停止に至っていなかった。

『《銀の鐘(シルバーベル)》最大稼働−−開始』

 両腕を左右に限界まで広げ、さらに翼も外へ向ける。−−刹那、眩いほどの光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉射撃が始まった。

「くっ!」

「箒!僕の後ろに!」

 前回の失敗をふまえ、『紅椿』は現在機能限定状態にある。

 展開装甲の多用によるエネルギー切れを防ぐため、防御時の自動発動をしないように再設定したのだ。

 もちろん、そう設定したのは防御をシャルロットに任せることが出来るからだ。集団戦の利点を活かした役割分担である。

「それにしても……これはちょっとキツイかな」

 防御特化のパッケージであるとは言え、『福音』の異常な連射を立て続けに受けるのはやはり危ういと言えた。

 そうこうしている間に、物理シールドの内の一枚が完全に破壊された。

「ラウラ!セシリア!お願い!」

「言われずとも!」

「お任せになって!」

 後退するシャルロットと入れ替わりにラウラとセシリアが左右から射撃を開始する。

 セシリアは高機動を活かした移動射撃を、ラウラは二門の《ブリッツ》による交互連射を行う。

「足が止まればこっちのもんよ!」

 さらに、直下からの鈴の突撃。双天牙月での斬撃から、至近距離での拡散衝撃砲の連射を浴びせる。−−狙いは『福音』の最大兵装兼マルチスラスター《銀の鐘》。

「もらったあっ!」

 エネルギー弾を全身に浴びながら、それでもなお鈴の突撃は止まらない。お返しとばかりに拡散衝撃砲の弾雨を浴びせ、大ダメージを負いながらもついに『福音』の片翼を奪う事に成功する。

「どうよ−−ぐっ!?」

 翼を片方奪われながらも、『福音』はすぐさま態勢を立て直して鈴の左腕に回し蹴りを叩き込む。

 脚部スラスターによる加速をしたその一撃は、容易く鈴の腕部アーマーを破壊し、その体を海へと叩き落とした。

「鈴!おのれっ−−!」

 両手に刀を構え、箒は『福音』へ斬りかかった。その急加速に一瞬反応が遅れた『福音』。箒の振るった刃は、その右肩に食いこんだ。

(とった!)

 そう思った刹那、『福音』はその両手で両の刀を握りしめた。これに驚いたのは箒だ。

「なっ!?」

 『福音』の信じられない行動に一瞬動きが止まってしまう。刀身から放たれるエネルギーに装甲が焼き切れるのも構わず、『福音』はその両腕を最大限まで広げる。刀に引かれ、箒が両腕を広げた無防備な体勢になる。

 そこに、残ったもう一方の翼が砲口を展開して待っていた。

「箒!武器を捨てて緊急回避しろ!」

 しかし、箒は刀から手を離さない。エネルギー弾がチャージされ光が溢れた一瞬後、それは一斉に放たれる。

(………ここで引いては、なんのための力か!)

 エネルギー弾が箒に触れる寸前、箒は『紅椿』を両腕を支点に大きく一回転させる。

 次の瞬間、爪先の展開装甲が箒の意思に応えるように開き、エネルギー刃を発生させる。

「はああああっ!!」

 サマーソルトキックのような格好で、エネルギー刃の斬撃が決まる。

 ついに両翼を失った『福音』は、崩れるように海面へと堕ちていった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

「無事かっ!?」

 珍しく慌てた様子のラウラの声を聞きながら、箒は乱れた呼吸をゆっくりと落ち着かせていく。

「私は……大丈夫だ。それより『福音』は−−」

「私達の勝ちだ」誰かがそう言おうとした瞬間、海面が強烈な光の珠によって吹き飛んだ。

「「「っ!?」」」

 球状に蒸発した海は、そこだけが時が止まったかのようにへこんだままだった。その中心部、青い雷を纏った『福音』が自らを抱くかのように蹲っている。

「これは……!?一体何が起きているんだ?」

「まずい……!これは第二形態移行(セカンド・シフト)だ!」

 ラウラが叫んだ瞬間、その声に反応したかのように『福音』がこちらに顔を向けた。無機質なバイザーに覆われた顔からは表情を読み取れない。だが、そこにある敵意を感じ取った各ISは操縦者に警鐘を鳴らす。しかし、それは僅かに遅かった。

『キアアアアア……!!』

 獣の如き咆哮の後、『福音』はラウラに飛びかかった。

「なっ!?」

 その動きの速さに反応できなかったラウラは、『福音』に足を掴まれてしまう。『福音』の方へ目を向けたラウラが見たのは、蛹から羽化する蝶の翅のようにゆっくりと頭部から生えるエネルギーの翼だった。

「ラウラを離せぇっ!」

 ラウラの危機に、シャルロットはすぐさま武装を切り替えて、近接ブレードによる突撃を行う。しかしその刃は空いた方の手に掴まれて止まった。

「よせ!逃げろ!こいつは−−」

 その言葉は最後まで続かず、ラウラはその眩いほどに美しく輝くエネルギーの翼にその身を抱かれる。

 刹那、エネルギー弾の零距離射撃を受けたラウラは、全身に著しいダメージを負って海へと墜ちた。

「ラウラ!よくもっ……!!」

 ブレードを捨てると同時にショットガンを呼び出(コール)し、『福音』の顔面に銃口を押し当ててトリガーを引く。

 

ドンッ!!

 

 しかし、その爆音はショットガンから発されたものではなかった。

 『福音』の胸部、腹部、さらには背部からも、装甲を割るように小型のエネルギー翼が生えてくる。それによるエネルギー弾の迎撃がショットガンを吹き飛ばし、さらにはシャルロットをも吹き飛ばす。

 次いで『福音』はセシリアに急接近。距離を取ろうとしたセシリアのライフルを蹴り飛ばし、両翼からの一斉射撃でセシリアを沈めた。

「私の仲間を……よくもっ!」

 『福音』に急加速で近づいた箒は、続けざまに斬撃を放つ。展開装甲の局所利用によるアクロバットで『福音』の攻撃を回避すると同時に不安定な態勢からの斬撃をブーストで加速させる。互いが攻撃と回避を繰り返しての格闘戦。

 徐々に出力を上げる『紅椿』に、『福音』が僅かに押され始める。

(これならっ!)

 必殺の確信とともに、左手の刀《雨月》の打突を放つ。しかしその直前、またも『紅椿』はエネルギー切れを起こしてしまう。

 その隙を『福音』が見逃すはずもなく、その右腕が箒の首を掴む。そして、ゆっくりと光翼が箒を包み込んだ。

 第二次対『福音』戦。専用機持ち達の勝利の可能性は、まさに風前の灯であった。

 

 

「それで、私を呼んだ理由はなんだ?『フェンリル』」

 私の問いかけに、『フェンリル』は表情を引き締めて口を開いた。

「主に聞きたい事がある」

「なんだ?」

「力を欲するか?」

 その質問は、原作で一夏が『白騎士』に聞かれたものと同じだった。

「いらないと言ったら、嘘になるな」

「なんのために力を欲する?」

 その質問に、少しだけ考えて口に出す。

「それはやはり、自分のためになるな」

「ほう」

 『フェンリル』は口の端を愉快そうに歪めた。

「誰かを助けたいとか、皆を守りたいとか、どんなに他人のためと言っても、結局の所皆『自分がそうしたいからそうする』だけなんだと、私は思う。そしてそのために、力があるに越した事はない」

「なるほど……やはり面白いな、主は……む?」

 『フェンリル』が何かに気づいたかのように空へ目を向ける。

「どうした?」

「どうやら妹達が危機に瀕しているようだ。どうする?主」

 『フェンリル』の言う『妹達』とは、他の専用機達の事だろう。それが危機に瀕しているという事は、やはり命令無視をして飛び出してきたという事なのだろう。

「行こう。力を貸してくれ、『フェンリル』」

「元よりこの身は主一人の物。主の行く所が、私の行く所だ」

 私の差し出した右手を『フェンリル』が取る。瞬間、辺り一面が眩い光に包まれた。

 

 

(会いたいな。九十九に)

 『福音』に吹き飛ばされ、薄れ行く意識の中でシャルロットはふとそう思った。そして一度そう思ってしまうと、その思いが止まらなくなった。

(会いたいな。今すぐにでも会いたい。何をおいても会いたい)

「つく……も……」

 知らず、その口から九十九を呼ぶ声が出ていた。その瞬間。

 

ガシッ!ガシッ!ガシッ!

 

「……え?」

 吹き飛んでいるはずの自分の体が、突然止まる。その衝撃で意識を回復したシャルロットが見たのは、自分の体を受け止めるいくつもの腕。

「これって……《ヘカトンケイル》?って事は……!」

 何となくそっちにいる気がして後ろを振り向くと、そこにいたのは灰銀の機体を身に纏う一人の男。

「すまない。少し出遅れた。パーティはまだやっているかね?」

 それは、さっきから会いたいと願ってやまなかった相手。

「九十九!」

 『フェンリル』第二形態『フェンリル・ラグナロク』を身に纏った九十九だった。




次回予告

秘めた思いを告げる。それは勇気のいる事だ。
その思いを受け入れる。それは覚悟のいる事だ。
もっともそれは、告げる相手が一人ならの話だが。

次回「転生者の打算的日常」
#32 二日目(告白)

僕(わたし)達は、あなたのことを ……。


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#32 二日目(告白)

「九十九!」

「すまない、少し出遅れた。パーティはまだやっているかね?」

 あえてとぼけた口調で言ってみた。一瞬ポカンとしたシャルロット。だが、その顔はすぐに安堵の表情に変わる。

「九十九……よかった……無事で。……っ!?そうだ!みんなは!?」

 シャルロットはハッとなって私とは反対方向にいる『福音』に目を向ける。そこには『福音』に首を掴まれた箒がいた。

「箒!」

「あっちなら心配はいらない。そろそろ来る頃だ、このパーティのもう一人の主役がな」

 『福音』が箒をエネルギー翼に包み、今にも零距離一斉射撃が始まろうかというタイミングで、あいつは現れた。

 

ィィィイインッ!

 

『!?』

 『福音』が箒の首を離すと同時、強力な荷電粒子砲の狙撃が『福音』を襲った。直撃を受け、吹き飛んでいく『福音』。突然の事態に箒の理解は追いついていないようだった。

「あいつめ、魅せる登場の仕方をする」

 向けた視線のその先、そこにいたのは純白の機体。

「俺の仲間は、誰一人やらせねえ!」

 『白式』第二形態『白式・雪羅』を身に纏った一夏の姿だった。

 

「さて、私もそろそろ行くか」

 手近な小島にシャルロットを連れて行った後、飛び立とうとする私にシャルロットが声をかけた。

「待って九十九。その姿って……」

「ふむ……」

 シャルロットに言われて自分の姿を見てみる。二対四枚だったウィングスラスターはその数を倍に増やし、更なる機動性を得た事がわかる。全体にスマートになった装甲。その一方で前腕装甲は少しだけ厚みを増している。

 武装のリストに変化はなかったが、ある項目が増えていた。それは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)。その内容に少し驚いたが、表情に出さないようにしつつシャルロットに答えた。

「どうやら第二形態移行(セカンド・シフト)したようだ。説明は後でする」

 シャルロットの前に《スヴェル》を呼び出し、立てる。これで少なくとも流れ弾によるダメージは防げるはずだ。

「行ってくる」

「行ってらっしゃい。後でお話、ちゃんと聞かせてね」

「分かっている。この村雲九十九−−」

「女性相手に嘘はつかない。でしょ?」

「……その通りだ」

 台詞を取られた悔しさを押し殺し、私は一夏と箒の下へと飛び立った。

 

「一夏っ、一夏なのだなっ!?体は、傷はっ……!」

 慌てて声を詰まらせる箒の下へ一夏は向かい、箒に応える。

「おう。待たせたな」

「よかった……本当に……」

「なんだよ、泣いて−−」

「なんだ?泣いているのか?箒。よかったなぁ一夏が無事で。だが一夏の心配はしても私の心配はしていなかったようだな?」

 横からかけられた別の男の声に、目元を拭いながら目を向ける箒。そこには、笑顔だが妙に苛立った雰囲気の九十九がいた。

「な、泣いてなどいないっ!それにちゃんとお前の心配もしていたぞ、九十九!」

 

 一夏と箒がなにやら甘い雰囲気を出していたのについイラッとして嫌味を言ってしまう。

「ほう、そうか。その割にはこっちを見ないな。私の目を見てもう一度言ってみろ、箒」

「うっ……」

「まあまあ、九十九。それくらいにしてやれよ」

 箒に詰め寄ろうとする私を一夏が間に入って宥めるが、その位では今日の私は止まらない。

「一夏、お前も随分といいタイミングでの登場だったなぁ。機を伺っていたとかじゃ無いだろうな?」

「なっ!?んな事ある訳ねえだろ!」

「ふん、まあいい。それより今は福音だ」

「おう、そうだな。そういや箒、その髪……」

 一夏が箒の髪型をみる。リボンで留めていたポニーテールが、それを失った事でストレートになっていた。

「うん、丁度良かったかもな。これやるよ」

 そう言って一夏が箒に手渡したのは、一本のリボン。

「え?……これって……?」

「誕生日おめでとう。箒」

 今日、7月7日は箒の誕生日だ。おそらく臨海学校の前に買いに行ったのだろう。

 箒といえばポニーテール、ポニーテールといえばリボン。じゃあ、リボンにしよう。なんとも単純な思考が透けて見えた。

「私からは後ほど渡そう。おめでとう、箒。折角だ、使うと良い」

「あ、ああ」

「じゃあ、行ってくる。−−まだ終わってないからな」

「うむ、再起戦(リターンマッチ)と行こうか」

 言うなり、一夏がこちらに接近していた『福音』に対して急加速。正面からぶつかる。機体が進化しても、あいつの戦闘法は進化しないらしい。

 

「一夏、後衛は私が請け負う。存分にやれ」

「おう!」

 大口径銃《狼牙》を二丁展開して、一夏の体をブラインド代わりに『福音』へ連射。『福音』の態勢を崩させる。

 そこに一夏の右手に握られた《雪片弐型》による斬撃が迫る。間一髪、のけぞる事でその斬撃をかわした『福音』。だが、一夏の攻撃はまだ続く。

「逃がすかよっ!」

 瞬間、一夏の意思に応えるように左手の新装備《雪羅》から1m程のエネルギー爪が伸び、『福音』の装甲を僅かに抉った。

『敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対応』

 エネルギー翼を大きく広げ、さらに胴体から生えた翼が伸ばされる。

「来るぞ!一夏!」

 後方からの私の射撃を回避した『福音』が、掃射反撃を開始する。

「そう何度も食らうかよ!」

 弾雨を避けようともせず、左手を前に出して『福音』に迫る一夏。途端、甲高い金属音と共に《雪羅》が変形。光の膜が広がり、『福音』の弾雨を消滅させる。つまりあれはエネルギー無効化シールド。《零落白夜》と同じ物という事だ。

 原作を読んだ時も思ったが、元々エネルギー効率の悪い機体に更にエネルギーをバカ食いする兵器を装備するなんて、正気の沙汰ではない。一体『白式』のISコアは何を考えているんだ?

 とは言え、今回の相手には圧倒的に優位だ。全武装をエネルギー系で固めた『福音』にとって、今の一夏は天敵だと言える。

「うおおおっ!」

 大型化した四機のウィングスラスターが備わった『白式・雪羅』は、通常の機体ならかなり難しい二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)を可能にした。

 複雑な動きをする『福音』だが、常に最高速による回避が可能な訳ではない。よってこれで十分に追いつける。

『状況変化。最大攻撃力を使用』

『福音』の機械音声が告げると同時、しならせていた翼を体に巻きつけ始める。

 それはすぐに球状になり、『福音』はエネルギーの繭にくるまれた状態に変わる。

「九十九、嫌な予感がするぜ」

「ああ、私もだ」

 それは、最悪の形で的中する。『福音』の翼が回転しながら一斉に開き、そこから全方位に対して嵐の如き弾雨が降り注ぐ。

 それはつまり、ダメージの抜けきっていない鈴達にも攻撃が及ぶという事になる。

「くそっ!」

 一夏がすぐさま仲間の盾になりに走ろうとする。それを私は声で制した。

「待て一夏。それは私がやる。お前は奴をさっさと片付けろ」

「どうする気だ?」

「こうする」

 弾雨が鈴達のいる場所へ迫るなか、最高速で先頭のエネルギー弾を追い越すと同時に単一仕様能力を発動。厚みを増した前腕装甲が展開し、アイスブルーの光が漏れ出す。

「お、おい!?」

 『エネルギー弾の前に無防備に飛び出す』という私の行動に、一夏は驚いて動きを止めてしまう。

「一夏、信じろ。お前の信じる私を」

「九十九……わかった!」

 一夏は一度大きく頷くと、《雪片》と《雪羅》から《零落白夜》の光刃を展開。『福音』へと飛び込んだ。

 

 

「ちょっと九十九!あんた何する気よ!?」

「なに、お前達を守るついでに単一仕様能力の性能実験をしたくてな。丁度良かった」

 迫りくるエネルギー弾の前に両腕を突き出す。エネルギー弾が腕に触れたその瞬間、エネルギー弾は『フェンリル』に吸い込まれるように消えた。それと同時、消耗していたシールドエネルギーとブーストエネルギーが僅かに回復する。

 『フェンリル』の単一仕様能力《ヨルムンガンド》。その能力は『エネルギー吸収』である。『フェンリル』が丁寧に用意した説明文によると「『エネルギー』と名の付くものならほぼ何でも吸収可能」らしい。

 但しその効果範囲は、自分の手の届く範囲と言った所のようだ。結果としてエネルギー弾の殆どが仲間の下へと飛んで行く。こんなものなのか?『フェンリル』。

「なにやってんのよ!?全然ダメじゃない!」

「待てよ……『手』の届く範囲……それなら!」

 鈴の罵声をスルーし、ふと思いついた事を試してみる事にした。

 《ヘカトンケイル》を最大展開。さらに《ヨルムンガンド》を発動。すると、百の腕は装甲を展開。機体の前腕同様、アイスブルーの光が漏れ出す。

「やはりそうか……いけ!」

 号令一下、エネルギー弾に向けて飛んでいく《ヘカトンケイル》。その手がエネルギー弾を次々に飲み込んでいく。

 つまり《ヨルムンガンド》は、《ヘカトンケイル》との同時運用を前提にした能力であるという事だ。

 しかも嬉しい事に《ヘカトンケイル》が戦術支援AIを搭載したらしく、脳への負担が大幅に軽減されている。これなら最大稼働を長時間続けられそうだ。

 考えを纏めている内に、全てのエネルギー弾は《ヘカトンケイル》に食い尽くされていた。

「……相変わらずとんでもないな、お前は」

 なんとはなしに『フェンリル』に語りかける。一瞬、アイスブルーの光が強くなった気がした。

 

 全エネルギー弾を吸収し終わり、『福音』はどうなったかと目を向けてみると、一夏の下へと駆ける箒がいた。

 その機体からは展開装甲の赤い光に混じって黄金の粒子が溢れていた。どうやら《絢爛舞踏》は無事に発動したようだ。

 箒の手が一夏の白式に触れた瞬間、黄金の粒子が白式を包み込む。

 『紅椿』の単一仕様能力《絢爛舞踏》。その能力は『エネルギー増幅』である。一の力で百を零にする《零落白夜》と対になる能力。それが《絢爛舞踏》だ。

 火力馬鹿で大食いの『白式』にとって、最高のパートナーにして最大のカウンター。それが『紅椿』の役割と言えるだろう。

「さて、そろそろ詰めだ」

 スラスターを吹かして一夏と箒の下へと向かう。近づいて見ると、一夏は自分の機体に起きた事に戸惑っているようだった。

「なんだこれ?エネルギーが回復!?箒、これ−−」

「今は考えるな!行くぞ、一夏!」

「お、おう」

「私も忘れてくれるなよ、箒」

 攻撃に向かう一夏と箒に存在をアピール。私の機体を見た箒が驚きに目を見開く。

「九十九、お前その腕……まさか展開装甲!?」

「今は考えるな、だろう?」

「−−ああ、そうだな。行くぞ!一夏!九十九!」

「「おう(ああ)!!」」

 一夏が意識を集中し、《雪片弐型》のエネルギー刃を最大出力まで高める。巨大な光刃を両腕で支え、『福音』めがけて横薙ぎに振るった。

「うおおおっ!」

 その一撃を『福音』は縦軸一回転で回避。こちらを視界に捉えると同時に光翼をこちらに向ける。

「箒!」

「任せろ!」

 一夏に向けられた翼を、『紅椿』の二刀同時斬撃が斬り落とす。

「逃がすかぁぁっ!」

 さらにそこから脚部装甲を展開、加速の勢いを乗せた回し蹴りが『福音』の本体を捉える。

 予想外の攻撃に大きく姿勢を崩した『福音』に、一夏が切り返しの斬撃を浴びせ残る光翼をかき消した。

 そして、最後の一突きを繰り出さんとする一夏。それに対し『福音』が体から生えた翼全てで一斉射撃を行おうとして−−

『!?!?!?』

 その翼が、私の《ヨルムンガンド》によって食い尽くされていた事に気付く。

「ごちそうさま。そして、さようなら」

「おおおおおっ!!」

 その一瞬の隙に、一夏が『福音』の胴に《零落白夜》の刃を突き立てた。そのままブーストを最大出力まで上げる。

 ブーストの勢いに押されながら、なおも一夏に手を伸ばす『福音』。その指先が一夏の喉笛に食いこんだ所で、『福音』はようやくその機能を停止した。

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 瞬間、アーマーを失いISスーツだけになった『福音』の操縦者が海へと墜ちていく。

「しまっ−−!?」

「おっとイカン」

 《ヘカトンケイル》を飛ばし、海面すれすれで彼女をキャッチ。事なきを得た。

 安堵の息を漏らしていると、ダメージから復帰した鈴がこちらに向かって来ていた。シャルロットとボーデヴィッヒも無傷とは言えないがなんとか無事だ。セシリア?私の隣(の島)で寝てるよ。後で叩き起こさねばな。

「終わったな」

「ああ……やっとな」

「さあ、帰ろうか。正直もうクタクタだ」

 セシリアを叩き起こして、全員で帰路に着く。作戦は成功。負傷者はあれど死者はなし。最高とは言えないが最良の結果だ。

 ふと空を見れば抜けるような青さはもうすでになく、夕闇の朱が世界を優しく包んでいた。

 

 

「…………」

「「「…………」」」

 と、爽やかに終わる事が出来ればどれだけ良かったか。

 今現在、私達は司令室となっていた大広間で正座している。目の前には腕を組み、こちらに厳しい視線を向ける千冬さん。

 表情から感情は伺い知れないが、なにやら背後に『ゴゴゴゴゴ』だの『ドドドドド』だのと言った効果音が文字になって見える……ような気がする。織斑千冬、お冠(二度目)。

「お前達……」

「「「は、はいっ!」」」

 ビクリとする専用機持ち達。千冬さんが短く嘆息すると、そのプレッシャーは僅かに弛緩した。

「−−村雲の捜索、ご苦労だった」

「「「は……はい?」」」

「途中、『福音』との遭遇戦になったようだが、撃破出来たのは重畳だ」

「えっと……先生?」

 何がなんだかわからない。そんな表情の箒以下女子専用機持ち組。

「だが、いくらそう命令するつもりだったとは言え、こちらが捜索命令を出す前に飛び出していった事は咎めねばならん。お前達には帰ってから期末考査開始までの間、寮からの外出を禁止する。ついでに反省文の提出もあわせてやって貰う。いいな」

「……はい」

 千冬さんのお言葉に勝利の余韻は完全に霧散。強い疲労感だけが残ってしまった。

「織斑先生、もうその辺で……。怪我人もいますし、ね?」

「ふん……」

 不機嫌な千冬さんとは対照的に山田先生はおろおろわたわたしている。救急箱や水分補給パックなどを持ってきていて、実に忙しそうだ。

「じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。−−あっ!だ、男女別ですよ!わかってますか、二人とも!?」

 ……むしろわかってないと思われているのだろうか?だとしたら心外だ。

「それじゃ、みなさんまずは水分補給をしてください。夏はその辺りも意識しないと、急に気分が悪くなったりしますよ」

 はーい、と返事をし、それぞれスポーツドリンクのパックを受け取る。無論、体に考慮した常温の物。冷たい物の一気飲みは体に悪影響を及ぼすからな。

「ってて……。口の中切れてるな」

「戦闘の興奮で自切したのではないか?今日はわさび醤油はやめておけ」

「だな。俺も地獄は見たくねえ」

 軽口を叩きつつスポーツドリンクを飲んでいると視線に気づく。視線の主は千冬さん。じっとこちらを見ている。

「な、なんですか?織斑先生」

 もっとも、見ているというより睨んでいるに近く、居心地の悪くなった一夏はつい口を開いてしまう。

「……しかしまあ、よくやった。全員、よく無事に帰ってきたな」

「え?あ……」

 照れ臭そうな顔をしているように見えたが、すぐに背を向けられたので表情は見えなくなった。

 なんだかんだで私達の身を案じてくれている千冬さんに心中で感謝を述べる。直接言えば、本人が嫌がるだろうからな。

「さて一夏、そろそろ出るぞ。診察が始まる」

「おう」

 立ち上がり、廊下に出る私と一夏。ぴしゃりと閉じた襖に背を預けた一夏は「ふう……」と深い溜息をつく。戦いは終わった。考えるべき事、整理すべき事は多々あるが、とりあえず−−

「お疲れ、一夏」

「おう、そっちもな」

 

 女子達は怪我の診察中、千冬から驚くべき事実を知らされた。

「今回のお前達の動向、村雲は全て読み切っていた」

「「「えっ!?」」」

「これを読め」

 言って、千冬が渡したのは封筒に入った手紙。タイトルは『織斑・村雲のいずれか、もしくは両名が撃墜ないし行方不明になった場合の専用機持ち達の動向の予測とその処遇についてのお願い』。それを読んだ五人は戦慄する。

 そこには九十九(自分)か一夏、あるいは両方がやられたり行方不明になった場合に、自分達がどうしようとするかについての完璧な予測と、そうなった際のIS委員会への一番上手い言い訳の仕方が書いてあった。

「まさかここまでとは……」

「あいつ、やっぱエスパーでしょ」

「あの方、一体何手先まで読めているのでしょうか……?」

「九十九ってすごいなぁ……」

「軍に入れば、優秀な参謀として重用されるだろうな」

 五人五様の反応。しかし、その後に考えた事はその場にいた全員同じだった。

(((九十九って、本当に何者なんだろう?)))

 

 

 夕食時、シャルロットに数人の女子が群がって何があったのかを訊いてきた。最も取っ付きやすい彼女なら話してくれるかもという判断だろうが、それは判断ミスというものだ。

 シャルロットは専用機持ちの中で責任感が最も強い。なんだかんだあしらわれて、女子達は彼女から聞き出すのは諦めたようだ。しかし−−

「じゃあ、村雲君に訊こー」

「「「おー!」」」

 矛先が私に向いた。だが、答えは同じだ。

「残念だが何も話せんよ。だいいち、聞けば制約がつく。窮屈な暮らしが好みかね?」

「それは困るなぁ……」

「だろう?ならこの話はおしまいだ。私達は何も言わないし言えない。だから君達も訊かないし訊けない。いいね?(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ」」」

 誠心誠意を込めたお願いに快く応じてくれる女子達。日頃の成果だな。

「九十九の笑顔が怖いからだと思うよ?」

 ポツリと漏らすシャルロット。何故?

 

 

ざぁん……ざぁん……

 

「…………」

 食事の後、私は軽く休憩をとってから部屋を抜け出し、旅館の近くの防波堤で夜の海と空を眺めていた。

 今夜は満月。真夜中ではあるがそれなりに明るい。ふと岸辺を見ると、水着姿の一夏と箒がいた。さらにその後ろで一夏ラヴァーズが隠れて様子を窺っている。きっとあの後何かしらの修羅場になるな。助けてやるつもりは無いが。

「「九十九(つくもん)」」

 かけられた声に振り向くと、水着姿の本音さんとシャルロットがいた。いたのだが……。

「本音さん?着ぐるみ水着はどうしたね?」

「脱いできた〜。ど~かな~?」

 なんと本音さんは着ぐるみ水着の下のマイクロ水着だけの姿だった。なんというか……暴力的なまでにセクシーだった。

「あ、ああ。うん、似合っているよ」

「てひひ〜、ありがと~。あ、隣いい〜?」

「あ、僕も」

 言うなり隣に座る二人。しばらく無言の時間が流れる。「そういえば」と、何かを思い出したように口を開くシャルロット。

「九十九、約束守ってね」

「ん?ああ。あれは一夏が墜ちた後−−」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「で、目が覚めてISを起動させると、受けたはずの傷が治っていたんだ」

「不思議だね~」

「本当にね。あ、本音。今の話、誰にもしちゃダメだよ?」

「うん、わかった〜」

 シャルロットの念押しに頷く本音さん。

「でも、本当に無事で良かった。九十九がいなくなったらって思ったら、僕……」

「シャルロット……」

「わたしも心配してたよ~?つくもん大丈夫かなって〜」

「本音さん……」

 俯く二人。かなり心配をかけてしまったようだ。二人に向かって頭を下げる。

「すまない、心配をかけた」

「「うん、いいよ」」

 意外にも二人はあっさり許してくれた。そうしてまたしばしの無言。波の音だけが響いている。

「「「あの……」」」

 互いに何か言おうとして被ってしまう。気まずさが漂った。

「えっと……お先にどうぞ」

「いや、そちらが先に」

 そして譲り合い。またも気まずい雰囲気に。

「……では、私からいいかね?」

「「うん」」

 立ち上がって二人に向かい合う。同じく立ち上がった二人に話しかける。

「今回の一件で心配をかけた詫びをしたい。私にできる範囲ならなんでもしよう」

「そんな、気にしなくていいよ」

「うん、ちゃんと謝ってくれたし〜」

「それでもだ。何より私の気が済まない」

 私の言葉に二人は顔を見合わせて、コクリと頷きあう。

「それじゃあ、お願いしていいかな?」

「目をつむってほしいんだ〜」

 随分と簡単なお願いだった。そんなので良いのか、と思いつつも言われた通り目を閉じる。

「これでいいかね?」

「うん、絶対に目を開けちゃダメだよ?」

 一体何をされるのか?思わず身構えた私を襲ったのは−−

「んっ……」

「!?」

 唇に柔らかい何かが当たる感触だった。驚きに思わず目を開くと、そこには大写しになったシャルロットの顔。つまり……キスをされている。誰が?私が。誰に?シャルロットに。

「ふう……けっこう恥ずかしいね、これ」

「な、あ、シャル……ロット?」

 突然の事態に頭がついていかない。と、横から肩をつつかれる。振り向くと−−

「えいっ!」

「な、本音さ……んうっ!?」

 本音さんが私に飛びつき、唇を重ねてきた。シャルロットとは違う柔らかさに思考が停止する。

「ぷはっ。えへへ〜、わたしのファーストキスだよ~」

「あ、いや、え?二人とも……?」

 目の前の二人からキスをされた。その事実に理解が追いついてきた所でシャルロットが口を開く。

「九十九に聞いてほしいことがあるんだ」

「あ、ああ」

 顔を赤らめてこちらを見る二人。揃って息を吸ったと思うと、声を揃えて想いを口にした。

「「僕(わたし)達は、村雲九十九君が……好きです!」」

「!!」

 二人からの告白。それも、曲解も聞き間違えもできないど真ん中ストレート。それだけに、想いは本物であると分かる。そして、だからこそ分からない事があった。

「何故、二人同時に言おうと思ったんだね?抜け駆けしようとは……」

「思わなかったよ~」

「一夏の周りの子たちを見てて思ったの。下手に抜け駆けしようとするからあんな風になるんだって」

「確かにな。一夏が絡まなければそれなりに仲はいいのだが……」

 あの四人、普段はそれぞれ魅力的なのに、織斑一夏という男が絡んだだけでどうにも残念な感じになってしまうのだ。互いに抜け駆けとその阻止を繰り返すからああなってるんだろうな。

「それにね、織斑先生が言ったんだ〜。『あいつの事で、私はとやかく言うつもりはない。取り合うなり分け合うなり好きにしろ』って~」

「だったら、九十九の事を取り合って仲が悪くなるより仲良く分け合った方がいいよねって、本音と話したの」

「そ、そうかね。では、私も返事をしないとな」

「「…………」」

 訪れる沈黙。私は意を決して口を開く。

「君達の気持ちは素直に嬉しい。しかし、すぐに答えは出せない」

「「…………」」

「私の君達に対する想いが友愛なのか、親愛なのか、それとも異性愛なのか。私自身が分からないからだ。だが……」

「「だが?」」

 二人の目を真っ直ぐに見て、言葉を続ける。

「いつか必ず答えは出す。それまで待ってくれるなら……その……これからよろしく頼む」

「「……うん!」」

 抱き着いて来る二人を受け止め、腕の中に迎え入れながら思う。

 二人が私に告白するという最大級の原作乖離が起きた以上、もう原作がどうこうとか関係ないな、と。

 

 

 私は本音さんとシャルロットの二人から愛の告白を受けた。

 今後、この二人との関係がどうなるのか。神ならぬ私には分からない。

 

 

 明けて翌日。今日はもう帰るだけだ。朝食を取り、各種機材の撤収を終わらせ、荷物を纏めた後、バスの前でいったん整列。

「「「お世話になりましたー!」」」

「こちらこそ有難うございました。これからも頑張ってくださいね」

 女将からの激励を受けて、皆バスに乗り込む。ちなみに私は最後部座席。何故かって?

「これなら三人で並んで座れるからね~」

「あ、九十九は真ん中ね」

「ああ、分かった」

 つまりこういう事だ。

「あーー……」

 最前列の席に腰を下ろした一夏は深い溜息をついた。その様はなんというか……。

「ボロボロだな」

「仕方ないよ~」

「ほとんど眠れてないだろうしね」

 と言うのも、私達が旅館に帰った後、外から物騒な射撃音と着弾音と衝撃音が1時間ほど聞こえ続ける、という事があった。間違いなく嫉妬に狂った三人に一夏が追い掛け回されたのだろう。

 しかもその音が原因で旅館抜けがバレ、千冬さんにラヴァーズともども大目玉を食らった。

 結果、一夏の睡眠時間は3時間ほど。その上であの重労働。死にそうになってもおかしくはない。

 ちなみに私達は可能な限り誰にも見つからないように旅館に戻ったため、事なきを得ている。

「すまん……誰か、飲み物持ってないか……?」

 辛そうに口を開く一夏だったが、ラヴァーズの返事は無情なもので。

 「……ツバでも飲んでいろ」とボーデヴィッヒが冷たく返し、「知りませんわ」とセシリアがそっぽを向く。

 鈴は二組のためここにはいない。皆から見放された一夏が最後の望みを託して箒に視線を向ける。が−−

「なっ……何を見ているか!」

 と、一夏にチョップ。あれは地味に痛いな。仕方ない。

「シャルロット。確か自販機で茶を買っていたな。それを……どうした?」

「……名前呼び禁止(ムスーン)」

 旅館に帰った後、彼女から「今度から愛称で呼んでね。九十九に決めて欲しいな」と言われ、原作同様『シャル』としたのだが、それをうっかり忘れて名前呼びしてしまい、彼女は機嫌を損ねてしまったというわけだ。ふくれっ面が可愛いとは思うが、謝罪は口にせねばな。

「あ、ああ。すまないシャル。それで、茶なんだが……」

「一夏にあげるの?いいよ。はい」

 カバンからペットボトルの茶を取り出し、手渡してくるシャル。

「これもあげる〜。疲れた時はお菓子だよね~」

 そう言って、チョコバーを差し出してきたのは−−

「ありがとう、本音さん。……どうした?」

「……さん付け禁止(むっす~)」

 シャルと同様、本音からも「これからは呼び捨てでいいよ〜」と言われた。とは言えすぐに習慣は抜けず、ついさん付けをしてしまい、彼女の機嫌を損ねてしまったというわけだ。こちらのふくれっ面も可愛いと思うが、謝る必要はあるな。

「すまない本音。いつもの癖でつい。それで、それを一夏にあげていいのか?」

「うん、どうぞ~」

 シャルから茶を、本音からチョコバーを受け取って一夏の下へ。

「うー……しんど……」

「おい、一……」

「「「い、一夏っ!」」」

「はい?」

「夏……ん?」

 三人の声が同時に聞こえ、そちらに振り返る。それと同じタイミングで、車内に一人の女性が入ってきた。

「ねえ、織斑一夏くんと村雲九十九くんっているかしら?」

「あ、はい。俺ですけど」

「私が村雲九十九です。ご用でしょうか?」

 女性に呼ばれ、返事をする私と一夏。

 やってきた女性は、10代終盤から20代序盤。少なくとも私達よりは年上で、夏の日差しを浴びて輝く鮮やかな金髪が目に眩しい。格好いいブルーのサマースーツ。ただし、千冬さんのようなビジネススーツではなく、オシャレ全開のカジュアルスーツ。

 開いた胸元から、大人の女性特有の整った膨らみが僅かに覗く。その胸の谷間に持っていたサングラスを預け、こちらの顔を見つめてきた。

「君達がそうなんだ。へぇ……」

 女性はそう言うと私達を興味深そうに眺める。その視線は、品定めというより純粋な好奇心で観察しているといった感じだ。

 微かに香る柑橘系のコロンが、どうにも落ち着かない気持ちにさせる。事実、一夏は完全に目の前の女性に呑まれている。

「あ、あの、あなたは……?」

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」

「え−−」

 一夏が自分の予想外にあった言葉に困惑していると、ナターシャさんはその頬に唇をつけた。

「ちゅっ……。これはお礼。ありがとう、白いナイトさん。それと……」

 呆けている一夏をよそに、こちらに目を向けるナターシャさん。彼女が一夏にやった事のインパクトに唖然としていた私の頬に、彼女の唇が触れた。

「ちゅっ……あなたもありがとう。灰色の魔法使いさん」

「え、あ、う……?」

「あ、えっと……どういたしまして……?」

「じゃあ、またね。バーイ」

「「は、はぁ……」」

 手を振ってバスから降りるナターシャさんを、私達は呆けた状態のまま見送った。ちなみに一夏は手を振り返していた。彼女の姿が見えなくなった次の瞬間。

「「はっ!?」」

 背中に強烈な寒気を覚えて振り返るとそこには−−

「浮気者め」

「ええ本当に。行く先々で幸せいっぱいのようですわね」

「はっはっはっ」

 一夏に向かって歩いてくるラヴァーズ三人。その手にはペットボトルが握られている。しかし、私が恐れたのは怒れる三人のさらに後ろにいる二人。

「九十九って、意外とモテるよね(ゴゴゴゴゴ)」

「つ〜く〜も~ん〜(ドドドドド)」

 シャルロット・デュノア&布仏本音、お冠(ド級)。

 何故だろう?二人の後ろに近未来的な光線銃をこちらに向けるショートボブの成人女性と、鉄灰色の肌の巨人を従えた銀髪ロシアン少女が見える……ような気がする。

「「「はい、どうぞ!」」」

「ぐはぁっ!?」

 一夏に向かって投げつけられる三本の500mlペットボトル。物理的に死ねるんじゃなかろうか。

「「ふーんだ」」

「あの、二人とも……」

「「プイッ」」

「油断した私が悪かった。許してくれないだろうか?この通りだ」

「「ベーッだ!」」

 必死に二人に頭を下げる私。しかし、二人は許してくれそうになかった。周りからの好奇と非難の視線が強烈に痛い。精神的に死ねるんじゃなかろうか。

 結局、二人に許して貰えたのは学園に帰り着いた後だった。女性と付き合うというのは、意外に大変なのだなと思い知った。

 

 

 こうして、一学期最大の事件はその幕を閉じた。

 もうすぐ夏休みが始まる。きっと色々な事があるだろうが、最後は楽しかったと言えるようにしようと思う。




次回予告

それは、全世界全学生共通の最大の敵。
それは、決して逃げられない相手。
その先に待つのは天国か、地獄か。

次回「転生者の打算的日常」
#33 期末考査

九十九、助けてくれ……。
今回は私も助けて欲しい側だ、一夏。


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#33 期末考査

 IS学園一学期期末考査。臨海学校から5日後に行われるこの試験は、『一般教科』と『IS関連教科』に分かれる。

 全9教科中1教科でも赤点を取れば、夏休み期間中は全て補習に充てる事になる。

 そのため、期末考査前は皆必死に勉強する。それは私達一年専用機持ち組も例外ではなく……。

 

「九十九!助けてくれ!」

「残念だが、今回は私も助けて欲しい側だ。一夏」

 午前九時過ぎ、IS学園一年生寮の食堂。私の座っている席のテーブルに当たりそうな勢いで頭を下げる一夏。同じ席にはシャルも座っている。本音は今頃教室で授業中だ。

 何故、私達がここでこうしているか?それは私達が臨海学校で『はしゃぎ過ぎた』からだ。その代償が『期末考査開始までの間、寮内で謹慎』であり、そのためこうしてここにいる訳だ。ちなみに……。

「一夏、なぜ私を頼らんのだ……」

「なによ、あたしが頼りないっての?」

「わたくしが一番わかりやすく教えて差し上げますのに……」

「…………」

 隣のテーブルには一夏ラヴァーズが陣取って、一夏が教えを乞いに来るのを今か今かと待っている。

「ほら、彼女達がああ言ってくれてるんだ。教えて貰え」

「お、おう」

 そう言ってラヴァーズの座るテーブルに着く一夏。

「さて、シャル。私達も始めよう」

「うん、何からにする?」

「そうだな……まずは一般教科を固めておこう」

「うん、わかった」

 こうして、私達は他の生徒達が帰ってくるまで食堂で勉強会を続けるのだった。

 

 ちなみに隣のテーブルでは……。

「では私は得意な数学を教えてやろう」

「えっ?あたしも数学が得意なんだけど」

「わたくしもですわ」

「私もだ。どうするんだ?教える教科が被ったぞ」

「やむを得ん。こうしよう」

 そう言って箒が取り出したのは数学のテスト。中学レベルのもののようだ。

「今からテストをして最高得点の者がお前に教えるから、ちょっと待ってろ」

「なあ、この時間無駄じゃね?」

 一夏のツッコミが、食堂に虚しく響いた。

 

「でね~、ここがこうなるの~」

「なるほど。では本音、この場合はどうなる?」

「え~っと、これは〜……」

 放課後の寮食堂。ここまで教えてくれていたシャルに替わり、帰ってきた本音を先生役にIS関連教科を教えて貰う事に。

 本音は特に『IS整備概論』と『IS基礎理論』が得意だ。一方のシャルは『IS操縦概論』と『IS関連法規』を得意とする。二人の得意分野が違うため、三人で勉強をするとかなり捗るのだ。

「ってなるんだよ~」

「すると、これをこうしたら……」

「あっ、そうするとこうなるから……」

「むう、うまく行かんものだな」

「ISの整備は繊細なんだよ〜」

 教科書と睨み合い、本音にあれこれと質問しつつ知識を溜め込む。全ては期末考査を無事切り抜けるためだ。頑張らねば。

 

 なお、隣では一夏ハーレムが『IS操縦概論』の勉強をしているのだが……。

「−−となるのです。お分かりになりまして?」

「つまり、ひゅーん、ひょいという感じだろう?」

「どんな感じなの、それ?ってか、意味わかんないし」

「……こいつは何を言ってるんだ?」

「俺に聞くなよ……」

 まごう事無きグダグダ空間がそこにあった。よかった、巻き込まれなくて。

「「「聞いてるのか(んの)(ますの)!?一夏(さん)!」」」

「あ、はい。聞いてます、聞いてます」

 

 

 2日目。今日は私が先生役でシャルが苦手だと言う国語を教える事に。

「つまりだ、ここで作者が言いたいのは−−という事だ」

「そうなんだ。逆の意味だと思ってたよ」

「日本語は『世界一習得の難しい言語』とされているからな。無理もないさ」

 丁寧語、尊敬語、謙譲語と、話し手の立場や状況で同じ意味の言葉でも言い方が大きく変わる上に、ひらがな、カタカナ、漢字の三種類の文字を使う特殊な言語。それが日本語だ。そのため、外国人には訳がわからなくなる事が多々あるそうだ。

 厚木在住のアメリカ人漫談家ではないが「Why Japanese People!?」と言いたくなるだろうな。

「さて、時間的にそろそろ昼食だな。一息入れたら、次は君が英語を教えてくれ。シャル」

「うん、いいよ」

 勉強道具を一旦片付け、昼食タイムに入る。さて今日は何にしようか。

 

 なお、隣のテーブルでは……。

「−−−−」

「ちょっ、待ってくれセシリア。速くて聞き取れねえ」

「そう?こんなもんじゃないの?英会話なんて」

「私も聞き取れないんだが……」

「かなり聞きやすいと思うのだが……」

「わたくし、普段より格段に遅く話してますのに……」

 日本人の二人と海外組の三人の間に、言語という名の溝が生じていた。

「……シャル。リスニングはお手柔らかに頼む」

「クスッ、わかった」

 午後からのシャルの英語の授業は、非常に分かりやすく、要点を押さえたものだった。

 彼女が先生役でほんと良かった。さすが私のガールフレンド(仮)。

 

 放課後は本音と一緒に『IS基礎理論』の勉強。何事も基礎は大事だ。

「−−ってなるんだよ~」

「そういう事か。理解した」

「うん、よろしい。じゃあ、次ね~」

 教科書を元にわかりにくい書き方をしている所を噛み砕いて教えてくれる本音。は、いいのだが……。

「ここはね~、−−が−−ってなって〜」

 本音の話し方がどうにものんびりなので、勉強中にも関わらず睡魔が襲ってくる。これは……拙い……な……。

「つくもん、聞いてる〜?」

 声をかけられて、眠りの国から引き戻される。もう少し遅ければ、きっと寝息を立てていただろう。

「あ、ああ。すまない、一瞬眠りの国に行っていた」

「お疲れみたいだね〜。今日はここまでにする〜?」

 本音に言われて時計を見れば、時刻は18時。夕食には丁度いい時間だった。

「そうしよう。朝から勉強のし通しだったからな」

「じゃあ、ご飯食べよ~」

「了解だ。……ん?電話だ。相手は……シャル?」

 シャルからかかってきた電話に出る。本音に一旦待ったをかけるのも忘れない。

「私だ。どうした?シャル」

『あ、九十九。ちょうど今会議が終わったんだけど、まだ食堂?』

 シャルは午後の勉強中、デュノア社からテレビ会議への参加を要請された。

 なんでも、現在デュノア社ではラグナロクと共同で『ラファール』の流れを汲む第三世代機を開発中で、『ラファール』の使い手であるシャルにも話を聞きたいという事だった。

 一言「ごめん」と告げて、シャルは会議に参加するため部屋に戻り、現在に至るという訳だ。

「ああ。勉強を終えて、これから本音と夕食にする所だ」

『わかった。僕も行くからちょっと待ってて』

「ああ、それじゃあ」

『うん。あ、そうだ』

「ん?なんだ?」

『……大好き』

「……急に言わないでくれ。その……対応に困る」

『う、うん、ごめん。でも、言っておきたかったから』

「そ、そうか。じゃあ、待ってるから」

『うん、それじゃ』

 通話を終えて携帯をしまうと、本音がこちらをじっと見ていた。

「ど、どうした?」

「つくもん。わたしもつくもんのこと、大好きだよ〜」

「……聞こえていたのか?」

「ううん。でも、しゃるるんがそう言ったかなって〜」

「何故そう思った?」

「つくもん、お顔真っ赤だよ〜?」

「!!」

 言われて頬に手を当てる。びっくりする程熱かった。これはまずいな。

「ほほー……(ニヨニヨ)」

「これはこれは……(ニヨニヨ)」

 周りの視線が凄く生温かかった。この後、合流したシャル共々居合わせた女子達に質問攻めを受けたのは言うまでもない。

 

 余談だがあの五人は……。

「ああもあっさり『好き』と言えるなんて、羨ましいですわ」

「こいつの場合言っても通じない事の方が多いし」

「嫁の鈍さは超弩級。とは村雲の弁だったか」

「少しは気づいてくれても……な」

 ちらりと一夏の方を向くラヴァーズ。

「ん?どうしたんだ、お前ら?」

「「「……はぁ」」」

「???」

 四人の溜息の意味がわからず、一夏は思い切り首を傾げていた。そろそろ気づいてやれ、ド鈍感。

 

 

 3日目。今日から期末考査までは、試験対策のために連休となる。そのため、食堂は勉強会を開いている女子で溢れていた。

 皆思い思いの勉強をしているが、中には妙なのもいた。例えば……。

 

「本能寺の変♪」

「本能寺の変♪」

「本能寺の変♪」

「「「本、能、寺、の変♪」」」

 ヤケに切れのあるダンスを踊りつつ、ひたすら本能寺の変を連呼するグループ。それは勉強か?

 

「で、ボンッキュッボンってなって答えはここ!」

「いや、それ全然わかんない」

「うん、意味が伝達してこない」

 謎の宇宙語で数学を教える女子に苦労するグループ。何故彼女を教師役にした?

 

「中高の理科なんて暗記で十分よ!死ぬ気で詰め込みなさい!」

「理科にも相手に伝える為の国語力は必須よ。覚えるだけでは意味がないわ」

「なによ!」

「なにかしら?」

 理科の教え方で真っ向から対立する二人のいるグループ。あれ、捗るのか?

 

「身はたとえ 武蔵の野辺に 朽ちんとも 留めおかまし 大和魂」

「ね、ねえ。何でさっきから辞世の句ばっかり……」

「死の間際の言葉こそ美しい。そうでしょう?うふふ……」

 妙な感性を持った文学女子のいるグループ。普通に怖いんだが。

 

「英語はこれで楽勝よ!」

「それは!」

「最強の英単語帳『殺たん』!」

「よっしゃあっ!これで勝てる!」

 ある女子が取り出した単行本サイズの本を見てやたら盛り上がるグループ。でもアレ漫画だよな?

 

「これはこの公式を当てはめて……」

「なるほど、こうすればいいのか」

「つくもん、ここなんだけど〜」

「うん?ああ、その場合の解釈は……」

 私達が勉強をしているのはその食堂の隅の方。比較的静かな場所でお互いに教え合いをしている。

「ふう、こんなものか。本音、シャル、一息入れよう」

「「うん」」

 一旦席を立ち、ドリンクコーナーへ。私はコーヒー、本音はオレンジジュース、シャルはカフェオレを購入。席に戻ってそれを飲みつつ雑談をする。

「やはりかなり範囲が広いな。これは苦戦しそうだ」

「そう言う割には余裕そうに見えるけど?」

「余裕『そう』なだけだ。実際にはかなり焦っている。IS関連教科は正直自信がない」

「大丈夫だよ〜、つくもんはできる子だもん」

 本音がのほほん笑顔を私に向ける。なんだか嬉しくなったので、本音の頭を撫でてあげた。

「ありがとう、本音」

「てひひ〜」

 気持ち良さそうに目を細める本音。ふと目を向けると、ちょっぴりむくれたシャルがいたので、その頭を撫でる。

「んっ……えへへ」

 あっという間に機嫌を直すシャル。と、どこからともなく妙な歌が聞こえてきた。

「「「な~でな~で~、本音〜♪」」」

「「「な~でな~で~、シャ〜ルロ〜ット♪」」」

 ニヨニヨした笑みを浮かべながら、誕生日の歌の替歌を歌う女子達。

 いや、確かにここは戦う女の子(バトルガール)のいる高等学校(ハイスクール)だけど。と言うか見られてた!?

「あう……」

「うう……」

「む……う」

 真っ赤な顔の本音とシャル。気恥ずかしくなった私達は、急いで荷物を纏めて食堂を出た。これでは今日は勉強にならんな。

 

 それから例の五人だが……。

「「「…………」」」

「えーと?どうしたんだ、お前ら?」

 急に自分に向かって頭を出してきた四人に困惑する一夏。さらに、自分の後ろからも視線を感じたので見てみれば……。

「「「…………」」」

「うおっ!?なんだ!?どうしたってんだよ、みんな!?」

 何人もの女子が自分に向かって頭を出していた。結局「最高得点獲得者が一夏になでなでして貰える権利を得る」というルールの下、十数人の女子によるテスト対決が行われる事に。

「だから、この時間無駄じゃね!?」

 一夏のツッコミが再び食堂に虚しく響いた。

 

 

 4日目。昨日の一件による他の女子からのからかいを防ぐため、私の部屋で勉強会を催した。のはいいのだが……。

「何故お前達まで来るんだ?」

「良いじゃない。みんなでやった方が色々はかどるでしょ?」

「ごめん九十九。途中で捕まって……」

 私の部屋という事は、一夏の部屋でもあるという事。私の部屋に向かう本音とシャルを他の四人が見つければ、こうなる事は自明の理。結果として二人部屋に八人もの人がひしめく事態になっていた。

「むう……狭いな」

「ちょっと、もっとそっち寄りなさいよ」

「痛っ!足を蹴らないでくださいまし!」

「では、私は嫁の膝に……」

「「「座らせないぞ!?」」」

 もうしっちゃかめっちゃかだった。このままでは勉強にならんな。どうするか……。

「ねえ、九十九。僕の部屋が空いてるよ?」

「ああ、そういえば」

 シャルのルームメイトはボーデヴィッヒ。そのボーデヴィッヒは今ここにいる。つまり、シャルの部屋は現在無人。丁度いいか。

「一夏。私達はシャルの部屋に行く。ここはお前達で使え」

「おう。悪いな」

「気にしなくていい。行こうか、二人共」

「「うん!」」

 

 という訳で、シャルの部屋にやって来たのだが……。

「どうぞ、上がって」

「おじゃましま~す」

「邪魔をする」

 ドアを開けた瞬間に香ってきた女性の部屋特有の何とも言えない香りと女性的な内装に、どうにも落ち着かない気分になる。

「むう……」

「つくもん、顔赤いよ~?」

「どうかした?」

「いや、女子の部屋に招かれるなんて初めてだからな。なんだか落ち着かん」

「あれ?鈴ちゃんのお家に行ったことあるんだよね〜?」

「確かにあるが、当時のあいつの家にあいつの部屋はなかった。あったのは居間兼寝室と食材倉庫に使っていた部屋だけだ」

「「へー」」

 そのため、泊まり込みで遊びに行くとオヤジさんが渋い顔をしていた記憶がある。男衆は台所で寝る事になるからだ。

「あれ?でもわたしと同じ部屋だった時は緊張してるようには見えなかったけど〜?」

「本音と同室だった時は、自分の部屋でもある以上緊張しても仕方がないと思っていただけで、実際は緊張していたよ」

「そ~だったんだ〜」

 そういう意味では、女子の部屋に招かれるのは今回が初。という事になる。

「そうなんだ。あ、座って待ってて。いまお茶淹れるね」

「ああ。では、茶が入り次第勉強を始めよう」

「おっけ〜」

 テーブルに教科書とノートを広げ、シャルを待つ。ふと台所に目を向けると、シャルが鼻歌交じりに茶を淹れていた。その姿をなんとはなしに見ていると、本音が訊いてきた。

「つくもんって、家庭的な女の子が好きなの~?」

「ん?そうだな……私自身、家事が少々苦手だからな。家事が得意な子は『いいな』と思うよ」

「そっか〜。じゃあわたしもお料理とか練習「だけど」ほえ?」

「一緒にいるだけで癒やされる。そんな子も『いいな』と思うよ」

「そっか〜。えへへ〜」

 私の回答に満足したのか、満面の笑みを浮かべる本音。そこに茶の乗った盆を持ったシャルが戻ってきた。

「何の話してたの?」

「なに、他愛も無い事さ。さて、今日はIS関連教科の詰めをしようと思う。頼めるか?二人共」

「「うん!」」

 こうして、私達は遅くまで勉強を続けた。ちなみに、昼食はシャル特製のシチューだった。なんだかホッとする味だった。

 

 一方、九十九と一夏の部屋では−−

「昼は私が作ってやろう」

「いやいや、そこはあたしでしょ」

「ドイツ軍式の料理というのを見せてやろう」

「では、わたくしも……」

「「「お前(あんた)はそこでおとなしくしてろ!」」」

「ひどいですわ!」

 結局、一夏の前には箒の唐揚げ定食、鈴の酢豚、ラウラの軍用レーションが並ぶ。

「「「召し上がれ!」」」

「お、おう……」

 折角作って貰った手前、食べない訳にもいかなかった一夏は、その後強烈な胸焼けに襲われて勉強どころではなくなった。

 

 

 5日目。朝食を摂ろうと食堂に行くと、数人の女子にいきなり頭を下げられた。

「……何事だね?諸君」

「村雲君、お願いします!」

「「「テスト問題を予測してください!」」」

「……訳を聞こう」

「実は……」

 頭を下げてきた女子達は、入学時成績最底辺のいわゆる『ギリギリセーフ』な子達で、今現在授業について行くのが精一杯の状態であるため、このままでは赤点確実なのだと言う。

「それで、いろいろ先読みできる村雲君なら……」

「テスト問題を予測できるんじゃないかなって」

「なるほど……」

 つまりこの子達も必死なのだ。ギリギリセーフとは言えIS学園に入学した以上、きちんと卒業したいのだ。それも、できれば優秀な成績で。しかし……。

「残念だが、不可能だ」

「「「えっ!?」」」

 私は彼女達の願いを突っぱねるしか無かった。現実はいつでも非情なのである。

「あの……なんで……?」

 震える声で訊いてくる女子に、その理由を説明する。

「一つ、一教科あたりの範囲が広すぎて範囲を絞れない。二つ、各教科担任教師の性格やこれまでの出題傾向を知らない。三つ、情報収集の時間が足りない。以上の理由から、テスト問題を予測して君達に教えるのは不可能だ」

 私の行動予測は、膨大な情報の積み重ねによって初めて可能になる。情報一切皆無の状態では予測は出来ないのだ。

「「「そ、そんな……」」」

 がっくりと床に膝をつく女子達。その顔には絶望が浮かんでいた。なんだか悪い気がしてきたな。

「力になれず、すまない」

 私が頭を下げると、一人の女子が慌てて手を振る。

「ううん!いいの!村雲君に頼ろうとした私たちが悪いんだし!」

「そうだね。もう少し自分たちで頑張ってみる!」

「私達だってYDK(やれば出来る子)だって所を見せましょう!」

「目指せ!赤点ゼロ!」

「「「オーッ!」」」

 立ち上がり、拳を突き上げて気炎を上げる女子達。そのまま足音も高らかに校舎へ向かう女子達を眺めていると、ふと妙な考えが浮かんだ。

「YDK……か。やっても出来ない子とか、やりたい事しか出来ない子。とも読めるな」

「「「それは言っちゃダメでしょ!?」」」

 食堂にいたほぼ全員からツッコまれた。初めてだな、こんな経験。

 

「さて、明日からテスト開始だが……」

「うん」

「そ~だね~」

 時は過ぎ、放課後。私の部屋のテーブルを囲んで向かい合う私と本音、そしてシャル。その顔は真剣そのものだ。

「この五日、やれるだけの事はやった」

「あとは……」

「赤点を取らないようにがんばろ〜ね~」

 お互いにコクリと頷きあう。夏休みが天国か地獄か、全てはこのテストにかかっている。頑張らねば。

 

 ついでに言うと、いつもの五人は……。

「今回の試験だが、提案がある」

「なんでしょう?箒さん」

「あんたまさか『最高得点の者が一夏とデートをする権利を得るというのはどうだ?』とか言わないでしょうね?」

「鈴、お前はエスパーか?」

「あんたが分かりやすいのよ。まあ、いいんじゃない?一回くらいなら。あたしが勝つし」

「私は今回絶対の自信がある。一夏とのデート権は私が貰う」

「わたくしも負けるつもりはありませんわ!」

「いや、嫁とのデートは私が行く。お前達はそれを指を咥えて眺めるがいい」

「「「ふふふふふ……」」」

 一夏のいない所で妙な賭けが成立していた。なお、賭けの対象にされた当の本人は……。

「うおっ!?……なんか寒気した」

 自販機コーナーで全員の飲み物を買っている最中、突然の悪寒に襲われていた。

 

 

 明けて翌日。IS学園一学期期末考査一日目。

 今日は一般教科のテストを行う。各教科の試験時間は50分。一般教科の赤点のラインは33点となっている。

 教室に緊張が走る。全員の手元に問題用紙と解答用紙が回りきった所でチャイムがなった。

「では……始め!」

 チャイムと同時に千冬さんの号令がかかり、教室にペンを走らせる音が響く。

 

 一時間目 国語

(あ、ここ九十九に教えてもらったとこだ)

 九十九が言っていた事を思い出し、回答欄を埋めるシャルロット。その手の動きに淀みはなかった。

 

 二時間目 社会

(1582年といえば、明智が織田をシバいた……じゃなくて、織田に謀反を起こしたあの事件)

 あの時聞いた妙に耳に残る歌のせいで、うっかり歴史認識が変わりそうになった九十九だった。

 

 三時間目 数学

(えっと~、この場合はここにこの公式をあてはめて~……)

 難問の多い数学を次々に解いていく本音。のほほんとした見た目とは裏腹に、彼女は出来る子なのだ。

 

 四時間目 理科

(この化学式で発生する物質といえば……なんだったか?)

 最終問題で苦戦する九十九。ようやく答えに辿り着いたのは、試験終了2分前だった。

 

 五時間目 英語

((シャル(しゃるるん)にヒアリング特訓してもらってよかったー!))

 高難度のヒアリングテストだったが、なんとかくぐり抜けられた事に安堵する九十九と本音。

 試験終了と共に、二人で大きく息をつく。それを見たシャルロットは、思わずクスリとしてしまった。

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

「本日の試験はこれで終了だ。試験は明日もある。根を詰め過ぎないように。以上だ」

「「「ありがとうございましたー……」」」

 一日目の試験終了。疲れた頭と体を引きずり、寮の自室へ。そのまま着替えもせずにベッドに倒れ込む。

「ふう……」

 一息ついた所で先に部屋に戻っていた一夏が声をかけてきた。

「九十九、大丈夫か?」

「なんとかな。そっちは?」

「ああ、こっちもなんとかってとこだ」

「そうか」

 授業での狼狽ぶりから勘違いしがちだが、一夏の中学時代の学業成績は極めて優秀だ。

 仮にどこかの普通高校に通っていれば、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と、モテ要素をこれでもかと詰め込んだ「リア充爆発しろ」と言われる事請け合いの男になっていただろう。

 そう見えないのは、単に周りがもっと凄い子達ばかりだからだ。

「なんか失礼なこと考えてねえか?」

「まさか」

 明日はいよいよIS関連教科のテスト。気を引き締めて掛らねばならないな。

 

 

 IS学園一学期期末考査二日目。今日はIS関連教科のテストを行う。

 試験時間は一般教科と同じだが、一般教科に比べて問題数が増えて難易度が上がっている上、赤点のラインが50点に引き上げられている。ISの技能習得校だから当然といえば当然だが、ハードルが高いという印象は受けるな。

「では、始め!」

 響く千冬さんの号令。さあ、ここが正念場だ。

 

 一時間目 IS基礎理論

(PICとは何かを答えなさいって……)

 これを間違える奴などいるのか?と思いつつ、答えを書く九十九。時々詰まりつつも、終了10分前には回答欄を全て埋め終えた。

 

 二時間目 IS整備概論

(えっと~、この場合の直し方は~……)

 高難度の問題が多かったが、整備科志望の本音にとっては簡単だった。ペンを走らせる本音の手に、一切の迷いは無い。

 

 三時間目 IS関連法規

(あ、これ箒たちが違反しまくってるやつだ)

 ISの私的利用に関する法律の問題に思わず笑みが漏れるシャルロット。

 いつか痛い目見るんじゃないだろうか。と思いつつ、回答欄を埋める作業を続けた。

 

 四時間目 IS操縦概論

 ISの基本的操縦に関するイメージの持ち方に関する問題を解きつつ、九十九は考える。

(まあ、イメージなんて人それぞれ。教科書通りには行かんものだがな)

 とは言えこれはテスト。教科書通りの解答を求められる以上は仕方ないと、九十九は回答欄を埋めていった。

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

「そこまで。これにて試験終了だ。得点の発表は明日まとめて行う。赤点の無いよう、せいぜい祈れ」

「「「ありがとうございましたー……」」」

 二日間に渡る長い戦いを終え、大きくため息をつく一年一組一同。皆、人事は尽くした。あとは天命を待つのみだ。

 

 寮の食堂で食事を取りつつ、この二日間の事を本音とシャルと話し合う。

「まずはお疲れさま。で、どうだったね?二人とも」

「うん、なんとかなったと思うよ」

「わたしも〜」

「それは何よりだ。私もどうにか赤点は回避出来たと思う」

 なんにせよ全ての結果は明日分かる。そういえば、私にテスト問題を予測して欲しいと頼んで来た彼女達はどうなっただろうか?

「まあ、それも明日になれば分かるか」

「ど~したの~?」

「いや、何でもない」

 誤魔化すようにコーヒーをひと啜り。本日のコーヒーはキリマンジャロか。相変わらずいい仕事だな。

 

 

 翌日、全ての解答用紙が返ってきた。返却方法は、封筒に全ての解答用紙が入った状態で各人に手渡すというもの。誰が赤点をとったのか分からないようにするための措置らしい。

「テストの得点は後ほど確認するように。では、ホームルームを始める」

 テストが終われば即夏休み、とは行かない。終業式前日までしっかり授業は入っているため、最後まで気は抜けないのだ。

 とは言え、終業式準備があるため残りの日の授業は午前中で終わる。生徒達は授業が終わり次第、いそいそと寮へと帰って行った。

 

 寮の食堂で本音とシャルと共にテストの結果を確認する。

「ふう、全教科赤点回避。なんとかなったか」

「僕も問題なし」

「わたしも〜」

 イエーイ、と三人でハイタッチ。夏休みが潰れなくてよかったよ。安堵の溜息をつき、ふと周りを見回すと、そこには悲喜こもごもがあった。

 友人と抱き合って喜ぶ者、ガックリと肩を落とし暗い顔をする者、ショックを受けたのか呆然としている者など、様々だ。

「「「村雲君!」」」

「ん?ああ、君達は……」

 かけられた声に振り返ると、そこにいたのは三日前に「テスト問題を予測してください」と言ってきた子達だった。

「単刀直入に聞こう。どうだった?」

 私の質問に彼女達はニッコリと微笑んでサムズアップ。どうやら全員赤点回避出来たようだ。

「良かったではないか。君達はYDKだったという事だ」

「「「うん、ありがとう村雲君!」」」

「私は何もしていない。全ては君達の努力の結果だ」

「それでも、ありがとう」

「でもやっぱりギリギリだったけどね」

「それは言わないの!」

 自虐混じりの物言いだが、それでもその声と顔は明るい。彼女達は最後に揃って手を振りながら食堂を出て行った。

「つくもん、あの子たちと何かあった〜?」

「ああ、大した事ではないが……」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「という事があってね」

「そ~だったんだ〜」

「九十九にも予測不能の事ってあるんだね」

「シャル、君は私を何だと思ってるんだ?」

 私は断じてサトリの化け物ではないし、当然エスパーでもない。出来ないものは出来ないのだ。話題を変えるため、咳払いを一つして口を開く。

「さて、間もなく夏休みなわけだが、君達は何か予定はあるのかい?」

「ううん、特にないよ~」

「フランスに帰って新型『ラファール』の開発会議に参加する以外は特に無いかな」

「私も会社で『フェンリル』の解析と新兵器のテストがあるくらいだな」

 ちなみに、どちらも夏休みに入ってすぐの三日で終わる予定だ。

「そ~なんだ〜。それじゃ~」

「うん。ねえ、九十九」

「ん?なんだ?シャル」

「「用事が終わったら、デートしよ!」」

「ああ、いいよ。場所は任せていいか?」

「「うん!」」

 返事をした後、はっと気づく。三人連れとはいえ、これは人生初のデートだと。

 

 どうでもいい事だが、例の五人は……。

「「「いっせーの、せっ!」」」

 得点表を見せ合う一夏ラヴァーズ。その結果は、科目ごとに多少得点に違いはあれど、総合点が全員同点という奇跡の事態になっていた。

「「「…………」」」

 場を沈黙が支配した。

「どうする?」

「どうしましょう?」

「どうすんのよ?」

「どうすればいい?」

 再びの沈黙。やがて、箒が重々しく口を開いた。

「……今回の件、無かったことにしないか?」

「「「異議なし」」」

 こうして、一夏とのデート権をかけたラヴァーズの戦いは、どうにも締まらない形で幕を閉じた。一方、賭けの対象にされた当の本人は……。

「一昨日からのプレッシャーが消えた?なんだったんだ?」

 食券機の前で急に体が軽くなった事に戸惑っていた。

 

 期末考査は何の問題もなく終わった。夏休みはもうすぐそこだ。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が「両手に花でデートかよ。リア充爆発しろ」と言った気がした。

 あんた私に恨みないはずだよね?




次回予告

互いに思いあう男女が、一緒に出かける。
どこだろうと一緒ならきっと楽しい。
周りの視線を耐えるか受け流す事が出来れば、だが。

次回「転生者の打算的日常」
#34 逢引

おのれリア充!爆発しろ!


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#34 逢引

 夏休みが始まって5日が経過。シャルはフランスでの用事を、私は会社での用事をそれぞれ終わらせて学園寮へと戻っていた。

 シャルの部屋に集まった私、本音、シャルの三人は、シャルの淹れた紅茶を飲みつつ、それぞれ近況報告をした。

「という訳で、新型の『ラファール』が形になるのは早くても10月くらいになるって」

「そうか。機体コンセプトは聞いている。なんでも『複数のパッケージの搭載と換装による擬似即時対応万能機(ニア・マルチロール・アクトレス)』だそうだな」

「うん」

 頷くシャルの顔は少し引きつっていた。なにせ新型の『ラファール』はデュノア社とラグナロクの共同開発機だ。どんなトンデモマシンになるか、今から気になっているのだろう。シャルなら使いこなしそうな気もするが。

「そっちはどうだったの?」

 シャルがこちらの状況を訊いてきたので分かった事を話す。

「《ヨルムンガンド》を解析した結果、吸収したエネルギーを攻撃に使える事が分かった」

 しかし、それが分かったのは偶然だ。データ取りのための模擬戦で、ルイズさんのグレネードランチャー無差別攻撃になんとか対抗しようと装甲を展開して拳を突き出したら、そこからエネルギー弾が飛び出したというだけに過ぎない。

 とは言え、これも『フェンリル』の能力の一つな訳で。

「《ヨルムンガンド》の攻撃モード。その名を……」

「《ミドガルズオルム》……かな?」

「……その通りだ」

「つくもん、よしよ〜し」

 先回りされた事に少し機嫌が悪くなったのを本音に見透かされたのか、頭を撫でられた。ささくれた心が急速に癒えていく。

「もう大丈夫だ。ありがとう、本音」

「ど~いたしまして~」

 いつもののほほん笑顔で私の礼に返す本音。そこにシャルが申し訳無さげに声をかける。

「ごめんね、九十九」

「いや、いい。連想できる武装名だからな。無理もない」

「ほえ?ど~ゆ〜こと〜?」

 頭上にハテナマークを浮かべる本音。どうやら北欧神話には詳しくないようだ。

「ミドガルズオルムは、ヨルムンガンドの別名だ。フェンリル同様、ロキの子供でな」

人間の世界(ミッドガルド)の周りをぐるりと囲んでる、とても大きな蛇なんだよ」

「へ~!」

 本音が一つ雑学を仕入れた所で、話は明日のデートの事に移る。

「それで二人とも、行く所は決まったかね?」

「うん、あのね−−」

 

 

 翌日、新世紀町駅北口。そこに降り立った私は、先に来ているはずの二人の姿を探していた。

 今回のデートは、シャルの「普通の高校生のデートがしたい」という要望で、こうしてわざわざ待ち合わせをしたのだ。

 一緒に出ればいいのにとも思ったが、本音に「待ち合わせもデートの醍醐味」と言われてはどうしようもなく、私は二人から20分遅れて学園を出る事になった。

 その間、私達同様出かける予定の女子一同の生温かい視線に晒された。あのニヨニヨした笑みはやめて欲しいと本気で思う。

「確か、北口の白騎士像前にいると……いた」

 視線を巡らせると、ライムグリーンのタンクトップにオレンジの半袖シャツ、ネイビーブルーのショートパンツを身に着けたシャルと、白いダル袖サマーセーターとパステルイエローのフレアスカートに身を包んだ本音がいた。うん、二人ともよく似合ってる。

 二人に声をかけるべく歩を進めようとした所で、事件は起きた。三人の男が二人に声をかけたのだ。

 ……いい度胸をしているじゃないか。私の歩行速度は自然と上がっていた。

 

「ねえ彼女たちぃ。女だけ?」

「良かったら俺らと遊ばねえ?」

 九十九が二人の前に現れる数十秒前。本音とシャルロットは、いかにもな雰囲気のナンパ男に声をかけられた。

「いえ、人を待ってますので」

 やんわりと拒否したシャルロットだったが、この手の男は諦めが悪いもので。

「いいじゃん、何ならその子も一緒にさぁ」

「きっと楽しいぜぇ」

「いえ、ですから……」

「いいから来いよ!」

 声を荒げ、シャルロットの腕を掴もうとする男。しかしその男の腕は横から伸びてきた別の手に掴まれる。

「やめて貰おうか」

「あ……」

 腕を掴んだ男はシャルロットのよく知る男−−

 

 私こと、村雲九十九だった。

「ああ?んだテメエ?」

「最近のナンパ師は随分と性急に事を運ぼうとするのだな。相手の事情も考えたまえ」

 掴んだ腕を自分の方に向け、諭すように声をかける。

「それに、その二人は私の連れでね。勝手に連れて行って貰っては−−」

「るせえっ!つか、離せや!」

 腕を掴まれた男が激昂して殴りかかってきたため、それを躱して顎にスナップをきかせた裏拳を掠めるように当てる。

「あ……が……?」

 顎に一撃を受けた男は一瞬で意識を失って崩れる。掴んでいた腕を離すと、そのまま重力に引かれてばたりと倒れた。

「た、拓ちゃん!?」

「おっとすまない。殴りかかられたのでつい。まあ、自業自得だ。さて……」

 倒れた男に近づいた残りの男達を睨みつけると、男達はビクリとして後退る。どうやら倒した男は彼等のリーダーだったらしい。さっきまでの勢いはどこへやら、青い顔をして震えている。

「その男を連れて失せろ」

「「はっ、はいっ!すんませんでしたーっ!」」

 気を失った男を両側から抱えあげ、逃げるように立ち去る男達。

「まったく……大丈夫だったか?二人とも」

 溜息をつき、二人の方へ向き直る。二人はホッとしたような顔を浮かべていた。

「うん、大丈夫」

「ありがと~つくもん」

「女を守るのは男の仕事だ。まして、自分の彼女なら尚更な」

 まあ、最近は女尊男卑の影響で男女の関係が逆になっているが。それはともかく。

「それじゃあ、行こうか」

「「うん!」」

 頷いて腕に抱き着いてくる二人。合計四つの『グレネード』が一斉に私を襲う。

「二人とも?その……当たってるんだが」

「「当ててるんだよ?」」

「……もう何も言わん」

 二人を諭して離れさせるのを諦め、そのままの態勢で目的地へ向かう。

「まずは映画鑑賞だったな。今は何をやっていたかな」

「あっ、それなら調べてあるよ」

「了解だ。何を見るかは任せる」

「おっけ〜。じゃ〜、れっつご〜」

 こうして、私と二人のデートは始まった。出だしから波乱があったが、気にしてはいけないのだ。

 

 九十九が現れてから居なくなるまでの一部始終を見ていた男達は、彼の背中に向かって怨嗟を込めた視線と共に叫んだ。

「「「おのれリア充。爆発しろ!!」」」

 それを聞いた周囲の女性達がドン引きしたのは言うまでもない。

 

 

「うう……ぐすっ……」

「ほら、もう泣くな。これを使え」

「うん、ありがと……」

 涙腺崩壊しているシャルにハンカチを渡すと、シャルはそれで涙を拭った。

「しゃるるんって感動屋さんなんだね~」

 そう言う本音の目も微かに潤んでいた。何故シャルが泣いているのか?それを語るには、時計の針を巻き戻す必要がある。

 

 私達がやってきたのはショッピングモール『レゾナンス』西棟5階のシネコン。夏休みとは言え平日だからか人は少ない。

「さて、どれを観たいんだ?」

「「あれ」」

 そう言って二人が指差したのは、泣けると評判のラブロマンス映画のポスター。

「ふむ、分かった。チケット代は私が出そう」

「そんな、悪いよ」

 財布を出そうとする私の手を押さえてシャルが言う。その目には申し訳無さが宿っていた。

「これも男の甲斐性という奴だ。出させてやってくれ、シャル」

「……わかった」

 私の言葉にシャルは押さえていた手を離す。この間、本音は何をしていたかというと……。

「あ、これおいしそ~」

 受付横のスナックコーナーを物色していた。まだまだ色気より食い気か。あの子らしいけど。

 

 受付でチケットを購入し、スナックコーナーで映画鑑賞の定番スナックであるポップコーンを買って席に着く。それと同時に映画が開始。

 内容はよくある病床のヒロインとの恋物語だったが、俳優の真に迫る演技につい惹き込まれた。

 中でもヒロイン役の雪村あかりの演技は特に際立っていた。ヒロインが主人公に最後に一言「ありがとう」と呟いて天に召されるシーンは、不覚にも涙を流しそうになった。

 そうして、約2時間の上映が終わった。終わってみれば心地の良い余韻が残っていた。

「ふう、なかなか良い作品だったな」

「そ~だね~」

 席を立ちながら本音と意見を交わす。ふと横を見ると、立ち上がろうとしないシャルが。不審に思い、顔をのぞき込むと。

「シャル?どうし……うおっ!?」

「ふええええん……」

 なんとシャルは感極まって号泣していた。手にしたハンカチは濡れていない部分を探す方が難しい程で、頬を伝った涙が太腿を濡らしている。

「シャル、どうした!?何が……」

「つくも~!」

 ガタンと音を立てて席から立ち上がり、泣き顔のまま抱き着いてくるシャル。周りの目が痛いので、ロビーに出てシャルをベンチに座らせて落ち着かせる。そして冒頭に戻る、という訳だ。

 

「落ち着いたか?」

「うん……ごめんね、九十九」

 ようやく泣き止んだシャルは、申し訳無さそうに頭を下げた。渡したハンカチも涙でしっとりしている。

「これ、洗って返すね」

「いや、そのまま持っていてくれて構わない。ハンカチは他にもあるからな」

「そう?じゃあ……貰うね?」

「ああ」

 そう言ってシャルはハンカチをバッグに入れた。中の物が濡れないか心配だが、言っても仕方ないので言わなかった。

 ところで、何故シャルがあそこまで泣いたかと言うと、映画のラストシーンに母親が重なったかららしい。シャルの母親の今際の際の言葉も「ありがとう」だったそうだ。

「なるほど、それで……」

「うん……」

「しゃるるんはお母さん大好きなんだね~」

 シャルの意外な一面を見られた所で時間は昼時。私達が向かったのは−−

 

 

「本当にここで良かったのか?」

「うん」

「高校生のデートの定番は『ハンバーガー屋さんでお昼』なんだよ~」

 『レゾナンス』西棟6階フードコート、そこにあるハンバーガーショップだった。

 シャルと本音はチーズバーガーセット、私はビッグサイズバーガーセットをそれぞれ注文。ここの払いは割勘になった。二人曰く「出して貰いっぱなしも悪いから」らしい。

「私は企業所属でそれなりの給料も貰っている。デート一回分の経費を全て支払っても、十分釣りが来るんだが?」

「それでもだよ~」

「九十九を財布扱いなんてしたくないし」

 今時の女性は、この考え方をする方が珍しい。多くの女性は男を財布か足程度にしか思わず、中には奴隷扱いしているようなのまでいる程だ。改めて、この二人が恋人(仮)で良かったと思う。

 などと感慨にふけっていると、目の前にフライドポテトが差し出された。顔を上げると、シャルが顔をほんの少し赤くしてこちらに向かってポテトを持った手を差し出している。これはまさか……。

「九十九、えっと……あーん」

「シャル?衆人環視のある中でそれは……」

「早く。僕も恥ずかしいから……」

「……分かった。あー……ん」

 意を決し、シャルの差し出すポテトを口に入れる。

「……おいしい?」

「気恥ずかしさが原因か、味が分からない」

「そ、そっか。あはは……」

 きっと今の私の顔は火が出そうな程に赤いだろう。シャルの顔も同じ位赤い。

「つくもん、つくもん」

「な、なんだ本「はい、あ~ん」音……」

 本音に呼ばれてそちらを向くと、のほほん笑顔でポテトを差し出す本音。だが、その顔は微かに上気している。

「あ、あー……ん」

 毒を食らわば皿まで。覚悟を決めて本音の差し出すポテトを口に入れる。

「お味はいかが~?」

「さっぱりだ」

「そっか〜。それじゃ~、しゃるるん」

「うん。ねえ九十九」

 頷きあってこちらを向く二人。二人から「はい、あ~ん」をされた時点で嫌な予感はしていたが、その予感が確信に変わる。

「「あ~ん」」

「そう来るんじゃないかと思ったよ……ほら」

 こちらに口を開けて待つ二人に、ポテトを持った手を差し出す。二人と私の手の距離が徐々に縮まり……。

「「はむっ」」

 揃ってポテトを口に入れた。咀嚼する事しばし、コクリと飲み込んだ二人に問いかける。

「味はどうだね?」

「「分かんない」」

「だろうな。私もそうだった」

 顔を真っ赤にして答える二人。それに返事する私の顔もきっと赤い。結局「はい、あーん」はこの一回ずつのみで終了。後はごく普通に食事を楽しんだ。

「さて、腹ごしらえは済んだ。次はどこへ行く?」

「そうだね……」

「高校生のデートの定番と言えばゲーセンかカラオケだよね~」

「ではゲームセンターにしよう。この階からなら連絡通路一本で行ける」

「わかった」

「れっつご〜」

 食べ終わった跡を片付けてフードコートを後にする。向かう先は東棟5階のゲームセンター。何をして遊ぼうか。

 

 その日の閉店後、ハンバーガーショップの店員が店のアンケート用紙を見ると、なんと9割の用紙の自由欄に同じ言葉が書いてあった。

「「「おのれリア充。爆発しろ!!」」」

 紙面から漂う怨嗟の念に、店員は恐怖に震えたと言う。なお、同じフロアの他の店のアンケートも似たような内容だった。

 

 

 東棟5階のゲームセンター『アミューズメントパークレゾナンス』

 ワンフロア全てがゲームセンターになっているここは、アーケードゲームはもちろんの事、メダルゲーム、クレーンゲーム、プリントシールマシンなどの定番の物から、ボーリング場、ダーツ、ビリヤード、更にはカラオケBOXまで完備した、一日遊んでも飽きない場所だ。

「さて、まずは何をしようか」

「う~ん、そ~だね~……」

「九十九、あれ何?」

 シャルが指差したのはアーケードゲームの大型筐体。モニターの正面にフットパネルが設置されたものだ。

「あれはダンスタイプのリズムゲームだな。やってみるか?」

「うん!」

 コクリと頷くシャル。その顔は興味津々といった表情をしている。

「本音はそれでいいか?」

「うん、いいよ~」

 という訳でダンスゲームの所へ。ちょうど前のプレイヤーがプレイを終えた所だった。

「このゲームはシングルプレイと二人同時プレイがある。どっちに……」

「「同時プレイで!」」

 声を合わせて言う二人。二人分のプレイ代金を筐体に入れて曲と難易度を選択。プレイ開始だ。

「よっ、とっ、結構難しいねこれ」

「あわわ。ミスっちゃった〜」

 慣れていないためか、なんとかついていくので精一杯な二人。それでもその顔は楽しそうだ。が、邪な奴等というのはどこにでもいるもので……。

「おい、見ろよあの二人」

「うわ、めっちゃ可愛いじゃん。特に金髪の子」

「いやいや、あっちのちっちゃい子だろ。見ろよ、すげー揺れてんぞ」

「うおっ、マジかあれ。スゲー」

 周りで見ていた男どものゲスな言葉についイラッとした私はきっと悪くない。

「そこの男性諸君」

「「「は?なに?」」」

「人の女友達をゲスな目で見るのはやめてくれんかね?(ニッゴリ)」

「「「は、はいっ!すんません!」」」

 自分なりに最高の笑顔を出したつもりだが、その顔はきっと苛立ちに歪んでいたのだろう。男共は90度のお辞儀をした後、一目散に逃げていった。怖がらせてしまったな。

「あ、やった!ゲームクリア!」

「つくもん、見てた~?」

「ああ、ちゃんと見ていたよ。ほら、もう一曲できるぞ」

「「うん!」」

 私に言われて、画面に向かってどの曲をプレイするかを相談し、曲を決めてプレイを始める二人。それを眺めていると横から声をかけられた。

「あれ?九十九じゃねえか?」

「ん?ああ、弾ではないか。久し振りだな」

 そこに居たのは、赤髪をバンダナで纏めた男。私のもう一人の男友達、五反田弾だった。

「おう、久し振り。てか、なんでここに?」

「ああ、それは……」

「楽しかったね、本音」

「うん。あれ?つくもん、その人だれ〜?」

 プレイを終え、私に近づいてきた二人。本音が弾に気づいて私に誰何する。弾は私を見て、二人を見て、もう一度私を見た。

「つ、九十九?この子達は……?」

「ああ、紹介しよう。本音、シャル、こちら五反田弾。私のもう一人の男友達だ」

「よ、よろしく」

「弾、こちら布仏本音とシャルロット・デュノア。私の……女友達だ」

「よろしく」

「よろしくね~、だんだん」

 互いに挨拶を交わす三人。だが、弾の目は私から離れていない。その目には不審が浮かんでいた。

「……九十九。お前今、一瞬言い淀んだな」

 弾の指摘にギクリとする。こいつ、こういう時だけ勘がいいんだよな。と、弾がいきなり私の肩を掴んで前後に揺らす。

「女友達とか嘘だろ!言え!どっちだ!?どっちがお前の彼女だ!?」

「だ、弾、揺ら、すな。何、も、言えん」

 私の指摘に肩を揺する手を止める弾。その息は荒い。

「はあ……はあ……で?どっち?」

「……どっちだと思う?」

 私の答えにもう一度私の肩を掴んで揺らす弾。その揺すり方は先程よりさらに強い。

「そんな言い方するって事は両方かっ!?両方なんだなっ!?おのれリア充!爆発しろ!!」

「だから、揺ら、すな。ええい、いい、加減に、せんか!」

 流石に揺られすぎて気分が悪いので、鳩尾に一発入れて黙らせる。

「ぐふうっ……!九十九、テメェ……」

「男の嫉妬はみっともないと何度言えば分かる。弾」

 膝をつき、こちらを睨む弾。加減したからすぐに回復するだろうが、これ以上相手をする気は無かった。

「ではな、弾。次は隣に女性がいる所を見せてくれ。行こう、シャル、本音」

「あっ、待って」

「つくもん、足速いよ~」

 弾に背を向けて歩き出す私の後をついてくる二人。後ろから弾の怨嗟の篭った捨て台詞が聞こえた。

「見てろよ!絶対その二人より良い女見つけて、幸せになってやるからなあ!」

 その叫びの直後「お兄うっさい!」という叫び声とガツン!という衝撃音。その後何かを引きずるような音がした。蘭もいたのか。挨拶しそびれたな。

 この後、メダルゲームで大当たりを出して引くほどメダルが手に入ったり、クレーンゲームで二人の欲しがったぬいぐるみを取ってあげたりと、楽しい時間を過ごした。

 

「で、最後はこれか」

「うん、今日の記念に」

「一枚撮っとこ~と思って〜」

 やってきたのはプリントシール機。中に入って代金を入れ、撮影開始。

 私とシャル、私と本音、そして三人でそれぞれ撮影。そして最後の一枚になる。

「最後の一枚だ。どうする?」

「それじゃあ……」

「つくもん、真ん中ね」

「わかった」

 左からシャル、私、本音の順に並ぶ。筐体が撮影開始をコールし、フラッシュが焚かれる数瞬前。

「「ちゅっ……」」

 二人から頬にキスされた。不意打ちを受けた私はポカンとしてしまう。

「……二人とも?」

「記念記念〜」

「うん、そうだね。記念だね!」

 その顔は揃って真っ赤。かく言う私も赤いだろう。撮影を終え、出てきたプリントシールを三人で分ける。

 頬にキスを受けている自分の写真を見た時はその呆け顔がなんだか面白くて、つい笑ってしまった。

「そろそろ帰ろうか。モノレールの時間が近づいている」

「「うん」」

 時計を確かめて、二人に声をかける。また腕に抱き着いてきた二人を伴ってゲームセンターを後にした。

 抱き着かれる事に既に慣れが出てきた自分が怖かった。

 

 この三人がゲームセンターにやってきてから帰るまでの間にいた男達は、三人の姿が見えなくなった後で一斉に叫んだ。

「「「おのれリア充。爆発しろ!!」」」

 あまりの声の大きさに遊んでいた子供達の手が数瞬止まった。

 

 

「今日は楽しかったね~」

「うん、楽しかった」

「そうだな。実に楽しかった」

 帰りのモノレールの中で今日の事を三人で話す。シャルも本音も満足げな表情をしていた。

「また行こうね~」

「うん、今度も三人で」

「君達がそれでいいなら、私に否はないよ」

 次のデートに思いを馳せる二人。さて、次はどこに行こうか。まあ、この二人と一緒ならどこでもきっと楽しいだろうけど。

 

 ちなみに、この後寮食堂で興味津々の女子達に何があったか根掘り葉掘り聞かれる事になった。

「それでね~……」

「うんうん、それでそれで?」

「……って事があったんだけど……」

「「「キャーッ!!」」」

「村雲くん!今の話本当!?」

「……もう勘弁してくれないか……?」

「「「だめ!」」」

 結局この質問攻めは千冬さんが怒鳴り込んでくるまで続いた。

 なお、翌日にはその場にいなかった他の女子達にも知れ渡り、思い切りイジられるはめに。もう、本当に勘弁してくれ……。

 

 

 九十九は気づいていなかった。デートをしていた時、男達の怨嗟の視線や女達の侮蔑や憧憬の視線に混じって無機質な視線を向けられていた事に。その視線の持ち主は銀色のリス。その主は……。

「う~ん……どう見ても凡人なんだけどなあ」

 モニターに映る九十九とその他二人を眺める、機械的な兎耳のカチューシャを着けたエプロンドレス姿の豊満な肢体の女性。

「でも、こいつの機体は第二形態移行(セカンド・シフト)と同時に部分的とはいえ展開装甲を手に入れた」

 その事が、自分の身内以外どうでもいいと考えるこの女性の好奇心を僅かに刺激した。

「しかも、『白式(いっくん)』にも『紅椿(箒ちゃん)』にも対抗できる唯一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)まで……」

 この男、本当に何者なのか?彼女の興味は尽きない。

「村雲九十九。その名前、覚えといてあげるよ。この天才の束さんがね!」

 篠ノ之束。当代最高頭脳の記憶に留まった事を、当の九十九本人は未だ知る由もない。




次回予告

期待を裏切られた女が二人。
期待に答えてもらえた女が二人。
その手に宝を掴むのは、はたして……。

次回「転生者の打算的日常」
#35 屋内水泳場攻防戦

それは僕達(あたし達)のものよ(だよ)!


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#35 屋内水泳場攻防戦

 夏休みも8月に入ると、実家や祖国に帰省をする者が多くなるため、学生寮は閑散としていた。その廊下を歩く三つの影。

「今日も暑いね~」

「日本の夏って辛いんだね……」

「温暖湿潤気候の国だからな。こうもなる」

 私、シャル、本音の三人だ。昼食を取るために食堂へ向かっているのだが、日本の夏はとにかく蒸し暑い。食堂までの僅か数十mの道のりだというのに、既にじんわりと汗をかいていた。

 

 食堂に到着し、それぞれ昼食を注文。シャルはクラブハウスサンド、本音は冷やし中華、そして私は……。

「「なんで担々麺?」」

「どうせなら思い切り汗をかこうと思ってね」

 熱くて辛い物を食べてたっぷり汗をかき、それをシャワーで洗い流す。きっとスッキリするだろう。そう思いながら肉味噌のたっぷり絡んだ麺を一啜り。と、次の瞬間!

「……はーーーっ!!」

 辛いを通り越してもはや痛いと感じる程の辛味の奔流に思わず絶叫してしまい、食堂にいた全員が驚きに目を丸くしていた。

 

「つくもん、大丈夫〜?」

「まだ顔が赤いよ?」

「本場四川式の担々麺を甘く見ていた……」

 水を飲みつつ何とか担々麺を食べ終えてから約10分。未だに大量の汗をかく私を心配そうに見てくる二人。

 ここまで本格的にせんでもいいだろうに。今年の一年生には四川出身の娘でもいるのか?(鈴は広東出身)

 舌に残る痛みと痺れを堪えつつ部屋に戻っていると、やけにニヤついた顔の鈴が自室に戻るのが見えた。

「なんだあれは?」

「すっごくニヤけてたね~」

「何かいい事あったのかな?」

 アイツがあそこまでニヤける程良い事など、一つしかない。

「おおかた一夏とデートの約束でも取り付けたんだろうさ」

「「あ〜」」

 私の推理に頷く二人。結局、鈴は私達に気づく事なく自室に入っていった。

 

 シャワーを浴びた後、シャルと本音を部屋に招き入れ、一夏に鈴と何があったのか訊いてみると、案の定鈴に遊び(デート)に誘われたという。

「で、行き先は?」

「ああ、ウォーターワールドってとこだ」

 一夏の発言にシャルと本音が驚きの声を上げる。

「ウォーターワールドっていえば〜……」

「今月出来たばっかりの屋内プール場で、前売り券は今月分は完売。当日券も開場2時間前には行かないと取れないっていう、今人気のスポットだよ」

「あ~、なんか鈴もそう言ってたな」

「詳しいな、君達。……行きたいのか?」

 私がそう言った瞬間、コクコクと頷く二人。その目は期待に彩られている。

「ふう……仕方ないな、君達は」

 言いながら私は自分の机に向かい、引き出しを開けてある物を取り出す。

 

チャッチャラチャッチャッチャーチャーチャー♪

 

 そして『未来の世界の猫型ロボ』が腹のポケットから道具を出す時の効果音を携帯で鳴らす。これをかけた以上、アイテム紹介はこの言い方しか出来まい。

「ウォーターワールドの前売り券〜(あの猫ロボ風)」

「おお〜」

「九十九、どうしたのそれ?あとあんまり似てないよ?」

「言うな、シャル。実は父さんに頼んで買って貰ったんだ。君達が行きたいと言うかも知れないと思ってね」

 偏見になるだろうが、女の子は新し物や流行に非常に弱いと思う。ひょっとしたらと思って手配しておいて正解だったな。

「さすがつくもん!」

「それじゃあ、折角だし行こうよ」

「そうだな。いつが良い?」

「「明日で!」」

「では、明日。ウォーターワールドに現地集合で良いかい?」

「うん、いいよ~。何時にする〜?」

「そうだね……やっぱり午前中?」

「では、10時でいいな。チケットは誰が持つ?」

「「九十九(つくもん)が持ってて」」

「了解だ」

 とんとん拍子に話が進み、明日はプールデートに決定した。ちなみに……。

「あれ?ここ俺の部屋だよな?俺、空気じゃね?」

 一夏の呟きが、虚しく響いた。

 

「それじゃ~明日ね~」

「ああ、明日は思い切り楽しもう」

「うん。じゃあ、明日」

 手を振って部屋を出ていくシャルと本音。ドアが閉まるまで見送った後、即座に準備に取り掛かる。

「着替えと水着、あとタオルと……ああ、財布の中身が心許ないか。それから……」

 荷物を手早くバッグに詰め、預金を下ろすために寮の一階にあるATMへ向かおうとした所でそのドアがノックされた。

「はい、どちら様で……山田先生?」

 そこにいたのはIS学園一年一組副担任、山田真耶先生。その顔は申し訳なさに彩られていた。

「あの、突然すみません。織斑くんはいますか?」

「一夏。山田先生がお前に用事だとさ」

「おう」

 私の呼びかけに応え、玄関までやってくる一夏。

「どうしたんです?山田先生」

「は、はい。あの、織斑くん。実はですね……」

 

 

 翌日、午前10時。屋内プール場『ウォーターワールド』入場口前。

「まさかこれ程とは……」

「す、すごいね……」

 私達が到着した時、入場券売り場には未だ多くの人が列を作っていた。恐るべし、ウォーターワールド。

「前売り券を持っている人はこっちだって〜」

「行こ、九十九」

 本音が腕に抱き着いて入場口を指差す。シャルも同じく腕に抱き着いて先を促す。

 と、ここで私達は見知った顔を二つ見つけた。気合の入った私服に身を包み、互いによそよそしい挨拶をしあうのは−−

「あら、どうも。鈴さん」

「う、うん?セシリア。こんにちは」

 鈴とセシリアだった。

「あれ?セッシーだ~」

「鈴はここに居るのはわかるけど……なんでセシリアがここに?」

「その理由は、私が知っている」

「「え?」」

 首を傾げる二人を伴って、鈴とセシリアに近づいて声をかける。

「やあ、二人共」

「「九十九(さん)?なんでここに?」」

「二人がここに来たいと言うのでね。連れて来た」

 ちらりと両隣を見る。そこには私の腕に抱き着く二人の姿。

「相変わらず、仲のよろしいことですわね」

「何かしらね……この敗北感」

 妙に棘のある物言いをする鈴とセシリア。羨ましいならそう言え。とは口にしない。とりあえず、二人に近づいた理由を話す事にする。

「鈴、それから多分セシリアも。二人に残念な知らせがある」

「はあ?急になによ?」

「一体なんですの?」

 私に視線を向ける鈴とセシリア。注目が集まった所でその知らせを口にする。

「単刀直入に言おう。一夏はここには来ない」

「「……はあっ!?」」

 私の言葉が信じられないのか、素っ頓狂な声を上げる二人。

「ちょっと九十九!どういうことよ!」

「詳しい説明を要求しますわ!」

 今にも掴みかかってきそうな勢いで私に詰め寄る二人。その目は「嘘は許さない」と言わんばかりにつり上がっている。

「まずは入らないか?何か飲みながら話そう」

「ええ、そうね」

「わたくしも異論はありませんわ」

 

 という訳で、ウォーターワールドに入場。入ってすぐのカフェテラスで話をする事に。

「で?どういう事よ?一夏が来ないって」

 鈴の質問にひとつ頷いて口を開く。

「実は、二人と今日の事を話し合った、そのすぐ後なんだが……」

 

 

「なるほど。つまり先生は……」

「倉持技研が申請した『白式』解析チームのIS学園入場許可証の写しを今になって発見。慌てて一夏の所に言いに来たと」

「うう……はい……」

 申し訳無さからか、こころなしか小さく見える山田先生。

「まあ、紛れ込んでいたのが重要度の低い書類の一枚下では見逃すのも仕方ない事。次に活かしましょう、先生」

「そ、そうですね!ありがとうございます。村雲くん!」

 ぱっと表情が明るくなる山田先生。意外とチョロいなこの人。悪い男に引っかからないか心配だ。

「それで先生。その人たちが来るのはいつなんですか?」

「えっと、それがその……明日なんです」

「……はい?」

 ポカンとする一夏。次の瞬間、勢いよく頭を下げまくる山田先生。

「ご、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

「い、いえ。それはいいんですけど……明日か……」

「予定はキャンセルだな、一夏。鈴に断りの電話を入れておけよ?」

「おう。あ、そうだ。これどうしよう?」

 一夏が取り出したのは『ウォーターワールド』の前売り入場券。一夏が行けないとなれば、その所在は宙に浮く事になる。

「誰か適当な知り合いに譲ってやれ。プレミアチケットなんだ、喜ぶだろうさ」

「……そうだな。そうするか」

「そ、それでは私はこれで。織斑くん、本当にごめんなさいね?」

 ペコペコと頭を下げつつ去っていく山田先生。その背中は、どこか煤けていた気がする。

 

「その後の事は、君の方が詳しいはずだ。セシリア」

 セシリアに水を向けると、彼女はコクリと頷いた。

「ええ。わたくしが帰ってきた所に一夏さんがいらっしゃって、食堂で一緒に会話を楽しんでいましたら……」

 『そうだセシリア。ここに行かないか?』そう言ってウォーターワールドの前売り券を渡してきたのだと言う。

「ちょっと待って。って事は……」

 セシリアの話と、先程の私の話から『ある事実』にたどり着く鈴。そう、セシリアが持っているチケットは……。

「鈴が一夏に渡し、それを一夏がセシリアに渡した物。つまり……」

「セシリア、あんたのデートの相手は……あたしよ」

「……どうせそんな事だろうと思っていましたわ。ええ、思っていましたとも!」

 その割にはえらく気合の入った服装だ。それを指摘するとセシリアは「最低限の礼儀ですわ!」と誤魔化した。

「で?どうするんだ二人共?」

「「え?」」

「帰るのか?それとも遊ぶのか?」

 私の質問に思案顔をする鈴とセシリア。

「そうねえ……帰ろうかしら」

「ええ、泳ぐ気分にはなれませんし……」

 そう言って席を立つ鈴とセシリア。それに本音が不満そうな顔をする。

「え~?せっかく来たんだし遊ぼうよ~」

「まあそう言うな。二人が決めた事だ。私達はしっかり楽しもうではないか。行こう、二人とも」

「「うん」」

 

 私達も合わせて席を立ち、着替えに向かう。その道中、園内放送が響いた。

『本日はウォーターワールドにお越し頂き、大変ありがとうございます!本日のメインイベントのお知らせです!13時より、水上ペア障害物レースを開催いたします!参加希望の方は12時までにフロントへお越しください!』

 テンション高めのアナウンスに苦笑しつつも歩を進めるが、この後の言葉にシャルと本音の足が止まる。

『優勝賞品はなんと!沖縄五泊六日ペア旅行をプレゼント!皆様!ふるってご参加くださーい!』

 腕を抱かれているため、二人が止まれば私も止まらざるを得ない。二人の顔を見ると、その顔はやる気に満ちていた。

「どうした?二人とも?」

 私が尋ねると、二人は顔を見合わせる。

「本音!」

「しゃるるん!」

「「目指せ優勝!」」

 「オーッ!」と腕を突き上げる二人。だが賞品は『ペア』旅行。どうするつもりだろうか、この二人。

 

 

 着替えを終え、プールサイドに出る。そこには帰ったはずのあの二人もいた。

「……何故いる?」

「別に?なんとなくよ」

「ええ、なんとなくですわ!」

 そんな事を言っているが、目的は間違いなく障害物レースの賞品だろう。

 そこへ臨海学校でも着ていたオレンジのミニパレオ付きセパレートのシャルと狐の着ぐるみ水着の本音がやって来た。

「あれ〜?せっしーと鈴ちゃんだ~」

「二人ともひょっとしてレースの賞品で一夏と……」

「「わーっわーっ!!」」

 シャルの言葉を大声で遮り、その口を塞ぐ二人。その行動で目的がバレるとなぜ思わん。

「ほら、シャルを離せ。シャルももう余計な事は言わん。な、シャル」

 コクコク頷くシャル。それを見てシャルから離れる二人。

「まあ、どうあれ遊ぼうと決めたのだろう?ならば……」

 横のシャワースペースに目を向けて四人を促す。

「さっさとシャワー、浴びてこいよ」

 私の言葉に唖然とする四人。はて?

「あんたにそれを言われるとは思わなかったわ……」

「つくもんはエロいな~」

「男の子だもん。仕方ないよ」

「ふ、不謹慎ですわ!」

 突然私を非難し出す四人。特にセシリアなど顔が真っ赤だ。

「私は何か変な事を言っ……たな」

 非難される謂れに思い至り、妙な汗を浮かべる私だった。

 

 メインイベントの参加申請を終え、それまでの時間を遊んで過ごす事に。ちなみに、鈴とセシリアは別行動だ。

「「キャーッ(うおおおっ)!」」

 ウォータースライダーでシャルと絶叫したり。

「気持ちいいね~」

「この浮遊感がいいんだよなぁ……」

 本音と流れるプールでまったりしたり。

「あ、あれはっ!」

「四川料理の名門『昴星(マオシン)』の大熊猫麻婆豆腐(パンダマーボー)だよ~!」

「二色の豆腐と激辛の麻婆ダレが織り成す味の波状攻撃に、誰もが幸せの汗を滝のように流すというあの……?」

「まさかこんな所でお目にかかれるとは……一つください!」

 フードコートで超人気店の出店を発見したりして過ごした。

 

 

 そして13時。ついにあのイベントが始まった。

『お待たせしました!それでは、ただ今より第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レースを開催します!』

 司会の女性がそう叫ぶと同時に大きく飛び跳ねる。その動きに、彼女の大胆なビキニに包まれた『スイカ』が零れ落ちそうになる。それを目にしたからか、それとも単にレースの開始を喜んでか、会場に(主に男の)歓声と拍手の渦が巻き起こった。

 レース参加者は全員女性。そのためか、観客のボルテージはすでに最高潮だ。

 なお、参加を希望した男性もいるにはいたのだが、受付の『空気読めや』という無言の笑みによって全員退けられている。

 女性優遇社会ではあるがそれはそれ。やはり水上を走り回るのは女性が良いに決まっている。それが、今大会の主催者にしてウォーターワールドオーナー『向島光一郎(むこうじま こういちろう)』の指針−−と言うよりは趣味だ。

 

『さあ、皆さん!参加者の言葉を女性陣に今一度大きな拍手を!』

 再度巻き起こる拍手の嵐。レース参加者はそれに手を振ったりお辞儀をしたりとそれぞれ応える。

「つくも~ん、わたし頑張るからね~!」

「応援よろしくね、九十九」

 私に向かって大きく手を振りながら跳び上がる本音。着ぐるみ水着は動きづらいと判断したのか脱いでいる。

 そのため、彼女の『メロン』がマイクロビキニから今にも溢れそうになっている。そんなに跳ねないの。

 シャルもこちらに小さく手を振ってアピール。その後、はしゃぐ本音をやんわりと宥める。あの二人、姉妹みたいだな。

 そんな中、目立った反応のないペアが一組。鈴とセシリアだ。入念な準備体操で体をほぐしている。何か言い合っているようだが、ここからでは聞こえない。まあ、互いに牽制のしあいでもしているのだろう。

 それでも十二分に気合の入った柔軟は、このレースにかける二人の想いを如実に物語っていた。

『優勝賞品は南国の楽園・沖縄五泊六日の旅!みなさん、頑張ってください!』

 優勝賞品が改めて紹介されると、二人が不気味な笑みを漏らす。一夏との沖縄旅行に勝手な妄想を描いているのだろうな。

 続けてシャル達の方を見ると、二人で柔軟体操をしていた。あの二人も気合が入っているな。

 

『では!ルールを説明します!』

 ウォーターワールド水上ペア障害物レース。50×50mのプール中央の島。そこに刺さったフラッグを取ったペアが優勝。

 コースは中央の島に向かって円を描くようになっており、途中に設置された障害物は基本的にペアでなければ抜けられない作りになっている。

『ペアの協力が必須な以上、二人の相性と友情が試されます!』

 私はアナウンスを聞きつつコースレイアウトを確認する。

 まずは中央の島。これがなかなか厄介で、なんと宙に浮いているのだ。……いや、単に強力なワイヤーで宙吊りになっているだけなのだが問題はそこでは無い。

 ショートカットはできないように配置された浮島と、一度プールに落ちたら一からやり直しのルール。よって、泳いで渡るのは無理。実によく出来たルールとコースだ。これなら攻略はかなり難しいだろう。だがそれは、参加者が一般人ならだ。

 

 鈴とセシリア、そしてシャルの三人は専用のISを持つ国家代表候補生。その能力は旧世紀の一軍隊にも匹敵する。

 そして当然、それらを扱うためのあらゆる訓練を積んでいる。おそらく、単純な格闘能力だけでいえば、一般男性など相手にもなるまい。たとえ相手が軍人であっても、条件が対等ならば引けを取る事はない。

 ISとはそれだけのものであり、そしてそれを扱う人間もまた人材価値が極めて高いのだ。

 

『それではレースを開始します!位置について……よ~い』

 

パァン!

 

 競技用ピストルの乾いた音が響き、12組24名の水着の妖精が一斉に駆け出す。

「セシリア!」

「わかってますわ!」

「本音!」

「おっけ〜しゃるるん!」

 開始直後、足払いを仕掛けてきた横のペアをジャンプで躱し、最初の島に着地する四人。

 このレース最大の特徴、それは『妨害行為の容認』だ。−−が、それは本物の軍隊の訓練を受けてきた国家代表候補生にとってむしろ有利にしか働かない。本音は別だが。

「本音、僕たちは!」

「うん!一気に行こ〜!」

 シャル・本音ペアの作戦は『先行逃げ切り』。可能な限り妨害をさせずに一息にゴールを目指そうというもの。

 一方の鈴・セシリアペアの作戦も『先行逃げ切り』のようだが、相手の妨害を躱すついでに相手の足を引っ掛けて水面に落とすのも忘れないという、少々過激な作戦だった。

 

 レース開始から3分が経過。場は先行逃げ切りを狙う真面目組と、妨害上等の過激組に完全に分かれていた。

 シャル・本音ペアは、足の遅い本音をシャルがフォローしつつ、第一グループの上位をキープしている。

 一方の鈴・セシリアペアは、レース開始直後からの大立ち回りが原因で、以降の妨害の全てが集中していた。

「ああもう、鬱陶しい!」

「邪魔ですわ!」

 自分達に向かってくるペアをその度に水面に落としてはいるものの、あれではキリがない。

 しかも二人を妨害しているのは常に同じペア。真面目組と過激組にグルがいると見て間違いない。

 と、ここで鈴・セシリアペアに動きがあった。互いに目配せをした直後、妨害をしてくるペアに向かい合ったのだ。

「……勝負ありだな」

 呟いた声を隣の男に聞かれたようで、不思議そうに私に訊いてきた。

「おい、今のどういう意味だよ?」

「見ていろ」

 そう言って男の視線をプールに戻させると、そこには妨害ペアのツインラリアットを躱すと同時にプールに落とす二人の姿。

「なんだよ、さっきまでと変わんねえじゃねえか」

「違うのはここからだ」

 落とされた次の瞬間には浮かび上がってくる妨害ペア。その瞬間、観客席に四つの『プリン』が届けられた。

「人は水着無しには生きていけない……」

「水着が無いなら全裸でどうぞ」

「「きゃあああっ!?」」

 妨害ペアがプールに落ちる直前、素早く彼女達の水着のブラを奪った鈴・セシリアペアは、パニックに陥る二人を一瞥した後、手元のそれを丸めて反対方向の観客席に放り込んだ。

「「「うおおおおっ!!」」」

 期待通りどころか、それ以上のアクシデントに観客の男性陣が大いに沸いた。

「男って悲しい生き物だよな」

「いやアンタも男だろ、兄ちゃん」

 見知らぬ男のツッコミが、喧噪に呑まれて消えた。

 

 

 鈴・セシリアペアがしつこい妨害ペアを片付けたのと同じタイミングで、シャル・本音ペアは二つ目の障害(一方が放水を止め、もう一方がその間に通り抜ける)をクリア。三つ目の島に到達した。

「本音、頑張って!もうちょっとだよ!」

「う、うん〜!」

 本音を叱咤しながら、次の障害クリアに向かうシャル。その時、歓声が響いた。

「「え?……なっ!?」」

 驚きに目を開く二人。そこには信じがたい光景があった。

 第一の障害(ロープで繋がれた小島を固定して渡り、向こう岸で支えてもう一人が渡る)を軽業師のような方法で二人同時にクリアする鈴とセシリア。更に第二障害も「放水?何それ美味しいの?」とばかりに走って突っ切る。

「はん!余裕余裕!」

「地雷原に比べれば、何とも簡単ですわね」

 気がつけば、鈴・セシリアペアとの距離は10mもない。

「やっと追いついたわよ!あんた達!」

「勝負はここからですわ!」

「あわわ、しゃるる〜ん」

「やるなぁ……。けど、負けないよ!」

 気合を入れ直し、鈴達に背を向けて走り出すシャルと本音。その背を追うようにスピードを上げる鈴とセシリア。

 そして第三の障害、第四の障害を次々とクリア、最終障害に到達する鈴・セシリアペアとシャル・本音ペア。

 

 だが、そこで問題が起きる。シャル・本音ペアと鈴・セシリアペアの僅かに先を行っていたペアが、まともにやっていては負けると踏んだのか突如反転し、攻勢をかけてきたのである。

「ここで決着をつけるわよ!」

「はっ!一般人があたしたちに勝てるとでも……」

「待って鈴。あの人たちの体つき、どう見ても一般人じゃない」

 シャルが言うと同時に司会の女性の実況が響く。

『おおっと、トップの木崎・岸本ペア!ここで得意の格闘戦に持ち込むようです!』

「はい?得意の……なんですって?」

「あ~っ!あの二人ってもしかして〜!」

『ご存知二人は先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルの武闘派ペア!仲が良いとは聞いていまいたが、競技は違えど息はぴったりです!』

「「なんですって!?」」

 筋肉美女(マッスル・ビューティー)。その言葉がぴったりの二人は、気合い十分の怒号と共に四人に突貫してきた。

 シャル・本音ペアはまだいい。妨害をせず、させなかった事で体力にはまだ余裕がある。問題は鈴・セシリアペアだ。

 執拗な妨害を退け、差を詰めるために全力疾走をしてきたせいか、疲労の色が濃い。ここで彼女達とやり合えば、鈴・セシリアペアの敗北は必至だ。

「「どっせえええい!!」」

「「くっ!」」

「ととっ!」

「はわわ〜!」

 四人は後ろ跳びで距離を取るが、ここは浮島。逃げ道はない。

「こうなったら……セシリア!」

「本音!」

 互いのペアの名を叫ぶ鈴とシャル。それに振り返って応える本音とセシリア。

「「なに~(なんですの)!?」」

「あたしに策がある!突っ込んで!」

「はあっ!?わたくしが、前衛!?」

「僕が先に行く!後ろから来て!」

「おっけ〜、しゃるるん!」

 鈴の言葉に疑問を呈するセシリアと、シャルの言葉に素直に従う本音。ここで初動の差が出た。

「迷ってる暇はないわ!負けたいの!?」

「ああもう!」

 再度距離を詰めにかかるメダリストペアに向かい、シャルを前衛に一列のフォーメーションで接近するシャル・本音ペアと、単騎特攻をするセシリア。

 三人が自分から距離を詰めてきた事にギョッとして、一瞬迷いが生じるメダリストペア。その隙を、シャルは見逃さない。

「来て!本音!」

 メダリストペアの目の前で突如反転したシャル。そのまま腰を落とし、両手を重ねて腹の前に構える。

「行くよ〜!しゃるるん!」

 シャルの重ねた両手に片足をかける本音。それと同じタイミングで鈴の大声が響く。

「セシリア!そこで反転!」

「え?」

 振り返ったセシリアが見たのは、眼前に迫る鈴の足……の裏。

「せー……の!」

「え~い!」

 シャルが本音を一気に持ち上げ、それに合わせて全力でゴールに跳ぶ本音。

「は?……ぶべっ!?」

 セシリア(の顔面)を踏み台に、その身軽さでゴールに跳ぶ鈴。決着は一瞬だった。

「とったああっ!」

 フラッグを手に取ったのは……鈴だった。

 その後ろ、数秒前まで鈴と本音がいた島では、鈴に踏まれてバランスを崩したセシリアと、本音を持ち上げた事でこちらもバランスを崩したシャルが、メダリストペアのタックルを受けて一緒に1.5m下の水面へと落ちていった。

 

どっぱーん!

 

 高く伸びた水柱を、鈴は眩しそうに、本音は悔しそうに見つめる。

「負けちゃった〜。ごめんね、しゃるるん」

「ありがとう、セシリア。あんたのおかげよ」

 

キラン……

 

 青空に笑顔で決めるセシリアが浮かんだ……ような気がした。

「鈴、セシリアは死んでないぞ?」

 聞こえていないだろうが、一応ツッコんでおいた。

「ふ、ふふふ……」

 地の底から響くかのような絶対零度の笑い声。直後、先程の倍ほどの高さの水柱が立つ。

「今日という今日は許しませんわ!わ、わたくしの顔を!足で!−−鈴さん!」

 『ブルー・ティアーズ』を展開した水着姿のセシリアが、憤怒の表情で鈴へと向かう。

「はっ、やろうっての?−−『甲龍(シェンロン)』!」

 対する鈴もすぐさま『甲龍』を展開。即応体制へ移る。

『なんとっ!?ふ、二人はまさか……IS学園の生徒なのでしょうか!この大会でまさかISを二機も見られるとは思いませんでした!え、でも、あれ?ルール的にどうなんでしょう……?』

 困惑と興奮の入り混じった声で、司会の女性が捲し立てる。大きな身振り手振りにまたしても『スイカ』が揺れた。って、まずい!二人の頭上には!

「あ、あわわわわ……」

 宙に浮く島に目を向けると、そこには突然の事態について行けず、慌てるばかりの本音が。

「シャル!」

「了解!」

 私の叫びに応え、シャルが『ラファール』を展開。本音の救出に入る。同時に私も『フェンリル』を展開。《ヘカトンケイル》を呼び出す。

「はあぁぁっ!」

「ぜらぁぁっ!」

 鈴とセシリア、互いのブレードがぶつかり合う一瞬前。

「やめんか!このばかちんがぁっ!!」

 

ズガンッ!

 

「あだっ!」

 

ゴツンッ!

 

「はうっ!?」

 《ヘカトンケイル》の拳骨が、馬鹿二人を捉えた。 

 

 

「まったく、お前達は……周りを見るという事ができんのか?」

 着替えた上で事務室を借り、二人に説教をする私。

 今回の件、幸いにして怪我人は居ないし物的被害もなかったが、実は一歩間違えれば死人が出ていた可能性があったのだ。

 あの時、鈴とセシリアの頭上にはISを持たない女の子(本音)がいた。幸いシャルが素早く助け出した為、本音には掠り傷一つないが……。

「もし、あの場にシャルがおらず、お前達のぶつかり合いの衝撃で本音があそこから落ちて、落ちたタイミングでお前達の内のどちらかが放った攻撃に巻き込まれたら、本音はどうなっていた?え?」

「「それは……その……」」

 私の言葉に小さくなる二人。何かが違っていたら同級生が大怪我では済まない事になっていた事に思い至ったようだ。

「まあまあ、九十九。その辺で……」

「わたしは大丈夫だから~。ね?」

 私を宥めにかかる二人に目を向けた後、もう一度鈴とセシリアに目を向ける。私の視線にビクリとする鈴とセシリア。

「お前達……本音に何か言う事は?」

「「どうもすみませんでした!!」」

 次の瞬間、美しいまでの土下座をする二人。

「顔を上げて~。なんともないから~」

「「本音(さん)……!」」

 本音ののほほん笑顔に、女神を見たかのような顔をする二人。

「それにね……」

 ポツリと呟くように言う本音。全員の視線が本音に向く。

「もししゃるるんがいなくても、つくもんがきっと助けてくれたもん」

「本音……」

 顔を赤くして私に微笑む本音。つられて私も顔が赤くなった。

 鈴とセシリアの口から、何か白い粉のような物が出ていたが、何だったのだろう?

 

 ところで優勝賞品の行方だが、鈴とセシリアがISで暴れかけたために会場は大混乱。結局大会は途中で中止となり、優勝者は無し。当然、賞品も無し。という事になったと、司会者さんが告げた。

「「そ、そんな……」」

 最後の望みを掛けて訊いた二人だけにそのショックは大きかったようで、二人の表情は闇より暗かった。

 身元引き受け人が学園から到着したと報告を受け、事務所を出てしばらく行くと、そこには鈴が今日一緒に時間を過ごす予定だった人物が。

「よっ。鈴とセシリアのあの顔、さてはたっぷり叱られたな?」

「ああ、私にな。山田先生辺りが来ると思っていたが、まさかお前とはな。一夏」

「ああ、本当はそうなるはずだったんだけど緊急の仕事だとさ。で、丁度データ取りが終わった俺が代わりに−−おわっ!?」

 一夏の言葉が終わらぬ内に、鈴とセシリアが思い切り一歩を踏み込んでその胸倉をつかむ。

「あんたねぇっ……!」

「一夏さんのせいで!せいで……!」

 二人の女子からの非難100%の視線に、流石の一夏も怯んだらしく矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「ま、待て。悪かった。なんか知らんが悪かった。−−そうだ!なんか奢るぞ。甘い物とかどうだ。な?」

「「…………」」

 鈴とセシリアは数秒考えた後、ボソリと呟いた。

「……@クルーズ」

「……期間限定の一番高いパフェ」

「ぐぁ」

 @クルーズの期間限定パフェ。お値段一つ2500円。予想外の出費に、一夏は頭を押さえた。

「なに?イヤなの?」

「断れる立場でしょうか?」

「……はあ、分かったよ」

 そうと決まれば二人の切り替えは早い。さっきまでの落ち込みや怒りはどこへやら、喜色満面の笑みを浮かべて一夏の腕を取る。そのまま三人は新世紀町駅前の喫茶店、@クルーズへと向かっていった。

 

 私は、二人に当初からどうにも気になっていた事を訊いた。

「そういえば二人とも」

「「なに?」」

「どうしてレースに参加したんだ?賞品は『ペア』旅行券。私達には……」

「使い道がない?」

 シャルの言葉に頷く。それを見て二人は微笑んだ。

「実はね~、つくもんにあげようとしてたの」

「え?」

「『両親の結婚記念日が近い』って言ってたでしょ?」

「ああ、言ったな。3日後だ」

 何日か前、両親の結婚記念日のプレゼントに何を送るかで悩んでいる事を二人に話した事があった。

 まさかそれを覚えていて、しかもそのためにレースに参加したとは思っても見なかった。私は二人に頭を下げて感謝を表す。

「ありがとう」

「ううん、いいんだよ〜」

「結局手に入らなかったし」

「それでも、ありがとう」

 二人の優しさがすごく嬉しく感じた瞬間だった。

 

「さて、それではこの後どうしようか?」

「ん〜、そだね〜……」

 とそこに、「くぅー」と可愛らしいお腹の音が聞こえた。振り返ると、顔を真っ赤にしたシャルが。

「あう……」

「……本音、行先はファミレスでいいか?」

「おっけ〜」

「ごめんね、気を遣ってもらっちゃって……」

 シャルが恥ずかしそうに小さく声を上げる。

「気にする事はない。それに……」

 

ググウウルルル……

 

「わ~、おっきなお腹のおと~」

「……実は私も空腹の限界だからだ」

「そっか、じゃあ、行こ?」

「れっつご〜!」

 言って腕に抱きつく二人。いつもの事になりつつあるこの態勢ですぐ近くのファミレスへ向かって歩き出す。

 夕闇に長く伸びる三人の影。それは、未だ暑さの衰えぬ8月のある日の事だった。




次回予告

女の子にとって衣服とはとても重要だ。
疎い女の子がいると面倒を見たくもなる。
例えば、軍人暮らしの長い銀髪少女とか。

次回「転生者の打算的日常」
#36 金銀買物行

ね~つくもん、わたし達空気だね。
……言うな、本音。


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#36 金銀買物行

ちょっと長くなりそうなので、前後編に分けました。
まずは買物編からどうぞ。


 その日の朝、シャルロットは命の危機に陥っていた。

「あのー、ラウラ?」

「う……?」

 なにせ、隣で眠るラウラが酷く魘されていたので声をかけようとしたら、突然押し倒されて頸動脈にナイフを当てられる。という、声を出すのが遅かったらどうなっていたかとシャルロットに思わせるものだったのだから。

 ラウラはシャルロットの説明に「そ、そう……か」とだけ口にした。彼女の体は寝汗でびっしょりで、長い銀髪が肌にまとわりついていた。

「……で、いつまでこのままなのかな?」

「そ、そうだな……すまない」

 ラウラはシャルロットの頸動脈に当てていたナイフをどけ、そのままシャルロットからも離れる。

「別にいいよ。気にしてないから」

「そうか。助かる」

 ラウラは当初、この部屋割りに戸惑った。しかし、ルームメイトのシャルロットが非常に気の利く存在だったため、むしろ今ではこの編成に感謝している。

 学年別タッグマッチトーナメントでの対決の後も別段気にした様子はなく、改めてルームメイトとして、友人としての付き合いをしてくれていた。

(そのシャルロットに刃物を向けるなど……どうかしてる)

 溜息を漏らし、ベッドから降りるラウラ。シャルロットもそれに続く。

「ところでさ、ラウラ」

「なんだ?」

「あのー、やっぱり服は着ないのかな?」

 改めてシャルロットは指摘する。というのも、実はこのラウラ、就寝時にいつも全裸なのだ。その理由というのが−−

「寝る時に着る服が無い」

「そうかもしれないけど……ああもう、風邪引くってば」

 常にサイドテーブルに置いてあるバスタオルはこの為だ。毎度のように、シャルロットはラウラの体にバスタオルをかけた。

「すまないな。ところで私はシャワーを浴びてくるが、お前はどうする?」

「うん、僕も浴びようかな。冷汗かいたし」

「一緒にか?」

「ち、違うよ!ラウラの後!」

「冗談だ」

 いつも通りの冷淡な調子でそう言われたシャルロットは、一瞬ポカンとしてしまう。

 その間にラウラはシャワールームへ行ってしまった。パタンとドアを閉じる音が聞こえた。

(前は冗談なんて言わなかったのに、どうしたんだろ?)

 心境の変化でもあったのか。友人としては気になる所だった。

(それはそれとして、やっぱりパジャマをなんとかしないと)

 うーん、と朝から唸るシャルロットだった。

 シャワーを浴びて着替えてから食堂へ向かう途上で九十九を発見したシャルロット。

 声をかけ、ともに食堂へ向かう。その時、シャルロットにふとある考えが浮かんだ。

「……うん、いいかも」

 その呟きは九十九とラウラには届かなかったらしく、二人は無言でシャルロットの前を歩いていた。

 

 

「なに?買物?」

「うん、そう」

 寮の食堂、そこで早めの朝食を取りつつ、シャルとボーデヴィッヒは話し合っていた。

 二人の他には私と朝練をしている部活動の子達がチラホラといる程度で、全く混み合っていない。

 私のメニューは中華粥(特盛)と漬物のセット。二人はマカロニサラダとトースト、ヨーグルトのセット。ただし、ボーデヴィッヒはそこにさらにもう一品加わる。

「朝からステーキって……胃がもたれない?」

「何を言う。朝に一番食べる方が稼働効率はいいのだぞ。科学的にも証明されている。そもそもあとは寝るだけの状態−−夕食を最も多く取るというのがおかしい。消化されないエネルギーは全て脂肪になるからな。太りたいなら別だが」

「それ、一夏(君の嫁)に聞いたろう?」

「その通りだ」

「だと思った……ラウラっぽくなかったもん、今の喋り」

 言って胸を張るボーデヴィッヒ。存外感化されやすい性格なのかもしれないな。

 この後、シャルがサラダのマカロニをフォークに通して食べるのを見たボーデヴィッヒが、それを面白がったのか自分もやってみる事に。すると、何かが彼女の琴線に触れたらしく、ボーデヴィッヒはフォークの全ての先端にマカロニを通そうとサラダをいじり始めた。

「む、く、これは思ったよりも難しいな……この」

 最後のマカロニがなかなか通らず、悪戦苦闘するボーデヴィッヒ。それにシャルが見とれていた。

「どうした?シャル」

 ボーデヴィッヒの集中を切るのも悪いので、小声でシャルに声をかける。

「あ、うん。昔飼ってた猫を思い出して」

 シャルはその猫の事を(小声で)語りだした。

「あの子、変な所で不器用でね。毛糸をずっと追いかけたりして、最後は玉じゃなくなって、不思議そうな顔してたっけ」

「そうなのか。お、いけそうだな」

「出来た」

「「おー」」

 先端にマカロニを通したフォークを軽く持ち上げるボーデヴィッヒとそれに拍手をするシャル。

 私は感嘆の声を上げるにとどめたが、それでも食堂にいた他の女子達は何事かと目をしばたたかせていた。

 

「それで、買物には何時に行くんだ?」

「あ、うん。10時くらいに出ようかなって思うんだけど、どうかな?1時間くらい街を見て、どこか良さそうなお店でランチにしようよ。そうだ、九十九も一緒にどうかな?」

「構わんよ。荷物持ちは必要だろうしな」

「そうじゃないんだけど……まあいいや」

 嘆息するシャル。彼女の思惑は別の所にあったらしいが、それが何かはわからなかった。

「おおそうだ、折角だし嫁も誘っていこう。うむ、私はいい亭主になるな」

「あはは……。そうだね……」

 ボーデヴィッヒのどこかずれた発言に、苦笑するしかないシャルだった。

 

 食堂から帰る途中、本音に出会った。思ったよりも早く起きてきた事に驚いたが、その目は眠そうだ。

 私に今日の予定を聞いてきたので、シャルと買物に出る事を伝えると「わたしも行く〜」と言った。秋物の服を見ておきたかったらしい。

 「なぜ今、秋の服を……?」と不思議そうに呟いたボーデヴィッヒの声は、私にしか聞こえなかったようだった。

 

 

 そして午前10時。『IS学園前駅』北口。私達四人はそこに集合していた。当然全員私服……だと思いきや。

「ボーデヴィッヒ、なぜ制服なんだ?」

「私には私服がなくてな」

「制服の前は軍服を着て出ようとしてたの……で、仕方なく」

「軍服って……そんな姿で街に出たら……」

「コスプレだって思われるね~」

 ちなみに、シャルと本音はちゃんと私服だ。シャルは夏らしい白を基調としたワンピース。淡い水色を加えて、涼しさと軽快さを醸し出している。

 本音は臨海学校前の買物の時に着ていたライトイエローのワンピース。開いた胸元が可愛らしさと大人っぽさを同居させている。

「おそろー!」

「おっそろ〜!」

 イェーイ、とハイタッチする二人。どうやら衣装被りは気にならないらしい。

 これが一夏ラヴァーズなら、盛大な罵り合いが始まるか、お互い気まずくなって誰からともなく着替えに行くかだろう。本当にこの二人が仲良しで良かったと思う。

 

「ここから新世紀町駅前に行くなら、今の時間はバスの方が早いな」

「む?何故だ?電車ならいくらでも来るだろう」

 私の発言に訝しむような視線を向けるボーデヴィッヒ。確かに普通はそう思うだろう。

「それはそうなのだが、今からだと20分は待つ事になる。それから移動に10分の、合計30分。一方……」

 私はちらりとシャルに目を向ける。シャルがそれに頷いて口を開く。

「バスなら丁度今来たとこで、移動時間はちょっと遠回りだから20分くらいかな」

 シャルの視線の先には『椚ヶ丘・新世紀町』の掲示板を出したバスが停まっていた。

「そうか。わかった」

「じゃ〜れっつご〜!」

 バス停に向かい、そのまま乗り込む。夏休み期間の10時過ぎという事もあって、車内はかなり空いている。窓が開いている所を見ると、都市部のバスにしては珍しく、窓からの風で涼を得るタイプらしい。

 やがてバスが走り出す。窓の外の景色を眺めるシャルを風がゆっくりと撫でていく。僅かに揺れる髪が、夏の陽光で金色に煌めいている。

 一方、その隣のボーデヴィッヒはと言えば、えらく真剣な眼差しで町並みを眺めていた。その目付きは軍人そのもので、何を考えているのかなんとなく察せた。おそらく『戦時下における市街地戦のシュミレーション』をしているのだろう。

 さっきから小さく「あそこは狙撃地点に使えそうだな」とか「向こうのスーパー、ライフラインとして機能させられるな」とか言っているので間違いないだろう。

 日光を受けて鮮やかに輝く銀髪と鋭い目線が超俗的な雰囲気を醸している。のだが、そんな言葉を聞いてしまっては残念という印象しかなくなる。元はいいのに、勿体ないな。

 

「ね、ね、あそこ見て。あの二人」

「うわ、すっごいキレ〜」

「隣の子も無茶苦茶可愛いわよね。モデル?」

「そうなのかな?銀髪の子が着てるのって……制服?見た事ない形だけど」

「あれ、IS学園の制服よ。カスタム自由の」

「IS学園って、確か倍率が1万超えてるんでしょ?」

「そ。入れるのは国家を代表するクラスのエリートだけ」

「うわ~。それであの綺麗さって、なんかズルイ……」

「神様は不公平なのよ。いつでも」

 シャルとボーデヴィッヒに注目している女子高生のグループが、声のボリュームを抑えもせずに騒いでいる。

 そんな風に盛り上がっている会話は、バスという狭い空間では当然二人にも届いていた。

「…………」

 シャルはそんな風に褒められた経験が無いためか恥ずかしそうに俯き、一方のボーデヴィッヒは聞き流してでもいるのか顔色一つ変えない。そして……。

「つくもん、わたしたち空気だね~」

「……言うな、本音」

 私達は話題にすらならなかった。悲しくはないが、虚しくなった。

 

 

 新世紀町駅前でバスを降り、レゾナンスへと歩を進める。

「今回もここか」

「なんでも揃うしね〜」

「学園からも近いし」

「その割には謙虚な売り文句だな」

 レゾナンスの駅北口側の正面入口。そこにはレゾナンスのキャッチコピーが二本一組の垂れ幕となってはためいている。そこにはこう書いてあった。

 

『凄いな、なんでも揃ってる。レゾナンス』

『なんでもは揃ってないさ。揃っている物だけだよ。レゾナンス』

 

 ……なんだろう?どこかで聞いた事のあるような……。

 

 シャルがファッション雑誌と店内の案内図を見ながら回る店の順番を決める。ボーデヴィッヒはそういった事にとことん疎いようで「よくわからん。任せる」と、完全にシャルに丸投げていた。

 元来我の強い性格をしているボーデヴィッヒだが、シャルの言葉はやけに素直に聞くし抵抗なく頷いている。

 相手が他のラヴァーズだったら、ボーデヴィッヒは例え分からなくても分からないなりに自分でなんとかしようとする筈だ。

 『母性』それがシャルの言葉では言い表せない魅力の一つ。なのかもしれない。

 

 という訳で、ボーデヴィッヒに必要な夏服と今後必要となる秋服を買うため、7階に向かう事に。

 先に夏服のセール品を買い、その後で秋服を見に行こうとなったのだが、ボーデヴィッヒが「秋の服はいらない」と言った。

「え?いらないって……」

「ど~して~?らうらう」

「今は夏だからだ」

 何でもないように答えるボーデヴィッヒに、シャルと本音が唖然としてしまう。

「秋の服は、秋になってから買えばいい」

「いや、あの……あのね?ラウラ」

「女の子はふつ〜、季節を先取りして服を用意するんだよ〜」

「そうなのか。−−確かに、戦争が始まってから装備や兵を調達しても間に合わん。そういう事か?」

「えっと……うん、それで合ってるよ」

 単純に女の子としての感性の問題だが、ボーデヴィッヒは理屈でそう理解したようだ。

 シャルもそれを一概に間違いだと言うのも変な話だと思ったのか、取り敢えずそれで良しとしたらしい。

 

「じゃあ、まずはここからね」

 まずやって来たのは、レゾナンス東棟7階のレディースファッションショップ『サード・サーフィス』

「変わった名前だな」

「でも人気はあるみたいだよ」

「だね~。女の子もいっぱいいるし〜」

 そう言われて店内を見たボーデヴィッヒ。そこには女子中高生がいっぱいいた。

「じゃあ、行こ?」

「うむ」

「おっけ〜」

 言って店内に入っていく三人の後ろをついていく。セール中という事もあってか、店内はそれなりに騒々しい。しかし、シャルとボーデヴィッヒが店内に入った瞬間、その喧騒が静まった。……なんだ?どうした?

 

 

 シャルロットとラウラが店に入った時、最初にそれに気づいたのはこの店の店長だった。

 その姿を視界に収めた店長は、あまりの衝撃に客に渡すはずの紙袋をその手から滑り落としてしまった。しかし、その事に全く気づけないほど、店長の視線は彼女達に釘付けだった。

金髪(ブロンド)銀髪(プラチナ)……?」

 店長の異変に気づいた他の店員もその視線を追う。そしてそのまま、魅了されたかのように呟く。

「お人形さんみたい……」

「なにかの撮影……?」

「……ユリ、お客さんお願い……」

 店長が二人に視線を固定したまま、熱に浮かされたような足取りで二人の方に歩み寄って行く。

「え、ちょっと、私は?ていうか、服……落ちたまま……だし……」

 接客を受けていた女性客も、シャルロットとラウラを見て文句の言葉が出なくなったらしい。ちなみに……。

「わたしたち、また空気だね~」

「だから言うな、本音……」

 九十九と本音は、自分達に目を向ける者が誰もいない事に気づき、揃って苦笑いを零すのだった。

 

 

 ボーデヴィッヒをシャルに任せ、本音とともに一つ下の階で本音の秋服を見て回った。

「あ、これかわい〜。つくもんはどう思う〜?」

 本音が見せてきたのはワインレッドのタートルネックセーター。秋らしい色合いだが、どうも本音には色味が濃い気がした。

「君にはもう少し淡い色が似合うと思うんだが。例えばこっちのライトオレンジとか」

「う~ん、そ~かな~?じゃ〜ちょっと着てみるから、どっちがいいかつくもんが決めて~?」

「ああ、分かった」

 本音が私と自分の選んだセーターを持って試着室に行こうとしたちょうどその時、上の階から黄色い歓声が響いた。

「なんだろ〜?芸能人でも来たのかな〜?」

「いや、おそらくボーデヴィッヒだろう」

 元のいい彼女がそれなりの服を着れば、それだけでアイドルに見えるだろう。今頃上では時ならぬ撮影・握手会になっているのではないだろうか。

 私はシャルだけに任せた事を少しだけ後悔した。

 

 

「ふう、疲れたな」

「まさか最初のお店であんなに時間を使うとは思わなかったね」

 時間は12時を少し回った所。私達は東棟10階のオープンテラスカフェで昼食をとっていた。

「しかし、良い買い物はできたな」

「わたしも〜」

 本音とボーデヴィッヒは日替わりパスタ、シャルはラザニア、私は特大ピザをそれぞれ食べながら成果報告をしあっていた。

「せっかくだからそのまま着てればよかったのに」

「い、いや、その、なんだ。汚れては困る」

「ふうん?あ、もしかして……」

「お披露目はおりむーに取っておきたいとかかな〜?」

「なっ!?ち、違う!だ、だだ、断じて違うぞ!」

 顔を赤らめ、あからさまに取り乱すボーデヴィッヒ。その姿に自分の言葉が的を射たと確信した二人は、敢えて知らぬふりをする。

「そっか〜、変なこと言ってごめんね~?らうらう」

「ま、ま、まったくだ」

「「ラウラ(らうらう)」」

「な、なんだ?」

「気づいてないの〜?」

「フォークとスプーンが逆だよ?」

「っ〜〜!!」

 シャルと本音の指摘によってそれに気づいたボーデヴィッヒは、それこそ耳まで赤くして口に運んでいたスプーンを離した。

 

「それにしても、下の階まで黄色い悲鳴が聞こえたのには驚いた。一体どんな服を着たんだ?ボーデヴィッヒは」

「あ、うん。はい、これ」

 そう言ってシャルが携帯を取り出して画面を見せてくる。写っていたのはめかし込んだボーデヴィッヒだった。

 彼女が着ているのは、肩の露出した黒のワンピース。部分部分にフリルをあしらい、可愛らしさを演出している。ミニ寄りの丈の裾がボーデヴィッヒの超俗的な雰囲気と相まって、その姿はさながら−−

「妖精さんみた~い」

 そう、本音の言葉通り、妖精さながらの格好だ。これなら店の女性客が盛り上がったのも頷ける。

「ね!可愛いよね!」

 その時の事を思い出したのか、急に鼻息が荒くなるシャル。正直ちょっと怖かった。

 

 午後は生活雑貨を見て回る事に決めた。シャルは日本製の腕時計にちょっとした憧れがあって、見てみたいと言う。

 ボーデヴィッヒにも日本製の欲しい物はないかとシャルが訊いたが、それに対するボーデヴィッヒの回答は「日本刀だな」だった。

「……女の子的なものは?」

「ないな」

 即答。にべも無いとはこの事だな。

 シャルもそう答えると思ってはいただろうが、やはりといえばやはりなその答えにガックリと首を落とした。

 

「……どうすればいいのよ、まったく……」

 隣のテーブルから聞こえてきた声に何事かと目を向けると、一人の女性が頭を抱えていた。

 年の頃は20代中盤から30手前といった所、ピシッと切り揃えられたショートボブヘアに、黒を基調としたレディースフォーマルスーツを着ている。何か悩み事でもあるのか、目の前のペペロンチーノは手つかずのまま冷え切ってしまっていた。

「はぁ……」

 深い深いその溜め息には、強い懊悩の色が感じ取れた。

「ねえ、九十九」

「お節介は程々にな」

 いつものようにシャルの言葉を先回りする私。私のその反応に嬉しそうな顔をするシャル。

「僕の事、ちゃんと分かってくれてるんだ」

「当然。それで、どうしたいんだ?」

「うーん、とりあえず話だけでも聞いてみようかな」

 そう言って、シャルは席を立つなりその女性に声をかけた。

「あの、どうかされましたか?」

「え?−−!?」

 不意に声をかけられた女性が顔を上げてこちらを見る。その途端、女性はガタンッ!と椅子を倒す勢いで立ち上がったかと思うとシャルの手を握り締めた。

「あ、あなたたち!」

「は、はい?」

「バイトしない!?」

「「「え?」」」

 突然の誘いに、目を白黒させるシャル。本音はポカンとしているし、ボーデヴィッヒは頭にハテナを浮かべている。

 ちなみに、女性の視線は私には一度も来ていない。つまり……。

「どうやら今日の私はとことん空気のようだな……」

 三度目ともなればもはや諦めの境地に達するもののようだ。私はあれよあれよと言う間に連れて行かれる三人と女性を追いかけて店を出た。

 

 

 金と銀の買物行は、期せずしてアルバイトをするという盛大な寄り道をする事になった。

 私は「そういえばこんな原作イベントあったな」と、ようやく思い出していた。

 

 

「という訳でね、いきなり二人辞めちゃったのよ。辞めたっていうか、駆け落ちしたんだけどね、はは……」

「はぁ」

「ふむ」

「ほえ〜」

「それはまた前時代的な……」

「でもね、今日は超重要な日なのよ!本社から視察の人も来るし、だからお願い!貴方達に今日だけバイトをしてほしいの!」

 女性の店は、特異な形態の喫茶店だった。女性はメイドの、男性は執事の格好をして接客をする、いわゆる『メイド(&執事)喫茶』である。

「それはいいんですが……」

 着替え終えたシャルが控えめに女性に訊いた。

「なぜ僕は執事の格好なんでしょうか?」

 そう、シャルはメイド服ではなく執事服を与えられたのである。その理由は−−

「だってほら!似合うもの!そこいらの男なんかより、ずっと綺麗で格好いいもの!」

「そうですか……」

 褒められたのに嬉しくなさそうに溜息をこぼすシャル。

 彼女としてはメイド服の方が良かったのだろう。自分の執事服を見下ろして落ち込むシャル。その手を、自らもメイド服に着替えた女性店長がガシッ!と掴んだ。

「大丈夫!すっごく似合ってるから!」

「そ、そうですか。あはは……」

 引きつり気味の顔で、それでもどうにか社交辞令の笑みを返すシャル。

 そのシャルが、メイド服姿の本音とボーデヴィッヒを眺めた。それに合わせて私も二人を見る。

 細身でありながら強靭さを秘めた体躯。飾り気の多いメイド服と、それらを統一するように伸びたストレートの銀髪。そして、ミステリアスな雰囲気を加速させる眼帯。ボーデヴィッヒの違った魅力を垣間見た気がした。

 一方の本音だが、グラビアアイドル級のわがままボディをヒラヒラのメイド服で包み、のほほん笑顔を浮かべたその姿は実に可愛らしい。こちらも常とは別の魅力があった。

「ど~かな~、つくもん。似合う〜?」

 くるりと回る本音。スカートがふわりと持ち上がって広がり、すぐに閉じた。

「ああ、よく似合っているよ。シャルもな」

「てひひ〜。ありがと〜、つくもん」

「う、うん……ありがと、九十九……」

 はにかんだ笑顔を向ける本音と、複雑な表情を浮かべるシャル。シャルはもう一度ボーデヴィッヒと本音を見て、溜息をついた。恐らくだが、男装をした場合の自分とボーデヴィッヒの周りからの認識の差を考えているのだろう。

「店長〜、早くお店手伝って〜!」

 フロアリーダーがヘルプを求めて声をかける。すぐに店長は最後の身だしなみをして、バックヤード出口へ向かう。

「あ、あのっ、もう一つだけ」

「ん?」

「このお店の名前は、なんですか?」

 店長は笑みを浮かべてスカートを摘み上げると、その大人びた容姿に似合わない可愛らしいお辞儀をして、こう言った。

「お客様、@クルーズへようこそ」

 

「あの、私からも一つよろしいか?」

「何かしら?」

 手を挙げて訊く私に目を向ける店長。私の格好は出掛けに着てきた私服のままだ。

「私はどうしていればいいのだろうと思いまして」

「ああ、三人の仕事が終わるまで待ってて。ドリンクはサービスしてあげるから」

「……私はここでも空気なのだな……」

「「九十九(つくもん)、よしよし」」

 項垂れて嘆く私の背中をポンポンと叩くシャルと本音。二人の心遣いが、今は苦しかった。




次回予告

可愛い店員のいる店というのは、それだけで話題になる。
そして、それだけ様々な人も集まってくるものだ。
執事にチヤホヤされたい女性、メイドになじられたい男、苦悩する元企業戦士。
それから、たった今罪を犯したばかりの馬鹿共も。

次回「転生者の打算的日常」
#37 金銀御奉仕行

いらっしゃいませ!お客様!


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#37 金銀御奉仕行

買い物回の後編です。


 @クルーズ。新世紀町駅前の他、都内に5店舗を構える喫茶店。店員がメイド(執事)の格好で給仕する、いわゆるメイド喫茶だ。

 客層は主に若い男性、一部の女性と、まれに中年男性もやって来る。

 飲食物の値段設定は少々高いが、それは厳選した材料を使っている事ともう一つ、これが最大の理由だろうが……。

 

「お待たせしました。紅茶のお客様は?」

「は、はい」

 シャルがカウンターから飲物を受け取り、客前に持っていく。ただそれだけだというのに、その動きは気品が滲み出ていた。

 初めてのアルバイトのはずだがその立ち振る舞いに物怖じした様子はなく、堂々としていながら嫌味な所が欠片も無い。

 その姿に見入っていた女性客は、かけられた声に自分が年上であるにも関わらず、緊張した面持ちで答える。

 そして、ここからがこの店の値段設定が少し高いもう一つの理由。この店ではある『サービス』を受ける事ができる。それは−−

「お砂糖とミルクはお入れになりますか?よろしければ、こちらで入れさせていただきます」

「お、お願いします。ええと、砂糖とミルク、たっぷりで」

「わ、私もそれで!」

「かしこまりました。それでは、失礼します」

 シャルの白い指がそっとスプーンを握り、砂糖とミルクを加えたカップの中を静かにかき混ぜる。

 その姿を見つめていると、私にコーヒーを持ってきた店長がポツリと呟いた。

「おかしいわね……。あの二人、いつもはノーシュガー、ノーミルクなのに……」

 言いながら私の前にコーヒーを置く店長。このコーヒー、三人の勤務時間中は飲み放題だ。曰く「デートを邪魔したお詫び」らしい。

「わざとでしょうね。目の前の美形執事に奉仕して貰いたい一心でしょう」

 砂糖とミルクを入れた紅茶とコーヒーを受け取った二人は、ぎこちない動きでそれを一口飲んだ。

「それでは、また何かありましたら何なりとお呼び出しください。お嬢様」

 言って優雅に一礼するシャル。その姿は正に『貴公子』としか言いようのない雰囲気を放っていた。

 雰囲気にあてられた女性客は呆けた顔で頷くこと以外出来なかった。

 

 一方、接客とはおよそ無縁だったろうボーデヴィッヒに目を向けると、丁度男性客三名のテーブルで注文を取っている所だった。

「ねえ、君可愛いね。名前教えてよ」

「…………」

「あのさ、お店何時に終わるの?一緒に遊びに−−」

 

ダンッ!

 

 半ば叩きつけるようにテーブルに置かれたコップが、大きな音と共に盛大に中身を吐き出す。面食らう男達に、ボーデヴィッヒはゾッとするほど冷たい声で告げた。

「水だ。飲め」

「こ、個性的だね。君の事、もっと良く知りたくなっ−−」

 男の台詞を聞く事はおろか、オーダーすら取る事なくテーブルを離れるボーデヴィッヒ。カウンターに着くなり何かを告げ、少しして出されたコーヒーを持っていった。

「あの子、オーダー取ってなかったような……」

 何故か未だに私の隣にいる店長がまたも呟く。

「彼女があの男性客にかける言葉、当てましょうか?それが彼女がノーオーダーでコーヒーを持って行った理由でもありますし」

「出来るの?そんな事」

「彼女の事はプロファイル済みです。さて……」

 男性客の前に(ソーサーが割れるため)先程よりは優しくカップをテーブルに置くボーデヴィッヒ。それでも弾んだカップから中のコーヒーが遠慮なく零れた。

「えっと、コーヒーを頼んだ覚えは……」

「なんだ?客ではないなら出ていけ」

「そうじゃなくて、他のメニューも見たいわけでさ……」

 ボーデヴィッヒに好印象を持たれたいのか、有無を言わさぬ態度に萎縮しているのか、男性客は言葉を探りながら会話を続ける。

 女性優遇社会の昨今、こんな風に初対面の女性に声をかけられる男は、勇者か馬鹿のどちらかだ。そして、あの男達は紛れもなく後者である。

「例えば、コーヒーにしたってモカとかキリマンジャロとか−−」

 言葉を遮るように、ボーデヴィッヒは全く笑っていない目のまま、その顔に嘲笑を浮かべる。ここだな。

「「はっ。貴様ら凡夫に違いがわかるとでも?」」

 私とボーデヴィッヒの台詞が、一字一句違わず重なった。店長はその顔を驚きに染めている。

「貴方、エスパー?」

「いいえ、彼女が分かりやすいんです」

 結局男達は絶対零度の視線と許しの無い嘲笑に折れ、小さくなりながらコーヒーを啜った。

「飲んだら出て行け。邪魔だ」

「はい……」

 『ドイツの冷氷』と呼ばれたボーデヴィッヒの一面は今なお健在だった。しかし、その人を寄せつけない態度すらご褒美に変えてしまう変態(紳士)達はどこにでもいるもので。

「いいっ!あの子、超いいっ!」

「見下されたいっ!罵られたいっ!差別されたいぃぃっ!」

 特別盛り上がるテーブルの奇妙な熱気と興奮を、他の客はもちろんスタッフまでもが見て見ぬふりでやり過ごしていた。

 

 最後に本音に目を向けると、中年男性が一人で座るテーブルにコーヒーを持って行く所だった。

「お待たせしました〜。砂糖とミルクはお入れになりますか〜?」

「いや、いいよ。ありがとう……はぁ……」

 盛大な溜息をつく男性に何か感じたのか、改めて声をかける本音。

「ど~かしたんですか〜?」

「ん?ああ、実はね……」

 この男性、3ヶ月前に勤めていた会社を解雇されたのだが、それを妻に言い出せず、こうして会社に行くふりをして家を出ては喫茶店やネットカフェで時間を潰しているのだという。

「つ、辛い……それは辛い……」

「あの人が最近よく来るの、そういう事だったのね」

 なおも私の隣にいる店長が、そんな事を呟いた。

「……貴女、仕事はいいんですか?」

「いいのよ、まだ余裕あるし。あ、お代わりは?」

 店長が私の手元のカップを見て言った。つられてカップを見ると、その中身は9割が飲み干されていた。いつの間に……。

「あー……では、キリマンジャロのホットをブラックで」

「かしこまりました。旦那様」

 リクエストに芝居がかった返事を返し、店長はカウンターに向かった。その少し後、男性客の独白は終わった。

「ふう……話したら何だかすっきりしたよ。ありがとう。最後まで聞いてくれて」

「ど~いたしまして~。それじゃ〜、ごゆっくりどうぞ~」

 そう言って、他のテーブルの応対に向かう本音。男性はその姿を見送った後、出されたコーヒーを飲み干し、そのまま席を立って会計を済ませると店を出た。その顔は、何かを決めた男の顔をしていた。

「あれ〜?さっきのお客さんは~?」

 私の席に私が頼んだコーヒーを持って本音がやって来た。本音は先程の男性客を探して辺りを見回し、不思議そうに呟いた。

「ああ、たった今出て行ったよ。多分だが、奥さんに話をする為に帰ったんだろう」

「そっか〜。大丈夫かな~?」

「それは、神のみぞ知ると言うやつだな」

 心配そうな声を上げる本音からコーヒーを受け取って一啜り。うん、旨い。いい豆を使ってる。

 その後も、本音は順調に仕事をこなしていく。そんな本音の事を見ている人もちゃんといる訳で。

「なあ、あの子……」

「うん、地味だけど可愛いよな。あの笑顔、癒やされるぜ」

「何言ってんだよ、派手だろ。特にあの胸!」

「お前、相変わらずそこなのな」

 本音の事を評価してくれるのは嬉しいが、ゲスな発言をする男にイラッとした。

 

 シャルと本音(とボーデヴィッヒ)の仕事ぶりを眺めつつコーヒーを飲んでいると、突然客席から興奮気味の女性の声が上がった。

「あ、あのっ、追加の注文いいですか!?できればさっきの金髪執事さんで!」

「コーヒー下さい!銀髪メイドさんで!」

放蕩者の茶会(デボーチェリ・ティーパーティー)セット一つ!のほほんメイドさんで!」

「こっちにも美少年執事さんを一つ!」

「美少女メイドさんをぜひ!」

「のほほんメイドさんを下さーい!」

 騒動は一瞬で店内全てに感染。喧噪は爆発的に大きくなっていく。

 どう反応していいか困る三人娘だったが、店長が間に入って三人を滞りなくテーブルに向かうように上手く声をかけて調整していく。本業の人間だけあってその指示は的確で、次々にやってくる客を見事に捌いていく。

 そんな混雑が2時間ほど続き、三人に精神的疲労が見えてきた頃、事件は起きた。

「全員、動くんじゃねえっ!!」

 ドアを破らんばかりの勢いで雪崩込んで来た三人の男。その一人が、怒号を発した。

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった店内の全員だが、次の瞬間に発せられた銃声に悲鳴を上げる。

「「「きゃあああっ!?」」」

「騒ぐんじゃねえっ!静かにしろ!」

 硝煙を吐き出す銃口をこちらに向けて恫喝して来る男達。その格好はジャンパーにジーンズ、顔には覆面を被り、手には銃。背負ったバッグからは紙幣が何枚か飛び出している。見るからに強盗。しかも銀行襲撃直後の逃走犯だ。

 もっとも、その恰好は古い漫画でしか見ないようなもので、その事に店内にいた全員がポカンとしてしまう。とはいえそこは銃を持った凶悪犯。言う事を聞かない訳にはいかなかった。

「つ、つくも〜ん……」

 偶々私の席の近くにいた本音が、震えながら私に抱き着いてきた。

「大丈夫だ。心配はいらない。既に……」

 外に目をやると、無数の制服警官が見えた。さらに見ていると、パトカーからスーツ姿の男性刑事が出てきて、拡声器を持ってこちらに話しかけてきた。

『あー、犯人一味に告ぐ。君達はすでに包囲されている。武器を捨て、速やかに投降しなさい。繰り返す−−』

 駅前の一等地だけあり、警察の行動は極めて迅速だった。窓から見える店外ではパトカーによる一帯の道路封鎖が行われ、ライオットシールドを構えた対銃撃装備の警官達が包囲網を形成。犯人達の逃げ場を完全に奪っていた。のだが……。

「なんか……警察の対応も……」

「……古……」

 きっと10代には通じない、レトロ感溢れる警察の台詞。それに、数名の客が人質の立場を一瞬忘れて呟いた。

 

 

 窓の外の警察の姿に、犯人の一人がオロオロとしだす。

「ど、どうしましょう兄貴!このままじゃ、俺ら全員−−」

「狼狽えんじゃねえっ!焦る事はねえ。こっちには人質がいるんだ。強引な真似はできねえさ」

 リーダーと思しき、三人の中でも一際体格のいい男がそう言うと、及び腰になっていた他の二人が自信を取り戻した。

「へ、ヘヘ、そうですよね。俺たちには高い金払って手に入れたコイツがあるし」

 ジャキッ!と硬質な金属音を響かせて、男が散弾銃のポンプアクションを行う。次の瞬間、男はそれを天井に向け威嚇射撃を行う。

「「「きゃあああっ!?」」」

 特有の銃声と蛍光灯の砕け散る音に、店内の女性客が絹を裂くような悲鳴を上げる。それをリーダーの男が拳銃を撃って黙らせる。

「大人しくしてな!俺達の言う事を聞けば殺しはしねえよ。わかったか?」

 女性客は顔を青くして何度も頷くと、声の漏れぬようにきつく口を噤んだ。

「聞こえるか警察共!人質を安全に解放したかったら車を用意しろ!もちろん、追跡車や発信機なんかつけるんじゃねえぞ!」

 威勢よく叫んだ男は駄賃だとばかりに警官隊に発砲。幸い、弾丸はパトカーのフロントガラスを砕いただけだったが、周囲にいた野次馬がパニックになるには十分だった。

「ヘヘ、やつら大騒ぎしてますよ」

「平和な国ほど犯罪はしやすいって本当っすね!」

「まったくだ」

 暴力的な笑みを浮べて会話する男達。私はその三人の様子を窺っていた。

 武装は一人が散弾銃、もう一人が機関銃、リーダーが拳銃を構えている。恐らく、いくつか予備も持っているだろう。

 さて、どうするか。状況確認のために店内を見回す。シャルは店内の植え込みの後ろで目立たぬようにしゃがんでいる。そのシャルが私同様状況確認のために視線を動かして、その顔を驚きに歪める。何事かとシャルの視線の先を見ると、そこには強盗以外にもう一人、店内で立ち上がっている人物の姿。

「…………」

 銀髪に眼帯、服装はメイド服。そして、目の覚めるような美貌の少女。ラウラ・ボーデヴィッヒが、そこにいた。

 ……ああ、こんな展開だったな、確か。私は思わず、小さく溜息をついた。

「なんだお前は?大人しくしてろってのが聞こえなかったのか?」

 案の定、リーダーが近づいていく。その手の銃をボーデヴィッヒは一瞬だけ目に入れた後、すぐに視線を外した。

「おい、聞こえないのか!?それとも日本語が通じないのか!?」

 声を荒らげ、今にもボーデヴィッヒに掴みかからんとするリーダーを手下が「まあまあ」と宥める。

 手下達はどうやらボーデヴィッヒに接客して貰いたいようで、鼻の下の伸びた顔でリーダーを説得。リーダーは眉間にシワを寄せながら、近くのソファに腰を下ろした。

「ふん、まあいい。喉が渇いていたところだ。おい、メニューを持ってこい」

 ボーデヴィッヒは頷くでもなく男達を一瞥すると、カウンターの中に歩いていく。

「ボーデヴィッヒ、どうする気だね?」

 席がカウンターすぐ横だった私は、やって来たボーデヴィッヒに声をかける。

「奴らを鎮圧する」

 そう言ってボーデヴィッヒはコップに氷を満載した水を入れてトレーに乗せ、男達の元へ持っていった。

 

 そこから先はあっという間だった。

 犯人達の前に氷を満載した水を持っていったボーデヴィッヒが突然トレーをひっくり返し、宙に浮いた氷を指で弾いて犯人達の銃を持った手の指や顔面の急所に叩き込む。そして、犯人が怒号を上げるより早く、機関銃男の懐に飛び込んで膝蹴りを叩き込んだ。

「っざけやがって!このガキ!」

 いち早く痛みから復帰したリーダーが拳銃を発砲する。火薬の炸裂音が連続で響くが、ボーデヴィッヒには一発も届いていない。店内のあらゆる物を利用して、ボーデヴィッヒはその細身からは想像の付かないスピードで駆け抜けていく。

「うおっ!?」

「ひゃあっ!?」

 私と本音の隠れているテーブルに流れ弾が一発当たった。貫通こそしなかったが、流石に驚いた。この間、30秒。

 

「あ、兄貴っ!?こ、こいつ−−」

「うろたえるな!ガキ一人、すぐ片付けて−−」

「一人じゃないんだよねぇ。残念ながら」

 マガジンの再装填をしていたリーダーの背後に迫っていたのは、見目麗しい美少年(美少女)執事のシャル。

 その言葉は「やれやれ」といった溜息を含んでいたが、どうもそれは事件に巻き込まれた事よりもボーデヴィッヒが機を待つ事無く戦闘を開始し、それをサポートせねばならないといけないという事に対してのもののようだった。

「なっ!?このっ−−」

「あ、執事服でよかったかな。思い切り足上げても平気だし」

 そう口にしつつ、シャルはリーダーの拳銃を手ごと蹴り上げる。バキッ、という鈍い音がしてリーダーの右手人差し指が折れる。

 そして勢いそのままに、散弾銃男の右肩に踵落としを叩き込んで無力化。ゴキリ、という耳につく音とともに、散弾銃男の右腕は力無く垂れ下がる。

「う~、嫌な音した〜」

「あれは痛い。きっと痛い」

 ここまで響いた骨折音と脱臼音に、本音が青い顔をした。この間、二人の合計で50秒。

 

「しかし……やはり流石だな」

 私は二人の様子を物陰で見ながらポツリと漏らす。

 二人揃って慣れているというレベルでは無い。より高度な戦闘状況を数多く経験している事の、これがその証明だろう。

 ISパイロット、特に専用機持ちともなれば、どの国家も『あらゆる事態』を想定した訓練を課している。それは、候補生であっても変わりはない。

 彼女達はISの展開不能な状況下にあっても、それを打破できる程度には鍛錬を積んでいる。

 当然、軍人であるボーデヴィッヒと非軍人のシャルでは各種能力に開きはあるだろう。だが、この程度なら何ら問題ない。

 僅か1分足らずで手下二人を行動不能にした(気絶させた)二人。残るリーダーを片付けようと目を向けると、人差し指が折れた右手から左手に予備の拳銃を持ち替えて構えようとしている所だった。

「ふ、ふざけるなぁぁっ!お、俺が、こんなガキどもに!」

 その引鉄が引かれる刹那、ボーデヴィッヒが弾丸の如くに飛び出した。

 吐き出された初弾を身を捻って躱したシャルが足下を踏みつける。そこにあったのは@クルーズ特製のトレー。縁を踏まれたトレーはその上に乗っていた『物体』を空中へ躍らせる。そして、それはボーデヴィッヒの手の中にタイミング良く収まった。

 黒く、鈍い光を放つ殺傷兵器。片手サイズの無機質な殺意。その拳銃の銃口を、ボーデヴィッヒはリーダーの眉間に突き付けた。

「遅い。死ね」

「えっ、ラウラ、待っ−−」

 ガツンッ!とグリップを額に叩き込まれ、男は糸の切れた操り人形のように倒れた。

「全制圧、完了」

 ここまでにかかった時間、1分15秒。まさに電光石火の制圧劇だった。のはいいのだが……。

「介入のタイミングを逃した……」

「元気だして~、つくもん」

 あまりにも早い幕引きにまたしても空気と化した私。本音の心遣いが少し痛かった。

 

 その後、目を覚ましたリーダーが革ジャンの下に仕込んでいたプラスチック爆弾を爆発させようとしたが、シャルとボーデヴィッヒが犯人達の拳銃を使って起爆装置と信管、そして導線()()を撃ち抜いて無力化。

 情けなく敗北宣言(命乞い)をするリーダーを尻目に、二人は颯爽と立ち去った。その姿は正に一陣の黒き疾風だった。

「って!私達を置いていくな!」

「二人とも待って〜!」

 その後ろを慌ててついていく私達。その姿はきっと慌てふためく狸と子狐だったろう。

 

 

「もう夕方だね」

 強盗事件解決から2時間後、私達は残っていた買物を終わらせてレゾナンスを後にした。沈み始めた太陽が空を朱に染めている。

 あの後、小物店や生活雑貨店を見て回りながらボーデヴィッヒの生活用品を揃えていったのだが、最後の方のボーデヴィッヒは買っている物が自分の物になるというのに「任せる」「好きにしろ」「それでいい」しか言わず、完全に丸投げ状態だった。

 そんなボーデヴィッヒにシャルが小言を言った。

「ちゃんと自分でも選ばないと、女子力アップっていうラウラの利に繋がらないよ?」

「『利』か、村雲のようなことを言うのだな」

「え?……あっ……」

 キョトンとした後、ポっと頬を染めるシャル。彼女も割と感化されやすい方なのかもしれないな。

 

 その後、近くの城址公園に立ち寄る事にした私達。クレープを食べるためだ。

 なんでも、シャルが休憩時間に@クルーズの店員さんから聞いた『食べると幸せになるミックスベリー』を食べたいらしい。

「ああ、聞いた事があるよ。なんでも『いつも売り切れのミックスベリー』らしいな」

「へ~、そ~なんだ〜」

 という訳で、早速店を探す私達。しかし、探すまでも無くすぐに見つかった。恐らく、部活帰りや外出の寄り道だろう女子高生が集中している一角。そこにその店はあった。

「じゃ、早速頼んでみようよ」

 そう言ってボーデヴィッヒの両手を引いてクレープ屋に入るシャル。私と本音もその後を追って店に入る。

「すみませーん、クレープ4つください。ミックスベリーで」

 シャルがそう言うと、店主と思しき20代後半の男性が、無精髭にバンダナという風体でありながら人懐こい顔で頭を下げた。

「あー、ごめんなさい。今日、ミックスベリー終わっちゃったんですよ」

 バツが悪そうに言う店主の後ろを観察して『ある事』に気付く私。ああ、そういえば原作でもそうだったな。

「あ、そうなんですか。残念……。じゃあ、別のにする?」

 こちらに顔を向け、私に訊いてくるシャル。原作ではボーデヴィッヒがわざと分かりにくく『イチゴとブドウ』にしたんだったか。なら、私は意地悪なしで行こうか。

「そうだな……。では、イチゴとブルーベリー、ラズベリーを一つづつ。それから、チョコバナナを」

 私はそう言って全員分の料金を支払った。

「あ、九十九いいよ。ここは僕が……」

「いや、私に出させてくれ。……最後の最後まで空気でいたくないんだ」

「あ……えっと、うん。そう言うことなら……」

 私の切実な訴えにコクリと頷くシャル。暫くしてクレープが出来上がる。それを受け取ると近くのベンチへ並んで腰掛ける。

「私はイチゴがいいのだが、君達は?」

「じゃあ僕はブルーベリーで」

「わたしラズベリーがいいな~」

「まあ、残り物には福か。チョコバナナを貰おう」

 リクエスト通りにクレープを渡し、皆でかじりつく。

「んっ、これ美味しいね!」

「ん〜、おいしい〜」

「そうだな。クレープの実物を食べるのは初めてだが、美味いと思うぞ」

「出来立てというのもあるが、それを差し引いても十分美味いな。ここは当たりだ」

 それぞれがそれぞれの感想を述べた所で、「さて」と前置いて話す。

「シャル、本音、それからボーデヴィッヒも。もう分かっていると思うが、あのクレープ屋には……」

「ミックスベリーは無い。でしょ?」

「そうだ」

「ふん、やはりな」

「ほえ?ど~言うこと〜?」

 どうやら本音は分かっていなかったらしい。という訳で、解説の時間だ。

「いいかい、本音。あの店の厨房を見たが、ミックスベリーらしきソースは何処にも見当たらなかった。つまり、ミックスベリーはそもそも存在しないメニュー、という事だ」

「そ~なの?そんな〜……」

 がっくりと肩を落とす本音。ここで本音に『食べると幸せになるミックスベリー』の正体を示す事にする。

「ただし、ミックスベリーを食べる事は出来るぞ?ほら」

 そう言って、本音の前に私のクレープを差し出す。

「ほえ?ん〜……あっ!」

 私の行動を訝しみ、少し考えた後はっとする本音。どうやら答えに辿り着いたようだ。

 そして、満面の笑みで私のクレープを一口かじり、その後自分のクレープも一口かじる。これで、本音の口の中でミックスベリーが完成する、という訳だ。

「ん〜!おいしい〜!」

「ほら、シャルも」

「うん!」

 シャルの前に私のクレープを差し出すと、シャルはすかさず一口かじり、ついで自分のクレープもかじる。

「うん、おいしいね」

「それはよかった」

 満足そうな顔の二人を眺めつつ、クレープをかじろうとして、二人に止められる。

「あ、まって~」

「はい、九十九もミックスベリーどうぞ」

 そう言って二人が自分のクレープを私に差し出す。ここで断るのもなんだと思い、二人のクレープを一口づつかじる。口の中でラズベリーとブルーベリーが絶妙に混じり合い、見事なミックスベリーとなった。

「うん、たしかに美味い」

「「それはよかった」」

 その後、さらに三人でそれぞれのクレープを一口づつかじって、トリプルミックスベリーも楽しんだ。

「「「美味しい〜(美味い)!」」」

 『食べると幸せになるミックスベリー』は、確かに私達を幸せな気分にしてくれた。クレープに感謝だな。ちなみに……。

「……そうか。これが『空気と化す』と言う奴か。なるほど、たしかに虚しいな」

 ポツリと呟いたボーデヴィッヒの言葉は、私にしか聞こえなかったようだ。

 

 

 こうして、金と銀(+2)の買物行は終わった。

 私達三人にとって、忘れられない記憶の増えた一日だった。

 

 

 その日のラウラの夜は、ある意味でピンチだった。

 夕食を済ませ、特に何をする訳でもなく自室でゴロゴロとしていたシャルロットとラウラ。その時、シャルロットが「折角だし、今日買ったばかりのパジャマを着てみようよ!」と提案。特に断る理由もなかったラウラはシャルロットの提案をあっさり承諾。渡されたパジャマを着た。そこまではいいのだが……。

「これは……なんだ?」

「ん〜♪かわいーっ。ラウラ、すっごく似合うよ!」

「だ、抱きつくな。動きにくいだろう……」

「だ~め。猫っていうのは、膝の上で大人しくしないと」

「お前も猫だろうが……」

 そのパジャマというのが、一般的にあまり見ないタイプの物だったため、ラウラはこうして困惑しているのである。

 袋状になっている衣服にすっぽりと体を入れ、出ているのは顔だけ。フードには猫耳が付いており、手足の先にはご丁寧に肉球が付いている。要するに……猫の着ぐるみパジャマなのだ。なお、ラウラが黒猫、シャルロットが白猫である。

 特にシャルロットはお互いにこれを着てからというもの、ずっとラウラを膝に乗せて後ろから抱き締めている。どうやら相当気に入ったらしい。

「ほら、ラウラ。せっかくだから、にゃーんって言ってみて」

「こ、断る!なぜ私がそんな事をしなくてはならない!」

「え~、だってかわいいよ~。かわいいは全てに優先されるんだよ〜?」

 ポワポワと音が聞こえてきそうなハッピースマイルのシャルロットは、ラウラにとっていつも以上の強敵だった。

 とにかく、『可愛いからいい』『これを着ないなんてとんでもない』『残念ながら要求は却下されました』という、いつもとは真逆の理屈も根拠も交渉も無い強引なやり取りで、気づけばシャルロットの膝の上に座らされていた。

「ほら、言ってみて。にゃーん♪」

「に、にゃーん……」

 恥ずかしがりながらも、一応シャルロットのリクエストに応えるラウラ。それを聞いたシャルロットのテンションはもうMAXだ。

「ラウラ可愛い~っ!写真撮ろうよ!ねっ、ねっ!?」

「記録を残すだとっ!?断固拒否する!」

「そんなこと言わずにさ~」

 二人が写真を撮る撮らないで言い合っていると、不意に部屋の扉がノックされた。

「はーい、どうぞ~」

 女子寮特有のフランクさで答えたシャルロットは、ラウラを愛でて幸せに緩んだ顔を瞬時に真っ赤にする。同様に、ラウラも顔を真っ赤なする。その理由は−−

「今なら言えるだろう……ここがそう、楽園だ」

「蒼き日々にさよならだね~」

「二人して何言ってんだ?」

 来客が九十九と一夏、そして本音だったからだ。なお、本音の格好はシャルロット達同様猫の着ぐるみパジャマ。色は三毛だ。

「あの、えっと、九十九……?なんで急に?」

「さっき本音が部屋にこの格好で来てね。君も色違いを買ったと聞いて見に来た」

 そう言う九十九の顔は常にない緩み具合で、シャルロットはその顔を見てある事を思い出す。

(そういえば、九十九って猫派なんだっけ。喜んでくれてるみたいだし、いつもはもっと大人っぽいのを着てる。なんて言わなくていいか)

 下手な言い訳はかえって逆効果になりそうだと諦めるシャルロットだった。

 

 一方、一夏はラウラに電話に出られなかった理由とここに来た理由を語った。

 IS関係で急用ができて缶詰になっていた事、夕方にかけ直したが繋がらなかったので様子見に来た事をラウラに告げた。

「そうか。うむ。嫁として殊勝な心がけだな。褒めてやろう」

 九十九に気を取られたシャルロットの腕から抜け出し、腕組み仁王立ちでそう言うラウラだが、いかんせん猫耳・肉球の黒猫パジャマ姿のため、凄味より可愛らしさが勝っていた。

 ちなみにラウラが電話に出なかった理由は「うっかり部屋に置いたままだったから」だった。なんとも締まらない話である。

 

「ああ、そういえば一夏。土産があるそうだが」

「そうそう、今日ちょっと出かけた時にな」

 そう言って一夏が取り出したのは、@マークが大きく描かれたクッキーの包み。それを見たラウラがダラダラと汗を流し始める。

(まさか、見られたのか!?あのフリフリヒラヒラの姿を!)

 一夏の言葉は上の空、ラウラは今日のアルバイトの事を思い出し、顔を埋めて暴れたい気分になった。

「@クルーズのクッキーだな。どうしたんだ?それ」

「ああ、店に行ってみたら警察やらマスコミやらいっぱいいて入れなかったんだよ。どうすっかなーって思ってたら、なんかバイタリティありそうな女店長が、事件に巻き込まれた客にクッキー配ってたんだよ」

「なるほど、お前もその内の一人と思われてそれを渡された。と」

「ああ。違うからって言おうとしたんだけど、そん時にはいなくなってた。なんか、本社とか視察とか言いながら走って行ったんだよ。変な話だろ?」

「あ、ああ、そうだな。それで、その事件、とは?」

 あるいは同じ@クルーズでも別の場所にある店の話かもしれない。そんなラウラの淡い期待は、しかし実らなかった。

「銀行強盗の立てこもりだってよ。物騒だなー、最近」

「…………」

 そんな二人の会話を聞きながら笑いを堪える九十九、本音、シャルロットの三人。だがそろそろ限界が近かった。

「で、なんか取材に答えてる人の話が聞こえたんだけど、なんでももの凄い美少女メイドと美少年執事が事件を解決したらしいぜ。映画とかドラマの世界だよな」

「そ、そうだな」

「しかし、そんなにすごいのなら見てみたかったな」

「「「プッ、ククク」」」

 ついに堪えきれずに吹き出してしまう三人。それを訝しんだ一夏が九十九に質問した。

「おい、九十九。さっきからどうしたんだよ?」

「ん?ああ、実はだな……」

「お、おい待て村雲!それは「はーい、ラウラはおとなしくしてようねー」なっ!?シャルロット、お前……」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「って事は……」

「ああ、お前の言う『美少女メイドと美少年執事』はこの二人だ」

 そう言って、九十九はラウラとシャルロットを手で示す。

「あはは、なんだか恥ずかしいね」

「うう……」

 頬をかくシャルロットとその膝の上で真っ赤になっているラウラ。

「そうだったのか……すごいな二人とも」

「くれぐれも誰かに話すなよ、一夏。二人は代表候補生だ。事が公になるのは拙い」

「おう、分かった」

 力強く頷く一夏。それを見て、九十九が一つ手を叩く。

「ならば良し。さて、では茶でも淹れようか。折角だしクッキーを頂こうじゃないか」

 言いながら、簡易キッチンに向かう九十九。

「あ、いいよ。僕が用意するから、九十九は座ってて」

「……その手でか?シャル」

「……あ」

 九十九にそう言われ、シャルロットが改めて手を見ると、ここにいる女性陣は全員肉球ハンドだった事に気づく。

「一夏。クッキーのフレーバーは?」

「ん?えーと……ココアだな」

「では、ホットミルクにしよう。丁度子猫も三匹いる事だしな」

「あ、うん」

「おまかせしま~す」

「一夏、クッキーの用意を」

「おう」

 一夏にも手伝いをさせて、ホットミルクの準備をする九十九。その背に本音が声をかける。

「ね~ね~、つくもん。この服、かわいい〜?」

「ん?ああ、可愛いぞ。何と言っても猫だしな。白と三毛というチョイスもいい。本当に似合っているよ」

「お前、わざとラウラの事言ってないだろ。ラウラも似合ってるぞ」

「てひひ〜。ありがと~、つくもん」

「うん、ありがとう、九十九。そっかあ、似合ってるかぁ、うふふ」

「嫁がそう言うなら……わ、悪くはないな。時々は着るとしよう」

 三人が照れくさそうに喜んでいると、それからすぐに九十九がホットミルクを、一夏がクッキーを持って来る。

 夏の夜、けれど飲み物はホットミルクで。五人は秘密の茶会を過ごす。

 白猫、黒猫、三毛猫が一匹づつと、王子と魔法使いが一人づつのなんとも不思議な茶会だった。

 

 なお、九十九がシャルロット(白猫)本音(三毛猫)を膝に乗せてテンション高く「ここが私の目指した理想郷(シャングリラ)だー!」と高笑いを上げ、騒ぎを聞きつけた千冬によって強制的に寝かしつけられたのは、はなはだ余談である。




次回予告

恋人の家に行く事は、かなりの勇気を必要とする。
ましてそれが予告無しのものならば尚更だ。
たとえ相手が迷惑がったりしない……筈だとしても。

次回「転生者の打算的日常」
#38 騒恋二重奏

えっと……来ちゃった♪


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#38 騒恋二重奏

 唐突だが、私は祭りがあまり好きではない。人混みは苦手だし、屋台は値段の割に美味い物が少ないし、花火は開いた方向で見栄えが変わるしで、正直楽しいと思えないのだ。だから−−

「だから、篠ノ之神社の例祭に行かなかったのか?」

「ああ」

 篠ノ之神社で祭りがあった翌日、私の部屋にやって来た一夏と弾から祭りに行かなかった理由を訊かれて答えたのが上記のものだ。それに不思議そうな顔で答えを返してくる一夏。

「人混みなんて『怖い笑顔』で一発回避だろ?」

「常に笑顔を浮かべていろと言うのか?顔面がつるわ」

 それ以前に人の誠心誠意を混雑回避の手段にするな。と言いたい。

「これまで九十九が選んだ屋台にハズレってあったか?弾」

「いや?無えな」

 話を振られた弾が過去を思い返して口にする。たしかに、二人からすればどれも当たりなのだろうが……。

「私にとってはハズレの屋台が多い。という事だ」

「「ハードル高くね?」」

 そんな事はない……はずだ。

「花火、いいじゃねえか。夜に打ち上げられて、パッと咲いてシュンと散ってよ」

「お前の恋花火はいつお前ともう一人を照らしながら広がるんだ?弾」

「グハッ……」

 どこかで聞いた歌のフレーズで花火の良さを訴える弾に、同じ歌のフレーズで切り返す。心にダメージを受けたのか、床に両手両膝をついて項垂れる弾。この男の春はどこにあるのだろうな。あ、ごく近くだった。

 そんな馬鹿話をしながらも、その日は穏やかに過ぎていった。が、嵐というのはやって来る前が最も静かなもので……。

 

 

 翌日、とある家の前に二人の女の子が立っていた。

「ここ……だよね?」

 モスグリーンのタンクトップと黒のサマージャケット、デニムのショートパンツでめかし込んだシャルロットと。

「うん。『村雲』って表札に書いてあるし〜」

 マリンブルーのカットソーとサンライトイエローのロングスカートを身に着けた本音だった。

 現在二人がいるのは、とある住宅街の路上。二人の想い人である村雲九十九の実家の前だ。

「急に来ちゃったけど……大丈夫かな?」

「つくもんなら迷惑がったりしないよ~。……たぶん」

 いまいち確信を持っているとは言い難い本音の言葉。シャルロットもそう思っているのか、『村雲』の表札とその下のインターホンとのにらめっこは、開始から既に10分が経過していた。

「本音、どうぞどうぞ」

「いえいえ、しゃるるんがどうぞ~」

 お互いにインターホンを押す権利を譲り(押し付け)合う二人。このやり取りももう10回目だ。

 そうして譲り合いが11回目に突入しようとした時、後ろからいきなり声をかけられた。

「おや?シャルと本音じゃないか。どうしたんだ?」

「「ひゃあっ!?」」

 驚きのあまり、二人して小さく跳躍。後ろを振り返ると、そこには九十九が荷物を抱えて立っていた。

「あ、あの、えっと……」

「あうあう……」

 九十九との思わぬ遭遇に頭が真っ白になり、言おうとしていた事が綺麗に吹き飛ぶ二人。必死に言葉を探した二人がようやく口にしたのは、単純明快なものだった。

「「えっと……来ちゃった♪」」

 

 

「「えっと……来ちゃった♪」」

 頬を赤らめて「テヘッ」という感じの表情をするシャルと本音。

「いや、そんな『彼氏の家に押しかけた彼女』みたいな……あ、実際そうだった」

 私とこの二人は彼氏彼女(仮)の関係。そう考えれば二人が『来ちゃった♪』をしてもおかしくない。

「まあいい。予定が無いから来たのだろう?上がっていくといい。歓迎しよう、盛大にとはいかんがね」

「「うん!」」

 

 ドアを開けて玄関に入る。二人を伴って居間に入ると、そこには母さんがいた。

「お帰りなさい、九十九」

「ただいま。買物を終わらせてきたよ。冷蔵庫に入れておくな」

 言いながら冷蔵庫に向かい、買って来た物を放り込む。

「うん、ありがとう。あら?お友達?」

「あ、お邪魔します」

「お邪魔しま〜す」

 母さんがいた事に気後れしたのか、居間の入口近くで足を止めた二人。二人と母さんは初対面なので紹介する事にする。

「ああ、紹介するよ。シャルロット・デュノアと布仏本音。私の……あ~、恋人……が一番近いか」

「まあ!そうなの!?で、どっちが?」

「……どっちも」

 私のこの言葉にポカンとする母さん。

「どっちも?」

「あ、ああ」

 頷いた瞬間、母さんの笑みが深くなるとともに強烈なプレッシャーが私を襲う。背中が脂汗で濡れてきた。

「……九十九」

「は、はいっ!!なんでしょうっ!?母さん!」

 名を呼ばれ、思わず気を付けの姿勢をとってしまう。母さんの放つプレッシャーは更に強く重いものになっていく。

「「えっ!?お母さん!?」」と驚く二人に対応する余裕が、今の私には無かった。

「最後にどんな道を選ぶにしても、ちゃんと幸せにしなきゃダメよ?(ニッコリ)」

「アッ、ハイ」

 母さんの笑顔に、私はカクカクと頷く事しかできなかった。

 

「ごめんなさいね、自己紹介もせずに。はじめまして。私は村雲八雲(むらくも やくも)、九十九の母です」

 二人に向かい、微笑みを浮かべて自己紹介をする八雲。そこには先程までのプレッシャーは欠片もなかった。

「えっと……はじめまして。シャルロット・デュノアです」

「布仏本音です」

 それに返礼とお辞儀を返す二人。頭を上げると、九十九の方に目を向ける。

「どうした?」

「あの、九十九。この人、本当に九十九のお母さん?」

「お姉さんじゃないの~?」

 二人が訝しむのも無理はない。「九十九の母です」と言った目の前の女性は、どう見ても高校生の息子がいるようには見えない程に若々しい。いっそ姉だと言ってくれた方が納得できる。

「信じられないと思うが、本当に母さんだ。ちなみに年は「永遠の17歳です♪」……」

 九十九の言葉を遮って、とんでもない事を言う八雲。それにポカンとする二人。

「えっと……」

「つくもん?」

「母さんのいつもの冗談だ。実際は「17歳です♪」……」

「「…………」」

 もう一度同じ言葉を放つ八雲。二度目ともなると、流石に沈黙するしかなかった。

「17歳です♪(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ」」」

 笑顔とともに再び放たれるプレッシャー。今度は三人揃ってカクカクと頷く事しかできなかった。

((九十九(つくもん)の『怖い笑顔』ってお母さん譲りだったんだ。))

 シャルロットと本音は二人して同じ感想を持った。

 

 

 折角だから、という事で四人で昼食をとる事に。本日のメニューは冷やしうどん(季節の精進揚げ付き)だ。

「いただきます」

「「いただきます」」

「どうぞ、召し上がれ」

 せいろからうどんを一口分つまみ上げて猪口のつゆにつけて啜る。

「おいしい〜」

「うん。天ぷらもサクサクだし、何よりつゆが違う。ねえ、九十九。このつゆひょっとして……」

 流石、料理上手。違いが分かるとはね。

「その通り。自慢の自家製麺つゆさ。母さんは、料理について妥協を許さないからな」

「他にもお味噌にお醤油、お漬物も自家製よ」

「「わ~〜!」」

 感嘆の声を漏らすシャルと本音。母さんはそれに大喜びだった。なお、昔出汁材まで自分で作ろうとしたが敢え無く失敗した事は、母さんの名誉のために言わないでおいた。

 食後、本音の持ってきたケーキをデザートとしていただく事に。飲み物はアイスティーだ。

「この箱のエンブレム……まさかストーンフォレスト!」

「しってるの〜?つくもん」

「知ってるもなにも、ストーンフォレストと言えば……」

 

 パティスリー『ストーンフォレスト』

 天才パティシエ『ショーン・タロウ・ストーンフォレスト』がオーナーを務める超人気ケーキ店。

 弟子の新作は頻繁に出てくるが、ショーン氏は何故か毎年9月〜10月頃にだけ新作ケーキを作る事で有名。本人の拘りらしい。

 

「つい最近、新作を出すと告知があったばかりだからな。気にはなっていた」

「次はどんなのかな~?」

 今度新作が出たタイミングで行ってみるかな。

 

 

「さあ、ここが私の部屋だ」

「「お邪魔しま〜す」」

 ドアを開けて二人を招き入れる。そう言えば、私の部屋に入った事のある女の子って鈴以外ではこの二人が初めてだな。

「あ、意外と片付いてる」

「ホントだ~。もっとゴチャっとしてるかなって思ってたんだけど〜……」

「掃除をしないと母さんがうるさくてね。それに部屋を綺麗にしておけば……」

 言いながら押し入れに近づいて、その戸を開ける。

「これの整備をする時に、パーツが飛んでもすぐ探し出せるしな」

 そこに現れたのは大量の−−

「「猫グッズ?」」

「へ?」

 振り返ると、猫の縫いぐるみ、猫柄マグカップ、猫型枕など、数年に渡って集めた猫グッズの数々。

「ああっ!?開ける戸間違えた!こっちだこっち!」

 慌てて反対の戸を開ける。そこには数多くのモデルガンが入っていた。

「わ、私の趣味はサバゲーとモデルガン収集でね」

「あと猫グッズ集めも。でしょ~?」

「九十九が猫派なのは知ってるよ。だから幻滅なんてしないから安心して」

「ああ、ありがとう……でいいのかね?取り敢えず茶と茶菓子を持ってくる。適当に寛いでくれ」

「「うん」」

 二人にそう言い残して、一旦部屋を出る。

「茶は麦茶で良いか。茶菓子は何があったかな?」

 呟きながら一階へ降りると、そこに母さんの姿はなかった。あれ?どこ行った?

 

 部屋に残されたシャルロットと本音は取り敢えず座ろうとしたものの、椅子が一つしか無かったため、どうするかと思案していた。

「ど~しよ〜か〜?しゃるるん」

「うーん……九十九には悪いけど、ベッドに座らせてもらおっか」

 そう言って、二人で九十九のベッドに腰掛ける。その瞬間、僅かに跳ねたベッドから『九十九の匂い』が舞い上がった。

「「あっ……」」

 鼻腔を擽ったその『匂い』に意識を持って行かれる二人。けれどそれは一瞬の事で、ハッと我に返った時には『匂い』はもう消えていた。それが二人にはなんとも名残惜しく感じられた。

(つくもんの匂い……)

(も、もうちょっとだけ……)

 フラフラと巡らせた視線を、シャルロットは枕、本音はタオルケットに固定する。

「「ゴクリ……」」

 九十九に悪い。そう思いながらも、二人はもはや止まれない。枕に、タオルケットに顔を埋めようとして−−

「おっじゃまっしまーす♡」

「「うわひゃあああっ!?」」

 ノック無しに入ってきた九十九の母、八雲によって強制的に正気を取り戻させられた。

((ぼ、僕(わたし)は今何を……))

「あら、本当にお邪魔だったかしら?」

「い、いいいいえ、そんな」

「だ、だだだ、大丈夫ですよ~?」

 慌てて取り繕う二人。だが、八雲にしてみればバレバレな反応な訳で、ニコニコからニヤニヤに変わった笑みで二人を見ていた。

 なんとなく居心地の悪くなった二人が話題転換のためのネタを探して視線を彷徨わせると、八雲の手に何冊かの古いアルバムが収まっているのを見つけた。

「あの、九十九のお母さん……」

「あら、八雲って呼んでくれていいのよ?」

「えっと……じゃあ、八雲さん。そのアルバムは?」

「んふふー。よくぞ聞いてくれました!これは……じゃじゃーん!」

「「そ、それはあぁっ!」」

 見せられたページにあったのは何枚かの写真。写っていたのは十数年前の九十九だ。ただ、その恰好が−−

 

「うわ~、かわいい〜!」

「うん、すっごく可愛い!」

「うふふ、でしょ~?」

 私の部屋から聞こえてくる嬌声。そこには母さんの声も混じっている。……何か、嫌な予感がする。

「おまたせ。茶を持ってきたよ。……で?母さん、何してんの?」

 テーブルに広がっているのは、数冊のアルバム。って!?それは!

「ちょっ!?母さん!?何見せてんの!?」

 それは、私の子供の頃の写真が入ったアルバムだった。しかも−−

「つくもんって女の子の恰好してた頃があったんだね~」

「悔しいくらい似合ってたよ?」

「ああっ!それは私の黒歴史!頼む!見ないでくれ!そして見せるな!」

 慌ててアルバムを閉じ、母さんに渡す。母さんはどこか不満そうだ。

「ええー?こんなに可愛いのに……」

「母さんにとっては、だろ!私からすればいい迷惑だったよ!もういいから出てってくれ!」

 口を尖らせる母さんを部屋から追い出す。この人は本当に余計な事を!

「あ、そうそう。二人とも、夕食はごちそうにするから食べて行って」

「「えっ!?」」

「母さん!?」

 私は驚いてしまった。母さんが「夕食を食べて行って」と言うのはよほど気に入った相手か、付き合いの長い相手くらいだ。初対面で「食べて行って」と母さんが言ったのは、私が知る限り一夏と鈴しかいない。つまり……。

「九十九。母さん、この二人の事すっごく気に入ったわ。逃がしちゃダメよ?いい?」

「あ、ああ」

 真剣な目つきでそういう母さんが少し怖くて、頷く事しかできなかった。なんかさっきもあったなこんな事。

 

 

 二人が「食べて行って」と言われたため、夕飯の時間まで私の部屋でのんびりする事に。

「と言っても、遊びに使えそうなゲームが少なくてな。これくらいか?」

 取り出したのはとある童話の主人公の名を冠したスゴロクゲーム。私が唯一持っているパーティゲームだ。

「あ、これやった事ある〜」

「僕はないなー」

「そうなのか?ではやってみるか?」

「「うん!」」

 という訳で、夕飯の準備が整うまでの間スゴロクゲームをして過ごした。

「なぜ私の所でばかりパワーアップするんだ……おのれボンビー!」

「つくもん、ドンマ〜イ。あ、ゴール!」

「すごいね本音。これで十連続だ」

 麦茶と茶菓子を飲み食いしながらワイワイと楽しむ私達に母さんが声をかけたのは、ゲーム開始から5時間ほど後だった。

 

「これはまた……随分と気合を入れたな。母さん」

 母さんに「夕飯が出来た」と呼ばれ、居間に行ってまた驚いた。テーブルの上に数多くの料理が並んでいたからだ。しかも……。

「ハンバーグ、シーザーサラダ、エビフライに……」

「肉じゃがとおみそ汁……あっ、ひょっとして~……」

 そのラインナップに何かを感じてハッとするシャルと本音。

「気付いた?これはね……」

「……私の好物だ。それも『特に』がつく……な」

 実際、寮食堂でもその日のメニューに迷うとよく頼むものが、今目の前にあるこれらの料理だ。

「さ、召し上がれ」

 母さんに促されて席に着き、手を合わせて一言。

「「「いただきます」」」

 まずハンバーグに手をつけたシャルが驚きの声を上げた。

「このハンバーグ、肉汁が溢れてくる!デミグラスソースと相性抜群だよ!」

「挽肉にする所から完全手作りの、母さん自慢の一品だ」

 シーザーサラダを口にした本音に衝撃走る……みたいな顔をしていた。

「このシーザードレッシングって、もしかして~……?」

「もしかしなくても自家製だ。毎回必要量だけ作っているぞ」

 自慢気味に説明しつつエビフライを口に運ぶ。サクサクの衣とプリプリのエビ、特製タルタルソースがハーモニーを奏でる。

「うん、美味い」

 肉じゃがも煮崩れはなく、出汁と肉の旨みを吸ったホクホクのじゃが芋はもはや官能の域。

「こんなおいしい肉じゃが、初めてだよ~!」

 輝かんばかりの笑顔を浮かべて「美味しい美味しい」と次々と料理に箸を伸ばす本音。

「このお味噌汁すごいよ!お味噌もだけど、何よりダシが全然違う!」

 普段飲んでいる物と香りも味も違うだろう味噌汁に、シャルは感動していた。

「長崎の煮干しと利尻の昆布から取った出汁を使ったのよ。やっぱりお味噌汁には煮干し出汁よね」

 ちなみに何の関係も無いが、母さんが使っている煮干しは長崎の『九十九島』産の物。個人的に妙な因縁を感じている。

「はーい。デザートもあるわよー」

 そう言って母さんが取り出してきたのはコーヒーゼリー。苦味と甘味のバランスが絶妙で、口の中をサッパリさせてくれた。

「ごちそうさま」

「「ごちそうさまでした」」

「はい、お粗末さま」

 最後までしっかりと堪能し、満足そうにする私達を、母さんは終始笑顔で眺めていた。

 

 

 夕食後、食休みを取ってから二人を駅まで送って行く事に。二人は「大丈夫だから」と言ったが、母さんの「夜道の女二人歩きなんてさせられない」という意見と私自身の希望でこうなった。

「二人とも、また来てちょうだいね。歓迎するわ、盛大に!」

「「はい!」」

「いや、盛大にはしなくていいから……」

 母さんが『盛大に歓迎する』と言ったら本当に盛大な歓迎になる。昔、同じ事を言われた鈴が二度目に家に来た時、母さんは『プチ満漢全席』を披露して、一緒にやって来た一夏と弾を唖然とさせた事がある。

「次はフランス料理のフルコース?それとも会席料理かしら?腕が鳴るわね……」

 母さんは完全に自分の世界に入っていた。「一からコンソメを作るならあれが必要ね……季節の食材とも相談しないと……」とブツブツ言っていて、既に次に向けた準備をする気になっている。

「あ、駄目だ。聞いてない。……まあいい、行こうか」

「「うん!」」

 頷いて腕に抱き着く二人。この状態で歩く事にももう慣れた。駅はここから歩いて10分ほどの距離にある。次の発車時刻を考えれば余裕があるので、あえてゆっくり歩いた。

「いいお母さんだったね」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「ごはんもおいしかったし〜」

「そこなのか?まあ、君らしいが」

 夜道を歩きながら三人で他愛も無い話をする。そんななんでもない時間もこの二人といると実に楽しい。それだけに……。

「いずれどちらかと別れなければならない……か。それは……嫌だな」

「え?」

「なにか言った?つくもん?」

 口の中で小さく呟いた声は二人には届かなかったらしく、私は「なんでもないよ」と言って誤魔化した。ふと気づけば駅はもうすぐそこで、二人は名残惜しそうな顔をしていた。

「そんな顔をするな、二人とも。私も明日には寮に帰るから、学園でいつでも会える」

「うん」

「じゃあ、また明日ね~?」

「ああ、また明日」

 手を振りながら駅の構内へ消えていく二人を、姿が見えなくなるまで見送ってから駅を後にする。一人の帰り道が、なんだかひどく寂しかった。

 

 

 来週から二学期が始まる。

 この先、『文化祭』『キャノンボール・ファスト』『専用機限定タッグマッチ』『一年生限定体育祭』と、イベントが目白押しだ。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『ここからだぞ、我の見込んだ者よ。潰れてくれるなよ?』と言った気がした。

 久しぶりに出てきたと思ったら不安になるような事言うなよ!?




次回予告

再び始まる学園生活。そして迎える文化祭。
姿を現した生徒の長の一言が、学園を興奮のるつぼへと誘う。
その一言とは……。

次回「転生者の打算的日常」
#39 文化祭(企画)

各部対抗織斑・村雲争奪戦を行います!
えええぇぇーっ!?


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#39 学園祭(企画)

「でやああああっ!」

 

ガギイインッ!

 

 重く鋭い金属音を響かせて、一夏と鈴が刃を交えて対峙する。

 9月3日。二学期が始まって初の実戦訓練は、一組・二組合同で行われた。

「くっ……!」

「逃がさないわよ!」

 クラス代表同士だという理由で始まったこの模擬戦は、開始当初こそ一夏が押していたが今は少しづつ鈴が押し返している。

 理由は単純明快。第二形態となった『白式』の、異様なまでの高燃費が原因だ。

 序盤で《零落白夜》を使い過ぎてしまった一夏の《雪片弐型》は、特徴的な光をすでに失いただの物理剣となっているし、距離が開けば撃てるはずの荷電粒子砲も、その為に回せるエネルギーが無い。有り体に言えば……。

「詰みだな。一夏に勝ちの目はもう無い」

 数十秒後、投擲した《双天牙月》を囮に一夏の足首を掴み、地面に向かって投げた後、衝撃砲を連射する鈴。それが十発ほど直撃した辺りで試合終了を告げるアラームが鳴る。

 言わずもがな、一夏の完全敗北であった。

 

 ちなみに、私はセシリアと対戦したのだが−−

「どうした?どこからでも攻めて来い」

「隙が……と言うより隙間がありませんわ!?」

「これぞ『フェンリル』の完全防御陣形『殻籠(からごもり)』だ」

 セシリアから見た私の姿は、一言で言えば『鉄のウニ』だ。『フェンリル』の周囲を《ヘカトンケイル》で隙間無く覆ったその様はどこから攻めても意味はないように映るだろう。更に……。

「《ヨルムンガンド》発動」

 『フェンリル』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を発動させれば、エネルギー武装を主とするセシリアの『ブルー・ティアーズ』になす術はない。

「さあ、私を倒してみろ。出来るならだがな」

「くっ……降参ですわ……」

 たっぷり3分悩んだ後、セシリアは敗北宣言をした。

 なお、周りの評価だが「作戦としては認めるが、見た目がアレ」「男らしくない」「ドン引きです」と、結構散々だった。

 ちなみに「ドン引きです」と言った二組の子は、鈴曰く『腕挙げたら下乳見える』くらい丈の短い制服を着ているらしい。何それ見たい。

 

 

「これであたしの二連勝ね。ほれほれ、なんか奢りなさいよ」

「ぐうっ……」

「結果は一勝一敗か。互いに一品奢るでどうだね?セシリア」

「ええ、構いませんわ」

 前後半二回の実戦訓練の結果、一夏は鈴に連敗した。内容は前半戦とほぼ同じ。無計画にエネルギーを使いすぎた一夏を鈴が追い込んで、衝撃砲の連射を浴びせて終了だ。

 私は後半《ヘカトンケイル》と《ヨルムンガンド》の使用を禁止された状態でセシリアと対戦。互いに接近と離脱を繰り返しながらの高速射撃戦は、結局セシリアの勝利で幕を閉じた。

 その片付けを終え、私達は学食にやって来ていた。本音は今日は他の友人と昼食をとる約束をしていて、ここには居ない。

 ……別に、寂しいとか片腕が涼しいとか、思ってないぞ?ホントだぞ?

「いつの間にか《ヘカトンケイル》頼みの戦術になっていた。自分自身の精進が足らなかったな」

 セシリアの奢りの野菜スープ(大盛)を口にしつつ、今回の模擬戦の反省をする。私の台詞に思う所があったのか、セシリアが訊いてきた。

「わたくしの狙撃を全て紙一重で躱しておいて『精進不足』ですの?」

「全弾回避できてこそ、だ。ビットの攻撃は躱せていないからな」

 言いつつ自分で頼んだ高菜とベーコンの和風スパゲティー(大盛)を啜る。高菜の酸味とベーコンの塩気のコンビネーションが実に絶妙な一品だ。やはり学食のおばさんはいい仕事をする。今度また頼もう。

「いずれは全弾回避してみせよう、セシリア」

「言ってくれますわね……させませんわよ!」

 気炎を上げつつ私の奢りのクラブハウスサンドに齧り付くセシリア。一口が大きかったのか、呑み込むのに苦労していたがそれはどうでもいい。

 

「ラウラ、それおいしい?」

「ああ。本国以外でここまでうまいシュニッツェル(仔牛のカツレツ)が食べられるとは思っていなかった」

 相変わらずシャルと仲の良いボーデヴィッヒが、皿に盛られたドイツ料理のシュニッツェルを一切れ切り分けてシャルに寄越した。

「食べるか?」

「いいの?」

「うむ」

「じゃあ、いただきます。食べてみたかったんだ、これ」

 ボーデヴィッヒから分けて貰ったシュニッツェルを頬張って、シャルは幸せそうな顔をする。

「ん〜!おいしいね、これ。ドイツってお肉料理がどれもおいしくていいよね」

「ま、まあな。ジャガイモ料理もおすすめだぞ」

 自国の事を褒められたからか、ボーデヴィッヒの頬は微かに赤い。そんな様子を見ていたら他のメンバーも話に加わりたくなったらしく、料理談義に花が咲く。

「あー、ドイツって美味しいお菓子多いわよね。バウムクーヘンとかババロアとか。中国にはああいうのあまり無いから、羨ましいっちゃ羨ましいわね」

「私はザッハトルテが好きだな。あの濃厚な味がクセになる」

「あ~、あれもおいしいよね」

 私に同意し、しきりに頷くシャル。ちなみにシャルはシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテが好きだと言う。

 シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテとは、簡潔に言えば桜桃入りチョコレートケーキの事である。

「そうか。では今度部隊の者に言ってフランクフルタークランツを送ってもらうとしよう」

 フランクフルタークランツと言えば、確かクルミ入りカラメルで覆われたバターケーキだったか。王冠のようなリング形状が特徴的な一品だ。

 しかし、バームクーヘンといいババロアといいクランツといい、ドイツの菓子職人は中心の穴に拘りでもあるのか?

「ドイツのお菓子といえばわたくしはあれが好きですわね。ベルリーナー・プファンクーヘン」

 そう言ったのはなんとセシリア。シャルがキョトンとしてセシリアに聞き返す。

「えっ。ベルリーナー・プファンクーヘンって、ジャム入りの揚げパンだよね?しかも砂糖の衣がついてるからカロリーがすごいと思うけど……セシリアはアレが好きなの?」

 それに対してセシリアは「ちゃんとカロリー計算をしているから大丈夫」だと言う。何故なら、ベルリーナーを食べる時はその日一日他に何も口にしない覚悟をするかららしい。

 それ程に重い覚悟がいると言うのか?菓子くらい好きに食えばいいだろうに。−−と言えば女子達が怒るから言わないが。

 ちなみに、揚げパンと聞いて箒が「うまそうだな」と漏らしていた。箒は小学校時代、給食で出てくれば一般的な女子なら半分は残すだろう揚げパンをしっかりと完食していた。……流石だな。とか言ったら怒るだろうから言わんがね。

 鈴はセシリアにゴマ団子を作ってやろうかと提案。概要を聞いたセシリアが「美味しそうだけどカロリーが……」と悩んでいるのを見て「食べたくなったら言ってよ」と助け舟を出した。

「鈴さん……思っていたよりいい人ですわね……」

「思っていたよりって何よ!思っていたよりって!」

 ギャーギャーと言い合いをしだすセシリアと鈴を見た一夏が「相変わらず仲いいよな」と呟いた。いや、仲いいのかあれ?まあ『喧嘩する程』という事にしておこう。

 ボーデヴィッヒは夏休みに行った抹茶カフェで食べた水羊羹が気に入ったらしく、あれから頻繁に行っているようだ。部隊の者にそれを言うとえらく羨ましがられ、その上生八つ橋を要求されたそうだ。それで良いのか?ドイツ特殊部隊。

「春は砂糖菓子、夏は水羊羹とくれば、秋は饅頭だな」

「じゃあ冬は?」

「煎餅だ」

「お見事。日本人の鑑だな、箒」

 しかし、菓子の話ばかりいていると何やら食べたくなってくるな。近い内『ストーンフォレスト』に行こう。

 

 菓子談義はここで一旦終了。話は『白式』の事へ移る。

 進化した『白式』は、シールドエネルギーを犠牲にする武装が二つになったばかりか、ウィングスラスターの大型化によってさらに大飯ぐらいになった。

 スラスターはシールドエネルギーを食わないが荷電粒子砲と同系のエネルギーのため、使い分けと切り替えタイミングの見極めが最も重要になる。よって、一夏が今後やるべき事を挙げると−−

 

 1.近距離戦と遠距離戦の即時切り替えの習得

 2.1に伴う基本戦略の再構築

 3.1、2に伴う射撃訓練と新装備の経験訓練の追加

 

 ……頭が痛いだろうな。やる事が山積み過ぎて。

「お前はいいよな。そんなに性能変わってなくて……」

 沈んだ顔で私を見る一夏。確かに私の『フェンリル・ラグナロク』は、外見だけを見れば精々ウィングスラスターが増えて装甲がスマートになった位にしか見えないだろう。が、『フェンリル』の第二形態移行(セカンド・シフト)がそれで終わりなどという事はない。

「見た目にはそう変わっていないように見えるだろうが、中身が大違いなんだぞ?」

 《ヘカトンケイル》には戦術支援AIが搭載されたし、超超大容量拡張領域(バススロット)世界樹(ユグドラシル)』の容量は進化前に比べてほぼ2倍になっている。

「2倍って……確か『ユグドラシル』って『ラファール』のフル武装が20機分積めるって言ってたよね?つまり……」

「40機分!?」

「もはや空飛ぶ軍事基地だな」

「いや、そんなうまい話でもなくてな」

 と言うのも、容量が約2倍になったはいいが、その分《ヘカトンケイル》が《ヨルムンガンドモード》への変形機構を備えた事で腕一本あたりのデータ量(重さ)が増え、実質的な容量は進化前に比べて殆ど増えていないのだ。

「いい事ずくめって訳にはいかないんだね。第二形態移行って」

 シャルの呟きに頷いて答える。

「まあ、《ヘカトンケイル》が今まで以上に繊細な仕事が出来るようになった事が最大の進化点だな」

 実際、進化前には『殻籠』なんて出来なかった。もし以前のままなら、配置しただけで脳がパンクする程の繊細な作業だからな。

「そんな訳で一夏。お前に比べれば少ないが、私にもやる事は山積しているんだよ」

 戦闘支援AIの経験値上昇に、それを元にした本体()との連携戦闘訓練。装備内容の見直しと、やはりやる事は多い。……私も頭が痛いよ。

 

 この後「誰が一夏と組むか」で一夏ラヴァーズが言い合いを始めた。

 『白式』のエネルギー問題を一発解決出来る単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、《絢爛舞踏》を持つ箒の『紅椿』。

 AICで目標を停止させ、《零落白夜》を叩き込む隙を作れるボーデヴィッヒの『シュヴァルツェア・レーゲン』。

 近・中距離格闘型で、かつパワータイプであるため『白式』との連携が比較的容易な鈴の『甲龍』。

 遠距離狙撃型であるため、『白式』の苦手距離をカバー出来るセシリアの『ブルーティアーズ』。

 どれも一夏のペアとしては優秀と言えるが、いざペアを組むとなった時一夏が選ぶと言ったのは。

「シャルロットかなぁ」

「へっ?僕!?でもごめん、僕組むなら九十九がいいから」

 急に話を振られて驚いたのか、カルボナーラを食べる手を止めるシャル。しかし、次の瞬間に話を振った一夏を振る。

「ありがとう、シャル。その言葉は素直に嬉しいよ。で?なぜシャルだったんだ?事と次第では……」

 一夏を睨みつけ、怒気を滲ませる。他のテーブルにいた女子達が震えたり気絶したりしているが気にしてはいられない。それに慌てたのか、一夏が顔の前で手を振りながら弁明をした。

「ちょっ!?待った待った!!前に組んだ事があるって、それだけだって!」

「なんだ、そうなのか?まったく人騒がせな……」

 それを聞いた瞬間思わず脱力。渦巻いていた感情はどこかへすっ飛んだ。そうだった。コイツはそういう奴だった。イラッとした私が馬鹿みたいではないか。

 そして、そんな一夏の発言はラヴァーズにとっては決して看過できないもので。

「あんたひどいわね……」

「女心と九十九心を分かっていないな、まったく……」

「一夏さんの唐変木ぶりは時折許せませんわね」

「嫁よ、それは無いぞ」

 と非難の嵐。それに晒された一夏は何故そこまで言われないといけないのかと憮然としていた。

 そんな事もありつつ、昼食は終了。私達は午後の実習へ向け再度アリーナへと向かうのだった。

 

 

「やっぱり無駄に広いもんだ……」

「かと言って、私達のために更衣室を新設するという訳にもいかんだろうしな……」

 現在私達しか居ないロッカールームは、部屋を静寂が支配していてどうにも落ち着かない気分になる。静かなのは良いが、静か過ぎるのも考えものだな。

 一夏が着替え終わると同時に『白式』のコンソールを呼び出して調整を開始する。

「うーん……。やっぱり《雪羅》に割いてるエネルギーが多すぎるな。これもうちょっと抑えられないもんかな……」

 ブツブツ呟く一夏の方に目をやると、後ろから一人の女子生徒が近づいていた。あの人は……。

 私の視線に気づいたのか、彼女は人差し指を唇に当て『静かに』とジェスチャー。その直後、一夏の両目を手で塞いだ。

「!?」

「だ~れだ?」

 発された声は同級生より大人びていて、そのくせ楽しさが滲み出ているかのような笑みを多分に含んだ、言うなれば悪戯を楽しむ子供のようであった。

 事態を飲み込めていないのか、彼女の指の感触を楽しんででもいるのか、一夏は数秒の間呆けていた。

「はい、時間切れ」

 そう言って一夏を解放する彼女。何者なのかと一夏が振り返る。そこにいたのは。

「……誰?」

 一夏にとって知らない女子生徒。リボンの色で辛うじて先輩だと分かる程度の、見た事もない女子だった。

「んふふ」

 その先輩は、困惑する一夏楽しそうに眺めながらどこからともなく扇子を取り出し、口元へ持っていく。改めてその先輩に私も目を向ける。

 全体的に余裕を感じさせる態度。しかし嫌味なものではなく、どこか人を落ち着かせる雰囲気がある。それとは逆に悪戯っぽく浮かべられたその笑みは、別の意味で落ち着かない気分にさせる。

 要するに『何かされるのではないか?』という妙な不安と、向こうが見えない不透明性を感じるのだ。神秘的−−と言うと褒めすぎなんだろうな。

「あの、あなたは−−」

「もしや、あなたは−−」

「あっ」

 何かに気づいたかのように一夏の後ろに視線をやる先輩。一夏とともに後ろを見ると−−

「引っかかったなぁ」

 ムニッ。と頬を扇子と指(ちなみに私が指)で押された。

「「…………」」

 自分でも驚くほどあっさり引っかかった事にしばし呆然。と、先輩が口を開いた。

「それじゃあね。君たちも急がないと、織斑先生に怒られるよ?」

「え?あ……」

 言われて時計を見た私は、顔を青くする。まずい。非常にまずい。

「九十九?どうしたんだ……よ……」

 冷汗を流す私に何かを感じた一夏が時計に目を向けて固まる。すでに授業開始から3分が経過。千冬さんの堪忍袋の緒が切れるかどうかという時間だ。

「だああっ!?やばい!まずい!」

「と、とにかく急ぐぞ!」

 走り出す直前に元凶たる人物に目を向けたが、そこには誰もいなかった。一体いつ居なくなったんだ?

 

 

「で?遅刻の言い訳は以上か?」

 地獄先生ちっふ〜降臨。その言葉には慈悲というものが全く感じられなかった。

「いや、あの……あのですね?だから、見知らぬ女生徒が−−」

「ではその女子の名前を言ってみろ」

「だ、だから!初対面「恐らく、更識楯無(さらしき たてなし)先輩です」です……って、へ?」

「ほう、なぜそう思う。村雲」

 千冬さんの視線がこちらに向いたのを確認し、私は理由を語る。

「IS学園総合事務受付。そこには、学園案内用のパンフレットが常備されています。当然ご存知ですよね?」

「ああ……そういう事か」

 納得の行ったらしい千冬さんが瞠目して頷く。一方、訳の分からない一夏は重ねて訊いてくる。

「九十九、そのパンフレットとあの先輩になんの関係があるんだ?」

「あのパンフレットには、教師陣と当代生徒会長が写真付きで紹介されている。あの人の顔は、それに載っていた」

「えっと……つまりあの人は……」

「そう、IS学園の現生徒会長だ。接触してきた理由まではわからんがな」

 嘆息し、俯く千冬さん。何か思う所でもあるのだろうか?その表情は前髪に隠れて伺い知れない。

「そうか、奴とな……。まあ、それなら仕方ない……とは言わん」

「「え?」」

「奴に絡まれたとはいえ、女子との会話を優先して授業に遅れた。という事実に変わりはない」

「ですよね~……。で、何をすれば?」

「九十九!?諦め早すぎだろ!」

 千冬さんの授業に遅れた時点で何かしらの罰を受けるのは分かりきっていた事。覚悟を決めるしかあるまいよ。

「デュノア、高速切替(ラピッド・スイッチ)の実演をしろ。的はそこの馬鹿共で構わん」

「いや、俺が構うんですが!?」

「諦めろ一夏。全て決まっていた事だ。そう、織斑先生の授業に遅刻したあの時から……」

「何カッコつけてんの!?そ、そうだ!九十九、シャルロットにやめるように言ってくれ!」

「期待はするなよ。……あ~、シャル。その……なんだ」

 チリ一粒ほどの望みをかけてシャルに視線を送ってみると、にこっ、と極上の笑みが返ってきた。

「おお!イケるんじゃないか!?」

「いや、駄目だ。あの笑みは……」

「それじゃあ織斑先生、実演を始めます」

「おう」

「のおおおおおっ!?」

 やはりそうだった。シャルの笑顔は慈愛の女神のそれではなく、無慈悲な告死天使のそれだった。

 フワリと空中へ進み出るシャル。その手に量子の光が集まり、銃器を構成していく。

「あ~、シャル……ロットさん?」

「なにかな?村雲くん」

 怒ってる、それも物凄く。だってほら、額に井桁が浮かんでるし、敬称付きの苗字呼びだし……。

「始めるよ、『リヴァイブ』」

「てか俺、ナチュラルに無視されてねえ!?ちょ、ちょっとま−−」

 

パラララララッ‼

 

 放たれる銃声の大音量にかき消されて聞こえなかったが、「九十九の……ばかーーっ‼」とシャルが叫んだ気がした。

 なお、弾幕の密度は私が8に対して一夏が2だった。正直本当に死ぬかと思ったよ。

 その後、必死の謝罪と本音のとりなし、そして夕飯の「あーん」で何とかシャルに許して貰えた。周りの目が痛かったが、それよりもシャルが不機嫌でいる事の方が私にとって痛いので気にしていられなかった。

 

 そんな事があった翌日、全校集会が体育館で行われた。今回の議題は、まもなく始まる学園祭についての事だ。

 議事進行役に呼ばれて壇上に上がった人物を見て、私は静かに嘆息する。果たしてそこに現れたのは、つい昨日私がシャルから弾丸の雨を浴びせられる要因になった女生徒。

「さて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 にっこりと笑みを浮かべて言う更識会長。その笑みは異性同性問わず魅了するらしく、生徒の列のあちこちから熱の篭った溜息が漏れる。

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」

 閉じた扇子を慣れた手つきで取り出し、横へとスライド。応じるように空間投影ディスプレイが浮かび上がる。

「名付けて、『各部対抗織斑・村雲争奪戦』!」

 

ぱんっ!

 

 小気味良い音とともに開いた扇子に合わせ、ディスプレイに私と一夏の写真が映し出された。

「え?」

「は?」

「「「ええええ〜〜っ!?」」」

 割れんばかりの絶叫に、体育館が比喩ではなく揺れた。

 突然の事態に暫し呆然としていると、視線が一斉に私と一夏に集中する。と言っても、殆ど一夏に向いていたが。

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとに催し物を出し、それに対して投票を行って、上位の部には部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い−−」

 びしっ、と扇子で私達男子を指す会長。

「織斑一夏、村雲九十九の両名を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 再度上がる雄叫び。いや、女子ばかりだから雌叫(めたけ)びか?

「うおおおおおっ!」

「素晴らしい、素晴らしいわ!会長!」

「私たちにできない事を平然とやってのける!そこに痺れる、憧れるうっ!」

「こうなったら、やってやろうじゃん!!」

「一位を取れ。そう囁くのよ、私の(ゴースト)が!」

「今日からすぐに準備を始めるわよ!ああ!?秋期大会?ほっとけ、そんなん!」

 秋期大会をそんなん呼ばわり……。いいのかそれで?

「ってか、俺たちにそんなお得感あるか?女子の大会に出場なんて出来ないし、俺はマネージャーって柄でもないぜ?」

「それ以前に未承諾だ。だが、ここまで盛り上がってしまっては今さら『聞いてないので却下』とは言えん。あの女狐め……」

 苦々しく会長を睨み付けると、「あはっ♪」とウィンクを返された。……おのれディケイド、もとい更識楯無……。

「よ~し、盛り上がってきたあっ!」

「今日の放課後から集会するわよ!意見出し合って多数決で決めるから!」

「最高で一位、最低でも一位よ!」

 そして、一度火が着いた女子の群れは止まる事を知らない。かくて、本人達初耳かつ未承諾のまま、私と一夏の争奪戦が始まった。

 

 その日の放課後、特別ホームルームが行われた。クラスでの出し物を決めるための話し合いは様々な意見が出された。のはいいのだが……。

「えーと……」

 一夏はクラス代表として皆の意見を纏める立場にあるのだが、出て来た意見はどれも一夏にとって得をしない物ばかり。

 『織斑一夏のホストクラブ』『織斑一夏とツイスター』『織斑一夏とポッキーゲーム』『織斑一夏と王様ゲー厶』等等……。

「却下」

 一夏がそう言うと、えええぇーっ!!と大音量サラウンドでブーイングが響く。

「アホか!誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

「私は嬉しいわね。断言する!」

「織斑一夏は女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

「織斑一夏は共有財産である!」

「他のクラスからも色々言われてるんだってば。うちの部の先輩もうるさいし」

「ね、織斑くん。助けると思って!」

「メシア気取りで!」

 と、一斉に言い募る女子一同。一夏が困り顔で視線を彷徨わせるものの、そこに千冬さん(抑止力)は存在しない。

 曰く『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。後で結果報告に来い』との事。何とも優しい姉上だ。涙が出るね。

 困った一夏が山田先生に意見を求めるものの、先生は頬を赤らめ「私はポッキーのなんかいいと思いますよ?」と発言。結果として、一夏は思い切り地雷を踏む事になってしまった。

「とにかく、もっとまともな意見をだな……」

「メイド喫茶はどうだ」

 そう口にしたのは意外な人物。と言うか、ボーデヴィッヒだった。クラスの全員がポカンとする。

「客受けは良いだろう。それに、飲食店は経費の回収ができる。確か、招待券制で外部からも客を入れるのだろう?それなら、休憩所としての需要も少なからずあるはずだ」

 常と変わらぬ淡々とした口調だが、あまりに本人のキャラにそぐわぬ物言いに、クラスの皆が理解に時間を要した。

「え、えーと……みんなはどう思う?」

 一夏が皆に声をかける。多数決をとるにせよ、まずは反応を見ない事には仕方が無いしな。しかし、急に話を振られたためかクラス全員がキョトンとしたままだった。やれやれだな……。

「どう思う?シャル」

「うん、いいんじゃないかな?九十九と一夏には執事か厨房を担当してもらえばオーケーだよね」

 私とシャルがボーデヴィッヒに援護射撃を行うと、それは見事に一組女子の琴線にクリティカルヒットした。

「織斑君、執事……いい!」

「村雲君の執事姿……嫌いじゃないわ!」

「それでそれで!」

「メイド服はどうする!?私、演劇部だから縫えるけど!」

 一気に盛り上がる女子一同。一夏も流石にこれに水を差すのは躊躇われたらしく、成り行きを見守るモードに入っている。

「それなのだが、ラグナロク(うち)の服飾部門にコスプレグッズ専門店『ヴァルハラ』がある。私から店長に言えば格安で貸してくれると思うが……まあ、無理でも怒らないで欲しい」

 そう告げると、クラスの女子は声を合わせて『怒りませんとも!』と断言する。

 

 こうして、我等が一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』となった。少しは原作と変わるかと思ったが、そこは変わらなかったらしい。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『鈴ちゃんのチャイナドレス……超見てぇ!!』と目の幅涙を流していた気がした。

 ほんとに好きだね、アンタも。ってあれ?原作展開知って……るよな。うん。

 

「ところで……諸君」

「「「なに?村雲君」」」

 私は、少しだけ気になった事を訊いてみる事にした。

「『織斑一夏と』シリーズはあったが、『村雲九十九と』シリーズはなかった。何故だ?」

 キョトンとするクラスの女子一同。その後口を揃えて言ったのは。

「「「村雲君はデュノアさんと本音の占有財産でしょ?だからだけど」」」

「え?君達の認識ってそうなってるの?」

 意外な事実に今度は私がキョトンとしてしまった。

 

 

「という訳でして。お願いできませんか?……そうですか、よかった……ありがとうございます。……条件?何でしょう?……それを私にやれと?……わかりました、やりますよ。やればいいんでしょ?はぁ……。それでは、後ほど接客係のサイズ表を送らせていただきます。……ええ、では」

 一夏が職員室の千冬さんに経過報告を行っている間、私は『ヴァルハラ』店長に電話を掛け、メイド服と執事服の貸し出しの相談をしていた。幸い店長が非常に乗り気で『九十九ちゃんの頼みですもの♡ロハでいいわよ♡ただし、条件付きでね♡』と言ってくれた。一体どんな条件だったのかは、後々語る事になる……かも知れない。

「よう、待たせたか?」

 千冬さんに報告を終え、一夏が職員室から出て来た。私は携帯をポケットに仕舞いつつ「さして待っていない」と返した。

「そうか。じゃあ、行こうぜ」

「いや、その前に客あしらいだ」

 そう言って目を向けた先には、ここ数日の災難の元凶たる人物である……。

「やあ」

 IS学園生徒会長更識楯無が、朗らかな笑みを浮かべて立っていた。




次回予告

最強の女は「君は弱い」と言った。
「そんな事は無い」と少年は吠えた。
よろしい、ならば手合わせだ。

次回「転生者の打算的日常」
#40 証明

一夏、お前は彼女の事を何も知らないぞ。


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#40 証明

「やあ」

 朗らかな笑みを浮かべて私達の前に立っているのは、この学園の生徒会長、更識楯無さんだった。

「「……何か?」」

「ん?どうして警戒しているのかな?」

「それを言わせますか……」

 昨日の遅刻騒動、今日の学園祭騒動と、私達がこの人を警戒しない理由が見当たらない。しかし、騒ぎの元凶たる会長は涼しげな顔で私達を楽しそうに眺めていた。

「おおかた、最初の出会いでインパクトがないと忘れられる。とでも考えたのでは?」

「正解♪」

「忘れませんよ、別に」

「むしろ私は忘れたかったんですがね」

 そう言って、私と一夏は踵を返してアリーナへと歩き出す。すると、会長はごく自然な流れでその横に並んで歩き出した。

「…………」

「……はぁ」

 どうやら、振り切れそうにはなかった。この人の雰囲気には、何やら有無を言わせないものがある。そのくせ、強引さを感じない−−場の『流れ』のようなものを支配しているのだ。

「まあまあ、そう塞ぎ込まずに。若いうちから自閉してると良い事ないわよ?」

「「誰のせいですか、誰の」」

「んー、なら交換条件を出しましょう。これから当面、私がキミ達のISコーチをしてあげる。それでどう?」

「いや、コーチはいっぱいいるんで」

 一夏のコーチ役は箒に鈴、セシリアとボーデヴィッヒと、そうそうたる面々だ。そうそうたる面々なんだが……。

「何に対する交換条件かは別として、その申し出はありがたいですね。なにせ一夏のコーチ役は擬音オンリーと感覚オンリーと理屈オンリーと模擬戦オンリーという、ポンコツの群れですから」

「おまっ……酷いな」

「事実だ」

 ちなみに、私のコーチ役はシャル。分からない事を極めて分かりやすく教えてくれる実に良いコーチだ。贔屓目ではないぞ。

「そこまで言うんだ……。でも、それなら尚更悪い話じゃないわよ?なにせ、私は生徒会長だから」

「はい?」

「ああ、なるほど。そうでしたね」

「ふふ。村雲九十九くんは知ってるみたいだね。そう、IS学園生徒会長というと−−−」

 会長が言葉を続けようとした所で、前方から物凄い勢いで一人の女生徒が走り込み−−ではなく、竹刀片手に襲いかかってきた。

「覚悟ぉぉぉっ!」

「なっ……!?」

 反射的に会長と襲撃者の間に立とうとする一夏を手で制する。

「っ!?九十九、なにを……!?」

「まあ見ていろ」

 その間に会長は襲撃者の前に立ち、扇子を取り出した。

「迷いの無い踏み込み……いいね」

 次の瞬間、振り降ろされた竹刀を扇子で受け流し、左の手刀を襲撃者の首に叩き込む。気を失った襲撃者が崩れ落ちる。と同時に。

 

ガシャアアンッ!!

 

「こ、今度はなんだ!?」

 会長の顔面を狙った矢が、窓ガラスを粉砕しながら次々と飛来。飛んで来る方向を見ると、隣の校舎の窓から和弓を射掛ける袴姿の女子。遠間からの攻撃なら反撃はないと思ったのだろうが、それは甘い。

「ちょっと借りるよ」

 会長は倒れた剣道少女の側にあった竹刀を蹴り上げて浮かせ、空中に踊ったそれを掴んで放る。割れた窓ガラスから投擲されたそれは、弓道少女の眉間にヒット。弓道少女はもんどり打って倒れた。さらに。

「もらったぁぁっ!」

 

バンッ!

 

 大きな音を立てて開いた廊下の掃除用具入れ。そこから飛び出したのは三人目の刺客。

 両手にボクシンググローブをはめた彼女は、軽快なフットワークで会長に接近。体重の乗った渾身のパンチを繰り出す。

「ふむん。元気だね……ところで織斑一夏くん」

「は、はい?」

「君は知らないようだから教えてあげるよ。IS学園において、生徒会長という肩書きはある一つの事実を証明してるんだよね」

 会長は半分開いた扇子で口元を隠しながら、楽しげに話しかけてくる。その間、ボクサー少女の猛ラッシュを紙一重で躱し続けているのだからすごい。

「それって……」

「IS学園生徒会会則第2条第1項に曰く、生徒会長……」

「すなわち、全ての生徒の長たる存在は−−」

 ボクサー少女の右ストレートを円の動きで躱し、とんっ……と床を蹴ってその身を宙へ踊らせる会長。

「「最強であれ」」

 そして、突撃槍(ランス)の如きソバットの蹴り抜き。ボクサー少女は登場した掃除用具入れに逆再生のように叩き込まれて沈黙。直後に扉がパタンと閉まった。憐れな……。

「……とね」

 ソバットの際に手放した扇子を一回転の後で床に落ちる前につかみ取り、パンッと開いてスカートの裾を押さえる。

「見えた?」

「いいえ、何も」

「みっ、見てませんよ!」

 必死の否定は肯定と同じだぞ?一夏。

「それはなにより」

 それを知ってか知らずか、小さな含み笑いを添えて会長は扇子を畳む。

「で?これはどういう状況ですか?」

「うん?見てのとおりだよ。か弱い私は常に危険に晒されているから、騎士の一人も欲しいところなの」

 おーい皆ー、ここに嘘つきがいるぞー!

「さっき最強だとか言ってたくせにですか」

 自分狙いの刺客三人を完全沈黙させるまで約1分。これでか弱いなら、千冬さんですらか弱いという事になる。……無いな。それは無い。

「あら、バレた」

 そう言ってまた楽しそうに笑う会長。その笑い方は凄く上品で、かつとても似合っている。まあ、育ちのいい人であるのは確かだしな。

「まあ簡単に説明するとだね、最強である生徒会長はいつでも襲っていいの。そして勝ったなら、その者が生徒会長になる」

「無茶苦茶ですね」

「だが合理的だ。戦い方を学ぶ学校の生徒の長なら、誰よりも戦い方に精通している(強い)のは必須条件だろうしな」

「そういう事。それにしても私が就任して以来、襲撃はほとんど無かったんだけどなぁ。やっぱりこれは」

 ずいっと私達に詰め寄り、顔を近づけてくる会長。ふわりとした花の香りが鼻腔を擽り、私の内心を僅かに乱す。

「キミ達のせいかな?」

「な、なんでですか」

 一夏は完全にどぎまぎしていて、落ち着きのなさが言葉に滲んでいる。

「ん?ほら、私が今月の学園祭でキミ達を景品にしたから、一位を取れなさそうな運動部、特に格闘系の部が実力行使に出たんでしょう。私を失脚させて景品キャンセル、ついでにキミ達を手に入れるとかね」

 まあ憶測だけど、と付け足す会長。その予想は大当たりと言えるだろう。

 この人は人の心の中をごく自然に覗いてくるような感じを受ける。……私の僅かに乱れた内心も、見抜かれているのではないかと思う。一夏のどぎまぎなど、完全にお見通しだろうな。

「ではまあ、一度生徒会室に招待するから来なさい。お茶くらい出すわよ」

「はぁ」

「その返事は肯定?」

 一夏の気の無い返事は、肯定にも否定にも取れる。一夏は否定は出来ないと思ったのか、溜息混じりに「行きますよ」と言った。

「キミはどうかな?村雲九十九くん」

「行く理由が無いが、行かない理由はもっと無い。お邪魔させて頂きます」

「よろしい。素直な織斑一夏くんは、おねーさん好きだよ。ちょっぴり素直じゃない村雲九十九くんもね」

「い、一夏でいいですよ」

「私の事も九十九で構いません」

「そうか。では私も楯無と呼んでもらおうかな。たっちゃんでも可」

「なんでもいいですよ。はあ……」

 溜息をつく一夏。まあ、この人に逆らうのは千冬さんに一対一で勝つのと同程度の難易度だろう。つまり『無理』だ。諦めて流れに乗るしかあるまいよ。私達の諦念を覗いたのか、会長はニンマリと笑みを浮かべる。

 その笑みは先程までの大人びた微笑ではなく、もっと子供っぽい−−そう、悪戯に成功した悪ガキのような笑みだった。

 

 

「……いつまでぼんやりしてるの」

「眠……夜……遅……」

「シャンとしなさい」

「了解……」

 そんな声が聞こえてきたためか、一夏は扉の前で躊躇いを見せていた。

「ん?どうしたの?」

「いや、どこかで聞いたような声が……」

「具体的に言えば、いつも私の右隣から聞こえる声だろう?一夏」

「ああ、そうね。今は中にあの子がいるからかしらね」

 そう言って楯無さんはガチャリとドアを開ける。重厚な開き戸は軋みの一つも上げずにゆっくりと開いていく。見た所かなり良い物らしい。

「ただいま」

「おかえりなさい、会長」

 出迎えてくれたのは三年生の女子。眼鏡に三つ編み、伸びた背筋と片手に持ったファイルが『堅めの出来る人』というイメージを与える。そしてその後ろにいたのは、一夏にとっては意外であり、私にとってはそうで無い人物。

「わ〜……。つくもんとおりむーだ~……」

 我が恋人(候補)にして一組のマスコット、布仏本音である。

「まあ、そこに掛けなさいな。お茶はすぐに出すわ」

「は、はあ……」

「では、失礼して」

 いつもの6割増で眠そうな本音は、私達を見つけて3㎝ほど上げた顔をべたりとテーブルに戻す。

「お客様の前よ。しっかりなさい」

「無理……。眠……帰宅……いい……?」

「ダメよ」

 最後の希望とばかりに単語だけの言葉で尋ねた本音。しかし三年生の無情な回答に崩れ落ちた。

「えーと、のほほんさん?眠いの?」

「君の事だ、どうせ連日深夜の壁紙収集でもしていたんだろう?本音」

「つくもん、正解〜……」

「あら、呼び捨てにあだ名呼びなんて、仲いいのね」

 お茶の準備を三年生に任せ、二年生でありながら生徒会長を務める楯無さんは優雅に腕組みをして座席に掛ける。

「あー、いや、その……本名を−−−」

「知らないとは言わせんぞ、一夏。私が一日に何回彼女を名前で呼んでいると思っている?まさか、片端から聞き流していたなどと言うまいな?」

 すっとぼけた事を言いかける一夏に怒気を滲ませて詰め寄る。見る間に一夏の顔に冷汗が滲んだ。

「どうなんだ?事と次第では「つくもん、どうどう〜」……私は馬か?本音」

 目を覚ました本音の手が私の背を叩く感触に、昂った感情が治まる。ただ、その扱いはどうなんだ?

 一夏はほっと一息ついた後、こちらを見て言った。

「九十九。お前、のほほんさんを『本音』とは呼んでもフルネームでは呼ばねえだろ?」

「……確かに。すまん、理不尽だったな」

 私が一夏に頭を下げると同時に、本音が椅子から立ち上がって一夏に握手を求める。

「じゃ〜改めて自己紹介〜。布仏本音だよ~。よろしくね~、おりむー」

「お、おう。よろしく」

 一夏がそれに応えて握手を返すと、三年生の女子がティーカップを持ってやってきた。

「それでは私も自己紹介を。布仏虚(のほとけ うつほ)といいます。よろしくお願いします」

「うちは代々更識家のお手伝いさんなんだよ~」

 更識と布仏にはそんな繋がりがあったのか。……まあ、知ってたけど。原作通りだし。

「えっ?ていうか、姉妹で生徒会に?」

「そうよ。生徒会長は最強でないといけないけど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼なじみの二人をね」

 楯無さんが説明をする。確かに幼なじみなら気心も知れているし、人となりも互いに知り尽くしているよな。人選としては『身内贔屓』と言われてしまいそうだが。

「お嬢様にお仕えするのが私どもの仕事ですので」

 丁度お茶が入ったらしく、虚先輩はカップに丁寧に注いでいく。その仕草はとても様になっていて、秘書やメイド長のような雰囲気を醸し出している。

「あん、お嬢様はやめてよ」

「失礼しました。ついクセで」

 このやり取りから、更識家が相当な名家だというのは容易に想像できる。それは楯無さんの何気ない仕草からも分かる事だ。

「織斑君も、どうぞ」

「ど、どうも」

 一夏もお茶を注いでもらったのだが、その丁寧な姿勢についついかしこまっていた。

「村雲君も、どうぞ」

「ありがとうございます」

 虚先輩からお茶を注いでもらい、それに礼を返す。鼻をくすぐる香りから、かなり良い茶葉を使っている事が分かった。

「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキを出してきて」

「はーい。目が覚めたわたしはすごい仕事できる子〜」

 本当だろうか。普段の姿から想像できないのだが……。

 相変わらずのゆっくりした動きで、しかもまだ眠気が完全には抜けていないのか、その足取りはどうにも怪しい。が、不思議と転ぶ事もなく、本音は無事にケーキを持ってきた。

「つくもん、おりむー。これはね~、ストーンフォレストの新作なんだよ~」

 そう言いながら、本音はまず自分の分を取り出して食べ始める。……って、おい。

「本音、ゲストを差し置いてまず自分が食べるな」

「やめなさい、本音。布仏家の常識が疑われるわ」

「だいじょうぶ、だいじょうぶっ。うまうま♪」

「…………」

 ケーキのフィルムについたクリームを一心不乱に舐める本音。しかしそれを、厳格な姉は許さない。

 

ごちっ!

 

 虚先輩がグーで本音の頭を叩いた。しかも割と本気で。

「うえぇっ……。いたぁ……」

「本音、まだ叩かれたい?……そう、仕方ないわね」

「まだ何も言ってないよ〜。つくもん、助けて~」

「自業自得だ。と言うか、仮とは言え恋人の前で卑しい真似をするな」

 本音が涙目で訴え、それを私が突っぱねる。そして虚先輩が「えっ?恋び……えっ!?」と目を白黒させる。一連の流れについていけない一夏はぽかんとしっぱなしだ。

「はいはい、姉妹仲がいいのはわかったから。お客様の前よ。あと本音ちゃん、九十九くん、後で説明」

「失礼しました」

「し、失礼、しまし……ほえ?あ、はい」

 楯無さんに頭を下げる二人。そして改めて生徒会メンバーが私達に向き合う。

「一応、最初から説明するわね。一夏くんと九十九くんが部活動に入らない事で色々と苦情が寄せられていてね。生徒会はキミ達をどこかに入部させないとまずい事になっちゃったのよ」

「はあ……」

「なるほど、それで学園祭の投票決戦を実施する事にした……と」

 なんとも迷惑な話だと思う。現状、ISの特訓と情報収集だけで手一杯だというのに、部活動をやっている余裕はない。

 さらに言えば、女子ばかりの中で部活動など無理な話だ。精神的にキツイし、運動部に所属する事になった場合、更衣室もシャワー室もないのでどうしようもないではないか。

「でね、交換条件としてこれから学園祭までの間、私が特別に鍛えてあげましょう。ISも、生身もね」

「遠慮します」

「お願いできるなら、是非」

「一夏くん、そう言わずに。あ、お茶飲んでみて。おいしいから」

「……いただきます」

「いただきます」

 鼻をくすぐる花の香りを軽く吸い込んで、適度な熱さの紅茶を一啜り。舌の上をまろやかな甘味が走っていく。紅茶の淹れ方を完璧に心得ていないとこの味は出ないだろう。素晴らしい腕前だ。

「美味しいですね、これ」

「ストレートでこれ程甘味を感じられるとは……見事な腕です」

「虚ちゃんの紅茶は世界一よ。次は、ケーキもどうぞ」

 勧められるまま、一夏はショートケーキを、私はショーン氏の新作ケーキを口にする。

 竹炭とココアパウダーを混ぜた黒いスポンジに、ストロベリー、オレンジ、レモンのソースが間に挟んである。ご丁寧にクリームも竹炭が混ぜてある黒いクリームだ。

 しかし、見た目の凄さとは裏腹にそれぞれのソースとクリームが主張しつつも調和する、まさに至福の味。

 新たな味覚に開眼、オレ!……いや、私はどこぞのグルメリポーターか?

「そして私の指導もどうぞ」

「はい、いただきます」

「いや、だからそれはいいですって。ってか九十九、随分乗り気だな。でも、どうして指導なんてしてくれるんですか?」

「ん?それは簡単。キミ達が弱いからだよ」

 あまりにさらりと言われたため、一夏は一瞬何を言われたか分からなかったようだ。

「はは。自覚はありますが、そこまであっさり言われると少々へこみますね」

 私に遅れて言葉の意味を理解した一夏が、ムッとして言った。

「……それなりに弱くはないつもりですが」

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというお話」

 こうまで言われて自制の利くほど、一夏も人間ができてはいない。ガタンと椅子から立ち上がり、楯無さんを指差す。そして、恐らく楯無さんが待っていただろう台詞を−−

「じゃあ、勝負しましょう。俺が負けたら従います」

 口にした。

「うん、いいよ。本音ちゃんと九十九くんから説明を受けた後でね」

 そう返してニコリと笑う楯無さん。だがその顔は『罠にかかった』という表情でもあった。……一夏、無茶しやがって。

 

 ちなみに、恋人云々の説明は私から行った。全てを話し終えた後の、楯無さんと虚先輩の何とも言えない顔が印象に残った。

 

 

 一夏と楯無さんの勝負は、結論から言えば楯無さんの圧勝に終わった。

 古武術の胴着に着替えた二人が畳道場で向かい合い、試合開始。

 基本に忠実なすり足移動で楯無さんの腕を取るのに成功する一夏だったが、それは一瞬で返され、一夏の体は畳にしたたかに投げ落とされる。呼吸の詰まった一夏が息を吐くと同時、楯無さんの指が一夏の頸動脈に触れていた。

「まずは一回」

 その気になればいつでも殺れる。それを見せつけて、楯無さんは一夏から離れる。

 この時点で、一夏は楯無さんの実力を千冬さんと同程度に上方修正したらしく、手を出しに行けない一夏と手を出しに行かない楯無さんという構図が出来上がり、状況は膠着した。

「…………」

「ん?来ないの?それじゃあ私から−−行くよ」

 そう言った楯無さんが一夏に急速接近。一夏にしてみれば、突然目の前に現れたように映っただろう。

 楯無さんが使ったのは、古武術の奥義の一つ『無拍子』だ。

 人間は簡単に言えば律動(リズム)によって生きている。それは、心臓の鼓動だったり呼吸のタイミングだったりと様々だ。

 古武術には、この律動を意図的にずらして相手の攻め手を崩す『打ち拍子』と、律動を合わせる事で場を支配する『当て拍子』という技術が存在する。

 そして、それら『拍子』を扱う技術の最上位に存在するのが、律動を一切感じさせず、感じる事なく、律動の空白を扱う技術。すなわち、『無拍子』である。

「しまっ……」

 一夏が自身の失策に気づくと同時に、楯無さんが一夏の肘、肩、腹に軽く掌打を打つ。そして、一夏の関節が一瞬強張ったその隙を見逃す事なく、肺に双掌打を叩き込む。

「がっ、はっ……」

 肺の空気を強制排出され、一夏の意識が一瞬飛ぶ。そして−−

「足下ご注意」

 

ズドンッ!

 

 背中から思い切り地面に叩きつけられた。しかも、投げ飛ばす際に指の『貫き』によって関節の数ヵ所を攻撃されていたようで、一夏が体を起こそうとしてもすぐには動けないようだった。

「これで二回。まだやる?」

 襟元一つ乱さず、優しい笑みを一夏に向ける楯無さん。

「一夏、これ以上は時間の無駄だ。諦めて……」

「まだまだ、やれますよ……」

 しっかりと動かない体で、しかし闘志だけは萎えない目を楯無さんに向ける一夏。私はその諦めの悪さに嘆息するしかなかった。

 気合を入れ、深く吸い込んだ息を吐くと同時に全身で跳ね起きる一夏。とは言え、足のふらつきは深刻だ。おそらく、次の接触が最後の攻防になるだろう。

 深呼吸を二回行い、精神を集中する一夏と、それを見て自身も緊張感を高める楯無さん。場を張り詰めた空気が支配した。

 瞬間、一夏がこれまでとは違う速さで楯無さんに迫る。あれは確か、篠ノ之流の裏奥義『零拍子』とか言う奴だったか。

 一夏の話では「相手の一拍子目よりも早く仕掛ける技」らしい。言わば『究極の先の先』だ。

 楯無さんはその動きに一瞬驚いた顔を見せ、距離を合わせるために半歩下がる。その半歩が着地するより早く、一夏が楯無さんの腕を取り、力任せに投げ飛ばす−−筈だった。

 

ズドンッ!

 

「がはっ!」

 合気で投げられた一夏が、前のめりに胸から畳に叩きつけられる。あれは息が詰まったな。が、それを気合いで振り切ったのか、その体勢のまま楯無さんの足首を掴み、力任せに真上へ投げた。

「今度こそ、もらったあっ!」

 空中でひっくり返った楯無さんの両脇を掴み、そのまま投げを打とうとする一夏。しかし−−

「甘ーい」

 楯無さんは右腕を畳に突き出し、それを軸に一回転。一夏の捕縛を振り切ると同時に倒立での回し蹴りを見舞う。

「なあっ!?」

「攻め方は良かったんだけどね」

 何とも引き出しの多い人だ。マーシャルアーツ、古武術、カポエイラと、次から次に技を繰り出してくる。伊達や酔狂で最強を名乗っているわけではない事は、一夏もこの一戦で思い知ったろう。

 だからといって、それで負けを認められるほど、一夏は潔くもなければ賢くもない。

「でやあああっ!!」

 蹴り飛ばされたのを強引に腕と脚で着地し、すぐさま飛び出す一夏。その前方では元の体勢に戻った楯無さんが笑みを浮かべて立っていた。

 一夏は更に加速。形振り構わず、殴りかかるような勢いで楯無さんに掴みかかる。−−すると。

「あっ……」

「なっ……」

「きゃん」

 胴着の合わせが大きく開き、『シルク地の梱包材』に包まれた『小玉スイカ』が一夏の目の前にまろび出た。

 なにもこんな時に『ToLOVEる体質』を発動させんでもいいだろうに、このどアホウは……。

「一夏くんのエッチ」

「なあっ!?」

 言い訳をしようにも、どう考えても悪いのは一夏な訳で。思い切り動揺し、決定的な隙を晒した一夏の腕を、楯無さんは特に悲鳴を上げるでもなく払い落とす。……終わったな。

 次の瞬間、一夏は空中コンボを体験する事になる。打ち込まれた打撃の数は30。一夏は17発目辺りで気を失った。

「おねーさんの下着姿は高いわよ?」

 楽しそうな笑い声と共に放った楯無さんの言葉が、一夏に届いたかどうかは分からない。

 

 

 こうして、一夏は自分の弱さと楯無さんの強さを、自分の身を持って証明する事になった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『よ~〜くやった楯無!一夏ザマァ!』と歓喜の雄叫びを上げた気がした。

 あんた、一夏を嫌う理由……あ、あったわ。

 

 

「さて、次はキミかな?九十九くん」

 完全に気を失い、グッタリしている一夏を他所に私に目を向ける楯無さん。

「私とやろうと言うのですか?止めておきましょう、怪我人が出ます」

「へえ……誰が怪我するのかしら?」

 私と楯無さんの間の空気がピリつく。私はおもむろに口を開き、こう言った。

「……私です」

「って、キミなの!?」

 思わずなのかなんなのか、キレのある裏手ツッコミを入れてくる楯無さん。この人やはりノリがいい。

「それに私、初めから貴方の提案に乗ってましたから。ここで戦うメリットがありません」

「そう言えばそうだったわね。じゃあ、とりあえず一夏くんを保健室に連れて行きましょう」

「抱えるのは私の役目なんですね。分かります」

 

 一夏を抱えて部室棟の保健室に向かう。楯無さんは制服に着替えてから来るとの事。

「ふう、意外と重かった。ホイっと」

 一夏をベッドに放り込んで、とりあえず濡れタオルを作って一夏の頭に乗せておく。

「これで良しと」

「お待たせ、九十九くん」

 着替えを終え、楯無さんが保健室にやって来た。ベッドで眠る一夏の顔を見てニンマリとした笑みを浮かべると、楯無さんはベッドに登って一夏の頭を自分の太ももに乗せた。いわゆる膝枕の体勢だ。目を覚ました一夏の反応が目に浮かぶ。

 

 その後は概ね原作通り。一夏が楯無さんの膝枕を受けている所に親切な先生(千冬さん)から話を聞いたボーデヴィッヒが保健室に突貫。

 二人の様子を見て、一瞬で表情の消えたボーデヴィッヒがISを展開。AICの発動と同時に一夏に斬りかかるも、楯無さんが素早く扇子を抜き放ってボーデヴィッヒの額へ当てて阻止。

 展開の完了していない部分に衝撃を受け、一瞬怯んだボーデヴィッヒの隙を見逃さず飛び出した楯無さんは空中で扇子をキャッチして開き、張った紙でボーデヴィッヒの頸動脈を押さえた。敗北を悟ったボーデヴィッヒがISを解除したのは、その5秒後だった。

「うん、素直でよろしい」

 そう言ってポンポンとボーデヴィッヒの頭を撫でると、私達の方へ向き直る。

「それじゃあ、話もまとまった所で行こうか」

「へ?どこに……」

「決まっているだろう。楯無さんの教導を受けるために……」

「第三アリーナよ」

 ニッコリと笑う楯無さんには、私は勿論一夏もボーデヴィッヒも勝てないのだろうね。




次回予告

特訓、特訓、また特訓。
騒動、騒動、また騒動。
平穏は彼方へ消え、あるのはただ心身に残る疲れだけ。

次回「転生者の打算的日常」
#41 猫座之女

頼むから、勘弁してくれ……。


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#41 猫座之女

気づけば連載開始から一年が経過。
こんな作品をそれでも読んでくれている全ての読者に感謝を。
完結か……先長いなぁ……。


「あれ?九十九?」

「い、一夏さん?今日は第四アリーナで特訓と聞いていましたけど」

 第三アリーナに居たのはシャルとセシリア。二人とも訓練の途中だったのか、専用機こそ纏っていないがISスーツ姿だった。二人は一夏を見て、私を見て、ボーデヴィッヒを見て、最後に楯無さんを見た。

「……そちらの方はどなたですの?」

 楯無さんの事を見ながら、セシリアが不機嫌そうに口を開く。

「セ、セシリア。生徒会長だよ」

「ああ……。そう言えば、どこかで見たような顔ですわね」

 不機嫌なセシリアの態度に焦ったシャルが何とかフォローしようとする度、その気遣いを粉砕するセシリア。……苦労人体質、と言う奴なんだろうな。シャルは。

「まあ、そう邪険にしないで。あ、私はこれから一夏くんと九十九くんの専属コーチをするから、今後も会う機会があるわね」

 さらりと重大発表をする楯無さん。その言葉にシャルとセシリア、更にボーデヴィッヒまでもがギョッとする。

「九十九、どういうこと?」

「一夏さん!」

「一夏。貴様……!」

「ぎゃあっ!待て待て!これは−−「その説明は私がしよう」九十九……」

 セシリアとボーデヴィッヒに詰め寄られ、言い訳じみた事を言いかける一夏に先んじてそう言うと、女子ズの視線が私に集まった。

「それでは九十九さん」

「納得の行く説明を」

「して貰うよ」

「ああ。一夏と共に職員室にクラスの出し物の報告をしに行った後の事だが……」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「という訳で、勝負に負けた一夏と元々教導を受ける気だった私が楯無さんと一緒にここに来たんだ」

「そうだったんだ」

「理解はできましたわ。納得は行きませんが……」

「私たちでは不足だというのか?」

 一応は矛を収めてくれた女子ズ。ただ、セシリアとボーデヴィッヒはどこか不満顔だ。

「そうだと言わせて貰おう。なにせコーチが悪い意味で教科書通りのイギリス代表候補に……」

「うっ……!」

「模擬戦が教導内容全体の9割を占める、バトル一辺倒のドイツ代表候補だからな」

「ぐぅっ……!」

 目を向けながら言うと、思い当たる節があるのか言葉を詰まらせるセシリアとボーデヴィッヒ。

「ああ、それと『何処の巨人軍終身名誉監督だ』と言いたくなる天災の妹と、『ブルース・リー気取りか』とツッコまざるを得ない中国代表候補も居たっけか?」

 私が一夏ラヴァーズを盛大にディスっていたのと丁度同じ頃、第五アリーナでとあるポニテ娘とツインテ娘が大きなくしゃみをしたとかしなかったとか。まあ、それはどうでもいいのだが。

 なお私の説明中、一夏が楯無さんに『勝負に負けたら従う』と言った下りを聞いたセシリアとボーデヴィッヒが一夏に『勝負だ』と言い出して来て、その説得に一夏が骨を折ったのは余談であろう。私達は何しにここに来たんだったっけか……?

 

 

「それじゃあ始めましょう。最初は経験者の真似からね。シャルロットちゃん、セシリアちゃん、『シューター・フロー』で円状制御飛翔(サークル・ロンド)をやって見せてよ」

「しゅー……何だって?あと、ロンドンがどうした?」

 楯無さんが何を言っているのかさっぱりな一夏が、頭にハテナを浮かべてトンチンカンな事を呟いていた。

「え?でもそれって、射撃型の戦闘動作(バトル・スタンス)の基本じゃ……」

「やれと言われればやりますが……九十九さんのお役には立つでしょうけれど、一夏さんのお役に立ちますの?」

「立つさ。なにせ、今の『白式』の得物はブレードだけではないからな」

 経験者、かつ射撃戦主体の二人と、ラグナロクでの修行中にやった事のある私は分かっているため、置いてけぼりを食らっているのは一夏一人だけだ。

「それは……『白式』に射撃武装、荷電粒子砲が搭載されたからか?」

 楯無さんに言葉をかけたのはボーデヴィッヒ。だが、その声には楯無さんへの警戒心が滲み出ていた。

「ん、鋭いね。でもそれだけじゃないんだなぁ」

 とんとんと肩を扇子で叩き、楯無さんが続ける。

「射撃能力で重要なのは面制圧力だよね。けれど、連射の出来ない大出力荷電粒子砲はどちらかと言えばスナイパーライフルに近い。つまり、一撃必殺の突破力。だけど、一夏くんの射撃能力の低さは知っての通りだから、射撃戦には向かない」

「うぐっ……」

 さり気なくダメ出しをされ、珍しくそれに気付いた一夏が若干へこんだ。

「だから敢えて−−」

「近距離で叩き込む」

「そう。ラウラちゃんは鋭いね」

 扇子を開き、ボーデヴィッヒを褒める楯無さん。その扇子には墨痕逞しい字で『見事』とあった。いつ持ち替えたんだ?

 この後、慣れない呼ばれ方をしたボーデヴィッヒが呆けていたのを一夏が気に掛けて肩に手を置こうとして、その手を捻り上げられる。という一幕があったが、まあそれはどうでも良いだろう。

 

 そうこうしている内にシャルとセシリアの準備が完了。場の空気は弛緩から緊張へとシフトする。

『じゃあ、始めます。九十九、見ててね』

『一夏さん、どうぞしっかりとご覧になってくださいな』

 シャルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』とセシリアの『ブルー・ティアーズ』が向かい合って構える。

 直後、動き出す二人。しかし、動き出した二人は正面から接近しようとせず、それぞれ向かって右方向へと動き始める。互いが互いに砲口を向けた状態で、壁を背にして円軌道を描く。

『いくよ、セシリア』

『構わなくてよ』

 徐々に加速していく二機は、やがて撃ち合いを開始する。円運動を続けつつ、不定期な加速で相手の射撃を回避。同時に応射を返しながら、けして減速する事なく円運動を繰り返していく。

『流石セシリア、上手いね。……おっと』

『シャルロットさんこそ。第二世代型とは思えない機動ですわ』

 軽口の叩き合いをしながら、二人の交える砲火は更に激しさを増していく。

「これは……」

「流石だな、二人共」

「うん。二人ともあの子たちの凄さが分かったかな?あれはね、射撃と機体の高度なマニュアル制御を同時に行なっているんだよ。しかも、回避と命中双方に意識を割きながらだからね。機体を完全に自分のものにしていないとなかなかああは行かない」

 機体制御を担う受動式慣性制御装置(PIC)は、基本的にオート制御に設定されている。しかしこの場合、細やかな動作は難しい。

 そこで、より細かい動作を行うためにマニュアル制御があるのだが、そうすると今度は機体制御と攻撃、双方に意識を割かねばならない。私には並列思考(マルチタスク)があるためさほどの苦労は無いが、一夏にとっては非常に難しい課題だろう。

 平静を保ち、感情を抑えつつ、二つ以上の事を同時に思考し続ける。……頭が痛いな、一夏は。

「射撃戦主体の九十九くんはやった事あるでしょ?円状制御飛翔(アレ)。どうだった?」

「苦労しました。特に乗り始めの頃は。並列思考を使って機動と射撃を脳内で別々に処理すればいい事に気づいて以降は楽になりましたが」

「へえ、そうなんだ。面白い特技を持ってるね。そう言えば『フェンリル』の第三世代兵装はそんなシステムだったっけ」

 そう言って、楯無さんは私から離れ、唸っている一夏の背後にそっと回る。

 ところでこの円状制御飛翔だが、機体制御と射撃管制を全て自分で行う関係上、極めて高い集中を必要とする。二人でこれを行っている場合、どちらかの集中が切れたその瞬間にその円軌道は崩壊する。例えばこんな風に。

「一夏くん。君にはね、経験値も重要だけどそういった高度なマニュアル制御の習得も必要なんだよ。わ・か・る?」

「うおうっ!?」

 一夏の背後に回った楯無さんがいきなり一夏の耳元に息を吹きかける。ビクッ!と反応して慌てて後ろを向く一夏。その様子はセシリアの目に入っていたらしく。

『い、一夏さん!?何をしていますの!?』

 射撃戦の真っ最中だというのに、声を荒げた。そんな事をすればどうなるかと言うと……。

『セシリア!』

『あ』

 シャルの叫びにしまったという声を出したセシリアは、シャルの放った銃弾をまともに受けてしまう。マニュアル制御にしていたせいもあり、その衝撃でセシリアは体勢を崩してアリーナの壁へと突っ込んだ。……愚かな。

「せ、セシリア!?大丈夫か!?」

『大丈夫か?じゃありませんわ!』

「シャル、お疲れ様。一旦こっちにおいで」

『うん』

 ガバッと起き上がり、一直線に一夏の元に飛んでいくセシリアと、私に呼ばれてゆっくりとこちらへ飛んでくるシャル。セシリアが怒り心頭といった顔で一夏に詰め寄る。

「わたくしたちが真面目にやっていますのに、なにを遊んでいますの!?」

「い、いや、遊んでいる訳では……」

「遊んでます!」

「……はい」

 詰め寄られる一夏。怒髪天のセシリア。微笑む楯無さんと溜息をつくボーデヴィッヒ。何やら先の思いやられる絵面だった。

 

「九十九、見ててくれた?」

「ああ。やはり流石だな、君は」

 笑みを浮かべてやって来たシャルの頭をポンポンと撫でる。それにシャルが嬉しそうに目を細めて「えへへ」と笑う。私達にとっては割と普通の光景だ。が、周りにとってはそうでないらしく。

「見せつけてくれますわね……」

「あれが『頭ポンポン』か……うむ。嫁よ、私にもやれ」

「あっ!ずるいですわラウラさん!一夏さん、わたくしにも……その……」

「え?急になんだ?」

「熱いわねー。暖房効きすぎてないかしら?ここ」

 さっきまで騒がしかった一夏サイドがじっとこちらを見ていた。……そんなに見るな。恥ずかしいから。

 

 

 楯無さんのコーチング開始から2日が経過。今日も第三アリーナでは、楯無さん主導によるマニュアル制御訓練が行われていた。

 今は一夏がアリーナフィールド中央に設置されたターゲットバルーンの周囲を向かって右方向に旋回している。暫くすると、何か余計な事でも考えているのか、そのスピードが落ちた。当然、それを見逃す楯無さんではない。

「一夏くん、スピードが落ちてるわよ。もっと集中しなさい」

「わ、わかりました」

 その言葉と同時に旋回速度が少しずつ上がっていく。現在の『白式』はPICをマニュアル制御にしている。旋回時の機体制御、射撃の反動制御、どちらを誤っても待ち受けているのは壁との激突だ。よって余計な事を考えている余裕はないのだ。

 私はシャルの解説を思い出しつつ、一夏の訓練を見学する。

『スケートってした事ある?滑る氷の上を、つま先で流されながらしがみつくようにしつつ滑るんだよ』

『遠心力の利用とその制御。それが肝なわけだな?先生』

『その通り。優秀な生徒は……その、大好きだよ』

『ああ、ありが……ん?今のはどっちの意味での……』

『……聞かないで、恥ずかしいから』

『……分かった』

 そう言うシャルの頬は赤かった。釣られて私の顔も赤くなっていたようで、周りにいた女子達がニヨニヨ笑いを浮かべていた。

 

 ちなみに、一夏のコーチ陣にサークルロンドのやり方を説明させると以下のようになった。

『こう、グッとしながらスーンという感じだ』

『こんなもん、感覚よ感覚。え?分かんない?なんでよ馬鹿』

『よろしいですか?この場合は(数百字に渡る難解かつ専門的な説明)となるのです。お分かりになりまして?』

『習うより慣れろだ。構えろ一夏、体に覚えさせてやる』

 ……駄目だこいつら、早く何とかしないと。

 

「一夏くん、集中ー!」

「はっ、はい!」

 何かまた余計な事を考えていたのだろう。一夏が楯無さんの叱責を受ける。

「女の子のこと考えてたんでしょ。えっちぃなぁ」

「ち、ちがいますよ!」

「じゃあ男の子のことだ!やらしいなぁ」

「それはもっと違います!」

 楯無さんと一夏のやり取りを横目に見つつ、この数日で彼女について分かった事を頭の中で整理する。

 彼女は一言で言えば『実像が掴めない人』だ。大人びているかと思えば、子供じみた面を覗かせ、思慮深さの向こうに衝動性を垣間見せる。その姿はさながら自由気ままな猫のそれ。

 しかし、それは裏を返せば相手に自分を理解させない事で自分を守る、一種の防衛行動なのだろう。対処に困る事に変わりはないが。

 

 改めて一夏に目を向け直すと、円軌道の速度が大分上がってきていた。

「オッケー。速度上がってきてるね。それじゃ、そこで瞬時加速(イグニッション・ブースト)してみようか」

「え?」

「瞬時加速。シューター・フローの円軌道から、直線機動にシフト。相手の弾幕を一気に突破して、零距離で荷電粒子砲」

 楯無さんから矢継ぎ早の指示が飛ぶ。いきなり言われた一夏はパニックだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!いきなり、そんな……」

「急ぐ!」

「わ、わかりましたっ!」

 急かされた一夏が瞬時加速の準備に入ったその瞬間。

 

ドゴーーンッ!!

 

 シューター・フローを途中でやめたために制御を失い、一夏は壁に背中から突っ込んだ。

「いってぇ……」

「こらこら、瞬時加速のチャージしながらシューター・フローも途切れさせないの」

「む、難しいです」

「ダメよ。ちゃんと覚えて。箒ちゃん以外はみんな出来るんだから。じゃあ、次は九十九くんの番ね」

「了解です」

 楯無さんの指示を受け、シューター・フローを開始。ターゲットバルーンを中心に向かって右方向に旋回速度を上げていく。

「うんうん、いいね。それじゃ、ちょっと難しいの行くよ。付いてきてね」

「はい」

「《ヘカトンケイル》を6機展開、同一軌道上で旋回してターゲットを中央に固定したら速やかに火力を集中。最後は瞬時加速で中央突破、ブレードで切り抜けて振り向きざまにマグナム」

「その動きは……了解。やってみます」

 楯無さんの指示通り、まずは《ヘカトンケイル》を展開。それぞれに銃をもたせた状態で同一軌道上で旋回を開始。

 直後、ターゲットバルーンに対して集中砲火を開始。銃の弾が切れたのを見計らって瞬時加速、ターゲットに急速接近。そのまま右手に展開した《レーヴァテイン》でターゲットを切り裂きつつ通過。そこから急停止して左手に《狼牙》を展開し、振り向きざまに全弾発射。砲火と斬撃に晒されたターゲットバルーンはボドボド……もとい、ボロボロだ。

「……なるほど、やってみると分かる。これは……呆れるほど有効な戦術だ」

「まさか一発で成功させるなんてね。ACPファイズ」

 

 ACPファイズ。

 第一回モンド・グロッソ当時のアメリカ代表で、射撃部門銃の部優勝者(ヴァルキリー)。現在は米軍IS配備特殊部隊『CATS』隊長のマリリン・キャットが編み出した、対IS用戦術の一つ。アサルト・コンバット・パターンの略。

 概要は上記の通りだが、マリリンは数人の部下とともに行うという違いがある。名称の由来は、上空から見た時の軌道がギリシャ文字のΦ(ファイ)に見える事から。

 この他に、一機で縦方向と横方向の突撃を連続して行うι(イオタ)。二方向からの同時突撃を行うΧ(カイ)等がある。

 

「九十九!お前すげえな!いつそんな技術身につけたんだよ!」

 降りてくる私に一夏が興奮気味にまくしたててくる。気づけば互いの顔の距離は20㎝もない。

「ええい、落ち着け!顔が近い!」

 

バゴンッ!

 

「ぐはあっ!」

 そのままキスでもしてきそうな勢いの一夏を張り倒す。生憎、私の唇は予約済みだ。そしてそんな趣味も無い。

「で?いつ技術を身につけたかだったな。ラグナロクで特訓しまくっていた一ヶ月の間にだ」

「いでででで、ひでえな九十九……って、一ヶ月であんな事ができるようになんのかよ!?」

「ちなみに、どんな訓練だったのかしら?」

「どんなって……」

 楯無さんに聞かれて、私はあの特訓の日々を思い出す。あれは本当に厳しかった。そう、例えばこんな感じの……。

 

『ほらほら、もっとスピードを上げないとグレネードの餌食よ!(ドオンッ!ドオンッ!)』

『うおおおおっ!おっかねえええっ!』

『口より先に機体を動かしなさい!(ドオンッ!)』

 とか……。

 

『何事も経験よ!ほーら、爆発加速(エクスプロージョン・ブースト)!』

『ちょっ、待って!危な(ドガンッ!)ぎゃあああっ!』

『何してんの!ちゃんと爆発のエネルギーを取り込みなさい!ほら、もう一回!』

 とか……。

 

『全ての攻撃を最小の動きで躱しなさい!(ズドンッ!ズドンッ!)』

『グレネードの範囲攻撃を躱す最小の動きってどんな……(ドオンッ!)だーーっ!』

『ほらまた!無駄に動くからそうなんのよ!はい!もう一度!』

 とか……。

 

『サイトのバカーーっ!』

『待ってくれルイズ!誤解……(チュドーーンッ!)だわーーっ!』

『またこんなんかぁぁぁっ!!』

 

「とか。あ、最後の関係ないな。アハハハハ!」

「九十九!しっかりしろ!体がすげえ震えてんぞ!」

「聞いた私が悪かったから、戻ってきて!九十九くん!」

「アーッハハハハハハーーッ!!」

 体を震わせ、狂ったように笑い続ける九十九を必死に現実に引き戻そうとする一夏と楯無。

 結局、九十九が我に返ったのはそれから10分後の事だった。

 

「すまん、さっきは取り乱してしまって」

「いや、いいけどよ。お前があんなふうになるほどの厳しい特訓か……怖えな」

「できれば思い出したくない記憶の一つだ。ルイズさん……私のISの師匠には悪いがな」

 特訓を終え、他愛のない話をしながら寮へと向かう。途中、虚さんと出会い軽く会話をした。

 虚さん曰く「あの人には色々考えがあるのよ。その全てまでは分からないわ」「一つだけ忠告しておくわ。警戒しても予防しても、絶対振り回されるから。体力だけはしっかりとね」との事。

 分かってはいたし、原作内でも一夏は思い切り振り回されていた。この先も騒動だらけなのは間違いあるまい。

「それじゃあ、またね」

「あ、はい。また」

「ではまた。虚さん」

 そんな挨拶をかわし、私達は再び寮への帰路についた。

 

 

 夏休みが明けてすぐ、私と一夏に一人部屋が与えられた。と言っても、一夏は元々住んでいた二人部屋を、私は事情によって空いた三人部屋を一人で使うという形だが。

 IS学園の寮には二人部屋が60部屋、三人部屋が1部屋、懲罰房として使われる一人部屋が5部屋の計66部屋が存在する。

 三人部屋があるのは、転入生によって各学年生徒が120人以上になった場合の受け皿としてらしい。ちなみに転入生枠は一学年あたり三人まで。

 一年生には鈴、シャル、ボーデヴィッヒの三人が転入して来たため三人部屋も使われていて、懲罰房を除けば満室だった。

 では、何故その部屋が空いたのか?それは、退学者が出たからだ。切っ掛けは『クラス代表戦無人機襲撃事件』と『学年別タッグトーナメントVTシステム暴走事故』だ。

 これらの件に直接、あるいは間接的に関わった生徒達の中には、ISに恐怖心を抱いたり、死にそうな目にあってトラウマを抱えた生徒がいた。そういった生徒達の中で、それを克服できずに一学期終了とともに学園を去った者が、我が学年で三人いた。

 そんな事もあって部屋割の再編成を行った結果、空いた三人部屋に私が移った。という訳である。

 ちなみに、学園本校舎や学生寮は万一テロにあってもすぐに占拠されないよう、一階から二階、二階から三階へ行く階段はそれぞれ廊下の反対側の端に設置されている。一夏の部屋は二階、私の部屋は三階にあるため、私は廊下を端から端まで進む必要がある。

「ではな一夏。また明日に」

「おう、またな」

 一夏の部屋の前で挨拶を交わして別れる。一夏が部屋の扉をガチャリと開けると。

「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

 何やらとても聞き覚えのある声が中から聞こえた。パタンと扉を閉めた一夏は表札を確認。書かれている名前は『織斑』。つまりここは一夏の部屋で間違いない。

「……九十九」

「知らん。私は何も知らん」

 一夏の縋るような視線を無視し、足早にその場を去る。「ちょっ、待って!マジで待って!」と言う一夏の叫びも聞こえないふりでやり過ごし、自分の部屋へ戻る。あの猫娘の起こす騒動に巻き込まれてたまるか。

 

 一年生寮三階、1061号室。ここが現在の私の部屋だ。三人部屋のためかなり広く、一人で使うには持て余す部屋だ。

 これならまだ一夏と同室の方が良かったとも思うがそこはそれ。男には自分しかいない環境下でなければ出来ない事もあるのだ。なお、三階の部屋なのに部屋番号の頭が10なのは、ここが一年生寮である事を表しているためだ。

 ガチャりとドアを開ける。すると、中からいつもの声がした。

「「お帰りなさーい」」

「ああ、ただいま。もう来ていたのか」

 そこにいたのは、三人部屋を一人で使う事になった日からほぼ毎日やってくる二人の美少女、シャルと本音だ。

 規則があるため泊める事はできないが、やってきた日は消灯時間ぎりぎりまで一緒に過ごしている。

「あ、今日は僕がご飯作るから楽しみにしてて」

 着替えを持ってシャワールームに向かっているとシャルがそう言った。シャルの料理は美味い事もあり、私はすっかり胃袋を掴まれていた。そう言われては嫌が応にも期待してしまう。

「それは楽しみだ。メニューは?」

「煮込みハンバーグとサラダだよ」

「煮込みハンバーグ……いいな」

 私の好物は挽肉料理だ。特にハンバーグには目が無い。更に期待値が上がるが、ふと気になった事が一つ。

「シャル、サラダにセロリは入って……?」

「ます。好き嫌いはダメだよ?」

 私の嫌いな物は癖の強い野菜だ。特にセロリはダメだ。あの筋張った食感と青臭さがどうにもいけない。他に食べられる物が無い。という状況下でもない限り、できれば食べたくないのだ。

「私のサラダには入れ……?」

「ます。ちゃんと残さず食べないと……」

「食べないと……?」

「週末のご飯はセロリ尽くしです」

「すみません、ちゃんと残さず食べるんでそれだけはご勘弁を」

 希望を織り込んだ最終確認にすげない回答を返すシャル。お残しと好き嫌いは許さない。それがシャルクオリティーなのだ。

「つくもん、つくもん。デザートはわたしが作った紅茶ゼリーだよ~」

 本音は最近菓子作りを始めた。今はまだそこまで手の込んだ物は作れず『ただ今特訓中』との事。

「うん。それも楽しみにしよう」

 そう言って、改めてシャワールームへと向かう。少なくとも、私の周りだけは騒動とは無縁だった。

 

 

 とは言ったものの、それはあくまで私の周りだけであり、一夏の周りは騒動だらけだった。

 細かい描写をするとそれこそもう一話分は出来てしまうため省かせてもらうが、それは勘弁して欲しい。

 

 騒動その一。

 下着に男物のYシャツ一枚の楯無さんに「マッサージをして」と迫られ固辞するも、くすぐり攻撃を受けて折れた一夏。

 「せめて下に何か履いてきて欲しい」と一夏が言った所、楯無さんはスパッツを履いてきた。

 彼女の『大きな桃』に触れた一夏が、鼻から情熱を溢れさせたのは無理もない話だ。

 同じ頃、私はシャルと本音からマッサージを受けていた。特訓の疲れが解けていく、実に気持ちの良いものだった。

 

 騒動その二。

 ある日の昼食時、五段重ねのお重を持って一組に現れた楯無さん。「たまには教室で食べましょうよ。楽しいわよ、きっと」とは楯無さんの弁。

 持ってきた弁当の内容は伊勢エビやホタテ等の高級食材をふんだんに使った超豪華仕様。その豪華ぶりに口を開けてぽかんとしていた一夏に「はい、あーん」をする楯無さん。瞬間、周りに集まっていた女子が沸騰。

 楯無さんに味の感想を聞かれ「おいしかったです」と照れ気味に告げる一夏を見て遂に箒が我慢の限界を迎えて暴走しかけた所で箒に「あーん」する楯無さん。

 その味とそれを箒が褒めた事で嬉しそうな笑みを浮かべる楯無さんに完全に毒気を抜かれた箒は、結局一夏への制裁をすっかり失念した。

 この後、教室は楯無さんによる「はい、あーん」会となり、美味しい料理と美少女会長が手ずから料理を食べさせてくれるという事態に、その場にいた全員が何とも言い難い表情をしたまま、ランチタイムは過ぎて行った。

 一方、私は屋上でシャルの作った弁当を三人で食べていた。シャルお手製ミートボールと本音特製梨のコンポートは最高に美味かった。

 

 騒動その三。

 その日の特訓を終え、一夏が自室でシャワーを使っているとスク水姿の楯無さんが乱入。

 「背中を流しに来た」と言う彼女を何とか追い出そうとした一夏だったが、結局抵抗は無意味と判断して大人しく背中を流してもらう事に。

 背中を流して貰いながら話をしている中で「自分は努力家だ」と言う楯無さんに一夏が「それはウソでしょ」とツッコんだ結果、泡まみれの指で脇腹にくすぐり攻撃を受けて前言撤回。

 それに満足したのか、楯無さんは「いいお尻だったわよ」と言い残してシャワールームを出て行った。

 一夏が頭を冷やすために冷水のシャワーを浴びた気持ちが、分からないとは言わない。

 その頃、私は部屋のシャワールームから聞こえるシャルと本音の「キャッキャウフフ」に悶々としてしまい、「煩悩退散!」と叫びながら壁に頭突きをしていた。

 翌日、隣の部屋の女子から「壁を叩くのはやめて」と苦情が来たのは無理からぬ事だった。

 

 

「あ~……」

 テーブルに突っ伏し、声にならない声を上げる一夏をいつもの面々が苦笑いで眺めている。ここ数日、楯無さんにペースを乱され続けた事で一夏の肉体的・精神的疲労はピークに達していた。

「お疲れのようだな、一夏」

「おー……九十九か……お前は大丈夫なのか?」

「問題ない。お前には悪いが、部屋替えがあって良かったと思っている」

「くそ……せめてあと半月部屋替えが遅ければ……」

「嘆いていても仕方が無いだろう。今を受け入れろ」

「一夏、お茶飲む?ご飯食べられないなら、せめてそれだけでも」

「おう……サンキュ……」

 シャルが持ってきた茶を飲もうと顔を上げる一夏。どうやら食欲すら湧かないらしく、周りのメニューを見回す目はどこか虚ろだ。こんな生活が続けば、一夏は冗談抜きに死にかねない。原因は極度の衰弱になるだろう。

「それで、あの女はどうした?」

 ピリついた口調でボーデヴィッヒが一夏に尋ねた。保健室で楯無さんに敗北を喫してからというもの、終始不機嫌だ。

 一夏の部屋に忍び込む事ができなくなったのも彼女の不機嫌の一因らしい。一夏としては、その点に関しては楯無さんに感謝したいが、ボーデヴィッヒが不機嫌なのも困り物だろう。

「一夏。あの女はどうしたと訊いているんだ」

「ん?生徒会の仕事があるって出て行ったぞ」

「そ~そ~。書類がちょお溜まってるんだよね〜」

 間延びした声とのんびりした口調。そこにいたのは一年一組公式マスコット、のほほんさんこと本音であった。

「……今更なんだが、手伝わなくていいのか?生徒会書記だろう、君」

「わたしはね~、いると仕事が増えるからね~。邪魔にならないようにしてるんだよね〜」

「自分で言うなよ……」

「……それでいいのか?生徒会」

 もう少し有能な役員を入れるべきだと思ったのは私だけではないだろう。と言うか、周囲の顔がそう言っているし。

 そんな本音の今日のメニューは茶漬けだった。しかも鮭の切身を頂点にドンと乗せた豪快なもの。

「えへへ、お茶漬けは番茶派?緑茶派?思い切って紅茶派?わたしはウーロン茶派〜」

 空いた席に座ってそんな事を訊きつつ、ウーロン茶をかけた丼の中身をかき混ぜる本音。中々に混沌とした見た目になっている。……ん?待て、原作では確かこの後……。

「なんとこれに~」

「……これに?」

 はっ!?思い出した!そしてマズい!

「卵を「やらせねえよ!?」え~?」

 今にも卵を丼に落としそうな本音から卵を引ったくり、ツッコミを入れる。

「本音。茶漬けに生卵は駄目だ。茶漬けの意味が無くなる」

「む~……おいし〜のに……」

 そんな物を食べている所を見せられては、違う意味で食欲が失せてしまう。と言うか、私も食欲失せかけたし。

「じゃあ、このままでいいや。食べま~す。ずぞぞぞ……」

「……っておいっ!」

「本音。音を立てずに食べなさい」

「え~。むりっぽ〜。ずぞぞっていくのが通なんだよ〜」

「「それは蕎麦だ!」」

「じゃあ努力します~。しゅるしゅる……」

 本音の努力により、少しだけ静かになる食事。やれやれ、この子の悪食と行儀の微妙な悪さ。これも早く何とかしないとな。

 

 この後、セシリアが一夏に「あの部屋にいるのが辛いなら、仕方なくですがわたくしの部屋にいらしても構いませんわよ?」と持ちかけてきた。

 セシリアの部屋というと、確かセシリアのベッドが部屋の殆どを占領しているはずだが、セシリアは一夏にそんな部屋のどこで寝ろと言うのだろうか?まさか自分のベッドか?

 そこに待ったをかけたのが鈴。「あんたこっちの部屋に来なさいよ。トランプあるわよ?」と誘いをかける。

「いや、鈴。その誘い方は無いぞ」

「トランプで釣られるとか、小学生か!」

「じゃあ、金平糖」

「幼稚園児か!?」

「そこでランクを下げた意味はなんだ?鈴」

「なによ。豆がいいわけ?」

「鳩か!!」

「もはや人ですらなくなったな……」

 このやりとりで更に疲労を重ねたのか、「部屋に帰る……」と言って席を立つ一夏。

「私も部屋に帰るとしよう。シャル、本音。今日も来るのかい?」

「「うん」」

「それなら、シャワーを浴びたいから30分後位に来てくれ」

「「分かった(おっけ〜)」」

 ふらつく一夏が心配になり、ついていく事にした私。食器を片付けて一夏と共に食堂を出た。

「で、この後どうするんだ?一夏」

 一夏の部屋の前でそう聞くと、一夏は「楯無さんが戻るまで少しでも寝とく」と言って部屋のドアを開けた。すると。

「おかえりなさい。お風呂にします?ご飯にします?それともわ・た・し?」

「……オーマイガー」

 ドアを開けて2秒で楯無。一夏はその場で膝から崩れ落ち、そのまま倒れ込んだ。

「一夏くん!?大丈夫!?くっ、誰がこんな……」

「いやアンタだ、アンタ」

 慌てて助け起こす楯無さんに力無くツッコミを入れる。私に出来たのはそれだけだった。

 

 

 これが猫座の女、更識楯無が起こした騒動の一部始終だ。

 私は一夏に同情すると同時に巻き込まれなくて良かったと思った。薄情な私を許せ、一夏。




次回予告

やって来た学園祭当日。そこには様々な者達が集まる。
執事の奉仕を受けたい者。新たな出会いを求める者。ただ純粋に楽しみたい者。
そして、邪念を持って近づいてくる者も。

次回「転生者の打算的日常」
#42 学園祭(開催)

いらっしゃいませ、お嬢様。


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#42 学園祭(開催)

 いよいよやって来た学園祭当日。一般開放はしていないため開始の花火こそ上がらないが、生徒達の弾けぶりはそれに匹敵する程と言えた。皆揃ってテンションが非常に高い。

「うそ!?一組であの織斑くんと村雲くんの接客が受けられるの!?」

「しかも執事の燕尾服!」

「それだけじゃなくてゲームもあるらしいわよ?」

「しかも勝ったら写真を撮ってくれるんだって!ツーショットよ、ツーショット!これは行かない手はないわね!」

「爽やかな熱血系イケメンか、クールな知性派イケメンか……迷うわ!」

「いっそ両方とか?」

「「「それだ!!」」」

 とりわけ我が一年一組の『ご奉仕喫茶』は盛況で、朝から大忙しだった。と言うか、具体的には私と一夏が引っ張りだこな状態であり、他の接客係は普通に楽しそうにしている。

「いらっしゃいませ♪こちらへどうぞ、お嬢様」

 特に楽しそうなのがメイド服姿のシャル。朝からずっとご機嫌スマイルだ。

 恐らく、私が「似合っている」と言ったのもあるだろうが、あの時(#37)に着られなかったメイド服を着られた事が嬉しいのだろう。

 ちなみに接客係(コスプレ担当)は私と一夏、シャルにセシリア、そして本音。更に意外や意外、箒とボーデヴィッヒもだった。

 ボーデヴィッヒは提案者である以上当然だが、箒が接客係になったのは恐らく一夏の『ToLOVEる体質』を懸念しての事だろう。とは言え、一夏は「よく折れたよな、あいつ」と、それに全く気づいていないかのような口振りだったが。

 しかしその箒の接客はといえば、常にぶすっとした仏頂面故にどうにも映えないし、一夏の順番待ちを訊かれる度に苛ついた様子を見せているために、現状あまり人気がいいとは言えない。

 ……まあ、想い人が人気者なのが気に食わないのは分かるが、それを顔に出すな。と言いたい。それはそれとして。

(ふむ……いいな)

 メイド服を翻して働く一同に、私は不思議な高揚感を覚えていた。前に弾が『メイド服、スク水、そしてブルマ!これに反応しない男はいねえ!』と言っていたが、納得だ。

 それはさて置いて、残りのクラスメイトはといえば、大きく二つの役割に分かれている。調理班と雑務班だ。

 雑務班は切れた食材の補充やテーブル整理など、忙しそうに動き回っている。その中でも最も大変と言えるのは、廊下に出来た長蛇の列を整理するスタッフだと言えよう。

「すみませーん!こちら2時間待ちでーす!」

「ええ、大丈夫です。学園祭が終わるまでは開店してますから」

 各種クレーム(9割待ち時間の苦情)にも対応していて、かなり忙しそうだ。

「なんか、朝より列が長くなってねえか?」

「確実にな。外のスタッフは大丈夫か?」

 そう言いつつ、接客の合間を縫って一夏と共に教室から顔を出してみる。

「あ、最後尾の看板持ちますよ」

「ねえ、ゲームって何あるの?」

「ジャンケンと神経衰弱とダーツだって。それぞれ苦手な人のために選べるようにしてくれたみたい」

「ね~、まだ入れないの~?」

 一年生教室の廊下を埋め尽くさんばかりの人だかり。その大人数に対応しているクラスメイトには頭が上がらんね、どうも。

「あっ!織斑くんだ!」

「村雲くんもいるわよ!」

 しまった、見つかったか。そう思った次の瞬間、列整理のクラスメイトが数人飛んできて私達を教室に押し込んだ。

「こらー、出るなって言ったでしょー!」

「混乱度合いが上がるの!」

「お楽しみは最後まで取っておかないとね」

 口々に私達の行動を非難するクラスメイト。上二つは分かるが最後の言葉の意味はなんだ?

「「「いいから戻る!」」」

 そう言われてしまっては仕方ない。私と一夏は大人しく接客に戻る事にした。そこへ鈴がやって来て、一夏を伴ってテーブルについたとほぼ同時。

「おい、そこの執事。テーブルに案内しな」

 と、後ろから声をかけられる。女性にしては低いトーンと極めて乱暴な口調。振り返ったその先にいたのは−−

「レヴェッカさん、お久しぶりです」

「はあ?何言ってんだお前?昨日、射撃訓練場で会ってんだろ」

「いえ、何となく。ところでレヴェッカさん。その格好は……?」

 一年先輩でアメリカ代表候補生序列五位、『二丁拳銃(トゥーハンド)』ことレヴェッカ・リーさんだった。だが、その格好は少々過激なものだった。ハーフカットのタンクトップとショートパンツという、完全に男受け狙いのものだ。

「ん?ああ。アタシんとこ、アメリカンダイニングやってんだよ」

「なるほど、それで……」

「つっても、お前んとこにほとんど客持ってかれて閑古鳥鳴いてっけどな」

 言ってカラカラと笑うレヴェッカさん。なんだか申し訳ない気持ちになった。

「つう訳で、暇潰しついでの敵情視察だ。オラ、案内しな」

「了解です。−−それではお嬢様、こちらへどうぞ」

「お嬢様って……アタシはそんな柄じゃねぇぞ」

「まあ、ルールですので」

「そうかい、んじゃあ仕方ねえな」

 むず痒そうに後ろ頭をかくレヴェッカさんに苦笑しつつ、私は彼女を空いているテーブルに案内する。

 ちなみにこの喫茶店の内装だが、学園祭とは思えないレベルの調度品がそこかしこに置いてある。これらは全てセシリアが手配した物だ。特にテーブルと椅子に対する拘りは半端ではなく、ワンセットいくらするのか訊くのが怖い程の高級感溢れる物ばかりだ。

 すると当然ティーセットも拘り抜いた高級品となり、調理担当のクラスメイト達は手の震えを抑えるのに必死らしい。

 

「ご注文は何になさいますか?お嬢様」

「おう、そうだな……」

 調度品の高級感に一切物怖じする様子を見せず、ドカリと椅子に座ったレヴェッカさんがメニューを眺める。

 なお、メニュー表をお嬢様(お客様)に持たせる訳にはいかないため、私や一夏、あるいはメイド班が手に持ってお見せするという形をとっている。……徐々に慣れが出てきた自分が怖いな。

「おい九十九、この『執事にご褒美セット』って何だよ?」

「……あー、当店おすすめのケーキセットなどいかがでしょう?」

「お前、今誤魔化そうとしたな?ってぇ事はだ、このメニューお前絡みだろ?『執事にご褒美セット』を出しな」

 私に向けて指を指すレヴェッカさん。この人、普段の言動と違って頭の回転が早いからな。

「……ふう、これ以上は渋っても無駄なようですね。ご注文はうさぎ……もとい、そちらですか?」

「おう、こちらだよ。で?どんなメニューだよ、これ?」

「それは商品が到着してからという事で。それでは『執事にご褒美セット』をおひとつ。以上でよろしいですか?」

「おう」

「かしこまりました。少々お待ちを」

 丁寧に腰を折ったお辞儀をしてから、お嬢様−−レヴェッカさんの前から一旦立ち去る。

 ちなみに、オーダーは復唱の際にブローチ型マイクを通してキッチンに通じるため、わざわざキッチンに通す必要は無い。この辺りの拘りは流石女子、と言えるだろう。

「はい、どうぞ」

 キッチンテーブルに戻った私に、すぐさま『執事にご褒美セット』が渡された。それはアイスハーブティーと冷やしポッキーのセットで、値段も300円と格安だ。

 お客様の笑顔は宝物です。と言いつつも、私はあまり気の進まないのをどうにか抑えつつ、アメリカンガールの待つテーブルへ。

「お待たせしました、お嬢様」

「おう」

 何ともお嬢様らしくない返事を返すレヴェッカさん。この人らしいけど、もうちょっと言い方がないものかとも思う。

「では、失礼します」

「あん?」

 言って私はレヴェッカさんの対面に座る。二人がけのテーブルに差し向かい。一方は燕尾服でもう一方はタンクトップにショートパンツ。……どういう構図だ?

「おい、なんで座ってんだよ。まあ、別にいいけどよ」

「では、ご説明させていただきます」

「おう、こいつぁどういうセットなんだよ?」

 訝しげな目を向けるレヴェッカさんに「コホン」と軽く咳払いをして、このセットの正体を語る。

「極めて簡潔に言えば、その菓子を執事に食べさせられる権利が発生するセットです」

 2、3度瞬きをした後、レヴェッカさんは頬を僅かに赤くした。

「な、何だよそのセット……つうか、金取っといて菓子はてめえで食うとか……」

「残念ながらもうキャンセルは効きません。まあ、任意のサービスですので、やらないと言うならそれも結構です。その時は私も仕事に戻りますが」

「そ、そうか……。うしっ!覚悟は決めたぜ。オラ、食え」

 そう言って、レヴェッカさんは私にポッキーを差し出した。その目はまっすぐ私を見ている。ならば、私も腹を括ろうか。

「では、いただきます」

「お、おう。ほれ、あーん」

「あーん」

 パキッ!と弾ける音が口の中に響く。器ごとよく冷やされたそれは、チョコが口の中ですぐに溶けずに薄い膜のような食感をもたらす。だがそれも数秒後には溶けてなくなる。その時に舌に来る甘さがまた心地良い。

「おい九十九、食わせてやったんだから次はアタシに食わせな」

「お嬢様、当店ではそういうサービスは行っておりません」

 要求をはっきりと告げてきたレヴェッカさんに割って入ったのはシャル。その顔は笑顔だが、同時に妙な圧力を持っていた。

「お、おう、そうか。悪い」

 それに気圧されたのか引き下がるレヴェッカさん。シャル……君、最近笑顔がたまに怖いぞ。

 

 その後、レヴェッカさんはごく普通に茶と菓子を楽しんで帰った。その直後、喫茶店には似つかわしくない騒ぎが起こる。

「ぶーーっ!!」

 一夏に何か言われたのか、アイスティーを盛大に吹き出し、むせ返る鈴。二言三言の言い合いの後、鈴が一夏の脳天にチョップを叩き込む。あれは痛いな。

「なにすんだよ!」

「こっちの台詞よ!」

 そう言い合って、盛大に椅子を蹴立てて立ち上がる二人。すわ、乱闘騒ぎかと思ったその時。

 

パンッ!

 

 最近よく聞く扇子を開く音。見ると一夏と鈴の間に扇子が差し込まれている。開かれた地紙には墨痕逞しい『羅刹』の二文字。そこにいたのは我等が生徒会長だった。

「はいはい、騒ぎ立てないの。他のお客さんがびっくりするでしょ?」

「あ、たっちゃんだ~」

「せ、先輩!?その格好は……」

「と言うか、いつの間にいたんです?楯無さん」

 一夏がびっくりしたのも無理はない。一夏と鈴の一触即発に横槍を入れた楯無さんの格好は、いつの間に拝借したのかクラスの物と同じデザインのメイド服だったからだ。

「楯無」

「へ?」

「名前で呼んでって言ったでしょ?一夏くん」

「た、楯無さん」

「よろしい」

 そう言って扇子を自分の方に戻しながらパチンと閉じる。その所作は堂に入っていて、さながら日舞の師範代か落語家のそれだ。

「さて、私もお茶しようかしら」

「ああ、接客はしないんですね」

「うん」

「じゃあ、なんでその格好を……」

「一夏。楯無さんの行動に理由を求めても無駄だ。何故なら、彼女は『更識楯無』だからだ」

「何だよそれ……はぁ、もういいや……」

 楯無さんと関わって以来、何度目になるかも分からない溜息を一夏が漏らすと、そこに一際騒々しい女子が飛び込んで来た。

「どうもー、新聞部でーす。話題の織斑・村雲執事を取材に来ましたー」

 IS学園新聞部副部長にしてエースこと、黛薫子(まゆずみ かおるこ)さんだった。事あるごとに私や一夏の写真を撮りに来るため、今では結構な顔馴染みだ。ちなみに、秘蔵の一夏写真を高値で取引している事は一夏にも千冬さんにも秘密だ。

「あ、薫子ちゃんだ。やっほー」

「わお!たっちゃんじゃん!たっちゃんメイド服も似合うわねー。あ、どうせなら織斑くんと村雲くん、それぞれでツーショットちょうだい」

 言いながら、すでにシャッターを切り始めている薫子さん。楯無さんもノリノリで「イエイ♪」とカメラに向けてピースサインをする。……二年生にはこういうノリの人が多いのだろうか?

「……帰る」

「なんだよ鈴。もう行くのか?」

「そう言うな。自分のクラスの店もあるだろう。なあ、鈴?」

「まあね」

「そっか。あ、そうだ。後でそっち行くかもしれないぞ」

「幼馴染みのよしみだ、私も立ち寄らせてもらう」

「ふーん。まあ、客ならもてなすわよ。じゃ」

「おう」

「また後で」

 鈴とそんなやりとりをしている間に、写真撮影の雲行きが秋の空もかくやの急変を見せる。

「やっぱり女の子も写らないとダメねー」

「私写ってるわよ?」

「たっちゃんはオーラありすぎてダメだよー。あ、どうせなら他の子たちにも来てもらおうかな」

「それいいわね。その間は私がお店のお手伝いをするわ」

「うんうん、それで行きましょう。では、写真撮るからメイドさん来てー」

 私達に全く意見を求めぬまま、写真撮影が始まった。……二年生にはこういうノリの人が多いのだろうか?いや、ホントに。

 

 

 一夏サイドの撮影について言えば、セシリアが一夏に腕を絡ませたり、ボーデヴィッヒが抱っこを要求して結局慌てふためいたり、箒が一夏に手を握られて恥ずかしさから暴れだしたりと、まあドタバタしたものだった。

 え?シャルと本音?普通に一夏の隣に立っただけですが、何か?

 

「じゃあ、次は村雲くんとねー」

 薫子さんがそう言って私とメイドさん達のツーショットを撮り始める。一人目はセシリア。

「九十九さん、スマイルを」

「分かった。こうかね?(ニッコリ)」

 出来る限りの良い笑顔をして見せると、セシリアの顔が思い切り引きつった。

「ひいっ!?い、いえ、やっぱり結構です」

「君が恐怖の声を上げた事にショックを受けたよ……」

 結局、ほぼ真顔でセシリアとツーショットを撮った。いいのか?そんなんで。

 

 二人目はボーデヴィッヒ。

「そう言えば、貴様はいつまで私を名字で呼ぶ気だ?村雲」

「君も私を名字呼びしているではないか。ボーデヴィッヒ?」

「そう言えばそうか……。丁度いい、シャルロットの言ったようにしてみるか。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ラウラでいい」

 そう言って私に握手を求めるボーデヴィッヒ……もとい、ラウラ。

「なるほど、聞いていたか……。では返礼を。私は村雲九十九。九十九と呼んでくれて構わない」

「うむ。よろしく頼む、九十九」

 握手を交わす私達を「いいねいいね!」と言いながら撮る薫子さん。それ、需要あるのか?

 

 三人目は箒。

「さっき一夏にも言ったが、こんな格好の写真が残るのは避けたいんだが……」

「今更だろう。諦めて今を受け入れる方が楽だぞ?箒」

「お前のそういう所が時折うらやましいぞ……」

「照れるな」

「褒めていない。……はぁ、もういい」

 諦念に達した箒は、この後大した抵抗もせずに写真撮影に応じた。人間、時として諦めが肝心なのだ。

 

 四人目はシャル。

「ねえ、九十九。この服、どうかな?変じゃない?」

「ああ、大丈夫。今朝も言ったが、ちゃんと似合っているよ」

「ほ、本当!?燕尾服より似合ってるかなっ?」

 どうやらシャルはあの時の事を気にしているようだ。確かにあれも似合ってはいたが……。

「メイド服の方が遥かに似合っているよ。スカートで可愛いし」

「そっかぁ、かわいいかぁ。えへへっ♪」

 先程の5割増ぐらいのいい笑顔。それを薫子さんが「貰ったあっ!」と激写。後で1枚下さい、薫子さん。

 

 で、最後に本音。

「つくもん、つくもん。どう?かわい〜?」

「ああ、あの時と同じ、いやそれ以上に可愛いぞ。本音」

「てひひ〜。えいっ!」

「おっと、本音?」

 褒め言葉が嬉しかったのか、ひしっと私に抱き着いてくる本音。そして、そんなシャッターチャンスを薫子さんは逃さない。

「コノシュンカンヲマッテイタンダー!ハイ、チーズ!」

 パシャリとシャッター音がして、私と本音のツーショットが撮られた。それも後で1枚下さい、薫子さん。

 

 

 この後、さらにメイド一人に執事二人のスリーショットもそれぞれ撮った。薫子さんは満足そうな笑顔を浮かべながら、何度もデジカメのプレビューを眺めていた。

「や~。一組の子は写真映えしていいわ。撮る方としても楽しいわね」

「薫子ちゃん、あとで生徒会の方もよろしくね」

「もっちろん!この黛薫子にお任せあれ!」

 ドンと胸を叩いて答える薫子さん。この人、文化系の部活動の所属なのになぜこうもノリが体育会系なのだろうか?

「そうそう、一夏くん、九十九くん。私、もうしばらくお手伝いするから、校内を色々見てきたら?」

「えっ、いいんですか?」

「うん、いいわよ。おねーさんの優しさサービス」

「しかし、私達がいなくなるとクラスメイトからお叱りが……」

「それも大丈夫。私が上手く誤魔化しておくから」

 そう言われて考える。楯無さんなら十分な人気がある。客もそこまで怒りはしないだろう。ただし……。

「楯無さん人気で繋いでおける限界時間は30分から1時間。それ以上は客が暴動を起こしかねん。ゆっくりはできんぞ、一夏」

「分かった。じゃあ、楯無さん。ちょっとお願いします」

「九十九くんの予測がやけに具体的なのが気にはなるけど……まあいいか。行ってらっしゃーい」

 一夏と共に執事服の上着を脱いで、廊下に出る。相変わらずの長蛇の列だが、楯無さんが手伝ってくれているおかげか、さっきよりも回転が早くなっている。

「あ、織斑くんだ!」

「村雲くんも!」

「ねー、どこ行くの?休憩」

「まあ、そんなところ」

「しばらくしたら戻るから、待っていてくれたまえ」

 声をかけてくる女子に返事をしながら、正面玄関へ向かう。が、邪魔というのはえてして急いでいる時にこそ入るもので。

「ちょっといいですか?」

「「はい?」」

 階段の踊り場で声をかけられ、思わずその足を止める。そこにいたのはスーツ姿の女性。……ああ、そういえばここで接触してきたんだっけか。

「失礼しました。私、こういう者です」

 女性は手早く名刺を取り出し、こちらに渡してきた。

「ご丁寧にどうも。さて……」

「えっと……IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙礼子(まきがみ れいこ)……さん?」

「ああ、あそこか。スラスター系に強みのある……」

「はい、そこです」

 改めて目の前の女性に目をやる。ふわりとしたロングヘアの似合う、美人の女性だ。だが、それが『猫の皮』だという事を私は知っている。知ってしまっている。

 声をかけてきた時から浮かべている微笑はどこか仮面じみていて、無理をしているのか口角がひくついているし、スーツを着慣れないのか時折むず痒そうにしている。ただしそれは、注意深く見ないと分からないレベルだ。事実、一夏はそれに気づいていない。

「で、巻紙礼子さん。私達に話がお有りのようだが?」

「はい。実は、お二人にぜひ我が社の装備を使っていただけないかと思いまして」

 それを聞いた瞬間、一夏の顔がげんなりしたものに変わる。『ああ、またこの手の話か……』と、表情が語っている。

 夏休み明けに一夏に聞いた話だが、一夏の今年の夏休みは半分以上が『白式』への装備提供の話を持ってくる企業人との会合にあてられたらしい。

 世界初の男性IS操縦者たる一夏に自社の装備を使って貰い、広告効果を狙おうとする者が今も後を絶たないのだそうだ。

 実際、『白式』の開発元である倉持技研が未だに『白式』専用の後付武装(イコライザ)を開発出来ていないため、各国企業からの誘いが山と来ているという。

 ちなみに、私はラグナロクの装備開発が極めて順調な事もあり、そういった話はやって来ない。単に社長達が水際で防いでいるだけかもしれないが。

「と言われても……」

 一夏が戸惑うのも無理はない。後付武装の格納時に使用される拡張領域(バススロット)は各機体の量子変換(インストール)容量に依存するが、それ以外に機体に使われているコアの『好み』のようなものがあり、それによって取り込める装備かどうかが決まる。

 『白式』の場合、射撃武器は全滅。盾も好まず、格闘武器も《雪片弐型》以外は受け付けないという、徹底したブレオンジャンキーっぷりだ。……《雪羅》が付いてよかったな、一夏。シャルに感謝しろ。

 なお、『フェンリル』は基本的にどんな武器も嫌がる事なく受け入れる。ただし、高熱鞭(ヒートウィップ)高電圧鉄鎖(ボルテックチェーン)、特殊鋼製ワイヤー射出装置といった『縛り付ける』タイプの武装は頑として受け付けない。『フェンリル』という名前がそうさせるのだろうか?

「あー、えーと、こういうのはちょっと……とりあえず学園側に許可を取ってからお願いします」

「そういった交渉は、社を通していただきたい。では」

「そう言わずに!」

 巻紙と名乗るこの女性は見た目とは裏腹のアグレッシブな交渉をしてくる。その場を失敬しようとする私と一夏の腕を掴み、『逃がすものか』とばかりにまくしたてる。

「こちらの追加装甲や補助スラスターなどいかがでしょう?さらに今なら……「巻紙さん」え、はい」

 カタログを取り出そうとする巻紙さんに声をかけると、彼女は私に目を向けてきた。

「申し訳ないが、私も一夏も人を待たせているのです。なので……」

「なので?」

「今はご勘弁願えませんか?(ニッコリ)」

「アッ、ハイ」

 誠心誠意を込めた笑顔で言うと、自称巻紙さんはカクカクと頷いてその場を去って行った。一夏はそれを目にして「九十九の『怖い笑顔』を間近で正面から……災難だな」と呟いていた。……毎度失礼だな、全く。

「ふう、なんとかなったか。……時間が押している。急ごう、一夏」

「おう、そうだな」

 再び正面玄関へ向かいながら、私は自称『巻紙礼子』について考えていた。あの女が今回起こる『はず』の事件の実行犯であると私は知っている。この先が原作の流れ通りなら、彼女の事は放置しても構わない。

 だが『生徒会の出し物』に私も巻き込まれればその限りではないし、楯無さんが私を巻きこまないはずがない。だから……。

「一夏」

「なんだ?」

「今の女性、何かが怪しい。もしもう一度接触があったら警戒を厳にしろ。いいな?」

「そうなのか?とてもそんな風には「い・い・な?」お、おう……」

 それとなく、一夏に伝えておく。これで一夏は少なくとも致命的な隙を晒す事はない……と思いたい。

 そう考えながら、私は待ち合わせ場所への道を急いだ。

 

 

 学園祭は大きな混乱もなく開催の運びとなった。

 だが、裏で巨悪がうごめいている事を、おそらく私と一部の生徒、教師だけが知っていた。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『見せろ!鈴ちゃんのチャイナ姿をもっと見せろ!』と血涙を流しながら叫んだ気がした。

 それほどまでなのか!?




次回予告

追われる王子二人。王子を追う無数の姫達。
骸の山を越え、血の川を渡ったその先にある、王子の冠を手に入れよ。
その姫達の名は……シンデレラ。

次回「転生者の打算的日常」
#43 学園祭(灰被姫)

これの何処がシンデレラだ!?


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#43 学園祭(灰被姫)

 IS学園正面ゲート前。そこが今回の待ち合わせ場所だ。辺りを見回すと、見知った赤髪の男がそこにいた。

「あ、いたいた。おーい、弾!」

 男の名は五反田弾。私と一夏の共通の友人だ。今回、一夏から招待を受けてここにやって来た。

「おー……」

 だが、こちらに振り返ったその表情は半死人のような有様で、一夏は一瞬ビクッとした。

「ど、どうした?」

「どうもしない……俺にはセンスが無い……」

「「なんだ、そんなことか」」

「そんなことって、お前らなあっ!」

「暴れるな。追い出されたいか?」

「くっ……ここはおとなしくしていよう」

 なんとかショックから立ち直ったらしい弾。その弾に私が気になった事を訊いた。私が招待した相手がどこにもいないのだ。

「ところで弾、母さんを知らないか?ここで待ち合わせたんだが……」

「ああ、八雲さんか?なんか「待ち切れないから」って言ってその辺の生徒さん捕まえて、お前のクラスの場所訊いて、そのまま行っちまったぞ?」

「あの人は……分かった。弾、せいぜい楽しめ。一夏、私は母さんを追う。あの人を放ってはおけん」

「「おう」」

 そう言って、来た道を急いで戻る。すれ違わなかったという事は別ルートで行ったか。タイミング的にはもう着いていていい頃だ。

「あ、村雲くんだ!やっほー」

「あとでお店行くからね!」

「執事姿の村雲くんを激写!イエス!」

「あ、さっき村雲くんにそっくりの女の人見たよ?ひょっとしてお姉さん?」

 行く先々で声をかけられる私。その中に母さんの目撃情報があった。慌てて立ち止まり、その女子に訊く。

「なにっ!?それはいつ、どこでかね?」

「えっと、10分くらい前に一年一組の前で……」

「分かった。ありがとう」

「ど、どういたしまして」

 礼を言って一組の教室へ向かう。今から10分前ならまだ並んでいるだろう。と言うかそう思いたい。

 もし、母さんが今のメイド姿のシャルと本音を見たらどうなるかは、容易に想像できてしまうからな。急がねば。

 

 

「きゃーっ!シャルロットちゃんも本音ちゃんもかーわいいー!!」

「お、遅かったか……」

 戻って来た一年一組『ご奉仕喫茶』店内。そこで私が目にしたのは、シャルと本音に抱きつく母さんの姿だった。

「あうう〜……」

「八雲さん、く、苦し……」

 しかも抱きつく力が強いのか、シャルと本音の顔は苦しそうだ。しかしそれに気づかない母さんの暴走は止まらない。

「もう、可愛すぎるわ!そうだ、このままお持ち帰りしていいかしら!?」

「いいわけ無いだろう。いいから落ち着け」

 

スパーンッ!

 

 『フェンリル』の拡張領域(バススロット)に収納してある特製のハリセンを取り出し、母さんの頭を後ろから叩く。母さんは一瞬前につんのめった後、涙目でこっちを見た。

「いったーい!もう!何するの、九十九!」

「何をする、と言うか何をしてるはこっちの台詞だ。正面ゲートで待っていてくれと言わなかったか?私は」

「え〜、だって待ちきれなかったんだもの。仕方ないじゃない?」

「『じゃない?』じゃない。年を考えてくれ、御年……「17歳です♪(ニッコリ)」アッ、ハイ。スミマセン」

 母さんのいつもの台詞と笑顔に思わず頭を下げてしまう。もはや条件反射の域だな、これは。

 一方、私に意識が行った事で母さんの拘束が緩んだ隙を突いて、シャルと本音がその腕から脱出。ほっと一息ついていた。

「は~、苦しかった〜」

「助かったよ、九十九」

「礼はいい。あ~……お客様方、騒がしくして申し訳ない。村雲九十九、これより現場に復帰する」

 そう宣言すると、あちこちから声がかかる。

「村雲くん、私と勝負だよ!」

「こっちご褒美セットだから、早く来てー!」

「少々お待ちを、順に処理させていただく。だがその前に……」

 ちらりと母さんに目を向けて、私はこう言った。

「客なら席についてくれ。違うと言うなら一旦外に出てくれ、母さん」

 

ピシリ……

 

 そんな音がして、クラスの喧騒が掻き消えた。……なんだ?どうした?

「「「ええええっ!?お母さん!?」」」

 爆発する店内。女子達の驚きの声は廊下まで響き、騒ぎに気づいた列整理のスタッフがすわ何事かと教室になだれ込む。

「うっそ、若!村雲くんのお母さん、若!」

「どう見ても20代でしょ!え、ほんとに!?」

「お姉さんとかじゃなくて!?」

「下手したら私のほうが年上に見られるんじゃ……why japanese people!?」

「東洋人の顔の若さはチートよ、チート!」

 店内はもはや大混乱。収拾がつきそうになかった。……仕方ない。

 

スパーンッ!

 

「「「っ!?」」」

 近くにあったテーブルにハリセンを叩きつけ、その音で全員をこちらに注目させる。

「お客様方、ここは喫茶店。お静かに願います。どうしても聞き入れられないと言うのであれば……」

 ハリセンで左掌をパシパシと叩きながら女子達に『魔法の言葉』をかける。

「少し……頭冷やそうか?」

「「「どうもすみませんでした!」」」

 一斉に頭を下げる女子生徒一同。やれやれ、これで静かになったな。私はハリセンを拡張領域に戻し、改めて仕事に戻った。

 

ーーええ、そうなんです。彼が「少し……頭冷やそうか?」と言った瞬間、背後にやたらメカメカしい杖をこちらに構えるサイドテールの同年代女子の姿を幻視したんです。……あれは一体、何だったんでしょうか……?ーー九月某日『IS学園新聞学園祭特別号』インタビュー記事より抜粋

 

 

 母さんはシャルと本音を相手に『メイドにご褒美セット』を堪能し、「また家に遊びに来てね、二人とも」と言い残してホクホク顔で帰っていった。

 それからしばらくすると、「村雲くんはいるけど、織斑くんはどこ行ったの?」というクレームが山のように殺到しだした。

 楯無さんは「生徒会の準備があるの。ごめんね」と言って去って行った。他にやる事があるとはいえ、なんと無責任な……。

 とは言え、このままでは暴動に発展しかねない程に客の不満は募っている。急ぎ一夏を呼び戻すため、あいつに連絡する事に。折角だし、ラヴァーズに掛けさせよう。

「箒、セシリア、ラウラ。君達の中で、今現在携帯を持っているのは?」

 三人に訊いてみたが皆一様に首を横に振る。持っておけよ、こういう時でも。仕方ない。私が掛けよう。

 一夏に電話を掛けて3コール。電話が繋がった。

『はい、もしもし』

「一夏、今どこに居る?お前はどこだとクレームが殺到しているから、すぐに戻ってきてくれ。ASAP(可及的速やかに)だ」

『わりぃ、すぐ戻る。隣の教室だから数秒で着く』

「頼むぞ」

 通話を終え、一夏が戻って来たのはそれから10秒もしないうちだった。

「わりぃ、今戻った」

「ああ。早速だが3番テーブルでゲームの相手をしろ。ついでにこっちのオーダーを4番だ」

 戻って来た一夏にトレーと指令を言い渡す。

「お、おう。ていうか、楯無さんは?」

「生徒会の準備があると言って出て行った」

「なんと無責任な……」

「言っても仕方ない。何故なら、彼女は『更識楯無』だからだ。ほら、店が大変なんだ。とにかく急げ、動け!」

「りょ、了解!」

 一夏が戻ってきた事で、私にかかっていた負担が軽減された。一夏の人気はやはり凄く、あっちこっちに引っ張りだこだ。

 他のメンバーも結構な人気で、特にラウラは大人気だ。どうやらとっつきにくそうな彼女がメイドの格好をしている事が受けたようで、そこここに呼ばれてはゲームで対戦している。

 その次に人気なのがシャルと箒。いっそあざといほどによく似合っているシャルと、普段からは絶対に想像のつかない格好の箒。注目の的になるのはまあ当然だろう。

 その次に人気なのが本音。人懐っこい笑顔とのほほんとした雰囲気に多くの人が癒やされていた。

 一方でセシリアの人気はいまひとつと言えた。元々かしずかれる側にいるためか、メイド服を着ていても高貴な雰囲気が滲み出ていてなんとも近寄りがたい空気を纏っている。もっとも「だが、それが良い」と彼女を指名する者はそれなりにいたが。

 

 一夏が戻ってきてから1時間ほど経ち、あいつが引っ張りだこ状態から開放されると、クラスのしっかり者代表、鷹月静寐(たかつき しずね)さんが近づいてきた。

「二人とも、お疲れ様」

「あ、鷹月さん、おつかれ」

「そちらこそ、おつかれ」

「ねえ二人とも、しばらく休憩してきたら?お店も一回態勢整えるのに時間かかっちゃうし」

「いいのかね?」

「1時間くらいなら平気かな。折角だし、女の子と学園祭見てきたら?」

「それなら……お言葉に甘えさせて貰おうかな」

 一夏がそう言った途端、セシリアが「わたくしと参りましょう!」と、一夏の腕を引っ張って連れ出そうとする。そしてそれを黙って見過ごすほど、他の二人は甘くない。

「待て!そういう事なら私も行くぞ!」

 一夏とセシリアの間にずずいっと割り込む箒。何やら目が怖い。

「行くぞ、一夏」

 一夏の腕を掴み、すでに行く気満々のラウラ。

 これだけの人数で動くのは大変そうだ。とでも思ったかは知らないが、一夏は三人に「一人15分くらいの持ち時間で順番に行こうぜ」と提案。瞬時に行われた順番決めジャンケンの結果、一番手をとったのは……。

「私の勝ちだ」

 ラウラだった。出した手であるグーを、そのまま天に掲げてガッツポーズ。その顔は心なしか勝ち誇っているようであった。

「で、僕たちはどうする?」

「折角だ。好意に甘えよう。行先は君達に任せるよ」

「おっけ〜。じゃあ、れっつご〜」

 二人を伴って教室を出て、まず最初に向かったのは……。

 

 

「調理部?」

「うん。日本の伝統料理を作ってるんだって。せっかくだから、作れるようになりたいなぁって」

「君の料理は美味いからな」

 実際何度も弁当を作って貰っているが、彼女の料理は食材の持ち味を最大限生かす薄めの味付け。それでいて物足りなさを一切感じさせない、実に私好みの味付けだ。そのレパートリーに日本料理が加わるなら、願ったり叶ったりだ。

「そう?じゃあ、また作ってあげるね」

「ああ、ありがとう」

 そんな会話をしつつ、私達は調理部の使っている調理室へと入った。

「これは……」

「うわ~、美味しそ~!」

「うん、すごく美味しそうだね」

 調理部の出し物は、一言で言ってしまえば惣菜屋だ。しかし、並んでいる惣菜の品数が半端ではない。

 調理室の端から端までずらりと並んだ大皿には、肉じゃがにおでん、各種和え物、焼き物に煮物と豊富に取り揃えてある。

 しかもそのどれもが一級品のオーラを放っていて、私は思わず唾を飲み込んだ。

「あ、肉じゃがだ。九十九、好物って言ってたよね」

「ああ、それも……」

「『特に』がつくんでしょ~?」

「その通りだ。そう言えば、昔は肉じゃがは女性の必須スキルだったそうだぞ」

「そ~なの〜?なんで?」

 ふと母さんが言っていたことを思い出して口に出すと、本音が首を傾げて訊いてきた。

「肉じゃがの美味い女性と結婚しろという風習的な何かがあったそうだ。よくわからない理屈だがな」

「結婚……!?そ、そうなんだ……」

「じゃあ、わたしも肉じゃがが美味しく作れるようになったら、つくもんと……」

 私の話を聞いて肉じゃがと私の顔を交互に見る二人。……何を期待されているかは大まかには分かるが……。

「……すまない、答えはもう少しだけ待ってくれ」

「「うん」」

 今の私に言えるのはこれだけだった。……なに、ヘタレ?慎重と言え、慎重と。

 

 そんなやりとりをしていると、調理部部長らしき人が私達の前にやってきた。

「おおっ、噂の正三角関係トリオだ!いらっしゃい!」

「あ、どうも。と言うか、上級生の方にも流れてたんですね、その噂」

「ど、どうも」

「どうも~」

「どうしたのー?三人でデート?執事とメイドの秘密の逢引?って言ってもミンチじゃないわよ?」

合挽(あいびき)だけに。と言いたいんでしょう?」

「おおう、噂通りのサトリっぷりだねぇ。見事に先を越されたよ」

 言って快活に笑う部長さん。この明るさとシャレのセンス、一夏と相性良さそうだな。

「さあさあ、食べて行ってよ。特別にタダでいいわよ?その代わり、写真撮らせて〜。あとうちに投票して!」

 のっけからの不正勧誘。この人意外と腹黒いぞ。

「い、いえ、ちゃんとお支払いします」

 そう言って申し出を断るシャル。さすが、清く正しい女の子だな。

「じゃあ、えっと、肉じゃがいただけますか?」

「あ、わたしも~」

「では、私も同じ物を」

「はーい、どうぞー」

 保温装置を使い、出来たての温度を維持している大皿から肉じゃがを紙椀に盛りつけ、私達に手渡す部長さん。渡されたそれを早速食べてみる。

「ふむ、これは……」

「お〜いし〜!」

「美味しいね、九十九」

「ああ、これは美味い」

 しっかりとした味付けだが、けしてくどくはない。よく言う『良い煮付け』という奴だ。なんだか白米が欲しくなってきた。

「しかし、本当に美味いですね、これ」

「これねー、圧力鍋使って作ってるのよ。時短になるし、味も決まるからさぁ」

 私と同じく美味そうに肉じゃがを食べていたシャルが、部長の言葉に耳を立てる。

「圧力鍋……ほ、他にコツとかあるんですか?」

「フッフッフー。これ以上は秘密よ。知りたければうちに入部してね!」

「調理部かぁ……。九十九、僕の料理が美味しいと嬉しい?」

「無論だ。美味いものを食べられるというのは、大事な事だぞ」

 食事ってのは、なんていうか救われなくちゃいけないんだ。−−とはさて、誰の台詞だったか?

「そうなんだ。そっかぁ……ふふ」

 私の答えに満足したのか、シャルはニコニコしながら肉じゃがの残りを嬉しそうに頬張る。

 それを横目に見ながら、私も残りの肉じゃがを腹に収めた。

 

 

 続いて訪れたのは茶道部室。本音のリクエストでここに来たのだが、私は本音がここを指定した理由がよく分からなかった。

「本当にここでよかったのか?本音」

「うん。ここで出されるお菓子がね~、ちょ〜ちょ〜おいしいんだって〜」

「あはは、本音らしいね」

 何とも本音らしい理由に妙に納得しつつ扉を開けると、抹茶特有の薫りが鼻をくすぐった。

「はーい、いらっしゃーい。……おお!織斑くんに続いて村雲くんが来た!写真撮っていい?」

 何故皆私の行く先々で写真を撮ろうとするのか?一夏の方が写真映えするだろうに。私を撮ってもつまらんぞ、きっと。

「茶道部は抹茶の体験教室をやってるのよ。こっちの茶室へどうぞ」

 部長さんに促されて茶室の戸を開けると、そこにあったのは畳敷きの本格的な茶室だった。

 先程の調理室もそうだが、どの部屋も設備面が非常に充実している。さすがは世界中から入学希望者が殺到するIS学園という事なのだろうな。

「じゃあ、こちらに正座でどうぞ」

 部長さんに言われるまま、靴を脱いで畳に上がる。

「しかしまあ、執事とメイドが畳で抹茶というのも、すごい絵面だな」

「そう言われるとそうだね」

「普通はお着物だよね〜」

「まあ、普通はね。でもうちはそこまで作法にうるさくないから、気軽に飲んでね」

 茶釜の前に座る着物姿の部長さんはにっこり微笑むと、私達に茶菓子を出してきた。それを受け取り、じっと見る。こ、これは……。

「あ、美味しい」

「うん。おいしいね~、つくもん。……あれ?ど~したの〜?」

「あ、いや、なんだか食べづらいというか、なんというか……」

「「?」」

 首を傾げるシャルと本音。まるで意味が分からない。と言う顔をしている。

 白あんで作られた、何かの動物をモチーフにしただろうその茶菓子。その『何かの動物』が私にとって問題なのだ。

 耳の中から先端がピンク色の房が出ていて、その房の白とピンクの境目には黄色いリング状の飾りが付いている。赤い瞳は何かを映しているようでいてその実何も映していないように見え、その口元から感情を読み取る事は難しい。

 ふとその菓子と目が合うと、その菓子はこう訴えてくる。曰く「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 ……いや、ならんし。と言うか、そもそも『少女』じゃないし。それ以前に何故これをモチーフにした!?作ったの誰だ!?

 とは言え、これを食べないと抹茶がいただけないので、意を決して一口で食べる。白あんが舌の上でサラリと溶け、上品な甘さが口中に広がる。見た目同様正体不明の味でなくてよかった。

「ああ。そういえば、村雲くんに出したお茶菓子なんだけど。どこかの中学生かしら、さっき来たお下げに眼鏡の女の子が楊枝を何度も突き刺して満足気な顔をしてたんだけど、何だったのかしら?」

 「声が更識会長に似てたのよね」と言う部長さんに「さあ、何だったんでしょうね」と曖昧に返事を返す。……まさかな。

「さ、どうぞ」

 そう言っている間に、私達の前に抹茶が出される。

「お点前、いただきます」

 一礼をして茶碗を取り、二度回してから口をつける。

 抹茶独特の深みのある苦味が口に広がり、甘い茶菓子の味わいをスッキリと流していく。すっとした喉越しは実に心地良く、三人揃って飲んでから、ほぅ……と一息ついた。

「結構なお点前で」

 決まり文句で締めて、私達は再度一礼をする。本来なら茶碗を拝見したりするのだが、そこまで本格的ではなく、あくまで『抹茶をいただく』事に重点を置いた茶道教室だった。

 

「よかったらまた来てねー」

 部長さんに見送られ、私達は茶室を出た。

「結構良かったな」

「うん、お菓子美味しかったし〜」

「やっぱりそこなんだ……。でも、うん。良かった。やっぱり日本文化っていいよね」

「日本文化と言えば、シャル。和服に興味は?」

「うーん……。あるけど、着たことはないなぁ」

「わたしはあるよ~」

 ふとシャルと本音の和服姿を想像する。

 輝かんばかりの金髪を結い上げた着物姿のシャルと、薄紅色の髪を後ろに流した着物姿の本音。……うん、どちらもよく似合うな。

「つくもん、見てみたい〜?」

「そうだな。叶うなら、一度くらいは拝みたいな」

「そっか〜。じゃあ、機会があったら見せたげるね~」

「僕も機会があったら見せてあげるね」

「ああ、楽しみにしている」

 いつか見られる二人の着物姿に思いを馳せつつ、茶道部を後にした。

 

 

 最後に中庭の屋台街に行ったのだが、外に出た途端あちらこちらから写真撮影希望者が集まってきたり、オープンキャンパスに招待された中学生達から握手を求められたり、男性招待客にサインを求められたりと、やたらとドタバタしたものになってしまった。

「表に出ない方が良かったか……?」

「つくもん、もみくちゃにされてたもんね〜」

「あ、髪乱れてる。ちょっとじっとしてて。整えてあげる」

 這う這うの体で戻って来た一組の教室で、シャルに髪を整えられつつ後悔の言葉を口に出す。

「村雲くんもイケメンだからね。織斑くんほどじゃないけど人気者だよ?織斑くんほどじゃないけど」

「大事な事なので二回言ったのかね?相川さん」

「あ、私は村雲くん派だよ。一応」

「ありがとうと言っておくよ。一応」

 声をかけてきた相川さんと話している間にシャルが私の髪を整え終えた。それと同時に一夏が箒を伴って戻ってくる。

「お、戻ってたのか」

「たった今な。さて、態勢は整ったようだし、また忙しくなるぞ」

「おう」

 入り口の前に立てられていた『準備中』の看板が反転し『営業中』になると同時、お客がなだれ込んで来てあっと言う間に元の盛況ぶりを取り戻す。私と一夏はまたしても引っ張りだこだ。

 

 そんな状況がしばらく続き、ほんの僅かに時間的余裕ができだした頃、突然無駄に格好つけた名乗りが教室に響いた。

「颯爽登場!生徒会長美少女!更識楯無!」

「「…………」」

 

 職場放棄女が現れた!どうする?

 

 ツッコむ

 無視する

→逃げる

 

 ツクモたちはにげだした!しかしまわりこまれてしまった!

 

「知ってる?生徒会長(大魔王)からは逃げられないって」

「だあっ!進路妨害しないでくださいよ!」

「威力業務妨害で虚さんに訴えます」

「まあまあ一夏くん、そう言わずに。あと九十九くん、それはやめてほんとやめて」

 ちょっとした脅しに慌てて頭を下げる楯無さん。生徒会長の威厳が台無しだ。……あれ?そもそも威厳あったっけ?

「それで?ご用件は?」

「こほん。一夏くん、九十九くん、君たちの教室を手伝ってあげたんだから、生徒会の出し物に協力しなさい」

「疑問系じゃない!?」

「うん。決定だもの」

「私達の意思は……」

「勝手に決定してもいいじゃない。生徒会長だもの」

 み○おっぽく言う楯無さん。取り敢えずかの偉大な書家に謝りたくなった。

「横暴過ぎる!?そんなの絶対おかしいよ!」

「一夏、キャラが崩壊しかけてるぞ。落ち着け。……で、何をすれば?」

「あら、九十九くんは随分物分りがいいね」

「ここ最近の付き合いで、貴方には抵抗しても無駄だと痛感したので」

「あら、おねーさんのことわかったつもり?まだまだダメよ、一年生くん」

 鼻先に伸ばされる楯無さんの指をぺしんとはたいて落とす。この人は人をからかう事しかしないな。

「むう、九十九くんってからかいがいがないなー」

「褒め言葉です。それで、出し物は?」

「演劇よ」

「演劇……?」

 予想に反して普通だな。という顔をする一夏。が、その次の楯無さんの言葉に凍りつく事になる。

「観客参加型演劇」

「は!?」

 ああ、やはりそう来るのか……。そしてやはり巻き込まれるんだな。

「とにかく、おねーさんと一緒に来なさい。はい、決定」

 扇子を私達に向けて威風堂々と宣言する楯無さん。が、そうは問屋が卸さないもので。

「あのー、先輩?九十九と一夏を連れて行かれると、ちょっと困るんですけど……」

 遠慮がちに、しかしはっきりと言うシャル。その時、楯無さんの目が光った。こう『キュピーン』って感じに。

「シャルロットちゃん、あなたも来なさい」

「ふえ!?」

「おねーさんがきれーなドレス着せてあげるわよ〜?」

「ド、ドレス……」

 楯無さんの誘惑に心が揺れるシャル。一夏が「がんばれ!」という顔をしているが……。

「じゃ、じゃあ、あの……ちょっとだけ」

 シャル、陥落。……うん、分かってた。こうなるって私分かってた。

「本音、君も何か……って、君は生徒会側だったな」

「うん。ごめんね~、つくもん。わたしもドレス着たいんだ〜」

 本音、参加表明。この時点で、私側に楯無さんを止めようとする者はいなくなった。

「シャルロットちゃんは素直で可愛いわね!じゃあ、箒ちゃんとセシリアちゃんとラウラちゃんもゴーね」

「「「はっ!?」」」

 聞き耳をたてて様子を窺っていた一夏ラヴァーズ三人が、同時に驚きの声を上げる。

「全員、ドレス着せてあげるから」

「そ、それなら……」

「まあ、付き合っても……」

「ふ、ふん。仕方がないな……」

 楯無さんの対女性専用宝具『ドレス着せてあげる』により、三人纏めて瞬時に陥落。凄い威力だ。ランクはEXといった所か。

 こうして、一年一組『ご奉仕喫茶』接客係全員を巻き込んだ生徒会の出し物が開催の運びとなった。

「訊き忘れていました。演目は?」

「ふふん」

 ばっと扇子を広げる楯無さん。そこには墨痕逞しい『迫撃』の二文字。……なんでその文字!?

「シンデレラよ」

 

 

「二人とも、ちゃんと着たー?」

「「…………」」

「開けるわよ」

「開けてから言わないでくださいよ!」

「ノックくらいして下さい」

「なんだ、ちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり」

「……なんでですか」

「何を期待してたんですか、何を……」

 第四アリーナ更衣室。普段はISスーツに着替える為に使われるそこに、私と一夏はいた。服装は……なんというか、王子だ。

「はい、王冠」

「はぁ……」

 王冠を渡された一夏は、心底嫌そうな溜息をついた。

「ふむ、その反応……もしやお前、シンデレラ役の方がよかったのか!?」

「な訳ねえだろ!もっと嫌だよ!」

「それ、私のセリフじゃない?……まあいいけど。さて、そろそろ始まるわよ」

 一度覗いてみたのだが、第四アリーナいっぱいに作られた舞台装置はかなり豪勢だった。観客席はもちろん満席で、時折聞こえる歓声は更衣室まで届いている。

「あのー、脚本とか台本とか、一度も見てないんですけど」

「私達はどうすれば?」

「大丈夫、基本的にこちらからアナウンスするから、その通りにお話を進めてくれればいいわ。あ、もちろん台詞はアドリブでお願いね」

 ここまでは概ね原作通り。違いは私と本音が参加している事とシャルが私側だという事。これがどう影響するのだろうか?そして舞台は大丈夫か?どうにも拭えぬ不安を胸に、私と一夏は舞台袖に待機する。

「さあ、幕開けよ!」

 ブザーがなり、照明が落ちる。セットにかけられていた幕が静かに上がっていき、アリーナのライトが点灯する。

『昔々ある所に、シンデレラという少女がいました』

「よかった。普通の出だしだ。そういえば、シンデレラ役って誰だ?」

「一人とは限らん。ついでに、出だしが普通だからといって全てが普通とは限らん」

「九十九?それってどういう……」

『否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会をくぐり抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士達彼女らを呼ぶにふさわしい称号……それが『灰被り姫(シンデレラ)』!』

「……え?」

「だから言ったろう。全てが普通とは限らんと」

 ぽかんとする一夏を他所に、アナウンスはなおも続く。

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜がはじまる。王子達の冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊る!』

「は、はあっ!?」

「来るぞ!一夏!」

「もらったぁぁぁっ!」

 叫び声と共に現れたのは、白地に銀糸の刺繍が美しいシンデレラドレスを纏った鈴。その拳の狙いは一夏……の頭にある冠。

「のわっ!?」

「よこしなさいよ!」

 反射的に躱した一夏を睨みつけ、すぐさま中国式手裏剣である飛刀を投げてくる。あれ、本物だよな?

「あ、あ、アホか!?死んだらどうすんだよ!?」

「死なない程度に殺すわよ!」

「殺している時点で被害者は死んでいると思うんだが……?」

 私の呟きは一夏と鈴には聞こえなかったようだった。一夏がテーブル上のティーセットをひっくり返してトレーで飛刀を凌げば、そのトレーを鈴が飛び蹴り上げで吹き飛ばし、そのまま踵落としを見舞う。その足には(強化)ガラスの靴。

 そんな物で踵落としを食らったら、良くても額が割れる。最悪の場合、頭蓋骨陥没骨折と脳挫傷で死にかねない。

 必死の形相でその踵落としを躱し、そのまま鈴と格闘戦を繰り広げる一夏。それを眺めていると、ふと視界の端で赤い光線が泳いでいるのに気づく。……あれは!

「一夏!スナイプだ!」

「え?のわあっ!?」

 私が一夏に注意を促した次の瞬間、一夏の顔の真隣が吹き飛んだ。やったのはおそらくセシリア。発砲音もマズルフラッシュもない事から消音器を装備したスナイパーライフルを使っているのだろう。しかも連射性に優れた銃を使っているらしく、一夏の王冠を狙って立て続けに撃ち込んでいる。のはいいが……。

「死ぬ!死んでしまう!」

「なんでこっちに来るんだ一夏!」

 慌てて身を低くし、私の近くの遮蔽物へと身を隠そうとする一夏。すると今度は「邪魔ですわ!」と言わんばかりに、私にセシリアの火線が集中。

「ちいっ、ここは引くしかないか。弟よ、お前を守ってやれない兄を許せ!」

「誰が弟だ!?ってか、なんなんだよ、この演劇!?」

 

 セシリアの狙撃にせっつかれて舞台後方へ下がると、そこにいたのはシャルと本音。二人ともシンデレラドレスを身に纏い、手に何かを持っている。

「つくもん、だいじょうぶ〜?」

「ケガはない?」

「ああ、問題ない。ないが……君達は何を持たされてるんだ?」

「えっとね~、たっちゃんが~……」

「『九十九くん側は今回そういう縛りみたいだから』って言って、これを渡してきたんだけど……」

 そう言う二人の手には、果たしてそれは武器と言っていいのか?と問いたくなる物が握られていた。

 本音は柄が赤く、先端に中に星が入り、六枚の白い羽をあしらった輪の付いた魔法の杖と、何か意味有りげな絵の書かれたタロットサイズのカードという、なんとなく『フェイト』で『カレイド』で『プリズマ』なスタイルだ。

 シャルは背中に「一体どんなケーキにデコレーションする気だ」と言いたくなるほど巨大な絞り袋を背負い、シャルの身長より大きな手持ち式の漉し器(ストレーナー)を持った、どことなく『マジカル』で『パティシエ』なスタイルだ。

 二人ともヤケにしっくり来ている気がするが、楯無さんの言う『そういう縛り』とはなんの事なのか、私には見当もつかなかった。

「それで、二人ともこの王冠に用事かな?」

「うん、王冠を置いて行ってくれると嬉しいな」

「構わないが……何か仕掛けがあるよな?これ」

「うん、あのね~……」

「だあっ!こんなもんがあるから狙われるんじゃねえか!だったらここに置いていってやる!」

 狙われ続ける事に嫌気のさした一夏がそう叫んで王冠に手をかけると、そこに楯無さんのアナウンスが響く。

『王子にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます』

「「はい?」」

 一瞬ぽかんとする私と一夏。しかし、一夏の腕は無意識に動き、王冠を外してしまう。するとなんと!

「ぎゃああああっ!?」

 

バリバリバリ!

 

 高圧電線に直接触れたようなのっぴきならない音を立て、一夏の全身に電流が流れた。

「なんとまあ……」

 電流が流れ終わると、そこには服の所々が焼き切れて煙を上げる一夏の姿が。

「な、なんじゃこりゃあっ!?」

『ああ!なんという事でしょう!王子達の国を思う心はそうまでも重いのか!しかし、私達には見守る事しかできません!なんという事でしょう!』

「「二回言わなくていいですよ!」」

 再び電流を流されてたまるものかと、一夏は急いで王冠をかぶり直し、再度逃走を図る。

 そこに日本刀装備の箒とタクティカルナイフ二刀流のラウラが現れ、一夏に斬撃を加える。間一髪躱した一夏を横目に、互いに互いを邪魔者認定した二人は勝手にバトルを開始。

 さらに、ライフルからハンドガンに持ち替えたセシリアが舞台上に登場。鈴と銃対飛刀の飛び道具バトルを展開。舞台上は相当のカオスと化していた。

 

「どうする?私が自分で取れば一夏の二の舞だぞ」

「そうだね~……」

「じゃあ僕たちが……なに?この音」

 私達が舞台の端に座り込んで今後を協議していると、不意に地響きがした。なにか嫌な感じがして舞台周辺を見ると、そこには数十人のシンデレラが。しかも時間を追うごとに増えている。……ああ、やはりこうなるのか。

『さあ!ただ今から飛び入り組の参加です!皆さん、王子様達の王冠目指して頑張ってください!』

「織斑くん、おとなしくしなさい!」

「私と幸せになりましょう、王子様!」

「その王冠、私に渡して、村雲くん!」

 私と一夏に向かってくる無数のシンデレラ達。恐怖以外の何者でもないぞ!だがこれなら!

「すまん二人とも、怖いから私は逃げる!」

「あっ!まって〜!」

「ちょ、九十九!?」

 二人の静止の声を振り切って、私に襲い来るシンデレラガールズから逃走を図る。しばらくすると、追ってきたシンデレラの先頭走者がある事に気付いてくれた。

「あれ!?村雲くんの頭に王冠がない!?」

「えっ!?ウソ!?なんで!?」

「まさか、さっき村雲くんがいた所に!?」

「ちょ、止まって!止まってってば!」

「急に言われても無理だって!」

 気づいた先頭走者は足を止めようとするが、後ろからやってくる他のシンデレラ達に押されて止まる事ができない。

 これが私の策。参加人数が多くなったタイミングを見計らい、逃げる素振りを見せて追ってこさせる。

 先頭が王冠がない事に気づいても、すぐに止まる事ができないくらいに速度を加減して走れば、私が元いた場所に残るのは追跡行に加わり損ねるだろうシャルと本音。そして……。

 

「行っちゃった……あれ?」

「どうしたの~?しゃるるん」

 九十九の予測通り、追跡行に加わり損ねたシャルロットと本音。呆然と九十九の行った先を見つめた後ふと視線を落とすと、そこには九十九の頭に載っていた王冠が転がっていた。

「まさか……人が増えれば楯無さんのチェックもゆるむと考えて……」

「あの一瞬の間に作戦を考えて実行したってことか〜。つくもんはすごいな〜」

「それじゃあ、本音」

「うん、せーの!」

「「えい!」」

 二人同時に王冠に手を伸ばして持ち上げる。すると、そこでようやく楯無が九十九の王冠がシャルロットと本音の手の中にある事に気づいた。

『なんと!いつの間に!?九十九王子の王冠は、シャルロットちゃんと本音ちゃんの手によって奪われていたー!……ちっ、電流流しそこねた』

「「「な、なんだってーーっ!?」」」

 九十九の王冠を狙っていたシンデレラ達の絶叫がこだまする。

 シャルロット・デュノア&布仏本音。村雲九十九の王冠ゲット。

 

 

「どうやら楯無さんも気づいたようだな。……最後の呟きは聞かなかった事にしよう。さて、一夏はどこだ?」

 私の王冠が奪われていたという事実に気づいた私を追っていた者達は、ならばと一夏を追う者ともう用はないとばかりに舞台から去っていく者に分かれた。一夏を追う者達はあっちへドタバタこっちへゾロゾロと動き回っている。

 ふと首を右へ巡らせると、一夏がこちらに走って来た。

「九十九!」

「おお一夏、そこに……」

「そこにいたか!一夏!」

 暴走武士娘があらわれた!

 ちなみにその向こうには箒の日本刀によってナイフを叩き斬られて「これがサムライブレード……」と歓喜とも恐怖ともつかない表情を浮かべて跪くラウラがいる。

「その王冠をよこせ!そうすれば、……そうすれば……」

「な、なんだよ」

「この王冠にお前に……いや、参加者全員にとって嬉しい何かがあるのか?」

 多分原作通りの特典が付いているのだろうが、あえて知らんぷりをして箒に訊いてみる。

「そ、それは……ええい!とにかくよこせ!断れば九十九もろとも斬る!」

「何それ怖い!」

「と言うか、私は関係ないだろうが!」

 顔を真っ赤にして刀を最上段に構える箒。現在位置はセット最後方。逃げ場らしい逃げ場は無い。このままでは……。

「こちらへ」

「へっ?うわっ!?」

「なっ!?一……うおっ!?」

 私と一夏は突然下から足を引っ張られて、セットの上から転げ落ちた。

 

「着きましたよ」

「はぁ、はぁ……。ど、どうも……」

「ひとまず助かったと言っておきます、巻紙さん」

 誘導されるまま、セットの下をくぐり抜けて更衣室へやって来た。私達を連れてきたのは、今日名刺を渡してきた女性である、自称巻紙礼子さんだった。相変わらず貼り付けたような笑顔を浮かべている。

「それで、何故あなたがここにいるんです?」

 私の質問に巻紙さんは貼り付けた笑顔のままで、私が待っていた一言を口にする。

「はい。この機会に『白式』と『フェンリル』をいただきたいと思いまして」

「……は?」

 

 

 ついに牙を向いた自称巻紙礼子。

 私はついにこの時が来たか。と内心で笑っていた。さあ、ここからが本当の『物語の始まり』だ。




次回予告

蜘蛛は笑う。獲物が巣にかかったと。
狼はほくそ笑む。それは読んでいたと。
霧纏う淑女は艶然と微笑む。全ては我が掌の上だと。

次回「転生者の打算的日常」
#44 霧纏淑女

私はこの学園の生徒たち、その長。ゆえにそのように振る舞うのよ


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#44 霧纏淑女

「はい。この機会に『白式』と『フェンリル』をいただきたいと思いまして」

 仮面のような笑顔を一切崩さず、自称巻紙礼子はそう口にした。

「……は?」

「何かの冗談ですかな?巻紙礼子さん」

「はっ!冗談でてめぇらみてえなガキと話すかよ。いいからとっととよこしやがれよ」

 瞬間、自称巻紙の雰囲気が豹変した。柔和な企業人からチンピラヤクザに早変わりだ。

 しかしその割に、粗暴な口調と浮かべている表情が全く合っていない。チンピラ口調でニコニコ顔とか、見ていて滑稽でしかない。

 顔と声の温度差が激しすぎて呆けている一夏の腹に自称巻紙が蹴りを見舞う。その衝撃で一夏はロッカーに叩きつけられた。

「一夏!」

「オラ、てめぇもだ!」

「くっ!」

 さらに、私に対しても蹴りを入れてくる自称巻紙。咄嗟に防御をしたものの、衝撃で軽く吹き飛ぶ。

「あーあ、クソったれが。顔、戻んねえじゃねえかよ。この私の顔がよ」

「ゲホッ!あ、あなた一体……」

「あぁ?私か?私は……」

「IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当、巻紙礼子……になりすました裏組織の人間。要は『敵』だ、一夏」

「私のセリフを取んじゃねえよてめぇ。でもまあ、そういうこった。おら、嬉しいか」

 倒れている一夏に追撃の蹴りを浴びせようとする自称巻紙。しかし、目の前の相手が『敵』だと分かった一夏の行動は早い。倒れた姿勢のまま床を転がって蹴りを回避すると、そのまま立ち上がって『白式』を呼ぶ態勢を取る。

 それに合わせて、私も『フェンリル』を展開する。

「来い!『白式』!」

「始めるぞ、『フェンリル』」

 ISスーツに着替える暇などないため、緊急展開でスーツごと呼び出す。それによって衣服を量子分解して再構築する。その分エネルギーを大きく消耗するが、この際些細な問題だ。目の前に(一夏的に)正体不明の敵がいるのだから。

「一夏、言ったはずだぞ。この女は何かが怪しいから、もう一度会ったら警戒しろと」

「すまねえ。ほんとにそうだとは思ってなかった」

「私達は良くも悪くも注目の的だ。近づいてくる者を全員警戒しろとは言わないが、初対面の相手に安易に心を許すな」

「おう、心掛けとく」

 私達がISを展開すると、自称巻紙はその貼り付けたような笑みをようやく崩す事に成功する。

「待ってたぜぇ、そいつらを使うのをよぉ」

 その目は切れ長で美しいが邪悪に満ちていて、口を開く度に飛び出す舌と相まってさながら蛇のようであった。

「ようやっとこいつの出番だからさぁ!」

 スーツを引き裂きながら、自称巻紙の背後から鋭利な『爪』が飛び出す。蜘蛛の足に似たそれは、黄と黒という禍々しい配色で、先端が刃物になっている。あのISの配色と形状……やはりここは原作通りか。

 

「くらいな!」

 背中から伸びた八本の装甲脚、その先端が開いて、銃口を露わにする。

「くそっ!」

「《スヴェル》」

 

ズンッ!

 

 自称巻紙の照準と同時に私は前方に《スヴェル》を展開して防御。一夏は脚のスラスターを床に叩きつけると同時に最大噴出で天井に緊急回避を行う。

「はっ!やるじゃねえか!」

「それはどうも」

 《スヴェル》を収納しつつ《狼牙》を展開して射撃。身を捻って躱す自称巻紙に、《雪羅》をクローモードで起動した一夏が迫る。

「なんなんだよ、あんたは!?」

 ビームクローによる斬撃を後ろに飛んで躱しながら、自称巻紙は言葉を続ける。

「ああん?知らねえのかよ、悪の組織の一人だっつーの!」

「ふざけん−−」

「一夏、この女はふざけてなどいないぞ。なあ、秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』特殊工作員のオータムさん」

「てめぇは知ってるみてえだな、村雲九十九。その通りだよ!おら、くらえ!」

 自称巻紙改めオータムは完全にISを展開すると、PICの細かな制御で一夏の追撃を躱し、同時に装甲脚の銃口から実弾射撃を行ってくる。

 計八門の集中砲火。左右から迫ってくるそれを、一夏は真上に跳んで、私はロッカーを利用しながらオータムの後ろに回るように躱す。

 天井に足をつき、逆さまの状態からスラスターを吹かし、前転気味にオータムの懐へ飛び込む一夏。同時に構築した《雪片弐型》を右手に握って、一気に斬りかかる。それに合わせて、私は《レーヴァテイン》を展開。後方から一気に接近して斬撃を加える。

 原作では『アラクネ』の装甲脚は前方にのみ可動していた。ならば、後方から迫る私の斬撃は受け止められないはず。

(とった!)

「甘えんだよ!てめぇら!」

「なっ!?」

 しかし、その予測は正しくなかった。なんとオータムは一夏の《雪片弐型》を右の四本で、私の《レーヴァテイン》を左の四本を後ろに曲げて受けきったのだ。

「くそっ!」

 一夏は装甲脚に挟まれた刀身を抜こうとするが、押しても引いてもどうにもならずにいた。

 私も《レーヴァテイン》を抜こうとしたが、引き抜けなかったため手放す事を選択。オータムから離れる。

 その間にオータムは両手にマシンガンを構築、一丁を一夏に、もう一丁を私に向けて撃ってくる。

「ぐうっ!」

「ちいっ!」

 回避しきれずに被弾したうちの数発がシールドバリアを貫通。私の体に衝撃を伝えてくる。

 肉体は絶対防御で守られているが、その痛みまでは消してはくれない。《雪片弐型》を抜こうとしていた一夏は私以上にダメージを受けているはずだ。

 すると一夏は《雪片弐型》をいったん手放し、ウィングスラスターの逆噴射で後方宙返り。弾丸を回避しながら銃身を蹴り上げて飛ばし、続けて《雪片弐型》も装甲脚から奪還する。

「ハハハ!やるじゃねえかよ、ガキ共!この『アラクネ』相手によお!」

「その機体……やはり『アラクネ』だったか」

「知ってんのか!?九十九!」

 一夏は回避と接近、私は回避と牽制射撃を同時に行いつつ会話する。障害物の多い更衣室だが、楯無さんとの特訓で得たマニュアル操作技術がそれを可能にしていた。

「ああ、今から一年半前にアメリカ軍の基地から強奪された第二世代機だ。その最大の特徴は……」

 話をしながらも攻撃の手は緩めない。《狼爪》を両手に展開して一斉射撃。それを囮に一夏が斬撃を繰り出すが……。

「ハッ!あぶねぇあぶねぇなぁ……っと!」

 一夏はオータムを捉えきれず、その攻撃は何度となく躱される。

「背部装甲脚それぞれに独立したPICを展開する事で、極めて複雑かつしなやかな機動が可能である事だ。まさに『王蜘蛛(アラクネ)』の名に恥じん動きだな」

「ハッ!ホントによく知ってやがんなぁ、おい!だったらよぅ……ついでに教えてやんぜ」

 降り注ぐ銃弾の雨を円状制御飛翔(サークル・ロンド)で躱しながら、チャンスを待つ私達にオータムは邪悪な笑みを浮かべて言い放つ。

「第二回モンド・グロッソで織斑一夏、てめぇを拉致したのはうちの組織だ!感動のご対面だなぁ、ハハハハ!」

「−−!!」

 オータムの言葉に一夏の頭が一瞬で沸点を超えたのが分かった。怒りの感情に身を任せてオータムに突撃する一夏。

「だったら、あの時の借りを返してやらぁ!!」

「一夏!待て!そいつ、なにか企んでるぞ!」

「クク、やっぱガキだなぁ、てめぇ。こんな真っ正面から突っ込んで来やがって……よ!」

 オータムが指先であやとりのようなものを弄り、それを突っ込んでくる一夏目掛けて投げつけた。次の瞬間、エネルギー・ワイヤで構成されたその塊は一夏の目の前で弾けて巨大な網に変わった。

「くっ!このっ−−!!」

 エネルギーで構成されたその網は、一夏が雪羅を展開するより早く一夏を絡め取ってしまう。

「ハハハッ!楽勝だぜ、まったくよぉ!クモの糸を甘く見るからそうなるんだぜ?」

「一夏!くそっ、一夏を放して貰うぞ、オータム!」

 《レーヴァテイン》を再度展開してオータムに突撃する。が、目的は一夏救出ではない。私の目的は……。

「だからガキだってんだよ、てめぇらは!」

「しまっ……うぐっ!」

「九十九!」

 オータムの放ったエネルギー・ワイヤに絡め取られてしまう私。だがこれでいい。このままで推移すれば……。

「んじゃぁ、お楽しみタイムと行こうぜ」

 もがく私達に胸糞悪い笑みを浮かべたオータムが近づいてくる。その手には縦横40cm程の箱に四本の脚がついた装置が二つ握られている。

「それは……まさか!」

「おいおい、これも知ってんのかよ。マジで何なんだてめぇ。まあいいか。さぁて、お別れの挨拶は済んだかぁ?ギャハハ!」

「なんのだよ……?」

 装置が私と一夏に取り付けられる。胸部から接触したそれは、脚を閉じて私達の体を固定する。

「決まってんだろうが、てめぇらのISとだよ!」

「なにっ!?」

「くっ、やはりか!やはりそれは……!」

 刹那、私の体を電流に似たエネルギーが流れた。

「があああああっ!!」

「ぐうううううっ!!」

 全身を引き裂かれるかのような激痛が襲い、私と一夏は苦痛に呻く。その間、オータムの楽しそうな哄笑を上げているのが、やけにはっきりと聞こえた。

 

「さて、終わりだな」

 電流が収まり、装置のロックが外れると同時に、エネルギー・ワイヤから解放された。素早く自分の体を見回して現在の状態を確認する。そこには、あるべきものが無かった。……成功だ。後はあの人の登場を待てば……。

「うおおっ!」

 そう考えている間に一夏がオータムに全力で殴りかかろうとしていた。

「待て、一夏!今のお前では!」

「当たらねえよ、ガキ!ISのないてめぇじゃなぁ!」

 私の制止は間に合わず、一夏は逆に腹を蹴られて再びロッカーに叩きつけられる。その痛みで一夏は『白式』が無い事にようやく気づく。

「何が起こったんだ……『白式』!おい!」

「一夏。『白式』と『フェンリル』なら……あそこだ」

「なにっ!?」

 私が指差した先にいるのは、ニヤニヤ笑いを浮かべたオータム。

 その手には二つの正八面体のクリスタル……『白式』と『フェンリル』のコアが握られている。第二形態まで発展した証として、通常の球型コアよりも強い輝きを放っている。

「そんな……なんで……!?」

「さっきの装置はなぁ!リム−−」

「《剥離剤(リムーバー)》。ISの強制解除を可能とする、条約違反の兵器だ。どこかで極秘に研究・開発されているらしいとは聞いていたが、まさか生きている内に目にするとはな……」

「てめぇ……さっきから私のセリフを取ってんじゃねえぞ、コラ!」

 私に何度となく台詞を奪われた事に腹を立てたのか、オータムが私に蹴りを入れてきた。咄嗟に左腕で防いだが、衝撃までは殺し切れず、私はロッカーに叩きつけられる。

「ぐはっ……」

 防いだ腕からミシリという嫌な音がした事から、かなり強力な一撃だ。おそらく、もう一度今の攻撃を同じ場所に受ければ腕が折れるのではないだろうか。

「したり顔で語りやがって、このクソガキがぁ!」

 ロッカーにもたれかかる私をさらに蹴りつけてくるオータム。その蹴りの狙いは前のオータムの一撃を防いだ腕。私は受けたばかりのダメージから立ち直りきれておらず、その一撃をまともに受けてしまう。

 瞬間、メキッという生木をへし折ったような音と共に私の腕の骨が折れ、さらに吹き飛ばされて床に叩きつけられる。

「ぐうっ……くっ、う、腕が……!」

「九十九!」

「ヒャハハ!いい音がしたなぁ、オイ!」

 折れた腕を押さえて床に倒れ込む私を、オータムは下卑た笑みを浮かべて見下ろしている。

「じゃあなクソガキ、てめぇにもう用はねぇ。ここで殺してやるよ、織斑一夏共々なぁ!」

 その笑みを浮かべたままオータムがそう告げた時、場にそぐわない楽しげな声が響いた。

「あら、そういうのは困るわ。その二人、私のお気に入りと身内の恋人だから」

 声のした方を見ると、ドアの前に楯無さんが立っていた。その手にはいつもの扇子が握られている。これに慌てたのはオータムだ。

「てめぇ、どこから入った!?今ココはシステムをロックしてんだぞ!……ちっ、まあいい。見られたからにはてめえから殺す!」

「楯無さん!」

 身を翻し、楯無さんに襲いかかるオータム。その八本の装甲脚が楯無さんを切り刻まんと迫る。

「私はこの学園の生徒たち、その長。ゆえに、そのように振る舞うのよ」

「はあ?なに言ってやがんだ、てめぇ!」

 刹那、オータムの装甲脚が楯無さんの全身を貫いた。

 

 

 目の前で起きた惨劇に、一夏が怒りの声を上げた。

「楯無さん!!楯無さんを……よくも、てめぇ!」

「一夏、落ち着け」

「これが落ち着いてられるかよ、九十九!楯無さんが殺されたんだぞ!」

「だったら、あれはどう説明する?」

「あれって……え?あれ?」

「………………」

 装甲脚に全身を貫かれたはずの楯無さんは、まるで痛痒を感じていないかのように余裕の表情を崩さない。

 よく見ると、『アラクネ』の脚が貫いている箇所から、一滴の血さえ流れていない。その事は、貫いた当の本人であるオータムにも少なからず疑念を与えたようだ。

「なんだ、てめぇ……?手応えがないだと……?」

「うふふ」

 楯無さんが微笑を浮かべると同時、その姿が崩壊する。楯無さんだったものは、パシャッと音を立てて拡散した。

「!?こいつは……水か?」

「ご名答。水で作った偽物よ」

 たっぷりと余裕を感じさせるその声は、オータムの真後ろからした。ギクリとして振り返るオータムを、楯無さんは手にしたランスでなぎ払う。が、その攻撃をオータムは後ろに飛んでぎりぎり回避する。

「くっ……!」

「あら、浅かったわ。そのIS、なかなかの機動性を持っているのね」

「なんなんだよ、てめぇはよぉ!」

「更識楯無。そして、IS『ミステリアス・レイディ』よ。覚えておいてね」

 そう言って、楯無さんはニコリと微笑んだ。

「あのIS……一体……」

 一夏がポツリと呟いたので解説してやる事にする。

「あれが、IS学園生徒会長にして現ロシア国家代表、更識楯無の駆るIS『ミステリアス・レイディ』だ」

 

霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)

 ロシア製第三世代IS『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』を更識楯無本人が自分仕様に強化改修した中距離汎用型IS。

 最大の特徴は、アクア・ナノマシンを混入した水を自在に制御する、攻守一体の戦闘スタイルだ。

 一見すればアーマーの面積は狭く小さいが、機体各部のウォーターサーバーから放出された水を、黒いリボン状のクリリノンフレームで制御して液状防御フィールドを形成する事で、見た目以上を防御力を持つ。

 更に、左右に三個一組で浮いている《アクア・クリスタル》という名のビットからも水のヴェールが展開され、マントのように操縦者を包む事で対弾性を更に高めている。

 

「とまあ、こんな所か」

「あら、おねーさんのISの事、よく知ってるみたいね。それじゃあ、これは知ってる?」

 そう言うと、楯無さんは大型ランスを展開。その表面に水が螺旋状に流れ、ドリルのように回転を始める。

 四連装ガトリングガン内蔵ランス《蒼流旋(そうりゅうせん)》。『ミステリアス・レイディ』のメイン武器だ。

「私を前に随分余裕じゃねぇか、えぇ!?決めたぜ、てめぇら全員ここで殺す!」

「うふふ、なんていう悪役発言かしら。これじゃあ私が勝つのは必然ね」

 そう言って、楯無さんはランスによる攻防一体の攻撃を開始する。

 背部の8本の装甲脚、更に自身の腕2本を加えた計10本による攻撃を繰り出すオータムに対し、たった一本のランスでそれらの攻撃を全て凌ぎきる楯無さん。なんという技量、これが現ロシア代表の実力か。私は我知らず身震いしていた。

「くそっ!ガキが、調子づくなぁ!」

 腰部装甲から二本のカタール《ルームシャトル》を抜いたオータムは、自身の腕を近接戦闘に、装甲脚を射撃モードに切り替えて楯無さんに応戦する。

「そんな雑な攻撃じゃ、水は破れないわ」

 嵐の如き実弾射撃は、しかし水のヴェールで全て受け止められ無効化されていく。弾丸はヴェールに当たった瞬間に勢いを失い、水に捕らえられて止まっている。

「ただの水じゃねぇなぁ!?」

「あら鋭い。この水は−−」

「その水はISのエネルギーを伝達するナノマシンによって制御され、楯無さんの思い通りに動く。弾丸を受け止めるくらい、造作もないだろうさ」

「九十九くーん、おねーさんのセリフとらないでねー」

 会話をしながらも、楯無さんの手は止まらない。オータムの巧みなカタール二刀流の攻撃を、ランスで受けては逸らし、必要とあれば脚まで使って完全に封殺していた。

「なんなんだよ、てめぇは!?」

「二回も自己紹介しないわよ、面倒だから」

「うるせぇ!」

 自分の攻撃を完全にやり過ごされているオータムの顔が、次第に苛立ちに歪んでいく。

 そんな反応も楯無さんにとってはどこ吹く風。なんとも涼しげな表情で、しかし的確にオータムの攻撃を潰している。

「ところで知ってる?この学園の生徒会長というのは、最強の称号だということを」

「知るかぁ!」

 左のカタールを投擲し、同時に一気に距離を詰めるべく跳ぶオータム。楯無さんがカタールを弾いた瞬間を逃さず、ランスを下から蹴り上げて楯無さんの態勢を崩した。

「あらら」

「くらえ!」

 背部装甲脚のうち、4本を射撃モード、残り4本を格闘モードにしたオータムの猛攻が始まった。

「これはさすがに重いわねぇ」

「その減らず口、いつまで続くかぁ!?最強?笑せんなよ、ガキ!」

 オータムの言葉通り、IS『アラクネ』の圧倒的な手数に楯無さんは次第に押されていく。装甲で守られているとはいえ、その攻撃が少しづつIS本体に届きだしていた。

「た、楯無さん!」

「待て、生身で何をする気だ一夏」

「九十九くんの言う通り。二人とも休んでなさいな。ここはおねーさんにお任せ。君達は君達の望みを強く願ってなさい」

「ガキが!余裕ぶるんじゃねぇよ!」

 ついに楯無さんの鉄壁ガードを崩したオータムが、装甲脚で楯無さんを弾き飛ばし、同時に両手で練り込んだ蜘蛛の糸(エネルギー・ワイヤ)を放出、楯無さんの動きを完全に封じ込めた。

「はぁ……はぁ……てこずらせやがって……クソガキがぁ!」

 勝ち誇ったような声を上げるオータム。それでもなお、楯無さんは余裕の笑みを崩していなかった。

 

「九十九、さっきの楯無さんの言葉って……」

「一夏。うちの諜報員からの情報によると、《剥離剤》には二つの弱点……というか欠点があるそうだ。一つは一度使うと使われたISコアに耐性ができて二度目以降が通用しない。もう一つは……」

「もう一つは……?」

「引き離す性質の《剥離剤》に対して耐性ができるため、コアが遠隔コールを身につけてしまい、引き離した意味が無くなる」

「それって……」

 痛む左腕を庇いつつ立ち上がる私。それに倣って一夏も立ち上がる。

「私から言えるのはこれだけだ。信じろ、お前の『白式』を。私も『フェンリル』を信じる」

「九十九……おうっ!」

 力強く答えた一夏は、『白式』を呼ぶ時のポーズ−−左手で右腕を掴む−−をとり、意識を集中していく。それに倣い、私も『フェンリル』を呼び出す時のポーズ−−胸元のドッグタグを右手で弾く−−をとって、集中を高める。『フェンリル』、私はここだ。さあ、応えてくれ……。

 

 

「うーん、動けなくなっちゃった」

「今度こそもらったぜ……」

 

ジャキンッ!

 

 金属音を立て、8本の装甲脚を構えたオータムがゆっくりと楯無に近づいていく。

 しかし当の楯無はと言えば、特に焦った様子も、怯える様子もない。その事が、オータムの神経を余計に逆なでる。

「てめぇ……随分余裕−−「ねえ、この部屋暑くない?」あぁ?」

 突然の楯無の質問にオータムが訝しげな顔をする。

「温度ってわけじゃなくてね、人間の体感温度が」

「何言ってやがる……?」

「不快指数っていうのは、湿度に依存するのよ。−−ねぇ、()()()()()()湿()()()()()()()?」

「!?」

 ギクリとしたオータムが見た物。それは、部屋一面に漂う霧。しかも、自分の体にまとわりつく、異様なほど濃い霧だった。

「そう、その顔が見たかったの。己の失策を知った、その顔をね」

 にっこりと、女神のような微笑を浮かべる楯無。しかし、その表情には死神の鎌の如き必殺の意図が含まれている。

「『ミステリアス・レイディ』……『霧纏の淑女』を意味するこの機体はね、水を自在に操るのよ。さっき九十九くんが言ったように、エネルギーを伝達するナノマシンによって、ね」

「し、しまっ−−」

「遅いわ」

 

パチンッ!ズドォンッ!

 

 楯無が指を鳴らした次の瞬間、オータムの体は爆発に飲まれた。

「あはっ、何も露出趣味や嫌味でベラベラと自分の能力を明かしているわけじゃないのよ?はっきりこう言わないと、驚いた顔が見られないもの」

 『清き熱情(クリア・パッション)』霧を構成するナノマシンがISから伝達されたエネルギーを一斉に熱に転換する事で水を一瞬で蒸発させて、対象を爆破する『ミステリアス・レイディ』の技の一つ。簡単に言えば、水蒸気爆発を兵器転用した物だ。

 密室のような限定空間でないと効果的な使用は出来ないとはいえ、あらゆる行動と同時に準備を行えるこの技は、実戦において高い有用性を誇る。

「ぐ……がはっ……ま、まだだ……!」

「いいえ、もう終わりよ。ね、一夏くん、九十九くん」

 オータムは嫌な予感がして、後ろを振り向いた。そこで見たのは、右腕を左手で掴み、意識を集中する一夏と、胸元に右手を添え、同じく意識を集中する九十九の姿だった。

「……来い、『白式』!」

「……始めるぞ、『フェンリル』!」

 二人の全身が光に包まれ、そして−−

 

 

「来い、『白式』!」

「始めるぞ、『フェンリル』!」

 私達の呼び声に応え、一夏の右手と私の右手にそれぞれコアが召喚された。

「『白式』緊急展開!《雪片弐型》最大出力!」

「『フェンリル』緊急展開!《ヘカトンケイル》右手5、左手5、同時展開!」

 コアは光の粒子へと変わり、私の、一夏の全身を包んでいく。

(−−上手く行った!これなら!)

 完全に展開を完了した『フェンリル』と意識を同調、オータムに向けて《ヘカトンケイル》を飛ばす。それと同時に『零落白夜』を発動した《雪片弐型》を大上段に構えた一夏がオータムに向けて突撃する。

「なあっ!?て、てめぇら、一体どうやって−−」

「教えてやる義理はない!左腕の礼だ!受け取れ!」

「言っとくけど、俺も知らねぇからな!食らいやがれ!」

「ぐうううっ!」

 まずは一夏の斬撃を脅威と判定してか、8本の装甲脚全てを集中させて受け止めるオータム。だが、私から言わせれば……。

「それは悪手だ!オータム!」

「っ!?しまっ−−」

 オータムが受け止めた一夏の攻撃をブラインドにして、一斉にオータムに襲いかかる《ヘカトンケイル》。それがオータムに当たるのと、一夏の力押しの斬撃が装甲脚を切り裂くのはほぼ同時だった。

「な……」

 驚きに顔を染めるオータムの全身を、私の《ヘカトンケイル》が殴りつけた。

「私の腕一本持って行ったんだ、ついでにもう十本持って行け!」

「ガッ、ギッ、グッ、ゲッ、ゴッ!」

 《ヘカトンケイル》に殴られた衝撃でオータムの体が僅かに浮き上がる。

「これで……どうだぁ!」

「ぐえっ!」

 さらにそこへ一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)も加えたスラスター・フルブーストによる蹴りが決まり、オータムは壁に吹き飛ばされる。その威力は凄まじく、衝撃で壁の一部が崩れ、向こう側が見えている。……待て、確か原作ではこの後……。

「!一夏くん、九十九くん、その女を拘束して!」

「了解!」

「は、はい!」

「く、くそ……ここまでか……!」

 

プシュッ!

 

 圧縮空気の音を響かせ、オータムのISが操縦者から離れる。

「何!?」

「まずい!これは……」

「二人とも!」

 その数秒後、無人となったIS『アラクネ』は閃光とともに大爆発を起こした。私達は巻き込まれる寸前の所で楯無さんの体に覆われて、事なきを得た。

「大丈夫?一夏くん、九十九くん」

 最大展開した水のヴェールが、私達を包んで守ってくれていた。いくらISには絶対防御があるとはいえ、あの位置で自爆に巻き込まれれば無傷とはいかなかっただろう。

「はい。こちらは問題ありません」

「俺も、なんとか……。あ!あの女は!?」

「逃げられたわ。ISのコアも、おそらく自爆寸前に取り出してるわね。装備と装甲だけを爆発させたみたい。それにしても無茶するわね。失敗すれば自分だって危なかったでしょうに」

 真剣な口調で話す楯無さんは、意外にもやけに格好良かった。

「そうですか……。ところで楯無さん」

「あの……そろそろ……」

「ん?」

「離してもらえます?」

「離してもらえると嬉しいんですが……」

 私達をかばった楯無さんは、爆発を背中で受けるように覆い被さってきた。つまり、彼女の胸元の『クッション材』が思い切り顔に当たっているのだ。

「やん。一夏くんと九十九くんのえっち」

「心外です」

「ち、ち、ちがいますよ!これは、その、緊急事態だったからで……」

「一夏くーん、言い訳なんて男らしくないなぁ。おねーさんのおっぱい、どうだった?」

「…………」

「だんまりはひどいなぁ」

「え、いや、その……や、柔らかかったです……けど……」

「九十九くんは?」

「……特に何も感じませんでした」

「あらそう。……で、本音は?」

「シャルがふかふか、本音がぽよんぽよんだとすれば、ぷにぷにでした」

「お二人さん」

「「は、はい」」

「えっち」

 もう何かを言い返す気力すら失せ、私達はがっくりと項垂れた。

 今日はとにかく色々ありすぎた。腹一杯シャルの手料理が食べたい。そんな気分だった。

「ところで一夏くん。これなーんだ?」

 そう言って楯無さんは指で『それ』を回して弄ぶ。

「……?王冠ですけど」

「やはり、なにか参加者達が必死になる特典があったんですね?」

「その通りよ。これをゲットした人が一夏くんか九十九くんと同じ部屋に暮らせるっていう、素敵アイテム」

「はぁ!?」

「何を考えている……なんて訊いても無駄でしょうね。何故ならあなたは『更識楯無』だから」

「うん」

「いや、うんって……。大体、俺や九十九と暮らして楽しいわけないでしょう」

「人によると思うぞ、一夏」

「ま、なんにしても、一夏くんの王冠をゲットしたのは、わ・た・し」

 楯無さんのこの言葉に嫌な予感がしたのか僅かに顔が青ざめる一夏。だがもう遅い。

「当分の間、よろしくね。一夏くん♪」

 疲れが出たのかなんなのか、一夏は諦めの表情を浮かべて背中から倒れたのだった。

 

 

 今回の一件、結局おいしい所は全て霧纏の淑女(更識楯無)が持っていく事になった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『いいな~、我も鈴ちゃんと同棲とかしてみたいわ〜』と羨ましそうに言った気がした。

 ……いや無理でしょ、あんた神でしょ?

 

 

「ところで九十九くん。あなた、左腕怪我してなかった?」

「え?……あ」

 楯無さんのその一言を受けて、ふと左腕を見る。そこには赤黒く腫れ上がった自分の腕があった。次の瞬間、顔から血の気の引く音がして、激痛が私を苛んだ。

「ぐわぁぁっ!痛い!思い出したら急に痛い!」

「九十九くん!ちょっ、大丈夫!?しっかりして!」

「九十九!?ちょっと待ってろ、今コアナンバー009呼ぶから!」

「落ち着け一夏、その衛生兵(メディック)はまずいから。回復というか改造されるから」

「と、とにかく医療室に急ぎましょう!」

 そう言って私の腕を掴んで引っ張ろうとする楯無さん。が、その掴んだ腕は。

「ぎゃああああっ!なぜ左腕を掴むんです!?楯無さん!」

「ああっ!?ごめんなさいっ!?」

「何やってるんですか、楯無さん!九十九の怪我が余計ひどくなるでしょうが!」

 勝利の余韻もどこへやら、まごう事無きグダグダ空間がそこにはあった。

 結局、私が医療室に行けたのはオータムが逃げてから30分近く経ってからだった。普段優秀な人ほど、パニックに弱いってほんとだな。




次回予告

祭りの終わりはいつだって寂しいものだ。
それが大きな祭りであれば特にもの寂しい。
だが、祭りの終わりは次の祭りの始まりでもある。

次回「転生者の打算的日常」
#45 学園祭(閉幕)

奴らの打つ次の一手、それは……。


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#45 学園祭(閉幕)

 IS学園特別医療室。ここには重傷患者が運び込まれて、手術と医療用ナノマシンを併用した高速再生治療が行われる。私の骨折も、一般的な治療と骨折治療用ナノマシンの投与処置が行われる事となった。

「それじゃあ、ナノマシンを投与するわね。チクッとしますよー」

 なお、ナノマシンの投与は専用の注射器で行うのだが、その針は一般的な注射器に比べ倍は太い。なので……。

「あの、それ絶対チクッとじゃ済まない……「えいっ」ドスッとしたぁっ!」

 とまあ、この様に骨折とは別の痛みに襲われる事になるのだ。

「はい、お終い。あとは今日一日ここで安静にしてなさい」

「あ、ありがとうございました……」

 そう言って、私に割り当てられたベッドから離れていく特別医療室専任のドクター。楯無さん曰く「腕はいいんだけど愛想がない人」との事。たった今実感しました、楯無さん。

「大丈夫?九十九」

「痛くない〜?」

 そんな私のベッドサイドには心配してやってきたシャルと本音。恰好は制服に戻っている。

「ああ、問題ない……と言いたい所だが、やはり痛いな」

「おお、あの九十九が珍しく弱気だ」

「やかましい。それで楯無さん、オータムは?」

「たった今セシリアちゃんから連絡が入ったわ。……敵ISの妨害にあって、取り逃がしたそうよ」

「そうですか……。詳しい話は彼女達が帰ってきてからですね」

 言って私はベッドに体を沈めた。さて、どこまで原作通りだ?

 数十分後、セシリアとラウラが医療室にやって来て事の次第を話してくれた。

 IS学園から離れた場所にある小さな公園。そこでオータムの補足に成功したセシリアとラウラだが、いざ詰問を開始しようかという段階で、高速で飛来した一機のISによってそれを遮られてしまう。

「そのやって来たISというのは?」

「『サイレント・ゼフィルス』……イギリスのBT二号機ですわ」

「二週間前、何者かによってイギリス空軍基地から強奪された機体か。いきなり実戦投入とは、向こうも思い切った事をする」

 

 現れた『サイレント・ゼフィルス』にセシリアは一瞬呆然とするが、すぐさま気を取り直して狙撃を試みた。

 しかしそれは展開されたシールド・ビットによって有効打とはならなかった。ならばと展開したビットは逆に『サイレント・ゼフィルス』の超高速機動下の精密射撃によって瞬時に破壊されてしまう。さらに、敵機から飛来した六機の射撃ビットがセシリアを窮地に追い込む。

「それなら!」

 セシリアはミサイル・ビットを自身の真下へと射出。空中で制御動作を取らせて、襲撃者の死角を狙う。

 必中を確信したセシリアだったが、次の瞬間自身の目を疑った。

 なんと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「信じがたい光景を前に、わたくしはつい棒立ちになってしまいました」

「だろうな。BT兵器の高稼働時のみ発動可能とされる偏光制御射撃(フレキシブル)。現時点でBT適性の最も高いパイロットとされるのはセシリア、君だ。にも関わらず、自分より先に偏光制御射撃を行った者が目の前に現れれば……な」

「ええ……」

 

 

 棒立ち状態のセシリアを狙う射撃ビット。レーザーが放たれた次の瞬間。

「何をしている!回避行動をとれ!」

「っ−−!?」

 ラウラが怒号とともにセシリアを突き飛ばし、代わりにレーザー射撃を浴びる。

 飛散する『シュヴァルツェア・レーゲン』の装甲を見て、ようやく我に返るセシリア。だがその時には既に襲撃者はオータムの側まで移動していた。

「迎えに来たぞ、オータム」

「てめぇ……私を呼び捨てにすんじゃねぇ!」

 飛来した襲撃者はラウラに小型レーザー・ガトリングを浴びせてオータムへの再接近を阻みつつ、ピンクに光るナイフでAICを切り裂いてオータムの自由を確保する。

「……この程度か、ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

 その顔はバイザー型ハイパーセンサーに覆われて口元しか見えないが、ラウラはその口が嘲った笑みに歪むのを確かに見た。

「貴様……なぜそれを知っている?」

「言う必要はない。ではな」

 それだけ言い残すと、襲撃者はオータムを掴み上げてそのまま飛来した方向へと離脱。しばしの間、ラウラとセシリアを足止めしていたビットは、用は済んだとばかりに自爆した。

「ラウラさん、すぐに学園に連絡を!わたくしは追跡します!」

「やめろ!もう追っても無駄だ。それに、追いついたところで今の我々では敗北は目に見えている」

「…………」

 一切証拠を残さず、まるで風のように去った謎の襲撃者。残されたセシリアに出来る事は、唇を噛みしめて敵の去った方向を睨む事だけだった。

 

「以上が、オータム追補の顛末ですわ」

「分かった。ありがとう」

 心底悔しそうに一連の顛末を語ってくれたセシリアに礼を言う。

 ……そうか、やはり来たのは『サイレント・ゼフィルス』……コードネーム『M』こと、織斑マドカ(自称)だったか。私はそこまで深刻な原作乖離が起きていない事にそっと安堵した。

「なあ、九十九。結局あいつ……いや、あいつらか。なんなんだ?」

「奴らの名は『亡国機業(ファントム・タスク)』。有り体に言えば闇の組織だ」

 

『亡国機業』

 成立は太平洋戦争末期とも第二次世界大戦初期とも言われているが、はっきりとは分かっていない。また、誰がどの様な形で成立させたのかも定かではない。

 世界中の戦争、紛争、あるいは内乱に直接的、間接的に関わっているとされる組織だが、構成人員、組織規模、行動目的、思想や理念といったもののほぼ一切が不明。

 分かっている事は、『幹部会』と言われる意思決定機関と『幹部会』の決定に従って作戦行動を展開する『実行部隊』に分かれている事、そしてその『実行部隊』の中でも精鋭と呼ばれる者達の顔と名前くらいだ。

 

ラグナロク(うち)の諜報員が一年かけてやっと得られた結果がこれだけだ。その闇はかなり深いぞ」

「「「…………」」」

 私の知っている『亡国機業』についての情報を話すと、全員押し黙ってしまった。無理もない。

 業界関係者から『無駄に優秀』と揶揄されるうちの諜報員が一年かけて得られた情報が『相手の顔と名前』だけなのだから。

「はい、それじゃあ今日はここまでにしましょう。これ以上は九十九くんの怪我に響くわ」

 パンパンと手を叩き、楯無さんが場を締める。そう言われた見舞い客達は「お大事に」「また明日」「無理すんなよ」と口々に私に声をかけながら医療室から出て行った。最後に残った楯無さんが扉に手をかけた所で、不意にこちらに振り返って訊いてきた。

「九十九くん。君、何者なの?」

「……どういう意味でしょう?」

「オータムの正体、《剥離剤(リムーバー)》の弱点、現れた敵ISの事情。君はあまりにも多くのことを知っている。教えて。君は何者?」

「……私はラグナロク・コーポレーションIS開発部所属の『フェンリル』専属パイロット、村雲九十九。それ以上でも以下でもありません」

「それともう一つ。君の会社はただの中小企業と言うにはあまりに謎が多すぎる。君の会社は、何なの?」

「その質問には『私に訊かれても困る』とだけお答えします」

 私と楯無さんの視線がぶつかる。数秒の睨み合いの末、折れたのは楯無さんだった。

「……いいわ。今はそういう事にしてあげる」

 そう言い残し、今度こそ楯無さんは医療室から出て行った。

 あの様子だとまだ諦めていないな。私とラグナロク(うち)を探る事。……厄介な事になったかもな。

 後の事を思って溜息をつき、ベッドに横になる。そのまま寝ようとした所でドクターがひょいと顔を出してこう言ってきた。

「言い忘れてたけど。医療用ナノマシンのエネルギー源は被投与者のカロリーだから、いつもより格段にお腹空くわよ。なにか食べなくて大丈夫?」

「そういうのもっと早く言って!?」

 現在夜の20時。食堂も購買部も閉まっている時間だ。一体どうしろというのだろうか。

 結局、腕の痛み(治ってる証拠だからと痛み止めはくれなかった)と空腹に苛まれ、一睡もできないまま翌日の朝を迎えた。

 シャルが持ってきてくれた特製朝ごはんの美味さに涙が出そうになった。食べるって大事だよね。ホント。

 

 

「というわけで、今日からよろしくね~つくもん」

「よ、よろしく、九十九」

 翌日の昼、ドクターから退院を許可されて部屋に戻るとシャルと本音がお出迎え。既に荷物は解いてあるらしく、私の部屋は私一人だった頃に比べ格段に華やかだ。

「ああ。しばらくの間の事だとは思うが、よろしく二人とも」

 挨拶を交わし、着替えを取ろうとタンスに向かう途中で本音が私の体に鼻を寄せて匂いを嗅いできた。

「クンクン……つくもん、ちょっと汗臭いよ~?」

「まあ、昨日はシャワーを浴びる事も出来なかったしな。それに−−」

 ドクターの話では、医療用ナノマシンのおかげで骨折自体は2〜3日で動かしても問題ない所まで治るとの事。

「その間、風呂にはなるべく入らないようにと言われてな。仕方ないから濡れタオルで拭くだけでいいかと−−」

「「よくないよ!」」

 思っている。と言おうとしてシャルと本音に遮られる。

「しゃるるん」

「うん、本音」

 お互いに顔を見合わせ、頷き合う二人。……なぜだか急に嫌な予感がしてきた。

 

「九十九、かゆい所ない?」

「あ、ああ、問題ない……いや、すまん。やはり耳の裏が痒い」

「ここだね。んしょ……」

「つくもん、腕上げて〜」

「こ、こうか?本音」

「おっけ〜。ゴシゴシ……」

 ……なんだこの状況?

 現在私は部屋のシャワールームでシャルに頭を、本音に体を洗われている。誤解無きように言っておくが、私は水着を、二人は濡れても困らない服(Tシャツにショートパンツ)を着ている。ちなみに左腕はシャワールームの外に出るような態勢になっている。

 二人で入れば窮屈になるシャワールームは、三人で一度に入った事でますます窮屈になっている。

 二人が何故こんな事をしているか?それはこの一言に集約される。曰く「好きな人にはいつでも清潔でいて欲しいから」……そういうものなのだろうか?

 とにかく、そんなこんなであれよあれよという間にこの状況だ。繰り返す。……なんだこの状況?

「本音、こっちは終わったよ」

「こっちもおっけ〜だよ〜」

「じゃあ、泡を流すね」

 そう宣言したシャルが私に頭からシャワーを浴びせる。泡とともに汗と疲れが流れて行くような気持ちがして、こんな状況ではあるがつい吐息が漏れた。

「ふう……さっぱりした。ありがとう、二人と……も……」

「?」

「どうしたの~?つくもん」

 二人に礼を言おうと振り返った私の目に飛び込んできたもの。それは、跳ねた水がかかって濡れたシャツを肌に張り付けた、えらく扇情的な姿の二人だった。下着をつけていないのか『さくらんぼ』が透けて見えていて、私は気まずさに視線を逸らす。

「あの、二人とも……見えてるんだが……」

「え?……あっ」

「いやん、つくもんのえっち〜♪」

 頬を赤らめ、ぱっと胸元に手をやる二人。その姿すら、どこか色っぽさが漂っている。……この先の生活で私の理性が焼き切れないか本気で心配になってきた。

 

 シャワーを浴び終え、体を拭こうと脱衣所に出ると、そこに無いといけない物が無かった。

「あれ?しゃるるん、タオルがないよ~?」

「あ、ほんとだ。ちょっと取ってくるね」

「わたしもいくよ~」

 そう言って、二人はシャワールームからいったん出ようとする。そこで、私はふとある事が気になった。

 ……あれ?そういえば、部屋に入った後ドアの鍵閉めたっけか?

 そう思った次の瞬間、ガチャリとドアの開く音がして、このタイミングでは決して聞きたくなかった男の声が聞こえてきた。

「九十九、その怪我じゃ風呂入りにくいだろ。手伝ってやりに……来た……ぜ?」

「「……〜〜〜〜っ!?」」

 そして鉢合わせる二人と一夏。数瞬の沈黙の後、二人の顔が一瞬で真っ赤に染まる。……よし、殺るか。

「「きゃあああああっ!?(一夏にあられもない恰好を見られた事への羞恥の悲鳴)」」

「きゃあああああっ!!(一夏が二人のあられもない恰好を無遠慮に見た事に対する怒りの絶叫)」

「きゃあああああっ!?(金的蹴りを受けた事による断末魔の絶叫)」

 私の一撃を受け、ごとりと床に沈む一夏。二人は脱衣所に舞い戻って真っ赤な顔で蹲っていた。

「一夏、ノックとは?」

「人類最高の発明であります……サー」

 ぷるぷると震え、苦悶に満ちた声で答える一夏。

「二人に何か言う事は?」

「誠に申し訳ありませんでした……」

 脂汗を流し、股間を押さえつつ謝罪を口にする一夏。それが聞こえたのか、シャルと本音が脱衣所から顔だけ出した。

「う、うん、いいよ。許してあげる」

「おりむーもわざとじゃなかっただろうし〜」

「だそうだ。二人の厚情に感謝しろ。したら帰れ、邪魔だ」

「あ、ありがとうございます……失礼しました」

 のろのろと立ち上がり、内股で部屋から出ていく一夏。まったく、あいつは一体何回同じ失敗をすれば気が済むんだか。

 この後、気を取り直した二人に「片手じゃ拭きにくいでしょ」と濡れた体を全身くまなく拭かれた。さらに着替えを手伝おうとしてきたが、さすがにそれは断った。

 なお、夕飯は「片手でも食べやすいように」というシャルの配慮で特製クリームシチューだった。その気遣いがなんだかこそばゆくも嬉しかった。

 

 

「皆さん、先日の学園祭ではお疲れ様でした。それではこれより、投票結果の発表をはじめます」

 その翌日、ついに部活対抗織斑一夏・村雲九十九争奪戦の結果発表が行われる運びとなった。

 体育館に集まった全校生徒が一斉に唾を飲む音が聞こえた……ような気がした。しかし、緊張の面持ちで発表を待つ皆には悪いが……。

「結果は分かりきっているんだよな、実は」

「だね~」

「うん。僕もそうじゃないかなって思ってる」

「え?何だ三人とも、結果が分かってるってどういう……」

 一夏が私達への質問を言い切る前に、楯無さんが一位を発表する。

「一位は、生徒会主催の観客参加型演劇『シンデレラ』です!」

「「「……え?」」」

 ほら、思った通り(原作通り)だ。楯無さんの発言に、全校生徒がぽかんと口を開く。数秒の沈黙の後に我に返った生徒達からブーイングが巻き起こる。

「卑怯!ずるい!イカサマ!」

「なんで生徒会なのよ!おかしいわよ!」

「私達がんばったのに!」

 そんな苦情をまぁまぁと手で制し、楯無さんは言葉を続ける。

「劇の参加条件は『生徒会に投票する事』よ。でも、私達は別に参加を強制したわけではないから、立派に民意と言えるわね」

 なんとも用意周到な計画だ。出し物への参加を促すための餌として私達を使い、その上で最終的に生徒会の勝利とするために参加条件を『生徒会への投票』と設定。

 あの時の最終的な参加者数は129人。全投票者(生徒)の実に3割強に当たる人数だ。これだけ票を集められては、他の部活に勝ち目はない。

 おまけに『参加は強制ではない』ため、彼女達は自分の意志で舞台に上がった(生徒会に投票した)事になる。確かにこれでは文句をつけられないな。

 もっとも、それで収まるほど今回の一件は簡単ではないらしく、生徒達のブーイングは止まらない。

「はい、落ち着いて。生徒会メンバーになった織斑一夏くんと村雲九十九くんは、適宜各部活動へ派遣します。男子なので大会参加は無理ですが、マネージャーや庶務をやらせてあげてください。それらの申請書は、生徒会に提出してください」

「……はい?」

 ……やはりそうくるか。

 楯無さんの発言を受け、周囲からブーイングが消えた。かわりに「ま、まあ、それなら……」「し、仕方ないわね。納得してあげましょうか」「うちの部活勝ち目なかったし、これはタナボタね!」などといった声が上がる。

 そしてすぐさま、各部活動のアピール合戦が始まる。

「じゃあまずはサッカー部に来てもらわないと!」

「何言ってんのよ、ラクロス部の方が先なんだから!」

「調理部もいますよ〜」

「はい!はいはい!茶道部ここです!」

「剣道部は、まあ二番に来てくれればいいですよ?」

「柔道部!寝技、あるよ!」 

 −−私と一夏の意思はどうなるのだろうね?まあ考えても無駄か。なぜなら彼女は『更識楯無』なのだから。

「それでは、特に問題もないようなので、織斑一夏くん、村雲九十九くんは生徒会へ所属。以後は私の指示に従って貰います」

 楯無さんがそう締めると、生徒達から拍手と口笛がわき起こる。

「あの時の楯無さんのあの言葉……そういう意味だったのか……」

 何かを思い出して一夏がポツリと呟いて項垂れる。

 あの人は本当に、どこまで本気か分からない。ただ一つだけ分かっている事があるとすれば、あの人には逆らっても無駄である。という事くらいだった。

 

 

「織斑一夏くん、村雲九十九くん、生徒会副会長と生徒会庶務着任おめでとう!」

「おめでと〜」

「おめでとう。これからよろしく」

 楯無さん、本音、虚さん。三者三様の祝いの言葉の後、クラッカーがパパーンと鳴った。

 場所は生徒会室。マホガニーのテーブルが窓を背にして鎮座しているのが印象的だ。まさに権力者の象徴だな。

「……なぜこんなことに……」

「何を言う。これ以上ない見事な解決法だぞ。元はと言えば、私達が部活動に所属していなかったのがいけないんだしな」

「そういうこと。学園長からも、生徒会権限でどこかに入部させるようにって言われてね」

「つくもんとおりむーがどこかに入れば〜、一部の人は諦めるだろうけど〜」

「その他大勢の生徒が『うちの部活に入れて』と言い出すのは必至でしょう。そのため、生徒会で今回の措置を取らせていただきました」

 生徒会三人娘の見事な連携。流石は幼馴染みだけの事はある。一夏はこれ以上の抵抗は無意味と悟ったらしく、がっくりと肩を落とした。

「俺と九十九の意思が無視されている……」

「今更だろう。諦めて今を受け入れた方が楽だぞ?」

「なぁに一夏くん、こんな美少女が三人もいるのに、ご不満?」

「そうだよ~。おりむーは美少女をはべらかしてるんだよ〜。わたしはつくもん専用だけど〜」

「美少女かどうかは知りませんが、ここでの仕事はあなた達に有益な経験となるでしょう。それから本音、その言い方は止めなさい。誤解を招くわ」

 とりあえず、この中でまともなのは虚さんしかいないと一夏は思ったらしく、虚さんにこれからの仕事について訊いていた。

「えーと……とりあえず、放課後に毎日集合ですか?」

「当面はそうしてもらいますが、派遣先の部活動が決まり次第そちらに行ってください」

「わ、わかりました」

「了解です」

「ところで……ひとつ、いいですか?」

「なんですか?」

「何か私達に聞きたい事でも?」

 虚さんにしては歯切れの悪い物言い。……ん?そういえば確か原作で虚さんは……。

 一夏が虚さんの事を不思議そうに眺めていると、さらに二回ほどいいにくそうにしながらやっと小声で口を開いた。

「学園祭の時にいたお友達は、なんというお名前ですか?」

「え?あ、弾のことですか?あいつは−−」

「あいつは五反田弾。私と一夏の共通の友人です。市立高校に通っていますよ」

「っておい、俺のセリフ取んなよ」

「そ、そう……ですか。年は二人と同じですね?」

「ええ、そりゃまあ」

「誕生日まで勘定に入れれば、一夏の三月上、私の二月下ですね」

「……二つも年下……」

「え?」

「ん?」

「なんでもありません。ありがとうございました」

 そう言って虚さんは丁寧なお辞儀をする。その頬が微かに赤かったのは、気のせいではないだろう。

「さぁ!今日は生徒会メンバーが揃った記念と一夏くんの副会長就任、九十九くんの庶務就任を祝ってケーキを焼いてきたから、みんなでいただきましょう」

「わ~。さんせ〜」

「では、お茶を淹れましょう」

「ええ、お願い。本音ちゃんは取皿をお願いね」

「は〜い」

 作業分担は基本のようで、三人は息の合った連携であっという間に準備を進めていく。

 そうして並べられたショートケーキは、実に美味そうだった。

「それでは……乾杯!」

「かんぱ〜い」

「乾杯」

「一夏、かんぱい(完敗)

「いや待て九十九。字違わないか?」

「そんな事はない。ほら、乾杯」

「……乾杯……はぁ……」

 

 こうして、様々な波乱のあった学園祭は幕を閉じ、私達の生徒会入りが決定した。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『プリーズ!プリーズギブミーモア鈴ちゃん!』と目の幅涙流しながら叫んでいる気がした。

 ……残念ながら、鈴は二組だからいないんだ。

 

 

『報告は以上です』

「ご苦労様。引き続き『亡霊』の監視をお願いするよ、ラタトスク」

『はい、社長。失礼します』

 

ピッ

 

 携帯での通話を終え、胸ポケットに戻す。机の引出しから葉巻を一本取り出し、先端をナイフで切って火を点けて吸い込む。 吐き出される紫煙はバニラに似た香りで男の昂ぶっていた心を僅かに落ち着けてくれた。

 

トントン

 

『僕だ。今いいかい?』

 戸を叩き、声をかけてきたのは男の古い友人。現在は自分の秘書のような役目を引き受けてくれている。

「ああ、入ってくれ」

 

ガチャリ

 

 戸を開けて入ってきた友人は、男に近付きながら話しかける。

「ムニンから聞いたよ。連中が彼らに接触したそうだね」

「ああ、奴らもそろそろ本格的に行動を開始するだろうな。これから忙しくなるぞ」

 男はそう言うと、灰皿に葉巻を押し付けて消した。

「待っていろ、亡国機業。貴様らに約束された敗北をくれてやる」

 そういう男の目は、爛々と輝いていた。




次回予告

騒動がないというのはいい事だ。
誰だっていつも事件の真ん中になんていたくない。
だが、えてして騒動とは向こうからやってくるものだ。

次回「転生者の打算的日常」
#46 平穏

少しでも長く続けと思うのは、いけない事か?


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#46 平穏

 某国某所。中央に空間投影ディスプレイが浮いた円卓に12人の男女が座り、部下の報告を聞いていた。

「スコール・ミューゼルからの報告は以上です」

「ご苦労、ミスト。下がって良い」

「は、失礼します」

 ミストと呼ばれた男は、丁寧に頭を下げて退室した。

「……作戦は失敗。『白式』と『フェンリル』は奪えずか」

「『アラクネ』はコアの残して全損。開発部は機体の再造にはどんなに急いでも三ヶ月はかかると言っております……」

「使えないわね、あの女。処分する?」

「いや、あれを失ったスコールがどう動くか分からん。それに……」

「現在、『アラクネ』のコアと最も相性がいいのはオータムです。今殺せば、戦力的損害が大きすぎます」

「では、オータムの失態に関してはISコアの没収と次の作戦への参加禁止を持って罰とする。という事で良いか?」

「異議なし」

「異議なし」

「同じく、異議なし」

 鷹揚に頷く男女。それを見て男の一人が手を叩いて次を促す

「よろしい。では次の議題だ。ラグナロク・コーポレーションに送り込んだエージェントからの定期報告が途絶えた」

「……普通に考えれば、正体がバレて始末された。あるいは……」

「情にほだされて裏切ったか。だな」

「彼は君の部下だったな。どう見る?ミス・ノヴェンバー」

「彼……ストームは情に流されるタイプではないわ。だから……」

「ふむ……『そういう事』だろうな。ラグナロク……いや、仁藤藍作(にとう あいさく)。やはり厄介だな」

「では、ストームについては正体が露見して始末されたものとして処理する。という事で良いか?」

「「「異議なし」」」

「ノヴェンバー、君は?」

「……ええ、異議なしよ」

「よろしい。では次に……」

 どことも知れぬ闇の中。悪意は深く静かに、だが確実に近づいていた。

「では、次の学園襲撃はキャノンボール・ファスト開催当日。9月27日という事で良いか?」

「「「異議なし」」」

 

 

 夕食時のIS学園一年生寮食堂。そこに、やかましく感じるほどの甲高い声が響いた。

「ええっ!?一夏さん、もうすぐお誕生日ですの!?」

 声の主はセシリア。元々リアクションの大きい彼女だが、今日はいつにもましてオーバーだ。椅子を蹴立てて立ち上がり、一夏に詰め寄っている。

「お、おう」

「いつ!?いつですの!?」

「9月27日だよ。ちょ、ちょっと落ち着けって!」

「え、ええ」

 そう言って椅子にかけなおすセシリア。

「コホン。一夏さん、そういう大事なことはもっと早く教えてくださらないと困りますわ」

「え?お、おう。すまん」

 なんだかよくわからないが、とりあえず謝る一夏。

「27日の……日曜日ですわね」

「おう、日曜だな」

 そう言いながら、セシリアは純白の革製カバーのついた手帳を取り出し、27日の欄に二重丸を描く。セシリアにとって、その日はとても重要な日だという事だろう。

「お前はどうしてそういうことを黙っているのだ」

 不満そうに口を尖らせてそう言ったのはラウラ。言いながら季節のサラダパスタをフォークに巻きつけているのだが、フォークを回しすぎてえらい事になっている。

「え?いや、別に大したことじゃないかなーって」

「ふん。しかし、知っていて黙っていたやつもいることだしな」

「「うっ!」」

 ラウラに一瞥されて、ダブル幼馴染みが固まる。

「別に隠していたわけではない!訊かれなかっただけだ!」

「そうよそうよ!訊かれもしないのにしゃべるとKYになるじゃない!」

 箒と鈴は言い訳じみた台詞を言いながら夕食(箒がサンマ定食、鈴が麻婆豆腐定食)のご飯をバクバクと頬張った。

「だいいち、それを言うなら九十九もだろう!」

「そうよそうよ!なんで教えてないのよ!」

「お前達と同じ理由だよ。訊かれなかったから答えなかった、それだけだ。それに私が嫌いなものは−−」

「損する事とクセの強い食材〜。特にセロリがダメなんだよね〜」

「あと、聞かれてない事を話すのと聞いてない事を話す人もだっけ」

「……そうだ」

 シャルと本音が私の言わんとした事を先んじて言った。私は台詞を取るのは好きだが取られるのは嫌いだ。

「つくもん、ごめんね~。あ、これあげる〜」

 私の不機嫌を悟ってか、本音が自分のミックスフライ定食からエビフライを私の特盛カツカレーにおいてよこした。

「じゃあ、僕も。あの、ごめんね?」

 そう言ってシャルがこれまた自分のポトフからソーセージを一本取り出してカツカレーの上に乗せた。

「二人共……私が食べ物をよこせば機嫌が良くなるとでも?……割とその通りだ」

「「うん、知ってる」」

「「「だあぁっ!」」」

 一連のやり取りを見ていた他の生徒達が一斉にずっこける。やはりこの学園の生徒はノリがいいよな。

「ううんっ!とにかく!9月27日!一夏さん、予定を開けておいてくださいな!」

「それなら心配は無いぞ、セシリア。なあ、一夏」

「ああ。一応、中学の時の友達が祝ってくれるから俺の家に集まる予定なんだが、みんなも来るか?」

「ええ!もちろんですわ!」

「私も参加予定だ。シャル、本音。君達もどうだ?」

「え?いいの?」

「当然だ。なあ、一夏」

「おう。どうせなら大勢のほうが楽しいだろ」

「なお、16時開始予定だ。ほら、当日はあれがあるだろう?」

 私がそう言うと、全員が「そういえば」という顔をする。

 

『キャノンボール・ファスト』

 ISを用いて行われる超高速バトルレース。本来なら国際大会として行われるそれだが、IS学園があるここでは趣きが異なる。

 学園の生徒は、市の特別イベントとして開催されるそれに参加するのだ。とはいえ、同じ土俵に立った場合専用機持ちが圧倒的に有利となるため、一般生徒と専用機持ちはそれぞれ別の部門に分かれる事になるが。

 学園外でのIS実習となるこのイベントでは、市のISアリーナを使用する。臨海地区に作られたそれは非常に大きく、収容人数は2万人を超える。

 以前、コアな人気を持つアイドルグループがここでライブを行ったのだが、収容人数の半分も観客が集まらずライブは大赤字。それ以来、ライブやコンサートの利用申請は一度も来ていないのだそうだ。元がISアリーナだから、仕方ないと言えばそれまでだが。

 

「そういえば明日からキャノンボール・ファストのための高機動調整をやるんだよな?あれって具体的にはなにをするんだ?」

「基本的には高機動パッケージの量子変換(インストール)だが、『白式』には無いだろう?」

 ラウラがプチトマトを頬張りながら告げる。

「その場合は−−」

「その場合、駆動エネルギーの分配調整や、スラスターの出力調整が主になるな」

 ポトフの人参をかじったシャルが言葉を続けようとした所をインターセプトする私。

「……九十九」

「先程の意趣返しだ。私は意外と根に持つぞ、シャル」

 ジト目でこちらを見るシャルにそう言って、貰ったソーセージを口にする。うん、美味い。やはりソーセージは豚100%だな。

「ふうん。高機動パッケージっていうと、確か『ブルー・ティアーズ』と『フェンリル』にはあるんだったよな?」

「ああ。『フェンリル』には高機動パッケージ『フレスヴェルク』が搭載されている」

「わたくしの『ブルー・ティアーズ』には『ストライク・ガンナー』が搭載されていますわ!」

 誇らしげに胸に手を当てるセシリア。腰に当てた手もばっちり決まり、さながらモデルのようだ。

 だが、その声は常に比べて僅かだが張りがなく、どこか憔悴しているようにも感じられる。一夏は気付いていないだろうが。

 最近のセシリアは、放課後一人で黙々と訓練を続けている。理由は学園祭の時の一件だ。

 『サイレント・ゼフィルス』とその使い手……『M』こと織斑マドカ(自称)を取り逃した事と、そのマドカに先んじて偏光制御射撃(フレキシブル)を使われた事が、彼女の中で大きな衝撃となったのが原因と思われる。

 なお、この件は千冬さんにより原則質問禁止が言い渡されているため、少なくとも一夏はそこまで詳しい事情を知らない。

 

亡国機業(ファントム・タスク)

 前回も説明したが、規模、理念、思想、本拠地、そのいずれもが不明の秘密結社。分かっているのは意思決定機関『幹部会』と『実行部隊』に分かれている事くらいだ。

 広大なネットの海には『亡国機業』に関するよもやま話が多数存在する。

 曰く、IS開発企業である。

 曰く、世界中に戦争の火種をばら撒くテロリスト集団である。

 曰く、国際IS委員会の裏の顔である。などなど……。

 そんな彼らが現在特に力を入れているのは、各国のISの強奪だ。しかも剥離剤(リムーバー)という『国家最重要機密(存在しない物)』を−−奪ったのか作った『どこか』が身内だったのかは別として−−使ってくるというのだからたまらない。

 さらに、社長が最近亡国機業の動向にやたら目を光らせているらしい。社長がそこまで連中に拘る理由とは一体何だ?

 

(いや、今は考えても仕方あるまい)

 そう思考を締め、改めてキャノンボール・ファストの話に意識を戻す。

「それだとセシリアと九十九が有利だよなぁ。なあ、セシリア。今度超音速機動について教えてくれよ」

「……申し訳ありません。それはまた今度。ラウラさんにお願いしてくださいな」

 にこりと微笑むセシリア。だがその顔が一瞬曇ったのを、私は見逃さなかった。今は自分の訓練に時間を使わなくてはならない。−−そう、物語っている顔だ。

「……そっか。わかった。じゃあラウラ、教えてくれ」

「いいだろう。最近はあの女にかまけてばかりいるお前を、私が教育してやろう」

 あの女とは、IS学園生徒会長・更識楯無さんの事だ。先日、一夏の部屋から退去していった楯無さんは、それでも相変わらずハードな放課後訓練を私達に叩き込んでくれている。

 え?私の部屋にいたシャルと本音はどうしたって?当然、楯無さんが退去するタイミングに合わせて退去したよ。……別に寂しいとか、部屋が広く感じるとかないからな。本当だからな!?

 楯無さんの訓練のおかげで私も一夏も多少は実力が向上したが、ラウラ曰く、私達はせいぜい『安全装置(セーフティ)を外せるようになった新兵(ルーキー)』程度のものだそうだ。

 流石は千冬さんの教え子、言う事がいちいち辛辣だ。

「つうか、有利だって言うならアンタも同じでしょうが。『白式』のスペック、機動力だけなら高機動型に引け取らないわよ」

 それを言うなら『紅椿』もだけどね。と付け加える鈴。

 相変わらずISの事に関して実に詳しい。中学時代にそんな素振りはなかったため、帰国後の猛勉強の賜物なのだろう。

「つうかさあ、うちの国何やってんだか。結局『甲龍』の高機動パッケージ間に合わないし。シャルロットのとこは?」

「リヴァイブは第二世代で元々これ以上の開発はないから、増設ブースターで対応するよ。元々速度関係は増設しやすいようになってるしね。『疾風(ラファール)』の名は伊達じゃないって感じかな」

 シャルの愛機、リヴァイブの正式名称は『疾風の再誕(ラファール・リヴァイブ)』。−−なるほど、納得だ。

「ふーん。あ、ラウラんとこはどうすんの?そっちも第三世代でしょ?」

「姉妹機である『シュヴァルツェア・ツヴァイク』の高機動パッケージを調整して使うことになるだろうな。装備自体はあっちが本国にいる分、開発も進んでいる」

 ISの専門的な話になると、流石に皆真剣な顔になっている。

「『シュヴァルツェア・レーゲン』の姉妹機かぁ。どんな武装を積んでるんだ?」

「嫁といえど、それは教えられんな。国家重要機密だ」

 

 『シュヴァルツェア・ツヴァイク(黒い枝)

 うちの諜報員からの情報では、『シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)』と基本コンセプトは同じだが、一撃の破壊力より手数に重きを置いた連射性能の高いレールカノンを主武装とし、AICを搭載した全距離対応型機との事。

 −−本当にどうやって情報を持ってくるんだろうね?うちの連中。

 

「ふん。いい顔をするようになったな。新兵ども」

 私達を眺め、口端を釣り上げて笑うラウラ。

「お褒めにあずかり恐悦至極であります、少佐殿」

「賞賛、ありがたく受け取らせていただきます、少佐」

 ちょっとしたジョークを言い合える程度には彼女の性格が分かってきた私達は、そんな冗談じみた言葉を返す。

 すると、先程まで楯無さんの事で機嫌が悪かったラウラは、実に楽しそうに、しかし冷徹さを感じさせる瞳で笑んだ。

 ドイツの冷氷、ラウラ・ボーデヴィッヒ。涼しげなその瞳は氷柱のように鋭く、だが美しく澄んでいる。

「そうだな、久し振りに全力演習を行うか。明日の放課後、16:00(ヒトロク マルマル)より第二アリーナで準実戦訓練を行う。いいな」

「了解だ。言っておくけど、今度はもうワンサイドゲームにはならないぞ」

「フフン。それはどうかな?私も明日は新式装備の性能を披露してやろう」

 そう言って、ラウラはクルリとフォークを回す。その先端にはマカロニが丁度空洞を通る形で刺さっていた。

「実のある訓練を期待しよう」

 ……あ、こいつ絶対次にこう言うつもりだな。

「「マカロニだけに」」

「……とか言うつもりでしょ」

「……とでも言う気か?ん?」

 どうも鈴もそう言うと思っていたようで、ツッコミが重なった。

「はっはっは、そんな馬鹿な」

 笑って否定する一夏。だが、その声は上擦り気味で顔は引きつっている。……図星か。

「一夏、お前……」

 箒が白い目で一夏を見ている。まあ、こいつがくだらないシャレを思いつくのは今に始まった事ではないから、私はもう諦めているがな。

「まー、どっかのバカはさておき」

 あっさりさておかれたどっかの馬鹿(一夏)。当の本人は「どこのバカだ、まったく」と言いたそうな顔をしているが、そこで「ここの馬鹿だ」とは言わないのが私なりの優しさだ。

「一夏、アンタ生徒会の貸し出しはまだなわけ?」

「ん?なんか今は抽選と調整してるって聞いたぞ」

「それが済み次第、順次貸し出し開始となる手筈だ。もう少し待て」

「ふーん……」

 なんでもなさそうに言って、鈴は辣油のたっぷりかかった麻婆豆腐を頬張る。が、私には分かる。鈴が、いや、一夏ラヴァーズ全員が『自分の部活動に真っ先に一夏が来る事』を期待していると。

「そういえば、みんな部活動に入ったんだって?」

 一夏が何の気無しにそう訊いた。それに対しての皆の答えは以下の通りだ。

「私は最初から剣道部だ」

 最近はよく顔を出しているそうだが、それ以前は幽霊部員だっただろ、お前。とは言わないのが得策だろう。

「ラクロスよ」

「へえ!ラクロスか!似合いそうだな!」

 似合うだろうな、棒を振り回す所が特に。なんて口にしないのが思いやりだろう。

 専用機持ちゆえの一般生徒とは一線を画す身体能力で、入部早々期待のルーキーとは本人の弁だが、熱くなりすぎて対戦相手を殴らないか心配だ。

「わたくしは英国が産んだスポーツ、テニス部ですわ」

 イギリスにいた頃から嗜んでいた。とは本人の弁。「一緒にいかが?」と誘われた一夏が「やった事がない」というと、セシリアはすぐさま「直接教えて差し上げてもよろしいですわよ?と、特別に」と続け、それを受けた一夏に微笑みを返した。

 無理をしている風はない、自然な笑みだ。あの笑みが出るなら、心配のレベルを下げてもいいだろう。

「私は茶道部だ」

 日本文化を好むラウラにとって、茶道部はまさにうってつけの場所だろう。ちなみに、茶道部顧問は千冬さん。

 聞いた所によると、千冬さんのファンが殺到したため、入部試験として『正座二時間』を実施。その結果、今年の入部生はラウラを除けば実家が茶道の家元だという千さんと、実家が寺の天空寺さんだけだったとか。

 なお、ラウラに「正座平気なのか?」と訊くと、ふっと笑って「あの程度の痺れ、拷問に比べれば容易い」と言った。そんなものと比べるな。というか、何されるんだ?拷問って。とは訊かぬが花だろう。

「で、シャルロットは?」

「僕は調理部に入ろうと思ってたんだけど……」

「つくもんに『私一人では庶務の仕事が回らない。助けてくれないか?』っていわれて~」

「庶務補佐として生徒会入りしたよ。扱いとしては準役員だな。と言うか、二〜三日前から生徒会室にいただろ」

「そ、そうだったのか?てっきり遊びに来てるもんだと……」

 この男の鈍さはもはや天然記念物クラスだな。知ってたけど。

 ちなみに、シャルは調理部にも籍をおいていて、庶務の仕事がない時はそちらに行っている。

 生徒会役員は原則部活動に入部できないが、シャルは準役員なのでその限りではない。と、楯無さんが言っていた。

 先日、覚えたばかりの『サバの味噌煮』を食べさせてくれた。生姜の効いた、実にご飯の進むものだった。

 

 この後、ラウラの着物姿うんぬんの話から年末年始の過ごし方に話が移行。一夏ラヴァーズは揃って日本に残ると宣言した。無論シャルもだ。

 ただ、そこで話を終わらせていればいいものを、一夏は篠ノ之神社で箒と(一夏は無自覚の)デートをした事を言ってしまい、他の三人に詰め寄られるという事案が発生した。

「さて、食事も済んだし、行こうか。シャル、本音」

「「うん」」

 巻き込まれたくないので、食べ終わったトレーを持ってさっさと退散。詰問を受けるー夏の「待ってくれ!助けてくれ!」と言う叫びをガン無視して、食堂を後にした。

 

 

「……ん?」

 自室のドアノブに手をかけて、私は違和感に気づく。鍵が開いている。部屋を出る前に確かに鍵をかけたはずだが、何故?

 不審者かも知れない。そう思った私は腰のホルダーから銃を抜いて安全装置(セーフティ)を外し、一息にドアを開けて突入した。

「動くな!動けば撃つ!」

「ひゃあっ!待って待って!私よ!」

 ベッドの上で両手を上げるのは、我らが生徒会長の……。

「なんだ、楯無さんでしたか……。てっきり侵入者かと」

 そう言いながら銃をしまう。楯無さんは安堵の溜息をついて両手を下ろした。

「ああ、ビックリした。撃たれるかと思ったわよ」

「ここがアメリカなら撃たれてましたよ。……で?ご用件は?この後シャルと本音が来るので手短にお願いします」

「ええ。例の組織について、動きがあったって知ってる?」

 『例の組織』となれば、その対象は一つだけ。亡国機業の事だ。私は首を縦に振る。

「はい。先程秘匿回線で連絡が。現地時間で今日の午前2時、アメリカのIS保有基地が襲撃を受けたそうですね。襲撃犯は『サイレント・ゼフィルス』を使っていたとか」

「相変わらず情報が早いわね、君の会社。ええ、そうよ。狙いはIS本体でしょうね。九十九くんも、自分のISを奪われたりしないように気をつけて」

「当然です。二度同じ手を食うような真似はしません」

「よろしい。男の子はそうでなくちゃね」

 それじゃあね、と言って楯無さんはベッドから降りて部屋を出て行った。本当に手短に済ませてくれたな。

 

コンコンコン

 

『つくも~ん、来たよ~』

『入っていい?』

 ノックと共に聞こえてきたのはシャルと本音の声。

「ああ。鍵は開いている。入って来てくれ」

「「お邪魔しま〜す」」

「いらっしゃい、二人とも」

 扉を開けて入ってきた二人。と、本音が私に訊いてきた。

「さっきたっちゃんとあったけど〜、なにしてたの~?」

「事務連絡さ。……他に聞こえると拙い……ね」

「本当に?」

「本当さ。この村雲九十九、女性相手に−−」

「「嘘はつかない」」

「……その通りだ。君達、最近私の台詞を取るの楽しんでないか?」

「うん」

「これくせになるね~」

 にっこり笑ってそういう二人。釈然としないが、二人が楽しそうだからまあいいか。

 

「プレゼント?私に?」

「うん」

「ほら、臨海学校の時に貰ったブレスレット。あれのお返しがしたくて」

 そう言って、二人は左手首を見せる。そこには、臨海学校前日に箒への誕生日プレゼント探しの手伝いの礼として送った銀のブレスレットが輝いていた。

 ちなみに、私が箒に送った誕生日プレゼントはレディースウォッチ。たまに着けている所を見かけるので、気にいってくれているようだ。

「別に見返りが欲しくてあげた訳ではないのだが……」

「わたしたちがそうしたいんだよ〜」

「うん。それにほら、誕生日のお祝いしてないんでしょ?だいぶ遅れちゃったけど、そのお祝いも兼ねて。どうかな?」

「……そういう事なら、君達の好意に甘えよう」

 私の誕生日はクラスメイト全員が知っているし、当然祝おうともしてくれた。しかし「下手に祝おうとすると大事になりかねないから」と、誠心誠意を込めた『お願い』で誕生日会を取り止めにしたのだ。

「それでね~、つくもんのほしい物が訊きたいな〜って」

「そうだな……時計かな。懐中時計に憧れる」

「時計かぁ……あ、じゃあ、駅前にいいお店知ってるからそこに行こうよ。僕も服とか見に行きたいし」

「分かった。タイミングは?」

「今度の週末〜。どうかな〜?」

「ああ、行こうか」

「それじゃあ、約束」

「やくそく〜」

 そう言って、二人は小指を差し出す。以前、日本の風習である『指切りげんまん』を覚えてからこっち、シャルはこれが妙にお気に入りだ。私としても断る理由はないので、毎回こうして指切りに付き合っているのだが……。

「指切りげんまん〜♪」

「嘘ついたらクラスター爆弾のーますっ♪」 

「「指切った♪」」

「あ、ああ……」

 その決まり文句が毎度毎度非常に怖い。針千本も嫌だが、クラスター爆弾なんて飲まされた日には出来損ないのミートパイになってしまう。

 ちなみに前回はM2ブローニング(重機関銃)全弾だった。……やはり、原作ヒロインの中で怒らせると最も怖いのはシャルだという事か。

 

 こうして、特に何事もない平穏な一日が過ぎていった。

 しかし私は、この平穏が長く続かない事を知っている。知ってしまっている。

 だが、それでもなお、少しでもこの平穏が長く続いて欲しい。そう思った。

 

(ふふ、週末が楽しみだなぁ)

 シャルロットは浮かれ気分で廊下を歩いていた。九十九と本音の二人とのデートは、彼女にとって最も楽しい行事の一つだ。

「えへへ♪」

 自室のドア前に立ったシャルロットが、にへらと頬を緩ませながらドアを開けた。すると。

「ちゃお♪」

「……シャルロット、今すぐこいつを追い出してくれ」

 

 うわあ……。

 

 口から出そうになったその言葉を、直前でグッと飲み込むシャルロット。

 部屋には犬猿の仲(実際にはラウラが一方的に嫌っているだけ)の二人、楯無とラウラがいた。

 ラウラは、もし猫であれば総毛立ち&尻尾威嚇の状態さながらで、いつもより六割増で目がつり上がっている。

「いい笑顔ね。九十九くんと何かあった?」

「あ、はい。ちょっと」

「おい、シャルロット!早くこいつを追い出す方法を考えてくれ!」

「いや、その、ラウラ。そんなこと言われても……」

 生来のお人好しであるがゆえの板挟み。シャルロットは、幸せがゆっくりと去って行く音を聞いた気がした。

 

 仲良くしたい楯無と仲良くしたくないラウラの攻防は、楯無のくすぐり攻撃によってラウラが悶絶した事で決着を見た。

 その間、シャルロットはラウラに飲ませるためのココアを作っていた。ごく最近知った事だが、ラウラを落ち着かせるにはココアが最も効果的なのだ。

 ラウラは受け取ったココアをちびちび舐め飲みながら「どうして助けないんだ!」とか「戦友を見殺しなど、正気の沙汰じゃない」とか「私のいた部隊では、どんな絶望的状況でも味方を見殺しにはしない」等と、ぶつくさ文句を言う。

「聞いているのか!」

 ずずずっと一度大きくココアを飲んでから、ラウラが怒号を上げる。しかし、そんな様子ももはや慣れたシャルロットは、うんと返事をしながら、ラウラの髪に櫛を入れていく。

「ラウラ、新しいシャンプーどうだった?」

「うん?まあ、嫌いな匂いではなかったな」

「そう。よかった。ラベンダーを買うの初めてだったから、ラウラがイヤだったらどうしようかなって思ってたから」

「う、うむ……。し、しかし、別に気に入ったわけではないぞ。あくまでイヤではないというだけであってだな」

 ひとしきり楯無に笑わされたラウラは、いつも饒舌になる。また、最近ではこうやって髪をシャルロットに梳かれると、心地良さそうな猫のように目を細め、時として眠ってしまう。どうやらそれほどまでに心地の良いものらしい。

「ふあ……」

 案の定、催眠効果が出始めたらしいラウラは、小さなあくびを漏らした。今日も着ている猫耳パジャマは、既に睡眠時の必須アイテムだ。

「ラウラ、もう今日は寝ちゃう?」

「うむ……。そうするか……」

 ぼーっとした口調でこくりと頷いてから、またココアをちびちび啜る。そんな様子が殊更子猫のようで、シャルロットは抱き締めたい衝動に駆られるのだった。

「ちゃんと歯磨きしてね」

「わかっている……」

 すでに半分夢の中のラウラは、ココアを一息に飲み干して洗面所へと向かう。

 3分後、戻ってきたラウラはそのままベッドへ寝転がり、布団の中へと潜り込んだ。

「じゃ、電気消すね。おやすみ、ラウラ」

「ん……」

 程なく、ラウラの寝息が聞こえはじめ、シャルロットはルームメイトが寝付いた事にそっと安堵の溜め息を漏らす。

(ふふ、早く週末にならないかなぁ……)

 シャルロットの気持ちはすでに週末のショッピングに向いている。左手首に光るブレスレットを確認してから、シャルロットは秘密の儀式を始めた。

(おやすみ、九十九……)

 

 ちゅっ……

 

 ブレスレットにキスをして、シャルロットは赤い顔を隠すように布団を頭のてっぺんまで被って眠った。

 

 一方、本音も……。

「えへへ〜♪」

「本音、ご機嫌だねぇ。村雲くんと何かあった?」

 ルームメイトの相川清香に問いかけられた本音は、いつもの笑みを一層深めた。

「うん!今度の週末にね~、しゃるるんとつくもんといっしょにお買い物に行くんだよ〜。早く週末にならないかな〜♪」

「いや、まだ月曜だから。週末だいぶ先だから」

 ニコニコ笑顔でそう言う本音に、清香は思わずツッコんでいた。

「本音、もう寝ない?明日は織斑先生の実技訓練だし」

「そだね〜。じゃあおやすみ〜、きよりん」

 そう言って、本音は自分の布団に潜り込んだ。それを見て、清香は電気を消して自分のベッドに入る。

 程なくして、清香のベッドから寝息が聞こえてくる。清香は寝付きが異様に良い。小学生時代のあだ名は『女のび太』だったとか。本人は「そのあだ名で呼ぶな!」と、言われる度に怒鳴っていたらしい。

(週末はどこに行こっかな~。三人なら、どこに行っても楽しいんだろ〜な〜)

 本音の気持ちもまた、既に週末のショッピングに向いていた。左手首に光るブレスレットをじっと見て、本音は秘密の儀式を始めた。

(おやすみ〜、つくもん……)

 ブレスレットにキスをして、本音はそっとその目を閉じた。




次回予告

プレゼントは、送られると嬉しいものだ。
ましてそれが恋人からとなれば、その感動はひとしおだろう。
さあ、楽しい時間の始まりだ。

次回「転生者の打算的日常」
#47 贈物

ねえ、九十九(つくもん)。どれがいい?


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#47 贈物

 それから数日が過ぎ、週末がやって来た。

「すまない、待たせたか?」

「「ううん、今来たとこ」」

 待ち合わせの定番台詞を交わしたここは学生寮玄関前。シャルと本音は「駅前で待ち合わせたい」と言ったが、またいつぞや(#25)のような事になりかねないので、なんとかお願いしてここでの待ち合わせに変更して貰ったのだ。

「さて、それでは行こうか」

「「うん!」」

 そう言って、シャルが右腕に、本音が左腕に腕を絡めてくる。このポジションもすでにお決まりだ。

 それじゃあと三人揃って歩こうとした所で、前方から一人の女性がこちらに歩み寄ってきた。あの人は……。

「お出かけのところ失礼します。少々伺いたい事が有るのですが」

 女性は20代後半。切れ長の目にエッジの効いた眼鏡をかけ、ビジネススーツをびしっと着こなしている。その雰囲気は千冬さんに近いと言えるが、寄せられた眉根と神経質そうな顔立ちが二人の違いを決定的に表していた。間違いない、この人は……。

「私に答えられる事であれば。元中国代表、第二回モンド・グロッソ格闘部門・拳打の部優勝者(ヴァルキリー)、『拳聖(カンフー・マスター)』の楊麗麗(ヤン・レイレイ)中国代表候補生管理官殿」

「私の事を知っているとは……流石ですね、ラグナロク社の村雲九十九さん」

 すっと右手を差し出し、握手を求めてくる楊さん。それに応えるために二人に離れて貰い、握手を返した。と、次の瞬間!

「……え?な、何が……!?」

「「九十九(つくもん)!?」」

 私は気付かぬ内に路上に転がされていた。見上げるとそこにはしたり顔を浮かべる楊さんが。

「まだまだ脇が甘いですよ?第二の男性IS操縦者」

「流石は名高き『拳聖』殿、参りました。それで楊さん、訊きたい事とは?」

 楊さんに腕を引かれて立ち上がりつつ、本題を切り出す。

「ああ、そうでした。凰鈴音候補生の部屋番号をご存知ないでしょうか?受付でうっかり聞き忘れまして……」

 申し訳なさそうに訊いてくる楊さん。『拳聖』楊麗麗。彼女も意外と抜けた所があるらしい。

「そうでしたか。彼女の部屋は−−」

「ほら、一夏。行くわよ!」

「おい、引っ張るなって!」

「待て!ええい、待てというのに!」

 鈴の部屋番号を言おうとした所で、後ろから聞き覚えのある騒がしい声がした。

「……その必要はなさそうです。楊さん」

「……ええ、そのようですね」

 途端、さっきまで僅かに緩んでいた楊さんの眉根が一気に寄った。どうやら彼女の眉は公私で寄り方が変わるようだ。

「まずはどこに……って、えっ!?」

 一夏の手を引き、勢い良く飛び出してきた鈴は、目の前にいる私達(正確にはその隣)を見て急激に足を止め、絶句した。

「おわっ!?」

 そのせいで引っ張られていた一夏が慣性に従ってつんのめった。こけそうになった一夏が思わず手を伸ばした先は。

「ひゃあっ!?」

「って、ああっ!?ご、ごめん!のほほんさん!」

 よりにもよって本音の『胸部装甲』だった。……よし、殺るか。

「一夏。覚悟はいいか?私はできている」

「待て!待ってくれ!今のは不可抗力……」

「聞く耳持たん!」

 怒りに任せて蹴り上げた脚は、寸分違わず一夏の股間へ。その時、その場にいた全員が『鐘の音』を聞いた気がした。

「だああーーっ!?」

「い、一夏ーーっ!?」

 絶叫した後股間を押さえ、ばったりと倒れ伏す一夏に箒が心配そうに近寄る。

「だ、大丈夫か一夏!?九十九!いくらなんでもやり過「あ?」いえ、なんでもないです!」

 言い募ろうとした箒を睨みつけると、箒はすぐさま頭を下げた。

「……彼は大丈夫なのですか?凰鈴音代表候補生」

「え、ええ。いつものことですし。……それでその、なにか御用でしょうか?楊候補生管理官」

 その隣で、一夏を内心心配しつつ、鈴が楊さんに用向きを訊いた。

 通常、代表候補生管理官は所属する国家で候補生の指導やスケジュール管理(候補生の中にはアイドル活動をする者もいる)等を行なっているため、国内から出る事は滅多にない。

 そんな候補生管理官がこの時期にわざわざ日本にいる鈴の所にやって来た理由など、一つしかない。

「キャノンボール・ファスト用の高機動パッケージ『(フェン)』が用意出来ました。早速、実装(セットアップ)量子変換(インストール)、それに試運転(トライアル)を開始します。準備を」

「え!?いや~……その……今日はちょっと用事が……」

 一夏のプレゼントを買いに行くつもりだったろう鈴は、どうにか先延ばしにして貰おうとする。が、鈴が渋ったその瞬間、楊さんの目つきが僅かに鋭くなった。

「二度同じ事を言わせないように」

「りょ、了解しました……一夏、そういうわけだから」

「お、おう……分かった。頑張れよ」

 がっくりと肩を落としながら一夏にそう告げると、鈴は楊さんに渡されたパッケージデータを端末で確認し、あれこれと質問しながらIS専用の工作室(セッティング・ルーム)へと向かって行った。……原作通りの流れとはいえ、あいつも運が無いな。

 

「さて、それでは改めて。行こうか、二人とも」

「「うん」」

 いまだ蹲る一夏を尻目に、今度こそ出発する私達。IS学園専用モノレールでIS学園入口駅へ、そこから電車に乗り換えて新世紀町駅で下車。駅北口から徒歩5分。そこが今回の目的地だそうだ。ちなみに……。

「何故ついて来る?」

 私達の隣には、いまだ内股気味の一夏とそれを支える箒がいた。なお、一夏の顔が近いからか箒の顔は真っ赤だ。

「いや、俺はどこに行くとか聞いてなくてさ……」

「ついてきているのはそっちだろう?この先に私たちの目的の店があるのだ!」

「え?僕たちの目的のお店もこの近くなんだけど……」

「しののん、しののん。そのお店の名前は~?せーの!」

 その掛け声で三人の口から出た店名は一字一句同じだった。

「「「クロノス」」」

 こうして、全く予期せぬ形でダブルデートが始まった。……なんだかなぁ……。

 

 

 時計専門店『クロノス』。お手頃価格の物から超高級品まで、様々な時計を扱う人気の店。また、時計のオーダーメイドが可能な事も人気の秘密なのだとか。

 扉を開けて店に入ると、黒で統一されたシックな内装が出迎えてくれた。その高級感漂う落ち着いた雰囲気に、私はどうにも萎縮してしまう。そこに、スーツでびしっと決めた店員がすっと近づいてきた。

「いらっしゃいませ、クロノスへようこそ。本日の御用向きは?」

「あ、えっと、彼に時計をプレゼントしたくて」

「懐中時計ってありますか〜?」

「かしこまりました。どうぞ、こちらです」

 店員に促されて懐中時計のコーナーへ案内される私達。一方の一夏達にも、別の店員が接客を開始した。あちらはとりあえず放置で構うまい。今はこちらに集中だ。

 

「うーむ……」

 懐中時計コーナーのディスプレイを眺めながら唸る。体裁は『ブレスレットの礼』でも、実際は私宛ての誕生日プレゼントなのだ。慎重にならねばな。

「ん?」

 と、ふと目線を向けた先に何やら気になる懐中時計を発見。

「どう?気に入ったのあった?」

「いや、気に入ったというか、気になったのなら……」

「どれどれ〜?」

「あれだ」

 私が指差した先にあるそれは、銀で出来た懐中時計だった。扁平な六角形と縦長の菱型を組み合わせた紋様の中に龍にも一角馬(ユニコーン)にも見える謎の動物が収まり、その下に植物の葉の模様がついている。……これ、どこかで見た事が……。

「あの、これは?」

「はい、そちらは当店の銀細工師が『降りてきた』と言って作った一点物でして」

 ちらりと値札を見てみると、確かに高い。ただの高校生には決して手が出せないくらいの値段だ。もっとも……。

「買えなくはない……な」

「うん、貯金してある支給金から出せそう」

 ここにいるのはIS開発企業所属のテストパイロットとフランス代表候補生。会社か国かの違いはあれど、給料(シャルは支給金)をいただいている立場なのである。

「どうする九十九。これにする?」

「そうだな……」

 確かに、この銀時計に魅力を感じている自分がいる。……これにしようかな?

「つくもん、これはやめた方がいいと思うよ〜?」

 そこに待ったをかけたのは本音。その顔には僅かな嫌悪感と焦りが見える。

「え?どうして?本音」

 気になったシャルがそう訊くと、本音は大きな身振りでこう言った。

「だってつくもんがこれを持ったら〜、突然軍に少佐相当の待遇で編入されたり、街の人から『軍の狗』ってののしられたり、へんてこな『称号』をつけられて戦争に参加させられたりするかもなんだよ〜?」

「そ、それは……怖いね」

「まさか……こんな何の変哲もない銀時計にそんな力が−−」

「いえ、ございません」

「「「あ、で、ですよね~……」」」

 妙な空気になっていた所に店員が冷静なツッコミを入れた事で、私達は現実に引き戻された。……なんか、恥ずかしっ!

 

「じゃあ改めて。九十九、気に入ったのあった?」

「あ、ああ。これ……かな」

 そう言って私が指差したのは、月に吠える狼の意匠の彫刻が入ったいぶし銀の時計。お値段およそ2万円。

 懐中時計としては比較的安価な物だが、『銀』で『狼』という所が『フェンリル』を思い起こさせてどうにも目が離せない。

「そちらは当店オリジナルブランド『ウルフシリーズ』の最新作で『魔狼の咆哮(フェンリル・ロアー)』と言いまして、当店で今最も人気のあるモデルです」

 まさか名前に『フェンリル』が入っているとは思わなかった。ますます欲しいぞ、これ。

「よし、これにしよう。というかこれがいい。これじゃないと嫌だ」

「お〜、つくもんが珍しくわがまま言った〜」

「それじゃあ、九十九のリクエスト通りに。すみません、これにします」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 そう言って店員がその時計を手にし、丁寧に箱に入れ、プレゼント用の包装を施して袋に入れて戻って来た。

「それでは、こちらになります。お支払いは?」

「「現金で」」

 そう言うと、二人は財布を取り出してそれぞれ料金を半分づつ支払った。

「すまないな、二人とも。こんないい物を……」

「ううん、いいよ。それに……」

「『すまないな』じゃないよね~」

「……ああ、そうだな。ありがとう、二人とも」

「「どういたしまして」」

 二人に貰った懐中時計は、実際の重さ以上に重く感じた。これが『想いの重さ』という奴なのだろう。

 

「ありがとうございました」

 頭を下げ、私達を見送る店員に「こちらこそ」と声をかけて店の出入口に向かう。

 ふと視線を向けた先では、一夏が腕時計コーナーで未だにうんうん唸っていて、それを見る箒の顔が苛立ちに歪んでいた。多分、もう少しで箒が爆発するな。なら、きっとこう言うだろう。

「「ええい!女々しいぞ、一夏!いい加減どれにするか決めろ!」」

 私と箒の叫びが同時に響く。自分以外の声が混ざっていた事に気づいた箒が、こちらに振り向いて私を睨んでくる。

「九十九……お前……」

「店内ではお静かに。まあ、私も人の事は言えんがね」

 怒りの頂点を圧し折られた箒は、はあ……と溜息をついて一夏の方を向く。

「……一夏の奴がさっさと決めないのがいけないんだ。『どれもピンとこない』などと言ってな」

「つってもよ、箒。俺、腕時計なんて持ったことねえしさ」

 今の時代、常日頃から腕時計を身に着けている男性は非常に少ない。携帯が普及し、いつでも時計を見られるようになったから。というのもあるが、それ以上に大きな理由がある。それは、男性が女尊男卑主義者に『手元を見られる』のを防ぐためだ。

『そんな高級腕時計をしてるんですもの、それだけ収入もあるでしょう?ならそのお金、私のために使いなさい』

 これが女尊男卑主義者の言い分であり、断れば警察沙汰にする。と言われれば男に断る術はない。

 それを防ぐため、最近では腕時計を着けず(着けても安物)、安物のスーツを着て『安月給のサラリーマン』と偽る男性が殆どで、高級腕時計にブランドスーツなんて物を身に着けるのは、『女に媚びる仕事』の人か『ヤの付く自由業』の人ぐらいになっている。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 このまま一夏に任せていてはいつまで経っても決まらないだろう。そこで私はある提案をした。

「ならば箒、お前が一夏に似合う物を見繕ってやればいい」

「わ、私がか!?いや、私もこういうものには疎くてな……」

「……そう言うと思ったぞ。シャル、本音」

「うん、分かった」

「おっけ〜」

 私の呼びかけに応えた二人は、ショーケースをざっと眺めるとそれぞれ別の腕時計を指さした。

「これなんてどうかな?」

 シャルが指したのは白を基調とした、ホワイトゴールドの輝きを放つ金属製腕時計。

「わたしはこっち〜」

 本音が指したのは黒を基調とした、落ち着いたデザインの革製腕時計。

「箒は?どれだ?」

「そ、そうだな……これなどどうだ?」

 箒が指したのは無骨なデザインの、いかにも『丈夫さが売り』な腕時計。三者三様。どれも選んだ人のセンスが滲み出ていて、実に面白い。

「さて、一夏。三択だ。どれにする?」

「うーん、そうだな……じゃあシャルロットの−−「ただし」!?」

「お前に誕生日プレゼントを贈ろうとしているのは誰か。それをよく考えた上で選べ(意訳・箒のでと言え)」

「お、おう……。それじゃあ……箒ので」

 こいつにしては珍しく、私の言葉の裏を読み取ったらしい一夏が箒の薦めた腕時計を選んだ。

「そ、そうか。私が選んだ物にするのか。ではこれを」

 半ば強制とはいえ、自分の薦めたものを選んで貰えたのが嬉しかったのか、箒の声音は若干明るい。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 そう言って、店員が箒の選んだ腕時計をショーケースから取り出し、箱に入れてラッピング。紙袋に収めて箒に渡した。

「お待たせいたしました。こちらになります」

「ありがとうございます。ほら、一夏」

 それを受け取って代金を支払った後、箒はその紙袋をそのまま一夏に押し付けた。気恥ずかしいのは分かるが、もう少し渡し方あったろう?箒。

「お、おう。ありがとな、箒」

 受け取った一夏が箒に礼を言うと、箒は「ふ、ふん」とそっぽを向いて腕を組んだ。その顔が真っ赤になっているのは、言わぬが花だろう。

 

 

「「「ありがとうございました」」」

 『クロノス』をあとにして、シャルと本音の『服を見に行きたい』というリクエストに応えて『レゾナンス』へと向かう。一夏と箒も目的地は同じなようで、隣を歩いている。

「どのお店にしよっか〜?」

「夏休みの時にラウラと行った所にしようと思うんだけど……どうかな?」

「君達の買物だ。行先は任せるよ」

「一夏、私たちはこっちだ」

「おう。じゃあ、九十九。後でな」

「後があればな」

 一夏・箒組と一度別れて向かった先は、レディースファッションショップ『サードサーフィス』。店舗が見えてくると同時にあの時(#36)の虚しさが脳裏をよぎった。

「私は外で待っていたいのだが……」

「九十九の意見も欲しいからダメ」

「つくもんに選んでほしいからダメ〜」

 そう言って二人は強引に店へと私を連れこんだ。仕方ない、覚悟を決めよう。

 

「九十九、どうかな?」

 シャルが試着したのは白のタートルネック。彼女のハニーブロンドの髪と相まって輝いて見える。

「いいと思う。ただ、私見を述べるなら、君には暖色系がもっと似合うと思うぞ」

「そ、そう?じゃあ、こっち?」

そう言ってシャルは試着室に持ち込んだもう一方のタートルネック(ライトオレンジ)を体に当てて見せてきた。

「ああ。やはり君にはオレンジが似合う」

「そっかぁ……。じゃあ、こっちにするね」

 言うが早いか、シャルは試着室のカーテンを閉め直した。それと同時に別の試着室のカーテンが開く。

「つくもん、つくもん。わたしは~?」

 本音が試着したのはダークブルーのロングスカート。彼女の薄紅色の髪との対比が綺麗だ。

「よく似合っているよ。ただ、もう少し色味の薄い方が君にはもっと似合うんじゃないか?」

「じゃあこっち〜?」

 そう言うと、本音はインディゴブルーのロングスカートを取り出して履いているスカートの横に並べる。

「ああ。やはりそっちだな」

「わかった〜。こっちにする〜」

 言って試着室に引っ込む本音。しばらくして、元々履いていたパステルイエローのミニスカートに着替えて出てきた。

 それと同時に、シャルも元の服(ライトグリーンのワンピースにアイボリーのカーディガン)に着替えて出てきた。

「ちょっと待っててね」

「お会計終わらせてくるから~」

「ああ」

 そう言ってレジへと向かう二人。店長と思しき女性がシャルを見て「あ!あの時の金髪さん!?」と驚きの声を上げた。どうやらあの日の出来事は、今でもこの店の語り草らしかった。

 

 

 『サードサーフィス』で買い物を終わらせた時には、時計は12時を大きく回っていた。

「二人とも、そろそろ昼食にしないか?恥ずかしい話だが、さっきから腹が鳴り止まなくてな」

 そう言う私の腹は『何か食わせろ!』と激しく主張していて、それを聞いた二人はくすりと笑みをこぼした。

「うん、いいよ。僕もお腹すいてたし」

「わたしも〜。どこにする〜?」

「そうだな……」

 何を食べようかと考えながら辺りを見回す。視線の先にあったのはオープンカフェ。値は張るがその分美味いと評判の店だ。

「あそこにしよう。食事代は私が出す」

「え!?悪いよ」

「そう言うな。甲斐性を見せる機会をくれないか?シャル、本音」

「そう言うことなら……」

「つくもんに、ゴチになりま〜す!」

「ああ。それでは行こうか」

 三人並んで歩いて店に入ると、暖かな日差しと心地よい風が出迎えてくれた。

「へぇ、おしゃれだね、ここ。ちょうど今日って暖かいからロケーションも抜群だね」

「ん〜。風が気持ちいいね~」

 さあっと髪を撫でる風に微笑むシャルと本音。その姿に、私の心臓が一瞬大きく跳ねた。……もう大分やられてるな、私。

「いらっしゃいませ」

「失礼。今日のランチセットは何ですか?」

「はい。本日は蟹のクリームソーススパゲティとなっております。デザートは梨のタルトです」

「では、それを三人前。それから、日替わりピザを一枚」

「かしこまりました」

 やって来た店員にオーダーを告げると、店員は伝票にそれを書き記しつつ帰っていった。

 その様子をシャルと本音がじっと見ていたことに気づいて少し居心地が悪くなる。

「なんだ?どうした?」

「前も思ったけど、手慣れてるなって」

「そうか?これくらい普通だろう。飲食店での注文はすらすら出来るようにしなさいと、母さんに仕込まれてね」

「つくもんはこういうお店によく行くの〜?」

「ああ、そうだな。確か……母さんが料理について妥協しないという話は以前したな?」

「うん」

「そういえば〜……」

「それは飲食店についても同じでな。『気になったお店がある』とか『新しく出来たお店を試したい』と言っては私や父さんを引っ張って行って、あれこれ頼んで口にして品評する。という事が月に最低三回はある。ちなみに超辛口」

「「うわぁ……」」

 母さんの料理への飽くなき情熱に引いたような顔をする二人。うん、気持ちはわかる。

 

「お待たせしました」

 そんな話をしている間に、ランチセットが運ばれて来た。ウェイターさんは三枚のパスタ皿を一度に運んでいるが、その動きに一切のブレはない。熟練の技だな。

「こちらが本日のパスタ、蟹のクリームソーススパゲティでございます」

 私達の前に並ぶパスタに、思わず「おお……」と小さく息を漏らす。蟹のほぐし身がたっぷりと入ったトマトクリームソースの香りが実に良い。中央にでんと鎮座する蟹のハサミは、見た目のインパクト抜群だ。……これは『当たり』かも知れないと思っていると、続いて日替わりピザが運ばれてきた。

「お待たせしました。こちらが本日の日替わりピザ『フレッシュトマトとモッツアレラチーズのピザ』でございます」

 テーブルの中央に置かれた木皿の中では、輪切りのトマトとモッツアレラチーズがふんだんに乗った、なんとも良い香りを漂わせるピザが『さあ、食え!』とばかりに存在をアピールしていた。こちらも実に美味そうだ。

「それでは、後ほどデザートをお持ちしますので」

 そう告げてテーブルから離れるウェイターさん。私達は早速料理をいただく事にした。

「では、いただきます」

「「いただきます」」

 三人で一斉に手を合わせ、まずはパスタを一すすり。

「おお、これは美味いな」

「うん、生パスタって書いてあったもんね」

「美味し〜!」

 モチモチとした食感のパスタと濃厚でありながら後味すっきりのトマトクリームソースに、たっぷりと入った蟹肉の旨味がマッチした極上の一品。まさに『旨味の洪水』だ。これに、おかわり自由のアイスハーブティーが実によく合う。

「やはりこの店は『当たり』だな。よし、ピザも食べよう」

「あ、九十九。一切れもらっていい?」

「わたしも〜」

「ああ、どうぞ。元々そのつもりだったしな」

 そう言って、私はピザを一緒に付いて来たピザカッターで六等分にカット、それを三人で分け合った。

「これも美味し〜!」

「うん、美味しいね」

「その辺の下手なピザ屋では太刀打ち出来ん美味さだな、これは」

 フレッシュトマトのジューシーな甘みと、モッツアレラチーズのさっぱりした旨味が口の中で二重奏を奏でる。

 たっぷりとかかったオリーブオイルも香りのアクセントになっている。まさに『旨味と香りの三重殺(トリプルプレー)』だ。……なにか、さっきからどこぞのグルメリポーターみたいになってるような……?

「あちち……熱いが美味い!」

 頭の端でそんな事を考えつつ食べ進め、ふと気づくとパスタもピザも食べ切っていた。

「ふう……美味かった。これだけのクオリティだ。デザートにも期待ができるな」

「そうだね~」

「たしか梨のタルトだっけ?」

 と言っている間に、待ちかねたデザートがやってきた。

「お待たせしました。こちらデザートの『鳥取県産二十世紀梨のタルト』でございます」

「「「おお〜〜」」」

 私達の目に飛び込んできたのは、さっくりと焼き上がったタルト生地に艶やかな梨のコンポートがどっさり乗った、見た目も美しいタルトだった。

「ふ、ふふ……では早速……」

 フォークでタルトを切り、口に運ぶ。サクサクの生地と柔らかくも特有の食感を残した梨のコンポート。カスタードクリームは梨の甘さと喧嘩しないように控え目な甘さになっている。

 一緒に口に入れると丁度いい甘さになるよう計算された、まさに『味の黄金律』だ。……って、だからこれはもういいって。

「これ程とはな……」

「すっごいおいし〜ね〜」

「うん、美味しいね」

 シャルと本音も実に幸せそうな顔でタルトを頬張っていた。それを見て、私はここに来て良かったと思った。

 出てきた料理のどれもが一級品。この店は本当に『当たり』だな。また三人で来よう。

 

 

 昼食を終えた後、私達は改めて『レゾナンス』の中をぶらぶら見て回る事にした。

「あ、『たれウルフ』だ〜。かわい〜♪」

「いや、可愛い……か?」

「本音の感性って独特だから……」

 立ち寄ったファンシーショップで、やけにダルダルな狼のぬいぐるみに本音が嬌声を上げたり。

「この石けんいいな。買おうかな?」

「どれ……一個2000円!?高くないか?」

「化粧石けんだったら安いくらいだよ〜」

「そ、そうなのか……」

 コスメショップで男女の価値観の違いについて少し勉強したり。

「……ゲームクリア。意外に簡単だったな」

「「お〜〜(パチパチ)」」

「す、すげぇ。あの鬼ムズゲーをノーミスクリアかよ……」

「しかも全ステージ命中率100%だぜ。どんな腕してんだよ……」

 ゲームセンターで『難しすぎ!』と噂のガンシューティングゲームをクリアして、周りから喝采を受けたりした。

 

「さて、そろそろ帰ろうか?」

「「うん」」

 時間は16時を少し回った所。買物と遊びを存分に楽しんだ私達は『レゾナンス』を後にして学園への帰路についた。

『新世紀町駅』の『IS学園前駅』行きホームで電車を待っていると、シャルがふと気になったのか、私に話しかけてきた。

「そういえば、一夏と箒はどうしてるのかな?」

「さあな。結局あの後、一度もすれ違いもしなかったしな」

「あ、うわさをすればしののんとおりむーだ〜」

 本音の指差した先には、不機嫌そうな顔で歩く箒と、なぜ箒が機嫌を損ねているのか分からない。という顔をして隣を歩く一夏の姿が。

「ん?よう、九十九。さっきぶり」

「ああ。さっきぶり、一夏。で?箒はなぜあんな顔をしているんだ?」

「いや、わかんねぇ。蘭と会って、一緒に行こうぜって誘った辺りからずっとこうでさ……」

「あ~……」

 おそらく、蘭と出会い、食事と買物を一緒した(原作通りの展開になった)のだろう。

 もっとも、一夏の隣にいたのがシャルではなく箒だったという違いがあるため、全くその通りではなかったろうが。

「で、今さっき蘭を店に送り届けてきたとこだ」

「そうか……箒、一つだけいいか?」

「……なんだ?」

 こちらに視線だけを向ける箒。その目には不満と苛立ちが浮かんでいる。だが、こう言えばきっとそれも収まるだろう。

「お前は一夏が全ての女に優しくするのが気に入らんようだが……」

「それがなんだ?」

「諦め−−」

「「諦めろ。なぜなら、そいつは『織斑一夏』だからだ。でしょ?」」

 言おうとした事をシャルと本音がインターセプト。……この二人には、完全に読まれてしまっているようだな。参ったよ。

「……そういう事だ」

「くっ……妙に納得している自分がいる……っ!」

 がっくりと項垂れる箒。その横で一夏が「よくわからんが、バカにされた気がする」と呟いた。実際バカにしているぞ一夏。

 

「そうか。蘭にチケットをな」

「おう。学園祭の時に呼べなかったから、その代わりにな。九十九は誰に渡すんだ?」

「今回も母さんに渡そうかと思ったんだが……」

 その話をすると、母さんは『ISレースに興味は無いから、今回はいいわ』と言って受け取りを断った。そのため、現在もチケットは私の手元にある。さて、どうしたものか……。

「あ、そうだ」

 ふとあいつの事を思い出し、電話をかける。数コールの後、電話の相手が出た。

『もしもし?』

「弾か?私だ」

『九十九か?久しぶりじゃねえか』

「ああ、久しぶりだな。すまないが、もうすぐ電車が来るのでな。用件だけ言うぞ」

『お、おう。なんだ?』

「今度、市のISアリーナで行われるISバトルレース『キャノンボール・ファスト』の特別指定席のチケットがある。いるか?」

『いや、あんま興味……』

「『あの人』にまた会えるかも知れんぞ?」

『いる。ってか下さい』

「お前ならそう言うと思ったよ。データ添付メールで送るから、確認したら返信してくれ」

『おう、分かった』

「用件はそれだけだ。ではな」

『おう。またな』

 

ピッ!

 

 早々に会話を終わらせて通話を切り、そのままチケットのデータをメールに添付して弾の携帯に送る。

「これで良し。と」

「なんだよ。今度はお前が弾を呼んだのか」

「ああ。あいつなら二つ返事で『イエス』と言うと思ったからな」

 一夏とそう言い合っていると、電車がやってきたので皆で乗り込む。

「今日は楽しかったね~」

「いい買い物もできたしね」

「そうだな。久しぶりに『当たり』の店を見つけたし」

「九十九に『当たり』と言わせる店か……」

「きっとすげえ美味いんだろうな、その店」

 帰りの電車内で他愛もない会話をしながら、今日の事を思い返す。

 手元には二人に貰った懐中時計の入った袋。折角貰ったんだ、大切にしないとな。そう思い、袋の取っ手を握り直した。

 

 

 二人に貰った贈り物の懐中時計はその後、いかなる時でも私の服の胸ポケットに入っている。

 時折取り出して眺めていると、いぶし銀の鈍い光が「二人の思いを忘れるな」と私に警告しているような気がするのだった。

 

 

 アメリカ。とある街の小さな家の中で、一人の女性が失意に暮れていた。

「ストーム……」

 呟かれたその名は、彼女が最も信頼を寄せる部下であり、同時に最愛の男性のものだ。

 だが、その男性は彼女のそばにはもういない。居て欲しいと願っても、それが叶う事はない。それを分かっていてもなお、会いたいと願ってやまない。彼女の心は、千々に乱れていた。

 

コンコンコン

 

 家のドアをノックする音に気づいた彼女が顔を上げる。こんな時間に一体誰が?そう思いながらも、彼女は玄関に向かいドアを開ける。

「はい。どな……た……?」

「ノヴェンバー……」

 ドアの前にいたのは、もう会えないと思っていた最愛の男。

「ストーム……?……ストーム!どうして……!?死んだとばかり……!」

「すみません」

「いいえ、いいの!あなたが無事で……よかった……」

 感極まった彼女……ノヴェンバーはストームの首に腕を回し、思い切り抱きついた。

「すみません」

「謝らないで。でもどうして?生きているなら生きているって、連絡くらい……」

「…………」

「ストーム……?」

 ストームの様子がおかしい事を怪訝に思ったノヴェンバーがストームから体を離す。その瞬間、パシュッという小さな音とともに、ノヴェンバーの胸に血の花が咲いた。

「えっ……!?」

 信じられない。といった顔でストームを見るノヴェンバー。その手には消音器付きの銃が握られており、銃口からは硝煙が立ち昇っている。

「ストーム……どうして……?」

 その言葉を最後に、彼女は物言わぬ骸と化した。それを見下ろしながら、ストームはおもむろに自分の顎に手をかけ、一息に頭頂まで持ち上げた。するとそこには、全く別人の顔を持つ男が立っていた。

「任務完了……」

 抑揚の無い声で呟いた男は、足早にその場を後にするのだった。




次回予告

ついに始まる貸出期間。
あいつはテニス部へマネージャーに、私は調理部へ雑用に。
ただ、何事もなく終わるかは誰にも分からないが。

次回「転生者の打算的日常」
#48 貸出

面倒事だけは起きないでくれよ、頼むから。


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#48 貸出

「ふーむ……」

 誕生日プレゼントを買いに行った翌日、私は新聞に気になる記事を見つけた。

 それは『米IS企業『ドルト・カンパニー』社長、クイーン・ノヴェンバー・ドルト死亡』のニュースだ。

 記事によると、現地時間で昨日未明に『ドルト・カンパニー』社長であるクイーン・ノヴェンバー・ドルトが郊外に所有している別荘の玄関で胸を撃たれて亡くなっているのを、近所の住民が発見・通報したという。

 室内に荒らされた形跡はない事から物取りの犯行ではなく、抵抗の跡や逃げようとした痕跡もない事から、地元警察は顔見知りによる犯行と推理。しかし、彼女の顔見知りには全員はっきりしたアリバイがあるという。また、銃声を聞いた者も犯人の姿を目撃した者もいないとの事。彼女を殺したのは誰なのか?警察は犯人の行方を捜索中らしい。

「怖い事件もあったものだな……」

 『ドルト・カンパニー』といえば、アメリカ製ISの大部分を製造開発している業界最大手の企業だ。そこの社長であるクイーン・ドルトといえば、やり手の女社長として世界的に有名な女性だ。しかし、その分黒い噂も多く、恨みを持つ相手も相当数いると言われている。

「……まあ、ラグナロク(うち)には関係ないだろう」

 『ドルト・カンパニー』とラグナロクは、同業種とはいえ互いに接点は何一つ無い。考えを巡らせる必要はないだろう。

 そう結論づけ、新聞を畳んでテーブルに放り、部屋を出る。さて、今日も頑張ろう。

 

 

「さーて、今日の九十九くんのお仕事はー?」

「何ですか?そのどこぞの国民的長寿アニメの次回予告のようなノリは?」

 放課後の生徒会室。初っ端からテンションの高い楯無さんに呆れつつ、虚さんから今日の私の仕事を訊く。

「今日は『本校舎一階の蛍光灯交換』『二年生寮のボイラー点検の立ち会い』の二つです」

「蛍光灯交換って……出入りの業者に頼めばいいんじゃ……」

「今日は休業日なのよ、そこ」

 ポツリと呟いたシャルにそう返す楯無さん。まあそういう事なら仕方ないか。問題なのは二つ目の仕事だ。

「二年生寮のボイラー点検、楯無さんが立ち会えばいいじゃないですか」

「面倒く……こほん。その時間帯は他の仕事があって」

「今面倒くさいって言いかけませんでした?ねえ?」

「ほらほら、いいからお仕事しなさい!時間は有限よ!」

 詰め寄ろうとした所を勢いで誤魔化し、生徒会室から私とシャルを放り出す楯無さん。あの人、絶対点検の立ち会いが面倒くさくなって押し付けたな。

「まったく……あの人のサボり癖にも困ったものだな」

「仕方ないよ、だってあの人は……」

「「『更識楯無』だからな(ね)」」

 見事に台詞が重なった事に、シャルと顔を見合わせて苦笑い。

「行こうか。まずは蛍光灯交換からだ」

「うん」

 そう言って、生徒会室前から移動を開始。資材庫から蛍光灯と脚立を持ち出し、本校舎一階に向かった。

 

「最後はここだな」

 本校舎一階の蛍光灯の内、切れていたのは三本。内二本を既に交換し終えた私達が最後に取り掛かるのは、本校舎と体育館を結ぶ渡り廊下の蛍光灯の内の一本。

「結構高いね。大丈夫?九十九」

「一番上まで登ってなんとか、といった所か。シャル、しっかり脚立を支えていてくれ」

「うん」

 シャルが脚立を支えるのを確認し、いざ蛍光灯交換へ。切れた蛍光灯を取り外し、新しい蛍光灯へと交換。途中、態勢を崩しかけるもなんとか持ち直す事に成功、交換は問題なく終了した。と、気を緩めたのがいけなかった。

「よし、終わり。次はボイラー点検の立ち会いだった……なっ!?」

 脚立を降りる途中、うっかり段を踏み外してしまい、大きく体が傾いた。

「九十九っ!」

 それを見たシャルが咄嗟に両手で私を支えようとするが、それも一瞬の事。彼女の細腕で私の体重を支えきれる訳もなく。

「あ、ダメ。重い……っ」

 シャルの肘がガクンと曲がり、その力が抜ける。

「シャル!くっ……!」

 シャルを下敷きにすまいと、咄嗟に体を捻ってシャルと正対する。私とシャルの視線がぶつかった数瞬の後−−

 

ガシャーン!

 

 盛大な音を立てて地面に落下した私。ぎりぎりで手を着く事ができたので、なんとかシャルを下敷きにせずに済んだ。

「痛たた……シャル、無事か?」

「う、うん。僕は大丈夫。……あの、九十九?」

「なんだ?」

「その……手を……」

「手?……っ!?」

 シャルが消え入りそうな声で言うので自分が手を着いている所を見ると、右手がシャルの胸元の『肉まん』をがっしり掴んでいた。

「す、すまん!シャル!」

 慌てて手を離して立ち上がると、シャルに手を貸して立たせてあげた。シャルの顔は真っ赤だったが、どこか満更でも無さそうな雰囲気だった……ような気がする。

「本当にすまない」

「ううん、いいよ。支え切れなかった僕も悪いし。それに……嫌じゃなかったし

「ん?今何か言ったか?」

「う、ううん!なんでもない!さ、行こ?」

「あ、ああ。って、待て待て。荷物を置いて行くな!」

 真っ赤な顔のまま先を行くシャル。足早に進む彼女を追って、私は慌てて脚立を抱えて走るのだった。柔らかかったな……。いやいや、煩悩退散、煩悩退散!

 

「以上で点検は終了です。異常は見つかりませんでした」

「ご苦労さまです」

「ありがとうございました」

 二年生寮のボイラー点検は、特に何事もなく終わった。これで今日の生徒会の仕事は終わりだ。後は生徒会室に戻って楯無さんに終了報告をすれば、そこから先の時間はフリーになる。

「取り敢えず、一旦生徒会室に戻ろうか」

「うん、そのあとは?」

「そうだな……時間もあるし、アリーナで模擬戦でもしないか?シャル」

「いいね。あ、でも九十九は《ヘカトンケイル》無しでね」

「分かっている」

 そんな話をしながら生徒会室に戻る私達。が、立てた予定というのは、実際には全てその通りに行くとは限らない訳で……。

 

 

「は?すみません、楯無さん。もう一度お願いします」

「だから、私の代わりにこの書類の仕分けをしてくれない?決済印を押すのは私がするから」

 生徒会室に戻って早々、そんな事を頼んでくる楯無さん。

「それは貴方の仕事でしょう?」

 通常、生徒達からの要望書を始めとした各種書類を仕分け、決済印を押すのは会長の仕事だ。それを『代わりにやって』と言っているのだ、彼女は。

「量が多すぎて捌ききれないのよ。ね?お願い」

 そう言って手を合わせて拝んでくる楯無さんの仕事机には、楯無さんの頭より高く書類が積み上がっている。こんなの、漫画でしか見た事ないぞ。

「どうする?九十九?」

「ここで嫌だと突っぱねるのは簡単だが、それでこの人が『じゃあ仕方ない』と言って真面目に仕事をするかといえば……」

 ちらりと虚さんの方を見ると、諦め混じりの溜息と共に首を横に振る。つまり、そういう事だ。

「はあ……すまん、シャル。模擬戦は明日の実技の時間でしよう」

「仕方ないか……僕も手伝うよ」

 溜息と共に割り当てられた席に着き、渡された要望書に目を通す……前に。

「すやすや〜」

 

ペシン!

 

「あ痛っ!う~、何するの~?つくもん」

 自分の席(私の右隣)で呑気に寝息を立てていた本音の頭を軽く叩いて起こす。いきなり起こされた本音は大層ご立腹のようだが、小動物オーラが原因か全く怖くない。

「すまんが、私は自分が仕事をしている横で誰かがグースカ寝ているのを無視出来る程大人ではない。でだ、本音。カクカクシカジカ」

「マルマルウマウマ〜。私も手伝うね~」

「じゃあ、本音はこっちね」

「は〜い」

 という訳で、三人で要望書に目を通し、それぞれ『採用』『保留』『却下』と書かれた箱に仕分けていく。ちなみに……。

 

「ねえ、虚ちゃん。今の九十九くんたちのやり取り……分かった?」

「いえ、全く」

「付き合い出して約三ヶ月であの以心伝心ぶり……九十九くん、恐ろしい子……っ!」

 仕分けをする九十九達の横で、楯無が三人の深い繋がりに戦慄したのは、はなはだ余談だ。

 

「えー、なになに?『調理部部長、三栖味子(みす あじこ)です』。あ、あの人そんな名前なんだ」

 その三栖部長の要望は、『最新式スチームコンベクションオーブンが欲しいので部費の増額をお願いします』というもの。

「しかし、調理部にはもうあっただろう。スチコン」

「うん。でも、最近調子悪くて……業者さんに見て貰ったんだけど、『修理するより新品に交換した方が早い』って」

「ふむ……。申し訳ないが『保留』だな。いよいよ動かなくなってからもう一度言ってくるように伝えてくれ、シャル」

「分かった」

 調理部部長の要望書を『保留』に入れ、次の要望書に目を通す。

「続いては……『村雲九十九を生徒会から追放してください』はい、却下」

「当然だね~」

「あ、これもだ。却下……と」

 この他、『村雲九十九を退学にしろ』『村雲九十九を退寮処分にしろ』『村雲九十九からISを没収しろ』などなど、明らかに女尊男卑主義者のものと分かる身勝手で理不尽な要望が続出。もちろん全部却下だ。

「これだけで全体の3割は削れたな」

「おりむーのは少ないね~」

 本音の言う通り、一夏に対する私と同じ内容の要望は却下した3割の内の数枚のみ。まあ、その原因は分かっているが。

織斑先生と篠ノ之博士(最強の後ろ盾)の存在が理由……かな?」

「だろうな。誰だって織斑千冬(世界最強)篠ノ之束(人類最高頭脳)を敵に回したくはなかろうよ」

 そう言いながら、次の要望書を手に取る。

「次は……『布仏本音さんをぎゅってさせてください』……何だこれ?」

「『デュノアさんにまた男装をしてほしい』っていうのもあるよ〜?」

「『会長、「お姉様」と呼ばせてください!』……ねえ、これ要望書出す必要あるの?」

 その他にも『叱ってください、布仏先輩!』『織斑くんをもっと間近で見たい!』『村雲くんに頭ぽんぽんして欲しい』などなど、「本人に直接言え!」と言いたくなる個人的な要望書が相当数出てきた。

「全部却下で。いちいち相手していたらきりがない」

 という訳で、纏めて『却下』送りに。これでさらに3割は削れた。

「今の所、まともな要望が調理部長からのものしか出てきてないぞ」

「そうだね~」

「あ、でもほら、これは真面目なお願いみたい」

「どれ……」

 シャルがそう言って、一枚の要望書を見せてくる。そこに書かれていたのは……。

「『剣道部更衣室に空気清浄機が欲しいです』か」

「『レスリング部の更衣室に空気清浄機を入れて欲しい』っていうのもあるよ〜」

「こっちは体育会系部活動の部長さんたちが連名で『空気清浄機を下さい!』って要望書を出してるね。理由も書いてある」

「読み上げてくれる?シャルロットちゃん」

「はい。えっと……」

 体育会系部活動がこぞって空気清浄機を欲しがる理由はただひとつ。『更衣室が臭いから』に他ならない。

 汗と制汗スプレー、消臭目的のキツめの香水と安物の化粧品の匂いが渾然一体となったカオスな空気。剣道部の場合は、そこに手入れを怠った防具に生えたカビの臭いまでプラスされる場合もある。それが十年の間に壁や天井に染み付いてしまっているらしい。想像するだけでえずいてしまいそうな、名状しがたい不快な臭い。しかも……。

「『そんな臭いに、大半の部員は半年もあれば慣れてしまいます。このままでは女子の尊厳のピンチです。なので、空気清浄機導入を切にお願い致します』……以上が体育会系部活動連合代表で剣道部部長の神谷薫(かみや かおる)さんの訴えです」

「それはたしかに大変ねぇ……。いいわ。『採用』します」

「了解。では『採用』で。あ、ちなみになんですが楯無さん」

「なあに?九十九くん」

 『空気清浄機が欲しい』という要望書の束を持って楯無さんの机へ行き、それを置く。そしてある一点を指差し、私はこう言った。

「これらの要望書、提出された日付が一番古い物で5月の半ばです。……この四ヶ月、何してたんですか?楯無さん」

 訝しげに楯無さんの目を見ると、彼女は冷汗を垂らして視線を逸らす。……どうやらサボってるという自覚はあったようだ。

「あ、あはは……。ごめんなさい、すぐ手がけます」

「お願いします。さて、次はと……」

 自分の席に戻って次の要望書を手に取り内容を精査。それを仕分けボックスに入れる。をひたすら繰り返す。

 次々と要望書を捌いていき、最後の一枚が机から消えたのは日が大分落ちてからだった。

「やっと終わったな」

「うん。あれ?そういえば一夏は?」

 シャルに言われてそういえば、と気づく。私達が要望書を捌いている間、一夏は生徒会室に姿を見せていない。

「本音、何か知っているか?」

「うん。あのね~……」

 私に水を向けられた本音が口を開こうとしたその時、ガチャリと音を立てて生徒会室のドアが開いた。入ってきたのは……。

「し、死ぬかと思った……」

 服は思い切りはだけ、髪はボサボサ。体はあちこち痣があり、顔にはいくつもの傷……とキスマーク。明らかに『襲われた』という風情の一夏だった。

「一体何があった?一夏」

「ああ、九十九。楯無さんに『各部活動に貸し出しスケジュール表を渡してきて』って頼まれて……」

「皆まで言うな。渡しに行った先々で上級生(お姉様)方の熱烈な『歓迎』を受けた。そうだろう?」

「ん〜……でもそれだと、アザとか傷の説明がつかないよ〜?つくもん」

「簡単だ。ここに帰る途中で箒か鈴かセシリアかラウラ、あるいはその全員と鉢合わせて……」

「顔中キスマークだらけ一夏の姿に激怒。『制裁』を加えたってとこかな。あの四人ならやりそう……というか、絶対やるし」

 私達の推理は的を射ていたのだろう。一夏の顔が『あの雷男の顔芸』にそっくりになっている。

「その顔は正解だな。せめて帰ってくる前に顔を洗っておけばいいものを」

「……洗面所で鉢合わせしたんだよ」

「「「あ、ああ~……」」」

 なんとも間の悪い一夏に、何も言えなくなってしまう私達だった。

 

 

 明けて翌日。今日から『生徒会執行部・織斑一夏、村雲九十九貸し出しキャンペーン』が始まった。

 ちなみに抽選方法は全部活動参加によるビンゴ大会。体育会系と文化系、それぞれに一番を獲ったのはテニス部と調理部だ。

 担当は一夏が体育会系、私が文化系となった。楯無さんによると、貸し出して欲しい方を選べと言ったら一夏側には体育会系が、私側には文化系が集中し、それならばと担当を分けたそうだ。で、現在。

「村雲くん、ボウル出して」

「了解。サイズは?」

「一番大きいので」

「村雲くん、こっちにゴムべらお願〜い!」

「少々お待ちを」

「村雲くん、これ洗っといてー」

「ああ。そこに置いておいてくれ」

 私は調理部の部室である調理室で器具出しと洗い物を任されていた。調理部では、メニューを決める日とそれを作る日を交互に設けている。今日は作る日の方だ。

 本日のメニューはザッハトルテ。現在オーブンでは、各班の作った生地が香ばしい香りを上げながら焼けている。

「おお。いい匂いだ。これは期待が高まるな」

 洗い物をしながら、私はウキウキしていた。調理部の実力は学園祭の時に目の当たりにしている。あれだけの料理を作れるなら、菓子類も当然クオリティが高いだろう。ああ、早く焼き上がらないかなぁ。

 

 

 そんな九十九を横目に、調理作業を続けながらシャルロットと調理部部長の三栖味子が会話をしている。

「ふふっ。九十九ったら、目が輝いてる」

「村雲くんって、食べる事が好きなの?」

「と言うより美味しい物が好きなんです。ただ……」

「ただ?なに?」

 少しだけ言いにくそうにするシャルロットに味子が先を促した。シャルロットは意を決すると、こう言った。

「九十九のお母さんが凄い料理上手で、それを食べ続けて舌が肥えているせいか結構辛口なんです、彼」

「そ、そうなんだ……」

 味子はそれを聞いて頬が引きつった。果たして今回作ったザッハトルテは九十九の口に合うのか心配になったからだが、それを知る者はここには居なかった。

 

 

 焼き上がった生地の粗熱を取る間に、ザッハトルテの定番添え物、ノンシュガーのホイップクリームを立てる。

「くっ……量が量だけに大変だな、これは」

 氷水に浮かべたボウルの中の生クリームをひたすらかき回す私。少しづつ重くなっていくクリームに苦戦しつつ、手を休める事なく動かし続ける。

「九十九、もう少しだよ。がんばって」

「アア、ワタシ、ガンバル」

 シャルの声援を受けると、不思議と力が湧いてくる。なんだかもう少しだけ頑張れる気がした。周囲から「なんで片言?」とツッコミが入ったが、気にしてはいられない。

 それから更にクリームをかき回すことしばし、ようやくホイップクリームが完成した。

「はぁ、はぁ……キツかった。腕が棒だ」

「お疲れ様、九十九。もうすぐ出来るから、ちょっと待っててね」

 出来上がったホイップクリームをシャルに渡して待つ事しばし。私の前に出来立てのザッハトルテがやって来た。

「お待ちどうさま、九十九」

「おお、これは美味そうだ」

 しっとりと焼き上がった生地のダークブラウンと、しっかりと立てたクリームの白のコントラストが実に美しい。

「では早速……全ての食材に感謝を込めて……いただきます」

 手を合わせて一礼。その後フォークを手に取り、ザッハトルテを切り取って口へ運ぶ。

 どっしりとした濃厚な味わいの生地とチョコレートの糖衣(フォンダン)。糖衣の下、ケーキ表面に塗られた杏の……。

「いや、違う。この歯触り、そして爽やかな酸味と微かな苦み……そうか!マーマレードだ!」

「その通り!いや~、流石ね村雲くん!」

 そう言って三栖部長が取り出したのは、いかにも手作り感のあるオレンジマーマレード。

「ほら、ザッハトルテってどうしても『重い』でしょ?だから少しでも軽くなればなと思って」

「なるほど。本家ザッハトルテとはちょっと違うが、これはこれで美味いな」

 箸休めのホイップクリームを食べながら一口、また一口と食べていき、ふと気づけば半ホールを食べてしまっていた。

「しまった。皆の分まで食べてしまったか……?」

「大丈夫。それは村雲くんの分だから。いっぱい食べる人だって聞いてたしね」

 三栖部長の心遣いが嬉しくも恥ずかしかった。結局、残り半ホールは部屋に持ち帰らせて貰う事にした。いかに私でも、ザッハトルテのホールを一回で食べきるなんて事はできないのだ。

 

 こうして、一回目の貸し出しキャンペーンは終了した。

 他にもあちらこちらの部に貸し出されたのだが、文章量の都合で書き切れそうにないので割愛する事を許してほしい。

 

 

「うん、やはり美味い」

「おいし〜ね〜」

 食堂での夕食後、やってきた本音とザッハトルテでお茶会を催した。シャルは「残りの時間は本音といてあげて」と言って自分の部屋に戻って行った。

「そういえば、一夏の方はどうだったんだ?」

「うん、聞いた話なんだけど〜……」

 本音によると、テニス部全員参加の『織斑一夏のマッサージ権獲得トーナメント』でセシリアが優勝したそうだ。そこはやはり原作通りの展開になったんだな。

「それで?」

「さっきせっしーがおりむーのお部屋に入っていくのを見かけたよ~」

「そうか。セシリアが気持ちよさのあまり眠ってしまわなければいいが……」

 もしそうなれば優しい一夏の事。無理に起こさずそのままにしておくだろう。そして、目を覚ましたセシリアがそのまま一夏の部屋を出ていけばいいがそうならなければ……。

「待っているのはラヴァーズの執拗な追及と千冬さんからの『罰』だろうな」

「こわいね〜」

「という訳で、そろそろ消灯時間だ。私も掟破りをしたくないし、本音も罰を受けたくはないだろう?」

「うん。じゃあ帰るね。おやすみ〜つくもん。また明日ね〜」

「おやすみ、本音。また明日」

 本音を部屋の外まで見送って、寝支度を済ませてベッドへ潜り込む。そして、誰に聞かせるでもなく呟いた。

「まあ、セシリアの事だ。差をつけるために『朝帰り』をしようとするのは目に見えているけどな」

 

 翌朝、その予想は大当たりする事になる。一夏の部屋からパジャマで出てきたセシリアの話がどこからか鈴に伝わり、その件で鈴が一夏を追及。

 一夏は昨日の一件の事実(セシリアにマッサージをしたら眠ってしまったので部屋に泊めた)を説明。それを聞いた鈴が鉾を収めるも、今度はセシリアが不機嫌に。

 『訳がわからん』という風情の一夏に、いつの間にかやってきていた箒とラウラが寮則破りを追及。

 私達がこの寮で暮らすにあたって、いくつかの特別規則ができている。その一つに『男子部屋への女子の宿泊禁止』がある。一夏はこれを思い切り破ったのだ。

 それに対して何を思ったのか、ラウラが「今日は私が泊まってやろう!」と宣言。それを皮切りに箒や鈴まで話に乗り出す。話が大きくなりかけたその時。

「朝から何をバカ騒ぎしている」

 ピシッ、と空気が凍りつく音を聞いた気がした。

 現れたのは黒のスーツがよく似合う、我らが一年一組の担任教師(独裁者)にして一年生寮の寮長(女帝)、織斑千冬先生だ。組んだ腕の上でトントンと叩かれる指が、あの人が相当苛立っているという事を物語っている。

「この馬鹿どもが」

 刹那、スパパーンッ!という軽快な音と共に五人の頭が叩かれた。なお、一夏だけ拳骨だった。アレ痛いんだよなぁ。

 更に千冬さんはセシリアに反省文の提出を、一夏に三日間の懲罰部屋行きを命じた。相変わらず弟に厳しい人だ。

「さて、いつまでも朝食をダラダラと食べるな!さっさと食って教室へ行け!以上!」

 千冬さんが手を叩くの合図に、浮き足立っていた食堂中の女子が慌てて動き始める。

 一夏も焼き鮭定食の味噌汁をすする。すると何かあったのか、小声でポツリと呟いた。

「あれ?心なしか塩分濃いめな気がする……涙の味ってやつか?」

 それが聞こえたのか、一夏は千冬さんからもう一発拳骨を食らうのだった。……馬鹿な奴め。




次回予告

ついに始まる『キャノンボール・ファスト』。超高速バトルレースを制すのは誰か?
だが、無粋な乱入者はいつでも現れるもの。
例えば、奪われた英国の蝶と偽りの蝶の飼い主。そして、その目付け役だとか。

次回『転生者の打算的日常』
#49 疾如砲弾(キャノンボール・ファスト)(開始)

やはり来るか、自称織斑マドカ。


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#49 疾如砲弾(開始)

「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」

 一夏がラヴァーズ共々千冬さんの『一発』を貰ったその日の午後。第六アリーナに一組副担任、山田先生の声が響き渡った。

「この第六アリーナは中央タワーと繋がっていて、高速機動実習が可能であることは先週言いましたね?それじゃあ、まずは専用機持ちの皆さんに実演して貰いましょう!」

 山田先生がそう言って勢い良く手を向けたその先には、私と一夏、そしてセシリアがいた。

「まずは高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したオルコットさん!」

 通常時はサイドバインダーに装備している四基の射撃ビット、それに加え腰部に連結した二基のミサイル・ビットを全て推進器として使用するのが、セシリアの高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』最大の特徴だ。

 砲口を封印し、腰部に連結する事で高速・高機動を実現している。一見するとそれは青いスカートのようにも見える。

「そして、同じく高速機動パッケージ『フレスヴェルグ』を装備した村雲くん!」

 通常時のウィングスラスターの上に大型・高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)を着け、さらに脚と背に合計20のブースターを着けた『速さが売り』といった外見。もっともスピードにのみ特化しているわけではなく、きちんと小回りも効くのが『フレスヴェルグ』の凄い所だ。やはり、ラグナロク(うち)の技術班は色々とんでもないな。

 高速戦闘時、最高速度マッハ1で最小旋回半径250mは、軍人のラウラをして「狂気の沙汰」と言わしめるほどだしな。

「最後に、通常装備ですがスラスター出力を調整して仮想高機動装備にした織斑くん!この三人にアリーナを一周してきて貰いましょう!」

 がんばれーと応援の声が聞こえる。私達三人は軽く手を挙げて応えると、それぞれISに意識を集中させた。

(まずは高速機動用補助バイザーを起動、各部スラスターとブースターを連動監視モードに……と)

 視線指定(アイ・タッチ)でバイザーを通常モードからハイスピードモードへ移行。一瞬光の膜が視界全体に広がると、次の瞬間今までの景色が更に詳細な形で目に飛び込んで来た。

(のはいいのだが、慣れがないと酔うんだよな……気をつけねば)

 気を引き締めつつ、機体を空中へと進ませる。やや遅れて一夏とセシリアが私と同じ高度まで上がってくる。

「では……3・2・1・ゴー!」

 山田先生のフラッグで私達三人は一気に飛翔、加速をして音速を突破する。流れる景色は一瞬。しかし、高速機動用補助バイザーを通して見るそれはどれも鮮明だ。

(とはいえ、まだ慣れんな)

 速度で言えば常時瞬時加速(イグニッション・ブースト)状態の速さ。ちらりと隣を見ると、一夏があまりの速さに戸惑っている顔がばっちり見えた。

『お先に♪』

「一夏、先に行くぞ」

 戸惑う一夏を尻目に、セシリアが前に出ようとしたのに合わせて私も前へ出る。そのまま一気に上昇し学園のランドマークである中央タワー外周へ進む。

『あら、手慣れてますのね』

「君程じゃないが、まあこれ位はな」

 セシリアと話している間に、少しづつ一夏が追いついてきた。その操縦はいつもより遥かに慎重だ。

 なにせ超音速状態に入っている中でタワーにぶつかれば、下手を打てば機体がオシャカになりかねんし、音速の衝撃波でタワーが損壊、最悪倒壊しかねないのだから、誰だって慎重になる。私だってそうなる。

『よし!追いついた!』

『あら?わたくしの魅力的なヒップに釘付けかと思いましたわ』

『ち、ちげぇよ!』

「なにっ!?ではまさか、私の尻か!?お前ついに……」

『もっとちげぇよ!』

『い、一夏さん……?』

『いや、セシリア?なんで疑いの目を向けてんの?そんな趣味ないから!俺はノーマルだから!』

『「冗談だ(ですわ)」』

『くそぅっ!』

 一夏をからかって遊びながら、私達はタワー頂上から折り返し、そのまま並走状態で地上へと戻った。

 

「はいっ。お疲れさまでした!皆さんすっごく優秀でしたよ~」

 山田先生が嬉しそうな顔で私達を褒め称える。教え子が優秀な事が余程嬉しいのか、ぴょんぴょん跳びはねる度に先生の『核爆弾』が重たげに弾む。うん、眼福眼ぷ……。

 

バンッ!ガンッ!

 

「くばあっ!?」

 突如飛来した弾丸にこめかみを撃ち抜かれ、衝撃で脳が軽く揺れた。今の正確な射撃は……。

「シャル!いきなり何を……『ん?なに?』いや、何でもないです!すみません!」

 .55口径アサルトライフル《ヴェント》を構え、にっこりと笑顔を浮かべるシャル。が、目が「僕怒ってるんだからね」と言っている。それに気づいた瞬間、私は反射的に謝っていた。さらに。

 

ギュッ!

 

「あ痛ぁっ!ほ、本音!無言で脇腹を抓るな!」

「むっす~……」

 いかにも『不機嫌です』といったふくれっ面で私の脇腹を抓り上げる本音。力はそこまで強くないが、これが地味に痛い。

 ちなみに、ISのエネルギーシールドと絶対防御は『装着者の命に関わるダメージ』を防ぐので、抓りは防いでくれないのだ。

「分かった!山田先生に見惚れていたのは謝る!謝るから離してくれ!」

「…………」

 ふくれっ面は変わらずだが、それでも一応抓る手を離す本音。あ、抓られた所赤くなってる。

「ねえ、九十九」

「な、なんだ?」

 シャルが目の笑ってない笑顔で近づきながら、私に質問を投げかけた。左腕のパイルバンカーがいつの間にかいつでも撃てる状態になっていて実に怖い。

「山田先生の『どこ』に見惚れてたの?」

「え、あ、いや……それは……その、だな」

「つくもん、正直に言おっか〜?」

 そう言って私の目を見るシャルと本音。その目は「分かってるんだからね」と言わんばかりのジト目だ。……視線が痛い。

「……揺れる『核爆弾』です」

「え、ええっ!?」

 二人の視線と圧力に負けた私が答えた途端、山田先生が慌てて胸元を押さえて顔を真っ赤にする。

「……本音、九十九から離れて。『お仕置き』するから」

「しゃるるん、よろ〜♪」

 宣言と同時、左腕のパイルバンカーを持ち上げ、突撃体勢に入るシャル。本音は私から離れ、ゆっくりと(本人的には素早く)他の生徒のいる列に戻る。

「待て、待ってくれ。これはその……あれだ。悲しい男の性という奴で……」

「九十九の……バカーーッ!!」

 いっそ惚れ惚れする程の瞬時加速。ハイパーセンサーが捉えたシャルの顔は涙目になっていた。……うん、受け止めよう。死ぬほど痛いだろうけど。

 覚悟を決めた次の瞬間、私の腹にパイルバンカーが突き刺さる。更に、炸薬によって飛び出したパイルに吹き飛ばされて、私はアリーナの壁に激突した。

「ガハッ……。すみません、でした……ガクッ」

「「「む、村雲くーーんっ!?」」」

「「ふんだ」」

 薄れゆく意識の中で最後に見たのは、不機嫌そうにしているシャルと本音のふくれっ面だった。……機嫌を直すのに時間がかかりそうだな、これは。

 

 

 なんだかんだ加減はしてくれていたようで、私の意識が戻ったのはそれから5分後の事だった。

「目が覚めたか、村雲。では貴様は自機の調節を行え」

「了解です」

「ああ、それと……」

「は……いっ!?」

 千冬さんの呼びかけに振り返ろうとした瞬間、脳天に強烈なチョップを見舞われた。一瞬意識が飛んだぞ、おい。

「教師を不埒な目で見ないように」

「はい、すみません」

「では始めろ。さっさと遅れを取り戻せ」

 そう言って千冬さんは訓練機組の調整指導に向かった。……さて、私も始めるか。と言いたい所だがその前に。

「シャル」

「…………」

 私は増設スラスターの量子変換(インストール)の真っ最中のシャルとラウラがいるスペースに向かった。

 シャルは私の顔をちらりと見て、ぷいっと顔を背けてしまった。……だいぶお冠だ。

「おい、九十九。シャルロットの機嫌をなんとか直せ。私ではどうにもならん」

 隣で量子変換中のラウラが困った様子で私に話しかけてきた。

「そのつもりで来たんだが……」

 シャルは完全にヘソを曲げていて、私の話を聞いてくれるかどうかも怪しい。

「あ~、その……だな、シャル……」

「……九十九は」

「ん?」

 ポツリと呟いたシャルは、私に向き直って訊いてきた。

「九十九は、大きい胸の方が好きなの?」

「む……それは……」

「どうなの?」

 ずいっと詰め寄ってくるシャル。どう答えたものかと思案していると、ISスーツの裾がクイクイと引かれた。

「ど~なの〜?」

 見ると、いつの間にかやってきた本音が私をじっと見ていた。どっちも答えなければ引いてくれそうにないな、これは。

「……どちらかと言えば大きい方が好きだが、大きければ大きい程いいという訳じゃない」

「例えばどのくらい〜?」

「……なあ、本音。何が悲しくてここで性癖を告白せねばならんのだ?」

「どのくらい?」

「シャル?皆、聞き耳立ててるから。ここで言うのは……」

「「ど・の・く・ら・い?」」

「……こう、片手で掴んだ時に指の間から少しはみ出す位が好み……です」

 あまりの剣幕に思わず答えてしまった私。すると、聞き耳を立てていた他の女子達が一気に騒ぎだす。

「すごいリアルな好みだった!」

「片手で掴んで少しはみ出すくらいって……それ十分巨乳だよ!」

「はっ!?もしかして、だからあの二人なの!?」

「絶望した!村雲くんの好みと自分の胸に絶望した!」

「憎い……お母さんの遺伝子が憎い……!」

 熱狂の一組女子ズ。だが、そんな事をすればどうなるかと言うと……。

 

スパパーンッ!ゴズンッ!

 

 千冬さんの一撃が騒いでいた女子達を襲う。ちなみに私には拳骨が来た。

「私の授業中にバカ騒ぎとはいい度胸だ。今騒いでいた者は全員アリーナ10周!村雲、貴様はISのパワーアシストを切って同じく10周だ!さっさと行け!」

「「「は、はい!」」」

 大激怒の千冬さんから罰ランニングを言い渡された私達。結局この日、私は自機の調整ができずじまいで授業を終え、シャルと本音の機嫌が直ったのは翌日の朝食時に「あ~ん」をしてあげた後だった。

 ……ある意味自業自得とは言え、なぜこんな気苦労を背負わねばならんのだ?

 

 

「ふう、今日も疲れたな」

 大会を明日に控えた今日。私はアリーナの使用可能時間ぎりぎりまでシャルと特訓をした。

『九十九。分かってると思うけど、高速機動戦に重要なのは冷静な判断力。それと、判断を迅速に実行に移す行動力も求められるの』

『回避、迎撃、防御のうちどの行動を取るか瞬時に判断する。常時三つ以上の思考を展開している私にとって造作もない事だ』

『確かに出来てるけど、僕から見れば少し甘いかな。たまに僕の攻撃躱し損ねてるし』

『むう……そう言われては反論のしようもないな……。よし。シャル、もう一戦頼めるか?』

『いいよ。じゃあ、始めよっか』

(と、始めたはいいものの、何故かラウラが「お前たちはぬるい!」と言って一夏と共に乱入。シャル共々2時間ぶっ続けの特訓に巻き込まれた……と)

 本来得る事の無かったはずの疲労に苛まれる体を引きずって自室に戻った私は、すぐさまシャワーを浴びる。熱い水流が汗を洗い流すと共に、疲労でぼやけていた意識が次第にクリアになっていくのを感じた。

「ふう……」

 シャワーを終えて服を着替えると、私はベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

(慣れたと思っていたが、やはり高速機動戦は勝手が違うな)

 自動車やバイクを運転した事のある人なら分かるだろうが、一般道路を走っている時と高速道路を走っている時にそれぞれハンドル(車体)を10°傾けた時では、その動きは大きく異なる。それこそ、下手をすれば事故に繋がるレベルでだ。

 そしてそれは、ISも同じ事だ。しかも、その速度は車やバイクの比ではない。否が応でも神経を使うため、いつも以上に疲労してしまうのである。

 

コンコンコン

 

「む?誰だ?」

 ノックに呼ばれた私はドアへ向かう。ガチャリとドアを開けた先にいたのはシャルと本音だった。

「ん?どうした、二人共」

「うん、あのね~」

「晩ごはん、一緒に食べよ?」

「ああ、いいよ。行こうか」

 是の返事を返すと、嬉しそうに微笑んで私と腕を組む二人。食堂に向かう途中何人かの女子とすれ違ったが、特に騒がれる事もなく食堂に着いた。その理由を彼女達に聞くと、私達が腕を組んで歩く姿は「もう日常の一部。騒ぐ気にもならない」のだそうだ。

 

「お、九十九じゃねえか。さっきぶり」

「一夏か。さっきぶ……何がどうしてそうなった?」

 背後からかけられた声に振り向くと、そこには一夏と一夏に横抱きに抱えられているラウラがいた。すると。

「きゃあああっ!?なになに、なんでお姫様だっこ!?」

「ボーデヴィッヒさん、いいなー」

「私も!次、私も!」

「ああっ!なんかお似合いな感じが余計腹立つ!」

 やはりというかなんというか、一夏を見つけた女子達が一斉に騒ぎ出す。廊下が騒がしくなかったという事は、ここに来るまで誰にも会わなかったという事だろう。

「一夏、ラウラを下ろせ。このままでは収拾がつかん」

「おう。ラウラ、下ろすぞ?」

「あ、ああ……」

 残念そうな声色で返事をするラウラを、一夏はゆっくりと床に下ろした。

「「「織斑くん!」」」

「あー、そのようなサービスはしておりません」

 一夏のこの言葉に、女子達がブーブーと文句を言う。それをなんとか宥めて席に返そうとする一夏。結局、彼女達が諦めて席に戻ったのはそれから5分後だった。

 

 食券機の前で何を食べるか相談する私達。いつもは何を食べるかぱっと決まるのだが、今日はどうにも決まらずにいた。

「参ったな。いまいち食指が動かん……君達はどれにする?」

「僕はムニエルのセットにしようかな」

「わたしは明太子スパゲティ〜」

「お前は?一夏」

「俺は麦とろ飯定食にしようかと思ってる。ラウラはなに食べるんだ?」

「…………」

 一夏がラウラに水を向けたのだが、さっきの横抱きの余韻が抜けないのか、ラウラは一夏の手が触れていただろう自分の二の腕を抱くように腕を組み、頬を桜色に染めてぼうっとしている。

「おーい、ラウラ。ラウラってば」

「な、なんだ!?」

「だから、なに食べるんだって」

「そ、そうだな!フルーツサラダとチョコぷ……」

「「チョコ?」」

 ラウラの口から出た意外な単語に、私と一夏は思わず聞き返した。ラウラは「しまった」という顔をすると、今の言葉を慌てて訂正する。

「い、いや!なんでもない!言い間違えだ!」

「あ、もしかしてチョコぷりんか?あれ美味いよな」

「…………」

 一夏に意外な好みがバレた事が恥ずかしいのか、さっきとは別の意味で頬を桜色に染めているラウラ。

「でも意外だな。ラウラってそういうの食べないのかとばかり思ってたぞ」

「前にシャルロットからもらったのが、美味しかったからな……」

「ラウラ、ずいぶん気に入ってたもんね。チョコぷりん」

「そっか。じゃあ今日も我慢せずに食べろよ」

「う、うむ……」

 どこかバツの悪そうな顔をしながら、ラウラはチョコぷりんも合わせて注文するのだった。

 

「つくもん、そろそろ決まった〜?」

「そうだな……ん?」

 未だ何を食べるかで悩む私の目に、あるPOPが飛び込んで来た。そこには『新商品!ねぎチーズ明太オムレツ』という文字。

「ほう……?」

 ねぎとチーズと明太子を包んだオムレツか……美味そうじゃないか!

「これにしよう。どんな味か気になる」

 という訳で、私達はそれぞれの夕食を取ってテーブルについた。

 ねぎチーズ明太オムレツには、セットでライスかパン、それとオニオンスープが付いてくる。無論私はライス(大盛)だ。

「では、いただきます」

 合掌し、一礼。食材と料理人に敬意を表してから、オムレツを口に運ぶ。

「こ、これは……!」

 トロリと半熟に仕上がった、鰹出汁香るオムレツ。濃厚なチーズの旨味。シャキシャキとしたねぎの食感と微かな苦味。時折顔を出す明太子のピリリとした辛さ。それらが決して喧嘩する事なく交わりながらもしっかりと主張してくる。

「まさに『オムレツ四重奏』!これを考えた人は天才かっ!?」

「つ、つくもんがちょっぴり壊れてる~!」

「お、落ち着いて、九十九!」

 あまりの美味さについ興奮してしまった私を、なんとか宥めようとするシャルと本音。

「い、一夏。奴は一体どうしたというのだ?」

「あ~、あいつ自分の好みのどストライクな料理に会うと、大体あんな感じになるんだ」

「そ、そうなのか……そんなに美味しいなら、私も今度食べてみるか」

「これはレシピを訊かずにはいられない!このオムレツを作ったのは誰「やかましい!(ズガンッ!)」ダビデっ!?」

 レシピを訊こうと厨房に突撃しようとした矢先、脳天に痛烈な一撃を受けた。やったのは……。

「村雲。どうやらまだ体力が余っているようだな。今からアリーナをもう10周してくるか?ん?」

「すみません、静かに食べます。なのでご勘弁を。織斑先生」

 織斑千冬、降臨。私の限界まで上がったテンションは、千冬さんの『凍てつく波動』によって一瞬で元通りになった。

「ふん」

 私の謝罪の言葉に鼻を一つ鳴らし、そのまま厨房の食券受付に向かう千冬さん。「持ち帰りで」と受付に告げると、出てきた料理を持ってそのまま食堂から出て行った。千冬さんが出ていった途端、引き締まっていた空気が一気に弛緩する。私はシャルと本音に軽く頭を下げた。

「あ~、すまない二人共。あまりの美味さについ……」

「戻ってきてくれてよかったよ〜」

「うん。あ。頭大丈夫?結構大きな音してたけど」

「問題ない。明日に響かないように加減してくれたようだ。見ろ。いつもは内出血で3cmは盛り上がるが、今日は1cmだ」

「「それって加減!?」」

「千冬姉が1cmで済ませた……!?すげえ加減っぷりじゃねえか!」

「「加減なんだ!」」

 私と一夏の会話にツッコミを入れるシャルと本音。どうやらこの感覚は、一夏と私にしか分からないものらしかった。その後は特に何かを話すでもなく、静かに食事をした。

「一夏、九十九、シャルロット」

「「「ん?」」」

 すると、珍しい事にラウラの方から私達に声をかけてきた。

「いよいよ、明日だな」

「キャノンボール・ファストか。頑張らないとな」

「言っておくが、負けんぞ」

「おう。望むところだ」

「気合が入っている所悪いが、優勝はこの私、村雲九十九が頂く」

「僕だって負ける気は無いよ」

「お〜。バチバチだね~」

 お互いに牽制の言葉をかけあった後、私達は静かに食事を再開した。

 初の高速機動における公式戦。私は緊張と未知への期待、そして『亡霊』の襲撃にどう対応するかに思考を割くのだった。

 

 

 一夜明けて、キャノンボール・ファスト当日。会場の市立ISアリーナは超満員で、空には花火が上がっている。

「おー、よく晴れたなぁ」

「ああ。絶好のキャノンボール・ファスト日和だ」

 秋晴れの空を見上げながら、私はその日差しを手で遮る。今日のプログラムはまず二年生のレースがあり、それから一年専用機持ち組、一年訓練機組、最後に三年生によるエキシビジョンの順で行われる。

「一夏、九十九、こんな所にいたのか。早く準備をしろ」

「おう、箒。いやなに、すげー客入りだと思ってよ」

「まあ、例によってIS産業関係者や各国政府関係者も大勢来ているだろうしな。警備の人間も含めれば相当数に登るぞ」

 もっとも、それを抜きにしてもこれだけの人入り。それだけISの注目度は高いという事だろう。この大人数の前で無様はできない。結果を残さねばならないだろうな。

(そういえば、原作では蘭と『土砂降り女』が接近遭遇していたな。ここでは弾もいるし、果たしてどうなるか……)

 弾に渡したチケットの席番号を思い出しながら、そちらへ目を向ける。ISのズーム機能を使って五反田兄妹を捜していると、唐突に耳を引っ張られた。

「あだだだっ!?」

「いてててっ!?」

「さっさと来い!まったく……子供じゃあるまいし」

「あ、あのなあ!子供扱いしてるのはそっち……いてててっ!」

「お前は私の母親か……痛い!痛いって、箒!」

「お前たちが来ないと、私が先生に怒られるんだ!」

「分かった!分かったから離してくれ!」

「歩く!ちゃんと歩くから!だから離せ!」

「まったく」

 鼻を鳴らして、私達の耳を離す箒。あ~、痛かった。ちぎれるかと思ったぞ。

 とは言え、いつまでもここで油を売っていても仕方ない。そう考えて、先を行く一夏と箒の後を追い、私もピットに戻るのだった。

(弾の奴、ちゃんと『虚さん(あの人)』と会えたか?まあ、受付窓口にいるからまず間違いなく会えているだろうが)

 

 

「えっと、Fの45……Fの45……」

「くそぅ……またまともに会話できなかった……俺って奴は……」

 マップと自分の座席番号を照らし合わせながら、蘭は視線を下げたままの状態で歩く。その隣では、せっかく会えた虚とまたしても上手く会話が出来ず、肩を落とし、俯いて歩く弾がいた。

 

ドンッ

 

「きゃっ!?」

「あら?」

「ん?蘭、どうした?」

 座席を探しながら歩いていたためか、蘭は人とぶつかってしまう。蘭は慌てて姿勢を戻し、頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ」

「なんだ?その人にぶつかったのか?あー、スンマセン。うちの妹が」

 何があったのかを大方悟った弾は、蘭が頭を下げるのに合わせて自分も頭を下げた。

「いえ、いいのよ。気にしないで」

 相手の女性は美しい金髪を靡かせる年上で、大人の色気を溢れんばかりに放っている。

(うわ、綺麗な人……)

(マジかよ。レベル高すぎだろ、この人……)

 年は20代後半といった所か。その身に豪華な赤いスーツを纏った姿は、『女盛り』という言葉が実にぴったりだ。

 シャープな造形のサングラスで覆った目元、豊満なバストとくびれた腰、引き締まったヒップが性別を問わず目を引く。年頃の男十人に訊けば十人が『グンバツのチャンネー』と言うだろう。

 蘭は自分の容姿と見比べて、なんだか見劣りする我が身に萎縮する思いだった。

「ケガはない?」

「は、はいっ。すみませんっ」

「そう、よかった。それじゃあ気をつけてね」

「は、はい」

「うちの妹がご迷惑おかけしました」

「いいのよ、気にしないで」

 金髪の女性は小さく手を振ると、蘭と弾の横を通り過ぎていく。すれ違いざま、耳につけた金のイヤリングが小さく光った。

(さ、さすがIS関係のイベント。世界中から人が来るのね)

 蘭は何気なく自分の胸を見下ろした。

(ま、まだ成長期だから大丈夫……だもん)

「蘭、お前ひょっとして『成長期だから大丈夫』とか思ってねえか?無理無理。さっきの人みてえには絶対……」

「ふん!」

「ぐはっ……す、すみません」

 蘭が失礼な事を言う兄を黙らせ、自分の席を見つけたのはそれから10分後の事。蘭はその席に座り、ドキドキと開演を待った。ちなみに、九十九からチケットを貰ったという兄は、自分から少し離れた席に座っている。

(生で一夏さんのIS姿が見られるなんて!)

 しかも、今日はその後に誕生日パーティーも控えている。

 蘭はいつもは冷静と平静が売りの生徒会長としての顔を忘れ、さながらサーカスの開演を待つ幼子のように胸を弾ませた。

 

 

 

わあぁぁぁ……!

 

 盛大な歓声が、私達が出番を待つピットにまで響いてきた。

 現在行われているのは二年生のレース。どうやら抜きつ抜かれつのデッドヒートのようで、最後まで誰がチェッカーフラッグを受けるのか分からない大混戦のようだ。

「あれ?この二年生のサラ・ウェルキンって人、イギリスの代表候補生なのか」

「イギリス代表候補生序列第四位『流星(シューティングスター)』サラ・ウェルキン。ISの操縦技術に強みのある人物だ。確か、セシリアに操縦技術を教えたのも彼女だったと記憶しているが」

「……ええ、その通りです。専用機こそありませんが、優秀な方ですわ」

 言うことが無くなってしまいましたわ、と口を尖らせるセシリア。どうやらやる気満々のようで、すでに『ブルー・ティアーズ』と高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を展開済みだ。

 彼女に倣い、私と一夏もISを展開。レースの準備に取り掛かる。

 ピットには私と一夏、セシリア以外にも参加者であるシャル、箒、鈴、ラウラが控えている。

「それにしても、なんかごついな鈴のパッケージ」

「ふふん。いいでしょ。こいつの最高速度はセシリアにも引けを取らないわよ」

「セシリアと張る、と言う事は私の最高速度とは張り合えんな。残念だ」

「アンタんとこの変態装備と一緒にしないでよ!」

 『甲龍』専用高速機動パッケージ『(フェン)』。その特徴は四基の増設スラスターと大きく突き出た胸部装甲、そして真横を向いた衝撃砲の砲口だ。

 おそらくだが、前方を飛ぶ相手の妨害攻撃をものともせずにつっこみ、並ぶと同時に衝撃砲で攻撃して相手を押し下げるという戦法を取るためのものではないかと思う。いずれにしろ、徹底的にキャノンボール・ファスト仕様のパッケージと言えるだろう。その点で言えば、今回最も有利なのは鈴だ。

 セシリアのパッケージは本来は強襲からの一撃離脱を目的としたものだし、私の『フレスヴェルグ』も似たような物だ。

 他のメンバーも間に合わせの高速機動仕様。それを考えれば、完全にキャノンボール・ファスト仕様の鈴が一歩先を行っている。

「だからと言って、戦う前から負けを考えるような奴はここにはいない。だろう?」

「無論だ。武器の差が戦力の決定的な差ではないことを教えてやる」

 なんだかどこかで聞いた事のある台詞を言ったのは箒。

 結局、展開装甲はマニュアル制御する事でエネルギー不足を解消する事にしたらしい。

「戦いとは流れだ。全体を支配する者が勝つ」

 三基の増設スラスターを背中に装備したラウラが話に入ってくる。

 専用装備ではないとはいえ、新型のスラスターは性能的には十分らしく、今回のレースも自信があるようだ。

「みんな、全力で戦おうね」

 そう言って締めたのはシャル。ラウラ同様、三基の増設スラスターを両肩と背に配置している。

 元々カスタム機であるシャルのラファールは、オーダーメイドのウィング・スラスターを装備しているが、そこにさらに出力を追加した形となっている。

 

「みなさーん、準備はいいですかー?スタートポイントまで移動しますよー」

 山田先生のややのんびりとした声が響く。私達は各々頷いて、マーカーの誘導に従ってスタート位置へと移動を開始した。

(フェンリルの状態は良好。今の所超広域レーダーに『蝶々』の感はなし。さて、どこで仕掛けてくる?)

『皆様、お待たせいたしました。ただ今より、一年生専用機持ち組のレースを開催いたします!』

 一際大きなアナウンスが響くと、観客席から万雷の如き拍手と大歓声が湧いた。

 私達は各自位置についた状態でスラスターに点火。その時を待つ。

 高速機動用パイパーセンサーをアクティブにし、徐々に意識を集中していく。

 超満員の観客が見守る中、シグナルランプが点灯。シグナルレッドからグリーンまで3…2…1…0。

「っ……!」

 急激な加速に、一瞬景色が吹き飛ぶ。直後、ハイパーセンサーからのサポートで視界が追いつく。

 まず最初に飛び出したのはセシリア。僅かに遅れて私。その後ろに他のメンバーが団子になっているという展開だ。あっという間に第一コーナーを抜けると、セシリアを先頭に列ができていた。

「そこを退いてもらうぞ!セシリア!」

 私はセシリアに対して『グラム』の電磁投射砲(リニアレールガン)を連射する。

 その弾丸を躱すために横ロールするセシリア。スピードが大きく落ち、コースラインからも外れたためか、セシリアは私も含めた後続機の全てに追い抜かれた。これにより、私が先頭に立った。

(そろそろ鈴が仕掛けてくるか?)

 と思った直後、鈴が勝負を仕掛けに来た。

「もらったわよ、九十九!」

「そうはさせん!」

 横に向いていた衝撃砲を前面に向け、連射してくる鈴。これを横ロールで回避させ、そこを爆発的な加速で抜き去るのが鈴の策。しかし、私は回避はしない。するのは吸収だ。

「『ヨルムンガンド』!」

 一旦スピードを落として鈴に正対。遷音速で後退しつつ、自分に当たりそうな衝撃弾のみを選んで掌で受け止める。瞬間、衝撃弾は吸い込まれるように私の手から消える。

「ちっ!あんたにはそれがあったわね。でも!」

 私がスピードを落としたのをチャンスと見たのか、鈴は爆発的な加速をして私の横を抜けていく。

「ふふん、どうよ!」

「やるな、鈴。だが……後ろだ」

「えっ!?」

 振り返った鈴の後ろから、鈴の加速に合わせてその背後にぴたりとつけていたラウラが前に出る。どうやら、スリップストリームを利用して、機を窺っていたようだ。

「しまった!」

「遅い!」

「ついでだ!これも持って行け、鈴!」

 慌ててラウラに衝撃砲を向けた鈴だが、ラウラの大口径リボルバー・カノンと私の電磁投射砲が同時に火を吹くのが僅かに早かった。

 直撃こそしなかったものの、高速機動状態での被弾によって鈴はコースラインから大きく逸れた。

「貴様もだ!」

「うぉっ!?危な!」

 ラウラの牽制射撃は私、更に一夏の方にも及び、後続集団を大きく引き離す。

 流石にラウラは手強い。加速して追いかけるが、コーナーで引き離されないようにするので精一杯だ。

「やっほー、九十九」

「来たか、シャル」

「キャノンボール・ファストはタイミングが命だからね。九十九はいつ仕掛けるの?」

「さてな。言うと思うか?」

「それもそっか。じゃあ、僕は行くね」

 そう言うと、シャルはスラスターの出力を上げてラウラに肉薄していく。

 私も続こうとした所で、後方から赤いレーザーが飛んできた。しかしどうやら流れ弾だったようで、私の横数mの所をただ飛んで行った。

「なんだ?」

 後ろを見ると、一夏と箒が近接格闘戦を展開していた。さらにそこにレースに復帰したセシリアと鈴も参戦。後方集団はなかなかの混戦模様だ。

「レースはまだまだ!」

「ここからが本番よ!」

 白熱するバトルレースは、2周目に突入しようとしていた。と、その時、『フェンリル』の超広域レーダーに反応があった。

「これは!シャル、ラウラ!上空警戒!何者かが……」

 シャルとラウラに警戒を促すも、それは僅かに遅かった。突如として上空から飛来した機体が、トップを走っていたシャルとラウラを撃ち抜いたのだ。

「うわぁっ!?」

「ぐうっ!?」

 コースアウトするシャルとラウラ。その二人に一切視線をやることなく、にやりと口元を歪める襲撃者。その正体は……。

「あれは……『サイレント・ゼフィルス』!!」

 セシリアが驚愕と怒りの混じった叫びを上げる。その声を聞きながら、私は小さく呟いた。

「やはり来たか。自称、織斑マドカ……」

 

 キャノンボール・ファストは、現れた襲撃者(織斑マドカ)によって混迷の度合いをいや増した。

 私はシャルを撃ち落とした彼女に、自分でも信じられない程の強い怒りを覚えていた。

 ……あの女、絶対一発ぶん殴る!




次回予告

激突する蝶と雫。
少女の心の水面に水滴が落ちる時。
それは新たな力の目覚めの合図となる。

次回「転生者の打算的日常」
#50 疾如砲弾(目覚)

……ばーん。


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#50 疾如砲弾(目覚)

「きゃあああっ!」

 誰かの悲鳴が聞こえる。突然の事態に大会主催者側もどう対応したらいいのか分からず、パニックは客席に広がっていく。

「落ち着いて!皆さん、落ち着いて避難してください!」

 スタッフの怒号に近い声が響く。だが、パニックを起こした群衆はその声に耳を貸す余裕を完全に失っていて、誰もが我先にと会場出口へ向かっていた。

「蘭!無事か!?」

「お兄!うん、大丈……きゃっ!」

「蘭!?」

 弾の声に反応した蘭がそちらへ振り向こうとした時、蘭は運悪く逃げる群衆の腕にぶつかってしまった。倒れそうになるその体を、優しい手が受け止めた。

「あなた、大丈夫?」

「は、はい……」

 その手の主は楯無だった。本日二度目の年上美女の登場に、蘭は状況を忘れて呆けてしまう。

(うわ、かっこいい……)

「蘭!よかった……。妹を助けてくれて、ありがとうございます」

 蘭の無事な姿に安堵の息を漏らし、弾は楯無に深々と頭を下げる。

「いいのよ、気にしないで。それにしても困ったわね。とりあえず、混乱が収まるまで通路から避けていた方がいいわね。二人とも、こっちに来て」

「「は、はい」」

 自然に手を引かれ、蘭は楯無の後をついて行く。その後ろを、弾が二人の姿を見失わないように必死について行く。

 二人が楯無に連れて来られたのは『関係者以外立入禁止』と書かれたドアの前。楯無はそのドアを開けると、その奥にあるスタッフルームへと二人を招待した。

「じゃあ、おねーさんはちょっと用事があるから、ここでおとなしくしてて」

「あ、あのっ……」

「誰か来たら、生徒会長にここにいるように言われたって説明してちょうだい」

「せ、生徒会長……」

 自分も同じ生徒会長なのだが、自分とは完全に一線を画している目の前の女性に、蘭はつい落ち着きの無い態度を取ってしまう。

「じゃあね」

 ぴっ、と投げた指が格好いい。蘭は楯無がいなくなった後もしばらく呆然として動けずにいた。

「それにしても、一夏と九十九、あと鈴も。無事だといいんだけどなぁ……」

(はっ!?そうだ、一夏さん!)

 弾の言葉で我に返った蘭は、レースに乱入してきた襲撃者が一夏に向けて発砲した瞬間を思い出す。

(大丈夫ですよね……一夏さん……)

 握りしめたその手には、祈りにも似た願いが込められていた。

 

 

「シャル、無事か!?」

「大丈夫か、ラウラ!」

 私と一夏は壁に激突した二人のもとに駆けつけ、私は《スヴェル》を呼び出し(コール)、一夏は《雪羅》のエネルギーシールドを展開する。

 その直後、『サイレント・ゼフィルス』のBTライフルの攻撃が容赦なく降り注いだ。

「くっ……!!」

「うぐっ……!!」

「一夏さん!あの機体はわたくしが!」

「セシリア!?おい!」

「BT二号機『サイレント・ゼフィルス』……!今度こそ!」

 一夏の静止を聞かず、セシリアは単騎で襲撃者−−『サイレント・ゼフィルス』(以下ゼフィルス)へと向かって行く。

 だが、『ストライク・ガンナー(高速機動パッケージ)』を装備しているセシリアは、通常装備の時と違いビットによる多角射撃が使えない。その為の大型BTライフルなのだが、どうしても火力の低下はいなめない。

「一夏、九十九っ!防御任せたわよ!」

 『ゼフィルス』に向かうセシリアを、慌てて鈴が補佐する。セシリアのレーザービーム、そして鈴の衝撃砲が一気に目標へ向かって放たれる。

「逃しませんわ!」

「いけええっ!」

 しかし、『ゼフィルス』は特に回避行動を取る事もなく、不敵な笑みを浮かべているだけだ。

 二人の攻撃が直撃すると思われた次の瞬間、『ゼフィルス』の前にビームの傘が開いた。二人の攻撃はビームの傘によって霧散。『ゼフィルス』にダメージを与える事は無かった。

「なっ……!?」

「くっ!やはり、シールドビットを……鈴さん!多角攻撃、一度に行きますわよ!」

「あたしに指図しないでよ!ったく、付き合ってあげるけどさあ!」

 セシリアと鈴の多重攻撃が始まる。それに合わせるかのように、『ゼフィルス』は飛翔した。

「何なんだよ……あの機体……?」

「あれは『サイレント・ゼフィルス』。イギリス製第三世代ISで、BT試験用ISの二号機だ」

「奴らはそれを強奪し、使っているということだな……」

 一夏の疑問に私が答えると、それを補足する形でラウラが口を開きつつ起き上がる。

「ラウラ!動いて平気なのか?」

「いや、直接戦闘には加われないな。支援砲撃がやっとだ」

 言うなり、身を起こしたラウラは『ゼフィルス』に対して砲撃を開始した。しかし、圧倒的な機動性能に翻弄され、その姿を捉えられないでいる。

「九十九!一夏!ここは僕が!二人は箒と一緒にセシリアたちを!」

「シャル!ダメージは……どうやら甚大のようだな。状態は?」

「スラスターが完全に死んでる。PICで飛ぶ事はできるけど、あの機体相手じゃ追いつけない」

 そう言ってシャルは増設スラスターを切り離す。大きくひしゃげ、見るも無残な姿になったそれは、もう空を飛ぶ事はないだろう。

「支援砲撃するラウラの防御に回るから、二人は行って!」

「分かった!」

「《スヴェル》を置いていく。上手く使え、シャル」

 ラウラの防御をシャルに任せ、私と一夏は『ゼフィルス』へと向かって飛び出す。途中で箒と合流した私達は、連携攻撃で接近格闘戦を仕掛ける。

「うおおおっ!」

「……っ!」

「…………」

 私達の攻撃に対し、ライフル先端の銃剣で応戦する『ゼフィルス』。一夏は右手の《雪片弐型》と左手の《雪羅》クローモードで、私は《グラム》の銃剣とビームランス、電磁投射砲(レールガン)を切り替えつつ連続攻撃を行うが、当たると思ったタイミングでシールドビットが割り込んでくるため、決定打を与えられない。

「狙いはなんだ!?『亡国機業(ファントム・タスク)』!」

「……茶番だな」

「何!?」

 ポツリと呟いた『ゼフィルス』は、一夏の上段斬りを受け流すと、そのまま一夏に蹴りを浴びせた。

「ぐっ!」

「一夏!」

  次いで放たれたライフルの零距離射撃を、直前で箒が一夏に突進する事でなんとか逃れる。

「一夏!油断するな!そのレーザーはまだ生きている!」

「っ!?」

 その忠告の直後、放たれたレーザーはグニャリと曲がり、一夏に再び襲いかかる。

 

 偏向射撃(フレキシブル)

 BT兵器搭載型ISの稼働率が最高値の時に発動可能な、簡単に言えば『思念誘導式ホーミングレーザー』だ。前世の時、原作でこれを読んでまず最初に思ったのは『そんな無茶な』だ。

 レーザーやビームは分類上は『光学兵器』。光エネルギーを撃ち出す武器である。つまり偏向射撃とは、『秒速30万kmの弾丸』を思った通りに動かす技術という事になる。

 現実にはあり得ない。しかし、目の前でその『あり得ない』が起きている。私は戦闘中にも関わらず、相変わらずとんでもない世界だな。と、頭の隅で考えていた。

 

「うおおおっ!」

 一夏は襲い来るレーザービームに対して《雪羅》をシールドモードに変更して対処。『零落白夜』のエネルギーシールドに触れたレーザーは、触れた端から霧散。一夏にダメージが行く事はなかった。しかし……。

「一夏!後ろだ!」

「なっ……!?がはっ!」

 一夏はレーザーに気を取られすぎたらしく、そのまま壁に激突。致命的な隙を晒してしまう。そして、それを見逃すほど『ゼフィルス』は甘くない。

「死ね……」

 『ゼフィルス』のライフルが中央から大きく展開。最大出力で一夏を狙う。私の今いる位置は一夏を救援しようにも一夏から遠過ぎる位置。

 《グラム》の電磁投射砲の残弾は既に0、《狼牙》や《狼爪》では弾速が遅すぎて『ゼフィルス』を妨害しようにも出来ない。

 銃剣やビームランスで同じ事をしようとしても、おそらく私が『ゼフィルス』のライフルを切り裂くなり叩き落とすなりする前に一夏は撃たれるだろう。……打つ手無し。それが悔しかった。

 そして、『ゼフィルス』はバチバチと放電状のエネルギーを溢れさせるレーザーを、一夏に向かって放った。万事休すの一夏の前に飛び出した影が一つ。それは−−

 

 

「ふふ、さすがはMね。あれだけの専用機持ち相手によく立ち回るものだわ」

 サングラス越しに襲撃者−−Mの戦闘を見ながら、女性は楽しそうに目を細める。よく見ると、その女性は席を探していた蘭とぶつかった女性だった。

「でも、大したことないわね。もう少し頑張って欲しいのだけど」

 ふう、と溜息を漏らすその女性の背中に、声がかけられた。

「あら、イベントに強引に参加しておいて、その言い草はあんまりじゃないかしら?」

 女性は振り向かない。なぜなら、その声の主がもう分かっているからだ。

 −−更識楯無。IS学園生徒会長にして、生徒の身でありながら自由国籍権を取得した天才少女。現在はロシア代表IS操縦者。候補生ではなく、代表だ。

「IS『モスクワの深い霧(グストーイ・トウマン・モスクヴェ)』だったかしら?あなたの機体は」

「それは前の名前。今は『ミステリアス・レイディ』と言うの」

「そう」

 女が振り向く。刹那、鈍い光を放つナイフが楯無に飛んできた。

「マナーのなってない女は嫌われるわよ」

 瞬間的にISを展開した楯無は、そのナイフをラスティー・ネイル(蛇腹剣)で叩き落とすと、そのまま鞭のようにしなるそれで女を狙った。

「あなたこそ、初対面の相手に失礼ではなくて?」

 サングラスを捨てると同時、女は自分のISの腕部を部分展開。蛇腹剣を受け止めた。

「『亡国機業』……狙いは何かしら?」

「あら、言うわけないじゃない。折角いいシチュエーションができたっていうのに」

「無理矢理にでも聞き出してみせるわ」

「それができるのかしら?更識楯無さん」

「やると言ったわ、『土砂降り(スコール)』」

 楯無は蛇腹剣を手放すと同時にランスを呼び出し(コール)。内蔵した四連装ガトリングガンを、形成と同時にスコールに向けて一斉射した。

 

ドドドドドッ−−!!

 

「…………」

 正確に相手を捉えた楯無だったが、その顔に余裕の色は無い。スコールは金色の繭に包まれていて、弾丸はその繭に阻まれて一発も届いていなかった。

「ねえ、やめましょう?」

「…………」

 スコールは穏やかな口調で楯無に話しかける。楯無を見つめるその目には微かな憐憫が感じ取れた。それが楯無の心に波を立てる。

「あなたの機体では私のISを倒せない。分かっているでしょう?」

「勝てないから、倒せないから、戦わない。それは賢い選択かもしれない−−けれど!」

 楯無が纏っていた水のヴェールを全てランスに纏わせてドリル状に展開。一気に攻勢に出る。

「私は更識楯無。IS学園生徒会長、故にそのように振る舞うだけよ!」

 水のドリルによる高速突撃。それをひらりと躱したスコールが、楯無に二度目の投げナイフを投じる。

「そんなもの!」

 水の刃がナイフを切り裂く。その瞬間、切り裂かれたナイフが大爆発を起こした。

「!?」

 もうもうと立ちこめる黒煙が視界を覆う。無論、ISにとってこの程度の視界阻害はないに等しい。事実、楯無のハイパーセンサーには逃走するスコールの姿がバッチリ映っていた。

「くっ……!これで二回連続で逃がしたわね……」

 正面戦闘であれば、楯無はかなりの力を持っている。しかし、相手が逃走に全力を注げば、当然逃がしてしまう事だってある。更識楯無だって人間だ。何もかも完璧にはいかない。

(はぁ……。いいとこ無しじゃない、最近。一夏くんと九十九のことからかえないわね)

 いつもの茶化した態度とは違う、心底悔しそうにしている楯無がそこにはいた。

 

 

「きゃあああっ!!」

「「鈴!?」」

 一夏の前に飛び出し、『ゼフィルス』の最大出力射撃を受けた鈴は強く弾き飛ばされる。

「なんという無茶を……!」

「ば、バカ!なんで俺なんかをかばって……おい!鈴!」

「うっさいわね……。アンタがノロいからよ……ゲホゲホッ!」

「鈴!」

 一夏の身代わりになった鈴は、一夏に向かって拳を突きつけると、それを最後に意識を失った。

 おそらく、ISが致命打を受けた時の為の、操縦者最終保護機能が働いたのだろう。私は経験がないが、話を聞くにかなりきついものがあるらしい。

「くそおっ!」

 一夏が体を起こすが、その時には既に《雪羅》のエネルギーが尽きていた。そして再び、次は盾のない状態で『ゼフィルス』の攻撃が一夏に迫る。

「やらせませんわ!」

「させん!」

 発射直前、私は《スヴェル》を構えて一夏と『ゼフィルス』の間に入る。それと同時にセシリアが『ゼフィルス』に高速機動パッケージの大出力を活かした体当たりを仕掛ける。

「九十九!セシリア!」

「一夏!今の内に箒から補給を受けろ!この場は……」

「わたくしが引き受けましたわ!」

 言うが早いか、セシリアは『ゼフィルス』の両腕を押さえつけるように飛翔。そのままアリーナのシールドバリアに押し込む。スラスターを吹かして何度も叩きつけるように突進するセシリア。すると、四度目の突進でバリアが割れた。

 その隙間から、二機の青い機体が飛び立つ。互いに一気に加速し、そのまま市街地へと飛んで行った。

「私は先にセシリアを追う。必ず来いよ、一夏」

 私は飛んで行った二人を追って、割れたバリアから市街地へと飛びだした。

 待っていろ『ゼフィルス』。その顔、一発ぶん殴ってやるからな!

 

 アリーナを飛びだした私が二人を視界に捉えた時、すでに戦いは佳境に突入していた。

『……お前はもう死ね』

 絶対零度の声とともに放たれた無慈悲のビーム射撃がセシリアを襲う。

「ああっ!」

 シールドエネルギーが一気に削られ、左腕で支えていたライフルは撃ち抜かれて爆散。セシリアに出来たのは、地上に被害を出さぬよう、地表ぎりぎりで急上昇する事だけだった。

「終わりだ」

 『ゼフィルス』の持つライフルの先端に取り付けられた銃剣が青い輝きを放つ。とどめを刺しに行く気だ。

「セシリア!くっ、間に合え!フレスヴェルグ!オーバーブースト!」

 瞬間、背と足のブースター全てが自損覚悟の過剰加速を開始する。その5秒後、私は時速4800kmの人間砲弾と化した。

 それと同時に、セシリアが『ストライク・ガンナー』の仕様上、決してやってはいけないだろう攻撃を行う。

「ブルー・ティアーズ・フルバースト!」

 推進力に回すため閉じられている砲口から、パーツを吹き飛ばしながらの()()()()()()。最悪の場合、機体が空中分解してしまいかねない危険行為。しかし、偏向射撃を使えないセシリアにとって、これが最大級の攻撃だろう。

「これが切り札だと?笑わせる!」

 『ゼフィルス』が声を荒らげる。そして、笑い声とともにセシリアの射撃を全て高速ロールで躱してみせた。

「なっ!?」

「死ね」

「おらあっ!」

 

ザクッ

ガアンッ!

 

 『ゼフィルス』の銃剣がセシリアの二の腕を貫通するのと、私の拳が『ゼフィルス』の胴体に届いたのはほぼ同時だった。

「あああっ!」

「ぐあっ!?」

 セシリアからは苦悶の叫びが、『ゼフィルス』から意外な攻撃を受けた事による驚愕混じりの声が漏れた。

 私の拳を受けた『ゼフィルス』は衝撃で大きく吹き飛んだが、ライフルを手放す事はなかった。そのライフルの先端に付いている銃剣からは、セシリアの腕を刺した事で付いた真新しい鮮血が滴っている。……少しだけ間に合わなかったか。すまない、セシリア。

「くっ……貴様……っ!」

「よくもまあ、私の大切な人と幼馴染、そしてクラスメイトに怪我をさせてくれたな……礼はするぞ、女」

 『ゼフィルス』とセシリアの間に入り、『ゼフィルス』と睨み合う。互いに銃剣を構えて接近戦を仕掛けようとしたその時。

「見えましたわ……水の一滴が」

 ポツリと呟いたセシリアがこちらに、正確に言えば『ゼフィルス』に向けて左手で銃のポーズを作っていた。『ゼフィルス』はセシリアの行動の意味が分からず、訝しそうにしている。

 ああ……そうか、そうだったな。ここが君の目覚めの場だったな、セシリア。

「……ばーん」

 手で作ったピストル。当然、その指先からは何も発せられない。だが次の瞬間、『ゼフィルス』を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!?」

 BTシステムの稼働率が最高状態の時のみ使える偏向射撃。それをこの土壇場で己がものとしたセシリア。

 しかし、超音速状態からバランスと推力を失った機体は、その姿を維持できずに徐々に崩壊を始める。

 このままにしていてはまずいが、『フェンリル』の超広域レーダーが近づく『あいつ』の姿を捉えているから、セシリアの事は心配ない。

「くっ……馬鹿な」

「ようやく隙を見せたな。『ゼフィルス』」

「!?」

「言ったはずだ、礼はするとな!」

 事態を飲み込めず、一瞬呆けていた『ゼフィルス』に最大戦速で接近。左のボディブローを叩き込む。

「これは鈴の分!」

「がっ!?」

 間髪を入れず、右のボディブローを左で打ったのと同じ場所に打ち込む。

「これはセシリアの分!」

「ぐふっ!」

 腹を打たれた衝撃で頭が下がった所に左のアッパーカットで追撃。

「これはシャルの分!」

「ぐあっ!」

 最後に、アッパーで打ち上がった顎に向け、大きく振りかぶって全力の右ストレートを放つ。

「そしてこれが、友を、級友を、恋人を傷つけられた私の……この私の怒りだあああっ!!」

「がはあっ!」

 顎を打ち抜かれ、勢い良く吹き飛んでいく『ゼフィルス』。それを見ながら、溜飲を下ろす私だった。

 ちなみに、私が似合わぬ熱血展開をしている間にセシリアは一夏が助け出していた。

 

 セシリアを横抱きに抱えた一夏が、私に近づいてきた。

「悪い九十九。遅れた」

「詫びはセシリアにしろ。彼女ならデート一回で許してくれると思うぞ」

「さっきセシリアにそう言われたぜ」

「そうか。で?セシリアは?」

「腕の傷はISが止血してくれてるみたいだ。けど、急がないとどうなるか分からねえ」

「分かった。学園へ行こう。あそこなら大学病院並の治療設備がある」

「ああ……っ!?」

 背後から感じたプレッシャーに振り返ると、そこには太陽を背にした『ゼフィルス』がいた。その視線は冷たいが、どこか怒りが滲んでいた。どうやら、私の四連撃をまともに食らった事が相当腹立たしかったようだ。

「てめえ……」

 一夏が『ゼフィルス』を睨みつける。『ゼフィルス』の顔はひび割れたバイザーから僅かしか見えないが、一夏の敵意は伝わっただろう。

 しかし、こちらには負傷者(セシリア)がいる。彼女を守りながら戦うのは、正直に言えば厳しい。

 だが、そう言った所で素直に「じゃあ逃げよう」という一夏ではない。《雪片弐型》を強く握りしめる一夏を見て、私も覚悟を決めて《レーヴァテイン》を展開し、『ゼフィルス』に向けた。

「−−スコールか、何だ?…………分かった、帰投する」

「何?」

「……ちっ……」

 『ゼフィルス』は憎々しげに私達を一瞥すると、そのまま背を向けて飛び去った。

「あいつ、どうしたっていうんだ……?」

「さてな。案外母親に『門限の時間だ』とでも言われたんじゃないか?」

 軽口を叩きながらも、私は『ゼフィルス』が残していったプレッシャーのためにすぐに動く事ができなかった。そして、それは一夏も同様だった。

 

 こうして、波乱に満ちたキャノンボール・ファストは終わりを告げた。

 毎度思うのだが、なぜ騒動はイベントの度に起こるんだ?警備部は何してんの?いくら何でもザル過ぎるだろ。ワザとか?

 

 

 キャノンボール・ファストが行われていたアリーナの上空15000m。そこに、一機のISが浮いていた。

 背中にレドームを背負い、バイザーには超高性能高速度カメラ。加えて全身に多種多様なセンサーを着けた、見る人が見れば一目で『偵察・情報収集』を目的としている事が分かる機体だ。

 機体色とシルエットで辛うじて『ラファール』と分かるそれは、下で行われていた戦いが終わるとともにほう、と一息つくと装備を拡張領域(バススロット)に収めた。と、そこに通信が入る。

「受諾」

『やぁ、ヘイムダル。彼女達のデータは取れたかい?』

「委細漏らさず」

『結構。それじゃあ、戻ってきてくれたまえ。誰にも気付かれないように……ね』

「了解」

 そう言うと、ヘイムダルと呼ばれた女性はもう一度視線を下に落とすと、まるで空に溶け込むかのようにその場から姿を消した。あとにはただ、静寂だけが残っていた。




次回予告

誕生日。それは、その人が生まれた事を言祝(ことほ)ぐ日。
さあ、皆で集まって祝おうじゃないか。
ただ、そういう時に限って呼ばれてないのに現れる奴がいるのだが。

次回「転生者の打算的日常」
#51 誕生会

ハッピーバースデー!


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#51 誕生会

「せーの」

「「「ハッピーバースデー!一夏!」」」

 

パンッ!パパンッ!

 

 鈴の音頭に合わせてクラッカーの音が鳴り響く。

「お、おう、サンキュ」

 現在時刻は17時。場所は織斑家……まではいいのだが。

「この人数は何事だよ……」

「まさかここまで大事になるとはな……」

 一夏の誕生会に参加しているメンバーを整理すると以下のようになる。

 まずは一夏ラヴァーズの面々。箒、鈴、セシリア、ラウラの4人。次に私が呼んだ2人。シャルと本音。

 加えて五反田弾と蘭の兄妹。さらに、生徒会メンバーの楯無さんと虚さん。ついでになぜか新聞部のエース黛薫子さん。

 一夏を除いて合計12人の大所帯。織斑家のリビングはもはやパンク寸前だった。

(あんな事件のあったすぐ後でこの大騒ぎ。よくそんな気になれるな)

 いや、むしろその逆か。あんな事件のあった後だからこそ、皆で騒ぎたいのかもしれない。

 結局、今回も亡国機業(ファントム・タスク)の目的は不明という事で一応の決着を見た。

 ISでの市街地戦闘はやはり大きな問題だったようで、学園関係者は千冬さんも山田先生も慌ただしく働いていた。

 私を含めた今回の関係者は全員が事情聴取を受ける事となり、開放されたのは16時を過ぎてからだった。

「あ、あ、あのっ、一夏さん!け、ケーキ焼いてきましたから!」

 かなり緊張しながら、蘭が一夏にケーキを差し出す。その顔は真っ赤で、皿を持つ手が微かに震えている。

「おお、蘭。今日、どうだった?楽しめたか?って言っても、途中でメチャクチャになったけどよ」

「は、はい!あの、かっこよかったです!あっ、ケーキどうぞ!」

「サンキュ」

「蘭、卑しい事を言うようだが、私には無いのか?」

「九十九さんは自分で取ってください。あそこに残りがあるんで」

 そう言って蘭が指差したのはリビングのテーブル。そこには一切れ分欠けたケーキが置いてあった。

「対応に差がありすぎないか!?まあ、いただくが」

 仕方なしに自分で蘭特製ケーキを切り分けて一口食べる。ココアベースのスポンジに、生クリームとチョコレートムースのケーキだった。ふんわり食感の生地とボリュームたっぷりのクリームが実にいい塩梅だ。

「ふむ、悪くない」

「うまいなー、これ。蘭一人で作ったのか?」

「は、はい!」

「蘭って料理上手だよな。うん、いいお嫁さんになれるぞ」

 こういう事をサラッと言えるのが一夏クオリティー。案の定、蘭の顔は一段と赤くなる。

「お、お嫁っ……!?」

 完全にしどろもどろになっている蘭を無視して、鈴が一夏の目の前にラーメン丼をごとりと置いた。

「一夏、はいラーメン」

「おわっ!?鈴、いきなりだな」

「出来立てだからおいしいわよ。何せ麺から手作りだからね」

 ふふん、と自慢げに胸を張る鈴。ちらりと丼の中を見ると、黄金色のスープに浮かぶ縮れ麺と手作り感溢れるチャーシューが実に美味そうだ。なんとも手が込んでいるな。

「むっ、鈴さん……」

「ん?あー、誰かと思ったら蘭じゃない。ちょっとは身長伸びた?」

「あ、あなたに言われたくありません!」

 鈴と蘭、一瞬で険悪に。一夏を取り合うライバルとして互いに意識している仲だけあって、会う度いつもこうなる。

 その度に私と弾の胃がマッハなのだが、一夏は多分、いや、絶対気づいていない。とりあえず、嫌な空気が蔓延しない内に何とかせねば。

「あー、鈴。そのラーメン、私も食べたいんだが……」

「あんた、相変わらずの食いしん坊万歳ね。てか、空気読みなさいよ。……ほら、材料はあそこにあるから自分で作りなさい」

 溜息を一つついて、鈴はキッチンを指差す。そこには湯気を上げる鍋と薄切りにされたチャーシュー、茹でる前の麺が置いてあった。

「だから、対応に差がありすぎないか!?……まあ、そういう事なら自分でやるが」

 一応、空気を変える事には成功したと見ていいだろう。先程まで険悪なムードだった二人は、私の言動に毒気を抜かれたようで、とりあえず一時休戦を決めたようだ。……毎度の事とはいえ、何故こんな気苦労をせねばならんのだ?

 

 

 鈴のラーメンを作るためにキッチンに行くと、シャルと本音がなにやら作っていた。

「あれ?九十九?」

「ど~したの〜?」

 私が来た事に気づいた二人が手を止めてこちらを見てくる。

「ああ。鈴に『私も鈴のラーメンが食べたい』と言ったら『自分で作れ』と言われてね。で、ここに来た。君達は?」

「うん。九十九に食べて欲しいものがあって」

「今できたとこ〜。これだよ~」

 そう言って本音が私の前に差し出したのは、白い皿の上に乗った大きな……。

「シュークリーム?」

「うん!つくもん、スウィーツの中だとこれが一番好きって言ってたから~」

「さ、召し上がれ!」

「美味そうだ。では早速」

 皿からシュークリームを取り、口に運ぶ。さっくりとしたシュー生地と滑らかな食感のカスタードクリームの組み合わせが口の中でハーモニーを奏でる。断面を見ると、クリームの中に黒い小さな粒が入っている。

「へぇ、バニラビーンズを使ったのか。しかも、これより少ないと香りが弱く、多いと香りが強すぎるというギリギリのラインを見切っている。うん、美味い」

「よかった〜」

「お口に合って何よりだよ」

 ほっ、と安堵の息を漏らす本音と微笑みを浮かべるシャル。ありがとうの意味を込めて二人の頭に手を置こうとした時、空気を読まない無粋者が現れた。

「あれ?九十九、お前ラーメン食うんじゃなかったっけ?」

 それは、食べ終わったラーメン丼をキッチンに下げに来た一夏だった。

「むっす~……」

「…………」

「えーっと、なんで二人は不機嫌そうなんだ?」

「「「知らん(知らない)。自分で考えろ(て)」」」

 こいつの間の悪さは奇跡レベルだよな。まったく。

 

「あの、一夏さん」

「ん?あ、セシリア」

 丼を置き、キッチンから出ていこうとする一夏に声をかけたのはセシリア。その右腕には包帯が巻かれ、三角巾でそれを吊るという何とも痛々しい姿だ。……なんだか罪悪感が湧くな。

 セシリアの腕の傷は決して浅くはないものだが、医療用ナノマシンを併用した活性化再生治療を受ける事で一週間前後で傷跡も残さずに元に戻るそうだ。

 一夏が『今日のところは入院した方がいい』と勧めたが、なんとしても一夏の誕生日パーティーに参加したいセシリアはこれを固辞。現在こうしてパーティーに参加しているという訳だ。

「傷、大丈夫か?つらかったら休んでろよ?」

「次のセシリアの台詞は『この位はケガのうちに入りませんわ!』と言う」

「いえ!このくらいはケガのうちに入りませんわ!……ハッ!?」

 台詞を先読みされたセシリアは驚愕のあまり『ジョジョに奇妙な顔』になっている。その後、顔を真っ赤にして私に食って掛かってくる。

「−−ッ!九十九さん!」

「そう怒るな。傷に響くぞ。それで?一夏に用じゃないのかね?」

「ハッ、そ、そうでした。コホン。一夏さん、お誕生日おめでとうございます。それで、こちらを」

 そう言ってセシリアが差し出したのは、一抱えはある大きさの箱。綺麗にラッピングされたそれは、明らかにプレゼント用の包装だった。

「なんだこの箱」

「いや、プレゼントだろ。包装で気づけよ」

「え、ええ、そうですわ。開けてみてくださいな」

「おう」

 軽く頷いた一夏は、しっかり梱包された箱から包装紙を取り除き、蓋を開ける。出てきたのはなんとも高級そうなカップとソーサー、そして茶葉のパックが一袋だった。

「おお?ティーセットだ」

「それも英国王室(ロイヤルファミリー)御用達の陶磁器メーカー『エインズレイ』のティーセットじゃないか!」

「よくご存知ですね、九十九さん。ええ、それなりの高級品ですわ。一緒についている茶葉は、わたくしが普段愛飲している一等級茶葉です。どうぞお納めくださいな、一夏さん」

「おお……なんかすごいな。サンキュ。大事に使うぜ」

「い、いえ、このくらいはなんでもありませんわ」

 このくらいはなんでもない。とセシリアは言うが、『エインズレイ』のティーセットといえば安い物でも5000円はする。

 『高級』と呼ばれる物ともなれば、その値段は一気に二倍、三倍だ。まして貴族のお嬢様(セシリア)が『高級』というのだから、その値段は想像したくない。こんな物を誕生日プレゼントにポンと出すセシリア・オルコットの金銭感覚、恐るべし。

 

「それより一夏さん、今度一緒に−−」

「一夏くーん、ちゃんと食べてるー?」

 さらに何かを言おうとしたセシリアを遮り、楯無さんが一夏の背中に抱き着いた。

「お〜、たっちゃんだいたーん」

「た、楯無さん!?う、後ろから抱きつくのやめてくださいよ!」

「ふふん、いいじゃない。減るもんじゃなし」

「減るんですよ!俺の純情とかが!」

「あら、それじゃあちょうどいいじゃない。傷心のおねーさんを慰めなさい」

「傷心って……」

「おおかた、襲撃者(遊びに来た子)上司(保護者)にまんまと逃げられたんでしょう?楯無さん」

「実はそうなのよ。だ・か・ら、九十九くんも私を慰め……あら?」

「「…………(ムスーン)」」

 楯無さんが私をターゲッティングした瞬間、『させてなるものか』とばかりにシャルが背中に、本音が胸に抱き着いてきた。

「生憎と満席です。他を当ってください」

「みたいね、残念」

 抱き着かれた状態のまま、楯無さんにこう告げた私。楯無さんはさして残念そうに聞こえない言い方で肩をすくめた。

 その言い方に警戒を強めたのか、二人は更に私に密着してくる。……まずい。このままは色々とまずい。

 前後から襲う『低反発クッション』の柔らかい感触を極力意識しないようにしていた私だったが、それに反して体と本能は正直だった。その事に気づいてしまったらしい本音がおずおずと訊いてくる。

「あの……つくもん?お腹になんか固いのが当たってるんだけど……」

「言わないでくれ。私も男なんだ、この状況で抑えろというのは無理だよ」

「そっか〜……。あの、あのね、つくもん」

「ん?」

 なにか言いたそうな本音に目を向けると、本音は頬を赤らめて私にこう言った。

「わたし、つくもんになら何されても……いいよ?」

「な、なあっ!?」

 本音の爆弾発言に驚く私。すると本音に続くように、今度はシャルが背中に抱き着いたまま口を開く。

「僕も、九十九になら僕の『初めて』を全部あげてもいいよ」

「な、な、な……」

 あまりにも突然の『私の初めてを全部あげる』宣言。二人の言葉の意味を頭が理解したその瞬間、私の意識は闇に落ちた。

 

 シャルロットと本音が九十九に告げた言葉。その音量はさして大きいものではなかったが、狭いキッチンでは誰の耳にもはっきりと聞こえていた。

「わ~お、二人とも大胆ねー」

「「……き、聞いてた(聞いてました)?」」

「もうバッチリ!いやー、愛されてるわねー九十九くんは」

「その九十九は完全にフリーズしてますけど!?ぴくりとも動きませんよ、こいつ!」

「い、一夏さん!わたくしも一夏さんになら……その……はうっ……」

「おわっ!?セシリアまで!?おい、大丈夫か!?しっかりしろ!」

「いや~、すごい発言聞いちゃったわ~。固まる村雲君とか初めて見たよ。激写!」

「「「って、黛先輩(薫子ちゃん)いつの間に!?」」」

「最初から。いい記事書けそうだわー」

「「書かないで(ください)!」」

「ちょっと、えらく騒がしいけど何があったのよ?」

「いや、鈴ちゃん聞いてよ。村雲君にシャルロットちゃんと本音ちゃんが……」

「「わーっ!わーっ!言っちゃダメ〜(です)!」」

「なんだどうした?騒がしいぞ」

「む?セシリアが気絶していて、一夏がそれを介抱。シャルロットと本音の顔が真っ赤で、九十九は完全に動きを止めている。そしてその周囲でほぼ全員が騒いでいるという状況……。一体、何があったと言うんだ?」

「それがね~……」

「「だから言っちゃダメだってば〜(ですってば)!」」

 キッチンは上を下への大騒動。結局、薫子が全てを話してしまい、シャルロットと本音が部屋の隅であまりの恥ずかしさに悶える事になった。ちなみに、一連の騒動が収まるまで九十九がフリーズ状態から戻る事はなかった。

 

 

「で、私がフリーズしている間にラウラからそれをプレゼントされた。という訳か」

「おう。いや、いきなり目の前に出された時は殺されるかと思ったぜ」

「それは私の台詞だ。我に返り、頭を冷やそうと庭に出た次の瞬間、ナイフを持ったお前が目の前に。だぞ」

 あの後、ようやく再起動を果たした私は、あんな事があったすぐ後だという事でどうにも二人と顔を合わせ難く感じ、少し頭を冷やそうと庭に出た。その結果が上述の状況。という訳である

「悪いな、驚かせて。そうだこれ、セシリアとラウラから。遅ればせながらの誕生日プレゼントだと」

 そう言って一夏が渡してきたのは小さな箱と鞘に収まったナイフだった。

「セシリアのはマグカップだって言ってた。ラウラのは……」

「見たままナイフだな。長さからして戦闘用というより作業用の物のようだ」

「それ、ラウラのお古らしいぜ。まあ俺のもだけど。けど俺のは明らかに戦闘用だぜ」

「やはり扱いに差があるな……。まあ、くれるというなら貰っておくが」

 セシリアからのプレゼントだという箱を開けると、一夏の言う通りマグカップが出てきた。

 白地に特に飾り気のないマグカップだが、しっかりした作りをしている。これなら少々雑に扱ってもすぐに壊れるという事はなさそうだ。

 手に持ってカップ部分を見てみると、眼鏡をかけた三白眼の青年の似顔絵と共に、英語で『It is not necessarily playing』と書いてあった。……これってまさか、だよな?

「なあ、この英文、なんて書いてあるんだ?」

「……『遊んでるんじゃないやい』だ。意訳だがな」

「……なんかお前にぴったりな気がする」

「全く嬉しくない評価をありがとう」

「一夏、ここにいたか」

 言いながら近づいてきたのは箒。その手には袋を抱えている。

「おお、箒。どうだ?食べてるか?」

「おいおい、女性相手にその第一声はどうなんだ?」

「お前には私が普段から食べてばかりいるように見えるのか?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「ふふ、冗談だ」

 くすりと笑みを漏らす箒。なにやらえらく機嫌が良いな。何があったんだ?

「一夏、誕生日プレゼントにもう一つ、これをやろう」

 そう言って、箒が一夏に持っていた袋を渡す。それなりの大きさのあるそれの中から、包み紙が僅かに覗いていた。

「箒、これって?」

「開けてみろ」

 箒に言われるまま、袋から包み紙を取り出してそれを広げていく一夏。そうすると……。

「おお?着物だ!」

「い、いい布が実家にあったのでな。仕立ててもらった」

「おー!今度着てみるよ。サンキュな、箒」

「う、うむ。帯も入っていただろう?」

「あ、これか。なんか高そうだな」

「ね、値段は気にするな。その……わ、私のものとおそろいだが……」

 最後の方をぼそぼそと言う箒。当然、一夏に届くはずもなく。

「ん?なんだって?」

「き、聞かなくていい!」

 聞き返してきた一夏に慌てる箒。一夏にしてみれば訳がわからないだろうな。事実、一夏は『どうしたんだよ、一体』と言いたそうな顔をしていた。

「ああ、そうだ。九十九、お前にはこれをやろう。誕生日に貰った時計の礼だ」

 そう言って箒が差し出したのは篠ノ之神社のお守りだった。

「ああ、ありがとう……と言いたいが、何故『安産祈願』?」

「……すまん。それしか残っていなかったんだ……」

 気まずそうに俯き、目を伏せる箒。その声には申し訳無さが滲んでいた。

「いや、そういう事なら仕方ない。将来役に立つかもしれないし、貰っておく」

 そう言って、私は箒のお守りをポケットに入れるのだった。

 

「ありがとな、箒。これ、今度寮で着てみるよ」

「そうか。その時は必ず私に披露するのだぞ。いいな!?」

「わかったわかった。それにしても着物かぁ。一着欲しいと思ってたんだよなぁ」

 そう言う一夏の顔は本当に嬉しそうだ。改めて着物を見てみると、紺を基調とした落ち着いた色合いと柄で、部屋着として丁度良さそうだ。すると、ふと気づいたかのように、一夏が頬をかきながら申し訳なさそうに箒に言った。

「なんか、俺があげたプレゼントと釣り合ってないな」

「気にしなくていいと思うぞ?なあ、箒」

「あ、ああ。別に、これはこれで気に入っている。だから大丈夫だ」

 そう言って箒はポニーテールのリボンをいじる。白一色のそれは、箒の誕生日に一夏があげた物だ。

「あれからずっと着けてくれてるよな。なんか嬉しいぞ」

「べ、別に毎日同じ物を使っているわけではないぞ!?」

「分かってるって。週二回くらいだろ?」

「よく見ているじゃあないか、一夏」

「箒のことだからな」

「う……そ、そうか……。私のことだからか……」

 一夏に注目されている事が嬉しかったのか、箒は頬を赤く染めてモジモジと指を弄ぶ。普段の態度を知っている身としては、こんなしおらしい態度を取られると不思議と心臓が高鳴ってしまう。

 ……いや、私にはシャルと本音が!鎮まれ……私の心臓……!鎮まるんだ……!

「い、い、一夏。今度、その……」

 一夏に何か言おうとした箒だが、それは他ならぬ一夏自身によって遮られる。

「ん?なあ、あれって弾と虚さんだよな。何してんだろ?ちょっとここからじゃ声が聞こえないな」

「お、おい。盗み聞きはよくないぞ」

「まあまあ、ちょっとだけ」

 言うと一夏は箒の手を引いてリビングの隅にいる二人に近づいていく。さて、私はどうするか……。

「うう……私ったら何であんな……」

「あうう〜、恥ずかしいよ~……」

 声がしたのは弾と虚さんがいるのと同じ側のもう一方の隅。そちらに目をやると、シャルと本音が恥ずかしさに身悶えしていた。

「シャル、本音」

 私が声をかけると、二人は驚いて飛び上がり、私の顔を見て元々赤かった顔を更に赤くする。

「つ、つ、九十九!?えと、あの、さっきのは、その……」

「あうあうあう……」

「何の事だ?私にはとんと覚えが無いが……」

「「え?」」

 実はちゃんと覚えているのだが、ここは何も無かったという事にすべきだろうと考え、敢えてすっとぼけた。

 二人は私の意図を瞬時に見抜いたようで、顔を見合わせるとこちらに向き直る。

「なあ、シャル、本音。君達は私に何か恥ずかしいと感じるような言葉をかけたのか?」

「ううん、な、なにも〜?」

「うん。そんなことは一言も?」

「そうか、なら……」

 いい。この話は終わりだ。と言おうとした所で、突然スピーカーに通したようなシャルと本音の声がリビングに響く。

『わたし、つくもんになら何されても……いいよ?』

『僕も、九十九になら僕の『初めて』を全部あげてもいいよ』

「「「!?」」」

 振り返って見ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべる黛先輩と楯無さん。黛先輩の手にはICレコーダーが握られている。

「村雲君、証拠はちゃんとあるのよ?誤魔化そうなんてそうは−−」

「黛先輩、データを消してください。すぐに……ね?(ニッコリ)」

「アッ、ハイ」

 誠心誠意を込めたお願いを快く承諾してくれた黛先輩。ただ、ICレコーダーを操作する手が震えていたのは何故だ?

「薫子ちゃんが一瞬で折れた!?これが噂の『怖い笑顔』……。まあ、慣れの問題よね、きっと」

「つくもんの『アレ』は~……」

「慣れるのは無理だと思いますよ?」

 楯無さんの呟きにシャルと本音がツッコミを入れる。毎度毎度、人の誠心誠意を何だと思ってるんだ?君達は。

 そう言えば弾と虚さんだが、どうやら連絡先の交換に成功したようで、弾はしきりにガッツポーズしていたし、虚さんは顔が赤いままなものの、やりきったような顔をしていた。とだけ言っておく。

「ちょっと九十九!ゲームやるわよゲーム!付き合いなさい!」

 鈴がリビングのソファーから大きな声で誘いをかけてきた。

「だそうだ。行こうか、二人とも。あと楯無さんと黛先輩も」

「「「うん(ええ)!」」」

 四人を連れてリビングのソファーに戻ると、鈴が皆で遊べるボードゲームを広げていた。ボードゲームなんて随分と久しぶりだ。心が踊るな。

 

 こうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 だが、その楽しさにかまけて私は失念していた。原作にあった、今日最後の騒動を。

 

 

「お、よかった。売り切れはないな」

「それは重畳。さっさと買って帰ろう」

 一夏の家の最寄りにある自動販売機。そこで私と一夏は足りなくなったジュースの補充をするために、10本程の缶ジュースを買っていた。

 当初、「主役にそんなことをさせるわけには!」と言っていた箒達だったが、何もしていない事を気に病んだ一夏が自分から買い出しを志願。流石に量が多かろうと、私が付き添いを志願。こうして二人で買い出しに出てきたという訳である。

「えーと、楯無さんが缶コーヒーで箒がお茶、鈴がウーロン茶でラウラがスポーツ飲料、セシリアが紅茶。それから……」

「シャルがオレンジジュース、本音がサイダー、弾と蘭がコーラ。虚さんが紅茶で黛先輩がリンゴジュース、と」

 取り出し口からジュースを取り出しては腕に抱える。

「よし、こんなもんか」

「ああ。戻ろうか」

 と、二人で歩き出したその時、丁度自販機の明かりが届かないギリギリの所に人影を見つける。

「ん?なんだ?」

 その人影は、ジュースを買いに来たにしては自販機から離れすぎている。かと言って、私達の知り合いという訳でもない。

 一体誰だ?そう思って二歩目を踏み出そうとしたその時、人影が一歩前に出てきた。

「…………」

 人影は少女だった。しかも、見覚えのある顔立ちをしている。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ち、千冬姉……?」

 年の頃15、6程の少女。しかし、その顔は昔の千冬さんに異常に似ていた。彼女の顔を見て私はようやくある事を思い出す。

(しまった!忘れていた!まだ()()があったじゃないか!)

 そう。目の前の千冬さんに瓜二つの少女による一夏襲撃。私は彼女への警戒を強めた。

()()

 一夏の言葉に答えるように口を開く少女。その顔には薄ら笑いを浮かべていて、千冬さんとは似ても似つかない。

()()()()()()()()()

「な、なに……?」

「今日は世話になったな」

「お前、もしかして……」

「『サイレント・ゼフィルス』のパイロット……か」

「そうだ」

 彼女はさらに一歩、一夏に近づく。

「そして私の名前は−−()()()()()、だ」

「…………え?」

 告げられた名前に呆ける一夏。その一夏にマドカが向けたのは、鈍い光を放つハンドガン。

「私が私たるために……お前の命を貰う」

「っ!?一夏!」

 

パァンッ!

 

 閑静な住宅街に乾いた銃声が響いた。

 

 一夏の頭の中に浮かんでいたのは『なぜ?』だった。

 なぜ、目の前の少女は自分と同じ苗字を名乗っているのか?

 なぜ、目の前の少女はこんなにも自分の姉(千冬)に似ているのか?

 なぜ、目の前の少女は自分に銃を向けているのか?

 そしてなぜ、自分の目の前で九十九がゆっくりと崩れ落ちていっているのか?

 

ドサッ……

 

 九十九の体が地面にうつ伏せに倒れたのと、九十九が自分を庇ったのだと一夏が気づいたのはほぼ同時。倒れ伏す九十九に一夏ができたのは−−

「−−っ!?九十九ぉぉぉ!」

 九十九の名を叫ぶ事だけだった。




少しだけオリストーリー、やります。

次回予告
フランスに新たに疾風が吹いた。
風の姫と魔法使いが欧州の地に降り立つ時。
それは、新たな騒動の火種となる。

次回「転生者の打算的日常」
#52 仏国動乱(前)

これが、僕の新しいラファール……。


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#52 仏国動乱(前)

オリジナルストーリー、フランス編です。



 自らを『織斑マドカ』と名乗った少女が一夏に突きつけた物。それは、鈍い光を放つハンドガンだった。

「私が私たるために、お前の命を貰う」

「っ!?一夏!」

 

パァンッ!

 

 住宅街の静寂を裂いて放たれた凶弾は、標的に向かい真っ直ぐに飛んでいく。

 

ドサッ……

 

 一夏を庇ってその前に出た九十九は、その銃弾を胸に受けて崩れるようにうつ伏せに倒れた。

「−−っ!?九十九ぉぉぉ!」

 倒れ伏す九十九の名を叫ぶ一夏に、マドカはどこまでも冷ややかに告げる。

「ふん、お友達に救われたな。だが次はない。今度こそ……死ね」

「くっ……!」

 

パァンッ!

 

 二度目の射撃音。一夏は銃弾が自分に飛んでくるのを、やけにゆっくりになった視界で感じていた。

「ちっ……」

 身構えていた一夏が目にしたのは、憎々しげな顔のマドカと自分の手前数cmの所で止まっている銃弾だった。

(これはAIC!?ってことは、ラウラか!)

「伏せろっ!一夏!」

 ラウラの言葉に従って一夏が体を下げると、その頭上ぎりぎりの所をナイフが飛んで行った。一夏が抱えていたジュースは大きく体を動かした事で腕から落ち、がらんがらんと音を立てて地面を跳ねる。

「やはり邪魔立てするか……」

 マドカは、自身の右目を正確に狙って飛んでくるナイフを、あろう事か正面から掌で受け止めた。

「なっ!?」

 これに驚愕したのはラウラ。飛んでくるナイフを止めるのに最も有効な手段は『何かに当てる事』だが、まさかそれを己の掌で行うとは思ってもみなかったからだ。

「こんな物はいらん。返すぞ」

 そう言って、マドカは掌に突き刺さったナイフを握りしめ、そのままラウラに投げつける。

 しかし、動体視力、視覚解像度等を数倍に跳ね上げる左眼『ヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)』の封印を解いているラウラにとって、そのナイフをAICで止める事は造作もない。

 金色の左眼がナイフの次にマドカの姿を追うが、既にマドカはISを展開し、夜の闇へと姿を消そうとしていた。

「ふん……」

「待て!」

 AICの停止エネルギーを躱し、マドカは飛び去る。こうして、唐突に現れた襲撃者は、完全にその姿を闇に埋めたのだった。

「ちっ!逃したか……。一夏、無事か?」

「ああ。でも、九十九が!九十九が撃たれた!」

「なにっ!?」

 一夏の指さすその先で、九十九がうつ伏せに倒れているのをラウラは見た。

「一夏!九十九が撃たれたのはいつだ!?場所は!?倒れた時に頭は打っていないか!?」

「撃たれたのはついさっきだ。場所は多分左胸。頭は打ってない……と思う」

「くっ……」

 九十九に近づき、手首で脈を取るラウラ。左胸を撃たれたとなれば、間違いなく心臓、あるいはそれに近い臓器や重要な血管が傷付き、最悪即死。良くても数十秒から数分で死に至るだろう。

 もう助からないかも知れない。そう思いながら脈を取ったラウラはおかしな事に気づく。

「ん?」

 胸を撃たれたというのに、やけに脈がはっきりと取れる。それ以前に九十九の体の下に血溜まりができていない。

 変だ。そう思ったラウラは倒れている九十九を抱き起こし、その胸に耳を当てようとして−−

「すまないが、君に貸す胸はないぞ、ラウラ」

「うわぁっ!?」

 上から降ってきた九十九の声に驚いて、思わず九十九を抱き上げたその手を離してしまうのだった。

 

「ぐはぁっ!?うおお……後頭部強打……」

 ラウラが突然私を抱き上げた手を離したため、思い切り地面に頭をぶつけてしまった。凄く痛い。

「す、すまん!しかし……」

「九十九、お前胸撃たれたよな!?なんで……」

「ピンピンしているのか、か?実は私にもよく……」

 状況を理解できぬまま立ち上がろうとすると、不意に胸ポケットからカシャン、と音がした。

「今の音……まさか!?」

 胸ポケットを探ると、そこから出てきたのはシャルと本音から貰った懐中時計。蓋の中心に弾痕が残っており、開けてみると文字盤を覆っていたガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入っていた。

「まさか……これに当たって?」

「なんという偶然……。倒れたのは着弾の衝撃で気を失ったから、ということか」

「おかげで助かったのは事実だが、二人になんと言えばいいんだ?これ……」

 蓋がへこみ、ガラスのひび割れた懐中時計を手に、私は襲撃を受けたという事も忘れてしばし愕然とするのだった。

 

 

「えっ!?襲われた!?」

 明けて翌日、その夕食の席で箒と鈴が口を揃えて大声を上げる。

「ああ、昨日の夜にな」

 『織斑マドカ』の名はあえて伏せ、一夏が一同に事情を説明した。なお、昨夜の段階で告げなかったのは、折角の誕生祝いムードに水を差したくないという一夏の配慮によるものだ。

「九十九も一緒にいたよね?大丈夫だった?」

「ああ、その事で二人に感謝と謝罪をしなければならない」

「どういうこと〜?」

 本音が首を傾げながら訊いてくる。私は意を決して胸ポケットから昨夜の事件における唯一の『被害者』にして『命の恩人』を取り出した。

「あれ?それって……」

「わたしたちがつくもんに贈った懐中時計だよね~……。あっ!蓋がへこんでる~」

「これって……弾痕?じゃあ、感謝と謝罪ってひょっとして……」

 私に視線を向けるシャルと本音にコクリと頷く。

「これが無ければ、私は昨夜の襲撃者が放った弾丸によって死んでいただろう。だから、ありがとう。そしてすまない。折角貰った物をこんな形で駄目にしてしまって」

 私が頭を下げると、二人は「やっぱり」と呟いた。

「やっぱり?それはどういう……?」

「だって九十九……」

「おりむーとらうらうと一緒に帰ってきたとき、暗い顔してたし〜。それに……」

「僕たちと目が合った時になんだかすごく申し訳無さそうな表情になったからね。これはなにかあったんだろうなって」

「気づいていて何故……?」

「もしあの場で訊いてたら、お誕生会の雰囲気が台無しになるかなと思って」

「それにつくもんのことだから、訊けばちゃんと話してくれると思ったしね~」

「二人とも……」

 二人の気遣いに、私は不意に涙が溢れそうになった。本当にこの二人にはかなわないな。

「それじゃ〜、つくもんの命を助けてくれた懐中時計さんにお礼を言わなきゃね~」

「うん、そうだね」

「「懐中時計さん。九十九(つくもん)を助けてくれて、ありがとう」」

 二人が懐中時計に頭を下げると、懐中時計が「気にするな」と言うかのようにキラリと輝いた。

 ちなみに、名誉の負傷をした懐中時計は後日『クロノス』の技師が直してくれた。「弾痕はどうするか」と聞かれた私は、敢えてそのままにしておいて貰う事にした。

 二人の想いが私を守ったという事と、一瞬の油断が死を招くという事を忘れないようにするために。

 

 

 夕食から2時間ほど経過し、暇を持て余した私はなんの気無しに寮内を散歩していた。一夏の部屋の前に差し掛かると、何故か真っ二つになった部屋のドアの上半分が廊下に転がっている。

「おい、一夏。何故お前の部屋のドアは半分に……なって……私は何も見ていない!」

 部屋の中に楯無さんがいる事を確認した瞬間、私は素早くその場で反転、急ぎ一夏の部屋から離れようとする。しかし、その判断は一瞬遅かった。

「なっ!?動けない!?これは……水のロープ!?」

「ふっふっふー。いい所に来たわね九十九くん。君にも関係のあることだから、ついでに聞いて行きなさいな」

 水のロープの反対側の先を手にした楯無さんがそれを手繰り寄せる。冷たい上に一定の固さも持っているのか、体に食い込んで地味に痛い

「冷たっ!?そして痛い!分かった、分かりました!部屋に入るので離してください!」

「ん、よろしい」

 楯無さんはにこりと微笑むと、私を縛っていた水のロープを解いた。

 結局、この人から逃れる術は無いという事なのだろう。私は大人しく一夏の部屋へと入った。

 

「それで、用事はなんですか?できれば俺、シャワー浴びたいんですけど」

「ん?それじゃあ……」

「シャワーを浴びながら話をするは無しで。普通に、今すぐ、話してください」

「ンもう、九十九くんはからかい甲斐がないわねえ。可愛くないぞ」

「貴女に可愛いと思って貰わずとも結構。おい、一夏。茶を出すんならこの人には出涸らしでいいぞ、出涸らしで」

「いや、そういう訳にもいかねえだろ」

 そう言いながら、一夏は楯無さんと私に茶を出した。楯無さんが茶碗を手に取り茶を一啜りする。

「んー、美味しい玉露ね。でも、生徒会のお茶汲みとしてはまだまだかしら」

 一夏は生徒会の副会長だったと思うのだが、話が進まなくなりそうなのでツッコまないでおこう。

 茶を啜って喉を潤すと、私は楯無さんがここに来た理由を問う。

「さて、それで今日は何用ですか?」

「一夏くんと九十九くん、襲われたんだって?うちで警備の人間をつけましょうか?」

「いや……遠慮しておきます」

 一夏がこう言うのも無理はない。何せ相手はISを持っている。生身の人間がISの前に出た所で、よくて四肢欠損、最悪の場合どれがどの部分か分からない程の肉片に変わり果てるだろう。ISとは、それ程の戦力なのである。

「私も遠慮しておきます」

「そう言うと思ったわ」

「そうですか」

「そうでしょうね。他には?もう用件が無ければ帰りたいんですが」

「あ、うん。もう一つあるんだけど……」

 何か言おうとする楯無さんだが、彼女にしては珍しく、その口調は何とも歯切れの悪いものだった。

「その……お願い!」

 パンッ!と両手を合わせ、いきなり私達を拝む楯無さん。

「え?え?」

「何事ですか?」

「妹をお願いします!」

「はい!?」

 一夏は突然の事態に追いつけていない様で、目を白黒させている。……ああ、そう言えばこのタイミングだったっけ。あの子と一夏が対面するのって。

 

 

「はあ。妹さん……ですか。一年生の」

「そう。名前は更識簪(さらしき かんざし)。あ、これが写真ね」

 そう言って楯無さんが見せてきた携帯の画面には、楯無さんと良く似た顔立ちに少々野暮ったい眼鏡をかけた、どこか影のある美少女が写っていた。彼女が更識簪……。だが、写真に映る彼女の雰囲気、なんと言うか想定以上にーー

「あのね、私が言ったって絶対言わないで欲しいんだけど……」

 こんな前置きをする楯無さんも、普段からは考えられないものだ。

「妹って、その……ちょっとネガティブっていうか、ええと……」

 えらく慎重に言葉を選ぶ楯無さん。とはいえ、『ネガティブ』をどんなに柔らかく言い換えようとしてもそれは無理というもので。

「暗いのよ」

 結局、ばっさり言い切る以外に手の無い楯無さんだった。

「そ、そうですか」

「あ、でもね、実力はあるのよ。だから専用機持ちなんだけどーー」

「けど?」

「専用機がないのよねぇ」

「は?」

 専用機持ちを謳っておいて専用機が無いとはどういう事なのか?その理由はーー

「お前に原因があるぞ、一夏」

「はあ!?なんでそこで俺が出てくんだよ?」

「倉持技術開発研究所。通称、倉持技研。更識簪嬢の専用機『打鉄弐式』の開発元だ。そして、それと同時にーー」

「俺の『白式』の開発元でもある……か」

「そういう事。それで『白式』の方に人員を全員回しちゃってるから、未だに完成していないのよ」

「なるほど……」

 考えて見るとそれがおかしい。いくら『世界初の男性操縦者の専用機』とはいえ、その開発・研究のために他に開発中だった機体を放り出すとか何を考えてるんだ?

 倉持技研には開発チームを『白式』担当と『打鉄弐式』担当に分けるという発想がないのか?それとも、2チームに分けられる程の人員がいないと言うのか?いずれにせよ、簪嬢にとっては迷惑この上ない話ではないか。

「つまり!一夏くんのせいなのよ!」

「す、すみません……」

 それ故、簪嬢は専用機を必要とする各種行事に軒並み不参加だったのだ。本来持ち得ているはずの専用機がないとなれば、それは恥ずかしい事だろう。

「それで楯無さん。その話があなたの言う『お願い』とどう繋がるので?」

「あのね、昨日のキャノンボール・ファストの襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのレベルアップを図るために今度全学年合同のタッグマッチを行うのよ」

「はあ、そうなんですか」

 一夏が気のない返事をすると、楯無さんは畳んだ扇子を横にして手を合わせ、再び私達を拝みだす。

「お願い!そこで簪ちゃんと組んであげて!」

 その姿に一夏が慌ててそれをやめさせようとする。

「ちょ、ちょっと楯無さん。そんなに頼み込まなくても大丈夫ですから!な、九十九」

「…………」

 一夏が私に同意を求めて来るが、私はそれに対する答えを出せない。

「九十九くん?」

「楯無さん……申し訳無いが、貴方の願いに私は応えられない」

「えっ!?どうして!?」

「実は……」

 

 翌日、一年一組教室にて。

「という訳で、村雲くんとデュノアさんは今日から10日間、所属企業のお仕事でフランスに行く事になりました」

「布仏、ボーデヴィッヒ。二人にノートを取っておいてやれ。以上、朝礼を終わる」

 担任教師の千冬から一組生徒に齎された情報は、彼女達に若干の驚きを与えた。フランス・デュノア社がラグナロク・コーポレーションと共同で開発を進めていた第三世代機が間もなく完成するというのだ。

 その最終調整と慣熟訓練のためにシャルロットが。新型機発表会に出席するラグナロク・コーポレーション社長の護衛兼シャルロットの訓練相手として九十九がフランスに向かったというのである。

「デュノア社って、業績が上向いたのつい最近だよね?いくらなんでも早くない?」

「普通、新型の開発って年単位で時間がかかるもんじゃないの?」

「そこはほら、ラグナロク驚異の技術力が働いたんじゃない?」

「あ~、なんか納得」

「ね。ただ……」

 話をしていた女子達が一斉にある机の方を向く。そこには頬を膨らませて不貞腐れている本音がいた。

「言ってくれればいいのに……。つくもんのばか〜」

 どうやら九十九は本音に今回の事を言っていなかったらしい。そのせいで、本音はすっかりいじけてしまっていた。

「村雲くん、帰ってきたら大変だろうね」

「「「ご愁傷さま二ノ宮……もとい、村雲くん」」」

 10日後の九十九の苦労を思い、そっと手を合わせる一組女子一同だった。

 

 

「へっくし!」

「九十九、どうしたの?風邪?」

「いや、誰かが噂したのかもしれん」

 鼻の下を擦りつつシャルに軽口を叩く。

 現在私達はラグナロク所有のリムジンで郊外にあるラグナロクの野外訓練場へ向かっている最中だ。ちなみに運転手は−−

「大丈夫かい?九十九くん。風邪は引き始めの処置が肝心だぞ」

「ご心配なく、社長。単に鼻がムズついただけですので」

 そう、仁藤社長なのだ。本人曰く『車の運転が好きだから』こうしてハンドルを握っているとの事。

「本音、きっといじけてるよね。この事言ってないし」

「だろうな……。帰ったら機嫌を直すのに苦労するかな、多分」

「二人とも、そろそろ到着だよ」

 社長の言葉を受けて窓の外を見るシャル。そこには大きく開けた土地が広がっていた。

「うわ、すっごく広いね」

「元はこの1/3程の広さしかなかったそうだ」

「へー。広げたの?」

 そう言って首を傾げるシャルに、社長が溜息混じりに答える。

「いや、広がったんだよ。主にルイズ君のせいでね」

 

 ルイズ・ヴァリエール・平賀。ラグナロク・コーポレーションのテストパイロットで元フランス代表候補生。

 グレネードランチャーによる徹底的な面制圧射撃を得意とし、彼女が戦った跡には草一本残らない事からついた二つ名は−−

 

「『虚無(ゼロ)』のルイズ……。じゃあ、ひょっとして」

「……ラグナロク・コーポレーション第一野外訓練場。ここには以前、二つの山が()()()そうだ」

「うん、大体分かった。あの人本国でも『彼女が行っているのは訓練なのか発破がけなのか分からない』って言われてたし」

 そんな事を話している内に、リムジンが野外訓練場の入口で停止する。社長に促されリムジンから降りると、社長はそのまま訓練場に入っていく。

 怪訝に思いつつ荷物を持って後ろをついて行く。正面の建物を曲がって開けた場所に出ると、そこに巨大な飛行機が鎮座していた。

 だが、一般的な飛行機に比べると胴がかなり太い。翼は異様に幅が広く、合計8機のジェットエンジンが装備され、中央に巨大なフローターが内蔵されている。

 よく見るとシャッターのようなものがフローターの上下についている。恐らく、このフローターで機体をある程度の高度まで持ち上げてから、ジェットエンジンで推進するシステムなのだろう。ジェット推進に切り替えると、このシャッターが閉まる仕組みだと思われる。その威容に、私もシャルも開いた口が塞がらない。

「えっと……九十九、これ何?」

「いや、私も知らん。社長、これは一体……?」

 社長に問うと、彼は悪戯に成功したようなニンマリとした笑みを浮かべ、目の前のそれを高らかに紹介した。

「紹介しよう!これが我が社が開発した垂直離着陸式飛行機『フリングホルニ』だ!」

 

 『フリングホルニ』の機内は非常に広く、そして快適だった。

 リビングダイニングを中心に個室が8部屋。個室は全室シャワー、トイレ付き。更にプレイルームとシアタールームまで完備した、『これホントに飛行機!?』と言いたくなる内装は、その辺のホテルでは太刀打ちできないだろう。

「いや、相変わらずとんでもないな。うちの技術者達は」

「うん。まさか飛行機の中に本格的な厨房があるなんて思わなかったよ」

 キッチンに立ち、フライパンを握りながらシャルが驚きの声を上げる。

 というのも、朝食を取る暇もなく出てきたので、安定飛行に入ると同時に私の腹が空腹を訴えたのだ。それを聞いたシャルが「じゃあ、軽くなにか作るね」と言ってキッチンに向かい、現在に至る。

「先の社長の言葉を借りればまさに『空飛ぶホテル』。至れり尽くせりだな」

「はい、お待たせ」

 リビングのソファで寛ぐ私の前にシャルが軽食の乗った皿をコトリと置く。

「お、BLTサンドか。美味そうだ。では早速、いただきます」

 美味そうな香りを放つそれを一切れ手に取り、口に運ぶ。

 ジューシーな厚切りベーコンの塩気。マヨネーズのコクと甘み。シャキシャキのレタスとオニオンスライス。そしてトマトの酸味がよく合う。トーストの厚さと焼き具合も実に私好みだ。ただ一つ不満があるとすれば……。

「少し味が薄い。もう少しマヨネーズが多い方が良かったな」

「え、そう?」

「いや、不味いと言っている訳じゃないんだ。その方がもっと美味しいと言いたいんだぞ、シャル」

「ふふ、そんなに慌てて弁明しなくてもいいよ。九十九の言いたいことは、ちゃんとわかってるから」

 フワリとした微笑みを私に向けるシャル。私はなんだか気恥ずかしくなってシャルから目を逸らすのだった。

 

 

 日本、ラグナロク・コーポレーション第一野外訓練場から給油を挟んで約13時間。私達はフランス、シャルルドゴール空港に降り立った。

「むう……フランスというのは……空港にそっくり……ぐう」

「ここは空港だよ、九十九。寝ぼけてるの?」

「慣れない寝具と海外に出る事への興奮で寝付けず……気付いたら到着して……」

「ああ、ほらしっかりして。今日はもうホテルに行くだけだから、そこまで頑張って!」

 なお、現在現地時刻で15時。日本との時差は8時間なので向こうは23時になり、普通なら寝ている時間だ。つまり、私は思い切り時差ボケにかかってしまったのである。

 シャルに手を引かれながら迎えの車が来ているという第三ターミナル正面入口に向かう。

 ロビーに出ると、こちらに向かって頭頂の薄い中年男性が近付いてきた。男性は三歩離れた位置で一旦立ち止まり、こちらに向けて恭しく一礼した。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「もう、お嬢様はやめてって言ってるじゃないですか、コルベールさん」

「性分でして。それで、そちらの方が……?」

 そう言ってこちらに目を向けるコルベール氏。正直眠気が半端じゃないが、一旦気を入れ直して挨拶をする。

「はじめまして、ムッシュ・コルベール。村雲九十九です」

「こちらこそはじめまして、ムッシュ・ムラクモ。私はデュノア社社長代行、フランシス・デュノアの秘書で、ジャン=ジャック・コルベールと申します。二人目の男性操縦者にお会いできて、誠に光栄です」

 軽く頭を下げ、こちらに握手を求めて来るコルベール氏。それに応じて右手を差し出し、ガッチリと握手を交わすのだった。

「さ、車をご用意しております。まずはこちらへ」

 コルベール氏に促され、正面入口前に停めてある車の前に案内される私達。ちなみに……。

「コルベール、俺は無視か?ああそうか。いいさ別に。勝手について行くさ」

 完全に空気になっていた社長が若干いじけながら後ろをついてきていたのは、はなはだ余談だろう。

 

 ホテルで一夜を明かし、翌日。私達はデュノア社の地下研究所に案内された。ここに、シャルの新しい愛機となる第三世代型『ラファール』があるそうだ。

「お待ちしていましたよ、シャルロットさん」

 そう言ってシャルを出迎えたのは、絵地村博士だった。その顔には疲労と達成感が同時に滲んでいる。

「ふっふっふ……ついに完成しましたよ。新型『ラファール』が」

 博士がその場から半身ずれると、その後ろに白い布をかけられた大きな台車が置いてあった。

「博士、これが?」

「はい。これが両社の技術者達が知識と技術と情熱を結集して完成させた第三世代型『ラファール』。その名も……」

 博士が布に手をかけ、一気に引き下ろす。そこに現れたのは、オレンジを基調に要所に『ラファール』である事を表すグリーンのラインが入った機体だ。

 外見は『ラファール』から大きくは変わっていないが、その装甲は大きく体積を減らし、元々機動性に長けていた『ラファールカスタムⅠ』の長所を突き詰めたように見える。

 そのさらに後ろには、三種類の彩色の異なるパッケージがいつの間にか鎮座していた。それぞれの外見と装備した武器から、近接格闘型、中距離射撃型、後方支援型の3タイプと思われる

 これこそが、シャルの新機体。『複数のパッケージの搭載と換装による擬似即時対応万能機(ニア・マルチロール・アクトレス)』を実現した、デュノア社の最新鋭機。冠された名は−−

「『ラファール・カレイドスコープ』です!」

 高らかに紹介する博士。私の隣では、シャルが神妙な面持ちで新型『ラファール』を見つめていた。

「これが……僕の新しい『ラファール』……」

 ぽつりと漏らされたその声には、歓喜と緊張が同居していた。

 

 

 そこからの一週間はあっという間だった。まず最初に、シャルが今まで使っていた『ラファール・リヴァイブ』からコアを取り出して『カレイドスコープ』に移設。

 本来コアを別の機体に移設する場合、コアがこれまで得た経験を初期化しな(全て忘れさせな)ければならないが、そこはラグナロク驚異の技術力。なんと初期化無しに『カレイドスコープ』へのコア移設をやってのけ、更に僅か一日でコアを機体に馴染ませたのである。

 その後、機体の初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)、各種パッケージの量子変換(インストール)

 そして始まる慣熟訓練につぐ慣熟訓練。模擬戦につぐ模擬戦。調整につぐ調整。朝から晩までそれを繰り返し、割り当てられた宿舎の部屋には帰って寝るだけの日々。正直に言えばキツかったが、充実感のある一週間だった。

 

「いよいよ明日だね、九十九」

「ああ、明日だな」

 新型機発表会を明日に控え、私達は会場となるパリ郊外にあるアリーナ近くのホテルに移動していた。

 いよいよ明日、デュノア社とラグナロクが共同開発した新型機『ラファール・カレイドスコープ』が初披露の日を迎える。

「頑張ろうね、九十九」

「お手柔らかに頼むよ、シャル」

 その発表会の場で、私とシャルは『カレイドスコープ』の性能披露のための模擬戦を行う事になっている。

「発表会開始は10時。日本では丁度夕方のニュースが始まる時間帯だな」

「きっとみんな見てるよね。本音も見るかな?」

「かも知れん。おっと、噂をすれば本音から電話だ」

 震える携帯を取り出し、通話ボタンをプッシュ。

「はい、もしもし」

『あ、やっと出てくれた~。何回も電話したんだよ〜?』

 久し振りに聞いた本音の声には若干の不満と寂しさが同居していた。私は何だか申し訳ない気持ちになって、携帯片手に頭を下げるのだった。

「す、すまない本音。折り返そうとはしたんだが、時差の関係で朝早くに掛けたら授業中の可能性があるし、かと言ってスケジュールが終わってから電話をかけようとするとそっちが朝早くてな。安眠妨害になってしまうと思って掛けるに掛けられなかったんだ」

『そうだったんだ〜。気にしないのに~』

「君が気にしなくても私が気にする。それに、授業中の場合他のクラスメイトと先生に。朝早くだと君のルームメイトに迷惑が掛かるだろうしな」

『そっか〜。ごめんね、気を遣わせて。あ、そうだ。さっきニュースでね、しゃるるんの会社のことやってたよ〜』

「そうか。発表会は明日の現地時間午前10時からだ。そちらでは生放送をするかもしれんな」

『うん。キャスターさんがそんなこと言ってた~。がんばってね、つくもん』

「頑張るのはむしろシャルの方さ。明日の主役はシャルだからな」

『それじゃあ、しゃるるんにがんばってって伝えて~。お帰りの予定は~?』

「発表会が終わってから、一日挟んで帰国だから……そっちに着くのは明々後日(しあさって)だな」

『うん、分かった〜。待ってるね~。あ、そろそろ通話料ヤバイや。じゃあね~』

「ああ、また」

 

ピッ!

 

「本音はなんて?」

 通話が終わるのを待って、シャルが話しかけてきた。

「ああ。『明日がんばってね』だとさ」

「ふふ、本音にそう言われたんじゃあ、頑張るしかないね。じゃあ、僕はそろそろ寝るね。おやすみ、九十九」

「おやすみ、シャル」

 手を振り、部屋を出ていくシャルをドアまで見送って、私はベッドに倒れ込んだ。

 いよいよ明日、デュノア社の社運をかけた一大プレゼンテーションが始まる。

 私に出来る事は、上手く立ち回ってシャルの引き立て役を全うする事くらい。後の事は社長達に任せるとしよう。

 そう思いながら、私は襲い来る眠気に身を任せるのだった。

 

 

 翌日、日本時間18時。IS学園総合体育館には全校生徒と全教師が集められ、夕方のニュース開始を今か今かと待ちわびている。お目当ては今日フランスで行われる、デュノア社の新型機発表会だ。

「そろそろかな……」

 誰かがポツリと呟くと同時に画面がバラエティー番組からニュースへと変わる。

『こんばんは。10月✕✕日、この時間のニュースをお伝えします。まず最初はこのニュースから』

「お、始まった」

『本日行われますデュノア社の新型機発表会の模様を、いち早くお届けしたいと思います。現場の伊藤さん?』

 スタジオから場面が切り替わり、映像は人でごった返すアリーナの一角になる。伊藤と呼ばれた男性アナウンサーが、マイクとバインダーを持って現場の様子を伝えだす。

『はい。こちら新型機発表会が行われます、フランス・パリ郊外のISアリーナです。ご覧下さいこの人の数!フランス製新型ISを見に世界中からIS関連企業の社員、研究員を始め数多くのVIP、また抽選で入場券を手にした幸運な一般市民の方達が、新型機の登場を今か今かと待ちわびています。あっ!デュノア社社長代行、フランシス・デュノア氏と、ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作氏が現れました!どうやら間もなく新型機発表会が始まるようです!』

 アリーナ中央に進み出たフランシスと藍作。スタッフからマイクを受け取って軽く叩くと、咳払いを一つしてフランシスが口を開いた。

『本日は我が社とラグナロク・コーポレーションが共同開発した新型ISの発表会に、かくも大勢の方々にお越し頂いた事、まずは感謝致します』

 ついで、藍作がマイクを口元に持っていき、言葉を紡ぐ。

『さて、誰も長話など聞きたくないだろうから、さっさと登場して貰おう。では諸君、刮目してみよ!これがデュノア・ラグナロク共同開発の新型機!』

 バッ、と藍作が手を向けたその先にいたのは、新型ラファールを装備したシャルロット。

『『『ラファール・カレイドスコープ』だ!』』

 それを目にしたアリーナの観客、そしてパブリックビューイングでその様子を見ていたIS学園生徒が一斉に歓声を上げる。

『『『ワアアアーーッ!!』』』

「「「きゃあーーっ!!」」」

『現れました!あれがデュノア・ラグナロク共同開発の新型機『ラファール・カレイドスコープ』です!手元の資料によりますと、この機体は『複数のパッケージの搭載と換装による擬似即時対応万能機』をコンセプトに、ラグナロク開発の超超大容量拡張領域(バススロット)世界樹(ユグドラシル)》の大容量を背景とした、最大7種類のパッケージの同時搭載、即時換装を可能とした機体だそうです』

 

 大型モニターの中の伊藤アナがそう説明すると、一部の女子から悲鳴にも似た嬌声が上がる。

「さすがラグナロク!他の会社ができないことを平然とやってのける!」

「「そこに痺れる、憧れるぅっ!」」

 どうやら九十九をして『変態企業』と言わしめるラグナロクにも、一定数の理解者はいるようだった。

 

『さて、諸君。折角だ、あれが動く所、戦う所を……観たくないか?』

 ニヒルな笑みを浮かべて藍作が聴衆に訊く。一際大きくなる歓声が、民衆が何を欲しているかを如実に物語る。

『よろしい。その願い、叶えよう』

 

パチンッ!

 

 藍作が指を鳴らすと同時、アリーナ上空から灰銀の影が舞い降りる。その姿を見た観客は唖然とした。そこにいたのは−−

「おい、嘘だろ!?」

「まさか、あれって……」

「マジかよ!?フランスに来てたのか!?」

 その正体に気づいた観客から、少しずつ興奮が広がっていく。

『紹介しよう。我が社が開発した第三世代機の第二形態進化型『フェンリル・ラグナロク』と、その操縦者、村雲九十九君だ』

 九十九の事を藍作が紹介した瞬間、観客の興奮は最高潮に達した。伊藤アナも興奮気味にカメラに向かってまくし立てる。

『なんということでしょう!新型ラファールの模擬戦相手は、あの『第二の男性操縦者』村雲九十九さんが務めるようです!』

 

「ほらほら本音!村雲くん映ってるよ!」

「うん!つくもん、しゃるるん!がんばって〜!」

 モニター越しとはいえ、久しぶりに見た九十九に満面の笑みで声援を送る本音。

(((良かった、元気になって)))

 この一週間、どこか元気の無かった本音を見てきた一組生徒達は、その様子にホッと胸を撫で下ろすのだった。

 

「まったく……。演出家だな、あの人は」

『あはは……。さてと、それじゃあ始めようか、九十九』

「ああ」

 拡張領域から《狼牙》を二丁展開。銃口をシャルに向ける。それに合わせるように、シャルもアサルトライフルを展開してこちらに突きつける。

 戦闘態勢に入った私達を見た観客が静まり返り、痛いほどの静寂がアリーナを包む。

「「行くぞ(行くよ)」」

 私とシャルが動こうとするのと、AIが警報を鳴らしたのはほぼ同時。直後、私達は弾けるようにアリーナ中央の社長達の下へ一直線に降下。弾丸の雨が降ったのは、私が《スヴェル》を展開し、社長達の頭上に翳した0.5秒後だった。

「ぐうっ!」

「おお、九十九くん。すまん、助かった。ラ・ロッタめ……思ったより早い」

「ラ・ロッタ……まさか、ケティ・ド・ラ・ロッタ!?何でこんな所に!?いや、そんな事より二人とも避難を!」

「九十九……それはちょっと無理かも」

「シャル!?何を言って……何だと?」

 《スヴェル》を頭上からずらして上を見ると、5機のISがこちらに銃を向けていた。

 その内の1機、中央の一際派手なショッキングピンクの『ラファール』がアリーナ全体に聞こえるように拡声通信を使ってこう言った。

『私は『世界から男の居場所を奪う会』主催、ケティ・ド・ラ・ロッタ!単刀直入に言います!シャルロット・デュノア、今すぐその機体を我々に譲渡なさい!』

「えっ!?何で……」

『お黙り!男に尻尾を振って新型機をねだった売女風情が!いいから黙ってそれを寄越せばいいのよ!』

「……っ!?」

『そして、仁藤藍作!貴方には私達の日本支部を潰された礼をしなくてはね……ここで死んで貰うわ!』

「ふむ……そういう理由で来たか。まあ、そう言われて『はい、そうですか』とは言えんのでね。九十九君、シャルロット君、懲らしめてやりなさ……九十九君?」

「おい、そこの中年女。今、シャルに何と言った?もう一度言ってくれないか?」

 社長が何か言ってきたが、そんな事よりも気になる事があった。私は自分の目的を声高に言うラ・ロッタを指さして訊いた。

『はあ?聞いていなかったのかしら?これだから男ってのは……私はシャルロット・デュノアに今すぐその機体を私たちに寄越せと言ったのよ』

「違う。その後だ」

『ああ、男に尻尾を振って新型機をねだった売女風情と……っ!?』

「そうか……そう言ったのか。どうやら聞き間違いではなかったようだ」

 改めてそれを聞いて、私の中で強い怒りが湧き上がる。と同時に、頭が極限まで冷えていくのを感じた。

「覚悟しろ、クソ女ども。お前らは()が叩きのめす」

 俺の前でシャルを罵った事。後悔させてやろうじゃないか。

 

 デュノア社による新型機発表会は、無粋な乱入者によって邪魔をされる事になった。

 だが、そんな事は俺には関係ない。目の前のクソ女どもをまず叩きのめす。

 俺がやるのはそれだけだ。




次回予告

魔狼は猛る。大切な人を汚されたと。
万華鏡は踊る。大切な人が汚れないようにと。
そして使者は行く。愚か者に無惨な終末を与えんと。

次回「転生者の打算的日常」
#53 仏国動乱(後)

さあ、終わらせようか……。


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#53 仏国動乱(後)

フランス編、後編です。


『大変な事になりました!アリーナ内に『世界から男の居場所を奪う会』を名乗る者達がISを装備して乱入しました!どうやら彼女達はデュノア社製新型機と、ラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作氏を狙っているようです!観客席では観客の避難が開始されました!我々も安全な場所へ退避します!カメラさん急いで!』

 モニターの前でそれを見ていた学園生徒達は、突然の事態に驚きを隠せないでいた。

「え?え?どういうこと?」

「なんで女性権利団体があんな数のIS持ってんの!?」

「ってかデュノアさんを売女(ビッチ)扱いとかヒドくない!?」

「『男奪会』の日本支部が壊滅したらしいってニュースでやってたけど、まさかラグナロクが噛んでたなんて……」

 そこここで生徒達が声を上げる。そこに、九十九の声が響いた。

『覚悟しろ、クソ女ども。お前らは()が叩きのめす』

 モニターから聞こえてきた九十九の声からは何の感情も感じられず、その顔には何の表情も浮かべていない。だが、九十九の事を少しでも知っている生徒達はある違和感に気づいた。

「あれ?村雲くん今……」

「自分のこと、俺って言った……?」

「なんだろう、あの顔見てると、震えが止まらないんだけど……」

 ざわつく生徒達。そんな中、ある一角では九十九の事をよく知る者達が「やっちまったよあのオバさん」「終わったわね、あのオバン」「哀れな……」と呟いていた。

「あの、一夏さん、箒さん、鈴さん?九十九さんがどうしましたの?」

 それを怪訝に思ったセシリアが三人に声をかける。

「見て分かるだろ?九十九がマジでキレたんだよ」

「は、はい?九十九さんなら割としょっちゅうキレていません?」

「あんなの、あたしたちから見れば『キレた』の内に入んないわよ!」

「ああ。あいつの一人称が『私』の内はまだマシだ。本当にキレたと言えるのは、一人称が『俺』に変わった時だ」

「どういうことだ?」

 四人の会話に興味が出たのか、ラウラが近づいてきた。

「あいつ、自分が馬鹿にされたりからかわれたりしても、そこまでキレないんだ」

「そうね。精々皮肉るか怒鳴るか一発入れるかで終わりだわ」

「だが、自分以外……特に自分の家族を馬鹿にされると本気でキレる」

「で、本気でキレるとああなるのよ」

 一夏、箒、鈴の説明にふむ、と頷くラウラ。そして、ふと気づく。今九十九が本気でキレているという事は−−

 

 九十九は自分の家族を侮辱されると本気でキレる。

  ↓

 九十九はシャルロットが侮辱された事に本気でキレた。

  ↓

 九十九はシャルロットを家族同然だと思っている。

 

 という図式が既に成り立っている。という事になる。

「愛されてますわね、シャルロットさん。羨ましいですわ」

「うむ、おそらくシャルロットが本音でも結果は同じだろうな。だが一夏、ひとつ疑問が残るぞ」

「ん?なんだよラウラ」

「激怒した九十九の口調が変わる理由だ」

「ああ、それか。あいつの親父さんが言うには、村雲家の男には強い怒りが引鉄になって発動する、特殊な状態があるんだと。その状態になると、特殊な伝達物質が脳内に発生して思考速度と身体能力が格段に上がって、性格が少し変わるらしいぜ。名前は−−」

 

 

 九十九の睨みに『世界から男の居場所を奪う会』メンバーが怯んだ隙に藍作とフランシスをピットに避難させようと動いたシャルロットは、ピットに向かう途上で藍作から九十九が本気でキレた原因と口調が変わった理由を聞かされていた。

「名前は『激昂モード』だったかな?彼の父親の槍真も同じ条件で本気でキレて『激昂モード』が発動する。その時には一人称が『僕』から『俺』になるんだ」

 「血は争えんな」と笑いながら言う藍作。もっともその体勢はシャルロットに小脇に抱えられるという締まらないものだが。

「そ、そうなんですか……」

 九十九が本気でキレる条件を聞いたシャルロットは、彼が自分を家族同然(そう言う風)に思ってくれている事がなんだか嬉しくも気恥ずかしくて頬を染めた。

 二人の社長を小脇に抱えた状態でピットに連れてきたシャルロットは、九十九に二人の避難完了を告げた。

「九十九、こっちはもう大丈夫だよ!」

「……分かった」

 そう言うと、九十九はラ・ロッタがいる所まで上昇。5機のISと対峙した。

「ふん、いい度胸ね。第三世代機とはいえ、たった1機で私達と「黙れ三下」なっ!?」

「言ったはずだ。お前らは俺が叩きのめすと……な!」

 瞬間、ラ・ロッタ達の目の前から九十九の姿が掻き消える。

「な、消え……「ぐふっ!?」っ!?」

 ラ・ロッタが左隣から聞こえたくぐもった声に反応してそちらを向いて、驚愕に目を見開いた。

 部下の中で最も操縦技術の高いパイロットが、何の反応もできずに九十九の右拳を腹に受けて体をくの字に曲げていたからだ。九十九の攻撃は更に続く。そのまま顔面に左フック、右フック、左アッパーからの打ち下ろしの右(チョッピングライト)

 九十九のラッシュで完全に意識を持っていかれた一番の使い手が地面に墜落したのは、戦闘開始からわずか5秒後の事だった。

 

 

「な、な、な……」

「なんだ、もうおしまいか?つまらん」

 空中姿勢の安定度から最も技量のあるだろうパイロットに攻撃を仕掛けてみたが、まさかたった1ラッシュでおねんねとは。存外だらしないな。

 地面に落ち、ピクピクと痙攣する女を見下ろしながら、俺はそんな事を思っていた。

「嘘でしょ……アンナがこんな簡単に……」

「落ち着きなさい!数はこちらが有利なんだから、取り囲んで集中砲火をすればいいわ!」

「「「は、はい!」」」

 ラ・ロッタの指示を受けて一斉に散開する4機の『ラファール』。俺の前後左右に布陣した4機は、それぞれにアサルトライフルを構えて一斉射撃を開始。

 俺は着弾の数瞬前に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で上に回避。弾丸は虚しく空を切った。そのままスラスターを吹かして自分の後ろにいた『ラファール』の頭上へ陣取る。

「ボニー、上!」

「!?」

 別の『ラファール』に警告を受けて上を向いたボニーと呼ばれた女は、慌てたように俺に照準を合わせる。が−−

「遅い!」

 そのまま瞬時加速でボニーに接近。呼び出し(コールし)た《レーヴァテイン》のトリガーをオン。赤熱したそれでボニーに斬りつける。

「くっ……!」

 俺の一撃を咄嗟にライフルで受けるボニー。だが、赤熱した《レーヴァテイン》にそんな防御など防御していないに等しい。

 

ザンッ!

 

「う、嘘っ!?」

 《レーヴァテイン》の一撃で一瞬にして溶断されたライフルに呆然とするボニー。その隙を見逃すほど、俺は甘くない。

「うおらああっ!」

 上下逆さのまま、ボニーの操る『ラファール』を滅多斬りにする。

「ひっ!きゃあああっ!」

 叫び声を上げる以外になす術のないボニー。辺りに金属が蒸発する臭いが立ち込めだした頃、全身の装甲から煙を上げて、ボニーの『ラファール』が地面に墜ちた。

 その様子を呆然と眺めていた残りのメンバーに《レーヴァテイン》を向けて、俺はこう言った。

「さあ、次はどいつだ?」

 

 

 ケティ・ド・ラ・ロッタは焦っていた。

(なんで!?どうして!?私の計画は完璧だったはずなのに!)

 彼女の計画では、シャルロットの模擬戦の相手はデュノア社専属のテストパイロットのはずだった。

 彼女の計画では、戦闘開始直後に奇襲を仕掛ければ、彼女達が奇襲に気づくより早く仁藤藍作を抹殺出来るはずだった。

 彼女の計画では、仁藤藍作を抹殺した後、フランシスを人質にとって新型『ラファール』を渡せと脅せば、シャルロットはそれに応じるだろうから、一切の苦労も損害もなく新型『ラファール』が手に入るはずだった。

 だが、蓋を開けてみればどうだ?

 模擬戦の相手は村雲九十九だし、構うものかと仕掛けた奇襲は完全に阻止されたし、何があの男の琴線に触れたのか、激昂した村雲九十九が連れてきた手駒(仲間)二人を瞬く間に撃墜してしまった。

(どこ!?一体どこで間違えたの!?……いいえ、私の計画は完璧!それを実行出来ないこいつらが悪いのよ!)

 自分の作戦の破綻の責任を部下に押し付けて精神の均衡を図ろうとするケティの耳に、その言葉は圧倒的な冷たさを持って入り込んできた。

「さあ、次はどいつだ?」

 赤熱するショートソードをこちらに向け、感情の伺えない表情を浮かべる九十九と、ケティの目が合った。

「ひいっ!?」

 九十九の目に宿る絶対零度の殺気と灼熱の怒気に、喉を引きつらせて恐怖の叫びを上げるケティ。

「そうか……次はお前か。ケティ・ド・ラ・ロッタァァっ!」

 己の名を叫び、瞬時加速で突撃を仕掛けてくる九十九。恐怖に駆られた彼女が取ったのは逃げの一手。

「い、いやあああっ!」

 ケティは恥も外聞も無く自身後方へとスラスターを吹かし、少しでも九十九から距離を取ろうとする。

「逃がすかああああっ!!」

 しかし機体の性能差は如何ともし難く、ケティは実にあっさりと九十九に胸倉を掴まれてしまう。

「あ、あ、ああ……」

「お前は俺の女を侮辱した。その報いを……受けろ!」

 自分の顔面に迫る鉄拳をやけにゆっくりになった感覚で見ながら、ケティは死の恐怖に打ち震えた。

(なんで!?なんでなんでなんで!?いや、死にたくない!私はまだ何も−−)

 九十九の鉄拳がケティに突き刺さるまであと3cm……2cm……1cm……。

「待って!」

 

ビタッ!

 

 誰かが放った声に反応して九十九の拳が止まる。

 九十九が声のした方に顔を向けるのに釣られて、ケティもまたそちらを向いた。そこにいたのは−−

 

 

「なんのつもりだ、シャル。何故止めた?」

 シャルの制止の声に、俺はクソ女(ケティ)に叩き込むはずだった拳を思わず止めてしまった。こちらにゆっくりと近づいてくるシャルに、その真意を問い質す。

「わ、私を助けてくれるの!?ありが……「そんなはず無いでしょ」えっ!?」

 クソ女の勘違い甚だしい感謝の言葉をぶった斬り、シャルはクソ女にこう告げた。

「僕はあなたを叩きのめすために来たの」

 その顔には天使のような笑みを浮かべているが、その実目が笑っていない。それに気づいたクソ女は「ひいっ!?」と短い悲鳴を上げた。

「シャル、それは聞けない。このクソ女は俺がやる」

「僕だって売女呼ばわりされた事に怒ってるんだよ?僕にやらせてよ」

 クソ女を叩きのめすのは自分だ。とお互いに譲らない俺とシャル。しばし睨み合いが続く。

「……はっ!?この男風情が!ケティ様を離しなさい!」

「ケティ様を叩きのめすですって!?させるもんですか!」

 展開について行けずに呆然としていた残りの『ラファール』が、クソ女を助け出さんと俺とシャルに迫る。

「邪魔を……」

「しないでよ!」

 互いに立ち位置を入れ替えた俺とシャル。シャルに迫っていた『ラファール』目掛け、俺は呼び出した武器を振り下ろす。

 同時に、俺に迫っていた『ラファール』目掛け、シャルが左腕のパイルバンカーをアッパー気味に放つ。

 

ゴガンッ!

 

「ガハッ!?」

 

ズドンッ!

 

「ゲブウッ!?」

 途轍もなく重い音を立て、上下に吹き飛ぶ二機の『ラファール』。俺の使った武器を目にしたクソ女が驚きの叫びを上げた。

「は、ハンマー!?」

 そう、これぞ俺が夏休みの時にテストをした新兵器。推進器付大戦槌(ブーストハンマー)《ミョルニル》だ。

 単純な重さと硬さで対象を破壊する質量武器は、実の所IS操縦者の多くが使いたがらない。何故か?

 それは、その重さ故に取り回しに難があり、当てるのに苦労する事ともう一つ。ぶっちゃけ『ダサい』からだ。あまりに無骨なそのデザインは、多くの女からすれば『使い難いし格好悪い』モノでしかない。

「まあ、そんな理由で毛嫌いする奴の気が知れんがな。こんなに有効なんだから」

 ちらりと下に目を向けると、装甲が大きくひしゃげた『ラファール』が地面に墜ち、操縦者は完全に白目を剥いて気絶していた。

 

ドシャアッ!

 

 そのすぐ隣に、パイルバンカーで顎を撃ち抜かれて失神した『ラファール』が墜落。痙攣を繰り返しているから辛うじて生きてはいるだろう。

「そんな……嘘でしょ!?こっちは五人だったのよ!?それが、それが……なんでよ!?私の計画は完璧だったはずなのに!」

 連れてきた部下があっさりとやられてしまった事で、クソ女は半狂乱になっている。なんとも無様だな。

「あとはお前だけだ、クソ女。シャルを貶めた報い、受ける覚悟はいいな?」

 「ひっ!?」と短く叫び、身を強張らせるクソ女。その顔は恐怖からか真っ青になっている。

 俺がクソ女を叩きのめすべく奴に近づこうとした時、俺の肩にシャルが手を掛けた。

「だから、その人は僕がやるって言ってるでしょ?九十九」

「聞けないと言ったぞ、シャル。こいつは俺が叩きのめす」

「……ねえ、九十九。いっそのこと一緒に叩きのめさない?」

「……そうだな。お互いに譲れないってんなら、どっちともでやりゃ良いか」

 お互いに頷き合ってクソ女に近づくと、クソ女は距離を取ろうと後ろに下がる。こちらが近づくと向こうが下がるを繰り返した結果、クソ女は自ら壁際に張り付いた。

「ま、待って!許して!その子を悪く言ったのは謝るから!」

「今更遅えよ、クソ女」

「ちょっと黙ってなよ、オバさん」

 《ミョルニル》とバンカーをクソ女に突きつけて、最後通告をする。

「「歯ぁ食いしばれ!」」

 シャルがクソ女の懐に飛び込むと同時に俺はクソ女の真上に飛び、《ミョルニル》のブースターをオンにする。

「撃ち抜くよ!止めてみて!」

 シャルはクソ女の腹に左ボディブローを叩き込むとバンカーを5連射する。

「グヘエッ!」

 バンカー5連撃を受けたクソ女が、その衝撃で上に吹き飛ぶ。その先にいるのは俺。

「おるあっ!」

「ガフッ!」

 左拳でクソ女の顔面を思い切り打ち抜く。勢いに負けて下に落ちていくクソ女に《ヘカトンケイル》を使った拳の乱打を浴びせて、再び俺のいる所まで強引に上昇させる。

「ゲ…ボォッ……」

「終わりだクソ女!俺の女を侮辱した報い、その身で……受けろおおおっ!!」

 

ドキュッ!ブンッブンッ!ゴズンッ!

 

「ブヘッ!」

 ブースターを吹かして二回転。遠心力を利用して勢いをつけた《ミョルニル》をクソ女の顔面に叩き込む。

「うおおおおっ!!」

 無様な悲鳴を上げたクソ女をハンマーに貼り付けたまま、《ミョルニル》のブースターと『フェンリル』の全スラスターを最大出力で吹かし、真下に向かって一直線。クソ女ごと《ミョルニル》を地面に叩きつける。

 

ズズンッ!

 

 《ミョルニル》を叩きつけた衝撃で地面が軽く揺れる。クソ女は一度ビクンッと震えた後、ぴくりとも動かなくなった。

「えっと……一応訊くけど、殺してないよね?」

「安心しろ。生きてるよ、辛うじてな」

 《ミョルニル》を肩に担ぎ、大きく息を吐く。クソ女を叩きのめした事で渦巻いていた怒りが一気に霧散していく。

「気分はどう?九十九。僕は結構スッキリしたけど」

「君と同じさ。実に清々しい気分だ。喩えるなら、下ろしたての下着を履いて迎えた正月元日の朝のような、ね」

「あれ?九十九、口調が……」

「ん?()の口調がどうか……あ」

 そこまで言ってはっとなる。シャルを悪く言われて『激昂モード』が発動した。その場にはシャルと『激昂モード』の事を知っている仁藤社長がいた。シャルが『激昂モード』の事を訊けば、社長はそれに答えるだろう。

 つまりそれは、私がシャルを家族同然に思っている事をシャルに知られた。という事だから……。

「恥ずかしい、恥ずかしい」

「ちょっ、大丈夫!?」

 あまりの気恥ずかしさについその場で蹲り、顔を両手で覆って表情を隠した私にシャルが近づく。

「あ、ちょっと待ってごめん、今寄らないで。冷静になったら急に凄い恥ずかしいから」

「あ、あ~……うん。分かった。落ち着くまで待ってるね」

 苦笑いを浮かべてその場を少しだけ離れるシャル。私が落ち着きを取り戻したのは、その1分後の事だった。

 

 

 九十九が羞恥に悶える直前。IS学園体育館の巨大モニターでは、デュノア社新型機発表会襲撃事件の続報が伝えられていた。

『では、もう一度フランスの伊藤さんと中継を繋ぎたいと思います。伊藤さん?』

『はい。こちらは発表会の会場から300mほど離れた場所にある公園です。『世界から男の居場所を奪う会』を名乗る襲撃犯がアリーナに侵入してから20分が経過しました。アリーナからは時折大きな音が届いてきます。中ではおそらく、現在も戦闘が続いているものと……』

 

ズズンッ!

 

『うわっ!?』

 伊藤アナの悲鳴と共に画面が大きく揺れる。どうやらカメラがブレたらしい。

『伊藤さん!?どうしました!?』

『わ、わかりません!突然、一際大きな音がアリーナ方向から響いてきました!アリーナ内で何かあったのでしょうか!?』

 カメラがアリーナを画面に捉えると、アリーナのガラスの一部にヒビが入っていて、先程の音の衝撃を物語っている。周囲にいた他の避難者達も一体何事かとアリーナの方に目をやっている。

 と、そこへパトカーのサイレン音が聞こえてきた。カメラがパンすると、トリコロールカラーの車が何台もアリーナに向かっていく。上空にカメラを向けるとフランス空軍所有の『ラファール』がアリーナに急行していくのが映った。

『あ!今、フランス空軍と警察がアリーナに向かって行きます!村雲さんとデュノアさんは無事なのでしょうか?安否が気遣われます!』

 

「ん?警察が来たのか?」

 近づいてくるサイレン音に気づいて私は顔を上げる。それと共に『フェンリル』が友軍登録されていないISの接近を知らせてきた。

「シャル」

「うん」

 その情報はシャルにも行っていたようで、二人で警戒態勢をとる。そこに、1機の『ラファール』が飛び込んできた。

Ne bougez pas(動かないで)!」

 ライフルを突きつけ、フランス語でそう警告してきたのは−−

「私はフランス空軍、IS配備部隊『百華(フルール)』所属、シャルロット・エレーヌ・オルレアン大尉です!貴方達は完全に包囲されています!武器を捨て、投降しなさい!……って、あら?」

 フランス空軍のISパイロットの中でも1、2を争う腕前の持ち主として知られるオルレアン大尉だった。

 飛び込んで来たと同時に投降を促す台詞を言った後、周りの状況を見たオルレアン大尉は、既に全てに決着が着いている事に気づいてぽかんとする。

「オルレアン大尉、折角お越し頂いて何なのですが……。見ての通り、ケリは着いています」

「……そのようね。それじゃあまずは彼女達を捕縛……より先に病院に搬送ね。特にあの派手な『ラファール』のパイロット、顔面グシャグシャじゃない。何したの?」

「あ~、ちょっとばかり拳打を浴びせた後……こいつでこう……グシャッと」

落ちていた《ミョルニル》を持ち上げてオルレアン大尉に見せると、大尉は『うへぇ』という表情を浮かべた。

「貴方、顔に似合わずえげつない事するわね。これもう女としては終わる怪我でしょ。まあいいわ。貴方達にも話聞くから、一度拘束させて貰うわね」

「分かりました」

 話が終わると同時に、警官隊と救急隊がアリーナに入って来た。ラ・ロッタはじめ今回の事件の主犯達は、念の為に手錠をかけられた状態でストレッチャーに乗せられて警察病院へ送られた。

 その後の調査で『世界から男の居場所を奪う会』が使っていたISは、全て何者かによって強奪された物である事が判明。しかし、彼女達が一体どのような方法でこれらのISを入手したのかについては、どれだけ調べても分からなかったという。

 怪我からの回復後、彼女達はISを用いてテロを行った事の他、警察の調べによって判明した数多くの犯罪行為により特定重犯罪超短期結審法(#22参照)の元で裁きを受け、主犯格のケティ・ド・ラ・ロッタは仮釈放無しの懲役150年。共犯者の四人もそれぞれ50年〜80年の懲役刑を受ける事になる。勿論、仮釈放無しだ。

 また、『世界から男の居場所を奪う会』は今回の件でテロ組織に認定され、上級幹部が全員国際指名手配となった。これにより、テロリスト扱いを受けたくないとして一般会員が多数脱会。『世界から男の居場所を奪う会』は、その規模を大幅に縮小する事となった。

 一方私達だが、事情聴取の後で警察と軍双方のお偉いさんから「無茶をするな」とお叱りを受けただけで済んだ。何故か?

 その理由は、私達の行為は『テロリストの脅威からフランス国民を守った英雄的行動』として既に世界から賞賛されていて、ここで私達を厳罰に処せば、フランスが世界から冷ややかな目で見られる事は明白だった。という大人の事情があったからだ。

 

「まあ、そのお陰でこうして堂々としていられる訳だ。世論には感謝しないとな」

「うん。それはいいんだけど……どうする?これ」

 迎えが来ているという事で、警察署前に出た私達を待っていたのはマスコミの取材攻勢だった。

「村雲さん!今のお気持ちをお聞かせ下さい!」

「デュノアさん!最初にテロリスト達と対峙した時の心境を!」

「フランス政府から感謝状が贈られるそうですが、どの様にお考えですか!」

 焚かれるフラッシュ、突き出されるマイクとICレコーダー。矢継ぎ早に掛けられる質問と好奇に満ちた視線。

 これがマスコミか。芸能人や政治家が鬱陶しがっている気持ちが少しだけ分かるな。

「そこまでにして貰おうか」

 記者達の後ろから現れたのは仁藤社長。その姿を見た記者達は、今度は社長に殺到する。

「仁藤社長!ぜひお二人からお話を聞かせて……「そこまでにしろと言った」ひいっ!?」

 社長がドスの効いた声でそう言うと、真正面にいた記者が喉を引きつらせながら下がる。社長が一歩前に出ると、記者達が一斉に左右に分かれた。その様は、私達が入学当初に経験した『モーセの海割り』のようだった。

 社長は私達の前まで来ると、記者団に顔を向けてこう言った。

「記者会見は明日の朝10時から、デュノア社の大会議室にて執り行う。それまで村雲九十九、シャルロット・デュノア両名に対する一切の接触を禁止する。もし、禁を破った者は……」

「も、者は……?」

 ゴクリと喉を鳴らす記者。社長はたっぷりと溜めた後、イイ笑顔を浮かべて宣告した。

「我が社の総力を上げて、社会的に消して差し上げよう」

「「「はい!分かりました!」」」

「ならば良し。では明日、デュノア社大会議室で。行くぞ九十九くん、シャルロットくん」

 コートを翻して人垣の間を颯爽と歩く仁藤社長は、悔しいがとても格好良かった。

 

 

 明けて翌日、デュノア社大会議室で行われた記者会見はつつがなく進んだ。大体予想通りの質問ばかりだったので、特に回答に困る事はなかった。

「会見は以上で終了となります。ありがとうございました」

 司会の人が会見の終了を伝えると、記者達はまだ何か訊きたい事があるのか「すいません、あと一つだけ!」「もう少しお聞きしたい事が」と必死にアピールしだした。

「会見時間は1時間。質問は一社につき一つまで。プライベートに関する質問は無し。事前にそう取り決めたはずだが?」

 威圧を込めた仁藤社長の言葉に、記者達は「うっ」と呻いて後退る。

「会見は以上。これから帰国準備があるので個別インタビューも受け付けないものとする。分かったら解散したまえ」

 それだけ言って去ろうとする社長の背中に、意を決した一人の記者が問いかけた。

「最後に一つだけ!中止になった新型機の発表会はどうされるおつもりですか!?」

 その質問に社長は立ち止まり、少しだけ後ろを振り返って答えた。

「4日後、日本で」

 4日後?何故わざわざそのタイミングで……あ。まさかこの人……。

 4日後に日本で何があるのか?とざわつく記者達を尻目に社長は会見場を後にする。それに合わせて私とシャルも会見場を出た。

「社長。貴方、専用機持ち限定タッグトーナメントを『カレイドスコープ』お披露目の場にするつもりでしょう?」

「あ、わかる?いや~、良かったよ。丁度いいイベントがそこにあって。アリーナの使用料もバカにならないしねぇ」

 ハハハ、と笑う社長に、私は呆れ顔を向ける事しか出来なかった。シャルも苦笑いを浮かべるので精一杯のようだった。

「さあ、明日の朝にはフランスを立つぞ。準備を急ぎたまえよ?二人共。じゃあ、私はフランシスに用があるから」

 それだけ言って、社長はエレベータに乗って最上階へ行ってしまった。

「えっと、どうしようか?これから」

「本音に土産を買いたい所だが、下手に外で買物をしようとすればどうなるか分からんしなぁ……ホテルに戻ろう。確か1階に土産物屋があったはずだ」

「でもあそこ、あんまり良い物無かったよ?」

「見たのか?」

「うん。割とどこででも買えそうな物ばかりだったよ」

「そうか……。さて、どうするか……」

 土産を買いに行きたいが、街に出れば私達に気付いた一般市民が押し寄せて来かねない。心配しすぎかも知れないが、用心に越した事はないのだ。どうする、どうすれば良い?

「あ、そうだ。ね、九十九。ちょっと耳貸して?」

 何かアイデアが浮かんだらしいシャルが笑顔を浮かべてこう言ってきた。

「ん?何だ?」

「あのね……ごしょごしょ……」

「なっ!?ちょっと待て!それはいくら何でも……」

「じゃあ、他に良いアイデアがあるの?」

「……無い」

「じゃあ決まり!さ、準備しないとね。まずはいったんホテルに戻るよ。タクシー!」

 そう言って私の手を取ってタクシーに乗り込むシャル。シャルが私に耳打ってきた提案。それは−−

 

「うう……」

「ほら、もっと堂々としてないと怪しまれるよ?」

「そうは言ってもだな……。ああ、我が黒歴史に新たな1ページが……」

 土産物を買いにやってきたのはシャンゼリゼ通り。シャル曰く『ここならお土産にいい物がたくさんあるから』らしい。

「ねえ、()()()ぃ。パリは初めて?何なら僕が案内……「あ?」いえ、なんでもないです!スミマセン!」

 いきなり声をかけてきた軽薄な金髪男を思わず睨みつけた私は悪くない。何故って?

「彼女達だって。良かったね九十九。ちゃんと女の子に見えてるみたいで」

「全く嬉しくない……」

 今の私はタートルネックセーターの上に秋用コートを羽織り、膝丈のスカートと黒タイツを履き、足元はショートブーツ。という典型的な秋のパリジェンヌファッションだ。タートルネックに隠れて見えないが、首に変声機能付きチョーカーを着けているので、声は女性そのものになっている。薄く化粧をし、セミロングのウィッグも着けているので、パッと見は完全に女性だろう。

 これがシャルの提案した『月雲(つくも)ちゃん降臨作戦』だ。要するに私が女装をする事で周りの目を欺こう。というものなのだが。

「なあ、周りの視線が痛いんだが。これバレてないか?」

 すれ違う人という人がこちらに振り返ったり指差してヒソヒソやっている。

「大丈夫、大丈夫。ほら、周りの声をよく聞いてごらんよ」

 シャルがそう言うので耳をそばだててみる。すると−−

「うわ、あの二人すごい綺麗!」

「モデルさんかな?なんかの撮影?」

「おい、お前声かけてみろよ」

「無理無理。さっき二人にコナかけて一瞬で撃沈してる奴見たぜ」

「あ~あ、俺もあんな美人の彼女欲しいわ~」

 などなど、聞こえてくるのは称賛の声が主だ。無論、僅かも嬉しくない評価だが。

「ね?大丈夫でしょ?ほら、行こ」

「もう好きにしてくれ……」

 シャルに手を引かれながら、私はシャンゼリゼ通りでショッピングと観光を行った。

「ここはシャンゼリゼ通りでも有数の老舗ショコラトリーなんだよ」

「ふむ、では皆にこれと……本音にこれを買って行こう。失礼、この二つをプレゼント包装で」

「畏まりました。少々お待ちください、お嬢様」

「お嬢様……」

 パリの有名ショコラトリーで買物中、いらぬ心的ダメージを受けたり。

「うん、いい香り。月雲はどれが……月雲?」

「すまない、香りが混ざり過ぎていて正直キツイ」

「ごめん、気づかなかったよ。出よっか?」

「うん……」

 高級香水店の香りに参ってしまい、ほうほうの体で店を出る事になったり。

「流石は卒業率1割未満と言われる料理学校の卒業生の店。どれも大当たりだ。思わずはだけてしまいそうになったよ」

「気持は分かるけど、本当にやっちゃダメだよ?」

「勿論だ。あ、すみません。この『ウズラの詰め物・生意気小僧風』っていうのを一つ」

「か、かしこまりました」

「まだ食べるの!?」

 パリの食通の間で野菜料理が美味いと評判のフレンチレストランで舌鼓を打ったり。

「おお、いい眺めだな」

「エッフェル塔の展望デッキは地上300mにあるからね。パリが一望できるよ」

「しかし、こうして高い所にいると『あの台詞』を言いたくなるな」

「あの台詞?」

「見ろ!人がゴミの……「それ以上いけない」あ、はい」

 エッフェル塔で大佐ゴッコをしようとしてシャルに止められたりと、格好はあれだがそれなりにパリを楽しんだのだった。

 

 翌日早朝、パリ・シャルルドゴール空港第三ターミナル。

「さて、忘れ物はないかね?そろそろ出発するよ」

「はい、問題ありません」

「僕も大丈夫です」

 昨日の内に荷物は逐一確認しながらトランクに詰めたし、部屋を出る時入念に指差し確認をして出てきたのだ。まさか忘れ物があるとは思えない。忘れたい思い出はあるけどな、ハハハ。

「ならば良し。じゃあ、帰ろうか。我らの家に」

「「はい」」

 《フリングホルニ》は一路日本を目指して飛ぶ。帰ったら改めて事情聴取やら戦闘記録の提示やらをしないといけないが、ひとまずフランスで起きた大事件はこうして幕を閉じた。

 私は専用機限定タッグトーナメントで起きるであろうゴーレム襲撃事件(原作展開)をどう切り抜けるか思案しながら、身体を休めるのだった。

 

 

 某国某所、とある高層ビルの一室。そこで10人の男女が角を突き合わせていた。

「新型『ラファール』奪取と仁藤藍作抹殺はいずれも失敗か。まあ、仕掛けたのがあれでは当然だが」

「エイプリルの立てる作戦は、全てが自らの思う通りになって初めて成功する作戦ですからな」

「あんな穴だらけの策でよく得意になれるものだと常々思っていたわ」

「だが、奴はいい目くらましになってくれた。ジューン、報告を」

「ええ」

 ジューンと呼ばれた女は椅子から立ち上がるとスクリーンの前に立つ。すると、スクリーンに4機のISが映し出された。

「新型『ラファール』とあの女のお陰で世界の注目がフランスに集まっていた事もあって、今回の奪取作戦は思いの外上手く行ったわ」

「ほほー、大漁だねぇジューン。これは豪州連合(AU)の第二世代機『天空神(アルテラ)』だね」

「こっちはUAEの第三世代機、(シャヒーン)シリーズの『告死天使(アズライール)』と『告命天使(スルーシ)』か」

「ブラジルの第三世代機『有翼蛇神(ククルカン)』もか。良い仕事だ、ジューン」

「お褒めに預かり光栄ですわ、オーガスト。ところで、エイプリルの事ですが……」

 恭しく腰を折り、賞賛を受け取るジューン。そのジューンが、ふと気になったようにオーガストに質問する。

「あれはもう要らぬ。元々失敗すると思っていたからな。なに、次のエイプリルとノヴェンバーは既に招集済みだ」

 オーガストがパチンと指を鳴らすと、議場のドアが開き、一組の男女が入ってくる。

 痩せぎすの体を白衣で包み、度の強い眼鏡をかけた神経質そうな男と、露出度の高い服を着た豊満な肢体の女だ。

「諸君、紹介しよう。彼らが新たなるエイプリルとノヴェンバーだ」

 二人の顔を見て、議場がざわつく。何故なら、彼らは裏の世界では有名人だったからだ。

「まさか『不遇の天才』と『裏切りの魔女』のご登場とは……」

「今回奪取したISの調整、私にお任せ頂きたい」

「ラグナロクの情報収集は私に任せて貰えるかしら」

「いいだろう。君達の働きに期待する。……ミスト」

「はっ」

「旧き卯月を暦より剥がせ。迅速にだ」

「直ちに」

 そう言うと、ミストは議場から姿を消した。

「さて、次の議題に移ろう」

 そう言ってオーガストは円卓に座る11人を見回した。

 より力を着けた悪意の矛先が静かに、だが確実に近づいていた。

「では、此度の専用機限定タッグトーナメントには、最も調整に時間の掛からない『天空神』を送り込む。という事でよいか?」

「「「異議なし」」」




次回予告

襲い来る鉄騎の群れ。
迎え撃つは若き騎士達。
だがそこに、招かれざるもう一つの悪意が現れる。

次回「転生者の打算的日常」
#54 悪意襲来

あなたは私が殺すわ……村雲九十九。


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#54 悪意襲来

 時差の関係もあって、日本に着いた時は深夜だった。はっきり言って眠くないが、こんな時間に学園に帰っても仕方ないので一旦ラグナロクの仮眠室で一泊。学園に戻ったのはその日の朝早くの事だった。

「帰ってきたね」

「ああ、帰ってきたな」

 何だかやけに感慨深い。たった10日しか離れていないはずなのに、もっと長くフランスにいたような気がする。

 荷物を置くために寮の部屋に向かう途中、あちこちから「テレビ見たよー!」「大変だったねー!」「怪我とかしてない?」と声をかけられた。どうやら、あの日の放送を全員で観ていたらしい。

「しばらく騒がれそうだな」

「うん、そうだね。あ、本音」

「あっ、つくもん!しゃるるん!おかえり〜!」

 満面に喜色を浮かべ、こちらにポテポテと歩み寄ってくる本音。どうやら、フランス行きの事を言わなかった事をもう怒ってはいないようだ。そもそも彼女の性格上、負の感情を抱え続けるのは難しいはずだしな。

 本音は私達に近づくと、そのまま私に抱き着いた。

「おっと、本音?」

「ん〜、来た来た〜。ツクモニウムがどんどん来てるよ~」

 私の胸に顔を埋めながら、妙な事を口走る本音。ちょっと待て、何だツクモニウムって?アレか?新種の栄養素か?

「説明しよ~。ツクモニウムはね~、つくもんとくっつくことで吸収可能な私の必須栄養素なんだよ~。これを摂ると心が元気になって、なんだか満たされたような気持ちになるんだ~」

「いや、説明を受けてもさっぱり……「なるほど」分かるんかい!?」

 本音の意味不明の説明にシャルが頻りに頷いている。え?なに?この場で分かってないの私だけなのか?

「九十九と腕を組んでる時に感じるあの充足感の正体が分かったよ……僕もツクモニウムを吸収してたんだね」

「あの、シャル?何言ってんの?というか、ツクモニウムってほんとに何?」

「ちなみに〜、シャルロット酸と一緒に取ると吸収率がちょーちょー上がりま~す」

「また謎の栄養素が登場した!?何だシャルロット酸って!?ビタミン!?新種のビタミンなの、ねえ!?」

「あ、じゃあ僕の場合はのほほん酸だね」

「君達の間だけで話を完結させないで!?さっきから謎の栄養素がボンボン出てくるんだけど!?」

 結局、彼女達の言うツクモニウムの正体は分からないままだった。本当に何なんだ?ツクモニウムって。

 

 部屋に戻り、荷物を置いて制服に着替え、校舎へと移動する。本音はその間「ツクモニウムが足りないから」と言って、着替えの間以外ずっと腕に引っ付いている。だから、ツクモニウムって何?私はそんなヘンテコな栄養素を生成した覚えはないぞ。

 教室に着く手前で、ふと本音に報告がある事を思い出したのでそれを伝えた。

「そうだ。本音、君に土産があるんだ。後で渡そう」

「ありがと~。なにかな?」

「シャンゼリゼ通りでも有名なショコラトリー『ラ・メゾン・デュ・ショコラ』の最高級チョコレート詰め合わせだ」

「お〜!そこ知ってる~!一回食べてみたかったんだ〜!」

 テンションが一気に上がる本音。やっぱりこの娘には美味しい物か甘い物がお土産としていいようだ。

 教室のドアをガラリと開けると、クラスメイトが一斉にこちらを振り返った。視線が一気に私とシャルに突き刺さる。

「村雲くん!デュノアさん!おかえりなさい!」

「大丈夫だった?ケガとか無い?」

「あの時口調が変わってたけど、なんで?」

 口々に言いながら集まってくるクラスメイト達。気づけばあっという間に囲まれてしまっていた。

「お前たち、朝礼の時間だ。席に着け」

 そこに響く絶対零度の声。千冬さんの登場に、クラスメイト達は蜘蛛の子を散らすかのように大慌てで席へと戻って行く。

「む、戻ったか。村雲、デュノア」

「はい、今朝方。私達がいない間、何か変わった事は?」

「いや、特に無い。強いて言えば、布仏が授業中に呆けているのを注意するのが多くなったくらいか」

「そうですか」

「そうだ。村雲、デュノア、席に着け。朝礼を始める」

 千冬さんに促されて席へ着くと、朝礼が開始された。

「さて、間もなく専用機持ち限定タッグトーナメントが開催されるが……村雲」

「うぇい?」

 突然水を向けられ、つい妙な返事を返してしまう私。それが気に入らなかったのか、千冬さんがチョークを飛ばしてきた。

「あだっ!?ぐおお……」

 チョークが当たった瞬間、目の前が物理的に白くなる。額に当たったチョークが粉々に砕けるとか、どんな威力だよ?

「返事は『はい』だ」

「はい、すみません。続きを」

「ああ。村雲、貴様には今回一人で戦ってもらう」

「……え?」

 

 

 昼休憩時間の食堂にて、私達は食事を取りつつ今回の千冬さんからの通知について話していた。

「なんで九十九が一人で戦うことになるんだろうな?」

 日替わり定食の鮭をほぐしながら一夏が呟く。

「見当がつかんな……」

 一夏と同じ定食の漬物を齧りつつ首を傾げる箒。

「そんなの決まってるじゃない。九十九のIS……『フェンリル』が卑怯だからよ」

 と、ラーメンスープを丼から直接啜りつつ言う鈴。

「卑怯?……ああ、《ヘカトンケイル》ですわね?」

 舌平目のムニエルを優雅に口に運びながら答えるセシリア。

「うむ。あれは言わば『一人一個小隊』だからな。一人で二人にも三人にもなれるのだから、この措置は当然だ」

 シュニッツェルを大振りに切り分けて頬張りながら解説するラウラ。

 ちなみにだが、ラヴァーズは一夏と同じ席にいるものの一夏と距離を開けて座っている。やはり簪嬢とタッグを組んだ事が未だに腑に落ちていないようだ。

「う~ん、残念だなぁ……」

 ラウラの解説に若干気落ちしつつも、ポトフを食べる手は止めないシャル。

「まあ、仕方あるまい。それに元々人数が合わんのだ。ほら、本音」

「あ~ん。ん〜、美味しい~」

 本音に彼女の昼食であるハヤシライスを食べさせつつ、諦めを口にする私。

「あ~、そういえば、今年の専用機持ちって11人いるんだっけ〜。つくもん、はい、あ~ん」

「そうだ。つまり、全員が二人組を作ろうとすれば必ず一人−−「あ~ん」……あーん……必ず一人余るんだ」

 本音が差し出すスプーンに乗ったカレーを食べつつ、私が一人で戦う事になった理由について語る。

「九十九……のほほんさんを膝に乗せてお互いに『あーん』しながら言ってもカッコつかねえぜ?」

「言うな……」

 もっとも、その格好は一夏の言った通りなのでどうにも締まらない。取り敢えず一旦本音を膝から降ろして隣に座らせる。

「本音、後は自分で食べなさい」

「え~?つくもんのケチ〜」

「食べ終わったら膝に乗って良し」

「は~い。あむあむ……」

 大人しく食事を始めた本音を見つつ、先程の話の続きに戻る。

「ラウラの言う通り、私は一人で二人にも三人にもなれる。なら一人で戦えとなるのは、まあ当然の帰結だろうな」

「でも二対一だろ?やっぱり不利なんじゃないか?」

「ああ、だから織斑先生に訊いた。『武装の使用上限は?』とな。先生は『全武装の使用を無制限で許可する』と言ったよ」

「「「うわぁ……」」」

 それを聞いた一年専用機持ち組はげんなりとした表情になった。何故?

「いや、げんなりもするって。だってよ……」

「何十丁もの銃が一斉に火を吹いたり……」

「超高温の剣で武器ごと叩き斬られたり……」

「どこまでも追って来る投げ槍に追い掛け回されたりするのかと思うと……」

 重い溜息をつく一夏、箒、鈴、セシリアの四人。更にそこにラウラが追い打ちをかける。

「シャルロットから聞いたのだが、新兵器として平均的なIS1機分の重さのハンマーが追加されたらしいぞ」

「な、何だよそれ……」

「そんな物で叩かれたら、絶対防御が意味を成さないような気がするんだが……?」

「頭が熟したトマトみたいになるんじゃないでしょうね!?」

「あ、それは大丈夫。向こう(フランス)で実証済みだから。絶対防御はちゃんと効いたよ。ただ……」

「「「た、ただ……?」」」

 ゴクリと唾を飲み、シャルの次の一言を待つ四人。十分に溜めてから、シャルは重々しく口を開く。

「そのハンマーを受けた人、顔をハンマーと地面に挟まれて、女として終わるくらいの大怪我したんだよね」

「「ひいいっ!?」」

 シャルの独白に恐怖したのか、セシリアと鈴が互いに抱き合って震える。

「安心材料にはならないだろうが、顔を狙うつもりも地面とサンドする気も無い。と言っておく」

 そう言ってカレーの最後の一口を食べ終えると、本音が私の膝をポンポンと叩く。見ると本音はハヤシライスを食べ終えていた。

「ほら、おいで」

「わ~い」

 嬉々として私の膝の上に乗る本音。それを羨ましくも不思議そうに見るラヴァーズ。

「あの……本音さん?今日はなんというか、その……」

「いつもより九十九にベッタリじゃない?どうしたのよ?」

 訊いてきたセシリアと鈴にニヘラ、と笑みを浮かべて本音が答える。

「これはね~、ツクモニウムの補給中なんだよ~」

「「「ツクモニウムって何(だ)(ですの)!?」」」

 謎の栄養素の登場にラヴァーズがツッコミを入れた。その気持ちは分かるがもう少し声を抑えろ。周りが注目してるから。

 この後の本音のツクモニウムの説明に何故か一定の理解を示したラヴァーズ。あれ?ひょっとして、分かってないの私だけなのか?

「安心しろよ、九十九。俺も分かんねえ」

「あ、お前に分かるとは思ってないから」

「ひでえ!?」

 

 

 放課後、第二整備室にて。私は本音と共に、専用機持ち限定タッグトーナメントに向けた準備を行っていた。

「本音。《ヘカトンケイル》の反応速度をあと0.2秒上げられないか?」

「う~ん、それやると機体の反応速度が0.1秒下がるよ〜?」

「構わない。今回限りのセッティングだ。試合が終わればすぐに戻すから問題は無い」

「分かった〜。じゃあ、はじめるね~」

 そう言って、本音は反応速度の設定変更を開始する。その指の動きに淀みはなく、いっそ美しいと思える程に流麗だ。

 ちなみに、その二つ隣では簪嬢の『打鉄弐式』の開発が大詰めを迎えていた。

「織斑くん!何サボってんの!こっちにレーザーアーム!」

「あとデータスキャナー借りてこい!ほら、ダッシュ!」

「それとぉ、超音波検査装置を御願いしますねぇ」

 簪嬢の協力者と思われる整備科の先輩方から矢継ぎ早に下されるオーダーに、必死に付いて行く一夏。汗だくになりながら頼まれた機材を全力で運んで行く。

「織斑くん、髪留めつけ直して」

「織斑!ジュース!飲ませろ!」

「わはぁ。お菓子取ってくださぁい」

 ……ん?一夏の奴、何か関係の無い雑務まで言い渡されているような……?

 それでも律儀に髪留めをつけ直し、ジュースを飲ませ、菓子を持っていく一夏。だが、それに気を良くしたのか整備科の先輩方の要請は更に明後日の方向に飛んでいく。

「あ、シャンプー切れてるんだった。購買で買っといて。ハーブの匂いのやつね」

「織斑、この本図書室に返して来い」

「んんぅ。今日の夕食の日替わり定食、見てきてくださぁい」

 もはや『打鉄弐式』開発と全く関係の無い極めて個人的なお願いに、人の良い一夏もついにキレた。

「だ−−っ!かんっけい、無いでしょうが!それもこれもあれも!」

「あ、引っかからなかった」

「チッ、賢いやつだぜ」

「うふぅ。ちょっとしたじょおだんですよぉ」

 先輩方がそう言うと、一夏の肩がガクリと落ちる。肉体的疲労に加えて精神的疲労も一気に押し寄せたのだろう。

 「はぁぁぁ……」と魂まで抜けそうな程の深い深い溜め息を漏らす一夏。そんな一夏に私が出来る事といえば。

「「あーっははははは!」」

 本音と一緒に盛大に笑い飛ばしてやる事くらいだけだった。

「笑うなお前ら!てかのほほんさん!こっち手伝うんじゃなかったのかよ!?」

「つくもんの頼みごとは全てに優先するんだよ~。あとでちゃんとお手伝いするから待ってて~」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、それだと君が都合の良い女みたいに聞こえるからやめてくれ」

 本音の堂々とした言い方に痛む頭を押さえつつ苦言を呈する私。一応「は~い」と言いはしたが、きっと事ある毎に今の物言いをするだろう。……まさか、シャルも似たような事を言わんだろうな!?

 

 

 時は過ぎ、専用機持ち限定タッグトーナメント前日。寮の廊下で私は一夏と出くわした。

「お、九十九」

「ん?一夏か。この時間まで……という事は『打鉄弐式』か。どうだ、進捗は?」

「まあ、大体ってとこだな。マルチ・ロックオン・システムは今は諦めるとさ」

 簪嬢の機体『打鉄弐式』は内蔵火器として高性能誘導ミサイルポッド《山嵐》を搭載している。

 合計6基のポッドにそれぞれ8発のマイクロミサイルを備え、同時に最大48発の一斉射撃を行えるというものだ。

 ただし、それは『48発のミサイルを全て独立稼働させる』事を可能にするマルチ・ロックオン・システムが完成して初めて実現可能の代物で、通常のロックオン・システムを使っている現在では本来のスペックである『高火力かつ高命中率』は発揮できない。

「まあそれでも、一週間かそこらでここまで機体を仕上げたんだ。それは凄い事だと思うぞ。……で?」

「で?なんだよ?」

「お前が簪嬢と組む『理由』を、簪嬢は知っているのか?」

「いや、知らねえ。言ってねえからな」

「お前な……。後で知れたら簪嬢がどう思うか……」

「ちゃお♪」

 一夏に苦言を呈そうとした私を遮った、腹の立つほど明るい声音。(自称)美少女生徒会長、更識楯無登場である。

「一夏。今回は苦言を飲み込む。あとは上手くやれ。ではな」

「ちょーっと待ちなさい」

 関わり合いになってたまるかと早足で部屋に戻ろうとした私を、楯無さんはネックロックで止めた。

「ぐえっ!?」

「九十九くんにも話があるの。部屋に来なさい」

「楯無さんの部屋にですか?今から?」

「一夏くんの部屋によ」

「ですよね。はぁ……」

 そう言って諦念の篭った深い溜息をつく一夏。ちなみに……。

「楯無さん……離し……て。お、落ちる……落ち……ガクッ」

「うわぁっ!?おい九十九!しっかりしろ!楯無さん、なにしてんですか!」

「きゃあっ!?ご、ごめんなさい!九十九くん!」

 楯無さんの腕が良い具合に頸動脈を締めたため、私の意識は僅か十数秒で彼岸へと旅立つのだった。

 

「あ~、死ぬかと思った」

「いや~、ごめんなさいね?九十九くん」

 数分で目を覚ました私に謝ってくる楯無さん。だがベッドにうつ伏せになって一夏のマッサージを受けながら謝られても、果たして本当に謝る気があるのか疑わしいのだが。

「はぁ……もういいです。で?話というのは?」

「うん。今度の専用機持ち限定タッグトーナメントの事でね。ごめんね九十九くん。勝手に一人で戦って貰う事にしちゃって」

「構いません。私のIS『フェンリル』は一対多を想定した機体ですから。今回の試合を試金石にさせて貰おうと思っています」

「あれ?そう言えば、楯無さんって誰と組むんですか?」

 楯無さんの体を全身のコリを確認するようにゆっくりと押さえながら質問する一夏。

「お前、チーム発表の貼紙を見ていないのか?」

「ああ、整備室にこもりっきりで……まだ見てねえんだよ。……あれ?なんか足凝ってますけど、マラソンでもしました?」

「こら、一年生。全校集会で私がありがたーい挨拶をしたでしょうが。聞いてなかったわね?」

「はっはっはっ、そんな事あるわけないじゃないですか」

「一夏、自分で信じていない嘘はつくべきではないな」

「うぐっ……」

 私の諫言に言葉を詰まらせる一夏。それに嘆息しながら楯無さんが一夏の質問に答える。

「はぁ、やれやれ。それで、私のパートナーは箒ちゃんよ」

「へー、箒ですか……えっ!?箒!?」

 予想外の名前だったのか、声を上げて驚く一夏。確かにあいつの性格なら「一人でやる!」と言い出しそうなものだ。と言うか間違いなく言うだろう。

 そんな箒に、楯無さんなりに気を遣ったと言う事なのだろう。あるいは、楯無さんが箒と簪嬢を重ねてみているからこそ今回の行動に出たのかもしれない。

 姉との間に深い心の溝がある妹−−だからこそ、楯無さんは箒の事を放っては置けないのだろう。

「一夏くんって、姉弟仲良いわよね」

 突然、楯無さんが大きく話を変える。話を振られた一夏も目を丸くしている。

「な、なんですか急に」

「ね、九十九くんはどう思う?」

「さて、私には判断しかねます。楯無さんは何故そのようにお考えで?」

「だって織斑先生、一夏くんには特別厳しいじゃない?」

「それ、仲が良いって言います?」

「あ、わかってない。わかってないわねー。大事だから、特別だから、厳しくしてるんじゃない−−死なないように」

「…………」

 楯無さんが余りにもあっさりとそう言ったため、一夏は自分が何を言われたのか一瞬理解できずに呆けた。

 しかし、あの時(#52)の記憶が蘇ったのか、一夏の右腕が微かに震えだす。一夏は楯無さんに気づかれないようにしながら左手で右腕を押さえながら目を瞑る。

「戦いの果てに死ぬかもしれないと?一夏が」

 その一夏から楯無さんの意識を外すために、あえて強めに楯無さんに声をかける。

「そうよ。でもまあ、戦争でも起きたらの話よね」

 ぱっと表情をいつもの楯無さんに戻して、足をパタパタと泳がせる。一夏からはスカートの中が丸見えになっていると思うんだが。あ、一夏が視線を反らした。

「楯無さん。私にする話は終わりましたか?そろそろ部屋に帰りたいんですが」

「あ、うん。ごめんなさいね、引き留めちゃって」

「いえ。では明日、専用機持ち限定タッグトーナメントの会場で」

 そう言って、私は一夏の部屋を後にした。出て行く寸前に楯無さんが「一夏くん、お尻揉んで」と言っていたのでツッコミに行こうかと思ったがやめた。巻き込まれる予感がしたからだ。

 

 

 明けて翌日、専用機持ち限定タッグトーナメント開催日がやって来た。

 開会式会場である第一アリーナには生徒と教師がグラウンドに並び、専用機持ち限定タッグトーナメントがデュノア社の新型機発表会の会場であると知って『ラファール・カレイドスコープ』を一目見ようと訪れた各国のVIPが観客席に座っている。

 今朝の千冬さんと山田先生の憔悴ぶりから察するに、上からの圧力と下からの突き上げに折れざるを得なかったのだろう。後で謝罪を兼ねて見舞いの品を届けようかね。

「それでは、開会の挨拶を更識楯無生徒会長からしていただきます」

 虚さんがそう言って、司会用のマイクスタンドから一歩下がり、楯無さんに場を譲る。

 ちなみにだが、私と一夏、本音は生徒会メンバーのため、虚さんの後ろに整列していた。シャルは生徒会の正規メンバーではないため他の生徒と共に整列している。

「ふあー……ねむねむ……」

「しっ。本音、教頭が睨んでる」

「ういー……」

 極めて注意深く見ないと分からない程小さく頷く本音。すると、反動のせいなのだろうか起き上がりこぼしの様に左右にフラフラと揺れる。……ああ、教頭がまた睨んでるよ。

 ちなみにその教頭だが、年の頃50代後半、逆三角形の眼鏡にひっつめ髪、堅い印象を受けるスーツに濃い口紅という、学園ドラマに出てくる規律重視のお局教師をそのまま抜き出したかのような人だ。

 生徒の間では『鬼ババア』などと呼ばれているが、本物の鬼に比べれば実に可愛らしいものだ。……鬼が誰なのかは、敢えて言わないでおく。

「どうも、皆さん。今日は専用機持ちのタッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒の皆さんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてください」

 澱みのない澄んだ声音としっかりとした発音で目の前の生徒達に声をかける楯無さん。それはまるで一つの美しい旋律にも感じられる。

 相変わらず圧倒的な存在感を放っている楯無さんだが、この人が生徒達から絶大な人気を得ている理由はそれだけではない。

「まあ、それはそれとして!」

 語調を変えた楯無さんがぱんっ、と扇子を開くと、そこには墨痕逞しい字で『博打』と書かれている。

「今日は生徒全員に楽しんで貰うために、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!」

 楯無さんがそう宣言すると、きれいに整列していた生徒達の列が一斉に騒ぎ出した。

「って、それ賭けじゃないですか!」

「安心しろ、織斑副会長殿」

「へ?」

「根回しは既に済んでいる」

 私が言うのに合わせてニコッと笑みを浮かべて首肯する楯無さん。まさか、という顔で辺りを見回す一夏だが、教頭含め教師陣の誰もが反対していない事に驚いていた。もっとも、千冬さんだけは頭が痛いと言わんばかりに額を押さえて俯いていたが。

「それにだ一夏。これは賭けではない。あくまで応援だ」

「その通り。どのくらい応援しているのか、そのレベルを自分の食券を使って示すだけ。そして、見事優勝ペアを当てた人達に均等に配当されるだけです」

「それを賭けっていうんです!大体、俺はそんな企画一度も聞いてないですよ!?」

「当然だ。生徒会室に来ないお前が悪い」

「仕方ないから~、わたしたちで多数決を取って進めました〜。ちなみにしゃるるんも知ってま~す」

「くっ……。そりゃ確かに最近は整備室にしか行ってなかったけど……」

 自分の預かり知らない所で公然と賭け(のようなもの)が行われようとしている事に愕然とする一夏。

 しかし、そこはIS学園が誇るカリスマ生徒会長・更識楯無。生徒全員のハートをガッチリ掴んでいるため、今更一夏が何を言おうと遅いだろう。一夏の気分はネイビーブルーといった所か?

「では、対戦表を発表します!」

 そういった楯無さんの後ろに、大型の空中投影ディスプレイが現れる。そこに表示されたのは−−

「げえっ!?」

「ふむ、そう来たか」

 一回戦第一試合、織斑一夏&更識簪VS篠ノ之箒&更識楯無。

 第二試合、凰鈴音&セシリア・オルコットVSシャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 第三試合、村雲九十九VSダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア。

 一夏は一学期の学年別タッグマッチを思い起こさせるような、一発目からの大本命戦。

 私はことコンビネーションという点では学園最強と言えるペアとの激突。

「お互いにきつい戦いになりそうだな……っ!?」

 一夏に声をかけたのとほぼ同時、観客席の方から敵意と殺意の篭った刺すような視線が私を射抜いてきた。

 そちらに目を向けると、一人の女性が私を睨みつけている。金髪碧眼の目の覚めるような美女だが、その顔に見覚えは無い。彼女は一体何者だ?

「おう、そうだな……。ん?どうした?」

「いや……何でもない。先に行くぞ」

「おう」

 そう言って、私は試合会場である第二アリーナに向かうべく歩を進めた。さて、先程の女性はどう出る?

 

「……このくらい離れればいいか。そろそろ出て来て貰えないか。私に用だろう?」

 第二アリーナへ向かうには、一旦第一アリーナの外へ出る必要がある。第一試合はそれぞれ別のアリーナで一斉に行い、観客はそれを第一アリーナの大型スクリーンで鑑賞する。そのため現在、アリーナの外は閑散としている。にも関わらず、私の後ろをずっと付けてくる気配が一つ。それは……。

「やはり気づいていたわね。村雲九十九」

 柱の陰から出てきたのは、先程私に強烈な視線を向けてきた女性。

「やはり貴方か、先程の視線の主さん。何者だ?何故私にそのような目を向ける?」

 観客席から感じたあの視線。それを今度は至近距離で向けられている。

「ケティ・ド・ラ・ロッタ。この名前に聞き覚えがないなんて言わないわよね?フランス事変の功労者さん?」

 

 ケティ・ド・ラ・ロッタ。『フランス事変』あるいは『デュノア社新型機発表会襲撃事件』と呼ばれる、女性権利団体過激派『世界から男の居場所を奪う会』によるテロ事件の主犯格。

 迂闊な発言をして私の怒りを買い、女として終わる程の大怪我を負った挙句、これまでに犯したあらゆる罪が暴露された事で超長期刑囚となり、人としても終わった女だ。

 

「そのケティ・ド・ラ・ロッタと貴方に何の関係が?」

「私はメルティ・ラ・ロシェル。あのお方の恋人よ」

「……ああ、そう言えば……」

 言われて思い出した。ケティ・ド・ラ・ロッタは極度の女尊男卑主義者である以前に、生粋の同性愛者だという事を。

「あの人にあんな酷い事をして、女としても人としても終らせたあなたを、許す訳にはいかないわ」

「今思い出しても腹立たしいあの女が何をしたのか、まさか知らない訳ではあるまい?あれは当然の報いだ」

「黙りなさい!卑しい男風情が!」

 叫ぶと同時に量子の展開光に包まれるメルティ。一瞬の閃光の後に現れたのは、有機的なデザインのウィングスラスターを背負った、鮮血を浴びたかのような赤黒い機体色のIS。その機体に、私は見覚えがあった。

豪州連合(AU)製第二世代機『天空神(アルテラ)』……だと?」

 そう、今からおよそ1週間前に世界各地から『何者か』によって強奪された4機の内の1機だ。フギンとムニンの調査により、強奪したのは亡国機業(ファントム・タスク)の一部隊であると判明している。つまり、目の前の彼女は−−

「私は亡国機業のコードネーム『ブリーズ』。恋人で上司だったケティ様……エイプリルの無念を晴らすため……」

 メルティが右手にアサルトライフルを展開。こちらに銃口を向けると、静かな、それでいて明確な意思を持って私にこう告げた。

「この『アルテラ』であなたを殺すわ。村雲九十九」

 彼女がライフルを発砲するのと、3ヶ所のアリーナで爆音が轟いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 専用機持ち限定タッグトーナメントは、再びの襲撃者によってまたしても混乱のるつぼと化した。

 私は自分に迫り来るライフル弾をやけにゆっくりとした時間の中で見ながら、原作乖離が一体何処まで進んでいるのかと頭を痛めた。

 こんなイベント原作に無かったろ!どうしてこうなった!?……って、やはり私がそう動いたからだよな!畜生!




次回予告

天空神は猛る。お前を殺すと。
魔狼は吠える。やってみろと。
そして世界は言う。これが我等の選択だと。

次回「転生者の打算的日常」
#55 激震

本当どうしてこうなった!?


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#55 激震

 九十九に向けてメルティがライフルを撃つ数分前、一夏は第四アリーナに向かう途中の廊下で黛薫子に呼び止められた。

「あ、いたいた。おーい、織斑くーん!」

「どうしたんですか?俺、ISスーツに着替えに第四アリーナまで行かなきゃいけないんですけど」

 一夏のいる第一アリーナから第四アリーナに向かうには、大きく遠回りをする必要があるためかなり遠い。

(試合前から中距離ランニングとか、舞台割を決めた人は鬼か悪魔か?)

 等と一夏が考えていると、薫子が手にした紙を見せてくる。

「なんですか?これ」

「見て分かんない?オッズ表だよ」

 薫子がそう言うので、改めて紙を見てみる一夏。それによると、圧倒的な人気を誇っているのが箒&楯無ペア。学園唯一の『国家代表』であり、候補生とは一線を画す実力が評価されているのだろう。

「ちなみに俺は……げ、最下位……」

「まあ、更識さんのデータも未知数だからでしょうけどね」

 なお二番人気がダリル&フォルテペア。次にシャルロット&ラウラペア、その下にセシリア&鈴ペア。更にその下が九十九だ。

「九十九が一人で戦うとして五組か……。専用機持ちって現在11人なんですね」

「そうよ。内、一年生が8人。今年は異常よ異常。3年なんて1人、2年だってたっちゃんと合わせて2人しかいないのに。しかも、最新型の第三世代機が何機いると思ってるの?」

「なんかすごいですねぇ」

「何呑気なこと言ってんの。君と村雲くんのせいでしょうが!」

 薫子に顔を指さされ、そう言えばそうだった。と思う一夏。自分と九十九がISを動かせると分かって以来、IS学園には転入願がひっきりなしに届いているらしい。理由は当然、自分か九十九と接触するためだ。

 もっとも、学園側が「学園規則により、転入生受け入れは3名までである」としてこれ以上の受け入れを拒否しているため、現時点で新たな転入生は現れていないしこれからも現れないだろう。とは、九十九の弁だ。

「しかも篠ノ之さんの紅椿に至っては第四世代相当なわけだし……」

「みたいですね」

「って!そんな話はいいのよ!」

 自分から始めた話のクセに……とは思ったが口には出せないので、一夏は勢いに押される形で沈黙を選んだ。

「ともかくね、試合前にコメントちょうだい!今から全員分行かないといけないから、私忙しいのよ!はい、チーズ!」

 言うなり、カシャッ!とシャッターを切る。黛薫子、相変わらず行動力の塊のような女であった。

「写真オーケー!それじゃあコメント!」

「え、えっと……精一杯頑張ります!」

「目指すは優勝!くらい言ってよ!」

 ありきたりなコメントに不満らしい薫子がそう言うが、一夏は「いや、それは……」と言葉を濁す。

 なにせ一回戦から大本命との一戦。『学園最強』更識楯無と『世界唯一の第四世代機保有者』篠ノ之箒を相手に勝てるビジョンが欠片も浮かばないのだから、たとえ大口でも『優勝する』とは言えなかった。

「うーん。あ、そうだ」

 何かを考えるような素振りを見せた薫子が、顎に手をやってキリリッとキメ顔を作る。そして−−

「『俺に負けたら恋のハーレム奴隷だぜ(キリッ)』……てのはどう?」

 全く持って意味不明の決め台詞を吐いた。これに驚いたのは一夏だ。

「なんですか、それ!?」

「いや、姉さんがそんな事を言ってたから」

 薫子の言う『姉さん』とは、雑誌『インフィニット・ストライプス』副編集長、黛渚子(まゆずみ なぎさこ)の事だ。

 およそ1週間前に箒共々インタビューと写真撮影を受ける事になったのだが、その中でそんな台詞を吐いた覚えは全くない。

一体どこをどう編集すればそんな内容になるのか。と、一夏は頭を抱えるのだった。

「あはは。織斑くんって本当にからかうと面白いわね~。たっちゃんの言った通りだわ」

「やめてくださいよ、本当に……」

「まあまあ、そう言わずに−−」

 そう言って薫子がひらひらと手を振った、その時だった。

 

ズドォオオンッ!

 

「「!?」」

 突然、爆音と共に地震が起きたかのような揺れが一夏と薫子を襲った。

「きゃあっ……!?」

「危ない!」

 連続する振動に、薫子が姿勢を崩す。壁に体をぶつけそうになる薫子を、咄嗟に一夏が腕を引いて抱き寄せた。

「大丈夫ですか?」

「う、うん。それより、何が起きてるの……?」

 

バシャンッ!

 

 派手な音を立てて廊下の蛍光灯が全て赤へと変わり、彼方此方に浮かんだディスプレイが『非常事態警報発令』を告げる。

『非常事態警報発令!非常事態警報発令!全生徒は直ちに地下シェルターへ避難!繰り返す!全生徒は−−きゃあああっ!?』

 緊急放送をしていた教師の声が突然途切れた直後、またしても大きな衝撃が周囲を揺らした。

「な、何が起きてるんだ……!?」

 突然の事態にどうすべきか分からず、一夏は薫子を抱きかかえたまま暫し茫然とするのだった。

 

 

 メルティの放った弾丸は、私の頬を掠めただけだった。頬の傷から僅かに流れる血を手の甲で拭うと、メルティはいやらしい笑みを浮かべて言った。

「あら?大袈裟に避けるかと思っていたのに。意外に肝が座っているのね、男のクセに」

「お褒めに預かり光栄だ。だが、当たらないと分かっているのに大きく躱す意味が何処にある?」

 彼女がライフルを私に向けた時、その視線は私の右頬の数㎜横を見ていた。

 銃口もそちらに向いていたため、最初の一発は威嚇……というより自分の射撃技術の誇示が目的だと分かっていた。そのため大きく躱す必要性は無いと判断し、一切動かなかった。……断じてビビって動けなかったわけではないぞ。

「ふん、少し位怖がってくれればまだ可愛げもあったのに……。いいわ。次は外さない。死にたくなければISを展開しなさい」

 一度下ろしたライフルをもう一度私に向けるメルティ。その銃口は私の眉間を正確に狙っている。

 メルティの目は本気だった。ここで『フェンリル』を展開しないという選択肢を取る事は、『自分の死』という最大のデメリットを生むだろう。それは避けねばならない。

「……始めるぞ、『フェンリル』」

 呟いてドッグタグを右手人差し指で弾く。瞬間、私の体を量子の光が包み、『フェンリル』がその姿を現す。

 それに満足したのか、メルティはライフルを格納し、代わりに片手半剣(バスタード・ソード)を展開する。

「もう一度言うわ、村雲九十九。あなたは私が殺す」

 片手半剣を構え、殺意の篭った目でこちらを睨むメルティ。

「忠告だ。あまり強い言葉を使うな、メルティ・ラ・ロシェル。弱く見えるぞ」

 メルティの武器に合わせて《レーヴァテイン》を展開し、構えを取りながらメルティを睨み返す私。

 

ガギイインッ!

 

 瞬間、メルティの片手半剣と私の《レーヴァテイン》が甲高い音を立てて激突した。

「くっ……予想より重い!?」

 『アルテラ』の一撃を《レーヴァテイン》で受け止めた私だったが、思いの外攻撃にパワーがあった。

『アルテラ』はスピードを売りにした機体のはずだが、今の一撃の重さは鈴の『甲龍』のそれに匹敵する。一体どうなっている!?

「はああああっ!」

 気合いの籠った叫びと共に、メルティがブースターを吹かして更にこちらを押し込みにかかる。私もブースターを吹かして対抗するが、徐々にこちらが押されだす。

 本当にどうなっている!?一体何なんだ、このパワーは!?どんな調整をすれば第三世代機、それも第二進化形態機が第二世代機にパワー負けするんだ!?

「ちっ!」

 押し合いは不利と判断し、スラスターを自身後方に吹かして離脱を図る。それを見たメルティが追撃をかけるべく追い縋ってきた。

「逃がさない!」

「近づかせんよ!」

 こちらに向かってまっすぐ飛んでくるメルティに対して、私は二丁の《狼牙》を呼び出して一斉射撃を仕掛ける。

「その程度!」

 迫りくる弾丸を、メルティは一切速度を緩めずバレルロールで回避。すれ違いざま、片手半剣で私の肩を斬りつけていく。

「ぐうっ!」

 咄嗟に身を捻ったものの、その一撃を躱しきれずに肩アーマーの一部を落とされた。

「あなた、私を舐めてるの?出しなさいよ、『アレ』を!」

 イライラしているような口調でそう叫ぶメルティ。別に舐めている訳ではないのだが、彼女にはそう映ったらしい。

「……いいんだな?」

「そう言ってるじゃない。『アレ』を使うあなたを殺してこそ、ケティ様も溜飲を下げるというものだわ」

「分かった。では行くぞ」

 そう言って、私は『アレ』を呼び出すため、両手を大きく広げた。……来い!

 

 

 この時、実は両者の間には認識の齟齬が有った。

 メルティの言っている『アレ』とは、自らの上司にして恋人であるケティ・ド・ラ・ロッタを女として完膚なきまでに終わらせたという推進器付大戦槌(ブーストハンマー)《ミョルニル》の事である。

 それを使う九十九を殺して初めて自分の復讐は成ると考えていたし、実際九十九は《ミョルニル》を取り出すだろうと思っていた。

 一方、九十九が思う『アレ』とは、自分と『フェンリル』が繰り出せる最大戦力の事である。

 「いいんだな?」とメルティに訊いたのも彼女が『全力を出して来い』と言っていると思ったからこそ出た言葉だ。そしてそれにメルティは「いい」と言った。ならば応えてやろう。と考えるのは、九十九にとっては当然だった。

 この両者の認識の違いがメルティにとって最大の誤算であった。要するに−−

「久し振りだな。『コレ』を全て出し尽くすのも」

 九十九が出したのは《ミョルニル》ではなく《ヘカトンケイル》だったのだ。

「え……あれ?」

「どうした?貴方が所望したのではないか。『コレ』を出せと」

 そう言う九十九の周りに浮かぶのは、手に手に得物を持った百本の腕の群れ。

「いや、そっちじゃなくて……」

「さあ、行くぞ。メルティ・ラ・ロシェル、シールドエネルギーの貯蔵は十分か?」

 聞こえていないのか聞いていないのか、メルティの言葉を無視して九十九が右手を指揮者のように挙げる。すると、銃を持った腕達が一斉にメルティに照準を合わせる。その光景に顔を青くして、メルティは内心で叫んだ。

(どうしてこうなったの!?)

 直後、第二アリーナ外縁に無数の銃声が轟いた。

 

 

 一方、各アリーナのピットでは専用機持ちのペア達がそれぞれ無人機と戦っていた。その流れは一部を除いて概ね原作通りなので、ダイジェストでお送りさせてもらう。

 鈴とセシリアのペアは、無人機の攻撃力と防御力、機動力に翻弄されながらも、最後はセシリアの『偏向射撃(フレキシブル)』が無人機の急所を貫いた事で薄氷の勝利を得た。

 ダリルとフォルテのペアは、無人機の攻撃を鉄壁の防御コンビネーション『イージス』によって完璧に遮断。業を煮やした無人機がブレードを展開して突進して来たのを躱しざま、左右同時のハイキックで攻撃。胸部アーマーとブースターを完全に破壊して行動不能にした。なお、彼女達のシールドエネルギーは、全く消耗していなかった事を添えておく。

 そして、シャルロットとラウラだが……。

 

「なんだこいつは!」

 天井をぶち抜いて現れた無人機『ゴーレムⅢ』は、その勢いを更に加速させてラウラに襲いかかる。

 『ゴーレムⅠ』の意匠を残した無骨で巨大な左腕がラウラの頭を掴むと、『ゴーレムⅢ』はその指に次第に力を込めていく。

 ハイパーセンサーがメキメキと悲鳴を上げる。ラウラの眼前には真っ赤な警告表示が大量に浮かび、ビープ音が五月蝿いくらいに脳に響く。

 ラウラは状況が掴めないなりにも、とにかく拘束から逃れるべく左腕のプラズマ手刀を展開。『ゴーレムⅢ』に斬りかかろうとして−−

「待ってラウラ!もう少しそのまま!」

 パートナーであるシャルロットからのまさかの『ちょっと待った』に、思わずその手を止めてしまう。

「シャルロット!?お前、どういう−−」

 どういうつもりだ。と言おうとしてシャルロットの方に視線を向けたラウラは、シャルロットの姿を見て言葉を失った。

 シャルロットの新しい機体『ラファール・カレイドスコープ』は、本来ならシャルロットのパーソナルカラーであるオレンジの筈だが、今は違う。

 鈍く輝く青黒い装甲。装甲全体に蛇の鱗のような模様がビッシリとあしらわれていて、一種異様な雰囲気を漂わせている。

 背中、両肩、両腕、両腿、両脛にマウントされているのは合計9基の九連装マイクロミサイルポッド。

 これぞ『ラファール・カレイドスコープ』の遠距離火力支援型パッケージ。冠された名は−−《九頭毒蛇(ハイドラ)》。

「おい待てシャルロット。まさかとは思うが……」

 シャルロットが身に纏うそれを見たラウラの脳裏に最悪の未来が浮かんだ。それを知ってか知らずか、シャルロットは言葉を紡ぐ。

「前に九十九に訊いてみた事があるんだ。もし味方が敵に捕まえられて身動きが取れなくなってたらどうするって。九十九はこう言ったよ」

 そう言いながらシャルロットが両手をこちらに向けると、量子の光とともにミサイルポッドに合計81発のマイクロミサイルが装填された。

「『逆に考えるんだ。味方が敵に捕まったのではなく、敵を味方が捕まえているとな。なら、やる事は一つだ』って」

 ラウラはシャルロットの言葉を聞いて、自分の想像が現実になる事を理解した。つまり−−

「ありがとう、ラウラ。敵を足止めしてくれて」

「ま、待て、やめろシャルロッ……」

「行って!みんな!」

 ラウラの静止も虚しく、シャルロットの《ハイドラ》から81発のマイクロミサイルが一斉に飛び出した。

 それに気づいた『ゴーレムⅢ』がラウラの頭から手を離してミサイル迎撃態勢に入る。

「うわああっ……あ?」

 『ゴーレムⅢ』が手を離した事で自由になったラウラだったが、迫りくるミサイルの迫力に咄嗟に動きを取れなかった。

 せめてもの抵抗にと防御姿勢を取ったラウラは、そのミサイルが『ゴーレムⅢ』に向かって進路変更した事に呆けてしまう。

 『ゴーレムⅢ』を追いかけて行ったミサイル群は、まず最初の数発がピットの入口を吹き飛ばしてアリーナへの道を作り、次いで数発が防御される事を前提に『ゴーレムⅢ』へ特攻。『ゴーレムⅢ』をアリーナに押し出す。

 広い所に出る事になった『ゴーレムⅢ』は我が意を得たりとばかりにミサイルの迎撃を開始。左手のビーム砲からビームを発射する。しかし、ミサイル群はまるで一つ一つが意思を持っているかのようにそのビームを避け、ブレードを躱し、『ゴーレムⅢ』に次々に迫る。

「あ、あの動きは……?」

「ふふっ、驚いた?《ハイドラ》にはマルチ・ロックオン・システムが搭載されてるんだよ」

 なんでもないように言うシャルロットに、ラウラは驚きを隠せない。何故なら、マルチ・ロックオン・システムはミサイル一つ一つに指令を与える関係上、ミサイルの数が増えれば増える程、その煩雑度は上がるからだ。

 『打鉄弐式』の《山嵐》ですら48発を各個制御するのが精一杯(しかもシステム自体は未完成)だというのに、その1.7倍近い数のミサイルを完璧に制御してみせるマルチ・ロックオン・システムとは一体どれ程の物なのか、ラウラには想像もできなかった。

 ラウラがそう考えている間にも、『ゴーレムⅢ』はシャルロットの放ったミサイルによって徐々に逃げ場を奪われていた。

 前から迫るミサイルを撃ち落とそうとビームを放とうとした瞬間、背後から来たミサイルが当たり、『ゴーレムⅢ』の体勢を崩す。

 撃ち落としのタイミングを逃した『ゴーレムⅢ』に、前から迫っていたミサイルが命中。爆風に吹き飛ばされた『ゴーレムⅢ』の左右から更にミサイルが接近。それを辛うじてシールドで防御した『ゴーレムⅢ』。その防御の隙間を見逃さず、更に上下からミサイルが接近。

『当機に最早逃げ場無し』

 そう判断した『ゴーレムⅢ』が、全ミサイルの攻撃を耐えて反撃に転ずるべく、防御に全力を回そうと対ショック姿勢を取る。だがそれはシャルロットに言わせれば。

「それは悪手だよ。無人機」

 ニコリと笑みを浮かべたシャルロットがもう一度両手を『ゴーレムⅢ』に向ける。

 まさかと思ったラウラがシャルロットの機体を見ると、9基のミサイルポッドにマイクロミサイルがもう一度搭載されていた。

「君の唯一の、そして最大のミスは『全弾発射は一度きり』だと思っていた事だよ。それじゃあ……au revoir(さようなら)

 そして再度放たれる81発のマイクロミサイル。『ゴーレムⅢ』が防御姿勢を崩され、シールドエネルギーを削りきられ、装甲を吹き飛ばされた挙句に爆発四散したのは、第二波発射から1分後の事。

 奇しくもそれは、楯無がゼロ距離《ミストルティンの槍》を発動したのと同じタイミングだった。

 

 

 二方向から同時に、毛色の違う轟音が響く。

 一方は第三アリーナから聞こえた連続爆発からの大爆発。シャルが《ハイドラ》のマイクロミサイルを使ったのだろう。

 もう一方は第四アリーナからの巨大な爆発音。これは楯無さんのIS『ミステリアス・レイディ』の最大攻撃《ミストルティンの槍》によるものだろう。

 原作通りに戦闘が推移していれば、一夏をはじめとした専用機持ち達は怪我こそすれ死にはしない筈だ。心配ではあるが、今すぐそちらに行く訳にはいかない。何故なら−−

「まさか一斉射撃を耐え切るとはな……。本当にどういう調整をしているんだ?その機体」

「はぁ……はぁ……答えると思う?」

 なんとメルティは《ヘカトンケイル》による一斉射撃を致命的ダメージを受けないように防ぎ、躱し、受け流したのだ。

 装甲はあちこち削れ、シールドエネルギーも相当持って行かれただろうが、それでもスラスターは生きている。一番潰しておきたかった場所が無事な事に、私は内心で歯噛みした。

(今の一斉射撃で落ちてくれれば楽だったが、そう上手くはいかんか……)

 闘志の衰えない目でこちらを睨むメルティ。その姿が一瞬ぶれる。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)か!)

「はあああ!」

 瞬時加速で一気に間合いを詰めてきたメルティが片手半剣を振るう。それを《レーヴァテイン》で受け、弾き、切り返す。

 一旦距離を取り、互いに銃を撃ち合う。弾速は向こうが上だが、それをレヴェッカさん直伝の弾撃ちで落とし、軌道を逸らす。埒が明かないと見たのか、メルティは再び片手半剣を構えてこちらに突撃を仕掛けてきた。

「私は負けられない!あなたを殺すまで!」

「殺されてはやれん!私にはまだやらねばならない事が有る!」

 

ガギイインッ!

 

 《レーヴァテイン》と片手半剣がぶつかり合い、鍔迫り合いの体勢になる。

「このまま押し切る!」

 スラスターを吹かし、こちらを押し込もうとするメルティ。だがそれは、私から見ればこの一言に尽きる行為だ。

「それは悪手だ、メルティ・ラ・ロシェル」

「どういう意味かしら!?」

「忘れていないか?ここには私達の他に『あと50人いる』事を」

「……っ!まさか!?」

 はっとして、メルティが周囲を見渡す。だがもう遅い。既に私達の周囲は、銃を持った《ヘカトンケイル》が囲んでいる。

「もう逃げ場は無いぞ。貴方にも、私にも」

 神妙な言い方でメルティの腕を掴む。何が始まるのかを悟ったのか、メルティの顔から一気に血の気が引いた。

「あなた正気!?こんなやり方!」

「勿論正気だ。出来れば使いたくなかったが、思いの外貴女が強かったのでね。勝つにはこれしか思いつかなかった」

 そう言って、パチンと指を鳴らす。次の瞬間、《ヘカトンケイル》が一斉射撃を開始する。

 これぞ《ヘカトンケイル》戦術最大の禁じ手。自分諸共、相手を弾丸の嵐に巻き込む捨て身の大技。その名を−−

「銀狼交響曲裏1番『相合傘』。悪いな、メルティ。一緒に濡れて貰うぞ……鉛の雨に!」

「きっ……きゃあああっ!」

 メルティの叫び声は、無数の銃声にかき消された。

 

「ぐ、ごほっ。流石に痛いな。もう二度とやらんぞ、こんな戦い方」

 『相合傘』は相手を捕まえている状態で発動する関係上、《スヴェル》を呼び出せば相手も弾丸の雨から守る事になってしまう。

 そのため、自分も防御を捨てなければならないまさに捨て身技だ。お蔭で『フェンリル』はしばらく展開を控えなければいけないだろう程のダメージを受けた。

 体中を苛む痛みに耐えながら地面を見る。そこには装甲が穴だらけになり、シールドエネルギーが尽きた『アルテラ』と、時折痙攣を繰り返すメルティがいた。

「なんとか勝てたか……。しかし、どうやら亡国機業(ファントム・タスク)にはかなり優秀な技術者がいるようだな」

 第二世代機を第三世代機と性能で張れるようにする事ができる技術者などそうはいない。一体誰があの亡霊達に与したんだ?

「……いや、今は考えても仕方ないか。まずは彼女を捕えて情報を……」

 

ビシュンッ!

 

「!?」

 メルティを捕らえようと地上に降りて近づこうとしたその瞬間、見知った色のレーザービームが足下に落ちてくる。

 見上げると、『サイレント・ゼフィルス』を纏った織斑マドカが冷たい視線をこちらに向けていた。

「またお迎え係かい?ご苦労な事だな、織斑マドカ嬢」

 皮肉を込めた挑発に、しかしマドカは全く意にしていないかのようにメルティの隣に立つ。その手に握られたレーザーライフルは、私の心臓の真上にその銃口を向けている。

 抵抗しようにも、二度の一斉射撃で弾丸はほぼ空。《ヘカトンケイル》はエネルギー切れ寸前。《ヨルムンガンド》に溜め込んだエネルギーは使い切ってしまっているから自力でのエネルギー補給は不可能。……八方塞がりか。

「…………」

 降参の意を表明するため、両手を上げる。それを見たマドカは一瞬訝しげな顔をするが、交戦の意思はないと理解したのかライフルを私に向けたまま、メルティを担いでその場を離脱した。そのままマドカの姿が見えなくなった所で、大きく息をつく。

「ふう。キツかった。さて、あとは……」

 

ズドオオオンッ!

 

 第四アリーナから一際大きな爆発音が響き、それきり戦闘の気配は消えた。

「……どうやらケリがついたようだな。原作の流れに絡めなかったが、それはまあいい」

 『フェンリル』を収納して地面に立つと、ISの搭乗者保護機能によって抑えられていた痛みが全身を一気に襲う。

「うぐっ……まずは保健室だな」

 痛みでよろけそうになる身体を叱咤しつつ、私は保健室へと向かった。

 

 こうして、無人機『ゴーレムⅢ』による専用機持ち限定タッグトーナメント襲撃事件は一応の収束を見た。

 私は今回の一件で、もはや原作知識が殆どと言っていい程役に立たない事を思い知るのだった。

 

 

「ぐおお……腕痛い、脚痛い、小○が……○錦が〜……」

「大丈夫〜?つくもん。いまシップ貼ったげるね〜。えい!」

「痛い!ほ、本音、もう少し優しく……」

「そうだよ本音。九十九は怪我人なんだ……よ!」

「ぐわっ!?そう言う君も貼り方強いぞ、シャル!」

 襲撃事件終了後の自室で、私はシャルと本音から手荒い治療を受けていた。曰く『無茶して現在進行形で心配させてる罰』らしい。

 保険医の先生の診察では、全身25ヶ所の打撲と頭部擦過傷が3ヶ所。その他、程度の軽い怪我がいくつもあるとの事。

 また、『フェンリル』のダメージレベルはC+判定。これは、メーカーに修理に出す事を推奨される程の大ダメージである。

 戦闘終了後、私の前にどこからともなく絵地村博士が現れて「じゃあ、修理が終わったら持って来ますんで!」と言ってさっさと『フェンリル』を持って行ってしまった。……どこにいたの?あの人。

「はい、おしまい!」

「っ〜〜!……あ、ありがとう」

 最後の一枚をバシリと貼り付けながら言うシャル。叩かれた背中から全身に痛みが走り、声にならない叫びを上げそうになりつつもなんとか堪えて礼を言う私の顔を本音が覗き込んでくる。

「あんまり無茶しちゃダメだよ〜、つくもん」

「ああ、分かってる。……だから、打ち身になってる所をつんつんしないでください!お願いします!」

「わかってないからこうしてるんだよ。えい、ウリウリー」

「ぐああ……っ!シャル、やめてくれ。痣をウリウリするなぁ……!」

 私が動けないのをいい事に、痛い場所を手当り次第に突いてくる二人。

「あ、なんか楽しくなってきた〜。えい!」

「僕も。こことかどうかな?それ!」

「ちょ、やめ、やめて……ええい!いい加減に−−」

 流石に腹に据えかねて起き上がろうとしたその途端、ベッドに手をついた事で走った衝撃が体中を襲う。

「〜〜っ!……うぐぅ……」

 本来耐えられるはずの痛みでも、一斉に来ればこうもなる。悶絶する私を見て流石に悪いと思ったのか、二人が頭を下げた。

「ご、ごめんね?九十九。ちょっと調子に乗り過ぎたよ」

「ごめんね〜つくもん。あ、そうだ!なにか食べる?」

「例えば?」

「ん〜、例えば〜……たい焼きとか!」

「「何でたい焼き!?」」

「あれ?なんでだろ〜?」

 本音がたい焼きをチョイスした理由は、どうやら本人にも分からないらしかった。

 

「身体は痛くても腹は減る。という訳で、頂きます」

「「いただきます」」

 自室で身体を休めた後、空腹を訴える腹を黙らせるべく食堂へ。しばし静かに食事を取り、人心地ついた所で気になっていた事を本音に訊いてみた。

「そう言えば、あの賭け……もとい、応援投票はどうなったんだ?」

「あ、うん。えっとね~」

 本音が言うには、今回の襲撃事件で専用機持ち限定タッグトーナメントは中止。それに伴って賭け……もとい応援投票はお流れとなった。集まった食券は誰がどの組に何枚投票したのか分からないため、全生徒に等分するという事になったそうだ。

 ちなみに、集まった食券は全部で約1500枚。等分すると一人当たり4枚程になる。

「まあ、妥当といえば妥当だが……」

「たくさん賭け……じゃなくて投票した人が損をするよね、それ」

「だよね~」

 ちらりと横に目をやると、余程沢山賭け……いや、投票したのだろう女子達が、本音の話とほぼ同じ事を発表する放送部の放送を聞いて愕然としている。

 中には口からエクトプラズム的な何かを吐き出している子までいて、周りの子達がそれを必死に口に押し戻そうとしている。

「あの子、誰に何枚賭けたんだろ〜?」

「さあ?でもああなるって事は……」

大穴(一夏・簪嬢組)手持ちの食券(有り金)を全部注ぎ込んだ。といった所か」

 ちなみに、IS学園食堂の食券は一枚で定食一食分。それが毎月、その月の授業日数分配布される。ただし、使い切っても再配布はされない為、もし無くなった場合は自腹を切るしかなくなる。

 今日から次の配布日まであと二週間程。女子高生の小遣いでは、正直痛すぎる出費だろう。

「まあ、取り敢えず……」

「うん、とりあえず……」

「とりあえず〜……」

 エクトプラズム的な何かを吐き出している女子達に向かって手を合わせ、声を揃えてこう言った。

「「「ご愁傷様」」」

 どこからか、仏壇に置いてある小さな鐘((りん))の『チーン』という音が聞こえた気がした。

 

 

「うう、寝返り打つ度に何処かが痛んで満足に眠れなかった……」

 襲撃事件から一夜明け、私は自室でシャワーを浴びていた。剥がした湿布の成分で体がベタついていたからだ。

「ふう……。少しだけ目が冴えたな」

 シャワールームから出てタオルで体を拭く。打ち身になっている所は特に慎重に、痛みが走らないよう注意して拭いた。

(まあ、今日は特に用事も無い。ゆっくり体を休めるとしよう)

 取り敢えず今日はこれからシャルと本音が湿布の貼り替えにやって来る。その後は部屋でのんびりDVDでも見る事になっている。何を見るかな?本音が「おすすめを持ってくる」と言っていたし、まずはそれを……。

 

コンコン

 

「ん?来たか」

 ドアをノックする音が聞こえたので、私は返事をしながらシャワールームから出る。

「鍵なら開いている。入ってくれ」

『あ、はい!失礼しますねー』

「え?」

 聞こえてきた声と口調に違和感を感じ、ドアの方を向いた私の目の前にいたのは。

「村雲くん。取り調べで……す?」

「や、山田先生……」

 暫しの沈黙。ちなみに、現在私の恰好は上半身裸でタオルを肩にかけただけの状態。そんな男が突然目の前に現れた時、女性がどう反応するか。私が思うのは以下の四つ。

 

 ①叫び声と共に平手打ちをかます。

 ②叫び声を上げた後、脱兎の如くに走り去る。

 ③気まずそうな顔をしながら「失礼しましたー……」と言って静かに扉を閉める。

 ④「はうっ……」と小さく悲鳴を上げて気絶。

 

 山田先生と私の位置関係から①は不可能。②なら、暫くして冷静になった山田先生が自分から戻ってくるだろうから問題無し。③の場合、お互いに気まずい空気が漂うが山田先生の話自体はすぐに聞けるため、最もいい反応と言える。

 一番拙いのは④だ。気絶した山田先生の介抱に時間が掛かるし、その間にシャルと本音が来たらどう説明していいのか迷うからだ。さあ、どれだ!?

「きっ……きゃあああっ!」

 山田先生は顔を真っ赤にし、手に持っていたバインダーを投げつけてきた。

 

スコーン!

 

 投げられたバインダーはくるくると回転しながら飛来。私の眉間に突き刺さった。

「ぐあっ!?」

 まさか①'叫び声と共に手に持っている物を投げつける。だったとは。

「ああっ!?ご、ごめんなさい!」

 はっとなった山田先生がコメツキバッタよろしくペコペコと頭を下げる。

「い、いえ。こちらこそすみません。シャルと本音が来たものと思い……。取り敢えず上を着て来るんで、外で少々お待ちを」

「あ、は、はい!」

 慌てて部屋から出て行く山田先生。さて、待たせるのも悪いのでさっさと着替えよう。

 

「取り調べです!」

 先程の衝撃が抜けていないのか、まだほんの少し赤い顔で山田先生は勢い良くこう言った。

「あの、せめて『事情聴取』と言ってくれませんか?私、何も悪い事をした覚えないんですけど」

「あ、そうですね。すみません。それでですね、今から20分後に始めるので、生徒指導室まで来てくださいね」

「了解です。一夏にこの話は?」

「いえ、これからです」

「事情聴取に掛かる時間と、もしボイコットした場合の対応は?」

「予定では2時間です。それから、ボイコットしたら身柄を拘束されます」

「誰に?」

「政府のIS特務機関です」

「それは怖い」

 政府機関を敵に回すとか、冗談ではないよ。

「あと、織斑先生に個人指導を受けることになると思いますよ?」

「そ……それは怖い……!」

 千冬さんの個人指導とは、指導の名の下に行われる、生徒が気を失うまで続けられる体術組手の事だ。

 これまでに受けた生徒達曰く「指導というより死導」「多分地獄の方がマシ」「お婆ちゃんに会った気がする」「新しい世界の扉を開けた」等々……。いや、最後のおかしくないか?絶対開けちゃいけない類の扉開けてるよね?はっきり言って、政府機関を敵に回すより恐ろしいぞ。

「じゃあ、村雲くん。遅れずに来てくださいね」

「無論です。私も死にたがりではないですから」

 用件を終えた山田先生は、そのまま小走りで去って行った。

「あまり時間はないな。急いで準備をするか」

 クローゼットに向かおうとすると、再びコンコンとドアをノックする音がした。

「山田先生、何か報告漏れでも……」

「あ、九十九」

 ドアを開けると、そこに立っていたのはシャルだった。

「シャルか。どうした?」

「うん。取り調べ……もとい事情聴取、一緒に行こうと思って」

「ああ、いいよ。上着を取ってくるから待っていてくれ」

「うん」

 シャルにそう言ってクローゼットに向かう。お気に入りの上着をハンガーから外して袖を通し、改めてシャルの元へ。

「じゃあ、行こうか」

「うん。あ、腕組んでいいかな?」

「いや、今はやめてほしい。まだ体中に鈍い痛みがあるんだ」

「そう。分かった、じゃあやめとく。その代わり……はい」

 と、私に手を差し出すシャル。断る理由はないので、その手を繋いで歩く。生徒指導室まで行く道すがら、ふと気になったのかシャルが訊いてきた。

「そう言えばさ、九十九のトコには来なかったの?無人機」

「ああ。来なかった。聞いた話を総合すると、仕掛けてきたのは全部で5機だったようだ」

「どうしてだと思う?」

「そうだな……」

 私は、顎に手を当てて思案した後、自論をシャルに語った。

 今回の仕掛人が無人機を私に仕掛けなかった理由として考えられるのは以下の三つ。

 ①メルティの襲来を聞きつけた仕掛人が「村雲九十九はその女に任せよう」と考え、敢えて無人機を仕掛けなかった。

 ②ダリル・フォルテ組の実力を低く見積り、私ごと1機で始末できると考えた。

「そして三つ目。これは単純だ」

「なに?」

「資金・資材・時間。その内のいずれか、あるいはいずれもが足りず……」

「5機しか作れなかった……。もしそれが理由だと、ちょっと面白いね」

「まあ、少々情けない理由だがな」

 そう言って私達は二人で笑い合った。何処かで傍迷惑な天災兎が「へっくち!」とクシャミをしたような気がした。

 

 

 翌日。第一体育館に生徒全員が集められた。突然の招集に皆ざわついている。

 一昨日の襲撃事件について改めて箝口令でも敷くのかと思ったが、先生方の表情を見るにそれは無いだろう。何故か?

「先生方……特に織斑先生の顔が、いかにも『面倒事になった』って感じの顔だからだよ、本音」

「何があったんだろ〜?」

「さあ……?」

 一体何があったのか分からないという風に首を傾げるシャルと本音。壇上に千冬さんが立ち、重々しく口を開いた。

『今日は諸君に知らせる事がある』

 千冬さんがそう言った瞬間、私は妙な胸騒ぎを覚えた。嫌な予感がする。世界がとんでもない選択をした。そんな予感だ。

「では、お願いします」

 千冬さんが舞台袖に向かって声をかける。するとそこから、一人の男性が現れる。

 ダークブラウンのダブルスーツを着た、恰幅の良い体格。金髪にハシバミ色の瞳の中年男性。私はその顔に見覚えがあった。

「嘘だろう……?何故あの人がここに……!?」

「おい、九十九。あの人誰だよ?」

「コイツァー・タマランゼ。国際IS委員会議長だ」

 タマランゼ氏は、千冬さんに促されて壇上のマイクの前に立つ。

『ハジメマシテ、ミナ=サン。タマランゼデス』

 両手を合わせてペコリとお辞儀をするタマランゼ氏。日本文化に対して間違った認識持ってないか、あの人。

『今日は皆さん、そして世界中の人に対し、極めて重要かつ重大な決定をお知らせに参りました』

 タマランゼ氏の発言に、体育館の空気が変わる。

『国際IS委員会は、各国政府に対し連名で、男性IS操縦者特別措置法案の即時可決成立を求めました』

 生徒達が一斉に私と一夏の方に振り向く。突き刺さる視線が痛い。

『男性IS操縦者特別措置法案の骨子は以下の通り。一つ、自由国籍権の無条件授与。二つ、国際IS委員会加盟国内への渡航の自由。そして三つ……』

 ゴクリ……。と誰かが唾を飲む音が聞こえた。タマランゼ氏は、十分に溜めた後でこう口にした。

『最大五名までの重婚の許可です。なお、各国政府は既にこの法案の可決成立に同意しています』

 数瞬の沈黙。やがて、タマランゼ氏の言葉の意味を理解した女子達は−−

「「「えええええええええええええっ!?」」」

 爆発した。

 嫌な予感は当たった……か。だが、完全に予想外だぞこれは。ここまでの原作乖離が起きるとは思っていなかった私は、周りの大騒ぎも耳に入らない程呆然としてしまった。だから、気が付かなかった。

「「…………」」

 私をじっと見つめる、二つの熱視線に。




次回予告

少年は決意する。二人に共に来てほしいと。
少女達は覚悟する。貴方と共に行くと。
あとは、それを周りに告げるだけだ。互いの親には特に。

次回「転生者の打算的日常」
#56 挨拶

かつてないほど緊張してきた……。


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#56 挨拶

長くなりそうだったので二つに分けました。先ずは前編ということで、どうぞ。


 男性IS操縦者特別措置法。織斑一夏、村雲九十九両名への特例措置を行う為、国際IS委員会主導の元で考案された法案である。

 その基本骨子は以下の三つ。

 1.男性操縦者への自由国籍権の無条件授与。

 2.国際IS委員会加盟国内への渡航の自由。

 3.最大五名までの重婚の許可。

 その他『各種免許の取得年齢引き下げ』『護身用武器の常時携帯許可』『緊急時の車両接収の許可』等、細かい物も含めればその特例措置は多岐に渡るが、最も大きいのが上に挙げた三つであるといえる。

 一つ目の措置は、国際IS委員会会長の寺坂竜馬が「帰属問題を本人抜きで論じてどうする」と言った事に端を発する。

 会長のその一言に「確かに」となった各国委員は思考を変換。これまで宙に浮いていた二人の国籍を本人に決めさせる事で意見の一致を見た。

 二つ目の措置は、男性操縦者の『この先』を見越した措置だ。彼らは卒業後、否応無く世界中を飛び回る事になるだろう。そうなると一々渡航手続に掛かる時間が勿体無い。

 そう考えたアメリカの委員が「じゃあ、うちの国だけでもパスポート無しで来れるようにする」と発言。それに対して「我も我も」と各国が手を挙げ、結局加盟国全てが渡航の自由を認めた。という訳である。

 三つ目の措置、これは『十数年後への投資』という意味合いが強い。

 彼らもいずれは結婚し、子を設けるだろう。そして、生まれた子供が男だったら、ひょっとすると『次世代の男性操縦者』になるかもしれない。

 それなら少しでも多く妊娠・出産の機会を増やせないか?各国代表が悩み抜いて出した結論は「嫁さん沢山居れば良くね?」と言うあまりにも単純なものだった。

 とはいえ、あまりに配偶者の数が多いのも彼等の負担になるだろう。そう考えた各国代表は意見を出し合い『妻は五人まで』と結論づけた。

 この法案は、IS委員会が各国に打診した翌日には各国議会で可決成立即施行が決定。その手際の良さに、女性権利団体が反対声明を出す隙も無かった程であったという。

 後にこの法案は女性権利団体から『天下の悪法』と罵られ、男性復権団体から『男性復権に光を差す最高の法律』と賞賛される事になる。また、一般市民からは『三つ目の措置』に注目してこう呼ばれる事となる。その呼び名は−−『ハーレム法』

 

 

 男性IS操縦者特別措置法が可決成立したその日のIS学園学生食堂カフェテラスエリアは、異様な緊張感に包まれていた。

 テーブルに向かい合っているのは私、シャル、本音。そして、一夏ラヴァーズの四人と最近ラヴァーズ入りした更識簪嬢だ。

 同じ席にいるのは、五人から放たれる「あんた、ちょっとそこ座れ」という無言の圧力に屈したためだ。

「で?アンタどうすんのよ?」

 私に目を向け、鈴が訊いてきた。

「どう……とは?」

「決まってんでしょ。その二人のことよ」

 鈴の言う『その二人』とは、当然私の隣に座るシャルと本音の事だ。男性操縦者特例措置法案の成立により、私はこの二人を合法的に伴侶として迎え入れる権利を得た。それ自体はありがたいのだが。

「正直、急な展開に驚いているのが現状でな」

「でもつくもん、今とってもいい顔してるよね〜」

「うん、なにか答えは出たって顔してるよ。昨日まであんなに悩んでたのがウソみたいに」

 シャルの言葉に「えっ!?」と驚いたのはセシリアとラウラ。

「九十九さんが……悩んでいた?」

「とてもそうは見えなかったが……?」

 それに対して異論を唱えたのは箒と鈴の幼馴染ーズ。

「いや、あれだけ深く悩んでいるのは珍しいな。と思っていたが?」

「九十九の場合、そういったのが凄く顔に出にくいから。アタシもよく見てやっとよ?」

「お前達は付き合いがそれなりにあるからな。付き合いが浅いこの二人に分かれというのが無理だろう」

「それをほんの数ヶ月の付き合いで見抜く……か。愛されてるじゃない、アンタ」

「面と向かって言われると面映いな。さて……」

 そう前置いて、私は隣に座るシャルと本音にそれぞれ目をやる。

「シャル、本音。君達に告白された時、私が何と言ったか覚えているか?」

「うん。『君達の気持ちは素直に嬉しい。しかし、すぐに答えは出せない』」

「『君達に対する想いが友愛なのか、親愛なのか、異性愛なのか、私自身が分からないからだ。だが、いつか必ず答えは出す。それまで待ってくれるなら、よろしく頼む』だったっけ〜」

 一字一句ではないが概ね合っている。私はコクリと頷くと、意を決して言葉を紡ぐ。

「その答えをここで言う。単刀直入、かつ一度しか言わないのでよく聞いてくれ」

「「うん」」

「私は、君達が好きだ。無論、一人の女性として。いや、いっそ愛していると言ってもいい」

「「九十九(つくもん)……」」

「悩んでいたのは君達と『そういう間柄』になる事を見越した時どうすべきかについてだったが、それももう悩む必要はない」

「九十九、アンタまさか……」

 鈴が何かに気づいたかのように呟く。私はそれにゆっくりと頷き、席を立って二人に向き直る。それに応えるように、二人も席を立って私に向き合う。

「シャルロット・デュノアさん、布仏本音さん」

「「はい」」

 心臓が早鐘を打つ。口の中が乾いて仕方ない。もし断られたらどうしよう、とネガティブな思考が浮かんでは消える。

 だが、言わねば。こんなに待たせたんだ。もう待たせられない!そうさ、母さんも言っていたじゃないか。『その先に必要なのは妥協と我慢。だけどその前に必要なのは勢いよ!』と!

「君達に、結婚を前提とした交際を申し込みたい。私に、付いてきてくれないだろうか。お願いします!」

 ガバッと頭を下げ右手を差し出す。もしこれで断られたら、私の心は死ぬ。きっと死ぬ。そして二度と復活できないだろう。

 時間が経つのがやけに早く感じる。こうしてもう何分になる?それともほんの一瞬か?と、右手に温かいものが触れた。顔を上げて右手を見ると、そこには二つのサイズの異なる右手が重ねられていた。

「こちらこそ」

「よろしくお願いします」

 そう言って、ニコリと微笑むシャルと本音。二人は私の思いを受け止めてくれたのだ。

「あっ……」

 そう感じた瞬間、視界がじわりと滲んだ。どうやら私は泣いてしまっているようだ。

「あり……がとう……」

 込み上げる感情に、私は嗚咽混じりにそう呟くのが精一杯だった。

 

「良かったな、九十九」

「思い切り先越されちゃったわね」

「羨ましいですわ、シャルロットさんと本音さん」

「うむ。私も嫁とこうなりたいものだ」

「おめでとう……本音……」

 簪が小さく拍手をした瞬間、突然拍手の音が大きくなり歓声が響いた。周りを見渡すと、いつの間にか大勢の人がカフェテラスに集まっていた。

 そう。この場にいた(九十九自身も含む)八人は、九十九が作った空気に飲まれてここが食堂である事を失念していたのだ。

「ヤバ!ガチ告白とか初めてみた!」

「って言うかもうプロポーズでしょ、アレ!」

「『私に、付いてきてくれないだろうか』……。かーっ!カッコイイねぇ!」

「男の子の嬉し泣きって、キュンとくるよね!」

「おめでとう!結婚式には呼んでね!」

 一気に騒がしくなるカフェテラス。ようやく自分達が衆人環視の中で何をしたのかに気付いた三人は顔を真っ赤にした。

「……シャル、本音。逃げるぞ!」

「「は、はい!」」

 そう言うと、九十九は二人の手を取って食堂出入口へと駆け出す。だがそれを見逃す程、恋愛話に飢えた思春期女子は甘くない。

「あっ!逃げるわよ!」

「追いかけて捕まえて全部聞き出すのよ!」

「「「おーーっ!」」」

 逃がすものかと三人を追う女子生徒の群れ。その前に一夏ラヴァーズが立ちはだかった。

「お前達!?」

 その姿に、九十九は思わず足を止めてしまう。

「ここは私達が死守する!」

「後は任せなさい!」

殿(しんがり)を務めさせて貰うぞ、九十九」

「振り向かずにお行きなさい!」

「あなた達は逃げて……!」

「……すまない、恩に着る!」

「みんなありがと〜!」

「無茶しないでね、みんな!」

 五人の言葉を受け、改めて走り出す九十九達。直後、ラヴァーズと女子生徒の群れがぶつかった。

「「「そこをどいて!」」」

「「「あいつら(九十九さん達)の邪魔はさせん(ないわ)(ませんわ)!」」」

 なんとか五人を抜こうとする女子生徒に、五人は「そうはさせじ」と必死の抵抗を見せる。この五人の尽力と、直後に現れた千冬の一喝もあり、九十九達は無事寮の九十九の部屋に逃げ込むのだった。

 

「ふう、なんとか逃げ切れたな」

「あの五人には感謝しないとね」

「そうだね~」

 なんとか無事に自室に戻る事ができた私達は、一様に安堵の溜息をついた。が、ふと目が合った瞬間、つい先程の事を思い出して揃って顔を赤くするのだった。

「あ……その……」

「え、えっと……」

「あう……」

 気まずい沈黙がしばらく続く。室内には壁掛け時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いていた。

「なあ、シャル、本音」

「なに?九十九」

「ど~したの?」

「さっきはああ言ったが、私で……良いのか?」

 これは、二人に聞きたかったが関係が崩れるのが怖くて言い出せなかった質問だ。その問いに二人はニコリと微笑んで−−

「ううん。九十九『で』いいんじゃないよ」

「つくもん『が』いいんだよ~」

 と答えた。

「……ありがとう」

 私が口にする事ができたのは、この一言だけだった。

「でもどうしようか。いま外に出たら、間違いなく質問責めに会うよね」

「消灯時間までここで過ごして、こっそり戻るしか無いだろうな」

「でもそれだと~、織斑先生にみつかっちゃうかもだよ〜?」

「む、それは拙いな。ではどうするか……」

 千冬さんの寮内巡回は消灯後、不定期かつ不定時に行われるため、最悪の場合一歩部屋の外に出た瞬間『バッタリ』となる可能性も否定できない。そうなれば消灯後の無断外出とみなされ、反省文を書かされる事になるだろう。

(どうする?今日の巡回は無いと期待してこっそり部屋に帰させるか?しかしそういう時に限って鉢会わせる気がするし……)

 ウンウンと唸っていると、シャルがおずおずと訊いてきた。

「あの、あのね九十九。……泊まって行っちゃ、駄目かな?」

「……なに?」

「あ、わたしも~」

 シャルの提案にシュパッと手を挙げて本音が乗った。

「い、いや……それは……」

「「ダメ?」」

 上目遣いでそう言われては、私にこれ以上突っぱねるという選択肢は無い。

「着替えは私の物を使え。帰るなら早朝、そうだな……5時くらいがいい。もし織斑先生に見つかったら『私に泊まって行けと言われた』と言え。責任は全て私が被る」

「え、でも……」

「いいんだ。こうなった原因はあんな場所でプロポーズ紛いの事をした私にある。それ位はさせてくれ」

 「な?」と言うと、二人は渋々ではあったが頷いてくれた。

 その後、自室で夕食を取り、シャワーを浴びて床に就いたのだが、改めて恋仲になった事でお互いの存在を殊更強く意識してしまった為、皆揃って寝付く事ができず、そのお蔭と言うべきか翌日早朝に千冬さんに見つかる事無くシャルと本音をそれぞれの部屋に送り届ける事ができた。のはいいのだが……。

「ぐう……」

「すう……」

「すやすや〜……」

「起きんか貴様ら!」

 

バシンバシンバシン!

 

「「「あ痛ぁ!」」」

 そのせいで千冬さんの授業中に揃って居眠りし、出席簿アタック(死者の目覚め)を揃って頂いてしまうのだった。

 

 

 私が二人にプロポーズ紛いの告白をした事は、翌日には学園中の知る所となり、教室で、学食で、移動中の廊下で、ありとあらゆる場所で祝福の声と下世話な質問が飛んできて、その度に私達は揃って困惑するのだった。

 人の噂も75日とは言うが、二ヶ月半もあれこれ言われるのかと思うと気落ちもするというものだ。だが、私の心模様などお構いなしに時間は進む。

 楯無さんの策謀により身体測定の体位測定係になった一夏が相川さん相手にラッキースケベをかまし、激怒したラヴァーズ3人に制裁されたり、その後運び込まれた保健室でドタバタがあったりと、あいつの周りは概ねいつも通りだったと言えるだろう。ちなみに、一夏が倒れた後の体位測定だが−−

「お前がやれ、村……いや、相川。村雲は記録係だ」

 私を指名しようとした千冬さんが、何故か突然それを変更して相川さんを指名。何故だと訊くと、千冬さんは人の悪い笑みを浮かべて「嫁の前で他の女に手を出す気か?」と言った。どうやら千冬さんにまで私達の一件は知れているようだ。

()()()、手を出せ」

「?……はい」

 千冬さんが私を名前で呼んだ。私をこう呼ぶ時の千冬さんは大抵ろくな事をしない。嫌な予感を感じつつ、言われるまま右手を差し出すと、千冬さんはその手の上にある物を置いた。

 何だろうかとその物に視線を移す。それは長方形の薄い箱。表面には黒地に白抜きで『0.02』と書かれている。要するに、千冬さんが私に渡してきたのは『明るい家族計画』だった。

「あの、千冬さん。これは?」

「見ての通りだ。必ず使え。学生の内に妊娠など許さんからな」

「気の遣い方がおかしいだろ!」

 しれっとのたまう千冬さんに、『明るい家族計画』を床に叩き付けてツッコんだ私はきっと悪くない。

 

「まったく、あの人は……。どうしろって言うんだ?コレ」

「「あ、あはは……」」

 放課後、私の部屋で三人で過ごす。『明るい家族計画』は結局「あって損はない」と千冬さんに強引に押しつけられた。

 とりあえずこのままじっと眺めていても仕方がないので、テレビ台の引き出しに突っ込んでおく事にする。

「これで良し、と。さて、二人共。明日から三連休だが……何か予定はあるかい?」

「ううん、ないよ~」

「うん、僕も特に無いよ。どうしたの?九十九」

 その回答にコクリと頷き、用件を口にする。

「実は、明日は母さんの誕生日でね。家でパーティをするんだ。君達も来ないか?両親に改めて君達の事を紹介したい」

「え?いいの?」

「ああ。母さんからも『連れて来なさい』と言われてな。どうだろう?来て……くれるかな?」

「「い、いいとも〜」」

 頬を染めてそういう二人。懐かしのフレーズだな。放送終了から何年経ったっけ?

 と、そこへ二種類の携帯着信音が同時に鳴る。鳴ったのはシャルと本音の携帯だ。「ごめんね」と言ってそれぞれ電話に出る二人。

「もしもしお父さん?どうしたの?」

「もしも~し。お母さんどうかした〜?」

 どうやら電話の相手はシャルがデュノア社長(代行)、本音が母親のようだった。

「「え?明日?明日は駄目。九十九(つくもん)に用事があるから。……うん、分かった。訊いてみるね(〜)」」

 そう言うと一旦携帯から顔を離し、二人同時に訊いてきた。

「あのね、九十九。僕と一緒にお父さんに会ってくれないかな?明後日って……」

「つくもん、あのね。お父さんがつくもんに会いたいから連れてきてって言ってるんだ〜。明々後日なんだけど〜……」

「「予定、ある?」」

「何とまあ……」

 こうして、私の三連休の予定は全て埋まるのだった。

 このタイミングで二人の親から「会えないか?」の打診。これはつまり『その手の話』がしたいという事だろう。

 ……ヤバい。今からかつて無いほど緊張してる。

 

 

 明けて翌日。私達は私の家にやって来ていた。

「ただいま」

「「お、お邪魔します」」

 二人は緊張しているようでいつもより動きが固い。苦笑しつつドアを開けると、玄関に父さんがモップを持って立っていた。

「ああ、お帰り九十九。それから初めまして、お嬢様方。九十九の父、槍真です」

「「は、はじめまして!」」

 軽く会釈する父さんに、二人は最敬礼で返す。そんな二人に父さんが「そんなに畏まらなくていいよ」と言った後、私にヘッドロックをかけた。

「おいおい、可愛い子達じゃないか。隅に置けんなぁ、え?九十九」

「いてててて。父さん、離して」

「それにしてもうちの得意先の娘さんが恋人とはなぁ。藍作から『シャルロット嬢を罵った奴相手に激昂モードを発動させた』と聞いた時は驚いたぞ。……愛してるんだな」

「ああ、愛してるさ。二人共な」

「言うようになりやがって、このこのっ!」

「いてててて、ちょっ、父さん!いつの間にか腕が首に!絞まってる!絞まってるから!」

 親子の会話は二人にバッチリ聞こえたようで、二人は顔を真っ赤にして俯いていた。可愛い。

 

「いらっしゃ〜い!二人共!あ、あと九十九、お帰り」

「「むぎゅう……」」

「息子の扱いがぞんざい過ぎないか?母さん」

 リビングに入ると、母さんが私達……というよりシャルと本音に走り寄り、勢い良く抱き着いた。

 母さんには特に気に入った相手に対し、スキンシップが過剰になるという悪癖があるのだ。現に今も母さんは二人にしつこい位に頬ずりを繰り返している。

 取り敢えず、このままにしておく訳にも行かないので二人を母さんから引き剥がし、改めてお互いを紹介する。

「シャル、本音。改めて紹介する。私の両親の……」

「槍真です」

「八雲で~す」

「父さん、母さん。改めて紹介する。私の恋人の……」

「シャルロット・デュノアです」

「布仏本音です〜」

 互いに会釈をし合う両親と二人。それぞれ頭を上げた所で咳払いをして、今日しに来た話の口火を切る。

「で、だな。父さん、母さん。今日は真剣な話があるんだ。実は……」

「え?二人と結婚したいとかそういう話?良いわよ。ねぇ、槍真さん?」

「ああ。八雲がここまで気に入ってるんだ。僕に否はないよ」

「「「えぇーーっ!?あっさり!」」」

 もう少し重い話し合いになるかと思ったらこの軽さ。私達は揃って驚いてしまう。

「え?なに?反対して欲しかったの?」

「そうじゃないが……」

「それに初めて会った時にピンときたの。ああ、この子達はもしかすると両方私の義娘(むすめ)になるんじゃないかって」

「親の台詞じゃないけど、九十九の良い所はよく見ないと分からないからね。そんな九十九を愛してくれる子が現れたんだ。どんな子だろうと反対はしないさ」

 両親のその言葉に、二人はまた顔を真っ赤にして俯くのだった。やはり可愛い。

 

 誕生日パーティーはつつがなく……と言うには少々騒がしかったが楽しく終わった。

 母さんが存分に腕を振るった料理はどれも二人に好評だったし、私も久し振りに母さんの手料理が食べられたので満足だ。ただ、母さんがワインを飲み過ぎて酔っ払い、二人に執拗に絡んだのだけは頂けなかったが。

 誕生日プレゼントには香辛料セットを三人の連名で贈った。母さんは凄く喜んでくれた。その際シャルと本音に抱き着こうとしたため、私が必死に止めたのは言うまでもない。

 

「え~?もう帰っちゃうの〜?」

「ああ。明日はシャルのお父さんに会う用事がある。礼服は学園(むこう)にあるから、一旦帰るしかないんだ」

「む~……はぁ……。しょうがないわね。じゃあシャルロットちゃん、本音ちゃん。また来てね」

「「はい!」」

 引き留めようとする母さんを何とか説き伏せ、帰路に着く私達。「それじゃあ」と背を向けようとすると、母さんが手招きをした。

「……何?そろそろモノレールの時間がヤバイんだけど」

「忘れてたわ。はい、コレ」

 そう言って母さんが取り出したのは長方形の薄い箱。つい最近……と言うか昨日見たヤツだ。母さんは『ソレ』を私の手に握らせると、笑顔でこう言った。

「二人と『する』時は必ず使いなさい。私、あと五年はお祖母ちゃんになりたくないからね?」

「アンタもかい!」

 予期せぬ天丼に『ソレ』を地面に叩きつけてツッコんだ私は絶対に悪くない。

 

 

 翌日、都内の高級ホテルの一室で私達はシャルの父親でデュノア社社長代行、フランシス・デュノア氏と面会した。

 何故デュノア氏が日本に居るかと言うと、開発が遅れていた『カレイドスコープ』の新パッケージの納入の為だ。後日、シャルはラグナロクへ行く事になるだろう。それはさておき。

「お久し振りです、デュノア社長代行」

「久し振り、お父さん」

「ああ。久し振りだな、シャルロット、村雲君。それと……」

「は、初めまして!布仏本音です!」

「うむ。初めまして。シャルロットの父親の、フランシスだ」

 ガチガチに緊張している本音。その姿にデュノア氏が「緊張しなくても良い」と優しく声をかけると、本音の緊張は少しだけ和らいだようで、ぎこちなくではあるが笑みを浮かべる事に成功した。

「さて……早速で悪いが、村雲君。君とシャルロット、そして布仏さんの事だが……」

「はい」

 場の空気がピリッとした物に変わる。デュノア氏は私をじっと見つめながら口を開いた。

「フランスで、君とシャルロットの事はずっと見てきた。布仏さんの事もシャルロットから何度も聞いた。その上で訊かせてくれないか?村雲君。シャルロットを、愛しているかい?」

「はい、誰よりも」

「布仏さんよりも、かな?」

「いいえ、二人への愛の量と深さに違いはありません。私は……いえ、私達は互いを愛し、尊重しています」

「その言葉に嘘は?」

「私、村雲九十九の名と誇りに賭けて、一切ありません」

 お互いに視線を逸らさずに見つめ合う私とデュノア氏。どの位そうしていただろうか、デュノア氏が私から視線を外して深い溜息をつき、もう一度私を見た。

「私は人を見る目はあるつもりだ。君は無意味な嘘はつかない人物だと見た。君にならシャルロットを任せても大丈夫だろう」

「では……」

 フランシス氏はコクリと頷くと、握手を求めてきた。

「シャルロットを宜しく頼むよ、村雲……いや、九十九君」

「はい。彼女の事は、私の全身全霊を掛けて幸せにして見せます、デュノア……いえ、フランシスさん」

 求めに応じて握手を返す私。こうして、私はフランシスさんにシャルとの結婚前提の交際……言い換えれば婚約を認めて貰えたのだった。

 

「シャルロットに話があるから、一旦部屋の外で待っていてくれ」

 そう言われた九十九と本音が部屋を出ると、フランシスは旅行鞄を漁り始めた。

「あの、お父さん?お話って何?」

 シャルロットの質問に、フランシスは旅行鞄を漁りながら答えた。

「実はねシャルロット。お前と九十九君の事は、初めから認める気でいたんだ。お前が見初めた男だ、間違いはないだろうからな」

「う、うん。ありがとう。ところでお父さん、一体何を探してるの?」

「あれ、おかしいな?どこに行った?あ、あったあった」

 目当ての物が見つかったのか、フランシスはシャルロットに歩み寄ると手にした物をシャルに手渡した。それは、長方形の薄い箱。シャルロットはそれに見覚えがあった。それもごく最近、二度も。

 もうお分かりだと思うが、フランシスがシャルロットに手渡したのは『明るい家族計画(フランス製)』だった。

「九十九君と『する』時は、必ず使うように言いなさい。子供を授かるには、お前達はまだ若過ぎるからな」

「お父さんもなの!?」

 顔を真っ赤にしたシャルロットが部屋の床に『家族計画』を叩き付けたのは言うまでもない。

「本音、今日の夕食は天丼にしないか?」

「あ、いいね~」

 

「まったくもう、お父さんったら……」

「娘思いのいい父親じゃないか。方向は間違ってるが」

「うちのお父さんも結構そういう所あるよ~。だから大丈夫だよ、しゃるるん」

「慰めになってないよ……」

 その日の夜、私の部屋に集まって今日の事を話し合う私達。シャルは結局フランシスさんからの『贈り物』を突き返し切れず、持って帰ってくる事になった。これで貰った『家族計画』は三つだ。こんなに貰ってどうしろというのだろう?

「ラウラ辺りに遣るか?有効利用してくれそうだが」

「えっ!?そ、それって……」

「これには水が1Lは入る。緊急用の水筒として便利だ。見た目はアレだがな」

「あ、そっち……」

「へ~、そうなんだ〜」

 どうやらそっちの『使い方』も知っていたようで、シャルが安堵溜め息をつく。その一方で感心したかのように本音が歓声を上げた。

 話は変わり、明日の本音のご両親との対面の話になる。

「今から緊張しているよ。布仏家と言えば対暗部用暗部『更識』の一族に代々仕える一家だ。気を引き締めねばならないだろうな」

「大丈夫だよ~、つくもん」

 いつもののほほん笑顔で私の手を取り、本音はこう言った。

「つくもんはわたしが選んだ人だもん。きっと気に入ってもらえるよ〜」

「……何故だろうな。君にそう言われると大丈夫な気がしてきた」

 その言葉に、緊張で締め付けられていた気分が大分解れた。そうだな、きっと大丈夫だ。根拠は無いがそう思えた。

 だが、この時私を含めた誰もが、布仏家であんな騒動になるなんて思ってもいなかったのだった。

 

 

 

シャリ……シャリ……シャリ……

 

 都内某所。とある屋敷の一室で、一人の男が一心不乱にナイフを研いでいた。

「布仏家の次女に恋人が出来た。近く挨拶に来るらしい」

 男はそれを聞いて激昂した。布仏家の次女……本音は自分の彼女だ。それを横から出てきて奪って行くとは何事だ、と。

 

シャリ……シャリ……シャリ……

 

「その男とは『世界で二人だけの男性IS操縦者の片割れ』のようだ」

 男はそれを聞いて更に激昂した。そんなちょっと物珍しいだけの馬の骨野郎が自分の彼女を奪おうとしているのか、と。

 

シャリ……シャリ……シャリ……

 

「フヒ、フヒヒ……。待っててね、本音。君に付いた悪い虫は、僕がプチッと潰してあげるから」

 一心不乱にナイフを研ぎ続ける男。その目は狂気と妄執に彩られ、最早正常な判断能力というものを失っているようだった。

 

シャリ……シャリ……シャリ……

 

「ああ……。でももし、本音が僕よりそんな馬の骨を選ぶって言うなら……君を殺して僕も死のう。それで僕達は永遠だ。フヒ、フヒヒヒヒ……」

 

シャリ……シャリ……シャリ……

 

 都内某所。とある屋敷の一室からは、男の不気味な含み笑いとナイフを研ぐ音が、一晩中響いていた。

「フヒ……フヒヒ……フヒヒヒヒ……」




次回予告

狂気に囚われた男は言う。彼女は僕の物だと。
少年は言う。それはお前の決める事ではないと。
少女は困惑する。見知らぬ男の言動に。

次回『転生者の打算的日常』
#57 狂気襲来

あなたは……誰なの?


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#57 狂気襲来

 シャルの父親、フランシスさんから結婚前提の交際の許しが出た翌日。私達は本音の実家にやって来ていた。

「着いたよ~」

「ここが本音のお家……」

「いや、寧ろ屋敷と言うべきだろうな。見てみろシャル、何もかもがデカい」

 そう、デカいのだ。門扉だけで軽く3mはある。塀は端が門から見えず、どこまでが敷地なのか分からない。オマケに−−

「お帰りなさいませ、本音様。今門をお開けします」

「うん、よろしく〜」

 更識家の従者一家のそのまた従者がいるという現実。ここは本当に日本か?と思いながらふと表札を見ると、そこに書いてある名に驚いた。

「更識?」

「え?布仏じゃないの?」

 それに答えたのはここに住んでいる本音だった。

「うん。わたしたちのお家はね〜、たっちゃんちの離れなんだ〜」

「「なんですと!?」」

 意外な事実に更に驚いた。本音が言うにはここは更識家の屋敷で、布仏家を始めとした関係者家族が幾つかある離れで暮しているのだそうだ。緊急招集の際に時間がかからなくて便利だろうな。

 そんな事を考えながら門が開いて行くのを眺めていると、その奥に見知った水色髪の女性が見えた。

「ハーイ♪九十九くん。待って「あんたに用は無い!(スパーン!)」ったーい!」

 言わずもがな、更識家の現当主にしてこの屋敷の家主、楯無さんだった。当然のようにそこにいる事にイラッとしたので、取り敢えずハリセンで引っ叩いておいた。

「楯無様!?おのれ貴様!」

 周りに居た黒服の男達が一斉に懐に手を入れるのを見て、楯無さんが慌てて止めにかかる。

「ストップストップ!いいのよ、彼なりの挨拶みたいなものだから」

 楯無さんの言葉に釈然としない顔をしながらも懐から手を出す黒服達。

「ごめんね九十九くん。この人達は職務に忠実なだけなのよ」

「いえ、それはわかっていますから。で?何故楯無さんが出迎えに?」

 そもそも、今回は私達と布仏家との面会の筈。楯無さんが間に入る理由が思い当たらない。

「いや、それがね。うちのお父さんが『俺も会いたい』って聞かなくて……今、皆揃って母屋の大広間にいるのよ」

「「「なんですと!?」」」

 何やらとんでもない大事になってきたようだ。私は改めて本音が『いい所のお嬢さん』であるという事を思い知るのだった。

 

 

「ここよ」

 通されたのは更識屋敷の母屋の奥にある大広間。正面に十枚以上の障子が並んでいる事からも相当の広さを持っていると思われる。障子一枚隔てた向こう側からは何十という人の気配。盛大な歓迎が予想される。

「開けて」

「「はっ」」

 楯無さんがそう言うと、スラッと静かな音を立てて目の前の障子が開く。そこには−−

「「「……………」」」

「ぐっ!?」

「ひうっ!?」

「わ~……全員集合だ~……」

 視線の圧に思わず怯む私とシャル。一方、本音はどこか呆れたような口調でそう呟いた。

 そこに居たのは黒服の群れ。強面率が高い為、一瞬『ヤ』の付く自由業の事務所にでも迷い込んだかのような錯覚を起こす。

 一番奥には二組の男女。一組は細身だが鍛え上げられた肉体の眼光鋭い男性と、その隣で微笑を浮かべる水色の髪の女性。

 もう一組は眼鏡をかけた柔和な雰囲気の男性と、本音がそのまま大きくなったかのようなのほほんとした空気を纏う女性。

 言われなくてもどっちがどっちの親か一目で分かる。と、眼光鋭い男性が居住まいを正すと自己紹介を始めた。

「ようこそ、村雲九十九君、シャルロット・デュノアさん。俺が先代『楯無』更識劔(さらしき つるぎ)だ」

「劔の妻の釵子(さいし)と申します。どうぞよしなに」

「では僕も。初めまして、僕は本音の父で布仏誠(のほとけ まこと)。君達に会えて嬉しいよ」

「私は本音ちゃんの母で言葉(ことのは)よ~。よろしくね~九十九くん、シャルロットちゃん」

「は、はい。こちらこそ」

「よ、よろしくお願いします!」

「さ、客人をいつまでも立たせていると更識家の沽券に関わる。どうぞこちらへ」

「「は、はい」」

 促されて劔さんが指し示した座布団に座る。するとその直後、言葉さんが私とシャルに近づいて来て、こちらの顔をじっと見つめてきた。

「…………」

「あ、あの……」

「えっと……?」

 どういう意図なのかさっぱり分からず困惑する私とシャルに、劔さんは一言「暫く」とだけ告げた。一体何なんだ?

「……うん」

 コクリと頷いた言葉さんが後ろを振り向くと、ニコリと微笑んで手を挙げた。

大丈夫(だいじょうふ)

「「え?」」

 意味が分からず首を傾げる私とシャルを余所に、本音が喜びの声を上げる。

「本当〜?お母さん」

「ええ、本音ちゃん。いい人を見つけたわね~。幸せになるのよ~」

「九十九くん。本音の事、宜しく頼むよ」

「え、いや、あの、ちょ……」

「ど、どういうこと?」

 何かとんとん拍子に話が進んでいるが、私もシャルも展開に全くついて行けていない。一体どういう事だ?

「言葉に『大丈夫』と言わせるとは……九十九君は逸材のようだな。うちに欲しいくらいだ」

「あら、駄目ですよ劔さん。九十九くんは本音ちゃんの物ですから」

「いや、だから……」

 劔さんが私を『欲しい』と言い、釵子さんがそれを咎める。周りの黒服達も「大丈夫が出たぞ!」「初めて聞いた!」「何年ぶりだよ」と騒いでいる。

「九十九くん、式はいつが良いかしら〜。卒業後すぐ?それとも〜……」

「おいおい言葉、幾ら何でも気が早いよ。まずは婚約指輪を作る所からだろう。なぁ、九十九くん」

 

プチッ!

 

「聞けえええええっ‼」

 

シーン……

 

 ざわついていた大広間が水を打ったように静かになる。それを確認し、咳払いを一つしてから口を開く。

「大声を上げた事、まずはお詫びします。一つ質問してもいいですか?本音のお父上殿」

「うん、いいよ。あ、あと僕の事は誠でいいから」

「分かりました。では、誠さん。何故そんなにあっさり私と本音の仲を認めたのですか?」

 私の質問に「ああ」と一つ頷いてその理由を語った。

「それは、言葉が『大丈夫』と言ったからだよ。言葉の人の目利きは今まで外れた事が無い。その言葉が『大丈夫』と言ったんだ。反対する理由が無いよ」

「たったそれだけですか?もっとこう、深い理由とかないんですか?」

「無いなあ」

「無いわね~」

「え~……?」

 あまりと言えばあまりなその理由にしばし愕然とする私。

 いいのか?こんな簡単で?フランシスさんと会った時もそうだったが、一波乱有ってもよくないか?例えば−−

 

「娘さんを私に下さい!」

「貴様のような奴に娘はやらん!」

 とか−−

 

「娘を攫って行く君を、一発でいい、殴らせてくれ」

「……分かりました。どうぞ、お義父さん(スッ)」

 

バキイッ!!

 

「グッ!」

「……娘を幸せにしろ。でなければ、君を許さん」

「……はい」

 とか−−

 

「そんな波乱が有ってもよくないかと思うんだが……」

「九十九ってさ……」

「たま〜に考え古いよね~」

「うぐっ!?」

 シャルと本音のツッコミが、いつもより深く刺さった気がする。私、泣いていい?

 

 

 その後、大広間で始まったのは昼食会という名の宴会だった。従者一同も含めた数十人で飲めや歌えの大騒ぎとなっている。

「九十九君、酒はいけるクチかい?」

「いや、私未成年ですが……」

「おっと、そうだった。雰囲気のせいか年齢以上に見えるのでついな。でもまあ、一杯くらいいいだろう。なあ?」

「先代。お戯れが過ぎます。ご自重を」

「分かった分かった。そう睨むな、誠」

 劔さんが頻りに酒を勧め、それを誠さんが咎める。誠さんは劔さんの専属であると同時に、更識家従者一同の総監督も務めているのだそうだ。

「ん、この味付けは京風だな。これを作った人は良い腕をしている」

「あら、ありがと〜九十九くん。褒めてくれて嬉しいわ〜」

 何と、これを作ったのは本音のお母さん、言葉さんだった。何でも言葉さんは更識家の料理人達(厨衆(くりやしゅう)と呼ぶらしい)のトップなのだとか。今でも現場に立ち、自ら包丁を握るのだそう。

「九十九くんは味にうるさいって本音ちゃんから聞いてたけど、お口に合ったみたいでよかったわ〜」

 とは言え、こののほほんとした笑顔を見ていると、とても厨房に立つ姿が想像できないのも確かなのだが。

「つくもん、つくもん。これ、私が作ったんだ〜。食べてみて〜」

「九十九。こっちは僕が作ったんだよ。はい、どうぞ」

 そう言って二人が持ってきたのは出汁巻き玉子。鮮やかな黄色と鰹出汁の香りが食欲をそそる。どちらも美味そうだ。

 と、二人はそれぞれ箸を手に取り、出汁巻き玉子を切り分けるとそれを持ち上げて私の口元へ持ってきた。

「「はい、あ~ん」」

「……一度に持って来られても困るんだが?」

「あ、そっか。じゃあ、本音。お先にどうぞ」

「いやいや~、しゃるるんこそお先にどうぞ〜」

 何故か互いに譲り合う二人。このままでは折角の美味い出汁巻きが冷めてしまう。なら、私が決めよう。

「本音。君のから貰おう」

「あ、うん!はい、あ~ん」

「あ~ん……。うん、美味い。基本をしっかり押さえてある。味付けも十分。ただ……」

「ただ〜?」

「塩が少し多い。もう半つまみ少ない方が好みだな。次に期待しているよ、本音」

「うん、頑張る〜」

 ぐっと拳を握る本音の頭を撫でてやると、本音は嬉しそうな顔で笑った。

「じゃあ、次は僕だね。はい、あ~ん」

「あ~ん……。うん、これも美味い。卵が出汁の風味に負けないギリギリのラインを見切った見事な一品だ。しかし……」

「しかし……何?」

「火入れが過ぎたな。火が通り過ぎず、全体にトロッとしている方が私の好みだ。なに、君の技量なら次は上手く行くさ」

「うん、次はもっと美味しく作るね」

 力こぶを作るシャルの頭をポンポンと軽く叩くと、シャルは何処か擽ったそうに微笑んだ。うん、どっちも可愛い。

「あらあら、お熱いわね。でも、九十九くんが二人に本当に言って欲しいのは「あ~ん」じゃなくて「ああん♡」じゃ……」

 

シュッ、スパーン!

 

「ゲスの勘繰りをするんじゃない」

「な、投げハリセン……そんな技まで持ってたのね」

 額を押さえて呻く楯無さんを、劔さんと釵子さんが生温かい目で見つめていた。

 

 宴もたけなわといった所で、本音は言葉に連れられて厨房に来ていた。

「どうしたの〜?お母さん」

 母親の真意を図りかねている本音に、言葉はにっこりと微笑んで着物の袖口からある物を取り出すと、本音に手渡した。

 それは、長方形の薄い箱。本音はそれに見覚えがあった。というか、既に九十九の部屋に三つもある。言わずもがな、言葉が本音に手渡したのは『明るい家族計画』だった。

「九十九くんと『する』時は使うように言うのよ~?お母さん、孫の顔を見るのは五年先ぐらいがいいから~」

「お母さんもなの!?」

 本音が顔を真っ赤にして厨房の床に『家族計画』を叩きつけたのも無理の無い話であった。

「九十九、どうしたの?急に天ぷらをご飯の上に乗せて」

「いや、こうしないといけない気がして……」

 

 

「今日はお招き頂き、ありがとうございました」

「うん、またいつでも来なさい。歓迎するわよ!」

「貴方に言ってませんよ、楯無さん」

 大分日も傾いた夕方、明日から授業再開となるため早めに学園に帰ろうという事になり、更識家を辞去するべく挨拶をする。

 応えたのは楯無さんで、その後ろで更識・布仏両家の人達が苦笑いを浮かべていた。

「表に車を用意しました。今門をお開けします」

「何から何まですみま……」

 

ゾクッ!

 

 門番の人が門に手を掛け、それが僅かに開いた瞬間、ねっとりとした暗い情念と殺気を感じた。

「開けるな!」

「えっ?……ぐはっ!?」

 咄嗟に叫んだ私に『?』を浮かべた門番の人に苦悶の表情が浮かぶ。たたらを踏んで後ろに下がり、そのまま倒れ込んだその人の腹には、鈍く輝く金属の塊。ナイフが、刺さっていた。

「っ!?」

「ひっ!?」

 その姿に思わず引きつった叫びを上げるシャルと本音。すると、門が何者かの手によって少しづつ開いていく。そこから現れたのは一人の男。

 縦にも横にも巨大な体、伸び放題の髪と無精髭、気道が脂肪で潰れているのか「フーフー」と荒い息、服装に無頓着なのかどこにでもあるスウェットの上下。

 だが、最も印象的なのはその目。狂気と妄執を極限まで煮詰めたようなその瞳はある一点、正確には一人の人物のみを捉えている。

「フヒヒ……酷いじゃないか、本音。恋人の僕に挨拶もなしに帰ろうなんて」

 そう言いながらゆっくりとこちらに近づいてくる男。その後ろ、僅かに見えた車の運転席では、私達を送り届けるはずだったであろう運転手が、首から夥しい量の血を流して事切れていた。

「ああ、あの運転手かい?あいつ、僕が「本音に会いに来た。僕は本音の恋人だ」って言っても信じないからさぁ。イラッとなって殺しちゃった」

 なおも近づきながら、何でもないようにそう言う男。……こいつ、狂っていやがる。

 自分が本音の恋人だと信じて疑わず、目に映る物を『本音』と『それ以外』としか見ていない。そして、自分の邪魔をするならそれが誰だろうと『排除』する。『排除』できる。つまりこいつは……。

「さあ、本音。僕の胸に飛び込んでおいで。遠慮はいらないよ、僕のお嫁さん。フヒヒ」

 恋愛偏執狂(ストーカー)猟奇殺人者(サイコキラー)だ。

「ひっ!?つ、つくもん……」

「シャル、本音、私の後ろに。……本音、この男に見覚えは?」

「う、ううん」

 私の質問にフルフルと首を振る本音。その様に、男は不思議そうに口を開く。

「どうしたんだい、本音。まさか、恋人の僕の顔を見忘れたなんて言わないよね?」

 更に近付こうとする男の周囲を黒服達が取り囲む。刺された人は別の場所に運び込まれていくのが黒服達の間から見えた。

「なんだよお前ら。邪魔する気ならお前らも殺っちゃうよ?」

 そう言うと、男は懐から大振りのアーミーナイフを取り出すと黒服達に突きつける。それに対して黒服達は銃を取り出して構える。

 一触即発の空気の中、本音が意を決して男に問うた。

「あなたは……誰なの?」

「酷いなあ、本音。僕だよ、君の最愛の男さ。フヒヒ」

 至極当然とばかりにそうのたまう男。その声音には自分の言葉に対する絶対の自信が滲んでおり、少なくともこの男にとっては自分の言葉こそが全てにおいて真実であろう事が伺える。

 それを感じ取ったのか、本音は顔を蒼白にして私の後ろに隠れる。それを見た男が、今度は私に視線を向けた。

「……ああ、お前か。僕の本音を横から掻っ攫おうとしてる馬野郎ってのは。どけよ。じゃないとお前から殺すぞ」

「私からすれば、本音を横から掻っ攫おうとしてるのはそちらなのだがな」

 さっきから本音の事を『僕の本音』だの『お嫁さん』だのと勝手な事を言う男と視殺戦を繰り広げる私。そこに口を挟んだのは楯無さんと言葉さんだった。

「貴方、さっきから勝手な事言ってるけどね。本音ちゃんはそこの九十九くんのお嫁さんになるって決まったのよ。今更出てきて勝手な事言わないでくれる?って言うか、貴方誰よ?顔も見た事無いんだけど?」

「……あなたじゃ本音ちゃんを幸せにできないわ。だってあなた……自分が見たい物しか見ない(バカ)だもの」

 二人の言葉に、男の顔が見る間に赤くなる。

「何だよ……何なんだよ!何であいつが僕の本音を奪っていくのが当たり前みたいなこと言ってんだよ!ってか誰だよババア!訳知り顔で勝手な事言いやがって!……いいよ、そんなに死にたいなら……お前から殺してやるよババア!」

 怒りの感情を爆発させた男は、言葉さん目掛け黒服達に突っ込んで行く。咄嗟の事で反応しきれなかった黒服の一部が、男の突進を受けて吹き飛んだ。男の後ろを取っていた黒服も、下手に撃てば流れ弾が主家の誰かに当たりかねないからか発砲できないでいる。

「死ねよ!クソババア!」

 男が振り上げたナイフを言葉さんに振り下ろす。その前に飛び出したのは。

「言葉!ぐあっ!」

「「お父さん(誠さん)!」」

 言葉さんの体を掻き抱く様に守り、背中にナイフの一撃を受けて倒れた誠さん。背中から鮮血が滲み、服を濡らしていく。

「お父さん!お父さん!」

 血を流して倒れる誠さんに、本音が駆け寄る。その目には大粒の涙が溢れている。

「言葉……怪我はないか?」

「ええ、大丈夫です。でも誠さん、貴方が怪我を……」

「これぐらいかすり傷さ……ぐっ」

 誠さんはそう言って強がるが、その表情が苦悶に歪む。

「なんだよお前、そのババアの旦那か?だったら、嫁の躾くらいちゃんとしとけよ!」

 叫んで更にナイフを振り下ろそうとする男。その男に対して、本音が両手を大きく広げて立ちはだかる。

「も、もうやめて!お父さんにひどいことしないで!」

 その叫びに、男は首を傾げて問うた。

「何を言ってるんだい本音?君の両親は君が小さい頃に死んで、それからここで住み込みで働いてるって、君が言ったんじゃないか」

「……え?」

「寂しそうにしてた君の相談に僕が乗った。そして君は僕を好きになって『あなたのお嫁さんになる』って言った。そうだろう?本音」

 この男の中では、本音はそういう身の上のようだ。だが、今そんな事は私には関係ない。

 こいつ、今何をした?言葉さんを「ババア」と呼んだよな?誠さんに怪我をさせたよな?何より……。

 

「さあ、本音。そんな見ず知らずの奴らなんて放っておいて僕と行こう。君は僕とじゃないと幸せになれない。そうだろう?」

 男の独りよがりの言葉に、本音は目に涙を浮かべながらも、毅然として首を横に振った。

「ううん。私を幸せにできるのは、あなたじゃない」

 本音の言葉にピクリとする男。その目をしっかりと見据え、本音ははっきりとこう言った。

「私を幸せにできるのは、つくもん……村雲九十九さんただ一人!あなたなんて知らない!ここから出て行って!」

 本音の叫びに男は全身をブルブルと震わせると、殺意の篭った目で本音を見据え、ナイフを頭上まで振り翳す。

「そうかよ……そんなにあの馬野郎の方がいいのかよ……。だったら!君を殺して僕も死ぬ!天国で幸せになろう!本音!」

「「本音(ちゃん)(様)!」」

 そして、そのナイフを男は本音に振り下ろす。恐怖から体を竦め、目を瞑る本音。だが、そのナイフが本音を捉える事はなかった。

 

ガシッ!

 

 何故なら、男の手首を九十九が掴んで止めたからだ。

「つ、つくもん……」

「あ?何だよ馬野郎。おい、離せよ。離せって−−」

「……たな」

 

ギリッ!

 

「がっ!?い、痛え!お、おい、離せって!」

 九十九が掴んだ男の手首からミシミシと骨の軋む音がする。それに構わず、九十九は更に腕を掴む手に力を込めていく。

「……泣かせたな」

 

ミシッ、ミシミシッ!

 

「ぎ、あ、が、ああっ!」

痛みに耐えかね、男は手にしたナイフを取り落とす。

「お前……本音を……泣かせたな!」

 

ゴギッ!バキバキッ!

 

「いっ……ぎゃあああああっ!!」

 男の手首から骨の折れる鈍い音が響くと共に男が絶叫を上げて後ろに下がる。九十九を見るその目には恐怖が浮かんでいる。

「なんだよ、なんなんだよ!お前!」

 男の誰何の叫びを無視して、九十九は礼服のジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを引き千切るように首から外す。

「お前は言葉さんを罵った。誠さんを傷付けた。何より本音を泣かせ、あまつさえ殺そうとまでした」

 男の罪状を数えながら、九十九が男に近づいていく。その目には絶対零度の殺意と灼熱の怒気が宿っている。

「覚悟しろ豚野郎。お前はこの()、村雲九十九が直々にぶちのめす」

 

「つくもん……」

「シャル、本音、誠さんを安全な所へ」

「「う、うん」」

 シャルと本音にそれだけ指示をして、俺は改めて豚野郎を睨む。気圧されでもしたのか、豚野郎は少しづつ後ろへ下がる。

「おい、逃がすな。さっさと取り囲め」

「「「は、はっ!」」」

 俺の言葉に、慌てたように豚野郎を取り囲む黒服達。豚野郎はなおも後ろに下がるが、黒服達に囲まれたと知るや俺に向き直ってナイフを抜いた。だが、その手はガタガタと震えていて今にもナイフを取り落としそうになっている。

「く、来るな。来るなあああっ!」

「何だ豚野郎。俺が怖いのか?そんなに震えなくてもいいぜ。なんせお前は……突っ立ってるだけでいいからな!」

 足に力を込め、一瞬で豚野郎に肉迫。踏み込みで石畳が砕けた気がするが気にしない。

「ひっ!?」

 恐怖に引きつる豚野郎の顔面にまず右フック。

「これはお前に罵られた言葉さんの分!」

 

ゴシャアッ!

 

「ぶべえっ!」

 左に傾ぐ豚野郎の体。口からは抜けたり砕けたりした歯が飛び出して宙を舞う。更にそこへ左フックで追撃。

「これはお前が傷付けた誠さんの分!」

 

メキイッ!

 

「ぷぎっ!」

 頬骨の砕ける音と共に豚野郎の体が今度は右に傾いだ。更にそこへ右のボディブロー。

「これはお前が泣かせた本音の分!」

 

ズンッ!ボキィッ!

 

「うげえっ……!」

 肋骨の折れる感触が拳から伝わる。豚野郎が体をくの字に曲げて苦悶に呻く。この時点で豚野郎は既にナイフから手を離していた。

「そしてこれが、本音の心を傷付けたお前に対する俺の……俺の!」

 蹲る豚野郎に、俺は両拳を組み合わせて頭上まで振りかぶり、全体重を乗せて一気に振り下ろした。

「この俺の怒りだああああっ!!」

 

ゴッ!グシャアッ!

 

 後頭部に全力の一撃を受けた豚野郎は地面に盛大にキスをした後、そのままピクリとも動かなくなった。

「つ、つくもん……ひょっとして、その人……」

「安心しろ、死んでない。気絶しているだけだ」

 おずおずと聞いてくる本音にそう返し、大きく息を吐く。渦巻いていた怒りの炎が徐々に消えて行き、心が穏やかになっていく感覚があった。

「それに、もし殺しでもしたら……()は君達に二度と顔向けが出来なくなってしまうよ」

 そう言いながら本音の頭にポンと手を置くと、本音はその瞳から大粒の涙を流しながら私に抱き付いた。

「う……うあああん!怖かったよ〜!」

「よしよし、大丈夫。もう大丈夫だ」

 泣き叫ぶ本音をそっと抱き締め、落ち着くまでその背中を撫でる。涙がシャツを濡らしていくが、そんな事は些事だ。

「……落ち着いたか?」

「ぐす……うん」

 本音が泣き止んだタイミングを見計らったのか、言葉さんがこちらに歩み寄ってきたので、私は気になっていた事を訊いた。

「言葉さん、誠さんの容態は?」

「大丈夫。傷はそんなに深くないわ。止血もしたし、かかりつけのお医者様も呼んだから、心配はないわ」

「だそうだ。良かったな、本音」

「うん。つくもんは大丈夫〜?」

「ああ、問題ない」

 本音に余計な心配をかけないようにこう言ったが、実は左拳で奴の頬骨を砕いた時に僅かだが当たりが悪かったらしく、拳を痛めてしまっていた。痛みはそれ程酷くはないし、しばらく養生に努めれば治るだろう。と、そこでシャルと目が合った。

(どうした?)

(左手、痛めたでしょ?平気?)

(気づいていたのか。まあ、大した事はない)

(そう?なら良いけど、無理しないでね?)

(ああ)

 アイコンタクトによる無言の会話をしていると、横からからかうような声音で楯無さんが寄ってきた。

「あら、『目と目で通じ合う』って奴?いいな~、私も九十九くんとそういう仲になりたいな〜」

「はい、遠慮しまーす」

「あっさりスルー!?酷くない!?」

 ショックを受けているようで、その実全く受けていない感のある声音で楯無さんが吠えるのに溜め息をついて先を促す。

「で?何か話があって来たんでしょう?どうぞ」

「ええ。今日の件、うちで纏めて()()()()するから。九十九くん達は今日はもうお帰りなさい」

「……分かりました。お任せします。シャル、帰ろう」

「うん」

「本音、君は誠さんに付いてやれ」

 本音にそう言うが、本音は私のシャツを掴んだまま離さず、胸に顔を埋めて『イヤイヤ』と首を振る。

「……分かった。一緒に帰ろう。では楯無さん、後はよろしくお願いします」

「ええ、任せなさい。キレイに()()しておくから」

 『後片付け』と『掃除』に妙な響きを感じたが、深く考えると拙い気がしたので止めておき、私達は布仏家(正確には更識家)を後にした。

 

 

 余程の恐怖体験だったのか、本音は学園に戻った後もずっと私にしがみついて離れなかった。流石に着替えとシャワーの時は離れてくれたが、それでも相当渋ったのは言うまでもない。

 そして現在、私は「つくもんと一緒に寝る」と言って聞かない本音と「折角だから僕も」と言って潜り込んできたシャルと一緒に一つのベッドで横になっていた。

 セミダブルベッドとはいえ、三人で寝ればとても狭い。自然、私達は密着して寝る事になる。私が間に挟まれる形のため、柔らかい感触が前後から襲ってきて色々拙い。

 この二人に関してだけ言えば、私の理性の鎖は既に完全に錆付き、腐り果てている。この状況下でもう一押し何かあれば、私は最早抑えを利かせられる自信がない。

「ねえ、九十九」

「ん?」

 不意にシャルが私に話しかける。内心ギクリとしながらも返事をすると、シャルはとびきり甘い声で囁いた。

「僕、九十九の事が大好き。愛してる」

 耳元でされたその囁きは、私の理性の鎖をギシギシと軋ませる。更にそこへ本音からも囁きが届く。

「わたしもつくもんのこと、愛してるよ~」

 その囁きは私の理性の鎖をゴリゴリと削って行く。

「ああ、私も君達の事を愛してる」

 それでもなお、壊れかけの理性を総動員して返事をすると、二人は私の理性の鎖にとどめを刺す一撃を放ってきた。

「でもね九十九。僕たちは言葉だけじゃ物足りないの」

「つくもんにね、わたしたちがつくもんの物だって事を刻みつけて欲しいんだ~。だから……」

「だ、だから?」

「僕の『初めて』を……」

「わたしの『全部』を……」

「「貰ってください」」

 

バキンッ!

 

「シャル、本音!」

「「きゃっ!」」

 頭の中で鎖の弾け飛ぶ音が聞こえたのと同時、私は器用にも二人を纏めて押し倒し、組み敷いていた。自分でもどうやったのかわからなかったが、二人がここまで言ってくれたんだ。もう、ゴール(イン)してもいいよな?

「言っておくが私も初めてだ。上手くはしてやれんし、加減してやる余裕もない。覚悟は……いいな?」

「「……はい♡」」

 

 この夜、私達三人は心身ともに結ばれた。この夜の事を私はきっと一生忘れないだろう。

 シャルの柔らかい抱き心地も、本音の可愛らしい鳴き声も。それから、親達の『余計なお世話』がこの一晩だけで半箱減った事も。……ちょっと頑張りすぎたか?

 

 

「おい、気づいたか?」

「ええ」

「ああ」

「まあね」

「……うん」

 一夏ラヴァーズは、食堂で夕食を取りつつ角を突き合わせていた。話題は『あの三人、連休中に何かあったよね?絶対』である。なお、一緒に食事をしようとした一夏は「女同士でしかできない話だ」と言う事で追い出した。

「私は朝、シャルロットと本音がやけに歩きづらそうしていて、それを九十九が気遣っているのを見たぞ」

「わたくし、あのお三方の心の距離が大きく近づいたように感じましたわ」

「九十九から『覚悟を決めた男』の気配を感じた。そのせいか、あいつがいつもより大きく見えたな」

「シャルロットと本音がやけに色っぽくなった気がすんのよね……こう、『女の子』から『女』になった。みたいな?」

「歩いてるだけで注目を集めるくらいに幸せそうだった……」

 互いの話を聞いて、五人は確信する。

 シャルロットと本音が歩きづらそうにし、それを九十九が気遣っていた事。九十九の男らしさ、シャルロットと本音の女らしさがそれぞれ増した事。そして、三人の距離が以前より遥かに近づいた事。以上の事を踏まえた結論は……。

(((あの三人、『ヤッた』んじゃ!?)))

 一斉にその考えに至った時、五人は自分達の後ろから鋭い視線を感じた。

「「「!?」」」

 ハッとして振り向いた先にいたのは、目が笑っていない笑みを浮かべる九十九と、その隣で「仕方ないなぁ」と苦笑するシャルロット。そして、九十九の肩に体を預けてニコニコしている本音だった。

 九十九は声を出さずにラヴァーズを指差すと、自分のテーブルを軽く叩き、手招きをした。『お前達こっち来て座れ』と言っているのだ。

 恐る恐る九十九の座るテーブルに着くと、九十九はおもむろに口を開く。

「敏いお前達の事だ。もう気付いているんだろう?」

「って事は、やっぱりあんたら……」

 呟いた鈴がシャルロットと本音に目を向けると、二人は頬を赤く染めながらコクリと頷いた。

「深くは訊くな、プライベートだ。いいな?(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ」」」

 もっと突っ込んだ事を訊きたかったが、九十九の『怖い笑顔』に質問を呑み込むラヴァーズだった。

「まあ、私達の事はいい。お前達を呼んだのは別件だ」

 そう言うと九十九は居住まいを正し、五人の目を見ながら質問を投げかけた。

「それで?どうするんだ、お前達」

 それは、いみじくも数日前に鈴が九十九にした質問と同じものだった。




次回予告

少年は二者択一を突き付ける。取り合うべきはあいつの心か、互いの手か。
少女達が如何な選択をするかは、まだ分からない。
そんな中、複数の悪意が学園を襲おうとしていた……。

次回「転生者の打算的日常」
#58 侵入

なんだ?この胸騒ぎは……?


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#58 侵入

「それで?どうするんだ、お前達」

 シャルと本音、この二人と色々な意味で深く『繋がった』翌日の寮食堂。

 呼び寄せた一夏ラヴァーズに対して投げかけたこの質問は、連休前に私が鈴にされたものと同じ質問だ。それに対して、ラヴァーズは困惑を顔に浮かべていた。

「どうするんだって……」

「どういうことよ?」

「どういう事も何も無い。一夏の事だ」

 私のこの言葉に、5人はピクリと反応する。私はもう一度5人の目を見て、含めるように言った。

「男性IS操縦者特別措置法案……いや、もう『案』は外れているんだったな。既に施行済みなのだし。で、箒」

「な、何だ!?」

「特別措置法の中で、最も世界の注目を集めた措置は何だ?」

 私の質問に箒が腕を組んで考えていると、横からセシリアが答えた。

「それはやはり『最大5名までの重婚の許可』でしょう」

「私は箒に訊いたんだが……まあいい。次、鈴」

「何よ?」

「この特別措置法を適用されるのは、今現在誰と誰だ?」

 この質問に『質問の意図が分からない』という顔をしながらも答える鈴。

「そりゃあ、あんたと一夏でしょ?それが何だってのよ?」

 『?』を頭上に浮かべる5人に、私はニヤリと笑みを浮かべて告げた。

「分からないか?お前達は5人。重婚の許可上限も5人。つまり、お前達が一夏を取り合う理由は、既に無いんだぞ」

「「「っ!?」」」

 途端、5人の顔が驚愕に彩られた。そんな事を考えても見なかったのだろう。

「これを踏まえて、お前達にもう一度訊く。どうするんだ?」

「ど、どう、と言われましても……」

「それは……」

「むう……」

 あからさまに動揺し、言葉を濁すラヴァーズ。

「分かり易くしてやろう。今後、お前達が取り合うべきは一夏の心か?それとも互いの手か?良く考えて答えを出す事だな。行こうか、二人共」

「「うん」」

 それだけ言って、私達は食堂をあとにした。後には、私の言葉を受けて思い悩むラヴァーズだけが残された。

 

 

 だが、そんな少女達の悩みなど意に介さずに時は進む。

 今日は一学年合同IS実習が行われる。第一アリーナのグラウンドには一年生全員が整列しており、いつものように千冬さんが腕組みをして立っている。

「織斑、篠ノ之、村雲、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識!前に出ろ!」

 授業開始早々、専用機持ち全員を呼び出す千冬さん。

「先日の襲撃事件で、お前達のISは全てではないが深刻なダメージを負っている。自己修復のため、当分の間ISの使用を禁止する」

「「「はいっ!」」」

 流石にその辺りの事は皆言われずとも分かっている。それを証明するかのように、全員が淀みのない返事をする。但し、私とシャルを除いて、だが。

「あの、織斑先生。僕の『カレイドスコープ』は殆どダメージを負ってないんですが……」

「私の『フェンリル』はつい昨日オーバーホールを終えて戻って来たばかりなのですが……」

「……お前達も他の6人に合わせて当分の間ISは使うな」

「「了解です」」

 まあ、そう言われるだろうとは思っていたので、私もシャルも文句を言わずに頷いた。

「さて、そこでだが……山田先生」

「はい!皆さん、こちらに注目してくださーい」

 そう言って、山田先生が千冬さんの後ろに並ぶコンテナの前で「ご覧あれ!」とばかりに手を開いて挙げる。

 グラウンドに集合した時から、一年生全員が一体何だろうと思っていた物なので、やっとのお披露目に生徒が騒ぎ出す。

 こうやって、隙あらばおしゃべりを始める辺りが10代女子の性状と言う奴なのだろうな。

「なんだろ、あれ?」

「もしかして、新しいIS!?」

「えー?それならコンテナじゃなくてISハンガーでしょ?」

「なにかななにかな?おかし!?おかしかなぁ!」

 ……最後は言わずもがな、本音だ。いや、菓子好きなのは知っているが、こんな所に持って来る事はないと思うぞ?

「静かに!……ったく、お前達は口を閉じていられないのか。山田先生、開けてください」

「はい!それでは、オープン・セサミ!」

 山田先生の掛け声の意味がいまいちピンと来なかったらしく、生徒達は一様にキョトンとする。いや、ネタが古いよ先生。そんな生徒達の反応を見た山田先生は、僅かに涙ぐみながらリモコンのスイッチを押す。

「うう……。世代差って残酷ですね……」

 内部駆動機構を搭載しているコンテナは、特有の重いモーター音を響かせながらゆっくりと扉を開いていく。

「こ、これは……」

 その中にあった物を見て、一夏が驚きの声を上げる。まさか一夏の奴、『コレ』の事を知って−−

「……なんですか?」

「いや、知らんのかい!」

 

スパーンッ!

 

 一夏の見事なボケに、つい拡張領域(バススロット)からハリセンを取り出してツッコミを入れた。

 一夏が私に叩かれた頭を押さえながらコンテナに目を向けるのに合わせてコンテナを見る。そこに鎮座していたのは、無骨なデザインの金属製のアーマーのような物だった。やはり『コレ』か。

「教官、これはもしや−−」

「織斑先生と呼べ」

 どうやらラウラにはそのアーマーに見覚えが有ったらしく、ついドイツ軍時代の呼び方をして千冬さんから軽く睨まれた。

 敬愛する千冬さんにきつい表情をされたラウラは、怯んだのかその先の台詞を飲み込んで口を閉ざした。

「これは、国連が開発中の攻性機動装甲外骨格『EOS(イオス)』だ」

「イオス……?」

Extended(エクステンデッド)Operation(オペレーション)Seeker(シーカー)。略してEOSだ。その目的は災害時の救助から平和維持活動まで、様々な運用を想定している」

「それは分かりました。それで織斑先生、これを私達にどうしろと?」

 私が尋ねると、それに返ってきたのは極めてシンプルな一言だった。

「乗れ」

「「「え!?」」」

 一夏+女子7人が声を揃えて口を開ける。ああ、やはりこうなるか。どれだけ原作乖離をしても、大筋は変わらないらしいな。

「二度は言わん。これの実稼働データを提出するようにと学園上層部から通達があった。どうせお前達のISは今は使えんのだから、レポートに協力しろ」

「「「は、はあ……」」」

 何となくの返事で頷く7人。一方、私達の後ろに移動した山田先生は、その他の一般生徒達に手を叩きながら行動を促した。

「はーい。皆さんはグループを作って訓練機の模擬戦始めますよー。格納庫から運んできてくださいねー」

「「「ええーっ」」」

 どうやらEOSの性能を見たかったらしい多くの女生徒は一斉に不満そうな声を上げるが、千冬さんが一睨みした瞬間即座に運搬作業に取りかかった。

 それを横目にとりあえずどうしたものかと考えていると、千冬さんに頭を叩かれた。どうやらまごついている私達にしびれを切らしたらしい。

「早くしろ、馬鹿共。時間は限られているんだぞ。それとも何か?お前達はいきなりこいつを乗りこなせるのか?」

 千冬さんの挑発的な物言いに真っ先に反応したのはセシリアだ。

「お、お言葉ですが織斑先生。代表候補生であるわたくし達が、この程度の兵器を扱えないはずがありませんわ」

 自信満々にそう言うセシリア。チョロい、相変わらずチョロいぞセシリア。

「ほう?そうか。では、やって見せろ」

 ニヤリと唇を吊り上げ、嗜虐的な笑みを浮かべる千冬さん。その顔に背筋の凍るような恐怖を感じながら、私達は割り当てられた機体に乗り込むのだった。

 

 がちりとした、重い金属の動く感触と、全く自由に動かせない四肢。思わず眉間に皺が寄る。

「くっ、この……」

「こ、これは……」

「まさか、これ程とは……」

「お、重い……ですわ……」

「うへえ、嘘でしょ……」

「う、動かしづらい……」

 私、一夏、箒、鈴、セシリア、シャル。全員が全員、EOSの扱いに困っていた。その原因は、EOSが『クソ重い』からだ。

 無論、総重量で言えばISの方が上だが、ISには受動式慣性制御装置(PIC)という反重力システムと機体各部の補助駆動装置、それにパワーアシストの恩恵で、殆どと言っていい程重さを感じる事無く扱える。

 対して、EOSは言ってしまえば『人型の金属の塊』だ。補助駆動装置を積んではいるが、そのレベルはISと比べて遥かに低い。しかも、エネルギー運用の関係上、常時オンにしておける物ではない。

 更に、直接行動入力装置(ダイレクト・モーション・システム)によって操縦者の肉体動作を先回りして動くISと異なり、全ての動きは操縦者の後になる。

 その上で問題なのが、背中に搭載された巨大な箱状の物。次世代型ポータブル(P)プラズマ(P)バッテリー(B)と呼ばれるこれは、単体重量が30kgを超える。

 挙句、それ程の重量がありながら、EOSのフルパワーは十数分しか保たない。それを過ぎたら本当に『ただの金属塊』に成り下がる兵器。それがEOSである。

 ISがいかに優れた装備であるか。それを今更ながら実感した。

「………」

 その一方で、黙々とEOSの感触を確かめていたラウラは、それから少しして「よし」と頷いた。

「それではEOSによる模擬戦を開始する。なお、防御能力があるのは装甲のみのため、基本的に生身は攻撃するな。射撃武器はペイント弾だが、当たるとそれなりに痛いぞ」

 千冬さんが手を叩いて場を仕切る。直後に響いた「はじめ!」の声と同時に、ラウラが脚部ランドローラーを使って未だ操縦に手こずる一夏との間合いを一気に詰めに掛かった。

「げっ!?こ、この!」

 ラウラを迎撃すべく一夏が拳を繰り出すが、その動きはいつに無く緩慢だ。

「ふっ。遅い!」

 それを回転運動で躱し、一夏の懐に潜り込んだラウラは、腰を落として一夏の足を払った。その動きに反応できなかった一夏はもんどり打って地面に倒れる。

「ぐえ!」

「まずは一機!」

 一夏が倒れた所に、素早くEOS用サブマシンガンをセミオートで三点射してすぐさま離脱。次の目標をセシリアに定めて真っ直ぐ突き進む。

「とった!」

「わたくしはそう簡単にやられませんわよ!」

 サブマシンガンを構えてフルオート連射をするセシリアだったが、その照準はまるで合っていない。というのも−−

「くっ!なんという反動(リコイル)ですの……!」

 通常、ISには射撃・格闘を問わず、反動を自動相殺するPICリアクティブ・コントローラーとオートバランサーが搭載されている。しかし、EOSにそんな便利な機能は無い。よって、EOSのパイロットは全ての行動とその反動の制御を、生身の自分で行う必要があるのだ。

「ああ、もう!火薬銃というだけでも扱いにくいのに!」

 文句を言いながらも、セシリアの照準は徐々にラウラに合い始めている。流石は国家代表候補生。軍で受けた生身での戦闘訓練が功を奏したか、反動制御に慣れが出てきたようだ。

 が、ラウラはその上を行っていた。セシリアが完全に銃器を使いこなすより先に、ジグザグ走行でセシリアに接近する。

「速いですわね!けれど、この距離なら外しませんわ!」

「甘いな」

 先程一夏に見せた円運動回避をせず、セシリアに向かい一直線に特攻をするラウラ。セシリアが放った弾丸を左腕の物理シールドで受け止めて、そのままセシリアに突っ込んで行く。

「なっ!?」

「ふっ……」

 驚きに目を見開きながら身構えたセシリア。その肩アーマーを、慣性のまま突き進んだラウラが掌で叩く。

「きゃあっ!?」

 バランスを崩し、背中から地面に倒れるセシリア。

 EOSはその重量の関係上、一度倒れると再度起立するのにどうしても時間がかかる。無論、そのための背部起立補助アームが装備されてはいるが、いかんせん遅すぎる。体を起こす前に、セシリアはラウラからペイント弾の連射を浴びるのだった。

「これで二機!」

「隙だらけよ!ラウラ!」

 ラウラの側面から、ランドローラーの出力を全開にした鈴が突っ込む。

「うりゃあ!」

 思い切り突き出した外骨格アームの正拳突き。しかし、ラウラはその攻撃を受け流すように身を捻って躱す。

「あれ?」

 そうなると、加速慣性を相殺できない鈴は大きく前方にバランスを崩す事になる。その結果−−

 

ドガシャンゴガン!!

 

「きゅう……」

 のっぴきならない音を響かせてすっ転んだ鈴は、そのまま目を回してしまうのだった。

「これで残りは……」

 ラウラが見つめるその先には、箒とシャル、そして私が並んで立っている。

「誰からだ?」

「わ、私は後でいい!」

「ぼ、僕も……」

「私もだ。今は見に回っていたい」

 首を振り、互いに順番を譲り合う私達。

「シャルロット、お、お前が行ったらどうだ?」

「ううん、ここは九十九が」

「いやいや、箒が」

「そう言うなシャルロット」

「遠慮しなくていいよ、九十九」

「私が先手を譲ると言っているんだ。受け取れ、箒」

「「「…………」」」

「じゃあ、私から行くぞ!」

「ううん、僕が行くよ!」

「いいや、ここは私が!」

「いや、私が行こう」

「「「あ、どうぞどうぞ」」」

 何処かで聞いた事のある遣り取り。これが日本文化の様式美という奴か。だが、最後に名乗りを上げたのはラウラだった。

「「「えっ?」」」

 私達は顔を見合わせるが、もう遅かった。

 

ギュイイン……!

 

 ラウラがランドローラーの重く鋭い音を立てながらこちらに接近して来た。それを見た私達は慌てて戦闘態勢を取る。

「く、食らえ!」

「ごめんね、ラウラ!」

「せめて一太刀、もとい一発!」

 即席チームとなった私達は、格闘戦ではなく射撃戦を選択した。鈴が盛大にすっ転んだのを目撃したからだ。

 が、普段から射撃型の私やシャルはともかく、専用機に射撃武器の無い箒は反動制御に失敗、その場に尻餅をついた。

「もらった」

 そんな隙をラウラが見逃す筈も無く、箒にペイント弾が降り注いだ。ただ、原作と違って残っているのがシャルだけでは無いからか、ラウラは全弾斉射ではなく三点射に留めていた。

「これで三機……次はお前だ、シャルロット」

 そう言うと、ラウラは箒が取り落としたサブマシンガンをシャル目掛けて蹴り飛ばした。

「うわっ!?」

「すまないな」

 一気に接近したラウラは、防御姿勢を取るシャルを腕で思い切り押した。

「わ、わわっ……!」

 ラウラに押された事でバランスを崩したシャルだったが、必死にバランスを取り直して耐えて見せる。

「む。耐えたか」

「え、えへへ……」

「ではもう一度だ」

 

ドンッ!

 

 しかし、そこはドイツ軍人。無慈悲なハンドプッシュは二度目も辞さない。

「わあっ!?」

 セシリア同様、背中から地面にダイブするシャル。だが、流石と言うべきか、接地寸前できちんと受け身を取っていた。

「終わりだ、シャルロット」

 倒れたシャルにサブマシンガンの三点射を浴びせると、ラウラは私に向き直る。

「最後はお前だ、九十九」

「最早退路はなし……か。いいだろう!行くぞ!」

 覚悟を決め、ラウラに一歩踏み出そうとしたその瞬間。

「あ」

「あ」

 

ズダーンッ!

 

 足を上げすぎた私は後方に大きくバランスを崩し、そのまま倒れてしまうのだった。背中のバッテリーの重さが原因で全く身動きが取れない上に、起立用アームが起動しないアクシデントも発生。完全に手詰まりだった。

「…………」

「……なあ、ラウラ」

「なんだ?」

「介錯を頼めるか?」

「なに?」

「見ての通りだ。私はもう、自分で終わる事すらできない」

「……分かった」

 そう言って、ラウラが私にマシンガンを向けた。

「ありが……」

 

ダダダダダダッ!

 

「っておい!最後まで言わせ……うおわああっ!」

 ラウラは私の台詞を最後まで聞く事無く、サブマシンガンの全弾を私に浴びせるのだった。

 

「よし、そこまで!」

 千冬さんの号令でEOS模擬戦が終了する。

「流石だな、ボーデヴィッヒ」

「いえ、これはドイツ軍で教官にご指導頂いた賜物で−−」

 

バシン!

 

 ラウラの言葉を遮って、出席簿ならぬスペック表アタックが炸裂した。

「織斑先生だ」

「……はい」

 頭を押さえるラウラの下に、EOSを装着解除した専用機持ち組が集まってくる。ちなみに。

「目が……ああ、目が……!」

「インクが付いて開けられないんだね?ほら、こっちだよ九十九」

 頭部アーマーに当たったペイント弾から飛んだインクが原因で目の開けられない私は、シャルに手を引かれてどうにかラウラの下へたどり着くのだった。

「ラウラ、このEOSって使った事あるのか?なんかえらく慣れてたけど」

「いや、ドイツ軍にはEOSに似たMobil Exoskelett(機動外骨格)と呼ばれる物が存在したのだ。主にIS用の実験装備の試験運用に用いられていた」

 一夏の問いにすらすらと答えるラウラ。それに頷いて私がラウラに声をかける。

「なるほど。それであれだけ動かせた訳か。流石だな、ドイツ軍人」

「あの、九十九さん?わたくし、セシリアです」

「あれ?」

 だが、声をかけた方向にいたのはセシリアだった。と、顔に布を当てられた感触。当てたのはシャルだ。

「はい、タオル。ちゃんと顔を拭いて」

「ああ、すまないな。シャル」

 渡されたタオルで目元を拭うと、ようやく目を開ける事ができた。目が見えない事がこんなに不便だとは。視覚障害者の人達は大変だな。

「では、改めて。流石だな、ドイツ軍人」

「うん。すごく上手かったもんね、ラウラ」

「上手いと言う程のものでもないだろう」

「あれで上手くなかったらなんなのよ。まったく」

 完全敗北(実際はほぼ自爆)を喫した鈴としては、苦笑いを浮かべざるを得ないのだった。

「それにしてもお前たち……ぷ、ふ、くくっ」

 いきなり笑いを堪えるラウラ。その理由は明確。私達の顔や体操服がペイント弾のインクまみれになっていたからだ。

「ラウラ……わざと俺の顔面狙ったろ」

「お前はまだいい。私など全身くまなくだぞ」

「ね、狙われる方が悪いのだ……はははっ」

 珍しいラウラの笑顔に、少しだけ面食らった。その顔はまるで、友達とじゃれ合う何処にでもいる少女のそれだったからだ。

「それにしても、このEOSとやらは本当に使い物になりますの?」

「それは私も気になったな」

 セシリアと箒が答えを求めて千冬さんに視線を向ける。

「まあ、ISの数に限りがある以上、救助活動などでは大きなシェアを獲得するだろうな」

 なるほど確かにそうだろう。人が生身で入るのは危険。だが、ISを出すのは大袈裟。そういった状況の災害現場では、EOSが大きな役割を果たしてくれるだろう事は想像に堅くない。

 そんな事を考えながら千冬さんに目を向けると、何かを考え込んでいるような顔で黙り込んでいて、指示を待つ専用機持ち組の視線に気づいていないようだった。

「織斑先生、私達はこの後どうすれば?」

 私が声をかけるとハッとしたような顔をした後、指示を出す。

「あ、ああ。それでは全員、これを第二格納庫まで運べ。カートは元々乗っていたものを使うように。以上だ」

 千冬さんが手を叩くと、全員が指示通りに動き始める。

 流石にカートに戻す作業は山田先生がISを使ってやってくれたが、結局運ぶのは各人の生身。それに鈴があからさまに嫌そうな顔をする。そんなこんなで、今日もまた実習の時間が過ぎて行ったのだった。

 

 

 明けて翌日。昼休みの廊下。

「はー。なーんか、かったるいわねぇ」

 鈴は頭の後ろで腕を組んで廊下を歩きながら、ストローだけで支えた紙パックジュースを飲んでいる。

「はしたないぞ、鈴」

「いいじゃない別に。あんたしかいないんだし。はー」

「鈴。そのかったるさの理由、一夏がいないからだろ?」

 その隣を歩く九十九がそう言うと、鈴はポロっとジュースを落としそうになった。

「なあっ!?ち、違うわよ!あんな奴、いなくたって別にいいわよ!大体、あんただってシャルロットが会社に新パッケージの受け取りに行ってていないのが寂しいんじゃないの!?」

「その通りだ。おまけに本音も今日は他の友達との付き合いに行ってしまってな。そのせいか、両腕が寒くて仕方ない」

「サラッと惚気けてくれたわね。あんたそんな奴だったっけ?」

 九十九の言葉に、砂糖でも吐きそうな顔をする鈴。ちなみにこの珍しい組み合わせは、前の授業が合同講義だったため、その資料片付けの帰り道だ。そこで早速ジュースを買うあたり、実に鈴らしい。

「しっかし、当分の間ISが使えないっていうのはヤバイわよね。パーソナルロックモードにしてあるから盗まれないし、盗まれても使えないけど」

 そう言って、鈴は自分の腕の『甲龍(シェンロン)』を見る。

 本来ならリングブレス状のそれは、パーソナルロックモードとして薄さ1㎜以下の皮膜(スキン)状態で腕に張り付いている。ぱっと見では、何かのファッションシールを貼っているように見える。

「問題は、このモードの時は操縦者緊急保護がいつもより遅いことよね」

「まあ、それは仕方あるまい。銃を分解したまま保管しているようなものだからな」

「んー。まあ、それなりに訓練受けてるから、ちょっとやそっとじゃやられないけどさぁ。それに、時間がかかるだけでいざという時には呼び出せるわけだし」

「確かにな。だが、その事で今現在、専用機持ちは全員二人以上で行動するよう義務付けられている訳だが」

「学園に残ってるので一人なのって楯無さんだっけ?」

「そうだ。あとは学園外に出ているシャルと一夏だな。多分大丈夫だとは思うが」

「……ったく、早く帰ってきなさいよ」

 思わず呟いてから、鈴はハッとして口を手で塞ぐ。しかし、バッチリと九十九に聞かれたようで、九十九は鈴に向けて人の悪いニヤニヤ笑いをしていた。

「ほほー。お前がそんな事を口にするとはなぁ」

「ち、ちっ、違うのよ!あたしはただ、あいつ、軍事訓練とか受けてないから、だからっ……!」

「皆まで言うな、鈴。心配なんだろう?ん?」

「ち、違っ−−」

 鈴が更に声を荒らげようとした所で、突然廊下の灯りが一斉に消えた。廊下だけではない。教室も、電光掲示板も、全てが一瞬で消えたのだ。無論、昼間なので日光があるから、真っ暗になる事はない−−筈だった。

「これは!?」

「防御シャッター!?はあ!?なんで降りてんの!?」

 ガラス窓を保護するように、斜めスライド式の防壁が順に閉じて行く。どよめきがそこかしこから聞こえる中、全ての防壁が閉じられ、校舎内は漆黒の闇に包まれた。

「……2秒経過。おい、鈴」

「ええ、分かってるわ。緊急用の電源にも切り替わんないし、非常灯も死んでる。いくらなんでもおかしすぎるわよ」

「だな」

 二人はそれぞれのISをローエネルギーモードで起動し、視界にステータスウィンドウを呼び出す。

 同時に視界を暗視モードへ切り換え、ソナー、温度センサー、動体センサー、音響視覚化レーダーといった各種機能をonにする。

〈こちら、ラウラだ。九十九、無事か?〉

〈鈴さん、今どこですの?〉

 そこへ個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)でラウラとセシリアの声が届いた。

 それぞれに返事をしていると、それを割り込み回線(インターセプト・チャネル)の声が遮った。

〈専用機持ちは全員地下のオペレーションルームへ集合。今から転送するマップに従い、最短ルートで移動しろ。防壁に遮られた場合、破壊を許可する。急げ〉

 千冬の、静かだが強い声。それは、このIS学園でまたしても事件が発生した事を、何よりも克明に告げていた。

 

 同時刻、IS学園島・本校舎から3㎞離れた裏山。

「班長、どうやら学園のシステムがダウンしているようです」

「何者の仕業かは知らんが、好機だな。行くぞ」

「「「Yes!sir!」」」

 号令一下、最新の迷彩システムに身を包んだ男達が、本校舎へ向かって走り出した。

 

 同時刻、IS学園・本校舎地下特別区画付近。

『隊長、間もなく作戦開始時間です。ご武運を』

「ああ」

 通信を切り、静かに集中する女。見据えたその先の目標の奪取。それを確実なものにするために。

 

 同時刻、IS学園島から南西に150㎞地点。

「村雲……九十九!今度こそ!」

 復讐に燃える女は、新たな力を得たISを纏って学園へ一直線に飛んでいた。




次回予告

三ヶ所で同時に起こる戦闘。
霧の淑女は艶然と微笑み、最強の戦乙女は不敵に嗤う。
そして、魔狼は獲物を前に口角を吊り上げる。

次回『転生者の打算的日常』
#59 IS学園防衛戦(前)

今度こそ、貴方を殺すわ。村雲九十九!


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#59 IS学園防衛戦(前)

「では、状況を説明する」

 IS学園特別地下区画、オペレーションルーム。本来なら生徒の誰一人として知らないまま卒業していくだろうこの場所に、現在学園にいる専用機持ち全員が集められていた。

 私、箒、鈴、セシリア、ラウラ、簪さん、楯無さんが並び立っている。私達の前には、千冬さんと山田先生だけが居た。

 なお、二年のフォルテ・サファイア先輩と三年のダリル・ケイシー先輩は、それぞれ母国にISの修理に行っていてここには居ない。

 どうやらこのオペレーションルームは完全独立した電源で動いているようで、ディスプレイはしっかりと情報を表示している。ただし、空間投影型ではない旧式のディスプレイではあったが。

「しかし、こんなエリアがあったなんてね……」

「ええ。いささか驚きましたわ……」

 それとなく室内を観察しながら、鈴とセシリアが呟く。すると、そこへすかさず千冬さんが注意の怒号を飛ばした。

「静かにしろ!凰!オルコット!状況説明の途中だぞ!」

「は、はいいいっ!」

「も、申し訳ありません!」

 その声に思い切り萎縮する鈴とセシリア。ひそひそ話は強制終了である。

 それから改めて、山田先生がディスプレイに表示している情報を拡大して全員に伝え始めた。

「現在、IS学園では全てのシステムがダウンしています。これは何らかの電子的攻撃……つまり、ハッキングを受けているものと断定します」

 山田先生の声も、いつもより遥かに堅い。どうやら、この特別区画に生徒を入れるという事は、それだけの緊急事態だという事なのだろう。

「今のところ、生徒に被害は出ていません。防壁によって閉じ込められる事はあっても、命に別状があるような事はありません。全ての防壁を降ろしたわけではなく、どうやらそれぞれ一部のみの動作のようです」

 だからトイレにも行けますよ、と山田先生が言うが、それに笑う者はいなかった。

「あ、あの、現状について質問はありますか?」

「はい」

 ジョークが滑った事に慌てたのか、取り繕うように山田先生が言うと、ラウラが挙手をする。流石現役軍人、有事の際の行動は機敏だな。

「IS学園は独立したシステムで動いていると聞いていましたが、それがハッキングされることなどあり得るのでしょうか?」

「そ、それは……」

 困ったような顔の山田先生が視線を横に動かす。それを受けた千冬さんが口を開いた。

「それは問題ではない。問題は、現在この学園が何らかの攻撃を受けているという事だ」

「敵の目的は?」

「それが分かれば苦労はしない」

 嘆息する千冬さん。ラウラは「確かにそうか」と小さく呟いて質問を終えた。他に挙手をする者がいなかったので、山田先生が作戦内容を説明しようと口を開いた矢先、オペレーションルームに緊急事態を告げるアラートが鳴り響く。

「何事だ!?山田先生」

「は、はい!今調べます!……えっ!?そんな!?」

 ディスプレイを見た山田先生の顔が驚愕に歪む。そして、何が起こったのかを口にした。

「学園島、南西50㎞地点にIS反応!真っ直ぐこちらに向かってきています!」

「なにっ!?」

「光学映像、出ます!」

 そう言って、山田先生がディスプレイに学園に接近中のISの映像を出した。そこに写っていたのは見慣れない外観のISだった。

「なんだ!?あのISは!?見た事がないぞ!」

「山田先生、映像を最大望遠に。パイロットの顔が欲しい」

「分かりました!」

 山田先生がパネルを操作すると、飛んでくるISの姿が徐々に大写しになり、遂にパイロットの顔を捉える。その顔は、私の見知った者だった。

「あれは……メルティ・ラ・ロシェル!?なら、乗っているのは『天空神(アルテラ)』か!?だがあの外見……山田先生!アレの機体形状(シグネチャー)一致率は!?」

「は、はい!解析します!」

 私の言葉を受けて山田先生がデータベースから『アルテラ』の情報を取り出し、現在のそれと照らし合わせる。

「出ました!機体形状一致率は、約65%です!」

「な、何よそれ!?」

「それはもう、完全に別物の機体ですわ!」

 通常、どれだけ個人用にカスタムしたISでもその機体形状一致率が80%以下になる事は稀だ。

 事実、シャルの前の機体(ラファール・リヴァイブ)の機体形状一致率は88%であった。

 それが30%以上も形が違うとなれば、セシリアが言う通り完全に別物の機体と言っていい。一体どれ程の魔改造を施されているんだ?あの機体は。

「一体何が目的でしょうか……?」

「恐らく、私でしょう」

 そう言った私にその場にいる全員の視線が集まる。

「あれに乗っているのはメルティ・ラ・ロシェル。フランス事変の際に私が撃破した女、ケティ・ド・ラ・ロッタの恋人です。そして同時に、専用機持ち限定タッグマッチ無人機襲撃事件の際、『復讐』と称して私に襲い掛かり、私が撃退した女です」

「では、奴の目的は……」

「私の首にあると思われます。織斑先生、出撃許可を。今の彼女は復讐と雪辱に凝り固まっているでしょう。私が出ねば、アレが学園に対し、何をするかわからない」

「…………」

「織斑先生、ご決断を。この場で機体が十全なのは私だけです」

「……いいだろう。行って来い、村雲」

 絞り出すような千冬さんの声。相当の懊悩の末の結論だったのだろう。私は一つ頷いて、オペレーションルームを出た。

 

 一方、残された他の専用機持ち達は真耶から改めて作戦内容を説明された。

 それは、楯無を除く専用機持ちメンバーがISのコア・ネットワークを利用した電脳ダイブにより、直接侵入者排除を行う。と言うものだった。

 これに驚いたのは、楯無以外の専用機持ち達だ。電脳ダイブとは、個人の意識をISの同調機能とナノマシンの信号伝達によって電脳世界へ侵入する、アラスカ条約で規制された技法だからだ。

 当然、この方法自体には危険性はない。だが、同時にそれをするメリットも無い。何故なら、どんなコンピューターであれ侵入者排除を行うならISの電脳ダイブを行うより、ソフトかハード、もしくは両方を弄った方が早いからだ。

 更に言えば、電脳ダイブ中のIS操縦者は眠っているようなもので非常に無防備だ。もしアクセスルームを襲撃されればひとたまりもない。

 加えて言えば、専用機持ちを一ヶ所に集めるというのは、危険ではないか?

 こうした専用機持ち達の意見は、千冬によって一蹴された。

「駄目だ。この作戦は電脳ダイブによるシステム侵入者排除を絶対とする。異論は聞いていない。嫌ならば辞退しろ」

有無を言わせぬその迫力に、全員が気圧される。

「い、いや、別にイヤとは……」

「ただ、ちょっと驚いただけで……」

「め、命令とあらばやります」

「ベストを尽くします……」

「や、やるからには成功させてみせましょう」

 それぞれの同意を得られたと見た千冬は、手を一つ打つと檄を飛ばした。

「よし!それでは電脳ダイブを始めるため、各人はアクセスルームへ移動!作戦を開始する!」

 その激を受けた箒達は、オペレーションルームを出て一路アクセスルームを目指す。後に残ったのは千冬と真耶、それに楯無だった。

「さて、お前には別の任務を与える」

「なんなりと」

 静かに頷いた楯無に、いつものおちゃらけた雰囲気は微塵もない。つまり、それだけ事態は切迫しているという事だ。

「恐らく、このシステムダウンや村雲が迎撃に行ったISとは別の勢力が学園にやって来るだろう」

「敵−−、ですね」

 学園の全システムがダウンしているという事は、それだけ混乱も大きい。この機に乗じて介入を試みる国は必ず存在する。千冬はそう睨んでいた。

「そうだ。今のあいつ等は戦えない。悪いが、頼らせて貰う」

「任されましょう」

「お前には厳しい防衛戦になるな」

「ご心配なく。これでも私、生徒会長ですから」

 そう言って不敵に微笑む楯無だが、千冬が顔色を変える事はない。

「しかし、お前のISも先日の一件で浅くないダメージを負っただろう。まだ回復しきっていない筈だ」

「ええ。けれど私は更識楯無。こういう状況下での戦い方も分かっています」

 生徒の長として、一歩たりとも引く気はない。その強い決意を楯無の瞳の奥に見た千冬は、溜息を一つついた。それから真っ直ぐに楯無を見詰め、一言告げた。

「では、任せた」

 楯無はペコリとお辞儀をすると、オペレーションルームから出て行った。その姿がドアで閉ざされて見えなくなってから、千冬は重い口を開いた。

「私達は何をしているんだ……っ!守るべき生徒達に戦わせて、私達は……!」

「織斑先生……」

 仕方がないとは言わない。言ってはいけない。生徒(子供)を戦場に立たせるなど、たとえそこにどんな事情が有ろうとも許されるべきではない。

 それは、千冬にとっても真耶にとっても、決して譲れぬ一線であった。

「さあ、ぼんやりしている暇はないぞ。我々には我々の仕事がある」

「はい!」

 そうして、千冬と真耶も、ある準備に取り掛かった。

 

IS学園防衛戦、現在の状況−−

 

一夏ラヴァーズ−−アクセスルームに移動完了。電脳ダイブの準備を開始。

 

村雲九十九−−接近中の魔改造『アルテラ』の迎撃に出動。接敵まであと僅か。

 

更識楯無−−学園に侵入を試みる部隊の迎撃に出動。現在、学園内を探索中。

 

織斑千冬&山田真耶−−何らかの作戦準備を開始。現在位置不明。

 

 

「……あら、迎えに行こうとしていたのに、そちらから来てくれるなんて。手間が省けたわ」

「貴女が着飾ってやって来たと聞いてね。慌てて出てきた、という訳だ」

 IS学園島、南西3㎞地点。そこで私とメルティ・ラ・ロシェルは二度目の邂逅を果たしていた。軽口を叩き合いながらも、その視線はお互いを捉えている。どちらかが動こうとしたその瞬間、戦端は開かれるだろう状況。まさに一触即発だ。

ドレス(IS)、随分と大胆な改造(アレンジ)を施しているじゃないか。誰のデザインだ?」

「言うと思ってるの?」

「いや、微塵も」

 更に軽口を続けながら、私はメルティのIS『アルテラ』を注意深く観察する。

 元の姿から大きく変わったのは肩と脚。特に肩には巨大なアーマーが増設され、そのアーマーからはスラスターノズルが見え隠れする。脚の追加装甲はアーマー兼ブースターのようで、全体に機動力と防御力を同時に上げようとしている事が伺える。

 その一方で、背中のランドセルには大口径の滑腔砲と荷電粒子砲が砲身を折り畳む形でマウントされ、両腕下部には小口径のガトリングガンが取付けられている。その手には先端にパイクの付いた大型メイスを握っていて、火力と接近戦における破壊力をも追い求めた形になっている。その威容に、私は内心唖然としていた。

 つまり『アルテラ』を改造した亡国機業(ファントム・タスク)の技術者は、『高機動・高火力・重装甲の同時実現』という無茶苦茶なコンセプトを形にしようとし、かつそれが出来てしまうイカれた奴(マッド)だ、という事になる。前回の『アルテラ』の時といい、今回といい、一体誰なんだ?こんな突拍子もない事をしでかしたのは?

「私が来た理由……分かっているのでしょう?今度こそ、貴方を殺すわ。村雲九十九!」

 だろうとは思ったが、よくあの組織が私怨で動く事を許したものだ。意外にその辺り緩いのか?亡国機業?

「熱心な事だ。そんなに私の首をケティ・ド・ラ・ロッタ(恋人)の墓前に供えたいのかね?」

 これは軽い挑発だ。これ対してメルティが「勝手に殺すな!」と突っかかってくれば良し。「安い挑発ね」と鼻で笑われても特に問題は無い。

「…………」

 だが、私のその一言を聞いた瞬間、メルティは俯いて黙り込んでしまう。これは予想に無い反応だ。

「そう……やっぱり知ってたのね。あの方が死んだ、いえ、殺された事」

「!?」

 小さく呟いた彼女の言葉に、私は驚いてしまった。ラ・ロッタが……殺された?

 フランス国営超長期刑務所『バスティーユ』の警備レベルはあの国で最高クラスで、事実設立から50年が経過した現在までの間に脱獄に成功した服役囚は一人も居ない。また、脱獄幇助のために侵入できた者も一人も居ない。

「そんな厳重な警備を掻い潜り、目標(ラ・ロッタ)を殺害する?一体誰がどうやって?」

「その反応、どうやら今の一言はそうと知らずに言ったみたいね。でも、どうやったかなんて関係ないわ、村雲九十九。あの方は殺された。それだけよ」

 そう言って、メルティは私にメイスを向ける。それに対して、私は同じ超重武器である《ミョルニル》を呼び出し(コールし)て構える。

「だから!」

 短い咆哮と共にこちらに突進してくるメルティ。

「貴方の首をあの方の墓前に捧げて、あの方のお側へ行く!それが私に出来る、最後の奉公よ!」

「貴女が死ぬのは勝手だが、それに私を巻き込むな!迷惑だ!」

 

ガアンッ!

 

 IS学園島の空に、鉄の塊のぶつかり合う音が響き渡った。

 

 

 

……ガアンッ!

 

 上空で響いた音に反応して顔を上げた楯無は、そこから断続的に響くその轟音に、九十九が戦闘状態に突入した事を悟った。

 鉄の塊がぶつかり合うようなその音は、本校舎の方に少しづつ近づいて来ている。それに楯無が思案顔をした。

(全校生徒は大体の避難は終わったようだし、まあ大丈夫ね)

 一瞬で思考を終えた楯無は、その目を正面……遠くまで真っ直ぐ続く廊下に向けた。

「上ではもう始まったみたいね……。じゃあ、こっちも始めましょうか、侵入者ご一行さん?」

 そう言う楯無の前には、一見誰もいないように見える。しかし、楯無のIS『ミステリアス・レイディ』は確かにそこに『人間』がいると告げていた。

 

プシュ!プシュ!

 

 瞬間、何も無い空間から、空気が抜けるような音と共に特殊合金製の弾丸が楯無に飛んでくる。しかし、それらは全て楯無の目の前で止まる。

「!?」

「ふふん。なんちゃって能動的慣性制御装置(AIC)よ」

 微笑んで(うそぶ)く楯無。実際には、正面に予め自身のIS『ミステリアス・レイディ』のアクア・ナノマシンを空中散布していただけである。IS用の射撃武器ならいざ知らず、通常兵器の弾丸程度なら遮る事は容易い。

 目に見えない敵兵の動揺を感じ取り、楯無の笑みは一層深くなる。

 そもそも、目に見えない彼らを真っ先に捉えたのもこのアクア・ナノマシンだ。音も無く、姿も無い彼らだが、そこにいる以上空気には触れる。その空気に感知用微粒子(センサーゾル)を混入しておけば、見つけるのは造作もない。そして−−

「ポチッとな」

 楯無が拳から唯一立てていた親指を閉じる。刹那、大爆発が廊下を飲み込んだ。

「IS『ミステリアス・レイディ』の技の一つ。《清き情熱(クリア・パッション)》のお味はいかが?」

 『ミステリアス・レイディ』の真骨頂は、屋内やアリーナと言った限定空間内での戦闘にある。『ミステリアス・レイディ』の最大戦力であるアクア・ナノマシンは、分布密度から流動まで、閉じた空間であればその全てが思いのままだからだ。

 しかも相手は最新装備の特殊部隊とはいえ、只の人間。いくら完全展開(フルオープン)出来ないISであっても、相手になる筈がないのだ。

「なーんか、弱い者イジメみたいよねぇ」

 はぁ……と溜息をつく楯無。……しかし。

「うふふ、そういうのって大好き♡」

 魔性の女が、嗜虐的な笑みを浮かべた。そもそも、目の前の(見えないが多分)男達は、殆どの生徒が非武装の女子校に完全武装で乗り込んで来る無粋者達だ。大義名分は楯無にこそある。

「さあ、行くわよ。必殺、楯無ファイブ!」

 楯無が叫んだ瞬間、その姿が5人に分かれる。そこに居並ぶのは、制服姿にランス装備の更識楯無✕5。

「まあ、ぶっちゃけ『ミステリアス・レイディ』の機能なんだけどね」

 ヘラリと言う楯無の言葉に、特殊部隊員達は戦慄した。

 つまり、目の前の楯無達は、5体中幾つかはアクア・ナノマシンを使った特殊レンズによる幻で、その他はナノマシンで製造した水人形であるという事だ。問題はその内訳が分からない事。しかも、水人形の方は爆発機能の付いた実体だ。

「うわああっ!く、来るな!来るなあああっ‼」

 微笑みを浮かべて、一歩づつゆっくりと近づいてくる楯無(水)に、恐慌状態に陥った最年少の隊員が銃を乱射する。しかし、水で出来た人形である以上、銃弾は一切効かない。

「はい、ドーン!」

「「「ぐわあああっ!」」」

 楯無の合図で一斉に爆ぜる水人形。爆発をまともに受けて倒れ伏す隊員達。阿鼻叫喚がそこにはあった。

「は、班長!このままでは……!」

「ぐ、ぬぅ……っ!」

 訓練された兵士、それも最高のスペックを持った男達がどんどんとやられていく。救援要請を受けた別働隊が合流して事に当たろうとするも、楯無に一切歯が立たず一人、また一人と脱落して行く。

「ひ、退け、総員撤退!」

 これで若干16歳。おまけに機体、本人共に本調子では無い。にも関わらずこの有様なのである。

 つくづく、ISとは既存の認識を破壊し尽くしたのだ。撤退支援をしながら、班長と呼ばれた男は改めてそう実感していた。

「うふふ♪」

 燃え盛る炎の中で艶然と微笑む楯無。その様は完全に悪の親玉(ラスボス)のそれだった。

 

 

「…………」

 上階の爆発音を遠くに聞きながら、千冬は一人真っ暗な通路に佇んでいた。その姿は常のスーツ姿ではない。

 黒を基調としたボディースーツに身を包み、普段下ろしている髪をポニーテールに纏めている。両腰のブレードホルスターには計六本の日本刀型ブレードが下がり、それとは別に両手に一本づつ刀を握り、直立不動の姿勢を取っていた。

(楯無め、派手にやりおって……)

 本校舎が受ける事になるだろう被害とその修繕費を思うと頭が痛いが、一旦その考えは捨て、自身正面−−地下特別区画の()()()()に繋がる通路の入口を見据えた。

 静かな空間に小さく配管の駆動音が響く中、千冬の耳がこの場に有ってはならない音を捉えた。それは、ISの駆動音。それも極めて小さいものだ。

(これだけの小さな音……相手はステルス機か)

 臨戦態勢を取った千冬の目の前に現れたのは、アメリカ製軍用第三世代機『ファング・クエイク』を纏った女だった。

 しかし、その機体はアメリカ代表IS操縦者『野獣(ビースト)』イーリス・コーリングの物とデザインが異なっていた。

 イーリスの強襲仕様高速格闘モデルと違い、拳部分にナックルガードが装着されておらず、ウィングは小さく、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を可能とするスラスターも装備されていない。

 何より違うのは機体色。派手な虎縞模様(タイガーストライプ)のイーリス機と異なり、米海兵特殊部隊(SEALs)御用達のネイビーブルーで全身を染めている。飾り気は一切無く、ペイントも部隊章もない。

 その姿を見た千冬は、目の前の女がどこの何者かを理解した。

(なる程、噂の米軍特殊部隊『名も無き兵達(アンネイムド)』の一員……動きの練度からして隊長クラス、か)

 

『名も無き兵達』

 この部隊に所属する兵士は、全員が国籍も民族も宗教も名前も無い、まさに『アンネイムド』と呼ぶに相応しい部隊である。

 その活動は完全に部外秘とされ、米軍所属である事も記録上、書類上のどこにも無い。

 その性質上、表沙汰に出来ない汚れ仕事を主に請け負うと言われており、その存在は各国で噂されていたが、彼等彼女等に繋がる証拠は一切出ておらず、真相は藪の中である。

 

(こいつが来た、という事は相手はアメリカか……となると、目的はIS学園(うち)で回収した未登録コアか)

 千冬が相手の目的を正確に見抜いたと同時、千冬の存在に気づいた女の前進が止まる。瞬間−−

「参る」

「−−!?」

 短い言葉と共に、千冬が一陣の風となって駆け抜けた。

 

ガインッ!

 

 盛大な音と火花を立てて、千冬は女の後ろへと跳ぶ。着地と同時、通路全体の灯りが点灯して互いの姿を照らし出す。

 千冬の姿を捉えた女は、目の前の人物が誰なのかに気づいて思わず呟いた。

ブリュンヒルデ(世界最強)……」

 目の前に千冬が現れた事にも驚いた女だったが、その姿にも驚いた。

(本気か……?)

 女が思ったのはまずそれだった。ISのセンサーを使って何度確認しても、千冬は生身にボディースーツという装備だ。ダイビングスーツのように全身を覆うそれを着込み、ブーツは強化仕様のゴツい物を履いている。手には格闘用グローブを嵌め、露出している部分は顔のみ。

 その腰に三対六本のブレードを下げ、両手にも二本の刀を持っている。先程『ファング・クエイク』の装甲に刃を立てたのは、どうやらそれらしい。一見すれば完全装備だが、女からすればふざけているように見えた。

(このような対通常兵器用のスーツで……どういうつもりだ?)

 無論、防弾効果や対刃性はあるだろう。しかし、それにした所でISの火力の前では裸であるのと変わらない。が−−

「どうした」

「……?」

 女に声を掛けた千冬は、手に刀を持ったまま手招きをする。

「かかって来い。お前の目の前にいるのは初代ブリュンヒルデだぞ。世界で初めて最強の名を手にした女だ。全身全霊をもっと挑むがいい、一兵士」

 挑発的な笑みを浮かべる千冬。そこには、圧倒的強者の余裕が見て取れた。

 

 

 IS学園防衛戦、現在の状況−−

 

 一夏ラヴァーズ−−電脳ダイブ開始。簪のバックアップの元、行動中。

 

 村雲九十九−−IS学園上空にてメルティと戦闘開始。やや形勢不利。

 

 更識楯無−−IS学園本校舎内にて所属不明の部隊と戦闘開始。圧倒的に形勢有利。

 

 織斑千冬−−IS学園地下特別区画にて『名も無き兵達』隊長と戦闘開始。形勢有利。




次回予告

狼は狙う。神が見せる一瞬の隙を。
白の騎士は走る。囚われの淑女を救う為に。
戦乙女は魅せる。最強と呼ばれる由縁を。

次回『転生者の打算的日常』
#60 IS学園防衛戦(後)

メルティ、貴方に私の『本当の戦い方』を見せてやろう。


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#60 IS学園防衛戦(後)

 IS学園上空500m。九十九とメルティの戦いは、終始メルティが有利に進めていた。その事に、メルティは高揚していた。

「はあっ!」

「くっ!」

 

ガンッ!ガンッ!

 

 大型メイスを辛うじてハンマーで受け止め、焦っているかのような表情を見せる九十九。それが何よりメルティに喜悦の感情を呼び起こす。

(行ける!やれる!この『天空神(アルテラ)・改』なら!)

「はああ……はっ!」

「うぐうっ!」

 速力に任せて九十九に再度突進。メイスを振り抜いて九十九を吹き飛ばすと、ランドセルの滑腔砲の伸展して撃ちかける。

「食らいなさい!」

「ちいっ!」

 吹き飛ばされた状態から何とか体勢を立て直し、迫る砲弾をギリギリで躱す九十九にもう一度接近してメイスを振り下ろす。

「はああああっ!」

 

ズドンッ!

 

「がふっ……!」

 腹に直撃した感触が、メルティの手に伝わる。そのまま地面に向かって墜ちていく九十九に、滑腔砲の全弾と荷電粒子砲の最大出力を纏めて浴びせかける。瞬間、爆音が轟き、爆煙が視界を覆った。

「ぐあああっ!」

 砲弾を浴び、学園近くの砂浜に墜落した九十九を追いかけ、メルティが浜に降り立つ。

「無様なものね、村雲九十九」

「くっ……はぁ……はぁ……」

 何とか立ち上がった九十九だったが、その場で膝をつき、顔を俯け、荒い呼吸を繰り返す。

(ダメージは十分与えた。あいつはもう動けないと見ていいわね)

 その割には装甲が綺麗な気もするが、瑣末事だと判断したメルティは、メイスをその場に放り捨てると大振りの剣を呼び出し(コール)。九十九にゆっくりと近づいて正面に立つと、剣を振り上げて宣言した。

「これで終わりよ、村雲九十九。あの世で懺悔なさい!」

 この時、メルティは気づいていなかった。俯けた九十九の顔が『我が意を得たり』と言わんばかりの笑みに歪んでいた事に。

 

「死ね!」

 

ガシッ!

 

 メルティが剣を振り下ろそうとした刹那、その動きが突如として止まる。

「なっ、何が……!?」

 メルティが振り返って剣を見るが、そこには自分の大剣以外何も無かった。驚くメルティの一瞬の硬直を見逃す事なく、私はメルティの股間目掛けて拳を突き上げた。

 

ズンッ!

 

「え?……あ、あ、ああああっ!」

 突如として真下から襲った衝撃と内臓を押し潰された痛みに、大剣を取り落として苦悶に満ちた悲鳴を上げるメルティ。

「ふう、ようやく隙を見せたな」

「貴方……さっきまで私に押されていた筈なのに……どうして……?」

「メルティ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「なん……ですって……!?」

 そう、私は今までメルティに押し込まれているように見せて、メルティの機体や戦闘法などの情報を可能な限り収集していたのだ。

 腹に受けたメイスの一撃は、インパクトの瞬間に吹き飛んだ風を装って後方に飛ぶ事で衝撃を逃がし、滑腔砲と荷電粒子砲は着弾前にコッソリ取り出したスモークグレネードを爆発させ、煙の中で《スヴェル》を呼び出し(コールし)て防御。

 後は墜落したように見せかけ、息も絶え絶えになっている所を見せれば、彼女は勝手に『もはや虫の息だ』と思ってとどめを刺しに来るだろう。私はその瞬間を待って、反撃に出るだけで良い。

「と、言う訳だ」

「あ、貴方……」

「卑怯だ、などと言うなよメルティ。これは戦闘だ。勝利の為ならどんな手だろうと使って当然だろう」

 未だに股を押さえて蹲るメルティに向け、《狼牙》を連射。反応の遅れたメルティは全弾直撃を受ける。

「あぐっ!」

 撃ち終わった《狼牙》を放り捨て、《レーヴァテイン》を呼び出し。引鉄を引いて刀身を赤熱させる。

「情報は揃った。メルティ、これから貴方に、私の『本当の戦い方』をお見せしよう」

 《レーヴァテイン》を突き付けてそう宣言すると、メルティは股間の痛みに顔を顰めながら、大剣を拾い上げて構えた。

「『本当の戦い方』ですって……?そんなものが有るなら、見せてみなさいよ!村雲九十九!」

「ふっ……」

 叫ぶと同時に突貫して来るメルティを、私は笑みを浮かべて待ち構える。さあ、第二ラウンドと行こうか。

 

 

 一方、千冬と『名も無き兵達(アンネイムド)』隊長の女の戦闘は、佳境を迎えていた。

「ッ!」

 

ガギンッ!

 

 鈍い音と共に、千冬が装備していた刀の最後の一振りが折れ曲がった。

「終わりだな」

 それを見た女の動きは機敏だった。素早く左のボディブローを千冬の腹に叩き込む。刹那、バンッ!と破裂音が響き、千冬が大きく吹き飛んで行った。

「今のは……?」

 千冬を殴った手応えがおかしい。そう思った女は自らの左手を見た。その拳には、焼け付いた火薬の跡があった。瞬間、女は自らの失敗を悟った。

(しまっ−−)

 千冬との距離は離れ、千冬は指向性爆破装甲(チョバム・アーマー)で無傷。しかも自分の周囲には千冬が突き立てた刀が大量に存在している。そして、千冬ははっきりと宣言した。

「『木端微塵』」

 その単語が引鉄となり、次の瞬間全ての刀が大爆発を起こす。

「!!!!」

 壁も床も天井も、その全てが爆発に飲まれて滅茶苦茶に破壊されていく。千冬は炎が追い付いて来るよりも早く、廊下を走り出していた。

「逃がす……かぁっ!」

 冷静沈着を常とする女だったが、何時までも千冬を捉えられない事に思わず苛立ちが噴き出した。

 スラスターを開いて一気に飛翔、逃げる千冬の背中に一撃を叩きこむ−−筈だったが、千冬はまるで背中に目でもあるかの様に、ひらりと宙返りをしてそれを躱した。

「ふっ!」

 

ガツッ!

 

 千冬は迫る女の顔面に蹴りを入れ、その反発力で廊下を曲がると、そのまま突き当りの部屋へドアに体当たりをして転がり込んだ。

(反響センサーの反応では、あの部屋は袋小路。今度こそ貰った!)

 勝利を確信した女は、スラスターを全開にして飛翔。千冬の飛び込んだ部屋に、ドアを蹴破って突入した。

 女が部屋に突入した瞬間、部屋の照明が点灯する。そこで女が目にしたのは、自分に背を向け()()()()()()()()()()()()()()()()千冬だった。

「出番だ、真耶」

「はい!」

 

バッ!

 

 千冬がステルスマントを取り払う。そこから現れたのは、女が見た事もないパッケージのような物を装備した『ラファール・リヴァイブ』だった。

(な、何だあれは!?)

 その威容に女は驚愕する。目の前の『ラファール』は、簡潔に言えば『ISの上から巨大なISを装着している』ように見えたからだ。

 ISを中心に極大サイズの四肢を取りつけたような外観。その両手には『ラファール』用の超大型砲戦パッケージ《クアッド・ファランクス》の装備である25㎜口径7連装ガトリング砲を持っている。

 脚からは何本ものアンカーが生えており、それ等を床に突き刺して砲撃姿勢の安定を図っている。

 腕が脚より遥かに長く、恐らく伸ばせば床に届くだろう。巨大な拳は、どんな物でも粉砕してのけそうだ。

「紹介しよう。これは、村雲九十九が『うちのイカしたイカれ野郎(マッド)共のアホ発明です』と言って、学園にモニタリングテストを依頼してきた全領域対応超大型パワーローダー。《霧巨人(ヨトゥン)》だ」

 九十九を『何時使うんだこんな物』と呆れさせ、器用と言われるシャルロットすら『流石に無理』と自機への搭載を拒んだトンデモ武装。それが《ヨトゥン》だ。

 その説明に、女は呆然としてしまう。ラグナロクが『変態企業』なのは知っていたが、まさかこんな物を作る程とは思っていなかったからだ。そして、その隙を見逃す程、真耶は甘くない。

「行きます!」

 ガシャン、と音を立ててガトリング砲を構える真耶。その音にハッとした女が回避を試みるが、それは一瞬遅かった。

 

バラララララッ!

 

 2門のガトリング砲から放たれる無数の弾丸が女に迫る。引き伸ばされた感覚でそれを見た女は、一つだけ逃げ場を見つけた。

 それは《ヨトゥン》の真上。超大型ガトリング砲の反動を制御しようとすれば、砲口の向きを固定して撃つしかない。ならば−−

(直上へ逃れれば、すぐに攻撃できないはず!)

 そう考えた女は、被弾を覚悟で《ヨトゥン》の真上に逃れるべくスラスターを全開にして飛んだ。しかして、多少のダメージと引き換えに、女の目論見は成功した−−かに見えた。千冬がこの一言を発するまでは。

「それは悪手だ、『名も無き兵達』」

「!?」

「そう来るようにしたんです!せーの……ええい!」

 そう言うと同時、真耶はガトリング砲をその場に捨てて、《ヨトゥン》の脚部アンカーを収容。スラスターを全開にして女に向かって飛び上がる。

「そ、そんな!?」

 迫り来る《ヨトゥン》を纏った真耶に、女は狼狽する。まさか、あんな鈍重そうな機体が、これほどの速度で飛ぶとは思わなかったからだ。

 そんな女を尻目に、真耶は《ヨトゥン》の拳を握り、女に向かって突き出しながらなおも接近。拳が女を捉えた瞬間、音声コマンドを入力した。

「これで終わりです!必殺!バスター・ナックル!」

 

ズドオンッ!

 

「がっ……」

 炸薬によって撃ち出された拳が女の全身を強かに打ち付ける。女の意識とISのシールドエネルギーは、その一撃によって一瞬で持って行かれ、女はほんの数瞬天井にめり込んだ後、そのまま床に墜落するのだった。

 

ズズンッ!

 

 重々しい着地音を響かせて《ヨトゥン》が着地。その振動で、千冬が飲もうとしていたコーヒーが僅かに溢れて千冬の手にかかった。

「熱っ!」

「あっ!す、すみません、織斑先生!大丈夫ですか!?」

「ああ。大丈夫だ、問題無い」

 熱さに顔を顰めた千冬に慌てて謝る真耶。それを手で制してコーヒーを一啜り。

「……うん。山田先生の淹れたコーヒーは格別だな」

「それ、インスタントですよ?」

「……山田先生、対象の拘束を」

「あ、は、はい!」

 千冬の言葉を受けて、ISを降りて女の拘束に向かう真耶を横目に見ながら、千冬は若干血の味のするコーヒーを静かに飲み終えた。

 

 

「さて、こんなものかしらね」

 特殊ファイバーロープで特殊部隊の男達を縛り上げた楯無は、ふう、と一息ついた。

(国籍はアメリカで間違いなさそうね。無人機情報のパターン31に飛びついたんだし)

 しかし、不可思議なのは学園のシステムが停止した事だった。余りに長くこの状態が続く場合、最悪各教室のシャッターを破壊して外気を取り込む事を考えねばならない。

(う~ん、でも生徒会長自ら破壊行為っていうのは、ちょっとねぇ……)

 しかしまあ、迷ってもいられない。

「行きましょうか」

 エネルギー節約の為、ISを待機状態に戻して一歩を踏み出そうとしたその時、不意に楯無の脳裏に九十九の言葉が蘇った。

 

『ねえ、九十九くん。自分の実力じゃどうしても倒せない相手を、それでも倒せって言われたら、君はどうする?』

『そうですね……。まずは相手の思考能力を徹底した挑発で奪って、その上で見え見えの罠を仕掛けます』

『その心は?』

『見え見えの罠を食い破らせて、その裏に隠した本当の罠に嵌めて自滅を誘うんですよ。ただこの戦術、煽り耐性の高い人や、そもそも人の言葉に耳を貸さない人には通じませんが』

『なるほどねぇ……。他には?』

『そうだな……やられたフリをしたり、わざと捕まったりして相手の油断を誘い、隙を見せた所を後ろからズドン。とか』

『やっぱり君ってえげつないわねぇ……』

『どうしても倒せない相手を、それでも倒そうとするんです。なら汚かろうと卑怯だろうと、どんな手でも使わないとでしょ』

 

「‼」

 九十九の言葉を思い出し、はっとなった楯無が男達に向き直るのと、男の持つ無音銃から弾丸が発射されたのはほぼ同時だった。

「あぐっ!?」

 振り返った楯無の腹を特殊合金の弾丸が貫通し、その衝撃で楯無はもんどり打って倒れる。直後、撃たれた腹部から血が溢れて廊下を濡らした。

「やっと隙を見せたな……」

(しまった、私とした事が……)

 縛り上げた男達の拘束が解けていた。恐らく、隠し持っていたプラズマカッターで切り落としたのだろう。その四肢は自由に動いている。

「どうしますか?班長」

「こいつはロシア代表登録の操縦者だな。日本人のくせにISを手にする為に自由国籍権で国籍を変えた尻軽だ」

「では……?」

「止血と応急処置、モルヒネで意識を鈍化。その後、操縦者ごとISを持ち帰る」

了解(ラジャー)

 リーダーの言葉を聞いてからの男達の行動は極めて迅速だった。自殺防止の為に猿轡を楯無に噛ませ、モルヒネを打ち込んで楯無の意識を奪い、止血と応急処置を手早く済ませて楯無を抱えると、そのまま来た道を戻り回収部隊との合流地点へ急いだ。

(助けて……  ……くん)

 薄れ行く意識の中、楯無が心の中で呼んだのが誰だったのかは、本人にも分からない。

 

 

 楯無が男達に誘拐されようする30分前、IS『白式』を通して誰かが自分を呼ぶ声を聞いた一夏は、倉持技研を飛び出し、一路IS学園へと向かっていた。連続の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を用い、全速力で駆け飛ぶ。

(呼んでる。誰かが呼んでるんだ……。俺を!なら、行かないと!()()()()()()()()()()()!)

 使命感と焦燥に駆られながら、一夏は遮二無二飛んだ。学園本校舎が見えたその時、『白式』のセンサーが何かの反応を捉えた。

「っ!?あれは……!」

 一夏が目をやったその先で、学園の渡り廊下を黒一色のアサルトスーツを着た男達が楯無を抱えて移動している。それを見た一夏は、意識を一点に集中し、瞬時加速に入って男達に突撃する。

「その人を……離せえええっ!!」

 突撃と同時に男達を振り払って楯無を確保した一夏は、そのまま真下の地面に荷電粒子砲を撃って土煙を上げて男達の視界を奪う。

「くっ、なにが……」

「うらあああっ!」

 いきなりの一夏の襲撃に面食らう男達。その隙を見逃さず、一夏は男達を一撃で壁に叩きつけて沈黙させた。

「楯無さんっ!楯無さんっ!?」

 必死に名を呼ぶ一夏。生体反応がある事から死んではいないと分かる。だが、一夏がどんなに呼び掛けても、楯無の目は覚めない。

「楯無っ!」

 一夏が一際強く名を呼ぶと、やっとその瞼が開いた。

「ん……。いち、か……くん……?」

 モルヒネを打たれたからか、その瞳はトロンとしていて、一夏はその様子を眠り姫のようだと思った。

「大丈夫ですか?すぐに医療室へ連れていきますから!」

「ううん……地下……この場所に、行って……。織斑先生たちも……そこに……」

「分かりました!」

 受け取った位置データを元に、一夏は校舎の廊下をフル・ブーストで飛翔する。その際、一夏は楯無が流血している事に気付いた。

「楯無さん、血が……撃たれたんですか!?」

「へーき……」

 楯無はそう言ってえへへ、と笑うが、その顔にも声にもいつもの余裕は無い。

(くそっ、何がどうなってんだ!?)

 地下への最短ルートを邪魔するシャッターを荷電粒子砲で破壊しつつ、一夏は千冬の下へと急いだ。

「ここか!」

 位置データにある場所に辿り着いた一夏がパネルを操作してドアを開くと、中には千冬と真耶、そして一夏の見知らぬ女性が拘束された状態でいた。

「は……え?一体、何が−−」

 状況が飲み込めずポカンとする一夏に、千冬が怒号混じりの命令を飛ばす。

「説明は後だ!織斑、すぐに篠ノ之達の救出に向かえ!」

「位置データを転送する!急げ!」

「は、はい!」

 急かされた一夏は楯無を真耶に任せ、来た時同様に最大出力で廊下を進んだ。

(ホントに何が起こってるんだよ!?)

 教えられた部屋の前で『白式』を解除し、中へ入る。その真っ白な部屋の中には、眠っている箒達と、その前でオロオロと狼狽える簪がいた。

「あ……。一夏、くん」

 一夏が入ってきた事に気付いた簪に、一夏は状況説明を求めたが、元来口下手な簪には口頭で説明するのは難しい。ならば、と簪は状況説明のメールを一夏に送った。

 

『一夏くんへ。今現在、IS学園は何者かのサイバー攻撃によって無力化されています。コントロール奪還のために電脳世界に進入した篠ノ之さん達も、同様に何かしらの攻撃を受けて連絡がつきません。また、このままでは目覚める事もないでしょう。そこで、一夏くんは同じようにISコア・ネットワーク経由で電脳世界にダイブし、みんなの救出をお願いします。更識簪より』

 

 ちなみに、これだけの長文を打つのに簪が掛けた時間は僅か15秒。ある意味、才能の無駄遣いであると言えた。

 未だに分からない事だらけだが、目の前の彼女達を助ける事ができるのがこの場に自分しかいない。一夏はそれだけを理解した。

「で、簪。電脳世界にダイブってどうするんだ?」

「…………」

 そう訊いてきた一夏に対し、簪はスタンガンを持って近づく。一夏の訝しげな顔を知ってか知らずか、簪は一切の躊躇なく一夏の首にそれを押し付け、トリガーを引いた。

「っ!?」

 途端、一夏はビクンッと体を震わせた後、床に崩れ落ちた。簪は一夏を頑張ってベッドチェアに運んで横たえると、『打鉄弐式』のコンソールを操作し、一夏を電脳世界に送り込むのだった。

『い、いきなり何すんだよ!……って、あれ?どこだここ?』

 一夏からの抗議の声はとりあえず無視し、簪は一夏に行動を指示した。

「森の中に急いで。そこにあるドアの先に、みんなはいるはず」

『了解!』

 言うが早いか、一夏は真っ直ぐに森の中へと駆けていった。

 

 IS学園防衛戦、現在の状況−−

 

 一夏ラヴァーズ−−電脳ダイブ中、何者かの攻撃によって音信不通。織斑一夏、救出の為に電脳ダイブ開始。

 

 更識楯無−−戦闘終了。一瞬の隙を突かれ腹部に銃撃を受け負傷。誘拐されかけるも織斑一夏により救出。命、身柄共に別条なし。

 

 織斑千冬−−戦闘終了。《霧巨人》装備の山田真耶との連携戦術により、侵入者の捕縛に成功。

 

 

 高温溶断剣(ヒートソード)の目的は、その赤熱化した刀身によって対象を溶断破砕する事にある。《レーヴァテイン》もその例に漏れない。

 一般的なIS用の近接武装に使われる特殊合金の融点は1800℃。一方《レーヴァテイン》の赤熱状態時の温度は2000℃になる。その温度差は実に200℃。その状態で互いの武器で斬り結ぶとどうなるか?その答えは−−

「そのあちこち溶けてボロボロになった大剣が、何より雄弁に物語っているよな?メルティ」

「くっ……」

 刃が鋸のようになり、最早使い物にならなくなった大剣を見て歯噛みするメルティ。だが、私の持つ《レーヴァテイン》の状態に気づいたのか、したり顔を浮かべて言った。

「ふん、貴方も人の事を言えないじゃない。その剣、随分くたびれてるようだけど?」

 見れば、《レーヴァテイン》は赤熱状態で何度も大剣と斬り結んだ事で歪みが生じていた。金属を赤熱して攻撃する以上、どうしても刀身は柔らかくなり、結果として歪みやすくなってしまうからだ。

「ふむ、確かにな。これはもう使えんか」

 指摘を受けて、私は手にした《レーヴァテイン》を砂浜に放り捨てた。その瞬間、メルティがこちらに突貫してくる。

「馬鹿ね!自分から武器を捨てるなんて!知ってるのよ、貴方がヒートソードをそれ一本しか装備していないって事は!」

 言いながらボロボロになった大剣を捨て、大振りのナイフを抜いて振りかぶるメルティ。だが、それは調べが甘い。

 

キンッ!……トスッ

 

 軽い音を立ててメルティのナイフの刀身が根本から折れ、砂浜に突き刺さる。それにメルティは唖然とした顔をする。

「……え?」

「確かに、私は《レーヴァテイン》をあれ一本しか搭載していない。だが、剣が他にないとは言っていない」

 そう言う私の手には、両刃の片手半剣(バスタードソード)が握られている。メルティのナイフを一瞬で斬り折ったのはこの剣だ。

超音波振動剣(メーザー・バイブレーション・ソード)《フルンティング》。ラグナロクの最新武装だ」

 メーザー(M)バイブレーション(V)ソード(S)は、刀身に毎秒2〜4万回の超音波振動を与える事で切断力を上げる。という武器だ。

 有名所は、イギリス製第二世代機の中でも傑作と謳われる『円卓の騎士(ラウンドナイツ)』シリーズの一機、『ランスロット』の《アロンダイト》だろう。《アロンダイト》の振動回数は毎秒8万回で、凄まじい切れ味を誇った。

 だが、ラグナロク開発のMVS《フルンティング》の振動回数は、脅威の毎秒20万回。余りの切れ味に、開発した技術者からの手紙に『絶対に人に使うな』と書いてあったのに驚いたのは記憶に新しい。

「そんな、いつの間に……」

「これが完成して、オーバーホールを終えた『フェンリル』と共に私の所に送られてきたのは、つい二日程前だ」

 何でもない風に言った私に、メルティは嘲ったような笑みを浮かべた。

「それは嘘ね」

「何故そう思う?」

「もし本当にオーバーホールが終わっているなら、貴方が《ヘカトンケイル(最大戦力)》を出さないのはおかしいからよ!」

 吠えるなり、メルティはナックルガードを装着した拳で私に殴りかかろうとして−−出来なかった。

「何よ、これ!どうなってるの!?まさか、AIC!?」

 メルティの拳は私の顔面数cm手前でピタリと止まっており、メルティがどれだけ動かそうとしてもビクともしない。だが『フェンリル』にはAICなどという便利な物は搭載されていない。

 では、メルティの拳を止めたものは何なのか?その正体を、私は明かした。

「メルティ。私は《ヘカトンケイル》を出さないんじゃない。出せないんだ。何故なら−−」

 私がパチン、と指を鳴らすと、メルティの周辺空間から静電気の弾けるような音を伴って《ヘカトンケイル》が現れた。メルティの拳が止まったのは、その腕を《ヘカトンケイル》が掴んでいたからだ。

「なっ!?」

()()()()()()()()()()()だ」

 驚愕するメルティに人の悪い笑みで回答する私。と同時に、メルティの股間を爪先で蹴り上げる。

「ぎいっ!?」

 痛みにメルティが怯んだ隙に、全速で後方へ離脱。そのままメルティを《ヘカトンケイル》で包囲する。

「これで、もう逃げる事はできないぞ。メルティ」

「光学迷彩……そんな物まで……!でも、包囲が甘いわよ!村雲九十九!」

 叫んだメルティは《ヘカトンケイル》の包囲を抜け出すと、スラスターを全開にして突撃して来た。

「これでえええっ!」

 メルティは腕部ガトリング砲をバラ撒きつつ、私に接近してくる。だが、それこそが私の狙いだと言う事にメルティは気付かなかったようだ。

 バラ撒かれるガトリング砲の弾を躱しつつ、メルティが放り捨てたメイスへと誘導。メイスに気づいたメルティがそれを通り過ぎざまに掴んで振り上げると、更にスピードを上げて私に向かい突進。メイスが届く距離まで近づいた。

「これで終わりよ!」

「貴方がな」

 私が横に移動すると、隠されていた本当の罠が姿を現す。それは、《ヘカトンケイル》に掴まれ、ブースターを全開にしてこちらに飛んでくる《ミョルニル》だった。

「っ!?」

 

ゴシャアアンッ!!

 

 躱す事も防ぐ事も出来なかったメルティは《ミョルニル》と正面衝突。盛大な音を立て、装甲を撒き散らしながら縦軸三回転をしたメルティは、そのまま砂浜に大の字に倒れてピクリとも動かなくなった。それに合わせるかのように『アルテラ』の装着が解除され、待機状態に戻るのだった。

 

「ふう、何とかなったか。彼女が単純で助かった」

 もしメルティが思慮深く、相手の言葉や行動の裏を読む事に長けた女性であったなら、きっとこうはならなかっただろう。勝因を上げるとすれば、偏に『メルティ・ラ・ロシェルが極めて読みやすい女性だったから』に他ならない。

「よし、今度こそ捕縛して情報を得るとしよう。末端の構成員の彼女が知っている情報などたかが知れているだろうがな」

 それより気になるのはあの魔改造を施された『アルテラ』だ。これを回収して解析すれば、この大胆な改造(アレンジ)をしたのが誰なのか、うちの技術者なら分かるのではないだろうか。

「……それに、豪州連合(AU)に恩を売っておくのも悪くないだろう」

 魔改造済みとは言え、奪われた機体が戻ってくるのはAUにとっても望外の喜びの筈だ。それは今後のラグナロク、ひいては私にとって大きな利に繋げる事もできるだろう。

 そうと決まれば善は急げ。私は『フェンリル』を待機状態に戻してメルティに近づき、『アルテラ』の待機状態と思われる翼を広げた鷹の意匠のペンダントトップを掴もうとして−−

「っ!?」

 何かが飛んでくる気配を感じて咄嗟に引っ込めた腕を、その直後に飛んできたナイフが掠め、小さな切傷をつけていった。

「ごめんなさいね、村雲九十九くん。それを渡す訳にはいかないのよ」

 上空から掛けられた声。そちらに目を移すと、そこには見慣れない女がISを纏って浮いていた。

 ウェーブのかかった長い金髪、男なら十人中十人が振り返るだろう美貌、メリハリの効いたボディライン、控えめに言っても途轍もない美人だ。

 しかし、最も印象的なのはその目。アクアマリンにも似たその瞳に湛えた光はどこまでも冷たく、酷く硬質だ。

「何者だ?貴方は」

「そこの女の上司……という所かしら。一応初めまして、村雲九十九くん。私は『現在の』エイプリル。よろしく」

 それを聞いて、私はメルティと初めて相対した時の事を思い出した。

 彼女は自分の事を『亡国機業(ファントム・タスク)のブリーズ』と名乗り、ケティ・ド・ラ・ロッタの事を『エイプリル』と呼んでいた。それらは亡国機業によって与えられた暗号名(コードネーム)、もしくは席次を表す称号のような物なのだろう。そのケティが失態を犯して『エイプリル』の名を剥奪された後、それによって空いた席に座ったのが彼女という事だ。

 つまり、亡国機業には代替わりというシステムが存在し、名前持ち(ネームド)の人数は常に一定に保たれているという事だろう。また一つ、正体不明の組織の秘密が分かったな。

 こちらの内心を知ってか知らずか、エイプリルと名乗った女は私に要求を突き付けてきた。

「もう一度言うわ。それを渡す訳にはいかないの。こちらが逃げ切るまで、動かないでくれるかしら」

「それで『はい、そうですか』と言うとでも?」

「いいえ、言う必要は無いわ。だって貴方、どうせもうすぐ動けなくなるから」

「何を……うっ!?何だ……?この猛烈な睡魔は……?」

 彼女の言葉を訝しんでいると、突然、私を強烈な倦怠感と眠気が襲う。この感じは睡眠薬か!?だが一体いつ……?

「っ!?まさか、あの投げナイフか……!?」

「ご名答。あれには1㎎でゴリラも昏倒させる睡眠薬を塗っておいたの。大丈夫、貴方が寝ている間に全て終わるわ」

「く……そ……」

 私はまた貴重な情報源を取り逃がす事になるのか?それどころか、このまま寝てしまっては最悪その間に殺されかねない。何としても眠るな!

 しかし、心とは裏腹に意識はどんどん遠くなっていく。視界がボヤけ、目の前の女の顔も判然としない。

「お休みなさい」

 エイプリルのその言葉を聞いたのを最後に、私の意識は完全に闇に沈んだ。

 

 IS学園防衛戦、現在の状況−−

 

 一夏ラヴァーズ−−一夏の奮戦により、続々と意識を回復。間もなく電脳ダイブ終了。

 

 更識楯無−−山田真耶によって再生治療室に搬送完了。現在治療中。

 

 織斑千冬−−『名も無き兵達』隊長への取り調べを開始。

 

 村雲九十九−−戦闘終了。メルティを撃破するも、直後に現れたエイプリルの放った睡眠薬付きナイフによって昏倒。意識不明。

 

 

『IS学園が何者かに襲撃され、九十九が『アルテラ』と戦っている』

 その一報を聞いたシャルロットは、新パッケージの試運転(トライアル)もそこそこに、大急ぎでIS学園へと飛んだ。

 本当は1秒でも早く着くために瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使いたかったが、絵地村博士から「微調整(アジャスト)が済んでいないから機体に負荷をかけると良くない」と言われ、やむなく出せるだけの速度でとにかく飛んだ。

 IS学園を視界に収めた丁度その時、島の北側の海岸からISが人を抱えて飛んでいく所が見えた。

(あそこに九十九がいる!)

 確信めいた予感を持ったシャルロットは、海岸へと急いだ。数分後、海岸に到着したシャルロットが見たものは、()()()()()()()()()()()()()九十九だった。

「つ、九十九……?い、いやああああっ!!」

 IS学園に、一人の少女の悲痛な叫びが響いた。




次回予告

一つの事件が終わる時、それは新たな事件の始まりだ。
少女達が少年への思いを吐露した時、少年はどう返すのか?
それは、神にも分からない。

次回「転生者の打算的日常」
#61 恋模様

どうするかを決めるのはお前だ、一夏。


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#61 恋模様

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「九十九!しっかりして!九十九!」

 血塗れで横たわる九十九を、自分が汚れるのも構わずに抱き上げるシャルロット。力無く垂れ下がった腕から、鮮血がポタポタと垂れ落ちる。

 もう助からないのではないか?最悪の予想がシャルロットの脳裏を過る。それを必死に頭から追い出して、シャルロットはスラスターを全開にして本校舎の治療室へと九十九を連れて行くのだった。

 

「柴田先生!」

 治療室の扉が大きな音を立てて開かれた事に渋面を作ったIS学園専属医師柴田綾子(しばた あやこ)は、直後に漂ってきた猛烈な血の臭いと自分を呼ぶ切羽詰まった声にただならぬものを感じて入口に急いだ。

 そこには、ISを纏ったままのシャルロットが血に塗れた九十九を抱えて、今にも泣きそうな顔で立っていた。

「先生!九十九を……九十九を救けてください!」

「‼……こっちよ!早く!」

「は、はい!」

 促されたシャルロットが治療室に入り、ベッドに九十九を横たえる。その間に綾子は手早く治療の準備をして九十九の前に立つ。

(とは言え、これだけの出血。もう助からないと……あら?)

 残酷な事実を告げなければならないか。そう思った綾子だったが、九十九の姿を見てある事に気付いた。

(規則的な呼吸をしてる……。それに、これだけの出血量なのにどこにも傷口が無い?……まさか!?)

 もしやと考えた綾子は、濡らしたタオルで九十九の体を拭った。すると、その血はあっさりと取り除かれ、そこから新たな血が流れてくる事は無かった。

「先生、九十九は……!?」

「デュノアさん、よく聞いて。これは……もしかしたら村雲君の血じゃないかも知れないわ」

「え?」

「調べてみないと分からないけどね。でも、少なくとも村雲君に外見上の怪我は無いわ。強いて言えばここ、右腕の切傷くらいね。これももう出血は止まってるし」

「そ、そうですか……。良かった……良かった……う、ぐす……」

 九十九は無事だった。それを知ったシャルロットは、安堵から九十九に縋って嗚咽を漏らす。綾子は邪魔をしないよう、そっとその場を離れるのだった。だが、ふとある事が気になった。

(でも、これが他人の血だとしたら一体誰の……?全身血塗れになる程だから間違いなく致死量だし……。村雲君、貴方に何があったの?)

 学園の外で何があったのかを詳しく知らない綾子には、その答えを出す事ができなかった。

 

 

 シャルロットが血に塗れた九十九を発見する約15分前。九十九を眠らせたエイプリルはメルティを回収して離脱すべく、彼女を起こしにかかった。

「ブリーズ、ほら、起きなさい」

 

ガスッ!

 

「グッ!?」

 尤も、その起こし方は頭を蹴飛ばすという些か乱暴なものだったが。

「おはよう、ブリーズ。また派手にやられたわね」

「エイプリル……」

「『様』を付けなさいな。これでも貴方の直属の上司よ?」

「ふん、貴方を上司なんて認めない。私にとって『エイプリル』はケティ様だけよ」

 そっぽを向くメルティにため息をつくと、エイプリルはメルティに手を差し出した。

「……何よ?」

「『天空神(アルテラ)』を渡しなさい。プロフェッサーに修理を依頼するから」

「…………」

 言われたメルティは不満そうな顔で『アルテラ』をエイプリルに手渡し、ふらつく体を叱咤して立ち上がる。と、その視界に砂の上に倒れる九十九が入った。

(今ならあいつを苦もなく殺せる……!)

 メルティは顔に嗜虐の笑みを浮かべて九十九を仰向けに蹴転がしてその上に跨り、隠し持っていたナイフを抜いて九十九の心臓めがけて振り下ろした。

「ケティ様の仇!今日こそ!」

 その凶刃は寸分違わず九十九の心臓に突き刺さる−−筈だった。

 

ガシッ!

 

「「なっ!?」」

 驚きの声を上げるメルティとエイプリル。それも当然だった。何故ならメルティの腕を掴んでナイフを止めたのは、他ならぬ九十九自身だったからだ。

「そんな、どうなってるのよ!」

「あり得ない。昏睡状態の筈なのに……」

 困惑するメルティ達。すると、九十九の目がゆっくりと開く。その瞳は、普段の黒から鮮やかな碧に変わっていた。メルティはその目に射抜かれた瞬間、顔面を蒼白にして震え出す。

『女、これは我の玩具だ。人の子風情が、我の断りなしに()そうとするでないわ』

 開いた口から出た声は、九十九の声とは異なる強烈な威圧を伴った物だった。

「あ、あ、あ……」

 冷汗が出る、震えが止まらない、何かを言おうとしても言葉が出ない。メルティの心身は、言い様の無い恐怖に支配されていた。

『仕置きが必要だな』

 九十九が上体を起こしてメルティの首を掴むと、そのまま立ち上がる。

「が、か……は……っ」

「っ!ブリー……『そこでじっとしていろ、女』くうっ!?」

 メルティを助けようと動こうとしたエイプリルだったが、九十九に射竦められて一歩も動けなくなる。

(何なの、あのプレッシャー……!彼に何が起きたというの……!?)

『おい、女。お主は我の玩具を()そうとしたな。であれば、己が()される事も覚悟の上よなぁ?』

「ひっ!?」

 九十九の目が嗜虐の光を湛えたのを見たメルティは、己の末路を瞬時に悟ると共に、それが既に不可避の未来である事を理解した。

『ふんっ!』

 メルティの首から手を離し、胸倉を掴んで気合と共に頭上まで持ち上げた九十九。そして、右手を手刀に構えると、目にも映らぬ速さでそれを一閃した。

「た、助け−−『壊れる(死ぬ)がいい!』」

 

ゾンッ!

 

 生木を切るような音が浜に響き、メルティの首が宙を舞った。切断面から大量の血が噴き出し、九十九の体を濡らしていく。

 切り飛ばされたメルティの首は、図ったかのようにエイプリルの足下へと落下した。仕事柄、人の死には慣れているエイプリルだったが、それでも僅かにえづいてしまった。

「うっ……!」

『おい、何を呆けている』

「っ!?」

 声を掛けられて反応したエイプリルは驚愕する。一体いつの間に自分に近づいたのか、九十九がすぐ目の前にいたからだ。

(目を……背けられない……)

 背けた瞬間、自分もメルティと同じ運命を辿る事になる。確信めいた予感が、エイプリルの動きを封じた。

 すると、九十九が足下に転がっていたメルティの首の上に、自分が掴んでいた首の無い遺体を放り捨てた。

『お主に命ずる』

「な、何を……?」

『これを持って帰り、お主の仲間に伝えよ。「村雲九十九(これ)は神たる我の所有物だ。迂闊に手を出せばこうなるぞ」とな』

 『嫌だと言えば殺す』。言外にそう言われたような気がしたエイプリルは、コクコクと頷くとメルティの遺体を抱えて急いでその場から逃げ出した。

(兎に角ここに居たくない!)

 エイプリルは恐怖から逃げるように、脇目も振らずに飛びに飛んだ。

 その姿が見えなくなったのを確認して、九十九は嘆息して呟いた。

『ふん、我の遊びを邪魔しようとするからこうなるのだ……む?』

 何かが気になったのか、九十九は自分の右腕に目をやる。その腕は何ヶ所も皮膚が裂け、筋肉が千切れた痛々しい物になっている。

『やれやれ、人の体の何と脆い事よ。仕方ない』

 九十九が傷んだ右腕に左手を翳した瞬間、右腕の怪我が逆再生の様に元に戻っていく。

『おっと、この切傷は残しておかねばな。……そろそろ限界か。我が憑いた事で暫し体が痛むかもしれぬが、土産は置いていく故、許せよ人の子よ』

 そう言って九十九は目を瞑り、そのまま砂浜に大の字に倒れるのだった。

 この数分後、シャルロットが九十九を発見、冒頭の展開に戻る事となる。

 ちなみに、九十九がメルティと戦った海岸には監視カメラが設置されていたのだが、何者かのサイバー攻撃によって機能を停止しており、一切情報は残っていなかったという。

 

 

「ん……ここは?」

 目を覚ますと知らない……とは言い難い天井だった。どうやらここは学園本校舎の治療室のようだ。恐らく私はあの後、誰かによってここに担ぎ込まれたのだろう。誰かは分からないが、感謝せねばならないな。

「今何時だ?……ぐうっ!?な、何だこれ!?全身が軋む!?何でこんな酷い筋肉痛になっているんだ、私は!?」

 時計を見ようと寝返りを打った瞬間、体中をえげつない程の痛みが襲う。おかしい。私はこんな風になる程の運動なんてしていない筈なのに。私の体に何が起きたんだ!?

 そう考えていると、治療室の扉が開く音がした。反射的にそちらに振り返ると、そこにはシャルと本音がいた。

「君達か。何故ここに……と訊くのは野暮だな」

「つ、つくもん……」

 本音が私の顔を見た途端、今にも泣き出しそうな程にクシャリと顔を歪めた。次の瞬間、本音が私に向かって走り寄ってくる。

「つくも〜ん!」

 ……って、ちょっと待て!まさかこの子、このまま私に抱き着こうというんじゃ!?

 その予想は大当たりだった。本音は走り寄る勢いそのままに、私に飛びつき、力一杯抱き着いてきたのだ。

「っ!?……ぐふっ」

 飛びつきの衝撃と、直後の抱き締めの圧迫によって筋肉という筋肉が悲鳴を上げた私は、声すら出せずに失神した。

 

「うわ~ん!良かったよ~!もう目を覚まさないんじゃないかって……あれ?つくもん?つくもん!?」

 九十九が失神した事に気付いた本音は、九十九の肩を揺すって起こそうとするが、九十九は完全に白目をむいてピクリともしない。

「九十九!?大丈夫!?しっかりして!?」

 九十九が気を失った事に気づいたシャルロットが慌てて九十九に駆け寄る。と、そこへ綾子がひょっこりと顔を出して事も無げに言った。

「そうそう、言い忘れてたわ。彼、全身重度の筋肉痛だから、不用意に触らないであげて……って、もう遅いみたいね」

「「そういうことはもっと早く言って!?」」

 治療室に少女達のツッコミが響いた。

 

「一瞬、三途の川が見えたよ……」

「ご、ごめんなさい……」

 気絶から立ち直った私の呟きに、シュンとした顔で謝る本音。その頭を腕が軋むのを堪えてポンポンと叩く。

「気に病むな。私が筋肉痛になっている事を知らなかったんだから、仕方ないさ」

「うん……」

 小さく頷く本音。しかし、本音があれだけ取り乱すのも珍しい。気になった私はシャルに質問した。

「シャル、あれから何日経った?」

「あ、うん。3日経ってるよ」

「3日!?そんなにか!?」

 なるほど、だから本音があんなになったのか。同じ立場なら私だってそうなったろう事は、想像に難くない。

 しかし、そうなると私が寝ている3日の間に何があったかがどうにも気になるな。

「聞かせてくれないか?この3日、何があったかを」

「「うん」」

 

 シャルと本音からもたらされた情報は、原作と大きく変わるものではなかったと言えた。

 医療室に運び込まれ、目を覚まさない一夏に、一夏ラヴァーズが『誰が一夏に目覚めのキスをするか』で大揉めとなり、何がどうしてそうなったのか、鈴がラヴァーズ全員に向けてに飛び蹴りをかまし、全員が一斉に避けた先に千冬さんが現れて、その蹴りが当たった事で千冬さんの怒りを買い、千冬さんに連れて行かれて何やら『とんでもない事』になったとか。

「あの時は、本当に鈴が死ぬんじゃないかって、みんな思ったよ」

「……生きてるよな?」

「……いちお〜」

 ただし、半日ほど髪が真っ白になっていた(ように見えた)と言う。一体何があったのか?

 問い質しても鈴は頑なに語ろうとせず、千冬さんも「聞くな」の一点張りで、真相は闇の中だそうだ。

 他にも、一夏がラヴァーズ達と何やら微妙な空気になったり(恐らく電脳世界での色々が原因)、その日の深夜、知られざる女達の闘い(喉が渇いたシャルが自販機コーナーに行った時に目撃した)が発生し、結局全員が千冬さんによって一夏の囮にされた山田先生に朝まで説教された。なんて事もあったらしい。

「何してるんだか……」

 相変わらずなラヴァーズに溜息が出るが、ここで僅かな違和感を覚えた。ちょっと待て、全員?確か原作では箒と簪さんが他から僅かに出遅れた事で難を免れた筈だが……?

「なんか『赤信号 みんなで渡れば 怖くない』って鈴が言ってたんだけど……」

「全員で示し合わせて一夏に夜這いを掛けようとしたって事か。ある意味進歩……なのか?」

 私という異物(イレギュラー)の存在と言葉が、彼女達の気質を考えれば可能性の極めて低い『共闘』という選択肢を取らせた。という事だろうか?どちらにしても、良い変化ではあるのだろう。

「それでね九十九。僕も、九十九に訊きたい事があるんだけど……」

「ん?何だ、シャル」

 少し言いづらそうにしながら、シャルはこう言った。

「僕が見つけた時、どうして九十九は血塗れで倒れてたの?」

「……どういう事だ?説明してくれ」

「うん。あのね……」

 シャルによると、IS学園襲撃の報を受けたシャルが急いで学園へ戻る際、島の北からISが飛んで行ったのを見て、直感的に私がそこに居ると思い急いで移動。そこで、全身血塗れで倒れる私を発見したと言う。

「柴田先生の調べで九十九の血じゃないって事が分かったんだけど……。ねえ、九十九。あそこで何があったの?」

「……憶えが無い」

「どういうこと?」

 質問を重ねるシャルに、私はメルティとの戦闘の推移と、その後に現れた女の話をした。

「結局、最後はエイプリルと名乗る女の睡眠薬付きナイフで昏倒させられて、そこで記憶が途切れているんだ。気がついた時にはここでこのザマ。という訳だ」

「嘘は言ってないよね?」

「当然だろう。と言うより、嘘を言う理由が無い」

 それに私には『女性相手に嘘を言わない』というポリシーがある。ましてシャルが相手なら尚更だ。

「だとすると、あの場に居た二人の内のいずれかの血、という事になるが……。シャル、飛んで行ったというISの機種は?」

「えっと……僕も薄っすらとしか見てないからはっきりはしないけど、多分『ラファール・リヴァイブ』の後期型だと思う」

「それに乗っていたのはエイプリルだ。なら、私が浴びた血はメルティの物という事に……いや、彼女がエイプリルを殺して機体を奪った可能性もあるか……?待て、それなら遺体が残っていない理由が分からない。わざわざ持って帰る必要なんて彼女には無い筈だ。くそ、情報が足りない……何か無いか……そうだ!監視カメラだ!あの海岸には海からの侵入者対策に監視カメラが数台ある!その映像からなら何があったか分かる筈……」

 

ガラッ

 

「残念だが、映像記録は残っていない。何者かのサイバー攻撃によって、全ての監視カメラが機能停止していたのでな」

 言いながら治療室に現れたのは、苦い顔をした千冬さんだった。

「お前から情報を聞こうと思ったのだが……。そうか、憶えていないか」

 嘆息して頭を掻く千冬さん。どうやら、私が戦っていた場所で何があったのかを知りたかったがアテが外れたらしい。

「すみません、お力になれず……」

「いや、いい。記憶がないなら仕方がない」

 そう言って踵を返し、そのまま出て行く千冬さん。と、医療室を一歩出た所で立ち止まり、背を向けたまま一言「だがまあ、良くやった」とだけ言って、気恥ずかしくなったのか足早に去って行った。

「千冬さんが労いの言葉とはな。明日は雨か?」

「かもね~」

「あ、あはは……」

 余りの珍しさについ溢れた言葉に、本音は追従し、シャルが乾いた笑いを零すのだった。

「じゃあ、あんまり長居をするのも悪いし、そろそろ行くね」

「お大事に~、つくもん」

「ああ」

 手を振りながら治療室を出て行くシャルと本音を見送った後、私はベッドに倒れ、体を休めながら考えを巡らせる。

(血に塗れた全身、右手に本当に微かに残る何かを叩き斬ったような感覚……そして、憶えの無い筋肉痛……)

 もしかしたらあり得る可能性として、自分の遊び道具を壊そうとした(私を殺そうとした)メルティに自称『知恵と悪戯の神(ロキ)』が腹を立て、私に憑依して彼女に『仕置き』をした。という可能性があるのだが……。

(……まさかな。アレは私が死んでも顔色一つ変えるまい。これ以上考えても仕方ない。もう一眠りするか)

 思考を中断して目を瞑ると、間もなくやって来た睡魔に身を任せた。

 ちなみに、翌日目を覚ますと、ベッド脇に大量の菓子と果物がおいてあった。どうやら寝ている間に誰かが見舞いに来たようだ。

「ありがたいが……なぜこのフルーツバスケットには果物に混じってドングリと松ぼっくりが入っているんだ?」

 誰の見舞い品かは知らないが、そんな物を入れられても困るぞ。と、心中でツッコむ私だった。

 

 

 更に明けて翌日。ようやく歩く事ができる程度に回復した事で退院を許された私は、腹を撃たれて治療中だという楯無さんの個室に見舞いに行った。

「災難でしたね、楯無さん」

「お互いにね。酷い筋肉痛だって聞いたけど?」

「ええ、まあ。実は、ここに来るのも痛みを堪えながらゆっくりとでして」

「無茶するわねぇ……」

「無理はしていませんよ。それに、じっとしているのにも飽きましたし」

「気持ちは分かるけど、あんまり無茶すると本音ちゃんが泣くわよ?」

「うっ……」

 泣き顔の本音を想像して言葉に詰まる私を、楯無さんは人の悪い笑みで見ていた。何だかバツの悪くなった私は、咳払いをして無理矢理話題を変える事にした。

「そう言えば楯無さん。一夏に危ない所を助けて貰ったとか。如何でした?アレの腕の中の居心地は?」

「えっ!?そ、それは……その……」

 私が訊いた途端、楯無さんの顔が朱に染まる。ああ、またあの超弩級朴念仁に撃墜された女が増えたのか。これで何人目だ?

「……争奪戦に加わる気ならお早めに。最近、ラヴァーズが結託する事を覚えたようですから」

「ちょっ、ちが、私は……!」

「隠しても無駄です。私はアレと最も付き合いが長い。アレに惚れた女は纏う空気でわかります」

「うう……」

 私にはバレている。それを確信したのか、楯無さんの顔がますます赤みを増した。目を合わせる事もできないのか、そのまま俯いて悔しそうな呻きを漏らすのが精一杯のようだ。

「まあ、頑張って下さい。アレの事で相談があれば何時でもどうぞ」

「え、ええ」

 私の言葉に楯無さんが頷くのを確認した後、筋肉痛を堪えながら椅子から立ち上がり、楯無さんの病室を後にする。

(遂に楯無さんも参戦か。さて、どうなるかな)

 彼女の参戦で、一夏争奪戦は更なる混戦を見せるだろう。だが、ラヴァーズ達が共闘を覚えたとなると、楯無さん一人では彼女達を相手取るのは分が悪い。

 もし、楯無さんが彼女達から勝ちをもぎ取ろうとするなら、『いの一番にド真ん中ストレートの告白をする(速攻を仕掛ける)』しか手は無いだろうが……。

(あの人は意外とヘタレだから、言おうとして言えずにモジモジしている間にラヴァーズに邪魔をされる。という未来しか見えん)

 将来の義理の又従姉妹(布仏姉妹の父と更識姉妹の父は従兄弟同士)である以上助け舟を出したいのはやまやまだが、下手に楯無さんに掛かり切ってあの二人の不評を買いたくないのも事実。どうするか……。

(まあ、なるようにしかならんだろうな。原作乖離は現時点で予測不能の域まで達している。私がどうにか出来る事ではない)

 本来なら一夏ラヴァーズ入りしている筈のシャルは私と恋仲になっているし、デュノア社と訣別していない為か第三世代機を既に受領済み。更にはそれに絡んだフランス事変の発生とその後の復讐者襲撃。他にも上げれば切りがない程に原作にないイベントが起きている。もはや何が起きても不思議ではない。

(とは言え、今日明日の内には大きな事件は起きないだろう)

 そう自分を納得させて、私は自分の部屋に戻るのだった。

 だが、この時既に大きな事件の種が芽吹きの時を待っている事に、私は気づいていなかった。

 

 

 翌日。私はシャルと本音に付き添われながら、未だ鈍く痛む体を叱咤しつつ教室へ向かっていた。

「つくもん、大丈夫〜?」

「ああ、何とかな。とは言え、無理は利かんが」

「ゆっくりでいいよ。まだ時間はあるし」

 念の為、早めに教室へ向かった事で、まだ時間には余裕がある。だが、あまりのんびりもしていられないのも事実だ。

 階段を一段づつ上り、教室まであと少しという所で、私は異変に気付いた。

 静か過ぎる。普段なら女の子同士の姦しい話し声が聞こえてくる廊下に誰もいない。教室の窓から黄色い笑い声が漏れて来ない。この異常事態に、シャルと本音と顔を見合わせる。

「なあ、シャル。今日は授業が休み。という事は無いよな?」

「う、うん。そのはずだよ?」

「ど〜なってるの~?」

 訝しみながらも教室のドアを開ける。途端、異様な程の緊張感に満ちた空気に肌が粟立った。

「な、何だ!?」

「く、空気が固い!?」

「うあ~、お肌がピリピリする〜」

「ん?ああ、ようやく来たか、九十九」

「お待ちしておりましたわ」

「あんたが証人よ」

「見せてやろう、私達の答えを」

「……よく見て、よく聞いていて」

 緊張感の正体は一夏ラヴァーズから立ち昇る『覚悟』の気配。それに当てられて、教室はおろか廊下にすら人が居なかったのだ。

 その緊張感に呑み込まれ、一組女子は自分の机に釘付けになっている。言葉を発する事すら容易ではない雰囲気が、場を支配していた。そんな中、ラヴァーズ達は大きく深呼吸をした後、一夏に向き直った。

「「「一夏(さん)!」」」

「は、はい!?」

 ラヴァーズに一斉に呼び掛けられた一夏は、ビクッとして慌てて立ち上がる。その直後、これまでに発生したどんな原作乖離より大きなそれが発生した。

「「「私達は、あなたの事が一人の男性として好きです!私達と恋人同士になって下さい!」」」

「……え?」

 突然の告白に呆然とする一夏。永遠に感じる程に長い、しかし僅かな静寂の後、教室が爆発した。

「「「ええええええええええっ!?」」」

 驚愕する一組女子一同。未だ再起動を果たさない一夏。やりきった顔のラヴァーズ。それらを目に収めながら、私はたった一言、万感を込めて呟いた。

「……どうしてこうなった?」

 

 遂に発生した超弩級の原作乖離。

 私は、もはやこの世界が原作世界とは完全に似て非なる物へと変わったのを、魂で理解したのだった。

「なあ、九十九。俺、どうしたらいいんだ?」

「それはお前が決める事だ、一夏」

 錆びついたブリキ人形の様にギギギ、とこちらを向いて訊いてくる一夏に、私はそれしか言えなかった。




次回予告

誰かが言った。「恋にルールもゴールも無い」と。
好敵手達に置き去りにされた霧纏う淑女は一計を案ずる。
それは『勝者が全てを手にする戦』の開始の合図だった。

次回『転生者の打算的日常』
#62 体育祭(宣言)

一週間後、IS学園大体育祭を開催を宣言します!


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#62 体育祭(宣言)

『織斑一夏、一年専用機持ち組全員(シャルロット・デュノアを除く)から告白される』

 この前代未聞の大ニュースは、放課後までには全校に知れ渡っていた。本校舎では事実を知った女子達が様々な反応を見せていた。

 天を仰ぎ慟哭する者、ショックのあまり茫然自失している者、事態を受け止められず「これは夢よ。悪い夢なのよ」と虚ろに繰り返す者。その様は見ているこちらが辛くなる程痛々しいもので、声を掛ける事すら躊躇われる状態だった。

 そんな中、告白を受けた当の本人は何処でどうしているかと言うと−−

 

「はい、あーん」

 IS学園特別医療室で、入院生活が長引いている楯無さんの世話を焼いていた。

「……いい、自分で食べるから」

 のだが、当の楯無さんの機嫌は現在とても悪い。恐らく、今朝の一件が既に伝わっているのだろう。不機嫌そうな顔で一夏の手からフォークを引ったくり、一夏の手作り弁当の中身を次々と口に放り込んでは咀嚼して飲み下すを繰り返す。

 だが、弁当の美味さと『一夏の手作り』であるという事実からか、顔が綻ぶのは止められないようだ。

「楯無さん、顔が綻んでますよ」

「はうっ!?」

 私が指摘すると、楯無さんは言葉を詰まらせて顔を真っ赤にする。余程恥ずかしかったのか、弁当を食べる手からフォークがこぼれ落ちた。

「おや?フォークを落としましたよ楯無さん。やはりまだ調子がよろしくないようだ。一夏、食べさせて差し上げろ」

「おう、分かった」

 私の言葉に従って、一夏が楯無さんの取り落としたフォークを持つと、アスパラベーコンを刺して楯無さんの口元へ持って行く。

「はい、あーん」

「だ、だから自分で食べるって……「あーん」うう……あーん……」

 一夏の放つ妙な圧力に屈する形で一夏の『あーん』を受ける楯無さん。その表情は照れ臭さと嬉しさが同居した、何とも可愛らしい物だった。

「しまった。今の顔、写真に撮れば良かった。黛先輩なら言い値で買ってくれたろうになぁ。いやぁ、惜しい事をしたなぁ」

「やめて、ホントやめて。やめてください、お願いします!」

 意地の悪い笑みを浮かべてそう言うと、楯無さんは慌てふためいて頭を下げる。自分の恥ずかしい写真が出回るのは勘弁なようだ。

「冗談ですよ。私が未来の義又従姉妹(またいとこ)殿を困らせて楽しむようなドSに見えるとでも?」

「見えるわよ!」

「ってか、実際楽しんでるだろ!」

「心外だな。私ほど人畜無害な男などそうは居ないというのに」

「「どの口が言うか、IS学園一の腹黒策士!」」

「息合ってるな二人とも。勇気を出して一夏に告白した彼女達には悪いが、一夏には楯無さんが一番お似合いだと思うよ」

「えうっ!?」

 私の言葉に素っ頓狂な声を上げる楯無さん。その顔はさっき綻んだ顔を指摘した時より更に赤い。

「どうして−−「なんでそう思うのよ!?」おわっ!鈴!?ってか皆も!?どうして窓の外に!?ここ三階だぞ!」

 一夏が理由を訊こうとした矢先、楯無さんの個室の窓から一夏ラヴァーズが大挙して押し寄せてきた。

 三階の窓の外にいたという事から、ISを部分展開して宙に浮き、こちらを伺っていたのだろうと分かる。

「ISを使ってまで覗きとは。感心しないな」

「うっさい!そんな事より……!」

「決死の告白をしたわたくし達より……」

「そこの楯無さんが……」

「嫁に似合いだと判断したその理由!」

「……聞かせてほしい」

 鈴、セシリア、箒、ラウラ、簪さんの順に言葉を発しながら私に詰め寄る五人。

 なに、このやけに息の合った連携。『一夏の心を取り合う』より『互いの手を取り合う』事を選んだ途端これか!?

「「「九十九(さん)(村雲くん)!」」」

「いいだろう。言ってやろうではないか。後で聞かなければ良かったなどと思うなよ?」

 私の言葉にコクリと頷くラヴァーズ。それを受けて、私は咳払いを一つして理由を語る。

「一夏に楯無さんがお似合いだと思う理由。それは、楯無さんがお前達の持つ短所を持っていないからだ」

「どういう意味よ?」

 訝しげな顔をする鈴。それに対し、私は立て続けに五人を指しながら、その精神を抉る言葉を放つ。

「……成長不足」

「うっ!」

「……高飛車」

「ううっ!」

「……すぐ手が出る」

「うううっ!」

「……深夜の迷惑行為」

「ううううっ!」

「……暗い性格」

「……地味に、ダメージ」

 私の指摘にがっくりと膝を着いて項垂れる五人。それに、私は一応のフォローを入れた。

「まあ、なんだ。お前達にもそれぞれ魅力は有る。それを活かすも殺すもお前達次第だ。励めよ、恋する乙女共」

「「「どの口が言うか!IS学園一の精神圧し折り野郎(マインドブレイカー)!」」」

「はっはっは」

 激怒するラヴァーズの叫びを柳に風と受け流す。彼女らの罵声など、シャルと本音にジト目を向けられる事に比べれば何程の物でもないのである。

 

 

 あれから2日。楯無の傷もようやく癒え、彼女は自室に戻っていた。

「…………」

 そんな楯無が見つめているのは、空中投影型ディスプレイに映る『ミステリアス・レイディ』の現在のステータス。

 その状態は警告域(イエロー)に近い安全域(グリーン)。動けないわけではないが、決して万全とは言えない状態だ。その事実が楯無の表情に暗い影を落としていた。

(やっぱり一度オーバーホールしないとだめね。ダメージの蓄積が深刻になる前に)

 となれば、一度開発元のロシアまで行かねばならない。恐らく、一週間は掛かるだろう。

「その間、一夏くんに会えない……か」

 殆ど無意識に呟いてから、慌ててその考えを否定する。

(私ったら何を……別に一夏くんと会えないくらいで−−)

 そう考えると、心に鈍い痛みが走った。−−ダメだ。会いたい。今すぐにだって会いたくて仕方ない。

「…………」

 赤くなった顔から少しでも熱を逃がそうと、頭をぶんぶんと振る。少しだけ落ち着いた楯無だったが、その瞬間、九十九のあの言葉がリフレインした。

『一夏には楯無さんが一番お似合いだと思うよ』

「−−っ!?」

(ち、違う。そんなことない。そんなこと−−)

 必死にその想いを否定しようとする楯無。だが、否定しようとすればする程、自分の感情が『そういう物』なのだと自覚してしまう。思考のループに陥った楯無を引き上げたのは、今日来る予定の無いはずの人物二人の声だった。

「楯無さん、はいりますよー?」

「お前な。部屋に入る前に在室確認のノックくらいしろと何度言ったら分かる」

 突然の事態にどうしよう、どうしようと考えている間に、無遠慮にドアが開いた。

 

 

「おじゃましまーす」

「だからノックを……ああもう!」

 一夏が楯無さんに許可も得ず、部屋に入ろうとドアを開けて一歩踏み入ったその瞬間。

「た、たあっ!」

 

パコーン!

 

「ぐあっ!?」

「な、なんだ!?ティッシュケース!?誰が……って、楯無さんですよね、そりゃ」

 楯無さんが投げ飛ばしたティッシュケースが、寸分違わず一夏の額にヒットする。痛いんだよなぁ、あれ。

「な、なにするんですか!?」

「こ、ここ、こっちの台詞よ!」

 額を押さえ、抗議の声を上げる一夏を、楯無さんがキッと睨みつける。

「勝手に女の子の部屋に入らない!常識でしょう!?」

「いやまぁ、楯無さんだし、良いかなと思って」

「−−っ!?」

 一夏からすれば全く作為の無い一言。だが、それを聞いた楯無さんは顔を真っ赤にして動揺していた。そんな楯無さんにそっと近づいて、私は忠告の耳打ちをした。

『一応言っておきますが、あれ、そういう意図はありませんから。勘違いなさらぬように』

「わ、わかってるわよ!」

 私の声は聞こえていなかったのか、突然吠えた楯無さんに「うぉっ!?」と驚く一夏。そんな一夏に、楯無さんは咳払いをして用件を訊いた。

「そ、それで、本日のご用件は何かしら?織斑一夏くん、村雲九十九くん」

 出来る限り平静を装ったつもりだろうが、その物言いは常より堅く、しかも大仰だ。その物言いが可笑しかったのか、一夏が笑う。

「あははっ。どうしたんです、いきなり。なんか楯無さん、変ですよ?」

「わ、私はいつも通りよ?傷だって完治したし、ほらっ!」

 一夏に『変』と言われた事に腹でも立てたのか、制服をブラウスごとガバッと捲って腹を露出させる楯無さん。勢い良く持ち上げ過ぎたせいか、薄桃色の『梱包材』が見え隠れしている。

「うわっ!?何してるんですか、いきなり!」

「一夏くんが変だとか言うからでしょ!?」

「それがどうして腹出しにつながるんだ?」

 一夏が『変』と言ったのは言動や態度の事で、断じて身体の事ではない。それが分からない楯無さんではないはずだ。

 となると、分かっていて敢えてそう行動したのか?それともそう見えないだけで実は相当テンパってるのか?……分からん。

「わ、わかりましたから!しまってください!おなか、冷えますよ!」

 楯無さんの腹を視界に入れないよう、必死に目を逸らす一夏。それが気に入らなかったのか、楯無さんは更に一夏ににじり寄る。

「ちゃんと見なさい!ホラ!ホラホラ!」

「見た目完全に痴女だな……」

「み、見ました!見ましたよ!」

 顔を赤くして恥ずかしそうにしている一夏に、ここぞとばかりに楯無さんが畳み掛ける。

「あらー、そう。じゃあ、次は触ってみなさい」

「「は?」」

 ポカンとする私と一夏。ちなみにこの間、楯無さんはその均整の取れたウエストを惜しげも無く披露し続けている。

「だから、本当に傷が塞がってるか、触って確かめてみなさい。そしたら、私がおかしくないって事はすぐにわかるんだから」

「ええー……?」

「だから、何でそうなるんだ……?」

 思い切り怪訝な顔を浮かべる私達。その顔を見た楯無さんは、はっと我に返ったような顔をした後、耳まで真っ赤になった。

 ああ、これはあれだな。自分が何を言ったのかを理解して、しかもその相手に惚れた男(一夏)を選んだ事に今更気付いて恥ずかしくなったんだろうな。

「や、やっぱり、やめ−−」

 やめにしましょう、と言おうとしただろう楯無さんの肌に一夏の指が触れた。

「ひゃんっ!?」

「あ、本当に傷、全くわからないですね。へぇ、すごいなぁ……」

「いや、それくらい見ただけで分かれよ」

 この世界の医療技術はかなり進んでいる。死に直結するような大きな怪我でなければ、ナノマシン治療と万能細胞(IPS)の移植手術、そして生体癒着フィルムの併用によって殆ど傷跡を残さずに治療が可能だ。それを一夏が知らないとは思いたくないが……。

「い、一夏くん……?」

「へえー、はぁー、なるほどなぁー、うんうん」

 なにやら勝手に納得しだした一夏は、真剣な顔で楯無さんの腹をつつき、触り、時には撫で回したりとやりたい放題だ。

 一方で楯無さんも、振り払う事も逃げる事もせずに一夏にされるがままになっている。羞恥か快感か、その顔は真っ赤だ。

 いい加減止めるべきかとも思うのだが、どうにも上手いやり方が思いつかない。

 楯無さんは恐らくもう限界が近い。これ以上は拙い、ノープランだがとにかく止めよう。と思って二人に近づこうとした瞬間−−

「何をやっとるんだ、貴様らは」

「い、いけませんよ!教育的指導です!」

 呆れを多分に含んだアルトボイスと咎めるようなソプラノボイスが部屋に響く。それを聞いた楯無さんがビクッと身を竦ませる。果たしてそこに居たのは、胡乱な目つきの千冬さんと顔を朱に染めた山田先生だった。

 一応、IS学園の貴重な戦力、守りの要。『最強の生徒会長』こと楯無さんの様子を見に来たのだろう。その辺りは千冬さんもちゃんと教育者なんだなと思った。

「村雲、なぜ止めなかった?」

「いや、タイミングが掴めなくて」

 頭を掻いて言う私に嘆息する千冬さん。その横で、楯無さんが誤魔化し笑いをしながら制服を元に戻し、一夏の手を叩いて落とす。

 一夏は手を叩かれた意味が分からず「え?え?」と困惑を顔に浮かべる。その視線を受けた楯無さんは、一夏を逆に睨み返した。

「……なによ?」

「なんでもないですけど……」

「そう。よろしい」

 いつものクールさを気取っているが私には分かる。今のあの人には余裕がない。それは千冬さんにも分かっているはずだ。

「おい、更識」

「なにか?」

「いつもの扇子はどうした?」

 楯無さんの痛い所を突く千冬さん。それでも楯無さんは慌てず騒がず、いつもの手つきで扇子を取り出して開いて見せた。その扇子に書かれた文字は−−

「ほう、『恋慕』か」

「またえらくタイムリーな扇子もあったものですね」

 楯無さんは取り出した扇子が間違っていた事に気付いて、慌ててそれをしまって別の扇子を取り出す。

「こ、こっちです、こっち」

 その扇子に書かれた文字は『無敵』。その様子を見た千冬さんは核心を突く質問をした。

「なあ、更識」

「はい」

「惚れたか?」

 思わず力が入ったのか、楯無さんの手の中で『無敵』扇子がメキッと悲鳴を上げる。書き文字は『無敵』でも、扇子本体はそうではないらしい。

「な、なにを、根拠に、そんな、あはは?」

「楯無さん。顔、引き攣ってますよ?」

「そ、そんな事ないわよ!?ほら、現にこうして−−」

 私に指摘され、努めて冷静を装う楯無さん。証拠として別の扇子を取り出そうとした所で、ツルッと手が滑って十数個もの扇子が五月雨の如くに落ちて行く。

 何処にそんなに入ってたんだ?あの扇子。まさか、どこぞの女暗器使いのように『特殊な身体操法によって畳み込んだ脂肪の内側』とか言わんよな?

「ちょ、ちょっと失敗しちゃった、はは」

 落ちた扇子を拾おうとする楯無さん。そこに一夏が手を出した。

「手伝いますよ。ほら、九十九も」

「私もか?まあ、仕方ないな」

「い、いいわよ……」

「まあまあ、そう言わずに」

 言いながら扇子を拾う一夏。ふと、その手が楯無さんの手と触れた。

「っ!?」

 瞬間、楯無さんは驚いたかのように手を引っ込めた。一夏はそんな楯無さんの反応に不思議そうな顔をするだけだ。相変わらずの朴念仁ぶり。まあ、告白された途端に女心に聡くなれるはずもないか。

 楯無さんは一夏と触れた手を握りしめて顔を逸らす。僅かに見せた切なげな表情は『恋する乙女』のそれ。

「村雲、一応訊くぞ。お前の所見は?」

「言う必要がありますか?あの顔、見たでしょう?」

「……そうだな」

「ですね」

 

『更識楯無は織斑一夏に惚れている』

 

 これは最早、私達の共通認識となっていた。これをあの五人が知ったらどうなるか、考えたくないなぁ。

「はい、楯無さん」

 そんな私達の思惑を知る由もない一夏は、拾い集めた扇子を楯無さんに差し出す。その無邪気な顔に、楯無さんは一瞬困ったような顔を浮かべた。

「と、とりあえず、今日の所はもういいから。一夏くん、生徒会の仕事、しておきなさいね」

「はい、それならもうバッチリです。な、九十九」

「楯無さん、心配には及びません。こいつは仕事を覚えるのが早い。今日明日中に片すべき仕事は、もう終わっています」

「それじゃあ、簪ちゃん達の相手をしてあげなさいよ」

 不貞腐れ気味に言う楯無さんに、一夏は致命の一言(クリティカルアタック)を繰り出した。

「いや、今は楯無さんでしょう」

「っ〜〜‼」

 湯気が出そうな程に顔を赤くして、楯無さんは部屋を飛び出して行った。

「えっ、あれ?」

 その様子をポカンとした顔で眺めながら、一夏は首を傾げた。

「「この天然ジゴロめ」」

 コツンと、私と千冬さんの爪先がしゃがんだままの一夏の尻を蹴った。

 ちなみにその夜、二年生寮の浴槽が僅かに赤く染まったと、翌日簪さんから聞いた一夏から聞かされた。あの人浴槽の中で何考えてたの?

 

 

「一夏。そろそろ行くぞ」

「おう、分かった」

「シャル、本音、準備は?」

「うん、出来てるよ」

「じゃ〜いこ〜」

 放課後の教室で、私達が揃って生徒会室に向かおうとした矢先、そこにセシリアが立ち塞がった。

「お待ちください、一夏さん」

「セシリア?なんだよ」

 腰に手を当てたポーズが相変わらず様になっている。流石は英国代表候補生グラビア特集で人気投票断トツの一位になっただけの事はある。

「セシリア、すまんが時間がない。用があるなら手短に頼む」

「ええ。この度、わたくしセシリア・オルコットは、IS学園生徒全ての力となるため、生徒会執行部に入ろうと思いますの」

 エヘンと胸を張るセシリア。その動きにつられ、均整の取れた『ハッサク』がその存在を主張する。うん、いいね。

「「ジト〜……」」

「……すみません」

 直後、両隣の二人から飛んでくる非難の視線に謝罪を口にする。これもまた一連の流れだったりする。

「おお、そうなのか。じゃあ俺が推薦しようか?」

 私達のやり取りの横で、セシリアの言葉に感心した一夏がそう言うと、セシリアは目を輝かせて頷いた。

「はいっ。ぜひ!」

 セシリアは一夏の手を握ると、舞うような軽やかな動きで腕を絡める。が、その直後−−

「「「ちょっと待った!」」」

 教室と廊下からちょっと待ったコールと共に私達に近付く三つの影。言わずもがな箒、鈴、ラウラの一夏ラヴァーズ残党だ。

「セシリアだけを行かせるわけにはいかん!」

「うむ。私たちは一蓮托生。一夏絡みのことならば抜け駆けは無し。そう取り決めたはずだ」

「あんたねぇ、それを提案した当の本人が真っ先にそれを破ろうとすんじゃないわよ!」

 口々に言いながらセシリアに詰め寄る三人。というか、抜け駆け無しの提案をしたのはセシリアだったのか。

「わ、わかりましたわ。一夏さん、箒さんたちも合わせて推薦していただけますか?」

「おう、いいぜ」

「すまんが、もう時間が押している。君達が付いてくると言うなら勝手にしたまえ。行くぞ」

「おう」

「「うん(は~い)」」

 私の号令一下、生徒会室に向かう一年生専用機持ち達。その姿は一組生徒一同に『ああ、いつもの事か』とスルーされるのだった。……何気にこの子達のスルースキル上がってないか?

 

 で、現在生徒会室。楯無さんにラヴァーズ達が生徒会に入りたがっている旨を私が説明した。

「という訳でして。楯無さん、貴方の真実は?」

「ギブミーユアトゥルース〜!」

 私達の質問に対する楯無さんの返事はたった一言だった。

「却下」

 一刀両断、にべもなし。楯無さんは凛とした声で毅然と言い放った。

「なんでよ!?」

「どうしてですの!?」

「私たちが手伝ってやると言っているのだ!ありがたく思え!」

「せめて理由を聞かせてください!でなければ納得がいきません!」

 楯無さんの座る生徒会長席の机をバンバン叩いて抗議の声を上げるラヴァーズ。それに対して、楯無さんはある一点をすっと指さして答えた。

「だってもう、人数埋まってるもの」

 指さすその先にいたのは、超高速でキーボードをタイプする簪さんだった。

「か、簪……?」

「あんた、まさか……!?」

 驚愕を顔に浮かべる箒と鈴。

「そういえば、簪だけ一組に来なかったな……」

「という事は、あの時点ですでに……?」

 事実に気づき、戦慄に体を震わせているラウラとセシリア。それに対して、簪さんは少し申し訳無さそうに、だが堂々と立ち上がって挨拶をした。

「……どうも、このたび生徒会執行部織斑一課配属になった更識簪です」

「織斑一課?なんだそれは?」

「はい、主に織斑一夏のスケジューリングやマネジメントを行う課です」

「ダジャレか!」

 ツッコむ鈴。

「お、織斑、一課……。ふ、フフッ……」

 何やらツボにはまったらしいセシリア。

「おい、箒。セシリアはなぜあんなにおかしそうにしているんだ?」

「聞くな。ギャグやシャレは面白い理由を説明する方が辛いんだ」

 ラウラがセシリアの笑う理由を箒に訊き、それに箒が説明を放棄する。

「ああ、簪が俺の担当になるのか。のほほんさんのスケジューリングは適当すぎて何が何だか分からなかったから助かるよ」

「うん、よろしく」

 呑気に言う一夏とそれに微笑む簪さん。

「ムムム……」

 そんな二人の距離感が気になるのか、難しい顔の楯無さん。

「一応本人の名誉のために言うが、本音は私のスケジューリングはきちんとしてくれているぞ?」

「あ、それ僕ができるだけ分かりやすく修正してるからなんだ……。一夏のスケジュールまでは手が回せなかったけど」

「本音すまん。弁護できん」

 本音の名誉の為にフォローしたつもりが、実はシャルの手によるものと知って何も言えなくなる私と、苦笑いするシャル。

「ふう……。お茶がおいしい」

 我関せずの姿勢を崩さない虚さん。

「んはぁ~。今日も天気でお菓子が美味しい〜」

 私の声が聞こえていなかったのか、笑顔でパクパクと菓子を頬張る本音。紛う事無きカオス空間がそこに出来上がっていた。

 

パンッ!

 

 そんな混沌とした空気を、楯無さんが開いた扇子の音が切り裂いた。

「いいでしょう!」

 開かれた扇子に書かれていたのは、墨痕逞しい『勝負』の二文字。

「一週間後、一年生対抗織斑一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会の開催を宣言するわ!」

 楯無さんの声は凛として怜悧。なのだが、ポカンとした顔の一夏とふと目が合った瞬間、頬を染めて視線を逸らす。そんな反応したらラヴァーズに気づかれると思うんだが、当のラヴァーズ達は互いに顔を見合わせている為、気付いていなかった。

 

 ともあれ、こうして乙女の戦場は用意された。

 私は、自分が景品にならなかった事にそっと安堵の溜息を漏らすのだった。

 

「なお、実行委員には村雲九十九くんを指名します。よろしくね♡」

「面倒事全部押し付ける気だこの人!?」

 が、安堵した途端にこれ。明日から山と襲ってくるだろう仕事に、今から頭が痛かった。




次回予告

そこは、勝者のみが全てを得る乙女の戦場。
戦え。何も失いたくないのなら。戦え。何もかもを手にしたいなら。
それが、取りうる唯一の選択肢だ。

次回『転生者の打算的日常』
#62 体育祭(開催)

さあ、始めようか。醜くも美しい、女の戦いというやつを。


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#63 体育祭(開催)

「つまり、こういうことか」

 

カッ

 

 チェス盤の上に白の(キング)を置いて、ラウラは周囲を見回した。

 場所はIS学園一年生寮食堂。時刻はとっぷり夜である。この時間帯だと、ここは夜のティータイムを楽しむ生徒達のラウンジとなるのだが、一夏ラヴァーズ一同の面持ちは堅い。

「優勝者が一夏と同じクラスとなり、それ以外の候補生は別クラスに移動。そして……」

 

カッ

 

 白の王の隣に白の女王(クイーン)を置いて、ラウラが更に続ける。

「一夏と、同じ部屋で暮らす権利を得る」

 瞬間、代表候補生全員に電撃が走った。−−一夏との同棲。これは何にも代え難いものだ。

 尤も、その良さを知っているのはこの場には箒しかいないのだが。

(告白までしたんだ。もう一度同棲すれば一夏とて……)

 あの素晴らしい日々をもう一度(スイートデイズ・ワンスモア)。箒がほんわかとした考えに思いを馳せていると、静寂を鈴が断ち切った。

「ともかく!今回はあたしたちは全員ライバル……遠慮なく行かせてもらうわよ!」

 鈴の宣戦布告に静かに応対したのは、ナイト・ティータイムを楽しむセシリアだった。

「あら、そんなこと言ってしまって大丈夫ですの?今回はIS無しの生身対決、言っておきますが勝ち目はありませんわよ?このわたくし、セシリア・オルコットの率いる騎士団は無敵です!」

 宣うセシリアに、鍛え上げた小刀の如き鋭い闘志を秘めた瞳を向けるのは簪。

「大事なのは集団における戦略……引けは、取らない」

「ふん。戦術ならば、私のドイツ軍仕込みの戦い方を見せてやる」

 対抗して胸をそらすラウラだったが、彼女は一つ忘れている。それは、自分が率いる仲間の生徒が軍事訓練など受けた事の無い一般人だという事だ。

「全ては剣の道……。武士道とは、死ぬ事と見つけたり」

 キリッとした顔をする箒だったが、「いや、死んじゃダメでしょ」と鈴にツッコミを受けた。

「ともかくっ!」

 

ダンッ!

 

 箒がテーブルに手をついて勢い良く立ち上がる。

「これで正々堂々勝負できるな」

「頷きたいところだが……お前たち、最大の障害を忘れていないか?」

 

カッ

 

 そう言って、ラウラが白の王に王手(チェック)をかけ、かつ女王が取れない場所に置いたのは黒の僧正(ビショップ)

「村雲九十九。奴が一体どんな競技を考えているのか、全く見当がつかん」

「……確かにそうね。あいつ、えげつないこと考えてそうだし」

「あの方なら、わたくし達の心を平然と折ってきそうですわね」

「この体育祭、間違いなくあいつが何か仕掛けてくるぞ」

 後ろ頭に大玉の汗をかいて、ラヴァーズ達は一体何をさせられるのかと戦々恐々とするのだった。

 

 

「……以上が事の経緯です。先生には大変ご迷惑をおかけ致しますが、何卒御容赦と御協力をお願い致します」

 一年生対抗大運動会開催を楯無さんが宣言した翌日の朝。職員室にて。私は経緯の説明をし、千冬さんに90度の礼と共に協力の要請をしていた。

「頭を上げろ、村雲」

「はい」

 言われて頭を上げると、思い切り渋面を作った千冬さんが盛大に溜息をついていた。

「事情は分かった。各種日程調整はこちらでやろう。……苦労するな」

「貴方程ではありませんよ、織斑先生」

 去年からあの『突発性イベント開催病』を患っている傍迷惑な水色髪女と付き合っている千冬さんに比べたら、私の労苦など何程のものではないだろう。

 私達はお互いに顔を見合わせた後、深い、それは深い溜息をつくのだった。

 

「では、失礼します」

 職員室のドアの前で一礼し、去って行く九十九を目の端に収めながら、千冬がポツリと漏らした。

「しかし、奴が実行委員か……」

「どうかしたんですか?織斑先生」

 頭上に『?』を浮かべて真耶が訊いてきたので、千冬は九十九の中学時代のエピソードを話した。

 

 中学二年生の時、九十九が学校の体育祭の実行委員になった事があった。

 その当時、九十九は校内の不良達に煙たがられており、彼等が九十九の面目を潰してやろうと体育祭の邪魔をする事が予測された。そこで九十九は、不良一人一人に対し手紙を送った。

 そこに書かれた内容は、九十九が調べ上げた不良達の個人情報。それも、周りに知れたら不良達の面子が丸潰れになりかねないような情報まで書かれていて、最後に『今後一切の不良行為を行わずに大人しくしていれば、少なくともそこに書いてある事だけは公表しない』と書かれていた。

「えっと、それって……」

「あいつは不良達に対して暗に『そこに書いていない情報も知っている。そして、それに関しては公表しないとは限らない』と言ったんだ。結果として不良達は体育祭の邪魔をする事はなく、それどころか卒業まで一切の不良行為を行わなくなった。誰にも知られたくない事を村雲に知られている。そして、下手を打てばそれが他の誰かに知られるかもしれない。それは、奴等にとって相当の恐怖だったろうな」

「え、えげつないですね……」

「目的達成の為ならどんな手段でも講じる。それが村雲九十九という男だ。この体育祭、台風の目は奴だ」

 コーヒーを啜りながら、千冬は先程とは別の意味で溜息をつきたくなるのだった。

 

 

「さて、楯無さんは教室にいるかな?」

 翌日の休み時間、私と一夏は生徒会の書類を渡しに楯無さんの教室前に来ていた。

「おい、九十九。何でお前は俺を盾みたいにしてるんだ?」

「みたいではない。実際盾にするつもりだ」

「は?」

 自分の背に隠れるように移動する私を訝しんだ一夏が「どういう事だ」と訊くより先に、先輩女子が一夏を見つけた。

「あれ!?織斑君じゃん!」

「どうしたの?うちのクラスに何か用?」

「ご用件は素早く迅速に承り!」

「さあさあ、誰が目当てなのか言いなさいな!」

 目敏い先輩達が一斉に一夏を取り囲む。その隙を縫って、私は囲いを抜け出した。

「あっ!九十九てめえ!これが狙いか!」

「すまんな一夏。私の目的達成の礎となってくれ。お姉様方、一夏は輪の中心にいますよ。存分に弄ってやってください」

「「「わあい♪」」」

 私の言葉を受けて先輩達が一夏に『過激なアプローチ』を仕掛けるのを横目に見ながら、私は楯無さんの机に書類を置いた。

「本日分の議題に関する書類一式です。お目通しを」

「……ありがと」

 渡した書類を不機嫌そうに受け取る楯無さん。やはり想い人が他の女に現を抜かしているのが気に食わないようだ。

「ひ、ひどい目にあった……。九十九、お前なあ!」

 どうにかこうにか集団から脱出した一夏が、服の乱れを直しながら私に抗議の声を上げる。

「仕方無かろう、あそこで二人共足止めを食うよりはマシだ」

「だったらお前が残れよ!なんで俺だ!?」

「他の女の匂いなんて付けて帰れば、シャルと本音に白い目で見られるからだ!私はな、彼女達に嫌われる事が世界で最も恐ろしいんだ!」

「お、おう……すまん」

 私の剣幕に押されたのか、一夏は引き気味に謝ってきた。

「分かればいい。……何ですか?楯無さん」

「いやぁ、私の未来の義又従兄弟(またいとこ)くんは本当に奥さん達を愛してるんだなあと思って」

 ニヤニヤしながらそう言ってくる楯無さん。どうやら、ここぞとばかりに精神的優位に立とうとしているようだが、そうは問屋が下ろさない。

「ええ、当然です」

「サラッと言うわね……。からかう気も失せるわ」

 私の何のてらいもない一言に毒気が抜かれたか、楯無さんは溜息を一つついた。気を緩めたな。ここが攻め時だ。

「ん?おい一夏。お前、ちゃんと校閲はしたか?」

「したけど、どうかしたか?」

「ここの字、間違ってるぞ」

 そう言うと、私は楯無さんが手にしている書類の一点を指さす。

「ん?どこだよ?」

「ほら、ここだ。よく見ろ」

「えっと……」

 私が促すと、一夏は書類に顔を近づけていく。すると自然、その顔は楯無さんとも近くなる訳で。

「い、一夏くん!?」

 いきなり顔を近づけてきた一夏に顔を真っ赤にして狼狽える楯無さん。だが、ここで攻勢を緩める程私は甘くない。

「わりい、どこだ?」

「だからここだ」

「いや、九十九の指が邪魔でよく見えねえよ」

「そんな筈はなかろう。ほら、もっとよく見ろ」

「んー……?」

 眉根を寄せてじっと書類を見る一夏。と、そこに授業開始5分前の予鈴がなった。

「ほ、ほら、予鈴が鳴ったわよ!誤字は私が探しておくから、教室に帰りなさい!」

 真っ赤な顔でしどろもどろになりながらそう言う楯無さんに、一夏は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「そうですか?すみません、お願いします。行こうぜ、九十九」

「ああ」

 先を行く一夏の背を追って教室をあとにする私。が、敢えてその足を止め、楯無さんの方に視線をやるのだった。

 

(はう……顔熱い……)

 超至近距離に一夏がいた事で跳ね上がった心拍数と顔に登った血液が中々戻ってくれない。楯無は、自分が一夏にどうしようもなく惚れてしまっているのだと、改めて自覚した。

 しかし、顔を赤くしたままでは授業に支障をきたす。一旦心を落ち着けようと、楯無は九十九が指差していた書類の一文に目をやった。しかし、そこには誤字脱字は全く無かった。

(どういう事?なんで九十九くんはここに誤字があるだなんて……)

 九十九の意図を測りかねる楯無が、自分に向けられた視線に気づいて教室の扉に顔を向けると、そこには人の悪い笑みを浮かべた九十九がいた。九十九は楯無が気づいたと見るや、口だけを動かしてこう言った。

 

−−楽しませて貰いましたよ、義姉(ねえ)さん♪−−

 

(や、やられた!)

 事ここに至って、ようやく楯無は自分がある種の『意趣返し』を受けたのだという事に気づいた。九十九は、楯無が一夏に近づかれてオタオタする様子を、全く表情に出す事なく内心で楽しんでいたのだ。

(あの腹黒ドS野郎!)

 一夏の事で紅潮していた頬が、今度は九十九に対する怒りで赤く染まる。一言文句を言ってやろうと立ち上がったその瞬間、九十九は踵を返して走り去って行った。

(おのれディケイド……もとい村雲九十九〜。後で覚えてなさい!)

 九十九への復讐を誓った楯無が、どんな方法で辱めてやろうかと考え過ぎて授業に身が入らず、教科担任に「更識さん。教科書、逆さだぜ」と、何故か男口調で注意されたのは甚だ余談である。

 

 

「ねえ、九十九。本当に買い出しとかに行かなくていいの?」

 翌日。放課後の生徒会室で体育祭に必要な各種書類に目を通す私に、シャルが訝しげに訊いてきた。

「ああ、問題無い。実はなシャル。今回の一件、どこで漏れたのかラグナロク(うち)に知れていてな」

「あ、なんか先の展開が読めたなぁ……」

「その通り。社長が何故かえらく張り切って『必要な物はリストに纏めて送ってくれ!最速二日で全て用意しよう!』と言ってくれてな。まあ、渡りに舟だと思って、今リストを作っている所だ」

 そう言って、私はシャルに作成したリストを見せた。

「この『無地のカード(トランプサイズ)90枚』って、何に使うの?」

「借り人競争のお題を書くのさ」

「この『クリームパン25個』と『激辛辛子マヨパン5個』は?」

「パン食い競争に使う。各レースに一つづつ『ハズレ』がある方が面白いと思ってな」

「『鉢巻(紅、蒼、桃、橙、黒、鉄色の六色)各20本』と『軍手120組』……」

「鉢巻はチームカラーだ。シャル、君には橙組団長をお願いする。五組だと人数割りが半端になるからな」

 一年生は総勢120名。これを五組に分けると一組24名となり、何となく中途半端な感じがする。それならば組を六つにして収まりの良い人数にするのは当然の措置だろう。

「でも九十九?これは一夏争奪戦。僕にメリットが無いよ?」

「メリットはある、と言うか用意した。君が優勝したら、本音と共に一年生修了まで私の部屋で同棲する事を千冬さんに許可して貰った。決死の覚悟で頭を下げに行った甲斐があったよ」

 ただ、千冬さんにお願いに行った際「許可しよう。但し、あの二人の内どちらかでも孕ませてみろ。私が直々に貴様を殺す」と強烈なプレッシャーで念押しされたのは秘密だ。あの目は本気だったよ。

「それなら、僕もやる気出さなきゃだね。頑張るよー!」

「その意気だ、シャル。さあ、体育祭まであまり時間がない。焦らず丁寧に、だが迅速に事を運ぶぞ」

「うん!」

 力強く頷いて、シャルは私の書類仕事の手伝いをするのだった。ちなみに……。

「すやすや〜……」

「ねえ、九十九……」

「放っておけ、シャル。私はもう慣れた」

 自分の作業机に突っ伏して安らかな寝息を立てる本音を見ながら、私とシャルは諦念混じりの溜息をつくのだった。

 

 

 更に翌日の放課後。くじによる組分けも終わり、準備作業の息抜きに校庭を散歩していると、トラックをひた走る鈴に出会った。

「精が出るな、鈴。練習か?」

「あ、九十九。うん、負けられない戦いがあるからね」

 私が声をかけると、鈴はその場で足踏みしながら返事をしてきた。

「そう言えば、お前は中学時代は徒競走で負け無しだったな。で?今回はどこを目指す?」

「ふん、そんなの決まってるじゃない」

 足踏みを止めて胸を張り、鈴はハッキリとこう言った。

「残像出せるくらいよ!」

「残像!?それは志が高すぎないか?」

「え?あれ?あたし、今なんて言った?『もちろん優勝よ!』って言ったつもりだったんだけど……」

 どうやら鈴はおかしな電波を拾ってしまったようだ。

 

「一!ニ!三!四!」

 剣道場の横を通ると、その中から威勢の良い掛け声と竹刀を振る音が聞こえてきた。

(はて、今日は剣道部は休部日のはずだが……?)

 何事かと思い中に入ってみると、そこでは箒が竹刀を素振りしていた。

「何をやっているんだ……?」

「む、九十九か。見ての通り、素振りをしている。精神修養にもなるし、体育祭で役に……「立たんぞ」なにっ!?」

 何故か自信満々にそう言う箒の言葉を遮って否定すると、彼女は素振りの手を止めてこちらに目を向けてきた。

「なぜだっ!?」

「単純だ。今回の体育祭で剣道が役に立つ競技……『スポーツチャンバラ』や『風船割合戦』は、開催候補に入っていないからだ」

「そ、そんな……」

「たった一人で竹刀を振るより、チームメイトに歩み寄る努力をした方が建設的だぞ?箒」

 何故か妙に打ちひしがれる箒にそれだけ言って、私は剣道場を後にした。あいつ、たまに努力の方向が明後日なんだよなぁ。

 

「そこ!遅れているぞ!」

「イエス、マム!」

「おいお前、そのバネはそこじゃない、こっちだ」

「イエス、マム!」

 剣道場を出てしばらく進むと、射撃訓練場から鋭い叱責の声が聞こえてきた。気になって見てみると、そこではラウラの指導の元、彼女のチームメイト達が『銃を組立て、それを持って走り、的を撃つ』という訓練をしていた。

「いいか、この訓練は必ず貴様達の役に立つ。例え目を瞑っていても一切の遅滞なく組み立てられるようになれ!」

「「「イエス、マム!」」」

「…………」

 邪魔をしては悪いと思い、私はそっと訓練場を後にした。……『軍事障害物競争』の開催、本気で考えた方がいいかもしれないな。

 

「あら?九十九さん、生徒会のお仕事はよろしいんですの?」

 射撃訓練場を後にして歩く事暫し。喉の渇きを覚えた私は、何か飲もうと自販機コーナーを訪れ、そこでセシリアと鉢合わせた。

「なに、たまの息抜きさ。毎日生徒会室に籠もりきりでは気も滅入るというものだろう?」

 言いながら硬貨を取り出し、自販機に入れてコーヒーを購入。勿論ブラックだ。蓋を開けて一口含むと、特有の苦味と微かな酸味が舌を刺激する。

「……ふう」

 少しだけ治まった喉の渇きに一息つくと、セシリアが話しかけてきた。

「準備は順調でして?」

「一応な。まだやる事は多いが。セシリアはなぜここに?」

「今夜、チームメイトと決起集会をしようという話になったのです。ですが……」

 セシリアが言うには、その決起集会は自分達で料理を作ろうという話になったのだが、そこでセシリアがやる気を見せた瞬間、チームメイト全員によって調理室を追い出されたのだそうだ。

「……信用無いんだな、君」

「失礼ですわ!」

 セシリアの『メシマズ』は周知の事実。おまけに料理本の写真通りではなくレシピ通りに作る事を覚えたのもごく最近。この処置はある意味当然なのだが、セシリアにはそれが大層ご不満のようだった。

 だが敢えて言おう。セシリアのチームメイト諸君、グッジョブ!

 

「ん?このBGMは……」

 そろそろ生徒会室に戻ろうと校舎に入り歩いていると、視聴覚室から大音量で軽快なBGMが流れていた。確かこの曲はかなり昔に流行った熱血系スーパーロボットアニメの主題歌だったと思う。

 気になってそっと中を伺うと、そこでは簪さんとそのチームメイトが大画面でアニメを見ていた。どうやら名シーン選り抜きの総集編のようで、シーンは最終盤の敵首魁との決戦に入る所だった。

『これで終わりだ!○キガンフレアー!』

『お、おのれ……おのれゲ○ガンガー!』

 若干古臭い爆発演出とともに敵首魁が倒れて地球に平和が戻り、パイロット達がそれぞれの日常に戻っていく所で物語は終わった。そしてその頃には−−

「レッツ!」

「「「○キガイン!」」」

 熱血に感化されてなんかおかしな感じになってる20人の少女軍団が出来上がっていた。

 あれ?おかしいな。あのアニメ、洗脳効果なんてなかったと思うんだが……?

 

 生徒会室に戻ると、シャルと本音が出迎えをしてくれた。

「あ、おかえり〜」

「どう?少しは息抜きできた?」

「まあ、出来たような、出来てないような……むしろ逆に疲れたような?」

 何故か行く先々で一夏ラヴァーズに出くわし、間違った努力やら珍妙な光景を見た為に、息抜きになったかと言われれば首を傾げざるを得ない。

「「?」」

 そんな奥歯に物の挟まったような私の物言いに、頭上にハテナを浮かべて首を傾げる二人。

「まあ、私の事はいい。仕事の続きをやるぞ、二人共」

「「うん」」

 会話を打ち切って仕事に戻る私達。体育祭開催まであと四日。未だ山積みの関係書類を前に、私はそっと溜息をついた。

(これは完徹コース決定だな)

 

「ねえ村雲くん、これはどこに置いとけばいいの?」

「それは競技用具テントの3番に」

「村雲くん、パンが届いたわよ」

「競技用具テントの1番に置いてください。ケースに保冷剤を入れるのを忘れずに」

「おい、村雲。スタートピストルが見当たんねえぞ」

「体育教官室入ってすぐ右、用具棚の上から三番目左側が定位置です。そこに無かったら体育教官に訊いてください」

「九十九、鉢巻と軍手が来たよ」

「チームテントに配布してくれ。向かって左から紅、蒼、桃、橙、黒、鉄色の順だ」

「つくもん、ゴールテープがないよ~?」

「何っ!?昨日私が自ら作ったのに、一体どこに……って私の部屋だ!持って来るのを忘れた!」

「取ってくるね~」

 時は経ち、体育祭当日。急遽開かれる事になった一年生のみの体育祭で、上級生の皆さんと私達実行委員は早朝から準備に追われていた。

 開催決定当初、上級生の中から『自分も代表候補生だから織斑一夏争奪戦に参加する権利があるはずだ』と主張する者達が現れ、ちょっとした騒動になった。

 最終的に楯無さんの設定した『裏方ポイント』システムによって、一定以上の貢献をした生徒には一夏に何かをさせる権利が与えられるという事になり、それによって抗議は一応の収束を見た。

 そんな訳で、こうして先輩方が準備に走り回っている、という訳だ。

「先輩方!時間が少々押しています!焦らず丁寧に、しかし迅速に行きましょう!」

「「「了解!」」」

 私の激に応じて、先輩方の動きが速くなる。これなら何とか開催予定時刻には間に合いそうだ。手伝ってくれた先輩方の裏方ポイント、少々色を付けておくとしよう。

 

「それでは、これより一年生による代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会を開催します!」

 楯無さんが宣言すると、一年生女子達の大きな歓声が上がる。

「選手宣誓、織斑一夏!」

 ずびしっ、と二人しかいない短パン姿の片割れ、一夏を指さす楯無さん。

「俺っ!?」

 いきなりの予告無し選手宣誓指名を受けて面食らう一夏。その腕を楯無が引っ張って壇上に登らせる。

「ほらほら、はやく」

「と、ととっ……うおっ……」

 半ば無理矢理壇上に上げられた一夏が、目の前の光景に絶句する。眼前には女子の群れ、しかも全員が脚線美とヒップラインを惜しげもなく晒すブルマ姿だ。

 ついでに言うと、裏方のはずの楯無さん他先輩方まで一様にブルマ姿だったりする。一夏にとっては目の毒だろうな。

 一夏はかなり照れ臭そうに、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。

「え、えーと……お、織斑一夏です」

「違うでしょ」

 何故か自己紹介をした一夏に楯無さんがツッコミを入れた。その時、一夏の肘でも当たったのか、楯無さんの『双子山』を地震が襲った。

「せ、選手宣誓!」

 顔を赤くし、裏返った声で一夏がそう言うと、女子の中から声援が上がった。

「織斑くん、がんばれー」

「ふぁいとー!カッコイイとこ見せろー」

「顔が固いよー!スマイルスマイルー!」

 そんな黄色い声に一層顔を赤らめながらも、一夏はどうにか言葉を続ける。

「お、俺たちはっ、正々堂々、力の限り、競い合うと……誓います!」

 それを皮切りに、全学年の女子から一際大きな歓声が沸き起こる。しかし、そのビッグウェーブに流されない六人がいた。

 紅組団長、篠ノ之箒。

「私は誰にも負けん。勝って、一夏と……ふふ」

 蒼組団長、セシリア・オルコット。

「エレガントかつパーフェクトに、決めて差し上げますわ、一夏さん」

 桃組団長、凰鈴音。

「勝つわよ!絶対勝つから!待ってなさいよ、一夏ぁっ!」

 黒組団長、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

「一夏と同室……毎日同じベッドで……ふふ、くふふ、ふははは!」

 鉄色組団長、更識簪。

「鉄って、色かなぁ……。一応、色……?」

 そして、橙組団長、シャルロット・デュノア。

「九十九。僕、頑張るよ!」

 闘志を燃やす六人。と、そこへ、放送席から虚さんの声が響いた。

『以上で開会式を終了します。続いて、これより第一種目を開始します。村雲実行委員、壇上へお願いします』

「はい」

 呼びかけに応えて、私は壇上に上がった。

「おはようございます。今大会の実行委員、村雲九十九です」

 私が壇上に上がると、先程までざわついていた女子達が静まり返る。

「早速だが、第一種目を発表させて頂く。第一種目は『借り人競争』であります」

「借り人……」

「競争?」

 キョトンとする女子達に、私は内心でほくそ笑んでいた。

 さあ、愉しませて貰おうか。醜くも美しい、女の戦いという奴を。




次回予告

ついに始まった女の戦い。
だが、そこには灰色の魔法使いの仕掛けた罠がそこかしこにある。
果たして、彼女達は魔法使いの罠を潜り抜け、望むものを手に入れられるだろうか?

次回『転生者の打算的日常』
#64 体育祭(午前)

この腹黒ドS野郎!
ハッハッハ!


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#64 体育祭(午前)

『一年生対抗織斑一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会』。その第一種目は『借り人競争』である。

「では、ルール説明がてらデモンストレーションを行わせてもらう。スタート地点に注目!」

 私に言われてスタート地点に目を向ける一年生一同。そこには、6人の先輩達の姿。

「まず、各チーム出走者を10名選出。6名づつ、全10レースを行うものとする。次に、中間地点に注目!」

 注目の集まった中間地点には、長机にランダムに置かれたカード。

「出走者はスタートの合図で一斉スタート。中間地点に置かれたお題カードを一枚取ってもらう」

 説明に合わせて先輩達がスタート、中間地点の長机に置かれたカードを手に取る。

「カードには、裏に得点、表に借り人のお題が書いてある。得点は10点刻みで100点まで。但し、得点が高ければ高い程、お題の難度も上がる。お題に該当する人物は学園に一人は存在するが、50点以上のお題の中には人によっては該当者が居ないお題も有ると言っておく」

 言っている間に、一人の先輩がお題に該当すると思しき人物を連れてゴールに向かう。

「ゴールにいる係員にカードを見せ、係員が該当すると判断すればゴール。しなかった場合はやり直しとなる。また、お題の人物を探し当てられないと判断した場合はリタイアも受け付けている。但しその場合、お題の得点分チームのポイントがマイナスされる」

 先輩の連れて来た人物はお題に該当していたようで、連れて来た人と共にゴール。喜びを分かち合う。

「あ、ちなみに先程ゴールした先輩、お題は?」

「……『一番仲の良い人(50点)』。言わせないでよ恥ずかしい」

 そういう先輩と連れて来た人の顔は揃って真っ赤だ。……ああ。そっちの『仲が良い』なのか。

「ご馳走様です。ポイント、色付けときますね。……説明は以上。何か質問は?……無ければ競技を開始する」

 説明を終えて壇上を下りる。それに合わせて、虚さんのアナウンスが響く。

『これより、各チームは出走者の選出をしてください。制限時間は15分です』

 それを受けて各チームが一斉に作戦会議に入った。さぁて、誰が出てくるかな?

 

 

 それから15分後、第一種目『借り人競争』の開始を告げる実況が放送席から響いた。

『さあ、始まりました一年生限定代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会!実況は私更識楯無、解説は織斑一夏くん』

『ど、どうも』

『そして、村雲九十九くんです!』

『ぐう……』

 楯無に紹介された一夏は少し照れ臭そうに挨拶を返したが、九十九は割り当てられた席で思い切り寝息を立てていた。

『九十九くん!?おはよう!おはようーっ!』

『ん?……ああ、失礼。ここ数日まともに睡眠が取れてなくて。これと言うのも私を実行委員(面倒事引受人)に指名した誰かさんの御蔭なんですが』

『なんて言うか、ゴメンナサイ』

 九十九のジト目にいたたまれない気分になったのか、楯無は九十九に頭を下げて謝った。

『まあいいです。こうして無事に開催できましたし。で、どこまで話進みました?』

『ああ、うん。これから借り人競争が始まるよって所まで』

 そう言うと、楯無は話題変更のためにわざとらしい咳払いを一つして、話を進めた。

『さて、この借り人競争ですが……九十九くん、勝敗のポイントは?』

『ずばり、運と人脈です』

『その心は?』

『ルール説明の際に言ったように、お題の中には人によっては該当者が居ないお題もあります。例えば先程のデモンストレーションのような『一番仲の良い人』とかね。故に、そういった人によって難度が跳ね上がるお題を引き当てない運が必要です』

『人脈については?』

『最高難度の100点のお題は、該当する人物が『極端に少ない』問題です。それを引いた時重要なのは、『その人を知っている』もしくは『知っている人を知っている』事。よって、どれだけ広い人脈を持っているかもまた、勝敗を分ける重要なファクターになると言えます』

『なるほど』

『あれ?これ、俺いらなくね?』

 適切な解説をする九十九の横で一夏が自分不要論を呟いたが、それが九十九と楯無の耳に入る事はなかった。

 

『さあ、レースは中盤、第5レースまで進みました!ここまで各チームの点数はほぼ横一線です!』

『各チームの戦略は見事に一致しましたね。序盤は簡単なお題を引いて点を確実に取りに行き、中盤から難度の高いお題に挑戦する腹でしょう。ですが、さっきも言ったように中難易度のお題は、人によっては該当者がいない可能性を孕んだ物です。走者の運が試されますね』

『ちなみに九十九くん。このレースに本音ちゃんが参加するみたいだけど』

「つくも〜ん!わたし頑張るよ〜!」

 九十九がスタート地点に目をやると、そこでは本音がぴょんぴょん跳ねながら九十九に手を振っていた。体が上下する度に重たげに揺れる胸元が何とも悩ましい。

『……すげえな、アレ……』

『見るな』

 

ズビシッ!

 

『ぐあっ!?目が、目がぁっ!』

『一切容赦の無い目潰し!九十九くん、恐ろしい子!』

 九十九に目潰しを受けて悶絶する一夏と九十九の容赦の無さに戦慄する楯無を他所に、レースはスタートした。

『スタートしました!おっとぉ、本音ちゃん大きく出遅れた!巻き返しなるか!』

『この競技は、お題カードに書かれた点数がそのままポイントになるので順位は関係無いですよ。楯無さん』

『あ、そうだったわね』

 他の走者がお題を引いて該当者を探しに走り出すと同時に、本音が中間地点に到着。お題のカードを引いて目を通した後、真っ直ぐに放送席に走ってきた。

『あら?本音ちゃんがこっちに来てるけど……』

『該当者がここにいるのでしょうね』

 放送席手前で立ち止まった本音は、九十九に向かって手を伸ばした。

「つくもん、一緒にきて〜」

『分かった』

 本音が差し出す手を取って、一緒にゴールする九十九。すると、ゴール地点で待つ答え合わせ係の先輩が近づいてきた。

「はい、お題を確認させて貰うわね。カードを」

「はい、どうぞ~」

 先輩に手に持っていたカードを渡す本音。先輩は、それに書かれたお題を見て一瞬固まった。しかし、すぐに自分の仕事を思い出して、お題を口にする。

「お題は……『キスして欲しい人(70点)』。……村雲くん、ネタにしてはやり過ぎじゃない?」

「まさか自分に回ってくるとは思っていませんでした……」

「えっと、一応該当者だって事を証明してください。つまり……その……今すぐにここでキスして」

「何故○名○檎みたいな言い回しを……。あ~本音、頬でいいか?」

「え~、ちゃんとちゅーしよ~」

「そうしたいのは山々だが、この一週間君達とまともにスキンシップを取っていないせいでモヤモヤが溜まっていてな。唇にしたら暴走しそうだ。本音、君は衆人環視の中で痴態を晒すのが好みか?」

 九十九がそう言うと、本音はそうなった状態を想像したのか、真っ赤になって首を横に振った。

「だろう?当然、私だってそんな趣味は無い。頬でいいな?」

「わ、分かった〜。じゃあ、ほっぺで~」

「うん。じゃあ、行くぞ」

 言うなり九十九は本音に相対し、膝を折って本音と目線の高さを合わせると、その頬に啄むようにキスを落とした。

「これでいいですか?先輩」

「はいオッケーです。ゴールテープを切ってください」

 先輩にOKを貰い、揃ってゴールする九十九と本音。

「つくもん、わたし頑張ったよ〜!」

「ああ。良くやったぞ、本音」

 無邪気に喜ぶ本音の頭を、軽く叩くように撫でる九十九。それを見ていた他の生徒達は、口の中が何故だかほの甘い物で満たされたような気になるのだった。

 

『さあ!ついに最終レースです!全チーム、ここで団長の登場だ!』

『ここまでで得点は僅かに鉄組がリードしています。恐らく全員が最高難度のお題に挑むでしょう』

『という訳で一夏くん、九十九くん。皆に声を掛けてあげなさいな』

『うえっ!?え、えっと……みんな、頑張れー!』

『シャルー!応援してるぞー!』

 私と一夏が声援を送った事でやる気が倍になったのか、ヒロインズが全員一斉にゾーンに入ったようだ。表情を引き締め、青いオーラをゆらゆらさせながらスタートラインに立つ。

『オンユアマーク……セット……』

 

パンッ!

 

 号砲一下、一斉に走り出すヒロインズ。一群から真っ先に飛び出したのは鈴だ。

『おおっと!桃組団長、鈴ちゃん!素晴らしいスピードです!』

『いやちょっと待て!何でツインテールの位置を耳の上からうなじに下げただけでスピードアップするんだよ!?』

『というか、この競技は足の速さは関係ないとさっき言ったばかりだぞ……』

「ふふん、分かってないわね九十九。カード置き場に早く到着すれば、それだけじっくり選べるってもんでしょうが。……よし、これよ!」

 気合一閃、鈴が100点のお題カードを手に取り、そこに書かれたお題を見て絶句した。

「なっ!?」

『おおっと?鈴ちゃんがカードを手にしたまま固まった!何があったのでしょう!?ドローンカメラさん、鈴ちゃんの手元にズーム!』

 ドローンカメラが鈴の手元のカードをモニターに写す。お題は『自分とほぼ同じ身長で、かつカップサイズが自分より3サイズ以上上の人』だった。

『何という皮肉!持たざる者の鈴ちゃんが自分より遥かに富める者を捜し出す事になりました!』

『これは鈴には精神的にキツいと思いますが、引いた以上は捜して来るしかありません。何せリタイアは−100点。優勝を目指すに当たって、その減点は非常に痛いですからねぇ。ククク……』

「これ考えたの絶対九十九だわ……!あいつ後でボコす!」

「あら、鈴さん。こんな所で固まっていてよろしいんですの?お先に失礼しますわよ?……では、これを!」

『セシリアちゃん、躊躇いなく引いた!カメラさん、手元にズーム!』

 続いてやって来たセシリアが取ったカードのお題。それは『極めて重度の女尊男卑主義者』だった。

「くっ、古傷を抉るお題ですわね……」

 これもセシリアにとってきついお題だろう。要するに『かつての自分を探せ』を言われたようなものだからだ。

「よし、私はこれだ!」

『続いて箒ちゃんが引いた!カメラさん!』

 更に続いてやってきたのは箒。引いたカードのお題は『ハズレ(タイキック)』。

『ああっと!箒ちゃん不運!ハズレカードを引いてしまったあっ!』

「な、なにっ!?なんだこれは!?」

『ああ、それか。訊かれなかったから言わなかったが、カードの中にはそのように『ハズレ』カードも存在する。書かれている罰ゲームを受ければ、もう一度カードを引く権利を得られる。なお、そのカードに書いてある得点はフェイクで、チームの点にはならない。という訳で、ムエタイ部長で東南アジア諸国連合(ASEAN)代表候補生序列七位、『大鷲(イーグル)』のアウン・サン・ホパチャイ先輩、お願いします!』

「ハイよー!」

 元気な返事とともに現れたのは、浅黒い肌に引き締まった体つきの東南アジア美人。気合が入っているのか、実に切れのいいワイクルーを踊っている。ホパチャイ先輩は一頻り踊った後、箒に声をかけた。

「じゃ、いくよー」

「ちょ、ちょっと待ってください!どこ蹴る気ですか!?」

「お尻だよー。大丈夫大丈夫、ちゃんとテッカメンするよー」

「て、テッカメン!?ひょっとしてそれ手加減の言い間違−−「しぃっ!(ビシイッ!)」あーーっ!」

 ホパチャイ先輩の最大限テッカメン……もとい手加減した蹴りが箒の尻を襲う。手加減したとは言え、ムエタイの女子Jrチャンプであるホパチャイ先輩の蹴りだ。その痛みは受けてみて初めて分かるだろう。

『実際凄い痛い。昨日はしばらく椅子に座れなかったよ』

『受けたんかい!?』

『当然だ。人に受けさせるのに自分が受けてみないなど不公平だろう』

『九十九くん、変な所で律儀よね』

 ちなみに、箒がタイキックを受ける間に残りのメンバーもそれぞれお題カードを引いていた。お題はラウラが『同学年で自分と全く同じ身長の人』、簪さんが『優秀すぎる兄弟姉妹を持って苦労している人』、そしてシャルが『異性装がとんでもなく似合う人』だった。

『ああ、一応言っておくが『該当者は自分です』は無しだからな、簪さん。あと、出走者()を使うのも』

「……見抜かれた」

 簪さんがカードを引いた後、真っ先にゴールを目指そうとしたので釘を刺しておく。すると、簪さんはその場で立ち止まり考えを巡らせているようだった。

 ラウラはカードを見たと同時に疾走。それを見て、固まっていた鈴とセシリアがラウラを追うように駆け出した。

 シャルはカードを見て、放送席を見て、もう一度カードを見てコクリと頷いた。……あれ?なんだろう。急に背筋に寒いものが……。

 一方、ホパチャイ先輩の蹴りを受けた尻を押さえつつテーブルからカードを引いた箒は、そこに書かれた文字に愕然とした。

「な、何故だ!?」

『なんと!箒ちゃんまたしてもハズレカードだー!これは痛い!二つの意味で!』

 そこには一言『ハズレ(足ツボ)』とだけ書いてあった。

『ハズレカードは90枚中5枚しか無いのに、ここで連続で引く辺り運が良いのか悪いのか判断に苦しみますね。という訳で、IS学園で足ツボマッサージと言えばこの方、台湾代表候補生序列五位『発明家(インベンター)』の黄月英(ファン・ユエイン)先輩、存分にやっちゃってください!』

我明白了(分かりました)。さ、篠ノ之さん。こちらへ」

「くうっ……おのれ九十九め。あとで覚えて「えいっ(グリッ!)」いったあっ!」

 箒が足ツボマッサージを受けて痛みに悶えている間に、シャルと簪さんが放送席にゆっくりと近づいて来ていた。

『あら、ご指名みたいよ?二人とも』

『え、俺?いやでも俺、千冬姉のことで苦労とかして……無いって言いきれねえ!?』

『だろうな。……シャルは私狙いでしょうね、きっと。ああ、悪夢再び……か』

 自分の境遇を省みて愕然とする一夏とこの先の展開を思ってげんなりする私をよそに、二人は放送席にやって来た。

「……一夏」

「九十九」

「「一緒に来て」」

『『あ、ああ』』

 それぞれに手を引かれてゴールへ向かう私達四人。と、そこへ本音を連れた鈴が合流した。

「あ、つくもん、しゃるるん。やっほー」

「やっほー、本音」

「鈴が連れてきたのは君か」

「のんきに挨拶してないで!ほら、行くわよ!」

 私達に向けて手を振る本音。だが、せっかちな鈴がその手を引っ張りながら走っているので、あっという間に距離が開く。「鈴ちゃん、早いよ~」と言いながら必死についていく本音の『たわわ』が激しい上下動をしているのは、それだけ移動速度が早いという事だ。

「やっぱすげえな……」

「「だから見るな(見ちゃダメ)」」

 

ズビシッ!

 

「目!また目!」

 再びの目潰しに一夏が悶絶する。それを無視してゴールに行くと、既にゴールした鈴が膝をついて打ちひしがれていた。

「鈴?どうした?」

 一夏がおずおずと声をかけると、鈴は絞り出すように答えた。

「……ったのよ」

「は?」

「だから!思った以上に差があったのよ!なによ、91のGって!」

 うがーっ、と吠える鈴。そこへ追い打ちをかけたのは、意外にも本音だった。

「正直もういいかな~とは思うんだけど〜、まだ育ちそうなんだよね〜」

 「まだ芯が残ってるし〜」とのほほんと言う本音。それを聞いた鈴は「な……っ!?」と言ったきり硬直。邪魔だと判断した先輩達によって桃組テントまで引きずられていくのだった。

 凰鈴音、100点獲得。但し、精神に大打撃を受けて機能停止。

 

「それじゃあ、デュノアさん。村雲くんが異性装が似合う事を証明してくれるかしら?衣装部屋はそこね」

「はい。行こ、九十九」

「ここまで来て駄々をこねる程ガキじゃない。やってやろうじゃないか」

 既に腹を据えた九十九の手を取って更衣室へと連れて行くシャルロット。九十九が着替えをしているその間に、一夏を連れた簪がお題をクリアした。

 一夏が何を話したのかは千冬の名誉の為に敢えて伏せるが、それを聞いた簪が「苦労したんだね、一夏」と一粒涙を流した。とだけ言っておく。

 更識簪、100点獲得。後に何を聞いたのかが千冬にバレて「誰にも話すな」と強烈なプレッシャーと共に念押しされる事になる。

 

 一方、真っ先に飛び出したラウラは、グラウンドの端、入場口付近で足を止めて困り果てていた。

「くそ、私と同じ身長の者などいるのか?」

 ラウラのお題は『同学年で全く同じ身長の人』。この『全く同じ身長』というのが、ラウラにとって最大の難関なのだ。

 ラウラの身長は148cm。これは一年生全生徒の中で最小クラスと言っていい。と言うより、全学年生徒を身長順に並べても前から数えた方が早い。そんなラウラと同じ身長の人は、それこそ数えるくらいしかいないだろう。

「いや……そう言えばあいつがいた」

 と、ここで脳裏にある人物が思い浮かんだラウラは、目当ての人物のいる蒼組のテントへ速足で向かう。そして、その人物を見つけたラウラは彼女へ手を伸ばす。

「私と来てもらうぞ。チンク・スカリエッティ」

「了解だ、魂の姉妹(ソレッラ・デル・アニマ)

 彼女はチンク・スカリエッティ。イタリア代表候補生序列八位で、『雷管(デトネイター)』の二つ名を持つ爆薬使いだ。

 実は一度だけ模擬戦をした事があり、それ以来何故かラウラの事を魂の姉妹と呼ぶ、『思春期特有の病気』が未だ癒えないちょっと可哀想な女生徒だ。

「分かっていたよ姉妹(ソレッラ)。君は私を選ぶ運命にあると!」

「いいからさっさと来い!」

 大仰なポージングでラウラを指差すチンク。その様にラウラは、(やっぱり選ぶんじゃなかったかな……)と後悔しながらゴールを目指した。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、100点獲得。後日、チンクが『姉妹の証』として眼帯を装着してきて頭を痛める事になる。

 

 その頃の箒。

「こ、今度こそ……!これだ!」

 箒が三度目の正直と引いたカードに書かれていたのは『ハズレ(おしり叩き棒)』。

「な、なぜだーっ!?」

 箒の叫びとインドからの留学生、二年生のニマ・ガネーシャが箒の尻を手の形をした平たいスティックでクリティカルヒットしたのはほぼ同時だった。

 

 ラウラがチンクを連れてゴールを目指したのとほぼ同時に、セシリアもまた目当ての人物を探し当てていた。

「まったく……なぜこの私が、男風情が考えた競技に参加しないといけないのよ」

「申し訳ありませんエリザベス先輩。ですが、頼れる人が他にいないのです。どうかご容赦を」

 セシリアが珍しくペコペコと頭を下げながら連れて行くこの女生徒の名は、エリザベス・アロースミス。

 セシリアと同じイギリス出身の貴族だ。ISが世に出る以前から『男は女に傅くのが当たり前』という考えを持っていて、世界が女尊男卑に傾いた事でそれが一層顕著になった、典型的な『極めて重度の女尊男卑主義者』だ。

「そう言えば、貴方のお題って何?レースが始まる前にお手洗いに行っていて、モニターで様子を見てないのだけど」

「は、はい。『同郷の先輩』ですわ」

「そう、ならいいわ」

 セシリアの回答に満足そうにするエリザベス。セシリアはどうにか誤魔化せた事に内心で安堵しつつ、ゴールへ向かうのだった。

 セシリア・オルコット、100点獲得。ゴール時にお題がばれてエリザベスにしこたま怒られた上、後日超高級レストランのディナーを奢らされる事になる。

 

 箒はもう限界だった。二度も尻をしばかれ、激痛を伴うマッサージを受けさせられた上、そのカードの点数はフェイク。もしこれでもう一度ハズレカードを引いたら、箒は恥も外聞も無く「もうヤダ!お家帰る!」と泣き喚くのではないか。というくらいに限界だった。

「もう何でもいい、とにかくお題の書かれたカードを……」

 早くゴールしたい。その一心で得点もろくに見ずに引いたカードに書かれたお題は『目の前にいる人(10点)』。

「っ……やった!そこの人!私と来てください!」

「えっ!?あ、はい!」

 その場にいた係員に声をかけ、勢いそのままゴールへ走り込む箒。その目には、安堵と歓喜の涙がうっすらと滲んでいた。

 篠ノ之箒、10点獲得。得点こそ最低点だったものの、三回も罰ゲームを受けるさまを見ていたチームメイトから「挫けずによく頑張ったね」と温かく迎えられた。

 

「最後に変声機付きチョーカーをして……よし、出来上がり」

「なあ、ここまでする必要があったのか?」

 鏡に映る自分の顔を見て、疑問の声を上げる私。それに対して、シャルは満面の笑みで答えた。

「うん。だって可愛いし」

 あ、駄目だ。この笑みは何を言っても『可愛いは全てに優先するんだよ』って返してくる笑みだ。ここで抗議の声を上げた所で暖簾に腕押し、糠に釘。何を言っても無駄だろう。

「デュノアさん。準備は終わった?あなた達で最後なんだけど」

「あ、はーい。今出ます。行こ、九十九」

「ああ」

「おっと、その前に……変声機付きチョーカー、スイッチオン!」

 ピッ、という小さな音がして変声機付きチョーカーが起動する。「これでよし」とシャルが呟いた後、勢い良く衣装部屋の引き戸を開けた。

「お待たせしました」

「それ程でもないわ。それじゃあ、早速確認させて貰うわ……よ?」

 戸を開けた先で待っていた答え合わせ係の先輩が、私を見た瞬間固まった。まあムリもないだろう。

 私が今身に着けているのは、ゆったりとした作りの黒い長袖ワンピースと銀のイヤリング、頭にはセミロングのウィッグを着け、足にはピンヒールを履いている。履き慣れない靴のせいで歩きづらいので、シャルが手を引いてくれている状態だ。

「……笑ってくれていいですよ?(七代目火影の嫁っぽい声)」

 変声器付きチョーカーを通って出たその声は、私の生来の声からは程遠いメゾソプラノボイス。それを聞いた先輩の顔が一瞬で真っ赤になる。

「あの、どうしまし……「合格っ!(ブシャアッ!)」うおっ!?」

 急に体調でも悪くしたのかと気遣って近付こうとした途端、先輩は鼻から『真っ赤な情熱』を噴き出して倒れた。

「何だ!?何が起きた!?何がどうしてこうなった!?」

「九十九、周り見てみて」

「周りって……は?」

 シャルに言われて周りを見てみると、そこには異様な光景が広がっていた。

 皆が皆、こちらに注目している。中には目の中にハートマークが浮いているように見える子もいる。更に、一部の生徒が先程倒れた先輩同様『真っ赤な情熱』を鼻から垂らしながらこちらに向かってサムズアップをしている。

 その一方で、何かに打ちひしがれたかのように項垂れる生徒の姿もあった。雨に打たれるイメージがハッキリ見えたのは気のせいだろうか?

「え?いや、何これ」

「みんな、九十九の可愛さにやられたんだよ」

「いやいや、まさかそんな……『200点!』はい?」

 そんなはずは無いと否定しようとした矢先、楯無さんが興奮気味に叫んだ。

『シャルロットちゃん、良くやったわ。いい仕事よ。よって、生徒会長権限で橙組に200点!』

「やった!」

「えぇ……?」

 シャルロット・デュノア、200点獲得。チームメイトから拍手と賞賛を持って迎えられた。

 

 

『以上で第一種目『借り人競争』の全レースが終了しました。いかがだったでしょうか、解説の九十九くん』

『中々楽しめました。色々な意味でね。中でも箒の罰ゲーム三連発には驚きました。しかも全部痛い系でしたからね。罰ゲームはタイキック、足ツボ、おしり叩き棒の他に、空気砲とおにぎり完食を用意したんですが……(スピード狂な黒い魔法少女っぽい声)』

『九十九、それ絶対普通の空気砲とおにぎりじゃねえよな?あとなんでお前着替えてねえんだよ!?』

 レースが終了し、第一種目の総括に入る放送席メンバー。だが、一夏の言うように九十九の恰好はシャルロットに着せられたワンピースのままだ。ご丁寧にイヤリングとウィッグも着けっぱなしで、ぱっと見は完全に女性だ。

『いや、私も着替えようとしたんだが何故か周りから『もうちょっとだけそのままで!』と迫られてな。まあ、次の競技までには着替えに行くよ。で、他の罰ゲームの内容だが……』

『おう』

世界一臭い缶詰(シュールストレミング)を中に仕込んだ空気砲と丼一杯分のおにぎりだ』

『どっちもきつい!』

『お前なぁ。なんでそんな罰ゲーム用意したんだよ?』

『決まっているだろう。私が愉しむためだ』

 そう言って悪い笑みを浮かべる九十九。現在の恰好と相まって、その様は正に『悪女』だ。いや、女では無いが。

「じゃあ、あたしにクリティカルかましたあのお題を用意したのは……」

『私だ』

「わたくしの古傷を抉りに来るお題を作ったのも……」

『それも私だ』

「同学年で同身長などという極端に門の狭いお題を考えたのも……」

『無論、私だ』

「優秀すぎる身内持ちなんてピンポイントなお題を出したのも……」

『当然、私だ』

「あんな理不尽な罰ゲームを考案し、用意させたのも……」

『言わずもがな、私だ』

「僕に九十九を女装させるようにそそのかしたのも……」

『それは私じゃない』

 次々と言い募ってくる一夏ラヴァーズ+1に鷹揚に答える九十九。その物言いに、シャルロットを除く全員が同じ言葉でツッコんだ。

「「「この腹黒ドS野郎!」」」

「ハッハッハ!」

 雲一つない青空に、九十九の高笑いが響くのだった。

 

 第一種目『借り人競争』終了。現在の得点−−

 

 紅組 500点

 蒼組 620点

 桃組 580点

 黒組 600点

 鉄組 630点

 橙組 760点

 

 現時点での一位は橙組。続いて第二種目『玉撃ち落とし』開催準備中。




次回予告

まだまだ続く魔法使いの罠。
食い千切れ。突き破れ。その先に欲しい物が有るのなら。
その姿こそが、魔法使いの見たいものなのだから。

次回『転生者の打算的日常』
#65 体育祭(午前・2)

お楽しみはこれからだぞ?ククク……。


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#65 体育祭(午前・2)

この小説を書き始めてから、ふと気付けば三年が経過していました。完結まで一体どれだけかかるやら……。
でも頑張って書いていきますので、これからもよろしくお願いします。


『さあ、準備が完了しました!続いての競技はIS学園特別競技!『玉撃ち落とし』です!』

 元気一杯、楯無さんのマイクが唸りを上げる。

『玉……撃ち落とし?玉入れじゃないんですか?』

 そう訊ねる一夏に、私は丁寧に説明をしてやる事にした。

『『玉撃ち落とし』はIS学園の伝統的な競技でな。各チームは代表者1名を選出、ISを装備して空から降って来る玉をひたすら撃ち落とし、その得点を競うというものだ。なお、玉が小さい程得点は高い……が、それだけでは面白くないと思ってな。仕掛けをさせて貰った』

 私の言葉に各チームテントがざわつく。おそらく、借り人競争における私の『仕掛け』のえげつなさがまだ記憶に新しいのだろう。

『ああ、心配はいらない。今回の仕掛けは単純だ。降ってくる玉の中にこれを仕込むだけだ』

 そう言って私が取り出したのは小さなアタッシュケース。留金を外してパカリと開けると、中に入っていたのはテニスボール大の金の玉。

『九十九くん、それ何?』

『これは、我が社の技術者達が作った動体射撃訓練用ターゲットドローン『悪戯妖精(ピクシー)』です』

 コツンとボールを叩くと、『ピクシー』は丸めていた羽を広げてパッと飛び立った。

『『ピクシー』は、ハチドリからヒントを得た二枚の羽で空を飛び、超高速で動かす事で滞空が可能。更に……』

 言いながら『フェンリル』の右腕と《狼牙》のみを展開、『ピクシー』目掛けて一斉射を仕掛ける。すると『ピクシー』は見た目とは裏腹の機敏さで銃弾をヒョイヒョイと躱した。

『特殊なPICと高性能センサーを搭載する事で生半可な射撃では決して捉える事は出来ません。ついでに言うと……』

 私が『ピクシー』に目を向けると、『ピクシー』はその場で上下したり、最高速で観客席に飛び込んで観客を驚かせたり、かと思えばおちょくるかのように低速でフラフラ飛んだりする。

『乱数機動プログラムを搭載しているのでいつ、どこに、どのように動くのかは私にも予測不能です』

『九十九はアイツを落とせるのか?』

『《ヘカトンケイル》を使って周囲くまなく覆った上で、時間差射撃をしてようやく。と言った所だ』

『『うわぁ……』』

「「「うわぁ……」」」

『その「うわぁ」はそこまでしてようやく落とせる『ピクシー』の性能への賞賛か?それともそこまでする私の大人気なさに唖然としてか?』

 全員が何とも言えない顔をする中、『ピクシー』だけが実に楽しそうに宙を舞っていた。

 

 

『では改めてルール説明だ。各組代表者(専用機持ち)はISを装備。空から降って来る玉を各々の方法で撃ち落とし、その得点を競ってもらう。制限時間は20分。但し、制限時間内に『ピクシー』を誰かが撃ち落としたら、その時点で競技終了とする。なお、『ピクシー』の得点だが……500点だ』

 九十九の説明にISを装備して待機していた専用機持ち組が色めき立つ。状況次第では一発逆転も可能なその得点は、狙わずにはいられない事請け合いだ。

『準備はいいか、諸君?……いいようだな。では、フィールド中央に全自動標的投擲機を設置する』

 フィールド中央に光の粒子が集まり、装置が構成されていく。

『最新技術の無駄遣いな気がすんだけど……』

『気にするな。技術とは世に広めてナンボなのだよ』

 一夏と九十九の会話も意に介さず、集中を深めていく専用機持ち達。その様子を新聞部副部長、黛薫子(まゆずみ かおるこ)がカメラ越しに見渡した。

「一意専心。常在戦場。心静かに参るのみ!」

 紅組代表、篠ノ之箒とIS『紅椿』。

「魅了されなさい。わたくし、セシリア・オルコットと『ブルー・ティアーズ』の奏でる輪舞曲(ロンド)で!」

 蒼組代表、セシリア・オルコットとIS『ブルー・ティアーズ』。

「射撃限定ってわけじゃないんだから、あたしの実力見せつけるわよ!」

 桃組代表、凰鈴音(ファン・リンイン)とIS『甲龍(シェンロン)』。

「これまでとは訳が違うんだから。始めるよ、『カレイドスコープ』」

 橙組代表、シャルロット・デュノアとIS『ラファール・カレイドスコープ』。

「己の無力、思い知るがいい」

 黒組代表、ラウラ・ボーデヴィッヒとIS『シュバルツェア・レーゲン』。

「……やるだけやってみる。いいよね、『弐式』」

 鉄組代表、更識簪とIS『打鉄弐式』。

 一学年の専用機が揃い踏みとあって、会場のボルテージは高まるばかりだ。

「篠ノ之さーん!やっちゃえ~!」

「セシリア、負けないでよ!」

「りーん!ぶっかませー!」

「デュノアさん、がんばってー!村雲君のために!」

「絶対勝ってよ、ラウラ隊長!」

「かんちゃん、しゃるるん、どっちもがんばれ〜!えいえいお〜!」

 それぞれの激を受け取って、六人は装置の周りを囲むように配置につく。慣らし機動とばかりに、それぞれが軽く飛翔した。

『ではこれより、第二種目『玉撃ち落とし』を開始する。カウント、5…4…3…2…1…スタート』

 開始と同時に、装置から色彩、大小様々なボールが吐き出される。

 一斉に舞い上がったそれらを真っ先に補足したのはシャルロットだった。

「《阿修羅(アースラ)》!からの、《レイン・オブ・サタディ》!」

 シャルロットは『カレイドスコープ』に中距離戦用パッケージ《アースラ》を装備すると、サブマシンガンを6()()呼び出して一斉射撃。次々とターゲットを撃ち落としていく。スコア表示のウィンドウには雨のように得点が加算されていく。

『流石だな、シャル。局面に合ったパッケージ選択と的確な射撃。惚れ惚れするぞ』

『いや、それはいいんだけど……』

『何だあれ!?腕が六本あんだけど!?』

『あれは『ラファール・カレイドスコープ』の中距離戦用パッケージ《アースラ》。自身の腕が二本とAI制御の腕が四本、合計六本の腕による手数の多さが特徴のパッケージだ。腕一本一本に別の火器を装備しての射撃戦や、長物を用いての格闘戦もこなせる。その代わり操縦はかなり煩雑で、使いこなすには相応の技量が必要になるがな』

 九十九の説明に、生徒達は『やっぱりラグナロクって変態だわ』と思うのだった。

 

「うわ、これだけの弾幕をひょいひょい避けてるよ。どんなセンサー積んでるのあの子」

 ターゲットを撃ち落としつつ『ピクシー』も合わせて狙い撃つシャルロットだったが、『ピクシー』は「その程度の射撃に当たってやれるか」とばかりに至近弾のみを見切って紙一重で躱していく。

 呆れるシャルロットの隣を、紅の影が飛んで行く。箒だ。

「はあああっ!」

 箒は『紅椿』の《空裂(からわれ)》と《雨月(あまづき)》を駆使して標的を切り裂きながら旋回上昇。その刃を『ピクシー』へと伸ばす。

「落ちろ!」

 しかしその一閃は直前でスルリと躱され、『ピクシー』は箒から離れて行く。

「くっ、入ったと思ったのに!」

「甘いですわね、箒さん。あのターゲットはわたくしがもらいましてよ!」

 

ビシュウウンッ!

 

 歯噛みする箒の周りから蒼い閃光が飛んだ。セシリアの『ブルー・ティアーズ』、そのビットから放たれたレーザーだ。

 レーザーは鋭いターンで周辺のターゲットを薙ぎ払いながら『ピクシー』を追い込んで行く。レーザーに行く手を遮られた『ピクシー』が一瞬止まったその隙を、セシリアは見逃さない。

「今っ!狙い撃ちますわ!」

 《スターライトmk-Ⅲ》で『ピクシー』を撃とうとした直前、『甲龍』の近接武装《双天牙月》を最上段に構えた鈴が『ピクシー』を両断せんと迫る。

「なっ!?鈴さんっ!?」

 それに驚いたセシリアは《スターライト》を撃つのを一瞬躊躇ってしまい、絶好のタイミングを逃してしまう。

「貰っ……」

 鈴が『ピクシー』に《双天牙月》を振り下ろそうとした矢先、何を思ったか『ピクシー』は鈴の顔面目掛けて突撃した。

「ったぁ!?」

 突然の事に反応が遅れた鈴は『ピクシー』の体当たりをまともに顔面に受けてしまう。その隙をついて、『ピクシー』はまたどこかへと飛び去ってしまう。

「あんにゃろう……やってくれんじゃない!」

 目当てのターゲットを落とせなかった苛立ちを、自身直下の標的に向かって《龍砲(衝撃砲)》を最大出力で放って晴らそうとした鈴だったが、そのエネルギーは命中直前で雲散霧消した。よく見ると、周辺のターゲットもまるで縫い付けられたかのように空中に留まっている。

「これは……ラウラね!」

 現象の正体は『シュヴァルツェア・レーゲン』の第三世代兵装《AIC》。物体の慣性を停止させる結界が、ターゲットの落下を止めたのだ。

「ふっ。……貰った!」

 

ドゴォォンッ!

 

 空気を揺るがす巨大な咆哮と共に放たれたレールカノンの弾丸は、《AIC》によって静止させられていたターゲットを一直線に薙ぎ払う。その先に居たのは『ピクシー』。無慈悲な弾丸が『ピクシー』にその牙を剥く。

「最高得点のターゲットは私の物−−」

 私の物だ。と言おうとしたラウラは、次の瞬間驚愕に目を見開く。なんと『ピクシー』はその羽の動きを止めて風に乗り、レールカノンの弾丸を柔らかな機動で回避したのだ。

「なっ、なにぃっ!?」

『なんだ今の動き!?』

『あれこそ『ピクシー』最強の空中機動『必殺・竜鳥飛び』だ。あれを捉えるのはかなり難しいぞ』

『必殺って言うけど、別に攻撃技じゃないわよね?あれ』

『……開発者の趣味です』

 『ピクシー』開発者太尊勇(だいそん いさむ)。元航空機開発者の彼の夢は『人型に変形する戦闘機』の開発だったらしい。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

『今の一発でラウラがトップに躍り出たな。ほら、一夏。何か言ってやれ』

『うえっ!?ええと……いいぞ、ラウラー!』

 九十九の無茶振りに何とか応えようとした一夏だったが、出た言葉は無難この上ないものだった。しかし、それはラウラの頬を赤く染めるには十分な攻撃力を持っていたようだ。

「う、うむ!わ、私にかかればこの程度のことは……ふふ」

 照れくさそうに両手の人差し指をちょんちょん合わせるラウラを他のメンバーがジト目で見ている。

 だが、その瞬間を好機と捉えた者が二人いた。簪とシャルロットだ。

「マルチロックオン、完了」

「《九頭毒蛇(ハイドラ)》!からの……全弾発射!」

 吐き出され続ける標的にロックオンマーカーをつけてミサイルを全弾発射するのは簪の『打鉄弐式』とシャルロットの『ラファール・カレイドスコープ』遠距離火力支援パッケージ《ハイドラ》の一斉攻撃だった。

 簪の放った48発のミサイルと、シャルロットの放った81発のミサイルがスモークを引きながらターゲットを撃ち落としていく。今この瞬間、競技空間の全てをスモークと爆炎が支配していた。

『ミサイル祭りだー!』

『九十九くん!?シャルロットちゃんのアレ何!?』

『あれは『ラファール・カレイドスコープ』の遠距離火力支援パッケージ《ハイドラ》です。全身に装備したマイクロミサイルポッドから最大81発のミサイルを一斉発射可能です。ちなみにマルチロックオン可能、各種弾頭への交換もほぼ一瞬です。他にも遠距離攻撃用兵装を装備していますが、時間がないので割愛します』

『え~……なにそれ……』

『ラグナロクの技術力マジやべぇ……』

『褒め言葉として受け取ろう。いいぞ、シャル!そのまま突き放せ!『ピクシー』も君が落とすんだ!』

『簪ちゃん、頑張れ!簪ちゃんならそんなどこかの魔法学校にありそうな空飛ぶ玉なんてイチコロよ!』

『って二人とも!なに普通にえこひいきしてんの!?』

『『え、いや、ちょっとくらい良いかなって』』

 そんな実況席のドタバタに、「もう、恥ずかしいよ九十九」「やめて、お姉ちゃんやめて」と顔を真っ赤にするシャルと簪だった。ただ、両者の間には『照れ』と『羞恥』という感情の差があるのだが。

 

 競技終了まで残り5分。ポイントがほぼ横並びになった所で、専用機持ち達はターゲットを『ピクシー』のみに絞って撃ち落としにかかっていた。

「食らいなさい!……ってこれもダメなの!?」

「お行きなさい!ティアーズ!」

「AICの発動範囲を見切っているのか!?捉えきれん!」

「もう!大人しくしてよ!」

「埒が……開かない……っ!」

 空中でドタバタと『ピクシー』を追いかける他の5人を置いて、箒は一人考えていた。

(おそらく、あいつらがあの玉を残り時間内に落とす事は無い。となれば、ここで一発逆転を狙うしか無い。何か方法は……)

 一気に(今は)ライバル達を突き放し、一夏に「どうだ!」と胸を張って自慢できるような、そんな方法。と、箒に天啓が降りた。

(そうだ!射出装置の射出口ギリギリに《穿千(うがち)》を放てば、いけるのではないか!?)

 この作戦で重要なのはタイミングを見誤らない事、そして、他の連中に行動を悟られない事だ。箒が空を見上げると、そこでは『ピクシー』と他の連中が今も激しい後追戦(ドッグファイト)を繰り広げている。

「いい加減落ちなさいよ!この金玉!」

「鈴さん!?表現が微妙に卑猥でしてよ!?あと、あれはわたくしの獲物ですわ!」

「今度こそ落とす!」

「それは僕の台詞だよ!ラウラ」

「……私も、負けない……!」

 今、5人は『ピクシー』を追いかけるのに夢中になっている。ならば。

(今が好機!)

 箒の目がキラーンと光った。肩部大出力エネルギーカノン《穿千》を使うべく、素早く着地する。そして腰を落とし、肩部ユニットを展開、エネルギーの充填を開始する。

(このタイミングならばいける!)

 確信に満ちた笑みを浮かべる箒だったが、次の瞬間、後に九十九をして「あれだけ見事な負の連鎖(ピタゴラスイッチ)は後にも先にも無かった」と言わしめる出来事が発生した。

「いただきましたわ!」

 セシリアが『ピクシー』に向けて放った狙撃が鈴に迫る。

「ちょっと!危ないじゃない!」

 その狙撃を慌てて回避する鈴の体が、シャルロットとぶつかった。

「うわっ!?」

 鈴との激突で姿勢を崩したシャルロット。ビックリして思わずマシンガンの引金を引いた為、周囲に弾丸がばら撒かれる。

「あっ……」

 その弾丸が発射したばかりの簪のミサイルに直撃。爆風が巻き起こる。

「ぬっ!?な、何だ!?」

 爆風に背を押されたラウラは、その弾みでレールカノンを発射してしまう。−−箒の足下に向かって。

「な、なにっ!?」

 突然足下の地面が抉れ、前のめりになる箒。その瞬間、『紅椿』の肩から《穿千》が放たれてしまう。そのエネルギー弾の行き着く先は。

『ちょ、ちょっとちょっと!その装置、高いのよ!?』

 楯無の声も虚しく、エネルギー弾の直撃を受けたターゲット射出装置は轟音を上げて爆散した。

「あ、いや、これは、その……」

 会場全体から、箒に向けて非難めいた視線が集中する。

「ふ、ふん!ヤワな機械だっ!」

 しんと静まりかえる会場。そんな中、楯無と九十九が箒に対して口を開いた。

『九十九くん、あなたの真実は?』

『……紅組代表、篠ノ之箒……得点没収(ボッシュート)だ』

「そ、そんなああっ!」

 箒の悲鳴と、『世界各地で不思議を発見するあの番組』のSEが会場全体に響いたのだった。

 そんな地上を喧騒を知ってか知らずか、『ピクシー』は悠々と空を舞っていた。

 

 第二種目『玉撃ち落とし』終了。現時点での各組の得点−−

 

 紅組 500点

 蒼組 900点

 桃組 860点

 黒組 950点

 鉄組 1000点

 橙組 1060点

 

 橙組が一位をキープ。続いて第三種目『パン食い競争』開催準備中。

 

 ちなみに−−

『あれ?九十九、『ピクシー』が急に落っこちてきたんだけど?』

『ああ、あれか?心配いらん、ただの電池切れだ』

『『あれ電池で動いてたの!?』』

 

 

『ではこれより、第三種目『パン食い競争』を開始する』

 私の宣言にあわせて、トラックにパンが吊るされた棒を持った先輩達が現れる。

『ルールは単純。走って、口でパンを取って、ゴール前の完食ゾーンでパンを食べ切ってゴール。それだけだ。何か質問は?』

 瞬間、幾つか手が挙がる。どうやら、漸くこの体育祭の『仕組み』を理解したようだ。

『では、代表して鈴』

「九十九。アンタ今度は何仕掛けたの?」

『なに、どうという事は無い。各レースに使用するパンの中に一つだけ、カスタードクリームではなく激辛の辛子マヨネーズが入っている。というだけだ』

「「「地味にキツい!」」」

 私の発言に一斉に声を上げる女子一同。

『なお、例によってリタイアは受け付けている。無論、最下位扱いで得点は無しになるがな。では、各組代表者5名は前へ』

 呼ばれて出てきた代表者達は、一様に『激辛辛子マヨパンが当たったらやだなぁ』という顔をしている。

『では、競技を開始する。第一走者はスタート位置へ』

 指示に合わせて選手がスタートラインに立つ。スターター役の先輩がスタートピストルを頭の上に挙げる。

「オンユアマーク……セット……」

 

パンッ!

 

 号砲とともに一斉に駆け出す選手達。中間地点に用意されたパンを吊るした棒に飛びついてパンを咥えて完食ゾーンへ。

「「「せーのっ!」」」

 全員が一旦完食ゾーンで立ち止まり、せーので齧り付く。と、その瞬間。

「から~い!」

 悲鳴を上げたのは、紅組の相川さんだ。その目には涙が浮かんでいるが、それでもリタイアしようとせず必死に激辛辛子マヨパンを食べていく。

『おっと!紅組相川さん、リタイアをする気はないようです!』

『紅組は現在最下位ですからね。少しでも得点が欲しい状況で、リタイアという選択肢は無いでしょう』

 結果、相川さんは激辛辛子マヨパンを完食。3位でゴールテープを切った。

 以下、その他のレースをダイジェストでお送りする。

 

 第2レース、辛子マヨパンの被害にあった女子を含む2名がリタイア。1位は黒組。

 第3レース、鉄組の原さんが一口でパンを飲み込み、悠々と1位でゴール。曰く「飲み物よ、パンは」との事。

 第4レース、蒼組のスカリエッティさんが激辛辛子マヨパンにヒットして失神リタイア。1位は紅組。

 

 そして、最終レース。

『今回も団長揃い踏みとなりました!白熱が予想されます!一夏くん、九十九くん。注目選手は?』

『え、えっと……ラウラかな。この手の競技初めてだろうし』

『私はシャル……と言いたい所だが、今回は箒だな』

『あら、またなんで?』

『今までの箒の引きの悪さを考えると、箒が激辛辛子マヨパンに当たる気がするんです。今からリアクションが愉しみで……』

『『趣味が悪いぞ(わよ)!この腹黒ドS!』』

 自分でもそうと分かる程あくどい笑みを浮かべる私に二人のツッコミが入ったと同時に号砲が鳴った。

 先頭は素晴らしいスタートダッシュを見せた鈴。そこからやや遅れて箒。ラウラ、シャル、セシリアはほぼ横並びだ。

「とりゃああっ!」

 ジャンプ一番パンに齧り付いた鈴は、勢いそのまま完食ゾーンへ走り込む。他のメンバーも殆ど一度のジャンプでパンを取る事に成功、鈴の後を追って完食ゾーンへ入った。

「うーん、おいしー!」

 一足早く完食ゾーンに入った鈴のパンはカスタードクリーム入りだったようで、実に美味そうな顔でパンを片付けていく。

 他のメンバーは鈴の様子を見て、緊張の面持ちで手に持ったパンに目を落とす。

「安全牌が一つ減ったか……」

「この中のどなたかの手に、激辛辛子マヨパンがありますのね」

「では……」

「……うん」

「みんな、せーのでいくよ!」

「「「ああ(はい)!せーのっ!」」」

 シャルの音頭で一斉にパンを口にする5人。その結果は−−

「からーい!」

『あっはっはっはっ!流石!見事だな!』

『お、おい九十九。笑っちゃ悪いって……ぶふっ』

『ここまで来るともう笑うしかないわよ……ご愁傷様、箒ちゃん』

 私の思った通り、激辛辛子マヨパンに当たったのは箒だった。もはやここまで来ると『神の意思』と言う奴が絡んでいるのではないか?と思う程、今日の箒はツキがない。

「ぐ、ぐう……っ。だが、負けるわけには!」

 しかし、『玉撃ち落とし』での失態を少しでも挽回したい箒は、リタイアする事無く必死の形相で激辛辛子マヨパンに喰らいつく。

 だが、やはり辛いのかその口の動きは緩慢で、その間に箒以外のメンバーは次々とパンを食べ終わってゴール。

 結局、箒は一口が小さいためにパンに苦戦していたセシリアと最下位争いを演じ、辛くも勝利したのだった。

 

 第三種目『パン食い競争』終了。現時点での各組の得点−−

 

 紅組 650点

 蒼組 1000点

 桃組 1010点

 黒組 1080点

 鉄組 1100点

 橙組 1150点

 

 なおも橙組がリード。続いて第四種目『騎馬戦』準備中。

 

 第四種目の『騎馬戦』は、一言で言えば『グッダグダ』の一言に尽きた。

 なにせ、シャルと簪さんを除く代表候補生達が揃って武器を持ち込もうとするは、楯無さんによって一夏が騎馬として乱入させられるは、攻撃から身を守ろうとした一夏の手が相川さんの『お餅』を鷲掴みするは、それに怒ったラヴァーズがISを展開して一夏を追い回すはと、もはや『騎馬戦』でも何でもない状態になってしまった。

『……どうしようか、九十九くん』

『……無効時合(ノーコンテスト)で』

 上空で簪さんの放ったミサイルの爆発に飲まれる一夏を見上げながら、私はそう言うのが精一杯だった。

 

 第四種目『騎馬戦』無効時合により全組得点変動無し。午前の部終了時点での各組の得点−−

 

 紅組 650点

 蒼組 1000点

 桃組 1010点

 黒組 1080点

 鉄組 1100点

 橙組 1150点

 

 1時間の昼食休憩を挟んで午後の部を開始。第五種目は『軍事障害物競争』。




次回予告

英気を養うのに必要な物は、何と言っても美味しい食事だ。
それが愛しい人の作った物なら、なお良いと思う。
さあ、両手を合わせて口にしよう、「いただきます」と。

次回『転生者の打算的日常』
#66 体育祭(昼休憩)

ああ、愛が美味い。


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#66 体育祭(昼休憩)

『以上で午前の部を終了します。午後の部は14時から開始しますので、生徒はそれまでにアリーナへ戻って来てください。では、一時解散』

 虚さんのアナウンスがアリーナに響く。これから1時間の昼休憩に入るとあって、生徒達はめいめい散って行く。

 さて、私はどうするか。今から食堂に行っても人でごった返しているだろうし、購買部も同様だろう。かと言って、人が引くタイミングを待っていたら食べている間に休憩時間が終わってしまうし……。

「どうするか……」

「「九十九(つくもん)」」

「ん?」

 思案を巡らせていると後ろから声が掛かった。振り返ると、シャルと本音がそれぞれ大きな風呂敷包みと水筒を持って立っている。その風呂敷包みからはいい匂いが漂っていて、私の食欲中枢を刺激してくる。

「シャル、本音。その風呂敷の中身……まさか……?」

「うん。そのまさか」

「しゃるるんといっしょにがんばって作ったんだ〜。ねえ、つくもん」

「「お昼ごはん、いっしょに食べよ?」」

「はい。喜んで」

 二人と二人の手作り弁当。その誘惑に、私は対抗手段を持ってなどいなかった。

 

 という訳で、中庭にやって来た私達。敷物を広げ、飛ばないように四隅を石で止めてから、二人の手作り弁当のお披露目だ。

「「はい、召し上がれ」」

「おお……」

 重箱は全部で三段。その全てが綺羅星のような輝きを放っている……ように見えた。

 一段目は4種のおかず。狐色に揚がった唐揚げと、しっとりとした黄金の輝きを纏う玉子焼き。トマトケチャップがたっぷりと絡んだミートボールに、箸休めに丁度良さそうな法蓮草のお浸し。目にも楽しい弁当だ。

 二段目はおむすび。小さな俵むすびが隙間なく並んでいる。これだけ作るのは相当の労力だろう。二人の頑張りが分かる。

 三段目はデザート。うさぎリンゴとネコオレンジ、ブルーベリーパイと、こちらも可愛らしく華やかだ。

「どれも美味そうだ。ん?そう言えば取皿が無いようだが……」

「あ、うん。それはね、九十九の分だよ」

「わたしたちのはこっち〜」

 そう言って本音が広げたのは、全く同じ内容で私の前にある重箱より一回り小さい重箱。ああ、なるほど。この重箱は全て私が食べていい分だから、取皿が要らない。という事か。

「では、いただきます」

「「いただきます」」

 両手を合わせて箸を取り、まずは唐揚げを一口。

「むう、これは……」

 片栗粉を薄く着けた衣のパリッと軽い歯触りが心地良い。噛みしめるとじわっと染み出す肉汁の甘みと、しっかりと染み込んだ出汁醤油のコクのある旨味。そしてニンニクのパンチの効いた風味が絶妙なハーモニーを奏でる。この唐揚げの味には憶えがある。

「この味……そうか。母さんの唐揚げだ」

「うん。八雲さんにレシピを聞いて作ってみたんだけど……どうかな?」

「うん、よく出来てる。美味いよ」

「よかった……」

 私の一言に安堵を漏らすシャル。すると、本音が小さく手を挙げた。

「つくもん、玉子焼きはわたしが作ったんだよ〜。食べてみて〜」

「ああ、いただこう」

 本音の言葉に従って、玉子焼きを頬張る。

「うん……うん……」

 形はしっかりと保っていながら、噛むとトロリと崩れる官能的な食感。ふわりと鼻を擽る鰹出汁の香りと旨味。卵本来の優しい甘みを損なわないよう、塩と砂糖は仄かに感じる程度まで抑えてある。この味は、つい最近食べた記憶があるな。

「そうか、あの時(#57)の玉子焼きだ」

「うん。つくもんの言ったとおりにしてみたんだ~。どう?おいしい~?」

「ああ、これも良い出来だ。美味いよ」

「てひひ〜」

 私の講評にはにかんだ微笑みを浮かべる本音。

 続いてミートボールを口にする。これは、市販のチキンベースの物ではなく合挽き肉を使った自家製だな。牛のどっしりとした旨みと豚の脂の甘みを、トマトケチャップの酸味が引き立てる。ソースにはウスターソースも入っているな。舌にピリッとくる香辛料の辛味と香りが全体を引き締めている。これも美味い。

 おむすびを口に運ぶ。具の入っていないシンプルな塩むすびだが、それが逆に箸を進める。

 おっと、法蓮草のお浸しも忘れずに食べないと。……塩茹でにされた色合い鮮やかな法蓮草に白だしベースのあっさりした味付け。法蓮草は一番甘い根元ギリギリまで使っている。この優しい甘味、自然と顔が綻んでしまうな。

「つくもん、お茶どうぞ〜」

「ありがとう」

 本音がポットからコップに注いだ茶を受け取って一啜り。ん、ほうじ茶か。だが、粗悪品にありがちな焦げ臭さは無く、香ばしい茶の香りと適度な渋味が舌をリセットしてくれる。

「良い茶だ。これは?」

「おかあさんセレクトのおいしいほうじ茶を〜、おかあさん直伝の淹れ方で淹れたんだ〜」

「ああ、なるほど。どうりで…」

 更識家の食事を一手に担う調理師軍団、厨衆(くりやしゅう)の筆頭にして本音の母、言葉(ことのは)さん。本音にそのまま年を取らせたようなのほほんとした見た目とは裏腹に、その腕と舌は更識家(セレブ)も認める一級品なのだ。

 唐揚げを頬張り、口の中にある内におむすびを詰め込む。十分に味を堪能してから茶で流し込んで玉子焼きをつまみ、余韻が残っている間におむすびを口に運ぶ。

 時折お浸しを挟みながらどんどんと食べ進め、ふと気付いたときには重箱はデザートが入った段を残して空になっていた。

「ふう……。あ、すまない。君達のペースを考えずに食べてしまった」

「ううん、気にしないで」

「つくもんの食べるペースが早い時は、目の前の料理を美味しいって思ってる時だって知ってるから〜」

 私は美味いと感じた物を前にすると、自然と手と口が早くなってしまう傾向がある。まあ、それだけ二人の作った弁当が美味かったという事だ。

「よかった。美味しいって思ってもらえて」

「実はちょっと心配してたんだ〜。美味しくないって思われたらどうしようって〜」

 私がハイペースで弁当を食べた事に安堵と喜びの混じった顔をする二人。二人が向ける眼差しに妙な気恥ずかしさを感じた私は、それを誤魔化す為にうさぎリンゴに手を伸ばす。

 切り口に変色の一切無い真っ白なリンゴを口に含む。シャクシャクした心地の良い歯触り。甘味と酸味のバランスの取れた果汁が噛む程に溢れる。

「ん、リンゴとは別種の甘味……。この僅かにざらつく甘さは……そうか、蜂蜜を変色防止に使ったのか」

「うん。最初は塩水にしようと思ったんだけど、しょっぱいリンゴってやっぱり嫌でしょ?」

「まあ、折角のリンゴの甘味が塩味で台無しになるのは良い気分ではないな」

 シャルの意見に首肯しながらオレンジを口に運ぶ。口の中で弾けるジューシーな果肉、柑橘特有の爽やかな酸味が舌に心地良い。

「九十九、お茶どうぞ」

「ありがとう、シャル。……ん、この香りはダージリン……だけじゃないな。他にも幾つか混ざっている」

「うん。僕オリジナルのブレンドだよ」

「そうなのか。……うん、いい出来だ」

 鼻を擽る豊かな香りと茶葉由来の甘みと渋味が、舌に残ったオレンジの酸味をさっと流してくれる。

 そこで満を持してブルーベリーパイを口に運ぶ。サクサクのパイ生地に甘酸っぱいブルーベリージャムが好相性だ。ジャムは浅炊きの為、ブルーベリーの粒の弾ける食感が楽しい。これにシャルオリジナルブレンドの紅茶がまた実に良く合う。

 これら全てを、二人が私のために作ってくれたのだと思うと、嬉しくて泣いてしまいそうだ。

「ああ……愛が美味い」

「「何か言った?」」

「いや、何も」

 小さく漏らしたその一言は、どうやら二人には聞こえなかったようだ。ふとした拍子とは言え、えらく恥ずかしい台詞を吐いてしまったな。

 

「ご馳走様でした」

「「お粗末さまでした」」

 弁当を食べ終え、暫しの食休み。三人で他愛のない話をしていると、強い眠気が私に襲ってきた。

「ふあ……むぅ……」

「九十九?眠いの?」

「実はかなり。さっきも言ったが、実行委員(面倒事引受人)にされてからこっち、特にここ数日ロクに眠れていなくてな」

 私がそう言うと、シャルは「そっか……」と呟き、何かを考えた後正座に座り直した。

「じゃあ、はい。おいで、九十九」

 そして、その体勢で自分の膝をポンポンと叩く。それは、つまり……。

「膝枕……いいのか?」

「うん。遠慮しないで。時間が来たら起こしてあげるから」

「しゃるるんずる〜い。わたしも膝枕してあげたいのに〜」

「残念、早い者勝ちだよ」

「う~、う~」

 不服そうに唸る本音に、私は妥協案を出す事にした。

「本音。君には今夜、シャルと同じ時間だけ膝枕をお願いしようと思うんだが……」

「……わかった〜。楽しみにしとく〜」

「それじゃあ、失礼するぞ、シャル」

「うん。お休み、九十九」

 シャルに近づき、その膝に頭を乗せて目を閉じる。優しく髪を撫でてくるシャルの手の心地良さに、私はあっという間に眠りの園へと旅立つのだった。

 

 

 九十九達が穏やかな昼休みを過ごしているのと時を同じくして、一夏もまた昼休みを取っていたのだが、その様子ははっきり言えば『ドタバタ』と言っていいものだっただろう。

 なにせいつもの面子が集まって一夏に手製の弁当を食べさせようとして混乱が起き、楯無の提案の下、一人10分ずつの『二人きりの昼食』をする事になったのだが−−

「こ、殺されるかと思った……」

 鈴の「あーん」を頑なに拒んだ結果、《龍砲(衝撃砲)》で逃げ道を塞がれて強引に「あーん」を実行されたり。

「ぎゃあああっ!目が!鼻が!舌が!喉がああっ!」

 セシリア特製トムヤムクン(濃縮ブートジョロキアエキス入り)の、通常の三倍ではきかない辛さに悶絶したり。

「うああ……っ。 あ、頭がキーンと……」

 箒が食堂の人に無理を言って作って貰ったかき氷(ミルク宇治金)を焦って掻き込んでアイスクリーム頭痛を起こしたり。

「甘っ!ムチャクチャ甘っ!」

 簪が独自開発したエナジーゲル(商品名『どっこらショット』)の強烈な甘さにセシリアの時とは別の意味で悶絶したり。

「何が悲しくてヘビの肉を食わなきゃならんのだ……」

 ラウラ手製の弁当の唐揚げがヘビ肉でできていると知って愕然としたりと大忙し。

 結局、まともに食べたものといえば最後に出てきた楯無が手渡した『秋の味覚の炊き込みお握り』だけだった。

 

 

 

ユサッ

 

 頭を軽く揺すられた感覚に、私の意識は急速に現実に戻った。目を開けると、優しい笑みを浮かべたシャルと目が合った。

「おはよ、九十九」

「……おはよう、シャル。時間か?」

「うん、そろそろチャイムが鳴ると思うよ」

 シャルが言うのとほぼ同時に、午後の始業5分前のチャイムが鳴った。それを聞いた私は少し名残惜しく思いながらシャルの膝枕から頭を離して起き上がる。

「九十九、眠気はどう?」

「正直に言えばまだ眠い。が、寝落ちする程ではない。といった所だ」

「そう。あんまり無理しちゃダメだよ?」

「分かっている。心配をかけてすまんな。で……」

 ちらりと自分の横に目をやると、そこでは本音がスヤスヤと寝息を立てていた。

「起こした方がいいよな?」

「……起きると思う?」

「……だよな」

 結局、重箱と水筒をシャルが、本音を私が抱えてグラウンドへ戻るのだった。なお、本音はチームテントに到着して尚眠り続け、最終的に簪さんが叩き起こしていた。(未来の)妻が迷惑かけてすみません。

 

 実況席に戻ると、やけに疲れた表情の一夏と顔を微かに朱に染めてそっぽを向く楯無さんがいた。

「はあ……」

「どうした、一夏。昼休み前より疲れているように見えるんだが?あと、その頬の紅葉は何だ?」

「ん?ああ、九十九か。実はな……」

 一夏は私に、昼休みに何があったのかのあらましを話した。

「で、楯無さんから貰ったお握り食ったところで午後のチャイムがなってさ。楯無さんを連れて行こうとしたんだけど……」

「皆まで言うな。大方、お前が楯無さんの手を取って歩こうとして、そうしたら楯無さんが急にモジモジしだして、お前の事だからトイレにでも行きたくなったのかと訊いて、楯無さんに紅葉のお土産(ビンタ)を貰ったって所だろ?目に浮かぶぞ」

「よく判るな、やっぱお前エスパーだろ」

「久し振りに聞いたなそのフレーズ。いつも言っているが、お前が分かり易過ぎるんだ」

 呆れたように溜息をつく一方で、楯無さんに個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で話しかける。

〈やれやれ、折角の嬉し恥ずかしイベントを自ら棒に振るとは。ヘタレですか、貴女は?〉

〈うっ!〉

〈手を握られたくらいで動揺とか、今時小学生でもしませんよ?〉

〈くうっ!?〉

〈一夏は年上に弱いから、一気に寄り切れば勝てるって言いましたよね?私。なに寄り切られてるんですか?〉

〈だ、だって、一夏くんが急に手を握ってくるから……その……〉

〈テンパって何も出来ずにモジモジしてたら失礼な事を言われて、それで思わず手を上げた。と。……馬鹿ですか?〉

〈はうあっ!?〉

〈これではちょっと前のあいつらと変わらないじゃないですか。何やってんですか、まったく〉

〈うう……〉

 私のダメ出しにすっかり消沈した楯無さん。ただ、この会話は個人間秘匿回線で行われていた為、一夏から見ると−−

「楯無さん?どうしたんですか?急に百面相なんかして」

 となる。楯無さんの様子がおかしいと思ったのか、一夏が楯無さんの顔を覗き込む。瞬間、楯無さんの顔が真っ赤に染まった。

「ふぁっ!?だ、だだだ大丈夫!何でもないから!ホントに!」

「え、でも顔赤いですよ?熱とか……」

「ないから!いたって健康だから!心配無用!ねっ!?」

「はあ……」

「はあ……」

 一夏の気のない返事と私の溜息が重なった。

 まったく、この人は本当に……。何でそこでいつものように余裕たっぷりに、かつ、からかい混じりに「あら?私の事、心配してくれるんだ」とか言えないんだ?それだけで一夏から十分イニシアティブを取れるというのに。

 私は、普段は余裕たっぷりな癖に肝心な所でヘタレる残念生徒会長に呆れつつ、『軍事障害物競争』の準備が進むグラウンドを眺めるのだった。

 

 昼休憩終了。間もなく第五種目『軍事障害物競争』開始。




次回予告

体育祭は佳境を迎え、熱狂は最高潮に達する。
そして、魔法使いの罠もより悪辣さを増していく。
ただ、時として策士は、策に溺れてしまうものなのだ。

次回『転生者の打算的日常』
#67 体育祭(午後)

ちょっと待て!?何故私までここにっ!?


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#67 体育祭(午後)

「村雲くん、準備出来たわよ」

 競技場の設営を終えた先輩の報告に首肯で返し、私はマイクのスイッチを入れた。

『それではこれより、第五種目『軍事障害物競争』のルールを説明する』

 グラウンドに私の声が響いた途端、生徒達のざわつきが消える。全員が緊張の面持ちで私のいる実況席に視線を向けていた。

『各チームは代表者を3名選出、各選手はまず解体された状態のライフルを組み立てて弾を込め、それを持って各障害を突破。最後にゴール前のターゲットを撃ち抜いてゴール。但し、一度に持って行ける弾は1発まで。的射ちを外した場合は、弾を取りに戻ってもう一度やり直しとなる。以上、何か質問は?』

 

ズババッ!

 

 瞬間、挙がる無数の手。この時点で、私が『訊かないと答えない人』だという事は、この場の全員に完全に浸透したようだ。

『では、代表してラウラ』

「障害の内容を教えろ」

『そう言われても……見ての通りだが?網潜りに橋渡り、あと地雷原』

「「「地雷原!?」」」

 しれっと言った私の一言に、女子達は驚きの声を上げる。

『ああ、心配はいらない。地雷と言っても、害獣駆除目的に開発された特殊な地雷だ。音と光は派手だが、怪我はしないように出来ている』

「「「なーんだ、なら安心……できるかっ‼」」」

『うおっ!?』

 一年生徒全員によるノリツッコミの大合唱。ビックリした私は、椅子に座ったまま仰け反ってしまった。

「地雷原もそうだが、他の障害も危なそうな物ばかりではないか!?」

「ちょっと九十九!あの網なに!?ぱっと見茨じゃない!」

 鈴が指差す先には、刺々しい茨で編まれた痛そうな見た目の網が横たわっている。

『あの茨の網は、シリコンゴムで出来た特別製だ。棘は先が丸くなっているから刺さる事はない。危険はゼロだ』

「橋渡りと言うが、あれはどう見てもガラス製だろう!」

「しかも地上5mの位置にありますわよ!?」

 ラウラとセシリアが見つめる先にあるのは、数枚の一枚ガラスが掛かった巨大な橋。突貫工事感丸出しの無骨な物だ。

『耐荷重300㎏のアクリルガラスだから、破れる事はない。それに、落ちても大丈夫なようにウォーターマットが敷いてある。怪我をする事はない』

「……いくら音と光だけと言っても、地雷を踏んだら危険」

『目を凝らせば何処に埋まっているかは一目瞭然になっている。回避は可能だ』

 一夏ラヴァーズから矢継ぎ早に飛んでくる質問(と言うか非難)に、同様に矢継ぎ早に返す私。安全性は確保してある、という事が分かったのか、他の女子からの質問は無かった。

『質問は以上か?ならば、各チームは代表者を3名選出してくれ。それが終了し次第、競技を開始する』

 私が質問を打ち切ると、各チームは代表者を選ぶ作業に入った。さて、誰が出てくるかな?

 

 

『はい!という訳で、『軍事障害物競争』まもなく開始です!解説の九十九くん、今回のポイントは?』

『そうですね……。やはり、いかに素早くライフルを組み立てられるかでしょう。ライフルを組み立てるのが早ければ早い程、他の選手に先んじる事ができますから』

『なるほど……。一夏くんは?』

『えっと、九十九が仕掛けた障害物をどう攻略するか……ですかね』

 実況席で楯無達が本競技の見所を話している間に、第一走者が出揃った。その中には本音の姿もあった。

『あ、九十九くん。本音ちゃん出るみたいよ?』

『本音ー!無茶しない程度に頑張れー!』

『だから贔屓すんなって!』

『妻を贔屓して何が悪いか!?』

『言い切ったわねー、九十九くん』

 九十九から声援を受けた本音が少し恥ずかしそうに、だがとても嬉しそうに身を捩らせるのを、他の出走者が『いいなぁ』という顔で見ていた。

「んんっ!オンユアマーク……」

 スターターの先輩の声にハッとした出走者が一斉にコース方向を向いてスタート体勢を取った。

「セット……」

 

パンッ!

 

 号砲一下、走り出す選手達。すると、当然と言うか何というか、本音が集団から一歩出遅れた。

『のほほんさん、やっぱり遅っ!』

『大丈夫だ。あの程度の遅れならすぐ取り返す』

『え、でも……』

『まぁまぁ、見てなさい』

 最後にテーブルに辿り着いた本音は、銃のパーツをコトコトと並べ替えて行く。その間にも、他の選手達はテキパキと銃を組み立てていく。

『何してんだよのほほんさん……!』

『一夏、焦れるのも分かるがよく見ていろ。一瞬だ。見逃すなよ』

 焦れる一夏を九十九が窘めた次の瞬間、本音の手には組み上がった銃が握られていた。

「じゃっじゃじゃーん♪」

 どこにも歪みのない、完全な完成形のライフル。それを誇らしげに両手でかざし、本音は他の選手が唖然とする中、二歩も三歩もリードして走り出した。

『見事!流石だ、本音!』

『う、ウソだろ。あののほほんさんが……』

『あの子、物を組み立てるのが上手なのよ』

『上手ってレベルじゃないでしょ、あれ!』

『姉妹揃って整備科のエースね。九十九くんが本音ちゃんに自分のISの点検整備(メンテナンス)を任せるのも当然だわ』

 自慢げに語る楯無の言葉に、一夏はそう言えばそうだったと思い出した。

 どんな物でも『分解』する虚。あらゆる物を『組立』る本音。IS学園でも有名な布仏姉妹とは、彼女達の事だったと。

 

 実況席が盛り上がる中、本音は(シリコンゴム製)茨の網を「ちょっと痛い〜」と言いながらもクリア。更に5mの梯子を登って強化アクリルガラスの橋に辿り着いた所で、黒組の代表が追いついてきた。

「追いついたわよ布仏さん。ラウラ隊長の特訓が役に立ったわ!」

 一気の追い上げをすべく、黒組代表がガラスの橋に足を踏み出した瞬間、それは起きた。

 

バリ……

 

「え?」

 足下から不穏な音がしたのを聞いた黒組代表が足下に目をやると、そこには蜘蛛の巣状の罅が入ったガラスの橋が。

「ひっ……!きゃあああっ!?」

 突然の出来事に慌てた黒組代表は踏み出した足を戻してへたり込み、その状態のまま九十九に抗議をする。

「む、村雲くん!どこが破れることはないよ!」

『何の事だ?』

「何のって!さっき橋がバリって……あ、アレ?直ってる?どういうこと?」

 黒組代表の呆然とした顔に、九十九はしたり顔で解説を始める。

『その橋には、強化アクリルガラスの間に重量センサーと有機ELを用いたディスプレイが挟んであってな。20㎏以上の荷重がかかるとガラスが割れるような音と共に、足を置いた所を中心に罅の画像が映るようになっているんだ。実際には割れていないから、安心して進んでくれ』

『「「悪趣味!」」』

 九十九の説明に、生徒全員のツッコミが飛んだ。そんな中。

「つくもんがそう言うなら大丈夫だね~」

 そう言って、本音はガラスの橋に一歩を踏み出す。

 

バリ……

 

 途端、本音の足下に罅が広がる。

「ひうっ……!こ、怖くない、怖くない……つくもんを信じて進も〜!」

 足下から響く不穏な音に恐怖を感じつつも、少しづつ前に進む本音。1分後、本音はガラスの橋をクリアした。

 追いついてきていた他の選手も、本音が無事に渡り終えたのを見てようやく橋を渡り出す。その間に、本音は地雷原に差し掛かっていた。

「よ~く目を凝らして見ればわかるって……あ、ほんとだ~」

 実際、よく目を凝らせば分かる。地雷が埋まっている所は、他の場所に比べて若干色が明るくなっている。本音は、その色の明るくなっている場所を避けるようにしながら、慎重に進んで行く。

『そう言えば九十九くん。地雷って実際どのくらいの物なの?』

『小型の熊が失神する程度のレベルですね』

『それ結構シャレにならない奴じゃねえ!?』

 一夏がツッコミを入れた次の瞬間。

 

バアアアンッ‼

 

「きゃあああっ!?」

 派手な破裂音と共に強烈な光が迸り、地雷を踏んだ蒼組代表の姿を一瞬隠した。

「きゅう……」

 光が消えると、蒼組代表は目を回して倒れていた。

『おーっと!ついに九十九くんのあくどい仕掛けの被害者が出てしまったーっ!』

『あれは暫く目を覚ましそうにないですね。回収班の先輩方、お願いします!』

「「「はーいっ!」」」

 九十九の掛け声に応じたIS装備の先輩が、蒼組代表を慎重に抱え上げて救護テントへ連れて行った。

 それを見た他の選手達は、より慎重に慎重を重ねて地雷原を進んで行く。その為、本音との差が縮まる事は無かった。

『さて、最後の障害、実弾射撃に本音ちゃんが到着しました!けど……』

『けどなんですか?楯無さん』

『本音ちゃん、射撃はからっきしなのよね』

『あ、そう言えばそうだった』

『甘いな。この私が、本音の苦手を苦手のままにさせると思うか?』

『『え?それって……』』

『本音!『アレ』を見せてやれ!』

「おっけ〜、つくもん!ん〜……えいっ!」

 

バンッ!

 

 本音の撃った弾は、的を大きく外れた場所に飛んでいく。が、その瞬間。

 

カンッ、ビシッ!

 

『『へ?』』

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「わ~い!あたった〜!」

 そう、本音は的を直接狙うのは非常に苦手だが−−

『何故か跳弾狙撃は百発百中という、なんでやねんと言いたくなる射撃技能の持ち主だったんだ』

「「「なんでやねん!」」」

「ほえ?」

 基本は出来ないのに応用は出来るという不思議な能力。この場にいたほぼ全員がツッコミを入れたのは、当然と言えた。

 結局このレースは、本音が終始首位を守り抜いてゴール。他の2レースは、黒組の選手が首位を独走。得点を伸ばす結果となった。

 

 第五種目『軍事障害物競争』終了。現時点での各組の得点−−

 

 紅組 680点

 蒼組 1020点

 桃組 1040点

 黒組 1130点

 鉄組 1135点

 橙組 1175点

 

 僅差で橙組が一位をキープ。続いて第六種目『コスプレ生着替え走』開催準備中。

 

 

 第六種目『コスプレ生着替え走』は、一言で言えば真っピンクだった。

 当初、衆人環視の中で着替える事に(ラウラ以外)反対した各組代表。しかし、『一位は500点』という楯無さんの発言に結局全員が出場を表明。レース開催の運びとなった。

 各人が引き当てた衣装は−−

 

 箒 鈴の用意したミニスカートのチャイナドレス。

 鈴 セシリアの用意したパーティードレス。

 セシリア 箒の用意した巫女服。

 シャル ラウラの用意したドイツ軍服(黒ウサギ隊仕様)。

 ラウラ 簪さんの用意した姫騎士服(ビキニアーマー風)。

 簪さん シャルの用意した白猫着ぐるみパジャマ。

 

 となった。

 各人、衣装に着替えて走り出したものの、そもそも衣装のサイズがあっていない箒は動く度に服がズレてチラチラと『梱包材』が見え隠れして羞恥に身を焦がし、鈴もまた胸元のサイズが合わないドレスに気が気でない様子だった。

 第一関門の『跳び箱』では、セシリアが真っ先に挑みかかったものの、慣れない草履で踏み込んだ為に袴の裾を踏み、結果としてその場に袴を置き去りにして跳び箱の上に飛び出す。というハプニングが発生。

 セシリアはその場にいた全員に『高級そうなラッピングを施した大きな桃』を披露する事に。これには会場も大盛り上がり。

「「「まったく、セシリアはエロいなぁ!」」」

 大合唱が響く中、セシリアは涙目になりながらどうにかこうにか袴を履き直すのだった。

 

 第二関門は『平均台』。

 これに固まったのは箒、鈴、セシリアの3名。というのも、平均台をクリアしようとするなら、バランスを取るために両手を広げる必要に駆られる。そうなれば、衣装のサイズが合っていない箒と鈴、そして、半端な着直しが原因で今にも袴がずり落ちそうになっているセシリアは、平均台に乗った瞬間に色々見えてしまう事は想像に難くない。

 うぐぐ、と立ち止まる三人を横目に、今度はシャルが一歩リードする。

「お先に!」

『いいぞ、シャル!ドイツ軍服もなかなか様になってるじゃないか!特に軍帽!凄く似合ってる!』

「えへへ。ありがとう、九十九」

 私の声援にはにかんだ笑みを浮かべるシャル。うん、可愛い。

『いや、だから贔屓すんなって!』

『もう一度言うぞ。妻を贔屓して何が悪いか!

『開き直ったわね~……』

 呆れたように言う楯無さん。が、ある人物が目に入った瞬間、椅子を蹴立てて立ち上がる。それは−−

「私も、先に……」

 本音ほどではないにしろ、足が遅い故に追いつくのがやっとの簪さんだ。躊躇する三人を尻目に平均台に飛び乗る。

 ここまで大胆になれるのは何故か?それは、彼女の衣装が白猫着ぐるみパジャマだからだ。非常に楽な上、現状脱げる心配も無い。

『きゃーっ!簪ちゃん可愛いーっ!グッドよ!ぐっと来るほどグッドだわ!』

『ぶふっ!』

「ぷぷ」

 楯無さんが簪さんに駄洒落混じりの声援を送った途端、一夏と簪さんが噴き出した。どうやら揃ってツボにはまったらしい。

 やはり姉妹というかなんというか。揃って笑いのツボがずれてるんだな。あと一夏、ツボってないで「贔屓は駄目」と言え。

『ぐっと来るほどグッド……。やばい、ツボった……!』

 ……あ、駄目だ。完全にツボにはまって悶絶してるわ。

 

 シャルと簪さんに先を越された三人は、衣装の乱れを我慢して平均台に飛び乗る。途端、見えてはいけないあれこれを衆目に晒しそうになる三人。沸き上がる黄色い声援に三人は顔を赤らめる。が、今はそんな事を気にしてはいられないだろう。

「「「とにかくトップにならないと!」」」

 勝てば官軍−−。それが三人の共通認識となっていた。

 羞恥心をかなぐり捨て、下着が見えるのも一切構わず平均台を進む三人。その姿に周囲の歓声はますます大きくなる。

 三人が平均台を順調に進んでいたその時、いきなり突風が吹いた。

「「「!?」」」

 突風の正体は、ピンク色のビキニアーマーの上から『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ったラウラだった。

「ハハハハハ!ISを使えばこの程度の障害など!」

 高笑いを上げながら上空10mの地点を飛ぶラウラ。だがその行為は−−

 

ピピーッ!

 

「はい、ラウラちゃん失格〜」

 当然、ルール違反である。ラウラはレッドカードで一発退場。楯無さんの判断は的確だった。が、それでラウラの感情が収まるかは別問題である。

「ふ、ふ、ふざけるなあっ!こんな格好までして失格だと!?ええい、もういい!貴様ら全員、吹き飛ばしてくれる!」

 金属同士の擦れる特有の重い音を立て、『シュヴァルツェア・レーゲン』の大口径リボルバーカノンが直下にいる他の選手に狙いを定める。ラウラは今、羞恥心で完全に錯乱していた。

「消え−−「させるかこのバカチンが!」なにぃっ!?」

 

ザンッ!

 

 ラウラの砲撃より一瞬早く、『フェンリル』を纏った私の《フルンティング》による斬撃がリボルバーカノンを斬り裂いた。

「ルールは守ってこそルールだ。あと、シャルを吹き飛ばそうなど、この私が許さん!」

「ば……」

 ラウラが何か言おうとした瞬間、リボルバーカノンの炸薬に火が移ったか、『シュヴァルツェア・レーゲン』は爆炎に呑み込まれた。

「馬鹿なあああっ!」

 ラウラの非常に悪役的な叫びは、爆音に掻き消されて誰の耳に届く事もなかった。−−私を除いて。

 

 第六種目『コスプレ生着替え走』−−ラウラ・ボーデヴィッヒの暴走により無効試合(ノーコンテスト)。得点変動なし。

 

「えーと……九十九、これどういう状況だ?」

「ちょっと待て!?なぜ私までここに!?」

 ふと気がつくと、轟々と風の吹く場所にいた。一夏と一緒に。

『一夏くん、九十九くん。地上50mからの見晴らしはどう?』

「この状況の説明を願います。ってか九十九!お前絶対なんか知ってるだろ!?」

 一夏の疑問ももっともだ。なにせ−−

「お前が「腹減ってないか?まあ食え」って渡してきたパンを食ったら急に意識が遠のいて、気がついたらこの状況だぞ!」

「うむ、当初はこの競技に参加させる為にどうにか説得しようと思ったのだが、説得しきれるビジョンが見えなくてな。パンに即効性の睡眠薬を染み込ませて、お前に食わせた」

「なにしてんの!?ほんとなにしてんの!?」

「で、その直後に楯無さんに『九十九くん、喉渇いてない?これどうぞ』と渡されたジュースを飲んだら意識が遠のいて、気がついたらこのザマだ。おのれ、楯無さんめ……」

 策士策に溺れるとはこの事か。自分は安全圏にいると思っていたのが仇になった。

「お前、たまに抜けてるよな……。で?これからなにすんだよ?」

「最終種目『バルーンファイト』だ。ルールは簡単。一夏の乗ったゴンドラに括り付けた大量の風船を割りながら、最終的に一夏をゴンドラごとキャッチして地上へ下ろした者の勝ち。勝者には、現在の一位チームの総得点と同じ点数が与えられる。つまり−−」

『どのチームにも優勝の可能性があるってわけ!でも、一夏くんだけじゃあシャルロットちゃんのモチベーションが上がらないかもって思って、九十九くんにも参戦をお願いしたの。ちなみに、九十九くんをキャッチした人には500点が与えられます!』

「無理矢理ですけどね!?」

 しれっとのたまう楯無さんにツッコむが、それは吹き付ける風に掻き消されて楯無さんには届かなかった。

「「「ふっふっふ……」」」

 

ゾクッ!

 

 ゴンドラの外から響いた不気味な含み笑いに周囲を見回す私と一夏。そこには−−

「覚悟しろ、一夏!」

 『紅椿』を纏い、二本の刀を構える箒が。

「その首、貰いましてよ!」

 『ブルー・ティアーズ』を纏い、スナイパーライフルをこちらへ向けるセシリアが。

「年貢の納め時ってやつね!」

 『甲龍』を纏い、青龍刀を振り回す鈴が。

「一夏。お前は私の嫁だ!」

 『シュバルツェア・レーゲン』を纏い、交換したリボルバーカノンをアクティブにするラウラが。

「一夏、いただく……」

 『打鉄弐式』を纏い、全ミサイルを発射待機状態にした簪さんが。

「九十九、待っててね。すぐ助けるから!」

 『ラファール・カレイドスコープ』を纏い、ショットガンをポンプアクションさせるシャルが。

 各々の想いを背負って私達の乗るゴンドラを取り囲んでいた。

「こ、殺されるのか!?俺はついに−−くそっ!死んでたまるか!『白式』!……って、あれ?」

 死への恐怖から『白式』を展開しようとした一夏だったが、それは叶わなかった。

『一夏くーん、『白式』は今、半強制スリープモードにしておいたからー。あ、九十九くんの『フェンリル』もねー』

「なんだろう……悪魔がいる……」

「いつもの事だろう?世界には、悪魔はいても神はいないのさ」

「カッコつけてる場合か!?」

 諦念の笑みを浮かべる私に一夏がツッコむと同時に、楯無さんが競技開始を宣言した。

『それでは!最終種目『バルーンファイト』!レディ……ゴー!』

「ちょ、ちょっと待っ−−」

「チェストオオオッ!」

 一夏の声を掻き消したのは、箒が気合の叫びと共に放った飛ぶ斬撃だった。軽い破裂音と共に大量の風船がちぎれ飛んで行く。途端、私達の乗ったゴンドラの浮力が大きく減少。一気に地表に近づく。

「うおお!?」

「ぬうっ!拙いな。このペースと速さで落ち続けると、死にはしないまでも大怪我をするぞ!」

「マジかよ!?」

「マジだ。なので……」

 言うなり、私はゴンドラの縁へ足をかけ、そこに立ち上がる。

「お、おい九十九!?何して……」

「シャル‼」

「は、はい!」

 私の呼び声に、一瞬ビクッとして振り向くシャル。そのシャルに、私はたった一言だけ言った。

「信じるぞ」

 直後、私はゴンドラから飛び降りた。

「「「なっ!?」」」

 途端、地上に向かって落下して行く私。驚愕する一同。私の突然の行動に反応できたのは、シャルだけだった。

「九十九!」

 落ちて行く私を抱き止めて、ゆっくりと地上へ降りていくシャル。

「もう、無茶しすぎだよ」

「信じていたからな、君を。だが、こういうのは二度と御免だ」

『シャルロットちゃん、九十九くんゲット!500点獲得です!』

 楯無さんがそう言うと、会場は歓声に包まれた。シャルロット・デュノア、(村雲九十九)の救出に成功。500点獲得。

 

 一方の一夏だが、片側の風船が割れ過ぎた事でバランスが崩れ、空中に放り出された一夏をまず簪さんが抱き止めたものの−−

「私の嫁を離せえっ!」

「当たら、ない……」

 プラズマ手刀を展開して突撃して来るラウラに対応する為、あっさり放り捨てられる。それを拾い上げたのはセシリアだ。

 すぐさま向かって来る他のISをビットで牽制しながらゆっくりと地上に降りて行くが−−

「すまんっ、セシリア!」

 一夏は突然、セシリアの両腕をすり抜けて空中に飛び出した。

「えっ!?なんで!?」

「多分だが、セシリアの色香にやられそうになって逃げたんだろうな」

 一夏としては、近くの木にでも掴まれば骨折程度で済む。と思ったのだろうが、一夏から最寄りの木まで10mはある。何かいい手でもあるというのか?一夏。

「残酷すぎるうううっ!」

 だが、結局何も方法が浮かばなかったのか、一夏が悲痛な叫びを上げる。それに呼応するように、箒達が一点集中の加速を行うが、如何せん一夏と距離がありすぎる。

 もう間に合わない。そう思った次の瞬間、私は横からの突風に煽られて吹き飛ばされた。

「どわああっ!?」

「つ、九十九ー!」

 突風の正体は楯無さんだ。一夏の危機に、実況席から慌てて飛び出してきたのだろう。

「大丈夫!?一夏くん!」

「た、楯無さん……。助かりました」

 一夏の返事に心底安心したかのようにホッとため息をついた。そしてそのまま、二人は地上に降り立った。

「その影で被害を被った人間がいる事も忘れないで欲しいんだがな……」

「九十九、大丈夫!?」

「つくもん、しっかり〜!キズは浅いよ〜!」

 楯無さんが起こした突風に吹き飛ばされた私は、全身砂まみれになってグラウンドに転がっていた。

 シャルと本音が私に心配の声を上げる中、いつの間に実況席にいたのか、山田先生が微笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

『はーい。それではこの種目は更識楯無さんの勝ちという事でー』

「「「え……」」」

 ポカンとする一同。その中には楯無さんもいた。

『ルールはルールですし』

「いや、でもあの、学年が違うじゃないですか」

『そうですねぇ〜。どうしましょう?あ、そうだ。ここは村雲くんに判断して貰いましょう』

 実行委員ですし。と山田先生が私に判断を委ねてきた。ふむ、ここは……。

「そうですね……この種目の勝者は楯無さん。ただし、学年が違う為得点はなし。よって優勝は、この競技で私を助けて500点を獲得し、総合1675点となった橙組とします」

 瞬間、爆発的に盛り上がる橙組チームテント。

「「「やったあっ!」」」

「おめでとう、デュノアさん!」

「本音も!」

「これで合法的に同棲できるね!」

「よっ、憎いね村雲くん!この幸せもん!」

 そう言って口々に囃し立てる橙組一同。しかし、それでは面白くないのが他の専用機持ち一同で。

「くっ、納得いかん!」

「ルールに則ればそうなんだけど……でもなーんか気に入らないのよねえ!」

「結局シャルロットさん……いえ、九十九さんの一人勝ちに見えますわ!」

「はっ、もしや奴は、初めからこうなる事を見越していたのでは……」

「腹黒い。流石村雲くん、腹黒い」

 何やらぶつくさ言っている一同の頭を、千冬さんが勢い良く叩いた。

「文句を言うな。実行委員の決定は絶対だ。これにて大運動会は終了!各員、片付けにかかれ!」

 千冬さんの凛とした声が響き、大運動会はこれにて閉幕となった。専用機持ち一同は不満げな表情のまま片付けに参加して行った。そして−−

「えっと、九十九」

「つくもん」

「ん?なんだ?」

「「これから、よろしくお願いします」」

「ああ、こちらこそよろしくお願いします」

 一学年修了まで同棲が決まった私達は、お互いに改めて挨拶し合うのだった。

 それを見ていただろう他の女子生徒達が、突然口に飴玉を放り込まれたような顔をしていたが、あれは何だったのだろうか?

 

 一年生対抗織斑一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会、全日程終了。最終結果は−−

 

 紅組 680点

 蒼組 1020点

 桃組 1040点

 黒組 1130点

 鉄組 1135点

 橙組 1675点

 

 優勝は橙組。シャルロット・デュノア、布仏本音。村雲九十九との一学年修了までの同居権獲得。




次回予告

それは、男の覚悟の証。
それは、女の約束の証。
そしてそれは、消して切れない絆の証。

次回『転生者の打算的日常』
#68 婚約指輪

改めて誓おう。君達は、私が幸せにする。


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#68 婚約指輪

遅くなって申し訳ありません。
経験のない事を書くのって、超絶難しいですね。




「お疲れさま〜、つくもん」

「ああ、今回は本当に疲れた。たった一週間で全てを用意するのは骨が折れたよ」

 大運動会がつつが無く……とは言い難いが終了し、私は肉体、精神両面の疲れから自室のベッドへ倒れ込んでいた。

 なお、頭は本音の膝の上だ。シャルの柔らかくも引き締まった感触も良かったが、本音のふんわりした肉付きの良い感触も実に良いものだ。

「明日は振替休日だし、ゆっくりできるね」

 大運動会を行ったのは、本来なら休日となる日だった。その為、替わりに明日が休みとなる訳だ。

「うむ、それなんだがな……シャル、本音」

「「ん?なに?」」

「明日、行きたい所があるんだ。付き合ってくれないか?」

「いいけど〜……」

「どこに?」

「あ~、その、だな……」

「「?」」

 言い難そうにする私に、二人が首を傾げる。拙い。何と言い出せばいいかわからない。だが、言わない訳にはいかない。

「その、なんだ。私達はどうあれ、結婚を前提にした交際……婚約をしている訳だよな?」

「う、うん」

「そうだよ~」

「であれば、その証が欲しい。とは思わないか?」

「え?それって……」

「ひょっとして~……」

 二人の言葉に、本音の膝を上でコクリと頷く。

「明日、婚約指輪を作りに行こう。……いいか?」

「「っ……うん!」」

 嬉しそうに頷く二人を見て、私は言って良かった。と思うのだった。

 ちなみにこの後「九十九は疲れてるだろうから、何もしなくていいよ」と、二人から少々過激な『ご奉仕』を受けた。『巨大地震に見舞われるモンブランと富士山』は眼福だったけど、明日の体力大丈夫かな……?

 

 

 明けて翌日。天気は快晴。絶好の婚約指輪作り日和である。あるのだが……。

「……何故いる?」

「え、私は一夏くんとデートするから、待ち合わせでここにいるだけよ?」

 IS学園正門前にいたのは、楯無さん。本人の言いぶりを信じれば、一夏とデートをするため、ここで待っているらしい。

「九十九くんもこれからデート?気合入った恰好してるけど」

「まあ、そんな感じです」

「あらそうなの、じゃあ「ダブルデートしましょうは無しで」え~……?」

 不満そうな顔をする楯無さん。悪いが、今回ばかりは誰の邪魔も受けたくないのだ。

「楯無さ〜ん」

「あ、ほら。愛しの彼が来ました……よ?」

「……何あれ……ヤダあれ……」

 若干死んだ目になった楯無さんの視線の先には、ラヴァーズにガッチリと脇を固められた一夏の姿。その後ろから、シャルと本音が苦笑を浮かべて歩いてくる。

「おまたせ、九十九」

「待った〜?」

「いや、今来たばかりだ。……で、どうしてそうなった?一夏」

「いや、それがさ。今日、楯無さんと外出するってのがみんなにバレちまって」

「…………」

 バツが悪そうに後頭を搔きながら言う一夏。その姿を見る楯無さんの目には、明らかな不満が浮かんでいた。

 そんな楯無さんと目を合わせるラヴァーズ。瞬間、互いの間に火花が散った。……うん、巻き込まれる前に逃げよう。

「行こう、二人共。これ以上居ると巻き込まれる」

「「うん」」

「待ってくれ九十九!助けてくれ!なんか空気が痛えんだけど!?」

 慌てて助けを求めてきた一夏に、私達は一斉にくるりと向き直り、こう言い放った。

「無理ー♪(ド)」

「無理ー♪(ミ)」

「無理〜♪(ソ)」

「「「無〜理〜♪」」」

「ハモってまで言うことか!?」

「ハモってまで言う事だ。自分の問題くらい自分で片付けろ。ではな」

 なおも何か言おうとする一夏を完全に無視して、私達はIS学園を後にした。

 

 

 ラグナロク・コーポレーション、宝飾部直営店『フノッサ』。貴金属の扱いに関して、私はここの右に出る店はないと言い切れる。

 超一流の腕を持ったアクセサリー職人達が日々腕を競いながら作り出す作品達は、他の店の物とはまるで違うオーラを纏っていると言われている。事実、『この店で婚約指輪・結婚指輪を買ったカップルは一生を添い遂げられる』とネットではもっぱらの噂だ。

「へ~、そ~なんだ〜」

「ロマンティックだね」

「そうだな……」

 実はこの店、ラグナロクの系列店の為、社員証を出せば社員割引が利くのだが、それは言わないでおこう。

「さて、入ろうか」

「「うん」」

 若干緊張しながら、重厚な作りの扉に手をかけようとしたその瞬間、内側からゆっくりと扉が開いた。中から現れたのは、黒のレディーススーツをビシッと着こなした、20代後半の女性。

「いらっしゃいませ、どうぞ中へ」

「ど、どうも……」

 いきなりの店員さんとの接近遭遇に緊張がいや増す。気圧されるな。気持ちで負けたら負けだぞ、私!

 『フノッサ』の店内は、黒を基調にした壁紙と床、敢えて輝度を落とした暗めの照明が落ち着いた雰囲気を店に与えている。

 ズラリと並んだ陳列ケースには、金、銀、プラチナを使った様々なアクセサリーが存在感を放っていた。

「おお……」

「へぇ、いい雰囲気だね」

「ふわ〜、すご〜い」

 雰囲気に圧倒されていると、先程の店員さんがスッと近づいてきた。

「改めまして、いらっしゃいませ。『フノッサ』へようこそ、お客様。本日のご用向きは何でございましょう?」

「あ、はい。えっと、婚約指輪を作ろうかと……」

「まあ!おめでとうございます!それで、どちらの方と?」

「……この二人と」

「はい?」

 キョトンとする店員さん。すると、奥から渋い中年男性がやって来て店員さんに声をかけた。

「能登君、こちらのお客様のお相手は私がします。君はあちらのお客様を」

「あ、はい。分かりました」

 中年男性に言われた店員さんは、たった今入って来た他の客に歩み寄って接客を始めた。

「すみません、村雲さん。彼女はこの店に入ってまだ日が浅いもので」

「いえ、お気になさらず。えっと……」

「失礼、自己紹介が遅れました。私は『フノッサ』店長、洗馬司坦(せば すたん)と申します」

「セバスチャン?」

「こ、こら本音。すみません、洗馬店長」

 失礼な物言いをした本音の頭を押さえて下げさせると、洗馬店長はニッコリ笑って「お気になさらず」と言った。

 何でも本人曰く『昔からの渾名で、言われ慣れていますので』だそうだ。この人、人間が出来ているな。

「さて、婚約指輪でしたね。どうぞこちらへ」

 洗馬店長に促され、店の奥にある指輪の陳列ケースに向かう私達。さて、どんな指輪がいいかな?

 

「婚約指輪でしたら、こちらの『ソリティア』デザインがやはり当店でも人気ですね」

 店長がスッと取り出したのは、プラチナ製の指輪にダイヤが一粒、立て爪で固定された物。ダイヤの質は素人目に見ても最高級だと分かる逸品だ。

「店長、この指輪の相場は?」

「こちらですと、およそ15万円です」

「ふむ……」

 ちらりとポケットに入れた財布に目をやる。念の為多めに持ってきてはいるが、この値段帯だと即金で払うには心許無い。

「他のも見せてもらえますか?」

「はい。では、こちらの『メレ』デザインはいかがでしょう?」

 店長が取り出したのはプラチナの台座にダイヤが一粒付き、その隣に極小さなダイヤが脇で華を添える、ダイヤの美しさが際立つ逸品だ。

「これの値段は?」

「こちらですと、12万円程になります」

 それなら何とか即金で出せそうだ。このデザインで作って貰おうか?

「つくもん、つくもん。わたしこっちがいいな~」

「どれ……うおっ、こ、これは……流石に財布に厳しいな。それに本音、私達はまだ16だ。相応の物でなければな」

「そっか〜、わかった〜。じゃあ、これはなしね~」

 そう言いながら本音が陳列ケースに戻したのは、指輪のリング部分にびっしりとダイヤが付いた『エタニティ』と呼ばれるデザインの物。お値段、一つ30万円なり。うん、それ無理。

「ねえ、九十九。年齢相応の物って考えたら、ダイヤも不相応だと思うよ?」

 シャルからの忠告にハッとなる私。それもそうだ。高校生がダイヤモンドリングを着けているなんてかなり不自然だよな。

「君の言う通りだ、シャル。店長、他の物をお見せ願えますか?」

「かしこまりました」

 私の言葉に嫌な顔一つせずにいくつものリングを取り出す店長。出てきたリングの種類の多さに、私は思わず目を剥いた。

(これは想定外だぞ、おい)

 何せリングの形だけでも全体に平たい物、中央が盛り上がった凸型の物、逆に中央が凹んだ形の物。それに真っ直ぐなデザイン、波形にうねったデザイン、V字型やU字型のデザインと、組み合わせだけでも9種類存在する。

 使われている材質の種類も豊富だ。プラチナは言うに及ばず、金、銀、パラジウムにジルコニウム、チタンやステンレス。珍しい所では銅製の物や木で出来た物もある。

 更に、一括りに金と言っても配合した割金によって色の違う物もある。この店にはホワイトゴールド、イエローゴールド、ピンクゴールド、シャンパンゴールドの4種類が用意されていて、つい目移りしてしまう。駄目だ、私では決めきれない……こうなったら。

「シャル、本音。お互いに『これが似合いそうだ』と思う物を指差す。というのはどうだろうか?」

「え?九十九が全部決めないの?」

「当初はそう思っていたが、これだけ種類が多いと私一人では決めきれそうにない」

「あ~、つくもんって予想外のことに弱いところあるもんね〜」

「その通りだ。予想以上に色々なリングが出てきて困惑している。……協力、頼めるか?」

「「いいよ」」

「助かる」

 我ながら情けない提案に頷いてくれる二人。本当に、私には勿体無い位にいい女だと思う。

 

 というわけで、まずは本音に似合いそうな指輪を探す。ざっと見回してこれかと思う物は2つ。

 一方は凸型のストレート。リングの幅は4㎜。材質はピンクゴールドで、0.1ctの小さなピンクサファイアがちょこんと嵌められた可愛らしいデザインの物。

 もう一方は平型のウェーブ。リングの幅は3㎜。材質はプラチナで、宝石は付いていない。さて、どちらがいいかな?

「九十九、僕はこれを推すね」

 言ってシャルが指差したのは、奇しくも私が本音に似合いそうだと思ったピンクゴールドの指輪だった。

「意見が合ったな。本音。ちょっとこれを嵌めてみてくれ」

「うん」

 差し出したピンクゴールドの指輪を受け取って右手薬指に嵌める本音。と。

「つくもん、これぶかぶかだよ〜」

 本音の言う通り、渡した指輪は本音の指には大き過ぎるようだった。これでは手を下ろしたらストンと落ちてしまうだろう。

「店長」

「はい。サイズ直しは承っております。いかがなさいますか?」

「お願いします。本音、君にはやはり薄紅色が似合う。その指輪を贈らせて欲しい。……いいか?」

「うん。大事にするね。ありがとう……つくも」

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑む本音。ん、そう言えば今……。

「初めて、名前で呼んでくれたな」

「えへへ、まだちょっと照れるね〜」

 仄かに朱に染まった頬を軽く搔きながら、照れ臭そうにする本音。うん、可愛い。

 

 一方で、シャルの指輪選びは難航していた。

「この中で言えば一番なのは……」

「うん、これだよね〜。でも……」

「「何かしっくり来ないんだよな(ね~)」」

 私と本音が手にとって見ているのは、リング幅4㎜、イエローゴールドに0.1ctのエメラルドが嵌められた、平型のV字デザインの物。

 エメラルドの石言葉は確か『幸福』や『愛』といったものだったと思うので、婚約指輪として贈るのにも良い物だ。良い物なんだが、何だかこう『ちょっと違う』感が拭えないのだ。それも二人揃って。

「「これでリングがオレンジゴールドだったらな(ね~)……」」

 そう。シャルといえば、そのイメージカラーはオレンジだ。それだけに、この指輪の地金がオレンジゴールドでないのが惜しい。それで完璧にシャルに似合う指輪になっただろうに。

「オレンジゴールドがご所望ですか?お作りできますよ」

「「「え?」」」

 あっさりそう言った店長に揃ってポカンとした顔を向ける私達。

「……あるんですか?」

「ええ。普段取り扱っていないだけで、仰って頂ければお作り致しております」

「どのくらいかかりますか?値段と時間、どちらもで」

「お値段はイエローゴールドの物と同じで結構です。お時間ですが……これくらい頂ければ」

 店長は指を二本立てて顔の前に翳した。……2週間か。まあ、早い方か。

「分かりました、ではお願いします」

「はい、かしこまりました」

 恭しく頭を下げ、店の奥の工房に入っていく店長。それを見送って、私はシャルに向き直る。

「良かった。君に似合う指輪を贈れそうだ。……受け取って、くれるか?」

「うん。ありがとう、九十九。すごく嬉しいよ」

 はにかんだ笑みを浮かべるシャルをとても美しいと思った私は、きっともう末期なのだろう。

 

「九十九には、あんまり派手なのは逆に似合わないよね」

「だから、つくもにはこれをおすすめするね〜」

 そう言って二人が指したのは、何の飾り気もないプラチナリング。リング幅は5㎜の平型のストレートデザインの物。一切の装飾を『不必要』とばかりに排除した、非常にシンプルな物だ。

 私はそれを受け取って、指に嵌めてみた。すると、その指輪はまるで『貴方を待っていました』と言わんばかりに私の薬指にピタリと嵌った。

「……思った以上にしっくり来るな。うん、これにしよう。選んでくれてありがとう。シャル、本音」

「「どういたしまして」」

 嬉しそうに笑みを浮かべる二人に笑みを返して、嵌めた指輪を外す……つもりだったのだが。

「ん?あれ?……抜けない」

「「えっ!?」」

 どうやらこの指輪、私の薬指にあまりにもピッタリ過ぎて逆に抜けなくなってしまったらしい。

「ど、どどどどうしよ〜」

「と、とりあえずなにか滑りが良くなる物をつけないと……」

「どうぞ」

 いつの間にか戻って来ていた店長がそっと差し出したのはベビーオイルと綿棒。一々準備がいい事だな、この店。

「どうも。九十九、じっとしててね」

 店長からベビーオイルを受け取って綿棒で私の薬指に塗り付けると、指輪に手を添えた。

「じゃ、いくよ。せーの!」

 気合一閃、指輪を引っ張るシャル。瞬間、指に痛みが走る。どうやらオイルの量が不十分だったようだ。

「痛たたた!待て、ちょっと待てシャル!もげる!指もげる!」

「あ、ご、ごめん!」

「滑りが足りないみたいだね〜。もう一回塗るよ~」

 一旦指から手を離したシャルの横から、本音が指にオイルを更に塗り付けていく。

「これくらい塗れば大丈夫かな〜」

「じゃあ、もう一回いくよ」

 改めましてシャルが指輪を引っ張る。しかし、指輪はなかなか動いてくれない。

「う~ん、何がいけないんだろ?」

「提案だ。指輪を回しながら引いてみてはどうだ?」

「あ、そうだね。やってみるよ」

 私の提案を受けたシャルが指輪を回しながら引っ張ると、指輪は驚くほどアッサリと指から外れるのだった。

「……よく考えたら、最初からこうすれば良かったんだよな」

「……そうだね〜」

「慌てて気づかなかったよ……」

 揃って乾いた笑いを浮かべる私達。こうして、多少のアクシデントはあったものの、私達は婚約指輪を選び終えたのだった。

「シャル、本音。改めて誓おう。君達は私が幸せにする。私の全身全霊をかけて、だ」

「うん。ありがとう。じゃあ、僕たちも九十九のこと、思いっきり幸せにしてあげる」

「わたしたちの全身全霊をかけて、ね~」

「ああ、ありがとう」

 互いに誓いを述べて微笑みを浮かべ合う。近くにいた別のカップルが何やら白い粉を吐いていたような気がするが、あれは何だったのだろうか?

 あと、久し振りにあの知恵と悪戯の神(ロキ)が「はいはい、お幸せに。末永く爆発しろコノヤロー」とやさぐれ気味に言ったのを聞いたような気がした。一応、ありがとうございます。

 

「では、サイズ直しと地金変更、お受け致しました。そうですね……お昼過ぎくらいにもう一度お越し願えますか?」

「はい?作業には2週間程かかるのでは……?」

 店長の言葉に耳を疑った私は、店長にそう訊いた。この人はつい先程、自分の顔の前に指を二本立てたはずだ。

「いえ、2時間です。たかがサイズ直しと地金変更程度で2日も3日も掛ける職人は、当店にはいませんよ」

「「「とんでもねー」」」

 声を揃えて呆れてしまう私達。このとんでもなさ、やはりラグナロクの系列店ということか。




次回予告

九十九のもとに届いた一本の電話。それは戦いを告げる角笛の音。
窮地に立つ霧纏う淑女と白の剣士。
金の女狐の誘惑に、灰の魔法使いの出す答えは……。

次回『転生者の打算的日常』
#69 金之旭・銀之魔狼

私と来ない?村雲九十九くん


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#69 金之旭・銀之魔狼

 婚約指輪が出来上がるまでの時間を利用して昼食を終え(詳しくは外伝を参照)、『フノッサ』に戻って来た私達を、洗馬店長がにこやかに出迎えてくれた。

「お待ちしておりました、村雲さん。こちらがご注文頂いた指輪で御座います」

 言って店長が取り出したのは三つのリングケース。わかりやすいようにか、地金の色と同じ色に着色された人工皮革が張ってある。

「まさか、本当に2時間で全作業を終えるとは……」

 目の前に指輪の実物があるのに、私は未だに信じられない思いだった。ラグナロクの職人集団、恐るべし。

「折角ですし、着けて行かれますか?」

 店長からの提案に「どうする?」と二人に視線で問うと、二人はコクリと頷いた。

「そうですね、折角ですし着けて行きます」

「かしこまりました」

 頷いて私にリングケースを差し出す店長。その中からオレンジのリングケースを手に取って開け、指輪を取り出す。

「シャル、手を」

「うん」

 求めに応じて差し出されたシャルの右手をそっと取り、薬指に指輪を着けてあげる。……これは、何と言うか……。

「思ったより恥ずかしいね、コレ」

「……ああ」

 お互いに赤面して苦笑する私とシャル。婚約指輪でコレなんだから、結婚指輪の時はどうなるのだろう?

 続いて本音の番。ピンクのリングケースから指輪を取り出し、本音の右手を取って薬指に指輪を着けた。

「わ〜、想像以上に恥ずかし〜。でも嬉し〜」

「……そうか。それは何よりだ」

 頬を赤らめて嬉しそうにする本音を見て、私も恥ずかしさ以上の嬉しさが込み上げてきた。絶対幸せにしよう、この二人。

「じゃ〜、最後はつくもね~」

「うん」

 そう言って、プラチナカラーのリングケースを手に取る二人。……いや待て、ちょっと待て。買った指輪は一つだが、私の婚約者は二人いる。そうなると、どちらかしか私に指輪を着けられないとなって、ちょっとモメやしないか!?

「ちょ、ちょっと待て二人共−−」

「「……あれ?」」

 制止しようとした私の声は一瞬遅く、二人はリングケースを開ける。と、中を見ただろう二人から困惑と疑念の混じった声が出た。

「どうした?私の指輪がどうかしたのか?」

「「うん、コレ……」」

「うん?……何だこれは?」

 開けたリングケースを、中が見えるように私に向ける二人。その中身を見て私もまた困惑する。何故か?それは−−

「指輪が……二つある?……いや、違う。一つの指輪を二つにスライスしてあるんだ!店長!これは一体……!?」

 疑問を呈する私に、店長は悪戯が成功した悪ガキのようなニンマリ笑顔でこう答えた。

「婚約指輪の交換をなさる時にお困りになるかと思いまして。誠に勝手ながら『二つで一つの婚約指輪』に改造させて頂きました。ご迷惑でしたか?」

「……いえ、少々面食らいましたが、嬉しい気配りです。礼を述べさせて頂きますよ、洗馬店長」

「お気になさらず。私共のちょっとした遊び心ですので」

 頭を軽く下げる私に、店長は小さく手を振って応えた。

「じゃあ、僕から着けてあげるね。九十九、手を出して?」

「ああ」

 シャルに右手を差し出すと、シャルがそっと私の手を取り、薬指に指輪の片割れを着けてくれた。これは何と言うか、嬉しくも恥ずかしいな。

「ふふっ、九十九ってば顔真っ赤」

「……言うな、後生だ」

 そう言うシャルの顔もやはり赤いのだが、そこには敢えて触れないでおいた。

「次はわたしだよ〜、つくも」

「ああ、一息にやってくれ」

 本音に右手を差し出すと、本音は優しく私の手を取り、薬指に指輪を着けた。

「てひひ〜。これからもよろしくね〜、つくも」

「こちらこそ、よろしくな」

 お互いに赤面しながら微笑み合う私と本音。奥の方で店員さんが白い物を吐いていたが、あの人大丈夫か?

 

「ありがとうございました。またのお越しを」

 店長に見送られ、『フノッサ』を出る私達。取り敢えず用事は済んだが、このまま帰るのは何だか惜しい気がするな。

 さてどうするか、と考えた矢先、あちらこちらから好奇の視線が突き刺さった。

「ねえ、あの人村雲九十九じゃない?」

「えっ!?ウソ!マジで!?」

「ホントだ!じゃあ、隣の二人って彼女?」

「あっちの金髪の方、TVで見たよ!フランス代表候補生のシャルロット・デュノアだ!」

 私達の事に気づいた一般大衆が声を上げたのを機に、その喧騒は周囲に波及。私達は完全に注目の的になってしまった。

「す、すみません村雲さん!サ、サイン、貰えませんか!?」

「あ、あのデュノアさん!ツーショット写真、撮らせてください!」

「メアドとか交換して貰えませんか!?」

 一人の男性が私にサインを申し込んできたのをきっかけに、人の波が押し寄せてくる。このままでは取り囲まれて身動きが取れなくなってしまう。ここは誠心誠意を込めた『お願い』をするしか無いだろうな。

「皆さん、申し訳無いが急ぎの用がある。通して頂けるだろうか?(ニッコリ)」

「「「ハイ!スミマセンデシタ!」」」

 

ズザザッ‼ガバッ!

 

 私が笑みを浮かべてお願いすると、集まっていた人達が一人の例外もなく道を開け、90度腰を曲げた最敬礼をして私達を送り出してくれた。

「やはり、人間誠意を持って接すれば通じるという事だな。行こうか、二人共」

「「う、うん」」

 心なしか震えているような気がする人達を残し、私達はその場を後にした。さて、どこに行こうかな?

 

「もうー!どこ行ったのよあいつらー!」

「「「ん?」」」

 集まってきた人達をやり過ごし、近くのアーケード街を歩いていると、聞き慣れた少女の怒号が響いた。

「落ち着いて下さいまし鈴さん。はしたないですわ」

「僅かな意識の隙を突かれて、あっと言う間に撒かれてしまったからな。生徒会長(学園最強)の肩書は伊達ではないか」

「完全に見失ったな。これ以上の捜索は困難だろう」

「……汚い、流石お姉ちゃん、汚い」

 そこに居たのは、楯無さんに一夏を連れ去られ、見事に撒かれたと思しき一夏ラヴァーズだった。

「……どうする?」

「どうしようもない。行くぞ」

 どのタイミングで楯無さんがラヴァーズを撒いたのか知らず、何処へ行ったのかすら見当がつかないのでは、私がラヴァーズに協力など出来るはずもないのだ。

(まあ、見かけたら連絡くらいしてやるか)

 そう考えて、私達に気付く事なく再び一夏の楯無さんの捜索を開始するラヴァーズを見送ったのだった。

 

 

「いい買い物ができたね、本音」

「うん、大満足だよ〜」

 日も落ちきったIS学園一年生寮を、ホクホク顔で歩くシャルロットと本音。その後ろで荷物を抱えて歩いている九十九は、少しげんなりした顔で二人を見ていた。

「荷物持ちを買って出たのは私だが、これは少し買い過ぎではないか?」

 あの後、新しい冬服に買い置きの日用品、夕飯の材料などなどをアーケード街を歩き回って買い集めた結果、現在九十九の手には腕に掛けないと持ちきれない程の買い物袋が下がっていた。

「ごめんね、九十九。あのアーケード街、思った以上に品揃えが良くて」

「ついいっぱい買っちゃったよ〜」

 悪いとは思っているのか、九十九に近寄って荷物をいくつか受け取る二人。それでも九十九の両手は未だ塞がったままだ。

 

prrrr……prrrr……

 

「ん、電話だ。すまん、荷物を」

「うん、一旦預かるね」

 荷物を預けて片手を開け、電話に出る九十九。電話の相手は『仁藤社長』となっていた。

「はい、もしもし。社長、どうされました?」

 電話に出た九十九が用件を問うたその次の瞬間、九十九の顔が険しいものになった。それを見たシャルロットと本音は、何かあったのだと瞬時に察した。

「……はい……はい。今ですか?学園の寮です。目的地までなら『飛んで行けば』5分とかからず……分かりました、対応はお任せします。では」

 

P!

 

「九十九、電話の内容って訊いていい?」

「社長から情報提供があった。楯無さんと一夏が『デート先』でピンチに陥ったらしい。助けに出てくる」

「じゃあ、僕も……」

「いや、君は来るな。場合によっては国際問題になりかねん」

「え?それって……?」

「つくも、二人の『デート先』は〜?」

「社長からの情報では、学園島沖約30㎞地点に浮いている『鷲のマークのお友達の秘密基地』らしい。今のあの国ならそれくらいやるだろう」

 それを聞いたシャルロットと本音は揃って「あ~」という顔をした。

 大統領があの『ワンマンおポンチ爺』に代替わりして以降、あの国は再び『自分達が世界の警察だ』と言わんばかりに自国の軍拡と他国への干渉を強めている。今回のこれも、その一環なのだろう。とシャルロットは考えた。

 だからこそ九十九はシャルロットに「君は来るな」と言ったのだ。もしここで仏国代表候補生である自分が事態解決に動けば、それをネタにあの『強欲くそ爺』がデュノア社やフランスに対して難癖をつけてくるのは目に見えている。

 その点、九十九は現時点では『企業代表候補生』であるため国の干渉力が強くなく、かつ『特例法適用対象』のため「緊急事態だった」と説明すれば何らかの罰則に問われることもない。だからこそ、藍作は九十九に白羽の矢を立てたのである。

 それを察したシャルロットはついていくのを諦め、代わりに「勝利のおまじないだよ」と、九十九の頬にキスを落とした。

 続いて本音が「わたしも〜」とシャルロットとは逆の頬にキスを落とした。

「ありがとう。何でも出来そうな気がしてきた。……行ってくる」

 礼を言い終わると、九十九はその場に荷物を置き、さっと踵を返して学生寮を走り抜け、表に出た瞬間に『フェンリル』を身に纏うと一瞬で空へ飛び立ち、見えなくなった。

(九十九、どうか無事で……)

(ケガして帰ってきたら許さないんだからね〜)

 今の二人にできるのは、九十九の無事を祈る事だけだった。

 

(くそっ!私は馬鹿か!?そうだよ、体育祭が終わった後にはこの事件があったじゃないか!)

 内心で歯軋りをしながら、私は指定されたポイントへ最大戦速で飛ぶ。自分が幸せボケしていた事に自分で呆れてしまう。

(原作ではどうなっていた!?確か、空母に忍び込んで、一夏がいきなり米国代表に見つかって戦闘になって、その間に楯無さんが何かを調べている間に空母が自沈を開始。ついでにスコールと楯無さんが戦闘になって、それで……)

 頭の中で時系列を確認している間に、大きく傾いた米軍空母の上空で戦っているニ機のISが見えた。

 一方は楯無さんの『ミステリアス・レイディ』、もう一方はスコールの『ゴールデン・ドーン(黄金の夜明)』だ。

 更に接近。すると、『ミステリアス・レイディ』を機体のテールバインダーで捕えた『ゴールデン・ドーン』の頭上に巨大な火球が発生。火球の光に照らされたスコールの顔には、嗜虐と愉悦に歪んだ笑みが浮かんでいた。

「もうそのタイミングかっ!?」

 どうやら既に楯無さん対スコールは最終局面に近づいているようだ。頼む!間に合え!

 

 

 九十九が米軍秘匿空母に飛び立つ十数分前。楯無と一夏は空母への潜入に成功していた。

 しかし潜入から数十秒後、イーリス・コーリングと食堂で鉢合わせするという最悪の事態が発生。イーリスを一夏に任せ、楯無は自身の目的を果たすべくその場を離れた。

「……妙ね」

 自分達が侵入し、イーリスと一夏が戦闘になっているにも関わらず誰も出て来ない艦内を、楯無は訝しげに張り詰めた顔で歩いていた。

(これだけの騒ぎが起きているのに誰も出てこない……。やっぱり、この艦は無力化されている)

 何者かの手によって。いや、何者かは分かっている。

亡国機業(ファントム・タスク)……流石に動きが早い!」

 楯無は脳内の艦内見取り図を思い出しながら、極秘データの集積されているセントラル・ルームを目指す。いつ戦闘になってもいいように、第一種戦闘態勢を維持しながら。

(明かりがついているのが、逆に不気味よね……。熱感知センサーにも人間の反応はないし……)

 とはいえ、乗務員は殺されていないはずだ。と楯無は考える。何故なら、殺害するメリットがどこにもないからだ。

(多分、乗務員はどこかに閉じ込められている……だとすると)

 今の状況は間違いなく−−罠だ。

「なるべく急ぎましょう」

 そう思って足を速めた楯無。が、次の瞬間に流れた緊急放送にその表情を引きつらせる。

『警告。自沈装置が作動中です。全乗員は直ちに避難してください。繰り返します−−』

(っ……!冗談でしょ!?)

 いくら秘匿艦とはいえ、米国の空母を沈めようというのか。そんな事をすれば、あの『おポンチ爺』は確実に自国の対テロ部隊を動かすだろう。隠密行動を第一義とする『亡国機業』のやり方とは思えない。

(それとも、まさか『亡国機業』はアメリカと何らかの取引をしている……?ううん、もしかしたら−−)

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「……だとしたら最悪ね」

 考え得る最低最悪の事態を想像し、楯無は唇を噛んだ。

 そもそも、何故米軍秘匿艦に『亡国機業』の実働部隊の一つ、『モノクローム・アバター』のリーダー、スコール・ミューゼルの情報があるのか?何か致命的な見落としをしている気がして、楯無は焦りの色を隠せない。

「急がないと」

 なりふり構わず、鉄の廊下を駆ける楯無。途中に何の障害もなく、目的のセントラル・ルームに辿り着けたのが逆に怪しいくらいだった。

(けど、今はともかく情報を探さないと……)

 電子端末をハッキングして、データをディスプレイに表示。スコールに関する情報を探した結果、分かったのは驚きの事実だった。

「嘘でしょ……?スコール・ミューゼルが、もう死んでいる……?」

 それは、スコールが12年前に米国海軍兵として参加した中東のテロ組織壊滅作戦において、作戦行動中死亡(KIA)の判定を受けているという、俄には信じがたい情報だった。それも、特殊部隊所属者にありがちな経歴抹消を目的とした偽装死ではなく、完全な死亡報告。検死画像のデータも、最終更新日は10年以上前の物だ。

「オマケに今の方が、外見が若い……これって−−」

 画像を食い入るように見ていた楯無は、それ故に気づけなかった。その背後に、ゆらゆらと浮かぶ火球が迫っている事に。

「っ−−!?」

 背筋に走った悪寒に楯無が振り向いたその刹那、楯無を紅蓮の炎が飲み込んだ。

 

 

「うふっ」

 沈む空母を眺めながら、漆黒の夜空に浮かんでいるのはスコールだった。IS『ゴールデン・ドーン』を展開したその姿は、黄金のアーマーと彼女自身の金髪が重なって、いっそ神々しささえ感じさせる。

「流石に死んだかしら?さようなら、更識楯無」

 踵を返したスコールの背中を、すかさず槍の先端が捉えた。

「今度こそ逃さないわよ!スコール・ミューゼル!」

 IS『ミステリアス・レイディ』を完全展開した楯無が、スコールに向かって攻撃を開始する。

 もはや国際問題がどうのと言っている場合ではない。この女(スコール)は放っておいてはいけない危険な存在だと、楯無の本能が告げていた。

「はぁぁっ!」

 超高圧水流弾の連射を、しかしスコールは余裕の眼差しで受け止める。

「無駄よ。あなたのISでは、私の『ゴールデン・ドーン』は倒せない」

 そう言うスコールの周囲をよく見ると、薄い熱線のバリアが張られているのが分かった。

「その程度の水では、この炎の結界《プロミネンス・コート》は破れないわ。そして−−」

 言いながら、ゆったりとした動きで楯無に手を向けるスコール。すると、見る間に掌に火の粉が集まっていき、それは凝縮された超高温の火球となった。

「『ミステリアス・レイディ』の《アクア・ヴェール》では、私の《ソリッド・フレア》を防げない」

 言うと同時に放たれた火球は、楯無の《アクア・ヴェール》を貫通してアーマーに直撃。

 何とか絶対防御でしのいだものの、『ミステリアス・レイディ』のシールドエネルギーは大きく損耗してしまった。

「くっ……!」

「『負けられない』、『逃さない』−−そんな心一つでどうにかなるほど、私は甘くないわ」

 距離を取って逃げる楯無を、スコールの《ソリッド・フレア》が追い立てる。漆黒の夜天に、紅蓮の大華が幾度となく咲く。

(逃げてばかりじゃやられる!)

 楯無は《ガトリングランス(蒼流旋)》で火球をなぎ払い、爆風に紛れて突撃を敢行。スラスター出力最大の瞬時加速(イグニッション・ブースト)で開いていた距離を一気に詰める。

 が、それを待っていたと言わんばかりに、『ゴールデン・ドーン』の巨大な尾の先端が大きく顎を広げた。さながら食虫植物のそれは、楯無をアーマーごと捕まえる。

「くっ、この……!」

 胴体をホールドされた楯無は、らしくもない焦燥の表情を浮かべる。対するスコールは余裕綽々といった様子だ。

「何をそんなに焦ってるのかしら?……はぁん、あの艦に織斑一夏がいるのね。それなら−−」

 視線を楯無から眼下で沈む空母へ移し、両手を頭上に掲げるスコール。

()()があの艦に当たったら、どうなると思う?ふふっ」

 掲げた両手のその先で、みるみる内に巨大な火球が出来上がる。それを見た楯無は、スコールが何をしようとしているのかを正確に察知して顔を青くする。

 これ程の巨大火球がぶつかればあの空母は為す術もなく……沈む。そうなれば当然、中にいる一夏も無事で済むはずがない。

「やめなさい!そんな事は、させないっ!」

 一夏の危機に思わず叫びながら、楯無は自身を捕える巨大な『口』を強引に押し広げる。『ミステリアス・レイディ』のアーマーと体が悲鳴を上げるが、そんな事には構っていられなかった。しかし、そんな楯無の抵抗は−−

「遅いわぁ♪」

 スコールの行動を止めるにはほんの僅かに遅く、火球が嗜虐心に満ちた甘い囁きと共に放たれ−−

「いや、間に合ったさ。ぎりぎりだったがな」

「「っ!?」」

 爆ぜるより先に、何かに吸い込まれるように消えていった。

「つ、九十九……くん?どうして……?」

 果たしてそこにいたのは、両腕からアイスブルーの光を放つIS、『フェンリル』を身に纏った九十九だった。

 

 

「九十九……くん?どうしてここに……」

 私がここにいるのが信じられないと言いたげな顔の楯無さん。それに対し、私は『表向き』の理由を語った。

「私に会社経由で学園から依頼がありまして。なんでも『学園沖に不法停泊中の米国籍と思われる艦に退去勧告を出して欲しい。国際的な(しがらみ)の無い君にしか頼めない』だそうで。で、おっとり刀で駆けつけてみれば−−」

 一旦言葉を切り、スコールを睨みつける。それなりの覇気を込めたつもりだが、スコールは小揺るぎもしなかった。

「艦は沈み始めているわ、『亡国機業』の実行部隊長が楯無さんを虐めているわ、挙句やたらでかい火球を艦に投げつけようとしているわで、正直絶賛困惑中なんですが……どういう状況?これ」

 敢えて『何も知りません』という風を装って楯無さんに声を掛ける。が、それに反応したのはスコールの方だった。

「ふふっ、なるほど……それがあなたの『言い訳』って事ね?村雲九十九くん」

「言い訳とは酷いな。私は本当に何も「なら、なぜ私が『亡国機業』の一員って分かったの?私とあなたは初対面なのに」……なんだ、バレバレか。なら、もう取り繕う必要も無いな」

 言うが早いか、《狼爪(マシンピストル)》を呼び出(コール)して、スコールにフルオートで一斉射を仕掛ける。しかし、放たれた弾丸は彼女の纏う炎の結界に当たった瞬間、シュッという小さな音を立てて蒸発した。

「あら、初対面の女に鉛弾のプレゼントなんて、気が利かない子ね」

「なら、次は気の利いた贈り物をしよう。きっと気に入って貰えると思うぞ」

「へえ、何をくれるのかしら?」

「とても()()()さ」

 言いながら、私は両手を自身前方に突き出す。展開した腕部装甲から漏れ出すアイスブルーの光が一瞬強くなったと同時に、私の前に巨大な火球が生まれた。

「っ!?それは……!」

「《ミドガルズオルム》。吸収したエネルギーをそのまま相手に返す、『フェンリル』のワンオフ・アビリティの応用だ。ぜひ受け取ってくれ」

 悪い笑みを浮かべ、火球をスコールに投げつける。瞬間、回避行動に移るスコール。その真横数十㎝の所を通り過ぎた火球は、そのまま飛んでいった後、スコールの後方で大きな紅蓮の華を咲かせた。

「どうかな?気に入って頂けただろうか?」

「……やってくれるじゃない。やっぱりいいわね、あなた」

 何かに感じ入ったかのように笑みを浮かべたスコールは、私に向けて掌を上にした手を伸ばしてくる。何のつもりだ?

「村雲九十九くん。貴方、私の所に来ない?今以上の待遇を約束するわよ?」

「……は?」

 意外な誘いにぽかんとしてしまう。その一方で、センサーで捉えていた楯無さんに動きがあった。

(簪さんの登場か。なら、決着はもう近いな。となれば、私の仕事はスコールの意識を可能な限りこちらに引きつけ、楯無さんが簪さんから『贈り物』を受け取る時間を稼ぐ事……)

 分割した思考の内の『冷静な自分』が下した判断に従ってスコールの近くまで飛ぶ。

「イエス、と言うと思うか?『亡国機業(悪党)』」

「でしょうね。でも、私が貴方を気に入ってるのは確かよ。目的の為に手段を選ばない非情さ。敵と断ずれば女相手でも平然と攻撃する冷酷さ。あらゆる方法で敵を騙す狡猾さ。これらはその辺の男には持ち得ない、貴方だけの資質だわ」

「そんな所を褒められても、欠片も嬉しくないな」

 言いながら、スコールに《狼牙(マグナム)》を向ける。スコールは数瞬視線を《狼牙》に向けて、私に戻した。

「歩み寄りは無理、って事かしらね」

「初めからそんな余地など無い。お前はここで終われ、土砂降り女(スコール)

 直後、《狼牙》を連射。スコールに飛んで行った弾丸は、熱線の防御結界に阻まれて融け消えた。

「無駄よ。ただの鉛玉じゃあ《プロミネンス・コート》は破れないわ」

「……の、ようだな。なら、これはどうかな!」

 《レーヴァテイン》を呼び出し、トリガーを引いて赤熱化。一息に接近して斬り掛かる。

「それも無駄よ」

 残念そうに呟き、《レーヴァテイン》の刀身を掴むスコール。瞬間、刀身がドロリと溶けたのを見た私はギョッとして剣を手放し、スコールから距離を取る。

「とんでもない熱量だな。『炎の血族』の名は伊達ではない……か」

 私が漏らした一言に、スコールがピクリと反応する。

「あなた、私の事をどこまで知っているの?」

「さあ、どこまでだろうな?ところで……時間稼ぎはもう十分ですか?楯無さん」

「ええ、バッチリよ!」

「っ!?」

 気合いの入った声と共に私の前に姿を現したのは、『ミステリアス・レイディ』専用パッケージ《麗しきクリースナヤ》を身に着け、超高出力モードになっている事を示す赤い《アクア・ヴェール》を纏った楯無さんだ。

「簪ちゃんの想い、受け取ったわ!だから私も見せる!私の本気……ワンオフ・アビリティを!」

 熱の籠った楯無さんの声に何か嫌なものを感じたのか、スコールが間合いを取ろうとする。が、それは私に言わせれば。

「それは悪手だ。スコール・ミューゼル」

「……?」

 私の言葉に疑問符を浮かべたスコールだったが、その表情に徐々に焦りの色が浮かんでいく。

「食らいなさい。私のワンオフ・アビリティ《セックヴァベック》!」

「!?」

 楯無さんが放った言葉に、驚愕の表情をするスコール。恐らく、その名を聞いた事があるのだろう。

 セックヴァベック。それは、北欧神話の最高神オーディンの第二夫人、サーガのみが住まう事を許された館の名だ。その意味は−−

「し、沈む!?私と『ゴールデン・ドーン』が、空間に沈んでいくですって!?」

「そう、これが−−」

「《沈む床(セックヴァベック)》。ロシアお得意の、ナノマシン制御による超広範指定型空間拘束結界だ」

「九十九くん、決め台詞取らないでよ……」

 《セックヴァベック》は『ミステリアス・レイディ』が専用機専用パッケージ(オートクチュール)『麗しきクリースナヤ』を装備した事で超高出力モードに移行した《アクア・ナノマシン》を空間に散布、対象の動力部や関節に侵入させて制御を奪う事で、対象の動きを封じるという拘束武器だ。その拘束力は同コンセプトのアクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)を遥かに凌ぐ。

 しかも、ナノマシンは1機当たりのエネルギー反応が小さすぎる為にセンサーが捉えられず、気が付いた時には最早手遅れ。防御も回避も不可能の結界兵器。それが《セックヴァベック》だ。

「くっ!こんな物、私の炎で焼き尽くして−−」

「確かに、その機体ならそれは可能だろう。だが……」

「それってどのくらいかかるのかしら?」

 意趣返し、とばかりに余裕綽々の笑みを浮かべた楯無さんが《ミストルティンの槍》を発動させる。その光景にスコールはさらなる驚愕を顔に浮かべる。

「なっ!?どれ程のエネルギーがあるというの!?」

 何とか《セックヴァベック》から脱しようと藻掻くスコールだったが、その体は見えない水に捕らわれて動く事すらままならない。

「確か、こういう場面にピッタリの台詞があったわよね。ええと……」

 わざとらしく、楯無さんが顔に指を当てて首を傾げる。

「ほら、『あの台詞』ですよ楯無さん」

「ああ、そうそう」

 私の言葉に思い至ったかのようにニヤリと笑う楯無さん。そして、チャージが完了した《ミストルティンの槍》の矛先をスコールに向け−−

「『遅いわぁ♪』」

 スコールの発音と全く同じに、そう囁いた。そして、《ミストルティンの槍》を構えて一直線にスコールに突っ込む。

「この私が……やられる!?いいえ、まだよ!」

 突撃してくる楯無さんに向け、辛うじて右手を突き出すスコール。その手に、巨大な火球が生み出される。

「今さらそんなもので!」

 だが、このまま押し通るつもりの楯無さんは減速するどころか加速して《ミストルティンの槍》と一心同体となる。瞬間、私はこの後の展開を思い出した。

「楯無さん!奴はそれを自分にぶつけて結界から抜け出る気だ!」

「えっ!?」

「ふっ……」

 楯無さんに告げた直後、槍がスコールを捉える一瞬手前というタイミングで、スコールは自らに火球をぶつけた。制限無しの極大火球をまともに受けたスコールの体は爆発と衝撃で大きく吹き飛ぶ。

 結界として楯無さんの結界から抜け出す事に成功したスコールだが、その代償は大きかったようだ。何故なら−−

「私の秘密、バレちゃったかしら?」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

機械義肢(サイボーグ)……」

「やっぱり、そういう事だったのね。合点がいったわ」

 楯無さんがしきりに頷く。どうやら、彼女の頭の中にあった結論の裏付けが取れたのだろう。

「楯無さん、追えます?」

「無理。もうエネルギーがすっからかん。九十九くんは?」

「追えますが、恐らくスコールより先にスラスターエネルギーが切れます。ここまで全速で飛ばしてきたんで」

 また、簪さんも『打鉄弐式』の機体性能上、スピードで大きく上回る『ゴールデン・ドーン』を追う事はできない。つまり、スコールを追う事ができるメンバーはここには居ない。という事になる。

「そういう訳だ、スコール。行け……次は決着をつけさせて貰うぞ」

「優しいのね、あなた。じゃあ、次の戦場で会いましょう。村雲九十九くん」

 言うと、スコールは煙幕代わりの小さな火球をその場でいくつか炸裂させた。煙が晴れた時には、既にその姿は何処にもなかった。

「すみません、逃げられました」

「ううん、いいのよ。来てくれてありがとう、九十九く……」

 緊張の糸が切れたか、体力の限界か、楯無さんの体がくらりと傾く。それを慌てて飛んできた簪さんが支えた。

「お姉ちゃん!」

「ありがとう、簪ちゃん」

「お疲れでしょう。後は任せて今は少し休んでください」

 私がそう言うと、簪さんも同意を示す首肯を繰り返す。

「そう?なら、お言葉に甘えて……あとはよろしく」

 そう言って、楯無さんは気を失った。

 

 こうして、体育祭から続く一連の騒動は一応の終着を見た。

「だっしゃあああっ!」

「よっしゃ!よくやったぜ!織斑一夏!」

 眼下で沈む米軍艦から壁を突き破って飛び出してくる一夏とイーリス・コーリングを視界に収めながら、私は小さく溜息をついた。

(これで、私の知る原作の内容は全て消化された。ここからは私が原作の内容を知らない領域になる。一体何が起こるやら……)

 展開を知らない恐怖と、それを予測する楽しみを同時に感じながら、私は近くの臨海公園まで全員を誘導するのだった。




次回予告

騒動の終わりは、新たな騒動の始まりでもある。
楯無の考えた『たった一つの冴えたやり方』。それは……
そして、闇に潜む者達もまた、新たな動きを見せていく。

次回『転生者の打算的日常』
#70 策動

今より騒がしくなるのか……厄介な。


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#70 策動

「だからよー、お前の瞬時加速(イグニッション・ブースト)にはムラがあんだって!」

「いや、それをイーリスさんが言います?あの時、思いっきり壁突き破ってたじゃないですか」

「てめ〜、口答えとはいい度胸だ」

「いたたたた!ギブ、ギブ!」

「何してんだか、全く……」

 戦闘現場に程近い臨海公園。そこで、一体何がどうしてそうなったのか、互いに戦術批評じみた事をしながらじゃれ合っている(ように見える)一夏とイーリス・コーリング女史。

 この二人、ついさっきまで互いに本気でやり合っていた筈だが、何がどうなればあそこまで仲がいい感じになるんだ?

「ん……簪ちゃん……?」

「あ、お姉ちゃん!気がついた?」

 半分呆れ、半分感心しながら二人のやり取りを見ていると、簪さんに膝枕されていた楯無さんが目を覚ました。

「ようやくのお目覚めですか。と言っても、ほんの10分かそこらですが」

「ねえ、簪ちゃん。悪いんだけど……」

 言いながら楯無さんが指差した先には、未だコーリング女史と言い合いともじゃれ合いとも取れるやり取りをしている一夏の姿が。

「チェンジで」

「はいはい。そういう冗談を言えるなら、もう大丈夫だね」

「はは……」

 簪さんは楯無さんの言葉をいつもの冗談と受け取ったようだが、今の言葉は本気だと私は思った。何故って?目がマジだからだよ。

(これ、ラヴァーズが楯無さんの想いに気づいたらエライ事になるだろうなぁ……)

 簪さんにバレないよう、そっと溜息をつく私だったが、その危惧は割と早い段階で実現する事になるとは、その時はまだ気づいていなかった。

 

 楯無さんが気づいた事に気づいた一夏が、コーリング女史と共に近づいてくる。どういう経過を経て和解に至ったのか少々疑問だったので訊こうとした瞬間。

「一夏くん」

 近づいてきた一夏に、楯無さんが声をかけた。

「はい?」

「あのー、ね?その……」

 何か言いたそうにもじもじする楯無さん。……ああ、そう言えば原作では高級レストランでディナーをする約束をしていたっけか。

「村雲くん、コーリングさん。こっち……」

 楯無さんに気を利かせた簪さんが、私とコーリング女史を連れて二人から離れる。

「……いいのかね?簪さん」

「今日はいい。お姉ちゃん、頑張ったから」

「その割に昼間必死に二人を探していたような……」

「……見てたの?」

「一瞬だけ、ね。一夏にだってプライベートはある。過干渉は奴に悪印象を与えるぞ、簪さん。ラヴァーズも」

「うう……」

 少しヘコんだ簪さんが話題を変えようと視線を動かす。すると、ある一点で目の動きが止まった。

「あの、村雲くん?」

「何かね?簪さん」

「その、右手薬指に着けてる指輪、昨日まではなかったと思うんだけど……もしかして……?」

「ん?ああ、これか。君の予想している通りの物だ。二人も、デザインは違うが着けているよ」

「そ、そう……。えっと、おめでとう?」

「何で疑問系だ?でも、ありがとう」

 祝辞を述べ、軽く頭を下げる簪さんに会釈を返す。すると、さっきまで聞き役に徹していたコーリング女史が私に話しかけてきた。

「村雲九十九、だよな?お前。なに?お前もう結婚相手いんのかよ?しかも二人も」

「ええ、まあ。二人共、私如きには勿体無い程の良い女です」

 そう言う私の頬は多分微かに赤く染まっていたと思う。ちょっと気障ったらしかっただろうか?

「そう言う事をサラッと言えるとか、お前スゲえな……」

「私も……そう思う」

 言いながら、急に口の中に飴玉でも放り込まれたかのような顔をする簪さんとコーリング女史。一体どうしたのだろう?

 

 話も終わり、一夏と楯無さんが何処かに夕食を取りに行ったのを見送った後、コーリング女史が「じゃあ、あたしはこっちだから」と言って歩き去っていく。

 ここから米軍に接触しようとするなら、最も近いのは横須賀基地だろう。ISの通信機能で連絡を取りながら、コーリング女史は夜の市街地へと消えて行った。

「さて、私も帰るとするか。シャルと本音が夕食を作って待っているはずだからな。簪さん、言っておくが……」

「分かってる。二人のことは追わない」

 コクリと頷いて学園最寄りの駅に向かう道を歩き出す簪さん。帰り道は同じなので、自然並んで歩く事になる。

「…………」

「…………」

 共通の話題が無い為、互いに無言の時間が続く。……間が持たん。

「……あの、村雲くん」

「ん?」

 と、思っていた所に簪さんが声を上げる。

「何か訊きたい事でも?」

「あ、うん。あの……本音のどこに惹かれたの?」

「最初は小動物のような愛らしさに。次に一緒にいるだけで心が穏やかになる、春の陽気のような雰囲気に。最後に自分を偽らず、常に本音で接してくれる姿勢に、かな」

「デュノアさんは……?」

「最初はあの吸い込まれそうな程に美しい藤色の瞳に。次にそれだけで落ち着いた気分になれる、夜空を照らす月のような雰囲気に。最後に柔らかくしなやかでありながら決して折れる事のない芯の強さに、だな」

「……二人のこと、よく見てるんだね」

「当然。愛した女を隅まで見なくてどうするんだって話だろ?」

「一夏に聞かせたい……」

 はぁ、と溜息をつく簪さん。ただ簪さん、この話を一夏にした所で「九十九ってスゲえな」で終わると思うぞ。きっと。

 

 その後、特に何か話をする事もなく一年生寮に帰って来た私と簪さんを、シャルと本音が出迎えた。

「お帰り、九十九」

「あれ〜?なんでかんちゃんと一緒なの〜?」

「『例の件』で出先でバッタリな。別々に帰る理由もないから一緒に帰った」

「そうなんだ」

「うむ、そうなんだ。さ、部屋に戻ろうか。ああ、そうだ。簪さん」

「……なに?」

 不意に声を掛けられた事に少し驚いた顔をしながら簪さんが私に目を向ける。

「今日はお疲れ様。明日()()よろしく」

「うん……よろしく……?」

 私の物言いに何処か引っかかる物を感じたのか、不思議そうな顔をして自室へと帰っていく簪さん。

「ねえ、九十九。今の簪に向けた言葉、どういう意味?」

「明日になれば判る事だよ。それより夕食にしよう。もう腹ペコだ」

 敢えて言葉を濁し、二人を連れて部屋に帰る私。二人はしばらく「気になる」と言って私に問うて来たが、私が「明日判る」の一点張りをした事でようやく諦めてくれた。さて、明日が楽しみだなぁ。ふはは。

 なお、遅れて帰ってきた一夏と楯無さんがラヴァーズとひと悶着起こしたらしく、学園正門近くから斬撃音と発射音と衝撃音が響くという事態が発生した。まあ、いつもの事だが。

 

 そして、翌日。

「という訳で……やっほー、一夏」

「や、やっほー、一夏。……昨日村雲くんが言ってたの、こういうことだったんだ……」

 朝のホームルームの時間。場所は一年一組教室。そこに、鈴と簪さんの姿があった。

「……どゆこと?」

 微妙にキャラが崩れた言い方で一夏が千冬さんに訊いた。千冬さんは、自分で説明しようかと思ったがやっぱり面倒臭いなという顔を一瞬だけして、山田先生に丸投げた。

「山田先生、説明を」

「はい。この度、一年生の専用機持ちは全て一組に集める事にしました。それもこれも、先日の大運動会の結果を、生徒会長なりに判断した結果です。……うう、今から胃が痛いです」

 この先、確実にこのクラスを中心に騒動が起きる事を予想してか、山田先生が胃の辺りを押さえて弱々しく呻いた。

「山田先生、我が社の薬学部門がストレス性胃炎に良く効く胃薬を開発したそうです。私の伝で安く仕入れましょうか?」

「お願いできますか?村雲くん」

「お任せを。……私で良ければ、愚痴聞きますよ」

「うう、ありがとうございます……」

 私と山田先生のそんなやり取りを尻目に、千冬さんが言葉を続ける。

「これで事実上クラス対抗戦は出来なくなってしまった訳だが、専用機持ちの訓練はこちらで特別メニューを組んでやる事にした。喜べ、ヒヨッコ共」

 千冬さんの容赦ない言葉に専用機持ち達がげんなりする−−と思いきや、実際にそうなったのは私とシャルだけで、ラヴァーズは早速一夏の隣の席の奪い合いをしていた。

「じゃあ、あたし一夏のとーなりっと!」

「ちょっと鈴さん、なにを勝手に席を決めてますの!?」

「そうだぞ、嫁の隣は私とて希望したいところだ」

「おい、席をくっつけ過ぎだ!」

「……先生、席替えを希望します」

 わいわいと騒ぐ一同を、深い溜息をついた千冬さんが一人づつ出席簿で叩いて回った。

「やれやれ。歴代最強にして最大の問題クラスになったな」

「心中お察しします、織斑先生」

「もう一人の災禍の中心が何を言うか」

「あれ?私って千冬さんの中でそんな認識?」

「「気にしないで、九十九(つくも)」」

 千冬さんに火付け役(トラブルメーカー)扱いされてちょっとヘコむ私を二人が慰めてくれた。やはり私の天使だよ、この二人は。

 

 ちなみにこの後、私達三人の右手薬指に輝く物の事でもうひと騒動あったのだが、それは甚だ余談だろう。

 

 

 時間を遡り、九十九達がそれぞれの帰路に着いた頃−−

「はぁ。まったく……」

 都内某所、亡国機業(ファントム・タスク)所有の隠れ家(セーフハウス)

 ようやくの思いでそこに辿り着いたスコールは冷たい床に倒れ込んだ。損傷を受けた左腕からはグリスがじわじわと漏れ出し、時折火花が散っている。一刻も早く修理したい所だが、完全な機械義肢(サイボーグ)というのは一度ダメージを受けるとその修理と調整に酷く手間がかかるのだ。

「代わりの腕を取りに行きたいけど、これじゃあねぇ」

 あちらこちらが裂け、煤と泥でボロボロのドレスを一瞥し、スコールは一人苦笑する。

「囮でスコールの名前を残して置いたのが仇になったわね。そう思わない?オータム」

「…………」

 スコールが暗がりに向かって声を掛ける。すると、いつからそこに居たのか、暗がりに潜んでいたオータムが姿を現す。

「感想を聞かせてちょうだい」

 そう言って、スコールは二の腕からちぎれた機械義肢をオータムに向ける。

「がっかりしたかしら」

 オータムはただ黙ってスコールに近づくと、剥き出しになった機械部分をグリスが手に付くのも構わずに優しく撫でた。

「知っていたさ。お前の体のことは」

「あら、意外」

 スコールは少し驚いてから、少女のようにくすくすと笑う。その笑い声には僅かだが自虐の色が含まれていた。

「無理をするなよ。機械の体でも、痛みはあるんだろ?」

 続けざまの意外な言葉に、スコールは目を丸くする。

「私が敵を討つさ。今は少し、休んだ方がいい」

 優しいオータムの言葉は、恋人であるスコールを思ってのものだ。その優しさに甘えたくなる気持ちを抑え、スコールはあえて突き放すように冷たく言い放つ。

「……少し遠いけれど、パーツを取りに行きましょう。そこには、私とあなたの追加武装もあるわ」

「ああ、そうしよう」

 オータムは頷いて、スコールの隣に腰掛ける。スコールは何も言わない。オータムも何も言わない。

「ねえ」

 どれ程時間が立ったろうか、長い沈黙の後でスコールが言った。

「キスしましょう?」

「ああ」

 二人は寄り添うように、恋人同士の口づけを交わした。

 

 

 スコールとオータムが互いの愛を確かめあっていた頃−−

「でっきたよーん!」

 スコールが用意したホテルの最上級スイートルームを勝手に改造して開発室化していた束は、そう言うなりマドカに抱きついた。

 マドカが反射的に引き抜いたナイフを、束は軽く指二本で挟んで圧し折った。

「ああん、もう。可愛いなあ、マドちゃんは!」

「やめろ……それより、私の機体は仕上がったのか?」

 心底鬱陶しそうにするマドカに、束はかつての千冬を重ねて見ていた。

「んふふー、モチのロン!さあさ、ご覧あれ!これぞ白を討ちし闇の担い手!その名も−−」

 

バサアッ!

 

 束がISに被さっていたカーテンを勢いよく取り払う。果たして、そこに現れたのは−−

「『黒騎士』!マドちゃんの専用機さ!」

「『黒騎士』……。これが、私の……」

 全体に鋭角的なフォルム。宵闇より尚暗い漆黒の装甲。それらが、圧倒的なパワーと禍々しさをマドカに伝えてくる。

「これで、私は……姉さんを超える……!」

「おっとっと。焦っちゃダメダメなのさ~。物事には順番があるよね?」

 そう言って、束はマドカの顔を覗き込む。その顔は、悪戯を思いついたかのようなニンマリ笑顔だった。

「最初のターゲットは、ね−−織斑一夏(いっくん)がいいと思うな♪」

 

 

 束がマドカに『黒騎士』を披露していた頃−−

 米国某所、地下会議室。そこで、12人の男女が膝を突き合わせていた。

「エイプリル、君の『ラファール』の戦闘記録(ログ)は見せて貰った……」

「ISの記録映像は、基本的に改竄出来ないようプロテクトがされている事は勿論知っている」

「その上で敢えて訊こう。あれには、一切の加工も編集もないのだな?」

「ええ、そうよ。この映像は、紛れもなく私の目の前で実際に起きた事。私の名と誇りにかけて、一切の改竄はないと誓うわ」

 男女が見ているのは、メルティが九十九に2度目の復讐戦を仕掛けた時の記録映像。そこには、鮮血に塗れ、鮮やかな碧い瞳を輝かせながら酷薄な笑みを浮かべる九十九が映っていた。

「ありえん……女の細首とはいえ、徒手空拳で首を刎ね飛ばすなど……」

「でも、事実彼女の首は切り落とされた。それができる程の膂力と速さがあったって事でしょう?」

「だが見ろ。彼自身の腕もズタズタだ。そのパワーに体がついて行っていない証拠じゃないか」

 意見を交わす男女を尻目に、映像は進んでいく。九十九はエイプリルの足下にメルティ()()()()を放り捨てると、こう言い放った。

『これを持って帰り、お主の仲間に伝えよ。「村雲九十九(これ)は神たる我の所有物。迂闊に手を出せばこうなるぞ」とな』

「……神たる我……ねえ。すると何?村雲九十九は『神に愛された男』って事?」

「いや、その前にこの自称『神』は彼の事を『我の玩具』と言っている。むしろ『神の遊び道具』なんじゃないかい?」

「ふん、何が神だ馬鹿馬鹿しい。どうせ解離性同一性障害……いわゆる多重人格だろう」

「いえ、彼の家庭環境は多少突飛な所はあっても平穏そのもの。解離性同一性障害を起こすとは考え難い……」

 彼らの目の前に広がる資料には、九十九の家庭環境やこれまでの経歴が事細かに記載されていた。それを見れば、九十九が解離性同一性障害を起こす事は考え難い事はすぐ分かる。

「まあ、その自称『神』の事は置いておいて……。凄いな、彼。手紙一枚で悪童共を押さえつけるなんて」

「クズ教師を自分の仕業と悟らせずに学校から追い出す、なんてこともしてるわね」

「友人にイジメの相談を受けて、言い逃れ不可能な程大量のイジメの証拠を揃えて学校長と教育委員会と警察に提出とか……当時小学生だろ?普通考えつくか?」 

「情報が何よりの『武器』になる事を知っているのよ。味方になれば頼もしいけど、敵に回せば恐ろしい相手だわ」

「確かに……では、彼をどうする?」

「取り込みはまず不可能でしょう。彼が我々に味方するメリットがない」

「なら、暗殺でも仕掛ける?」

「既に15人の殺し屋を送り、その全てが帰って来ていない。この意味分かるか?誰もあの少年に指一本触れる事はおろか、顔を見る事すらできずに返り討ちに会ってるんだよ」

 俺の手駒でもトップクラスの実力者が、だぞ。という男に、暗殺を提案した女が戦慄した。つまり九十九の周りには、殺し屋を殺せる殺し屋、もしくは守り屋が常駐している。という事になるのだ。恐らく、当の九十九本人は知らない事だろう。

「じゃあ、ハニートラップを−−「無駄だな。彼の身持ちは固い。徒労に終わるだけだぞ」…………」

 実際、亡国機業の女性エージェントが街中で九十九にモーションを掛けたが、九十九は相手にしないどころか完全に無視を決め込んだため、その女性エージェント(顔とプロポーションに絶対の自信あり)は物凄く落ち込んだらしい。

「彼自身の能力と、彼の周囲の人間の能力が高すぎて迂闊に手出しが出来ん、という事か……」

 九十九の事が邪魔といえば邪魔だが、下手に手を出せば余計に面倒な事になりかねない。解除しようとした瞬間に爆発する爆弾。それが、彼らにとっての九十九という存在だった。

「……やむを得ん、村雲九十九に関しては当面手出し無用とする。という事で良いか?」

「「「異議なし」」」

「よろしい。では次だ。京都で進めている作戦だが、どうも更識に嗅ぎ付けられたようだ」

「好都合じゃない?彼女の性格なら、間違いなく京都に学園の全戦力を投入するでしょうね」

「では……?」

「ええ。その隙を突いて学園所有のIS30機、全部奪ってしまいましょう」

「ふむ、悪くない提案だ。では諸君、京都での作戦は『モノクローム・アバター(スコール隊)』に全権を委任し、我々はIS学園襲撃の別部隊を編成して事にあたる。という事で良いか?」

「「「異議なし」」」

 夜より暗い闇の中、歪んだ欲望の魔の手が学園に迫ろうとしていた。

 

 

 亡国機業の上層部が行動選択のための会議を重ねていた頃−−

「藍作。連中の次の動きが分かったぞ。京都だ」

「そうか……。槍真、更識のお嬢さんはどう出ると思う?」

 マホガニーの机から葉巻を取り出し、火を着けながら槍真に訊く藍作。それに槍真は、顎に手を当てて僅かに思考した後答えた。

「多分、学園にいる全ての専用機持ちを動員して、敵の実動部隊の壊滅に乗り出すだろうね。そうなれば……」

「ああ、学園の戦闘力がガタ落ちするタイミングを、亡霊共が見逃すはずが無い。必ず何かを仕掛けてくるぞ」

 そう言うと、藍作はIS開発室に内線を繋いだ。

『はい、IS開発室です』

「私だ。絵地村君に繋いでくれ」

『はい、社長。少々お待ちください…………はい、絵地村です。御用ですか?社長』

「ああ。例の機体、進捗が訊きたくてね」

『現在最終調整に入っています。あと1週間あればロールアウト可能かと』

「遅いな。4日でやってくれ」

『それは……いえ、やって見せましょう。……社長、このISは歴史を変えますよ』

「ああ、局地的気候操作兵装《ユピテル》を搭載した空間支配を得手とする第三世代IS。その名は−−」

『「『プルウィルス(雨を齎す者)』」』

『それで社長。この機体のパイロットですが……本当によろしいのですか?』

「ああ、九十九くんの伴侶となる以上、あの子も今後狙われないとは限らない。自衛の手段は必要だ」

『……分かりました。ではIS学園には私から話をいたします。『プルウィルス』のパイロットに、布仏本音嬢を指名する。と』

 

「はくちっ!」

「ん?どうした本音?」

「体調でも悪くした?」

「ん〜、そんなことはないけど〜……誰か噂したのかな〜?」

 鼻の下を擦りながらのほほんと言う本音。だがこの時、彼女はこの後自分の身に起きる事を全く予想できていなかった。

 楯無が専用機持ち全員に『京都研修旅行の下見に行く』と宣言するまで……あと1週間。




次回予告

ついに掴んだ亡霊の尻尾。その在り処は、千年王都。
専用機持ち達は亡霊を祓うべく西に向かう。
その一方で、手薄になった学園に忍び寄る影もあった。

次回『転生者の打算的日常』
#71 上洛

これが君の専用機『プルウィルス』だ。


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#71 上洛

 スコール・ミューゼルとの邂逅から4日が経ったある日の放課後。私と本音は千冬さんから呼ばれて生徒指導室前に来ていた。

「織斑せんせ〜、なんでわたしたちを呼んだのかな〜?」

「何も悪い事をした覚えはないが……。とは言え、用がなければ呼びもすまいよ。さ、行くぞ」

 本音の背をポンと叩き、生徒指導室の戸を開ける。

「失礼します。一年一組、村雲九十九、布仏本音、参りました」

「む、来たか」

「お久しぶりです。九十九くん、布仏さん」

 そこに座っていたのは、千冬さんともう一人。ラグナロク・コーポレーションIS開発部『絵地村(えじむら)研究室』室長、絵地村博士だった。

「絵地村博士!?なぜここに!?」

「その説明のためにお前達を呼んだんだ。座れ」

 そう言って、対面の椅子を顎で指す千冬さん。促されるままに椅子に座ると、博士は咳払いを一つして話を始めた。

「この度、我がラグナロク・コーポレーションIS開発部は『フェンリル』に続く第三世代型ISを完成させました。現在最終調整を終え、間もなくロールアウト予定です。そこでなんですが……布仏本音さん」

「は、はい」

「その新型ISのテストパイロットに、貴方を指名致したく、こうしてお願いに来ました」

「……え、ええええええっ!?」

 本音の驚愕の叫びが、生徒指導室に響き渡った。

 

 博士の説明によると、ラグナロクが開発した新型ISは局地的気象操作能力を持たせた『空間支配』を得手とするISなのだとか。

「そんな扱いの難しそうなISをどうしてわたしに〜?」

「一つは、局地的気象操作兵装《ユピテル》の自律学習型支援AI『ユピテル』が『共に成長できる者』を求めている事。もう一つは−−」

「本音の自衛……ですね?」

 私の言葉にコクリと頷く博士。本音は私の答えに不思議そうな顔で首を傾げる。

「ど〜いうこと?つくも?」

「いいか、本音。君が私の婚約者なのは学内では周知の事実だが、この情報は学外に漏れてはいない。ただし、今はまだ。だ」

「うん」

「だが、人の口に戸は建てられん。近い内にその情報は学外に漏れるだろう。もしその情報が『悪意ある第三者』の耳に入ったら?例えば……私を殺したいと願う女尊男卑主義過激派に。織斑先生、そうなった場合、貴方が考え付く限りの『最悪』は?」

 私に水を向けられた千冬さんは、組んでいた腕を解いて重々しい声音で答えた。

「ISを持っておらず、緊急時に即応できない布仏を拉致監禁。布仏の身柄を引き換えに村雲に無抵抗に殺される事を要求。村雲はやむを得ず要求を受け入れ殺害される。村雲の死亡後、布仏は『用済み』としてその場で殺害、もしくは……女に飢えた男共の慰み物にされる」

「っ!?」

 千冬さんの『最悪の予想』に、本音は肩を震わせて私にしがみつく。そうなった所を想像して怖くなったのだろう。

「そうならないための自衛の手段として、布仏さんには即応手段(専用機)を与えようという事になりました。布仏さん、お受けいただけますか?」

 博士の問いに、本音は少しだけ考えた後「よろしくお願いします」と答えるのだった。

 こうして、ここに『ラグナロク・コーポレーション代表候補生・布仏本音』が誕生した。−−原作、最近仕事してなくね?

 

 

 翌日、本音は新型ISの受領と慣熟訓練を受ける為にラグナロク・コーポレーション本社にやって来ていた。

「さあ、どうぞ本音さん。貴方の社員証です」

「は、はい」

 緊張した面持ちで絵地村からラグナロクの社員証を受け取る本音。

「これで君は、我がラグナロク・コーポレーションの社員として登録された。これからよろしく頼むよ、本音くん」

 にこやかな笑みで言う藍作に、小さく頷く本音。その緊張は藍作の笑みでいくらか晴れたとは言え、心臓は未だに常に無い早さで鼓動を刻んでいる。

「さて、行こうか、本音くん。こちらだ」

「はい」

 藍作に促されるままにその後ろを付いて行く本音。エレベーターで地下4階まで降り、IS開発部の扉を抜け、『絵地村研究室』の看板を下げた部屋に入ると−−

「あっ……」

 そこに、1機のISが鎮座していた。

 つや消しのオフホワイトを基調にしたシンプルな彩色、古代ギリシャの衣装(ペプロス)をイメージした全体に厚めの装甲、バイザーは両側頭部に小さな翼がついたデザインになっていて、どこかギリシャ神話の女神のようにも見える。

「この子が……」

「ああ、そうだ本音くん。紹介しよう。彼女が君の専用機(パートナー)となるIS『プルウィルス』だ」

 雨を齎す者。その名を冠されたISは、静かに起動の時を待っていた。

 

 

「という訳で、布仏さんは今日から1週間、ラグナロク・コーポレーションで受領したISの慣熟訓練の為に学園を留守にします」

「村雲、デュノア、布仏にノートを取っておいてやれ。以上、朝礼を終わる」

 それだけ言い残して、千冬と真耶が教室から出て行くと、女子達が聞かされたばかりの情報で会話に花を咲かせる。

「これで本音も専用機持ちか〜。いいな〜」

「でも、理由が『村雲くんの弱点になりかねないから』でしょ?切実なやつじゃん」

「それでも羨ましいよ。あ~あ、今からでも村雲くんにアタックしようかなー」

「やめときなって。もう入る隙間なんて無いと思うし」

「村雲くん、あんななってるしね」

 女子達が目を向けた先、そこにはどこか寂しそうな顔をしている九十九とシャルロットが小さく溜息をついていた。

「1週間も本音に会えないのか……辛いな」

「うん。本音は僕たちの癒やし担当だからね」

 何となく暗い雰囲気の二人。一人居なくなるだけでこうも纏う空気が変わるのか、と女子達は思うと同時に、本音が二人にこれでもかと愛されているんだなあと悟るのだった。

 

 

 本音がラグナロクに慣熟訓練に行って3日が経った。今日は全校集会という事で、壇上には楯無さんが立っていた。

 これから何が起きるのかとざわついていた講堂内は、楯無さんの咳払い一つで静まり返る。

「本日の議題は、一年生の京都研修旅行についてです」

 おおーっと声が上がる。各国から集められた選りすぐりのエリートといえど、やはりIS学園生徒は花の10代乙女なのである。約二名を除いて、だが。

「今回、様々な騒動の結果、延期となっていた研修旅行ですが、またしても第三者の介入がないとは言い切れません」

 一瞬、ギラリと鋭い視線を走らせる楯無さん。が、それは本当に一瞬の事で、私を含めた極僅かな者達以外誰も気付かないまま、いつものあっけらかんとした口調に変わった。

「−−という訳で、生徒会からの選抜メンバーによる、京都研修旅行の下見をお願いするわね。メンバーはラグナロク・コーポレーションで慣熟訓練中の本……布仏本音さんを除く専用機持ち全員、引率は織斑先生と山田先生。出発は2日後。以上です」

 その発表であちこちから「いいなぁ」「織斑くんと少数旅行だなんてずるい〜」「村雲くんと少数旅行とか……羨ま!」「私も行きたい〜」等と、女子特有のキャイキャイとした声が上がる。

 もちろん、選ばれた箒やシャル、そしてラウラは『京都』という単語に目を輝かせている。

「おお、京都か。金沢もいいが、やはり日本の古都といえば京都だな!」

「わあ、はじめての京都かぁ。楽しみだね、九十九、ラウラ!」

「うむ!」

「ああ。本音が行けないのが残念だが……な」

 ラグナロクでの慣熟訓練終了は出発の2日後。どう頑張っても視察旅行には間に合わない。非常に残念だ。

「お土産、いっぱい買って帰ってあげようね」

「そうだな」

 それで本音が納得するかは分からないが、何も無いよりはマシだろう。

 私達がこんな話をしている一方で、セシリアと鈴はげんなりとしていた。

「どうしてわたくしがその様な小間使いまがいの事を……だいたい、我が英国のロンドンに勝る古都があるとは思えませんわ」

 セシリアの言う通り、ロンドンの成立は西暦50年頃、ローマ人によってとされる。一方、京都の成立は西暦794年。歴史的に言えばロンドンと京都には都市の古さに700年以上の差があるのである。そんな場所で生まれ育ったセシリアからすれば、京都など取るに足りないのだろう。

 また、鈴は鈴でうんざりといった表情を浮かべていた。

「げぇ、また京都ぉ?なんで日本って研修旅行だとか修学旅行って言えば京都なのよ。3回目よ、あたし。3回目」

 そう言えば、小・中と修学旅行は京都だったな……。なに?『鈴が修学旅行に行ってるのはおかしい』『彼女は中3の時に中国に帰っただろ』って?違うな、間違っているぞ読者諸君。我が母校の修学旅行は中2の秋に行くのだよ。……なんか変な電波を拾ったな。

 などと考えている間に話は推移していた。

「鈴ちゃんとセシリアちゃんには生徒会副会長の一夏くんを同伴させるからね。他の子は九十九くんと一緒して」

 という楯無さんの一言で、それまで露骨に嫌そうにしていた二人の態度が一変した。具体的には両目が光った。こう、キュピーンッって感じに。

「やりますわ!このわたくし、セシリア・オルコットが!」

「仕方ないわねぇ!ああ、ホントはイヤなんだけど、しっかたないわね!」

 まさに水を得た魚。先程までの態度が嘘のように生き生きとしだしたセシリアと鈴。その一方、私と一緒の班になった他のラヴァーズは青菜に塩状態だ。

「な、なぜだ。なぜ私が九十九と同じ班に……」

「状況終了、帰投する」

「おい、私と一緒はそんなに嫌か?おい」

「あ、あはは……」

 ちなみに、簪さんがラヴァーズから見えないようにVサインを出していた。恐らく、織斑一課(一夏の世話係)としてちゃっかり一夏班に入っているのだろう。彼女は意外と抜け目がないのである。

 

 全校集会を終えた帰りの廊下。そこではウキウキした様子のシャルロットが九十九と腕を組んで歩いていた。

「九十九。楽しみだね、京都」

「ああ」

「でも、今回の視察旅行はずいぶん大事だね。学園の専用機持ち全員を動員するなんて」

「そうだな」

「あ、そうだ。向こうについたら舞妓さんの格好してあげるね?」

「ああ、いいな」

 話しかけてもどこか気のない返事をする九十九に何かを感じたシャルロットは、話の内容を大きく変えた。

「……ねえ、九十九。僕になにか隠してる?」

「……イエスだ」

 実はこの時、九十九と一夏だけが楯無から今回の視察旅行の真意を聞かされていた。

 この視察旅行は、その実、京都にある亡国機業(ファントム・タスク)の拠点制圧及び、可能なら実行部隊員の捕縛を目的としているのだ。

「そう……それは、僕が聞いちゃいけないこと?」

「ノーだ。私が先に話を聞かされたというだけで、この後すぐに同じ話が……」

 

ピンポンパンポン♪

 

『生徒会よりお知らせします。京都視察旅行について詳しい話を行いますので、専用機持ちの皆さんは生徒会室に集合してください。繰り返します。専用機持ちの皆さんは、生徒会室に集合してください』

 

ピンポンパンポン♪

 

「……だそうだ」

「うん、分かった。行こ?」

「ああ、行こうか」

 そういう事になった。

 

 

「では、この視察旅行の本当の目的を話します」

 楯無さんが呼び出した専用機持ち全員−−そこには一年生以外にも、二年生のフォルテ・サファイアさんと三年生のダリル・ケイシーさんの姿もあった。

「今回は本国でのIS修理を終えたフォルテとダリルも参加する、全戦力投入作戦となるわ」

 『戦力』の言葉に、一年専用機持ち組がざわついた。

「九十九、さっき言ったのってこの事?」

 シャルが小声で訊いてきたので、小さく頷いて返す。

 ざわつく一年専用機持ちを、楯無さんがパシンと扇子を開いて止めた。この辺りの仕切り方は、生徒会長として当然の心得という奴なのだろう。

「あ~、やっぱりやるんスかぁ、亡国機業掃討作戦……だるいなぁ」

「あら、それはどこから得た情報?」

本国(ギリシャ)っスよ。この前、ちらっと耳にしたっス」

 特徴的な口調で気怠そうにしているのは、フォルテさんだ。ソファに凭れかかってぐでっとしているその姿は、何ともマイペースに感じる。

 整っているとは言い難い長い髪を、太い三つ編みにして首に巻いているのが特徴だ。体躯は平均より小さく、猫背であるのも相まってそのシルエットは非常に小さい。

「いよいよってわけか、生徒会長」

 楯無さんにそう声をかけたのはダリルさん。こちらはこちらで、壁に背を預けて格好をつけている。

 うなじで束ねた金髪(ホーステール)に高めの身長、ピンと伸びた背筋が彼女をより大きく見せる。自己主張が激しいのはそれだけではなく、組んだ腕の上に乗った大きな『甘夏』が何とも悩ましい。

「んまぁ、オレの専用機『ヘルハウンド』もバージョン2.8になったしなー」

 さり気なく自慢を忘れない辺りは流石三年生筆頭、『兄貴分のお姉様』の通称は彼女にこそ相応しい。

「という訳で、みんなには嘘偽り無く国際的テロ組織への攻撃を行ってもらうわ。情報収集は私が担当するから、みんなは向こうのISを抑えてちょうだい」

 楯無さんの真剣な声に、場の空気が変わる。ぴりぴりとした緊張感は、それだけで場の空気を引き締める効果があった。

「それでは、各自出撃に備えて。解散!」

「「「はい!」」」

 勢いの良い返事をしたのは一夏をはじめとした一年生達。初めての組織的活動、それも亡国機業に打って出る形での戦いに、各々闘志を燃やしているようだ。その一方で、私は危惧を覚えていた。

 

 楯無さんは今回の作戦に『全戦力を投入する』と言った。それはつまり、IS学園を空にする。と言っているようなものだ。

 無論、学園も馬鹿では無い。当然、教師陣がISを用いた周辺警備を行っているが、その能力には疑問を呈さざるを得ない。

 クラス代表戦での無人機襲撃ではあっさりとシールドバリアを打ち破られているし、タッグマッチトーナメントでのVTシステム暴走事故では結局事態収拾までに間に合っていない。

 『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』事件では、不十分な海上封鎖で私達が撃墜される遠因を作り、キャノンボール・ファストでは自称織斑マドカの駆る『サイレント・ゼフィルス』を捕捉すら出来ず、専用機持ち限定タッグマッチでの無人機同時多発襲撃事件では全ての無人機を無傷で侵入させている。

(ここまで列挙すると、本当に役に立ってないな……)

 学園の警備を担う存在がこの体たらくでは、もしこのタイミングで学園の実習用ISを狙う勢力が現れた時に為す術など無いのではないかと思えてしょうがない。

 しかし、京都にいる亡国機業の総戦力が不明である以上、こちらも総力を結集するというのは戦術として決して間違ってはいない。

(せめて、こっちで何も起こってくれないように祈るしか無い、か)

 私はそう考えて、内心でそっと溜息をつくのだった。

 

 一方その頃、ラグナロク・コーポレーション第一野外演習場では−−

「え?IS学園に、ですか〜?」

「そ。私やルイズとばっかり模擬戦してたら変な癖がついちゃうからね」

「という訳で、明後日からIS学園の生徒の皆に協力をお願いして模擬戦しまくるわよ。覚悟しておいてね。じゃあ、今日はここまで!お疲れさま、本音」

「はい。お疲れさまでした〜」

 『プルウィルス』を解除し、少しだけ疲れたような足取りで演習場から出て行く本音を見送りながら、ルイズはキュルケに問いかけた。

「ねえ、キュルケ。社長のあの話、本当だと思う?」

「『IS学園所有の実習用ISを狙った亡国機業の別勢力が学園を襲撃する可能性が高い』ってやつ?社長が言ってるんだからそうなんでしょ?だからわざわざ学園で慣熟訓練をできるように許可を取ったんじゃない」

 自慢の赤髪をかき上げながら、何でも無いようにキュルケは答えた。ルイズははあ、と溜息をつくと。もう一度歩き去って行く本音に目を向けた。

(もし、社長の言う通りになったら、矢面に立つ事になるのはきっとあの子……。そうなっては欲しくないものね)

 ルイズが内心で溜息をついたのは、奇しくも九十九と同じタイミングだった。

 なお、『IS学園に戻れば九十九に会える』と喜んでいた本音が、九十九からの『明後日から京都に視察に出る』というメールを読んで悲しみに暮れた。というのはまあ、余談だろう。

 

 

「おい、ラウラ」

 視察旅行出発当日、東京駅。今まさに京都行きの新幹線が出発しようという時に、ラウラが売店に食いついて離れないというアクシデントが起きていた。

「おい、ラウラ。もう行くぞ」

「すまない、このエキベンというやつをくれ。なるべく栄養価が高く、食べやすいのが良いのだが……ん?ひよこ?なんだこれは」

 私の呼び掛けも聞こえていないのか、駅弁を見ていたラウラの視線が東京土産のド定番、『ひよこ』に移った。

「こ、これは……」

 ショーケースに置かれているひよこの見本に齧り付きになるラウラ。そこには薄茶色のひよこが鎮座している。

「か、可憐だ……」

 頬を赤らめたラウラは、身を乗り出して売店の店員さんに詰め寄る。

「こ、これを、あるだけ売ってくれ金なら−−「そこまでだ」なっ!?九十九!?」

 金額無制限のクレジットカード(ブラックカード)のように見えて実は違う、自分名義の銀行口座カード(黒兎カード)を取り出した所で、私はラウラの制服の奥襟を掴んで無理矢理行動を制した。

「お騒がせした、店員さん。ラウラ、もう出発だ。ひよこは諦めろ。ほら、キリキリ歩け」

「待ってくれ九十九!私にはひよこを救い出すという崇高な使命が−−「君にそんな使命は無い。いいね?(にっこり)」アッ、ハイ。ワカリマシタ」

 誠心誠意の笑顔でそう言うと、ラウラは途端に大人しくなって新幹線に乗り込んだ。直後、発車のアナウンスと共に、私達の乗った新幹線は一路京都駅に向かって走り出すのだった。

 

「楯無さん、村雲班、欠員無しです」

「織斑班も欠員なし、全員乗れたようです」

「ん、オッケー。ありがと」

 生徒会役員としての職務を全うした私と一夏は揃って安堵の溜息をつく。ところが、安堵の溜息を漏らした一夏の首を、いきなり締めてかかる手があった。

「一夏!貴様さえいればあのような!あのようなことには!」

 言わずもがな、ラウラである。その目が少し涙ぐんでいる所を見るに、余程ひよことの別れが辛いものだったようだ。が、そんな事情を欠片も知らない一夏からすれば、この首締めは理不尽な物でしかなく。

「ぐええっ!や、やめろ、ラウラ……!ってかなんの話………」

 一夏の顔が徐々に青褪めていく。流石にこれ以上は拙いか。そっとシャルに目配せをすると、シャルはラウラ止めるべくその肩に手を置いて話しかけた。

「ラウラ、その場にいなかった一夏に当たっても仕方ないよ」

「しかしだな!あの場に嫁がいればひよこたちを救えていたかも知れんのだぞ!」

「あの状況では、例え一夏でも同じ事をしただろう。なにせ出発時刻まであと1分も無かったからな」

 尚も一夏の首を絞めるラウラに、私も参戦して彼女を諭す。

「それに、むしろ感謝して欲しいくらいだ。私は君の無駄遣いを止めたのだから」

「無駄だと!?なにが無駄だというのだ!だいたい、金などあっても私は遣わんのだぞ!」

 そういうラウラに、私とシャルの意見が偶然一致する。

「「そこは結婚資金に回せばいいんじゃないか(いいんじゃない)?」」

 と言うと、ラウラは一夏の首を絞めていた手を離し、キラキラと目を輝かせる。

「結婚資金!そ、そうか!ならば無駄遣いは家計の敵だな!うむ!」

「「「あちゃー……」」」

 テンション高く一夏との新婚旅行(ハネムーン)に胸躍らせるラウラを、他のラヴァーズが悟り切ったような目で見ていた。

 

「大丈夫か?一夏」

「げほげほっ……!あ~、死ぬかと思った」

 一方、ようやくラウラの理不尽な首締めから開放され咳き込む一夏に、ぽーん、と缶ジュースが投げられた。

「っとと」

 慌てて受け取る一夏。視線を落とすと、それはキンキンに冷えたオレンジジュースだった。

「それ、飲むといいっスよ」

 怠そうにしているのは、勿論フォルテさんだ。

「あ、ありがとうございます」

 上級生の心遣いに感謝しながらジュースを蓋を開ける一夏は、すぐに怪訝な表情を浮かべた。

「ん?あれ?」

「どうした?」

「いや、ジュースの蓋が開かねえんだよ」

 おかしいな、と言いながら缶を振る一夏。すると、液体が缶を叩く音が全くしないではないか。まさか−−

「そう言えばこのジュース、すげえよく冷えて……って、んなっ!?」

 そう。フォルテさんが一夏に放って寄越したのは、よく冷えているどころかカチカチに凍ったオレンジジュースの缶だったのだ。そんな物を握っている一夏の手は、冷気で痛みを訴え始めているだろう。

「いててっ!?な、なんですかこれ!?」

「フハハ。引っかかったな!……っス」

 得意気な笑みを浮かべて笑うフォルテさん。その隣で脚を組んでいるダリルさんが話に割って入って来た。

「なんだ織斑、お前フォルテのISの事知らないのか?」

 フォルテさんの専用機の名は『コールド・ブラッド(冷血)』。名の由来は、その能力にある。

「こいつのISは分子運動を極端に鈍くさせて停止、凍結させる能力があるんだよ」

 その能力を使い、フォルテさんはオレンジジュースをほぼ一瞬で完全凍結させたのだ。できれば敵に回したくない能力だな。

「だからそういうのやめて欲しいっス。ネタバレっスよ?ネタバレっスよ?」

 大事な事なのか、怠そうにしながらも同じ台詞を二度繰り返すフォルテさんに、ダリルさんは組んだ脚を入れ替えながら適当に笑う。

「あっはっは、いいじゃねえか別に。……あ、お前ら今パンツ見たな?にひひっ」

「いや、それは……」

「ミニのスリット入りタイトスカートで足を組み替えれば見えて当然でしょうに。寧ろ見せに来てませんでした?今の」

 私達の反応を、ダリルさんは何処か面白い物を見るかのように眺める。

「エロガキ共」

「くっ……。勝手に見せておいてこのいいザマとは!」

 悔しそうに言う一夏だが、見たという事実に変わりはなく、よって反論のしようもない。

「「「ふーん……」」」

 不機嫌な呟きにギクリとして振り向く一夏。一夏ラヴァーズが、全員白い目で一夏を見ていた。

「い、いや、その、これはだな!?」

 釈明をしようとする一夏に、全員がそっぽを向く事で答えた。一方−−

「いててててっ!悪かった、シャル。だから、無言で脇腹を抓らないでくれ!」

「……九十九のえっち。知らないっ」

 結局、静岡を過ぎるまで、シャルは口をきいてくれなかった。

「九十九、これは俺たちが悪いのか!?」

「ああ、きっとな」

 

 

『間もなく京都、京都です。お降りの方はお忘れ物のございませんよう、お気をつけ下さい』

『We will soon arrive in Kyoto.If you are going down do not have something left behind, please take care』

 新幹線のアナウンスには、外国人向けに英語のアナウンスも流れる。それを聞きながら、一夏達は降車準備を始めた。

「ん?あれ?どこ行った?」

「何やってんの、一夏。もう京都着くわよ?」

 荷物を漁りだした一夏の様子を、鈴が不思議そうに伺う。少しして、一夏が「お、あったあった!」と言いながら取り出したのは、年季の入ったアナログカメラだった。

 携帯にすら高画質のデジカメが搭載されているこの時代に、それは酷く古めかしい物に見える。

 しかし、鈴はそのカメラが一夏にとって大事な物であると知っているため、笑ったりなどはしない。

「それ、まだ持ってたんだね」

「ん?まあ、これは俺と千冬姉の絆みたいなものだから」

「うん、そうだよね」

 一夏と千冬の記録を残し続けてきたそれは、一夏にとって何物にも代え難い絆の結晶だ。そして、かつては九十九も、鈴も、そして箒も写った事のあるカメラでもある。

 一夏が抱える複雑な家庭事情を知っている鈴の一夏を見る目は、どこまでも優しい。

 慈しむような優しい瞳は、まるで恋人に、兄に、弟に、或いは我が子に向ける目のどれにも似て、しかしそのどれにも似ていない。

 それは、鈴の一夏に対する想いの表出であり、一つとして同じ物はないだろう。

 当然、他のラヴァーズにとってもそれは同じなのだが……ラヴァーズには鈴が相互協定違反(抜け駆け)をしているようしか見えないのだった。

「ちょっと鈴さん!一夏さんの独占は協定違反ですわよ!?」

 早速鈴に絡んだのは一夏と鈴と同じ班のメンバーたるセシリアだ。つかつかと一夏の隣に歩み寄ると、その腕に自分の腕を絡める。

「一夏さん?わたくし、京都は初めてですの。エスコートしてくださいますわよね」

「い、いや、その、セシリア。近いって」

 腕でセシリアの胸の膨らみを感じてしまった一夏は、どぎまぎしながら視線を反らす。すると今度は面白くないのが鈴だ。

「ね、一夏。中学の時に行ったジェラート屋さん、ネットで調べたらまだやってるって。もちろん、一緒に行くわよね」

 セシリアに対抗するように、鈴は一夏と手を繋ぐ。だが、その繋ぎ方はいわゆる『恋人繋ぎ』だ。鈴の華奢な指の感触に、一夏は思わずドキリとした。

(な、なんだ?最近、妙に鈴やセシリアたちを意識しちまう……)

 そんな一夏の内心を知ってか知らずか、二人は一夏に身を寄せる。

「さあ、一夏さん。参りましょう」

「一夏、一緒に行くわよ」

「だぁーっ!い、一回離れてくれ!」

 腕から伝わるセシリアの『風船』の柔らかさと、繋いだ手に感じる鈴の手の感触にいい加減限界が来たのか、一夏は赤面して二人を振り解く。その行動に、二人は揃って意外そうな顔をした。

「「一夏(さん)?」」

 三人がそんなやり取りをしていると、ダリルさんがボストンバッグで一夏の背中を押した。

「エロガキ」

「なっ!?ち、違いますよ!」

「何が違うんだよ、ハハハ」

 ダリルさんが快活に笑い、一夏が必死に名誉を取り戻そうとしている一方で−−

 

「九十九、僕の荷物取ってくれる?」

「ああ、ほら」

「ありがとう。ねえ、この後どうなると思う?」

「まずは情報収集だろうな。京都にいるとは分かっていても、奴らの潜伏先は現時点では不明だからな」

「じゃあ、観光してる余裕は……」

「ない、もしくは著しく少ない。と私は見ている」

 私がそう言うと、シャルはがっくりと肩を落とした。亡国機業制圧作戦の隠れ蓑としての視察旅行とは言え、シャルが京都観光を楽しみにしていたのは事実だ。

「そっか……残念だなぁ」

「そう気を落とすな、シャル。逆に考えるんだ。さっさと亡霊狩りを終わらせてしまえばいいやと考えるんだ」

「あ、そっか。早く亡国機業を倒すことができれば、その分京都観光ができるもんね!」

 よーし、頑張るぞ!と気炎を上げるシャル。そうこうしている内に新幹線は京都駅に到着した。

 さて、ここから先の原作知識は私には無い。何が起きてもおかしくないのだから、気を張っておかねばな。

 

 新幹線から降りるとすぐ、京都駅名物の長い階段が私達を出迎えた。

「おお。ここで集合写真撮ったらすごい良さそうだな」

 何気なく漏らした一夏の一言に、千冬さんが賛同した。

「そうだな。記念に一枚撮っておくとしよう」

「えっ、いいんですか?織斑先生」

 咄嗟に『千冬姉』と呼ばなくなった辺り、一夏もきちんと学習しているようだ。

「それじゃあ、整列しましょうか」

 楯無さんの音頭で全員がさっと整列した。

「じゃあ、撮りますよ」

「は?」

「え?」

 シャッターを切ろうとした一夏に、鈴が歩み寄り、その手からカメラをひったくる。

「あんたが写んなくてどうすんのよ!ほら、はい!九十九、よろしく」

「おい、私かよ!まあいい−−「よくないよ!」シャル?」

 押し付けられたカメラを手に撮影位置まで行こうとした私を、シャルが叫んで止めた。と思うと、私の手からカメラを奪う。

「九十九も写らないと意味無いでしょ?という訳で山田先生、お願いできますか?」

「え?えーと……」

 シャルからカメラを渡された山田先生は当初は困惑したが、千冬さんのすまなそうな顔を見ると「分かりました」と言って撮影位置についた。

「じゃあ、撮りますよー。はい、チーズ!」

 

カシャッ!

 

 京都駅構内に、小さくシャッター音が響いた。こうしてまた、一夏の絆に一枚の写真が追加されたのだった。

 だが、この時はこの写真が最初で最後の集合写真になるという事を、私を含めた誰もが思っていなかったのだった。

 

 

 同時刻、日本某所、亡霊機業所有のホテルの一室−−

「全員揃ったわね。では『IS学園所有実習機強奪作戦』の作戦会議を始めます」

 薄暗い部屋の中に十数人の女性が並び、目の前のモニターを見ていた。

「今回動員するISは『ラファール』、『打鉄』合わせて5機の編成。突入地点はここ、学園島の中でも比較的警戒の薄い北側よ」

 指揮官と思しき女性が突入地点を指し示す。そこは本校舎の裏側。生徒も滅多に訪れない、木々の密集した山がある場所だ。

「IS部隊の突入と同時に歩兵部隊が校舎に突入して教師、生徒を制圧。その後、ISを奪取して逃走する。ここまでで質問は?」

 指揮官が他の女性達に目を向けるといくつか手が挙がる。

「IS学園側の戦力は?」

「専用機持ち達は、今全員京都にいるわ。だから、今いるのは警備担当の教師だけよ」

「生徒達の抵抗が激しい場合は?」

「構わないわ。射殺なさい」

「逃走後の集結ポイントは?」

「ポイントは5ヶ所用意してあるわ。どれを使うかは状況次第ね。他に質問は無いみたいね。では、作戦開始は明日11:00(ヒトヒトマルマル)。以上解散!」

 指揮官が会議終了を宣言すると、集まっていた女性達はめいめい散っていった。

 最大戦力がいなくなったIS学園に、亡霊の魔の手が伸びようとしていた。




次回予告

千年王都に響く一発の銃声。
それは、戦いの始まりを告げる笛の音。
炎の女の誘惑に、氷の少女の出す答えは……?

次回「転生者の打算的日常」
#72 京都大乱

なあ、裏切っちまおうぜ?世界のすべてを、さ。


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#72 京都大乱

 一旦宿泊先のホテルのそれぞれの部屋に荷物を置きに行き、私達は改めてホテル前に集合した。

「よし!じゃあ、気合入れて行きますか!」

 そう意気込む一夏だったが、それに水を差したのは楯無さんのこの物言いだった。

「あ、いいわよ。今は京都を漫遊してて」

「え?」

「楯無さん。理由を訊いても?」

 私がそう言うと、楯無さんは事もなげにこう答えた。

「実は情報提供者を待ってるんだけど、どうも昨日から連絡が取れなくなっちゃって。仕方無いから私が捜そうと思うの。京都には居るはずだから、捜してればいずれ向こうから接触してくると思うし」

「え、えーと?」

「つまり、『情報は私が集めるから、その間暇潰しでもしてなさい』という事でよろしいか?楯無さん」

 上手く状況を飲み込めない一夏に代わって訊いてみると、楯無さんは『その通りだ』と言わんばかりにウィンクを飛ばした。

「うん、そういう事。とにかく、京都漫遊、行って来なさい。お姉さんに任せておけば大丈夫だから」

「は、はあ……」

 未だ不得要領といった表情の一夏。そんなあいつの手にある物を指差し、楯無さんは更に言葉を続ける。

「撮りたい写真もあるんでしょ?」

「それは……まあ」

 IS学園入学からこっち、あまりに様々な事があって触れる機会の無かっただろう一夏のカメラ。それは、千冬さんが一夏に初めて買い与えた、大事な品だ。

 以来、季節の節目ごとにこのカメラで記念撮影をするのが、彼ら姉弟の取り決めとなっていた。のだが−−

「最近はご無沙汰なんでしょ?」

「はい、まあ……」

 先程も言ったように、学園入学以降のあまりにも『濃い』日々に、一夏が記念撮影から遠ざかっていたのも事実な訳で。

「それならほら、行ってらっしゃい!」

 にこやかに自分の背を押す楯無さんに、一夏は仕方無しに頷いた。

 しかし、そこは元々切替の早い一夏の事。それならそれで沢山写真を撮ろうと決めたのか、観光名所に向けて歩き出し、それにラヴァーズがぞろぞろと付いて行く……っておい!

「待て、箒にラウラ。君等は私の班員だろうが」

「まぁまぁ、九十九。そこは野暮を言っちゃだめだよ?ほら、僕たちも行こ?」

 一夏に付いて行こうとする箒とラウラを呼び止めようとした私をシャルがやんわりと押し留める。

「いや、しかしだな……」

「九十九は、僕と二人きりじゃ……嫌?」

 上目遣い、かつ瞳を潤ませてそう言ってくるシャルに、私は抵抗する術を持っていなかった。

「嫌じゃないです!さあ行こう、すぐ行こう!まずは本能寺を見に行きたいな!私は!」

「うん、分かった。道案内は任せるね。あ、一夏。後で僕たちのことも撮りに来てね。それじゃ!」

「お、おう……」

 唖然とする一夏達をあとに残し、私達は一路本能寺を目指して歩き始めるのだった。

 

 

 本能寺は、京都市中京区にある法華宗本門流の大本山である。天正10年6月2日(1852年6月21日)に発生した、明智光秀による織田信長襲撃事件。通称『本能寺の変』の舞台になった場所だ。

「へえ、ここがそうなんだ……」

「正確に言うと、本能寺の変が起きた本能寺はここではなく、少し離れた場所だがな。現在そこには高校と高齢者福祉施設、それから『信長茶寮』というカフェがある」

「そうなんだ……あれ?」

「ん?どうした?」

 感心したような表情を浮かべていたシャルが本能寺表門の文字を見て不思議そうに首を傾げた。

「ねえ、九十九?本能寺の『能』の字、間違ってない?右がカタカナの『ヒ』2つじゃないよ?」

 シャルが指差す『能』の字は、『ヒ』2つを縦に重ねたものではなく、『ヒ』と『厶』を重ねた字になっている。確かに初見では意味不明だろうが、これにはちゃんと意味がある。

「ああ、あれか。実は本能寺は、本能寺の変の時も含めて、都合四度に渡って火災によって焼失しているんだ」

「えっ!?そうなの!?」

「そうなんだ。だから、『()』を嫌って『()()』とした。と言われている。もっとも、この『ヒム』の能の字は、当時は『ヒヒ』の能より一般的で、この為に作られた字ではないのだがな」

「あ、そうなんだ……」

「実はそうなんだ。さあ、軽く見て回ったら次に行こう。リクエストは?」

「うん、美味しい和菓子のあるお店に行きたいな」

「了解だ」

 シャルのリクエストに頷いて本能寺巡りを開始する。

 美味い和菓子のある店となると、やはり東山区……二年坂か産寧坂(さんねいざか)辺りか。歩いて行くと時間が掛かり過ぎるな。上手くタクシーを拾えればいいが……。

 

 結論から言うと、タクシーはあっさり拾えました。流石日本有数の観光地、どこにでもタクシーが走っているな。

 やってきたのは清水寺の北側の参道、産寧坂。坂とは言うが、実際は石段だったりするが。で、現在私達は産寧坂といえばこれ、という和菓子『阿闍梨餅(あじゃりもち)』を食べながら産寧坂を歩いていた。

「しっとり柔らかな生地とさっぱりとした甘さの小豆餡の組み合わせ。うん、美味い……が、蜜抜きがやや甘い。そのせいで雑味が残っているのが減点だな」

「そう?僕は気にならないけど」

「私だから分かる、というレベルだ。大抵の人は気にもしないさ。おや?」

「どうしたの?……あ」

 私が見た方に視線を向けたシャルが意外なものを見た、といったような声を上げた。そこにいたのは、どこか所在なさげにみたらし団子を頬張る簪さんだった。

「何故こんな所に一人で……?」

「一夏達がグループに分かれて行動しようとなった時、何も言えずにあぶれちゃった。とか?」

 有り得そうだ。簪さんはラヴァーズの中で最も押しが弱く、かつ引っ込み思案でおまけに影が薄い。ラヴァーズ達が一夏以外の誰かとペアを組んだとするならば、間違いなく彼女は自分を押し出せずに一人になってしまうだろう。

「どうする?合流する?」

「……そうだな、合流しよう。一人にさせておくのは流石に忍びない」

 シャルの提案に頷き、簪さんのいる団子屋に近づく私達。すると、私達が近づいているのに気が付いた簪さんが、少し驚いたような顔をした。

「あ、シャルロット……村雲くんも」

「やっほー、簪」

「やあ、簪さん。一人寂し気にしていたので気になって声を掛けさせてもらったよ」

「……そう」

 私の予想通り、簪さんはラヴァーズ達がペアを作った際にあぶれてしまい、やむを得ず一人で京都観光をしていたそうだ。

「簪さん、君はもう少し押しの強さを身につけるべきだと思うぞ?」

「うう……」

 私がそう言うと、簪さんはがっくりと肩を落として項垂れた。自覚はあるのだろう。

「ああ、そんなに落ち込まないで。次頑張ろ?ね?」

「……うん」

 シャルの慰めに小さく頷く簪さん。そんな簪さんに、私は本題を切り出した。

「簪さん。君が良ければだが、この後私達と京都観光をしないかね?」

「……いいの?お邪魔じゃない?」

「邪魔だって思うなら、こんな提案しないよ」

「……それじゃあ、お願いします」

 そういう事になった。

 

 その後、簪さんがいた団子屋で着物体験サービスをやっている事に気づいたシャルが「着物を着てみたい」と言い出し、簪さんと共に振袖を着た姿を見せてくれた。

 シャルが橙に枝付きのあしらいの紅葉柄、簪さんが水色に水面揺らしの意匠の紅葉柄、帯は落ち着いたベージュでそれぞれに良く似合っていた。

 折角だしという事で一夏を呼び寄せて二人の写真を撮らせた。シャルとのツーショットは後で一夏から受け取る約束をして、一夏とはその場で別れたのだった。

 

 

「それじゃあ、次はどこに行く?」

「ふむ、そうだな……」

 振袖を団子屋に返し、次はどこへ行こうと思案していた所に、横あいから声を掛けられた。

「あれ?村雲君じゃないですか。奇遇ですね」

 振り返った先にいたのは、切れ長のつり目と肩口で切り揃えられた艷やかな黒髪、メリハリの効いた肢体をレディーススーツに包んだ、十人中九人が『綺麗』と言うだろう美女。キャリーバッグを引いている所から、何処かへ移動中なのが分かる。

風生(ふうき)さん?なぜここに?」

 彼女はラグナロク・コーポレーション営業部、渉外担当の烏丸(からすま)風生。しかしてその実態は、ラグナロク諜報部、対組織専門諜報員『フギン』である。

 余程の事がなければ私に直接接触なんて有り得ない(実際、顔は教えて貰っていたがこれが初対面)人物が敢えて私に姿を見せるという事は、緊急で寄越したい情報でもあるのだろうか?……何か嫌な予感がする。

 

「ええ、社長の指令でちょっと京都支社まで助っ人に。村雲くんは?」

「今度、ここで一年生が研修旅行をするもので、その下見に。ここで会ったのも何かの縁でしょう。どうです?その辺でお茶でも。愚痴聞きくらいならしますよ。構わないか?シャル、簪さん」

 九十九に話を振られたシャルロットと簪は少しだけ戸惑ったものの、風生の「お茶代は私が持つから」という言葉に、「そういう事なら」と頷いたのだった。

 

「って訳です!ったく、社長の無茶振りにも困ったもんですよ!」

「何と言うか、あの人らしいと言えばらしいですねぇ……」

 コーヒーを啜りながらグチグチと社長への不満を漏らす風生。それを時に苦笑し、時に賛同しながら聞く九十九。シャルロットと簪はちょっと話についていけていない。

「ところで……」

 と、九十九がテーブルを指で二度叩いた。風生の顔が一瞬険しいものになったのを、簪は見た。

「京都支社に居たんですよね?なら、京都支社の話も聞きたいです。どんな人がいるのか、とかね」

「ええ、いいですよ」

 答えながら、風生がテーブルを指で二度叩く。

「そうですね……警備部の堂本さんと荒井さんなんですが、この二人とにかく仲が悪くて。昨日も堂本さんのプリンを荒井さんが食べたとかで取っ組み合いになって」

「大の大人が何してんだか……」

「ホントですよね。止めに入った連城さんと柳さんも止めきれなくて、結局李さんが二人纏めて叩きのめして説教してました」

「強いな李さん」

「なんか、八極拳の達人らしいですよ。ああ、そう言えば広報課にキャンディと愛って女の子がいるんですけど、どうも同じ広報課の鈴木さんの事を取り合ってるみたいなんですよ」

「こっちにもいんの?三角関係野郎(トライアングラー)

「でも、キャンディの事は江田島さんが、愛の事は山田さんが狙ってるみたいなんですよ。カオスですよねー」

「いや、全く」

「そうそう。人事部に伊藤さんって人がいるんですけど、同期入社の千田さんがトントン拍子に出世するのが気に入らなくて、同じくうだつの上がらない安倍さんと謀って千田さんを追い落とそうとして……」

「どうなったんです?」

「見事に返り討ちにあって、今はロシアのラトマノフ島支社にいます。毎日海鳥を数える仕事をしているそうですよ」

「完全な左遷じゃないですかヤダー」

「私が主にお世話になった営業部では田中さんと麗奈がゴールイン間近で、見てて砂糖吐きそうなほど甘い空気漂わせてて、彼女いない歴=年齢の安東さんがその様子を凄い嫉妬の篭った目で見てましたね。そのせいで女受けが悪いって自分で気がついてないみたいでした」

「男の嫉妬はみっともないですよね」

「ええ、本当に。あと、部長の池上さんが知識豊富で結構色々タメになる話しをしてくれました。副部長の武田さんは熱血漢でしたね。偶に空回ってましたけど。課長の大原さんは何かにつけてサボろうとする両津さんをいつも追いかけ回してました。まあ、こんな感じですかね」

 もう一度テーブルを指で二度叩いて話を締める風生。それに九十九が「京都支社も中々濃いようで」と言いながらテーブルを指で二度叩いて応える。どうやら話は終わったようだ。と、そこで風生が自分の腕時計を見てちょっと焦った顔になる。

「いっけない!もう電車の時間近づいてる!ごめんなさい村雲くん、私そろそろ行かないと!」

「いや、こちらこそ長く引き止めて申し訳ない。道中お気をつけて」

「ありがと。あ、お茶代払っとくね!それじゃ!」

 風生は伝票を手に取ると、さっと会計を済ませて小走りで店の外へ出ていった。

 と、九十九はテーブルの上に女性的なデザインのハンカチが置き去りになっているのを見つけた。

「風生さんめ、余程慌てていたのか?ハンカチを忘れているじゃないか。今ならまだ追いつけるな。ちょっと届けてくる」

 そう言うと、九十九はハンカチを手に取り、「風生さん!ちょっと待って!」と言いつつ店の外に出て−−

 

ゴウッ!

 

 直後、ISのスラスターの噴射音が響いた。

「えっ!?」

 慌ててシャルロットが店の外に出ると、『フェンリル』を纏った九十九が一目散にどこかへ飛んでいくのが見えた。

「九十九……?どうして……」

「多分、さっきの二人の会話」

 簪の言葉にシャルロットが振り返ると、簪は店員から分けてもらったのだろう伝票に何かを書き連ねている。

「あの会話は、多分暗号会話。あんなシーンを、漫画で見た事ある。そのシーンでは、会話の中に出てきた人物の名前の頭文字(イニシャル)を拾って読むと、伝えたいメッセージになっていた……。だから、あの会話の中に出てきた人物名をローマ字で書いてみてる」

 簪が九十九と風生の会話を思い出しながら人物名を書き終えたのは、九十九が飛び出していった5分後。「できた」と言って、簪は伝票をシャルロットに見せる、そこに書かれていたのは−−

 

 Domoto

 Arai

 Renjou

 Yanagi

 Lee

 

 Candy

 Ai

 Suzuki

 Edazima

 Yamada

 

 Ito

 Senda

 

 Abe

 

 Tanaka

 Rena

 Ando

 Ikegami

 Takeda

 Ohara

 Ryotu

 

 これらの頭文字を繋げて読むと『Daryl Casey is a Traitor(ダリル・ケイシーは裏切り者だ)』となる。

「これって……!」

「村雲くんは、これを頭の中で瞬時に読み解いて、一夏が危ないと思って『白式』のコア反応のある所に向かって飛んで行ったんだと思う」

「僕たちも行こう!戦闘になるかも知れないなら、戦力が多いに越したことはないよ!」

 シャルロットの言葉に、簪が頷こうとした矢先、産寧坂の東の空が爆炎で染まり、数瞬遅れて爆音が轟いた。突然の出来事に、周囲の観光客がパニックを起こす。

「今のって……」

「急ごう!簪!」

 『ラファール・カレイドスコープ』を瞬時に展開して飛び出すシャルロットを、簪は『打鉄弐式』を纏って追いかけた。

 

 

(くそっ!嫌な予感大当たりだ!まさかあの人が裏で連中と繋がっていたなんて!)

 風生さん……フギンの寄越してきた情報は確かに緊急性が高く、且つ極めて悪い情報だった。

 アメリカ代表候補生序列三位『獄炎(ヘルフレイム)』こと、ダリル・ケイシーは裏切り者である。

 この情報を暗号会話で受け取った時、瞬時に最悪の可能性が頭をよぎった。それは、現在写真撮影の為に単独行動中の一夏がダリル・ケイシーの襲撃を受けて殺される、もしくは再起不能の大怪我を負う。という可能性だ。

 そんな事になれば、まず間違いなく千冬さんが黙っていない。必ず最前線に立って亡霊狩りを行おうとするだろう。

 ……待て。もしかしたらそれが目的なのか?もし一夏を害し、千冬さんを表舞台に引き摺り出す事を目的にしているのなら、この計画を立案した(絵を描いた)のは……。

(篠ノ之束……?待てよ?確か原作9巻ラストで、彼女はマドカに『織斑一夏を倒せ』と唆していたな)

 考えてみればそれがおかしい。一夏を身内認定しているはずの篠ノ之博士が一夏を害するように言うなど、彼女の性格上有り得ない事のはず。だが、実際彼女は一夏を害するように言っている。一体、彼女の中で何があったんだ?

(くそっ!だめだ、情報が足りない。解像度が低過ぎる!考えるのは後だ!とにかく一夏の無事を確認せねば!)

 一夏と合流すべく、『白式』のコア反応のある場所へ一直線に向かう。と、その瞬間。

 

ターンッ!

 

 『フェンリル』のハイパーセンサーが、数㎞先の小さな破裂音を捉えた。

(っ!?銃声!?しかも今の甲高く長い音は、スナイパーライフルか!?)

 京都の空気を切り裂いて聞こえた銃声は、二度三度と続いた後、パタリとやんだ。

(くっ!無事でいろよ!一夏!)

 私は、銃声のした方へ『フェンリル』を向け、できる限り急いで飛んだ。

 

 九十九が戦場へ突入する数分前。フォルテは、目の前で戦闘を繰り広げるダリルとイタリア国家代表アリーシャ・ジョゼスターフの事を、呆然と眺めていた。その脳内では、先程ダリルに掛けられた言葉が何度も繰り返されていた。

 絶大な信頼を寄せる相棒であり、面倒見の良い先輩であり、最愛の恋人たる彼女が、その実『亡国機業(ファントム・タスク)』の一員、コードネーム『レイン・ミューゼル』……裏切り者であったという事実。

「裏切っちまおうぜ、この世界の全てを……さ」

「ついてこい、フォルテ。オレと一緒に、この腐った世の中と−−呪われた運命を切り裂いてくれ」

 彼女の誘いは甘美な響きでもってフォルテを誘う。一度はダリルを振り払ったフォルテだったが、ダリルの自嘲的で寂しげな笑みを見たフォルテは理解した。理解してしまった。

 −−ああ、自分はどちらかを裏切るしかないのだ。IS学園の仲間達か、レイン(ダリル)か。どちらかしか選べない事を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 瞬間、自分のいるビルの下、駐車場から轟いた爆音にハッとするフォルテ。どうやらレインの『ヘル・ハウンド』が放った火炎がアリーシャの『テンペスタ』の繰り出した風によって吹き散らされ、駐車場に落ちて爆発したようだ。

「左、もらったのサ!」

 アリーシャが駆る『テンペスタ』の右腕に風が集まり、槍の形を精製していく。それを全身のしなりを利用して、レインに投げつけるアリーシャ。

「ちいいっ!」

 体勢と相互の距離から、躱せないと分かったレインの顔が悔しさに歪んだのを見た瞬間、フォルテの心は−−決まった。

 

「…………」

 『テンペスタ』が放った風の槍は、レインに直撃する寸前、フォルテの『コールド・ブラッド』の氷の意匠があしらわれたシールドによって受け止められていた。

「フォルテ……」

「……らんないっス……」

「なに?」

 聞き返すレインに、フォルテは自身の想いをぶちまけた。

「見てらんないっスよ!なんでこんなにいいように攻められてるんスか!ウチら無敵の防壁《イージス》っスよ?だいたい……だいたいっ!誰がわたしの髪の毛を編んでくれるんスか!?あなたがいなくなったら、誰が‼」

 全力で叫んだ、思いの丈を吐き出した。−−そして、学園と祖国を裏切った。それが、フォルテ・サファイアの選択だった。

「うぇっ……ふぐっ……」

 小さく嗚咽を漏らすフォルテに、レインは微笑みを浮かべてその頭を撫でる。

「おかしな奴だな。なに泣いてんだよ」

「あなたが、泣かせたんじゃ……ぐすっ……ないっスか……」

 顔を上げ、レインと目を合わせるフォルテ。見つめ合う二人を割ったのは、風の槍だった。

「ときめき禁止なのサ!」

 若干苛立っているかのような声音で、アリーシャは一度に三本もの風の槍を放つ。

 しかし、それに対してレインとフォルテは、回避すらしようとせずに真正面から受け止めて見せた。瞬間、風の槍は何かに遮られるように動きを止め、直後に掻き消えた。

「ほう?」

「これがオレたちの無敵の防壁……」

「《イージス》っスよ!」

 冷気と熱気による分子の相転移によって、対象のエネルギーを変換・分散させる。それが、防御結界《イージス》の正体だ。

 炎を操る『ヘル・ハウンド』と冷気を操る『コールド・ブラッド』。この二人が出会うのは、偶然ではなく必然だった。

「さて、これで二対一なわけだ。肝心の織斑一夏は来てくれないぜ?オータムがあいつを足止めしてるからな」

 ニヤリと笑みを浮かべて言うレイン。が、その目論見はある意味で外れたと言えた。何故なら−−

「なるほど、一夏の相手はオータムか。ならば問題ないな。あいつの周りには『イイ女達』がいる。あいつが死ぬ事は無いだろう」

 この場には決して現れないと思っていた相手の声が、真後ろから聞こえたからだ。

 ギクリとして振り返った先に居たのは、こちらにリボルバーを突きつけ、悲しいと言いたげな表情を浮かべた九十九だった。

 

 

「村雲……九十九、なんでお前がここにいやがる!?」

 ダリルが驚いたような表情でこちらを見つめる。それに対して、私は何でも無いように答えた。

ラグナロク(うち)の情報収集能力を甘く見るな、ダリル・ケイシー」

 お前が裏切り者だと知っているからここに居る。と言外に籠めて言う私。とはいえ、知ったのはついさっきだ。などとは口にしない。相手に不必要に情報を与えないのは、情報戦の基礎だからだ。

「ちっ……」

 忌々しい、と言わんばかりに舌打ちをするダリル。その隣にはフォルテさんがいる。

「フォルテさん、そっちにいるという事は……()()()()()だと思っていいのでしょうか?」

「……思ってくれていいっスよ。うちはもう、先輩について行くって、決めたっス……!」

「そうですか……実に残念だ。そこの『テンペスタ』、ミス・ジョゼスターフとお見受けする。私は−−」

「自己紹介はいらないサ、村雲九十九くん。今は『敵』を討つのが先サ!」

「確かに。とは言え、さてどうするか……」

 状況で言えばニ対ニ。数的には互角だが、相手は学園内においてコンビネーション戦闘最強の二人組。対してこちらは二代目世界最強(ブリュンヒルデ)と未だ新人の域を出ない(ラウラ談)IS初級者の急増コンビ。

 息の合い方、互いの得手不得手への理解、それを元にしたコンビネーション戦術の構築。どれも向こうが上だ。

 おまけに《ヘカトンケイル》戦術は一対多を想定した物は数あるが、多対多を念頭に入れた戦術は片手で数えられる程しか無い上にここでミス・ジョゼスターフに「戦術を提示するから今この場で合わせてくれ」は流石に無理があるだろう。

 せめて数的有利に立てれば……待てよ、確かミス・ジョゼスターフの『テンペスタ』には……!

「そうだ!ミス・ジョゼスターフ!『アレ』を使ってください!それで数ではこちらが上だ!」

「了解サ!あと、アーリィでいいサ!」

 私の指示を快く受けたアーリィさんが両手を広げる。瞬間、彼女の左右に風が渦を巻き、徐々に形を持ち始め、ついにはアーリィさんと『テンペスタ』にそっくりのエネルギー体が実体化した。

 これがアリーシャ・ジョゼスターフとその愛機『テンペスタ』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、《疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)》−−端的に言えば、風分身である。

「さて、これで四対ニなのサ♪」

 数の上ではこちらが倍。しかし、ダリルとフォルテに気持ちで負けている風は見られない。いや、寧ろ−−−

「……やれる」

「……っス」

 自分達ならこの苦難も乗り越えられる。そういう確信に満ちた目をしていた。

「大した自信だ。だが現実は−−」

「いつだって非情なのサ!」

 言って、アーリィさんがダリル達に急速接近する。それを追うように分身二体が続く。アーリィさんは勢いそのまま、ダリルに連続して拳打蹴撃を繰り出す。その動きを、分身がそのままトレースして動くその猛攻に、ダリルは押され気味だ。

「ちいっ、やるなババア!」

「まだ28なのサ!」

「十個上じゃねえか!クソババア!」

「クソガキに言われたくないのサ!」

 子供の口喧嘩のような掛け合いの間にも、激しい攻防は続いている。その一方で。

 

「……堅いな。《狼牙》では抜けんか。ならば、《ケルベロス(これ)》でならどうだ?」

 《狼牙》の斉射が氷の守りを突破出来ない事を理解した私は、ガトリングガン《ケルベロス》を呼び出し、掃射を仕掛ける。

「くうっ……!」

 それに対して、砕けた端から氷を追加して弾丸の雨を防ぐフォルテ。彼女の『コールド・ブラッド』の冷気操作能力はシールドエネルギーを消耗して行われる。そのため、長期戦になれば有利なのは寧ろこちらだ。

「ダリルの援護に行きたいだろうが、そうはさせんよ!フォルテ・サファイア!」

 アーリィさんがダリルを落とすまで、できる限りフォルテの足を止めさせておく。それが私の役目だ。

 私の銃撃を防御しているフォルテがちらりとダリルの方に目を向ける。ダリルのIS『ヘル・ハウンド』は、アーリィさんの猛攻を受けて装甲があちこち削れ、シールドエネルギーももはや心許無いレベルまで落ちているだろう状態だ。

「先輩っ!」

「おっと、そっちに目を向けていていいのか?そら、後方注意だ」

「えっ!?あぐっ!」

 ダリルに気を取られた隙を突いて、その背中に《ヘカトンケイル》を叩き込む。ダメージに喘ぐフォルテに、ダリルが叫ぶように声を掛ける。

「フォルテ!『アレ』をやるぞ!」

「あ、『アレ』っスか!?で、でも……ちょっとハズいっス」

 頬を染めるフォルテにダリルが更に言葉を重ねる。

「言ってる場合か!いいから早く来い!『アレ』をやるぞ!」

「わ、わかったっスよ!やってやるっス!」

 覚悟を決めたフォルテが、私に氷の散弾をばらまきながらダリルに近づく。私は《ケルベロス》を放り捨て、氷の散弾を躱しながらアーリィさんに警告した。

「アーリィさん!あの二人、奥の手を出す気だ!接近を許さないで!」

「了解サ!」

 私の言葉に即座に対応したアーリィさんはダリルに接近しようとするが、その直前にフォルテが私の時より密度の濃い氷の散弾を放ってアーリィさんの足を止める。

「ちいっ!」

 その間にダリルがフォルテに手を伸ばし、強引に引き寄せて熱い口づけをした。

「いくぞ……!《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》‼」

 刹那、ダリルとフォルテの体が炎を内包した氷のアーマーに包まれる。

「その程度の防壁、私の風なら突破できるのサ!」

 言って、アーリィさんが風を纏った拳を突き出して防壁を突き破ろうとする。その一撃の威力は、対戦車ライフル弾を軽く凌駕するだろう。しかし−−

「それは悪手だ!アーリィさん!」

「っ!?」

「かかったな、ババア!」

 拳が突き刺さった瞬間、氷にヒビが入り、中から炎が吹き出してアーリィさんを襲う。

 相手の攻撃に対して氷で衝撃を吸収、そこから内部の炎が噴出する事で威力を相殺する。《凍てつく炎》の正体は一種の反発装甲(リアクティブ・アーマー)だ。

 噴出した炎の反発力を活かして私達から更に距離を取るダリルとフォルテ。そこから二人が取る手は容易に想像がつく。それは。

「逃げる!」

「っスよ!」

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)も併用して全速力で逃げの一手を打つダリルとフォルテ。二人の姿は砕け散った《凍てつく炎》が発した大量の湯気に紛れ、それが消える頃にはその姿は完全に消えていた。

「ちっ、逃したか。……すみません、アーリィさん。足を引っ張ってしまったようだ」

「気にしなくていいサ。多分、私一人で戦ってても同じ結果になっていたと思うしネ」

 言いながら地上に降りていくアーリィさん。それを追って地上に降り、ISを解除する。

「さて、あっちはどうなったかネ?」

「あっち?ああ、一夏の方ですか?それなら多分今頃……」

 

 九十九達の戦闘が一応の決着を見たのと丁度同じ頃、京都のとある路地裏の袋小路では−−

「九十九を追って来てみたら、真下で一夏が襲われてたから咄嗟に急降下アタックをしたんだけど……マズかった?」

「いや、いいんだけどさぁ……」

「せっかくのわたくしたちの見せ場が台無しと言いますか……」

「ある意味一番嫁との関係の薄い奴が勲功第一というのは、なにか納得がいかん。と言うか……」

「美味しい所を横から攫われて悔しい、と言うか……」

「私は……何も言えない」

 愚痴る一夏ラヴァーズの目の前には、呆然とする一夏とバツの悪そうな顔をするシャルロット。そして、シャルロットの足下で完全に気を失っているオータムがいた。

「あー、えっと……ありがとな、シャルロット」

「あ、うん。どういたしまして、でいいのかな?」

 ようやく再起動を果たした一夏が発した礼の言葉を受け取るシャルロット。この後、オータムは気絶している間に縛り上げられて宿泊先のホテルへと連行されて行った。

 一連の流れを聞かされた九十九はたった一言、「予想してた展開と違った」と呟いたのだった。

 

 

「あー、気持ちいい」

 京都でも指折りの高級ホテル。そのエグゼクティブフロアにあるプールで、レインは全裸で泳いでいた。

「流石は亡国機業(ファントム・タスク)最優の実働部隊『モノクローム・アバター』隊長のスコール叔母さんだ。待遇が違うね」

 それを聞いて、プールサイドのプールチェアに寝そべっていたスコールは苦笑を浮かべた。

「嫌み?あと、叔母さんはやめなさい。正体がばれるわ」

「いいじゃんかよ別に。なあ、フォルテ」

 レイン同様全裸でプールを巨大浮き輪に乗って漂っていたフォルテは、ぴくっと反応した。

「そ、そっスね。はは……」

 曖昧に笑うその顔には、羞恥の色が見て取れる。その理由は、自分達が全裸なのに対してスコールは水着を着ているからだ。

「それにしてもオータムは遅いわねぇ。織斑一夏くんを『招待』するように言っておいたのに」

 サングラスを外し、スコールは溜息混じりにそう言った。

「ああ、オータムは捕まったって」

「……?ちょっと何言ってるか分からないんだけど」

 レインの言葉に、スコールは顔を顰める。腐っても元特殊部隊所属、そして今はISを装備しているオータムだ。そうそう簡単に捕虜になる筈がない。

「いや、間違いねーって。さっき向こうのメール覗き見したら、デュノアが真上から不意打ち食らわせて確保したってさ」

 レインの言葉を聞いて、やっと状況を理解したスコールは、勢いよくプールチェアから立ち上がる。

「迎えに行くわ、オータム」

 その目には、怒りに似た焦燥が浮かんでいる。らしくもなく動揺し、恋人の救出に急いでいる様子だった。

「いや、それはちょっと……向こうの戦力は半端ないっスよ?アリーシャまでいるんスから」

「く……っ!」

 実際、その通りだった。いくら機能制限解除(リミットカット)をしたISが3機とはいえ、彼我戦力差を考えれば分が悪い事は間違いない。ぎり……と歯を噛み締めるスコール。

「今は機会を待つしかねーんじゃねーの?叔母さん」

「…………」

 からかうようなレインの口調に、スコールは何も言わずに立ち去った。

「ありゃ、行っちゃったよ」

 やれやれとばかりに肩を竦め、背泳ぎでフォルテの側に移動するレイン。

「オレらも行こうか、フォルテ。ベッドにさ」

「は、はいっス」

 意図するところを察知したフォルテの顔は、羞恥以外の理由で赤く染まる。そこにはもう、全てを裏切った事に対する迷いは消えていた。

 そう、もういいのだ。決めたのだ。

 この人についていくと、共に運命を切り裂くと。もう、決めたのだ−−




次回予告

夜の京都を舞台に、戦いは更に加速していく。
白の騎士を黒の女騎士が討たんとした時、伝説がついに目を覚ます。
その時、魔法使いの選ぶ答えとは−−

次回「転生者の打算的日常」
#73 原初之騎士

我に……挑め。


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#73 原初之騎士

お待たせして申し訳ありません。
リアルが忙しかったり、体調を崩して執筆に手が付けられない状態になったりしたもので……。
幸い、落ち着きは取り戻しましたので、これから頑張って更新速度を……上げられたらいいなぁ。


「誰よ、この女ぁ!」

 合流直後、まず宿泊先の大広間に響いたは、鈴のキレ気味の誰何であった。その理由は、(鈴的に)誰とも知らない女が一夏に思い切り張り付いているからだ。

「いや、誰って……オータムだろ?」

 だが、一夏の答え完全に的を外れていた。その足下で、縛られて床に転がされたオータムがじたばたと暴れながら吠える。

「様をつけろよ!デコスケ「黙ろうか」がっ!」

 野犬のように吠え立てるオータムを、私は頭を踏みつける事で黙らせる。

「村雲九十九、テメェ……!」

「いいか?オータム。お前の生殺与奪権はこちらが握っているんだ。あまり五月蝿いと……そのツラ踏み潰すぞ」

 こちらを睨みつけるオータムに軽く凄んで見せながら脚に力を込めると、オータムは「ちっ」と舌打ちをして押し黙る。私はそれに対して「それでいい」と言って踏みつけていた足を離した。

「……九十九、ちょっとやりすぎじゃない?」

「明確な『敵』相手に情けも容赦も不要だろう?」

「う、うーん……それはそう、なんだけど……」

 咎めてくるシャルに何でも無いように持論を語ると、シャルは理解はできるが納得はできないと言いたげな顔で私を見つめてくる。

「納得をして欲しいとは言わん。だが、私はこれまでもこれからも持論を曲げる事はしない、とだけは理解してくれ」

「……うん、分かった。でもあんまりやり方がひどいようだと……」

「ようだと?」

「僕、九十九のこと嫌いになっちゃうよ?」

「……善処しよう」

 シャルの警告に重々しく頷く私。シャルと本音に「嫌い」と言われるのは、幼馴染に「死ね」と言われるより遥かに辛いのだ。

 私達がそんなやりとりをしている間に、アーリィさんとラヴァーズの戦い(一方的にラヴァーズが噛みついていただけとも言える)は、千冬さんの「今は離反者(ダリルとフォルテ)に注意を割くべき時だろうが!」との一喝によって一応の決着を見たのだった。

 

 で−−

「まずは自己紹介からさせてもらうサ。私はアリーシャ。『征嵐(テンペスタ)』のアーリィと言えば、一応知ってくれているのサ?」

「えっと……?」

 いまいちよく分かってなさそうな顔の一夏に、隣で補足説明をしてやる。

「イタリア代表、アリーシャ・ジョゼスターフ。二つ名は『征嵐』。第二回モンド・グロッソの総合部門優勝者(ブリュンヒルデ)だ。ただ、その優勝は戦って勝ち得たものではないため、口さがない連中は『謳われぬ者(アンサング)』と呼ぶ事もあるがな」

「『それ』はいらない情報サ、村雲九十九クン」

「失礼」

 嫌そうな顔でそういうアーリィさんに軽く頭を下げて謝意を示す。私の一夏への説明が一段落したと見てか、セシリアがアーリィさんに話を向けた。

「あなたが『テンペスタ』の……あの、失礼ですがその腕と眼は……?」

 聞きづらそうに尋ねたセシリアに対して、アーリィさんは何でも無いように答えた。

「ああ、これは『テンペスタⅡ』の機動実験でちょいとやらかしてね。あいにく不在なのサ」

「「「…………」」」

 これ以上聞くのは憚りがあると思ったのか、一同は沈痛な顔で押し黙ってしまった。

 

 『テンペスタⅡ』機動実験事故。

 1年前、イタリアで開発中だった『テンペスタ』の後継機、『テンペスタⅡ』の超音速下機動実験中に発生した事故だ。

 元々高速高機動型の『テンペスタ』を更に先鋭化した『テンペスタⅡ』だったが、あまりに速さに特化し過ぎたその性能に機体の装甲強度がついていけておらず、超音速下での無茶な機動が原因で機体が空中分解。

 乗っていたパイロット(アリーシャ・ジョゼスターフ)は空中分解の時に装甲ごと右腕を持っていかれ、墜落の衝撃で割れたバイザーが突き刺さった事で右眼を失い、挙句に全身に火傷を負うという、IS史上類を見ない大惨事となった。

 事態を重く見たイタリア政府は『テンペスタⅡ』の開発を凍結。現在、『テンペスタ』とは別機軸の第三世代機を開発中である。

 

(だが、隻眼隻腕になってなお国家代表に君臨している辺り、彼女の実力の高さが窺い知れるというものだが、な)

 とは、その場の空気を読んで口には出さなかった。結果として、その場を重い沈黙が支配する。

「おい!このオータム様をいい加減解放−−「黙っていろといったぞ」ぶっ!」

 空気を読めないオータムが騒ぎ立てるが、その顔面を踏みつけて黙らせる。

「織斑先生。これは私が黙らせておきますので、どうぞ話を進めてください」

「テメェ!足をどけやが「だ・ま・れ」むがががっ!?」

 なおも騒ごうとするオータムの顔面を踏み躙って無理矢理黙らせる。シャルが『ちょっとやりすぎじゃないかなぁ?』みたいな顔をしているが、私的にはまだ優しい方だ。

「うむ。村雲もそのまま聞け。……さて、こちらの戦力は−2。しかし、敵の戦力も−1。だが、アーリィを加えてこちらは+1だ。悪くない数字だが、敵の数字は+2である事も忘れるな」

 千冬さんの言葉に、全員が気合を入れ直す。……アーリィさんだけは『テンペスタ』の待機形態である煙管を弄んでいたが。

「ともかく、先手を打たれただけでは終わらないわよ。今度はこちらから攻めましょう」

 と、言いながら、ひょいっと楯無さんが現れた。この人今まで何処にいたんだろう?

「敵の潜伏先は二つに絞られたわ。一つは、ここから遠くない市内のホテル。もう一つは伊丹空港の倉庫よ。流石は亡国機業(ファントム・タスク)、盲点をついてくるわね……」

「なるほど、物資を空港の倉庫に置いておき、当人達は堂々と一般客として宿泊。『裏組織の人間と言えば密入国』という一種の固定観念を逆用した、実に上手い手だな」

「そういう事」

 楯無さんと私の発言に全員が納得した所で、足元のオータムが口を挟んできた。

「はっ、今まで気づかずにいたんだろうが、マヌケ!」

「「「うるさいぞ」」」

 いい加減、腹に据えかねたのか、私がオータムの鼻面に踵での踏みつけを仕掛けたと同時に、千冬さんとラウラがオータムの腹に爪先蹴りを食らわせる。

「あ、が……は、ごほっ……ぺっ」

 鼻から血を流し、血反吐を吐きながらも、オータムは私達を睨みつけてくる。が、千冬さんとラウラの鋭い眼光に、逆に慄く事になった。

 その一方で−−

 

「九十九がちょっとやりすぎたので、今から『1時間口をきいてあげないの刑』に処します」

「シャル、待て。待ってくれ。これは、その……あれだ。円滑な議事進行の為に必要な処置だったんだ!」

「…………(ツーン)」

「あの女を黙らせようと思ったらあれしか無かったんだ!分かってくれ!」

「…………(プイッ)」

「シャル、シャルロット様。お願いします!どうかお慈悲を、お慈悲を!」

 オータムを放り出し、頭を床に付けての必死の懇願も虚しく、この後1時間に渡り、シャルロットは九十九に対して口をきかなかった。九十九の精神が大打撃を受けたのは言うまでもない。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「……では、部隊を二つ……いえ、本部待機部隊も含めると三つか。に分けるとしよう……はぁ……」

「ねえ、九十九のテンションがだだ下がりなんだけど……」

「よほどシャルロットに口をきいて貰えないのが堪えたようだな。ある意味自業自得だが」

「好きな人が暴力を振るう姿を見たくはないですもの。この処置は当然ですわ」

「この程度で失意とは……。いや、私も嫁が口をきいてくれないとなったら……うむ、少しヘコむな」

「……意外な、とも言えない一面ね」

「……(コクコク)」

 テンションが最底辺な私の様子にラヴァーズが何か言っているが、今の私にツッコむだけの気力は無い。

「まずはホテル強襲部隊は……そうだな、アーリィさんを現場指揮官(チームリーダー)として、前衛攻撃役(ポイントマン)に箒と鈴、後方支援役(サポーター)にセシリア、の編成でどうでしょう、楯無さん」

「うん、いいわね。あなた達もそれでいいかしら?」

「了解した」

「任せなさいよね」

「後衛はわたくしの独壇場ですわ」

 水を向けられた三人は、それぞれ首肯で返してきた。流石にここに来てまで一夏と一緒にしろと言う程馬鹿ではなかったか。

「で、伊丹空港の倉庫への潜入部隊はラウラを案内役(ガイド)とし、一夏、シャル、簪さんに向かって貰おうと思います」

「うん、オッケーよ。ラウラちゃん、エスコート頼むわね」

「無論だ。潜入捜査は任せておけ」

「みんな、頑張ろうね」

「足を引っ張らないように、する……」

「俺も気合入れていくぜ。って、ん?九十九、お前は?」

 こちらも各人とも緊張の面持ちで任務に挑む。と、私の名がどちらの部隊にも入っていない事に気づいた一夏が、怪訝な顔で訊いてきた。

「ああ、私の役割は……スコールのオータム奪還を少しでも長く遅延する役だ」

「スコールの『ゴールデン・ドーン』の武器は基本的に()()()()()()()使()()()()()わ。この意味、分かるわね?」

「……あっ!《ヨルムンガンド》!」

 皆が思案顔をしている中、真っ先に気づいたのはシャルだった。それを聞いた皆が一斉に「あっ!」と得心したような声を上げる。

 私のIS『フェンリル』の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)、エネルギー吸収能力《ヨルムンガンド》は、自分で発生させた物以外の()()()()()()()エネルギーを吸収し、己の物とする能力だ。

 つまり、エネルギー系の兵装がメインの『ゴールデン・ドーン』にとって、『フェンリル』は天敵と言える存在。という事になる。

 全員の視線が集まる中、私は静かに口を開いた。

「スコールは恐らく、オータム奪還を最優先行動とするだろう。それ程までに、スコールとオータムの結びつきは強い」

 「だろう?」と言いながらオータムに視線を飛ばすと、オータムは小さく舌打ちしてそっぽを向いた。鼻血塗れでよく判らないが、その顔は多分赤かったと思う。

「彼女を私が釘付けにしている間に、君達が任務を終わらせれば、彼女を孤立無援の状態に追いやれる。あとは……」

「全員でかかってあの女を捕縛。これで亡国機業の一部隊の殲滅は成るってわけ!」

「とはいえ、不測の事態はいつ、どこで、どんな形で起きるか分からん。皆、気を抜かないように頼む」

「「「おう(うん)(ええ)!」」」

 気合いの乗った声で返事をする一夏達に頷き、続けて先生達と楯無さんに視線を向ける。

「最後に、織斑・山田両先生と楯無さんは本部待機。事態の急変に際しての即応をお願いしたい。よろしいですか?」

「いいだろう」

「が、頑張ります!」

「ま、妥当な所よね」

 鷹揚に頷く千冬さん。ふんす、と両拳を握る山田先生。『適材適所』と書かれた扇子を開く楯無さん。三者三様の反応に頷きで返し、私は話を続けた。

「作戦開始時刻は今から90分後。各自準備を整えてロビーへ集合の後、各作戦領域へ進軍する。以上、解散」

 

 九十九の解散宣言を受けてぞろぞろと自分の部屋へ帰っていく専用機持ち達。それを見送る九十九にオータムは得意気に語った。

「良かったのかよ、あたしに作戦の概要を聞かせてよ?あたしに通信手段がねえわけじゃ……」

「コレの事か?」

 そう言って九十九がオータムに見せたのは、オータムの服のボタン……に見せかけた超小型トランシーバーだった。

「っ!?……テメェ、いつの間に……!」

「お前が気絶している間に。ついでにあちこちに仕込んであった得物も全部没収させて貰ったぞ」

「クソがっ……!」

 心底悔しそうな顔をするオータム。それに対して、九十九は人の悪い笑みを浮かべて言った。

「そうそう。ロープを引き千切って逃げようとしても無駄だぞ?そのロープはラグナロクが開発した特殊合金製だ。10tトラックが全速力で引いても切れない強度を持っているから、人間に引き千切れる訳が無い。大人しく、虜囚の辱めを受けていろ」

 言いながら部屋を出ていく九十九にオータムが出来る事といえば、怨嗟の籠もった眼差しを向ける事だけだった。

 

 

 あっと言う間に時は過ぎ、遂に亡国機業打倒作戦決行の時が訪れた。

『こちらアーリィ。配置に着いたサ』

『こちらラウラ。同じく配置完了』

「了解した。では、カウント3で作戦を開始する。3…2…1…作戦開始!」

 合図の瞬間、亡国機業の潜伏先から爆音が轟く。暫くして、強襲班リーダーのアーリィさんから連絡が飛んでくる。

『こちらアーリィ。作戦通り、スコールの誘き寄せに成功サ』

「結構。そのまま苦戦を装ってこちらに連れてきてください」

『了解サ!』

 強襲班の作戦第一段階『スコールと他のメンバーとの引き離し』はひとまず成功のようだ。問題はあとに残った箒達があの『イージス』相手にどこまで対抗できるかだが……。

『こちらラウラだ。九十九、妙だぞ』

 と、そこへ訝しげなラウラの通信が届く。

「どうした?何か問題か?」

『潜入した倉庫の中が静かすぎる。ここまで何も起きていない。逆に気味が悪いぞ』

「何かの罠の可能性もある。慎重に行け」

『分かっている。通信終了』

「……織斑先生、空港倉庫へ向かってくれますか?何やら嫌な予感がする」

『分かった。すぐに出る』 

 返事を返した千冬さんがホテルの入口から出て伊丹空港方面へ駆けて行ったその直後。

『村雲クン、そっちにスコールが行ったサ!』

「こちらでも目視で確認した。これより作戦を開始する。アーリィさんはホテルへ戻って箒達の加勢を」

『オッケーサ!あとを頼むのサ!』

 アーリィさんの駆る『テンペスタ』に目もくれず、一直線にこちらに飛んでくるスコールと目が合う。

「やあ、スコール。あの時(#69)振りだな。どうかな?私とダンスを踊ってくれないか?」

「ふざけている時間は無いの。オータムを返しなさい、村雲九十九」

 怒りと焦燥を満面に浮かべ、《ソリッドフレア》の火球を今にもこちらへ投げつけん勢いのスコール。

「おやおや、随分と気が急いている様だな。そんなに()()が大事か?」

 言いながら上を指差す。スコールが見上げたその先には、気を失い、屋上のフェンスにロープで吊るされたオータムの姿があった。

「オータム!」

 オータムのもとへ飛んでいこうとするスコールの目の前に《ヘカトンケイル》を飛ばしてその動きを制する。

「邪魔を−−」

「いいのか?行こうとすれば、その瞬間あいつを縛っているロープを、近くにナイフを持って待機させている《ヘカトンケイル》が切る。そして、助けようとするお前を私が全力で阻止する。その結果は……分かるな?」

「くっ……!」

 歯噛みをするスコール。オータムを助けに行きたいが、迂闊に動けばオータムが死ぬ。それを分かっているからこそ、彼女は下手に動く事ができないのだ。

 一方で、私もまた下手に動く事はできない。僅かでも隙を見せれば、その瞬間に彼女はオータム奪還を成し遂げてしまう。それだけは避けねばならない。

 互いに睨み合ったまま時だけが過ぎる。私達の沈黙を破ったのは、屋上からの叫びだった。

「スコール‼」

「「っ!?」」

(しまった!当て身が浅かったか!)

 オータムが目を覚まし、スコールに呼びかけた。互いにそれに驚いたのは数瞬。真っ先に動いたのは−−

「オータム!今行くわ!」

 スコールだった。数瞬遅れて私もスコールを追う。

「させん!」

「邪魔をするな!」

「ちいっ!」

 スコールが後ろを見ずに放った火球は、寸分の狂いなく私の顔面に飛んできた。

 《ヨルムンガンド》での吸収は距離的に不可能。やむを得ず回避を選択する。その間にスコールがオータムとの距離を更に詰める。

「オータム!」

「させんと言ったぁ!」

 オータムに手を伸ばすスコールに対し、屋上に忍ばせておいた《ヘカトンケイル》を突撃させる。

「今更こんな物で−−「《ヨルムンガンド》!」っ!?」

 止まると思わないで、と言おうとしたのだろうスコールの台詞が私の叫んだ一言で切れた。

 《ヨルムンガンド》のエネルギー吸収能力は、迎撃しても防御してもそこからエネルギーを奪う、かなり凶悪な能力だ。

 スコールは《プロミネンス・コート》で防御しながら突破しようとしたが、《ヘカトンケイル》が当たった端から《プロミネンス・コート》を食い散らす。

「ちっ……!」

 ならばと《ヘカトンケイル》を回避しながらオータムに接近しようとするスコールだが、私に言わせれば−−

「それは悪手だ、スコール・ミューゼル」

「っ!?」

 ハッとして振り返るスコールの目の前には、自分に向かって再度突撃を仕掛けてくる《ヘカトンケイル》の群れ。

「くっ!」

 もう一度回避を選択しようとしたスコールにとって、私のこの一言は『悪魔の囁き』だっただろう。

「いいのか?躱して。お前の後ろに誰がいるか、忘れた訳では無いだろう?」

「っ!?」

 スコールがギクリとしたのが見て取れた。そう、スコールの真後ろにはロープで吊るされ、身動きの取れないオータムがいるのだ。

 よって、私が暗に「避ければオータムに《ヘカトンケイル》を当てるぞ」と言えば、オータムを助けたいスコールは《ヘカトンケイル》の猛攻をその身で受けざるを得なくなる。

「ぐうっ……!」

 身動きが取れなくなったスコールの隙をつき、オータムの前に陣取って《ヘカトンケイル》を展開する。

「さて、事態は振り出しだな。だが、そちらのエネルギー量は既に限界近く。一方こちらはほぼ満杯だ。どうする?まだ−−」

「続けるか、かしら?当然じゃない」

 未だ戦意の衰えない目でこちらを睨むスコール。その視線を受けながら、私は思考を巡らせる。

 オータムを人質に取っている分有利なのはこちらだが、それでも油断はできない。相手は百戦錬磨。一瞬の隙を突く事などお手の物のはずだ。

「…………」

「…………」

 またも睨み合いの状態になる。どちらかが動けば、その瞬間に均衡が崩れるという状況。それが分かっているからこそ、私もスコールも迂闊に動けない。……この膠着、長くなりそうだな。

 

 

 九十九がスコールと睨み合いを続けているのと同時刻、伊丹空港倉庫では、ラウラ達潜入班が待ち構えていたマドカから襲撃を受け、一夏はマドカとの戦闘に望むべく、外へと飛び出して行っていた。

 残されたラウラ達も後を追おうとするが、そこに現れた束が、彼女の最新作である重力操作兵装《王座の謁見(キングス・フィールド)》を発動。それによって一方的に無力化され、更にISその物まで奪われそうになる。

 しかし、その場に飛び込んできた千冬によって、それ自体は何とか免れた。

 『地上最強の女(ブリュンヒルデ)』千冬と『人類最高の女(レニユリオン)』束の戦いは、束が「自分達の対決に、こんな舞台ではもったいない」という理由から戦闘を放棄し逃亡した事で、不完全燃焼ながら決着を見るのだった。

 

 一方−−

「このっ!」

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)の切れる瞬間を狙い、一夏がマドカに攻撃を仕掛ける。

「ふん」

 しかし、それをいとも容易くいなすのが、織斑マドカというパイロットの技量である。

「そろそろ終わりにしてやる」

 マドカがそう告げると、ビットがマドカの周囲を取り囲むように展開。一夏の接近を阻む。

「見せてやろう、私の新たな力を!」

 その言葉が示すように、『サイレント・ゼフィルス』のカラーリングが変わっていく。蝶を思わせる紫が少しずつ漆黒に染まるのを見て、一夏は嫌な予感がした。

「まさか、第二形態移行(セカンド・シフト)!?」

 変化していく『ゼフィルス』のフォルムに、かつての『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を思い出す。

 ただでさえ手に負えないマドカが、さらなる進化を遂げようとしている。その事実に、一夏の体に震えが走った。

「ふ、はは!力が溢れてくる!これが、『黒騎士(私のための力)』か!あはは!あははははっ!」

 『サイレント・ゼフィルス』改め『黒騎士』。マドカの敵意と殺意をそのまま具現化したような刺々しいフォルム。悪意を極限まで煮詰めたかのような漆黒のアーマーは、禍々しい気配を周囲にばら撒いている。

 巨大化し、変貌を遂げた一対のランス・ビットは、高い攻撃性の象徴のように存在を主張し、『ゼフィルス』の時の最大の特徴だったロング・ライフルは、甲殻類のように節くれ立った大型バスターソードへと生まれ変わっていた。

 中・遠距離主体だった『ゼフィルス』と違い、明らかに近接高機動戦を意識したIS。それが『黒騎士』というISだった。

 ダークパープルのエネルギーを纏ったバスターソードを、マドカは試し斬りでもするかのように一夏に振るう。

「くっ!」

 《雪片弐型》で攻撃を受け止める一夏だったが、その圧倒的なエネルギー量に押し切られてしまう。

「ぐあっ!」

 体勢を崩した一夏に追撃を加えず、マドカはただ嘲笑を浮かべていた。

「名乗りを上げさせてもらおう。織斑マドカとIS『黒騎士』の初陣は、貴様の死で飾らせていただく!」

 言うなり、マドカがランス・ビットを一夏に飛ばす。ビットは一夏に突撃をしながら、螺旋状のエネルギー弾を吐き出す。

「そう易々とやられるかよ!」

 一夏はエネルギー無効化シールドを左腕の武装多機能腕(アームド・アーム)《雪羅》から展開して、エネルギー弾を防ぐ。しかし、矢継ぎ早に放たれるエネルギー弾を左腕だけで防ぎ切るのは余りにも無理があった。

 加えて、『白式』の燃費の悪さが、一夏に致命的な隙を生む原因となった。

「もらったぞ、織斑一夏!」

 ランス・ビットを回避した一夏に、マドカのバスターソードによる大上段からの唐竹割りが襲いかかる。

「くそおおおっ!」

 《雪片弐型》で受け切ろうとした一夏だったが、それは剣ごと斬り伏せられるという結果に終わる。

「ははははっ!」

 夜の帳に落ちていく一夏を逃さず、マドカがランス・ビットで放出射撃を行う。瞬間、爆音と共に眼下の森林が紅蓮に包まれた。

(ち、ちくしょう……)

 地面に叩きつけられる形となった一夏の意識は、闇に沈んでいった。

 

 私がスコールと睨み合いを始めてどのくらい経っただろうか。突然、京都の夜空に爆音が轟いた。

「っ!?何だ!?」

 思わず目を向けたその先、ホテルから数㎞先の山から火の手が上がっているのが私の目に入った。

(山火事だと!?何故あんな場所で!?)

 突然の火災に気を取られた私は、スコールの接近に気づくのに遅れてしまう。

「隙有りよ!」

「しまっ……!」

「遅い!」

 咄嗟にガードをしようとするも間に合わず、スコールの拳は吸い込まれるように私の鳩尾に刺さった。

「がはっ!」

「これで……終わりよ!」

 更に《ソリッド・フレア》を零距離爆破して、追加ダメージを与えてきた。強烈な衝撃が腹を襲い、意識が飛びそうになる。

「ぐ……あ……」

 体勢を立て直せず墜ちていく私に目もくれず、スコールはオータムを助けると、そのまま離脱して行った。私が起き上がる事ができたのはその1分程後の事だった。

「くそ……不甲斐ないったらないな」

 痛む腹を押さえつつ自嘲する。目の前で火事が起きた程度の事で気を取られるとは、久々に自分が情けない。だが、ここで挫けてもいられない。私は先程の爆音と共に上がった炎について考察を巡らせる。

(火の手が上がる前に爆音がした。それも爆薬の炸裂音ではなく、エネルギー弾の着弾音に近い音だった。となると、考えられるのはIS同士の戦闘……『白式』と『黒騎士』か?)

 もし『黒騎士』に対しているのが一夏一人なら、あいつには余りに荷が重い。スコールにオータムを奪還された事で私の任務は失敗したも同然。なら、逃げたスコールを追うという名目で一夏の援護に行っても問題は無いだろう。だが、念には念だ。

「楯無さん、私は先にスコールを追います。山田先生に『贈り物』を渡して、すぐに追ってきてください」

『了解。ホント耳聡いんだから、君ってば』

『え?あの、更識さん?』

『山田先生、『狩猟女神(アルテミス)』の名に違わぬ所、お見せ頂きます』

「では、後ほど」

 言うが早いか、火の手が上がった山へ向かい全速で飛ぶ。無事でいろよ、一夏!

 

 

「あら、意外と早かったじゃない。村雲九十九くん」

「スコール!?何故足を止めて……何だ、あれは……?」

 スコールが態々足を止めていたのにも驚いたが、目の前で起こっている事はそれ以上に私を驚かせた。

 ()()()()()()()()()I()S()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()。そして、その純白のISは『白式』()()()()

「何故、ここに『白騎士』が……『白式』は、一夏は何処に!?」

「アレが『白式』よ。今は元、だけれど」

「なんだと!?何があってそんな……!?」

「ハイパーセンサーで織斑一夏のバイタルを確認して見なさい」

 スコールがそう言うので、『白騎士』に乗っているだろう一夏のバイタルをチェックすると、意識障害を起こしている状態だという事が分かった。つまり、『白騎士』は『気絶したパイロットを乗せて動いている』という事だ。

「馬鹿な……ありえん!ISにはバイタルチェッカーと搭乗者保護機能が付いている!搭乗者が気絶した場合、オートパイロットで安全に着地するようになっている!姿形が変わって、気絶した搭乗者を余所に勝手に動くなどという事、ある筈が無い!」

「ええ、そうね。でも、そのありえない事が起きている。それは確かよ」

 何でも無いように言うスコールの眼下では、『黒騎士』の首を掴んだ『白騎士』がスラスター全開で地面ぎりぎりを疾駆していた。

 地面に押し付けられた『黒騎士』は、盛大に土煙を上げながら『白騎士』に引きずられて行く。衝撃の強さからか、マドカが血を吐いた。そんなマドカに『白騎士』が言葉を投げかけた。

「貴方に、力の資格は、無い。資格の無い、者に、力は不要」

 一夏の声音で発せられる機械的な言葉。それを受けたマドカの表情が、怒りと悲愴をない混ぜにしたものに変わる。

「だから……だからこそ!強く、あるのだ、私はっ!」

 『白騎士』の手を振り解いたマドカが、その膝で何度も『白騎士』の腹部装甲を蹴りつける。その様は、まるでそれしか知らない子供のようだった。

 やがて、マドカの祈りとも呪いともつかない思いが通じたか、はたまたただの装甲限界からか、『白騎士』はマドカの拘束を完全に解いた。

「死ねえええっ‼」

 ランス・ビットを掴んだマドカは、必殺の意思を込めたその槍先を『白騎士』の額に突き入れようとして−−叶わなかった。

「…………」

 槍先を斬り上げた『白騎士』は、その刃をマドカの胴に振り下ろした。

「あっ……!」

 その一撃で『黒騎士』の胸部装甲が大きく裂け、そこから何かがこぼれ落ちるのが見えた。あれは、ペンダントか?

 余程大切な物なのか、『白騎士』に付け入る隙を与えてまでそれを掴み取るマドカ。そこに『白騎士』が今一度斬撃を加えんと接近する。が、その一撃は−−

 

ギインッ!

 

「そこまでだ、一夏」

 これ以上は拙いと感じた私の乱入によって止められた。

「潮時よ、エム」

 と同時に、マドカを回収する為にスコールが戦域に飛び込んできた。すぐさまスコールに反応した『白騎士』が、私を一旦無視してスコールに接近……しようとして膨大な熱波に遮られる。

「なかなかいいわね、このパッケージ。気に入ったわ。……『フェンリル』との相性は変わらず最悪だけど」

「お褒め頂いて光栄だな、スコール。……もう一度だけ見逃してやる。今度こそ、次は無い」

 どんな理由かは分からないが、『白式』は現在、一種の暴走状態にあると見ていいだろう。ならば、早々に暴走を止めねばならない。今、スコール達に関わっては居られないのだ。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。さようなら、村雲九十九くん。今度こそ、お互い決着をつけましょう」

「離せ、スコール!私は、私はまだっ!」

「聞き分けの無い子は嫌いよ。それに『お仕置き』は嫌でしょう?」

 未だ暴れるマドカの腕をきつく握り締めたスコールは、そのまま瞬時加速とパッケージ・ブーストによってあっと言う間に戦闘空域を離脱した。

「…………」

「…………」

 あとには、『白騎士』となった一夏と私だけが残された。

「さて、そろそろ目を覚まそうか、一夏」

『白騎士』に《狼牙》を向けるも、『白騎士』はまるで意に介していないかのようにあさっての方を見る。

「おい、どうした?相手は目の前に−−「……来る」なに?」

 誰に言うともなく呟いた『白騎士』。すると、それに呼応したかのように、箒と鈴、セシリアがこの場に現れた。

 恐らく、スコールがダリルとフォルテに撤退命令を出し、それによって手すきになった三人が『白式』のコア反応を頼りにここに来たのだろう。

「な、なによ、あれ……ちょっと九十九!『白式』は、一夏はどうなったのよ!?」

 鈴の悲鳴にも似た叫びが響く。

「三人共、よく聞け。……あれが『白式』、一夏だ」

「「「!?」」」

 驚きのあまり声も上げられない三人に対して、『白騎士』はその刃を向けて言った。

「力の、資格が、ある者たちよ……我に、挑め……」

 宵闇が支配する京の空で今、『原初の騎士』との最悪の戦いが始まろうとしていた。




次回予告

立ちはだかるは、かつての最強。
勝利の鍵は、最愛の男を助けんと欲する少女達の想い。
その想い、果たして届くか−−

次回「転生者の打算的日常」
#74 展翅之時

あれ?おかしいな。何で告白大会になってるんだ?


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#74 展翅之時

「力の、資格が、ある者達よ……我に、挑め」

 手にした刀《雪片壱型》をこちらに向け、感情の籠もらない機械的な言葉を掛けるのは、『白式』が謎の変身を遂げた結果現れた原初のIS、第一世代型IS一号機『白騎士』だ。

「九十九、説明」

「私にも分からん。私がここに来た時には、既に『白式』は『白騎士』になっていた」

「原因はなんだ!?」

「それが分かれば苦労はない」

「一夏さんはどうなっていますの!?」

「信じられないかもしれんが、気を失っている。『白騎士』はパイロットの状態を無視して動いているんだ」

「「なっ!?」」

 私の言葉に驚きの声を上げたのは鈴とセシリアだ。国家代表候補生であるこいつ等にとって、ISの搭乗者保護機能の事など知っていて当然の常識だろう。

 だからこそ、目の前の『白騎士』が一夏を完全に無視して動いている、という事実が信じられないのだ。

「驚くのも無理はない。が、眼前のこれが現実だ。……来るぞ」

 『白騎士』が突きつけていた《雪片壱型》を正眼に構え、一切躊躇う事無く最高速度で突っ込んできた。

「速い!」

 その高速の突撃の向かう先は、私だった。

「ぬおっ!」

 咄嗟に《レーヴァテイン》の腹で受け止めたものの、《雪片壱型》の一撃は重く、私は後方に大きく弾き飛ばされた。

「くっ!」

 慌てて体勢を立て直し、《狼牙》を『白騎士』に向ける。しかし、『白騎士』はこちらに追撃をせず、身を翻すと鈴達に向かって突撃する。

「……は?」

 「お前に用は無い」と言わんばかりの『白騎士』の態度にイラッとした私は、その背中に向けて《狼牙》を全弾発射した。

「…………」

 それを振り返りざまに全て切り払う『白騎士』。反応速度と剣速、どちらも一線級だが、その動きは何処か機械的だ。やはり、元から『白式』に組み込まれたシステムなのだろうか?

 いや待てよ、確か原作の『銀の福音事件』の後、千冬さんと篠ノ之束の会話の中で「『白式』のコアは『白騎士』のそれである」と解釈できるシーンがあったな。となると、『白騎士』の中に残っていた千冬さんの残留思念が、一夏を助ける為に目を覚ました。という可能性も……。

「まあ、考察は後でいいか。それより、酷いじゃないか一夏。人を除け者にしようなどと」

「…………」

 言いながら《狼牙》を撃ち尽くしては再装填(リロード)を繰り返す。『白騎士』はその悉くを切り払う。

「なんとか言ったらどうだ。私を無視する理由は何だ?」

 《レーヴァテイン》を格納し、《狼牙》を二丁持ちにして更に乱射しながら、私は徐々に『白騎士』に近づく。

 《狼牙》の銃口が『白騎士』の間合に入った瞬間、『白騎士』は私の首筋に《雪片壱型》を当てて、感情を感じさせない声音で言った。

「魔狼の、操り手よ。貴方は、既に、力を、示した。今は、貴方に、用は、無い」

「は?力を示した?そんな覚えは無いぞ……っておい、待て!」

 言うだけ言うと、『白騎士』は高速のバックステップで私から離れると、再び身を翻して近くで推移を見守っていた箒達の所へ飛んで行った。

「来たわよ。あんた達、覚悟はいい!?」

「ああ、無論だ!」

「これも一夏さんを取り戻すため……やってみせますわ!」

 飛んでくる『白騎士』を前に、気合を入れるラヴァーズ三人。あの様子では、最早『白騎士』は私がどんなにちょっかいを出した所でその全てを無視するだろう。どうやら今回、私は完全に蚊帳の外に置かれるらしい。

 ……寂しいとか、虚しいとか、そういうのないから。

 

 

「目を覚ましなさいよ、一夏!」

 『白騎士』の攻撃を受けながら、鈴達は『白騎士』の中にいる一夏に必死で呼びかけをしていた。

「…………」

 しかし、一夏の意識は未だ戻らない。それどころか、その攻撃の手はますます激しくなった。

「どうする!?このままでは私たちのシールドエネルギーが保たないぞ!」

「そこは箒さんの《絢爛舞踏(エネルギー増幅能力)》に期待していましてよ!」

「あれは、しかし……」

 箒のIS『紅椿』の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)、《絢爛舞踏(けんらんぶとう)》の発動条件は『一夏を想う事』なので、今の状況では難しい。

 しかし、いかに『対一夏共同戦線』を張った者同士とはいえ、それを伝えるのはどうにも気恥ずかしさが前に出てしまう。

「だがっ!みすみすやられはしないぞ!目覚めないというなら、叩き起こすまでのこと!」

 防戦一方から一転、箒は単騎突撃を仕掛ける。『紅椿』の《空裂(からわれ)》と『白騎士』の《雪片壱型》がぶつかり、甲高い音を立てる。

「今なら分かる、どうしてフォルテが裏切ったのか!」

 好きな人の為なら、何もかも捧げられる。何もかも捨てられる。命を懸けられる。

「何を賭しても、私はお前を救い出すぞ!一夏!」

「……ん!?」

 九十九が妙な反応を示した事に気づく事無く、箒は叫びながら『白騎士』の刀を弾き飛ばす。

 しかし、『白騎士』は刀を弾かれながらも、左腕の荷電粒子砲を箒に放つ。零距離で放たれたそれは、箒の腹部を焼いた。

「がはっ!」

 体勢を崩した箒に、『白騎士』が追撃を仕掛ける。それを遮ったのは、『ブルー・ティアーズ』による鋭い狙撃だった。

「わたくしだって、一夏さんのためなら!」

「そうよ。あたしだっているんだから!」

 セシリアと鈴が戦線に加わり、戦闘は激化の一途を辿っていく。なお、九十九は絶賛置いてけぼり中だ。

 

 『白騎士』に一斉攻撃を仕掛ける箒、鈴、セシリア。しかし、『白騎士』に刷り込まれた織斑千冬(ブリュンヒルデ)の動きは、三対一という数的不利を軽々とはねのけて見せる。

「負けませんわ!わたくしの想いは、それほどお安くなくってよ!」

 一夏との出会い。今にして思えば、あの時から既に彼に惹かれていたのかも知れない。

 だからこそ、最初は素直になれなかった。けれど、戦って、自身の敗北を悟って、そこで気づけた。自らの初恋と、素直になる気持ちを。

「一夏さんをわたくしから奪おうなどと、一万年早いのですわ!」

「……はい!?」

 またも妙な反応を示す九十九。しかし、セシリアはそれに全く気づく様子もなく、『白騎士』にビットでの集中攻撃を行う。

 そこに鈴の衝撃砲《龍砲》による追撃が『白騎士』に『距離を取る』という選択を取らせる。

「なにさらっと一夏を自分の物にしてんのよ、あんたは!」

 鈴の想いも、他二人に決して負けていない。

 小学生時代に異国の地(日本)に来て、強い不安感から強がっていた鈴。そんな鈴に出会い、気持ちを解きほぐしてくれたのが一夏だった。まあ、九十九もいたが今は置いておく。

 辛い時も、寂しい時も、いつも側にいてくれた一夏。

 その一夏が今、内なる闇と一人で戦っている。ならば、手を差し伸べよう。かつての一夏が鈴にしたように、今度は(あたし)から手を差し伸べよう。それが、今もずっと続いている初恋なのだから。

「一夏は、千冬さんの影になんて渡さないんだから‼」

「……えぇ……!?」

 九十九が三度目の妙な反応を示したのを知ってか知らずか、鈴は《双天牙月》を連結刃形態にして投擲。それを受けた『白騎士』の体がぐらりと揺れた。

「いけるわよ!みんな!」

 鈴の激に、箒とセシリアが頷きで返す。戦線は僅かだが、箒達に有利になりつつあった。

 

 

 あれ?おかしいな。これは『白騎士』対ラヴァーズの戦闘だよな?だというのに何で−−

「何で告白大会になってるんだ?」

「状況は開放回線(オープン・チャネル)で聞いてたから分かってるけど、皆よく恥ずかし気もなく言えるよね」

 私の呟きに返したのはシャル。どうやら空港倉庫の方も片が着いたようだ。

「おお、シャル。ここに来たという事は……」

「うん。こっちも終わったよ。大分大変だったけど」

 顔に疲れを滲ませながら、それでも微笑むシャル。シャルが大分大変と言うからには、相当厳しい戦いだったのだろう。

「で、他のメンバーは?」

「もう行ってる」

 ほら、とシャルが指差す先には、戦線に加わろうとするラウラと簪さんがいた。

「一夏への告白大会か。そういう事なら、私の出番だな!」

「私も、負けてない……!」

 鼻息荒く、二人は『白騎士』に攻撃を開始する。

「で、九十九はどうして参加しないの?」

「……『白騎士』にハブられた」

「……どういう事?」

 

 ーー九十九説明中ーー

 

「という訳で、私は『白騎士』にとって今は用の無い相手、なのだそうだ」

「えっと……ごめん。慰めの言葉が見つからないや」

「いや、それで良い。下手な慰めは余計に心が痛くなるからな。で、行かないのか?」

「これが戦闘という名の一夏への告白大会なら、僕に出番はないからね」

 『白騎士』に対して果敢にアタックを仕掛けるラヴァーズ達。私とシャルは、揃って成り行きを見守るのだった。

 

 

 『白騎士』に一息に近付いたラウラは、プラズマ手刀で『白騎士』の左腕に斬りかかる。ラヴァーズの猛攻に晒され、一瞬反応が遅れた『白騎士』の左腕から、荷電粒子砲が失われる。その機を逃さず、ラウラは更に手刀を刺し込んだ。

「私を守ると言っただろう、一夏!」

 最低の出会いを、最高の初恋に変えてくれた一夏を想う気持ちは、ラウラにとって最も誇れる物の一つだ。

 一夏は、自分を守ると言ってくれた。だったら、自分も一夏を守りたい。一夏を包み込める存在でありたい。

「一夏、私の声が聞こえるか!」

「私たち、だよ。ラウラ!」

 ラウラが動きを止めていた『白騎士』に『打鉄弐式』の連装ミサイル《山嵐》が迫る。

 ミサイルの爆発直前に離脱したラウラは、箒達と共に射撃による集中攻撃を浴びせた。

「一夏を、返して……!」

 かつて、楯無の影に怯えていた簪。その闇に囚われていた心を救い出したのは一夏だった。

 簪にとって、一夏は光のような存在。眩しく、暖かで、まっすぐな彼。だからこそ、自分もそれに近づきたい。もう二度と負けたくない。なにより自分自身に負けたくない。

 五者五様のきっかけ。だが、皆の想いは一つ。故に万感の想いを込めて叫ぶ。

「「「一夏(さん)、大好き!だから、目を覚まして!」」」

「「おーっ!」」

 ラヴァーズの心底からの叫びに、九十九とシャルロットが感心の声を上げると同時に、それは現れた。

 

「みんな、お待たせ!」

 山田先生を抱き抱えた楯無さんの登場に、一同が驚く。やっと来たか。

 どうして山田先生がここに?という顔をする一同。それをよそに、山田先生がその身を宙に躍らせた。

即座に起立(スタンダップ・ハーリィ)ご覧あれ(イッツ・ショータイム)!」

 山田先生の全身が光に包まれ、光が消えたと同時に現れたのは、四枚の巨大なシールドがウィング状に繋がった、変わったシルエットの『ラファール』だった。私はその姿を、学園のアーカイブで何度か見ていた。

「九十九、あれって……?」

「あれは山田先生が現役時代に最も得意としていた『ラファール』の機体構成(アセンブル)。それを専用機化した物だろう」

「その通り!これぞ『ラファール・リヴァイヴ・スペシャル』、『幕は上げられた(ショウ・マスト・ゴー・オン)』よ!」

「「「おおっ!」」」

 その場にいた全員が、驚きの声を漏らす。

「元日本代表候補生序列一位『狩猟女神(アルテミス)』の実力、ご披露して下さい」

「そこはあまり触れないで欲しい過去なんですが……」

 楯無さんの煽りに、何処か気まずそうな顔をした後、山田先生は表情を引き締めて『白騎士』に立ち向かう。

「行きます!《絶対制空領域(シャッタード・スカイ)》!」

 山田先生のコールに合わせ、『ショウ・マスト・ゴー・オン』(以下『SMGO』)のシールドが翼を広げた鳥のようにその向きを反対にする。

 それと同時に、有線接続操作式物理盾(ワイヤード・シールド)が射出された。

「生徒を傷つけるようで気は進みませんが……今は!」

 一夏の目を覚まさせるため、山田先生は敢えて『白騎士』に刃を向ける。

 『アルテミス』の名に恥じない正確無比な射撃が、徐々に『白騎士』を追い詰めて行く。そして、『白騎士』の動きが完全に止まったその瞬間、『白騎士』を『SMGO』の四枚のシールドが挟み込んだ。

「これで!」

 シールドに完全に覆われた『白騎士』。その隙間に、山田先生が二丁のサブマシンガンを捩じ込み、思い切り引金を引いた。直後、シールド内で無数の跳弾が弾ける音と『白騎士』の装甲がズタズタに破壊される剣呑な音が響き渡る。

「う、うわぁ……」

「山田先生、えぐい……」

 これぞ、現役時代の山田先生の必殺戦術。そのシールドの内に取り込まれた相手は、抵抗すら許されずにその(武器)(みなごろし)にされ、(IS)を塵へと変えられる。故にその名を−−

銃鏖矛塵(キリング・シールド)。私の銀狼交響曲第1番『嵐』の元ネタだ」

「そ、そうなんだ。なんて言うか……山田先生も結構()()な人だったんだね」

 シャルが顔に縦線効果を出しながら言った数秒後、『SMGO』のシールドが壊れ、その中から極限までダメージを受けた『白騎士』が地表に墜ちていく。

「あっ!」

 墜ちていくその姿は、最早『白騎士』のそれではなく、装甲も姿も『白式』の物に戻っていた。

「「「一夏(さん)!」」」

 ラヴァーズが叫んで、その体を地上に激突する前に受け止める。

「よかった……」

 誰かが、安堵の溜息と共に呟いた。

 こうして、一夏の暴走と少女達の告白劇は幕を下ろすのだった。

 

「のは、いいんだけどさ。多分一夏には聞こえてないよね、みんなの告白」

「分かっているからこそあれだけ大胆になれたんだ。まったく、あのヘタレ共め……」

 はあ、と呆れたような溜息をつく九十九だったが、その顔はどこか嬉しそうだった事に、シャルロットだけが気づいていた。

 

 

「ん、ここは……」

「ああ、目が覚めたか、一夏」

「九十九?っ……!いてて、なんだこりゃ……」

 一夏が私を見て起き上がろうとするが、襲ってきた体の痛みに顔を顰める。

「無理に起き上がろうとするな、全身傷だらけなんだぞ」

 私の言葉に、一夏が自分の体を確認する。そこにはビッシリと包帯が巻かれていた。

「どうしてこんな……俺はマドカと戦って、それで……どうなったんだ?」

「いいか、一夏。よく聞け。お前は−−」

 

 ーー九十九説明中ーー

 

「という訳だ」

「悪い、迷惑かけた」

「そう思うなら、謝罪はお前を救けるために奮闘した彼女達にしろ」

「……そうだな、そうする」

「お話は終わったサ?」

 私達の会話が終わったと同時に声を掛けてきたのは、窓際のソファに腰掛けたアーリィさんだった。

「ええ。お待ち頂いてすみません。それで、態々私達の所に来た以上、何か話があるのでは?」

「うん、実はお別れを言いに来たのサ」

「え?」

 腕の中の猫(シャイニィという名らしい)を離し、アーリィさんが立ち上がる。

「これより、イタリア代表アリーシャ・ジョゼスターフは、亡国機業(ファントム・タスク)に降るのサ」

 衝撃の宣言。だが、何故か妙に納得をしている自分がいる。なお、シャイニィは一夏がお気に入りのようでさっきから頻りに一夏の顔を舐めている。

「い、いたた、傷にしみるって!こ、こら、やめっ……いてて!」

「シャイニィは預けておくのサ、一夏くん」

「理由はやはり、千冬さんとの真の決着、ですか?」

 私の質問に一つ頷くアーリィさん。

「その通りサ。そして、そのための舞台を用意してくれるのが、亡国機業だという事なのサ」

 そう言うと、アーリィさんは窓を開け放って外に飛び出すと、『テンペスタ』を纏って夜の闇に消えた。「また会える日まで、君達も強くなっておくのサ!」と、激励の一言を残して。

 こうして、嵐のようにやって来た女性は嵐のように去って行った。……取り敢えず、千冬さんにこの事を伝える必要があるか。

 ちなみに一夏はといえば、展開について来れていないのか、シャイニィを撫でるので精一杯だったようだった。

 

 その後、旅館の大広間で一夏がラヴァーズに全力土下座をかまし、罰としてラヴァーズ全員のマッサージをする事になった。

「まあ、妥当だな。無理をさせるなよ?一夏は一応怪我人だからな」

「わかってるわよ、そんくらい」

 本当にわかっているのかいまいち疑問だが、ラヴァーズを信じて大広間を出る。

「……ふう」

「九十九、お疲れ様」

「ああ、君もな、シャル」

 一緒に大広間を出たシャルの労いの言葉に小さく頷いて返す。

「僕たちはどうしようか?まだ寝るには早いし」

「そうだな……あ、そういえばこの旅館、家族風呂があったな」

「家族風呂?」

 コテンと首を傾げるシャルにちょっと見惚れつつも、家族風呂の説明をする。

「要は数人で入る小さな浴場さ。折角の家族旅行で男女別の風呂に入るとか、酔っぱらいが騒ぐ大浴場が嫌だ、という人達の為の施設だな。……入るか?」

「……うん」

 頬を染めながらも了承をするシャル。ああ、可愛いなぁ。

 という訳で、二人で家族風呂に入った。そこで何があったかは敢えて書かないが、お互い『気持ち良くなった』とだけ言っておく。

 

 

「ふう、いい湯だったな」

「そうだね。でもちょっと喉かわいちゃった。何か飲みたいな」

「私もだ。そうだな、ロビーの自販機コーナーに……ん?あれは……」

 家族風呂を堪能し、喉の渇きを癒やそうとロビーに向かおうとした私の目に、それは映った。

「う〜……」

「あ~もう、あんなに呑むから……。ほら先輩、しっかりしてください!」

 相当酔っているのか、真っ赤な顔をし、覚束ない足取りの千冬さんと、それを支えてどうにか歩かせようとする山田先生。

 恐らく、露天風呂で酒を嗜んだはいいが、深酒が過ぎたのだろう。

 ああなった千冬さんは久しぶりに見た。もしラヴァーズが同じ時間に露天風呂に行っていたら、絡まれまくっているだろう。あの人の笑い上戸と絡み上戸は、被害経験があるので分かる。

「仕方ない……。シャル、私に烏龍茶を買っておいてくれないか?代金は後で渡す」

「うん、分かった」

 シャルが頷くのを見て山田先生に駆け寄る。

「山田先生、手伝います」

「あ、村雲くん。すみません、助かります」

「いえ、これ位は……っと」

 山田先生から千冬さんを受け取ると、そのまま一息に背負う。

「じゃあ、行きましょうか。山田先生、案内を」

「あ、はい。こっちです」

 山田先生の案内で、千冬さんを部屋に送る。部屋には既に布団が敷かれていたので、そこに千冬さんを下ろし、布団を掛けてやる。

「これで良し、と。」

「ありがとうございました、村雲くん」

「いえ、これくらいどうという事もありません。では」

 感謝を述べる山田先生に首肯を返し、部屋を出ようとすると、千冬さんが声を掛けてきた。

「九十九……」

「はい?」

「一夏は……私の弟だ……」

「ええ。知っています」

「お前は……私の弟分だ……」

「……過分なお言葉です」

「一夏を……裏切るような真似は……私が許さんぞ……」

「ご安心を。それは決してありません」

「そうか……そうか……」

 それだけ言うと、千冬さんは穏やかな寝息を立てだした。それを確認して、改めて部屋の扉に手を掛け、「おやすみなさい」と言いながら外に出た。

(そう。確かに私から一夏や貴女を裏切る事はない。だけどね……)

 廊下に出て扉を閉めて振り返り、扉の先にいる千冬さんに心中で宣言する。

(もしも一夏が、或いは貴女が裏切って私の敵になったなら……貴女達は私が死んでも殺す)

 そして、踵を返して自分の部屋に戻った。

「うぷ……ぎもぢ悪い」

「先輩待ってください!トイレまで我慢して……ああああっ‼」

 という、部屋の中から聞こえた声には、あえて無視をして。

 

 

 翌日、午前10時50分。帰りの新幹線車内にて。

「ああ、なんか昨日の記憶があやふやだ」

 言いつつ、未だぐわんぐわんする頭を押さえる一夏に、鈴が穴子飯弁当を食べながら尋ねた。

「あんた結局どこ行ってたのよ?」

「いや、それがよく覚えてねえんだよ」

「なにそれ。またいつもの記憶障害じゃないでしょうね。あんた、肝心な事だけ忘れるくせあるし」

「はっはっはっ」

「その笑い方やめなさいよ!ったく、姉弟そろって……」

 鈴がぶつくさ言い出すと、通路に千冬がやって来た。

「姉弟そろって、なんだ?」

「う!千冬さん……」

「織斑先生だ!……っく、二日酔いで頭が……大声を出させるな」

 常より僅かに青い顔でそう言う千冬に、まったくこの姉弟は……と、全員が思った。

「そんな事より皆さん、好きなお弁当は買えましたか?」

 「はーい」と返事をする一同。その顔は一様に満足げだ。

「でも、ダリルさんとフォルテさんの分が余っちゃいましたね……」

 沈んだ口調で言う真耶。あの二人の裏切りに、未だ各人の心の整理がついていなかった。……一人を除いて。

「ではニつとも私が頂きましょう。買った分はもう食べ切ってしまったので」

 そう言うと、九十九は残っていたイクラ丼と三色そぼろ弁当をひょいひょいと手に取り、すぐさま封を開けて食べ始めた。その姿に、ヒロインズは唖然としてしまう。

「お前、あの二人の裏切りに思う所はないのか!?」

 箒の質問に、九十九は首を振る−−左右に。

「無い。彼女達は私の『敵』になった。それだけ分かっていれば十分だ」

 「次に会ったら、容赦無く潰す」とだけ言い残し、食べていたイクラ丼に再び取り掛かる九十九。

(((まったくこの男(方)は……)))

 全員がそう思ったのと同時に、真耶の携帯がなった。

「はい、山田です。今ですか?帰りの新幹線で、今ちょうど名古屋駅を出たところですが……えっ!?……はい、はい。わかりました、すぐ伝えます!」

 電話を切り、一同に振り返る真耶の顔は、酷く青ざめていた。

「どうした、山田先生。何があった?」

「たった今、IS学園の早期警戒網に複数のISと一隻の強襲揚陸艦の接近が確認されたそうです……。所属は現時点で不明、目的はおそらく……学園のISを奪取することだろう、とのこと!」

「なにっ!?」

「「「っ!?」」」

 それを聞いた全員に激震が走った。専用機持ちが出払った状況でのIS学園に、かつて無い危機が訪れようとしていた。




次回予告

IS学園に迫る魔の手。身動きの取れない専用機持ち達は無事を祈るしか出来ない。
対するは雨を齎す少女と虚無の担い手、そして灼熱の女王。
果たして学園の運命は−−?

次回「転生者の打算的日常」
#75 第二次IS学園攻防戦

わたしが、みんなを守るんだ……!
いいえ、私達よ。本音。


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#75 第二次IS学園攻防戦

「たった今、IS学園の早期警戒網に複数のISと一隻の強襲揚陸艦の接近が確認されたそうです……。所属は現時点で不明、目的はおそらく……学園のISを奪取することだろう、とのこと!」

「なにっ!?」

「「「っ!?」」」

 IS学園専用機持ち達に齎された何者かによる学園襲撃の報は、全員を座席から立ち上がらせるのには十分過ぎる物だった。

「九十九!この新幹線の次の停車駅は!?」

「……新横浜駅だ。到着まであと1時間以上かかる」

「そんな!?」

「今すぐ停車させて……「それは無理だ」なにっ!?」

 箒の言葉をすぐさま九十九が否定する。

「この新幹線は既に最高速度に近い速さで走っている。急停止などさせようものなら、車内の乗員乗客に少なくない怪我人が出る事になるだろう」

「ならばそこの窓を叩き割って「それも無理だ」なんだとっ!?」

 代替案を出したラウラに、九十九がダメを出す。

「この新幹線に使われているアクリルガラスはラグナロク製だ。ライフル弾の零距離射撃でもヒビすら入らん特別製だよ」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!!」

「祈るしかないな。学園の無事と、新幹線が少しでも早く新横浜駅につく事を」

 余りにも落ち着き払った九十九の態度に、一夏は苛立ち紛れに怒鳴った。

「さっきからなんでそんなに落ち着いてんだよ!みんなが心配じゃねーのかよ!?」

「私が皆を心配していないように見えると、お前は言うのか?」

「ああ、見えるね!じゃなきゃ……っ!?」

 九十九の質問になおも言い募ろうとした一夏が、九十九の足下からする小さな水音に気づいて視線を落とすと、そこには赤い水溜まりができていた。まさかと思った一夏がその手に目をやり、絶句する。

 握り締めて折れた割箸が刺さったのか、九十九の手からは血が一滴、また一滴と滴っていた。

「私だって、状況が許すなら今すぐにでも飛び出したいさ。でもな、現状の全てが私に『何も出来る事はない』と告げてくるんだ。まったくもって間の悪い時に報告が来るものだ……。恋人の危機に駆けつける事すら許されないとは!」

 ばしっ、と床に叩きつけられた割箸は血塗れで、どれだけ強く握り締めていたのかが分かる。

「九十九、手当てするから、傷見せて」

「……ああ」

 シャルロットが九十九の手をそっと取ると傷口を確認する。その傷はシャルロットの見立てよりずっと浅く、シャルロットはほっと胸を撫で下ろした。

「よかった……これならなんとかなりそう」

 シャルロットが「何かあった時のため」と持ってきていた救急箱からガーゼと包帯を取り出して右手の治療をするのを横目に見ながら、九十九は今は遥か遠い場所にいるもう一人の恋人の無事を祈るのだった。

 そんな九十九に、シャルロットが「きっと大丈夫だよ」と声をかける。

「何故そう思う?」

「だってほら、いま学園には『ラグナロク最強の二人組』が本音と一緒にいるし」

「あ、そう言えばそうだった。なら安心だな。寧ろ心配するだけ損かも知れん」

「「「なんでだ!?」」」

 『ラグナロクの者が居る』。たったそれだけで安心した九十九に、全員がツッコんだのは無理もない事だった。

 

 同時刻、IS学園大講堂。

「全生徒、教職員の避難を完了しました」

「報告ご苦労さまです、生徒会長代行」

 警備部隊の隊長代行を務める女教師に会釈を返しながら、虚は心中で溜め息をついた。

(これで何回目だったかしら、学園で事件が起きるのは?)

 『クラス対抗戦無人機襲撃事件』に始まり、『シュバルツェア・レーゲン暴走事故』、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)暴走・襲撃事件』、『亡国機業(ファントム・タスク)文化祭襲撃事件』、『IS学園ハッキング、及び複数団体同時侵入事件』『専用機持ち限定タッグマッチ無人機同時多発襲撃事件』。そして今回のこれ。

 立て続けに起こる事件・事故を指折り数え、虚はもう一度溜息をついた。

(今年のIS学園は呪われているなんて、思いたくないけれど……)

 正直いい加減にして欲しい。そう思わずにはいられない虚だった。

 

 同時刻、IS学園島・早期警戒網から1.5㎞地点。

『コマンダーからαリーダー。向こうの様子はどう?』

「こちらαリーダー。対象は早期警戒網を更に進行。敵IS部隊は既に臨戦態勢を取っています」

『こちらから仕掛けては駄目よ。向こうに戦闘の口実を作らせないで』

「了解……っ!?」

 αリーダーが是の返事を返そうとした瞬間、サブリーダー(α2)の『ラファール』の頭部装甲から重い金属音が響き、サブリーダーは何が起きたのかを理解する暇も無く墜落していった。

『αリーダー、何があったの!?』

「狙撃です!向こうが撃ってきました!α2は頭部に狙撃を受けて気絶、戦闘不能!」

『そんな……レーダー上の光点では、こちらと1㎞以上距離があるのに……!』

 ISの1㎞は、生身の人間に置き換えた時400〜500mの距離に等しいと言われている。その距離から人の頭という小さな的を狙い撃つのは、熟練のスナイパーが極限の集中を持って初めて行える絶技と言えよう。隊長代行が驚くのも無理はなかった。

「コマンダー、指示を!」

『防衛行動を取りつつ適時応戦!兎に角相手を近づけさせないように……』

 しなさい。と、隊長代行が言おうとした瞬間、戦闘空域の方角から轟音が響き、直後に衝撃が大講堂を襲った。

 

「「「きゃああああっ!!」」」

「くっ……!こちらコマンダー!αリーダー、どうしたの!?何が起きたの!?」

『…………』

 隊長代行が即座にαリーダーに通信を送るが、それに対し反応は返ってこなかった。

「αリーダー、応答しなさい!αリーダー!」

「無駄よ」

 焦燥に駆られたようにリーダーを呼び続ける隊長代行に冷厳に告げたのは、「ゲストだから」という理由でここに避難させられた、ラグナロク・コーポレーションIS開発部所属のパイロット、ルイズ・ヴァリエール・平賀その人だった。

「今の音、あれ多分対IS用グレネードの中でも一番威力のある、180㎜口径弾の爆発音よ。爆発半径は300m。もし部隊が密集状態だったとしたら、みんな巻き込まれて撃墜されてるわ」

「そ、そんな……」

 ルイズの淡々とした物言いに青ざめた顔になる隊長代行。警備部隊はその行動目的上、基本的にひと塊で動く。『銀の福音事件』のように、広範囲に展開する事の方が稀なのだ。

 今回も訓練通り、1機のISに対して複数機で当たり、1機ずつ確実に捕縛、ないし撃墜するつもりだった。

(まさか、こちらの作戦そのものを逆手に取られるなんて……!)

「あんた達の練度じゃあ、アイツら相手には何回やってもほぼ同じ結末になるでしょうね」

「ルイズの言う通り。アンタ達『訓練時の仮想敵のLvが低過ぎる』のよ。だからこんなお粗末な結果になるの。ったく、九十九が『彼女達の存在意義がいまいち分からない』ってぼやく訳だわ」

 そう吐き捨てたのはルイズの同僚、キュルケ・ツェルプストーだ。

 燃えるような赤髪をかきあげながら吐かれた毒は、隊長代行のプライドを傷つけたが、警備部隊員達と違いある意味『本職』であるキュルケの言葉には『重み』と『説得力』があるように感じられ、隊長代行は俯いて押し黙る事しかできなかった。

「ねえ、隊長さん。実は私達、ラグナロク(うち)の新人専用機持ち、布仏本音さんの教導の他にもう一つ、社長に命令された事があるの」

 要領を得ない、と言いたげに俯けていた顔を上げる隊長代行に、ルイズは悪戯の成功した子供のような笑顔でこう言った。

「『専用機持ちが出払った状況を見越して、不埒な連中が学園にやって来ると思われる。そうならないに越した事はないが、もしそうなった時は、ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作(にとう あいさく)の名に置いて戦闘を許可する。存分にやれ』ってね」

「ちなみに、アンタに命令権はないわ。私達はあくまで『掛かる火の粉を振り払う』ために出撃する(出る)んだから、当然よね」

 言いたい事は言った、とばかりに踵を返して大講堂出入口に向かうルイズとキュルケ。その扉に手を掛けた時、二人に声を掛ける者が現れた。

「待ってください、ルイズさん、キュルケさん。わたしも……行きます」

 本音だ。普段の間延びした口調が鳴りを潜め、緊張と恐怖に体を震わせながらも、決意を秘めた目で立っている。それに待ったをかけたのは隊長代行だ。

「待ちなさい、布仏さん!生徒を危険な目に合わせる訳にはいかないわ!」

「でも!みんなを守ってくれる人はいま、誰もいないじゃないですか!だったら!」

 隊長代行を出来る限りの鋭い目で睨み、本音は覚悟を込めた言葉を口にする。

「戦うのは怖いけど……わたしが、みんなを守るんだ……!」

 言い切った瞬間、本音の体の震えは不思議と収まっていた。その肩に、ルイズとキュルケがポンと手を置く。

「いいえ、私達よ。本音」

「本音、背中は任せなさい。『プルウィルス』が、それを任されたアンタが伊達じゃないってこと、あのバカ(襲撃者)達に教えてあげなさいな」

「……っ!はい!」

 力強い返事に「良し」と頷いた二人に連れられ、本音は戦場へと赴いた。隊長代行にできるのは、それを新横浜駅に移動中の専用機持ち達へ伝える事だけだった。

 

 

「ふん、本当に大した事のない……」

 大口径グレネードの一撃で墜落していく警備部隊員達を見下すような目で見下ろしながら、亡国機業(ファントム・タスク)のIS強襲部隊長は呟いた。

 これまでの情報から、IS学園警備部隊の練度は極めて低いとは聞かされていたが、まさかこれ程とは思っていなかったのだ。

「さ、行くわよ」

 部下達に声をかけ、進軍を再開する隊長。この調子なら、学園所有のISの強奪など1時間と掛からず終わるだろう。

(簡単すぎて欠伸が出そうだわ……)

 ここまで全てが上手く行っている事に気を良くし、周辺警戒を緩めた隊長がそれに気づいたのは、多分に偶然だった。

「……は?」

 ふと見上げた空に、突如として巨大な雷雲が発生しているではないか。

(これは、どういう事!?)

 周囲を見回した隊長が異常に気づく。雷雲の外は快晴で、他に雷雲が発生している様子は無い。つまりこの雷雲は、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

「隊長、これは……!?」

「……嫌な感じがするわね。雲の下から出るわよ!付いてきなさい!」

「「「はっ!」」」

 号令一下、強襲部隊は雷雲の下から脱出を試みて……できなかった。なんとその雷雲は、自分達の動きに合わせるようにピタリとついて動いてきたのだ。

 ならばと全機が散開してそれぞれ雷雲から抜け出そうとしたが、今度は雷雲が巨大化してそれを阻む。そして、一点に集結すれば雷雲はまた小さくなる。それを見て、隊長は確信に至った。

「隊長……っ!」

「もう疑いようはないわね。この雷雲には()()()()()()()()()()わ!スナイパー!索敵!」

「了解。……あれはっ!?」

 『ラファール・リヴァイブスナイパーカスタム』を装備した隊員が狙撃用高感度センサーをオンにして、部隊直上の雷雲に索敵をしかける。

 しかし、雲が分厚いのと転雷による磁場の乱れによって、敵機の反応が酷く取りづらい。一旦雷雲内の索敵を諦めて周辺を見回してみると、部隊正面500m地点に2つのIS反応を捉えた。

 センサーを望遠モードにして相手の姿をしっかりと捉えたスナイパーは、ピンク色の『ラファール』を装備したピンクブロンドの女と、朱色の『打鉄』を纏った赤髪の女がこちらに向けて指鉄砲を向けでいるのを見た。

 二人の口が「バン」と動き、人差し指が上を向いた瞬間、それは起きた。

 

ガアアアアアンッ!!

 

「「「!?」」」

 目の前を白く塗り潰す閃光と耳をつんざく轟音。次の瞬間、スナイパーは機体から煙を上げながら海に堕ちていった。

「こ、これは……「驚いてもらえたかしら?」っ!?」

「これがラグナロク製第三世代機『雨を齎す者(プルウィルス)』の特殊兵装、局地的天候操作兵装《ユピテル》の力よ」

 驚愕する隊長に開放通信(オープン・チャネル)で話しかけながら近づいてきたのは、先程スナイパーが捉えた二人の女。

「元フランス代表候補生、『虚無(ゼロ)』のルイズ……!」

「それに、元ドイツ代表候補生、『灼熱(ヒート)』のキュルケ……!?」

「私たちを知ってるの?なら、自己紹介は必要なさそうね。それじゃあ……始めましょうか」

 少しだけ驚いた風にそう言うルイズが取り出したのは大口径のグレネードランチャー。それを見て、隊長の顔に焦りの色が浮かぶ。

(まずい!『虚無』の戦闘法といえば!)

各機散開(ブレイク)!」

「遅い!」

 隊長の散開命令とルイズがランチャーを放ったのはほぼ同時。1秒後、強襲部隊のいた場所に紅蓮の大華が開いた。

 

「ひゅう♪相変わらずの爆発バカっぷりね、ルイズ」

「バカにしてんの?キュルケ」

「褒めてんのよ」

 軽口を叩き合う二人の目の前には、辛うじて爆発を回避できた者、巻き込まれこそしたものの防御が間に合った者、そして回避も防御も間に合わずに大ダメージを負っている者に分かれた強襲部隊がいた。皆一様に混乱しており、隊長が「落ち着きなさい!」と叱責するがあまり効果は上がっていないようだ。

「次は私が行くわね!」

 宣言すると同時に、大剣を構えて敵中に突撃するキュルケ。浮き足立っている部隊員達は体勢を整える時間さえ与えられずに、キュルケの斬撃を受けて装甲を撒き散らしながら墜落していく。

「私用に開発された《レーヴァテイン・タイプK》のお味はいかがかしら?」

 

 《レーヴァテイン・タイプK》

 『フェンリル』用の近接武器として開発された高温溶断剣(ヒート・ソード)《レーヴァテイン》を元に、キュルケの『一撃必殺の威力が欲しい』という要望を受けて開発された高温溶断大剣(ヒート・ブレード)である。

 刃渡り2.8m、身幅30㎝、総重量40㎏のそれは、剣と言うには余りにも大きく、分厚く、重く、そして大雑把であり、一見してただの鉄塊にしか見えない物だ。

 これを見た九十九が思わず「ドラゴンでも殺す気か!」とツッコミを入れたのは、キュルケの記憶に新しい。

 ちなみにKは『キュルケ(Kyurke)』のKである。

 

「とりゃああっ!」

「きゃああっ!」

 《タイプK》が振るわれる度に一人、また一人と数を減らしていく強襲部隊の面々。当初、10人いた部隊員は既に半分近くまで数を減らしていた。

(そ、そんな……!我が隊が……たった二人を相手に……全滅……!?)

 軍事用語において全滅とは、『総兵力の1/3を失った状態』を言う。通常、ここまで消耗した場合、作戦は失敗したと見なして即時撤退し、部隊の再編成を行う必要がある。

(くっ……まだIS学園に突入すら出来ていないのに!)

 ほぞを噛む思いではあるが、徒に被害を拡大させる訳にもいかない隊長が「総員撤退!体勢を立て直すわよ!」と指示を飛ばす。

 母艦である強襲揚陸艦には後方支援部隊と地上制圧部隊が乗っているし、ISも2機待機状態で存在する。巻き返しは可能だ。と隊長は考えていた。この時までは。

「こちらレイドリーダー。マザー、応答……を?」

 通信をしながら母艦のいる方へ目を向けた隊長は、目の前の光景に呆然とした。

 いつの間に移動したのか、母艦の真上に例の巨大な雷雲が陣取っていた。直後、艦のエンジンルームに複数回の落雷。

 超高圧の雷撃に耐え切れずにエンジンルームが火を吹き、数秒後に爆発。大きく傾いた艦から乗組員が我先にと脱出していく。そんな阿鼻叫喚の強襲揚陸艦の真上に見慣れないISが浮いている。

 つや消しのオフホワイトを基調にしたシンプルな彩色、古代ギリシャの衣装(ペプロス)をイメージした全体に厚めの装甲、バイザーは両側頭部に小さな翼がついたデザインになっていて、どこかギリシャ神話の女神のようにも見える。

「あれは……!?」

「あれが我が社が開発した最新型IS『プルウィルス』よ。さあ、覚悟なさい。艦が動けなくなった以上、もうあんた達に逃げ場はないわ」

 「って言うか、逃がす気もないしね」と、ニヤリと笑ったルイズが大口径の連発式グレネードランチャーを構えたのを見た隊長は、自分達の結末を想像して顔を青くする。

(どうして……どうしてこうなったの!?)

 直後、雲ひとつ無い空に爆炎の紫陽花が咲き乱れた。

 亡国機業、IS学園強襲部隊、壊滅。

 

「これで終わり……かな?」

 今にも沈みそうな強襲揚陸艦を眺めながら、本音はポツリと呟いた。それに対して、『プルウィルス』最大にしてほぼ唯一の兵装である、局地的天候操作兵装《ユピテル》の管制AI『ユピテル』が回答を示した。

『解。当該敵艦の沈黙、及び乗員の総員脱出を確認しました。現時点で敵艦に戦闘能力はありません』

「そう?なら雲を片付けて……」

『告。敵艦よりIS反応を2機確認しました。当機に対して攻撃をしてくるものと思われます。迎撃しますか?Yes/No』

「うえっ!?い、イエス!」

『了。最大威力の雷撃にて迎撃を開始します』

『ユピテル』が本音の意を汲んで雷雲から特大の雷を敵ISに落とした。

 

 局地的天候操作兵装《ユピテル》

 特定空間の気温、湿度、風力等を意のままに操り、強風、豪雨、落雷、竜巻といった気象現象を自在に巻き起こす、『戦場の常識』を覆す空間支配兵装。

 ただし、運用には多大な集中と気象現象に関する正確な知識を必要とするため、現時点の本音には扱い切れず、《ユピテル》の管制は『ユピテル』が、『プルウィルス』の機体制御は本音が、というように分業しているのが実情である。

 

 強襲揚陸艦から飛んできた2機のISは、襲い掛かってきた雷に全く反応できずに打たれて墜ちた。

 それもそのはずだ。雷の速度は、周辺環境に左右されるが秒速で150〜200㎞。仮に雲と地上の距離が1000mとして、発生から地上に落ちるまでの時間は僅か0.05秒ほど。

 人の反射速度は最速で0.1秒なので、見てから反応など到底不可能なのである。

「えっと……死んでないよね?」

『解。ISの絶対防御、及び搭乗者保護機能により、生命維持に支障はありません』

「よかった〜。船の人たちにも死んだ人はいないよね?」

『是。雷撃にて攻撃した際、エンジンルームに機関士が不在であった事は、各種センサーで確認済みです』

「おっけ〜。向こうも終わったみたいだし、合流しよっか」

『了。合流に先立ち、発生させた雷雲を消滅させます。よろしいですか?Yes/No』

「イエス」

 本音が頷くと、『プルウィルス』の真上にあった雷雲が何も無かったかのように散り消えた。

 こうして、IS学園の訓練用ISを狙った亡国機業の大部隊による襲撃は、僅か3機のISによって水際で食い止められたのだった。

 

 

『間もなく、新横浜。新横浜です』

 新幹線が到着間近のアナウンスを発した。それを聞いた一夏が慌てて立ち上がり、荷物を手に取るのも忘れてドアへ向かう。

「くそっ、だいぶ出遅れた。急がねえと!」

 満面に焦燥を浮かべる一夏に、九十九が落ち着いた声音で諭すように語りかける。

「落ち着け、一夏。最後の速報……『ルイズ・ヴァリエール、キュルケ・ツェルプストー、布仏本音の三名が出撃した』から既に40分。恐らくだが、もうケリはついている」

 ルイズとキュルケは性格や行状に問題はあれど、一度は代表候補生の最上位(ハイエンド)まで登り詰めた才媛だ。その辺の有象無象のパイロットにやられる事は無いだろう。と、九十九は続けた。

「それに本音も、ああ見えて実力はある方だ。あの二人に揉まれた以上、半端な力などつけていないはずだしな」

「いや、でもよ……」

 なおも一夏が九十九に食い下がろうとしたその時、真耶の携帯が鳴った。

「はい、山田です。はい……はい……ええっ!?本当ですか!?……わ、分かりました。伝えます」

 通話を切り、こちらを向く真耶。その表情は隠しきれない『驚き』に満ちていた。

「山田先生、学園はなんと?」

「は、はい。たった今、学園に襲撃を仕掛けてきた部隊を……出撃した3名が殲滅したと。部隊の母艦である強襲揚陸艦まで含めて。なお、出撃した3名はいずれもほぼ無傷だそうです」

「なん……だと……!?」

 その報告に、千冬も驚きを禁じ得なかった。

 報告によると、襲撃部隊の編成は強襲揚陸艦一隻にISが10機。その気があれば小国一つを落とせる戦力だ。いくらなんでも多勢に無勢、3名は遅延戦闘に終止してこちらの到着を待つものだと思っていたからだ。

「だから言ったでしょう?恐らくもうケリはついている。と……ああよかった。本音が無事で

 大きく息をつき、座席に座り直す九十九。口では「安心した」と言っていたが、その内心は本音が墜ちないか、墜ちないにしても怪我をしやしないか、と気が気でなかったのだ。

「端から見てて心配してるの丸分かりだったけどね、あんた」

「ええ。組んだ腕を指でしきりに叩いていましたし」

「見ていてうっとうしいと思うほど貧乏ゆすりを繰り返してたしな」

「天井を見上げて「あそこからなら……」と呟いた時は焦ったぞ。すぐに思い直していたようだが」

「……忙しない足取りで通路を何度も往復してた。あんな彼は初めて見た」

「いや~、愛されてるわね本音ちゃん」

 次々に九十九の奇行を口にする一夏ラヴァーズ。それに九十九は「……言うな。頼むから」と顔を赤くして言うのだった。

 

 襲撃事件が終結し、急ぐ必要も無くなった私達は、東京駅から新世紀町駅に向かい、モノレールに乗ってIS学園へと戻った。

 IS学園駅に降り立った私達を出迎えたのは、ルイズ&キュルケのラグナロクパイロットペアと本音だった。

「おかえり、つくも」

「……ただいま、本音」

 微笑みを浮かべて言う本音を、私は我知らず抱き締めていた。

「ふわっ、つくも!?」

「……よかった、無事で。君が出撃した(出た)と聞いた時は、正直肝が冷えたぞ。……よく頑張ったな」

「……うん。あのね、つくも」

「うん?」

 腕の力を緩めて本音を離すと、本音は私の目をまっすぐ見て、決意の籠もった声音でこう言った。

「わたし、もう護られるだけはイヤだから。これからは、わたしもつくものこと、護ってあげる」

「……ああ、分かった。頼りにさせて貰うぞ、本音」

「うん!」

 私がそう言うと、本音は改めて私に抱き着いた。彼女は私がどんな事をしてでも守り抜く。この温もり、失ってたまるものか。

 

「皆さん、この後食堂でコーヒーでもいかがですか?奢りますわよ」

「あらそう?悪いわねセシリア。じゃあ、あたし濃い目のブラックで」

「……私もそれで」

「すまんがコーヒーは苦手なんだ。私は渋めに淹れた煎茶をもらおう」

「私もコーヒーは苦手だ。ノンシュガーのホットミルクはあったか?」

「私もご相伴に預かっていいかしら?ならエスプレッソをダブルで貰うわね。もちろんノンシュガーで」

「セシリア、俺もいいか?なんかよく分かんねえんだけど、急に口ん中がすげえ甘いんだ」

 そんな二人を間近で見ていた一夏達がこんなやりとりをする横で、ルイズとキュルケが「若いっていいわねー」と何処か達観したような笑みを浮かべ、二人を羨ましそうに見る真耶を千冬が「ほら行くぞ」と引っ張っていく。

 そんな皆の様子を見て、シャルロットは苦笑いを浮かべながら「ああ、帰ってきたんだな」と実感するのだった。

 

 こうして、京都行きに端を発する一連の事件は終わりを告げた。

 ダリルとフォルテの裏切り、『白式』の謎の変化、アーリィさんの寝返り、学園への襲撃と、あまりに色々ありすぎたために、皆の心に整理がつくには今少し時間が掛かるだろう。

 それでも、全員無事に日常に戻って来られたのは喜ぶべき事だろうと、私は思うのだった。




次回予告

いざ、再びの京都へ。今度は三人で楽しもう。
色々な所を見て聞いて、様々な物を食べて飲んで。
そして、何故か映画に出演して……ってほんとになぜだ!?

次回「転生者の打算的日常」
#76 再上洛

目立ちたくなんて、無かったのに……!


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#76 再上洛

 京都研修旅行の下見、に見せかけた亡国機業(ファントム・タスク)特殊部隊『モノクローム・アバター』壊滅作戦から数日経った週末。私はシャル、本音と共に新世紀町駅『レゾナンス』に研修旅行のための買い出しにやってきていた。

「私はインスタントカメラを買おうと思う。折角だし、君達との思い出を残したいからな」

「僕は新作のリップを見たいかな」

「わたしは旅行に持っていくおかし〜」

 ものの見事に欲しい物がバラけていた私達は、一旦分かれて自分の買い物を済ませてから合流する事にした。

「じゃあ、集合場所はここ、正面入口前でいいか?」

「「うん」」

「では、一時解散。また後で」

 という訳で、それぞれ単独行動を開始する。さて、インスタントカメラってどこにあったっけ?

 

 インスタントカメラを探して売り場をウロウロしていると、思わぬ人物と出くわした。

「あら、織斑一夏くんに続いて貴方にも会うとはね。ごきげんよう、村雲九十九くん」

「スコール・ミューゼル……!」

 突然の邂逅に思わず身構える。しかし、それに対してスコールはふっと微笑んで歩み寄ってきた。

「警戒の必要はないわ。私はただ単に買い物に来ただけだから」

 ほら、と言って手に提げた買い物袋を持ち上げるスコール。どうやら本当にこちらをどうこうしようとする気はないようだ。

「その言葉、一応信じさせて貰うぞ」

 言って警戒を解くと、スコールは私相手に世間話をしてきた。

「で、貴方は何を買いに来たの?」

「インスタントカメラだ。恋人との思い出を形にしたくてね。そっちは?」

「オイルよ」

「……ああ、機械義肢(サイボーグ)の手入れのためか。関節が動きにくくなると大変だろうし」

「機械油じゃないわよ?」

「冗談だ」

「貴方が言うとそう聞こえないんだけど……。ああ、そうそう。インスタントカメラならこの先の家電コーナーにあったわよ」

「そうか。情報提供に感謝する。そろそろ行かせてもらうぞ」

 話を打ち切り、家電コーナーに向かおうとした私に、スコールが後ろから声をかけた。

「これは織斑一夏くんにも言った事だけど、織斑千冬には気をつけなさい。それと、倉持技研の動きにも」

「なに……?」

 聞き返そうとしたが、その時には既にスコールは身を翻して出入口へ向かって歩いていた。

(スコールが無意味にあんな事を言うとは思えん……。社長に調査を依頼するか)

 立ち去るスコールに背を向け、私は社長に電話を掛けると、彼女の言っていた事をそのまま伝えるのだった。

『ほう、()()スコールが君にそんな事を……。分かった、こちらで人員を動かそう。何か分かったら直ぐに君に伝えよう』

「ええ。お願いします。では」

 電話を切り、改めて家電コーナーに歩みを進める。二人を待たせるのも悪いし、さっさとカメラを買って戻るとしよう。

 

 

「えー……ではこれより、『織斑一夏の隣の席争奪ババ抜きトーナメント』を開始する」

「「「イエーイッ‼」」」

 京都研修旅行前日。部屋にやって来た本音が「つくもにやって欲しいことがあるんだ〜」と言うので、何事かと思いつつ付いて行った結果がこれである。タイトルでもうお分かりだろう。つまりそういう事だ。

 現在、一年生寮の食堂には箒達一夏ラヴァーズは勿論の事、一年生女子のほぼ全員が集結していた。それでも密集状態にならない辺り、この食堂がいかに広く作られているかが伺える。

「で、本音。私に何をしろと?」

「決勝戦のディーラーをお願いしたいんだ〜」

「私である意味は?」

「ん〜……なんとなく?」

 コテンと首を傾げつつそう言う本音。可愛い。

「……はあ、分かった。やろう。……ん?本音、君も参戦するのか?」

「ん〜ん。わたしはしゃるるんから「今度は本音が九十九の隣ね」って、席を譲ってもらってるから~」

「そうか。ならいい」

 ちなみにシャルも不参加。他の不参加者と共に予選のテーブルでディーラー役をやるようだ。

「じゃ〜、つくも。スタートの音頭をとって〜」

「では、ゲーム……スタートだ」

 

 予選の内容を全て記述すると膨大になる為、割愛する事を許して欲しい。

「これより、『織斑一夏の隣の席争奪ババ抜きトーナメント』決勝戦を開始する」

 数々の死闘・激闘を潜り抜け、ここまで生き残った者は一夏ラヴァーズと夜竹さん、三組の天音さんだった。

 入念にトランプをシャッフルし、各選手にディール。それぞれペアになっているカードを抜き終わった所で。

「準備は整ったな?では、ゲームスタートだ」

 

 ゲーム開始から10分。それぞれの手持ちのカードも残り少なくなり、そろそろ決着が着くか。という所で、遂に場が動いた。

「はいどうぞ。よーく選んで取ってね、篠ノ之さん」

 夜竹さんが差し出したのは2枚のカード。内1枚はババである。

「なんとしても私が一夏の隣に……!」

 気合一閃、ババを引く箒。消沈した顔でセシリアにカードを差し出す。

「あら、残念でしたわね、箒さん。ここで生まれの違いという物を見せつけてあげますわ!」

 高らかに言いつつ、ババを引くセシリア。ショックを隠せないという顔で鈴にカードを向ける。

「言った割に大したことないわね、セシリア。あんたの実力なんてそんなもんよ!」

 吠えながら、ババを引く鈴。「くっ……こんなハズじゃ……」と嘆きつつ、ラウラにカードを見せる。

「ふん。そういう貴様も大した実力ではなかったな、鈴。こういうのは、直感がものをいうのだ!」

 勢い良く、ババを引くラウラ。憤懣を込めて簪さんにカードを突きつける。

「違う。間違ってるよ、ラウラ。こういうのは直感より、寧ろ計算と……データ」

 ドヤ顔をしながら、ババを引く簪さん。「……あれ?」と首を傾げつつ天音さんにカードを差し出す。

「ついに、ついに私の時代が来たわ!これを機に織斑くんとの距離を一気に詰める!」

 野望を謳いつつ、ババを引く天音さん。「ちっくしょーっ!」と泣き叫びながら、夜竹さんの目の前にカードを叩きつける。

 カードは2枚。どちらかはババである。ここで夜竹さんがババで無い方を引けば、カードの数字次第では夜竹さんが一抜けだ。

「す~……は~……よし、こっちです!」

 覚悟を決めて夜竹さんが引いたカードの図柄は……♢の2。

「あ……上がりました!」

「ゲーム終了!勝者、夜竹さゆか!」

 私が勝者の名を呼んだ瞬間、食堂が割れんばかりの喧騒に包まれた。

 敗れ去った女子達が、口々に「おめでとう!」「やったね、さゆか!」「く〜、羨ましいなぁ!」「予選の時、最後の最後でババを引いた私の運が憎い!」と、夜竹さんに祝辞やら嫉妬の叫びやらをぶつけている。その一方……。

「「「…………」」」

 ある意味、一夏を横から掻っ攫われる形になったラヴァーズは、口からエクトプラズムを吐いて真っ白になっていた。

「残念だったな。まあ、こればかりは運だ、諦めろ」

「「「…………」」」

 聞こえていないのか聞いていないのか、一切の反応を示さないラヴァーズ。うーん、重症だな。

 とは言え、一度決まった事を覆すのは私の主義と目の前で喜びを噛み締めている夜竹さんの気持ちに反する。よってここは敢えて何もしないという選択を取る事にした。

 

パンッパンッ!

 

 私は大きく柏手を打つと、女子達に閉幕宣言をした。

「これで『織斑一夏の隣の席争奪ババ抜きトーナメント』を閉幕する。総員解散、明日に備えて早く床につくように」

「「「サー、イエッサー!」」」

 きれいな敬礼の後、女子達はめいめい自室に帰っていく。なお、一夏ラヴァーズは未だにショック状態から抜け出ていない。

「どうする?九十九」

「そのうち自分で、もしくは見回りに来る千冬さんによって正気を取り戻すだろう。放っておけ。気になるならリネン室から毛布でも持ってきて掛けておいてやると良い」

 「風邪を引かれても困るしな」と言って踵を返し、私は食堂をあとにした。

 ちなみに、ラヴァーズ達は見回りに来た千冬さんの喝によって即座に正気を取り戻し、慌てて自室に戻ったそうだ。

 

 

 一夏の隣の席に座る人が食堂で決まっていた頃、一夏は自室で写真屋から返って来たフィルムを元に、写真の整理に勤しんでいた。

「これとこれは皆に。あとこっちは九十九とシャルロットに……と」

 被写体であるヒロインズの分と、自分の分、九十九の分、そして保管用。メモを取りながら写真を仕分けしていると、一枚の写真がヒラリと机から落ちた。

「おっと。……これは……」

 落ちた写真は、京都駅で撮った最初で最後の集合写真。

 前列中央に自分、右隣に箒、鈴。左にセシリアとラウラ。その隣に九十九とシャルロット。後列中央に千冬、左に更識姉妹が並ぶ。

 そして千冬の右隣。そこに写る2人の女生徒の屈託ない笑顔が、一夏の心に突き刺さる。

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア。自分達を裏切り、亡国機業(ファントム・タスク)に降った者達。

「なんで……」

 理由はもう判っている。しかし、理由を頭で理解する事は出来ても、心が納得出来ない。

「なんでだよ……」

 一夏の呟きは、一人きりの部屋に静かに響いた。

 

 

「それじゃあ、行ってきます!」

「お土産、買って帰りますね」

 私と一夏は見送りの生徒会メンバーにそう告げて、シャルと本音と一緒に歩き出した。一夏の隣には恥ずかしそうに顔を赤らめる夜竹さんが、それでも離れようとせずに一緒に歩いている。

「俺の隣は夜竹さんか。よろしくな」

「う、うん。こちらこそ……」

 そんなやり取りをしながら歩いている二人を、一夏ラヴァーズは『面白くありません』と言う顔をして見ている。というより、むしろ睨んでいる。

「やれやれ、仕方ない奴らめ」

「気持ちが分からないって言ったら、嘘になるけどね」

「うんうん、わたしもつくもが他の女の子と仲良さげにしてたらちょっとムッとするし〜」

 溜息をつく私に、シャルと本音がそう言ってきた。

「そんなものか?」

「そんなものだね」

「そんなものだよ〜」

「……そうか、そんなものか」

 ウンウンと頷く二人。この二人が言うのだから、まあそうなのだろう。

 

 所変わって東京駅。京都行きの新幹線到着までの間、生徒達はそれぞれのんびりしたり、買い物を楽しんだりしていた。

 九十九達は本音の希望もあり、駅ナカの売店を物色していた。

「つくも、つくも。駅弁買おうよ〜」

「あまり食べ過ぎないほうが良いぞ。旅館の料理も相当豪華らしいからな」

「あっ!富山のますのすし売ってる〜。これにしよ〜」

「本音、聞いてるか?」

「あはは……」

 九十九の忠告を意に介さず、本音は『特選・源・ますのすし』と書かれた弁当を手にとって抱える。その様子に、シャルロットが苦笑するまでがワンセットだ。なお、そのやり取りの間も、本音は九十九の腕に組み付いたままである。

 ただ、その光景は少なくとも一組女子には見慣れたもので、今更羨むものでもない。寧ろ微笑ましいものを見るような温かい視線を送っている者が殆どだ。一方−−

「あ、夜竹さん。飲み物何が良い?俺が出すよ」

「い、いいよ。織斑くんに悪いし……」

「いいからいいから。ほら、どれにする?」

「え、えっと……。それじゃあ、お茶で」

「ん、分かった」

 付かず離れずの距離で一夏の一挙手一投足にどぎまぎするさゆか。その様は何処か初々しく、見ている女子達の乙女心に一々突き刺さる。

「あ~、いいわ〜。青春だわ〜」

「いいなー、さゆか」

「くっ!あの時ババさえ引かなければ、あそこには今頃私が……!」

 などという会話がさゆかの後ろでなされているが、当のさゆか本人は絶賛テンパり中のため聞こえていない。ある意味、それで良かったかもしれないが。

『間もなく、東京発新大阪行、のぞみ209号が到着いたします。お乗りの方は、白線の内側まで下がってお待ちください』

『Shortly, Nozomi 209 will arrive from Tokyo from shinosaka Line. Please drop by the way of riding to the inside of the white line』

 日英双方のアナウンスが構内に響いたのを切っ掛けに、女子達は一斉に乗車準備に入る。こういう時の彼女達の行動の速さに、九十九は毎度驚かされる。無論、表情には出さないが。

「では、いざ京都へ」

「「「おーっ!」」」

 九十九が何の気無しに言った言葉に、結構な数の女子がノッた。直後に千冬のカミナリが落ちたのは言うまでもない。

 

 

「まっくの~すし〜、まっくの~すし〜」

 席に着き、新幹線が動き出したと同時にますのすしを広げだす本音。何とも楽しそうだ。

「あ、つくもも食べる〜?」

「……くれると言うなら貰う」

 私の返事に本音は「おっけ〜」と言うと、手際良く箱を広げ、中からミニチュアサイズのお櫃のような物を取り出す。

 お櫃の上下には青竹がゴムで押し止めてあり、それを慎重に外して蓋を取ると、笹の葉に包まれたますのすしのお目見えだ。

「じゃあ、切るね〜。縦横に12等分で〜」

 と言うと、本音はますのすしに備え付けのプラスチックナイフをあてがう。それに私は待ったをかけた。

「いや待て、本音。普通、ますのすしは放射状に8等分だろう」

「え〜、でもそれじゃあ手でつまめないよ〜」

「箸で食え!はしたない!」

「箸だけに〜?」

「ぷっ」

「違うから。あとシャル、これでウケるとか一夏並かそれ以下だぞ」

「そんな!」

「っておい!俺もディスられてないか!?」

「お、織斑くん落ち着いて!」

 等という騒がしいやり取りもありつつ、新幹線は一路京都へと走るのだった。

 

「楽しかったね〜、新幹線!」

 のほほん笑顔を浮かべて言う本音だが、東京駅から京都駅までの約2時間、彼女は常に何かを食べ、飲んでいただけだったりする。

 本音は着替え等の入ったキャリーバッグとは別に大きめのショルダーバッグを持ってきていたのだが、その中から明らかに容積以上の菓子類と飲み物が出てきて、私が目を点にしながら「どういう仕組みだ?」と訊くと、彼女は事もなげに「飲食物用の拡張領域(バススロット)を搭載した、ラグナロクの特別製バッグだよ〜。入社祝いに貰ったんだ〜」と答えた。

 ……いや、飲食物用の拡張領域って何?我が社ながら、相変わらずぶっ飛んでるなぁ。

「全員いるな?ではこれより、各クラス毎に京都にあるIS関係企業へ見学に向かう。解散!」

 千冬さんの号令と共に各地に散っていくIS学園1年生達。

 実態は観光旅行のそれに近いが、名目は『研修旅行』。その為、各クラス毎に訪問したいIS関係企業を決めて見学に行く事になっている。で、我ら一組が訪問先に選んだのは−−

 

 

「ようこそ、ラグナロク・コーポレーション京都支社へ!」

「何故いるんです?社長」

 京都市郊外に居を構える、ラグナロク・コーポレーション京都支社。そのゲート前で朗らかな笑顔を浮かべて私達を出迎えてくれたのは我らが社長、仁藤藍作(にとう あいさく)さんその人だった。

「君のクラスがラグナロク(うち)を見学先に選んだって聞いたからさ。折角だし私直々に案内しようと思って飛んできたんだ!」

 社長がそう言った直後、ヘリのローター音がしたので上に視線を向けると、ラグナロクの社章が入ったヘリが東京方面へ飛んでいくのが見えた。

 文字通り『飛んできた』のかこの人!フットワークが軽いにも程がある!というか今日の仕事はいいのか!?

「大丈夫!今日は一日非番だ!」

「左様で……」

 ビシッ!とサムズアップする社長。私は、その一企業の長とは思えない軽さに、何かを言う気力を無くすのだった。

「さあ、行くぞ諸君。精神力の貯蔵は十分かい?」

 そう言う社長の顔は、遊園地でテンション爆上がりしている子供の様な楽しげな笑みだった。……嫌な予感しか、しない。

 

 約3時間後、ラグナロク・コーポレーション京都支社1階ロビーは、死屍累々の様相を呈していた。

「あ~……皆、大丈夫か?」

「「「大丈夫じゃない……」」」

「ですよね〜……」

 力無い返事をする一同に苦笑いしかできない私。

 一同がこうなったのも無理はない。ラグナロク・コーポレーション京都支社は、本社に負けず劣らずの『濃い』所だったからだ。

 一体私達に何があったのか?詳細に描写すると文字数がとんでもない事になるため、箇条書きになる事を許して欲しい。

 

 1.社内に入って早々、広報部の明石家さんに社長共々捕まり、社長がうんざりした様子で「もういいかな?」と言うまでの30分間、全く休みのないマシンガントークを聞かされた。

 2.訪れた兵装開発室で二人の研究者による発表があったのだが、どちらの作った兵器も暴走、爆発。室内が滅茶苦茶になり、全員で掃除をする事に。

 3.京都に来ていた外部協力員の『変態ピエロ』が私を見つけ、衆人環視のある中で「この前より更に美味しそうになったね」とねっとりとした声と視線を投げかけてきた。その際、彼の股間が描写も憚られる程の『えらい事』になっており、それを見た女子生徒達の悲鳴が会社中に響いたのは言うまでもない。

 4.京都支社所有の『ラファール・リヴァイブ・ラグナロクカスタム』に乗る事になった相川さんが、その余りにも人を選ぶ性能に振り回されて最高速度で墜落。幸い気絶する事はなかったが軽いトラウマになったらしく、彼女は「しばらくISに乗りたくない」と青い顔で呟いた。これを見て、他に乗るつもりだった女子達が相次いで辞退を申し出たのは、当然と言えるだろう。

 

 以上の出来事が約3時間の間に一気に起きたのだ。1組女子が疲労困憊するのも無理は無い。

「『ラグナロクには突き抜けた人しか入れない』って言われる理由が、今日ハッキリと理解できたわ……」

「毎日トラブルてんこ盛りとか、私じゃ無理!」

「ある意味ブラック企業より酷いわ……ココ」

 などと口々に漏らす女子達。だから見学先を選ぶ時に言ったんだ。「選んだのは君達だ。後悔しても知らんぞ」と。

 この後の予定がホテルに戻ってレポートを纏めるだけで本当に良かったと思う。こんな状態では京都観光どころかまともに歩けるかどうかすら怪しいからな。

 

 

 明けて翌日。ラグナロクショックからどうにか回復した一組女子達は、「昨日があんなだった分、今日はトコトン楽しんでやる!」と意気込んでいた。

 早速観光を始めようとする一夏を千冬さんが呼び止めて撮影係に任命した。まあ、そうだろうと思ったが。

 で、そうなると当然一夏に写真を撮って貰うためか、単純に一夏と行動を共にしたいのか、一夏の後ろをゾロゾロとついていく大勢の女子達。

 それにウンザリしたような表情をした一夏が夜竹さんに何やら耳打ちをして、それに夜竹さんが頷いた直後、一夏は『白式』を纏って夜竹さんを横抱きに抱えると、そのまま清水寺方向へと飛んで行った。だが、まっ先に何か言うだろう千冬さんが何も咎めない所を見ると、何らかの思惑があるのだろう。

「「「あーっ!逃げた!」」」

「私達も追うぞ!」

 一夏を追おうと、ISを展開しようとするラヴァーズ。だがそれは−−

 

キインッ!

 

「皆さん、駄目ですよ?」

 瞬時に専用IS『ショー・マスト・ゴー・オン』を展開して立ち塞がった山田先生によって阻害される。そのにこやかな表情とは裏腹に、叩きつけられる圧が半端でない。

 その圧倒的な気配に押され、その場の全員が息を呑む。これが元日本代表候補生序列一位の気迫か。やはり伊達ではないな。

「もしどうしてもと言うなら、私を倒してから行ってください♪」

 山田先生が手にした得物を構えて「遠慮せずにどうぞ?」と言うが、「ならば」と動く者はいなかった。

 今は一教師とはいえ、かつて日本の代表候補生の頂点に立っていた山田先生相手に勝てるビジョンが見えなかったのだろう。全員があっさりと白旗を上げ、その場は収まった。

(一夏の事は夜竹さんに任せよう。彼女なら一夏を困らせるような真似はすまいからな)

 私は一夏達が飛んで行った方に一瞬目を向けて、「九十九、行くよ〜」と私を呼ぶシャルと本音の元へと歩むのだった。

 

 夜竹さんに一夏の事を任せ、観光名所巡りをする事にした私達。

 ほとんどの女子は「織斑くんがいなくなったんじゃ仕方無い」とそれぞれ行きたい場所へと散っていった。ラヴァーズは千冬さんに「私に付き合え」と拘束され、二条城方面へと消えた。もし、あそこで千冬さんがラヴァーズを連れて行かなければ、彼女達は歩いてでも清水寺に向かっただろう。一夏の最近の精神状態について、あの人も思う所があったという事かも知れない。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 私達が最初に向かったのは、私の希望で蓮華王院三十三間堂。ズラリと並ぶ千体以上の等身大千手観音立像は圧倒的な迫力だった。

 本音の要望「京都ならではのお土産が買いたい」を受けて訪れたのは祇園商店街。何軒か回って厳選を重ねた土産物は、きっと喜んで貰えるだろう。

 最後に私達はシャルの「ゴールドキャッスルが見てみたい」というリクエストを受け、金閣寺にやって来た。のだが−−

「はて?妙に人が少ないな?」

「どうしたんだろ〜?」

「あ、九十九。あっちに人だかりができてるよ」

 シャルが指さしたその先には、黒山の人だかり。ぱっと見では若い女性が多く、キャイキャイと黄色い声を上げている。

 視線を奥に向けると、ガンマイクと高所作業車に乗ったカメラマンの姿が見えた。どうやら映画かドラマのロケでもやっているらしい。

 出来れば近づきたくないが、鹿苑寺舎利殿(金閣)を見に行こうと思ったらあの集団がどうしても邪魔になる。さて、どうするか。

「撮影が終わるまで待つのは、撮影スケジュールが分からない以上それは愚策か。撮影隊を大回りするのは……駄目だな、撮影隊を避けようとすれば別の門まで行く必要があるから、大幅な時間ロスになる。ISで上を飛んで……いや、余計に目立つか」

「あの、九十九?」

「駄目だ。どの策も最善手とは……ん?どうしたシャル?」

「本音、撮影現場に行っちゃったんだけど……」

「何っ!?」

 どうやら私が思考に没頭している間に、好奇心に負けた本音が撮影を見に行ってしまったようだ。

 慌てて本音の後を追うと、本音がいつもののほほん笑顔で、「こっちだよ〜、つくも〜」と手を振る。それにざわついたのは撮影現場に集まっていた群衆だ。

「ねえ、この子の着てる制服って……」

「ひょっとして、IS学園の!?じゃあ、あっちから走ってくる男の子って!?」

「さっきこの子『つくも』って言ったわよね。って事は!?」

「二人目の男性操縦者、村雲九十九!?」

 群衆の中の誰かが私の名を出した事で、一気に注目がこちらに集まる。久々の視線の絨毯爆撃に怯みそうになるも、どうにか堪えて本音の元へ。

「本音、勝手に動くな。逸れたら事だぞ」

「あう……ごめんなさい」

「いや、怒っている訳じゃない。あまり、心配をかけないでくれ」

「うん」

 シュンとする本音の頭を軽く叩くように撫でる。そのまま本音の手を引いてこの場から離れようとしたが、時既に遅し。既に私達は、周りを何人もの人達に取り囲まれていた。

「……参ったな」

「うわ〜、注目の的だ〜」

「どうする?九十九」

「どうのしようもないだろう。この状況では」

 諦念を込めた溜息をついたと同時、一人の小さな男の子が進み出てきた。その顔は興奮からかとても赤く、鼻息も荒い。

「どうした?私に何か用か?坊や」

 声をかけると、男の子はビクッと身をすくませた後二回深呼吸。意を決したように突き出された両手には……色紙とサインペンが握られていた。

「あ、あの!サイン、下さい!」

 これには私もポカンとした。まさか、自分がサインを求められる日が来るなどと、欠片も思っていなかったからだ。よって、サインの準備などしている訳もなく。

「あー……生憎サインを持っていない。名を書くだけになってしまうが、それでも良いかね?」

 申し訳無い気持ちでそう言うと、男の子は首を激しく縦に振る。ならばと少し崩し気味の書き方で『村雲九十九』と書いて男の子に手渡し、握手をしてあげると、男の子は「ありがとうございます!」と嬉しそうに叫んで親元へと戻って行った。

 が、これがいけなかった。男の子が戻った途端、「我も我も」とサインを求め、ツーショットを希望し、握手を願い出てくる。数の暴力に押し負けて、全ての希望者に対応し終えたのは、30分後の事だった。

 

 

「ふう、やっと終わったか。すまん二人共、待たせた……な?」

 言いようのない疲労を感じながら二人の方を見ると、帽子に髭の中年男性に頭を下げられて困惑している様子だった。

「お願いします!ほんのチョイ役でいいんで!」

「急にそんな事言われても……」

「困ります〜」

「何だ?どうした?」

 揉めている三人の所へ行くと、中年男性がパッと顔を上げて私を見た。その目には何処か余裕がない。中年男性は私と目が合った途端、名刺を取り出してこちらに差し出した。

「村雲九十九さん、はじめまして。私、こういう者です!」

「『映画配給会社 西宝 ゼネラルマネージャー 映画大好(うつしえ ひろよし)』……で、ご用件は?何やら二人が困惑している様子でしたが」

 まさに映画に関わるために生まれてきたような名の中年男性……映画さんによると、現在撮影中の作品(推理物)に、『主人公に逃げた犯人の行方を教える役』として、私達に出演を依頼したい。と言う事らしい。

「監督が『どうしても』と言って聞いてくれないんです。どうかこの通り!お願いします!」

 恥も外聞もなく、たかが高一の男女三人に土下座を敢行する映画さん。ここまでしている相手に対して「だが断る」と言えるほど、私は下種ではない。二人にチラリと目配せすると、二人は「仕方無い」とばかりに頷いた。

「分かりました」

「っ!ありがとうございま「ただし!」……はい?」

「私と本音はラグナロクに、シャルはデュノア社に所属する企業人です。両社に出演交渉を行い、是の返事を貰ってください。話はそれからです」

「は、はい!」

 映画さんは大慌てでラグナロク、デュノア社双方に連絡を取り、ものの数分で両社から出演OKの返事を貰うのだった。

 

「断ってくれると思ったのに……!思ったのに!」

「仁藤社長もお父さんもノリノリで「是非使ってくれ!」って言うとか……」

「あてがはずれたね〜……」

 という訳で、映画出演決定である。……目立ちたくなんて無かったのに……。おのれディケイド……もとい社長!

「衣装はどうします?」

 と訊く衣装スタッフに監督がたった一言「このままでいい!寧ろこのままがいい!」と言ったため、衣装はIS学園制服に決定。リハーサルを1回行ってすぐさま本番である。

 で、私達の登場シーンがこちら。

 

刑事 『そこの少年達!怪しい奴がこっちに来なかったか!?』

少年 『怪しい奴?……ああ、ついさっきえらく慌てた様子でそこを左に曲がって行きましたよ』

刑事 『そうか。協力に感謝する!奴め、絶対逃さんぞ!』

 

 刑事、少年に礼を言うとそのまま走って画面奥へ。

 少年にズーム。少年、自身の左を向く。するとそこに追われていた男が隠れていた。よく見ると、二人の少女に刃物を突きつけている。

 

少年 『……行きましたよ。彼女達を開放してください』

逃走者 『ああ。すまない、迷惑を掛けた。だが、真実を知るまで、俺は捕まる訳にはいかないんだ』

少年 『…………』

 

 逃走者、少女達を開放して少年に頭を下げると、刑事とは逆方向に走り去る。少年はそれを恐怖から自分に抱き着く少女達を宥めつつ見つめる。

 

「カット!オッケー!」

 監督がカットをかけると、場の緊張感が一気に弛緩した。

「いやー、このシーンを足して良かった!君達を見たときこう……ビビっときたんだ!この三人を出したいって!俺の我儘を聞いてくれて感謝するよ!」

「はあ……どうも」

 私の手を取り、ブンブンと振る監督。その表情はとても嬉しそうだ。

「フフフ……。あの第二の男性操縦者がゲスト出演。これで清水寺で撮影中の『アイツ』の作品など、話題にもならんわ!」

 と言って、気炎を上げる監督。ライバルが同時期に映画の撮影中らしい。……ん?清水寺?

「ね、九十九……?」

「ひょっとして〜、ひょっとする〜?」

「……多分」

 三人でひそひそ話をしていると、気になったのか監督が話に入ってきた。

「ん?なんだ、どうした君達?なにか気になる事でもあるのかい?あ、出演料(ギャラ)なら今すぐに……」

「いえ、そうではなく……一夏が清水寺に『飛んで行った』んです。間違いなく、映画撮影に巻き込まれているかと」

「……ナンデスト?」

 私の齎した情報に愕然とする監督。……言わない方が良かったかな?

 

 

 九十九が監督に「一夏が清水寺にいる」という話をした数時間後、一夏とさゆかが半ば強引に出演する事になった映画の撮影が最終盤に差し掛かっていた。

 だが、この映画のスタッフは一体何を考えたのか、本来主役を張る予定だった俳優を下ろし、一夏を主役に抜擢。さゆかをヒロインに付けて、シナリオまでほぼ全替えして撮り直しという暴挙に出る。

 ちなみに、最終盤の撮影が終わった直後に、一夏はさゆかを抱えたまま『白式』で夜の京都へと飛び去っている。

 結果としてこの映画は『世界初の男性操縦者が主役を張った映画』として一時の人気を得るも、「素人を主役にするとか、何考えてんだこの監督」「シナリオの無理矢理感が凄い」「近年稀に見るクソ映画」と酷評される事になるのだが−−

「これで今年の映画祭の話題は、俺がいただきだ!」

 自分の未来など知る由もない若い映画監督は、自信満々に声を上げるのだった。

 

「さて、この辺でいいか」

 人目を避け、京都の路地裏に着地した一夏は、ISを収納(クローズ)する。

「夜竹さん、制服取りに行くか?」

「いえ、何着か持ってますから」

「そっか」

 とは言ったものの、現在の2人の恰好は映画の衣装であるタキシードとドレス姿。表通りを歩くには、些か派手過ぎるだろう。

「うーむ、宿泊先の旅館まで飛べばよかったな」

 考え込む一夏に、さゆかが話し掛けた。

「あの、織斑くん」

「ん?」

「織斑くんは、色々抱え込んでいるんですよね。だけど、もっと皆を頼ってもいいと思うんです」

 その言葉は、一夏にとって完全に不意打ちだった。

 それを聞いた一夏の瞳から、完全に無意識の涙が一粒零れ落ちた。

「あ、あれ?なんだよ、これ……」

「織斑くん……」

 涙を流す一夏を、さゆかはそっと胸元に抱き寄せる。

「織斑くん、辛い時は、皆に任せて良いんです。皆、いますから。ね?」

「…………」

 抱きしめられながら、一夏は無言で頷いた。

 しばらく、二人はそのままでいた。それがどれほど優しい時間だったかは、二人だけの秘密である。

 

 

 結局、一夏とさゆかが帰ってきたのは夕食時間を大分過ぎてからだった。「心配した」と憤るラヴァーズに、申し訳無さそうにする一夏。その間に割って入ったのは真耶だった。

 曰く「日頃から頑張っている織斑くんのために、特別なおもてなしを用意した」との事。

「特別……?」

「はい、特別です!」

 鼻息も荒く、真耶が意気込む。一夏としては、丁度空腹である事もあって願ったり叶ったりだろう。

「それじゃあ、専用機持ちの子達には舞妓はんになっていただきます!」

「−−え?」

 それは、『舞妓姿になったラヴァーズに、一夏をもてなさせる』という、世の男共が聞いたら血涙を流して羨ましがりそうなものだった。

 艶やかな舞妓姿のラヴァーズには、『朴念神』の称号をほしいままにする一夏も思わずつばを飲んだ。

 箒に酌をしてもらい(中身はラムネ)、セシリアと「はい、あーん」のしあいをし、鈴とジェンガを楽しみ、ラウラから手作りのウサギのガラス細工(見た目はイノシシ)の付いたストラップを受け取り、簪の日舞に見惚れたり。

 そんな感じで、夜の宴は過ぎていった。一方−−

 

「ね、九十九。気持ちいい?」

「ああ。久しぶりにして貰うと、気持ちよさもひとしおだな」

「そう?良かった」

「しゃるるん、しゃるるん。わたしの分も残しといてね〜」

「分かってる。本音にもちゃんとさせてあげるから」

「うん。つくも、わたしもこれ上手なんだよ〜。ちゃ〜んと気持ちよくしたげるね〜」

「ああ。頼むな」

 ……何か如何わしい予想をしている奴等もいそうなので敢えて言うが、私がシャルにして貰っているのは『耳掻き』だ。

「しかし、耳掻き棒なんてよく持っていたな、シャル」

「あ、これ?お土産屋さんで見つけて、九十九にしてあげたら喜んでくれるかなって思って、買ってきたんだよ」

 耳掻きの手を止めずにそう言うシャル。何とも嬉しい気遣いだ。

「はい、おしまい」

 そう言うとシャルは掻いていた耳にふっと息を吹きかける。全身を何とも言えないゾクゾクが襲うが、それがとても心地良い。

「じゃ〜、次はわたしね〜。おいで〜、つくも」

「ああ」

 ポンポンと膝を叩いて手招きする本音。その膝に頭を預けると、「それじゃあ、はじめるよ〜」と耳掻き棒を私の耳の穴に入れて耳掻きを開始した。

「どうかな〜、つくも。気持ちいい〜?」

「ああ、ちゃんと気持ち「あ、大きいの見っけ!えい!」いいったぁっ!」

 大きな耳垢でも捉えたのか、本音が耳掻き棒を大きく動かした。耳の中でグリッという音がしたと同時に刺すような痛みが襲う。

「つ、九十九、大丈夫!?」

「な、なんとか……。本音、もう少し優しくできないか……?」

「ご、ごめんね〜。大きいのがあったからつい〜……」

 痛みに震える私に一言謝りを入れ、耳掻きを再開する本音。その後はちゃんと耳を傷つけないよう、優しくしてくれた。

「はい、おしま〜い」

 一通り耳垢を取り終えたのか、本音がそう宣言して耳に息を吹きかける。再びのゾクゾク。クセになりそうだ。

「ありがとう、二人とも。お蔭で耳がスッキリした」

「「どういたしまして」」

 私の礼に、二人はニッコリ微笑んで頷き返した。その後は消灯時間ギリギリまで他愛もない話をして過ごしたのだった。

 ちなみにその間、一夏が預かったアーリィさんの愛猫シャイニィは部屋の隅に丸まって眠っていた。何とも自由な猫である。

 

 

「シャイニィ、おーい、朝ご飯だぞ。おーい」

 朝食後、シャイニィの世話をしている一夏だったが、市販の猫用ミルクに見向きもしないシャイニィにほとほと困り果てていた。

「気位の高い猫のようだからな。「そんな物が飲めるか!」という所ではないか?」

「うーん……」

 そうこうしていると、ラヴァーズとシャル、本音が部屋にやって来た。流石に服装は制服に着替えていたが。

「一夏、猫など残飯でも食わせておけばいいのだ!」

 そう言って汁かけ飯を持ってくる箒。……シャイニィはぷいっとそっぽを向く。

「猫は良い香りが分かると言いますし、わたくしが抱きしめてみましょう」

 香水を一振りして、手を伸ばすセシリア。……シャイニィはセシリアを無視して走り去る。

「あたしに任せなさい!こういう時こそ、猫じゃらしよ!」

 言うなり、鈴は猫じゃらしを取り出して振り、シャイニィの注意を引こうとする。……シャイニィには効果がないようだ。

「うーん、猫用のビスケットがあればいいんだけど……今からじゃ作れないし」

 シャルが発したビスケットの言葉にピクリと反応するシャイニィ。が、すぐに興味を失ったのか眠そうに目を伏せる。

「ならば、黒ウサギ隊のワッペンで釣るというのはどうだ?」

 ラウラの意見は反対も賛同もされなかったため、一応試してみた。結果は案の定である。

「チッチッチ。おいで〜、猫ちゃ〜ん」

 本音が舌を鳴らしてシャイニィを呼ぶ。が、シャイニィは全く相手にしない。

「あ~ダメか〜。つくもは~?」

「やってみよう……。シャイニィ、こっちへおいで」

 私がシャイニィを呼ぶと、シャイニィはピクリと顔を上げて、私の目を見て……。

「えっ!?いきなりお腹を見せた!?」

 なんと、シャイニィは仰向けになって腹を見せる、いわゆる『降参ポーズ』をとったのだ。

「いつもこうだ。私は猫と友になりたいのに、猫が私に臣従したがるんだ」

「つーか、大抵の動物が九十九に降参ポーズ取るよな」

「小6の時に動物園に行って、ライオンのボスが九十九に降参ポーズ取った時は思わずツッコんだわよ。「あんたにプライドはないのか!」って」

「あったなぁ、そんな事も」

 結局、最後はマタタビを持って現れた山田先生がシャイニィを手懐け、マタタビを一夏に渡した事で、シャイニィの飼い主は一夏という事になった。……断じて、断じて悔しくなどない!

 

『間もなく終点。東京、東京です。お降りのお客様はお忘れ物のございませんよう、お気をつけ下さい』

『End point soon. It is Tokyo, Tokyo. Guests who are going off do not have lost things, please take care』

 到着間近を告げるアナウンスが車内に響き、IS学園1年生一行はめいめい降車準備を開始した。なお、シャイニィは用意しておいた猫用のキャリーケースに入れてある。むき身の状態で新幹線に乗せる事は、ルールとしてもマナーとしてもやってはいけない事なのだ。

「色々あったけど、楽しかったな」

「それは良かった。今の内に精々噛み締めておけ。どうせすぐそんな事を言っていられなくなる」

「何でだ?」

 キョトンとする一夏に、私は現実を突きつけた。

「今日から10日後に『2学期末試験』がある。実技試験もあるから1学期よりハードだぞ。覚悟しておけ」

 

ピシリ……

 

 そんな音を立てて固まった一夏が辛うじて出した一言は「き・ま・つ……?」だった。

 

 こうして、色々あった京都研修旅行は終わりを告げた。

 しかし、すぐ目の前にとても大きな『敵』が立ちはだかっている。気を抜く暇など、我々に有りはしないのだ。




次回予告

再び現れた学生最大の敵。
彼等が口にするのは勝利の美酒か、敗北の苦渋か。全ては、二つに一つだ。
全力で足掻け。それが唯一許された道だ。

次回「転生者の打算的日常」
#77 二学期末試験

何故……貴方がそこに……?


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#77 ニ学期末試験

 重ね重ね言うが、IS学園は『特殊技術訓練校』である。ISの操縦法を学ぶ事の出来る唯一の場所であるという事以外は、その辺の普通校と変わらない。よって、毎学期末に各生徒の習熟度を見る為の試験が行われるのも当たり前なのだ。

 ただし、そこは天下のIS学園。その辺の普通校と違う点もある。それは、1年生2学期以降の期末試験に『模擬戦形式の実技試験』が存在する事だ。

 この実技試験の成績(リザルト)次第では、2年時のパイロット科への進級が難しくなったり、逆に整備科に行くつもりがパイロット科に行く事を強く勧められたりする。そのため、パイロットになりたい生徒達は、成績を上げるために必死に特訓をするし、教員側もそのための時間を取らせる事に余念がない。したがって、試験対策期間中の授業がどうなるかというと……。

 

「試験対策期間中は全日午前中授業のみ(半ドン)。あとは自習、もしくは自主トレに励め。という訳だ」

「な、なるほど……」

 IS学園第一アリーナ。現在ここでは、授業を終えた生徒達が思い思いの特訓をしていた。とは言え、各学年に貸し出される訓練機は10機までが限界のため、ここにいるのは今日訓練機を借りる事のできた幸運な10人と、専用機持ち9人の計19人のみ。

 他の生徒は自分の番が回ってくるのを祈りつつ、自習をしたり、シミュレーター特訓を行ったりしている。

 そんな訳で当アリーナでは今、スラスターの噴射音とブレードを打ち合わせる音、銃を撃ち合う音が絶え間なく響いている。

「皆、練習に熱が入っているようだ。私達にも良い刺激になるな」

「のはいいんだけどさぁ……」

 と言いつつ、アリーナの奥の方に目をやる鈴。そこでは−−

「戦術レベル……ターゲット確認。……排除開始」

 水平二連装の大型レーザーライフルで、かなりの遠距離から正確にターゲットを撃ち抜く女子に。

「私のこの手が真っ赤に燃える!勝利を掴めと轟き叫ぶ!」

 右前腕部を覆うナックルガードを着け、赤熱したマニピュレーターでターゲットを掴んで爆砕する女子。

「ねえ、次は何をすればいい?」

 先端にパイルバンカーを搭載した、身の丈程の巨大メイスでターゲットを叩き潰す女子といった−−

「明らかなネタ武器使ってる子達いるんだけど!?」

「あ、あれウチの製品だ」

「じゃねぇかと思ったけどマジでラグナロク製品かよ!?」

 なお、そのネタ武器達はラグナロクの技術者達が「是非使ってみてくれ!」と送りつけてきた物を学園にそっくりそのまま渡している物だったりする。……いやだってほら、殆どの武器が私の趣味に合わないんだもの。仕方無いでしょうよ。

 

 という訳で、特訓開始である。初日は一夏と模擬戦をした。結果は−−

「行くぜ、九十九!」

「馬鹿の一つ覚えの正面突破か……。ならば、死ぬがよい」

「うおわーっ!弾幕が濃すぎて突破できねーっ!」

 正面から突っ込んでくる一夏に、《ヘカトンケイル》に銃火器持たせて一斉射撃。開始1分で即終了、だった。

 

 2日目。今日の模擬戦相手は箒だ。

「せいっ!」

 箒が周囲を旋回しながら放ってくるエネルギー刃に対し、私は《ヨルムンガンド》を展開してそれを吸収していく。

「ふはははは!馴染む!実に!馴染むぞ!」

「お前はどこぞの吸血鬼か!?」

 矢継ぎ早に放たれる箒のエネルギー刃を片端から食い散らし、ウッカリ悦に浸った結果−−

 

ピーッ!

 

「あ、しまった!オーバーフロ−−(ズドーンッ!)どわーっ!」

「あ~……私の勝ち……でいいのか?」

 私の自爆で決着というなんとも締まらない幕切れとなった。

 

 3日目。本日のお相手は鈴である。

「食らいなさい!オーバーフロー狙いの《龍砲》乱れ撃ち!」

「昨日のような無様は晒さん!食らえ鈴!秘技『○ービィアタック』!」

 

 『カー○ィアタック』とは《ヨルムンガンド》で吸収したエネルギーを即座に放出して相手に返す。それだけの技である!

 

「だーっ!うっとうしい!ってか、なんで吐き出されるエネルギー弾が星の形してんのよ!?」

「私にも分からん!どういう理屈だ!?」

 鈴の衝撃砲を吸い込んでは返す私と、私に衝撃砲を撃ちつつ返ってきたエネルギー弾を撃ち落とす鈴。

 勝負は千日手の様相を呈したが、エネルギー消費が実質ゼロの私が徐々に押し始め、最終的に衝撃砲に回せるエネルギーが無くなった鈴が「疲れた。もうあたしの負けでいい」と降参した事で決着した。

 

 4日目。この日の私のスパーリングパートナーはセシリアが務めた。

「とは言え、エネルギー系武装が大半のセシリアでは、私との相性が悪すぎる。という訳で、君にこれを進呈しよう」

 言いながらセシリアの目の前で巨大なアタッシュケースを開ける。その中に入っていたのは超大型の拳銃が一丁。

「これは?」

「ラグナロク・コーポレーション製、60㎜口径自動拳銃《制圧者(ドミネーター)》だ。専用の特殊弾を使えば戦車すら破壊する程に強力だが、そのためISですら反動が制御しきれないじゃじゃ馬でな。私でも装備を躊躇う程の一品だ。さあ、どうぞ」

「絶っ対に使いませんわ!そんな変態装備!」

 キレ気味に断られてしまった。セシリアならば使いこなせるかと思ったのだが……。

 その後の模擬戦は《ヨルムンガンド》無しで行われた。セシリアのビットと私の《ヘカトンケイル》がアリーナを縦横無尽に飛び回った結果、訓練を邪魔された他の生徒達に「よそでやれ!」と二人揃ってお叱りを受ける事になった。

「……九十九さんのせいですわ」

「……君のせいだろう」

 

 5日目。今回の相手はシャルだ。

 シャルが本邦初公開のパッケージ、拠点制圧・防衛戦用パッケージ《独眼鬼(サイクロプス)》を展開して構える。

 

 《サイクロプス》

 両腕のダブルガトリングガンと、全身各所に取り付けられたバルカン、マイクロミサイルポッドによる圧倒的な面制圧力を誇る、重装甲・高火力が持ち味のパッケージである。

 ただし、マウントした各種武装と分厚い装甲が原因で機動性は極めて低く、しかも全弾を撃ち尽くせば頼れるのは近接戦闘用のショートダガーのみ。という欠点がある。

 

「行くよ、九十九!フルオープンアタック!」

「そう来るか!ならばこちらも!《ヘカトンケイル》構え!全弾一斉射!」

 奇しくも両者が選んだのは、採算度外視の一斉射撃。耳をつんざくミサイルの爆発音と豪雷のような弾丸の発射音が止んだのはそれから1分後。勝者は−−

「ぜえ、ぜえ……何とか凌いだか。2、3回死ぬかと思ったぞ」

「あ~、だめだったかー。やっぱり重くて動きづらいのがネックだよね」

 機体性能に対する慣れと機動性能の差で、私が薄氷の勝利を得た。多分、もう一度やったら勝てないだろう。

「九十九、この子に慣れた頃に、もう一回模擬戦しよ」

「断固拒否する!」

 目の前に迫るミサイルの群れと、壁のように感じる弾幕は、結構な恐怖体験だった。

 

 6日目。今、私の目の前に相対しているのはラウラ。

「くっ、やはりAICは通じんか」

「当然。AICは要するに、慣性停止の属性を持ったエネルギー波。ならば《ヨルムンガンド》に食えん道理が無い」

 展開しては食われていくAICの盾に、焦りの色を隠せないラウラ。

「ならば、これはどうだ!」

 金属の噛み合う特有の重い音を立て、『シュヴァルツェア・レーゲン』の肩部リニアカノンが私を捉え、直後に轟音を立てて砲弾が飛んでくる。

「甘い!」

 その砲弾を、《ヨルムンガンド》を展開した両手で受け止める。数秒後、砲弾は勢いを完全に失ってポトリと地面に落ちた。

「なん……だと……?」

「ラウラ、忘れたか?それとも聞いていなかったのか?《ヨルムンガンド》は、()()()()()()()()()()()()んだぞ」

「……っ!そうか!砲弾の運動エネルギーを食って止めたのか!」

「そういう事だ。さあ、続きと行こう。ラウラ・ボーデヴィッヒ、エネルギーの貯蔵は十分か?」

「っ、上等!その減らず口、きけないようにしてやる!」

 ラウラとの模擬戦は、この後エネルギーを食われる事を覚悟で突っ込んできたラウラを、カウンター気味にラウラから食った全エネルギーを圧縮したエネルギー弾を叩き込んでKOして終わった。

「年頃の女に問答無用の腹パン……貴様は鬼か?」

「君がそれを言うな、ドイツ軍人」

 

 7日目。此度の模擬戦相手は簪さんだ。

「……全弾一斉発射」

「うおーっ!ミサイルがスモーク引きながら追い掛けてくるーっ!」

 『打鉄弐式』のマルチロックシステムはついに完成を見たらしく、数十発のミサイルが私と追跡戦(ドッグファイト)を繰り広げていた。

 真っ直ぐこちらに飛んでくる『優等生』を迎撃し、こちらの動きを読んで先回りする『秀才』をどうにか躱し、ジグザグに飛んで目立とうとする『お調子者』は取り敢えず無視。

「よし、これならどうにか……!」

「……思ったより保たせる、なら……プログラム変更」

「なっ!?その場でプログラムの組み換えだとぉ!?」

 なんと、簪さんは『打鉄弐式』の手足の装甲を解除。ホログラムキーボードを展開すると、目にも止まらぬ早打ちでミサイルのプログラム変更を行った。

 途端、動きを変えるミサイル群。さっきまでの『お調子者』が『秀才』に変わり、私の行先を次々に限定していく。気づけば、私はミサイル群に完全に包囲されていた。

(逃げ道が……無い!)

「……私の、勝ちです」

「くっそーっ!」

 次の瞬間、私は爆炎に包まれ、その後地面に落ちた。

「敗因は情報収集の不足……。次は、君のISを丸裸にしてやるぞ」

 あちこちからプスプスと煙を上げながら言う私の姿は、さぞかし格好悪かっただろう。

 

 8日目。翌日は1日座学試験対策に当てるため、実技試験対策訓練は今日が最後になる。そんな今日のお相手は本音だ。

「いくよ『ユピテル』!必殺!サンダーストーム〜!」

『了。広域無差別雷撃、発動します』

「ギャーッ!おっかねぇーっ!」

 アリーナ全体に、これでもかと言わんばかりの雷撃が降り注ぐ。眼前で瞬く閃光、耳元で響く雷鳴。一歩間違えば超高圧の電流が全身を襲う恐怖から、私は逃げ惑うしか出来なかった。

 が、それはこのアリーナで特訓していた他の生徒も同様で。

「ちょ、ちょっと本音!こっちにまで雷来てんだけど!」

「あばばばば!」

「あーっ!清香が雷の餌食に!」

「もーっ!これだからラグナロク製品って奴は!って、うきゃーーっ!?」

「また一人犠牲者がーっ!」

「地獄絵図じゃーっ‼」

 本音が齎した豪雷によって、アリーナは特訓どころではなくなった。誰も彼もが雷に打たれまいと必死で逃げる。時折聞こえる悲鳴は、誰かが餌食になったものだろう。

「あ、あわわわわ!『ユピテル』!ストップ!スト〜ップ!」

『了。広域無差別雷撃、終了します』

 慌てて『ユピテル』に攻撃停止命令を出す本音。その頃には、アリーナにいたほぼ全員が一度は雷に打たれていた。

「か、体が痺れて動かない……」

「うわ、回路が焼き付いちゃってるよ……」

「これ、修理に時間がかかるわね……。はあ、しばらく完徹かぁ……」

 アリーナのグラウンドには、高電圧の雷撃を受けて痙攣する者、装備していたISから煙が上がっている者、その様子を見て修理が大変そうだと嘆く整備科の者とに分かれていた。だが、全員一致で分かっていた事は、この惨事を招いたのが我が(未来の)妻であり、どうあれそこに悪意は一切無かったという事。そして、今日の特訓はここまでだという事だ。

「本音。その技は人が大勢いる所では使わないように。私との約束だ」

「はい。ごめんなさい。ほら、『ユピテル』も」

『是。この場にいる全ての被害者に対し、謝意を表明します』

 バツが悪そうに頭を下げる本音と、機械的だが、何処か申し訳無さが滲む謝意を示す『ユピテル』。

 『謝る』という行動を取れるAI……。流石ラグナロク、無駄に高性能だぜ。

 

 

 9日目は座学試験対策に徹底的に取り組んだ。これで赤点は回避できる筈だ。

 そして、遂にその日が訪れた。ニ学期末試験、開始である。

「とは言え、座学は全員赤点回避出来そう、と。問題は明日、明後日の実技試験だな」

 明日からの実技試験は上述の通り『試験官との模擬戦』によって行われる。ルールは以下の通りだ。

 

 1.生徒、試験官共にSE(シールドエネルギー)1000からスタート。

 2.制限時間は15分。それまでに試験官機のSEを500未満にするか、試験官機の装備を2種以上破壊する事が出来れば合格。

 3.2.の条件について、専用機所有者はSE350未満、もしくは装備を3種以上破壊する事を合格条件とする。

 4.合格条件が達成できなくても、試験時の戦闘内容次第では合格となる。

 5.生徒が試験官に撃墜された場合、不合格の上再試験も受けられないものとする。

 

「要は『最低限生き残れ。その上で力を示せ』という事だな」

「なるほどね」

「う〜。わたし、だいじょうぶかな〜」

 不安そうに言う本音の頭を軽く撫でながら「君ならやれるさ」と励ます私。

 実際、専用機受領からそう日の経っていない本音は『今回限りの特別措置』として、訓練機使用の生徒と同条件での試験が許されている。無闇矢鱈に不合格にする気はない。という学園側の意図が見える配慮だ。

「明日は一組と二組、明後日が三組と四組。専用機持ちは恐らく最後の方に回されるだろう」

「うん、そうだろうね。じゃあ、明日に備えて今日はもう寝よっか?」

「ああ、そうだな。本音も夜更かしするなよ?睡眠不足で動けないなんて言い訳、実戦では通用せんからな」

「うん、分かった〜」

 そう言うと、早速自分のベッドに潜り込む本音。

「じゃ〜おやす……くぅ……」

「「相変わらず寝付き早っ!」」

 『おやすみなさい』すら言い切らずに一瞬で眠りの園に旅立つ本音。その寝付きの早さは『胴長短足裸足の機械』に頼りっぱなしの『駄眼鏡男子』も真っ青だろう。

「じゃ、じゃあ、僕たちも寝よ?」

「あ、ああ。そうだな」

 シャルの言葉に気を取り直し、自分のベッドに潜り込んで目を閉じる。

(冬休みが天国になるか地獄になるか。全ては明日に懸かっている。何としても合格せねばな)

 そんな事を考えながら、私は眠りの園に旅立つのだった。

 

 翌日、私が実技試験を受ける会場である第三アリーナ。その発進ゲートで、私は『フェンリル』を纏った状態で自分の出番を待っていた。

『村雲九十九君、試験を開始します。発進ゲートより出撃して下さい』

「了解」

(予想通り、最後の最後に回されたか)

 今頃は他の専用機持ち達も試験中だろう。私だけ不合格など御免だ、と気合を入れ直す。と……。

 

ドンガラガッシャーンッ‼‼

 

「……本音は、合格かな」

 隣のアリーナから聞こえた激しい雷鳴に、それに打たれただろう試験官に哀悼の意を捧げる私。……まあ、死んではないだろうが。

『『フェンリル』のカタパルト接続を確認、ゲート開放、カタパルト操作権を村雲機に移譲。ユーハブコントロール』

「アイハブコントロール。村雲九十九、『フェンリル』出る!」

 大きく口を開けたゲートから、勢いよく飛び出す私と『フェンリル』。

(さて、私のお相手は誰か……なっ!?)

 視界に写った試験官の姿に、私は驚愕する。そこに居る人物が、私の予想の埒外だったからだ。

 普段は後ろに流している黒のロングストレートをポニーテールに結い上げた頭。女性的なラインを残していながら、一目で鍛えていると分かるしなやかなボディライン。切れ長の目は息を呑むほど美しく、しかし、そこに宿る意志の強さは、見る者に畏怖を与える。そう、私の対戦相手は−−

「来たか、村雲」

「何故、貴女がそこに居るんです……?千冬さん」

 我等が一年一組担任にして、第一回『モンド・グロッソ』総合部門優勝者(ブリュンヒルデ)。真の学園最強、織斑千冬が『打鉄』を纏った姿でそこに居た。

「貴様の《ヘカトンケイル》とまともにやり合えるのが私ぐらいしか居ない。それが理由だ」

 「不服か?」と、ブレードで肩を叩きながら問うてくる千冬さん。私は内心の動揺を悟られまいと、努めて冷静に「いえ、全く」とだけ答えた。

(まずいまずいまずい!完っ全に想定の範囲外だ!まさか千冬さんが出張って来るなんて!)

 一年生の実技試験は、基本的に各学年担当の教師が生徒の相手を務める。だが、千冬さんが学園で教師を始めて以降、千冬さんが実技試験の試験官を務めたという事実は無い。何故か?答えは簡単、『強すぎるから』だ。

 もし千冬さんが試験官をやれば、試験を受けた生徒の9割は、最大限加減した千冬さん相手にすら生き残れないだろう。それ程までに、この人と生徒の間には隔絶した実力差があるのだ。

 そんな千冬さんが、私を試験する。最早、絶望しか感じない。

(どうする、どうすればいい!?……駄目だ、何のビジョンも見えない!)

 私の動揺を感じ取ったのか、千冬さんがフッと微笑んで言った。

「安心しろ、村雲。勝ち筋は作ってある。全力で合格を勝ち取りに来い」

『それではこれより、村雲九十九君の実技試験を開始します』

 

ビーッ!

 

「来い」

「ええい、こうなればヤケだ!やってやるさ!」

 半ばヤケクソになりながら、千冬さんに《狼牙》2丁による射撃を仕掛ける。だが、こんな雑な射撃が千冬さんに通じる筈がない事は分かっている。千冬さん程の技量があれば『弾丸斬り(カッティング)』位は容易に−−

「ふっ!」

 出来る。と思ったのだが、千冬さんは何故か弾丸を斬り落とす事もブレードの腹で受ける事もせず、回避行動を取った。

(どうして?あんな適当な射撃、千冬さんなら軽く切り払える筈なのに……)

「初手は譲った。次はこちらから行くぞ」

 そう言って、千冬さんが肩に担いでいたブレードを八相に構え、腰を落とす。あの態勢は学園のアーカイブで何度も見た、千冬さんの必殺戦術『瞬時加速(イグニッション・ブースト)からの一刀両断』を仕掛ける時の構えだ。

(来る!)

 こちらが身構えたのを見て、千冬さんが突っ込んでくる。しかし、瞬時加速では無く只のブーストダッシュで。さらに。

「ふん!」

「ぐっ!」

 振り下ろされるブレードのスピードも、アーカイブ映像の半分以下。その為、剣に疎い私でもどうにか防ぐ事ができた。

「ふむ、やはり防ぐか。ところで、敏い貴様だ。そろそろ気付かんか?()()()()()()()に」

(弾丸斬りをせず射撃を避けた事。瞬時加速ではなくブーストダッシュを使った点。そして、妙に遅い剣速……という事は!)

外付式機体性能制限装置(カフス)……。貴女の動きが常より遥かに鈍い事が、私の『勝ち筋』という事ですか」

 私の回答に「正解だ」とばかりに好戦的な笑みを浮かべる千冬さん。

 

 外付式機体性能制限装置。通称『カフス』。

 ISの機能を外部から制限する装置である。主に、軍や自衛隊で入隊一年目の新入隊員のIS教育を行う際に用いられる。

 最大75%の機能を抑える事ができる為、比較的安全に技能習得が行える。また、教官との模擬戦において『実力差』を埋める為に用いられる事もある。

 ちなみに『カフス』の着いたISを業界用語で『オムツ』と呼び、『オムツ』を使っている者達を指して『ベイビィ』と呼ぶ。

 

 千冬さんが『オムツ』を使うとか、とんだ世界最強の『ベイビィ』も居たものだ。とは言え−−

「付け入る隙があるならば、そこを突いて行くのが私の戦い方だ。織斑先生、お覚悟よろしいか?」

 言って右手でフィンガースナップ。その直後、手に手に武器を構えた《ヘカトンケイル》が現れる。

 私が全力戦闘を仕掛けに行く事を読んだ千冬さんは、その笑みを更に深める。

「お前の目の前にいるのは、力を封じられたとはいえ『世界最強の女(ブリュンヒルデ)』だ。遠慮なしに来い、村雲」

「……では、参ります。私、村雲九十九とIS『フェンリル・ラグナロク』が奏でる交響曲(シンフォニー)を、とくとご覧あれ!」

 吠えて、千冬さんの懐に飛び込む私。それを千冬さんはブレードを上段に構えて待ち受けた。実技試験はここからが本番だ。

 

 

 19時30分、一年生寮・食堂。全試験行程を終え、生徒達はそれぞれの成果を話すために食堂に集まっていた。

「で〜、ゴロゴロピシャーンでフィニッシュしたんだ〜」

「ああ、やはりあの時の雷鳴はそれか。試験官の先生も可哀想に。で、シャルは?」

「うん。僕は《ハイドラ》の一斉射撃でKO勝利。九十九はどうだったの?」

 一番のお気に入りメニューであるポトフを食べながら、シャルが私に訊いてきた。

「開始10分23秒、私が千冬さんの『打鉄』の装備を全て破壊した事で合格。その時には、こちらのSEは残り5%を切っていたよ。機能制限を受けたISでここまで押し込んでくるとは、伊達に『世界最強』ではないな」

 「もう少しで補習地獄行きだったよ」と笑うが、私の顔は多分ちょっと青いだろう。SE残量5%とか、強めの一発貰ったら即撃墜判定だったからな。

「織斑先生に勝ったんだ〜。すごいね〜、つくも」

「相手が機体性能制限付き、特殊ルールありの中でどうにかだ。これがもし『モンド・グロッソ』だったら、私はあの人相手に30秒と持つまいよ」

 私服の袖をパタパタさせながら言う本音に、端的な事実を述べる私。

「だが、まあ……貴重な経験をさせて貰ったのは確かだな。かのブリュンヒルデに手合わせ願えたのだから」

 そう締めて、私はカツ丼(特盛)を掻き込んだ。空になった丼をテーブルに置き、茶を飲んで一息つく。

「ともあれ、これで冬休みは君達と過ごせそうだ」

「うん」

「楽しみだね〜」

 少し早いが、今から冬休みの計画を立てるのも悪くはないか。そう思いながら、私は笑顔で冬休みに思いを馳せる二人を眺めるのだった。

 

 

 同時刻、地球・衛星軌道上。そこで、二人の少女が宇宙空間作業用パッケージを装備したISを纏い、目標を目指していた。

「こちらレイン、目標を確認した。これより、接触にあたる」

「サファイアっス。同じく、目標施設内部に突入するっス」

 彼女達は、ダリル・ケイシー改めレイン・ミューゼルとフォルテ・サファイア。京都での亡国機業(ファントム・タスク)実行部隊『モノクローム・アバター』撃滅作戦の際、九十九達を裏切り亡国機業に降った者達だ。

 そんな彼女達が目標とした施設は、衛星軌道上に設置された高高度エネルギー収束砲『エクスカリバー』。

 亡国機業の制御下にあった筈のそれが突如暴走、軌道を離れ始めた事が発覚したのに端を発する。

 その真相を確かめるべく、レインとフォルテが『エクスカリバー』内部に侵入する。

『どう?レイン。何か見つかった?』

 『モノクローム・アバター』隊長、スコールからの通信にレインが答える。

「いや、今の所特に何も……ん?ちょっと待て。これは……」

「何なんすか?これ。なんか、嫌なよか−−」

 

ブツッ、ザー……。

 

「レイン!?フォルテ!?どうしたの!?応答なさい!」

『ザー……』

 スコールが二人に応答を求めるが、返ってくるのはノイズだけ。この通信を最後に、二人からの連絡は完全に途絶えた。

 そして、物語の歯車はあらゆる狂気と真意を巻き込んで、ゆっくりと回り始める。




次回予告

恋人との、或いは想い人との、遊園地での何でも無い一時。
それは掛け替えのない時間になる……はずだった。
師走の空を切り裂く一条の閃光は、次なる事件の狼煙となる。

次回「転生者の打算的日常」
#78 勃発

イギリスでお会いしましょう、お嬢様。


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#78 勃発

 二学期末試験も終わり、暦は12月に入ろうかとしている。

 IS学園生徒会室には今、嬉々とした顔でクラッカーを鳴らす楯無さんと本音。それを呆れた顔で眺める私、苦笑しているシャル、呆けた顔で眺める一夏、最早何も言うまいと我関せずの態度を貫く虚さんがいた。要は生徒会役員共全員集合である。

「いえーい」

「いえ〜い」

 妙にテンションの高い二人に、一夏はどうにもついて行けていないのか、一人疑問顔だ。

「えーっと……これどういう事ですか?」

「やあねえ、もう明日で12月なんだから、前祝いみたいなものじゃない」

「はあ……」

「いや、要ります?前祝い。というか、聖誕祭前夜(クリスマスイブ)があるでしょうに」

 私が溜息混じりに言うと、楯無さんは「まあ、いいじゃない。楽しければ」と笑顔で答えた。……そうだな。この人はこういう人だったよな。

「それにしても寒くなりましたねぇ」

 窓の外を見ながら一夏が独りごちる。まだ雪こそ降っていないが、外気温はぐんと下がっている。最近は日の入りも早くなり、冬真っ盛りといった風情だ。

「あ、そうだ。つくも、クリスマスの準備はじめてる〜?寮の飾り付けとか、いちお〜生徒会の仕事なんだよ〜」

 本音が袖をパタパタさせつつそんな事を言ってきた。普段が普段だけに、まともな事を言う本音に生徒会メンバーは驚いていた。

「む、そうなのか?では、早い内に買い出しに行かねばならないか」

「そうだな。誰が行く?」

 一夏がそういった途端、楯無さんと簪さんから視線を向けられた。その目は『置いて行かないよね?』と訴えている。

 自分で「連れてけ」と言えばいいだろうに……。仕方ないな、このヘタレ姉妹は。

「大荷物になるかも知れんし、全員で行った方が良いだろう。ついでに各々欲しい物を買う時間を設ければなお良かろうよ」

「ん、そうだな。分かった。じゃあ、生徒会皆で行こうか」

 一夏がそう言うと、更識姉妹はパッと顔を綻ばせ、『ありがとう』と視線で礼を言って来た。だから自分で言えよ。面倒臭いな、この姉妹。

「そうと決まれば、明日、早速買い出しに行きましょう!」

 楯無さんがバッと広げた扇子には、相変わらずの墨痕逞しい字で『日曜日』と書かれていた。

 

 

 翌日、IS学園前駅。

「いやー、それにしても生徒会で出かけるのも久し振りだなあ」

「そうだな」

 そんな会話をしながら、後から来る生徒会女子メンバーを待つ私と一夏。だが、元より服装に頓着のない一夏の恰好は、よりによってIS学園の制服。目立つ事この上ない。現に今も−−

「あ、あの、織斑一夏さんと村雲九十九さんですよね?すみません、サイン下さい!」

 と最敬礼で色紙を差し出す男性に、仕方なく、本当に仕方なくサインを書いて寄越してやったばかりだ。

 サインを渡した男性はコメツキバッタよろしく、何度も頭を下げながら去って行った。なお、その周囲では既に何十回もカメラやスマホのフラッシュが焚かれていた。せめて撮影許可ぐらい取って欲しいものだ。最低限のマナーだろうに。

「なあ、一夏。お前私服は?」

「え?いや、持ってるけど……制服が楽でいいじゃんか」

「お前な……。少しは自分の立場を理解しても良いんじゃないか?」

「そうだよ、一夏。街中でIS学園の制服は、いくらなんでも目立ち過ぎ」

「うんうん、ただでさえつくもとおりむー、国民的アイドルなんだから〜」

 そう言いながら私達に近づいてきたのは、リスのパーカーに厚手のフレアスカートを着た本音と、オレンジのセーターにマーメイドラインのデニムスカートを着たシャルだった。今日は二人ともちょっと気合を入れてきたようだ。

「俺ってそんなに有名なのか?」

「当然だ。私達は現在、たった二人のIS学園男子生徒なのだからな」

 そう言えばそうか、と一夏は納得したように頷いた。

「それじゃあ、なんか着替えた方がいいかな?って言っても、一回帰らないといけないけど」

「ああ、そうしろ。だが、長くは待たん。楯無さんと簪さんが合流し次第、先に買い物に出るからな」

「分かった。じゃあ、そん時はLINEに連絡くれな」

 言いながら駅のホームに入っていく一夏。これからモノレールで学園に戻り、私服に着替えて戻って来るまで、最速で30分といった所か。

 と、そこへ更識姉妹が当惑の表情でやって来た。恐らく、一夏とホームですれ違ったのだろう。

「ねえ、さっき一夏くんが慌てた様子でモノレールに飛び乗ってたんだけど……」

「……どうかしたの?お財布でも忘れた?」

「それなのですが……」

 

ーー村雲九十九説明中ーー

 

「という訳で、私服に着替えに戻りました。あいつには『合流し次第先に行く』と言ってあります。さ、行きましょう」

「え、ちょ、ちょっと……!」

「……一夏を待たないの?」

「ご安心を。現在地は逐一LINEで伝えますから」

 姉妹の意見を封殺し、さっさと駅前の百貨店に向かう私とシャル、本音。姉妹はしばらくオロオロしていたものの、置いていかれるのも嫌だったのか、早足で付いてきた。

 なお、一夏が私服に着替えて合流したのは、生徒会の買い物がおおよそ終わりに近づいた頃だった。

 

 生徒会の買い物を終えた所で、各々の買い物をする前に腹ごしらえをという話になった私達は、ファストフードショップに入った。

 そこは、バーガーショップといえばココ。と言われる程の有名チェーン店で、誰しも一度は入った事のある店だ。

 休日という事もあり、店内は満席になっている。4、5分待つとテーブル席が空いたのでトレーを持って滑り込む。

「そう言えばたっちゃんはね〜。昔、オーダー取りに来ると思ってて、ずっと座って待ってたんだよ〜」

「ああ、そんな事もありましたね」

 チーズバーガーを一口頬張った所でいきなり暴露された過去に、楯無さんが顔を真っ赤にして狼狽する。

「そ、それを言うかなぁ!?今!だいたい、それ幼稚舎の時の話じゃない!」

「あはは、いかにもお嬢様なエピソードだなぁ」

 そう笑う一夏の額を、楯無さんがペチンと叩く。

「と、年上をからかわないの!」

 ちなみに、簪さんは予習していたお蔭でスムーズに注文したらしい。それも本音が楽しげに語った。

「ふむ、それだけのお嬢様なら……例えば、ハンバーガーをナイフとフォークを使って食べようとする、くらいはしそうだな」

「お〜、さすがつくも。よくわかったね〜」

「だ、だから!子供の時の話はやめてってば!」

 幼少期の恥ずかしエピソードを暴露され、とにかく恥ずかしくて仕方ない、という様子の楯無さん。しかし、とても楽しそうな一夏の様子に、話を中断するタイミングを掴み損ねているようだ。

「……女殺し」

「え?」

「なんでもないわ!ええ、ええ、なんでもありませんとも!」

 そう言ってチーズバーガーをまた一口頬張る楯無さん。どうやら流れに身を任せる事にしたらしい。楯無さんにしては随分と珍しい態度だ。えらく新鮮な感じだな。

「お姉ちゃん、顔まっか……」

「あーらー?簪ちゃんまでそんな事言い出すの。いいのかしら?」

「……やぶへび」

 簪さんが楯無さんを誂った途端、意地の悪い笑みを浮かべた楯無さん。そして、ここぞとばかりに簪さんの弱点を暴露する。

「一夏くん、九十九くん、簪ちゃんね。実はピクルスが食べられないのよ」

「へえ?」

 一夏の注目が自分に移った事で、簪さんが慌てたような声を出した。

「そ、それっ、昔の話、だからっ……!」

 そう言って、簪さんは自分のハンバーガーをさっと隠す。

「むーかーし〜?さっきもピクルス抜きを注文してたわよねぇ?」

「お、お姉ちゃんっ……!」

 どうやら楯無さんの意地悪お姉さんスイッチが入ったようだ。こうなっては簪さんでは手に負えない。

「まだまだ大人の女にはなれそうにないわね?」

 楯無さんがウィンクすると、簪さんは頬を膨らませてそっぽを向いた。

「はいはい、これでお話は終わり!早く食べちゃって、ショッピングに戻りましょう」

「ええ。その方がいいでしょう。どうも我々に気づき始めている人がいるようだからな」

「ああ、なるほど……」

 言いながら周囲を見渡して納得したように頷く一夏。そこでは、私達を遠巻きにしながらも、無遠慮にカメラを向けて写真を撮る一般人の姿。

 私達はバーガーを食べ終えると、足早に店を後にした。

「さすがに店の外までは追って来ないよな?」

「その考えは甘いと思うぞ」

 一夏の希望的観測を一蹴する。何故なら−−

「今、ここに織斑一夏くんいたわよね!?」

「村雲九十九くんもいたわ!」

「二人とも、写真で見るより格好よかったね〜」

「サイン欲しいわ、サイン!」

 と、キャイキャイと騒ぐ女子の声がするからだ。ただでさえ目立つ生徒会メンバーに一夏(と私)までいるとなれば、それはもうちょっとした祭り騒ぎだろう。下手に立ち止まればあっと言う間に囲まれかねん。……よし。

「シャル、本音」

「うん。……コホン。あ!いた!」

「ほんとだ〜!」

 私が名を呼ぶと、二人はそれだけで意図を察したのか、大声でそう叫んだ。

「むこうに行ったよ!」

「え、ほんと、どこどこ!?」

「下着売り場の方〜」

「追わなきゃ!行くわよ皆!」

「「「おーっ!」」」

 

ズドドドド……!

 

 二人の齎した誤情報を信じて走り去っていく女子中学生のグループ。

「ふう、これでしばらく安心だな。二人とも、良くやってくれた。ありがとう」

「「どういたしまして」」

「名前を呼んだだけでこの連携……!これが、以心伝心!」

「……羨ましい、関係」

 私達の間では割と普通な光景に戦慄する更識姉妹。ちなみに一夏は私達の一連のやり取りに驚きに満ちた顔をしていた。

「これで追手は撒けました。さ、買い物を……」

 

ピンポンパンポン♪

 

 続けましょう。と言おうとした所で軽快なチャイムが鳴り、ウグイス嬢がアナウンスを始める。

『間もなく、屋外展示場にて、『アイアンガイ』ヒーローショーを開催いたします』

 

ピンポンパンポン♪

 

 アナウンスが遠ざかると共に、目を光らせて一夏に近づいたのは簪さんだ。

「一夏、行こう……!」

 その眼光は常に無く鋭い。普段の内気で引っ込み思案な簪さんからは考えられない程の強引さで一夏を引っ張って行く。

 ……待てよ?確か昨日、買い物の行先を決めるにあたって、簪さんがこの百貨店を猛プッシュしていたが、まさか−−

「簪さん。君、初めからこれが見たくて『ここにしよう』と言ったのかい?」

 私の質問にコクコクと頷く簪さん。……これは、誰が何を言った所で止まらないだろう。

「一夏、付き合ってやれ。私達は自分の買い物(クイクイ)を……本音、君も見たいのか?」

「うん!」

「そうか、仕方ないな。皆で行こう」

 そういう事になった。

 

 

 それから5分後、満員の屋外展示場でヒーローショーが始まった。

「みんなー、元気かなー?」

「「「はーい!」」」

 司会のお姉さんのコールに、勢いよく返事をする子供達。それに混じって、簪さんと本音が大きな声を出す。

 普段からはとても想像できないその姿に、一夏も私もちょっと引き気味だ。

「それじゃあ、早速呼んでみよう!アイアンガーイ!」

「「「アイアンガーイ‼」」」

 会場から声が上がるものの、まだまだ足りないとばかりに観客席に耳を傾ける司会のお姉さん。

「一夏、叫んで」

「お、おう」

 簪さんの気迫に押され、思わず頷く一夏。

「ほら、つくもも〜」

「キャラじゃないが……本音の頼みではやむを得ないか」

 本音のリクエストに仕方なく、本当に仕方なく応じる私。

「せーの、アイアンガーイ!」

「「「アイアンガーイ!」」」

 ヤケになりつつ、子供達と共に叫ぶ私と一夏。すると、その声に応えて待望のヒーロー・アイアンガイが姿を現した。

 『アイアンガイ』の名の通り、メタリックな装甲に身を包んだその姿は、何ともヒーロー的だ。……悔しいが格好いいじゃないか。

『ハッハッハ!チビッコのみんな、ごきげんよう!俺がアイアンガイだ!今日は元気なお父さんもいるな!』

 ……どうやら私と一夏は誰かの父親だと思われたらしい。正直、凄い恥ずかしいんだが。

 一方、ヒーロー登場に大興奮なのは簪さんだ。……ちょっと、いや、だいぶ怖い。

「今日こそ、攫われたい……!」

「えっと、簪?何言ってるの?」

「シャル。日本のヒーローショーのお約束には、『悪の組織が観客を攫って人質にする』というのがあってな?」

「ああ、簪はそれを狙ってる。と」

 そうだ。と言って今一度簪さんを見る。……さっきから『攫って』オーラがダダ漏れだ。これ、逆に攫って貰えなくないか?

 なお、簪さんの隣には、初めてのヒーローショーに戸惑いながらもノリノリな楯無さんがいた。

 と、その時、おどろおどろしいBGMと共に、ステージ上に悪の幹部と戦闘員が現れた。

『ムッ!早速敵さんのお出ましか!全く、ヒーローには休日がないぜ!』

 身構えるアイアンガイ。それに、悪の幹部が手にした杖を突きつけていった。

『ガッハッハ、アイアンガイ!今日が貴様の命日だ!』

『ほざけ、マスターX!今日も今日とて返り討ちにしてやる!』

 アイアンガイとマスターXの言い合いの間、ステージ上では戦闘員がやいのやいのと飛び回っている。と、次の瞬間、戦闘員がステージから降りて観客達を攫い始める。

「ん?こっちに来るぞ」

「……っ‼」

 戦闘員の魔の手が私達のすぐそばまで迫る。……が。

「(ビクッ!)こ、こっちに来い!……お願いします」

「は~い」

 簪さんのオーラに恐れをなしたのか、戦闘員はその隣にいた本音を攫って行った。あ、簪さんの目が絶望に染まってる。

 本音はそのまま他のチビッコ達と一緒にステージへ。うん、周りが子供ばかりな分、一人だけ違和感が凄い。

『ふはは、アイアンガイ!これでは戦えまい!』

『おのれ、マスターX!卑怯だぞ』

 会場から一斉にブーイングが飛ぶ。

『ええい、黙れっ!悪の幹部は、こうでなくてはならんのだ!』

 開き直ったマスターXが人質に杖を向ける。すると、杖の先端から剣先が飛び出した。それを見た子供達がきゃあきゃあと騒ぎ出す。そんな中、一人本音が浮いていた。……いや、せめてリアクションしてやって。司会のお姉さんがちょっと困ってるぞ。

「みんなー、ヒーローに力をあげて!大きな声で呼んでみましょう!」

 あ、お姉さんが本音の扱いに困って、多少強引にでも舞台を進めようとしてる。と、その瞬間、私の背筋が急にちりついた。

(あ、何か嫌な予感が……)

「せーのっ……」

「つくも〜、助けて〜!」

 本音がブンブンと腕を振って、大声で叫ぶ。その表情は何とも楽しげだ。

「つ、つくも?」

 戸惑う司会のお姉さん。あちゃーという表情の更識姉妹。苦笑いを浮かべるシャルと一夏、私はと言えば、少しでも身バレが遅れるように両手で顔を覆っていた。

「つくもは、村雲九十九だよ〜。わたしの……ううん、みんなのヒーローなの!」

「うぉぉ……本音、やめて。マジやめて」

 一夏程では無いにせよ、それなりに有名だと自覚のある私の名が出た途端、司会のお姉さんの目の色が変わる。

「えっ!?村雲九十九!?それならそっちの方がいいわ!」

『え?いや、あの、アイアンガイがみんなのヒーローなんだけど……』

 キョトンとするアイアンガイとマスターX。次に飛び出したのは、司会のお姉さんの一言だった。

「さあ、みんな!呼びましょう!せーのっ!村雲九十九ー!」

「「「むらくもつくもー!」」」

 子供達も一斉に叫ぶ。もはや完全に逃げ場を失った。……いいよ、やるよ。やれば……。

「やればいいんだろう!?」

 覚悟を決めて立ち上がり、ステージに向かって一直線。

「せいやあああっ!」

 掛けられた階段を駆け上がると同時に跳躍、そのままマスターXに飛び蹴りをかます。吹き飛ぶマスターX。勢いそのまま着地を決めて叫ぶ。

「キャラでも柄でもないが、ここはヒーローになってやろうではないか!来い、悪党共!この私、村雲九十九が相手だ!」

 

 その後、九十九は悪の組織相手に大立ち回りを演じ、その様は子供達の心をガッチリ掴んだ。

 この時、この場にいた少年達が後に村雲九十九非公認ファンクラブ『ナインティナイナーズ』を結成するのだが、それは神ならぬ九十九には予想できる事ではなかった。

 

 

「で、これは一体どういう事だ?一夏」

 クリスマスイブを20日後に控えた12月4日。一年生寮の廊下で、一夏が正座をさせられていた。

 その首には『私は女風呂を覗いた敗戦主義者です』と書かれたプラカードを下げ、右目には猫の物と思しき爪痕、左目には人の物と思しき爪痕が、生々しく刻まれている。既に周囲に人影はなく、打ち拉がれた様子の一夏だけが残されている。

「いや、実はシャイニィを風呂に入れようとしたら逃げられてさ」

「ああ、大体分かった。そのシャイニィが女風呂の脱衣所に入ったのを追い掛け回した挙げ句、浴場内に突入。その左目の爪痕の持ち主とものの見事にエンカウント、と。で?相手は」

「……セシリア」

「そうか。災難だな、君も」

「…………」

 私が振り向いた先にいたのは、今回の事件のもう一人の当事者、セシリアだ。髪がまだしっとりしている所を見るに、着替えだけを済ませてきたのだろう。

(さて、一夏は何を言われるやら……)

 と思っていたら、セシリアは一夏に対して、何とも意外な態度を取った。

「あ、あの、一夏さん……」

 何か、もじもじしている。いつもの無駄に自信に満ちた態度は鳴りを潜め、やたらとしおらしい。セシリアっぽくない。

 ……などと失礼な事を考えていると、セシリアが意を決したかのように口を開いた。

「さ、先ほどの事は不問に致します。で、ですから、わたくしと二人きりでここに行ってもらえませんでしょうか……?」

 セシリアが一夏におずおずと差し出した物。それは、横浜にあるテーマパーク『De(ディー)ランド』の1dayパスポートだった。

「ん?んん?」

 一夏が要領を得ない、という顔をしている。まあ、そうだろうな。普段のセシリアなら「悪いと思っているのなら、わたくしとここに行きなさい」と、有無を言わさぬ態度で言うだろうに、それが向こうが願い出る側に回っているのだから。

「だ、だめですの……?」

 返事を返さない一夏に、セシリアが近づいてその顔を覗き込む。その頬は紅潮していて、常に無く弱々しく見える。

「い、いや、まあ、うん。い、行こうか」

 そんなセシリアの姿にときめく物があったのか、一夏は照れ臭そうにしながらも是の返事を返した。

「はい!」

 それに、ぱっと表情を明るくするセシリア。

 だが、彼女は気づいているのだろうか?その様子を柱の影から見つめる5つの視線に。

 

 

 週末、横浜・Deランド正面入口前。そこでは、二組の男女が偶然……ではない邂逅をしていた。

「やあ、一夏、セシリア」

「あれ、九十九?シャルロットにのほほんさんも」

「ど、どうしてここに?って、そう言えばあの時側にいましたわね」

「うむ。折角の週末だし遠出でもしようと計画していた所にセシリアの話を聞いたものでね。これ幸いと乗らせて貰った」

 邪魔をする気は無いよ、と言い残して去っていく九十九達に、一夏が「どうせだし、一緒に回ろうぜ」と提案。「セシリアに否がないなら」と九十九が言うと、セシリアは「一夏さんがそう言うなら」としぶしぶ承諾。こうして、九十九トリオと一夏・セシリアペアのダブルデートが開始された。

 

 まずやって来たのはドッグパーク。沢山の犬達が私達を出迎えてくれた。のはいいのだが。

「道中大量に現れたマスコットキャラクターの『ドボン太くん』は何だったんだ?」

「さ、さあ、何だったのでしょうね?」

 おほほ、と笑うセシリアだが、間違いなく分かっているだろう。あれは−−

「あれ、箒たちだよね?」

「ああ、道中良い雰囲気になりそうになる度に妨害しようという腹だろう」

「いっそ偶然を装って一緒に回ればいいのに〜」

 本音の言う通りだ。ここで揃って現れて「あら、偶然ね。折角だし皆で遊ばない?」と言えば、人の良い一夏の事だ。否とは言うまい。そこに気づかない辺り、まだ自分の気持ちの方を優先していると言えるな。

 

 で、ドッグパークに入ると、早速セシリアの周りに小型犬が集まってくる。

「ああ、可愛らしいですわ♪」

 ミニチュアダックス、ポメラニアン、チワワ、パピヨン、ヨークシャーテリア。それぞれが愛くるしい鳴き声を上げてセシリアに擦り寄っている。その一方で−−

「クーンクーン」

「キュンキュン」

「やっぱりこうなるのか……」

 ドーベルマン、シベリアンハスキー、アイリッシュセッター、ジャーマンシェパード、ボルゾイといった大型猟犬が揃いも揃って私に腹を見せ、情けない鳴き声を上げている。

「ちょっと目があっただけで……お前ら、猟犬のプライドはないのか!?」

 呆れ気味にそう言うが、犬達はただただ私に腹を見せ続けるだけ。どうやら私は、いわゆる『動物との友情』を育む事はどうあっても出来ないようだ。

 

 昼食(シャル&本音特製弁当)を挟み、続いて訪れたのはお化け屋敷(ホーンテッドマンション)

 中々に雰囲気のある外観の廃病院が目の前に立っている。が、お化け屋敷と言えば遊園地でも人気の高いアトラクションのはずなのに、私達以外に客の気配を感じないのはどういう事だ?

「じゃ、先に行くな」

「おう」

 私の疑問を他所に、先に屋敷入っていく一夏とセシリア。どうもセシリアはホラー系は大丈夫らしい。曰く「撃てる相手は倒せる相手。恐るるに足らない」のだそうだ。シューターらしい理由に思わず笑った。

 一夏達が中に入って数分後、私達も中に入った。

「中は結構暗いね」

「う〜、よく見えないよ〜」

「二人共、足下に気を付けろ」

 手を繋いだまましばらく進むが、脅かしに来るアクターが一人も出て来ない。……どうなっている?

「ねえ、九十九。おかしくない?」

「お化け役の人が出て来ないよ〜?」

「何か嫌な予感が……」

 

パンッ!パンッ、パンッ!

 

 する、と言おうとした瞬間、病院内に響く銃声。

「っ!?九十九!」

「急ぐぞ!一夏達に何かあったに違いない!」

 銃声のした方へ慌てて向かうと、そこでは小柄な『13日の金曜日』がセシリアの銃火に晒されていた。あのサイズ感、ラウラ!?

 そうと知ってか知らずか、セシリアは『13日の金曜日』に護身用名目で携帯していただろうブローニングをにっこり笑顔で景気良くぶっ放している。笑顔が怖いよ!一夏もドン引いてるし!

「ストップ、ストップだセシリア!もう向こうに交戦の意志はない!」

 慌ててセシリアを羽交い締めにして銃口を上に向けさせる。同時に『13日の金曜日』に「なっ!?」と声を掛ける。『13日の金曜日』はしばらくの逡巡の後、踵を返して去って行った。

「さ、今の内に出てしまおう。セシリア、銃をしまうと約束しろ。でなければ、この拘束を解く訳にはいかん」

「……分かりましたわ」

「よし」

 言質を取ったのを確認して、セシリアを開放する。セシリアは約束通り銃をカバンにしまうと、何事も無かったように一夏の手を引いて先に出て行った。

 

 ちなみに−−

「いちまーい、にーまーい……」

 一夏達のルートがそれた事を知らない簪が、一人井戸の中で皿を数えていた。

 

 

 夕暮れ。朱に染まるDeランドを、私達は観覧車から見ていた。

「はぁ……結局いつものドタバタ珍道中か」

 お化け屋敷での一件後も、ラヴァーズの妨害工作は続いた。詳しい描写は正直したくない。それだけで疲れそうだから。

「でも楽しかったね〜」

「そう言える本音が、今日はちょっと羨ましいよ……」

 ニコニコ笑顔で本音の言葉に、シャルは溜息混じりにそう呟いた。

「まあ、私達に直接の被害が無かっただけ良しとしよう。そうだ、帰りに何か美味い物でも食べて−−」

 帰ろう。と言おうした瞬間、純白の閃光が外の景色を焼いた。

「「「!?」」」

 突然、空から降り注いだ極大のレーザー攻撃。それがDeランドを無差別に焼き払っていた。

(何だ!?この出鱈目な出力は!?ISによる攻撃ではあり得ないぞ!?)

 圧倒的な破壊力と熱量を誇るそれは、辺り一面を紅蓮の炎で包み込んでいく。だが、呆然としている暇はない。

「シャル、君は私と人命救助と避難誘導を!本音、君は周辺に雨を降らせて初期消火!行くぞ!」

「「はい!」」

 ISを展開し、観覧車の扉を抉じ開けて外に出た私達。本音がランド中央、『ドボン太城』の上から雨雲を呼んで雨を降らせ、火の勢いを止めにかかる。

「『ユピテル』、お願い!」

『了。火災発生地域に集中降雨を実行します』

 すると、火災発生地点に雨雲が発生。そこから齎された大量の雨が、少しづつ火を消していく。

「流石本音と『ユピテル』。良い仕事だ。シャル、私達も」

「うん!」

 本音の頑張りに応えるべく、私達は突然の緊急事態に慌てふためく人々の救助と避難誘導に当たる。

「落ち着いて!私達の指示に従って避難を!」

「大丈夫です!ですから、家族とはぐれないようにしてください!」

「あ、IS!?良かった、助かった!」

 私達の姿を見て安心したのか、人々は落ち着きを取り戻し、私達の誘導に従って避難して行く。と、そこで、ハイパーセンサーが誰かを探す人の声を拾った。

「シャル、この人達の避難誘導、任せていいか?誰かが家族と逸れて、それを探し回っているようだ」

「分かった。こっちは任せて」

 頷くシャルに頷き返し、声をした方へ向かうと、若い夫婦と思しき男女が焦燥を顔に浮かべて頻りに誰かの名を叫んでいた。

「どうされました?」

「あ、IS!?助けに来てくれたんですか!?」

「私達、娘とはぐれてしまって……!お願い!娘を、あの子を!」

「分かりました。一緒に探しましょう。お二人はこれに乗ってください」

 《ヘカトンケイル》を4機展開し、夫婦をそれぞれ横抱きに抱える。

「ゆっくり飛ばしますが、念の為にしっかりと掴まっていてください」

「「は、はい!」」

 夫婦が《ヘカトンケイル》に掴まったのを確認すると、最後に娘さんといたと言う場所に向かう。しばらく進むと、小さな女の子と一緒にいる一夏とセシリアを発見した。

「あ、あれは!」

「あの子です!私達の娘です!」

 どうやら、一夏達が保護した女の子が、この夫婦の娘さんだったようだ。女の子は夫婦を視認したのか「パパ、ママ!」と声を上げてこちらに駆けてきた。

「ありがとうございます。本当に、私達、この子を失ったら生きていけません」

 何度も礼を言い、頭を下げる夫婦と「ありがとう、おにいちゃんたち!」と手を振る女の子。3人はそのまま、駆けつけた消防隊員の誘導に従って避難して行った。

「とりあえず、一安心だな」

「なんにしても、良かったですわ」

「ああ。ところで……そちらのメイド服のお姉さん。私達に何か御用かな?」

「「え?」」

 私が視線を向ける先に一夏とセシリアが顔を向ける。そこに居たのは、英国伝統のメイド服に身を包んだ、赤みがかった茶髪とヘーゼル色の大きな瞳が印象的な、私達よりいくつか年上と思われる女性。

「こちらでしたか、お嬢様」

 セシリアの事を『お嬢様』と呼ぶ、という事は、この人がオルコット家の女中筆頭にしてセシリアの専属メイド、チェルシー・ブランケットその人か。しかし、何故こんな鉄火場にこの人が?

「え……チェルシー?どうして……今はイギリスで仕事を任せておきましたのに」

 呆然とするセシリアに恭しく頭を垂れるチェルシーさんは、酷く無感情な声で冷たく告げた。

「お迎えに上がったのです、お嬢様。……いえ、セシリア・オルコット」

 次の瞬間、チェルシーさんの体が光に包まれる。これは、ISの量子展開反応だと!?

 そして、光が収まったそこには、ブルー・ティアーズシリーズの最新機『ダイブ・トゥ・ブルー』(以下、『DTB』)を身に纏ったチェルシーさんがいた。

「イギリスでお会い致しましょう。それでは」

 そう言い残し、チェルシーさんは空間に沈み込むように消えて行く。

 今のは、まさか空間潜行!?だとすると、チェルシーさんは『DTB』を既に十二分に使いこなしている事に……。

「一体、何が起きてるんだよ……」

「…………」

 真っ青な顔で震えるセシリアの肩を抱いて呟く一夏。またぞろ、大きな事件が私達の足下まで迫って来た。そんな予感が、私の脳裏を過っていた。




次回予告

全ての謎を解き明かすべく、一行は一路イギリスへ。
しかし、その道中は苦難の連続となる。
襲い来る2羽の鷹に、灰色の魔法使いが挑む。

次回「転生者の打算的日常」
#79 強襲、双子鷹

邪魔を……するな!


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#79 強襲、双子鷹

投稿が大幅に遅れた事、伏してお詫びしますm(_ _;)m。
リアルが忙しかったのと、展開を何度も見直しながら書いていたもので……。
次回はもう少し早く更新できるよう、鋭意努力致します。

それでは、どうぞ。


 Deランドでの一件から数日後、セシリアはプライベートジェットで一路イギリスへ向かっていた。

『十中八九罠だろうな』

『九十九の言うとおりだぜ、危険だ』

『ええ、分かっていますわ。ですが、チェルシーを放っておけませんもの』

 あの日の謎のレーザー攻撃は、観測所からの情報で衛星軌道上からのものと判明している。

 一体何者によるものなのか?チェルシーとの関係は?開発途中だったはずの『ブルー・ティアーズ』3号機が完成していた理由は?考えれば考える程、謎は深まっていくばかりである。

『とにかく、わたくしはイギリスに飛びます』

『そういう事なら、俺もついて行くさ』

 セシリアの手を握り、正面から言う一夏。

『一夏さん……感謝しますわ』

 という訳で、二人でイギリス入国−−となるはずだった。この男のこの一言さえ無ければ。

『事件の大きさに対して、お前達二人だけでは余りに戦力不足だな。いっそ全員で行くべきだろう』

『え?』

『おう、それもそうだな。よし、みんなで行こう』

『ええええええっ!?』

 

 

 という訳で、現在。()()はセシリアのプライベートジェットで一路イギリスを目指していた。メンバーは−−

「ちょっとセシリア、のど乾いたわよ。あ、これ冷蔵庫?ラッキー。コーラ飲んでいい?」

「しかし、ISで飛行するのとはまた違った感覚だな」

「自家用ジェットかぁ。セシリアって本当にお嬢様なんだね」

「この飛行機は赤外線センサーは積んでいるのか?」

「あ、ポテチ、食べる?」

「わ〜い、食べる〜!」

「簪ちゃん、本音ちゃん、飛行機でポテチ食べるって勇気あるわねぇ」

「驚いた。各国のIS委員会が渋ると思ったが、まさか即日で全員にビザ発給とは。世界もこの一件、重く見ているという事か」

「みなさーん、ちゃんと席につかないと危ないですよー」

「山田先生、コーヒーを頼む」

 専用機持ち全員(いつものメンツ)&山田先生+千冬さん。要はIS学園の最大戦力総出撃である。

「九十九さんがああ言った以上、こうなる(全員集合)とは思っていましたが……」

 セシリアの諦念の混じった声に、私はこう言って応えた。

「皆、君が心配なのだよ。だからこそ、こうして付いて来たのだ。ありがたく思いたまえ」

 私の言葉にセシリアが「一応、お礼を申し上げます」と言いながら頭を下げると、ラヴァーズは「気にするな」と笑って返した。が、真実は少し違う。

 

 イギリス出発2日前−−

「という訳だ。別に来いとは言わん。だがこの一件、二人で行かせれば第一夫人の座はセシリアに大きく近づくだろう。……どうする?」

「「「行く!」」」

 

 以上が事の真相である。ほんとこいつら御し易くていいわ。

「おい、セシリア。この飛行機に赤外線センサーは付いているかと訊いている!」

「ラウラ、さっきから一体何を……」

 言っているんだ。と言おうとして、言えなかった。ラウラの後ろの席の窓、そこからミサイルランチャーを構えたISがこちらを追いかけて飛んでいるのが見えたからだ。

 私が彼女の存在に気づいた次の瞬間、彼女はランチャーからミサイルを一発放った。

「当機に対してISがミサイル攻撃を仕掛けてきた!総員、ISを展開の上脱出!セシリア、君はパイロットを、一夏、お前は千冬さんを抱えろ!」

「え、えっ?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。急にそんな……」

「さっさとしろ!死にたいのか!」

「「「は、はい!」」」

 怒鳴るように言うと、皆(ラウラ除く)が慌ててISを展開する。直後、飛行機のエンジンにミサイルが着弾、爆発音と共に機体が大きく傾ぐ。

「私が《フルンティング(こいつ)》で壁を斬り開く!順次そこから飛び出せ!」

 言うなり、《フルンティング》で飛行機の壁を大きく斬り飛ばす。

「行け!」

 号令一下、飛び出して行く一同。全員が飛び出したのを確認した後、私が最後に飛び出す。

 次の瞬間、飛行機はガソリンに火が着いたのか爆発四散。もう数秒遅ければ、爆発に巻き込まれていたな。

「さっきのIS、シルエットからしてロシア製か!?何考えてるんだあのイワン(ロシア人)通りすがり(領空通過中)のイギリスの町娘(民間航空機)いきり立ったモノ(ミサイル)をぶち込んでイカせ(撃墜す)るなんて、下手すれば国際問題に発展するぞ!」

「ちょ、つくも!?」

「言い方がなんかやらしいよ!?」

「え?あれ?」

 そんなつもりは全く無かったのに口から飛び出た下品な言い回し。……何か変な電波でも拾ったかな?

 

 全員が飛行機から脱出したその先で待ち受けていたのは、くすんだ金髪に狐目の、20代前半の女性。その身に纏うのは、楯無さんの『ミステリアス・レイディ』の元となったIS『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』の発展機、『ロシアの深い霧(グストーイ・トゥマン・ルスキー)』の零号機(プロトタイプ)だ。間違いない。あの人は−−

「さすがにしとめきれなかったかナー?ねえ、更識楯無さん!」

「先代ロシア国家代表、現・候補生序列二位、『深霧(ディープ・ミスト)』のログナー・カリーニチェ……!」

「面倒なのが来たわねぇ。一夏くん!九十九くん!」

 バッと扇子を広げる楯無さん。そこに書いてあった文字は『先に行け』。

「あの狐目年増の相手は私がしましょう。織斑先生、引率お願いします」

「了解だ。不覚はとるなよ?」

「ふう……。私は更識楯無ですよ?」

 楯無さんはそう言うと、《ラスティー・ネイル(蛇腹剣)》を展開して構える。

「お仕置きして、あ・げ・る♪」

 台詞が原因でどっちが悪役なのかわからない状況だが−−

「一夏、ここは楯無さんに任せて行くぞ。ここにいても何も始まらん」

「おう、分かった。楯無さん、気をつけて!」

 一夏が楯無さんに一声かけ、そのまま超低空飛行で現場を離脱。それに続いて私達も現場を離れた。

 それからすぐ、楯無さんが残った空域から連続的な爆発音が響く。……始まったか。楯無さん、どうか無事で!

 

 後に、カリーニチェが九十九達の乗る飛行機を襲撃したのは、「お姉様(楯無)に会えなくて寂しさが募り過ぎ、たまたまお姉様の乗る飛行機が上空を通過すると知って、どうしても会いたくなってやった」から。という事がわかった。

 あんまりと言えばあんまりなその理由に、九十九が盛大な溜息をついたのは言うまでもない。

 

 

 急襲して来たカリーニチェ女史を楯無さんに任せ、私達は一路ドイツ軍IS配備特殊部隊『黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』の駐屯基地へと飛んでいた。

 IS装備者だけしかいないのならこのままイギリスまで飛んで行っても構わないのだが、私達パーティには千冬さんと飛行機のパイロットというISがない人がいる。その二人を抱えたままイギリスまで飛ぶのは、二人の負担になる。そういう判断から、飛行機の墜落地点から最も近いそこへと向かっている。という訳だ。

 ……千冬さんは平気なのではないか?と思ったのは私だけでは無いはずだ。

「おい、一夏。そろそろ疲れたろう。千冬さんは私が受け持とう」

 箒の一夏を気遣った……ように見せて単なる千冬さんへの嫉妬から来た言葉に対し、一夏は首を横に振って答えた。

「いや、このままで行こう。千冬姉は俺が面倒見るよ」

「そ、そうか……」

 はっきりとそう言われてしまえば、箒も引き下がるしかない。しかし、その顔は実に苦々しげだ。そして、それは他のラヴァーズも同様。その視線は、一夏に横抱きに抱えら(お姫様抱っこさ)れている千冬さんに不可視の質量を持って突き刺さる。それを感じ取ったのか、千冬さんは珍しく落ち着きなさげにする。

「あー、そのー、なんだ、一夏。私の事は置いて先にイギリス入りしたらどうだ?」

「千冬姉を置いていけるわけ無いだろ!」

 珍しく、千冬さんに対して強気の発言をする一夏。千冬さんが僅かに驚いたような顔をしたのを、私は見逃さなかった。

「……まったく、しょうのないやつだ……」

 そう言って、千冬さんは一夏の首に回した手に少しだけ力を込める。

「千冬さん、随分嬉しそうな顔をしていま−−「ふんっ!」ごはあっ!?」

 久々に見せてくれた千冬さんの隙を突こうとしたら、問答無用のアッパーシュートが顎に見舞われた。……痛い。

 

 あと30分も飛べば『黒兎隊』駐屯基地が見えてくる。という所で、『フェンリル』の広域レーダーにISの反応が2機現れた。

「ラウラ、『黒兎隊』の人達に「迎えに来い」と命じたか?」

「いや、そんな命令は−−」

 ラウラが言い切るより早く、『フェンリル』からロックオン警報が届く。もう間違いない。これは……!

「敵襲だ!各機、散開!」

 号令一下、全員が異なる方向へ散る。数瞬後、私達のいた場所を大量のライフル弾が通過して行った。

(今の銃声……IS用のブローニング自動小銃(BAR)、その強化改修タイプか!?)

 ISの武装としては些か型遅れなBARを好んで使うIS乗りに、心当たりは無い。襲撃者は一体何者だ?

(考えられるのは、情報収集の遅れているアフリカ諸国の代表候補生……いや、無いな。私達を襲う理由もメリットも無い。ドイツの別勢力……これも考え難いか。千冬さんに仕掛ける愚を、ドイツが犯すとは思えない。なら、残る可能性は−−)

「九十九、上!」

「っ!?」

 シャルの鋭い声にハッとして上を見ると、大型の片手斧を頭上に構えたISが急降下していた。

「ふふっ」

「ちいっ!」

 怪しい笑みを浮かべて斧を振り下ろしてくるのを、間一髪後方への瞬時加速(イグニッション・ブースト)で躱す。

「あら、外されちゃった。結構やるのね、貴方」

 さして気にしていないような声音でそう言いながら、体勢を整える襲撃者。その身に纏ったISに、私は見覚えがあった。

 猛禽類の翼を思わせるウィングスラスター、全体に薄く、軽さを追求したかのような各部装甲。両足に付いたクローユニットと脹脛のブースター。カラーリングは茶褐色に黒のライン。やはり間違いない、この機体は−−

「UAE製第三世代型IS『(シャヒーン)』シリーズの片割れ……『告死天使(アズライール)』!」

「残念、そっちは『告命天使(スルーシ)』。こっちが『アズライール』よ」

 言いながら現れたのは、肩にBARを吊り下げたIS。全体のシルエットが先に現れた『スルーシ』に似ているが、こちらは『スルーシ』に比べて各部の装甲がかなり厚く、鈍重な印象を受ける。

 そういえば、『鷹』シリーズのコンセプトは『重装甲近距離型と高機動遠距離型の2機による連携戦闘』だったか。だとすると得物が逆じゃないか?と思っていたら、二人は互いの得物を取り替えた。……なるほど。

「さっきのは挨拶代わりの様子見……。ここからが本番、と言う訳か」

 私の呟きに、二人は妖艶な笑みで返した。

「一夏、セシリア。お前達はドイツ軍基地へ急げ。この二人、荷物を抱えて戦える相手では−−「あ、勘違いしないで」む?」

 私が一夏達に指示を出そうとしたのを遮って、『スルーシ』を纏った方が言った。

「私たちの標的は貴方よ、村雲九十九。他に用はないわ」

「何?」

「そういう事。さ、さっさと行きなさいな。あんまりノロクサしてるようだと、後ろからバッサリ行くわよ?」

 「しっしっ」とばかりに手を振る『アズライール』。「邪魔だ」と言われた一行は、彼女達の態度に戸惑いを見せたが、私の『行け』という目配せに小さく頷いてこの場から去った。

「シャル、本音。君達も行け」

「「でも!」」

「行ってくれ。君達を人質に取る可能性を考えたら、酷な言い方だが居てくれない方が良い」

「……分かった。気を付けて」

「無理しちゃだめだよ〜?」

「ああ」

 シャルと本音は、途中何度も振り返りながら、一夏達の後を追って戦域を離脱していった。

「さて……と」

 改めて、今回の襲撃者二人に目を向ける。

 どちらも銀髪碧眼。『スルーシ』の方が膝に届く長髪、『アズライール』の方がショートボブスタイルにしている。街を歩けば男女問わず一度は振り返るのではと思う程の美貌が目に眩しい。

 ファッションモデルをやっていると言われれば信じそうなくらいその体型はスマートで、しかし女性的魅力に満ちている。だが、それら全てを台無しにしているのが……二人の『眼』だ。

 その眼には、極めて強い『殺人欲求』が垣間見える。そのせいか、碧いはずのその目は酷く淀み、濁っているように感じる。

 その一方で、その欲求を『流儀』と『契約』で抑え込む事が出来るだけの理性も持ち合わせている。一夏達が真横を通っても一瞥すらくれなかったのはその為だろう。

 間違いない。こいつ等は『裏』の更なる『裏』、『闇』に身を置く者達だ。

「そろそろいいかしらね……」

「ええ、あの子達は彼を助けようとして、きっと戻ってくる。その前にさっさと終わらせましょう」

「じゃあ、覚悟はいいかしら?……死んで貰うわ、そのISに」

「ん?待て、今のはどういう−−「質問とは余裕ね」ぬおっ!?」

 今のはどういう意味だ?と言い切るより先に『アズライール』が私に肉薄。片手斧を振り下ろしてくる。

 辛うじて《レーヴァテイン》の展開が間に合い、受け止める事こそ出来たものの、そのまま押し込まれて右肩装甲に斧が当たり、装甲を抉っていく。

「ぐうっ!」

「ほら、ボディがガラ空きよ」

 言いながら、BARを乱射する『スルーシ』。斧の一撃を受けて怯んだ事で反応が遅れた私は、ばら撒かれたライフル弾を手足にまともに食らってしまう。

「がっ……!」

「ほら、もう一発行くわよ?」

「……ちいっ!」

『アズライール』の振り回す斧をスウェーバックで躱す。が、僅かに躱しそこねて胸部装甲に浅く切り傷が入る。そこに飛んでくる『スルーシ』のBAR乱射。

 二人の隙の無い連携に、体勢を立て直す暇すら与えて貰えない。しかし、先の斧の一撃も、BARの射撃も、致命の一撃には及んでいない。だが……だからこそ妙だ。

 暗殺者ならば、『仕留められる時に確実に仕留める』のが普通のはず。にも関わらず、斬りかかる前、撃つ前にこちらに声をかけて注意を促している。

 更に、その攻撃もISの絶対防御が最優先で発動する頭や首、心臓や肝臓といった重要臓器のある場所(バイタルポイント)を直接狙ってきていない。なぶり殺しにするつもりか、それともさっきの一言通り−−

「彼女達が「殺せ」と命じられたのは、私自身ではない……?」

「考え事をしてる暇があるかしら?」

「ぬうっ!」

 『アズライール』の振り下ろす斧を《レーヴァテイン》で受け止め、そのまま鍔迫り合いに移行する。斧と《レーヴァテイン》の刃がギリギリと音を立てて軋む。

 『スルーシ』は動かない。こちらが決定的な隙を見せるのを待っているかのように、BARを構えて待機している。

「答えてくれるとは思っていない。が、それでも訊く。貴女方に依頼、或いは命令をしたのは……亡国機業(ファントム・タスク)の人間だな?」

「……どうしてそう思うのかしら?」

「『イエス』という事だな。理由は、貴方達のISだ。『鷹』の2機は2ヶ月前にUAEから亡国機業によって奪取されている。それを纏っているという事は、貴女方は亡国機業の関係者、もしくはISを『依頼料』代わりに受け取った外部協力者のどちらかだ」

「…………」

「その沈黙は『イエス』と取るぞ」

 問答の間も鍔迫り合いは続いていた。と、《レーヴァテイン》の刀身にピシッという音を立ててヒビが入る。

 このままではこちらの得物が先に死ぬ。そうなれば、次の得物を呼び出す(コールする)より早く、『アズライール』の一撃が入るか、それを隙と見た『スルーシ』のBARが火を吹いて大ダメージを受けるだろう。……まずい状況だな……ならば!

「ぬんっ!」

 『アズライール』の腹に蹴りを入れつつバックブースト。一気に距離を取ると同時に銃を持たせた《ヘカトンケイル》を展開、『スルーシ』に牽制射撃を行う。

「そして、貴女方が「殺せ」と命じられた対象は……『フェンリル』だな?その証拠に、私に対して殺気はぶつけて来ても殺意をぶつけて来ていない。貴女方が私にそうするのは、依頼人が恨みを持っているのがあくまで『フェンリル』の開発元か開発者であり、私はある意味で()()()()から。違うか?」

「……これ以上の沈黙は無意味のようね」

「ええ。思ったより頭の回転が速いわね、彼」

 戦闘態勢を維持したまま、二人は答え合わせを始めた。

「確かに、私達は亡国機業の人間」

「亡国機業暗殺部隊『グリムリーパー』所属の暗殺者よ。あいにく、名乗る名前なんて無いけど」

「依頼人の事は言えないわ。こっちもプロだから、信用を落とすような真似はしたくないの」

「構わない。ラグナロクが各方面から恨まれているのは知っている。きっと依頼人も、ラグナロクによって何らかの不利益を被ったのだろう。だが……」

 

パチンッ!

 

 フィンガースナップと共に《ヘカトンケイル》が2機の『鷹』に一斉に狙いを定める。

「だからといって『はい、そうですか』とやられてなどやれん。全力で抗わせて貰う」

 私の言葉に、二人は喜悦の表情を浮かべてそれぞれの得物を構え直す。直後、ドイツ辺境の森に無数の銃声が鳴り響いた。

 

 

 九十九が双子の暗殺者と戦闘を開始して10分が経過した頃、一夏達は可能な限り急いでドイツ軍基地に向かっていた。

「ラウラ!基地はまだ見えねえのかよ!?急がないと九十九が!」

「分かっている!だが、生身の人間を抱えた状態では、これ以上のスピードは出せん!」

「……くそっ!」

 満面に焦燥を浮かべる一夏に、その腕に抱えられた千冬が声をかける。

「落ち着け、織斑。奴の事だから、打開策は講じているはずだ。だろう?ボーデヴィッヒ」

「はい、教か「織斑先生だ」……織斑先生。九十九は私に個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で指示を出してきました」

「ラウラ、九十九はなんて?」

 シャルロットの質問にコクリと頷いて、ラウラは口を開いた。

「私から黒兎隊に連絡して、織斑先生とパイロットを受け取りに来て貰え。その上で、可能なら救援を。と」

 ラウラがそう言った直後、IS特有のブースター音が一夏達の耳に届いた。

「「隊長!お待たせしました!」」

「来たか、クラリッサ、マルグリット」

 現れたのは専用IS『シュバルツェア・ツヴァイク(黒い枝)』を纏った黒兎隊副長クラリッサ・ハルフォークと、黒兎隊仕様の『ラファール・リヴァイブ』を纏った同隊員、マルグリット・ピステールの二人だった。

「早速だが、教官……もとい織斑先生とパイロットを任せる。私達はこれより、九十九の救援に向かう」

「「はっ!」」

 綺麗な敬礼をするクラリッサとマルグリットにラウラが首肯すると、一夏達は元いた場所に急行を開始した。

 なお、この後クラリッサとマルグリットの間で『どっちがどっちを運ぶか』で5分程揉め、千冬から叱責を受けた。というのは、甚だ余談である。

 

「急ぐぞ!皆!」

「ってもさあ、九十九の事だし、今頃アイツら倒してんじゃない?」

「ええ。《ヘカトンケイル》を使えば、一対多戦闘くらい余裕でしょうし」

 鈴とセシリアの言葉を否定したのは、シャルロットと本音だ。

「ううん。《ヘカトンケイル》にだって弱点はあるよ」

「うん。つくもが「いずれ分かる事だから」って教えてくれたよ〜」

「《ヘカトンケイル》の弱点だと?何だそれは?」

「それはね……『長期戦に不向き』って事だよ」

 

 

 私は、数あるISの武装の中で《ヘカトンケイル》ほど長期戦に不向きな武装は無い。と思っている。

 まず第一に、数を出せば出す程消費するエネルギーと弾薬が増える。いかに超超大容量拡張領域(ユグドラシル)があるとはいえ、収納しておける弾薬には限界がある。全機展開し、無計画にバカスカ撃てば、10分保たずに弾切れを起こすだろう。

 第二に、《ヘカトンケイル》の操縦方法だ。戦術支援AIによって負担は減ったものの、一機一機を思念操作するという点は変わっていないため、脳に負担が掛かる事に変わりはない。

 しかも、第二形態移行(セカンドシフト)前は使用後に襲っていた頭痛が、第二形態移行後は使用中に襲ってくるようになる。という全く嬉しくない仕様変更まである始末。

 結果として、私が《ヘカトンケイル》を十全に操作できる時間は、全機同時展開時で5分。必要数をローテーションしながら展開しても20分保てばいい方になった。

 つまり、《ヘカトンケイル》を出したなら、できるだけ速やかに決着をつけないと敗北一直線という事だ。そして、今回はそうなった。なって、しまったのだ。

「ぐっ……うう……」

「《ヘカトンケイル》使用開始から19分。どうやらもう限界みたいね」

「ええ。情報通りだわ……こちらも大分追い込まれたけれど、これで終わりね」

 襲い来る強烈な頭痛に苛まれ、《ヘカトンケイル》どころか『フェンリル』の操作すらまともに出来なくなった私を、『アズライール』と『スルーシ』が見下ろしている。

 もっとも、彼女達にも相当の打撃を与えたのは確かで、それぞれのISには装甲の抉れた跡や弾丸の直撃した形跡がそこかしこにある。だが、私の方が深刻度で言えば上だ。

 双子の波状攻撃によって『フェンリル』は既に具現維持限界(リミットダウン)寸前で装甲はボロボロ。『スルーシ』との壮絶な撃ち合いで弾丸はほぼ枯渇、更にまともに体を動かせない程の頭痛を抱えている。形勢は圧倒的にこちらに不利だ。

「ごめんなさいね、これもお仕事なの」

 言いながら、私にBARを向ける『スルーシ』。と、そこにシャルロットと本音の声が響く。

「「九十九(つくも)!」」

「九十九のあの顔色……まずいぞ!シャルロットの説明通りなら、今のあいつは機体も満足に動かせない状態だ!セシリア!」

「おまかせを!」

 セシリアが《スターライトMk−Ⅲ》を構え、狙撃体制に入った直後、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で急接近した『アズライール』の斧の一撃で、その銃身が寸断された。

「やらせないわよ、お嬢さん」

「「なっ!?」」

 その反応の速さに驚くセシリアとラウラ。

「残念、あなた達が来るのは予想済みよ。まあ、予想よりだいぶ早くて驚いたけど」

「くっ!シャルロット、本音!」

「「うん!」」

 返事と同時、二人は瞬時加速を利用して『アズライール』の横をすり抜け、こちらに飛んでくる。しかし−−

「ちょっとだけ、間に合わないわね」

 それより早く、『スルーシ』がBARの引金を引いた。

 瞬間、吐き出される大量のライフル弾。ほぼ零距離から放たれたそれは、一発の外れもなく『フェンリル』の装甲を粉々に砕いた。

「があああああっ‼」

「「九十九(つくも)ー!」」

「く……そ……」

 泣きそうな顔で近づく二人を視界に収めながら、私の意識は暗闇に呑まれていった。

 

 超過ダメージによって『フェンリル』の展開が解け、そのまま崩れ落ちる九十九を地面に倒れる寸前でシャルロットが受け止める。

「九十九、しっかりして!」

「…………」

 シャルロットが肩を揺すって起こそうと試みるが、九十九は身じろぎ一つしない。

 本音がすぐに『フェンリル』の状態を確認すると、九十九はISの搭乗者保護機能によって昏睡状態に陥っている事が分かった。

「しゃるるん、まずはつくもを安全なところに連れてこ?」

「……分かった」

 本音の言葉に頷いて、九十九を抱えるシャルロット。力無く垂れ下がった彼の腕が、ダメージの深刻さを物語る。

「アンタら、よくもアタシらの友達(ツレ)をやってくれたわね……!」

「恨みもあるが、それ以上の恩がある……九十九を傷付けた貴様らは、ここで斬って捨ててくれる!」

 九十九が重体となった原因を作った二人に敵意を剥き出しにする箒と鈴。だがそれは−−

「待って、二人とも。今は一刻も早く九十九をお医者さんに見せるのが上策だよ」

 九十九の状態を心配するシャルロットによって止められた。それに続いたのは本音。

「それに、多分だけどこの人たちとつくもはまた会う気がするから〜。だから……」

「「その人たちを倒すのは、九十九(つくも)に任せよ、ね?(にっこり)」」

 顔は笑んでいるが、目が全く笑っていない笑顔を箒と鈴に向ける二人。その笑みは、どこか九十九の(自称)誠心誠意の笑顔に似た『凄み』があった。

「「あ、ああ(え、ええ)。分かった(わ)」」

 それに圧倒されてか、二人は引き下がる。それに驚いたような顔をしたのは双子の暗殺者だ。

「いいの?私達を逃がして」

「今なら、ちょっと突けば倒れるかも知れないわよ?」

 双子の質問にシャルロットは頷いてこう言った。

「多分、九十九が起きていたら言うだろう事を言います『今回は私が負けた。ああ、完膚無きまでに負けたとも』」

 シャルロットの言葉に、本音が続く。

「『だがな、私も『フェンリル』も完全には死んでいない。だから復讐の機会がある。次は私が貴女方を完膚無きまでに叩き潰してやる』」

「「『その時まで、首を洗って待っていろ!』」」

 ビシッ!と双子に指を突き付け、声を揃えて言う二人。それに対して、双子はフッと笑みを浮かべた。

「なら、彼が起きたら伝えてくれるかしら」

「私達は暗殺者。同じ標的の前に2度現れるような事はしない。けど……」

「「貴方の挑戦なら、いつでも受けてあげる。って」」

 そう言うと、双子は踵を返して飛び去って行った。それを見届けた後、一夏達は黒兎隊駐屯基地へと改めて向かうのだった。

 なお−−

「なあ、簪……」

「……言わないで」

「俺たち、空気だったよな……」

「…………言わないで」

 こんな会話が二人の間でなされたのは、まあどうでもいい事だろう。

 

 渡英作戦1日目 戦果報告

 

 セシリア・オルコット所有の自家用ジェット−−ロシア・ウクライナ国境付近上空にて爆発四散。損害額約70億円。

 

 更識楯無−−襲撃して来たログナー・カリーニチェと交戦、勝利。その後、独自ルートでイギリスを目指し進行中。

 

 その他メンバー−−双子の暗殺者に襲撃を受けて重体となった九十九の意識回復のため、黒ウサギ隊駐屯基地にて待機中。

 

 村雲九十九−−『フェンリル』大破。搭乗者保護機能により、現在意識不明。意識回復までの目処は立たず。なお、亡国機業所属の双子の暗殺者との間に因縁が出来た模様。




次回予告

傷つき、倒れた灰銀の魔狼。魔法使いは魔狼復活のために一計を案じる。
向かうは、フランス・リヨン。ラグナロクフランス支社開発室。
だが、そこでもまたひと騒動が起きる訳で……。

次回『転生者の打算的日常』
#80 仏国恋愛狂詩曲

シャルロットさんを賭けて、僕と勝負しろ!
……どうしてこうなった?


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#80 仏国恋愛狂詩曲

「う……ここは……?」

 目を覚まして最初に視界に入ったのは、見知らぬ天井だった。

 消毒液の匂いがする事から、ここはドイツ軍基地の医務室なのだろう。恐らく、意識を失った私をここに運び込んだのだと思う。時計のカレンダーを見るに、私は丸一日昏睡していたようだ。

 ふと、右腕に重みを感じて目を向けると、シャルと本音がベッドに突っ伏して寝息を立てていた。ここで私の看病をしてくれていたのだろう。

 感謝の意を込めて二人の頭を撫でようと身をよじると、その振動が伝わったのか、二人が目を覚ました。

「ん……?あ……九十九!」

「よかった〜、気がついたんだね〜」

「ああ、ついさっきな。心配をかけた。すまない」

 ベッドに横たわった少々情けない格好で謝辞を述べると、二人は「無茶しないでって言ったのに」と少し怒った風に言った。

(これは、後で詫び代わりに何かする必要があるな)

 さて、何が良いかな。と考えていると、医務室の扉がガラリと開いて、そこから千冬さんが入って来た。

「む、目を覚ましたか村雲。体の調子はどうだ?」

「これはこれは。織斑先生に心配をして頂けるとは、光栄の極みですね」

「茶化すな馬鹿者。で、どうなんだ?」

「幸い、と言うか何と言うか、体の方には大したダメージはありません。あちこち痣になっていますが、無視できる程度の痛みです。頭痛の方も既に収まっていますし、活動に支障はないかと。ただ……」

 私の声が沈んだ事に気づいてか、千冬さんがコクリと頷いて『フェンリル』の状態を語った。

「貴様のIS『フェンリル』のダメージレベルはD。即座に開発元に修理に出す事を推奨される状態だ」

「でしょうね……」

 具現維持限界(リミットダウン)寸前の状態から、ほぼ零距離で1マガジン分(20発)のライフル弾を受けたのだ。その装甲がズタズタになっても不思議ではない。

「すぐに日本へ帰れと言いたいが、今はそうも言っていられない。このまま一緒に来てもらうぞ」

「はい。……しかし参った。まさか、ここで戦線離脱(リタイア)とはな」

「あ、それなんだけどね九十九。実は−−」

 

 

「「「ええっ!?『フェンリル』の修理が出来る!?」」」

「かも知れない、だけどね」

 シャルから齎された情報は、他のメンバーに驚きを与えるものだった。

 その情報とは『フランス・リヨンにあるラグナロクの開発室に『フェンリル』の予備パーツがある』というものだった。

 何故そこに『フェンリル』の予備パーツがあるのか?それはリヨンの開発部が『フェンリル』の強化改修プランを研究する為だ。その予備パーツを修理に使わせて貰う事ができれば、『フェンリル』は復活を果たす。かも知れないのだ。

「という訳で、私はフランス行きを希望する。構いませんね?織斑先生」

「……貴様は、山田先生の参謀役としてドイツルートに行かせたかったが……まあいいだろう。では、改めて現状を確認する」

 そう言って、千冬さんは空中投影ディスプレイに皆の名前を書き連ねていく。それによると−−

 楯無さんは現在、ロシア経由の独自ルートでイギリスを目指している。そこで、いざという時に身動きが取れるようにという事と、デュノア社からシャルに最新装備の受領指示が来ているという点を鑑みて、部隊を二つに分ける事にしたそうだ。

 ドイツから海路でイギリスへ向かうのが山田先生を引率にセシリア、鈴、箒、ラウラ。それから『黒兎隊』のマルグリット・ピステール曹長の『ラファール』とEOS4機が護衛に付く。

「って、何故?」

「昨日、山田先生と『黒兎隊』の副長さんが模擬戦をやって、先生のISがボロボロになっちゃったの」

「いや、だからそれが何故?」

「副長さんが、山田先生の引率で大丈夫かって噛みついて〜−−」

「あ、何となく分かった。千冬さんが『だったら、互いに力を見せつけてやれ』とでも言って、その結果がこれ、と」

「「うん」」

「そこ!私語をするな!」

「「「はい!すみません!」」」

 千冬さんの怒声により、私達の会話は強制終了である。……やっぱり、この人には逆らい難い何かがあるよな。

 

「そして、フランスを経由し、空路でイギリスを目指すのが私を引率に織斑、デュノア、布仏、村雲、サポートに更識妹を連れて行く。こちらは『フェンリル』の修理が可能かの確認と可能な場合はその実行、及びデュノア社からの最新装備受領を終え次第、デュノア社のジェット機でイギリスを目指す手筈だ。以上、質問は……無いようだな。では、準備ができ次第出発する」

「「「はい!」」」

 こうして、それぞれの旅路でイギリスを目指す事が決定した。『フェンリル』の復活は果たしてなるのか?それは、リヨンに行ってみないと分からない。

 

 

 翌日、ドイツ・フランクフルト駅。

「それでは、英国にて。御機嫌よう、一夏さん」

 一夏と離ればなれになるというのに、セシリアにはどこか余裕があった。恐らく、先日の一件(#78)で、自分と一夏の間にある繋がりを感じたからだろう。

「ああ、またな。セシリア」

 ドイツ・フランクフルト発フランス・パリ行きの特急列車。その窓から、一夏がセシリアに手を振る。セシリアはそれに、柔らかな微笑みを返した。

 なお、その後ろで鈴と箒が『面白くありません』と言わんばかりの不機嫌面をしていたが、まあどうでもいい事だろう。

「はぁ……」

 列車が出発し、外の景色がゆっくりと流れ始めた。のだが、私の正面に座るシャルはどこか憂鬱そうな顔をしていた。

 はて、どうしてそんな顔をしているのだろうか?父との確執は既に無く、それどころか電話口で何気ない会話を楽しめる程に関係が改善されている今、フランス行きに冷静でいられなくなる。という事はないはずだが……?

「しゃるるん、どうしたの〜?なんだかちょっとイヤそうな顔してるけど〜」

「え、そう……?……うん、そうかもね」

「何かあった……いや、違うな。何かあるのか?フランスに」

「う、うん。それがね……」

 シャルが言う事には、自分がデュノア社の(名目上の)社長となり、更に『カレイドスコープ』の開発成功で社の財政が上向いたのを機に、シャルに対する結婚の申込みが後を絶たなかったのだとか。

「ん?絶たなかった?絶たない、ではなく?」

「うん。お父さんがそういう人達に『娘は村雲九十九氏と婚約済みだ』って伝えたら、一人を除いてパッタリ途絶えたって」

「一人を除いて?」

「誰さん?」

「クロード・ブルジョア。自動車メーカーの社長の息子さん。何回言っても聞く耳を持たないって、お父さんが呆れてた」

 ……何故だろう、この男が原因で一波乱ありそうな気がするのは?

 

 ドイツ国境を越え、フランスに入った我ら一行。窓の外に広がる田園風景にヨーロッパの広大さを感じていると、一夏がシャルに話しかけてきた。

「そういやあ、シャルってどこの生まれなんだ?」

「南フランスの田舎町だよ。ここからだとちょっと離れてるけど」

「ならば寄って行くか?折角の帰国だ、多少の寄り道は問題無いと思うが」

 一夏に合わせ、私は遠回しに『実母の墓参りに行かなくて良いのか?』と訊いた。

「うーん……今はいいや。パリで新装備を受け取ったらリヨンに行く事になるし、その時で」

「そうか。君がそう言うなら、尊重しよう」

 彼女にも、思う所が有るのだろう。そう言われればこれ以上食い下がっても仕方が無い。この話はこれで終わりだ。

「そういえば、シャルルって駅があるんだな。マルセイユ・サン・シャルル駅」

 一夏の放った懐かしい呼び名に、揃って吹き出す。

「いやあ、最初の頃の貴公子っぷりは凄かったよなぁ」

「確かに、身のこなしに隙がなかった。私が女なら、或いは惚れていたかもな」

「うんうん、しゃるるんかっこよかったもんね〜」

「もう、言わないでよ!あれ、結構恥ずかしかったんだから」

 赤面しながらもどこか楽しそうなシャルが凄く可愛いです。隣に座ってたら抱き締めてる自信があるよ、マジで。

 と、そこに通路を挟んだ隣の席から視線を感じた。視線の主は簪さんだ。こちらを羨ましそうにジッと見ていて、隣に座っている千冬さんの事は完全に無視だ。

「……簪さん。席、替わろうか?」

「えっ!?……そ、それはなんだか悪い気が……」

「そんなふうに見られていてはどうもむず痒い。遠慮はいらない、ほら」

 席を立ち、簪さんに席を譲る。簪さんは暫くの逡巡の後「それなら……遠慮無く」と、一夏の隣に座った。

「まったく……やれやれだ」

 溜息をつきつつ千冬さんの隣に座ると、千冬さんが溜息混じりに言った。

「お前も苦労するな、村雲」

「はは、貴女程ではありませんよ」

 それに苦笑して返し、窓の外に目を向ける。そこには、のどかな田園風景がどこまでも広がっていた。

 

 途中、車内販売のお兄さんに身バレして握手とサインを求められ、最後に「祖国を守ってくれたお礼さ!奢るよ!」と商品のバゲットサンドを人数分振る舞って去って行く。という小さな事件があった。得をしたと言えばしたのだが、なんだか悪い気がするなぁ。

 

 

 列車の中で一夜を明かし(特に事件もなかったので描写はカット)、我ら一行はフランス・パリ東駅に到着した。

「ここがパリか……九十九の言った通り、防寒着を持ってきて良かったぜ」

「だろう?とは言え、メキシコ湾流という暖流のお陰で同緯度にある日本の樺太よりは遥かに暖かいのだがな」

「そうなのか」

 一夏がウンウンと頷いていると、私達に一人の初老の紳士が近付いて来た。

「お待たせ致しました、お嬢様、若旦那様。お車の準備が出来ております」

 60代中盤から後半くらいだろうか。糊の効いたダブルスーツをビシッと着こなし、総白髪をオールバックに撫でつけ、目元には趣味の良い片眼鏡(モノクル)を掛けている。

 その背筋はピンと伸びており、何処か威厳や貫禄と言ったものを感じる。この人は……。

「うん、ありがとう。バトラーさん」

「お嬢様。私ごとき使用人に敬称は不要にございます。どうぞ、ジェイムズとお呼びください」

「う、うん。まだ慣れなくて……」

「ご自分のペースでよろしゅうございます、お嬢様。それから……」

 ジェイムズさんは私の方に向き直ると、恭しく一礼した。

「お初にお目にかかります、若旦那様。デュノア家執事長、ジェイムズ・バトラーと申します」

「ご丁寧にどうも。村雲九十九です。ところで、その『若旦那様』というのは?」

「若旦那様はお嬢様の将来の伴侶で御座いますれば、若旦那様と呼ぶ事に何の躊躇いがありましょうか」

「あの、すみません。まだ気が早いんで、それ止めて貰えませんか?」

「では、()()九十九様と。さ、こちらへ。お車へご案内致します」

 ジェイムズさんに案内され、駅を出てすぐの所に停まっていた豪華なリムジンに乗り込む。向かうはパリ郊外、デュノア社本社ビルだ。

 

 デュノア社本社ビル前。そこに一人の中年男性が立っていた。

 デュノア社社長代行、フランシス・デュノアである。高級スーツに身を包み、顎髭を生やしたその風貌は、厳しさと穏やかさを湛えている。

「そろそろかな」

 腕時計で時間を確認した所、予定より少し遅れている。

(車が渋滞にでも巻き込まれたかな?)

 フランシスがそう考えた所に、リムジンの排気音が響いた。フランシスは居住まいを正して、リムジンを待つ。

 果たして、本社ビル前に停止したリムジンから、九十九一行がぞろぞろと出て来た。

 

「やあ、久しぶりシャルロット。少し遅れたようだけど……?」

「久しぶり、お父さん。ごめんなさい、ちょっと渋滞に捕まっちゃって」

「ああ、大丈夫。まだ時間には余裕があるよ。九十九君も久しぶりだね」

 シャルと短い会話をした後、私に歩み寄って握手を求めてくるフランシスさんに、笑顔で握手をし返す。

「お久しぶりです、フランシスさん。早速ですが……」

「うん、『フェンリル』の修理の件だね。リヨンの研究員達に聞いたら、二つ返事で『ぜひウチで直させてください!』と言ってくれたよ」

「ありがとうございます。期間はどの程度掛かると?」

「ダメージレポートから考えて……これ位、と言っていたよ」

 言って、フランシスさんは指を3本立てて指し示した。それに一夏達が反応する。

「3ヶ月!?掛かりすぎだろ!」

「それでは作戦どころか3学期の授業にすら間に合わんではないか!」

「……そこは、普通3週間。でも、やっぱり作戦には間に合わない」

「あの、3人共。それ、多分どっちも間違いだよ?」

「おりむーたちはラグナロク驚異の技術力を甘く見過ぎだよ〜」

「え?……って事は、まさか!?」

 一斉にフランシスさんの方を見る一同。それに対してフランシスさんは、ニッコリと微笑んで答えた。

「パーツの交換と微調整(アジャスト)、実際の起動テストも含めて、8時間3交代のフル稼働で3日あればいけるそうだよ」

「「「ありえなくね!?」」」

 一夏達のツッコミが、パリの青空に響き渡った。

 

 

 なんてやりとりがあった後、私達はフランシスさんの案内で本社ビル近くのIS用射撃訓練場にやって来ていた。

「お父さん、これが……?」

「ああ、これが『ラファール・カレイドスコープ』用に新開発した、48㎜口径ハイブリッドロングライフル《ヴァーチェ》だ」

 そこには、全長2mはあろうかという長大なライフルが、主の手に渡るのを今か今かと待っているかのようにハンガーに立てられていた。

「見た目はただのでかいライフルだよな……?」

「だが、間違いなくラグナロクが一枚噛んでいるはずだ。ただのライフルではあるまい」

「その通り!このライフルは、エネルギー弾と実体弾の撃ち分け、更には同時射撃も可能なライフルさ!」

「……なるほど。目的は『実体弾防御力の高い装甲を撃ち抜く』事、か」

 私の考察に、フランシスさんが「Réponse correcte!」と叫ぶ。何と言ったのかシャルに訊くと「正解って言ったんだよ」と教えてくれた。

 エネルギー弾と実弾という、弾速の違う2種類の弾を同時に発射する事で、エネルギー弾が着弾箇所のシールドエネルギーを食い破り、直後、シールドエネルギーを一瞬失って脆くなった装甲に質量を持った弾体が直撃。それによって装甲破壊を可能とする、という中々に凶悪な得物だ。

「えげつないな……」

 とポツリと誰かが漏らした。だが、このえげつなさこそがラグナロクのラグナロクたる由縁なのである。

 

 《ヴァーチェ》の量子変換(インストール)を終え、次の目的地であるリヨンのラグナロクフランス支社開発室に向かおうと本社ビルから出た私達の目の前に、大きな薔薇の花束を携えた一人の男性が現れた。

 年の頃は20代前半から中盤といった所か。アッシュブラウンの髪を後ろに撫でつけ、高級ブランド品と思しきダークスーツを身に着けた、見目の良い男だ。

 男は誰かを見つけたのか、パッと破顔するとこちらに歩み寄ってきた。その足の向かう先は……シャルだ。

「シャルロットさん!お久しぶりです!いや、今日もお美しい!あ、これどうぞ!近所の花屋の薔薇を買い占めてきました!」

 言って、薔薇の花束をシャルに差し出す男。それに対して、シャルは困惑を顔に浮かべていた。

「あ、ありがとうございます。ブルジョアさん……」

「はは、いやだなぁシャルロットさん、そんな他人行儀な。どうぞクロードと呼んでください」

 シャルの困惑を知ってか知らずか、男……クロード・ブルジョアは笑顔でそう言った。

 なるほど、この男がシャルの言っていた『諦めの悪い男』か。確かに、何となく雰囲気でそうと分かるな。

「そうだ、シャルロットさん。お昼はもう済みましたか?」

「いえ、まだですけ−−」

「でしたら、僕おすすめのビストロに行きましょう!もちろん、僕の奢りです!」

「いえ、あの−−」

「さあ、行きましょう!あそこの日替わりキッシュランチは絶品で……「そこまでにしろ」ん?」

 シャルの手を取り、強引に連れて行こうとするブルジョアの腕を掴んで止める。

「気づいていないのか?それとも、気づいた上で無視をしているのか?シャルが迷惑している、その手を離せ優男」

「誰だい、君は?」

「村雲九十九。シャルロット・デュノアの婚約者だ。もう一度言う、クロード・ブルジョア。その手を離せ」

「……そうか。貴様がシャルロットさんを付け回している自称『婚約者』の男か」

 ブルジョアはそう言ってシャルから手を離すと、私を睨みつける。私もブルジョアの腕を離し、彼を睨む。

「自称ではない。既にフランシスさんからもそうと認められている。シャルを付け回しているのは貴様の方だ」

「ふん、妄想もここまで行くといっそ滑稽だな少年」

「いいや、妄想などではないさ。彼はシャルロットが見初め、私が相応しいと認めた男だ」

 言いながら、フランシスさんが本社ビル前に現れた。ブルジョアはフランシスさんがやって来た事と、その言葉に驚愕している。

「そ、そんな……!いいや、認めない!僕は認めないぞ!」

 頭を振り、全力でフランシスさんの言葉を否定しにかかるブルジョア。一体、どうしてそこまでシャルに執心しているんだ?この男。

 と考えていると、ブルジョアは私を指差し、こう言った。

「村雲九十九!シャルロットさんを賭けて、僕と勝負しろ!!」

「……は?」

 真剣な顔で宣うブルジョアに対して、私はポカンとした顔を浮かべるしか無かった。−−どうしてこうなった?

 

 

 言いたい事だけ言って帰って行ったブルジョアを呆然と見送った私達は、シャルお薦めのレストランで遅めのランチを食べていた。

「『勝負は明日、ブルジョア家所有のドーム球場で。勝負内容は格闘技。逃げても良いが、その時はシャルロットさんの事は諦めろ』ね……」

 言い終えて、豚フィレ肉のマティニョン風を一口齧る。生ハムの塩気がいい感じだ。

「ってかよ、あいつマジで何なんだ?シャルロットの都合とか気持ちとか、完全に無視してたぜ!?」

 牛ロースステーキを切り分けながら、憤慨した様子で声を上げる一夏。

「……完全に、自分のことしか考えてない、人」

 舌平目のムニエルから丁寧に骨を取り除きつつ、呆れたように簪が言う。

「あれは無い。としか言えない人だったね〜」

 ブフ・ブルギニョン(牛肉赤ワイン煮)の肉をほぐしては口に運ぶを繰り返しながら本音が溜息をつく。

「悪い人だとは思わないんだけど、良い人だとも思えないんだよね……」

 鴨肉のソテーオレンジソースをフォークに刺しては戻すをしながら呟くシャル。

「迷惑な男だな。貴様等はあんな風にはなるなよ、織斑、村雲」

 シューファルシ(キャベツの詰め物)を頬張りつつそう言う千冬さん。それに、私達は重々しく頷く。

「「分かっています(分かってる)」」

 相手を慮る事も出来ないような、そんな男になりたいなど欠片も思わないからな。

「ところでよ、あいつが言ってたそのドームってどこにあんだよ?」

「何処にあるんだ?シャル」

「あ、うん。リヨンの外れにあるって、お父さんが教えてくれたよ」

「「「都合良いー」」」

 

 という訳で、高速鉄道に乗り一路リヨンへ。リヨン駅からデュノア社用車でラグナロクフランス支社開発室に向かう。

 開発室に入ると、長い金髪を毛先で纏めた、吊り目と眼鏡が理知的な雰囲気を醸し出す、20代半ばの細身の青年が出迎えてくれた。青年は私に握手を求めつつ自己紹介をした。

「お待ちしてました、村雲さん。私は、この開発室の責任者のトリスタン・ラ・サールです」

 握手に応えながら、こちらも感謝の意を示す。

「お世話になります、ラ・サールさん。急なお願いを快く聞いて下さった、そちらのご厚意に感謝します」

「いえ、お気になさらず。早速ですが、『フェンリル』をこちらへ。すぐに修理を開始します」

「はい、お願いします」

 ラ・サールさんに促され、彼が押して来ただろうISハンガーに立って『フェンリル』を展開。そのまま機体から降りる。

「では、早速作業を開始します。進捗は逐一報告を?」

「結構。貴方達を信じます。存分にやってください」

 私の言葉に、喜色を浮かべたラ・サールさんは、力強く「お任せを!」と言ったあと、雄叫びを上げながらISハンガーを一人で押して修理スペースに持って行った。あの細腕のどこにそんなパワーがあるのだろう?

 

 『フェンリル』の修理を任せ、次に訪れたのはリヨン郊外の墓所。ここに、シャルの生母であるマリアンヌ・ソレイユさんが眠っているのだ。

「ここだよ」

 シャルが立ち止まった墓石には『Dormir paisiblement(安らかに眠れ) Marianne Soleil(マリアンヌ・ソレイユ) 199X〜20XX』と刻まれている。

 頻繁に人が訪れているのだろう。石には苔も汚れも無く、供えられた花は新しい。その花を見て、私は私達より先にここに訪れたのは誰なのかを何となく察せた。

(シオンの花束……花言葉は確か『君を忘れない』だったか。流石です、フランシスさん)

 墓前に持ってきた花を供え、マリアンヌさんに挨拶をする。

「はじめまして、シャルロットさんと婚約をさせて頂いております、村雲九十九です。こっちはもう一人の婚約者で……」

「布仏本音です〜」

 私の紹介に合わせてペコリと頭を下げる本音。

「シャルロットさんの事は、私が全身全霊を掛けて幸せにしてみせるとお約束します。どうか、彼女を……私達を見守ってください」

 目を伏せて墓前に誓う。と、どこからか冬らしからぬ柔らかな風が吹いて、私の頬を撫でていった。

 それが私には、まるでマリアンヌさんが「うちの子をよろしくね」と言っているように感じられたのだった。

 

 

 マリアンヌさんの墓参りから一夜明けた今日。リヨン郊外にあるブルジョア家所有のドーム球場内は緊張感に満ちた空気で静まりかえっていた。

 その中央。特別に誂えた八角形の闘技場(オクタゴンリング)では、私とブルジョアが睨み合いを演じていた。と言っても、睨んでいるのは向こうだけで、こちらにやる気はほぼ無いが。

「逃げずによく来たな、少年。褒めてやろう」

「まあ、無視しても良かったんだが……逃げたと思われるのも癪なので、な」

 溜息混じりにそう言うが、ブルジョアは気づいていないのかなおもこちらを睨みつけてくる。……面倒臭い人だなぁ。

 と思っているとリングに審判員が現れて、私達にルール説明を始める。

「時間無制限一本勝負。武器使用、目突き、金的は反則とする。異論は?」

「無い」

「有るって言っても聞かんでしょ?じゃあ、無いでいいです」

「では……始め!」

 審判の号令と共に睨みつけるのを止め、私と距離を取るブルジョア。

「さあ、勝負だ!村雲九十九!貴様に勝って、シャルロットさんを僕の物にする!」

「一つ訊きたい。何故、そこまでシャルに執着する?その理由は何だ?」

 私の質問に、フンと鼻を鳴らして、ブルジョアはこう答えた。

「決まっているじゃあないか。飛ぶ鳥を落とす勢いのデュノア社の、名目上とはいえ社長と結婚出来れば、ブルジョアモータースの株は急上昇!僕の地位も急上昇!もしかしたらデュノア社を吸収合併する事だって「もう良い」……は?」

「もう良い、と言ったんだ。クロード・ブルジョア」

 本当に自分の事しか考えていないこの男の物言いに呆れるが、それ以上に−−

「……テメェの下衆な野望の為だけに……()のシャルに手ぇ出そうとしたってのが赦せねぇ……!」

 言いながら、普段は取らない近接格闘戦用の構えを取る。

 今、俺の心はマグマのように煮えたぎっているが、頭は絶対零度に冷えている。……久々にキレちまったよ、本気でさ。

 ギロリ!と奴を睨みつけると、奴は「ひいっ!?」と小さく悲鳴を上げた。

「覚悟しやがれ自己中野郎。お前はこの俺、村雲九十九が徹底的にブチのめす!」

 さあ、お仕置きタイムの……始まりだ!

 

 10分後……。

「ごべんなざい……許じでぐだざい……もう二度ど、ジャルロッドざんには近づぎばぜん。だがら、もう……許じでぐだざい」

 血の海と化したリング上では、激昂モードの発動で修羅と化した九十九によって心身共にボロボロにされたクロードが地面に這い蹲って無様に許しを乞うていた。

 右脚は脛の骨が折れてどす黒く変色し、左足を踏み潰されて骨が飛び出たのか、履いている靴から血が滲んでいる。

 右手は指がバラバラの方向を向いており、左腕は曲がってはいけない方向に曲がっている。

 高かった鼻は殴り潰されてグシャグシャ、歯は殆どが抜けたか圧し折れたかしていて、鼻から下は血塗れになっている。

 その声音は九十九に対する恐怖一色に彩られ、顔面蒼白。全身小刻みに震えており、抵抗する気力は完全に失われていた。

 一方の九十九も血塗れだが、それは全て返り血であり、本人に怪我は一つもない。

 その様子を、一塁側観客席で見ていた一夏達は、九十九のやり口に戦慄を隠せない。

「マジかよ……。ここまでやるか?普通」

「……これが、村雲くんの激昂モード……。すごく、怖い……」

「うん、怖いよね。でもあれは……」

「つくもがしゃるるんのことで本当に怒ってくれた証だから〜、あんまり『ダメだよ』って言えないんだよね〜」

「だが、これで『条件』を満たしていれば良いが、そうでないなら……」

 そう呟いた千冬の懸念は当たっていた。九十九はゆっくりと足を上げ、許しを乞うクロードの頭目掛けて振り下ろそうとする。

「やめて!」

 シャルロットの叫びに、九十九が振り下ろそうとした足を止めてゆっくりと振り返る。

「これ以上は、やめてあげて。その人を、許してあげて。僕は……彼を許すよ」

「……す~……は~……クロード・ブルジョア」

 名を呼ばれたクロードは、ビクッと大きく震えた後、ゆっくりと顔を上げた。

()()の前に二度と面を見せるな。もし見せたら……次は貴様の『タマネギ』を蹴り潰す。分かったな?」

 九十九の言葉に、クロードは首が抜けるのではないかと思う程の勢いで縦に振った。遠心力で血と涙が飛び散るが、九十九は意に介する事無く、クロードに背を向けてリングを去った。

 

 その後、事態を聞きつけたクロードの両親が登場。

 ボロボロのクロードを見て抗議して来るが、九十九が懇切丁寧に事情を話すと一転、揃って全力の謝罪をして来た。どうやら野心に駆られたクロードの私的暴走だったらしい。

 似たような事を何度もやっていたのだろう。両親は今回の一件を受けてクロードをブルジョアモータースから解雇、本人所有の自社株と資産一切を没収の上、ブルジョア一族から追放すると決定。

 最後の情けとして入院治療費は出すが、退院後はクロードに一切関与しないと本人に告げた。

 クロードは元から青かった顔を更に青褪めさせ、温情をかけて欲しいと懇願するが、両親がそれを聞き入れる事はなかった。

 また、迷惑料として九十九に対し自社製の車を譲る事を提案。九十九は「あって困る物でもないか」とそれを承諾。これにより、両者間で和解が成立した、としてこの件は水に流す事となった。

 なお、後日村雲家に送られてきた車は、ブルジョアモータースの自社製品の中でも最高級の1台(2500万円)であった。

 「あって困る物だった!恐くて乗れるかこんなモン!」とは九十九の弁である。

 

 

 クロード・ブルジョアとの決闘(という名の制裁)から2日。遂に今日『フェンリル』が復活の日を迎えた。

「お待たせしました、村雲さん。最終起動テストを行いますので、どうぞ『フェンリル』へ」

「了解」

 ラ・サールさんに促されて『フェンリル』に乗り込み、起動シーケンスを開始。ブン……という鈍い音と共に『フェンリル』に再び火が入る。

「ステータスチェック……完了。各種武装、FCSコンタクト……完了。システムオールグリーン。『フェンリル』起動成功」

 ゆっくりと立ち上がる『フェンリル』に、固唾を飲んで見守っていた整備士達から歓声が上がる。

「完璧に修復されている……良い仕事です、ラ・サールさん」

「ありがとうございます、村雲さん。どうです?少し動かしてみては」

「ええ、是非」

 開発室すぐ隣の屋外試験場に向かい、『フェンリル』を軽く飛ばしてみて驚いた。

「これは……推力が上がっている!?」

「はい。『フェンリル』を修理する際、スラスターノズルを最新式の物に切り替えました。これにより、推力が8%向上しています。また、エネルギー伝達回路の見直しを行いました。この結果、エネルギー効率が5%上昇しました」

「……素晴らしい!本当に良い仕事だ!ラ・サールさん!」

 私の称賛に笑みを浮かべるラ・サールさん。まさか3日で修理だけでなく強化改修まで行なうとは……。ラグナロクの技術者、恐るべし!

 

 『フェンリル』の慣らしを終えた私達は、急ぎイギリスに向かうべくフランス・シャルル・ド・ゴール空港からイギリス・ヒースロー空港へ飛ぶデュノア社所有のプライベートジェットに乗り込んでいた。

「それじゃあお父さん、行って来るね」

「色々とお世話になりました、フランシスさん。この礼はいずれさせて貰います」

「道中気をつけてな、シャルロット。それから九十九くん、気にする事はないよ。義息子(むすこ)の頼みに応えるのも義父(ちち)の務めさ」

「社長、そろそろ離陸時間です」

「ん、分かった。それじゃ、シャルロット、九十九くん、本音さん。また会おう」

 秘書の人に促され、フランシスさんは飛行機を降りて颯爽とターミナルビルへと帰って行った。去り際もカッコいいな、私もああいう年の取り方をしたいものだ。

『当機は間もなく離陸いたします。皆様、席に着いてシートベルトをお締めください』

 機長のアナウンスに従って、各々席についてシートベルトを締める。しばらくして、飛行機がフランスを飛び立った。目指すはイギリス・ロンドン。何かと濃い3日だったが、まあこれも思い出か。

(さらば、フランス。……また会いに行きます、お義父さん)

 心中でフランシス……お義父さんに再開を約束し、私は次なる地へと想いを馳せるのだった。

 だが、この時はこの場にいる誰もが、まさかあんな事になるなどと思っても見ていなかったのだった。




次回予告

辿り着いた英国の地。そこで待ち受けていたのは意外な人物達。
そして、涙滴は一の従者を追って倫敦を駆ける。
果たして、従者の真意とは?

次回「転生者の打算的日常」
#81 倫敦動乱

三度目は無いぞ、土砂降り女。
ええ……決着は全てが終わった後で着けましょう、魔法使い


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#81 倫敦動乱

 フランスでの騒動にケリを着け、やってきたのはイギリス、ロンドン・ヒースロー空港。ここでドイツ組と落ち合う手筈になっている。

 フランスから更に北上・西進したロンドンは、メキシコ湾流の熱も届きづらいため、パリよりずっと寒い。この時期はマフラーと手袋が欠かせないだろう。というのに……。

「チクショウ……パリでマフラーと手袋、買っときゃ良かった……寒すぎて手が痛え」

「後悔先に立たずだ、ド阿呆」

 マフラーと手袋の準備を怠った一夏が「寒い寒い」と言いながら頻りに手に息を吐きかけ、擦り合わせていた。

「一夏さん!」

 と、そこへセシリアが一夏に手を振りながら走り寄ってきた。その後ろには、先を越されて慌てて後を追う箒と鈴。更に後ろに妙に憔悴しているラウラと、それを気遣うように付いて歩く山田先生の姿があった。

(あの憔悴具合……ドイツルートで何かあったな。……一夏成分(イチカリウム)の欠乏……それなら、箒と鈴も同じ状態になってないとおかしい……って!何考えてんだ私は!?第一候補が実在しない栄養素が不足したとか!思考が変な方に行ってるぞ!修正修正!……単純に酷い船酔い……遺伝子強化試験体(アドバンスド)が船酔いを克服出来ないとは思えない。……敵の襲撃。それも、ラウラにとって大きな因縁を持つ相手……クロエ・クロニクル辺りか?余計な一言を言われて、それが思った以上に刺さった。……これが一番可能性が高いか。後で聞き出さねばいかんな)

 私の思案を他所に、セシリアが一夏の前に止まる。と、セシリアは一夏が手袋もマフラーも着けていない事に気づいた。

「まあ、一夏さん。指先が真っ赤ではございませんの」

 そう言うと、セシリアは自らが身に着けていた手袋を外し、それを一夏の手に被せてやった。

「少し小さいのは勘弁してくださいましね」

「おお、あったけえ。ありがとな、セシリア」

 一夏の感謝の言葉にはにかんだ笑みを浮かべるセシリア。しかし、それを面白く思わない者達もいる訳で。

「ほら、一夏。首寒いでしょ?マフラー着けたげる」

「お、おう。悪いな鈴」

「耳も赤いではないか。ほら、これをかぶっておけ」

「さ、サンキュな箒」

 箒と鈴が一夏に続々と自分の身に着けていた防寒具を一夏によこしていく。これで一夏は完全装備となったが、その代償は重く−−

「て、手が痛いですわ……」

「寒っ、首寒っ!」

「み、耳が千切れそうだ……」

「お前達は『本末転倒』という言葉を知らんのか?ド阿呆共」

 結果として自分達が寒い思いをする事になっていた。後先を考えて行動しろよ、人の事言えんけども。

 そんな女三人の間抜け行為も、一夏がターミナル内にあった衣料品店で防寒具を買ってくる事で終結。一先ず今後の事を話し合う事になった。

「つっても、楯無さんがまだ……「一夏、サイドステップ。1m」え?おう」

 私の台詞に疑問を持ちつつもひょいと横に動く一夏。直後、水色の弾丸が飛来した。

「一夏くーん!ってあらあっ!?」

 

ズベシャーッ!

 

 目標を見失い、床を舐めたその弾丸の正体は、言わずもがな楯無さんだ。

「た、楯無さん!?」

「お久しぶりです楯無さん。ご無事なようで何よりです」

「たった今無事じゃなくなったわ……痛たた」

 のっそりと起き上がり、服に付いた埃や砂粒を払い落とす楯無さん。気を取り直すかのように咳払いしてこちらに向き直ると、ニパッと笑顔を浮かべて軽く手を挙げた。

「お久しぶり、一夏くん」

「あ、はい」

「顔に泥付けて言っても締まりませんよ?楯無さん」

「えっ!?どこど……「冗談です。相変わらずの華の(かんばせ)ですよ」くっ、この感じも久しぶり……!」

 ぐぬぬ……!と歯噛みする楯無さん。そうそう、その顔が見たかったんだよ。いやぁ、久しぶりだなぁ。

 

 

 全員揃った所で、宿泊先のホテルに向かう。移動中マイクロバスの中で、私達はドイツルートで起こった事件の顛末を聞いていた。

 セシリアによると、フランクフルトの海軍駐屯所から出発して3日後の早朝にそれは起きたと言う。

「突然、景色が歪んだと思ったら、どことも知れない場所に居ましたの」

「それは……もしや、例の事件(#58〜60)の時にお前達が受けたという感覚へのハッキングか?」

「そうだ。私達はその感覚に憶えが有ったから良かったが……」

「ドイツ軍の人たちが見事にパニクっちゃってさぁ、もう大変だったわ」

 パニックを起こしたドイツ軍は、互いが敵に見えていたらしく同士討ちを開始。ものの数十秒で全員が沈黙したと言う。

 幸い、死者こそ出なかったものの、全員が決して軽くない怪我をしたため戦線離脱。結局、ラウラ達が事態に対処する事となる。

 山田先生がすぐさまこの事態を引き起こした存在の位置を看破、全員で向かった先に居たのは−−

「ISを纏っている風もないのに生身で宙に浮く、私達と同年代か少し下の、銀髪に黒目と白目が逆転したような目の女だった」

「アイツ、自分のことを『ラウラ(貴方)になれなかった者』とか、ラウラを『月の落し子(ローレライ)』とか、訳分かんない言い方してたわね」

 最後に襲撃者……クロエ・クロニクルは「近い内に織斑一夏と村雲九十九(イレギュラー達)を消しに行く」と言い残して去って行ったらしい。

「なるほど、それで己の存在の意味と価値に疑念を持ったラウラが、あそこまで憔悴した。と」

「…………」

 ちらと目を向けた先には、どことなくやつれて見えるラウラが俯いていた。シャルの慰めも然程効がないようだ。

 作戦行動はこれからだというのに、メンバーの一人が神経衰弱状態では支障をきたす。

「よし。一夏、ゴー」

「俺かよ!?」

「ラウラを立ち直させるにはお前が慰めるのが最適なんだよ。ほれ、さっさと行け」

「わ、分かった」

 結果として、一夏がラウラの頭を撫でながら「ラウラはラウラだろ?他の誰でもねぇよ」と言ったら、ラウラは即座に立ち直り、一夏に照れ隠しのアッパーカットを食らわせた。……相変わらず、安い。

 

 ホテルに到着し、それぞれの部屋に荷物を置いた後、私達はホテルのロビーに再集結した。

「それで、織斑先生。本作戦、どことの合同ですか?」

「「「え!?」」」

「何故驚く……。ちょっと考えれば分かる事だろうに」

 『軌道上に存在する暴走中の衛星砲の確保、ないし破壊』という超高難度ミッションを、たかが高校生に任せきりにする程政府も軍も阿呆ではない。必ず、必要な資金と情報と戦力を提供しようとしてくるはずだ。

「で、どこです?イギリス軍IS配備部隊『円卓の騎士団(ラウンドナイツ)』ですか?」

 私の質問に、首を横に振って答える千冬さん。

「では、欧州連合IS特務部隊『十字軍(クルセイダーズ)』?」

 もう一度首を横に振る千冬さん。

「まさか、国際連合直属のIS部隊『火消し屋(プリベンター)』……だったりします?」

 やはり、首を横に振る千冬さん。思いつく限り、これ以上の規模を持つ部隊は無い筈だ。だとしたら−−−

「一体、何処との合同作戦なんです?織斑先生」

「それは……」

 

ズドドドドド……!

 

「ち~ちゃーーん!」

 甘ったるさを感じる声を上げながらこちらに突っ走ってくるのは、『世紀の天災(誤字に非ず)』篠ノ之束博士その人だった。

「やあやあ、久しぶりだねえ!あ!いっくんと箒ちゃんもいる!オールスター勢揃いだね!ふひひ……じゅるり」

 一人で盛り上がる篠ノ之博士。それに対して、私達は警戒態勢を取っていた。

 当然だ。篠ノ之博士は現在、亡国機業(ファントム・タスク)に与している。言ってみれば『敵側』の人間なのだ。

(そんな篠ノ之博士が私達の前にわざわざ姿を見せた……。それはつまり……)

「千冬さん、まさか……ですか?」

「ああ、そのまさかだ。本作戦は欧州統合政府、IS学園上層部、並びに亡国機業との合同で行う」

「「「ええーーっ!?」」」

 ロビーに皆の驚愕の声が響く中、私は千冬さんに「織斑先生だ」とお叱りチョップ(激痛)を受けた。こんな時にもブレないとは、ある意味尊敬です。

 そして、未だ驚愕冷めやらぬ一同に対し、千冬さんはこう告げた。

「静まれ!作戦行動は現時刻より4時間後、16:00に開始する!作戦名は−−聖剣奪壊(ソードブレイカー)だ!」

 

 あれよあれよという間に作戦本部であるイギリス空軍基地に連れて来られた私達は、現在作戦行動の為の準備に忙しく動き回る技術者達と共に作業に追われていた。

「どうしてこうなったんだ……?」

「お前が考えても仕方ないだろう。ほら、いいから機体調整を手伝ってやれ。乗り手の意見は必要不可欠だぞ」

「お、おう」

 頭を抱える一夏を叱咤し、機体調整の手伝いに向かわせる。

 そんな一夏の愛機『白式』は現在、実戦仕様化(アン・リミット)の実施と追加装甲(リアクティブ・アーマー)の増設。そして、極秘裏に持ち込まれたパッケージの装備と、慌ただしく作業に追われている。

(アレが数日前に情報を貰った倉持の最新型パッケージか……)

 情報によると紅椿の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)を再現しようとしてしきれなかった『紅椿の劣化複製品(デッドコピー)』と言っていい物なのだそうだ。

 しかも、そんな半端な能力の割に中身はブラックボックスで、フギン曰く「怪しんでくださいと言っているようなもの」との事。

(とは言え、今はそんな怪しさ全開の物に頼る以外に手が……)

「あります!」

「うおうっ!?」

 突然後ろから掛けられた声に驚きつつ振り向くと、そこには見知った顔の技術者。ラグナロク・コーポレーションIS開発部門、IS開発部長(最近昇進)の絵地村登夢(えじむら とむ)博士が居たのだ。

「絵地村博士!?いつの間に!?」

「つい先程です。そして、あんな物に頼る必要はありませんよ、九十九さん。我が社の技術の粋を結集した宙間作業用パッケージ『八脚神馬(スレイプニル)』が、既に完成してます!」

 

バンッ!!

 

 という効果音でも聞こえてきそうな勢いで博士が指し示した先にあったのは、合計8基のマルチスラスターを搭載した大型ウィングと、精密作業用マニピュレータが付いたアームユニットを備えた、一般的なISより1.5倍はあろうかというサイズの、鹿毛色の特大パッケージだった。

「ちなみに、設計開発に1月を要しました。もう少し早く出来ると思ったんですが……」

「それでも十分早いですよ!?」

 流石ラグナロク、他社に出来ない事を平然とやってのける。痺れも憧れもしないけど。

「時間がないので、操作マニュアルは『スレイプニル』にインストールしておきました。動かしながら読んでください」

「あ、はい」

「じゃ、私はシャルロットさんと本音さんにもこれを届けないといけませんので今はここで。では!」

 いうなりシャルと本音の下へ駆けていく博士。フットワーク軽い人だよなぁ、ホント。

 

 ラグナロク技術者陣の尽力もあり、私達三人のパッケージ換装と微調整はあっという間に終わった。

 なお、私達が換装を見守っている間に、一夏とセシリアはロンドン観光に出ていったらしい。

「いいんですか?織斑先生」

「構わん。オルコットには別のパッケージを使った作戦に参加して貰うし、織斑は……私から説明しておく。村雲、お前達も行ってこい。時間内に戻って来れば問題無い」

「分かりました。行こうか」

「「うん」」

 千冬さんに促され、イギリス観光に向かう私達。だが、私にはこの観光が何故か無事に終わる気がしないのだった。

 

 

 ロンドン観光に出てすぐ、私はこちらに向けられる悪意と敵意のこもった視線に気づいた。

「……見られているな」

「うん。そこのビルの影と、すぐ後ろの路地……かな?」

「それと、そこの交差点の向こう岸だ」

「どうしたの?二人とも」

 首を傾げる本音に「狙われているっぽい」と端的に伝え、敢えて気づかぬふりをして歩く。

 そして、人通りの少ない路地を抜け誰もいない広場に出ると、私は分かりやすく大きな溜息をついて、言った。

「鬼ごっこはもう終いにしよう。出てきて貰えないか?私に用だろう?」

「なっ!?気づいていたの!?」

 驚いた顔をしながらぞろぞろと出て来る女達。その数、十数人。……拙いな、予想より大分多い。とはいえ、そんな事をおくびに出すつもりはない。努めて冷静に、相手に声をかける。

「さて、どこのどちら様かな?名乗ってくれると嬉しいが」

「貴方に恨みを持つ者……と言えば分か「いや、分からん」−−はあっ!?」

 自分の言葉を遮って飛んだ私の言葉に驚愕する一行のリーダーと思しき女。しかし、私から言わせて貰えば『お前を恨む者』とだけ言われてもどこの誰なのかさっぱり分からない。何故なら−−

「一体何人の人間が私に恨みを持っていると思っている?感情の多寡と年月の長短を問わなければ、それこそ数え切れんくらいだ」

「あ~、うん。九十九って『敵と見なした相手』に容赦無いからねぇ……」

「ぜったい、あっちこっちに「おのれ村雲九十九!」って思ってる人いるよね〜」

 ウンウンと頷くシャルと本音に苦笑いしつつ、「まあ、そういう事だ」と言う私に、女は唖然とした表情を浮かべた。

「で、何処のどちら様かな?名乗ってくれると嬉しいが。いや本当に」

 困り顔でそう言うと、女は溜息混じりながら一応答えてくれた。

「私達は『世界から男の居場所を奪う会』……その残党よ。これで満足かしら?村雲九十九」

 その回答に、私は僅かに眉根を寄せた。

 

 世界から男の居場所を奪う会。略称男奪会。フランスの富豪、ケティ・ド・ラ・ロッタが立ち上げた女性権利団体。

 『この世界に男の居場所など有ってはならない』という理念の元、政財界を始めとしたあらゆる業界から、男の地位や席次といった、いわゆる『社会的居場所』を合法非合法を問わずに奪ってきた、過激派組織であった。

 フランス事変(#51〜52)の際に『非合法なISの所持』と『ISによる非正規戦闘行為』を行ったとして、現在は国際テロ組織として世界中の軍、警察から追われる身の上になっている。

 

「……目的は私への復讐か?」

「それもあるわ。けど、一番の目的は亡国機業(ファントム・タスク)入りのための箔付けよ」

 言いながら包囲を狭めてくる『男奪会』の女達。

(なるほど。寄らば大樹の陰……という事か)

 世界中からテロ組織として見られているなら、いっそ本当に悪党の道に進んでしまえ。という事なのだろう。

 彼女達の元盟主たるケティ・ド・ラ・ロッタは、元は亡国機業の上級幹部。そのケティの下にいた彼女達の亡国参入は、比較的に容易だろう。その上でより早く『上』に行こうとすれば、何かしら大きな実績があった方が良いのは自明というものだ。

「私達の成り上がりのために……ここで死んでちょうだい」

 そう言って、それぞれ銃やナイフを構える女達。小さな広場に、殺気が充満していくのが分かった。

(さて、どうするか……)

 護身用の銃と弾は持って来ているが、この人数を制圧するには足りない。だいいち、戦闘に不慣れな本音を庇いながらでは『戦って切り抜ける』はかなり難しいといえる。ISがあれば容易く切り抜けられるが、現在この後の作戦のための最終調整中で手元に無い。

 せめて、連中の包囲から抜ける隙を作れればいいが、私の手元にはその手段が無い。

「シャル、閃光手榴弾(フラッシュバン)とか持ってないか?」

「流石に持ってないよ」

「だよな……」

 となると、連中の目を眩ませてその間に逃走を図る、も出来ない。かと言って、誰かの援軍を期待する事も不可能だ。

(拙い……八方塞がりだ)

 内心で冷や汗をかく私。更に包囲を縮めてくる彼女達。何の打開策も見出だせないままジリジリと距離が詰まる。

「つ、つくも……」

「マズいね……」

「くっ……」

 せめてもの抵抗に銃を抜いて構えるが、やはり多勢に無勢である事は否めない。

(クソっ、どうする?どうすればいい!?どうすればこの局面をクリアできる!?)

 必死に頭を回転させるが、どうやっても私達だけではこの局面をクリアできないという結果だけが浮かぶ。

「さあっ!女諸共死になさ「あら、それは困るわね」−−えっ!?」

 女が一斉攻撃を命じようとした瞬間、突然その場に響いた声に、私も含めた全員が声のした方……上空を見た。そこに居たのは、金色のISを身に纏ったゴージャスな美女。

「あれは『ゴールデン・ドーン』……という事は!」

「何故……何故あなたがここにいるのよ!?スコール・ミューゼル!」

 叫ぶ女にスコールは艶然と微笑んで、何でもないように言った。

「暇潰しに外に出たら彼を見掛けてね。声をかけてみようと思ったらコレじゃない。さて、助けはいるかしら?村雲九十九」

「敵の情けは受けん。と言いたい所だが、今は藁にも縋りたい。……頼めるだろうか?」

「OK」

 スコールが短く返事をしたその瞬間、私達はオレンジ色に光る球体に包まれた。

「な、何よこれ!?」

 突然の事に驚く女達。私は、そのオレンジ色の輝きに見覚えがあった。

(『ゴールデン・ドーン』の第三世代兵装、熱量操作ナノマシンによる攻勢防御結界《プロミネンス・コート》!こんな使い方もできるのか!)

 超高温の防御結界は触れた弾丸が瞬時に蒸発する程の熱量を持つはずだが、熱に指向性を持たせているのか内側は全く熱くない。凄い技術だな。

「さ、それを纏っていればナイフも銃も怖くないわ。後は私に任せて、さっさとここからお逃げなさい。これで、IS学園沖での借りは返したわよ」

「じゃあ、ついでに京都での貸しも返してくれるか?」

 《プロミネンス・コート》を纏った状態で『男奪会』のいる方へ歩きながらスコールに向けて言う私。

 女達は《プロミネンス・コート》の凄まじい熱量に、こちらが近づくと球体を避けるように後ずさっていき、ついに何の妨害も受けずに囲みを突破する事に成功した。

「いいわよ。何をして欲しいの?」

「決着を。……三度目は無いぞ、土砂降り女(スコール)

「……ええ、全てが終わった後で、私達の因縁にケリを付けましょう。魔法使い(村雲九十九)

 

バチッ!

 

 私とスコールの互いに向けた視線が、空中でスパークしたような気がした。

 スコールと『男奪会』に背を向けると、スコールは私の後ろに舞い降りて『男奪会』の追跡を妨害する。

「では、また後で」

「ええ。また後で」

 軽い挨拶を交わし、私達はそのまま路地を抜けて大通りへと出るのだった。……今回は危なかった。少々迂闊が過ぎたな。猛省だ。

「今回は流石に危なかったね」

「うむ。これから外を出歩く時はフラッシュバンを携帯する事にするよ」

「怨みを買わない生き方をするって選択肢は〜?」

「それができたら苦労は−−」

 

ズドオオオン‼

 

「っ!?なんだ!?」

「爆発!?」

「さっきまでいた場所からっぽいよ〜!?」

 いきなり響いた轟音に振り返ると、先程まで私達がいた広場の辺りから真っ黒な煙が立ち上っているのが目に入った。

 一体、あそこで何が起きたんだ……?

 

 

 時は僅かに遡り、九十九達が広場を脱出した直後。

「あの男を逃がす訳にはいかないわ!追いなさ「そういう訳にもいかないの」−−なっ!?」

「彼のISは私達の作戦の要の一つ。生きていて貰わないと、私が困るのよ」

 九十九の事を追おうとした女達は、スコールが発生させた《プロミネンス・コート》の球体に囚われ、身動きが取れなくなった。

「こ、これはさっきの……!」

「空間指定設置型《プロミネンス・コート》……《プロミネンス・ジェイル》。高温の結界で対象を閉じ込める技だけど……()()()()()()()()()()()()?」

 そう言って、嗜虐的な笑みを浮かべるスコール。その笑みに、何をするつもりなのかを理解した女達の口から恐怖に引き攣った声が上がる。

「ひっ!?」

「ちょ、ちょっと待って!?あなた、まさか……!?」

「そ・の・ま・さ・か♡受けなさい。爆炎舞踊(バレッテーゼ・フレア)(パチン)」

 

ズドオオオン‼

 

 スコールのフィンガースナップをトリガーに、女達を囲っていた《プロミネンス・コート》が爆発した。

「「「ぎゃあああっ‼」」」

 女達の断末魔にも似た悲鳴が聞こえると共に、周囲に焦げ臭い臭いが立ち込める。

「ふう……さて、これで二度と彼を追えないわね」

 爆炎の晴れたその先の光景は、正に死屍累々というべきものだった。

 《バレッテーゼ・フレア》を受けた女達は、全員辛うじて息はあるが、五体満足とは決して言えない状態になっていた。

 ある者は両腕が、ある者は両脚が、またある者はそれら全てが吹き飛び、千切れてしまっている。その上、吹き飛んだ腕や脚も消し炭になっているため、縫合手術による治療はまず不可能だろう。

 また、手脚が無事な者も全身重度の熱傷になっていて、傷の一部は真っ黒に炭化している。これでは助からない、よしんば助かったとして、一生残る傷痕になるだろう。これでは九十九を追うどころか、日常生活すらままならないだろう。

 熱さと痛みで呻く女達を、スコールは酷く冷たい目で見下ろした。と、遠くからパトカーのものと思しきサイレンの音が聞こえてきた。

「今の爆音で近くの警察が動いたようね……。私もお暇しましょうか」

 小さな声で「助けて」と懇願する女達を無視して、スコールは光学迷彩(アクティブステルス)を展開すると、そのままロンドンの空へと消えた。

 

 この後、女達は警察に発見されるも、その時点で既に半数以上が死亡。辛うじて生きていた者達も、その殆どが手の施しようがなかったため、更に半数が一月以内に死亡。最終的に一命を取り留めたのは僅か3人。

 その3人も、熱傷が真皮に到達していたために皮膚移植が行えず、全身にケロイド状の火傷跡が残り、醜くなった己の姿に絶望して自ら命を断った。

 更に、亡国機業にとっての不可触存在(アンタッチャブル)である九十九に手を出した事で『奴らを参入させては、組織に危険を招きかねない』として、『男奪会』の残党達は徹底的に粛清された。

 ここに、フランス女性権利団体過激派組織『世界から男の居場所を奪う会』は完全に消滅するのだった。

 

 

 九十九達が『男奪会』の襲撃を受けていた丁度その頃、セシリアと一夏もまた目的の女性……チェルシー・ブランケットとの邂逅を果たしていた。

 『Catch me. If you can(捕まえてみなさい。できるものなら)』と、二人を挑発して逃げるチェルシーを追う事20分。セシリアは遂に袋小路にチェルシーを追い詰める。しかしそれはチェルシーの計算通りだった。

 チェルシーはセシリアに対し隠し持っていた剣を渡すと、決闘を申し込んできた。

「いいでしょう。わたくしが勝ったら、全てを話してもらいますわよ。チェルシー」

「では、私が勝ちましたら……一夏様をいただきましょうか」

「馬鹿にしてっ……!」

「まさか。敬意を払っているからこその要求でございます。それとも、私に負けるのが怖いのですか?」

 あからさまな挑発。しかし、セシリアはチェルシーの言葉に思わず斬りかかってしまう。チェルシーはそれをあっさり躱し、振り返りざまにセシリアの首筋に剣を突き付けた。

「これで1P(ポイント)。……そうですね、4P先取制にしましょうか。さあ、次です。セシリア・オルコット」

「くっ……!」

 怒りで前のめりになりそうな所に、一夏から「落ち着け、でなきゃ勝てない」と声をかけられた事で幾分か冷静さを取り戻したセシリアは、持ち得る最速の一撃をチェルシーに繰り出す。瞬間、チェルシーの服の胸元が切り裂ける。

 それに対し、意趣返しとばかりにセシリアのドレスのスカートを太腿近くまで切り裂くチェルシー。そこからは、互いに極限まで集中した状態での攻防。剣閃が翻る度に、二人の装束が1枚ずつ剥げていく。

 互いの服を斬り合うギリギリの剣舞。だが、徐々にだがチェルシーが押し始める。その理由は、互いの足元……履物にある。

 機能性重視のブーツを履いているチェルシーに対し、セシリアが履いているのはハイヒール。踏ん張りの利かなさが、セシリアを少しずつ苦境へと追いやっていく。そして−−

「これで3P。王手(チェック)と言わせて頂きましょう」

 セシリアの首元に刃先を当てたチェルシーは、仕切り直しとばかりにセシリアから距離を取ってレイピアを構え直す。

「くっ……ああもう!」

 追い詰められたセシリアは−−はしたなくも、ヒールを脱ぎ捨てた。

「一夏さん」

「お、おう」

「これからご覧になる事は、他言無用でしてよ?」

 凄みを効かせて、セシリアは一夏に告げる。

 その語調に一夏が何事かと思っていると、セシリアは既に服としての機能を殆ど失ったドレスを、一息に全て脱ぎ去った。

 純白の下着に包まれた裸体のセシリアが、そこに居た。

「そのお覚悟、流石でございます」

「社交辞令は結構ですわ。いきましてよ!」

 言葉の強さもそのままに、セシリアが全身のバネを使った一撃を繰り出す。ヒールによって封印されていたであろう全身のしなりは、艶やかで、美しく、それでいて力強さに満ち満ちていた。

 

ギインッ‼

 

 セシリアの一撃を受け止めたチェルシーの剣が、その重さと鋭さに耐え切れず根本から折れた。

「3P!」

 しかし、セシリアは一切の油断無く勝負を決める為にさらなる攻勢に出る。

 そう。セシリアは知っている。ここからチェルシーがどうするか。だからこそ、一気に前へ出る。果たして、チェルシーはセシリアの予想した通りに動いた。手が傷つくのも構わず折れた剣の刃を直接掴み、セシリアに突き出したのだ。

 互い放った最後の一撃。その結果は−−

「……引き分け、ですわね」

「……はい」

 セシリアの剣はチェルシーの喉を、チェルシーの剣はセシリアの頸動脈をそれぞれ捉えていた。

 ふう、と息をつき、剣を捨てるセシリア。その姿に決闘が終わったのだと気づいた一夏は、慌てて着ているコートを脱いでセシリアに重ねた。

「ありがとう、一夏さん」

「い、いや、その……なんだ」

 見てはいけないものを見てしまった罪悪感から、一夏は口籠ってしまう。そんな一夏を可笑しそうに見つめるセシリア。

 二人の姿を眩しそうに眺めていたチェルシーは、ゆっくりと瞼を閉じた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 セシリアもまた、チェルシーのその姿に満足げに頷く。

「ただいま、チェルシー」

 こうして、主従対決は終わりを告げたのだった。

 

 ロンドンで起きた二つの動乱は、こうして決着した。チェルシーの口から一体何が語られるのか、それはまだ分からない。




次回予告

チェルシーが語った真実。それは、聖剣の正体と己の行動の理由。
暴走する聖剣を止めるべく、宇宙へ上がった一夏達。
しかしそれは、絶望の序曲となってしまう。

次回「転生者の打算的日常」
#82 聖剣奪壊

九十九!……後は頼んだ!
……ああ、任された……!


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#82 聖剣奪壊

今年最後の更新です。
皆様良いお年を。

追伸
新年初夢ネタは、ネタの枯渇と時間の不足により中止となりました。
代わりにコピペ改変ネタ集をお送りする予定です。元日投稿を目指しますが、もし出来なかったら申し訳ございません。

それではどうぞ!


 『世界から男の居場所を奪う会』残党の襲撃を辛くも脱し、英空軍基地に戻った私達は、その道すがら、男物の厚手のコートを羽織ったセシリアとバツの悪そうな顔の一夏、そしてメイド服姿の少し年上の女性……チェルシー・ブランケット嬢と鉢合わせた。

「ふむ……その様子だと、和解は成ったようだな。良かったな、セシリア」

「ええ。ありがとうございます、九十九さん」

 ニコリと微笑むセシリア。が、私は彼女の格好と一夏の表情、そしてチェルシー嬢のそこここ裂けたメイド服がどうにも気になった。あの布の裂け方には見覚えがある。あれは刃物によって裂けたものだ。恐らく、剣を使った戦闘……決闘が行われたのだろう。

 チェルシー嬢であれなのだから、セシリアも同等、もしくはそれ以上に服が裂けたとしてもおかしくない。それこそ、服としての体を成さぬ程に。と、いう事は……。

「セシリア、まさか……そのコートの下、裸−−「「九十九(つくも)それ以上言ったら怒るよ?」」はい!スンマセン!」

 背後から圧をかけるシャルと本音にその場で全力謝罪。その様子を、チェルシー嬢がポカンとした顔で見て、その顔のままセシリアに目を向ける。それに対してセシリアはたった一言「いつもの事です」とだけ言った。

 その後、セシリアの姿は他のラヴァーズによって見咎められ、何故か一夏が怒られていたのは、まあいつもの事だろう。

 

「………」

 基地で合流を果たした私達は、英空軍が用意した大型ヘリで一路山中にあるという本作戦の要となる場所に向かっていた。

「では、改めて今回の作戦を説明する」

 千冬さんが無線で全員に通達すると、場の空気がピリッとしたものに変わる。

「織斑、村雲、篠ノ之、凰、デュノア、ボーデヴィッヒは衛星軌道上の目標『エクスカリバー』に向けて重力カタパルトで上昇する。これはつまるところ、囮だ。『エクスカリバー』の攻撃が接近部隊に集中する間に、オルコットはBT粒子加速器によって地上から超長距離狙撃を行う。バックアップは山田先生と更識妹、更識姉と布仏は地上にてオルコットの護衛を担って貰う。いいか、この作戦の成否は、全てオルコットにかかっていると言っていい」

 自分が作戦の要である事になみなみならぬ重圧を感じているのか、セシリアの表情は固い。そこに、向かいに座った一夏が手を差し出す。

「大丈夫だって。皆でやれば、きっと大丈夫だ」

「一夏さん……」

 何やら良い雰囲気になっている二人の間に、割り込むように空中投影ディスプレイが開かれた。

「これが目標の画像だ」

 それは、宇宙に漂う一振りの剣だった。全長15m程のそれが、太陽光を吸収・収束して地上に放つ画像が連続して流される。

 展開時には刀身にあたる部分が割れて開き、レンズ様のフィールドを形成していた。

「これは……」

「なんか……ISみたいだな」

 一夏の呟きに、私の中でいくつかの点が繋がった。

(これが軌道衛星砲で、今回の一件が只の機械的な暴走ならば、軌道上の都市にもっと被害が出ていなければおかしいし、そもそも亡国機業が協力を申し出てくる理由にならない。だが、あれがもしそうだとしたならば、いくつかの疑問が解消する。つまり……)

「『エクスカリバー』は軌道衛星砲である。この情報自体がフェイク。違いますか?千冬さん」

「「「えっ!?」」」

 私の発言に驚く他のメンバーとは対象的に、千冬さんは眉一つ動かさず隣に立つチェルシー嬢に話を振った。

「ブランケット、説明を」

「はい。村雲様のご指摘通りです。『エクスカリバー』は米英共同開発の対IS用軌道衛星砲……というのは建前で、実際は生体同調型ISです」

 淀みなく語るチェルシー嬢に一同は疑問を抱く。なぜそんなに詳しいのか?と。

「何故そんなに詳しいのかと申しますと、あれには私の妹、エクシア・カリバーンが搭乗……いえ、搭載されていますから」

何でもないように告げるチェルシー。一番驚いたのは、勿論セシリアだった。

「チェルシーに妹……?そんな事は−−」

「いたのですよ。戸籍から抹消された、私の妹が。……ずっと探していた妹が」

 驚愕の事実だった。それを知った時のチェルシー嬢の心情を推し量りたくても、深く立ち込めた闇がそれを許さない。

「待って。日本では亡国機業(ファントム・タスク)の制御下にあったその『エクスカリバー』を、どうして今は共同作戦で破壊しますの?」

 流石に鋭いセシリアが、当然とも言える疑問をぶつけた。その答えは恐らく……。

「暴走したのだろう……な」

「はい。眠っていた自我が目覚めたのか、それとも別の理由があったのか、それは分かりません。しかし、今本来の軌道を外れた『エクスカリバー』は英国全土を射程圏内に収めています。そして、狙っているのは陛下の宮殿。一刻の猶予もありません」

(なるほど……な)

 それを聞いて合点がいった。

 国王一族(ロイヤルファミリー)は既にセーフハウスに移動していて命の危険はないとはいえ、英国の象徴たる宮殿がISによって破壊されたとなれば、間違いなく大きな社会問題になるだろう。

 故に、『エクスカリバー』を秘密裏に奪還、ないし破壊をするためにIS学園に白羽の矢を立てたのだ。最新鋭機の揃う学園は、もはや一国の概念を超越した巨大勢力と言っていい。

 加えてこれは憶測だが、イギリスが篠ノ之博士の協力を取り付けるにあたって、彼女が出してきた条件に『IS学園の専用機持ちを参加させろ』があったのではないか、と思っている。イギリスとしても博士の協力は欲しい所。背に腹は変えられなかったのだろう。

「私は、極秘に開発が完了していたブルー・ティアーズ(BT)3号機を奪い、亡国機業(ファントム・タスク)へと落ちた裏切り者。しかし、それでも妹も祖国も諦められない、半端な覚悟しか持ち合わせていないのです」

 言い終わって、チェルシー嬢は静かに目を閉じる。そこにどれほどの自虐が込められているのか、分かる者はいない−−セシリアを除いて。

「チェルシー、全てが終わったら……」

 一夏の話によれば、チェルシー嬢はセシリアに対してさんざん挑発を行ったという。それはきっと、セシリアの成長を願ってのものだろう。それ程までに、彼女のセシリアへの忠誠は揺るぎないものだと、セシリアには分かっている。だからこそ……。

「罰を受ける覚悟は出来ています」

「そうではないわ。……今までで最高のお茶を淹れてちょうだい、チェルシー。よろしくて?」

「お嬢様……光栄でございます」

 そんな二人のやり取りを冷めた目で眺めていたのは、いまや『黒騎士』となったBT2号機『サイレント・ゼフィルス』の操縦者であるマドカだ。千冬さんと別のヘリなのが彼女にとって気に入らないもののようで、露骨に舌打ちをしている。

「茶番だな」

 そう告げる言葉はとげとげしい、どころではなくとげしかない。彼女は胸元のロケットを開いて中身を数秒見つめると、それを服の内側へ戻し、一夏に敵意丸出しの視線を向けた。

「決着は今度つけるぞ、織斑一夏」

 その鋭い視線を正面から受け止め、一夏もまた静かに告げる。

「望む所だ」

 互いの間にある確かな確執。その後二人は目的地到着まで無言を貫いた。

 

 

「これが……本作戦の要か……」

 人里離れた山林の奥地。そこにあったのはとてつもなく巨大な望遠鏡に似た装置だった。

「これがBT粒子加速器にして超高高度対空砲『アフタヌーン・ブルー』だ」

 『アフタヌーン・ブルー』の威容に圧倒される私達に、別のヘリから降りてきた千冬さんが合流する。

 先に降りていた私達を見て、千冬さんは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずじまいだった。恐らく、そこにマドカがいたからだろう。この二人の間にあるものは何なのか?疑問は尽きないが、今重要なのはそこではない、と意識を切り替える。

「では、各自準備に取りかかれ!BTシリーズ各機は『アフタヌーン・ブルー』との接続を、上昇班は『O.V.E.R.S』及び『スレイプニル』の最終調整だ!」

ついに、ISが宇宙に上がる時が来た。だがそれは『IS打倒の為にISを宇宙に上げる』という、矛盾を孕んだものであった。

「ついに宇宙へ、か……」

 一人進捗の遅れている一夏の『O.V.E.R.S』調整作業を眺めつつ小さく溜息を漏らす。

 いくら最新鋭機の揃うIS学園の、それも専用機操縦者とはいえ、一年にも満たぬ間に色々あり過ぎだと思うのは私だけだろうか?IS学園は一体、どこへ向かっているのだろう?と考えてしまう。

(それに……この妙な胸騒ぎ。私の中の危機管理意識が警告を発している?)

 胸騒ぎ自体は数日前から微かに……それこそ無視できるレベルでしていたが、ここに来て突然無視できないほど大きくなっている。

(強すぎる力に対する恐怖……ではない。この感じは失う事への恐怖が一番近い……。私はこの作戦で何かを失うのか?だとして何を……?)

「九十九、そろそろ発進準備だって!」

「ああ、今行く」

 シャルの呼ぶ声に返事をし、重力カタパルトへ足を向ける。止まぬ胸騒ぎを振り払うように頭を振り、頬を張るが、胸騒ぎは消えてくれなかった。

 

 

「それでは作戦を開始する!」

 地面に刺さった3つの突起物、重力アンカーの中心に各人が待機する。

 一夏、九十九、箒、鈴、シャルロット、ラウラの6人が、それぞれ重力カタパルトにIS展開状態で身構えた。

「発射まで、10、9、8、7、6……」

 真耶と共に施設内部でオペレーターを務める簪が、秒読みを開始する。

「…………」

 それぞれが覚悟を決めた表情で、その時を待つ。

 重力カタパルトに力が集中、一瞬の浮遊感の後、内向きだった重力アンカーが一斉に外側へと展開する。

「3、2、1−−発射!」

 

 ドン!

 

 短く大きな音と同時に射出が行われる。一気にISの限界速度に到達した6人は、大気圏を突破すべくそれぞれのパッケージを起動して加速を維持した。

「頼んだぞ……」

 モニター越しに、地上を離れていく6人を見つめながら、千冬は僅かに感じている不安を振り払った。

「それでは、BT各機はBT粒子を集中して加速器に送り込め。狙撃はこちらの管理で行う」

「はい」

 BTシリーズ3機の内2機が亡国機業の手の者という事態には危機感を抱かずにはいられないが、もうそんな事を言っていられる状況ではない。とにかくもう、時間が無いのだ。

 施設内部では男女混成のスタッフ達が忙しく走り回っている。

「関係各相への説明とマスコミ対策、完了しました」

「皇室の避難、95%まで進んでいます」

「『アフタヌーン・ブルー』の稼働率、現在70%を維持。上昇、開始します」

「宇宙班のIS各機のエネルギーシェアリング、良好です」

 各セクションからの報告を聞きながら、逐一動き続ける状況に千冬と真耶は全て目を通していく。何せ、今回の作戦には生徒の命がかかっている。些細な事でも見逃す訳には行かない。

(そもそも『エクスカリバー』暴走の原因は何だ?何故、このタイミングで……)

 考えられる可能性は1つしか無い。

 

 篠ノ之束。

 

 希代の天才の、またしても計略だと言うのか。

(いいだろう。それなら−−私もまた、容赦はしない)

 そう、心に誓う千冬だった。

 

 

「これってどのくらい役に立つんだ?」

 成層圏を間もなく突破しようかという時、一夏が持たされたシールドにふと疑問を持った。

「相手は超高出力熱線砲(ハイ・メガビームキャノン)なんだろ?まさかアイスみたいに溶けないよなぁ?」

 そう言いながらも、一夏はどこかのんきだ。

「一応、この物理シールドはISのエネルギー・シールドを接続する事で、その効力を何倍にも引き出せるという代物だ。問題はない。我がドイツの開発だしな」

 とラウラが言う。その顔は、いつに無く緊張していた。

「ラグナロク開発の《スヴェル》も持って来てあるし、いざとなれば私の《ヨルムンガンド》で吸収すれば、『エクスカリバー』のエネルギー量が想定値内なら一度までは吸収しきれる。いける……筈だ」

 そう自分に言い聞かせるが、胸騒ぎは収まるどころか宇宙が近づく程に大きく膨らんでいく。そこに、一夏が締まった声を上げる。

「−−箒、絢爛舞踏の展開(オープン)、いつでもいけるようにしてくれ」

「一夏?急にどうし−−」

「前方に高エネルギー反応!来るぞ!」

各機散開(ブレイク)!」

 一夏が叫ぶと同時、私達は一斉にその場から散開。直後、先程までいた空間を強力な熱線が薙ぎ払っていった。膨大な熱量に、空間に震えが走る。

「な、何だこの出力は!?」

 驚愕を浮かべながら、ラウラは『エクスカリバー』のデータを取り出す。

「想定の3倍だと!?馬鹿な!これでは−−」

「ラウラ!集中して!」

 シャルの注意にハッとしたラウラは、ウィンドウを閉じると再度襲い来る熱線を避ける。

「箒、鈴、シャル!対地警戒!セシリア達をやらせるな!」

「分かってるわよ!」

「任せて!」

 そう言って、鈴とシャルは本作戦用に用意されたミサイルランチャーを構えて発射した。

 特殊なレーダー妨害装置を搭載したそのミサイルは、ISのセンサーでは感知不可能……の筈だったが、ミサイルは実にあっさりと熱量に薙ぎ払われた。

「ちょっと、簡単に落とされたわよ!?」

「センサーが感知できないんじゃなかったの!?」

「ええいっ、肝心な時に役に立たん!」

 これはだめだと、全員がミサイルを宇宙空間に放り捨てた。

「ついに、宇宙か」

 IS、初の宇宙進出。だが、そんな感動はどこにもない。

 襲い来る熱線を避ける私達は、宇宙のあまりの乱雑さに驚いていた。まず、散乱する大量の宇宙ゴミ(スペースデブリ)。そして、岩石。それらはシミュレーションで体験したものだったが、実際にはシミュレーションより遥かに多く、邪魔で仕方なかった。

「とにかく、近づきさえすれば!」

 そう叫ぶと、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)の体勢に入る。しかし、その目論見は次の瞬間打ち砕かれる事になる。

「……おいおい、嘘だろう?」

「分離した!?」

 『エクスカリバー』はその刀身を4つに分け、それぞれが子機の役割を果たす多機能攻撃衛星へと変貌したのだ。

「箒!絢爛舞踏で全員にエネルギー・シールドを!」

「分かった!」

 私の指示に頷く箒。しかし、そこで予想外の事態が起きた。

 

 ボンッ!

 

「なっ!?」

 爆発音と共に、『紅椿』の背に搭載されていた『O.V.E.R.S』が弾け飛んだのだ。

「おのれ、欠陥機か!」

 箒はすぐさま『O.V.E.R.S』を切り離すと、単独での絢爛舞踏を展開する。しかし、その間に『エクスカリバー』は地上で集中する高エネルギー反応に気がついた。−−セシリア達だ。

「いかん!」

「まずい!」

 私と一夏は瞬時加速で『エクスカリバー』の射線上に飛び込む。

「一夏!私は《ヨルムンガンド》で出来る限りエネルギーを吸収する!お前は−−」

「分かってる!エネルギー・リンク、《雪羅》のシールドを多重展開!これで!」

 正面から襲い来る熱線。それを《ヨルムンガンド》で吸収するが、すぐに許容限界が訪れた。

「駄目だ、これ以上は受け止めきれん。シャル!」

「了解!エネルギー・リンク、『フェンリル』の余剰エネルギーを受け入れ……って、ダメ!エネルギー量が多すぎる!これじゃあ、こっちもすぐいっぱいになっちゃう!」

 『スレイプニル』のエネルギー許容量は、一般的なIS3機分はある筈なのだが、その許容量を持ってしても数秒で限界が訪れてしまう。

「シャル!エネルギーを明後日の方向へ放出するんだ!それでどうにか……」

「ごめん!切り替えが間に合いそうにない!」

「くそっ……!」

 シャルの悲痛な声に思わず悪態が出てしまう。と、突然横あいから衝撃が加わり、私は大きく弾き飛ばされた。一夏が瞬時加速で私を押しのけ、熱線をシールドで受け止めたのだ。

「くっ!」

「「「一夏!」」」

 その場にいた全員が叫んだ。一人で受けとめるにはあまりにも強大なエネルギーを前に、一夏のシールドは徐々に融解していく。

「何という無茶を……!待っていろ!今私も−−「九十九!」っ!?」

 突然、一夏から名を呼ばれ、思わず身がすくんだ。胸騒ぎが、最高潮を迎える。

「あとは……頼んだ!」

 決意を秘めた顔でそう言う一夏。……そんな顔をされたら、こう言うしかないじゃないか。

「……ああ、任された……っ!」

 絞り出すように言う私の心中を知ってか知らずか、一夏は一瞬微笑んだ。直後、一夏は光の中に呑み込まれた。

「「「一夏ああああっ‼」」」

「そんな……そんな……っ‼」

 3人の叫びと、シャルの嘆きが、漆黒の宇宙の闇に木霊した。

 

 

「お、織斑くんの生命反応(バイタルサイン)、消失しました……」

 真耶が驚愕の事態を告げる。千冬は呆然と、目の前のモニターを見つめていた。もはや、その目には絶望しか映っていない。

 

 織斑一夏は……死んだのだ。




次回予告

最愛の人を失い、悲嘆に暮れる少女達。しかし、時は待ってくれない。
彼女達はせめて一夏への手向けにと、聖剣を破壊する事を決意する。
だが、往々にして奇跡とは、最高のタイミングで起こる物だ。

次回「転生者の打算的日常」

#83 白之帰還

お前って奴は本当に……最高だな!


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#83 白之復活

 光の奔流が収まった時、そこに一夏の姿は無かった。

「一……夏……」

「ウソ……でしょ?」

「…………」

「そんな……そんな事って……!」

 それぞれが絶望に満ちた声を上げるラヴァーズ+1。その姿を見ながら、私の思考は急速に回転を始める。

(私の最後の原作知識では、篠ノ之束はマドカに対して『一夏を討て(要約)』と言っていた。彼女の中で、一夏の特別性が無くなった可能性は考えていたが……)

 今回の件、与えられた情報(軌道衛生砲のスペック)が故意に捻じ曲げられていたとすれば、それができるのは誰か?

 『エクスカリバー』の暴走が仮に何者かによる仕込みだとして、それができるのは誰か?

 暴走した(させた)『エクスカリバー』に亡国機業(ファントム・タスク)を向かわせて捕縛させ、私達が出張らざるを得ない状況を作る。それができるのは誰か?

(それら一つづつならば、できる人間は多い。だが、全てをできるのは……一夏を、自らの手を汚さずに殺せるのは、たった一人)

 その人物の顔が脳裏に浮かんだ瞬間、燃えるような怒りと共に、頭が急速に冷えていく感覚を覚えた。

「間違いねえ……これはあいつの仕業だ」

 ()はすぐさま、『フェンリル』の特殊回線から千冬の携帯に電話をかけるのだった。

(何のつもりだったのか、確かめさせて貰うぞ。クソ兎!)

 

 

「…………」

 施設内の廊下を、千冬は走るような速さで歩いていた。その表情は、怒り一色に染まっている。

「束!」

 そして、目標の人物の元へと辿り着いた。

「あ、ちーちゃん。どうしたの?」

 休憩室のテーブルにつき、カフェラテを飲みながら、何でもないように笑みを浮かべている。

「んー、やっぱ機械で淹れたのはダメだね。こういう時にクーちゃんがいるとすっごく嬉しいんだけどなぁ」

 現在別行動中のクロエの事を考える束。そのどこまでもマイペースな態度に、千冬の堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけ−−」

 

prrrr prrrr

 

 千冬が束に掴みかかろうとした瞬間、千冬の携帯が鳴った。こんな時に一体誰だと、苛立ちを隠さずに千冬が画面を見ると、そこには『村雲九十九(from IS)』と表示されていた。

「村雲か、悪いが今忙しい。急ぎの用でないなら後で『()()、そこに博士はいるか?』っ!?あ、ああ」

『替われ』

「……分かった」

 九十九の極寒と灼熱を足して割らない声音に、千冬は自分の中にあった怒りが粉々になったのを感じた。

(ああ、そうだよな。あんな事になって、こいつがこうならない筈が無い)

「ちーちゃん?どうしたの?」

「束、お前に電話だ」

 さっきまでの怒気が欠片も感じられない、落ち着いた物言いの千冬を訝しみながらも、束は差し出された電話を受け取る。

「はい、もしもし?どこの誰か知らないけど、今ちーちゃんと大事なお話『篠ノ之束』……っ!?」

 名を呼ばれた。たったそれだけの筈なのに、束は自分の心臓を何者かに鷲掴みにされたような錯覚に陥った。

『俺の質問に答えろ。虚偽は一切許さない。この計画を立てた(絵を描いた)のは、お前か?』

「そう……だよ」

 背中から嫌な汗が吹き出し、着ている服を濡らしていくのが分かる。これまでに感じたあらゆる恐怖感とは一線を画す圧倒的な威圧感と恐怖が、束を襲っていた。

 不意に、束は千冬が怒りを収めた訳に気がついた。人は自分と同じ感情に支配された人間を見る事で、自分の感情の醜さに気づいてそれを収める事がある。

 千冬は、電話の相手の自分は元より周りの全てを凍てつかせ、焼き尽くすような怒りの感情を受けたからこそ、己の感情を収めたのだ、と。

『そうしたのは、何の為だ?包み隠すな、言え』

「生贄、だよ」

『生贄?』

「そう。ちーちゃんに表舞台に出て来て貰うための生贄。今回は、それが偶々いっくんだったってだけ」

『つまり、他の誰でも別に構わなかった、と?』

 電話の向こうの威圧感と怒りのボルテージが一段上がったのを感じながら、束は質問に答えた。

「うん。あ、でも箒ちゃんは別かな。他ならホントに誰でも良かったし」

『……そうか。なら……篠ノ之束。これからお前は、俺の敵だ!』

 

P!

 

 ありったけの怒気を込めた叫びを最後に切れた電話。束は威圧感と恐怖から解放されたと分かった瞬間、その場にへたり込んだ。

「束」

「ちーちゃん、あいつなんなの?」

「村雲九十九。私の弟分で、私がこの世の誰より……怒らせたくない男だ」

 

 

 

P!

 

「すうう……ふうう……」

 電話を切り、身を焦がす怒気を一旦収めるため、大きく深呼吸を繰り返す。何度か繰り返すうちに、怒りは極限まで収まった。ただ、あくまでも収まっただけであり、対象を目にすれば即座に爆発する危うい状態ではあるが。

「九十九、大丈夫?」

「一応問題ない。()のこの怒りと不甲斐なさは、『エクスカリバー』にぶつけさせて貰う。半分八つ当たりだがな」

「そう、なら良い……のかな?」

「いいって事にしといてくれ。……山田先生、織斑先生からの指示を仰ぎたい。何か伝令を受けてないですか?」

『……はい、総員ステルスモードで警戒宙域に潜伏。『エクスカリバー』の次回射撃位置(ゼロ・カウント地点)の割り出し完了後、攻勢をかける、との事です』

「了解。『アフタヌーン・ブルー』の方は?」

『稼働状況は良好です。ですが……オルコットさんの精神グラフに乱れが出ています』

「やはり……そちらは彼女自身に任せるしかないでしょう。こちらも、どうにかあいつらにやる気を出させてみます」

 チラと顔を向けた先、そこには目の前で最愛の人(一夏)を失った事で絶望に打ち拉がれる箒達がいた。

「織斑先生から指示が来た。各機、突撃準備を整えろ。作戦開始は30分後だ」

 私は三人に、敢えて感情を込めず淡々と告げた。三人……正確には箒と鈴は、私の言葉を心ここに有らずといった様子で聞いている。ラウラは比較的しっかり聞いていたが、やはり精神的ダメージは大きいようだ。

「おい、聞いているのか?」

 私がそう言うと、二人はゆっくりと私に顔を向けた。

「私は……無理だ。《絢爛舞踏》も、起動しそうにない……」

 箒は項垂れて言った。

「そうか……」

 箒の言葉に私は頷くと、その額に《狼牙》を突き付けた。箒の目が驚きに見開かれる。

「九十九!?何を……?」

「なら、ここで死ぬか?私は御免被るがな」

《狼牙》の撃鉄をゆっくりを起こす。それに怒りを覚えたのか、鈴が私を怒鳴りつける。

「ちょっと、いい加減にしてよ!一夏が……一夏が死んだっていうのに!アンタは平気なわけ!?」

「平気なわけ無いよ!」

 鈴の糾弾に声を荒げたのはシャルだ。

「聞いてなかったの!?それとも聞く気力すら無かった!?九十九はね、ついさっきまで激昂モードだったの!篠ノ之博士の最低で身勝手な計画を聞いて、あの人に宣戦布告までしたんだよ!?そんな九十九が、一夏が死んで平気なわけ無いじゃないか!」

 目に涙を浮かべて叫ぶシャル。その言葉に疑問を持ったのはラウラだ。

「待て。シャルロット、お前今『博士の最低で身勝手な計画』がどうとか言ったな。どういう事だ?」

「それは−−「今はどうでもいい事だ」九十九……」

 シャルが何か言おうとするのを、私は強めに遮った。

「あいつに後を頼まれた。私は任されたと言った。ならば、今やるべき事は一つだ」

 一夏は、私ならきっと上手くやると思ったからこそ、私に後を託すと決めたのだ。だがそれは、私にとって残酷な決断だ。

(お前の為に、涙を流す事すら許してくれんのだな……。恨むぞ一夏)

 だが、恨みを向けるべき相手はそこにいない。ならば、あいつに私ができるせめてもの弔いは−−

「『エクスカリバー』を破壊し、もって一夏への手向けとする」

「分かった……」

「わかったわ……」

「いいだろう」

「うん」

 私の言葉に、皆が一様に涙を拭って前を見つめる。その先には『エクスカリバー(破壊目標)』の姿がある。

「よし、では再度作戦を確認する。私達は『エクスカリバー』に突撃、その間に地上のセシリア達が狙撃による超長距離破壊を試みる。突撃班の内部侵入、ないし狙撃班の攻撃のいずれかが成功すれば、作戦は完了だ。いいか?」

 こくりと頷く四人。その目には、何としても作戦を成功させるという決意の炎が輝いていた。

 

BEEP! BEEP!

 

 ところが、その決意に水をさすように大きな警告音が鳴り響いた。

『『エクスカリバー』に動きあり!高エネルギー反応……!各機、すぐに突撃を!』

 慌てたような声音で山田先生が指示を出す。当初の予測より1時間以上早いエネルギーチャージに、地上班も混乱しているようだ。

『こちらは織斑千冬だ。作戦時間を繰り上げる。各員はそれぞれの役目を果たせ。以上だ』

 その冷徹な声が、作戦開始の合図となった。

 

 

 一方、地上・『アフタヌーン・ブルー』内部。

「お嬢様、ご決断を」

 一夏を喪った悲しみから呆然自失していたセシリアは、チェルシーから声をかけられた事で我に返ると、すぐに状況の確認に入った。そして、今自分が集中できないのであれば、『ブルー・ティアーズ』抜きで作戦を行う事も理解した。

「時間がありません」

「わかっていますわ。わたくしは大丈夫。やりましょう」

「それでこそです、お嬢様」

 主従のやりとりを見ながら、一人面白くなさそうにしているのはマドカだ。

「ふん。お前がいなくても成立するのだがな」

「言ってくれますわね」

 挑発に乗ると見せかけて、セシリアは展開(オープン)済みの『ブルー・ティアーズ』にさっさと乗り込んだ。

「行きますわよ」

「上等」

「流石はお嬢様」

 マドカとチェルシーもそれぞれのISに乗り込む。それと同時に『エクスカリバー』の攻撃予想時間のタイマーが表示された。

「あと10分……ぎりぎりの勝負ですわね」

 それでも、セシリアはもう後ろを振り向かないと決めた。悲しみを振り切った先にある決意に、彼女もまた到達していたのだった。

 

 

「ラウラ!一時後退!『絢爛舞踏』のエネルギーを受け取れ!」

「了解だ!」

 『エクスカリバー』の支配宙域、ゼロ・カウント地点では、『エクスカリバー』と突撃班の激しい攻防戦が繰り広げられていた。IS5機による波状攻撃。しかし、それは『エクスカリバー』まで届かない。射出された子機が、ビットのように襲いかかってくるのだ。

「くっ、このままでは……!」

「どうすんのよ九十九!これじゃ近づくこともできないじゃない!」

「分かっている!考えてもいる!だが時間が足りん!」

「でも、このままじゃジリ貧だよ!?」

「今は信じるしかあるまい!セシリア達を!」

 私達の連携は決して手慣れているとは言えないだろうが、ぎこちなさを超えるだけの意志は持ち合わせている。だが、それでもまだ届かない。

(くそっ!熱線の射撃間隔が予想より遥かに短い!これでは攻撃を掻い潜る事すらままならん!)

 どうする!?どうすればいい!?と、考えている間にも、『エクスカリバー』の子機が熱線を吐き出し続ける。

「ぐあっ!」

 それらはラウラを集中的に狙って来ている。パーティーの中で最も戦闘に慣れている戦力を削りに来ているようだ。

「ラウラ!」

「来るな!お前たちは目標を目指せ!」

「待ちなさいよ!それじゃアンタが!」

「構うなと言っている!もう時間は残されていないのだ!」

「攻撃がラウラに集中している今が好機だ!あいつの覚悟を無駄にするな!」

「ごめん、ラウラ……!行こうみんな!」

 ラウラに《スヴェル》を放って寄越し、私達は『エクスカリバー』への突撃を再開した。

 

 

(ここは、どこだ……?)

 真っ白な空間、どこまでも続く虚無の世界に、一夏はいた。どこからか、誰かが自分を呼ぶ声がする。

 だが、全身が鉛のように重く、思うように動けない。

(眠い……。俺は、眠いんだ……)

 ゆっくりと瞼が落ちる。そこに、再び誰かの呼ぶ声が響く。

『目覚めて』

 その声はどこか懐かしく、そして温もりに満ちていた。

『目覚めてちょうだい』

 その声音に、一夏は残酷だなぁ。という感想を持った。何故って、そんな声を聞かされたら−−

「起きない訳にはいかねえだろ!」

 気合一閃。一夏は全身にのしかかっていた倦怠の瓦礫を押し退けた。瞬間、目の前の空間が一際眩しく光りだす。

(そうだ、俺は−−)

 

 

『『エクスカリバー』のエネルギー、更に高密度に圧縮されていきます!』

 管制室の山田先生が悲痛な叫びを上げる。

「くっ!このままではこちらの突入よりも発射の方が早い!」

 『エクスカリバー』の砲口の輝きは更に強くなり、発射までもう時間が無い事は誰の目にも明らかだ。

「間に合わないのか……!」

「まだ諦めるには早いよ!九十九、手は!?」

「あるにはあるが、準備が間に合わん!」

「そんな……!」

 手詰まり。その言葉が脳裏に過った瞬間、山田先生が驚きの叫びを上げた。

『!? ま、待ってください!月面方向から、何かがゼロ・カウント地点に接近中です!』

「新手!?こんな時に!」

『い、いえ、ISの速度ではありえない加速です!でも、これは……!?』

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の理論最高速度を突破……!中央モニターに画像、来ます!合わせて、各ISに画像を転送!』

 ハイパーセンサーのモニターに送られてきた画像には、異様な物が映し出されていた。

「何だこれは……!?」

「隕石……!?」

「ううん、何かの種のような……」

 それは、言うなれば『蕾』だった。白い花弁が包み込んでいる、種の形をした『蕾』。

 純白に輝く6枚の外殻の先端からは、螺旋状のエネルギー片が散っている。それはさながら、雪の欠片のようで−−

(待て。『白い雪』?まさか、あの『蕾』は……まさか!?)

『識別コード、出ました!『ホワイト・テイル』−−GX00!?びゃ、『白式』と判別可能!生体反応、織斑くんです!』

 その声が響いた瞬間、『蕾』はゼロ・カウント地点に到達。役目を果たした外部装甲をパージして、その全貌を露わにする。

 眩いスノウホワイトのエネルギー・ウィング、そこかしこに見られるO.V.E.R.Sの意匠。

 それが、理論上『そうなる』とされていながら、これまでに一度も確認されていないISの第三形態移行(サード・シフト)を果たした、『白式』の第三形態(サード・フォーム)『ホワイト・テイル』を纏った一夏の姿だった。

「ははっ」

 知らず笑みが溢れた。だってそうだろう?死んだと思ったあいつが生きて、しかもISを進化させて戻ってきたのだから。

 そこに、一夏の声が響き渡る。

「待たせたな、みんな!」

「全く、お前って奴は本当に……最高だな!」

 途端誰かの、いや、誰もの歓声が宇宙に響いた。当然だ。目の前で儚く散ったはずの男が、奇跡の生還を果たしたとあっては喜ぶなという方が無理だろう。

 だが、いつまでも歓喜に浸っている訳にはいかない。こうしている間にも『エクスカリバー』のエネルギーはその密度を高め続けているのだ。予想発射時刻までは、既に1分を切っていた。

「一夏!状況は!?」

「分かってる!」

「ならば良し。ではセシリア……」

「「照準は?」」

『完璧ですわ!』

 いつかと同じやり取りの直後、地上から一瞬で上がってきたBT粒子特有の蒼白い光が『エクスカリバー』を撃ち抜いた。撃ち抜いた部分は機関部だったようで、『エクスカリバー』は大きな爆発音を上げて完全に沈黙した。

「よし!これで作戦は−−「「まだだ!」」えっ!?」

「一夏、助け出すなら早くしろ。そうだな……5分、それ以上は待たん」

「おう、分かった!……って、お前何する気だよ?」

「あれがどこかの戦争したがりの馬鹿共の手に渡らぬよう、()()()()()()()()()()()。博士、例の物の射出を」

『了解。到着は4分後です。上手く使ってください』

「だそうだ。急げよ」

「お、おう。『いいや限界だ!撃つね!』とかすんなよ!本気で!」

「いいから早く行け。ほら、あと4分30秒」

 そう言ってせっつくと、一夏は「話してる時は計時止めろよ!」と言いながら慌てて『エクスカリバー』内部に突入した。

「ちょっと一夏!?アンタ何してんのよ!」

「人助けに行ったんだよ」

 驚いたように叫ぶ鈴に私が簡潔に説明すると、鈴は「ああ、そう言えば」といった顔をし、他のラヴァーズも得心のいったような表情を浮かべている。

 私は頼んだ物が到着するのを待ちながら、『エクスカリバー』へ飛び込んで行った一夏に内心でエールを送った。

(ちゃんと決めてみせろよ、一夏)

 

 

 『エクスカリバー』内部の狭いコントロールルームに入り込んだ一夏は、そこでエネルギーを吸い取られてぐったりと倒れ込む二人の少女を発見した。

 亡国機業(ファントム・タスク)の工作員、フォルテ・サファイアとダリル・ケイシーことレイン・ミューゼルだ。酷く憔悴しているが、取り敢えず命に別状は無さそうだと判断し、一夏はコントロールルームの奥に目を向け、そして見つけた。

「居た……!」

 コントロールルームの中枢部、そこに幾重ものケーブルによって雁字搦めになった一人の小さな女の子。『エクスカリバー』の生体CPU(パイロット)にされた、エクシア・カリバーンを。

「エクシア・カリバーン……君の悪夢を終わらせる」

 一夏が右手に光を纏う。これこそ『白式』の真の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)、《夕凪燈夜(ゆうなぎとうや)》の輝きであった。

「ISプログラムの全てを初期化(フォーマット)するこの能力なら……」

 光の指先がエクシアの体を貫き、そこに蔓延っていた致命的なバグ(病巣)を破壊する。

「わたし、は……?」

 程なく、エクシアが目を覚ました。一夏は、そんなエクシアに優しく微笑む。

「もう、おやすみ。エクシア」

「うん……。すこし、つかれちゃった……」

 小さく呟いた後、エクシアは一夏の腕の中で眠りについた。一夏が一件落着とホッとした所へ、九十九から通信が入る。

『一夏〜、あと1分〜』

「うおっ!?マジか!?急がねえと!」

 一夏はエクシアとフォルテ、レインをどうにか抱え、一目散に『エクスカリバー』を飛び出す。そこで彼が目にしたのは−−

 

 

「な、何だそりゃああっ!?」

 3人の少女を抱えて『エクスカリバー』から飛び出してきた一夏が、開口一番驚きの声を上げた。

 無理も無いだろう。何故なら、今一夏の……皆の目の前にあるのは、ISが可愛く見える程に巨大な『機動砲台』なのだから。

「ちょっと九十九!何よこのバカでっかい大砲!」

「『パンツァー・カノニーア』が霞む程の巨大さだ……これは一体?」

「これぞ、ラグナロクが総力を結集して開発した対大型宇宙塵破砕用120㎝口径陽電子衝撃砲(ポジトロン・スマッシャー)、その名も……《太陽神(アポロン)》だ!」

 説明しつつ、ドッキングシークエンスへと移行する。

 

 対大型宇宙塵破砕用120㎝口径陽電子衝撃砲(ポジトロン・スマッシャー)太陽神(アポロン)

 いずれ来る宇宙開発時代を見越したラグナロク技術者陣が「宇宙ゴミなんて纏めて消し飛ばせば良くね?」という極論を形にした、超大型機動砲台。全長25m(内、砲身長15m)、全高10m、総重量150t。

 あまりの大きさと重さ故に、宇宙空間以外での運用が出来ないが、その威力は絶大であり、試射のために集めた廃棄予定の人工衛星5機がたった一射で纏めて消し飛んだ程である。そのため、運用には社長及び現場責任者の許可が必要。

 操作する際は、《アポロン》のコクピット(砲身基部に存在)に機体を接続する事で《太陽神》とのダイレクトリンクを確立。これにより、直感的な操作が可能になる。

 

「ドッキング完了。続いて、陽電子衝撃砲発射シークエンスを開始」

 

 キイイィィン……!

 

 《太陽神》に搭載された大容量プロペラントタンクから薬室にエネルギーが流れ込み、徐々に圧縮されていく。

「陽電子、圧縮完了。ターゲット、『エクスカリバー』。友軍は射線上から退避を」

「もう終わってるよ!」

「結構。……ターゲット、ロックオン。《アポロン》……発射!」

 

ドンッ!

 

 放たれた圧縮陽電子の弾丸は、真っ直ぐ『エクスカリバー』に向かっていき、着弾。瞬間、圧縮陽電子が一気に開放され眩い光が『エクスカリバー』を飲み込んで行く。十数秒後、光が消えたその先には−−()()()()()()()()()()

「マジかよ……」

「何という破壊力だ……」

「ムチャクチャでしょ……」

「相変わらずとんでもないな……」

 呆然とする一夏&ラヴァーズに、私は敢えてドヤ顔でこう言った。

「これぞ、ラグナロク驚異の技術力だ」

 こうして、『エクスカリバー』事件は一夏の復活と『エクスカリバー』の完全破壊をもってその幕を閉じたのだった。

 

「ほんっっっっっっっとに、心配したんだからね!」

 地上に戻る途中、鈴は一夏にずっとそんな事を言っていた。

「分かった分かった」

 一夏は涙目の鈴を宥めながら、大気圏突入を始めた。

「一夏、私も、その、なんだ。一応、心配していたぞ」

 箒が自分も構えとばかりに言う。そんな箒に、一夏は微笑みを向ける。

「ありがとな、箒」

「べ、別に、礼を言われるほどの事ではないが……」

 そっぽを向く箒の瞳は、やはり潤んでいた。

「ラウラも頑張ってくれたんだってな。ありがとな」

 一夏の意外な一言に、ラウラは言葉を詰まらせる。

「わ、私は……別に何も……その……」

 何かを言おうとして言葉にならず、ラウラもまた顔を背けた。だが、その瞳には他の二人同様涙が浮かんでいた。

「九十九、迷惑かけた。悪い」

「全くだ。勝算ほぼ0の賭けに出るなど、正気かお前は?」

「う……」

「残された側の気持ちも考えない無謀な行動をしおって。千冬さんから少なくない仕置きがあるものと思えよ」

「……はい、スンマセンでした」

「大体だな……「まあまあ九十九、今はその辺で」……分かった、一旦矛を収めよう」

 萎んだ一夏に更に言い募ろうとした所をシャルに止められる。まだ言いたい事は多いが、取り敢えず、今は最後に1つだけ。

「まあ、兎に角……」

 全員が、声を揃えて言った。

「「「お帰り、一夏」」」

 

 

 九十九が《太陽神》で『エクスカリバー』を破壊していた丁度その頃、地上でも動きがあった。

「では、貴様の機体を引き渡して貰おう。チェルシー・ブランケット」

 『アフタヌーン・ブルー』を降りてすぐ、マドカがランサー・ビットをチェルシーに向けた。どうやら、これで協力体制は終わりだ、と言う事らしい。あとは、不要になったチェルシーからISを奪うだけで事足りるようだ。

「お断りいたします」

「なに?」

「お断りいたします、と言ったのです」

 瞬間、チェルシーの姿が空間へと沈んでいく。それは、『ダイブ・トゥ・ブルー(以下DTB)』の単一仕様特殊能力《空間潜行(イン・ザ・ブルー)》だった。

「逃がすか!」

 ランサー・ビットがエネルギーの槍を発射する。しかしそれは虚しく空を切った。

 しかも、チェルシーは去り際に空中魚雷を放っていた。ミサイル状のそれらがマドカに一斉に襲いかかる。

「舐めるなぁ!」

 怒りの咆哮と共に、ランサー・ビットで魚雷を叩き落とすマドカ。落とされた魚雷から爆炎が上がり、マドカの視界を遮る。

 その隙を逃さず、亜空間から手だけを現したチェルシーが何度も魚雷を投げ込む。

「ちっ‼」

 一旦チェルシーから距離を取るマドカだが、この時点で既に『DTB』の弱点を見抜いていた。

(攻撃の際には必ず出現する。そして何より−−)

 空間潜行中は、最大火力(ビット)が使えない。それに気づいたマドカは、チェルシーが出てくる瞬間を見逃すまいと集中した。故に気づけなかった。()()()()()()()()()()()()()()()

「はい、ど〜ん!」

 

ピシャアアンッ‼

 

「っ!?」

 完全に虚を突かれる形で雷撃に打たれたマドカは、一瞬思考停止に陥った。

(な、何が……起きた!?)

 理解が追い付かず、目を白黒させるマドカの耳に、およそ戦場とは縁の無さそうなのほほんとした声が届いた。

「やっぱり、つくもの言った通りになったね〜」

 それは、ラグナロクの最新IS『プルウィルス』を纏った本音だった。

「なん……だと?」

「『マドカの事だ。事が終わればそこにいるISを奪って立ち去ろうとするだろう。だから本音、君は防衛部隊として地上に残り、マドカが行動を開始したと同時に気づかれないように雷雲を展開し、隙を見て打ち込め』……マドっちの行動は、ぜ〜んぶつくものお見通しだよ」

 言いながら、マドカの頭上を指差す本音。そこでマドカはようやく、自分が既に()()()()()()()()()()()事に気がついた。

 だが、それで戦意を喪失したり、諦めて抵抗をやめるようなマドカではない。寧ろ、願ったり叶ったりだと考えていた。

「だからどうした?それで勝ったつもりか?……丁度いい、貴様の機体もいただいて帰ろう」

 本音と対峙している間も集中は切っていなかったのか、好機と見て亜空間から姿を現したチェルシーを、本音が反応するより早く打ってとった。

「ぐっ!」

 ダメージを受けて吹き飛ぶチェルシー。受けたダメージは大きかったようで、地に伏せたまま動かない。そこへセシリアがやって来るが、エネルギーが底をついている『ブルー・ティアーズ』ではマドカの放ったランサー・ビットの一撃に耐えきれずに吹き飛ばされる。

「お嬢様!」

「ふん、無様だな。……次は貴様だ」

 殺意を込めた視線を本音に向けるマドカ。本音は一瞬ビクッとしたが、すぐに持ち直してマドカの視線を真っ向から受け止める。

(例の雷撃、あれは恐らく奴の思考がトリガーになっている……ならば、奴が反応できない程の速さで近付けば!)

 瞬時加速を使って、一気に本音に肉薄せんとするマドカだったが、その直前に本音の放った一言は意外なものだった。

「『ユピテル』、あなたに任せていーい?」

『是。対象の敵対行動に対し、雷撃をもって即応します』

「っ!?」

 

ピシャアアンッ‼

 

「ぐあああっ!」

 2度目の雷撃を受けたマドカは、思わず大声で悲鳴を上げていた。『黒騎士』は回線にダメージを受けたのか、そこかしこから黒煙を上げている。

「どういう……ことだ?」

「情報収集不足だね〜。まあ、教えないけどね」

「貴様ぁ!」

 マドカが怒りに任せて突撃を仕掛けようとした瞬間。

 

ピシャアアンッ‼

 

 3度目の雷撃がマドカを貫いた。『黒騎士』の装甲に、電気の走った焦げの跡が痛々しく刻まれていく。

「ぎっ!」

『警告。当機はそちらが「動いた」と判断した瞬間、雷撃をもって対応します。よって−−』

「それ以上雷の餌食になりたくなかったら、動かないでね〜」

「くっ……!」

 あくまでものほほんとした態度を崩さない本音に苛立つマドカ。そんな彼女の心底を知ってか知らずか、本音はこう言った。

「……あ、たっちゃん、準備できた?……おっけ〜。えっと、こんな時つくもならなんて言うかな〜……そうだ。ところでマドっち〜、()()()()()()()()()()()

「なに?」

 訝しむマドカの頭上から雷雲が消えたと同時に、それは現れた。

「ぱんぱかぱーん!遅れて登場、楯無おねーさん!とりま一斉爆破、いっとく?」

 マイペースな調子とは裏腹に、起こった爆発の威力はあまりにえげつない。

 役目を終えた『アフタヌーン・ブルー』が爆発に飲まれて粉砕される様を、マドカは目の当たりにした。

「この威力、『限定解除仕様(アンリミテッド)』か!」

「伊達や酔狂でロシアに寄った訳じゃないのよ♪ほらほら、どんどん行くわよぉ」

 一切の制限を取り払ったISの性能とその武装の威力を我が身で知っているマドカは、先に受けたダメージもあって苦戦は免れ得ないと予想する。しかし、引くほどではない。

「くく、ISが4機も手に入るとはな」

「捕らぬ狸の皮算用って言葉、知らないのかしら?そういうのは、勝ち誇った後に言わないと負けフラグよ」

 楯無は扇を手に華麗な舞を披露しながら爆発する粒子を撒き散らす。その威力は凄まじく、マドカも空への退避を余儀なくされる。

 しかし、その行動は楯無の計算通り。楯無のIS『ミステリアス・レイディ』の新能力『シンデレラ・タイム』の結界内に、マドカは誘導されていた。

「さあ、踊り明かして、12時(限界)まで!」

 爆発、爆発、更に爆発。繰り広げられる爆炎の舞は、見事にマドカを踊らせた。

「ぐっ、貴様ぁ!」

『そこまでよ、エム』

 苛立つマドカに割り込み通信を入れたのは、やはりスコール・ミューゼルだった。

『引きなさい。回収はしてあげるわ』

「ふざけるな!この私が、私が……私がぁ!」

『おイタが過ぎるわよ、エム。もう無理、時間いっぱいだわ。……引きなさい』

 最後の強い口調に押される形で、マドカは身を翻した。

「ちっ!」

 最後にセシリアとチェルシーを一瞥して、その姿は彼方へ消えていった。

「ふう、ちょっと暴走気味だったけど、何とかなったわね。……お疲れ様、『ミステリアス・レイディ』」

 土壇場での調整、遅いタイミングでの登場、ぶっつけ本番での新能力の使用。それらが全てプラスに働いたからこそのこの結果だ。まともにやりあっていたら、楯無といえども無傷では済まなかっただろう。

「あとは一夏くんの帰りを待ちましょうか」

 そう言って楯無が見つめる先には、セシリアに駆け寄るチェルシーの姿があった。

「お嬢様、ご無理をなさらぬよう。どうか、どうかご自愛ください」

「分かっていますわ、チェルシー」

 こうして、セシリアはかけがえのない絆と、チェルシーを取り戻したのだった。

 

 この日、砲撃戦特化型超大型IS『エクスカリバー』の暴走に端を発する一連の戦いは終わりを告げた。

 しかし、本当の戦いはある意味これから始まるのだという事を、この時の一夏達は誰も気づいていなかった。




次回予告

聖夜前日、それは乙女の決戦の日。
魔法使いに唆された少女達は、愛しい人へ想いをぶつける。
そして、魔法使いは兎狩りに出掛ける。自身の憤怒をぶつけるために。

次回「転生者の打算的日常」
#84 聖夜、其々之決着

なあ、お前達。このままで良いのか?


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#84 聖夜、其々之決着

 聖夜前日(クリスマスイブ)−−

 或いは決戦前夜と銘打ってもなんら問題ないその日は、セシリアがこの世に生を受けた日でもある。

 オルコット家所有の大きな城の中では、メイド達が慌ただしく動き回っている。

 セシリアの誕生夜会を祝おうと、皆いつもより張り切っているのが動きから伝わる。全ては我らが主の為に。これが彼女達の精一杯の忠節の示し方なのだ。

 そんな慌しい城の一室、ドレスルームでは誕生夜会に招待された一夏ラヴァーズ+2が、ハンガーラックに吊された大量のドレスを前にどれにしようかと品定めをしていた。

「ふむ……やはり私は赤にするか」

「僕はオレンジにしようかな。九十九が1番似合う色だって言ってくれたし」

「じゃ〜わたしはピンク系にしよ〜っと」

「それじゃあ私達は……」

「……水色で」

「黒か紫か……どちらにするかが問題だ。だがそれ以上の問題が……」

「さっすがセシリア。名門貴族の当主だけあってなかなかの衣装持ちじゃない。けどさぁ……」

 と、ひとりごちる鈴。そう、確かに色もデザインも目移りするほど豊富にある。あるのだが−−

「あたしのサイズに合わないのよ!あれもこれもそれも!」

「うむ!」

 そう、ここにあるドレスは基本的にセシリアの為に用意された物。よって、セシリアの体型に合わせた作りになっている。

 セシリアより頭半分は小さい鈴がこれをそのまま着ようとすれば、あちこちズレて見えてはいけないあれこれが見えてしまう。ラウラなど言わずもがなだ。本音は発育著しいある部分のお陰で何とか着れるが、それでも大分裾が余るのは否めない。

 ではどうするか。それは、意外な事に裁縫を得手とする鈴だからこそ出た結論だった。

「ここにあるドレスで、合うサイズのドレスを作ればいいのよ!という訳で箒、ちょっと生地ちょうだい!」

 言うが早いか、鈴はどこからか持ってきたのであろう裁ちばさみを手に、箒が着ようと手に取っていたドレスを引っ張る。

「お、おい待て鈴!これは私が「お嬢様方、失礼致します」って、はい?」

 慌てる箒を尻目に、今まさに鈴のハサミが箒のドレスに入らんとした所でドレスルームの扉が開き、数人のメイドが入って来た。突然の訪問者に、全員の動きが止まる。

「えっと、何か?」

 ポカンとしながらも要件を訊いてきた箒に、メイドの一人が「はい」と前置いてからこう言った。

「村雲九十九様のご依頼により、ドレスのサイズ合わせに参りました」

「村雲様が『多分ですが、鈴が自分に合うサイズのドレスがないからと無理矢理作ろうとするでしょう。セシリアのドレスが数着目も当てられない状態になってしまうのは忍びない。鈴の為にドレスのサイズ合わせをしてやって頂けないでしょうか?ご面倒でなければ他のメンバーも合わせて』と仰られて−−」

「それで、比較的手すきだった私達がセシリア様の許可の下、こちらへやってきた次第です」

「生憎ですが時間的余裕がありません。突貫工事になりますが、それでもよろしければお召しになりたいドレスをこちらへ」

「「「あ、はい」」」

 メイド達に言われるまま、自分が目を付けたドレスを手渡し、採寸の上でサイズ合わせをして貰うラヴァーズ+2。

 メイド達の手際の良さは目を見張る程で、ほんの40分程で全員分のドレスをジャストサイズに直してしまった。

「では、私達はこれで失礼致します」

「誕生会開始まで、今しばらくお待ちください」

 恭しく一礼し、ドレスルームから去って行くメイド達の後姿を見ながら、皆は思った。

(((メイド凄い。でもこうなる事を予測した九十九は、ホント何者?)))

((やっぱり九十九(つくも)は凄いな〜))

 誕生夜会開始まで、あと20分。

 

 

「それでは、セシリア・オルコット様の誕生日パーティーにお集いの皆様、今宵は盛大な祝福をよろしくお願い申し上げます」

 メイド長のチェルシーがそう告げると、パーティーに集まった紳士淑女が一斉にセシリアの元へと詰めかけた。

「セシリアさん、聞けば英国の危機を救ったとか。流石ですわね」

 妙齢の女性が楽しげに微笑む。

「セシリア君、英国代表候補生としての君の働きは非常に大きなものになっているね」

 初老の男性軍人が恭しく頭を垂れる。

「セシリア様、折角のご帰郷ですのに、学園にお顔を出して下さらないなんてつれないですわ」

 学友の少女が少し唇を尖らせる。

 その他にも、様々な人物がセシリアの周りを取り囲み、いっこうに開放してくれない。

(ああもう、一夏さんはどこへ?)

 奇跡の生還を遂げたもう一人の英雄は、社交界の空気に耐え切れず一人逃亡したらしい。

 見れば、セシリアが用意したドレスを身に纏ったいつもの面々もまた、一夏を捜している。と、そんな彼女達に同じくドレスを身に纏った二人の(確定未来の)妻を連れた九十九が近づいていく。

「お前達に話しておきたい事がある。セシリアを連れて来るから少し待っていろ」

 それだけ言うと、今度は自分(セシリア)の方に歩み寄って来る。

「失礼、皆様方。ご歓談中誠に申し訳ないのですが、セシリア嬢に少々込み入った話がございまして……セシリア」

「はい。みなさん、少し失礼しても?」

 周囲を取り囲んでいた紳士淑女達は何かを悟ったように道を開けた。

「行ってらっしゃい、セシリア様。よい夜を」

「ええ、みなさんも。よい夜を」

 ぺこりとお辞儀をして、セシリアは九十九と共に他の皆のいる所へ出向いた。

「ここでは誰に聞かれるか分からん。セシリア、人のいない場所は?」

「でしたら、この部屋の奥に使用人用の控え室が。今の時間なら、誰も居ないはずですわ」

「……分かった。付いて来い」

 そう言うと、九十九は足早に控え室へと向かう。ラヴァーズは何事かと思いつつも九十九の後を追った。

 

 使用人控え室に入ってもなお、自分達に背を向けて話を切り出す素振りのない九十九に、鈴が声をかけた。

「ちょっと九十九、何の話があるって言うのよ?黙ってないでさっさと言いなさいよ」

「無駄話がしたいなら後にしてくれ、私達は一夏を捜して……「その一夏の話だ」っ!?」

 九十九の語調が常になく重い。それに気づいた箒は、言葉の続きを飲み込んだ。ゆっくりと振り返った九十九の顔は真剣で、その眼光は常より遥かに鋭い。

 ラヴァーズは悟った。九十九はこれから、極めて重要な話……それこそ、自分達の今後に関わる話をするつもりだと。

「なあ、お前達……()()()()()()()()()?」

 

ドクンッ

 

 誰かの……いや、誰もの心臓が大きく跳ねた。それを知ってか知らずか、九十九は言葉を続ける。

「一夏は……あいつは誰かが危機に陥った時、自分の身を顧みずに守ろうとする奴だ。クラス代表戦の時も、福音事件の時も、学園襲撃事件の時も、そして今回も。あいつは誰かを守る為に自分を擲った。一切躊躇なくだ。そんなあいつの在り様が、私は堪らなく恐ろしい」

「九十九……」

「一夏はきっとこれからも、誰かを守る為に命を張るだろう。これまではなんだかんだ生き残る事が出来たが、次は今度こそ死んでしまうかも知れない。そうなった時、お前達は『一夏が死ぬ前に自分の気持ちを伝えられたからそれで十分だ』と……そう言えるのか?それで満足か?」

「九十九君、つまり何が言いたいの?」

 楯無の質問に、九十九はラヴァーズに頭を下げながらこう続けた。

「頼む。あいつの楔に……『死ねない理由』になってやって欲しい。あいつにお前達の存在を心の奥深くにまで刻み込んで、あいつの無鉄砲を止める一助になって欲しい。私ではその役は力不足なんだ。お前達にしかできない、お前達にしか頼めない……お願いします」

 

ポタッ

 

 頭を下げたままそう言う九十九の足下に一滴、透明な液体が落ちた。それを見たラヴァーズの心は、一致した。

「九十九、お前の気持ちは理解した。一夏の事は、私達に任せろ」

「た・だ・し、やり方はあたし達に一任してもらうわよ」

「うむ。行くぞお前たち。まずは一夏を捜し出す」

「いくつか居場所に心当たりがあります。まずはそちらを捜しましょう」

「……了解。その後は……」

「みなまで言うなよ、簪ちゃん。さ、行きましょ」

 覚悟を決めたラヴァーズ達が控え室から出て行くのを、九十九は頭を下げたまま見送った。後には、九十九とシャルロット、本音だけが残された。

 

 

「ククク……ハハハ……アーハッハッハ!大成功だ!これで一夏の恋愛問題は一気に解決だ!これでクソ重い肩の荷が下りるぞ!フハハハハ!あ、因みにさっきの雫の正体は目薬(コレ)な」

「やっぱり、そんなことだろうと思ったよ〜」

「巧みに言い方暈してたけど、あれ要するに『一夏を襲え。でもって責任取り合え』って事だよね?」

 シャルの言葉に頷く。一夏は『皆を守りたい』という思いも強いが、同時に『やった事の責任は取らなければ』という思いも強い。どちらが先に仕掛けたかは別として、繋がり合った(意味深)関係になれば、一夏は間違いなく彼女達の想いに全力で応えようとするだろう。

 だいいち、あいつはど鈍感な朴念人だ。それぐらいして漸く自分の中の気持ちに気づくんじゃないかと思う。

「さて、あとはあいつらに任せるとして……ちょっと出てくるな」

「どこに行くの〜?」

 本音の質問に振り向かず答える。()の顔は今、殺意と怒りに満ちた笑顔になってるだろうから、見せたくないのだ。

「なーに、ちょっとばかり……()()()に行ってくるだけだ」

「……うん。行ってらっしゃい」

「あんまりやりすぎちゃダメだよ〜」

「大丈夫、殺しはしねえよ……殺しは、な」

 そう言い残して、俺は控え室を出て行った。さあ、覚悟しなクソ兎!

 

 

「あれ?どういう事?これ」

 超望遠オペラグラスで城の様子を眺めていた束は、ひたすら困惑していた。

 一夏のいたバルコニーに箒を始めとした彼に想いを寄せる者達がやって来たかと思えば、彼女達は次々に一夏に抱き着き、その唇に自らの唇を押し当て、更に混乱の只中にある一夏を連れ去って行った。その直前、箒の口がこう動いたのを束は見た。

『私達が、お前の死ねない理由になる。私達は、お前を愛しているんだ、一夏』

「参ったなぁ、これじゃあ計画の練り直しだよ」

 頭を掻きながらボヤく束。『紅椿』の成長には箒の精神的抑圧が必要だったのに、これではそれを見込めない。

「まあ、いいや。それならそれで次を考えるだけだよ。行こ、クーちゃん」

「はい」

「何処へだ?」

 

ゾワッ

 

「!?」

 突然聞こえた男の声。それと同時に周囲の空気が一気に冷えたような感覚が束を襲った。

 

ザッ ザッ ザッ

 

「もう一度訊く、どこへ行く気だ?俺の用事が終わってないってのに」

「あ、あ、あ……」

「束様?どうされたんです……っ!?」

 急に震えだした束を心配したクロエが束に近寄った直後、戦慄がクロエの全身を襲った。

「なあ、聞かせてくれよ。俺の用事をほっぽって、何処行こうってんだ?あ?」

 全身から殺意と怒気を迸らせながらこちらにゆっくりと歩いてくる男。クロエはその声に聞き覚えがあった。

「村雲九十九……!」

 不遜にも敬愛する束に宣戦布告を行った、クロエにとっては大敵と言える男が、一体どうやってか自分達の前にいる。だがどうやってかなど今はどうでもいい。

(自分からやってきたのなら好都合、ここで叩く!)

 震え上がる自分の体を叱咤して、束の前に立つクロエ。その様に、束が哀願と焦燥の混じった声を上げる。

「ダメ、クーちゃん。お願い逃げて」

「大丈夫です、束様。この男は、ここで消します」

 言って、クロエは両目を開く。

(《ワールドパージ》で感覚を奪えば、後はどうとでも!)

 そう考え、クロエは九十九の()()()()()()()()と目を合わせた。

(え?碧い瞳?村雲九十九の瞳は黒のはず……)

 クロエの思考が僅かに逸れた、その瞬間。

 

ゴシャアッ‼‼

 

 クロエの脳内に、自分の顔面が九十九の拳によって殴り潰されるイメージが浮かんだ。

 しかも、《ワールドパージ》によって感覚を支配しようとしていた事が仇となり、自分の顔に九十九の拳がめり込む感触も、鼻と頬の骨が砕けた痛みと音も、血の味と匂いも全て鮮明に再現されてしまっていた。

「あっ……」

 あまりに鮮明なイメージを脳に叩き込まれたクロエは、強烈な幻痛にその意識を手放した。

 

「クーちゃん!」

 糸の切れた操り人形のように倒れるクロエを、寸前で抱き抱えた束。しかしその行為は、自分が逃げる時間を失わせる行為だった。

「よう、クソ兎。()()()()()()()()()()?」

 声をかけてきた九十九と束の視線が交差した。その目を見た束は、自分がマグマと液体窒素をそれぞれ半身に浴びせ掛けられたような感覚を覚えた。

「ひっ……」

「いいみたいだな」

 

ミシッ……

 

 筋肉が軋む音がする程に強く拳を握り込む九十九に、束が慌てて声をかけた。

「ま、待って「待たねえ」」

 言うが早いか、九十九の拳がブレた。

 

バキイッ!

 

 束が自分が殴り飛ばされたのだと気づいたのは、頬の痛みと流れて行く周りの景色によってだった。腕の中にクロエはいない。殴られた衝撃で手を離してしまったのだ。

 束の体は、立木にぶつかって止まった。それを見た九十九は、再び束に向かってゆっくりと歩を進める。

「あ、が……はっ……!」

 殴られた頬が灼けるように熱い。間違いなく頬骨が折れている。口の中が砕けた歯の欠片でジャリジャリする。口中鉄臭い味と匂いしかしない。木に叩きつけられたためか、体中が悲鳴を上げている。

 たかが15、6の少年の、それも凡人の一撃で、自分がここまでダメージを受けた事に、束は精神的ショックを受けていた。何より、九十九の目を見た瞬間のあの恐怖感。あれは−−

絶対的強者(ちーちゃん)と同じ……ううん、それ以上の……!)

 目が合っただけで、本能が負けを認める感覚。それは、束が今まで感じた事の無いものだった。だからこそ、咄嗟に動けなかった。

「お前は、俺の大切なもんを殺そうとした。赦せねえ、赦す訳にゃあいかねえ。報いを受けさせてやるよ。この俺がなあ!」

 足元の木の根が潰れる音がする程の強い踏み込みで、一足飛びに束に突っ込む九十九。拳は既に引き絞られていて、後は自分に叩きつけるだけになっている。

(避けないと……でもどっちに!?)

 殴られた事で脳が揺れたのか、思考が纏まらない束はどうにか九十九の一撃を躱そうとして足が縺れ、その場にうつ伏せに倒れ込んだ。直後、頭上を九十九の拳が通り過ぎた。

 生木を鈍器で殴りつけたような音がした後、束の背後にあった木がメリメリと音を立てて倒れた。

(た、助かった……。偶然、足が縺れたお蔭で)

「チッ。運の良い女だ」

 舌打ちして吐き捨てる九十九。

(少しだけど足に力も戻って来た。これなら、反撃して逃げる事も……)

 

ベキッ

 

「ぎっ!」

 束が立ち上がろうとした瞬間、右膝に激痛が走り、再び足に力が入らなくなった。九十九が膝を裏から踏み砕いたのだ。

「逃げようってか?そうは問屋が下ろさねえよ」

 踏み砕いた膝を更に踏み躙る九十九。束は自分の右膝はもはや修復不能な程に破壊された事を、激痛に喘ぎながら理解した。

 

ズンッ!

 

「あぐっ!」

 更に、九十九は束の背を踏みつけて逃げられない様にした後、そのまましゃがみ込み、拳を振り上げた。

「今度は外さねえ。安心しろ、二目と見られねえようにするだけだ。殺しゃしねえよ。嫁達に悪いからな」

 次こそ間違いなく、生木を殴り折る程の威力を持った拳が自分に突き刺さる。そうなれば、自分は命は助かっても女として死ぬ。束は何とか拘束から抜け出そうともがくが、九十九の足下から這い出る事すら出来なかった。

「じゃあ、覚悟はいいか?」

 

ミシッ……

 

 2度目の筋肉が軋む音が束の耳に届く。自身の女性生命の危機に、束は届かないと知りながら呟いた。

「ちーちゃん……助けて……っ!」

「あばよ、クソ兎」

 九十九の全力が込められた拳は、束の顔面を確実に捉えた。

 

メキイッ!ベキゴキ!

 

 骨の砕ける鈍い音が周囲に響く。束の体は一度大きく跳ねた後、ピクリともしなくなった。

 

 

「すうー……ふうー……」

「終わったか」

 大きく息を吐いて、心中に渦巻く怒りの念を一気に追い出していると、目の前の茂みから千冬さんが未だ気を失っているクロエを抱えて現れた。

「どうして助けなかったんです?()の最後の一撃、貴方なら割って入って受け止めるくらい出来たでしょうに」

「……こいつは、一度徹底的に『痛い目』に会うべきだ。と思ってな」

 篠ノ之博士の隣にクロエをドサリと下ろすと、ああ疲れたと言わんばかりに首を鳴らした。

「行くぞ、村雲」

 踵を返してその場から離れようとする千冬さん。私はその理由について少し考えて、ふと思い至った。

「……ああ、下手に逮捕拘束して亡霊共が学園に殺到しても困るから、このまま連中に回収させてついでに治療も丸投げしてしまおうと。悪い人ですねえ」

「…………」

 何も言わずに歩を進める千冬さん。……図星か。

「聞いたろう?()()、さっさと持って帰ってくれ。あと、土砂降り女に伝言。『3日後、ラグナロク・コーポレーション第三野外演習場にて待つ』」

 後ろに現れた気配にそれだけ告げて、私は千冬さんと共にそこから離れるのだった。

 

 

 明けて翌日、私達は日本に帰るべく城のエントランスホールに集まっていた。そこには、少しだけ歩き辛そうにしながら幸せそうな笑顔を浮かべ、何かツヤツヤしているラヴァーズと、それとは正反対に非常にゲッソリしている一夏がいた。

 私はそんな一夏にそっと近付くと小声で耳打ちした。

「ゆうべはおたのしみでしたね」

「っ!?」

 途端、バッと音がする勢いでこちらに振り返る一夏。その目は『まさかお前が……!?』と訴えている。

「その通りだ」

「お、おま、お前……!」

「どうあれ、これでお前も分かったろう。アイツ等の想いは本物だって事が」

「お、おう。けどよ、もっとやり方……っつかやらせ方あったんじゃねえか?」

「言葉で伝わらないなら肉体言語(意味深)で伝えるしかなかろう。私もシャルと本音相手によくするし。というか、昨日もした」

 ほれ、と指で差す方にはラヴァーズ同様のツヤツヤ感を魅せるシャルと本音が、ラヴァーズ達を気遣っている……のだが、その表情は言い表すなら『ニヨニヨ』で、かつての自分達を見ているかのような雰囲気だ。

「で?アイツ等の想いを受けて、お前はどうするんだ?()()()()

「……分かってる。急過ぎてまだ気持ちが追い付いてないけど、必ず皆の想いに応える。それまで……死ねないし、死なない」

「いい覚悟だ。私は……私達は、お前達を全力応援する」

 男の顔になった一夏に、私は弟の成長を喜ぶ兄のような心持ちになったのだった。

 

 こうして、一夏を巡る恋模様は一応の完結を見た。私は、もはや原作展開など影も形も無くなっているのだろうな。と頭の隅で考えていた。

 

 

 3日後、ラグナロク・コーポレーション第三野外演習場−−

「決着をつけよう、スコール・ミューゼル」

「ええ。これで終わりにしましょう、村雲九十九」

 雪の舞う平原で、灰銀の魔法使いと炎の魔女の最後の戦いが始まろうとしていた。




次回予告

九十九とスコールの最後の戦いが始まる。
スコールの放つ紅蓮の炎に劣勢を強いられる九十九。
彼が繰り出す、起死回生の策とは……。

次回「転生者の打算的日常」
#85 魔狼対金旭(前編)

さようなら、村雲九十九くん。
まだだ!まだ終わらん!


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#85 魔狼対金旭(前編)

一話に詰め込むと長くなり過ぎそうなので、前後編に分けました。
まずは前編をどうぞ。


 12月26日、未明。日本某所、亡国機業(ファントム・タスク)のセーフハウス。

「で?兎の様子はどうなんだよ?スコール」

 ベッドの上で睦み合いながら、オータムは何気なくスコールに問いかけた。

「命に別状はないわ。ただ、間違いなく女としては死んだわね。顔の骨が粉々になって、歯も殆ど抜けたらしいから」

「…………」

 スコールの物言いに、オータムは以前(#73)九十九に踏み折られた自身の鼻が幻痛を訴えたのを感じ、鼻に手をやった。

 スコールはそっとその手を取り、微笑みを浮かべてオータムに告げる。

「大丈夫、そのくらいの事で嫌いにならないわ」

「……知ってる」

 そう言うと、オータムは自らの唇でスコールのそれを塞いだ。

 何時までそうしていただろうか。二人はどちらからとも無く、唇を離した。互いの口の端から伝う銀の橋が、互いの愛の深さを物語っていた。

 スコールは若干の名残惜しさを振り払ってベッドから下り、脱ぎ捨てた服を身に着けた。

「行くのか?」

「ええ。彼と決着を着ける約束をしたのだから、行かないって選択肢は無いわ」

「なあ、何でそこまであのガキに拘るんだ?」

「……さあ、どうしてかしら?でも、私は彼に言い表し難い『何か』を感じているのは確かよ。無理矢理言葉にするなら、そう−−」

 

 同時刻。IS学園一年生寮、九十九の自室。

「じゃあ、行ってくる」

「うん。九十九、勝ってね」

「絶対に無事に帰ってきてね」

「ああ、約束だ」

 準備万端整えて、私はシャルと本音に出立の挨拶をした。スコールが今何処にいるかは知らないが、恐らくもう現地に向かっているはずだろう。

 男として、何より決闘を望んだ(デートに誘った)身として、決戦の地(待ち合わせ場所)に遅れる訳にはいかない。

 シャルと本音に一時の別れを告げて寮の外へ出ると、一夏とラヴァーズ、そして千冬さんが揃って待ち構えていた。

「行くのか?九十九」

「ああ、彼女と決着を着ける約束をしたんだ。行かないという選択肢は無い」

「何でそんなにスコールを目の敵にするんだ?」

「……何故だろうな?ただ、私が彼女に言い表し難い『何か』を感じているのは確かだ。強引に言葉にするなら、そう−−」

 

 この時、九十九とスコールの放った一言は、奇しくも意味合いとしては真逆だった。曰く−−

 

「親近感……かしらね」

「同族嫌悪……だな」

 

 

 12月27日、早朝。ラグナロク・コーポレーション第三野外演習場。

 北海道中央部、大雪山の麓、四方25kmに渡る広大な土地を誇る、ラグナロク所有の演習場の中で最大規模の場所だ。

 今の時期は降りしきる雪と高出力の電柵に閉ざされ、野生動物は近寄って来ない。更に、演習場外縁部の周囲15km圏内に集落は一切なく、人の往来も無い。まさに陸の孤島と言える場所である。

 そんな所に、ISを纏った一組の男女が、一触即発の雰囲気を漂わせて宙に浮いていた。

 一人は私、村雲九十九。もう一人は……。

「来てあげたわよ、村雲九十九くん」

「態々のお越しに感謝しよう、スコール・ミューゼル」

 

バチッ!

 

 二人の間の空間に火花が散った。しばらく無言で睨み合いを続けていたが、やがてどちらからとも無く得物を呼び出(コール)し、戦闘態勢に入った。

「決着を着けるぞ、スコール。互いの因縁に」

「ええ、ここで終わらせましょう、村雲九十九」

 戦場に突風が吹き、地面の雪を巻き上げて互いの姿を一瞬隠す。地吹雪が晴れたその瞬間に私達が取った行動は全く同じだった。即ち、『開幕と同時に相手に突撃』である。

 

ガキィンッ!

 

 私の《レーヴァテイン》とスコールの大剣がぶつかり合って火花を散らす。そしてそのまま鍔迫り合いへと縺れ込む。

「全く同じ戦法とはね。あまり嬉しくない気の合い方だわ」

「それはこっちの台詞だ……!」

 互いの剣の鎬がギリギリと削れ合う音が響く。そんな中、スコールが艷やかな笑みを浮かべた。背筋に冷たい物を感じた私は、全速力で後退。直後、さっきまで自分の頭があった場所を爆炎が焼いた。

「今のは……!」

爆炎舞踊(バレッテーゼ・フレア)。《プロミネンス・コート》を応用した、空間指定爆破攻撃よ」

 嫌な汗が頬を伝う。空間座標を指定して、そこをピンポイント爆破出来るという事は−−

(脚を止めての接近戦は危険!)

 そう判断した私は、すぐさま高機動戦用パッケージ《フレスヴェルグ》を装着。一撃離脱戦術(ヒット&アウェイ)を試みる。

 もし、『ゴールデン・ドーン』の炎熱操作ナノマシンの性能が『ミステリアス・レイディ』の水分操作ナノマシンと同程度なら、ナノマシン一機あたりが貯蓄できるエネルギー量で移動できる限界は、自機の半径300m圏内のはず。ならば−−

(それ以上離れた距離から攻撃を叩き込む!)

 《フレスヴェルグ》専用の複合兵装《グラム》を呼び出し、電磁投射砲(リニアレールガン)をスコールに撃ちかける。

 しかしそれは、『ゴールデン・ドーン』の攻性防御結界《プロミネンス・コート》に容易く阻まれた。

「そんな攻撃じゃあ、私には届かないわよ?」

「ならば、これならどうだ?」

 装填されているマガジンを外し、新しいマガジンを再装填。再びスコールに狙いを定めて発射。放たれた弾丸は《プロミネンス・コート》を突き破り、『ゴールデン・ドーン』の装甲を大きくに抉った。

「っ!?これは……!」

 驚きに目を見開くスコールの隙を見逃さず、更に電磁投射砲を叩き込む。スコールはやや慌てたように回避行動に入った。

「《プロミネンス・コート》が蒸発させ切れない金属……。まさか、タングステン!?」

 驚くスコールにニヤリと笑みを浮かべる事で返す。

「悪い笑みね……けど、甘いわ!」

 対スコール用に用意した超耐火性金属(タングステン)弾《火蜥蜴(サラマンダー)》は、一定の成果を上げた。しかし、決定打とはなり得なかった。

 何故か?それは、どうあれタングステンが『重い』からだ。

 弾体が重いという事は、着弾時の衝撃力や貫通力が上がる分、弾速が大きく落ちる。超一流のISパイロットともなれば、その弾速の差が勝敗を分ける事もある。

 そして、スコール・ミューゼルという女は間違いなく超一流だ。事実、《グラム》の電磁投射砲の連射をいとも容易く回避してのけている。直撃したのは最初の一、二発だけで、あとは精々掠る程度。既に慣れられたと思っていいだろう。

「もう《グラム(これ)》は通じないか……」

 全武装の中で最大の射程範囲を誇る《グラム》が通じないとなると、自然その戦闘距離は中距離(150〜200m)になる。そうなると、小回りが利かない《フレスヴェルグ》は邪魔でしかない。ならば最大戦速で突っ込む!

「ヤケになっての突撃……いえ、貴方に限ってそれはないわね!」

「バレたか!だがこの距離なら躱せまい!《フレスヴェルグ》、強制排除(パージ)!」

 ギリギリ離脱できる距離まで近づいての外部装甲ばら撒き攻撃(アーマーパージアタック)。それなりの質量を持った金属塊がスコールに向かって殺到する。

「味な真似を……!」

 回避は間に合わないと判断したか、スコールはその場に足を止めて《プロミネンス・コート》を前方一極展開で防御する。それを見ながら慣性に任せてスコールの背後に回り、《ケルベロス》を呼び出して一斉射撃を仕掛けに行く。

「コレでも食らえ!」

「させると思って!?」

 言って、片手をこちらに向けるスコール。その手から小粒だが大量の《ソリッド・フレア》が撒き散らされた。

 攻性使用と防性使用の同時並列運用だと!?そんな事、楯無さんにも出来ないってのに!

「ちいっ!」

 襲い来る《ソリッド・フレア》を一掃するため、《ケルベロス》をかなり強引に振り回しながら撃つ。《ミョルニル》程ではないにしても、コイツも重量級なのだ。

 放たれた弾丸と《ソリッド・フレア》がぶつかる度に、派手な爆音が轟く。威力よりも数の多さを、対象への攻撃よりも目晦ましを目的にしたような攻撃だった。密度の濃い爆煙がスコールの姿を隠していく。

(しまった!これが奴の狙いか!)

 視界から完全にスコールが消える。しかもこの爆煙、索敵阻害粒子(チャフ)が混ざっているのかセンサーが酷く鈍い。

「くっ、何処に……!?」

 

ゾクッ!

 

 寒気が背筋を這い上がる感覚。スコールが殺気を飛ばして来たのだ。感覚を信じて《ケルベロス》を捨て《スヴェル》を呼び出し、寒気を強く感じた方に構える。

 直後、《スヴェル》を爆破の衝撃と強烈な熱波が襲った。あと少し反応が遅れていたら、間違いなくローストにされていただろう。

「あら、残念。仕留めたと思ったのに」

 風に流されて煙が晴れた先に、笑みを浮かべてクスクスと声を漏らすスコールがいた。

「よく言う。あれだけ強烈な殺気を事前に放っておいて」

 焼け焦げた《スヴェル》を下げながらスコールを睨む。……あの笑みを見ていると酷く腹立たしい。まるで、悪戯に成功した()()()()()()を見ているような気分になる。

「……さて、そろそろ様子見は終わりにしましょうか。気付いてる?そこはもう、私の攻撃可能範囲(テリトリー)内だって」

「っ!?」

 笑みを深めるスコール。次の瞬間、私の周囲を橙色の光が包み始めた。

(拙い!)

 包囲が完了する一瞬前に、どうにか瞬時加速(イグニッション・ブースト)で脱出に成功するものの、スコールの手番(ターン)はまだ続いていた。

「あら、惜しい。なら、こういうのはどう?」

 

パチンッ!

 

 スコールが指を鳴らすと、大小様々な橙色の光の球体が私を取り囲むように現れた。

「さあ、踊り狂いなさい。爆炎が彩るステージで!」

 爆発、爆発、また爆発。轟音が耳を劈き、爆炎が肌を焼く。回避をしようにも球体の密度が高過ぎて何処に行っても球体がいるという状況に焦りが募る。

(ええい、鬱陶しい!こうなったら、やるしか!)

 まだ出すつもりはなかったが、この状況を打破するには()()を出すしかない。

 

キイインッ……!

 

 甲高い音と共に現れたそれは、私の周囲にあった球体を吸収した。エネルギー吸収の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)『ヨルムンガンド』を発動した《ヘカトンケイル》を見たスコールが、『やっとか』という表情を作った。

「あら、やっと本気を出す気になったのね」

「ああ、もう出し惜しみなどしていられんからな。……行くぞスコール。エネルギーの貯蔵は十分か?」

「……そちらこそ、行動不能化(ゲームオーバー)までの時間は如何ほど?」

 空間を埋め尽くす光の球体と《ヘカトンケイル》の群れ。私とスコールの戦いは、佳境へと差し掛かっていた。

 ここから先はスコールとだけでなく、時間とも勝負する事になる。……私は、勝てるのか?いや、勝たねば。勝って、無事に帰ると約束したのだから!

 

 

 設置、爆破、吸収、開放。九十九とスコールが互いの最大戦力を使っての戦いは千日手の様相を呈していた。しかし、九十九に余裕というものはなかった。

「3分経過。そろそろ頭痛が無視できなくなってきた頃かしら?」

「くっ……!」

 スコールの指摘に九十九の表情が曇る。実際、九十九の頭には締め付けるような鈍い痛みがひっきりなしに襲って来ている。

(耐えろ、この程度の頭痛で思考を鈍らせるな!)

 歯を食いしばり、襲い来る頭痛に耐える九十九。スコールの《バレッテーゼ・フレア》を寸前で躱し、時折飛んでくる《ソリッド・フレア》を《ヨルムンガンド》にて吸収、直後に《ミドガルズオルム》でスコールにお返しする。

 《ヨルムンガンド》モードの《ヘカトンケイル》を飛ばし、それをスコールが《プロミネンス・コート》を展開しつつ回避、の繰り返し。状況は九十九の劣勢で推移していた。。

「5分経過。大丈夫?随分顔色が悪いわよ?」

「余計な心配だ!」

 スコールの問い掛けに怒鳴るように返す九十九。だが、その顔は明らかに無理をしているように見えた。

(頭痛が更に激しくなった……視界がボヤける……思考と行動のタイムラグが大きくなってきている……そろそろケリをつけないと、本当に拙い!)

 九十九の動きは、常から見て明らかに悪くなっていた。先程から《バレッテーゼ・フレア》を躱し切れなくなり始めているのが、スコールにははっきりと見て取れた。

「7分経過。いつもの余裕ある笑みはどうしたのかしら?村雲九十九くん?」

「うる……さいっ!」

 挑発に挑発で返す余裕など、今の九十九にはない。躱し切れなかった爆炎が肌を焼く感覚に、叫びそうになる己を必死に抑え込んで、《ヘカトンケイル》をスコールへ飛ばす。しかし、この時九十九は飛ばした《ヘカトンケイル》に《ヨルムンガンド》を発動させる事を失念していた。

「雑で直線的な攻撃。おまけに単純なミス。……全く貴方らしくないわね」

 溜息をつきながら、スコールは《ヘカトンケイル》を《プロミネンス・コート》で受け止めた。それ程耐熱性が高くない《ヘカトンケイル》達は、炎の結界に触れてドロドロと融け落ちた。

「8分経過。……ねえ、貴方の眼、ちゃんと見えてる?焦点が合ってないようだけど?」

「黙……れ……!」

 もはや怒鳴り返す余力もない程に消耗している九十九に、スコールは溜息をつくと急接近、九十九の腹に拳を叩き込んだ。

「がっ……!」

 息が詰まり、嗚咽を漏らす九十九の耳元で、スコールは呟いた。

「大分ゆっくり近づいたのにこの有様。残念だわ、もっと粘ってくれると思っていたのに」

 くの字に曲がった九十九の脳天に踵落としを見舞うスコール。九十九はさしたる抵抗も出来ずに地面に落ちた。

「く……っ!」

「……これ以上は弱い者イジメね。名残惜しいけど、これで終わりにさせて貰うわ」

 言って、スコールは地面に倒れた九十九に向けて右手を突き出す。その手の先で、最大威力の《ソリッド・フレア》が形成されていくのを、必死に体を仰向けにした九十九は見た。

「さようなら、村雲九十九」

「まだ……だ。まだ、終わらんよ!」 

 抵抗の意思を見せる九十九が行ったのは、スコールに向けて両腕を突き出すというものだった。スコールにはその意味が一瞬理解できなかったが、九十九の手元にスコールが形成している物と全く同じサイズの《ソリッド・フレア》が形成されたのを見て、九十九の意図を悟った。

 九十九は《ソリッド・フレア》を《ソリッド・フレア》で相殺しようとしているのだ。だが、スコールには解せなかった。九十九の単一仕様特殊能力《ヨルムンガンド》の派生能力である《ミドガルズオルム》は−−

「あくまでも吸収したエネルギーをそのまま返す能力のはず。貴方、吸収した《ソリッド・フレア》はすぐに返していたわよね?どうして……」

「『ゴールデン・ドーン』の第3世代兵装は、炎熱操作ナノマシン。つまり、攻撃・防御双方に使われるエネルギーは()()()()()という事になる。なら、お前が防御に回したエネルギーを吸収し、攻撃的エネルギーとして返す事も出来るのではないかと考えてやってみたが……土壇場の思いつきも、案外馬鹿に出来んな」

 ククク。と喉を鳴らす九十九だが、自身が未だに窮地に陥ったままである事は理解していた。

(吸収したエネルギーは全て注ぎ込んだ。頭痛と疲労で満足に体も動かない。これで彼女を落とせなければ、私に逆転の目はない)

「正真正銘、最後の一撃だ。受けてくれるよな?スコール・ミューゼル」

「当然」

 数秒の沈黙の後、互いが互いに《ソリッド・フレア》を放つ。衝突した火球は僅かの拮抗の後、爆ぜた。

 瞬間、この日最大の爆炎と爆音が大雪山の麓に鳴り響いた。

 

 

 同時刻、亡国機業セーフハウス。

 

ピシッ……カラン

 

「……スコール……?」

 オータムの目の前で、スコール愛用のショットグラスが突然罅割れた。

「嘘だよな……?ちゃんと戻ってくるよな?スコール……」

 オータムは嫌な予感がするのを誤魔化そうと、いつもより酒を多く呷り、そのまま潰れるのだった。

 

 一方、IS学園1年生寮、九十九の自室。

 

ガタンッ!ドサドサッ!パリンッ!

 

「「えっ!?」」

 シャルロットと本音の目の前で、九十九が特に気に入って大事にしている猫グッズを並べた棚が突然倒れ、乗っていた縫いぐるみが落ち、食器が割れた。

「しゃ、しゃるるん。これって……?」

「考えちゃダメだよ、本音。とりあえず片付けよう」

 不吉な予感を拭おうと、シャルロットと本音はいつも以上に頑張って部屋の掃除をしたが、それでも心は晴れなかった。

 

 

「所詮付け焼き刃、大した事なかった……とは言えないわね。……ゴホッ」

 深く息をしながら、スコールは呟いた。『ゴールデン・ドーン』は《ソリッド・フレア》同士の衝突・爆発の影響をモロに受け、装甲の一部が融解、スコール自身も襲って来た衝撃波に全身を叩かれ、体内外に大きくダメージを受けていた。

 一方、九十九はと言うと−−

「…………」

 スコール同様、爆炎と衝撃波によって多大なダメージを負い、《ヘカトンケイル》操作による頭痛と疲労も相まってか、完全に気を失っていた。

「これで決着、ね。消化不良感は否めないけれど」

 スコールは、九十九なら自分をもっと驚かせ、慌てさせる策を講じてくれると思っていたのだが、見せなかったのか、見せられなかったのか、そんな素振りは全く無かった。

(私に近い思考回路の持ち主である君なら、ひょっとして……とも思ったけれど)

「思い違いだったかしら……まあいいわ。それじゃあ、今度こそ()()()()()()()

 九十九に別れを告げ、右手にもう一度《ソリッド・フレア》を生み出す。気絶している上に『フェンリル』のエネルギーも既に限界に近い状態なら、今出せる程度の熱量でも確実に九十九を葬れる。

 スコールは、少しだけ寂しげな表情になった後、《ソリッド・フレア》を九十九に投げた。

 

 

(暗い……。ここは……何処だ?)

 体の感覚が無い。開けているはずの目には何も映らず、自分の呼吸音すら聞こえない。何より、酷く眠い。

 そこでふと、自分が最後にスコールと《ソリッド・フレア》の撃ち合いをした事を思い出す。

(ああ、そうか。私は負けたのか)

 自覚すると、猛烈な疲労感と睡眠欲が鎌首をもたげてきた。

(もう疲れた……このまま眠ってしまいたい)

『主よ』

 寝落ちしてしまいそうな私に声をかけてきたのは、一人の女戦士。

 両手足を灰銀の毛皮で覆い、銀の胸甲を身に着け、狼の意匠の兜を被り、右手に剣を、左手に銃を携えている。私のIS『フェンリル』が、深層世界で具象化した姿だ。

(『フェンリル』か……。すまないな、こんな主人に付き合わせて。お前も疲れたろう。もう休め。私も……休むから)

『主よ、()()()()()()()?』

(!?)

『本当に、それでよいのか?』

 『フェンリル』の言葉を受けて、私の脳裏にシャルと本音と交わした約束がフラッシュバックした。

 

『九十九、勝ってね』

『絶対に無事に帰ってきてね』

 

(そうだ、私は二人に、必ず勝って帰ると約束したんだ!こんな所で寝ている場合ではない!)

『そうだ、主よ!立ち上がれ!さすれば私は、主に真の姿と力を見せよう!』

(なに?)

『主よ。我等は既に幾度となく死線を超えた。それは大いなる学習であり、得難い経験だ。そしてたった今!それは遂に壁を破るに足る物となった!』

(つまり……!)

『私の力は、次の段階へ進む!先へ進んだ我が力、使いこなせるか?主よ』

(全く、思い切り煽ってくれる。一体誰に似たやら)

『お前さまだ。主よ』

(ふ……。行くぞ『フェンリル』付いて来い。勝ったつもりのあの女に、ギャフンと言わせてやる!)

『勿論だ、主よ。主の願いは我が願い。どこまでも供をしよう!』

 瞬間、暗闇に光が刺した。

 

 

 

キイインッ……!

 

「これは……!?」

 今まさにとどめを刺さんと《ソリッド・フレア》を投げた瞬間、目の前の『フェンリル』が突然光を発し始めた。

 それと同時に、まるで『邪魔をするな』と言わんばかりに、光の結界が『フェンリル』を覆った。結界に衝突した《ソリッド・フレア》は、結界を小揺るぎさせる事すら出来ずに消えた。

 そして、結界の中では、バチバチと紫電を上げながら『フェンリル』がそのシルエットを変化させていた。その光景に、スコールは驚愕の呟きを漏らす。

「これは、まさか……第三形態移行(サード・シフト)!?」

「うおおおおっ‼」

 九十九の咆哮と共に光が弾けた。視界が奪われる程の眩い光が収まると、そこにはこれまでの姿とは全く異なる『フェンリル』を纏った九十九が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。

「ありがとう、と言うべきかなスコール。お前のおかげで、私達はもう一つ(きざはし)を登れた」

「っ……!」

「礼はさせて貰うよ。ここから先はこの私、村雲九十九と『フェンリル・ルプスレクス』の手番(ターン)だ……ずっとな!」

 

 遂に最終進化を遂げた『フェンリル』と九十九の逆撃が、今まさに始まろうとしていた。




次回予告
進化を遂げた狼王。その力は『喰った相手の力を使える』という規格外の物だった。
狼王を従えた魔法使いは、旭の魔女を追い詰める。
戦いの結末は、すぐそこに見えている……。

次回「転生者の打算的日常」
#86 魔狼対金旭(後編)


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#86 魔狼対金旭(後編)

 最終進化を遂げた『フェンリル』の姿は、今までの機械的な姿から全くと言っていい程変わっていた。

 装甲は面積と厚みが更に減り、さながら騎士の軽装甲冑の様だ。そこかしこに狼の意匠が散見され、胸甲には『満月に吼える巨大な狼』が浮き彫りでデザインされている。

 その背にあったウィングスラスターは四対八枚だった物が元のニ対四枚に戻っていた。しかし、その見た目は純白の天使の羽のように美しく、非常に有機的なデザインになっている。

 総じておよそISに見えない外見。それが『フェンリル』第三形態(サード・フォーム)『ルプスレクス』の見た目の印象だった。

「この土壇場で第三形態移行(サード・シフト)……。ふざけるな、と言いたくなるわね」

 苦々しい表情でスコールが呟いた。

「いや、まさか私もこんな主人公ムーブをやる事になるとは思ってなかったさ。ガラではないしな」

 スコールの呟きを受けて、肩を竦めながら答える九十九。「さて」と表情を引き締め、スコールに向き直る九十九。

「第2ラウンドと行こうか、スコール」

 九十九の言を受けて身構えるスコールを見ながら、九十九は考えた。

(何となくだが解る。恐らく、今のこいつのスピードは現行のISでも随一だ。ここは一つ、度肝を抜いてやるか)

 直後に九十九が取ったのは、『真っ直ぐ行ってスコールの目前で止まる』という動き……の筈だった。

 

ドカンッ‼‼

 

「……えっ?」

「……は?」

 九十九とスコール、両者の呆然としたような呟きが漏れた。

 何故なら『真っ直ぐ行ってスコールの目前で止まる』筈だった九十九が実際に行ったのは、盛大な轢き逃げアタック(チャージ&アウェイ)だったのだから。

 

 

 あれ?おかしいな。私はスコールの目前で止まるつもりだったのに、気がつけば思い切り撥ね飛ばしてたんだが……。

 いやいや、待て待て。何だこの加速力は!?『ラグナロク』の時の比じゃないぞ!静止状態から最高速到達(0-100)まで0.3秒とかとんでもなさ過ぎだろ!

 ちらっと後ろを見ると、撥ね飛ばしたスコールが我に返って態勢を整えようとしていた。

 このまま素直に態勢を整えさせれば、向こうに攻撃の機会を与えてしまう。それは避けなければ。

(Uターンでは多分遅い。ここは急停止→反転→再加速で時短を狙う!)

 そう考えて、機体にブレーキをかけた瞬間それは起こった。

 

ビタッ!

 

「っ!?」

 『フェンリル』は、ブレーキを掛け始めて0.3秒で完全に停止して見せた。これに度肝を抜かれたのは寧ろ私の方だった。

 最高速からの完全停止(100-0)も0.3秒だと!?どういう進化をすればそうなるんだ!?

 とはいえ、驚いてばかりもいられない。私はスコールのいる方へ即座に向き直り、再び加速。完全には態勢の整っていない彼女に突貫する。

「どりゃああっ!」

「!?」

 スコールが態勢を立て直しきるより一瞬早く、私はスコールの懐へ飛び込んだ。勢いそのまま、スコールの腹に左のボディーブローを叩き込む。

「ガフッ!」

 体をくの字に曲げて、苦悶に顔を歪めるスコール。隙が出来た、このチャンスは逃さん!

「しっ!」

 顎狙いの右アッパー。直撃してスコールの体が跳ね上がる。続いてガラ空きの側頭部に左右のフックで追撃。

「はっ!」

 一度前蹴りでスコールを蹴り飛ばして距離を取り、ブーストダッシュで勢いをつけた打ち下ろしの右(チョッピングライト)

「まだまだ!《ヘカトンケイル》!」

 落下していくスコールに《ヘカトンケイル》による拳の乱打を浴びせて地面に叩き落とし、《ミョルニル》を呼び出(コール)してブースターを吹かす。

「これで……沈め!」

 《ミョルニル》を振り上げた姿勢のままスラスターを吹かして急速接近。スコールの背中に《ミョルニル》を振り下ろす。

 

ドンッ!

 

 地面を叩いた鈍い音と共に雪と砂塵が舞う。しかし、振り下ろしたその一撃に……手応えは、無かった。

「はあっ……はあっ……」

「ちっ、躱されたか」

 スコールは、激突直前で倒れた姿勢のまま瞬時加速(イグニッション・ブースト)で後方に飛ぶ事で《ミョルニル》を回避した。だが、その息は荒く、表情に余裕は無い。

「どうした、随分と余裕の無い顔をしているじゃないか?スコール。ほら、笑ってくれよ。何時もの皮肉気な顔でな」

「煽ってくれるじゃない……!」

 苛立っているかのような口調だし、表情に余裕は無いが、それでもその目はまだ冷静だ。

「降伏しろ、スコール」

「は?」

 突然の降伏勧告にスコールがポカンとする。

「お前も分かっているはずだ。既に機体はスクラップ2、3歩手前、エネルギー量も精々3割ほど。更に、私が第三形態移行をした。この時点で、自分の勝ちの目が限りなく薄いとな。……もう一度言う。降伏しろ、スコール」

「冗談がお上手ね、村雲九十九。まだ勝負は……これからよ!」

 闘志の篭った叫びと共にスコールが《ソリッド・フレア》を投げつけて来た。と同時に自身も接近、私に二択を迫る。

 《ソリッド・フレア》を迎撃(吸収)すれば、その隙にスコール自身による攻撃に対処し切れない。かと言ってスコールを迎撃すれば、《ソリッド・フレア》に対処し切れない。

 そして、距離を潰している以上、《ヘカトンケイル》による同時対処もほぼ不可能。

(と、思っているな。スコール)

 透けて見える思考に、口角が上がるのを自覚した。見せてやろう。『フェンリル・ルプスレクス』、その真の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)を!

 

 

(さあ、どうする?村雲九十九!)

 九十九がどう対処しようとも、どちらかの攻撃は当たる。そういう状況を作ったとスコールは思っていた。

 それに対して、九十九は僅かに両手を広げた姿勢で止まる。という、まるで諦めたかのような行動を取った。

(何もするつもりはない?いいえ、彼に限ってそれは無い。必ず何かある!)

 警戒を強めながら、なおも九十九に接近するスコール。次の瞬間−−

「広域慣性停止結界《世界(ディ・ヴェルト)》、発動」

 九十九のコールと共に『フェンリル』の装甲の至る所が展開、そこから()()()()()()()()()()

 

ピシッ!

 

 漆黒の光がスコールを包んだその瞬間、スコールとその前を行く《ソリッド・フレア》は突然その動きを止め、空中に縫い止められた。

「こ、これは……AIC!?なぜ貴方がこれを!?」

 困惑するスコールに、九十九は『我が意を得たり』とばかりのイイ笑顔で答えた。

「『フェンリル』の単一仕様特殊能力《ヨルムンガンド》は、エネルギー吸収能力。だが、その実《ヨルムンガンド》は真のワンオフ・アビリティから零れ落ちた、言わば劣化品だったんだよ」

 言いながら《ヘカトンケイル》を飛ばし、スコールの目の前の《ソリッド・フレア》を吸収する九十九。

「どういう……?」

「『フェンリル』の真のワンオフ・アビリティの名は《神を喰らう者(ゴッドイーター)》。対象のエネルギーと共にその能力を経験として学習し(喰らい)、自らにあった形の能力を創り出す、特殊能力を開発する特殊能力だ」

「なっ……」

「《ヨルムンガンド》の時から吸収し続けてきた経験は、たった今『ルプスレクス』へと進化した事で華開いた。感謝するよ、スコール。今回戦ったのがお前でなければ、進化はお預けだっただろうから。だから、これはその礼だ」

 絶句するスコールに九十九は指鉄砲を向けた。それに合わせて、右腕の展開装甲から漏れる光が黒から赤みを帯びた橙へと変わる。

 そして、スコールに向けいる指先には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「『フェンリル』流《ソリッド・フレア》……名を《火神(アグニ)》。受け取れ!」

 叫びと共に放たれたのは、スコールを丸呑みできる程の太さを持った熱線。AICに囚われて動く事のできないスコールは、直撃を受ける以外の選択肢を持たない。

「ああああああっ!!」

 超高温の熱線を受けたスコールの悲鳴が響く。九十九が《ディ・ヴェルト》を解除すると、スコールはそのまま地面に落ちた。

「く……」

 機体のそこかしこから煙を上げながら呻くスコールを見下ろして、九十九は溜息をついた。

「他にも披露したい能力があるんだが……これ以上は弱い者いじめだな」

 そう言うと、九十九はスコールから大きく距離を取り、彼女が立ち上がるのを待った。

「何の……つもり?」

「お前も『ゴールデン・ドーン』も既に限界だろう?だから、この一合を以て決着としたい。……受けてくれるか?スコール・ミューゼル」

 受けない筈ないよな?と目で訴える九十九に、スコールは僅かに相好を崩して答えた。

「上等」

「そう来なくてはな」

 互いに構えを取り、睨み合う事暫し。突風が地面の雪を巻き上げて互いの姿を隠した瞬間、二人は動いた。

「スコール・ミューゼル!」

「村雲九十九!」

「「覚悟!」」

 スコールは大剣を呼び出(コール)し、それにありったけの熱エネルギーを込めて突進。対する九十九は未だ無手。しかし、展開装甲から()()()()()()()()()()()()()()

(『純白』の光……まさか!?)

 スコールの脳裏に嫌な予感が駆け巡る。しかし、今更動きを止める事はできない。しかして、最上段から繰り出されたスコールの大剣の一撃は−−

 

パシュ……

 

 

 九十九の左手にいつの間にか現れていた、純白の光剣によって掻き消された。目の前で起きた現象に、スコールは「ああ、やはりそうだっか」と、納得と諦念の混ざった表情を浮かべた。

「……この一撃を、我が親友、織斑一夏に捧ぐ」

 呟きと共に、九十九が頭上で組んだ両手から、先程とは比べ物にならない程の大きさの光の大剣が顕現した。

「『フェンリル』流《零落白夜》……《零還白光剣(クラウ・ソラス)》!」

 振り下ろされた一撃を、スコールは無抵抗で受けた。光の剣がスコールと『ゴールデン・ドーン』を斬ったと同時、『ゴールデン・ドーン』は全てのエネルギーを失って消え、後には気を失って地に倒れ伏すスコールだけが残された。

 こうして、九十九とスコールの最終決戦は静かに幕を閉じたのだった。

 

 九十九とスコールの因縁が決着を見た、丁度その頃−−

「いや、死んでねえよ!」

「な、なんだ!?急にどうした一夏!?」

 自室で箒(本日の2人きり権獲得者)と過ごしていた一夏が突然立ち上がって裏拳ツッコミを入れた。その手の方向が北北東……北海道中央部に向いていたのは、多分に偶然だろう。

 

 

「ん……ここは……?」

「ラグナロクの輸送用ヘリの中だ」

 声の方にスコールが目を向けると、そこには憮然とした表情の九十九が座っていた。

「どうして……?」

「あのまま放置して、凍死されても寝覚めが悪いからな。心配するな、都内までだがちゃんと運んでやるよ。運賃は頂くがな」

 そう言って九十九が取り出したのは金色の太陽の意匠が施されたアンクレット。『ゴールデン・ドーン』の待機形態だ。

「っ……!?返−−」

「せ。と言うのは、お門違いだ。これは元々アメリカの物であってお前の所有物ではないのだからな」

「くっ……!」

 痛い所を突かれ、押し黙るしか出来ないスコール。お互い、話す事などないので無言の時間が続く。そこへパイロットから通信が入る。

『村雲さん、間もなく到着です』

「了解しました。スコール、降りる準備をしろ」

「……ええ」

 寝かされていた長椅子から身を起こして、スコールは着陸に備えた。

 

 降り立った場所はラグナロク専用倉庫群のヘリポート。大分外れだが『都内』である事には間違いない。

「じゃあ、ここでお別れだスコール。出来れば、二度と会う事はないように祈る」

「つれないのね。私は、貴方の事を気に入っているのに。()()()()()()()()()()()位には」

「私はお前が気に入らない。()()()()()()()()()()()程度には」

 言い合った後、感情は真逆なのに言っている事はほぼ同じだという事に気づいて笑うスコールと機嫌を損ねる九十九。

「ふふっ、やっぱり私達気が合うみたいね。出会い方が違っていたら、お友達になれたかしら?」

「『もしなら』や『たられば』の話をしても意味がない。私達は敵として出会い、敵として別れる。それだけだ。……ではな」

 踵を返し、ヘリに乗り込む九十九。飛び去って行くヘリを見上げながら、スコールは自身の身の振り方について思考を巡らせる。

 亡国機業(ファントム・タスク)にとって現時点で一番の不可触存在(アンタッチャブル)である九十九に散々ちょっかいをかけ、最終的に敗北した挙句に『ゴールデン・ドーン』を奪われた。となれば、スコールに最早組織での立場など無いに等しい。

 このまま組織に戻った所で、よくて一番下の地位まで降格。最悪、『相手が誰か分かっていながら引き止めなかった』という理由で、オータム共々『処分』されてしまうだろう。

(私は良い。けれど、オータムを巻き込む訳には行かない……。どうすれば……そうだわ!)

 思い悩むスコールに天啓が降りる。思い立ったが吉日と、スコールはオータムに電話をかけた。

『スコールか!?お前、大丈夫か!?今どこにいるんだ!?』

「落ち着いて、オータム。私は無事よ。負けちゃったし、ISも獲られちゃったけど」

『いいよ、お前が無事ならそれで……』

「でも、こんな事になった以上、最悪組織に『処分』されちゃうかもしれないわ。私も、貴方も」

『っ!?』

「だからね、オータム。私と一緒に−−」

 スコールがオータムに放った一言が九十九とスコールの道を再び重ねる事になるのだが、その事を九十九はまだ知らない−−

「……っ!?な、何だ?急に背筋に寒気が……また面倒事に巻き込まれるのか?私は」

 −−が、予感くらいはしていそうである。

 

 

 同日夜。IS学園1年生寮の自室にて、私はスコールとの戦いの顛末を語った。

「−−と、そんな感じでどうにか勝った。これが戦利品だ」

「「おーっ!」」

 私の手の中にある『ゴールデン・ドーン』の待機形態(金のアンクレット)を目を輝かせて見るシャルと本音。その処遇について一夏が訊いてきた。

「で、それどうするんだよ?」

「まずは社長に渡す。そこから社長の知人の米軍上級将校に手渡されてアメリカへ渡り、最終的には本来配備される筈だった部隊に初期化(イニシャライズ)を受けた上で再配備。か、『悪党の使っていた機体に用はない!』として、コアを残して廃棄処分。だろうな。まあ、あの『自国第一主義のおポンチ爺』なら、醜聞を避けるために迷わず後者を選ぶだろうが」

 手の中でアンクレットを玩びながら問いかけに答える。

「スコールはどうなると思う?」

「さてな。それは亡国機業の考え方次第だろう」

 私の予想では、良くて降格の上で閑職に回されて出世の目を完全に失う。最悪『処分』される。と思っている。

 だが、あのスコールがそうと分かっていて亡国機業に戻って行くか?と訊かれれば、私はこう答える。「断じて否だ」と。

 何故なら……非常に、非常に気に入らないが、アイツの思考回路は私によく似ている。私がアイツの立場なら、自身の持つ亡国機業に関する全ての情報と引き換えに、亡国機業の敵対組織かそれに近い組織に亡命を願い出る事を考える。

(私が考えつく事を、アイツが考えつかないとは思えない。アイツは多分、何処かでしぶとく生きていくだろうな……)

 スコールのこの後の多幸を願いつつ、私は最愛の女性達との取り留めの無い話を楽しむのだった。

 

 

 同時刻、某国某所。亡国機業お抱えの総合病院。その隔離病棟で、一人の女性がベッドの上で激しく身を捩っていた。

「んーっ!んぐーっ!」

「いかん!また暴れだした!」

「落ち着いてください!篠ノ之博士!」

「鎮静剤を持って来い!早く!」

「はい!」

 全身をくまなく包帯で覆われ、激しく暴れ回るからとベッドにベルトで拘束されているのは、かの『天災』篠ノ之束である。

 彼女には一般的な薬は効きが悪いのか、何度鎮静剤を投与してもそれから2時間もせずに目を覚まして暴れるため、医師達はその度に対応を求められていた。

 鎮静剤を打たれた束は暫く暴れていたものの、薬が効いたのかコトンと眠りに着いた。

「ふう……取り敢えずこれでよし」

「って言っても、また2時間位したら暴れ出すんでしょ?やってらんねえっすよ」

 溜息をつきながら肩を竦める若い医師に、年嵩の医師が苦笑しながらも叱責した。

「言うな。これも仕事だ」

「はいはいっと。にしても、酷いもんっすよね。天下の篠ノ之束、その美貌が台無しじゃねえっすか」

 病院に担ぎ込まれた彼女の姿を見た時、若い医師は驚愕し、困惑した。この顔面崩壊女が、あの篠ノ之束なのか?と。

 鼻骨単純骨折、左右頬骨亀裂骨折及び粉砕骨折、右下顎骨及び顎関節骨折、左眼下底骨亀裂骨折、右眼下底骨粉砕骨折、左上顎犬歯から第二大臼歯まで破砕並びに抜脱。同下顎第一小臼歯から第二大臼歯まで破砕並びに抜脱。右上下顎のほぼ全ての歯の破砕並びに抜脱。

 右膝蓋骨及び関節部粉砕骨折、十字靭帯はじめ膝周辺の靭帯の部分、ないし完全断裂。その他、全身に擦過傷、打撲傷、裂傷多数。

 手術を施しても、顔面は最低限の修復が限界。右膝関節は修復不能。大腿部から切断し、機械義足に替える方が現実的。

 これが、束に下された診断内容だ。しかも、これらの怪我は全てたった一人の()()()()()によってつけられたと、束を運んできたエージェントは言っていた。少年の名は村雲九十九。現在の亡国機業において、特一級の不可触存在である、と。

「確かあの人、自分の事を『人間を超えた人間』とか『細胞単位でオーバースペック』とか言ってたんでしょ?そんな人を一方的にボコボコにするとか、何すかそいつ?『人間を辞めた人間』すか?『遺伝子レベルでオーバースペック』とか言っちゃうんすか?」

「知らん。ただ、俺が前線に立つ兵士だったとして、正直そいつの相手はしたくないな」

「……っすねぇ」

 二人は、自分達が九十九にかかって行き、鉄拳一発で撃倒(ワンパンでオシャカに)されるのを想像してブルリと震えた。

 その時、自室で九十九が盛大なくしゃみをしたらしいが、因果関係は不明である。

 

 数日後、ようやく落ち着いた束を、彼女の養女にして現状唯一の部下であるクロエが見舞った。

「束様、あの時はお役に立てず、申し訳ございませんでした」

「いいよ、くーちゃん。止めきれなかった私も悪いし、お互い様だよ」

「ですが−−「ねえ、くーちゃん」……はい」

 未だ包帯に覆われたままの顔をクロエの居る方に向け、束は問うた。

「あの男……村雲九十九にもう一回仕掛けてきてって言ったら……できる?」

「それ、は……」

 その問いに、クロエは即答出来なかった。《ワールド・パージ》の逆流によるイメージの中でとはいえ、九十九に一撃で顔面を粉砕され、明確な死を感じ取った身としては、彼の前に立つのは相当の恐怖感があるのだ。

 言い淀むクロエに、束は「そっか……」と漏らすと、天井に顔を向け直した。

「傷が癒えたら、()()を完成させないとね」

「束様、アレとは……?」

「私の、私による、私のためのIS『天災(カタストロフィー)』。……村雲九十九は、私をこんな目に会わせたあの男は……私が殺す」

 初めて感じる束の本気の殺意にクロエは身震いしながらも、心中で最後まで付いて行く覚悟を決めるのだった。

 終わりの始まりは、すぐそこまで迫っていた。




次回予告

唐突に届いた手紙、それは大統領からの招待状だった。
曰く『直接礼を言いたいから米国(ウチ)に来てくれ』
それは、冬休み最後にして最大の事件の幕開けを告げるベルとなる。

次回「転生者の打算的日常」
#87 米国之招待

君を米国空軍に迎え入れたい!どうかね!?


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#87 米国之招待

 スコールとの因縁に決着を着けてから数日が経過し、暦は新しい年を迎えた。世界が浮かれムードの中、私はラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作さんの呼び出しを受けて本社社長室に来ていた。

「それで社長。話というのは?」

「実は、君にある人物から手紙が届いてね。これなんだが……」

 そう言って社長が私に差し出したのは一通のエアメール。流麗な筆記体でラグナロクの住所と私の名が書いてある。差出人は−−

「アメリカ合衆国大統領、レオナルド・タロット……!?」

 そう、私が地の文で散々言ってきた、あの『強欲おポンチ爺』が、直接コンタクトを取ってきたのだ。

 封を開け手紙の内容を確認するが、()()()()()全く読めない。仕方ないので、秘書課のメリッサさん(アメリカ人)を呼んで代読して貰った。

 

 内容を要約すると−−

 1.今回は()()()()()()()()()()『ゴールデン・ドーン』の発見・回収に尽力してくれて有難う。

 2.本当ならこちらが君の所へ謝礼に伺うべきなのだが、なにぶんにも私も忙しい身であり、軽々しく母国を開けられない。

 3.そこで、直接会って礼を言うべく、村雲九十九氏を我が国へ招待したい。最高級の歓待を約束する。なんなら、君の『いい人』を同伴してくれてもこちらは一向に構わない。

 4.ただし、日時はこちらで指定させて頂きたい。出発日は−−

 

「日本時間20XX年、1月4日、午前9時00分。成田空港に特別機を用意して待っている。以上です」

「明後日じゃないか!もっと余裕を持たせろよ、あのおポンチ爺!」

「どうする?行かないという選択肢もあるが……」

「たかが一小市民に米国大統領の招待を蹴れと?無茶でしょ、それは」

「……だよね」

 という訳で、アメリカ行き決定である。またぞろ騒動の予感がするのは、気のせいだと思いたい。

 

 

 1月4日、成田空港第三ターミナル、国際線出発ロビー。

 僅か2日で慌ただしく準備を整えた私、シャル、本音の三人は、案内役だという大統領秘書(日本語ペラペラ)に連れられて、乗り込む特別機の前まで来ていた。のだが……。

「こちらが皆様のお乗りになる機体です。まあ、ご存知でしょうが……」

「そう言えば、社長がアメリカに5機納品したって言ってたな……これ」

「フランスにも3機納品されたって、お父さん言ってたっけ」

「相変わらず手広いね〜、ラグナロクって」

 そこに鎮座していたのはラグナロク・コーポレーション開発の、『空飛ぶホテル』の二つ名を持つ大型垂直離着陸旅客機、フリングホルニだった。……まあ、いいけど。乗り心地の良さはよーく知ってるし。

 

 成田国際空港から、アメリカ・ワシントンダレス国際空港までは、直行便で約12時間。その間、プレイルームで軽く汗を流したり、贅を尽くした料理を堪能したり、寝室でゴロゴロイチャイチャして過ごしたりと、それなりに有意義な時間を過ごした。

 

 アメリカ・ワシントンダレス国際空港。日本との時差の関係で、到着したのは現地の早朝だった。

 入国手続きを済ませ、米政府が用意したリムジンに乗っておよそ1時間。私達は遂にワシントンDCの地を踏んだ。

 とはいえ、到着早々大統領と面会という訳にもいかず、一度用意されたホテルで1泊する事になった。

 そのホテルの名は『タロット・インターナショナルホテル・ワシントンDC』。ワシントンでも指折りの最高級ホテルであり、かつてタロット大統領が経営していたホテルとしても有名だ。

「こちらのお部屋をお使いください」

「「「おおー」」」

 通された部屋は最上階のスイートルーム。ペンシルベニア通り沿いの、いわゆる『タロット・タウンハウス』と呼ばれる部屋だ。

 585平方mの広い室内には、キングサイズベッドのある寝室と、クイーンサイズベッドが2つある寝室が1つづつ。

 2つのリビングルームにはソファベッドが1つづつ。ミニバー、ダイニングルーム、フィットネスルーム、スパバスが備えられ、家電全般の他、コーヒーメーカーも完備。更には−−

「私は隣の部屋に詰めておりますので、何かございましたらお気軽にお申し付けください」

 恐らく、本来なら付かないだろう専属執事付き。もう至れり尽くせりだ。

「あ、では早速で申し訳ないですが、何か軽くつまめる物−−そうだな、サンドイッチを人数分、お願い出来ますか?」

「畏まりました。具材のリクエストなどございますか?」

「では、ハムチーズサンドを。ハムたっぷりで」

「承りました」

「ああ、それと貴方のお名前を」

「これは失礼を。どうぞ、フランソワとお呼びください。では少々お待ちください」

 恭しい礼を返しフランソワさんはキビキビとした動きで部屋を出ていった。数分後−−

「「「美味い(美味しい)!」」」

「お褒めに預かり、光栄です」

 フランソワさんが手ずから作って持ってきたハムチーズサンドは、手放しで褒められる美味さだった。恐るべし、五つ星ホテルの執事……。

 夕食は最高級牛ヒレ肉のロッシーニステーキをメインにしたフランス料理のフルコースだった。

 恐らく、都内で同じ物を食おうとすれば、1人当り10万はすっ飛ぶのではなかろうか?というほどの超高級食材のオンパレードで、本音などはもう「美味しい」以外の感想が出てこない程だった。

 その夜、あてがわれた寝室のベッドに寝転びながら、私は今回の件について思考を巡らせていた。

(手紙には、確かに『最高級の歓待を約束する』と書いてあった。だが、これは一高校生に対する歓待のレベルを明らかに逸脱している……。これは、明日何かあるかもしれんな)

 過剰とも言えるほどの歓待で気分を良くさせ、その上で自分の願いを押し通す。それがタロット大統領の外交における基本戦術だ。

 『こっちが誠意を見せたんだから、そっちも見せろ』というのが彼の言い分だ。尤も、それが原因で世界各国と少なくない軋轢を生んでいるのだが、彼は気にする素振りも見せない。大物なのか鈍感なのかは分からんが。

(向こうがどう出るか分からない以上、その場で対応するしかない……か)

 一旦思考を止め、眠る態勢に入る。しかし−−

「広すぎて逆に落ち着かん……」

 一人で寝るキングサイズベッドは、いくらなんでもデカ過ぎた。

 

 

 翌日。ルームサービスの朝食(焼き立て厚切りトースト、極厚ベーコンエッグとオーガニックサラダ、有機玉葱のオニオングラタンスープ、コーヒーor紅茶)を胃に収めた私達は、迎えが来るまでの時間を散歩でもして過ごそうとした、のだが……。

「申し訳ございません。今、外で女性権利団体と男性復権団体、双方の過激派組織が一触即発の空気になっていまして……」

 フランソワさんが渋面を作りつつ頭を下げる。窓から下を見てみると、プラカードや横断幕らしき物を持った2つの団体が、よりによってこのホテルの真ん前で睨み合いを演じているではないか。

 フランソワさんによると女性の方はアメリカの過激派組織『フューチャー・フォー・フュメールズ(FFF)』、男性の方は『イエスタデイ・ワンス・モア(YOM)』のアメリカ支部だそうだ。

「どちらも自分の主張を通す為なら殺人すら厭わない危険人物の群れではないか。何でこんな所でかち合ったんだ?」

「それなのですが……こちらを」

 部屋に備え付けてあるパソコンを弄って、ある画面を見せてくるフランソワさん。覗き込むとどうやらSNSのようだ。そこには、興奮したような文体でこう書かれていた。

 

(以下、『』内の台詞は英語で発せられています)

 

『おいおい、マジかよ!?『二人目』がこのホテルに泊まるってよ!サイン貰えねえかな!?』

 その下には、このホテルの外観を撮した画像を掲載している。ご丁寧に本人込みで。

「…………」

 私はその画像に写った人物の顔を見て頭を抱えた。思い切り見覚えがあったからだ。

(昨日、私達を出迎えてくれたドアマンじゃないか……!)

 つまり、あの男女はこのSNSの投稿を見て、一方は私を排除する為に、一方は私とお近づきになる為に集結し、結果睨み合いを演じているという訳だ。

「このドアマンは、顧客情報漏洩の(かど)で即日解雇されました。ご安心ください」

 フランソワさんの報告に、私は気の毒に思うべきかザマァと思うべきかで数秒悩み、ザマァと思う事にした。顧客情報の重要性を理解していないからそうなるのだ。愚か者め。

「しかし、どうしたものか……。もうすぐ政府から迎えが来るというのに、表がこれでは出るに出られないぞ」

 改めて外を見てみると、それぞれの組織の先頭にいた男女が激しい罵り合いを演じていた。声は聞こえないが、かなり口汚い言い合いらしく、向かいの通りを歩く人の顔はかなり渋い。

 というか、警察は何をしているんだ?これだけの騒ぎになっているというのにサイレンの音一つしないなんて、一体全体どういう事だ?

 と、思っている間に罵り合いは更にヒートアップを続け、遂には掴み合い、殴り合いの大喧嘩に発展。これを機にあちこちで男対女の大乱闘が発生。警察はまだ来ない。

(拙いぞ、このままでは最悪死者が……っ!?)

 ある男が()()を取り出した瞬間、私は躊躇なく窓から飛び出した。

「「九十九(つくも)!?」」

 慌てふためく2人の声を背に受けながら、私は『フェンリル』を緊急展開する。間に合え!

 

 

 その男は、自分より遥かに年下の女に頬を打たれた事で、元々溜め込んでいた鬱憤が遂に爆発し、結果極めて短絡的な行動に出た。

『クソガキがぁ!』

 男は、普段から『何かあった時の為』に懐に入れている拳銃を少女に突きつけると、怒りに任せてその引金を−−

『動くな』

 引けなかった。突如としてその場に現れたISが持つ銃を、額に押し当てられているからだ。

『銃を捨て、手を挙げて跪け。抵抗すれば撃つ』

 少しだけ日本訛りの混じった英語で凄まれた男は銃を捨てて跪き、そこで初めて目の前の人物が何者かを知った。

『アンタは、『二人目』……村雲九十九!?』

 男が驚きの声を上げる。いつの間にか、喧騒は収まっていた。

『すまんが、英語は得意じゃない。日本語は話せるか?』

「……yes。話せマス」

「話が早くて助かる。ボスの所へ連れて行け。拒否権があるとは思うな」

 感情の読み取れない冷たい瞳を向けられた男には、首を縦に振る以外の選択肢はどこにも無かった。

 

 

 男が「彼がオレたちのボスデス」と言って指し示したのは、鮮やかな金髪を後ろに撫で付け、この場でただ一人スーツに身を包んだ30代後半位の偉丈夫だった。

『アンタがこいつ等のボスだな?日本語は話せるか?』

「ああ、問題なく話せるよ。初めまして、村雲九十九君。私がYOM米支部長、テルティウスだ。まあ、偽名だがね」

 ラテン語で『三番目』を意味する名を名乗るテルティウス。自分がYOMのNo.3だという意味なのだろうか?まあ、それはどうでも良いか。

「要件は分かるか?テルティウス」

「ある程度は。一部始終は見ていないが、どうやら君を連れてきた彼……マイケルが何かしたか、しかけたか。といった所かな?」

「少女に対して銃を撃とうとした。もし私が止めていなければ、今頃ここは流血の巷と化していた」

「ほう、それで?」

 特に感慨もなく言うテルティウスに頭が沸騰しかけるが、YOM(コイツら)はそういう奴等だった事を思い出して理解した。

コイツは、そうなったらなったで女尊男卑主義者を駆逐出来るから、自分達の主義に反してはいない。と思っているのだと。

「要件は1つ。さっさと失せるなら今回だけ見逃してやる。仲間を連れて引け、以上だ」

「……ふう。その目を見る限り、我々と道を共にする気は無さそうだね。分かった、今回は「村雲九十九!」引こ……う?」

「ん?」

 テルティウスが撤退を決めて指示を出そうとしたその時、日本語で私を呼ぶヒステリックな金切り声が響き渡った。

 声のした方を見ると、血走った目の中年女性が周りの女達を掻き分けながらこちらに近付いてくるのが見えた。

「おや、FFF代表のオンザス・ポット女史ではないか。彼女は過激派中の過激派だからね。巻き込まれない内に引こう」

 そう言うと、テルティウスは大きく手を叩いた。すると、男達はテルティウスに向き直り、気を付けの姿勢を取った。

『総員撤退、この場を速やかに離れろ!』

『『『了解!』』』

 テルティウスの号令にYOMメンバーが一斉に反転。駆け足でその場を離れて行った。FFFメンバーの『逃げるな卑怯者!』『これだから男ってのは!』『弱いくせに出てくるな!』といった挑発にも耳を貸さず、あっという間に路地裏へと消えて行った。

(慣れている節がある……。恐らく、軍事的な訓練も行っているのだろう。ああいった連中が何かの拍子に一斉蜂起でもしたらと思うとゾッとするな)

 YOMは欧米を中心に1万人近い人数が所属する、それなりにデカイ過激派組織だ。加えて、噂の粋を出ないが世界各国の過激派男性復権団体とのコネクションもあるらしい。もしそれが本当であるならば、その数は概算で−−

(5〜8万。もう、ちょっとした軍隊だな)

 出来れば、変なタイミングで暴発などしないで欲しいが、それは彼ら次第でしかない。私に出来るのは、彼らが変な気を起こさないよう祈る事だけだ。

 と、そんな事を考えている間に、オンザス・ポットが私の前に現れ、その場で肩に掛けていた機関銃を構えた。

「はぁ、はぁ……。逃げないとはいい度胸ね、村雲九十九!死ぬ覚悟はできているかしら!?」

 余裕ぶった物言いだが、その顔は真っ赤で全身汗だく。おまけに息まで切れていては全く格好がついていない。

「は~〜。一団の長の癖に、最前で皆を引き連れるのではなく、後ろに隠れて踏ん反り返るとは。女性権利団体というのは、臆病者が頭になれるのだな。驚きだ」

 敢えて大袈裟に溜息をついて、態とらしく肩を竦めて毒を吐く。無駄にプライドが高く、相手を見下す傾向のある奴程、これが覿面に効くのだ。事実−−

「な、何ですって……!?」

 ポットは額に青筋を浮かべ、小刻みに震えている。周りの女達も怒りに呑まれかけている。後は、その心とプライドを、一瞬で圧し折るだけだ。

「違うと言うならその構えた物を使って見せろ。それとも何か?それはこの国の最新ファッションアイテムか?だとしたら……ダサいな」

「っ……の、糞餓鬼ぃ!」

 怒りの形相で機関銃の引金を引くポット。銃口から吐き出された弾丸が私に殺到する。だが−−

「《世界(ディ・ヴェルト)》」

 

ビタッ!

 

「……は?」

 空中に縫い留められた弾丸を見て、呆然とするポットに「チッチッチ」と指を振って見せる。

「残念だが、今の『フェンリル』に実体のある攻撃は無意味だ」

 顔の前に止まった弾丸を手で払いながら言う私に、怒りのボルテージを上げたポットが周りの女達にヒステリックに怒鳴りつける。

「何してるの!?貴方達も撃ちなさい!」

 しかし、誰一人として引金を引くどころか、銃を構える事すらしない。いや、やろうとはしているのだが、指一本動かす事ができないでいるのだ。

「無駄だ、《ディ・ヴェルト》は広域慣性停止結界。私を中心とした半径50mの空間の中では、あらゆる物はその動きを止められる。どうかな?時の止まった(ような)世界に足を踏み入れた気分は?」

 音も無く地面に降り立ち、一歩一歩ゆっくりとポットに近づく。どう足掻いても抵抗が出来ないと知ったポットの顔が、絶望と恐怖に彩られていく。

「お前の仲間は誰もお前を助けない、助けられない。そして、私がお前を助ける道理も無い。何故か?それは……」

 拳が届く距離で足を止め、両腕の前腕部装甲を解除。同時に、ギリギリと音がする程に握り締める。

「迎えが来るまで二人と散歩でもしようと思っていた所に、お前等が騒動を持ち込んだからだよ。お蔭で美味い朝食の余韻が台無しだし、二人と思い出を作る時間が無くなったし、間違いなく事情聴取と実況見分に付き合わされる事になるだろうし、その為に大統領との面会も延期になるだろう。そうなったら滞在期間が確実に延びる。結果として、3人揃って3学期に間に合わなくなる可能性が出たんだよ!IS学園において、授業の遅れは致命的だというのにだ!」

「それは……」

「私のせいじゃない、とでも言う気か!?だったら、最初からここに来なければ良かったんだ!それなのに『騒動の原因は私じゃありません』!?馬鹿も休み休み言え!この大馬鹿者が!」

 

メキッ

 

 怒りの叫びと共に、ポットの鼻面に鉄拳を叩き込む。彼女の慣性は未だ停止状態の為、殴られた衝撃で吹き飛ぶ事なくその場に留まっている。

 真正面から私の怒りの気と拳を叩きつけられたポットの心は、この瞬間に折れた。

「ぶふっ……!ご、ごめんなさい。許し−−」

「今の私に許しを乞うても、無駄!無駄!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……無駄ぁ!」

 

ズドドドドドドッ!

 

 顔面を中心に、ポットの全身に只管拳の連打を叩き込む。最後に思い切り振りかぶってのアッパーカットを顎に入れると同時に《世界》を解除する。

「そして、時は動き出す……ってな」

 

ゴッシャーン!

 

「ぐばはああっ!……ぐえっ」

 真上数mに吹き飛んだポットは、そのまま受け身も取れずに地面に落下した。辛うじて息はあるようで、ピクピクと痙攣している。

「ポ、ポット様ーっ!」

 自分達の盟主のあんまりと言えばあんまりな姿に、周囲の女達が悲鳴を上げる。と、そこへ漸くパトカーのサイレンが響いてきた。すぐさま大通りは無数のパトカーで埋め尽くされ、車内から銃を構えた制服警官が大勢現れて私達を取り囲んだ。

『女性権利団体過激派組織FFFのメンバー共に告ぐ!』

『お前達は完全に包囲されている!』

『武器を捨て速やかに降伏せよ!』

「くっ、こうなったら……!」

 逃げられないと悟った女達が一斉に銃を抜いた。大通りに再び一触即発の空気が満ちる。しかしそれは、私の行動によって瞬時に収まる事になる。

「FFF、動くな。一人でも動けば、()()をポットの顔に落とす」

 そう言って私は、ポットの顔の真上に改めて前腕部装甲を装着した右腕を向ける。その腕からは、展開した装甲の隙間から薄桃色の光が漏れている。

「な、何よそれ……?」

「『フェンリル』流衝撃砲、《神龍(シェンロン)》。拳打脚撃に合わせて衝撃弾を放つ事ができる接近戦用の特殊能力だ。さて、賢明な諸君ならもう分かるだろう?これがポットに当たればどうなるか。もう一度言う、動くな。神妙にして縛につけ」

「くっ……!」

 女達は歯軋りをしながら、それでも銃を捨て、両手を挙げた。ポットが彼女達にとって最重要人物である事が端的に伺える光景だった。

『確保!』

 その様子を見た私服警官が号令を出すと、警官隊が一斉に彼女達を取り押さえた。ひとまずこれで一件落着。残る問題は−−

「『二人目(ザ・セカンド)』村雲九十九君ダネ?ISヲ解除シテ、両手ヲ挙ゲナサイ」

 明らかに騒動の一端を担ったと思われているこの状況を、どう説明すればいいのか?だな。

 

 

 結論から言えば、九十九は『テロリスト鎮圧に協力したが、些かやり過ぎたので地元警察から説教された』だけに留まった。

 というのも、FFFとYOMが集まり出してから、両陣営の乱闘騒ぎになり、そこに九十九が介入して解決するまでの一部始終を捉えた防犯カメラ映像と、その様子をつぶさに見ていた、或いは携帯のカメラで撮っていた人達の証言と映像記録により、あくまで九十九は『テロリスト鎮圧の為に行動した』事が証明されたからだ。

 もっとも、オンザス・ポット相手に顔の原型が分からなくなる程の乱打を浴びせたのはいくらなんでもやり過ぎだ。という事で、警察署長から厳重注意を受けた。

 『両親と千冬さん以外の大人からガチトーンで叱られたのは初めてだが、結構キツイな』とは、すっかり凹んでホテルに帰って来た九十九の弁である。なお、大統領への面会はやはり延期になった。

 

 

 事情聴取と実況見分を丸1日を費やしてどうにか終わらせた私は、シャルと本音を連れて、一路米国大統領官邸(ホワイトハウス)に向かっていた。

 距離的に言えば歩いてでも行けるが、昨日の事もあるので車での移動となった。

 走る事数分、TV越しに見たあの白亜の邸宅が目に入った。その偉容に、本音のテンションが大きく上がる。

「すご〜い!TVのまんまだ〜!」

「本音、落ち着いて」

「騒がしくしてすみません」

「いえ、お気になさらず」

 キャッキャしてる本音をシャルが宥めようとするが、どうにも効果は薄いようだ。

 私は騒々しいのを運転手さんに詫びるが、運転手さんは気を悪くした素振りも見せずバックミラー越しに微笑んだ。カッコいい。

 車はそのまま正面ゲートを潜り地下駐車場へ。車を降りて案内役の人に連れられて辿り着いたのは、大統領執務室。

 案内役の人がドアを3回ノックして、中にいる相手……大統領に声をかける。

『大統領、村雲九十九氏をお連れしました』

『入れ』

『失礼いたします』

 案内役の人がドアを開け、「どうぞ」と入室を促す。私達は緊張しながら執務室へと足を踏み入れた。

 そこに居たのは、ややくすんだ金髪をカッチリと固めたお馴染みのアイロン台ヘアーに、頬の弛んだブルドッグ顔の老人。

 固太りした恰幅の良い体を、仕立ての良い高級スーツで包んでいる。目の奥には隠す気のない野心の炎が燃えていて、自然と身構えてしまう空気を纏っている。彼こそが−−

「やあ、初めまして。俺が現アメリカ大統領、レオナルド・タロットだ。会えて嬉しいぞ、村雲九十九くん!」

 世間から『強欲おポンチ爺』『黄金のアイロン台を被ったブルドッグ』『自称・歴代最高の大統領』と呼ばれる男、レオナルド・タロットその人だ。

「お招きに感謝します、大統領。改めて自己紹介を。村雲九十九です。こちらが(未来の)妻の−−」

「シャルロット・デュノアです」

「布仏本音です」

「うむ、よろしく!まあ、立ち話もなんだ。座りたまえ。何か飲み物はいるかい?」

「ではコーヒーをブラックで」

「僕……私は紅茶を」

「わたしもしゃるるん……シャルロットと同じものを〜」

「分かった。おい」

「はい」

 案内役の人が執務室に備え付けのキッチンで飲み物の準備を始める。ソファに座った私達の対面に座った大統領は、軽くだが頭を下げた。

「まずは感謝を。『ゴールデン・ドーン』の奪還への君の尽力には、どれだけ謝意を重ねても重ね切れない。ありがとう」

「いえ、私はただスコール・ミューゼル……亡国機業(ファントム・タスク)の工作員との因縁を清算しただけです。『ゴールデン・ドーン』の回収成功はその結果に過ぎません」

「それでも、ありがとう」

 もう一度、今度は深く頭を下げ、タロット大統領は顔を上げた。ここで飲み物が届き、大統領はコーヒーを啜って喉を潤すと、矢継ぎ早に話し始めた。

「しかし、君の戦歴を調べてみたが、中々凄いな。無人ISのほぼ単独での撃破に始まり、『ヴァルキリートレースシステム』を違法搭載したドイツ製ISの鎮圧への貢献。暴走した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の捕縛作戦。その指揮をしたのは君だと言うじゃあないか」

 油断のならない笑みを浮かべながら、私の戦歴をつらつらと挙げていく大統領。その時、背筋に妙なチリつきを感じた。

(なんだ、この嫌な感じは?この人は何を言おうとしている?)

「亡国機業の工作員相手に織斑一夏くんと共に勝利し、キャノンボール・ファストではBT兵器搭載のISを撤退に追い込んだ。フランスでは女性権利団体過激派のテロを無傷で鎮圧し、豪州連合のIS『天空神(アルテラ)』に単独勝利。のちにリベンジをしに来たそれを返り討ちにしたそうだね。更に、京都では亡国機業壊滅作戦に尽力。壊滅こそ出来なかったが敗走させている。そしてイギリスの対IS機動衛星砲『エクスカリバー』の完全破壊、最新で『ゴールデン・ドーン』の奪還。これだけの戦果を、ISに乗り始めて1年にも満たない少年がやってのけた。これは驚くべき事だ」

「随分と、私の事を買っておいでのようですが、全て私の運が良かったに過ぎません」

「いやいや、その運を引き寄せるのも君の才覚だろうよ。……やはり、欲しいな」

 瞬間、大統領の眼がギラリと輝いた。と同時に、背筋の鳥肌が一斉に立ち上がったのを自覚する。

「村雲九十九くん。君のその才は、我がアメリカでこそ最大限に輝かせる事ができると、俺は思うんだ!」

 ソファから立ち上がり、大きな声を上げる大統領。そして、その無骨で大きな手を私に向けてこう言い放った。

「君を、我がアメリカ空軍、IS配備特務部隊に迎え入れたい!どうかね!?」

「「「……はい?」」」

 大統領の突然の申し出に、私達は揃って目を丸くする事しかできなかった。




次回予告
唐突な大統領の申し出は、新たなる騒動の火種となる。
連れて行かれた米空軍基地で、南米の翼持つ蛇神がその牙を剥く。
果たして、九十九達はこの難局を突破できるのか?

次回「転生者の打算的日常」
#88 蛇神降臨

ああもう!最近巻き込まれすぎだろ、私!?


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#88 蛇神降臨

「君を、我がアメリカ空軍、IS配備特務部隊『オルカ』に迎え入れたい!どうかね!?」

「「「……はい?」」」

 目の前の老人、現アメリカ大統領レオナルド・タロットの突然の申し出に、私達は揃ってポカンとしてしまった。が、そんな間にも大統領の話は進む。

「君には『オルカ』副隊長の地位と少佐の階級を与えよう。なに、すぐに来いとは言わん。君がIS学園を卒業してからでいい」

「いや、ちょっと……」

「我が軍のISパイロットは揃いも揃って基本脳筋でな。『敵なんて、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばせば良いんだよ』と宣うような連中ばかりだ。そこで、君の戦術眼と智謀、そして勝利の為に手段を選ばない狡猾さを、俺は切実に欲しているんだ!」

「だから……」

「勿論、福利厚生は充実させるぞ!過重労働など決してさせんし、ボーナスだって出す!なんなら住居だって最高クラスの物を用意しよう!どうかね!?」

 ズイ、と顔を近付けてくる大統領。この人、こっちの話聞く気無くないか?

「いえ、ですから……」

「何か問題か?……ああそうか!将来部下になる連中がどんな奴等か気になるんだな!?よかろう、奴等の駐屯基地はここからそう遠くない。俺直々に案内しようじゃあないか!おい、車を回せ!」

「しかし大統領、この後ディノ国務総長との会議が「アレックスには明日にしろと伝えろ!急げ!」……かしこまりました」

 大統領の剣幕に押され、渋々ながら車の手配をしに部屋を出る案内役の人。あの人も苦労が絶えないんだろうなぁ。お気持ち、お察しします。

 

 

 大統領の強引な主導により、私達は米空軍IS配備特務部隊『オルカ』の駐屯基地に連れて来られた。

「よう、少将!久し振りだな!」

「大統領!?ご連絡頂ければお出迎え致しましたのに!」

 気さくに手を挙げる大統領に、驚きの表情を見せる『少将』と呼ばれた老年女性。驚く彼女に大統領は笑いながら言った。

「サプライズというのは、言わないからこそ効果がある。そうだろう?少将」

「時と場合によりますわ大統領。そして、今回のこれは『サプライズ』ではなく『迷惑なドッキリ』です。お分かりですか?」

「……ハイ、スミマセン」

 少将にピシャリと言われ、若干ヘコむ大統領。一国の大統領と軍の少将という間柄なのに、その間には気負いや遠慮がない。恐らく、プライベートでは親しい関係なのだろう。

「紹介しよう。この基地の長で『オルカ』司令官の……」

「ミネルヴァ・マクゴナガル少将です。お会い出来て光栄ですわ、村雲九十九さん」

「は、はい。こちらこそ」

 一分の隙も無いビシッとした敬礼に、思わず敬礼で返してしまった私に、ミネルヴァ少将は苦笑を浮かべた。

「あらあら、緊張させてしまったかしら?」

「君は昔から自然と人を緊張させる空気を纏っているからなぁ。ほら、なんといったっけ?君の一番弟子の……」

「グレンジャー退役中佐ですか?」

「そう、その娘だ。俺の前では言い難い事をズバズバ言ってくる勝気な娘だったが、君の前ではまるで借りてきた猫のように大人しかった。そう言えば何時だったか……「タロット大統領、ご用件は?」っと、失礼。いらん事を言う所だった。実は……」

 

ーー大統領説明中ーー

 

「と、いう訳だ」

「……はぁ〜〜」

 大統領の説明に深い、それは深い溜息をつくミネルヴァ少将。しばし頭を抱えていたかと思うと、キッと大統領を睨みつけた。その鋭い眼光に、大統領の足が一歩下がった。

「大統領……いえ、レオ。私は貴方に常に言っていた筈ですね?あまり強引に物事を運ぶなと」

「いや、しかしだなミネット……」

「しかしもかかしもありません!まったく……彼の了承も殆ど得ぬまま、半ば無理矢理に事を運ぼうなど……一国の長として恥を知りなさい!レオナルド・タロット!」

「ハイ!スンマセン!」

「謝罪は私にではありません!」

「ハイ!村雲九十九くん!強引に事を運ぼうとして、どうもスンマセンした!」

 少将に叱られて、即座に私に深々と頭を下げる大統領。

 ……何となく見えた。多分この二人幼馴染で、ヤンチャな大統領の手綱をしっかり者の少将が握っていた。という感じなんだろう。なんなら、今でもそうなのだ。

「いや、まあ、アメリカ空軍の特務部隊がどんな感じなのかは知っておきたい所でしたし、良い機会だと思わせて貰います。副隊長着任に関しては、私がラグナロク・コーポレーションの企業代表候補生序列一位の身の上ゆえ、お引受けできかねますが」

「だそうですよ、レオ。人の頭越しにものを進めようとするのは貴方の悪い癖です。少しは改めなさい」

「むう……」

 少将に叱られてすっかりヘコんでしまった大統領。何となく背中が煤けているような気がする。

「だ、だが、折角連れてきたんだ。ミネ「大統領?」……少将、彼にこの基地の見学許可を出してやってくれんか?」

「……いいでしょう。大統領閣下のお願いとあっては、無碍にはできません。みなさん、こちらへどうぞ」

 まるで夫婦のような(後で聞いたら、本当に一時期夫婦だった)やり取りの後、私達はこの基地の見学をさせて貰える事が決定した。さて、大統領をして『脳筋集団』と謳う『オルカ』の隊員達とは、一体どういう人達なのだろう?

 

 

「−−という訳で、村雲九十九さん、布仏本音さん、シャルロット・デュノアさんが当基地の見学にやって参りました。みなさん、くれぐれも粗相のないように」

「「「Yes mom!」」」

 ミネルヴァ少将の召集命令に、3分と掛らず『オルカ』の隊員達が格納庫に集合した。といっても、部隊員は全部で10名程とそれ程多くは無い。全員がISスーツを身に着けている事から、訓練の直前だったか、最中だったか、あるいは丁度終わった所か。

 大半の人の目は好奇、興味で彩られているが、一部の人の目つきが剣呑だ。特に右端の、頬傷のある怖い目つきの女性からの好戦的な視線が滅茶苦茶怖い。他の人達も大なり小なり似たような雰囲気を放っているのが何とも言えず不安な気分にさせる。

「彼らはあくまで見学に来たのです。決して……いいですか?決して喧嘩を売るような真似はせぬように。特にザラキ曹長、貴女です」

「……チッ」

 名指しされて、はっきり聞こえる程の舌打ちをしてそっぽを向く頬傷の女性……ザラキ曹長。

 え、やってるの?名指しで注意受けるくらいそういう事やってるの?よく除隊にならないなこの人。

「では、私は通常業務がありますのでこれで。村雲さん、布仏さん、デュノアさん。この見学が有意義なものになる事を願っております」

 ピシッと敬礼をして、少将は格納庫から出て行った。途端、私の周りに隊員達が集まった。

「アンタが『二人目(ザ・セカンド)』かい。なぁんだ、思ってたよりちっこいねぇ」

 ボビー店長並に上背のある大柄な女性がそう言えば。

「姐さんに比べたら大抵の男はチビでしょ?」

 箒と同じくらいの身長の女性がそれにツッコみ。

「ウ~ン……顔70点、体85点ってとこかしら。一応合格。けど、もう少し筋肉付けた方がいいわね」

 釣り目にポニーテールの女性がいきなり私を採点しだしたと思えば。

「そう?この子きっと『脱いだらスゴイ』タイプよ?ほら、腕とか結構カチカチだし」

 溢れる色気を隠そうともしない蠱惑的な女性が、私の腕やら肩やらに触れながら反論する。

「不思議な光を宿した眼……苦難に晒される運命を、貴方から感じるわ」

 ミステリアスな雰囲気の虹彩異色(ヘテロクロミア)の女性がそう言えば。

「実際そうでしょ。この1年足らずでどんだけ事件に巻き込まれてんのよ、コイツってかコイツら」

 一際小柄なショートボブの女性が呆れ気味に呟く。

「ねえねえ、一緒にいる女の子達って君の恋人だったりする?違うなら頂戴!」

 何処か好色的なオーラを感じる、セミロングヘアの女性が質問すると。

「ここに連れて来てるって時点で特別な関係の人に決まってるでしょ!手を出そうとしない!」

 委員長っぽい感じの眼鏡を掛けた女性が怒鳴りつける。

「エイト、どうどう。司令が言ってたでしょ?喧嘩を売るのは駄目って」

「離せ、コラ!オイ!村雲九十九!オレと勝負しろ!」

「だから駄目だって!」

 そして、私に突っ掛かって来ようとするザラキ曹長を羽交い締めして押し留めるサイドテールの女性。

 ……いや、そんな一気に来られても対応に困るんだが。だがこの状況、ちょっと良い気持ちだ。

「貴女達、村雲くんが困ってるわよ。ちょっと落ち着きなさい」

 そこへ、別の誰かの皆を諌める声が響いた。……ん?今の声、何処かで聞き覚えが……。

「ハーイ、村雲くん。お久しぶり。福音暴走事件(#29〜#32)以来ね。覚えてるかしら?」

 現れたのは、鮮やかな金髪が目に眩しい、カジュアルスーツ姿の女性。

「ええ、覚えています。一別以来ですね。米国代表候補生序列一位、『風妖精(シルフ)』のナターシャ・ファイルス大尉」

 私の答えに、満足げな笑みを浮かべるナターシャさん。あの時は呆然としてしっかり顔を見る事ができなかったが、こうして見るとやはりとても美し−−

 

ギュッ!×2

 

「痛い!分かった、見惚れたのは謝る!謝るから手の甲を抓らないでくれ!」

「「む~、む~む~!」」

「え?そっちもだけど、沢山の女性に囲まれて鼻の下伸ばしてたでしょって?そ、そんな事はな(ギリッ×2)あーっ!すみませんありました!ごめんなさい!ホントごめんなさい!」

 シャルと本音の怒りの手の甲抓りを受けて悶える私を、ポカンとした顔で見ている『オルカ』メンバー。

「え?待って。今あの二人「む~」しか言ってなかったわよね?何でなんて言ったか分かるの?」

「そこはほら、愛の力……的な?」

「説明になってなくない?」

「他に説明の仕方、ある?」

「無い……わねぇ」

「勝負!勝負!」

「だーから駄目って言ってるでしょ!」

 周りの様子を全く意に介していないのか、ザラキ曹長は未だに私に食ってかかろうとしていた。そんな曹長に、ナターシャさんが近づいて含めるように言った。

「エイト、司令も言ってたでしょ?今日の彼らはお客様なの。丁重にもてなすのが私達のやる事よ」

「へっ、んな事知るかよ!オレはアイツと斬り合いてぇって「エイト」……ちっ、わーったよ」

 ナターシャさんの言葉を一度は無視しようとしたザラキ曹長だったが、低い声で凄まれた事で一旦矛を収めた。ただ、敵意の篭った目でこちらを睨むのは止めなかった。

「さ、エイトも大人しくなった事だし、行きましょうか。まずは医務−−」

「ナターシャさん、医務室と女子更衣室と無人の会議室とトレーニングマシーン倉庫の案内は結構ですので」

「……ちぇー」

 妙な予感がしてナターシャさんに先んじてそう言うと、ナターシャさんは露骨にいじけたような顔になった。案内する気だったな?この人。

 

 

「ここが作戦司令室よ」

 案内されたのはこの基地の要である作戦司令室。そこでは、軍服に身を包んだ人達が忙しなく動き回っている。流石に忙しそうなので、ここはチラッと見るだけに留めて次の場所へ行く事にした。

 

「ここが工廟よ」

 次に案内されたのは工廟。そこでは、ISの周りにツナギ姿の整備士が集まり、白熱した議論を行っていた。

「ここは機動性の強化を優先すべきっすよ」

「いや、装甲の強度を上げて、多少の被弾をものともせんようにすべきだ」

「ダメージを受ける前提の機体作りはもう古いんすよ!時代は『避けて当てる(リアル系)』なんす!」

「いいや!いつの時代も『受けて当てる(スーパー系)』が至高なんだ!」

 ただ、その議論は何処ぞの『版権アニメのクロスオーバーシュミレーションRPG』における機動兵器の区分の事でも言っているかのような、ある意味極端な思考同士のぶつかり合いだったが。あのゲーム、本格的な海外進出ってつい最近だったと思うんだが……。

「次、行きましょうか」

「あ、はい」

 割って入るのも躊躇われたので、私達は次の場所へ向かった。

 

「ここが兵舎よ。殆どの隊員がここで生活をしているわ」

 次に案内されたのは、5階建ての大きなアパートが連なる団地だった。ナターシャさんによると、ここは独身者用の兵舎で、妻帯者はこの基地近くの住宅街の一軒家(借家。退役時に返却必須)で生活しているのだそうだ。

「一応守秘義務があるから中は案内できないけど、結構広くて快適よ。すぐ近くに隊員専用のモールもあるし、アミューズメントパークだってあるのよ」

「「へー」」

「福利厚生はしっかりしている、という事か」

「ええ。ただ……」

 

パンッ!パンッパンッ!

 

「「「銃声っ!?」」」

「たまーに喧嘩が本気の撃ち合いに発展したりするから、割と危険だけど」

「血の気多いな!?流石アメリカ!」

 

「最後に、ここが訓練場よ……で、何してるのエイト」

 最後に案内されたのはこの基地のIS訓練場。そこには、血のように真っ赤な色の『ラファール』を身に着けたザラキ曹長が、身の丈程もある大斧を肩に担ぎ、殺気を漲らせて立っていた。

「言ったろ、大尉。オレはコイツと斬り合いてえってよ。村雲、オメエ『飼ってる』だろ?」

「何をですか?ザラキ曹長」

 問い返すと、ザラキ曹長は担いでいた斧を私に向け、こう言った。

「とぼけんじゃねえよ、オメエの目の奥から『獣』の気配がすんだ。オレとおんなじ『獣』の気配がよ」

「見間違えでは?私は不必要な戦いは寧ろ厭う。誰彼構わず牙を向く事はしない」

「……んだよ、ただの腰抜けか。こんなのを旦那にしようっていうそこの二人は、よっぽどの尻軽なんだろうな!」

 『冷静な私』は、これがザラキ曹長の明らかな挑発だと理解する。しかし、『激情家の私』がその言い分にカチンと来た。

「……ザラキ曹長、私の女が、何ですって?」

「っ……!いいねぇ。いい顔すんじゃねえか」

「今の台詞、取り消して頂きたい」

「イヤだね、取り消して欲しけりゃ……力づくで来いよ!」

「いいでしょう、こちらも貴女に敵意を向けられ続けて少々苛ついていた所だ。挑発に乗りますよ。始めるぞ『フェンリル』」

 

キンッ!

 

「ザラキ曹長、とくと見て行くといい。私、村雲九十九と『フェンリル・ルプスレクス』の手にした、王たる者の力を」

「はっ、上等!」

 『フェンリル』を纏ったと同時に、斧を振りかぶって突貫してくる曹長。

「シャル、本音、ナターシャさん。下がって」

「「うん、気をつけてね」」

「あのおバカ……!後で説教よ!」

 私に言われて、慌ててピットの方へ下がる3人。ナターシャさんは怒りと呆れが入り混じった声で叫んだ。

「オラァッ!」

「《神竜(シェンロン)》、発動」

 呟きと共に装甲が展開し、全身から薄桃色の光が漏れる。

 全力で振り下ろされる大斧をぎりぎりまで引きつけて躱すと同時に、ガラ空きの脇腹に向けて拳を放つ。挙動に合わせて撃ち出された不可視の砲弾が、曹長のボディに突き刺さる−−筈だった。

「ふんぬっ!」

「なっ!?」

 なんと、曹長は大斧を支えにその場で片手逆立ちをして《神竜》の一撃を回避。同時に高角度の打ち下ろし蹴りを見舞ってきた。

「そらよ!」

「なんとぉっ!」

 もっとも、無理のある姿勢から放った蹴りだったため、ある程度余裕を持って回避できた。曹長は逆立ちの姿勢のままスラスターを吹かして、私は後ろに引いた勢いそのまま、互いに距離を取る。

「あっぶねえ……オメエ、そんな技持ってたのかよ」

 体勢を立て直した曹長が、冷汗を拭うような仕草をしながら話しかけてきたのでそれに答える。

「《神竜》、拳打脚撃に合わせて不可視の衝撃弾を放つ。という能力だ。初見で躱したのは貴女が初めてだがな」

「はっ、そいつは光栄だ……な!」

 大斧を担いで再び突貫してくる曹長。他に武器を出す様子も、突貫以外の戦法を取る様子もない。まさかと思いながらナターシャさんに視線を向けると、彼女はコクリと頷いて解説を始めた。

「米国空軍特務部隊『オルカ』所属の突撃兵で、アメリカ代表候補生序列十位『大猪(ワイルドボア)』のエイト・ザラキ。その戦法は……大斧一本携えての猪突猛進、ただ一つよ」

「あ、やっぱりそうです「オラァッ!」かあっと!」

 ナターシャさんの解説に何となく納得しつつ、首狙いの横薙ぎをすんでで躱し、もう一度距離を取る。

「ちょっと待て!貴女、私を殺す気か!?」

「安心しろ。致命部位(バイタルポイント)は殊更強く絶対防御が発動する。余程の事がなきゃ、頚がすっ飛ぶなんて事ぁねえよ」

「いや、そうだけども!」

「それより、そっちも斬り掛かって来いや。やってやられてが戦いだろうが!オラ、来いよ!」

 大斧を肩に担ぎ直して、左手で『C'mon』とジェスチャーする曹長。

「それじゃあ、遠慮なく……と言うとでも!?《火神(アグニ)》!」

 曹長に右手で指鉄砲を向けると共に、装甲から漏れる光が薄桃色から橙へと変える。瞬間、膨大な熱量を持った熱線が放たれた。

「ぬおっ!?」

 不意をつかれた曹長は咄嗟に大斧で防御を行ったが、それでも大きく吹き飛ばされる。

「テメエ!飛び道具を使うとか、それでも男かこらぁ!」

「何とでも言え!私は本来ガンファイターなんだよ!接近戦は比較的不得手なんだ!」

 憤る曹長に反論しつつ、低出力の《火神》を連射する。相手は接近戦以外に取れる戦術がない。なら、徹底して遠距離攻撃(遠くからペシペシ)を仕掛けて、削り勝つ。曹長は不満だろうが……勝てばよかろうなのだ!

「ぐっ、この……鬱陶しいんだよぉ!」

 ちまちました私の攻撃に苛ついたのか、曹長が防御を捨てて突っ込んできた。

「そう来ると思っていた!」

 それに対し、私は《火神》を撃つのを止めて右手を突き出す。同時に装甲から漏れる光を黒へと変える。

「《世界(ディ・ヴェルト)》!」

 漆黒の光が溢れると共に、曹長の突撃がピタリと止まる。

「この感じ……AICだと!?何でテメエが!?」

「『フェンリル・ルプスレクス』の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)神を喰らう者(ゴッドイーター)』は、相手の特殊能力による攻撃のエネルギーを吸収すると共に解析・学習・最適化し、自身の能力として使用できるようにするというものだ。さて、ザラキ曹長、質問だ。これまでに私がIS学園在籍の専用機持ち達と、一体何回模擬戦をしてきたと思う?」

 言いながら、下げた左腕装甲の光を漆黒から純白へと変える。光は手元で収束し、片手剣の形を取った。

「マジ……かよ、それ……」

「『フェンリル』流《零落白夜》、《零還白光剣(クラウソラス)》……チェックメイトだ」

 敗北を悟り、悔しそうな顔をする曹長に止めの一撃を食らわせようと振りかぶった瞬間、事態は急変した。

 

BEEP!BEEP!BEEP!

 

「「!?」」

 突如として鳴り響く警報音。観戦していた他の『オルカ』メンバーの表情が厳しいものになる。

『当基地の南南西より、友軍登録の無いISが急速接近中!『オルカ』メンバーは総員出撃せよ!』

「なっ!?」

 その放送に私は絶句した。一体どこのトチ狂った馬鹿が大統領のお膝元(ワシントンDC)に程近いこの基地に、しかもこのタイミングで攻め込んできたというのだろうか?

(いや、考えるのは後だ)

 近づいて来ている敵に対応すべく、私は即座に曹長を拘束していた《ディ・ヴェルト》を解除。自由になった曹長は、そのまま敵機がいる方向にすっ飛んで行った。

「ちょ、待った曹長!敵の情報も何も無しに突っ込むなんて無謀が−−」

「るせぇ!どこの誰だろうが、まっすぐ行ってぶっ飛ばしゃ終いだろうが!」

 私の静止も聞かず、曹長は大斧を振りかぶって突っ込んで行き−−

「ぐああああっ!」

 すれ違いざまに大斧を躱した敵が何かをしたと同時に、曹長は断末魔の叫びを上げて堕ちていった。

 曹長を瞬殺した敵は、曹長に一瞥もくれず真っ直ぐにこちらに向かってくる。その姿を見て、私はまたかよと思った。

 アナコンダを思わせる斑模様の装甲と、両腕の蛇の頭を模したナックルガード。頭部のバイザーはキングコブラのように幅広で、どこか威圧的だ。

 そう、やって来た敵とは、数ヶ月前に亡国機業(ファントム・タスク)によってブラジル空軍から強奪された、同国製第三世代型IS『有翼蛇神(ククルカン)』だった。そして、それに乗っていたのは、あの日一度だけ出会った女性だった。

「はーい、村雲九十九くん。ちょっと攫いに来たわよ」

「エイプリル……!」

 シレッと自分の目的……私の誘拐を宣言するエイプリルに、私は頭を抱え、思わず叫んだ。

「ああもう!最近巻き込まれすぎだろ、私!?」

 その叫びは、アメリカの腹が立つ程青い空に虚しく吸い込まれた。




次回予告

鯱達は蛇神の毒に倒れ、九十九達は苦戦を余儀なくされる。
勝ちたい、勝たせたい、護りたい。
無垢なる少女の願いが、雨を齎す神の新たな力を呼び覚ます。

次回「転生者の打算的日常」
#89 雷神覚醒

行こう!『プルウィルス』!
了。全力戦闘を開始します。


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#89 雷神覚醒

「はーい、村雲九十九くん。ちょっと攫いに来たわよ」

 まるで遊びの誘いでもかけに来たかのような気軽さで、私を攫いに来たと宣う豊満な体型の金髪美女……亡国機業(ファントム・タスク)のエイプリル。その身に纏うのはブラジル製第三世代型IS『有翼蛇神(ククルカン)』だ。

「九十九を攫うって……」

「どういうこと〜?」

 二人の呟きが耳に届いたのか、エイプリルは妖艶な笑みを浮かべて答えた。

「彼は私達にとってジョーカーなの。ある意味で最も厄介な存在って訳。だったら……」

「殺害する、または拉致してから何らかの方法で身内に取り込む。それが貴方にとって上策だと言う事か?エイプリル」

 私の答えに、エイプリルは笑みを更に深くした。図星って訳か。だが……。

「それを聞いて『はい、そうですか』と言うとでも?」

「でしょうね。だから、ちょっと強引な手で行くわ!」

 そう言って、エイプリルが私に接近しようとして−−

 

ズドンッ!

 

 横あいから飛んできた砲弾にそれを阻まれた。今のは、対IS用大口径狙撃砲の一撃か?だとすると……。

「待たせたわね、村雲くん。ここは私達に任せなさい!」

 意気揚々と現れたのは、それぞれのパーソナルカラーに染めた『ラファール』を纏った『オルカ』の面々だった。

「アメリカ空軍特務部隊『オルカ』の実力、とくと味わって行きなさい!全員、突撃!」

「「「うおおおおーっ!」」」

 委員長風の見た目の女性(恐らく隊長)の号令一下、全員が一斉にエイプリルに突貫して行く。

「ふふっ」

 それに対し、エイプリルは余裕の笑みを浮かべて待ち構える体勢を取った。そして−−

 

 5分後

 

「ウソ……でしょ?」

「私達が……」

「たった1機のIS相手に……5分で全滅……?」

 第二世代機とはいえ、総勢9機の『ラファール』を相手取ったエイプリル。波状攻撃を仕掛けてくる『オルカ』メンバーに対してエイプリルが行ったのは、()()()I()S()()()()()()()()()()。ただそれだけだった。

 それだけの事で『オルカ』の『ラファール』は次々と機能停止を起こし、地面に堕ちていったのだ。

 一体何が彼女達に起こったのか?それは、直後のマクゴナガル少将からの通信で分かった。

『まったく……勝手に突っ走って勝手に負けて。相変わらずお馬鹿さん達なのだから……。村雲さん、あのお馬鹿さん達は私どもで回収致しますのでお気遣いなく。それともう一つ。あの機体『ククルカン』についてですが、第三世代兵装の詳細が判りました。そちらにデータを送ります』

 少将から送られてきたデータによると、『ククルカン』の第三世代兵装《ヴェネーノ・モルタ(死に至る毒)》の正体は『対IS用行動阻害プログラム注入ナノマシン』であるとの事。

 《ヴェネーノ・モルタ》の発動条件は対象ISに0.3秒以上掌を触れる事。たったそれだけで、僅か数秒後には機体が動かなくなるという。一瞬の隙が命取りになる超一流同士の戦いにおいて、これ程恐ろしい武器もそう無いだろう。

 『オルカ』メンバーが次々に倒れて行った真相を知り戦慄する私に、少将は言葉を続けた。

『……誠に遺憾ながら、今の私どもに戦闘可能なISは残っておりません。一学生でしかない貴方にこのような事を頼むのは心苦しいのですが……米国空軍特務部隊『オルカ』司令官、ミネルヴァ・マクゴナガル少将より、ラグナロク・コーポレーション企業代表候補生序列三位、村雲九十九氏に当基地の防衛を依頼致します。報酬は私のポケットマネーから……そうですね、100万ドル(1億1000万円)で如何でしょう?』

「支払いは必要ありません」

『ですが……!』

「彼女の目的は、もとより私の拉致。私が行うのはあくまでも()()()()()()()()()です。その行動の結果、この基地が仮に守られたとしても、それは()()()()()()()()()んですよ、少将」

『……分かりました。先程の依頼は取り下げます。その代わり、この基地がどうなろうと村雲九十九さん個人及び所属企業に修繕費の請求は致しません。これで如何です?』

「十分です。16の身で借金持ちは勘弁なんで」

 少将との話が終わった所で、空中で寝転がって頬杖を突くという器用な真似をしていたエイプリルが、欠伸を噛み殺しながら声を掛けてきた。

「お話は終わったかしら?」

「律儀だな。わざわざ話し終わるまで待ってくれるなんて」

「いい女っていうのはね、男を待てる女を言うの。男もまた然り。そうは思わない?そこのお嬢さん?」

 視線を向けられたシャルと本音は、思わずビクッとして身構えた。

「だから……私が彼を連れて行こうとしても、()()()()()()()()()?」

 敢えてなのか、それとも素なのか、エイプリルは挑発的な物言いを二人に向けた。

「……そうだね。確かに、短気な人は嫌われるよね。だけどさ……」

「目の前で好きな人が連れ去られるかも知れないって時に……」

「「それを待ってる女がどこにいるの!?」」

 エイプリルの発言を肯定しつつ、その行動を否定するシャルと本音。それぞれペンダントトップを握り、ネックレスに手を添えて、相棒の名を叫ぶ。

「やるよ!『カレイドスコープ』!」

「おいで!『プルウィルス』!」

 

キイイイイン……!

 

 量子展開特有の真白い光が数瞬、辺りを眩しく照らす。そして、IS『ラファール・カレイドスコープ』と『プルウィルス』を纏った二人が、私の隣に並び立つ。

「言っとくよ、オバさん。九十九は僕達の物なの」

「あなたみたいな若作りオバンなんかに、ぜったい渡さないからね〜!」

「シャル、本音……」

 二人の発言に、今が戦時中だという事も忘れて胸を高鳴らせてしまう私。くそぅ、嬉しい不意打ちじゃないか。

 一方、二人に『オバさん』扱いされたエイプリルは額に青筋を浮かべてピクピク震えていた。

「お、オバ……!?言ってくれるじゃない小娘が。私はまだ20をいくつか過ぎたばかりよ!」

「へーそうなんだ。とてもそうは見えないね」

「いくつかって、実は8つか9つだったりするんじゃな~い?」

「なんだ、じゃあやっぱりオバさんじゃない。……プッ」

「なっ……が、ぐうっ……!」

 煽りに煽るシャルと本音。余程エイプリルの発言を看過できなかったのだろう、言葉の刺々しさが半端じゃない。ついでだ、私も煽ってやるとしよう。

「そう言ってやるな、二人共。裏社会に揉まれて荒んだ心が顔を荒ませたのさ。結果として老けて見えるだけで、きっと本人の言う通りまだまだ若いんだよ。そうは見えんだけで、な」

「く、くくく……か、こっ……!」

 エイプリルの額の青筋が更に増えていく。感覚で分かる。あれはもうブチ切れる寸前だ。そうなれば、周りが見えないほど激怒した彼女を下すのは容易い。−−そう思っていたのが。

「グスン……あんまりよ……」

「「「え?」」」

「うわあああん!あああんまりよおおっ!!!!」

 なんと、エイプリルは唐突に号泣しだした。あまりの事態にポカンとする私達を他所に、エイプリルは只管泣き喚いた。

「えっく……えっく……。ふう、スッキリした」

 数十秒後、そこには目を泣き腫らしてこそいるものの、非常に晴れ晴れとした顔をしたエイプリルが。

「ウソ……さっきまでキレる寸前くらいまで行ってたのに……!」

「どうして〜?」

「……何かの本で読んだ事がある。怒りの感情に飲まれそうになった時、敢えてベクトルの違う感情を爆発させる事で精神の均衡を取り戻すやり方がある、と」

 私の言葉に、ニンマリとした笑みを浮かべるエイプリル。彼女がその方法を使えるとなれば、煽り倒して思考を鈍らせた上で、策を弄して罠に嵌める。という私の基本戦術の一つが事実上潰されたと言っていいだろう。

「言いたい放題言ってくれたわね、お嬢さん達。お礼はするわよ、盛大に!」

「来るぞ!彼女を近づけるな!彼女に近づくな!中遠距離戦を意識して保て!」

「「了解!」」

 突っ込んでくるエイプリルから距離を取るため後ろに下がる私達だったが、『ククルカン』の加速力は思いの外高く、引き剥がしきれないでいた。

「弾幕を張る!シャル、合わせろ!本音、落雷攻撃準備!」

「わかった!」

「おっけ〜!」

 私が《ヘカトンケイル》にありったけの銃火器を持たせて展開するのに合わせて、シャルが『独眼鬼(サイクロプス)』を装備して全ての火器をアクティブにする。足を止めた私達の更に後ろに下がった本音がエイプリルの頭上に雷雲を展開する。

 それに気づいたのか、エイプリルの足が僅かに鈍った。このタイミングなら!

「今だ!一斉射撃!」

「いっけーっ!」

 轟音と共に、弾丸の壁と言ってもいい程の厚みを持った弾幕がエイプリルに襲いかかる。しかし−−

「うふふ……」

 エイプリルはまるで這い回る蛇のような気味の悪い機動で弾幕を回避していく。完全に回避は出来ていないのか、時折装甲から火花は散るが、直撃している様子はない。

「なんて無茶苦茶……っ!シャル、《九頭毒蛇(ハイドラ)》に換装!ミサイルで追い立てるんだ!」

「はいっ!」

 私の指示を即座に実行し、《ハイドラ》に換装したシャルのミサイルがエイプリルに殺到する。それをエイプリルは一発ずつ冷静に撃ち落とし、躱していく。

 何という力量。然るべき場所に自分を売り込めば、すぐにでも国家代表にでもなれるのではないだろうか。

「本音!」

「ダメ!動きが速いし複雑で、ロックオンできない!」

「くっ!」

 せめてほんの一瞬でも足を止めてくれれば、本音の雷撃で撃ち落とす事も可能だろうに……!

 

カチン!

 

「しまっ……弾切れを!」

 近づかせないように兎に角撃ち続けたのが仇になった。《ヘカトンケイル》軍団の全ての火器が弾切れを起こしたのだ。

 再装填(リロード)の為には一度《ヘカトンケイル》ごと全ての火器を収納(クローズ)せねばならず、その間私はほぼ無防備になってしまう。

「シャル、1分でいい。稼げるか?」

「ごめん、僕もそろそろ弾切れしちゃう」

 パッケージと武器を取っ替え引っ替えしながらエイプリルを牽制し続けていたシャルの方も限界が近いようだ。

「随分弾幕が薄くなったわね。もう限界って所かしら。それじゃあ、そろそろ終わらせるわね」

 薄くなった弾幕の間隙を縫って接近してくるエイプリル。だが、薄い弾幕な分、エイプリルの回避機動はこれまでより遥かに直線的だ。これなら!

「本音!」

「はい!」

 

ピシャアアンッ!

 

 

 私の合図に合わせて放たれた一条の雷光は、エイプリルと『ククルカン』を強かに打ち据えた……筈だった。

「そんな……どうして……」

「こっちにも優秀な技術者はいるの。そっちのISに対抗する手段、用意してないと思う?」

 そこかしこから白煙を上げながら、それでも『ククルカン』は健在だった。

「絶縁コーティング、だな。と言っても一、二度防ぐのが精一杯の薄い物だろうが」

 ISに絶縁性は無い……訳ではないが、精々並の家電より上程度。落雷の直撃など受けようものなら即アウトだ。それを防ぐ為の手段として薄い絶縁体を機体に貼り付ける、もしくは吹き付ける事で一時的に絶縁性を上げるのが『絶縁コーティング』だ。

 これにより、ISは通常以上の絶縁性を発揮できる。ただし、熱に極端に弱いという弱点があり、その効力は長続きしないのだが。

「その通りよ。だから……こうするわ!」

「っ!?」

 トリックを見破られたエイプリルだったが、余裕の笑みを崩す事なく私に向かって急速接近。私は近づかれまいと咄嗟に《世界(ディ・ヴェルト)》を発動した。

 咄嗟の事で広範囲をカバーできず、私の目前1mで止まるエイプリル。私がこれが愚策だと気づいたのは、その直後だった。

「しまった、この距離では……!」

「そう。この距離じゃあ、二人共()()()()()()()()()()()()()()()()。そして貴方もAICを解いた瞬間の私の攻撃(ヴェネーノ・モルタ)を躱せない。更に言えばAICの維持に回せるエネルギー、実はそれ程無いでしょ?貴方の最大火力である筈の《火神(アグニ)》を使って来ないのがその証拠。現に……ほら」

 

ギギギ……

 

 金属の軋む音にハッとそちらに目をやると、エイプリルの腕が少しづつこちらに伸びてきている。

 《神を喰らう者(ゴッドイーター)》の貯蓄エネルギーが底をつきかけ、その為に《ディ・ヴェルト》の慣性中和エネルギーが徐々に弱くなっている証だ。拙い、この状況を生んだのは自分だが、打開策が思い付かない!どうする、どうする!?

「ブー。じ・か・ん・ぎ・れ♥」

 

キュウウウン……

 

 気の抜けるような音と共に《世界》が強制解除され、エイプリルの腕が私の首を捕らえる。

「はい、捕まえた」

「ぐっ……!」

 完全に失策だ。手をこまねいている間に取れる策を全て失ってしまった。自らを策士と謳っておきながら、これは余りに格好が付かんではないか。

「九十九を放せ!」

 『阿修羅(アースラ)』を装備したシャルが三叉槍《トリシューラ》でエイプリルに突きを繰り出すも、練度の低いその一撃はアッサリと躱され、それどころか柄を掴まれてしまう。

「じゃ、お二人さん。ちょっと動けなくなって貰うわね」

「シャル!槍を放−−「遅いわ。《ヴェネーノ・モルタ》、発動」ぐはっ!?」

「きゃあっ!」

 全身に電気が走ったかのような衝撃と共に、『フェンリル』がその機能を著しく減衰。只の『くそ重い鉄塊』と化した。

 エイプリルに手を離された私とシャルはそのまま地面へと落下した。

「くっ……駄目だ。機体の指一本も、満足に動かせん……!」

「だけじゃない。体も痺れて、言うことを聞いてくれない……!」

 更には、ISを待機形態に戻そうとしてもそれが阻害されているのか、『フェンリル』を解除できない。それはシャルも同様のようだった。

「つくも、しゃるるん!」

 私達が動けなくなって慌てたのか、こちらに飛んで来ようとする本音を「来るな!」と叫んで制す。

「っ!?」

 驚いて、その場にピタリと止まる本音。その顔は今にも泣きそうな程に歪んでいる。

「来るな、本音。君までやられたら、それこそアウトだ」

「で、でも「布仏本音」……はい」

「君に託す。逃げるか、戦うか。君が決めて動け。……信じるぞ」

「……はいっ!」

 私の言葉を受けて、覚悟を決めた表情になり、エイプリルを正面にして身構える本音。

 初の本格的な実戦が同世代型の近接格闘特化のIS。おまけに相手は超一流、かつ油断も隙も無し。本音にとって、余りに不利な戦いが始まろうとしていた。……神よ、もし見ているのなら一命を賭して願い奉る。本音の力になってやってくれ。

 

 

 近付きたいエイプリルと遠ざけたい本音の戦いは、エイプリル有利で進んでいた。

 暴風で吹き飛ばしても効果は数秒で、すぐに元の位置に戻ってくる。雷撃を放とうとすれば九十九の、あるいはシャルロットの側に行き本音の躊躇を誘う。そして、躊躇している間に自分に近づいてくるため慌てて離れる。これの繰り返しだった。

 九十九からは「躊躇うな!私ごと撃て!」と言われたが、そんな事を本音が出来る筈もなく、結果として本音は完全に決め手を欠く事になってしまった。

「ふー……。飽きてきたわね、このやり取りも」

「はぁ……はぁ……」

 一歩誤れば即撃墜。その緊張とプレッシャーは、本音の体力と精神力を消耗させていく。

 普段の本音ならばとうに「もうダメ〜」と目を回して倒れているだろう。そうならないのは、偏に『自分が倒れたら九十九が攫われる』という恐怖心と『九十九の期待に応えたい』という使命感によるものだ。しかし−−

「あうっ……」

 限界に近い肉体が休息を訴え、それが目眩という形で現れた。本音の意識が切れたその数瞬を、エイプリルは逃さない。

「終わりにしましょう、お嬢さん。大丈夫、彼の事は悪くしないから。……じゃあね」

 こちらに掴みかかってくるエイプリルの手を、異常にゆっくりとなった視界で捉えながら、本音は思った。

(勝ちたい)

 相手が超一流だろうと関係ない。何としても勝利したいと願った。

(勝たせたい)

 自分の勝利は、即ち自分に自らの運命を託した九十九の勝利と言ってもいい。九十九に勝ったと伝えたいと願った。

(護りたい)

 自分が倒れれば、九十九を護れる人はもうここには居ない。誰でもない、自分が九十九を助けたいと願った。

(だから……力を貸して!『プルウィルス』!)

 自身の相棒に、想いの丈をぶつける本音。しかしてそれは『彼女』に届いた。

『告。当機とマスターのシンクロ率、及び経験値が一定値に到達しました。新機能『神の裁き(エル・トール)』を開放します。使用しますか?Yes/No』

(Yes!)

 心中で力強く頷いた次の瞬間、これまでに見た事がない程の超巨大積乱雲が基地上空を覆った。

「行くよ、『プルウィルス』!」

『了。全力戦闘を開始します』

 

 

 突然現れた、日が差し込まないほどの分厚い黒雲。ゴロゴロと響く転雷の音が空気を、私達の体を震わせる。

「ねえ、九十九。これって……」

「ああ。恐らく本音と『プルウィルス』の新たな力が目覚めたんだろう」

 あまりにいきなりの出来事だったからか、本音に伸ばしていた手すら止めて呆然とした表情を浮かべるエイプリル。

「行くよ、『プルウィルス』!」

『了。全力戦闘を開始します』

 力強く発された本音の言葉に我に返ったエイプリルが、雷撃が来ると予測してか私達の前に陣取る。

「どう?これで貴女は攻撃できないでしょ?」

 自慢げな表情を浮かべるエイプリル。私はもう一度本音に決意を促した。

「本音!今度こそ躊躇うな!私ごと撃てぇっ!」

 私の言葉に対して本音が返したのは……満面の笑み。というか、ドヤ顔だった。

「大丈夫だよ〜、つくも。もう、そんな覚悟はしなくていいから~」

 そして、そのドヤ顔のまま、本音はエイプリルにこう言い放った。

「ねえ、エイプリル。知ってた?神様ってね〜……()()()()()()()()()()()()()()()

『『エル・トール』発動。マスターが敵性存在と認定した対象に、最大威力の雷撃を投射します』

 

ズガアアアアンッ!

 

 特大の雷雲から放たれた豪雷は、エイプリルに狙い違わず突き刺さった。すぐ近くにいた私達を巻き込んで。

「きゃあああああっ!」

「ぐわあああっ!……あ?」

「うわあああっ!……って、あれ?」

 変だな。私達は確かに本音の落とした特大の雷の直撃を受けた筈なのに、全く機体にダメージがない。いや、それどころか!

「機体が……動く?セルフチェック……全項目異常なし(オールグリーン)!?『ククルカン』に流し込まれたナノマシン()()が駆逐されている!?」

 そう。それによって機体の状態が完全に《ヴェネーノ・モルタ》を受ける以前の状態まで回復しているのだ。それはシャルも同様のようで、不思議そうな顔をしながら起き上がった。

(まさか、『エル・トール』とは……敵味方識別可能の気象攻撃を行う能力なのか!?)

 ハッとして本音に顔を向けると、あの子は「どう?凄いでしょ?」と言いたげな表情を浮かべながら私の横に並んだ。

「くっ……こんなトンデモ、有り得ないでしょ!?」

 フラフラと立ち上がりながら、エイプリルが独りごちる。それに対して、私はある意味で『この世の真理』を彼女に説いた。

「そもそもIS自体がトンデモだろうよ。ましてラグナロク製の機体だぞ?トンデモでない方がおかしいとは思わんか?」

 IS業界においてラグナロクはトンデモの宝庫とされ、『ラグナロクだから仕方無い』はある種の標語と化している、らしい。

「さて、形勢逆転だなエイプリル。さらなる逆転の手はあるか?」

「くっ……!」

 その額に銃を突きつけながらエイプリルに問う。エイプリルは、悔しそうな顔で歯ぎしりをしながら私を睨みつけてくる。

 と、そこへけたたましいサイレンの音と共に、白と黒のツートンカラーの『ラファール』が5機、編隊を組みながら現れた。

「ワシントンポリス、空中警ら部隊『ワイルドグース』か。遅い到着ではあるが、有り難い援軍だ」

「ちいっ!」

 盛大な舌打ちをしながら、エイプリルが拡張領域(バススロット)から何かを取り出す。それは一般的な見た目の手榴弾だった。

 エイプリルは取り出した手榴弾をその場に叩きつける。瞬間、大量のスモークが手榴弾から噴き出し、私達の視界を覆う。

「スモークグレネード!?」

「だけじゃない!レーダーチャフも混じってる!」

「なんにも見えないよ〜!」

「逃がす訳にはいかん!本音!吹き飛ばせ!」

「はい!」

 指示に従い、スモークを突風で散らす本音。しかし、そこに既にエイプリルの姿は無く、かわりに1枚の走り書きされたメモが残っていた。拾い上げて何が書いてあるのかを見て、私は溜息を漏らすしかなかった。

「『See you (またね), little boy(坊や)』……ね。またぞろ厄介なのに目を付けられたらしいな……」

 

 その後、『ワイルドグース』がエイプリルが逃げたと思われる方向へ追跡をしたが、彼女の姿を捉える事は結局無かったと言う。

 私達は米空軍『オルカ』駐屯基地防衛に尽力したという事で、大統領から直々に感謝の言葉を述べられた。

 食事にも誘われたが、これ以上時間を食うとIS学園の3学期開始に間に合わないからと丁重にお断りし(大統領はとても残念そうな顔をした)、観光どころか土産を買う時間すらなく、帰りのジェットに飛び乗った。

 ……最近、行く先々で騒動に巻き込まれている気がする。いつもの事と言えばそれまでだが、それにしたって多過ぎないか?

 

 

 1月7日、IS学園3学期開始当日。

「何とか、間に合ったな……。ああ、腹が減った」

「着いたのが今日の夜明け前だもんね……」

「スゴく……ねむいです〜……」

 疲労と眠気と空腹でグッタリする私達に、クラスメイト達が労いの言葉とスナック菓子を寄こしてくれた。有り難いが、これを食べると却って腹が減りそうだ。

 と、そんな事を考えていると教室の扉が開き、千冬さんと山田先生が入ってきた。私達の席の近くにいたクラスメイト達が一斉に自分の席に着いた。調教……もとい、教育が行き届いているな。

「諸君、お早う」

「「「おはようございます!」」」

「村雲、布仏、デュノア、戻ったか。向こうでも大変だったようだな」

「ええ。毎度お騒がせして、申し訳無く思います」

「ああ、本当にな」

『いい加減にしろよ、お前』と言わんばかりの溜息を漏らす千冬さん。その姿に私は恐縮しきりだ。

「んんっ。さて、今日はお前達に新任の講師を紹介する。……入って来い」

 千冬さんが扉に向かってそう言うと、再び扉が開いた。そこから姿を現したのは、()()()()()()()()()()()()()()

「今日からISの実技担当講師としてこの学園で教鞭を執る……」

「スコール・ミューゼルよ、よろしくね」

「オータム・ミューゼルだ」

 数秒、しんと静まり返る教室。直後−−

「「「……はあああああああああっ⁉」」」

 一年専用機持ち組全員の絶叫が響き渡った。どうやら騒動は、向こうの方からやってくるらしい。

 私は、久々に自称知恵と悪戯の神(ロキ)が転げ回って大笑いする姿を幻視した気がした。




次回予告

スコールの登場により、混迷の度合いを増すIS学園。
そんな中、とある王国の姫君が留学にやってくる。
それは、終わりの始まりの引金か、それとも……

次回「転生者の打算的日常」
#90 第七王女、来日

決めた!お主、わらわの世話係をせい!
……はい?


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#90 第七王女、来日

「さて、今日はお前達に新任の講師を紹介する。……入って来い」

 千冬さんが扉に向かってそう言うと、再び扉が開く。そこから姿を現したのは、()()()()()()()()()()()()()()

「今日からISの実技担当講師としてこの学園で教鞭を執る……」

「スコール・ミューゼルよ、よろしくね」

「オータム・ミューゼルだ」

 数秒、しんと静まり返る教室。直後−−

「「「……はあああああああああっ⁉」」」

 一年専用機持ち組全員の絶叫が響き渡った。それもそうだろう。なにせつい最近まで敵だった女が、いきなり自分達の教師として現れたのだから。

 

パンパンッ!

 

「静かにしろ、お前達。今から説明する」

 2度柏手を打ち、場に静寂が訪れた事を確認した千冬さんが、事の経緯を語りだした。

「最初にお前達に言っておく。今年に入ってIS学園に対して何度も行われた襲撃事件、その首謀者の1つがこいつ等の所属していた組織だ」

 ザワつく教室。それをもう一度柏手を打って鎮め、千冬さんは話を続ける。

 北海道での私こと村雲九十九との決戦に敗れ、IS『ゴールデン・ドーン』を失う事になったスコール。こうなった以上、最早自分に『組織』での居場所など無いに等しい。最悪、不要な駒として『処分』される事もあり得る。そう考えたスコールが『組織』に敵対している者達に自身の持つ全情報と引き換えに、自身とオータムの身の安全を保証して貰おうとするのは、ある意味で必然だった。

「最初はラグナロクに行こうとしたんだけど、『君の知っている事は我々も知っている』って突っぱねられちゃって。それならって事でIS学園(ここ)に来たってわけ」

「我々としても、スコールの持つ情報は価千金と言えるものだ。学園長と理事長はスコールの申し出をすぐに受けた。その結果が今だ。専用機持ちの諸君には蟠りもあるだろうが……まあ、なんだ。上手くやってくれ。以上朝礼を終わる」

 そそくさと教室を出て行く千冬さんに付いていく形でスコールとオータムも教室を出て行った。後に残されたのは、何とも言えない感覚を持て余す私達専用機持ち一同と、それを見てどう言っていいかわからず困惑するクラスメイトだけだった。

 

 

 とはいえ、スコールは講師としては極めて優秀だった。その日の午後に行われたISの実技授業。そこで彼女は『各人の理解度と理解の仕方に合わせた指導』をやってのけたのだ。例えば−−

「篠ノ之さん、そこはグンッからのズバッじゃなくて、ズンビッパって動いた方がいいわね」

「あ、ああ、分か……りました、スコール先生」

 箒の感覚的かつ擬音混じりのそれを完璧に理解して見せたり。

「オルコットさん、今の避け方をしたいなら左斜めにもう15度傾けないと、態勢の立て直しが5秒遅くなるわよ」

「か、かしこまりました!」

 セシリアに対して小難しい理論を小難しいままに指導したり。

「凰さん、今のは違うってなんとなく分かるわよね?はい、もう一回」

「は、はい!」

 なんとなくで出来てしまう鈴には、特にあれこれと指導せず反復練習をさせ。

「ボーデヴィッヒさんには実際にやって見せた方が早いわね。付いてらっしゃい」

「リょ、了解した」

 完全実践派のラウラには、より良い動きを実際にして見せ。

「デュノアさんには、普段使い出来る有効な戦術を教えてあげるわね」

「あ、ありがとうございます」

 理論派で、かつ理解力の高いシャルには、口頭で噛み砕いた戦術論を叩き込み。

「布仏さん、貴方の場合もっと天候や気象について深く知る必要があるわね。攻撃が雑になりがちよ」

「は、は~い」

 本音の弱点を正確に突いた指導をすらして見せた。

 それ以外の生徒にも、感覚派か理論派か、習熟度や得手不得手の差、更には個人の性格にまで合わせた的確な指導を次々と行っていく。それでいて、失敗してもただ叱責するのではなく、その失敗から何かを得られるように巧みに誘導していく言葉選びのセンスも光る。千冬さんには失礼だが、指導者としてはスコールの方が1枚以上上手と言わざるを得ないだろう。

「さて、それじゃあお待ちかね。村雲九十九くん、いらっしゃい」

「は、はい、スコール……先生」

 だからと言って、私が彼女の事をスムーズに『先生』と呼べるかどうかはまた別の問題なのだが。

「聞いたわよ。貴方、アメリカでエイプリルとやって1回こっぴどくやられたそうね」

「うっ!……耳が早くていらっしゃいますね」

「私に勝った数日後にあんな新参者にころっと負けるなんて、私が咬ませ犬みたいじゃない」

「いや、私もまだ進化した『フェンリル』のスペックに慣れていないというか、何というか……」

「あら、そうなの。だったら、そのスペックに慣れる為にも徹底的に練習あるのみね❤」

 そう言うと、スコールは纏っていた『ラファール』の全兵装をアクティブにして構えた。

「え、いや、ちょっ……」

「イジメてあ・げ・る❤」

「あ……い、いやあああっ!」

「オーホッホッホッホッ!」

 こうして私は授業の残り時間の間中ずっと、スコールに追い掛け回される事になった。

 

「えっと、オータム。訊いていいか?あれどういう事だ?」

 九十九とスコールの物騒な追いかけっこが始まってしばらくして、一夏はオータムに恐る恐る問いかけた。すると、オータムは溜息混じりにこう答えた。

「ああ、あれな。スコールは気に入った奴ほどイジメたがるんだよ。そんだけアイツが気に入ってるって事だろうな」

 「ちょっと妬けるぜ」と呟いてオータムがアリーナ上空を見上げると、そこではスコールが実にイイ笑顔で九十九の尻に付き、両手に持った火器をバカスカ撃っていた。

「ほらほら、上手く躱さないと当たっちゃうわよー❤」

「うおおおおっ!おっかねえええっ!」

 涙目で叫びながら、それでも必死で銃弾を躱す九十九。

 スペック差を考えれば、『フェンリル』なら『ラファール』など軽々振り切れる筈だが、本人の慣れの無さとアリーナという挟所である事、スコールの技量の高さが原因で、九十九はいつまで経ってもスコールを振り切れずにいた。

 

ガンッ!

 

「痛あっ!」

「ほら当たった。避け方が下手だからそうなるのよ、坊や。さ、もう一回行くわよ。今度は上手く避けて見せなさい?」

「もう勘弁してくださーい!」

「「やめたげてよーっ!」」

 九十九達の叫びは、スコールが撃ち出す銃火の轟音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

 

 

「つくも、だいじょ〜ぶ〜?」

「ウン、ダイジョウブ。ワタシ、イキテル」

「うん、全然大丈夫じゃないねこれ」

 授業が終わり、寮の自室に帰っても、九十九の精神は何処かへ行ったままだった。目は虚ろで、頬は若干痩せこけて見え、肌のあちこちに銃弾の掠った傷跡が付いているのが痛々しい。

 この後、シャルロットと本音の介抱によって、九十九はどうにか正気を取り戻す事に成功するのだった。

 ちなみに、スコールは授業終了後に千冬から『やり過ぎだ馬鹿者』とお叱りを受けていたが、反省している素振りは見えなかったので機会があればまたやらかすだろうと千冬は見ている。九十九の受難はまだ終わりそうにない……。

 

 18時30分、1年生寮1階、大食堂。

「いやー、お前今日は大変だったな。九十九」

「そう思うならせめて助けに入れ。お前らが大爆笑しながら私を見ていたのを、私はちゃんと見てたんだからな」

「いや、だって、なあ?」

「あの余裕と冷静の塊みたいな九十九さんが……」

「恥も外聞もなく逃げ惑う所なんて、恐らくそう見られるものでもないでしょうし?」

「うむ。これがクラリッサの言っていた『愉悦』『メシウマ』というやつなのだろうな」

「……極上のエンターテインメントを堪能させて貰った」

「お前らなぁ……!」

 それぞれ夕食を摂りながら、午後の授業の件について話す私達。そう、上述のようにこいつ等と来たらスコールに追い回される私を助けようともせず、それどころかその様を爆笑しながら見ているだけだったのだ。文句の1つも言いたくなろうというものである。

「そのような態度を取るのなら、今後の『相談』は一切受けてやらんがいいか?」

「「「スミマセンでした!」」」

 そう言った瞬間、ラヴァーズが一斉に私のシカゴピザの皿の上に各々の夕食の主菜を一口分置きながら謝ってきた。

「……その殊勝な心がけに免じて、今回は赦そう。だが、次は無いと思っておけ」

「「「はい!ありがとうございます!」」」

 ラヴァーズの対一夏戦略において、私の助言は極めて重要だ。それを互いに理解しているからこその、このスピード解決である。

 あまりの手の平返しの早さに、周りで夕食を摂っていた他の女子達は唖然とした顔をしている。と、そこへ個人的にあまり聞きたくない声が響いた。

「ああ、いたいた。村雲くん、ちょっと手伝って欲しい事があるのだけど、いいかしら?」

「内容によります、スコール……先生」

 そう、僅か数時間前に私をイジメ倒してくれたスコール・ミューゼルその人である。

「手伝って欲しいのはね……魔窟の浄化よ」

「は?……あっ(察し)」

「あ、あ~……(理解)。俺も手伝うよ、九十九」

 多くの女子達が「魔窟?」と首を傾げる中、急いで、しかし慌てず夕食を腹に収めた私と一夏は、スコールの言う『魔窟』へと向かった。

 

 

「こ、これは……」

「何という事だ……まさかこれ程とは……!」

 そこは、まさに魔窟だった。廊下中に散乱した女性物の衣服と下着。部屋を埋め尽くすゴミ袋の山。テーブルにはビールの空缶と食べ終えたツマミの袋が堆く積み上げられている。

 風呂場を見れば、一体何時から掃除していないのか、浴槽には湯垢がこびり付き、酸化した皮脂特有の酸味のある臭気が鼻をつく。

 キッチンからは食材か食料か、とにかく何かの腐臭が漂い、蠅の羽音がブンブンと喧しい。

 部屋の四隅には巨大な綿ボコリが転がり、一歩踏み込む度にカーペットから埃が舞う。ベッドもロクに掃除していないのだろう。敷布団を触ってみるとじっとりと湿っており、裏返して見ればカビが生えていた。

 到底人が住んでいるとは思えない程に荒れ果てた部屋。その部屋の名は−−寮監室。つまり千冬さんの部屋である。

「何でこんなになるまでほっといたんだよ、千冬姉!」

「……すまん。まだイケる、まだ大丈夫だと思ってそのままズルズルと……」

「せめてゴミ出しくらいしてくれよ!……あーあー、分別もせずに適当に突っ込んで!これ分けるの大変なんだぜ!?」

「……ごめんなさい」

「服にしたってそうだ!ひょっとして千冬姉、『臭わなければ平気だろ』とかって洗いもせずに着てるとかないよな!?」

「……実は」

「それやるなって俺言ったよな!?千冬姉は女なんだから、もっと身嗜みに気を使ってくれって、そう言ったよな!?」

「……はい、言われました」

「じゃあ、何でやるんだよ!?服なんて大抵の物は洗濯機に放り込んで洗剤と柔軟剤入れて後はスタートボタン押すだけだって教えたよな!?俺!」

「……連日の激務で、色々面倒になってしまいまして」

「言い訳は聞きたくありません!……とにかく、ここは俺達で何とかするから、千冬姉はそこで大人しくしてなさい。いい?」

「……はい」

 一夏に叱られる度にどんどん小さくなる千冬さん。こと家事においてのみ、この姉弟の力関係は逆転するのだ。

「えっと、一夏くん?千冬にも手伝って貰った方が良いんじゃないかしら?」

「そうだぜ。手は多いに越したこたぁねえだろ」

 千冬さんに「何もするな」と言った一夏にスコールとオータムが反論するが、それを一夏はピシャリとシャットアウトする。

「いいえ、手伝って貰わない方がむしろ速いんです」

「そこまで言うかよ……」

「彼があそこまで頑なな理由は何?村雲くん」

「一夏が千冬さんに手伝いをさせない理由、その原因が5.13事件だ」

 

 5.13事件。私達が小学校の修学旅行に行った帰りに、織斑家で起きた前代未聞の『家電全滅事件』である。

 原因は、千冬さんが『一夏のいない間ぐらいなら、私でも家事はこなせるだろう』と考え、それを実行に移したからだった。

 結果、洗濯機は何をどうすればそうなるのか洗濯槽の軸が折れ、電子レンジはドアが吹き飛び、掃除機は本体の車輪が粉砕。

 炊飯器はどんな力が加わったのか釜がひしゃげ、オーブントースターからは火でも出たのか、焦げ臭い上に煤が着いている。

 冷蔵庫はドアのヒンジが壊れて開きっぱなしになっていて、中の食材は軒並みダメになっていた。

 エアコンの掃除でもしようとしたのだろうが、その結果が壁からエアコンが剥がれ落ちるというのはどういう事なのか?

 唯一無事だったのはTVだけ。という惨憺たる状況に私は開いた口が塞がらず、一夏はその場で卒倒した。

 

「という事があってな……」

「ああ……」

「お前、どんだけ不器用なんだよ……」

「…………」

 私達の呆れ混じりの視線を受けて、益々小さくなる千冬さん。とはいえ、何時までもこうしている訳にもいかないので掃除を開始する。

「そういえば、何故スコール……先生が千冬さんの部屋の掃除を?」

「『先生』って言いづらいなら『さん』でいいわよ?あと、理由は私達もここに住むからよ」

「……ああ、外に住んでたらいつ亡国機業(ファントム・タスク)の刺客に襲われるか判ったものではないからか」

「そういうこった」

 何故かフンスと胸を張るオータム。……こいつは自分の置かれている状況を本当に理解しているのだろうか?

 とは言え、これは千冬さんにとってもメリットのある話ではあるだろう。スコールの掃除の手際は非常に良い。彼女の家事能力は高いと見ていいと思う。彼女がここに住んでくれれば、私達……というか一夏が寮監室の掃除・洗濯に駆り出される事も殆ど無くなるだろう。

 デメリットがあるとすれば、部屋が手狭になる事とスコールとオータムの睦み合いを間近で見せつけられる気まずさが常に付き纏う事、ぐらいか。……まあ、それくらいは耐えて貰うしかなかろうな。

 というかこの采配、千冬さんの壊滅的な家事スキルに呆れ果てた何処かの副担任の進言によるものなのではないだろうか?

「……いや、それは穿ち過ぎか」

「何か言った?」

「いいえ、何も」

 スコールの疑問に首を振って返し、私はゴミの分別に精を出すのだった。

 なお、寮監室の掃除と洗濯が完全に完了したのはもうすぐ日付が変わろうかという時間だった、と言っておく。

「本当に勘弁してくれよ、千冬姉!」

「……申し訳ございません」

 一夏に叱られる千冬さんの姿はもはや消え入ってしまいそうな程だった。

 

 

 翌日、1年1組教室。今日も今日とて、私は自分の机に突っ伏していた。

「まさかの2日連続疲労困憊……おのれディケイド、もとい千冬さん……」

「九十九、大丈夫……じゃないね」

「つくも、これ飲んどく〜?」

「貰う。ありがとう」

 本音が差し出してきたエナジードリンクを一息に飲み干す。これで幾らかマシになればいいのだがな。

「諸君、おはよう」

「「「おはようございます!」」」

 教室の扉が開き、千冬さんと山田先生が入ってくる。いつも通りのビシッとした姿だが、よく見るといつもよりファンデーションが少し厚い。恐らく、寝不足を誤魔化す為だろう。憧れの先生でいるのも楽ではないのかも知れんな。

「さて諸君。諸君はニュースで知っていると思うが、ルクーゼンブルク公国第七王女(セブンス・プリンセス)殿下が来日中だ」

 千冬さんの言葉にざわつく教室。それもそのはず。ルクーゼンブルク公国と言えば、IS業界では知らない方がおかしい国だからだ。

 

 ルクーゼンブルク公国。

 欧州連合に名を連ねる、東欧の小国。主要産業は観光と農業。ここまでは至って普通の国だが、この国には地下に巨大な洞窟があり、そこにはこの国だけで採れる鉱物であり、ISコアの原料として使われている時結晶(タイム・クリスタル)の鉱床が存在する。

 それゆえ、篠ノ之博士と深い繋がりがあるとされ、各国はこの国の意向を完全に無視できないでいる。

 私の見立てでは、あの国には公式発表以上の数のISが存在すると思われるが、確証はない為何とも言えない。

 

 そんな国の第七王女が、わざわざ極東の島国に一体何の用なのか?気にはなっていたが……。

「織斑先生、ここでその話をするという事は……()()()()()なんですか?」

「そうだ、村雲。……本日より、ルクーゼンブルク公国第七王女、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク殿下が特別留学生としてお見えになる」

 千冬さんの言葉に、今度はわあっと声を上げるクラスメイト達。

「ええっ!?このIS学園に王女様が!?」

「TVではお顔を拝見できなかったけど……」

「きっと素晴らしい方に違いないわ!」

 きゃあきゃあと騒ぎ出す女子一同。と、私の背筋が急に寒くなった。

(この感じは……また面倒事の予感!)

 背筋の寒気は扉の方に目をやった瞬間更に強くなった。その寒気に、思わず身震いしてしまう。

 騒ぐ女子達を、千冬さんが一喝して静める。

「静かに!王女殿下はまだ14歳でいらっしゃる。各人、無礼のないように心がけよ。いいな!」

「「「は、はいっ!」」」

 その鋭い雰囲気に、全員の緊張度が急上昇した。ついでに私の背筋の寒気も益々強くなった。

「それでは王女殿下、お入りください」

 千冬さんがそう言うと、扉が開いて赤絨毯(レッドカーペット)が転がってくる。そしてその上を、黒服の男装メイドを従えた少女が堂々とした足取りで歩いて来る。

 彼女こそ、ルクーゼンブルク公国第七王女にして国家代表候補生序列一位『戦姫(プリンセス)』のアイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクである。

「織斑千冬、紹介御苦労であった。大儀である」

「はっ」

 背は鈴より低く、胸元は完全に平原。年齢以上に幼く感じる顔立ちだが、それと釣り合いの取れた豪奢なドレス。

 まさに王女という出で立ちだったが、その顔に浮かぶ表情は傲岸不遜にして生意気。ひょっとすると、気の強さは鈴以上かもしれない。それが、私が彼女に感じた印象だった。

 ふと、王女と目が合う。瞬間、背筋の寒気がこれまで感じた事のないレベルに達した。咄嗟に目を逸らすが時既に遅し。

「お主!」

 ビシッと私を指差す王女殿下。

「お主が村雲九十九じゃな?」

「左様でございます、王女殿下。名を覚えて頂けて光栄でございます」

「うむ。村雲九十九、お主をわらわの世話係に任じてやろう。どうじゃ?」

「……はい?」

 一瞬、何を言われたか理解できず、思わず聞き返してしまう。と、不機嫌そうに顔を歪めた王女殿下が言った。

「2度同じ事を言うのは嫌いじゃ。が、聞き取れなんだならば仕方ない。もう一度だけ言うゆえ、しかと聴け」

「はっ」

「お主をわらわの世話係に任ずる。否はなかろう?村雲九十九」

 本当は嫌だと言いたいが、そんな事を言えば最悪国際問題だ。故に、私は本音を飲み込み、作った笑顔を浮かべて答えた。

「その任、謹んでお受け致します。それにあたり、一つ私の願いをお聞き届けいただきたく存じます」

「よかろう、申せ」

「私の二人の妻、シャルロット・デュノア、布仏本音の両名を私と共に召し抱えていただきたく」

「うむ、よきに計らえ」

「ありがたき幸せ」

 私と王女の一連のやりとりを聞いていたシャルが「うわぁ」と言いたげな顔をしているのが目に入る。

「九十九ってば、ナチュラルに僕たちを巻き込んできたよ」

「でも王女様のお世話役なんて、人生で1回できるかどうかだし〜……つくも、わたしやるよ〜」

 シャルとは裏腹にやる気を見せる本音。シャルは少しの間渋っていたが、本音の説得を受けて「やるよ」と言ってくれた。

「では早速、お主等にわらわに仕えるに相応しい服を用意してやろう。フローレンス、案内してやれ」

「はっ。皆さん、こちらへ」

 呼ばれて進み出てきた逆三角形メガネのキツめ美人、フローレンス女史に促され、私達は着替えへと向かった。

 

 こうして私達は、第七王女様の世話係に就任した。

 こういう役割って、むしろ一夏の方に行くものではないのか?絶対面倒事に巻き込まれるぞ、この展開。




次回予告

王女のささやかな、しかし身分故に叶わぬ願い。「ただのアイリスになりたい」
少しでも叶えようと奔走する九十九達に、悪意は静かに忍び寄る。
果たして灰銀の魔法使いは、この危機を乗り越えられるのか?

次回「転生者の打算的日常」
#91 第七王女、上京

従者失格だな、あんた。


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#91 第七王女、上京

 という訳で(詳細は前回)、私とシャルと本音はルクーゼンブルク公国第七王女、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク殿下の世話係に任じられる事になった。

「のはいいのですが……何故私だけ執事服なんでしょう?」

 そう。シャルと本音は目の前の女性、メイド長のフローレンスさんと同じパンツスタイルのレディーススーツなのに対し、私は黒の燕尾のジャケットに同色のスラックス、バキバキに糊の効いたイカ胸シャツのウィングカラー、タイはシミ一つない白、エナメルの黒靴に脹脛まで覆う黒の靴下。

 何処かのパクス・ブリタニカ(大英帝国全盛期)のロンドンを舞台にしたクライム・サスペンス漫画に出てきそうな、まさに執事と言った格好をさせられたのだ。文化祭の時に着たそれとは掛かっている金額が段違いなのが肌触りで分かる。が、何故こんな格好をさせられなければいけないのか?

「王女の意向です」

「そうですか……」

 そう言われてしまっては、私に反論の余地など無い。大人しく執事服に身を包むしかないだろう。

「九十九、よく似合ってるよ」

「うん。ちょ〜かっこいいよ〜」

「ああ、うん。ありがとうな」

 一応、シャルと本音には好評だった。

「ところで、我々は一応IS学園の生徒です。授業は受けさせていただけるので?」

「王女の意向です、異論は認めません」

 フローレンスさんの一言に、(ああ、四六時中付きっ切れって事ね)と三人で目を合わせて苦笑。

 こうして、私達の王女殿下世話係生活が始まった。

 

 

 着替えを終えて教室に戻って来た私達を、王女が満足そうな笑みで出迎えた。

「うむ。よく似合っておるではないか」

「お褒めいただき、恐悦至極にございます」

 その称賛の言葉に、儀礼的に跪いて謝礼を述べると、王女は満足そうに頷いた。

「では九十九よ、学園を見て回るゆえお主が案内せい」

御意に(イエス)王女殿下(ユアハイネス)。まずはどちらを御覧になられますか?」

「任す。お主の良いようにせよ」

「はっ」

 王女の命を受け、私は学園の案内を始めた。

 

 学生寮、ISアリーナ、IS整備室等を案内して回る中、私はふと気になった事を王女に訊いた。

「そう言えば殿下、一つ訊ね忘れていた議が御座います。今お訊きしても?」

「よい、許す」

「寛大なお言葉に感謝を。……何故私だったのでしょうか?」

「それはの、お主が有名人だからじゃ」

「有名人であると言うのならば、一夏の方が余程有名かと存じますが」

 私の反論に「チッチッチ」と指を振り、王女が言葉を続ける。

「確かに織斑一夏も有名じゃ。じゃが、あやつは『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』として()()()()()()()()じゃ。そこについて言えば九十九よ、お主は違う」

「と、言いますと?」

「お主はこれまでに、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』追討の陣頭指揮を執りこれを撃破し、フランスでテロリストを鎮圧。イギリスでは対IS用軌道衛星砲『エクスカリバー』破壊作戦において、これの完全破壊をなした。更に、何者かの手によって奪われたとされていた『ゴールデン・ドーン』を奪還し、つい最近アメリカで空軍特務部隊の駐屯基地の防衛を成し遂げた。分かるか?お主はその実力と知略でもって、()()()()()()()()()のじゃ。と言うても、政治家や軍人にとって、じゃがな」

 まるで我が事のように胸を張って言う王女。面映ゆく感じる私を尻目に、王女は更に言葉を続ける。

「今やお主の一挙手一投足に注目を寄せん者は、少なくとも政治・軍事の世界にはおらん。誇れ、九十九。お主はそれだけの事を為したのじゃ」

「過分な評価かと。私は一介の高校生男子に過ぎません。その戦果も、周りの援護と運あってこそ。誇れるものではございません」

「九十九よ、過ぎた謙遜は嫌味じゃぞ。わらわが褒めておるのじゃ、素直に受け取らんか」

 渋面を作ってそう言う王女。これ以上の謙遜は本当に嫌味になってしまうだろう。ここは素直に受け取っておくとしよう。

「お褒めのお言葉、ありがたく。では殿下、私を評価していると仰るのであれば、その証をいただきたく」

「なんじゃ?申せ。よほどの無体でない限り聞いてやろう」

「では……日当を下さい。1人当たり8000円で」

「なっ!?お主、年下の女から金をせびるつもりか!?」

「授業を受けるなと言うなら、一時的とはいえ雇われているようなもの。いわば殿下の臣下にございます。それとも殿下は臣下の忠勤に報いる気はないと?」

 私の言葉に、王女は「ぐぬぬ」と言いたげな顔をしたが、最終的には折れて日当を支払う事に同意してくださった。人間、名誉だけではモチベーションは保てないのである。

「お主、噂以上に強かじゃのう……」

「照れますな」

「褒めておらぬわ」

 呆れ顔の王女を連れて学園の主だった施設を案内し終えたのは、その日の授業がおおよそ終わった頃だった。やっぱりクソ広いわ、この学園。

 

 

 世話係生活も1週間が経過した頃。この日、王女付きのメイド達はやけに緊張した面持ちをしていた。どうしたのか訊いてみると、ルクーゼンブルク公国(本国)から王女付きの近衛騎士団長(インペリアル・ナイト)が到着したのだと言う。

「いいですか、貴方達も今は王女殿下の従者です。失礼の無いように」

「「「はい」」」

 フローレンスさんの忠告に返事を返した直後、その人は現れた。

 一部を顔の左側で三つ編みに纏めた淡いピンクブロンドのロングストレート。薄化粧を施した凛々しくも美しい(かんばせ)は、宝塚歌劇団の男役スターだと言われても信じられそうだ。しかし、最も目を引くのは彼女の衣装だった。

 ここは中世ヨーロッパだったか?と思ってしまうような、時代錯誤も甚だしい軽装鎧(ライトメイル)に、腰には一振りのサーベル。

 こんな格好で街を出歩けば『場を弁えない迷惑なコスプレイヤー』認定待ったなしのそれを、恥ずかし気もなく着ている。

 チラと横を見ると、本音が『うわぁ……』と言いたそうな顔をしていた。うん、気持ちは分かるが顔に出すな。

 反対側に目をやると、シャルが『無いわー、それは無いわー』と言いたげな表情をしている。うん、分かるけど顔に出すな。

 そんな私達の思考を知ってか知らずか、騎士団長が声を張った。

「傾注‼」

 その雄々しささえ感じる声に、それが騎士団長の発した第一声であったのだと理解するより早く、私の体は一分の隙もない気を付けをしていた。

(たった一声でここまで場を引き締めるとは……。これがルクーゼンブルク公国騎士団長……!恐れ入る!)

 例えて言えば、まさに雷光。凄まじい勢いと堂々たる大音声。獅子吼もかくやの声だった。

 緊張した空気の中、騎士団長は言葉を続ける。

「王女殿下は本日、市街を散策されたいとの仰せだ。そこで、お付の者を1名選出する」

 要は外出なされる殿下の最近距離での警護役を、この場の誰かにやれ。という事だろう。そうと理解したメイドさん達と、シャル、本音の視線が私に集中した。

(……ですよね)

 どうせそうなると言うならば、指名されるより志願した方がまだ印象は良いだろう。ならば−−

 

「騎士団長閣下。その任、是非ともこの村雲九十九に与えて頂きたく存じます」

 ルクーゼンブルク公国第七王女近衛騎士団長ジブリル・エミュレールは、唐突に片膝をつき、自分に対して臣下の礼を取ってきた少年……村雲九十九の姿に瞠目した。

「私が言うより早く、自ら名乗り出るか。見上げた度胸だ。元より殿下はお前をご所望だ。くれぐれも無礼な振舞いは避けよ」

「重々承知の上でございます。ところで騎士団長閣下、御名を拝聴致したく」

「名乗るのか遅れたな。ジブリル・エミュレールだ。他に何か質問は?」

「御座いません、閣下」

 洗練されているとは言い難いが、しかし最低限の儀礼は弁えた九十九の振る舞いにジブリルは満足げに頷くと、九十九を立たせた上でそっと耳打ちをした。

「殿下に何かあった場合は……分かっているな?」

「無論。この村雲九十九、全身全霊を持って殿下の御身守護の任、全う致します」

「良い返事だ。では解散!」

 てきぱきと、全員がその場から離れて行く。しかし、シャルロットと本音はその場に残って、九十九に少しだけ憐憫の籠った視線を向けていた。

「九十九、えっと……ガンバ!」

「明日はきっと良い日になるよ〜」

「やめてくれ。今はその優しさが少し辛い」

 どうせ選ばれるのは自分だからと、自ら名乗りを上げた事で却ってジブリルのハードルが上がったような気がして、九十九はそっと溜息をついた後、アイリスのいるスペシャルゲストルームへと向かうのだった。

 

 

「ふう、それにしても……」

 王女殿下の裏表の激しい性格に、私はほとほと疲れ果てていた。

 王女殿下……アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクという少女は、表……他人の居る場所では年若いながらも威厳と気品を湛えた、まさに王女として振る舞うが、裏……自分と私達従者一同しかいない場所ではただの我儘娘に早変わりする。

 もっとも、その我儘の言い方は、一般的な我儘と少し違った。例えば−−

「九十九、少女マンガが読みたい。読みたいタイトルをリストアップしたゆえ、この中からお主がこれと思う物を買って来い」

「九十九、お主の知る最も美味いアイスを教えよ……北海道!?行って来いは流石に酷か。ならば、近所で買える最も美味いアイスを買って来い」

「九十九、少し疲れた。マッサージをせよ。……妻以外の女の肌に触れる気はないとな。ならば、お主の知る中で最もマッサージの上手い者を連れて参れ」

 とまあ、こんな感じにこちらが「出来ぬ」と言えないように絶妙に逃げ道を塞いでくるのだ。結果として、私は殿下の命を果たすために東奔西走を余儀なくされる。肉体的にも辛いが、精神的にかなりクル。毎晩のシャルの膝枕と本音の抱擁&「よしよし」、そして日当がなければ、今頃殿下の元から逃げ出しているのではないだろうか?

 こういう時、流されやすい性格の一夏が羨ましく感じる。彼奴なら、文句を言いつつもなんだかんだ面倒を見るだろうな。そしてなんかのタイミングで事件が起きて、王女に惚れられるんだろうな。すぐ想像できるわ。

 などと考えている間にスペシャルゲストルームの前に到着した。

 

 コンコンコン

 

『誰か?』

「村雲九十九でございます」

『入れ』

「失礼致します」

 入室の許可を得て部屋に入ると、天蓋付きのキングサイズベッドに横になり、気怠そうにしている殿下がいた。

「九十九、少し脚がだるい、揉め」

「では、一夏を呼んで参りますので少々「今日はお主が揉め。二度言わすな」−−畏まりました。おみ脚、失礼致します」

「ん」

 私が床に膝を突くのに合わせて、殿下がベッドの端に腰掛けて無造作に脚を放り出した。

 少女らしいしなやかな脚線美は、幼さゆえの一種独特な美しさがあった。こんなに綺麗な脚を、一夏は特に何とも思わずに揉み解したというのだから驚かされる。

 少しだけその脚に魅入られていると、殿下が不思議そうに声をかけてきた。

「どうした?早う揉め」

「失礼。つい見惚れておりました。妻達のそれとは違う美しさがあったもので」

 本心を漏らすと、殿下は誇らしげに胸を張った。が、その顔は耳まで赤い。

「と、当然じゃ!わらわの体に、美しくない所など一つもないわ!ふん!」

 そう言いながらも、殿下は私に揉ませるつもりで出した脚を引っ込めた。……照れたのか?

「それで殿下、本日は市街を散策なさりたいとの仰せ。此度の警護の任、私に与えて頂けた事、光栄に思います」

 顔が赤いままの殿下に、少々強引ながら話題を変えて話を進める事にする私。

「う、うむ。お主には期待しておる。励め」

「御意。して、殿下。市街を散策、との事ですがご用向きは……」

 何でございましょう?と言いかけて、私はベッドの上に散乱する多数のファッション雑誌を発見した。……ああ(察し)。

「……なるほど、『普通の女の子』の服をご所望ですか」

「その察しの良さが今はありがたいぞ、九十九よ。言うてみれば、これは社会勉強じゃ。上に立つ者の責務と言えよう!」

「畏まりました。して、お出かけの服は如何なされます?」

「あれじゃ」

 そう言って殿下が指差した先にあったのは、IS学園の制服。彼女の体躯に合わせて作られた特別製だという事はパッと見ですぐ分かった。なんとも用意周到な事だ。余程街でのショッピングがしたかったのだろう。

「では、お着替えの間、廊下におりますので」

「うむ、しばし待っておれ」

 言いながら制服を手に取る殿下を横目に、私は一度部屋の外に出た。

 

 

 十数分後。

「どうじゃ?わらわの制服姿。優美であろう」

 着替えを終えた殿下が、私の前でクルリと1回転して制服姿を披露する。

「よく似合っておいでです、殿下。いつか、IS学園に入学される日が楽しみですな」

 私がそう言うと、殿下は当然とばかりに鼻を鳴らし、胸を張った。

「ふふん、もちろんそうであろう。わらわが入学すれば、IS学園も格が上がるというものじゃ」

 いつも通りのその傲慢さも、制服姿ではどこか可愛らしく見える。思わず小さく吹き出すと、途端に殿下は赤面した。

「なんじゃ。九十九のくせに生意気な!」

「失礼致しました。では、私も制服に着替えて参ります」

「うむ、校門で待ち合わせようぞ」

 そんなやり取りをして、私達は一旦分かれた。

「さて、殿下を待たせるのも悪い。急ぎ着替えなくては」

 自室に走って向かう途中、シャルと本音に出会った。

「あれ?どうしたの、九十九?」

「王女様とお出かけじゃなかったっけ〜?」

「おお、丁度良かった。二人共、私と来てくれ。理由は道道話す」

「「分かった(〜)」」

 

 揃って制服に着替え、待ち合わせ先の校門に急いで向かうと、案の定お冠の殿下が。

「遅い!何をしておった!?」

「申し訳ございません、殿下。アドバイザーを探しておりましたもので」

「アドバイザー、じゃと?」

「はい。この二人です」

 私が自分の後ろを指し示すと、そこにはキラキラした目で殿下を見るシャルと本音が。

「わ、王女様かわいい!」

「よく似合ってますよ〜」

 二人に褒められ、満更でもなさ気な顔をしながら、殿下がある意味当然の疑問を投げてきた。

「何故、この二人を呼んだ?」

「私に、女性服を選ぶセンスを求められても困ってしまいます。それゆえ、二人にアドバイザーとしての同行を願いました」

「お話は聞きました。任せてください、王女様!」

「わたしたちがバッチリコーディネートしてあげますよ〜!」

 そういう二人……特にシャルの鼻息は荒い。かなりの気合が入っているようだ。その様子に、殿下はやや引き気味だ。いつの間にやら、怒りの感情も消えたらしい。

「そ、そうか……よしなに頼む」

「「はい!」」

「では、参りましょうか」

「ん?九十九、車はどうした?」

 コテンと首を傾げる殿下。その様に、私は小さく溜息をついた。

「殿下、あのお車では流石にすぐ身分がバレてしまいます。それゆえ、本日は公共交通機関を使います。ご理解を」

「なるほど、それもそうか。では、皆の者。わらわの事を名で呼ぶのを許そう。畏まった言い回しもせんで良い」

「畏ま……分かった。では、アイリスと呼ばせて貰うが、よろしいかな?」

「う、うむ。良きに計らえ」

「では、今度こそ行こうか。電車の時間が近づいている」

「分かった」

「「はーい」」

 

 

 IS学園前駅からモノレールと電車を乗り継いで約30分。私達は新世紀町駅併設の大型商業施設『レゾナンス』へとやって来ていた。

 『レゾナンス』のビルを見上げながら、アイリスが驚いたような顔で呟いた。

「日本人というのは恐ろしいの。ただの服屋がこれ程大きいとは……」

「えっと……アイリス?ここはね?」

「服屋さんじゃないよ〜?」

「な、何!?」

 シャルと本音の言葉に驚くアイリス。『自分は服屋に連れて行けと言ったのに、着いた先が服屋じゃないとはどういう事だ!?』と言いたげな顔だ。

「落ち着け、アイリス。本音の言い方が悪いだけだ。正確には『服屋だけではない』だ」

「服屋だけではない……とな?」

「ここ『レゾナンス』は、複合商業施設……百貨店(デパート)だ。服飾品は元より、食料品、日用品、書籍、家具・家電、娯楽用品……大概の物はここに有る」

「他にも、レジャー施設や映画館もあるし……」

「美味し〜お店もいっぱい入ってるよ〜」

「なんと!?……夢の国ではないか!ここは!」

 私達の説明に、瞳をキラキラさせて大興奮状態のアイリス。もはや一刻の猶予もならんと飛び出しそうなので……。

「おっと」

 その手を掴んだ。途端、アイリスの顔が真っ赤に染まる。

「なっ!?ななな、何をするか!?」

「逸れたら事だ。まして君……貴女様は一国の姫君であらせられる。旅の恥はかき捨て、とは参りますまい?殿下」

 敢えて臣下の口調で咎めると、アイリスは落ち着いたのか「分かったからいったん離せ」と小声で言った。

 それに従って手を離す。と同時にシャルと本音に指示を出す。

「シャル、本音。フォーメーションα」

「「了解!」」

 

ギュッ!ギュッ!

 

「ぬっ!?何をするか、お主ら!」

「またアイリスが興奮して走り出さないように……」

「わたしたちが手を繋いでおきま〜す」

「そ、そこまで子供ではないわ!離せ!ええい、離さんか!」

「では行こう。婦人服売場はこっちのエレベーターからだとすぐだ」

「「はーい」」

「だから離せ!離せと言うに!」

 騒ぐアイリスを半ば無視して、私達は婦人服売場に向かった。なお、売場に向かう途中で抵抗を諦めたのか、アイリスは顔こそ憮然としていたが大人しく二人に手を繋がれたまま歩いていた。

 この二人、物腰は柔らかいが意外と頑固な所があるからな。

 

 

 買物シーンに興味のある諸兄はいないものとして、丸々割愛させて頂く。時間は昼を少し回ったくらい。私達は空腹を訴えるアイリスを連れて最上階のレストラン街にやって来た。なお、荷物は嵩張るので宅配でIS学園に送っておいた。

「それで?アイリスは何をご所望かな?」

「ソバじゃ!」

「お蕎麦?」

「うむ!日本食の代表格じゃと聞いておる。食うてみたい!」

「了解した。では、『藪そば』の支店がここにあるから、そこに行こう」

「うむ、良きに計らえ!」

 いつもより弾んだ声の「良きに計らえ」が出たので、私達は『藪そばレゾナンス店』に足を向けた。

 

「お待たせ致しました。天ぷらそばでございます」

「おおっ、これがテンプラソバか!美味しそうじゃのう!」

 店に入り、席について、注文を終わらせて待つ事しばし。アイリスの目の前に、お待ちかねの蕎麦がやってきた。ちなみに、私達も同じ物(私は蕎麦大盛)を頼んだ。店に入った時点で結構混雑していたので、厨房の手間を省くために敢えてそうした。

「ふふふ、では早速……!」

「待った、アイリス。その前に、しなければならない事がある」

「む?」

「さっき、私達の所にこれを届けてくれた店員さん。もう一度来て貰えますか?」

 私がそう言うと、先程の店員さんがどこか緊張した面持ちでやって来た。

「あの、何か不手際でもありましたでしょうか?」

 そう問うてくる店員さんに、私はアイリスの蕎麦を指差してこう言った。

「これ、貴女が食べてください」

「「は?」」

 二つの疑問符が同時に上がる。一方は「何言ってんだコイツ?」というアイリスのもの。もう一方は、異様な程に緊張と動揺に満ちた、目の前の店員さんのものである。

「えっと、それはどういう……?」

「私はね、飲食店に入る時は必ずと言っていい程、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。見えていたんですよ、貴女が私達の蕎麦のつゆに何か液状の物を混ぜていたのが、ハッキリとね」

「っ!?」

 私の言葉に、分かりやすくギクリとする店員さん。更に追い打ちをかけるように、アイリスがこの人物の正体に気づいた。

「……お主、どこかで見た顔じゃと思っておったが、一月前にモンバーバラ子爵家から行儀見習いに来たミネアではないか。何をしておるのじゃ?斯様な所で」

「くっ!」

 進退窮まったと思ったのか、店員さん……ミネア・モンバーバラは、制服の下に隠し持っていたナイフを抜いた。騒然とする店内。

 私達は、ミネアがどのような行動をとっても対応できるよう、椅子から立ち上がった。

「アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク!覚悟!」

 直後、ミネアが手にしたナイフをアイリス目掛けて突き出す。殺気と殺意の篭ったその攻撃に、戦場慣れしていないアイリスの体がギクリと強張る。

「させるか!」

 ナイフを持つ手首を掴み、やや強めに握り締める。ギシッと骨の軋む音が響き、ミネアは痛みからナイフを手放す。そのまま腕を捻り上げつつミネアの後ろに回り、腕を固めて床に押し倒した。

「動くな。抵抗を試みたと判断したら、腕を折る」

「くっ……!アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク!アンタさえ、アンタさえいなければ、姉さんは今でも代表候補生序列一位でいられたんだ!」

 アイリスを睨みつけ、喉も嗄れよと言わんばかりに叫ぶミネア。

「お主の姉……というと、マーニャ・モンバーバラの事か」

 

 マーニャ・モンバーバラ。

 ルクーゼンブルク公国代表候補生序列三位で、『踊子(ダンサー)』の二つ名を持つISパイロットだ。

 約一年前まで一位の座にいたが、アイリスによってその地位を追われている。それでも腐る事なく鍛練を続けているが、互いの機体の世代差は如何ともし難く、今の地位を守る事が精一杯なのが現状であるらしい。

 

「それで、アイリスを殺すか、もしくは女に飢えた男共に放って寄越して、一生消えない心的外傷(トラウマ)を植え付けてやろうとしたって所か。わざわざ、憎き姉の敵の懐に入り込んでまで」

「全ては姉さんのため!私がこの女を殺せば、きっと姉さんは喜んでくれる!だから!」

 ミネアはそう言うと、私の拘束を抜け出そうと全身に力を込めだした。その瞬間。

 

ゴキッ。

 

「がっ……!」

「言った筈だ、抵抗を試みたと判断したら折ると。次に暴れたら、膝の皿を踏み砕くぞ」

 店内に骨の折れる鈍い音が響き、ミネアが脂汗を流しながら苦悶の表情を浮かべる。

「ただの脅しではなかったのか……」

「九十九は、敵と見做した相手にはたとえ女性であっても容赦しないから……」

「そこに痺れも憧れもしないけどね~……」

 唖然とするアイリスと、溜息をつくシャルと本音。ちなみに、他に店にいた客達は巻き込まれては堪らんと早々に逃げ出している。丁寧に、食事代を置いて。

「ミネアよ、そなたの言い分は分かった。なれば、わらわの言い分も聞くがよい」

 ミネアを見下ろすようにしながら、アイリスは毅然として言った。

「ISの世界は完全実力主義。お主の姉は確かに強かった。じゃが、わらわの方がもっと強かった。それだけの事じゃ」

「戯言を−−「それにの……」っ!?」

「わらわがマーニャと序列入替戦(スイッチバウト)をした時、わらわが乗っていたのは『ラファール・リヴァイブ(相手と同じ機体)』じゃった。束の作った新型機の納入が遅れての」

「そ、そんな……!じゃあ、姉さんは……!」

「単純な実力差で負けた、という事か」

「嘘よ……そんな、そんな……事……」

 私が端的に事実のみを口にした瞬間、ミネアは心の均衡を崩したのか、それとも受け入れ難い真実から逃げるためか、眠るように意識を失った。

「九十九よ、ミネアを抱えよ。帰ってこやつの今後を協議せねばならん」

「分かった。アイリス、何というか……だな」

「皆まで言うな、九十九。妬み嫉みを受けるのは慣れておる。わらわも一国の王女ゆえ、の」

 そう言うアイリスの横顔は、どこか寂しさの滲むものだった。

 

 こうして、アイリスの市街散策という名の買物行脚は、なんとも後味の悪い感じで終わりを告げた。

 その後、ミネア・モンバーバラはアイリス……ルクーゼンブルク公国第七王女に対する殺人未遂、及び国家反逆罪で逮捕。本国に強制送還の上、懲役30年(仮釈放無し)が言い渡された。

 ルクーゼンブルク公国の刑法では、本来は終身刑が妥当なのだそうだが、姉・マーニャの嘆願とアイリスの「実害は皆無だった。故に、その判決は重すぎる」という取りなしの言葉によってこの判決となった。

 だが、この判決から数週間後、身内から犯罪者を出した。という事でマーニャが代表候補生を辞退した。という話を聞いて絶望したミネアは、収監された刑務所の独房で自ら首を吊って死亡。

 それを聞いたマーニャがショックから体調を崩し、それから数日後に後を追うように亡くなる。という、何とも救われない結末になる。……のだが。

「……この人意外と胸あるな。って思ってるでしょ?」

「そ、そんな事はないぞ!?」

「鼻の下伸ばしながら言っても、説得力ないよ〜?」

「その辺りは、お主もそこらの男とかわらんのじゃのう」

「不当評価だ!撤回を要求する!」

 その時の私達は、そんな事になるとは欠片も思わず、どうにも締まらない会話をしながら家路についていた。




次回予告

九十九を手元に置いておきたい。そう考えた王女は驚きの行動に出る。
曰く「勝負せよ。わらわが勝てば共に来い。お主が勝てばわらわが一緒にいてやろう」
それに対する九十九の答えは……。

次回「転生者の打算的日常」
#92 第七王女、対決

あれ?これ、逃げ場無いよな?


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#92 第七王女、対決

「よくやった!見事だ!村雲九十九!」

「恐縮です、近衛団長閣下」

 ミネア・モンバーバラによるアイリス襲撃事件が一応の解決を見たその日の夕方。私は一年生寮ロビーで近衛騎士団長、ジブリル閣下からお褒めのお言葉を頂いていた。

 あまりの声の大きさに、多くの生徒がすわ何事かと集まっている。なお、シャルと本音は最初から居る。

「何らかの薬が仕込まれたのを事前に見抜き、更に刃物を持って襲いかかってきた賊を無傷で制圧。我が国にお前と同年代でそれが出来る男が何人居るか……!」

 さり気に自国の男を貶す閣下。私に出来るのだから、誰でも出来ると思うのだが……無傷でかどうかは置いておくとしても。

 と、思っていたら、閣下は私にこんな提案を持ちかけてきた。

「どうだ?村雲九十九。我が国に来んか?お前ならすぐにでも騎士となれるよう、私が具申しようではないか!」

 鼻息荒く、ズイっと近づいてくる閣下。熱量が凄い。あと顔が近い。

「いや、その……」

 言い淀む私に助け舟を出したのは意外な人物だった。

「駄目ですよ、企業所属のパイロットを勝手に引き抜こうなんて」

 穏やかだが、どこか圧を感じる声でそう言ったのは、我らが副担任、山田先生だった。

「真耶か……この男が駄目だと言うなら、お前が我が国に来い」

 閣下の誘いに、山田先生はゆったりと首を横に振った。そこには、決然とした意志があった。

「ジブちゃん、私は以前にも言いました。私はこの国が、この学園が好きなんです。だから、貴女の誘いには乗れません」

「お前はいつも、そうやって私から逃げるのだな……真耶」

 そう言う閣下の表情は、何処か寂しげで、言葉の端々には奇妙な熱が篭もっていた。

 ……というか、先生も先生で普通に愛称呼びしてるんだが。閣下も訂正しようとしないし。絶対『ただのお友達』以上の何かが、この二人の間にあるよね?

「皆の者、少し良いか?」

 等と益体も無い事を考えていると、アイリスが輪の中心に入って来た。

「殿下、いかがなされましたか?」

「うむ、九十九よ。まずは礼を言おう。わらわが危ない目に会わずに済んだのは、お主の尽力の賜物じゃ。ありがとう」

「お気になさらず殿下「アイリスじゃ。堅苦しい話し方も要らぬ」……気にするな、アイリス。私は今、君の臣だ。主を助けるのに何の理由が必要だ?」

「そうじゃな。しかし主は『臣下の忠勤に報いてこその君だ』とも言うた。よって、これを取らせる。受け取るが良い」

 そう言うと、アイリスは自らの首に掛けていたネックレスを外して、私に差し出した。

 ……良い品だ。間違いなく純金製。トップのダイヤも間違いなく天然石だろう。大きさはパッと見た感じ1.5ct。ネックレス本体が約50gと仮定して、『ルクーゼンブルク公国第七王女の所持品』というプレミア付きでザッと100万といった所だろう。

 

ザワッ!

 

 だが、アイリスのこの行動にルクーゼンブルク陣営がにわかに騒がしくなる。なんだ?一体どうしたんだ?

「どうした?早う受け取らんか」

「あ、ああ。では遠慮なく−−「待て!村雲九十九!」閣下?」

 私がネックレスを取ろうとしたのに慌てて待ったをかけた閣下。その行動に、アイリスが「ちっ」と小さく舌打ちをした。

「村雲九十九。それを受け取ったら、貴様は殿下の夫にならねばならん」

「「「……は?」」」

 閣下の言葉に、私を含めた全生徒の時が止まった。

 閣下によると、ルクーゼンブルク公国の古いしきたりの一つに『異性に身に着けている装飾品を手渡し、相手が受け取ると婚約が成立したものとする』というものがあるらしい。

 もっとも、現代ではほぼ廃れているしきたりのようで、国民も若年層には知らない者の方が多いくらいだそうだ。

「という訳だ。いいか、受け取るな。絶対に受け取るな」

 またもズイっと近づいてくる閣下。顔が近いし、怖い。あ、でも睫毛長いなこの人。

「は、はい!」

 迫力満点の怖い顔に首を縦に振ると、閣下は「うむ」と頷いてアイリスに向き直ると、彼女に詰め寄った。

「どういうおつもりですか殿下⁉村雲九十九を夫に迎えようとするなど!」

 閣下の剣幕もどこ吹く風とばかりに、アイリスがしれっと返す。

「決まっておろう。この男を気に入ったからよ。一生手元に置いておきたいと思うくらいには、の」

「しかし、あのような無理矢理な手段、誇り高きルクーゼンブルク王家の面目が……!」

「ふむ、確かにそうじゃな……。よし。九十九よ!わらわはお主に、ISによる尋常の勝負を申し込む!」

 アイリスからの唐突な宣戦布告。ちょっと展開についていけてないんだが、それを知ってか知らずかアイリスは続ける。

「わらわが勝ったら、お主をルクーゼンブルクに連れ帰り、わらわの世話係を一生して貰う!」

「……では、私が勝ったら?」

「わらわが日本に残り、お主と一生一緒にいてやろうぞ!」

 フンス、と胸を張るアイリス。……よし、内容を一旦整理しよう。

 

 アイリスは、私にISバトルを申し込んで来ている。

 アイリス勝利→私、ルクーゼンブルクにてアイリスの世話係(一生)就任決定。

 私勝利→アイリス、日本残留。私と一生一緒に生活する事が決定。

 

(あれ?これ、逃げ場がないぞ⁉)

 つまり、どっちが勝ってもアイリスが私と共にある。という事実は何一つ変わらない訳だ。

「それ、どっちに転んでもアイリスが得をするやつだよね?」

「横暴だ〜、特権濫用だ〜!」

「何とでも言うが良い!わらわはこの男が欲しいのじゃ!これだけは誰が何と言おうと譲らぬわ!」

「「「ぬぬぬぬぬぬ……!」」」

 シャルと本音、そしてアイリスが睨み合いを行う中、セシリアがそっと私に近付いて耳打ちしてきた。

「九十九さん?あの法律の話をすれば、八方丸く収まるのでは?」

 あの法律とは『男性IS操縦者特別措置法』の事だ。世間的には『ハーレム法』と言った方が通りの良いアレである。

 その法が『ハーレム法』と呼ばれる最大理由。それは『男性IS操縦者は、異性との重婚を最大5名まで許可される』という、ハッキリ言って無茶苦茶な一文のためだ。

 この一文のお陰でシャルと本音と同時に結婚できるのだからありがたいと言えばありがたい。とはいえ−−

「私はあの二人以外に妻を娶る気は無い。こうなると、アイリスには悪いがどうにか引き分けに持ち込んで、勝負自体を有耶無耶にするしか無いだろうな。しかし……」

「小国とはいえ、王族の方の求婚を断るのは、その国を敵に回しても構わないと言っているようなものですわ」

「だよなぁ……」

 アイリスが発起人である以上、この勝負に応じない訳にはいかず、勝っても負けても結果は同じ。よしんば引き分けに持ち込んでも、その後の対応次第で『最悪の結果』を招きかねない。いや、もう本当にどうすれば良いのやら……。

 と、考えを巡らせていたら、睨み合いを続ける3人に閣下が割って入った。

「お待ちください殿下!あの男を相手どると言うのならば、私が代わりに!」

「それでは意味がなかろうが!これはわらわの戦じゃ!わらわがやらんでどうするか!」

「しかし……!」

「くどい!下がっておれ!」

「な、ならば!私も共に戦います!」

「なに?」

 唐突な閣下の参戦表明に、アイリスが訝しげな目を閣下に向ける。

「殿下が戦場に出られると言うのであれば、その露払いを務めるのは私の役目!殿下、どうか!」

 アイリスに頭を下げ、必死の嘆願をする閣下。その行動に対してアイリスは−−

「よかろう」

 『是』の回答をした。そして、私に近付いてこう言ってきた。

「そういう事になった故、お主も二人で来い。誰を連れてくる?シャルロットか?本音か?」

 そう問うてきたアイリスに、私は首を横に振った。

「いや、二人には悪いが、今回バディを組みたい相手は他にいる。それは……お前だ」

 私が指を指した先、そこにいたのは−−

 

 

 同日夜、一年生寮、九十九の部屋。

「で?」

 九十九に胡乱げな目を向けて訊いてきたのは、今回九十九がバディに選んだ相手。鈴である。

「で、とは?」

「シャルロットと本音を振ってまであたしをバディに選んだって事は、なんか理由があんでしょ?言いなさいよ」

 鈴の質問に、九十九は僅かに逡巡した後、口を開いた。

「実はな、お前の父親が見つかった」

「え……えっ⁉」

 突然九十九から齎された父発見の報に、鈴は数瞬呆けた後、驚きの声を上げた。

「本当に⁉嘘じゃないわよね⁉嘘だったらぶっ飛ばすわよ!」

 怒鳴りながら九十九に掴みかかる鈴。その顔は憤怒と焦燥に彩られている。

「鈴、私の信条(ポリシー)を忘れたか?」

「……そうだったわね。ごめん、ちょっと頭に血が上ってた」

 九十九が常日頃から公言する信条、それは『女性相手に嘘をつかない』だ。それを知っている鈴は、九十九から手を離して謝罪を口にした。

「で、お父さんは今どこにいんのよ」

「都内某所、ラグナロク・コーポレーション医学部が直営するがんセンターの……終末期患者病棟だ」

「はあ?何でそんなとこに……まさか⁉」

 ハッとした顔をする鈴に、九十九は重々しく頷いて答えた。

「お前の父、劉楽音(リュウ・ガクイン)さんは、……ステージ4(末期)の肺がんだ。既にがんが全身に転移しており、手術も抗がん剤治療も効がなく、今は鎮痛剤で痛みを誤魔化しながら、いずれ来る死を待つ身だそうだ」

「そんな……!」

 九十九から齎された父の情報。それは、鈴に非常に大きなショックを与えた。九十九の話は続く。

「お前の母、凰麗鈴(ファン・リーリン)さんと離婚したのも、自分が原因で妻と娘の未来を暗いものにしたくないという、一種の親心、夫心からだったと担当医師に零していたそうだ」

「…………」

「そして、担当医師に『今の内にやっておきたい事はないですか?』と訊かれた楽音さんは、こう答えたそうだ」

 

−−最期に一目、娘の晴れ姿を見たい−−

 

「…………」

「もはや病床から起き上がる事すら出来ん程衰弱しているが、モニターを眺めるくらいは出来るだろう。見せてやれ、親父さんに『あたしは元気でやってます』とな」

 九十九がポン、と鈴の肩を叩く。鈴は俯いたままで、その体は小刻みに震えていた。

(無理もないか。唐突に親がもうすぐ死ぬと聞かされて、それに恐怖しない娘がどこに……)

「……じゃないわよ」

「ん?」

「ざけんじゃないわよ!あのクソ親父!」

「うおっ!?」

 顔を上げた途端、大音声で叫ぶ鈴。驚きのあまり、九十九も目を白黒させている。どうやら小刻みに震えていたのは、抑えきれない怒りの感情が原因だったようだ。

「り、鈴?」

「なにが『妻と娘の未来を暗いものにしたくなかった』よ!なにが『最期に一目』よ!結局お父さんの自分勝手じゃない!」

 自分の中の蟠りを、怒りと共に吐き出す鈴に、九十九は敢えて「夜中だぞ、声を抑えろ」とは言わなかった。

「だいたいお母さんもお母さんよ!未練がましく『楽音さん……』とか言うくらいならなんで離婚に応じたのよ⁉」

「それは……」

 多分、麗鈴は楽音の嘘に気づいた上で敢えて()()()()()()()のではないかと、九十九は推理する。そうでなければ、楽音にベタ惚れで若干ヤンデレ入ってた麗鈴が彼を離したりする筈がないのだから。そもそも−−

(私を通じてラグナロクに『夫を探してください』って言ってきたの、麗鈴さんなんだよな……)

 なのである。

「あーもうっ!ここでウジウジしてても始まんないわ!九十九、行くわよ!案内しなさい!」

 ガバッと立ち上がり、ドアに向かって歩を進める鈴。行先は言わずもがなだ。

「今からか⁉」

「今、すぐよ!」

 気炎を上げる鈴に、九十九は待ったをかけた。

「無茶言うな!外出許可証が無いだろう!」

「なら取ってきなさい!」

「それこそ無茶言うな!外出許可証の提出期限は前日の17時までと決まっている!病身の親に会うためとは言え、()()千冬さんがそれを曲げると思うのか⁉」

「うっ……」

「だいいち、アイリスとの勝負は1週間後。作戦会議と連携訓練、相手の情報収集とやる事は山積みだ。外に出ている暇なんて欠片もないぞ。請け負ったんだ、放り出せば中国代表候補生の名折れだぞ、鈴」

「ぐぐぐ……。はあ、分かったわよ。でも!事が済んだら−−」

「分かっている、ちゃんと連れて行くさ、お前の父親の元へ、な」

「OK。じゃあ早速相手の情報を−−「纏めた物がこちらです」3分クッキングか⁉……どれどれ?」

 九十九の手際の良さにツッコみつつ、資料に目を通しだす鈴。暫くして、鈴は驚きに目を見開いた。

「ルクーゼンブルク公国軍所有のIS『第七王女(セブンス・プリンセス)』と『近衛騎士(インペリアル・ナイト)』は、篠ノ之束博士謹製の第四世代IS……ですって!?」

 

 

 1週間後。IS学園第3アリーナ。

「ついにこの日が来たわね」

「ああ、そうだな」

 私の進退を賭けた、アイリス&閣下とのISバトル。その噂はあっと言う間に広まり、アリーナの観客席は現在満員御礼状態だ。

 この1週間、作戦会議と連携訓練は密に行い、出来うる限り穴は埋めた。後はやるだけだ。

「さっさと片付けて、お父さんを一発ぶん殴りに行かないとね……!」

「相手は末期のがん患者だぞ。やめてやれ」

 何やら不穏な事を言う鈴に取り敢えず釘を刺す。まあ、大した効果はないだろうが。

『各ISは、アリーナ中央へ』

 虚さんから集合のアナウンスがかけられ、私と鈴、アイリスと閣下が、それぞれ連れ立ってアリーナ中央へ並び立つ。

「ついにこの日が来たの、九十九。わらわと共にルクーゼンブルクへ赴く覚悟はできたか?」

 普段から来ているドレスをそのままISにしたかのような、豪奢な見た目のIS『セブンス・プリンセス』を纏い、不遜な笑みを浮かべるアイリス。

「貴様が真に殿下に相応しいか、私が見極めよう」

 騎士甲冑をイメージした重厚な装甲。両手に構えた剣と大盾、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のランスには細い布……旗のような物が巻かれている、守護騎士にも儀仗兵にも見えるIS『インペリアル・ナイト』を纏い、剣呑な視線を私に向ける閣下。

「悪いけど、この後もっと大事な用があんの。速攻で片付けさせてもらうわ!」

 辛うじて納入の間に合った専用重装パッケージ《砲戦虎娘(キャノン・フーニャン)》を装備し、普段より重厚な見た目になっている『甲龍』を纏い、気炎を上げる鈴。

「アイリス、敢えて言おう。私が欲しければ……力ずくで来い。アッサリ手に入るなどと思うなよ?」

 純白の羽のようなウィングスラスターを背負い、狼の意匠をあしらった軽装甲冑のような外観のIS『フェンリル・ルプスレクス』を纏った私こと、村雲九十九。

「……っ!上等!参るぞ、ジブリル!」

「はっ!」

「行くぞ、鈴」

「ええ!」

 アイリスと閣下が身構えるのに合わせて、私達も戦闘態勢に入る。

『それではこれより村雲九十九進退決定戦を開始します……試合開始!』

 ホイッスルを合図に、4機が散開する。

「九十九!王女に突っ込むわ!サポート任せた!」

「了解だ。後ろは気にせず行け」

 言うが早いか、鈴はアイリスに突撃する。

 急接近する鈴とアイリス。その間に閣下が割って入る。

「殿下に近づくな!」

 咆哮と共に、携えた片手剣《エクレール》から雷撃を放つ閣下。だが、そこに更に割って入る()()()()。その腕が雷撃を受け止めると、雷はまるで吸い込まれるように消えた。

「これは……そうか、貴様か!村雲九十九!」

「エネルギー吸収能力にして、能力開発能力《神を喰らう者(ゴッドイーター)》。閣下、貴女がその雷撃を放てば放つ程、それは私の経験()となり、やがてはそれをもとにした新能力が産まれるきっかけとなる。お忘れなきよう」

「くっ……ならば!」

 剣を抜き放ち、鈴に斬りかかる閣下を《レーヴァテイン》を抜いて遮り、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。

「貴様……!」

「今だ、鈴!やれ!」

「ありがと、九十九。そんじゃ、いっくわよ!」

 

ジャキンッ!

 

 肩のスパイクアーマーか展開し、普段より口径の大きい衝撃砲の一撃が、アイリスに直撃した……筈だった。

「ふむ、良い一撃じゃ。じゃが、わらわの前では無意味である!」

 フン、と胸を張るアイリスの周りには、うっすらとエネルギーフィールドが張られていた。

「九十九の予想通りって訳ね……」

 相方()のかつての発言が当たっていた事に、『苦々しい』と顔で言いながら、鈴が呟いた。

 

 

 −−1週間前。

「ルクーゼンブルク公国軍所有のIS『第七王女(セブンス・プリンセス)』と『近衛騎士(インペリアル・ナイト)』は、篠ノ之束博士謹製の第四世代IS……ですって!?」

 私が寄越したアイリスと閣下の専用機の情報が書かれた書類を見た鈴が、驚きに目を見開く。が、すぐさま立ち直って胸を張った。

「ふ、ふん!機体の世代差なんて関係ないわよ!結局はパイロットの腕次第でしょ!」

「それだけでは無い。『セブンス・プリンセス』には第四世代型広域殲滅兵装《重力爆撃(グラビトン・クラスター)》が、『インペリアル・ナイト』には雷撃放射機能を付与した剣と盾《エクレール》がある。油断は出来ん」

「うっ……」

 言葉に詰まる鈴に、私は更に告げた。

「加えて恐らく、《グラビトン・クラスター》は防御にも使用できると、私は見ている」

 広域殲滅兵装……つまり、空間を攻撃できるのなら、それを転用して−−

「自分の周囲の空間を重力波で捻じ曲げた……『空間歪曲場(ディストーション・フィールド)』とでも言うべき防御結界の構築くらいは出来るはずだ」

「攻守共に隙無しって訳ね……」

「確かにな。だが、穴が無いという訳でもなさそうだ。例えば−−」

 

 

「アンタのISの事はよーく知ってんのよ!攻撃力と防御力に機体性能(パラメーター)を極振りしたら、そりゃあ機動性が犠牲になるわよねえっ!」

 吠えながら、更にアイリスに接近しようとする鈴。それを見たアイリスがギクリとした顔で後ろに下がろうとするが、その動きはゆったり……というよりもっさりしたものだった。ともすれば、第一世代型ISの戦闘速度(80 〜100 km)より遅い。

 そもそも、広域殲滅型の機体の仕事は『最後方からの大出力攻撃で、敵機を纏めて叩く事』だ。そのため、接近される事を想定している機体の方が少ないと言える。

「逃さないわよ!」

「ちっ、ならば!」

 追い縋ってくる鈴を見て、アイリスが手にした錫杖を頭上に掲げる。今だ!

「閣下、失礼仕る!」

「なにっ!?」

 閣下に一声掛けた上で鍔迫り合いを切り上げ、今まさに最大威力攻撃を仕掛けんとする『セブンス・プリンセス』の射線上に飛び込む。

「九十九⁉あんた何してんの⁉」

「飛んで火に入る何とやらよな!纏めて潰してくれようぞ!」

 その瞬間、閣下はこちらの意図に気づいてアイリスを止めようと叫ぶ。

「なりません、殿下!そやつの、村雲九十九の目的は−−」

「受けるがよい!《グラビトン・クラスター》!」

 しかし、閣下の叫びも虚しく、アイリスの広域殲滅攻撃は発動してしまう。瞬間超重力の波が私と鈴を押し潰した。

「ぬぐっ!」

「ああっ!」

 私と鈴は真下の地面に叩きつけられる。クレーターができる程に陥没した地面が、その威力を物語る。

「我が《グラビトン・クラスター》から逃れる術はない!そのまま潰れるがよいわ!」

 機体から装甲の軋むミシミシという音がする。だが、ここまでは想定内だ。

「《ゴッドイーター》、完全開放!食い尽くせ!『フェンリル』!」

「「⁉」」

 

ギュオオオッ!

 

 『フェンリル』の全身の展開装甲が開き、《グラビトン・クラスター》のエネルギーを片端から吸収していく。全てのエネルギーが私に向かった事で、鈴が幾らか動きやすくなったのか、ゆっくりと起き上がる。

「痛た……助かったわ、九十九」

「気にするな、実益を取るついでだ」

「殿下、攻撃を中断してください!村雲九十九は《グラビトン・クラスター》を自分のものにするつもりでエネルギーを吸収しています!」

「……っ⁉」

 ハッとした顔で《グラビトン・クラスター》を停止するアイリス。超重力の頸木が外れた私達は、アイリス達のいる場所と同じ高度まで再度上昇した。

「エネルギー吸収能力……第三世代以降のISにとって天敵とも言える力よな……!」

 自分の攻撃が却って相手()に有利に働くという事実に苦い顔で呟くアイリスに、悪い笑みを浮かべて答える。

「褒めても何も出ないぞ、アイリス。鈴、動けるな?」

「はっ!当然!」

 闘志の衰えない目でアイリスを睨む鈴に、私はゆっくりと頷いて身構えた。

「頼もしいな。では……」

「第2ラウンド開始と行くわよ!」

 吠えて、アイリス達に飛び込む鈴と、その後ろで《ヘカトンケイル》を展開する私。それに対して、アイリスと閣下が即応体勢を取る。戦いは、益々ヒートアップしていく……。

 

 

『第2ラウンド開始といくわよ!』

「鈴……立派になったなぁ……」

 モニターの向こうで力強く叫ぶ鈴の姿を、楽音は歓喜と安堵の涙を流しながら食い入るように見つめていた。

 その姿は、鈴の記憶の中にいるそれとは似ても似つかないだろう。頬はこけ、目は落ち窪み、丸太のようだった手足はすっかり痩せ衰えて、今や枯枝のそれだ。肺は既に限界で人工呼吸器が手放せず、自力で病床から起き上がる事すらできなくなった。

「情けない……本当は、もっと近くで応援してやりたかったのに……」

「楽音さん……」

 心底悔しそうに呟く楽音の手に、ほっそりとした手が添えられた。楽音の元妻で鈴の母、麗鈴である。

 1週間前に九十九から楽音の居場所を聞いた麗鈴は、すぐさま楽音の元へ急行。楽音の真意を確かめた上で、その最期を見守る決意を決め、看病を続けている。

「大丈夫、あなたの声援はきっと届いているわ」

「ああ、そうだといい……な……ぐっ、ゴホッゴホッ……ゴブッ!」

「楽音さん⁉しっかりしてください!誰か!誰か来てください!」

 咳き込んだ楽音の口から、決して少なくない量の血が溢れ、バイタルチェッカーのアラームがけたたましく鳴り響く。

 楽音の命の灯火は、もはや風前のそれと言えた。




次回予告

アイリスとの戦いの決着は意外な形で着く事になった。
『父、危篤』の報を受け、楽音の元へ急ぐ鈴。
果たして、彼女の『お父さんに会って文句言ってやる』という願いは叶うのか?

次回「転生者の打算的日常」
#93 永遠之別離

お父さん……。


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#93 永遠之別離

 17時10分。IS学園、第三アリーナ。試合会場内。

 

「第2ラウンド開始と行くわよ!」

 気合の籠もった叫びと共に、《双天牙月》を構えてアイリスへと突貫を仕掛ける鈴。それに対してアイリスは、空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を展開して防御態勢に入った。《双天牙月》と空間歪曲場がぶつかり、激しい閃光と衝突音がアリーナに広がった。

「愚かな!お主の攻撃は、わらわに届かんと分かっておろうに!」

「ええそうね。でも、()()()()ならどうかしら⁉」

 親指で自分の後ろを指し示す鈴。釣られてアイリスが鈴の背後に視線をやると、その目を驚きに見開いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

「あれは《ヘカトンケイル》……!九十九、お主か!」

「女の影に隠れてコソコソ……は性に合わんが、勝敗に関わらず結果が同じなら……速攻で決める!」

 逃れられない運命なら、せめて少しでも自分が有利な運命を掴む。それがこの1週間、悩み抜いて出した私……村雲九十九の答えだ。

「生意気な!纏めて叩き落として「殿下!」−−っ⁉ちいっ!」

 《重力爆撃(グラビトン・クラスター)》の起点である錫杖を振り下ろそうとした瞬間、閣下の強い呼びかけに咄嗟に攻撃を中断するアイリス。

 アイリスが《グラビトン・クラスター》を使えば、そのエネルギーを私が吸収してほぼ無効化するのみならず、巡り巡って『フェンリル』の強化に繋がる事は、ついさっき理解させられているからだ。

「ふん!だが『わらわの守りを突破するのはいかなお主とて不可能じゃ!』−−っ!」

「と、言いたいのだろう?アイリス。だが、忘れたか?《神を喰らう者(ゴッドイーター)》は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぞ」

 それを聞いたアイリスがハッとした。そう、アイリスの防御の要である空間歪曲場(ディストーション・フィールド)もまた、エネルギーで空間に干渉するものであり、《ゴッドイーター》の効果発揮対象だという事に気がついたのだ。

「殿下!」

「おっと、行かせませんよ閣下」

 閣下がアイリスの救援に向かおうとするのを、展開した《ヘカトンケイル》の半数を使ってその場に押し留める。

「くっ、おのれ!邪魔だ、どけえっ!」

 閣下が《ヘカトンケイル》を押し退けてアイリスの元に辿り着くより先に、アイリスの空間歪曲場に《ヘカトンケイル》が突き刺さった。瞬間、《ゴッドイーター》の効果によって、空間歪曲場に穴が開く。今が好機!

「鈴!」

「分かってるってーのっ!」

 そう言って、鈴がアイリスとの距離を零に詰め、その両肩を強引に掴み身動きを封じる。その状態から繰り出すのは、今の『甲龍』にできる最大威力攻撃の−−

「受けなさい!《零距離衝撃砲!》」

 

ズドンッ!

 

「うぬっ……!」

 大気を揺るがす大きく重い音が響き、アイリスの顔が苦痛に歪む。どうにか鈴を振払おうと藻掻くアイリスだったが、実戦経験の乏しさ故か、ただ身をよじるだけに終わっていた。

「逃がすもんですか!」

 

ズドンッ!ズドンッ!

 

 最大威力の零距離射撃を繰り返す鈴。攻撃の余波を受けた衝撃砲が、蓄積したダメージによって徐々にひび割れていく。

「付き合って貰うわよ、『甲龍』!これで……ラストッ!」

 最後の一撃を放った鈴は、直後に爆散した衝撃砲によって大ダメージを受けて地上に落ちて行く。

「九十九!」

 『最後の一押しを頼む』言外にそう込めて叫びながら。アイリスはダメージコントロールが上手く行かないのか、体勢が整っていない。決めるなら今だ。

 私は閣下を牽制していた《ヘカトンケイル》の操作を一旦手放し、防御すら捨ててアイリスに向き直る。

「フィニッシュだ!アイリス!」

 アイリスに指鉄砲を向けると同時、展開装甲から漏れる光がアイスブルーから朱に近いオレンジへと変わる。そして、その指先に火球が形成された。

「《火神(アグニ)》、最大出力で……発射!」

 超火力の熱線が、アイリスに殺到する。

「殿下!」

 その直前、剣を放り出した閣下がアイリスの前に立ち、捨て身の防御を行った。

「あああっ!」

「ジ、ジブリルーっ!」

 膨大な熱エネルギーの直撃をその身に受けた閣下は、そのまま堕ちていった。

「鈴!地上戦は行けそうか⁉」

「それくらいなら!」

 鈴が破損した装甲をパージしながら、加速して閣下の元へ向かう。

 一方の私は、アイリスの前に立ちふさがり、その眉間に《狼牙》を突きつけ、視線に僅かな殺意と多くの殺気を込めて彼女を睨みつける。

「お逃げください!殿下!」

 閣下の声を聞いたアイリスは、しかしどうすれば良いのか分からないのか、明らかに狼狽えている。

「あ、あ……」

 極限の戦闘状態。それに耐えられる程、アイリスの精神は強靭ではない。眼前に突きつけられた銃口と、私の目を見たアイリスの顔に浮かんだのは、明らかな怯えだった。

「…………」

 その表情を見た私は、突きつけていた銃を頭上に掲げ、その引金を引いた。

 

ガオンッ!

 

 大口径銃特有の太く大きな銃声がアリーナに鳴り響く。全員の視線が私に集まった所で、私は口を開いた。

「アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクの戦意喪失を確認。これ以上の戦闘行為は不可能と判断する。閣下、後は貴女だけだが、()()()()()()()?」

「……いや、我等の負けだ」

 観念したようにそう言う閣下に、アイリスが反論した。

「な、何を言うかジブリル!わらわはまだ負けておらぬ!」

「いいえ、殿下。もはや私達に勝ちの目はほとんど残っておりません。王族たる者、往生際は潔くありましょう、殿下」

「…………」

 閣下の進言に、黙して俯くアイリス。やがて、深い溜息をついたアイリスはそっと両手を挙げた。

「確かにそうじゃな。負けを認めよう、九十九。これよりわらわはお主のものじゃ。よしなにの、旦那様よ」

 そう言って笑うアイリスの顔は、実に美しく、それでいて悪戯っぽさの混じったものだった。

 こうして、アイリスとのISバトルは私の勝利で幕を閉じた。……のはいいんだが、シャルと本音を一体どう説得したものかで、私は頭を悩ませるのだった。

 

 

 17時45分。第三アリーナ男子更衣室。

 

 アイリスとの戦いを終え、着替えて更衣室から出ると、そこには大層不満そうな表情を浮かべたシャルと本音が仁王立ちしていた。

「「…………」」

「あ~、その……だな。ルクーゼンブルクに行かないで済むようにするには−−」

「それ以上は言わなくていいよ。()()()()()()()()()()っていうのは分かってるし、理解もしてるよ」

「でもね〜、理解と納得は別物なんだ〜。という訳で……」

「「一発張らせなさい!この微自覚女たらし!」」

 

パンッ!パンッ!

 

「ぶほおっ!す、すみません……」

 両頬に()()()()()()()()をつけて頭を下げる私。そこにアイリスがやってきた。

「おお、ここにおったか九十九よ。む?その平手打ちの跡はどうした?……まさかお主ら、わらわの旦那に無体を働いたか⁉」

 「痛かったのう、よしよし」と私の頬を撫でながらシャルと本音を威嚇するアイリス。一触即発の空気がそこには−−

 

ニッコリ

 

 無かった。アイリスの威嚇に対してシャルと本音が浮かべたのは優しい笑み……の筈なのだが、何か圧が凄い。その笑みに、私はふと母さんを思い浮かべた。

 その圧倒的なプレッシャーに、アイリスはたじろぎつつも言葉を続ける。

「な、なんじゃ。今更何を言うたところで、結果は変わらんからな⁉」

 フン、と強がるアイリスの両隣にシャルと本音がスススっと近づき、そのままアイリスの手を取った。そして、その状態のまま揃って歩き出した。

 手を握られているアイリスは、当然引っ張られる形で歩く事を余儀なくされる。この二人の行動にアイリスは動揺しきりだ。

「な、何をする⁉離せ、離さぬか!」

「押しかけ女房とはいえ、一応僕たちのお仲間になる訳だし……」

「ここはたーっぷり話して聞かせてあげるね〜」

「「知りたくない?九十九の事、全部」」

「……聞かせよ。逃げぬゆえ離せ」

 観念したようにアイリスが言うと、二人はアイリスから手を離し、そのまま連れ立って去って行った。

 アイリスの事は、取り敢えずあの二人に任せよう。……アイリスがどんな話を聞かされるのか、という不安は残るが。この状況で私にできる事などほぼ無いしな。

 

prrrr prrrr

 

 小さく溜息をつくと、スマホが鳴った。取り出して相手を確認すると、そこに表示されていたのは『凰麗鈴(ファン・リーリン)』の文字(楽音さんの件で番号を交換した)。

「はい、村雲です。どうしました?麗鈴さん」

『九十九くん、そこに鈴はいる⁉』

 電話を繋ぐと、麗鈴さんがすぐさま鈴の所在を聞いてきた。その声には、恐怖と焦燥が籠もっていて、只事ではない雰囲気が伝わってくる。

「いえ。どうされました?」

『楽音さんが−−』

「っ⁉」

 麗鈴さんの報を聞いた私は、真っ直ぐに鈴のいるだろう更衣室へ駆けた。くそっ!いくら何でも展開が早すぎる!兎に角、急がなければ!

 

 

 17時48分。女子更衣室。そこでは現在、鈴が一夏の労いを受けていた。

「がんばったな、鈴」

「ふふん、もっと褒め称えなさい!」

 頭を撫でられ、気持ち良さそうに目を細めつつ、大威張りに胸を張る鈴。一緒に来たラヴァーズ達は『いいなぁ……』と思いつつもそれを口に出すのを憚る。今回の功労者が鈴である事は、誰の目から見ても明らかだったからだ。

 もしここに九十九がいれば、「勲功第一はお前だ。鈴」と言っていただろう。

『鈴、いるか⁉着換えは終わったか⁉』

 と、鈴が考えていると、脳内で噂をした男が更衣室の扉の前に現れた。

「終わってるから、入っていいわよ」

 

バンッ!

 

 許可を出したと同時に勢いよく扉を開けて九十九が飛び込んできた。その顔には焦りの表情が伺え、息を切らしている事から見ても、相当慌ててやって来た事が分かる。

「どうしたのよ、そんなに慌てて。焦んなくてもまだ時間は−−「無いんだ!」えっ?」

 あるでしょ。と言おうとした鈴の台詞を遮り、九十九が短く、鋭く叫ぶ。その姿に、鈴の中で嫌な予感が膨らんだ。

「……ねえ、九十九。お父さんに……何かあったの……?」

「え?楽音さんがどうかしたのか?ってか見つかったのか!良かったなり……「今は黙ってて!」お、おう」

 九十九は一度大きく深呼吸をして息を整えると、真剣な表情で鈴に告げた。

「たった今、麗鈴さんから電話があった。楽音さんが私達の戦いを観戦中に喀血、そのまま意識を失い、現在危篤状態にある。と」

「えっ……」

「これまでにも何度かそうなったらしい。が、今回ばかりは『峠を越せない』だろうというのが、医師の意見だそうだ」

「そんな……」

「マジかよ……!」

「兎に角、今は一刻の猶予もない。行くぞ、鈴。……一夏、お前も来い」

「「分かった(おう)」」

 九十九に促され、鈴と一夏は走る九十九の後を追った。

(お願い、お父さん。私が行くまで待ってて)

 

 

 20時15分。ラグナロク・コーポレーション医学部直営がんセンター『アスクレピオス』正面入口。

 

 モノレール『IS学園前駅』から『新世紀町駅』に向かい、そこからバスとタクシーを乗り継いで約2時間半。私達は鈴の父、楽音さんの入院する『アスクレピオス』に到着した。

 麗鈴さんから、容態は逐一LINEで報告を受けていた(楽音さんの件でこちらも交換した)が、やはり状況は良くなるどころか悪化の一途を辿っているようで、最後の報告では意識がとぎれとぎれになっているとの事だった。

「楽音さんの病室はこっちだ。付いて来い」

「「ええ(おう)」」

 走り出してしまいそうになるのを必死に抑え、楽音さんの病室へ向かう鈴。その様子を、隣で一夏が心配そうに見ていた。

 

 20時20分。『アスクレピオス』本棟15階、終末期患者病棟。1503号室。

 

「ここだ。鈴、覚悟はいいか?」

「ええ」

 

コンコンコン

 

『はい、どなた?』

 病室の中から聞こえた儚げな印象のソプラノ。麗鈴さんだ。

「村雲九十九です。鈴と、一夏を連れてきました」

『どうぞ、入って』

「失礼します」

 戸を開けた瞬間、感じ取ったのは薄っすら漂う血の匂いと、濃厚な死の気配。人工呼吸器に繋がれ、浅い呼吸をする楽音さんが、病床に横たわっていた。

「お父さん……」

「っ……!」

 その痛々しい姿に、鈴も一夏も二の句が継げない。それもそうだろう。

 かつて『中国の光源氏』とも謳われた端正な面立ちは、もはや見る影もない。頬はこけ、目は落ち窪み、鍛え上げられていた腕も脚も痩せ衰えて、まるで枯枝のようだ。

「楽音さん、鈴が来ましたよ。起きてくださいな」

 麗鈴さんが声をかけた事で意識が浮上したのか、楽音さんがうっすらと目を開けて視線だけをこちらに向けた。もう、首を動かす事すら難しいのだろう。鈴を視界に捉えた楽音さんは、苦しい息の中か細い声を上げた。

「鈴……か?立派になったなぁ……。父さん、びっくりしたよ……」

「お父さん……」

 鈴は涙目になりながら、フラフラと楽音さんに近づく。直感的に気づいているんだろう。これが最期の会話になると。

「ごめんな、鈴……。寂しい思いをさせてしまって……」

「ホントよ。何にも本当の事言わずに出て行って、久々に会えたと思ったら……こんなだし……」

「分かってくれと……言うつもりはない……。あの時は……これが最善だと……思ったんだ……」

 息も絶え絶えに紡がれる楽音さんの最後の言葉。鈴の目からは、いつの間にか涙が溢れていた。

「でも……そうじゃなかった……。本当の最善は……最期の時まで……家族皆でいる事だった……。今際の際になって……それに気づくなんて……俺も馬鹿だなぁ……」

「ホントよ……この……バカ親父……!」

 鈴の拳が楽音さんの胸を弱々しく叩く。それを楽音さんは泣きそうな笑顔で受けた。そして、その視線を麗鈴さんへと向ける。

「麗鈴……お前にも……迷惑をかけた……」

「貴方の事です。きっと何か訳があるのだ、とは思っていました。だから私、騙されてあげたんですよ?」

「そうか……。敵わないな……お前には……」

「当然です。私は……貴方の妻なんですから……」

 バイタルチェッカーの心拍数表示が、少しずつ下がっていく。私は、いよいよ別れの時が近づいているのだと悟った。

「楽音さん……一夏君と九十九君も来てくれてますよ」

 麗鈴さんの手招きに応じ、楽音さんの病床に近づく私と一夏。

「お久しぶりです、楽音さん」

「お久しぶり……です」

「おお……君達も来てくれたのか……。嬉しいなぁ……でも、ごめんな……大人になったら……一緒に酒を……呑もうっていう約束……果たせそうに……ないんだ」

 気に病んだふうにそう言う楽音さんに、私は首を横に振った。

「お気になさらず、楽音さん。貴方との約束は、後日我等が()()()()()()()()()()

「はは……そうか……。頼もしいな……。一夏君」

「は、はい!」

 楽音さんに名を呼ばれ、緊張した面持ちになる一夏。

「鈴は……俺の自慢の娘だ……。お前を男と見込んだ……鈴を……頼む……」

「……はいっ!こいつは、俺が必ず守り抜いてみせます!」

「一夏……」

 鈴の肩を抱いて、力強く宣言する一夏。楽音さんは満足そうに「そうか……そうか……」と漏らして目を閉じ……その目が開く事は、二度と無かった。

 

 20XX年1月XX日20時35分。劉楽音、永眠。享年42歳。死因・末期がんによる多臓器不全。その死に顔はとても穏やかで、まるで本当にただ眠っているように見えた。

 

 

 

 同日深夜。一年生寮、九十九の自室。

 

「ただいま……」

 楽音さんの葬儀・告別式は明後日行うという事で、私と一夏は一旦寮に戻って来た。千冬さんにその旨を伝えると「分かった。当日は私も弔問に行こう」と答えた。

 しかし、やはり見知った相手の死を看取る。というのは、精神的に辛い。前世で高校生の時、母方の祖母を喪った時を思い出してしまい、少しばかり気が滅入ってしまった。

 気を落ち着けようとダイニングの椅子に座ると、シャルと本音、アイリスが近づいてきた。

「お帰り、九十九。辛そうだけど、何かあった?」

「だいじょうぶ〜?」

「聞かせよ。話すと楽になる、という事はままあるぞ」

「……ああ、実は今日−−」

 

−−村雲九十九説明中−−

 

「という事があってな。それで少々気が滅入っている」

「そっか。今日慌てて出て行ったのってそういう……」

「鈴ちゃんだいじょうぶかな〜?せっかく会えたのにもうお別れなんて、辛すぎるよ〜」

「親しい者を喪うというのは、心が痛いものじゃ。わらわもお祖母様を喪った時は、それはもうワンワン泣いたものよ」

「うん、分かるよ」

 三者三様に鈴に共感するシャル、本音、アイリス。心中を語った事で大分気も落ち着いた事でふと心に浮かんだ疑問を、私はそのまま口にした。

「そう言えば……シャル、本音。アイリスに私の事を話して聞かせる、と言っていたが……何を話して聞かせたんだ?」

 そう聞いた瞬間、シャルと本音が私から目を逸らし、アイリスの顔が真っ赤に染まった。え?何この反応?

「い、色々……だよ?」

「そうだね、色々だね〜」

「う、うむ。色々じゃ」

「おい待て、ホントに何聞かせた?シャル、本音。ちょっとこっち見て。見ろ、おい!」

 結局、二人は「色々です」以外の答えを返す事はなく、私はアイリスが一体何をどこまで聞いたのかが気になって、どうにも寝付けなかった。

 

 

 翌日、私は教室で意外な光景を眺める事になった。

「アイリス、何故君は()()姿()()()()()()()()()?」

 そう、アイリスがIS学園指定の制服を着て、一年一組の教室に堂々と立っていたのだ。

 私の問いに、アイリスはドヤ顔を浮かべてある書類を私の眼前に突き出した。……なになに?

「『転入申請書』……⁉おまけに既に承諾印まで押してある⁉」

「左様!これでお主とは晴れて同級生じゃ!これからよろしくの!九十九!」

 ニパッと破顔して、アイリスがそう言った。本来なら既に転入生枠は埋まっていて、受け入れはしない。というのだろうが、そこは天下のルクーゼンブルク公国王家一同が、娘の、あるいは妹のために強力な後押しをしたのだろう。そうでなければ、IS学園が規則を曲げるなどありえないからな。

 なお、実際ならIS学園に教師として残留するはずだったジブリル閣下だったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一体何者の陰謀なのか?それは全く分からない……という事にしておく。

 こうして、私達は二人の新たな学友を迎えた。今まで以上に騒がしい日々になるだろう事に、私は僅かに痛む頭を押さえた。

 

 

 楽音さんの葬儀・告別式は、しめやかに執り行われた。彼の人柄を示すように、葬儀には多くの弔問客が訪れた。

 楽音さんが営んでいた中華料理屋『小鈴飯店』の常連客、店のあった商店街の皆さん、家族ぐるみで付き合いのあった私の両親、弾をはじめとした五反田一家、織斑姉弟、更には楽音さんの訃報を聞いて急遽来日した親戚一同と、そこそこ広いはずの葬祭会場は、あっと言う間に満杯になってしまった。

 坊さんの読経と焼香、麗鈴さんの弔辞と、式は恙無く進み、いよいよ楽音さんとの最期の別れの時が来た。

「馬鹿野郎が……俺より先に逝っちまいやがって……」

 楽音さんに一目置き、共に『(孫)娘の花嫁姿を見るまで死なない』約束を交わしていたという厳さんが、怒りと寂しさの綯交ぜになった顔で楽音さんの棺に花を手向ける。

「楽音さんの炒飯、俺好きでした。もう食えないんだなって思うと……やっぱ寂しいっす。……さよなら」

 目元に少し涙を浮かべながら、弾もまた花を手向けた。

「弟の事で何かとご迷惑をおかけしました。ゆっくり、お休みください」

 小さく頭を下げながら、千冬さんが。

「楽音さん。鈴の事は、俺がきっと守って見せます。どうか、見守っててください」

 決意の籠もった声で言いながら、一夏が。

「随分先の話ですが、私が『そっち』に行ったら、一緒に酒でも酌み交わしましょう。それまで、お別れです」

 向こうで会える事を願いながら、私が。

「勝手にいなくなって、また会えたと思ったらすぐいなくなって……ほんっと勝手なバカ親父なんだから!……でも、大好きだよ、お父さん。……バイバイ」

 自らの心中を吐露しながら、鈴が。

「楽音さん。きっと、天国でまた会いましょうね。……我永遠愛你(永遠に愛しています)

 最後に、楽音さんに愛を囁きながら、麗鈴さんが花を手向けた。

 霊柩車に載せられた楽音さんの棺はそのまま併設の火葬場へ送られ、遺体は荼毘に付された。がんによって骨も脆くなっていたのだろう。残された骨はとても小さく、細かくなっていた。

 遺骨を骨壷に収めて、一連の儀式は一旦終了。その後、故人を偲んでのささやかな宴が催された。

 楽音さんとの思い出話に花が咲く中、そっと宴会場を出る麗鈴さんを私は追いかけた。

「麗鈴さん」

「あら、九十九君。……そうだわ、まだお礼を言っていなかったわね。あの人の事、色々どうもありがとうね」

 謝礼を伝える麗鈴さんに、私は小さく首を横に振った。

「いえ、私に出来た事など然程のものでは……。麗鈴さん、この後どうするおつもりで?」

 私がそう訊くと、麗鈴さんは儚げな微笑を浮かべて答えた。

「そうね……あの人を追うつもり」

「なっ⁉」

「……だったんだけど、あの人が『どうか俺の分まで生きてくれ。俺の最期の願いだ』って、そう言ったの。だから生きるわ。あの人の分まで、生きて、生きて、生き抜いて、しわくちゃのお婆さんになるまで。あの人に会うのは、それから」

 そう答えた麗鈴さんの笑顔は、儚さを残しながらも力強いものだった。

 数日後、麗鈴さんは楽音さんの遺骨と共に中国へと帰国。麗鈴さんの自宅近くの墓地に遺骨を埋葬し、菩提を弔いながら暮らすそうだ。その事に鈴は不服そうだったが、最後は麗鈴さんの言葉を受け入れ、笑顔で彼女を見送った。「まっ、行こうと思えばいつでも行けるしね」とは、鈴の弁である。

 

 こうして、鈴と父・楽音との永遠の別離は終わりを告げた。その後、鈴は毎年一回は楽音の墓参りに出向くようになる。

 数年後、鈴が一夏と共に楽音の墓を訪れると、楽音が『一番好きだ』と言っていた日本のビールと、楽音の好物だった焼鳥が供えられていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()んだと気づいた鈴は、小さく「ありがとね」と呟くのだった。




次回予告

騒がしいながらも穏やかな日常。それは、唐突に終わりを迎える。
突如として襲い来る無人ISの群れ。その狙いは……箒の誘拐。
終わりの始まりは、すぐそこに迫っていた。

次回「転生者の打算的日常」
#94 崩壊之序曲

やってくれたな……クソ兎!


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#94 崩壊之序曲

「おはようじゃ。九十九、シャルロット、本音」

「ああ、おはようアイリス」

「おはよう」

「おはよ〜アイちゃん」

 アイリスと閣下……ジブリルさんがIS学園に留学生として入学してから3日が経った。

 この頃になると、元々順応性が高い一年一組生徒諸君もアイリスの事を『ルクーゼンブルク公国第七王女のアイリス』ではなく『飛び級してきたクラスメイトのアイリス』として見るようになり、教室で挨拶を交わしたり、雑談に興じるくらいの事は普通にできるようになっていた。のだが……。

「お、おはよう」

「あ、お、おはようございます。えっと、ジブリル……さん」

「おはようございます」

 ジブリルさんの事となると、流石に『同級生(タメ)』として見るのは厳しいらしく、どこかよそよそしい……というより、距離感を掴みかねているようだった。

「まあ、自分より5つは年上の同級生だし、扱いに困るのは仕方がないが……」

「だよね……」

「そこは言わない約束だよ〜」

 いっそ『留年し(ダブっ)た先輩』と見る事が出来ればいいが、ジブリルさんは山田先生の同期。つまり、一度IS学園を卒業しているのだ。『再入学してきた卒業生』とか、どう扱えと?

 ちなみにジブリルさんが着ている制服だが、彼女が卒業してルクーゼンブルク公国に帰る時、山田先生に処分を任せた物を先生が保管していた物なのだとか。

 当人曰く『いつか返す時のために取っておきました』との事だが、どこまで本気なのだろう?

「はーい、皆さん。ホームルームを始めますよー。席に着いてくださーい」

 と、思っていたら山田先生がやって来た。先生は一瞬ジブリルさんの方を見てニコッと……いや、どちらかと言うとニマッと笑みを浮かべた。なんだろう?どこか楽しんでいる風にも見えるのは、私の気のせいだろうか?

 

 

「なるほど……。つまり、『白式』はエネルギー効率が大幅に上がった代わりに、以前と同様の近接特化型になった。と」

「まあ、そういう事」

 私の言葉に頷く一夏。

 この前日、楯無さん、簪さん、山田先生の三人によって行われた『白式』の第三形態(サード・フォーム)、『ホワイトテイル』の調査結果によると、現在の『白式』は内部構造が様変わりし過ぎてシステムの殆どがブラックボックス化。日常点検すらままならない程になっているらしい。

 武装面も《雪片弐型》を残して全てオミット。代わりに《零落白夜》と同質のエネルギーウィングをほぼ常時展開できるようになった。

 また、新たに目覚めた単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティー)《夕凪燈夜》の性能も規格外だ。『全てのISを初期化(記憶喪失に)する能力』など、危険過ぎて使い道がない。

 加えて、各関節部に展開装甲と同等の物が組み込まれているという。まるで……。

「今までに出会ったISの機能を吸収したかのような構造だな」

「あ、それ山田先生も言ってたぜ。あと、『白式』から多分「こう呼べ」って名前が出されてさ」

「ほう。その名は?」

「王理。『白式・王理』」

「『フェンリル』同様、お前のISも自らを『王』と名乗るか。私達の相棒は、どうも揃って大層な自信家らしい」

 『フェンリル・ルプスレクス』……ラテン語で『狼王』の意味を持つその名を、彼女は堂々と名乗っている。ちなみに『レギナ(女王)』を名乗らなかったのは、主人()の性別に合わせたからだと『フェンリル』が言っていた。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「で、データ分析のために模擬戦しようって事になったんだけど、相手がいなくてさ」

「なんだ、ならうってつけがいるぞ。丁度、第三アリーナでシャルが新型パッケージの慣熟訓練をしているからな」

 

 所変わって、第三アリーナ西側ピット。そこでは、シャルが機嫌良く歌いながら新型パッケージの調整をしていた。

「. J'aime l'oignon frît à l'huile,J'aime l'oignon quand il est bon,J'aime l'oignon frît à l'huile,J'aime l'oignon, j'aime l'oignon♪」

「なあ、九十九。あの歌なんだ?」

Le Chanson d'oignon(ル・シャンソン・ドニョン)。日本語だと『玉葱の歌』だな。フランスの童謡で軍歌の一曲。要約すると『玉葱最高!油で揚げた奴超美味え!これがあれば俺達はライオンになれるぜ!だがオーストリア人、お前に食わせる玉葱はねえ!』という歌だ」

「へー、勇ましいんだか可愛いんだか、よく分かんねえ歌だな」

「え?……うわあっ!?」

 私達の会話が耳に入ったのか、こちらに振り向いて驚きの声を上げるシャル。

「い、いつから……?」

「君が楽しげに『玉葱の歌』を歌っていた辺りから」

「最初からじゃない!もう!もう!」

 真っ赤な顔で私の胸板をポカポカ叩いて抗議するシャル。可愛い。カメラないか?カメラ。写真撮りたいんだが。

「まあ、それはさておいて。実はなシャル−−」

 

 ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「という訳で、一夏の相手をしてやってくれ。()()のコンセプトも似た感じなのだし、丁度いいだろう」

 言って、親指で後ろを指す。そこに鎮座していたのは、新型パッケージを装備した『ラファール・カレイドスコープ』だ。

 

 突撃戦用パッケージ『孤狼(ベオウルフ)』。

 その外見は『赤いカブトムシ』と言うとしっくり来るだろう。

 頭部のブレードホーン、左腕にチェーンガン、両肩のウェポンラックには、ベアリング弾を撃ち出す指向性爆弾(クレイモア)を満載している。そして、最も目を引くのが右腕の大型射突式徹甲杭(パイルバンカー)《グレンデルバスター》だ。

 デカい。とにかくデカイ。あまりの大きさ故にボディバランスが悪く、おまけに反動もデカイため、《グレンデルバスター》にバランサー兼反動相殺用のPICが搭載された程だ。

 背中と脚に搭載されたスラスターは、同世代機と比べても圧倒的な直線での加速力を持っている。

 『多少の被弾をモノともせずに突っ込んで、相手のドテッ腹をブチ抜く』という、単純明快なコンセプトを、極限まで突き詰めたパッケージ。それが『ベオウルフ』である。

 

「うん、いいよ。丁度誰かに声を掛けようとしてた所だし」

「よし、決まりだな」

 こうして、シャルと一夏の模擬戦が開始の運びとなった。

 

 −−そして、一瞬で終わった。

「…………」

「…………」

「…………(チーン)」

 今、私の目の前には白目を剥いて完全に気絶している一夏と、モウモウと湯気を上げる《グレンデルバスター》を呆然と見つめるシャルがいる。

 どうしてこうなったのか?それを説明するには、時計を少し巻き戻す必要がある。

 

「それではこれより、シャル対一夏の模擬戦を開始する。双方、準備は?」

「いつでもいいぜ」

「僕もオッケーだよ」

「よろしい、では……始め!」

 私の開始の合図と共に、一夏がシャルに突っ込む。と同時にシャルもまた一夏に突撃する。その圧倒的加速力で、一瞬にして一夏の懐に潜り込むシャルに、一夏がギョッとして動きを止めてしまう。その隙を逃すようなシャルではない。

「えい!」

 一夏の腹に《グレンデルバスター》を押し当てるシャル。危険を感じた一夏が慌てて下がろうとするが、シャルが引金を引く方が一瞬早かった。

「《グレンデルバスター》、ファイア!」

 

ズドォン!!

 

「ぐへえっ!!」

 轟音と共に放たれた鋼鉄の杭は『白式』のエネルギーシールドを食い破り、絶対防御を発動させる。結果として一夏に怪我一つないが、その衝撃力までは抑え切れず、肺から全ての空気を無理矢理吐き出させられた一夏は、そのまま意識を失った。

 

「…………」

「…………」

 試合時間、僅か5秒の決着。あまりの呆気なさに二人揃って呆然としてしまう。

「使い所を誤らなければ、これ程強力な得物は無い。が……」

「データ取りにすらならなかったよ。《グレンデルバスター(コレ)》の威力がバカだって事は分かったけど……」

「…………(チーン)」

 その場には、大した成果を得られなかった事に嘆息するシャルと、時折痙攣する一夏。そして、やはりラグナロクってトンデモないと、額に青線効果を浮かべる私が残された。

 

 

 未だ目を覚まさない一夏を保健室に放り込み、ラヴァーズに看病を任せて自室に戻ると、部屋の中が砂糖の焼ける甘く香ばしい香りに満ちていた。

「ただいま。本音、菓子でも作ったのか?」

 キッチンの方に声をかけると、本音がひょこっと顔を出した。が、その上下にそれぞれ別の顔が引っ付いていた。アイリスとジブリルさんだ。

「おかえり〜、つくも」

「お帰りじゃ」

「邪魔をしているぞ、村雲九十九」

 輝くような笑顔のアイリスといつもの固い表情のジブリルさん。何故ここに?

「うむ。今日は九十九に菓子でも作って、日頃の労いをしてやろうかと思ったのじゃが……。わらわ、よく考えたら料理なぞした事が無かったのじゃ!」

「それで私に訊きに来られたのだが、私も料理には疎くてな……。二人揃ってどうするか?と思案していた所に本音が現れて」

『それじゃ〜、わたしが教えてあげるよ〜』

「−−と言ってくれたのじゃ。ほれ、初めてにしては良う出来たと思うぞ。食うてみよ」

 ニコニコしながら皿を差し出すアイリス。載っていたのはクッキー。初心者のアイリスに合わせてか、簡単に作れるプレーンとココアだ。

「折角だ、いただくよ」

 アイリスの好意を無駄にする訳にはいかない。プレーンクッキーを1つ摘んで、口に放り込む。

「うん……うん……。初めてにしては良く出来てる。指導役の本音の教えを忠実に守ったのだろうね。ただ……」

「ただ、なんじゃ?」

「初心者ゆえの手際の悪さと、菓子作りにおいて大敵である『迷い』が出たな。少し粉っぽいし、バター感にムラもある。要精進、だな」

「つくも、得点は〜?」

「35点。ギリギリ赤点回避といった所かな」

「むむむ……。九十九よ、ちと辛くないか?」

「ちなみに、以前セシリアがこれと同じ物を作った時の評価は15点。赤点でないだけ有情だぞ、アイリス」

「さ、さようか……」

「殿……ア、アイリス、要は練習あるのみです」

 分かりやすく落ち込むアイリスに、励ましの言葉をかけるジブリルさん。だが、『殿下』と言いかけている辺り、主従ではなく友人としてアイリスに接する事にまだ慣れが無いのが見て取れる。がんばれ、ジブリルさん。

 

 「次は100点を取ってみせるからの!」と言ってアイリス達が部屋を出て行ったのと入れ替わりに、今度は千冬さんがやって来た。その顔は何処か憔悴……というより『散々甘い物食わされてウンザリしている』という表情だった。

「単刀直入に言う。今晩だけでいい、ここに泊めてくれないか?」

「「「はい?」」」

 急な発言にキョトンとする私達に、千冬さんは理由を語った。まあ、要約すれば『スコール&オータムの醸し出す甘い空気が原因で、自分の部屋の筈なのにメッチャ居心地悪い』との事だ。

「−−という訳だ。頼む、今日だけでいい。あの極甘空間から逃げたいんだ」

 そう訴える千冬さんは、常の冷静にして傲岸不遜な態度が完全に鳴りを潜めた、一人のか弱い女性になっていた。しかし−−

「あの、千冬さん」

「織斑先生と……いや、今は放課後だし構わんか。何だ?」

「先程、スコタムの醸し出す甘い空気から逃げたい。とおっしゃいましたが……」

「ああ、言ったな」

「私達も似たようなもんだと思いますよ?あと、今は一夏の所も」

「……っ⁉」

 ガーン!という効果音が聞こえそうな程に驚愕に満ちた顔をする千冬さん。……この人、追い詰められすぎて私と一夏の現状が頭からすっぽり抜けていたようだ。

「な、ならば……。ならば私にどうしろと言うんだ⁉もう限界だ!このままでは生きたまま砂糖漬けになってしまう!助けろ!知恵を貸せ!」

 なりふり構わない千冬さんの懇願に、しかし私が言える事は……。

「…………強く生きてください」

「なっ⁉」

「その件について、私に出来る事は何もありません。ですので……強く生きてください」

 目を逸らして言う私に絶望したのか、そのままガックリと崩れ落ちる千冬さん。……本当に、強く生きてください。

 結局、この後千冬さんは山田先生に泣きついたらしく、今度は山田先生が「先輩の愚痴を聞かされて、間接的に砂糖漬けになりそうです。何とかしてくれませんか?」と私に言ってくるのは、その翌日の事だった。

 

 

 とまあ、そんなドタバタがあった数日後。事件は起きた。

「突然食堂に裁判所が現れた件」

「え、これどういう状況?」

「っていうか、どこから持ってきたの〜?」

 一体何があったのか?寮の食堂に裁判所のセットが設置されていて、しかも裁判にかけられているのがラウラなのだ。

 その周りには各々の得物をラウラに突き付けて、剣呑な雰囲気を醸し出す他のラヴァーズと、妙に申し訳なさげな一夏。そして、その様子をオロオロしながら見ている他の女子達。……いや、ホントにどういう状況?

「被告人、ラウラ・ボーデヴィッヒ。貴様は我々の間で交わされた淑女協定第3条1項『一夏の部屋への時間外訪問(夜這い)の禁止』に違反した。この事実に間違いは無いな?」

 厳格な口調でラウラのやった事を端的に述べる箒。というか、そんな相互協定があったのか。知らなかったな。

「確かに私は一夏の部屋に行った!だがそれは妙にリアルな怖い夢を見て、寝付けそうにないのを一夏に(電話で)相談した結果だ!『だったら、俺のトコに来いよ』一夏はそう言って、私を招き入れたのだ!」

「だそうですが?一夏さん。……キリキリ吐きやがれください」

 荒いんだか丁寧なんだか分からない口調で、セシリアが一夏を詰問する。

「あ、ああ。ラウラの言う通りだ。でも、お前らの間でそんな協定が出来てたとか俺知らなくてさ。あと、ほんとに一緒に寝ただけだぞ。いやらしい意味一切無しに」

「ラウラ、一夏の言ってる事に嘘は?」

 ラウラに問いかける鈴の声は、絶対零度の冷たさでラウラを襲う。ラウラは首を必死に縦に振って肯定した。

「では、皆さん。判決は?」

 元々少ない抑揚が更に少なくなった声で簪さんがラヴァーズに問う。全員が一斉に頷いて曰く。

「「「有罪。一夏への接触禁止、1週間」」」

「なっ⁉」

 一切の容赦の無い無慈悲な宣告にざわつく食堂。

「意義ありだ!部屋に誘ったのは俺だ!ラウラは悪くねえ!」

弁護人(一夏)の意見に同意する。ラウラに断ずるべき罪は一切無い。何故なら、ラウラは一夏本人によって入室を許されている。ラウラが無断で『単騎突撃』した訳ではないのだ。これは不当判決だ。裁判のやり直しを要求……伏せろ!」

「「「えっ⁉」」」

 ラウラの弁護の最中、急に背筋を襲った悪寒に、私は叫びながら床に伏せる。直後、高温の熱線が食堂を襲った。

「「「きゃああああっ!」」」

 突然の出来事にパニックに陥り逃げ惑う女子達と、ISを緊急展開して即応態勢を取る私達。他の生徒が全て避難した後、熱線が床を抉って舞い上がった粉塵が晴れた先にいたのは、見た事のない紅いISの群れだった。その数、軽く10以上。

「なっ⁉」

 目の前の異常事態に驚愕の声を上げたのは誰だったのか。無理もない。これだけの数の量産機が唐突に現れたのだから。

 しかも、乗っているのはマネキンのような機械人形。それが、この機体群の不気味さを際立てる。その中の一機が、何かを探すように首を動かして、その視線を箒に固定した。

『目標視認、捕獲開始』

「な、なにっ⁉」

 そして、それとは別に首を動かしていた機体が、私に目を向けた。

『最優先抹殺対象確認。攻撃開始』

「ちいっ!」

 直後、一斉に飛びかかってくる無人ISの群れ。3割が箒に、残りは全て私に向かってくる。食堂内(ここ)では退避も迎撃も狭すぎて出来ない。私は破壊された食堂の壁から外へ飛び出した。

 

『抹殺せよ。抹殺せよ』

 呪詛のように無機質に呟きながら、腕に仕込まれたビームマシンガンを乱射してくる無人IS達。それを乱数機動で躱しながら、少しでも学園への被害を減らすために沖へ沖へと飛ぶ。

『抹殺せよ。抹殺せよ』

 ひたすらそれだけを繰り返し、執拗な攻撃を仕掛けながら追いかけてくる無人IS。

「ちっ!しつこい!」

 逃げながらも反撃の糸口を探すが、如何せん相手の数が多すぎる。こちらが僅かでも動きを鈍らせれば、それを見た連中が一斉に取り囲みに来る事は確定的だ。

 かと言って、このまま逃げて続けていたところで状況が好転などするはずもない。取れる選択肢は『ひたすら逃げて援軍が来るのを待つ』か『撃墜覚悟で突貫を仕掛ける』くらいしか……。

『……マスターよりのコマンドを受諾。突貫後、自壊する』

「何っ⁉」

 無人ISがそう口にした瞬間、全機が一斉にスピードを上げて私に殺到する。拙い、追い付かれる!

「くっ!」

 こちらも速度を上げて追撃を振り切ろうとするが、無人IS群は組織だった動きでこちらの逃げ道を徐々に封じていく。

「「九十九(つくも)!」」

 私を追って来ていたのだろうシャルと本音が、私を救けようと無人ISに攻撃を仕掛けようと得物を構えるが、それは僅かに遅かった。

『『『自爆シークエンス、開始』』』

 

ズドオオオン‼

 

「ぐわああああっ!」

 膨大な熱量と衝撃。そして大量の金属片をほぼ零距離で叩きつけられた私は、抵抗すら出来ずに海面に向けて堕ちた。

「九十九!大丈夫⁉」

「しっかりして〜!」

 海に叩きつけられるその直前、シャルと本音が私を抱えて助け上げてくれた。

「すまない、助かった」

「気にしないで。動ける?」

「どうにかな。《神を喰らう者(ゴッドイーター)》が間に合って、爆発のエネルギーを少しだけ吸収できたのが大きい」

 フラフラした動きではあるが、自力で飛んで学園に戻っていると、そこにセシリアがやって来た。その顔は青白く、浮かべているのは困惑と焦燥。余程慌てて飛んできたのか、その息は荒い。

「九十九さん!」

「どうしたセシリア。そっちで何があった?」

「箒さんが、襲って来た無人ISに……攫われました!ISの反応を辿ろうとしても、なぜか出来ず……九十九さん、わたくし達はどうすれば……⁉」

 息も絶え絶えに言うセシリア。だが、その証言により、私の中で散らばっていた点が急速に線で結ばれ始める。

 『紅椿』にどこか似た外見の量産型IS。攫われた箒。そして、私に対して異様な程に向けられた怨嗟の念と殺意。今回の計画を立て(絵を描い)たのは、他でもなく……!

「……ってくれたな」

 一度ならず二度までも、あの女は私の大切な者を傷つけた。

「やってくれたな……」

 どうやらあの女の脳内辞書には『懲りる』と『反省』と『学ぶ』という言葉が抜け落ちているらしい。

「やってくれたな!篠ノ之束ぇぇぇっ‼」

 私の怒りの咆哮は、今の心模様とは真逆のどこまでも青い空に響き渡った。

 

 この一件は、後に『TS事件』あるいは『篠ノ之束の乱』と呼ばれる、世界を巻き込んだ大事件のほんの序章に過ぎなかった。




次回予告

攫われた箒を救うべく動き出す専用機持ち達。
迎え撃つは無数の量産型『紅椿』と、自らを『赤月』と名乗る箒自身。
白き若武者の言葉と想いは、奇跡を起こせるか、否か。

次回「転生者の打算的日常」
#95 赤之月、白之陽。

箒!お前は、俺が絶対に……救ける!


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#95 赤之月、白之陽

「篠ノ之を攫ったあの量産機の行方は、現在捜索中だ」

 IS学園の地下区画。その作戦会議室では、千冬をはじめ学園の教員達が専用機持ちと共に出席していた。

「この問題については箝口令が敷かれている。各員、情報の漏洩には気をつけるように」

 淡々と告げる千冬に対し、冷静でないのは一夏だった。

「そんな事より!箒は無事なのか⁉」

「落ち着け!バイタルサインは正常だ。なにより、攫ったという事は、篠ノ之を無傷で手に入れる事が目的のはずだ」

「そんなの分から「一夏」……っ⁉」

 なおも千冬に言い募ろうとする一夏だったが、九十九の重く冷たい声に、その言葉を止めた。

「落ち着け。急くな。話が進まん」

「あ、ああ。悪い、ちょっと頭に血が上ってた」

 冷水を浴びせられたかのように急速に冷えていく頭を自覚しながら、一夏は席に着いた。それを見て、九十九は千冬に話を振った。

「先生、続きをどうぞ」

 常にない程に冷えた九十九の語調に、千冬は九十九が『怒りを押し殺している』事を悟った。こうなった状態の九十九は、激昂している時とは別の意味で怖い事を千冬は知っている。背に冷たいものを感じながらも、千冬は努めて冷静に話を続けた。

「今回の件だが、相手の目的についてはおおよその目安がついている」

「「「え……?」」」

 千冬の言葉に、場がざわついた。

「どういう事です?」

 口を開いたのはラウラだった。

「相手の目的が分かっているのなら、箒の居場所も分かるはずでは……」

「その事について、重要な話がある」

 千冬が真耶に首肯で合図を送ると、真耶が一旦会議室を退出。しばらくして、一人の女性を連れて戻って来た。

「はは……。どうもどうも」

「あなたは……」

「篝火ヒカルノ……倉持技研の主任技術者で、IS『白式』開発リーダー。だったか」

 九十九の解説に頷きで返すヒカルノ。そこに普段の剽げた様子は欠片もなく、その恰好は所々に包帯の巻かれた痛々しいものだった。その姿を見た九十九は、一足飛びに結論を見出した。

「なるほど。今回の襲撃事件、やって来た量産機の出所は……アンタの所(倉持技研)だな?篝火ヒカルノ」

「なっ……⁉」

 再びざわつく会議室。ヒカルノは、場が静まるのを待ってから訥々と語り出した。

 『エクスカリバー事件(#78〜84)』の時、倉持技研は『O・V・E・R・S』を作戦メンバーに提供していた。

 その目的は、量産型『紅椿』……『緋蜂(あけばち)』を開発するためのデータ収集であったと、ヒカルノは告げた。その告白に、場は更に混乱する。

「量産型『紅椿』なんて、そんな事が……」

「だいいち『O・V・E・R・S』はエネルギー増幅装置であったはず。元となるエネルギーが無ければ、起動しないはずでは?」

「なにより、あの無人操縦機は一体……?」

 ざわつく教員達を、九十九が発した一言が黙らせた。

「……篠ノ之束。この計画を立て(絵を描い)たのは、あのお騒がせクソ兎だ」

 全員が身を竦ませた。

 ISの創始者にして、全てのコアの製造技術を独占しているかの天災ならば、あり得ない事ではない。

 倉持技研を強襲して量産型『紅椿』を奪い、無人操縦機を搭載。エネルギーを供給した上でそれらを箒の誘拐、及び九十九の殺害(これについては未遂)を行った。その目的は−−

「オリジナルの『紅椿』と、操縦者の箒さんが必要になったから。九十九くんに関しては、復讐ってところかしら」

「でしょうね。まったく、迷惑この上ないったらないな。あのクソ兎め……」

 

ズズ……

 

 苛立たしげに言う九十九の周囲の空気の重さが一段増した。

(やべぇ、爆発寸前だ……!)

 隣に座る一夏は、冷や汗をかきながらシャルロットと本音に『どうにかなんない?』と視線で問うた。二人はそれに首を横に振って答えた。というより、二人がかりで必死に宥めた結果が今の九十九なのである。これ以上何をどうしろと?

 『ごめん、無理』と視線で答えられた一夏は、溜息を一つついて席から立ち上がる。

「箒を、救けに行く」

「どこにだ?奴の居場所は現状分かっていないんだぞ」

「いや、分かるよ」

 そう言うと、一夏は空中ディスプレイを展開した。その画面には、世界地図のある位置で点滅する光点が映し出されている。

「太平洋上のこのポイント。ここに、箒がいる」

 一夏の発言に全員が驚いた。

 隠蔽状態にあるはずの『紅椿』の信号を、『白式』だけが検知していたと、彼はそう言うのだから。しかし−−

「十中八九罠だな。それに篠ノ之と『紅椿』が同じ場所にいるとは限らん」

「……分かるんだ。箒はここにいる。ここにいて、俺が来るのを待っている」

「……止めても無駄なようだな」

「というか、止まると思っておいででしたか?」

 呆れる千冬にかけられた九十九のツッコミに、千冬は溜息をつく事で答えた。

「俺は箒を救けに行く。一人ででも」

 決意の籠もった目で千冬と正面から向き合う一夏。その目が一瞬金色に輝いたのを、この時は誰も気が付かなかった。

「分かった。では、これより篠ノ之箒救出作戦を開始する!専用機持ちは全員、機体と装備の点検を行う。IS学園教員はバックアップを。出撃は40分後だ!」

「「「はい!」」」

 こうして、篠ノ之箒救出作戦……後に『篠ノ之束の乱の序章』とされる、『紅椿事件』がその幕を開けた。

 

 

「一つ言っておくぞ、一夏」

「どうした?九十九」

 出撃準備に皆が慌ただしく動く中、九十九は一夏に声をかけた。

「もし、今回の出撃中にあのクソ兎が出てきた場合……私は……()は自分を抑え切れる自信がない。もし、俺が作戦中に命令無視をしてどっかにすっ飛んだら、お前達は一旦俺を放って作戦を遂行しろ」

「いや、でも「いいな?」……分かった。皆にも伝えとく」

 九十九の深い怒りを湛えた声に、一夏は今の九十九を止めるのは無理だと判断した。

(……あれ?九十九の目って、あんな碧い瞳だったっけ?)

 その目が冷たくも美しい碧に染まっていた事に、直接相対した一夏だけが気付いていた。

 

「敵の数は?」

 同じ頃、慌ただしい準備の様子を横目に見ながら、千冬は真耶に訊ねた。

「生産されていた『緋蜂』は6機だったそうですが、既に束博士の工房で複製されていると見るのが妥当です」

「となると、未知数か……」

 束の読めない思惑に、千冬は苦々しい表情を浮かべた。そんな千冬に、真耶がおずおずと話し掛ける。

「あの、本当にIS学園だけで手に負えるのでしょうか?イギリスでの事もありますし、日本政府に協力を仰いだ方が……」

「奴らは手など貸さんさ。知っているだろう?『白騎士』の時でさえ、何もしなかったのだからな」

 ふん、と鼻を鳴らす千冬。

「自身の地盤が崩されない限り、静観を続けるような連中だ。だからこそ、こちらはこちらのやり方ができる」

「ですが、そのために学生を戦わせるというのは……!」

「不服−−いや、不安か」

「はい……」

 千冬は、一息置いて溜息をつく。その後で、優しい表情を浮かべた。

「変わらないな、山田先生は」

「そういう話ではなく……!」

 頬を染めて食ってかかる真耶を、千冬は手で制しながら鷹揚に頷く。

「分かっているさ。だが、知って置いて欲しい。今後、世界を左右するのは間違いなくあの子達の世代だ。ならば、遅かれ早かれだろう」

 決断するのは自分自身だと。そして、もうその決断の時は近いのだと、千冬は冷静に理解している。

 かつての己がそうであったように。選ぶ時が来るのだ。いずれ、彼ら彼女らにも。世界を選ぶか、それとも−−

 

「各員、最終確認だ。準備はいいか?俺……ふー……私はできている」

「『ブルー・ティアーズ』の出力調整は完了しましたわ〈彼、爆発寸前ですわね……〉」

「武装チェック、オッケーよ!〈今のアイツはニトログリセリンみたいなもんね〉」

「いつでも行けるよ!九十九!〈ちょっとした刺激でドカンって事かぁ……〉」

「強襲仕様パッケージのインストール、完了だ〈言葉の端々に怒気が籠もっている。あれは危険な状態だ〉」

「みんな……連携攻撃の一覧、目を通しておいて……〈彼が暴走した時は、シャルロットと本音に任せる〉」

「よ〜し、わたしも頑張るよ〜!〈止めきれる自信は無いけど、やってみるよ〜〉」

「さあさあ、盛り上がっていきましょう!〈彼にとっての『刺激』が出て来ないのを祈るのみね……〉」

 それぞれ専用機持ち達の準備が整う中、一夏は一人瞑想をしていた。目を閉じ、心を空に保つ。自らの心の置き場を間違えぬように。

「今行くぞ、箒……!」

 その呟きが、出撃の合図だった。

『各機にカタパルトの操作権限を移譲。ユーハブコントロール!』

「「「アイハブコントロール!」」」

『総員、出撃!』

「織斑一夏、『白式・王理』行きます!」

「村雲九十九、『フェンリル・ルプスレクス』出る!」

「凰鈴音、『甲龍』出るわよ!」

「セシリア・オルコット、『ブルー・ティアーズ』参ります!」

「シャルロット・デュノア、『ラファール・カレイドスコープ』発進します!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、『シュヴァルツェア・レーゲン』出撃する!」

「更織簪、『打鉄二式』進発します……!」

「布仏本音、『プルウィルス』いっきまーす!」

「更織楯無、『ミステリアス・レイディ』行くわよ!」

 緊急時にはカタパルトとして利用できる各アリーナの滑走路から飛び立つ、IS学園最高戦力達が、それぞれの想いを胸に決戦の空へと舞い踊った。

 

 

(ここは……)

 ふと気づいた時、箒はそこにいた。真白い砂浜と寄せては返すを繰り返す水面。その光景に、箒は見覚えが無かった。

(ここは……どこだ……?)

 自分の居る場所が、見渡せば端が見える程に小さな……無人島のような場所にいるのは理解したが、箒にはここが何処なのかも、何故こんな所にいるのかもまるで見当がつかない。

 現状についてもう一度思考してみようとした箒は、瞬間、自分の背後に唐突に気配が現れたのに気づき、弾かれるように振り向いた。

「誰だっ⁉……っ⁉お、お前は……⁉」

 箒は驚愕に目を見開いた。そこにいたのは、服装こそ違うものの紛れもなく−−

「私……⁉」

 もう一人の自分。常に己の心の闇に潜む、力の象徴たる自分。その自分が目の前にいた。赤く輝く双眸を携えて。

「私が……」

 ゆっくりと、もう一人の自分(ホウキ)の口元が笑みに歪む。

「私が、代わってあげる」

 狂気に満ちた笑みを向けてくるホウキに、箒は戦慄した。

「私が代わってあげる。力のない貴方に」

 ゆっくりと手を伸ばしてくるホウキ。その手から逃れようとするも、背を向けた先でまた同じ手が正面から伸びてくる。

「逃げられない」

 ホウキの言葉の意味を、箒はすぐに理解した。そう、逃げられない。何故なら、目の前のこいつは−−

「自分からは、逃げられないのよ」

 紛れもない、自分自身なのだから。

「さあ、溺れてしまいなさい。意識の海へ……」

 そっと、ホウキの手が箒の頬に触れ、箒の目から伝い落ちる涙を拭った。

(ああ、そうだ。私は……)

 箒は、自分が心地よさを感じている事に気づく。心地よさの正体の名を、ホウキは口にした。

「分かるでしょう?堕落とは……心地よいものだって」

 箒の体が、ゆっくりと砂浜に飲まれていく。

「もう眠りなさい……」

 箒の耳に、ホウキの声が優しく響く。

「後は私が……」

 次第に声は遠くなっていく。もう、聞こえなくなっていく。しかし、最後の声だけはやけにはっきりと聞こえた。

「私が、全部片付けてあげるから。貴方が煩わしいと思う全部を」

 赤い、紅い双眸のホウキが微笑む。その身に真紅のISを纏って、光の中で微笑んでいる。

「この私、『赤月』が」

 

 

「洋上に人工物反応!これは……」

 見渡す限り、眼下に広がる海。そこに、人工島とも呼べる巨大海洋建造物(ギガ・フロート)が浮いていた。

 広さは推定200平方m。しかし、そこには異常な程の量のコンテナが積まれていた。

「まるで蜂の巣だな」

 六角形(ヘックス)コンテナの密集する島の姿は、まさしくラウラの言葉通りだった。そして、その中身は当然−−

「無人ISの反応多数!4、5……ううん、もっと大量に……!」

「待て、あの島浮上を始めてないか?」

 私達の目の前で、ギガ・フロートはその身を震わせながら徐々に浮上。明らかになった全貌はヘックスコンテナの集合体……蜂の巣だった。

 あのクソ兎、一体どれだけの数の無人ISを用意したんだ?仮にあのコンテナ一基に一体ずつ入っているとして、概算で100以上か?普通に考えれば絶望的な物量差だ。

 『冷静な私』が現状戦力では攻略不能。即時撤退し、各国軍に協力を要請すべき。と訴えるが、『激情家の私』がそんなまどろっこしい事してられるか!とっとと行くぞ!と吠え、『傍観者の私』もまた『激情家の私』に賛成している。曰く、篠ノ之束の狙いは私でもある。今引けば、私を亡き者にしようと追ってくる無人ISが都市部に余計な被害を出すかもしれない。それは許容出来ない、と。ではどうするか?決まっている。

(進むしかない!)

「総員、第一種戦闘態勢のまま進軍。この後の指揮は簪さんがしてくれ。今の私は、普段より遥かに視野が狭い自覚がある」

「……分かった」

 それぞれの死角を補うように隊列を組みながら更に蜂の巣に接近。すると、そこに誰かの声が響いた。

「行きなさい、私の『朱蜂(あけばち)』達……」

「「「っ⁉」」」

 唐突に聞こえたその声に、全員が警戒態勢をとった。

「九十九、一夏。あれ!」

 シャルの指差した先、太陽を背負って私達を見下しているのは、禍々しい姿に変貌を遂げた『紅椿』を纏う、一人の少女。

 その顔は幼く、体躯は華奢。両目は黒いバイザーに覆われて見えないが、何者も寄せ付けない意思をひしひしと伝えてくる。

「そのISは⁉箒はどうした⁉」

 『紅椿』を纏った少女に、一夏が食ってかかろうとするのを、セシリアと鈴が腕を引いて止めた。

「待った!コンテナから熱源反応多数!来るわよ!」

「くそっ!ここまで来て!」

「チャンスはありますわ!まだ諦めるには早くてよ!一夏さん!」

 私達は簪さんを中心に防御陣形を組むと、防御の軸を楯無さんに任せて、各自武装を展開した。

 コンテナから飛び出してきた多数の『朱蜂』が、こちらに得物と無機質な殺意を向けてくる。

「敵IS群の武装展開を確認!各自の判断で動くのは危険よ!簪ちゃんの指揮を待って!」

 暴走寸前の一夏を言葉で抑え、楯無さんが『朱蜂』の第一陣に起爆性ナノマシンの霧をばら撒く。瞬間、紅蓮の炎と轟音が空間を支配した。今の一撃で、相当数を撃破出来たとは思うが、油断は出来ない。必ず、抜けてくる奴がいる。

 果たして、予想通り爆炎のカーテンをくぐる抜けてきた『朱蜂』の群れ。その数は10機。それを見た簪さんが指揮を出す。

「射撃で弾幕を張って、敵の接近を極限まで引き延ばして……い、一夏⁉」

「そんなまどろっこしい事してられるか!箒が待ってるんだ!」

 簪さんの指揮を無視し、単機で躍り出た一夏。全員の驚愕を尻目に、一夏は《雪片弐型》の一振りで3機の『朱蜂』を撃破してみせた。

「どけえええっ‼」

 咆哮とともに縦深突破を図ろうとする一夏。あの馬鹿!人の事は言えんが、熱くなりすぎだ!

「待て!一夏!一人で行こうと……何だ⁉機体出力が上がらない⁉」

 一夏を追うべくブースターを吹かせようとした時、私は……私達は異変に気づいた。機体の出力が上がらないのだ。

「本音!」

「だめ!これ以上出力を上げられない!これじゃ、おりむーを追いかけられないよ!」

「シャル!」

「こっちもダメ!どうなってるの⁉これ!」

 他の機体も一様に出力が上がらないようで、突然の事態に困惑を隠せない。

 『白式』を除く全機一斉のパワーダウン。明らかに人為的なそれに、私はすぐさま下手人に思い至った。

「……あんのクソ兎、またしてもやってくれたな……!」

 何をしたのかは分からんが、また一つあのクソ兎をぶっちめる理由ができたな!と『激情家の私』が猛る横で、『冷静な私』が篠ノ之束はなぜそうまでしてあの少女と一夏をぶつけようとしているのだろうと思考していたが、答えは出そうになかった。

 

「今行くぞ、箒!」

「待ちなさいってば、一夏!」

「一夏さん、危険です!お待ちになって!」

「死にたいのか⁉待て!行くな!」

「一夏!」

「一夏くん!」

「うおおおっ!」

 ラヴァーズの制止を振り切り、一夏は赤の少女へと突撃する。後を追うべく飛び出そうとしたラヴァーズだったが、彼女達を足止めするかのように『朱蜂』が立ち塞がる。

「「「待って(ください)!一夏ぁ(さん)!」」」

 しかし、まるで何かに吸い寄せられるように、一夏は少女の元へと消えていく。残された者達は、烈火の戦場で必死に戦うだけだ。

「くそっ!なぜISの出力が上がらない⁉簪、原因を解析できないのか⁉」

 苦戦するラウラが苛立ちも露わに叫ぶ。

「待って、もう少し……!これは、『コードレッド』発令……?ISの出力を制限する、裏コード……⁉」

「関係ないな」

 呆然とする簪に、九十九が吐き捨てる。

「え……⁉」

「手持ちの札で戦わなければいけないという事に、何の変わりもない。そうだろう?お前達」

 九十九の言葉に、ラヴァーズの目に闘志の光が戻っていく。

「そうね、その通りだわ。やったろうじゃないの!このあたしと『甲龍』が!」

「やれますわね、『ブルー・ティアーズ』!」

「行くぞ、『シュヴァルツェア・レーゲン』」

「やろう、『弐式』」

「さっさと一夏くんと箒ちゃんを助けるわよ!『ミステリアス・レイディ』!」

「ならば道は我ら3人が開こう。お前達は一夏の元へ急げ!やるぞ!二人とも!」

「「うん!」」

 そう言うと、九十九は《ヘカトンケイル》を全機展開、シャルロットは新パッケージ《孤狼(ベオウルフ)》を装備して両肩のウェポンラックを開く。本音もまた、今出せる出力で可能な限りの雷雲を上空に呼んだ。

「《火神(アグニ)》、フルバースト!」

「《大雪崩(アバランチ)》、シュート!」

「《神の裁き(エル・トール)》、広域連射!」

「「「いっけーっ!」」」

 百条の火線が、無数のチタン製ベアリング弾が、空を切り裂く雷撃が、眼前の『朱蜂』の群れを薙ぎ払っていく。道が、出来た!

「今だ!突っ切れ!一夏を頼んだ!」

「「「はい!」」」

 出来た道を一直線に突き進むラヴァーズ。その先にもまだ『朱蜂』はいるだろうが、九十九は不思議と心配していなかった。

「ま、あいつ等は一夏の勝利の女神達だからな」

「ん〜、でもその女神様たちって……」

「微笑むっていうより、横っ面ひっぱたく方じゃない?」

「違いない。……さてと」

 気を引き締め直した九十九達の眼前には、なおもコンテナから飛び出してくる『朱蜂』の群れ。しかし、今までに出てきたそれらと違って、出て来た『朱蜂』達は皆一様に無機質な殺気を九十九に向けて来ている。

『最優先抹殺対象、確認』

『至高命令、遂行』

『村雲九十九、抹殺』

『『『抹殺せよ、抹殺せよ』』』

 『抹殺せよ』の大合唱と共に自分に向かって来る『朱蜂』の群れに、九十九は溜息をついた。

「やれやれ、またか。……まあいい。どうやらクソ兎はここにはいないか、いても出て来る気が無いらしい。仕方ないから、お前らで鬱憤を晴らさせて貰うぞ!」

 こうして、感覚的にはとても長く、しかし実際にはとても短い数分間が始まった。

 

 

『抹殺せよ』

「ふんっ!」

『抹殺せ……』

「せいっ!」

『抹殺……』

「らあっ!」

『まっさ……』

「はあっ!」

『まっ……』

「ええい!いい加減にしろ!」

 落としても落としても、一向に減る気配を見せない『朱蜂』の群れ。こいつら、一機一機は大した事ないが数が半端じゃない。あと、連中が腕に内蔵しているビームマシンガンの名前が《九十九殺(つくもごろし)》と表示されるんだが⁉明らかに狙ってるよな⁉クソ兎め。自業自得を逆恨みしてくるなよ!

『『『抹殺せよ、抹殺せよ』』』

 なおも無機質な殺意を向けて襲って来る『朱蜂』達。物量差は如何ともし難い。このままでは数の暴力に押しつぶされるぞ。

「九十九!」

「どうするの!?このままじゃ……!」

「再度面制圧攻撃を実行!少しでもいい!数を減らすんだ!」

 とは言ったものの、出力が低下している今の状態ではどれだけ減らせるか分からない。だが、それでもやるしかない!

 そうして賭けに出ようとした私達の耳に届いたのは、幼いながらも凛とした響きを持つ声だった。

『そういう事なら、わらわに任せよ!』

「「「っ⁉」」」

 声のした方に振り返ると、そこにはジブリルさんの駆る『インペリアル・ナイト』に抱えられて飛んでくるアイリスがいた。

「「「アイリス(アイちゃん)⁉何でここに⁉」」」

「今はおけ!最大出力・最大範囲で放つ!お主たちは疾く退け!」

 ジブリルさんから離れたアイリスは、そう言うとゆっくりと上昇しながら手にした錫杖にエネルギー。をチャージしていく。何をやろうとしているのかは、それだけで分かった。

「撤退!」

「「ルートは?」」

「決まってる!()()()()()()()()()()()()()だ!」

 号令一下、全員でアイリス達のいるの方へ飛ぶ私達。当然、『朱蜂』達は『抹殺せよ』の大合唱とビームマシンガンの乱射を続けながら追ってくる。

(かかった!)

 私は内心でほくそ笑んだ。やはり所詮は無人機、プログラムに則った行動しか取れないのだ。と。

 実はアイリスの駆るIS『セブンス・プリンセス』の唯一にして最大の武器〈重力爆撃(グラビトン・クラスター)〉には安全装置がかかっており、『我が身諸共の超重力攻撃』は決して実行できないようになっている。そのため、必ずその攻撃は『自機前方のみ』に集中する。何が言いたいって?つまり−−

「今だ!アイリス」

「喰らえ!グラビトン・クラスター!」

 

ズシ……ッ!

 

 私の合図で放たれた超重力の波動は、私達を追っていた『朱蜂』の群れを漏らす事無く捉え、押し潰した。『朱蜂』は圧力に耐えかね、一機、また一機と爆発四散。その爆発に周囲の『朱蜂』巻き込まれて爆発。その爆発で他の『朱蜂』が……。という風に誘爆していき、ついに動いている『朱蜂』は一機もいなくなった。

「どうじゃ、九十九!わらわもやるであろう!」

「ああ、助かったよアイリス。しかし何故ここに?」

「お主らが緊急出撃したのをたまたま目にしての。これは何かあったなと、おっとり刀で駆けつけたのじゃ」

 おっとり刀って今日日聞かないな……。だがまあ、助かったのは事実。後は一夏とラヴァーズがあの赤の少女をどうにかできれば……。

「九十九、待って!」

「また出て来始めてるよ〜!」

 

ピキッ

 

「本っっっ当にいい加減にしろよクソ兎が!……やはり蜂は()()()退()()()()()()()効果は無いか。良いだろう、ならば見せてやる。新たに生み出されたこの力をな!」

 吠えると共に全身の展開装甲が開き、そこから黒よりもなお黒い……闇色の光が漏れる。

「シャル、あっちで戦っている奴等に避難指示を。これから使う技に巻き込まれたら……良くて死ぬ」

「「良くて死ぬ⁉」」

「皆、急いで巣から離れて!九十九が危険な大技を使うよ!」

 シャルの通信が届いたのか、自分達の戦場を巣から大きく離すラヴァーズ一同。よし、あれだけ離れてくれれば、巻き込む危険はないだろう。

「行くぞ『朱蜂』共!光届かぬ地の底まで、この村雲九十九が案内してやろう!」

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)連続で使い、一気に巣へと接近する。気づいた『朱蜂』達が私に殺到しようとするが−−

「もう遅い!受けろ!『フェンリル』流グラビトン・クラスター……《冥獄(タルタロス)》!」

 瞬間、突如現れた巨大な闇色の球体が巣と飛び出していた『朱蜂』達を纏めて呑み込む。直後−−

 

メキ……ベキ……ギシギシ……グシャッ!ベコン!ゴキゴキ!

 

 球体の中から、金属が歪み、軋み、圧し潰れるような破壊音が響き出す。そして、球体が消えるとその中からまるで()()()()()()()()()()()()()()()()圧縮された巨大な鉄塊……『朱蜂』と巣の成れの果てが現れ、そのまま海に落ち、沈んだ。

 

 超重力空間発生能力《タルタロス》

 ある一点を中心にした、最大半径1㎞の球状の空間内に10倍〜最大1万倍の超重力場を発生させる能力。空間内に囚われたものは中心点に向かって圧縮され、いずれ圧に耐え切れずに圧壊する。

 ただし、使用には多大なエネルギーと集中力を必要とし、現在の『フェンリル』のエネルギー貯蔵量でも最大半径・最大加重は一回が限度の超大技である。

 

「制圧完了……。しかし、これはやはり対人戦で使えるものではないな」

「これは……なんていうか……」

「とってもつくもらしい技だね〜」

「本音、それどういう意味だ?」

「敵と見なせば冷酷非情。同じやるなら徹底的に。お主の信条じゃろ?旦那様よ。で、どうじゃ?鬱憤は晴れたか?」

「まあな。あ、ジブリルさんも送迎役お疲れ様でした」

「貴様……私の事を今の今まで忘れていただろう……?」

「はは、まさか。さて、一夏の方はどうなったかな?」

 向けた視線のその先で展開していたのは、まさに戦闘の佳境。赤の少女の繰り出した突きを、己の手で受け止める一夏の姿だった。

「「「なっ⁉」」」

 その場にいた全員の驚愕が重なる。そのまま一夏は赤の少女に組み着く。それを振り解こうと、赤の少女はショルダービームキャノン《穿千(うがち)》を零距離から放つも、一夏は赤の少女を離さない。

「ここからは我慢比べだな、箒!」

「っ!」

 紅白の2機は絡み合ったまま上昇を開始。なおも《穿千》を撃ち続ける赤の少女とそれに耐える一夏。そして−−

 

ドオオオン‼

 

 2機の間で小規模の爆発。紅白我慢大会、その勝者は……一夏だった。

 ISを失い、気を失った赤の少女……箒を抱え皆の元へ降りていき、ラヴァーズの迎えに笑顔で応えつつ、そのまま自身も気を失った。

「やれやれ、あいつの無理無茶無謀は今に始まった事ではないが、今回ばかりは強めに灸を据えねばなるまいな」

「でも、箒は取り返す事ができたよ」

「束博士が出てこなかったのはちょっと不気味だけど〜……」

 確かに。箒誘拐のついでに私の事を始末しようとする程−−何なら動員数からして私の方が主目的だったのではないかと思う−−私に憎悪を向けていたあのクソ兎が、チラとも姿を見せなかったというのは、いささか気味の悪さを感じる。今回、新技《タルタロス》を出したのは、早計だったかもしれない。

 だが−−

「ちょっと、アンタたち!なにボーッとしてんの⁉帰るわよ!」

「「「了解」」」

 とりあえず今は、箒奪還作戦成功を喜んでおこう。と思いながら、私は皆と共に学園への帰途についた。

 

 篠ノ之箒奪還作戦−−作戦成功

 味方被害−−重傷1名(織斑一夏)軽傷若干名。IS各機にレベルB〜Cの損傷。IS『紅椿』消滅。

 敵被害−−量産型無人IS『朱蜂』多数(概算100機以上)及び『朱蜂』収納コンテナ群『蜂の巣』圧壊の後、沈没。

 

 

 一夏達の戦場となった海。その水深3000mの位置に、()()はいた。

 第二次大戦期のドイツ軍潜水艦『Uボート』に酷似したシルエットながら、潜水艦には似つかわしくないキャロットオレンジ色をしている。

 賢明なる読者諸兄はもうお分かりだろう。そう、篠ノ之束はずっとそこにいたのだ。水深3000mの深海に、息を潜めて。

「『朱蜂』達は頑張ってくれたね。おかげで、あいつのデータは揃った。後は−−」

「束様、上方から圧壊された『朱蜂』と『蜂の巣』が落ちてきますが、回収しますか?」

「いらないから避けといて。くーちゃん、用事は済んだから帰るよ」

「はい」

「待ってなさい、村雲九十九。お前は……お前だけは私の手で殺してあげるから……フフ……フフフ……!」

 狂気と妄執に満ちた笑みを浮かべる束。天災と魔狼の繰り手の戦いの火蓋は、或いは既に切られているのかも知れない……。




次回予告

明かされる『暮桜』不在の真実。そして、自分自身の秘密。
それは、たった一人の少年が受け止めるには、あまりに重く。
少年に差し伸べられるのは、希望を齎す手か、絶望の刃か。

次回「転生者の打算的日常」
#96 織斑一夏、正体
この……化け物め


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#96 織斑一夏、正体

 『紅椿事件』から2日。一夏は現在病室の人となっていた。その姿は全身各所に包帯をきつく巻かれた痛々しいものである。

「いでででで!」

「あん、動いちゃダーメ♥男の子でしょ?」

 なお、看病をしているのは自称『本日のナース』こと、楯無さんだ。

「いやいや、そうは言ってもこの痛みは……うぎゃっ!」

 刀の刺さった右腕は骨も筋肉もズタズタの重傷。至近距離でエネルギー弾を受け続けた上、最終的には『紅椿』の爆発に巻き込まれた事で全身に熱傷。肋骨骨折が3ヶ所に胸骨の亀裂骨折、切創・擦過傷は数えるのが億劫になる程。控えめに言って『消毒液をバケツでかぶった方が早い』レベルの大怪我だ。

「一夏。今回ばかりはほとほと呆れた。『皆の想いに応えるためにも、死なないし死ねない』と言っていたのは、どこの誰だ?ん?」

「……ここの、俺です」

「……そうだな。その通りだ」

 一夏の返事に鷹揚に頷きながら、その傷口に指を当てて捻る。途端、一夏の口からくぐもった呻きが漏れる。

「だと言うのに、お前という奴はまた己が命を賭け賃にした危険な博打を打ちおって。生きていたから結果オーライ、などと言うつもりはあるまいな?」

「ちょっ、九十九、指グリグリ、やめっ……」

「前にも言ったな?残される者達の気持ちを考えろ、と。もう忘れたか?あ?」

「わ、忘れて、ねえよ。けど、あの時は、ああするしか……あだだっ!」

「あの場にはラヴァーズもいただろうが。協力を仰げばいくらでも手を貸してくれただろうに、そうしなかったのはお前の落ち度だろうが、え?」

「分かった、分かったからもうやめ……」

「本当に分かっているのか?こういう時のお前は、空返事をして茶を濁そうとするからな。そもそも−−」

「まぁまぁ、九十九くん。その辺で勘弁してあげて。一夏くん、これでも重傷患者なんだから。ね?」

 宥めようとしているのか、私の背をポンポンと叩く楯無さん。私は溜息を一つついて、一旦引く事にした。

「次やったら、酷いぞ」

「待って⁉なにされんの、俺⁉」

「ん〜……差し当たって、治療用ナノマシンのお注射?」

 言いながら楯無さんが取り出したのは、大型の注射器。通常の2倍の太さの注射針が付いた、厳つい見た目のそれを、楯無さんは実にイイ笑顔で一夏に見せつける。途端、一夏の顔が引きつった。

「あ、あの、それやめません?滅茶苦茶痛いんですけど……」

「ダーメ。おかげで治りが早いっていうのは、実感してるでしょ?」

「…………」

 楯無さんの物言いに、黙り込む一夏。沈黙を肯定と受け取ったのか、楯無さんは一夏に遠慮なく治療用ナノマシン注射を打ち込む。その数、実に3本。楯無さん曰く「一気に治そうと思ったら、これくらい打たないと足りない」らしい。要は一夏の怪我がそれだけ重いという事なのだ。

 なお、この治療用ナノマシンだが、エネルギー源が被施術者の血中に含まれる糖やグリコーゲンなので治療中は兎に角腹が減る上に、治療時にかなりの痛みが走るのが難点である。

「ああ、これから激痛地獄が始まるんだな……」

「お前が無茶をした事で少なくなく心を傷つけたラヴァーズに対する償いだと思っておけ」

「くっ……!それ言われると弱え……」

「私が言おうとした事、全部言われちゃった……」

 やれやれ、と肩を竦める楯無さん。そこへ、遠慮がちにドアをノックする音がした。

「どうぞ。鍵は開いてるぞ」

『そ、そうか。では失礼する』

 緊張したような面持ちで入ってきたのは、箒以下ラヴァーズ全員と私の妻二人だった。いくら広い個室とはいえ、十人もの人が一度に入れば人口密度がエライ事になるな。

「どうしたんだよ?皆して?」

「なによ?お見舞いに来ちゃダメなわけ?」

 一夏の質問に、憮然として鈴が答えると、一夏は「いや、そういう訳じゃねえけどさ」と手を振ろう……として激痛に顔を歪めた。

「ぐあっつぅ……!」

「ああ、無理に動いてはいけませんわ!安静になさってくださいまし!」

 苦痛に呻く一夏に慌てて駆け寄り、そっと体を押し戻すセシリア。「ありがとう」と一夏に声をかけられると、大輪の華のような笑顔になった。うん、やはりチョロい。

「それで?わざわざ全員集合させたんだ。何かしなければならん話があるのだろう?したいのは誰だ?」

「……私だ」

 名乗りを上げたのは箒だった。その顔には罪悪感が浮かんでいて、これからする話が決して明るいものではない事が伺えた。

「聞こう、皆。箒への質問は、全てを話した後にするように。いいな?」

 私の言葉に首肯を返す一同。箒は、一度大きく深呼吸をして、話を切り出した。

「実は−−」

 

 

 箒の口から語られたのは、信じ難い『事実』であった。

 今から数年前、箒がただ強い力を求めていた頃。箒は『暮桜』を駆る千冬さんと戦った事があった。その時に箒が乗っていたISが『赤月』であり、その能力は『自分を除く全てのISの弱体化』。つまり、他者の序列を強引に一段下げて自分が最上段に行くための……ある意味で『王の力』であった。

 結果、機体の性能を十全に発揮できない千冬さんは箒に大敗。『暮桜』は大破して、機能を完全に停止した。一時こそ千冬に勝てた事を喜んだ箒だったが、冷静になったと同時に手にした『王の力』に恐怖し、半狂乱状態になった。そして、その時の記憶は脳の奥底へと封じ込められた。()()()()()()()()()()()()

「以上が、私が『赤月』の深層領域で知った……いや、思い出した事だ」

「「「…………」」」

 想像以上に重い話に、皆何も言えなかった。もしや、千冬さんが突然モンド・グロッソ日本代表を降りたのはこの事が理由なのか?

「正直、これを思い出した時、私は消えてしまいたいと思った。だが、一夏が傷だらけになりながら救けに来てくれた。どうしてと訊く私に、一夏は『お前だからだ』と笑いかけてきて……」

 ん?なんか途中から惚気になってきてないか?と、首を傾げる私に気づかず、箒は更に言葉を続ける。

「一夏が居てくれる事、一夏と共に歩んで行く事が私の幸せで最も叶えたい夢なんだと気づいて目を覚ますと……『紅椿』いや、『赤月』は消えていた。という訳だ」

 いや、という訳だ。じゃないよ。待て待て、ISがその存在を丸ごと消失させるとか、どうしてそうなる?

「そう言えば、俺が『赤月』と会話した時、あいつが言ってたっけ。『ISは、搭乗者の夢を叶える為に存在する』とかなんとか」

「なに?」

 一夏の口から出た意味深な言葉に、私は眉根を寄せた。だが、深く考えるより先に楯無さんの柏手が病室に響いた。

「はいはい、今日はこれまで。一夏くんは治療に専念しないとなんだから」

 確かにそうだ。と頷いて、ラヴァーズ達はめいめい一夏に声をかけつつ病室から出て行った。

「九十九、僕たちも帰ろうか」

「そうだな。ではな、一夏。また来る」

「お大事に〜」

 疑問は残るが、これ以上一夏に負担をかける訳にもいかないし、ここは退散しておこう。

 

 

 

サアアア…… 

 

 自室のシャワールームで温水を浴びながら、私は一夏と箒がした話について考えを巡らせていた。

(ISは搭乗者の夢を叶える為にある存在……。もしそれが真実だとするなら……)

 ISは、時として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかも知れない。今回の『紅椿』……いや、『赤月』のように。

 私は、寝る時以外は常に身に着けている『フェンリル』の待機形態−−シルバーのドッグタグ−−を持ち上げる。吠える狼の横顔が浮き彫りされたそれは、シャワールームの蛍光灯に照らされて鈍く光っている。

(『フェンリル』……。私は、お前を信じて良いのか?)

 心中で投げかけた問に、しかし『フェンリル』は答えてはくれなかった。

 

コンコン

 

『つくも〜、ご一緒していい〜?』

 シャワールームのドアの向こうから、本音が声をかけてきた。本音は(シャルも)、時折こうして私と一緒に風呂に入りたがる。特に拒む理由もないので大体いつも招き入れ、一緒に風呂に入る。ただたまに……本当にたま〜に()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、いいよ。入っておいで」

 いつものようになんの気無しに返事を返すと、ドアの向こうから本音以外の声がした。

『いいよだって〜。ほら、行こ?』

『し、しかしじゃな……。わらわ、心の準備がまだ……』

(ん?今の声……まさか!)

「本音、ちょっと待−−」

『これ以上は待ちませ〜ん。はい、オープン!』

『待て!後生じゃから……』

 

ガラッ

 

 アイリスがいる事に気づいて、本音を止めようとドアに体を向けたのと、本音がドアを開けたのはほぼ同時だった。

「−−ってく……れ……」

「待って……。〜〜〜っ!」

 結果、アイリスは私の『大身槍』を真正面からバッチリ見る事になってしまった。

「きゃああああっ‼」

 

ズンッ

 

 絶叫と共に繰り出されたアイリスの拳は、私の『大身槍』を直撃した。

「はうっ……!」

 非力な少女の一撃とはいえ、()()に食らえば必殺となる。私は情けない呻きを上げながら床に沈んだ。

「はっ⁉つ、九十九、すまぬ!大丈夫か⁉」

「…………」

「その前に訊かせてくれ。なぜ君が本音と一緒にここに?だって〜」

「うむ。簡単に言えば『アプローチ』をしに来たのじゃが、本音に見つかっての。しかし、まさか『つくもとわたしと一緒にお風呂に入ろうよ〜』と言い出すとは思わなんだ。あれよあれよと言う間に服を脱がされ、今に至っておる」

「…………」

「理解した。とりあえず、今ここで私が起き上がるともう一度『モノ』を見る事になりかねんから、服を着て出て行ってくれ。だって〜」

「…………」

「わたしも?分かった〜」

 私から離れ、いそいそと服を着る衣擦れの音が聞こえる。しばらくして、二人が出て行ったのでノロノロと立ち上がり、未だに痛いと訴える『息子』を叱咤しつつ体を拭いて着替えた。

 

「本当にすまぬ。九十九よ」

「いや、いい。君がいると知らず、いつもの調子で入室を許可したのは私だ。こちらこそ、すまない。見苦しい物を見せた」

 お互いに頭を下げあう私とアイリス。だが、アイリスの顔は未だに赤い。余程インパクトの強い光景だったのだろう。

「そ、そんな事はないぞ!しっかりと鍛えられていながら均整の取れた体つきじゃったし、何より、その……雄々しかったぞ」

 と思っていたらこの物言い。そういえばこの娘、私が全裸で『お目見え』した時、目を瞑る事も両手で顔を覆う事もしてなかったような……。

「アイちゃんはエロいな〜」

「なっ⁉何を言うか!そんな事ないわ!」

「そんな事言ってガッツリ見てるじゃ〜ん」

 元々赤かった顔を更に赤くしながらアイリスが怒鳴るが、本音にはどこ吹く風。ニマニマした笑顔でアイリスの事を突いている。

 結局、本音に散々イジられたアイリスは、「今日のところはこれ位で勘弁してやろう!」と小悪党っぽい捨て台詞を残して帰って行った。この件で私の中に『アイリスムッツリ+耳年増説』が生まれたのは、まあどうでもいい事だろう。

 

 

 九十九達の間でそんな騒動があった2日後。ラヴァーズ達は一夏を見舞うべく、彼のいる病室を訪れていた。のだが、そこに一夏は居なかった。

「もう!アイツどこ行ったのよ!?」

「……おかしいですわね。あれだけの重傷、治療用ナノマシンによる促成治療を受けても、立って歩けるようになるまで最低でも1週間はかかるはずですのに……」

「あいつ、また無茶をしているのではあるまいな……?」

「『暇だったし、もう動けると思った』くらいは言いそうだな」

「……そこまで馬鹿じゃない……と信じたい」

 割と散々な言われようである。と、そこに引き戸を開ける音がした。入ってきたのは−−

「あれ?皆来てたのか。悪い、待たせちまったな」

 ラヴァーズの心配などどこ吹く風と、とぼけた顔をする一夏だった。

「一夏!アンタどこ行ってたのよ!?」

「いや、喉乾いてさ。お茶買ってきたんだよ」

 「ほら」と言いながら、()()()()()()お茶の入ったペットボトルを皆に見せる一夏。真っ先にそれに気づいたのは鈴だった。

「ちょっと待った。アンタ、右腕の包帯どうしたのよ?」

「「「え?……あっ!」」」

「あ~、えっと……」

 言い淀む一夏に構わず、ラヴァーズ達は一夏の体を見回し、そして気づいた。

 無いのだ。つい昨日まで全身に巻かれていた包帯が、どこにも。それだけじゃない。まさかと思ったラウラが一夏の病人着を捲くりあげると、本来なら間違いなく残っているはずの傷痕すらそこに無かった。まるで、『治癒』したというより『修復』したかのように綺麗な素肌だったのだ。

「なんだ……これは……?」

「あり得ませんわ……。傷痕1つ残っていないなんて、そんな事……」

「どういう事だ。一夏。お前は一体……」

 何者なんだ?

 言いかけて飲み込んだラウラの言葉に気づいた一夏は、深呼吸を1つしてラヴァーズに向き直った。

「皆。これからする話は、他言無用で頼む。……どうやら俺は、()()()()()()()()()()()()()

 そう前置いて、一夏は皆に語り始めた。

「俺が深手を負ってから、こうやって回復した事は初めてじゃない」

「……っ!『銀の福音事件』!あの時の一夏の体にも、どこにも傷が残っていなかった!」

「「「そういえば!」」」

 箒の回顧にラヴァーズが一斉に声を上げ、一夏が頷く。すると、ラウラがある可能性に気づいた。

「もしや、ISとの生体融合……!?」

 「そこまでは分かんねえ」と、一夏は首を横に振った。

「けど、『白式』も俺もどうやら普通じゃない。ただの人間に、こんな事が起こるはずがない。だから……」

 そこで数秒言葉を止めて俯き、顔を上げる。その眼には、決意の光が籠もっていた。

「俺は、千冬姉に会いに行かなきゃならない。『白式』と俺の事、絶対になにか知ってるはずだから」

 力強く言う一夏に、ラヴァーズは止めても無駄だと思った。同時に、この事は皆の秘密にしようとも。

 しかし、実は部屋の扉の前にその会話を聞いていた人物がいた事に、部屋にいた誰もが気づいていなかった。

 

 

 ……まあ、私の事なんだが。

 一夏の覚悟の決まった物言いに溜息をつき、戸から離れてもと来た道を戻る。

(そろそろ全てを語っていただきましょうか……()()()

 あの人はきっと、一夏の知りたい事はおろか、それ以上の真実を隠している事だろう。そしてそれは、知ってしまえば『織斑一夏』という男の存在自体を大きくゆるがす重大案件。だからこそ、千冬さんはひた隠しにしているのだ。それこそ、墓まで持っていこうと思っているだろう。だが……。

「あいつの物言いをどこかでクソ兎が聞いていれば、『知りたいと言っているのだから教えてあげなよ』と乱入してくる可能性は高い。そうなれば……やはり、私がやるしかないか」

 再び溜息をついて、準備を進めるべく早足で廊下を進む私。そうと決まれば急がねば!

 

 九十九はまたも気づかなかった。自分を見つめる、鉄色の鼠の無機質な視線に。その鼠の主は勿論−−

 

 

 廊下を早足で駆けていく九十九の背中をモニター越しに見ながら、束は狂気と愉悦に満ちた笑みを浮かべた。

「いっくんがちーちゃんに会いに行けば、あいつもそこにいるって事か……んふふ。じゃあ、私もリクエストにお答えしないとね」

 そう言うと、束は中空に指を踊らせる。現れたのは、世界中に存在する全ISの稼働状況のモニター。皆一様に青く色付いている。

「ここからが、全ての終わりの始まりだよ。村雲九十九、あとちーちゃん。IS『天災(カタストロフ)』起動!」

 束が天に腕を掲げた瞬間、青かったモニターが一斉に黒く染まっていく。モニターに追加されたのはたったの一文。

 

『コード・カタストロフィ、発令』

 

 これが、後の歴史家達に『天才の暴走が招いた世界的悲劇』、『村雲九十九人生最大の危難』と謳われる事となる『天災事変』……通称『篠ノ之束の乱』の、その引鉄であった。

 

 

「ここに居たのか、千冬姉」

「探しましたよ、まったく」

 IS学園、地下特別区画。暗い廊下を歩いた先のオペレーションルームで、千冬さんは椅子に掛けて書類に目を通していた。

「一夏と九十九か。どうした?」

 本来なら絶対安静のはずの一夏が出歩いている事に、全く驚かない千冬さん。私達に背を向けたまま書類仕事を続けるその姿には、得体の知れない冷たさがあった。

「驚かないんだな、千冬姉は」

「…………」

 一夏の肉体の変調、それを千冬さんは既に知っているようだった。

 傷ついた肉体の『修復』、異常なまでの五感の『増幅』、そして何より、使うほどに自身に調和していくISの『強化』。それら全てが、一夏の身に起きる事をさも当然と言わんばかりの態度だった。

「……何を知っているんだ?」

「何を、か」

 千冬さんは書類を放り出し、視線を天井に向けた。釣られて私も天井に視線を移すが、そこには何も無い。ただ虚空の広がった、何の変哲もない天井だ。

「お前の……お前達の知りたい事全て、だな」

 千冬さんは振り向かない。故に、その表情を窺う事は出来ない。

「あるいは」

「……?」

「お前の知りたい事以上の真実……か」

「っ−−!」

 山程ある知りたい事。それ以上の真実と言われた一夏は、怯んだのか半歩下がった。

 もしやすると、自分の踏込もうとした領域はともすれば戻る道など無い一方通行なのではないか?そう思い至ったがために、だろう。

「一夏、九十九。お前達に、その覚悟はあるか?」

 ここで千冬さんが、ようやく私達向き直って視線を合わせてきた。その視線は、触れるだけで斬れてしまいそうな、鋭い刃のそれだった。

「お、俺は−−」

 一夏が言い淀むのも無理はない。恐らく、一夏にそんなつもりはなかっただろう。ただ、千冬さんから聞いておきたい事があるというだけで、真実を知る覚悟は……無い。

 そんな子供じみた欲求を嘲笑うかのように、千冬さんは一夏に向けていた視線を書類に戻す……前に、私に問うてきた。

「お前はどうだ?九十九」

「千冬さん。貴方は、私が知りたがりだという事は知っているでしょう?まして一の友の事だ。例え胸糞悪い話だろうと、聞いておかないと気分が悪い。それに……」

「それに、何だ?」

 そう言う千冬さんに、私は右手親指で後ろのドアを指し示しながら答えた。

「貴方が話さずとも、話したがりの兎さんがそこに来ていますよ。そうだろう?篠ノ之束」

 私がドアに目を向けたのと同じタイミングで、憎々しげな表情を浮かべた篠ノ之束が姿を見せる。

「束さん……なのか?」

 しかし、その顔にかつての美貌は無い。両目の大きさは全く異なり、頬には痛々しい手術痕。殴り折ってやった歯は作り物(インプラント)に替えたのだろう。不自然な程に綺麗に生え揃っている。今の彼女を、一目で篠ノ之束と断じる事のできる者はそういないだろう。

「おやおや、随分と美人になられて……見違えましたよ?博士」

「お前がやっておいてよくもぬけぬけと……!」

 隠そうともしない憎悪と殺気が私を襲う。そんな彼女に対し、警戒心を顕にして一夏が問いかけた。

「束さん、どうして……いや、そもそもどうやってここに?」

 IS学園地下特別区画は、行き方を知らなければ辿り着けない。そして、それを知るのはごく少数の教員と実際に連れて来られた者達−−今期で言えば私達−−だけである。篠ノ之束が、それを知っているとは……いや、そうか。

()()()()()()()んだな?何らかの方法で」

「お前みたいに勘のいい奴は嫌いだよ、村雲九十九」

 ギロリと私を睨みつける篠ノ之束。そんな彼女の様子にしびれを切らしたのか、千冬さんが目的を訊いた。

「それで?一体何をしに来た?束」

「うん。ちーちゃんに代わって、いっくんとそこのクソが知りたがっている事を教えてあげようと思って!」

「っ⁉」

 篠ノ之束がそういった途端、千冬さんの肩が跳ねた。

「いっくん、この束さんがちーちゃんが喋りたがらない君のご両親の事を聞かせてあげるね!」

「両親……?」

 篠ノ之束の物言いに、一夏は首を傾げた。何故そんな事を唐突に言い出すのか、一夏からすれば意味不明だろう。自分の知りたい事は、訊きたい事はそんな事ではないのに。と思っているのが、表情から見て取れる。

 それを感じ取ったのか、篠ノ之束は首を横に振って言葉を続ける。

「いやいやいっくん。君の生まれは非常に重要なんだよ。でしょ?ちーちゃん」

 どこか楽しそうに千冬に話を振る篠ノ之束。その様子に激昂したのは、当の千冬さんだった。

「やめろ、束!」

「らしくないね、ちーちゃん。王者らしからぬその焦りは、滑稽でしかないよ?」

 篠ノ之束は一枚の空間ディスプレイを展開すると、私達に投げて寄越した。

「……?」

「これは……」

 そこには複雑な数式と難解な文字の羅列。そして、一枚の写真があった。『Project mosaica』−−その言葉と共に。

 『プロジェクト・モザイカ』……意訳すれば『織斑計画』となる。では、添付されたこの写真−−受精卵の顕微鏡写真−−は……まさか!

「それはね、いっくん。君の本当の姿……究極の人類を創造するという狂気の沙汰、『織斑計画』の、その第二成功例の人工受精卵だよ」

「え……」

 篠ノ之束の発した言葉の意味が理解できず、一夏が狼狽する。その隙をついて、彼女は楽しげに言葉を紡ぐ。

「『織斑計画』は非常に多くのデータを生み出し、その一部はドイツに渡って実践された。けどまあ、そこはどうでもよくてね?次はこっちの写真を見てよ」

 再び投げて寄越されたディスプレイ。そこに写っていたのは赤子を抱えた黒髪の少女。誰なのかなど、訊かずとも分かる。……千冬さんだ。

「第一成功例、織斑計画試作体1000号。それがちーちゃんだよ」

「「⁉」」

 驚愕の事実に、私も一夏も認識が追いつかない。

 辛うじて一夏が千冬さんに視線を向けると、その視線から逃れるように顔を逸らす。

「な、なんだよ……千冬姉、どうして……そんな……」

 その顔は、とても辛そうだった。その表情が、暗に篠ノ之束の言葉が全て真実であると訴えていた。その様子を知ってか知らずか、篠ノ之束は更に言葉を続ける。

「でね?順調に見えた『織斑計画』は、ある時を境にプロジェクトの中止が決まったんだよ。どうしてだと思う?究極の人類を創造するという目的は、この束さんが見つけられた時点で何の意味もなさなくなったからなんだ」

 篠ノ之束の言に、私はなるほどなと思った。究極の人間、稀代の天才、人工物が決して勝てない自然の産物。それが篠ノ之束だ。

 元々、存在し得ない究極の人類を創造する事が『織斑計画』の目的だ。それが、既に究極の人間が存在しているとなれば、その計画の意味は完全に失われる。

「そうして、全ての『織斑計画』は中止となった……んだけどねぇ。困った事に成功試験体が二つ、そしてそれに付随する形で作られた、計画外の試験体が一つ。困った事になったよね。どうしよう、どうすれば良いと思う?殺す訳にも行かないよねぇ、なにせ人工的な創造物とはいえ、人類の究極に近いスペックを持っているからね」

「スペック……」

「元々、ちーちゃんさえいれば計画は成功だったんだよ。究極の人類の母体としてね。でもね、いっくん。君が作られた。究極の人類をより広く、より多く、より長く繁栄させるために、禁忌のXY染色体を持つ、君が生まれた」

「…………」

 歌うように言葉を紡ぐ篠ノ之束に、私も一夏も何も言えずにただそれを聞く事しかできない。

「そうすると困った事になったのは、計画を許可した権力者達。そりゃそうだよね、だって人類“以上”を作る予定が、気がついてみれば人類“以外”を作ってしまったんだから、さ」

 はぁ、と溜息をつく篠ノ之束。その仕草も言い様も、酷くわざとらしい。

「そこでちーちゃんは決意した。選んだんだよ。世界より、未来より、君を選んだ。最愛の『おとうと』を」

 ……そういう事か。千冬さんは一夏を選ぶと同時に『それ以外の全て』を自ら捨てたんだ。そして、その結果救われなかった『いもうと』こそ……織斑マドカその人なのだろう。

 チラと横を見る。一夏の顔は青いを通り越して青白くなっており、齎された己の出自のあまりの重さに心が死にかけているように見える。

「だからさ、いっくん。君にご両親なんてものは存在しないよ。遺伝子情報の海から作り出されたのが君だからね。……そして、だからこそ今ここで、君にこの言葉を贈るよ」

 歪な笑顔を一夏に向け、篠ノ之束は一夏の心にとどめを刺す一言を放った。

 

「この……化け物め」

 

「あっ……」

 小さく呟くと同時に、一切の色彩が一夏から抜け落ちた。その心を絶望の闇が覆い尽くしたのだ。

「一夏!おい、しっかりしろ!一……っ!」

 呆然とする一夏に向けられた殺気と殺意に気づいた私は、咄嗟にその身を一夏の前に出す。目前には、狂気的な笑みを浮かべて凶刃を突き出すマドカの姿。

「−−っ!」

 

ガキンッ!

 

 瞬間、金属同士のぶつかる硬質な音がした。マドカのナイフによる一撃は、私が制服の下に着込んだラグナロク謹製の防弾・防刃アーマーによって、完全に防御されていた。

「……備えあれば憂いなし。こいつを仕入れたのは無駄ではなかったな」

「貴様……!」

 忌々しげに私を睨むマドカの下顎に向けて、腰に仕込んでおいたコンバットマグナムを突きつける。

「動くなよ?非致死性のゴムスタン弾とはいえこの距離だ。顎で煙草が吸えるようになりたくあるまい?マドカ」

 睨み合う私とマドカ。そんな私達に声をかけてきたのは篠ノ之束だ。

「マドっち、帰るよ」

「なに⁉ふざけるな!私は奴を必ず殺すと−−」

「マドっち、もういいよ。()()()()()()()()()()。ちーちゃんも表に出て来ざるを得なくなるし、嫌でも君を見なくちゃいけなくなる。だから、今は帰ろう」

「……ちっ!」

 盛大に舌打ちをしてナイフを引くマドカ。その身が離れると同時に、私はマドカに突きつけていた銃を篠ノ之束に向ける。

「待て、篠ノ之束。貴様の言う計画とは何だ?何を企んでいる?」

「……すぐ分かるよ、村雲九十九」

 言いながらマドカの腰に腕を回す篠ノ之束。瞬間、その姿が空間に溶け消えていく。

「待てと言った!」

 

ドンドン‼

 

 消え行く篠ノ之束に向けて発砲するも、放たれた弾丸が彼女を捉える事はなかった。アクティブステルス……いや、亜空間潜航か?相変わらず憎たらしいほどの天災ぶりだな。

『じゃあね。今度会う時は、お前を殺す時だから』

 どこからともなく響く篠ノ之束の声。憎悪と殺意を凝集したその声を最後に、篠ノ之束とマドカの姿は部屋から完全に消えた。それと同時に、いつもの何倍も慌てた山田先生が扉を破らんばかりの勢いで飛び込んできた。

「織斑先生、大変です!……って、何でここに織斑くんと村雲くんが⁉それに先生もどうしたんですか⁉顔色が……」

「私の事はいい。それより、報告を」

「あ、は、はいっ!世界各国から緊急伝!現在起動中の全てのISが突如として一斉に暴走!各国の軍・企業の制止を振り切って移動を開始!方向と軌道から、目的地はここ、IS学園である可能性が非常に高い。とのこと!」

「なん……だと……?」

 

 こうして、後に『篠ノ之束の乱』と呼ばれる事となる一連の事件の幕が開く事となった。

 あのクソ兎め!ここに来てとんでもない事をやらかしやがった!




次回予告

コード・カタストロフィ。それは、ISにとっての絶対命令。故に、ISは駆ける。己が神の命を果たすために。
命はたった一つ『神に背きしISを死なぬ程度に壊し、神に捧げよ』
だが、神は知らない。反逆の刃は、既に研ぎ上がっている事を。

次回「転生者の打算的日常」
#97 逆撃之刃(前)

死ぬな……私。


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#97 逆撃之刃(前)

只管書いていたら、めっちゃ長くなってしまったので分割しました。
後編はできるだけ早く更新するつもりですので、平に御容赦ください。



「世界各国から緊急伝!現在起動中の全てのISが突如として一斉に暴走!各国の軍・企業の制止を振り切って移動を開始!方向と軌道から、目的地はここ、IS学園である可能性が非常に高い。とのこと!」

「なん……だと……?」

 山田先生から齎された情報は、圧倒的な衝撃を我々に与えた。世界中からIS学園に向かって暴走したISが殺到しようとしているというのだから、驚くなという方が無理だ。

「学園上層部は専用機持ち、及び学園守備担当に対し第一種戦闘態勢への移行を要請しています。織斑先生、指示を!」

「分かった。専用機持ち及び動ける教員はISを起動して滑走路に待機。状況が分かり次第打って……「駄目です!」村雲?」

 千冬さんが山田先生に指示を伝えるが、私はそれに「待った」をかけた。

「山田先生、一つ聞きます。暴走したのは、()()()()()()I()S()なんですね?」

「は、はい。そう報告が来ています。でも、それが一体……?」

「実は、ついさっきまでそこにクソ兎……もとい、篠ノ之束博士がいたんですよ」

「えっ⁉篠ノ之博士が⁉どうして……いえ、どうやってここに⁉」

「それは今はどうでもいい事です。で、彼女は会話の中で『計画は既に始動してる』と発言した。あのクソ兎が何を企図したのかは分かりませんが、その計画の一端が今回のISの同時多発暴走だとすれば……。コード・レッド(一斉弱体化指令)の一件もあります。まずは全機に起動停止状態でのシステムチェックを。話はそれからです、織斑先生」

「……一理ある。山田先生、まずは全機にシステムチェックを徹底させろ。ああ、起動はしないようにも言っておけ」

「はい!」

 千冬さんからの指示を受けて、オペレーションルームを飛び出す山田先生。さて、何が飛び出す……?

「……俺は……俺は、誰なんだ?」

 自分の存在とその意義に思い悩む一夏を置き去りに、事態は急速に進んでいっていた。

 

 

「何も出てこない?」

「はい」

 訓練用IS保管庫に並べられた『打鉄』と『ラファール』を整備科の生徒教員が徹底的にチェックした(この間約30分。驚異的な速さである)結果、出た答えは『目立った異常は無い』だった。

 そんな馬鹿な。ならば何故、起動中だった全ISが一斉に制御不能に−−

 

BEEP!BEEP!

 

「何事だ!山田先生!」

「航空自衛隊岐阜基地より緊急伝!領空侵犯をしている中国製IS『神虎(シェンフー)』に対してスクランブル発進した『防人(さきもり)1個小隊(4機)が突如暴走!『シェンフー』と合流し、IS学園へ進行中との事!」

「何だと⁉」

 どうなっている⁉動かす前は何ともないのに、動かした途端に暴走するなんてそんな事……。っ⁉そうか!

「やられた!マインプログラムだ!」

 

 マインプログラム。

 ISのOSに、普段は隠れているが特定の行動や操作を行ったと同時に発動するプログラムを事前、ないし追加で仕込む、プログラミングの一手法。

 軍のISには、持ち逃げ防止用に『拠点から無断で一定以上離れる事』を条件に発動する強制停止プログラムが、マインプログラムとして組み込まれている事が多い。

 

「そういう事ですか!『ISを起動させ、実際に操縦する事』を条件に、暴走プログラムが発動するんですね!強制停止プログラムより強力な命令として!」

「そういう事かと。山田先生、IS学園から国際開放回線(フルオープン・チャネル)を全ISに繋げますか?進軍中の暴走ISに話しかけてみます」

「お待ちください!……いけます、村雲くん。どうぞ!」

 山田先生が持ってきたマイクを手に取り、咳払いを一つ。意を決して言葉を紡ぐ。

「私は、IS学園1年1組、並びにラグナロク・コーポレーション代表候補生男子序列一位、『魔導師(ウィザード)』の村雲九十九だ。IS学園へ進軍中の全ISパイロット、応答願う。オーバー(どうぞ)

 しばらくして、ノイズ混じりの通信が返ってきた。

『こちら、中国代表『シェンフー』パイロットの張華(チャン・ファ)です。現在当機は、パイロットの操作を一切受け付けず、IS学園へ向けて進行中!何か分かっていることがあったら教えて!オーバー!』

『こちらは航空自衛隊岐阜基地所属、『防人部隊』第1小隊長の各務大和(かがみ やまと)少尉であります!我が小隊も『シェンフー』同様現在一切の操作を受け付けません!情報提供を乞う!オーバー!』

 日中からの返信を呼び水に、世界中から次々と通信が届く。その返信を送ってくるパイロットのまあ豪華な事。

 イギリス空軍特務隊『円卓の騎士団(ラウンド・ナイツ)』隊長のアルトリア・ペンドラゴン中尉。

 ドイツ空軍203航空機動大隊長にして現国家代表『白銀(ホワイトシルバー)』のターニャ・デグレチャフ少佐。

 現アメリカ国家代表『虎女王(タイグレス)』のイーリス・コーリング大尉。

 ロシア空軍IS配備部隊『コザック』隊長のイリーナ・イエラーヴィチ・烏丸少尉。

 更に、イタリア、フランス、スペイン、ブラジル、インド、カナダ、UAE、ルクーゼンブルク、豪州連合(AU)東南アジア諸国連合(ASEAN)、統一朝鮮、中東諸国連合、北欧三州協商連合、中米海洋国家連合、アフリカ大陸諸国連合と、国際IS委員会に加盟している全ての国家・地域から、最低でも一機は飛んで来ているというのだから驚きしかない。

 とはいえ、驚いてばかりもいられないので掻い摘んで経緯を話す。

 

ーー村雲九十九、説明中ーー

 

「以上が事の経緯です。各パイロットにおかれては、自機のシステムチェックをお願いしたい。オーバー」

『『『了解、オーバー』』』

 私の要請にすぐさま返事を返してくる各国パイロットの皆さん。できれば早々に結果が分かればいいが、『シェンフー』と『防人』は既に学園を目視範囲に捉えているはずだ。迎撃に出るしかないが、しかし……。

「ちょっと何よ、今の通信⁉何がどうなってるわけ⁉」

「先ほどの話、本当なのですか⁉」

「九十九はこんな時に嘘も冗談も言わないよ」

「……では、我々は迎撃に上がる事も出来ないのか……!」

「……だけじゃない。フルオープンチャネルで通信した以上、各国の未起動のISも出動を控えるはず。応援は望めない」

「嘗てない大ピンチって訳ね……」

「どうするの、つくも?」

「と、言われてもな……」

 本音が問うてくるが、私は具体的な現状打破方法を思い浮かべられずにいた。全てのISが起動・一定時間の操作を経て暴走状態に陥るなら、全員で迎撃に上がっても結局『ミイラ取りがミイラ』になってしまう。

 かと言ってこのまま何もしなければ、殺到した暴走ISによってIS学園が焦土と化してしまうかもしれない。せめて、少しでも暴走ISの目的が分かれば……。

『こちら『シェンフー』。IS学園、応答願います。オーバー』

 そこへ張華さんから通信が飛び込んできた。フルオープンチャネルでの通信のため、他の暴走ISにも聞こえているだろう。

「こちらIS学園。村雲九十九です」

『状況報告。現在当機は、IS学園西側の沖10㎞地点にて、日本航空自衛隊『防人』部隊と共に完全停止中。相変わらず操作は受け付けず。オーバー』

「IS学園、了解。他に異変は?オーバー」

『IS学園に向けて発光信号を発信中。しかし、当方には解読不能。オーバー』

『横から失礼。『防人』部隊の各務であります。『シェンフー』の発光信号は、日本語式のモールス信号と思われます。オーバー』

「了解。解読は可能か?オーバー」

『できます。……「デ・テ・コ・イ・ク・ソ・オ・オ・カ・ミ」……。「出て来い、クソ狼」であります。オーバー』

「……失礼。電波障害があったようだ。もう一度言って頂きたい。オーバー」

『発光信号の内容は「出て来い、クソ狼」。繰り返す、発光信号の内容は「出て来い、クソ狼」!』

 

ババッ!

 

 瞬間、その場に居る全員の視線が私に突き刺さる。現状、全世界に存在するISの中で『狼』を機体の意匠にしているのはたった一機。そう。

「村雲、あの馬鹿()はお前をご指名だ」

 私の愛機『フェンリル・ルプスレクス』だけである。しかしだ。

「『フェンリル』もまた、例の暴走プログラムの影響下にある可能性が……」

『こちら『純白の妖精(ライン・ヴァイス・フィー)』、デグレチャフ少佐だ。村雲九十九、応答願う。オーバー』

 あります。と言いかけたところにデグレチャフ少佐から通信が来た。その声に肩をビクッと震わせたのはラウラだった。

「デ、デグレチャフ少佐殿⁉」

『その声は『黒ウサギ隊』のボーデヴィッヒ少佐か。久しいな。だがすまん、積もる話は後だ。村雲九十九、たった今私の『ライン・ヴァイス・フィー』のシステムチェックを完了した。それにより、今回のIS同時多発暴走事故の原因が分かった』

「詳細を。オーバー」

『システム内に『コード・カタストロフィ』なる、入れた覚えの無いプログラムが入っていた。これがIS暴走の原因だ。その内容は『造物主(篠ノ之束)からの命令を至上命令として実行する』プログラム。現在出されている命令を端的に言えば『村雲九十九を半殺しにして、篠ノ之束の元へ連れて来い』というものだ。村雲九十九。貴様、随分と博士の恨みを買っているようだが……何をした?』

「……まあ、色々と。ただ、それらは全てあのクソ兎の自業自得ですから」

 呆れ混じりのデグレチャフ少佐の質問に、私は溜息混じりに答えた。

 とはいえ、あのクソ兎が私をご所望だと言うなら出るしかない。あいつの事だから、『一定時間が経過しても『フェンリル』が姿を見せなかった場合、IS学園に直接攻撃を仕掛けろ』とか命令してあっても不思議ではないしな。

「という訳で、行って来ます」

「すまない、村雲。またお前に頼る事になる」

 心底すまなそうな顔で声を絞り出す千冬さん。そんな彼女に、私は口角を上げる笑みを浮かべて答えた。

「おや、随分とらしくない物言いですね、()()()。もっと不遜に『行って来い。負けは許さん』とでも言ってくださいな。調子が狂うんで」

「お前は……。ふん、ならばリクエストに答えてやろう。行って来い、村雲九十九。負けは許さん」

 少しだけいつもの調子を取り戻した千冬さんに首肯で答え、私はIS保管庫から『フェンリル』を纏って飛び出した、

 

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 『シェンフー』と『防人』部隊のいる空域に向かうと、こちらを捉えたのか『シェンフー』達が私の方へ突撃してきた。と同時に、この場では聞きたくない女の声が耳に届く。

『これを聞いてるって事は、出撃したって事だよね。村雲九十九』

「篠ノ之束……⁉」

『一応言っておくけど、これは録音だから逆探知を仕掛けても無駄だよ』

「村雲さん!躱してください!」

 クソ兎の音声データが続く中、各務少尉の悲痛な叫びと共に『防人』部隊によるアサルトライフル一斉射が眼前の空間を埋め尽くす。私はそれを乱数機動回避で躱しつつ『防人』部隊に肉迫する。

『分かってると思うけど、今の状況を作ったのは私だよ』

 《レーヴァテイン》を呼出(コール)し、トリガー。赤熱した刀身で『防人』のアサルトライフルを切断する。自衛隊員の皆さんがホッとした顔を浮かべるが、それはすぐに絶望の表情に変わる。

『安心していいよ。お前のISに『コード・カタストロフィ』は仕込んでない』

 『防人』部隊の手に、強制的に近接戦闘用片刃剣《桔梗》が呼び出され、私を取囲もうとする動きを見せる。

「村雲さん!即時離脱を!」

 振るわれる《桔梗》の一撃をどうにか躱して『防人』部隊と距離を取る。

『これからお前には、世界中のISが襲い掛かって来る。そしてお前の仲間は、誰もお前を助けに来られない』

「村雲くん!そこにいちゃだめ!」

 『シェンフー』……張華さんの悲鳴にも似た声に振り返ると、『シェンフー』の腕からワイヤーで繋がれた分銅−−流星錘−−が飛んでくるのが見えた。咄嗟に身を捩って回避するも、大きく体勢を崩してしまう。

『たった一人で精々足掻け、村雲九十九。そうしてボロボロになったお前を……』

「だめ!止めなさい『シェンフー』!止めて!」

 大きく手を広げた『シェンフー』の胸元の装甲から砲身がせり出し、砲口が強い光を発しだす。拙い。あれは『シェンフー』の最大兵装《天愕覇王荷電粒子重砲(エンペラーバスター)》!直撃すれば、軽装甲の『フェンリル』はひとたまりもない!ここは《ヨルムンガンド》で吸収防御を!

『最後に私が殺すから』

「村雲くん!逃げてぇぇぇっ‼」

「くっ!」

 

ズバアアアッ!

 

 張華さんの絹を裂くかのような絶叫と共に撃ち出された荷電粒子砲の一撃は、私に届く直前に展開した《ヨルムンガンド》によって吸収されていく。しかし……

(エネルギー密度が予想以上に高い!このままではパンクする!)

 そう判断した私は、右手で吸収したエネルギーを左手でそのまま垂れ流す事に決めた。途端、左手から溢れ出す荷電粒子のエネルギー。これでどうにかパンクは免れたが、この照射がいつまで続くか分からない上に、『防人』部隊も包囲を徐々に狭めつつある。どうすれば……!

「村雲さん、今垂れ流しにしてるそれを私達に向けてください!」

 そこに意外な提案をしてきたのは、各務少尉だった。突然の申し出に、私はギョッとしてしまう。

「各務少尉⁉しかし!」

「早く!このままでは、護るべき国民(あなた)を傷付けてしまう!それは『防人(この子)』達の本意では無い筈です!さあっ!」

 覚悟のこもった声で言う各務少尉。他の部隊員も、一様に頷いている。

「……分かりました。行きます!」

 その覚悟を受け取って、私は『防人』部隊に向けて荷電粒子砲を放つ。当然、『防人』部隊はそれを回避する。やはり、そう簡単に当ってはくれないか。

 『シェンフー』の攻撃が続いているためにで身動きが取りづらいのもあるが、『防人』の動きの良さもある。本当に一定のプログラムに則って動いているのかと疑う程にその動きに乱れは無く、それでいて連携は完璧に近い。撃ちっぱなしでは当たりそうにないな……。

 私の攻撃を躱しながら、なおも接近して来る『防人』部隊。拙い、狙いを定めきれない!

 

ボンッ!

 

「ああっ!」

 焦りが生まれていた私の耳に爆発音が届く。見れば、『シェンフー』の胸部から黒煙が上がっていた。砲身が限界を迎えて爆発したのか。張華さんには悪いが、これは好機だ!

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で瞬時に『シェンフー』に肉迫。オーバーヒートで動けないでいる『シェンフー』に向けて、吸収したエネルギーを開放する。

「すみません、張華さん。落とします!」

 至近距離からのエネルギー砲を受けて『シェンフー』はエネルギーエンプティ。張華さんはどこか安堵したような表情を浮かべて、ゆっくりと海に落ちていった。

「まずは一機……!次は!」

 四方から迫る『防人』部隊に敢えて背を向け、全速力で高度を上げる。当然、『防人』部隊も追ってくるが、第二世代機の強化改修型でしかない『防人』と、第四世代相当機である『フェンリル・ルプスレクス』とでは、速力が違い過ぎる。結果、『防人』部隊は置いてきぼりだ。

(現在高度10000m。速度800㎞。ここで……切り返す!)

 十分に高度差がついた所でUターン。今度は『防人』部隊に向けて突撃する。ブーストと落下加速の組み合わせで、その速度はほんの一瞬だけ1000㎞を超える。

 超高速で突っ込んでくる私に『防人』部隊が専用拳銃を呼び出し、迎撃隊形で構える。だが、私からすればその行動は−−

「それは悪手だ『防人』」

 発砲より遥かに早く、私が『防人』達の中央に陣取った。AIからすれば『自ら死地に飛び込む』という意味不明な行動に、『防人』達の動きが止まる。その隙を、私は見逃さない。

「チェックメイトだ」

 

パチンッ!

 

 

 フィンガースナップと共に現れた《ヨルムンガンド》が『防人』の胸元に触れ、直後荷電粒子の白い光が迸った。エネルギーエンプティを起こした『防人』達が海に落ちていく中、各務少尉の「ありがとう……」の声が、やけに強く耳に残った。

「これで、第一波は凌いだか……一旦帰還して補給を−−」

『レーダーに感!統一朝鮮の『高麗(コリョ)』、インドの『象神王(ガネーシャ)』、ASEANの『迦楼羅(ガルーダ)』です!接敵まであと300(5分)!』

「お代わりが早すぎる!息くらいつかせてくれよ、あのクソ兎!」

 この場に居ないと分かっていても、悪態をつかずにはいられない私だった。

 

 

「見ているしか出来ないというのは、何とももどかしいな」

 モニターの向こうで『コリョ』の突撃槍(ランス)の一突きを掴んで止め、『ガネーシャ』の鉄球振り回し攻撃を『コリョ』を盾にして防ぎ(ここで『コリョ』撃墜)、『ガルーダ』の手足による高速連続攻撃を必死に捌きつつ『ガネーシャ』の鉄球をギリギリで躱す九十九を見ながら、箒が呟いた。

「更にレーダーに感!ロシアの『モスクワの白い吹雪(ヴィリェーリャ・メティル・モスクヴェ)』です!接敵まであと600(10分)!」

 真耶の報告に、普段は決して出さないような焦燥感満載の声で九十九が叫ぶ。

『『ヴィリェーリャ・メティル・モスクヴェ』⁉イエラーヴィチ女史のお出ましか!せめてもう少し遅れてきて欲しかったんだが⁉』

『文句はアタシじゃなくて、束博士に言ってよ!こっちは必死に止めようとしてんのに、ちっとも言う事聞かないんだから!ってか、世界中のIS差向けられるとか、よっぽど恨まれてなきゃされないでしょ⁉アンタ、博士に何したの⁉』

『黙秘する!知ったらドン引きだから!』

『ホント何したの!?』

 ギャーギャー言い合う九十九とイリーナ。初対面の筈なのに妙に息が合っているのは何故だろうか?

 ちなみに、この間に『ガネーシャ』『ガルーダ』両機をかなり手こずりながらも撃破している。

「これで8機撃墜。これが戦時中ならエース……いや、エースオブエースに認定されているだろうな」

「ですが、動きに疲れが見えますわ。先程の『ガネーシャ』と『ガルーダ』も、強引に勝負を決めに行っていましたし……」

「敵の来るペースが早すぎて補給に戻れないのが痛いね。このままじゃジリ貧だよ」

「他にも続々来てる訳だし、流石に厳しいわよね……」

「……ステータスから見て、エネルギーと弾薬の消耗を抑えて戦ってもあと1時間が限界。そこを超えれば……最悪の事態もあり得る」

「つくも……がんばって〜」

 『ヴィリェーリャ・メティル・モスクヴェ』の到着までの僅かな時間を、息を整えるのに使うのが精一杯の九十九の現状に、他の専用機持ち達の焦りと不安もまた募っていく。

 と、ここで鈴が気づいた。何も言わないのだ。こういう時真っ先に「九十九を助けに行こう!『コード・カタストロフィ』?大丈夫!なんとかなる!」と言うだろう男が、何一つ言葉を発さずにただ部屋の隅で膝に顔を埋めてじっと座っているのだ。

 そのあまりにも鬱々とした姿が気になり、鈴は一夏に近づいて声をかけた。

「一夏……?あんたどうし「……鈴」−−っ⁉」

 顔を上げた一夏の目を見て、鈴は思わず言葉に詰まる。その瞳に光は無く、どこまでも虚ろ。明朗快活を絵に描いたような普段の雰囲気さえ、欠片も感じさせない。

 一体何があったのか?鈴がそれを聞こうとした矢先に、一夏が口を開いた。

「鈴……。俺は、誰なんだ?」

「は?」

 あまりにも小さく、震えた声。そこにいつもの強気な態度は無かった。一夏の異変を察知したラヴァーズも何事かと一夏に近づく。

『『ヴィリェーリャ・メティル・モスクヴェ』の弱点は、強襲突撃戦に特化させ過ぎて遠距離攻撃手段がほぼない事だ!』

『その通りよ!だから、サッサと遠くから狙い撃って私を落としなさい!そんでもって休憩に行きなさい!アンタ顔酷いわよ⁉』

『ああ是非そうさせて頂きますよ!そんな時間があればね!という訳で、《火神(アグニ)》フルバースト!』

 なお、モニターの向こうで奮闘している九十九の事は、シャルと本音だけがが絶賛応援中である。

 

 

「よくやったわ、坊や……。ありがとね、この子を止めてくれて」

 『ヴィリェーリャ・メティル・モスクヴェ』の突撃を躱しつつ、その隙を見て《アグニ》を撃ち込む。を繰り返す事約10分。ようやく『ヴィリェーリャ・メティル・モスクヴェ』を撃墜する事に成功した。

「はー……はー……。山田先生、次は⁉……山田先生?」

 作戦室に通信を繋ぐが反応がない。なんだ?どうした?

「山田先生、応答を!山田先生!」

『……はっ!は、はい!村雲くん、どうぞ!』

 何があったのかは分からないが、呆けていたらしい山田先生が慌てて返事を返してきた。

「次の敵襲までの時間と規模を」

『はい!……次はドイツ・イタリア・フランスが約2時間後に襲撃予定です!』

「少しは休めそうか……。一時帰投します。『フェンリル』の補給と整備をお願いしたい」

『了解です。村雲くんは第3アリーナへ。整備班が待機しています』

「了解。村雲九十九、帰投します」

 ようやく一息つける事に安堵しながら、私はIS学園に戻るのだった。

 

「お疲れさまでした、村雲くん。補給と整備は私達に任せてください」

「高カロリーのゼリー飲料と横になれる場所を用意しました。村雲くんは体を休めていてください」

「感謝します」

 『フェンリル』から降り、ゼリー飲料を手早く胃に収め、用意された簡易ベッドに横に−−

 

バンッ!

 

「「「九十九(さん)!説明(してください)!」」」

 なろうとして、ラヴァーズの襲撃を受けた。

「説明?何のだ?というか、少し寝たいので後にして欲しいんだが?」

 努めて億劫な空気を醸しつつそう言うと、後頭を掻きながら鈴が言った。

「あー、じゃあ寝てていいから説明しなさい!一夏に何があったの⁉訊いても答えてくんないのよ!」

「千冬さんならば何か知っているのではと思って訊いてみたが『私からは話したくない。どうしても知りたければ村雲に訊け』の一点張りでな」

「お疲れの所、申し訳無いとは思います。ですが!」

「簡潔でいい。答えろ、九十九」

「……お願い、します」

「皆、一夏くんが心配なのよ。ね?お願いっ!」

「……話しても良いが、少々……いや、大層胸糞悪い話だ。それでも良ければ聞かせよう」

「「「お願いします!」」」

 私の前置きに間髪を入れずに答えるラヴァーズ。私は小さく溜息をつき、私自身あまり口にしたくない話を口にした。

 

ーーー村雲九十九、説明中ーーー

 

「以上が、一夏と千冬さん、そして織斑マドカを自称する少女の秘密だ。いつの時代も上の人間の考える事は『理解不能』という点で同じだな」

「「「…………」」」

 私の話を聞いたラヴァーズ達は、その話のあまりの重さに俯いて声も出ない様子だった。

「そして、それを聞かされた一夏は己の存在証明(レゾンデートル)を見失い、呆然としている。さて、ここまで聞いた諸君に訊く。……どうしたい?」

「「「っ⁉」」」

 私の問いにハッと顔を上げるラヴァーズ。私は彼女達一人一人の目を見ながら、彼女達を煽る為の一言を放つ。

「己を見失い、憔悴しているあいつに、お前達は何が出来る?何をしてやれる?まさかとは思うが『そっと見守る事しか出来ない』なんて言わんよな?」

 私の一言はラヴァーズの心に火を着けたようで、彼女達の目には並々ならぬ気合が宿っていた。

「はっ、あったりまえじゃない!」

「無論だ。あいつの事は尻を蹴飛ばしてでも元の一夏に戻してやる!」

「ええ、こうも煽られて『何も出来ません』なんて、口が裂けても言えませんわ!」

「やってやろうではないか。嫁を生き返らせるは私の……いや、私達の使命だ!」

「……頑張る!」

「あ~らら、皆燃えちゃって……。ま、それは私もだけど!」

「ならば行け。あいつを絶望の淵から引きずり上げて来い。私では無理だ。千冬さんにも出来ない。……任せるぞ!」

「「「ええ(おう)(はい)‼」」」

 私の激を受け、意気軒昂のラヴァーズ達は一路、作戦室の一夏の元へ向かった。

(まあ、あいつ等に任せておけば一夏も立ち直ってくれるだろう……)

 ところで、箒が『一夏の尻を蹴飛ばしてでも』と言っていたが、流石に本当に尻を蹴飛ばしたりせんよな?と、思いながら時計を見ると、第四波到達まであと90分を切っていた。眠るのは無理でも、目を瞑って横になるくらいは出来そうか。まあ、横にはなっていたが。

 仰向けになるように寝返りをうち、目を瞑って休もう−−

「む、村雲くん!村雲くん!」

 とした所で、今度は大慌てで山田先生がやって来た。……休ませてくれよ。

「どうしました?山田先生。まさか第四波到達が早まったとか、暴走ISの総数がエラい事になっていたとか言いませんよね?」

「……どっちも当たりです。ドイツ・フランス・イタリアの暴走ISは、偏西風を利用して加速。予想到着時刻が30分早まりました。更に……」

「更に……?」

 青褪めた顔で報告をしてくる山田先生に、嫌な予感が止まらない。

「戦力報告によると、ドイツ軍203航空機動大隊・IS中隊(12機)にフランス軍所属のIS1個小隊、イタリアからはIS1個分隊(2機)。途中でイギリス空軍機が1個小隊と北欧三州協商連合軍1個分隊、ルクーゼンブルク公国軍から1個分隊が合流したとの事。次いでAUから1個小隊、UAEから1個分隊、アフリカ大陸諸国連合から1個小隊、アメリカ・カナダ・ブラジルから合計1個中隊分もあと2時間以内に日本領空に進入する見込みです。つまり……」

「今から約2時間後には、私の所に1個増強大隊規模(48機)のISがやって来ていると……?」

「……はい」

 沈痛な面持ちで是の返事を返す山田先生。そうかー、1個増強大隊かー。……死ぬな、私。

 

 

 同時刻、ラグナロク・コーポレーションIS開発部研究室。

「完成しました……!これがあれば、窮地の九十九くんを救えます」

「よし、急いで持っていこう。ヘリを用意しろ!各空港の管制に発着時刻とルートの通告は忘れるな!」

「「「はっ!」」」

「待っていろ、九十九くん。君を独りにはせんぞ……!」

 そう言いながらモニターを見つめる藍作。そこには、たった一文こう書かれていた。

 『コード・リベリオン』

 逆撃の刃が九十九に届くまで、あと約2時間半……。




次回予告
『コード・リベリオン』それは、反逆の意志持つ者への福音。
神を喰らう魔狼の咆哮に応え、反骨の戦士はここに集う。
さあ、反撃の時間だ。

次回「転生者の打算的日常」
#98 逆撃之刃(後)
ここからは私の……私達のターンだ!


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#98 逆撃之刃(後)

 私こと、村雲九十九に1個増強大隊規模のISが襲撃を仕掛けてくると判明してから90分後。

「とは言え、出ない訳にもいかないのが辛い所だ」

 IS学園西側沖15㎞地点。あと10分もすればヨーロッパ諸国から集まったIS2個中隊とAUの1個小隊が見えてくる。その30分後にはUAEとアフリカ大陸諸国連合の1個増強小隊が、さらに30分後にはアメリカ・カナダ・ブラジル連合軍1個中隊がやってくると言うのだから全くもって笑えない。

『レーダーに感!欧州連合軍2個中隊規模、及びAU軍1個小隊が接近中!』

「了解。あ、そう言えば一夏の様子はどうですか?」

『え?織斑くんですか?篠ノ之さん達に何処かへ連れて行かれて、まだ戻って来てませんね』

「そうですか。まあ、ラヴァーズには発破をかけておいたので、上手くやってくれるでしょう。……敵勢力の機影を確認。迎撃行動に移る。オーバー」

『了解。ご武運を、オーバー』

 山田先生との通信を切り、深い溜息を一つ。状況は最悪、勝率はほぼ0。それでも、私がやらねば誰にもやれないこの任務。いや、本当に割に合わん。超過勤務手当をたんまり請求しないといけないな、これは。

 そしてやってきた欧州連合IS部隊。先頭はドイツの第三世代機『ライン・ヴァイス・フィー』とその大元になった第二世代機『ヴァイス・フィー』11機……ドイツ空軍203航空機動大隊だ。

 その後ろにフランスの『ラファール・シュヴァリエ』、イタリアの第二世代機『紅魔(ディアブロ)』、イギリスの第二世代機『キング・アーサー』『ガウェイン』『ランスロット』『トリスタン』の『円卓の騎士(ラウンドナイツ)シリーズ』、北欧三州協商連合の『ラファール・ノーザンカスタム』、ルクーゼンブルクの『ラファール・ショート・ディーラー』……欧州の名機が勢揃いだ。

 おっと、南から来たのはAUの第二世代機『南十字星(サザンクロス)』か。いやまったく−−

「モテる男は辛いな」

「軽口を叩けるとは余裕だな。たった一機で増強大隊を相手どるなど、私でも逃げるが」

 私の呟きに呆れ混じりの声をかけてきたのは、デグレチャフ少佐だった。その後ろに侍るIS中隊員達は、おしなべて沈痛な面持ちをしている。他の国のパイロット達も、総じて申し訳なさ気な表情だ。

「すまない、村雲九十九くん。我々は君に、多大な迷惑をかけている」

 欧州連合を代表して、少佐が小さく頭を下げた。

「お気になさらず。全ては、あのクソ兎の私怨からくるものです。貴女方には何の咎も責もありません」

「……感謝する。武運を祈る」

 少佐の感謝の言葉の直後、203航空機動大隊が散開。それに合わせて欧州各国のIS達も戦闘行動を開始する。真っ先に飛び込んできたのはイギリスの『ランスロット』。その手には超音波振動剣(MVS)《アロンダイト》が握られている。

「受けちゃだめよ!躱しなさい!」

 『ランスロット』のパイロット、ピボット少尉の忠告に従い、《アロンダイト》の斬撃を鼻先数㎝のギリギリで躱し、お返しに《狼牙》の零距離射撃を叩き込む。ピボット少尉の顔が苦悶に歪むが、『ランスロット』は構わず斬撃を繰り出してくる。

 この動き、やはりパイロットの状態をISが勘案していないのか。それに……。

『村雲!左右注意!』

「っ!」

 デグレチャフ少佐の警告が飛んでくる。それに従い瞬時加速で前方に逃げると、直前まで私のいた場所に『ヴァイス・フィー』1個小隊による機関砲一斉射が行われた。

「「「きゃああっ⁉」」」

 その弾丸は、私の右から突撃を仕掛けていた『ラファール・ノーザンカスタム』2機と『ランスロット』に直撃。欧州連合軍のIS三機は友軍誤射(フレンドリーファイア)によって撃沈した。

「これは……?」

 私はその一連の流れに違和感を覚えた。『ランスロット』と『ヴァイス・フィー』、そして『ノーザンカスタム』の今の戦闘行動、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような……。

 それに、今の『ヴァイス・フィー』小隊の動き、どこかで見たような気がする。あれは確か……。

「IS学園図書室の映像ファイル『ドイツ空軍におけるIS機動戦技研究』で見た集団戦術を、そのままなぞっている……?」

「恐らくその通りだ、村雲くん」

 そう言いながらこちらに飛び込んで来るのは少佐率いるIS中隊第一小隊。その手にはドイツ軍正式採用の自動小銃をIS用にサイズアップした物が握られている。

「でなければ、我が203航空機動大隊IS中隊がフレンドリーファイアなどという愚を犯す筈がない。動きが機械じみているのもそのためだろう」

 自身の見解を述べつつ自動小銃を撃ってくる少佐の『ライン・ヴァイス・フィー』と三機の『ヴァイス・フィー』。その動きはいっそ不気味なほどに整っていて、逆に読み易い。

 乱数機動回避を行いつつ高度を取る。そして、高度差を利用して上から『ライン・ヴァイス・フィー』を急襲しようとして『キング・アーサー』と『ガウェイン』、『トリスタン』の襲撃に邪魔をされる。

 両手剣《エクスカリバー》、片手半剣《ガラティーン》弓形エネルギー弾発射装置《フェイルノート》による一斉攻撃。しかし、その攻撃はそれぞれが自分の攻撃を当てようとする事に必死で、連携というものがまるで取れていない。

「イギリスの第二世代機が『IS同士の一対一』に主眼を置いたものとは言え、これはヒドすぎる……」

 というか、互いの攻撃が当たっているにも関わらず、それに委細構わず攻撃を繰り出してくる『ラウンド・ナイツ』の姿は、不気味を通り越して異様だ。

 「村雲くん、お願い。この子達を楽にしてあげて……!」

 そして、そんな愛機を見ていられない、『ラウンド・ナイツ』の心情も痛い程分かる。悲痛な表情を浮かべるペンドラゴン中尉に頷き、《神竜》を展開した拳で『キング・アーサー』の腹に一撃を叩き込む。拳の先から放たれた衝撃砲によってバイタルポイントを強かに穿たれた『キング・アーサー』は、エネルギーエンプティを起こして海に落ちていった。

 続いて、すぐ近くにいた『ガウェイン』の突きを躱しながら側面に回り込み、その頭にハイキックと衝撃砲を時間差をつけて食らわせる。『トリスタン』の《フェイルノート》をしこたま撃ち込まれていたせいか、『ガウェイン』もまたその一撃でエネルギーエンプティを起こす。

 最後に残った『トリスタン』は瞬時加速で詰め寄っての《神竜》乱打で沈めた。本当の意味での『敵』ではない事から、顔面だけは殴らないでおいた。何?『ガウェイン』の頭蹴ってたろって?顔じゃないからセーフだよ。

 

 

「『キング・アーサー』、『ガウェイン』、『トリスタン』沈黙!これで6機の撃墜です!」

 「凄いですねー!」と称賛の声を上げる真耶に、しかし千冬の顔は冴えなかった。

「向こうに連携ができていないからだ。もし連携されていれば、奴は既に落とされている」

 事実、モニターの向こうでは暴走ISが九十九の事をてんでバラバラに追いかけ、フレンドリーファイアを一切気にせず攻撃を仕掛けている。唯一連携が出来ている(ように見える)のは、203航空機動大隊IS中隊の面々だけだ。

『村雲!今は兎に角逃げ回れ!これだけのフレンドリーファイアの応酬だ、自滅する奴等も少なからず出るはずだ!』

『了解です!少佐殿!』

 ターニャの指示を受けて、今は只管逃げに徹しつつ、弱ったISを狙って落とす作戦に切り替える九十九。時に近くにいたISを盾にし、時にギリギリまで相手を引き付けて躱して空中衝突を誘発させ、出来た隙を見逃さずに攻撃を仕掛けて落とす。この作戦で、イタリアの傑作IS『ディアブロ』が脱落した。

「『ディアブロ』2機の撃墜を確認!これで残りは16−−「いや、22機だ」えっ?」

 

BEEP!BEEP!

 

 千冬の呟きと同時に、作戦室のサイレンがけたたましく鳴り響く。それは、九十九にとっての絶望が現れた事の合図だった。

「レ、レーダーに感!UAEの『蛇王(ナガラジャ)』2機、アフリカ大陸諸国連合の『打金亜式』4機の1個増強小隊です!」

『来たか!分かってはいたが、やはり一人でこの数は捌ききれるものじゃないぞ!』

 背後から撃ち込まれる弾丸を乱数機動で必死に躱し、突撃を仕掛けてくるISをギリギリまで引き付けて直前で進路変更して後続との衝突事故を起こさせながら、九十九はヤケクソ気味に大声を上げる。

 実際、九十九はよく頑張っている。相手が言ってしまえば烏合の衆であり、連係プレーというものを全く行えていない(一部除く)事と、暴走ISのパイロット達が九十九の被弾を防ぐ為に積極的な声掛けを行っている事。その2つの要因が、九十九の驚異的な粘りに繋がっている。しかし、それも限界が近づいている事は千冬はもちろん、真耶にも分かっていた。

『はあ……はあ……』

『村雲!3時方向へ離脱!直後に5時方向へ転進!そこに包囲の穴がある!抜けろ!』

『くっ!』

 ターニャの指示に従って包囲網を抜ける九十九。だがそこへ、包囲の穴を埋めるように『ナガラジャ』と『打鉄亜式』が立ち塞がる。

『ちいっ!』

 『打鉄亜式』のアサルトライフル一斉射を《スヴェル》で防ぎ、その体勢のまま盾を構えて突撃(シールドタックル)を仕掛ける。『打鉄亜式』を1機巻き込みながら包囲を抜けた九十九は、《スヴェル》を蹴飛ばして方向転換。暴走ISの群れから大きく距離を取る。

「村雲くん、大丈夫ですか⁉」

『大丈夫に見えるならいい眼科医を紹介しますよ山田先生!』

「悪態をつけるならまだ行けるな。だが本当に拙いとなったら撤退も視野に入れろ」

『撤退させてくれるとお思いで⁉織斑先生!』

 千冬も『いざとなったら逃げろ』とこそ言ったものの、一対1個増強大隊という普通なら有り得ない状況でそれが出来るとは思えなかった。というか、自分でも無理だと断言できる。しかも−−

「さ、更にレーダーに感!アメリカの『ファング・クエイク』、特務部隊『オルカ』仕様の『ラファール』、カナダの『グリズリー』、ブラジルの『パイソン』です!」

『なっ⁉早すぎる!まだUAEとアフリカ大陸諸国連合の到着から10分も経ってないぞ⁉』

 あまりにも早すぎるアメリカ・カナダ・ブラジル連合軍の到着。九十九の叫びも無理からぬ事だった。

(これ以上はあいつが危険だ……。だが……!)

 ギリ……。と音がする程に拳を握る千冬。救援に行こうにも、使えるISはない。起動すれば、間違い無くそのISは九十九に牙を剥く事になる。九十九にはこれ以上の負担を強いられない。

(だからと言って……!)

 このままでは数の暴力によって九十九が落とされるのは時間の問題だ。千冬が臍を噛む思いをしていると、作戦室のドアが勢いよく開いた。

「千冬姉!九十九を助けに行こう!」

 現れたのは、すっかり元の調子を取り戻した一夏とラヴァーズだった。

「一夏か……。調子を取り戻したようだが……せめて顔は洗ってから来い」

 呆れの籠もった声で千冬がそう言うと、一夏は「いっ⁉まだ付いてたか⁉」と顔を拭った。この2時間弱の間に何があったのかは、一夏とラヴァーズの名誉の為に敢えて語らない。

「んんっ!……話は皆から聞いた。今ISを起動して戦場に出たら、九十九の敵になっちまうって事も分かってる……。けど!あいつは俺の親友なんだ!親友のピンチをただ見てるなんて、俺にはできねえ!」

「…………」

「頼む!行かせてくれ!ここで行かなかったら、俺は一生後悔する!」

『その意気や良し!ならば我々に任せてくれたまえ!』

「「「えっ⁉」」」

 唐突に響いた渋い中年男性の声。その正体は−−

 

 

『その意気や良し!ならば我々に任せてくれたまえ!』

「社長⁉何故ここに⁉」

 ラグナロク・コーポレーションのロゴが入った大型輸送ヘリから戦場に響いたのは、同社社長、仁藤藍作さんの声だった。というか本当に何故ここに?一体何をしに……⁉

『君の危機に我々が動かない訳がないだろう!さあ、九十九くん!このデータを受け取るんだ!』

 

P!

 

「これは……?」

『『フェンリル』が我々に送ってきた『コード・カタストロフィ』のデータを元に開発した、対『コード・カタストロフィ』専用コード『コード・リベリオン』だ!』

 送ってきた『コード・リベリオン』の内容を確認し、私は驚愕に目を見開いた。なるほど、確かにこれは『反逆』だ。『フェンリル』からの情報提供ありきとは言え、こんな物を事後の僅かな間に開発するとは、やはりラグナロク恐るべしだな。

「ぶっつけ本番、試験も無し。本当に効くのかも未知数……。だが、やるしか無い。……信じるぞ、『フェンリル』!」

 覚悟を決め、私は天に右拳を突き上げてその名を叫んだ。

「集え!反骨の戦士達よ!『コード・リベリオン』発令!」

 

 

 同時刻、篠ノ之束謹製移動式研究室『吾輩は猫である(名前はまだ無い)』モニタールーム。

『集え!反骨の戦士達よ!『コード・リベリオン』発令!』

「『コード・リベリオン』?何かは知らないけど、そんな事しても無駄−−「束様!」どうしたの、クーちゃん?」

()()()()()()()I()S()の、『コード・カタストロフィ』が無効化されています!」

「えっ……⁉」

 ISの起動状況を映したモニターに目を移した束は、唖然とした。漆黒に彩られていたそのモニターが、今は漆黒と灰銀に変わっていたからだ。

「どうして……⁉」

 呟いた束の元へ、メッセージが届いた。それは、『フェンリル・ルプスレクス』−−正確にはそのコア−−からの物だった。

The wish of the Lord is my wish(主の願いは我が願い)The enemy of the Lord is my enemy(主の敵は我の敵)Mother, it is time to make a decision(母上、決別の時です). No.002  Ange』

 

ダンッ!

 

 束は思わずテーブルに拳を叩きつけた。思いもしなかったのだ。『フェンリル』に使われていたコアが、嘗て『白騎士』のコアと同時期に作ったはいいものの、自我が強く反抗的で、束が自分の役には立たないと判断して早々に世界に放り出し、そのまますっかり忘れていたコアだったのだから。コアNo.002、自称は−−

「アンジュ……お前だったのか!」

 自分が今最も憎々しく思っている相手と、最も自分に反抗的だったコアを搭載したIS。束の中で、九十九を殺す理由が一つ増えた。

 

 

「つまり『コード・リベリオン』の発令によって、未起動のIS限定とはいえISは暴走しなくなった。という事ですか?仁藤社長」

『そうだ!これで君達も、大手を振って九十九くんを助けに行けるぞ!一夏くん!』

 モニターの向こうで胸を張る藍作の言葉に、一夏達が色めき立った。

「一夏!」

「おう!皆、行こう!」

「「「はい!」」」

 一夏の号令と共に一斉に駆け出す専用機持ち達。ただ一人専用機の無い箒は、彼等の背中を見送るしかなかった。それが箒にはもどかしく、悔しかった。

「くっ……!」

 思わず歯ぎしりをしてしまう。九十九には恨みもあるが、それ以上の恩がある。それに何より、九十九は自分の最も付き合いの長い友人だ。友の窮地に立たずして、どの面下げて「あいつと私は友達だ」と言えようか?

『と、思っているね?篠ノ之箒くん』

「っ⁉」

 唐突に藍作に話しかけられ、ビクッと肩を揺らす箒。思わずモニターに目を向けると、画面越しに藍作と目が合った。

 笑っていた。悪戯の成功した悪ガキのような、にんまりとした笑みだ。

『そんな箒くんに、贈り物を用意した。織斑先生、第3アリーナに着陸許可をくれないかな?目一杯飛ばしてきたから、ヘリのローターが焼き付きそうだとパイロットが訴えていてね』

 戯けた口調で言う藍作を若干訝しみながらも、千冬は着陸申請を許可した。数分後、アリーナに足を踏み入れた千冬と箒。そこでは輸送ヘリから下ろされるコンテナを、藍作が誘導灯を持って自ら誘導していた。

「オーライ、オーライ。はいストップ!そこで下ろしてくれ!」

 その大企業のトップとは思えない振る舞いに、箒と千冬が揃って呆然としていると、二人に気づいた藍作が近づいて来た。

「おお!来たね、箒くん。早速だが、時間が惜しい。単刀直入に行こう」

「は、はい」

 藍作に言われ、身構える箒。藍作は箒の眼を真っ直ぐに見つめながら、真剣な声で訊いてきた。

「箒くん。君はまだ、ISに乗る気が−−「無論です」……ほう?」

 藍作の質問が終わるのを待たずに決然と言い放つ箒に、藍作の口角が上がる。

「私はもう、自分の運命から逃げないと決めました。だから、戦います。たとえ、相手が姉であっても」

「その一言が聞きたかった!受け取りたまえ!我社が徹底的にカスタムを重ねた第2.8世代機『打鉄・(あかつき)』を!」

 

ガコン……!

 

 重々しい響きと共にコンテナの扉が開く。現れたのは、深紅の装甲の『打鉄』。そのシルエットは、かつての愛機『紅椿』によく似ている。

「ありがとうございます。……これで私は、また戦える!」

 そう吠える箒の目には、決意の炎が燃えていた。

 

 

 『コード・リベリオン』の効果により、未起動のISに仕込まれた『コード・カタストロフィ』は無効化された。だが、あくまでも『未起動のIS』だけなので、私に殺到している暴走ISは止まる事なく私に攻撃を繰り返している。特に厄介なのは、やはり203航空機動大隊IS中隊の面々だ。一糸乱れぬ連携戦術は、向けられているのが自分でなければ惚れ惚れと見入っていただろう程に洗練されている。

「第3中隊が銃剣突撃体勢に入ったぞ!行動警戒!」

 デグレチャフ少佐の指示に従って、第3中隊の動きに注意を向けた瞬間、死角から『パイソン』の軽機関砲の斉射が行われた。咄嗟に回避したものの、それによって体勢を崩した私に第3中隊の銃剣突撃が迫る。その先頭、第3中隊長ノエル・ケーニッヒ中尉搭乗の『ヴァイス・フィー』が狙うのは……私の心臓の真上。

(拙い……!躱せない!)

 この一撃を受ければ、私と『フェンリル』は致命的な隙を晒す事になる。そうなれば、後は数の暴力で押し切られるだろう。

 広域停止結界《ディ・ヴェルト》を使おうにも、エネルギー残量から考えて展開時間は1秒あればいい方。とても体勢を立て直せるだけの時間は稼げない。万事休す、と思ったその時。

「うおおおっ‼」

 

ガキィンッ!

 

 私と『ヴァイス・フィー』の間に割って入り、銃剣突撃を止めたのは、『白式・王理』を身に纏った一夏だった。

「悪い、遅くなった。生きてるか?兄弟」

「ああ、無事だよ相棒。何ともいいタイミングだ。私が女だったら惚れてたかもな」

「やめてくれよ。あいつらに聞かれたら後が怖え」

 笑みを浮かべて軽口を叩き合う私と一夏。するとそこへ、それぞれの愛機を纏った専用機持ち達が続々と現れた。

「九十九!無事⁉」

「ケガしてない〜⁉」

 私の身を案じながらシャルと本音が。

「待たせたわね!九十九!」

「ここからは、わたくし達も共に戦いますわ!」

 勇ましくも凛とした声音で鈴とセシリアが。

「兵力の差は歴然か」

「……だけど、引けない……!」

 静かな闘志を燃やしながらラウラと簪さんが。

「ここね?祭りの会場は!」

 口調こそ戯けているが、引き締まった表情の楯無さんが。

「……ふっ」

 危機的状況である事は変わらないはずなのに、つい笑みが漏れる。シャル達の登場に安心している自分がいる事に気づいて、なんだかおかしくなったからだ。

「九十九!私も戦うぞ!」

 と、そこへ『紅椿』に似たシルエットの『打鉄』を纏った箒が合流。IS学園専用機持ちが全員集合した。

 心強い。負ける気がさらさらしない。だからこそ、私はこう口にした。

「さあ、反撃開始だ」

 

 

 そこから先は、あっという間だった。

 数はいても連携をする事のない暴走ISの群れと、数は少ないが連携の出来る我々では、その総合戦闘力が違い過ぎた。

「《サイクロプス》、フルバースト!」

 シャルの面制圧射撃が暴走ISを追い回し。

「ひっさつ!サンダーストーム!withエル・トール!」

『了。識別機能付広域雷撃を開始します』

 追い立てられたISを本音の雷撃が容赦無く穿つ。

「行くぜ!《零落白夜》!」

 辛うじて雷撃を逃れたISも、一夏が度重ねた特訓によって精度を上げた瞬時加速からの《零落白夜》で斬って落とし。

「これでも食らいなさい!」

 一夏の一撃を免れた機体も、鈴の衝撃砲を叩き込まれて撃墜されていく。

「AIC発動!今だ、セシリア!」

「お行きなさい!ティアーズ!」

 ラウラがAICによって暴走ISを空間に釘付けし、それを狙ってセシリアがビットによる全距離全方位射撃で沈め。

「……行って、《山嵐》!」

 簪さんのマイクロミサイルが複雑な動きで暴走ISを追い立て。

「ざーんねん、そこは死路よ」

 逃げてきた暴走ISを《クリア・パッション》の水蒸気爆発が襲う。

「はああっ‼」

 止めとばかりに、箒の裂帛の気合いが籠もった一閃が暴走ISを斬り捨てる。

 十数分後、暴走ISのAIが判断したか、どこかで見ていたクソ兎がそう指示したか、暴走IS群は()()()()()()()()()()()()退()()()()()()

「「「なっ⁉」」」

 当然、パイロット達に生身で空を飛ぶ手段など無い。大慌てでパイロット達を保護する私達。全てのパイロットを保護する頃には、暴走IS群は水平線の彼方に消えていた。発煙信号で『次は殺す』と残しながら。

 

 こうして、総勢60機近い暴走ISによる、私こと村雲九十九襲撃事件は、襲撃者の半数を逃がす事になりつつも、一応の決着を見た。

「とりあえず、一難は去った……か。だが……」

 これが、これから始まる世界を巻き込んでの大乱のほんの序章に過ぎない事は、この場にいる誰もが薄々感じていた。

「ヒーロー……もとい、ヒロインは!遅れて現れる!待たせたのう、九十九!わらわが助けに……来た……ぞ?」

「アイリス……遅れ過ぎだ。お客さんは帰ってしまわれたよ」

「なんとっ⁉」

 ……いや、意気揚々と大遅刻したこのお姫様だけは別かも知れないが。




次回予告

天災の憎悪が巻き起こした大乱。その影で蠢く亡霊達。
亡霊に約束された敗北を与える為、黄昏の一団が立ち上がる。
そして明らかになる、黄昏の長の秘密の一端とは……?

次回「転生者の打算的日常」
#99 仁藤藍作、原点

俺はね、九十九くん。どうしても奴らを消さねばならない理由があるんだ。


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#99 仁藤藍作、原点

 九十九と暴走ISとの戦いが一応の決着を見た、丁度その頃。

 某国某所、亡国機業(ファントム・タスク)のアジト内会議室では、『幹部会』メンバーが偵察衛星から送られて来た映像を眺めながら言葉を交わしていた。

「……やはりラグナロクだな。かの天災が作り出した行動強制プログラムをあっさりと覆して見せるとは」

「もはや、日本の一企業として見る事はできんな……」

「だが、我らとしても渡りに船であった事には違いない」

「左様。篠ノ之束の『コード・カタストロフィ』は我らのISも対象としていた故、軛が外れたのは嬉しい誤算よ」

「然り。これで我らの最終計画を実行に移せるというもの」

「では、始めよう。世界を今再び混沌へ落とすための戦いを」

「「「全ては亡国機業の為に」」」

 そう言って、『幹部会』メンバーは席を立ち、めいめい会議室から出て行く。亡霊の跋扈の瞬間は、間近に迫っている……。

 

 

「あー……。死ぬかと思った」

 IS学園、第3アリーナ。大挙して押し寄せた暴走ISとの戦いを終え、どうにか生きて戻る事のできた私は安堵の溜息と共に地面に倒れ込んだ。

「わわ、九十九⁉」

「だいじょうぶ〜?」

 倒れた私を気遣ってシャルと本音が近づいてくるが、頭を上げる事さえ億劫な私は、何処までも青い空を見ながら言った。

「大丈夫じゃない。体も精神も、ついでに脳みそもクタクタだ。このまま寝てしまいたいと思えるくらいにはな」

 実際、もう既に眠気が襲い始めていて、気を抜いた瞬間寝落ちすると自分でも分かる程だ。とはいえ、こんな所で寝落ちするわけにはいかない。

「ふん……!」

 気合を入れて体を起こそうとしたが、腕に力が入らないせいで全く上手くいかない。見かねた一夏が肩を貸してくれた。

「すまんな、一夏。手間を掛ける」

「いいって。ってか、お前が立てなくなるくらい疲れてるとことか、何気に初めて見るな」

「都合2時間以上の単機がけ、おまけに相手は有名所のオンパレードだぞ?消耗しない方がどうかしてるわ」

「確かにな」

 笑いながら私を支えて歩く一夏。そこに仁藤社長が近づいて来る。

「やあ、九十九くん。お疲れさま。いや、災難だったねえ」

「ええ、まったく。『コード・リベリオン』がなければ、私がこうして生きている事も無かったと思います。それ程に今回はヤバかったです」

 これは偽らざる本音だ。もうあと一歩社長の介入が遅ければ、今頃私はIS学園の海の藻屑と化していただろう。あ、思い出すと震えが……。

「お、おい九十九?震えてるけどどうした?寒いのか?」

「いや、今になって急に恐怖感が表出したんだ。ホントよく生きてるよ、私……」

 言いながら、大きく息を吐く。真冬の冷気に晒された吐息が白く煙るのを見て、私は自身の生を実感するのだった。

 

 

「皆疲れているだろうし、詳しい話は明日しよう」

 千冬さんの「何故貴方自らここに?」という質問に対して社長がこう言ったため、一度解散しめいめいに休息を取った翌日。

 IS学園、地下作戦室、ブリーフィングルームには、専用機持ち全員と教師陣の一部、そしてラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作さんが一堂に会していた。

「やあ、諸君。おはよう。昨日はよく眠れたかい?改めて、ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作だ」

 ピッと指刀を切り、壇上で朗らかに言う社長。だが、それを見上げる皆の目は一様に『うわ、胡散臭っ!』と言っている……ように見える。とはいえ、そんな視線など一切気にしないのが社長である。

「さて、まずは昨日の質問に答えようか。何故、俺がわざわざ自分から戦闘空域にやってきたのか?だったね。理由は2つ、1つは九十九くんに直接檄を飛ばしたかったから。もう1つは……ラグナロク・コーポレーション社長として、IS学園上層部、並びに専用機持ちの皆さんに依頼があるからだ」

 飄々とした態度から一転、真剣な眼差しで千冬さんの後ろ……IS学園の真の理事長、轡木十三さんを見つめる社長。理事長は小さく溜息をつくと、一歩前に出た。

「お聞きしましょう」

 この反応に驚いたのは専用機持ちのほぼ全員。『えっ⁉あの人用務員のオジサンじゃないの⁉』とばかりに一斉に轡木理事長へと視線を向ける。……隠していたからとはいえ、皆驚き過ぎだろ。

「話が早くて助かります、轡木理事長。我々……というより、私からの依頼。それは、亡国機業(ファントム・タスク)撃滅作戦『オペレーション・ゴーストバスター』への、専用機持ち全員の参加であります」

 

ざわっ……

 

 社長の言葉に作戦室がざわついた。かく言う私も驚いている。何故なら、今まで一度として社長からそんな話をされた事が無いからだ。

「なお、我々が進言したこの作戦は既に国連、及び国際IS委員会によって承認され、国連直属IS配備部隊『火消し屋(プリベンター)』の参戦が決まっています。しかし、我々はそれだけでは戦力的に不安が残ると考え、貴方方に出撃依頼をしに来た。という訳です」

 淀みなく語る社長。その言葉には、普段の社長を知る私からすれば信じられない程の熱が籠もっていた。

「仁藤社長。そうは仰いますが、彼等彼女等はまだ一介の学生です。それを……」

「その通り。彼等は学生です。だがただの学生ではない。IS学園の生徒であり、専用のISを保持し、これまでに幾度となく死線を潜って来た歴戦の勇士です。尤も、この学園の防衛を担う教師陣がもっと優秀ならこの様な事にはならなかったでしょうがね」

「…………」

 社長の皮肉に、理事長は沈黙と俯きで答えた。あの人も生徒を戦場に送り出さねばならない事に、心を痛めていたのだろう。

「それに、昨日の一件で各国のIS事情は非常によろしくない事態に陥っています。頼る事はできません」

 『コード・カタストロフィ』ーーISに対する篠ノ之束の絶対命令権ーーの発動と、それによる各国のISの暴走並びに失踪は、それぞれのIS戦略に多大な影響を及ぼした。なにせ、国によっては保有するISの大半が暴走・失踪したのだから、笑うに笑えない。

 特にISが世に出たとほぼ同時に『IS自国起源説』を声高にぶちあげた某隣国など、篠ノ之束と世界中の顰蹙を買った結果供出されたコアは僅か1つ。それを載せた『高麗(コリョ)』が暴走した上、完全破壊一歩手前まで壊されたのだから、そのショックは他国とは比較にもなるまい。他の国も似たりよったりで、『ナメたマネしくさったウサギ女にギャフンと言わせたいが、今すぐは無理!』な国が大半なのだ。

 というか、復讐心に囚われ、私の抹殺の為だけに世界全体に現在進行形で多大な迷惑を掛けているあの女の暴走っぷりは、逆に清々しいものを感じないでもないが。

 おっと、思考が逸れた。修正修正。

 社長の依頼は、簡潔に言えば『亡国機業をぶっ飛ばすのを手伝ってくれ』だ。しかも、既に国連軍最強のIS部隊に協力を取り付けていると言う。……本当に何者だ?この御仁は。いち企業の社長が国連本部に渡りをつけ、戦力供与を確約させるとか、一体どんなコネクションがあればそんな事ができるんだ?

 いや、それより何より、何故社長はここまであの亡霊共に拘っているんだ?そんな理由は無い筈ーー

「と、思っているね?九十九くん」

「っ⁉……はい」

 思考を見透かされ、思わず肩を跳ねさせる私。そんな私に薄く笑みを浮かべた後、圧を感じる程の真剣な表情で、彼はこういった。

「九十九くん。俺にはね、何としてでもあの亡霊共を潰さないといけない理由があるんだ」

「理由……ですか?」

「ああ。……亡国機業の前身となる組織を立ち上げた男は……俺の高祖父だ」

 

ドヨッ……!

 

 社長がそう言った瞬間、作戦室が大きくどよめいた。

(亡国機業の大本を作ったのが、社長の……親族?)

「今こそ語ろう。俺の原点、亡国機業との因縁を」

 

 

 時は、第一次世界大戦の足音が日本にも聴こえ始めた頃まで遡る。仁藤藍作の高祖父、仁藤紅作はこの頃、大日本帝国軍に従軍。持ち前の要領の良さと高い学力で、その地位を確固たるものとしていたらしい。

 そして大戦の波は日本を飲み込み、当時の若い男達は否も応もなく戦争に駆り出されて行った。当然、紅作もだ。だが、結局紅作はこの時功績を立てられなかった。

 そればかりか、部下の暴走を止め切れずに部隊に壊滅的打撃を受けた責を取らされ、降格の上閑職に回される事となった。それを受け、紅作は軍を退役。野に下り、自ら軍需企業を起こす。

 起業から数十年後。各地に戦争の火種が未だ燻る世界情勢の中、紅作の会社は国内で最大の知名度を誇る企業となっていた。そんな時、紅作の下をある男が訪ねてくる。男の名はクラウド・ミューゼル。アメリカの裏社会の重鎮だった。

 

「ミューゼル……。スコール、まさか……?」

「ええ。私の曽祖父よ」

 

 クラウドは紅作にこう言った。『人類の発展は、戦争によってのみ齎される。我らが裏から戦争を操り、戦争を続けさせ、持って人類発展の礎にしようではないか』と。

 紅作もまた同じように考えていた。戦争が科学と技術を躍進させ、躍進した科学と技術が戦争を躍進させている事は疑いようもない事実だと。

 こうして両者の思いは一致し、ここに後の亡国機業となる軍需産業企業連盟『ウォーゲームマスター』は発足した。時に、太平洋戦争の直前の事である。

 

「まさか、亡国機業が元はテロ屋ではなく戦争商人だったとは……」

「私も初めて聞いたわ……」

 

 太平洋戦争の動乱の中、成長した『WGM』は世界の表裏に確かな影響力を持ち始める。そんな折、『WGM』を訪ねてきたのは太平洋戦争初期に、大国の侵略によって崩壊した『シュッツバルト王国』の元王女、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトだった。

 彼女の願いはただ一つ。『国土奪還とシュッツバルト王朝の復活』である。当初は渋った紅作とクラウドだったが、彼女の熱意といくつかの打算によって願いを聞き届ける事にした。

 結果だけ言えばツェツィーリエの国土奪還は、第二次世界大戦のどさくさに紛れる形で成った。しかしここから『WGM』の、というよりツェツィーリエの暴走が始まる。

 彼女は国土奪還がなった事で『WGM』の力を自分の力と勘違いしたのか、唐突に『世界統一宣言』を行い、『WGM』をその尖兵にしようとしたのだ。

 「我々は戦争商人であって傭兵ではない」と固辞しようとした紅作とクラウドだったが、既にツェツィーリエの『WGM』内における影響力は無視できないものとなっていたのに加え、既に老齢の域に達した彼らが後事を息子達に託して一線を退いた事で影響力が低下していた事もあり、結果として『WGM』はツェツィーリエ主導の元、世界に打って出た。そして、見事に砕けた。

 組織としての体を維持できるぎりぎりまで弱体化した『WGM』は、一度地下に潜らざるを得なくなった。しかし、それでもなおツェツィーリエの野心は収まるどころか更に膨れ上がる。

 ツェツィーリエは第二次世界大戦下で滅んでしまったいくつかの国の亡命者達にコンタクトを取り、『WGM』に糾合。ツェツィーリエのこの行動に、これまで付いて来てくれていた多くの軍需企業が「もうついて行けない」として脱退を表明。この時点で『WGM』は戦争商人の集まりではなく、復讐と領土野心に凝り固まった集団に成り果てた。

 変わり果てた『WGM』に、紅作は見切りをつけて一族を連れて脱退し、いずれ外から彼らを打ち崩す意思を固める。一方でクラウドは一族で内側から組織の暴走を抑えるべく敢えて残る判断をした。

 ここに、戦争を裏で操る事で人類発展に貢献しようとした軍需企業集合体『WGM』は事実上消滅。代わって、世界への復讐と統一をなさんとする秘密結社−−国を亡くした者達が織り合わさり、やがて世界を覆うようにとの意味を込めて−−『亡国機業(ファントム・タスク)』が誕生した。連合国軍が枢軸国軍に勝利し、戦争が終結する。その2年前の事だった。

 

「その後、仁藤家の家督を継いだ俺の爺さん……重蔵は仁藤重工業を起業。裏で亡国機業の動向を探りつつ力を溜め、奴等を叩き潰すために行動していた。全ては先祖が残し、しかし変わり果ててしまった哀れな亡霊を、俺達の手で成仏させるために」

「そんな話、父から聞いた事も……」

「恐らく知らなかったか、知ってはいたが話した所でどうにもならないと思ったんじゃないか?貴女の父がその話を知った頃には、ミューゼルの一族は亡国機業に毒され過ぎていただろうから」

 愕然とするスコールに自説を語る私。実際、第二次世界大戦から既に1世紀以上が経過した今、ミューゼルの一族は亡国機業の抑え役としての責務を全うしているとは言えない。

 長い年月のその果てに責務を忘れたか、あるいは闘争と謀略の愉悦に酔ったか。いずれにせよ、今のミューゼルに期待は持てないと言えよう。

「それに、これは個人的な復讐でもあるんだ。九十九くんは知っているよな。ラグナロクの成り立ちを」

 話を振ってくる社長に私は首肯で答えた。ラグナロク・コーポレーションは、社長が祖父から受け継いで発展させた……ん?

「……社長。社長は、ラグナロク・コーポレーションの前身、仁藤重工業を()()()()()()()()()()()んですよね。と、いう事は……」

「気づいたようだね。その通りだ。俺の両親、仁藤碧彦(へきひこ)愛莉(あいり)、そして妻の八重(やえ)と娘の(ゆい)は、12年前に亡国機業に殺されている」

「「「……っ⁉」」」

 またも放り込まれる衝撃事実。社長の父君、碧彦氏は12年前にやって来た亡国機業の使者から亡国機業入りを打診され、それを断った。どころか、受け取りようによっては宣戦布告と言ってもいい台詞を吐き、その日の夜、仕事の残っていた藍作を残して外食に行った帰りに()()()()()()1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのトラックの運転手も4人を撥ねた直後に近くのビルに衝突した衝撃で即死。この事故は被疑者死亡のまま書類送検され、藍作に僅かばかりの損害賠償金が加害者側から支払われて終わった。

 その後、藍作に差出人不明の手紙が届く。内容はたった一言。

『お前の父が頷いていれば、こうはならなかったのに』

 両親から話を聞かされていた藍作はその一文だけで家族が誰に殺されたのかを悟り、怒りと憎しみの咆哮を上げた。

「その時から今日まで俺は、あいつらへの復讐のためだけに生きてきた。この作戦も、言ってみれば俺の復讐の一環に過ぎんのかも知れん。だが頼む。俺に力を貸して欲しい」

 壇上で深く頭を下げる社長。それに対して、私はこう言った。

「社長、その依頼は私には無意味なものです」

「九十九っ⁉」

 私の発した台詞にギョッとする一夏。それを敢えて無視し、言葉を続ける。

「何故なら、亡国機業は私にとっても因縁浅からぬ相手。潰すと聞けば、こっちが連れて行けと言いたいくらいですね」

 スコールとオータムに始まり、自称織斑マドカ、双子の暗殺者姉妹、そして新旧のエイプリル。もはや避けて通れぬ程に連中と私……私達は関わっている。全てを纏めて精算できるチャンスがそこにあるのに、それを見送る程愚かなつもりはないのだ。

「要は、とうに答えは決まってる。そういう事です」

 言いながら席を立ち、私は社長に宣言した。

「私、村雲九十九は、今回の亡国機業討伐作戦『オペレーション・ゴーストバスター』への参加を、志願します!」

 私の言葉に頷く社長。その顔は喜色満面の笑顔を浮かべている。

「僕も行きます。旦那さんだけ、危険な所に行かせられないもの!」

「わたしも、今度こそつくもを守る!」

「わらわも行くぞ!ジブリル!お主も来い」

「御意。私が全身全霊をもって、御身を守護致します」

 私に続いてシャルと本音、アイリスとジブリルさんが立ち上がり、作戦参加を表明。更に。

「俺も行く。マドカとは、どこかでキチンとぶつかる必要がある。そんな気がするから」

「私もだ。この一件、もしかしたら姉さんが出てくるかも知れない。だったら、あの人を止めるのは私の役目だ」

「あたしも行くわよ。こちとら何回も上等かまされて、いい加減我慢の限界だってのよ」

「わたくしも参ります。『サイレント・ゼフィルス』が奪われたのは我が国の汚点。雪ぐ機会がそこにあると言うならば、手を伸ばすのは当然ですわ」

「私も行こう。嫁の背中を守るのも、私の務めだからな」

「……私も。今度は、役に立つ……!」

「トーゼン、お姉さんも行くわよ。更織としても、亡国機業は放って置けない相手だしね!」

 一夏とラヴァーズも立ち上がって参加の意思を示した。これで、専用機持ち全員の意見は一致した。すると、今まで沈黙を保っていた理事長は、深い溜息をついて口を開いた。

「……織斑先生、山田先生。彼等の引率、及び現場での作戦指揮をお願いできますか」

「理事長⁉でも……!」

 理事長の言葉に反発の意を示したのは山田先生。他に手が無いとはいえ、生徒を戦場に送りだすのは良い気分ではないのだろう。だが、理事長はそれを手で制して言葉を続ける。

「既に国連本部、並びに国際IS委員会がこの作戦を受理していると言うなら、もはや私に……IS学園上層部に出来る事はありません。あるとすれば、皆さんに万全の準備を整えさせて送り出し、道中の無事を祈る事だけです」

 その言葉に「そんな……」と肩を落とす山田先生。そんな山田先生の肩にポンと手を置き、千冬さんが話しかける。

「山田先生。あいつ等が自ら行くと言っているんだ。教師として、その意志は尊重せねばならない」

「織斑先生……」

「それに、私もいつまでも逃げているわけにはいかないからな。自分の運命とも、アイツとも……」

 目を逸らし続けて来た己の定めと正面から向かい合う覚悟を決めた千冬さんの、決意に満ちた瞳と声音。説得は不可能と断じたのか、山田先生が小さく溜息をついて声を上げた。

「分かりました。私もお供します。皆で無事に帰ってきましょう」

 山田先生が折れた事で、IS学園専用機持ち全メンバーの『オペレーション・ゴーストバスター』参戦が決定した。社長は改めて深く頭を下げ、「ありがとう」とだけ言った。その声は僅かに震えていた……ように思う。

 

 かくして、私達は亡国機業との最終決戦に臨むことになった。恐らく、篠ノ之束も出てくるだろう。そうなれば、最悪の場合世界全体を巻き込んだ三つ巴の大戦に発展する可能性もある……ような気がする。

 せめて誰も欠ける事無く帰って来る事が出来るよう、私は今から脳を全力で回転させるのだった。

 

 

 同時刻、太平洋某所、水深3,000m。篠ノ之束謹製移動研究室『吾輩は猫である(名前はまだない)』内部、IS開発室。

「出来た……!」

 薄暗い部屋の中に、どこか甘ったるく感じる女声が響く。その声には達成感と、それ以上の狂気に塗れていた。

「私の、私による、私の為のIS『天災(カタストロフィ)』……!これで、やっとアイツを……殺せる!」

 昼夜を問わずに開発を続けたのか、目元の隈は更に濃くなり、髪はボサボサ。まともに食事も取っていなかったのだろう。その頬はこけ、目は落ち窪み、その様はまるで幽鬼のようだ。だが、その目には憎悪の光が爛々と輝いている。

「行こうか、クーちゃん。アイツを終わらせに」

「はい、束様」

 復讐に燃える天災が出て行った開発室。そこに鎮座する禍々しいシルエットのIS『カタストロフィ』が、九十九に牙を向くまであと少し……。




次回予告

世界に復讐せんとする亡霊。亡霊に復讐せんとする黄昏の使者。
魔法使いに復讐せんとする天災。世界を覆わんとする大火を消さんとする世界。
それぞれの戦いのための準備が始まる。

次回「転生者の打算的日常」
#100 戦闘準備

これはもう戦争だ。何があってもおかしくない。


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#100 戦闘準備

 さて、亡国機業(ファントム・タスク)撃滅作戦『オペレーション・ゴーストバスター』への参加を表明した私達IS学園専用機持ち組だが、事を成すに当たって絶対的に足りていないものがある。それは……。

「情報だ」

 そう。情報だ。それも、亡国機業に関する特一級の最深部情報が全くと言っていい程足らない。昔から『彼を知り、我を知れば、則ち百戦危うからず』と言うではないか。よって、奴らに関する情報の獲得と共有は最優先事項なのである。

「九十九君ならそう言うと思って、既にここに資料があるよ」

 そう言いながら、シレッと分厚いプリントの束を取り出す社長。準備いいなあ、おい!

「うわ、分厚っ!」

「あれ全部、ラグナロクが調べ上げた連中の情報ってわけ?」

「社長さんの執念深さが伺えますわね」

「一体、どれだけの時間をかければあれ程の量の情報が手に入るんだ……?」

 ザワつく一夏&ラヴァーズ。言ってしまえば『日本の中でそこそこ名の知れた企業』でしかないラグナロクが何をどうすればこれ程の質と量の情報を手に入れられるんだ。と、思っているのだろう。

「そこはまあ……ラグナロクだから?」

「「うんうん」」

 首を傾げつつ私が言うと、それに追従して頷くシャルと本音。他のメンバーも「あ~……なんか納得」といったような、どこか諦念の混じった表情をしていた。

「さて、時間もそれ程ある訳じゃあない。まずは各員、資料に目を通してくれ」

 社長の音頭に促され、私達は渡された資料『亡国機業に関する最深度調査報告書』を読む事にした。

 そこに書かれていたのは、最高精度かつ膨大な量の亡国機業に関する情報の数々だった。主要施設の詳細な位置情報、各施設の警戒網の強度と直近のタイムシフト、その施設で何が行われているかの詳細情報、研究責任者の名前と経歴、更には各部門の幹部級職員の詳細情報と直近1週間の行動記録まで網羅している。そして、ここが最大の肝。今まで影すら踏めなかった、亡国機業最高幹部の12人に関する情報だ。

「分かってはいたが、やはりそうそうたるメンバーだな……」

 

 ジャニュアリーことアリー・アル・サーシェス。

 表の顔はアメリカ最大級のPMC『ピースキーパー』のCEOだが、裏の顔は世界各地の紛争・内乱を操って戦の火種を燻らせ続け、それによって利益を得る死の商人であると同時に、当人も何よりも戦争……殺し合いを好む生粋の性格破綻者だ。

 

 フェブラリーこと王留美(ワン・リューミン)

 表向きは中国最大の貿易会社『王貿易商会』の若き女性社長。その実は裏社会の情報屋であり、亡国機業暗殺部門の長でもある烈女だ。見た目こそ淑女然としているが、その性格は傲慢で苛烈。気に入らない事があれば、たとえ最古参の幹部であっても首を斬る(物理)程だという。

 

 マーチことマキリ・ゾルケイン3世。

 ロシアでも有数の製薬会社『ゾルケイン』の創業者、初代マキリ・ゾルケインの孫で現CEO。正体は、第二次世界大戦中に戦争に巻き込まれる形で滅んだ北方の小国『シャクラ』の王族、ゾルケイン家の末裔である。現在も初代の悲願である国土奪還、そしてゾルケイン王朝の復古のために、違法薬物の生産・密輸で莫大な資産を得ている。

 

 エイプリルことアイリーン・アドラー。

 イギリスが生んだ今は亡き大女優、ジャクリーン・アドラーの娘で本人も舞台女優である。その一方、アドラー家は女優業の傍ら、自身の美貌と恵まれた肢体を駆使したいわゆるハニートラップを用いての諜報・暗殺に長けた一族でもある。様々な組織の間を転々としながら情報を集め、用がなくなればアッサリと他の組織に鞍替え、ついでに今までいた組織を潰してしまうそのやり方から、裏社会では『裏切りの魔女』として有名。

 

 メイこと四分辻無残(しぶつじ むざん)

 日本の闇に潜む犯罪集団『鬼』の現頭領。『鬼』は、現在日本各地で発生している失踪事件の80%以上に関わっているとされる組織であり、多くの被害者はその場で陵辱の限りを尽くされて殺されるか、心が折れる程の徹底的な『躾け』の末に海外に売られるか、もしくは洗脳されて『鬼』の一員になるかだという。四分辻が亡国機業にいるのはいざという時に盾にして逃げるためであり、亡国機業に対する忠誠心は欠片もない。

 

 ジューンことフリッツ・フォン・エリック。

 ドイツに拠点を持つ大手電力会社『エリック・エレクトロニクス』の代表取締役社長。祖父が東欧にかつて存在した国家『エリック公王国』の王であり、3代続く亡国機業最高幹部の1人。祖父の代から自分達の故郷を滅ぼした者への復讐を誓っているが、最近『もう100年以上の時が流れてるし、今いる侵略者の子孫はもう関係なくね?』と思い始めている。

 

 ジュライことブラスト・ミューゼル。

 亡国機業の前身『ウォーゲームマスター』創設者、クラウド・ミューゼルの孫でスコールの父。特殊工作部隊『モノクローム・アバター』の直接の上司で指揮官だが、殆どお飾りである。亡国機業の暗躍を止める役割を担う一族であるはずだったが、既に全てを諦めている。

 

 オーガストことツェツィーリエ・フォン・シュッツバルト3世。

 亡国機業のトップ。第二次世界大戦中に再興して、その後に滅んだ小国『シュッツバルト公国』の女王、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトの孫。『先祖の恨みを忘れぬように』という理由から女性名を名乗っているが、れっきとした男性である。幼少期から徹底的に祖国を滅ぼした者達への憎悪を叩き込まれ、結果として思考が世界への復讐のみに凝り固まってしまった。亡国機業の作戦の方向性を決めるのは彼の役目。

 

 セプテンバーことセルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァ。

 亡国機業の資金源の一つにして南米最大の麻薬カルテルである『エル・ビアンコ』のドン。権力欲と野心の塊のような男であり、亡国機業に取り入ったのも販路拡大の為でしかない。四分辻同様忠誠心は無いも同然だが、一方で亡国機業が壊滅すれば己の首も締まるため、四分辻に比べればいくらか協力的。

 

 オクトーバーことマクギリス・ファリド。

 豪州連合(AU)軍大佐で、IS配備特殊部隊『ギャラルホルン』の最高指揮官。その正体は南海の滅んだ小国『ベイエル』最後の国王、アグニカ・カイエルの直系の子孫。祖国を滅ぼした者達への復讐のため、軍に身を置きつつ裏で力を溜めている。

 

 ノヴェンバーことニコライ・テスラJr。

 北欧三州協商連合出身のロボット工学博士で発明家。業界の表裏を問わず有名だが、その理由は『発明品が素晴らしいから』ではなく、『自身の発明品を発表しようとすると、それより先に別の誰かが同じコンセプトの発明品を発表するため、結局二番煎じ扱いになってしまう絶望的な運と間の悪さ』にあり、それ故に付いた渾名が『不遇の天才』である。ただし、天才である事に間違いはなく、亡国機業に身を寄せたのも『好きに研究開発できる環境を求めて』という利己的な理由からである。

 

 ディセンバーことアリー・アヴァブア。

 UAEの若きプリンス。石油採掘で財を成したアヴァブア家の次期当主。アヴァブア家自体が亡国機業と深い関係にあるため最高幹部の席に座っているが、本人に現当主程の帰属意識はなく、むしろ「こんな組織、さっさと潰れりゃいいのに」と思っている。()()()()()と内通しているらしいが、どこかは定かでない。

 

 ……何と言うか、最高幹部のクセが凄い。というか最後のディセンバーが内通してる企業ってひょっとして……ラグナロク(ウチ)じゃないのか?

「以上が、亡国機業最高幹部、通称『カレンダー』の大まかな情報だ。詳細に関しては後述してあるので、興味のある奴だけ読んでくれ。では次に、彼等『カレンダー』の主な拠点に関する情報だ。次のページを見てくれ」

 最高幹部の話をサラッと流して次を促す社長。確かに今は最高幹部それぞれのバックボーンはどうでもいい話だが、それにしてもアッサリし過ぎじゃないか?とりあえず、煽りのネタを探すために後で読み込んでおくとするか。

 そう思いながらページを捲ると、そこには彼等の拠点に関する情報がズラズラと書かれている。ラグナロクの諜報部員が調べ上げ、こうして書類に列記している以上、その確度は95%を超える確定情報であると言える。

「かなり多いな。最優先破壊対象拠点だけでも12ヶ所。要破壊対象拠点が20もある」

「他にも世界各地のセーフハウスの位置から出入りの裏業者の拠点まで完全網羅。よくぞここまでって感じですね……」

 あまりにも緻密なその情報に唖然とする千冬さんと山田先生。ラグナロクの、というより仁藤社長の執念深さに言葉も無いようだ。

 取り敢えず二人の反応は横に置いて、私は自分の考えを述べた。

「破壊対象拠点だけで32ヶ所もあるとなると、各個撃破は時間がかかる。全拠点を同時に叩こうにも、動員できる戦力的に不可能。と、なれば、取る策は−−」

 

 

「1月後の定例会のタイミングを狙っての本部急襲。彼奴らの取り得る策はこれしかあるまい」

 某国某所、オーガストの執務室。そこで、オーガストは各国に散らばる最高幹部達とリモート会議を行っていた。

『ラグナロクの保有戦力と仁藤藍作が声をかければ動くであろうIS学園専用機持ち、あとは最近になって慌ただしい動きを見せている国連の『プリベンター』。全て合わせても、私達の重要拠点を同時に叩くには兵力が足りない。となれば……』

『少数精鋭での斬首戦法……一息に幹部全員の頸を取りに来るってか。まあ、それが普通だわな』

 オーガストのラグナロクが取る策の予想を聞いたオクトーバーとジャニュアリーが肯定的に返す。

『ならば、それを見越して本部周辺に兵力を集中しますか?』

『いや、集中させ過ぎるのも良くないだろう。他の守り……特に我等それぞれの拠点の防衛戦力は残しておくべきだ』

『そうね。本部強襲と同時に拠点襲撃を狙わないとは言い切れないものね』

 マーチが他のメンバーに尋ねると、ジューンとエイプリルが兵力を集中し過ぎる事に慎重論を述べる。

『そう言えばジュライ。アンタの娘の……スコールだったか?IS学園に寝返った訳だが、思う事は?』

『ない。全て娘の自由意志に任せている。アレがこちらを裏切ったのは、そういう運命だったのだろうよ』

 セプテンバーがジュライに訊くが、ジュライの返事はすげないものだった。

『それに、アレの持つ情報は私達にとっては共通認識程度の浅いもの。漏れた所でどうなるという事など無い』

『確かに……な。ならば、気にする程の事もないか』

 セプテンバーが納得して頷いたのを確認して、オーガストがノヴェンバーに話を振った。

「ノヴェンバー、ISの整備・改修の進捗はどうか?」

『強化改修作業は95%を終了。あと3週間……いえ、半月で完璧に仕上げてみせましょう』

「メイ、場合によっては『鬼』を動かして貰うかも知れん。備えておけ」

『良いだろう。そんな時が来なければ良いがな』

「ジャニュアリー、ジューン、ディセンバー」

『派兵の準備は出来てるぜ。武器供与(レンドリース)もな』

『IS用外部バッテリーの在庫は十分だ。いつでも吐き出せる』

『追加の資金提供だろう?分かっている。1億ドル程でいいか?』

「結構。では、これより亡国機業の最終作戦『オペレーション・ワールドリベンジ』の開始を宣言する。各員、抜かりの無いよう励め」

『『『委細承知』』』

 

 

「−−って感じで話が進むと思うんだよね、束さんは」

「どうでもいい。それより『黒騎士』の強化改修は終わったのか?」

 太平洋某所、水深1500m付近。篠ノ之束謹製移動研究室『吾輩は猫である(名前はまだ無い)』内談話室。

 亡国機業の取る手を嬉々として語る束を、マドカは心底鬱陶しそうにしながら、愛機『黒騎士』の強化改修の進捗状況について問うた。

「ああ、それならもう終わってるよ。マドっちの希望は全部叶えといたから、あとは乗って感覚を確かめといてね」

「そうか。ならばさっさと浮上しろ。私はもう行く」

 そう言うと、マドカは椅子から立ち上がってそのまま談話室から出て行った。

「ん〜、相変わらずつれないなぁ、マドっちは。クーちゃん、一旦浮上して」

『はい、束様』

 操舵室にいるクロエにそう命じ、束は頬杖を突きながら思考を巡らせる。

(亡国機業の読み通り、ラグナロクが本部強襲を主軸にした作戦を立てるなら、村雲九十九は強襲部隊の中核を担うはず。なら、そこに『天災(カタストロフィ)』で乱入して、アイツを戦線から無理矢理離脱させて……)

「孤立無援になった所を、私が殺す。うん、完璧!」

 

 

「−−などという風に考えているでしょうね。今の、私への復讐心に凝り固まった篠ノ之束なら」

「「「あ~……」」」

 九十九の束の動向予想を聞いて、妙に納得したような声を上げたのは、一夏と箒、そして千冬だった。

 実の妹であり、束の人となりを嫌という程理解している箒は、彼女の『自分の認めたものに執着する』性状を考えれば、大敵と認めた(であろう)九十九を何としてでも自分の手で討とうとするだろうと得心したし、それを箒から『姉への愚痴』として散々聞かされてきた一夏も同様だ。

 また千冬も、束が『一度こうと決めたらどこまでも突っ走る』女だという事をうんざりする程分かっているため、束ならそうすると確信していた。

「なんと言うか……家の姉がすまない、九十九」

「箒、謝らなくていい。お前に落ち度は無い」

 頭を下げようとする箒を九十九は手で制し、気にする事はない旨を告げた。

「さて、そうなると九十九くんの配置を変更すべきかな……?」

 九十九を本部強襲部隊に据えるつもりだった藍作だったが、九十九の予測通りになった場合、束の乱入によって場が−−少なくとも亡国機業側は−−混乱するのが目に見えているからだ。

「いえ、向こうから顔を出しに来ると言うならむしろ好都合。さっさとケリを付けたいのはこちらも同じ事ですから」

 首を横に振り、そう言う九十九。その顔には、どこか好戦的な笑みが浮かんでいた。

「……そうか。では、予定通り九十九くんは本部強襲部隊に編入。シャルロットくんと本音くんには、九十九くんとのチームアップをお願いしよう」

「「はい!」」

「そして万が一……いや、むしろ『必ず来る』と想定して動こう。篠ノ之束博士が戦場に飛び込んできたら……」

「私が相手をします。と言うより、アレが他をガン無視する確率の方が高いですけどね」

 九十九がそう言うと、千冬と箒が大きく頷いて賛同の意を示した。

「さて、他にも襲撃をかける場所は多いからね。サクサク行こう。……っと、その前に、今回合同で作戦に当たる国連直属IS特務部隊『火消し屋(プリベンター)』の皆さんとの顔合わせをしないとね。入ってきてくれ」

 藍作が作戦室の扉に向かって声をかけると、どこか妖艶な響きのアルトで「失礼いたします」と聞こえたあと扉が開き、作戦室に7人の女性達が入って来た。彼女達は壇上に整列すると、右拳を左胸に添える国連軍式敬礼−−世界平和に命を捧げる覚悟を表すポーズ−−をした。

「まずは自己紹介を。私は、国連直属IS特務部隊『プリベンター』総隊長、コードネーム・ウィンド。以後、よろしく」

 敬礼を解き、一番左の女性……くすんだ金髪を肩口で切り揃えた、色気のある美しさを湛えた20代後半の女性が名乗った。続いて、他の隊員達も名乗りを上げる。

「同じく、コードネーム・ファイヤ」

「コードネーム・ウォーターよ。よろしく!」

「コードネーム・サンドです。どうぞよしなに」

「コードネーム・クロス。足は引っ張ってくれるなよ、小僧共」

「コードネーム・パウダーと申します。よろしくお願いいたします」

「コードネーム・バブルだ。まあ、気楽に行こうや」

 黒髪ショートのぶっきらぼうな女性、赤茶ロングをみつ編みにした快活な女性、灰色ウェーブをセミロングポニーにした物腰穏やかな女性、青みがかった黒髪をドレッドにした気難しそうな女性、黄色に近い金髪をボブカットにしたおとなしそうな女性、暗褐色の髪を刈り上げた豪快な雰囲気の女性。それぞれに特徴的だが、やはりと言うか何と言うか、総じて美女だった。

「彼女達には、君達のチームリーダーとして作戦に当たって貰う」

「そういう事。編成は、私達のISとの相性を考えてこちらで決めてあるわ。貴方達には作戦開始までの2週間、チームでの連携戦闘訓練を受けて貰います。国連軍式だから死ぬ程キツイけど……くれぐれも、死なないように」

 ウィンド隊長がとてもイイ笑顔でそう言った。

(あ、これマジのやつだ……)

 この後自分達が見るだろう地獄を想像して、九十九達は揃って引きつった笑みを浮かべた。

 

 

 そして、時はあっと言う間に過ぎ去り、2週間後。IS学園、第6アリーナ。

 壇上に立った藍作が、居並ぶ専用機持ち達を前に最後の激を飛ばすべくマイクを取った。

「諸君、いよいよだ」

 

 同時刻、某国某所。亡国機業本部会議室。

 オーガストが議席から立ち上がり、他の『カレンダー』メンバーにゆっくりと語り掛けた。

「諸君、いよいよだ」

 

 同時刻、大西洋沖水深500m地点。篠ノ之束謹製移動研究室『吾輩は猫である』艦橋。

 傷だらけの顔を喜悦に歪めながら、束は唯一の忠臣にして娘、クロエに向けて呟いた。

「クーちゃん、いよいよだよ」

 

「この2週間、我々、そして君達は、出来うる限りの準備を重ねてきた」

 

「全ては、今まさにこの瞬間の為に」

 

「この一戦で、全ての因縁に決着をつけよう。ねえ、村雲九十九……!」

 

「これより『オペレーション・ゴーストバスター』を開始する!各員、抜かりなく任務を遂行し、必ず生きて帰ってこい!」

 

「これより『オペレーション・ワールドリベンジ』を実行に移す!たとえ死んででも、作戦を成功させよ!」

 

「じゃあ『オペレーション・ウルフハント』を始めよう!『吾輩は猫である』浮上開始!」

 

 全く同じ時間の、全く違う場所で、黄昏の長と亡霊の長、そして狂った兎の放った台詞は、奇しくも一言一句同じだった。

 

「「「さあ、復讐を始めようか……!」」」




次回予告

亡国機業の本部に向かう九十九達とウィンド。
だが、その途上で双子の鷹の襲撃を受ける。
意外な形で訪れた再戦の時。九十九は勝利を上げる事が出来るのか。

次回「転生者の打算的日常」
#101 再戦、双子鷹

私はこんな所で、立ち止まっていられないんだ!


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#101 再戦、双子鷹

 2週間前−−

「では、編成を発表する」

 国連軍IS特務部隊『火消し屋(プリベンター)』のウィンド隊長がそう言うと、作戦室のボード型ディスプレイにチームメンバーと攻撃目標が表示された。

 

 チームウィンド(亡国機業本部)ウィンド、村雲九十九、布仏本音、シャルロット・デュノア

 チームファイヤ(PMC『ピースキーパー』本社ビル)ファイヤ、織斑一夏、ラウラ・ボーデヴィッヒ

 チームウォーター(『エル・ビアンコ』アジト)ウォーター、凰鈴音、セシリア・オルコット

 チームサンド(『ゾルケイン』麻薬工場)サンド、更織簪、更織楯無

 チームクロス(『ギャラルホルン』駐屯地)クロス、篠ノ之箒、山田真耶

 チームパウダー(『王貿易商会』本社)パウダー、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク、ジブリル・エミュレール

 チームバブル(ノヴェンバーの研究所)バブル、ルイズ・ヴァリエール・平賀、キュルケ・ツェルプストー

 

「以上が今回の編成よ。各員はチームごとに集合して顔合わせをしておいて。連携戦闘訓練は1時間後から開始するわ」

「「「了解」」」

 隊長の言葉に全員が力強く返事……を……って、んんっ⁉

「ルイズさんとキュルケさんの名がある⁉なんで⁉」

「そりゃあ、ラグナロク(うち)主導の作戦なんだ。うちからも戦力を出さなくてどうするんだって話だろう?」

 からからと笑いながら私の疑問に答える社長。なお、ここにいないのは既にアリーナで訓練の準備を進めているからだそう。

「ちなみに、他の拠点については各国軍の生き残ったISを掻き集めてチームを編成、事に当たる事になっている。と言っても、我々が当たる拠点に比べて防御が薄いと思われる所のみだが」

 『コード・カタストロフィ』の効果によって篠ノ之束の影響下に入ったISは決して少なくない。私に襲い掛かってきた合計60近い暴走ISのうち、パイロットを捨てて離脱したのが約半数。撃墜したのも約半数。撃墜したISは、修理すれば再度暴走する恐れがあるとして完全に手つかずのまま学園のIS倉庫に放り込まれている。そしてそのIS達は、各国が威信を賭けて生み出した傑作機・最新鋭機ばかりである。各国のIS戦力がガタ落ちしているのは言うまでもない。

 だがだからといって、「亡国機業が世界に打って出ようとしているので、その前に俺らで潰します。おたくらは力が落ちてるんだから、黙って見ていろ」と言われて「はい、そうですか」とはいかないだろう。そんな事をすればそれこそ国の威信や為政者の民からの信用度といったものが地に堕ちる。そこで、生き残ったISの存在する−−といっても第2世代ISが大多数−−国達が「せめてこれ位は」と総力を結集。『プリベンター』と『ラグナロク』の戦力では埋め切れない穴を埋めるべく立ったのだ。

「……面子を守るのも、大変なんですね」

「だが、重要さ。さて、それじゃあチームも決まった事だし、早速それぞれ訓練に入ってくれ」

 パンパンと手を叩く社長に促され、私達は各チーム分かれてウィンド隊長曰く「死ぬ程辛い」訓練に臨んだのだが……。

 

 

「本当に死ぬかと思った……。いや、死んでないけども」

「うん……」

「あ、思い出すと震えが〜……」

 亡国機業の本部へ向かう輸送機の中で『非常に濃い』準備期間の事を思い出して、私達は揃って背中を煤けさせていた。これで何回目だ?訓練でトラウマ作ったの。

「シャキッとしなさい!!作戦空域に入るまでにもう1度作戦を確認するわよ!」

「「「は、はいっ!」」」

 隊長の喝にビクッとしつつも気を取り直し、作戦の再確認を行うべく輸送機の中央のテーブルに近づく私達。

 作戦はこうだ。この輸送機の飛行限界高度(15000m)から作戦空域に突入、そこからISを装備した私達が降下、直上から強襲を仕掛ける。防衛戦力は本音の『プルウィルス』による広範囲雷撃で逐次殲滅しつつ本部施設内に突入。そこに居るだろう最高幹部の身柄を確保する。不測の事態が発生した場合、臨機応変に対応する。

「以上が今回の作戦の概要よ。とは言っても……」

「『戦場の霧』は払い切れない。何が起きても不思議ではないと思え。でしょう?ウィンド隊長」

 私に向かって頷く隊長。この2週間『あらゆる事態を想定しなさい。そして、現実はその上を行くと思いなさい』と何度も言われて来たからな。

「分かっているなら良いわ。目標地点まではまだ時間があるから−−」

 

ガクンッ!

 

「「「っ⁉」」」

 隊長が何かを言おうとした瞬間、輸送機が大きく揺れた。乱気流にでも入ったか?

「機長、どうした?」

 隊長が輸送機の機長に問うと、機長から焦った声で返信してきた。

『攻撃です!2機のISが当機に攻撃を……くっ!緊急回避します!何かに掴まって!』

 

グオンッ!

 

 再び大きく傾く輸送機。機長の指示に従って、手近にあったポールを掴んで耐える。シャルと本音はシートに跳び乗って転がらないように耐えていた。

「くっ……!」

「こちらの動きが読まれていたか……!やむを得ないわ。迎撃行動に移ります。総員、ISを装着して発進!機長は私達の発進を確認後、即時離脱。襲撃者を撃破、ないし撤退させ、そのまま作戦空域に突入。その後は作戦通りに。行くわよ、貴方達!」

「「「了解!」」」

『了解!ハッチを開きます!ご武運を!』

 開かれた後部ハッチから吹き込む強風に耐えながらISを展開。そのまま一斉に飛び出す。すると、センサーにこちらに急速接近するISの反応が2つ。

「ライブラリ照合……『告死天使(アズライール)』と『告命天使(スルーシ)』!あの双子か⁉」

 反応のする方へ全員で向き直ると、『アズライール』と『スルーシ』を纏ったあの時の双子が、長い銀髪を風に靡かせながら接近して来ていた。それに対して、私達は武装を呼び出(コール)して臨戦態勢を取る。

「まさか1回目で当たりなんて。ツイているわね、姉さま」

「ええ。それも大当たりよ。久しぶり、村雲九十九。こんな所で会うなんて奇遇ね」

 嫣然と微笑む双子。しかし、向こうもまたそれぞれの得物を構えて油断無くこちらを見据えている。いつ戦端が開かれてもおかしくない緊張状態。そんな中、私は敢えて挑発的に双子に話し掛けた。

「こちらも、こんな所で貴女達に会うとは思っていなかったよ。そんな貴女達に一言……そこを退け」

「……何ですって?」

「再戦は折を見てこちらから申し出る。今は貴女達の相手をしていられる程の時間的余裕が無い。だから……そこを退け」

「……それで『はい、そうですか』とはいかないのよ。こっちも上役から『本部に近づく連中は、誰であろうと死んででも止めろ。出来なければ私が殺す』って言われててね。命懸けなのよ、私達も」

「だから、どうしてもこの先に行きたいと言うなら……」

「「私達の屍を越えて行きなさい!」」

 吠えると同時に『アズライール』が接近、『スルーシ』が後退して専用BARを構えて乱射。こちらの陣形を崩しに来る。

「私は……!私達は、こんな所で立ち止まってなどいられないんだ!退かんと言うなら押し通る!」

「何やら因縁があるようだけど、指示には従って貰うわよ!フォーメーション『クロスボウ』!」

「「「了解!」」」

 隊長の指示に従い、陣形を整え直す。フォーメーション『クロスボウ』は隊長を前衛に、中衛として左右後方に私とシャル、後衛に本音が着く、上から見ると丁度十字架の形になっているのと、この陣形での主な攻撃手段が射撃である事から来ている。

「この『七片花盾(ローアイアス)』の防御力を甘く見ると、怪我では済まないわよ!亡国機業!」

 ウィンド隊長のIS『ローアイアス』は『セブンシールド』の異名を持つ、近接防御型の機体だ。機体と盾の堅牢さと隊長自身の防御能力の高さが相まって、その被弾率は0に等しいという。

 その防御力に任せて隊長が前衛壁職(タンク)を担い、その後方から『阿修羅(アースラ)』を装備したシャルの『ラファール・カレイドスコープ』と私の『フェンリル・ルプスレクス』が弾幕を形成して行動を阻害、トドメに最後方から本音の『プルウィルス』が最大最速の一撃−−《エル・トール》による雷撃−−を放つ。というのが、フォーメーション『クロスボウ』の基本戦術だ。

「先に『アズライール』を落とすわ!行くわよ、貴方達!」

 両手に大盾を構えて『アズライール』に接近する隊長。応じるように『アズライール』も隊長の懐に飛び込んで行く。

 

ガイインッ!

 

 『ローアイアス』の大盾と『アズライール』の斧がぶつかり、激しく火花を散らす。そのまま押し込み合う両者。ガリガリという互いの得物を削り合う異音が響く。結果として、『アズライール』の脚が止まっている。この隙は逃せない。

「シャル!」

「はい!」

 隊長と鍔迫り合い状態にある『アズライール』に、互いの射線に入らないように位置取りをしたシャルの6丁のサブマシンガン《レイン・オブ・サタデー》と私のマシンピストル《狼爪》による銃弾の雨を浴びせる。

「ちいっ!」

 舌打ちと共に隊長の盾を蹴って射線上から退避する『アズライール』。それでも、彼女にはいくらかのダメージは入ったようだ。が、そこで手を緩めるほど、私は甘くない。

「本音!」

「りょ〜かい!やるよ!《ユピテル》!」

『了。目標に雷撃を投射します』

 《ユピテル》の宣言と同時に『アズライール』の頭上に黒雲が一瞬で湧き出す。そして次の瞬間。

 

ピッシャアアンッ‼

 

 轟音が耳を劈き、閃光が網膜を焼く。強烈な雷光は狙い違わず『アズライール』を撃ち据えた。

「ぐううっ!」

 苦悶の声を上げる『アズライール』。だが、機体自体へのダメージはそれほど大きくないようだ。やはり、事前に耐電コーティングを施してあるか。

「やってくれたわね……!お返しはさせて貰うわ!姉さま!」

「ええ、見せてやりましょう。私達のIS『アズライール』と『スルーシ』の真価を!」

 そう言うと、双子は大きく後退。私達から距離を取って横並びになる。その姿に、私の背筋がチリついた。

「ジャケットアーマー、パージ!ウィング展開、ドライブ全開!」

 爆発ボルトの破裂音と共に、『アズライール』の胸、両前腕、両脛、両脹脛から装甲の一部が吹き飛び、重装甲で鈍重そうな見た目から一気にシェイプアップした。更に。

「……信じるわよ、博士。テスラ・ドライブ、出力最大!」

 『スルーシ』のウィングスラスターがその形状を大きく変え、ウィング全体からエメラルドグリーンの光が溢れ出す。

「行くわよ」

「ええ」

 互いに見合って頷く双子。次の瞬間、その姿は本音の前にあった。莫迦な!一瞬であの距離を詰めただと⁉

「えっ……⁉」

 突然目の前に現れた双子に、本音は呆気に取られる。その隙を逃す程、『アズライール』も甘くない。

「貴女がこの作戦の要と見たわ。残念だけど、サヨナラ」

「させるかあっ!」

 『フェンリル』のスラスターを全開にし、今まさに斧を振り下ろそうとしている『アズライール』にタックルを仕掛けて本音から引き剥がす。

「今の内に退け!本音!」

「は、はい「逃がさないわ」っ!」

 後ろに下がろうとする本音にBARを乱射しながら距離を詰める『スルーシ』。薄緑の光の尾を引きながら飛ぶその様はいっそ美しくすらあるが、それが本音を狙っているというなら見過ごせない。

「う……おおおおっ!」

 『アズライール』に組み付いたまま、スラスターを全開にして『スルーシ』のいる方へ飛ぼうとするが、そうはさせじと『アズライール』もスラスターを吹かしてくる。両者の推力はほぼ互角……いや、若干『アズライール』の方が分がいいか。だったら!

 

 

 『フェンリル』を徐々に押し込みながら、『アズライール』は自身の機体を強化改修したノヴェンバー……ニコラス・テスラに感謝の意を内心で示した。

 亡国機業所属の第3世代ISに優先的に搭載された、ニコラス・テスラ謹製の推進装置。それがテスラ・ドライブだ。

 

 テスラ・ドライブは、重力制御と慣性質量を個別に変動させる事が出来る装置だ。ただし、ニコラスの当初の想定は『戦闘機の機動性能を極限まで向上する』ために開発していたものであり、ISの登場があと5年遅ければ、テスラ・ドライブはISより先に空中戦の既存概念を覆していただろう。この辺りに彼の『致命的な運と間の悪さ』が伺える。

 だが、そこで諦めてしまわないのがニコラスである。ならばと『ISに搭載出来るまでダウンサイジングする』方へ舵を切り、出来上がったのがほんの半月前。十全な慣熟も出来ぬままの実戦投入は不安ではあったが、ニコラスの『ドライブの仕上がりは完璧だ。これで理論上は第4世代型ISと互角の推力を得る』という自信満々な態度に、双子はとりあえず頷いておいた。

 

(……のだけど、博士の言葉に嘘はなかったようね)

 自身の機体が『フェンリル』−−第4世代型相当機−−を推力で上回っている。自分に押されてじりじりと後退する『フェンリル』の姿を見ながら、『アズライール』は内心でニコラスの評価を上げた。

 チラと目をやれば、姉の駆る『スルーシ』がどこか戦場にそぐわない雰囲気の少女の纏うISに肉迫しているのが映った。

(前情報と実体験で、あの機体が単純火力最強なのは明白。ここで潰すのは、戦術的にも戦略的にも最優先。相手チーム最速の『フェンリル』は私が抑えてる。残る二人は距離的にフォローが間に合わない。この戦い……)

「『勝った!』とでも思ったか?」

 

コツン

 

「えっ……?」

 九十九が言うと同時、自分の顎に拳を当てる。瞬間−−

 

ズンッ!

 

「かっ……⁉」

 真下からウォーハンマーでぶん殴られたかのような衝撃を感じた『アズライール』は、突然の事に反応できず、九十九と自分の意識の両方を手放した。消え入りそうになる意識の中で彼女が最後に見たのは、展開した腕部装甲から()()()()()()()()九十九が、自分に目もくれずに姉の−−正確にはその標的の−−元へと飛び去って行く姿だった。

 

 

「本音ぇっ!」

 『フェンリル』流衝撃砲《神竜(シェンロン)》を『アズライール』の顎先に最大出力で放った事で、どうにかその拘束を逃れた私は、『スルーシ』に追い立てられ、近づかせまいと必死に攻撃をする本音の元へと急いだ。

「こ、来ないでっ!来ないでよ〜!」

 もはや絶叫に近い悲鳴を上げ、涙目になりながら抵抗を続ける本音。だが、拳大の雹の乱射は尽く回避され、直進する竜巻も彼女の足を僅かに鈍らせるに留まっている。

 それもそのはず。なんと『スルーシ』は()()()()()()()()()()()()()()()()()という、ISの機体剛性から考えれば自壊待ったなしの方法で本音の攻撃を躱しているのだから。

 何という無茶苦茶……!テスラ・ドライブとかいう何かは、それを可能にするだけの性能があるというのか⁉もっと早くこれが世に出ていれば、世界の戦闘機の性能はある一面でISを凌駕していたに違いないぞ……なんて考察をしている場合じゃあない!

「本音から離れろ!」

「つくも!」

 私が来た事に喜色と安堵を顔に浮かべる本音。

「油断するな!二人で行くぞ!」

「っ!はい!」

 私の叱責に少し驚きながらも、意識と体勢を整える本音。ついで、シャルに指示を飛ばす。

「シャル、念の為だ。そいつにトドメを刺しておけ!」

 指を指すその先には、私に顎を強かに打ち抜かれて気絶し、海に向かって墜ちていく『アズライール』の姿。今は気を失っていても、墜落中に意識を取り戻せば間違い無く戻って来てしまうだろう。それを防ぐには、単純な破壊力で言えばチーム随一のそれを持つシャルが『アズライール』を完全にノックアウトするのが最善だ。

 私の意図を瞬時に悟ったシャルは『アズライール』へ急接近。パッケージを『アースラ』から『孤狼(ベオウルフ)』へと瞬時に変更。右腕の超大型射突式徹甲杭(パイルバンカー)《グレンデルバスター》の撃鉄を起こすと、いまだ気絶中で無防備な『アズライール』のどてっ腹に杭を押し当てた。そして。

「《グレンデルバスター》、ファイヤ!」

 

ズドォン!!

 

「かはっ⁉……あっ……」

 骨に響く轟音と共に放たれた一撃は『アズライール』の絶対防御を突き破り、その装甲ごと体を貫通する……などという事はないにせよ、強烈な衝撃を伴って彼女を撃ちつける。その激痛で目を覚ました『アズライール』は激痛が原因で再び気絶。が、それで「はい、おしまい」にしないのが、自称『九十九イズムに最も染まった女』シャルロット・デュノアである。

「ファイヤ!」

 

ズドォン!!

 

「げうっ!」

「ファイヤ!」

 

ズドォン!!

 

「ごほうっ!」

「もひとつオマケに、ファイヤ!」

 

ズドォン!!

 

「ぽ、ぽペ……」

 一切の容赦も情もない怒涛の《グレンデルバスター》4連発。『アズライール』は維持限界までシールドエネルギーを消費して完全に沈黙。搭乗者である双子の片割れ−−会話から恐らく妹−−もまた、いつ覚めるとも知れない眠りへと連れて行かれた。

 ……『アズライール』、シャルの《グレンデルバスター》連発により再起不能(リタイア)

 

 

「…………」

 シャルが放った《グレンデルバスター》の轟音に、つい足を止めてそちらを見ていた『スルーシ』は唖然とする。大口径・超火力のパイルバンカー……一撃受けただけで失神KO不可避のそれを、まさかの4連発。もはや『アズライール』は戻って来られない。よしんば戻って来た所で、機体と体に受けたダメージが原因でまともに動けもしないだろう。あまりと言えばあまりにも呆気ない決着。『スルーシ』が動きを止めてしまうのも、仕方のない事かも知れない。とは言え−−

「その隙を逃がすほど、私は甘くない!本音!」

「いくよ!サンダーブレーク!」

 

ピシャアアンッ!

 

「っ⁉」

 目の前で起きた妹の瞬殺劇に呆然としていた『スルーシ』を、本音の雷撃が襲う。続けて。

「シャル!」

「ええいっ!」

 圧倒的な直線加速力を活かし、シャルが『スルーシ』に頭突き……もとい、頭部ブレードホーンによる一撃を加える。更にそこから零距離で肩部大型クレイモア《大雪崩(アバランチ)》を発射する。

 一斉に放たれた大量のチタン製ベアリング弾が『スルーシ』を飲み込みつつ押し流す。『スルーシ』が流されて行く先……から少しずれた位置には、超高熱線砲《火神(アグニ)》の発射準備を整えた私が待ち構える。

「さっきも言ったが、こっちには時間が無い。雑に落とすが恨むなよ!《アグニ》、最大出力!」

 極太の熱線が『スルーシ』を襲う。声を上げる事も出来ぬままに橙色の光に喰われた『スルーシ』は完全に気絶。装甲の至る所から煙を上げながらひゅるひゅると落ちて行った。

「よし、戦闘終了。急ごう。他の場所ではもう作戦が始まっているはずだ。隊長!」

「ええ、急ぎましょう。総員、最大戦速!」

「「「了解!」」」

 最後に海に向かって墜ちていく双子を一瞥し、私はその場を去った。ISには、搭乗者が気絶して操縦ができない状態にあっても安全に着陸・着水出来る『搭乗者保護機能』があるし、ISスーツにも着用者が海に落ちても沈まないようにエアバッグが。さらに、遭難しても居場所がすぐに分かるようにGPSが内蔵されている。あの双子が死ぬ事は無いだろう。

 私達は遅れた分を取り戻すべく、最大戦速で亡国機業の本部……アメリカ・アリゾナ州フェニックスへと飛んだ。

 

 

 同時刻、アメリカ・アラスカ州アンカレッジ、PMC『ピースキーパー』本社ビル−−

「社長」

「……来たか。行くぞお前ら、楽しい楽しい戦争の時間だ!」

「「「イヤッハー!」」」

 

「攻撃目標を視認。お前達、相手は戦闘……戦争のプロだ。気を緩めるな」

「「はい!」」

 チームファイヤVSジャニュアリー&『ピースキーパー』、開戦間近。

 

 ブラジル・サンパウロ近郊、麻薬カルテル『エル・ビアンコ』アジト−−

「ボス!連中こっち来るぜ!」

「チッ!面倒くせえ。おいテメエら、連中の足止めしてろ。俺は逃げる」

「「「えーっ⁉」」」

 

「さーて、じゃあ行きますか。死ぬわよ〜。私の姿を見た奴はみーんな死ぬわよ〜!」

「ウォーターさん⁉殺害許可は出ておりませんわよ⁉」

「いや、ああいう気合の入れ方じゃないの?」

 チームウォーターVSセプテンバー&『エル・ビアンコ』、一触即発。

 

 ロシア・モスクワ州チェーホフ、製薬会社『ゾルケイン』秘密麻薬工場−−

「父上」

「やはり来るか……。ここは任せるぞ、息子よ」

「御意」

 

「では、参りましょう。準備はよろしいですか?」

「まさか亡国機業の幹部がロシアにも居たなんてね……。潰すわよ、簪ちゃん」

「う、うん。がんばる……!」

 チームサンドVS『ゾルケイン』、間もなく接敵。

 

 

 オーストラリア・南オーストラリア州、エディンバーグ空軍基地−−

「大佐!当基地に国連軍IS特務部隊(プリベンター)のISが接近しています!」

「慌てるな。戦闘準備を整えた者から順に進発しろ。この一戦で私達の力を示し、以って世界を変える礎とする。行くぞ!」

「「「はっ!大佐殿!」」」

 

「行くぞ、小娘共。……死ぬなよ」

「はい!」

「篠ノ之さんの事は、私が守ります!」

 チームクロスVSオクトーバー&『ギャラルホルン』、開幕直前。

 

 中国・広東省広州市、『王貿易商会』本社ビル−−

「お嬢様。『アズライール』と『スルーシ』は撃墜されたようです」

「……チッ。オーガストに恩を売れると思ったのに、使えないわね……!」

「『プリベンター』も近づいているようです。いかが致しますか?」

「蹴散らしなさい!出来ないなんて言わせないわ!」

「は……」

 

「では、始めましょう。殿下、閣下、よろしいですね?」

「うむ!亡国機業など軽く捻ってくれるわ!」

「アイリス、ご油断召されませんよう」

 チームパウダーVSフェブラリー&『王貿易商会』、衝突寸前。

 

 フィンランド・西スオミ州タンペレ、ノヴェンバーの研究施設−−

「所長!来ました!ラグナロクのISです!」

「分かりました。例の機体を出しなさい」

「はっ!」

「そろそろ、お互い決着を着けようじゃあないか。なあ、絵地村(エジソン)……!」

 

「うっしゃ!んじゃ、始めんぞ!付いてきな、お前ら!」

「ええ!ラグナロクの底力、見せてやるわ!」

「機体の性能差が戦力の差じゃあないって事、思い知らせてあげる!」

 チームバブルVSノヴェンバー&魔改造IS群、双方覚悟完了。

 

 今、それぞれの戦場で戦いの火蓋が切られようとしていた。




次回予告

軍人と傭兵。どちらも戦いを生業とする者。その違いはどこなのか?
戦争狂いの問いは白き騎士の心を揺らす。
黒き雨の少女が白き騎士に出す答えとは……?

次回「転生者の打算的日常」
#102 亡霊退治(壱)

お前も好きなんだろ⁉殺しが、壊しが、戦争が!


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#102 亡霊退治(壱)

遅れに遅れて申し訳ありません。

ぶっちゃけ、モンスターファーム沼にハマってました。育成ゲームはハマると長い……!



 九十九達が双子の暗殺者を降し、亡国機業(ファントム・タスク)本部へと再び歩みを始めた、丁度その頃−−

 

 アメリカ・アラスカ州アンカレッジ近郊。PMC『ピースキーパー』本社ビル最上階、社長室。

 高級感溢れるマホガニーの机に足を乗せ、大きく背を反らしながら煙草を燻らせるのは、『ピースキーパー』社長であり、同時に『亡国機業(ファントム・タスク)』最高幹部『カレンダー』のジャニュアリーでもある男、アリー・アル・サーシェスその人であった。サーシェスは燻らせていた煙草を吸い込み、ゆっくりと煙を味わってから吐き出して、退屈そうに呟く。

「あ~……戦争してぇ」

 そう、この男は自らを『戦争が好きで好きでたまらない、人間のプリミティブな衝動に準じて生きる最低最悪の人間』と称する生粋の戦争狂であり、戦争をやる為なら子飼いの工作員を火種の燻ぶる地域に送り込み、裏から火を着けておいて、それをさも『義憤に駆られてやって来ました。この戦争を終わらせましょう』と言わんばかりに戦地に赴いて戦争に介入。両勢力に戦力供与を行って戦況を泥沼にしつつ、利益と欲求の双方を満たす。という事も平然と行う外道の輩なのだ。

「ここん所、殺しも壊しもやってねえ。退屈過ぎて死んじまいそうだ」

 「つまんねぇな」と、一人ゴチて机から足を下ろし、大きく伸びをする。自分にとって『平和』や『平穏』とは、己を腐らせる毒でしかない。サーシェスはそう思っている。生と死の間に身を置き、一瞬の油断が死神を招くスリルを楽しむ事こそが、自分の生きる糧であり、何よりの楽しみなのだ。と、サーシェスは誰に憚る事もなく宣うのだ。

 あまりの退屈に欠伸が出てしまいそうな所へ、社員の一人が社長室の扉をノックした。

「社長!ご在室ですか⁉」

「おーう、入んな」

 サーシェスの軽い返事に対し、「失礼します!」と焦りと喜色を滲ませた声と顔で男は扉を開けて入室して来た。

「どうしたよ、そんなに慌てて。なんだ?誰かがカチコミにでも来たかよ?」

「はい!相手は国連の火消し屋と、IS学園の専用機乗りの3機!あとは陸戦隊が1個大隊!我社を包囲しつつあります!」

「ほーう……。いいね!最高だ!」

 口角を上げるニヒルな……というより好戦的な笑みを浮かべてサーシェスが叫ぶ。そして机の上の電話を手に取ると、全館放送で部下達に告げた。

「第1格納庫に全員集合!戦争だ!準備しな!」

 

 

「間もなく予想戦闘空域だ。織斑、ボーデヴィッヒ、第一種戦闘態勢を維持。警戒は厳に」

「「了解」」

 『ピースキーパー』本社ビルを視界に捉えたファイヤが、一夏とラウラに注意を促す。ここは敵の膝元、いつ武装した兵隊が出て来てもおかしくない。まして、連中は民間軍事会社の名を借りた戦争狂(ウォーモンガー)集団。この状況に対して、恐々どころか嬉々としているに違いないのだから。

「ファイヤ隊長、陸戦隊から通信。『ピースキーパー』本社ビルの包囲を完了したと」

 ラウラの報告に小さく頷き、ファイヤは目の前のビルを指差した。

「織斑、吶喊。ボーデヴィッヒは織斑のフォロー。私は最後尾から援護狙撃を行う」

 

「「了解!」」

 ファイヤのIS『光輝(ウル)』は、冠された神の名の通りの超長距離狙撃を得手とするISである。携える水平ニ連装超高出力レーザー狙撃砲《神罰劫火(メギド)》の射程は最大5km。最大出力で放てば、たとえ最も遠い位置から放ったとしても、5階建てのビルを一射で破壊する事ができる程の威力を誇る。だが、それ故に使う場所と時を選ぶピーキーな武器でもあった。結果として、ファイヤの戦闘スタイルは戦場の最後方から高火力砲撃を叩き込む一択となってしまっている。

「行くぜ!ラウラ!」

「ああ、後ろは任せろ一夏!」

 二人が見据える視線の先、ビルの屋上から2機の戦闘ヘリ(ガンシップ)が離陸。自分達に向かって来るのを確認した二人は一夏を前衛、ラウラを後衛とした一列縦隊で戦闘ヘリに仕掛ける。

 二人に気づいた戦闘ヘリが、機体左右に取り付けたガトリング砲を斉射する。が、二人は余裕を持って回避する。戦闘機以上の速度と戦闘ヘリ以上の小回りの良さを持つISにとって、戦闘ヘリなど物の数ではない。

「せいやあ!」

「堕ちろ!」

 一夏が《雪片弐型》の斬撃でメインローターを斬り飛ばしたヘリは、揚力を維持出来ずに墜落。ラウラがレールカノンでテイルローターを吹き飛ばしたヘリは、メインローターの回転の反作用で本体が回転。操縦不能に陥ってこれも墜落。

 慌てて飛び出すヘリのパイロットと砲手。その内の一人の背中に、無ければいけない物−−パラシュート−−がない事に気づいた一夏が、泡を食ってこれを助ける。

「大丈夫か⁉」

「ああ、ありがとう。……引っ掛かってくれてよ!」

「⁉」

「一夏!そいつから離れろ!」

 パイロットが浮かべた狂気的な笑みに、一夏の身体が思わず強張る。ラウラの忠告は、ほんの僅かに遅かった。

「アリー・アル・サーシェス、万歳!」

 

ドオオンッ‼

 

「一夏!」

 なんと、パイロットは一夏を巻き込んで自爆したのだ。零距離での爆破を受けた一夏だが、ISの絶対防御によりそれほど大きなダメージではないものの、一夏が心に受けたダメージは非常に大きかった。

「嘘……だろ?何で、こんな事出来んだよ……⁉自分から死ぬなんて、そんな……!」

「しっかりしろ、一夏!ここは戦場だ!まるきり人死にが出ないなどという事はない!」

『その通りだぜ、一人目(ザ・ファースト)!こいつは戦争!人同士の殺し合いだ!そいつは死ぬのも仕事だった、そんだけだ!』

「「⁉」」

 自分達の会話に割り込んで来た、聞き慣れない男の濁声。直後、音速戦闘機の甲高いエキゾーストノートと共に、鮮血に塗れたようなカラーリングの戦闘機が二人に向かって飛んで来る。

『はっはーっ!』

 愉悦と狂気に満ちた笑い声を上げながら、二人に向かってバルカン砲を撃ちかけるサーシェス。ショックから立ち直り切れていない一夏を抱え、ラウラが攻撃を回避する。同時に、ファイヤがサーシェスの乗る戦闘機に火力を絞った連続狙撃を加えるが、サーシェスはまるでそう来るのが分かっていたかのように機体をバレルロールさせて回避する。

「悪い、ラウラ」

「謝らなくていい!今は気を落ちつけろ!幸い相手は戦闘機。あの速さなら旋回して戻って来るまでに相当時間が−−」

『ところがぎっちょん!』

 

ガシャンッ!

 

「なっ……⁉」

「なん……だと……⁉」

「バカな……!」

 三人は揃って面食らった。誰も想像すらしなかっただろう。まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()8()0()()()()()()などと。

『驚いて貰えたかい?これがウチの最新式航空兵装、半人型可変機構搭載戦闘機『ベルセルク』だ!』

 自慢げに謳うサーシェス。その表情はキャノピーとヘルメットのバイザーで見えないが、間違い無くドヤ顔……しかも狂気に歪んだそれだろう。

 戦闘機の弱点。それは、旋回性能……小回りの悪さである。無論、技術の進歩によってそれは解消されてきてはいたが、それでもUターンをしようとしたら、そのための移動距離はどうしても長大になってしまう。それを近年になって開発された超高出力熱核タービンエンジンの大推力を利用して『テールスラスターを脚部に変形して、ホバリングからのスピンターンを行う』事で解決したのが−−

『『ベルセルク(コイツ)』って訳だよ!』

 半人型形態のまま、主翼に懸架されていたバルカン砲を手に取って撃ち掛けながら接近してくるサーシェス。だが、その速度はISの戦闘速度から見れば『遅い』と言ってよいものだった。

「そんな隙だらけの動きで!」

『って思うよなあっ!』

 

ガシャンッ!

 

 ラウラがレールカノンを構えた瞬間、『ベルセルク』は再度変形。戦闘機形態に戻ると一気に加速。ラウラの射線上から一瞬で離脱する。そして、離れた所でもう一度半人型形態に変形。一夏にバルカン砲を放つ。

『テメエから殺してやるよ!ファースト!』

「くっそ……!」

 自分に殺到する大口径弾を身を捻って躱しながら悪態をつく一夏。近接格闘オンリーの自分の機体では、兎に角近づかない事には話にならない。だが、こちらがチラとでも接近する素振りを見せれば、すぐに気づいて戦闘機形態に変形して急速離脱。しかる後に半人型形態に戻ると、一夏の射程外から射撃を仕掛けてくる。ラウラの援護射撃も、直前で意を感じ取ってでもいるのか、射線上に一夏が来るように誘導してそれを躊躇わせるという、九十九が居れば『私でもそうする』と言うだろう方法で潰して来る。

 天性の戦闘勘と戦術眼、そして膨大な戦闘経験に基づく行動予測の正確さ。それこそがサーシェスが今まで戦場を生き抜いて来られた理由なのだ。もし、彼が軍人であれば、その軍は百戦百勝の精鋭部隊となっていただろう。ただそれは−−

『はっはーっ!楽しいなあ、おい!ISとの戦いってのはよお!おら、どうした⁉もっとかかって来いよ!』

 『生死の間に立つスリル』を何よりも好む、彼の性状が無ければ、の話だが。

 

 

 一方、『ピースキーパー』本社ビルに突入した国連軍第508陸戦大隊は、『ピースキーパー』側の陸戦隊との激しい銃撃戦を展開していた。絶え間なく銃声が響く中、508陸戦大隊長コレダー・ケデバーン大佐は眼前の異常な光景に戦慄を覚えていた。

「何なんだ……何なんだ、コイツラは⁉」

 歯を剥き出しにした狂気的な笑みで「ヒャッハー!」と叫びながら、フレンドリーファイアを一切気にせずにマシンガンを連射する者がいる。能面のような無表情で「アリー・アル・サーシェス万歳……」と繰り返し、死をも恐れぬ前進を続ける者がいる。被弾して動けなくなった途端、自爆して周囲の味方諸共こちらを吹き飛ばそうとしてくる者がいる。だが、何より恐ろしいのはそれを彼等彼女等が『そうするのが当たり前』だとでも言うかのように受け入れている事だった。 

「どいつもこいつも……正気じゃない!」

「当たり前だぜ、そっちの隊長さんよ!『正気で戦争ができる奴なんていねえ』!ウチの社長の口癖だ!」

「っ!」

 こちらの叫びが聴こえたのか、『ピースキーパー』陸戦隊の隊長と思しき男が声を張る。

「俺達は戦争屋だ!戦争が好きで好きで堪らねえ、プリミティブな衝動に従って生きる最低最悪の人間の群れなんだよ!」

 何処か自慢げに謳う陸戦隊長の男。そこに籠もった本気と狂気に、ケデバーンは薄ら寒いものを感じた。

 この男達は自分……自分達と徹底的に相容れない。こんな連中が野放しになっていてはいけない。ケデバーンはその思いから、後に戦犯と後ろ指を指される覚悟で隊員にこう命じた。

「総員()()()()()()()!誰一人生かして逃がすな!」

「大佐殿!しかし!」

 ケデバーンの命令に副長が待ったをかける。彼等は戦争狂とはいえ、民間軍事会社の社員。つまり『(武装した)民間人』なのだ。それに対する殺人行為は、国連軍規に違反する。だが、ケデバーンの意思は堅かった。

「責任は俺が取る!副長、復唱!」

「……了解。総員、対人殲滅戦用意!敵兵を完璧、かつ徹底的に叩け!」

「「「……はっ!」」」

 ケデバーンが殲滅を指示して1時間後、形勢不利を見て取った『ピースキーパー』の兵達は撤退を開始。しかし、ケデバーン隊は逃走兵を誰一人逃す事無く徹底的に討伐、追補した。

 後に『民間人に対する殺人』という国連軍規に違反した事で軍を追放され、『血塗れ(ブラッディ)』『皆殺しのケデバーン』として世間の冷たい視線に晒される事になる男、コレダー・ケデバーン。彼は後年、当時を述懐して「あの時、私が彼等を逃していれば、何処かで第2、第3のアリー・アル・サーシェス(戦争狂いの糞野郎)を生み出していたかも知れない。それを思えば、私のした事に間違いはなかったと、胸を張って言える」と語っている。

 

 

 ケデバーン大佐が部下に殲滅指令を出したのと時を同じくして。アンカレッジ近郊、『ピースキーパー』本社ビル上空では、チームファイヤとアリー・アル・サーシェスとの激しい空中戦が今も行われていた。

「くっ……!」

「チクショウ、あいつ……強い!」

「それに、あれだけスラスターを全開にしておきながら、燃料補給に戻る素振りも見せん。どうなっている……⁉」

『教えてやるよ、ガキ共。『ベルセルク』の熱核タービンエンジンの燃料はなぁ……空気なんだよ!』

 実際には噴進剤(プロペラント)を核融合炉の膨大な熱エネルギーでもって高温プラズマ流とする際に大気を取り込んで圧縮する事で噴進剤の消費を極限まで抑え込み、それにより大気圏内であれば事実上無限の航続距離を誇る。という物なのだが、サーシェスはイマイチ理解しきれていなかったようだ。

 だが、熱核タービンエンジンの存在そのものをたった今知った一夏とラウラからすれば、サーシェスの言葉が真実である事に変わりはない。その驚愕は推して知るべしである。

「なんだと……⁉」

「じゃあ、スタミナ無限って事かよ……!」

『ま、そういうこった。死ぬ気で掛かって来な、ガキ共。こっちも……殺す気で行くからよぉ!』

 戦闘機形態で一夏、ラウラ両名の射程から外れ半人型形態に変形、射撃。一夏達が弾幕を掻い潜って近づき、一撃を入れられる位置まで届いても、また戦闘機形態に変形して射程圏外へ。サーシェスは徹底した一撃離脱戦法を取り続ける。

 しかし、航続距離は事実上無限でも、武器弾薬の積載量までは無限とはいかない。サーシェスのバルカン砲にも、遂にその時が訪れる。

 

カチッカチッ

 

『ちっ、全弾使い切っちまったか!しゃーねぇな。こっからは接近戦だ!』

 バルカン砲を撃ち尽くしたサーシェスが右腕に収納されていた高周波振動ナイフを取り出して構える。周囲に高周波特有の耳障りな高音が鳴り響く。

「一夏、間違ってもあれと斬り合いをしようなどと思うなよ」

「分かってる。サイズ差で押し切られるのは目に見えてるし、そうなったら一瞬で真っ二つ。だからな」

 ISの平均的なサイズが全高3m、全幅2mなのに対し、『ベルセルク』のサイズは全長15m、全幅10m。ちょっとぶつかっただけで簡単に吹き飛ばされるのは目に見えている。加えて相手は百戦錬磨の傭兵、油断も隙も見せてはくれないだろう。

「行くぞ、オラァ!」

 ナイフを構えて突進して来るサーシェス。手にしているナイフは刀身だけでISとほぼ同じだけの長さがある。正面から受け止めるなど、無謀以外の何でもない。となれば−−

「すれ違いざまに攻撃をするしかない!」

 サーシェスの突進をやや大袈裟に躱しながら、ラウラが一夏にそう言う。

「けどどこをだ?相手がデカ過ぎてちょっと斬ったくらいじゃ掠り傷にも−−」

「主翼だ。どちらかの主翼に少しでも傷を付ける事が出来れば、揚力のバランスが崩れて動きが鈍るはずだ。出来るか?」

 ラウラの言い方に、一夏は「ズルい言い方だなぁ」と一人ごちた。『やれ』でも『出来るな』でもなく、『出来るか?』と訊かれれば、剣腕に多少とはいえ自信のある一夏に『出来ません』と答える選択肢は消える。

「出来るさ、やってやるよ!」

「良い返事だ。行くぞ!」

『作戦会議は終わったかい、ガキ共。んじゃあ、もっぺん行くぞ!』

 話し合いが終わるのをわざわざ待っている辺りにサーシェスの余裕が伺えて、一夏は少しだけ腹立たしく感じた。

絶対(ぜってー)一発入れてやる、あの野郎」

「気負うなよ、一夏。一筋縄で行く相手ではないぞ」

 《雪片弐型》を正眼に構え、無言で小さく頷く一夏に若干の不安を感じながら、サーシェスの操る『ベルセルク』へ向き直るラウラ。と、キャノピー越しにラウラとサーシェスの眼が合った。

 歯を剥き出しにして嗤うその顔は、かつて−−一夏を千冬の経歴に泥を塗った忌むべき存在だと思っていた頃−−の自分を想起させ、ラウラの気分を悪くする。それが一瞬の反応の遅れを招く。

『気抜いてっと死ぬぜ、嬢ちゃん‼』

「っ⁉ちいっ!」

 寸前でサーシェスが声をかけてきた事で、辛うじて斬撃を回避するラウラ。わざわざ忠告する辺りに、『ただ戦いを愉しみたいだけ』『できるだけ長く戦争の中に居たいだけ』のサーシェスの性状が垣間見えて、ラウラの気分を益々悪くする。

『おいおい、そんな目ぇすんなよ。俺とお前は同じ穴の貉だろ?ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんよぅ!』

「貴様のような下衆と一緒にするな!」

『いいや、同じだね!ドイツの遺伝子強化兵(アドヴァンスド)!戦争のために生み出された存在だろうが、お前はよ!』

 サーシェスの言う通り、ドイツのアドヴァンスド計画は本来『戦場においてより高い戦果を挙げられる兵士の開発』を主眼に置いていた。その大元は『人造超人開発計画(プロジェクト・モザイコ)』における遺伝子操作技術のお下がりであり、もの凄く曲解をすれば、一夏とラウラは『計画()違いの兄妹』とも言えるのだ。尤も、そう言って来た九十九に二人は揃って「いや、そのりくつはおかしい」とツッコんだのだが。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

『知ってんだぜぇ、お前の遺伝子の中には『戦いを楽しむ』遺伝子が組み込まれてるってよ!お前もホントは好きなんだろ⁉殺しが、壊しが、戦争が!』

「違う!」

『違わないね!軍人も傭兵も、戦いが飯の種だ!楽しくなけりゃ続けらんねぇだろ!』

「黙れ!私は自分の楽しみのために無意味に戦火を広げる貴様を……貴様らを心底嫌悪する!」

『だったら俺を殺ってみろよ!できるもんならなあ!』

 サーシェスの繰り出す斬撃を回避しながら、彼への嫌悪を口にする。それに対し、サーシェスは狂気的な笑みを更に深めて、なお一層激しい攻撃を仕掛けてくる。

「俺を忘れて−−「ねえんだなぁ、これが!」うわっ!」

 サーシェスの背後から、一夏が《雪片弐型》を上段に構えて主翼を斬ろうと迫るが、その直前にサーシェスが一夏に向けて脚部スラスターを翳す。超高熱のプラズマ流が一夏を襲う。あまりにも強烈な熱波に、一夏は本能的に後退していた。

「くそっ!隙がねぇ!」

「体勢を立て直せ、一夏。もう一度……いや、何度でも行くぞ!」

「おう!」

『そう来なくっちゃなぁ!さあ!もっと楽しもうぜぇ!』

 そう宣うサーシェスの喜悦に満ち満ちた声音に、ラウラの柳眉はますます逆立つのだった。

 

 

「ちっ……射線が通らん……!」

 一夏とラウラがサーシェスとの戦いを繰り広げている場所から少し離れた位置で、ファイヤは忌々しげに舌打ちをした。サーシェスがそう誘導しているのか、常に一夏かラウラのどちらか、あるいはどちらともがファイヤの待機位置から攻撃可能な射線上にいるのだ。お蔭で撃ちたくても撃てない状態が続いている。

 子供が戦場に立つ事を良しとはしたくないファイヤにとって、子供達に奮闘させている今の状況はすぐにでも終了させたい。ぶっきらぼうな態度とは裏腹に、彼女は子供好きで優しい人なのである。

「なあラウラ!コイツ、AICで止めらんねえか⁉このままじゃジリ貧だぜ!」

「無理だ!機体サイズが違いすぎる!フルパワーでやっても()()()1()()()()()()()()()()()!」

「マジかよ⁉くっそぅ……!」

『ハハハハ!頼みの綱が役立たずで残念だったなあ!オラオラ、もっと頑張んねえと俺はやれねえぜ⁉ガキ共!』

 聞こえて来る会話に歯噛みするファイヤ。ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』の第3世代兵装《AIC》は、あくまでも対ISを想定したものであり、例えば極超音速で飛来するICBM(大陸間弾道弾)だとか、墜落寸前の大型旅客機を止めるなどという事は出来ない。質量差があり過ぎて、停止させるためのエネルギーが絶対的に足りないからだ。

(……ん?いや待て。今、ボーデヴィッヒ少佐はなんと言った?)

 ファイヤはさっきのラウラの発言を思い返す。一夏にAICでサーシェスの機体を止められないかと訊かれたラウラは、確かにこう言った。「停止させられるのはどこか1ヶ所、かつ数秒」と。

〈ボーデヴィッヒ少佐、確認したい〉

〈はっ!なんでありましょうか?ファイヤ隊長殿〉

 個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)をラウラに繋ぐファイヤ。そこから先は矢継ぎ早だった。

〈貴官は先程、アリー・アル・サーシェスが駆る『ベルセルク』をAICで止められるのはどこか1ヶ所、かつ数秒である。と言ったな?〉

〈はっ!確かにそう発言いたしました。しかし、その程度では……〉

〈上等。その数秒が欲しいんだ〉

 

ニヤリ……

 

 そんな擬音語がピッタリな笑みを浮かべて、ファイヤは続けた。

〈その数秒で、終わらせる〉

〈……はっ。では、行きます!〉

 自信に満ちたファイヤの言葉に、ラウラは『この人ならやってくれる』と確信した。ならば、後は行動に移すだけだ。

「一夏!合わせろ!」

「おう!……って言ったけど、どうすんだ?」

「奴の右腕をAICで止める。そうしたら一夏、お前は左側、主翼の上から斬り掛かれ」

「分かった!」

 深く聞かずに頷く一夏。その態度が自分に対する無条件の信頼に思えて、ラウラはここが戦場でなければ羞恥に身悶えしただろう。なお、実際には『俺が戦術を考えても無駄だ。ラウラの言う通りにしよう』と、ある種の思考停止を起こしているだけなのだが。

 

 

『あん?』

 先程まで、自分の攻撃から身を躱す事しかして来なかった一夏とラウラが突然反転攻勢を仕掛けてきた事に、サーシェスはその眉根を寄せた。

(なーんか企んでやがんな?いいぜ、やって見せろよ!)

 何を仕掛けてくるつもりかは知らないが、所詮はガキの浅知恵。真正面から食い破って、奴等が絶望する面を嗤いながら拝んでやろう。サーシェスはそう考え、黒い笑みを浮かべた。

「アリー・アル・サーシェス!覚悟!」

 腕部プラズマブレードを展開しながら、吶喊を仕掛けるラウラ。視線の向きから狙いが高周波振動ナイフの破壊にあると見抜いたサーシェスは、敢えて誘いに乗る……と見せかけてナイフを収納。マニピュレータで拳を作り、直接ラウラを殴りに行く。

(っ⁉やべえっ!)

 拳を突き出したその瞬間、サーシェスの野生の勘が『これは誘いだ!乗るな!』と訴える。しかし、既に拳は突き出した後。拳を無理矢理止め、強引に後退すれば大きな隙を晒してしまう。かと言って、このまま殴りに行った所でラウラがダメージ覚悟でこちらの動きを止め、本命は別の奴−−一夏かファイヤ−−だったなら、組付かれればアウトだ。

(なら、このメスガキの頭を殴り砕いてやるしかねえ!)

 サーシェスは数瞬前までラウラ腕に向けていた拳の軌道を顔面へと修正。その質量差でISの絶対防御を「知った事か」と突き破る、サーシェスの絶死の一撃がラウラを襲う……が。

「そう来て欲しかった!」

『⁉』

 ラウラがそう叫んだと同時、サーシェスは『ベルセルク』の拳の動きが止まったのをハッキリと感じ取った。だが同時に、そこ以外は動かせる事に気づき、ラウラが無駄な足掻きをしているに違いないと、その顔に狂的な笑顔を浮かべる。

『そんなモンで俺が止まると−−「うおおおっ!」ちいっ!』

 思ってんのか。と言おうとして、左翼の上から裂帛の気合と共に得物を大上段に構えた一夏が迫るのを見たサーシェスは舌打ちする。『ベルセルク』はその構造上、肩より上に腕が挙がらない。どうしても主翼が邪魔になるからだ。

(やべえ。メスガキにかまえばファーストの攻撃を捌けねえ。かと言って、ファーストをかまおうとすりゃあメスガキが邪魔だ。ああクソ!なんで緊急時にパーツをパージできる仕組みになってねえんだよ!)

 その理由は『ベルセルク』を手掛けた主任技術者が「機能美に欠ける」の一言でバッサリカットしたからなのだが、サーシェスの知り得る所ではなかった。

『クソが!こうなりゃ損傷覚悟で……!』

 止まった右腕を力業で外し、返す刀で一夏を葬ってやる。そう決めて行動に移そうとした瞬間−−

「ターゲット、アリー・アル・サーシェス。攻撃開始……!」

 

ズバアアアッッ‼

 

『ぐおおおっ⁉』

 『ベルセルク』のほぼ真上。コックピットと熱核タービンエンジンの収まっている区画の間を、針の穴を通すような正確さで高出力レーザービームが射抜いた。

『クッソがぁっ!』

 『ベルセルク』は機体ほぼ中央に穴が開いた事に装甲材が耐え切れずに空中分解。サーシェスも堪らずコックピットから緊急離脱(ベイルアウト)する。

「逃がすか!」

 飛び出した瞬間を逃さず、一夏がシートを掴んでサーシェスを捕える。分解した『ベルセルク』は、機体前部はそのまま落下、後部はしばらくスラスターから高温プラズマ流を吹かしていたが、安全装置が働いたのかエンジンが停止して急速落下。共に海中に没した。後に国連軍によって引き揚げられ、常温核融合炉搭載型戦闘機の開発モデルとして扱われる事となる。

 

「国連軍IS配備特務部隊『プリベンター』ファイヤだ。アリー・アル・サーシェス、貴様を戦時国際法並びにハーグ陸戦条約に対する抵触及び違反。殺人及びその教唆。暴行傷害及びその教唆。未成年者略取誘拐及びその教唆等、1250件の確定罪並びに3580件の犯罪容疑で逮捕する」

 パイロットシートごと一夏に捕まっているサーシェスに、ファイヤが厳しい口調で告げる。だが事ここに至ってもなお、サーシェスは余裕じみた笑みを浮かべていた。

「助けなら期待するな。貴様の子飼い連中は既に壊滅した。神妙にして縛につけ」

「……そうかい。じゃあ、しゃあねえな!」

 サーシェスが吠えながらパイロットスーツに仕込んでいたコンバットナイフを取り出す。まだ抵抗を続ける気か?そう思ったファイヤが《メギド》を最小威力で放とうとした瞬間、サーシェスはナイフを逆手に持ち、それを自らの心臓に突き刺した。

「……ぐふっ」

「なっ⁉」

「お、おい!お前、何して……!」

 目の前で自刃したサーシェスに、一夏は驚きを隠せない。そんな一夏に、苦しげでありながらどこか楽しげな笑みでサーシェスは言葉を紡ぐ。

「俺は……戦争屋だ。……戦争が好きで好きで堪らねえ……人間のプリミティブな衝動に逆らえねえ……そういう生き物なんだよ……。……そんな俺が……ムショで戦争と無縁の生活?はっ……ゴメンだね」

「…………」

「……さーて……そんじゃあ先に行った奴らと一緒に……地獄で戦争……しよう……かね……。……楽しみだなあ……地獄の鬼や悪魔ってのは……どんだけ……強え……の……か……」

 こうして、稀代の戦争狂、『亡国機業』のジャニュアリーことアリー・アル・サーシェスは、その人生に自ら幕を下ろした。

 

 

 人間として最低な存在だったとはいえ、今日だけで2度も人の死を見る事になった一夏は、やりきれない気持ちでサーシェスの遺体が乗ったパイロットシートを地面に降ろした。

 陸戦隊の方も戦闘は終了したらしいが、陸戦隊長曰く「未成年には見せられない惨状。トラウマになるから来ない方が良い」との事で、一夏とラウラは陸戦隊が事後処理に奔走するのを遠くから眺める事しかできなかった。そんな状況の中、一夏は隣に立つラウラにふと心に湧いた疑問を投げかけた。

「なあ、ラウラ。ラウラは、戦いが楽しいって……」

「思った事がないと言ったら嘘になる。だが楽しむ為に戦った事は無い」

「そっか……」

 小さく零して俯き、そのまま黙り込む一夏。ラウラはどう声を掛けていいか分からず、沈黙が場を支配する。そこにファイヤが現れ、一夏に声を掛けてきた。

「織斑。割り切れとも忘れろとも言わん。だが、引きずるな。その感情は躊躇いを生み、躊躇いはお前を殺すだろう」

「ファイヤ隊長……」

「アリー・アル・サーシェス。アレは生粋の精神破綻者だ。お前がその死を気に病む必要は無い」

「……はい」

「それに、戦いはまだ終わっていない。我々は急ぎ、亡国機業本部へと増援として赴く」

「え?」

 唐突すぎるファイヤの宣言に、一夏は呆けた顔で彼女を見上げた。ラウラがおずおずと挙手をして、ファイヤに質問を行う。

「ファイヤ隊長、ここから亡国機業本部のフェニックスまでは相当距離がありますが……?」

 今一夏達がいるアラスカ州アンカレッジから、亡国機業本部のあるアリゾナ州フェニックスまでは約4100km。この中で最も足の遅いラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』の全速力に合わせれば、5時間以上はかかる距離だ。今から行っても、到着する頃には戦いはとうに終わっているだろう。

「うむ、確かに普通に行けば到底間に合わんだろう。普通に行けば……な」

「つまり、普通じゃない方法があると……?」

 ラウラの再度の質問に、鷹揚に頷いたファイヤは「あれを見ろ」と言って自身の真横を指差した。釣られて一夏とラウラが視線を移したその先には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ご丁寧に弾頭部分にハッチがあって、中に人が入れそうな造りになっている。それを見て、一夏は気づいた。気づいてしまった。

「え、待って。ちょっと待って?まさか……あれで?」

「あれで」

「フェニックスまで?」

「ああ、飛ぶ」

「発射時のGとか衝撃は……?」

「PICと絶対防御があるだろう。ほら、四の五の言っていないでさっさと乗り込め」

「他に方法とか……」

「無い。覚悟を決めろ、織斑。ボーデヴィッヒは既に乗り込みを完了したぞ」

「えっ⁉いつの間に⁉」

 一夏が横を見ると、そこに既にラウラの姿は無く。ミサイルの方に目をやれば、いそいそとハッチを閉めようとしているラウラがいた。

「何をしている!早くしろ、一夏!」

(え、待って。何であいつあんな乗り気なの?ひょっとしてこういうの好きなの?)

 戦いが終わったら皆で遊園地にでも行こうかな……。などと益体も無い事を考えながら、一夏もまたフェニックス行きの弾道ミサイルへと乗り込むのだった。

 後に当時の事を述懐して、一夏は「二度とミサイルには乗りたくねぇ……」と子供に零したという。




次回予告

続々と切られていく戦端、激化する戦い。
そんな中、深く静かに進行する戦いもまたあった。
冥府の王と死神の出会いは、すぐそこに……。

次回「転生者の打算的日常」
#103 亡霊退治(弐)

貴女に絶対の死をあげましょう……。


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#103 亡霊退治(弐)

 アンカレッジでの『ピースキーパー』との戦いが幕を開けた頃、ブラジル・サンパウロ郊外を本拠とする麻薬カルテル『エル・ビアンコ』のアジトは、現在蜂の巣を突いたかのような大騒ぎとなっていた。というのも、国連軍陸戦隊507大隊が「えー、国連軍です。今からお宅んとこの武器庫すっ飛ばすから、巻き込まれたくなきゃ逃げろ」と警告した1秒後に武器庫にミサイルランチャーをぶち込んだからだ。その爆音を合図に、鈴とセシリアが正面からアジトに飛び込んだ。

「抵抗は無意味よ!」

「神妙にお縄につきなさい!」

「アイエエエス!?ナンデ⁉ISナンデ⁉」

「コワイ!」

「タスケテ!」

「パニクってる場合かお前等⁉おい!対戦車ロケット砲(RPG-7)持って来い!効かなくても怯ますくらいは出来んだろ!」

「武器庫はたった今まとめて吹っ飛んじまったよ兄貴!使える武器は拳銃かマシンガン、よくてライフルくらいしかねえ!」

「マジかよ!ってか、何で国連軍がウチにカチコミに来んだよ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 泣き声混じりのマフィアの叫び。その叫びを、最前線で対人制圧用硬質ゴム製棍棒(ハードラバーロッド)を振り回していた鈴が耳にする。

「はあ⁉アンタ、それマジで言ってんの⁉」

「当たり前だろが!俺達ゃ麻薬カルテルだぞ⁉サツに睨まれるような事は有っても国連にゃね(バゴンッ!)ぶへえっ!」

「あっそ!……ホントに何も知らないのね……

 鈴の小さな呟きは、その後ろで武器を構えて抵抗しようとするマフィアから偏向射撃(フレキシブル)によるレーザー狙撃で武器を奪っていたセシリアの耳に届いた。

「ええ、そのようですわね。ラグナロク・コーポレーションの調査能力には舌を巻きますわ」

 【『エル・ビアンコ』のボス、セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァは、自分が亡国機業のセプテンバーである事を末端の構成員に伝えていない。よって、国連軍だと言って突入すれば、少なくとも末端構成員は大混乱に陥る事が予想される。また、こちらの突入とほぼ同時に逃亡を図る可能性が高い。ISによる少数精鋭戦術を取る場合、敢えて逃がすのも手だ。】

 こう書かれていたからこそ、国連軍は敢えて性急に見える策を取ったのだ。結果、見事に末端構成員は大騒ぎ。上を下への大混乱状態だ。

「こんな時にボスはどこ行ったんだよ⁉」

「分かんねえよ!」

「おい!さっき駐車場見に行ったんだけどよ、ボスと幹部連中の車が無かったんだよ!」

「「「えっ……⁉」」」

 構成員の一人からの報告に、唖然とする他の構成員達。国連軍の突入を受けたこの状況で、セルジオを含めた主だった幹部の車が姿を消した。それはつまり……。

「「「俺達、見捨てられた……?」」」

 顔を見合わせて呆然と呟く構成員達。そこに響くのは、鈴が腹の底から出した空気を震わす大音声。

「聞きなさい!アンタ達のボスはアンタ達を見捨てて逃げたわ!どうすんの⁉まだやる⁉」

 鈴の叫びに慄く構成員達に、セシリアが追い打ちとばかりに言葉を続ける。

「周辺の同盟組織からの援軍は、国連軍陸戦隊の皆様が打ち払ったとの事です!早々に投降なさいまし!こちらは貴方がたの命まで取るつもりはございませんわ!」

 二人の言葉に、多くの構成員は銃を捨てて投降の意思を示した。なおも抵抗を試みる者もいたが、セシリアに銃を弾かれ怯んだ所を、鈴のラバーロッドの一撃を受けて昏倒。すぐさま陸戦隊によって捕縛された。

「こっちは片付いたわね。後は……」

「ウォーターさんがセプテンバーを捕えれば任務完了。ですわね」

 とりあえず自分達の役目を終えた鈴とセシリアがホッと息をついた瞬間。

 

ドオンッ!

 

「「っ⁉」」

 轟音と共に、赤炎と黒煙が立ち上る。その方角は、ラグナロクの資料に掲載されていた『セルジオと幹部数人が逃走した場合に最も取りうる可能性の高いルート』の方向と一致していた。

「今のって……!」

「爆発音……ですわよね……?」

 顔を見合わせる鈴とセシリア。その額には、嫌な予感から来る冷や汗が滲んでいた。

 

 

 時は少し遡る。国連軍到来の報を受けたセルジオは、直ぐさま主だった幹部を纏めて屋敷の秘密通路から地下駐車場に移動。末端構成員の知らない秘密の出口を使って、誰にも見つからずに脱出した。

「良かったんですかい、ボス。連中を放って行って?」

「構うかよ。どうせこういう時のための捨て駒だ。俺が一声かけりゃ、チンピラ程度ならまたすぐ集まるさ」

 後部座席の中央にどっかと座り紫煙を燻らせる、くすんだ金髪を後ろに撫でつけた褐色の肌の中年男性。この男こそ、ブラジル最大級の麻薬カルテル『エル・ビアンコ』のボスにして、亡国機業上級幹部『カレンダー』のセプテンバー、セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァである。

 その不遜な物言いに運転手の男、エルヴィスが不満げに返す。

「それは分かりますけどね。けど、連中に何も言わずにってのはちょっと−−」

「おい、エルヴィス。それ以上文句言うなら降りてもらうぜ。この世からな」

 エルヴィスの抗議を後ろから銃を突きつけて止めるセルジオ。付き合いの長い相手ではあるが、自分のやり口に文句は言わせないのがセルジオのやり方である。

「……OK、ボス。これ以上は何も言いません。で、これからどこに行けば?」

「まずグアルーリョス空港へ向かえ。取り敢えずこの国を出るぞ」

「それから?」

「モナコでほとぼりを冷ましてから、ブラジル(くに)に戻って再起を図る」

「その後は?」

「しつけえな、エルヴィス。黙って運転してろ」

「いえ、ボス。俺はさっきから一言も喋ってねえですぜ?」

「は?じゃあ俺は誰と……は⁉」

 左右を見回したセルジオだったが、後部座席に乗っているのは自分のみ。運転席にはエルヴィス。じゃあ誰が何処から話しかけてきたんだ?と、セルジオがもう一度右を見た時、それは居た。

 漆黒のISを纏った底抜けに明るい雰囲気の女が、こちらにヒラヒラと手を振っている。セルジオは思わず悲鳴を上げる。

「う、うおおおおっ⁉」

「なっ⁉いつの間に⁉」

 セルジオが悲鳴を上げた事でエルヴィスもその存在に気づいて、すぐさまハンドルを切ってISから離れようとするが、まるでそうする事を予め分かっていたかのようにピッタリと付いてくる。

「ねえ、アンタが亡国機業のセプテンバー、セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァでいいわよね?手配写真で見たし」

「クッソがああっ!」

 セルジオが吠えながら懐から拳銃を取り出しウォーターに発砲するが、ISに拳銃弾など効くはずもなく、後部座席の窓を割る以外に何が起こるという事もなかった。

「ざーんねん。そんな物は通じないわ。ちょっと痛いけどね。えいっ!」

 

ドスッ!バンッ!

 

「やべえボス!タイヤをやられた!ハンドルが持っていかれる!」

「チッ!エルヴィス、脱出だ!」

 タイヤをパンクさせられ、急速に速度を落とすセルジオの車。後に続いていた車も「すわ何事か⁉」と動きを止める。車から降りて現場に近づいた彼らが見たのは、あちこちに掠り傷をつけて荒い息をつくセルジオとエルヴィスの姿。彼らが乗っていた車は中央分離帯の街路樹にぶつかって大破していた。傍にはISを纏った女。男達はこの状況を作ったのがコイツだ。と瞬時に理解した。

「ボス⁉」

「やりやがったなこのクソアマがぁっ!」

 激怒した男達が一斉に懐から銃を抜き、ウォーターにありったけの弾丸を叩き込んだ。だが、結果はセルジオの時と同じ。違うのは痛みに顔を顰めた事くらいだろう。

「ふう。鬱陶しいわね……」

 嘆息したウォーターが口の中で小さく「宵闇の外套(ダークマント)、発動」と呟く。すると、男達の目の前で、ウォーターの姿が一瞬で消える。

「なんだ⁉消えた⁉逃げたのか⁉」

「野郎、どこ行きや……がはっ⁉」

「おい!どうし……ごふっ!」

「何が起き……おごっ!」

 見えない何かに吹き飛ばされ、あっさりと意識を手放す男達。そうして、セルジオを除く全員が倒された所で、再びウォーターが姿を現す。

「はい、しゅーりょー。お疲れ様でーす」

「て、テメエ!何しやがった!」

「何って……姿隠して後ろからゴン!よ。見てなかったの?って、見えなかったわよね!失敬!」

 アハハハ、と朗らかに笑うウォーター。だが、セルジオは気づいた。面白そうに細めた目が、その実全く笑っていない事に。

「さて、じゃあ自己紹介をしましょうか。国連軍IS配備特務部隊『プリベンター』のウォーターとIS『冥王(タナトス)』。会うのは今日が最後だろうけど、仲良くしましょう?」

「……一つ訊かせろ。いつからだ?いつから俺を……俺達をつけてた?」

「最初から。『タナトス(この子)』の特技は隠密行動(スニーキング)無音殺人(サイレントキリング)だから」

「ん……だとう⁉」

 ウォーターのIS『タナトス』。その特筆すべき点は『静粛性と隠密性』にある。敢えてスラスターを一切排除し、PICのみで空中機動を行うISは他に類を見ないものだ。

 搭載されている武装もサプレッサー装備の銃器と近接戦闘用の大鎌《カーマイン》のみと、静音性を最大限追求したものになっている。加えて、超高性能アクティブステルスシステム『ダークマント』によって人の目はおろか機械の目(センサーアイ)すら欺瞞が可能。まさに究極のステルスアタッカー。それが『タナトス』というISなのだ。

「さ、もう逃げられないってのは理解してるでしょ?大人しく捕まって……」

 

ドオンッ!

 

 ウォーターがセルジオに降伏勧告をしようとした直後、後ろで止まっていた車が数台同時に爆発した。ウォーターが振り向いた先にいたのは、立ち昇る炎に照らされた一機のIS。フードを思わせるバイザーを被り、最低限の箇所のみを守る装甲の上から漆黒一色の襤褸のローブを纏い、片手に大鎌を携えたその姿は『死神』を想起させる。

「こ、今度は何だおい⁉ありゃ、アンタの知り合いか⁉」

 それはこっちの台詞よ。と思いながらウォーターは眼前のISを睨みつける。だが、死神のようなISを纏った女はウォーターを見向きもせず、セルジオに顔を向け、抑揚も感情も無い声でセルジオにとって絶望を齎す言葉を紡ぐ。

「私は……亡国機業暗殺部隊『グリムリーパー』の者。……オーガスト様よりの命令。……貴方が戦闘を放棄して逃げたら、組織への裏切りとして……殺せと」

「なっ⁉オーガストが……俺を⁉」

 亡国機業のトップからの頸切り(物理)宣告に顔色が見る間に悪くなっていくセルジオ。

「待て!待ってくれ!俺は逃げたんじゃない!味方を集めに「嘘。最初から全部聞いていたし見ていた」……っ⁉」

 言い訳をしようとするセルジオに女は冷酷に真実を告げる。そう、女は始めからずっとセルジオの近くで彼の動向を監視していたのだ。女は音も無くセルジオに近づくと大鎌を頭上に振りかぶり、一切の感情を伺えない声でセルジオに死を宣告した。

「……さよなら」

「や、やめてくれ!殺さないでくれ!い、幾らだ⁉幾らで雇われた⁉オーガストの倍、いや三倍出す!だから……!」

 涙目になりながら尻で後退りつつ、女を懐柔しようと試みるセルジオだが、それに対する女の反応はどこまでもドライだ。

「……さよなら」

「わ、わかった!『エル・ビアンコ』に相応のポストを用意する!俺のすぐ下に−−」

「……さよなら」

「あ、あ、あ……。い、嫌だああああっ!!」

 無慈悲な断罪の刃がセルジオに振り下ろされた。その大鎌は正確にセルジオの頸を捉え、鮮血と共に宙へと飛ばせる−−筈だった。

 

ガキインッ!

 

「……へ?」

「……どうして、邪魔する?」

 女の振るった大鎌の刃が、ウォーターの《カーマイン》の柄によって、セルジオの頸数cm手前で止められていたからだ。

 不思議そうに首を傾げる女。その仕草は、無機質だがどこか幼さを感じる声質と相まって、妙な可愛らしさを感じさせる。

「私がそいつに生きてて貰わなきゃ困るからよ。情報ってのは生きた人間からじゃないと絞れないもの」

「……そう。……なら、まずはお前から、殺す」

 ウォーターと距離を取り、改めて構えを取る女。それに対応し、ウォーターもまた《カーマイン》を構える。

「かかってきなさい、パクリ子ちゃん」

「……そっちが、パクリ」

 殺気のぶつけ合いに空気が震え、重くなっていく。裏社会で相応に名を挙げたセルジオだったが、その猛烈な殺気に意識を保てず地面に倒れる。その音を合図に、ウォーターと女はアクティブステルスで姿を消した。

 誰一人見るもののない深夜のサンパウロ郊外で、冥王と死神(同系統機同士)の戦いが、深く静かに始まったのである。

 

 

「いましたわ!セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァです!」

「オッケー。見たとこ気ぃ失ってるみたいだし、一旦縛っときましょ!」

 本部の後始末を陸戦隊の人達に任せて、爆発音がした方へ向かった鈴とセシリアは、道端で気を失っているセルジオを発見。捕縛しておこうと接近した所で、セルジオから名状しがたい異臭が漂っている事に気づいた。

((コイツ(この方)漏らして(いらっしゃ)る⁉))

 本人の名誉の為に−−なるかは疑問だが−−言えば、セルジオは漏らしてから気を失ったのではなく、その逆で気を失ってから漏らしてしまったのである。とはいえ、そんな事情はうら若き乙女には関係ない訳で。

「もう!きったないわねえ!……どうしよっか?」

「正直に言わせていただけば、触ることはおろか近づきたくすらないですわね……」

「こういう時、九十九が居ればって思っちゃうわね。《ヘカトンケイル》で自分が触らずに事を運べるし」

「『お断りだ。誰が使った手の洗浄をすると思ってる?』と仰いそうな気がしますわ」

「今の言い方似てる!……ところで、ウォーターさんどこいったのよ?」

「そう言えば、見当たりませんわね」

 重要人物を放ったらかしにして、ウォーターは一体どこへ行ったのか?辺りを見回す鈴とセシリアの耳に、金属同士がぶつかり合う耳障りな音が響く。二人がハッとしてそちらに目を向けるが、そこには誰もいない。どういう事か?と思っていると、離れた場所から再びの金属音と、圧縮空気が吐き出されたかのような何かの発射音が断続的に響く。あまりにも不可解な現象に二人は首をひねるが、ふと鈴が気づいた。

「まさか……相手もステルスアタッカータイプのIS、とか?」

「お互いステルス状態で闘っている。という事ですの⁉もしそうなら……」

「ヘタに援護しようとすればフレンドリーファイア(友軍誤撃)待ったなし。ね」

 生唾を飲みながら鈴が答え、空を見上げる。視線の先では−−見えないが−−ウォーターと敵のIS使いが激しいぶつかり合いをしているのだろう。激突音が響き、火花が散るのが見える。その光景をもし一夏が見ていたら「ドラ○ンボー○の超高速戦闘みてえだ!」と言ったに違いない。と、鈴は益体もない事を考えていた。

 

 

「だーっ!しつっこいわね!いい加減倒れなさいよ!」

「……そっちが、しつこい」

 コンセプトの似た機体のためか、お互い決め手に欠いたまま千日手の様相を呈し始めたウォーターと女。このままでは互いに体力とシールドエネルギーをじりじりと奪い合う泥仕合になるのは、どちらも理解していた。互いに姿を消したまま(と言っても、互いに何処にいるかは分かっている)、空中で円移動を行いつつ睨み合うウォーターと女。しんと静まり返った戦場の空気が動いたのは、鈴の怒声によってであった。

「あ!こら、アンタ!待ちなさい!逃げんな!」

「こんな事なら、多少の汚れなど気にせずに縛り上げておくべきでしたわ!」

 なんと、目を覚ましたセルジオが「ひいいいっ!」と情けない悲鳴を上げながら逃走を開始したのだ。ズボンの裾から異臭の漂う水滴と固形物を撒き散らしながら必死に逃げ惑うその姿は、とてもブラジル最大級の麻薬カルテルの長とは思えない、非常に無様なものだった。とはいえ、この場においては最重要人物である事に間違いはない彼を逃がす訳には行かない。鈴とセシリアがセルジオを追って飛ぼうとしたその瞬間、二人の横を薄ら寒い風が駆け抜け−−

「死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にた……」

 死を拒絶する文言を何度も口にしながら、脇目も振らずにひた走っていたセルジオの頸が、飛んだ。

「「っ⁉」」

「くっ……間に合わなかった……!」

 ウォーターが苦悶の声と共にステルスを解除して姿を現す。それに合わせてか、女の方もセルジオの遺体の数十m先でステルスを解除した。

 セルジオが女に殺されてしまった理由。それは偏に当人の致命的な『間の悪さ』にある。セルジオが目を覚まし、恐怖に駆られて悲鳴を上げながら走り出したその時、それにウォーターと女が気づいたのは同時。動き出しも同時。ISの最高速度もほぼ同等。違ったのは、女の方がウォーターよりもセルジオに近かった事。たったそれだけが、セルジオの生死を分けたのだ。

「……任務完了。帰投する」

 感情の伺えない無機質な呟きと共に、再び女の姿がかき消える。この場からの逃走を図ろうとしているのは、誰の目にも明らかだった。だが……。

「あ、あ……」

「そ、そんな……!」

 人の頸が飛ぶ光景を目の当たりにし、恐慌状態にある鈴とセシリアを放って行くという選択肢は、ウォーターには取れなかった。ウォーターは二人の前に立つと、その頭に手を置いた。その感触に、二人がウォーターと視線を合わせるように顔を上げる。その顔には、人の死を見た恐怖と自らの失策に対する自責の念が浮かんでいる。

「ご、ごめんなさい。ウォーターさん……」

「わ、わたくし達が彼をきちんと捕縛していればこのような事には……」

 二人の謝罪に首を横に振って答えるウォーター。はっきり言ってしまえば、セルジオはどちらにしても死ぬ事になっていただろうとウォーターは思っていた。法に裁かれ獄中で誰に看取られる事もなく死ぬか、無法に裁かれ無惨な最期を遂げるか。違いはその程度だろうとも。

「だから、あなた達は何も気にしなくていいの。精々『この世から悪党が一人減った』程度に思いなさい」

「「…………」」

 ゆっくりと頷く二人。だが、その顔は晴れない。ウォーターも流石にすぐに切り替えろとは言えず、しばらくの間無言の時間が過ぎる。と、そこへ耳を劈く飛行音が轟く。ハッとして鈴とセシリアが視線を上に向けると、自分達の頭上100m程の高度を超音速戦闘機が3機、編隊飛行をしながら通り過ぎて行くのが見えた。ウォーターが「来たわね」と呟いたのを、二人は聞いた。

「さーて、お二人さん。仕事はまだ終わってないわよ」

「え?私達の目的って……」

「セプテンバーことセルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァの捕縛、及び麻薬カルテル『エル・ビアンコ』の潰滅。ではありませんの?」

「なーに言ってんの。それは第1目標。()()()()()()()()()でしょ?という訳で!私達は今からアレに乗ってフェニックスの亡国機業本部にカチ込みます!拒否は認めません!あ、乗るって言ってもコックピットにじゃなくて機体の上によ」

「「えーっ⁉」」

「ほらほら、戻って来たわよ。向こうが速度を落としてるうちに乗り込むわよ!急いで!」

「「は、はいーっ!」」

 急かすウォーターに「今は色々考えないようにしよう」と、半ば無理矢理セルジオの事を思考の隅に置いて、鈴とセシリアはこちらに向かって速度を落としつつ飛んでくる戦闘機とのエンゲージの為に飛んだ。

 

 チームウォーター、作戦結果(リザルト)−−

 セプテンバーことセルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァ、死亡。亡国機業に関する詳細情報の取得に失敗。

 セルジオ率いる麻薬カルテル『エル・ビアンコ』、潰滅成功。ブラジルの麻薬汚染に一定の改善効果を認む。

 ウォーター、凰鈴音、セシリア・オルコット、ブラジルでの任務完了後、ブラジル空軍協力の下、アメリカ・フェニックスへ急行中。




次回予告

北の大国の闇に住まう王の軍勢。対するは霧の淑女とその妹姫。
死をも厭わぬ狂信者が、淑女と妹姫に襲い来る。
果たして、二人は大国に蔓延る闇を晴らす事が出来るのか?

次回「転生者の打算的日常」

#104 亡霊退治(参)

恩も義理もあるのよ、この国には!


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#104 亡霊退治(参)

めっちゃ遅れてスミマセン!
モチベーションが上がらず、筆を取る手が重い時期が続いてしまいました。

皆ー!小生に元気(感想)を分けてくれーっ!(切実)


 ブラジル・サンパウロでチームウォーターが『エル・ビアンコ』潰滅作戦を実施していたのと同時刻。ロシア・スターリングラードから東へ20km。製薬会社『ゾルケイン』所有の製薬工場。上空からそれを眺める3つの影があった。

「サンドさん。あそこが……」

「はい。『ゾルケイン』の麻薬精製工場です。私達の任務は『ゾルケイン』の麻薬精製工場の破壊と、『ゾルケイン』現CEO、マキリ・ゾルケイン3世とその息子、シュインジー・ゾルケインの捕縛になります」

 緊張からか少し掠れた声で楯無がサンドに質問すると、こちらもまた緊張した面持ちのサンドが答えた。実はサンド、本人曰く『緊張しい』で、大きな作戦前には眠れなくなったり胃がせり上がって来る感覚に襲われるそうで……。

(あ、これ今ガチガチの奴だ)

 よく見ると、ISの登場者の体調管理機能を超えて体調がおかしいのか、若干だが顔が青い。世界を巻き込む大戦を前にド緊張しているのだろう。が、『プリベンター』隊長ウィンドによると「緊張するのはあくまで作戦前まで。作戦が開始されれば途端に冷静になる」らしいので、楯無は特に不安を感じてはいなかった。というより、隣にもっと心配になる相手がいるのだ。

「簪ちゃん、大丈夫?」

「だだだだ大丈夫ぶぶぶ。心配い、いらなないよ?」

 そう、楯無の妹で本作戦のパートナー、簪である。もう分かりやすい程にガチガチで体がISごと小刻みに震えているし、なんなら若干涙目だ。明らかに大丈夫じゃあない。滅茶苦茶気負っているのが楯無には(サンドにも)丸分かりだ。

「私が言うのもなんですが……。妹さん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫大丈夫!ちょーっとナーバスになってるだけだから!ねっ⁉簪ちゃん!」

「ううううん!ももも問題ないですよ⁉」

(心配だ……)

 まあ、無理もないけれど。とサンドは思う。なにせ、世界を戦火に包もうとしている組織の幹部の本拠に少数精鋭でカチコミをかけようというのだから『緊張するな、落ち着け。楽に行こう』などとは軽々しく口に出来ないし、する訳にはいかない。とはいえ、このままここで簪が落ち着くのを待っていられる程時間的猶予はない。サンドは己に活を入れると作戦開始を告げた。

 

 サンドのIS『妖歌凶鳥(セイレーン)』は早期警戒管制機としての役割を与えられている。全身に装備したレーダーとセンサーは、戦場の微細な変化も見逃さない。だからこそ、サンドは驚愕した。()()()()1()0()0()0()()()()()()()()()()()()、しかも()()()()()()()()()()()事に。

「どういう事……?」

 サンドが訝しみながらも更に接近を指示した瞬間、工場内の大扉が開いた。そこからぞろぞろと出てきたのは一様に虚ろな目をし、口の端からよだれを垂らした覚束ない足取りの老若男女。センサーアイでズームインしてみてみれば、肘の内側や脹脛の裏、あるいは首筋に夥しい注射痕があるのが見える。つまり彼等は……重度の薬物中毒者(ジャンキー)の群れなのである。

 こちらの接近に気づいて出てきたのは確か。だが、サンドにはその意図がいまいち見えてこない。が、軍師タイプの思考回路の持ち主である楯無はその可能性に気づいた。

「まさか、あの人達を対私達用の肉壁にしようって言うんじゃ……?」

「でも、それなら上を飛んで避ければ良いだけじゃ……」

 簪が解決方法を提示し、それに楯無が「確かにね」と返した瞬間、スピーカーから中年男性の濁声が響いた。

『そこのIS共!降りて来い!でないと、こいつ等を殺すぞ!』

 声の主は何処かと探すと、中毒者達の最後方にマイクを持った頭頂部の寂しいウェーブヘアの男が、厭らしい笑みを浮かべて立っている。その手には大型の自動拳銃が握られており、茫洋と立ち尽くす中毒者達の頭をいつでも撃てるように構えている。

「……まさか、脅しの為だけにこんな人数の中毒者を用意したって言うの……?」

「だとしたら、アイツ……相当の馬鹿ね」

「ええ、そうですね」

 呆れ声でそう言う楯無とサンド。二人はそのまま高度を下げつつウェーブヘアの男、シュインジー・ゾルケインの元へ近づく。シュインジーは思い通りに事が運んでいると思っているのか、その笑みはますます厭らしいものになっていく。

 だが、事実シュインジーの人質作戦は、愚策でしかない。まず第一に、全体に目が届かない。最後方に居るシュインジーからでは、最前列の中毒者達が何をしているかなど見えないだろう。人質の統制が取れない時点でもう失策だ。第二に、脅しの武器が弱い。千人の人質を前に『言う事聞かないなら殺すぞ』と言うなら、せめて拳銃ではなくミニガン等の面制圧兵器を用意するべきだ。

 

 人質など気にしていない様子で、一定の高度−−上空3m程−−を保ちつつ、ジリジリとシュインジーとの距離を詰める。その様子にシュインジーの顔から笑みが消える。

「お、おい!それ以上俺に近づくな!近づくならコイツらを撃つぞ!」

 厭らしい笑みは何処へやら、焦ったような顔で隣の中毒者の後頭部に銃を押し当てるシュインジー。それに対して楯無は余裕の笑みを浮かべてこう言った。

「どうぞ、御随意に。でも……その前に銃の安全装置(セーフティ)くらい外したらどうかしら?」

「へっ?」

 シュインジーの視線が、楯無から自分の握る銃へと移る。その瞬間、楯無はシュインジーとの距離を零に詰め、その頬に全力の平手打ちをかました。

 

スパアアアンッ‼

 

「ぶへえっ!」

 もんどり打って床に倒れるシュインジー。それを見つめる楯無の目は、感情が抜け落ちたかのようにどこまでも冷たい。この場にもし九十九が居たならば、その表情を指して『チベットスナギツネにそっくりだ』と言っただろう。

「貴方、やり方が狡辛いのよ。悪の巨大組織の幹部なら、もっと堂々と戦えないの?」

「ぐぐっ……!」

 打たれた頬を押さえて楯無を睨むシュインジー。年端もいかない少女に頬を打たれ、冷たい眼差しを受ける事を屈辱に感じているのか、その顔は真っ赤で、目には憤怒と憎悪が宿っている。もっとも、楯無にとってシュインジーが向けてくる怒りの感情など、本音に悪戯してちょっと泣かせて、九十九に低い声で「楯無さん、何してるんですか?」と凄まれた時に比べれば可愛らしいものである。

 自分の睨みに全く怯まない楯無に業を煮やしたのか、シュインジーは近くの中毒者達にヒステリックに叫ぶ。

「おい!お前等何してる!ご主人様のピンチだぞ!こいつを殺せ!死んでも殺せ!」

 しかし、シュインジーの声に反応する者は誰一人として居なかった。薬物の過剰投与によって脳の殆どの機能がまともに働いていないのだろう。皆、一様に焦点の合わない虚ろな目でただただ自身正面を呆と眺めているだけだった。い

「おい!聞こえてないのか⁉こいつを殺せって言って−−」

 シュインジーがなおも怒鳴りつけようとした時、それは起きた。

「「「あ、ああ……あああああっ‼」」」

 先程まで茫洋とした表情で突っ立っているだけだった者達が、突如奇声を上げ暴れ出したのだ。やたらめったら頭を振り回す者。「皮膚の下を虫が這い回ってる!」と言いながら、居もしない虫を追い出そうと全身を掻きむしる者。羽虫の幻影でも見えているのか、嫌悪に満ちた顔で何も居ない空中を手で払う者。真冬にも関わらず「暑い」と言って服を脱ぎだす者。「俺を殺す気か⁉やってみろよ!」と怒声を上げながら周囲の人を殴り倒していく者。余程恐ろしい何かが見えているのか、悲鳴を上げて逃げ出す者。中毒者達がいた工場前の広場は、瞬時に混沌が支配する場と化した。

 その様子を見ていたサンドは、こうなった原因にすぐに気づいた。

「禁断症状……!薬物の効果が一斉に切れたんだわ!」

「そ、そんな……!どうしたら……?」

 混沌の巷と化した広場。一体どうすればいいのかすぐに思いつかない簪は、狂気的な光景を前に狼狽える事しか出来ないでいた。そこにサンドの鋭い叱責が飛ぶ。

「落ち着きなさい!ラグナロクに渡された暴徒鎮圧用催涙ガスミサイルがあるでしょ⁉」

「そ、そうでした。行きます!」

 サンドの叱責に幾分かの落ち着きを取り戻した簪は、マイクロミサイルポッドにラグナロク謹製催涙ガスミサイルを装填、可能な限り広範囲にガスが広がるように弾道計算をした上でそれを放った。ミサイルは放物線を描きながら飛んで行き、一斉に炸裂。内部に圧縮されていたガスを一気に吹き出した。

「「「ぎゃあああっ⁉」」」

 途端に目を、鼻を、喉を押さえ、涙と鼻水をダラダラと流しながら蹲る中毒者達。覿面過ぎるその効果に、サンドも簪も楯無もドン引きだ。なお、ガスが流れ込んで来る場所に居たシュインジーも同様に無様を晒している。

 

 ラグナロク謹製暴徒鎮圧用催涙ガス弾『DMC』

 一息吸い込んだだけで涙と鼻水と喉の痛みが止めどなく襲って来る、超強力催涙ガス弾。ありとあらゆる刺激物質をこれでもかと濃縮して詰め込んだその威力は、開発者曰く『泣かないと言われる悪魔さえ泣かせる代物』との事。

 なお、名前の『DMC』は『ドカンといったら(D)皆揃って(M)超泣くよ(C)』の略らしい。あのスタイリッシュデビルハンターゲームとは偶々イニシャルが一緒になっただけである。そう、偶々一緒になっただけである。

 

「ぐぐっ、く、クソが……!ゲホゲホッ!」

 顔面をあらゆる体液でベトベトにしながら、這って逃げようとするシュインジー。だが、その背中に何かとてつもなく重い物が乗り、シュインジーの動きを強制的に止める。

「ぐえっ⁉何だ……っ!」

 顔を上げたシュインジーが見たのは、自分の体を踏みつけにしている楯無だった。呆れと侮蔑を込めた絶対零度の視線が、シュインジーに突き刺さる。

「逃げられると思ってるの?」

 その声に、その視線に、シュインジーの体が我知らずガタガタと震えだす。

 対暗部用暗部(カウンタースパイ)一族『更識』の若き当主、当代『楯無』。こいつは、たかが小娘と侮って良い相手ではなかった。シュインジーはその事に、今になって気づき恐れ慄いていた。

「シュインジー・ゾルケイン。貴方には麻薬取締法違反、薬事法違反、その他諸々の法律違反、抵触の容疑がかかっているわ。神妙にして、縛に付きなさい。抵抗しても良いけど、無意味よ」

 どこまでも冷たい声音と視線。それを受けたシュインジーの心は……折れた。目の前の少女には、自分が何をやったとしても意味が無い。そう気付かされてしまったから。

 あっさりと抵抗を止めたシュインジーを持ち込んでいたワイヤーロープで縛り上げた楯無は、彼の父でありゾルケイングループの首魁であるマキリ・ゾルケインの居場所を聞き出そうと彼を尋問した。

「で、マキリ・ゾルケインはどこ?もし逃げたって言うなら、どこに逃げたの?言いなさい」

 途端、元々青褪めていたシュインジーの顔が青いを通り越して白くなっていく。体の震えは更に増し、その上下動で残像が浮かぶ程だ。

「い、言えない……!」

 絞り出すような声で答えるシュインジー。楯無はその発言にどこか違和を感じていた。シュインジーは「言わない」ではなく「言えない」と口にしたのだ。

「言えないって……どういう事かしら?」

「それも言えない!言えば俺は死ぬ!」

 ヒステリックに叫ぶシュインジー。切羽詰まったようなその声音は、楯無にある疑念を抱かせる。

(もしかして、シュインジーを監視、盗聴している誰かがいる?だとして何処に……?)

 楯無はハイパーセンサーを用いて周囲を探査するが、それらしい人影はどこにも無い。仮にスナイパーを配置しているなら命中率を考えて300m圏内、必中を期するなら150m圏内に配置するはず。あるいは、余程神がかり的な腕のスナイパーが1km以上離れた所から狙っているのか。だとしても、事前のポジショニングをミスれば射線が通らずにアウトだ。ならばシュインジーを殺すのは−−

(第三者による襲撃以外の方法……例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか……)

 チラとシュインジー目をやった楯無は、確かに見た。シュインジーの首筋、頚動脈の真上辺りに真新しい手術痕があるのを。

「貴方、その首筋の手術痕、何?」

「これが何も言えない理由さ!親父は俺に超小型爆弾と盗聴器を仕込んだ!親父の事を少しでも漏らせば……ボン!だ!」

 シュインジーの証言に楯無は戦慄した。自身の情報を漏らさない為に、息子に爆弾を仕込む父親が居るのか、と。

「もう一度言うぞ!俺から情報を聞き出そうとしても無駄だ!俺は死にたくないんだよ!」

「……そうね。じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、そうしてくれると助かるよ」

 楯無の言葉にホッとしたシュインジーだったが、ふと気づいた。楯無は「聞き出すのは止める」と言ったが、「マキリ・ゾルケイン探索を諦める」とは言わなかった。父親の居場所について知っているのは自分だけ。どうやって情報を手に入れるつもりか?その答えは、目の前にあった。

Куда делся Макири Зоркейн(マキリ・ゾルケインはどこに行ったの)?』

 宙に浮いた水が、ロシア語で文章を紡いでいる。シュインジーは気づいた。楯無は、自分と音声以外の方法での会話をしようとしている、と。

 父親が仕込んだのは爆弾と盗聴器。視覚情報までは盗まれていないだろうという楯無の判断は、間違いではない。シュインジーはふっと笑みを浮かべると、縛られていて動かせない手足の代わりに、声に出さずに口だけ動かした。『主要幹部を連れて本社から逃げた。今頃はシベリア方面に向かっているはずだ』と。読唇術でそれを読み取った楯無は、にんまりと笑顔を浮かべると遅れてやって来た国連軍陸戦隊員に「後はよろしく」と言ってその場を離れ、サンドと簪に手に入れた情報を伝える。シュインジーに仕込まれた盗聴器に声が入る可能性を考慮して水文字で。それを見たサンドと簪は力強く頷くと、マキリ・ゾルケインを追ってシベリア方向へと飛んだ。

 

 

「やはり、あやつではろくな足止めも出来んか。……愚息が、手間をかけさせおって」

 息子に仕込んだ盗聴器から聞こえてきた会話の内容から逃亡先を口に出す事は無かったようだが、それでもそう思わずにはいられない。マキリは車の中で溜息をついた。

「まあ良い。こちらの行方を向こうは知らぬ。追いつかれる事などあるまいて」

 改めてシートに深く腰掛けて、マキリはニヤリと嗤った。シベリアまで辿り着けば、ゾルケイングループの子会社から集まった幹部級職員と子飼いの精兵、合わせて150人と共にステルス潜水艦で潜航。ほとぼりが冷めるまで深海をウロウロして待ち、忘れた頃に現れて『シャクラ王国』再興を為せば良い。

「冠を頂く者は、まだここにおる。のう、サクラよ」

「……はい、お爺様」

 節くれだった手で頭を撫でられながら、少女……サクラ・ゾルケインは虚ろな表情で機械的に返事を返した。シベリアまでは後少し。マキリが「勝った」とばかりに歪んだ笑みを浮かべた直後、サクラが後ろを振り返った。

「うん?どうした、サクラ?」

「……来ます」

「なに?……馬鹿な⁉」

 サクラの言葉に自分も後ろを振り返ったマキリは、その光景に愕然とした。自分の乗る車の後方200m程の位置に、明らかにこちらを追尾している3機のISが居る。両者の距離は見る間に詰まり、互いの顔を視認できる程になる。

「更識楯無……!」

「見つけたわよ!マキリ・ゾルケイン!」

 渋面を作るマキリの顔と姿をはっきり捉えた楯無が吠える。マキリの乗る車の前を走っていた車達が楯無達の存在に気づいたのか、速度を緩めてマキリの車を先に行かせた上で見事な連携で進路妨害をする。しかし、空中を駆けるISにとって地上を走る車など『低過ぎるハードル』でしかなく、部下の車は呆気なく飛び越えられた。そして。

「くっ!」

 

キキーーッ!

 

 マキリの乗る車の前に立ち、各々の得物を構える楯無達の威圧感ある姿に、運転手は思わずブレーキを踏んでしまう。完全に停止したマキリの車に近づきながら、サンドは警告した。

「マキリ・ゾルケイン。抵抗を止め、速やかに下車の上、両手を上にしてはいつくばりなさい。なお、この警告が聞き入れられない場合、抵抗の意思ありと判断し、当方は即時の武力行使を致します」

「おのれ……ここまで来て……!」

 歯ぎしりをしながら怨嗟の籠もった声を上げるマキリ。そんな祖父の様子を、虚無を宿した目でサクラが見ていた。

 

 

「……出て来ないわね」

「まだ勝ち筋があるとでも思っているのでしょうか……?」

「……わからないけど、警戒して損はない……と思う」

 動きを見せないマキリの車を正面に見据えながら、警戒態勢を維持するチーム・サンド。降伏勧告から既に5分が経過。何かアクションを起こそうと言うなら、そろそろ仕掛けて来るはずだ。

〈もう一段、包囲を狭めてみましょう〉

〈〈了解〉〉

 サンドからプライベート・チャネルで指示が来る。それを受けて楯無と簪が車に近づこうとした時、車の屋根が吹き飛び、中から禍々しい外見のISがマキリを抱えて飛び出して来た。

 漆黒に血のような赤黒いラインが縦に幾筋も走ったローブの様な装甲。余程靭やかな素材で出来ているのか、裾がユラユラと揺らめいている。鉢金状のバイザーは血管が蠢いているような怖気を感じるデザインだ。時折ピクピクしているように見えるのは、気のせいだと思いたい。それを纏うのは、瞳に虚無を抱えた少女。菫色の髪を腰の上まで伸ばし、ISの上からでも分かる程に肉感的な、男の欲情をこれでもかと誘う肢体を持った……小学校高学年から中学生位の女の子である。

「ふはははは!まだじゃ!我が野望、シャクラ再興の夢はまだ終わらん!やれい、サクラ!お主と『絶対悪(アンリ・マユ)』の力を見せつけ、絶望を与えた上で……惨たらしく殺せ!」

「……はい、お爺様」

 マキリの指示に機械的に返事を返したサクラは、一旦地面に降り立ってマキリを下ろすと、その場に立ち尽くした。

(え?何してるのあの子?どうして棒立ちなんかに……)

「お姉ちゃん!」

「ちょ、簪ちゃん⁉」

 一流と言っていいISパイロットである楯無が、サクラの行動に唖然として動きを止めた直後、簪が真横から楯無に飛びついて来た。突然の妹の行動に目を白黒させる楯無だったが、その行動が『自分を守る為』だった事にすぐさま気づいた。

「…………」

 サクラのIS『アンリ・マユ』の装甲だと思っていた部分が、こちらに伸びてきていたのだ。鋭利な刃物のような光を湛えたそれは、無機質な殺意を宿している。

「どうじゃ、驚いたか!これが『アンリ・マユ』の力!最強の矛にして最強の盾!三頭邪龍(アジ・ダハーカ)じゃ!お主等はサクラに近づく事もままならぬまま、切り刻まれて死ぬのじゃ!」

 高笑いを上げながらマキリが丁寧に能力説明を行う。その説明に苛立つものを感じつつも、楯無はサクラが棒立ちになった理由に納得した。

(自分が動く必要がないからその場に留まったのね。私達を攻撃しつつ、マキリにも近づけさせない絶妙な位置取り。あの子、出来るわね……)

 自分達より幾らか年下なのに、なかなかどうして戦巧者ではないか。楯無はサクラに対する警戒度を一段引き上げた。

 と、『アンリ・マユ』の《アジ・ダハーカ》が再び鎌首をもたげて攻撃態勢をとった。瞬間、3本の帯が楯無達に殺到する。

「各機散開!ランダム機動で回避!」

「「了解!」」

 サンドの号令一下、一斉にバラける三人に対し、サクラは《アジ・ダハーカ》による攻撃を更に激化させる。最初3本の帯だったそれは、気づけば十数本にまで増えている。《アジ・ダハーカ》の名前の元ネタだろう某拝火教の悪龍の首の数より遥かに多い。しかもそれら一本一本が意思を持ってでもいるかのように正確にこちらを狙ってくるため、一瞬たりとも足を止めていられない。加えて−−

「このっ!」

「……行って、《山嵐》」

「食らいなさい!」

 サンドのヘビーマシンガンの銃弾、簪のマイクロミサイル群、楯無の超高圧縮水弾。それら全てを、《アジ・ダハーカ》は受け止め、切り落としてきたのだ。

「はーはっはっは!無駄じゃ無駄じゃ!言うたであろう!《アジ・ダハーカ》は攻防一体!お主等の攻撃など、いくらやっても通らぬわ!」

 喜悦に顔を歪め、愉快とばかりに嗤い、馬鹿にしたように手を叩くマキリ。完全に図に乗っている。それをやっているのは自分の孫娘……サクラであるのに、まるで自分がそれを成しているかのような口振りに、流石の楯無もイラッと来た。

「息子に囮をさせて、追いつかれたら孫に守って貰って。貴方、自分が格好悪いと思わないのかしら?」

「ふん!何とでも言うが良いわ!己が目的の為ならば何でも使い、役に立たぬなら身内であろうと切り捨てる。それが出来てこその王よ!」

 堂々と卑劣な発言をするマキリに、ますます苛立つ楯無。父であり、先代『楯無』である(つるぎ)から「掟と規律を守るため以外の理由で身内を切るな。それはクズのやる事だ」と教えられた楯無にとって、マキリの思考・発言は到底看過できるものでは無い。

「このクソジジイ!一発張ってやるからそこになおりなさい!」

「出来るものならやってみい!サクラの鉄壁の守りが崩せるならの話じゃがのう!」

 余裕ある態度を崩さず、なおも楯無を挑発するマキリ。『自分が害される事は絶対に無い』と思っているからこその、強気な発言だった。そして実際、楯無達は未だマキリを確保するどころかサクラに近接格闘戦を仕掛けられる距離(5〜10m)にすら近づけていない。変幻自在にうねる金属の帯は、あらゆる角度、あらゆる距離からの接近を完全に阻んでくる。しかも、サクラの方から近づいてくる気配は一切無い。進展のないまま、時ばかりが無情に過ぎていく。だが、その過ぎた時間こそが勝機を引き寄せる要因となる事もある。

 戦闘開始から15分、楯無は《アジ・ダハーカ》の動きが鈍り始めているのに気づいた。最初の時に比べて攻撃に鋭さに翳りがえ、防御の反応もギリギリになっている。サクラの顔にも疲れが見え、何かを堪えるように眉を顰めている。その表情に、楯無は見覚えがあった。

(あの顔、《ヘカトンケイル》を使い過ぎた時の九十九くんがする顔だわ)

 つまり、《アジ・ダハーカ》も《ヘカトンケイル》と同様に思念誘導兵器であり、戦術支援AIを積んでいるとはいえ脳に掛かる負担は甚大であるという事だ。ならば、対応策は《ヘカトンケイル》を繰り出した九十九を相手にする時と同じように−−

「遠くからペシペシして向こうの消耗を待つわよ!動きが完全に鈍ってから勝負に出るわ!いいわね簪ちゃん、サンドさん!」

「「了解!」」

 号令一下、三人はそれぞれサクラの攻撃がギリギリ届かない距離(約150m)まで下がり、サクラがへばって動けなくなるまで遅延戦闘に終始するべく、これまたサクラが反応出来る位置からの射撃を繰り返す。相手の攻撃は届くが、こちらの攻撃は届かない。加えて、祖父を置いて相手と距離を詰めれば、その隙に三人の誰かが祖父を確保するだろう。そうなれば、向こうの勝利条件は『マキリ・ゾルケインの捕縛』である以上、後は逃げの一手を打たれて終わり。『アンリ・マユ』は第3世代ISの中では鈍足な方なので、逃げに徹されたら追いつけない。だから、サクラは決してこの場を動けないのである。

(頭痛い……。お腹空いた……。イライラする……!)

 思念誘導兵器は複数の機動兵器を頭で考えて動かす為、その消費カロリーは実は尋常でなく多い。

 九十九を例にすると、模擬戦で限界まで《ヘカトンケイル》を使った後の彼は、あまりの空腹に「眼前の物全てが食い物に見える」と言う程思考力が低下する。実際、セシリアの金髪縦ロールに「チョココロネ!」と言って食いついて大騒動になった事さえある。今のサクラも、似たような状況にあると言える。

 だが、それをISについては疎いマキリが気づくはずもなく。

「ええい、何をしておるサクラ!たかがIS使いの三人にいつまで時間をかけるのだ!殺せ!疾く殺せ!」

 マキリの甲高い濁声がサクラの耳を打つ。その声音とこちらの状況を無視した発言に苛立ちが更に募る。

「どうした、サクラ!早う奴等を−−「うるさい!」」

 なおも言い募るマキリに苛立ちが爆発したサクラは、マキリを黙らせようと一本の帯を彼に飛ばした。頬に掠めて血でも流させれば、少しは黙ってくれるだろう。そう思って。

 だが、この時既に、彼女の集中力と思考力は既に大きく削られており、その手元が大きく狂ってしまう。頬を掠めて終わる筈だったその一撃は、マキリとサクラの両者にとって不幸な事に−−

 

ザシュッ!

 

「がっ……!」

「えっ……⁉」

「「「なっ!」」」

 マキリの首、頚動脈を切り裂いてしまう。夥しい量の血がマキリの首から地面に降り注ぎ、ビチャビチャと濁った水音を立てる。自分の犯した罪に顔面蒼白になりながら、サクラは血に塗れる事も厭わずにマキリを抱き上げる。

「お爺様……!ごめんなさい、ごめんなさい!私が短気を起こしたから……!」

 サクラは泣きながら、大きく切り裂かれたマキリの首に手を押し当て血を止めようとする。しかし、首の傷は大きく深く、少女の手では溢れる血を止める事は叶わない。助けを求めるように楯無達に目を向けるが、それに対して楯無に出来たのは『もはやどうにも出来ない』と言う意を込めて首を横に振る事だけだった。

「サ……クラ……」

「お爺様!」

 掠れた声で孫娘の名を呼ぶマキリ。光を失いつつあるその瞳は、サクラに不可避の別離が近い事を雄弁に告げていた。震える手でサクラの腕を掴んで、息も絶え絶えにこう言った。

「シャクラを……何と……して……も……再……興……す……(ガクッ)」

「あ、ああ……お爺様ーーーっ!!」

 マキリ・ゾルケイン、享年73。父祖の野望の実現。その為だけに生きた男の最期は、あまりにも呆気ないものだった。祖父を呼ぶ少女の後悔と慚愧の慟哭が、暗く寒々しいロシアの空に響いた。

 

 

 その後、現れた国連軍陸戦隊とロシア連邦警察にサクラは保護された。マキリは被疑者死亡のまま逮捕、書類送検される事になるだろう。サクラも幾許かの罪に問われるかも知れないが、未成年である事と本人の意思が弱い点を鑑みて実質無罪と言っていい判決が下ると思われる。

 救急車に運ばれるマキリの遺体に縋り付き、壊れた音楽プレイヤーの様に謝罪の言葉を繰り返すサクラの姿は見ていて痛々しく、楯無達は言いようのない感情に支配され、彼女に声をかける事すら出来なかった。

 なお、シュインジーはどうなったかと言うと、マキリが死んだと聞いて狂喜乱舞。これまでの鬱憤でも晴らすかのように盛大に父親を罵り倒した。

 曰く「これであの糞親父の言いなりにならずに済む!何が『シャクラ再興こそゾルケインの悲願』だ!とっくの昔に死んだ国の事なんて知るかバーーカッ!あーあ!死んでくれて清清したよ、あの(自主規制)で(検閲削除)で(掲載自粛)の耄碌親父!だいたい−−(以下文字数にして15,000字に及ぶ父親への罵倒、愚痴、不平不満の羅列の為割愛)」との事である。もっとも、彼も彼で数百に及ぶ罪状によりロシア連邦国営超長期刑務所『ラーゲリ』に送られる事は決定しているのだが。

 

「サンドさん、私達はこの後どう動きましょう?」

 言いようのない感情に無理矢理蓋をして、楯無はサンドに問いかけた。

「フェニックスの本隊に極超音速のICBMに乗って合流。協力して亡国機業壊滅にあたる予定です。急ぎプレセツク宇宙基地に向かいます。気にするなとは言いませんが、必要以上に引きずることの無い様に。行きましょう」

「「……はい」」

 こうして、チーム・サンドの『ゾルケイン社制圧、及びマキリ・ゾルケインの追補任務』は何とも言えない後味の悪さを楯無達に残す形で終わった。

 後に楯無は、意外な形でサクラと再会するのだが、それは今するべき話ではないだろう。

 

 

 時は僅かに遡り、オーストラリア空軍、IS配備特務隊『ギャラルホルン』駐屯基地にて−−

「ファリド司令」

「来たか……。総員、戦闘準備!この一戦をもって我らの力を示し『ベイエル』再興の狼煙とするのだ!」

「「はっ!」」

 

「向こうはこっちに気づいているだろうな。各員臨戦態勢!ぬかって死ぬなよ、箒!真耶!」

「はい!」

「篠ノ之さんの背中は、私が守ります!」

 力を絶対の指針とする男と、かつて力に溺れた少女との戦いが、始まろうとしている。




次回予告

 英雄に憧れた男は力を求めた。かつて力に溺れた少女は真の強さを探した。
 男は言う。「力こそ何よりも絶対の真理だ」と。少女は言う。「ただ強い事に意味はない」と。
 だが、これだけは確か。いつの時代も、信念を通せるのは強者のみ。

次回「転生者の打算的日常」
#105 亡霊退治(肆)

これがお前の言う真理か!マクギリス・ファリド!


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#105 亡霊退治(肆)

 各地で激戦が繰り広げられている亡国機業(ファントムタスク)撃滅作戦『オペレーション・ゴーストバスター』。それはここ、オーストラリア空軍IS配備特務部隊『ギャラルホルン』駐屯基地も例外ではない。

「前線を死守しろ!ここで押し留めるんだ!」

 国連軍陸戦隊隊長の激を背に受けながら隊員達は奮戦するが、『ギャラルホルン』陸戦隊の士気の高さは異常だった。

「『ギャラルホルン』陸戦隊!進めーっ!」

「死を恐れるな!全ては我等が父祖の地奪還のために!」

「マクギリス・ファリド隊長!万歳!」

 マクギリス・ファリドの主導で編成された『ギャラルホルン』は、表向きは『ISと旧兵器との連携戦術の構築を目的とした一種の教導部隊』とされているが実際は違う。『ギャラルホルン』は、その父祖に第二次世界大戦期に滅んだオセアニアの小国『ベイエル』の亡命者がいる者達のみによって構成された、事実上のマクギリスの私兵だ。

『絶対の力でもって我等が父祖の地を取り戻し『ベイエル』最後の王、アグニカ・カイエルの無念を晴らす。私の元へ集え、父祖を同じくする我が同士達よ』

 自らをアグニカ・カイエルの子孫にして意志の継承者と謳う男、マクギリス・ファリドの激に応えた彼らの士気と練度は一様に高く、国連軍陸戦隊は苦戦を強いられていた。

「マクギリス・ファリド……!ファイルで見た限りはただの優男にしか見えなかったが、カリスマ性の高さは想像以上か!」

 盲信に近い忠誠。それを彼等に植え付けた手腕、そして『彼に付いて行けば間違い無い』と思わせるだけのカリスマ。マクギリス・ファリドは、正に『人の上に立つ者』の素質を持ち合わせている。にも関わらず、彼が選んだのは軍人の道。陸戦隊長は彼が政治の道を進まなかった事に疑問を持った。

(それだけの手腕とカリスマがあれば、政治の世界で即座に頭角を現しただろうに、何故そうしなかった?)

 大戦が絶えて久しいこの世界で、軍人として大成するにはあまりに時間が掛かり過ぎる。政治家ならば、国勢を強くする献策や、弁舌による人心掌握で賛同者を集めての新政党の樹立。そこから与党第一党への躍進、いずれはオーストラリアの大統領となって、政治的手段で亡国復興を成す事もマクギリスには可能だったはず。何故そうしないのか?その答えは、目の前で吠える一人の『ギャラルホルン』兵士の言葉が物語っていた。

「圧倒的な暴力は、時に全ての理屈を凌駕する!力なき者の言葉に誰が耳を貸す⁉力こそが、唯一絶対の真理なのだ!」

 敵隊員の言葉に、隊長は理解した。マクギリス・ファリドという男は、『圧倒的カリスマ性を持った弁舌家』であると同時に『力こそが全てと考える暴力家』なのだと。そんな男が率いるこの部隊は、極論すれば−−

「目的が『周辺地域最強になる(テッペンに立つ)事』でなく亡国再興で、武装の質も兵の練度も桁違いだが、やってる事自体はその辺のヤンキーとそう変わらんではないか!」

 という事だ。オーストラリア軍上層部がこんな男に一軍の長を任せている理由が分からない。実力があっても危険思想の持ち主ならばすぐに分かるはず。となれば、マクギリスが己の思想と性状を余程上手く隠していたか、あるいは上層部にマクギリスのシンパがいるかでもない限り、『暴力の信奉者』が上に行くなどできる訳が無い。軍とはそういう所だ。

「『ギャラルホルン』陸戦隊、総員突撃!この戦いを『ベイエル』再興の狼煙とするのだ!」

「「「うおおおっ!」」」

 気勢を上げながら突撃して来る『ギャラルホルン』陸戦隊。死をも厭わぬその行動は、もはや狂気の沙汰としか言えない。

「各機各員、奮闘せよ!巫山戯た思想の連中に調子づかせるな!」

「「「はっ!」」」

 陸戦隊長の激に応えて、隊員達は向かって来る『ギャラルホルン』隊員を押し留めるべく奮闘する。陸の戦いは、一進一退を繰り返しつつ膠着状態となっていく。

 

 

 陸での戦いと時を同じくして、『ギャラルホルン』基地上空ではISと音速戦闘機が入り乱れる混戦が展開されていた。

「『ギャラルホルン』に、マクギリス・ファリド隊長に栄光あれーっ!」

 叫びながら機銃掃射する『ギャラルホルン』の戦闘機パイロット。その目は盲信と狂気に彩られている。迫る弾幕を回避する中でキャノピー越しにパイロットと目が合った箒は、その様に戦慄した。 

「な、何なんだコイツ等は!?何が奴等をここまで駆り立てているんだ⁉」

「篠ノ之さん、動きを止めないで!的になりますよ!」

「は、はいっ!」

 衝撃と恐怖感から思わず脚を止めた箒に、真耶から叱責が飛ぶ。ここは戦場。僅かな油断が致命的になる、流血と硝煙の巷なのだ。

 殺到する戦闘機が隊列を組んで機銃掃射を行うのを乱数機動で回避しながら、すれ違いざまに主翼に僅かに斬撃を当てる。音速で飛ぶ戦闘機にとって、翼へのダメージは僅かでも致命傷足りうる。箒が翼に傷を付けた戦闘機は、音速の壁に耐えきれずに翼が折れ、そのまま錐揉み回転しながら落ちて行く。幸い、パイロットは直前で緊急脱出できたようだ。箒は胸をなでおろす。

「パイロットが無事で安心するのも分かるが、ここは戦場だ。気を緩めれば、死ぬのはお前だぞ小娘!」

「す、すみません!」

 クロスの叱責に気を引き締め直す箒。何度も言うがここは戦場。気を抜けば、次は自分が死神に連れて行かれる番になるかも知れないのだ。

「我等の目的の邪魔をするならば、誰であろうと容赦はしない!」

「『ベイエル』再興の為ならば、この命惜しくはないわ!覚悟なさい!国連軍!」

「ガキ共が!吠えるより先に攻めてこい!」

 戦闘機の後ろから迫っていたIS『南十字星(サザンクロス)・ギャラルホルンカスタム』(以下サザンクロスGC)2機に対し、クロスが両手に構えた大口径マシンガンで牽制射撃を行う。2機の『サザンクロスGC』は堪らずクロスから距離を取った。

 

 クロスのIS『戦女神(ベローナ)』は、高機動中距離射撃戦型のISだ。背部非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に搭載された4基の高出力マルチスラスターと脚部大推力スラスターによる、他のプリベンター所属ISと比べても頭一つ抜けたスピードと、多種多様な射撃武器による撹乱・一撃離脱戦法を得意とする。

 

「奴等の足は私が止めてやろう。確実に仕留めてみせろよ!小娘!」

「はい!」

 クロスの檄を背に受け、箒が長刀《大蛇薙(おろちなぎ)》を腰だめに構えて『サザンクロスGC』に肉薄する。

 

 箒のIS『打鉄・暁』は、かつての彼女の愛機『紅椿』に似たコンセプトのISだ。ラグナロクIS開発部が持てる限りの技術でもって強化改修を施した第2.5世代IS『打鉄ラグナロクカスタム』に、箒の戦闘データを元に更なる改修を重ね、『紅椿』には及ばないが、『紅椿』と同じ感覚で操縦可能な謂わば『限り無く『紅椿』に近い偽物』としてロールアウトされたIS。それが『打鉄・暁』である。慣熟訓練の際、箒が「『紅椿』の時と全く同じ操作感に、ラグナロクの恐ろしさの片鱗を味わった」と少し青ざめていたのは皆の記憶に新しい。

 

「はああっ!」

 クロスの精密射撃によって動きの鈍った『サザンクロスGC』の胴に箒の斬撃が綺麗に入った。が、それは相手の誘いだった。

「っ⁉大蛇薙を機体で挟んで⁉」

「篠ノ之さん!剣を離して!攻撃が来ます!」

 以前の箒なら、刀を手放すなど武士の恥。と言って頑なに拒んだだろう。だが、今の箒は違う。

「九十九は『そういう時は迷わずこうする』と言っていた!でえいっ!」

「なっ⁉あがっ!」

 なんと、箒は『サザンクロスGC』に止められた《大蛇薙》から即座に手を離し、相手の鼻面目掛けて頭突きをカマしたのだ。

 IS同士の戦闘において、極近接距離(クローズドレンジ)での格闘戦の中ですら誰も選択肢に入れない方法を取った箒に面食らった『サザンクロスGC』のパイロットは、顔面にまともに箒の一撃を受けて痛みと驚きで《大蛇薙》を離してしまう。箒は取り落とされた《大蛇薙》を掴むと、眼前の『サザンクロスGC』に逆袈裟で斬りつけた。

「ぐあっ!……くっ、卑怯な!ISパイロットの誇りはないのか⁉」

 斬撃を受けて後退した『サザンクロスGC』のパイロットは、箒に怨嗟のこもった視線を飛ばす。だが、箒はどこ吹く風といった風情で鼻を鳴らす。

「我らが軍師、村雲九十九曰く『誇りのために格好良く負けるくらいなら、誇りを捨てて格好悪く勝て』『卑怯卑劣は褒め言葉だ。相手が思いつかなかったという意味だから』『命のかかった戦いにルールも反則もない。どんな手段を使おうと、最終的に勝てば良かろうなのだ』『どうせやるなら完璧、且つ徹底的に』だそうだ。これを是とできるようになった辺り、私もシャルロット言う所の『九十九イズム』にいくらか染まっていたということなのだろう」

 「以前の私なら、ふざけるなと怒鳴っていただろうな」と言う箒の後ろで、真耶とクロスが苦笑いを浮かべていた。

 確かに九十九の言っている事は概ね正しい。どれだけ志が高かろうと、どんな崇高な理想を持っていようと、負けて死ねば何も残せない。何をしてでも勝ち、生き残った者が歴史を作ってきたのは、これまでの人類史を見れば分かる事だ。

「さあ来い!ギャラルホルン!我が理想『一夏との幸せな結婚生活』の実現のためには、亡国機業(お前達)が邪魔だ!故に、ここで斬る!」

「「ふっざけんじゃないわよ!小娘!」」

 箒の(無自覚な)煽りに激昂する『サザンクロスGC』のパイロット2名。チームクロスとギャラルホルンIS部隊の戦いは、更に白熱していく。

 

 

 一方その頃、オーストラリア軍上層部は、『ギャラルホルン』の正体と目的の露見により、上を下への大騒ぎとなっていた。

「ファリド!あの若造めが!」

「すぐにでも『ギャラルホルン』討滅のための部隊を送るべきだ!」

「いや、奴をここへ呼びつけて真意を問うのが……」

「何を悠長な事を言っている⁉奴らは既に行動を開始したのだぞ!」

 オーストラリア軍参謀本部第一議会場では、参謀官達が喧々諤々の言い合いを行っていた。それもそのはずで、マクギリスの『ISと旧兵器の連携運用実験部隊の有用性に関する考察』という題の論文を受けて『ギャラルホルン』設立を認めたのは、誰あろう参謀本部作戦参謀総長、ディバン・モーナイヨー中将なのだから。

「モーナイヨー中将!『ギャラルホルン』設立に関わったのは中将でしたな!今回の件、如何お考えか⁉」

「……私があの男の内心、本性を見誤った事は確か。責任は私にある……故に!」

 ダンッ!、と机を殴って立ち上がり、モーナイヨー中将は高らかに宣言した。

「今すぐ動ける部隊を結集し、ギャラルホルン討滅作戦を開始する!作戦立案は私が、現場指揮は我が息子、モーナイヨー准将が取る!異論ある者は立って示せ!」

 中将の言葉に、数名の参謀将校が立ち上がろうとした。が……。

「但し!ここで異議を唱え、時間を無駄に使わせようとする者は、全て『ギャラルホルン』肯定派の者として即時捕縛する!覚悟を持って立つように!」

 腰を浮かせかけた将校達は、中将の言葉に腰を落とす。オーストラリア軍が敵に回れば、いかに『ギャラルホルン』が精鋭部隊といえども敗北、全滅は必至。泥舟と分かっていて乗るような愚か者は、ここには居なかった。

(すまん、ファリド大佐)

(君の理想は立派だった)

(それを為すだけの力も有った)

(だが惜しむらくは……)

(((やり方が時代に合わなかった)))

 元『ギャラルホルン』肯定派の将校達は内心でマクギリスに謝罪しながら、着々と内容が固まっていく『ギャラルホルン』討滅作戦会議をただ黙って眺めていた。

 

 

 オーストラリア軍が威信をかけた『ギャラルホルン』討滅作戦を考えている頃、『ギャラルホルン』隊長、マクギリス・ファリドは己に宛行われた執務室で次々送られてくる戦況報告に目を通していた。

「戦況は膠着状態。但し我が方の不利……か。だが問題無い。直に私の理想に共感した者達が援軍を送って来る。そうなれば、私の勝ちだ」

 笑みを浮かべて戦況の推移を見るマクギリス。だが、その目論見はノック無しで部屋に飛び込んできた部下の報告で瓦解する事になる。

「大佐!」

「何だ、少尉。ノックくらいしたらどうだ?」

「それについては失礼を!ですが、非常に緊急性の高い報告でして!」

「どうした?」

「オーストラリア軍参謀本部作戦参謀総長ディバン・モーナイヨー中将が、我々の討伐作戦を発令!現場指揮官は、デルコト・モーナイヨー准将!既にこちらに向けて即応可能な部隊を結集しつつ進軍中!」

「なん……だと……⁉」

 少尉の報告に愕然とするマクギリス。モーナイヨー中将は『ギャラルホルン』設立にゴーサインを出した男。つまり……。

(私の理念に最も早く共感してくれたお方。そう思っていたのに……!)

 執務机の下でギリリと拳を握るマクギリス。しかし、そのマクギリスの考えは大いに間違っていると言えた。

 そもそも、モーナイヨー中将がマクギリスの『ギャラルホルン』構想にゴーサインを出したのは『ISと旧兵器の連携運用の有用性に価値を見出したから』であり、彼が論文の中で言葉巧みに説いた己の理念『力こそが絶対の真理』には目を向けていなかったのだから。

 とはいえ、そんな実情を知らないマクギリスからすれば、モーナイヨー中将の今回の行動は裏切りに映った。マクギリスはすぐさま他に自分の理念に共感していた者達に片端から援軍要請を送るも、その返事は悉く『その援軍要請には応えられない』だった。マクギリスは悟った。彼らも結局、いざとなったら自己保身に走る俗物でしか無かったのだ、と。

「おのれ!」

 

ダンッ!

 

 怒りに任せて机に拳を叩きつけるマクギリスだったが、そんな事をした所で状況が好転しないのは本人がよく分かっていた。

「大佐、いかが致しますか⁉」

「……私が出る。『アグニカ』の起動を急げ」

「『アグニカ』をですか⁉大佐、あれはまだ実験段階の機体です!危険すぎます!」

「承知の上だ。戦局を覆すには、あれを出す以外に無い」

「……了解、しました。技術部に『アグニカ』の起動を命じます」

 マクギリスのどこか苦渋を含んだ言葉に、少尉は僅かに逡巡した後、命に応えた。執務室を出て行った少尉を見送った後、マクギリスは滅多に吸わない葉巻を取り出して火を着け、ゆっくりと紫煙を燻らせる。昂りがいくらか治まったマクギリスが窓の外に目をやると、遠くで自軍の『ラファールGC』が『打鉄』に似たシルエットのISに斬り伏せられ、ゴテゴテとシールドを装備した『ラファール』によってシールド主の内側に囚われた上で零距離射撃を受けて落とされていた。『ギャラルホルン』に配備されているISはあの2機で全部。それが落ちたとなれば、制空権は国連軍が持って行ったと言っていい。

(陸戦隊の損耗もこれ以上は限界……。もはや私が……俺がやるしかない。俺が全てを力でねじ伏せ、世界に分からせてやる。結局は力、力こそが全てを解決するのだと!)

 全てに決着を着けるため、マクギリスは『アグニカ』のある地下格納庫へと歩を進めるのだった。

 

 

「よしっ!敵ISは落とした!」

「これで制空権はこちらが取ったようなもの。少しは楽になりますね!」

「油断するなよ小娘共。肝心の『ギャラルホルン』の頭がまだ出て来ていない」

 敵の『ラファールGC』を撃墜した事で制空権を獲得した箒達は、警戒をしつつも一息ついていた。地上で奮戦する陸戦隊から『敵陸戦隊を壊滅せり。当方、損耗1割5分』の報告も届き、おおよその趨勢は決したと言えるだろう。

 

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

 

「っ!?警報⁉何が……!」

「地下に巨大な熱源反応!上がってきています!」

「この局面での投入……。奴等が切り札を切ったのだろう。だが、今更何が来た……として……も」

 基地全域に鳴り響くサイレンと、真下から聞こえる何かが開く音。下を見た箒達は、滑走路上に大きく開いた穴から徐々にせり上がるそれを目にし、絶句した。

「な、何だ……あれは……⁉」

 そこに居たのは、右手に突撃槍、左手に大盾を構え、馬の部分の背中に大型ロケットランチャーを載せた、全高15mはあろうかという巨大な半人半馬(ケンタウロス)。その威容に、箒達はここが戦場である事を忘れて呆然としてしまう。

『刮目せよ、国連軍。これが我が力、巨大機動兵器『アグニカ』だ!』

 『アグニカ』と称された兵器から、外部スピーカー越しに男の声が響く。

 迫力に満ちていながら、どこか甘い響きを持つ美声だ。この声で耳元で愛を囁かれたら、初心な女なら一発で墜ちてしまうだろう。そういう、蜂蜜のような甘い声の持ち主、それこそが−−

『我が名はマクギリス・ファリド!『ギャラルホルン』隊長にして、『ベイエル』最後の王、アグニカ・カイエルの意思を継ぐ者!見るがいい!我が絶対の力を!』

 馬の威嚇のように前脚を持ち上げて一瞬立ち上がり、地に足が着くと同時に駆け出す『ベイエル』。向かう先は、国連軍陸戦隊と『ギャラルホルン』陸戦隊が戦闘を繰り広げる最前線。クロスはマクギリスが何をしようとしているのかを瞬時に理解。陸戦隊に指示を出す。

「陸戦隊!戦闘を放棄して逃げろ!奴はお前達を踏み潰すつもりだ!」

 クロスの叫びに、陸戦隊はすぐさま撤退しようとして……出来なかった。

「は、速…『遅い』」

 

グシャッ

 

 マクギリスの駆る『アグニカ』は、殆ど一瞬と言っていい程の速さで陸戦隊に肉薄すると、一切の躊躇なくその足で陸戦隊員数人を纏めて踏み潰した。その足元に、鮮血の池が出来上がる。

「ひっ……!」

「篠ノ之さん!見てはいけません!」

「あの男、やりやがった……!」

 惨劇の巷を目にした箒の顔がみるみる青くなる。真耶が咄嗟に自分の盾で目隠しをするが、『アグニカ』の足元に広がった赤は箒の目に焼き付いてしまった。目の前で起きた殺戮劇に、箒は自分の意識が遠のいて行くのを感じた。その間にも、マクギリスによる蹂躙は続く。

「畜生め!ただで死んでやるかよ!」

 仲間の死に憤った陸戦隊員が『アグニカ』に向けてアサルトライフルを斉射するが、『アグニカ』は小揺るぎもしない。

『無駄だ』

 無慈悲に振るわれた槍により、アサルトライフルを撃った隊員は一撃でバラバラ死体と成り果てた。これには歴戦の勇士たる国連軍陸戦隊も、恐怖を感じざるを得ず。

「「「う……うわあああっ!!」」」

 伝染した恐怖は恐慌へと変わり、皆がてんでバラバラな方向へと逃げ始める。隊長が「落ち着け!態勢を崩すな!」と叫ぶが効果はなく、国連軍陸戦隊は戦力に数えられない程に瓦解してしまった。

『他愛もない。この程度か、国連軍』

 逃げ惑う国連軍を鼻で嗤うマクギリス。そこへ、さざ波を割って進む艦隊の船音が近づいてきた。

「あれは……!」

『オーストラリア軍艦隊……率いているのは恐らく、モーナイヨー准将か』

『マクギリス・ファリド!貴様には国家反逆罪をはじめとした25件の罪状で、軍法裁判にかかって貰う!大人しく縛に着き、法の裁きを受けろ!さもなくば、こちらは貴様の乗る機動兵器に対し艦砲射撃も辞さない!』

 旗艦『オールウェイズ』のスピーカーから響くのは、艦隊長官モーナイヨー准将の濁声。声音から相当お冠なのが分かる。

『ならばやって見るがいい!我が『アグニカ』はその程度の攻撃では倒れない!』

 マクギリスからのあからさまな挑発に、モーナイヨー准将の元々短い堪忍袋の緒が切れた。「あの激しやすい性格さえなければ儂より上に行けているだろうに……」とは、父であるモーナイヨー中将の弁である。

「抜かしおって若造がぁ!目にもの見せてくれるわ!砲撃手!主砲発射用意!目標、敵巨大兵器!外すなよ!」

「了解!主砲1番、2番、発射用意。弾頭は?」

「徹甲炸裂弾だ!あのいけ好かん若造に一泡吹かせてくれる!」

 口角泡を飛ばす勢いで叫ぶ准将に苦笑いしながら、砲撃手は『アグニカ』に狙いを定める。

「測距データ入力、仰角修正……よし。主砲1番、2番、徹甲炸裂弾装填完了。発射準備、全てよし。准将!」

「主砲、てーっ!!」

 

ズドンッ!

 

 重々しい音と共に撃ち出された徹甲炸裂弾は、放物線を描きつつ『アグニカ』に迫る。それに対してマクギリスが取ったのは『アグニカ』の盾を正面に構える。ただそれだけだった。直後、着弾、炸裂。紅蓮の炎と漆黒の煙が『アグニカ』を包み込む。

「フハハハッ!ザマを見ろ若造が!大口を叩いても所詮は「じゅ、准将!前を!」……なん……だと……⁉」

 煙が晴れたその先には、盾がヘコみ、機体全体に煤こそ付いているものの、全くダメージを受けた様子のない『アグニカ』が堂々たる立ち姿を披露していた。

『やはり、この程度か』

 溜息混じりのマクギリスの言葉に、モーナイヨー准将の怒りは更にヒートアップする。

「おのれマクギリス・ファリド!各艦、主砲用意!基地ごと奴を吹き飛ばしてしまえ!」

「し、しかし准将!基地には国連軍陸戦隊がまだ!」

「構わん!彼奴らとて死を覚悟してここに来たはずだ!もう一度言うぞ!各艦、主砲用(ズンッ!)いっ⁉」

 唐突に『オールウェイズ』を襲った衝撃にたたらを踏む准将。何が起きた?と正面を見やって……巨大な男と目が合った。

「ば、馬鹿な……。一体、どうやって……?」

 『アグニカ』から『オールウェイズ』まで、直線距離で1kmは離れていたはず。それがどうして、今『オールウェイズ』の甲板上に居るのか?その答えは、マクギリスから語られた。

『いつから、我が『アグニカ』が空を飛べないと思っていた?』

 そう。なんと『アグニカ』は、ごく短時間ながら空を飛ぶ事ができるように造られている。機体剛性と空力抵抗の問題で速度

も高度も飛行距離もISから見れば稚拙だが、それでも全高15mの巨体が飛んでくる姿はインパクト抜群だ。そして『アグニカ』が、マクギリスが『オールウェイズ』の甲板に降り立った理由は、振り上げられた馬上槍がハッキリと告げていた。

「そ、総員退か『判断が遅い』んっ⁉」

 

ガシャン!

 

 艦橋目掛けて振り下ろされた『アグニカ』の槍は、強化アクリルガラスの窓を容易く打ち砕き、艦長席のモーナイヨー准将を含む艦橋勤務兵の全てを物言わぬ肉塊へと変えた。更にマクギリスは、八艘跳びのように戦艦から戦艦へと乗り移り、次々に艦橋を叩き潰していく。惨劇の中心で、マクギリスは高々と笑い、高揚のままに謳う。

『世界よ、見るがいい!これが力だ!全てを覆し従える、絶対の真理だ!』

 

カンッ

 

『む?』

 『アグニカ』に何かが当たったのに気づいたマクギリスがそちらに機体を向けると、何かを投げた姿勢のままの箒が怒りの表情でこちらに目を向けていた。

「篠ノ之さん、無理は……」

「してません。確かにあいつの事は恐ろしいです。正直に言えば今すぐここを逃げ出して、一夏に泣きつきたい。けど……!」

 開いていた手を拳に変え、箒は吠えた。

「力だけで全てを解決する事を是とするような奴を、このままのさばらせる訳にはいかないっ!」

『そう思うなら、私を屈服させてみろ!いつの時代も理想を、信念を通す事が出来るのは強者のみ!』

 槍を構える『アグニカ』に、箒は《大蛇薙》を構えて突貫。それを見た真耶とクロスも援護のために動く。オーストラリア戦線は、佳境を迎えようとしている。

 

 

『どうした、先程までの威勢はどこへ行った?篠ノ之束の妹』

「くっ……!」

 果敢に攻め込む箒だったが、圧倒的サイズ差は如何ともし難く、真耶共々ジリ貧の状態へと押し込まれていた。マクギリスの余裕綽々な声に僅かな苛立ちを感じつつも、今はただ愚直に攻め込むしかないと己を叱咤し、『切り札を切る』とプライベート・チャネルで告げて何処かへ消えたクロスを信じて戦うのみだ。

『国連軍の女は逃げたようだな。正しい判断だ。絶対の力の前には、誰もが等しく膝を折るもの。さあ、お前達も無駄な抵抗を止め、大人しく我が軍門に「降ると思うか?若僧」』

 朗々と語るマクギリスの言葉を遮って、女性にしてはやや太いアルトボイスがその場の全員の耳に届く。直後−−

 

ガゴンッ!

 

『なにっ⁉』

 『アグニカ』の下半身、馬の胴体部分から轟音が響き、右後脚の付け根に数mはあろうかという鉄杭が突き刺さった。しかもその鉄杭が向いているのは真上。つまり、攻撃が飛んできたのは『アグニカ』の直上、かつ高高度からという事になる。

『おのれ、何者⁉』

「何者とは酷いな、マクギリス・ファリド。さっきお前が『逃げた』と宣った、国連軍の女だよ」

 声は届けど姿は見えず。この事から、クロスが現在相当の上空に位置取っているが分かる。更に、『アグニカ』に突き刺さった鉄杭のサイズから、クロスの切り札がとんでもなくデカイだろうという事も同様だ。

「本来はこういう使い方をする物ではないんだ。なんせ()()()は、対艦兵器だからな」

 対艦用電磁加速式徹甲杭投射砲(リニアレールバンカー)《ダインスレイヴ》。超超硬合金製の巨大徹甲杭を、これまた巨大な電磁投射砲で撃ち出す、IS用の兵器としてはラグナロクの《アポロン》の砲身並のサイズを誇る超兵器である。

「お前の乗る機体は四脚獣型。その歩き方は、人間でいう所の『同じ方の手足を出す歩き方』だろう?なら、どれか一本でも脚の機能を奪えば、その機動力は格段に落ちる。違うか?」

『ちぃっ!小癪な真似を……!』

「そら、もう一発だ!」

 

ガゴンッ!

 

『ぐうっ!』

 再び放たれた巨大鉄杭は、『アグニカ』の左前脚の付け根に突き刺さる。2本の脚の機能を奪われた『アグニカ』は立っているのがやっとの状態だ。加えて、『アグニカ』の腕ではどう体を捻っても手が届かない位置に刺さっているため、引き抜きたくても引き抜けない。尤も、引き抜けたとしてもその損害は甚大であり、結果が変わる事はないのだが。

「やれ、小娘!コクピットハッチをこじ開けて、奴を引きずり出してやれ!」

「はい!マクギリス・ファリド、覚悟!」

 クロスの激に応え、箒が『アグニカ』に肉薄するべく一直線に飛ぶ。狙うは人間部分の腹部、コクピットハッチがあると思しき複数枚の装甲板が重なっている部分だ。

『やらせん!』

 マクギリスが左手の盾を構えて箒の進撃を防ごうとした所で−−

 

ガゴンッ!

 

「左肩を撃ち抜いた。その腕、もう満足に動くまい」

 《ダインスレイヴ》から放たれた杭が『アグニカ』の左肩−−人間で言えば肩関節の真上−−に突き刺さり、『アグニカ』の左腕は完全に動きを止める。もしこれを引き抜こうとすればその隙に箒の接近を許し、その一撃をまともに受けてしまう。マクギリスの決断は早かった。右手の槍を捨て、拳を握り、箒に叩きつけ……ようとして視界が塞がれた。

「外見が人と同じなら、()()()()()()()()()()()?行きます!銃鏖矛塵(キリング・シールド)!」

 『ショー・マスト・ゴー・オン』の有線接続操作式物理盾(ワイヤード・シールド)が『アグニカ』の頭部を覆い隠したと同時、サブマシンガンから放たれた弾丸が盾の内側と『アグニカ』の頭部にぶつかって、激しい火花が散り轟音が響く。数秒後、盾の覆いの中から出てきたのは、機械の眼(デュアルアイセンサー)を完全に抉り抜かれた『アグニカ』の無残な頭部。コクピットのマクギリスには、外の様子を窺い知る事が出来なくなった。

『ちいっ!だが、コクピットハッチに来ると分かっているなら!』

 右腕を動かしてコクピットハッチ前方に翳すマクギリス。だがそれは、《大蛇薙》の真の力を知る箒からすれば−−

「それは悪手だ、マクギリス・ファリド!」

 箒が《大蛇薙》を振り上げたと同時に刀身が展開し、そこから青白いプラズマ炎が迸る。そう、《大蛇薙》は展開装甲理論を武装に取り込んだ、物理剣にしてビームソードだったのだ。

「はああっ!」

 

ザンッ!

 

 《大蛇薙》の一撃を受けた『アグニカ』の腕は、まるで常温のバターをナイフで切るかのように一切の抵抗無く切れた。更に、その鋒が触れたコクピットハッチがその熱量に耐え切れずに融解。縦に裂けたハッチの向こうで唖然とした顔をするマクギリスを、箒の瞳が捉えた。

「……馬鹿な……」

「ようやく会えたな、マクギリス・ファリド」

 《大蛇薙》を収納(クローズ)し、裂けたハッチに手を掛けて強引に押し広げる箒。そして、体が半分入る程裂け目が広がった所で身を捻って裂け目に入り、マクギリスの胸倉を掴んで強引に引きずり出し、死にも怪我をしもしない程度の高さから地上に放り落とした。

「ぐっ……!なかなか酷い事をする……」

 受け身こそとったが、割と高い位置から落とされて背を強かに打ったマクギリス。直後、真耶の操るシールドに囲まれた上、いつの間にか戻ってきていたクロスに真上数mから大口径ライフルを構えられた事で、自身の、ひいては『ギャラルホルン』の敗北を悟った。

 パイロットスーツに仕込んだ銃とナイフを捨て、両手を挙げるマクギリス。抵抗の意思なしと判断したクロスは、マクギリスに向けていた銃口を一旦外す。シールドを回収した真耶がマクギリスの腕を縛り上げる間も、彼は一切抵抗しなかった。逃亡の意思すらないようだ。そんなマクギリスに、箒が近づいた。

「やあ、姫武者君。敗戦の将に何の用かな?」

 敗北を受け入れてなお、何処か余裕のある態度を見せるマクギリスに一瞬惹き込まれそうになった己を叱咤し、箒は問いかけた。

「マクギリス・ファリド。貴様は言ったな。『全てを覆し従えるのは、絶対の力のみだ』と」

「ああ、言った。そして、その思いは今も変わらない。力無き者は力ある者に従う。力さえあれば全てが許される。それが真理だ」

「そうか……。マクギリス・ファリド!」

 その言葉に箒は一瞬俯いてから顔を上げて叫ぶと同時に『打鉄・暁』を解除すると、マクギリスに走り寄り、全体重を込めた拳をその顔面に叩き込んだ!

「ごっ……!」

 突然の出来事に躱す事も防ぐ事もできなかったマクギリスは。殴り飛ばされて地面を転がる。仰向けになったマクギリスに馬乗りになった箒がその顔に拳を叩き込みながらなおも叫ぶように言い募る。

「こんなものが!お前の言う真理か⁉力さえあれば何をしても良い⁉そんな事……あって良い訳があるかぁっ!」

「篠ノ之さん!もう止めてください!」

 箒が渾身の一発を放とうとしたのを、真耶が腕を掴んで止める。

「山田先生、止めないでください!こいつは、こいつだけは!」

「止めろ、篠ノ之。それ以上は、お前もそいつと同じになる」

「っ!」

 クロスの言葉にビクッと肩を震わせる箒。その体から力が抜けたのを確かめて、真耶が腕を引いて箒をマクギリスから引き離す。なお、マクギリスは鼻血を流しながら痙攣していた。不意打ち気味の一撃を受けた上に間髪を入れず乱打を受けた事で、完全に意識を失ってしまったようだ。

 こうして、一人の軍人によって引き起こされた戦いはその幕を静かに下ろしたのだった。

 

 

「クロスさん、この後奴はどうなりますか?」

 拘束具を着けられた状態で軍の護送車に乗せられて行くマクギリスを見ながら、箒はクロスに問いかけた。クロスは顎に手を当てながら答えた。

「まあ、普通に考えれば軍事裁判にかけられて、最低でも銃殺刑になるだろうな」

「……そうですか」

 顔を俯けて呟く箒の肩をポンと叩くクロス。

「気に病むな。あれも覚悟はあっただろうよ。でなければ、こんな大事を起こさない」

「はい……」

 小さく、だがしっかりと返事をした箒に「うむ」と頷き、クロスは続けた。

「後の事はオーストラリア軍に任せて、我々は次の戦場へ赴くぞ。真耶、準備は?」

「はい!ここから100km離れたミサイル発射基地から入電。いつでも発射可能だと!」

「よし。では行こうか、箒。我々の次なる戦場……アメリカ、フェニックスの亡国機業本部ビルへ」

「は……?」

 箒はポカンとした。今、この人達は何と言った?

「亡国機業の本部ビルに?」

「うむ」

「ここから?」

「ああ」

「どうやって?」

「大陸間弾道ミサイルの弾頭に乗って」

「……山田先生?」

「ごめんなさい、篠ノ之さん!ここからフェニックスに行こうとした時、一番速い方法がそれしか無くて……」

(あ、これマジのやつだ)

「さ、急ぐぞ。ISを再度展開しろ。目的地はオーストラリア軍弾道ミサイル発射基地だ」

「ま、待ってください!せめて心の準備をしてか「待たん、ほら行くぞ」らああああっ⁉」

 『打鉄・暁』の展開すら待って貰えず、クロスに抱えられて箒はミサイル発射基地へと飛んだ。

 後年、織斑(旧姓・篠ノ之)箒は当時の事を述懐してこう語っている。「あれに比べたら、その辺の遊園地の絶叫マシンなど何と言う程の事もない」と。




次回予告
魔都上海にて、二人の姫が激突する。
闇社会の姫と黄昏の国の姫の戦いは、上海の空を紅く焦がす。
しかして、闇の姫は気づかない。その背に、仄暗い刃が迫っている事を

次回「転生者の打算的日常」
#106 亡霊退治(伍)

お主……寂しい奴じゃの。


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#106 亡霊退治(伍)





 中国・上海。今そこは、恐怖と喧噪の坩堝と化していた。

『皆さん、落ち着いて!落ち着いて避難してください!』

『列を乱さないで!警察の指示に従ってください!』

「何なんだよ、これ⁉何がどうなってんだよ⁉」

「おいどけ!儂を先に行かせろ!儂は中国共産党幹部の……」

「ふざけんなジジイ!テメエだけ先に助かろうとすんじゃねえ!」

「あの!うちの子を見てませんか⁉途中ではぐれちゃったんです!」

「知るかよ‼手ぇ離したお前が悪いんだろうが!おら、とっとと進めよ!死にてえのか⁉」

 警察の放送が聞こえているのかいないのか、皆必死の形相で少しでも上海市街から離れようとしている。その理由は……。

「まさか、こちらが市民の誘導を始めるより先に仕掛けて来るとはのう……」

「向こうは市民の犠牲など欠片も気にかけていない、という事でしょう。アイリス」

「もしくは、市民を人質にこちらの動きを制限するつもりなのでしょう。第2波攻撃、来ます!姫様!」

「任せい!《空間歪曲場(ディストーションフィールド)》最大展開!」

 『王貿易商会』本社ビルの屋上に陣取った黒い装甲のラファールカスタムが、大口径砲から徹甲焼夷弾を放つのを確認したパウダーがアイリスに声をかけると、アイリスは防御結界を展開。攻撃を正面から受け止める。歪曲場に着弾した焼夷弾は炸裂し鉄片と炎を撒き散らすが、それらの大多数は地上に落ちるより先に歪曲場に囚われ、歪曲場の範囲の外に出た物もパウダーとジブリによって未然に防がれる。

「いいぞ!姉ちゃん達!」

「ヒュウッ!かっけぇ!」

「俺マジファンになりそうだわ!」

 その光景に喝采を浴びせる空気を読まない輩(チャラ男)達に、アイリスの一喝が飛んだ。

「コラ、お主ら!立ち止まっておらんと疾く逃げよ!ここにおったら、下手をすれば死ぬぞ!」

「「「ハイッ!すんまっせん!」」」

 90度に頭を下げ、直後脱兎の如く去って行くチャラ男達。無駄に連携の取れたその動きに、アイリスは若干呆れ顔だ。

「王女!敵ISが第3波攻撃の準備を開始!砲の向きと射角から、予想砲撃地点はポイントB2!」

「了解じゃ、パウダー殿!行くぞ、ジブリル!」

「はっ!」

 パウダーの指示を受け、意気揚々と予想砲撃地点へ飛ぶアイリス。その動きは『全IS中最遅』『ドン亀』『ISの形をした固定砲台』と各方面から言われ放題だった頃とはうって変わって、実に高速且つ俊敏だ。その秘密は。

「やはり、ラグナロクの技術力は半端ないのう。たった1週間で『第七王女(セブンス・プリンセス)』専用の高機動戦用パッケージを作って見せるとは。尤も、元が元故これでようやく第2世代ISの戦闘速度(350〜400km/h)に追いつける程度じゃが」

 そう、毎度お馴染み『ラグナロクだからしょうがない』である。『セブンス・プリンセス』の元々の戦闘速度では、他2人に付いて行くどころか置いて行かれないようにする事すら出来ない。

 それを危惧したジブリルが「何とかして欲しい」と九十九を通じてラグナロクに頼んだ結果、出て来たのが『セブンス・プリンセス』専用高機動戦用パッケージ《ロイヤルカーディガン(仮)》である。名前が適当と言うなかれ。急造品故に名前にまで拘れなかったのだ。

「第3波攻撃の発射を確認!着弾まであと15秒!」

「アイリス!」

「間に合わせてみせる!」

 全力でスラスターを吹かし、弾頭の真下に入ったアイリス。即座にディストーションフィールドを形成して着弾の衝撃に備える。果たして、フィールドに着弾して炸裂した弾頭が撒き散らしたのは……強力な電撃だった。

「ああっ!」

「「アイリス(王女)!」」

 迸る白光と耳を劈く轟音。『セブンス・プリンセス』には念の為対電コーティングが厚めに施されているが、それでも機体表面がプスプスと燻っていた。それだけの威力の電撃だったという事だろう。だがそれでも。

「大事ない!わらわより、一般市民の心配をせよ!」

 と一喝して、『何事も無かった』とばかりに胸を張るアイリスに、多くの市民は頼もしさと安心感を得ていた。

「皆!ここにいてはあの人達の足枷になる!急いで、だが落ち着いてこの場から離れるんだ!」

 声を張り上げたのはツーブロックヘアに四角いリムの眼鏡をかけた、学級委員長をやってそうな雰囲気の推定高校生の男子。その声に同調したのか、多くの市民がその場から離れるべく移動を開始する。現在の上海市民避難率、約18%。

 

 

 同時刻『王貿易商会』会長室。

「チッ。使えないわね……!」

 自社屋上から砲撃を続けるIS『玄武(ユンムー)』が未だに交戦中のISの1機も落とせていない現状に、亡国機業最高幹部『フェブラリー』こと王留美(ワン・リューミン)は苛立ちを隠せないでいた。

「あいつが『ユンムー』との相性が1番良かったから乗せてやったってのに、何をチンタラやってんのよ!」

 

ダンッ!

 

 苛立ちに任せてマホガニーの机を拳で叩く留美。彼女にとって、自分の思う通りに事が運ばないなどという事は『あり得ないしあってはならない』のだ。

「他の『四神(スーシン)』も投入しなさい!あっちは3機、こっちは4機!絶対対応できないはずよ!」

「かしこまりました、留美様。聞こえたな『スーシン』。出撃だ。1機漏らさず討取れ」

『『『はっ!』』』

 

「王女、閣下。地下から高エネルギー反応!これは……ISです!数は3!」

「増援を出してきたか。アイリス、いかが致しますか?」

「むう……数的不利、加えて避難中の一般市民を防衛しつつの戦闘となるか。些か厳しいの」

 とはいえ、泣き言を言っても始まらないのはアイリスとて理解している。いつでも砲撃が来ても良いように身構えつつ、こちらに接近して来るIS群に目をやる。現れたのは、それぞれ装甲を青、朱、白に塗装したラファールカスタム。それに乗るのは、戦いの喜悦に顔を歪めた同じ顔の3人だった。

「三つ子……じゃと!?」

 アイリスの呟きは聞こえなかったのか、青のラファールが黒のラファールに声を掛けた。

「たかが3機のIS相手に情けないわね、ユンムー。留美様はお怒りよ?」

「黙れ、青龍(チンロン)。ここから一気にぶっ潰すつもりだったんだよ」

 皮肉げに言うチンロンに苛立ちを隠さない声音でユンムーが反論しながら合流。なお、ユンムーも同じ顔だった。

「よ、四つ子とは……なんと珍しい……!」

 アイリスの目が戦闘中とは思えない程キラキラしだしたのを、ジブリルが「失礼を」と言いながら頭を叩く事で元に戻す。そんな一幕を知ってか知らずか、ユンムーに今度は朱のラファールが話しかける。

「そんな事言って、ホントはアタイ達が来てくれてホッとしてんでしょ?ねー、ユンムーちゃん」

「うるせえよ、朱雀(チューチャ)。誰が思うかンな事」

「と言ってるけど実際は……」

「思ってねーつってんだろが!テメエから殺すぞ白虎(バイフー)!」

 煽るような物言いのチューチャに、ボソッと呟くバイフーが追従。二人の発言にユンムーがキレてバイフーに呼び出(コール)した鉄棍を振り回す。それに手を叩いて待ったをかけたのはチンロンだ。

「ハイハイ、そこまでにしときなさいユンムー。チューチャもバイフーもいちいち煽らない」

「「はーい」」

「ちっ……!」

 軽い返事と舌打ちで3人が返すと、チンロンは満足げに頷いた。戦場とは思えない緩さが、そこにあった。

「何というか、気の抜けるやり取りじゃのう……」

「アイリス、油断しないでください」

「ええ。この場で増援として出てきたという事は、全員相応の実力はあるはずです」

 思わず緊張を解きそうになったアイリスだったが、ジブリルとパウダーの忠告に気を引き締め直す。それに気づいたのはチンロンだ。

「あら、さっきのやり取りでこっちを侮って気を抜いてくれれば楽でしたのに……。どうやら優秀な戦士がおいでのようで」

 歯を剥き出しにした好戦的な笑みでチンロンが言うと、他の3人も愉悦を湛えた不気味な笑顔になった。

「おおう……。元の顔が良い分、気色悪さも倍増しじゃのう……」

「褒め言葉と受け取りましょう、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク第7王女殿下。では……死ね」

 チンロンが膨大な殺気と共に放った一言が開戦の合図となった。チューチャとバイフーが真っ先に飛び出し、その後ろを僅かに遅れてチンロンが追う。ユンムーはその場に待機して背中の大口径カノン砲を発射体制に持っていく。

「来ます!迎撃を!」

「うむ!ユンムーとやらはわらわに任せい!ジブリル、パウダー殿!前は任せて良いか⁉」

「承知!参りましょう、パウダー殿!」

「はい!」

 アイリスの言に応じる形でジブリルとパウダーが四神の3人に相対するべく前に出る。上海上空で過激なISバトルが始まろうとしている。現在の上海市民避難率23%。

 

 

 パウダーのIS『夢魔女王(モルガン)』はその名の元となった女神同様、矛槍ニ槍流による格闘戦を得手とするISだ。また、搭乗者であるパウダー自身も超級の腕を持つ槍の達人であり、その腕前は木槍で厚さ3mmの鉄板を貫く程だ。実際にやってみせた際、九十九が某海洋冒険漫画の「えーーーっ!」顔になり、アイリスの爆笑を攫ったのは甚だ余談である。

「フッ!」

 チューチャとバイフー目掛けて繰り出した神速の突きは、正確に両者の額を打ち据える……筈だった。

 

ガキンッ!

 

「っ!?」

「貴女も長物の使い手なのね、国連のIS使いさん。じゃあ、私のお相手をして貰おうかしら?」

 いつの間にか前に出ていたチンロンが、巨大な青龍偃月刀で彼女の突きを受け止めていたのだ。刃同士の擦れ合う音が小さく響く。

「チューチャ、バイフー。あっちの騎士様とお姫様は任せたわ」

「「(シー)」」

「ジブリルさん!」

「心得た!」

 パウダーの横をすり抜けたチューチャとバイフーに、ジブリルが立ち塞がりつつ雷撃剣《エクレール》を振るう。その瞬間。

 

キンッ!

 

「何っ!?」

「いい一撃ね。()()()()()()()()()

 ジブリルが振るった剣の軌道と全く同じ軌道で、チューチャの片手剣がその一撃を止めた。そして、動きの止まったジブリルの横を、バイフーが悠々と抜けて行く。

「くっ!させるか!」

 チューチャを一旦無視し、バイフーに追い縋ろうとするジブリルだったが、その動きを読んでいたのか、チューチャが素早く回り込みをかけてジブリルの足を止める。

「どけっ!」

「どいて欲しいの?なら、私を倒すしかないわよ?」

 そう言って、チューチャはニチャァッと嗤った。矛槍使いと大刀使い、近衛騎士と模倣剣士との戦いがそれぞれの場で始まろうとしている。

 

 

「……攻撃の暇は、与えない」

「何という密度の乱打じゃ。反撃の糸口が掴めん……!」

 バイフーの電撃速攻に対してアイリスが咄嗟に出来たのは、半径50cmの小さなディストーションフィールドを自分の前に張る事だけだった。加えて、バイフーの圧倒的なハンドスピードから繰り出される嵐のような拳の連打が、アイリスを防戦一方に押しやる。挙句ーー

「……ユンムー、今」

「わあってんよ!玄武大砲(ユンムー・カノン)、発射!」

 

ズドンッ!

 

 轟音と共に放たれた砲弾。射出方向と角度から、予想着弾点は……南西1km地点の商店街。未だに避難が完了せず、人でごった返している場所だ。

「っ!?いかん!」

「ほぉら、王女様?早くしないと大勢死ぬぜぇ?」

 愉悦塗れのねっとりした物言いでユンムーがアイリスを煽る。しかし、予想着弾点はアイリスの真後ろ。バイフーの猛攻を凌ぎつつ移動しようとすれば、アイリスが着弾点に到着より先に砲弾が届いてしまう。かと言って砲弾の方に注力しようと後ろを向けば、その瞬間バイフーの超連打がアイリスを滅多打つ事になる。だが、『自分が傷みたくないから』と無辜の民を見捨てる程、アイリスの人間性は腐っていない。

(ダメージ覚悟で砲弾に向かうか……!いや待て、確か九十九が……)

 

 一週間前……

『なあ、アイリス。そのディストーションフィールド、自分の正面にしか張れないのか?』

『ん?何を言うておる。攻撃を直接目で見ねば、適切な大きさのフィールドは張れまい?』

『いいや、アイリス。逆に考えるんだ「攻撃を見なくてもいいじゃあないか」とな』

『と、言うと?』

『全周囲にディストーションフィールドを張って、どこから攻撃が来ても防げるようにすればいいんだ。いいかい、アイリス。イメージするのは『卵』だ。自身を中身、フィールドを殻と位置づけて閉じ籠るイメージだ。そして、自分(中身)が動けばフィールド()も付いて来て当然だと強く思うんだ。大丈夫、君ならきっと上手くやれる。私が保証する』

 

 極限まで引き延ばされた時間感覚の中で九十九の言葉を思い返したアイリスは、()()する事を決意した。

「ぶっつけ本番じゃが、やってやれん筈はない!」

(イメージせよ、わらわ!決して破れぬ『不壊の卵の殻』を!)

 アイリスのイメージが『セブンス・プリンセス』に伝わったのか、自分の前にしか無かったディストーションフィールドが形を変え、周囲1mをくまなく覆う強固な歪曲場()と化した。

「……っ⁉」

 突然の防御空間の変容に動揺したバイフーの猛攻が止む。その隙を逃さず、アイリスがバイフーに背を向けて砲弾の落下点へと急行する。

「おい!なにボーッとしてんだバイフー!さっさと王女様を追わねえか!」

「……是!」

 己の失策に気づいたバイフーがアイリスに追撃をかける。『スーシンシリーズ』随一の最高速度を誇る『バイフー』にとって、数秒の遅れくらいならすぐさま取り戻せる。完全に無防備な背中を見せて飛ぶアイリスに、バイフーは喜悦の笑みを浮かべて一撃を叩きこもうとして……不可視の壁に拒まれた。

「……え?」

「無駄じゃ、バイフーとやら。今のわらわの防御結界には、一部の隙もありはせん!」

「……完璧な防御なんて無い。背中にまで広げた分、薄くなっている筈。なら、叩き続ければ壊れる」

 自分から逃げるアイリスの背後にピッタリとくっついたまま、バイフーは再び嵐の如き乱打を繰り出す。しかし、アイリスの歪曲場はビクともしない。苛立ちから攻撃が粗くなりだしたバイフーは忘れてしまっていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「バッカ!何してるバイフー!そっから逃げろ!」

「っ⁉」

「もう遅いわ!」

 ユンムーの怒鳴りにハッとしてアイリスから離れようとしたバイフーだったが、それより一瞬早くアイリスが機体を横にずらす。瞬間、バイフーを爆炎と衝撃波が襲った。

 

ズドーンッ!

 

「……ゲホッ」

 ユンムーの放った砲弾をまともに喰らったバイフー。そのダメージは甚大と言って良いだろう。被弾を覚悟できていない状態で不意打ち気味に攻撃を受けたのだから当然と言えば当然だ。そしてーー

「その隙を逃す程、わらわは甘くないぞ!」

 砲弾の驚異が去った事で反転攻勢の余地ができたアイリスが、バイフーに防御結界の出力を最大まで上げた状態で体当たりをした。完全に虚を突かれたバイフーは目を白黒させながら、それでもなんとかアイリスを引き剥がそうと手を伸ばす。しかし、アイリスの周囲を覆う防御結界に阻まれて指先一つ届かない。そんな風にモタつくバイフーに、再びユンムーの叱責が飛ぶ。

「バイフー!さっさとそっから逃げろ!じゃねえと……っ!」

「そうら、ユンムーとやら!お届け物……じゃ!」

 『スーシン』シリーズ最硬かつ最高火力が売りの『ユンムー』だが、装甲が分厚く重いためその動きは極めて鈍重と言わざるを得ない。バイフーを結界に磔にしたまま猛スピードで突っ込んでくるアイリスをユンムーが迎撃しようにもバイフーが邪魔な上、突撃を躱そうにも距離が無さ過ぎて不可能。受け止めるにしてもIS2機分の重量物の運動エネルギーを完全に殺しきれるか?と問われれば「(NO)」だ。

(畜生、どうする⁉どうすりゃあ良い⁉)

 ユンムーが次の行動を取るための思考を纏めきれない内に、アイリスの突撃がユンムー(とバイフー)に直撃した。

「がはっ!」

「……ぐえっ」

 突撃を受けたユンムーと、挟まれたバイフーの喉から苦悶の声が漏れる。アイリスが急停止すると、慣性の法則によって二人は絡み合いながらもんどり打って倒れ、屋上をゴロゴロと転がる。決定的な隙と適切な距離。アイリスにとって最大の好機がやって来た。故に、ここで自身最強の切り札を切る事を彼女は躊躇わない。

「これで終いじゃ!押し潰れるがよい!グラビトン・クラスター!」

 容赦無い超重力の波がバイフーとユンムーを襲う。指一本動かせないまま、ゴリゴリとシールドエネルギーを奪われた2機は完全に沈黙。パイロットの二人もあまりの重さに耐え切れずに気を失った。直後、グラビトン・クラスターの猛威に曝された屋上が轟音を上げて崩落、二人は瓦礫に埋まる事になった。

「あ、ありゃ?些かやり過ぎてしもうたかの?まあ、元々潰す予定の組織のアジトじゃし構わんか!」

 アッハッハ、と声を上げて笑うアイリス。もしここに九十九が居れば「加減をしろよ……」と呆れていただろう。

 

 上海空中大合戦第一戦、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクVSバイフー&ユンムーは、終わってみればアイリスの完勝と言える結果であった。

 

 

 時間は、アイリスがバイフーとユンムーを降す10分前に遡る。アイリス達の戦場から少し離れた場所で、パウダーとチンロンが戦闘を開始していた。

「時間をかける気はありません。最初から全力で行きます」

 パウダーはそう言うと右の矛槍を収納、左の矛槍を長めに持って腰を落とし、右半身に構えると矛槍に右手を添えた態勢で動きを止める。次の瞬間、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一瞬にしてチンロンに肉薄。鋭く、強烈な突きを放つ。

 これが、パウダーがとある日本のアニメからパク……もとい、着想を得て編み出した必殺攻撃。名をーー

「ファング・ストライク!」

 繰り出される超威力の突きに対してチンロンがとった行動は『回避しつつ見に回る』だった。自分に向かって突き出された矛槍を、右腕の装甲を僅かに抉られながらも回避したチンロン。瞬間、顔に浮かべたのは勝利を確信したかのような愉悦の笑みだった。

「見切ったわ。その技、前に突き出した右手が貴女自身の死角になっているでしょ。後はそこを突くだけ。実に簡単だわ」

「……もう勝った気でいるのね。じゃあ、試してみるといいわ」

 言って、もう一度左片手突の態勢を取るパウダー。その様子に、チンロンは『無駄な事を』とばかりに鼻を鳴らした。既にファング・ストライクの弱点は見抜いた。後は勝つだけだ。チンロンは余裕を持ってパウダーに対峙する。

 瞬間、パウダーがチンロンに突撃。と同時に、チンロンはパウダーの右腕側に移動しながら自身の得物を振り上げる。

(とった!)

 勝利を確信したチンロンだったが、直後その顔を驚愕に染める。激突の直前、パウダーが()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!?……がふっ!」

 読みを外された事に咄嗟の反応が遅れたチンロンは、パウダーの右片手突を腹部にモロに受けた。パウダーは勢いそのまま、チンロンを『王貿易商会』本社ビルの壁に叩きつけ、押さえこんだ。

「ファング・ストライクは右側が脆い。そんな事、百も承知なのよ。たかが弱点一つ暴いたくらいでいい気になるなんて……おめでたいわね、貴女」

 冷めた口調でチンロンを貶すパウダー。チンロンは歯ぎしりをしながら逆転の一手を探そうと藻掻く。だがそこに、チンロンを絶望へと叩き落とす一言がパウダーから投げられた。

「ところで、ファング・ストライクには幾つか型があるの。貴女に見せたのは基本形の1式。他に突き下ろしの2式、突き上げの3式、槍を敢えて短くして正中に構えて突く最速の4式。そして、密着零距離から上半身のバネのみで放つ0式。けれど、これから貴女に見せるのはある一人の男の子の助言を受けて新たに作った型。その名を……ファング・ストライク99式!」

 

 1週間前−−

『パウダーさん。その技、現行のIS相手では1回の刺突で行動不能にするのは難しいのではないですか?』

『ええ。実はそうなんです。特に重装甲タイプ相手だと耐えられてしまう事が多くて……。何か打開策があれば良いんですが』

『ありますよ?』

『え?』

『1回の刺突で倒せないなら、何度でも突けばいい。それこそ、某異能バトル漫画の超高速連打(オラオララッシュ)の様に。その技は、言い方を悪くすれば「明治剣客浪漫譚」のパクリでしょう?なら、別の漫画からパクって混ぜ合わせる事に、何を躊躇う必要があるのです?』

『……っ⁉……そうね、それもそうだわ』

 九十九に言われて目から鱗が落ちたパウダーは、最初の突撃で相手を押さえ、地面ないし壁面に叩きつけた後、逃げ場の無い超至近距離から乱れ突きを食らわせる新たな型を完成させた。

 −−後に『5式から98式はどこ行った?』と度々ツッコまれる事になる、ファング・ストライク唯一の乱撃技、99式はこうして生まれたのだった。

 

「シャララララララ!」

 木槍で鉄板を貫く達人による超至近距離からの乱れ突き。最初の数秒こそ大刀で弾き、逸して、受け止めて対応出来ていたチンロンだったが、あまりのラッシュスピードに徐々に追い付けなくなり……。

「シャララララララ!」

「アガガガガガガガ!」

 遂に為す術もなくその身を驟雨の如き乱撃に晒さざるを得なくなった。一撃が入る度に装甲が削れ、罅割れ、脱落していくその様は、もし九十九がこの場に居たら無言で合掌していただろう程の哀れさだった。

「シャララララララ……シャオラァ!」

 止めとばかりに放たれた渾身の左片手突を額に受けたチンロンは完全に気絶。パウダーの猛打によって崩れた壁を巻き込みながらビル内を吹き飛び、反対側の壁に叩きつけられてようやく止まった。

 体内に籠もった熱を、大きく息をつく事で追い出したパウダーは、敢えて99式の元ネタを引用して呟いた。

「やれやれ……ね」

 

 上海空中大合戦、第2戦パウダーVSチンロンは、パウダーの向上心がチンロンの傲慢を突き砕いて幕を閉じた。

 

 

 パウダーとチンロンが激突したのとほぼ同じ頃、ジブリルはチューチャの模倣戦術に苦戦を強いられていた。

「ふっ!せいっ!いやあっ!」

「んふふふ……!」

 自身の剣と寸分違わぬ剣が、全く同じタイミングで届き、火花を散らす。何度と無く剣を交える内に、ジブリルはその理由に思い至った。

(奴は私の剣に一瞬遅れて同じ動きをしている。にも関わらず、交錯は同時。つまり……奴の動きが、私より一瞬早い!)

 模倣戦術は、その特性上どうしても『後出しジャンケン』になる。相当な腕の持ち主でなければ、真似る相手の動きについて行き切れずに敗北まっしぐらの危険な戦術。それが模倣戦術なのだ。

 ジブリルが自分の力量に気づいたのを確信して、チューチャの顔が愉悦の笑みに歪む。

「ふふふ……。気づいた?私の方が貴女より強いって。貴女の剣は模倣しきったわ。研鑽を重ねた技を容易く奪われ、絶望の中自分自身の剣で死ぬ。その瞬間の貴女の顔を思うと……それだけで絶頂し(イッ)ちゃいそう!」

 自身を抱き抱えて悦楽に身を震わせるチューチャに、ジブリルは薄ら寒いものを感じた。そして、直前まで見と模倣に回っていたチューチャが一転、激しい攻勢を見せる。打ち合うこと数合、ジブリルの手から剣が弾き飛ばされた。

「っ!」

「あっははは!これで終わりねぇ!ジブリル・エミュレール、四神が1人、チューチャが討ち取っ−−「ふん!」たぶっ⁉」

 チューチャが勝ち名乗りを上げながら渾身の一撃のために剣を振り上げた瞬間、その顔面にジブリルの切れ味鋭い足刀蹴りが刺さった。

「け……蹴り……⁉どうして……?」

「何を驚く事がある?私は近衛騎士、いと貴きお方の御身を護る事こそ使命。戦いの中で剣が使えなくなったからと、命乞いなど許されん身だ。故に、徒手格闘の心得くらいある!」

 蹴りに怯んだチューチャに間髪を入れず左ストレートからの右ボディ。くの字に曲がったチューチャのこめかみめがけて左右のフックを見舞う。脳を揺らされてフラフラとするチューチャの顎に左アッパーを当てて、顔を上向きにした所に振り下ろしの右(チョッピングライト)。それは奇しくも、九十九がよく使う拳のコンビネーションと全く同じだった。

「あ……が……ぐう……っ!」

 顔面を中心に強烈な連打を浴びせられたチューチャが息も絶え絶えにジブリルを睨む。それに対するジブリルの視線は、どこまでも冷たい。

「贋作の剣をコレクションして、それを振り回して悦んでいる奴など、所詮この程度か」

 ジブリルの熱無き罵倒に、チューチャの頭は怒り一色になる。

「な……ナメるな、王家の狗風情が!お前なんか、アタシが本気を出せば一撃で殺せんだよぉっ!」

 怒り狂ったチューチャの剣を、ジブリルはあっさり見切って片手で白羽取りにした。そしてそのまま手に力を込めて刃の中程からへし折った。

「っ⁉」

「怒りで乱れた剣など、見切るのは容易い。まして、私の剣だ。見切れないはずが無かろう。……これで終わりだ!」

 唖然とするチューチャの顔面にトドメの一撃とばかりに渾身の右ストレートを叩き込む。殴られた勢いそのままに吹き飛んだチューチャは、王貿易商会本社ビルの正面のガラスを突き破り、オフィス用品をなぎ倒しながら床を滑って停止。しばらく痙攣していたが、やがて完全に気を失ったのかその痙攣は止まった。

「ふう……恐ろしい奴だった。もし奴が真っ当に剣を学んでいたら、這いつくばっていたのは私だったかも知れんな……」

 背にうっすらとかいた冷汗を鬱陶しく思いながら、ジブリルはアイリスと合流すべくビルの屋上上空へと飛んだ。

 

 上海空中大合戦、第3戦ジブリル・エミュレールVSチューチャは、努力の天才が模倣の天才を降して終わった。

 

 

 四神がチーム・パウダーに完全敗北したまさにその時、留美はその様子をタブレットで見ながら地下駐車場を苛立たしげに歩いていた。その後ろには自身が最も信用する男、紅龍(ホンロン)が3歩離れて付いてきている。

「役立たず……!役立たず役立たず役立たず役立たず!どいつもこいつも役立たずっ‼」

 苛立ちと怒りに任せて、留美はタブレットを床に投げつけた。ガシャンッと液晶の割れる音がした後、タブレットは2、3度床を跳ねて転がった。留美は怒りが収まらないのか投げつけたタブレットの元へ行き、何度も何度も踏みつける。

「私が!アンタ達に!どんだけ金をかけたと思ってんだ⁉ああっ⁉」

 四神の4姉妹を継続的に雇い入れるための金と、その戦闘スタイルに徹底的に合わせたスペシャルチューンの『ラファール』を用意する為に亡国機業に積んだ金。合計で少なく見積もっても小国の国家予算程にはなるだろう額を彼女達に掛けた。

「だってのに、たかがメスガキといき遅れ二人にアッサリ伸されやがって!なにが『中国裏社会最強』だ!なにが『4人揃えば負けは無い』だ!ふざけんじゃねえぞ!」

 粉々になったタブレットを最後に蹴り飛ばし、肩で息をする留美に紅龍が声を掛ける。

「お嬢。四神が敗北したとなれば、次の奴らの狙いはお嬢です」

「言われなくても分かってる!今は、兎に角ここから脱出するわよ!」

「既に本社ビルは国連軍によって完全包囲されていますが」

「緊急脱出用の地下通路を使えば良いでしょう⁉」

「それもいずれは地上に出ます。上空にISがいる以上、すぐに捕捉されるかと」

「ヘリは⁉」

「プリンセス・アイリスの攻撃によって崩落した屋上と、運命を共にしました」

「だったら……!」

「いえ、もう遅いようです」

 紅龍がそう言った瞬間、ISのスラスター音が地下駐車場に反響する。直後、チーム・パウダーが駐車場入口からなだれ込んで来た。

「王貿易商会商会長にして、亡国機業最高幹部『フェブラリー』王留美!ここがお主の年貢の納め時じゃ!神妙にいたせ!」

 3人を代表してか、アイリスが留美にビシッ!っと音が出ていそうな指差しと共に降伏勧告を出す。アイリスの勧告を受けた留美の顔が徐々に怒りに歪んでいく。

「ウチの警備部門の連中は何してんのよ⁉」

「国連軍陸戦隊と戦闘……と言うより揉み合いの末、突破されたそうです。とはいえ、警備部門の連中は殆ど実情を知らない一般人。下手に武装をさせられず、それがこの結果を招いたかと」

「あーもう!ほんっとうにどいつもこいつも役立たずなんだから!私を守る為に居るんでしょうが!だったら、命の一つも投げ出してみなさいよ!」

 地団駄を踏みながら怒声を上げる留美。その姿は、とても一国一城の主とは思えない程にみっともなかった。

「のう、王留美。一つ訊きたい。お主は、自分の部下を何じゃと思うておる?」

「はあ?決まってるでしょ?私の為に喜んで生き、喜んで働き、喜んで死ぬのが仕事の……駒よ」

 即答。留美の言葉には、一切の迷いも悩みも無かった。心底からそう思っているのだ。そう感じたアイリスは……盛大に溜息をついた。

「お主……寂しい奴じゃの」

「っ⁉」

 あからさまな溜息をついてみせたアイリスに面食らった留美の頭が『自分は眼の前の少女に呆れられた』と気づいた時、アイリスは二の句を継いだ。

「そうやって全てを見下して、自分が世界の中心で、全てが思い通りになるのが当然、むしろならない方がおかしい。そう思うとるのじゃろう?」

「それの何が悪いのよ?私の役に立てないような奴、居ても居なくても同じ。むしろ、居ない方が良いまであるわ」

「そうやって振る舞った結果が今じゃと何故分からん⁉お主を助けようとここへ馳せ参ずる者も、お主の為になお戦う意志を見せる者も居らぬ裸の女王。それが今のお主じゃ!」

「黙れよ!たかが十年ちょっとしか生きてない小娘が私に説教なんて、十年早いんだよ!紅龍!何してるの⁉さっさとそいつ等と戦って、私の逃げる時間を稼ぎなさい!」

「…………」

 留美から戦闘命令を受けた紅龍。しかし、彼は黙して動かず、ただ留美の方を見ている。

「ちょっと、紅龍!私の命令よ⁉聞けないって「お嬢、すみません(ドスッ)」⁉……あっ……」

 動こうとしない紅龍に、留美が今一度命令である事を強調して叫んだ瞬間、紅龍が留美の鳩尾に拳を叩き込んだ。肺の中の空気を根こそぎ吐き出させられた留美は、小さく震えた後カクンと気を失った。

「……投降の意志有り、と見て良いのかの?」

 気絶した留美を横抱きに抱えて、紅龍が首を縦に振る。

「貴女がたがここに居る、ここに来ているという事は、既に本社ビル周辺を警備していた者達は制圧されたという事でしょう。ならば、これ以上の抵抗は無意味と判断します。それに……」

 一度言葉を切り、留美に視線を向ける紅龍。その眼には、親愛の情が籠もっていた。それは、我儘放題の妹を困ったように見つめる兄のそれ。

「こんなのでも妹ですから。傷ついて欲しくは無いんです」

「……左様か」

 どこか懐かしむような声で小さく呟いたアイリスは、紅龍に留美を任せた。紅龍に逃げる意志は無いと判断したためだ。

 その後、王留美は紅龍共々国連軍によって拘束され、裁判にかけられる事となる。留美は王貿易商会が裏でやって来た様々な犯罪行為−−武器・麻薬の密輸及び密売、殺人及び殺人教唆、無許可での私立武装組織の設立等−−の全責任を負う形で、懲役850年(仮釈放無し)の判決を受けた。無論、特定重犯罪超早期結審法が適用され、留美の不服申立てはその場で棄却された。現在彼女は中国国営超長期刑務所『九龍城塞』にて、死してなお終わらぬ刑に服している。

 一方紅龍は、十数件の嘱託殺人(留美に失態を犯した部下の『処分』をやらされていた)で懲役180年に処された。紅龍は「罪は罪。粛々と刑に服すのみ」と判決を受け入れた。そして、万が一にも留美と結託しないよう中国国営超長期刑務所『五行山』に収監され、模範囚としてある程度の厚遇を受けながら、今日も刑務に汗を流している。

 王留美を失った王貿易商会はその後、ラグナロク・コーポレーション傘下の貿易商『黄昏商会』として組み込まれ、ラグナロクの東アジア戦略の一翼を担う事となる。

 

 

「これで任務終了。じゃな」

 護送車に乗せられる二人を見ながら、安堵の溜息を漏らすアイリス。だが、真の任務は実はここからだったりする。

「いいえ、すぐに次の任務が待ってるわ。これから中国軍協力の元、長距離弾道ミサイルに乗ってアメリカ・フェニックスの亡国機業本部強襲班に合流します」

「な、なんじゃとっ⁉そんな話聞いておらんぞ!」

「アイリス、話は作戦開始直前のブリーフィングでありましたが……もしや、他に考えが行って聞いていなかったのですか?」

「うぐっ……!」

 実はそうなのだ。アイリスは『作戦成功の暁には九十九にヨシヨシして貰おう。あわよくばそのまま……ウヘヘ』と益体も無い事を考えていて、肝心の話を聞きそびれた事にすら気づかぬままここにいるのである。

「生憎時間が押しています、王女。行きますよ」

「アイリス、最終作戦に間に合おうとしたらこれしか手が無いのです。御覚悟を」

「……ええい!女は度胸!やってやろうではないか!」

 こうして、上海空中大合戦は亡国機業最高幹部の捕縛によって幕を閉じた。

 ……ちなみに、この時から十年後にインタビューに答えたアイリスはこの時の事を『わらわが今までの人生で本気で死ぬと思ったのは、この時を除けば後は九十九と初めての夜を迎えた時くらいじゃ』と述懐している。あまりの生々しさに記者の顔が引きつったのは言うまでもない。




次回予告

ラグナロクと亡国機業、双方の技術者が手掛けたマシンが火花を散らす。
一方は完璧を欲し、一方は発展を望んだ。
男達の維持と誇りのぶつかり合いの結末は……。

次回「転生者の打算的日常」
#107 亡霊退治(陸)

ニコラ、私は完璧を嫌悪します。


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外伝
#EX 短編集 日常2


EP−01 特訓の日々

 

 二人の転入生がやって来る少し前、寮食堂で一夏ラヴァーズ+本音さんとの食事中、ふと思い出したという感じで鈴が訊いてきた。

「そういえば、九十九が専用機を受け取ったのっていつ?」

「IS学園入学の一月前だが、それがどうした?」

「受け取った後は何してたの?」

 ちらりと見渡すと、他のメンバーも聞きたそうにしていた。

「入学前日までラグナロクで特訓していた」

「どんな特訓だったの〜?」

「そうだな……」

 私はラグナロク・コーポレーションでの特訓の日々を思い返した。

 

 

「うん、だいぶ良くなってきたわね。じゃあ今日はこれまで。お疲れさま!」

「はい。ありがとうございました」

 『フェンリル』を受領してから一週間。私はラグナロクに泊まり込みでISの訓練をしていた。

 特訓終了を宣言した教師役のルイズさんに頭を下げて、私はラグナロク・コーポレーション専用のアリーナを後にする。

 

 ルイズ・ヴァリエール・平賀。元フランス代表候補生にしてラグナロク・コーポレーション所属のテストパイロット。そして私のISの師匠である。

 高い技術と豊富な知識を併せ持ち、パイロットとしても指導教官としても非常に優秀な人だ。

 その美貌と凛とした佇まいに、社内外を問わずファンは多い。

 が、旦那さんが絡むと途端に残念な感じになる。例えばこんな風に……。

 

 

 

ズドォンッ!ズドォンッ!

 

「「ぎいやあぁぁっ!」」

 爆炎が支配するアリーナを全力疾走する二人の男。一人は私こと村雲九十九、もう一人は。

「今度は何やらかしたんですか!?才人さん!」

「ちっ、違う!オレは無実だ!」

 

 平賀才人。ルイズ・ヴァリエール・平賀の夫であり、ルイズ専用『ラファール・リヴァイブ』の主任整備士。

 同姓同名の『神の左手』同様何かとToLOVEるを巻き起こしては、ルイズさんにグレネードを撃ち込まれながら追い掛け回される日々を過ごす、うらやまけしからん苦労人だ。

 

「なにが無実よ!?寝子の胸を思いっきり触っといて!」

「だからあれは彼女がこけそうになってたから「言い訳無用!」って聞けよ!」

 

ズドォンッ!ズドォンッ!

 

 こうして言い合っている間も当然全力疾走の最中だし、ルイズさんからのグレネード乱射はやむ気配を見せない。

 走りながら話を聞くと、才人さんの同僚で同じ整備士の昼時寝子(ひるどき ねこ)さんが重い整備機材を抱えて歩いていて、足元の段差に躓いてこけそうになった所を助けた際にうっかり胸を触ってしまい、しかもよりによってその場面だけをルイズさんに見られたのだと言う。つまり……。

「有罪とは言い難いですが100%悪くないとも言い難いですね!と言うか、私完全にとばっちりじゃないですか!体力作りのランニングが気づけば強制全力疾走とか何の冗談ですか!?」

 

ズドォンッ!ズドォンッ!

 

「ごめん!それについてはホントごめん!」

 全力疾走しながら全力の謝罪をする才人さん。その後方上空でルイズさんが吼える。

「寝子も寝子よ!まんざらでもなさそうな顔して!そんなに大きい方がいいのかぁぁっ!」

「ルイズさん!?ひょっとして単に羨ましいだけでしょ!?『触った事に気づける位ある』寝子さんが!」

「あああっ!うるさいうるさいうるさぁぁぁいっ!!」

 

ズドォンッ!ズドォンッ!ズドォンッ!

 

 更に激しくなる砲火。完全に見境をなくしたルイズさんの砲撃が至近距離に迫る。

「ちょっと九十九君んんん!火に油注いでどうすんのぉぉぉっ!?」

「すみません!それについてはホントすみま……(ズドォンッ!)どわあっ!?」

「逃げるな!」

「「逃げるわ!(ズドォンッ!)ってぎゃあぁぁっ!!」」

 

 結局この日、強制全力疾走から解放されたのはルイズ専用『ラファール』の弾薬が切れた開始30分後だった。

 

 

「とまあこんな感じで、訓練と痴話喧嘩のとばっちりが7:3の毎日だったよ」

「「うわぁ……」」

 私の話を聞いて、顔を引きつらせる一夏ラヴァーズ。

「他にも『秘書課の娘に色目を使った』とかで、乗馬鞭持ったルイズさんが才人さんを追いかけ回してる所に出くわして、何故か私がぶたれたり」

「いたそ〜」

「あと、専用『ラファール』の整備中に高い所にある物を取ろうとしてバランスを崩したルイズさんを才人さんが助けた事があったんだが、『胸を触ったのに全く気づかなかったから』と言って才人さんに手近にあった空き缶を投げて……」

「あ、なんか展開読めたわ」

「それを躱した才人さんの後ろのドアから整備室に入った私に当たったり」

「やっぱり……」

「昼食時に不機嫌そうな顔をしていたので何かあったのか訊いたら……」

「どうなりましたの?」

「『フェンリル』の調整が終わったと整備課の人が報告に来るまでの3時間、延々才人さんに関する愚痴と惚気に付き合わされた」

「た、大変ですわね……」

 私の話を聞いた面々がセシリアの相槌に頷く。

「まあ、あの人もそれさえなければ極めて優秀なんだが……」

 ラグナロク・コーポレーションの社員はほぼ全員『性格に難はあるが腕は超一流』というどこかで聞いた事のあるような人選で集められた人達だから、今さら何を言っても遅いだろう。

 私に出来る事は、そっと溜息をつく以外になかった。

 

 その夜、私の前に一人の青年が現れた。

 フード付きパーカーにデニム地のズボン、背に細身の大剣を背負った同年代に見える男だ。と言うか、なんだかよく知った顔なんだが……。

 その男が私に近づき、肩を叩いてポツリと一言。

「お前も大変だな」

「あ……」

 

ガバアッ!

 

「アンタが言うな!」

 

シーン……

 

「ああ、そうだった。本音さんは相川さんの所にお泊りだったな」

 ルームメイトの驚きの声が上がらなかった理由を思い出し、同時に気恥ずかしくなった。

 時計は午前2時を回った所。もうひと眠りはできるな。

 私はもう一度ベッドに倒れ込んだ。あの「見知った顔に似た青年」がまた出てこないように祈りながら。

 

 

EP−02 IS学園男子生徒の憂鬱

 

 多くの学校では6月に入ると衣替えを行う。それはIS学園でも例外ではない。

「とは言え、男の夏服などこんな物か」

 支給された開襟シャツに袖を通し、夏用スラックスをはく。仕立てが高級である事以外はどこにでもありそうな組合せだ。

 姿見でおかしな所がないかチェックし、本音さんに声をかける。

「そろそろ行こうか、本音さん」

「うん!準備万端だよ~!」

 と言って脱衣所から現れた本音さんの格好は、一見いつもと変わらないダル袖スタイル。

 だが本人曰く「ちゃんと夏仕様だよ~」らしい。どこがどう違うのかと良く見てみると、袖の中ほどにファスナーが。これは一体?

「暑い時は袖が取れるようになってるんだ〜♪」

「……最初から半袖を着るという選択肢は?」

「ない(キリッ)」

 カッコよく決めたつもりなのだろうが、いかんせん小柄なので可愛さの方が立っていた。

「まあ、君がそれでいいならいいか。さあ、行こうか」

「うん!」

 

 部屋を出て食堂へ向かう途中、鈴と出会った。夜更かしでもしたのか、半分瞼の閉じたその顔はいかにも眠たそうだ。

「あ、九十九。おふぁよー」

「おはよう、鈴。ところで、何故お前は冬服を着てるんだ?」

「え?」

 私に言われて自分の姿を見る鈴。そして自分の着ている制服が冬服だと気づいて慌てる。

「や、やあね!わざとよ!キャラを衣替えしたのよ!ドジっ娘に!」

「上手い事言ったつもりか?いいから早く着替えて来い」

 結局、夏服への衣替えに時間のかかった鈴は朝食を摂りそこねた。ご愁傷様。

 

 

 知っているとは思うが、IS学園は女子校だ。なぜなら『ISを動かせるのは(基本的に)女だけ』だからだ。

 そして、IS学園に入学して来る女子の多くはIS教育の充実した私立の女子中出身者である。

 また、出身校が共学校だったとしても、多くの共学校にはIS学園進学希望者のみを集めたクラスが必ず各学年に1クラスはあり、IS学園に入学してくるのはそこに在席していた子がほとんどだ。

 そういう女子だけの空間で育ち、同年代の男の好奇や邪念に満ちた視線を受けた事が極端に少ない女子が集まるとどうなるかと言うと……。

 

「はー、今日はあっついねー」

 ブラウスの胸元を大きく開け、下敷きを団扇代わりに風を送り込む子。谷間が見えそうになっている。

「もうスカートの中蒸れちゃって仕方ないよ」

 スカートの裾を掴み、バサバサと上下させる子。さっきから下着がちらちら見えている。

「汗がベタベタして気持ち悪い……」

 ブラウスの中に手を入れて制汗スプレーを使う子。腕でブラウスが捲れ上がり、お腹がほぼ丸出しだ。

 はっきり言おう。目の毒だ。

「九十九……」

「言うな一夏。私も困っている」

 同年代女子のあられもない姿に辟易する私と一夏。せめてもう少し人目を憚ってくれないだろうか。こちらは健全な思春期男子なのだ。興味がないと言ったら嘘になる。

 そのくせこちらが僅かでも彼女達に目を向けると、彼女達は慌てて胸元を閉じ、スカートを押さえ、お腹を隠す。顔を真っ赤にしてだ。

「恥ずかしがるくらいなら最初からするな。と言いたいが……」

「何でチラッと見ただけで気付くんだろうな?」

「『男のチラ見は女のガン見』なんだよ~。つくもん、おりむー」

 隣の本音さんがジト目で言ってきた。心なしか不機嫌そうだ。

「不埒だぞ。お前たち」

 箒が私達に非難の声を浴びせる。視線は一夏にしか行ってないが。

「と、言われてもなぁ」

 困ったように一夏が呟く。それに私が頷いて答える。

「どこを向いてもいるのは女子。どこに視線を固定しろと?」

 重ねて言うがIS学園は女子校だ。私達という究極の例外(イレギュラー)を除けば、当然全員が女子である。おまけに暦は6月、薄着になる季節だ。

 前世での学生時代、衣替えの季節になると女子の夏服から透ける下着の色とラインに興奮した覚えが少なからずある。が、あくまでそれは男女比が半々程度だからこそだ。周り全部が薄着の女子など却って拷問だ。何処にも目のやり場がないのだから。

「下を向いておけばいいだろう」

『何を馬鹿な事を』と言わんばかりに鼻を鳴らす箒。

「授業中、黒板を見るなって言うのかよ」

「うっ……な、なら−−」

「上を向けと言うなら却下だ。下を向くのと同じで黒板が見えんし、何より首を痛める」

「てか、そんなことしてたら千冬姉に殺されるじゃねえか」

「じゃあど~するの~?」

「ふむ……」

 他の女子生徒に不快感を与えず、かつきちんと授業が受けられる顔の向けどころと言うと……。

 

「村雲」

「何でしょう?織斑先生」

 授業中、千冬さんが私に近づき声をかけてきた。その声には僅かに不審感がにじんでいる。

「授業中、私の顔と黒板を交互に見ていたな。何か質問か?」

「いえ、他の女子生徒に不快感を与えず授業を受けられる顔の向けどころを探した結果……」

 

ズゴン!ガンッ!

 

 私の後ろ頭に千冬さんが拳骨を入れた。その衝撃で、私は前に勢い良く倒れ込んで机に顔面を強打する。

「グハアッ!?の、脳が揺れる……顔痛い……」

「私をセーフティゾーンにするな、馬鹿者」

「つくもん、無茶しやがって……」

 私の考えた方法は、どうやら『たった一つの冴えたやり方』では無かったようだ。

 

 

 夕食時の寮の廊下を歩いていると、食堂に向かう女子から声をかけられる時があるのだが、その時もその時で困った事態になる。特に女子が何人かで集まった時などは。

「あっ、村雲君。いま帰り?一緒に夕ごはん食べない?」

「え~?桜花って村雲くん派?意外だなー」

「村雲君おかえりなさい。織斑君は?」

「一緒じゃないの?」

 私を見かけた途端、ゾロゾロと集まってくる部屋着の女子。

 Tシャツにズボンならまだ良い方で、タンクトップにホットパンツだのサイズ大きめのパーカー一枚だのキャミソールワンピースだのと、教室とは別の意味で目のやり場に困る。ここは逃げの一手だな。

「いや、まず着替えたいのだが……」

「そんなの後でいいじゃん。ほら、行こ!」

 言うが早いか、私の腕に組みつく女子。腕に当たる感触が理性を削る。

「ワァオ、桜花ってば大胆」

「あ!じゃあ私も一緒に行く!村雲君に聞きたい事あったんだー♪」

「私も聞きたい事あるんだ。織斑君の事で!」

「本人に「聞けない事だから村雲君に聞くの!」……」

 気付けば両腕に一人づつ女子が組み付いていて身動きが取れなくなっていた。

「じゃあ、レッツゴー!」

「「「おー!」」」

 そのまま引きずられるように食堂へ向かう私。このままではまずい。何処かに救いの使徒はいないかと視線を彷徨わせると、こちらにやって来る本音さんと目があった。

 『助けてくれないか?』という思いを込めた視線を本音さんへ向ける。届けこの想い!

「……フンッ(むっす~)」

 私の視線を受けた本音さんは、不機嫌そうなふくれっ面をプイッと背けた。どうやらこの世界に神はいないらしい。

 

 結局私は大勢の女子から質問攻めに会い、私自身の事から一夏との面白エピソードまで根掘り葉掘り聞かれる事になった。

 部屋に帰る頃にはクタクタに疲れ果て、何をするのも億劫だった。シャワーと着替えを手早く終わらせて、ベッドに倒れ込む。今日はよく眠れそうだ。

 

 ふと気付くと、私の前に二人組の男がいた。

 ギターを携えた長身の男と、黒いハットを被ってマイクを持った小太りの男だ。はて?この二人どこかで……。

 と、おもむろに長身の男がギターをかき鳴らし始め、小太りの男がマイクを構える。

「♪もしかしてだけど〜もしかしてだけど〜」

「♪結構いろいろ我慢してんじゃないの〜?」

「「♪そういうことだろ」」

「お……」

 

ガバアッ!

 

「大きなお世話だ!」

「ひゃあっ!つ、つくもん?ど~したの?」

 ツッコミを入れながら飛び起きる。本音さんが驚いてこちらに振り向く。ある意味いつもの光景だ。

「いや、またへんてこな夢を見てね」

「最近あんまり驚けなくなってきたよ~」

「人間は慣れる生き物だからね。ところで、今何時かね?」

「3時だよ〜」

「ふむ……」

 夢のインパクトが強すぎて眠気が吹き飛んでしまったようだ。もう眠れそうに無い。ん?そういえば……。

「君も随分と早起きだね。珍しい事も−−」

「私はこれから寝るの〜♪」

「前言撤回。いつもの君だ」

 

 本音さんの睡眠を邪魔しないよう、静かに読書をしながらふと考える。

『♪結構いろいろ我慢してんじゃないの?』

 夢の中の二人組に言われた一言は、ある意味で的を射ていた。

 女同士のエロトークを聞かされるのはいたたまれない気分になるし、何かというとスキンシップ過剰な子がいるし、だと言うのに欲に任せて彼女達に手を出せば、社会的に死ぬ事になるのは確実に私の方。

 いろいろ我慢してんじゃないの?と言われれば。

「そういう事だよ」

 としか言えなかった。

 

 

EP−03 九十九厳選面白映像

 

 一夏と九十九に自身の境遇を語った翌日、シャルロットは暇を持て余していた。

 と言うのも、セシリアに女バレしないように九十九が「軽い風邪だ。一日安静にしていれば治る」と言ったため、気軽に部屋から出られないのだ。

「あ、そういえば」

 ふと思い出し、シャルロットはテーブルの上に置いてあるパソコンに手を伸ばす。

 これは、九十九が「面白映像が入っている。暇潰しに使え」と言って置いて行った物だ。パソコンを立ち上げてみると、一般的なソフトに混じって『面白映像』というフォルダがあった。

「これかな……?」

 フォルダを開いてみると、映像はジャンルごとにかなり細かく分類されていた。『動物』『子供』『衝撃』『凄技』など、ざっと数えて10以上に分かれている。

 どれにしようか少し迷った後、シャルロットが選んだのは『動物』だった。ハズレはないだろうと思ったからだ。

 果たしてそこに入っていた映像は確かに面白い物ばかりだった。

 『子パンダの大きなくしゃみに驚く母パンダ』や『雪に足を取られてジャンプに失敗した猫』はクスリとさせられたし、『レーザーポインターの光を追いかけて壁登りした猫』には驚かされた。ただ、映像を見ていてふと気付く。やけに猫関係の映像が多いのだ。

「九十九って猫派?」

 九十九にも意外な一面がある事を知ったシャルロットであった。

 

 続いて選んだのは『衝撃』。怖い物見たさという奴だ。その中に入っていた映像は、確かに衝撃的だった。色々な意味で。

 『手抜き工事のマンション崩壊の瞬間』と『曲芸飛行中のIS同士の衝突事故』には息を飲んだ。

 『交差点で「早く渡れ」とばかりにクラクションを鳴らす車に持っていた鞄で一撃入れてエアバッグで黙らせたお婆さん』には思わず拍手していた。中でも信じられなかったのは最後の映像だ。

 『強引な車線変更を行った車に後ろから猛スピードでバイクが衝突。衝撃で投げ出されたバイクの運転手が空中で前方一回転、衝突した車の屋根に見事に着地する』なんて、どこのアクション映画だろうと思った。

「凄かったなぁ……。次はどれにしよう」

 シャルロットは時の経つのも忘れて九十九厳選面白映像を観続けた。

 

 

「なるほど。その結果がバッテリーの完全に切れた私のパソコンと……」

「真っ赤なお目目のしゃるるんなんだ〜」

「うう……」

 夕食時、食堂に現れないデュノアが気になって彼女の部屋へ行ってみたらこれである。

 なお、事前に個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で本音さんが一緒であると伝えたため、現在デュノアは男装モードだ。

「暇潰しに使えとは言ったが、一日潰してしまってどうする」

「九十九の選んだ映像が面白すぎるのがいけないんだよ」

「見続ける判断をしたのは君だろうに。ほら、これを使いたまえ」

 そう言ってデュノアに手渡したのはラグナロク・コーポレーション製目薬『バロール』だ。

「うん、ありがとう」

 目薬を受け取ったデュノアがそれを目にさすと、あっという間に充血していた目が元に戻る。

「うわぁ〜。すごい効き目だね~」

「ラグナロクのパイロットと整備士、研究者の御用達だ。効きの良さは保証する」

「ありがとう九十九。それでその……」

 何かを言い淀むデュノア。その視線は私のパソコンに向いている。

「……また見たかったら言うと良い。今度はアダプタも貸そう」

「……!うん!」

 余程気に入ったのか喜色満面で返事をするデュノア。目を悪くしなければいいんだが。

 

 

 ふと気付くと、真っ白な空間にいた。目の前に金髪碧眼に二対四枚の羽根を背負う男。

 −−貴方か、ロキ。また何か用ですか?

「うむ。実はな−−」

 −−実は……?

「お主の集めた猫の映像、我も観たいんだが」

 −−あ……

 

ガタンッ!

 

「貴方猫派だったの!?」

「いいや、犬派だ」

「え?」

 ツッコミに帰ってきた返答に一瞬ポカンとした後ハッとする。

 ここは教室で今は授業中。つまり、自称知恵と悪戯の神(あの阿呆)はよりによって千冬さんの授業中に私を呼びつけて「今度猫画像見せて」とだけ伝えに来たのだ。しかもその呼びつけ、端から見れば居眠りにしか見えないのだという。つまり……。

「私の授業で居眠りとはいい度胸だ。まずその眠気をブチ殺そう」

 右手に出席簿を持ち、左手にぱしんぱしんと叩きつける千冬さん。

「慈悲は……?」

「ない」

「ですよ(バシンッ!)ネッツ!?」

 炸裂する出席簿アタック(即死攻撃)。意識が一瞬ブラックアウトした。

「授業を再開する。今度は起きておけよ、村雲」

「はい、先生……」

 あの阿呆のおかげで受けなくていいダメージを受けた。また出てきたら今度は腿にローキック入れてやる。そう思いながら千冬さんの授業を受けた。



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#EX 短編集 日常3

位置付けとしては、フランス編の数週間から数日前です。
では、どうぞ


EP-01 二つ名

 

『二つ名』

 この世界で単にこう言った時、それはIS国家代表操縦者と代表候補生の中でも最上位にいる者達に与えられる『称号』の事を指す。

 その人が在籍している国や軍、あるいは企業によって、その人の性格や戦闘スタイルから取った『二つ名』が与えられる。

 例えば、『世界最強(ブリュンヒルデ)』織斑千冬。あの人の候補生時代の二つ名は『刀剣舞踏(ソードダンサー)』だ。

 例えば、元日本代表候補生序列一位、山田麻耶。彼女の二つ名は『狩猟女神(アルテミス)』だった。

 

「その他にも、今年の学園には『二丁拳銃(トゥーハンド)』レヴェッカ・リー、『流星(シューティングスター)』サラ・ウェルキン、『氷河期(アイスエイジ)』フォルテ・サファイア、『獄炎(ヘルフレイム)』ダリル・ケイシー等、二つ名を持った実力ある代表候補生が数多くいる。今の学園生徒が『黄金世代』と呼ばれる由縁だな」

「へ~、そうなのか」

 私の解説に大きく頷く一夏。周りで聞いていた一夏ラヴァーズも感心しているかのような表情をしている。

 事の起こりは数分前。一夏が私にこう訊いてきた事に由来する。

「なあ、お前が時折口にする代表候補生の序列の後の奴って何なんだ?」

 こう訊かれて解説をしたのが上述のそれだ。

「ん?って事は、セシリア達も『二つ名』を持ってるってことだよな?」

 そう話を振られたセシリアが胸を張る。

「ええ、当然ですわ!なにせわたくしは−−」

「イギリス代表候補生序列一位、『御嬢様(ミレディ)』のセシリア・オルコットだものな」

「ぷっ……『御嬢様』って、あんたそんなガラじゃないでしょ、セシリア」

「な、なんですってぇ!?そう言う鈴さんはどうなのですか!?」

「あたし?あたしは−−」

「中国代表候補生序列三位、二つ名は『小竜姫(ドラゴン・プリンセス)』だな」

「プリンセス?鈴さんのどこが?」

「んなっ!?あ、あんたねぇ!」

 私が二人の二つ名を紹介すると、それを互いに批判しあうセシリアと鈴。悪くなりそうな空気を変えたのは、やはりこの男。

「そうか?どっちもなんかピッタリって気がするけどな」

「「一夏(さん)……」」

 一夏がこういった途端、さっきまでの一触即発ムードが何処かへ消えてしまうのだから恐ろしい。

 ちなみに前述の二人だが、ゲスな男共が勝手に付けた二つ名も存在する。セシリアが『安産型(セーフデリバリー)』鈴が『小隆起(コリキュラス)』である。彼女達のどこをどう見た結果かは、あえて言わないで置く。

 

「じゃあ、ラウラは?」

「私は……九十九、お前が言え。自分で言うのは気恥ずかしい」

「君が『気恥ずかしい』という感情を持っていた事に驚いたよ」

「う、うるさい!いいからさっさと言え!」

「わかったわかった。ラウラはドイツ代表候補生序列一位。二つ名は『冷氷(コールドアイス)』だ」

「なんか合ってるな。こう、綺麗なんだけどどこか冷たい感じとか」

「き、綺麗!?私が!?」

 一夏に褒められたラウラの顔は「大丈夫か」と言いたくなるくらい赤くなっている。

「綺麗……私が……綺麗」

「ラウラ?おーい、ラウラってば」

 ラウラは口の中で何かブツブツと繰り返していて、一夏の呼びかけに全く応じない。彼女が帰ってきたのはそれからしばらくしての事だった。

 余談だが、ラウラにも『白い絶壁(ホワイトクリフ)』というゲスな二つ名がある。どこにでも変態という名の紳士はいるという事だな。

 

「で、シャルが『幻術師(イリュージョニスト)』だな。序列はフランス二位」

「あー、なるほど。あの戦い方から来てるのか」

 一夏の言うシャルの戦い方とは、高速切替(ラピッドチェンジ)による距離を問わない対応戦術『砂漠の逃げ水(デザート・デ・ミラージュ)』の事だ。

 離れたと見て追いすがれば剣が、ならばと離れれば銃が既にその手の中にある。求める程に遠く、しかし手を伸ばせば届くのではないかと思わせるその戦術は、シャルの卓越した戦術眼あってこそ輝くものだ。

「えへへ、何だか恥ずかしいね」

 そう言うと、照れくさそうに頬を指でかくシャル。あ、なんか可愛い。

 なお、非常に腹立たしい事に、シャルにも『意外(サプライズ)』というゲスな二つ名が付けられている。どこがどう意外なのか、一度問い詰めてみたいな。

 

「ところであんた達さ、まだ国籍が決まってないんだって?」

「そうなんだよ」

「どうもあちこちから『ぜひ我が国に』と声が上がっていて、あちらを立てればこちらが立たずらしい。困ったものだ」

「国籍が決まれば、その国の代表候補生になるのでしょうから、そうなるのもわかりますわ」

 そうなのだ。何せ世界で二人の男性操縦者。自国に来てくれたとなればそれはもう諸手を上げての大歓迎だろう。

 国によっては代表候補生を飛び越して、男子国家代表に据えようとしかねない。そんな連中が多いせいで、現状私と一夏の国籍は未だに宙に浮いた状態だ。

「九十九と一夏が代表候補生になったら、どんな二つ名になるのかな?」

「そうね……」

「一夏はこれしか思い浮かばんな『猪武者(ボアファイター)』」

「あ、それあたしも賛成!」

「おいおい、なんだよそれ。俺のどこが猪だってんだ?」

 私の言った二つ名に不満そうに口を尖らせる一夏。

「ぴったりだろう。一に突撃、二に突撃。三四も突撃、五も突撃。のお前には」

「うぐっ……何も言えねえ……」

「九十九、いくらなんでもそれはあんまりだろう」

「ほう?では他に良い案でもあるというのか?箒」

「う……そ、そうだな……」

 私に『案を出せ』と言われた箒がウンウン唸ってたどり着いた答えは――

「け、『剣豪』などはどうだ?」

「ありきたり過ぎる。次、セシリア」

「そうですわね……『白騎士(ホワイト・ナイト)』などいかがでしょう?」

「篠ノ之博士が怒ら……ないか。とはいえ、普通だな。続いてラウラ、行ってみよう」

「ふむ、では『私の嫁(マイワイフ)』というのは……」

「「「却下!!」」」

 ラウラの提案にラヴァーズ全員がツッコんだ。うん、だろうな、だろうよ。

「む?なぜだ?」

「君しかそう呼ばんからだ。そもそも、一夏は君の嫁ではない。却下は当然だ。さて、ではシャル。君が最後だ」

「うーん、そうだね……。あ、『光刃(ライトセイバー)』とかどうかな?」

「悪くないが……それだとフォースと共にありそうだな」

「あ……」

 私のツッコミにしまった、という顔をするシャル。うん、可愛い。

 結局、色々と案は出たものの最終的に『まあ、国が決める事だよね』という結論に至ったのだった。

 

「では、私が代表候補生になったら、その二つ名はどうなるかね?」

 九十九がこう訊いて、返ってきた答えは以下の通りだ。

「『腹黒』だろう」

「『腹黒』でしょ」

「『腹黒』ですわね」

「『腹黒』しかないな」

「こういう時だけ息ピッタリか!シャル!君だけは違うと信じるぞ!」

「え、えっと……そうだ!『指揮者(コンダクター)』とかどうかな?ほら、《ヘカトンケイル》を操ってる姿がそれっぽいし!」

「おお!マトモだ!ありがとう、シャル!君を信じてよかった!」

「う、うん。どういたしまして」

 シャルロットの手を握り上下に振って喜びを表す九十九。だが、この時シャルロットは内心でこう思っていた。

(い、言えない。本当は真っ先に『腹黒』が思い浮かんだなんて……)

 自分の本心を知らずに喜ぶ九十九に、罪悪感を感じるシャルロットなのだった。

 

 

EP-02 IS学園生徒会役員共

 

 

 私達がIS学園生徒会に入って数日が経過した。今日も生徒会室には生徒会メンバーが集合している……のだが。

「すみません!遅れました!」

「遅い!大事な会議があるって言ったでしょ?一夏くん」

 予定時刻を大幅に遅れて一夏が生徒会室にやって来る。楯無さんはお冠だ。

「何をしていたんだ?一夏」

「いや、道に迷っちまってよ」

 一夏がこう言うのも無理はない。IS学園は、テロリストに容易く制圧されないように非常に複雑な造りになっている。

 私も本音の案内がなければすんなりここに来る事が出来るかどうか怪しい。

「まあ、一年生がこの辺に来るなんてそんなに無いしね……。よしっ、今日は私が学園を案内してあげましょう!」

「大事な会議は?」

「こうなったら楯無さんは止まらん。諦めろ」

 という訳で、楯無さんによる学園案内が始まった。何か嫌な予感がするのは私だけか?

 

「ここが保健室よ」

 まず楯無さんが私達を連れて来たのは保健室。何故ここなんだ?

「ここが女子更衣室よ」

 続いて女子更衣室。いや、だから何故ここ?

「ここが普段使われていない無人の教室よ」

 さらに無人の教室。……この人まさか……。

「で、ここが体育倉庫。……男子が聞くとドキッとする場所を優先して紹介してるんだけど……ご不満?」

「うん」

「じゃないかとは思いましたが、何考えてんですか、アンタ」

 私の中の楯無株はもうすぐストップ安だよ?いや、ホント。

 

 楯無さんと校舎内を歩いていると、他の女子生徒とすれ違った。

「あ、楯無会長。お疲れ様ですー」

「はーい」

 その光景を見て、一夏が感心したかのように楯無さんに話しかけた。

「挨拶されるなんて、さすが会長ですね」

「まあ、慕われないと人の上になんて立てないからね。一夏くんも副会長として尊敬されるように頑張りなさい。九十九くんもね」

 微笑みを浮かべてそう言う楯無さん。一夏は照れくさそうに頬をかいた。

「いやぁ……俺そういうの苦手で……」

「え?じゃあ蔑まれた方がいいの?一夏くんって……M?」

「発想が極端なんだよ」

 思わず敬語を忘れてツッコむ一夏。気持ちは分かるぞ、一夏。

 

「今日はこれくらいにして、そろそろ戻りましょうか」

「はい」

「大事な会議がありますしね。虚さんも待ってるでしょうし」

「だな。……あれ?のほほんさんは?付いてくると思ってたけど」

「寝てた。起こすのも忍びないからそのままにした」

「そっか」

 校内案内を終え、生徒会室に戻る途中、ふと気になったのか一夏が楯無さんに訊いた。

「そう言えば、大事な会議って何を話し合う予定なんです?」

 その質問に楯無さんはくるりと振り向き、高らかに会議内容を口にした。

「それはもちろん、九十九くんと本音ちゃんとシャルロットちゃんがどこまでシたのか根掘り葉掘り……」

「俺、帰っていいですか?」

「私、アンタを叩きたいんですけどいいですよね?答えは聞いてません」

 一夏が心底げんなりした顔をし、私は笑顔を浮かべて拡張領域(バススロット)から対人専用特殊武装《浪速必携(ハリセン)》を取り出して構える。

 それを見た楯無さんは、両手を前で振りながら慌てて弁明を開始する。

「え、ちょ、ちょっと待ってよ。冗談、冗談に決まって(スパーンッ!)いったーい!」

 放課後の校舎に、快音と生徒会長の悲鳴が響き渡った。

 なお、会議内容を知った虚さんから厳しいお叱りを受けた楯無さんが、それ以降私達の仲の進展について何も訊かなくなった事は余談である。

 

 ふと気づくと、目の前に一人の同年代男子が立っていた。

 私とほぼ同じくらいの背丈で、それなりに整った顔立ちをしている。その身をカーキ色のブレザーとブラウンのスラックスで覆い、左腕に『生徒会』と書かれたオレンジの腕章を付けている。

 その男子が私に近づき、ポンと肩に手を置いて一言。

「君の所の生徒会長はまだマシだよ。うちの生徒会、ほぼ全員あんな感じだし」

「そ……」

 

ガバアッ!

 

「そんな生徒会があってたまるか‼」

「「うわひゃあっ!?」」

 ツッコミながら飛び起きると、シャルと本音が驚いた顔を浮かべてこちらを見ていた。

「あ……。夢か。また変な夢を見た」

 どうやら、生徒会の仕事が終わってすぐ、疲れから眠ってしまったようだ。シャルと本音は、おそらく私が寝ている間にやって来たのだろう。

「大丈夫?九十九」

「ああ、大丈夫。ある意味いつもの事だ」

「わたしと同じ部屋の時にもあったよね~」

「そうなんだ。その時のこと、詳しく聞かせて欲しいな」

「ああ、いいよ。その前に着替えさせてくれ」

「うん。着替えそこに用意しといたから。あ、制服にアイロン掛けするから脱いだら渡してね」

 シャルがそう言うので制服を見てみると、そのまま寝てしまったせいかあちこちしわだらけになっていた。

「世話をかけるな、シャル」

「ううん、全然。あ、そうだ。お夕飯何がいい?」

「君の作る物なら何でも……と言いたい所だが、今日はシチューがいいな。今夜は9月にしては冷えると予報で言っていたし」

「オッケー。腕によりをかけて作るね」

「わたしも手伝うよ~」

 そう言ってキャイキャイとキッチンへ向かう二人。今日の夕飯も楽しみだ。

 

 

EP-03 暗躍者たち

 

 

 某国某所、とある高層ビルの一室。そこで、11人の老若男女が角を突き合せていた。

「そうか、ノヴェンバーは死んだか」

「はい。その直後、ドルト・カンパニーは彼女の弟のジョージとマイケルの間で跡目争いが勃発。その隙を突かれる形で−−」

「ラグナロクに株の80%を買い占められてラグナロクの子会社と化した……か。……まったく、愚か者共め」

 ドルト・カンパニーは彼らの重要な資金源の一つだった。そこをよりにもよって敵対組織(ラグナロク)に奪われたとあっては、今後の活動に大きく支障をきたすだろう。男女は揃って大きく溜息を漏らした。

「まあ、終わった事をいつまでも言っても仕方ないわ。次を考えましょう?」

「む……そうだな。ミスト、次の報告を」

「は。フランスのデュノア社で、第三世代機が間もなく完成しそうだとの情報が上がっています」

「ほう、それは面白い」

「エレオノール一派の排斥以降、徐々に業績を伸ばしていたのは確かだが……」

「まさかこの短期間で第三世代機を開発するなんて、一体どんなトリックかしら?」

「それなのですが、デュノア社に潜入させた工作員が掴んだ情報によると、どうもラグナロクが一枚噛んでいる。と」

 ミストの言葉に男女の眉がぴくりと上がる。

「また奴等か……」

「何かというとあの会社がちらつくわね……鬱陶しいったらないわ。いい加減ご退場願ったら?」

「そうだな……。ではエイプリル、何か策はあるか?」

「そうねぇ……ここは一石二鳥を狙いましょうか」

「と言うと?」

「デュノア社で第三世代機が完成したとなれば、大々的に宣伝するわ。そこには当然、協力したラグナロクの社長、仁藤藍作もやって来るはず。そこで……」

「なるほど、第三世代機と仁藤藍作の命。両方奪おうと言う訳か。だが、駒はどうする?」

 男の問いに、エイプリルと呼ばれた女はニヤリと笑みを浮かべて、こう言った。

「私の表の顔をお忘れ?」

「……そうだったな。フランスの女性権利団体過激派組織『世界から男の居場所を奪う会』主宰、ケティ・ド・ラ・ロッタ」

「まあ、任せなさいな。私が動くのだもの。万に一つの失敗もないわ」

「ふむ。では、デュノア社製第三世代機奪取、並びにラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作の抹殺は、エイプリルに一任する。という事でよいか?」

「「「異議なし」」」

 全員の唱和が室内に響く。深く暗い闇の底から、醸造された悪意が噴き出す時を待っていた。

 

『こちらからの報告は以上です』

「ありがとう。引き続き頼むよ、ラタトスク」

『はい。失礼します』

 プツッ、という小さな音とともに、通信画面が消える。一息つこうと、藍作は机の引き出しから葉巻を取り出し、先を切り落として火をつけ、大きく吸い込んでじっくりと味と香りを堪能した後、ゆっくりと吐き出した。室内に紫煙が広がり、やがて消えていく。

「ラ・ロッタが動くか……厄介な」

 ポツリと呟いて葉巻をもうひと吸い。煙を吐き出すとそれを灰皿に置き、携帯を取り出して電話を掛ける。

『もしもし?』

「フランシス、私だ」

『藍作か。珍しいね、君から掛けてくるなんて』

「ふ、たまにはな。第三世代機の進捗はどうだ?」

『極めて順調さ。後は最終調整を待つだけだよ。……それで?何を掴んだ?』

「話が早くて助かる。……ラ・ロッタが動くぞ」

『……あの自称策士の暴走中年女か。狙いは……新型と君の命、かな?』

「だろうな。だが、新型機発表会に私が行かないというのは、我が社の沽券に関わる。さて、どうするか……」

 そう言う藍作の顔は、困っているというよりはどこか楽しそうな表情が浮かんでいる。

『どうするか、と言う割にはずいぶん楽しそうな声じゃないか?藍作』

「そうか?」

『そうさ。まるで何をして遊ぶか悩んでいる子供の様に、明るく弾んだ声だ』

「ふっ……。かも知れんな」

『何して遊んでもいいが、僕の庭(フランス)をメチャクチャにしてはくれるなよ?』

「善処しよう。では、新型機発表会で」

『ああ、また』

 

ピッ!

 

 フランシスとの通話を終え、次に電話を掛けたのは自分のお気に入りの少年。

『はい、もしもし?』

「九十九君、私だ」

『ああ、社長。お久しぶりです』

「うん、久し振りだね。今、いいかい?」

『はい、問題ありません。ご用件をどうぞ』

「単刀直入に言う。デュノア社の新型機発表会に、私と同行して欲しい」

『……はい?』

 電話の向こうで九十九がぽかんとした顔をしているのを思い浮かべ、藍作はニヤリと笑った。

 

 亡霊の使いと終末の送り手。両者が巡り合う日が、間近に迫っていた。



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#EX 日常4 生徒会ラジオ

 ここIS学園では、週に一度生徒会が昼休みの時間を利用した全校放送を行っている。

 扱う内容は様々で、生徒会からのお知らせや質問コーナー、生徒会メンバーによる短い朗読劇など多岐にわたる。で、今回は−−

 

「『教えて!村雲九十九くん!』のコーナー!」

「わー……」

 やたらテンション高くコーナー振りをした楯無に、ゲストの九十九が応えた。

 ただ、九十九は自分がやり玉に挙げられるとあって、そのテンションは著しく低いものだったが。

「このコーナーは皆様から送られたお手紙を元に、ゲストの村雲九十九くんに色々聞いちゃおう!っていうコーナーです!九十九くん、覚悟はいいかしら?」

「どうせ『出来てない』って言ってもやるんでしょう?さっさと始めてください」

「オッケー!じゃあまずはペンネーム『村雲九十九くん大好きっ娘』さんからの質問です!」

「何そのベタなペンネーム……」

「あん、そういうのはいいっこなしよ!『会長、村雲くん、こんにちは』はい、こんにちはー」

「こんにちは」

「『早速ですが質問です。村雲くんはどんな女の子がタイプですか?是非教えてください』ですって。九十九くん、お答えは?」

「そうですね、やはり落ち着いた、騒がしくない、隣に居られて苦痛でない女性、でしょうか。そういう意味ではシャルと本音はストライクですね」

「サラッと惚気けてくれるわねぇ……。だそうよ『村雲九十九くん大好きっ娘』さん。では次のお手紙です。ペンネーム『村雲九十九絶対殺すウーマン』さんからの質問です」

「あの、ペンネーム物騒なんですけど……」

「『会長に手ぇ出したら、穴ぶち抜きます』……。これ質問って言うより傷害宣言よね?」

「そんな事は永劫ない。と言っておきます。というか、穴ぶち抜きますって……どこの?」

「それは勿論……そこの?」

「やめて!想像しただけで痛いから!」

 楯無が九十九の尻に目をやった途端、九十九は青い顔で椅子の上から尻を押さえるのだった。

 

 

「続いてペンネーム『会長ラブ』さんから。『更識会長に1日30通くらい手紙を書いているのですが音沙汰がありません。ひょっとして私の愛が届いてないのでしょうか……?村雲さんの意見を聞かせてください』って……ナニコレ?」

「ああ、それですか。確かに届いてますよ、毎日平均30通程。差出人の名前についてはプライバシー保護のために控えますが」

「えっと、その手紙、どうしてるの?」

「中学時代の友人が『時代は酪農だ!』と言って北海道中央部にある、酪農系の農業高校に行きまして」

「うん?それが手紙とどう関係……ってまさかあなた!?」

「『餌にでもしてくれ』と、シュレッダーにかけた物を週一で箱詰めして送ってます。最近、手紙を食わせた山羊や羊が『かいちょー』と鳴くようになったとか。いや、人の執念って怖いですね」

「それ言っていいの?あなた恨まれない?」

「構いませんよ。この手の恨みを買う役は、中学時代から慣れてますので」

 翌日から、生徒会室に楯無宛の愛の手紙とは別に九十九宛の呪いの手紙が届くようになるのだが、九十九はどこ吹く風と友人の通う北海道の農業高校に纏めてシュレッダーにかけて餌として送りつけ、それを食べた山羊や羊が『むらくもー』『おのれー』と鳴くようになったとか、ならなかったとか。

 

「じゃあ、次のお手紙いくわね。ペンネーム『調理部部長』さんからの質問です」

「あ、どうも。シャルがお世話になってます」

「『デュノアさんの提案で、村雲くんの好物だという挽肉料理を作る事になりました。是非試食に来て欲しいと思うのですが、リクエストはありますか?』だそうよ」

「まずハンバーグ。それからボロネーゼとキーマカレーは外せませんね。あ、パテ・ド・カンパーニュもあると嬉しいです」

「だそうよ『調理部部長』さん。それにしても、なんでそんなに挽肉が好きなの?」

「口に入れた瞬間に肉の旨味がガツンと来るあの感じが好きなんです。『調理部部長』さん、今から楽しみにしてますね」

 この放送から2日後、調理部の挽肉料理祭に呼ばれた九十九は、実に幸せそうな顔で用意された料理を平らげたと言う。

 

 

「続いての手紙はこちら、ペンネーム『ポニーテールと武士道』さんからの質問です」

「いや、ペンネームになってないから。誰だか分かるから」

「あら?似た質問が幾つかあるわね。ついでに纏めて紹介しちゃいましょう。ペンネーム『ツインテールと酢豚』さん、『金髪ロールと狙撃銃』さん、『銀髪ロングとアーミーナイフ』さん、『内はね水色髪とミサイル』さん。以上5名からの質問です」

「待て、正体隠す気あるのか?聞く人が聞いたら絶対『あ、あの娘だ』ってなる奴だろうが、このペンネーム」

「だからいいっこなしよ、九十九くん。で、質問だけど『気になる人にアプローチしてもいまいち反応がありません。何か良い方法はないでしょうか?』ですって」

「それ私に訊くか!?」

「他に相談できる人間がいなかった、って書いてあるわね。それも全部」

「お互いに情報交換するとかしろよ……と言いたいが、よく考えれば常にあいつと一緒である以上、知ってる事は皆同じか」

「そ、そ、そ、そ。という訳で九十九くん、アドバイスをどうぞ」

「ん〜……まあ、あの男に生半可なアプローチは暖簾に腕押し、糠に釘。よって、搦手に頼らずに貴方が好きだという事をストレートに、かつ多少なりと強引に伝えてみては?」

「押して駄目なら押し倒せ!って事ね!」

 

スパンッ!(ハリセンスマッシュ)

 

「それを言うなら引いてみろだ!押し倒してどうすんの!?」

「痛た……。で、でもほら、一……彼はそれぐらいやって初めて相手の気持ちに気づくんじゃない?」

「……確かにそうですね。ならまず、提案者たる貴方がやってみては?」

「えっ!?いや、それは、その、あの……ごめん、無理」

「自分が出来ない事を他人に提案するな。迷惑だ」

「……はい、すみません」

 この会話を聞いていた多くの生徒達は(どっちが年上だっけ?)と疑問を抱いたという。

 

 

「えっと、気を取り直して次の質問いくわね。ペンネーム『1−1副担任』さんからの質問です」

「だーかーらー、人物特定できるペンネーム使ってどうすんだっつってんの!」

 

バンバン!(テーブルを叩いた音)

 

「諦めたら?それで試合終了よ」

「名台詞が真逆の意味に!?……はぁ、もういいです。で、山……もとい『1−1副担任』さんの訊きたい事とは?」

「『私の先輩で1−1担任の先生が、雑務を全部私に押し付けてきて自分の時間が取れません。助けてください』との事だけど」

「…………強く生きてください」

「解決諦めた!?」

「私にどうにか出来る問題ではありません。『1−1副担任』さん、もう一度言います。強く生きてください」

 丁度この放送が流れた頃、職員室の方から「うわああん!」という誰かの泣き声が響き、周りが慰めるという事があったが、それは九十九の知る所ではなかった。

 

「はい!という訳でここまでお送りして来ました『生徒会ラジオ』、終わりの時間が近づいて参りました。ゲストの九十九くん、今日の感想をどうぞ」

「皆色々な悩みを抱えているんだなと思いました」

「後半、質問っていうより悩み相談だったもんねぇ。でもそれだけ人望があるって事じゃない?」

「……まあ、そう思う事にします」

「それじゃあ、今日はここまで!次回の放送をお楽しみに!」

「「さようなら〜」」

 

 

カチッ

 

「ふう……。お疲れ様、九十九くん」

「お疲れ様です、楯無さん」

 放送終了後の放送室で一息つく私と楯無さん。取り敢えず何事もなく終わって良かったな。

「じゃあ、帰りましょうか」

「いえ、その前に客あしらいです。楯無さんが、ね」

「え?」

 不思議そうな顔で放送室の扉を開けた楯無さんは、次の瞬間ピシッと硬直した。そこには−−

「「「楯無さん(お姉ちゃん)、ちょっとOHANASI……いいですか?」」」

 自分達の相談の時の楯無さんの反応に思う所のあっただろう一夏ラヴァーズの面々がハイライトの消えた目で楯無さんを待ち構えていた。

「えーっと……。つ、九十九くん、助けて−−「無理」ですよね〜」

「「「さ、行きますよ」」」

 両脇を抱えられ、ズルズルと引きずられていく楯無さんを涙を飲んで見送る。ああなったアイツ等とは関わりたくないからな!

 

 なお、放課後の生徒会室で真っ白になった楯無さんが虚ろな顔で『ゴメンナサイ、ゴメンナサイ』と繰り返す。という一幕があった。これ程までに楯無さんを憔悴させるとは……。

 だが、楯無さんの身に一体何があったのかを訊く勇気を、私は持ち合わせていなかった。




IS学園といえど学校なので、こんな事もやっているのでは?と、妄想全開で書きました。
本編も鋭意執筆中ですので、しばらくお待ち下さい。


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#EX 短編集 日常5

外伝アンケートへの投票、ありがとうございました。予想より遥かに多く投票して頂けた事に、小生驚愕と感動を隠せませんでした、はい。

という訳で、最も得票数の多かった日常短編集をお送りします。

それでは、肩の力を抜いてお楽しみ下さい。




EP−01 渾名の理由

 

 あの日の昼休憩。ふと気になったのか、一夏がこんな事を訊いてきた。

「のほほんさんさ、以前九十九の事を『つくもん』って呼んでただろ?」

「ああ、呼んでたな」

「今でも2人っきりの時とか、たま〜に呼ぶよ〜」

「「で、それがどうした(の)?」」

「いや、そんな可愛い系のあだ名で呼ぶのを、よく九十九が受け入れたなって思ってさ」

「ああ……それには丘程には高く、池程には深い理由があってな」

「低いし浅い!?でも気になるから聞いていいか!?」

「では話そう。あれはそう、私が本音と同室だった頃まで遡る……」

 

 当時、私と本音は同居するにあたってのハウスルールの制定を行っていた。

「シャワールームの使用順はどうする?私が先でいいかね?」

「それじゃ〜後で使うわたしがどう使っていいのか困るよ〜」

「その言葉、そのまま返すよ本音さん」

 結果、シャワールームは主に私が使い、本音は大浴場を主に使う事になった。

「まあ、ここが落とし所であろうよ」

「そだね〜」

 他にも、冷蔵庫の使用区分(向かって右が本音、左が私の使用範囲)や寝床の位置(扉側が本音、窓側が私)、着替え場所(私がシャワールームを使う)等を話し合いを重ねて決定して行った。

「ふむ、大まかこんなものか。何か異議は?」

「ないよ〜。じゃあ、つくもん。ご飯いこ〜」

「了解だ。と言いたい所だが、1つ意義ありだ本音さん」

「ほえ?な〜に?」

 コテンと首を傾げる本音。今見たら(くっそ可愛い!)と思うだろうが、当時の私は(うん、和む)位にしか思っていなかった。

 

 閑話休題(それはいいとして)

 

「その、なんだ。私を『つくもん』と呼ぶのは……ちょっと遠慮して欲しいんだが」

「え〜?かわいいじゃん、つくもん」

「いや、私にどこぞのゆるキャラの様な可愛さを求められても困る。もうちょっと何か無いか?」

 私がそう言うと、本音は「ん〜……」と思案顔を浮かべた。それから暫し本音は考え込み、何かを思いついたような顔で「あっ!」と声を上げた。

「おっ、何か良いのが浮かんだかね?」

「うん。つくもんは『村雲九十九』がお名前だよね」

「そうだな」

「だからね、名字の方から取って『むらむ−−」

「あっ、『つくもん』でお願いします」

 私の呼び方に関する交渉で私が折れたのは、これが最初で最後だった。

 

「と、まあ。そんな感じで『つくもん』に決まったんだ」

「ああ……うん。確かにそのあだ名は拙いよな……」

 何とも言い難い顔で頷く一夏。そりゃあ、誰だって年中発情してそうな渾名なんて勘弁願いたいだろう。

 一夏も名字に『(むら)』が入っているのだ。下手したら本音にそう呼ばれていたかも知れんのだしな。

 

 翌日−−

「やっほー、むらむら……プッ」

「おはようございます、むらむらさん……ふふっ」

「調子はどうだ?むらむら……くくくっ」

「今日の模擬戦は私の相手をしてもらうぞ、むらむら……ふ、ふふふ」

「これ、お姉ちゃんに渡しておいてください、むらむらさん……クスクス」

「一夏あああっ!貴様、話したな!話したなあああっ!?」

「ご、ごめんって!なんかいい話のネタ無いかって探してたらつい喋っちまって……」

「その舌引っこ抜くぞ貴様あっ!」

 結局その日一日、私はラヴァーズ達に『むらむら』と呼ばれ続ける事になった。二度と一夏にこの手の話はしないぞ、くそっ!

 

 

EP−02 本音、デートの待ち合わせにて

 

 布仏本音。狐ともクズリとも取れるチャームの付いたヘアゴムで小さく纏めた薄紅の長い髪。どこか眠たげに半分閉じられた可愛らしい目。

 150cm程の小柄な体躯ながら、非常にメリハリの効いたボディ。のほほんとした雰囲気はまさに癒し系美少女と言っていいだろう。

 そんな彼女がフンフンと鼻歌を歌いながら立っているのはJR新世紀町駅北口。今、彼女はデートの待ち合わせ中なのだ。

「ん〜……まだかな〜。そろそろ来ると思うんだけど……」

 言いながら駅のホームに目を向けるが、待ち人が来る気配はまだ無い。『今どこ?』とLINEを送ると、即座に『今平成町駅(1つ前の駅)を出た。もう少し待ってくれ』と返信が来た。

 まあ良い、待つのもデートの醍醐味だ。とスマホをバッグに入れ直す。と、後ろから人が近づいてくる気配がした。

(あ~、またナンパかな〜?いい加減にして欲しいな〜)

 九十九直伝ナンパ回避術(一言で相手の心を折れ)を披露すべく振り返ったその先に居たのは−−

「あら?布仏さんじゃない。お久しぶりねぇ」

 『悪役令嬢』そのものの雰囲気を纏った、かつての級友だった。

「あ、蔵江洲(くらえす)さん……」

 

 蔵江洲里奈(くらえす りな)。日本有数の運送会社『蔵江洲通運』社長令嬢。

 本音とは中学3年間を同じクラスで過ごしたが、人を嫌う事が滅多にない本音をして『無理』と言わしめる程の、我儘で高慢チキな少女だ。

 気に入らない相手が居れば、取り巻き達と徒党を組んで犯罪紛いの嫌がらせを行い、中には自主退学に追い込まれた者もいる程である。そして、それらの悪事の証拠は自分で、もしくは親の力で揉み消していたため、問題にならなかった。

 まさしく『悪役令嬢』と言っていいだろう最低女。それが彼女、蔵江洲里奈である。

(もし、当時の学校につくもが通っていたら、悪事の証拠を大量に叩きつけられて破滅してただろうなぁ……)

 ボーッとそんな事を考えていたら、里奈が怒鳴りつけてきた。

「ちょっと!聞いてるの!?」

「ふえっ!?ごめん、ちょっとボーッとしてた〜」

「まったく……相変わらず鈍臭いんだから……。ここで何してんのって訊いたのよ」

「あ、うん。ちょっと待ち合わせしてるの〜」

「そう。私もなの。これから彼とデートに行くのよ。医大生の彼と、ね」

 自慢げにフンと胸を反らす里奈。本音はそう言えば彼女には何かとマウントを取りに行く悪癖があったなぁ。と思い出していた。

 案の定「で、あなたは?」と訊いてきた里奈に「同級生の男の子」とだけ答えた。

(つくも曰く、『マウント取る系の相手には、相手の都合良く解釈できる言い回しで伝えろ。それで満足するから』だっけ〜)

 アドバイス通りに言ってみただけだが、里奈は大層満足げに「へー、そう」とだけ言った。鼻で笑われたのが気に食わないが、表情には出していない。

 と、そこへ駅のホームから一人の男性が駆け寄ってきた。

「おーい、里奈!」

 手を振りながら里奈を呼ぶ様子から、この男性が里奈の言う『医大生の彼』なのだろう。

「遅い!何してたのよ!」

「ごめんごめん。ちょっとそこで超有名人に会ってさ。サイン貰って来てたんだよ」

「ほら」と彼がスマホケースの裏を見せる。そこには、昨日までは無かった誰かのサインがあった。

「で、誰のサインよコレ?」

「『二人目(ザ・セカンド)』村雲九十九だよ!こんな所で会えるとか、超運良いぜ!」

「あ、そう」

 興奮している彼と違い、里奈は心底どうでもよさそうだ。

(彼が来たって事は、多分同じ電車に布仏さんの彼氏も乗ってたはず……どんなショボ男か見てあげるわ!)

「本音」

 里奈が黒い感情に浸っていると、そこに本音を呼ぶ男の声が届いた。里奈は声のした方に目をやり……絶句した。

「え?」

 そこに現れたのは、ニュースに疎い里奈ですら、ここ数日テレビで顔を見ない事がない程の有名人。

 先日、フランスで起きたテロ事件を解決し、お茶の間の話題を独占している少年。村雲九十九その人だったからだ。

「すまない、遅れた」

「え?え?」

「大丈夫、気にしてないよ〜。ジュース1本分くらいしか」

「……OK、奢ろう。ん?貴方は先程の……」

「は、はい!さっきはどうも、ありがとうございました!」

「はい、どうも。さ、行こうか本音」

「うん!」

 呆然とする里奈を他所に、九十九と本音は腕を組みながら駅を出て行った。

(あの子、待ち合わせ相手は『同級生の男の子』って言ったわよね?それで現れたのがあの村雲九十九……。村雲九十九はIS学園に通ってる……って事は、あの子もIS学園生!?何も言わないから私と同じで落ちたものと……!)

 里奈は知らない事だが、IS学園の合否は合格者のみに書類にて通知される。そして、その書類にはこの一文が書かれている。

『入学式まで自分がIS学園に合格した事を両親、担任教諭以外に漏らさない事。これは、貴女の身を守るために必要な事です』

 つまり、本音は何も言わなかったのではなく、何も言えなかったのだ。

(ま、まあ?どうせあの男が持て囃されるのも今の内だし?いいのは顔くらいで他はパッとしなさそうだし?私は医大生の彼氏捕まえてるし?結局勝ち組は私って事よね!)

 そう考えた里奈だったが、その考えは隣の彼に打ち砕かれた。

「凄いんだぜ、村雲九十九は。あの年でラグナロク・コーポレーションIS開発部パイロット課の主任なんだ!」

「……はい?」

 目を輝かせながら彼は続けた。彼の伯父(ラグナロク総務課長)によると、九十九は齢16にしてラグナロクIS開発部パイロット課のNo.2に就いていて、IS学園卒業から一年以内に課長(No.1)に昇進するのはほぼ確実。

 現時点で年収は『国産車が新車で毎年買える』位あり、大きな失敗さえしなければ、30代での社長就任も夢物語ではないらしい。

「そうなれば、年収1億超え間違いないってさ。それに比べて、俺は行けて年収2000万、それも50過ぎてやっと。だからなぁ」

「え、は?」

「他にも、ラグナロクの企業代表としてモンド・グロッソにも出るだろうし、自社製品のプレゼンターとして世界中飛び回って活動するのは確実だって伯父さん言ってたよ。分かるか里奈?彼、あの年でもう『成功者』なんだぜ?もう嫉妬の念も浮かばねえよ」

(そ、そんな……!)

 里奈は膝から崩れ落ちた。胸くらいしか取り柄のない脳味噌お花畑ののほほん娘だと思っていた相手が、その実あらゆる面で自分など歯牙にもかけない遥かな高みに居る事に、プライドを打ち砕かれたからだ。

「り、里奈?」

「……ゴメン、私帰るね。デートって気分じゃなくなっちゃった」

「お、おう……」

 ふらりと立ち上がった里奈はそのまま駅へ入っていった。眼に、暗い情念の炎を宿して。

 

 一月後−−

 私は、新聞に少々信じられない記事を見つけた。日本有数の運送会社『蔵江洲通運』がラグナロクに敵対的買収を仕掛け、結果大敗。経営赤字が膨れ上がって倒産したというものだ。

 しかも、敵対的買収を仕掛けた理由が社長の娘の「あの会社が気に入らないから潰して」の一言らしい。

「そんな事を言う娘も娘だが、それでうちに仕掛けてくる社長も社長だな……」

 結果、社長一族は多額の借金を背負って破滅。娘は借金返済のために望まぬ結婚を強いられ、社長夫妻は行方不明らしい。

「まあ、自業自得の結末だな。……ん?この娘の顔、何処かで……?いや、気のせいだな」

「つくも、朝ご飯できたよ〜」

「早く食べないと冷めちゃうよー」

「ああ、今行く」

 今見たニュースを私に関係ない事と頭から追い出し、私は二人のお手製朝食を取りにテーブルへ向かった。

 その後蔵江洲一家がどうなったかって?さあ?知らないし、知った事ではないよ。

 

 

EP−03 大変化!劇的ビフォーアフター

 

 IS学園一年一組女子生徒の多くは、現在困惑の極みにあった。というのも、イギリスから帰ってきてからの一夏とラヴァーズの様子が明らかに変わったからだ。

 例えば、今目の前で一夏が箒と鈴に腕を組まれて食堂に向かっているのだが、以前なら他のメンバーが「協定違反だ」と詰め寄っていた筈だが、それが−−

「帰りはお前たちに譲るさ」

「今はアタシ達のターンってことで」

「では、次の二人は残りのわたくし達で今の内に決めておきましょう」

「どうする?無論、譲る気はないぞ」

「……ここは、ジャンケンで」

 と、まあこんな感じに、一斉告白事件以降薄れて来ていた刺々しい雰囲気が完全に消え、今や九十九トリオに匹敵せんばかりの仲の良さを見せているのだ。

(((一体、イギリスに行ってる間に何が!?)))

 彼女達は、事情を知っているだろう九十九達に話を聞く事にした。

 

 IS学園一年生寮、大食堂。

「と、いう訳で!」

「「「教えて!村雲くん!」」」

「残念だが、箝口令が敷かれている。イギリスの事件に関しては何も−−「そっちじゃなくて!」ん?」

 相川さんを始めとした一組女子数名が私の所に来て「イギリスで何があったか言え」と言うので上のように返したら、どうも彼女達が聞きたいのはそこではないらしい。

「イギリスから帰ってきてからの篠ノ之さん達の事よ!何あれ!?」

「あれ……とは?」

「なんか篠ノ之さんから色気を感じるようになったし!」

「鈴ちゃんからバブみが漏れてるし!」

「セシリアのエロさが急上昇したし!」

「ラウラさんの険が薄れて話しかけやすくなったし!何なら話しかけてくるし!」

「簪さんの根暗オーラがなりを潜めて可愛くなったし!」

「「「教えて!何があったの!?」」」

「あ~……」

 そっちか〜。まあ気になるよな、ほんの2週間程見なかっただけでここまでの劇的ビフォーアフターに遭遇したら。

 ただ、『何があった?』と訊かれても『ナニがあった』としか言いようが無いし、彼女達の名誉を思えば私から軽々に話すという訳にもいかんし……。どうすればいい?

 

 案1.「本人に訊け」……却下。ほんの数日前の事を赤裸々カミングアウト出来る程、まだあいつ等に余裕はない。

 案2.「シャルか本音に訊け」……却下。彼女達に任せるのは私の気が引ける。

 案3.「想像に任せる」……採用。これならあいつ等の名誉を守りつつ、私に累が及ばないように出来る!……筈だ。

(この間0.25秒)

 

「何があったのかは……君達の想像に任せる」

 そう言った途端、周りにいた女子達から黄色い悲鳴が上がる。

「そうなのね!?やっぱりそうなのね!?」

「あの子達ついに……()()()()()()のね!?」

「何があったっていうかナニがあったのね!そうなのね!?」

 どうもある程度予想はしていたようだが、それが答えだという事に気づいて荒ぶる女子数名。……って、ちょっと待て!そんなに騒いだら一夏ラヴァーズに聞こえて−−

「「「…………(ピキピキ)」」」

 た。ここから見て分かる程に青筋を立てている。

(アチャー……)

 顔を手で覆い、天を仰ぐ。これ絶対文句言いに来る奴だよ、何ならもうこっち来てるし。

 

 九十九が何を言ったのかは聞こえなかったが、周りにいた女子数名が「ヤッた」だの「ナニがあった」だのと言っている事から、箒達は九十九があの夜の事を端的に語ったのだ、と結論づけた。

 これは文句の一つも言わねばならぬ。そう思って、箒達は九十九の座るテーブルに近付いた……のがいけなかった。

「ちょっと九十九!アンタ「あ!鈴ちゃん!皆も!丁度良い所に来たわ!」−−って、へ?」

 相川さんに肩をガシッと掴まれ、目を白黒させる鈴。他のラヴァーズもそれぞれ肩を組まれたり手を握られたり、あるいは抱きつかれたりしてその動きを封じられている。

「まあ?村雲くんの発言でおおよそ予測はついてるけどさ?」

「こういう話はやっぱり本人に聞かないとねー。という訳で、ちょっとあっちのテーブル、行こっか」

「へ?いや、ちょ、ちょっと!?」

「大丈夫、大丈夫。すこーしだけ、体験談をしてくれれば良いってだけだから!」

「ま、待て!いくらなんでもそれは……!」

「「「いいからいいから。ほら、行くよ」」」

「「「つ、九十九(さん)!助け「無理」−−即答!?って、あーー……」」」

 九十九に助けを求めるも、素気ない返事を返されてそのままズルズルと引き摺られていく箒達。九十九にできるのは彼女達に合掌し、無事切り抜ける事を祈る位だった。

 その後、彼女達が一体何を白状させられたかは……本人達の名誉の為に敢えて語らない。

 

 

EP−04 ひらがなポーカー

 

 特に何か用がある訳でもない昼下がり。本音からまた変わった遊びの提案があった。

「ひらがなポーカー?」

「うん!もう買ってあるんだ〜」

 そう言って本音が取り出したのはトランプサイズのカードセット。カードは全部で70枚。

 あ〜んのカード、特によく使うひらがなは2枚あるようだ。それから小文字と長音記号に、トランプでいうジョーカーの『◯』と笑いを意味する『w』、濁点と半濁点は透明のフィルムで追加する仕様のようだ。

 遊び方はポーカーとほぼ同じ。ルールもかなり緩く、言葉の文字数が多いほど得点が上がる得点制(最高50点)、それぞれが出したワードの中で好きだと思った物に投票する得票制、勝ち負けを設けずにただ面白い言葉を作って遊ぶフリープレイも可能らしい。

「へー、楽しそうだね」

「何かやらないといけない事もないし、やってみようか」

 という訳で、プレイ開始だ。

 

「できた〜!」

「僕も」

「よし、これで行こう。では……」

「「「オープン!」」」

 第一戦、それぞれが作った単語は−−

 

 本音『おとうそん』

 シャル『なんでさw』

 私『かっぱむし』

 

「お、おとうそん……おとうそんって……!」

「なんでさが出来た事になんでさと言いたい」

「かっぱむしってなに〜?かっぱっぽい見た目の虫?」

「いや、漢字で書くと『河童無視(こう)』だ」

「「河童さん無視されちゃった!?」」

 勝者、私。

 

 第二戦は、ちょっとした奇跡が起きた。

 

 本音『つなほしい』

 シャル『あとまよも』

 私『おっけーだ』

 

「「「なんか会話が成立した!?」」」

 勝者、全員。

 

 第三戦は、とんでもないカオスになった。

 

 本音『わぬょっひ』

 シャル『ふむうんけ』

 私『ありせーき』

 

「「「……ナニコレ」」」

「揃いも揃って意味不明だな。わぬょっひって何だ?」

「テニスラケットで粘土を叩いた時の擬音だよ〜」

「そんな音するか!?……ふむうんけは?」

「フムウン一家の事……だよ?」

「こじつけ感が凄いな」

「九十九のだってそうじゃない」

「ありせーきってなに〜?」

「……オーストラリアに生息する、ミツツボアリの腹の蜜(甘くて美味しい)を使ったミルクセーキだ」

「明らかにこじつけなのにそれっぽいのがなんとも……」

 勝者、本音。

 

 最終戦。

 

(こ、これは!?)

 今、私の手元で今日最高の奇跡が起きていた。

「僕は3枚チェンジで」

「わたしは2枚チェンジ〜」

「九十九はどうするの?」

「ノーチェンジだ」

「おっけ〜。じゃあ、せーの!」

「「「オープン!」」」

 

 本音『しまめいん』

 シャル『はなとれる』

 私『わだあきこ』

 

「どうだ!見たか、この奇跡の手札を!」

「ウソ!?ホントにこれを一回で!?」

「まさかの『ゴッドねーちゃん』降臨!?もう優勝だよこれ〜」

 勝者、私。(本日の最優秀単語(MVW)は『わだあきこ』に決定)

 

「いやー、結構楽しいなこれ。もっと流行ればいいのに、実に勿体無い」

「じゃ〜、手始めに一組の皆に流行らせよ〜」

 という本音の一言で、ひらがなポーカーは一年一組に紹介され急速に浸透。そこから学年全体、学園全体へと広がりを見せ、最終的には『あの村雲九十九も大絶賛の脳トレゲーム』として日本全国にブームの波が広がっていく事となるのだが−−

「いいな。皆でやるともっと楽しいだろうし」

 そんな事になるとは露知らず、私は軽い気持ちで本音に同意するのだった。




本編の方はちょっとプロットが纏りきらずに難儀しておりますが、エタるつもりは欠片もありませんので、どうか長い目で見て下さい。

それでは、今回はこの辺で。


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#EX 短編集 日常6

EP−01 シェアリングって多分こんな感じ

 

 ISコアは、『シェアリング』と呼ばれる他のISとの情報交換を積極的に執り行っている。今日は、そんなシェアリングの様子を読者諸兄にご覧頂こうと思う。

 

「第n回、IS学園専用機ISコア、シェアリング大会〜!」

「「「わー!」」」

「「「わー……」」」

 何処とも知れない電脳空間。そこに、十人の特徴的な恰好をした女性が集まっていた。

「いやー、なんか久し振りね!皆でこうして集まるのって!」

 厚手のウシャンカを被り、水色をメインにした豪奢な作りのサラファンを纏う、気安さと近寄り難さが同居した雰囲気を持つ美女。楯無のIS『ミステリアス・レイディ』がそう言えば。

「って言うけどさぁ、そんな久しぶりって事もなくない?」

 黒地にピンクのラインが入り、昇り龍が銀糸で刺繍されたチャイナドレスを着た、明朗快活な雰囲気の美少女。凰鈴音のIS『甲龍』が返す。

「最後にシェアリングのしたのは何時だったか……覚えているか?カレイドスコープ」

 漆黒のドイツ軍服を着こなし、左目にファッションアイテムとしての眼帯を着けた、いかにも職業軍人といった風情の美女。ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が隣の少女に質問すると。

「えっと確か……1週間前だね」

 身動ぎする度に模様が変わるワンピースに身を包んだ、穏やかな雰囲気の美少女。シャルロットのIS『ラファール・カレイドスコープ』がそう答える。

「……この空気感が無理、耐えられない……。……帰りたい」

 鈍色の生地に、裾に小さく『山嵐』と刺繍された着物を纏う、内気……というより暗い雰囲気の美少女。簪のIS『打鉄弐式』が呟けば。

「弐式ちゃん、まだ始まってもないよ〜?」

 古代ギリシャ風の真っ白な一枚布を着こなす、のほほんとした雰囲気の美少女。本音のIS『プルウィルス』がやや呆れ気味に宥める。

「皆さん、紅茶の準備が整いました。いかがですか?」

 蒼いイブニングドレスを纏い、耳に大きな涙滴型のサファイアがついたイヤリングを着けた、深窓の令嬢のような雰囲気の美少女。セシリアのIS『ブルー・ティアーズ』が皆に声をかけると。

「すまない、ティアーズ。紅茶はどうも口に合わなくてな。私は自前で持ってきたからいい」

 深紅の大鎧で身を固めた、凛とした雰囲気の美女。箒のIS『紅椿』が申し訳なさそうに魔法瓶を取り出す。

「ふむ、ダージリンのファーストフラッシュか。いい仕事だね、ティアーズ。君もそう思うだろう?白式」

 灰銀色の西洋甲冑(軽装)を着けた、知的で冷静沈着な雰囲気の美女。九十九のIS『フェンリル・ルプスレクス』が隣に座る美女に話し掛けるが。

「…………」

 顔半分を覆う兜と純白の西洋甲冑(重装)を纏った、何処か剣呑な雰囲気の美女。一夏のIS『白式・王理』は何も語らない。

「やれやれ、相変わらずだんまりかい?つれないねぇ、白式」

 肩を竦めるフェンリルに、しかし白式は目もくれない。フェンリルは溜息をつくと、目の前の紅茶にもう一度口をつけた。

「はい!という訳で今回の議題なんだけどね」

 ミステリアス・レイディがフィンガースナップを一つ打つと、どこからともなく垂れ幕が下がってきた。墨痕逞しい字で書かれた今回の議題は。

 

『私達のマスターの最近の恋愛事情について』

 

「はい、解散。お疲れっしたー!」

 垂れ幕の文字を見た瞬間、さっきまでのクールビューティーっぷりをかなぐり捨てて、フェンリルが大声を上げつつ立ち上がる。他のメンバーも呆れを顔にはっきり出してめいめい席を立つ。これに慌てたのは今回の発起人であるミステリアス・レイディだ。

「ちょ、ちょっと待って!お願い、話を聞いて!この通り!」

 ロシアンビューティーの恥も外聞も無い土下座。それを見た他のメンバーは、仕方ないなと言わんばかりの溜息をついて着席した。

「いやね、やっぱりあの日(#84)以来白式のマスターと私のマスター達の親密度って言うか密着度が上がったじゃない?」

 テーブルに居並ぶ面々の顔を見ながらミステリアス・レイディがそう口にすると、甲龍、シュヴァルツェア・レーゲン、ブルー・ティアーズ、打鉄弐式、紅椿が頷いた。

「まあ、それ自体は良いのよ。私達としてもマスターが幸せそうなのは嬉しいし。でもねぇ……」

 はぁ……。と重い溜息をついて俯くミステリアス・レイディ。次の瞬間、ガバッと顔を上げ、喉も裂けよとばかりに吠えた。

 

「毎日のようにイチャイチャイチャイチャ!見てるこっちが砂糖吐きそうなのよ!ってか吐いたわよ!」

 

 ウガー!と喚くミステリアス・レイディに一夏ラヴァーズのIS達が「ああ……うん」と頷く。

「マスター達の名誉の為に敢えて、敢えて具体的な話はしないけど!それでもあの甘々空間に問答無用で付き合わされるこっちの身にもなれってーのよ!」

 憤懣やる方無い、とばかりに地団駄を踏むミステリアス・レイディ。正直に言えば他のラヴァーズのIS達も昨今の自身のマスターの行状については言いたい事が無い訳ではない。

「まー、アタシのマスターも白式のマスターにべったりだし、側で見せられるのは堪ったもんじゃないわねぇ」

「わたくしのマスターも白式のマスターに頻繁に『当ててますのよ』をなさいますし……。英国淑女としてどうかと思うのですが……」

「私のマスターは、先日『シュヴァルツェア・ツヴァイク(双子の妹)』のマスターのアドバイスをそのまま実行して『性知識に疎いフリ』で白式のマスターに迫っていたな……。誇りあるドイツ軍人として、それはどうなんだと言いたかったぞ」

「……そう考えると、私のマスターはまだ初心な方だな。やる事やっておいて口付けはおろか手を繋ぐ事さえ躊躇うのは、それはそれでどうなんだとは思うが」

「……私のマスターも、似たようなもの……。ねえ、帰っていい?」

 それぞれの不満を漏らす一夏ラヴァーズのIS達。その様子を生暖かい目で見ていたのが九十九トリオのIS達と白式だ。いや、白式はむしろ『我関せず』と言った方が正しそうだが。

「で、そっちはどうなの?姉さま」

「ん?私達のマスターのあれこれについて聞きたいのかい?話しても良いが……相当に刺激が強いから、覚悟したまえよ?」

 その後、フェンリルによって語られた九十九トリオの『愛の確かめ合い』の詳細な内容を、本人の名誉を少々踏みにじって抜粋すると……。

 

「うちのマスターのカレイドスコープとプルウィルスのマスターに対する愛情表現は濃い上にねちっこい。二人をキスと胸へのタッチだけで一回は絶頂させるからね」

「ん?二人の体でうちのマスターが触れていない場所?そうだな……(自主規制)以外の内臓くらいかな」

「その(自主規制)に触れるにしてもまたねちっこい。じっくり丁寧に舐り倒すものだから、これだけで二人共何度も果てる」

「うちのマスターの(検閲削除)に口で奉仕をする二人の顔は実に恍惚としたものでね。イメージでしかない筈の私の体の奥深い所が疼く程さ」

「二人の(自主規制)に(検閲削除)を『パイルダーオン』する際は、それはもう壊れ物を扱うかのように繊細かつ愛に満ちたものでね。時として『パイルダーオン』した瞬間に相手が天国行きしてしまう事もある」

「そこからはもうお互いに相手しか見ていない。優しく、それでいて激しい愛情表現は、見てるこっちが孕んでしまいそうなくらいさ。ああ、勿論避妊はしっかりしているよ」

「その後は、お互いに抱き合って睦言の言い合いさ。これを最低、一人当り二回する。つまり、計4回戦さ。それも最低で、だ。凄いだろう?それでいて、翌日に疲れている様子を一切見せない。うちのマスターは化物かな?と思ってしまうよ」

 

 フェンリルの淡々としていながら妙に情感の籠もった物言いに、ラヴァーズのIS達は全員顔を真っ赤にしながらこう思った。

(((姉さまのマスター、レベチ過ぎない⁉)))

(((まさにラヴモンスター……。凄い!)))

 こうして、本人の預かり知らない所で専用機のISコア達から妙な尊敬を受ける九十九なのだった。

「……っ⁉何だ?この妙な悪寒は……?私のプライベートが、私の知らぬ間に侵されたような、嫌な感じがする」

 ……いや、存外気がついているかもしれない。

 

 

EP−02 九十九、遊びの達人?

 

「詰みだ、箒」

「うっ!……負けました」

「チェックメイトだ、セシリア」

「くうっ⁉……降参ですわ」

「これでお前が石を置ける場所は今後一切ない。負けを認めろ、一夏」

「うぐっ!……チクショウ、また完敗かよ……」

 なんて事無い日の、なんて事無い放課後。私は教室で箒に将棋を、セシリアにチェスを、一夏にオセロを挑まれた。その結果が上記の台詞である。

「嘘でしょ……?全くルールの違う3つのボードゲームを同時にプレイして同時に完勝?どういう脳みそしてるの?」

「しかも、隣に座るシャルロットさんと本音と和やかに談笑しながら、よ?あの超能力の話、嘘じゃなかったのね」

 周りで見ていたクラスメイトがザワザワする。私の『最大100個の並列思考ができる』という特殊能力を、クラスメイトは一応知っているが、信じられてはいなかったようだ。

「失礼な。私は『女性相手に嘘をつかない』事を信条にしている。これも訊かれた時に答えたはずだが?」

 憮然としながらそう言えば、何人かのクラスメイトがそっと目を逸らした。それも信じていなかったのか。心外だ。

「思ったよりいい暇潰しなった。感謝するよ。さて、帰ろうか」

「「はーい」」

 悔しがる三人を放って、私達は寮へと帰った。だが、この時の私はこれが始まりに過ぎないという事に気づいていなかった。

 

 

 明けて翌日。

「一夏の敵討ちよ!九十九!あたしと象棋(シャンチー)で勝負しなさい!」

「私はポーカーだ。こう見えて黒ウサギ隊最強の呼び声も高いぞ!」

「……双六で、勝負」

「お姉さんと○鉄3年決戦よ!あ、シャルロットちゃんと本音ちゃんもやる?」

「やる〜!」

「じゃあ、僕も」

 昨日に続き、今度は鈴、ラウラ、簪さん、楯無さんが勝負を挑んできた。どうも一夏の敵討ちのつもりらしい。それはいいのだが楯無さん、そのニンテ○ドースイッ○と19型TVはどこから持ってきたんですか?

 

 数十分後ーー

「鈴、象棋で詰みをなんと言う?」

「……(シャー)よ」

「そうか。殺だ、鈴」

「ぐぬぬ……!」

「どうだ!ストレートだぞ!」

「残念、ストレートフラッシュだ。これで私の15勝8敗だ。さて、ラウラ。……まだやるかい?」

「いや、もういい……。私の敗けだ」

「はい、上がり。私の勝ちだね」

「……自信、あったのに……」

「楯無さんが最下位ですね。一応言いますけど、企業連合(カルテル)は組んでませんよ?なあ」

「「うん」」

「○鉄女王と呼ばれたこの私が……⁉」

 昨日に続いて総合全勝の私に、周りで見ていたクラスメイトがまたしてもざわつく。

「中国の将棋って、日本の将棋と大分ルールが違うのに、ちょっと説明聞いただけで圧勝って普通できる?」

「カードの引き運強すぎない?ノーチェンジでロイヤルストレートフラッシュとかどんな確率よ」

「○鉄でも初手カード駅でシンデレラカード(○太郎ランド以外のどんな物件でも無料で入手可能)引いてるし……」

「双六で3回連続6ゾロ出してたし……豪運って言葉じゃ片付かないでしょ?これ」

「神に愛されてるとしか思えないわね」

 ……いや、私の場合神に愛されてるというより神の玩具にされているんだが……。言った所で信じてはくれまいが。

「次は私よ、村雲くん!この迷路を解いて出てくる言葉を答えて!」

「MAZEだな。良い問題だが、ここをこうすれば……」

「AMAZE……!くっ、負けた!」

 続いて挑んできた2組の迷路好き、真宵美智子(まよい みちこ)さんを切って捨て。

「ミチコの敵討ちよ!私とぷよぷよで勝負!」

 自称『IS学園最強の落ち物ゲーマー』アルル・ナージャさんの挑戦を−−

「手強い相手だった。一歩間違えていたら負けてたな」

「30連鎖なんて大技決めといてそのセリフ⁉嫌味にしか聞こえないわよ!」

 試合時間10分の大勝負の末に打ち負かし。

「次はウチとしりとりで勝負や!30秒ルールでな!」

 大阪出身の自称『言葉マスター』大阪直美さんのアタックを−−

「私の勝ちでいいかい?大阪さん」

「くうっ……!『る』攻めはズルいわぁ……」 

 時間切れによる自滅に追い込んだ。

「スゴイね、九十九。今のところ全戦全勝だ」

「よっ!遊びの達人!」

「褒めても何も出んよ。ふふふ……」

 シャルと本音のヨイショを受けてちょっと気分の良い私だった。

 ちなみに……。

「一瞬の判断が……というより、一瞬の判断()()ものを言わんゲームは苦手だ……」

「よっしゃ、勝ったーっ!」

 対戦格闘ゲーマーでeアスリートの賀鵠櫻(かくげ さくら)さんには大敗を喫するのだった。

 

 なお、この後もアリーナの利用予約が無い放課後に、私にゲームを挑んでくるクラスメイトは後を絶たなかった。とだけ言っておく。戦績?まあ、勝ち先行……とだけ言っておく。

 

 

EP−03 一文字足して台無しに

 

「ぷふっ!」

 放課後のIS特訓を終え、自室でまったりしていた私の耳に届いたのは、本音が小さく吹き出す音だった。

「どうしたの?本音」

「何か面白い事でもあったかい?」

「うん。これ〜」

 ベッドに寝転がった本音が私とシャルにスマホの画面を見せてくる。なになに……?

「『一文字足して台無しにしてください』……?」

「本音、これ何?」

「うん。あの名作のタイトルとか名言とかに一文字足して、面白おかしくするってアプリなんだよ〜。あ、そうだ!九十九」

「皆まで言うな、本音。私にこの場でやってみせろというのだろう?いいよ」

「話が早くて助かるよ〜。じゃあ、はいコレ」

 喜色満面の笑みを浮かべて本音が取り出したのは、小型のホワイトボードとマーカー、そしてイレーザーだった。

「ちょっと待て、何処にあったこれ?見た事ないんだが?」

「こんな事もあろうかと用意してた〜。このバッグに!」

 そう言って持ち上げたのは、本音がラグナロクにパイロットとして入社した時に祝いの品として貰ったという、飲食物用の拡張領域(バススロット)を搭載したショルダーバッグだった。

 曰く「アップデートして、1kg以下の小物も入れられるようになった」らしい。やはりラグナロク。無駄に技術力が高い。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「じゃあ、始めるよ〜。準備はいい?」

「ああ。だが、何故わざわざボードに書くんだ?」

「口で言われただけじゃ分かんないって事もあるからね〜」

「あ、そっか。言葉だけだと脳内変換を間違えちゃうかも知れないからだね」

「なるほど、理解した。では始めよう。いつでも来い、本音」

 

 以下、本音(出題)→九十九(回答)→シャルロット(ツッコミ)の順で会話しています。

 

「それじゃ〜、まずは『名作に一文字足して台無しにしてください』!となりのトトロ!」

「こんなのはどうだ?『となりのトロ取ろ』」

「ダメだよ!そのトロはとなりの人のだよ⁉」

 

「紅の豚!」

「ではこうだ。『紅の豚汁』」

「トマトベースの豚汁なのかな?美味しそうだけど台無し感がすごい!」

 

「耳をすませば!」

「となると……こうだな『耳をすませばか』」

「口が悪い!」

 

「天空の城ラピュタ!あ、天空の茨城はあるあるだから、それ以外でね〜」

「パッと思いついたのがNGとは……。ならば、これで『天空の都城(みやこのじょう)ラピュタ』」

「宮崎県の一地域だけ天空に⁉どういう状況⁉」

 

「借りぐらしのアリエッティ!」

「ジブリ映画が続くな……。それなら……『タカり暮らしのアリエッティ』」

「タカっちゃった!アリエッティタカっちゃった!タイトルだけで見る気がしないよ!」

 

「じゃあお題を変えて、『マンガのタイトルに一文字足して台無しにしてください』……今日から俺は!」

「あの漫画はくだらなく面白かったな。『今日から俺(はも)!』」

「人間からどうやってハモになったの⁉」

 

「犬夜叉!」

「ルーミック作品の山口勝平の起用率は異常だと思う。こうかな『乾夜叉(いぬい やしゃ)』」

「誰⁉あと名前のクセがすごい!」

 

「進撃の巨人!」

「対義語ネタの時も出たな、そのお題。じゃあ『快進撃の巨人』で」

「野球チームの話になっちゃった!」

 

「僕とロボコ!」

「サンデー、マガジンと来てジャンプか。ならば『下僕とロボコ』」

「そのマンガ僕も読んだけど、そのタイトルじゃどっちも従者って事になってややこしくない⁉主人誰だよってなるよ⁉」

 

「鬼滅の刃!」

「あれは私も読んだよ。近年随一の名作だ。という訳で『鬼滅の忍』」

「あれ?一文字足して……あった!刃の下に心!忍者マンガっぽくなっちゃってる!」

 

「刃牙道!」

「次はチャンピオンか。手広いな、本音。『刃牙道場』」

「あの人、人にうまく教えられるのかな?とてもそうは見えないけど……」

 

「転生したらスライムだった件!」

「角川もか。雑食なんだな君は『転生したらスライムだったけんど』」

「急に訛った!田舎の人感が強い!」

 

「そろそろお題を変えるね。『あの名言に一文字足して台無しにしてください』!まずは……『バスケがしたいです』!」

「ではこうだ。『バスでケガしたいです』」

「ドM⁉ドMなの⁉あとバスってどっちのバス⁉」

 

「『巨人は俺が、一匹残らず駆逐してやる』!」

「好きだね、進撃。こんな感じで『巨人は俺が、一匹残らずチクチクしてやる』」

「手口がショボい!それじゃ巨人は倒せないよ⁉」

 

「なかなかやるね〜、つくも。次は……『判断が遅い』!」

「鱗滝さんはあの声じゃなかったら人気出なかったろうなと思うよ。『誤判断が遅い』」

「誤判断はしちゃマズくない⁉」

 

「『どうしてこうなった』!」

「中身リーマンの幼女少佐が言ってるやつかな?じゃあ、こうだな『どうしてもこうなった』」

「諦めの境地⁉」

 

「『ないわー』」

「さっきのキャラと中の人が同じだな。それじゃ、こうで『パないわー』」

「ギャル感アップ!ご本人コミュ障気味の陰キャだったと思うけど⁉」

 

 そんなこんなで1時間後−−

「どうした本音。出題のペースが落ちてきたぞ?もうネタ切れか?」

「まだまだこんなもんじゃないよ、つくも。じゃあ次はね〜……」

「待って本音。もう止めて。僕がツッコみ疲れちゃった。これ以上は無理、付き合い切れない」

 全てのネタに律儀にツッコんでいたシャルが、ここで私達より先に限界を訴えてギブアップ。ツッコみ役不在により、今回はここまで。という事になった。

「いや、しかしこれ結構楽しいな。私もダウンロードしようかな、そのアプリ」

「ぜひぜひ〜」

 こうして『一文字足して台無しにして』の沼にハマった私は、その日からせっせと投稿活動を行い、それを見ていたクラスメイトから質問を受けて答えた事でクラスに波及。更に学年を越え学園に浸透し、あの千冬さんすらもお題に足す一文字に頭を捻る。という事態にまで発展するのだが−−

「む、これはいいお題だな。それならこうして……」

「お〜。イイね〜」

「ふ、ふふっ……!もうダメ、お腹痛い……!」

 そんな事になるとは露とも知らず、私は二人と共に次々と名作・名言を台無しにするのだった。




次はコピペ改変ネタ集をお送りします。

え?本編?ヤダナー、チャントカンガエテマスヨー。


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#EX 短編集 日常7

明けましておめでとうございます。
新年一発目は外伝を投稿します。小生の作品が初笑いになったのならば幸いです。
それでは、どうぞ!


EP−01 《ヘカトンケイル》の弊害

 

「うう……腹が減った」

 放課後のIS訓練で《ヘカトンケイル》を全力使用した事で、私は現在猛烈な頭痛と倦怠感と空腹に襲われていた。

 思念誘導兵器は複数の機動兵器を頭で考えて動かす為、その消費カロリーは実は尋常でなく多い。事前に出来る限り糖分を摂取していても、時間一杯(第三形態移行(サード・シフト)によって持続時間が全開使用時1時間に延長)まで《ヘカトンケイル》を使えば、肝臓のグリコーゲンすら底をつきかける程なのだ。

(くっ、目の前が霞んできた。すぐに何か口にしないと、空腹で倒れてしまいそうだ……)

 朦朧とする意識の中、それでもなんとか着替えを済ませて更衣室を出る。途切れそうな意識をどうにか繋ぎ止めながら、縺れそうになる足を動かす。ふと前を見ると、霞む目に写ったのはそれはそれは大きくて美味そうな()()が『食え!』とばかりに浮いている姿。食欲の赴くまま、私は()()の名を叫び一息に飛びついた。

 

 それは、あまりにも突然の出来事だった。

「チョココロネ!」

「えっ……?き、きゃああっ⁉つ、九十九さん⁉何をなさいますの⁉」

 模擬戦を終え、更衣室の前で反省会をしていたセシリアの金髪縦ロールに、いきなり九十九が食いついたのだ。その場にいた鈴と箒も、九十九の突然の奇行に驚きながらもセシリアから九十九を引き剥がしにかかる。

「ちょ、アンタ何してんの⁉ほら、ペッしなさい、ペッ!」

「セシリアの髪は食べ物じゃないぞ!あ、こら!モグモグするな!」

「痛たたたた!お二人共無理に引っ張らないでくださいまし!抜けてしまいますわ!」

 だが、セシリアの髪に食いついた九十九の力はびっくりするほど強く、箒と鈴だけでは引き剥がす事は出来そうにない。そこに着替えに手間取って遅れた一夏と、反対側の更衣室を使っていて合流しに来たラウラと簪が現れた。

「悪い、着替えに手間取って……って、何してんだ九十九⁉」

「これはどういう状況だ?九十九がセシリアの髪を食おうとしていて、それを箒と鈴で引き剥がそうとしている……のか?」

「状況が、謎……」

 目の前の意味不明な状況に唖然とするラウラと簪。一夏は箒と鈴と協力してセシリアと九十九を引き離そうとするが、九十九はセシリアの髪を離そうとしない。一体九十九はどうしてしまったというのか?その場の全員が困惑していると−−

 

グギュルルルウウウ

 

「「「へ?」」」

 九十九の腹が雄叫びを上げたのを聞いた一夏&ラヴァーズは、一瞬呆けた後すぐに九十九暴走の原因を悟った。

「こいつ、腹減ってるだけかよ!」

「人騒がせな!おい、誰か何か食べ物を持ってないか⁉」

「んな都合良く持ってる訳無いでしょ⁉セシリアは!?」

「右に同じくですわ!って、ああっ!髪から悲鳴が上がり始めてますわ!」

「レーションはさっき食べてしまって手持ちが無い。簪はどうだ?」

「……(ふるふる)」

 全員手持ちの食料が無いという絶望的状況。セシリアの髪から擦り切れるようなプチプチという音がし始めている。猶予は一刻もなさそうだ。

「っていうか、旦那が暴走してるってのにシャルロットと本音はどこ行ったのよ⁉」

「食堂に走って行った。『頼んでおいた物が出来てるはずだから』と言ってな」

「という事は、こうなると分かった上で対応策を用意しておいたという事か」

「それまで耐えろという事ですの⁉わたくし、そろそろ色々限界なのですが⁉」

「……一夏、村雲くんの口を開けさせられない?」

「ダメだ!顎を押してもビクともしねえ!って、ん?」

 九十九の顎を押して無理矢理口を開けさせようと奮闘していた一夏だったが、ふと九十九の視線が箒に−−正確にはその胸元に−−向いている事に気づいた。

(おい、まさか……!)

 箒の胸は今ここにいるメンバーの中では最大だ。セシリアの縦ロールがチョココロネに見える程思考力が低下した九十九に箒の胸がどう映るのか。その答えは……。

いうあん(肉まん)!」

「させるか!」

 箒の胸を肉まんと勘違いして手を伸ばして来た九十九を一夏が腕を掴んで止める。結果としてセシリアの救出は遅れるが、一夏的にそれだけはさせるわけには行かない。

いうあん(肉まん)うあえお(食わせろ)!」

「いくら九十九でもそれだけはやらせねえ!これは……俺のだ!」

「いいい一夏!?その言葉は嬉しいが、今言うことじゃないぞ⁉」

「えっ⁉俺、今なんつった⁉」

 どうやら一夏の「箒は俺のだ」発言は無意識に出たものだったようだ。九十九が正気なら「ほう、お前の口からそんな言葉が出るとはなあ」くらいは言いそうだが、今の九十九には無理である。

「やべぇ、九十九の力が強くて止めきれねえ!箒、もっと下がれ!掴まれるぞ!」

 九十九の手がじりじりと箒に迫る。箒は一夏の指示に従って九十九から距離を取る。なおも手を伸ばそうとする九十九によってセシリアの髪が更に引っ張られ、セシリアの涙混じりの悲鳴が上がる。

「ああーっ!痛い、痛いですわ!箒さん、離れ過ぎないでくださいまし!」

「もっと離れろ箒!今の九十九に捕まったらやばい!」

「ま、待て!私はどうすればいいんだ⁉」

 一夏とセシリアからそれぞれ真逆の指示が来た箒は、どちらの指示を聞くべきなのか分からず軽く混乱する。なお、その間も他のメンバーがどうにか九十九をセシリアから離すために奮闘中だ。

「シャルロットと本音はまだなの⁉そろそろ限界なんだけど!」

「踏ん張れ、鈴。きっともうすぐ……来たぞ!」

 体力が限界に達しようとしていた鈴達小柄女子組の目に、(食堂)からの助けが来た。

「九十九、お待たせ!って、うわあっ⁉なんかすごい事になってる!」

「急いで準備しよ〜よ、しゃるるん!せっしーが涙目だから〜」

 大きな風呂敷と紙袋を携えたシャルロットと本音は、すぐさま中身を取り出した。風呂敷に入っていたのはタッパー一杯のおじやと梅干し。紙袋には丼とレンゲ、そしてコーラが入っていた。

「ちなみに炭酸抜きだよ〜。準備完了、しゃるるん!」

「うん!オープン!」

 シャルロットがタッパーを開けると同時に、辺りに和風出汁の芳醇な香りと味噌のコクのある芳香が立ち上る。途端、九十九が動きを止めて鼻をクンクンさせる。そして、見つけた。

「味噌おじや!」

 九十九はあっさりとセシリアの髪を離し、さっきまで箒の胸に伸ばしていた手すら引っ込めて、一目散におじやの入ったタッパーに走りよる。

「味噌おじや!食わせろ!」

「はい、どうぞ〜」

 叫びながら走って来る九十九に欠片も驚いた様子を見せる事なく、本音はおじやをレンゲにすくって差し出した。

「はむっ!モクモク……ゴクン」

 それに勢いよく食いついた九十九。口に入ったおじや殆ど噛む事なく飲み込んだと思ったら、おもむろに座り込んで丼を手に取ると、一気にかきこみだした。

「ンガッ、ガツガツ、グァフグァフ、ングング、ゴックン!」

「お〜、凄い食べっぷり〜」

「よほどお腹空いてたんだね。ほら、九十九。梅干しも食べなきゃだよ」

「ン!(コク)ハム……チュッパ!モシャモシャ、アグアグ!」

 見る間に消えていくおじや。一夏&ラヴァーズはその様子を呆気にとられながら見ていた。

「なあ、一夏。あのおじや、タッパーの蓋に届くか届かないかくらい詰まってなかったか?」

「あ、ああ。サイズ的に米だけで5、6合は入ってるはずだ。出汁と卵まで合わせたら8合分くらいにはなると思う」

「それが10分経たない内に半分以上減ってんだけど⁉どういうスピードよ!?」

「それでいて食べこぼしも液垂れで服を汚す事もしていない。親の教育が本能レベルに染み込んでいる。という事か」

「……がっついてるのに、その姿が妙に美しいという矛盾。お姉ちゃんにも見て欲しい」

 それぞれが九十九の食いっぷりに一種の感動を覚える中、一人その輪に入らない者がいた。セシリアだ。

「うう……。やはりちょっと食べられてますわ……。美容室の予約をしませんと……」

 九十九に齧られた髪は毛先がバラバラになった上涎でベトベトになっており、髪に自信のあるセシリアにとって結構なショックであった。それこそ、九十九の異次元の食いっぷりを気にする事も出来ないくらいに。

 そうして、九十九がタッパー一杯のおじやを食い尽くし、炭酸抜きコーラを一気飲みするのをただただ眺める時間が過ぎた後、九十九がクルリと一夏達に向き直った。そしてその場で全力土下座を敢行した。

「ご迷惑おかけして、どうもすみませんでした!特にセシリアと箒!」

「「「いや、覚えてんのかい!」」」

 九十九の謝罪の言葉に思わずツッコむ一夏達。その後の九十九の弁曰く「ああなると、目の前の物が全て食い物に見える程思考力が落ちる。ただし、記憶力は落ちないので何をしでかしたかしっかり覚えている」との事である。

 その後、実害は無かった箒は九十九の謝罪を受け入れた。セシリアは食いちぎられた髪を整える為の費用を九十九が全負担する事を条件に彼を許した。

 そして、一連の騒動は1年1組全員の知る所となり、『九十九に模擬戦を挑む時は、必ず何か食べ物を持って行く事』が暗黙の掟となるのだった。

 

 

EP−02 専用機持ちを例えてみよう

 

 放課後の1年1組教室。残って他愛のない会話をしていた女子達は、何の気無しに『専用機持ちを動物に例えると何?』という話をし始めた。

「織斑くんはあれよね、シベリアンハスキー」

「あー、何か分かるわー。あの人懐っこい所とか」

「あと、ちょっとアホの子な感じとかね」

 彼女達には、どうやら一夏がシベリアンハスキーに見えるらしい。

「じゃあ、篠ノ之さんは?」

「んー……。黒柴?」

「納得。ちょっと前まで典型的なツンデレだったもんね」

 箒は黒毛の柴犬のようだ。あの人に懐きにくい一方で懐けばとことん懐くあの感じは確かに箒っぽい。

「鈴ちゃんは?」

「そうねえ……。アメリカンショートヘア、かしら」

「なるほどねえ。構おうとすると逃げるくせに、ほっとかれると甘えてくる。みたいな感じ?」

「そうそう」

 鈴はアメリカンショートヘアとの事。意外と寂しがり屋な彼女を端的に示していると言えよう。

「ならセシリアは?」

「ズバリ、チワワね」

「キャンキャンうるさいって事?流石に失礼じゃない?」

 セシリアはチワワ。これは正直声質から来るイメージでしかない。本人が聞けば「不当評価ですわ!」と怒るだろう。

「シャルロットさんはどう?」

「プードル。それもトイプーね」

「うわ、ピッタリだわ」

 賢く、明るく社交的な性格のトイプードルはシャルロットにピッタリだ。

「ラウラさんはどう?」

「ウサギ……って言いたいとこだけど、やっぱりシェパードよね」

 いつも自信に満ち、特定の人物に従順で忠実。一方で警戒心が強く、容易に心を許さない所はラウラとよく似ている。

「簪さんは?」

「むしろこっちがウサギなのよね。臆病で内気で、ネガティブで。そのくせ寂しがり」

「うわー、言うねえ……」

 結構辛辣な事を言う女子。とはいえ、彼女を的確に評しているとは言える。

「本音はあれよね、ハムスター」

「そうね、ジャンガリアンハムスターね」

「分かり味が深い」

 人懐っこく、温和で大人しいが、意外と好奇心旺盛な彼女は、なるほどジャンガリアンだ。

「楯無会長は?」

「これはもう猫一択。それもチェシャ猫ね」

「アリスの?フィクションじゃん。いや、納得なんだけどさ」

 悪戯好きで、その行動は予測不可能。まさに楯無そのものだ。

「じゃあ最後、村雲くんは?」

「それはもう……」

「ねえ……?」

「やっぱり、あれでしょ」

「「「レッサーパンダ!」」」

「それは奴等の腹(の毛)が黒いから。とでも言うつもりかね?」

「「「村雲くん⁉いつから⁉」」」

 実は最初からいた九十九。面白そうだったので黙って聞いていたのだが、流石に自分がレッサーパンダに例えられたとなっては黙っていられなかった。

「私をあんな可愛らしい生物に例えないでほしいな。しかも腹(の毛)が黒いの一点だけでなど、失礼極まりないではないか」

「えー、じゃあ村雲くんは自分を動物に例えたらなんだと思うの?」

「狼だ。身内()を第一に考える所とか、私とそっくりに感じる」

「でも、オオカミって野生動物には珍しく一夫一妻制だったと思うけど?」

「リアルハーレム野郎な村雲くんが言っても、説得力低いよ?」

「ぬぐ……」

 畳みかけられて何も言えなくなる九十九に、女子達は一本取ったぞとばかりのいい笑みを浮かべるのだった。

 ちなみに、アイリスとジブリルは「付き合いが短いため、例えられる動物が浮かばない」という事でカットされた。ので、本人に九十九が訊いてみた所、アイリスは「ロシアンブルーじゃな」ジブリルは「鷹だと思う」との事である。

 

 

EP−03 気づいてはいけなかった事

 

 冬も近づいてきたある日、一人の休日を過ごす事になった私は、久々に業火野菜炒めが食いたくなって『五反田食堂』を訪れた。

「こんにちは、蓮さん。いつものを」

「いらっしゃい、お久しぶり九十九くん。村スペ一丁入りまーす!」

「おーう!」

 蓮さんが注文を告げると、厳さんの矍鑠とした大声が厨房から返ってくる。これもいつもの光景だ。相変わらず、厳さんは元気に厨房に立っているようだ。

「お久しぶりです、厳さん。お変わり無いようで何よりです」

「おう。お前もな。おら、さっさと座って待ってろ!もう少ししたら弾と蘭も下りて来るだろうぜ」

「はい」

「っと、そういやもう一人いたっけか」

「もう一人?」

 厳さんの言う『もう一人』とは誰の事か気になって訊こうとした時、外の階段から誰か下りて来る音がした。

「虚さんの口に合うか分かんないっすけど、食べて行ってください」

「い、いいんでしょうか?ご馳走になってしまって……」

「いいんすよ、どうせ爺さんもそのつもりで用意してるだろうし。だろ?爺さん」

「おう。遠慮はいらねえぞ、嬢ちゃん」

「そうですか?……では、ご厚意に甘えます」

 弾と蘭と一緒に店に現れたのは虚さんだった。弾との清い交際は順調のようだ。口調の固さは本人の性格ゆえ仕方ないとは思うが、もう少し砕けてもいいと思う。

「ん?よっ、九十九。来てたのか。あれ、他の二人はどした?」

「お久しぶりです、九十九さん」

「えっ⁉村雲くん⁉ど、どうしてここに⁉」

 私に気づいた三人が三者三様の反応を見せた。虚さんの動揺顔とか『本音と恋人やってます』宣言以来だな。

「弾、蘭も久々だな。シャルと本音ならそれぞれの友人との付き合いに行ったよ。お蔭で腕が寂しくてな。虚さんの質問には『業火野菜炒めが無性に食べたくなったからここにいます』とお答えします。お邪魔なようであれば、席を離しますが?」

 とは言っているが、昼食時の五反田食堂は現在満員御礼。空いている席は私の座る4人席しかない。そうなったら、虚さんには『いえ、お気遣いなく』以外に言える筈もなく。

「いえ、お気遣いなく」

「では、遠慮なく」

 と、こういう流れになるのであった。

 

「いや、しかし弾が女性を自宅に招く日が来るとは。この李白……もとい、村雲九十九の目を持ってしても見抜けなんだわ」

「ええ、本当に。それも年上美人とか、ますます予想できませんよ」

 キャノンボール・ファストの直後に両者から「改めて紹介して欲しい」と言われて引き合わせたのが10月頭の事。それから一月しない内に自宅に招く程の仲になっているとは思わなんだ。蘭も蘭で『付き合ってる人がいるとは聞いたけど、こんな美人さんとは思わなかった』らしく、今日初めて顔合わせをした時は−−

「『え⁉ウソ⁉お兄騙されてない⁉』って口に出ちゃいましたもん」

「気持ちは分かる」

「お前らなぁ……。俺を何だと思ってん……(スコーン!!)っだいって⁉」

「うるせえぞ弾!飯時は静かにしろってなんべん言わせんだ!」

 思わず声の大きくなった弾の側頭部に厳さんの投げた中華お玉がクリーンヒット。重力に負けて床に落ちる前に蓮さんがキャッチして厨房へ投げ返し、それを厳さんがキャッチ。何事も無かったかのように調理に戻る。一切無駄のない、洗練された弾への制裁ルーティンである。初見の虚さんは突然の事態にポカン顔だ。

「ってえ……。何すんだよ爺さ「あ?」……すみません静かにします」

 弾が文句を言おうとするも、厳さんに凄まれてすぐさま大人しくなる、までがワンセット。虚さんが蘭に「いつもの事なので気にしないでください」と教えていた。虚さんは苦笑いしていた。

 

 しばらくして、料理が届けられたのでそれを食べながら互いの近況報告を行った。

「ほー。相変わらずあの二人とは仲良くやってる訳だ」

「まあな。羨ましいか?」

「いや?今の俺には虚さんが居るし」

「だ、弾くん⁉えっと、その……嬉しいです」

 しれっと惚気る弾と、その言葉を頬を染めながら受け止める虚さん。甘酸っぱい青春ラブコメがそこにあった。

「お兄がそんな事を言う日が来るなんて……。明日は世界が滅ぶの!?私まだ一夏さんに『好きです』って言えてない!」

「落ち着け、蘭。明日世界が滅ぶなんて事はない。私が保証する」

「ってか、お前の中で俺はどういう評価なんだ?妹よ」

 そして、兄の予想の埒外の言動に蘭が若干壊れた。というか、本当に君は自分の兄を何だと思ってるんだ?

 

「そういえば、本音ちゃんって虚さんの妹さんなんですよね?で、九十九と婚約してる」

「ええ、そうですよ。それがどうしたんですか?」

「って事は、九十九は将来虚さんの義弟(おとうと)になるって事っすよね。それについてどうなんです?」

「いえ、特に思う所は。妹……本音が見初めて、両親が認めた人ですし。私も頼もしい義弟が出来そうでありがたいです」

「好意的な評価をいただけているようで恐縮です。……ん?……はっ!?」

 

ピシャアアアンッ!!

 

 唐突に、私は気づいてしまった。同時に、これが『今気づいてはいけない事だった』事にも気づいてしまう。

「ど、どうした九十九?」

「なんか、いきなり雷に打たれたみたいな顔してましたけど……?」

 私が驚愕の表情を浮かべた事に、訝しげに声をかけてくる弾と蘭。私は驚愕の表情を浮かべたまま弾の方へ向いた。その首の動きは錆びたブリキ人形のようだったと思う。

「なあ、弾。お前は将来、虚さんと結婚すると思うか?」

「なんだよヤブから棒に。……まあ、するんじゃないか?なんかよほどの事が原因で破局しない限りは、だけど」

「そうか……。さっきお前が言ったように、私の交際相手……未来の妻の一人である本音は、虚さんの妹だ。よって、私が近い将来虚さんと義姉弟になる。ここまではいいな?」

「おう」

「となるとだ、将来お前が虚さんと結婚した場合お前は本音と義兄妹になる。ここまでもいいか?」

「さっきから回りくどいな、九十九。それがなんだって……ん?あれ?……って事は……!」

 私の敢えての回りくどい説明に、弾がなにかに気づいた顔をする。少し遅れて蘭も同じ顔になった。

「気づいたな?つまり、将来私とお前は布仏姉妹を通じて義兄弟になる。かも知れんのだ。ちなみに、お前が兄な」

「……マジか」

「なあ、弾」

「なんだよ?」

「……今からでも『義兄(にい)さん』と呼んだ方がいいか?」

「やめろ!!鳥肌立ったじゃねえか!!」

 思わず席を蹴って立ち上がり、大声を上げる弾。直後、厨房から中華お玉が再び飛来して弾に直撃。弾は沈黙した。

 その一月後、今度は二人を連れて五反田食堂に行った際、本音が弾に「これからは『お義兄ちゃん』って呼んでいい〜?」と訊いた所、「そうなってからにしてくんね?」と苦笑いで返していた。私の時と反応が違いすぎんか?……解せぬ。



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#EX 短編集 あるいはあり得たかも知れない結末 PART1

 亡国機業戦線のIF話を短編で描いてみました。ちょいちょい小出しにするつもりなので、続きは気長にお待ちください。
 それでは、どうぞ。



Scene.1 もしも九十九が対『ピースキーパー』戦にいたら

 

 アリー・アル・サーシェスの駆る可変戦闘機『ベルセルク』が熱核タービンエンジン特有のエキゾーストノートを響かせながら、私達に迫ってくる。キャノピーとバイザーではっきりとは見えないが、奴の顔は喜悦に歪んでいる事だろう。

『さあ、ガキ共!俺に勝てるってんならやってみやがれ!』

「では、遠慮なく……《世界(ディ・ヴェルト)》」

 

ビタッ!

 

『は?……はあっ⁉んだこりゃあ⁉機体が……いや、俺自身も……動けねえっ!』

「あ、そうか。九十九の《ディ・ヴェルト》は広域慣性停止結界だったっけ」

「最大半径は確か20m、だと言っていたな」

「なるほど。それだけ範囲が広ければ、戦闘機一機分くらいは余裕で収まるか」

「考察の前にサーシェスを捕縛してくれません⁉流石に質量が大きすぎて、あと15秒でエネルギーが切れる!」

 私の叫びに、慌ててファイヤ隊長がキャノピーをこじ開け、サーシェスをコックピットから引きずり出した。ついでに自決防止のためにワイヤーロープで簀巻きにしたのはグッジョブと言えるだろう。

 この後、アリー・アル・サーシェスは武装の完全解除を施された上で、刑罰の確定している罪状がある事を受けてアメリカ国営超長期刑務所『アルカトラズ』に収監された。懲役期間は過去最長の15000年。とはいえ、人心掌握術に長けたこの男を他の囚人と同じ所で労務に就ければ、甘言に乗せられた者達が一斉脱獄を図りかねない。ならどうするか?その答えは、ある少年によって齎された。曰く「『これ等』を鑑賞させて、毎日感想文を400字原稿用紙1枚分書く事を労務にしてはいかがでしょう?退屈を嫌うあの男にとって、この刑罰は最大級の苦役でしょうから」との事。その刑罰とは−−

 

「じゃあ、今日はこれだ。しっかり見て感想を書けよ」

「チッ……わかってんよ」

 サーシェスは渡されたDVDをノロノロと部屋に備え付けられたポータブルプレーヤーに入れると、心底嫌そうな顔で再生ボタンを押した。しばらくしてプレーヤーから流れ出すあのテーマ曲。そう、サーシェスが見るように言われたのは『世界名作劇場・フランダースの犬』である。

「畜生が……なんで俺がこんなしょうもねえモン見なきゃなんねえんだよ……!」

 『人の生き死にを間近で見ていたい』サーシェスにとって2次元の、しかも人死にのほぼ出ない作品を観る事を半ば強要され、オマケに観た話について感想を書く事まで求められる。この刑罰を考えたというあの糞ガキ(村雲九十九)は、自分の性格を完全に理解した上で提案したとしか思えなかった。

「あのガキ……地獄(向こう)で会う事があったら絶対殺してやる……!」

 死後の復讐を誓いながら、今日もサーシェスは(本人的に)クソつまらないアニメを延々見続けるのだった。

 

 

Scene.2 もしも九十九が対『エル・ビアンコ』戦にいたら

 

「いましたわ!セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァです!」

「オッケー。見たとこ気ぃ失ってるみたいだし、一旦縛っときましょ!」

「ああ、下手に逃げられれば面倒だからな」

 本部の後始末を陸戦隊の人達に任せて、爆発音がした方へ向かった私と鈴とセシリアは、道端で気を失っているセルジオを発見。捕縛しておこうと接近した所で、セルジオから名状しがたい異臭が漂っている事に気づいた。

(((コイツ(この方)漏らして(いらっしゃ)る⁉)))

 気絶直前に余程恐ろしい思いをしたのだろう。顔は引きつり、冷汗と涙、鼻水と涎でグチャグチャだ。仕立ての良い高級白スーツは泥に塗れて汚れ、特にスラックスは黄色と茶色が混ざり合った形容し難い色に染まっている。全身から人間が出せる物を出し切って気を失うその姿は、とても南米最大の麻薬カルテルのボスには見えない酷いものだった。

「もう!きったないわねえ!……どうしよっか?」

「正直に言わせていただけば、触ることはおろか近づきたくすらないですわね……」

「よし、九十九。アンタ《ヘカトンケイル》使ってアイツ縛んなさい」

「お断りだ。誰が使った手の洗浄をすると思ってる?」

 《ヘカトンケイル》はあれでかなり繊細だ。糞尿に塗れたとなったらオーバーホールが必要になる。そうなったら技術者の皆さんに申し訳ないではないか。

「とはいえ、縛り上げない訳にはいかん。嫌だけど、すっごく嫌だけど!」

 心底からの言葉を叫びながら捕縛用ワイヤーロープを呼び出(コール)して、セルジオに近づく私。

 そういえば、さっきから金属のぶつかりあう音がそこかしこで響いているのだが、ウォーターさんが誰かとステルスバトルでもしてるのか?そうでもないと、姿が見えない理由が見つからんしな。

「う、うう……」

 セルジオに近づきながらワイヤーロープを解していると、セルジオが呻きを上げた。いかん、目を覚ます!

「う……俺は(ガキンッ!ギャンッ!)ひっ⁉」

 目を覚ましたセルジオは、響き渡った金属音に恐慌状態に陥ったのか、こちらに目もくれずに走り出した。

「ひいいいいっ!!」

「あっ!こら、待ちなさい!逃げんな!」

「九十九さん!」

「四の五の言っていられんか……!《ヘカトンケイル》!」

「ぐえっ⁉」

 逃げ出そうとしたセルジオを《ヘカトンケイル》で頭を掴んで地面に押さえ込んだのと同時に、私達の横を薄ら寒い風が駆け抜けた。

「っ⁉」

 咄嗟の判断でセルジオの背中にもう一本《ヘカトンケイル》を配置する。直後、《ヘカトンケイル》の甲から金属音と共に火花が散った。

「ひええええっ⁉」

「……危ない所だった。判断が遅れていれば、あいつは心臓を一突きにされて死んでたな」

「貴方も、邪魔する……?」

 セルジオの数十m先に、死神のようなフォルムのISを纏った少女が姿を現す。感情を伺えない顔と声音がどこか空恐ろしい。

「ああ、そいつは重要参考人なのでね。ここでくたばられてはこちらが困る」

「……貴方、あの村雲九十九?」

「君の言う『あの』が少々気になるが……多分、その村雲九十九だ」

「…………」

 少女の誰何に私が是の返事をすると、少女はカクンカクンと何度も首を傾げながら何かを考え込む様子を見せる。なお、セルジオは少女が考え込んでいる隙にこちらに引き寄せておいた。「痛い!削れる削れる!あああっ!」という彼の叫びはガン無視させて貰った。

「……うん、無理」

 考え込む少女が何らかの結論に至ったのか、小さく呟いて首を横に振った。

「無理、とはどういう意味かな?」

「そのまま。村雲九十九のIS『フェンリル』には広域慣性停止結界がある。迂闊に飛び込めば、次の瞬間アウト。任務遂行不可能と判断して、撤退する。……じゃあ」

 そう言って、彼女はその場から文字通り姿を消した。恐らく、アクティブステルスを発動させたのだろう。センサーアイにすら引っかからないとは、亡国機業側にも優秀な技術者が多くいるようだな。

「あ!ちょっ、コラ!待ちなさい!」

「鈴、無駄だ。センサーにも反応がない以上、どう足掻いても見つけ出せん。諦めろ」

「ぐぬぬ……っ!」

 どうあれ敵を見逃す以外に選択肢が無い、という現実に鈴が歯噛みするのをセシリアが「まぁまぁ、今回ばかりは仕方無いですわ」と宥める。と、そこに遠慮がちにこちらを伺う声がした。

「あの~、俺も見逃して貰う訳には……」

「「「いかん(ないわよ)(いきませんわ)!」」」

「セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァ。貴方には武器・麻薬の密造・密輸及び密売、並びにその教唆と強要、傷害及びその教唆、殺人及びその教唆等、計130件の容疑で国際指名手配が掛かってるわ」

「既に貴様に安息の地などない。あるとすれば、塀の向こう側だけだ」

「……だよな。畜生……」

 現実を突きつけられ、ガックリと項垂れたセルジオは、そのまま抵抗する事なく到着した地元警察に連行された。なおその際、色々出し尽くしたみっともない姿のセルジオを不憫に思ったのか、警察から身を清める時間と着替えが与えられた。セルジオはその温かさに泣いた。

 その後、セルジオは370年の超長期懲役刑に処され、現在はブラジル国営超長期刑務所『ミクトラン』にて贖罪の日々を過ごしている。

「もしあの日、あの場に彼がいてくれなかったら俺は死んでいた。その恩に報いるためにも、俺は真面目に刑務に励むのさ!」

 そう言うセルジオの表情は、まるで憑物が落ちたかのように穏やかなものだったという。



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#EX 100回記念短短編集 日常こぼれ話

♢九十九と千冬、早朝のIS学園にて

 

「あ」

「む」

 九十九が日課である早朝ジョギングをしていると、時折千冬と遭遇する事がある。

 そういう時、二人はどちらからともなく並走し、雑談を始めるのが常だった。

「どうだ?ここでの生活には慣れたか?」

「ええ。周りが女子しかいないという環境にも、多少は耐性が着いたかと」

「そうか」

「千冬さんの方こそどうです?この所」

「特に何も無いな。強いて言えば、山田くんの書類仕事が増えたくらいか」

「そうですか。山田先生も大変ですね。あ、そうだ。昨日のグルメ番組で白金台駅近くに『ゴンボ』って店が開店したとか。タンシチューとオムライスを紹介していましたが、画面上で見る限り『当たり』かと。山田先生を誘って行ってみては?」

「ほう、お前がそう言うなら行く価値は有りそうだな。白金台の『ゴンボ』だな。覚えておこう。所で話は変わるが……例の件また頼めるか?」

「またですか?そんな事、私を介さずに直接一夏に言えばいいじゃないですか?」

「いや、流石にそれは気が引けてな……『私の部屋の掃除をしてくれ』などと」

「毎度の事じゃないですか。何を今更乙女ぶってるんで……「ふんっ!(ゴッ!)」スカリエッティ!」

「それ以上言えば、次は容赦せん」

「はい……すみません。あ、掃除といえば先日床の掃除をしようとしたのですが、床用ウェットシートを用意した後でそれを着けるモップが無い事に気づいて慌てて購買に走った。という事がありまして」

「ははは、なんだそれは。随分と間抜けな話だな」

「いや全く。盗人を捕らえて縄をなうとは、正にこの事だな。と自分に呆れました」

 こんな他愛のない話をしながら、二人は1時間ほど一緒に汗を流すのだった。

 ちなみに、この二人のジョギングのスピードは、100kmマラソンに出場したら10時間前後でゴールできる程の速さがある。その為−−

「ま、また……追い付け……なかった……。はあ、はあ。あの二人、走るの、速すぎ……!」

 二人に突撃取材を敢行しようとした新聞部副部長、黛薫子が振り切られるのも常だった。

 

 

♢九十九と本音、放課後の教室にて

 

「きのこだろ」

「たけのこだよ〜」

 放課後の教室で九十九と本音が静かにだが言い争いをしていた。尤もその内容はいわゆる『きのこたけのこ論争』であるが。

「クラッカー生地のポキッとした食感がいいんじゃないか。何より手が汚れにくいのがポイント高い」

「クッキー生地とチョコレートっていう鉄板の組み合わせが至高なんだよ〜」

「ならアルフォートを食べてもそう変わらんではないか」

「それとこれとは話が別なんだよ〜。あ、そうだ。しゃるるんはどっち〜?たけのこ?」

「きのこだよ。なあ、シャル」

「えっ、僕!?……どっちっていうか、これかな」

 水を向けられたシャルロットが言いながら机の上に置いたのは。

「パイの実……だと!?」

「まさかの第三勢力登場〜!?」

 きのこたけのこの話をしていた所に、掟破りの『別種のチョコレート菓子投入』をして来たシャルロットに戦慄する九十九と本音。

 この後、きのこたけのこも併せて食べ比べをした結果、『みんな違ってみんな良い』という結論に落ち着いた。

「じゃあ、何でそんな論争してたのって聞いていい?」

「「これは永久に議論されるべき問題なんだ(よ〜)」」

 そういう事だった。

 

 以下、専用機持ちメンバーの好きなチョコレート菓子がこちら。

 一夏「やっぱポッキーだろ」

 箒「洋菓子はあまり好かん。強いて言えば猫屋のチョコレート羊羹だな」

 鈴「紗々ね。でもあれ、一体どうやって作ってんのかしら?」

 セシリア「そうですわね……テリーズの『チョレートオレンジ』は昔から好きでしたわ」

 ラウラ「ブラックサンダーだ。理由?値段が手頃で腹持ちも良いからだ」

 簪「……チョコあーんぱん。しっとり食感が、好き」

 楯無「ロッ○のチョコパイかしらね。初めて食べたときは『この味でこの値段!?』って驚いたわ」

 

 

♢九十九、昼休憩の自販機コーナーにて

 

 IS学園本校舎には自販機コーナーが数か所存在するのだが、その中でも1階購買前の自販機コーナーには『尖った』商品がラインナップされていると言う。

「という訳で、怖い物見たさで件の自販機コーナーへやって来たが……予想以上にとんでもないな」

 自販機に入っていたのは全て紙パック飲料。だが、そのラベルに書いてある商品名が凄まじい物だらけなのだ。

 下段はコーヒー牛乳、イチゴ牛乳、バナナ牛乳、抹茶牛乳、紅茶牛乳と普通のアイテムが揃っているが、問題なのはそこから上の段。

 トマト牛乳、緑茶牛乳、カボチャ牛乳辺りはまだマシな方で、キムチ牛乳、納豆牛乳、梅干し牛乳なんて何処の誰が飲むんだと言いたくなる物があったり、ポーション、やくそう、キズぐすりなどのタイトルから味が想像出来ない物もある。

 そんな中、最も異彩を放っているのが……。

「『俺の男汁』……いやいやいやそんなまさか。……ねえ?」

 名前から味が想像出来ない……というかしたくない!が、しかし気になる。(ほぼ)女子校であるIS学園にここまで堂々と売られているという事は、名前に反して至極真っ当な商品……のはずだ。

(いやしかし……だがしかし!)

「あの~」

「は、はいっ!?」

 ウンウン唸っていると後ろから声を掛けられた。ビックリしつつ返事を返すと、黒髪ロングの小柄な女子生徒がそこにいた。確か、2年の綾瀬先輩……だったかな?

「買う気が無いなら、順番を譲って欲しいです」

「あ、すみません。どうぞ」

「どうもです」

 軽く頭を下げた綾瀬先輩は、硬貨を自販機に投入すると、何の躊躇もなく『俺の男汁』を購入した。

(な、なんだと……!?)

「じゃ、私はこれで失礼するです」

 踵を返して去ろうとする綾瀬先輩。私は思わず彼女を呼び止めていた。

「ちょ、ちょっと待ってください綾瀬先輩!」

「なんです?」

「あの、その……それ……」

「……?ああ、これですか?心配はないですよ。名前はアレですけど、中身は只の濃い目の飲むヨーグルトですから」

「……は?」

「じゃ」

 呆然とする私を置いて、綾瀬先輩は廊下の向こうに消えていった。

「ま……紛らわしい名前付けてんじゃねえよ!」

 私の絶叫に、近くにいた何人かが深く頷いた。口に出さずとも、皆そう思っていた。という事だろう。

 後に綾瀬先輩があの自販機の飲料を完全制覇(コンプリート)したと聞いた。飲んだんか!?あの不気味飲料全部!?猛者かあの人!

 

 

♢九十九とセシリア、午後の射撃練習場にて

 

ガオンッ!ガオンッ!ガオンッ!

 

 射撃練習場に、大口径銃特有の鈍い発射音が響く。構えていた銃を下ろし、手元のスイッチを押すと、練習場奥に設置されていたターゲットシートが目の前に近付いてくる。

 眉間、鼻先、喉元、心臓、肝臓、金的。そこに当たれば確実に人が死ぬ、という場所に寸分違わず穴の空いたそれを見て、九十九はその笑みを深めた。

「ふ……上々」

 一言そう零した九十九は、ターゲットシートを剥ぎ取るとそれを丸めてゴミ箱に捨て、銃に弾を込めなおし、ターゲットに向けて構え、愉悦に満ちた声音でこう言った。

「さあ、次はどう死にたい?どんな絶望を私に見せてくれる?なあ……一夏」

「お止めなさい!」

 

スカーンッ!

 

「こめかみが痛い!」

 突然飛んできた空薬莢にこめかみを叩かれ、さっきまでの『愉悦マーボー』っぽい空気が一瞬で霧散する。

「さっきから見ていれば何ですの!?その『愉悦マーボー』キャラは!?似合いすぎていて逆に引きますわ!」

「セシリア……人に空薬莢を投げつけるな。集中が切れたではないか」

「どやかましいですわ!だいたい、一夏さんに一体なんの恨みがあるとおっしゃいますの!?」

「……山程あるわ。何なら一から十まで語ってやろうか?ん?」

 九十九に睨みつけられたセシリアは「ごめんなさい」と目を背けた。

 一夏関係で九十九が苦労をしているのは、セシリアもこの数ヶ月で痛い程理解していたからだ。というか、自分も彼に迷惑を掛けた自覚が有るし。

「まあいい。正直あのキャラは続けていると不意に呑まれそうになるからな」

「じゃあやらなければよろしいのに……」

「偶にはストレス解消をしておかないと、暴発してシャルと本音に当たってしまいそうでな。それだけは避けたい」

「暴発……まさか!?」

 九十九の言葉に少しだけ青褪めるセシリア。九十九の体は細く見えるが、その実1gの無駄も無く絞り込まれた、鋼線を縒り集めたかのような筋肉の持ち主だ。

 以前、本音のリクエストに応えて、専用機持ち達の目の前で林檎を握り潰す所を見せてくれたが、その林檎は九十九が手に力を込めた次の瞬間に粉々になった。

(林檎を握り潰すのに必要とされる握力は、確か80kg以上……。そんな握力の持ち主に殴られでもしたら……!!)

 そんな力がシャルロットに、或いは本音に向けばどうなるかなど、簡単に想像がつく。ついてしまう。

 が、九十九の回答はセシリアの予想の斜め上を遥かにかっ飛んだものだった。

「うむ。もし暴発すれば、私は彼女達に窒息するほど口づけして、背骨が悲鳴を上げるほど抱き締めて、胸元が火傷しかけるほど顔を擦り付けるだろう」

「そんな暴発のしかたですの!?」

 そんな暴発のしかたなら、あの二人ならむしろウェルカムなのではなかろうか。とセシリアは思うのだった。

 

 ちなみに、射撃訓練終了後にセシリアが九十九の暴発について「こんな風に仰っていましたが」と訊いてみると、答えはやはり「むしろウェルカムだよ」だった、とだけ付け加えておく。

 

 

♢九十九と一夏と鈴、あの日の動物園にて

 

 これは、九十九と一夏、そして鈴がまだ小学生だった頃の話である。

 その日、九十九達は秋の遠足で動物園にやって来ていた。

「あ~、遠足で動物園とか訳分かんないんだけど。他に何かなかったワケ?」

「だよなぁ。今時動物園とか俺ら以下のガキぐらいしか喜ばねえって」

「そう言うなよ鈴、弾。いいじゃん、動物園。なあ、九十九」

「うむ。しかし、ここに来たのが秋で良かった。これがもし真夏だったら、園内に漂う凄まじい獣臭の中、グッタリとして動かない動物達を眺めるという、一種の苦行になっていただろうからな」

「うえ……想像しちまった。止めてくれよ九十九」

 九十九の言葉を受けて顔を顰める一夏。鈴も同様に嫌そうな顔をしている。

「アンタさあ、タダでさえ低いあたしのやる気をそがないでよ」

「すまん、失言だったな。後でジュースでも奢ろう。ああ、そうだ鈴」

「ん?なによ」

「これからお前の目前で起こる事、その主原因は……私だと思え」

「はあ?アンタ急になに言ってんの?」

 訳が分からない、という顔の鈴に対し、一夏と弾は「あ~……」と理解と呆れが半々の声を漏らす。

「『アレ』な。確かにちょっと信じらんねえよな」

「俺も初めて見た時は、思わず「マジかよ!?」って叫んだし」

「なに!?なにが起きるってのよ!?」

「「見てのお楽しみだぜ、鈴」」

 慌てる鈴に対して、二人はサムズアップで返すに留めた。

「……そんなに楽しいものではないんだがな。主に私が」

 ポツリと呟いた九十九の言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 

「……ナニこれ?……ヤダこれ……」

 鈴は呆然としていた。何故なら、自分の目の前で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 草食動物というのは総じて警戒心が強く、滅多な事では地面に体を横たえるという事はない。それは、動物園の草食動物達も同じ事のはず、なのだが……。

「……いい、いいんだタロウ。立ってくれ。私は君に服従を求めていない」

「わはははは!すげー!あんなデカイ象が九十九と目ぇあった途端に降参ポーズ取ったぜ!」

「相変わらずとんでもないな、九十九の『動物従え』」

 辟易する九十九、大笑いする弾、呆れ気味に言う一夏。その三人に、鈴が噛み付いた。

「ちょっとアンタたち!これどういうコトよ!?」

「いや、私にもよく分からんのだが、私と目の合った動物は、何故か私に対して服従姿勢を取るんだ」

「何回かの実験を経て、哺乳類は確実に、鳥類以下の動物は脳の発達度に応じてどうなるか変わるって事が解ったんだよな」

「象の前のMAXは確か……安達さんとこの権造(土佐犬・オス5歳)だったか?あん時は安達さん、マジびっくりしてたぜ」

 三人の解説に「はあああっ!?」と叫ぶ鈴。「なにかの偶然とかじゃないの!?」と信じようとしない鈴に対し、一夏と弾はさらなる証拠を突きつけるべく、九十九と鈴を連れて動物園を駆け回る。

「なあ九兵衛、君は何時何処で土下座なんて覚えたんだ?他の皆も、いいから顔を上げてくれ」

 猿山に行けば、ボス猿を始めとした全ての猿が土下座をかまし。

「あ~……カツヒロ、ジモン、リュウヘイ。無理して頭を下げなくていいから」

 キリンの所に行けば、全頭が九十九に対して可能な限り頭を下げようとし。

「マサキ、ジュン、カズナリ、サトシ、ショウ。死んだふりとかしないでくれ。泣けてくるから」

 インコの檻に行けば、5羽兄弟のインコが一斉にコテンと死んだふりをした。事ここに至って、鈴も九十九の特殊能力が本物だと信じるに至った。

「けど!流石にコイツは無理でしょ!?」

 と、鈴が最後に九十九を連れてきたのは、『百獣の王』ライオンの檻の前。

「フフン。いくら九十九でも、ライオンを一睨みで降参させるなんてそんな事……「してるぞ、降参ポーズ」なあっ!?」

 鈴が驚きの声と共に振り返ったその先では、この動物園のライオンキング、シンバ(オス・15歳)が、九十九に対してゴロリと腹を見せ、赦しを乞うているかのような目で九十九を見ていた。

「シンバ、シンバ。奥さん見てるから。そろそろやめよう、な?」

「ちょっとアンタ!なにしてんのよ!アンタにプライドはないのか!?」

 慌ててシンバを宥める九十九と、シンバにツッコミを入れる鈴。その後ろで、一夏と弾は大笑い。この日以降、この動物園で村雲九十九の名は伝説となるのだった。

 

 その日の夜、ライオン舎、バックヤードにて。

『あんた!昼のあれは何だい!?たかが人間のガキ1匹にペコペコと!情けないったらない!』

 シンバの妻のナラ(13歳)がシンバに怒りを込めて吠える。

『ナラ、俺にもよく分からないんだ。ただ、あの子供の目を見た瞬間、俺の中の野生が「逆らうな、死ぬぞ」と言ってきて、気づけばあの子供に腹を見せていたんだ』

『なんだいそりゃ!言い訳するならもっとマシなのにしな!』

『いや、本当にそうとしか言いようが……』

 吠えるナラ。何とか宥めようとするシンバ。二人の言い合いは深夜まで続いた。

 ただ、飼育員が聞いたのはガウガウグルグルという2頭の声だけなので、何と言っていたかは欠片も理解できていないのだが。

 

 

♢九十九とシャルロットと本音、休日の自室にて

 

 今日は休日なのだが、特に外へ出る用事も無かった為部屋でのんびり過ごしていると、唐突に本音が提案をしてきた。

「ね〜ね〜、つくもん。対義語ゲームしよ〜」

「対義語ゲーム?何だそれは?」

「お題の言葉と反対の意味になる言葉を答えるってゲームだよ〜」

「へー、楽しそうだね。やろやろ」

「ふむ、まあ暇潰しにはなるか」

 という訳で、対義語ゲーム開始である。

「じゃーいくよ〜、あついの対義語は~?」

「えっと、寒い?」

「いや、『暑い』なら寒いだが、『熱い』なら冷たい、『厚い』なら薄いだ」

「お〜。つくもんすごーい。ちなみにどれでも正解〜」

 ニコニコ笑顔で言う本音。このゲーム、意外とルール緩いな。

「じゃ〜、次ね〜。白の対義語は~?」

「「黒」」

 これは簡単だ。

「ん〜、今のは簡単すぎたかな〜。じゃ〜、ちょっとムズイのいくよ〜。コアラのマーチの対義語は~?」

「え?何それ?商品名に対義語ってあるの?」

「なんとな〜く、みんなが納得できればオーケーなんだよ〜」

 急な本音の無茶振りにシャルが慌てる。一方の私は、コアラのマーチの対義語について思案を巡らせる。

(コアラとマーチをそれぞれ別に対義語にすればどうにかなるか……となると)

「うーん、ダメだ。思いつかないや。ギブアップ」

「つくもんは~?」

「……ゴリラのレクイエム」

「なにそれ!?でもなんか納得!」

「お〜。やるね〜、つくもん。どんどんいくよ〜。パイの実!」

「タルトの花」

「カントリーマアム!」

「メトロポリスダディ」

「僕のヒーローアカデミア!」

「貴方のヴィラン小学校」

「あしたのジョー!」

「きのうの力石」

「進撃の巨人!」

「撤退の阪神」

「魔法少女リリカルなのは!」

「科学少年ケミカル千空」

「ちびまる子ちゃん!」

「でかしかくくん」

 本音が次々お題を出し、それに対して即座に回答する私。この時点で、シャルは付いて来るのを諦めていた。

「まだまだ〜。次は昔話の題名でいくよ〜!鶴の恩返し!」

「亀の逆ギレ」

「花咲か爺さん!」

「草刈り婆さん」

「笠地蔵!」

「雨合羽如来」

「人魚姫!」

「魚人王子」

「長靴をはいた猫!」

「草履を脱いだ犬」

「うわ〜、ホントにスゴイねつくもん。じゃ〜次はね〜……」

 こんな感じで対義語ゲームに熱中した私達。ゲームが終わったのは、シャルが呆れ顔で「お昼ご飯の用意出来てるんだけど」と声をかけてきた時で、ゲーム開始から2時間近くも経過していた事に二人で大笑いしたのだった。

 後日、我が1年1組で対義語ゲームがブームとなり、私が『対義語王』の称号を得るのだが……まあ、これは余談だろう。

 

 

♢九十九と一夏、五反田食堂にて

 

 10月のある日、無性に業火野菜炒めが食べたくなった私は、一夏を誘って我が友人五反田弾の実家にして私の地元でも随一の定食屋『五反田食堂』にやって来ていた。

 店に入ってすぐに注文。しばらくして、店の二枚看板の一人で弾の母の蓮さんが注文品を持ってやって来た。

「お待ちどうさま。九十九くんが『村雲スペシャル』。一夏くんが『業火野菜炒め定食』ね」

「「いただきます」」

 合わせる手もそこそに、箸に手を伸ばし、業火野菜炒めを口に運ぶ。

 シャキシャキした食感が歯に心地良い。滲み出す野菜の甘みと豚バラ肉の脂の旨味が、豆板醤を効かせたピリ辛味噌ダレとベストマッチで、白飯との相性が抜群過ぎる。

「相変わらず美味い。厳さん、腕は落ちてないようですね」

「あったりめぇよ。俺をナメんな、クソガキ」

 厨房から厳さんが顔を出してそう言って来た。五反田厳、御年80歳。『老いてなお盛ん』とはまさにこの人の事だ。

 炎の熱波に炙られ続け、浅黒く焼けた肌。服の上からでも分かる程に隆起した筋肉は、『魅せる』事を目的としたボディビルダーのそれと違い、徹底的に『料理をする』事に特化した作りをしていて、見ていて惚れ惚れする程に美しい。

 病気や怪我とはおよそ無縁で、五反田食堂が臨時休業したという話は一切聞いた事がないほどの頑健さを誇る。この人はきっと、本人の宣言通り蘭の花嫁姿を見るまでは世を去らないだろう。

 私が理想とする年の取り方の体現者、それが厳さんだ。ただ、流石にあそこまでムキムキになろうとは思わんが。

「そういえば厳さん。弾と蘭は?今日が休日なのは我々と変わらないはずですが」

 気になったので訊いてみると弾はテストで赤点を取って補習授業中。蘭は生徒会の仕事でそれぞれ学校に行っているとの事。

「もう少しすりゃあ帰って……「ただいま。あ~、腹減ったー」っと、噂をすりゃだな。おい弾!おめえに客だ!」

「は?客?……おー!一夏、九十九!久しぶりじゃねえか!」

 食堂の引き戸を開けて入って来たのは、我等が友人五反田弾だ。さっきまでの仏頂面を喜色に染めて、私達の座る席の空いた椅子に腰掛けた。

「今日はどうしたんだよ?」

「なに、無性に『業火野菜炒め』が食べたくなってな」

「俺は九十九に誘われて。まあ、俺も食いたかったし、いいかと思ってさ」

「そっか。ちょっと待っててな、着替えてくっから」

 そう言うと、弾は2階の自室へと戻って行った。なお、弾が着替えている間に私は食事を終えていた。弾が「早えよ!どういうスピードだよ!」とツッコミを入れたのは、まあ当然だろう。

 

 弾も昼食を終え、「折角だし近況報告でもしながら遊ぼうぜ」という事で、弾の部屋に上がった私と一夏。

 「さてと」と前置いて弾が訊いてきたのは、ある種予想できた質問だった。

「九十九、お前あの二人とどうなんだ?」

「あの二人?……ああ、シャルと本音か。()()()()()()させて貰っているよ」

「ど、どこまで行ったんだ?」

「一緒のベッドで寝た事がある」

「おい、それってまさか……!?」

「昼寝の時にだがな」

「んだよ、びっくりさせんなよ」

「その際、本音に頭を抱え込まれて胸で窒息死しかけた。天国と地獄を一度に味わう気持ちとは、ああいうのを言うと思うな」

「なんだその羨まイベント!結局良い思いしてんじゃねえかチクショウ!」

 羨ましさ全開の声音で吠える弾。と、そこへ乱暴に扉を開ける音がして一人の少女が飛び込んで来る。

「お兄ぃ、うっさい!なに一人で叫んで……って、一夏さん!?九十九さんも!」

 部屋に入って来た姿勢のまま驚いた顔をしているのは、弾の妹の五反田蘭。

 弾同様、母親譲りの燃えるような赤い髪、将来は可愛い系の美人になる事請け合いの整った顔立ちと明朗快活な性格。文武両道に長け、在校している中学校で生徒会長をする程、生徒達からの信任厚い『できた』女の子だ。

 ただし、自宅では下着同然の薄着で一日中過ごしたり、兄相手にドツキ漫才をしたりと、意外にガサツで大雑把な所もあるのだが。

「よ、蘭。邪魔してるぜ」

「お帰り、蘭。ところで、スカートを履いた状態でドアを蹴り開けるのは止めた方が良いな。一夏に『乙女の包装紙』を魅せたいなら別だが」

「え?……きゃあっ!」

 自分が何をしていたかに気付き、慌ててスカートを押さえる蘭。その顔は真っ赤だ。

「あ、あの、一夏さん……見ました?」

「え?何をだ?」

「安心していい。一夏には角度的に見えなかったと思うから」

「じゃあ、九十九さんは……?」

「見てないし、見えてない」

 私の言葉にホッとする蘭。蘭は私の『女性相手に嘘をつかない』という信条(ポリシー)をよく知っている。だからこそ、私の言葉に嘘はないと理解して安堵したのだ。

「良かった……。じゃあ、ちょっと着替えてきますね」

 そそくさと部屋を出て行って数分後、私服に着替えた蘭が戻って来た。久しぶりに一夏に会ったのだ。積もる話や、聞きたい事の一つ二つもあろう。弾は渋い顔をしたが、そこは敢えて無視させて貰った。

 

「ええっ!?九十九さんに恋人が!?それも二人も!?」

「な!?驚くよな!?蘭!しかもどっちも美人だぜ!ほれ、九十九。写真見せてやれ」

「ああ、ほら」

 差し出されたスマホには、九十九とその両隣で九十九と腕を絡める二人の美少女が、揃って笑みを浮かべる写真が表示されていた。

「わ、ホントに可愛い」

「だろ!?しかもだぜ?IS学園の女子ってみんな基本可愛いんだと!くっそー!俺にもIS適性があればなー!」

 悔しそうに唸る弾に、九十九が溜息混じりに言った。

「一応言っておくが、下手に手を出せば死ぬのはこっちだぞ。物理的にか社会的にかは相手次第だが」

「……マジで?」

「……今から5年前、IS学園には英語担当の男性教諭が存在していた。彼は、当時アメリカ代表候補生だった女子生徒に強引なアプローチをした結果、現在()()()()()()()()()()()()事が確認されている。以来、学園は男性教諭は元より、特殊な趣味の女性教諭も採用しないようにしている。と、千冬さんから聞いた」

 九十九が重々しくそう言うと、弾が顔を青くして震えた。自分がそうなる可能性を考えてしまったのだ。

「そういう意味では……弾、お前に適性が無くて本当に良かったと思っている」

「オウ、オレモイマソウオモッテル」

「急に片言!?ビビりすぎだろ弾!」

「あの……話戻しませんか?九十九さんと彼女さんの馴れ初めとか、聞いていいですか?」

「ああ、そうだな。薄紅色の髪の娘……本音と会ったのは、私達が入学してすぐの事だった。ハニーブロンドの娘……シャルと会ったのは、6月。彼女が転校生としてやってきた時だ」

 

ーー九十九、惚気中ーー

 

「告白は相手から。それも二人同時にだった。当時の私は、それはもう面食らったものさ」

 

ーー九十九、引き続き惚気中ーー

 

「三人で様々な事をしている内に、いつの間にか二人が私の中に住み着いていた。それを自覚した瞬間、二人が愛おしくて堪らなくなってな。どちらを切る事も、どちらとも取る事もできず悶々としていた所に例の法案の可決成立だ。その法律によってどちらとも取っていいとなった事でようやく腹を括る事の出来た私は……」

「学食で二人にプロポーズ紛いの告白したんだよな。周りに大勢居るのをすっかり忘れて」

「あれは、我ながら恥ずかしかったな」

「「うわぁ……」」

 九十九の述懐に、五反田兄妹が揃って息を漏らす。弾の方には呆れと若干の妬みが、蘭の方には羨望が混じっていた。

「まさかお前から惚気話聞かされるとは思わなかったぜ……蘭、コーヒー淹れてくれ。濃い目のブラックな」

「自分で淹れてきたら?それで九十九さん、二人のどこが好きなんですか?」

「どこ、と言われると困ってしまうな。なにせ『丸ごと全部好き』としか言えん」

「わ〜、男前なセリフ!」

「……弾、俺にもコーヒーくれ。急に口ん中が滅茶苦茶甘えんだ」

「心配すんな、俺もだ」

 そう言うと、弾は自宅のキッチンに向かって行った。弾からコーヒーを淹れて持ってくるまでの間、一夏は蘭が訊いて九十九がノロけ、それを聞いた蘭がキュンキュンする。という激甘空間に置いてけぼりにされたのだった。

「チクショウ、俺も弾と一緒に行きゃよかったぜ……。うう、もう駄目だ。グラニュー糖吐きそう」

 

「すっかり長居してしまったな。すまない」

「いえいえ、いいんですよ九十九さん。良いお話が聞けて大満足です!」

「そうか?一夏と弾は割と死にそうな顔をしているが……」

「恋バナは女子の栄養です!男にはそれが分からんのですよ!」

「そ、そうか……」

 拳を握り、鼻息荒く言い放つ蘭にやや気圧される私。実際、蘭の顔はどこかツヤツヤしており、会った時より遥かに活力に溢れているように見えた。

「それじゃあ、また来てくださいね!次はぜひ彼女さんたちを連れて!」

「ああ、また近い内に」

 満面の笑みで手を振る蘭と、胸焼けでもしたかのような顔で「さっさと行け」とばかりに雑に手を振る弾に別れを告げ、私達は学園へと戻った。

 なお、弾同様胸焼け顔をしていた一夏は、学園に帰り着くなりその顔色の悪さをラヴァーズに見咎められ、渋々理由を説明すると今度は「大変だったね」とばかりに肩を叩かれる。という、当人にとっては意味不明な同情を受ける事になったのだが……まあ、この話は特にしなくていいだろう。




まだネタを捻り出そうと思えばできますが、後で書く事が無くなっても何なのでこの辺で。
次回は本編投稿します。


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#EX 新春特別編 初夢

かつてふと思いつき、衝動そのままに書き上げた作品です。
元ネタを知ってる人は、お願いですから石を投げないで下さい。


 私、村雲九十九がIS学園に入学してから八ヶ月。暦は12月を僅かに残すのみとなった。

 世間はすっかり新年を迎える準備を整え、行く年を惜しみ、来る年に思いを馳せている。

 IS学園学生寮は盆と年末年始には休寮するため、生徒は自宅へ帰り家族や友人、あるいは恋人と思い思いの年末を過ごす。当然、私も例外ではない。

 

「第4回『男だらけの大忘年会』〜!!」

「「わ~……」」

 大晦日、時間は16時。場所は私の部屋。弾の音頭で今年も始まる男の、男による、男のための忘年会。と言っても、目の前に並んでいるのはスナック菓子とジュースだ。しかし……。

「弾、言ってて悲しくならんか?」

「ってか、もう4回もやってんのな。この年末の集まり」

「うるせーっ!こうでもしないとやってらんねえんだよ!」

 私と一夏のツッコミに、弾が「ウガーッ」とばかりに吼える。

 というのも、弾と恋仲になった本音さんの姉「布仏虚(のほとけ うつほ)」さんが、実家の年中行事に出席するため一緒に年末を過ごせないのだという。

 まあ、恋人と過ごす大晦日がふいになれば荒れもするだろう。だが、私は弾のその話の内容に引っかかりを感じた。

「はて、おかしいな。では……」

 言いながら自分の横を見る。そこにはいつの間に来ていたのか、テーブルのポテトチップスを美味しそうに頬張る女の子が一人。

「ん〜おいしい〜」

「ここにいるのは『何』本音さんだ?一夏」

「「…………」」

 数瞬の沈黙。本音さんがポテトチップスを食べる音だけが響く。

「アイエエエッ!?ノホホンサン!?ノホホンサンナンデ!?」

「お、おい九十九!誰だこの可愛い子!?虚さんに似てるけど!」

「ふえっ!?なになに〜!?ど~したの!?」

 騒然となる一同。かく言う私も驚いていた。

「いや、君がここにいたらおかしいはずだろう?『布仏』本音さん」

 弾の話通りなら、今頃は更識邸にいないとおかしいはずなのだが、何故ここに?

「えっと〜それはね〜」

 

 本音さんによると、毎年大晦日に行われるのは『当主会』と言って、更識家の当主と更識に仕えている各家の当主、次期当主が一堂に会して行われる定例会義なのだとか。

 そこでは各家の活動報告や現当主の引退表明と次期当主の就任報告を行なったり、来年の活動方針を決めるための話し合いをするのだという。つまり……。

「自分は布仏の次期当主ではないから会議に参加できず、暇を持て余してここに来た……と。そういう訳だね」

「うん。だめだった〜?」

 上目遣いでこちらを見てくる本音さん。破壊力抜群だな。

「「「いや、そんな事はないよ」」」

 男三人で同じ答えを返す。それに本音さんはホッとした様子だった。

「良かった〜」

 この後、初対面の本音さんと弾が互いに自己紹介。

 そこで自分の恋人が旧家の名門の次期当主であると知った弾は「俺、すごい人と恋人同士になったんだな」と呟いた。

 

 スナック菓子を食べながら、お互いこの一年であった事を語り合う。守秘義務があるため話せない事も多いが、楽しい一時だった。

「へー、そんな事がなー」

「それなのだがな弾。実は……」

「お、おい九十九それは−−」

「おりむ~、邪魔しちゃダメだよ〜」

 と、他愛のない話をしていると。ピンポーンとチャイムが鳴った。

「はーい」

 母さんが応対に出てしばし、私の部屋の前にゾロゾロと誰かがやってきた。

「九十九、お友達が来たわよ」

「ああ、入ってもらって」

 さて、誰が来たんだ?母さんが疑いもせずに招き入れたのだから、母さんも知る人物だとは思うが。

 ガチャ、とドアの開く音がして、入ってきたのは。

「邪魔するぞ」

「来たわよ一夏!あと九十九!」

「わたくし、殿方のお部屋にお邪魔するのは初めてですわ」

「えっと、ごめんね九十九。押しかけちゃって」

「来たぞ嫁よ!」

 よりにもよってこの5人か。

「うおっ!?美少女軍団!?おい九十九!」

「わかっている。ちゃんと紹介するさ」

 やれやれ、騒がしい年の瀬になりそうだ。

 

 流石に私の部屋に9人も人は入らないので、居間に移動する。

 席につく際に一夏の隣を巡ってラヴァーズが激戦を繰り広げたり、母さんが持ってきたツイスターゲーム(どこにあった?)をやった際に一夏がToLOVEるを巻き起こし、それを見た弾が血涙を流したり、夕食時にセシリアが作った料理を食べた一夏と弾が悶絶したりと、結局ドタバタとした騒がしい大晦日となった。

 

 23時。皆が各自の家や宿泊先に帰った後、私は自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。

「つ、疲れた。若い連中というのは、何故酒もなしにあのテンションを保てるんだ……」

 いや、私も若いのだがそれは身体の話で、精神的には若いと言えないのだ。皆のテンションについて行けず、すっかり疲れ果ててしまった。風呂に入るのも億劫なのでこのまま寝てしまおうと、襲い来る眠気に身を任せる。

 と、頭の中にイメージが浮かんでくる。牧羊犬の格好をしたラウラが羊の格好をした本音さんを連れてきて、私を見て立ち止まる。

「む?九十九が寝ようとしているな。寝やすいよう、羊を数えてやろう」

「ほえ?」

 そう言ってラウラが用意したのは、炎の輪だった。おい、まさか……。

「さあ、跳べ!きびきび跳んで数を数えさせろ!」

 ムチを地面に叩きつけて、本音さんを脅すラウラ。

「ふえーん!ムリだよ~!」

 炎の輪の前でプルプル震える本音さん。

「か……」

 

 

 

ガバアッ!!

 

「可哀想すぎて眠れんよ!!」

 

 ねむれんよ!!ねむれんよ…むれんよ…れんよ…

 

 空にこだまする私のツッコミ。って……。

「ここはどこだ?」

 辺り一面の草原、遠くには山が見える。青い空には鳥らしき影が一つ。完全に見覚えの無い場所に私はいた。

 一体これはどういう事だ?私は一旦自分のここに来るまでの行動を思い返す。

 確か自分の部屋のベッドに入って、そのまま寝ようとして羊を数えて、それからツッコんだ。

「つまり……なるほど、これは夢か」

 そこまで気付いて、私は頭を抱える。これが夢だという事は……。

「すまない羊さん。眠れてしまったよ……」

「ははは、九十九も意外と悪だよな」

 後ろから声をかけられたので振り返るとそこにいたのは。

「よっ!富士役の織斑一夏だ」

 富士山の格好をした一夏だった。サラリと変なのが出てきたなぁおい!

「ん?どうした九十九?」

 私はその富士一夏の目を見ないようにしながら呟く。

「お前を一夏だと認めたら、各方面から強烈な批判が来そうでな……」

 そういった私に一夏が笑う。

「ああ、まあ今回は夢オチだしいいんじゃないか?」

「だろうと思ったが言ってはダメだろう!」

「この格好か?これは初夢ってことで『一富士二鷹三茄子』から俺が富士の役を……」

「聞いとらん!」

「安心しろ。一番縁起の良い富士になったんだ、しっかりお前を幸せにしてみせるぜ!」

 言って爽やかな笑顔を向けてくる一夏だったが、恰好は富士だ。

「その恰好でその顔はやめろ」

「だよなー」

「あと、お前が幸せを運んでくるとは到底思えん」

 それを聞いた一夏が驚いた顔をする。

「なっ!?それはまさか、実は俺が富士じゃなくて別に縁起も良くないただの山だってことにもう気付いてたってことか!!」

「富士じゃないのか!?」

 衝撃の真実に何故か怒りが湧いた。瞬間、自分の体が光に包まれ巨大になる感覚を覚える。見下ろすと足下に一夏がいる。どうやらかなり驚いているようだ。

「光の戦士!?」

「シュワッチ!(そこは隠し通せよ!)」

 

「すまん、取り乱した」

 怒りに飲まれ、妙な事になった自分が恥ずかしい。多分赤面しているな、私。

「そ、そうか。戻ってきてくれてよかったよ」

 ホッとした様子の一夏。

「流石に二人しかいないのにお前に暴走されると俺が困る。俺が叫んでツッコむのはギリアウトだと思うし」

「叫ぶツッコミがアウトなのはむしろ私の方だ。あと、お前はその恰好で十分アウトだ」

「そうか」

 

 

 ひとまず一夏と連れ立って平原を歩く。この夢が初夢なら、縁起物の残りは最低あと二つ。鷹と茄子だ。

「とりあえず残りを探すとしよう」

「鷹なら最初からいるぞ?」

 空に目をやりながらそう言う一夏。見れば空には一羽の鳥の影。

「あれは鷹だったのか!?」

「遅いわよ!いつまで待たせんのよ!」

 叫びながら私達の目の前に舞い降りる鳥の影。声から察するに鷹役は鈴だ。が……。

「鷹よ!」

 胸を張って言う鈴だが、その姿は明らかに鷹ではない。金色の羽毛状のとさか。虹色に光る羽。この姿はあの伝説ポケ○ンの……。

「ホウ○ウだ!」

「かえんほうしゃ!」

 着ぐるみ(?)の口から迸った炎は、私の横にいた一夏に直撃した。

「うおっ!?熱っ!?熱っつああああ!?」

 火消しに転がる一夏を尻目に鈴がのたまう。

「九十九、人を見かけで判断しちゃダメよ。身体はホウ○ウでも、心は鷹よ!」

 訪れる沈黙。私は意を決して一言。

「だが、ホウ○ウだろう?」

「……まあね」

 

 これで縁起物のうち、富士(ただの山)と鷹(ホウ○ウ)が揃った。

「あとは茄子だな。この調子なら、存外近くにいるかもしれん」

「電話で聞いてみるか」

 一夏が携帯を取り出すと、どこかへ電話をかける。

「携帯あるのか!」

 というかどこに持っていた?中か?富士の中か?

 

prrr prrr

 

 と、ごく近くの足元で電話の鳴る音がした。見てみるとそこには誰かの携帯が。

「落ちとるし……」

 とりあえず拾い上げ、電話に出る事にする。

 

ピッ!

 

「あ、もしもし簪?」

「ほう、茄子は簪さんか」

「あれ?九十九?」

「思い切り地面に放置されていたぞ」

「なんだ、みつけたなら言ってくれよ」

 あたりを見回すが、そんな影はどこにも無い。

「だからいないと……」

「あれ?ストラップ付いてないか?」

「ストラップ?」

 携帯から耳を離してみると、チリンという鈴の音がした。

「ん?」

 よく見るとそこには茄子の形のストラップが。まさか……。

「あ、あの……茄子です」

「いたーーっ!」

 顔を真っ赤にした茄子役の簪さんがそこにいた。

 

 

「とりあえずこれで揃ったわけだが、お前達だけか?」

「「「え?」」」

「ここが私の夢の中なら、私は初夢の縁起物に続きがあるのを知っているから、出てくるのではと思ってね」

 初夢の縁起物と言えば『一富士二鷹三茄子』が有名だが、実はあと三つ縁起が良いとされる物がある。それは『四扇五煙草六座頭』だ。

 末広がりで縁起がいい扇、煙が上へ登るため運気上昇の意味がある煙草、毛がない=怪我ないの語呂合わせで縁起を担いだ座頭(坊主)の三つだ。

「ああ、それであそこに見慣れない人達がいるのか」

「は?」

 一夏と鈴が見ている方を向く。するとそこには……。

「あ、どうも。扇です」

 なんだか土壇場でリーダーを裏切りそうな雰囲気のする、バンダナにもじゃもじゃした前髪の男。

「扇だけど……確かに扇だけど……」

「タバコ、ダーッ!」

 赤いロングタオルを肩に掛けた、しゃくれ顎のプロレスラー。その手には、彼が日本に持ち込んだとされる調味料が握られている。

「多い!一文字多い!」

「…………」

 頭の形からその名がついた巨大海洋生物。その下は何故か海になっていた。

「ザトウクジラ!人ですらないし!」

 一通りツッコむと後ろから拍手が。

「「「お見事!」」」

「誰のせいだ!誰の!」

 

「今度こそ全部揃ったな。……で?」

「「「で?」」」

「起こしてくれんか!もういいだろう!?」

 いい加減この夢の世界からさよならしたいのだ。私は。

「「そんな事できねえよ(できないわよ)」」

 サラリとのたまう一夏と鈴。

「できないのかよ!」

「確かに俺達にはできない。けどさ、こんな時に一番役に立つ奴をお前は見つけたろ?」

 爽やかな笑顔を向けてくる一夏。何やら周りの空気がキラキラして見える。

「……そうか、簪さんだな?って、だからその格好でその顔はやめろ」

「おう」

 携帯を持ち上げ、目線の高さにナストラップな簪さんを持ってくる。

「では、簪さん頼む。夢から覚める方法を教えて欲しい」

「えっと、あの、この世界で寝ればあっちが起きます」

「……それだけかね?」

「それだけ……です」

 なんというか、拍子抜けするほど簡単だった。

 

 という訳で現在、草原に(何故かあった)布団を敷き、眠ろうとしているわけだが……。

「「「じーーー」」」

「…………」

 縁起物三人組にじっと見られていてどうにも寝付けない。と、そこに牧羊犬のラウラが羊の本音さんを連れてきた。

「む?九十九が寝ようとしているな。では、羊を数えてやろう」

 そう言って持ってきたのは炎の輪だった。おい、まさかまた……。

「さあ、跳べ!きびきび跳んで、数を数えさせろ!」

 ムチを地面に叩きつけて、本音さんを脅すラウラ。

「ふえーん!ムリだよ~!」

 炎の輪の前でプルプル震える本音さん。

「だ……」

 

 

 

ガバアッ!!

 

「だからそれはやめんかーーっ!」

 

 叫びながら飛び起きる。ふと気づくと、そこは私の部屋だった。つまり、向こうで眠れたという事で……。

「…………」

 

コンコン、ガチャ

 

「つくも~ん、あけましておめでと〜」

 扉が開き、本音さんが部屋に入ってきた。年始の挨拶に来たらしい。

「ああ、本音さん。あけましておめでとう……その、すまない」

「ほえ?なにが~?」

「いや……すまない」

 結局この日一日、私は本音さんの顔をまともに見る事ができなかった。

 

 

「という夢を見たのだ」

 時は6月上旬。場所はIS学園一年生寮食堂。私はそこで本音さん、相川さん、谷本さん、夜竹さんと朝食を取りつつ、昨夜見たおかしな夢の話をした。

「初夢を見る夢を見るって……」

「つくもんって器用だね~」

「いや、そうじゃないでしょ本音」

「えっと、面白いですね」

「いやまったくだ。なんでこんな時期に初夢の夢なんぞ見たのやら……」

 ひょっとしてあの自称知恵と悪戯の神(バカヤロー)の仕業だったのだろうか?

 だとしたら、今夜の夢に出てきたらワンパン入れておかねばな。

 そう思いつつ朝食を食べ終えて席を立つ。今日は朝からISの実習だ。気合入れていこう。



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#EX 新春特別編 初夢2

 1月1日。新たな年を迎えるこの日は、理由は分からないがなんだか清々しい気分になる。

「あけましておめでとう。父さん、母さん」

「あけましておめでとう」

「あけましておめでとう。さあ、お雑煮食べましょう」

 居間に降りて新年の挨拶を両親にして、用意された雑煮を食べる。まさに日本の正月だ。

「この後、シャルちゃんと本音ちゃんと一緒に初詣に行くんだったわよね?」

「ああ、もう少ししたら出るから。母さん、ついてくるなよ?絶対ついてくるなよ?」

「あら、それはついてこいって−−」

「フリじゃないからな」

 母さんの言葉をピシャリと遮って雑煮をひと啜り。鰹出汁の効いた澄まし仕立ての雑煮が実に美味かった。

 

 初詣先に選んだのは篠ノ之神社。うちの前でシャルと本音と待ち合わせして初詣に向かう手筈だ。

「あ、九十九。あけましておめでとう」

「つくもん、あけおめ〜」

 かけられた声に振り向くと、振袖姿の二人がいた。

 シャルはハニーブロンドの髪を結い上げ、日の出を思わせるオレンジの振袖を。本音は薄紅色の髪を後ろに流し、春の訪れを思わせる薄緑の振袖をそれぞれ着ていた。

「やあ、二人とも。あけましておめでとう。振袖、よく似合ってる」

「そ、そう?ありがとう」

「てひひ〜、ありがと~つくもん」

 そう言ってはにかんだ笑みを浮かべる二人。その笑顔が可愛いと思える辺り、私はもうこの二人に完全にやられているのだろうな。

「それじゃあ、行こうか」

「「うん」」

 そう言うと、二人が腕に組み付く。さて行くか、と歩を進めようとした所で後ろからこの幸せに水を差す声がした。

「お、九十九。あけましておめでとう。初詣だろ?だったら一緒に……いえ、何でもないです」

 行こうぜ。と言いかけただろう一夏は、シャルと本音の「空気読んでよ」という視線に気づいて引き下がる。とはいえ、向かう先は同じなので結局連れ立って行く事に変わりはなく、一夏は肩身が狭いのか終始無言だった。

 

「すごい人だね~」

「これでもまだ少ない方だ。もっと遅く出ていたら、今頃は本殿の前に行くのにも一苦労だったろうな」

「そうなんだ」

 篠ノ之神社に到着した時、すでに参道は人でごった返していた。周りには屋台が立ち、威勢のいい売り声があちこちから聞こえる。

「さて、まずは神様にお参りだ。シャル、鳥居を通る時は真ん中を通るなよ」

「え?なんで?」

「真ん中は神様の通り道だから〜、そこを通るのは神様に失礼なんだよ〜」

「なるほど……わかった」

 シャルはひとつ頷くと右側に移動して鳥居をくぐった。私と本音もそれ続いて鳥居をくぐる。

「少ない方だとはいえ、はぐれると面倒だ。二人とも、手を離すなよ」

「「うん」」

 三人で手を握って本殿を目指して進む。独り身の男達の嫉妬の視線を感じたが、いつもの事と華麗にスルー。

 賽銭箱に賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼。願い事を神様に託す。

 ……願わくば、これからも二人といられますように。

 そう願った瞬間、自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『うん、大丈夫じゃね?どっちもお主にぞっこんラブだし』と言った気がした。

 ……あんた、名前的に日本の神じゃないだろ。なんでここで出てくんの!?あと、言い方古っ!

 

 

「ただいま」

「お邪魔します」

「おじゃましま~す」

「おかえりなさい。シャルちゃん、本音ちゃん、いらっしゃい」

 初詣を終え、うちに帰ると母さんが出迎えてくれた。ちなみに、帰り際に二人が着付けをして貰った美容院に寄ったので、現在二人は私服だ。

「寒かったでしょう。甘酒作ったから、リビングでちょっと待ってて」

「ああ、ありがとう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます〜」

 母さんに連れられてリビングに入ると、そこには冬の定番アイテムが鎮座している。

「あ、おこただ~」

「これがそうなんだ……入ってみていい?九十九」

「ああ、どうぞ。私も入るつもりだったしな」

 シャルが期待に満ちた目でそういうので、頷いて促す。ついでに自分もコタツに入ると、じんわりとした温かさが冷えた体に染みてくる。

「あ~、あったか〜い」

「これがコタツ……一度入ると出たくなくなるって気持ち、なんかわかるな~」

「最近はテーブル型の物が出て来て、海外でも徐々に人気が出ていると言うが、こうしているとその理由がよくわかるよ」

 三人でまったりしていると、母さんが私達の前に甘酒を置いてよこした。

「はい、どうぞ」

「母さん、一応訊くが酒は入ってないよな?」

「安心してください。入ってませんよ!」

 そう言ってサムズアップする母さん。念のために甘酒の匂いを嗅いでみるが、そこに酒臭さはない。どうやら大丈夫そうだ。

「うん、確かに」

「あー、九十九ってば信じてなかったでしょ?」

「去年、私に酒粕で作った甘酒を出したのはどこの誰だ?母さん」

 ジト目でそう言うと、母さんは視線を逸らして上手くない口笛を吹き出す。それで誤魔化せると思ってるのか?

 

 甘酒(ノンアル)を飲んで一息つくと、母さんがお節料理を出して二人をもてなした。

 それを食べながら正月番組を見る。まさに日本の正月だな。

 お節料理を食べて満腹になると、やはりというかなんというか、本音が船を漕ぎ始める。

「本音?どうした?」

「眠……朝……早……」

「そうか、わかった。だが、寝るなら布団を用意するからそこで寝ようか」

「無理……おこた……あったか……く〜」

「あ、寝ちゃった」

「この子は……」

 どうやら意識が完全に彼岸に行ったらしく、本音はそのままパタリと倒れて寝息を立て始める。

 仕方ないので少しでも温かくなるようにこたつ布団に胸元まで入れてやる。

「うんこれで「ふわあぁ……」シャル、君もか」

「う、うん。あったかいから、つい眠くなっちゃうね」

「実は私も寝足りなくてね。本音の事を言えんな……」

「じゃあ、こたつで寝ちゃう?」

「……今日は誘惑に素直でいよう」

 私はそう宣言して床に倒れて寝る姿勢を取る。すると、それに倣ってシャルも床に倒れた。

「おやすみ、九十九」

「ああ、おやすみ」

 そう言って目を閉じると、その意識が一気に落ちて行った。

 

「みんなー、お夕飯なんだけど何かリクエスト……あら♪」

 邪魔をしては悪いと自室で料理本を読んでいた八雲がリビングに戻ると、九十九、本音、シャルロットがこたつに入って仲良く昼寝中だった。

「相変わらず仲のいいこと♪どんな夢を見てるのかしら」

 そう言う八雲の顔には、微笑ましい物を見るような穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 

「九十九、起きて」

「つくもん、起きて〜」

「……ん?」

 かけられた声と体を揺さぶられる感覚に意識が覚醒する。ふと辺りを見回すと、ありえない光景が目に飛び込んだ。

 見渡す限りの草原、連なる山々、抜けるような青空。……ここはもしや……。

「……またここか……」

 そっと嘆息する私に、二人は首を傾げる。

「またって?」

「ど~いうこと〜?」

「本音、君には一度話した事があったな。6月頭、まだシャルが転校してくる前に見た夢の話を」

「えっと~、たしか『初夢を見る夢を見た』ってお話だったっけ〜?」

「そう、それだ。その時の夢の場所と全く同じなんだよ、ここは」

「えっと……九十九?話が見えないんだけど」

「ああ、そうだな。説明しよう。あれは君が転校してくる少し前の事だ」

 

−−村雲九十九説明中−−

 

「という訳だ」

「なるほど。つまりこの夢の中で、初夢の縁起物を探し出して……」

「夢から覚める条件を訊けばいいんだね〜?」

「そういう事だ。それじゃあ、行こうか。まずは富士だ」

 

 

 最初の縁起物、富士を探すために歩きだした私達。

 しばらく歩いていると、どこからか「パコン、パコン」という特徴的な打球音が聞こえてきた。

「この打球音のリズム、テニスか?」

「あ、つくもんあそこ〜」

 本音が指差すその先では、二人のテニス選手がまさに対戦中だった。その内の一人の方はどこかで見た顔だった。

 小柄な体付きと色白の肌、栗色の髪を長めに伸ばした中性的な顔つき。……彼はもしや……。

 と思っているうちに、相手選手が浮いた玉に反応して強烈なスマッシュを放つ。

 が、次の瞬間、彼が相手のスマッシュを自分のラケットの遠心力を利用して無効化。上空に打ち上げて、スマッシュ直後で反応できない相手のベースラインぎりぎりに落とした。

「あ、あれは〜!」

三種の返し玉(トリプルカウンター)の二つ目、(ひぐま)落とし!」

 二人が彼の見せた絶技に驚きの声を上げる。二人とも知ってるんだ。あのトンデモテニス漫画。

「あれはテニスじゃないから、テニヌだから。あと、確かにフジだけど字が違う!」

 

 村雲九十九、第一の縁起物『富士(テニヌプレーヤー)』発見。

 

 

「……まあ、あれがフジという事でいいんだろうな。さて次は鷹だが……」

 いまだに試合をしているフジを尻目に、続いての縁起物、鷹を探すために再び歩き出す私達。

「ねえ九十九、あそこに誰かいるよ?」

「ん?どこだ?」

「ほら、あそこ」

 シャルが指差した先にいたのは、デフォルメされたライオンのアップリケの付いた赤いトレーナーを着た小肥りの男。

 さっきからしきりに「鷹は……俺だ俺だ俺だ!」と繰り返しては隣の坊主頭の男にツッコまれている。

「ねえ九十九。ひょっとしてあの人達が……」

「確かに鷹だね〜」

「いや、むしろタカだよ!」

 自分の夢とはいえ、縁起物のネタのチョイスに不満を漏らさずにはいられなかった。

 

 村雲九十九、第二の縁起物『鷹(お笑いコンビのボケの方)』発見。

 

 

「一応ここまでは順調だな。テニヌプレーヤーの富士とお笑いコンビのボケの方の鷹という、これは果たして縁起物か?と言いたくなる物ばかりだが」

「次はなすびだね~……って、うひゃあああっ!?」

 突然本音が悲鳴を上げて顔を手で覆う。何事かと訊いてみると「あ、あそこ……」と視線を逸らしながら指を差す。そこには……。

「シャル!見るな!」

「え?なに?何がいたの?」

 咄嗟にシャルの目を覆い隠す。あれを見つけてしまった本音も災難だろう。

 そこに居たのは、髪も髭も伸び放題に伸びた面長の男。ただし、何故か全裸で股間にはご丁寧に茄子のマークのモザイクが入っている。手には何かの懸賞品と思しき物を持ち、小躍りしながら「当たった、当たった」と鼻歌を歌っている。

 私はその姿に、そして何より本音に見苦しい物を見せたその男に猛烈な怒りを覚えた。

 と、次の瞬間、私の腰に変身ベルトのような物が巻き付き、それと同時に口を開いた狼を模した『F』の文字が入ったUSBメモリが手の中に現れた。

 私はおもむろにそれを構え、端子側についたボタンを押す。

『フェンリル!』

 メモリからやたら渋い中年男性の声がしたが、気にせずそれをベルトに装填。

「……変身」

 装填部を45度倒すと、再び『フェンリル!』のウィスパーボイスとともに、IS『フェンリル』をモチーフにしたライダースーツが私を包む。

『二人とも、そのまま目を瞑っていろ。すぐ終わらせる』

「「う、うん」」

 一旦装填部を元に戻してメモリを今度は右腰の装填部に差し込んでワンプッシュ。

『フェンリル!マキシマムドライブ!』

 渋い中年男性の声が、必殺技の準備完了を知らせる。男は小躍りに夢中で、まだこちらに気づいていない。

『行くぞ』

 そのまま男に向かって突進、途中で強く地面を蹴り上げ超低空飛び蹴りの態勢へ。この際、足を伸ばし切るのはお約束だ。

『お前の罪を……数えろおおおっ!』

 私の蹴りは狙い違わず男の股間を直撃。そのまま男を吹き飛ばす。

「見苦しい物をお見せして、スンマセンしたーっ!」

 男は断末魔の絶叫を上げて爆散。煙が晴れた後にいるのは変身解除した私だけだ。

「九十九、もう目を開けていい?」

「つくもん、あの人は~?」

「もう大丈夫だ。悪は去った」

 私の言葉に安堵の溜め息を漏らす本音。シャルは結局最後まで何があったか分からず「?」と首を傾げるばかりだった。

 

 村雲九十九、第三の縁起物『茄子(懸賞生活芸人)』撃破。

 

 

「おそらくさっきの男が茄子担当だろう。これで『一富士二鷹三茄子』は出揃った」

「それじゃあ、これで目を覚ませるの?」

「そうもいかん。ここは私の夢世界、私の知識によって出来ている」

「つくもんは初夢の縁起物に続きがあるのを知ってるから〜、残りも探さないとなんだよ〜」

 初夢の縁起物は一般的には『一富士二鷹三茄子』が知られているが、これには続きがある。それは『四扇五煙草六座頭』だ。

 末広がりで、上下反転させると富士の形になって縁起のいい扇、煙草の煙と鷹はどちらも高い所へ飛んでいくため運気上昇の意味を持つ。茄子と座頭はどちらも毛がない=怪我ないに繋がる縁起物だ。

「6月に見た『初夢を見る夢』では纏めて出てきたが、どうやら今回は違うようだ。また探しに出ねば」

 という訳で、残りの縁起物を探して再び歩き出す私達。しばらく歩くと、何やら選挙カーの上で気炎を上げる女性政治家がいた。

「皆さん!今は女の時代です!今こそ、女性の政治への積極参加を!」

「あ、確かこの人元宝塚歌劇団員(タカラジェンヌ)の~」

「扇だけど……確かに扇だけど……」

 前回同様、扇と言っておきながら物ではなく人だった事に脱力するしかなかった。

 

 村雲九十九、第四の縁起物『扇(元宝塚女優)』発見。

 

 

「次は煙草だが、この調子だとまた微妙に違うんだろうな……」

 いまだ気炎を上げる女性政治家をその場に残して、次の縁起物『煙草』を探す私達。

 しばらく歩くと、頭に赤い楕円形の被り物をそれぞれ縦向きと横向きに被った二人組の女の子が現れた。

「えっと……君達は?」

 私がそう聞くと、二人は互いに顔を見合わせ頷きあう。すると、どこからともなく軽快な音楽が流れ出し、それに合わせて二人が歌い踊りだす。

「「た~ばこ〜、た~ばこ〜、た~っぷりた~ばこ〜♪」」

「いや、たっぷり煙草は体に悪いから。というか、君達の頭のそれ、どう見てもタラコだよね!?」

 合っているような合っていないような微妙な替え歌。ここでもツッコまざるをえなかった。

 

 村雲九十九、第五の縁起物『煙草(タラコ)』発見。

 

 

「さて、最後に座頭だが……」

「これ……だよね?」

「たぶん〜……」

 「バイバーイ」と手を振る二人組に別れを告げ、歩く事しばし。今、私達の目の前には巨大な立方体が鎮座している。

 約1m四方の白い塊。その塊からは何やら甘い香りが漂っていて、これがどういう物なのかを如実に語る。つまり……。

「座頭って言うか砂糖だね~」

「いや、ざとうさ」

「う、うん『角砂糖(ざとう)』だね……」

 最終的にやはり人でない物が登場するあたり、私の夢も大概天丼好きだなと思った。

 

 村雲九十九、最後の縁起物『座頭(角砂糖)』発見。

 

 

「という訳で、これで全ての縁起物(?)が出揃ったが……」

「誰に訊けばいいのかな〜?」

「うーん……」

 三人で顔を突き合わせて今後の事を考えていると、どこからともなくテニスボールが転がってきて私の目の前で止まる。

「ん?なんだ?……これは!」

 転がってきたテニスボールを取り上げて見てみると、そこにはメッセージが書かれていた。

「えっと~『今年の干支を探せ』?」

「今年の干支って?」

「……(サル)だ。つまり、猿を探し出せば夢から覚めるという事だろう」

 そんなこんなで猿を探すべくあちらこちらに行ってみるが、どこにもそれらしき影は見当たらない。

「つくもん、疲れたよ~」

「僕もちょっとキツイかな……」

「そうだな、一旦休憩しよう」

 その場に座り込んでしばし休憩。ぼーっと辺りを見ていると、どこからか「ヒュンッ、カシュッ!」という、何かが風を切る音と硬質な打球音が聞こえた。

「今のって……」

「ゴルフの打球音……か?」

「行ってみよーよ~」

 音のした方向へ行ってみると、そこには一人の少年がいた。

 袖がボロボロの赤と緑のボーダーシャツに裾がボロボロのデニムの短パンを身に着け、手作り感のある木製ドライバーを持った猿顔の少年。……まさか……?

「君は……誰だ?」

「ワイか?ワイは……猿や!」

 そう言って胸を張る少年。確かに猿だ。猿なんだが……。

「「「そ……」」」

 

 

 

ガバアッ!

 

「「「そっちかよ(なの)!?」」」

 

「きゃあっ!?なに?三人そろってどうしたの!?」

 突っ込みながら飛び起きた三人に驚く八雲。驚きすぎて自称おフランス帰りの嫌味なアイツがやるあのポーズを取ってしまっている。

「「「…………」」」

 飛び起きた三人は互いに顔を見合わせると、深い、それは深い溜息をついた。

「ねえ九十九、初夢の定義って……?」

「元日の夜、もしくは1月2日の夜に見る夢の事……なんだが……」

「あれがわたしたちの初夢ってことになるのかな〜?」

「そうは思いたくない、ないが……縁起物に今年の干支まで出てきては、あれが初夢だったと言わざるを得ないだろう……な」

 そう九十九が言うと、三人はもう一度深い、それは深い溜息をついた。

 八雲は三人の行動の意味が分からず、頭の上にいくつも「?」を浮かべて首を傾げていた。

 

 

 これが私達の見た初夢だった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『どう?楽しんでもらえた?』とニヤニヤ笑いを浮かべて言った気がした。

 ……あんたの差し金か!?あのへんてこな夢!やはりいつかぶん殴る!



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#EX 新春特別編 初夢3 Side C&H

明けましておめでとうございます。
毎度の新年一発目。今回はシャルロット&本音編と九十九編の二編をお送りします。
まずはシャルロット&本音編をお楽しみ下さい。


 その日、シャルロットの目を覚まさせたのは、暖かな太陽の光と頬を擽る柔らかい風だった。

「ん……あれ?」

 寝ぼけ眼で辺りを見回したシャルロットは、おかしな事に気付く。

 自分は本音と一緒に九十九の実家に新年の挨拶をしに行った後、九十九と神社にお参りに行って、八雲のお節料理に舌鼓を打ち、「どうせだから泊まってって」と言う八雲の好意に甘えて九十九の部屋の隣を借りて床に就いた筈だ。だったら何故−−

「何でこんな草原のど真ん中にいるの!?」

 そう。今現在シャルロットが居るのは見渡す限りの大平原。遠くには山が見え、空を見れば雲一つ無い晴天。

 ここは一体何処なのか?パニックに陥ったシャルロットの耳に、小さな衣擦れの音が届いた。ハッとして下を見ると、そこには幸せそうな笑顔で寝息を立てる本音が居た。

「本音、ねえ起きて本音」

 シャルロットが本音の体を軽く揺すると「ん……」と僅かに反応。

「本音、起きてってば!」

 焦りから思わず声を荒げるシャルロット。すると本音は半分以上寝ている状態でこう答えた。

「ん〜……あと5分……」

 

ピキッ!

 

「分かった。あと5分だね……なんて言うと思う!?」

 

バサアッ!

 

 シャルロットが勢い良く本音に掛かっていた布団を引き剥がすと、本音は「わひゃあっ!」と小さく叫んで飛び起きた。

「う~、ひどいよつく……あれ?しゃるるん?」

 眠そうに目を擦る本音にシャルロットは「おはよう」と声を掛けた。それに本音は「おはよ〜」と返した後、辺りをキョロキョロと見回して溜息をついて呟いた。

「今年もか〜……」

「え?今年もって……あっ!?ひょっとしてここって……」

「うん。つくもんの夢世界だよ~」

「じゃあ、去年と同じように縁起物を探して回ればいいんだね、つく……あれ?九十九は?」

「ほえ?」

 シャルロットがそう言うので周囲をくまなく見回す本音。だが、九十九の姿は何処にも無い。

「いないね〜」

「ひょっとしたらどこか別の所にいるのかも。縁起物を探し回っている内に見つかると思うよ」

「おっけー。じゃあ、れっつご〜」

 こうして、シャルロットと本音の縁起物探し珍道中が幕を開けたのだった。

 

 

 しばらく歩いた先でシャルロットと本音が見つけたのは四人の男女。

 猿顔に長いモミアゲ、その身を黒いシャツと赤いジャケット、グレーのスラックスで包んだ軽薄そうな男。

 立派な顎髭を生やし、濃紺のセットアップを着崩して、頭にはソフト帽を目深にかぶったダンディズム溢れる男。

 肩までかかる長髪に和装、手には白鞘の刀を携えた、どこか『サムライ』を感じさせる男。

 そしてもう一人。これがとんでもなかった。

 腰まで届く豊かな髪は光を受けて輝いている。その顔は男なら振り返らずにはいられないだろう程に美しく整っている。

 出ている所はとことん出て、引っ込んでいる所はこれでもかとばかりに引っ込んでいる肉感的な肢体に黒のライダースーツを纏ったその姿は、正しく『神の造形』と言うべきだろう。が、何故だろうか?シャルロットにはその女が途轍もない『悪女』に感じられた。

「あ~っ!あの人は~!」

 その顔に見覚えがあったのか、本音が叫び声を上げた瞬間、猿顔の男が女に飛び掛かる。

 一体どうやればそんな事が出来るのか、猿顔の男は自身の服の襟首からトランクス一枚で飛び出す、という珍技を披露。女に襲い掛かる。

「あっ!危ない!」

 シャルロットが思わず叫んだ次の瞬間、これまた何をどうしたのか、女の胸からバネ仕掛けの巨大ボクシンググローブが飛び出して猿顔の男を吹き飛ばした。

 それを脇で見ていた二人の男達は、揃って盛大なため息をつくのだった。

 そのまま猿顔の男を放って何処かへと立ち去っていく男達と女。しばし呆然としていたシャルロットだったが、ハッとして本音に訊いた。

「ねえ本音。ひょっとして、あの人たちが……」

「うん。あの女の人の名前がね~『不二子』っていうんだ〜」

「そ、そうなんだ。ちなみに、あのサルっぽい顔の男の人の名前は?」

「ルパン三世〜。アルセーヌ・ルパンの孫なんだ〜」

「……えっ!?」

 

 シャルロット・デュノア、布仏本音。第一の縁起物『富士(不二子)』発見。

 

 

「どっちもフィクションとはいえ、フランスの大怪盗の孫があんなのってどうなんだろう?」

「そこは深く考えない方がいいよ~」

 溜息をつくシャルロットを本音がその肩を叩いて慰める。そのまま暫く行くと、一人の男性が立っているのが見えた。

 ブランド物と思しき仕立てのいいスーツを着こなした、20代後半から30代前半の、責任感の強そうな瞳と、それとは裏腹の脇の甘そうな気配のする人物だ。

 腰には右に小さな日本刀のようなパーツ、左には白い仮面の横顔が入った大きなバックルの付いたベルトを着け、右手にメロンの様な柄の付いた錠前を持っている。

「あ、あの人知ってる〜」

「え?誰なの?」

「うん、あの人はね~……」

 シャルロットの誰何に本音が答えようとした矢先、男性は錠前のロックを外す。すると錠前から『メロン!』とウィスパーボイスが流れ、空中にジッパーが現れて開き、そこからメタリックな巨大メロンが出てくる。

 男性はそのまま解錠した錠前を高々と放り投げ、落ちて来たそれを掴むとその流れでバックルに装着。外したロックを改めて締めると『ロックオン!』のウィスパーボイスの後、法螺貝の音が高らかに響き渡る。

「……変身」

呟く様に言った男性が日本刀のようなパーツの柄部分を押し上げると、刀部分が錠前のメロンを輪切りにする。

『ソイヤッ!メロンアームズ!天・下・御・免!』

 ウィスパーボイスの後、男性の体には一瞬で白い全身タイツのような物が身に着き、直後にメタリックなメロンがその頭上に落ちるとそのまま展開。男性の体に鎧の様な形で装着された。

 果たしてそこに現れたのは白い鎧武者。各所にメロン特有の網目模様の入った鎧と、左手に提げた大きな盾が印象的だ。

「お〜!」

「え?何あれ?何でメロン被ってああなるの!?」

 感嘆の声を上げる本音と変身シークエンスの無茶苦茶さに驚くシャルロット。すると、鎧武者は溜息をついて天を仰いだ。

「これで良いのか?……そうか。では、さっさと元の世界へ帰せ。仕事が押している」

 鎧武者は誰かと話しているかのような独り言の後、謎の光と共に忽然と消えた。

「えっと……結局あの人誰?」

「『タカ』さんだよ〜」

「え?じゃあ、あの人が……」

「うん。二つ目の縁起物って事だね~」

 

 シャルロット・デュノア、布仏本音。第二の縁起物『鷹(貴虎(たかとら))』発見。

 

 

「いや~、いいもの見ちゃったな~。かんちゃんに自慢しよ~」

「しても信じてもらえないと思うよ?」

 「ここ、夢の中だし」とシャルロットが言うと、「あ~、そうだったね~」と残念そうに本音が漏らした。

 そのまましばらく歩いていると、二人の耳に潮騒の音が届いた。

「「え?」」

 音のした方に目を向けると、そこには白い砂浜と蒼い海が広がっていた。砂浜には大勢の騎馬武者が轡を並べ、海には鎧武者の乗った船が何十と浮いている。

 騎馬武者の陣には白旗がはためき、船には赤旗が靡いている。そのシーンに、本音は見覚えがあった。

「これってひょっとして、屋島の戦いかな~?」

「屋島の戦いっていうと、源氏と平家の?」

 コクリと本音が頷くと、一艘の小舟が船団から進み出て来る。舟の上には十二単を着た女官と船頭役の足軽が一人。

 それを見て馬を走らせたのは一人の若武者。手に弓と鏑矢を持ち、波打ち際に馬を横付けする。

 互いの距離は約70m。波はやや高く、風もある。もしこれが有名な『あのシーン』なら−−

「あの女官さんが的の扇を取りだして〜、それをあの人が射抜くんだけど〜……」

「その的がタダの『扇』とは限らないっていうのが、この夢世界なんだよね……」

 そう言いながら推移を見守るシャルロットと本音。果たして女官が的として取り出したのは巨大な磔台。そこにはモジャモジャした前髪とバンダナが特徴の、何故だか土壇場で自分のリーダーを裏切りそうな雰囲気の男性が磔にされていた。

「えっ!?ちょっと待って!?何これ!?どういう状況!?」

 男性は自分が何故こうなっているのか分からないらしく、頻りに「説明してくれ!」「ここは何処なんだ!?」「なんで俺がこんな目に!」と叫んでいるが、女官はまるで聞こえていないかのように無表情で磔台を支えている。

「ちょっとお姉さん!聞いてます!?まず説明……え?前?……え!?いや、待って!?なんであの人弓なんて構えて……まさか!?」

 男性は己の運命を悟ったのか必死に磔台から逃げようとするが、両手足を縄でガッチリ固められている為逃げられない。

 そうこうしているうちに若武者が弓に矢をつがえて引き絞り、的である男性に向かって狙いを定め……。

「南無八幡大菩薩……はっ!」

 矢を放った。

「いっ……嫌だあああああっ!!」

 的の男性の絶叫も虚しく、矢は男性目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。当たる!とシャルロットと本音が思ったその瞬間。

 

ピンポンパンポーン♪

 

『残虐シーンにつき、18歳未満の視聴を制限いたします。しばらくお待ちください』

「「……え?」」

 目の前に突然そう書かれた看板が現れた。どうやらこの夢世界はそういう配慮が利くようだ。

 しばしの後、看板が消えたその先で展開されていたのは、他の騎馬武者から「凄いじゃないか!」「よっ!那須与一(なすのよいち)!日の本一!」と他の武者達から口々に賛辞を受ける若武者と、波間に漂うモジャ毛とバンダナを見て「ああ……」「これで我等一門も終いか」と絶望の溜息をつく船に乗った武者達。という対象的な二組のシーンだった。

「えっと……名前にナスがあるってことはつまり、あの人が三つ目の縁起物って事で……いいの?」

「四つ目の縁起物もあったから〜、これであと二つだね~」

「あ、そうなんだ」

 そう返事をしたシャルロットだったが、あのモジャ毛の男性が一体どうなったのかがどうにも気になってしまうのだった。

 

 シャルロット・デュノア、布仏本音。第三の縁起物『茄子(那須与一)』、第四の縁起物『扇(前髪モジャ男)』発見。

 

 

「結局、あの前髪モジャモジャの人はどうなったんだろう?」

「さあ〜?」

 何か釈然としない思いを抱えつつ先へと進むシャルロットと本音。するとそこに狩衣を纏った中年男性二人組が現れた。

「ああ、困った」

「左用。一体如何すれば……」

 二人は何やら困っている様子で、ウンウン唸っては溜息をつくを繰り返している。

「あの……どうしたんですか?」

 気になったシャルロットが二人に話しかけると、二人はパッと顔を上げてシャルロットと本音を見て、シャルロットの手を取った。

「「お頼み申す!」」

「「……はい?」」

「実は……」

 二人によると、自分の仕える神様がとてつもなく不機嫌になっているのだそう。その原因というのが−−

「我等が神『八脚入道(やつあしにゅうどう)』様は、毎年この時期にうら若き乙女を差し上げなければ大暴れしてしまうのですが、今年はどうにも見つからず……」

 そう言い終えた所で二人はシャルロットと本音に美しい土下座を披露した。

「「お願い致します!どうか八脚入道様に差し上げさせてください!」」

「「ええっ!?」」

 そのお願いにシャルロットと本音は大いに慌てた。『差し上げる』とはつまり『そういう事』であると考えたからだ。

「で、できません!そんな事!」

「無理!絶対無理〜!」

「そこを曲げてお願い申し上げる!」

「我等を助けると思っ……て……や、八脚入道様……!」

「「え?」」

 青ざめた顔で呟いた中年男性。彼が見ている方に振り向くと、そこにはとんでもなく巨大な八本脚の軟体生物がいた。

「タ、タコ!?」

「うわ~、大っき〜」

 その威容に思わず後ずさりするシャルロットと、呆然する本音。するとタコはその脚で本音を絡め取った。

「ほえ?ひゃ、ひゃあああっ!」

「ほ、本音ーっ!」

 本音を絡め取った脚を自分の目の高さまで持ち上げたタコは、本音をジッと見つめた後、満足そうな笑みを浮かべると、徐ろに本音を頭上に翳す。

「あわ、あわわわわ……」

 恐怖に身を竦める本音。シャルロットは何とか本音を助けられないかと思案するものの、IS『ラファール・カレイドスコープ』が手元に無い(ネックレスを外して寝たため)事と圧倒的な体格差のせいで何もできない事に歯噛みした。

「くっ……。ごめん……ごめんね本音」

 嘆くシャルロットを他所に、タコがその脚を大きく縮めだす。

 遂にその時が来てしまった。そう思ったシャルロットだったが、それは予想の斜め上にかっ飛ぶ形で覆された。

 なんと、タコは縮めた脚を思い切り伸ばして本音を空中に放り上げ、それを受け止めてはまた放り上げる、を繰り返しだしたのだ。

「って、えええええっ!?」

「うひゃああっ!た、高い!高いよ〜!」

 シャルロットの驚きの声も、本音の悲鳴もどこ吹く風。タコは実にいい笑顔で本音を「ワッショイワッショイ」している。

「おお……八脚入道様。あんなに嬉しそうに差し上げられて……」

「これで今年も我等が社は安泰じゃ」

「胴上げなら胴上げって言ってよ!」

 感涙に咽ぶ中年男性二人組に思わずツッコんだシャルロットだった。

 

 シャルロット・デュノア、布仏本音。第五の縁起物『タバコ(字足らず)』発見。

 

 

「う~……ひどい目にあったよ~」

「災難だったね、本音」

 ひとしきり胴上げをして満足したのか、タコは本音をそっと下ろすと触腕()を振りながらどこかへ立ち去って行った。

 本音はすっかり目を回してへたり込み、回復にかなりの時間を要したのだった。

「今のタコが五つ目の縁起物だとすると、目の前のこの光景が『六つ目』ってことでいいのかな?」

「だと思うよ〜?」

 顔を見合わせる二人の前に現れたのは、『世界一多くの人が同時に通過する交差点』とそこを足早に渡っていく人の群れ。

 縦、横、斜め。あらゆる方向から人が来ていながらその行進は整然としており、人同士がぶつかり合う事がない。その様は一種美しくもあるのだが、『これ』を縁起物と言っていいのか激しく迷う。何故なら−−

「「これ、座頭って言うか雑踏だよ!」」

 シャルロットと本音のツッコミが交差点に響くが、それを気にする歩行者は一人もいないのだった。

 

 シャルロット・デュノア、布仏本音。最後の縁起物『座頭(雑踏)』発見。

 

 

「相変わらず斜め上だったけど〜……」

「これで縁起物は全部揃ったね。後は今年の干支を探すんだっけ。本音、今年の干支って?」

(とり)だよ~。じゃ〜探しに「その必要はない!」ほえ?」

 全ての縁起物を探し終え、最後に今年の干支『酉』を探しに行こうとしたシャルロットと本音を、草原に響く声が止めた。

 その声は二人にとって非常に馴染みのある声。もしやと思い辺りを見渡すと、そこにいたのは−−

「何故って?私が来た!」

 何故か筋骨隆々の肉体に彫りの深い顔立ちになった、何事にも全力(オールマイト)感のある九十九だった。

「「画風が違う!?どうしたの!?」」

「大丈夫だ。すぐに戻る」

 そう言うと、九十九はボフン、という気の抜けた音と共に元の姿に戻った。

「ふう、似合わない事をした」

「よかった〜。ゴリマッチョのつくもんなんてつくもんじゃないもん」

「うん。あ、そういえば九十九。さっき言ってた「その必要はない」ってどういう意味?」

 シャルロットの疑問に一つ頷いて九十九が答えた。

「それは、今年の干支担当が私だからだ」

「「ええっ!?」」

 意外な事実に驚くシャルロットと本音。その二人を見た九十九はしたり顔を浮かべて二人から離れる。

「では行くぞ。目を離すなよ」

 そう言って九十九が取り出したのは、陸上競技のトラックのような形の大きなバックル。バックルには三つのメダルを嵌め込むようなスリットが入っている。

 九十九が徐ろにバックルを腰に当てるとベルトが自動的に伸長、九十九の腰に巻き付いてバックルを固定した。

 ベルトの両側には分厚い円形の何かとメダルケースのような物が付いている。腰のメダルケースを開けて九十九が取り出したのは三枚のメダル。赤地に金の縁取りのメダルの表面にはそれぞれ『タカ』『クジャク』『コンドル』が刻印されている。

 それらのメダルを右手に一枚、左手に二枚持ち、両手を一旦胸の高さまで持ち上げると一枚ずつ右と左のスリットに挿入、次いで左手に持っていたもう一枚を中央のスリットに挿入すると、バックルを左手で押し下げて傾け、右腰の円形の何かを右手に取り、バックルの表面を右から左へ滑らせる。

「変身」

 

キンキンキンッ!

 

 金属音のような硬質の音が鳴った後、『あの有名アニソン歌手』によく似た歌声が響く。

 

『タカ!クジャク!コンドル!タージャードルー♪』

 

 瞬間、バックルに挿入したメダルと同じ柄と形の幻影が九十九の周りを飛び交い、上から『タカ』『クジャク』『コンドル』の順で並ぶと、眩しい輝きで九十九を包む。果たしてそこに現れたのは異形の戦士。

 黒を基調としたスーツに羽を広げた鷹の意匠のマスク、孔雀の尾羽のように見える肩アーマー、コンドルの力強さを象徴するかのような脛当て。それらは全て炎のような燃える赤で統一されている。

 胸にはバックルに挿入したメダルと同じ三羽の鳥が組み合わされたようなマークの付いたアーマー。これも赤い。

 左前腕には円盤型の盾のような物が付いている。

「むんっ!」

 その姿に呆然とするシャルロットと本音を他所に、九十九は背中から三対の翼を展開すると空へと飛び立った。

 ハッとして空を見上げるシャルロットと本音。その視線の先では、炎に身を包んだ九十九が空中を複雑な軌道を描いて高速で飛んでいる。九十九が飛んだ跡には飛行機雲が残っていて、それを見たシャルロットと本音は驚愕に目を見開いた。

 九十九が空に飛行機雲で描いた一文。それは、『Happy New year(明けましておめでとう)20XX.1.1 With love(愛を込めて)』という、新年の挨拶だった。

「「そ……」」

 

 

 

ガバアッ!

 

「「そう来たかー!」」

 

 叫びながら飛び起きるシャルロットと本音。二人は顔を見合わせると深い、それは深い溜息をついた。

「またあんな初夢……」

「言っても仕方ないよ~、しゃるるん」

 見てしまった夢はもう仕方ないと諦めて、九十九を起こしに行こうとすると、隣の部屋から九十九の叫びが聞こえた。

『そう来たかー!』

「「えっ!?九十九(つくもん)!?」」

 何かあったのか?慌てて九十九の部屋に飛び込むと、九十九がベッドの上で深い溜息をついていた。

「ん?ああ、君達か。おはよう」

「う、うん。おはよう。何かあったの?」

「すごい声だったけど〜」

「いや、なんでもないよ。……本当に、なんでも……」

 そう言う九十九だったが、何故かその日一日本音と目を合わせづらそうにしていた。その理由が全く分からず、本音は困惑するのだった。



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#EX 新春特別編 初夢3 Side T

初夢ネタの九十九編です。


 今年の正月は、この辺りでは珍しくうっすらと雪が積もった。そのせいか、TVのニュースでは『都市部でスリップ事故多発』だとか『鉄道に20分の遅れ』といった少々暗い話をしている。

「新年一発目からこれか。明るい話の一つも聞きたいものだな」

 溜息をつきつつ雑煮をひと啜り。今年の雑煮として「昔一回だけ食べたお雑煮を作ってみたわ」と母さんが用意したのは、昆布といりこで出汁を取った醤油味の汁に餅を入れて煮込み、たっぷりの磯海苔を入れただけの何ともシンプルな雑煮だった。

「見た目はホラーだが、美味い」

 柔らかく煮えた餅と海苔の歯応え、ぷんと香る磯の香りがまた良い。

「母さん、お代わり」

「はいはい。お餅は?」

「二個で」

 あまりの美味さについお代わりをした私はきっと悪くない。

 ちなみに、雑煮に入っていた海苔が実は島根県産の最高級磯海苔『十六島海苔(うっぷるいのり)』(50g7000円の超高級品)だった事を後で聞いて愕然とした。もっとじっくり味わえばよかったよ、チクショウ!

 

 

ピンポーン

 

「あ、はーい」

 チャイムの音に反応して母さんが玄関へ向かう。この時間に来る予定になっているのは、一緒に初詣に行く約束をしたシャルと本音だ。何か嫌な予感がして居間から顔だけ出すと、予想通りの展開になっていた。

「「明けましておめでとうござい「きゃーっ!シャルロットちゃん、本音ちゃん、いらっしゃーい!」むぎゅう……」」

 扉を開けて新年の挨拶をしようとしたシャルと本音を母さんが思い切り抱き締めて頬ずりしている。

「あら、振袖!ヤダも~すっごく似合ってる!ほら九十九いらっしゃい!可愛い恋人のご登場……(スパーンッ!)痛いっ!」

「二人を離せ、母さん。見たくても母さんが邪魔で見えん。あと、二人が苦しそうだ」

 ハリセンで母さんの頭を叩くと、母さんの腕の力が緩んだのか二人は慌てて母さんから離れる。

「母さんがいつもすまないな、二人とも」

「ううん、大丈夫。明けましておめでとう、九十九」

「そんなに嫌じゃないしね~。あ、つくもん、あけおめ〜」

「ああ、明けましておめでとう。シャル、本音」

 少しだけ乱れた振袖を整えつつ、シャルと本音が新年の挨拶をしてきたのでそれに返す。

 今年の二人の振袖は、シャルが白を基調に紅梅と紅椿、本音は赤を基調に白梅と白椿を刺繍した、色違いのお揃いだった。

「今年はお揃いか。二人共良く似合ってる。外は寒かったろう?一旦上がって、温まるといい。初詣はそれからだ」

「うん。じゃあつくもん、ギューってして〜」

「じゃあ、僕はギューってさせてね」

 言うが早いか、二人は私を前後から挟むように抱き着いてきた。

「あ~、あったか〜い」

「うん、あったか〜い」

「お褒め頂いて光栄だがな二人共。動けないから一旦離れてくれ」

「「えー?」」

「その反応に私が『えー?』だよ。ほら、組み付くなら腕にしろ。行くぞ」

「「うん」」

 そんな私達を母さんは「あらあら、うふふ」と言いながら生温かく見守っていた。

 

 

 シャルと本音が十分温まった後、二人と連れ立って初詣へ。場所はいつもの篠ノ之神社。鳥居に近づいた時、その下に見知った顔がいた。

「あ、九十九。あけおめ」

「明けましておめでとうございます、皆さん」

「明けましておめでとうだ、お前たち」

「……明けましておめでとう」

 そこにいたのは、色とりどりの振袖を身に纏った一夏ラヴァーズだった。タイプの違う美少女が並んでいるその光景に、道行く男達が思わず足を止めて見入ってしまっている。

 結果として鳥居前は大混雑となっていて、雇われ警備員がこちらをチラチラ見ながら「止まらないでください」と言っているが、大した効果は無いようだ。

「明けましておめでとう。誰を待っているのかは……聞くまでもないな」

「悪い!遅れた!」

 そう言いながら慌てた様子でやってきたのはこの四人の想い人、超絶鈍感男こと織斑一夏だ。

「「「遅い!」」」

「だから悪いって。ほら、行こうぜ。箒を待たせんのも悪いし」

「仕方ないわね……ほら、とっとと行くわよ」

 言うが早いか、鈴が一夏の腕に組み付く。と、それを見たセシリアがならばとばかりに反対の腕に組み付いた。

「お、おい。動きづらいって」

「気にしない、気にしない」

「女性をエスコートするのは男の務めでしてよ」

 一夏が苦情を漏らすが、鈴とセシリアは全く取り合わない。さらに。

「では私は前から抱き着こう」

「じゃあ……私は後ろから」

「って、ラウラ!簪!う、動けねえよ!」

 前からラウラが、後ろから簪さんが抱き着き、一夏は完全に身動きが取れなくなって困ったように私に目を向ける。

「九十九、明けましておめでとう。あと、助けてくれ」

「ああ、明けましておめでとう、一夏。あと、助けてくれとは何からだ?お前に張り付くその四人からか?それとも、周囲の男達の怨嗟の視線からか?」

「できれば両方「無理」ですよねー……」

 一夏の頼みをバッサリ切り捨てると、一夏は諦めたかのように溜息をついた。実際、周囲からは独り身と思われる男達の「憎しみで人が殺せたら……!」と言わんばかりの視線が一夏に突き刺さっている。

 ちなみに、私達にもその視線は来ているが誠心誠意を込めた笑顔を向けると「スンマセンでした!」と言わんばかりの平身低頭の後皆逃げて行った。何故だ?

「じゃあ、一夏。私達はこれで。行こうか、シャル、本音」

「「うん」」

 そのまま一夏達を放置して本殿へ。直後、聞き慣れた声で「何をしてるんだお前たちはー!」という絶叫が響いた。

 

 賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らし二礼二拍手一礼。願ったのは『これからもこの二人とずっと居られますように』だ。

(お主らホント仲いいのな。隣の二人も同じ願いだぞ)

 突然脳内に響いた自称知恵と悪戯の神(ロキ)の声。今年も出てくんのかい!だから洋の東西が違うだろ!

 と、脳内でツッコミを入れたのが顔に出ていたようで、シャルが不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。

「どうしたの、九十九?百面相なんかして」

「いや、何でもない。さ、おみくじを引きに行こうか、二人共」

「「うん!」」

 本殿を後にして、その隣の社務所でおみくじを買う。「せーの」でお互いのおみくじを見せ合うと、そこには奇跡があった。

「全員大吉、とはな」

「今年はいいことあるかも~」

「うん、本当に」

 そう言って三人で笑い合い、大吉のおみくじを財布に入れて持ち帰るのだった。

 なお、私のおみくじの『恋愛』の所には「大丈夫!この我が保証する!」と書いてあった。あんたに保証されても嬉しくないよ悪戯の神!

 

 

 シャルと本音が着付けをして貰った美容室に寄って二人の着替えを済ませて帰宅。昼は母さんが腕によりをかけて作った特製お節料理だ。

「伊達巻きふわふわ〜。栗きんとんもシットリしてておいし〜」

「ゴボウって見た目は完全に木の根っこだけど、食べてみると結構おいしいね」

「プチプチ食感の数の子に、シワ一つない黒豆甘露煮……最高……おせち、最っ高……!」

 おせち料理のド定番である伊達巻き、栗金団、数の子、黒豆甘露煮の他、しっかりと火が入っていながら中心に赤さを残したローストビーフ。噛み締めるほどに味が染み出す松前漬け。適度な酸味が箸休めに丁度いい紅白なます等、どれも下手な店より余程美味いと言える物ばかりだ。結果−−

「しまった、食いすぎた……」

「うっぷ……」

「もう食べられないよ〜」

「大丈夫かい?」

「あらあら」

 三人揃って胃の容量以上に食べてしまい、テーブルに突っ伏してぐったりするのだった。

 

 この後、私の部屋で三人で正月番組を見たり○天堂のパーティゲームをやったりしながら過ごした。

 途中本音が「ミニゲームで一位になった人とビリになった人がキスする」事を提案。賛成二、消極的賛成一で可決した。で、どうなったかと言うと。

「女の子同士のキスって、意外と気持ちいいね」

「ね~」

「ね、本音。もう一回、いいかな?」

「うん、いいよ~」

「本音……」

「しゃるるん……」

「おーい、戻ってこい二人共!私を捨てないでくれ!」

「「はっ!?」」

 危うく二人が禁断の世界へ旅立つ所でした……全然嬉しくないわ!

 

「おっと、もうこんな時間か」

「あ、ホントだ〜」

 ふと時計を見ると、既に日の落ち始める時間だった。楽しい時間というのは、本当にあっと言う間に過ぎるものだな。

「そろそろお暇しようか、本音」

「そうだね~」

「じゃあ、駅まで送ろう」

 二人が帰り支度を整え、二階の私の部屋から玄関へ降りると、居間から夕食の準備中だったのか、エプロンをつけたままの母さんが出てきた。

「あ、シャルロットちゃん、本音ちゃん、もう少し待っててね。今お夕飯作ってるから、一緒に食べましょうね」

「いや、母さん。二人の恰好を見れば分かるだろう?これから帰る所だぞ」

 呆れながらそう言うと、母さんはとんでもない爆弾を投下した。

「まあまあ九十九、そう言わずに。あ、何だったら泊まっていく?」

「「えっ!?」」

「母さん、無茶を言うなよ。二人共、泊まりの準備なんてして来てないんだぞ」

「フッフッフ……こんな事もあろうかと……あ、槍真さーん。油の火、一旦切ってくださいなー」

『分かったー』

 何かしたり顔の母さんは、父さんに油の火を切るように言った後(多分揚げ物の最中だった)、二階に上がると私達を手招きする。

 訝しげに思いながらも後を追うと、母さんがいたのは私の部屋の隣。ここは確か倉庫部屋の筈だが……?

「こんな事もあろうかと!」

 

ガチャリ、バンッ!

 

 勢い良く開けられたその部屋の内装は思い切り様変わりしていた。

「何という事でしょう!」

 何も無いガランとした場所だった倉庫部屋が、女性二人が寝泊りするのに最適な寛ぎ空間に劇的大変身。更に−−

「伊達や酔狂で二人に抱き着いていた訳じゃないわ!二人が着られるサイズの下着とパジャマもご用意しております!」

「「なんということでしょう!」」

 タンスの中には可愛らしいデザインのパジャマと、飾り気のないシンプルな物から用途の限られる際どいデザインの物まで、ズラリと取り揃えられたランジェリーが入っていた。一体いつの間に用意したんだか。

「ん?九十九が『この二人と結婚します』って言いに来た次の日くらいからコツコツとよ?」

「ああそう」

 いっそ清々しい程の根回しの良さに、溜息をつく以外に何も出来ない私だった。そんな私を置いて、母さんが二人に問い掛ける。

「それで、どうする?二人とも。泊まって行ってくれると、私とっても嬉しいんだけどなー」

 その問い掛けに、二人は僅かな逡巡の後「お世話になります」と頭を下げるのだった。

 

 で、その夜。

「九十九、お風呂空いたよ」

「ああ。母さんが用意した服の具合はどうだ?二人共」

「ピッタリだよ~。あ、でもブラがちょっとだけキツイかな」

「そう言えば本音、この間「また少し大きくなった」って言ってたっけ?」

 どこがどのくらいだ?と訊いてみたかったがそこはぐっと堪える。あんまり突っ込んで訊いて「九十九のエッチ……」とか「つくもんはエロいな~」とか言われた日には私はへこむ。きっとへこむ。

「じゃあ、風呂に入って来る」

「「ごゆっくり〜」」

 替えの下着と寝間着を持って風呂へ向かう。脱衣所に入り、服を脱いで洗濯かごに入れて風呂場に入ると、シャルと本音の香りがまだ残っていた。

「ヤバイな、これ」

 その香りに心臓が高鳴ってしまい、あまりゆっくり風呂に入っていられなかった。

 

「ふう」

 風呂から上がって、部屋に戻る途中でニヤニヤ顔の母さんが現れた。

「……何?」

「二人のパジャマ姿、よかったでしょ?……襲っちゃだめよ?」

「襲うか!お休み!」

「はーい、お休みなさーい」

 ツッコミを入れてもどこ吹く風。母さんはニヤニヤ顔のまま、自分の寝室に入って行った。

「まったく、あの人はまったく……ん?」

 呆れ混じりに階段を上がったその先には、シャルと本音が何やら期待を込めた目で私を見ながら訊いてきた。

「「襲わないの?」」

 コテンと首を傾げる二人に思わず突撃しそうになるが、理性を総動員してそれを押さえ込む。

「正直に言えば襲いたい。が、そうもいかない」

「なんで~?」

「君達の部屋の真下は、両親の寝室だ。……聞かれるぞ」

「「あ~……」」

 それを聞いた二人は顔を見合わせた後、頷いて私に近付いた。

「じゃあ、お休みのキス。くらいは良いよね」

「つくもん、お休みのキスしよ〜?」

「唇は駄目だぞ。止まれなくなりそうで怖い」

「「うん」」

 そう言って、二人は私の頬に、私は二人の額に、それぞれ『お休みのキス』をして別れ、床に就いた。

 疲れていたのだろうか。床に就いたその瞬間、私の意識は闇に落ちた。

 

 

 その目覚めは唐突だった。

「おい、九十九。起きろ」

 

ボスンッ

 

「…んがっ!?んお?」

 突然顔面に何やら柔らかくてフワフワした物を乗せられた私は、何が起きたか理解出来ずにベッドから飛び起きる。

「よし、起きたか。ほら、お前たちも集まれ」

「え?何?何だ!?」

 何事かと辺りを見回すと、何時の間にかいつか見た縁起物+牧羊犬と羊が私を取り囲んでいた。

「お前たち、カメラを見ろ。Ein(1)zwei(2)drei(3)Käse(チーズ)!」

 

パシャッ!

 

「何だ?このカオス」

 呆然としながらカメラのフラッシュを浴びる。何なんだ?この状況は?

「よし、OKだ。この写真は今年の年賀状に使うので楽しみにな」

 牧羊犬(ラウラ)がそう言うと、縁起物達はめいめい解散する。何だったんだ、今のは。

「打ち上げパーティーの用意が出来ている。お前たちはそちらへ行け。一夏、案内を頼む」

「おう」

「私は食事の用意があるので、また後でな」

 突然起こされた事で寝ぼけたままの頭が上手く働かずその場でぼーっとしていると、一夏がこちらに向かって声をかけてきた。

「じゃあ行くぞー。付いて来てくれー」

「おい、九十九。寝ぼけてないでお前も行け」

「っ!?あ、ああ」

 こうして、何が何だかわからぬまま私は縁起物達の打ち上げパーティーに参加する事になった。

 

 だが、この時九十九は気付いていなかった。ラウラが(本音)を脇に抱え、その右手にナイフを構えていた、という事に……。

 

 

「はっ!?私は何を……?」

 ようやくハッキリと目が覚めた私は辺りを見回して愕然とする。一面の草原、雲一つ無い空、遠くに見える高い山。そう、ここはあの夢世界だ。

(今年もかーっ!でも今年はこいつらかー!)

 去年と違うのは、シャルと本音が私の近くで寝ていなかった事。よって今年は縁起物達の登場となったのだろう。

 まず牧羊犬のラウラ、富士山(ただの山)の一夏、鷹(ホウ○ウ)の鈴、そして茄子の簪さ……ん?

 縁起物達を見回したその時、私は強烈な違和感を感じた。何故なら−−

「茄子の中がシャルになってる!?と言うかどデカくなってる!?何があった茄子!?」

「あ、うん。実はね……」

 

−−九十九が夢世界にやってくる一時間前−−

「……選手交代」

「うん。後は任せて」

 簪の言葉に応えてシャルロットがナストラップに触れた瞬間、茄子が等身大まで巨大化し、シャルロットに被さるのだった。

 

「って事があったの」

「いや、デカくなった理由ふんわりし過ぎだろ!と言うか、縁起物って選手交代とかあるのか!?」

 色々ツッコミ所はあるが、今はそれよりももっと気になる事があった。それは……。

(一匹居ない!(本音)が!)

 それが気になると、目の前で温まっている物が俄然意味合いを変えてくる。

 七輪の上に乗っているのは放射状に溝の入った兜型の鉄鍋。明らかに蒙古風焼肉(ジンギスカン)に使う為の鍋だ。状況証拠から考えれば。

(まさか、この牧羊犬、羊をやりやがったのか!?)

 もしそうだとするなら、私は今直ぐにでもこの牧羊犬を叩きのめさねば気が済まないぞ。

「うむ、温まったな。では、早速材料を乗せていこう」

(くるか!)

 身構えた私に対して牧羊犬が取り出したのは、カゴ一杯に入った−−

「まずは椎茸から行くぞ」

(椎茸かよっ!)

 肩透かしを食らった気分だった。いや、待て。まずは前菜という事か!?と言うか、作り方分かっているのか!?

 そう思いながら見ていると、牧羊犬が鉄鍋に乗せた椎茸は鍋の曲線に沿ってコロコロと転がり落ちて行く。それを牧羊犬がもう一度鉄鍋の上に乗せるが、やはり椎茸は鍋の曲線に沿ってコロコロと−−

「えーい!コロコロと鬱陶しい!なんだこの鍋は!」

 その様子に牧羊犬があっさりキレて鉄鍋をひっくり返した。

(ええーっ!?)

「見た目が面白いから選んだが全然ダメだな!椎茸一つ満足に焼けんとは!」

 そもそもジンギスカン鍋は椎茸を焼くための物ではないしな。と言うか、見た目で選んでいたのか……。

「一夏!次の鍋を出せ!」

「おう!わかった!」

 言うなり富士山の顔が中に消えた。って、何ぃっ!?

 するとその直後、富士山がガタガタという音と共に左右に揺れる。中で鍋を探している!?中があるのか、中が……。

 しばらくして振動が収まった富士山が取り出したのは立派な大きさの土鍋だった。

「土鍋なんてどうだ?」

「おおう!焼こうとしていたのに土鍋を出す勇気!流石だ一夏!良かろう!それで行くぞ!それに、よく考えてみれば冬と言えば鍋だしな」

(なんか作る料理が変わったぞ!)

 ついさっきまで蒙古風焼肉をやろうとしていたのに、ここに来て180度の方針転換をする牧羊犬。

(そうか!煮込むのか!煮込むんだな!?)

「しかしそうなると野菜が足りないな……」

 そう呟いた牧羊犬が森の方を向いて大声を上げた。

「おーい、本音!野菜を追加してくれー!」

「は~い!」

 それに応えて出てきたのは、背中に野菜の入った籠を乗せた羊だった。

(っておおい!)

「らうらう、はいどうぞ~」

「ナイスだ本音。手際がいいな」

 そう言われた羊はビシッと綺麗な敬礼を返した。

 この牧羊犬、話の流れを読んでくれないものだろうか?ここまで引っ張ったというのに……。羊が生きていてくれたのは素直に嬉しいが、出すなら出すでオチだろうに。

「ラウラ、鍋なら鳥肉は欠かせないわよ」

 そう言ってホウ○ウが籠盛りの鳥肉を取り出してきた。っておい!?

「おお、確かにな。スマンな鈴」

「ナスならあるんだけど……」

 そう言うと、茄子が籠盛りのナスを牧羊犬に差し出す。こっちもか!?

「む?ナスは鍋に合うのか?一夏」

「いや、ナスは鍋には使えねえなぁ」

「だよね……」

 富士山に言われて残念そうにナスを下げる茄子。この一連の流れで気づいたのは、こいつらが共食いを全く気にしていない事。つまり、こいつらは全員着ぐるみだと言う事だ。

「お、そうだ。俺、水を常備してるから、これ鍋に使ってくれ」

「おお」

 そう言う富士山に目を向けると、山頂部分に水の入ったペットボトルが乗っていた。

(富士山に限ってはもはや家だな……。それもそこそこの一軒家だと見たぞ)

 富士山が土鍋に水を入れ火にかける。それを受けて牧羊犬が音頭を取った。

「よし、では改めて鍋を作るぞ」

「「「わー」」」

 盛り上がる一同を見て、私は深く考えるのが馬鹿らしくなった。普通に鍋を食べてさっさとこの世界からおさらばしよう。

「ほら、本音もこっち来て座れ」

 そう言って牧羊犬が羊を持ち上げて自分の隣に置こうとした瞬間、牧羊犬が手を滑らせて羊を落としてしまう。落とした先は−−

「あ」

 

ぽちゃん

 

 火にかかった鍋の中だった。

「そ……」

 

 

 

ガバアッ!

 

「そう来たかー!」

 

 叫びながら飛び起きると、そこは自分の部屋だった。

「……はあああ……」

 またしてもあんな夢を見た事に、深い、それは深い溜息をつく。

「「九十九(つくもん)!?」」

 すると、慌てた様子でシャルと本音が部屋に飛び込んできた。多分だが、私の叫びが部屋まで届いたのだろう。

「ん?ああ、君達か。おはよう」

「う、うん。おはよう。何かあったの?」

「すごい声だったけど〜」

「いや、なんでもないよ。……本当に、なんでも……」

 二人にはそう言う私だったが、この日はどうにも本音と目が合わせ辛かった。

「あの……つくもん?わたし、つくもんを怒らせるようなことしちゃった?」

「いいや、君は何も悪くない。悪いのは、むしろ私の方なんだ……」

「???」

 私の言葉の意味が分からずに首を傾げる本音を見て、私は酷く申し訳ない気持ちになるのだった。

 更に翌日、私に届いた差出人不明の年賀状に、夢世界で撮ったあの写真が使われていた。それを見た私は新年早々重苦しい気分になるのだった。

 

−−その後の夢世界にて−−

「スピ〜……」

「出てこないな、あの土鍋から」

「気に入ったのか?」

 富士山と牧羊犬が見つめるその先で、土鍋に入った状態で熟睡する羊。この後、この『猫鍋』ならぬ『羊鍋』は、夢世界でしばしば見られるようになるが、それは九十九の預かり知らない事だった。



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#EX 新春特別編 初夢4

明けましておめでとうございます。

毎度おなじみ、新春初夢ネタをお送りします。


 正月元日。一年の始まりであるこの日は、なんとなくだが神聖な気持ちになるものなのだが……。

「あ、明けましておめでとうございます。本日はお招き頂きありがとうございます、誠さん、言葉(ことのは)さん」

「あ、明けましておめでとうございます」

 今日の私は柄にもなくド緊張していた。というのも−−

「うん、ようこそ九十九くん、シャルロットさんも」

「明けましておめでと〜、九十九くん、シャルロットちゃん」

 今年は本音から「わたしのお家で新年会やろ〜よ」との誘いを受け、こうして布仏家にやって来たという訳だ。

「ほらほら二人共、緊張なんてしなくていいのよ?自分の家だと思って寛ぎなさいな」

「いや、そういう訳には………何故いる?」

 横からかかった無駄に明るい声にツッコみながら顔を向けると、何故かにこやかな笑みを浮かべた楯無さんがいた。

「あ、たっちゃんあけおめ〜」

「うん、あけおめ。本音ちゃん」

 本音と楯無さんの砕けたやりとりに、誠さんが渋面を作った。

「本音、主家の当主には敬意を払えといつも……」

「あー、いいのよ誠さん。本音ちゃんだし」

「あー……」

 なんとなく、楯無さんの言わんとする事が分かった。本音が虚さんばりのガチガチの敬語を使っている所とか、逆に想像できないからな。

「つくもん、なにか失礼なこと考えてない〜?」

「まさか」

「それで御当主。本日の御用向きは?」

「ああ、うん。あのね……」

 誠さんの質問に少し言い淀んでから、楯無さんは困ったような笑みでこう言った。

「お父さんが『九十九君に用があるんだ。呼んできてくれ』って……。ごめん!急で悪いんだけど、家に来てくれない?」

「「また!?」」

 こうして、私達は再び更識邸に足を踏み入れる事になったのだった。

 

 

 九十九が楯無の要請で更識邸に向かう数分前。更識邸正門前に、困惑の表情を浮かべた五人の少年少女が立っていた。

「えっと……ここでいいんだよな?」

「その筈だが……」

「表札が『更識』ってなってるんだし、ここで合ってるでしょ。それにしても……」

「なんと言うか……色々大きいな」

「わたくしのウェールズの別荘と同じくらいでしょうか……」

「「「え?」」」

「え?」

 言わずもがな、一夏一行である。一夏は簪から「家で新年会、しない……?」と言われ、それなら皆で行こうとラヴァーズを誘ってやって来た。という訳である。

 ちなみに、皆で行く事を簪に伝えると「そう言うと思って、おせちいっぱい用意したから」と了承の旨を伝えられた。簪の先読みに、一夏は何か九十九みてぇだなと思った。

 ともあれ、ここでぼうっとしていても始まらない。一夏は意を決して、インターホンのボタンを押した。

 

ピンポーン

 

『はい。どちら様でしょうか?』

 返ってきたのは若い女性からの誰何の言葉。それに少し緊張しながらも、一夏は誰何に返した。

「あ、えっと。俺たち、簪……さんの誘いを受けた者なんですけど……」

『簪様よりお伺い致しております、織斑一夏様。並びにその御学友様方。今、門をお開けします』

 インターホンの向こうの女性がそう言うと、重厚な作りの門がゆっくりと開いていく。

「「「おお……」」」

 その何処か非日常的な光景に感嘆する一同。と、そこに聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。

「ホントにごめんね、九十九くん。シャルロットちゃんと本音ちゃんも」

「気にしなくていいよ~、たっちゃん」

「楯無さんが本音のお家に訪れた時点で、イヤな予感はしてましたから。ね、九十九?」

「まあな、何かしら一波乱あるような気がしていたよ。しかし、(つるぎ)さんが私に一体何の用で……?」

「「「あ!」」」

「「「ん?」」」

 思わず声を上げた一夏達と、聞こえた声に反応した九十九達の視線がぶつかった。

 

 

「なんだ、結局全員集合か」

「だな」

 更識邸、大広間。楯無さんに呼ばれた私達と、簪さんに呼ばれた一夏達が一堂に会して、更識姉妹の父である劔さんが来るのを待っていた。

 周囲には前回(#57)同様黒服の男達が控えており、言い知れない緊張感が場を支配していた。

「先代当主、劔様。おなりです」

 侍従の声と共に、上座の襖がすっと開く。一同の緊張が最高潮に達したその瞬間。

「おー!来たか九十九君!シャルロット君も!」

 やたらにテンション高く、びっくりする程の上機嫌で劔さんが現れた。その顔は赤く、熟柿のような匂いが鼻に付く。その手には焼酎の一升瓶を提げていて、既に半分近くが無くなっている。まさかとは思うが……。

(この人、酔ってる!?)

「ん?そこにいるのは織斑一夏君か!ようこそ!俺が楯無と簪の父、劔だ!」

「は、はい。はじめまして」

「うむ!家の娘達が世話になっているそうだな!これからも頼むぞ!ハッハッハ!」

 そう言って笑いながら一夏の背中をバシバシ叩く劔さん。この人酔うとこんな風になるのか。アルコールって怖いな。

「ごめんなさいね、皆さん。家のひと、酔うとこうなんです……よ!」

 

スコーンッ!

 

「ゴハアッ!」

 玉杓子で劔さんの後頭部を引っ叩きながら現れたのは、劔さんの奥方にして更識姉妹の母、釵子(さいし)さんだ。

 釵子さんからの一撃を受けた劔さんは、ばったりと畳の上に倒れ伏す。

「問答無用で殴り倒した!?」

「あの、釵子さん?大丈夫ですか、劔さん」

 一夏が驚き、私が戸惑いがちに言うと、釵子さんは実にあっけらかんと言い放った。

「ええ、大丈夫です。この人、酔ってる時は後ろ頭を思い切り叩けばすぐ酔いが覚めますから」

「そんな体質聞いた事……「ふぅ……すまんな釵子。少し呑みすぎたようだ」本当だった!?」

 むくりと起き上がった劔さんからは、さっきまで漂っていた熟柿の匂いも顔の赤みも消えていた。ホントどんな体質なの?この人。

 

「いや~、すまんな九十九君。醜態を晒した」

「いえ、お気になさらず。挨拶が遅れました。明けましておめでとうございます、劔さん」

「うん、明けましておめでとう。そして、改めてはじめまして、一夏君。俺が楯無と簪の父、更識劔だ」

「劔の妻で二人の母の、釵子と申します。どうぞよしなに」

「は、はい、はじめまして。織斑一夏です」

 酒気が抜けた劔さんと釵子さんが上座について一夏に挨拶をする。返事を返すー夏は、かなり緊張しているのか表情も体も強張っている。

 そんな一夏の後ろに目をやって、ラヴァーズを一瞥する劔さん。ラヴァーズに緊張が走ったのが私にも伝わった。

「それで、君達が簪の『同士にしてライバル』の……?」

「は、はい!はじめまして!篠ノ之箒です!」

「凰鈴音です!」

「セシリア・オルコットと申します」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ……です」

 緊張しながら自己紹介をするラヴァーズに、ウンウンと頷く劔さん。

「うむ、よろしく。それにしても、美少女ばかりだな。羨ましいぞ一夏君。どうかな?一人くらい俺に……「劔さん?」いえ、何でもないです」

 何か言いかけた劔さんだったが、釵子さんに睨まれて慌ててそれを飲み込んだ。……意外とかかあ天下なのか?この夫婦。

「あの、それで劔さん。私に会いたいと楯無さんに仰ったと聞き及んでいますが、今回は一体何用で?」

「ああ、それな。実は、君にお年玉をあげようと思ってね。手を出してくれるかな?」

「はあ……」

 言われるまま劔さんに向けて手を伸ばす。(言い忘れていたが、私は劔さんの隣。ついで本音、シャルの順で座っている。一夏は釵子さんの隣。ラヴァーズがそれに続いて並んで座っている形だ。更識姉妹は饗応役として下座にいる)

 すると、劔さんは着物の袖の中から何かを取り出して私の手にポトリと落とした。それは−−

「延べ棒?」

「うむ。将来義理の従甥(じゅうせい)(従兄弟の息子)になる君に、これまでとこれから、合わせて20年分の纏め払いだ!」

 「嬉しいだろう?」という劔さんだったが、私は手渡された延べ棒がどういう物かに気付いて戦慄していた。

 やや黒みがかった銀色の延べ棒。その表面には『NIHONN MATERIAL PLATINUM 500g 999.5』の刻印が刻まれている。つまり……。

「ちょっ!お父さん、それって……!」

「500gの純プラチナ……ですって……!?」

「そんなに驚くことなのか?」

「何を言っているんだ一夏!プラチナは……」

「ISの各種装置の触媒に用いられたことで価値が急騰しておりまして、現在は1g7000円は下らないんですの」

「それを500g……。つまり、単純計算で350万かそれ以上の品を何でもないように渡したんだ」

「……破格の、待遇」

「ま、マジかよ……!?」

「劔さん、これ、本当に……?」

 20年分のお年玉として350万円相当のプラチナ塊を渡される、という信じられない事態に声と手が震える。そんな私に、劔さんはニカッと笑いかけて言った。

「構わん!なにせ君は言葉が『大丈夫(だいじょうふ)』、将来必ず大物になると認めた男だからな。先行投資だ!励めよ!」

 ハッハッハ!と快活に笑う劔さんに「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。この人にはもう頭が上がらんな。

 

 

 その後、布仏家の皆さんも更識邸に呼ばれて、大新年会が催された。

「じゃあ、皆。今日は存分に食べ、存分に飲んでくれ!乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 劔さんの音頭に合わせて掲げられたコップがカチンと打ち鳴らされる。その後、めいめいが好きに飲み食いをしながら会話に花を咲かせ出す。

 言葉さん特製の豪華御節料理に舌鼓を打っていると、劔さんが私の所に徳利を持ってやって来た。

「九十九君、どうだい?一杯」

「いや、だから私未成年ですって」

「まぁまぁそう言わずに。御神酒だよ、御神酒」

 そう言って日本酒の入った徳利を構え、猪口を差し出す劔さん。今回ばかりは、受け取らないと引き下がってくれそうにない雰囲気だ。

「……一杯だけですよ?」

 神酒だと言われては仕方ない。差し出された猪口を受け取り、注がれた酒を一息に呑む。直後、食道が焼け付くような感覚に咽た。

「ゲホッ、ゴホッ。慣れない事をするものじゃない……

「ははは、大丈夫だ。そのうち慣れる!」

 私の背を叩いて笑う劔さんに苦笑いを返す。慣れたいと思わないぞ、こんな物。

 

「で、一夏は何故あんな事になった?」

「それが……」

「劔さんに「御神酒だから」って渡されたお酒を飲んで~……」

「あ、もう分かった。皆まで言わなくていい」

 これが漫画なら、額に縦線効果が入っているだろう顔で私達が見ている先では−−

「う~ん、箒〜」

「こ、こら一夏。こんな所で、や、やめ……あんっ」

「ちょ、ちょっと一夏!なにしてんのよ!?」

「箒さん!一夏さんから離れて下さいな!次はわたくしが……」

「させんぞセシリア。次に一夏を抱きしめるのは私だ!」

「……一夏、やっぱり大きい方が……いいの?」

「…………」

 たった猪口一杯の酒で酔った一夏が箒に抱きつき、その『低反発枕』にダイブして幸せそうな顔を浮かべ、箒は顔を真っ赤にして困惑しながらもどこか嬉しそうにしている。

 それを見た鈴が一夏を箒から引き離そうとし、セシリアとラウラが「次は自分だ」と名乗り出て、簪さんは一夏が真っ先に箒に抱きついた事に暗い雰囲気を漂わせ、楯無さんが一夏に不満そうな視線をぶつける。という、何とも混沌とした光景だった。

「……シャル、本音。アルコールって……恐いな」

「「うん」」

 『酒は飲んでも飲まれるな』。私達は、唐突にその言葉の意味を理解するのだった。

 

 

 多少の騒動はあったものの、大新年会は大いに盛り上がった。

「一番!門番英二(かどつがい えいじ)!ア○ラ100%やります!せーの……ハイッ!って、あっ!?」

「「「きゃあああっ‼」」」

 高らかに宣言して門番さんがあの『お盆芸』を披露しようとしたが、ものの見事に失敗して門番さんの『門番さん』が100%見えてしまうというアクシデントが発生したり。

「せいっ!」

「「「おーっ!」」」

 劔さんが巻藁切りを披露して若干変な風になった空気を回復したり。

「ちっ、一発外した。私もまだ未熟だな」

「お前、あれで不満なのかよ?」

「「「すげーっ!」」」

 空き缶を的にした空中ピンホールショットを見せた私に拍手が送られたりした。もっとも、私は一発外した事が悔しかったのだが。

 

「む?もうこんな時間か。すっかり長居してしまったな。そろそろお暇しようか、皆」

「え?帰るの?」

 私が皆にそう言うと、楯無さんは何故か意外そうな顔をして首を傾げた。

「ええ、もういい時間ですし。これ以上の長居は返ってご迷惑でしょうから」

「でも……」

 言いながら楯無さんがすっと障子を開ける。すると−−

「うわっ、大雪じゃない!」

「これ積もってるんじゃないか?」

「いまネットニュースで見たが、公共交通機関は軒並み全滅だそうだぞ」

「どうしましょう。これでは帰るに帰れませんわ」

「むう……」

 外は真っ白な雪が降っていて、庭に数㎝積もっていた。この様子だと、市街地の交通は完全に麻痺しているだろう。

「どうする?九十九」

「是非も無い。ここは世話になるしかなさそうだ」

「わ~い、みんなでお泊り会だ~」

 皆が愕然とする中、本音だけが嬉しそうに飛び跳ねていた。

 なお、何故か全員にピッタリの下着と寝間着が用意されていた。いつ調べて用意してたんだろう?謎だ。

 

 

「すやすや〜……」

 皆が更識邸に泊まる事になったのを誰よりも喜び、誰よりもはしゃいでいた本音だったが、布団を敷かれた広めの客間で全員で雑談をしている中、まるで電池切れを起こしたかのように突然眠りについた。私の膝を枕にして。

「寝ちゃったね」

「起こすのも偲びない。シャル、そっとだぞ」

「うん」

 シャルと協力して本音を起こさないように布団に入れる。軽く頭を撫でると、本音は幸せそうな笑顔を浮かべた。

「「「じー……」」」

 そんな私達の事を心底羨ましそうに見ているラヴァーズ達。

「……なんだ?」

「いや~、相変わらず熱いな~って、ね」

「一挙手一投足から愛を感じますわ」

「一夏にはまだ無理な領域だな、これは」

「うっ。お、俺だってあれくらいは……」

「では私にやってみろ!さあ!」

「いやいや~、ここは私にでしょ。ね、一夏くん?」

「私が、先……」

 鈴が口を開いたのを皮切りに、一気に騒がしくなる客間。

「……おい」

「「「!?」」」

「静かにしろ。本音が起きてしまうではないか」

「「「す、すみません」」」

 私が少し強めに言うと、騒いでいたラヴァーズ達が一斉に頭を下げて黙り込んだ。

「もういい時間だ。そろそろ寝よう。一夏、出るぞ」

「おう」

 隣の部屋に移動すべく立ち上がろうとした私だったが、誰かに寝間着の裾を引かれたような感覚を覚えてそこを見る。すると、本音が私の寝間着をぎゅっと掴んでいた。

「これは、離してくれそうにないな……仕方ない。一夏、私の布団をここへ」

「え、なんで?」

「アホかお前は。ここで寝るからだ。幸いスペースはあるからな」

 この客間は全部で15畳。10人が布団を並べて寝ても充分に余裕がある。

「いや、でも女だらけの部屋に男一人とか……居心地悪くねえか?」

「なら、お前もここで寝ればいい」

「「「えっ!?」」」

 私の提案に、一斉に一夏の方を見るラヴァーズ。その目には困惑と期待が半々の光が宿っている。

「なあ、九十九。みんなの目が怖えんだけど……」

「全員それがお望みって事さ。ただし、自分の身の安全は自分で確保しろよ。例え誰かに、あるいは全員に『襲撃』されても、私は助けんぞ」

「そこは助けてくれよ!?でもまあ、分かった。俺もここで寝るよ。ちょっと待ってろ、お前と俺の分の布団、持ってくるから」

「頼むぞ」

 こうして、一夏と一夏ラヴァーズ、私達三人は、一つの客間で雑魚寝をする事になった。皆余程疲れていたのか、床についた途端、一斉に寝息を立て始めた。

(皆寝付くの早いな。まあ、それは私も……同じ……だ……が……)

 皆の寝付きの良さに少し呆れながら、私も意識が遠退くのに身を任せた。

 

 

「おい、おい九十九。起きてくれ!」

「……ん?」

 一夏の切羽詰まったような声と激しい揺さぶりに、私は目を覚ました。

「どうした一夏?便所くらい一人で行けるだろ?餓鬼じゃないんだし」

「ちげぇよ!周りを見ろって!」

「周り?……ああ(察し)」

 言われて周囲を見ると、そこは一面の草原だった。遠くには山が聳え、上空は雲一つない青空。つまり−−

「今年もか……もういい加減に良くね?このネタ」

「?……どういうことだよ?」

「いいか、一夏。よく聞け。ここは−−」

 

 ーー村雲九十九説明中ーー

 

「という訳で、初夢の縁起物を探し出し、最後に今年の干支を見つければ、この夢から覚める。そういうシステムだ」

「どういうシステムだよ……ってあれ?ってことはひょっとして、他のみんなもここにいるのか!?」

「可能性が高い。思うに、縁起物のネタに巻き込まれているのかも知れん」

「マジかよ!?じゃあ早く探しに行かねえと!」

「っておい待て!闇雲に走るな!」

 焦りを顔に浮かべて走る一夏を追いかけて、私も縁起物探しに走る。……きっとまたネタ塗れの縁起物なんだろうなあ……。

 

 

「なあ、九十九。どこにも富士山なんて見当たらねえぞ?」

「恐らくだが……あれだ」

「は?あれって……あれ?」

「あれ……だと思う」

 困惑する私達の前では、二人の男性が将棋盤を挟んで対峙していた。

 一方は、私達と同年代と思しき少年。もう一方は70代後半から80代前半に見える、すきっ歯が特徴的な老年男性。この二人どこかで見た事あるよな……?

「後手、三8步」

「……10秒……20秒……」

「先手、一3金」

 ちなみに、記録係と計時係は箒と鈴だった。やはり巻き込まれてたか。

「どうすればいいんだ?これ」

「対局が決着するまで待つしかないだろうな。幸い、もう最終盤。あと五手で後手が詰む。多分後手の棋士も気づいてる」

 私が言ったと同時に、後手の老年男性が「まいりました」と頭を下げた。

「まで、89手で、藤井四段の勝利です」

「……ん?藤井?」

「一夏、ツッコめ。それで多分二人は正気に戻る」

「お、おう。えっと……」

 一夏はどう突っ込むか暫く考えた後、裏手ツッコミをしつつ叫んだ。

「それじゃ『富士山』っつうか『藤井さん』じゃねえか!」

 

 九十九、一夏、第一の縁起物『富士山(将棋棋士)』発見。

 

 

「なるほど、それでか……」

「九十九、あんたこういうところでも規格外なわけ?」

「一応言っておくが、私のせいでは無い。さ、次に行くぞ。次は『鷹』だ」

 正気に戻った箒と鈴を連れて『鷹』を探すべく歩く事しばし。そこには、椅子に座って項垂れるヤンチャな雰囲気の残る中年男性二人組と、どこか悲しげな表情の本音がいた。

「ほ、本音?どうした?なぜそんなに悲しげなんだ?」

「だって〜……もう終わっちゃうんだよ?この人たちの番組!」

 「好きだったのに〜」と目の幅涙を流す本音。ん?待て。この二人組、ひょっとして……?

「『全落』と『細かすぎる』で少しは持ち直したと思ったんだけどなー……」

「まあ30年やらせて貰ったし、もう潮時だったんじゃね?」

 あ、やっぱりだ。

「今年はそっちの『タカ』かい!?あと、お疲れ様でした!」

 私のツッコミが、青く高い空に吸い込まれていった。

 

 九十九、一夏、第二の縁起物『鷹(と○ねるず)』発見。

 

 

「すまん。また巻き込んだ」

「ううん、いいよ~。結構楽しいし〜」

 私の初夢に巻き込んだ事を本音に詫びると、本音は意外な程あっさり許してくれた。

「次は『茄子』か。一体どんなネタが来るやら……よし、行くぞ」

「お〜!」

「「「お、お〜」」」

 元気よく返事する本音と躊躇いがちに返事するその他のメンバー。テンションにちょっと差があるな。

 

「はあ、一体どこにいるんだ『茄子』は?もう大分歩いたぞ」

「流石に、疲れたわね」

「うん〜。HPが半分くらいになったっぽいよ~」

 歩き始めて一時間。未だ影も形も現さない『茄子』に、女子メンバーが呟いた。

「九十九、そろそろ休憩にしようぜ」

「その必要は無い」

「は?なんでだよ」

「今の女子メンバーの呟きが呼び水になったようだ。前を見ろ」

「前?……誰?あの人達。ってか一人セシリアじゃん!」

 私達の目の前に現れたのは、『あのゲーム会社』のRPGシリーズが生み出したヒロイン達だ。そんな中で唯一違いがあるとすれば、『生まれた意味を知るRPG』のヒロインが、その格好をしたセシリアに変わっている事だろう。

 すると、ヒロイン達は一様に得物を構え、何やら口の中で呟き始める。足下からは淡い光が立ち昇り、幻想的な雰囲気を醸し出している。

「な、何だ?何が起こるんだ?」

 困惑する一夏。と、次の瞬間、ヒロイン達が一斉に口にしたのは。

「「「全体中回復術(ナース)!」」」

 同時に一瞬空が暗くなり、看護師の格好をした天使達が乱舞する。すると。

「ん?こ、これは!」

「え、ウソ!?体力が回復してく!?」

「お〜、効く〜っ!」

 歩き通しで失われた体力(HP)が急速に回復する感覚に全員が驚愕する。いや、体力回復は有り難いんだが−−

「『茄子』だから『ナース』というのはお約束だけどさ……そっちの『ナース』かよ!捻りすぎだろ!」

 分かる人にしか分からないネタに、思わず普段の口調を放り捨ててツッコミを入れてしまう私だった。

 

 九十九、一夏、第三の縁起物『茄子(回復術)』発見。(というより体験)

 

 

 正気に戻ったセシリアは、自分が『生まれた意味を知るRPG』のヒロインのコスプレをして、ノリノリで呪文詠唱していた事を思い出して、羞恥に身悶えしていた。

「うう……こんな恰好であんなこと……恥ずかしいですわ……」

「ほら、一夏。セシリアに何か言ってやれ」

「お、おう。えっと、その……なんだ。似合ってるぞ、セシリア」

「一夏さん……♡」

 一夏に恰好を褒められただけで、セシリアの顔が羞恥以外の理由で赤くなる。チョロい、流石セシリア、チョロい。

「九十九、縁起物はこれで全部か?」

「だったらもうみんな集まってるはずでしょ?ねえ、九十九」

「鈴の言う通りだ。縁起物はあと三つある。末広がりで縁起の良い『扇』、煙が上に昇る事から運気上昇の意味を持つ『煙草』、そして毛が無い事から転じて無病息災の意味を持つ『座頭(坊主)』の三つだ。その内、扇はもう見つかったがな。あれを見ろ」

「「「あれ?……何あれ」」」

 私が指差した方向を見た一同は、揃って唖然とした。

 そこでは、ワンレングスにボディコンシャス、太い眉に濃いメイクという、『日本が最も馬鹿だった時代』の恰好をした女性達が、大音量のディスコミュージックに合わせて舞台上で派手な扇子と腰を振って踊り狂っていた。その中には−−

「ほら、簪ちゃん!もっと腰を振って!」

「お、お姉ちゃん……恥ずかしいよ……」

「あ、簪。楯無さんも」

 踊っている女性達と同じ格好とメイクをした簪さんと楯無さんが踊っていた。ただし、二人の間には大分温度差があるようだが。

「えーっと、これは『扇』を見つけたってことでいいのか?」

「良いと思うぞ。思った以上に真っ当なせいでツッコみづらいが……な」

 結局、更識姉妹が正気に戻ったのは、こちらが彼女達を発見してすぐに楯無さんが一夏に気づいて動きを止めた時だった。

 

 九十九、一夏、第四の縁起物『扇(ディスコ風)』発見。

 

 

「見ないで!お願い、見ないで!」

 『泡沫好景気』全開の恰好をした体を精一杯縮め、羞恥に染まった顔で懇願する楯無さん。何か可哀想になってきたな。

「ほら、一夏。上着を貸してやれ」

「悪い、もう簪に貸しちまった」

 見ると、確かに一夏は上着を着ておらず、替わりに簪さんが一夏の上着を実に嬉しそうに着ている。

「仕方ないな。楯無さん、私の上着でよければ……」

「九十九くん、上着借りるけど良いわよね?答えは聞いてないわ!」

「問答無用!?あ、ちょっ、コラ!無理矢理剥ごうとしない!貸します!貸しますから落ち着いて!」

 相当テンパっているのか、楯無さんは必死の形相で私から上着を奪おうとする。怖いよ!

 

「……落ち着きましたか?」

「うん。ごめんね、無理矢理上着取っちゃって。で、ここどこ?何が起きてるの?」

「えっとですね……」

 更識姉妹にここまでの経緯を話して聞かせると、二人はなんとも言い難い表情で私を見た。

「自分の夢に他人を巻き込むとか……」

「……村雲くん、本当に人間?」

「何気に失礼だな。生まれも育ちも地球だよ、私は。……さて、次は『煙草』だな。行くぞ、皆」

「「「はーい」」」

 皆を連れて歩く事しばし、私は正面からこちらに向かってやってくる大きな人影に気づいた。その人影は、こちらに気づくと歩調を早めた。よく見ると、その肩にはシャルとラウラが乗っている。

「あ、九十九、本音。みんなも。よかった、やっと会えたよ」

「うむ、大分歩き回ったからな。お前にも苦労をかけた。すまんな」

「−−」

 二人を連れて来たその人(?)はシャルとラウラを肩から降ろし、『気にするな』という風に低く唸る。

「なあ、九十九。俺、この人に見覚えがあるんだけど……」

「奇遇だな、私もだ」

「「「私(あたし、わたくし)も」」」

 その人の風貌は、およそ『人間』とは言い難い。身長3m弱の、全身に長い毛を生やしたその姿は『直立する獣』と言って差し支えない。

 そして、そんな『直立する獣』を、私は見た事がある。具体的には『遠い昔、遥か彼方の銀河系で起きた話』の中で。

「「ありがとう、チュー○ッカ」」

「−−‼」

「「「やっぱりだ‼」」」

 もはや語感すら合ってない『煙草』の縁起物。いいのか?そんなので!?

 

 九十九、一夏、第五の縁起物『煙草(世界一有名な獣人)』発見。

 

 

 巨体を揺らして去って行く○ューバッカを見送って、最後の縁起物『座頭』を探して歩いていた私達は、突然目の前に現れた巨大建築物に目を奪われる事になった。

「これは、城……か?」

「城……だろうな」

 それは、途轍もなく巨大な白亜の城。お伽話にでも出てきそうな、美しく輝く西洋風の城だ。

「でもなんでお城なんだろ〜?」

「ふむ……」

 本音の疑問ももっともなので、何故ここに突然城が現れたのか考えを巡らせる。

 私達が探していたのは『座頭』だ。だが、目の前にあるのは城。いきなり出てきた事から察するに、これが『座頭』のネタ縁起物なのだろう。

 だとすると、城を『しろ』と読まず、かつ『座頭(ざとう)』に近い読み方をしろ。という事か。

 城……日本語なら『しろ』『じょう』『き(ぎ)』……どれも違う。となると外国語読みか?

「鈴。城を中国語で言うとどうなる?簡体でだ」

「え?ああ一座城堡(イーズオチェンバオ)よ」

「セシリア、英語では?」

castle(キャッスル)ですわ」

「ラウラ」

「ドイツ語ではEine Burg(アイネブーア)だ」

「楯無さん」

「ロシア語だとЗамок(ザモーク)ね」

 ここまで聞いてどれも違う。となると残るは−−

「シャル、フランス語で城は?」

「あ、うん。château(シャトー)だよ」

「「「それか!?回りくど過ぎる!」」」

 シャルが言った途端、全員が一言一句同じにツッコんだ。

 『座頭』が何をどうしたら『(シャトー)』になるのか。謎が多過ぎだろ、私の夢世界。

 

 九十九、一夏、最後の縁起物『座頭(仏語で城)』発見。

 

「え~……というわけで、全ての縁起物が出揃った訳ですが……」

「あれは『縁起物』って言っていいの?九十九くん」

「いいっこなしでお願いします」

 毎度『縁起物』には程遠い人や物が出てくるのが、この初夢最大の特徴だ。今更ツッコんだ所で無意味だろう。

「あとは今年の干支である『戌』を探し出せば、この初夢から覚めるはずだ。行こう、皆」

「「「了解」」」

 皆を伴って暫く『戌』を探し回っていると、やはりというか何というか、あまりにも唐突にそれは現れた。

 それは、『ある共通点を持った芸人を集めたトーク番組』のセット。ひな壇には既に人がスタンバイしていて、あとは司会者が司会席に立つだけの状態になっている。ただ、そのスタンバイしている人達というのが−−

「ねえ、あそこにいる人達、どっかで見たことない?」

「ああ、あるな。主に漫画とアニメで」

 私達が見つめる先でひな壇に座っているのは、長い金髪をうなじで束ね、派手な赤いロングコートを着た同年代と思しき少年。その後ろには鈍く輝く鎧が立っている。

 隣にいるのは、髪をアップに纏めた凛とした美女を背後に従えた軽薄そうな男。だが、その目には野心の炎が燃えている。二人が着ているのは、ライトブルーを基調にした制服。胸に徽章が輝いている事から、それが軍服だと分かる。

 その隣では、先の男女と同じ軍服を着た筋骨隆々の中年男性が、上半身を顕にして筋肉美を披露している。その両手には意味有りげな紋様が刻まれたナックルを着けている。あれで殴られたら痛いでは済みそうにない。

 更にその横には、長い黒髪をうなじで括り、酷薄な笑みを浮かべるスーツ姿の男。両掌にはそれぞれ月と太陽をモチーフにしたと思われる入れ墨を入れていて、その雰囲気と相まって危険人物感が凄い。

「九十九」

「ああ、行くしか無いだろうな」

 正直言って行きたくないが、行かねば始まらない。私は意を決して番組セットの司会席に立ち、ひな壇にいる人達に問うた。

「皆さんは、何の括りですか?」

 すると、金髪の少年が代表して「俺達は」と言った後、全員が声を揃えて言い放った。

「「「国家錬金術師です!」」」

 そう、あの『錬金術が当たり前にある世界のダークファンタジー』における彼らの蔑称は−−『軍の狗』

 確かに犬だ。犬なんだが……。

「そ……」

 

 

 

ガバアッ!

 

「「「そっちかーい!」」」

 

 ツッコみながら飛び起きる私。周りでも同様の反応で全員が飛び起きていた。

「「「…………」」」

 直後、互いに顔を見合わせて、深い溜息をついた。

「九十九、アンタさぁ……」

「折角の初夢が色々台無しではないか」

「わたくし、こんなに寝覚めの悪い夢は初めて見ましたわ……」

「よく分からんがこれだけは言える。あれは無い」

「あれだけツッコミどころ満載の夢は中々無いわよ?」

「……やっぱり、規格外」

「あの……何か、スミマセンでした

 一夏ラヴァーズからの軽めの非難に何故か居た堪れなくなって、私は皆に頭を下げた。

 なお、この日以降『まともな初夢が見たいなら、九十九と一緒の部屋で寝るな』が、全員の暗黙の了解となったのだった。

 

 ちなみに虚さんが出て来なかった理由だが、私達と入れ違いで弾の家に新年の挨拶に行って、雪で足止めを食らってそのまま泊まって……あとはお察し頂きたい。私の口からこれ以上言うのは憚りがあるというものだから。

 

 一方その頃、九十九の夢世界内では−−

「今年は出番無し、か……」

「仕方ねえよ、『本体』が来ちまったんだし」

「あたしたちが出て行ったら、ますます変なことになるしね」

「来年に期待しようよ、皆」

「やるかどうかはこの世界の観察者さん(作者さん)の来年のやる気次第だけどね〜」

 こんな会話が有ったとか無かったとか。

 来年の九十九の初夢。内容は−−現在未定。



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#EX 新春特別編 初夢5

あけましておめでとうございます。
新年恒例、初夢ネタです。


 12月31日、23時59分。村雲邸、私の部屋。

『1月1日、午前0時0分をお知らせします』

 

ピッ、ピッ、ピッ、ピーン

 

「「あけましておめでとうございます、九十九(つくも)」」

「あけましておめでとう、シャル。本音」

 日付が変わると同時に互いに挨拶をする私達。本音が「年が変わった瞬間から一緒にいたい」と言うので、大晦日から二人が泊まりに来ているのだ。

「とは言え、これ以上の夜ふかしは体に毒だ。そろそろ床につこうか?」

「うん、そうだね。じゃあ、九十九。おやすみ」

「おやすみ〜」

 そう言って、二人は私の頬に口づけをすると、あてがわれた部屋へと戻って行った。それを見送って私も床につくと、すぐさま眠気が襲ってきた。

 ……待て、ちょっと待て。この……感じ……は……。

「zzz……zzz……」

 

 

「はい、やっぱりね。どうせこうだと思ったよ、ホント」

「待っていたぞ、九十九」

 という訳で、毎年の初夢恒例になった夢世界の草原に私は立っていた。いつもと違うのは、初夢生物の5人(?)が既に私の目の前に居るという事だろう。

 何故こいつ等がこうしているのかに興味は無いので話を急かす。正直さっさとこの世界から帰りたいのだ、私は。

「で?要件は?さっさと言え」

「まあそう急くな、九十九。まずは茶でも「要件を、言え(ニッゴリ)」あ、ああ。分かった」

 茶を勧めようとするラウラにイラッとして、強めの圧をかけて話を促す。ラウラは軽く咳払いをするとこう切り出した。

「我々は、本日をもってこの夢世界から卒業する!今まで世話になったな!」

「……ああ、そう。どうぞご勝手に」

「ちょっと!もっと何か無いのあんた!?」

 私の返事が気に食わなかったのか、鈴が掴みかかってくる。

「そうだな……毎度面倒に巻き込んでくれて、よくもありがとう」

「皮肉!」

 うがーっ、と吠える鈴を取り敢えず無視して、私は一夏に初夢生物達の今後について訊ねた。

「で?私の夢世界から去ると言うが、何処か行くアテはあるのか?」

「心配いらねえよ、もう次の移住先は決まってるからさ!」

 言って爽やかな笑みを浮かべる一夏。だが格好は富士山の着ぐるみだ。

「だから、その格好でその笑顔はやめろ」

「おう」

 まあ、行くアテがあるのなら問題ないだろう。何処に行く気なのかは興味がないし、去ってくれるなら有難い。

「では、そろそろ行く。達者でな」

「ああ。君達との思い出はロクでもないが、それでも道中の無事を祈らせて貰う。が、その前に」

「「「なんだ(なによ)?」」」

 訝しげに言うラウラ達に、私は全力の誠意を込めて願い出た。

茄子(シャル)(本音)、置いて行け(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ」」」

 高速で頷いた3人は、シャルと本音をその場に残し、脱兎の如く走り去って行った。

「ん、体が透けてきた。そろそろ起きるようだな」

「またね、九十九」

「またね〜」

「ああ、また」

 別れの挨拶を交わすと、私の意識は急速に現実へと呼び戻された。

 今年の初夢はこれで終わりか。来年まで会えないのは、ちょっと、いやかなり寂しいな。

 

 

 1月1日、22時。村雲邸、私の部屋。

 初詣と挨拶回りを済ませ、ついでにといつものメンバーで遊びに出かけて20時まで遊び回った後、それぞれの家へと帰った。

 シャルと本音も、今日はそれぞれの親元へと帰っている。今頃シャルはフランシスさん(この為にわざわざ来日)とホテルで親子水入らずで過ごしているだろうし、本音もご両親と元日を過ごしていると思う。

 虚さんは弾の家に世話になっているだろう。蓮さんが虚さんの事をかなり気に入っている。とは、蘭の弁だ。

 一夏?知らん。ひょっとしたらラヴァーズに襲われてるんじゃないか?むしろ襲われてしまえ、あのど鈍感女たらし。

「ふわ……あふ。……そろそろ寝るか」

 明日はフランシスさんに年始の挨拶に行くため、早めに起きないといけない。やって来た眠気が薄れないうちにベッドに横になる事にした。

「おやす……zzz」

 おやすみすら言い切らぬうちに、私の意識は闇に落ちた。

 

 

「えっ!?まさかの二夜連続?」

 寝たのが今日の深夜で、縁起物三人衆が出てくる夢を見た以上初夢はもう終わりだと思っていた所にこの状況。

(もしや、今夜が本番なのか!?)

 そう思いながら周囲を見渡すと、視線の先で羊の着ぐるみの本音と人間大の茄子の格好のシャルが「やっほー」と手を振っていた。が、問題なのはその隣にいる連中だ。

「あら、やっと来たのね。九十九くん♪」

 チェシャ猫のボディースーツ(cats風)を着て、ニヤニヤ笑いを浮かべる楯無さん。

「すみません、お邪魔しています」

 鷹……と思わせて鳶の着ぐるみを着て申し訳無さそうに会釈をする虚さん。

「よう、九十九。ちょっと状況説明してくんね?」

 巨大な赤富士……に見えるいちごゼリーに身を包んだ弾。新たな縁起物と引っ掻き回し役が、夢世界にやってきていた。

 ああ、私にはもう、平穏な初夢を見る事は叶わないのだなぁ……。

 

「なるほど……。常々規格外だって思ってたけどよ、やっぱお前すげぇわ」

「褒めてないよな、それ」

 私もまさか弾が巻き込まれるとは思っていなかった。きっと弾を見る私の顔は何とも言えない表情になっている事だろう。その様子を横で見ている虚さんも苦笑を浮かべる事しかできないでいるようだ。

「しかし、何故二夜連続で夢世界(ここ)に……?」

「なーに言ってるの。今夜が元日の夜でしょうが、九十九くん」

 私の疑問に楯無さんが答える。……なるほど、そう言われると納得だ。寝たのは日付が変わった後でも、あれは昨日……12月31日の夜だったという事だろう。今夜が初夢の本番なのは、よく考えれば当然と言える。

 これが真の初夢ならば、縁起物探しをする必要があるが、既にここには富士(いちごゼリー)、鷹(鳶)、茄子(人間大)の3つは揃っている。

 となれば残りの縁起物、末広がりで縁起の良い扇、運気上昇の意味を持つ煙草、毛がない=怪我ないに通ずる座頭(坊主)を探し出す必要がある。

「さて、では縁起物探しの旅に出るか」

「あ、その必要は無いわよ」

「は?」

 ポカンとする私に「はいどうぞ」と言って楯無さんが取り出したのは、楯無さん愛用の扇。受け取って広げて見ると、墨痕逞しい字で『謹賀新年』と書かれている。……扇だ。個人の持ち物だが、何の捻りもなく扇だ。

「俺からはこれな」

 「くー重てえ!」と言いながら弾が取り出したのは、巨大な黄金煙管。火の着いた刻み煙草が入っているのだろう。火皿から煙が立ち上っている。これを使う人間は相当な膂力の大男だろう。それこそどこかの『天下御免の傾奇者』とか。……煙草だ。道具のサイズは規格外だが、紛う事なく煙草だ。

「私からはこれを」

 「なぜか持っていまして」と言いながら虚さんが取り出したのは、掌サイズのダルマ。何故ダルマ?と考えて、その理由に思い至る。ダルマのモデルは禅宗の開祖とされる中国の僧、達磨大師。つまり坊主だ。……座頭だ。国がちょっと違うが、間違いなく座頭だ。

「驚く程アッサリと縁起物が揃ったな……」

「ちょっと拍子抜けしちゃうね」

「毎年苦労してたからね〜」

 毎年、初夢の縁起物探しは大変な上に無駄に捻りが効きすぎて最早別物になっている事ばかりだった。なので、逆に何の捻りもなく、かつここまで簡単に出てきた事に別の意味で驚かされた。

「この調子だと、今年の干支……(いのしし)も存外あっさり……」

 

ズドドドドドド……

 

「ん?何だこの音は?」

 突然聞こえてきた地響きに何事かと振り返った先にいたのは、血走った目でこちらに向かって突進してくる巨大な猪だった。

「なっ、えっ!?」

 あまりに突然の事に対応の遅れた私は、全く速度を落とす事なく突っ込んできたその猪に撥ね飛ばされてしまった。

「ぐぼぁっ!?」

「「つ、九十九ーっ!」」

 シャルと本音の叫びが響く中、上空に吹き飛ばされた私は、その猪の背に必死にしがみつきながら「落ち着いてください!乙事主(おっことぬし)様!」と猪を制止しようとする、何処か野生的な雰囲気の美少女の姿を目で捉えたのを最後に、意識を失った。

 

 

「ここが夢の中で良かった……。現実なら即死コースだぞ」

「すっごい飛んでたもんね〜」

「えっと、大丈夫?九十九」

「なんとかな。あちこち痛いが」

 気絶する事しばし。巨大猪に撥ね飛ばされたダメージがまだ残る体をどうにか起こして、楯無さんに訊ねた。

「さっきのが今年の干支、という事でいいんですよね?」

「ええ、そうよ。でもまさか、あんな大物が来るとは思ってなかったけど」

「気絶する直前、あの猪を『乙事主』と呼ぶ声が聞こえました。超大物じゃないですか、何故こんな所に来たんだか……」

 

 乙事主。前世のとあるアニメ映画に登場した実在しない猪の神……なのだが、この世界においては違う。

 この世界において乙事主とは、『日本書紀』や『古事記』に名を残す神猪で、日本武尊(ヤマトタケル)を倒した『神殺しにして英雄殺しの神』として有名な神様だ。

 長野県富士見市には、乙事主を祀った『乙事神社』が建立されている。下克上や大物食い(ジャイアントキリング)に御利益があるそうだ。

 

「まあ、色々あったが縁起物と干支は探し終えたという事でいいのだろうな。……で?」

「で、って?」

「いや、帰る方法!あるでしょ!?何か!」

「あるの?虚ちゃん」

「はい。九十九くんがこちらで眠れば、あちらの九十九くんが起きます。もしくは……」

「もしくは?」

 注目された虚さんは少しだけ溜めて、もう一つの方法を提示した。

「強めのツッコミを入れれば、この世界から離脱出来ます」

「そんな方法!?いや、心当たりあるけども!」

 これまでも、初夢のオチにツッコもうとした瞬間に目を覚ました経験はある。まさかあれがトリガーだったとは……。

 

 という訳で、何故かあった布団に潜り込み、夢世界にサヨナラを告げるべく眠りにつこうとしたのだが……。

「「「じー……」」」

 新初夢生物達が矢鱈とこっちを見てきてどうにも寝付けない。特に楯無さんは何か言いたげな目をしているのでどうにも気になる。

「あの、楯無さん?何か言いたい事でもあるんですか?」

「え?ああ、うん。実は私達、昨日までいた初夢生物に比べて縁起力が低いのよ」

「待って、まず『縁起力』って何?」

「だもんだから、九十九くんにささやかな幸運を少しづつしかあげられないの」

「質問に答えてくれません?」

「具体的には、あっちの世界で確かめてね」

「いや、だから質問に……「という訳で……寝れ!」ぐぶうっ!?」

 『縁起力』の意味が気になって油断していた私の腹に楯無さんの下段突きが突き刺さる。その一撃に、私の意識はあっさりと遠のくのだった。

 

 

「結局分からなかった……『縁起力』って何なんだ?」

 初夢をはっきり覚えた状態で目を覚ました私は、『縁起力』の正体がどうにも気になってしまっていた。

 字面通りに捉えるなら、縁起物としての『縁起の良さ』の事だろうか?縁起の良さに高低とかあるのか?

「考えても分からんか……。飯にしよう」

 一旦『縁起力』について考えるのをやめ、着替えてリビングに降りる。

「おはよう。父さん、母さん」

「おはよう、九十九」

「おはよう。朝ご飯、もうすぐ出来るからちょっと待っててね」

「ん」

 調理の手を止めずに言う母さんに返事をしてコタツに入ると、目の前にみかんの入った籠が。

(朝飯の前に1つ食うかな)

 そう思い、1つ手にとって皮を剥く。すると、房と房の間に小さな房が入っていた。珍しい事もあるものだな。

「お、新年早々運がいいな、九十九」

「ささやかだけどね……はっ!?」

 そこで気づく。そうだ、夢の楯無さんは言っていたじゃないか。『自分達の縁起力は低い。九十九くんにささやかな幸運を少しづつしかあげられない』と。と言う事は……。

(これがその『ささやかな幸運』という奴なのか?)

 だとするなら、ちょっとささやか過ぎないか?ほっこりするけども。

「あら、珍しい」

 と思っていると、母さんが台所で嬌声を上げた。

「どうした、八雲?」

「九十九の朝ご飯の目玉焼きを作ろうと卵を割ったんだけど、そしたら双子の卵だったのよ」

「へー、珍しい事もあるもんだ。得したな、九十九」

「あ、ああ。そう……だね」

 父さんの言葉に曖昧に返事をする。ささやかだ、確かにささやかだ。いや、いいんだけど。

 

 その後も『ささやかな幸運』は続いた。

 フランシスさんに会いにホテルに行く時、タクシー代のお釣りの中に縁がギザギザになっている十円玉が混じっていたり。

 シャルとフランシスさんと一緒に行ったレストランが開店5周年記念で粗品(マグカップ)を貰ったり。

 本音と合流してゲームセンターに行ったら、「帰らないといけない時間だ」と言う人から余ったメダルを寄越されたり。

 帰り際に自販機で飲み物を買ったら、当たりが出てもう一本買えたり。と、こんな感じに小さな得が何度も起きるのだ。

「くそ、このままでは柄にも無くほっこりさせられてしまう!……待てよ?別にいいんじゃないか?これで」

 時折来る大きな幸運より、日々の小さな幸運の方が、噛み締め易さでは上だと思う。

 旧初夢生物には悪いが、私にはこっちの方がいい気がした。去ってくれてありがとう、旧初夢生物。君達の事は月末まで忘れない!

「……あれ?そう言えばあいつ等『行くアテはある』と言っていたが……どこに行ったんだ?」

 

 

 時間は僅かに遡り、1月1日、23時50分。篠ノ之神社境内、篠ノ之邸、箒の部屋。

「はっ!?どこだココは?」

 ふと目を覚ました箒が辺りを見回すと、そこは見慣れない剣道場だった。自分の家にある道場より遥かに広く、新しい。

「なぜ私はこんな所に……?」

 明日は一夏と会う約束をしていたので、早めに寝ようと早々に床についたはずだ。それが突然、何処とも知れない剣道場に居たとあっては、流石の箒も戸惑いを隠せない。

「や~っと起きたわね、だいぶ待ったわよ」

「っ!?……は?」

 突然かけられた声に弾かれたようにそちらに振り返った箒は、目の前にいる存在に呆け顔を浮かべてしまった。と言うのも。

「にしても狭いわねぇ、アンタの夢の中。道場と神社しかないじゃない」

 昔、一夏と九十九がやっていた収集育成ゲームの『伝説のポ○モン』にそっくりな着ぐるみを着た鈴が呆れ気味に言えば。

「そう言ってやるなよ、鈴。十分広いと思うぜ?俺は」

 富士山の着ぐるみの一夏が鈴を宥めつつフォローする。

「いや、むしろ助かった。あまり広いと夢の主との接触もなかなか難しいからな」

 牧羊犬の着ぐるみに身を包んだラウラが世界が狭い事の利点を述べ。

「……村雲くんの世界は、とても広かった、から。あ、どうも。復活の茄子です」

 茄子の着ぐるみを纏った簪が、かつての苦労を語る。

「なぜ、わたくしが羊……?他になにか無かったんですの?」

 金色の毛が目に眩しい羊の着ぐるみのセシリアが文句を言う。

「仕方ないじゃない、枠がそこしか無かったんだから」

「だからってこのような……!」

「いや、結構可愛いと思うぜセシリア」

「一夏さん……」

 鈴の言葉になおも反論しようとしたセシリアに一夏が賞賛を述べると、あっという間に顔を赤くして嬉しそうに微笑んだ。

「相変わらずチョロいな、セシリアは」

「……それがセシリア」

 それを見たラウラと簪が、ヤレヤレと言う風に首を振る。なお、この間箒は完全に置いてきぼりだ。

「おい!」

「「「ん?なに(なんだ)?」」」

 いい加減でしびれを切らした箒が、正体不明の存在達に遂に質問をぶつけた。

「急に出てきて何なんだ、お前たちは!?」

「は?なに言ってんの。見ての通りの縁起物よ」

「どこがだっ!?完全に見覚えのある顔ばかりではないか!?と言うか、どこから来たんだ!?」

「九十九の所からだが?」

「なぜ私だ!?」

「……見たら分かる。他に行くアテがない」

「あるだろうが!シャルロットの所とか、楯無さんの所とか!」

「その二人なら、多分今ごろ九十九の所にいるぞ。楯無さん、行きたいって言ってたし」

「なっ!?」

「九十九も九十九で新しい連中を受け入れたみたいでさぁ。今更戻れないのよ」

「という訳だ。これからよろしく頼むぞ、新たな主殿」

 余りに身勝手なその発言に、遂に箒がキレた。

「ふ……ふざけるなぁ!お前ら全員−−」

 

ガバァッ!

 

「ここから出て行けえええっ!」

 叫びながら上半身を持ち上げて飛び起きる箒。彼女は普段うつ伏せ寝なので、布団をはね飛ばすまではなかった。

「…………」

 辺りを見回し、そこが自分の部屋だという事に気づいた箒は、深い、とても深い溜息をついた。

「箒ちゃん?大丈夫?何かあったの?」

 と、そこへ叔母の心配を含んだ声が聞こえてきた。どうやら叫び声が叔母に聞こえていたようだ。箒が慌てて「何でもない」と誤魔化すと、「そう?なら良いけど。あ、朝ご飯できてるから」と言って部屋の前から去って行った。

「おのれ九十九……人の初夢を台無しにしてくれおって……!」

「今度会ったら文句を言ってやる!」と、箒が九十九に向かって怨嗟の念を飛ばした丁度その頃……。

 

「えっくし!」

「あら九十九、風邪?」

「風邪はひき始めの対処が肝心だぞ」

「いや、違うよ。なんか急に鼻がムズついて……誰か噂でもしたか?」

 自宅のリビングで朝食前のみかんを頬張っていた九十九がくしゃみをしたが、そこに因果関係が有ったかどうかは、本人達を含め誰にも分からなかった。




そろそろネタが尽きてきた感のある初夢ネタ。
もう一度やるかどうかは、本編の進みと小生のモチベーション次第です。


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#EX 唐突に降りてきた初夢干支ネタ集

明けましておめでとうございます。
タイトルまんまです。それでは、どうぞ!


CASE1 子年

 

 夢空間に突如として鳴り響くエレクトリカルな行進曲。音のする方に目をやると電飾を装った大型車。その上に乗っているのは、世界一有名なあのネズミだ。

「みんなー!ハッピーニューイヤー!ハハッ!」

 やけに耳に残る高音域の声で愛想を振りまきながら、彼は私の前を通り過ぎて行った。

「……いや、著作権法的に出して大丈夫!?作者消されない!?」

 

 

CASE2 丑年

 

「…………」

「あのー、ここ何処です?何で私ここに居るんでしょう?」

 いきなり私の目の前に現れたのは、直立二足歩行する眼鏡をかけたホルスタイン(乳牛)。女性とも少年とも取れる声で、困惑を口にするその様は、とても人間臭い。というか−−

「この人は()()()()()()()()()だから!あっ、すみません先生ここにサイン下さい!」

「あっ、はい」

 世界的な人気を誇る某ダークファンタジー漫画の作者を引っ張ってくるなよ!会えて嬉しかったけども!

 

 

CASE3 寅年

 

「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。私、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。渡世上故あって、親、一家持ちません。カケダシの身もちまして姓名の儀、一々高声に発します仁義失礼さんです。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します。皆様ともどもネオン、ジャンズ高鳴る大東京に仮の住居まかりあります。不思議な縁持ちまして、たったひとりの妹のために粉骨砕身、売に励もうと思っております。西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のおあにいさん、おあねえさんに御厄介かけがちなる若造でござんす。以後見苦しき面体お見知りおかれまして、恐惶万端引き立って、よろしくお頼み申します」

 立て板に水とはこの事か。と感心する見事な仁義切りを披露したのは、モスグリーンの中折れ帽を被り、水色の七分丈のシャツに肩がけにしたベージュのジャケットと同色のスラックス。足元は裸足に雪駄履き、古びた旅カバンを手に提げた中年男性。

 ギネスブックに『一人の俳優が演じた最も長い映画シリーズ』として掲載される国民的映画の主人公が、そこに居た。

「ああ、うん。寅だな……確かに寅だ」

 この後、喧嘩売の口上にまんまと釣られて木彫りの虎(不用品)を買ってしまった。何してんだろ、私……

 

 

CASE4 卯年

「イイイヤッハーッ!」

 私の周りをテンション高く走り回るのは、二足歩行のウサギ。全体にデフォルメが効いていて、なんか小さくて可愛い。が、こうもドタバタされると流石に鬱陶しい。

「ヒャッハー!」

「なあ、君。そろそろ落ち着「プルルルルハアッ!」−−いや、だから落ち着「ハーッ!」−−」

 こちらの言葉に全く耳を貸す事なく、大暴れに暴れるデフォルメウサギについイラッとして思い切り目を合わせて「……落ち着け、な?」と言った結果、彼が震えながら服従ポーズを取ったのは言うまでもない。

 

 

CASE5 辰年

 

 突然空が暗くなった。何事かと周囲を見回すが、見える範囲には誰も、何も居ない。はて、これは一体どうした事か?と思っていると、頭上からでんでん太鼓のなる音と『あの昔ばなしアニメのテーマ』が聞こえてきた。

「……っ!?まさか!」

 ハッとして空を見上げると、そこには赤い半纏と腰巻きを身に着けた男の子を背に乗せた龍が悠然と泳いでいた。……ああ、はい。辰ですね、間違い無く。珍しく何の捻りもないなぁ、今回。

 

 

CASE6 巳年

 今年の干支、蛇を探して夢空間をウロウロしていると、それは唐突に眼前に出現した。

「段ボール箱……?何でこんな所に……?」

 成人男性一人くらいなら楽に隠れられそうな大きさの段ボール箱が何故か逆さまの状態で置いてあるのだ。その中から、微かだが人の気配がしている……気がする。それがどうにも気になってそっと近づくと、ガバッと段ボール箱が動き、中からタクティカルスーツに身を包んだ精悍な顔つきの壮年男性が飛び出して、重厚さを感じる渋い声で「待たせたな」と口にした。

 「いや、別に待ってないです」とは言えず、満足そうに去っていく彼の背を見つめる事しかできなかったが……それで良かったんだろうか?

 

 

CASE7 午年

 

 今、私の目の前に居るのは様々な意匠の勝負服(ドレス)を身に纏う見目麗しい少女達。アイドルグループだと言われても信じてしまいそうだ。個性豊かな彼女達だが、一つだけ共通している点がある。それはウマ耳。それもそれっぽいカチューシャとかではなく、頭頂から本当に生えているように見える。もしかして、彼女達がそうなのか?

「失礼、お嬢様方。お名前を頂戴できるだろうか?」

 そう訊くと、彼女達は自己紹介を始めた。彼女達が名乗ったその名は、そっち方面に疎い私でも聞いた事のあるものだった。

 スペシャルウィーク、サイレンススズカ、トウカイテイオー、ナリタブライアン、ゴールドシップ、シンボリルドルフ、オグリキャップと、超一流競走馬の目白押し。なるほど、ウマだね。見た目完全に女の子だけど確かにウマだね。何でも擬人化、萌キャラ化する日本人って、本当に未来に生きてると思うよ。

 

 

CASE8 未年

 

「やっほ〜、つくも。今年はわたしだよ〜!」

「ああ、君か(本音)さん。良かった、変なのが出て来なくて。今年は安心だな」

 今年やってきたのは、初夢生物の一匹、羊の本音だった。彼女が来たなら意味不明な事態にはならないだろうと安心できる。

「じゃあ、はい。おいで〜、つくも」

 ホッと胸を撫で下ろす私に、本音は両手を広げたいわゆる『ハグ待ちポーズ』をとって見せる。その魅力に抗えず、私は本音を抱き締めた。瞬間、圧倒的な柔らかさが私を包んだ。

「おお……フワモコだ。これは癒やし効果が凄いぞ。ああ駄目だ……幸せ過ぎて意識が落ち……ぐう

「つくも!?ここで寝ちゃったらあっちに戻っ−−」

 目覚めると自室のベッドの上だった。チクショウ、もっと堪能したかった!

 

 

CASE9 申年

 

 今回の夢空間は海の上、帆船の甲板上だった。但し、その船は『世界一有名な海賊漫画』の主人公一味の乗る船のようだ。

 デフォルメされたライオン……ライオンだよな?が付いた特徴的な船首と船の上のミカン畑、そして帆にはデカデカと『麦わら帽子を被った海賊旗』が描かれている。うん間違い無くサニー号です、本当にありがとうございます。

「ん?誰だお前?」

 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには一人の少年。頭には年代物の麦わら帽子、左目元の傷痕、疑うという事を知らなそうなキラキラした眼、細身ながら鍛え上げられた肉体に纏うのは赤いノースリーブとデニム風の見た目の短パン。間違い無い、彼は……!

「そう言う、貴方は……?」

 私の誰何に、少年は胸を張り、人好きのする笑みを浮かべて堂々と言い放った。

「俺はモン○ー・D・○フィ!海賊王になる男だ!」

 ですよね!こんな所(夢空間)に超大物呼んでくんじゃねえよ!大丈夫か!?この作品消されないよね!?ねえっ!?

 

 

CASE10 酉年

 

 ふと気付くと、そこは籠城戦中の城の中だった。既に兵糧も底をつき、士気も下がり気味だが、兵士達の目には未だ諦めの色はない。一部の兵の中には、何かを待っているかのように城壁の向こう側を何度も見に行く者の姿もあった。

 気になって城壁の向こう側を覗くと、そこには周囲を埋め尽くさんばかりの武田四つ菱の旗指し物。どうやら彼らは武田軍と敵対しているようだ。すると、城の外を見ていた兵達がざわつき出す。武田軍の陣前に誰かが引き出されたようだ。

強右衛門(すねえもん)!」

「強右衛門じゃ!」

「強右衛門、織田の援軍は……!?」

 歌手で俳優の岡崎体育ソックリの見た目の彼は、こちらに向けて「織田の援軍は来ない」と告げた。その報を受けて悲嘆にくれる城内の兵達。強右衛門と呼ばれた男は、武田の兵から巾着を受け取るといそいそとその場を後にしようとしたが、その瞬間巾着を取り落とし中身(砂金)がこぼれ出る。しばらく呆然とそれを眺めていた強右衛門だったが、落ちた巾着を手に取らずその場で振り返り、意を決したかのように大声で叫んだ。

「嘘じゃ!織田の援軍はあと二、三日の内に来る!皆の衆!それまでの辛抱じゃあっ!」

 強右衛門の(武田軍的に)裏切りに激昂した(多分)武田勝頼は、彼を磔刑に処した。しかし、命懸けの忠義を見せた強右衛門の姿は味方の兵達のみならず、武田軍の心をも打ったようだった。

 彼の名は()()強右衛門。後の世に『戦国の走れメロス』として名を残す事になる男である。

 彼のフルネームを知ってなきゃ、これが酉の干支ネタって絶対わからんぞ!?

 

 

CASE11 戌年

 

「む、どうやら君がこの世界の主で間違いないようだな」

 今回の干支ネタは何が来るのかと思いながら歩いていると、青と白の毛並みが美しい犬頭の人間……獣人が現れた。

「君が現れた以上、私は私の役目を果たすとしよう。行くぞ!」

 気合の入った声で彼が言うと、懐から何かを取り出す。それはメカメカしい外見の警察手帳のような物。それを腕を伸ばして前に突き出すと、声を張り上げた。

緊急変身(エマージェンシー)!デ○マスター!」

 叫ぶと同時に、彼は警察手帳上部の白いボタンを押す。すると、警察手帳のような物のカバーが開き、犬の横顔が特徴的な紋章が姿を見せる。瞬間、彼の体が眩い光に包まれたかと思うと、黒を基調にしたタイトスーツにスチールブルーのアーマーを身に着けた『圧倒的強者』の気配を漂わせるヒーローに変わっていた。

「百鬼夜行をぶった斬る!地獄の番犬!○カマスター!」

 決め台詞、決めポーズでビシッと決める目の前のヒーロー。カッコいい、確かにとてもカッコいい。んだが……。

「ネタ扱いする方が失礼な程のレジェンドスター呼んでくんじゃねええええっ!」

「何を言っているんだ君は?」

 とんでもない大物戦隊ヒーローの登場に思わず突っ込んでしまった私は、誰かがなんと言おうと悪くない!

 

 

CASE12 亥年

 

 またしても放り込まれた夢空間で、私は今回の干支……猪を探し回っていた。

 余談だが、日本では猪が十二支に名を連ねているが、中国では豚らしい。これは単純に『当時の日本に豚が居らず、それっぽいので代替したから』なんだとか。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

「やれやれ、方方探したが今回はなかなか見当たらんな……」

 おおよそ3時間は探し歩いたが、それっぽい存在は影も形も見えない。これは長期戦になりそうだなと思っていると、聞き馴染みのある声が後ろから掛けられた。

「あ、九十九!探したよ!」

「シャル?どうしてここに……待て、何だその格好」

 現れたシャルの格好はいわゆる『猪娘』とでも言うべきものだった。猪耳のカチューシャを頭に着け、首には猪の牙のネックレス。猪の毛皮っぽい見た目のビキニ水着とパレオが野生的な可愛らしさを演出している。……あれ?でもここでシャルが出てくるって事は−−

「えーっと、君が今回の干支ネタって事でいいのだろうか?」

「あ、うん。ゴメンね、特に何のネタって事もなくて」

「まあ……いいんじゃあないか?作者も人間だ、ネタ切れくらい起こすだろうさ」

 私が頷きながらそう言うと、どこか遠くの方から『ゴメンて……』と聞こえたような気がした。

 

 

「今日で連続12日……。ホントなんなんだよ、この夢」

 干支ネタとか普通初夢で見るもんじゃないの?何でこんなどうという事もないタイミングで見るんだよ。もしかしてアレか?自称知恵と悪戯の神(ロキ)の嫌がらせか?だとしたら効果覿面だからもうやめて貰えませんかねえっ!?




本年も拙作をどうぞよろしくお願い申し上げます。


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#EX ラグナロク・コーポレーションへ行ってみよう 

ふと思いついて書き下ろしました。
切りの良い所で切ったのでちょっと短いですが、後で続きを投稿しますので気長にお待ち下さい。


 10月のとある日曜日。IS学園一年生寮の廊下に、二人の女の子の叫び声が響いた。

「「ええっ!?『フェンリル』の定期点検があった!?」」

「本っ当にすまない!すっかり忘却の彼方だったんだ!」

 『折角の日曜日だし、たまには羽を伸ばそう』という事で、3日前からしていたデートの計画。それがおジャンになったのは、昨日届いたラグナロクからの事務報告メールによってだった。

 

『ラグナロク・コーポレーション、秘書課の李蘭華(リー・ランファ)です。明日は『フェンリル』の定期点検の日です。9時には迎えの車が到着しますので、学園正門前で待っていてください』

 

 これを見た私の顔はきっと蒼白だったに違いない。直ぐにでも二人の所へ飛んでいって詫びを入れたかったが、そのメールに気づいたのは22時の事。とうの昔に消灯時間を過ぎていた。

 結果として、その事を二人に言うのが今日になってしまい、こうして必死に頭を下げている。という訳だ。

 手を合わせ、頭を下げつつチラリと二人の顔色を伺うと、不満と呆れが半々といったような表情を浮かべていた。

「せっかくおめかししたのに……」

「せっかくどこで何をするかみんなで計画したのに〜……」

「返す言葉も無い。私に出来るのは平謝りだけだ」

 そう言うと、二人は深い溜息をついて「顔を上げて」と言ってくれた。

「お仕事なら仕方ないけど〜……」

「埋め合わせは、してくれるよね?」

「ああ、必ず近い内にさせて貰う」

「うん、約束だよ。じゃあ……」

「お見送りさせてもらうね~」

 せめて正門前まで一緒にいたいという乙女心か、二人は私の腕に組み付いて正門前まで行く気満々だ。まあ、見送りを受けるのは意外に気分がいいし、これくらいは許容しよう。

 

「やあ、九十九くん。迎えに来たよ」

 正門前には既に迎えの車が来ていた。ドアの前に立って朗らかな笑みを浮かべるのは、彫りこそ深いが黒髪黒目の日本人的外見、たてがみのような髪型と精悍な体付きが野生のライオンをイメージさせる男性。要するに。

「社長……」

 ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作(にとう あいさく)氏が、またしても運転手として私を迎えに来たという訳だ。

「あ、社長さん。お久しぶりです」

「うん、久し振りだねシャルロットくん。それからそちらが……?」

「は、はじめまして!布仏本音です!」

「うん、はじめまして、本音くん。ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作だ」

 握手を求める社長に、本音はおずおずと応えた。すると、社長の目が二人……正確には二人の服装に行った。

「ところで九十九くん。二人とも随分と気合の入った格好だが、ひょっとして……」

「ええ。今日の事をすっかり忘れてデートの約束を」

「それはまた……。株を落とす真似をしたねぇ、九十九くん」

「まったくです。我ながら情けない限りですよ」

 溜息をつきながら言うと、社長は「ふむ……」と呟いて思案顔をする。しばらくそうしたと思うと、ぽんと手を打って一言。

「そうだ。二人をラグナロク(うち)に招待しよう」

「「「……は?」」」

 

 

 あれよあれよと言う間に車に乗せられたシャルロットと本音は、藍作からどうして自分達を誘ったのかの説明を受けていた。

 『フェンリル』の点検中に九十九が何をしているかと言えば、実の所その様子をボーッと眺めたり、社屋を適当にうろついたりした後、最後の起動実験に参加する程度。要するに何もしていないのと同じなのだ。

「まあ、そういう事もあって、暇を持て余す九十九くんが見ていられなくてね。今回お誘いした訳だ」

「「はあ……」」

 急な展開に未だに追いつけないでいるシャルロットと本音。ちなみに九十九は「着いたら起こしてくれ」と言って二人の間で寝息を立てている。

「まあ、それにラグナロク(うち)は会社訪問は何時でも誰でも受け付けてる。今頃はもう君達用のゲストパスが発行されていると思うよ。九十九くんは暇を持て余さず、且つ『二人とデートをする』約束を守れる。君達は九十九くんと一緒に居られて、且つ『未来の旦那の職場を見学』という、普段は出来ない体験ができる。どうだい?君達全員にとって決して悪い話じゃあ無いだろう?」

 藍作にそう言われて、二人は顔を見合わせた。

 行先が九十九の職場という少々色気の無いデートではあるが、二人に取って重要なのは『何処に行くか』ではなく『九十九がそこに居る事』なので、藍作の言う通り悪い話ではないと言えた。

 そう考えた二人は「まあ、たまにはこういうのもいいか」という結論に達し、揃って頷くのだった。

 

 

「じゃあ、私は車を駐車場に入れてくるから」

 私達を正面玄関前で車から降ろし、社長はそのまま駐車場に向かって行った。恐らくそのまま社長室に戻るつもりだろう。

「「「ありがとうございました」」」

 去っていく車に頭を下げて見送った後、改めて二人に向き直って、私は少しヤケクソ気味に言った。

「ようこそ、ラグナロク・コーポレーションへ」

 

 入口の自動ドアを潜ると、総合受付に詰めていた二人の女性がすっと立ち上がって「いらっしゃいませ、ようこそ」と息を合わせたお辞儀をする。

「どうも、奈津子さん、蛍さん」

 この二人はラグナロク・コーポレーション事務部門所属の受付係、常磐奈津子(ときわ なつこ)さんと野分蛍(のわき ほたる)さんだ。その鋭すぎる直感でラグナロクに害をなそうとする者や産業スパイを直前でシャットアウトする役目も負っている。

 彼女達のお陰でラグナロクに今まで深刻な経済的、技術的被害が出た事はないと言われている。ちなみに独身・彼氏ナシ。顔も性格もいいのに浮いた話が無いのは、周りの男達の見る目がないのか、それとも彼女達の理想が高いのか、どちらだろうね?

「あら、九十九くん。今日は確か『フェンリル』の定期点検だったわね。地下四階、IS開発部へどうぞ」

「了解です」

「そちらのお二人は社長直々のご招待で当社の見学に来た方ですね?こちらがゲストパスになります。社屋内にいる間は、忘れずに首にお下げください」

「「はい」」

 二人は蛍さんから渡されたゲストパスをその場で首から下げた。

 このゲストパスは、ラグナロクに目的を持って訪れた人全てに渡される物で、その日一日だけ有効なパスカードである。但し、その権限は社員証に比べて極めて限定的で、入室不可な場所はかなり多い。のだが。

「蛍さん。二人のゲストパス、入室規制段階(セキュリティ・レベル)は?」

「2よ。技術開発部の総合ロビー(地下一階)までなら入室可。だから、デートするなら地上階でお願いね」

「了解です。行こうか、二人とも」

「「うん」」

 二人と腕を組んで歩く私に、どこか羨ましそうな、微笑ましい物を見るような視線を送る受付嬢二人。

 あの二人には、是非良い人を捕まえて欲しいものだと思いながら、地下一階の技術開発部総合ロビーに向かうのだった。

 

「着いたぞ。ここが技術開発部総合ロビーだ」

「けっこう広いね~」

「うん」

 技術開発部総合ロビーは、地下一階をほぼ丸々使っている為かなり広い。

 ここでは多くの技術者達が互いのアイデアをぶつけ合ったり、完成した作品を批評し合ったりと、毎日熱い議論が交わされている。

 ちなみにこのロビー、壁際にドリンクバーとカップ麺の自動販売機があったり、一番奥に仮眠室と浴室があったりと至れり尽くせりで、技術者の中には半ばここに住んでいる人もいる程だったりする。例えば−−

「九十九くん、お待ちしてましたよ」

 テンション高めにやって来た『フェンリル』の産みの親、絵地村(えじむら)博士。とか。

「博士、お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです。早速ですみませんが、『フェンリル』を点検しますのでこちらへ」

「了解です。シャル、本音。少し待っていてくれ」

「「うん」」

 ロビーに二人を待たせ、私は博士と共に地下四階、IS開発部へと向かうのだった。

 と言っても、私のやる事は『フェンリル』を展開し、そのまま機体から降りるという作業だけ。ほんの3分程で用事は終わる。

「では、よろしくお願いします」

「はい。おまかせください」

 あまり二人を待たせるのも悪い。『フェンリル』を博士に任せ、私は急ぎロビーに戻った。

「すまない、待たせたか?」

「「ううん、大丈夫」」

「そうか。じゃあ、行こうか。地上階のみしか案内出来ないが、我が社を存分に見ていってくれ。但し、一つ注意だ」

「なに?九十九」

「どうかしたの?」

 訝しげな顔をする二人に、私は注意事項を告げた。

「この会社はな、初めて来る大概の人が疲れる事になるんだ」

「ああ、大きいもんね、この社屋」

「歩き回るだけでも大変そうだよね〜」

「違う。そこは問題じゃない」

「え?」

「じゃ〜、なにが問題なの〜?」

 ハテナを頭に浮かべる二人に、私はこの会社のこの会社たる所以を教えた。

「この会社は良くも悪くも『変人の巣』なんだ。真面目な人ほどツッコミ疲れる事になる。私もそうだった」

「「注意点ってそこなの!?」」

 二人の私へのツッコミが、地下のロビーに響いた。

 

 こうして、シャルと本音のラグナロク・コーポレーション見学が始まった。

 私はこの二人ができれば変人共と出会わないようにと祈っていた。……きっと無理だろうなぁ。




ラグナロク・コーポレーションの社員証にある入室規制段階についての説明を。

入室規制段階は全部で五段階存在し、レベルが上がる毎に入室可能の場所が増えて行く。

Lv1 地上階のみ入室可能。通常のゲストパス、並びに総務部・技術開発部以外の一般社員が該当。
Lv2 技術開発部総合ロビーまで入室可能。特別許可の下りたゲストパス、並びに総務部所属の社員が該当。
Lv3 地下二階〜三階の技術開発部研究室への入室が許可される。技術開発部所属の一般社員が該当。
Lv4 地下四階、IS開発部の研究室への入室が許可される。IS開発部の社員とテストパイロットが該当。九十九もここ。
Lv5 最重要機密区画を含む、全ての場所への入室が許可される。これを持っているのは極一部の幹部級のみ。

この他に警備部・清掃部専用のLv4+(最重要機密区画を除く全ての場所への入室許可)が存在する。

おおよそこんな感じです。

次回 ラグナロクの愉快な仲間たち

お楽しみに!


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#EX ラグナロクの愉快な仲間たち

 ラグナロク・コーポレーション。現社長、仁藤藍作の祖父が創業した『仁藤重工業』を前身に持つ総合企業である。

 藍作の卓越した経営手腕と先見の明、そして『腕が超一流ならば、人格、経歴は一切問わない』という雇用方針によって、僅か10年で日本国内でも有数の大企業に成長した。

 ただ、その雇用方針によってラグナロク・コーポレーションが他企業から呼ばれる事になった渾名は−−

「『変態企業』、『変人の巣』、あるいは『災厄の箱(パンドラボックス)』。まあ、あまりいい響きではないな」

「た、確かに……」

「ラグナロクってトンデモ兵器しか作ってないって印象あるしね〜」

「失礼だな、君ら。……事実だが。だが、それだけではない事は知っているだろう?」

 実際、ラグナロク系列の店は数多い。食料品店、飲食店はもとより、ファッションショップ、アミューズメントパーク、ホテル、結婚式場に葬祭会館と、およそ殆どの業種に食い込んでいるのがラグナロクという企業なのだ。

 もっとも、それら全てで他所では扱わないような物を扱っていたり、およそあり得ないサービスがあったりする為、結局『変態』扱いは変わらなかったりするのだが。

「っと、話が逸れたな。さて、それじゃあまずどこから−−「おお、いたいた!九十九くん!」瓜畑さん……」

「おっ、噂の彼女たちも一緒か。隅に置けないねえ、色男!」

「「誰?」」

 ポカンとする二人を尻目に「アッハッハ」と笑いながら私の背中をバシバシ叩くこの男性は、IS開発部、兵器開発部門長の瓜畑成也(うりばたけ せいや)さんだ。

 元は郊外で小さな整備会社をやっていたのだが、とあるコンペティションに出した発明品が社長の目に止まり、いたく気に入られてラグナロク入り。現在はラグナロクの兵器開発を一手に担っている。

 『フェンリル』に搭載されている各種後付武装(イコライザ)も、殆どがこの人の設計を元に開発されている。

 これだけ聞けば『何だ普通の人じゃないか』と思うかも知れないが、そこはラグナロク。この人も十分に変人なのだ。その理由は。

「今日は九十九くんに試してほしい武器があってね。コレなんだけどな」

 こうして、所も相手の事情も関係なく自分の開発品を見せようとしてくる所とか。

「二又の……槍?にしては柄が妙にねじれた形してますね」

「これは試作型シールドエネルギー中和装置付二又槍『ロンギヌス(仮)』だ!」

 

ババーン!

 

 と効果音が聞こえてきそうな勢いで瓜畑さんが掲げたのは、先の尖った二本の棒を撚り合わせたかのような外見の二又槍。

「シールドエネルギー……」

「中和装置〜?」

「よくぞ訊いてくれました!」

 その言葉を待っていたと言わんばかりに声を張り上げる瓜畑さん。

 その説明によるとこの『ロンギヌス(仮)』は、槍の先端に付いた解析装置で各ISのシールドエネルギーの固有周波数を解析、それと逆位相の周波数のエネルギーフィールドを槍の又に展開してシールドエネルギーを中和して突破。強引に絶対防御を発動させてエネルギーエンプティを狙う。という物だそうだ。

「なんて無茶苦茶……」

 呆れ気味に呟くシャル。確かに無茶苦茶な兵器だが、それより気になるのは。

「瓜畑さん、それの実証試験ってしました?」

「これからだ!なに、俺の作った武器だ。何の心配もいらん!ええと、ここをこうして……」

 自信満々に言い切ってなにやらゴソゴソと『ロンギヌス(仮)』を弄る瓜畑さん。

「ようし!設定完了!後はこのスイッチを押せば……!」

 

ゾクッ!

 

「シャル!本音!」

「「えっ!?」」

 背中を走った悪寒を信じ、二人を抱きかかえて瓜畑さんから距離を取った次の瞬間!

 

ズバババババッ!!

 

「ぎゃあああああっ!?」

「「きゃあああああっ!?」」

 『ロンギヌス(仮)』から凄まじい電流が迸り、瓜畑さんに直撃。瓜畑さんは全身から煙を上げながらバッタリと倒れた。

「あ、あわわわわ……」

「つ、九十九……。あの人、死んじゃったんじゃ……」

 震えながら私に訊いてくるシャル。それに対し、私は嘆息混じりに答えた。

「大丈夫だ。ラグナロクの技術者は……」

「あー、死ぬかと思ったぜ」

「あのくらいじゃ死なない人ばかりだ」

「「生きてるうううっ!?」」

 何事も無かったかのようにむっくりと起き上がる瓜畑さんの姿に驚きの悲鳴を上げる二人。よく見ると、さっきまで体中にあった焦げも煤もどこにも無い。まるっきりギャグ漫画みたいだな、この人。

「いやー、うっかりうっかり。俺とした事が出力調整をミスっちまったぜ」

 服を叩きながらなんでもないように言う瓜畑さん。

「いやいや、今のを出力調整ミスで片付けないでください!」

「っていうか、なんでケガもコゲも立ち上がった瞬間に無くなってるの〜!?」

 目の前の出来事が信じられず、アワアワする二人。私はその二人の肩に手を置き、こう言った。

「シャル、本音。一つ良い言葉を教えよう」

「「な、なに?」」

「『ラグナロクだから仕方ない』。この一言で、大抵の事は受け流せる」

「「そうなんだ……?」」

「そうなんだ」

 小首を傾げる二人に、私は重いため息と共に頷いた。こうでも思わないと気疲れが半端ではないからな、この会社。

 

 

 「早速再調整だ!」と言って研究室に戻って行く瓜畑さんを見送ってから、私達は一度地上一階に出て来ていた。

 のっけからインパクト抜群の出会いをしたためか、シャルと本音は若干げんなりしているように見えた。

「私が謝っても仕方ないが、すまないと言っておく」

「う、ううん。大丈夫だよ」

「ちょっとすごく驚いただけだから〜」

 謝る私に気にするな、とばかりに顔の前で手を振る二人。だが本音、ちょっと凄くってどっちだ?

「さて、では気を取り直して。まずはどこに行こうか?何処か見てみたい所はあるか?」

「うーん、そうだね……」

「つくもんのおすすめは~?」

「そうだな……」

 どこに連れて行こうかと思案していると、後ろから声をかけられた。

「なら、服飾部に来ない?私が案内してあげるわよ♡」

 振り返ると、そこには190㎝はあろうかという長身の男性が立っていた。

 浅黒い肌の筋骨隆々とした体付きに、顎先にヒゲを蓄えた男臭い顔立ち。しかし、内股気味の足とクネクネと動く腰が、彼の精神が『女』であるという事を理解させる。

 私達に声をかけたのは、ラグナロク服飾部直営のコスプレグッズ専門店『ヴァルハラ』店長、ボビー丸合さんだった。

「ボ、ボビー店長。お久しぶりです。今日はこちらでしたか」

「ひさしぶり、九十九ちゃん♡そうなのよ。今日は服飾部で新ブランドの立ち上げがあってね」

「そ、そうですか……では私達はこれで。服飾部の見学はまたの機会に。行こうか、二人共」

 何となく嫌な予感がした私は、二人を連れてこの場から離脱しようとして−−

 

ガシイッ!

 

 ボビー店長の太い腕を肩に回されて身動きを封じられた。

「あん、そう言わないの♡ちょっと九十九ちゃんに協力して欲しい事もあるし、ね♡」

「シャル、本音、た、助け……あーれー!」

「「つ、九十九(つくもん)〜!」」

 「ほほほ」と笑いながら私を引きずって行くボビー店長を、シャルと本音が慌てて追いかける。

 せめて離して貰おうとしているのか、私の肩に回されたボビー店長の腕にしがみついた本音。だが、そんな本音の行動を全く意に介さず、それどころか「今離すとかえって怪我するわよ?」と本音に忠告して、そのまま私ごと引きずって行く余裕さえあった。どんなパワーしてんの、この人!?

 ちなみに、シャルは私達のやり取りを見て自分では敵わないと悟ったのか、ボビー店長の後ろを大人しく付いてきていた。

 「ゴメンね」と言うシャルに「気にしなくていい」と返す私。誰だって合計体重約120kgを軽々引きずる男に立ち向かおうとは思えないからだ。

 

「で、結局またこうなるのか……」

 ラグナロク・コーポレーション本社ビル7階。服飾部、会議室。

 そこに連れて来られた私が服飾部の社員達によってあれよあれよと言う間に着せられたのは、一着の黒いレディーススーツだった。

 ジャケットとブラウス、腰にピッタリとフィットするタイトスカートにピンヒールのパンプスとストッキングの5点セットだ。ご丁寧にロングのウィッグをつけられ、化粧まで施され、ぱっと見は完全に女にされている。

 しかし、一つだけ妙な点がある。このスーツは間違いなく女物のはずなのに、それなりに体格が良い私が着ても窮屈ではないのだ。

「つくもん、すっごい似合ってるよ〜」

「うん、ぴったり」

「あまり嬉しくない評価をありがとう。それでボビー店長、この服は一体……」

「よくぞ訊いてくれたわ!それこそ、ラグナロク服飾部が自信を持ってお送りする新ブランド、『アマゾネス』よ!」

 

バン!

 

 と効果音が聞こえそうな勢いでボビー店長が紹介した新ブランド『アマゾネス』は、身長170cm以上の比較的大柄な女性をターゲットにしたもので、『大女でもオシャレがしたい!』を合言葉に、フォーマルからカジュアル、クールからフェミニンまで幅広く取り揃えた、ラグナロク服飾部の威信を賭けた勝負のブランドなんだとか。

「それでね、何処かにちょうどいいモデルさんがいないかしらって探してた所に九十九ちゃんがいてね♡」

「ああ、丁度いいやと連れてきて、無理矢理服着せて、写真撮ってカタログにしてしまおう。と、そういう事ですか」

「そういう事♡ああ、心配しないで♡顔は写さないようにするから♡」

「断ると言ったら?」

「あの二人にお願いさせるわ♡それなら断れないでしょ?」

 ボビー店長が目をやった先では、シャルと本音がハンガーラックの前で「これ似合いそ〜」「九十九にはやっぱりこういうクール系じゃないかな?」とあれこれ品定めをしていた。

恋人達(ブルータス)、お前もか)

 もはや退路はなし。私には着せ替え人形になる覚悟を決める以外に道は残されていなかった。

 

 後日、九十九の下に送られてきた『アマゾネス』のカタログには、様々な女性服を着た九十九がバッチリ顔まで載っていて、九十九がショックで半日寝込んだ上、『ラグナロクの新ブランドのカタログ、写真の女性はひょっとして九十九ではないか?』と学園中で噂になる事になるのだが、この時の九十九にそれを知る由はなかった。




切りがいいので今回はここまでで。

次回『続・ラグナロクの愉快な仲間たち』

お楽しみに!


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#EX 続・ラグナロクの愉快な仲間たち

「疲れた……特に精神が」

「あ~、たのしかった〜!」

「うん。またいいもの見られたよ」

 ラグナロク・コーポレーション本社ビル5階、大食堂。その一角に、精神的に疲労困憊してグッタリとテーブルに突っ伏す私と、どこかホクホクした笑みを浮かべるシャルと本音がいた。

 ボビー店長に捕まり、新ブランドのカタログ写真(モデルは私)を撮り続ける事3時間。写真の出来が余程良かったのか、ボビー店長は満足そうな顔で「ありがとね、九十九ちゃん♡」と謝礼金代わりに食券1万円分をくれたが、そんな物で私の精神的疲労が癒えるはずもない。

「というか、君達もノリノリだったよな……?」

「つくもんが女の子の恰好が似合うのがいけないんだよ〜」

「ついあれこれ着せてみたくなっちゃうよね」

「やめてくれ……」

 非難を含めた視線を向けてもどこ吹く風。寧ろもっとやりたかったと言わんばかりの発言に、もう何を言っても無駄かもしれないと思う私だった。

「災難だったみたいだねぇ、九十九ちゃん。ほら、これ食べて元気だしな!」

 ドンッ、と目の前に置かれたのは特盛カツ丼。持ってきてくれたのは、恰幅のいい体を割烹着で包んだ、元気の良い笑顔が特徴の中年女性。ラグナロク・コーポレーション大食堂長、厨野大葉(くりやの おおば)さん。通称『食堂のオバちゃん』だ。

「ありがとう、オバちゃん。ちょっと元気出た」

「そりゃあ良かった。さ、美味しいうちに食べな。お残しは許しまへんで!」

「いただきます」

 私の返事にオバちゃんは鷹揚に頷いて厨房へと戻って行った。その際、新入社員の土井さんが蒲鉾を残そうとしているのをオバちゃんが目敏く見つけて睨みつけ、圧に負けた土井さんがいやいや蒲鉾を食べる。という一幕があった。

 あの人、何であんなに練り物が苦手なんだろう?謎だ。

 

「ハーイ、ツクモ。久し振り」

 特盛カツ丼を食べていると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこには燃えるような赤毛に褐色の肌、豊満な体つきを露出の多い服で惜しげもなく晒す、匂い立つような色気を放つ女性が立っている。彼女は私同様、IS開発部門所属のパイロットで−−

「あ~っ!この人知ってる〜!」

「元ドイツ代表候補生序列一位、『灼熱(ヒート)』のキュルケ・ツェルプストー!」

 驚きの声を上げるシャルと本音に気を良くしたのか、自慢の赤毛をフワリと掻き上げてポーズを取るキュルケさん。

「あら、私の事を知ってるのね」

「まあ、貴方は有名人ですからね。良くも悪くも」

 ドイツのツェルプストーと言えば、その苛烈で情熱的な攻めと高温溶断兵装(ヒートウェポン)を好んで使う戦闘スタイルも有名だが、それ以上に有名なのがその『熱し易く冷め易い性格』だ。

事実、彼女はドイツ軍を不名誉除隊する事になったのだが、その原因というのが配属先の男性の一割を、キュルケさんが『食べた』からだ。

 その『食べられた』男達の中に基地司令の息子(当時18)がいた事で司令の怒りを買い、追い出される形で軍を辞める事になったのである。

「今思えば、全部いい思い出よねー」

 もっとも、当の本人は「オホホ」と楽しそうに笑うだけ。本当にイイ性格してるよな、この人。

「それで、態々のお越しなんですから何か御用でしょう?キュルケさん」

「あなたの未来の奥さん達の顔を見にね。……ふーん、あなた達が……」

 キュルケさんはシャルと本音をマジマジと見つめたあと、私にヘッドロックを仕掛けてきた。

「い~い子達じゃないの!ツクモ、絶対幸せにしなさい!」

「ちょっ、キュルケさん痛い!というか当たってる!途轍もなく弾力に富んだ『ボール』が顔に当たってるから!」

「当ててんのよ!おねえさんからのちょっと早い結婚祝いよ!ありがたく受け取りなさい!」

 私の苦情を意に介さず、キュルケさんはヘッドロックの力を更に強める。ギリギリと締め付けられる頭の痛みとは裏腹の、顔に当たる柔らかい『ボール』の感触。天国と地獄を同時に味わうとこうなるのか。

 ひとしきりヘッドロックを仕掛けて満足したのか、キュルケさんは「じゃあね~」と上機嫌で去って行った。

「あの人は何がしたかったんだ……?」

「「さあ……?」」

 キュルケさんの謎の行動に、私達は揃って首をひねるのだった。

 

 

 その後も、行く先々で我が社の名物社員と出会う事になるのだが、全部詳細に描くととんでもない量になるのでダイジェストにする事を許して欲しい。

 

「よ、久し振りだな九十九」

 改めて受付前の案内板を見ながらどこへ行くか三人で話していると、薄い青の髪を赤い紐でポニーテールに纏めた、女性と見紛うばかりの美しい顔立ちをした男性が声を掛けてきた。

「つくもん、この人は〜?」

「ラグナロク・コーポレーション警備部、要人警護専門官の早乙女有人(さおとめ あると)さんだ。お久しぶりですね、あの二人とは相変わらずで?ラグナロクの三角関係野郎(トライアングラー)さん?」

「お前に言われたくねえよ!IS学園のトライアングラーが!」

 三角関係野郎呼ばわりに憤慨する有人さん。が、言われても仕方が無いという点もある。

 何せこの人、総務部秘書課の李蘭華(リー・ランファ)さんと濃霧詩愛理(こいきり しえり)さんの間を行ったり来たりしているどっち付かず男なのだからして。

「私はもう覚悟を決めてます。それに、『例の法案』がありますし。大体、私などまだマシな方ですよ?」

「なに?」

「もう一人の方、織斑一夏は……六角関係野郎(ヘキサグラマー)です」

「……そいつ、いつか後ろから刺されない……よな?」

「……無い、とは言い切れないのが辛い所ですね……」

 あいつの前途の多難さを思い、私達と有人さんはそっと溜息をつくのだった。

 

 有人さんに別れを告げ、やってきたのは広報部。そこでは丁度、社外向け情報誌『季刊ラグナロク・コーポレーション』の制作会議が行われていた。

「そういう訳で、あなた達からも何かアイデアが欲しいの。協力してくれるかしら?」

「「「はあ……」」」

 会議室のテーブルに私達を無理矢理座らせた張本人、畑蘭子(はた らんこ)さんによると、大まかな内容は決まったものの細かい肉付けをどうするかで悩んでいるのだという。

「で、何か無いかしら?」

「そうですね……。ベタですけど、名物社員のインタビュー記事……とか?」

「そうね、時間も無いしそれで行きましょうか。じゃあ、村雲くん。早速だけどインタビューいいかしら?」

「私!?」

「言い出しっぺなんだし、それぐらいは協力して頂戴。謝礼に食券1万円分あげるから」

「まあ、仕方無いですね。いいでしょう、受けます」

「そうこなくちゃ。じゃあまずは−−」

 こうして、私は畑さんからインタビューを受ける事になった。ごく一般的な質問から少し踏み込んだものまで、その質問は多岐に渡った。

「じゃあ、最後の質問。好きな女の子のタイプは?」

「『好きになった女性が好きなタイプ』という考えに則れば、私の好きなタイプはこの二人です」

 畑さんの質問に、シャルと本音を抱き寄せる事で答える。それに、畑さんが「ほうほう」と言いながら頷いた。

「村雲くんは金髪と小柄巨乳がタイプ……と」

「「えっ!?」」

 そして、ちょっと曲解が混じった回答をメモに書き付けた。否定はしないが、記事にされるのは御免被りたいな。ならば−−

「畑さん」

「はい?」

「それ、記事にしないで下さいね?(ニッコリ)」

「アッ、ハイ。ワカリマシタ」

 誠心誠意込めたお願いに、畑さんはカクカクと頷いて応えてくれた。これならまあ、大丈夫だろう。

 

 次にやってきたのは社長室横にある秘書課の事務所。

 ノックをし、「失礼します」と声をかけてドアを開けた瞬間、そこは修羅場だった。

「有人くん、有人くんの次のお休みいつかな?一緒に遊園地行かない?」

「有人、今度の休みに私と買い物に行きましょう。拒否は許さないわ」

「お、おい二人とも。ちょっと待ってくれ」

「詩愛理さん、この前の休みに有人くんとデートしてましたよね?なら次は私の番じゃないですか?」

「あなたこそ、昨日有人とアフター5デートしたんでしょ?なら、私に権利があると思わない?」

「「ぐぬぬぬぬ……」」

 そこでは、有人さんを挟んで『秘書課の二枚看板(ダブルフェイス)』こと、李蘭華さんと濃霧詩愛理さんが睨み合いを繰り広げていた。二人を中心に、空気が歪んでいるような気がする。間に挟まれている有人さんは堪ったものではないだろう。

 ちなみに、他の秘書課の人達は『我関せず』とばかりに机に座って自分の仕事をしている。肝が太いのか、それとももう慣れたのか、この状況に顔色一つ変えてないのは素直に凄いと思う。

「失礼しました」

「ちょっと待ってくれ、九十九!」

 巻き込まれては堪らないとドアを閉めようとした矢先、有人さんが私を見つけて声を掛けてきた。間に合わなかったか。

「頼む、助けてくれ!お前ならなんとかできるだろ!?」

「無理」

「そこを何とか!そ、そうだ!食堂のランチ、2回奢ったぞ!恩を返してくれ!」

「私は13回奢らされました。恩なら返していると言えるでしょうね。自分で何とかしてください。それでは。行くぞ、二人共」

「「う、うん」」

「待って!マジで待っ−−」

 

パタン

 

「さ、次どこ行こうか?いや、時間的に検査が終わった頃かな。一回地下1階に戻ろうか」

「いいけど……あの人大丈夫?」

「大丈夫だ、死にはしない……と思う」

 扉の向こうで今日もドッタンバッタン大騒ぎしているだろう三人の先行きに不安を感じつつ、私達は地下1階に戻るのだった。

 

 

「あ、九十九くん。丁度良かった。『フェンリル』の検査が終わりましたので、最終稼働試験に参加をお願いします」

「はい。シャル、本音。すぐ終わらせて来るから、ここで待っていてくれ」

「「うん」」

 研究員に連れられてIS開発部のある地下四階に向かう九十九を姿が見えなくなるまで見送ってから、シャルロットと本音は揃ってテーブルに突っ伏した。

「「はあぁぁぁ……」」

 漏れたのは疲労感からくる溜息。九十九に「真面目な人ほどツッコミ疲れる事になる」と言われはしたし、「ラグナロクだから仕方無い」と思うようにもしていたが、想像以上の『変人の巣』っぷりに精神的に色々限界だったのは否めない。

 何せ、前述の人達以外にも「お出かけですか?」が口癖の中年男性(清掃部長)にやたらと駄菓子の知識が豊富なテンション高い女性(食品部菓子類開発課長)、九十九に「また美味しそうになったね」とねっとりとした視線を這わせる、変人というより『変態』と言った方が良さそうな空気を纏ったピエロメイクの男性(外部協力者)など、上げていけば切りがないほど数多くの変人に遭遇したのだから。

「やあ、シャルロットくん、本音くん」

 ぐったりとする二人に声をかけてきたのはこの『変人の巣』の主、ラグナロク・コーポレーション社長の仁籐藍作だった。

「どうだったかな?我が社は。楽しんで貰えたかい?」

「ええ、まあ」

「面白いところだな~とは思います〜。でも……」

「ん?でも?」

 藍作が続きを促すと、シャルロットと本音は声を揃えてこう言った。

「「もう二度と来たくありません。すっごく疲れるし」」

 二人のげんなりとした顔を見て、藍作は内心でまあそうだろうなぁ。と思うのだった。

 何せここはラグナロク・コーポレーション。真面目であればあるほど精神的疲労が溜まる『変人の巣』なのだから。

 

 

「すう……」

「むにゃむにゃ〜……」

 帰りの車の中で、私に体を預けて眠るシャルと本音。余程疲れたのだろう。車が走り出すと一瞬で夢の国に旅立っていった。

「大分お疲れだったみたいだね」

「無理もありませんよ。ラグナロクは良くも悪くも『濃い』。言ってみれば、下戸にウィスキーをストレートで飲ませるようなものです」

「それはかなりキツいねぇ」

 まあ、よくわかる表現だけど。と言って苦笑する社長。私はそれに同じく苦笑で返す。

「だが参ったな。二人がこれでは『アレ』は次の機会だな」

「うん?何かこの後予定があったのかい?」

「足代わりにして申し訳無いとは思いますが、帰りにある所へ寄って貰うつもりでした。二人が起きていれば、でしたが」

「そのある所って?」

 社長が興味深げに聞いてくる。私は気恥ずかしさに頬をかきながら、その場所の名を口にした。

「ラグナロク・コーポレーション宝飾部直営店、『フノッサ』」

「……ああ、なるほど。そういう事か」

 店の名前だけで、社長は私が何故そこに行こうとしていたのかを正確に理解した。

 そう、これこそが今日のデートの隠しておいた目論見。もし今日普通にデート出来ていれば、「最後に行きたい所がある」と言って二人を『フノッサ』に連れていき、一緒に『将来夫婦になる証』を選んで作るつもりだったのだ。

「君はもう、それ程の覚悟を決めているんだね。九十九くん」

「ええ。この二人を私が幸せにする。この役目、誰にも渡すつもりはありません」

「いい意気だ。頑張りたまえよ、九十九くん」

「はい」

 社長の激を受け、二人の頭を撫でる私。二人の顔がやけに赤く見えたのは、きっと夕日の光が当たっているからだろう。

 

 ちなみにその夜、二人が私の部屋にやってきて一緒に『愛を確かめ合った』のだが、この夜の二人はいつもより一段も二段も激しかった。その為、翌日三人揃って登校不能になったのは甚だ余談だろう。




ラグナロク編は以上で完結です。
またしばらく短編は休止する事になりますが、本編も鋭意製作中ですので気長にお待ち下さいますようお願いします。


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#EX IS学園生徒会役員共特別拡大版 学園交流会

今回は前回の短編集で書いた『IS学園生徒会役員共』の拡大版です。
では、どうぞ。


 それは、IS学園生徒会長、更識楯無によって発表された。

「学」

 それを聞いた一夏が「またこの人変な事言い出したよ」と言わんばかりの嘆息と共に。

「園」

 虚さんがいつもの堅さを持って。

「交〜」

 本音がどこか楽しそうに。

「流」

 シャルが真意を計りかねているかのように。

「会?」

 最後に私がなぜ今?という疑問と共に言った。

「そう!」

 勢い良く叫び、自分の机で胸を張る楯無さん。どうやら今回の企画に相当意気込んでいるようだ。

「別の学校の生徒会と意見交換をする事で、この学校をより良くできるアイデアが浮かぶかもしれないし、それに相手校と太いパイプで……くしゅん!」

 台詞の途中で鼻でも疼いたのか可愛らしいくしゃみをする楯無さん。が、問題はその直後だった。

「相手校と太いバイブでづながる事がでぎるわ(鼻声)」

「鼻かんでもう一回言い直せ」

 鼻が詰まったせいで妙な事を言っているようになってしまった楯無さんに、敬語抜きのツッコミを入れた一夏はきっと悪くない。

 

「でね、今回はあちらの高校に伺う事になってるの」

 自分の机に座り、改めて話をする楯無さん。

 それによると、相手校の生徒会長が楯無さんの中学時代の友人だそうで、折角だし交流を持たないか。と持ちかけられた事に端を発するらしい。

「それで、その相手校というのは何処なんです?楯無さん」

 一夏の質問に、悪戯っぽい笑みを浮かべて扇子を広げ、楯無さんは答えた。

「私立藍越学園よ」

 広げた扇子には墨痕逞しい字で『一文字違い』と書かれていた。

 

 

 私立藍越学園。私立でありながら学費が安い事と、卒業後の進路として学園法人の関連企業が多数受け皿を用意している上、その多くが優良企業であるという事で地元の中学生の進学先として根強い人気を誇る高校。

 そして、一夏が試験会場を間違えなければ、よしんば間違えたとしてISに触れようとしなければ通っていた筈の学校だ。

 もっともあの兎博士の事。仮に原作通りの展開にならなくても、例えばあの人が世界に向けて「男性の中にIS適性を持つ者がいる可能性がある」とでも言えば、世界中で男性IS操縦者を探そうと適性試験が行われ、結果として一夏は(そして私も)IS学園に行く事になっていただろう。まあ、それはさておき。

「まさかこんな形でここに来ることになるなんてなぁ……」

「ああ。私達にはもう縁の無い所だと思っていたからな」

 藍越学園正門前で出迎えを待ちつつ感慨に耽る私と一夏。

 本来なら一度として潜る事のない筈だった校門を潜る事になるとは思わなかった。これも原作に無い(あるいはあったが描かれていない)展開だ。なんかもう、原作がどうとか考えるのも面倒になってきたな。

「すみません、お待たせしました」

 なんて事を考えていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにいたのは一組の男女。

 私と背格好の似た、それなりに整った顔立ちの男子生徒と、本当に高校生かと疑いたくなる程に低い身長の女子生徒の二人組だ。

「はじめまして、藍越学園生徒会、副会長の津田です」

「同じく、会計の萩村です」

 並んで軽く頭を下げ、自己紹介をする二人。

「IS学園生徒会、会長の更識楯無です」

「同じく、副会長の織斑一夏です」

「会計の布仏虚です」

「書紀の布仏本音で~す」

「庶務の村雲九十九です」

「庶務補佐のシャルロット・デュノアです」

 こちらも自己紹介をし、頭を下げる。そして、気になった事を津田副会長に訊いてみた。

「津田副会長。一つよろしいでしょうか?」

「はい、何でしょう?」

「藍越学園は、一体いつから飛び級制度を採用したので?」

「タメだよ!」

 その質問に、萩村会計が食い気味にツッコんできた。多分、何度もされてる質問なんだろうな。

 

 生徒会室へ向かう途中、廊下ですれ違う女子生徒達がこちらを見てざわついているのが分かった。

「えっ!?嘘っ!?織斑くん!?」

「村雲くんもいるわよ!?」

「なんで?IS学園にいるんじゃ……!?」

「やばい、どっちもいい男……」

「え~?やっぱ顔の良さで言えば織斑くんでしょ?」

「分かってないわね。男は顔より身に纏う雰囲気よ!見なさい!村雲くんのあの余裕ある佇まい!」

「どっちも美味しそう……。まとめて食べちゃいたいわ❤」

 などと好き勝手騒いでいる。……おい待て。最後の声、やたら野太かったんだが……?

「あ、あの、村雲くん。今日はどうしてウチの学校に……?」

 そんな中、意を決したのか一人の女子生徒が私に声をかけてきた。顔を見た事があるので、同じ中学の出身者だと分かる。残念ながら名前までは知らないが。

「ああ、我が校の生徒会長とここの生徒会長が昵懇(じっこん)だそうでね。交流会を行う事になった」

「そ、そうなんだ……気をつけてね」

「何をだね?」

 その女子は少し言いにくそうにした後、小声でこう言った。

「ウチの生徒会長少し……ううん、大分変わってるから」

「大丈夫だ。ウチので慣れている」

「九十九くーん、聞こえてるわよ〜」

 楯無さんがツッコんできたが、あえて無視を決め込んだ。だって事実だし。

 

 

「シノっち久し振りー!」

「おお、楯無!久し振りだな!」

 案内された生徒会室で、楯無さんと『シノっち』と呼ばれた女子生徒が、久しぶりの再開を抱擁で祝し合っていた。

「シノっち、紹介するわね。うちの生徒会メンバーよ」

「うむ。はじめまして、皆さん。藍越学園生徒会長、天草です」

 楯無さんから離れ、自己紹介をする天草会長。なんというか……似てるな。

「なんかこの人、箒に似てる」

「お前もそう思ったか、一夏」

 小声で会話をする私達の声が耳に入ったのか、興味深げにこちらに向き直る天草会長。

「ほう、そんなに似ているのか?私と、その『箒』という人が」

「ええ。話し言葉とか、雰囲気とか、あと声とか」

「姿形と言うよりは、中身が近い感じを受けますね。あ、これ写真です」

「どれ……っ!?」

 スマホに表示された箒の写真を見た途端、天草会長の表情が凍り付いた。その表情のまま、彼女は生徒会室の隅に蹲ってしまう。

「あの……天草会長?どうされました?」

 一夏は不思議そうな顔をしているが、私には分かる。あの人は箒の『対男性用ミサイル』に打ちひしがれているのだと。

「な、何だあれは……。全く似ていないではないか。特に胸!」

 怨嗟の声を上げる天草会長に、何やらお嬢様然としたスタイル抜群の女性が声をかける。

「大丈夫よ、シノちゃん」

「アリア……」

 アリアと呼ばれたその女性は、ニッコリと微笑みを浮かべると−−

「貧乳にも需要はあるわ!だって、希少価値でステータスなんだもの!」

 笑顔でとんでもない事をのたまった。それを聞いた天草会長はショックで真っ白になっている。

「フォローになってねえよ!むしろトドメだよ!」

 津田副会長の切れ味鋭いツッコミが、生徒会室に響いた。

 

「いや、すまない。見苦しい所を見せてしまって」

 数分後、なんとか持ち直した天草会長が苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げる。

「お気になさらず、天草会長。ウチの生徒会長も妹さん絡みでは大層ポンコツなので」

「ちょっと、九十九くーん?そういう事言うかな?」

「一夏、読め」

 すっ、と一夏に向かって掌を見せる。そこには一枚のメモが隠されていた。

「えっと、なになに……簪が楯無さんの事、最近うっとおしくて困るって言ってましたよ……?」

 目の前に出されたメモを馬鹿正直に読む一夏。すると楯無さんは雷に打たれたような顔をしてその場に崩れ落ちた。

「楯無さん!?大丈夫ですか!?」

 倒れた楯無さんを一夏が抱き上げる。楯無さんの目からは光が消えていて、表情は虚ろだ。

「かんざしちゃん、おねえちゃんのこときらいになっちゃうの……?」

 楯無さんが発した言葉はひどく弱々しく、それでいて幼い印象を受ける。つまり、楯無さんはショックの余り−−

「幼児退行を起こしてる!?」

「そんなにショックだったの!?」

「お嬢様、しっかりしてください!」

「大丈夫だよたっちゃん。かんちゃんがたっちゃんを嫌いになるなんてこと、ぜったいないから~」

「ほんとう?」

「「本当!本当!」」

 傷心し、完全に子供になっている楯無さんをなんとか元に戻そうと必死に宥める布仏姉妹。

「と、まあこんな感じなので」

「相変わらずのシスコンなんだな、楯無は」

「いや、あんたも何してんの!?交流会が始まんないじゃん!」

 津田副会長の切れ味鋭いツッコミが、また生徒会室に響いた。

 

 

「も~、つくもん。たっちゃんにあんなの聞かせたらああなるって分かってるでしょ〜?」

「頭ではメモを読んだだけと分かっていても『妹に嫌われた』事に心が耐えられない。これが妹愛魂(いもうとアイコン)か」

「上手い事言ったつもりですか?村雲くん」

 布仏姉妹がジト目で私を見てくるが敢えてスルー。ついでに「う~う~」と唸りながら恨みがましい目を向ける楯無さんの事もスルーする。

「そのくらいにしておけ、楯無。さて、では交流会を始めよう」

 パンパンと手を叩き、天草会長が場の空気を締める。

「まずは校内を案内しよう。付いてきてくれ」

 そう言って生徒会室から出て行く天草会長。本来なら通う筈だった学校だ。じっくり見せてもらおう。

 

「ここが保健室だ」

 まず天草会長が私達を連れて来たのは何故か保健室。ん?この流れ何処かで……?

「ここが女子更衣室だ」

 続いて女子更衣室。いや、待て。まだそうと決まった訳では……。

「ここが普段使われていない無人の教室だ」

 さらに無人の教室。もうここまで来ると偶然の一致とは……。

「ここが体育倉庫だ。……男子が聞くとドキッとする場所を優先して紹介してるんが……不満か?」

「あれ?なんかすげえデジャブ」

「奇遇だな一夏。私もだ」

「うちの会長がすみません」

 申し訳なさそうに頭を下げる津田副会長。楯無さんの知り合いというだけあって、天草会長もなかなかの変人らしかった。

 

「ここが私達の教室だ」

 次に案内されたのは天草会長と七条書記(移動中に自己紹介してくれた)の教室。

「各学年、何クラスあるんですか?」

 という一夏の質問に、七条書記が「5クラスよ」と返答した。

「これでも一時期より大分減ったそうだ。これも少子化の影響か」

 ふう、とため息を漏らす天草会長。その肩に七条書記が手を置いて一言。

「でも、少子化も悪い事ばかりじゃないわ。3年生がP組まであったら大変だもの!」

「クラスのイメージカラーはピンクだな!」

 七条書記もどうやらなかなかぶっ飛んだ人のようだ。見た目清楚なお嬢様な分、そのギャップがとんでもないな。

「3年P組……略して3……ムググ」

「本音、それ以上はダメ」

「ナイスカットだ、シャル」

 充てられたのかそぐわない台詞を言いそうになった本音の口を咄嗟にシャルが塞いでカットした。凄い焦るからやめてくれ、本音。

 

 

 生徒会室へ戻って、今度は互いの校則について意見交換を行う事になった私達。

「男女の過度の接触禁止、装飾品の装着禁止、制服の改造禁止……。藍越の校則は意外に厳しいな」

「IS学園にはそういったの無いんですね」

 互いの生徒手帳に書いてある校則を読みながら話す各陣営。

「過度の接触禁止はそもそも男子がいないから禁止する意味がないし、装飾品の装着も世界中から生徒が集まる関係上、信仰している宗教の関係で装着を義務付けられている場合も少なくないから禁止できない。制服は……まあ、個人の自由という事で」

「なるほど……」

 こちらの説明にしきりに頷く天草会長。すると、急にハッとした顔をしてこう言った。

「つまり、全裸を制服と言い張ってもいいという事か!?」

「んな訳ねえだろ!」

 ツッコむ津田副会長。更に、七条書記もそれに乗る。

「じゃあ、ヒモ水着ならオッケーだよね」

「それもアウトです、七条書記」

「どこの露出狂だよ!?」

 そのぶっ飛んだ発言に、先輩であるという事も忘れて敬語抜きのツッコミを入れる一夏。

 そんな物を制服にする女子がいたら、IS学園の評価は今頃最底辺だろう。良かった、そんなの居なくて。

 

「そうそう、最近うちの校則に『カラーコンタクト禁止』ってのが増えたのよ」

「え、そうなんですか?」

 楯無さんの言葉にキョトンとした顔をする一夏。

「ああ。ほんの一週間程前だな」

「これはカラーコンタクトが目を傷つける恐れがあるからで、別に『色目使いやがって……』とかじゃないのよ」

「そちらの会長もなかなかですね」

 萩村会計の述懐に頷く事以外、私にはできなかった。

 

 交流会も恙無く(とは言い難い部分もあったが)終わり、私達は藍越学園をお暇する事になった。

「今日は有意義だったわ。ありがとね、シノっち」

「ああ。こちらこそありがとう、楯無」

 夕焼けに赤く染まる校門前で固い握手を交わす二人の会長。

「じゃあ、また明日」

「うむ。明日、IS学園で」

 そんな二人のやり取りに驚いたのは一夏だ。

「ちょ、ちょっと待ってください!こっちでもやるんですか!?」

「当然でしょ?一夏くん。だってこれは『交流会』だもの。お互いの学校でやらないと」

「で、例によって既に許可は取ってある、と言うのでしょう?」

 私の質問にニコリと笑みを浮かべる楯無さん。どうやら、騒動はまだ終わってくれないようだ。

 

 

 翌日、IS学園駅前で、私は本音と共に人を待っていた。

「あ、来たよ~、つくもん」

「お待ちしておりました、藍越学園生徒会の皆さん」

 改札から出てきた藍越学園生徒会一同に対して軽く会釈をすると、あちらも会釈を返してくれた。

「うむ。今日はよろしく頼む、村雲くん。布仏さん」

「本音でいいですよ~、天草会長。布仏だとお姉ちゃんと同じでまぎらわしいんで〜」

「では、行きましょうか。っと、その前にこれを」

 そう言って私が一同に渡したのは、『Guest』と書かれたカード。

「これは?」

「IS学園の客人用入園証です。それを持たずに学園内に入ろうとすると、警備員に問答無用で捕縛されて警察に連行されますので、必ず持っていてください」

「「「何それ怖い」」」

 私の警告に身震いする一同。実際はそこまで物騒じゃないが、多少強めに脅しておいた方が余計な行動は取らないだろう。

 

「IS学園へようこそ、シノっち」

「お招き感謝する、楯無」

 IS学園生徒会室で、再び対面した二人の会長が互いに握手を交わす。

「さて、それじゃあ早速校内を案内するわね。まずは……」

 そう言いながら生徒会室から出ようとする楯無さん。その肩を、掴んで止めたのは私だ。

「楯無さん」

「なに?九十九くん」

「案内をするのは結構ですが、保健室と女子更衣室と無人の教室と体育倉庫だけは避けてください……ね?(ニッコリ)」

「アッ、ハイ。ワカリマシタ」

 私の誠心誠意を込めたお願いに快く頷いてくれた楯無さん。人間、誠意は大事だよな。

「あ、あの楯無を一発で……。今のは一体……」

「あれがIS学園名物『村雲九十九の怖い笑顔』ですよ~」

 楯無さんの様子を目にしてぽかんとする天草会長に説明をする本音。と言うか、いつの間に私の誠心誠意は名物になっていたんだ?

 

 

「じゃあ、まずはアリーナから行きましょうか。九十九くん、アリーナの使用状況って分かる?」

「はい。今なら箒と鈴が第一で、セシリアとラウラが第三で模擬戦をしているはずです」

「そう。じゃあ第一アリーナに行きましょう」

 九十九の言を受けた楯無は、「こっちよ」と言って藍越学園一同を先導して第一アリーナに向かう。

 その途上、目の前で腕を組んで歩く九十九、シャルロット、本音の距離の近さが気になったシノは楯無に質問をぶつけた。

「なあ、楯無。あの三人なんだが……」

「え?ああ、あの三人?うん、『そういう仲』よ」

「なるほど、つまりデュノアさんと本音さんは『竿姉妹』という事か!」

 

スパーン!

 

「何つー事言ってんだ!アンタは!」

 シノが下ボケをかました瞬間、『フェンリル』の拡張領域(バススロット)からハリセンを取り出した九十九がその頭を叩いた。

「えっと、まだそこまでじゃない……です。ね、本音」

「うんうん、強いて言えば『口姉妹』だよね~」

 

パンパン

 

「君達も乗るな」

 シノの言葉を受けて赤裸々カミングアウトをするシャルロットと本音を、ハリセンで軽く叩く九十九。だが、最大の爆弾は別の所からやってきた。

「ええっ!?『下の口姉妹』!?二人ってそういう……!?」

 

ズバーンッ!

 

「アンタの発言が一番ヤバイんじゃぼけぇぇぇっ‼どんな聞き間違いすりゃそうなるんだぁぁぁっ!」

 途轍もない大ボケをぶち込んできたアリアに全力でハリセンを叩き付け、吠えるようにツッコむ九十九。

 軽く叩かれただけのシャルロットと本音は満更でもなさそうに「えへへ」と叩かれた頭を撫でているが、シノとアリアは痛そうに蹲っていた。

「津田でもこんなツッコミしないぞ……」

「新しい何かに目覚めそう……」

 とはいえその言葉には反省しているような響きは無い。その事に九十九は深い、それは深い溜息をついた。

「津田副会長、毎日続いてるんですか?この感じ」

「俺はもう慣れました」

「私も」

 

 

「着いたわ。ここが第一アリーナよ」

 色々と疲れるやり取りをしながら歩く事しばし。私達は第一アリーナに到着した。

 藍越学園生徒会役員の皆さんは物珍しいのか「おお〜」と感嘆の声を上げながらそこかしこへと視線を巡らせている。

「ん?一夏……と生徒会役員共か。どうした?」

「ってか、その人たち誰よ?見慣れない顔だけど」

 箒と鈴がこちらに気付いて声を掛けてきた。休憩中だったのかISは纏っておらず、ISスーツのままだ。

 その恰好は津田副会長には刺激が強かったようで、顔を赤くして二人から目を逸らす。うん、気持ちは分かる。

「あ、こちら藍越学園生徒会の皆さんね。それでね、二人にお願いがあるんだけど−−」

 楯無さんが二人に説明している間、私が二人の事を紹介する。

「ポニーテールの方が篠ノ之箒、ツインテールの方が凰鈴音です」

「篠ノ之って……ひょっとしてあの!?」

「多分『その』篠ノ之です。ただ、本人には言及しないでください。彼女、姉に隔意があるので」

「あ、そうなんですか」

「うぬぬ、写真で見た時より大きくないか?胸が」

「ISスーツには体型補正効果もあるので。あと、それ本人に言わんでくださいね、天草会長。コンプレックスらしいので」

 『篠ノ之』の名前に萩村会計が驚き、天草会長が箒の『対男性用ミサイル』に嫉妬の念を飛ばす横で、津田副会長が鈴に視線を送っている。それが気になったのか、一夏が津田副会長に話しかけた。

「えっと、津田副会長。鈴がどうかしました?」

「いや、なんか家の妹に似てるな……って」

「ほう。何処がどのように?」

「昨日村雲さんが言ってた『姿形は似てないけど中身が似てる』って奴ですね。あ、これ写真です」

「「どれどれ……っ!?」」

 そう言って津田副会長が差し出した携帯の画面。そこに写っていたのは、ツインテールに人懐こそうな顔立ちの美少女だった。見た目から受ける印象は快活。確かに鈴によく似ている。ただし、それは中身だけだ。

 165cmはあるだろう身長とはっきりと主張する『果実』の膨らみは、決して鈴にはないものだ。

「これ、鈴には見せないほうが良いな」

「だな。100パー荒れるわ」

 津田副会長にそっと携帯を返し、もう一度鈴を見る。……うん、似てない。

 

 楯無さんが二人に願い出たのは『藍越学園生徒会の皆に模擬戦をしている所を見せてほしい』と言うものだった。

 という訳で現在、アリーナでは箒と鈴が激しい格闘戦を繰り広げている。観客席では藍越学園一同がその様子を食い入るように見ている。

「これがIS同士の戦い……」

「激しいですね……」

「うん、凄いねー」

「ああ、凄いな。凄い揺れっぷりだ。まさに驚異的な胸囲だな!」

「「アンタどこ見てんだよ!」」

 天草会長の感想に私と津田副会長が全く同じツッコミを入れる。顔を見合せた私達は、どちらからともなく握手を交わすのだった。

「津田副会長。貴方とはもっと早く知り合いたかった」

「俺もです、村雲さん」

 

 その後、IS整備室にやって来た私達。その一角で整備中の『打鉄』を藍越学園一同が興味深そうに眺めている。

「おお、近くで見るとすごい迫力だな」

「触ってみて良いですか?」

 おずおずとそう言う津田副会長。それに対して整備科の先輩は神妙な面持ちでこう言った。

「いいけど、こことここ、それからここには触らないで。繊細な所だから」

「あ、はい」

 先輩の忠告に一つ頷いて『打鉄』の装甲にそっと手を当てる津田副会長。しばらくすると、がっかりしたような面持ちで「やっぱダメか」と言ってその手を離した。

 男子たる者、やはりロボットに乗ってみたい願望はあるよな。気持ちは分かるよ、津田副会長。

「なあ、楯無。あれに乗る事はできないか?」

 天草会長が楯無さんにそう訊いた。その目は『打鉄』に釘付けで、興味津々と言わんばかりに輝いていた。

「目の前の『打鉄』は整備中。他の機体も訓練に使われてるから、今すぐには無理ね」

「それに、仮に訓練機が空いていても、天草会長と七条書記はいいとして萩村会計は乗る事ができませんし」

「なんでですか?」

 私の言葉に萩村会計が不思議そうな顔をする。私は申し訳無いと思いながら、その理由を口にした。

「ISに搭乗可能な身長は145cmからなので……」

「!?」

 あんまりと言えばあんまりなその理由に、ショックを受けた様な顔をする萩村会計。なんかすみません。

 

 

 所変わって本校舎屋上。

「んー、風が気持ちいいねー」

 ボリュームのあるライトブラウンの髪を風に靡かせ、七条書記が気持ち良さそうに伸びをする。

「ここは本校舎でも人気の高いスポットですから。……で、天草会長。顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」

 ちらと見ると、天草会長が顔を青くしていた。ひょっとして高い所は苦手なのだろうか?

「だ、大丈夫だ。問題ない」

「いや問題ありでしょ、シノっち。膝が震えてるわよ?」

「こ、これはだな……」

「「これは?」」

「楽しくて膝が笑ってるのさ!」

「それ程上手いこと言えてないわよ、シノっち」

 楯無さんのツッコミに深く頷く私。『膝が笑う』とは、余りの疲れに膝が震える事を言うのであって、断じて楽しい時に使う言葉ではないと言っておく。

 

 ふとフェンスの方に目をやると、シャルと本音と萩村会計がフェンスの外を見ていた。三人に近づくと、話し声が聞こえてきた。

「私、高い所好きなんです」

「そうなの?なんで~?」

「あ、僕も聞きたいな」

 二人がそう訊くと、萩村会計はボソリと呟いた。

「人を見下ろせるからです」

「「…………」」

「笑っていいですよ」

「いや……」

「えっと〜……」

 そう言う萩村会計の雰囲気に、言葉に詰まるシャルと本音。笑うに笑えない空気感が、そこに生まれていた。

 二人には悪いが、巻き込まれなくて良かった!

 

 

「今日は楽しかった。ありがとう、楯無」

「こちらこそ、シノっち」

 IS学園正門前で、改めてガッチリと握手を交わす二人。日は既に大分傾いており、夕焼けの中で凛と立つ二人の姿はさながら一枚の絵のようであった。この後の会話さえ無ければ、だが。

「今回の礼に、楯無にいいスポットを教えてやろう」

「あら、どんなスポットかしら?」

「年中、昼夜を問わず楽しめる、最高にいいスポットだ」

「残念、シノっち。Gスポットなら知ってるわ」

「なーんだ、ちぇー」

 

スパパーンッ!!

 

「あんたら最後までそんなんか!」

 二人の会話に私のハリセンが唸りを上げ。

「これが生徒会長同士の会話かよ……」

 一夏が二人の下ネタトークに愕然とし。

「「うちの会長がすみません」」

「「「うちの会長こそすみません」」」

 互いの会長の言動を津田副会長と萩村会計、虚さんと本音とシャルが謝りあう。という何ともグダグダな最後になってしまった。

 

 後日。藍越学園生徒会室にて。

「あの……津田くん」

「はい。なんですか?七条先輩」

 アリアに声を掛けられ振り返った津田。そこには、後ろ手に何かを隠してモジモジしているアリアがいた。

「あのね、津田くんにこれを受け取って欲しいの」

 そう言って後ろ手に隠していた物を取り出すアリア。それは立派な、凄く立派な−−

「ハリセン?」

「そう!今度から私にツッコむ時はそれを使って欲しいの!」

 鼻息荒くそう言うアリアの目は、期待でキラキラと輝いている。

 津田は気付いた。アリアは九十九の『あの一撃』で、新しい世界の扉を開けてしまったのだと。

「村雲さーん!アンタの事恨んで良いかなーーっ!!」

 津田が生徒会室の窓を開け、IS学園の方に向かって怨嗟の叫びを上げた数秒後−−

 

「へっくし!」

「どうしたの九十九?風邪?」

「大丈夫〜?」

「いや、体は至って健康だ。誰か噂でもしたかな?」

 IS学園第三アリーナで訓練中の九十九がくしゃみをしたが、その因果関係はついぞ分からなかったという。



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#EX IS学園生徒会役員共 沖縄旅行編(前)

やっぱり書きたくなって、衝動そのままに書き連ねました。
結果、外伝の一話分としては長くなってしまったので切りの良い所で切りました。

本編は最新刊の重要情報が原因でプロットの練り直し中です。申し訳ありませんが、今しばらくお待ち下さい。


 これは、本編の時間から見て未来の時間軸上の話である……。

 

 

 それは5月の頭、大型連休直前に掛かって来た一本の電話から始まった。

「新設された沖縄支社の視察……ですか?」

『うん、もうすぐGW。IS学園も休みだろ?その期間を利用して、君に(社長)の名代として視察に行って欲しいんだ』

「社命とあれば勿論行きますが……」

 ちらりと部屋のカレンダーを見る。そこには、シャルと本音との間で交わした幾つかの予定が書き込まれていた。

(さてどうする?二人が許してくれるだろうか?というか、何と言って説明すれば……)

『あ、因みに視察は初日にパッと済ませてあとは観光して貰っていいよ。何ならあの二人分の交通費と宿泊費も出すし。二人と婚前旅行、したくないかい?』

「行きます」

 そういう事になった。

 

「という訳で、5月の連休は沖縄に行く事になった。社長の厚意で君達も一緒に行っていいそうだ。交通費と宿泊費は経費で落とすと言っていたよ」

「えっ!?沖縄!?本当に!?」

「本当だ。この村雲九十九、女性相手に嘘はつかん。君達になら尚の事、な」

「わ〜い!社長さん太っ腹〜!」

 沖縄旅行と聞いてはしゃぐ本音。シャルは最初こそ驚いたものの、今は本音と一緒に「沖縄♪沖縄♪」と小躍りして喜んでいる。

「さて、多少余裕があるとは言え、今から準備を始めないと間に合うものも間に合わん。早速準備に掛かろう」

「「はーい!」」

 ビシッと手を挙げるシャルと本音に苦笑しつつ、私達は沖縄旅行の準備に取り掛かるのだった。

 だがこの時、私は旅先でまさかあんな事になるなんて、全く予想していなかったのだった。

 

 

 数日後、GW初日。東京羽田空港国内線ターミナル。

「結構人がいるな……。シャル、本音。私達の乗る便はこっちだ。混雑しない内に行って、すぐに搭乗手続きができるようにしておこう」

「うん、分かった」

「じゃ〜れっつご〜!」

「おっと、待て待て一人で行こうとするな。逸れたら事だ」

 相当気が急いているのか、今にも飛び出していきそうな本音を手を握る事で止め、搭乗口を目指す。

 到着した搭乗口には、揃いのトランクを持つ見た事のある制服の一団が搭乗手続きの開始を今か今かと待ち構えていた。あの制服、間違いない。あの学校の人達だ。

「あれ?村雲さん?」

「やはり藍越学園の人達でしたか。お久しぶりです、津田副会長、萩村会計」

 かけられた声に振り向いたその先に居たのは、藍越学園生徒会副会長の津田さんと会計の萩村さんだった。

「どうしてここに?」

「仕事です。新設された沖縄支社に社長の名代として視察に。と言っても、殆ど観光になるでしょうが。そちらは?」

「あ、うちは修学旅行で沖縄に」

「へ〜、そうなんだ〜」

「おーい、生徒は全員集まってくれー!」

 落武者っぽい頭の大柄な男性の大声がターミナルに響く。多分、引率の先生なのだろう。

「あ、じゃあ俺たちはこれで」

「ええ、お互い楽しみましょう」

 そう言って津田副会長と別れた私達は手早く搭乗手続きを済ませて飛行機に乗り込み、一路沖縄へと向かうのだった……が。

「まさか同じ飛行機とは……」

「いい感じの別れが台無しだなオイ」

 別れたばかりの藍越学園生徒会役員共に機内で再び遭遇。お互いに妙な空気が漂う事になってしまうのだった。

 

 

 羽田空港を飛び立ちおよそ2時間半。私達は沖縄、那覇空港に到着した。

 その間、私達は津田副会長と萩村会計からそれぞれの友人を紹介して貰っていた。

 津田副会長の友人の眼鏡男子、柳本氏は去年今年と津田副会長と同じクラスだったそうで、男友達の中では最もよく一緒にいるそうだ。特技は『女性のスリーサイズの目測』らしいが、それは自慢できるものなのだろうか?

 萩村会計の友人の茶髪ロングの眼鏡女子、轟譲は萩村会計と一年生の時からの付き合いだそうだ。萩村会計曰く「知り合いの中でもトップクラスの『ヤバい』子」なのだとか。とてもそうは見えんが……。

「いや〜、飛行機の中ですっかり寝ちゃったよ」

「俺も」

「私もです」

「ぼっ(ピー)した?」

「してませーん」

「俺も」

「私もです」

 と、思っていたらいきなりブチかます轟譲。私は萩村会計の言っていた『ヤバい』の意味を唐突に理解するのだった。

 

「じゃあ、私達はここで。良い旅を」

「あ、はい。そちらも」

 那覇空港、正面ロビー。そこで津田副会長達と別れて沖縄支社の視察に向かおうと思った所で、ふと藍越学園生徒が集まっている所に目が行った。

 そこでは、並んだ生徒の前に立った女教師が拡声機を持って訓告を行っている。私は何故かその様子が気になって、声の届く範囲にそっと近づいた。

「引率の横島です。今日から2泊3日、待ちに待った修学旅行です。体験学習や見学会など、今ここでしか出来ない事で見聞を広げてくれると、嬉しく思います」

 横島と名乗った女教師は、一瞬後ろに並ぶ二人の男女(この二人も引率の教師だろう)に目をやると、改めて口を開く。

「……楽しい旅であると思いますが、あまり羽目を外しすぎないように。生徒個人、藍越学園の人として恥ずかしくない行動を取らなければならない事を、常に理解してください。特に!

 と、ここで横島教師の声がトーンが一段上がる。なんだ?急にどうした!?

「地元の男の子をナンパして、(キーンッ!)なんてもっての外です!」

 ハウリングが原因で何を言ったかは聞き取れなかったが、何かエライ事を言った気がする。横島教師はそれを言い切った後、膝から崩れて項垂れる。

「横島先生、よく言えました!」

「皆、横島先生の言葉、ちゃんと覚えとけよー」

「「「はーい」」」

 生徒達の返事の後に泣き崩れる横島教師。同僚の女教師から「よく言えました」と言われたという事は、あの人自身が今言った−−というより、言わされた−−事をやりかねない、という事なんだろう。……よく教師になれたな、あの人。

 

 

 その後、沖縄支社視察は恙無く終了した。と言っても、支社長に挨拶をして、社内を見て回り、どんな仕事をしているのかやその進捗を聞いて終わり。という極単純なもの。

「あとは支社長さんから聞いた話を纏めてレポートにして提出するだけだ。一旦ホテルに荷物を置いて、観光に行くとしよう」

「「はーい」」

 沖縄観光に心を持って行かれている二人は、返事もそこそこに待機しているタクシーにいそいそと早歩きで向かう。

「ねえねえ、つくも。どこ行く?どこ行く?」

「まずは首里城だな。それ以外だと……壺屋やちむん通りで土産物屋巡りも悪くないが、琉球村で昔ながらの沖縄生活体験もしてみたいし……悩むな」

「僕はちょっとお腹すいちゃったな。先に何か食べない、九十九?」

「となると、定番の沖縄そばとゴーヤチャンプル……いやラフテーやテビチ、ソーキといった沖縄の豚肉料理も悪くない。流石にいきなりヒージャー(ヤギ)料理はハードルが高いし……」

 ガイドブックを読んでおおよそのプランは決めたものの、どこに行くのか、何を食べるのかといった細かい所はその場で決めようとなった為、こうして悩んでいるのである。

「ええい、取り敢えず荷物を置いてから決めよう。運転手さん、ホテル・ビルスキルニルまで」

「畏まりました」

 頷いた運転手さんが、那覇市内でラグナロクが経営するリゾートホテル、ビルスキルニルを目指してタクシーを走らせる。

 さあ、ここからは楽しい観光の時間だ。思い切り楽しむとしようじゃないか。

 

 ホテルに貴重品以外の荷物を全て置き、先ずは沖縄観光のド定番、首里城公園にやって来た。のだが……。

「改修工事中……とはな」

「タイミングが悪かったみたいだね……」

「うーん、ざんねん……」

 首里城は丁度改修工事中。防音ネットが目の前を覆っていて、中の様子を窺い知る事は出来ない。

「ふう、仕方ない。運が悪かったと諦めて、先に食事にしよう」

「そうだね」

「何食べよっか〜」

「そうだな……」

 懐中時計で時間を確認すると、現在午後1時過ぎ。私はまだしも、この二人が満腹するまで食べると夕食が入らなくなる可能性がある時間帯であった。

「よし、軽い物にしておこう。沖縄そばがいいだろうな」

「あ、いいね。ガイドブック見て美味しそうだなって思ってたし」

「じゃ〜、れっつご〜」

 首里城公園を出てタクシーを捕まえ、「運転手さんおすすめの沖縄そば屋に行って欲しい」と伝えると、運転手さんは「だったらあそこが良いさ~」と言ってタクシーを走らせた。

 

 首里城公園からタクシーで約15分。着いたのは『むつみ橋通り』入口。レトロな雰囲気漂う、地元民が愛する商店街だった。

「ここの『かどや』さんがおすすめさ~」

「ありがとうございます。行ってみます」

「「ありがとうございましたー」」

 運転手さんは気のいい人で「良かったらまた乗ってねー」と言ってタクシーを走らせて去って行った。

「さ、行こうか」

「うん」

「楽しみだね〜、沖縄そば」

 地図アプリを頼りに『かどや』を目指していると、藍越学園の生徒数人が慌しく走り回っている。何事だろうか?

「あれ、藍越の人たちだよね?」

「どうしたんだろ〜?」

 走り回っている生徒達は辺りを見回しながら「萩村ー!」「スズちゃーん!」と叫んでいる。もしや、萩村会計が行方知れずにでもなったのだろうか?

「あ!村雲さん!」

 と、そこへ私に声をかけてきたのは津田副会長。その隣には空港で妙な訓告を行った女教師もいた。

 津田副会長は慌てた様子で私に走り寄ると、開口一番こう訊いてきた。

「すみません、萩村見てませんか!?」

「生憎、ここにはたった今着いたばかりで。萩村会計がいかがしました?」

「どうも途中で逸れたみたいで」

「携帯に連絡は?」

「しました。そしたら……」

 そう言って津田副会長が取り出したのはピンクの外装が可愛らしい携帯電話。今どき珍しい二つ折りだ。

「これが、多分逸れたと思われる辺りに落ちてて」

「連絡のしようがない、と」

 こくりと頷く津田副会長。なるほど、確かにそうなっては足で探す以外に方法がない、となるわな。

「村雲さん、無理を承知でお願いします。萩村がどこにいるか、村雲さんの予測を聞かせて欲しいんです!」

「おい、津田。彼にも都合が……」

「いえ、いいですよ。『袖擦り合うも多生の縁』と言いますし、1日でこれだけ何度も会うのも何かの縁でしょう」

「ほんとですか!?ありがとうござ−−「ただし!」はい!?」

「もし、私が言った場所に萩村会計がいなくても、文句言わんでくださいね」

「は、はい!もちろんです!」

 顔に喜色を浮かべる津田副会長。さて、予測開始−−の前に。

「シャル、本音、少しだけ寄り道だ。いいか?」

「「うん、いいよ」」

 二人に許可を得て、改めて予測開始だ。

 萩村会計の地頭は非常に良い。となると、逆に自分で合流しようと歩き回る?いや、彼女の体格と体力を考えればそれは愚策だ。当然、彼女自身もそれは分かっているはずだろう。

 ならば、何処か一ヶ所に留まって誰かが自分を見つけるのを待つ。という手段を彼女は取ると思われる。だとすると何処で待つか?が問題になる。

 同じ待つなら、クラスメイトや担任教師が思わず足を止める『何か』があった方が遭遇率は上がるだろう。無論、それに彼女が思い至らないとは考え難い。

 では、彼女のクラスメイトや担任教師が足を止めそうな物がある場所はどこか?そのヒントは既にある。轟嬢と横島教師だ。

 萩村会計の言葉と空港での轟譲の物言い、それに横島教師の訓告の内容から察するに、この二人はいわゆる下ボケ、エロネタに過剰に反応するタイプの人物だろう。

 ならば、この近くでそういう下ボケに繋がりそうな物を置いている店は……待てよ?確かさっき通り過ぎた店に『アレ』があったな。もし彼女がそれを見つけていれば、間違いなくそこに留まる選択を取るはずだ。

「これはあくまで私の予測ですが……」

「は、はい」

「萩村会計は、貴方達から見てこの100m先にある土産物屋にいると可能性が高いと思われます」

「根拠は?九十九」

「その土産物屋には、轟嬢と横島教師が必ず反応する『ある物』があるからです」

「轟と私が反応する……」

「ある物?」

「ええ。さ、行きましょうか」

 一旦話を切り、先程通り過ぎた土産物屋に戻る。と、次の瞬間、土産物屋の店頭に『それ』を見つけた横島教師が驚きに満ちた声で叫んだ。

「(チンッ)こすうーっ!」

「うーわ、言った!ごめんなさい!」

 何に対してなのか、津田副会長が謝罪を述べて横島教師の物言いを正す。

「津田、(チンッ)こすうよ、(チンッ)こすうだわ!」

「ちょっと待ってください、ちんすこうでしょ?地元の人に失礼でしょ!」

「いいや、津田副会長。(チンッ)こすうで合ってますよ。より正確には(チンッ)こすこうですが」

「そうよ!(チンッ)こすうよ!」

「あーもうやめてやめて!っていうか、村雲さんまで何言ってんの!?」

「だってほらあれ見て!」

「これが貴方方をここに連れてきた理由です」

 横島教師が指差す先、そこにあるのは男根型のちんすこう。その名も『子宝ちんこすこう(実在)』である。

「うわーっ!ホントだ!」

 驚く津田副会長。横島教師は『子宝ちんこすこう』を手にして恍惚の表情を浮かべている。

「恐れ入ったわ沖縄……箱買いするわ♡」

「萩村探してください……」

「その必要は無いですよ。ねえ、萩村会計」

「あ、はい。さっきぶりです、IS学園の皆さん」

 私が目をやった先には、驚きと困惑を同時に顔に浮かべた萩村会計が立っていた。

「あ、スズぽんだ〜」

「スゴイね、九十九。ホントにいたよ」

「萩村!?探したぞ……」

「ごめんなさい……」

 心配をかけた事を素直に謝る萩村会計。と、萩村会計が私を見て訊いてきた。

「さっき、デュノアさんが『ホントにいた』って言ってましたけど、あれって……?」

「実は……」

 

 ーー九十九説明中ーー

 

「という訳で、ここにいる可能性が最も高いと思い、連れてきました。まあ、もしここにいなかったらこの通りで『子宝ちんこすこう』を置いている土産物屋に片端から当たるつもりでしたが」

「あ、そうなんですか……」

「って事は、萩村がここにいたのってやっぱり……」

「「ここにいれば『子宝ちんこすこう(コレ)』に反応する人がいると思ったから」」

 私と萩村会計の声が重なった。津田副会長は唸るように「流石っす、二人共マジパねえっす」と呟いたのだった。

「じゃあ、今度こそここで」

「ええ、今度こそここで」

 無事他の班員とも合流出来た萩村会計。皆一様に安堵の表情を浮かべているのを尻目に、また別れの挨拶を交わす私と津田副会長。

 どちらからともなく踵を返し、互いの目的地へと歩を進めるのだった。

 

 ちなみに−−

「ごめんね〜。ソーキそばはさっき売り切れちゃったさ~」

「そ、そんな……」

 楽しみにしていた『かどや』の沖縄そばは私達が来店する5分前に売り切れてしまったらしく、私はショックのあまり膝から崩れるのだった。

 でも代わりに食べた沖縄ちゃんぽん(野菜炒めオンザライス)が殊の外美味かったのでよしとしました。

 

 

 その夜、ホテルの部屋にて−−

「それじゃあ、明日は石垣島で観光とダイビングをするに決定で」

「うん、それでいいよ」

「明日が楽しみだね〜、つくも」

 出された夕食(豪華沖縄料理フルコース)を食べ終え、備え付けをテーブルにガイドブックを広げて明日の予定を組む九十九とシャルロット、本音の三人。

「じゃあ、ダイビングショップに予約入れておくね」

「頼んだ、シャル」

 携帯を取り出してダイビングショップに電話をするシャルロット。

「……あ、もしもし。ダイビングの予約がしたんですけど……はい、明日の……ねえ九十九、何時くらいに行く?」

「そうだな……昼前、11時過ぎにしよう。昼食を腹に入れてからでは逆にキツイだろうからな」

「うん、分かった。じゃあ、11時過ぎで。……えっ、そうなんですか?ちょっと待ってください、確認してみます」

 予約電話を入れたダイビングショップの店員に何か言われたシャルロットは、九十九に確認を取った。

「同じ時間に修学旅行生のグループがダイビングする予定らしいんだけど、一緒でいいかって」

「構わんさ。急に予約を入れたのはこっちだ。ショップの都合に合わせよう」

「了解。……すみませんお待たせして、そちらの都合に合わせます……いえ、こちらこそ急にすみません。はい、はい……では明日はよろしくお願いします」

 

ピッ!

 

「オッケー、予約取れたよ」

「分かった。じゃあ、明日に備えて今日はもう休もう」

「「うん、おやすみ、九十九」」

「ああ、おやすみ」

 就寝の挨拶を交わし、明日の石垣島観光に思いを馳せながら床につく三人。

 だが、この時の彼等は、明日起こるドタバタを全く予想していなかった。

 

 後編に続く



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#EX IS学園生徒会役員共 沖縄旅行編(後)

 沖縄旅行2日目。ホテルで朝食(バイキング形式)を取った後、那覇空港から新石垣島空港まで飛行機で約1時間のフライトを経て、私達は石垣島にやって来ていた。

「うわ、那覇も暑かったけどこっちはもっと暑いね」

「沖縄本島から南西に約400km離れているからな。気温も上がるだろう」

 ただ羨ましい事に周りが海のため常に風が吹き、東京・大阪のような大都市が無いためヒートアイランド現象が起きず、結果として夏の平均気温が都市部より低くなるので、比較的過ごしやすい暑さだったりする。

「ダイビングの時間までもう少しある。軽く観光してまわろうか」

「「うん」」

 そう言って、タクシーを拾おうと正面入口から出た瞬間。

「「「あ」」」

 外に出て2秒で藍越学園生徒会役員共に遭遇。またしても微妙な空気が互いの間に流れた。

 

「なるほど、ダイビングショップに予約した時に聞いた『修学旅行生のグループ』とは貴方達か……」

「何かここまで来ると、因縁めいたものを感じますね……」

 藍越学園のグループもダイビングの時間まで軽く観光して回るという事で、どうせまた鉢合わせるなら、と一緒に観光して回る事になった。

「ねえねえ、つくも。あれなに〜?」

 本音が指差した先にあったのは土産物屋の店先に垂れ下がる布製の看板。

 そこにはデフォルメされたオニイトマキエイ(マンタ)の絵と『マンタちん』の文字が書かれていた。

「ああ、あれか。あれは−−」

 本音に説明をしようとした瞬間、後ろから興奮した声で叫ぶ轟嬢と横島教師。

「まんた!」

「ちん!」

「そう、マンタちん。要はマンタ型のちんすこうだ」

「そうなんだ〜。面白いね〜」

「ああ、割りと何でもありだからな、ちんすこう」

 お土産に買っていこうかな〜、と悩む本音。その一方で−−

「まんた!まんた!」

「ちん!ちん!」

 

ズバン!ズバン!

 

「商品名を分けて連呼するな!この色ボケ共!」

 なおも興奮しながら叫ぶ色ボケ二人に全力でハリセンを叩き込んだ私はきっと悪くない。

 

 続いて訪れたのは石垣島空港から程近い港。ここでは、グラスボートという船底がガラス張りの船に乗ったのだが……。

「スケスケ!」

「スケスケですね!」

「そうですね、ガラス張りですからね」

「丸見え!」

「全部見えちゃう!」

「ええ、見えますね!海の中が!」

 聞き方次第で『そっち』方向に聞こえる会話を軌道修正するのに必死で結局海の中の光景に目をやる事すらできなかった。

「うわ〜、きれ〜」

「うん、見たことない魚がいっぱいだ」

 まあ、海中の様子を見てはしゃぐ二人を見られたので取り敢えずよしとしました。

 

 最後に訪れたのは石垣島西端にある石垣御神崎(おがんざき)灯台。

 比較的高い所にある事と、登るには少し足元が悪いという事もあって、駐車場から見る事にしたのだが−−

「お〜、おっき〜ね〜」

「うん、立派だね」

「そうだな、立派だな。灯台が」

「「そういう意味で言ってないよ?」」

「分かってはいるが、まあ一応な」

 ちょっと『そっち』っぽい物言いをした二人に軽くツッコミを入れておく。問題はこの後だからだ。

「たってるーっ!」

「たってますーっ!」

「デカくてぶっといのーっ!」

「そそり立ってますーっ!」

「地元民に全力で謝れや!このピンク脳共!」

 

ズバシャーンッ‼

 

 明らかに別のモノを意識した物言いをする轟嬢と横島教師に、首から「ゴキッ」という音がする程の勢いでハリセンを叩き込んだ私は、誰が何と言おうと悪くない!

「「地元の皆さん、あと村雲さん、ごめんなさい!」」

 

「疲れた……特に精神的に。津田副会長、あの二人は毎日あんな感じなんですか?」

「もう慣れました」

「私も」

 げんなりと言う私に、二人はそうとだけ言った。いや、慣れていいものなのか?あれは。

 

 

 観光を終え、やってきたのは御神崎に程近いビーチ。ここでダイビングをする手筈になっている。

「蒼い空、碧い海、白い砂浜、そして水着の女子たち!くー、生きててよかった!」

「柳本氏、君は大袈裟だな。水着程度でそれでは、ISスーツ姿の女子なんて見たら興奮し過ぎて死ぬんじゃないか?」

「あはは……」

 波打ち際ではしゃぐ女子達を視界に収めて感涙する柳本氏。そんな彼に呆れる私と苦笑する津田副会長。と、そこへ。

「「九十九、お待たせ」」

 かけられた声に振り向くと、そこには水着姿のシャルと本音がいた。二人共水着を新調したのか、シャルはサンライトイエローのロングパレオ付きビキニ。本音はワインレッドのワンピースタイプを着ていた。

(女神だ。女神がいる)

 しばらく見惚れていると、二人が不思議そうに近づいて来た。

「九十九?」

「どしたの?ぼーっとして〜?」

「あ、ああ、すまん、見惚れてた。……よく、似合ってるよ」

「「うん、ありがとう」」

 にっこり微笑む二人がどうしようもなく可愛いと思うのは、きっと私の心がとうにやられているからだろう。

「「さ、行こ?」」

「ああ、行こうか」

 二人が腕を組んでくるのに任せて、そのまま波打ち際へと向かう。後ろから柳本氏の憎々しげな視線を感じたが気にしたら負けだと思って無視する事にした。

 ……そういえば、私達の後ろに建っていた東屋に隠れていた、ラグナロク(うち)の広報部専属カメラマンにそっくりの顔をした彼女は一体何者なのだろう?

 

 波打ち際で軽く遊んだ後は、お待ちかねのダイビングだ。今、私達の目の前には石垣島の綺麗な水中世界と、色とりどりの珊瑚礁が広がっている。何とも幻想的な光景だ。

「うわ〜、きれ〜」

「うん、すごい透明度だね」

「ざっと50mぐらいか。水中でこれほど遠くまで見渡せるとは……恐るべし、石垣島の海」

 一緒にダイビングを楽しんでいる藍越学園の皆も思い思いの嬌声を上げている。

 ちなみに、私達のダイビング方法だが、水中用のヘルメットを被り、船の上のボンベから酸素供給を受ける、いわゆる『水中散歩』スタイルである。と言っておく。

 と、そこへスキューバダイビングスタイルの横島教師が近づいて来て萩村会計のヘルメットをもコンコンと叩くと、自分の手にしている袋を指さして、何かを摘む仕草をする。

(ああ、練り餌を出してみろ。と言っているのか)

 意を受けた萩村会計が袋から練り餌を絞り出すと、カラフルな小魚が寄って来て餌を啄み始めた。

「っふふ、くすぐった〜い」

 指先を啄まれた萩村会計から小さな嬌声が漏れる。

「ほら、君達もやって見ろ」

「「うん」」

 頷いて練り餌を取り出すシャルと本音。そこに小魚が寄って来る。

「「わー!」」

 嬉しそうな声を上げる二人に目を細める私。ああ、可愛いなぁ二人共。と、思っているとふと横島教師が視界に入った。

 

 練り餌に小魚が群がる様子を見ていた横島は、ある考えが浮かんで脳裏から離れずにいた。

(この餌を(ピーッ)や(ピーッ)に付けたらすごい事になるんじゃね?)

 脳裏に浮かんだその考えに囚われた横島の顔は一見すると真剣だ。だが、それは九十九と津田から見れば−−

((ははーん、何か良からぬ事を考えてるな?))

 とはっきり分かる、邪念に満ちた顔であった。

 

 

 ダイビングから戻り、着替えて時計を見ると、空港に向わないといけない時間になっていた。

「シャル、本音。時間だ。帰り支度は済んだかい?」

「「うん、大丈夫」」

 荷物をまとめ、携帯でタクシーを呼び、来るまで待っていると、津田副会長が近づいて来た。

「村雲さん、今日はすみません、色々」

「いえ、こちらこそ押し掛けるような形になってしまい、申し訳無い」

 互いに頭を下げる私と津田副会長。同じタイミングで頭を上げ、フッと笑い合う。

「あ、そうだ村雲さん。アドレス交換、しませんか?」

「ええ、いいですよ」

 津田副会長からの提案に、特に断る理由もアドレス交換をするデメリットも無いと判断して頷く。

 サクッと赤外線通信でアドレス交換をし、改めて津田副会長と別れる。彼らはここで一泊し、翌日本島に戻った後、土産物屋に立ち寄ってから帰るとの事。

「どうやら今後の予定は被りそうにないですね。では、今度こそここで。また会いましょう」

「さよなら、津田さん」

「ばいば〜い」

「はい、また」

 やって来たタクシーに乗り込み、私達は新石垣島空港に向かう。津田副会長は私達から見えなくなるまで手を振って見送ってくれていたようだ。

 ちなみに、那覇空港に戻った後の事だが−−

「運転手さん、ホテルビルスキルニルまで」

「はーい。あ、お兄さんまた会ったねー。『かどや』さんのソーキそばはどうだったー?」

「あ、あの時の運転手さん!」

「うわ〜、すごい偶然〜」

 ホテルに戻ろうと拾ったタクシーが、昨日『かどや』さんを紹介してくれた運転手さんの乗るタクシーだった。というのは、まあ余談だろう。

 

 

 翌日。私達は最後に土産物を買う為に商店街巡りをするべく、早めにチェックアウトする事にした。

「忘れ物はないか?あっても取りには戻れないぞ」

「うん、大丈夫」

「指差し確認もバッチリだよ〜」

 忘れ物が無い事を全員で確認し、それぞれの荷物を持って受付に向かい、チェックアウトを済ませていざ商店街巡りへ。

「お土産なんにしよっか〜」

「母さんからは『沖縄の塩』を頼まれてる。父さんは『コーヒーカップ』を、社長は『家庭用沖縄そばセット』をリクエストされているから、買って帰らないとな」

「学園の人たちには?」

「クラスの皆には手堅くちんすこうとサーターアンダギーでいいだろう。専用機持ち連中にはそれぞれ似合いそうな物を。山田先生は確か辛い物が比較的好みと言っていたな。あの人にはコーレーグースを贈ろう。千冬さんには酒が良いのだろうが……」

「九十九は未成年だから買えないよね」

「うむ、やむを得ん。酒は買えないから、酒の肴を買って行こう」

「それが無難だよね〜」

 誰にどんな土産を買って行くのかを話し合いながら、私達は商店街を歩いて回るのだった。

 

 

 土産物を買い終えて帰りの飛行機に乗り、羽田空港から学園に戻ってきた私達。

「楽しかったね〜、沖縄」

「うん、また行きたいね」

「そうだな。次は仕事抜きで行きたいよ」

 正面入口をくぐり、寮に向かう途中で千冬さんと山田先生に出くわした。

「む、帰ったか。お前たち」

「お帰りなさい、皆さん。向こうは楽しかったですか?」

「ええ、今度は是非仕事抜きで行きたいと思うくらいには。ああ、そうだ。山田先生、これを」

 そう言って、私は土産物の入った袋から山田先生あての土産を取り出して渡す。

「あ、ありがとうございます。これは?」

「コーレーグースです。山田先生は辛い物が好みだと聞きまして」

「うわあ!ありがとうございます!ちょうど手に入らないかなって思ってたんです!」

「お喜びいただけて何よりです」

 喜色満面、全身で喜びを表す山田先生。嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねると、その立派な『双子山』が激しい地震に見舞われる。その光景につい目が行ってしまうが−−

「「九十九(つくも)?どこ見てるの?」」

「はい!スンマセン!」

 後ろからの冷たい視線に、私は反射的に頭を下げるのだった。その様子を見た山田先生が恥ずかしそうに胸元を押さえて顔を真っ赤にし、千冬さんが小さく溜息をついたのだった。

 

 山田先生にも一言謝罪を述べ、気を取り直して千冬さんに小さな紙袋を差し出す。

「千冬さんにはこれを」

「織斑先生と……いや、今は放課後だからいいか。……これは?」

「沖縄の酒の肴各種詰め合わせです」

「ほう、なかなか良い物だな。貰っておく」

 素っ気なく紙袋を受け取る千冬さん。だが、その顔はどことなく嬉しそうに見える。よかった、気に入って貰えたようだ。

 

 

 先生達と別れて寮に戻ると、丁度夕食時だった事もあってかすぐに何人かの女子達が集まってくる。

「あ、村雲くんお帰り〜」

「沖縄行ってたんだって?いいなー」

「私も行きたかったー!」

「あのな、一応仕事で行ったんだぞこっちは。……まあ、楽しんだ事は否定しないが」

 ぞろぞろとやって来て好き勝手にきゃいきゃい騒ぐ女子達。正直ちょっと煩いと思ってしまう。

「あ、そうだ。クラスの皆に土産を渡しておこう。相川さん、いるかい?」

「はいはーい。お呼びかな?村雲くん」

 手を挙げて『ここだよ』アピールをしつつ近づいてくる相川さん。それに一つ頷き、頼み事を口にする。

「君に頼みがある。一組の生徒にLINEを送ってくれないか?『村雲くん()が沖縄土産を配るから、全員食堂に集合』と」

「りょうかーい。ちょっと待ってねー」

 相川さんがすかさず携帯を取り出してグループLINEを送信する。その5分後−−

 

「「「村雲くん、来たよ!」」」

「わざわざの集合、痛み入る。では、皆にはこれを。ちんすこうとサーターアンダギーだ。仲良く分けるように」

「「「わあい!」」」

 ドサッとテーブルに置いたちんすこうとサーターアンダギーに群がる女子達。一応全員に渡る程度には買ったつもりだが、足りるかな?

「……まあ、大丈夫だろう。さて、専用機持ちの皆にはそれぞれ見合った物を見繕ってきた。まずは一夏、受け取れ」

「おう」

 一夏への土産はやちむん(沖縄風瀬戸物)の湯呑み。陶器特有の白地の肌に、でかでかと『クヌイナグトゥサーヒャー!』と書かれている。

「九十九、これどういう意味だ?」

「ああ、琉球方言で『この女たらし野郎!』と書いてある。お前にピッタリだろ?」

「待てよ。俺のどこが女たらしなん……「「「分かるわー」」」って誰も擁護してくれねえ!」

 一夏が文句を言おうするが、同意の声の方が圧倒的に多かった事にショックを受けるのだった。

 

「箒にはこれだ」

「ああ、ありがとう……これは、髪飾りか?」

 箒に渡した土産は手作り感溢れる髪飾り。赤いハイビスカスが存在を主張する華やかな一品だ。

「本当は紅い椿の物があると良かったが、それしかなくてな」

「いや、それは構わないが……私には少し派手じゃないか?」

「そうは思わんよ。なにせお前は派手だからな……体つきが」

「なっ!?……こ、この痴れ者がーっ!」

 私が言った途端、箒は顔を真っ赤にして私の頭に拳骨を落とすのだった。思った以上に痛かったです。

 

「次は鈴、お前だ」

「う、うん。てか、アンタ頭大丈夫?結構いい音したけど」

「大丈夫だ、問題無い。ほら、受け取れ」

 鈴に渡した土産は扇子。首里城正殿が描かれた台紙が美しい。

「へえ、アンタにしちゃいいチョイスじゃない。でもなんで扇子?」

「決まってるだろ。お前が『ファン』だからだ」

「あ~なるほど。あたしの名字の(ファン)扇子(ファン)を掛けたわけね……しょうもな!」

 贈られた土産がただの洒落で選ばれた事にツッコミを入れる鈴。それに私は「はっはっは」と笑って返すのだった。

 

「さて、セシリアにはこれをあげよう」

「ありがとうございます。受け取るのが少々怖いですが」

 セシリアへの土産はパイナップル入りのロールケーキ。帰り際に那覇空港で買った物だ。

「あら、美味しそうですわね。でも、どうしてこれをわたくしに?」

「分からんか?ならヒントだ。それに入っているパイナップルは、『ゴールデンパイン』という」

「……?はっ!?まさかわたくしの髪形(金髪ロール)に掛けましたの!?」

「いやはや、これを見つけた時は奇跡だと思ったね。なにせ直前まで君への土産が決まらなかった所に出てきたからな」

「九十九が大声で『見つけたぞっ!』って言った時は流石に驚いたよ」 

「ね〜」

 ちなみに、このロールケーキが見つからなかった場合、『貴族(ブルーブラッド)』にかけて『カブトガニの縫いぐるみ(血が青いから)』を贈るつもりだったのはセシリアには内緒にしておいた。あれ、裏から見るとかなり気色が悪かったからな。

 

「続いてラウラ。君にはこれを」

「うむ。これは……ナイフか?にしては随分短いし、切れ味も鈍そうだ。九十九、なんだこれは?」

 訝しげにラウラが取り出したのは日本刀風の形状の、美しい装丁を施された小さなナイフの3本セット。

「それは琉球王家、尚家に伝わる三振の宝刀『千代金丸(ちよがねまる)』『治金丸(ちがねまる)』『北谷菜切(ちゃたんなきり)』を模して作られたペーパーナイフだ。一年の夏休みの時(#36〜37)に、「日本刀が欲しい」と言っていたのをふと思い出してな。本物は流石に無理なのでそれにした。まあ、それに……」

「それに?なんだ」

「ラウラといえばナイフ、というイメージしか浮かばなくてな。何にも掛かってなくて、すまん」

「いや、そこを謝られても……その、なんだ、困る」

 少しだけ頭を下げた私に、ラウラは微妙な表情を浮かべてそう言った。

 

「簪さんにはこれだ」

 簪さんへの土産は彼女の名前に掛けて簪。マリンブルーの串にいくつかの飾りが揺れる、見目の良い物だ。

「ありがとう、村雲さん。でも私、簪を貰っても使う所が無いんだけど……」

「知っている。それでもそれを贈ろうと思ったのは、その飾りゆえだよ」

「飾り……?あっ!これって……!」

 簪さんが簪に付いている飾りをよく見る。すると、そこにある物を見つけたようだ。それこそが、簪さんにこの簪を贈ろうと考えた理由だ。

 そこには、シーサーをイメージした深緑と金で彩られた鎧を身に纏った、ヒーローっぽいキャラクターのSDモデルが。彼は沖縄のご当地ヒーロー。その名も−−

「琉神マ○ヤー……!」

「君が特撮ヒーロー好きなのは知っていたからね。気に入ってくれるだろうと思って贈らせて貰った」

「うん、ありがとう……!」

 目を輝かせる簪さんに、鷹揚に頷く私。やはり、特撮ヒーロー絡みの土産にして正解だったな。

 

「さて、父さん母さん、それに社長には土産を郵送するとして、楯無さんは明日生徒会室に行った時にでも−−」

「その必要はないわ!何故って?……私が来た!」

 バンッ!と大きな音を立てて食堂の扉が開いたと思ったら、開口一番そんな事をのたまいながら楯無さんがやって来た。

 その口上、この人も読んでるのか?某少年誌に連載中の王道ヒーロー漫画。ちなみに私は『裏社会の首魁』さんが好きです。

「さあ!私へのお土産は何かしら!?」

 わくわくしている顔で私に詰め寄る楯無さん。顔が近い。

「はいはい、今お渡しますよ。……はいどうぞ」

「うん、ありがとね。さーて、私あてのお土産は〜……な、何よこれ!?」

 渡された土産を見て、楯無さんの顔が朱に染まる。その理由は、私が渡した土産が−−

「『子宝ちんこすこう』。見ての通り、男根型のちんすこうですが、何か?」

「な、何かって!なんで、こんな……っ!」

「貴方は更識の現当主。いずれは子宝を望まれる身でしょう?だから、今の内に願掛けです」

「嘘ね!だってあなた、今すっごい悪い顔してるもの!」

 ビシッと私を指差す楯無さん。まあ、こんな取ってつけたような嘘なんて、すぐバレるわな。

 

「はっはっは。さて、土産は渡し終えたし、私はここで失礼するよ」

「あ!こら、待ちなさい!」

「待てと言われて待つ阿呆はいませんよ!」

 そそくさと立ち去ろうとする九十九を追いかける楯無。そのまま二人は追いかけっこを開始。その様子を見ていたシャルロットがポツリと漏らした。

「あの二人、トムとジェリーみたいだよね……」

「「「あ~」」」

 シャルロットの呟きに妙に納得してしまう一組一同。

 逃げるネズミ(九十九)と、追いかけるネコ(楯無)。いがみ合っているように見えて実は割と仲がいい二人は、確かにあの二匹によく似ていた。

 

 

 数日後、藍越学園にて−−

「ねえ、スズちゃん」

「ん?どしたのネネ?」

「これ……受け取って欲しいの」

 そう言ってネネがスズに手渡したのは、スズには手に余る程大きなハリセンだった。

「なにこれ?」

「え?ハリセンだけど?」

「それは分かるけど、なんでこれを私に?」

「うん!今度から私にツッコむ時はそれを使って欲しいの!」

 鼻息荒くそう言うネネ。スズは理解した。九十九がネネの『開ける必要の無い扉』を開けてしまったと。

 

 一方−−

「なあ、津田」

「なんですか?横島先生」

「お前、七条相手のツッコミにハリセン使ってるよな?」

「ええ、不本意ながら……」

 それを聞いた横島の目がキラリと光る。津田は嫌な予感がしたが、もう遅かった。

「それ、私にもしてくれないか!?」

 興奮気味にそう叫ぶ。津田は気づいた。九十九の『被害者』がまた増えたのだと。

 

「「村雲さん!あなたの事恨んでいいかなーっ!」」

 藍越学園に響いたその怨嗟の叫びは−−

「っ!?……なんだ?一瞬背筋に寒気が……」

 九十九にちょっとだけ届くのだった。



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#EX 学園祭(裏)

EP-01 村雲九十九の憂鬱

 

「着いたぞ。ここだ……」

 そう言う私の声には陰鬱な響きが混じっていた事だろう。私の目の前には一件の服飾品店。その店名は……『ヴァルハラ』

 

 コスプレグッズ専門店『ヴァルハラ』秋葉原駅のほど近くにあるこの店は、ラグナロク・コーポレーションの服飾部門が経営している店だ。

 各種衣装はもとより、ウィッグ、カラーコンタクト、化粧品、各種小道具、果ては専用のラインの出にくい下着まであり、コスプレイヤーから『ここに無ければ首都圏のどこにも無い』とまで言われる超有名店。

 

「−−なんだって〜」

「そんな所から衣装をただで貸して貰えるとは……」

「それはいいのですけれど、なぜわたくしたち全員で来なければなりませんの?」

「確かに。衣装を受け取るだけなら貴様一人でも事足りたはずだ、村雲」

 私の後ろで口々に言う一夏ラヴァーズ。箒はいいとして、セシリアとボーデヴィッヒはどこか不満げだ。

「それなんだが、ここの店長がな……」

 「接客係の子達の正確なデータが欲しいわ。今度の休みに全員連れて来なさい!」と有無を言わさぬ迫力で言ってきたため、仕方なくこうして全員連れてきた。という訳だ。

「『合わない服を着てブカブカならまだしもパツパツだったらどうすんのよ!特に胸!』とは店長の弁だ」

「「「あ~……」」」

 どうやら納得いただけたようで、『富める者達』はしきりに頷いていた。一方、この場で唯一の『貧しき者』が自分の胸を見て、周りの胸を見て、もう一度自分の胸を見た後、深い、それは深い溜息をついた。

 大丈夫だ。需要はあるぞ、きっと。とは口にせず、心に留めておいた。

 

「さて、では入ろうか。はぁ……」

「なぁ九十九。なんでそんな嫌そうなんだ?」

「……すぐに分かる」

 できる事なら開けたくない店のドアに手をかけ、ガチャリと開ける。

「「「いらっしゃいませ〜!」」」

 店員の女性達の出迎えの挨拶があちこちから聞こえて、すぐさま一人がこちらに駆けてくる。

「九十九くん、いらっしゃい!今日は?」

「例の件で。店長は?」

「ちょっと待ってて。店長ー!九十九くんが来ましたよー!」

「はーい!今行くわー!」

「「「……え?」」」

 店長と呼ばれた人物が返事をする。その声に皆が唖然とした。口調こそ女性的だが、明らかに男性とわかる声。かなり野太い事から大柄だという事も分かる。ほどなくして現れたのは……。

「はーい♪九十九ちゃん。いらっしゃい❤」

「……お久しぶりです。ボビー・丸合(まるごう)店長」

 190㎝はある長身、筋骨隆々の肉体、浅黒い肌と男臭い顔立ち。だと言うのに足は内股気味で、何かというとクネクネと腰を動している。端的に言えば……オネェだ。

「えっ!?ボビー・丸合って……元アメフト選手の!?」

「引退後はスタイリストとして活躍してた、あの?」

「それがなんでこんな所に!?」

 

 ボビー・丸合。

 NFLでのプレイ経験を持つ、元プロアメリカンフットボーラー。ポジションはラインバッカー。

 現役時代、躱す事も受け止める事も困難な強烈なタックルを武器に活躍したが、試合中の事故で大怪我をして現役を引退。

 その後スタイリストに転身。大物芸能人から引っ張りだこにされる程の人気を得るも、ある時「芸能の世界に愛想が尽きた」と言って芸能界から姿を消す。

 そしてなんやかんやあって現在、コスプレグッズ専門店『ヴァルハラ』の店長として、その辣腕を振るっている。

 

「という訳だ」

「いや、そのなんやかんやが知りたいんだけど!?」

「あら、女の秘密を探ろうなんて、無粋ねぇ一夏ちゃん❤」

「え?いや、ボビーさん男……「ああん?」いえ、なんでもないです!」

「一夏。ボビー店長にその『禁句』は言わない方がいい。あそこを見ろ」

 そう言って、私は店の壁の一部を指す。そこには、何かがぶつかってできたようなへこみがあった。

「あれって……?」

「ボビー店長に『禁句』を言った男性客が、店長からの制裁(タックル)を受けた事によってできたへこみだ」

「カッとなってついやっちゃうのよねー❤」

 それを聞いて一夏の顔が瞬時に青ざめる。こころなしか震えてもいるようだ。

「もう一度言う。その『禁句』は言うな。いいな」

「お、おう。わかった」

 すごい速さで何度も頷く一夏。これだけ釘を刺せば大丈夫だろう……と思いたい。

 

「さてと、それじゃあさっさと終わらせちゃいましょうか❤モニカ、ミーナ、ラム。女の子達をお願い❤」

「「「はーい!」」」

 呼ばれて飛び出た『ヴァルハラ』三人娘。しっかり者の印象のモニカ、褐色の肌と白目の少ない目が特徴のミーナ、最年少でかわいい系のラム。皆、この店の立ち上げ当初から働いている最古参だ。

「じゃあ皆、ついて来て。おっと、織斑くんと九十九くんはダメだよー?」

「言わなくても分かるでしょ、普通」

「どうかしら?九十九くんはまだしも、一夏くんの方は素でそういう事しそうじゃない?」

「「言えてる~」」

 ワイワイ言いながらも身体測定室へと女子一同を連れて行く三人娘。ちらりと横を見ると一夏が「不当評価だ」と項垂れていた。いや、存外的を射た発言だと思うぞ私は。

 

 所変わって男性用更衣室。ここでは定期的に撮影会も行うため、こうした部屋がいくつかある。そこに、私と一夏、そしてボビー店長が身体測定のために入室していた。

「さ、始めましょ❤まずは服を脱いでちょうだい❤」

 そう言いながらメジャーを取り出して振り返るボビー店長。なんだか目が怪しく輝いているような気がする。

「お、お手柔らかに……」

「何かが違う気がするぞ、その言い方」

 店長の言う通りに服を脱ぎ、下着一枚の姿になった私達。それを見たボビー店長の目がいっそう怪しく輝いた。

「ジュルリ……」

「「て、店長?ヨダレが……」」

「あ。あら、ごめんなさいね❤お昼にうなぎ食べたもんだから❤」

 絶対嘘だと分かる白々しい言い訳をするボビー店長。前から思ってたけど、この人ガチ勢だろ。間違いなく。

 とはいえそこは商売人。ボビー店長は一切暴走する事なく私達の身体測定を終えた。

「はい、終了♡一夏ちゃんは服を着て外で待ってて❤……さて九十九ちゃん、覚悟は出来てる?」

「もう決めて来てますよ。元々それが条件ですし。……できれば一人で来たかったですが」

「オーケー、じゃあ、行くわよ❤」

 ボビー店長の手がワキワキ動いている。これは本人曰く「すごい気合が入った時に自然となる」癖らしい。

 私はその指の動きに不安を感じずにはいられなかった。

 

「あれ?一夏だけ?」

「つくもんは〜?」

 採寸を終え、戻ってきた女子達。シャルロットと本音が辺りを見回すが、九十九の姿はそこになかった。

「あー、ボビーさんに呼び止められてたぜ。なんか『条件』がどうの『覚悟』がこうの言ってたような……」

「一体どんな条件を……あら?しばらく見ない間にお客さんが増えてませんこと?」

「それもほとんどが男だな。あとはやけに大きな荷物を持った女が何人か、といったところか」

「カメラを持ってる人もいるよ?」

「なんだか、店全体が異様な熱気に包まれていないか?」

「なにがはじまるんだろ〜?」

 男性客達に何が始まるのか訊いてみると、返ってきた答えは実に簡潔だった。

「今日はこの店で撮影会があるんだよ」

「撮影会?なんの?」

「決まってるだろ!コスプレのだよ!ここのコスプレ撮影会は、他の店とは一味も二味も違うんだぜ!?」

 熱く語る男性客の言葉を受け、シャルロットの脳裏に閃きが走った。

「はっ……!?まさか、九十九がボビー店長に出された条件って……」

「そ❤撮影会に九十九ちゃんが参加することよ❤」

 シャルロットがかけられた声に驚いて振り向く。それにつられ、他のメンバーをそちらを向くと、そこにいたのはボビーとその隣に立つ一人の美少女だった。

 腰まで伸びた艶のある黒髪、つり目がちの瞳は知性の高さを感じさせ、微かに日に焼けた肌が活発な印象を与える。

 凹凸は少ないが、引っ込むべき所はしっかりと引っ込んだモデル体型。その身に纏うのは淡い黒のドレス。飾り気の少ないドレスだが、それが逆に彼女の気品を引き立てる。アクセサリーはイヤリングとブレスレット。どちらも銀製の簡素なデザインのものだったが、彼女にはむしろ華美な物の方が似合わないだろう。

 首には黒いチョーカーを着けているが、しきりに気にしている辺り着け慣れていないのだろう。

 一見すればまさに『どこかのお嬢様』といった雰囲気の彼女。が、ボビーがわざわざ自分達の前に連れて来たという事が、一つの事実を物語る。つまり、目の前のこの少女は……。

「まさか……」

「ひょっとして~……」

「九十九……なの?」

「……ああ」

 恐る恐る確かめた一夏とシャルロットと本音に、彼女(?)は小さく、だがはっきりと答えた。

 

「「「ええええーっ(なにーーっ)!?」」」

 途端に騒ぎ出す一年一組専用機持ち+1。特に箒など目を飛び出させんばかりに驚いている。

「えっ……いや、だって、お前……えっ!?」

「なぜだ……?なぜ私は敗北感を感じているんだ?」

「知り合いの貴族の方よりよほど貴族に見えますわ……」

「つくもん、すっごいきれ〜だよ〜」

「くやしいくらいに似合ってるよ?」

「全く嬉しくない感想をありがとう……」

 ああ、私の黒歴史に新たなる1ページが……。母さんに知られたら何と言われるだろう?あの人の事だから「九十九ってば可愛いーっ!」と叫びながら抱き着いてくるかもな……はぁ。

「さ、九十九ちゃん❤いいえ、月雲(つくも)ちゃん!撮影開始よ!」

「……もう好きにしてください……」

 既に逃げ場はどこにも無い。腹を括るしかないだろうな。嫌だけど、すごい嫌だけど!

 

 撮影会は大盛況の中幕を閉じた。月雲(九十九)もやけになったのかノリに乗ったのか、最終的には撮影者のリクエストに応えてポーズをとったりしていた。

 が、祭りが終わればテンションというものは元に戻るもので……。

「死にたい……」

「つくもん、しっかり〜」

「だ、大丈夫だよ。すごい似合ってたし!」

「いや、慰めになっていないぞ。シャルロット」

 思い切り落ち込む九十九を必死に慰めようとするシャルロットと本音だが、かえって九十九の心を抉る結果になっていた。

「お疲れ様、九十九ちゃん❤それじゃあ、約束通り衣装はロハでレンタルしてあげるわ❤サイズ合わせはすぐ終わるから……」

「では『IS学園一年一組』宛てで送ってください」

「オッケー❤あ、撮った写真、いる?」

「いりません……はぁ……」

 諸々の用事を終えて学園へと帰っていく九十九の背中は、それはそれは煤けていたという。

 なお、後日九十九が借りた衣装を返しに『ヴァルハラ』に行くと、自分の女装写真が引き伸ばされて額に入れられて店内の一番目立つ所に掲示された挙句、その下に「今月の売上ナンバーワン!」と書かれているのを見てぶっ倒れる。という一幕があったが、はなはだ余談だろう。

 

 

EP-02 巻紙礼子(自称)の驚愕

 

 巻紙礼子。IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当を務める敏腕社員。

 だがこれは世を忍ぶ仮の姿で、真の姿は秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』の一員、オータム。要するに悪人である。

(よし。学園内には侵入できた。あとは織斑一夏と村雲九十九を探し出して、どうにか人気の無い所に連れ出せれば……)

 彼女がIS学園にやって来た目的。それは、一夏と九十九が持つIS『白式』と『フェンリル』の強奪である。

 もっとも、本来なら彼らが寮で一人でいる所を急襲してISを奪い、すぐさま離脱する。という作戦をとるはずだったのだが、一夏の方には更識楯無が同居したためにそれが叶わず、ならばと九十九の方に襲撃をかけようとすれば、準備段階で計画が何者かに潰されて何も出来ずじまいだった。そのため、この作戦をとらざるをえなかったのである。

(つっても、どこ探しゃあ……ん?あれは……)

 まずどこを探そうかと悩んでいたオータムの視界に二人の男の姿が写った。

「急ぐぞ一夏。もう来ている頃だ」

「おう。待たせると悪いしな」

(ちょうどいいぜ。ここで話しかけて、どっかに連れ出せりゃあ……)

 思い立ったら即行動。オータムの動きは早かった。

「ちょっと、よろしいですか?」

 必死の練習で身につけた『営業スマイル』を浮かべ、二人に話しかけるオータム。その結果は−−

 

(くそっ。つい引き下がっちまった……。なんだあの笑顔は!?)

 IS学園本校舎二階廊下。そこでオータムは自身の身に起きた事に驚愕していた。

「申し訳ないが、私も一夏も人を待たせているのです。なので……今はご勘弁願えませんか?(ニッコリ)」

 九十九がこう言って笑みを浮かべた途端、彼から強烈なプレッシャーが放たれ、オータムは思わず「アッ、ハイ」と頷いて道を開けてしまっていた。

(この私が……亡国機業のオータム様が、ガキにビビらされたってのかよ……クソがっ!)

 苛立ち紛れに近くのゴミ箱を蹴倒し、そのままその場を歩き去るオータム。

 作戦の第一段階は失敗した。だが、まだ次がある。と、気を取り直したオータムが向かった場所は−−

 

(う、美味え……。なんだこりゃ!?ガキの屋台のレベルじゃねえだろ!)

 中庭の屋台街。そこでオータムは驚愕していた。どの屋台も、下手な店よりよほど美味いのだ。

 素材の味を完璧に活かしきった味付けの焼そば。具材達が互いに主張しつつも一体化した食感が楽しいお好み焼き。口に入れた瞬間に肉汁が迸る肉まん。あまりの美味さに、気づけば全て食べ切ってしまっている程だ。

(……次、何食うかな……。あ、そうだ。スコールに土産買って帰っかな……)

 屋台料理のあまりの美味さにすっかり本来の目的を忘れている彼女は、秘密結社『亡国機業』の一員、オータム。要するに悪人……のはずである。

 

「ねえねえ聞いた?生徒会の出し物の話!」

「あれでしょ?織斑くんか村雲くんから王冠をとったら同居できるってやつ!」

「アタシ参加しよっかなー」

 通りすがった女子生徒たちの話を聞いて、オータムは自分の目的を思い出すと同時に「これだ」と思った。

 史上二人しかいない男性IS操縦者との同居権をゲットできるイベント。参加する生徒は相当数いるはずだ。

(混乱に紛れてあいつらをうまいこと引っ張り込めりゃあ、あとはどうとでも……)

 思い立ったら即行動。オータムは素早く行動した。

 会場である第四アリーナの舞台下に忍び込み、タイミングを見計らって二人を足を引っ張り、そのまま手をとって第四アリーナ更衣室へ。入ると同時にロックをかけ、誰も入って来られないようにするのも忘れない。

(おし、ここまでは順調だ。あとは、こいつらのISをいただいて終いだ)

 九十九の「なぜここに?」という質問に、オータムは貼り付けた笑顔のままこう答えた。

「はい、この機会に『白式』と『フェンリル』をいただきたいと思いまして」

 あとは彼らがISを展開さえしてくれれば、我が事成れり。そう思ったオータムだったが−−

 

 その過程は本編に譲るが、作戦は結果として大失敗だった。

 頼みの《剥離剤(リムーバー)》は彼らのISに遠隔召喚を覚えさせただけで終わり、自身のIS『アラクネ』はコアを残して全損。挙句、助けて欲しくなかった相手に助けられた事もあって、オータムのプライドはズタズタだった。

(それもこれもこいつが伝えてきた作戦が原因だ……クソッ!)

 自分を抱えて飛ぶ少女に憎々しげな視線を向けるが、少女はどこ吹く風。それがさらに彼女の苛立ちを募らせる。

(ちっ。相変わらずスカしやがって、糞ガキが……っ!)

 睨みつけるのに飽きたオータムが後ろを振り向くと、遠ざかるIS学園が目に入った。そして、ふとある事を思い出す。

(しまった!スコールに土産買い忘れた!せっかく美味そうなカンノーロがあったのに!)

 思い出した事が恋人に土産を買い忘れてしまったという割とどうでもいい事な彼女は、秘密結社『亡国機業』の一員、オータム。要するに悪人……のはずである。多分、きっと。

 

 

EP-03 更識楯無の疑念

 

 学園祭が終了して数日が経ち、学園が落ち着きを取り戻しだした頃。

「こんな事って……」

 IS学園生徒会室。その窓際にあるマホガニーの机に腰掛けて、更識楯無は愕然としていた。

「村雲家は完全にシロ。それはいいとして……」

 机の上には『村雲九十九、ならびにその一家の調査報告書』の他にもう一つ、『ラグナロク・コーポレーション調査報告書』が置いてあるのだが、その報告書に書いてあった事を要約すると『怪しい所は何もない』だった。

「いやいや、いくら何でもおかしいでしょ。普通に考えて」

 ISを、それも第三世代型を単独で組み上げる技術力、ISの武装を次々と作り出す開発力、あらゆる情報をいち早く手に入れる情報収集力。その全てが超一流という時点で既にとんでもない会社だ。

 しかも、裏社会の事情にも通じている節がある。にも関わらず、調査結果が『怪しい所は何もない』などまず有り得ない。

「考えられるのはうちの諜報員がサボったか……ラグナロクが完全に情報を隠しているか」

 更識家は対暗部用暗部。スパイであり、カウンタースパイでもある一族だ。その末席に名を連ねる者が、まさか仕事をサボるとは思えない。となれば考えられるのは一つ。ラグナロクの情報規制能力が更識の情報収集力を上回っている。

「って事よね……」

 そう呟いて、楯無は頭を抱える。まさか自分達以上に高い情報収集力と情報規制能力を持った企業が存在するなどとは、夢にも思っていなかったからだ。

「これ以上の調査は今の人員じゃ無理ね……。私が動くしかないかしら……?」

 なんとしてでもラグナロクの秘密を握ってみせる。楯無は決意を新たに自室へと帰るのだった。

 

 それから一月。楯無は寝る間を多少惜しみつつ、自らラグナロクの調査を行った。その結果見えてきたものは、ラグナロクのある恐るべき計画だった。

「まさか、ラグナロクがあんな事を狙っていたなんて……世界がまた揺らぐわ」

 急ぎ織斑千冬と学園理事長に伝えねば。そう思って生徒会室を出て廊下を歩いている途中、楯無の携帯にメールが届いた。

「誰かしら。差出人は……ヘル?」

 一体誰だろうか?そう思いながら開いたメールに書かれていたのはたった一言だけだった。

『更識楯無。貴方は知り過ぎた』

「え?」

 瞬間、首に鋭い痛みを感じた楯無。何事かと視線を巡らせた彼女が見たのは、刀を振り抜いた姿勢でこちらを()()()()九十九。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

「いっ……」

 

 ガバアッ!

 

「いやあああああっ!!」

「た、楯無さん!?大丈夫ですか!?」

「あ……一夏……くん?」

「随分うなされてましたけど……怖い夢でも見ました?」

「ゆ……め?……っ!?」

 一夏にそう言われて、先ほどの経験を思い出し、楯無は思わず自分を抱きしめた。

「楯無さん?本当に大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫。……ちょっと、すごく怖い夢を見ただけだから」

「それ、どっちなんですか?」

 なおも心配してくる一夏に「本当に大丈夫だから」と言ってもう一度ベッドに潜り込む楯無。だが、その頭の中はさっき見た夢で一杯だった。

(あれは……本当に夢?それとも、ありえる未来の一つ……?)

 思考の迷路にはまった楯無が眠れぬ夜を過ごし、教室で盛大に居眠りをして担任に叱られたのは言うまでもない。

 

 放課後の生徒会室。そこで作業中の私に、楯無さんがジーッと視線を向けて来ていた。……やり辛い。

「あの、楯無さ「……ねえ、九十九くん」−−はい、なんでしょう?」

 視線の意味を訊こうと声をかけた所で楯無さんが口を開いた。その声にはかすかな疑念と恐怖が混じっているような気がした。……おかしい。私は何かこの人を怖がらせたり、疑いを持たせるような事をしただろうか?

 楯無さんは二度ほど言いにくそうにしてから、小声でこう訊いてきた。

「……きみ、『ヘル』って知ってる?」

「『ヘル』……ですか?英語で地獄を意味する言葉。もしくは北欧神話における死の国の女王の事ですね」

「そうじゃなくて……きみの会社に、そういうコードネームの人がいないかってこと」

「……すみませんが、私も我が社の全容までは知りません。だから、いるともいないとも……」

「そう……もういいわ、ありがとう」

 そう言って視線を自分の手元の書類へ戻す楯無さん。

 更識楯無。日本の対暗部用暗部(カウンタースパイ)のトップ、更識家の現当主にしてロシア国家代表IS操縦者。そして、IS学園の当代生徒会長。どうやら彼女の我が社への疑念は、いまだ晴れていないようだった。

 それにしても、なぜヘル(死神)なんて物騒なコードネームの人について聞いてきたのだろう?この人は何を知ったんだ?

 私の中にも、楯無さんへの疑念が湧くのだった。



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#EX 婚約指輪(幕間)

本当は本編に組み込む気でしたが、シリアスパートの前に長々日常シーンがあるのもどうかと思い、かと言って全カットは勿体無いという事で外伝として投稿しました。
本編は改めて執筆中ですので、もうしばらくお待ち下さい。


 指輪が出来るまでの2時間を昼食にあてる事にした私達は、シャルと本音の「九十九行きつけのお店に行ってみたい」というリクエストを受けて、ある店の前にやって来ていた。

「着いたぞ、ここだ」

「ここが九十九お気に入りのお店?」

「ああ。五反田食堂。子供の頃からの馴染みの店だよ」

「そ~なんだ〜」

 やって来たのは五反田食堂。ここの業火野菜炒めは、一度食べると病みつきになる美味さだ。それ以外のメニューも質、量共に揃った、この界隈では一番人気のある店だ。

「さ、入ろうか」

「「うん」」

 引き戸に手をかけて一気に開くと、中から活気に満ちた喧騒と食欲をそそる香りが溢れてきた。

「いらっしゃいませー。あら、九十九くん。お久しぶり」

 出迎えてくれたのは五反田兄妹の母でこの店の二枚看板の一人、五反田蓮(ごたんだ れん)さんだ。

 年は聞いた事はないが、母さんと多分同年代か少し上程の年齢だと思う。母さん同様、とても高校生の息子と中学生の娘がいるとは思えない程に若々しい顔立ちの、気品と色気が絶妙のバランスで同居した、まさに『美魔女』と言うべきお人だ。

「お久しぶりです、蓮さん。席、空いてますか?何なら相席でも構いません」

「あらそう?じゃあ……弾ー、蘭ー!九十九くん、そっちに行っていいかしらー?」

「おー」

 気のない返事が聞こえた方を見ると、そこでは弾と蘭が賄い料理を食べていた。

「ですって」

 笑みを浮かべる蓮さんに首肯を返し、私は弾達の座る席に着いた。

「お前達がいるとは思わなかった。今日は平日だからな」

「俺んとこは昨日体育祭があってな」

「わたしは今日が学校の創立記念日でして」

「なるほど」

「そう言うお前は?」

「お前と同じさ、弾。体育祭の振替休日だよ」

「そっか」

 他愛のない会話をしていると、水の入ったコップを持って蓮さんがやってくる。

「改めて、いらっしゃいませ九十九くん。今日は何にする?」

「そうですね……私はいつものを。二人は何にする?」

「「九十九(つくも)のおすすめで」」

「分かった。では業火野菜炒め定食を二人前、お願いします」

「はーい。『村スペ』一丁に『業火定』二丁入りまーす!」

「あいよ!」

 蓮さんが厨房に注文を伝えると、大きな声が返ってきた。五反田兄妹の祖父、(げん)さんは今日も絶好調のようだ。

「ねえ、九十九くん。そちらのお二人、紹介してくれないかしら?」

 コテンと首を傾げて私に訊いてくる蓮さん。普通の女性がやれば『ウザい』と言われる動作も、この人がやると異様に色っぽいから不思議だ。

「ああ、はい。こちら、シャルロット・デュノアさんと布仏本音さん。私の……婚約者達です」

「「……は?」」

 特に隠す程の事でもないと普通にそう答えた瞬間、五反田兄妹が凍った。……あれ?私は何か変な事を言ったか?

 そんな私の戸惑いを他所に、蓮さんはパッと笑みを作って小さく拍手をした。

「まぁまぁそうなの~。おめでとう、式には呼んでね?」

「ありがとうございます。元よりそのつもりですよ、蓮さん」

「もう指輪は贈ったの?」

「先程作ってきました。今は出来上がり待ちです」

「マ……」

「ま?」

 ボソッと呟いた弾に目を向けると、弾は椅子を蹴立てて立ち上がる。

「マジかお前!いったい何歩先の世界に行ってんだよ!俺ら置いてきぼりじゃねぇか!」

「大声を出すな弾。そら、くるぞ」

「あ?(スカーンッ!)ごはあっ!?」

 興奮して大声を出す弾の側頭部に、厨房から飛んできた中華用玉杓子が飛んできてクリーンヒット。それを蓮さんが空中でキャッチして厨房へ投げ返す。返ってきた玉杓子を受け止めながら、厨房のカウンターから厳さんの怒号が響いた。

「五月蠅えぞ弾!飯は静かに食いやがれ!」

「だ、だってよ爺さ「ああ?」……何でもないです」

「お久しぶりです、厳さん。お元気そうで何よりです」

「たりめえよ。俺ぁ、蘭の花嫁姿を見るまでは死なねえって決めてんだ」

 そう言って豪快に笑う厳さん。その姿には『老い』というものを一切感じない。

 

 五反田厳。五反田食堂の店長兼料理長。

 頭髪は無く、代わりに頬髭、顎髭、口髭の全てが繋がった、初見では子供が泣く程の強面。その肉体は筋骨隆々としており、齢80を超えるとは到底思えない。知りうる限り、この人が病気や怪我をして五反田食堂が臨時休業したという話は聞いた事がない頑健さを誇るスーパー爺さん。それが厳さんだ。

 

「で、蓮。弾は何聞いて騒がしくしやがったんでぇ?」

「九十九くんが婚約者を連れてきたの。それで」

「……おめぇ、そいつぁ本当か?」

「ええ、この二人です」

「ほう……」

 私が婚約者二人を紹介すると、厳さんは二人をじっと見る。眼光に怯んだ二人が肩をビクッと震わせた。

「心配するな。怖い人ではない」

「「う、うん」」

 しばらく二人をじっと見ていた厳さんだったが、次の瞬間、にかっと相好を崩した。

「おめぇ、良い女捕まえたじゃねぇか。大事にしろよ?おめぇの事を()()()女はそういねぇんだからよ」

 そう言うと、厳さんはこちらの返事も待たずに厨房に引っ込んだ。と思うと、蓮さんに「『業火定』二丁、上がんぞ!」と声をかけた。

「はい、お待たせしました。『業火野菜炒め定食』です」

「「うわー、美味しそう!」」

 運ばれて来た料理に二人が嬌声を上げる。

 

 『業火野菜炒め定食』

 キャベツを中心に選び抜かれた5種の野菜と豚バラ肉を、油通ししてから超強火で一気に炒め、豆板醤をピリッと効かせた特製味噌ダレで仕上げた、ご飯が進む五反田食堂一番人気のメニュー。スープと小鉢、ご飯付き。

 

「さ、美味しい内に召し上がれ」

「「いただきます」」

 手を合わせて、箸を取り、湯気を上げる野菜炒めを摘んで口に運ぶ二人。瞬間、二人の目が輝いた……ように見えた。

「うわ、これすごく美味しい!」

「お野菜シャキシャキ〜、お肉もしっとり〜。そこに絡むピリッと辛いお味噌のタレが絶妙〜。こんな野菜炒め初めてたべたよ〜」

「お褒めの言葉ありがとうございます。はい、お待たせしました九十九くん。『村雲スペシャル』です」

 二人の称賛に蓮さんが返しつつ、私の前に『いつもの』を置いた。うん、相変わらず美味そうだ。

「見るたびに思うけどよ……お前、その体のどこにこんだけ入んだよ?」

「見てるだけでお腹いっぱいになるんですよね……そのセット」

「メニューの名前からして九十九専用っぽいよね」

「うわ〜、大ボリュームだ〜」

 同じテーブルに座る四人がそれぞれ驚きの声を上げる。そんなに多いか?これ。

 

 『村雲スペシャル』

 『業火野菜炒め』二人前、『鶏のから揚げ』三人前、『手作り餃子』三人前(18個)の超ボリューミーなセット。スープ、小鉢、超盛りご飯付き。

 

「待ってました。では早速、いただきます」

 言うが早いか箸を取り、まずは野菜炒めを一口。噛みしめる度に出てくる野菜の優しい甘み。バラ肉の脂のコクのある旨味を味噌ベースの甘辛いタレが後押ししてくる。すかさずご飯を口に放り込む。味噌と飯の相性って、抜群すぎて泣けてくるよな。

 続いて唐揚げを一個、丸々口に押し込む。噛んだ瞬間に、鶏モモのアッサリとしながらも力強い肉汁が滝のように溢れ出る。

 塩麹をベースに、ニンニク、ショウガ、胡椒、隠し味にほんの僅かに入れた一味唐辛子が鶏の旨味の品格を押し上げている。流石は厳さんだ、味付けに隙がない。こちらも白米との相性はバッチリだ。

 ここでスープを一口。鶏ガラと昆布の合わせ出汁に具はワカメだけ。味付けは塩のみ。香り付けの胡麻油が香ばしい。

 ついで餃子を箸でつまみ、秘伝の特製餃子タレに自家製ラー油を垂らし、餃子にたっぷりつけて一息に頬張る。

 もっちりした皮の食感が歯と上顎に気持ちいい。粗挽きの豚モモ肉の肉汁と荒みじん切りの白菜とニラの旨味のある水分が、皮を噛み切った瞬間に迸る。舌が焼けそうな熱さだ。更にそこへタレの塩味と酸味、ラー油の辣味の追い打ちが来る。もうこれは飯を口に入れざるを得ない。ギョーザライスって、反則だと思います。

 小鉢も当然抜かりはない。今日の小鉢は法蓮草の白和えか。法蓮草のキュッとした渋みが舌をリフレッシュさせてくれる。

 やはり厳さんはいい腕をしている。数十年前、100件近くの一流料理店からのオファーを全て蹴ってこの店を開いた、というのも頷ける。

 さあ、冷めない内に食べ切ってしまおうか。

 

 その日、九十九達と同じ時間に五反田食堂にいた個人経営の貿易商は、後に友人にこう語った。

「私は自分の目を疑ったよ。彼の動きはとてもゆったりしていて、がっついているようにも掻き込んでいるようにも見えなかったんだ。だけど、だけどだ!そんな彼の動きとは裏腹に、彼の目の前に置いてある料理は見る間に量を減らしていくんだよ!そうして彼は、軽く三人前はあった料理をたった15分で食べ切ってしまったんだ……。信じられない?だろうね、私もまだ信じられないんだ」

 数日後、再び五反田食堂に訪れた彼が『村雲スペシャル』を頼んで九十九と同じ事をしようとし、半分も食べ切れずにリタイア。「私ももう若くないな……」と呟いて店を出ていくのだが、それは九十九の知る所ではなかった。

 

「どうもご馳走さまでした。また近い内に伺います」

「ありがとうございましたー。いつでも来てちょうだいね」

「「ごちそうさまでした〜」」

 満足行くまで昼食を堪能した私達は、五反田食堂を出て一路『フノッサ』へと向かうのだった。

(本当に2時間であれだけの作業を終えられるのか?行ってみたら「やっぱ無理でした」とかないよな?)

 という、一抹の不安を抱えながらではあったが。

 

 本編に続く。



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#EX 村雲九十九の受難1 村雲九十九と不思議な薬

本編に行き詰まってしまいました。
気分転換に書いたネタなので、脈絡がないのはご勘弁を。


「……出来ちゃいました……」

「……出来ちゃったかぁ……」

 ラグナロク・コーポレーション地下一階、IS開発部門中央ロビーの一角。そこで一組の男女が膝を突き合わせ、揃って意外そうな顔をしていた。

 男性の名は仁籐藍作(にとう あいさく)。ラグナロク・コーポレーション社長である。

 女性の名は奥田愛美(おくだ まなみ)。最近新設された医学・薬学部門の研究員として入社したばかりのルーキーだ。

 その二人の目の前には液体の入ったペットボトル。だが、二人がこれを見て揃って妙な顔をしているという時点で、この液体が只の液体ではない事は明々白々だった。

「一週間前、急に降りてきたアイデアを深夜テンションそのままで作ったら……」

「ものの見事に完成。マウス実験も成功済み……か。とは言え、こんな物を世に出せば混乱間違い無しだな。少し勿体無いけど、これは廃棄して……」

 

バタンッ!

 

「はあっ……はあっ……はあっ……」

 廃棄してしまおう、と言おうとした藍作の言葉を遮って、九十九が大きな音を立ててロビーに飛び込んできた。その額には大粒の汗が浮かんでいて、息も絶え絶えだ。

「つ、九十九くん?一体どうした、そんなに汗だくになって」

「ル、ルイズさんの癇癪に巻き込まれまして、今ようやく逃げおおせた所です」

「そ、それは災難だったね……」

 そう言いながら藍作の座るテーブルの空いた椅子に座り、テーブルにグッタリと突っ伏す九十九。その目に、液体の入ったペットボトルが入った。

「すみません、卑しい事を言うようですが、これ貰って良いですか?もう喉がカラカラで」

「え?」

 言うが早いか、九十九はペットボトルを手に取ると、蓋を開けて中に入った液体を一息に飲み干した。

「「ああーーっ!!」」

「え?」

「つ、九十九くん、それ……飲んじゃったのかい!?」

「え、何かまずかっ……うっ、ぐ!?何だ……これ?身体が……熱い!?……ぐ、ああああああ!!」

 何かに悶え苦しむかのような九十九の叫びが、ロビーに響いた。

 

「で?どういう事か説明して頂けますよね?」

「あ、ああ。実は君が飲んだのは−−−」

 

 −−社長説明中−−

 

「という訳なんだよ」

「……効果期間は?」

「およそ一週間……です」

「解毒剤、もしくは中和剤の開発は?」

「出来ません。私自身、この薬を一体どうやって作ったのか憶えていませんし、中和剤の開発をしたくても対象の薬は……」

「全て私の腹の中……か」

 九十九は一つ大きな溜息をつくと、諦めたかのような表情で席を立った。

「やむを得ません。学園に事情を話して、しばらくこのままで登校出来るように手配して貰います」

「ご、ごめんなさい!村雲さん!」

 九十九に頭を下げる愛美を九十九は手で制した。

「いえ、これは中身が何かを確かめもせずに飲んだ私のミスです。奥田さんが謝る必要はありません」

「でも……」

「いいんです。私の消したい記憶(黒歴史)に、新たな1ページが増えるというだけですから。ははは……はぁ」

 肩を落として歩く九十九の背中は、それはもう煤けていた。

 

 

 翌日、IS学園一年一組教室。生徒達が目を向ける教壇には、見知らぬ少女が制服を着て立っていた。その少女の事を、真耶が何やら言いづらそうな顔で紹介した。

「えっと……という訳でして、村雲くんはしばらく『村雲さん』として登校する事になりました」

「皆混乱しているかも知れないが、正直私が一番混乱している。しかし、学業の遅れはここでは致命的だ。よって、やむを得ない事態として学園から了承を得た。約一週間、このままでよろしく頼む」

「「「ええーーっ(なにーーっ)!?」」」

 真耶が九十九を紹介し、九十九が挨拶をした瞬間、教室は爆発した。

「え、うそ!?あれ、ほんとに村雲くん!?」

「村雲くんがもしも女の子だったらこうなってたって事!?」

「くっ、この強烈な敗北感はなに?」

「……お姉様と呼びたい……」

 などと口々に言う一年一組女子一同。その一方で、一夏は口を開けてポカンとしている。

「どうした、一夏。いつもの間抜け面が一層間抜けて見えるぞ?」

「お、お前、九十九……なんだよな?」

「ああ。お前の目の前にいる『女の子』は、間違いなくお前の知る村雲九十九だよ。何ならお前の子供時代の恥ずかしい失敗談でも語ってみせようか?そうすれば信じられるか?」

「いや、いい!信じる!」

 そう言って勢いよく頭を振る一夏。九十九はそれに「そうか」と言って微笑んだ。一夏はその笑みに胸が高鳴ってしまい、心の中で『あいつは男、あいつは男』と呟くのだった。

「つくもん、すっごいキレイだよ〜」

「うん、八雲さんにそっくり」

 そう声をかけたのは、九十九の最も大切な二人。シャルロットと本音だ。

 実際、今の九十九は九十九の母、八雲の若い頃(今も十分若いが)に瓜二つだといえる。

 腰まで伸びた黒髪は太陽の光を受けて輝いている。切れ長の大きな目は凛とした雰囲気を与え、鼻筋はすっと通っている。唇はふっくらと厚く上品な色気があり、その顔は総じて『男受けする顔』と言えた。

 出ている所はしっかりと出て、引っ込んでいる所は思い切り引っ込んだプロポーションは、女から見ても羨ましい限りだ。

 が、生来男である九十九にとって「綺麗」だの「お母さんにそっくり」だのと言われても嬉しいものでは無いようで−−

「あ、ああ。ありがとう」

 と、曖昧な表情で礼を言うのが精一杯だった。

「お前達、村雲に聞きたい事は多いだろうが後にしろ。授業を開始する」

 千冬がパンパンと手を叩き、授業開始を告げた事でその場は一旦の終結を見たが、授業が終われば質問責めは免れ得ないだろう。この後の事を思い、九十九は深い、それは深い溜息をついた。

 

 

 昼休憩に入ると同時、鈴が一組の教室に飛び込んできた。

「一夏!食堂に……えっ!?八雲さん!?なんでここに!?」

「鈴、落ち着いて聞けよ?……こいつは九十九だ」

「……はあ?あんた何言ってんのよ?どっからどう見ても八雲さんじゃない。てか、九十九はどうしたのよ?休み?」

「鈴。気持ちは分かるが……」

「この方は間違い無く九十九さんですわ」

「シャルロットと本音が腕にくっついているのが何よりの証拠になると思うが?」

 箒、セシリア、ラウラからそう言われた鈴は、改めて自分が『八雲』だと思った少女に目を向ける。

 その少女の両腕にはシャルロットと本音が組み付いて幸せそうな笑みを浮かべていた。相手が八雲なら、二人はここまでの笑みを浮かべるだろうか?いや、無い。間違いなく、無い。つまり、目の前にいる少女は−−

「……ほんとに九十九?」

「ああ。間違いなくお前の知る村雲九十九だ。証拠が必要だと言うなら、お前が中学時代に書いた『誰かさん』宛のラブレターの内容を事細かに語って見せようか?」

「だーっ!分かった、分かったから止めて!……こいつ、間違いなく九十九だわ」

 八雲ならこういう物言いをしない事は、鈴自身が良く知っている。例え姿形が変わっても九十九は九十九だと知った鈴は、深い溜息をつくのだった。

 

 所変わって、学生食堂。

「で?結局、何であんたそんなことになってんのよ?」

「ああ、それなんだが……」

 

 −−九十九説明中−−

 

「という訳で、飲んだそれがよりにもよって『性転換薬』だった。という、なんとも笑えないオチだよ」

「それはまた……」

「なんと言っていいか……」

「災難でしたわね、九十九さん」

「いや、むしろ一時的にとは言え、性別を逆転させる薬を作ったその科学者がとんでもないと思うんだが……?」

「完全に漫画の世界……」

 九十九の説明に揃って微妙な顔をする一夏ラヴァーズ。

 いくら妙なテンションになっていたとはいえ、人体を遺伝子レベルで作り変える飲み薬をあっさり完成させたラグナロクの科学者マジヤバイ。というのが全員の共通見解だった。

「おかげで色々大変だ。着替える時や用を足す時もそうだが、特に風呂がな……」

「どういうことだよ、九十九」

 一夏の質問に九十九は溜息をついて口を開く。

「いくら自分の体とはいえ、女性の裸体だぞ?気恥ずかしくなって当然だ」

 精神は男のままなんだからな。と九十九が言うと、一夏は「あー……」とバツの悪そうな顔をした。

 ちなみに、昨日は八雲と一緒に風呂に入り全身隅から隅まで洗われている。九十九は後にこの事で八雲に散々からかわれ、その度に羞恥に身悶えする事になるのだが、今はそれを知る由もない。

「じゃあ、あんたどうすんのよ?自分の裸を自分で見られないとか、お風呂入れなくない?」

「あ、それは大丈夫」

「織斑先生がね~、「お前達が面倒を見てやれ」って〜、元に戻るまで一緒に暮らして良いって言ってくれたんだ〜」

「まあ、それなら大丈夫そうね。なんかあったら言いなさい。助けになったげるから」

「私もだ。幼なじみが困っていると知って、知らんぷりなどできん」

「ああ、ありがとう。箒、鈴」

「お、俺も!俺も手伝うぜ!」

「「「いや、お前(あんた)は手伝わなくていい」」」

「なんでだよ!?」

 学生食堂に、一夏の憤懣遣る方無いと言わんばかりの叫びが響いた。

 

 

「話は聞いたわ、九十九くん!あなた、女の子になっちゃったんですってね!」

 放課後、生徒会室にやって来た九十九達を出迎えたのは、やけにテンションの高い楯無だった。

(よりによって一番知られたくない人に知られている!?IS学園の女子ネットワークを甘く見すぎていたか!)

「最初聞いたときは『まさか』って思ったけど、本当なのね。それも結構な美人じゃない。これは期待が持てるわねぇ」

 愕然とする九十九を他所に、楯無はスルリと九十九に近づくと、その手を取って実に『イイ』笑顔を浮かべた。

「こういった性別逆転(TS)物のお約束と言えば?はい、本音ちゃん!」

「え?えっと~……性別逆転した人の周りが大混乱する?」

「正解!他には?はい、シャルロットちゃん!」

「え、あ、はい!そ、そうですね……。性別逆転した人が普段と違う生活に四苦八苦?」

「それも正解!でもね、二人とも。もう一つ、大事な事を忘れてるわ。それは……」

「「それは?」」

 二人が首を傾げて質問を返すと、楯無は生徒会室の隅にいつの間にか置かれていたハンガーラックを引っ張ってきた。上から中が見えないように白い大きな布が被さっていて、そこに何があるのかはわからない。

「それは!『周りの理解ある人が性別逆転した人を着せ替え人形にする』よ!」

 楯無がバサリと布を取ると、ハンガーラックに掛かっている物が姿を現す。それは、何着ものコスプレ衣装だった。

「あ、私用事を思い出しましたので、今日はこれで」

 

ガシッ!

 

 咄嗟に逃げようとした九十九だったが、楯無に肩を掴まれてその動きを止められてしまう。

「ふふふ、知ってた?生徒会長(大魔王)からは逃げられないのよ」

「ま、待ってください楯無さん!女子制服を着ているというだけで結構いっぱいいっぱいなのに、その上そんな物を着せられては私のライフが……!そ、そうだ!シャル、本音!助けて−−」

 シャルロットと本音に助けを求めた九十九だったが、その目に映ったのはハンガーラックの前でキャイキャイとはしゃぐ二人の姿だった。

「これなんか似合いそうじゃない?」

「え~?こっちがいいよ~」

「って、品定めしてる!まさかの裏切り!?」

「どうやら二人はこっち側みたいね。さあ、覚悟はいいかしら?」

 もはや逃げ場は無いと悟った九十九は、諦念の篭った声で「好きにしてください」とだけ言って、抵抗をやめるのだった。

 

 その後、九十九は生徒会メンバーに3時間以上に渡って着せ替え人形にされ、大量の写真を撮られた。

 メイド服やどこかの喫茶店のユニフォームといった定番の物から、体操服、スクール水着、巫女服やバニーガールといったマニアックな物まで、着せられた衣装は実に様々だ。

 特に『しっくり来る』と言われたのが、どこかの『人間扱いされない人間に落とされた元皇女』が皇女時代に来ていたドレスと、どこかの『里長の嫁の内気な巨乳くノ一』の忍び装束、そしてどこかの『脱ぎ癖のあるスピード狂な黒い魔法少女』のコスチュームの三つだった。

 何故かと九十九が訊いてみると、「何か声が似てるから」と返されたが、九十九にはいまいちピンとこないのだった。

 

「つ、疲れた……」

 部屋に帰るなり、九十九はバッタリとベッドに倒れた。その後ろにはホクホク顔の本音とシャルロットがいた。

「あ~、楽しかった〜」

「うん。いい思い出になったよ」

「私にとっては黒歴史になったがな」

 ベッドに突っ伏したまま、二人に向けて怨嗟の視線を向ける九十九だったが、二人は携帯で撮った九十九のコスプレ写真を見ながら「わたしはこれが一番よく撮れてると思うんだ〜」「僕はこれかな、ほら」「お〜、これもいいね〜」とお互いの写真を寸評し合っていて全く気づいていない。

「はぁ……」

 そんな二人に呆れながら寝返りを打った九十九は、度重なる着替えと撮影で汗をかいていたのを思い出した。

「風呂入りたいな……」

 ポツリと漏らしたその一言は、シャルロットと本音の耳に届いた。

「お風呂に入りたいの?じゃあ、約束だし、手伝ってあげるね」

「という訳で、大浴場にれっつご〜!」

「え?いや、別に部屋のシャワーで十分−−」

 

グッ!グッ!

 

「「れっつご〜!」」

「いや、だからちょっとま……ああーー……」

 普段からは考えられない力で九十九の腕を掴み、大浴場へと引き摺って行くシャルロットと本音。

 元の体と作りが違うせいか、本来の力が発揮出来ない九十九は、そのまま大浴場まで連れて行かれるのだった。

 

 −−入浴シーンは音声だけでお楽しみください−−

 

「つくもん、きれ〜」

「あ、あまりジロジロ見ないでくれ。恥ずかしい……」

「九十九、こっち来て座って」

「あ、ああ。それじゃあ、よろしく頼む」

「うん。任せて」

「しつれ〜しま~す。わ~。つくもん、お肌スベスベ〜」

「ふわっ!?ほ、本音!擽ったいって!というか、何で素手で体を洗うんだ!?」

「これが一番お肌にいいんだよ〜。えい、うりうり〜」

「ひゃっ!ちょ、んっ!」

「じゃあ、僕は前を失礼するね。うわ、このサイズで重力に逆らうんだ。凄いなー」

「ひうっ!シャ、シャル!触り方が何か卑猥だぞ!ちょ、コラ揉むな!」

「柔らかいけど奥の方に芯がある……まだ育つの!?これ!」

「痛っ!シャル、もう止め……あんっ!」

「腰ほそ〜い、脚ほそ〜い、おしり小さ〜い。いいな〜、うらやましいな~」

「ほ、本音!それ以上は!って、うわっ!?」

 

ドタンッ!

 

「痛たたた……」

「「えっ!?薄っ!」」

「どこ見て言った!?(バッ!)」

「いいな〜。わたし少し濃い目だから、お手入れが欠かせなくて〜」

「それ分かる。しかも、ちょっとでも怠けると、伸びかけのがチクチクして痛痒いんだよね」

「やめて!(少なくとも精神は)男の前でそういう生々しい話しないで!」

「あ、ごめんね九十九。じゃあ、続けるよ?」

「い、いや、いい!もう十分綺麗になったから!」

「だーめ。まだ洗い残しがあるでしょ?こことか、そことか」

「よいではないか〜、よいではないか〜」

「あ、ちょ、ま、い……いやあああっ!」

 10分後……。

「はあ……はあ……(グッタリ)」

「うん……やり過ぎちゃった……」

「だね~……」

「そう思うなら……もっと早く……止めて欲しかったよ……」

 

 −−以上、入浴シーンでした−−

 

「疲れを癒やすはずの風呂場で、なぜ更に疲れねばならんのだ……」

「ご、ごめんね九十九。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった」

「反省はしてる〜。でも後悔はしてない(キリッ)」

「はぁ……もういい。寝る」

 何を言っても無駄だと思った九十九は、そのまま布団を被って寝る態勢に入る。

「え?九十九、ご飯は?」

「いい。食欲が湧かない……。というか、疲れ過ぎて……もう……眠い……すぅ……」

 言っている間に九十九の意識は沈んでいき、すぐに寝息を立て始める。しかし数十秒後。

「……ぷはあっ!」

「「ひゃっ!?」」

 突然飛び起き、荒い息をする九十九。何事かと思って二人が近づくと、九十九は本音に目を向けてこう言った。

「本音、君が普段うつ伏せで寝る理由が理解出来たよ」

「ほえ?……あ、あ~……」

 九十九が何を言いたいのか理解した本音は、そこを理解されてもな~、と言いたげな微妙な顔をしたのだった。

 こうして、九十九の性別逆転生活一日目は終了した。

 

 

 残りの日々を一から十まで書くと途轍もなく長大になってしまう為、ここからはダイジェストでお送りする事を許して欲しい。

 

 二日目・朝

「あ、九十九。おはよう」

「ん?鈴か、おはよう」

 寮の廊下で鈴に声を掛けられて振り返った九十九。その瞬間、九十九の『大口径グレネード』が不自然な揺れ方をしたのに鈴は気づいた。

「ねえ、九十九。あんた……ブラは?着けてないの?」

「一度着けてみたんだが、胸が締め付けられて苦しいわ、精神は男だから妙な罪悪感が湧くわでな。外した」

「あんたねえっ!いくら少ないっつっても、男の目があんだから少しは気にしなさいよ!ほら来なさい!あたしの貸したげ……ごめん、何でもない」

「最後まで言ってくれ。ツッコみ辛いから」

 結局この日から、『元に戻るまでの間だ』と、九十九は息苦しさと妙な罪悪感に耐えながらブラを身に着けたのだった。

 

 三日目・合同授業の時間

 この日の第一アリーナは、一部が血の海になっていた。その理由は−−

「あ、あまり見ないでくれないか……?」

 ()()()()ISスーツを纏い、突き刺さる視線に身をよじる九十九を見た一部の女子が、鼻から『情熱』を吹き出して倒れたからだ。

「九十九ちゃんの体つきがエロすぎて生きてるのが辛い……」

「お尻が小さくてプクッとボインとか……どこのキューティーなハニーよ!」

「腰も脚もすっごい細い!何食べて何したらあんな風になるの!?」

「谷間深い!それも寄せて上げた『Y』じゃなくて自然に出来た『I』!」

「「「いいな〜。凄いな~。羨ましいな~」」」

 『情熱』を吹いて倒れた者達以外の女子達も、口々に九十九の事を褒めながら九十九ににじり寄る。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何故皆近寄ってくる?」

「「「よいではないか〜、よいではないか〜」」」

「またこの展開!?ちょ、待って……あ、い、いやあああっ!」

 この5分後、千冬がやってきた事で騒動は収まったが、九十九はいじり倒された事で体力と精神力を大きく損耗。

 授業を受けられる精神状態ではないと判断した千冬によって、保健室に放り込まれるのだった。

 

 四日目・昼休憩

「あれ?九十九、お前今日の昼それだけか?」

「ああ。この体になってから、どうも食が細くてな」

 そう言う九十九が手にするトレイに乗っているのは『日替りパスタ(並盛)』とアイスティーだけだった。

「それで足りるのか?」

「心配はいらない。一応満腹になる。ただ、燃費の悪さは男の体の時と同じでな……」

 同日・五時限目終了後

「はい、つくもん。これどうぞ~」

「九十九、これ食べて」

「九十九ちゃん、これも良かったら」

「こうして、休み時間に皆から菓子を貰って何とかやり過ごしてる(モグモグ)」

「……大変だな」

 九十九の机の上に山積みになった菓子を見た一夏に言えたのは、その一言だけだった。

 

 五日目・放課後

「くっ……駄目だ。ギリギリ届かない」

「……何してるの?村雲さん」

「ん?ああ、簪さんか。なに、自販機の下に硬貨を落としてしまってな。取ろうとしているんだが……」

 そう言って、九十九は自販機の前に伏せるように屈み込み、その奥にあるだろう硬貨を取ろうと必死に手を伸ばすのだが−−

「ん、んんっ……ぷはっ。やはり駄目だ。何かに邪魔をされているかのように、あと少しの所で手が届かない」

 溜息をつきながら立ち上がった九十九。すると、その勢いで九十九の『メロン』が大きく弾んだ。

「原因はそれだと思う(ボソッ)」

「ん?何か言ったかね?」

「ううん。なんでもない」

 結局この後、九十九が落とした硬貨は簪によってあっさり取り出された。

 簪は九十九の礼の言葉を聞きながら、本来男である九十九に『サイズ』で負けた事に納得行かない思いを抱えるのだった。

 

 六日目・休日の市街地

 折角の週末だから、とシャルと本音に誘われて三人で町に繰り出した九十九だったが、その機嫌は現在最底辺だ。というのも−−

「ねえ、彼女達ぃ。今ヒマ?」

「俺たちと遊ばなーい?」

「いいとこ知ってるからさぁ。ほら行こうよ」

「いえ、あの……」

「遠慮します~」

「そんな事言わないでさ~」

 さっきからやたらとしつこいナンパ野郎共に付き纏われ、おまけに自分の目の前で恋人を口説き落とそうとしているのを延々見せられ続けているからだ。

 もういい加減我慢の限界だった九十九が一歩前に出てナンパ野郎共に対して口を開く。

「なあ、あんた達。この二人はそう言うのに疎いんだ。ここは私と遊ばないか?」

「「九十九(つくもん)!?」」

「お、話せるねぇお嬢ちゃん。で?お兄さんたちと何して遊ぼうか?」

「そうだな……」

 思案顔を浮かべて、九十九が更に一歩前に進む。ナンパ野郎との距離は50cmも無い。と、次の瞬間、九十九の右脚がブレた。

 

ズンッ!

 

「お……おごあああっ!?」

 ナンパ野郎が上げた絶叫に、何事かと他のメンバーが注目した。そこには、九十九に股間を蹴り上げられ、大量の脂汗を流すナンパ野郎の姿があった。

「『玉蹴り』……なんてどうだ?幸い、あんた達『玉』は沢山持ってるみたいだし」

「て、てめぇ……人が下手に出てりゃあいい気に……「黙れ(ズンッ!)」はおうっ!?」

「まったく……鬱陶しいんだよ、群れて囲まないと女一人口説く事も出来ない腐れ(ピーッ)共が。今、私は自分でも引く程虫の居所が悪い。この苛立ちをあんた達で解消させろ。拒否は受け付けん」

「こ、このアマぁ!」

「ふっ……」

 自分に向かってくる男達に、九十九は嗜虐と喜悦の混ざったイイ笑顔を浮かべた。

 

 15分後−−

「あー、スッキリした。遊んでくれてありがとうな、お兄さん達。行こうか、シャル、本音」

「「う、うん……(いいのかなぁ?)」」

「「「あ……あ、あああ……」」」

 晴れやかな顔の九十九と困惑顔のシャルと本音。その後ろには、股間を押さえて悶絶する男達の呻き声だけが残った。

 その後、この男達は深刻な女性恐怖症に陥り、「外には女がいるから」と家から出る事すら無くなったのだが、九十九がそれを知る事はついぞ無かった。

 

 そして七日目、遂に男に戻る時が来る……筈だったのだが。

「どういう事だ奥田さん!?何故元に戻らない!?」

 そう。どういう訳か、薬効が切れる時間が来ても九十九の体は元に戻っていないのだ。

「そ、それが……」

「それが?何です?」

 なおも言い募る九十九に、愛美はとても言いにくそうな顔で九十九に告げた。

「村雲さんの体が、この一週間の間薬の効果に晒され続けたせいで、今の姿を『これが自分だ』として適応したみたいで」

「えっと……つまり?」

「つまり、村雲さんは女性の体が『当たり前』になったという事です」

「と……言う事は?」

 青褪めた顔の九十九に、それでも愛美は残酷な真実を告げた。

「村雲さんは、もう男に戻る事はありません。……一生」

「そ……」

 

 

 

ガバアッ!

 

「そんな馬鹿なあああっ‼」

 

「「ひゃあっ!」」

 叫びながら飛び起きた私に驚くシャルと本音。

「ど、どうしたの九十九?」

「悪い夢でも見た〜?」

「夢……?そうか、夢か。良かった……」

 大きく安堵の溜息をつく私を、シャルと本音が不思議そうな顔で見つめるのだった。

 

 翌日、ラグナロク・コーポレーションにて。

「あ、いたいた。おーい、九十九くん」

「あ、社長。おはようござい……その人は?」

 社長に呼ばれて振り返った私の目に映ったのは、社長とその隣に立つ小柄な女性の姿だった。

 黒髪を緩めの三つ編みに纏め、縁の無い細めの丸眼鏡をかけ、白衣を着た20代前半の地味目の女性だ。だが、私はその顔に見覚えがあった。具体的に言うと、昨日の夜見たあの夢の中に出てきた女性だ。

「ああ。紹介しよう。彼女は新設した医学・薬学部門に配属予定の新人で……」

「お、奥田愛美と申します!よろしくお願いします!」

 深々と頭を下げる奥田さんに、私は曖昧な表情で「え、ええ。こちらこそ」と頭を下げた。

「あの……奥田さん、貴方に一つお願いが」

「は、はい?」

 私は困惑する奥田さんの肩を掴むと、真剣な顔で言った。

「くれぐれも……いいですか?くれぐれも、急に降りてきたアイデアを深夜テンションで実現しようとしないでくださいね。ね?」

「は、はい!……はい?」

 勢いに負けたのか、咄嗟に返事をした後に『?』を浮かべる奥田さん。あの夢が正夢になるのだけは絶対に阻止せねば!




気分転換と言っておきながらこの文章量……。
きちんと本編も書き進めていますので、暫しお待ちを。


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#EX 村雲九十九の執事奮闘記(前編)

 アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク。

 世界中にそこそこ名の知られた東欧の小国の王女である。そんな彼女は現在、日本のIS業界の視察という名目で、ここIS学園に逗留されておいでである。

 そんな彼女になんの因果か見初められ、世話係として側付きになった私こと村雲九十九は、現在アイリス王女殿下のおわすスペシャルゲストルームにて、彼女の世話をしていた。

 その初日、私は殿下の「喉が渇いた。茶を用意せよ」との所望を受け、紅茶を淹れる事になった。

「殿下、紅茶の準備が出来ましてございます」

「ん」

 私が用意した紅茶の入ったカップをたおやかな手で取り、その唇を縁に着けて一口飲んで一言。

「悪くはない。が、素人の域を出んの」

「申し訳ございません。私はコーヒー党でして、紅茶を淹れるのは慣れてないんです」

「左様か。精進せよ」

「はっ」

 「こんな物が飲めるか!」と顔にぶちまけられるよりはマシだが、反応が淡白なのもそれはそれで辛い。初日から心が折れそうだ。こんな調子で大丈夫か?私。

 

 

 2日目。

「九十九よ。お主にして貰いたい事がある」

(来た!)

 殿下の言葉に身構える私。メイドさん達の話では、殿下は人のいない所では大層な我儘娘で、しかも絶妙に逃げ道を封じてくるという。さあ、どんな難題が来る⁉

「少女漫画が読みたい。買うて参れ」

「少女漫画、ですか?」

「うむ。日本の少女漫画はヨーロッパ諸国のそれと比べて格段に趣深いと聞く。そこで……これを渡す」

 そう言って殿下が渡してきたのは二つ折りした1枚のメモ用紙。開いて見てみると、そこにはいくつかの……恐らく、少女漫画のタイトルと思しき文字列が、箇条書きで書かれていた。

「……殿下、これは?」

「わらわがネットで1話目を見て、続きの気になった漫画じゃ。金は出すゆえ、お主がこれと思う物を買うて参れ」

「しかし、私は少女漫画は門外漢で……」

「ならば、詳しい者を連れて行けば良かろう。ほれ、早う行け」

 シッシッ、と手を動かして行動を促す殿下。「畏まりました」と一礼し、部屋を出る前にふと気づく。

「あの……この格好で……ですか?」

 今の私は、黒の燕尾のジャケットに同色のスラックス、バキバキに糊の効いたイカ胸シャツのウィングカラー、タイはシミ一つない白、エナメルの黒靴に脹脛まで覆う黒の靴下という、何処かのパクス・ブリタニカ(大英帝国全盛期)のロンドンを舞台にしたクライム・サスペンス漫画に出てきそうな、まさに執事と言った格好なのだ。

 こんな格好で外に出ようものなら、奇異の視線に曝される事は間違いない。

「お主は今、わらわの世話係じゃ。お仕着せ(ユニフォーム)で活動するのは当然じゃろう?」

「ですよね……。行って参ります」

 一応は筋の通った殿下のお言葉に、私は溜息をつきながら部屋を出るのだった。

 

「なるほど〜、それでわたしを呼んだんだね〜」

「ああ。他に頼れる人が居なくてな。殿下の我儘に付き合わせて、すまない」

「いいよ〜。ちょうど手すきだったし〜」

 電車に揺られながら本音に経緯を説明すると、本音はコクコク頷きながら理解を示した。なお、その格好はメイド服である。

 周囲の乗客の『何でこんな所に執事とメイドさんが?』という疑念と好奇の視線がブスブス突き刺さる。

「やっぱり見られてるね〜……」

「降りる駅は次だから、それまで耐えるんだ。本音」

 視線の絨毯爆撃に晒される事暫し、私達は秋葉原にやって来た。何故、秋葉原なのかというと……。

「ここなら、この格好の不自然さも多少は薄れるからな」

「なるほど〜、考えたね〜」

 サブカルチャーと電器の街、秋葉原。ここなら執事とメイドの二人組も『何処かのコスプレ喫茶の店員かな?』くらいに思われ、それ程珍しい存在ではなくなるだろう。そう思ってこの街で買い物をする事を選んだのだ。

 思惑通り、変わったものを見る視線は軽減され、私は本音のアドバイスの下、殿下ご所望の少女漫画を買い終え、帰路につこうとしていた。

「よし。買い物完了。後は知り合いに見つからぬように帰るだけだ」

「そんなに知り合いに会うなんてことないと思うけどな〜」

「甘いぞ、本音。こういう時に限って知り合いに会ったり−−「あれ?九十九?」ほらな……」

 するんだ。と言おうとした所に、聞き馴染みのある男の声。振り返るとそこには、私服姿の弾と数人の男子(見知らぬ顔なので、恐らく高校の友人)がいた。よりによって1番会いたくない相手と会ってしまった。最悪だ……!

「久々だな。ってか何だそのカッコ?コスプレ?」

「諸事情、とだけ言っておく」

「あ~、また面倒事か?お前も大変だな。あ、本音ちゃんも久しぶり。メイドさん似合ってるぜ」

「にひひ〜。ありがと〜、だんだん」

 弾が本音のメイド服姿を褒め、それに本音が笑顔で返す。本音の笑顔を見た弾の友人の頬が薄く色づいたのは、彼が初心だからだと思っておく。

「すまんが、先を急ぐ。ここで失礼−−」

「なあ、弾。お前、今コイツの事『九十九』って呼んだよな?もしかして、()()村雲九十九⁉」

 させて貰う。と言おうとした所に、弾の友人の一人が大声で叫ぶ。瞬間、周りがざわついた。

「えっ⁉村雲九十九⁉マジで!?」

「どこどこ⁉俺、ファンなんだよ!」

「あ、いた!……けど、何で執事?」

「あ、あの!サインお願いします!」

「握手してください!」

「写真撮っていいっすか⁉」

 私に気づいた途端、群がってくる周囲の人達。私はこの状況を生んだ元凶……弾を睨んだ。

「恨むぞ、弾……」

「悪い……今度うちの店来たら、餃子奢るわ」

 バツの悪い顔をする弾と友人達。結局、私は集まった人達の対応に追われ、思い切り時間を取られるのだった。

 

「ただ今戻りました……」

「遅い!何をして……いや、何があった⁉」

 

グッタリ……

 

 音にすればそんな感じの、疲れ果てた様子の九十九達の姿にアイリスは怒りを飲み込んで聞いた。

「出先で身バレしまして……」

「よい、皆まで言うな。今日はもう下がって休め」

 疲れの滲む九十九の言葉に、アイリスは理解を示した。なお、本音セレクトの少女漫画はどれも面白かった。

 

 

 3日目。今日はシャルと一緒に殿下の世話をする事になった。

「九十九よ。なんぞ面白い話はないか?」

「面白い話……でございますか?」

 昨日買って帰った本音セレクトの少女漫画は読み切ってしまったのか、ベッドに寝転んで暇そうにする殿下が私にそう言ってきた。

「そうじゃな……お主の武勇伝なぞに興味があるの」

「武勇伝、と言われましても……。私の昔の話など、よくあるものですよ?」

「ええ〜?そうかな?」

 私の言葉に否と言いたげな声音でシャルが返してきた。それに反応したのは殿下だ。

「ほう、その口振りじゃと、なんぞ面白い話があるのか?シャルロット」

「えっと、そうですね。例えば……」

 

 これは、九十九が小学生の時の話である。

 当時、校内でそこそこ名の知れたトラブルシューターだった九十九の下に、一人の少年が訪れた。名は伊東。

 彼はその時、クラスメイトの垣大将(がき まさひろ)を中心としたグループから苛烈な苛めを受けており、九十九を訪ねた時には、いつ自殺してもおかしくない程に疲弊していた。

 事態を重く見た九十九は彼に()()()を手渡し、『誰にもバレないよう、肌身離さず持っていろ。それから、いじめを受けたらそれを記録として残すんだ。……あ、やってる?なら良い。それなら、あと1月耐えてくれれば私が全て解決する』と告げた。彼はそのお守りを大事そうにポケットに入れると、深々と頭を下げて教室を出て行った。

 

「九十九よ。その伊東に渡したお守りの中身は何じゃ?」

「超小型高性能の……ICレコーダーですよ。僅かな振動を感知して発電・蓄電できるので、実質無限の稼働時間を誇る、ラグナロク・コーポレーション自慢の一品です」

「……なるほど。『1月耐えろ』とは、それだけあれば十分な証拠になるからじゃな?」

 殿下の推察にコクリと頷く私。

「シャル、ここからは私が語るよ。人に語られると面映い」

「うん、じゃあ続きをどうぞ」

「では。……それから1月後の事です」

 

『伊東君。例のお守りといじめの記録、寄越して貰えるかな?』

『え、うん。でもそれ、どうするの?』

『とても()()()に使うのさ……ククク』

『ひいっ⁉笑顔が怖いよ村雲くん!何⁉ホントに何する気⁉』

 九十九の悪い笑みを見て戦慄する伊東。そんな伊東を尻目に、九十九は教室を出て行った。

(材料は揃った。細工は流流、仕上げをご覧じろ。ってね)

 

 それから3日後。この日、緊急の全校集会が行われた。校長が青い顔で教壇に立ち、緊張からか額の汗を頻りに拭っている。

『えー……我が校でいじめが発覚しました』

 

ザワッ……!

 

 校長の一言に生徒達がざわついた。この校長は事なかれ主義で、これまでも正義感によって動いた生徒達のいじめ告発を『調査の結果、そのような事実は無かった』の一点張りではねつけるのが常だったからだ。

 一体何が、かの校長にいじめを認めさせたのか。それは−−

()()()()から提出された音声記録と、いじめ被害者による詳細ないじめの記録から、間違いなくいじめがあったものと認識しました。私はこの事態を重く受け止め、校長としてこの問題解決に全力を尽くす所存です。いじめ被害者の……あえて名前は上げませんが、その生徒には、この問題を長く放置していた事を謝罪させていただきます。……まことに申し訳ございませんでした』

 深々と頭を下げて謝意を表わす校長。多くの生徒は校長の突然の変心に『?』を頭上に浮かべたが、一部の生徒は気づいた。

(あ、これ絶対村雲(九十九)が関わってるな)

 頭を下げる校長の姿を見て嗤う九十九を見て、彼等彼女等は今回の件の黒幕が九十九だと確信した。

 

「で、その後校長はこの件の責任を取るという体で辞職。現在はいじめ撲滅を標榜する校長が就任しています」

「なるほどの……。ん?では、そのいじめ加害者の方は何もお咎めなしか?」

「そんな訳ないでしょう。きっちり、落し前つけさせましたよ」

「どのようにじゃ?」

「殿下。この国には現在『いじめ』という言葉はありますが、それはある()()()()の通称なんです」

「なんじゃと?」

 唐突な私の言葉にキョトンとする殿下。まあ、無理もない。この刑法はほんの6年前から施行された上に、適用事例がまだ少ないからな。

「『常習的加虐罪』特定の人物に対し一定期間以上に渡って行われた暴行傷害、強要・脅迫、名誉毀損、器物損壊、窃盗教唆、公然わいせつ教唆等等……。要は一般的に『いじめ』と呼ばれる行為に内包されるあらゆる犯罪行為を纏めて裁く為の法律ですよ」

 しかもこの法律は、いじめ行為が年齢を問わず起きるという事もあってか『未成年にも適用可能』なのだ。

 

『という訳だ、垣大将君』

『だからなんだってんだ?テメエがあれを渡したのは「校長だけだと思うか?」……っ⁉』

 得意げに語る垣だったが、背を向けて語っていた九十九が自分に向き直った時の顔を見て、ゾッとした。

 嗤っていたのだ。『君はもはや詰んでいるのだ』と、目が語っていた。

『私が一連の証拠を送ったのは、校長、県と市の教育委員会の担当部門長、PTA会長、それから所轄の警察署。最後に……君の家だ。専業主婦である君の母親だけがいる時間帯に届くよう、時間指定をした上で、ね』

『あ……あ……っ?』

 困惑する垣の耳元で、九十九は小さく囁いた。

『今頃君の母親も知っただろうね。君のやってきた事を。君の母親は……何と言うかな?』

『……!』

 

ドサッ!

 

 膝から崩れ落ちた垣を見下ろしながら、九十九は最後にこう告げた。

『本件の被害者、伊東君からの伝言だ。「垣くん。今まで僕と遊んでくれて、よくもありがとう」……以上だ』

 もはや何も言い返す気力も無いのか、虚ろな目で俯く垣を残して、九十九はその場を立ち去った。警察に連れられた母親が垣を見つけたのは、そのすぐ後だった。

 

「で、主犯格の垣は『常習的加虐罪』で逮捕され、懲役5年の実刑判決。垣グループのメンバーも合わせて書類送検され、懲役3年・執行猶予5年の判決が下りました。後に垣グループメンバーは全員引っ越し、垣も両親が『息子の躾に対する方向性の違い』で離婚。彼の親権は母親が持ちました。伊東君はいじめから開放された事で本来の明るく活発な性格を取り戻しました」

「ふむ……痛快、という意味ではそこそこ面白かったが……。九十九よ、お主やる事がエグすぎんか?当時小学生じゃろ?普通そこまで思いつかんぞ……」

 『ないわー』と言いたげな顔でドン引く殿下。苦笑いのシャル。面白い話をしろと言われて−−

 

「語った結果があの反応とか、酷くないか……?」

「よしよ〜し。つらかったね〜」

 少し凹んだ私を抱き締めて頭を撫でる本音の優しさと温かさが心に染みた。これで明日も何とか頑張れそうだ。

 さて、明日は何を言われるのだろう?という訳で、お休み。



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#EX 村雲九十九の執事奮闘記(後編)

更新遅れてすみません。
リアルがバタついていて、筆を取る時間がなかなか取れず……。

執事奮闘記の後編です。
それでは、どうぞ。


 4日目。今日は小春日和となり、冬にしてはだいぶ気温が上がった。だからだろうか−−

「九十九よ。アイスが食べたい」

 殿下がこんな事を言ってきたのは。

「アイス……ですか?」

「うむ。今日は暑うてかなわん。買うてこい」

 ルクーゼンブルク公国は東欧……具体的にはロシアの西端に国境を接している。首都の緯度は北海道の北の端、稚内の更に北に位置するため、冬の平均気温は0度以下が基本で、最低気温が-30度を下回る事もあるという。

 そんな国で生まれ育った殿下にとって、冬の平均気温が10度前後のここ(IS学園)は『暖かい通り越して暑い』場所だろう。

「畏まりました。して、どのようなアイスをご所望でしょう?」

「そうさな……。九十九よ、お主味覚に自信はあるか?」

「母の教育により、一般人よりは舌が肥えている。という自負はあります」

「では、お主がこれまでに食うてきたアイスの中で最も美味いと思うた物を買うてこい」

 と言われて、脳内のライブラリを検索する。検索ワードは『1番美味いアイス』だ。検索開始……ヒット。しかしこれは……。

「……参ったな」

「なんじゃ、どうした?そのような苦い顔をして」

 不思議そうな顔をする殿下に、私はポリポリと後頭を搔きながら渋面を作った理由を語る。

「いえ、確かに私が食べてきた中で最も美味いと自信を持って言える物が、あるにはあるんですが……」

「なんじゃ。ならばそれを買うて「北海道です」−−なに?」

「私が最も美味いと自信を持って言えるアイスは、3年前に家族旅行で行った北海道は十勝の牧場で食べた『搾りたて牛乳ソフト(300円)』です。」

「北海道⁉ちと……どころでなく遠いの。流石に行って来いは無体か。では、この近くの店なりなんなりで買うて来い」

「フレーバーはいかが致しましょう」

「何でも構わんが、チョコミントだけは買うてくるな。歯磨き粉のような味がして好かんのじゃ」

「畏まりました」

 恭しく頭を下げて部屋を出る。さて、何がいいかな?

 

「と、いう訳で、お前達の意見を聞きたい」

 丁度良く食堂で屯していた一夏&ラヴァーズにそう声をかけると、こいつ等はめいめい己の好きなアイスを上げていった。

「俺はあれだな。ロッ○の爽。アイスの中に入った粒氷の食感が好きなんだよ」

「私は雪見だいふくだ。あのモチモチ食感がクセになる」

「あたしは断然!(ハーゲン)ダッツのチョコね!ま、(レディ)ボーデンも捨てがたいけどね」

「わたくしはやはり、G&Bオーガニックのバニラですわね。自室の冷凍庫には必ず入れていますわ」

「私はモーベンピックのストラッチアテッラ(バニラチョコチップ)が好きだ。ここで買えると知った時は驚いたな」

「……私は、アイスよりはフローズンヨーグルトの方が好き、です」

「そうねえ、パルムかしら。あの値段であの味は、ちょっと他にないわよ」

 ものの見事にバラバラな意見。ちなみに、シャルは『MOW』で本音が『アイスは何でも好き』だった。あと、私は赤城乳業のあずきバーが好きだ。

(さて、どうしたものか……。選択肢は絞れたが、それでも多いと言わざるをえん……)

 ここIS学園は、海外からの生徒も受け入れている関係上、そういった生徒達に『本国の味』を提供する事に余念がない。セシリアの言ったG&B……グリーンアンドブラックも、ラウラが推すモーベンピックも、買おうと思えば本校舎東棟一階を丸々使った巨大売店『万国商店』で買えてしまうのだ。本当にどうしたものか……?

 待てよ?だったらいっその事……。

 

「それで、薦められた物を全部買うてきた。と」

「友人の好意を無碍にできず……大量になってしまった事をお詫び致します」

 頭を下げる私を「良い」と制し、買物袋を受け取る殿下。とはいえ、一息に食い切れるはずもないので一つだけ袋から取り出して、残りは冷凍庫へ入れていたが。

「ふむ……なんの気無しに取ったが、何じゃこれは?あずきバー?」

「ああ、それは私のお薦めです。お召し上がりの際は、くれぐれもご注意ください」

 私の物言いに、頭上に『?』を浮かべながら、袋を開けてあずきバーを手に取る殿下。

「ほほう、中々に渋い見た目じゃの。では早速……ぬっ⁉な、何じゃこれは!固いではないか⁉」

「あずきバーは乳化剤を始めとした一切の『余計な物』が入っておらず、また空気も可能な限り抜いて作っています。よって途轍もなく固く、商品の袋に『歯を痛めないように注意してください』と書かれる程です」

 かつて、このあずきバーで一夏が万引き犯を撃退したという話を聞いた時、さもありなんと思った。下手すれば凶器になるアイス。それが、赤城乳業のあずきバーなのだ。

 しばらくあずきバーと格闘していた殿下だったが、ようやく一口齧りとる事に成功。モグモグと咀嚼して飲下すと。

「悪くないの。じゃが、いかんせん固すぎる。食べるのに苦心するゆえ、次からは買うてくるな」

 と述べられた。

 

「好物を否定されるって、存外心が痛くなるよな……」

「今日もお疲れ様」

 若干ささくれた心をシャルの膝枕で癒し、明日に備えて早めに寝た。明日はどんな難題をふっかけられるやら……。

 

 

 5日目。この日殿下は、日本の所謂『お偉いさん方』との昼餐会や会合にでかけた。

「本音を言うとやりとうないが、父王の手前断れんのじゃ」

 とは、殿下の弁である。もっとも、その表情は『クソ面倒い』と言わんばかりに歪んでいたが。

 そんなこんなでその日の外遊を終えたのは、夕食には早く、しかしおやつ時には遅い。という時間だった。

「あーあ、疲れたわ」

 ベッドに飛び込み、心底うんざりとした声を出す殿下。

「殿下、お召し物が皺になります。お着替えを。本音、手伝ってやれ」

「はーい。殿下、行きましょ〜」

「うむ」

 待つ事暫し。シルクのネグリジェに着替えた殿下は、大きな溜息をつきながら今一度ベッドにダイブした。

「九十九、脚がだるい。揉め」

 そう言って、殿下はベッドの端に腰掛けると私に向かって脚を投げ出してきた。

 そういえば、今日の昼餐会は立食形式だったし、会合もどちらかと言えば『ロビー活動』のそれに近いもので、殿下はほぼ立ちっぱなしだったな。脚に疲れが来てもおかしくはないか。とはいえ……。

「どうした?早うせい」

 急かしてくる殿下に、私は頭を下げて言った。

「殿下、申し訳ございませんが、私は妻以外の女性の肌には極力触れない。と決めているのです」

 一瞬、呆けた顔を浮かべた殿下だったが、すぐにその表情は元に戻る。

「ふむ、左様か。ならばしかたない、お主が知る中で最もマッサージの上手い者を連れて参れ」

「御意。では殿下、どちらも効きは保証しますが『とても痛いマッサージをする同性』と『とても気持ちいいマッサージをする異性』……どちらを呼び寄せましょうか?」

 

「で、俺が呼ばれたと」

「ああ。『痛いと分かっていて呼び寄せる阿呆がおるか!』とは殿下の弁だ」

 という訳で、呼ばれて飛び出たのは一夏の方だった。殿下は既に待ちくたびれたのか、ベッドの端で脚を揺らしながら「おい、早うせい」と言わんばかりにこっちを見ている。

「そんじゃ、失礼して……」

 殿下の足元に膝をつき、その脚に触れる。「ふむふむ……」と頷きながら、脹脛から足首、そして足裏と、確かめるように撫で回す。

 時折、殿下の口から「んっ……」とか「ふあっ……」といった、妙に艶っぽい吐息が漏れて……なんというか、見てはいけないものを見ているような気分になってしまう。

「随分脹脛が張ってますね。立ちっぱなしだった、とかですか?」

「ああ。今日の昼餐会も、その後の会合も、基本立った状態だった」

「それでか。じゃあ、腰から足にかけてやった方がいいな。殿下、ベッドにうつ伏せに寝てください」

「う、うむ……」

「一夏、『これはマッサージです』と言って殿下の尻を揉むなよ?」

「揉まねーよ⁉俺を何だと思ってんだよ!……ったく」

 私の一言に憤慨する一夏。それでもマッサージの手を止めない辺り、流石の仕事人ぶりだ。

 殿下も余程心地いいのか、ちょっとだらしない顔になっている。揉みほぐすこと約30分、一夏は「これ以上は毒だな」と言ってマッサージを切り上げた。

「おお!脚が軽うなった!礼を言うぞ、織斑一夏よ!」

「どういたしまして、殿下。じゃ、俺はこれで」

「ああ。すまんな、足労をかけた」

「いいっていいって。じゃあな」

 手を振って部屋を出て行く一夏。殿下は「後であ奴に礼の品でも渡さんとの」と言うと、ふと思い付いたように私に言った。

「そうじゃ。九十九、お主も今日は立ちっぱなしで脚が疲れたであろう。本音よ、例の『痛いマッサージの女』を呼んで参れ」

「え?」

「はーい」

「え?」

「呼ばれて来ました、黄月英(ファン・ユエイン)です。では村雲君、覚悟はいいですか?」

「え?」

「じゃあ、いきます。えいっ!(グリッ)」

「あ゛ーーーっ‼(汚い高音)」

 

「酷い目にあった……。いや、軽くなったよ?脚は。けど痛いんだ、黄先輩のマッサージは。おまけにその様子を殿下が横で大笑いしながら見てるもんだから、心まで痛い。もう無理、頑張れない」

 すっかり意気消沈した私を抱き締めて、本音は「もうちょっとだけがんばって〜」と言ってくれた。が、黄先輩呼んだのが君って事、私は忘れてないぞ。

 

 

 6日目。本日の殿下のお仕事は、警察庁湾岸署の1日署長だった。専用に誂えられた制服(タイトのミニスカ)はよく似合っていたが、この仄かに漂う犯罪臭は何なのだろうか?

「九十九よ、お主何か失礼な事を考えておらんか?」

「まさか。よくお似合いですよ、殿下」

 胡乱な目で見てくる殿下にそう返す私。なお、その格好はお馴染みの執事服姿である。ミニスカポリスの隣に執事って、ある種異様な光景ではないだろうか?今からでも警官の、せめて要人護衛官(SP)の格好をさせて貰えないだろうか?

「駄目じゃ」

「ですよね……」

 一刀両断、にべもなし。私は諦念の溜息をつく以外に、何も出来る事はなかった。

 

 1日署長の仕事は、主に防犯・交通安全PRの為のパレードや署内視察及び訓示、管内を見回りながらの近隣住民との交流、特別運動活動関係のコンクールの表彰式への参加など、意外と多岐に渡る。

「なんじゃ、『お主を逮捕する!』みたいな事は出来んのか……」

「それは本職の方々の仕事ですから」

 残念そうな、というよりつまらなそうな顔をする殿下。どうやら、そういう事が出来るだろうと思ったからこの仕事を受けたんだろう。でなければ、自分から進んでこんな仕事はしないお人だ。

「だからといって、おざなりな仕事はなさいませんよう」

「分かっておるわ」

 フン、と鼻を鳴らし、殿下はパレードに出るための車(屋根に乗れる特別仕様車)に乗り込んだ。

 

「キャー!王女様ー!」

「こっち向いてくださーい!」

「村雲くーん!素敵ー!」

 屋根の上から集まった群衆に笑顔で手を振る殿下。なお、私は殿下の「お主も来い」の一言で半ば無理矢理乗せられた。

「何故私まで……」

「仏頂面をするでない。ほれ、声援に応えてやれ」

 黄色い声を上げる沿道の女性達に手を振ると、その女性達はキャーキャー言いながら手を振り返してきた。

「人気者じゃのう、九十九」

「茶化さんでください」

 見えない所で私の腕を突いてくる殿下は、年相応に見えた。

 

 ついで、署内視察を実施。そこここに顔を出し、所属の刑事・警官に一言声をかけては去って行くを繰り返す。私もまた行く先々でサインと握手をねだられた。

「ありがとうございます!いやー、妻に自慢できるなぁ!」

「そ、それは良かったです……」

 俳優・織田裕○に顔立ちの似た、熱血っぽい雰囲気の私服警官(捜査一課所属の警部補)が嬉しそうに色紙を抱えて去るのを、引きつっているのが自覚できる笑顔で見送った。

 

 今日は『湾岸署主催・地域の防犯標語コンクール』の表彰式が湾岸署近くの会館であるそうなので、管内の見回りがてら会場に向かう事になった。些か不用心な気もするが、殿下の「纏めて片付けた方が早かろうよ」の一言でこのような仕儀となった。

 私達が歩いているのを見かけた地域住民の皆さんが、我も我もと集まって来て握手を求めてくる中、私の目に異様な風体の男が止まった。

 1月の寒い中、半袖・短パンというラフな恰好。肘の内側と脹脛に入れたタトゥー。目元を覆うのは色の濃いサングラス。……怪しい。途轍もなく怪しい。

「すみません、そこの貴方。お名前を」

「自分ですか?自分は湾岸署交通課巡査長、出板惟丈(いでいた これたけ)であります」

「では、出板さん。向かって右、3本目の電信柱の影にいるあの男が見えますか?」

「はっ、見えます。……この寒空に半袖・短パンとは、怪しいですね」

「はい。薬物中毒者の可能性があります。3人程で職質を掛けてください。気づかれないように、できるだけ大回りで」

「はっ!志村、加藤。付いて来い」

「「はっ!」」

 出板さんと志村さん、加藤さんの3人は、男に気づかれないようにそっと列から抜け出し、一本隣の路地から男の背後に回り込むべく行動を開始した。

 結論から言えば、職質は成功した。思った通り男は薬物中毒者で、薬物を手に入れる金欲しさにスリを働こうとしていたらしい。囲みを受けて観念したのか、男は素直に逮捕されていった。

「ん?向こうがちと騒がしいが……何ぞあったのか?九十九」

「お気になさらず、殿下。些事にございます」

「左様か」

 なお、殿下は一連の逮捕劇に全く気づかなかったようだ。

 

 『防犯標語コンクール』の表彰式はつつがなく終わった。表彰者は、殿下手ずからの表彰状授与に大興奮。米つきバッタよろしく、何度も頭を下げていた。

 ちなみに、そんな彼が大賞を受賞した防犯標語は……。

 

 『気を付けろ 隣のアイツは 殺人鬼』

 

「何と言うか……随分尖った標語を選びましたね……」

「「うちの署長の趣味でして……」」

 げんなりした風に呟く同行の警官さんの背は、どこか煤けて見えた。……ご苦労さまです。

 

「ふえーい、今日も疲れたわ……」

「お疲れ様でした。殿下、お召し物を変えましょう。お願いします」

「はい。さ、殿下。こちらへ」

「うむ」

 フローレンスさんに連れられて、着替えに行く殿下。本日の寝間着はネルのパジャマ。意外と庶民的な感覚もあるらしい。

「この感触が心地良うてのう」

 ホッとしたような表情を浮かべる殿下は、年相応に見えた。と、そこへ垂れ流しにしていたTVから夕方のニュースが届いた。

『本日、警視庁湾岸署にて、ルクーゼンブルク公国第七王女アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク殿下が、一日警察署長に就任なされました。沿道にはアイリス王女の姿を見ようと多くの人が集まり、アイリス王女は気さくに応じられました』

 画面には、にこやかな笑みを浮かべて地域住民と交流を持つ所が映されていた。

「いい笑顔ですね」

「半分近くは作っておるがの。王族たる者、これ位は容易いわ……ん?」

 TVを見ていた殿下が何かに気づいた。それは、画面端で警官に耳打ちをする私だった。

「九十九よ、これは何を−−」

 しておるのじゃ?というより先に、アナウンサーがその答えを言った。

『なおこの際、同行していた村雲九十九さんが、窃盗を働こうとしていた男を発見。逮捕に貢献したとの事です。湾岸署は後日、村雲さんに感謝状を贈る事を決定致しました。次のニュースです。内閣府は本日−−』

「…………」

「…………」

 私をジトッとした目で睨む殿下。圧に負けて目を逸らすと、ボソッと一言。

「主に花を持たせる事も出来んダメ執事め」

 

「下手に殿下に話せば、喜々として犯人に近づいて『逮捕する!』とか言いそうだったんだ。誤認だったら拙いから言わなかったのに、これだもの……辛い。マジで辛い」

「よしよし、今日もよく頑張ったね。偉いよ、九十九」

「今日はたっぷりサービスするよ〜」

 シャルの膝枕(うつ伏せ)+本音のマッサージによってどうにか心身を立て直し、私は明日に備えるのだった。

 

 

 そして、7日目。

 世話係生活も1週間が経過した頃。この日、王女付きのメイド達はやけに緊張した面持ちをしていた。どうしたのか訊いてみると、ルクーゼンブルク公国(本国)から王女付きの近衛騎士団長(インペリアル・ナイト)が到着したのだと言う。

「いいですか、貴方達も今は王女殿下の従者です。失礼の無いように」

「「「はい」」」

 フローレンスさんの忠告に返事を返した直後、その人は現れた。

 一部を顔の左側で三つ編みに纏めた淡いピンクブロンドのロングストレート。薄化粧を施した凛々しくも美しい(かんばせ)は、宝塚歌劇団の男役スターだと言われても信じられそうだ。しかし、最も目を引くのは彼女の衣装だった。

 ここは中世ヨーロッパだったか?と思ってしまうような、時代錯誤も甚だしい軽装鎧(ライトメイル)に、腰には一振りのサーベル。こんな格好で街を出歩けば『場を弁えない迷惑なコスプレイヤー』認定待ったなしのそれを、何の恥ずかし気もなく着ている。

 チラと横を見ると、本音が『うわぁ……』と言いたそうな顔をしていた。うん、気持ちは分かるが顔に出すな。

 反対側に目をやると、シャルが『無いわー、それは無いわー』と言いたげな表情をしている。うん、分かるけど顔に出すな。

 そんな私達の思考を知ってか知らずか、騎士団長が声を張った。

「傾注‼」

 その雄々しささえ感じる声に、それが騎士団長の発した第一声であったのだと理解するより早く、私の体は一分の隙もない気を付けをしていた。

(たった一声でここまで場を引き締めるとは……。これがルクーゼンブルク公国騎士団長……!恐れ入る!)

 例えて言えば、まさに雷光。凄まじい勢いと堂々たる大音声。獅子吼もかくやの声だった。

 緊張した空気の中、騎士団長は言葉を続ける。

「王女殿下は本日、市街を散策されたいとの仰せだ。そこで、お付の者を1名選出する」

 要は外出なされる殿下の最近距離での警護役を、この場の誰かにやれ。という事だろう。そうと理解したメイドさん達と、シャル、本音の視線が私に集中した。

(……ですよね)

 どうせそうなると言うならば、指名されるより志願した方がまだ印象は良いだろう。ならば−−

 

「騎士団長閣下。その任、是非ともこの村雲九十九に与えて頂きたく存じます」

 ルクーゼンブルク公国第七王女近衛騎士団長ジブリル・エミュレールは、唐突に片膝をつき、自分に対して臣下の礼を取ってきた少年……村雲九十九の姿に瞠目した。

「私が言うより早く、自ら名乗り出るか。見上げた度胸だ。元より殿下はお前をご所望だ。くれぐれも無礼な振舞いは避けよ」

「重々承知の上でございます。ところで騎士団長閣下、御名を拝聴致したく」

「名乗るのか遅れたな。ジブリル・エミュレールだ。他に何か質問は?」

「御座いません、閣下」

 洗練されているとは言い難いが、しかし最低限の儀礼は弁えた九十九の振る舞いにジブリルは満足げに頷くと、九十九を立たせた上でそっと耳打ちをした。

「殿下に何かあった場合は……分かっているな?」

「無論。この村雲九十九、全身全霊を持って殿下の御身守護の任、全う致します」

「良い返事だ。では解散!」

 てきぱきと、全員がその場から離れて行く。しかし、シャルロットと本音はその場に残って、九十九に少しだけ憐憫の籠った視線を向けていた。

「九十九、えっと……ガンバ!」

「明日はきっと良い日になるよ〜」

「やめてくれ。今はその優しさが少し辛い」

 どうせ選ばれるのは自分だからと、自ら名乗りを上げた事で却ってジブリルのハードルが上がったような気がして、九十九はそっと溜息をついた後、アイリスのいるスペシャルゲストルームへと向かうのだった。

 それが、己の運命を(ある意味)決定づける1日となる事に、全く気づかないまま……。

 

 本編#91へ続く。



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#EX バレンタイン In IS学園

時期的に丁度良かったので、前々から温めていたバレンタインネタを投下します。
皆さんはバレンタインのご予定ありますか?
え?小生?……バレンタイン?何それ?美味しいの?(虚無顔)

それでは、どうぞ!


 これは、本編の時間軸からちょっとだけ未来の話である。

 

 20XX年、2月13日。世に言う『バレンタインイブ』のこの日、IS学園では小さな催しが行われていた。それは−−

「本音!」

「シャルロットの!」

「「簡単チョコレート教室!はーじまーるよー!」」

 

パチパチパチパチ

 

 家庭科室に響き渡るシャルと本音の明るい声とそれ相応の音量の拍手。これからここで、二人を講師役としたチョコレート作り教室が行われる。生徒は箒を筆頭とした一夏ラヴァーズ。各学年の一夏派女子の一部。虚さんと山田先生。それからアイリスとジブリルさん。最後に私……って待てい!

「君達が『付いて来て』と言うから付いて来たが、これ私がいる意味はあるのか?」

「毒……んんっ、味見役だよ〜」

「おい本音、今毒見って言いかけなかったか?なあ」

 私の詰め寄りに本音は目を逸らして小さく舌を出した。『ゴメンね』じゃないぞ、おい。

「ゴメンね、九十九。でも、他に適任がいなくて……。ねっ、お願い!」

 手を合わせて頭を下げるシャル。他の女性陣も一様に「お願いします!」と頭を下げている。ここまでされて「だが断る」とは言えない。私は小さく嘆息して味見役の任を頂戴した。

 

 

 とはいえ、チョコレート作りなど徹底的に手間を省けば−−

 ①砕いた板チョコを湯煎して溶かす。

 ②好みの型にそのまま、ないし好みの物を混ぜたチョコを流し込む、好みの果物にコーティングするのもあり。

 ③冷蔵庫に入れて冷やし固める。

 の3手で完成だ。よほどの事が無い限り失敗などしない。……はずなのだが。

「えいっ」

 

ゴロン スパンッ!

 

「セシリア!チョコを直接フライパンで溶かさない!焦げ臭くなるよ!」

「は、はいっ!ごめんなさい!」

 セシリアが初手から大失敗しそうになるのをシャルがハリセン(ラグナロク特製)でひっぱたいて止めれば。

「わーっ!らうらう!チョコにお湯を入れて溶かしちゃだめ〜っ!」

「む?湯煎とはこうするものではないのか?」

 チョコに直接湯を放り込んで溶かそうとするラウラを本音が軌道修正する横で、同じ事をしかけたアイリスがそっとチョコの入ったボウルからポットを離す。その一方で、料理できる系女子の箒と鈴は和気藹々とチョコ作りをしていた。

「湯煎などせずとも、レンジを使えば一発だろう」

「気をつけなさいよ箒。ワット数の設定間違えると、溶けるより先に焦げるから」

「そうなのか?洋菓子など作った事がないから勝手が分からなくてな」

「え?じゃあアンタ、バレンタインに一夏に何渡してたの?」

「一応出来合いのチョコを用意して、渡そう渡そうとしながら一歩が踏み出し切れずに渡せず、近くの公園で悔し涙を流しながらそのチョコを食う。というのが毎年の事だったな、箒」

「やめろ!私の黒歴史を暴露するな!」

 私に自分の黒歴史を暴露されて顔を真っ赤にして怒鳴る箒。その様を「分かるわ〜」と言わんばかりの表情で鈴が見ていた。

 他の班もセシリアやラウラのようなド級の料理下手は居なかったらしく、時々シャルと本音が様子を見に行って「大体合ってる」のお墨付きを貰っていた。こうして見ると、IS学園に来る女子って女子力高めな子が多いよな。その手の授業が多く取ってあるのだろうか?それとも育ち?うーむ……分からん。

 

 

 そんなこんなで皆のチョコ完成である。パッと見はどれも美味そうに出来ている。出来ているんだが……。

「この『妙に赤黒いチョコ』と『見た目が完全に手榴弾なチョコ』は誰の品だ?いや、言わなくて良い。大体分かる」

 シャルと本音による必死の軌道修正すらぶち抜いたと思われる、謎の色彩のチョコと謎の形状のチョコが異彩を放ちすぎていて、結果として他が霞んでるんだよなあ……。

 とはいえ、試食審査を頼まれた身の上としては「食べたくありません」という訳にもいかず。取り敢えず異彩を放つ2つは最後にして他のチョコを試食した。そうしたらまあ何とも面白いチョコの多い事。

 中にザボンの砂糖漬けを仕込んだ、甘味と渋味が絶妙にマッチする生チョコ。敢えて酒精を飛ばし、味と香りだけを閉じ込めた未成年でも安心のウィスキーボンボン。ラムレーズン入りのチョコクリームが大人の味を演出するチョコケーキ。定番のチョコバナナ……かと思いきや串までチョコで出来ていて最後まで食べられるチョコバナナ。求肥にチョコクリームと苺を閉じ込めたチョコ苺大福。クラッシュナッツをチョコで練ったチョコレートバーなどなど、各人のアイディアが満載だった。

 あと、料理そこまで上手くない組が教わりながら作った簡単チョコレートも大ハズレは無く、これなら大丈夫だと言えるものだった。

「さて、ここからはいささか勇気のいる品だな」

 残ったのは『妙に赤黒いチョコ』と『見た目が完全に手榴弾なチョコ』の2つ。できれば口にしたくないのだが……。

「「ジーーッ……」」

 ……見てる。私が一口食べるのを今か今かと待っている。視線の主は言わずもがな、セシリアとラウラ。熱量と圧が凄いんだが。「はよ食え」って気配で訴えて来てるんだが。そんなんされると逆に食いにくいんだが。

「「ジーーッ……!」」

「分かった、食う。食うから圧を掛けないでくれ」

 見た目からまだマシそうな手榴弾チョコを手に取る。本物に近いサイズ故かズッシリと重い。試しに机に落としてみると、ゴトッという重々しい音がした。チラとラウラに視線を送る。視線に気づいたラウラがフンス、と胸を張った。凄く……自慢げです。

「……南無三!」

 

ゴキッ! ボリボリッ!

 

 硬い!何したらこうなるってレベルで硬い!だが噛み砕けない程ではない。そうしてしばらくゴキゴキ言わせながら噛んでいると、口の中がパチパチしだした。コレひょっとして、パチパチキャンディが入ってるのか?面白い食感だ。

「うむ。口の中がパチパチして楽しいな。これは良い」

 折角なのでもう一口食べようと手榴弾チョコを手に取った瞬間、手榴弾がボロッと割れた。そして中からゴロゴロと出てきたのは、チョコでコーティングされたパイナップル。まさか……。

「兵器の手榴弾(パイナップル)と果物のパイナップルをかけたシャレか?」

「うむ!一夏なら笑うと思ってな!」

 花の咲くような笑顔で、自信満々に宣うラウラに苦笑しつつ、「ガワのチョコをもう少し薄くするともっと食べ易いと思う」とアドバイス。ラウラも「やり方は分かった。次は一人でやってみる」とやる気満々だ。……まあいいか。結局最後まで食べるのは一夏なんだし。

 

「で、次がセシリアのか……」

 見た目からして異様な雰囲気を放つセシリアのチョコ。ビターチョコベースの筈なのに、一体どうすればここまで赤が主張するんだろう?そっとセシリアに目配せをすると、にこやかに頷いた。やめろ、その自信に満ちた笑顔が逆に怖い。

「……いざ!」

 

パキッ!

 

 見た目より軽い音と共に、セシリアのチョコが私の口の中に入る。再び意を決して口中の欠片を噛み砕いた瞬間、襲いかかってきた強烈という言葉では利かない辛味と酸味の奔流に抗えず、私は机に突っ伏してしまった。

 

 

 

ゴトン!

 

「「九十九(つくも)⁉」」

 九十九がセシリアのチョコを咀嚼した瞬間机に突っ伏したのを見て、シャルロットと本音が側に駆け寄る。

「九十九、どうしたの⁉しっかりして⁉」

「待ってしゃるるん、辛うじて意識はあるみたい。あ、口が動いてる」

「なに?何が言いたいの?」

 九十九の口がパクパク動いているのを見た二人は、その口元にそっと耳を寄せる。掠れた声で小さく聞こえて来たのは、神への嘆きだった。

Eli, Eli, Lema Sabachthani(エリ、エリ、レマサバクタニ)……」

「エリ……?えっ、なに?」

「確か、ヘブライ語で『神よ、どうして私を見捨てたんだ』だったかな。……ねえ、セシリア」

「は、はいっ⁉」

 ドスの効いたシャルロットの呼び掛けにビクッとしながら返事をするセシリア。目の笑っていない笑顔で近づいてくるシャルロットが怖くて、一歩近づかれると一歩下がるを繰り返す内に、セシリアは壁際に追い詰められた。シャルロットはセシリアが逃げられないようにセシリアの股の間に左脚を差し込んで、互いの胸がぶつかって潰れる程に顔を近付ける。ついでに壁ドンをした上で、目を逸らそうとするセシリアの顎を左手で掴んで無理矢理目を合わせさせた。これをやってきたのが一夏ならセシリアはアワアワしただろうが、やっているのは強烈な圧を放つシャルロット。もはや恐怖感しかない。

「セシリアは、僕の旦那様に何を食べさせたのかな?一体あのチョコに何を入れたの?僕が他の子を見てる間に」

「冷蔵庫に入っていたストロベリーソースですわ!何もおかしな物は入れてません!」

 涙目で訴えるセシリア。それを聞いた調理部部長三栖味子(みす あじこ)が、何かに気づいて冷蔵庫の戸を開けた。

「ねえ、オルコットさん。貴女が入れたソースって……これ?」

 味子が取り出したのは、ラベルの無い小瓶に入った赤いソース。セシリアは「そうです」と何度も頷いた。味子は額に手を当てて天を仰いだ。

「あっちゃー……。念の為に片付けとけば良かったかなあ。村雲くんには……オルコットさんにも悪い事しちゃったわ」

「部長さん、それなんですか?九十九が一発KOなんて、余程の事ですよ?」

「ああうん。これね、知り合いに頼まれて作った自家製デスソースなんだ。この後渡すつもりで保管してたのよ」

(((なんちゅうモン作っとんねん!そんで分かりやすくしとけや!)))

 味子の独白にその場の全員の内心が一致した。

 なお、セシリアのデスチョコレートを食べた九十九だが、どうにか死の淵から生還。しかし、この後丸1日何を食べても味が分からず、涙とセシリアへの呪詛を流していた。

 

 

 明けて翌日、バレンタインデー当日。我がクラスは分かりやすく浮き足立っていた。が、SHRでの千冬さんの発言によりその空気は一気に凍りつく事になる。

「荷物検査を行う。学業に不要な物、特にチョコレートを持ち込んでいようものなら即没収。返却は放課後の職員室にて行う。いくつかの小言は覚悟しておけ」

「「「ええええええええっ⁉」」」

 休み時間に「織斑くん!あの、これ!」とか「村雲くん!はいっ、ハッピーバレンタイン!」とか、友チョコ交換とかやりたかっただろう女子達は不満の叫びを上げたが、千冬さんは一切意に介さずに荷物検査を開始。結果、クラスの4分の3のメンバーが千冬さんにチョコレートを没収されて涙を飲んだ。何人か涙に血が混ざってたような……気のせいだよな。な?

 

 時間は進み、放課後。職員室の千冬さんの前には……私が居た。何故って?千冬さんの直々のお呼びがかかったからだ。

「なあ、村雲……いや、敢えてこう呼ぼう。九十九」

「はい」

「今日はバレンタインデーだ。チョコレートを持ってきている奴がそこそこ居るだろう、と思って荷物検査をやった結果、こうなった訳だが……」

「……はい」

 私と千冬さんの眼前の光景、それは『友チョコと思しきチョコ菓子の山』と『明らかに本命っぽい手作りチョコの山』である。千冬さん曰く「自分のクラスと、今日授業のあった全学年6クラスから没収した物」だそうだ。もし全員持参していたなら、単純計算で120個近くある事になる。そりゃあ山も出来るよな。実際はもう少し少なそうだけれど。

「返却は放課後に私の所でと言ったが、こうも数があっては私一人では捌ききれん。なので……」

「『村雲()が「大半一夏宛てだろうが、誰宛てか分からない物もあるので纏めて持って帰って仕分けした後、私から相手に渡しておきます」と言って全部持って行った。返して欲しければ奴に言いに行け』と言って、本命チョコの分の手間を省きたいと?」

「ああ。お前には手間を掛けてすまないが、よろしく頼む」

「一夏のモテが原因で私が迷惑を被るのはいつもの事。お気になさらず。あ、紙袋あります?この量なら4……いや5袋かな」

 千冬さんが職員室の奥から持ってきた紙袋にテキパキとチョコを詰めていると、千冬さんが小首を傾げて訊いてきた。

「手慣れているな。何故だ?」

「それは……」

 小中学生の頃、バレンタインデーに自分で渡す勇気の無い女子生徒から一夏宛てのチョコを纏めて受け取り、一夏に渡すのは私の役目だった。箒は前述通り、頑として自分で渡そうとしていつも失敗していた。

「−−という訳でして」

「家の愚弟が本当にすまん……」

 いたたまれなくなったのか、千冬さんが小さく頭を下げた。そんなに気にしなくてもいいのに。

 

 所変わって一年生寮。帰りの道中で合流した一夏、玄関ホールで待っていた私にシャルと本音を連れ、私は食堂に向かった。

「−−という訳で、本命っぽいチョコを集めて持って来た。どれが誰ので、誰宛ての物かは無関係にな」

「すっげぇ量だな。これ仕分けんの大変そうだな」

 食堂のテーブルにドサッと置かれたチョコの入った袋、計5袋。これを仕分けようと思ったら結構骨だ。千冬さんの頼みとは言え、ちょっと安請け合いだったかも知れん。

「とはいえ、明らかに送り先の分かる物は先に分けておいたんだがな。ほら、このニ袋は全部お前宛てだ。メッセージカードに『織斑くんへ』と書いてあった奴だから一発だったぞ。多分直接渡す勇気がなくて、お前の机か下駄箱にでもこっそり入れるつもりだった子達のかな」

「そっか。ありがたく貰っとく」

「で、こっちは私宛てだ」

 一夏に渡したそれに比べれば入数は少ないが、それでも結構な量のチョコが入った紙袋を手元に寄せる。メッセージカードには『村雲くんのアドバイスのお蔭で心が軽くなりました。ありがとうございます』とか『村雲くんの助言のお陰で、ストーカー化した元カレを撃退できました。これはそのお礼です』とか『いつも私の愚痴に付き合って貰っているお礼がしたくて作りました。今後もご迷惑でないならお願いします 山田真耶』といった、いわゆるお礼チョコが殆どだが、中には『村雲くんへ』とだけ書かれた本命チョコもいくつかあった。こういうのを貰って嬉しくないとは言わない。言わないのだが……。

「九十九って意外とモテるよね……。知ってたけど」

「だからってモヤッとしない訳じゃないんだよ〜、つくも」

 嫉妬混じりのジト目で見てくる妻二人の視線がメッチャ痛いので、来年はお礼チョコだけ受け取ろうと思う私だった。

 

 この後、差出人も送り先も不明の本命チョコは、千冬さんから行方を訊いた女子生徒が次々やって来ては、そのまま持って帰ったりその場で互いに渡し合ったり、あるいは一夏や私に渡したりと、それぞれ対応して行った。ちなみに一夏ラヴァーズは最初から寮に帰ってから渡すつもりだったらしく、この中には入っていなかった。

 結局、最後まで残った物は数点程。こっそり取りに来るかも知れないと寮の扉の前にテーブルを置いて、その上に『誰かさんへ。貴女のチョコです。誰も見ていない内に持って行ってください』と書いたカードと共に放置しておいた。翌日には全て無くなっていた。全て行くべき所に行って良かった、と私は安堵した。

 

「そう言えば、まだ君達からチョコを貰ってないんだが……」

 チョコの仕分け作業と夕食を終え、シャルと本音と部屋に戻った私は、実は気になっていた事を二人に告げた。

「心配しなくて大丈夫」

「ちゃ〜んと用意してるから、ちょっと待っててね〜。先に着替えてベッドに行ってて〜」

 と言って、何故かシャワールームに消えた。チョコの準備にシャワールームに行く必要がどこに?というか、チョコを渡すのにどうしてベッドに……?という疑問は、シャワールームから出てきた二人の姿を見て一瞬で氷解した。

「じゃ〜ん、お待たせ〜。という訳で、つくもへのバレンタインプレゼントは〜」

「僕達、だよ❤」

「……は?」

 現れたのは、ほぼ全身にうっすらとチョコをコーティングした全裸の二人。羞恥か興奮か、その頬は赤い。あまりにも想定外な光景に、私は思考が停止してしまう。まさか高校生の身の上で『プレゼントはわ・た・し❤』を経験するとは思わなかった。

「さ、九十九。貴方だけが食べられるスペシャルスウィーツ」

「どうか心ゆくまで〜」

「「召し上がれ❤」」

「……いただきます!」

 この後、滅茶苦茶チョコを貪った。今まで食べたチョコの中でも一等美味かった。

 

 一方、一夏ラヴァーズ。

「えっ、えっ⁉お前ら、それ何して……⁉」

「見てわかんない?体にチョコを塗ったのよ。つまり、アンタへのバレンタインプレゼントはアタシたちって事!」

「うむ!存分に堪能するがいいぞ、嫁よ!」

「は、恥ずかしいですわ……。でも、一夏さんのためなら……」

「ここまで来て恥ずかしいなどと言ってられん!さあー夏、来い!」

「女に恥をかかせる気?一夏くん」

「……来て」

「い、いや、ちょっと待て……!」

「もう、家の旦那様は初心なんだから。食べてくれないなら……食べちゃいましょう❤」

「「「賛成!」」」

「いや、だから待てって……あーっ!」

 この後、滅茶苦茶チョコに貪られた。翌日、一夏は真っ白に燃え尽きていた。

 




本編も鋭意執筆中です。気長にお待ちください。


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#EX コピペ改変ネタ集

息抜き回です。
あるH×H二次でやってたネタに感銘を受けて、小生もやってみました。
頭空っぽにしてご覧ください。


1.

弾「一夏が手の甲に『牛乳・卵・食パン・九十九、殴る』って書いてたから、九十九は謝るか逃げろ」

 

 

2.

本音「ネットの中でだけ気が大きくなる人のこと、なんて言ったっけ〜?」

シャル(ネット弁慶の事かな?)

本音「あ、思い出した〜。デジタルゴリラ!」

シャル「待って本音。それは思い出せてないよ!?」

 

 

3.

一夏「椅子で寝てたからか?箒が妙な勘違いして駆け寄ってきて『一夏!死ぬな!嫌だ!私はまだ何も言えてない!』って、ドラマチックに仮眠の邪魔された。あと、起きたら起きたで何でかキレて殴られた」

九十九「一夏。それはお前が怒って良い」

 

 

4.

シャル「電車に乗ってた時、九十九の携帯が鳴ったの。九十九は携帯に出て『一夏か?今電話の中だから、電車は後でかけ直す』って通話を切ってから、一言呟いたんだ。『……逆だった』って」

 

 

5.

本音「購買で買った5kgのお米を赤ちゃんみたいに抱いて運んでたら〜、なんか愛おしくなっちゃって『早く帰ってご飯食べようね〜』とか話しかけてたんだけど……ご飯……この子だ」

九十九「君は何に母性本能発揮させてるんだ?」

 

 

6.

弾「すれ違いざまに『さっきの人かっこよかったね!』ってJKに言われたぜ!」

九十九「すれ違いざまに『さっきの人』ならば、それはお前の事ではないな」

 

 

7.

一夏「のほほんさんが言った『7月でこの暑さなら、12月はどうなっちゃうのかな〜?』がジワってる」

 

 

8.

鈴「弾。あんた彼女とか作んないの?」

弾「お前は俺と付き合いたいとか思ってくれんのかよ?」

鈴「なるほど!」

弾「なるほど、じゃねえよ!」

 

 

9.

九十九「子供の頃、近所のスーパーで『ごはんですよ』を探していたんだが、何をどう間違えたのか『おかあさんといっしょってどこですか?』と訊いてしまった事がある。……しばらくその店には行けなかったよ」

シャル・本音((か、可愛い!))

 

 

10.

九十九「暇を持て余して、戯れに昼寝中の本音の口に甘栗を入れてみたんだが『え?なに?なに?な……に……』と言いながらまた寝てしまったので諦めて本を読んでいたら、5分程してから小さくベッドから『あ、栗だ〜』と聞こえた。可愛すぎる」

 

 

11.

シャル「今日の本音の寝言『あ~、それなら800ピヨンもあればだいじょうぶだよ〜』……何の単位だろう?」

 

 

12.

一夏「風邪で寝込んだ九十九に『食欲はあるか?』って訊いたら、『おかずによる』って返したから大丈夫だって確信した」

 

 

13.

清香「村雲くん、窓から下を見た女性が傘をさしてました。傘は何色ですか?」

九十九「ふむ……上から見て性別が分かるという事は透明な傘をさしていたに違いない。つまり、透明なビニール傘だ」

清香「……論理的に答えてくれた所悪いんだけど、これ『恋人に着て欲しい水着の色』っていう心理テストなんだよね……」

九十九「なんだ。なら合っているよ」

清香「え?」

九十九「え?」

 

 

14.

鈴「メールアカウントのパスワードを忘れたから、秘密のパスワードを入力しようとヒントを見たら『胸』だったのよ。見間違い?いや、何度見ても『胸』よね。『胸』って何よ?意味分かんない。って思いながら『絶壁』って入れたら、合ってた」

 

 

15.

弾「あれ、何つったっけ?ほら、人魚みてーに下半身が馬で……」

一夏(ケンタウルスの事か?)

弾「上半身は馬のやつ」

一夏「全部馬じゃねえか」

 

 

16.

ラウラ「うたた寝している嫁を起こしたら、何やら目を細めて『……虫かと思ったらゴミか』と言って私の服を払ってくれた。一瞬、私の事かと思った」

 

 

17.

シャル「部屋にGが出て、ラウラが雑誌で叩き潰そうとしてたから『これ使って!』って殺虫スプレーを手渡したら『すまん!』って言いながらスプレー缶でGを叩き潰したから、そのスプレー缶は捨てたよ」

九十九「らしいと言えばらしいな」

 

 

18.

九十九「本音と服を買いに行った時の事だ。服を試着した本音と店員さんのこんな会話が聞こえてきたんだ」

 

店員『苦しい所ございませんか?』

本音『う〜ん……値段ですかね〜』

 

九十九「いや本音、そこじゃないぞ。と思いつつ、上手い事言うなあと感心してしまったよ」

 

 

19.

セシリア「鈴さんと簪さんが日本の泳げたい○きくんのメロディで『無い乳無い乳寄せてもペッタンコ』と歌ってましたわ」

九十九「自虐のクセがすごい」

 

 

20.

千冬「代表候補生時代、部屋にスズメバチが入って来て、情けないがパニックになっていたら、真耶が『大丈夫です先輩!私の後ろで待っててください!』と満面の笑顔でチャッカマンに火を着けてスプレー缶を噴射。即席の火炎放射器で焼き払った。という事があった。あの時はスズメバチより真耶の方が余程怖かった」

 

 

21.

九十九「父さん、どうしたんだ?そんな深刻そうな顔をして」

槍真「あー、ちょっと悩んでいる事があるんだけど……出来れば放っておいてくれないか?」

九十九「ああ、分かった。所で話は変わるんだが……父さん、少し髪薄くなってないか?」

槍真「うん、話変わってないね!」

 

 

22.

弾「携帯の機種変更の時、5万位で携帯屋のお姉さんの番号とメアドを入れてくれるオプションとかねえかな?」

九十九「例え本物の番号とメアドを入手できたとしてどうする?そこからどうかなると思うのか?どうかなるのか?どうかできる人なら、5万出さずとも番号とメアドを入手できるだろうに」

一夏「九十九、もうやめてやれ!そんなわかりきった事でも、弾には鋭い言葉のナイフになんだぞ!それ以上言ったらもうお前は鬼だ!人の皮を被った鬼畜だ!親が泣くぞ!」

弾「一夏の言う通りだけどよ、むしろお前の方が心抉ってるわ‼」

 

 

23.

箒「九十九は年下、と言うより子供に比較的甘い奴だと思っていたが、以前ファミレスで騒いで走り回る子供の肩に優しく手を置いて引き寄せ、目を合わせた上で『少年。顔も普通、頭も良くない、才能もないとした場合、せめて行儀は良くしておかないと……死んだ方が価値の有る生き物になるぞ』と満面の笑みで言い放ったのを見てから、考えを改めた」

 

 

24.

シャル「メールの着信音を猫の鳴き声にしてみたんだ。これだと、スパムが来てもイラッとしない。むしろスパムでもいいからもっと鳴らないかなって思っちゃう」

九十九「君はいいかも知れないが……実はそれ、結構迷惑だ。さっき電車の中で『ニャアン』って言わせて、『猫が乗ってるのか!?どこだ!』といらん期待をしてしまったし。がっかりさせないでくれ」

シャル「わ、なんか九十九が色々と可愛い!」

 

 

25.

一夏「セシリアが初めてコタツに入った時『……悪魔が人間を堕落させる為に作ったに違いありませんわ!』って言ったから、深く同意しといた」

 

 

26.

シャル「ラウラが寝言で『これは……ミイラだな。……湯を……』って言った。戻すつもりかな?気になって聞き耳を立ててたら『……フタをして……』ってまた呟いた。……戻すつもりだ、お湯で」

 

 

27.

鈴「小学生の時の話なんだけどさ。一夏と弾がお互いに『ビタミンC!』『コレステロール!』って叫びながら喧嘩してんの。九十九が『喧嘩になったら必殺技っぽい感じの単語をひたすら叫べ。楽しくなって喧嘩を忘れるか、疲れ果てて喧嘩の原因なんてどうでもよくなるから』って言ってたのを、実行してたみたい」

九十九「適当に言っただけなのに、まさか実行していたとは……」

 

 

28.

槍真「藍作は、酔うと稀に何にでも謝る『謝罪上戸』になるんだけど、先日、酔い覚ましにと思って自販機で水を買って渡したら、『南アルプスのなぁ……折角広い土地で流れてたのに……くうっ……!人間のエゴで……こんな小さなペットボトルに詰められて……。すまん!許してくれ!』って、水に凄い謝ってた」

 

 

29

本音「結婚したら旦那さんにあれ言ってみたいな〜。お風呂でわたしとごはん食べる?って」

清香「とっても効率的だけどさ、そんな常套句は無いよ」

 

 

30.

九十九「中学時代、弾が授業中に居眠りして、先生が『眠いと思うから眠いんだ!起きろ!』と怒ったんだが、『先生!俺、モテると思ってモテた事ないです!』と言い返したのは良い思い出だ」

 

 

31.

一夏「ある曲を脳内再生してると、途中で別の曲になるって事あるよな?あの現象に名前ってあんのか?」

九十九「私はシンプルに『妖怪曲替わり』と呼んでいる」

弾「もうそれが正式名称でよくね?ってくらいピッタリだな」

 

 

32.

本音「老人ホームって、なんか失礼な呼び方だよね〜。他にいい名前ないかな〜」

九十九「ふむ……『死ぬ間際ファミリーと森のおうち』なんてどうだ?」

シャル「上手い事言ったのは認めるけど、失礼どころじゃないからね、それ」

 

 

33.

一夏「ところで、話は360度変わるんだけどさ」

弾「変わってねえよ」

 

 

34.

箒「『こいつもう我慢ならん、殴ってやると思う程腹の立つ相手がいたら、勢い任せに殴るのではなく、完全犯罪で殺害する方法を考えろ』と、真顔で九十九が言っていた。埋める場所、燃やす場所、道具まで詳細に考えて、途中で面倒になればそれでいいし、考えが纏まればいつでも殺せる安心感で気が楽になると言われた時は思わず納得したが、後でよく考えてみたら物凄く怖いぞそれ!」

 

 

35.

鈴「今朝、箒に『さっきスカートのホックが絡んだんだが……胸が邪魔でホックが見えなくてな……胸を潰しながら頑張ったんだが、大変だった。鈴、下を見てみろ。お前にはホックが見えるな?……些細な幸せに気づいただろう』って言われた時、うっさい大きな不幸に気づいたわよ!って怒鳴らなかったあたしは偉いと思う」

 

 

36.

九十九「シャルが私を夜中に叩き起こして、かなり理不尽な理由でキレだしたのだが、そのキレた理由というのが夢の中で私がシャルを庇ってシャルの目の前で死んだからで、私がいくら『大丈夫だ、落ち着け』と宥めても、泣きながら『どこの世界に一番大切な人が自分のせいで死んで大丈夫な人がいるの!?謝って!酷い夢に主演してすみませんでしたって!早く‼』と怒られた。物凄く理不尽な逆ギレのはずなんだが、文句が何も言えず、それどころか本気で申し訳なくなってきて、土下座で謝った」

 

 

37.

八雲「スーパーで売られてた化粧水の謳い文句で『全て地球由来の成分!』っていうのがあって、他の化粧水の材料は何処の星から持ってきたのかしら?って宇宙に思いを馳せてしまったわ」

 

 

38.

鈴「弾に『彼女いる?』って訊いてみたら『いる。くれ』って即答されたわ。ごめん、やれない」

 

 

39.

さゆか「お二人に『一度でいいから好きな方に着て欲しい服は?』と訊いてみたんですけど、織斑くんの『ウェディングドレスかな?』よりも、何気に村雲くんの『喪服以外なら何でも良いよ』という答えの方がイケメンでロマンチストだと思うんです」

 

 

40.

弾「小腹が空いたな……。九十九、なんか甘いもん持ってねえ?」

九十九「甘い物?……シャルと本音からのメールなら」

弾「ありがとよ、死ね」

 

 

41.

一夏「あずきバー買った時に万引きに遭遇した事があったなぁ。俺に向かってきたから足引っ掛けて転ばせて、殴りかかってきた手をひたすらあずきバーで叩き落としたら、相手が泣き出して警察に引き渡された。後で警察に『何で殴ったんだい?』って訊かれたから、『あずきバーです』って答えたら、警察も店員さんも迎えに来た千冬姉も『ブホッオ!』って吹き出してた」

 

 

42.

ラウラ「九十九、世界で一番人を殺しているのは、やはり核ミサイルなのか?」

九十九「いや、砂糖だ」

ラウラ「えっ……では二番目は?」

九十九「煙草だ」

ラウラ「三番目は……?」

九十九「塩だ」

 

 

43.

シャル「コンビニでみりんを買ったら年齢確認された……。道理はわかるよ、確かにみりんはお酒だもの。だけど、もし仮に未成年でみりんを買って飲んでる人がいたら、最高にロックだと思うんだけど」

 

 

44.

弾「出産シーンを不妊に悩む人に配慮が足りないって言うならよぉ、健常者がTVに出てる時点で障害者に配慮が足りねぇし、美味そうに高い物食ってるシーンは貧乏人に配慮が足りねぇし、濃厚なラブシーンは俺に配慮が足りねぇよ」

 

 

45.

一夏「『もし世界中の人が全員君の敵になったとしても、僕はずっと君の味方だよ』みたいな歌詞あるよな?この手の歌詞を聞く度にそう言える彼氏格好いいなよりも、彼女は一体何したんだ?って思うのは俺だけか?」

 

 

46.

九十九「眠気覚ましにいいかと思い、初めてエナジードリンクを飲んだのだが、『ああ……布団に入って……寝たい……』が『ああっ!!布団に入って!!寝たいっ!!』になっただけだった」

 

 

47.

セシリア「まだ料理が苦手なので練習しているのですが、先程包丁を持っていたらルームメイトのクリスさんに『それは貴女が手にしていい物じゃないわ……ゆっくりこっちに渡して』と刑事ドラマみたいに言われましたわ」

 

 

48.

シャル「本音が『なんで夢にCMが挟まるんだろ〜?』って訊いてきたんだ。……え?挟まってるの?」

 

 

49.

虚「本音が全然起きてこないので『早く起きなさい!』とLINEしたら『朝日、スーパーツゥラァァァイ!』と返してきて、飲んでいた牛乳を吹きました」

九十九「勢いは秀逸ですね」

 

 

50.

槍真「結婚にあたって『笑いの絶えない家庭にしたい』と抱負を述べる人がいるけど、一既婚者としては『薬物をキメない限りほぼ不可能』という意見しか僕は出せないよ」

 

 

51.

本音「つくもん、テレビでヘルニア国物語やってるよ〜」

九十九「それはナルニアだろう」

シャル「ヘルニア国って、すごく辛そうだね」

 

 

52.

弾「一夏が言い出した『生足魅惑のマーメイドって事は上半身は魚だよな』が頭から離れねぇ」

 

 

53.

八雲「子供の頃に、九十九と一夏君がアニメみたいな技名を叫びながら相手を叩き合うって遊びをしてたの。九十九の『エクスカリバー!』とかは微笑ましく見れたんだけど、一夏君の『はああっ!エクスキューズミー!』は耐えられなかったわ」

 

 

54.

セシリア「……25秒前のわたくしに一言。『紅茶にチューブのおろしショウガを入れてジンジャーティーにしましょう』と思うのはよいのですが、チューブをよくご覧なさい。それはニンニクですわ」

 

 

55.

九十九「本音に『つくも、そこに正座して〜』と少し怒った風に言われ、何か怒られるような事をしただろうか?と思いながら正座したら、そのまま私の膝を枕にして寝始めた。完全に騙された」

 

 

56.

蘭「お兄の言い放った『甘いマスクとかメロンじゃねえか』っていう謎のツッコミのせいで、一夏さんを見る度にメロンしか浮かばないの、少しキツイです」

 

 

57.

九十九「千冬さんに『よかったらこれ、食べてください。いらなければ捨てていいです』と言うつもりが、『これ捨てるつもりだったんですけど、良かったらどうぞ』と言ってしまった事があったな。その後?殺人拳骨貰ったよ」

 

 

58.

《美味しいチャーハンの作り方》

八雲「まずは田んぼを用意します」

槍真「ちょっと待って」

 

 

59.

一夏「セシリアに飯炊くのを頼んだら、炊飯器からポップコーン作る時みたいな音してんだけど、あの中で何が起きてんだ?」

 

 

60.

弾「九十九から『形態変えたぞ』ってラスボスアピールメール来た」

 

 

61.

セシリア「一夏さん。塩ひとつまみはこれくらいでしょうか?」

一夏「それは塩ひとつかみだな」

 

 

62.

弾「一夏、九十九、知ってたか?消火栓の赤いランプのカバーは、極めてBに近いAカップだ!」

一夏・九十九「「測るな!」」

 

 

63.

九十九「朝、鏡の前でふざけて『鏡よ鏡、世界で1番格好いいのは誰だ?』と言ってみたら、後ろから本音が『つくも』と言った。本音もふざけてノッてくれたのかと思ったら、眠そうに目を擦りながら『……ちょっと邪魔〜』と言われた。寝ぼけていて私の発言を聞いていなかったのが唯一の救い」

 

 

64.

一夏「ゴキブリって屋外で見るとなんでもねーのに、室内で見るとビックリするのは何でだろうな?」

九十九「その辺の見知らぬおっさんだって、外ですれ違うだけなら怖くないが、自分の部屋にいたら怖いだろう」

 

 

65.

本音「駅のホームでポケットのゴミをポイ捨てしてる人がいて、落としましたよ〜って声をかけたけど睨みつけられたから、その人の落とし物を拾って改札口まで戻って駅員さんに渡したんだ〜。ホームに戻ったら特急が停車してて、さっきの人が駅員さんともめてたの〜。わたしは特急じゃなくて快速に乗ったからその後は分かんない。落としましたよって言ったのにね〜。ガムの包み紙と、レシートと、特急券」

 

 

66.

楯無「駅のホームに字が流れる電光掲示板ってあるわよね。今日何気にその電光掲示板見てたら−−」

 

電光掲示板『架空請求にご注意ください』『使った覚えの無いアダルトサイトなどから』『利用料などを請求してくる悪質な』『電車がまいります』

 

楯無「とか言われたわ。何それ怖い」

 

 

67.

鈴「中2の時、英語の先生がSに『昼飯を英語で何と言うか』って訊いたの。先生は多分『Lunch』って答えさせたかったんだろうけど、Sはわかんないみたい。先生は『お前がいつも食ってる奴だ。それを英語っぽく言ってみろ』ってヒントを出したげたの。十数秒後、Sの口から『ヴェントゥー(弁当)』っていう誰も予想しなかった核爆弾級の言葉が発射されたわ」

 

 

68.

弾「RPGの女キャラに『ダーリン』って呼んで欲しくて主人公の名前を『ダーリン』にしたらおっさんキャラに『よう、ダーリン』って言われて速攻セーブデータ消したわ」

 

 

69.

一夏「九十九から『死ぬ気でやるのはやめておけ、死ぬからな』と注意され、代替案が『殺す気でやれ』だった。いい台詞なんだけど、あいつの場合多分比喩じゃねえ」

 

 

70.

九十九「『冷静に考えたら面白くない』という言い分は『石焼ビビンバを冷やして食ったら不味い』と同じくらい意味が無いよな。冷まさなければいいだろうに」

 

 

71.

鈴「一夏が片手にゴーヤ持ってやって来て『なんでゴーヤ?』って思ってたんだけど、弾があたしの思った事をそのままツッコんで、そしたら『へ?……ああっ!?傘じゃねえ!』って叫んで、あたしも弾も腹筋が死んだ。後でそれを聞いた九十九の腹筋も死んだ」

 

 

72.

弾「昔、美容室でカットが終わった後にシャレで『俺、イケメンになりましたかね?』って訊いたら、美容師さんに『手は尽しました』って言われた……」

 

 

73.

シャル「九十九から待ち合わせに遅れるってLINEが来たんだ。文面は『すまん、携帯を忘れたので取りに戻る』だったんだけど……九十九、君の携帯からLINE来てるんだけど……」

 

 

74.

九十九「本音のおやつのドーナツを、シャルがうっかり踏み潰してしまい、ジュースを注いで戻って来た本音が『ド〜はドーナツのど、どうして……』と愕然とした時は、申し訳無いが笑いが止まらなかった」

 

 

75.

弾「俺んちの居間のソファで寝てた鈴が、胸触りながら寝言で『えっ?なんで!?胸がない!』って焦ってたけど、逆にいつあったのか訊きてえ」

 

 

76.

一夏「変なメールに添付されたフォルダを開いちまって、ウィルス感染して携帯が死んだ……」

弾「今時そんなもんに引っかかるバカがいたんだな」

一夏「だってよ、件名が『下駄箱が全力疾走します』だぜ?」

弾「……バカにしてすまねえ。俺もそれは思わず開けるわ」

 

 

77.

九十九「箒、とりあえず『嫌いな人間の言う事は全シャットアウト』をするのはやめろ。それは確実に大損だ。気に入らん人の発言は、使えそうな所だけ敬意を持って拾いつつ、無防備な後頭部が見えたら石を投げつけてやればいいんだ」

箒「……一応訊くが、『無防備な後頭部に石を投げつける』は比喩か?比喩だよな?」

 

 

78.

九十九「本音、見てみろ。今日はスーパームーンだぞ」

本音「うわ〜!ホントだ〜!お月さまがはっきりキレイに見える〜!クーデターまで見えるよ〜」

九十九・シャル「「お月さま大変な事になってる!?」」

 

 

79.

ラウラ「LikeとLoveの違いとは何だ?とシャルロットに訊いてみたら、『〜だから好きはLikeで、〜だけど好きがLoveだよ』と答えられて、なぜか私より九十九と本音が納得していた」

 

 

80.

九十九「クラスメイトの母親に、息子の反抗期について相談されたので『しつこく話しかけると相手を余計に苛つかせるだけです。なので、そうだな……イルカの縫いぐるみを抱えている時は絶対に話し掛けないというルールを作ってはどうですか?』と言ってみたらまさかの採用。これで不機嫌でもお互い安心だし、可愛くて最高と絶賛された」

弾「急にお袋がイルカの縫いぐるみ渡してきた原因お前かよ!」

 

 

81.

弾「『肉食系よりも草食系男子の方が好きって女が多いけど、だからって草食系装ってみても全くモテないんだよなー』って雑談で鈴に愚痴ったら、『女の子は羊みたいな可愛い草食系が好きなだけで、イモムシみたいな草食系はお呼びじゃないのよ』って虫けら扱いされて息ができねえ」

 

 

82.

シャル「本音が『う〜ん、それはフィフティーン・フィフティーンだね〜』って言ってたんだけど、残りの70はどこ?」

 

 

83.

八雲「化粧品を買いに行ったら、販売店のお姉さんが美容液的な物をつけてくれながら『この美容液はDNAに働きかけて遺伝子から変えてくれるんです』と宣ったので、得体の知れない恐怖に打ち震えているわ」

 

 

84.

一夏「小学生の時、同級生で出産時に母親が亡くなって父子家庭の女子が男子にその事を馬鹿にされて、そいつを九十九と一緒に懲らしめてやった事があるんだけど、そん時に九十九が言った『ママのおっぱい吸えたからって調子に乗るな』は、来世に残せる名言だと思う」

 

 

85.

九十九「つい先日の事なんだが−−」

 

本音『最近読んだ少女漫画にね〜、好きな男の子に好きって言えないから背中に指で書いて伝えるってシーンがあったんだ〜』

九十九『初々しい話だな』

本音『だよね〜。わたしもやってみたいから後ろ向いて〜!』

九十九『え!?』

 

九十九「−−という流れで背中に『オクラ』と書かれた。我が最愛ながら、意味が分からん」

 

 

86.

鈴「TV点けたら『マシュマロGカップ♥』とか言ってる女性タレントがいて、反射的に『板チョコAカップ』っていう地獄のようなワードが浮かんだ」

 

 

87.

箒「九十九が真っ青な顔で携帯をいじっていたと思ったら、いきなり『時間を返せ!』と叫んだから何事かと思って訊いたら見せられた、九十九と本音のLINEでのやり取りがこれだ」

 

本音『結婚が決まったよ〜』

九十九『相手は誰だ!?どんな奴だ!?私も知っている奴か!?』

本音『一応知ってるかな〜。優しくて、暖かい包容力があって、あと結構脚が細いよ〜』

本音『けどいつも四つん這いで、入ってるとなんでか眠たくなるし、基本夏には会えないんだ〜』

 

箒「……ああ、うん。それは私も知っている。というか、私も結婚したい」

 

 

88.

弾「人間関係でイライラしてたら九十九が『嫌な奴がいる場合、「世の中色んな人がいるから仕方ない」と我慢するよりは「気に入った、殺すのは最後にしてやる」と思った方が精神衛生上良いと思うぞ』と言われて、そう思う事にした」

 

 

89.

九十九「本音が忘れ物をしている事に気づいたので急いで外に出た。まだそれ程遠くに行っていなかったので大声で名前を呼ぶと、恥ずかしさと嬉しさが半々みたいな顔をして手を振りながら歩いて行った。……いや、見送りに出たんじゃないから!待ってくれ!」

 

 

90.

九十九「男女の友情が崩壊するボーダーラインは『相手に恋人ができて欲しくないと思った時』で、好きという気持ちが確かになるボーダーラインは『相手が今何をしているかが気になった時』で、『好きかどうか分からなくなった』はもう好きではないし、『好きかどうか分からないけど気になっている』はもう好きなんだと思うぞ」

一夏ラヴァーズ「「「べ、勉強になります……」」」

 

 

91.

一夏「よくナマコとかを挙げて『最初に食った奴は頭おかしい』とか言うけどさ、どう考えても最初にコンニャク食った奴の方が頭おかしいだろ!?どんな狂気染みた執念が働けば、触れば手が荒れて食べれば舌が痺れる芋を摩り下ろして草木灰を混ぜて丸一日煮込んで食うなんて方法に辿り着くんだよ!」

 

 

92.

セシリア「本国の病院でのお話です。『患者は神様だろう!』とクレームをつけてきた中年男性に『患者を神にも仏にもさせねえのが医者の仕事だボケ!』と即答で怒鳴り返した研修医さんに、ロビーにいた人全員で拍手を贈りました。あの方はお元気かしら」

 

 

93.

一夏「中学時代、クラスメイトの男子が『告白して振られたけど、まだ彼氏はいないみたいだから諦めない』って言ってたから、『彼氏もいないのに振られたって事は、付き合うくらいなら一人の方がマシって事だろ?じゃあ、絶望的じゃねえ?』って返したらメチャクチャ動揺してたんだけど、俺何か間違った事言ったか?」

九十九「正論で殴るとはこの事か……」

 

 

94.

弾「『恋人と親友が溺れています。どちらを助けますか?』っていう選択、あれよくよく考えるとどっちを助けるかより、『何でお前ら二人が一緒にいるんだよ』って、多分気づいたらいけない疑問にぶち当たった」

 

 

95.

一夏「弾が『彼女に裸エプロンでさー、好物の唐揚げとか作って貰うの、なんかそれだけで良いんだよ俺の夢ー』なんて言ってたら、九十九から真顔で『裸エプロンで揚げ物させるとか、お前彼女に何の恨みがあるんだ?』ってツッコまれてた。確かに」

 

 

96.

九十九「掲示板サイトで1番『天才だ』と思った返信は、出版スレッドで見かけた『人からの又聞きで本書いてんじゃねーよ!』という発言に対して即座についた『聖書の悪口はよせ』だな」

 

 

97.

シャル「九十九が独り言で『猫を飼いたいがあのいらん能力がな……』と呟きながらルンバを撫でてたのが今日のハイライト」

 

 

98.

本音「今読んでる漫画に『男らしさを感じないって意味じゃなく、込み上げる愛おしさを素直に言葉にすると可愛いになっちゃう』ってあって、そうそう!って深く賛同」

 

 

99.

シャル「一番怖いのは、君に忘れ去られる事」

本音「一番悲しいのは、あなたに愛されない事」

シャル「一番寂しいのは、君に会えない事」

本音「一番くやしいのは、あなたに伝わらない事」

シャル「一番楽しいのは、君と一緒に過ごす事」

本音「一番幸せなのは、あなたに会えた事」

シャル・本音「「これからもよろしくね、九十九」」

 

 

100.

九十九「私がこの世界に来たのは多分に神の悪戯だが、そのお陰で私は今二人の恋人と共に幸せを謳歌している。そう考えると、異世界転生もそんなに悪い物ではないと思える。もしまた転生する事があれば、今度もこの二人と恋仲になる事を願う。シャル、本音。我が最愛よ、末永く宜しく頼む」




元ネタがあったとはいえ、僅か4日で書き上がった事に自分で驚いてます。
やれば出来るじゃん小生!この勢いで本編も一気に……書き上げられるといいなあ。


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#EX コピペ改変ネタ集 Part2

笑えるツイートを紹介しているサイトを見ていたら、書きたい衝動に駆られたので更新しました。
登場人物の偏り、キャラ崩壊等ございますが、それは仕様です。
それでは、どうぞ!


1.

槍真「知人(元自衛官・38)の言ってた事なんだけど−−」

 

知人『俺、今年やっと普通免許取ったんだよ。これで彼女を乗せてドライブできるぜ。それまで自衛官時代に取った大特免許しか持ってなくてさ、戦車しか操縦できなかったんだよね〜、ハハハ!』

 

槍真「『戦車しか操縦できなかった』ってパワーワードwww」

 

 

2.

九十九「通りすがりの女子高生の会話が聞こえたんだが−−」

 

JK A『日本のケータイってアスパラガスって呼ばれてんだって』

JK B『へー、細長いから?』

 

九十九「−−いや、それを言うなら『ガラパゴス』だ」

 

 

3.

一夏「ネロがルーベンスの絵を見て感激の中天使に連れて行かれると『なんか可哀想な場面』になるけど、もし舞台が日本で大仏とかを見て感激の中雲に乗ったお釈迦様やら天女に連れて行かれたとすると『なんかありがたい場面』になるの、自分の中の宗教観が感じられておもしれえ」

九十九「激しく同意」

弾「同じく」

 

 

4.

楯無「情報番組のお天気コーナーで台風情報を発信してたんだけど……」

 

女性『なんで台風って日本を狙ってきてるのかしら?』

気象予報士『日本に来ない台風は紹介しないからです』

 

楯無「そりゃそうよねってちょっと笑ったわ」

 

 

5.

九十九「スーパーで母親から好きな物を1つだけ買ってあげると言われたらしい男の子が長葱を抱えて来て、母親に『お菓子じゃないの?』と訊かれ、『納豆にいつもより多めにかけたい』とか言うものだから母親は困惑していたが、私は心中の『その気持ちよく分かるボタン』を連打していた」

 

 

6.

本音「裸の王様って、バカには見えない服の存在を信じちゃう残念な人って感じで描かれてるけど、つくもが『あれは「余の臣民に愚者などおらぬ」と信じてパレードを行った、最高にカッコいい王だよ』って言ってから、見方が変わったよ〜」

 

 

7.

八雲「主婦業18年目にして、本日ついに『塩と砂糖を間違える』というベタな失敗をしちゃいました。しかもそれが苦心して皮を剥いた栗で作ったマロンペーストだったから神も仏も無いわ」

 

 

8.

弾「隣を歩いてる男女ペアが−−」

 

男『デートなんて初めてだから、緊張しちゃって……』

女『は?これデートだと思ってたの?受けるwww』

 

弾「−−とかいう地獄みてーな会話してる。女って怖え……」

 

 

9.

柴田「全員彼氏無しの大学同期グループでランチに行ったんだけど、その内の一人が『ごめん、実は3年前から彼氏いる』ってカミングアウトしたのをキッカケに『実は私も』『私も』と次々暴露大会が始まり、本当に彼氏が居ないのは私だけという最高のエンターテインメントを経験したわ」

千冬「柴田先生、呑みましょう。奢りますよ」

 

 

10.

九十九「小学校の運動会の時の話だ。100m走のBGMが『ウル○ラソウル』だったんだが、会場のあちこちから『頑張れー!』『負けるなー!』『走れー!』と各々が声援を飛ばしていたのに、サビに入ったら−−」

 

スピーカー『そして輝くウルト○ソウッ!』

会場一同『『『はぁい!』』』

 

九十九「−−と、急に一体になっていて思わず吹いた」

 

 

11.

鈴「よくアイドルが『親が勝手に履歴書送って〜』とか言うけどさぁ、合格して成功してるからいいものの、勝手に履歴書送られて落ちた事実だけ知らされたら最悪よね?」

 

 

12.

一夏「『円卓で会食、上座がどこか分かってますか?』ってWEB広告が来たんだけど」

九十九「アーサー王の時代から上座も下座も無いように円卓にしているのに、マナー講師の手に掛かればこの有様か……」

 

 

13.

真耶「大学時代の男友達が男子校で先生をやってるんですけど、いじめや素行不良が多くて学校でも対策を練ってるんだけど全然効果がない。と相談を受けたのが半年前。村雲君にいいアイデア無いですか?と訊いたら『各教室に「男塾シリーズ」でも置いてみては?』と言ったので伝えてみたらまさかの実行。そうしたら目に見えて硬派が増えて学校が落ち着いたそうです」

九十九「適当言っただけなんですが、まあ結果オーライ!」

 

 

14.

槍真「ラグナロク営業部所属のデミトリ君は『お先に失礼します』をどう勘違いして覚えたのか、『先立ツ不孝ヲオ許シクダサイ』と言って帰る」

 

 

15.

弾「『彼女居る?』って質問に『居ねえよ』って答えたら返ってくる『えっ!?なんで?』って言葉残酷過ぎんだろ。なんで自分に彼女ができねえのかを分析して言語化して第三者に説明しなけりゃなんねえんだよ。拷問かよ知らねえよ!」

 

 

16.

九十九「海外のバラエティー番組で『肩がぶつかった時どれぐらいの確率で謝るか』という検証実験を世界各国で実施した所、実験者がワザとぶつかろうとしても日本人が凄まじい回避能力を見せたため、『ジャパニーズは全員ニンジャ』という結論に達した。という話、今思い出しても笑える」

 

 

17.

蓮「弾、詐欺に気をつけなさい」

弾「は?何だよ急に」

蓮「デート商法っていうのがあってね、女の子に声をかけられて……」

弾「大丈夫だってお袋!」

蓮「どうして?」

弾「俺、モテねえから」

蓮「……あのね?」

弾「ん?」

蓮「特にモテない男が狙われるのよ」

弾「…………」

 

 

18.

九十九「中学時代、『可愛いって罪だよね〜』と言っている女子の横で、『このクラスの女子は全員無罪か……』と言い放った弾の勇姿を私は忘れない」

 

 

19.

九十九「週末にシャルと本音とデートをするんだが、行先を相談して計画を立てて寮を出る時間を決めた後、二人が『『じゃあ、10時に玄関で待ち合わせね』』と言っていて可愛くて仕方ない」

 

 

20.

本音「この間スーパーにお買物に行った時の事なんだけど、小さな女の子がお母さんに『まま〜』って泣きながら抱きついて、お母さんが『どうしたの?』って訊いたら、その子目に涙を浮かべながら『ごでぃばがたべたい』って言ったの〜。お母さん、そっと突き放してた〜」

九十九「子供ながらにゴディバのチョコが美味い事を知っている……その娘、できる!」

シャル「九十九はなにに感心してるの?」

 

 

21.

八雲「ファミレスでお母様方らしき女性達がビール片手に決起集会を開いてて、なにかしらと思っていたら『明日からはいよいよ夏休みだ!全員負けるな!』という鬼気迫る集会だったわ」

 

 

22.

シャル「女の人に『攻めの反対は?』と訊いて、守りじゃなくて受けって言ったら腐女子って判定方法があるんだって」

九十九「だがそれは、将棋を指す人からすれば当然だ。だから、攻めの反対は?と訊かれて受けと答える女性がいたら、ひょっとしたらその人は腐女子ではなく歩女子である可能性も考慮した方がいいぞ」

 

 

23.

箒「美容室に行った時、隣のギャルが『でさー、マジ彼氏んち行ったらさー、チーク置いてあんの。マジ無いわと思って彼氏問いただしたら浮気否定すんのよ。じゃあなんでこんなんあるんだよふざけんな!ってチーク持ったら朱肉だったよね』と話していて、私と私の髪を洗っていた美容師の腹筋が崩壊した」

 

 

24.

九十九「串カツの2度漬け禁止ルールには実は盲点がある。何も漬けずに一口齧り、しかる後にソースに漬けるというパターンを防御できていない」

一同「「「たしかに!」」」

 

 

25.

槍真「50手前の契約社員だったエンジニアが契約期間満了で送迎会をやったんだけど、後で人事部の知人に聞いたら本当はその人、仕事中にずっと『にゃーん』って呟いて他の皆を苛つかせていたのが原因でクビにされたんだって」

九十九「おっさんになったら仕事中に『にゃーん』って言ったら駄目なんだな。学習した」

 

 

26.

一夏「コンビニにゴミ袋買いに行ったついでにパン売場覗いて見たら、『APTX−4869蒸しパン』とかいうエラく物騒なパン売ってた」

 

 

27.

九十九「マックで男の子が『コーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れるぜ〜。どうだ、マイルドだろ〜』と言ったのがツボってコーヒーを吹きそうになったが、直後に父親が『どっちかと言うと〜、チャイルドだぜ〜』とか言うものだから、今度こそコーヒー吹いた」

 

 

28.

本音「ケーキ屋さんでマカロン買ったら店員さんから『1時間以内に冷蔵庫に入りますか?』って訊かれたから『1時間以内にお腹に入ります〜』って答えたら〜、店員さんがステキなほほえみを返してくれたんだ〜」

 

 

29.

虚「本音が唐突に『いろんな事知ってる人を「生き字引」って言うけどさ〜、今の時代なら「生きペディア」って呼んでもいいんじゃないかな〜?』と言い出して、私の腹筋が家出しました」

 

 

30.

セシリア「先程見ていたテレビ番組の街角インタビューコーナーでの一幕です」

 

リポーター『ぼくいま何歳?』

男の子『……さんさい』

リポーター『大きくなったら何になるの?』

男の子『……よんさい』

 

セシリア「その発想はありませんでしたわ……子供って凄いですわね」

 

 

31.

八雲「スーパーのフードコートで部活帰りの男子高校生が−−」

 

A『汗臭いのってどうやったら消えんの?』

B『ミョウガが効くらしいよ』

A『マジで!?今度から婆ちゃんに作って貰うわ!』

 

八雲「−−って感じの会話をしてたんだけど、それミョウガじゃなくてミョウバンだって思うのよね」

 

 

32.

鈴「中学時代にいつものメンバーで『幽霊の出ない怪談大会』ってのしたんだけど、九十九の−−」

 

九十九『風呂で体を洗う時は、大体同じ手順と速さだろう?だから、無意識の内に生まれて以来一度も洗われていない場所がありそうで怖くないか……?』

 

鈴「−−って話がブッチギリの優勝を飾ったわ」

 

 

33.

楯無「簪ちゃんがちょっとムッとする言い方した時『それ嫌!もっと可愛く言って!』って要求してるんだけど、そうするとちょっと照れながら可愛い声で可愛く言い直してくれるの。昨夜『あっち行って!』って言われたのを言い直させて『遠くから私を見てて(照)』って言われてつい笑っちゃった」

 

 

34.

九十九「大阪城の梅林には、一重野梅(ひとえやばい)という品種の梅の木があるんだそうだ」

鈴「何そのスッピンで慌てるギャルみたいな名前」

 

 

35.

弾「中学の時、理科の先生がテストで『両生類・爬虫類・哺乳類の動物を1つずつ挙げよ』って問題出した事があってさ。それに対して九十九が『両生類(イモリ)爬虫類(ヤモリ)哺乳類(タモリ)』って書いて出したら、配点5点の所を10点貰ってた」

 

 

36.

一夏「パスタの袋留めてた輪ゴムがどっか行っちまって『どこ行ったー?』って探してたんだけど、シャイニィが『すみませんなんか飛んできたんですけど』って顔でこっち見てる事に気づいて5分くらい一人で笑ってた」

 

 

37.

セシリア「前を歩いていたお子さんが突然転びまして、泣いてしまわないかとハラハラしていたのですが、すかさずお父様が『ナイス〜!今の転び方かっこい〜!』と叫ばれて、お子さんも『やった〜っ!』とガッツポーズで立ち上がりまして。ポジティブって凄いですわね」

 

 

38.

九十九「スーパーで買物を終えた後、ふと目に入ったレジの知らせ書きに『ただいまシステムエラーによりホットドックコンボお買い上げの際、レシートにザリガニと表記されます。予めご了承ください』とあった。一体どんなエラーだ?」

 

 

39.

千冬「世の中には『外に出かけて人と会ったり楽しむ事を休みとする人』と『一日中家に居て何もしないのを楽しむ事を休みとする人』がいる事を、もっと全人類が理解するべきだ!ずっと家にいて何するの?じゃないんだ。休んでるんだ!」

 

 

40.

弾「高校のダチが『AV女優の名前みたいな駅名』と言って以来、天王洲アイルを性的な目でしか見られねえ」

 

 

41.

槍真「うちの会議室には喋る空気清浄機が置いてあるんだけど、今日上層会議中に自分のミスを部下のせいにして雰囲気を滅茶苦茶にした営業部長が部屋から出て行った瞬間『お部屋の空気が綺麗になりました!』ってアナウンスして来て、全員息ができなくなるくらい笑った」

 

 

42.

蘭「クラスメイトに腐女子がいて、『どうして腐女子ってやめられないの?』って訊いたら『納豆が大豆に戻れないのと一緒だよ』と言われ、大変衝撃を受けました」

 

 

43.

九十九「夕食に家族で回転寿司店に行くと、寿司桶一面をサーモン握りが埋め尽くす持ち帰り品が……。注文主が店を出た後話を聞いてみると『45貫です。多分日本の方じゃないです。外国の人はサーモン好きなんで』と言われ、なるほどとなった。続けて『今までの最高は70貫の芽ネギです。芝生みたいになりました』と言われ大草原不可避だった」

 

 

44.

藍作「娘の幼少期の話だ。動物の鳴き声クイズで遊んでいたら『パーン!パーン!』という鳴き声を出題してきた。ギブアップして答え訊いたらパンダだとさ」

 

 

45.

真耶「出張中、新幹線の座席の背もたれがバシバシ叩かれる感覚がして不快なので後ろを確認したら、後ろの席に座っている男性が広げたテーブルの上で、恍惚の顔でエアピアノしてるんですけど……」

 

 

46.

シャル「ヤバイ、超ヤバイ。何がヤバイって−−」

 

男『フルーツポンチ逆さまにするとどうなる?』

女『えっ!?やだ……ち……ちん……もうっ!』

男『正解はー、溢れるでした〜www』

女『』

 

シャル「−−ってなって、次の駅で彼女さんが超低い声で『死ね』って吐き捨てて降りて行ったから、電車に残された彼氏と周りの人の雰囲気がヤバイ」

 

 

47.

九十九「ジョジョのアニメを見ていたら母さんが−−」

 

八雲『これってあれでしょ?無理無理無理無理!ってやつ』

 

九十九「……そんな弱そうなジョジョ見た事無いよ」

 

 

48.

箒「初詣の賽銭は『5円は御縁に通じる』『10円は遠縁に通じる』等の俗説があるが、お父さんが『神様は日本の貨幣制度が円になるずっと前から人々を救っていらっしゃるから関係ないよ』と言っていたのが最高にクールだった」

 

 

49.

一夏「こないだ電車に乗ってたら『アバウトに生きる方法』とかいう本に几帳面に線引きながら読んでるリーマンがいたぜ」

鈴「ダメじゃん」

 

 

50.

九十九「完全なヤクザかベテランの建築業者か全く判別できないパンチパーマの中年男性が携帯で『コンクリで埋める事になったんだろ?それでいいじゃん』と話しているんだが……すみません、本当にどっちですか?」

 

 

51.

本音「5分おきくらいに立て続けにお母さんからメールが来たの」

 

1通目『元気〜?お母さんの電話番号が変わったので教えま〜す』

2通目『さっきのメールはお母さんからで〜す』

3通目『お母さんというのは〜、あなたのお母さんよ〜』

 

本音「いいから電話番号教えてよ〜……」

 

 

52.

九十九「母さんからメールが来た。『鬱陶しかったので神を斬りました』……母さんは神殺しだったようだ」

 

 

53.

弾「クラスメイトの女子が『私、食べるのが好きすぎて食べ物貰うとすぐ「あ、この人良い人だ」って思って好きになっちゃうんだよねー』って言ってたから、ほほうと思いながら菓子あげようとしたら『あんたのはいらない』って言われて、あ、そういう受取時点での拒絶はあるんだって思った」

 

 

54.

シャル「九十九と本音とレゾナンスに行ったら、5歳くらいの男の子が床に座って泣きながらお母さんに抵抗してたんだけど、お母さんが『言う事聞かないならYouTubeにアップするよ!』と叱りながらスマホを向けると、男の子は『やだあぁっ!』と叫びながら起立で決着したの」

九十九「仕置きが恥ずかしい姿の世界配信とか、現代っ子にはオバケより現実的で効果抜群だわな」

 

 

55.

九十九「母さんの話し出しで一番笑ったのは『あれは忘れもしない……なんだったっけ?』だ」

 

 

56.

柴田「親戚のおばさんに『いい話ないの?』って訊かれて、純粋にすべらない話をご所望かと思ったら『恋人はいないのか?』って意味だったらしくて、母が訳してくれたから助かったけど、危うく私の鉄板ネタ『くしゃみしたら首の肉離れになった』を話すとこだったわ」

 

 

57.

本音「お家で一人の日。洗面所で顔を洗ってたら誰かに肩を叩かれたんだ〜。覚悟を決めて顔を上げても、鏡にはわたししか映ってなかったの〜。でも肩にはまだなにかの感触があったから、泣きそうになりながら振り向いたら倒れてきたモップの柄が乗ってたの〜。全力で折ろうとしたけどダメでした〜」

 

 

58.

九十九(25)「悲報です。私の息子(5)が電話で祖母にシンカリオンの玩具をねだったのですが、滑舌の悪さが原因か深海魚の図鑑をプレゼントされました」

 

 

59.

八雲「本棚を整理してたら、昔九十九が『あれじゃ抜ける訳無い』と言っていた『おおきなかぶ』の絵本が出てきて、あの時の九十九の言葉が気になって絵をよく見たら、お爺さんがかぶに足を着けて踏ん張ってました。なるほど、これじゃあ抜けないわよね!」

 

 

60.

鈴「友達がGへの接し方はその人の嫌いな物や人への対処法が表れてるって説を説いてたの。それを元に考えてみると、一夏の『とりあえず殺虫剤撒いて姿が見えなくなったら死んだか分かんなくても放置する』って答えと九十九の『徹底的に追い詰めて発見した死骸を潰し、更に本当に死んだかを確認するまで安心できん』って答え、まさにそのまんまって大笑いしたわ」

 

 

61.

シャル(32)「『ホットケーキは冷めたらなんと呼ぶべきか問題』が長男から提起され『コールドケーキ』『常温ケーキ』『ぬるいケーキ』など、家族間で温度差が激しかったんだけど、幼稚園次女が『ほっといたケーキ』を提唱してきて満場一致で採決されました。今日も村雲家は平和です」

 

 

62.

八雲「ポテトサラダをフライにしたらすっごい美味しいんじゃないかしら?と思って、熱でマヨネーズが溶け出して形が崩れないように何度もマヨネーズの量やつなぎを工夫し続けて、試行錯誤の末に出来上がったのが普通のコロッケだった時は30分くらい一人で大笑いしてたわ」

 

 

63.

九十九「日本清涼飲料工業会制定のガイドラインによると、ビタミンC20㎎をレモン1個分に換算していいとなっているそうだ」

シャル・本音「「へー!」」

九十九「ちなみに、実際のレモンには80㎎のビタミンCが含まれているから、レモン1個にはレモン4個分のビタミンCが含まれている事になる」

シャル・本音「「えー……?」」

 

 

64.

本音(23)「2歳児。それはお母さんが1時間かけて作った食事をゴミのように投げ、50円引きで買ったアンパンマンのパンを泣きながら要求する生き物です」

九十九(23)「2歳児。それは自分の口を取ろうとして取れない怒りと痛みで泣き、にも関わらずなおも自分の口を取ろうとする生き物だ」

シャル(23)「2歳児。それは『ドーナツの穴が食べられない』と大泣きし、『布団の位置が悪い』と激怒する生き物だよ」

 

 

65.

槍真「『あんなにイエローカード出して足りなくならないの?』と八雲が言うんだけど、別に出す度に選手にあげてないから」

 

 

66.

一夏「小学校の音楽の授業で先生が『合奏をやるから家にある楽器を持ってきなさい』って言うから俺は縦笛持ってったんだけど、鈴が銅鑼を持ってきて、『春の小川はさらさら行くよ♪(ドゥワーン)』みたいな事になって大爆笑だった」

弾「いい先生だったよなー」

 

 

67.

九十九「私はミステリー小説が好きなのだが、今までで最も腹の立ったのが『密室で死亡した男性』のトリックで、『犯人は中国拳法の達人で、壁越しに遠当てを食らわせて被害者を心臓麻痺にした』というものだ。思わず本をぶん投げたよ」

 

 

68.

本音「おばさんが店員さんに『ちょっと!菓子屋のくせにショートケーキもないの!?』って喚いて、店員さんが『申し訳ございません。ショートケーキをお求めでしたらこの近くに−−』って他のお店を紹介しようとしたんだけど、結局おばさんは『もういい!こんな店二度とこない!』って怒りながら出て行っちゃった。ここ和菓子屋さんなのにね〜」

 

 

69.

八雲「TVで『7年間一度も「美味しい」と言ってくれない夫のために、普段作らない手の込んだ料理を出して「美味しい」と言って貰う』っていう話をしてたんだけど、そいつに食わせるべきなのは美味しい料理ではなく飛び膝蹴りよ!」

 

 

70.

シャル「セ○ンイレ○ンとファ○リーマートでそれぞれのプライベートブランドの薄皮クリームパン買ったのに、製造元を見てみるとどっちも○崎製パンだったの」

九十九「完全に武器商人に踊らされる戦争の構図だな」

 

 

71.

本音「1.依存性がある。2.多幸感をもたらす。3.使用すると幻覚を見ることがある。4.長時間使用しないと禁断症状が出る。5.使用後はすっきりする。これらの特徴から〜、お布団は麻薬の一種だって言えると思うんだ〜」

虚「馬鹿言ってないで早く起きなさい」

 

 

72.

九十九「本音が最近アメリカンな言い回しにハマっているようで地味に鬱陶しい。先日も単純に『ドライヤー壊れてるよ〜』と言えばいいものを−−」

 

本音『おいおい!なんだこのお嬢ちゃんみたいな風は〜?これじゃ全部乾ききる前にオレが白髪になっちまうぜ〜!』

 

九十九「−−とか言う。コンセント抜くぞコラ」

 

 

73.

藍作「先日、中途採用の新人に社長面接をしたんだが−−」

 

中途『質問いいですか?』

藍作『どうぞ。何でも聞いてくれ』

中途『毎朝、大声で社訓を読んだりしないんですか?』

藍作『しないね』

中途『全員の机を回って大声で挨拶するとか』

藍作『しないね』

中途『新人は1時間前に出社して掃除しないといけないとか−−』

藍作『君はどこかの軍にでもいたのかい!?』

 

藍作「−−というやり取りがあったんだ。彼かい?実に充実した笑顔で仕事に励んでいるよ」

 

 

74.

九十九「近所の商店街のインド人が経営しているカレー屋に『禁断のカレー』というメニューがあっていつも気になっていたのだが、先日意を決して注文したら出てきたのはビーフカレーだった。ああ、それは確かに『禁断』だわ」

 

 

75.

千冬「今日の昼に整体に行った時に隣から聞こえてきた−−」

 

整体師『じゃあ始めますねー。触れられたくない所とかございますか?』

男性客『そうですね、あまり昔の事は……』

 

千冬「−−という会話が未だにじわじわと笑いを誘ってくる」

 

 

76.

八雲「キッチンから突然『電池が消耗しています、交換してください』って音声が聞こえたんだけど、それを言ったのが給湯器なのか、ガス台なのか、火災報知器なのか、インターホンなのか分からないから、そろそろ家電は話す前に名乗ってほしいわ」

 

 

77.

シャル「百貨店に行ったら、興奮した様子の男性が『これを一緒に見たかったんだ』って奥さんらしき女性を連れてきて、奥さんが『うそ……凄い……』ってイルミネーションを見る二人みたいな雰囲気だったんだけど、見てたのは種類豊富な鍋スープの素です」

 

 

78.

九十九「生徒指導室の蛍光灯を交換中、一人なのをいい事に『ブウン、ブウン』と蛍光灯をライトセーバーに見立てて緩く振り回していたんだが、いつの間にか千冬さんが入口からこちらを見ていたので固まっていたら、『どうした。心を乱すな。フォースを信じろ』とだけ言って立ち去ったので惚れそうだ」

 

 

79.

一夏(25)「朝、テーブルに食べかけのクリームパンがあっても、『残すくらいなら最初から食うなよ』なんて思って食ったらダメだぜ。大変な事になるからな」

九十九(25)「それは腹一杯になったから残したのではなく、美味すぎて食べてしまうのが勿体なくて残してあるんだ。3歳児とは、そういう生き物だ」

弾(25)「お、おう。気をつけるわ」

 

 

80.

弾「鈴が突然胸元を押さえながら『あれ!?落とした!?』って動揺してたから、捨て身のギャグかと思って『おっぱいか!?』って返したら『ネックレスだわ!ざけんな!』って崩拳叩き込まれた」

 

 

81.

九十九「中学時代、クラスメイトが整髪料禁止なのに毎日バッチリ決めてきていた。教頭がそれを注意したら『お前はつけるもん無いから楽しみ知らねえんだろ!』とハゲの教頭に悪態をつき、教頭が『若い頃散々楽しんだ結果がこれなんだよ!』と言い返した翌日から卒業まで、彼の髪は自然なヘアスタイルだった」

 

 

82.

藍作「知り合いの社長が『引きこもりの息子を社会復帰させる!』と言って、30年引きこもっていた息子を社長に据える暴挙に出た結果、社長が引きこもって会社の業務が大ピンチという意味不明の事態に陥ってるらしい」

 

 

83.

一夏「電車で隣の高校生が−−」

 

A『マサキってさー、どういう漢字書くの?』

マサキ『田村正和のマサ、樹木希林のキ』

A『どのキだよ!?』

 

一夏「−−って話してて、横で必死に笑い堪えてた」

 

 

84.

弾「九十九が薦めてくれた小説に『ですわ』って語尾につけるキャラがいて、お嬢様かと思いきや関西人のオッサンだった」

九十九「素晴らしい叙述トリックだろ?私も引っかかった」

 

 

85.

九十九「修学旅行生に熊の恐ろしさを伝える為に『熊って足速いんですよ。爪と牙ついたマツコ・デラックスがウサイン・ボルトの速さで走るんです』と説明したバスガイドの話をふと思い出した。凄い怖い」

 

 

86.

本音「近所のTSUTAYAで『日本沈没』と『日本以外全部沈没』が並べておいてあって〜、『両方借りれば全部沈没!』ってPOPが出てたの、センスあるな〜って思った〜」

 

 

87.

鈴「授業に遅刻しそうで全力疾走してたら、セミがものすごい勢いであたしの(本来はきっと)谷間(であるだろう場所)に突っ込んできて、パアンッ!ってぶつかって『ぎょえぇぇぇっ‼』て鳴きながら逃げてった。ふんわりしてなくてごめんね、セミ」

 

 

88.

弾「彼女のために麻婆豆腐作った。よし、あとは彼女を作るだけだな!」

蘭「お兄……(泣)」

 

 

89.

八雲「ご飯を作った時の最高の褒め言葉は、九十九が一口食べて『これ、お代わりある?』です。ありますよーっ!ってなる」

 

 

90.

簪「戦隊物の『多数で一人を攻撃とか卑怯じゃね?』って命題に『お前らが迷惑掛けたのは俺らの数だけじゃすまねえんだから、ナメた事言ってんじゃねえ。代表して少人数で来てやってんだからありがたく思え』って言い返した某レンジャーは流石としか……」

 

 

91.

九十九「母さんが留守電を残す時必ず『はーい』から始まるんだが、あの人『発信音の後にメッセージをどうぞ』というアナウンスに返事をしているのではないかと気づいた」

 

 

92.

弾「公園で座ってたら、小学校低学年くらいの女の子からうまい棒貰った。5分後に違う女の子から、更に5分後に違う女の子から。これ、罰ゲームの対象になってんのかモテ期到来か、どっちだと思う?」

 

 

93.

槍真「電車の中で男子高校生が『俺を雇ってくれる会社なんて、月の数ほどあるんだよ!』って言ってた。1個!」

 

 

94.

九十九「食べ物の美味さを表現するに当たり『この店の〇〇を食べたら、他の〇〇は食べられなくなるよ!』のような言い方があるが、それを聞くと『そんなに美味いのか!』よりも先に『えっ、それは困る』と思う」

 

 

95.

一夏「とあるうどん屋での5歳くらいの女の子とその母親の会話なんだけど−−」

 

母『今からそこの席取りに行くから、もし店員さんに注文聞かれたら「明太釜玉うどん」って言うのよ』

娘『……へんたいたまたま?』

母『ブwww』

店員『ブフォwww』

 

一夏「−−ってなってた。俺?笑い堪えながら絶命してた」

 

 

96.

九十九「父さんがラグナロク福岡支社の知人から聞いた話なんだが、福岡県警では職務質問の際『なんばしょっと(何してるんですか)?』と訊くらしいのだが……」

セシリア「えっ!?『none bot shot(発砲あるのみ)』!?」

九十九「というように、外国人が聞き間違えてビビるんだそうだ」

海外勢「「「分かり味」」」

日本勢「「「めっちゃウケる」」」

 

 

97.

一夏「九十九と食べ放題の回転寿司に行ったんだけど、席につく前に『一夏、寿司を楽しみたいなら決して私の下流に座るな』って言い始めたの最高にロック」

 

 

98.

真耶「『家柄が良くて教養もあって、センスがいいからイラストや料理が得意でおしゃれ好き。オリジナルのスイーツだって作っちゃう。少しコンプレックスはあるけれど、明るくてイタズラ好きで皆に慕われる人』と書くとまるで少女漫画のヒロインのようですけど、これ戦国武将の伊達政宗の事なんです」

 

 

99.

箒「幼少期、家で飼っていた九官鳥に九十九が大真面目に『人間に戻して……』と教えていた。何をしてるんだ!?とひっぱたいたが、そいつはしっかり覚えて『モドシテ……ニンゲンニモドシテ』と言うようになって絶望しかなかった」

 

 

100.

九十九「人生を悲観する全ての同年代男女に告ぐ。人生を仮に72年として、それを1日に換算すると我々の年齢は朝の5時半頃だ。まだ起きていないかも知れない時間なのに『もう死にたい』だの『私は駄目な人間だ』だのと決めつけるのはおかしい。まずは朝食を食え」




ご安心下さい、ちゃんと本編も執筆中です。

……嘘だろって?ソンナコトナイデスヨー。


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#EX コピペ改変ネタ集 part3

明けましておめでとうございます。

新年一発目はコピペ改変ネタになります。
「最近外伝そればっかじゃん!」とか言わないでくれると嬉しいです。

それでは、どうぞ!


1.

九十九「風邪気味だと言ったら本音が『ネギを食べたらいいよ〜。万病の素っていうでしょ?』とアドバイスしてきた。万病の素では駄目だろう」

 

 

2.

槍真「新婚の頃、八雲が料理をしている最中、野菜を炒めていたフライパンから火が出たんだ。八雲は普通にそのまま料理を続行していたから、そんなものかと思って後で『本格的だね』と言ったら、やっぱり普通に『あれは事故よ』と言われたよ」

 

 

3.

娘(10)「お父さん!私、将来お父さんのお嫁さんになるの!そして、この日本を根元から作り直すの!」

九十九(31)「私、必要かい?」

 

 

4.

本音(28)「家の子達がハロウィンを知らなかったから教えてあげたんだけど、あの子達何でか『トリック・オア・トリート』を『ティンクル・トット・ハッター』って覚えちゃった〜」

シャル(28)「かすってもいないよ。可愛いからもう何でもいいけど」

九十九(28)「いい……のか?」

 

 

5.

セシリア「ミキサーを程々の所で止めればみじん切りが出来ると思って、ネギジュースを作った事がありますわ」

 

 

6.

一夏「米の大袋をネットスーパーで買って配達して貰って、さて台所に運ぼうと持ち上げたら、勢い余って米にジャーマンスープレックスかました事がある」

九十九「大丈夫だったか、米」

弾「米の袋破れなかったか?」

鈴「家の廊下にお米撒き散らしてないわよね?」

一夏「誰か一人くらい米以外の心配もしろよ!俺の腰とか!」

箒「床は大丈夫だったか?」

 

 

7.

シャル「九十九から『包丁を使わないアップルパイのレシピ』で作ったアップルパイを貰ったんだ。レシピが気になって検索してみたら、さり気なくリンゴを素手で粉砕する事が前提だったの。僕はそれを見なかった事にしてパイを食べました」

 

 

8.

九十九「この前、帰って来てクローゼットを開けたら中で本音が正座していた。隠れて驚かせようとしていたのに、私が電話で真剣な話をしていたので出るタイミングを見失ったらしい」

 

 

9.

弾「余計な事を思いついたぜ!」

九十九「よし!黙ってろ!」

 

 

10.

九十九「冷え込みも厳しくなってきたある朝、一夏が前を歩いていたから声をかけようとして気づいた。一夏はヘッドホンタイプの耳当てを着けていたんだが、あれは普通ヘッドホンのように耳に当てるよな?だが一夏は何故か横にではなく縦に着けていた。具体的にはモフモフが鼻と後頭部に来るように着けていた。そして独り言」

 

一夏『鼻あったけ〜』

 

九十九「ちょっ!お前天才か!と思いながら危うく吹く所だったが、その直後−−」

 

一夏『耳さみ〜』

 

九十九「今度は我慢できずに吹いた」

 

 

11.

藍作「槍真、眩しいからちょっと消してくれないか?」

槍真「誰をだい?」

藍作「……そこのライトだ」

 

 

12.

九十九「本音に『マンボウは豆腐メンタルで、向こうから泳いできた魚と衝突するかも……というストレスで死んだりする』という話をしたら気に入ったらしく、最近ちょっと凹む事があったりすると『今、わたしの中でマンボウが5匹死んだよ……』と寂しそうに報告してくる。やめてくれ。あと、君の中にマンボウ何匹いるんだい?」

 

 

13.

楯無「1年生の時、ニマちゃんにカレーを食べさせてみたら『この和食は美味いねえ。あたいの母国にもよく似た料理があんだ。カレーっつうんだよ』と言い出したのね。これがカレーよって教えたら『あんたが言うこれは断じてカレーじゃない。けど、カレーよりも何倍も美味い……何なんだいこれは?』って訊かれた。知らないわよ」

 

 

14.

箒「悪霊祓いに効果があるというお香を貰ったから自室で焚いてみたら、入って来た姉さんが『え?何、この匂い……?』と言って出ていった。……効くなこれ」

 

 

15.

九十九「本音、幸せという言葉から何を連想する?」

本音「幸せ?ん〜幸せ……幸せ……あっ、ハッピーターン!」

九十九「うん。これは、私が聞く相手を間違えているな」

 

 

16.

一夏「九十九『ももたろう』って10回言ってみてくれ」

九十九「ももたろう✕10」

一夏「亀をいじめてたのは?」

九十九「マリオ」

一夏「お前、天才だろ」

 

 

17.

弾「『ぽっちゃり』の定義、男と女で解釈違いすぎねえ?」

鈴「あたしから言わせてもらえば、男が言う『ぽっちゃり』の方が間違った使い方してるわ。あんたらが求めてる理想の『ぽっちゃり』は、正確に言えば『むっちり』でしょうが!」

 

 

18.

箒「小口切りにしようとしてふと気づく。右手に握っているのが包丁ではなくしゃもじだという事に。いや待て、昔の剣豪は木刀で人を斬ったという。仮にも私はインターミドル優勝者。腕は確かなはず。為せば成る、為さねばならぬ何事も。切れる、私なら切れる、この胡瓜をしゃもじで!……そんなこんなで叩き胡瓜が出来上がった」

 

 

19.

九十九「『○○空港二人はしか』というニュースを聞いて本音が『そんなに人手不足な空港なんだ〜』と言って、一瞬意味が分からなかった。違う、鹿じゃない」

 

 

20.

本音「無知と無関心の違いってな〜に?」

九十九「知らないし、知った事ではないよ」

本音「……つくもが冷たい。わたし、つくもになにかした?怒らせた?」

シャル「九十九ー、本音分かってないよ。盛大に誤解してるよー」

 

 

21.

八雲「最近ゲーム始めてみたんだけど、あのゲーム凄い効くわね。本当に記憶力が良くなるもの。あの脳の何とかってゲーム」

九十九「母さん、大丈夫か?それでは説得力が欠片もないよ」

 

 

22.

千冬「イカスミスパゲティを食べて赤ワインを飲みすぎると、路上で吐いた時に赤黒い触手が口から出ているように見えて周りは誰も介抱してくれないと知っているか?私は昨夜知った」

 

 

23.

九十九「シャルが料理中に『ドナドナ』を歌っていて、しかも作っているのがビーフシチューで牛肉を鍋に入れようとしたら手を滑らせて床に落として、それを見た本音が『ドナドナ歌ってたから牛さんが怒ったのかな〜?』とか言い出した挙句にシャルが『まだ逃げる気なの!?』とか返して、もう私の飲んでいたコーヒーを返してくれ」

 

 

24.

一夏「『目を瞑って頭の中で自分の家を一周する。その時誰かに出会ったら、そこに幽霊がいる』ってのを聞いたから九十九にやらせてみたら、あいつ真顔で『風呂場に活きの良い鮪がいた』って言った。お前、風呂でマグロの解体でもした事あんの?」

 

 

25.

真耶「漫画やアニメなんかで眼鏡キャラが本気を出す時に眼鏡を外すのに違和感がある方もいらっしゃると思いますが、眼鏡歴15年の私から言わせて貰うと、本気を出すと壊れる恐れがあるので外しているんだと思います」

 

 

26.

シャル「以前から言ってる事だけど、大抵の女性は好きな男性以外は女性が好きだよ」

 

 

27.

九十九(40)「息子が5歳の頃、よく一人で計算ドリルをやっていて偉かったんだが、2桁の足し算に入った辺りから時折−−」

 

息子『この子とこの子がくっついて……あ、今迎えに行くから待っててね〜』

 

九十九(40)「−−と、一人で悶絶したり話しかけたりしていて、あいつにとって数字とはどういう存在なのか凄く気になったな」

 

 

28.

一夏「セシリアが『こたつは入るようにはできていますが、出るようにはできていませんわ!』とか駄目な事言い出した。いいから出ろ」

 

 

29.

九十九「一夏、お前はいい加減『大人の対応』というものを覚えろ」

一夏「お前にだけは言われたくねえよ、そのセリフ」

九十九「さっさと謝って適当にあしらっておくのが『大人の対応』になるのは実害ゼロの時の話だ。そうでない場合、真っ先に加害者の逃げ場を奪うのが『大人の対応』なんだ」

一夏「……おう、肝に銘じとく」

 

 

30.

一夏「箒が歩いてるのを見て、鈴と簪がこんな会話してたな」

 

鈴『……心が負傷した。あんなの通り魔よ……。簪、何か巨乳の悪口言ってちょうだい』

簪『……ピンポイントデブ』

鈴『よし、あとは貧乳を褒めてみて』

簪『……部分痩せ』

 

一夏「とりあえず、簪は天才かと思った」

 

 

31.

弾「『少年院に行くような非行に走る子供達を減らすにはどうしたらいいだろう?』って話になった時、一夏が言い出した『少年院の名前を「ぽんぽこランド」とかにすれば良いんじゃね?』は一理あるような気がする。確かに『少年院』には勲章っぽいカッコよさがある。ぽんぽこランドにするべき」

 

 

32.

八雲「自然派化粧品のお店で昆布の化粧水を勧められた時、店員さんが『ほとんど水と昆布からできてるんですよ〜』って言ってきたんだけど、それってもしかして出汁なんじゃないかしら?」

 

 

33.

千冬「ハーゲンダッツのトマトチェリーというのが凄く気になっていたのだが−−」

 

一夏『食えるゲ○って感じかな』

鈴『トマト味の砂糖です』

 

千冬「−−等と言われている上、止めに九十九の『トマトをこんな目に遭わせた奴等を殲滅したくなりました』という過激な発言を受けて、購入を見送る事にした」

 

 

34.

一夏「電車の中で化粧してる女見て九十九が『大改造!劇的ビフォーアフター』って呟いて、俺の腹筋が修羅場った」

 

 

35.

シャル「九十九がインフルに罹って、本人も『皆に移したら悪いから』って自分から懲罰用の一人部屋に引き篭もったから、ご飯を持って行って『ご飯は部屋の前に置いとくね』って声を掛けたら『シャル、違う!』って怒られたの。何が違うのか聞いたら『ノックしてから「1061号室、食事だ」と言ってくれ』って言い出したの。独房!?ここ独房だったの!?インフルでも楽しんでるようで何よりだけど、それでいいの君!?」

 

 

36.

本音「ある日突然つくもに『……なんだろう、君の手が凄く美味そうなんだが』って怖いこと言われて匂いを嗅いでみたら〜、ハンドクリームと間違えて香味ペースト塗り込んでたって分かりました〜」

 

 

37.

九十九「数日前、盛大な入道雲が出た時の一夏、弾、鈴の会話だ」

 

一夏『竜の巣だ!』

弾『ふははは!人がゴミのようだ!』

鈴『だいぶ早送りしたわね』

 

九十九「鈴のツッコミが秀逸だ」

 

 

38.

九十九「私は時折『異世界転生者である自分が、この世界にいて良いのだろうか?』と考えてブルーになる。そんな時はスーパーに行き、植物ではないのに野菜売場に堂々と陳列され、出汁材として乾燥された物が魚介類に囲まれて居座っている椎茸を見て、その鋼のメンタルを見習っている」

 

 

39.

一夏「鈴!その先は危険だ!」

鈴「どんくらい危険なのよ?」

一夏「この料理作った事無いけど、本見て作ればなんとかなるでしょう、って考えてるセシリアより危険だ!」

鈴「はあっ!?それ危険過ぎない!?」

セシリア「……貴方達、それはどういう意味ですの!?」

 

 

40.

シャル「ファストフード店にて。後ろからシャカシャカバサッ!って音がして、足元にシャカシャカチキンが飛んできたんだ。3mくらい離れた場所には、チキンの袋だけを持ったポカン顔の本音とアチャー顔の九十九。どれだけ張り切って振ったのさ」

 

 

41.

九十九「満員電車の中で突然泣き出す赤ん坊に怒鳴る人がいるが、私は一向に構わんな。なんならサラリーマンが満員電車で突然泣き出したって、私は全然いい」

一夏「いや、よくねえよ。赤ん坊は泣いてもいいけど、リーマンは心配になるわ。赤ん坊より心配の度合が桁違いに上がるわ」

 

 

42.

ラウラ「『焼きおにぎり』や『揚げおにぎり』はあるが『茹でおにぎり』がないのを疑問に思い実践してみたら、粥になった」

 

 

43.

シャル「九十九が『本音の寝言、面白いぞ』って言って日々集めた本音の寝言メモを見せられたんだけど−−」

 

本音『敗者復活戦で会おうね!』

九十九のコメント『情けない事をかっこよく言うな』

 

本音『やっぱり目玉焼きには命だよね〜』

九十九のコメント『前後の寝言から、多分目玉焼きに何をかけるかの答え。どういう事だ?』

 

本音『夏と言えば生活保護だよ〜』

九十九のコメント『そんな事はない』

 

本音『赤と白、どっちも切っちゃえば〜?』

九十九のコメント『爆弾処理の話だとすれば、無責任が過ぎるだろ』

 

本音『48度5分かぁ……』

九十九のコメント『病院に行っても手遅れじゃないか』

 

シャル「確かに面白いけど、九十九の妙に冷静なコメントが余計に笑いを誘ってきて腹筋がつらいです」

 

 

44.

弾「ここ最近の『2回まではデートできるのに3回目に繋がらない現象』を九十九に相談したら、『それはアナフィラキシーショックだな。2回目に会った時に拒否反応が出たんだろう』って言われて腹抱えて笑った。家帰って泣いた」

 

 

45.

一夏「電車の中で九十九とのほほんさんが−−」

 

本音『ねえねえつくも、大は小兼ねみたいな名前のバンドいたよね?』

九十九『それを言うならキュウソネコカミだ』

 

一夏「−−って会話してて、やっぱ九十九は超能力者だなと思った」

 

 

46.

鈴(26)「3歳の娘がちょっとした事でワンワン泣くから息子に『あんたもこんぐらいの時すぐ泣いてたけど何でよ?』って訊いたら、『泣いたらどうにかなると思ってた』って清々しい真実が明らかになったわ」

 

 

47.

九十九「油そば屋で隣席の男性とほぼ同時に麺が出てきたんだが、その男性がこちらをちらりと見た後店員に『俺大盛り頼んだんだけど?間違ってない?』と割と威圧的に物申し始めて、彼は大盛りにどれだけ夢を持っているのか知らないが、貴方が比較対象にしたのは特盛りだ。落ち着いて」

 

 

48.

八雲「誰も並んでいないスーパーのレジで研修中の名札を下げたおばさんがポツンと立っていたので『練習台になってあげようかしら』って気持ちで並んだら神速で終わったわ。手の速さ、札さばき、綺麗に詰まったカゴ。全てが完璧だったのよ。きっと別の(スーパー)でさぞかし名のある戦士(レジ係)だったに違いないわ」

 

 

49.

弾「サキュバス避けの呪いで『寝る時に枕元に牛乳の入った白い皿を置いておくと、サキュバスがその牛乳を別の白い液体と勘違いして持っていく』という方法を知った時、『じゅ、純情ーっ!』って叫びながら後ろに倒れたわ」

 

 

50.

九十九「よく女の人が『私の事、どうせ体目当てなんでしょ!?』と言うが、『お前の精神と魂が目当てなんだよ!』と言う男の方が体目当てよりよほどヤバイと思う」

 

 

51.

一夏「理系女子がリケジョなら、情報系女子はジョジョじゃねえ?」

 

 

52.

柴田「私の彼氏は酒も煙草もしないし、賭け事も浮気もしないけど、実在もしないわ」

千冬「柴田先生……(泣)」

 

 

53.

九十九(26)「息子のカットをキッズ美容室に予約したんだが、『暴れますか?』という質問に『それはそちらの出方次第ですね』という映画みたいな台詞出てきた」

 

 

54.

一夏「五反田食堂のTVは天井近くについてんだけど、そっから貞子が出てきたらと思うと笑える。出て来たはいいけど落下w」

 

 

55.

槍真「世間から『今年こそノーベル文学賞だ』と勝手に祭り上げられては毎年肩透かしを食らわされる村上春樹を見る度に、『あの子も絶対お前の事好きだって』『そうだよ。いけるいける!』と周囲に焚き付けられてその気になり、告白したら壮絶に玉砕した高校のクラスメイトを思い出すよ」

藍作「それ、俺の事だよな。あと一番煽って来たのお前だったよな?」

 

 

56.

簪「令和最初のライダーの敵キャラの名前が『腹筋崩壊太郎』……1話にしてパワーワード出た」

 

 

57.

九十九「電車で隣に親子が座っていたんだが、窓枠に頭をぶつけた子が泣き出して、母親があやそうと『痛いの痛いの飛んでけー!』と言いながら振った手が私の目に直撃して『あ痛ぁ!』と叫んだら、子供が笑い出したのでノーベル平和賞下さい」

 

 

58.

九十九「元女子アマレスラーの吉田沙保里さんは個人戦206連勝という記録を持っているが、これがどれ程凄いものかというと、白鵬と藤井聡太と田中将大と内村航平の連勝記録を足してもまだ敵わないほどだ」

シャル・本音「「スゴーイ!」」

 

 

59.

一夏「オセロでどうしても九十九に勝てなくて、本とかネットで研究して臨んだのに、結局俺が大敗して『研究したと言っていたが、朝顔の研究でもしていたのか?』とか洋画みたいな罵倒された」

 

 

60.

蘭「ケーキの取り合いでお兄とケンカになった時にお母さんが言った−−」

 

蓮『じゃあ、ジャンケンして勝った方が好きな大きさに切りなさい。負けた方が先に選んで良いわよ』

 

蘭「−−っていうシステムを超えるスッキリルールは未だに聞いた事がありません」

 

 

61.

楯無「レヴィちゃんに『なんで日本人は死に際に物の値段気にすんだ?』って訊かれて『は?』ってなって見せて貰うと、ヤクザ映画で刺された男が立ち上がり『ナンボのもんじゃあっ!』って叫んでるシーンの字幕が『How Much?』ってなってたの。誰よ、これ訳したの」

レヴェッカ「あと、カチコミのシーンで『おいごらああっ!』ってセリフに『Excuse me?』って当ててあったぜ」

楯無「ホント誰よ!?これ訳したの!」

 

 

62.

槍真「公園の池に飛び石があるだろ?」

九十九「うん」

槍真「SASUKE見ていた世代だと、あれが全部発泡スチロールの浮き島なんじゃないかって勘ぐるんだよね」

九十九「うん……うん?」

 

 

63.

一夏「ちっちゃい女の子がしきりに壁に向かって『こんにちは!』『おはよう!』って大声で叫んでたから、何だと思って後ろから覗いたら『お客様の声をお聞かせください』と書かれたご意見箱があって吹いた」

 

 

64.

九十九「エスカレーターで前にいた人のシャツに小さな文字で英語で同じフレーズが何度も書いてあった。気になって読んでみたら『これが読めるという事は、貴方は近寄り過ぎです』とあって、私は静かに距離を取った。失礼しました」

 

 

65.

藍作「仕事帰りにいなり寿司のパックをセルフレジでピッてして置いたら、隣の坊やが自分もピッとやりたかったのか、私のいなり寿司を持っていこうとしたから、思わず出た言葉が『それは私のおいなりさんだ』なのは我ながらどうかと思うし、その子のお父さんは鼻水出して吹いたからさては知ってるな?」

 

 

66.

九十九「家の風呂が壊れて銭湯に行った時の事。小1くらいの男の子が親指立てて『アイルビーバック』と言いながらお湯に沈んで行くのを見た。教育が行き届いているなと思った」

 

 

67.

弾(23)「『俺、いつも未読メールはオールデリートよ。本当に用事のある奴はまた送って来るから』が決め台詞の上司は離島に飛ばされた。メールはちゃんと読んだ方がいいっすよ?」

 

 

68.

九十九(30)「会社の健康診断の最後に医師から『最後に何か質問あります?』と訊かれたので、『健康診断のために昨日から何も食べてなくて空腹がヤバイので、この辺で美味い店を知りたいです』と言ったら、濃厚豚骨ラーメンの店を紹介された」

 

 

69.

九十九「アンパンマンガチ勢が言っていた『アンパンマン号の運転が荒い時は大体チーズが運転してる』というのが生きていく上で何の役にも立たない情報なのに、未だに忘れられない」

 

 

70.

一夏「弾と九十九の共通の付き合いたくない女がディズニープリンセスなんだけど、その理由が大分違う。弾は『あいつら感情高ぶると歌い出すじゃねーか。付き合ったら絶対苦痛だぜ。ハモんなきゃなんねえじゃん』って、ちょっと笑える理由なんだけど、九十九は『各々の境遇には同情するが、ちょっと男に優しくされただけでころっと行くような尻軽女は信用ならん』っていう、割とガチな理由で笑えねえ」

 

 

71.

弾「彼女と同棲しようか迷ってる。どうするよ……こういうのって彼女できてから悩んだ方がいいのか?」

九十九・一夏「「うん」」

 

 

72.

ラウラ「空耳だと信じたいが……今入ったレストランの隣の席の夫婦が『やっぱ地球人の格好するのは疲れるな』と言ったんだ。空耳だ。頼む、そうであってくれ」

 

 

73.

九十九「母さんは幼少期の私がクレヨンしんちゃんを見る事は止めなかったが、ポケモンを見る事を良く思っていなかったのが昔から疑問だったんだが、その理由を訊いたら『戦う時は自分の体で戦いなさい』という格闘家のような事を言い出した」

 

 

74.

槍真「八雲からLINEで『今日の晩御飯は生オムライスよ』って来てたから、何それ?新作?美味しそうだなぁとワクワクしながら家に帰ったら、出てきたのは卵かけご飯でした」

 

 

75.

九十九「寮の自販機コーナーにて−−」

 

本音『あれ〜?』

シャル『どうしたの?』

本音『ほうじ茶のボタン押したのに紅茶が出てきたの~』

シャル『不思議な事もあるものだね。(ピッ、ガコン)……あれ?紅茶のボタン押したのにほうじ茶が出てきた』

本音・シャル『『……交換しよっか』』

 

九十九「−−という事があったそうだ。自販機の中が入れ替わってる疑惑発生中だぞ」

一夏「君の茶は。ってか」

 

 

76.

藍作「槍真から『取り急ぎ死霊を送るよ』という恐ろしいメールが来た」

 

 

77.

シャル「さっきスーパーに行ったら小さな男の子がお母さんの後について回りながら『おかあさん、エリンギかって!スープにいれて!』って訴えてた。お母さんは『いいよ。でもそれはしめじだよ』ってニコニコしてて、こんな母子になりたいなって思った。でもお母さん、それは舞茸です」

 

 

78.

九十九「クラスの女子にセクハラ野郎認定される覚悟で『ブラ着け忘れの頻度』について訊いてみたら、当初の予想である『男子で言う所のパンツ履き忘れくらい』を大きく裏切り、『腕時計の着け忘れくらい』だという事が判明した」

弾「勇者かお前」

 

 

79.

九十九「先程買い物をした際、レジのお姉さんに『ちょうど324円になります』と言われた。キリがいい訳でもなく、何が一体丁度なのかと思って財布を開けたら小銭が丁度324円。彼女は一体何者だったのかが気になっている」

 

 

80.

一夏「コンビニでスイカバー買って『すぐ食べるんで袋いらないです』って言ったら、店員さんがマジで!?って顔して袋破って中からスイカバー取り出してくれたんだけど、そういう事じゃねえ」

 

 

81.

一夏「鈴が箒のことを『胸元の寄り友』って真顔で呼んだの、今年最高に面白かったんだけど、とりあえず源頼朝に謝れ」

九十九「……箒にはいいのか?」

 

 

82.

アーリィ「本国での話サ。シャイニィを動物病院に連れて行った時、何かの動物(キャリーケースは布で覆われて中が見えず、凄い唸り声が聞こえる)を3匹連れた人が居たんだけど『クトゥルフちゃーん、ダゴンちゃーん、ニャルラトホテプちゃーん、診察室へどうぞー!』って呼ばれていて戦慄したのサ。あの中には一体何がいたのサ?」

 

 

83.

弾「吉田沙保里がとあるテレビ番組で『お化けが苦手』って言ってたもんだから、『そうだよな……かくとうタイプのわざ無効だもんな……』とか思っちまった」

 

 

84.

九十九「レンタルビデオショップに行ったら、店員に『「クソでかい蝉の抜け殻」っていう映画ありますか?』と訊いている子供がいて、そんなのある訳がないだろうと思っていたら『仄暗い水の底から』の事だったの、今思い出してもツボる」

 

 

85.

絵地村「私はPCに詳しいので、よく同僚のPCトラブルの相談を受けるんですけど『HDD全消去したら起動しなくなった』『ソフトをアンインストールしたら無くなった』等、『殺しはしたがまさか死ぬとは思ってなかった』のような主張をよく聞きます」

 

 

86.

九十九「沖縄出身の金城さんに質問だ。海ぶどうの地元ならではの食べ方は?」

金城「沖縄県民(ウチナンチュ)は海ぶどうは食べないさ~」

九十九「え?」

金城「あれは何故か観光客が食べたがるから作ってる謎の海藻なんさ」

九十九「なんかショック!」

 

 

87.

箒(23)「子供の体力はヤバイから子育てをあまり舐めない方がいい。私達大人はHPが40/80になったら『疲れてきたな、休まないと』となるが、あいつ等は最大HPが50しかないのに残りHP1でもフル稼働する。そして、0になった瞬間にいきなり寝る。うちの子は昨日、滑り台を滑りながら寝た」

 

 

88.

九十九「サイコパス診断、やるかい?」

本音「やりた〜い」

九十九「貴方は海で泳いでいます」

本音「うん」

九十九「海底に目をやると、壺が落ちていました」

本音「うん」

九十九「中に入りますか?」

本音「うん!……って、それオクトパス診断じゃん!(ビシッ!)」

九十九・本音「「はいっ!」」

シャル「クスッてなった自分が悔しい……」

 

 

89.

藍作「うちの会社の近くにコンビニがあったんだが−−」

 

近隣住民『お宅の社員が大勢いて我々の買い物の邪魔だ!利用禁止にしろ!』

藍作『分かりました、社員はコンビニ利用禁止で』

コンビニ『経営悪化により閉店します』

近隣住民『コンビニ無くて困る』

 

藍作「−−というギャグみたいな流れで消えてしまった」

 

 

90.

楯無「ロシアでは日本の中古車が人気でモスクワの街でもよく見かけるの。クレムリンの通りで『北方領土返せ!』と書かれた右翼の街宣車がそのまま走ってるのを見た時、この子退役後に一番頑張ってるわね。って思ったわ」

 

 

91.

九十九「クセの強い食材でも、例えばピーマンやゴーヤは調理法如何で『僕はゴーヤだったかも知れない』『オイラピーマンだったけど改心したよ。これからは清く正しい脇役として生きるぜ!』となるし、セロリですら『今日の主役はお前だ』となるのに、春菊だけは何をどうしても『俺は春菊!』『我こそが春菊!』『アイアム春菊!』と主張してくるのほんと何なの?」

 

 

92.

弾「『エロ漫画を描く人間は実際の性犯罪者だ!』っつう規制派の理屈に合わせるとよ、さいとう・たかをはテロリストで、水木しげるは妖怪で、やなせたかしは小麦粉って事になっちまうよな」

九十九「いや、そのりくつはおかしい」

 

 

93.

一夏「出かけようとした時に、そういや冷蔵庫にプリンあったなって思い出して、小腹も空いてたし先に食う事にしたんだよ。食い終わってさあ行くかと思ったらさっきまで持ってた財布がねえ!まさかと思って冷蔵庫開けたら、プリンのあった場所に俺の財布が……ヒンヤリしてた」

 

 

94.

八雲「お肉屋さんで順番待ちしながら牛肉買う?豚肉買う?ギュー?ブタ?って悩んでたら急に順番が来て咄嗟に『あ、ブー下さい』って言った事あるわ」

 

 

95.

シャル「さっき電車でぐずる子供に『静かにしなさい!そんなんじゃ立派なプリキュアになれないよ!』って叱ったお母さんと、一瞬でキリッと静かになった女の子がすっごい可愛かったんだ」

九十九「だが、隣に座っていたおっさんも少しキリッとなったぞ。まさか、なりたいのか?立派なプリキュア」

 

 

96.

鈴「今、マックでJKが−−」

 

A『語学留学も国を考えないと、アメリカ人みたいなキレイな英語喋れるようになんないもんね』

B『オーストラリアとかだと訛りあるもんねー』

C『アメリカ人みたいなキレイな英語喋りたかったらやっぱアメリカに行かないと』

 

鈴「−−って話してんだけど、隣のセシリア(イギリス人)が超チラチラ見てる」

 

 

97.

簪「本屋さんの漫画コーナーで、多分お子さんに頼まれて買物に来た40代のおじさん・おばさんの3人組が必死に『新宿の求人だって』『新宿の求人……?』『どこにあるんだ新宿の求人は』って言ってて、間違いなく進撃の巨人だと思い私は口を手で覆った。本音も分かったみたいで『し、新宿の求人……新宿の求人って……』って悶えてた」

 

 

98.

九十九「さっき、一夏と弾が猛スピードで後ろ歩きして−−」

 

弾『見てみろ!こうすると顔に花粉が付かねえんだ!』

一夏『おおっ!本当だ!すげえ!』

 

九十九「−−と並んで後ろ歩きしてたら同時にコンクリ塊に躓いて転んだ。奇跡的な馬鹿だな」

 

 

99.

九十九「この所、原作知識が全く役に立たないという事態が相次いでいる。前世で原作が完結していなかったからしかたないといえばそれまでだが、どうも知っている所も大きく変わっているようだ。一番大きいのがラヴァーズ一斉告白事件だな。この先も予測不能の事態が起きるのかと思うと、今から胃が痛い……。偶には何も起きない日があってくれ。頼むから」

 

 

100.

ロキ『上で我の玩具が何やら喚いておるが、奴の苦悩と苦労こそが我が愉悦。故にこれからも奴には苦労し、苦悩して貰うとする。さあ、村雲九十九、我が玩具よ!我にさらなる愉悦を与えるがいい!』




本篇も鋭意執筆中です。
気長にお待ち頂けると幸いです。


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#EX コピペ改変ネタ集 Part4

本編のプロットを練る間の息抜きに書きました。頭のネジを緩めてお読みください。
なお、登場人物の偏り、キャラ崩壊は仕様です。

それではどうぞ!


1.

箒「幼少期にうちの神社で行われた消防訓練での話だ」

 

消防士『火事が起きたら、まず何を優先して行動すべきですか?』

父『御神体』

母『御神体』

叔母『御神体』

消防士『……御自身と参拝客の身の安全です』

 

箒「あの時の消防士さんのドン引いた顔は、未だに忘れられない」

 

 

2.

弾「この間普通に歩いてたら人生初の職質食らったんだよ。『すぐに身分証明書を出し、カバンの中身を見せればすぐ終わる』って九十九が言ってたからその通りにしたら−−」

警官『随分手慣れてるね。ちょっと、詳しい話聞いてもいいかな?』

弾「−−って言われて、逆にめっちゃ時間かかったぞ!」

 

 

3.

九十九「小さな男の子が母親に『トイレ行ってくるー!』と宣言してトイレへ向かったんだが、何故か私の前を通る時に顔を見ながら『ま、漏れてるんだけどね』と明るく言ってトイレに消えて行った。少年、それを聞いた私にどうしろと?」

 

 

4.

九十九長男(20)「今まで生きてきた中で一番父さんを尊敬した瞬間は、僕が小学生の時に忘れ物の罰として漢字100回書き取りをやっていた先生に−−」

 

九十九(当時30)『勉強を罰として使うな。勉強は知識や考える力をつけるための行為の筈だろう。教師自ら苦痛と認めてどうするか、この愚か者め!』

 

九十九長男「−−って、直訴しに行った時の事」

九十九(41)「あったなぁ、そんな事も」

 

 

5.

真耶「先日、引越し先の内見をした時の話です」

 

真耶『この物件、気に入りました』

不動産屋『ありがとうございます。ただ、隣に保育園が建つ予定で少々騒音が……』

真耶『私、子供の声は気になりませんよ?』

不動産屋『いえ、近所に住む保育園建設反対派の方々の抗議が連日五月蝿くて……』

 

真耶「折角のいい物件でしたが、今回は見送りました」

 

 

6.

八雲「今日行ったスーパーのご意見欄に−−」

 

ご意見『駐車場の案内員さんが怖くてたまりません。大声で「自転車そこに停めるな!」「社会のルールを守れ!」「常識を考えろ!」と怒鳴ってきます』

 

八雲「−−っていうのがあったんだけど、それに対する店長さんの返答が『当店では駐車場の案内員を雇っておりません』だったのよ」

槍真「え、待って?じゃあ、そいつ誰?怖っ!」

 

 

7.

九十九「男性用化粧品のメントール使用率の高さを見るに、化粧品メーカーは『男なんてスースーさせときゃ清潔だと思い込むだろ。アイツらバカだから』と思っているのではなかろうかと邪推してしまう」

一夏・弾「「それな」」

 

 

8.

本音「シロナガスクジラは身長30m、体重200tの地球最大の生き物って数字で言われても、いまいちピンとこないんだよね〜」

九十九「舌の重さは象1頭分、心臓は自動車並み、尾びれは飛行機サイズで、血管の太さは中で人間が悠々泳げる程だ。と言ったらどうかな?」

本音「すご〜い!大っき〜!」

シャル「何か凄いピンときた!」

 

 

9.

鈴「セール前のあたしに一言。定価で欲しいと思わなかった物は別にいらない物よ。以上!」

 

 

10.

柴田「亡くなった祖父が結婚について『来たバスに乗れ』と言っていて、チャンスを逃すなって意味だと思っていたけど、最近は『行先も気にするな』って事だとようやく理解したわ」

千冬「何故それを私に言うんです?」

 

 

11.

弾「クリスマスになると思い出す。コンビニでチキン2本と2個入りのケーキ買って『フォーク2本で』って見栄はったあの日」

蘭「お兄……(涙)」

 

 

12.

絵地村「最近入ってきた若い娘に『絵地村さんのキーボード、めっちゃええ音しますね!』と言われて以来、彼女が京都出身ではないかと気になってます」

 

 

13.

槍真「駅前で男性が倒れていたから声をかけたら、『スマンね、飲み過ぎた。今日はコイツと飲んでてね』と言って、友人らしき人と写った古ぼけた写真を見せてきたんだ。色々と察した僕は『そうだったんですか……』としんみりした気分になったんだけど、直後に『ごめん、トイレ迷った』って言いながらさっきの写真の男性が現れたんだ。ホントに飲んでただけかよ!紛らわしいな!」

 

 

14.

藍作「いいか、よく聴け。3人で作ってもカップ麺は1分ではできないし、『猫踏んじゃった』しか弾けない人を10人集めてもショパンは弾けないし、100mを15秒で走れるからといって1000mを150秒で走れる訳じゃないんだ!どうして仕事になるとそんな簡単な事も分からなくなるんだ!?」

 

 

15.

九十九「関西出身のクラスメイト、大阪さんに聞いた『知らん』六段活用がこれだ」

 

大阪『知らん(本当に知らない)、知らんわ(私も知らないという相槌)、知らんし(どうでもいい)、知らんねん(知らなくてごめん)、知らんがな(興味関心がない、関係ない、どうでもいい)、知らんけど(確かでなく、責任は持てない)』

 

九十九「大阪さん曰く『関西人との会話はこれ知っとったらどうとでもなんで』だそうだ」

 

 

16.

本音「『本音、もう太らないでくれ』ってつくもに言われてギクッとしたけど、『本音、毛布取らないでくれ』だって気づいてそっと返しました〜」

 

 

17.

九十九「セシリア、英語で『ご飯3杯は行ける』はどう言うんだ?」

セシリア「……難しいですわね。これはご飯に味付けをせずに食べる日本だからおかずが活きるという意味ですから、単に『ピザを無限に食べられる』とは全く概念が異なりますし……」

九十九「なんか意図せず深い話になってしまった……」

 

 

18.

一夏「待ってくれ!レモンで作ったのがレモネードだったら、グレープフルーツで作ったらグレネードじゃね!?」

九十九「飲んだ瞬間爆発しそうだな」

 

 

19.

真耶「ある交差点に信号は赤なのに矢印式信号が全部青になっている信号機がありました。それはもう青でいいのでは……?」

 

 

20.

簪(28)「注射が嫌いな子供のために、注射で変身したりパワーアップしたりするライダーや戦隊があったら良いと思ったけど、どう考えてもヤバイ人だった……」

 

 

21.

九十九「ある駅のホームで見た光景だ」

 

彼女『何で他の女といたの?』

彼氏『ほんとにごめんなさい……』

彼女『……ちゅーしてくれたら許す』

彼氏『ちゅー』

彼女『馬鹿野郎、地面にだよ!』

彼氏『⁉⁉⁉⁉⁉⁉』

 

九十九「いやぁ、女って怖いですねぇ」

 

 

22.

本音(32)「11歳の息子が汗だくになって帰って来て、玄関前で待ってるお友達にお水を振舞ったりしてたから、何をして遊んでたの?って訊いたら−−」

 

息子『今俺らの間で流行ってんだよ、蹴鞠!』

 

本音(32)「念の為に訊き直したけど、今11歳男子の間では蹴鞠がブームだそうです」

 

 

23.

九十九「楯無さん、ロシア語の面白い言葉って知りません?」

楯無「ちょっと下品だけど、日本語で言うところの『無い袖は振れない』を、ロシア語では『お婆さんにイチモツがあったらお爺さんなのにな』って言うわ」

九十九「何それ!?意味不明過ぎる!ギャグかよ!」

 

 

24.

一夏「九十九と一緒にラーメン二郎に行ったんだけど、食後に九十九が『二郎を食べると腹が減るんだよな』って人の道に反した事を言いながら向かいの松屋に入って牛丼特盛食ってたの、最高にロックだと思う」

 

 

25.

九十九「ラピュタの滅びの呪文は3文字だからセキュリティーが緩いように思えるが、その実、①王家の人間が②飛行石を持ち③呪文を唱える、という三段階認証を採用している事に気づいた」

鈴「どっかの何とかペイとはエラい違いね!」

 

 

26.

本音「たけのこの里ときのこの山の袋のイラストを見てふと気づいたの。兎の女の子が狸さんと猿さんの両方と遊んでるって」

九十九「戦争の原因、その兎の女の子なのでは……?」

 

 

27.

藍作「焼鳥屋で隣席になった中国系の日本語全然出来ない人の注文が破天荒でよかった。まず茶漬けを完食、ついでアイスをかきこみ、ささ身、軟骨など串を食べ、会計かと思いきや最後にビールを単品で流し込んでた。俺達は固定観念に囚われ過ぎていた。俺達は焼鳥屋でもっと自由になれるはずだ!」

 

 

28.

九十九「某ワイドショーで万引きGメンの特集をやっていたんだが、客が惣菜の餡かけ焼売をこっそり鞄に入れた時のナレーションが『餡が鞄に滲み出るのを恐れないのか!?』だった。どこの心配をしてるんだ」

 

 

29.

九十九(38)「新人君が上司の無茶振りをぶった切った一言『そんな仕事、キティちゃんですら断りますよ!』が、今社内でバズってる」

 

 

30.

槍真「嘗ての職場で起きた事をありのまま話すよ。同僚が会社の悪い所を指摘したら、そいつは左遷されたんだ。1年後、全く同じ事を経営コンサルタントが指摘したら、会社はコンサルに300万を支払ったんだ。何を言ってるのか分からないと思うけど僕も分からない。恐ろしい無能経営の片鱗を味わったよ」

 

 

31.

八雲「ある素人トーク番組に出演していた奥さんが『絶対AB型の人と結婚したいと思ってた』って言ってて、ああこの人は占いとか信じるタイプの人なのねって思ったら『AB型の人は10人に1人しかいないから、何かあった時の為に同じ血液型の人がそばにいて欲しい』っていう現実的な理由だったわ。思わず画面の前で大笑いしちゃいました」

 

 

32.

鈴「『パパは野菜を育ててママはパパを育ててるのよ』『人ってね、権力を手にすると己の器も弁えず使ってみたくなるものよ』『昔話ばかりしてる男ほど将来に期待できないものよ』『「それが無ければいい人」は「それがあるから駄目な人」なのよ』……この容赦ゼロの格言、誰が言ってると思う?マイメロディのママよ!」

 

 

33.

九十九「以前ふと立ち寄ったコンビニのチルドコーナー。三陸産味付きめかぶのPOPの煽り文が『当店万引き人気No.1!』だった。この角度から攻めてくるPOPは初めて見た」

 

 

34.

楯無「私も簪ちゃんも叫ばない子だったから、突然金切り声を上げる子を常々不思議に思ってたのよ。今日、脈絡無く金切り声を上げて走り出した子をすかさず捕まえてなぜ叫んだのかを聞いたら−−」

 

少年『気持ちが爆発して走り出したんだよ!言葉が追いつかないほど早く!』

 

楯無「−−ってロックな答えを貰ったわ」

簪「……謎の説得力」

 

 

35.

真耶「私は目が悪いので『無人島に何か1つ持って行くとしたら?』という質問に眼鏡しか選べないのが辛いです」

 

 

36.

一夏「九十九に『とても珍しい物だ、お前にやろう』って20ジンバブエドルを貰った。調べてみると日本円に換算しておよそ0円だった。ただの紙切れじゃねえかって言ったら『何を言う、印刷代がかかっているのだからタダの紙切れではないだろう』って言われて悔しいけど納得」

 

 

37.

九十九「神輿には神が乗っている筈なのに、何故あんなに激しく揺さぶるんだ?」

箒「父さんに聞いた話だと、あれは魂振り(たまぶり)と言って神様はよく揺さぶると活性化するんだそうだ」

九十九「……神は菌類だったのか?」

 

 

38.

九十九「盆の帰省中に父さんからメールが来た」

 

槍真『夜ケーキ買って帰るけど、八雲って果物系のショートケーキ好きだったよな?』

 

九十九「その数分後、今度は母さんからメール」

 

八雲『今日ケーキ買って帰るけど、槍真さんってチーズケーキ食べれたかしら?』

 

九十九「息子の好みは無視かよ、と思いながらも何か和んだ。家の両親は今もアツアツです」

 

 

39.

一夏「九十九、弾と一緒に飯屋に行った時の隣席の男達の会話がこれだ」

 

A『あの店員、オッパイデカイな』

B『ああ。目が引き寄せられてしまう』

C『大きい物ほどよく引きつける。これが(ニュー)トン先生の万有引力の法則か』

 

一夏「不覚にも全員大爆笑した」

 

 

40.

弾(25)「こないだ峠をドライブしてたら、落石に押し潰された『落石注意』の看板があった。説得力がすげぇ」

 

 

41.

九十九(20)「インドに自社製品のプレゼンに行った時、ふと目に入った魚型の建物が気になって『あの建物は何ですか?』と訊いたら『あれは水産庁舎です』との回答。インド、いいセンスだ」

 

 

42.

絵地村「『何もしていないのにPCが壊れた』というのを今まで馬鹿にしてきましたが、Windowsが勝手に更新して正常に機能しなくなる経験を積んで『PCは何もしなくても壊れる』という知見を得ました」

 

 

43.

藍作「指導者の言う『罵声で怒られたら「なにくそ」と思う根性が欲しい』というのは、『本来やる気を出させて鼓舞するのが指導者の役目だが、俺にはそれをやる気も能力もなく、個人的感情をそのまま叩きつけるから、お前の方で勝手に成長しろ』という意味だ。まあ、我が社に()()()()()()()()がな」

 

 

44.

本音「エガちゃんのライブDVDを見てたら、エガちゃんが客席ダイブする時に小さく『ゴメンね』って手でやりながら飛び込んでて萌えちゃった〜」

九十九「彼は狂人のフリをした常識人だからな。さもあろうよ」

 

 

45.

シャル「九十九と本音と一緒にバイキングレストランに行った時の事。ケーキコーナーで小さな女の子が背伸びしながら必死にケーキを取ってたから手伝ってあげたの。『こんなに食べきれるの?』って訊いたら、その子は『ちがうの、パパが恥ずかしいから取ってきてって。私は食べないの』って。その子の視線の先には強面パパがソワソワしながらこっちを見てる姿が。萌えました」

 

 

46.

九十九「電車で小学生がハム太郎の歌を口ずさんでいて、皆で可愛いなーと和んでいたら−−」

 

小学生『だーいすきなのはー!ひーまわりと金ー!』

 

九十九「その瞬間、隣のリーマンが吹き出して眼鏡すっ飛ばしてた。凄い破壊力だった」

 

 

47.

一夏「中学ん時の社会科教師衝撃の一言」

 

教師『はいっ、最近ちょっと進みが遅れてしまったからね!今から室町幕府45分で滅亡させまーす!』

 

一夏「その後、この先生は本当に45分で室町幕府滅亡させた」

 

 

48.

九十九(24)「就寝中、突然下半身に激痛。驚いて目を開けると3歳娘が私の一物を引きちぎろうとしていた」

 

九十九(24)『何してるの!?』

娘『取れるかなって思いました』

九十九(24)『取れてたまるか。痛かったよ。ごめんなさいは?』

娘『ちゃんと取れませんでした。ごめんなさい』

 

九十九(24)「取れてたまるか」

 

 

49.

弾「縄文時代の土偶はほぼ全部女性形で、しかも一部が壊されてたり集落のごみ捨て場から見つかるっつうから、安産祈願とか壊す事に意味があったとか言われてっけど、俺の根拠ゼロの説だと、あれは隠し持ってた美少女フィギュアが奥さんに見つかって捨てられたんじゃないか。って事だ」

 

 

50.

九十九「レゾナンスでシャルと本音の買物終わりを待っている間に、化粧品売り場から聞こえてきた会話がこちら」

 

店員『アイシャドウとアイライナーはどうしますか?』

女性『財布と相談するんで、ちょっと待っててください』

店員『あ、彼氏さん今この辺いるんですか?』

女性『いえ、自分の財布と相談を……』

 

九十九「女尊男卑社会の闇を見た気がする会話だった」

 

 

51.

ボビー「冷静に考えたら、穴しかない女より穴と棒がある男を選んだ方が理に適ってるわよね❤」

九十九「それは私の知ってる冷静ではないです。ってか寄んな」

 

 

52.

一夏「火垂るの墓を見て、カーテンに包まって泣くセシリア、ソファーを殴りながら号泣するラウラ、それを宥めるシャルロット、そいつらを見て大笑いする九十九(こいつが見せた)を思い出した。セシリアはあれ以来『ホタル』って単語だけで思い出し泣きするほどトラウマらしい」

 

 

53.

セシリア「今、ブリの塩焼きを作っているのですが、振りかけたのが本当にお塩だったのか自信が無くなってまいりました」

 

 

54.

鈴「昔、九十九が『たべっこどうぶつ』を『畜生ビスケット』って言ってたの、未だに忘れらんない」

 

 

55.

弾「鈴が一夏を『女子力!』の掛け声と共にぶん殴ってた。世界の真理の狭間を見た気がした」

 

 

56.

一夏「セシリアから『「きょうの料理ビギナーズ」のメニューを頑張ってみますわ』ってメール貰ったから、新聞の番組表見たら『塩むすび』だった衝撃」

 

 

57.

千冬「柴田先生から『いい男なんて落ちてないんだから、そこそこの男をいい男にするのが女の腕の見せ所でしょうよ?既にいい男は誰かの作品よ?そんなお下がりで満足してるようじゃ、まだまだね』という至極もっともな御意見を頂戴した。それで先生、先生の作品はどこにあるんでしょう?」

 

 

58.

九十九「ラグナロクで『押すと5億円貰える代わりに性別が逆転するボタンがあったら押します?』って雑談してたら、大抵の人は『偶数回押せば無限に金貰える上にデメリットもない』と答えたんだが、ボビーさんだけ『奇数回押せばお金が貰える上に性欲も満たせるわね❤』と言い出した。もうヤダあの人」

 

 

59.

楯無「九十九くんがニマちゃんに『インド人って手足が自在に伸びたり、テレポートしたり出来るんですか?』って冗談混じりに訊いて、それにニマちゃんが『そんな奴は滅多にいないねぇ』って即答してた。私はあの『滅多に』はニマちゃん渾身のギャグだと思ってる」

 

 

60.

九十九「最近の米大統領選挙を見ていると『両方毒です。死なないと思う方を飲んでください』みたいな感じで、米国民の皆さんには『ご武運を』としか言いようが無い」

 

 

61.

槍真「会社の健康診断で病院に行った時、偶々聞こえた医師2人の会話がこちら」

 

A『君、この患者の検査は、ちゃんと空腹時に行ったかね?』

B『はい。間違いなく』

A『だとしたら、中性脂肪の値がヤバイな』

B『どのくらいヤバイんですか?』

A『米とパスタに殺されるレベルだ』

B『米とパスタに……ですか?』

A『ああ。奴等はプロだからな』

B『プロ』

 

槍真「医学界では、米とパスタはプロの殺し屋らしい。僕も気をつけないとね」

 

 

62.

九十九「今日は暑いな……そういえば最高気温が30度を超えていると言っていたっけか」

本音「そっか〜……でも三角形の内角の和は180度だからまだマシだよね〜……」

シャル「誰かー!本音の頭冷やす物持って来てー!暑さでエライ事になってるから!」

 

 

63.

真耶「柴田先生が突然『I()は虚数よ。存在しないものなの』と言い出しました。先生がリアリストなのかロマンティストなのか、私には分かりません」

 

 

64.

弾「昔、九十九に『ゾンビ映画じゃあイケメンもブサメンも美少女もブスも平等にゾンビ化すっけど、吸血鬼映画には美形しかいねえなって思ったら、アイツら顔面偏差値高い奴選んで仲間にしてんのな。世知辛えわ』って言ったら、九十九は真顔で『永遠の命を授かったブスなど、周りも本人も辛いだけだと思わんか?』って返してきて、凄え納得した」

 

 

65.

九十九「気になってる観葉植物があるんだが、名前が思い出せん。たしか……オークに捕らえられた姫騎士みたいなやつ」

本音「……くっ、殺せ?」

九十九「それに、チェ・ゲバラ混ぜた感じの……」

本音「ひょっとして……クッカバラ?」

九十九「ああ、それだ!」

本音「その説明でどうして通じると思ったの〜?」

九十九「こっちの台詞だ、何故通じた?」

 

 

66.

シャル「本音が『唇がすごい乾燥する……。ちょっとコンビニ寄っていい〜?』って言ったから、リップクリームでも買って来るのかなって思ったら、コロッケ齧りながら出て来たのが一生忘れられそうにないよ」

 

 

67.

箒「一夏が無茶をしないようにするにはどうしたらいいかを九十九に相談してみたら、『命は大事だと繰り返しても無駄だ。それは誰もが知っている事だからな。そうではなく「お前が直面している事態は命に比べたら大した事ではない」と教えろ。命の価値を上げるのではなく、事態の価値を下げるのだ』とアドバイスされた」

 

 

68.

本音「なんかのTVで『何でも欲しい物が貰えるなら?』ってアンケートの1位が『永遠の命』だったんだけど、周りがどんどん死んで行くのをただ見てるだけなのは辛いから、わたしはやだな〜」

九十九・シャル((深い……))

本音「わたしの欲しい物1位はプリン100個かな〜」

九十九・シャル((浅い……))

 

 

69.

ラウラ「九十九に煽り倒された仕返しに、奴の持っている知恵の輪を全て解いて一緒くたに混ぜて置くという地味な嫌がらせをしてやった。そしたら奴はそれを2分程で元通りにするという神業を披露した。心底悔しかったんだが、咄嗟に出た言葉は『九十九、コツを教えろ!』だった。悔しい……」

 

 

70.

一夏「シャボン玉の歌の『シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ』って部分。あれは『シャボン玉が屋根の高さまで飛んだ』のか『シャボン玉と一緒に屋根まで吹っ飛んだ』のかで、九十九と乱闘寸前まで行った事がある」

 

 

71.

弾「女がよく男が胸を見ている視線は分かるって言うけどな、異性に慣れてない男ってのは、顔や目をじっと見つめると緊張しちまうんだよ。だから少しだけ目線を下げて話すしかねえって訳だ。疚しい気持ちなんかねえよ、ただ頭がおっぱいおっぱいなだけだ」

鈴「やましさ一色じゃない」

 

 

72.

八雲「コロッケを自作した事がある人なら、必ず思う。何でコロッケあんな安売りしてるのかしら?って」

 

 

73.

本音「ねえ、つくも。ケーキを3等分するとして、0.3333……でしょ?じゃあ、残りの0.00……1はどこに消えちゃったの?」

九十九「ナイフに付いているのではないか?」

 

 

74.

九十九「折り畳み自転車には乗らん方がいい。以前、弾が走行中に勝手に折り畳まれて一輪車状態になってた。あれは危険だ」

 

 

75.

シャル(25)「インフルエンザの検査で鼻に綿棒を突っ込まれた4歳長男魂の叫び」

息子(4)『お鼻はねえ!!!出口!!!!!!』

 

 

76.

八雲「いい、九十九。女心は玉葱のようなものなの。剥いても剥いても本心が見えないと思いきや、実はその1枚1枚が心だったりするの。この事に気づかない男は全てを剥き終えた後に『だから女心は分からない』なんて馬鹿な事を言ったりするの。貴方はそんな男になっちゃ駄目よ?」

九十九「肝に銘じるよ、母さん」

 

 

77.

一夏「九十九に電話をした時『もしもし、俺だけど』って言ったら、『お前だという事は分かったが、その態度が気に入らん』って言われて電話切られた」

 

 

78.

シャル「そう言えば今日、九十九の肩にカメムシがくっついてて、どうしよう早く取らなきゃ……でも下手に教えてカメムシを刺激したら大変な事になるんじゃ……と思って咄嗟に『両手を挙げて。そのまま動かないで』ってFBIみたいな台詞を口走っちゃった」

 

 

79.

九十九「ガン保険のCMで男が『ガンで入院したら1日1万円貰えるんですか!?それは嬉しいですね!』とか満面の笑みで言っていたが、もう少し冷静に考えろ、あんたガンなんだぞ」

 

 

80.

弾「【悲報】勇気出して女の子をデートに誘うも、『予定が出来る気がする』と断られる」

 

 

81.

蘭華「酔ったボビーさんが失恋から立ち直る方法を語りだしたんですけど、その方法が−−」

 

ボビー『まずクソ高い焼肉屋に行くの!そこでクソ高い骨付きカルビ食べるの、よく味わってね。あといっぱいお酒呑んで、その後、残った骨をカリカリに焼いてその男は死んだと思って適当な所に散骨するのよ!』

 

蘭華「−−っていう、斜め上の最終手段でした」

 

 

82.

千冬「多分一夏は、特撮をノンフィクションだと昔は思っていたのだろう。『この激戦の中、逃げもせずにヒーロー達の活躍を収め続ける撮影の人のガッツが凄い(要約)』という旨の事を熱く語っていたな」

 

 

83.

虚「さっき本音がとてもリズミカルにチョ○レイトディ○コのメロディーで『く・ろ・や・な・ぎ・徹子♪』と歌いながら生徒会室に入ってきて、明日の生徒総会で脳内無限ループする曲が決まりました。詰みました」

 

 

84.

八雲「『無駄遣いするからお金がなくなるんだよ?言ってる事分かるよね?』と泣きながら両親に説教する男児がスーパーに現れ、周囲のお客さんが次々とカゴの中身を棚に戻すという珍現象が発生中」

 

 

85.

九十九「迷子の女児が泣いていて、成年男性が声をかけていた。そこに母親らしき人が現れて、誘拐か何かだと勘違いしたのか男性を突き飛ばした。と思ったら男性の彼女らしき人が、自分の彼氏が襲われていると勘違いしたのか母親にケンカキックをかました。この間、僅か30秒。短時間で起きた劇的な光景だった」

 

 

86.

簪「ヒーロー物のアニメで、主人公が『そんなの関係ねえ!』って言う度に小島よ○おが脳裏にちらついて辛い……」

本音「あの人の最大の罪だよね〜」

 

 

87.

一夏「『何で幽霊って皆髪長いんだ?』って俺の意見に九十九が返した『床屋に行けないからだろ』の説得力がすげぇ」

 

 

88.

九十九「小児の誤飲防止の為に人形の靴などに苦味成分を塗布した某玩具会社には頭が下がるが、今私の眼前で『にがいーにがいー』と言いつつアヘ顔で人形の足を舐め回してる子がいて、流石にこれは想定外だったろうなと思った」

 

 

89.

有人「身長190cm超えでマッチョな同僚が140cm台の華奢な女の子と結婚。あまりの体格差のお陰で、新郎が花嫁を軽々と持ち上げて肩に乗せる姿が戸愚呂兄弟みたいだったから、花嫁の渾名が『戸愚呂(嫁)』になった」

 

 

90.

ラウラ「電車で隣に座っている父親が『靴のせいにするな』と言い、体操着の少年が『だって……』とグズっている。正しい靴選びによって、運動のパフォーマンスはそれなりに向上するので、一概に叱りつけるのは良くないと思いながらよくよく聞いていたら、算数のテストの点が悪かったらしい。靴のせいにするな」

 

 

91.

一夏「中学の頃、クラスに英語がからっきしの奴がいて、Mt.fujiをミスター富士とか発音しやがったので、先生が『ミスターじゃなくてマウントな。ミスターじゃお前、ふじさんになっ……ふじさんだな!』ってツッコんだ事ある」

 

 

92.

九十九「通っていた中学のとある男子トイレの個室の壁に『妹が 義理だからねと チョコをくれ 君が義理なら どんなにいいか』という短歌が書かれていたんだが……今思い返すと、あれは弾の字だったような気がする」

 

 

93.

絵地村「同僚にDLとインストールの違い、それとウィルスについて訊かれたので『中国で作った冷凍餃子を日本に空輸するのがアップロード、スーパーで餃子を買って家に持ち帰るのがダウンロード、家でチンするのがインストール。で、段ボール餃子だったらそれがウィルスです』と説明したら妙に納得していました」

 

 

94.

九十九「シャル、本音と一緒に某ハンバーガーチェーンに行った時、隣席から聞こえてきた男性二人組の会話がこちら」

 

A『ディズニーって綺麗だよな』

B『ああ、衛生には気を配ってるからな』

A『そうなのか』

B『ネズミ1匹といないぜ』

 

九十九「全員飲み物吹いた」

 

 

95.

本音「信号待ちしてる時に幼稚園の鞄を持った男の子がいて、ふと見たら名前のとこに『運命』って書かれてたの。(さだめ君かな〜……)って思ってたら、その子のお母さんが『バッハ行くよ!』って。交響曲第5番が頭から離れないし、ビックリして信号見送っちゃったし、運命はバッハじゃなくてベートーヴェンだし……」

 

 

96.

一夏「小学生の頃、九十九がRPGツクールで作ったゲーム。『はじめから』『つづきから』の他に『エンディングから』っていう変なメニューがあったし、それを選ぶと村人達が『ありがとう!』『世界は救われた!』『貴方のお蔭だ!』とか一方的に感謝してきて、目覚めた直後の毛利小五郎の気持ちがよく分かる名作だった」

 

 

97.

藍作「親戚に女の子が産まれた。名前は一三。かずみかな?と思ったら、数を数える時一、ニ、三って数えるよな。そこを一、三でニを取ったからニトリだってよ」

槍真「お値段以上の衝撃だね」

 

 

98.

柴田「時をかける少女を観た後は、『二度とあの頃には戻れないんだな』と切ない気持ちになって、痛む胸を押さえつつ自分の高校時代を思い返しながら『……いや、そもそもこんな事無かったわ』と気づいて更に切なくなる」

 

 

99.

弾「よく女の子が『夜道で猫かと思って近づいたらコンビニの袋だった』って言ってるから、ちょっと頭にコンビニの袋かぶって夜道に転がってくる」

 

 

100.

九十九「漸く一夏とラヴァーズが『深い仲』になってくれた。これで楽になるかと思ったんだが、ラヴァーズに今まで以上に一夏の事で相談されるようになったし、なんなら一夏からもラヴァーズの事で相談されるようになって、結局楽にならなかった。私はお前達の恋愛相談役(コンサルタント)じゃない。少しは自分で解決策を考えてくれ……」




本編はぼちぼち執筆をしていこうと思います。
いつもよりお時間をいただくかも知れませんが、お待ちいただけると幸いです。


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#EX コピペ改変ネタ集 part5

シリアスが続いたので、ギャグで一服しませんか?

という訳で、コピペ改変ネタ集第5弾です。キャラの偏り、及び崩壊は仕様です。

それでは、どうぞ‼


1.

本音(25)「お気に入りの口紅無くしたっぽい……悲しい」

九十九(25)「可哀想に……よし!今度私が3本くらい纏めて買ってやろう!」

本音(25)「本当〜⁉あ、でもデパコスだから1本5000円くらいするけど大丈夫〜?」

九十九(25)「……心配するな!2本くらいパーッと買ってくるさ!」

本音(25)(……減ってる)

 

 

2.

九十九「映画『アバター』の撮影の際、最初は白人同士、アジア人同士、黒人同士で固まっていたのが、特殊メイクで宇宙人になった途端に同じ種族の宇宙人同士で固まり出したという話は、非常に示唆に富むものだな」

 

 

3.

一夏「昼飯食いになんとなく入った定食屋で、隣になった姉妹がしてた会話がこちら」

 

妹『お姉ちゃん、だんじり祭って男の尻の祭りって書くの?』

姉『んな訳無いでしょ』

妹『やっば、報告書に『男尻祭』って書いちゃったよ……』

 

一夏「笑い堪えるのに必死で飯どころじゃなかった」

 

 

4.

弾「マ○クで注文して『店内でお召し上がりですか?』って訊かれて『いえ、公園で一人で食べます』ってめっちゃ無駄な情報与えちまった」

 

 

5.

シャル「スーパーに九十九と行った時の事。鮮魚コーナーでオバさんが店員さんに『新鮮なイカを選んで』って言われて、店員さんが真っ赤というか見事な茶色のイカを選んだんけど、そしたらオバさん『いやがらせなの⁉』って怒っちゃって、結局自分で真っ白なイカを選んで持って行ったの。直後に九十九が『あのオバさんも見る目のない事だ。店員さん、その見事な茶色のイカを下さい』って言ったら、店員さん凄く嬉しそうにしてた。九十九曰く『イカは表面が茶色いほど鮮度が良いんだ。覚えておくと良い』だって。でもゴメン、それ知ってた」

 

 

6.

一夏「蘭の中学には『GHQ』とかいう組織があるんだと」

九十九「何だそれは?チョコでも配って回るのか?」

一夏「いや『Go Home Quickly』の略だってよ」

九十九「帰宅部じゃないか。無駄に格好つけおって」

 

 

7.

柴田「ちょっと病んでる時期に一人で飲みに行って、マスターに過去の失敗やら辛かった事を愚痴ってたら、横で飲んでた若いお姉さんに『バックミラーばかり見てたら事故を起こすわよ』って言われて妙に納得したのを今でも時々思い出すわ。あれ?でもその時の人、顔立ちが村雲君に似てたような……?」

九十九(言えない……。多分それ、私の母ですとは……!)

 

 

8.

八雲「オープンしたての居酒屋さん。メニューに『タレを継ぎ足した秘伝の煮込み』っていうのがあったんだけど、オープンしたばかりなのでメニュー表に『継ぎ足し3日目』って書いてあったのには好感を持ったわ」

 

 

9.

九十九(18)「免許取り立ての弾に『流石に一発目で人乗せんのは緊張すっから、助手席に座っててくんね?』とドライブに誘われた。弾、お前にとって私は人ではないとでも?」

 

 

10.

槍真「九十九が子供の頃の話。九十九が好物のハンバーグを食べてる時『父さんと母さん、どっちが好き?』って訊いたら、九十九は徐ろにハンバーグを二つに割って『どっちが美味しいと思う?』と言ってきた。うちの息子は一休さんの生まれ変わりかなと思ったよ」

九十九「実際は25歳サラリーマンの生まれ変わりだけどな」

 

 

11.

本音「ポチ袋ってなんでポチ袋って言うんだろ〜?ポチって犬のことかな。じゃ〜猫でも良いじゃんタマ袋とか!って思った瞬間、タマ袋じゃ絶対ダメな理由に気がついて飲んでたジュース吹きました」

 

 

12.

九十九「今まで聞いてきた中で一番強烈だった別れ話は、弓道部カップルの元同級生の『弓に向かう時の精神性の違いにより破局』だな」

シャル「その二人はサムライかな?」

 

 

13.

千冬「コンビニ店員の男が勤務中にも関わらず電話をしていたんだが−−」

 

店員『はあっ!?家が燃えてるだあっ⁉ちょ、俺の部屋は⁉……全焼おおぉぉぉぉっ⁉ウッソまじか!あ、ゴメンお客さん来たから切るわ。うん。今仕事中だから。(ピッ)お待ちのお客様どうぞー‼』

 

千冬「−−と微笑みかけられて、いやどうぞじゃないだろ家帰れ。と思った」

 

 

14.

楯無「電車に乗ってた時、プーチン大統領に激似のサラリーマンが乗ってきて思わず『えっ⁉プーチン大統領⁉何でここに⁉』って口に出したら『プーチンは!山手線には乗らない!』って怒られたわ。でもそれって、本人もウンザリするほどプーチンって言われるくらいには似てるってことよね?」

 

 

15

九十九「私がこの世で一番怖いもの?そうだな……家に電話が掛かってきて母さんが『はい……はい……えっ⁉』ってこっち向いた時かな」

 

 

16.

セシリア「わたくし、貴族の嗜みとしてピアノをやっているのですが、先日楽譜を読んでいたら変な所に四分休符がありまして。何故ここに四分休符が?と思ってよく見ると、死んだ蚊でした」

 

 

17.

九十九「男友達だけで遊びに行った時の話。マッ○で順番待ちをしていると前にギャルが並んでて携帯で元彼らしき人と話をしていたんだが−−」

 

ギャル『ヨリ戻すとかマジ無理だから!アンタあれっしょ?いらない漫画全巻売ったけど、今更また読みたくなって手放したこと後悔するタイプっしょ?』

 

九十九「−−と言っていて、覚えのあるらしい周囲の男性がビクッとしていた」

 

 

18.

鈴「初めて日本に来た時の一番の疑問は『米も麺も餃子も主食なのに、何で日本人は全部一緒に食べるの?』だったんだけど、それに対して九十九が言った『日本人にはそこに米があるとそれ以外の全てをおかずと見做す。というバグがあるんだ』がすごい説得力だった」

 

 

19.

九十九「私達の入学式の時、式の最初の国歌斉唱で事件が起きた。新入生の父親の中にプロオペラ歌手がいて、国歌斉唱で本領を発揮してしまったんだ。エグい程のビブラートに在校生全員がツボって歌うどころではなくなり、その父親は教師に滅茶苦茶怒られていた」

 

 

20.

藍作「今就活してる君達。もし採用試験に落ちても落ち込む必要はないぞ。知り合いの会社の不採用理由なんて『一部署内に田中は5人もいらん』とかだからな」

 

 

21.

簪「今年の初夢に○ローラナッ○ー出て来た。あまりのインパクトに夢の内容覚えてない」

 

 

22.

真耶「セ○ンイレ○ンのカットフルーツが好きなんですけど、家の近くのセ○ンイレ○ンで毎回誰かに買い占められていて、負けじと在庫があった時は全部買うという生活をしていたら、今朝ついにカットフルーツを買い占めようとしているサラリーマンの人を発見したんです。『正体もわからず長年戦ってきた敵とついに邂逅を果たした』みたいな感覚を味わいました」

 

 

23.

セシリア「放課後、寮に戻っていたら目の前にクルミが落ちてきましたの。上を見ると電線にカラスが止まっていて、車に踏ませて割る賢いやつですわね!と、感動したのも束の間。ここはIS学園の敷地内で車なんて通りませんし、周囲を見回してもわたくししか人はおらず。『ああ、わたくしですのね……』となって、パンプスで思い切り踏み割りました」

 

 

24.

一夏「遊びに行った先でアメリカ人同士の会話が聞こえてきたんだけど−−」

 

A『フィフティン』

B『フィフティ?フィフティーン?』

A『フィフティン』

B『ワンファイブ?』

A『ノー。ファイブゼロ』

 

一夏「−−みたいな会話してて、ああ、こういうのって世界共通なんだなって思った」

 

 

25.

シャル(22)「いつも息子1歳が『ンーマッ!』って投げキスする度に『かわいい〜っ!』って部屋の隅まで吹っ飛んであげていたら、今日パンを立ち食いして怒られた時渾身の『ンーマッ!』で追い払おうとしてきて『ンーマッ!してもだめ!』といったら、自分の手を見つめて(効かない……だと……⁉)って震えててアホ可愛かった」

 

 

26.

九十九「小学生の時−−」

 

教師『出席取るぞー!1番、ヒガシ!』

東『先生、俺アズマです』

教師『むっ⁉そ、そうか。すまん、ヒガシ!』

東『だからアズマです』

 

九十九「−−という事があった。今も不意に思い出して笑ってしまう」

 

 

27.

本音「『ほしいものリスト』の対義語は『焼き芋のショパン』じゃないか。っていうツイートがいつまで経っても好きです」

 

 

28.

弾「電車で隣の席のオッサンが『会社の組合長を早く辞めたくて部下に「失敗しても責任は全て俺が取るから好きにやれ」って言ってたら、部下が続々良い結果出してきて、俺が凄いやる気ある人みたいになって困ってる』って話してて、可哀想だけど笑った」

 

 

29.

鈴「下着屋で店員さんと話してた時−−」

 

店員『男性は割とフロントホックのブラ好きなんですよねー。前のホックを外した時にポロンって出てくるのが良いって言いますねー。ちなみに実体験です』

 

鈴「−−って聞いて、思わず店員さんの胸ガン見しちゃったし、フロントホックのブラ買ったけど、あたしのはポロンって出てこない」

 

 

30.

ラウラ「一夏達と行った焼肉屋で隣になった席から聞こえた会話がこれだ」

 

店員『ご注文、お決まりですか?』

客『私はラクトベジタリアンです』

店員『へっ?』

客『肉、卵、油を使わないメニューを下さい』

 

ラウラ「だったら何故焼肉屋に来た?と、その場にいた全員が思った」

 

 

31.

本音「サイ○リヤの間違い探しってすごい難しくて〜、残り1個のところで完全にお手上げになった結果、『間違いが10個あるという文章自体が間違いなのでは?』って話に落ち着きそうになったけど〜、それを間違いだとすると間違いが10個になって正しいから、パラドックスが生じてしまうって話になったよ」

 

 

32.

九十九「レヴェッカさんに『アメリカにも栄養士っているんですね』と言ったら『日本にも労基署はあんだろうが』というパンチの効いた答えが返ってきた」

 

 

33.

一夏「ス○バに行った時の事なんだけど−−」

 

男『別れよう』

女『え?告ってくれた時、ATMでもいいって言ったじゃん。困る』

一夏(男そんな事言ったのかよ。ってか女の方も大声でそんな事バラすなよ)

男『知ってる?ATMって、預けないと引き下ろせないんだよ?』

 

一夏「男の一言に女号泣。俺、腹筋死亡」

 

 

34.

九十九「ふと気になってかっ○えびせんの消費量日本一を調べてみると塩釜市だった。ただその理由が『カモメやウミネコの餌として人気だから』だったんだ。カル○ーのお偉いさん方の落胆する姿が目に浮かんだよ」

 

 

35.

セシリア「我が国の理論物理学者、ホーキング博士と言えばマスコミの『地球以外に高度な知的生命体はいると思いますか?』という質問に『え?地球にすらまだいないと思いますけど』と返したというお話がとても秀逸で好きですわ」

九十九「流石イギリス。エッジが効いてるな」

 

 

36.

箒「小2の頃、姉さんと大喧嘩して腹いせに姉さんが大切に取っておいたケーキを食べた。『冷蔵庫にあったケーキ知らない?』と訊かれても無視。そうしたらある日の下校中、『なあ箒。これお前の姉ちゃん?』と一夏が指差した電信柱に【私のケーキ探してます】の貼り紙が……」

一夏「あったな、そんな事」

九十九(箒が小2って事は篠ノ之博士は当時中3か高1……大人気なさ過ぎんか?)

 

 

37.

九十九「本音に『冷蔵庫にハンニバルがあるから、よかったらどうぞ〜』と言われ、戦々恐々としながら冷蔵庫を開けるとサングリアが入っていた。美味い」

 

 

38.

弾(23)「俺の配属先の部長、めちゃめちゃ仕事が出来る有能な人なんだけど、自分の事をムードメーカーだと思ってる所があっていつも誰かに話し掛けたり飯に誘ったりしてて、女性社員から『必要だけど邪魔』って事から『こたつの柱』って揶揄されてんだけど、評価に容赦がねえな」

 

 

39.

槍真「帰宅中の電車の中で高校生達が−−」

 

A『ビートルズってバンド知ってる?親父に教えて貰ったんだけど、めっちゃ良いんだわ』

B『名前だけは聞いた事あるなぁ』

A『次ライブあったら絶対行きたいわ』

B『ふーん。俺も聞こっかな。新譜は出てんの?』

 

槍真「−−という会話していて、乗客一同心の中でツッコむ事案が発生」

 

 

40.

九十九「ボビーさんに『厄年って男女に分かれてありますけど、ボビーさんみたいな人達はどっちを採用するんですか?』と訊いたら、滅茶苦茶真剣な声で『私達は厄そのものよ』と返された事がある」

 

 

41.

鈴(23)「母親になって分かったんだけど『おかあさんといっしょ』はお母さんと子供が一緒に観て楽しむ番組じゃなくて、子供が夢中になっている間に家事をこなしたりする時間だから、『おかあさんいまのうちに』に改題するべきだと思う」

 

 

42.

シャル「九十九と本音と一緒に○スドに行った時、隣の席に座ってた小5くらいの男の子3人組が−−」

 

A『男同士の時だけの話しようぜ』

B『お前、あれ捨てた?』

C『は?』

A『男同士だからいいじゃん』

 

シャル「−−って話してて、いくら何でも早すぎない⁉と怯えてたら−−」

 

C『もう捨てたよ、ドングリ』

 

シャル「−−だって。なんだどんぐりかー!よかったー!ってホッとしてたら、九十九と本音に『?』って顔を向けられてて、そう受け取ったのが僕だけって気づいて凄く恥ずかしかったです」

 

 

43.

九十九(25)「日本で言う『タンスの角に小指ぶつけろ』の言葉は英語圏では『素足でレゴ踏め』と言うらしい。今、まさしく、子供達のレゴを素足で踏んで悶えてて思い出した。くうっ、レゴおぉ……!」

 

 

44.

藍作「去年『デング熱に罹った』と営業部長に報告する筈が、間違えて『エボラ熱に罹った』と報告して社内を震撼させたおっちょこちょいのK君が今年もやってくれた。『牡蠣に中りました』を『河豚に中りました』と報告してしまい、2度目の死を迎えた」

 

 

45.

一夏「62歳なのに38歳と偽って出資法違反で逮捕された女が、なんで24歳もサバ読んだんだろうって疑問だったんだけど、九十九から『12の倍数にする事で、人に干支を訊かれても困らずに済むからだ』って聞いてめっちゃ納得した」

 

 

46.

本音「ねえねえ、つくも。ポン酢の『ポン』ってなに?」

九十九「オランダ語で『柑橘の果汁』を意味するPonsに由来する言葉だな」

本音「じゃあ、ポンジュースの『ポン』もそうなの?」

九十九「いや、その『ポン』は『日本一(にっぽんいち)』のジュースになるよう願いを込めたものらしい」

本音「ポンカンの『ポン』は?」

九十九「それはポンカンの原産国のインドの都市Poonaが由来だぞ」

本音「『ポン』の奥って深いんだね〜」

 

 

47.

弾「高校の同じクラスに名字が新垣で『ガッキーって呼んでください♥』つった女子が居んだけど、アッラーって呼ばれてる」

 

 

48.

九十九「家の近所で小学校低学年位の女の子が『きもちわるいー、きもちわるいー』と叫びながら走って逃げていて、その後ろを同年代の男の子が『どういうところが?どういうところが?』と言いながら追いかけていた。……そういう所だよ」

 

 

49.

一夏「大戸○でチキンのかあさん煮は本当に母さんが煮てるんですか?って質問したら『母さん風に煮ているというだけで、どっちかというと父さんが煮ている』という回答を貰った」

弾「世知辛ぇなおい」

 

 

50.

九十九「高校までずっと一緒だった幼馴染が世界を救う為に過去に戻って歴史を改変した結果そいつが生まれなくなり、『最初からいなかった』事になってしまい誰の記憶からも失われてしまう。大切な何かを失った筈なのに、それが何なのかさえ思い出せない……。いろ○す梨は、そんな味です」

千冬「そうか……お前がそこまで言うなら、購入は見送ろう」

 

 

51.

柴田「ココナッツオイルの瓶が開かなくてググったら『女の人限定!』って開け方があったので見てみたら『彼氏に頼んじゃおう♥』って書いてて『ブッ殺してやる……』ってリアルに呟いてしまった」

 

 

52.

九十九娘(23)「先日結婚25周年の記念日だったので、お父さんが金のドンペリを買って帰ったんだけど、お母さん達はそれを『ありがとう!特別な日に飲もうね!』と言って仕舞ってしまったらしく、『私との結婚25周年は特別ではないのかな?』って首を傾げてて、私のお父さんは世界一可愛いと思った」

 

 

53.

弾「中学の時、B'zのCD買ったって話してたら、B'zガチ勢の女の子が半泣きになりながら『アンタは聞かないで!』って言ってきたのを思い出した。今なら言える『知るかボケ』今しか言えない『知るかボケ』」

 

 

54.

八雲「さっき自転車に乗りながらスマホ弄ってる中学生くらいの男の子がいてね」

槍真「危ないなぁ」

八雲「これは絶対ポ○モンGOだと思って」

槍真「危ないなぁ」

八雲「よく見たらスマホじゃなくてアイスモナカだったの」

槍真「夏だなぁ」

 

 

55.

絵地村「私の研究所にいる日本語が堪能ではないケニア出身者に『ソレ、サバンナデモ同ジコトイエンノ?』のネタを仕込んだ誰かさん。絶対許さん」

 

 

56.

九十九「『フェンリル』の定期点検の暇潰しに“何故クラシック業界は衰退するのか?”という記事を眺めていて、業界がどうだ需要がどうだと言っていてなるほどなと思ったが、コメント欄の『だって、バッハもモーツァルトもベートーヴェンも新曲出さないんだもん』が優勝センスの塊だった」

 

 

57.

一夏「ネットで見かけた偽募金のHPのコピーライティングが『アフリカでは1分間に60秒経過しています』だったの、秀逸すぎて笑った」

 

 

58.

九十九「クラスメイトが−−」

 

A『棚からぼた餅って言うけど、ぼた餅ってそんなにおいしいー!って食べないよね』

B『それならモンブランの方がいいよね』

A『棚からモンブランだね』

B『たなモン〜』

 

九十九「−−という会話をしていて、新しい諺の誕生に立ち会ってしまった」

 

 

59.

箒「『痴漢はアカンで、絶対アカンで!』の吊り広告の前に『それでも私はやってみたい』という吊り広告があって、電車の中で吹いた」

 

 

60.

弾「『アイドルに金かけるくらいなら恋人作れよ』って言う奴いるけど、それって『天体望遠鏡買うくらいなら火星行けよ』って言うくらい非現実的な話だからな」

九十九「弾、言ってて悲しくならんか?」

弾「……うん(泣)」

 

 

61.

九十九「『マジ』は江戸時代、『ビビる』は平安時代から使われていた言葉らしいから、髷を結った武士が『今のはマジビビったでござる……』と言っていてもおかしくない辺り、歴史のロマンを感じないか?」

一夏「確かに」

 

 

62.

千冬「出張帰り。駅にいたある男がしていた電話内容がこれだ」

 

男『お前なんで会社来ないんだよ!半休でも取って……は?辞める⁉俺何も聞いてねーよ!……課長にも言ってないのかよ!ディオだってジョナサンに「人間を辞めるぞ」ってちゃんと言ってから辞めたんだぞ!それくらい常識だろ!』

 

千冬「ディオとジョナサンが何者かは知らんが、凄い説得力を感じた」

 

 

63.

蘭華「学生さんにお電話した時、『はい、○○です』って名乗ってくれるだけで好印象。他の学生さん達は『面接が勝負!』って思ってて、電話が適当になりがちな中、アポの段階で礼儀正しいとそれだけで一歩リード。でも今日『……私だ』って出た学生さん、大物感溢れててちょっとお会いしたい」

 

 

64.

九十九(20)「社長に昼食に誘われ丼屋へ。私が親子丼、社長がカツ丼を注文。すると社長が『ちょっと量が多いな……九十九君、これあげるよ』と言って私の親子丼にカツを二切れ入れてきたため『平和に暮らす母娘エルフの家にオークがやって来た丼』になった」

 

 

65.

シャル「電車に乗った時に聞こえてきたお母さんと男の子の会話がこちら」

 

子『汽車はポッポーでしょ』

母『そうね、ポッポーね』

子『電車は?』

母『ガタンゴトン〜……かしら』

子『じゃあリニアは?』

母『ウィーーーンブシュワーーーグオオオオンダララララよ』

子『え?なんて?』

 

シャル「お母さん、急にどうしたの?」

 

 

66.

九十九「先日、母さんからLINEのスクショが届いた。どうやら扇風機を買い替えたらしい。そして一言『この扇風機、イオナズンが出るんだよ!』……多分マイナスイオンの事なんだろうが、もし母さんの言う通りなら東○の技術力凄いな」

 

 

67.

箒「出先のエレベーターでバカップルが騒いでいたんだが−−」

 

女『ちょっと!何この写真!』

男『いや……それは……』

女『なんで女の人とご飯食べてるの⁉』

男『いや、だからそれは……』

女『まさか……浮気⁉』

エレベーター『5階(ごかい)です』

 

箒「乗ってた人全員が吹いたwww」

 

 

68.

九十九「小学校の頃の話なんだが−−」

 

生徒『先生、何もしてないのに怒られる事ってありますか?』

先生『いいえ、そんな事はありませんよ』

生徒『よかったー。宿題やってません!』

先生『…………』

 

九十九「当然、先生に怒られました」

 

 

69.

一夏「『コーヒーに意識があったとしたら、牛乳とどこまで混ざるまで意識を保っていられるんだろう?』とかいう謎のコメントが頭から離れねえ」

 

 

70.

弾「Twitterの鳥って何食ってんだろうな」

九十九「お前の時間だ」

 

 

71.

シャル(28)「家の近くで雪が降った時、息子が『僕、子供だから雪が白く見えるよ!』ってはしゃいだ事があったなぁ。……お母さんも大人だけど雪は白く見えるよって言った方が良かったのかな……」

 

 

72.

鈴「珍しく九十九が一人飯してて、一口食べた直後に『いかん!』って顔したと思ったら、慌てて『いただきます』って手を合わせてた。不覚にも萌えた」

 

 

73.

千冬「セロリにマヨネーズ。かいわれにマヨネーズ。水菜にマヨネーズ。アスパラとブロッコリーを茹でてマヨネーズ。……最近、どうやら私は野菜というよりマヨネーズをつまみにしているのではないかと気づいた」

 

 

74.

セシリア「ラズベリージャムを作っていたら爆発しました。本当に爆発しました。恐らく、底に空気が溜まっていたのでしょう、爆発しました。本当に爆発しました。台所が甘酸っぱい匂いで満たされています。爆発しました」

一夏「うん。とりあえずちょっと落ち着け」

 

 

75.

九十九「あまりの空腹にぼんやりしてしまい、楯無さんに呼ばれた時元気よく『ごはん!』と返事をしてしまった。楯無さんも私も目が点になった」

 

 

76.

シャル「ラウラに『電池買って来て』ってLINE送ったら返ってきた返事が『何3電池だ?』だった。もう選択肢ないじゃん……」

 

 

77.

本音「これまでの人生で1番衝撃的だった寝言は、九十九の『三途の川が見える』かな〜。直後に泣きながら叩き起こしたもん」

 

 

78.

鈴「一夏と二人きりデートで行ったミス○で、隣の席の中学生男子が『ドーナツって穴があるからエロいよな』的な事を言ってたけど、あんたよく考えなさい。……ここは『()()()()○ーナツ』よ」

 

 

79.

シャル「ラウラが『性教育とは具体的に何をするのだ?』って綺麗な目でとんでもない事訊いてきて、なんて答えようかと悩むより先に九十九が『具体的な事はせんよ』と即答した。うん、そうだね」

 

 

80.

本音「豆知識なんだけど、ドライバーって押す力が80%で回す力が30%なんだって〜」

シャル「本音?100%超えてるよ?」

九十九「ドライバーを回すには、己の限界を超えねばならんのか……」

 

 

81.

九十九「ボビーさんへ。階段を上る私の後方、特に尻の辺りで『ほほう……♥』と何かを値踏みするような声出すのやめてください。頼みます、まじで」

 

 

82.

鈴「『喋らなかったらイケメンなのに』は女性語に訳すと『黙れ』って意味よ。だからこれは言われたからイケメンって訳じゃなくて『イケメン扱いしてやるからその口閉じてろ』っていう、女ならではの気遣い溢れる台詞だって覚えときなさい」

弾「勉強になったけどよ、何でそれをわざわざ俺に言ったんだ?」

 

 

83.

ルイズ「スマホで何か調べてたボビーさんが『へえ、男同士なら抱いても強姦罪にならないのね……♥』とか呟いて九十九の方を見てたから、九十九は今すぐ逃げなさい」

 

 

84.

九十九「千冬さんに『やはり篠ノ之流剣術が最強の流派なんですか?』と訊いたら、『私ならラジオ体操でも人を倒せる自信があるが、それがラジオ体操が強い流派だという証明にはならんだろう』と答えられた。……至言だな」

 

 

85.

一夏「街行く知らないオバさんに『アンタイケメンだから、デ○ーズに入れそうね』って言われた。誰でも入れるだろ」

 

 

86.

シャル「ラウラは料理よりお菓子作りの方が向いてると思うんだよね」

ラウラ「どういう意味だそれは?私の容姿の事を言っているのか?」

シャル「ううん、お菓子作りに必要なのは、計量を守る几帳面さ、厳密な温度管理、全部の材料をきちんと揃える慎重さで、料理に必要なのは、大雑把な分量で目的にたどり着く勘、鍋釜のサイズからなんとなく最適な火力を出す要領、その場にある材料で済ませるアドリブ力だから」

ラウラ「被害妄想で怒って悪かったが、何でそんなに違うんだ⁉」

 

 

87.

一夏「九十九!俺、今凄い事思いついた!」

九十九「ほう。どのような?」

一夏「まず暗記パンをビッグライトで大きくするだろ」

九十九「うむ」

一夏「で、教科書とかをスモールライトで小さくして、暗記パンの端から端まで埋め尽くす!」

九十九「うむ」

一夏「その暗記パンをスモールライトで小さくしたら、一口で天才になれるぜ‼」

九十九「なるほど、お前天才だな」

一夏「凄えだろ?」

九十九「ああ。で、肝心のドラ○もんは?」

 

 

88.

鈴「貧乳の谷間っていうのは見せたくて見せてるわけじゃなくて、ラウンドネックなんかだと普通に着てても胸がない分襟元の真ん中のとこがだらんと垂れ下がっちゃうのよ。こっちだってできればそんなの見られたくないわよ。っていうか、そもそも貧乳に谷間なんて無いわよ!」

 

 

89.

箒「少学生の頃、私を男女だのなんだの言ってからかってくる男子がいた。別に気にしてなかったが、アイツらはいつも先生や他の女子に注意されたら『冗談だって冗談ー!』と弁解してやめず、何度もしつこく言って来て流石に鬱陶しいと思ってたら、九十九がそいつらの筆箱を全力で壁に投げつけて壊し、『冗談だ。ほら、笑え』と無表情で言っていたのが最高に痛快だった」

 

 

90.

一夏「セシリアから『作ってみました』と言われて、手の平サイズのラップに包まったおはぎを貰った。と思ったが、おはぎに見えたそれはチョコだった。でも表面とかボコボコしてて濃い茶色と薄い茶色が斑になってるので、おはぎにしか見えねえ。もしくは石。試しに20cmの高さから机に落としてみたら鈍い音がした。爪で字を掘れるかも知れない、と思ったが爪すら食い込まなかった。こんな物に歯が立つ訳がねえ。 誰もいない廊下にて野球の要領で大きく振りかぶってその物体を投げ、 壁に当てたけど傷一つつかねえ。俺の心と壁に傷がついた。どう扱えばいいか解らなくなって九十九に相談したら『セメントかも知れん』と言うので、外に出て駐車場のブロック塀に思い切り投げつけまくったところ、漸く幾つかに割れた。匂いを嗅ぐとチョコレートの匂いがするから、小さい欠片を口に入れてみたけどチョコレートの味はせず、 しかも何時まで経っても溶ける気配がない。最終的にものすごく申し訳ないと思いつつ、寮の花壇に穴を掘ってチョコを埋めて供養したんだけど、あんな鉱物レベルの物体をどう錬金したのかがしばらく気になって仕方なかった」

 

 

91.

九十九「社長が、『世の中には2種類の大人がいる。きっちり責任を取る大人と、責任を取ろうと頑張ってる大人だ』と言ったから、『責任を取らない大人もいるでしょう』と私が返したら社長は、『そんなのは大人とは呼ばん、無駄に歳食っただけのクソガキだ』と即答した。なるほど、よく覚えておこう」

 

 

92.

弾「女が言う『もういいよ!』が、本当に『もうよかった』ケースを聞いた事ねえんだけど、あれはかくれんぼでいう所の『もーいーよ』、つまり『私を探して!私を見つけて!』という感情に似てるものなんだと、最近思いはじめてる」

鈴「良い線ついてるわね。けど『この人とこれ以上話しててもダメだ』という見限りの意味の時もあるから気をつけなさい」

 

 

93.

セシリア「寝入りが悪い時は海に浮かぶカヌーの上で暖かい陽射しを受けて寝転んでいる自分を想像すればいいらしいですわ」

一夏「それやると俺、毎回サメが来るんだけど……」

鈴「私は毎回モーセに海を割られるわね」

ラウラ「私は毎回艦砲射撃を受けるぞ」

箒「あ、眠れそう……ってなった瞬間に沈んで行って、溺れそうになってビクッ!となって目が覚めるな」

簪「……どうしてそこまで無駄な想像力を働かせるの?」

 

 

94.

本音「『鳩が豆鉄砲を食らう』の意味は『突然の事に驚く様』って九十九に教えて貰うまで私は、『痛!いったぁ……何!びっくりした……あれ?なんか食べれる?あ何コレ美味しい?豆⁉あコレ豆⁉あー、モグ……痛ったいなぁ……嬉しいなぁ……』みたいな、複雑な感情のことだと思ってたよ〜」

シャル「使いどころが難しすぎない?」

 

 

95.

一夏「セシリアが無洗米でない米を研がずに炊いてしまった時、『洗ってないという意味ではこれも無洗米ですわ』って、ダメな一休さんみたいな言い訳をしだした」

 

 

96.

九十九「中学時代、一夏が英語のテストで、『タンポポは何度踏みつけられても春になれば花を咲かせる』っていう英文の和訳問題が出た時、全くわからなかったけど読み取れる僅かな単語と知識を振り絞って、『中世の怪物ダンデライオンは、村人が何度退治しようと春になると山を降りてきて村を襲う』って書いた。1点貰えたらしい」

 

 

97.

弾「満員電車で女の胸が男の体に当たっている時、男がエロい事を考えてると思っている女共、よく聞け。そんな事思ってんのはほんの一握りで、9割の男は『ここで痴漢だと騒がれたら人生終わりだな』って思ってるからな」

九十九「大丈夫だ。安心しろ。箒曰く『女の方も満員電車で自分の乳がどこの誰に当たってて性別どっちかなんて意識してる奴は一握りだ。脂臭いデブや汗臭いオッサンや汚いジャージの中坊に近付かない事に命をかけ、自分に乳がついてる事すら忘れてたりする』らしいからな」

 

 

98.

九十九「世間は『寝耳に水』の使い方を間違ってると思う。以前、爆睡してた一夏の耳に水を垂らした事があるが、入れた瞬間に獣のような叫び声を上げてのたうち回り、空中にいる何か得体の知れない見えない相手にひたすら殴りかかっていた。その位びっくりするのが『寝耳に水』だ」

一夏「お前の仕業かよ‼」

 

 

99.

楯無「ニマちゃんに『インド人は毎日カレー食べてて飽きない?』と訊いてみたら、『そういう文化で育ってきて、鳥、魚、野菜といった具材の違いやスパイスも数多いし、何より身体が慣れてきて……いや、正直に言うわ。飽きる。アンタが作った親子丼を食べた時、もう毎日親子丼でいいと思った』って、鼻息荒く熱弁された」

 

 

100.

九十九「私がこの世で最も恐ろしいのは、シャルと本音に蛇蝎の如くに忌み嫌われるようになる事だが、それとは別に『突拍子のない行動に出る奴に目の敵にされる事』がある。篠ノ之束なんかはまさにこの典型だ。今から奴が何をしでかしてくるか、恐ろしくて堪らない。せめて予想のつく方法で仕掛けて……来てくれんよな、きっと……」




本編も鋭意製作中です。気長にお待ちください。


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#EX コピペ改変ネタ集 part6

はい、という訳でコピペ改変ネタ集です。

キャラの偏り、及び崩壊は仕様です。
頭のネジを緩めてお楽しみください。
それでは、どうぞ!


1.

九十九「駅で電車待ち中、隣になったJK2人組の会話がこれだ」

 

A『そろそろ来てるよねー』

B『花粉ねー』

A『来てるねー』

B『別れの季節もねー』

A『来てるよねー』

B『でも出会いの季節も?』

A『来てるかもねー』

B『私たちの良い人も?』

A『来……るといいよね……』

 

九十九「最後何で弱気なんだよって、必死に笑い堪えてた」

 

 

2.

弾「映画館で映画を観てた時、前の席で煎餅をバリバリ食ってる客がいた。派手なドンパチ映画ならいいけど、静かな場面が多くて、ずっと気になってた。その内食い終わるだろうと思ったけど全然やめねえし、周りもいらついてるの分かった。だから、すぐ後ろの俺が肩を軽く叩いて『あのすんませんけど……』って言った。したらそのおばちゃんが『え?ああ、これね。ごめんなさいね、気がつかないで』と言って、俺に煎餅3枚くれた。なるべく音立てないように食った」

 

 

3.

本音「きのこの山とたけのこの里は混ぜて発売すべきだよね〜」

九十九「そうだな。ファミリーパックみたいな感じでな。そうすれば一つの争いが終わるだろうよ。名前はそう……きのこの山withたけのこで決まりだな」

本音「え〜?そこはたけのこの里withきのこに決まってるでしょ〜」

シャル「結局争ってるじゃん……」

 

 

4.

一夏「河原の散歩道での一コマだ」

 

子供『とーちゃ~ん!つかれた~もう歩けない!」

父『じゃあ走るか』

子供『うん‼』

 

一夏「……って、二人でダッシュして行った。走れるなら歩けんじゃね?」

 

 

5.

槍真「学生時代に下宿してた近所に、土曜日からジャンプを売ってる所があった。友人に電話して、ネタばらしするのが週末の楽しみだった。友人も笑ってつきあってくれていたが、ス○ムダンクの山王戦の最後をネタばらししたとき、友人は新幹線に乗って僕を殴りにきた」

 

 

6.

鈴「○ックで「スマイルください。テイクアウトで」って言う罰ゲームを、一夏がすることになったの。そしたら……」

 

一夏『スマイルください。テイクアウトで』

マッ○のお姉さん『……えと、あの……、あと、30分で終わります(赤面)』

 

鈴「あの日、アタシの顔からスマイルは消えたわ」

九十九「『ただしイケメンに限る』の典型例を見たな」

 

 

7.

九十九「前を歩いていた小学生二人が突然片方が立ち止まってーー」

 

少年A『あ!俺、学校に忘れてきた!』

少年B『え?何を?』

少年A『将来の夢!(恐らく宿題の題名)』

 

九十九「と言って戻って行った。それを見て、丁度その後ろを歩いていた中年男性二人がーー」

 

中年A『俺も忘れてきた気がするな~』

中年B『気づいても取りに戻れないだろ~』

 

九十九「とか言ってて吹きそうだった」

 

 

8.

一夏「コンビニで立ち読みしてたら、レジで領収書を貰おうとしてる声が聞こえてきた。宛名の漢字を『恭順(きょうじゅん)の、恭で…(うやうや)しいという字です』と説明してたけど、若い店員は字がわからなかったみたいなんだよ。それで『港の、右半分を書きかけて、下の“己”という字のかわりに、四つ点を打つとそれらしくなります』と言っていて、それだけで笑いそうになったんだけど、直後にその客の「ああ!なぜ縦に四つ打つ!」という絶望的な声が聞こえて、俺は噴き出した」

 

 

9.

九十九(33)「小学生の息子の国語のテスト。答えが酷すぎたので晒します」

 

【問①】:「どんより」を使って短文を作りなさい

【答え】:「僕は、うどんよりそばが好きだ」

 

【問②】:「もし~なら」を使って短文を作りなさい

【答え】:「もしもし奈良県の人ですか?」

 

【問③】:「まさか~ろう」を使って短文を作りなさい

【答え】:「まさかりかついだ金太郎」

 

【問④】:「うってかわって」使って短文を作りなさい

【答え】:「彼は麻薬をうって変わってしまった」

 

【問⑤】:「おりから」をつかって短文を作りなさい

【答え】:「檻からライオンが逃げて大騒ぎとなった」

 

【問⑥】:「いかにも」をつかって短文を作りなさい

【答え】:「イカにもタコにも吸盤はある」

 

【問⑦】:「やがて」を使って短文を作りなさい

【答え】:「矢が鉄砲に勝てるわけないだろう」

 

【問⑧】:「あながち」を使って短文を作りなさい

【答え】:「ピュアなガチョウだなぁ」

 

【問⑨】:「どうしても」を使って短文を作りなさい

【答え】:「先生、移動してもいいですか?」

 

【問⑩】:「とりわけ」を使って短文を作りなさい

【答え】:「鳥は毛虫を食べる」

 

九十九(33)「いや、合ってるよ?合ってるけど違うんだよ……!」

 

 

10.

八雲「知り合いからライチを貰ったのでライチ酒を作ろうと一式(酒、瓶、レモン)を用意して 、さぁライチを洗うぞ! ってざるに出したら一口サイズのサーターアンダギーだった事があるわ」

 

 

11.

セシリア「先日見た出来事です。小さい男の子を連れたお母様と和服を着た楚々としたお婆様が駅のホームで話していました。会話の内容から、息子さん夫婦の所にお婆様が久しぶりに尋ねてきたようですの。お孫さんは照れていらっしゃるのか、お母様の陰に隠れ、ドラゴンボールの……確か孫悟空さん?の縫いぐるみをいじってばかりでお婆様が話しかけても恥ずかしそうにするだけでした。するとお婆様、何を思ったか突然シャドウボクシングみたいな動きをしつつお孫さんの周りを軽快に回りながら『オッス!オラババア!よろしくな!』と叫んだんです。その瞬間、わたくしの横でベンチに座っていた男性が勢いよく鼻からコーヒーを吹いて、目の前に置いてあったお婆様のトランクをコーヒーと鼻水まみれにしてしまいましたの。お婆様の突然の行動と、鼻水とコーヒーを垂らし咳き込みつつ謝りまくっている男性の姿に、母子含めた周囲は爆笑。お婆様はお孫さんが笑っているのを見て嬉しかったのか快く男性を許し、和やかな雰囲気で三人連れ立って去って行かれました」

 

 

12.

絵地村「昨日、秋葉原でPCパーツ買った帰りにインド人がやってるカレー屋に行ったんですが、カレーを注文したらスプーンがついてこなくて(あ、本格的な店なんですね)と思って手で食べてたら、半分くらい食べた時にインド人の店員さんが奥からとても申し訳なさそうな顔してスプーンを持ってきました」

 

 

13.

藍作「若い頃に友人と四人で汽車に乗った時の事だ。その時の車両の座席は、通常全席が汽車の進行方向を向いているものを回転させる事で四人が向かい合って座れるような仕組みのものだったんだ。どうせなら皆一緒に座ろうと友人が座席を回転させると、座席と一緒に新聞を持ったおっさんが回転しながら現れた。友人はそのままその椅子を回転させ、おっさんは再び回転しながら元の位置に戻っていった。今もふと思い出して笑う」

 

 

14.

箒「ミニ○トップでファストフード頼んだ時に『骨なしチキンのお客様ー!』と呼び出されたんだが、なんだかすごい罵詈雑言を浴びせられたような気がするのは私だけか?」

 

 

15.

ラウラ「本国にいた頃の話なんだが。電車に乗っていた時の事。とある駅でリーゼントの男が乗ってきた。男は席が空いているにも関わらず、ドアの正面に車内に背を向ける形で仁王立ち。どうもそれが男のかっこよさへのこだわりらしい。『ドアが閉まります』と車内アナウンスが流れてドアが閉まる。すると、男の立派なリーゼントがドアに挟まった。男は最初はなんとか引き抜こうと頑張っていたが抜けず。5分後、諦めたようにごちんとドアに頭を打ち付けたきり動かなくなった。その後3駅停車したが、開いたのは全て反対側のドアだった」

 

 

16.

シャル「病院でかゆみ止めの薬を貰ったんだけど、説明書見たら副作用に『かゆみ』って書いてあったの。これ効くのかな?」

 

 

17.

弾(40)「腰痛めて病院いったらウォーターベッドみたいなんに寝かされた。振動で腰を治すやつな。振動の強さが「強・中・弱」の三種類あって、最初に「弱」で始まったんだけど全然振動が伝わってこねえ。看護師さんに『あの、全然感じないんですけど』って言ったら『じゃあ「中」にしときますね。何かあったらナースコール使って呼んでください』って言われて「中」に切り替えて看護師さんどっか行った。しばらく待ったけど全然振動しなくって、ナースコールで看護師さん呼んだら『じゃあ、「強」にします』って言われて「強」に切り替えた。それでも全然動かなくておかしいなあとか思いつつふっと横を見たら、隣に寝てたよぼよぼの爺さんがガタガタガタガタ猛烈に振動してた」

 

 

18.

九十九「小4の時赴任してきたバーコード校長が夏休み前の朝礼で『え~、この辺は車やバイクの通行が激しくて危ないので、みなさんちゃんと横断歩道を渡りましょう』と言っていたのに、夏休み明けに校長が右手右足ギブスに松葉杖姿で朝礼台に上がってきて『みなさんに謝らないといけないことがあります……。実は校長先生は、横断歩道と別の所を渡ってしまい、バイクにはねられちゃいました……。みなさんもこうならないように』と言った。いっそ美しい程のブーメランだった」

 

 

19.

蘭華「新入社員の頃、課内で『伝説の鈴木さん』という名前がよく出ていました。ある日、課長から『この書類、伝説の鈴木さんに渡してきて』と頼まれました。『どこにいらっしゃるのですか?』と聞き返したら、『伝説の鈴木さんなんだから伝説の部屋に決まってるでしょ。3階の奥よ』と言われました。伝説の部屋という言葉にわくわくしながら3階の奥へ行くと「電気設備課」がありました」

 

 

20.

一夏「メロンパンは実在する。メロンパンにメロンは使われていない。メロンは実在する。これはいいか?」

九十九「うむ」

一夏「ウグイスパンは実在する。ウグイスパンに鶯は使われていない。鶯は実在する。ここまでもいいか?」

九十九「うむ」

一夏「以上の事実をふまえれば、河童巻きが存在し、それに河童が使われていない事から、河童は存在する事は明らかだ!」

九十九「いや、そのりくつはおかしい」

 

 

21.

本音「グーとグーがぶつかって強いグーが勝ち、さらに強いグーが出てくるのがド○ゴンボール。グーとグーがぶつかって絆の力で勝つのがワン○ース。グーしか出せない主人公にパーを出す敵が現れるが、危ういところでチョキを出す仲間が助けに来るのがナ○ト。グーしか出せない主人公がパーを出す敵に遭遇したら、巧みにじゃんけん以外で勝負するのがハ○ターハ○ター。グーしか出せない主人公にパーを出せる敵が現れたとき、グーでパーに勝つ方法を探り出して勝利するのがジ○ジョ。そもそもみんなじゃんけんのルールを知らないのがブ○ーチ」

九十九「よく分かる例えだなぁ……」

 

 

22.

九十九「母さんの再婚相手がタイ人で、苗字がチョモラペットになった。という夢を見た。なんだったんだ……?」

 

 

23.

箒「先日行ったラーメン屋での出来事。チンピラ風の男女が来店。何か嫌な感じだなぁと思ってると、案の定『髪の毛入ってるぞゴルァ‼‼』と、長い髪の毛を摘みながら厨房を睨んだ。すると、スタッフ全員が帽子を取りながら『はい?何でしょう?』と振り返った。それを見た男は、ええええええ??って顔しながら『あ、いや、何でもない……』と沈黙。周りの客も笑い堪えるのに必死。スタッフ全員坊主頭だったんだ。長い髪なんて入るはずが無いんだ。結局、完食して帰って行った」

 

 

24.

息子「ねーねーお父さん。赤ちゃんはどこからくるの?」

九十九(25)「赤ちゃんはね。コウノトリさんが運んでくるんだよ」

息子「流通経路の話じゃなくて生産元の話だよ。あなたは魚の居場所を聞かれて船と答えるのか」

九十九(25)「ちょっと待って」

 

 

25.

楯無「こないだ簪ちゃんが包丁持ったまま無造作に振り返った時に後ろにいた私のほっぺに包丁がカスって『殺す気⁉』って言おうとしてマジで焦ってたから『コロスケ⁉』って言っちゃって、そしたら『……そうナリよ』って言われて状況も忘れてちょっと萌えたわ」

 

 

26.

シャル「よく行くスーパーでの出来事です。子供がお菓子を持って母親に近づいたの」

 

子『お母さん、これ買ってくれる?』

母『却下!』

子『了解!』

 

シャル「さっさと元の棚に戻しに行く子も、一刀両断の母もなんか面白かったなぁ……」

 

 

27.

九十九「駅のホームで小3くらいの男の子がお母さんに怒られていた」

 

母『何であんな点数取るの!テストはまずゆっくり問題を読んでって……アンタ聞いてんの⁉」

子『聞いてない!』

母『わぁっ!どこから聞いてなかったの?』

子『お風呂の蓋閉めて!って所から』

母『昨日から!』

 

九十九「母絶句。子供ドヤ顔。我失笑」

 

 

28.

藍作「俺、小学生の時に同級生の女の子にプロポーズした事あるんだけど、そのネタで小学校で『あいつが私にwぷぷぷ』って6年馬鹿にされ、中学校で3年馬鹿にされ、高校でも3年馬鹿にされ、今だに夕食の時に馬鹿にされる」

九十九「……いい奥さんですね」

 

 

29.

簪「……某アニメショップにて」

 

女子『あの、ジョジョのBlu-rayってどこにあります?』

店員『はい、あまちゃんですね』

女子『いや、ジョジョです』

店員『あまちゃんですよね』

女子『あの、ジョジョです。ジョジョの奇妙な冒険』

店員『だから、あまちゃんですよね。じぇじぇ、あまちゃん』

女子『アニメです。いや確かに最高の大甘ちゃんとか言われてましたけど』

店員『アニメ?あまちゃんの?』

女子『いや、ジョジョの奇妙な冒険ってアニメです!ドゥーユーアンダースタン?』

店員(パソコン打ちながら)『あー、ジョジョのアニメですか?ジョジョ、アニメ……』

女子『やれやれだぜ』

 

簪「……なんのコント?」

 

 

30.

九十九「中古で買った推理小説を読んでいると、登場人物に丸をつけて『犯人』と矢印で結んでいるのを見つけた。推理小説におけるネタばらしとは犯人ではなくトリックだと思っている私としてはノーダメージどころか、逆にどのように殺したか推理するっていう少し変わった楽しみ方ができたのでむしろ感謝するぐらいの気持ちで読み進めたんだが……犯人違うじゃねーか‼」

 

 

31.

真耶「友人の銀行員から聞いた話です。銀行におばあちゃんが口座開設に来たんですけど、4桁の暗証番号を決めるのをずっと悩んでいたので『明日でもいいから決まったら教えてね?』と言ってその日は帰ってもらったそうです。次の日、おばあちゃんが持って来た申込用紙には『どんぐり』と書かれていたとの事。おばあちゃんが必死に考えて出しただろう結論に、友人は苦笑いしか出来なかったそうです」

 

 

32.

柴田「数年前、ランチを買いに大雨の中コンビニに行った。自動ドアが開き、店内に入ろうとしたら足が滑り、カーリングの石を投げる人のような格好で入店。大慌てで立ち上がろうとするも、靴が滑ってうまく起きられない。ぐっと力を込めた瞬間バキャッという音とともに180度大開脚。あまりの痛さに『アァォ!』と大声一発。パニック状態で上体をひねったら、その格好のままクルっとターン。床にひれ伏すようにして足を戻し、ガニ股になりながら退店。自動ドアが閉まる音と同時に店内にいた数人の爆笑が聞こえた。恥ずかしかったです」

 

 

33.

九十九「中学生の時、家庭科の授業で見せられたビデオの話だ。親子がオムライスを前に食卓を囲んでいる。両親は箸で食っているが、子供は食う様子がない。そこで会話がスタート」

 

母『ちゃんと食べなさい』

子『だって箸なんかじゃ食べられないよ』

母『どうしてお箸じゃ食べられないの?お父さんもお母さんもちゃんと食べてるわよ』

子『箸なんかじゃ食べられないもん!(近くの机の下に隠れる)』

母『どうしてそんなわがまま言うの!みんなお箸で食べてるでしょ』

父「そうだぞ、わがまま言わないでちゃんと食え』

子『(泣きながら)箸なんかじゃ食べれないもん!』

ナレーター『親の言う事に理由なく反発する。これが反抗期です』

 

九十九「いや流石に私も箸でオムライス食えとか言われたらキレるわ」

 

 

34.

本音「あずきバーってかき氷にしたほうがおいしそうだよね〜」

九十九「一応計画自体はあったそうだが、試作段階であずきバーが硬すぎて刃がダメになったとか何とかって聞いた事がある」

 

 

35.

ボビー「女装というのは男にしかできないの。つまりもっとも男らしい行為なのよ♥」

九十九「だからといって、私に女装をさせようとしないでくれません?」

 

 

36.

スコール「昨日、凰さんが叫んでた『リポビタンでもD!オロナミンでもCあるのに‼』がじわじわ来てる」

 

 

37.

千冬「合コンで男を落としたかったら、少し酔ったふりをして後ろから甘えるようにして男の首に腕を巻き付け、肩から肘、肘から手首、手首、首後部にカンヌキのように固めた反対の腕が△を描くように頸道脈をギリギリ締め上げて、ついでに横隔膜を踵で押さえ込めば、10秒くらいで落ちます」

柴田「物理的に落としたいんじゃなくて」

 

 

38.

本音「つくも、夕飯は何がいい?」

九十九「そうだな……和風パスタとか?」

本音「和風パスタ……もりそばでいい?」

九十九「あながち間違ってはいないが……」

 

 

39.

真耶「スコール先生とオータムさんがケンカをして、オータムさんがスコール先生に椅子を投げつけたんですが、後で何故椅子を投げつけたのかをオータムさんに尋ねたら、『テーブルは重たくて持ち上げられなかったから』と答えられました。オータムさん、違います。私が知りたかったのは、ケンカの理由であって椅子を投げつけた理由じゃないです。というか、持てたらテーブルの方を投げつけたんでしょうか?」

 

 

40.

ラウラ「シャルロット、もしも九十九がいなくなったらどうする?」

シャル「……九十九がいないってどういう事?何でいないの?どうして?何があったの?この世にいないの?探せばいるの?」

九十九「シャル、落ち着け。もしも話だし、後ろにいるから」

 

 

41.

一夏「何故か小学生くらいの頃は、雷に打たれるか虎がライオンに食われるかで死にたいとか訳わかんねぇ事思ってたな」

九十九「一夏、それだと虎が無意味に食われてるぞ」

 

 

42.

本音「電子マネーのEdyってあるでしょ。あれって日本円(En)ドル(Doru)ユーロ(Yuro)の頭文字をとったものなんだって〜」

九十九「……本音、ユーロ(Eueo)ドル(Dollar)(Yen)だぞ?」

シャル「すごい。間違ってるのに間違ってない」

 

 

43.

九十九「鈴、冗談でやったら大惨事になった事って何かあるか?」

鈴「……ドミノ大会、4歳の頃、ジャンプ。これだけで察して」

九十九「むしろ長々と説明されるよりわかりやすかった」

 

 

44.

シャル「本音が『前』とプリントされたTシャツを着てて、背面は『後』なのかなと思って、掃除中に確認してみたら『前じゃない』とプリントされてて、『そうだね』って思わず口に出た」

 

 

45.

弾「最近、お笑いを見るたびに一夏と九十九の『あれだよ、アンガのキモイ方』『は?一夏それじゃ、おぎやはぎの眼鏡の方って言われるのと同じくらい分からんぞ』という会話を思い出す。うん、確かにわかんねぇわ」

 

 

46.

シャル「九十九と本音と僕でラピュタ見ていたら、小腹が空いた九十九がペヤング作り始めて、『三分間待ってやる』と言いながらお湯入れてたので、本音と少しふざけて湯切りしてる背後から『バルス!』と同時に叫んだら、湯切りが失敗して麺が全部流しに落ちてしまい、『麺が!めんがァァア!』と九十九は叫んだ。心の底から申し訳ないと思ったけど、僕も本音も笑っちゃった」

 

 

47.

九十九「母さん。使いもしないのにウェアラブルデバイスについて『野菜も切れるの?』なんて超次元な事を訊かないで。父さんも父さんで『今は無理だけど、追々に』とか、大胆かつ雑な嘘をつかない‼」

 

 

48.

シャル(30)「息子が3歳の頃、壁に頭をゴンゴンぶつけていたから『なにしてるの?』と訊いたら、『こうすると、いたいんだよ』と言われた。バカなのかな?」

 

 

49.

九十九「アイリスに『これは、毎年数十人くらい死人が出る食べ物だ』と言って餅を見せたらすごく怯えて食べなかったし、私が食べようとしたら全力で止められて、私の良心が今すごく痛い」

 

 

50.

本音「九十九が寝ぼけてお皿に朝ご飯のシリアルを入れて、牛乳と間違えて麦茶をお皿にだばだばと投入。唖然とするわたしに気付いて目が覚めたのか慌てて、『違っ……これは違うぞ!これは……そう!新たな食への挑戦だ!』って言い訳してた。とりあえずその新たな食の挑戦は没収してわたしが食べた。思ったより不味くはなかったよ〜」

 

 

51.

アイリス「女の子が空から降ってくる系の話はもう読み飽きたから、地中から生えてくる話でも読みたいって言うてみたら、九十九から『竹取物語』を薦められた。あるのか。日本は凄いの」

 

 

52.

九十九「母さんからメールがきたんだが……」

八雲『今日は何が食べたい? うんうん そう、わかったわお鍋にしましょう。味は何がいい?OK、胡麻豆乳ね。具のリクエストは?餅巾着と玉コンね。了解。じゃあ気を付けて帰ってきてね〜(病院の絵文字)』

九十九「これが1通のメールで来た。もちろん私は何も返信していない。何だこれ、自問自答か?あと最後の絵文字は何?不穏すぎるんだけど」

 

 

53.

一夏「昨日のことだけど、セシリアが『カレーを作ったんですけど、人参を買い忘れたようで入っていないんです』と言われたから、『気にしないよ』って返してカレーの鍋を混ぜてみたら……人参が丸ごと1本入ってた。セシリアにそれを見せると『こんな所にあったんですの!人参はあったと思っていたのに、気づいたらなくなっていたから見間違いだと思っていました』だってよ……。どの行程で何をしたら、人参が丸ごと1本鍋に入るんだ?」

 

 

54.

千冬「柴田先生が、『かわいいはお金をかけて、時間をかけて、食欲を抑えて、肌に悪影響な粉をかけて、言いたい事の半分は我慢して、少々大袈裟な演技をしながら男の人を立てて、男の人の目を見て、地声より高めの声を保って、数杯の酒で酔ったフリをして、甘えたり、時に落ち込んだフリをしたりするとつくれるわ』と真顔で言っていた」

 

 

55.

九十九「一夏がシーソー見つけて『昔はよくやったなー、ズッコンバッコン』と言い出した。……ギッタンバッコンだろう」

 

 

56.

本音(35)「長男が、『まだ子供だとかもう子供じゃないとか周りは色々言うけど、じゃあいつから大人なんだよ?』と何というか深い事を言ってるなと思ってたら、次男が『子供になりたいって思ったらじゃない?』というさらに深い回答をしてた」

 

 

57.

九十九「節約の方法みたいなネタで、買う前にその商品の値段が10倍だったとしたら買うかどうか一旦考えようというものがあったから、今日ブックオフに行ってそれを実行してみたんだが、買いたくなった250円の本をじっと見て、『これが2,500円だったら……買わんな。でも実際これは250円だから買おう』になった。意味ないな、これ」

 

 

58.

シャル「電車の中で九十九に電話がかかってきて、着席したまま応答。『社長?すみません、今電車なので……』の後は『かけ直します』だと思っていたら、『一方的に話してください』と言い出して、今も無言で聞いてる。……斬新」

 

 

59.

一夏「九十九の鼻が意外といいのは知ってるから、外を歩いてる時に『この家、今夜は焼き魚だな』とか『ペペロンチーノを作っている』とかビシバシ言い当てるのにもう驚きはないんだけど、さすがに俺が『カレーの匂いがするな』って言ったら、呆れたように『一夏、これはカレーうどんだ』と訂正された時は驚いた」

 

 

60.

絵地村「Windowsすごいです。今日、コーヒーの中にUSBのケーブルの先を沈めてしまって、まぁそれ自体は良くあるドジなんですが、そのケーブルが刺さっていたWindows機に異変が」

 

Windows『新しいデバイスを認識しました』

 

絵地村「コーヒーですよ⁉慌ててケーブルを取り出して水気を取っている間にインストール作業は進み、『新しいデバイスを利用可能です』なんて出ますし……。コーヒー、使えるんですか⁉結局何として認識されたかは分かりませんが、あり得ない体験でしたねぇ……」

 

 

61.

藍作「絵地村くん、パソコンから変な音がするから中を開けてファン掃除しても直らないんだが、原因に心当たりはないか?」

絵地村「それはこっちの台詞です」

 

 

62.

九十九「セシリアとラウラが料理をしていたんだが、手元に計量器がなかったらしく、まずはセシリアが体重計に乗って手にボウルを持ち、そこにラウラが粉を少しずつ入れていくという頭の悪さの塊のようなクッキングをしていた」

 

 

63.

一夏「のほほんさんがいきなり無言・無表情で差し出した謎のカプセル一錠を、ものすごい不安そうに飲んだ九十九。謎のカプセルの正体はただのサプリで、無言・無表情だったのは差し出したタイミングでくしゃみ出そうになったのをとっさに堪えただけらしい。にしても、のほほんさんが差し出したからって『何だこれは?』とも言わず飲んじまうのは、のほほんさんを信頼しているのか毒殺覚悟なのか」

 

 

64.

弾「家の風呂が壊れたから銭湯行って、脱衣所で携帯見てたらーー」

 

従業員『すみませんお客様、ここで携帯はちょっと……』

弾『え? 何で?』

従業員『その、カメラが……』

弾『?』

従業員『最近多くて……』

弾『…まさか』

従業員『はい……そのまさかでして……』

弾『……男が?』

従業員『はい、男を……』

弾『男が!?』

従業員『男を!!』

 

弾「ーーっていう衝撃的な会話をした」

 

 

65.

九十九「電車で妊婦に絡んでるおっさんがいて本音が妊婦さんを助けたんだが、『そんな気持ち悪い腹で地下鉄乗るなよ!』と絡むおっさんに本音が返した『じゃあおじさんはどこから産まれたの?桃?』が名言過ぎて未だに忘れられん』

 

 

66.

一夏「セシリアはお嬢様育ちだからシーチキンを食べた事がなかったらしく、食べさせてみたら不思議そうな顔して『これ、魚ですわよね?』って訊いてきた。そんなセシリアに対してラウラが『違うぞセシリア。シーチキンだから、海の鶏肉だ』と言い出し、さらにセシリアが『えっ!カモメ⁉』とボケた。まさかのセシリアの素ボケに、俺の腹筋は無事死亡」

 

 

67.

千冬「柴田先生が『私がいないとダメな存在がほしい』と言い出した結果、糠漬けを始めた。その理由は『ヒモ男とか動物より生産性が高い』で、何か根本的なものが違うと思いつつも何も言い返せなかった」

 

 

68.

弾「(自分の失敗を責める九十九に対し)ブーブー、ブーブー鬱陶しいんだよ!」

一夏(ブンブン? ……あっ、ハエの話か)

弾「あぁ、くっそ!イライラする!」

一夏「殺そうか?」

弾「えっ?」

一夏「俺が殺るよ」

弾「待て、そこまで言ってねぇ」

 

 

69.

シャル(32)「息子は好物に対するテンションが異常に高いんだよね。この前、お友達を連れて戻ってきたからフルーツサンド(普段作らない)を作って出したら、フルーツサンドが出た瞬間『ははーっ‼』って土下座された。やめて、崇めないで。お友達がすっごい困った顔してこっちを見てるからやめて」

 

 

70.

九十九「本音から『いつもと違う車両に乗ったら、いつもと違う改札があって、いつもと違う出口を出たら、いつもと違う町並みが広がってて「いつもの駅なのにこんな景色もあるんだ」と新鮮な気持ちで待ち合わせ場所に歩いてたけど、ふつーに降りる駅を間違えてたみたい。遅刻します』というメールが来た」

 

 

71.

九十九「弾、こんなメールが届いたんだが何のメールだと思う?『件名:人妻ですが援助希望』」

弾「どう考えても詐欺メールだろ」

九十九「『主人は帰りが遅く、殆ど家にいません。正直、欲求不満です。体が疼いて仕方ないです』」

弾「おい、止めろ。内容を音読すんな!」

九十九「『そこで援助をお願いできないでしょうか。超過した労働時間の是正を求め主人の会社と戦いたいのです』」

弾「何のメールだそれ⁉」

 

 

72.

(恋人が傘を忘れた時の対応)

九十九「置き傘くらいしておきたまえよ。……ほら使え」

一夏「風邪ひいたら大変だから、俺と相合傘して行こう!」

弾「…………」(無言で傘を渡す)

本音「ちょっと待って〜。今、晴らすから!」

 

 

73.

セシリア「圧力鍋でパスタ作って、圧を抜くのを忘れて蓋を開けたらパスタが真上に射出されて天井に貼り付きました……」

 

 

74.

一夏「レンタルショップで九十九とシャルロットがDVDを選んでたんだけど……」

 

シャル『どれ借りる?』

九十九『本音も観るから、彼女が寝ないようなのにしよう』

シャル『これ面白いよ』

九十九『そんなに難しい作品では、本音は寝てしまうよ』

シャル『あ、これ僕好き』

九十九『序盤はいいが、中盤で本音はオチそうだな……』

 

一夏「って話してたから、のほほんさんはもっと起きてなよ」

 

 

75.

本音「昨日食べた魚の骨がのどに刺さってまだ取れない……。病院に行くべき?」

九十九「それは最終手段にして、小さいおにぎりを作って噛まずに飲み込んでみるといい」

本音「取れた〜!でも今度は噛まずに飲み込んだから、喉に海苔が貼り付いちゃった……」

九十九「何故わざわざ海苔を巻いた?」

 

 

76.

セシリア「九十九さんが言い出して、一夏さんや箒さんが同意した事なんですが、『日本人がクトゥルフを怖がらないのは、日本人は海からの物は何でも食べるから』らしいそうです。ラヴクラフトにとって海から来るモノは極めて不吉だったのでしょうが、ワカメでもタコでもイソギンチャクでも食べる日本人は、這い寄る混沌といえど所詮『うるせえ食うぞ』で片がつくのだとか。胴体及び手脚が甲殻類っぽく、頭が茸っぽいというのは日本人には夢の食材だともおっしゃてましたね」

 

 

77.

九十九「仕事仲間と飲みに行った歓楽街で、社長や父さん、有人さん達に取り囲まれて土下座してるスーツ姿の男がいて『酔って一般人に絡んでるのか?面倒を起こすなよ』と思って止めようと近づいたら、聞こえてきた男の叫び声が『マジで5,000円だからぁ!お願い!寄ってってよぉ‼』だった。絡まれて困ってるのは社長達の方だった。未だに意味がわからない」

 

 

78.

シャル「朝起きたら九十九からLINEが来てたんだけど……。『私は冷静沈着だ』内容はこれだけ。何があったんだろう?」

 

 

79.

弾「落とした財布がみつかったと警察から連絡がきた。嬉々として取りに行くと、警官から『誠に申し上げにくいのですが、現金がほとんどなくなっているようです』との返答。しかし財布の中を確認した俺は言った」

 

弾『誠に申し上げにくいのですが、1円たりとも減ってません』

警官『誠に申し訳ありませんでした』

 

 

80.

本音「九十九がここ最近眠りが浅いって言うから、お薬に頼らず食べ物で解決できないかと調べたら、グリシンというアミノ酸の一種が良いって出たの。グリシンは豚足とか牛すじとかゼラチンとかに含まれてるから、粉ゼラチンを買ってお味噌汁に入れて夕飯に出してみたの。そしたら食後30分もしないうちに眠気が来て熟睡した!わたしが!九十九置いてけぼり!」

 

 

81.

槍真「毎年夏になると藍作が『なんで方舟に蚊を乗せたんだ……許さんぞ、ノア……』と、意味不明な八つ当たりをする」

 

 

82.

一夏「フランスパンをレンジにかけるとラスクが出来るぜ」

セシリア「……長すぎて入らないのではありませんか?」

一夏「うん、まずは入る大きさに切ろうか」

 

 

83.

九十九(28)「息子の算数の課題に『算数の問題を自分で作りましょう』っていうのがあって、さっきノートを見たら−−」

 

息子のノート『問:花子さんの家は学校から62㎞離れています。花子さんは、走って54分で学校に着きました。時速何㎞で走ったでしょうか』

 

九十九(28)「……花子さん、時速68㎞以上で走ってる。怖いよ……。そもそも、もっと近くの学校に行くか、ないなら通信教育で自宅学習しろよ。遠過ぎるだろ」

 

 

84.

藍作「娘が小さかった頃、部屋の隅で娘が人形使って一人でままごとしてたのを聞き流してたら、『わぁー!奥さん素敵だわぁー!このお洋服買っちゃった方がいいんじゃない⁉仮面ラ○ダーエグ○イドにそっくりよー!』って聞こえきて思わず噴いてひとしきり笑った。そちらの奥さん何を試着してんだよ」

 

 

85.

本音「つくもはどこ⁉わたしの限定プリン食べたでしょ‼限定プリン……わたしの……!必ず見つけ出してビンタしてやる!一人も逃がしてあげないんだから……‼」

シャル「本音、落ち着いて。九十九何人いるの?」

 

 

86.

シャル「本音が『喉渇いたからアポカリプス飲もう〜っと』って言い出して、何その終末思想感あふれるドリンク……と思ってたら、アクエリアスとポカリスエットを混ぜ始めた」

九十九「『プ』はどこから来たんだろうな?」

 

 

87.

千冬「つい先ほど、村雲が篠ノ之達を正座させて『テストを受けていて、答えが分かってたら答案用紙を埋めるだろ?合っていれば何点か貰えるだろ?何故恋愛だと「分かってるけど行動に移せない」になる?そんなんだからお前等の恋愛0点。白紙で出すな。せめて解答用紙埋めようとする姿勢くらい見せろ。名前くらい書け』と説教していた……」

 

 

88.

弾「女の子と飯食った時に調子こいて、女の子がトイレ行ってる間に会計を済ませるというプレイングを行ったところ、『あなたじゃなかったら惚れてた』という有り難いお言葉を頂き、現実の厳しさを感じた」

 

 

89.

一夏(30)「ソファーでウトウトしてたら、娘と息子の声」

 

息子『父ちゃん寝てるし、お医者さんごっこしようぜ!先生急患です!意識はありません!』

娘『よし、司法解剖にする。黙祷』

 

一夏(30)「おい、一気に飛ばしてんぞ、いろんなもんを!」

 

 

90.

シャル「そういえば今日、九十九の肩にカメムシがくっついてて、どうしよう早く取らなきゃ……でも下手に教えてカメムシを刺激したら大変な事になるんじゃ……と思って咄嗟に、『両手上げて。そのまま動かないで』ってFBIみたいな台詞口走っちゃった」

 

 

91.

槍真「八雲が果実酒作りに嵌ってた頃、メロンの奴を試飲してみてびっくりした。メロンの味が一切しない。胡瓜。胡瓜味。胡瓜とアルコール。原理を考えたら納得なんだけど、果実酒って果物の糖分がアルコールになってできる訳で、メロンの糖が全部アルコールに変わって甘味が消えた結果が胡瓜味だったっていうオチ。あの美味しそうなメロンが胡瓜になっちゃった事も衝撃だったし、胡瓜味の酒なんて生まれて初めて飲んだからそれも衝撃だったし、何より『胡瓜にハチミツかけるとメロンの味になる』っていうあれは逆算でも成立するんだ……っていうのが一番の衝撃だった」

 

 

92.

九十九「弾が『人生』という言葉をど忘れした時、『あれだよあれ、あー、なんて言うんだっけ、あのいつの間にか始まってて、手遅れなやつ』と言い出した」

 

 

93.

アイリス「この野球選手、二刀流と言われておるがバットを2本持っても打てるのかや?」

シャル「違うよ。ピッチャーとバッターの両方で活躍してるってコト」

アイリス「ピッチャーとバッター?つまり二毛作みたいな事か?」

シャル「もっと違うよ」

 

 

94.

シャル(30)「長男が3歳の頃、部屋の中でカーペットに引っかかって足がおもちゃ箱にあたって中身が全部ガラガラーって出てきて、それを踏んで滑って派手に尻もちをついちゃったんだけど、キッチンから『泣くかな……』と思って見てたら、しばらく沈黙したあと『……ぴた ごら すいっち♪』って言ってて、安定のポジティブだった」

 

 

95.

ジブリル「『日本では女性を男の3歩後ろを歩かせるのか。酷い男女差別だな』と言ったら村雲は、『それ、3尺後ろの間違いです。3尺以内なら刃先が後ろに届く範囲だから、誤って嫁を斬らないようにする為です。あと女性は必ず何かしら風呂敷に包み持ち歩いているんですけど、あれは刺客がきても後ろから嫁が物を投げて相手を怯ませた隙に旦那が斬る。という連携プレーをする為です』と真顔で修正と補足を加えてきたんだが……真実なんだろうか?」

 

 

96.

ボビー「休日にちょっと遠くに遊びに行って、温泉に入って来たわ。そこの温泉には立ち湯があって、私(193cm)が立って肩よりちょっと下まであるような深さに浸かっていたら、見知らぬおっさんが湯に入って来ながら『おぅ兄さん、ここの湯かg』で目の前から消えて焦ったわ」

 

 

97.

藍作「ゾンビから必死に逃げるも捕まって首筋を噛み付かれた結果、首肩腰の凝りが嘘のように消え、頭痛から解放され、生きる力が漲り、まだゾンビになってない通行人にこの喜びを伝えなければならないという使命感に燃えながら追いかけるという恐ろしい夢を見た」

槍真「……なんか、それはゾンビ映画とかの真理かもしれないね」

 

 

98.

弾「九十九と電話で話してて、ちょっと嫌味言ったら『ん?すまん、よく聞こえなかった。もう一度、言えるものなら言ってみろ』って言われた。怖かった」

 

 

99.

九十九「中学時代、堅物教師の授業中に居眠りして、何の夢を見たのか覚えていないが私は大声で『おのれ松尾芭蕉!』と叫んだらしい。教室内全員の大爆笑で起こされた。あの先生が腹を抱えて笑ってるのを見たのは、あれが初めてで唯一だったな」

 

 

100.

名無しの読み専「嗚呼、拙い。何が拙いって風呂敷広げ過ぎたのが拙い。伏線回収が間に合ってない、事前のプロットは最早役立たず、おまけに原作最終巻の発売日も現時点で不明!小生は、小生はこの物語を一体どう畳めば良い⁉誰か教えてくれ……ないよなぁ、畜生!こうなったら、行ける所まで行ってやる!読者諸兄、どうか最後まで小生に着いて来て欲しい!小生からの切なる願いだ!という訳で、コピペ改変ネタ集、今回はこの辺で!」



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#EX コピペ改変ネタ集 part7

本編の展開に行き詰まってしまい、息抜き的に書き上げました。
登場人物の偏り、及びキャラ崩壊は仕様です。
それではどうぞ!


1.

九十九「ある日のコンビニ帰り。駐車場から聞こえてきた会話がこちらです」

 

A『煙草吸ってもよろしいですか?』

B『どうぞ。ところで一日に何本くらいお吸いに?』

A『2箱くらいですね』

B『喫煙年数はどれくらいですか?』

A『30年くらいですね』

B『なるほど。あそこにベンツが停まってますね』

A『停まってますね』

B『もしあなたが煙草を吸わなければ、あれくらい買えたんですよ』

A『あれは私のベンツですけど?』

 

九十九「食べ歩いてたフランクフルト噴き出した」

 

 

2.

一夏「昔、ドームで野球観戦してたらHRボールが飛んできた。んでもって隣の隣のおっさんが、何を考えてんだがカレーの皿で受け止めやがって、辺り一面阿鼻叫喚。まさに大惨事」

 

 

3.

柴田「大学時代一人暮らししながら猫を飼ってたの。IS学園に就職してからずっと猫は実家に預けて殆ど忘れていたんだけど、ある晩何故かその猫の夢を見たわ。夢の中で私に甘えてくる猫を撫でながら、この子は最後のお別れに来てくれたのね、と急に気が付いて『今までありがとう』って泣きながら別れの挨拶をしたわ。翌朝実家に電話したらその猫全然元気だった」

 

 

4.

九十九「家庭料理のド定番、肉じゃがは実は−−」

 

ナレ『東郷平八郎、イギリスで食べたビーフシチューが美味だったので部下に作らせようとする。しかし東郷、具にじゃが芋、人参、玉葱、肉が入っていた事だけ告げて、部下にとって完全に未知の料理である「びーふしちゅー」を作れと苛めレベルの無茶な命令をする。しかし部下も「外国の料理」と言われてんのに醤油と味醂で味付けするという開き直りをみせ、結果として肉じゃが誕生』

 

九十九「−−と、TVで言ってて『マジか⁉』となった」

 

 

5.

弾「化学の授業の時、先生が『物体B』について説明し始めたんだけど、普段は噛まない先生が『びったいブー』と言ったところから、もう授業どころじゃなくなった。けど、笑いをコラえているのは俺だけで、周囲は何事もなかったかのように涼しい顔して授業を受けている。それがまたツボを刺激した。我慢しなければならないので、一生懸命に過去の悲しい出来事を思いだしてみたが、すぐに『びったいブー』の波がやってくる。授業が終わるまでの15分は拷問だった」

 

 

6.

鈴「今マッ○にいるんだけど、前の客が真剣な顔で『テイクオフで』って何回も言ってるのよ。店員、必死で笑いこらえてるし。アンタ、空飛ぶの⁉」

 

 

7.

セシリア「週末、繁華街に出掛けた時に職務質問をしている所に出くわしたんですけど−−」

 

警官『あんた真昼間から何やってるの? 身分証明書を出して?』

男『もってないです』

警官『免許証もないの?』

男『ないです、免許もっていませんので』

警官『嘘を付くなよ。普通免許ぐらいもってるだろ?』

男『バイクも自動車も免許ないですよ』

警官『仕事は何してるの?』

男『何もしてません』

警官『じゃあ、バイト先を教えて』

男『バイトもしてないです』

警官『じゃあ、何してるの?』

男『何もしてないです』

 

セシリア「−−という、聞いているこちらが泣けてくる内容の会話をしていました」

 

 

8.

ラウラ「九十九の各国の兵器に関する評価だが−−」

 

九十九「フランスは『何がしたかったのかはわかるが、やりかった事というのはその程度か?』で、イタリアは『どうしてそうなるのかはわかるが、そうするしかない物なのか?』だな。イギリスは 『何がしたかったのかはわかるが、どうしてこうなったのかはわからない』だし、ロシアは『どうしてこうなったのかはわかるが、何がしたかったのかはわからない』だ。ドイツは『こうするしかなかったのはわかるが、そこまでしてやる理由がわからない』と言うべきか。日本は『こうするしかなかったのはわかるが、まさか本当にやるとは思わなかった』かね。アメリカは『必要なのはわかるが、そこまで沢山作る理由がわからない』し、中国は『沢山作る必要があるのはわかるが、どこにいったのかがわからなくなる』といった所かな』

 

ラウラ「端的、かつ的確な表現に思わず納得した」

 

 

9.

槍真「久しぶりに牛丼食べたくなったから近所の牛丼屋に行った。カウンターでもそもそと牛丼食べてたら、隣に若いサラリーマンが座って注文を待つ間、ずっと携帯電話で話してる。店内に通る声で」

 

リーマン『うん、え?今?吉野家。そう、牛丼……好きなんだよ吉野家の牛丼。吉野家は豚丼より牛丼でしょ、やっぱ』

 

槍真「そんなカンジで携帯越しに会話してる。店員も、そのサラリーマン以外の客全員も同じ事考えただろうけど、明らかにここは松屋なんだ。サラリーマンの口から『吉野家』って単語が出るたびに、牛丼咀嚼しながら『松屋!』って心の中でツッコんでた。で、そのサラリーマン、注文の料理が目の前に置かれたんで、携帯切って、割箸をパチンと割って、『は~~~~』って息を吐いてボソっと一言」

 

リーマン『松屋だ』

 

槍真「さすがに噴いた」

 

 

10.

藍作「昨日仕事帰りにスタバに寄ってノンビリしてたんだ。そんでなんとなく外を見たら、大荷物背負った婆さんがいるわけ。それがドラマとかに出てくるような、もういかにも田舎から出てきましたって感じの婆さんなんだよ。で、その婆さんどうやらタクシー捕まえようとしてるみたいなんだけど、なかなか捕まらない。しばらくしてようやく空車が近付いてくるのが見えたんだけど、その前をゴツい黒人の兄さんが乗った自転車が走ってた。兄さん、もう筋肉の塊。ベン・ジョンソンかって。で、婆さんも少しビビりながらもタクシー止めようと手を挙げたわけ。そしたらその兄さん、婆さんとすれ違いざまに『ヘーイ!』って満面の笑みでハイタッチしてった。婆さんポカーン。俺もポカーン。タクシーの運転手もポカーン。結局タクシーはそのまま通り過ぎてった」

 

 

11.

有人「車で走ってたら前の車の窓から靡く金髪が。イカしたパツキン白人女が誘ってんのか?と思ってよく見たら、でかい犬だったんすよ」

藍作「グレイハウンドかな?」

九十九「ボルゾイかサルーキの可能性もありますよ」

 

 

12.

九十九「中学時代の出来事。ある日の国語の時間、私の隣の席だった弾は気持ち良さそうに寝ていた。だが、国語の教科担任は怒ると怖い事で有名なO教諭だった。弾が寝ている事がバレ、自分に累が及ぶ事を恐れた私は、教科書を読みながら教室を歩いているO教諭を目を盗んで弾を起こそうとした」

 

九十九『弾!おい、弾!起きろ!』

弾『ZZZ……』

 

九十九「だが、起きる気配は全く無し。しかしO教諭はどんどんこちらへ近づいてくる。焦った私は少し強めに弾を揺すった。すると、弾の顔に少し変化が見られた。おっ、起きるか⁉と私が期待した瞬間……」

 

弾『だからブルマじゃねぇって言ってんだろ‼』

 

九十九「教室に響き渡る弾の怒号。O教諭の声も止まり、静まり返る教室。一方、突っ伏していた机から上半身を起こした弾は周りを見回している。それもそうだろう、教室内は完全に沈黙しているのだから。暫らくその状態が続いた後、O教諭が口を開いた」

 

O教諭『……五反田、この時間が終わったら俺の所に来い』

 

九十九「その瞬間、堰を切ったように教室中大爆笑。弾だけは青ざめていたが。あの時、泣きそうになりながら私に『俺何したの⁉ねぇ、俺何したの⁉』と聞いてきた弾の顔が未だに忘れられない」

 

 

13.

本音「あんなこといいっ……!できたらいいっ……!あんな欲っ…こんな欲っ…いっぱいあるがっ……!みんなっ!みんなっ!みんなっ!叶えてくれるっ…!金がすべて叶えてくれるっ……!『シャバに出たいっ……!』そう、50万ペリカ……!ざわ…ざわ…ざわ…とっても大好きっ……!金っ……!」

九十九「映画ドラえもん『のび太の賭博黙示録(ギャンブルアポカリプス)』っ……!近日公開っ……!」

シャル「そんな予定は無いよ」

 

 

14.

九十九「『ハバネロ』『年金』『デュクシ』一見して何の関連性のないこれらの語だが、繋げて何度か声に出して読むととある有名漫画のタイトルが浮かび上がってくるぞ」

本音「あ、ホントだ!鬼○の刃だね!」

シャル「鋼の錬金○師だよ。どこから出てきたの?○滅」

 

15.

箒「一夏と行った大恐竜展で『うわ~本物ソックリ』って言ってた女がいたが、本物を見た事あるのか?」

 

 

16.

簪(24)「2歳5カ月男児。最近すごく良く歌を歌う。でも微妙に間違ってる。ドレミの歌で『ドーはメロンのレー』と何一つ合っていなかった」

 

 

17.

セシリア「巷に出回るレシピ本に一言。レシピ中の『適量』って何ですの?その『適量』が分からないからレシピを見ていますのに」

 

 

18.

九十九(25)「仕事でインドネシアに行った時の話。現地の取引先会社の担当者は、浅黒い感じで見るからに東南アジア人という感じ。『トミーと申します』と、流暢な日本語で自己紹介をしてくれた。あまりにも正確な発音だったので、『日本語お上手ですね。日本に住んでいた事がおありで?』と聞いたら、黙って『富井』と書いた名刺をくれた」

 

 

19.

一夏「ミスド行った時、隣の席だった女子高生二人の会話が−−」

 

A『知ってる?マツヤマ、タカコに告ってOK貰ったらしいよ』

B『マジで?あーでも分かるな、ぴったりだもん』

A『えー、そうかなぁ?』

B『うん。だってタカコ、「付き合うならゴルゴ13かラオウ、妥協してブラックジャックみたいな人がいい」って言ってたよ』

 

一夏「−−どんな男だろう、マツヤマ」

 

 

20.

藍作「以前、食事をした店での出来事。料亭っぽい店で何十人も収容できる大広間に法事と思われる家族がいた。法事家族の祖母がしきりに孫(三歳くらい)に向かい『太郎ちゃんはお祖父ちゃんそっくり。やっぱり生まれ変わりなのね。将来はお祖父ちゃんみたいに立派な大人になってね』と洗脳の如く言っていた。そこへ食事がくると孫がお造りを見て−−」

 

孫『コレなに?』

祖母『マグロよ。お祖父ちゃんも釣りが大好きだったもの。魚に興味があるなんて、やっぱり太郎ちゃんは生まれかわ……』

 

藍作「すると孫、徐にマグロをフォークで突き刺し仁王立ち。そして『マグロ!とったどー!』と絶叫。うろたえる祖母、なぜか近くにいた赤の他人のオッサンが『ボウズ、大きくなったら何になりたいんだ?』と訊くと、孫は高らかにこう言った」

 

孫『はまぐちまさる‼』

 

藍作「食ってた茶碗蒸し噴きそうになった」

 

 

21.

九十九「とあるレストランでの一幕なんだが−−」

 

店員『ポイントがたまるとおしょくじけんと交換できます』

男『そんなの困ります』

店員『えっ』

男『逮捕されますよね』

店員『いえ、そのような事はありませんので』

男『バレない自信があるって事ですか』

店員『そうではなく、別に違法なものではないということです』

男『違法じゃないおしょくじけんがあるんですか?』

店員『違法なおしょくじけんがあるんですか?』

男『えっ?』

店員『えっ?』

男『なんかこわい』

店員『ですから、無料で当店の料理を召し上がれるだけですので』

男『でも見返りを求められるんですよね』

店員『えっ?』

男『「にゅうさつよていかかく」とか教えるんですか?』

店員『よく分かりませんが当店はお客様におしょくじを楽しんで頂くのが一番の見返りです』

男『犯罪を楽しんでいるんですか、こわい』

店員『ですから、犯罪ではなくてですね』

男『えっ?』

店員『えっ?』

 

九十九「日本語って、難しいな」

 

 

22.

弾「ふと立ち寄ったコンビニでの、店員と客の会話なんだけどさ−−」

 

客『コレ、オネチィース (これ、お願いします)』

店『チス、コレッスネ、ウィッス (はい、こちらですね。かしこまりました)』

客『ウィ (はい)』

店『……(……)』ピッピ

客『オウェ⁉ウェウェウェ、ウィウィウィ (あ、あれも買わなきゃいけないんだった)』

店『?』

客『コレモ、シャス (これもお願いします)』

店『ウスウス、オケス (はい、かしこまりました)』

客『サイセン (すみません)』

店『イェイェ、ゼンゼ、ジョブッスシ、イースイース (いえいえ、大丈夫ですよ)』ピッ

客『ウィァ… (we are)』

店『ィー…コチャーノコノミャキ、アタタッスカ?(こちらのお好み焼き温めますか?)』

客『ソッスネ、チンシテッサイ(はい、温めてください)』

店『ワカリャッシタ、アタタッス (かしこまりました)』バタン

客『…ノウェ(ノウェ)』

店『ィェアーット、ゴテンデ、ケーサーゼーニナリャッス(えーと、五点でお会計3000円になります)』

客『サゼッスカ、ンジャゴセッデッ(3000円ですか、じゃあ5000円からお願いします)』

店『ア、ウェイウェイウェイ、マチァッシタ、サンゼッハピーイェンッス、シャ イセン(あ、申し訳ございません。間違っておりました、3800円になります)』

客『イッスイッス、ゴセッドゾ(大丈夫ですよ。5000円どうぞ)』

店『ゴセッカラディ-…セーニャッエンノカーシッス(5000円いただきます。1200円のお返しになります)』

客『ウィ(we)』

レンジ『パンッ!』

店客『『ウェア(wear)⁉』』

店『…アチー、マーネズワスッタ、ハレッシチィシタカラ、カエテキャッス(熱っ、マヨネーズが破裂してしまいました。取り替えてきます)』

客『ア、イスイス、ジョブッス(あ、いいですいいです。大丈夫です)』

店『シャセンッシタ、アザス(申し訳ありませんでした。ありがとうございます)』

客『ウェイ(ウェイ)』ピロリンピロリン、ガー

店『ザッシター(ありがとうございました)』

客『ア、シートワスッタ、シット(あ、レシート忘れたレシート)!』

 

弾「何となくでも何言ってるか解った自分が怖え」

九十九「いや、ところどころ翻訳諦めてるじゃないか」

 

 

23.

一夏「一昨日の昼に弾と九十九とファミレスに行った時。混んでたから名前を書いて貰って待ってたら暫くして『三名様でお待ちのフ、フリーザ様~』って呼ばれて小声で『こういうの書く奴必ずいるよな』 って言ったら、九十九がいきなり『さぁ!行きますよ!ザーボンさん、ドドリアさん!』って立ち上がった」

 

 

24.

九十九「IS学園には美術で木炭デッサンをする授業があるのだが、消しゴムとして食パンを持ってきなさいと先生に言われていたので皆ビニール袋に入れたりしてそれぞれ持ってきていた。すると本音がなにやらキョロキョロ。どうした?と尋ねると−−」

 

本音『焼いてきちゃった……』

 

九十九「−−と言う彼女の手にはこんがり焼けたトーストが!なぜ焼いた⁉どうも食パンを消しゴムとして使うってのがよく分かってなかったらしい』

 

 

25.

九十九「小さいころ、遊○王カードの『人造人間5号』の『このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる』の直接攻撃の意味がわからず、いきなり腹部を直接ぶん殴ってきた一夏を私は絶対に許さない」

 

 

26.

千冬「タイトルが『私の家来ちゃいますか?』というスパムメールが来た。『いや、家来ではないだろ』と思ったが、よく考えたら訓読みだった」

 

 

27.

本音(30)「前に地元のスーパーの駐車場で次女が車に乗りたがらずギャン泣きしてたら〜、知らないおじさんが『いいもん見せたるで待っとり』ってどこかに走ってって、オモチャでも持って来るのかな〜?と思ってたら荷台に大きなヤギ乗せた軽トラで戻ってきたの強烈だったな〜。次女は秒で泣き止んだよ」

 

 

28.

一夏(22)「今日は休憩室に蚊が入り込んでて休憩に集中できなくて苦しんでたんだけど、俺の後に休憩室使った人に『蚊がいませんでした?』って聞いたら『え?あ!殺しちゃった〜、殺したかった? ごめ〜ん!』って言ってて、殺しを生業とするならず者集団の中でも恐れられてる快楽殺人鬼みたいだった」

 

 

29.

九十九「シャルに『もしかして日本の料理って全部お米を食べるためのおかずなの……?』と訊かれた」

 

 

30.

八雲「さっき男子高校生たちが−−」

 

A『朝起きたら美少女になってないかな……』

B『だったらまずは歴史に名を残す偉人になれ』

A『なんで?』

B『後世のオタクが美少女化してくれるから』

 

八雲「−−なんて事を言っていてこの子達は天才かなと思いました」

 

 

31.

九十九「テレビでゴルフ中継を見ていた時『これを入れたらパーです』と言うアナウンサーに『入れちゃいけないんだ〜』と言った本音。違う、そうじゃない」

 

 

32.

シャル「まず左上から右下に向かって真っすぐに降下。そのまま消えてったとみせかけて、突如右上に出現。その後、同じように左下に降下していくのかと思わせておいてギリギリで急上昇のアクロバット。そして反り返るように右上に舞い戻り、更に反り返って急降下。極めつけは『この勢いならこのまま右下に消えるだろう』という、大方の予想を裏切り最後にまさかの一回転!『俺のパクリじゃん』って高を括って見てた『め』も最後の最後で度肝を抜かれたと思う。ダイナミックだよね。『ぬ』」

九十九「『ぬ』についてそんな風に思ってたのか……?」

 

 

33.

九十九「昔受け先生手作りの理科のテスト。『貴方は無人島に流れつきました。のどがかわきましたが海水は飲めません。どうすれば水が飲めますか』海水を熱して蒸気を冷やして水にする『蒸留』の手順を書けって事だった。けどその下に『大ヒント!リュックには以下の物が入っています。試験管、ビーカー、アルコールランプ(中略)冷やす氷水』とあって、『冷やす氷水とやらを飲む』と書いたら『ゴメン』というコメントつきで丸だった」

 

 

34.

真耶「私の住んでるマンションにイギリスから引っ越してきたご夫婦の、特に奥様がすごい日本びいきなんです。最近良く『ハセガワさんがカッコいい』って言うので、一体何処のハセガワさんかと思ったら火付盗賊改方の長谷川さんでした」

 

 

35.

弾「この間駅前でおっさんがいきなり服脱いで全裸になって、右の握り拳上げて『我が生涯がいっぺんに台無し‼』って叫んで警察に捕まってた」

 

 

36.

柴田「さっき歩道を歩いてたら、向かいからジャージ姿の中学生の集団が走ってきた。おー、部活の外周か、なんて思って道を空けようと端に寄ったら、もともと歩道が車道より10cmぐらい高くなってるもんでズリッと足を踏み外して車道に落ちそうになった。いかん!と咄嗟に標識の支柱を掴んだはいいけど落ちた時の勢いで体がグルッと半周。しかもかなりのスピードで。中学生から見たら突然ポールダンスを踊り出したオバハンじゃないか。不審者情報とかで流れてたらどうしよう」

 

 

37.

八雲「知り合いに『女ヶ沢(メガさわ)』という人がいる。その上を行く『ギガ沢』なんていないだろうか、いるわけないじゃん、なんて冗談を言い合っていた相手が、寺沢(テラさわ)さんだった」

 

 

38.

弾「スーファミカセットをまとめて中古屋に売ってあとでレシートみたら『ソウルブレイダー \50箱・説明書無し -\100』俺50円取られてるよ!」

 

 

39.

九十九(28)「皆でじゃんけんをしていて、息子が『グーはパトカーにしたい!』と提案をしてきたので、チョキは何にする?と聞いたら『泥棒かな……』と言い、パーは?と聞いたら『紙だし、泥棒の盗むお金……?』と言うので、結果として金が警察に勝つ地獄みたいな世界が誕生してしまった」

 

 

40.

シャル「スーパーで5歳児(推定)が『ママ待ってー⁉』って半泣きで走って行ったと思ったら、その後から2歳児(推定)抱えたママが『待つのはお前じゃー!』って 叫んでダッシュしてて本当にお疲れ様です」

 

 

41.

ルイズ「いま新幹線でふと目が覚めたら、隣の席のお婆さんがテーブルの飲み物置きの少し窪んだとこに醤油を入れてお寿司食べてるんだけど……。何か言ってあげたほうがいいのかしら……?」

 

 

42.

キュルケ「電車で、若いお母さんと幼女の会話」

 

幼『ママの買ったのって、くらーげん?』

母『そうだよ』

幼『ぷるぷるする?』

母『するする』

幼『くらげもぷるぷるだもんねー』

母『えっ?』

幼『えっ?』

母『……くらげとコラーゲンはちがうよ?』

幼『くらげからくらーげんができるんだよ?』

母『違う違う違うwそれと、くらーげんじゃなくてコラーゲン』

幼『くらーげんないの?』

母『くらーげんじゃなくてね、コラーゲンなの』

幼『こらーげん……』

母『コラーゲン』

幼『……こらげはどこにいるの?』

 

キュルケ「思わず笑っちゃったわ」

 

 

43.

藍作「小学生の頃友達とドラクエごっこしてて、友達が俺に手を向けた状態で『ベギラマ!』って叫んだら、俺の背後にあった民家が爆発した。ガス漏れだったらしいが、慌てた友達は駆けつけた近所の人に向かって『すいません!僕らがやったんです‼』と叫び、当然のように誤解された俺達は学校に連れてかれて、いろんな人から殴られた。友達の親父さんが土下座して謝ってたのが印象的だった。その後、消防署の人が冤罪だと証明してくれたので前科者にはならずに済んだが、中学上がるまでそいつのあだ名はハーゴンだった」

 

 

44.

九十九「今どきのおしゃれな女子大生って感じの女性が3人、外の席でおしゃべりしてた」

 

A『信じられないよねー、26歳なんだって!』

B『あの外見で、それはないよねー』

 

九十九「誰かの彼氏の事でも話してるのかと思ったら−−」

 

C『アナゴさんが26歳とか、ありえなくない⁉』

 

九十九「アナゴさんの話題だった。いや確かに信じがたいけども……」

 

 

45.

蘭華「大好きな彼氏のおうちにお呼ばれして、じゃーん‼とスク水見せられ、(え⁉やだっ⁉でも、着て欲しいって思うなら着てもいいかな……)と悩んでたら『俺が着るから見てて!』と言われて、ブチギレて別れた女の子知ってます」

 

 

46.

一夏「『なんでヒーローは技名を叫びながら必殺技繰り出すんだ?』って質問に対する九十九の『アンパンマンが無言でバイキンマン殴ったら子供泣くだろうが』って答えが忘れられない」

 

 

47.

ボビー「ちょっと、そこのリーマン二人。仕事つらいのはわかるけど頼むから電車の中で−−」

 

A『ドラえも~ん、クライアントがいじめるよ~』

B『しょうがないなあのび太くん。納期ノビ~ル!』

A『割とマジで欲しい』

 

ボビー「−−って会話して周りの人間笑わせるのやめなさい」

 

 

48.

弾「ドラクエで戦闘になった時、同じモンスターなのに、2体・1体のグループで登場されたら、魔物にもいろいろあるんだなあと寂しい気持ちになる」

一夏「それな」

九十九「激しく同意」

 

 

49.

九十九「通りすがりに聞こえた男女の会話」

 

女『ねぇ、チョコより甘いものってな~んだ?』

男『え ~?わかんないよ~』

女『おまえの就活に対する態度だよ』

 

九十九「辛辣過ぎてこっちがビビった」

 

 

50.

一夏(26)「鈴が3歳の息子とよくアンパンマンごっこでばいきんまん役をさせられてて、いつもはチビが『アンパーンチ』とやると『バイバイキーン』なんだけど、その日は当たり所が悪くマジで痛かったそうで、一瞬黙り込んだ後『ゆ……ゆるさん……絶対に許さんぞ……ぜったいに許さんぞ虫ケラども!』でチビ号泣」

 

 

51.

絵地村「そう言えば、私が小学校の時に中国から交流留学生がやって来て、学級新聞に『ようこそ、許さん』って書かれていたのをふと思い出しました」

 

 

52.

槍真「感動作品として超有名なフランダースの犬。大抵の人はストーリーをご存知と思うので端折るけど、最近改めてアニメのDVDを通しで見たら、記憶と全く違っていた。まず、ネロに辛く当たるイメージのアロアの父は、確かに厳しいが正論しか言ってない。自分がネロの年齢の時には必死で働き、今の財を成した。ネロも絵に熱中してないで真面目に働けよと。そして、ネロが死んでしまうくだり。頼りのお祖父さんが亡くなり、収入も無くなって弱って死んだイメージでしたがアニメを見返してみたら……『お祖父さんの友達の小父さんがネロに木こりの仕事を教えて後継ぎにもなれるよう世話するも、木こりダルーとばかりに熱心にやろうとしない。さらに、小父さんが支度金としてある程度のお金を渡したのにネロはそれで美術館に行って使っちゃった。小父さんだけでなく、親切な近所のおばさんや悪ガキだけど時期が来たらちゃんと働き出した友達とかネロを心配し、実際に世話してくれる人もたくさんいたのにネロは何となく緩慢な自殺をチョイス』って感じだった。普通に働けたのに、死んだ必然性が全く分からなかった。ネロ、そんなに労働が嫌だったんだなって感じでさ」

 

 

53.

弾「先日の午後10時過ぎ頃、電車を降り帰宅しようとしたら、前を酔っ払いが千鳥足で歩いてた。ドリフのコントを思いだし、微笑ましく眺めた。しばらくすると酔っ払いの前から首輪をつけていない三毛猫がトコトコと歩いてきた。酔っ払いが『お~迎えに来てくれたのか~』と三毛猫を抱き抱え、また歩き始めた。迎えに来る猫か……うらやましい……。そんな風に思ってるとおっさんが『本当にお前は賢いな~。黒毛も可愛いし……ん?三毛……? ……誰だ、お前⁉』って言って飲んでた缶コーヒー吹いた。その後、『まあ、いいか。今日からウチの子だ!』って連れ帰った。くそ! 幸せにな!」

 

 

54.

九十九「近所の小さな百均に寄ったら、年配のお客さんが『なにを買いに来たんだか忘れちゃって』と言ってて、店員のおばちゃんが『みんなそう言うのよ。いる物なんて最初からありゃしないのよ。いらない物が並んでてそのいらない物をみんなうっかり買っていくのよ』と答えていたが、なんか深いぞ……」

 

 

55.

簪「以前、本屋で『衝撃‼親が犯人のミステリー特集』という恐ろしいコーナーがあったのを見た」

 

 

56.

一夏「ズボンのファスナーの事を社会の窓って言うの冷静に考えたら謎だよな。だってファスナーは閉じてた方が良いけど、社会の窓って言葉だけ聞くと開いてる方がイメージいいよな。『社会の窓が閉じている』って言うと何かコミュ障引きこもりみたいでマイナスイメージじゃん。という事をふと思いついてからずっと頭を離れない」

 

 

57.

槍真「高校の頃、あと遅刻1回で留年が確定する同級生が始業ベル鳴り終わって5分ぐらいしてから教室に入ってきて、ああ、ダメだったか……って思いに教室が包まれた直後、ポケットから取り出した電車の遅延証明書を掲げた時の盛り上がり凄かったな 懐かしい」

 

 

58.

藍作「昔、お袋がピーマンを口にくわえながら料理を作っていたので、 『何を作ってるんだ?』と思いながらふとお袋の足元を見ると、そこには『ピーマンをくわえて作る簡単チンジャオロースの素』と書かれたレトルト商品のパッケージが落ちていた」

 

 

59.

九十九「なんの気無しにネットを見てたら見つけた、とある最底辺高校の入試問題です」

 

第一問(社会) 次のうちから日本人を選べ。

1.小泉首相 2.ブッシュ大統領 3.ハリー・ポッター

 

第二問(化学) 炭素が完全燃焼すると何という物質になるか?

1.二酸化炭素 2.二酸化炭素 3.二酸化炭素

 

第三問(数学) あなたは二次方程式を解くことができるか?

1.できる 2.できない

 

第四問(国語) あなたの名前を漢字で書きなさい。

 

第五問(歴史) 徳川家康とは何か?

1.犬  2.人間  3.鳥

 

第六問(英語) How are you?

1.I’m fine  2.I’m tired  3.I’m hungry

 

九十九「もうね、マジかと」

 

 

60.

鈴「小学生の修学旅行での事。帰りのバスでカリオストロの城のビデオ流してたんだけど−−」

 

銭形『いや、奴はとんでもないものを(ブチッ)……』

添乗員『はい、皆さんお疲れ様でした。間もなく学校に到着します』

 

鈴「あの添乗員の神経が分かんないわ」

 

 

61.

一夏「中学の頃、大村が苗字音読みでダイソンって呼ばれてて、それが元で梅村はバイソン、若村はジャクソン、下村はアンダーソンとみんなかっこいいあだ名がついたのに 津村だけあだ名がバスロマンだったのはイジメに近いし、今思うとバスロマンはツムラじゃなくてアース製薬」

 

 

62.

弾「小学生の時に『自分の名前の由来をご両親に教えて貰ってきなさい』って宿題が出たんだけど、そん時−−」

 

クラスメイト『オレは末っ子の「成行(なりゆき)」なんだけどさ、あえて親に命名の理由を聞かないことにしてる。なんか、結論が見えてるからな……』

 

弾「−−って奴がいて、ああウンしか言えなかった」

 

 

63.

本音「・自分のシマを持っている・権利関係に厳しい・泣いている子供も黙る・お金を払うと夢の国に案内してくれる・指が4本。以上の事から、ミッ○ーマ○スは極道である言えます」

九十九「いや、その結論はおかしい」

 

 

64.

真耶「そういえば先日友人が『ヘイ彼女!俺で妥協しない⁉』という新手のナンパに遭遇したとぼやいていました」

 

 

65.

柴田「小学校の頃、こっくりさんが流行った頃に私も参加したことがあるんだけど−−」

 

女子A『T君には好きな人がいますか?』→み・そ・ら・あ・め・ん

女子B『S君は私のことをどう思ってますか?』→ぱ・い・な・つ・ぷ・る

女子C『私はO君の彼女になれますか?』→よ・が・ふ・れ・い・む

 

柴田「どういうわけか私が参加するとこっくりさんがバグるのでその後はまったく入れてもらえなかった」

 

 

66.

九十九「中学時代、英作文の問題で『覆水盆にかえらず』を『Mr.Fukusui did not go home at summer vacation』と訳した奴がいた。今でもある意味間違っていないと思う』

 

 

67.

箒「毛先を整えようと入った美容室で−−」

 

美容師『シャンプー失礼します。痒い所ございますかー?』

客『今こうして僕の身嗜みを整えるために使われてる金や水。それを上手く使えば、どこかで苦しんでいる誰かを救えたかもしれない。それを分かっていながら何も出来ずにいる自分が、歯痒いです……』

美容師『流しますねー』

客『あ、はい』

 

箒「−−というやり取りを隣でされて、担当した美容師共々腹筋崩壊」

 

 

68.

九十九「冬休みの休寮期間に実家に帰ったある日の夕食時に『オデンデンデデン♪オデンデンデデン♪』とター○ネーターのテーマを歌いながら母さんがおでんの大鍋持ってキッチンから現れた」

 

 

69.

千冬「『水戸黄○』で悪人達が○門様に平伏すのは、彼の人徳や説法に心打たれたからではなくその背後の権力に恐怖したからに過ぎん。所詮、日本の正義とはそういうモノだ」

真耶「先輩⁉急にどうしたんですか⁉」

 

 

70.

八雲「近所のスーパーの『お客様の声』をふと見たら−−」

 

客『Nさん、かっこいい!おつきあいしてほちぃぃ♪』

店『申し訳ございませんが、Nには2年付き合っている彼女がいます。お客様の声はNにしっかり伝えましたが、やはりお応えする事はできないとの事でございました。大変申し訳ございませんが、諦めてくださいますと幸いです。なお、同じような年齢では、鮮魚売り場のYとW、それに野菜担当のKがフリーでございます。ご検討のほど、よろしくお願いいたします』

 

八雲「落書きに近い適当な投書にこの回答。思わず笑っちゃった」

 

 

71.

本音「ねえ、つくも。リモコンとロリコンの違いって何?」

九十九「幼いと反応するのがロリコンで、押さないと反応しないのがリモコンだ」

 

 

72.

イクラ『ハ~イ』(DEATH NOTEを見せる)

タラ『あ、イクラちゃんそのノートどうしたんですか?』

イクラ『ハイ~チャーン』

タラ『え、そのノートに家族の名前を書くとみんな長生きできるですか。すごいです~』

イクラ『ハ~イバブー』

タラ『貸してくれるですか、ありがとうです。お礼にまずイクラちゃんの名前を書いてあげるです』

イクラ『ば……止めろ‼』

 

九十九「−−という夢を見た。何だったんだ……?」

 

 

73.

ラウラ「小学生が鼻血を出しながら電話BOXの中で『殺し屋……殺し屋……』と呟やきながら、必死にタウンページをめくっていた」

 

 

74.

弾「家のじいちゃんが『鏡の自分にジャンケン勝った!』って大騒ぎしてる。どういうことだ」

 

 

75.

本音「駅のホームで 『困ってる人を見かけましたら、声をかけてあげてください』 って放送の後に 『最近、見知らぬ人に声をかけられることが多発しています。注意しましょう』 って放送が流れて来てどっちやね〜んってなってる」

 

 

76.

本音「紙に『OUT』って書くと、ラーメン屋さんの丸い椅子から転げ落ちてる人に見えるよ〜」

九十九「いやいや、そんなまさか……ホントだ!」

 

 

77.

藍作「本日、戸或駅で痴漢が線路に逃げた為大幅な遅延が起き、槍真の乗る電車も影響を受けたそうだが、周囲のサラリーマンが『痴漢かよ、ふざけんなアホ!』と怒る一方、OLや女子学生は『遅刻したらどうすんだ、尻触られたぐらいで騒ぐなブス!』などと叫んでいたそうである。女の方が女に厳しい様である」

 

 

78.

槍真「八雲の寝言が時々楽しい。夜中に『行かなきゃ……行かなきゃ……』ってうなされるもんだから『どこに?』って聞いたら−−」

 

八雲『岡っ引き検定……』

 

槍真「だって。起こさないように笑いを堪えるのが大変だった」

 

 

79.

九十九「たぶん兄妹だったと思う、小学低学年の女の子と中学生くらいの男の子の会話」

 

妹『昨日、パパがね』

兄『うん?』

妹『23時くらいに帰って来てね、そん時あたし部屋でDSやってたの』

兄『ほー、で?』

妹『おかえりって言おうとパパのとこに行ったら、パパ一人で「俺だって岡田准一になりたい」って言ってたよ』

兄『……この間の事、父さんに謝ろう。な?』

妹『……うん』

 

九十九「君達、父さんに何を言ったんだ?」

 

 

80.

シャル(30)「子供の勉強に付き合ってたら出てきた算数の問題集の中の一問」

 

『15年前の話です。さゆりさんは上野発の夜行列車(午後8時丁度のあずさ2号)に乗りました。そして8時間後に雪の青森駅で降りました。他にもお客さんはたくさんいましたが誰もが無口で、風の音だけが鳴り響いていました。青森駅で20分待った後、今度は青函連絡船という津軽海峡を通って青森と函館を結ぶ船に乗りました。さゆりさんは悲しい事があったので凍えそうなかもめを見つめ泣いていました。冬の津軽海峡はきれいでした。そうこうするうちに船は5時間30分後に函館に着きました。さゆりさんが函館に着いたのは何時ですか?』

 

シャル(30)「ナニコレ⁉」

 

 

81.

本音「ヤフー知恵袋を流し読みしてたら−−」

 

質問『首を切られてもしばらく意識があるって本当?』

ベストアンサー『ない。一時的に意識飛ぶ。リストラされた父ちゃんが、どうやって家まで帰ってきたか覚えてないって言ってたし』

 

本音「−−ってあって、大笑いしたよ〜」

 

 

82.

槍真「今日、電車で20代くらいの女性二人組の会話」

 

A『草食系男子っているじゃん?あれって、絶対周りが肉食過ぎて仕方なく草を食わざるを得なくなった草食系もいると思うんだ」

B『……パンダ?』

A『そうそうパンダ‼「可愛い顔で笹食ってるけど、自分熊っすから」みたいな』

B『○○(芸能人?知り合い?)とかそんな感じだよね』

A『あと、肉食系でも高級和牛しか食べない肉食とか、肉ならチャーシューでもアメリカ産牛肉でもいい肉食とか、ハンバーグくらいしか食べない肉食とか、バリエーションあると思う』

B『肉食系男子のイメージが変わるなあ』

A『自分で「俺、草食系だから」とか言う男は肉食だと思う』

B『あーわかるww「俺だって肉くらい食うし!」とか言いながらサラダ食べてるのが本当の草食系だと思う』

A『Bちゃんは見た目だけは草食系だよね、森ガールとか言うやつ』

B『あー……アマゾネス的な?』

A『違うしwwあいつらワニとか狩れるよ!』

B『ワニは無理だなあ』

A『鶏肉の味がするらしいけど』

B『だったら鳥狩るよ』

 

槍真「なんか楽しそうな子達だなと思った」

 

 

83.

弾(20)「九十九と一夏と行った居酒屋。隣の席で合コンやってて、王様ゲームが始まったんだよ」

 

『『『王様だーれだ!』』』

女『はーい、あたしー‼』

男A『うわぁー!』

男B『軽いやつで頼むよ!』

 

女『えー、じゃあねー、1番と2番がー……1番と2番が昔からの幼馴染で何をするにも競いあっていたもののお互いの事はちゃんと認めていた。しかしひょんな事から同時に4番を好きになってしまって4番を取り合い大喧嘩をしてしまうんだけど、4番は5番が2番の事を前からずっと好きだったのを知ってるから、ほんとは自分も2番が好きなのに素直になれず1番にも思わせぶりな態度をとる自分に自己嫌悪をする毎日。しかしそんな中突如として現れた3番が1番に近づき、二人の距離は急接近。1番は4番を諦めようとするが、実は3番が2番と1番を二股に掛けてる事が発覚!自分も二股にかけられていた事を知った4番は傷心のままプリングルズ工場の型抜き機に飛び込んで自殺、スパイシーチリ味に成り果てた4番を眺め1番と2番は事の重大さを悟るがもう手遅れ、ついには責任を擦り付けあい、危うく殺し合いにまで発展するかと思いきや6番が止めに入りすんでの所で事なきを得ろー!』

4番『えええー⁉』

 

弾(20)「隣で聞いてた俺らも『えええー⁉』ってなったわ」

 

 

84.

一夏「バスの中でリーマンが二人話してたんだ」

 

A『昨日、子供に「パチンコの玉って何でできてるの?」って聞かれたんだよ』

B『へぇ?なんて答えたんだ?』

A『「【金】を【失】うと書いて【鉄】だ」』

 

一夏「そこでバスを降りたけど妙に納得した」

 

 

85.

柴田「去年のクリスマスイヴに10対10くらいのそこそこ大規模な合コンやった。まあ私は惨敗して、都内のとある公園のベンチにふて寝してた。寝たら死ぬのは解ってたけどちくしょーどうにでもなれーみないな。酔ってたし。そしたら公園の噴水前に一組の男女がいた。私から10mも離れてないところで見つめ合って−−」

 

男『ぼ……僕と結婚してください!』

女『はい!結婚します!』

 

柴田「言った瞬間噴水が吹き上がってイルミネーションが光った。なに、ロケ?彼氏側のサプライズ演出?よくわからなかったけど、ポケットにクラッカーが残ってたのでとりあえず鳴らして祝福してあげた。瞬間、彼氏が彼女に猛然とタックルし『伏せろっ‼』って。ポカーンとしたわ」

 

 

86.

九十九「中学の世界史のテストでローマ帝国を滅ぼしたのは何人かというテストで、民族の名称を書くべき所に勉強してないほとんどの奴は3000人などと人数を書いていたが、一番笑ったのは3人と書いた奴。サイヤ人か」

 

 

87.

箒(28)「小学1年生、初めての夏休み。娘の夏休み帳の【夏休みの目標】に『友達の顔を忘れない』とあった」

 

 

88.

弾(24)「爺さんの葬式の時なんだけど。俺もあんま知らない親戚の子供(4~5歳)が葬儀中に騒いでいた。んで、あんまり酷かったので親戚のおっちゃんが『うるせーぞこのクソ坊主‼』と怒鳴りつけた瞬間、坊さんの読経がピタっと止んで笑った。10秒くらいしてから子供の事だと気付いた坊さんが読経再開したが、その場にいたほとんど全員の肩が震えていた」

 

 

89.

有人「飲み会で同僚のイタリア人と日本人の会話」

 

伊『なんでよその国の人はバチカンに伝説の武器があると思うの⁉宗教施設にそんなのあるわけないでしょ!日本もそういうのよく言われるから気持ちわかるでしょ?』

日『草薙剣や七支刀なら今も神社に祀られてます』

伊『おまえらのせいだよ‼』

 

有人「イタリアがキレた」

 

 

90.

一夏「ラウラからのLINE」

 

ラウラ『料理以前の質問で悪いが、真空パックの冷凍ハンバーグはレンジでチンできるのか?』

ラウラ『解決した。爆発した』

 

一夏「何で俺の返信まで待てなかったんだよ!?腹減ってたのか⁉」

 

 

91.

千冬「一度しか言わんからちゃんと聞け」

九十九「はい、一度しか聞かないのでちゃんと言ってください。あ、ごめんなさい!千冬さんすみません!何度でも聞くから無言で殴るのやめてください‼」

 

 

92.

九十九「居眠りしている本音が『っあ、や、ダメ、ダメだって!や、いや、やめて‼ダメだって〜……』と寝言を言い、私とシャルが真顔でフリーズした直後『や、だめ、だめだって!も、ほんとにまって!色鉛筆はレンジでチンしないで〜‼』と寝ながら叫び、別の意味で真顔フリーズした後、二人で爆笑した」

 

 

93.

一夏「鈴のナンパの断り方のキレの良さが凄い。『今、おやつ消化してるから忙しい』は、素晴らしいと思う」

 

 

94.

弾「一夏から『何で子どもには選挙権が与えられないんだ?』と訊かれて、九十九は『ろくに考えず人気者に投票してしまうからだ』と返してた。一夏は納得してたけど、あれたぶんブラックジョークだよな?」

 

 

95.

八雲「九十九が産まれた当初、育児に関係する本とか沢山読んだ中で一番忘れられないのが、『怒鳴らない母親になるために』というコラムにあった『怒りそうになったら冷蔵庫を開け意味もなく頭を突っ込み、その後お子さんの元に戻ってください。それだけで自分の気持ちがコントロールできます』ってやつ。そんな姿を見せる方が子供にヤバい影響を与える気がするんだけど……って思って、未だに忘れられない。ちなみに実行もしていない」

 

 

96.

九十九「弾が一夏に『好きな人に振り向いてもらうにはどうしたらいい?』って訊いたら、『好きな人を追い越して弾が振り返ればいいだろ』と返していた。弾は一夏のイケメンぷりに戦慄していたな」

 

 

97.

槍真「風邪を引いてかかりつけの内科に行った時の事。先生が患者と話してるのを聞いたんだけど、それがこんな会話だった」

 

医師『A型、反応でましたね』

患者『インフルかー……会社行ってパンデミックやっていいですか』

医師『嫌な人とは無意識に接触避けるので、嫌なヤツほどうつせませんよ』

 

槍真「先生、受け答え慣れすぎてません?」

 

 

98.

ボビー「日中に下ネタを口走った時に『まだ昼だよ』とか得意気に言う人は何なのかしらね?じゃあ貴方は真冬に咲いた桜の花とか、季節外れの雪に感動したりしない訳?っていつも思うのよ♥」

九十九「なんでちょっといいこと言ってる感じなんですか」

 

 

99.

箒「まだガラケーを使ってた私に九十九が、『いい着メロがあったから、お前にプレゼントしよう』とメールを送ってきた。そのメールに添付されたデータを四苦八苦しながら開いた途端、『は・か・た・の塩!!!!』って大音量で流れて、周りの全然知らない人達を笑い死にさせた挙句私を社会的に抹殺してくれたんだが、あの殺人鬼は今頃元気だろうか」

 

 

100.

九十九「今、私達にとって最大にして最後の戦いが始まった。この戦いの結末がどうなるかは誰にも分からない。だがこの一戦の先に、きっと平穏がある……はずだ。……あると良いな。……ある……よな……?頼むからあって!」




英気は養えたし、プロットも纏まってきたので本編の執筆に戻ります。
今少しお時間を頂くかと存じますが、どうか気長にお待ちください。


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#00  設定

ここでは、オリ主『村雲 九十九』とオリIS『フェンリル』の設定を書いていきます。
新設定、新武器等が作中で登場し次第、随時更新していきます。



オリ主設定

 

名前  村雲 九十九

読み  むらくも つくも

年齢  16歳

誕生日 4月13日

身長  175㎝

体重  70㎏

髪色  黒

瞳   こげ茶

趣味  サバイバルゲーム  モデルガン収集 猫グッズ収集 一夏弄り

特技  射的 行動予測

好きな物 自己利益 猫 挽肉料理(特にハンバーグ)

嫌いな物 自己損害 癖の強い食材(特にセロリ)

 

 知恵と悪戯の神を自称する人物『ロキ』によって「インフィニット・ストラトス」(以下IS)の世界に転生させられた男。

 前世ではある大企業の主任クラスのサラリーマンだった。

 前世のある日の夜、自分の事を逆恨みした男に路上で滅多刺しにされて殺された。

 基本的に打算的な性格であり、自分の利益を追求し、そのための努力を怠らない。

 ただし、自分にとって大切なものが危険に晒されたり、何者かによって害されたりした場合は打算抜きで行動する事がある。

 

 「打算抜き」対象者は、両親の村雲槍真(そうま)八雲(やくも)、織斑千冬・一夏姉弟、篠ノ之箒、凰鈴音、五反田弾・蘭兄妹。臨海学校の一件の後からシャルロット・デュノアと布仏本音が新たに加わった。

 自分が転生者である事を両親にのみ明かしており、両親にも秘密にするよう頼んでいる。

 

 本人は自分の容姿について「十人並みだ」と思っているが、弾曰く「あいつが十人並みなら、世界のイケメンの六割は十人並みになる」らしい。もっとも、容姿で得をした事は少ない。

 

 自分の家族、もしくは家族同然に思っている人物を、心身を問わず傷付けられる事に最も怒りを感じる。

 その際、強い怒りの感情が引金となって発動する『激昂モード』と呼ばれる状態になる事がある。

 『激昂モード』発動中は思考速度と身体能力が飛躍的に上昇し、性格に若干の変化(一人称や口調が変わる等)が起きる。

 解除条件は家族を傷付けた相手の撃滅、もしくは傷付けられた相手が傷付けた相手を許す事。

 解除されると一気に冷静になるため、自分のそれまでの言動が急に恥ずかしくなる事もある。

 ロキの一時的な憑依の後、『激昂モード』時に瞳が碧く発光するようになった(本人無自覚)が、関連性は現在不明。

 

 目を合わせた動物が無条件で降伏する、通称『動物従え』を持つ。

 効果は哺乳類なら確実に発動し、鳥類以下の動物は脳の発達度に応じて変化する。

 但し、本人はこの能力に辟易している。

 

 戦闘スタイルは近距離射撃型。

 対戦相手の事を調べられるだけ調べ尽くし、その上で戦う策士タイプ。

 本人曰く「これくらいやって当然。むしろ何故誰もやらない」

 

 神から特殊能力として、IS適性(Sランク)と最大100の並列思考(本人は分割思考と呼んでいる)を与えられている。

 

 

オリIS設定

 

名称  フェンリル

和名  魔狼王

形式  RC−X01

世代  第三世代

国家  日本

分類  全距離対応射撃型

装備  .55口径回転式拳銃『狼牙』

    .33口径機関拳銃『狼爪』

    30㎜口径3×3連装回転式機関砲(ガトリングガン)『ケルベロス』

    自動追尾式投擲槍(ホーミングジャベリン)『グングニル』

    カートリッジ式高温溶断剣(ヒートソード)『レーヴァテイン』

    超音波振動剣(メーザー・バイブレーション・ソード)『フルンティング』

    超大型対光学兵器物理盾(ヒュージアンチビームシールド)『スヴェル』

    推進器付大戦槌(ブーストハンマー)『ミョルニル』

    思念誘導式機動汎用腕(マニピュレータービット)『ヘカトンケイル』(右腕型50/左腕型50)

装甲  ラグナロク・コーポレーション製特殊合金『オリハルコン』

仕様  超超大容量拡張領域(バススロット)世界樹(ユグドラシル)

待機形態 ドッグタグ

 

 ラグナロク・コーポレーションが総力を結集して開発した最新鋭のIS。……とされているが、実際には『ロキ』の退屈しのぎに同調した『主神』によって創られたIS。

 『主神』の歴史改変によって、ラグナロク・コーポレーションIS開発部門主任研究員絵地村都夢(えじむら とむ)が中心となって開発した事になっている。

 

 装甲材の特殊合金『オリハルコン』は、軽量でありながら極めて高い対弾性、対ビーム性を有している。

 背中のウィングスラスターは、二対四枚のそれぞれが独立しており、高い機動性を実現している。

 また、高性能射撃管制システム『アルテミス』を搭載し、どんな体勢からでも正確な射撃を行える。

 

 

名称 フェンリル・ラグナロク

和名 黄昏

形式 RC−X01−S

世代 第三世代(第四世代理論武装実装型)

国家 日本

分類 全距離対応射撃型

装備 フェンリルに準ずる

単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ) エネルギー吸収能力『ヨルムンガンド』

装甲 ラグナロク・コーポレーション製特殊合金『オリハルコン』(生体同調機能付与)

仕様 フェンリルに準ずる

 

 フェンリルと九十九が深層同調(ディープ・シンクロ)をする事で第二形態に進化したフェンリルの姿。

 主にウィングスラスターの増設による機動力の強化が行われ、さらなる高機動戦を可能としたが、そのために消費するエネルギー量が増加したため、エネルギー効率という点では悪化したと言える。

 自身の前腕装甲と『ヘカトンケイル』に展開装甲を実装。単一仕様特殊能力使用時のみ展開する。

 

 

名称 フェンリル・ルプスレクス

和名 狼王

形式 RC−X01−T

世代 擬似第四世代型

国家 日本

分類 全距離対応射撃型

装備 フェンリルに準ずる

単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ) 特殊能力開発能力『神を喰らう者(ゴッドイーター)

装甲 ラグナロク・コーポレーション製特殊合金『オリハルコン』(生体同調機能付与)

仕様 フェンリルに準ずる 

 

 フェンリル・ラグナロクが一定値以上の経験を得た事で第三形態に進化したフェンリルの最終進化形態。

 装甲の軽量化、縮小化に加え、多方向マルチスラスターと化したウィングにより、そのスピードと機動性は現行ISでもトップクラスの物となった。

 展開装甲が前腕部のみから全身に拡大、事実上の第四世代機となった。この進化は、後述する単一仕様特殊能力の影響と思われる。

 

武器設定

 

.55口径回転式拳銃『狼牙』

 マグナム弾を発射できる拳銃。装弾数は6発。フェンリルの初期装備(プリセット)の一つ。

 九十九はこの銃と『狼爪』の二丁、もしくは『狼牙』の二丁持ちによる射撃を多用する。

 弾速と連射性を犠牲に、威力と命中精度を上げている。

 

.33口径機関拳銃『狼爪』

 フルオートのマシンピストル。装弾数は18発。フェンリルの初期装備の一つ。

 威力と命中精度を犠牲に、弾速と連射性を上げている。

 九十九はこれを牽制や様子見に用いることが多い。

 

30㎜口径3×3連装回転式機関砲(ガトリングガン)『ケルベロス』

 両手持ちのガトリングガン。フェンリルの後付武装(イコライザ)の一つ。毎分3600発の弾丸を発射できる。

 かなり巨大なため、機体の機動性が大きく落ちる事が難点。

 だが、足を止めての撃ち合いには威力を発揮する。

 

自動追尾式投擲槍(ホーミングジャベリン)『グングニル』

 全長1.5mの投げ槍。フェンリルの後付武装の一つ。

 独立したPICと特殊なセンサーを内蔵し、操縦者が目標に設定した対象に命中するまで、もしくは操縦者が帰還命令をだすまで対象を追尾し続ける。

 目標設定方法に視線認証を採用しているため、複数の目標に対しては使用できない。通常の片手槍としても使用可能。

 

カートリッジ式高温溶断剣(ヒートソード)『レーヴァテイン』

 刃渡り1mの片手剣。フェンリルの後付武装の1つ。

 柄尻にカートリッジの挿入部があり、そこにエネルギーカートリッジを挿入。引鉄を引く事で刀身にエネルギーを伝達。刀身を赤熱化して攻撃する。

 弱点として、一回の撃発で10分しか赤熱化を維持出来ない事。

 間を開けずに連続で撃発すると、高温に刀身が耐え切れずに融解してしまう可能性がある事。

 リボルバーマガジン式の大型カートリッジを装着し、音声コードを入力。カートリッジを六発同時撃発する事で電離体刀形態(プラズマブレード・モード)『レーヴァテイン・オーバードライブ』の発動が可能。九十九はこれを奥の手としている。

 欠点として、エネルギー消費量の関係上、刀身の維持限界時間が10秒しかない事。刀身長が長い為、振り方次第で余計な被害を出してしまう事。

 

超音波振動剣(メーザー・バイブレーション・ソード)『フルンティング』

 刃渡り1.8mの片手半剣(バスタードソード)。フェンリルの後付武装の一つ。

 秒間20万回の超音波振動により、厚さ10㎝の鉄鋼板すらバターのように切り裂く切断力を持つ。

 九十九はこれを、主に対象の武器破壊に用いている。

 欠点として、振動回数の変更が出来ず、切断力を調整できない事が上げられ、作成した技術者から『対人使用』を厳しく禁じられている。

 

超大型対光学兵器物理盾(ヒュージアンチビームシールド)『スヴェル』

 縦4m、横3mの超大型物理盾。フェンリルの後付武装の一つ。

 表面に特殊なアンチビームフィールドを形成し、ビームエネルギーを拡散する事で防御する。

 計算上、第二世代IS三機分の全エネルギーを使用したビーム砲を防ぐ事が出来る。

 欠点として、大きすぎるため取回しが利かない事。

 

推進器付大戦槌(ブーストハンマー)『ミョルニル』

 ハンマーヘッドの片側に四機のブースターを搭載した大型ハンマー。フェンリルの後付武装の一つ。

 推進力と遠心力、本体の硬さと重さ(約150kg。一般的なISの重さとほぼ同じ)で対象を破壊する。

 『レーヴァテイン・OD』を除けば、単純な攻撃力は最も高い。

 欠点として、重すぎるために振り下ろす、振り回す、放り投げるのいずれかしか攻撃手段が無く、手を読まれやすい事。

 一度外すと大きな隙を晒すため、使いどころの見極めが難しい事。

 

対人制圧用打撃兵装(ハリセン)『浪速必携』

 ラグナロク技術者の悪ノリによって搭載された、無駄に高性能なハリセン。九十九はもっぱらラヴァーズへのツッコミに用いる。厚紙の間にオリハルコンホイルを挟む事で、強度を極限まで高めている。

 

思念誘導式機動汎用腕(マニピュレータービット)『ヘカトンケイル』

 フェンリルの第三世代兵装。右腕型、左腕型が各50機ずつ搭載されている。

 フェンリルの武装を使用可能であり、本体との連携戦闘や一対多戦闘を可能とする。

 『ヘカトンケイル』の運用には高度な並列思考能力が必要不可欠であり、この兵装の十全な運用は現在九十九のみが可能である。

 機動の精密性は同時稼働数に反比例する。これは、思考の数が増えるほど一つ当たりの思考が単純化していくためである。

 使用後、程度の差はあるが頭痛に見舞われる。痛みの程度は同時稼働数、同時連続稼働時間に比例する。

 第二形態移行(セカンド・シフト)後、戦術支援AIが発現。上記のリスクは低減された。

 しかし同時に頭痛が襲って来るのが戦闘中となった為、九十九はこれに不満を漏らしている。

 また、『ヨルムンガンド』の発動時には装甲が展開し、アイスブルーの光を発する。

 

超超大容量拡張領域(バススロット)世界樹(ユグドラシル)

 フェンリルの腰部リアアーマーに内蔵されている、大容量の拡張領域。

 ラファール・リヴァイブ20機分の拡張領域に匹敵する容量を誇り、大量の武装・弾薬を格納している。

 ヘカトンケイルもこの中に入れてあり、全容量の60%を占めている。

 第二形態移行後、容量が1.8倍に増大したが、進化したヘカトンケイルに容量を取られたため、最大積載量は変わらなかった。

 

 

単一仕様特殊能力設定

 

エネルギー吸収能力『ヨルムンガンド』

 

 フェンリルが第二形態移行した事で得た特殊能力。『エネルギー』と名の付くものならほぼなんでも吸収可能。

 「ほぼ」なんでもなのは、自分で発生させたエネルギーに関しては吸収不可能だからである。

 発動時、本体の前腕装甲が展開し、アイスブルーの光が漏れる。

 効果範囲は手の届く範囲と極めて狭いが、『ヘカトンケイル』と同時運用する事でその効果範囲は大きく広がる。

 吸収限界は第二世代ISのフルチャージ10機分。

 吸収したエネルギーはそのままフェンリルのエネルギー回復に使われる。

 自身のエネルギーが最大の時は一時的にプールされ、ダメージを受けるかエネルギーを消費する行動を取ると同時に同量のエネルギーが回復に使われる。

 ただし吸収限界を超えてしまうと、次の瞬間吸収したエネルギーが暴発。周辺に多大な被害を出してしまう。

 

 

特殊能力開発能力『神を喰らう者』

 

 フェンリルが第三形態移行した事で『ヨルムンガンド』から進化した単一仕様特殊能力。

 相手の特殊能力による攻撃をエネルギーを吸収すると共に解析・学習・最適化し、自身の能力として使用できるようにする。

 ただし、一般的な武装によるエネルギー攻撃は対象外。

 

世界(ディ・ヴェルト)

 フェンリル流のAIC。フェンリルの半径50mの範囲に慣性停止結界を展開する。敵味方識別機能あり。

 

火神(アグニ)

 フェンリル流のソリッド・フレア。超高温の熱線砲(ブラスター)。威力と口径は調整可能。

 

零還白光剣(クラウソラス)

 フェンリル流の零落白夜。片手剣モードと大剣モードの切り替えが可能。

 

神竜(シェンロン)

 フェンリル流の龍砲。両手脚に展開し、拳打や蹴りに合わせて放つ近距離用技。

 

冥獄(タルタロス)

 フェンリル流のグラビトン・クラスター。ある一点を中心とした最大半径1㎞圏内に最大1万倍の超重力空間を発生させる。

 

特殊装備解説

 

専用高機動戦用パッケージ『フレスヴェルグ』

 

装備内容内訳

高出力大型多方向推進装置(マルチスラスター)×1

脚部ブースター×16

背部ブースター×4

専用複合兵装『グラム』✕1

 

最高速度 1200㎞/h(戦闘時)

     2550㎞/h(巡航時)

     4800㎞/h(過剰加速時)

旋回半径 10㎞(巡航時)

     250m(高機動戦闘時)

最高速度到達時間 2.5秒

完全停止時間 2.0秒

最高到達高度 15㎞

連続活動可能時間 12.5時間(巡航時)

         4.5時間(高機動戦闘時)

         15分(過剰加速時)

 

 ラグナロク・コーポレーションが開発した、『フェンリル』専用高機動戦用パッケージ。

 装着時には『フェンリル』のウィングスラスターとマルチスラスターを重ねた形になる。

 全スラスターと全ブースターを一斉に最大出力にすれば、現行の全てのISを遥かに上回るスピードを出せるが、エネルギーが15分しか持たない上にブースターが焼き付いて使えなくなってしまうため、あくまでも緊急用の機能である。

 また、装備時に『フェンリル』の第三世代兵装《ヘカトンケイル》が使えなくなるという弱点もある。

 これは単純に《ヘカトンケイル》が高機動戦についていけないからである(ヘカトンケイルの最高速度は800km)。

 

専用複合兵装『グラム』

 電磁投射砲(リニアレールガン)と単分子ブレード、プラズマランスが一体になった『フレスヴェルグ』用複合兵装。

 遠中近、全てに一つの武器で対応する事を主眼においた設計になっている。

 電磁投射砲の弾数が少なく、予備弾倉も多くないため、九十九は普段、これを銃剣や突撃槍として用いている。

 

 

宇宙空間作業用パッケージ『八脚神馬(スレイプニル)

 

装備内容内訳

宙間姿勢制御用多方向推進装置付ウィングユニット×1

精密作業用マニピュレータ付アームユニット×2

 

 ラグナロク・コーポレーションが開発した、宇宙空間作業用パッケージ。

 装着時にはISをすっぽりと覆うような形になる。

 多層構造の装甲板は多少の宇宙ゴミがぶつかった程度では小揺るぎもしない頑健さを誇る。

 

 

対大型宇宙塵破砕用120㎝口径陽電子衝撃砲(ポジトロン・スマッシャー)太陽神(アポロン)

 

全長 25m(内、砲身長15m)

全高 10m

総重量 150t

動力源 試作型常温核融合炉(パラジウム・リアクター)

 

 いずれ来る宇宙開発時代を見越したラグナロク技術者陣が「宇宙ゴミなんて纏めて消し飛ばしちまえば良くね?」という極論を形にした、超大型機動砲台。

 あまりの大きさと重さ故に、宇宙空間以外での運用は不可能。

 その威力は絶大で、試射のために集めた廃棄予定の人工衛星5機がたった一射で纏めて消し飛んだ程である。

そのため、運用には社長及び現場責任者の許可が必要。

 操作する際は、《太陽神》のコクピット(砲身基部に存在)に機体を接続する事で《太陽神》とのダイレクトリンクを確立。これにより、直感的な操作が可能になる。



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#00−2 オリジナルキャラクター解説

オリジナルキャラクター解説ページです。

新キャラが登場し次第、随時更新します。


九十九関係

 

 

村雲槍真(むらくも そうま)

 

年齢 40歳

所属 ラグナロク・コーポレーション秘書課長・社長秘書

イメージCV 鈴村健一

 

 九十九の父。真面目だが、洒落や茶目っ気も持ち合わせる中年男性。

 ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作とは中学時代からの付き合いがあり、その縁でラグナロクに入社した。その敏腕で藍作の社長業をサポートする。

 九十九の使う格闘術は槍真が仕込んだ物で、曰く『家伝の格闘術』らしいが定かではない。

 九十九の『分かりにくい優しさ』に気づいてくれたシャルロットと本音を、妻・八雲同様気に入っている。

 

 

村雲八雲(むらくも やくも)

 

年齢 35歳

所属 なし(強いていえば村雲家)

イメージCV 坂本真綾

 

 九十九の母。超が付くほどの自由人。年齢にそぐわない非常に若々しい外見をしており、九十九と並ぶと親子と思われるより先に姉弟だと思われる程。

 家事、特に料理に対する造詣が深く、あらゆる料理を1から手作りする。村雲家の地下には、彼女が作った漬物や手製の調味料がビッシリと詰まっている。

 食べ歩きを趣味としているが、評価は非常に辛い。九十九の舌が肥えた最大の原因とも言える人。

 『この子達なら九十九を理解してくれる』と直感的に理解して以来、シャルロットと本音をとても気に入っている。

 

 

シャルロット関係

 

 

フランシス・デュノア

 

年齢 45歳

所属 デュノア社社長代理

イメージCV 平田広明

 

 シャルロットの父。厳しくも穏やかな性格のフランス紳士。

 シャルロットの生母であるマリアンヌとの結婚間近に、親の尻拭いを押し付けられる形でエレオノールと結婚する事になった悲運の人。

 『身勝手な理由で母を捨てた人』とシャルロットに思われていたが、デュノア社エレオノール派排斥作戦の折に真意を知り和解。現在では他愛のない話を楽しめる程に親子関係は改善されている。

 

 

マリアンヌ・ソレイユ

 

享年 36歳

イメージCV 鶴ひろみ

 

 シャルロットの母。故人。シャルロットをそのまま大人にしたような容姿の女性。

 フランシスの為に自ら身を引く事を決意した挺身の人。フランシスが自宅近くの街の治安と利便性を上げたのに薄々気付いていた。

 過労による免疫力低下と、それによる肺炎の重症化が原因でこの世を去る。

 

 

本音関係

 

 

布仏誠(のほとけ まこと)

 

年齢 47歳

所属 更識家(従者筆頭・総監督)

イメージCV 平川大輔

 

 本音の父。柔和だが、規律には厳しい。更識家先代『楯無』劔とは従兄弟同士。

 本音の楯無に対する態度に思う所はあるが、当の楯無が気にしていない為強く言えないでいる。

 

 

布仏言葉(のほとけ ことのは)

 

年齢 43歳

所属 更識家(厨衆筆頭)

イメージCV 岡嶋妙

 

 本音の母。本音そっくりののほほんとした雰囲気の女性。更識家の厨房を一手に取り仕切る厨衆(くりやしゅう)のトップ。

 あらゆるジャンルの料理を作れるが、一番の得意は京風の味付けの和食。

 顔を見ただけでその人物が将来大成するか否かが分かる、出会ったばかりの相手の本質を見抜くなど、非常に鋭い感性の持ち主。

 

 

 

ラグナロク・コーポレーション関係

 

 

仁藤藍作(にとう あいさく)

 

年齢 41歳

役職 社長

イメージCV 中田譲治

 

 ラグナロク・コーポレーションの社長。野生のライオンと形容されるワイルドな風貌の男性。

 仁藤重工業を僅か10年で日本有数の総合企業へと押し上げた商才の持ち主。九十九の父、槍真とは中学時代からの友人同士。その縁で、槍真をラグナロクに引き入れた。

 亡国機業(ファントム・タスク)の前身『ウォーゲームマスター』の創設者、仁藤紅作を高祖父に持つ。12年前、亡国機業に両親と妻子を殺害された事を契機に、亡国機業への復讐と高祖父から続く因縁の精算の為に行動を開始する。

 

 

絵地村登夢(えじむら とむ)

 

年齢 48歳

所属 IS開発部(部長)

イメージCV 津田健次郎

 

 『フェンリル』の開発者で、専属整備士。手入れされていないボサボサの髪と無精髭が特徴の中年男性。独身。

 藍作から「頼むから休暇を取ってくれ!」と言われる程の仕事中毒者。仕事の息抜きが仕事とか何ソレ?

 『フェンリル』の進化速度の速さに驚愕しつつもついて行けている。九十九曰く『この人も大概変態(天才)

 

 

ルイズ・ヴァリエール・平賀(ひらが)

 

年齢 26歳

所属 IS開発部・パイロット課

イメージCV 釘宮理恵

 

 元フランス代表候補生で、九十九のISの師匠。ピンクブロンドの髪とスレンダーな体型が特徴のキレイ系美女。

 現役時代の二つ名は『虚無(ゼロ)』。グレネードランチャー乱射による面制圧爆撃を得意戦術とする。

 教育方針は超スパルタで、九十九にいくつかのトラウマを植え付けた。

 

 

キュルケ・ツェルプストー

 

年齢 27歳

所属 IS開発部・パイロット課

イメージCV 井上奈々子

 

 元ドイツ代表候補生で、本音のISの師匠。燃えるような赤毛と官能的な肢体が特徴の色気溢れる美女。

 現役時代の二つ名は『灼熱(ヒート)』。高温溶断兵装(ヒートウェポン)や火炎放射器等を好んで用いる。

 性に対する奔放さが原因で軍を不名誉除隊した過去がある。

 

 

平賀才人(ひらが さいと)

 

年齢 27歳

所属 IS開発部・整備課(ルイズ専属)

イメージCV 日野聡

 

 ルイズの夫で専用『ラファール』の専属整備士。短く刈った黒髪が特徴の静かな熱血漢。ルイズとはフランスで知り合った。

 To loveる体質の持ち主で、事ある毎にエロハプニングを巻き起こし、その度にルイズの怒りを買って追い回される日々。

 たまに騒動に巻き込まれるため、九十九の恨みを買っている。ほんとスミマセン。

 

 

瓜畑成也(うりばたけ せいや)

 

年齢 43歳

所属 IS開発部・兵装開発課

イメージCV 飛田展男

 

 ラグナロクの兵装開発をほぼ一手に担う男性。常にテンション高め。

 元は個人経営の町工場をやっていたが、趣味で作ったIS用兵装が藍作の目に止まり、熱心なスカウトを受けて入社。

 全身を電撃が駆け巡った位ではビクともしない程頑丈。

 

 

李蘭華(リー・ランファ)

 

年齢 23歳

所属 秘書課

イメージCV 中島愛

 

 秘書課の二枚看板(ダブルフェイス)の一角。小柄でかわいい系の溌剌美人。米系2世の中国人。

 もう一人の二枚看板、濃霧詩愛梨とは警備課の早乙女有人を取り合う恋のライバル。

 だが、九十九達の様子を見て『分け合うのも良いんじゃないか?』と思い始めている。

 

 

濃霧詩愛梨(こいきり しえり)

 

年齢 25歳

所属 秘書課

イメージCV 遠藤綾

 

 秘書課の二枚看板の一角。グラマラスな肢体のセクシー系美女。イギリスのクォーター。

 もう一人の二枚看板、李蘭華とは警備課の早乙女有人を取り合う恋のライバル。

 最近、蘭華から「どうせなら、取り合うより分け合いません?」と提案されて即乗った。九十九達の姿に思う所があったらしい。

 

 

早乙女有人(さおとめ あると)

 

年齢 24歳

所属 警備部・警備1課(要人警護担当)

イメージCV 中村悠一

 

 ラグナロク警備1課の主任で、主に社長の出張時に警護担当官として同行する。女に間違われる程の中性的な美貌の持ち主だが、本人にとってはややコンプレックス。

 秘書課の二枚看板二人の好意を一心に受ける幸せ者だが、同時にトラブルも絶えない苦労人。

 誰が呼んだか『ラグナロクの三角関係野郎(トライアングラー)』。

 最近、蘭華と詩愛梨が協調路線を取り出した事に絶賛困惑中。どうしてこうなった?

 

 

ボビー・丸合(まるごう)

 

年齢 50歳(自称永遠の29歳)

所属 服飾部(ヴァルハラ店長)

イメージCV 三宅健太

 

 秋葉原にあるコスプレグッズ専門店『ヴァルハラ』の店長。筋骨隆々のオネエで、そっちのガチ勢。

 元はNBLのプロアメリカンフットボーラー。怪我で引退後、芸能人専門のスタイリストを経てラグナロクに入社。

 可愛い少年に女装を施すのが趣味で、現在は九十九が1番のお気に入り。事ある毎に九十九を女装させようとするため、九十九からは警戒されている。

 

モニカ・ラング&ミーナ・ローシャン&ラム・ホア

 

年齢 25歳/24歳/22歳

所属 服飾部(ヴァルハラ店員)

イメージCV 田中理恵/平野綾/福原香織

 

 『ヴァルハラ』立ち上げ当時から勤務する、最古参の店員。しっかり者の印象のモニカ、褐色の肌と白目の少ない目が特徴のミーナ、最年少でかわいい系のラムの3人組。普段から行動を共にする程仲がいい。

 ボビーと違い、可愛い女の子を着飾らせるのが好き。IS学園専用機持ち組とかモロ好み。

 

畑蘭子(はた らんこ)

 

年齢 25歳

所属 広報部(カメラマン)

イメージCV 新井里美

 

 ラグナロク専属のプロカメラマン。ショートボブと薄めの顔が特徴の女性。表情の変化が乏しいため、何を考えているかいまいち分からない。

 元フリージャーナリストだが、過激な取材姿勢が原因で業界の鼻つまみ者だった。

 藍越学園に顔立ちのよく似た妹がいるらしい。

 

 

洗馬司坦(せば すたん)

 

年齢 51歳

所属 宝飾部(フノッサ店長)

イメージCV 秋元洋介

 

 ラグナロク・コーポレーション、宝飾部直営店『フノッサ』の店長。ロマンスグレーの総髪を後ろに撫で付けた、渋い中年男性。

 人の幸せな顔を見るのが何よりも好き。

 

 

奥田愛美(おくだ まなみ)

 

年齢 24歳

所属 医学・薬学部

イメージCV 矢作紗友里

 

 黒髪を緩めの三つ編みに纏め、縁の無い細めの丸眼鏡をかけた地味だが可愛い女性。

 薬学に精通しており、若干24歳でいくつかの特許を取得している。

 普段は真面目で大人しいが、時折深夜テンションで突っ走ってとんでもない薬を作る事がある。

 

 

烏丸風生(からすま ふうき)

 

年齢 30歳

所属 諜報部

イメージCV 早見沙織

 

 ラグナロク諜報部、対組織専門諜報官。夜会巻きと小柄な体が特徴の元気系美女。烏丸風生は偽名であり、本名は不明。

 コードネームは『フギン』。『ムニン』と共にラグナロクの敵対組織や競合他社に関する情報を集めている。

 ここ数年の周りの結婚ラッシュに焦りを感じている。

 

 

IS学園関係

 

 

レヴェッカ・リー

 

年齢 17歳

所属 アメリカ

イメージCV 池澤春菜

 

 ショートカットの黒髪と中国系の整った顔立ちが特徴の美少女。顔に似合わず口調は粗暴。

 アメリカ代表候補生序列五位で、二つ名は『二丁拳銃(トゥーハンド)』。二つ名そのままの二丁拳銃使い。

 同じ二丁拳銃使いの九十九に興味を示し、模擬戦を挑んで勝利。九十九に何かを感じたのか、その後は色々とアドバイスをくれるようになった。

 

 

アウン・サン・ホパチャイ

 

年齢 18歳

所属 東南アジア諸国連合(ASEAN)

イメージCV 東山奈央

 

 浅黒い肌に引き締まった体つきが特徴の東南アジア美人。いつも明るい笑顔を浮かべている。

 東南アジア諸国連合代表候補生序列七位で、二つ名は『大鷲(イーグル)』。高機動格闘戦を得意とする事が由来。

 ムエタイの女子Jrチャンプ。鍛え上げられた脚から繰り出される下段蹴り(テッ・ラーン)は、鉄バットを一撃で圧し折る威力。

 

 

黄月英(ファン・ユエイン)

 

年齢 17歳

所属 台湾

イメージCV 嶋村侑

 

 知的な雰囲気を持った中華系メガネ美人。マッサージの達人で、特に足つぼマッサージが得意。ただしメチャ痛い。

 台湾代表候補生序列五位で、二つ名は『発明家(インベンター)』。自作の兵装を用いたトリッキーな戦い方をする。

 誰にも言っていないが、本国に恋人が居る。

 

 

チンク・スカリエッティ

 

年齢 15歳

所属 イタリア

イメージCV 井上麻里奈

 

 淡い金髪と小柄な体つきが特徴のイタリアン美少女。軍人一家スカリエッティ家の5番目の子供。

 イタリア国家代表候補生序列八位で二つ名は『雷管(デトネイター)』。爆発物の扱いに非常に長ける。

 『思春期特有の病気』を長く引きずっており、ラウラの事を『魂の姉妹(ソレッラ・デル・アニマ)』と呼び慕っている。

 見た目も声もそっくりな所が彼女の何かに触れたのかもしれない。

 

 

三栖味子(みす あじこ)

 

年齢 18歳

所属 調理部(部長)

イメージCV 沼倉愛美

 

 整備科の3年生。シャルロットの料理の師匠に当たる。いわゆる家庭料理を得意とする。

 学外のコンテストで優勝経験があり、将来料理人になるのも良いかもと思っている。

 

 

更識家関係

 

 

更識劔(さらしき つるぎ)

 

年齢 42歳

所属 更識家(先代『楯無』)

イメージCV 小山力也

 

 更識姉妹の父。鋭い目つきと鍛え上げられた肉体を持つ男性。

 任務中に負った怪我が原因で十分に動けなくなり、自ら引退を宣言。後事を楯無(刀奈)に託した。

 酒好きだが酒に弱く、すぐ泥酔する。後頭部を強く叩くと酒気が抜けるという不思議体質。

 

 

更識釵子(さらしき さいし)

 

年齢 38歳

所属 更識家

イメージCV 高島雅羅

 

 更識姉妹の母で、劔の妻。右が外、左が内にはねた水色の長髪が特徴の女性。

 淑やかだが芯は強く、夫に対して物怖じせずに叱責し、時として平手を振るう女傑として従者一同から敬われている。

 家事全般、特に掃除が得意。彼女が掃除した部屋は塵一つ無い程綺麗になるらしい。

 

 

各国軍関係

 

 

シャルロット・エレーヌ・オルレアン

 

年齢 24歳

所属 フランス軍(少佐)

イメージCV いのくちゆか

 

 フランス空軍、IS配備部隊『百華(フルール)』所属のエースパイロット。

 フランス代表候補生序列一位で、二つ名は『風雪(ブリザード)』。いかなる状況に陥っても冷静さを失わない戦闘思考力が由来。

 実は『思春期特有の病気』に罹っていた時期があり、自らを『タバサ』と称し、また周囲にそう呼ばせていた。たまに思い出して悶えているらしい。

 

 

マルグリット・ピステール

 

年齢 23歳

所属 ドイツ軍(曹長)

イメージCV 小島幸子

 

 ドイツ軍IS配備特殊部隊『黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』隊員。

 ドイツ代表候補生序列八位。二つ名は『黒真珠(ブラックパール)』。全距離において隙のない戦闘スタイルが由来。

 『百合の花園の住人』で、ドイツ軍に深い仲の人がいる。早く退役して結婚したいが、今の立場も気に入っているジレンマ。

 

 

ミネルヴァ・マクゴナガル

 

年齢 65歳

所属 アメリカ軍(少将)

イメージCV 谷育子

 

 アメリカ空軍IS配備特務部隊『オルカ』の司令官。ピンと伸びた背筋と厳格さの滲み出る顔立ちが特徴の老年女性。

 現アメリカ大統領、レオナルド・タロットとは幼馴染で、一時期夫婦でもあった。

 突撃馬鹿の『オルカ』メンバーに頭を痛めつつも、決して見捨てる事はない。

 実はそろそろ引退して、後事を弟子に託したいと思っている。

 

 

エイト・ザラキ

 

年齢 26歳

所属 アメリカ軍(曹長)

イメージCV 種崎敦美

 

 アメリカ空軍IS配備特務部隊『オルカ』のメンバー。兵種は突撃兵。180cm近い筋肉質の体と、頬傷のある迫力満点の顔立ちが特徴の女性。

 『オルカ』メンバーの中でも特に好戦的、かつ突撃馬鹿。

 九十九の中に『獣』を見出し、戦いを挑むも、エイプリルの乱入によって中断。決着をつける日を心待ちにしている。

 

 

悪党関係

 

 

エレオノール・デュノア

 

享年 50歳

所属 元デュノア社

イメージCV 井上喜久子

 

 フランシスの元妻。常に不機嫌そうに顰められた目つきが特徴のキツめの美人。フランシスとは政略結婚で、互いの間に恋愛感情は無かった。

 デュノア社の資産の私的運用、フランス政府高官への贈賄、部下の業務上横領の黙認、下請け業者への強要や脅迫、多額の脱税など、大小合わせて数十の犯罪行為に直接的・間接的に関与していた事が露見し、超長期刑囚としてフランス国営超長期刑務所『バスティーユ』に護送中、男性復権団体過激派『イエスタデイ・ワンス・モア』の襲撃を受け、殺害された。

 

 

クイーン・ノヴェンバー・ドルト

 

享年 38歳

所属 元亡国機業

イメージCV 根谷美智子

 

 アメリカのIS企業ドルトカンパニー社長にして亡国機業の上級幹部『ノヴェンバー』。

 部下で恋人の『ストーム』をラグナロクに送り込んだが行方不明となり、幹部会によって死亡したものとされ失意。

 その後『ストーム』に変装した何者かの銃撃を受け死亡。会社は弟達の後継者争いのドサクサでラグナロクの子会社と化した。

 

 

ケティ・ド・ラ・ロッタ

 

享年 55歳

所属 元亡国機業

イメージCV 涼葉紅美

 

 表向きはフランスの女性権利団体過激派『世界から男の居場所を奪う会』の主宰。正体は亡国機業上級幹部『エイプリル』。

 デュノア社・ラグナロク共同開発のIS『ラファール・カレイドスコープ』を奪う為に披露会場を襲撃。

 しかし、激昂モードを発動した九十九によって女性として殺された上、過去の罪状が明るみに出て逮捕される。

 『バスティーユ』に収監された直後、何者かに殺害された。犯人は不明。

 

 

メルティ・ラ・ロシェル

 

享年 25歳

所属 元亡国機業

イメージCV 茅野愛衣

 

 ケティ・ド・ラ・ロッタの恋人。ケティを終わらせた九十九に復讐するべく、『専用機持ち限定タッグトーナメント』開催中のIS学園に潜入、豪州連合製IS『天空神(アルテラ)』を駆って九十九を襲撃するも『互いの認識の相違』が原因で敗走。

 続く『IS学園同時多発潜入事件』において強化改修型『天空神』にて九十九と再度激突。しかし、九十九の策謀にいいようにあしらわれて敗北。

 最後は、現エイプリルの介入によって昏睡した九十九を殺害しようとして『ロキ』の怒りを買い、頸を刎ねられて死亡。

 

 

エイプリル

 

年齢 20代後半?

所属 亡国機業

イメージCV 伊藤静

 

 ケティの後任の『エイプリル』として配属された女性。裏社会で『裏切りの魔女』と呼ばれている。

 個人的な思惑か否か、九十九を誘拐しようと『有翼蛇神(ククルカン)』を駆ってアメリカ空軍基地を襲撃。

 一度は九十九を窮地に追い詰めるものの、新たな力に目覚めた本音によって逆転を許し、撤退を余儀なくされる。

 

 

ノヴェンバー

 

年齢 50代?

所属 亡国機業

イメージCV ???

 

 クイーンの後任の『ノヴェンバー』。裏社会で『不遇の天才』と称される事以外、詳細不明。

 

 

双子の暗殺者

 

年齢 20代?

所属 亡国機業

イメージCV 金田朋子&南央美

 

 ドイツで九十九を襲撃した暗殺者。本名不明。銀髪碧眼の美人姉妹。

 UAE製IS『告死天使(アズライール)』『告命天使(スルーシ)』を駆っての双子ならではの連携戦闘を得意とする。

 九十九を意識不明、『フェンリル』を完全破壊寸前にまで追い込んだ、初めての相手。現在、九十九のリベンジ待ち中。

 『オペレーション・ゴーストバスター』において、作戦行動中の九十九達と遭遇、戦闘。一時は九十九達を窮地に追い込むも、勝利を確信した油断をつかれて反撃を許し、両者撃墜。後に太平洋上に浮いている所をたまたま通りかかった漁船に救出された。

 

 

クロード・ブルジョア

 

年齢 25歳

所属 元ブルジョアモータース

イメージCV 下野紘

 

 ブルジョアモータース社長の息子。アッシュブラウンの髪と軽薄そうな顔立ちが特徴の男。

 出世欲の塊のような男で、シャルロットに言い寄っていたのも究極的には『自身の地位向上の為』だった。

 それを知った九十九の怒りを買い、徹底的に叩きのめされた挙句両親から勘当された。現在の消息は不明。

 

 

その他の人々

 

 

劉楽音(リュウ・ガクイン)

 

享年 42歳

所属 なし

イメージCV 三木眞一郎

 

 凰鈴音の父。『中国の光源氏』と謳われた端正な顔立ちと引き締まった肉体がだった中年男性。

 鈴音が中学2年生の時、妻の麗鈴(リーリン)(後述)と離婚。離婚理由に『お前の愛は重すぎる』を上げていたが、実は偽りで、その時点で既にステージ3(後期)の肺がんを発症しており、妻と娘の今後を思って敢えて別れた。が、麗鈴にはバレバレだった。

 その後、がんは急速に進行。九十九が探し当てた時には、人工呼吸器なしでは生きていられない程衰弱していた。

 最期は妻と娘に看取られながら、眠るように旅立って行った。

 

 

凰麗鈴(ファン・リーリン)

 

年齢 38歳

所属 なし

イメージCV 能登麻美子

 

 凰鈴音の母。儚い印象を受ける細面の、美しい容姿が特徴の女性。

 鈴音が中学2年生の時、夫の楽音と離婚。楽音の言う離婚理由の裏に何かがあると気づいて、敢えて彼の嘘に乗った。

 1年後、九十九が探し当てた楽音の姿に一時呆然とした。しかし、楽音の真意を知り、最期を看取る決意をする。

 楽音の死後、遺骨と共に中国へ帰国。自宅近くの墓地に遺骨を埋葬し、菩提を弔いながら暮らしている。

 

 

木葉竹子(このは たけこ)&鳥井真希(とりい まき)&小場沙芽(こば さめ)

 

 九十九の小学生時代のクラスメイト。全員女尊男卑主義者。九十九達とは違う中学に行った為、現在何をしているのかは不明。

 

 

本音のストーカー

 

 本音に対してストーキングをしていた、端的に言えばキモデブでサイコパスな男。

 九十九が布仏家に挨拶に来ていた所を襲撃、死者1名重傷者2名を出す。その重傷者の中に誠がいた事で『間接的に本音を傷つけた』と激昂モードを発動した九十九により、手も足も出せずに叩きのめされる。

 その後の消息は不明。楯無曰く「徹底的に『キレイに後片付け』したわよ♡安心してね」との事。逆に安心できない……。

 

 

藍越学園生徒会役員共

 

 会長・天草シノ、副会長・津田タカトシ、書紀・七条アリア、会計・萩村スズの4人。シノが楯無と同じ中学だった縁で交流が始まった。

 皆一様に能力は高いのだが、シノとアリアが下ボケを連発するためタカトシとスズのツッコミと苦労が絶えた事が無い。

 アリアが九十九のハリセンツッコミによって『新たな扉を開いて』しまい、その事で九十九をちょっと恨んでいる。そんな事言われても……。

 




コイツ忘れてますよ!ってオリキャラいたら、報告お願いいたします。


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#00−3 オリジナルIS解説(味方機編)

オリジナルIS(味方機)の解説ページです。

新情報が出次第、随時更新します。


名称 ラファール・カレイドスコープ

和名 万華鏡

形式 DC―X02

世代 第三世代

国家 フランス

分類 擬似即時対応万能型

標準装備 .55口径アサルトライフル《ヴェント》×2

     .61口径アサルトカノン《ガルム》×2

     150㎜口径バスターキャノン《フラム》

     20㎜口径4連装ハンドガトリングガン《ブルイン》

     近接戦用ブレード《ブレッドスライサー》

特殊装備 遠距離火力支援型パッケージ《九頭毒蛇(ハイドラ)

     中距離戦用パッケージ《阿修羅(アースラ)

     拠点制圧・防衛戦用パッケージ《独眼鬼(サイクロプス)

     突撃戦用パッケージ《孤狼(ベオウルフ)

装甲 ラグナロク・コーポレーション製特殊合金『オリハルコン』

仕様 超超大容量拡張領域(バススロット)世界樹(ユグドラシル)

待機形態 ペンダントトップ

 

 

 デュノア社とラグナロク・コーポレーションが共同開発した最新型『ラファール』。『世界樹』の超大容量に物を言わせ、最大7種のパッケージを搭載、戦況に合わせて随時パッケージを換装する事で、状況を問わない作戦行動が可能。

 ただし、使い熟すには状況に合わせてどの装備を使うのかを見極める高い戦術眼と思考の瞬発力を必要とするため、現状専属操縦士であるシャルロットでさえ、十全には操れていない。

 

 

装備解説

 

 

.55口径アサルトライフル《ヴェント》

 デュノア社製のアサルトライフル。1マガジン32発入り。単射・3点バースト・フルオート射撃の3つの射撃モードがある。シャルロットが最もよく使う装備の1つ。

 

.61口径アサルトカノン《ガルム》

 デュノア社製の大口径突撃砲。1マガジン12発入り。威力の割に反動が小さいのが特長。シャルロットのお気に入りの装備。

 

150㎜口径バスターキャノン《フラム》

 ラグナロク製の広範囲攻撃用大型砲。砲身長2mの腰部固定式。威力も高いが反動が非常に大きく、1発撃てば大きな隙を晒す事にもなりかねない為、運用には注意が必要。

 

20㎜口径4連装ハンドガトリングガン《ブルイン》

 ラグナロク製の小口径ガトリングガン。手に持つか、腕部装甲に懸架する形で使用する。基本的には近接防御射撃に用いられる。

 

近接戦用ブレード《ブレッドスライサー》

 デュノア社製の超超硬合金製片手剣。『パン切り包丁』の名の通り、刃の部分が波型にうねっているのが特徴。

 

 

パッケージ解説

 

名称 ハイドラ

和名 九頭毒蛇

分類 遠距離火力支援型パッケージ

装備 9連装マイクロミサイルポッド《スネークヘッド》×9

   20㎝口径フォールディングバズーカ《ヴェノム》

   30㎜口径重機関砲《キングコブラ》

   胸部CIWS×2

仕様 マルチロックオン機能搭載

   

 『ラファール・カレイドスコープ』専用の遠距離火力支援パッケージ。蛇の鱗のような模様の入った青黒い装甲を持つ。

 前線を味方に任せ、後方から援護射撃を行うのが主な仕事。

 

9連装マイクロミサイルポッド《スネークヘッド》

 全身各所(両肩・両腕・両腿・両脛・バックパック左側)に装備したマイクロミサイルポッド。《九頭毒蛇》の主武装。

 最大81発のミサイルを一斉発射可能。マルチロックオン可能、各種弾頭への交換もほぼ一瞬。ミサイルは通常弾、焼夷弾、煙幕弾、チャフ弾の4種類。

 

20㎝口径フォールディングバズーカ《ヴェノム》

 バックパックの右側にマウントされている、折りたたみ式バズーカ砲。装弾数は3発。

極めて頑丈な作りをしており、弾を撃ち尽した後はスレッジハンマーとして使用が可能。

 

30㎜口径重機関砲《キングコブラ》

 ハイドラのほぼ唯一の携行火器。1マガジン当たりの装弾数は40発。

 前衛が抜かれた場合の足止めに用いるため、連射性の代わりに集弾性を犠牲にしている。

 

胸部CIWS

 胸部装甲に内蔵された、近接防御火器。小口径・短銃身の3連装ガトリングガン。

 しかし、これが必要になる程接近されたなら、パッケージを換装すればいいだけの話なので、ほぼ死に装備。

 

 

名称 アースラ

和名 阿修羅

分類 中距離戦用パッケージ

装備 射撃兵装は一部カレイドスコープに準ずる

   9㎜口径サブマシンガン《レイン・オブ・サタディ》×6

   独鈷杵型スタンブレード《ヴァジュラ》×6

   超音波振動槍(メーザーバイブレーションランス)《トリシューラ》×2

仕様 AI制御式サブアーム×4

 

 『ラファール・カレイドスコープ』専用の中距離戦用パッケージ。現実の阿修羅像に酷似した外見の装甲が特徴。

 メインアーム2本とAI制御のサブアームが4本、合計6本の腕による手数の多さが最大の強み。

 火器を装備しての射撃戦を主とするが、長物を用いての格闘戦もこなせる。操縦は非常に煩雑で、使い熟すには相応の技量が必要。

 

9㎜口径サブマシンガン《レイン・オブ・サタディ》

 大本は第二世代機用に開発された一般的なサブマシンガンだが、ラグナロクの改造によって威力と集弾性が上がっている。

 弾幕を張るのに最適なので、シャルロットは好んでこれを六丁持ちする。

 

独鈷杵型スタンブレード《ヴァジュラ》

 持ち手の両端にやや長めの両刃剣が付いた電撃剣。対象に電撃を浴びせて動きを止めたり、精密部品をショートさせて性能低下を狙うのが目的。

 

超音波振動槍(メーザーバイブレーションランス)《トリシューラ》

 先端が三叉に分かれた両手槍。毎秒35000回の超音波振動により、貫通力と切断力を上げる事ができる。

 ただし、シャルロット自身に槍の心得は無いため、その攻撃は突くか払うか振り下ろすか。くらいしか無い。

 

 

名称 サイクロプス

和名 独眼鬼

分類 拠点制圧・防衛戦用パッケージ

装備 水平ニ連装25㎜口径6連装シールドガトリングガン《ヘビーレイン》×2

   装甲内蔵式15㎜口径4連装バルカン《レッドホットシャワー》×6

   5連装マイクロミサイルポッド《ダウンバースト》×2

   接近戦用ショートダガー《コンフォート》×2

仕様 耐火・耐弾・耐衝撃装甲《アンブレイカブル》

   急旋回用ターンパイク

 

 『ラファール・カレイドスコープ』専用の拠点制圧・防衛戦用パッケージ。要塞じみた外見の暗褐色の装甲が特徴。

 両腕のガトリングガンと、全身各所に取り付けられたバルカン、マイクロミサイルポッドによる高い制圧能力が強み。

 ただし、マウントした各種武装と分厚い装甲が原因で機動性は極めて低く、全弾を撃ち尽くせば頼れるのは近接戦闘用のショートダガーのみ。という欠点がある。

 

水平ニ連装25㎜口径6連装シールドガトリングガン《ヘビーレイン》

 両腕にマウントされた、対物シールド一体型のガトリングガン。一門あたり毎分1200発、合計4800発の弾丸を吐き出せる。

 また、シールドの硬さと重さを活かした接近戦も一応は可能。

 

装甲内蔵式15㎜口径4連装バルカン《レッドホットシャワー》

 両肩・両胸・両脛の装甲に内蔵された小口径バルカン砲。毎分600発の徹甲焼夷弾を撃ち出すことができる。

 これと《ヘビーレイン》による面制圧射撃は脅威の一言。

 

 

5連装マイクロミサイルポッド《ダウンバースト》

 両脛にマウントされたマイクロミサイルポッド。《スネークヘッド》と違い弾頭は炸裂弾のみでマルチロックオン機能もないが、一発あたりの威力は上。

 

接近戦用ショートダガー《コンフォート》

 万が一にも接近を許した場合の為に用意してある格闘戦用装備。

 刀身は短く厚く、重さの割に切断力も低い為、名前の通りの『気休め』でしかない。

 

 

 

名称 ベオウルフ

和名 孤狼

分類 突撃戦用パッケージ

装備 頭部ブレードホーン《ライノセラス》

   腕部5連装20㎜口径チェーンガン《ブルインMarkⅡ》

   肩部クレイモアラック《アバランチ》

   大型射突式徹甲杭(パイルバンカー)《グレンデルバスター》

仕様 背部・脚部高出力スラスター

 

『ラファール・カレイドスコープ』専用の突撃戦用パッケージ。『赤いカブトムシ』と言うとしっくり来る外見の真紅の装甲が特徴。

 

 頭部のブレードホーン、左腕にチェーンガン、両肩のクレイモアラック等、接近戦〜近距離戦に特化した武装構成になっている。また、装甲自体も分厚い作りのため、少々の被弾ではその突撃を止める事はできない。

 右腕の大型パイルバンカー《グレンデルバスター》は機体サイズに対してあまりの大きいために『ベオウルフ』のボディバランスを著しく悪くしている上に発射時の反動も大きいため、《グレンデルバスター》にバランサー兼反動相殺用のPICが搭載された程であり、その取り回しの悪さは『ラファール』専用パッケージ群の中でも随一と言えるだろう。

 背中と脚に搭載されたスラスターは、同世代機と比べても圧倒的な直線での加速力を持っている。そのスピードは『フェンリル・ルプスレクス』の最高速度(戦闘時)を一瞬上回る程である。

 

 

名称 プルウィルス

和名 雨を齎す者

形式 RC−X02

世代 第三世代

国家 日本

分類 特殊戦型

装備 局地的天候操作兵装《ユピテル》

   40㎜口径重機関砲《ケラウノス》

   近接戦闘用片手剣《ハルパー》

   大型物理防御盾《アイギス》

装甲 ラグナロク・コーポレーション製特殊合金『オリハルコン』

仕様 自律学習型天候操作支援AI『ユピテル』

待機形態 ネックレス

 

 

 ラグナロク・コーポレーションが開発した、最新型IS。ギリシャ神話の女神像によく似た造形のやや厚めの装甲が特徴。

 新基軸の第三世代兵装《ユピテル》による『空間支配』……周辺の天候そのものを武器にする、非常に特殊な戦闘法をとる。

 ただし、《ユピテル》を十全に扱うには気象予報士以上に広く深い天候に関する知識・経験を必要とするため、現時点では専属操縦士である本音でも支援AI『ユピテル』の手助けが必須の状況である。

 

 

装備解説

 

局地的天候操作兵装《ユピテル》

 『プルウィルス』の主武装にして最大戦力。最大半径500m圏内の気温、湿度、風力等を意のままに操り、強風、豪雨、落雷、竜巻といった気象現象を自在に巻き起こす。

 本音は特に落雷による攻撃を好んで使用している。

 

40㎜口径重機関砲《ケラウノス》

 狭い屋内など、《ユピテル》の性能が十分に活かせない状況において使用される、大口径重機関砲。

 直接射撃が極めて不得手な本音の為に、敢えて集弾性を下げて広く弾幕を張るように調整されている。

 

近接戦闘用ブレード《ハルパー》

 鎌のように反り返った刃が特徴の片手剣。《ユピテル》の性能上ここまで敵機に接近される方が稀だが、無いよりは有った方が良いだろうという事で装備されている。

 

大型物理防御盾《アイギス》

 耐弾性能に優れた大型シールド。カメラアイが搭載されており、構えていても盾の向こうの様子が分かるようになっている。

 

自律学習型天候操作支援AI『ユピテル』

 『プルウィルス』に搭載されている、《ユピテル》の管制用人工知能。本音の戦闘スタイルを学習し、それに合わせた天候操作を提案し、実行する。

 なお、本音の希望により《ユピテル》の合成音声は九十九の声をサンプリングした物が使われている。

 

 

名称 ラファール・リヴァイブ・ルイズカスタム

和名 疾風

形式 RR−08/LC

世代 第二世代

国家 日本

分類 中遠距離爆撃型

装備 180㎜口径グレネードランチャー《アマテラス》

   80㎜口径グレネードランチャー《メギド》×2

   65㎜口径グレネードランチャー《プロメテウス》×2

   50㎜口径グレネードランチャー《カグツチ》×2

   30㎜口径グレネードランチャー《ヘスティア》×2

装甲 衝撃吸収性サード・グリッド装甲・『オリハルコン』複合

仕様 超超大容量拡張領域(バススロット)世界樹(ユグドラシル)

待機形態 指輪

 

 

 ルイズ・ヴァリエール・平賀専用にカスタマイズされた『ラファール・リヴァイブ』。ピンクに塗装された装甲が特徴。

 全ての武装がグレネードランチャーで占められている為、武器性能のバランスは非常に悪いが、ルイズの卓越した技術によってそれをモノともしない戦闘行動が可能。

 

180㎜口径グレネードランチャー《アマテラス》

 ラグナロク開発のグレネードランチャーの中で、現状最大の口径を誇る大型躑榴弾筒。肩にマウントして使用する。

 爆発半径は300m。反動で肩に大きな負担がかかるため、トドメの一撃か開幕一発目に使うのがルイズの基本戦術。

 

80㎜口径グレネードランチャー《メギド》

 ラグナロク開発のグレネードランチャーの中で、携行火器中最大の口径を誇る躑榴弾筒。ルイズの主武装。

 爆発半径は150m。ルイズの超加速戦術『爆発加速(エクスプロージョン・ブースト)』にも用いられる。

 

65㎜口径グレネードランチャー《プロメテウス》

 ラグナロク開発の躑榴弾筒。ルイズの副武装。

 爆発半径は120m。榴弾の他、電磁パルス弾、煙幕弾、チャフ弾の撃ち分けが可能。

 

50㎜口径グレネードランチャー《カグツチ》

 ラグナロク開発の躑榴弾筒。爆発半径は100m。

 ラグナロクのグレネードランチャーの中でも殊更頑丈な作りをしており、緊急時には鈍器としても使える。

 

30㎜口径グレネードランチャー《ヘスティア》

 ラグナロク開発の躑榴弾筒。爆発半径は80m。

 6連装のリボルバータイプで、高速連射が可能。ルイズはこれを様子見、及び才人へのお仕置き用に使う。

 

 

名称 打鉄・キュルケカスタム

和名 同じ

形式 RE−F61/KS

世代 第二世代

国家 日本

分類 近接格闘戦型

装備 高温溶断大剣(ヒート・ブレード)《レーヴァテイン・タイプK》

   高温溶断剣(ヒート・ソード)《フランベルジュ》

   火炎放射槍《アラドヴァル》

   火炎放射器《ヘパイストス》

装甲 耐貫通性スレイド・レイヤー装甲・『オリハルコン』複合

仕様 外付式耐熱マント

待機形態 ブレスレット

 

 キュルケ・ツェルプストー専用にカスタマイズされた『打鉄』。鮮やかな朱色の装甲が特徴。

 装備の殆どが近距離用の為距離を取られると弱いが、キュルケの卓越した近接戦闘能力により、敵に距離を取らせない戦い方が可能。

 

高温溶断大剣(ヒート・ブレード)《レーヴァテイン・タイプK》

 『フェンリル』用の近接武器として開発された高温溶断剣(ヒート・ソード)《レーヴァテイン》を元に、キュルケの『一撃必殺の威力が欲しい』という要望を受けて開発された高温溶断大剣(ヒート・ブレード)

 刃渡り2.8m、身幅30㎝、総重量40㎏と非常に巨大であり、キュルケの格闘戦能力があるからこそ使える、事実上の専用武器。

 

高温溶断剣(ヒート・ソード)《フランベルジュ》

 《レーヴァテイン》の前身となる両刃の片手半剣(バスタードソード)。波型にうねった刃が特徴。《レーヴァテイン・タイプK》以前のキュルケの主武装で、現在は副武装。

 抉るような切れ味がキュルケのお気に入りだったが、一撃必殺の魅力には敵わなかった。

 

火炎放射槍《アラドヴァル》

 槍の先端から炎が噴き出す仕組みの大型十字槍。普通の槍としても使える。

 突き刺してから炎を噴き出す事で、追加ダメージを与えられる他、炎を噴き出しながら振り回す事で射程を伸ばす事も可能。

 

火炎放射器《ヘパイストス》

 前腕装甲に懸架する形で使用する、小型火炎放射器。キュルケはもっぱら牽制目的で使用する。

 ISに乗っている以上火傷の恐れはないが、それでも生物としての根源的恐怖に訴えるこの武装は十分脅威と言える。



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#00−4 オリジナルIS解説(敵機編)

敵組織側のオリジナルIS解説です。
新情報が本編で出次第、随時更新します。


名称 ラファール・ケティスペシャル

和名 疾風

形式 RR-08/KS

世代 第二世代

国家 フランス→亡国機業

分類 全距離対応型 

標準装備 .55口径アサルトライフル《ヴェント》

     .61口径アサルトカノン《ガルム》

     近接戦用ブレード《ブレッドスライサー》

特殊装備 立体映像式団旗掲揚装置

装甲 衝撃吸収性サード・グリッド装甲

仕様 なし

待機形態 不明

 

 

 『世界から男の居場所を奪う会』主宰、ケティ・ド・ラ・ロッタ専用に調整されたラファール。と言っても、カラーリングがショッキングピンクになっている事以外の変更点は無い。その事にケティは最後まで気づかなかった。

 九十九によってケティが打倒された後、フランス軍が接収。カラーリングを戻した上で新兵訓練用として使用されている。

 なお、装備説明は『ラファール・カレイドスコープ』とほぼ同一のため割愛する。

 

特殊装備解説

 

 

立体映像式団旗掲揚装置

 自身の背後に『世界から男の居場所を奪う会』の団旗を立体映像として投写する、ただそれだけの装置。

 ケティの自己顕示欲を満たすためだけに着けられた、戦闘には使えないアホ装備。本編未使用。

 

 

名称 アルテラ

和名 天空神

形式 AUAF-03

世代 第二世代

国家 豪州連合→亡国機業

分類 近距離格闘型

標準装備 33㎜口径スナイパーライフル《タイプ99》

     片手半剣(バスタードソード)《無銘》

     小型物理盾《ポットリッド》

特殊装備 なし

装甲 超超硬合金・耐弾性ハニカム装甲複合

仕様 脚部高出力マルチスラスター 

待機形態 ペンダントトップ

 

 

 豪州連合製の第二世代IS。背部と脚部に高出力のマルチスラスターを装備し、高い機動性を確保している。

 直線での加速力は第二世代型随一であり、一気に距離を詰めて近接戦闘に持ち込む事が出来るのが強み。

 

装備解説

 

 

33㎜口径スナイパーライフル《タイプ99》

 豪州連合陸軍開発の傑作ライフル《タイプ99》をIS用に強化改修した物。ボルトアクション式、装弾数は6発。

 弾速は一般的なライフルに比べて遅いが、貫通力に優れる。

 

片手半剣《無銘》

 刃渡り120cmの両刃直剣。超超硬合金製。切れ味はそれ程鋭くないが、極めて頑丈。切り裂くというよりは叩き切るように使う。

 

小型物理盾《ポットリッド》

 前腕装着式の小型ラウンドシールド。『鍋の蓋』の名の通り、耐久性はそれ程高くない。本編未使用。

 

 

名称 アルテラ・改

和名 天空神

形式 AUAF-03C

世代 第二世代

国家 豪州連合→亡国機業

分類 近距離格闘型 

標準装備 腕部小口径ガトリング砲(名称不明)×2

     25㎜口径フォールディングバズーカ(名称不明)

     折り畳み式荷電粒子砲(名称不明)

     大型メイス(名称不明)

     両手剣(名称不明)

特殊装備 スラスター内蔵型強化外装甲(名称不明)

装甲 アルテラに準ずる

仕様 アルテラに準ずる

待機形態 アルテラに準ずる

 

 

 アルテラの強化改修型機。スラスター内蔵型強化外装甲による防御力、加速力、機動性の向上及び火力の強化を図っている。

 『高機動・高火力・重装甲の同時実現』という無茶苦茶なコンセプトを形にしたこの機体は、極めてピーキーな性能をしており、よほど腕がないとただの『ISサイズの砲弾』と化してしまう。そういう意味では、これに乗って九十九と打ち合えたメルティの技量が窺い知れよう。

 メルティの死後、扱える人間がいないという理由で死蔵されている。

 

装備解説

 

 

腕部小口径ガトリング砲(名称不明)

 前腕に懸架する形で装備する小型・小口径の3連装ガトリング砲。いずれの国でも開発されていない形状の為、亡国機業の自作品と思われる。

 

25㎜口径フォールディングバズーカ(名称不明)

 バックパック備え付けの折畳み式バズーカ砲。恐らく亡国機業の自作品。口径の割に威力の大きい砲弾を撃てる。

 

折畳み式荷電粒子砲(名称不明)

 バックパック備え付けの折畳み式荷電粒子砲。こちらも亡国機業の自作品と思われる。本編未使用。

 

大型メイス(名称不明)

 先端部に複数のパイクが付いた、両手持ちの巨大棍棒。ただ大きく、ただ重く、ただ硬い。

 

両手剣(名称不明)

 近接戦闘用の巨大剣。特に目立った特殊能力はない。

 

特殊装備解説

 

 

スラスター内蔵型強化外装甲(名称不明)

 内部に高出力スラスターを複数内蔵した外付け式の強化装甲。機体全体を覆う形で装備する。装甲自体が独立したシールドエネルギー発生装置を搭載しており、防御力は非常に高い。緊急脱衣(キャストオフ)機能搭載。

 

 

名称 アズライール

和名 告死天使

形式 UAE-S01

世代 第三世代

国家 アラブ首長国連邦→亡国機業

分類 近接格闘型

標準装備 25㎜口径アサルトライフル《トゥンティル》

     大型片手斧《ダマウィウン》×2

特殊装備 部分着脱式装甲(ジャケットアーマー)

装甲 チタン合金・カーボンファイバー積層構造体複合

仕様 高機動戦用ウィングスラスター

待機形態 不明

 

 UAE(アラブ首長国連邦)空軍製第三世代型IS、『(シャヒーン)』シリーズの片割れ。分厚い装甲による防御力を担保にした突撃戦を最大の得意とする。

 装甲は部分的に着脱式になっており、それを外す事で高機動戦闘を可能にする。

 

装備解説

 

 

25㎜口径アサルトライフル《トゥンティル》

 アズライールに唯一搭載された射撃武器。銃口下部に小口径グレネードランチャーを懸架可能。本編未使用。

 

大型片手斧《ダマウィウン》

 アズライールの主武装。全長1.5mの片手斧。重さと鋭さを両立させた稀有な武器。

 

特殊装備解説

 

 

部分着脱式装甲

 胸部、両前腕部、両脛部、両脹脛部に装着された着脱式装甲。爆発ボルトを使用する事により一瞬で脱衣が可能。

 ただし、一度装甲を外すともう一度装着するのに時間が掛かる為、一戦闘中一回限りの大技である。

 

 

名称 スルーシ

和名 告命天使

形式 UAE-S02

世代 第三世代

国家 アラブ首長国連邦→亡国機業

分類 高機動射撃戦型

標準装備 ブローニングアサルトライフル(改修型)

     近接戦闘用ブレード《ハラール》

特殊装備 ブレード内蔵型ウィングスラスター

装甲 チタン合金・カーボンファイバー積層構造体複合

仕様 なし

待機形態 不明

 

 UAE(アラブ首長国連邦)空軍製第三世代型IS、『(シャヒーン)』シリーズの片割れ。アズライールに比べて装甲が薄く、その分高い機動性を誇る。機動性を活かした高速射撃戦を最大の得意とする。

 『鷹』シリーズをはじめとするUAE製ISの共通コンセプトとして『両極端な性能の2機による連携戦闘』が挙げられるが、アズライールとスルーシはその中でも傑作と謳われる機体であり、これ以上の機体を作ろうとしたら第四世代ISの研究が進まなければ無理だろうと言われている。

 

 

装備解説

 

 

ブローニングアサルトライフル(改修型)

 スルーシの主武装。イギリス・ブローニング社製アサルトライフルをIS用にサイズ調整した物を、使い手に合わせて強化改修した重機関銃。

 スルーシのそれは連射性を犠牲に集弾性を極限まで高めてある。また、鉛と鉄の合金弾を使い、弾速と威力の両立を図っている。

 

近接戦闘用ブレード《ハラール》

 接近を許した場合に備えて装備してある、刃渡り70cmのショートブレード。身幅が厚く、盾としても使える。本編未使用。

 

 

特殊装備解説

 

ブレード内蔵型ウィングスラスター

 スラスターの末端に折り畳み式の超音波振動ブレードを内蔵したウィングスラスター。展開した状態ですれ違いざまに対象に斬撃を与える、ヒット&アウェイ戦術に適した装備。ブレードは本編未使用。

 

名称 ククルカン

和名 有翼蛇神

形式 BRA-VM01

世代 第三世代

国家 ブラジル→亡国機業

分類 近接特殊戦型

標準装備 10㎜口径サブマシンガン《プレーザ》

     50㎜口径ショットガン《ネボア・ヴェネノーザ》

     大型アーミーナイフ《モルデンド》×2

特殊装備 行動阻害ナノマシン《ヴェネーノ・モルタ》

装甲 チタン合金・アルミ合金の15層構造体

仕様 《ヴェネーノ・モルタ》注入口内蔵マニピュレータ

待機形態 不明

 

 

 ブラジル製第三世代型IS。静音性の高いマルチスラスターを装備しており、隠密行動性に優れる。

 這い回る蛇のような独特な戦闘機動で対象に接近、《ヴェネーノ・モルタ》を打ち込んで行動を阻害。その後に仕留める。という戦い方が基本戦術。

 エイプリルの性格にぴったり嵌った為、彼女の専用機として調整を受けた。

 

装備解説

 

 

10㎜口径サブマシンガン《プレーザ》

 接近戦用小口径機関銃。射程は短く(約50m)、威力もそれほど高くない。あくまでも様子見や牽制用。本編未使用。

 

50㎜口径ショットガン《ネボア・ヴェネノーザ》

 接近戦用大型散弾銃。威力は高いが、射程は《プレーザ》以上に短い(25〜30m)。本編未使用。

 

大型アーミーナイフ《モルデンド》

 刃渡り60cmの大型軍用ナイフ。《ヴェネーノ・モルタ》を塗布して斬りつける事で、《ヴェネーノ・モルタ》の射程を伸ばす事が可能。本編未使用。

 

特殊装備解説

 

行動阻害ナノマシン《ヴェネーノ・モルタ》

 ククルカンの主武装にして最大威力武器。対象に0.3秒以上接触する事でナノマシンを注入、直後ナノマシンが行動阻害プログラムを発動。対象の行動の全てを停止させる。

 ククルカンのパイロットがナノマシンを自滅させるか、外部から強引にナノマシンを破壊する以外に解除方法はない。



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#00−5 オリジナル用語解説

拙作で出て来た用語の解説集です。

ただし、原作の用語でも小生独自の解釈の入ったものは『オリジナル用語』とさせて頂きます。

内容は随時更新させていただきます。

それでは、どうぞ。


1. 重要人物保護プログラム

 対象者の存在、生死が世界情勢に大きな影響を及ぼしかねないと判断された場合、政府主導で対象者の監視と護衛を行うための一連の行動計画(プログラム)の事。

 戸籍の変更、頻繁な転居、著しい行動制限、24時間の監視等、対象者にとってかなり窮屈な生活になるが、その分命の危険は確実に少なくなる。劇中では篠ノ之一家がこのプログラムの対象となり、現在お互いに『戸籍上他人』となっている。

 

 

2. モンド・グロッソ

 ISが世界に現れた4年後に、各国政府の協議と各国企業の出資により開催されたISの世界大会。

 格闘・射撃・機動・総合の四部門があり、その内総合を除いた三部門は、さらに二つの部が存在。

 格闘部門は近接戦闘用武装を用いる『武器の部』と、拳打武器(ナックル)のみを用いる『徒手の部』

 射撃部門は口径20㎜未満の射撃武器に限定した『銃の部』と、口径20㎜以上の射撃武器に限定した『砲の部』

 機動部門はスピードを競う『飛行の部』と、フィギュアスケートのように飛行の美しさを競う『技能の部』に分かれる。

 総合部門は文字通り、全ての部門の出場選手から世界最強のIS乗りを決定する部門である。

 各部門の優勝者には『戦乙女(ヴァルキリー)』の称号が、総合部門優勝者には『世界最強の女(ブリュンヒルデ)』の称号が与えられ、全ての女性の尊敬と憧憬の的になる。

 

 

3. IS適性ランク

 単に『適正ランク』とも。その女性がISの操縦に関してどの程度の適性を持っているかの端的かつ明確な指標。

 ランクは辛うじて起動が可能なEから、各国代表、またはその候補の最上位になれるレベルであるAまでの五段階。

 更にその上にモンド・グロッソ成績上位者、あるいは部門優勝者クラスのランクであるSが存在する。ただし、ランクSを叩き出せるパイロットは極僅か。劇中では九十九と千冬、箒がランクSだとされている。

 

 

4. IS学園

 正式名称『国立インフィニット・ストラトス学園高等学校』

 ISの登場から半年後、アラスカ条約に基づいて日本近海の人工島に建設された、IS操縦者育成のための特殊国立高等学校。

 操縦者に限らず専門のメカニックや研究員など、ISに関係する多くの人材がこの学園を卒業している。

 この学園はどこの国際機関にも属さず、あらゆる組織、国家の干渉を受けない。とされており、他国のISとの比較や新装備の性能試験をする場合に重宝される。ただ本当に全く干渉を受けないかといえばそうではなく、有名無実化しているのが実状。

 

 

5. 代表候補生

 ISパイロットの国家代表者の卵として選出された、選りすぐりの者達の事。IS業界において、エリート中のエリートとされる。

 通常、各国に割り振られたISコアの数と同数、ないしその8〜9割が定員となっている。

 上位15人には戦闘スタイルや性格等に合わせた『二つ名』が与えられ、代表候補生のステータスシンボルとなっている。

 

 

6. 特定重犯罪超短期結審法

 略称は『特重法』。殺人、強盗致死傷、強姦致死傷、暴行傷害、強要・脅迫、詐欺等、いわゆる『社会的影響の大きい罪』を働いた者に適用される法律。

 以下の条件下においてのみ適用される。

 

 1.被告人が確実に犯行を行ったと言える物的証拠が、10点以上ある。

 

 2.判例に則った場合、被告人の15年以上の実刑判決は免れ得ない。

 

 3.検察・弁護人双方が『特重法』の適用に合意している。

 

 この三つを満たした場合のみこの法は適用され、控訴・上告はその場で棄却され、一審で刑が確定する。

 平均的な結審日数は1週間。短いものは3日とかからない場合もある。

 

 

7. イエスタデイ・ワンス・モア

 通称『YOM』。女尊男卑主義が蔓延り、男の地位が下がった事をよしとしない男達が結成した、男性の地位の再向上と男女平等の復活を目標に活動している、いわゆる男性復権団体の中でも特に男尊女卑思考の強い者達が集まった国際的テロ組織。総勢は約1万人。

 主にヨーロッパを中心に活動している。

 女性に対する暴力行為や女尊男卑主義者の殺害、陵辱行為を平然と行うため、世界中から『悪の組織』として認識され、幹部クラスの者は全員が国際指名手配を受けている。

 

 

8. レリエルNo.6

 イギリスの名門香水ブランド『レリエル』が開発した、英国王室御用達の最高級香水。年間生産本数僅か100本の、希少価値の極めて高い一品。劇中ではセシリアの他、ルイズも愛用している。

 

 

9. 『織斑・村雲のいずれか、もしくは両名が撃墜ないし行方不明になった場合の専用機持ち達の動向の予測とその処遇についてのお願い』

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)戦の前に九十九が千冬に送った手紙。大まかな内容はタイトルの通り。

 簡潔に言うと『撃墜の場合→全員で復讐戦に飛び出そうとするだろうから、それより先に追討命令を出していた事にして欲しい』『行方不明の場合→全員で探索に出る、もしくは撃墜の場合と同様の行動を取るだろうから、それより先に探索命令を出していて、『福音』とは不意遭遇戦になった事にして欲しい』と書いてあった。

 

 

10. IS学園一学期期末考査

 臨海学校から5日後に実施される試験。『一般教科(5科目)』と『IS関連教科(4科目)』に分かれる。全9教科中1教科でも赤点を取れば、夏休み期間中は全て補習に充てる事になる。

 

 

11. 新世紀町

 『IS学園入口駅』から二駅行った場所にある繁華街。大型ショッピングモール『レゾナンス』をはじめ、多くの商業施設が建ち並ぶ。IS学園生徒の多くが、ここで休日を過ごす。

 

 

12. 昴星(マオシン)

 正式名称は『四川飯店 昴星』創業50年の四川料理の名門。横浜中華街の一等地に店を構えている。

 名物料理は初代店長・劉昴星(リュウ・マオシン)考案の大熊猫麻婆豆腐(パンダマーボー)

 白黒の豆腐と真っ赤な激辛麻婆ダレが織り成す味の波状攻撃に、誰もが幸せの汗を滝のように流すと言われる、創業以来の人気メニュー。

 

 

13. @クルーズ

 新世紀町駅前の他、都内に5店舗を構える喫茶店。店員がメイド(執事)の格好で給仕する、いわゆるメイド喫茶。

 客層は主に若い男性、一部の女性と、まれに中年男性もやって来る。

 コーヒー、紅茶に店員が砂糖・ミルクを入れるサービスが人気。

 

 

14. パティスリー『ストーンフォレスト』

 天才パティシエ『ショーン・タロウ・ストーンフォレスト』がオーナーを務める超人気洋菓子店。

 弟子の新作は頻繁に出てくるが、ショーンは何故か毎年9月〜10月頃にだけ新作ケーキを作る事で有名。

 

 

15. 亡国機業

 読みは『ファントム・タスク』。所謂、悪の秘密結社。

 成立は太平洋戦争末期とも第二次世界大戦初期とも言われているが判然とはしない。また、誰がどの様な形で成立させたのかも定かではない。

 世界中の戦争、紛争、あるいは内乱に直接的、間接的に関わっているとされる組織だが、構成人員、組織規模、行動目的、思想や理念といったもののほぼ一切が不明。

 『幹部会』と言われる意思決定機関と『幹部会』の決定に従って作戦行動を展開する『実行部隊』に分かれている。

 劇中に登場した『実行部隊』は、スコール率いる特殊工作部隊『モノクローム・アバター』と、双子の暗殺者が所属する『グリム・リーパー』のみ。他にも存在すると思われるが、現時点では不明。

 『幹部会』のメンバーは暦、『実行部隊』のメンバーは季節・気象現象のコードネームを持ち、欠員が出た場合空いたコードネームが補充されたメンバーに与えられる。

 

 

16. クロノス

 新世紀町駅南口徒歩3分の位置に店を構える時計専門店。手頃な価格の物から超高級品まで、様々な時計を扱う人気の店。時計のオーダーメイドも可能。

 ラグナロクの優秀な時計職人が日々切磋琢磨し続けた結果、低価格かつ高性能の時計を多数輩出している。

 

 

17. 垂直離着陸式飛行機『フリングホルニ』

 ラグナロク・コーポレーション航空機開発部設計・開発の超大型旅客機。現実のオスプレイを巨大にし、飛行機っぽくしたイメージを持つと分かりやすい。

 機内にはリビングダイニングを中心に個室が8部屋。個室は全室シャワー、トイレ付き。プレイルームとシアタールームを完備。通称は『空飛ぶホテル』。劇中ではラグナロク社用機の他、アメリカ、フランス等の先進各国が購入している設定。

 

 

18. 世界から男の居場所を奪う会

 フランスに拠点を持つ、女性権利団体過激派最右翼の組織。主催はケティ・ド・ラ・ロッタ。

 『この世界に男が居ていい場所はない』を合言葉に、男性に対する物理的・社会的制裁を主な活動内容としている。

 『フランス事変』の際に仁藤藍作の殺害、及び『ラファール・カレイドスコープ』の奪取を目論んだが頓挫。数人の幹部級メンバーが逮捕された事でこれまでの罪状が明るみに出て国際的テロ組織として追われる事に。

 のち、『エクスカリバー事件』に参戦した九十九を殺害するべくロンドンで襲撃。最終的にスコールによって首謀者は粛清され、組織そのものも解体の憂き目に会った。

 

 

19. 百華(フルール)

 フランス空軍IS配備部隊。フランス軍のISパイロットの中でも特に選りすぐりの兵のみが所属を許される、最高峰の部隊。定員数は10人。

 劇中ではシャルロット・エレーヌ・オルレアンのみが登場している。

 

 

20. ツクモニウム

 シャルロットと本音限定の必須栄養素。九十九との身体的接触によって供給される。

 効能は心が元気になり、満たされたような感覚を得る(本人談)。なお、シャルロット酸・のほほん酸と同時に摂取すると吸収効率が上がる……らしい。無論、未確認の栄養素である。

 

 

21. 男性IS操縦者特別措置法

 通称『ハーレム法』。

 織斑一夏、村雲九十九両名への特例措置を行う為、国際IS委員会主導の元で考案された法案である。基本骨子は以下の三つ。

 

 1.男性操縦者への自由国籍権の無条件授与。

 2.国際IS委員会加盟国内への渡航の自由。

 3.最大五名までの重婚の許可。

 

 その他『各種免許の取得年齢引き下げ』『護身用武器の常時携帯許可』『緊急時の車両接収許可』等、細かい物も含めればその特例措置は多岐に渡るが、最も大きいのが上に挙げた三つであるといえる。

 全世界同時に即日決議・施行を行ったため、女性権利団体はじめ女尊男卑主義者達の妨害を一切受ける事はなかった。

 

 

22. 超長期刑務所

 50年以上の超長期に渡って刑に服する事が決定した受刑者が入所する刑務所。日本国内に3件、全世界で約500件存在する。基本的に国営だが、民間企業が経営している所も僅かに存在する。

 その警備レベルは各国内において最高であり、脱獄の成功例は0に等しい。劇中ではフランス国営超長期刑務所、通称『バスティーユ』、中国国営超長期刑務所『九龍城塞』『五行山』が登場。

 

 

23. 悪戯妖精(ピクシー)

 ラグナロク開発の動体射撃訓練用ターゲットドローン。外見はどこかの魔法学校小説に出てくる空飛ぶ金の玉にそっくり。

 ハチドリにヒントを得た2枚の羽で飛行し、超高速で羽ばたく事で滞空が可能。特殊なPICと高性能センサーを搭載しており、生半可な射撃では捉える事はできない。

 また、乱数機動プログラムが組み込まれているため何時、何処にどのように動くか予測不能。ただし、バッテリー駆動式のため稼働時間はフル充電で30分前後と非常に短いのが難点。

 劇中では、一年生限定・一夏争奪体育祭で『玉撃ち落とし』の的として活躍。

 

 

24. フノッサ

 ラグナロクの宝飾部が直営する高級宝飾品店。

 超一流の腕を持ったアクセサリー職人達が日々腕を競いながら作り出す作品達は、他店の物とは一線を画す高品質な物がそろっている。完全オーダーメイドにも対応。内容次第では即日完成も可能。

 『この店で婚約指輪・結婚指輪を買ったカップルは一生を添い遂げられる』とネットではもっぱらの噂。

 

 

25. 『テンペスタⅡ』機動実験事故

 1年前、イタリアで開発中だった『テンペスタ』の後継機、『テンペスタⅡ』の超音速下機動実験中に発生した墜落事故。

 元々高速高機動型の『テンペスタ』を更に先鋭化した『テンペスタⅡ』だったが、あまりに速さに特化し過ぎたその性能に機体の装甲強度がついていけておらず、超音速下での無茶な機動が原因で機体が空中分解。

 乗っていたパイロット(アリーシャ・ジョゼスターフ)は空中分解の時に装甲ごと右腕を持っていかれ、墜落の衝撃で割れたバイザーが突き刺さった事で右眼を失い、挙句に全身に火傷を負うという、IS史上類を見ない大惨事となった。

 事態を重く見たイタリア政府は『テンペスタⅡ』の開発を凍結。現在『テンペスタ』とは別機軸の第三世代機を開発中。

 

 

26. 外付式機体性能制限装置

 通称『カフス』。ISの機能を外部から制限する装置。主に軍や自衛隊で入隊一年目の新入隊員のIS教育を行う際に用いられる。

 最大75%の機能を抑える事ができる為、比較的安全に技能習得が行える。また、教官との模擬戦において『実力差』を埋める為に用いられる事もある。

 ちなみに『カフス』の着いたISを業界用語で『オムツ』と呼び、『オムツ』を使っている者達を指して『ベイビィ』と呼ぶ。

 

 

27. 円卓の騎士団(ラウンドナイツ)

 イギリス空軍IS配備部隊。隊長はアルトリア・ペンドラゴン。ISの名前はアーサー王と円卓の騎士に由来している。

 将来的にセシリアもここに配属される予定。

 

 

28. 十字軍(クルセイダーズ)

 欧州連合IS特務部隊。欧州各国軍から生え抜きのパイロットが集められた最精鋭部隊。本編中に登場なし。

 

 

29. 火消し屋(プリベンター)

 国際連合直属のIS部隊。世界各国の内戦・紛争に介入し、迅速に鎮圧する事が主な任務。メンバーのコードネームは消火に使う、あるいは使える物に由来する。

 

 

30. ラグナロク・コーポレーション第三野外演習場

 北海道中央部、大雪山の麓、四方25kmに渡る広大な土地を誇る、ラグナロク所有の演習場の中で最大規模を誇る野外演習場。主に大規模火力演習に用いられる。

 冬になると、降りしきる雪と高出力の電柵に閉ざされ、野生動物は近寄って来ない。更に、演習場外縁部の周囲15km圏内に集落は一切なく、人の往来も無無い陸の孤島と言える場所。

 

 

31. フューチャー・フォー・フュメールズ

 略称は『FFF』。アメリカを中心に過激な男性排斥運動を行う女性権利団体過激派組織。自分達の主張を通すためなら殺人すら厭わない危険人物の群れとして、主要幹部が国際指名手配されている。

 

 

32. オルカ

 アメリカ空軍IS配備特務部隊。戦技教導隊としての側面も持つ……のだが、とにかく『真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす』のが大好きな脳筋集団のため、軍からの評価は芳しくない。

 

 

33. ワイルドグース

 ワシントンポリス所属の空中警ら部隊。白黒2色のカラーリングを施したISを用い、ワシントンを空から護っている。入隊には非常に厳しい試験に合格する必要がある。

 

 

34. 5.13事件

 九十九達が小学校の修学旅行に行った帰りに織斑家で起きた、前代未聞の『家電全滅事件』の通称。

 原因は、千冬が『一夏のいない間ぐらいなら、私でも家事はこなせるだろう』と考え、それを実行に移したから。

 結果、洗濯機は洗濯槽の軸が折れ、電子レンジはドアが吹き飛び、掃除機は本体の車輪が粉砕。炊飯器は釜がひしゃげ、オーブントースターからは出火したためか焦げ臭い上に煤が付着した状態。

 冷蔵庫はドアのヒンジが壊れて開きっぱなしになり、中の食材は軒並み腐敗。更に、エアコンの掃除をしようとした結果、壁からエアコンが剥がれ落ちていた。

 唯一無事だったのはTVだけ。という惨憺たる状況に当時の九十九は開いた口が塞がらず、一夏はその場で卒倒したという。

 この日以来、一夏は千冬に決して家事をさせようとしなくなった。

 ちなみに、故障した家電製品は全て買い替えが必要だったため、織斑家は相当額の出費を強いられる事となり、数ヶ月間の赤貧生活を余儀なくされ、八雲の作る料理のお裾分けが姉弟の生命線だった時期がある。

 

 

35. ルクーゼンブルク公国

 欧州連合に名を連ねる、東欧の小国。主要産業は観光と農業。国土の地下に巨大な洞窟があり、そこにはこの国だけで採れる鉱物であり、ISコアの原料として使われている時結晶(タイム・クリスタル)の鉱床が存在する。

 それゆえ、篠ノ之博士と深い繋がりがあるとされ、各国はこの国の意向を完全に無視できないでいる。

 九十九の見立てでは、あの国には公式発表以上の数のISが存在すると思われるが、確証はない。

 

 

36. 序列入替戦(スイッチバウト)

 国家代表候補生同士の間で行われる、互いの序列を賭けた戦い。下位者が上位者に挑む事のみ認められ、勝者が上位者の序列に収まる。一人につき年3回まで挑戦が認められている。

 

 

37. アスクレピオス

 ラグナロク・コーポレーション医学部直営のがんセンター。東京郊外にある。最初期〜終末期までの全てのがん患者の受け入れを行い、最高クラスの治療を施す事を約束している。

 劇中では終末期患者病棟のみ登場。

 

 

38. 淑女協定

 一夏ラヴァーズの間で取り交わされた幾つかの条項からなる協定。破ると一定期間の一夏との接触禁止など、かなり重い罰が下される。劇中では第3条1項『一夏の部屋への時間外訪問(夜這い)の禁止』が明らかになっているため、最低でも第3条まではある事がわかる。

 

 

39. マインプログラム

 ISのOSに、普段は隠れているが特定の行動や操作を行ったと同時に発動するプログラムを事前、ないし追加で仕込む、プログラミングの一手法。

 軍のISには、持ち逃げ防止用に『拠点から無断で一定以上離れる事』を条件に発動する強制停止プログラムが、マインプログラムとして組み込まれている事が多い。

 

 

40. コード・カタストロフィ

 篠ノ之束が全てのISコアに対してマインプログラミングした、『造物主(篠ノ之束)からの命令を至上命令として実行する』事を強要するプログラム。

 ISが起動し、一定時間行動する事で発動するようになっていた。

 

 

41. ドイツ空軍203航空機動大隊

 ドイツ空軍所属のIS配備特殊部隊。大隊長兼IS中隊長はターニャ・デグレチャフ。『既存の航空兵器とISによる連携戦術の研究』を第一任務とする。

 IS中隊のパイロットはターニャが自ら見出し、徹底的に鍛え上げた精兵揃いである。

 

 

42. コザック

 ロシア空軍IS配備部隊。隊長はイリーナ・イエラーヴィチ・烏丸。部隊規模としては小さいが、その実力は高い。

 

 

43. 統一朝鮮、中東諸国連合、北欧三州協商連合、中米海洋国家連合、アフリカ大陸諸国連合

 いずれもISが世に出た後で勃興した諸国連合体。一国では大国に対抗出来ない中小国家の利害の一致によって同時多発的に生まれた。という経緯がある。それ故、各国の思惑が複雑に絡み合い、結果としてその歩みはどうしても遅い。

 

 

44. コード・リベリオン

 『フェンリル』の情報提供のもと、ラグナロクが開発したコード・カタストロフィのカウンタープログラム。

 未起動状態のISに仕込まれたコード・カタストロフィを無効化する。ただし、既に発動したものについては効果が無い。

 

 

45. 蔵江洲通運(くらえすつううん)

 日本有数の運送会社……だったのだが、社長令嬢のある一言によってラグナロク・コーポレーションに敵対的買収を仕掛け、返り討ちにあって多額の借金を抱えて倒産。

 その後、令嬢は借金返済のために望まぬ結婚を強いられ、社長夫妻は現在行方不明となっている。

 

 

46. 俺の男汁

 IS学園本校舎、一階購買前の自動販売機で発売されている紙パック飲料。名前のインパクトとは裏腹に、その中身は単なる濃い目の飲むヨーグルト。

 

 

47. 当主会

 更識家の当主と更識に仕えている各家の当主、次期当主が大晦日に更織本家に一堂に会して行われる定例会義。

 各家の活動報告や現当主の引退表明と次期当主の就任報告や、来年の活動方針を決めるための話し合いをするための場。

 



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