メメント・モリ (阪本葵)
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第1話 少年は、絶望した

一年前くらいからダラダラと書き溜めていました。
ある程度ストックが出来たので投稿します。
都合よい展開や矛盾点が多々ありますが、フィクションとして読み流してください。



少年は絶望した。

 

現在14歳である少年は、姉の命令で全寮制の中学校へ入学、入学してからもまともに実家に帰っていない生活を送っている。

それは、剣道部の部活動が厳しく年中練習しているのと、双子の兄の”あの一言”のせいでもある。

 

『お前のような出来損ないは我が家にいらない。だから帰ってくるな』

 

小さい頃から少年に対し辛辣に当たる兄は、家に自分という存在がいることが不快だったようで、姉の全寮制学校入学の提案も嬉々として賛成していた。

帰ってくるなということなのか、兄に家の鍵も取り上げられた。

姉も、少年に対し小さい頃からきつく当たってきた。

少年の努力を否定し、貶す。姉は自分にも厳しい性格であるため家族にも厳しいと思っていたが、双子の兄は素直に褒めているところをよく見かけた。

 

『どうしてお前はそんなに愚図なんだ』

 

『そんなことを覚えるのにどれだけ時間がかかっているんだ』

 

『兄とは大違いだ』

 

常に双子の兄と比べられ、努力を否定されてきた。

それでも少年は努力した。

兄は『一を聞いて十を知る』を体現できる天才で、頭脳も、運動能力も万能で神童などと呼ばれていた。

姉も超人的な運動能力を有しており、学生時代に剣道の全国大会で優勝するほどだ。

だが少年はそんな二人とは明らかに見劣りする。

決して頭脳も、運動能力も悪いわけではない。

ただ、少年はいわゆる『要領の悪い人間』だった。

一を聞き、十繰り返し理解する。

日々常に反復練習、復習を繰り返してようやく彼らの望む土俵に立てるのだ。

だが、そこまでに時間がかかり過ぎ、それがまた姉や兄から失望されるのである。

それでも少年は日々の反復練習、復習をやめなかった。

少年はそれしか生き方を知らないから。

そうして、いつか姉に、兄に認められると信じていたから。

 

『そんなことも出来ないのか、情けない』

 

だが、それはそれはやはり夢だった。

 

『もう少し兄を見習え。……いや……』

 

家族だと思っていたのに。

 

『……お前は本当に私たちの弟か?』

 

少年は、その家族に見捨てられてのだ。

 

一年前、兄が誘拐されたときは姉は大事な大会の決勝戦を棄権してまで助けに行ったのに。

 

「残念だ。まさか織斑千冬が身内を切り捨てるとはな」

 

「学習したんじゃないのか?前の誘拐の際は誘拐事件自体伏せての大会の棄権、そして突然の引退で相当バッシングを受けたらしいからな」

 

「我が身を守るために身内を切るか、いやな世の中だねえ」

 

「まったくだ、そう思わないか少年?」

 

目の前の覆面の男たちが口々に喋る。

 

 

 

少年は誘拐された。

中学三年の五月の修学旅行、少年の学校は京都旅行であった。

そして友達と自由行動中、数人の男に拉致されたのだ。

車に押し込まれ、車内で麻酔の類を受け、気付けばどこかわからない廃工場で椅子に縛り付けられていた。

目の前には覆面に黒スーツの男が4人。

全員ガタイが良く、自分では太刀打ちできないであろう強者の空気を纏っていた。

自分の置かれている状況を確認しようと口を開こうとしたとき、一人の男が声を荒げた。

 

「ああっ!? そんな弟はいないだぁ!?」

 

携帯電話に怒鳴る男は、焦るように電話口の相手に言う。

 

「ふざけんなよ! 織斑千冬には弟が二人いる! 一人は織斑一夏!もう一人は織斑照秋(てるあき)だろうが!! その織斑照秋を預かってるんだ! ……あ? 悪戯だ!? おい、ちょっと待てよ! おい、おい!!」

 

どうやら電話は一方的に切られたようだ。

苛立たしげに携帯電話を地面に投げつけ、カーンという乾いた音が廃工場に鳴り響き、ガンガン携帯電話を踏みつける。

 

「くそ! なにが冗談だ! あの野郎、男を見下しやがって!」

 

肩で息をする男は、ギロリと少年を見るや、いきなり顔を殴った。

かなり力が入っていたのか、少年は縛り付けられた椅子ごと床に倒れこむ。

両手足を縛られているため受け身も取れず、コンクリートの床に肩を強打した。

体を打ち付けた激痛と、殴られた衝撃に気絶しそうになるが、なんとか意識を失わないように耐える。

口の中が切れ、ゲホッゴホッと咳込むとコンクリートが血で汚れる。

歯も2~3本折れたのか、口の中がゴロゴロする。

その間に少年を殴った男は他の仲間に止められているが、その怒りは収まらず喚き散らしていた。

そんな男を冷静に見ていた別の男が、携帯電話で何やら話していた。

 

「……ええ、失敗です。織斑千冬はこちらの要求を飲まず、弟を切り捨てました」

 

最後の一言が、少年の耳に残る。

 

『切り捨てた』

 

切り捨てる?何を?

 

「……はい、はい、わかりました」

 

何の感情もなく受け答えして通話を切る男は、椅子ごと倒れた少年を立たせ、こう言った。

 

「残念だ。まさか織斑千冬が身内を切り捨てるとはな」

 

「それとも、噂通り『愚鈍の弟を家族として認めていない』のか」

 

その言葉を聞いてビクッと体を震わせる少年。

今少年は両手足をきつく縛られ、さらに椅子に固定されており、抜け出すことは不可能な状況だ。

だから、震えた体は、同時にガタッと椅子が動く音がし廃工場に響く。

目ざとくそれを見つけた先ほど少年を殴った覆面の男は、隠れていない口元をニタァと歪め顔を近づけた。

 

「お前、切り捨てられたんだよ織斑照秋」

 

その言葉を理解するのに時間がかかったが、理解した途端、目から涙が溢れてきた。

震える体、真っ白になる思考、涙で歪む視界。

少年――織斑照秋――は切り捨てられた。

誰に?

 

「先ほど君の姉である織斑千冬に君を誘拐した旨の連絡をしたんだよ」

 

淡々と語る男は、ゆっくりと手を上着の胸元に手を入れる。

 

「彼女は一年ドイツにいたが、半年前に日本に帰ってきた。そしてIS学園の教師をしているんだよ」

 

男が上着から引き抜いた手には、黒く光る暴力『拳銃』が握られていた。

それを見た照秋はサッと顔を青くする。

 

「彼女に『弟を助けたければ、こちらの指示する場所へ来い』と要求したんだがね」

 

カチャッと拳銃の上部をスライドさせる。

 

「拒否されたよ」

 

にこやかに話す言葉は、しかし照秋の心に残酷に突き刺さる。

 

「『私に織斑照秋という弟はいない』だそうだよ」

 

とめどなく流れる涙は、ポタポタとコンクリートに斑点を描く。

 

「本当は君の兄、織斑一夏を誘拐しようと計画していたんだが、彼は前例があるからね、日本政府の”目”が多くて手が出せなかった。だが、君にはさほど”目”が無かったから容易かったよ」

 

そんなところにも差が出るんだねえ、と呟く男は穏やかな口調でカツカツと照秋に近付く。

 

「少年には同情するよ。まあ、誘拐した我々が言うことじゃないがね」

 

ゴリッと音をさせ銃を照秋の額に付ける。

 

「そして申し訳ないが、君には死んでもらう」

 

無情の言葉がかけられるが、照秋には届かない。

彼は姉に見捨てられたということに絶望し、思考できないでいるからだ。

 

「上からの命令でね。我々も心苦しいが、君は無用の存在になり下がった。価値がなくなったんだよ」

 

照秋は焦点の定まらない瞳で男を見上げる。

 

「さようなら」

 

 

パンッと乾いた銃声が廃工場に鳴り響いた。

 

 



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第2話 照秋と箒

雲一つない晴天の空、セミが鳴き、猛暑に茹だる8月、全国中学校剣道大会は今年、静岡にて行われた。

 

出場選手は皆中学生であるが、全国大会に出るだけあって大人顔負けの気迫を感じる者ばかりだ。

そしてなにより、今年は観戦客が例年より多い。

何故なら、今年は剣道専門誌も賑わせた、剣道界では注目の生徒が二人出場するからである。

そんな中、競技場の入り口でそわそわして人を待つ少女がいた。

その少女は、剣道着を着ているので出場者であることはわかるが、長い黒髪をポニーテールでまとめ、キリッと切れ長の目にシミのない肌、美少女といえる容姿なのだが、不安そうな表情で、競技場に来場する人を一人も見逃すまいとキョロキョロと周囲を見渡していた。

 

「……あっ」

 

そして、ようやく見つけたのだろう、不安そうな表情から一転、花が咲いたように笑顔で待ち人に駆け寄っていった。

 

「照秋!」

 

名前を呼ばれた少年――照秋――は同じ学校の剣道部員達と会場に入っていると声がしたので立ち止まって振り向き、声の主を見つけるとニコリと笑う。

 

「やあ、箒」

 

少女――篠ノ之箒――は照秋に名前を呼ばれ頬を赤く染める。

走って弾む息、待ち人に、恋する人に会えた喜びに踊る心、箒は高鳴る胸を抑え、深呼吸する。

 

「ひ、久しぶりだな、照秋」

 

色気のない突き放すような声音と言葉に、心の中で「何を言ってるんだ私!第一声から大失敗だ!!」と自己嫌悪する箒だが、照秋は気にせずにこやかにほほ笑む。

 

「そうだな。直接会うのは去年の全国剣道大会以来だ」

 

「う、うむ」

 

照秋と箒は電話やメールのやり取りを頻繁に行っている。

まあ、内容はほとんど箒の愚痴を照秋が聞きストレスを発散させるというものだが。

日本政府から特別保護プログラムを受けている箒にプライベートはほぼ無いに等しかった。

常に監視され、食事内容、起床、就寝時間など筒抜けだ。多感な時期の少女にこの扱いはあんまりであるが、重要人物の箒に拒否権などない。

だが、それもここ一年程で急に監視が緩くなった。

どうやら行方不明の姉――篠ノ之束――が日本政府に何か言ったようで、プライベートはかなり守られるようになった。

そんな中で箒は照秋と出会ったのが、昨年行われた全国中学校剣道大会だ。

箒も照秋も、まさかそんな場所で幼馴染に出会えるとは思っておらず、二人で喜び合った。

その年の大会は残念ながら二人とも成績は振るわなかったが、箒と照秋は携帯電話のメールアドレスと電話番号を交換し、やり取りを行ようになった。

 

「しかし、流石だな照秋。団体戦と個人戦両方に出場するとは」

 

箒はプログラムの書かれた冊子を見て感心する。

その冊子はタイムスケジュールと出場校、出場生徒の名が書かれており、照秋が個人戦団体戦両方に出場していると知り驚き、また同時に嬉しくなった箒だった。

照秋の通う中学校は付属学校で、高校、大学と剣道強豪校で知られている。

過去に何人もの優勝者、団体優勝をしている学校である。

そんな学校で昨年の二年生からレギュラーになれるのだから、実力は相当なものであると簡単に想像できる。

流石は、今大会注目される選手で『赫々剣将(かっかくけんしょう)』と呼ばれる男だと、箒は尊敬の眼差しを向けた。

赫々剣将(かっかくけんしょう)とは、室町幕府十三代征夷大将軍足利義輝の事である。

剣豪将軍という呼ばれ方が有名であろう。

将軍でありながら既に権力は無く、日々剣術に打ち込んでは達人の域に達した人物である。

義輝は塚原卜伝、上泉信綱に教えを請い剣術に没頭、その腕を上げて行き、奥義「一之太刀」を伝授されたという説もある剣豪である。

松永久秀らに二条御所で襲われた際、将軍家秘蔵の刀、名刀三日月宗近(みかづきむねちか)をはじめ数本畳に刺し、刃こぼれするたびに新しい刀に替えて寄せ手の兵と戦ったという。

この最後の奮戦を讃えて、現代において「剣豪将軍」と称される人物である。

では、何故照秋は有名な剣豪将軍という名ではなく赫々剣将と呼ばれているのか。

赫々とは、華々しく功名を上げる様や光り輝く様を言い、昨年の全国中学校剣道大会において、照秋の未熟ながらも圧倒的存在感を示すその剣技に「光り輝く剣技にその才気、まさに赫々剣将よ」と称されたのが始まりである。

 

「箒こそ、学校が変わっても剣道続けて、しかも全国大会に出れるんだからすごいよ」

 

照秋も箒を称賛する。

箒は前述した日本政府の特別保護プログラムによって定期的に転校を余儀なくされている。

そんな環境で日々研鑽を怠らない箒の精神力は素晴らしい。

流石、今大会注目される『女一刀斉』と呼ばれる少女だと素直に褒め称える。

箒は世間に最も注目され、行方をくらませている人物、ISの開発者たる篠ノ之束の妹であるが故様々な注目を受けているが、だからといって剣技を贔屓目に見てのあだ名ではない。

その実力はまさしく『女一刀斉』の名に恥じぬものである。

一刀斉とは戦国時代から江戸時代初期に実在した剣客『伊藤一刀斉』のことである。

前名『前原弥五郎』という彼は、『一刀流剣術』の祖であり、鐘捲自斎を師とし五つの秘剣、高上極意五点たる『妙剣』『絶妙剣』『真剣』『金翅鳥王剣』『独妙剣』を伝授され伊藤一刀斉と改め、その後も剣の極意を追求し、三十三の決闘を無敗という、剣鬼として名を残している。

一刀流は多くの派生流儀がある。

そんな中の一派で最も有名なのは『北辰一刀流』であろう。

千葉周作を祖とし、あの坂本竜馬も学んだとされる流派である。

そんな派生流儀の元祖たる一刀流は、現代剣道にも影響を与えているとされている祖・伊藤一刀斉の女版と称されている箒は、その美麗な容姿とまっすぐで美しい剣技に付けられた名である。

箒自身は女一刀斉という全く可愛くないあだ名に怒るが、照秋から褒められたことによって享受したのだった。

そう、今大会の注目選手とは、照秋と箒の二人である。

だが、そんな照秋の素直な称賛に、箒は顔を真っ赤にしてぷいっと顔をそむける。

 

「ふ、ふん!当然だ! ……照秋に会える唯一の手段なのだから、頑張るのは当たり前だろう……」

 

ぼそっと本音を言う箒だが、その声はバッチリ照秋に聞こえている。

 

「ありがとう。俺も箒に会えて嬉しいよ」

 

「えぅ!? あ、あうぅぅ……」

 

呟きが聞かれてますます顔を赤くする箒。

もう耳まで赤い。

そんな箒が可愛らしくて、照秋はクスリと笑い手を出す。

 

「とにかく、久しぶり、箒」

 

「う、うん……わ、私も会えて……う、嬉しい……」

 

しどろもどろ喋り、恐る恐る照秋の手を握る箒の表情は、とてもうれしそうだった。

 

「お、織斑先輩……その美人さんって、もしかして彼女っすか!?」

 

「び、美人!? 彼女っ!?」

 

一緒にいた同じ学校の後輩がプルプル震えて聞いてくる。

そして美人、彼女と言われた箒は慌てふためく。

 

「……たしかにイケメンだとは思っていたが、まさか男子校で外出がほとんどできないウチの学校で、こんな美少女をいつの間に……このリア充め!!」

 

「織斑、ちょっと屋上行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ……」

 

同学年の仲間も殺意の目を向けてくるが、そんな視線に照秋は苦笑する。

 

「そうだと嬉しいけど、残念ながら違う。幼馴染だよ」

 

「う、嬉しい!? 残念!?」

 

照秋の明け透けな返答にますます顔を赤くし、あうあうと意味の分からない言葉を発する箒。

そして照秋の言葉を聞いて、

「なーんだ」

「いや、よく考えろ。こんな美人が幼馴染な時点で勝ち組じゃねーか」

「か、彼氏いるの?え、いない!?」

「じゃあ、この子、今フリーってことか!?」

「お、俺とお友達に!」

と、各々言いたい放題である。

騒々しくも明るく仲間として結束している照秋と同じ学校の面々に驚く箒だったが、それよりも照秋が言った「そうだと嬉しい」「残念」という言葉の真意を確認したくて、でも今の公衆の面前で聞く勇気もなくて。

 

(……この大会が終わったら絶対聞こう。……そ、そうだな……優勝したら……こ、こここ告白しよう!!)

 

そんな乙女の一大決意を人知れず固めたのだった。

 

 

 

大会は箒が個人優勝、照秋が個人、団体優勝、さらに最優秀賞まで掻っ攫っていった。

 

「おめでとう、照秋」

 

「箒もおめでとう。すごく強くなったね」

 

照秋と箒は大会が終わり、双方の学校が翌日帰るので静岡で一泊するということで、さらに互いの宿泊施設が近いと知り、夜にお互い抜け出し、近くのファーストフード店で会っていた。

二人は互いの健闘を褒め称えるが、そこは日本人、嬉しいのに謙遜する。

 

「いや、私はまだまだだ。照秋の剣を見て己の未熟を痛感したよ」

 

箒は尊敬の眼差しを向ける。

事実、照秋の実力は今大会では飛び抜けていた。

全ての試合で一本も取られることなく、全て一撃、さらに昨今の近代スポーツ剣道とは真逆の、大樹のようなドッシリとした構えは示現流「蜻蛉の構え」、そして目にもとまらぬ剣戟に、観客席からは「まさに雲耀の太刀」と感嘆の声が漏れるほどだ。

赫々剣将(かっかくけんしょう)』の名は伊達ではないと感心する。

箒も、照秋の試合を見て思っていた。

強い。そして、かっこいいと。

顔が暑くなるのを自覚し、改めて実感する。

ああ、私は照秋に心底惚れているのだと。

 

箒と照秋は幼馴染である。

最初は照秋の姉である千冬が父・篠ノ之 柳韻が開いていた篠ノ之道場に通っていた付き添いだったのだが、千冬の勧めで照秋と一夏が小学一年の時に篠ノ之道場の門下生となった。

箒は、圧倒的強さを持つ千冬は尊敬する人物だと思っていたが、弟の二人はそうとは思えなかった。

箒自身、元々人付き合いが苦手、というか人見知りすることもあり、照秋と一夏二人と仲良くなることもなくただの同門生という認識でしかなかったのだ。

特に双子の兄である一夏は苦手だった。

たしかに剣道の才能はあったのだろう、道場に通い始めてあっという間にメキメキ実力を付け、すぐに箒と拮抗するまでに至り、箒が引っ越しするころには一夏の方が強かった。

だが、一夏はその才能に胡坐をかき、現状に満足しそれ以上に努力しようとはしなかった。

千冬もそんな一夏の態度に注意はするが、それほど強く言うものではなく、一夏も右から左へ聞き流しているようだった。

逆に照秋は愚鈍だった。

箒の目から見て、剣道の才能など全く無いと一目でわかる惨憺たるものだった。

そんな愚鈍さに箒の父柳韻は「人それぞれの速度があるから、ゆっくりやるといい」と照秋ににこやかに諭していた。

箒は、父が照秋を擁護する発言を聞き目が曇っているんじゃないかと思っていたが、あれはもしかしたら照秋の隠された途方もない才能に気付いていたのかもしれない。

だが、千冬と一夏は照秋に辛辣だった。

 

「どうしてこんな簡単なことが出来ないんだ」

 

「一夏を見習え馬鹿者」

 

「愚図に合わせてたら俺が弱くなるから、お前隅っこで竹刀一人で振ってろよ」

 

酷いときなど父が道場にいない時間を確認し、同年代の門下生たちも一夏に同調し照秋を糾弾する。

千冬も、一夏のそんな言葉を咎めることなく、ただ失望の眼差しを照秋に向けていた。

照秋は悔しそうに顔を歪め、目に涙を浮かべるが反論することなく、一夏の言葉に従い道場の隅で一人黙々と竹刀を振っていた。

箒は、このときの事を振り返り自分は愚かだったと悔やむ。

箒は一夏に賛同し照秋を凶弾こそしなかったが、照秋を助けようとしなかった。

千冬と一夏の言う言葉に言い過ぎだろうと思うところはあったが、箒も照秋を鈍臭い、双子の兄に反論すらできない弱い人間だと見下していたからだ。

だが、小学三年生になったある日、見た。

稽古が終わり、皆が帰った後、箒は自主練として素振りをしようと、神社へ向かう途中、道場から少し離れた人の寄り付かないような空き地で姉である篠ノ之束がいた。

姉は箒や照秋たちが小学校一年の時にIS[インフィニット・ストラトス]を発表、程なくして[白騎士事件]が起こり世界的に注目される人物となった。

そんな姉はほとんどの人を認識しなかった。

箒と千冬、一夏の三人にだけ笑顔を向け、同じ仲間として認識する。

照秋など眼中にも入らず無視していた。

両親ですら”自分を生んで育てた人間”ぐらいにしか認識しないのだ。

そんな姉がニコニコしながら何か身振り手振りをし、声をかけている。

箒は、姉の視線の先が気になり目を追った。

すると、そこには照秋が黙々と竹刀を振っていた姿があった。

照秋の素振りを見て、言葉を失った。

なんとまっすぐな剣筋か。

なんと心揺さぶる構えか。

そんな彼の姿を、黄昏の中で竹刀を上段に構える姿を見て、ただただ”美しい”と思った。

気が付くと、箒は涙を流していた。

そう、たしかに照秋は要領が悪い。

一を聞いて、十行動してやっと理解する人間だ。

だが、それは言い換えれば、人より十倍の練習量から得られるバックボーンを持っているということである。

絶対揺るがない、裏切らない、自信として培われていく練習量という積み重ねと、周囲からどれほど貶されても辞めず、諦めない強固な精神。

健全な精神と、健全な肉体を宿し、研鑽する姿は子供ながらに見惚れてしまった。

未熟な自分では、あんな美しい剣は振れない。

これからも目指すべき姿ではあるが、自分がそうなる姿は想像できない。

箒は自身を恥じた。

何と愚かなんだろうかと。

目が曇っていたのは自分だったと。

ただの愚鈍な人間に振れる剣ではない、それほどの衝撃を受けた。

そしてそれが箒の初恋のきっかけだった。

次の日から箒から照秋に声をかけ、共に稽古を行うようになり、学校でもずっと同じクラスだったこともあり、照秋を一緒にいることが多くなり親しくなっていった。

日本の学校は基本的に親族関係を同じクラスにはしないことが多い。

特に決められたルールではないが、双子が同じクラスになると家族であるがゆえに二人でいることが多くなり、友達を作る機会が少なくなるという学校側の配慮で会ったり、学力の違いによるものであったりと様々ではあるが、照秋と一夏は一度も同じクラスになったことはない。

必然的に箒は一夏と同じクラスになることはなく、一夏と接触することも少ないのだ。

箒は照秋の傍で、互いに研鑽し、そして日々大きくなる高鳴る胸の鼓動と共に照秋を見続けた。

照秋の優しさを、愚直さを、厳しさを……そして、抱える闇を。

 

その後しばらくこの関係は続いたが、ISの開発者たる姉が行方不明になるや、家族が日本政府から特別保護プログラムを受けることになり、強制的に転校させられることになった。

箒は照秋と離れることを拒んだが、子供のわがままを国が聞き届けるはずもなく箒は照秋と、そして両親とも離れ離れになった。

だから、こんな状況を作り出し、自身は逃げ出し、どこかでのうのうと暮らしているであろう姉を恨んだりもした。

だが、照秋と約束したのだ。

 

「お互い、絶対に剣道は辞めない。同じ道を進めば、いつか交わり出会えるから」

 

互いの小指を絡め、ゆびきりげんまんと約束する。

箒は照秋のその言葉を信じた。

そして照秋も箒を信じた。

だから、再び出会えた。

 

 

「一緒の高校に行ければいいんだが……おそらく私はIS学園に強制入学させられるだろう」

 

「仕方ないよ、それは」

 

IS学園は、アラスカ条約に基づいて日本に設置された、IS操縦者育成用の特殊国立高等学校である。

操縦者に限らず専門のメカニックなど、ISに関連する人材はほぼこの学園で育成される。

また、学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約があり、篠ノ之束の妹である箒のような世界から狙われる人間にとっては安全な場所である。

だから、箒がIS学園に入学するのは喜ぶべきことなのだ。

しかし、箒は不満だった。

箒は照秋と同じ学校に通い、一緒にいたかったのだ。

箒は不満なのに、照秋は不満にも思っていないようで、柔らかな笑みを浮かべるだけである。

それがまた箒には気に入らない。

だが、仕方のないことかもしれない。

照秋は、これから全国の高校から推薦入学の誘いが来るだろうが、照秋程の剣道の実力者を、付属中学が手放すはずもない。

おそらくエスカレータ式に付属高校へ進学するのだろう。

それに照秋のいる学校は男子校だ。

箒が入学できるはずもないが、そういう意味では照秋に悪い虫が付く心配が無いのは幸いだろう。

逆に照秋もIS学園に入学出来ない。

IS学園の入学資格は『ISを操縦できる』ことだからだ。

男である照秋はISは起動することすらできない。

ISは女性にしか反応しない「欠陥兵器」なのだから。

 

お互いジャージという色気のない恰好で、ファーストフード店の一角のテーブルで向かい合い、テーブルの上にはポテトとジュース。

基本照秋は聞き上手であるため、自分から話題を振ることは少ない。

会話は少なく、しかしそれが重苦しいわけでもなく。

長年連れ添った夫婦のように、穏やかな時間が流れる。

だが、箒は心臓バクバクだった。

箒は自身に誓ったのだ。

優勝したら告白すると。

もう少し雰囲気のある場所にしたいが、二人で会う時間は無限ではない。

これから箒はIS学園に入り、今以上に会える機会が減るだろう。

だから、絶対告白する!

箒は拳を握り決意を新たにした。

……でも、私としては、照秋から告白されるのが夢なんだがなぁ……

そんな乙女な願いも捨てきれない箒だった。

 

「……箒」

 

「ひゃいっ!?」

 

突然照秋から話しかけられ、裏返った声で変な返事をした箒。

……まさか、まさか?

て、ててて照秋から……告白……してくれる……!?

箒の脳内はもう告白一色に染まっていた。

 

「大事な話があるんだ」

 

「だ、大事な話……?」

 

真剣な表情の照秋が言う大事な話。

え、本当に?

まさか、本当に……照秋から……告白してくれる!?

心臓の鼓動がバクバクと大きく耳に鳴り響き、顔に血液が上がり頭がクラクラしてきた。

箒の期待は膨らむが、しかし照秋の口からは箒の予想だにしない言葉だった。

 

「箒に、ある企業にISのテストパイロットとして参加してほしいんだ」

 

「……え?」

 

何故そこでISの、しかも企業の話になるんだろうか?

箒は思考が定まらず、ポカンと口を開ける。

だが、次に照秋の口から信じられない言葉が出てきた。

 

「企業の名前は『ワールドエンブリオ』。束さんの会社だ」

 

 



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第3話 ワールドエンブリオ

二月に入り、世界のメディアは一つの出来事を取り上げていた。

 

『世界で初のIS男性操縦者発見! その名は織斑一夏!!』

 

テレビモニタにでかでかと映し出される文字。

どのチャンネンルを合わせても、ほとんどがこの話題で持ちきりで、緊急特番を組み、どこぞの大学教授やIS専門家がテレビで討論している。

テレビモニタに映し出される文字と映像に、箒は座っているソファに深く沈み込むかのような大きなため息を吐いた。

 

「本当に姉さんの言った通りになったな」

 

「まあ、ISの開発者本人が何かしら細工をしたら、こういう状況に持って行けるんじゃないか?」

 

箒の隣で腕を組んでテレビを見つめる照秋がそう言うと、箒は自分たちの対面のソファに座りニコニコ笑みを浮かべている姉、篠ノ之束を見た。

 

「そうなんですか、姉さん?」

 

「はてはて~なんのことやら~」

 

「私の目を見て言ってください、姉さん」

 

「わーん! 助けて”てるくーん”! 箒ちゃんがお姉ちゃんをいじめるー!!」

 

束をジト目で睨み詰め寄る箒に、そんな箒から逃げようとする束。

それを見て苦笑する照秋。

これが、騒がしくも楽しい日常。

 

ココは日本の首都東京の一角にあるビル、『ワールドエンブリオ』本社、そして三人がいる部屋はそのビルの社長室である。

 

株式会社ワールドエンブリオ

ここ二~三年で急成長したIT企業である。

ちなみに株式上場はしていない。

この企業の社長が篠ノ之束だということは世間には公表されていないが、極一部の日本政府の人間は知っている。

ただ、他言無用という事で最高機密扱いではあるが。

それはそうだろう、もし世界中が探している人間を容認し秘匿しているとわかれば世界からどんな攻撃を受けるかわかったものではない。

束がいるからこそ、保護プログラムを要する箒の企業受け入れを許可しているのだ。

そして、もっぱらメディアに露出されている社長はクロエが操るCGである。

そんなワールドエンブリオ社はIT企業らしくプログラミングからIS業界に進出し、『新OS開発による第二世代機能力底上げ』は世界を大いに驚かせた。

その奇抜で新たなアイデアによってISのOS開発ではあっという間にトップクラスの企業となったのである。

まあ、開発者の束が作るのだから当然といえば当然ではあるが。

そんなワールドエンブリオ社に一年前、日本政府はISコアを4つ配給した。

OS開発による実績、そしてIS開発者本人がいる会社という事を買われ、日本の第二世代機『打鉄』に代わる第三世代機作成のコンペ参加を打診されたのだ。

現在日本は第三世代開発において各国から出遅れている。

そもそもは打鉄の開発企業、倉持技研が第三世代開発にてこずっているためである。

日本発祥たるISにおいて、他国に後れを取るのは面白くない。

日本政府もなりふり構っていられないのだ。

そこで白羽の矢が立ったのがワールドエンブリオ社である。

束は喜んだ。

公然とISを開発でき、世界に発表できるのだから、そのやる気たるや箒が引くくらいだ。

 

「現状は束さんのシナリオ通りに進んでますね。では、次のステップに進みますか?」

 

「てるくん束さんの救難信号ガン無視で話を進めようとしてる!? でも、そこに痺れる憧れるぅ!! てるくん束さんを抱いてー!!」

 

「姉さん、ちょっと拳で語り合いましょうか」

 

「箒ちゃん怖い!!」

 

部屋を走り回る篠ノ之姉妹をしり目に、照秋はテレビモニタを見つめる。

モニタに映る双子の兄、織斑一夏。

三年ぶりに見た兄は、昔のような子供っぽさはなく、細いながらもがっしりとした大人の男性になりつつある体格に成長していた。

小さい頃辛く当たってきた双子の兄は、今自分に会えばどういう態度をとるだろうか?

そして、一年前に自分を見捨てた姉はいったいどんな顔で自分に合うだろうか?

 

「あまりお気になさらず、全て束様にお任せください」

 

コトリとテーブルに飲み物を置き、話しかける少女は、微かに微笑みかける。

 

「ありがとう、クロエ」

 

クロエと呼ばれた少女は、黒の眼球に金の瞳、流れるような銀髪を持つ少女である。

どこからか束が保護してきた身元不明の少女なのだが、束曰く「束さんの娘」なのだだそうだ。

クロエは、かいがいしく束の世話をする。

その小さい体でパタパタ動き回る姿は、箒や照秋の一種の清涼剤となっているのは、本人は知るところではない。

 

 

「よーし! じゃあ、次のステップに進もうか!」

 

姉妹の追いかけっこが終わり、束がビシッと指を天井に指す。

 

「私は次のステップの内容を聞いてないんだが……」

 

箒は照秋の横で不安げな顔をしていた。

束の言う次のステップとは、ようするに現在何かミッションを遂行しているのだろうが、箒や照秋は作戦内容の詳細を聞いていない。

束は普段からテンションが高いが、今現在のテンションは普段の倍以上だ。

こういう時のテンションでの企みは、箒にとって良かった試しがない。

 

「だいじょーぶだよー。このミッションは箒ちゃんにも有益だからー!」

 

どうやら顔に出ていたようだ。

いつの間にか束の後ろでクロエがドラムロールを鳴らしている。

芸が多彩な子だ。

 

「じゃーん! 発表しまーす! てるくんもIS学園に入学してもらいまーす!!」

 

「なっ!?」

 

束の発表に驚く箒、それに対し照秋はどうやら予想していたのだろう、無反応だ。

だが、箒にとってこれほどの朗報はない。

憧れの、好きな子と同じ学校に通うという夢が叶うのだから。

二人きりで登下校……ああ……夢が膨らむ……

 

「マスコミにはいつ発表しますか?」

 

照秋は淡々と作業をこなすように問いかける。

 

「うーん……調子に乗ってる馬鹿どもを困らせたいから、入学式一週間前にしようかな!」

 

「流石束様です。その子供のような嫌がらせに脱帽です」

 

「それ褒めてないよねくーちゃん!?」

 

意外と毒舌なクロエに涙を流す束。

 

「と、とりあえず、箒ちゃんはIS学園に入学するまで[竜胆]に時間の許す限り乗って、ISの技術向上に努めること! いい!!」

 

「は、はい!」

 

涙目の束は、箒にビシッと指さし指示を出す。

その迫力にこくこくと頷く箒。

 

「私は箒ちゃんの専用機作成に全力を尽くす!なんとかてるくんを発表するときまでには間に合わせる!」

 

自分に言い聞かせるように、ふんすと鼻息荒く宣言する束。

それを見てパチパチ拍手を送るクロエ。

 

「じゃあ、俺はIS学園に入学する準備でもしますか?」

 

寮生活になるから、また日用品を揃えないとなーと考えながら照秋がそう言うと、束はにやりと笑い人差し指を左右にゆらし始めた。

 

「ちっちっち、それはくーちゃんにまかせといていいよ。それよりてるくんにはもっと大事なことがあるでしょ?」

 

それを聞いて箒がうんうんと頷き、束に指名され、ブイサインをするクロエは、自信満々に胸を張ってとんでもないことを言った。

 

「おまかせください。照秋さんの性癖はバッチリ押さえていますので、夜のお供の充実は保証します」

 

「おいちょっと待てくー。なんだその情報は! 私ですら知らんぞ!!」

 

「日々のストーキングの賜物です。ちなみに照秋さんはおっぱい星人です。やりましたね箒さん、あなたにもワンチャンありますよ」

 

「よしくーよ、こっち来い。詳しい話を聞こうじゃないか」

 

プライバシーもあったもんじゃない生活だが、照秋は気に入っていた。

自分を認めてくれる。

自分と共に笑ってくれる。

共に悲しんでくれる。

あの家では感じることの無かった幸福感。

そんな騒がしく刺激的な生活に、目を細めて自分が幸福であると実感する。

 

「……てるくん、なんかおじいちゃんみたいだよ、その達観した態度。若くして枯れちゃったなんて、流石に束さんは心配だよー」

 

束もクロエと箒のやり取りをほほえましいものを見るように笑い、だが、照秋にはもう少し年相応の反応をして欲しいと切に願った。

 

「ところでてるくん。てるくんがおっぱい星人というのはわかったから、その夜のおかずは、ずばりおっぱいのどんなジャンルなんだい? なんなら束さん自身がてるくんのリクエストに乗って夜のおかずになってあげるよ!」

 

むぎゅっと自身の胸を寄せ強調する束。

そして悲しい男の性によってその豊満な胸を凝視してしまう照秋。

……本当にプライバシーもへったくれもない環境だ。

 

 

一通り騒いだ三人は、改めて照秋のやるべきことを告げる。

 

「ごほん。とにかく、照秋。お前は『専用機』をもっと上手く扱えるように訓練あるのみだ!」

 

「そうそう! てるくんの専用機『メメント・モリ』もてるくんが上手くなるのを待ってるよ!!」

 

「照秋さん、ガンガン行こうぜ、です」

 

三者三様の応援に、照秋は力強く頷いた。

 

織斑照秋

 

彼は世界で織斑一夏がIS操縦の適性有りと発見される”一年前”からISを動かしていた。

真の”世界で初めての男性操縦者”である。

 



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第4話 千冬の罪

今日は照秋の学校の卒業式である。

卒業式といっても規律が厳しいと有名な男子校であるため、伝説の木の下で告白やら卒業前に寄せ書きノートを書いてきゃいきゃいはしゃぐやらの可愛らしいイベントなんかあるはずもなく、厳粛な空気の中、粛々と式が進められた。

この日は生徒の父兄が学校に入場出来る数少ないイベントであり、また息子の成長した姿を見る一大イベントでもある。

だからこの学校の卒業式にはほとんどの生徒の父兄が参加する。

 

照秋の姉である織斑千冬も例に漏れず、忙しい仕事の中なんとか時間を作り照秋の卒業式に参列していた。

だが、弟の照秋に声をかけることもなく、また見つからないように体育館の隅で少し隠れて、であるが。

壇上には、一人ひとりが校長から卒業証書を受け取っている。

現在照秋の前のクラスが終わり、生徒の名前を読み上げる担任の先生が変わる。

もうすぐで照秋の番だ。

なにせ織斑という苗字だから、すぐに呼ばれるだろう。

するろ、担任の先生が生徒の名前を読み上げて三人目、はいっと大きな声と共に壇上に上がる我が弟。

三年ぶりに見る弟は、たくましく育っていた。

参列者からカメラのフラッシュが一層焚かれる。

照秋は一部では有名人だ。

ずっと剣道に打ち込み、三年生で個人、団体ともに全国優勝、さらに最優秀賞という成績を残し、剣道界では赫々剣将などと呼ばれる逸材として取り上げられている。

雑誌や新聞の写真で見るよりたくましく、凛々しく見える弟。

今の、バイトに明け暮れている一夏とは比べるまでもなく、制服を着ていてもわかる鍛え上げられた肉体、滲み出る強者の覇気、佇まいに、千冬は目頭が熱くなった。

……よくぞ、よくぞここまで成長してくれた。

流石は私の弟だ、と褒め称える。

何故千冬が体育館の隅に隠れるように見るなどという、奇妙な態度で弟の卒業式に参列したのかというと、千冬には照秋に対し負い目を感じているのである。

思い返す度にその時の自分を殴り飛ばしたい気持ちになる、あの最悪の選択。

 

 

 

千冬はあの日、自身が教師として働いているIS学園の職員室で書類整理を行っていた。

そんな時、自分の携帯電話に見知らぬ電話番号から通知が来ていたのだ。

千冬は良くも悪くも世界で最も有名な女性である。

第一回IS世界大会覇者である最強の称号『ブリュンヒルデ』を持つ最強の女性。

ISによって歪んだ世界の理、女尊男卑の代表格ともとれる世間の認識、それが今の織斑千冬である。

だから、どこから嗅ぎ付けたのか千冬の生活パターンに割り込み、スートーカーまがいの変な輩や他国の勧誘、女尊男卑反対派やらが接触してくる事象が多々あった。

知らない電話番号、非通知からの電話なんて日常茶飯事だったのだ。

そんなときは無視する。

放っておけば勝手に向こうが切る。

だが、この日の電話はいつまでたっても止まなかった。

 

もしかしたら知人の電話番号が変わり、その電話からかけてきたのかもしれない、そう思い、千冬は電話に出た。

 

「もしもし」

 

『……ちっ、やっと出やがったか。お前、織斑千冬だな』

 

「ああ、そうだが貴様は誰だ」

 

相手は知らない声の男だった。

しかも言葉遣いが乱暴だ。

また女尊男卑の文句でも言いに来たのかとため息を吐いたが、今回はそれより性質が悪かった。

 

『てめえの弟、織斑照秋は預かっている。返してほしければこちらが指定した場所へ来い』

 

また来た。

家族の狂言誘拐だ。

これで何回目の狂言誘拐電話だろうか、十回目から数えていない。

実際、以前もう一人の弟、一夏は誘拐された。

その時はドイツからの協力情報により助けることが出来たが、これは自分のふがいなさが原因であると自覚しているし、もうさせないと誓ったのだ。

その出来事以降、いつどのような状況にも対応できるように家族のスケジュールを把握するようにしているし、密かに日本政府の人間に護衛も頼んでいた。

それは照秋も例外ではなく、全寮制であるから残念ながら護衛は叶わなかったが、キッチリスケジュールは把握済みだ。

千冬自身、最低週一回は必ず家に帰り一夏の状態を確認しているし、照秋とも連絡を取るようにしている。

たしか今日は修学旅行で、京都に行っているはずだ。

何かあればすぐに電話するように学校側にもお願いをしている。

そして、学校から緊急の電話はかかってきていない。

つまり、これは狂言誘拐、いたずら電話だと判断した。

 

「私に織斑照秋などという弟はいない。ふざけた電話をする暇があるな真っ当な職でも探すんだな」

 

一方的に電話を切り、着信拒否設定をする。

はあ、とため息をつき、冷めたコーヒーを一気に流し込んだ。

 

――その二時間後、学校側から緊急の電話があった。

照秋君が何者かに拉致され、すぐに保護したが負傷し現在病院に搬送していると――

 

千冬はすぐさま搬送された京都の病院へ向かった。

病院に駆けつけ、弟の無事を確認しようと病室に向かったが、その入り口いた私服の警察官二人に止められた。

弟に会いに来たと警察に説明すると、とりあえず警察から経緯の説明を受けた。

修学旅行での自由行動中に、照秋は覆面の男数名に車に押し込められ拉致されたのだという。

その時、護衛任務を受けていた政府のSPは全く役目を果たさず呆然とし、同じグループの生徒がすぐに担任に連絡し、警察に通報、捜索が始まった。

見つかったのは、生徒から連絡を受けた一時間ほど経った頃、一般人の通報によってだった。

発見された現場は府内の廃工場、照秋は気絶し、全身数か所の打撲と肩に拳銃による負傷。

幸い銃弾は貫通し、障害が残るような傷ではないとのことだったが、れっきとした重傷だった。

犯人と思われるグループは全員で四名らしい。

全員が男だと思われ、全員が同じ廃工場で絶命していた。

その現場は、まるで爆心地のようだったそうだ。

何故先ほどから曖昧な表現が多いのかというと、犯人と思われるグループの死体が原形をとどめていなかったからだ。

なんとかバラバラになった肉片をかき集めわかった結果得た情報なのだという。

照秋の護衛任務に就いていたSPは即刻任務を外されたらしいが、千冬はそんな犯人やふがいない護衛の情報より、照秋の方が心配だった。

早く会わせてほしいと警察に言った。

だが、警察は面会を許さなかった。

 

「何故だ」

 

思わず殺気を込めて睨んでしまうが、家族が心配なのだから仕方のないことだろう。

しかし、警察はこう言った。

 

「本人が拒否している」

 

「織斑千冬には会いたくないと言っている」

 

千冬は目の前が真っ白になった。

守るべき家族に拒絶された。

たしかに、照秋が危険な目にあったのは千冬に原因がある。

あの犯人の電話に従えば、照秋はここまで重傷は負わなかっただろう。

だからこそ謝りたかったのだ。

それを、照秋は拒否した。

謝る機会すら与えてくれないのか。

 

「見たいものしか見ない。だから真実がわからない。愚かですね、織斑千冬」

 

呆然としていると、後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこには眼鏡をかけた少女が立っていた。

少女は、おそらく一夏や照秋より2~3歳ほど年下に見える。

黒髪をナチュラルミディアムヘアに、軽くワンカールをかけているであろう、自然なスタイルに仕上げている。

服装はラフなニットワンピースにレギンスという簡素な出で立ちの少女は、眼鏡の奥から見る瞳に怒りを滲ませ千冬を睨んでいた。

しばらく二人でにらみ合っていると、警察が間に入り千冬に紹介した。

 

「ああ、彼女は織斑照秋君の第一発見者です」

 

「ワールドエンブリオ所属の結淵(ゆいぶち)マドカです。よろしく、ブリュンヒルデさん」

 

皮肉を込めてブリュンヒルデと言われ千冬は顔をしかめるが、彼女が弟の第一発見者であるなら失礼な態度はできない。

 

「……弟を助けていただき、感謝します」

 

「別にあなたのためじゃないです」

 

礼に対しそっけない返事を返されムッとする千冬。

なんなんだ、このエラそうな小娘は?

たしかワールドエンブリオ所属とか言っていたな?

ワールドエンブリオ……最近急成長をはじめISのOS開発に携わり、世界に名を轟かせた新進気鋭の企業だったはず。

しかし、この小娘の顔……一夏や照秋に似ているような……

 

「何?」

 

マドカと名乗る少女は眼鏡の蔓を掴み少し持ち上げ眉を寄せる。

どうやら千冬は結淵マドカを気付かぬうちに睨んでいたようで、そんな千冬に不快感を抱いたようだ。

失礼、と詫び目を伏せる千冬。

そんな千冬を見て、マドカはふんっと鼻を鳴らし、言っておくけど、と言葉を紡ぐ。

 

「照秋君があなたとの面会を拒否したのは今回の事だけではない。つまりは自業自得。今までのあなたと織斑一夏の行いが積み重なった結果ということ」

 

「……どういうことだ。何故一夏が出てくる」

 

「自分で考えなさいな世界最強のブリュンヒルデさん。その残念な脳みそでね」

 

それでは、と手をひらひら振りマドカは照秋の病室へ入ろうとしていた。

その行動を止めない警察。

それを見た千冬は驚く。

なぜ家族の自分が面会を拒否されて他人のマドカが面会出来るのだ?

 

「今回の事でワールドエンブリオ社は織斑照秋君を自社にて保護を行うとのことです」

 

「何を勝手に……単なるIT企業が保護とはどういうことだ」

 

「ワールドエンブリオ社はIS事業にも参入しているので護衛を任せる人材は確保できると言っていましたが」

 

「だからといって、そんな重要な事を……」

 

「日本政府も了承したとのことです」

 

「保護者である私の許可を得ずに!」

 

「身内の危険も守れない家族より、守れる他人の方が私情も挟まずミッションを遂行できるのよ」

 

千冬が警察と問答を繰り返していると、ドアに手をかけ千冬を見ずに話に割り込むマドカ。

その表情は、眼鏡が光を反射にその奥が見えないが、声音からするに恐らく怒っているのだろう。

 

「もうあなたは照秋君に近付くな。あなたと織斑一夏の存在が彼を傷つけ、闇を深める」

 

マドカはそう言って、千冬の反応を見ることなく病室へと入って行った。

警察は照秋の病室の前で千冬が入らないようドアを守る。

もうどうすることも出来ず、照秋の拒絶、マドカの辛辣な言葉、政府の対応と予想外の出来事にまともな思考が出来ず、重い足取りで帰って行ったのだった。

 

それ以降、千冬は自責の念と、どう話せばいいのか謝ればいいのかわからないという意気地の無さに、今まで欠かすことが無かった照秋との週一回の電話での会話を一度もすることなく、また照秋からも一度も連絡はなかった。

 

 

 

千冬は、卒業証書を受け取り壇上を降りる照秋をぼんやりと見ながらで考えた。

自分は何をしているのだろうと。

家族を守るために力を求め得たのに、二人の弟を誘拐という恐怖にさらしてしまった。

照秋に関しては傷まで負わせてしまった。

守るべき家族を守れなかった。

何のために得た力だろうか。

 

……何故、自分はあんなにも照秋に拒絶されるのだろうか……

 

照秋は小さい頃から大人しく、人より物事を覚えることが遅かった。

逆に一夏は快活で教えたことをすぐにできる賢い子だった。

一夏の物覚えの良さに、流石私の弟だと鼻高々だった。

千冬も一夏と同様物覚えの良い人間であったため、一夏を見て当然だと思う傍ら、やはり周囲から天才だ良い子だと褒められるのに気分が悪くなるはずがなかった。

だが、照秋は一夏と比べると物事を一つ覚えるのに一夏の十倍はかかっていた。

双子なのにお兄さんの一夏君とは大違いと、心無い周囲の言葉を直接受けたこともある。

千冬はそれを見て、聞いてイラつきを覚えた。

今思えば、きっと、照秋本人は千冬が聞く以上に周囲から言われていただろう。

だか、照秋はそんなことを言われて傷ついているような姿を千冬の前では見せることはなかった。

だから、気づかず、こんなことを思ってしまった。

 

―― 一夏がすぐに出来ることが、何故照秋は出来ないのだ?

 

容姿は二卵性なのでそれほどそっくりというわけではなく、むしろ自分に似ている照秋に、双子でこれほど差が出るのかと思った。

 

―― こいつは本当に私たちの弟か?

 

そんな愚かなことを考えてしまうほどだった。

一夏と照秋がまだ小学校に入る前から低学年ほどの頃は千冬も今ほど心に余裕がなく、自分の価値観を一夏や照秋に押し付け、できなければ叱り、できれば当然だと言った。

そう、千冬にとって出来て当然だと思っていたのだから、褒めることなど必要ないのだ。

そう考えると、小さい頃は一夏と比べ照秋に対しかなりキツく当たっていたのかもしれない。

だが、それは家族の愛の鞭である。

それが分かってもらえなかった、ということだろうか?

 

だから、中学校は全寮制の学校へ行くと言い出したのだろうか。

自分たちと一緒にいたくないから、自分から離れて行ったのだろうか?

 

「照秋の奴が全寮制の学校に行きたいって言ってたぜ」

 

一夏から言われた言葉に千冬は耳を疑った。

何故全寮制の学校なのだろうか?

しかも入学したい学校が、ほとんど家に帰ってこれない厳しい学校で有名だ。

何故よりにもよってそんなところに?

 

「あいつの考えてることはわかんねーよ。でも照秋が言いだしたんだから、あいつの意見を尊重しようぜ」

 

一夏に言われるまま、千冬は照秋を全寮制の学校へ入学させた。

千冬も、そんなに行きたいなら行かせてやろうと、少しの怒りと親心に推し進めていった。

だが、と考える。

千冬は照秋から一言も全寮制の学校へ行きたいと聞いていない。

一夏に言われるまま手続きをとり、送り出した。

照秋はほとんど自己主張をしない。

……いつからだろうか、笑みを浮かべることもなく、大人しく、周囲の目を気にするような子供になったのは。

 

それこそ小さい頃はテストで自分だけ100点を取ったと喜んで見せに来てくれたのに……

 

気付けば卒業式は終わり、ざわざわと参列者が体育館を出ていくところだった。

千冬も参列者の流れに乗り、体育館を後にする。

千冬たち参列者は校舎入口で卒業生たる自分たちの子供、兄弟を待つ。

しばらくして、後者からぞろぞろと生徒が出てきて、自分の家族を見つけるや駆け寄る。

様々な家族がいた。

母親が泣き、それを息子が宥める家族。

父親と何やら言い合いを始める家族。

兄弟にもみくちゃにされる家族。

それらを眺める千冬は、眩しそうに目を細める。

そして、千冬は照秋が校舎から出てくるのを待った。

自分も……今日は、我が弟と家族のふれあいを。

……今日だけは、優しく。

今日こそは、あの日の謝罪を……

 

 

生徒と参列者が学校からいなくなった。

千冬以外は。

照秋は校舎から出てこなかった。

もしかして見つけられなかったのかと、照秋を知る生徒に聞いたが、一緒に教室は出たが、その後は誰も照秋を見ていないという。

 

「テルはもうここにはいないぞ」

 

不意に、声をかけられ振り向く。

そこには、五月に出会ったあの少女がいた。

 

「……結淵マドカ」

 

約一年ぶりに見たマドカはわずかに少女から女へと変わったような、大人への成長が見て取れた。

服装は以前のラフな格好ではなく、黒いスーツをピシッと着こなし、髪は以前と変わらずナチュラルミディアムながらワックスできれいに整えている。

マドカは眼鏡の蔓を掴みクイッと位置を直し、千冬を見下すように見た。

 

「照秋はどこだ」

 

千冬は怒気隠そうともせずマドカを睨む。

普通の人間ならその睨みですくみ上るだろうが、マドカは飄々とその視線を流す。

 

「テルはわが社が責任を持って保護している。あなたももう帰りなさい」

 

「質問に答えろ。照秋はどこだ」

 

「……彼はわが社が用意した住居に移動した。これからも彼はそこで生活を送る」

 

「あいつの家は私の家だ。連れて帰る」

 

「この三年間一度も『帰ることを許さなかった』家に連れ帰るのか、鬼畜だな」

 

「何を言っている?あいつは『部活動で忙しいから帰れない』と言っていた」

 

「言っていたのは『織斑一夏』が、だろう?」

 

「そうだ。そんなことはいい。照秋の居場所を吐け」

 

問答を続け、頑なに連れて帰ると言う千冬にマドカは大きくため息を吐いた。

 

「聞き分けのない女だな」

 

マドカはやれやれを首を振り、うなだれるまま斜め下から千冬を睨んだ。

 

「本人に帰る意思が無いのに無理やり連れて帰るのか?まるで犬猫の畜生扱いだな」

 

「……なんだと?」

 

「ほう、怒るのか?自分の行いを棚に上げて、弟が自分の言うとおり行動しなければ本人の意志に関係なく連れ帰る。それが畜生扱いではなくて何と言うのだ?」

 

私の行いだと?と千冬は訝しんだが、それを見たマドカはまたもや大きくため息を吐いた。

 

「それすらわからん愚かな女だったとはな。失望したぞ、織斑千冬」

 

「……貴様」

 

「なんだ、やるのか?今の腑抜けた貴様なんぞ片手で十分だ。そら、かかってこい、世界最強のブ・リュ・ン・ヒ・ル・デ・さ・ま」

 

「……いい度胸だ。望み通り潰してやる」

 

一触即発

二人の殺気がぶつかり合い、どちらがいつ飛びかかっても不思議ではない状況。

そこへ―

 

「いい加減になさいマドカ。た……社長がお待ちですよ」

 

「……ふん、クロエか」

 

マドカと千冬の間に割り込んだのはクロエだった。

少女は流れるような銀髪にサングラスをかけ、病気かと思うほど白い肌を持つ。

服装は黒いスーツを着こなし、より白い肌を病的に見せた。

千冬はそのクロエの姿を見て、知り合いと酷似している特徴に驚く。

……こいつラウラと似ている?

なんなんだ、こいつらは……

千冬は思考しながら警戒度を高めた。

そんな千冬を、クロエはサングラスの奥で目を細めて言った。

 

「織斑千冬。私たちは照秋さんをあなたに会わせません」

 

何を――と口に出そうとしたが、クロエはそして、と被せる。

 

「自身が行った行動を鑑みなさい。織斑一夏にうまく乗せられた愚かな行動を」

 

一夏に乗せられた、だと?

どういうことだ、と千冬が言おうとした時、すでにその場にマドカとクロエの姿はなかった。

照秋を保護し、マドカとクロエという只者ではない者がいる企業『ワールドエンブリオ』。

その二人が口をそろえて口に出した名前。

織斑一夏

一夏に乗せられた?

私が照秋に何をした?

……わからない……

 

千冬はひとり、校舎入口で佇んでいた。

 

 



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第5話 ワールドエンブリオの発表

IS学園新入生入学式一週間前。

入学式の準備や、寮の割り当て等忙しく作業する学園内で、職員や在校生全員が釘付けになった。

それは、世界中が驚く事件だった。

 

『ワールドエンブリオ社が新型IS・量産第三世代、試作第四世代の発表』

 

学園内の人間全員がテレビモニタに釘付けになった。

織斑千冬も新入生の担任になるため入学式の準備に追われていたのだが、ワールドエンブリオという因縁浅からぬ企業の名前が出たため、手を止めモニタを見つめる。

テレビでプレゼンを行う人物は、ワールドエンブリオの若き女社長、鴫野(しぎの)アリス(CGで、中身はクロエ)だ。容姿としては、特段美人というわけでもない、ごく一般的な日本人顔で、”印象”にあまり残らないというのが”印象”だった。

そんな彼女が一人、自社マークでもある卵にWの文字にヒビが入っている絵を背景に黒一色に統一した舞台のようなところでプレゼンを行う。

 

最初は自社の成り立ちや、IS事業参入理由、経緯を説明を行っていた。

そして前置きが終わり、ついに社長が発表したのが、自社が開発した『量産第三世代IS』と『第四世代IS』のお披露目である。

自社マークが映っていた背景モニタから変わり、映し出されたのは第三世代ISの名前は竜胆(りんどう)一号機・夏雪(なつゆき)

量産を目的とした竜胆は、藍色を基調としたカラーリングの機体に、両肩のアンロックユニットと背中に合わせて8枚ある西洋剣のような攻撃的な突起と、従来のISよりシャープなラインが特徴的なシルエットだ。

なんとそれらはすべてビット兵器で、ビットの名称は夏雪、ビーム特化の兵器だという。

イギリスが開発した第三世代機『ブルーティアーズ』にコンセプトが酷似しているが、竜胆はそのブルーティアーズより提示されたカタログスペックの数値が3割ほど高い。

さらに、ビット兵器『夏雪』操作には自動制御と自立学習型AIが搭載されビット兵器適性を必要とせず、操縦者の負担にはならないという。

むしろ、稼働時間が多いほどAI操縦者の癖などを学習し、より精密な射撃を行うことが出来るという代物だ。

拡張領域も多く、フランスのデュノア社が開発した第二世代機ラファール・リヴァイブの拡張領域より多く、他の武装も積めるという現在発表されている各国の第三世代ISとは一線を画す性能である。

 

そして世界が驚いたのは次に発表した第四世代ISである。

名前は紅椿・黎明(れいめい)

赤を基調としたカラーリングで、現行第三世代機を遥かに凌駕する機体性能・先に発表した竜胆よりも高く、それに加え即時万能対応機という現在机上の空論なはずの第四世代型のコンセプトを実現、全身のアーマーになっている『展開装甲』を稼動させることで攻撃・防御・機動のあらゆる状況に即応することが可能。

更にワールドエンブリオ社(束一人で)が独自開発した『無段階移行(シームレス・シフト)システム』が組み込まれており、蓄積経験値により性能強化やパーツ単位での自己開発が随時行われるという化け物ISだ。

竜胆は量産を目的として汎用性を追求、さらに量産第一号機と付け、紅椿は初の第四世代機ということで、ワンオーダー専用機、モノのはじまりという意味として『黎明』と名付け発表された。

現行、第四世代を量産化するにもこの機体は乗り手を選ぶため、とにかくデータ収集のための試作機だと説明。

むしろ、竜胆・夏雪の方が乗り手を選ばずビット兵器を扱えるという汎用性を誇る。

さらに驚くことに、このビット兵器『夏雪』は第三世代機の代名詞であるイメージインターフェースを用いた特殊兵器ではあるが、拡張領域を必要としないパッケージ換装が可能だという。

現在換装兵器は開発中であるということだが、順次発表していくとのこと。

両方が世界を震撼させる機体であるが、ワールドエンブリオ社長(CGイン・クロエ)はそんな世界を震撼させる事をさらっと発表をしたのだ。

世界が第三世代開発に躍起になり量産化の目途も立っていない状況の中、あざ笑うかのように、簡単に量産第三世代と第四世代を発表するワールドエンブリオに、千冬はある人物の存在が頭をよぎった。

それは、ISの生みの親、親友でもある篠ノ之束。

ここまで世間を虚仮にするISを事もなげに作り出せる人間を、千冬は一人しか知らない。

だが……まさか、な。

あいつが会社を立ち上げ、社員を養うなんてこと出来るハズがない、と否定する。

 

『それでは、量産第三世代機[竜胆一号機・夏雪]と第四世代機[紅椿・黎明]の勇姿をご覧ください』

 

そう言うとモニタの画面が変わり、場面はIS学園にあるアリーナと似た作りの施設が映る。

そして、ピットから藍と紅の機体が現れた。

千冬はそのISパイロットを見て驚いた。

青いIS・竜胆には、あのいけ好かない小娘、マドカが搭乗していた。

さらに紅いIS・紅椿には、成長しているが昔の面影を残している親友の妹、篠ノ之箒が乗り込んでいるではないか。

千冬の驚きを他所に、竜胆と紅椿はデモンストレーションとして模擬戦を開始した。

先に仕掛けたのは竜胆だ。

竜胆から8機のビット[夏雪]が射出され、全てが凄まじい速度と読めない軌道で紅椿目掛けて飛び、ビームを発射し攻撃する。

しかし、紅椿は現存のISの常識を覆す、あり得ない速度でそれら全ての攻撃を避け、逆に竜胆に接近し両手に持つブレードで攻撃を仕掛けた。

竜胆にどんな近接戦闘武器が搭載されているのかわからないが、現在竜胆は両手に武器を装備していない、というか腕を組んで迎撃する気配がない。

あの速度で繰り出された攻撃に対抗出来る武器があるにしても、コールする時間もないだろうが、竜胆は未だコールする気配がない。

と、紅椿がブレードで切りつけた瞬間、竜胆と紅椿の間に突如壁が現れ、紅椿の攻撃を阻んだ。

何が起こったのか?

なんと、竜胆から射出されたビットが、いつのまにかビームシールドを展開し、防御したのだ。

紅椿の攻撃をはじいたビットはシールドを解除するとすぐに散開し、再び攻撃に転じる。

この間、竜胆は一歩も動かず、腕を組んでビットの攻撃を避け続ける紅椿を見るのみだ。

 

モニタに映し出される戦闘をみて、IS関係者は皆言葉を失った。

まず竜胆のビット攻撃だ。

あの8機すべてがまったく異なる軌道をとり、異常な速度で攻撃を繰り出し、転じてビームシールドとなり、攻防を目まぐるしく展開する。

ブルーティアーズのBT兵器では、まず行えない軌道だ。

また、竜胆の操縦者マドカの態度を見ていると、まったく負担にもならず余裕が見える。

そしてさらに目を見張るのはやはり第四世代機の紅椿だろう。

あの8機のビット攻撃を難なく避け、さらに攻撃に転じる機動性だ。

現行機の瞬時加速(イグニッションブースト)を遥かに凌ぐ速度を出しつつ、それを急制動・多角軌道変更を繰り返すところを見るに、ただの加速だということになる。

瞬時加速使用時に無理な急制動や軌道変更を行うと肉体に負担をかけ、最悪骨折等の重傷を負う恐れがある。

それを可能にする紅椿という異常機体。

世界中の人間はこの模擬戦にただただ驚愕するのみだろうが、千冬はこの模擬戦に違和感を感じた。

竜胆はビット兵器のみ。

紅椿は機動性のみしか見せていない。

いや、それだけでも脅威だはあるが、意図がわからない。

すると、突然操縦者の音声をオープンチャネルにして、二人の会話が流れた。

 

『さて、箒、体は温まったか?』

 

『……ああ、ようやく慣れてきたよ』

 

『では、準備運動は終わりだ』

 

『そうだな。今日こそ勝たせてもらうぞ、マドカ』

 

『ぬかせ。ヒヨッコにはまだ遅れは取らん』

 

そう言うや、紅椿の装甲が変化を始めた。

全身の部位が展開を始め、透明な刃のようなものが現れ粒子を放出し始めた。

そして金色に輝く機体。

竜胆も、8枚のビット兵器を一つの大きな武器へと変形させた。

それは、身の丈を遥かに超える全長5メートルの大きなブレードとなり、さらに刃の部分からビーム刃が形成され、7メートルを超える長大武器[神刀(じんとう)]へと変貌する。

なんと、互いに本気を出してはいないと取れる会話に、世界中が驚愕した。

その長大武器を軽々と片手で振り上げ、肩に担ぎ、空いた手でくいくいと手招きし挑発し始めた。

 

『来い』

 

『推して参る!』

 

瞬間、その場から消えアリーナ中央でぶつかり合い火花を散らす藍と紅。

あまりの超高速戦闘のため、肉眼では追えないレベルに達していた。

軌跡を残し交差する藍と紅。

その交差の瞬間、空で放たれる無数の打撃音と爆発音、そしてビームの雨。

見えぬ超高速戦闘に、世界の人々は何も言えず、沈黙した。

 

『そこまで』

 

突然アナウンスと終了ブザーが鳴り響き、先ほどまで超高速戦闘を行っていた藍と紅が停止する。

本格的な戦闘に入り、およそ1分ほどで終了となったが、永遠ともいえる1分であり、インパクトは抜群だ。

画面に映る二機を見るに、互いに目立った損傷は見られない。

あくまで製品のプレゼンなのだから当然といえば当然であるが。

操縦者の表情も疲れているようには見えない。

この模擬戦を見ていた全ての人が、あんな超高速戦闘を行ったにも関わらず未だ余裕のある二人に、底の見えぬポテンシャルに驚愕し、恐怖した。

画面は再びかわり、アリーナの中継からワールドエンブリオ社長が映る。

その表情は満足そうだった(CG)。

 

『ご覧いただいたように、わがワールドエンブリオ社は、自信を持ってこの竜胆と紅椿を世界に発表いたします』

 

すでに、現存するISがおもちゃのように思える戦闘に、千冬は戦慄した。

あの機体は世界のパワーバランスを崩す劇薬だ。

そして、その劇薬を御しえる二人の技術と才能に畏怖した。

 

『さて、それでは次の発表をしましょう』

 

あんな化け物ISを披露しておいて、まだ発表することがあるのかと驚く千冬。

発表する順番としては、おそらくこちらが本命なのだろう。

だが、あんな化け物ISの発表以上のインパクトある事など想像できない。

しかし、社長から発せられた言葉は、世界を、なにより千冬を驚かせた。

 

『世界でISは女性にしか扱えない、それがつい最近までは常識でした。しかし、それを覆した人物がいます。そう織斑一夏です』

 

社長はゆっくり舞台を歩き、淡々と話す。

そして、次の一言にまたもや世界は驚愕する。

 

『しかし、我々ワールドエンブリオ社は世界で二人目となる男性操縦者を発見、保護いたしました』

 

「なっ!?」

 

千冬は声を出して驚き、今までのワールドエンブリオの奇妙な行動がすべて一つに繋がったことを理解した。

彼女が保護した男性操縦者、それは……

 

『紹介しましょう。世界で二例目となる男性IS操縦者、織斑照秋君です』

 

再び画面が切り替わり、先ほど模擬戦が行われていたアリーナが映し出され、そこに一筋の藍く光る機体[竜胆]が現れる。

画面がアップされ、操縦者の顔が鮮明に映し出される。

たしかに、それは千冬のもう一人の弟照秋だった。

卒業式の日に見た、あの精悍な顔は変わらず、凛々しい。

制服を着ていた時には隠されていた鍛え上げられた肉体も、ISスーツを着ているためよりはっきりとわかる。

厚い胸板、盛り上がった肩、引き締まった腹筋はシックスパックとなり、決して筋肉が付き過ぎず、しかしやせ過ぎず、しなやかさと力強さを併せ持つ彫刻のような筋肉に、千冬の隣で同じくテレビを見ていた教師山田真耶は、「はふぅ……」とうっとりとした表情でため息をついていた。

照秋はデモンストレーションとしてアリーナを優雅に飛び回り、次に空中に射出されたターゲットに向かって、刀剣型武装を装備し撃墜していく。

 

「……すごい……」

 

誰かが呟いた。

量産第三世代機竜胆のスペックもあるが、それでもそれを操作できる技量、正確にターゲットを近接ブレード一本のみで破壊していくさまに、感嘆する。

 

自分から近いターゲットと、遠いターゲットを瞬時に確認し、全てを撃破するべく最適なルートを判断、実行する。

言うだけならば簡単だが、やるとなると話が変わる。

千冬は照秋の技量を見て眉をひそめた。

あの動き、一朝一夕でできるものではない。

それこそ、代表候補生並みにISを搭乗していないと出来ないだろう。

実際、照秋の技術は代表候補生となる技量ラインを越えていた。

そして、痛みに耐えるように表情を歪める。

 

ワールドエンブリオ社は、照秋がIS適性があると、知っていたのだ。

照秋が誘拐された一年前から。

そして、ワールドエンブリオ社が照秋を保護することを容認した日本政府も知っていた。

だから、あの誘拐後の面会時に照秋を自社で保護すると言い、卒業式でも照秋を家に帰そうとしなかったのだ。

ということは、照秋は少なくともこの一年はISと触れる機会があった。

だからこそのあれほどの技量だろう。

ワールドエンブリオが照秋を保護して、今になって公表したのは恐らく一夏が大々的に世界に発表されたからだ。

もし、一夏が世界で発表されなかったら、照秋はどうなっていたのだろうか?

人目につかず、モルモットのように日の目を見ず、人体実験を繰り返され非人道的な扱いを受け続けたかもしれない。

 

「……ワールドエンブリオ……」

 

ギリッと歯を食いしばり、地を這うような低い声でつぶやく因縁の相手。

女社長は未だ照秋についてなにやら説明をしているが、もう千冬の耳には何も入らなかった。

 

 



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第6話 女たちの思惑

「なんで私までIS学園に入学しなければならないんだ……」

 

「聞き飽きたぞ、その愚痴は。……ムフフ……」

 

マドカはため息をつき、手に持つ白を基調としたIS学園の制服を睨む。

そんな隣で箒は、これから照秋とのきゃっきゃウフフな学園生活を妄想しニヤニヤしていた。

 

「やれやれ、マドマギはまだゴネてるんですか?」

 

「おいクロエ、マドマギ言うな殺すぞ」

 

ふーやれやれと大きなため気をつき肩をすくめ首を横に振るクロエに、本人にとって非常に嫌なあだ名で呼ばれ睨むマドカ。

 

「ふん、テルの護衛なんぞいらんだろう? あいつは自分の身は自分で守れる力を持ってるし、叩き込んだからな。それに、たしか剣道三倍段だったか? 長モノ持たせたら私でも近付くのは難しいぞ」

 

「それは、あくまで訓練での話です。照秋さんが学園内で命のやりに取り関わったときその力を十全に発揮できるとは限りません」

 

「IS学園はそんなに死と隣り合わせなのか!?」

 

「ええ、毎年数十人程行方不明の生徒が出るとか」

 

「恐ろしすぎるなIS学園!?」

 

クロエとマドカの本気なのかどうかわからない会話を聞き流し、箒は未だに照秋とのきゃっきゃウフフな学園生活を妄想していたのだった。

 

 

 

そうしてIS学園入学式前日、全寮制の学園ため前日には入寮し準備を行わなければならない。

そのため、手荷物と共にIS学園へと向かう箒とマドカはワールドエンブリオの社屋入口で束、クロエ、照秋の三人から送り出されたいた。

 

「箒ちゃーん! 1日一回はお姉ちゃんに電話とメールしてねー!」

 

「はい、姉さんもお元気で」

 

「マドカも、くれぐれも無用な人殺しはしないように」

 

「おいこらクロエお前私になんか恨みでもあんのか!?」

 

ハンカチを振り涙を流す束は、しばし別れる妹の箒と姉妹の語らいをし、クロエとマドカは今にも喧嘩をしそうなほど睨み合っていた。

照秋はそんな光景を見て微笑ましく思い、笑みを浮かべる。

 

「俺も明日から通うんだな……でも、俺だけしばらくここから通うのか……」

 

「しかたあるまい。急な事なんだ、学園寮内の部屋の調整が追い付いていないんだろう」

 

照秋も同じくIS学園へ入学するが、照秋の寮の部屋の調整が入学式までに追い付かず、しばらくはこのワールドエンブリオ社内の割り当てられた部屋から通うことになっている。

世界初となる量産第三世代機と第四世代機IS、そして第二の男性パイロット照秋の発表を行った6日前、発表後はそれはもう騒々しい日が続いた。

会社には世界各国からISの注文や自国への会社の移転という名の引き抜き、合同会社設立の提案、さらに照秋の詳細を知りたい電話が鳴り響き、マスコミもこぞって照秋をなんとかスクープしようと会社に張り付いたり、日本政府からISについて褒められつつも照秋の事を隠していたことに怒られたりと、とにかく騒がしかった。

結果、政府は照秋をワールドエンブリオ社で保護するよりIS学園で保護した方が安全だと判断し、IS学園への強制入学を命令したのである。

もともとそういうプランであったため、素直に従い、入学手続きを行うのだった。

そして、織斑千冬からも会社に「照秋に会わせろ。でなければ襲撃するぞ」と脅迫まがいの電話があったが、「どうせ入学するのだからその時まで待て」と、まったく相手にしなかった。

織斑一夏も同じくしばらくは実家から通うことになっているらしい。

しかし、照秋は寮に入ることを喜べない。

何故なら、IS学園の寮は二人部屋であり、必然的に一夏と同じ部屋になるからだ。

照秋は中学校入学以降一夏と会っていないし、連絡も取っていない。

それ以前の一夏は照秋に対しきつく当たってきた。

兄として弟を厳しく躾けるとかを建前に、いじめとも取れるようなことを、それこそ殴る蹴るなど日常茶飯事だったのだ。

しかも、それらは必ず人目のつかないと所で、見えない場所をという徹底的な隠ぺいを行使して、だ。

学校や道場で一緒にいることが多かった箒ですら、最近になって照秋に聞くまで気付かなかったというのだから、その隠ぺい工作は相当なものだった。

照秋の暗い表情に気付いた面々は、照秋の考えていることが分かったのか沈黙する。

マドカなど、「いまなら照秋の方が確実に腕力はついているから返り討ちにしろ」とか言いそうだが、子供の頃の記憶というのは根深く、そう簡単に克服できるものではない。

マドカもそれは理解しているので、あえてキツイことは言わず、どうしたものかと眉を寄せ悩む。

 

「大丈夫! てるくんは絶対アイツとは一緒の部屋にしないよう手を回すから!!」

 

一夏のことを『アイツ』という束。

小さい頃は『いっくん』と親しみを込めて呼んでいたが、最近は興味をなくしたのかもっぱら『アイツ』呼ばわりだ。

 

「それに、アイツと違うクラスになるようにもするから!」

 

束は胸を張って言うが、それを聞いた箒は束を見て思った。

 

(……もしかしたら、姉さんに頼んでいれば、照秋と同じクラスになったんじゃないか?)

 

などという卑怯な事を思っていたが、後の祭りだ。

だって、入学式は明日、つまり、もうクラス分けは決定しているのだから。

 

(でも……もしかしたら……姉さんが私と照秋を……)

 

などと淡い期待を持つ箒だった。

そして、またきゃっきゃウフフな妄想をしていると、束が口元を三日月のように歪め箒の肩をポンと叩き小声で言った。

 

「箒ちゃん、大丈夫だよ。お姉ちゃん頑張ったからね!」

 

男前にグッとサムズアップする束。

それを聞き、箒は自分の希望が叶っていることを確信し、パアッと笑顔になる。

 

「姉さんありがとう!」

 

「箒ちゃん!」

 

抱き合う篠ノ之姉妹。

しかし理由が不純だった。

だが、箒は束が自分の希望以上の、予想を超えることまでやらかしているのを知らない。

知るのは、翌日の放課後だった……

 

 

 

一方、IS学園では問題が起きていた。

特に騒いでいるのは織斑千冬であるが。

 

「何故照秋が別クラスなのですか?」

 

学園長室に居るのは、千冬とIS学園の実質運営者である轡木十蔵、そして生徒会長の更識楯無の三人で、ソファに座る。

千冬と更識の前に十蔵が座る位置である。

十蔵も千冬の言いたいことがわかるだけに、難しい顔をするのみで無言だ。

隣に座る更識も千冬に同情の目を向ける。

一夏は千冬が担任となる1年1組へ編入されるが、照秋は3組なのだ。

千冬は自分の弟をまとめて見たいと、自分が守ると嘆願したのだが、十蔵はそれを却下した。

 

「日本政府からの通達であり、決定事項ですからね」

 

「学園はいかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約があるはずです。何故簡単に政府の意向を飲むのですか!」

 

「分散させればどちらかに『不幸な事故』が起こっても、最悪片方は残りますからね」

 

十蔵の言い分にバンッと机を叩き激怒する千冬。

つまり、有事の際一夏と照秋を別にしていれば、どちらかが死んでも片方は生き残り、サンプルは取れるというのだ。

 

「私の弟たちはモルモットではない!!」

 

十蔵も更識も、それはわかっているのだ。

だが、そうせざるを得ないのだ。

 

「情よりデータですよ先生」

 

「貴様……!」

 

横で冷たく言い放つ更識の胸ぐらを掴み、睨む千冬。

更識はここまで感情を露わにする千冬を初めて見て内心驚いているが、表情は冷たい視線を送り続ける。

彼女はIS学園の生徒会長、つまりはIS学園最強の存在であり、裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部「更識家」の当主でもあるのだ。

私情を挟むなどという愚かなことはしない。

 

「何か勘違いされているようですが、一夏君を生かすために照秋君を犠牲にするという意味ではありませんよ。織斑先生、あなたが一夏君を絶対に守れるという保証はないんですから」

 

「それに、自分で身を守る力を持っているという点では、照秋君の方が安全といえば安全ですし、護衛も付きますしね」

 

十蔵と更識の言葉に言葉が詰まる千冬。

3組の方が安全だという理由、それはワールドエンブリオ社のマドカも同じクラスに編入し護衛をするということだ。

それに照秋の実力は全国中学剣道大会優勝者という名に恥じぬ強さだ。

照秋本人の実力もさることながら、護衛を務めるマドカの実力は折り紙つきで、あのワールドエンブリオ社のプレゼン後、急きょ日本の代表候補生に名を連ねた。

さらに同時に箒も日本の代表候補生となった。

ちなみに箒も同じく3組だ。

 

「確かに1組は更識家から護衛として布仏本音を組み込み、さらにクラスのほとんどを日本人で編成していますので、他国からの干渉も極力防ぐことを考えての布陣に設定しました。さらにサポートとして副担任に山田先生を加えましたが、あくまでこの編成は一夏君一人の場合の編成です」

 

暗に、再編成するには時間が無いと言っているのだ。

それはわかっている、千冬とてわかっているのだ。

だが、納得するのと理解するのでは意味が違う。

 

「それに、3組の担任はスコール・ミューゼル先生ですよ。新任ながら、彼女の過去の実績と現在も劣らない実力は目を見張るものがあります」

 

3組担任となるスコール・ミューゼルは、カリフォルニア州サンノゼ出身のアメリカ人である。

一時期アメリカのIS代表候補生に名を連ね、国家代表にいちばん近いと言われた人物だったが突如行方不明となり、つい一年ほど前にひょっこり現れたという変わり者だ。

そして、今年になりIS学園の教師として赴任し、1年3組の担任も任されるという大抜擢を受けた。

千冬もスコールの名は現役時代に聞いたことがあるし、会ったこともある。

人として好感の持てる人物であるし、ISの実力も教師陣の中でトップクラスと申し分ない。

だが、と言葉を詰まらせる。

 

「……私はワールドエンブリオを信用していない。だから、そこで戦技教導を行っていたスコールも信用できない」

 

そう、スコールはワールドエンブリオ社でマドカや箒、そして照秋のISの技術指導を行っていたのだ。

これはスコール本人から聞いた確かな情報である。

スコールは照秋がISを扱える事を1年前から知っており、そして指導していたと言ったのだ。

何故世間に公表しなかったのかと、何故姉である自分にまで内密にする必要があったのかと問い詰めたが、スコールの答えは簡単だった。

 

「彼の命を守るためだからよ」

 

ワールドエンブリオ社は、一夏がISを扱えると世間に発表されるまで照秋の事は公表するつもりはなかったらしい。

そんな、世界的に重要な事例を隠ぺいするなどという暴挙世界に公表してしまえば非難轟々だろうが、ワールドエンブリオ社は照秋の人権尊重を最優先に行動していたとスコールははっきり言った。

もし公表すれば、照秋の人生がモルモットとして世界から狙われると確信できたからだ。

公表せず、ワールドエンブリオ社で保護し照秋が自分の身を自分で守れる実力が付くまで教育し、それから千冬の元に帰す予定だったという。

だが、今回の一夏の発表というイレギュラーのせいで、急きょ予定を繰り上げざるを得なくなってしまった。

IS操縦訓練で厳しく指導はしたが、千冬が想像した人体実験などという非人道的なことは一切していないとスコールは断言したから、照秋の安全は保障されていたのだろう。

そして、千冬にさえ説明しなかったのもきちんと理由があった。

彼女は有名人である。

そんな彼女の周囲にはスクープを狙うマスコミや、各国の勧誘など、常に人の目がある。

そんな彼女のもとに未熟な状態の照秋を帰してしまえば、ISが扱えることが発覚しても対処できないだろう。

……そうならそうと事前に説明しろと言いたかったが、千冬はそれだけが理由とは思っていなかった。

そもそも照秋の存在を隠ぺいして、さらに照秋を鍛え上げ十分なレベルに達したら放逐するなど、ワールドエンブリオ社にメリットが一つもない。

 

「確かにあの会社は謎が多いです」

 

更識が苦々しく顔を歪める。

IS事業に参入する前はそれほど有名なIT企業ではなかったのだが、事業に参入した途端頭角を現してきたのだ。

あまりにも不自然な急成長だが、確かに発表した新OSは素晴らしいものであったし、有能なプログラマーを獲得したと発表しているし、その人物の実在する。

――その人物は書類上のみ存在し実在しないのだが、あまりにも巧妙に細工されているため発見できずにいた――

そして、暗部としてのパイプをフルに活用し調べた結果、ワールドエンブリオ社は『白』だった。

 

「まったく怪しい情報が出ず、後ろ暗い事も何もなかった」

 

だからこそ怪しいと更識は言う。

大企業になるほど、裏の世界と繋がりを持ってしまう。

そんな裏の世界、暗部を監視する更識にまったくワールドエンブリオ社の裏の話が入ってこないのだ。

怪しくないから怪しい、そんな謎かけのような言葉だが、千冬は本能で理解してる。

あの会社は何かある。

スコールは何もないと言っていたし、事実記録では何も犯罪行為は行っていない。

おそらく、親友である篠ノ之束も関与しているだろうと疑っている。

確証はないが、やることが突飛すぎるし、行動がどこか束を匂わせる。

実際束に連絡を取ろうとしたが、全く連絡が付かない状況である。

 

「世界に先駆けて量産第三世代機と机上の空論とされた第四世代機の発表を行えるだけの技術を持つ企業……注意するに越したことはないですね」

 

十蔵もワールドエンブリオを危険視しているが、千冬ほど警戒してはいない。

それは企業として他国への影響という意味での危険視であり、IS学園に害をなすとは思っていないのだ。

それは、生き字引としての勘だが、千冬と更識はそんな十蔵の勘を疑わない。

それだけ、彼女たちに信頼される人物なのである。

 

結局、千冬の願いは叶わずクラスの変更は行われなかったが、改めて千冬達はワールドエンブリオ社の関係者に警戒心を高めるのだった。

 

 



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第7話 入学式と覚悟

IS学園入学式はつつがなく終わり、新入生はそれぞれのクラスに向かい、割り当てられた机に座る。

ちなみに、入学式中はやはり世界で二人しか確認されていない男性適合者の織斑一夏と照秋に視線が集中した。

一夏はその多くの視線に戸惑い固まっていたが、照秋は剣道大会等で注目されることに慣れているため、多少視線の色が違うが戸惑うほどでもなくドッシリと構えていたということを記載しておこう。

 

さて、照秋は生徒達の混乱を避けるため他の新入生たちとは別に時間をおいて移動することになっていた。

しばらく体育館で待機し生徒の移動が落ち着いてから教室へ向かう。

照秋は1年3組なので、3組の教室へ向かい自分に指定された席を探す。

 

「照秋、ここだ」

 

教室入口に張り出された席順を見て探していると、教室内からニコニコしながら箒が手招きしている。

照秋は、見知った顔の箒が同じクラスであることにホッとした。

いくら視線に慣れているとはいえ、女性ばかりの中に男一人というのはやはり居心地が悪い。

それに、全員が香水をしているのか、甘い匂いやらさわやかな匂いやらが混ざって気持ち悪くなり、頭も痛い。

箒に手招きされた席は、前列の窓側だった。

日差しがぽかぽかして授業中寝てしまいそうだなと、結構のんきなことを考える照秋だった。

 

「私の席は隣だぞ」

 

ふふん、と胸を張る箒。

 

「よかったよ。箒が近くにいてくれて」

 

「はぅ……そ、そうか?わ……私も……うれしいぞ……」

 

顔を赤くし後半の言葉はごにょごにょと呟く程度だったが、照秋はバッチリ聞こえているため、ニコリと箒に微笑み、それを見た箒がますます顔を赤くするのだった。

 

「おい、朝っぱらからなにストロベリーしてる。はっきり言ってお前らイタいぞ」

 

「なっ!? イタいとはどういう意味だマドカ!!」

 

呆れたような表情で二人の空間を作り出す箒と照秋に的確にツッコむマドカ。

マドカも照秋と同じクラスだった。

そういえばマドカは自分の護衛を担うとか言っていたから、当然といえば当然かと考えていた照秋。

マドカは箒をからかい、適当なところで切り上げ照秋を見る。

 

「テル、必要ないと思うが、私がお前を守ってやる。お前は安心して学生生活を謳歌しろ」

 

パチッとウィンクするマドカに苦笑する照秋。

テルとはマドカが照秋に対するあだ名だ。

箒はマドカを見てムッとしたが、二人に恋愛感情が無いのは知っているので、ただムッとするだけだった。

 

(マドカめ……いいなあ……私もテルなんて言ってみたいなあ……)

 

どうやら羨ましかっただけのようだ。

そんな三人のやり取りを、周囲にいるクラスメイト達は興味津々といった表情で見ていた。

 

(すごく仲がいいわねあの三人)

 

(やっぱりワールドエンブリオで同じ会社のパイロットをしてるからかな?)

 

(もしかして三角関係……いや、織斑君が二人と付き合ってる!?)

 

(3P!?)

 

(私たちはスタート地点にすら立てなかったのか……!)

 

様々な思いが渦巻くクラスだった。

 

「はーい、席についてくだーい」

 

そんな、なかなかカオスなクラスに、大きな声が聞こえた。

輝くプラチナブロンドの髪をショートボブに、真っ白な肌、淡い緑色の瞳、筋の通った高い鼻、抜群のスタイルに、ピシッと黒のスーツを着こなした美女としか言えない女性が教室入口にいた。

その人は教室に入るとツカツカと歩き教壇へ向かい、生徒が皆座ったのを確認するとにこやかにほほ笑む。

 

「皆さん、IS学園入学おめでとうございます。私は1年3組の副担任のユーリヤ・アレクサンドロヴナ・ジュガーノフです。一年間よろしくお願いします」

 

副担任のユーリヤは生徒の顔を見渡し、皆がポカーンとしているのを見て首をかしげる。

生徒たちはユーリヤの美貌に、同性ながらも見惚れてしまい、反応できなかったのだ。

ちなみに、照秋もユーリヤのあまりの美貌にポカーンと口を開けてみていた。

だがこのユーリヤ、結構な天然で、無反応な生徒をみてこう思った。

 

(やだ、もしかしてどこかおかしいところがあったのかしら!? 日本語はバッチリのハズ……ハッ、髪型!? もしかしてこのスーツが地味だった!?)

 

表面上は涼しい顔を繕いながらも、内心とても焦っていた。

そして、ある答えに行きついた。

 

(そうか! コミュニケーションが足りないんだ! そうよね、初めての国、慣れない生活、ストレスが溜まっているはず。だからこそ、人生の先輩である私が歩み寄らないと!!)

 

ユーリヤはニコリと笑った。

 

「私の事は、ユーリ先生って呼んでね!」

 

パチリとウィンクするユーリ。

生徒たちは全員こう思った。

 

(か……かわいい……)

 

ユーリヤの勘違いから始まったが、その後は生徒の自己紹介を行うことになり、まずはユーリヤ本人から自己紹介を行った。

 

「私はユーリヤ・アレクサンドロヴナ・ジュガーノフ、ロシアのマスクヴァー(モスクワ)出身です。IS学園では数学を担当しますが、IS操縦経験もありますよー。こう見えてロシアの元代表候補生なんですよー」

 

代表候補生という単語がでて、生徒たちからホーと声が漏れた。

 

「趣味は朝の散歩ですかねー。涼しく澄んだ空気の中、歩くのが気持ちいいんですよ~」

 

自己紹介をしていくにつれ、なんだか口調が間延びしだし雰囲気もぽわぽわしだしたユーリヤに生徒たちは、ああこれが「素」なんだなと、なんだかほっこりした気分になる。

そして、森を歩くユーリヤに小鳥が飛んできて肩にとまる姿を想像した。

 

「先生、もしかして散歩してたら鳥とか近寄ってきますかー?」

 

何か質問有りますか、ということで、冗談だったのだろうが生徒は手を上げ質問する。

だが、ユーリヤの答えは斜め上をいった。

 

「ええ、鳥だけでなく、リスやウサギ、キツネなんかも来ますよー。この辺りの動物は人懐っこいですから~」

 

ぽわぽわニコニコ言うユーリヤに、その生徒は何も言えず、無言で座った。

 

「さて、私の自己紹介はこれくらいにして、皆さんの自己紹介をしてもらいましょうかー」

 

キタ、と照秋や箒マドカたち以外の生徒は思った。

自己紹介は日本のしきたり(?)に従い、あいうえお順で行くはず。

と思ったが、ユーリヤは席順で行うことにした。

とすれば、だれが一番か。

 

「では窓側の席から、織斑君からお願いします~」

 

「はい」

 

照秋が立ち上がり後ろを向く。

 

バッ

 

一斉に周囲から視線が照秋に向けられる。

あまりにも整然とした動きだったので、照秋の隣に座っている箒や照秋の後ろの席にいるマドカが思わずビクッとした。

 

「織斑照秋です。世界で二例目のIS男性操縦者です。現在ワールドエンブリオ社にてテストパイロットをしています。いまだ未熟の身ではありますが、皆さんと切磋琢磨し頑張っていきたいと思っています。よろしくお願いします」

 

ゆっくりと礼をした時、箒とマドカは満足そうにウンウンと頷き、他の生徒たちはキャーっと騒ごうとした。

その時、パチパチと一人の拍手は教室に鳴り響いた。

 

「素晴らしい紹介です織斑君」

 

それは長身で豊かな金髪を持ち、シミのない白い肌、紺のスーツで隠しきれないスタイル、そして抜群の美貌を誇る女性、スコール・ミューゼルであった。

パチパチと拍手をしながら教壇に向かうスコール。

またもや現れた絶世の美女に生徒は絶句する。

 

「続けて」

 

スコールがそう促すので、ユーリヤが頷き照秋の次の生徒を指名し、クラスメイトの自己紹介が続けられた。

その間、1組の方から悲鳴のようなものが聞こえたが、三組は粛々と自己紹介を進めるのだった。

 

 

そうして生徒の自己紹介が終わり、最後にスコール自身が自己紹介を始めた。

 

「遅れたけど、私がこのクラスの担任、スコール・ミューゼルよ。ISの基本理論や実習を担当します。生まれはアメリカのカリフォルニア。以前はアメリカの代表候補生も務めたけど、まあ昔の肩書は関係ないわね。とにかく、一年間よろしくね」

 

ニコリと微笑むスコールに、生徒全員がポーッと顔を赤くした。

そんな生徒の反応にまたフッと笑うと、キッと表情をきつく変えた。

 

「私たち教師の役目は、あなた達新米を世間に出しても恥ずかしくない『人間』にまで鍛え上げること。でも、それは技術だけじゃない。私たちはあなた達の『心』も鍛え上げる」

 

スコールは一拍置いて、さらに続ける。

 

「ISとは兵器である」

 

クラスの空気が変わった。

それは生徒たちからの緊張、そして教師たちの厳しい視線。

先程までぽわぽわとした雰囲気を醸し出していたユーリヤでさえ張りつめた空気を纏っていた。

 

「ISは女性にしか扱えない。……ああ、現在の男性二例は除いてだけど、いうなれば、強大な兵器は女性のみ扱うということ」

 

スコールは言う。

現在ISは『IS運用協定』、いわゆる『アラスカ条約』において軍事転用が可能になったISの取引、運用などを規制すると同時に、IS発表当初の技術を独占的に保有していた日本への情報開示とその共有を定めた協定が定められている。

つまりISの軍事転用を規制しているのだが、それを守っている国は無い。

ドイツ、アメリカ、ロシア、中国等の強大国家は平然とISを軍事転用しているのだ。

それは、他国がISで攻撃を仕掛けてきたときの、あくまで防衛手段として、抑止力という建前で。

もし、他国がIS、もしくはそれに準ずる兵器で自国を攻めてきた場合、まずIS操縦者が駆り出される。

 

「そうなればいずれ君たちが戦場に立ち、戦争をしなければならない。つまり――」

 

人を殺さなければならない――

 

生徒たちが凍りつく。

 

「各国が大人しくアラスカ条約を守るという幻想を抱いているなら、この場で捨てなさい」

 

人間は愚かである。

そもそも、発表当初ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツである。

だが、その後『白騎士事件』によってISは本来の運用目的から大きくずれた。

それが軍事利用だ。

現状、ISに勝る兵器は存在しない。

巷ではこう言われている。

女性がISで戦争を仕掛けたら三日で勝つと。

だが、逆に聞きたい。

 

「君たちIS適性者は人を殺せますか?」

 

息を呑む――

 

「私たちはISをファッションと捉えつつある風潮を嘆いている。だからこそ、今言う。覚悟無ない者は今すぐこの学園を去りなさい」

 

厳しい言葉だろう。

だが、先ほどまでポワポワしていたユーリヤも真剣な表情でスコールの言葉を聞いていた。

 

「私たちは、人の命を簡単に握りつぶせる兵器を扱える。だからこそ、心を鍛えなければならない。命の重さを、武器の重さを、暴力の意味を」

 

世間は女尊男卑だと言って女性が我が物顔で闊歩し、いわれのない男性の犯罪、いわゆる冤罪事件が多発している。

企業も女性優先に社員を採用、男性の就職率が下がる一方で、とある国ではデモまで起こっている。

宗教によって女尊男卑が浸透しない国もあるが、それでも国内が混乱するし、それに乗じて内紛は起こった国もある。

 

「女尊男卑などという考えは、人の命を摘む覚悟がある人間だけ行いなさい」

 

スコールの話に生徒たちの表情が変わった。

先程まで、生徒たちはISをファッションと捉えていたのだろう。

ISは一種のステータスだと、ただ、就職に有利な材料でくいっぱぐれないための手段だと。

しかし、スコールの言葉に、ガツンと頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 

改めて考え直さなければならない。

 

ISという力をどう制御するかを。

 

生徒たちの表情が、先ほどまでの浮ついたものから覚悟したものへと変わったのを見たスコールとユーリヤは、満足そうに頷き再び微笑んだ。

 

「厳しいことを言ったけど、すぐに変わらなくていい。学園生活は三年あるんだからね」

 

「そうですよ皆さん!」

 

スコールとユーリヤが笑顔で両手を広げ言った。

 

「ようこそ、IS学園へ!」

 



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第8話 一夏の乱入

まだそれほど一夏が出てきていないのに、感想での一夏の評価が低すぎてビックリしました。


自己紹介の後、なんと入学式を行った日にもかかわらず、通常授業を始めた。

IS学園はあくまで高等学校なので、最低限の教育は受けなければならない。

そこにISの授業も入れば、一日だって無駄に出来ないのだ。

ただ、土曜日は午前中授業だし、日曜日、祝祭日も休み、長期休みも日本の学校と同じだけある。

クラブ活動もある。

テストは学期末テストのみだが、その分難易度が高くなっており、当然赤点をとれば補習授業を受けなければならない。

授業内容以外は、ほぼ日本の普通高校と同じスケジュールだ。

体育祭、文化祭、臨海学校、修学旅行etc……行事も豊富だ。

 

とりあえず初めてのIS授業が終わり休み時間、照秋はため息をついた。

授業内容についていけないわけではない。

事前予習、というかこの一年で束やマドカ、スコールに叩き込まれたから問題ない。

ただ、視線がキツイ。

授業中こそ皆授業に集中していたからいいが、終わればその集中は興味の対象へと移る。

さらに他のクラスからも男性操縦者を一目見たいと廊下から教室内を見る大量の生徒。

 

「……鬱陶しいな」

 

マドカが教室の外から照秋を見に来ている生徒を睨む。

 

「まだ近寄らないだけマシだ」

 

フンと鼻を鳴らす箒。

マドカと箒が方々睨んでいるため、教室内のクラスメイト達も照秋達に近付けない状況だ。

この二人、結構他人に厳しいよな、と思った照秋だったが、口には出さない。

 

そこへ、教室の外から一際わっという驚きの声と共に、一人の乱入者が現れた。

 

「よう、箒! 久しぶりだな!」

 

IS学園では珍しい男性の声で名を呼ばれた箒は、声の方を振り向き、顔を見た途端眉間に皺を寄せた。

はたして、そこにいたのは照秋の双子の兄、織斑一夏だった。

たくましく大人の男になりつつある昔より成長した体に、整った顔、さわやかな笑顔。

二卵性なので瓜二つというわけではないが、それでも血のつながった兄弟だから照秋と似ている。

照秋は、どちらかというと一夏より千冬に似ていた。

 

「……何か用か」

 

箒は素っ気なく言う。

それは、一夏と話などしたくないと言っているような態度なのだが、一夏は気付かずニコニコしている。

 

「ちょっと話しようぜ。ここじゃ人が多いから、屋上で」

 

一夏はさわやかな笑顔で箒を連れ出そうとするが、箒はそんな一夏の行動が気に入らなかった。

自分に声をかけるより、先にかけるべき実の弟が目の前にいるだろうが。

 

「おい、織斑」

 

箒は一夏を苗字で呼ぶが、一夏は気付かない。

しかし、そんな一夏の無神経さなど気にせず目を細めて睨んだ。

 

「私より、先に言葉を交わす人物がいるんじゃないのか」

 

箒はチラリと照秋を見て言うが、一夏はこう返した。

 

「ん? 千冬姉か? 千冬姉なら俺のクラスの担任だったから挨拶は済んでるぜ。ていうか、箒は千冬姉がIS学園で教師やってたって知ってたんだな」

 

俺なんか家族なのにそんなことも知らなかった――

そう言葉を続けようとした一夏だったが、箒にはもう我慢の限界だった。

 

「もういい」

 

箒は拳をきつく握りしめる。

 

「私は貴様なんぞと話すことはない。さっさと何処かに()ね」

 

ギロリとひと睨みすると、もう話すことはないと一夏に背中を向けた。

そんな対応をされ驚いた一夏だが、恥ずかしがっていると勘違いしたのか負けずに誘い続ける。

 

「な、なんだよ箒、久々に会った幼馴染じゃないか。そんなこと言わずに――」

 

「そこまでにしろ織斑一夏」

 

今度はマドカが割って入ってきた。

いきなりの乱入者に驚く一夏に、マドカは冷たく言い放つ。

 

「貴様のような兄弟を無視する小物と話す口はない、と言っているんだ。さっさと自分の教室に帰って、大好きな千冬姉とやらと乳繰り合ってろ」

 

あまりの言われように、一夏はムッとする。

 

「なんだよ、あんた」

 

一夏はマドカの方を見て睨むが、そのマドカの顔を見て固まった。

 

「……あんた……なんか……」

 

眼鏡をかけ髪型も違うが、顔のつくりが千冬に似ている気がする。

そこを口にしようとしたら、マドカに強引に遮られた。

 

「こんな無神経な男が双子の兄とは、苦労するなテル?」

 

「テル? 兄?」

 

一夏はマドカが話を振ったテルと呼ばれた人物を見て目を見開く程驚き息を呑んだ。

そこには一夏の双子の弟、照秋が居り、一夏に対し眉を寄せ見つめ返してきた。

 

「なっ……て、照秋!? な、なんでお前がここにいるんだよ!?」

 

「……はあ?」

 

何を言ってるんだコイツは?

何故驚く?

照秋がこのクラスにいることか?

いや、この驚き方はそんな小さいことではない。

一夏は、照秋がIS学園にいることに驚いているのだ。

一週間前あれほど世間を騒がせたというのに、この男は全く知らなかったのである。

つまりこの一週間はおろか離れていた三年、一夏は照秋の所在など全く気にも留めていなかったのだ。

それを理解し、怒りに震える箒とマドカは今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。

 

「もう始業ベルは鳴ったわよ。自分の教室に帰りなさい織斑一夏君」

 

突然後ろから声をかけられ驚き振り返ると、そこには困った表情のユーリヤとスコールがいた。

始業ベルがなったと聞いて、急いで戻る一夏に、呆れた表情のユーリヤとスコールと、怒りに一夏の背中を睨む箒とマドカ。

そして散々無視され、終いには驚かれてしまった照秋は、少しの安堵と失望の眼差しで去って行った一夏をずっと目で追っていた。

 

その後、一夏は3組に来ることはなく、比較的平和に学園生活一日目が終わった。

休み時間になれば終始教室の窓には他のクラス、他の学年からの野次馬で埋め尽くされまともに教室を出ることが出来なかったが、話し相手に箒やマドカもいたし、女性への免疫が極端に無いなりにもクラスメイト達とも親交を深めるべく友達作りに取り組んでいた。

箒は根はいい子だが、人見知りだし、見た目が少々きつそうなイメージがあるため取っつきにくく、小学生の時もあまり友達がいなかった。

マドカも見た目やもろもろが箒同様の理由であまり人が近寄らない。

そもそもマドカは学校に行ったことが無いのだから、それ以前の問題だ。

二人とも美人なのに……

そう思った照秋が、ならば自分が仲を取り持ち二人に友達を多く作ってもらおうと奮起したのだ。

 

「余計なことを……」

 

「私は頼んでないぞ」

 

そう毒づく二人だが、同性同年代の友達が多くできたことにまんざらでもないようで、どこか嬉しそうだった。

 

「さて、帰るか」

 

授業が終わり帰ろうとする照秋はチラリと周囲を見ると、そこにはまだ照秋を見るクラスメイト、そして見に来た他クラス、他学年の生徒が教室を囲みきゃいきゃい騒いでいる。

 

「帰りもクロエが迎えに来るのか?」

 

マドカが照秋に尋ねる。

照秋はIS学園登校に際し、途中の護衛がなんとクロエだったのだ。

何も知らない他人が聞けば、あの小さい女の子が護衛とか、何の冗談だ?と思うだろう。

とはいえ、見た目は子供でも、クロエはああ見えて照秋より年上らしい。

しかも、クロエはその見た目に反し数々の格闘術を習得している。

だから、照秋の護衛という目的は問題ないのだが、あの見た目が問題だった。

実際、入学式の際クロエを連れて登校した時、周囲から変な目で見られたからだ。

ちなみに、クロエはどこで仕入れたのか黒いバイザーを着け目を隠している。

 

「フフフ……これで私の戦闘力は倍以上に……いつかビームを……」

 

とか呟いていたが、クロエは厨二病という病気を患っているとマドカが言っていたので照秋は受け流していた。

 

「仕方ないだろ。今、護衛任務に付ける余裕があるのがクロエしかいないんだから」

 

「こんな時に限ってオータムはどこで何をしてるんだか……」

 

マドカはため息を吐き、現在世界を飛び回って仕事をこなしている仲間、オータムの事を考え毒づいた。

 

「大丈夫よ」

 

そこへ、スコールが声をかけてきた。

後にはユーリヤも控えている。

 

「照秋君の寮の部屋、準備できたから」

 

「は?」

 

「はい、これが部屋の鍵」

 

「規則やら諸々は後で目を通しておいてねー」

 

「ちょ、ちょっと待てスコール」

 

淡々と話を進めるスコールとユーリヤに、マドカは混乱した。

 

「ここでは先生と呼びなさいマドマギ」

 

「おい、そのあだ名を言うとはいい度胸だな。殺すぞオバハン」

 

「……あら、そんなに貴女が死にたいのね?」

 

売り言葉に買い言葉、マドカは自分が嫌がるあだ名を言われ、スコールはおばさんと言われ。

一瞬にして空気がピリピリしだした。

一瞬にして静かになる教室。

あまりの殺気にスコールの後ろでプルプル震えだすユーリヤがとても場違いな存在だ。

マドカとスコール、この二人、ワールドエンブリオ社内にいたときもこういった喧嘩を頻繁にしていた。

照秋と箒は知らないが、この二人ともう一人オータムは、ワールドエンブリオに来る前から同じところで働いていた。

どんな場所だったか照秋が聞いても皆はぐらかすので深く聞かなかったが、あれほど卓越したIS技術を持っている人間三人がいたところだから相当すごいところだろう、と照秋と箒は勝手に解釈していた。

二人は普段はそうでもないのだが、ちょっとしたきっかけで、まあだいたいがマドカから吹っかけ、そしてスコールがいなす……のだが、スコールのNGワード「年齢」が必ずマドカの口から飛び出しいつも喧嘩になる。

今ここに血の気が多いオータムがいたら混沌とした場になっていただろうから、そこだけは助かったといえる。

ただ、二人ともまだ理性的なのか今までISを使用してまでは喧嘩をしたことはないが。

睨みあいピクリと拳が動き、殴り合いになるかというとき、決まって仲裁が入る。

 

「まったく……二人とも、人が見てるんだ。いい加減にしろ」

 

それは、箒がいつもため息交じりに二人を止めるのだ。

こういう時の箒は本当に役に立つ。

照秋などこの二人の殺気にやられてしまい、胃がキリキリしだしてお腹を押さえる始末だ。

意外とストレスに弱い照秋の胃である。

 

「そうですよ~! 喧嘩はだめですよ~!」

 

ユーリヤが涙目でスコールとマドカに講義をし、二人はバツが悪そうに顔を歪めた。

 

「殴り合いなんて手が傷つくじゃないですか~! やるならちゃんとルールに則ってグローブを付けないと~!」

 

「え?」

 

「えっ?」

 

ちょっと人と思考と論点がずれているユーリヤは、やはり天然だった。

 

 

 

「んんっ、話を戻しましょう」

 

軽く咳払いをし、改めて説明するスコール。

照秋と一夏たちは、IS学園の生徒の部屋の調整が間に合わないためしばらくは自宅(会社)からの通学を通達されていた。

だが、スコールはもう部屋の調整が済んだから入寮しろと言う。

 

「早いな」

 

マドカは素直に感心する。

照秋と言う存在上、出来るだけ早く入寮した方がセキュリティという面では望ましかった。

だが一夏はともかく、発表から一週間、すでに割り振りが終わっている部屋割りを、また調整するというのは結構時間がかかる。

特に、男女同じ屋根の下という倫理を守りつつ、だ。

10代の男女は性に興味を持つ年代であり、さらに歯止めが効かず後先考えない。

織斑兄弟が寮内に入って、一番の懸念材料がそこだ。

最悪妊娠騒動が勃発する恐れがある。

そうなれば責任問題やら引き抜き、各国の軋轢などの国際問題が浮上するだろう。

というか、それを見込んで各国織斑兄弟を狙ってくる可能性は高い。

いわゆるハニートラップというやつだ。

そういった類の訓練を受けた者なら引っ掛からないように気を付けだろうが、織斑兄弟はそんな訓練を受けていない。

猿のような10代の男が、目の前にぶら下げられた餌に飛びつかないわけがない。

とはいえ、一夏はともかく、照秋に関してはその辺は心配ない。

何故なら、常に目を光らせているマドカと箒、スコールがいるからだ。

 

「部屋は何号室だ? ……ふむ、私の隣か。……隣?」

 

はて?とマドカは首をかしげた。

マドカの部屋は一番端の個室だった。

その隣は誰かと言うと、箒である。

これは、マドカの護衛対象に箒も含まれているためである。

最初この部屋割りを見たとき、マドカは箒と一緒の部屋の方が護衛しやすいと抗議をしたが、決定条項で変更不可とスコールに言われ渋々従ったのだ。

話を戻すが、壁側にあるマドカの部屋の隣と言うのは箒の部屋しかない。

だが、照秋はマドカの部屋の隣だという。

つまりは、

 

「箒ちゃんは照秋君と同室よ。『社長』の達ての希望で、ね」

 

パチンとウィンクするスコール。

そしてすべてを理解したマドカは呆れ、箒は顔を茹蛸のように真っ赤にした。

 

「な、ななななあっ!?」

 

「ええーーー!?」

 

叫ぶクラスメイトと見に来た生徒たち。

あまりにも予想外な部屋割りに、女生徒達はキャーキャー騒ぎ出す。

 

「うそ!? 男女同室っていいの!?」

 

「いいなー!」

 

「篠ノ之さん、なんなら私が代わるよ!」

 

言いたい放題のクラスメイト達に、羨ましそうに見る外野。

 

「仕方ないのよー。『社長』が是非箒ちゃんと照秋君を同部屋に! って言ってきたんだもの―」

 

「つらいですねー。教師としてこの選択は本当につらいですー」

 

すごい棒読みのスコールはため息を吐き困った風な顔を作りつつ、目は笑っていた。

そして、問題はユーリヤだ。

なんでそんな目をキラキラさせて言うのか?

ちなみに、社長とは篠ノ之束の事である。

普段は皆篠ノ之博士とか、束博士とか呼んでいるが、人前では社長と呼ぶようにしている。

つまり、束が照秋と箒を同部屋にするようにスコールに指示、もしくは学園側に圧力はたまたハッキングを行ったということだ。

マドカはニヤニヤ笑うスコールを見た。

……こいつ、実は知ってた? ……いや、知らなかったんだろう。

しかしマドカは知っている。

スコールは快楽主義者であると。

スコールは昔はここまで露骨ではなかったが、こういう面白いことが大好きなのだ。

つまり、スコールは束がぶら下げたネタに、嬉々として飛びつきノリノリで加担したのだ。

 

「……お前……教師としてそれは……」

 

マドカは呆れるが、しかしマドカの任務の内容上、護衛対象の照秋と箒が同じ部屋にいてくれて方が監視しやすいのは確かだ。

箒は未だあうあうと口をパクパクさせパニック、照秋は呆然としていた。

照秋自身、束から一夏と同じ部屋にはしないと言われ安心していたのだ。

たしかに一夏と同じ部屋ではない。

だがしかし……

頭を抱える照秋に、ポンと肩を叩くマドカは、生暖かい目で慰めた。

 

「煩悩に負けるなよ、()少年」

 

「無責任なこと言うな!」

 

だって他人事だもん、と笑顔のマドカ。

照秋は顔を真っ赤にしてマドカを怒るのだった。

そして、スコールは箒に近付き、耳元でこう囁いた。

 

「避妊はちゃんとしなさいよ」

 

「はーーーーーーーーーーっ!!!??」

 

奇声を発し、とうとう箒の脳はオーバーヒート、その場で倒れてしまった。

 

 



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第9話 剣道部

なんとなく日間ランキングを覗いたら、ランキング一位に……
皆様ありがとうございます。
面白い作品を出せるよう頑張ります。
これからもよろしくお願いします。


未だざわつく教室で、なんとか落ち着いた箒と照秋は、お互い顔を赤くしながら見つめ合う。

 

「あの……よろしく……」

 

「う、うむ……よ、よろしく」

 

モジモジ小声の二人は初々しい。

それを見てニヤニヤ顔のスコールに、目をキラキラさせるユーリヤ。

そして、嫉妬や羨望の眼差しを向けるクラスメイトと外野。

 

「あらあら、かわいいです~」

 

ユーリヤの発言は何か的がずれている。

 

「うふふ、初々しいわ―」

 

スコールは新しいおもちゃを見つけ、うれしそうだ。

マドカは、どうせ急場凌ぎで改めて部屋の調整が行われて別の部屋になるのだろうとスコールに聞いたが、それはないとはっきり言われた。

 

「というか、させないわ私が!」

 

断固阻止! と高らかに宣言するスコールに、パチパチ拍手を送るユーリヤ。

拳を握るスコールが本当に楽しそうな顔だ。

 

「……まったく、いい性格してるよ」

 

「あらありがとう」

 

「褒めてねーよ」

 

げんなりしたマドカだった。

ちなみに、何故ユーリヤがこんなノリノリなのか後日聞いてみた。

 

「え? だって~二人は幼馴染で~、二人とも少なからずお互いを思ってるってスコール先生が言ってたけどー」

 

「え? まあ、そうだな」

 

「若い果実のような甘酸っぱい二人が同じ部屋で過ごす……そんな甘い空間を想像したらボルシチも鍋でぺろりとイケるわー!!」

 

「意味わかんねーし怖えーよ」

 

ユーリヤはやはりよくわからなかった。

 

 

 

「ということで、照秋君はこれから時間ができたわね。これからどうするの?」

 

スコールは、IS使うなら、今からアリーナ用意するわよ、と言った。

これに、周囲に集まって照秋を見に来ていた生徒たちはざわつく。

照秋が所属するワールドエンブリオ社が発表したISは記憶に新しい。

さらに、その際照秋はISを操縦できるというデモンストレーションに絶賛世界で受注を受けている量産第三世代機『竜胆』を巧みに動かせて見せた。

同社に所属するマドカは勿論、箒に至っては第四世代機の『紅椿・黎明』を所持しているのだ。

まさか初日から話題の機体と人間の技量が見れるのかと、沸き立った。

だが、照秋は首を横に振った。

 

「いえ、今日は部活動を見に行って、できれば参加しようかと」

 

 

 

その後、照秋と箒、マドカは剣道場へ向かい剣道部を見学した。

剣道部員たちは、箒と照秋の事は知っていた。

それはISのことではなく、剣道の事だ。

 

「まさか、入学式初日から来てくれるなんて……!」

 

剣道部主将が感激したと言わんばかりに歓喜した。

 

「本物の赫々剣将(かっかくけんしょう)と女一刀斉よ!!」

 

「こんなに間近で見れる日が来るなんて……!」

 

「小さい頃から剣道やっててよかったー!」

 

部員達も各々喜んでいる。

 

「若輩者ですが、精いっぱい頑張りますので、よろしくお願いします」

 

「私も、先輩たちに追いつけるよう頑張ります。よろしくお願いします」

 

パチパチパチパチ!

 

自己紹介を済ませ、拍手の雨が降る。

そして挨拶もそこそこに、照秋と箒は練習に参加した。

ちなみにマドカはあくまで二人の護衛なので、入部はせず、見学している。

剣道部に限らず、IS学園の運動部は全体的にレベルが高い。

それは、ISを操縦し国家の代表を目指そうという人間が多く在籍するエリート校であるため、個人のポテンシャルが他の高校より高いのだ。

野球で例えるなら、全部員が全国の高校にいるプロにドラフト一位指名される逸材というような状態である。

とはいえ、IS学園の本分はクラブ活動ではなくIS操縦である。

だから、IS学園のクラブ活動は基本的に『目指せ全国大会!』とは謳わず『自身の精神を鍛える。本分はIS』を基本としているため、あまり大会等に参加しない。

そもそも、他校もIS学園が参加してくるとモチベーションが下がり、白けるらしい。

各運動協会も、IS学園の大会参加にはあまりいい顔をしないのが現状である。

 

さて、そんな剣道部もやはり個々人のレベルは高い。

運動部の中でも剣道部はかなり硬派で、顧問はさほど部活に参加しないのだが、伝統なのか部長が一切の妥協なく厳しい練習と指導をすることで有名なのだ。

そして、今日は走り込みと筋トレがメインのメニューだった。

個人レベルが高く、さらに強くなろうと練習量も多い。

例年新入部員はこの練習量の多さと厳しさに倒れたり、辞める生徒もいる。

しかし、照秋と箒にはそれは当てはまらなかった。

 

「……まさか、初日から平然と付いてくるなんて……」

 

主将が息を切らせ照秋と箒を見る。

箒は膝に手を乗せ息を切らせているが、照秋は汗はかいているがケロッとした表情で屈伸を行っていた。

初日の練習内容は、基本運動の蹲踞(そんきょ)の姿勢、すり足を行い、次には……

 

「……400メートルダッシュ8本……間違って陸上部に入部したのかと思いましたよ……」

 

息も絶え絶えに箒は何とか呼吸を整えつつ、愚痴る。

箒が周囲を見渡すと、剣道部の先輩たちも汗だくで辛そうにしていたが、立ち止まらず歩いたり軽く体操をしたりしている。

 

「……照秋は相変わらずこのくらいの練習ならケロッとしてるな」

 

「ん? これくらい普通だろ?」

 

ウォームアップなら。

 

その言葉を聞いて、ざわつく部員たち。

 

「……織斑君?君の学校の剣道部の練習メニューだったら、この後何をするのかな?」

 

主将が顔をひきつらせ聞く。

それに気づかず、照秋は体に染みついたメニュー内容を説明した。

 

「まず立木打ちですね」

 

立木打ちと聞いて主将の顔がさらに引きつる。

 

「……何回?」

 

「朝に三千、夕方に六千、これを毎日行ってました。それから打ち込みですね。休憩なしの30分連続」

 

そこまで聞いて、主将は顔を青ざめさせた。

その練習メニュー、いや、練習メニューというよりただのシゴキに呆然とする。

そして照秋の学校の特殊性を思い出した。

照秋の通っていた学校は、運動部活全般に力を入れている。

その中で全国大会常連の剣道部は特に厳しいと有名だった。

しかも全寮制ということもあり、かなり閉鎖的な学校でもある。

更に剣道部の顧問が、また特殊な人だった。

 

「顧問は示現流を修めた新風先生だったわね」

 

「ええ、そうです」

 

それで納得した。

剣道界でも示現流にこの人ありと謳われた剣豪『新風三太夫』が照秋の学校で剣道部顧問に就いていたのだ。

示現流の稽古には、地に背丈ほどの丸太を立て、山から切り出したユス、樫、椿などの堅い木の棒を木刀とし、気合を込めて袈裟斬りの形で左から右から精根尽きるまで打ち込む稽古がある。

これが「立木打ち」である。

打ち込みは腕の力に頼らず、胸と肚のうちから出る力を剣に込めることが肝心で、そのうえでひと気合のうちに30回打つのが理想とされる。

その稽古を、中学生に毎日朝夕計九千回行わせていたのだ。

 

「そりゃ強くなるわけだ。そんな稽古を三年間やり通したんだからね」

 

「今まで三年間、一日も欠かしていません。それが新風先生の教えですから」

 

主将は納得といった顔で、しかし呆れたように笑った。

しかし、立木打ちを朝に三千、夕に六千を毎日なんて、新風先生は示現流開祖、東郷重位でも育てようとしていたのだろうかと主将は照秋の出身校を心配した。

箒も、照秋の中学時代の練習メニューの事は知らなかったようで、驚いていた。

二人は卒業後ワールドエンブリオ社にお互い住み込み、同じくトレーニングに励んだ。

トレーニングルームで専用の立木打ちスペースを作っていたし、一緒に練習もした。

たしかに立木打ちはキツイ。

だが、力と技、胆力を鍛えるには絶好の稽古だと思った。

原始的な稽古だが、近代スポーツの科学的トレーニングでは得られないモノを得られる。

 

この後、練習は終わったが、照秋はやはり物足りなかったようで、主将に許可を貰って道場の外に立木を立て、日課の立木打ちを行ったのだった。

 

 

 

練習も終わり、照秋たち三人は自分たちに宛がわれた寮の部屋に向かい、入る。

その際にマドカから『我慢は体に毒だからな。遠慮するなよ』と、とんでもない言葉を投げかけられた照秋は、顔を赤くして部屋に入った。

部屋に入ると、高級なホテルのような内装だった。

ベッドは二つ、机にパソコンが二台、キッチンに冷蔵庫、洋服箪笥、洗面台とシャワールームと至れり尽くせりだが、何故かトイレが無い。

寮の地図で確認すると、それほど遠くない場所に設置されていたので安心だ。

大浴場の使用は女生徒との調整がつくまで禁止された。

まあ、当然だろう。

床には大きな段ボールが六つあった。

二つと四つに分けられており、マジックで二つの段ボールに『てるくん』四つの段ボールに『箒ちゃん』と書かれていた。

女性はやはり荷物が多いのだろうが、一体何が入っているのだろうか?

とりあえず、箒と簡単に共同生活をするうえでのルールを決めた。

ベッドは箒が窓側、照秋が壁側、シャワーは箒が先、時間は19時~20時で、もしその時間に入れなければ大浴場もしくは部室のシャワーで済ませる。

後の細かいことはこれから決めていこうということで、二人は自分の荷を解くことにした。

照秋の物はクロエが用意してくれると言っていたので、とりあえず段ボールを開封し、着替えやIS関連や剣道の本などを確認した。

 

「て、照秋よ」

 

箒が顔を赤くして照秋を見ている。

しばらくモジモジして視線もきょろきょろと挙動が不審だ。

なんだ?と首をかしげると、おもむろに箒が床に正座し、ゆっくりと三つ指をついた。

 

「……不束者ですが、よろしくお願いします」

 

なんかお嫁さんみたいだなあ、と思いながらも、まんざらでもなかった照秋は、同じく床に正座し箒の言葉を受け止めた。

 

「こちらこそ、これからもよろしく、箒」

 

「う、うん」

 

ニコリと笑う照秋に、顔を赤くしながらも嬉しそうな箒。

やがて、どちらともなく声を出して笑いあった。

 

 

 

ようやく荷解きが終わろうかとした時、照秋の段ボールの底に、小さな箱が入っていた。

何だこれは?

箒の私物が間違って入っていたのかと思ったが、箒が持つような可愛らしいものではない普通の箱だった。

とりあえず何が入っているのか中身を確認し――すぐに箱を閉じた。

 

(クロエ……)

 

照秋は目を閉じ項垂れる。

箱の中身は、エロ本やAVのDVD、BDだった。

たしか、IS学園入学前に、クロエが夜のおかずはまかせろとは言っていた。

言っていたが……

 

(……あいつ、本当に入れやがった……しかも、全部巨乳ものだった……)

 

照秋はおっぱい星人だった。

だから、クロエのチョイスに何を思うかと言えば……

 

(よくやった! ……よし、箒がいないときにこっそり見よう!)

 

顔には出さず、しかし心の中で歓喜する照秋だった。

 

「ああ、そうだ。照秋?」

 

いきなり背後から声をかけられビクッと肩を揺らす照秋。

平静を装って振り向くと、ニコニコ笑顔の箒が手を差し出していた。

 

「……なに?」

 

なんで手を差し出しているのかわからない照秋は箒の手と顔を交互に見る。

すると、箒は言った。

 

「出せ」

 

言われて、ドッと汗が噴き出した。

 

「……なにを?」

 

とぼける照秋だったが、笑顔の箒から、威圧感が増した。

 

「今、素直に差し出せば、不問にするぞ? しかし……とぼけて、後日見つけた場合……」

 

「すいません出します」

 

箒があまりにも怖かったので、すぐさまクロエが用意してくれた箱を差し出した。

箱を受け取った箒は中身を確認せず、鍵のついた引出しに押し込み、鍵をかけた。

 

「あ……あぁ~……」

 

情けない声を出す照秋。

溢れる性欲を持て余す10代の青少年には号泣するほどの事件である。

ガックリ項垂れる照秋を見た箒は、ため息を吐き、そして、顔を真っ赤にして言った。

 

「……が、我慢できなくなったら……私が手伝うから……」

 

最後の方は小声でぼそぼそ言っているくらいにしか聞こえなかったが、照秋にはバッチリ聞こえた。

 

「マジっすか!?」

 

項垂れた頭を思いっきりあげる照秋の箒を見る目は、ものすごくキラキラしていた。

あまりにも期待の眼差しで見てくるので、箒は早まったか!? と考え直し『手伝う発言』を撤回し、照秋は再びガクーンと項垂れた。

 

「……男って……本当に馬鹿だな……」

 

普段無口で凛々しい照秋が、こんなことで一喜一憂する様を見て、呆れる箒だった。

 

 



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第10話 クラス代表

IS学園生活二日目

 

照秋と箒、マドカは5時30分に起床、朝のトレーニングを行った。

入念な柔軟とランニング、そして立木打ち三千回。

さすがに箒がこれと同じメニューをこなすことはまだ無理なので立木打ちは千回未満だが、それでも二人とも大量の汗をかき息切れしていた。

どう見ても朝練の内容をはるかに超えた内容だが、照秋はこれを三年間続けてきた。

今更辞めるなんて選択肢は無い。

箒にしても、少しでも照秋に近付こうと必死なため、なんとか照秋と同じメニューをこなそうと毎日頑張っているのだ。

ちなみに、マドカはある程度トレーニングには付き合うが、立木打ちはしない。

 

「私の本分はお前たちの護衛だ。そんな精根尽きるメニューを一緒にやったら守れるものも守れん」

 

言うことはもっともだし、マドカ自身相当な格闘技の実力を持っている。

総合的な戦闘力や経験値は照秋や箒が足元にも及ばない強さである。

 

シャワーを浴び、さっぱりした三人は制服に着替え食堂へ向かった。

照秋と箒は和朝食、マドカはモーニングセットを頼み、隅の方のテーブルに座る。

中央の長テーブルでは一夏が多数の女子に囲まれ騒いでいた。

 

「朝から騒がしい奴だ」

 

トーストに噛り付き、マドカは一夏を睨む。

箒も騒がしい一夏を一瞥し、興味が無いように無言で味噌汁に口を付けた。

照秋などは一夏に見向きもせずもくもくと焼き魚の身を解すことに集中している。

 

「お、織斑君! ごはん、一緒していいかな!?」

 

突然声をかけられ顔を上げると、そこには見知った顔、クラスメイトが三人いた。

 

「おはよう、カルデローネさん、ベッケンバウアーさん、趙さん」

 

照秋はニコリと微笑みかける。

ドイツから来たヴィクトーリア・ベッケンバウアー

イタリアから来たオリヴィエラ・カルデローネ

中国から来た趙・雪蓮(しぇれん)の三人は、花が咲いたように笑顔になり、すぐに照秋の笑顔に顔を赤くし、両隣に居る箒とマドカがムッとした。

 

「いいよね、箒、マドカ?」

 

「……まあ、別にいいが」

 

「共同の場だからな。どこなり好きに座ると言い」

 

三人が空き席に座ると、周囲から変な声が。

 

「くっ、こっちでもやられた!」

 

「大丈夫よ、まだまだ挽回できるわ!」

 

「プラン変更、これからはもっと積極的に行くわよ!」

 

何を言っているんだろうか?

 

「……お花畑な脳みそ持ちばかりだな」

 

フンと鼻を鳴らす箒とマドカ、そして苦笑する三人。

そして、6人での朝食が始まったが、三人は以外にも照秋ではなく、箒やマドカと話し込んでいた。

 

「ワールドエンブリオ社の発表見てたよー篠ノ之さん、かっこよかったー」

 

「そ、そうか?」

 

「結淵さんもあの余裕な仕草が優雅できゅんきゅんしちゃった!」

 

「……そうか」

 

凄くフレンドリーに話しかけてくる三人に、若干戸惑う箒とマドカ。

人付き合いが下手な二人は、好意をもって接してこられた経験があまりない。

大概が嫉妬、羨望、恨みなど、負の感情が多い。

だから、今の素直に褒めてくれる三人に戸惑いつつも、悪い気はしせずことの外会話が弾んでいる。

だから、自然とやわらかい態度をとるようになっていった。

 

「そういえば、織斑君たちって剣道部に入ったんだよね?」

 

「うん、そうだけど?」

 

「剣道部って、運動部の中ではかなり厳しいって有名なのに、よく入ったね! しかも、新入生はまだ正式な部活案内してないのに」

 

意外そうに照秋と箒を見る三人に、箒は丁寧に答える。

 

「私たちは幼いころから剣道をしていたからな。だから、学園で剣道部に入るのは当然だろう?」

 

「へーそうなんだー」

 

なるほどーと、うんうん頷く三人と、照秋たちの会話を聞き逃すまいと聞き耳を立てる周囲の生徒たち。

三人は照秋にも話しかけるようになり、照秋と箒が幼馴染という情報も聞きだし驚いていた。

そして、あっと何かを思い出したのか、カルデローネが声を出した。

 

「そういえば、たまたま剣道部の先輩が話してるの聞いたんだけど、『カッカクケンショウ』ってなに?」

 

照秋が味噌汁を吹きそうになる。

それを見て箒は苦笑し、マドカはにやりと笑った。

 

「『カッカクケンショウ』というのはな、こう書くんだ」

 

テーブルに備え付けられている紙ナプキンにスラスラと「赫々剣将」と書くマドカ。

外国から来た三人には見慣れない漢字だろうし、聞いたこともないだろう。

 

「これはテルのあだ名だ」

 

「どういう意味なの?」

 

ベッケンバウアーが隣で見慣れない漢字を見て首をかしげる。

 

「もとは日本の剣の腕が立つ将軍についたあだ名みたいなもんだ。詳しいことは省くが、つまり、テルの剣道の腕はその将軍くらい強く光り輝いているってことだ」

 

「へー!」

 

三人はマドカから説明を受けると目をキラキラさせ照秋を見る。

 

「ちなみに箒のあだ名は『女一刀斉』だ」

 

「おいマドカ! 勝手に言うな!」

 

ニヤニヤ笑いながら箒のあだ名を暴露するマドカに、不本意なあだ名を勝手に言われて憤慨する箒。

だが、三人は女一刀斉と聞いてもピンと来ないのか、首をかしげていた。

 

 

 

朝食を終え、照秋たちはカルデローネ達と教室へ向かい、授業が始まるまで話をしていた時ベッケンバウワーがこんな話題を振った。

 

「あ、そういえば一組の子から聞いたんだけど、一組はクラス代表をISの試合で決めるんだって」

 

「ほう」

 

箒は、なんとも単純な決め方だなと思った。

ISが一番扱える人間がクラス代表、まあそれはこの学園ではアリだろう。

なにせ、生徒会長がIS学園最強という通例があるのだから。

だが、ISの技量だけでクラスをまとめられるかと言われれば、首をかしげるしかない。

 

「対戦は、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんと、織斑一夏君だって!」

 

「ふん、なんだその出来レースは」

 

マドカは呆れつつも、照秋と箒を守るうえで叩き込んだIS学園全生徒の経歴の中で、セシリア・オルコットという人物のデータを思い出した。

家庭環境もあるが、オルコットは男性不信だったはず。

つまり典型的女尊男卑思考が強いととれるだろう。

実際、決闘に発展した経緯がまたふざけていた。

クラス代表を決めるときに担任が自薦他薦を問わないと言い出し、クラスメイトが調子に乗って織斑一夏を推薦したのだ。

そこで、クラスメイトが面白おかしく推薦した事と、男というところに怒ったオルコットが激怒。

事もあろうか織斑一夏の事だけでなく日本国そのものを侮辱する発言をして、織斑一夏が反論、そして決闘となった。

正直、担任は何をしているんだと言いたい。

そんな女尊男卑思想の女が、素人の織斑一夏とISで対決する。

もちろん、オルコットが勝つだろう。

そして、それを大勢の生徒の前で見せ、男を貶めようという魂胆だ。

あからさますぎて、マドカは鼻で笑った。

 

「そういえば、ウチのクラスはまだ決めてないよね?」

 

趙がそう言うや、クラスメイト達が一斉に照秋を見た。

 

「……え?」

 

一気に視線が集まったので、たじろぐ照秋。

クラスメイトたちはこう思ったのだ。

せっかくの男性操縦者なのだから、盛り立てないと!

一週間前の発表の時、巧みにISを操縦していたから大丈夫だろう!

戦ってる織斑君の画像なら、絶対儲かる!

……欲望ダダ漏れである。

 

照秋は困った顔で箒やマドカを見た。

 

「私は賛成だ」

 

なんと箒は賛成派だった。

それを聞いて箒と握手するカルデローネ。

 

「まあ、いいんじゃないか」

 

マドカさえも肯定する。

趙が嬉しそうにマドカの手を握りブンブン振る。

照秋は基本的に目立つことを嫌うし、人の前に立って何かをするなんて出来ないと思っている。

現に、中学時代剣道部の主将を推されたが、自分には無理だと辞退した。

自分にはクラス代表など無理だと抗議するが、マドカはそれを手で制する。

 

「まあ聞け。クラス代表は、雑用が主で確かに面倒臭いだろう。だが、代表になった方がISの試合に出場できる機会は増える。これはテルのためでもあるんだ」

 

「……いや、でも……」

 

「反論したければ、私に勝つことだな」

 

「それは卑怯だろ!」

 

照秋の叫びと共に、始業ベルが鳴りスコールとユーリヤが教室に入ってきた。

 

そして、早速授業が始まるかと思いきや、ああそうそう、と別の話をしだした。

 

「昨日決め忘れたけど、クラス代表を決めないとね」

 

……なんでそんな時事ネタを放り込んでくる……

 

照秋はチラリとスコールを見た。

……こちらを見ながら口元が三日月のように歪んでいた……

あれは絶対入ってくる前の教室の会話を聞いていた顔だ!

 

「じゃあ、織斑君、よろしくね」

 

「まだ何にも話してないじゃないですか!!」

 

いきなり名指ししてくるスコールにツッコむ照秋。

 

「往生際の悪い男は嫌われるわよ?」

 

「あれ、俺が悪いの!?」

 

なんとか打破しようと考えていると、後ろからポンと方に手を置かれた。

振り返ると「諦めろ」と目で訴えるマドカがいた。

 

「とはいえ」

 

一人騒ぐ照秋をしり目に、スコールは教室内を見渡す。

 

「いきなり織斑君を任命しても、納得いかない子はいるわよね」

 

そういうと、数名の生徒が顔を伏せたり、視線を逸らしたりした。

昨日、ISの本質と女尊男卑の愚かさを説いたが、昨日今日で考えが変わるほど簡単なことではないとスコールも自覚しているし、それに対し何か言うつもりはない。

それ程根深い問題なのだ。

 

「みんな噂で聞いてると思うけど、一週間後に一組のクラス代表を決める試合があるのよ」

 

それでね、とスコールは続けてこう言った。

 

「アリーナもその後空いてるし、丁度いいからウチのクラスも同じような事やろうかなって思ってるのよ」

 

「そうですねー。ウチのクラスは優秀な人材が多いですからー」

 

ユーリヤもスコールの提案に賛成のようだ。

 

「目的は織斑君の実力を知って、納得してもらうための試合。それじゃあ誰か織斑君と試合したい人、挙手してー」

 

スコールが手を上げるように促すと、二名手を挙げた。

一人は趙・雪蓮(しぇれん)、もう一人はベアトリクス・アーチボルトだった。

趙は中国の代表候補生、アーチボルトはアメリカの代表候補生だ。

予想通りの展開に、スコールはフムと少し笑いユーリヤを見てお互い頷いた。

 

「じゃあ、趙さんとアーチボルトさん、それと篠ノ之さんと結淵さんね」

 

「ちょっと待て」

 

マドカが立ち上がった。

 

「何どさくさに巻き込んでる」

 

マドカは抗議するが、スコールは飄々と躱す。

 

「あら、いいじゃない」

 

「よくねーよ。箒とテルはともかく、そこの二人なんてレベルが低すぎて私にメリットがないだろうが」

 

スッと、教室の温度が下がった気がした。

 

「……結淵マドカさん? えらく大きな態度を取るのね」

 

アーチボルトがマドカを睨みつけるが、マドカはその視線を鼻で笑った。

 

「ハン、事実だ。私はこの学園全生徒の経歴に目を通し記憶している。はっきり言うが貴様らでは力不足だ。それに専用機も持たない代表候補生程度の力量で私に勝てると思ってるのか? だったら手遅れだ、脳外科行け」

 

「あなたねぇ!」

 

マドカの言葉に声を荒げバンッと机を叩くアーチボルト。

 

「第三世代機を専用機で持ってるからっていい気にならないでよ!」

 

「ああ、そうかい。なら私も学校の訓練用ISで戦ってやるよ。どうだ、これで対等だろうが」

 

「くっ、吠え面かかないでよ!」

 

「お前がな、白豚(ホワイトピッグ)

 

ワザと厭味ったらしく言うマドカに、うまく乗せられるアーチボルト。

その会話を聞いてスコールはより笑みを深くした。

 

「じゃあ、結淵さんの参加も決定したということで、試合は一週間後、総当たり戦で勝利数が多い子がクラス代表ということで。はい、じゃあこの話は終わり。授業を始めましょう」

 

スコールはてきぱきと話を進め、クラス代表の話は終わってしまった。

そして、マドカは気付いた。

 

「……しまった」

 

つい調子に乗って口車に乗ってしまった…それをスコールにいいように利用された……

いや、こうなることもスコールの計算のうちだったのだろう。

 

ガックリ肩を落として席に着くと、照秋がマドカの方を見て、笑顔でこう言った。

 

「ドンマイ!」

 

そのざまあ見ろと言わんばかりの笑顔にムカついたマドカは、照秋の頭を一発殴った。

 

 

 

「え、もしかして決定事項? ……私は何も言ってないんだが……」

 

箒は展開についていけず、終始置いてけぼりだった。

 

 



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第11話 セシリア・オルコット

「頼むよ箒! 俺にISのこと教えてくれ!!」

 

「断る」

 

昼休み、箒は照秋たちと昼食を採ろうと教室を出ると、織斑一夏に強引に屋上に連れて行かれた。

そして、自分にISについて教えてくれと頼んできたのだ。

箒には一夏にISを教える義理はない。

だから、即答した。

 

「なんでだよ! 幼馴染だろ箒!」

 

「馴れ馴れしく名前で呼ぶな、織斑」

 

冷たい視線で睨む箒に、一夏はビクッと震えた。

 

「そもそも私と貴様はクラスも違う。貴様のクラスのゴタゴタに私を巻き込むな」

 

「そ、そんなこと言わないでくれよ!」

 

「くどい!!」

 

箒の一喝に、一夏はヒッと悲鳴を上げた。

 

「自分の事は自分で解決しろ。できなければ自分のクラスメイトに頼るか、担任の千冬さんに頼めばいい。少なくとも照秋なら私に頼らず自分でなんとかするぞ」

 

箒は侮蔑の目で一夏を睨み説教するが、一夏には納得いかないようで不貞腐れている。

 

「……なんで照秋の事が出てくるんだよ。あんなクズ…」

 

一夏が照秋を馬鹿にする言葉を発した瞬間、箒は一夏の胸ぐらを掴み持ち上げた。

箒の方が一夏より身長は低いが、それでも腕を高く持ち上げ、一夏は爪先立ちになる。

 

「貴様のような屑が照秋を侮辱するな」

 

低く、しかし声を荒げない怒りと、燃えるような怒りの瞳で睨まれ一夏は絶句した。

恐怖で震えだした一夏に、フンと鼻を鳴らし掴んでいた手を離し、突き放す。

上手く着地できずに尻餅をつく一夏を見下す箒は、汚物を見るように言った。

 

「貴様なんぞ幼馴染でもなんでもない。今後一切私に話しかけるな」

 

私の幼馴染は照秋だけだ――

 

箒はそうつぶやき屋上を後にした。

そして取り残された一夏は、放心したようにその場で呆けるのだった。

 

その後遅れて食堂に向かうと、照秋が箒を待つために、まだ昼食を採っていなかったという事に感激し、心の中の乙女回路がショート寸前だったのは言うまでもない。

 

 

 

放課後、照秋と箒は今日も部活に参加するとマドカに言った。

 

「そうか、私は少し遅れていく。先に行ってろ」

 

マドカの言葉に、箒は「二人きり……ぐふ」と乙女にあるまじき声を漏らし、照秋と共に剣道場へ向かった。

 

「さて……」

 

教室を出て行った照秋たちを確認すると、自身の携帯端末に送られた一通のメールに目を通し、屋上へ向かった。

 

「よう、待たせたな」

 

屋上に着き、先に来ていた人物に軽く手を上げるマドカ。

 

「いえ、わたくしも先ほど来たばかりですので」

 

はたして、先に屋上にいた人物は一組のイギリス代表候補生、セシリア・オルコットだった。

夕日に輝く金の髪に、風になびく縦ロール、陶器のような白い肌に、均整のとれたプロポーション、勝気な雰囲気は自信の表れか、まっすぐマドカを見る。

今日、マドカの持つ携帯端末にオルコットからメールが届いた。

『突然のメール恐れ入ります。二人きりでお話がしたので、放課後屋上でお待ちしています。セシリア・オルコット』

何故オルコットがマドカの携帯端末のアドレスを知っているのか疑問があったが、とりあえずマドカはオルコットと会うことにした。

 

「まずは、わたくしの呼びかけに答えてくれて感謝します」

 

スカートの端をつまみ会釈するオルコットは、優雅だった。

だが、マドカはそんなことどうでもいいと言った感じで首を斜めに傾けオルコットを見る。

 

「で、私を呼んだ理由はなんだ?」

 

マドカはオルコットが自分を呼び出した理由がわかっているが、敢えて自分から口にしない。

そんな態度に、オルコットは眉をひそめた。

ようするに、恥は自分でかけと言っているのだ。

 

「……あなたの専用機IS、竜胆のパッケージ『夏雪』の技術をわたくしに提供していただきたいのです」

 

「それは政府の要請か?単独での判断か?政府からの要請なら、ワールドエンブリオ社を通して言ってもらおう。これもビジネスなんでね」

 

マドカは小馬鹿にした感じで軽口をたたく。

オルコットは無駄にプライドが高い人間であることは調べがついている。

自分の弱さを見せることを極端に嫌がる。

マドカは、もしここで虚勢を張って嘘をつくなり脅すなりの行為をしてきたら、すぐに話を切り上げるつもりだった。

だからこそ、わざと馬鹿にするような口調で言った。

そんなオルコットは目を閉じ、大きく深呼吸をし、再びまっすぐマドカを見る。

 

「これは、わたくし個人の要請、いえ、お願いですわ」

 

そう言うや、オルコットは腰を折って頭を下げた。

世界のほとんどの国に頭を下げてお願いをするという文化は無い。

中世ヨーロッパでは、騎士が膝をつき頭を下げる行為は、屈服を意味する。

もちろんイギリスも例に漏れない。

はっきり言って屈辱だろう。

だが、オルコットは頭を下げたのだ。

マドカは感心し、オルコットという人間の認識を変える必要があると思った。

 

「理由を聞こうか」

 

そうして二人は屋上のベンチに座り、オルコットはマドカに話し始めた。

一組でのクラス代表を決める際に、クラスメイト達が面白おかしく唯一の男である織斑一夏を推薦した事。

それに激昂し、決闘を申し込み、一週間後ISでの試合を行う事。

それを聞いてマドカはオルコットに質問する。

 

「”今の”お前の実力なら簡単に勝てるだろう。なぜ夏雪が必要なんだ」

 

織斑一夏はISに関してはずぶの素人だ。

搭乗時間もほとんどない。

そんな相手なら”今の”実力でも十分勝てるだろうと言っているのだ。

今のという言葉を聞いて、オルコットは驚き、そして自虐のように笑った。

 

「やはりわかっておられるのですね」

 

「まあな」

 

オルコットの操縦するIS、ブルーティアーズは第三世代機のISであり、BT兵器というビット兵器を搭載したビーム特化のISである。

コンセプトから、竜胆のパッケージ夏雪と酷似している。

どちらが後出しとかそういう話はともかく、このBT兵器には適性が必要となる。

その適正値が最も高かったのがオルコットであり、ブルーティアーズの専用パイロットに抜擢されたのだ。

だが、このBT兵器はかなり搭乗者の負担を強いる造りになっている。

全てのビット操作もと搭乗者が扱わなければならず、セシリアの場合、ビット操作を行っている最中はそれ以外の行動がとれない。

それほど集中しないとBT兵器を操作できないのだ。

最大稼働率を維持できればビームの偏向攻撃も可能だが、それすら出来ない状況である。

しかし、そんな状態でも一夏に負ける確率はほぼ無いだろう。

なぜ夏雪の技術を欲しがるのだろうか?

 

「わたくし、あなたのクラスの子に聞いたんです。3組の担任スコール先生の言葉を」

 

衝撃を受けましたわ、と夕日を目を細めて言った。

 

「ISは兵器である。兵器を扱う覚悟を持て。人の命を守る決意と摘み取る覚悟を持て。覚悟のある人間だけが女尊男卑を肯定できると」

 

そして、語り始めるオルコットの過去。

男尊女卑の時代だったころから、オルコット家発展に尽力した母親のことは尊敬していたが、婿養子という立場の弱さから母親に対し卑屈になる父親に対しては憤りを覚えていたと。

そんな両親が列車爆破事故で死んでしまい、自分の周りにはハイエナのような男しかいなかったこと。

それがより男性不信になっていったのだと。

そして、いつの間にかISが自分の力の誇示としての手段になっていたこと。

 

「代表候補生として、ISをファッションとして捉えたことはありません。ですが、スコール先生のお言葉はわたくしを打ちのめしました。ああ、わたくしはなんと愚かで浅はかな人間なのだろうと」

 

「まあなあ……」

 

マドカは頭をかき肯定するが、本来そう言う事は自分のクラスの担任が言う事であって、又聞きで反省するとかおかしいだろうと思っていた。

 

「ですが、わたくしはあんないつもヘラヘラ笑って努力もしない織斑一夏を認めない。そして油断もしない。全力で叩きのめし、全生徒の前で辱めを受けてもらいます」

 

「えらく嫌われたもんだな、織斑一夏は」

 

「当たり前です! あんなISの事を何も知らず、我が祖国を侮辱するような愚か者!」

 

「でも、お前も日本を馬鹿にしたんだろ? 代表候補生としてソレはどうなんだ?」

 

うっと声を詰まらせるオルコット。

 

「つ、つい頭に血が上って……反省してますわ。あの後織斑一夏以外の生徒と先生には謝罪しましたもの」

 

「ほう、そら大したもんだ」

 

マドカは素直に褒める。

オルコットは、事の善悪の区別を正しくでき、それを行動に起こせる人間だという事に、印象は上方修正された。

そして、フムと顎に手を当て自分の思いを口にする。

 

「まあ、私個人としてはお前に夏雪の技術提供をしてもいいと思ってる」

 

「本当ですか!?」

 

パアッと笑顔を向けるオルコットに、まあ待てとマドカは言う。

 

「一つ聞くが、お前は男が過去のハイエナや織斑一夏のような人間ばかりだと思っているだろう?」

 

「そ、それは……いえ、そういう人間ばかりではないとは理解してますわ。ですが……」

 

オルコットは言葉を濁らせる。

女尊男卑という風潮になり、男は腑抜けになった。

仕方がないと同情する反面、情けないとも思う。

実際、自分の周りにはそんな人間ばかりだったのだ。

そこで、マドカはパンッと膝を叩き勢いよく立ち上がった。

 

「よし、お前に本当の男前ってやつを教えてやるよ」

 

「え?」

 

そう言ってマドカはオルコットを剣道場へ連れて行った。

 

「あの……こんなところに何が……」

 

「3組にもう一人の男がいるのは知ってるだろう?」

 

マドカに言われ、ああ、なるほどと理解した。

しかし……

 

「織斑一夏の双子の弟、ですわよね? ですが、彼は愚図で出来損ないだと聞いていますが……」

 

「誰が言ったそんなこと」

 

マドカが殺気を込めてオルコットを睨む。

いきなり突き刺さるような殺気を向けられたので、オルコットはヒッと悲鳴を上げた。

 

「お、織斑一夏自身が教室で言ってたんですわ! わ、わたくしではありません!!」

 

必死に弁明するオルコット。

そして、マドカはオルコットから視線をずらし、ブツブツ呟き始めた。

 

「あんにゃろう……やっぱり殺すか……」

 

(こ、こわい! 怖すぎですわ!)

 

オルコットは泣きそうだった。

 

「テルはな、ああ、照秋のことだ。テルは基本身体能力でも織斑一夏を凌駕してるし、実績もある。それに見ただろう? 竜胆を巧みに操る姿を」

 

マドカが言っているのはワールドエンブリオ社の発表会でのことである。

 

「……ええ、あれは凄かったですわ。にわかに信じられない操縦技術でしたが……」

 

「あれは本物だ。合成じゃないぞ」

 

だとすれば、ISの技量は相当なものだ。

オルコットは戦慄を覚えた。

 

「まあ、そんなことはいい。とりあえず入るぞ」

 

「はい」

 

二人は剣道場へ入り、そしてその光景にセシリアは驚いた。

今、道場内で立っているのは二人、それ以外は座っているのではなく、倒れている。

唯一立って対峙している二人も、片方はフラフラしていた。

互いに防具を纏い、稽古を行っていることはわかる。

そして、ドッシリと蜻蛉の構えで佇んでいる人間が大柄であるため、照秋だという事もわかった。

マドカはダウンしている部員の顔を見て箒がいないことを確認し、今照秋と対峙しているのは箒だと理解した。

箒の竹刀の切っ先がフラフラ揺れる。

もう足の踏ん張りも効かないのだろう。

 

「えええぇぇぇーーーーいっっ!!!」

 

一気呵成とばかりに箒の気合が道場に響く。

そして、ダンッと床を蹴り突進する。

 

(速い!)

 

セシリアは驚く。

篠ノ之箒という人間はデータでは知っていた。

彼女が中学剣道大会で優勝したという事も。

だが、所詮中学程度の実力であり、代表候補生である自分の足元にも及ばないと思っていたが、そうではない。

箒の自力はセシリアの警戒度を高めるには十分だったようだ。

セシリアは箒を認めたが、またも自分の認識を覆される。

 

「ちぃええええぇぇーーーーっっ!!!」

 

照秋の気合が、空気と体を震えさせる。

セシリアの肌にビリビリと突き刺さり体が硬直する。

 

(な、なんですの!?)

 

照秋の気合だけで体が硬直してしまったことに驚愕し、そして目の前の出来事に戦慄する。

 

ズバンッ!

 

先に仕掛けたはずの箒の竹刀が、照秋の面に当たる前に照秋の竹刀が箒の面を捉えていたのだ。

お互い礼をし、打ち込みが終わると、箒はその場で膝をついた。

 

「ハアッ……ハアッ……」

 

震える手で自分で防具を外す。

面を外した箒は、汗だくで疲労困憊といった表情だった。

そんな光景を見たマドカは、平然と防具を外している照秋を見てため息をついた。

 

「テル、やりすぎだ。部員をつぶす気か?」

 

そう言われ、バツが悪そうにする照秋だったが、復活した剣道部主将がいいの、と制した。

 

「私たちが未熟なだけなの。これは、私たちが織斑君に頼んだことなのよ」

 

「いや、その向上心は認めるが……」

 

「私たち、燃えてるの!」

 

と、主将は拳を握り叫ぶ。

 

「私たちの剣の道はまだこれからなんだとわかったから!! そう、私たちの戦いはこれからなのよ!!」

 

「……ああ、そうかい」

 

マドカは諦めた。

だめだ、この部は脳筋のバカばっかりだ。

どんだけ武道を突き進めようとしてるんだか……

 

「では、立木打ちに行ってきます」

 

照秋はへばっている部員に言って道場を出て行った。

 

「……わたくし、タイムスリップでもしたのかしら……」

 

セシリアの目には、道場内の人間が全員サムライに見えたようだ。

 

「お前の言いたいことはわかる。とりあえずテルを追いかけるぞ」

 

「え?」

 

マドカはオルコットを連れて照秋を追った。

 

 



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第12話 セシリアと照秋

道場を出た照秋を追ったマドカとオルコットは、すぐに照秋を見つけた。

 

照秋は自分の身長ほどの地面から立てられた木の前に立っていた。

手には竹刀程の木の棒を持っている。

 

「……何をしてますの?」

 

オルコットは首をかしげる。

 

「立木打ちだ」

 

「タテギウチ?」

 

マドカが答え、聞き覚えのない言葉にまた首をかしげると、突然照秋が気合を吐く。

 

「えええぇぇぇーーーーーいっっ!!」

 

空気が震える程の気合いと共に、照秋は木の棒で立木に打ち込みを行った。

袈裟斬りの形で左から右から打ち込み、ガガガガガッと打撃音が響く。

 

「ひっ」

 

目にも止まらぬ打ち込みと照秋の気合いにオルコットは委縮してしまった。

照秋は一息打ち終わると後ろに下がり息を整える。

見れば大きく乱れる息と、額には大量の汗をかいていた。

 

「先ほどの稽古ではあんなに平然としていたのに……」

 

驚くオルコットなど気にせず、照秋は再び打ち込みを始める。

延々と、延々と。

 

いつまで経っても打ち込みを終える気配がない照秋を見て、オルコットは恐ろしいものを見るように表情をこわばらせた。

 

「……なんなんですの、この人……」

 

異常。

その一言だろう。

立木からは打ち込みにより煙が出ており、さらに打ち込んだ左右が削れてしまっている。

相当肚に力を入れて打ち込んでいるのが目に見えてわかる。

さらに延々と続く打ち込みに、オルコットは照秋の尋常ではないスタミナに驚く。

正直自分もスタミナには自信があったが、ここまで続けて打ち込みを行えるほどスタミナは無い。

 

そして、打ち込みを行っている照秋を見ている自分の心に変化が起こっていることに気付いた。

マドカに言われるまで照秋という人間に対し、会ったことはないが評価は最底辺だった。

なにせクラスメイトの織斑一夏があの体たらくぶりで、さらにその男がクズと言わしめる人間なのだ。

双子の弟も押して図るべくもないと思っていた。

だが、違った。

 

「テルはたしかに織斑一夏より要領が悪い。一を聞いて十を知るなんて出来ない。一を理解するのに十行動する奴だ」

 

オルコットは、マドカがそういうならそうなんだろうと思ったが、だがしかし今の立木打ちに臨んでいる照秋を見てそれを馬鹿に出来るような気分にはなれなかった。

 

「代表候補生という魔窟に踏み込んでいるお前ならわかるんじゃないか?」

 

オルコットはマドカの問いかけに答えることなく、ただ、照秋を見つめ続ける。

要領が悪いとかそんなこと関係ない。

照秋はそれを乗り越えれるだけの意志と忍耐を持ち合わせている。

周囲の人間から、姉と兄から馬鹿にされても継続する忍耐力、そして、こんな無茶な練習を毎日行う継続力と、それを可能にした無尽蔵の体力。

なにより自分の力量を正確に判断できる客観的視点と、それを受け入れれる度量。

そんな人間性が、一つの事を理解するのに十行動するという性質が、必然的に無尽蔵なスタミナを手にしたのだろう。

 

努力

 

一言で済ませていいものではない。

自分も血反吐を吐き今の地位を手に入れた。

それを努力というのならそうだろう。

照秋の立木打ちを行う姿をみて自身と通じるものがあると感じた。

だが、違う。

決定的に違う。

 

「……美しい……」

 

日も傾き、黄昏時の中、一心不乱に木の棒を振る姿。

ほとばしる汗。

空気が震えるほどの気合い。

まっすぐ目の前だけを見つめる引き締まった表情。

 

「……素敵……」

 

オルコットの頬は赤く染まっていた。

それは、夕日のためか、照秋の練習に感化されたためか。

 

やがてようやく打ち込みが終わり、木の棒を下す照秋は、マドカとオルコットが近くで見ていたことに今更気付く。

 

「なんだマドカ、ずっと見てたのか」

 

大量の汗と荒い息で近づこうとしたが、ハッとして近づくのをやめた。

自分の体が汗臭くなりマドカを不快な思いにさせると思ったのだ。

そんな考えが分かったのだろう、マドカは苦笑し、気にしないからこっちに来いと手招きした。

タオルで汗を拭きながら、マドカの隣でぼーっとしているオルコットが気になり聞いてみた。

 

「ああ、コイツは一組のセシリア・オルコットだ。イギリスの代表候補生だ」

 

「へえ、マドカも他のクラスの子と友達になれたんだな。よかったな!」

 

変な勘違いをしている照秋は嬉しそうだ。

 

「違う、友達じゃない。……おい、その子供を見守る老人みたいな雰囲気出すな! ムカつく!!」

 

照れ隠しだと勘違いした照秋は、マドカが何を言おうがニコニコ微笑んでいた。

マドカは、もうこいつはダメだと悟り、オルコットを肘で突いた。

 

「おい、お前からも言え。このまま勘違いされた状態なら夏雪の技術提供の話は無しだ」

 

「それは理不尽ですわ!?」

 

オルコットは慌てて照秋に自己紹介とマドカとの関係を説明した。

 

「改めて自己紹介を。わたくし、一年一組のイギリス代表候補生セシリア・オルコットです」

 

スカートの端をつかみ礼をするオルコットに、照秋は慌てて頭を下げた。

 

「あ、これはご丁寧に。一年三組の織斑照秋です」

 

ピシッと腰を30度に折る礼をする照秋。

オルコットは照秋の纏う空気とその姿勢正しい礼に、日本のワビサビを感じた。

 

「わたくしと、こちらの結淵マドカさんは今日会って話したばかりですし、特に友人という間柄ではありません」

 

「そうなんだ……」

 

「そうなんだよ。おい、その残念そうな顔やめろムカつく」

 

オルコットがマドカと友人ではないとわかると、残念そうな顔をする照秋に、その顔を見てイラつくマドカ。

 

「ああもう! 本題に移るぞ! このセシリア・オルコットが竜胆のパッケージ夏雪の技術提供を申し出てきたんだ。お前はどう思う?」

 

いきなりバラされて驚くオルコットだったが、二人の関係を思い出しすぐに納得した。

二人とも新進気鋭企業ワールドエンブリオ社のパイロットだったということを。

マドカは、オルコットが一週間後に織斑一夏とクラス代表決定戦を行うため、万全を期すために夏雪の技術提供を要請してきたと説明した。

 

「で、テルはどう思う? 提供してもいいと思うか?」

 

「え? なんで俺に聞くの? そう言う事は、た……社長に許可を得ないと……」

 

「実はな、IS学園に来る前にこういう事態を想定して、前もって社長に判断を仰いでいたんだ。で、社長はテルの判断に任せるって言ってたんだよ」

 

オルコットはその会話を聞いて驚いた。

ワールドエンブリオのIS技術提供に関しての一切を、まさか男性操縦者一人に一任しているとは。

それほど社長に信頼されているのか、それとも社内で相応の権力を持っているのか……会話からするに、恐らく前者だろう。

オルコットは照秋を見る。

照秋はウーンと悩み考えている。

織斑一夏の双子の弟、織斑照秋。

織斑一夏は好きになれない。

あの軽薄そうな笑みに、ISに関して多少の知識はあるものの付け焼刃なのが見え見えであるにも関わらず何故か威張り散らしている。

だが、その弟である照秋に関しては、自分の知る今までのどの男にも当てはまらない、自分の知る男という像とはかけ離れた姿に、オルコットは照秋という人間を判断できかねていた。

個人としては、とても魅力的で、セクシーだと思う。

……はっ!?

自分は何を考えているのだろうか!?

 

「オルコットさん」

 

「はいっ」

 

突然呼ばれ、少し上ずった声を出してしまったオルコット。

 

「手を見せてくれるかな」

 

「手……ですか?」

 

照秋に言われ、良くわからなかったがとりあえず両手を差し出した。

照秋はその手をジッと見つめる。

オルコットは、自分の手を見て何を考えているのだろうかと訝しむ。

肌のケアは淑女のたしなみとしてしっかり行っているから手の甲は見苦しいものではないだろうが、それでも手のひらの無数のマメと硬くなった皮膚は隠しきれない。

泥をかぶり、体中を擦り傷だらけにして手に入れたISという力。

女としてはお世辞にも綺麗とは言えない手のひら。

しかし、自分の努力を積み重ねた証である手のひら。

やがて、照秋はうんと頷き、オルコットに笑顔を向けた。

 

「いいよ。マドカ、夏雪の技術……いや、竜胆のデータも提供してやってくれ」

 

「わかった」

 

マドカは照秋がそう言うとわかっていたのだろう、薄く笑い、よかったなとオルコットに声をかけていた。

だが、オルコットはわからなかった。

 

「何故ですか?」

 

「え?」

 

「何故、手を見て了承してくれたのですか?」

 

オルコットはまっすぐ照秋を見る。

もし、手を見てなんらかの情けや脅迫材料などと考えているのなら、申し出たこちらが言うのもなんだが、断らせてもらおう。

 

「オルコットさんの手が綺麗だったからね」

 

「……それはどういう意味での?」

 

タコの出来た手が綺麗だと皮肉を言ったのか、それとも……

 

「才能に胡坐をかいた人ではできない手だよね。うん、力強くて、綺麗だ」

 

「は……」

 

「生半可な努力を積み重ねてきていないのはわかるよ。なんせ代表候補生だものね。そんな人がプライドを捨ててまでマドカに頼ってきたんだから、それに応えるのは当然でしょ?」

 

何かおかしいかな、と首をかしげる照秋。

努力してる人だから。

そう言われてポカーンとしてしまうオルコット。

やがて、オルコットはツボに入ったのか、くっくっと笑い始めた。

手が綺麗などと言われたのは初めてだ。

こんな傷だらけで、ボコボコの手が綺麗だと言った。

突然笑い始めるオルコットに、照秋は焦り、マドカは変な奴を見るような目を向ける。

 

「おまえ急にどうした? 頭大丈夫か? 精神科行くか?」

 

「失礼ですわね結淵さん! わたくしは至ってまともですわ!!」

 

からかうマドカに、怒るオルコット。

なんだ、結構親しいじゃないかと微笑む照秋。

そしてその笑みに気付き、マドカは嫌そうに顔を歪める。

 

「だから、その孫を見るような顔やめろ!」

 

「……老成してますわねえ……」

 

何故かオルコットにまで呆れられた照秋は、首をかしげるしかなった。

 

「おい、オルコット、わかってると思うが……」

 

「わかってます。これはあくまでわたくし個人のわがまま。試合が終われば元に戻します。それに対してイギリス政府にデータ提供はしませんし、何も言わせません」

 

「ん、わかってるならいい」

 

第三世代機・竜胆・夏雪のデータや技術はあくまでワールドエンブリオの商品であって、本来こんな重要な事を国や企業を通さず譲渡することは許されない。

だからマドカは釘を刺したのだが、その辺やはりオルコットはキッチリ弁えていたようだ。

オルコットは潔癖と思うくらい不正が嫌いのようだ。

 

「まあ、技術提供をするという事で、これからしばらくは付き合いが増えると思うから、よろしくねオルコットさん」

 

照秋はそういい右手を差し出した。

 

「こちらこそ。あと、わたくしの事はセシリアでよろしいですわ、織斑さん」

 

ニコリと微笑み、照秋の手を取る。

オルコット――セシリアは照秋の手を取り驚く。

大きく、自分の手を包む手。

硬く、分厚くゴツゴツとしている手。

硬くなったマメ、無数の傷。

まさに『男の手』だった。

そんな男の手を意識してしまい、セシリアは急にドキドキしだした。

 

(これが……男の人の手……)

 

「じゃあ、俺の事も照秋でいいよ」

 

セシリアは照秋の笑顔に頬が赤くなるのを感じながらも、優雅にほほ笑む。

黄昏の空、傾く夕日に、握手をする二人のシルエットは影絵のように見え、しかし、二人の見つめ合う笑顔は絵画のようだった。

 

そんな握手を、木の影から憎々しげに睨む箒がいたのに気づいていたマドカは、あえて何も言わず二人を見守っていた。

 

(くっ……照秋め……なんなんだその金髪は! 握手などしおって軟弱な!! これは後で説教だな!!)

 

(……くくく、なかなか面白いことになってきたな。ま、頑張れよ箒ちゃん)

 



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第13話 一年一組 クラス代表決定戦

セシリアとの邂逅から一週間経った。

今日は一組のクラス代表決定戦と、三組の代表決定総当たり戦だ。

アリーナの観客席は満席になっていた。

一組と三組の生徒だけではなく、他のクラス、上級生も観戦に来ていた。

なにせ、世界で二人しかいない男性操縦者の試合と、第三世代機、そして第四世代機の試合を肉眼で見れるのだから。

観戦する生徒のほとんどが録画機器を持ち込んでいる。

おそらく、自国または企業に依頼されたのだろう。

 

アリーナピットでは、照秋とマドカ、そしてセシリアの三人、スコールとユーリヤの教師二人がいた。

もう一つの反対側のピットには一夏と千冬、一組の副担任の山田真耶、そして箒、アーチボルト、趙がいる。

 

「まずはセシリアさんからか。頑張ってね」

 

「ええ、ありがとうございますテルさん」

 

「ま、今のお前なら楽勝だろうよ」

 

「……あなたに言われると嫌味に聞こえますわ、マドカさん」

 

「半分嫌味だ」

 

「あなたねえ……はあ、もういいですわ」

 

軽口をたたく三人を見てスコールとユーリヤは笑みを深める。

この一週間、照秋達とセシリアはISによる訓練を一緒に行っていた。

それは、竜胆のOSと夏雪の技術をセシリアの専用機ブルーティアーズにアップデートし、ビット兵器も自動制御人工頭脳を搭載、改良、それらの操作のレクチャーや操作を慣れさせるためだ。

まず照秋との交渉成立後、すぐさまセシリアは自身のISをマドカに渡し、ワールドエンブリオ側で改良を加えた。

改良に関しては大々的な作業が必要なためワールドエンブリオの工房で行う必要があるという事と、その工房にセシリアは連れていけない事をマドカが言うと、セシリアはそれを簡単に了承し専用機をマドカに手渡した。

専用機をいとも簡単に他人に渡すという危険行為を、何のためらいもなく行ったセシリアは、信頼の証として行動に起こしたのだが、マドカは「もう少しうまく世渡りしろよ」と呆れたという。

そして渡した翌日に返却されたそのスピードにセシリアは驚いたが、練習する時間が増えるのはありがたい。

そして返却されたブルーティアーズのスペックが大幅向上されたことを驚くと共に、そのスペックに見合う自身の技量が求められることを実感したセシリアは、とにかく照秋達との模擬戦を繰り返し実践経験を取り慣れようとした。

図らずも竜胆、紅椿と模擬戦を行える機会を得たことにセシリアは喜んでいたが、しかし自分の未熟さを痛感する内容ばかりであったのも事実だった。

なにせ、マドカには一度も勝てなかったのだから。

しかも、明らかに手を抜かれているマドカに、だ。

セシリアのプライドは傷ついたが、照秋と箒から「あいつは特別おかしい」と言われ納得した。

さらに、照秋が竜胆や紅椿とは違うワールドエンブリオ未発表の専用機を持っているという未公開情報を得て模擬戦を行った事も大きい。

照秋とはアップデートしたブルーティアーズならば7:3で負け越しだった。

箒とは6:4で勝ち越している。

とはいえ、以前のブルーティアーズなら全敗もあり得たほど照秋も箒もレベルが高いし、あくまで訓練であり、武装の損傷等を避けた戦いが多かったためお互い本気ではない。

特に箒などは紅椿を扱い切れていないところが大きく、ISに振り回されている感がある。

しかし、もし真剣勝負になったら、二人にも敵わないだろう。

それほどワールドエンブリオのパイロットたちのレベルが高いと痛感し、また自分の鼻っ柱を折られた一週間だった。

だが、自分の未熟を素直に受け止め、上を目指すその純粋な想いは、セシリアのレベルを格段に跳ね上げた。

ちなみに、この一週間でセシリアは急速的に照秋との距離を縮め、照秋の事を『テルさん』と呼ぶようになり、それを聞いた箒がハンカチを噛んで悔しがり、ますます危機感を募らせた。

 

「しかし、まさかワールドエンブリオで戦技教導をしていたのがスコール・ミューゼル先生だったとは知りませんでしたわ」

 

「別に隠していたわけじゃないわよ? ちゃんとプロフィールには記載しているし、ただ単に聞かれなかっただけね」

 

「そうですね~教師の間では周知の事実ですし~」

 

「セシリア、コイツに教えを請おうと思うなよ。死ぬぞ」

 

「そ、そんなにスパルタなんですのテルさん?」

 

「あんなものじゃないか?」

 

「脳筋体力バカで練習バカのテルがこう言っている時点で察しろよセシリア」

 

「……よくわかりましたわ」

 

「ユーリー! 生徒が私をいじめるわー」

 

「あらあら~、事実は素直に受け止めましょうね~スコール~」

 

「マドカ、ユーリが黒いわ!」

 

「しらねーよ」

 

これから試合を行うというのに、和気藹々とした空気のピットだった。

 

そうして、一組のクラス代表決定戦が始まった。

セシリアは最初から油断なく、しかし様子見なのかスターライトmkⅢと高速機動のみで対処している。

対して一夏は白い機体を纏い、近接ブレード一本で戦っていた。

 

「あれが織斑一夏の専用機か」

 

「ええ、倉持技研制作第三世代機『白式』ね」

 

「……なんか、第三世代の割にゴツゴツしてるな……まさか一次移行終わってないんじゃないかアレ」

 

マドカは白式に違和感を感じ思ったことを口にした。

そしてそこから導かれる事象として、織斑一夏は一次移行が終了する前から出撃、しかもそれを容認したのが反対側のピットに居る一組の担任、織斑千冬の可能性があるということだ。

だが、それに対しスコールとユーリは否定しなかった。

というか、否定できる材料を持っていなかった。

 

「そんな無茶、織斑先生がさせない……とは言えませんね~」

 

「むしろ織斑先生本人が言いそうね『時間が無いから試合中に何とかしろ』とか」

 

「教師失格だろアイツ」

 

「否定はしないわ」

 

マドカ達女性三人がセシリアと一夏の試合を見ながら軽口を言い合っていたが、照秋はその会話に参加せずひと時も見逃すまいとジッと試合を見つめていた。

一夏はブレード一本でセシリアに近付こうとし、セシリアはそれを危なげなく躱し、あっという間に距離を取ってビームで攻撃。

この繰り返しだった。

一夏の攻撃は無茶苦茶で、とても剣道経験者の動きではなかった。

そんな体たらくぶりに照秋は失望の目を向ける。

しかし、諦めずなんとか食らいつこうとする姿勢は評価できるし、何よりISの操縦をまともにしていない人間がセシリアに食いつこうと、あれほど動けることは素直にすごいと思う。

 

「どうやら、セシリアも白式がおかしい事に気付いたな」

 

「ええ、攻撃より回避が増えたわね」

 

「相手が全力を出せる状態になるまで待つつもりですかー。正直褒めれた行動ではないですが、正々堂々という姿勢は好きですよー」

 

セシリアは一夏の初期設定が完了するまで時間をつぶすことにしたようで、一夏の攻撃を回避しながらも攻撃せず空を旋回していた。

セシリアが一夏の初期設定―― 一次移行完了を待つのは別に正々堂々と戦うためではない。

正直、真剣勝負において相手の弱点を突かずに戦うことは愚策とされる。

むしろ、それは相手に手加減をしていると判断されてもおかしくないし、相手に逆転のチャンスを与えてしまう可能性もある。

最も有名な話が1984年オリンピックロサンゼルス大会の柔道無差別級決勝だろう。

日本の山下泰裕とエジプトのラシュワンの決勝戦である。

2回戦で軸足の右ふくらはぎに肉離れを起こした山下に対し、ラシュワンは右足を攻めなかった。

畳を満足に踏めないほど右足を痛めながら堂々と畳に上がった山下に、ラシュワンは足の状況を知りながら「主義に反する」と左から攻め、敗れた。

この試合に対し、のちにユネスコからフェアプレー賞が贈られた。

だが、実はラシュワンは右足を攻めようとしていたらしい。

そして右足を攻めきれなかったラシュワンは作戦を変え左から攻めたのだという。

このような逆転劇がセシリアと一夏の試合に起こるかどうかわからないが、試合に絶対という言葉は無い。

それはセシリアも十分承知しているだろう。

しかしそれでも、万全な状態の一夏を完膚なきまでに叩きのめし自分が優れているという事を示したいのだろう。

ISの一次移行を完了するしないでは雲泥の差だ。

それは、その人専用に最適化されるからである。

 

試合開始から約30分、ようやく白式が一次移行を完了したようだ。

白式は先ほどと打って変わってシャープに、丸みを帯びた機体へと変貌していた。

一夏は一次移行が完了し、ようやく白式が自分専用になったことを喜ぶようにニヤリと笑みを浮かべていた。

そして、手に持っていた近接ブレードも形が変わり、エネルギー刃を形成していた。

 

「ん? 雪片(ゆきひら)……弐型、零落白夜(れいらくびゃくや)だと?」

 

マドカは自身の持つ携帯端末で一次移行した白式のスペックを確認したときにつぶやいた。

 

「これ確か『暮桜』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)だろ? しかもまだ一次移行でもうワンオフが発動するのか」

 

マドカは少し驚いているが、スコールは顎に手をやり呟く。

暮桜とは、織斑千冬が現役時代扱っていた第1世代型ISである。

刀剣型近接武器「雪片」のみを備え、ワンオフ・アビリティー「零落白夜」によって第1回モンド・グロッソを勝ち抜いた機体である。

 

「白式は倉持技研が開発したISで、たしか一次移行でワンオフ・アビリティーを発現というコンセプトだったような……」

 

「そんなこと本当に出来るのか?」

 

「実際目の前にいるしねえ」

 

だが、倉持技研にそんな革新的なコンセプトを実現できる技術は無いはず……と考え、マドカはピンときた。

篠ノ之束が絡んでいる、と。

 

「ウチの社長は何がしたいんだか」

 

「天才の考えは私たちにはわからないモノよ」

 

マドカはため息を吐き、スコールは遠い目をしていた。

 

 

そして、試合が一気に動いた。

織斑一夏が一次移行を完了したのをきっかけに先ほどより速い動きでセシリアに斬りかかる。

だが、それを待ってたかのようにセシリアはBT、ビット兵器を4枚展開した。

それを見てニヤリとする一夏は、ビットに目もくれずセシリアに突撃する。

一夏は、以前のセシリアがビット兵器を展開しながら自身が動くことが出来ないことを知っていたのだろう。

何故その情報を知っていたのかはわからないが、しかしその情報はすでに過去のものだ。

セシリアは見下すように、そして薄く笑い動いた。

スターライトmkⅢを構え、ビームを発射、そして瞬時に動きつつ、ビットと連携してビームの連続攻撃を一夏に繰り出す。

予想外の展開に一夏は動きが鈍り、攻撃をモロに受ける。

それでも玉砕覚悟の突撃を決行する一夏に対し、セシリアは失望の眼差しでスターライトmkⅢの銃口とすべてのビットを一夏に向け、撃った。

結果、セシリアは無傷で一夏に勝った。

 

「当然の結果だな。というか情けをかけ過ぎだ。あんな奴に見せ場作らせやがって」

 

「あなた、労をねぎらうって言葉知ってます!?」

 

ピットに帰ってきたセシリアにマドカがかけた第一声がこれだ。

セシリアが怒るのも無理はない。

 

「お疲れ様。それと、おめでとう」

 

いかり肩のセシリアに微笑み称える照秋に、セシリアは顔を赤くし俯いた。

 

「い、いえ、ありがとうございます、テルさん……」

 

それを見て呆れるマドカと、にやけるスコール、ユーリヤ。

 

「箒……大変だな。だが、これはこれで面白いからよし」

 

「これは三角関係勃発ね!」

 

「王道の学園ラブコメですね~」

 

一組のクラス代表決定戦は終わった。

次は三組だ。



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第14話 一年三組 クラス代表総当たり戦

一年三組、クラス代表決定総当たり戦の第一試合が始まる。

 

アリーナ中央には打鉄(うちがね)を纏ったマドカとベアトリクス・アーチボルトがいた。

アーチボルトは手に59口径重機関銃『デザートフォックス』を装備し準備万端、それに対しマドカは手ぶらだった。

 

「マドカさん、開始前に武器を装備しないの? それとも、コールの方法がわからないのかしら?」

 

アーチボルトは小馬鹿にしたように挑発するが、マドカはそれを鼻で笑いこう言った。

 

「ハン、貴様程度無手で十分だ。なんなら出血大サービスで攻撃も片手だけにしてやるぞ」

 

「くっ、その減らず口、後悔させてやるわ!!」

 

口撃(こうげき)合戦でもマドカには勝てないようだ。

アーチボルトはもう爆発寸前で、試合開始のブザーを今か今かと構え、マドカは腕を組んで欠伸をしていた。

 

ビ――ッ!!

 

試合開始の合図が鳴り響く。

アーチボルトは突撃せず、右へ移動しつつデザートフォックスをマドカめがけて撃ちこむ。

正確な射撃だが、その場所にはすでにマドカはおらず。

 

「遅い」

 

マドカはアーチボルトの背後ぴったり張り付いていた。

そしてマドカはアーチボルトの頭を掴み、急降下し地面に叩きつけた。

ドゴンという音と衝撃、砂塵が舞い、地面には小さなクレーターが出来上がってたがそれを無視しマドカはアーチボルトの頭を掴んだまま空へ飛ぶ。

 

「な、何を……」

 

アーチボルトは掴まれた頭を辛うじて動かし、マドカの顔を見て、恐怖した。

マドカが笑っていた。

でも、その黒い瞳がとても、とても暗く、深く、闇のように見えて。

 

「や、やめ……」

 

マドカはアーチボルトの頭を掴んだまま再び急降下した。

そして、アーチボルトの頭を前面に突き出し地面に突撃する。

 

ズドン!!

 

再び轟音と震動、砂塵が舞い新たなクレーターが出来る。

だが終わらない。

マドカは再びアーチボルトの頭を掴んだまま空へと舞う。

アーチボルトは抵抗しようと掴んでいる手を引きはがそうとするが、まったくビクともしない。

そしてまたアリーナのドーム状に張り巡らされたバリアギリギリの地点まで上昇する。

観客席に居る生徒たちも、マドカの行動が容易に予想でき悲鳴を上げる生徒がいた。

 

「ちょっ……や……」

 

マドカがアーチボルトの頭を突出し地面に突撃する。

 

これを五回繰り返し、アーチボルトは戦意喪失、降参した。

 

 

 

「……マドカさん」

 

ジト目でマドカを見るセシリアに対し、バツが悪そうな表情のマドカ。

正直やり過ぎたと反省しているのだ。

 

「いやあ、あいつ散々挑発してきたからな。ちょっとお灸を据えてやろうと」

 

「やりすぎですわよ!」

 

「正直、すまなかったと思ってる。まあ後で謝るさ」

 

そうこう話している内に、次の試合の準備が出来たようである。

見ると、マドカが作ったクレーターが綺麗になくなっていた。

仕事が早い。

次の試合は箒と趙である。

箒は専用機の紅椿を纏い、趙はラファールリヴァイブを纏っている。

観客席からの期待の目が集まる。

皆、第四世代機の性能を見逃すまいと躍起だ。

 

ビ――ッ!

 

試合開始のブザーが鳴り響き、両者が接近する。

箒は片手剣である雨月(あまづき)空裂(からわれ)を構え打ち込む。

瞬時加速(イグニッション・ブースト)と見間違うような加速に驚く趙は、近接ブレードで迎え撃つが、ISの世代差というスペック差は如何ともし難く趙は押される。

そのまま押され、アリーナの壁に打ち付けられる趙は、分が悪いと悟り離脱しようとするが、箒は逃さない。

離れる趙に、空裂を振る。

届かない剣だが、その斬撃がエネルギー刃となって趙を襲う。

予想外の攻撃に趙は対処できず被弾。

その後も趙は紅椿の攻撃を悉く回避できず、シールドエネルギーがゼロとなった。

 

 

 

続いて次の試合がすぐに始まる。

アリーナを借りれる時間は限られているのだ。

 

続いての試合では、観客が一層歓声が上がった。

アリーナの巨大モニタには対戦名が表示された。

 

結淵マドカ 対 織斑照秋

 

「さて、今日は打鉄での相手になるが、楽しませてくれるよな?」

 

どこまでも上から目線のマドカであるが、照秋はマドカの言葉に応えず、そして見ず、屈伸を続ける。

もう、戦闘モードへと思考が移行しているのだ。

 

「はっ、久々に本気になるか」

 

マドカは獰猛な肉食獣のように、笑った。

 

照秋は目を閉じる。

すると、照秋の周囲に量子変換の光が溢れ、一瞬にしてISを纏った姿になった。

照秋の専用機[メメント・モリ・フィニス]

光沢のない黒を基調とし、金のラインが際立つISは、全体的な造りとしてなめらかな流線型でありながら各所に刺々しい装飾、背中からは蝙蝠の羽のような黄金の推進翼、そして、目元を二本の角のようなセンサーとバイザーで覆い隠している。

 

「……」

 

セシリアは息を呑んだ。

いつ見ても不気味なISで、まだ慣れない。

まるで死神を連想させるその姿に、セシリアはぶるっと身震いする。

セシリアは自身のISのコアネットワークを活用し照秋のISメメント・モリの情報を閲覧する。

そして、眉をひそめる。

 

「第■■■……相変わらず修復されませんのね……」

 

以前も閲覧した時メメント・モリの情報に文字化け等を起こして読めない箇所があった。

それが、世代数である。

 

「あれはね、特別性(・・・)なのよ」

 

スコールが真剣な表情で照秋を見つめる。

ワールドエンブリオ社で戦技教導を行っていたスコールはメメント・モリに関して何か知っているようだが、セシリアはあえてそれを聞かない。

企業、国にしろ、機密というものがある。

メメント・モリがワザと文字化け表示をしているとすれば、それは機密なのだろう。

それが分かっているから、セシリアは自分で調べてわからなければ素直に諦める。

 

「行きます」

 

一言、照秋はそう言うと、あっという間にアリーナグラウンドへと飛び立った。

 

「さて、私も行くかね」

 

マドカも打鉄を纏い、照秋の後に続きピットを出た。

 

照秋がアリーナへと飛び出ると、生徒たちの歓声が一気に止んだ。

静寂がアリーナを支配し、徐々にざわめきが起こる。

 

「……なに、アレ」

 

「……竜胆じゃないし紅椿でもない……ってことは、ワールドエンブリオ未発表の機体……よね?」

 

「でも……」

 

「なんか……怖いよね……顔見えないし、角あるし……」

 

「死神みたい……」

 

口々にこぼす言葉は、メメント・モリの見た目に気圧され恐怖したものばかりだった。

だが、照秋はそんな外野の言葉など気にすることもなく集中する。

続けて出てきたマドカは、観客席の生徒たちの反応を見てフンと鼻で笑った。

 

「こいつら、どんだけ平和な脳みそしてんだか」

 

そうつぶやき、照秋を見る。

バイザーで隠れているが、照秋の目はすでにマドカしか見ていないのだろう。

普段は見せない、練習ですら滅多に見せないオーラが体からにじみ出ているのがわかる。

張りつめる空気がピリピリと肌に突き刺さる。

二人の纏う空気が明らかに違うことに観客席の生徒も気づきはじめ、やがてざわめきも無くなり再びアリーナが静寂に包まれた。

 

「いいねえ。私の肌が泡立つなんて久しぶりだ」

 

獰猛な獣のように口を歪め笑うマドカは、本当にうれしそうだ。

今か今かと出走を気負う競走馬のように、そして極上の餌を目の前にお預けを食らった猛獣のように、体を前傾姿勢にする。

 

ビ――ッ!

 

試合開始のブザーと共に瞬時加速で照秋に接近するマドカ。

先程のアーチボルトとの緩慢な態度とは打って変わって獣のような荒々しさを思わせる。

だが、その瞬時加速は、スラスターを個別に上下左右に点火させ加速する。

ブレる軌道は残像となり、マドカを捉えにくくさせる。

これこそ個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を超える超高等技術である高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)の真骨頂だ。

 

近接ブレードを呼び出し、照秋に斬りかかる。

その動きたるや電光石火の如く、そして多重に見えるマドカを捉えることは困難であり、奇襲としては十分な攻撃だった。

だが、照秋は難なく本体を見抜き攻撃を防ぐ。

手には全刀身漆黒の拵え刀剣型ブレードノワール()が握られており、ノワールを振りぬくと、その力にマドカが吹き飛ばされた。

 

「ちいっ! やはり打鉄では出力が足りんか!」

 

苦々しく悪態をつき、しかしそれは諦める理由にはならない。

むしろ、マドカは嬉しそうだった。

 

「いいねえ、やはりテルはいい。真剣勝負だとここまで豹変するかよ!」

 

マドカが先ほどから喜んでいる理由は、そもそも自身の強さによるストレスから来ている。

彼女のIS操縦技量はもとより、自身の格闘技能も同世代とはかけ離れている。

当然、上には上がいるし、ワールドエンブリオで戦技教導を行っていたスコールの方が総合力では強いのだが、しかしマドカはスコールとの戦いに燃えることが出来なかった。

それは、スコールの戦闘スタイルが奇策を弄するタイプで、マドカはそれがストレスになってしまい楽しめないでいたのだ。

箒は将来有望ではあるが、まだまだだ。

だが、照秋は違う。

たしかに照秋も策は弄する。

それは戦ううえで当然ではあるが、基本的に照秋は真っ向勝負を好む。

 

一度、まだ照秋が思うままにISを動かすことが困難な時に、自身の置かれている現状を理解させるためという名目で真剣勝負をしたことがある。

諦めず真っ向から勝負を仕掛ける照秋に、好感を持ちながらも照秋は手も足も出ず、完膚なきまでに叩きのめした。

当然、マドカが勝ったのだが、試合が終わりマドカは自分が大量の汗をかき、体が冷えきっていることに驚いた。

そして、息を切らし、手足が震えていることに驚き、やがてその理由に気付き声を出して笑った。

そして、思い出す照秋との初めての邂逅。

 

血だまりの中、笑みをこぼす照秋に恐怖した事を。

そんな照秋を見て涙を流し、気を失い崩れ落ちる照秋を強く抱きしめたことを。

――ああ、お前を守る者は誰一人いなかったんだな――

――だから、お前は……――

 

そう、この汗は、震えは、自分がISをまともに動かせない、叩きのめした照秋に対し恐怖した事を表していたのだ。

マドカは本能で気づいていたのだ。

照秋はとてつもなく強くなる。

自分の探し求めていた、真っ向勝負をスタイルとする、そして本当の強さを持つ者だと。

それをこれから自分が育てていくのだ。

これほど嬉しいことは無い。

これほど震えることは無い。

 

マドカは顔に笑みを張り付け、再び照秋に向かって攻撃を繰り出したのだった。

 

 

 

「……なんだ、この戦いは」

 

織斑千冬は照秋とマドカの戦いを見て絶句していた。

隣では山田真耶も眼鏡がずれ落ち、織斑一夏も唖然としていた。

 

「明らかに代表候補生の域を超えている」

 

マドカが試合開始直後に扱った超高等技術高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)など、代表候補生が扱える技術ではない。

細かな制御と無理やり多角瞬時加速を繰り返すこの技術は体への負担が凄まじい。

だが、その負担を軽減させる方法がある。

同時に慣性制御を計算し自身にかかるGを軽減させるのだ。

マルチタスク技能を駆使しても成功率が限りなく低い技術であり、このテクニックを扱える人間はほとんどいない。

千冬とて成功率が3割ほどで、現役時代にもこんな博打行為の技術は試合では扱ったことが無い。

そして、驚くはその超高等技術に対し事もなげに対処する照秋である。

超高等技術であるが故、それは不可避であり、一撃必殺になりえるのだ。

それを、照秋は刀剣一本で防いだ。

マドカはともかく、照秋は多く見積もってISの訓練を受けたのは一年だ。

その一年でここまで扱えるものか?

先程の自分のクラス代表候補決定戦を思い出す。

セシリアはいい意味でまだ代表候補生という青臭さが残ってた。

そして、そのセシリアと戦い情けない姿をさらした一夏を見る。

一夏は目を点にして口を半開きという情けない顔をしてモニタを見ていた。

千冬は小さい頃の二人と重ねる。

明らかに立場が逆転してしまっている、いや、それ以上に話にならない程の技量差が出てしまっていた。

ここまで差が出るものか?

千冬は激しい攻防を繰り返す照秋を見ながら思う。

この一年でどんな事があったのかと。

 

同じピットで試合を見ていた趙、アーチボルトも唖然とし、箒だけ平然としていた。

 

「お……織斑君って、こんなに強かったの?」

 

アーチボルトが呟く。

先程マドカと戦い、手も足も出ず、さらに恐怖を植え付けられた。

マドカは口が悪く、尊大な態度を取るし、わざと挑発するような発言をする。

しかし、事実彼女の言った通りまったく太刀打ちできず、アメリカ代表候補生としてのプライドがズタズタにされた。

そんなマドカに対し、専用機とはいえ優勢に戦っている照秋を見て驚くのは当然だろう。

 

「照秋は私より強いからな」

 

「え!? 第四世代機でも勝てないの!?」

 

趙が箒の言葉に驚く。

第四世代機と実際戦い、あまりも機体差と技量差に完敗した趙が、その自分に勝った箒より照秋の方が強いと言っているのだ。

 

「あの機体[メメント・モリ]は謎が多く、スペックは竜胆ほどで紅椿より劣るが、照秋本人の格闘能力とIS技量が私よりはるかに上だからな」

 

そう言ってメメント・モリの公表スペックを見せる。

それを見たアーチボルトと趙は怪訝な表情をした。

 

――――――――――

 

機体名:メメント・モリ・フィニス

 

第■■■

 

搭乗者:織斑照秋

 

武装:刀■型近■ブレード「ノワール」

   対I■■■武装 「インヘルノ」

   対IS■■■ス 「ハシッシ」

   

   以降未開放

 

――――――――――

 

「……なにこれ?」

 

「文字化けして読めないところがあるよ?」

 

「うむ、その通りだ。これは意図して隠しているわけではないらしい。かといって故障というわけでもないそうだ。何故か、表記がこうなるのだと社長が言っていた」

 

「……第……何て読むのこれ?世代なのかな?」

 

「コンセプトの括りとして分けるなら、第三世代に当たるらしい。が、社長は断言しないんだ」

 

「へー……ていうか、それ言っていいものなの?」

 

「別に箝口令を布かれているわけではないからな。それに、だからなんだという事でもあるし」

 

「うーん……まあ……」

 

「そう言われると……」

 

釈然としない顔のアーチボルトと趙。

再び試合を映し出すモニタに目をやると、依然激しい戦闘が行われていた。

だが、やはりマドカが押されている。

照秋はバイザーで表情が分からないが、マドカは苦しそうだ。

 

「本来の練習だったらマドカも竜胆に乗れば照秋より強いんだが、それにしても今日の照秋はすごいな……試合だからか?」

 

「え!? マドカさんてそんなに強いの!?」

 

箒の呟きに驚きの声を上げるアーチボルト。

 

「ああ、マドカが竜胆に乗って本気を出したところなど見たことが無い。それでも私や照秋は負けっぱなしだ」

 

「うそ……」

 

驚きを通り越して起きれる趙は、そんなに強いんならクラス代表はマドカでいいんじゃないかと考えた。

だが、彼女の立場と役目を思い出し、それはできないと考え直し、ならばやはり照秋が適任だと思った。

マドカは照秋と箒の護衛任務を請け負っていると公言していた。

そんなこと公言していいのかと思ったが、これは牽制らしい。

常に二人と行動を共にしている日本の代表候補生でもあるマドカが、護衛だと公言するればそう簡単に危害を加える人間はいないだろう。

マドカは護衛任務という性質上クラス代表はできない。

しかし、マドカは照秋を推薦していた。

確かに経験を多く積めるチャンスであるし、あのクラスの面々の中でマドカのお眼鏡に適う人間など照秋しかいなかったんだろう。

 

そうこう話しているうちに、照秋がマドカに攻撃を仕掛けた。

蜻蛉(とんぼ)の構えから、瞬時加速による接近、そして、ハイパーセンサーさえも追えない神速剣「雲耀(うんよう)の太刀」による一撃でマドカのISのシールドエネルギーがゼロになり、試合終了となった。

 

「それで、アーチボルトさん。まだ照秋をクラス代表と納得できないか?」

 

箒はアーチボルトを見て聞く。

アーチボルト自身もすでに答えは出ているのだ。

アーチボルトがこんなことを仕出かした理由は、国から指示を受けていたからだ。

『織斑照秋のISの操作技術を調べろ』

アメリカの代表候補生のアーチボルトが国からの命令を拒否するという選択肢は無い。

だから、今回のクラス代表を決めるときのスコールの言った「不満のあるものは挙手しろ」という言葉は渡りに船だった。

おそらく、スコールはこちらの思惑をわかってあんなことを言ったのだろうが、IS学園での試合で正式にお披露目をしてワールドエンブリオの技術力を知らしめる算段もあったと思われる。

なにせ、スコールは以前ワールドエンブリオの戦技教導を務めていたのだから。

だが、こんな試合を見せられれば、認めるしかない。

男だと見下し、無能と決めつけていた自分を、そして自分は女尊男卑という沼にどっぷり浸かっていたんだなと自覚し、考えを改めようと決心した。

 

「いいえ、納得したし、認めるわ」

 

アーチボルトはフッと笑い、箒は満足そうに頷いた。

そして、アーチボルトと趙はこの後の試合を棄権することになり、箒が試合をする必要性も無くなったため照秋が正式に三組のクラス代表に決定した。

ちなみに、趙は何故この総当たり戦に参加したのか聞いてみた。

趙はアーチボルトと違い、別に中国から何かアクションを起こせと言われたわけではない。

それに照秋に対し何か思うところもなく、ただ参加しただけだという。

 

「私、お祭り大好きだから!」

 

「うわ……ウザ……」

 

「面倒臭いやつだな」

 

アーチボルトが呟き、箒も同意した。



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第15話 クラス代表戦、その後

「篠ノ之、聞きたいことがある」

 

照秋とマドカの試合が終わり、アーチボルトと趙も棄権した。

これ以上試合をする必要もないのでスコールに報告、集合して反省会を始めると言われたのでピットを後にしようとしたとき、箒は織斑千冬に呼び止められた。

千冬の後ろでは副担任の山田先生と一夏が見ている。

そして箒はアーチボルトと趙に先に行くよう言い、千冬を見た。

 

「なんでしょうか、織斑先生」

 

箒は一年前の出来事――照秋が誘拐されたこと――を知っている。

そして、千冬が照秋を見捨てたことも。

それは、照秋から聞いたものではなく、姉の束と助けに行ったマドカからだ。

照秋は決してこのときの事を口にしないし、聞くことも頑なに拒んだ。

そんな照秋の態度に、胸が締め付けられる気持ちになる。

照秋は恐らく、まだ信じたいのだ。

千冬の言った言葉は嘘だと。

そして、自分で口にすると、第三者から聞くと認めてしまい崩れてしまうから。

ああ、なんと脆く儚い希望だろうか。

そんな内情を知る箒は、自然と千冬に向ける視線が厳しいものになってしまう。

千冬はそんな視線を気にすることなく疑問に思ったことを聞く。

 

「まずお前のISのことだが、束が絡んでいるのか?」

 

やはり千冬は気付く。

長年親友として接していたから束の施行がわかるのだろう。

机上の空論とされた第四世代ISの開発、そして、それを纏うのはISの生みの親の妹。

束はワールドエンブリオに関することを千冬に話していないし、束が絡んでいることを千冬に言う事を皆に禁じた。

それに、最近は連絡も取り合っていないという。

箒は考える。

千冬は勘がいいから、ここで下手に嘘を付けば追及されてしまう。

だから、束があらかじめ用意した答えを”教えてあげた”。

 

「ええ、姉さんが設計図をワールドエンブリオに提供したんです」

 

真実を混ぜた嘘。

どこからが真実でどこまでが嘘なのか。

当然、この答えに対し千冬は疑問を持つ。

束は自分が認めた人間以外を認識しない。

そんな人間が、第四世代機という禁断の箱を簡単に提供するのだろうかと。

それに、妹を溺愛する束が、箒をワールドエンブリオに置いておくことを了承するだろうかと。

 

「勿論条件付きです。それは、ワールドエンブリオで私を保護すること。そして、それを日本政府に納得させること。その条件を承認し現在に至るわけです。それ以降姉とは接触していません」

 

事実、箒がワールドエンブリオのテストパイロットになるという、束のお願いという名の命令を、日本政府は渋った。

だが、束の作った会社がワールドエンブリオだとわかるや、手のひらを返すように認めた。

そのとき政府は条件を付けてなんとか日本に利益だそうと欲を出したが、それは束が許さなかった。

束は常日頃から箒の保護プログラムに不満を持っており、もっと自由度を上げろと再三通告していたというのに政府はそれを黙殺、そのしわ寄せとして束は日本政府を物理的に黙らせた。

何をどうしたかは言わないでおこう。

そして、名目は束からの指名でワールドエンブリオで保護を兼ねたテストパイロットという扱いになったのだ。

そもそもワールドエンブリオ社は束が社長であると政府が知る前から優良企業であるという認識があり、第三世代機開発のプレゼン打診も束の存在を知る前の事である。

日本政府は先見の明があったと喜ぶべきか、日本の威信回復に楽観すべきか、爆弾を抱えたことに嘆くべきか。

 

千冬は箒の言葉に疑問を持つが、確たる証拠もなく、箒の言うワールドエンブリオでの保護というのも日本政府が了承しているという裏付けも取っている。

まさか束が政府とワールドエンブリオにそんな交換条件を出していたとは知らなかったが。

だが、妹を溺愛している束の行動は納得できる部分もあり、箒はそれ以上束と接触はなかったと言った。

ワールドエンブリオに束が何らかの形で関わっているという事だけでもわかり、千冬は収穫を得たことに少し満足しこの話題を終わらせる。

 

「次に、照秋の事だが……」

 

「織斑先生」

 

千冬の話に箒は被せ、言葉を止めた。

 

「話の順序が違いませんか」

 

静かな声音で、しかし怒りを込め言う箒に眉根を寄せる千冬。

 

「あなたにとっての優先順位は照秋より第四世代機ですか」

 

箒に指摘され、何か言おうとして口を噤み俯く千冬。

反論さえしない千冬に、箒はますます怒りを覚えた。

 

「……あなたは……! ……私はあなたが照秋の何を聞きたいのか、わかりかねます。ですので、照秋本人に聞いてください」

 

それでは、と言って踵を返し箒はピットを後にした。

千冬は、箒に何も言えず苦しそうな表情で見つめ、そんな俯き肩を落とす千冬の小さな背中を見た一夏は、箒の後ろ姿を睨み見ていた。

 

 

箒が照秋たちのいるピットに付くと、スコールとマドカが言い合いをしていた。

 

「マドカ、あなた、あとで反省文提出ね」

 

「なんでだよ!」

 

「打鉄のダメージレベルがCなのよねー。おかしいわよねー、照秋君はそんな無茶な攻撃してないのにねー」

 

「う……」

 

スコールに指摘され、心当たりがあるのか顔を歪めるマドカ。

 

「あなたね、打鉄の活動限界を超えた操縦するなんて何考えてるの?」

 

「だって、テルがあんな真剣になるから……」

 

「照秋君のせいにしないの」

 

口をとがらせブツブツ言うマドカに、苦笑するスコールと、ニコニコ笑顔のユーリヤ。

 

「私の腕に付いていけない打鉄が悪い!」

 

「ほんと性質悪いわこの子!」

 

マドカがあまりにも自分の非を認めないため呆れ果てるスコール。

打鉄がダメージレベルCという本格的な修繕が必要なダメージを負った理由は、マドカの無茶な操縦のせいである。

一言でいうと、マドカが打鉄の性能以上の稼働を求め、結果機体に負荷をかけ過ぎてダメージを負ってしまったのだ。

その証拠に、ダメージのほとんどが関節部で、試合終了後煙を吹いていた。

つまり、マドカの操縦技術に打鉄は耐えられなかったという事実に、それを聞いたアーチボルトや趙は目を丸くする。

マドカが言う事は、つまり本気を出したくても出せなかったという事だ。

 

「あ、あれだけすごい動きだったのに、本気じゃないって……」

 

高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)なんて滅多にお目にかかれない超高等テクニックを使ったのに本気じゃないなんて……」

 

趙とアーチボルトも驚きを隠せない。

そんな驚く二人を見つけたマドカは、スコールとの言い合いを切り上げてくてくと近づいてきた。

そして、アーチボルトを見ると頭をかきながら謝った。

 

「すまなかったな。私も調子に乗り過ぎた。体は大丈夫か?」

 

いきなり謝られて面食らうアーチボルトは思考が追い付く前に反射的にブンブン手を振っていた。

 

「い、いえ! 私もつい調子に乗ってしまって!」

 

アーチボルトがそう言うと、マドカはホッと息を吐き柔らかな笑顔になった。

 

「そうか、じゃあお互い様ってことで。これからはクラスメイトとして仲良くやっていこう。私の事はマドカでいい」

 

「ええ、改めてよろしくマドカさん。じゃあ、私の事もアトリって呼んでね」

 

マドカとアーチボルト――アトリが握手を交わし、それをにこやかに見つめる周囲。

和やかな雰囲気になり、ハッとしマドカはギャラリーの顔を見る。

スコール……同世代の友情だと思っている顔

ユーリヤ……同世代の友情だと思っている顔

箒……素直になれないマドカに苦笑

セシリア……素直になれないマドカに苦笑

趙……クラスメイトが仲良くなってよかったという顔

照秋……孫の微笑ましい一面を見たという顔

 

「テルー! お前絶対私を馬鹿にしてるだろー!!」

 

マドカは顔を真っ赤にして照秋に掴みかかろうとするが、照秋は巧みに避け逃げおおせる。

そしてピットで追いかけっこが始まった。

 

「織斑君って、なんであんなおじいちゃんみたいなオーラ出してるの?」

 

「……だめだわ、趙の例えがピッタリ過ぎて何も言えない」

 

趙はコテンと首をかしげ、アトリも照秋の態度に驚きつつ呆れる。

 

「まあ、それが照秋だ」

 

やれやれと追いかけっこを眺め微笑む箒。

 

「……箒さんのその一言で納得できてしまう自分の順応速度が怖いですわ……」

 

既に毒されているとわかったセシリアは、ついにマドカに捕まりコブラツイストをかけられ絶叫している照秋を見て呆れるのだった。

 

 

 

ピットでのやり取りが一通り終わり、照秋達6人は寮へ戻り一緒に夕食をとることにした。

照秋は箒と今回の反省点、改善点を言い合い、アトリと趙もその会話に参加。

セシリアもその会話に入りたそうだったが自分だけ違うクラスという引け目からか参加せず聞き耳を立てていた。

そんな歩いている途中で、全く話に参加していないマドカが、思い出したように携帯端末を操作し始め、しばらくしてフッと笑いセシリアに話しかけた。

 

「セシリア」

 

何だろうかとマドカを見ると、マドカは携帯端末を操作してセシリアに見せた。

 

「……何ですの……っ!?」

 

驚くセシリアを見てにやりと笑うマドカ。

 

「悪いと思ったが、ワールドエンブリオ社からイギリス政府に今回の技術提供を報告させてもらった」

 

今回の一組のクラス代表決定戦に先立ち、セシリアはイギリス国の第三世代専用機ブルーティアーズを国の許可なくワールドエンブリオ社と量産第三世代機・竜胆の技術提供を申し出をし、さらに勝手にチューンした。

結果、ブルーティアーズ飛躍的に能力が向上し織斑一夏に完勝した。

だが、その約束事として、この試合が終わったらそのチューンを戻すという約束をしていたのだ。

本来、このような暴挙は許されないことだ。

ブルーティアーズはあくまでビーム兵器の実験機であり、それを政府の了解なく改造など重犯罪と取られても文句は言えない。

ISの開発は国家存亡もかかっているのだから。

しかし、マドカは飛躍的に能力が向上したISを、また使えないISに戻すのは忍びないと思い、密かに改修する前に企業と国で交渉していたのだ。

ワールドエンブリオ社のイギリス政府への技術提供を。

その手はじめとしてブルーティアーズをアップグレードさせることを了承させると提案したのだ。

だからこそイギリス政府はセシリアの暴挙に一切口出ししてこなかったのである。

その後はイギリス国内にワールドエンブリオとイギリス政府の合併会社設立や、共同開発等いろいろな話が積載しているが、これはクロエに丸投げだ。

携帯端末に映し出される文字を見終わったセシリアは、少し目を潤ませマドカに頭を下げた。

 

「ありがとうございます……マドカさん」

 

「せ、せっかくブルーティアーズがいい感じになって気持ちよさそうに飛んでるのに、それを戻すのもかわいそうだからな――」

 

こんなに感謝されるとは思わなかったのか照れるマドカ。

そして悪戯に関しては頭の回転が人一倍速いマドカはにやりと笑った。

 

「――ってテルが言ってたぞ」

 

「え?」

 

いきなり自分に飛び火して驚く照秋は、全く話を聞いていなかったようだ。

 

「セシリアが改修したブルーティアーズを纏って空を飛んでる姿の話だ」

 

マドカはあえて細かく話を説明せず照秋を誘導する。

照秋の性格は把握している。

照秋はこういう風に人を褒めるように誘導すると、決まって歯の浮くような賛辞を言うのだ。

これはスコールの教育の賜物である。

 

「ああ、セシリアさんのISで空を飛ぶ姿は綺麗だよね」

 

「はうっ!?」

 

思った通りの歯の浮くような言葉を口にする照秋ににんまりと笑うマドカは、さらに追い打ちをかける。

そしていきなり綺麗とか言われてパニックになるセシリア。

その後ろで箒がどす黒いオーラを出していると気づかずに。

 

「例えると?」

 

「例えると?うーん……鳥……白鳥……天使?」

 

「て、ててて天使……ですか? ……わたくしが……テルさんの……天使……はふぅ……」

 

照秋は冗談のつもりで言ったのだが、セシリアは耳まで真っ赤にし、うるんだ瞳で照秋を見つめる。

ぽぽぽっと火照った頬を包むように手を添えイヤンイヤンと体を左右に振りながらニヤけるセシリアは、このとき真剣にクラス替えしてくれないかなと考えていた。

 

(だって、一組にはテルさんがいないんですもの!!)

 

セシリアは完全に恋する乙女になっていた。

そんな豹変するセシリアを見て首をかしげる照秋。

照秋は小学校時代にはまともな友達などおらず、中学の三年間は男子校で女生徒との接触が無かったせいで、あまり女子に免疫が無い。

接触した女子といえばワールドエンブリオ関係者くらいだが、このメンバーは家族同然であり異性という認識は薄く除外だろう。

照秋にしてみれば、中学時代の男同士の笑い話的な、ふざけ合う冗談のつもりで”天使”という単語を使ったのだが、まさかセシリアが笑わずに真に受けるとは思っておらず、このような反応をされたこともないので首を傾げるしかないのだ。

ちなみに、中学男子の会話は、ゲーム、テレビ、スポーツ、下ネタの四つが大半だという事を記載しておく。

そんな照秋の背後から、ガシッと肩を掴む手。

ギリギリと締め付けるその手は万力のように強く、肩が砕けるんじゃないかと思った。

振り返ると、そこには笑顔の箒がいた。

だが、雰囲気がおかしい。

箒は明らかに怒っている。

そしてこの滲み出る迫力……照秋は思い出した。

入学初日の、クロエが用意してくれた”夜のお供”を没収した時と同じ雰囲気だ。

 

「照秋」

 

「はい」

 

「部屋に帰ったら、じっくりと話し合おうな?」

 

「……はい」

 

照秋はなんで箒がこんなに怒っているのかわからなかった。

 

そして、後で腹を抱えて笑っているマドカが元凶だとわかっていても、それを指摘できる空気じゃなかった。

 

「マドカって敵に回したら最恐(・・)ね」

 

「……触らぬ神に祟りなし?」

 

アトリと趙はそんなカオスな空間で改めて思い知った。

マドカは敵に回してはならない、と。

 

そんな和やか(?)な空気の中、一人の異物が割り込む。

ふと木陰から飛び出し、照秋の目の前に立ちふさがる人物。

 

織斑一夏が気持ち悪い作り笑顔を張り付けて立っていた。

 



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第16話 織斑一夏という男 前編

唐突だが、織斑一夏は転生者である。

 

気付いたのは物心ついた5歳のとき。

どうも高熱を出し数日寝込んでいた時に前世の記憶が蘇ったようだ。

すでに両親が居らず姉である千冬に育てられている時だ。

自分の名前が織斑一夏と理解するや、一夏は狂喜乱舞した。

 

(やったぜ! ハーレム主人公キター!!)

 

何故か前世の名前は忘れてしまったが、しかしそれ以外の前世での記憶は持ち合わせている。

前世ではこの世界はラノベ――ライトノベル作品――だった。

アニメにもなってそこそこ人気の高った作品で、自分も好きだった。

物語自体はそれほど面白いと思わなかった、というかむしろばかばかしいと思っていた。

何がIS登場で女尊男卑の世界だ。

馬鹿じゃねえの?

ISは操縦者一人で成り立つ兵器ではない。

それを整備する者、補給する者、さらに操縦者の周囲にも補佐する者がいるだろう。

それが全員女などという事はあり得ない。

それで調子に乗って世界が女尊男卑で混乱するって、どんだけ馬鹿な国家と世界なんだ。

本質を理解していない、浅い考えの設定だと思った。

だが、キャラクターは魅力的だった。

キャラクターの設定自体はやはり無茶苦茶で馬鹿らしく突っ込みどころ満載だったが、キャラが立ち素直にかわいいと思った。

そんな物語の主人公になったのだ。

まさか二次小説によくある転生ものが自分に振りかかるとは!

しかし、神様に会った覚えはないし、そもそも前世で死んだ記憶が無い。

よくある特典のいわゆる『チート能力』もないのが不満だが、まあいい。

物語の中の一夏は、難聴じゃないかと思うくらい鈍感の唐変木だったが自分は違う。

しっかり聞き逃さずフラグ乱立してハーレム作ってやるぜ!

そう意気込んでいたのだが、一つ障害があった。

それは双子の弟照秋だ。

原作では照秋なんて登場人物存在しなかった。

そこで一夏はある可能性を危惧した。

コイツも自分と同じ転生者じゃないか?

十中八九そうだろう。

とすれば、自分のハーレム計画に支障をきたす可能性が高い。

コイツは早々に排除しなければならない。

幸い、照秋は病弱ではないのだが色白で、外で遊ぶより家でテレビや絵本を読んでいることを好むような大人しい性格で一夏や千冬に逆らわず、自己主張とわがままも子供のそれより控えめだ。

一夏は刷り込みの要領で照秋を力ずくで押さえつけ、逆らえないように躾けた。

主に暴力という手段で。

もちろん千冬が見ていない場所で、見えない場所を。

逆らえば殴り、泣けば蹴り、炊事洗濯が上手くできなければまた殴る。

死なれては困るし、食事は千冬や篠ノ之親子がほぼ毎日一緒にいるので同じものを食べさせた。

もし変にやせ細ったり栄養失調なんかになられたら躾がばれるし、なにより千冬に迷惑がかかる。

千冬がいるときや篠ノ之家に世話になっている時は一夏と照秋二人で家事を行っているように見せかけつつ、ごくたまに千冬がいないときなどの二人きりのときは照秋一人にやらせる。

おかげで照秋はますます一夏に逆らわず、しかし千冬に告げ口もできず常に怯えるような子供になった。

そんないつもビクビクしている照秋に千冬は怒る。

そしてさらに照秋は委縮する。

一夏はいい負のスパイラルだと、照秋を叱る千冬の背後でほくそ笑んだ。

 

小学校に入学し、千冬は一夏と照秋を篠ノ之道場へ連れて行き、剣道を習うようになった。

もともと千冬が篠ノ之道場に通っていたこともあるが、男は強く在れという千冬の持論のもと、強制的に通わされた。

ここで一夏の嬉しい誤算が発覚した。

この一夏の体、とてもスペックが高い。

普通の子が苦労するような動作を事もなげに出来るのだ。

さすが主人公、ハイスペックだぜ!

そう自惚れつつ、メキメキ上達していく一夏を誇らしげに褒める千冬。

そんな調子に乗って稽古をする自分とは対照的に、照秋は愚鈍だった。

一つの事を習得するのに人より時間がかかってしまうのだ。

これに同年代の門下生も馬鹿にし、千冬も叱責する。

 

「お前は何故人より覚えるのが遅いんだ。一夏を見習え!」

 

そう叱られ涙目で謝る照秋を見て、ざまあ見ろとほくそ笑む。

一夏の照秋の躾は徹底しており、千冬や道場主の篠ノ之龍韻がいない時を見計らって照秋を孤立させる。

それには同世代の門下生も参加した。

照秋は悔しそうな顔で、涙目で道場の隅で一人さびしく竹刀を振る。

それを見てみんなで腹を抱えて笑う。

それがとても楽しかった。

そんな自分のハイスペックさと照秋虐めに気を取られ忘れていたが、この篠ノ之道場にはもちろん篠ノ之箒もいた。

幼いながらも人を寄せ付けない雰囲気を出し、黙々と竹刀を握り稽古をしている。

美少女といっても差し支えない容姿ながらも箒は孤立してた。

だから、一夏はこれからハーレム要員になる箒に話しかけた。

だが、箒は一夏を睨み、無視する。

おお怖い、まあいい、どうせ俺のハーレムに入るんだから焦ることは無いと、一夏は仲間たちの輪に戻った。

 

その間に篠ノ之束とも出会った。

束は一夏と親しく接し「いっくん」と呼ばれ、照秋は眼中にないとばかりに完全無視。

照秋は束に無視され、というか認識されていないことに驚いていたが、そんな姿を見てまたほくそ笑んだ。

やがて束が学会にISを発表、案の定総スカンを食らい、世界の軍事施設をハッキングしミサイル約2000発を日本めがけて発射。

それを千冬が纏うIS「白騎士」で撃破していった。

世界を震撼させた「白騎士事件」である。

この頃から千冬と束はISに関わる時間が多くなり一夏達と会う時間も少なくなってきた。

そんな小学三年に上がった頃、小さな事件が起こった。

箒が嬉しそうに照秋と会話をし、二人並んで道場で竹刀を振っていたのだ。

さらに、普段滅多に道場に来ない束が二人をニコニコ見守っていたのだ。

一夏はすぐさま照秋を尋問した。

力ずくで吐かせた。

だが、照秋は地面に転がり、泣きながら知らない、いつの間にか二人の方から声をかけてきたとしか言わない。

一夏に逆らえない照秋だから、嘘は言ってない。

と言う事は本当に知らないのだろう。

 

学校では一夏は箒とは別クラスなので、休み時間に呼び出し尋ねた。

 

「あんなクズとなんで一緒にいるんだ?」

 

そう言うと、箒は凄い勢いで一夏を睨み言った。

 

「貴様には関係ない。私に話しかけるな」

 

箒はそう言って自分のクラスに戻って行く。

 

束にも聞いてみた。

 

「なんで照秋に興味を持ったんですか?」

 

そういう一夏を、束は素っ気なく言った。

 

「君には関係ないよ」

 

そう言って去っていく束。

わけがわからない。

とにかく変わったことは、学校では箒が、道場では箒と束が照秋と一緒にいるせいで近づけない。

家でも千冬が見ているので迂闊に手出しできない。

まあ、照秋が一人になるときは当然あるからその時をねらって一夏は照秋を躾ける。

照秋が千冬や箒、束に助けを求めないことはわかっている。

そういう風に躾けたのだ。

だから、安心して照秋の腹を蹴る。

照秋が涎を垂らし涙を流し腹を押さえうずくまる姿を見て笑った。

 

程なくして原作通り束は姿をくらまし、箒たち篠ノ之家は政府の特別保護プログラムという名の人質となり、一夏達の前から離れていった。

 

篠ノ之家がいなくなったことで篠ノ之道場に通う理由もなくなった。

もともと何でもすぐに出来る体の一夏は剣道も適当にやっていた。

適当でも相当な実力になっていたのだ。

千冬はISと関わっていき、家に居ることが少なくなっている。

一人になった照秋はひとり竹刀を振り続ける。

馬鹿の一つ覚えのように、夜遅くまで降り続ける。

一夏は心置きなくそんな照秋に家事の一切を押し付け躾ける。

この頃から照秋は一夏や千冬に対し一切笑うことなく、話しかけることも無くなっていたが、一夏は気にしなかったし、千冬も特に何も言わなかった。

 

5年になり、凰鈴音が転入してきた。

一夏と同じクラスである。

結局箒は転校するまで一夏を同じクラスになることもなく、深い接点を持つこともなかった。

だが一夏は深く考えることなく、鈴と仲良くなることにした。

鈴は中国人であるためか、すこし日本語がおかしかった。

それをからかわれ、いじめに発展しそうになったところを一夏が制した。

鈴はそんなかっこいい姿の一夏に惚れた。

ちょろい。

 

その年に千冬はISの第一回世界大会において見事優勝、「ブリュンヒルデ」の称号を得た。

千冬は世界大会に一夏と照秋を連れていくことはなく、家のテレビで観戦していた。

そんな千冬の雄姿をモニタ越しで見ながら、一夏はある計画を考えていた。

照秋を追放するという計画である。

これから中学に行き、同じ学校に通うようになるだろう。

はっきり言って照秋はすでに自分の障害にはならないが、存在自体が邪魔なのだ。

だから、一夏は千冬に言った。

 

「照秋が全寮制の学校に行きたいって言ってたぜ」

 

一夏は学校を調べ、全寮制の男子校を見つけた。

その学校はかなり厳しいことで有名らしく、滅多に家にも帰れないらしい。

これは好都合だと、一夏は千冬に対し、照秋自身が行きたいと嘘を言った。

千冬は照秋が何故そんなことを言うのか怪しんだが、照秋の考えてることはわからないと言い返すとあっさり納得した。

そして照秋の入学手続きを進める。

千冬が照秋に全寮制の学校に入学させるという事を言うと、照秋は当然反論することもなく、俯きわかったと言って従った。

 

照秋が入学するために家を出る際、千冬と一夏は見送りを玄関で行い、千冬が少し目を離している隙に一夏は照秋から家の鍵を奪った。

 

「もう帰ってくることないだろ。なあ?」

 

もう帰ってくるな。

そう言っているのと同義で、照秋は悔しそうな顔をするが反論せず、自分の着替えや必要なものが入った大きなカバンを持ってトボトボ一人で出ていった。

 

中学に入り、一人で過ごすことが多くなり家事を自分一人で行う事になったが、もともとスペックの高いこの体だから家事への不満も疲労も苦痛もなく、むしろ照秋がいなくなったことで好き勝手に出来るようになったことに喜んだ。

そんな生活を送っていると、第二回IS世界大会、モンドグロッソを見学していた一夏は原作通り誘拐され千冬が助けに来た。

そして、千冬は誘拐の情報提供をしてくれたドイツに一年間IS操縦者の育成教官として務め、帰ってきてからも一夏に何も説明せず家を空けることが多くなった。

恐らくIS学園の教師をしているのだろうが、なぜ秘密にしているのだろうか。

というか、家ではISに関わるものが一切ない。

故意に一夏をISから遠ざけているのがわかる。

一度、IS関連の雑誌を買って帰ると千冬に速攻捨てられてしまったり隠していてもすぐに見つかって捨てられたことがあり、千冬の目が光る家ではISの勉強ができなかった。

まあ別にいいか、と特に気にすることは無いと一夏は深く考えず、中学生活を謳歌していた。

こずかい稼ぎ程度にバイトをし、五反田弾と友達になり、鈴が中国に帰ったりと、大まかに原作通り進み中学三年になった。

そんな五月のある日、千冬があからさまに落ち込んで家に帰ってきた。

一夏は何かあったのかと聞くと、千冬は何も言わず部屋に籠ってしまった。

何かあったのは確かだが、千冬は頑なに言わない。

だから、一夏はどうせIS学園の事だろうと予想して自己完結した。

そして藍越学園の入学試験で間違えて会場に入りISを起動させてしまった。

原作通りだ。

そして、これからようやく原作本編に入るのだ。

俺は原作の一夏とは違う。

しっかりみんなを制御してハーレムを作ってやる。

そう考え、入学式までの間に、千冬が持ってきた参考書を見てISについて勉強をしていた。

このとき、世間で照秋が二人目の男性操縦者だと発表されていることを知らなかった。

家の外ではマスコミや他国の勧誘、科学者などが大挙しているため外出も出来ず、テレビでも自分の特集ばかり放送している事にいい加減辟易していたため、テレビを見ることなく、外部からの情報を一切シャットアウトして勉強していたし、千冬もたまに帰ってきても何も言わなかったからだ。

 

入学初日になり、つつがなく入学式をこなす。

あまりの視線に緊張したが、へまはしていないだろう。

そして教室に入ると、違和感を感じた。

窓側の一番前の席、そこには全く知らない顔の生徒が座っていたのだ。

原作もしくはアニメだったか、前世の記憶を取り戻し10年ほど経ち曖昧にな記憶だが、たしかその席は幼馴染の箒の席だったはずだ。

一夏はクラスの席の割り当て表を確認した。

 

「……いない」

 

箒の名前が無い。

一体どういう事だろうか?

疑問に思いながらも時間は過ぎる。

教室には山田先生が入ってきて紹介が始まった。

その後に千冬も入ってきて教室は悲鳴に似た黄色い声が響く。

休み時間になり一夏は千冬を呼び止め箒の事を聞いた。

すると、箒は三組にいるという。

 

原作と違う。

 

そう思いながらもとにかく一夏は箒に会いに行った。

久しぶりに会った幼馴染は美人になっていた。

そして制服でも隠しきれない大きな胸に、一夏はゴクリと喉を鳴らす。

ハーレムにしてしまえば、あの体を自由に出来るんだ!

そんなことを考えながらさわやかに再会を喜ぶように挨拶すると、箒はあからさまに嫌そうな顔でぞんざいに扱ってきた。

一体どういう事だろうと詰め寄ろうとすると、別の女子が割って入ってきた。

誰だコイツと顔を見ると、眼鏡をかけているがどこか千冬に似ている容姿の子だった。

 

「こんな無神経な男が双子の兄とは、苦労するなテル?」

 

その子がよくわからないことを言いながら視線を一夏から離した。

一夏も疑問に思いながらその視線を追うと、そこには男がいた。

かなり体格がよくなり、身長も自分より高いのではないかと思う背丈、しかし、その顔は昔の面影を残していた。

一夏のよく知る男が、そこにはいた。

 

「なっ……て、照秋!? な、なんでお前がここにいるんだよ!?」

 

驚く一夏。

いままで一切の連絡を取らず、取らせず、さらに全寮制の男子校という閉鎖空間に閉じ込めISとはかけ離れた生活をさせ、物語から退場させたはずの弟がいた。

何故だ?

そんな疑問が頭の中をぐるぐる回るがまともな答えが出るはずもなく、三組の担任に自分の教室に戻るよう言われ、渋々帰った。

 

次の休み時間、教室で照秋の事を考えていると、セシリア・オルコットが高圧的な態度で近寄ってきた。

原作ヒロインだけあって美人だ。

コイツもハーレム要因になったら好きに出来るのかと思うと笑いがこみあげてくる。

適当にセシリアをあしらい、次の授業が始まる。

と、千冬が思い出したかのようにクラス代表を決めると言い出した。

生徒たちは面白おかしく一夏を推薦する。

それに異を唱えたのがセシリアだ。

セシリアは思うままに一夏を、日本を侮辱していく。

それを聞いているクラスメイトは眉をひそめる。

一組は大半が日本人で構成されているため、セシリアがこんな中で日本を侮辱する神経を疑う。

そもそもISの開発者は日本人だし、セシリアはイギリスの代表候補生だ。

国家問題に発展するとは思わないのだろうか?

一夏はセシリアの持論に反論し、結局試合を行うことになった。

 

これでセシリアが一夏に落ちるフラグが立ったと内心ほくそ笑んだ。

 

放課後になり、山田先生から寮室の鍵を貰った。

ここで一夏はラッキースケベを発揮し、シャワールームから出てきたバスタオル一枚の箒とニアミスする。

あわよくば裸も見てやろうと、一夏はウキウキ気分で割り当てられた部屋に入った。

しかし部屋には人の気配はなく、自分一人だという事を理解するのに少し時間がかかった。

 

後に聞くと、箒は照秋と同室だという。

 

「……あの野郎! 俺の邪魔しやがって!!」

 

IS学園に知らない間にきやがって!

調子に乗って俺のポジションを奪いやがって!!

ぜってー許さねー!!

 

一夏は鞄を思いっきり床に叩きつけた。



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第17話 織斑一夏という男 後編

翌日、一夏は千冬から、専用機を渡されると言われた。

おそらく原作通り「白式」だろう。

というわけで、一夏は箒にISの事を教えてもらおうと屋上に強引に連れて行き、頼んだ。

だが、きっぱり断られた。

なんとか食い下がったが、箒が激昂してしまった。

いきなりの事で一夏は情けなく悲鳴を上げてしまった。

 

「自分の事は自分で解決しろ。できなければ自分のクラスメイトに頼るか、担任の千冬さんに頼めばいい。少なくとも照秋なら私に頼らず自分でなんとかするぞ」

 

箒の口から照秋よ擁護する言葉が出てくる。

それにムッとした一夏は、つい口に出してしまった。

 

「……なんで照秋の事が出てくるんだよ。あんなクズ……」

 

そう言うや、箒は一夏の胸ぐらを掴みあげた。

一夏の方が身長が高く体重もあるのに、箒は片手で一夏を持ち上げ、一夏は爪先立ちになっている。

胸ぐらを掴まれることにより気道が狭まり、息苦しくなる。

そして一夏を見る般若のように激怒の顔に、一夏はまた悲鳴を上げる。

怖い。

一夏の震える体に気付いた箒が、突き飛ばすように一夏の制服を離し、見下ろすように言った。

 

「貴様なんぞ幼馴染でもなんでもない。今後一切私に話しかけるな」

 

そう言って屋上を出ていく箒の背中を、一夏は呆然と見るしか出来なかった。

 

「……な、なんだよ……」

 

なんだよなんだよなんだよ!

俺が箒に何したって言うんだよ!

 

一夏は悔し紛れに悪態をつき肩を落としトボトボと屋上を後にした。

 

教室に帰ると、クラスメイトが親しげに話しかけてきた。

それに気分がよくなった一夏は、先ほどの箒とのやり取りのストレスを発散するかのように口が軽くなっていた。

 

「ねえねえ織斑君、三組の織斑照秋君って、織斑君と双子?」

 

照秋の名前が出て眉がわずかに動いたが、顔は笑顔のまま聞いていた。

 

「ああ、そうだぞ。あいつが弟だな」

 

「照秋君ってどんな人なの?」

 

クラスメイトは照秋に興味津々のようだ。

一夏というもう一人の男がここに居るのに。

だが、一夏はペラペラ口にする。

 

「あいつ鈍臭くてさ、小さい頃はいつも泣いてたよ。それを俺や千冬姉が慰めてたんだ。人より物覚えが遅いし、運動神経も無いし手のかかる弟だったよ」

 

「へー」

 

俺は頼りになるんだぞ、弟の面倒も見てきたんだぞと外面の良い笑顔で嘘を交えて、自分の方が優れていると暗に言う。

それに気づかないクラスメイト達はきゃいきゃい話しはじめる。

 

「じゃあ、織斑君は照秋君より強いんだね!」

 

「ああ」

 

そうさ、俺は照秋より出来るんだ。

この一夏の体は何でもすぐ出来るんだから、別に必死こいて特訓とか必要ないさ。

一夏はそう結論付け、クラスメイト達の話に適当に相槌を打っていた。

だから、クラスメイトが照秋はワールドエンブリオ社の発表会で巧みなIS操作を行っていたと言っていたことも全く耳に残ることなく聞き流していた。

 

 

それから一週間経ち、クラス代表決定戦の日になった。

ISで練習をしたかったがISとアリーナの貸し出し予約が出来ず、トレーニングだけだが。

一夏は自分なりに練習をしたが、やはりそれなりでしかなかった。

どうせ俺が負けるだろうけど、セシリアを惚れさせたら勝ちなんだからな!

脳内でセシリアにいろいろエッチな悪戯を想像しグフフといやらしい笑みを浮かべる一夏だった。

 

ピットで専用のISが来るのを待っていると、箒と生徒二人が入ってきた。

なんだ、俺の応援か?

そう思ったが、箒は一夏を一瞥するとキッと睨み、一夏と離れた場所で瞑想を始めた。

他の生徒二人も一夏に近付こうとせず、打鉄とラファール・リヴァイブの整備を始める。

 

「お前の試合の後に三組のクラス代表決定総当たり戦を行うそうだ」

 

千冬が背後から話しかけてきた。

三組のクラス代表決定戦……そう聞いて、一夏は千冬に尋ねる。

 

「もしかして照秋も出るのか?」

 

「ああ、三組は織斑弟でほぼ決定だったそうだが、その決定に不満のある生徒に納得してもらうために場を設けたそうだ」

 

「ふーん、ってことは、箒も照秋のクラス代表に不満があるってことか?」

 

千冬は公私を弁えるということで兄弟でも学校内では決して名前で言わないようにしている。

一夏の事は織斑兄、照秋の事は織斑弟である。

一夏は千冬の話を聞いて、当然だな、あんなクズ、と鼻を鳴らし箒を見た。

箒はISスーツという扇情的な姿で椅子に座り瞑想を続けている。

きつい性格だが、あの体は手放すにはもったいない……

そんなゲスい事を考えながら箒を舐めるように見つめる。

だが、千冬は一夏の考えを否定した。

 

「いや、篠ノ之は賛成した側だ。三組の担任が結淵という生徒と共に強制出場させた」

 

「は? なんでだ?」

 

「そもそもそこに居るベアトリクス・アーチボルトはアメリカ代表候補生、趙・雪蓮は中国の代表候補生だ。どうせ織斑弟の実力を調べろとか国から命令されたんだろうさ。そして、篠ノ之は第四世代機を専用機にしているし、結淵も第三世代機を持つ。こちらは学園側からの要請で機体の性能を知りたいという理由だ」

 

「……はい? 第四世代機?」

 

それって――と、一夏がさらに追及しようとしたところで山田先生の遮った。

どうやら一夏の専用機が届いたようだ。

ふん、まあいい。

さっさとちょろいセシリアを落としてしまおう。

一夏は千冬に説明を受けながら白式を纏い、アリーナへと飛び立った。

 

アリーナ中央ではセシリアがブルーティアーズを纏い、スターライトmkⅢを手に持ち一夏を睨んでいた。

 

「よく逃げずに来ましたわね」

 

「はっ、逃げる理由がないだろう」

 

「そうですか」

 

一夏が軽口を言うと、セシリアは早々に切り上げ戦闘モードに入る。

あれ、なんかおかしくない?

一夏はセシリアの態度に疑問を持ったが、その直後試合開始のブザーが鳴り響く。

 

途端、セシリアがスターライトmkⅢを一夏に向けビームを発射する。

一夏は油断なく、しかしギリギリで避けるが、セシリアはそんな一夏に向かってさらに追い打ちをかける。

セシリアの精密射撃からそうそう逃げれるものでもなくISの操縦に慣れていない一夏はダメージを受けはじめる。

思った以上の衝撃に一夏はよろめくが、そんな隙をセシリアが見逃すはずもなく、ビーム攻撃を連発してくる。

ギリギリ避ける一夏は反撃に転じるが、白式の武器は刀剣型武装一本しかない。

しかもこの機体はまだ一次移行を完了していない。

一撃必殺の零落白夜はまだ使えない。

だが、一夏はセシリアの弱点を知っている。

原作知識として、セシリアの扱うブルーティアーズはビット兵器の操作と自身の行動を同時に行えないのだ。

だからここでハッタリの攻撃を繰り出し、セシリアの神経を逆なでさせビット兵器を扱わせようというのだ。

 

「ぜああああっ!」

 

愚策とも取れるが、一夏には武器がこれしかない。

セシリアは一夏を見下しはするが油断はしない。

危なげなく避け、さらにスターライトmkⅢで攻撃をお見舞いする。

 

「くそっ!」

 

思い通りにいかず、一夏は悪態をつく。

まだ一次移行を済ませていない白式ではつらいが、セシリアが一次移行を終えるまで待ってくれる保証もない。

一夏はあきらめずセシリアに攻撃を続けた。

はやくビット兵器を使え!

そうすればチャンスが出来るんだ!!

一夏は心の中で悪態をつくが、セシリアはそんなこと関係ないとばかりにスターライトmkⅢのみで攻撃し続ける。

 

しばらくしてセシリアの動きに変化があった。

明らかに攻撃回数が減ってきたのだ。

もしかしたらセシリアは白式の現状を理解したのかもしれないが、本心はわからない。

だが、この機会を利用しない手は無い。

一夏は時間稼ぎの動きを続けた。

そして、ようやく白式が一次移行を終え、本当の一夏の専用機となった。

一夏自身もわかる。

さっきまでとは感じる力強さが違う。

これならイケる!

そう思い自然と顔に笑みを浮かべていた。

 

そんな一夏をセシリアは冷ややかな目で見ていた。

 

一夏は手に持つ刀剣型武装の名称が変わったことを確認する。

 

(雪片弐型か……気を付けて使わないとな)

 

原作では雪片弐型の大量エネルギー消費によって負けたので、使いどころを間違うと自滅してしまう。

事実、このセシリアとの試合はエネルギー切れで自滅していた。

負けるにしても、セシリアを追い込まなければならないことを肝に銘じ雪片弐型を握る。

 

一夏は零落白夜を発動しセシリアに突撃する。

そして、セシリアはそんな一夏をあざ笑うかのようにビット兵器ブルーティアーズ四機を展開した。

 

よし来た!

これで勝った!!

 

一夏はほくそ笑み、ビット兵器を無視してセシリアに零落白夜を振り下ろした。

 

「……お馬鹿さんですわね」

 

セシリアは冷たく笑い、零落白夜を危なげなく避けた。

一夏は舌打ちし、さらにセシリアを追従しようとするが、突如背中からの衝撃を受け動きを止めた。

 

(なんだ!?)

 

振り返ると、四機のビットが一夏を狙っていたのだ。

 

(え!?)

 

一夏は驚きセシリアを見ると、セシリアは素早く移動しビット兵器が不規則に忙しく動いている。

 

(うそだろ!? 原作と違うじゃないか!!)

 

今目の前でセシリアは自身が動きながらもビット兵器も一夏を狙って不規則に動いている。

驚愕の表情をセシリアに向けると、セシリアは見下すように冷たい視線で一夏を見ていた。

そして、セシリアのビット兵器との同時攻撃により、一夏は一矢報いることなくシールドエネルギーがゼロとなり、試合終了となった。

 

 

 

「あれだけ手加減された挙句に負けるとはな」

 

千冬の厳しい言葉が飛ぶ。

一夏は言い返せず下を向くばかりだ。

 

千冬はため息を吐き、一夏に次の三組の試合を見ろと言った。

 

「見るのも勉強だ」

 

千冬はポンポンと一夏の頭を軽くたたき慰めた。

 

「一試合目はアメリカの代表候補生ベアトリクス・アーチボルトと日本の代表候補生、ワールドエンブリオ社テストパイロットの結淵マドカか……」

 

千冬が挙げた名前にピクッと反応した一夏。

 

「マドカ……?」

 

アリーナを映し出すモニタを見て、一夏は驚愕する。

見るのは黒髪の少女であり、以前一夏に対しぞんざいな扱いをした少女。

今は眼鏡をかけていないから、より思ってしまう。

織斑千冬と似すぎている(・・・・・・)と。

そして思い出したのだ。

 

(マドカ……マドカ! 原作で出てきた織斑マドカじゃないか!! な、なんでIS学園に居るんだ!? 亡国機業(ファントム・タスク)はどうしたんだよ!?)

 

原作キャラの早い登場におどろく一夏だが、さらに驚いたのはISの操縦技術の高さだ。

アメリカの代表候補生が手も足も出ず、というか一方的な戦いをしたのだ。

頭を掴み、地面に叩きつける。

これだけの事を繰り返し、相手に恐怖心を植え付けた。

結果、アメリカ代表候補生は棄権した。

 

混乱する一夏に、さらに混乱させることが起こる。

次の試合で箒が第四世代機の紅椿を纏って戦っていたのだ。

 

(なんで今紅椿があるんだよ!? 紅椿は臨海学校からだろ!?)

 

一夏は混乱のまま理解できず、その間に箒は試合を終わらせた。

 

一体どうなってるんだよ!?

原作と全然違うじゃないか!?

どこで狂ったんだ!?

一体どこで……

 

一夏は予想外の展開に考えが追い付かない。

そんな混乱を知らない千冬が、一夏の横で息を呑んだ。

驚く表情の千冬など滅多に見ないので、一夏はどうしたんだと、混乱する思考を一時止めて千冬の見つめる先を見た。

 

そこには、黒く、金色の翼を模したIS[メメント・モリ]を纏った照秋がいた。

 

一夏は顎が外れるかと思うくらい口を開けた。

 

「な、なんだよ……あれ……」

 

なんで照秋が専用機を持っているのか、それがわからなかった。

 

試合が始まる。

相手は先ほど圧倒的勝利を収めたマドカだ。

マドカは超高等技術高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)を初っ端から繰り出す。

一夏にはマドカが分身して何人にも見えた。

ハイパーセンサーでも認識が難しいであろう技術だが、照秋は事もなげに刀剣型ブレード[ノワール]で防ぐ。

そこから始まる猛攻に、一夏は唖然とした。

なんで照秋があんなに動けるんだ?

はっきり言ってセシリアなんか目じゃないくらいの強さだ。

素人目から見ても照秋のIS操縦技術がとんでもないことはわかる。

 

激しい攻防を制したのは照秋だった。

目に見えぬ神速の一撃『雲耀の太刀』の一刀で斬る。

 

試合終了と、勝者の名を挙げるアナウンス。

 

段々一夏は冷静になり、思考が纏まってきた。

 

――そうか、全部アイツのせいか。

照秋が俺の知らないところで動いて原作無視の動きをしたんだ。

だから箒が紅椿を持っているんだ。

マドカがIS学園にいるんだ。

セシリアが強くなってるんだ。

 

全部、全部――

 

一夏は箒の背中を眺めながら、その背後で暗躍している照秋を睨んだ。

 

 

 

一夏の行動は早かった。

すぐさま照秋に会いに行ったのだ。

照秋の周囲には箒、マドカ、趙、アトリそしてセシリアがいた。

一夏はなるべく警戒心を抱かせないように笑顔で照秋に近寄る。

そこへマドカがさっと割り込み、これ以上近づけさせないと構える。

 

「いやいや待ってくれよ。俺は弟と話があるんだ。だからそんなに警戒しないでくれよ」

 

なんとか警戒心を持たれないようににこやかに言うが、マドカはもとより、箒も、セシリアもその言葉を信じておらず、厳しい視線を送る。

状況が分かっていない趙とアトリはオロオロしている。

 

「兄弟二人きりで話がしたいんだ。ちょっと照秋を借りていいかな?」

 

努めてにこやかにお願いする。

 

「ダメだ」

 

マドカが遮る。

人の邪魔しやがってと内心悪態をつくが、表情には出さない。

 

「頼むよ。男同士の、兄弟だけの話があるんだ」

 

「今更だな、織斑」

 

箒が冷たく言い放つ。

 

「散々照秋を無視し馬鹿にしてたのに、ここにきて話し合いだと?馬鹿も休みやすみに言え」

 

一夏はグッと声を詰まらせる。

箒は一夏が照秋に冷たく当たっていたことを知っている。

さすがに躾けの事は知らないだろうが、変に反論しようものなら更に疑われるだろう。

どうしたものかと悩んでいると、照秋が助け舟を出した。

 

「箒、マドカ、皆も先に行っててくれないか?」

 

「ダメだ。私も付いていく」

 

「そうだぞ照秋。わたしも付いていく!」

 

二人はどうしても照秋と一夏を二人きりにしたくないようで食い下がるが、照秋が大丈夫だからと諭し、二人は渋々頷いた。

まさか照秋本人が助け舟出してくるとは思っていなかったので、思わずニヤリと笑ってしまった。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

照秋は箒たちに手を振り一夏に付いて歩く。

そんな光景を一夏は憎々しげに見つつも決して表情に出さず先を歩くのだった。

 

一夏はあらかじめ調べておいた、人の寄り付かない場所へと照秋を連れ込む。

そこは日当たりの悪い中庭のような場所で、あまり手入れのされていない雑草生い茂るところだった。

そして、その場所に着くや照秋の胸ぐらを掴み力任せに壁へ押し付ける。

 

「ぐっ!」

 

いきなりの事で威力を弱めることが出来ず、したたかに壁に打ち付けた背中が激痛を伴い、さらに肺から息が漏れる。

一夏はそんな苦しそうな照秋などお構いなしに胸ぐらを強く掴み睨んだ。

 

「……おい、照秋」

 

先程までのさわやかな笑顔とは真逆の、低い声と暗い瞳に、照秋は驚く。

 

「おまえ、調子にのってやりたい放題してくれたな」

 

「……一体何のことを……」

 

「同じ転生者だから少しは大目に見てたが、ここまで調子に乗るなんてなあ!」

 

「意味が分からないことを……」

 

「とぼけんじゃねえよ! てめえ原作無視してんじゃねえよ! 主人公は俺だぞ!!」

 

一夏は激昂するが、照秋は話の内容が全く理解できない。

 

「好き勝手やりがって! 俺のハーレム計画が無茶苦茶になっただろうが!!」

 

照秋は一夏の喋る言葉がわからない。

一夏は何を言っているのか、何に怒っているのか。

全く理解できなかったのだ。

だから、理不尽な怒りに、照秋もだんだん怒りが湧いてくる。

以前の照秋ならただ怯え、泣くだけだっただろう。

だが、中学の三年間、厳しい環境に身を置き心身ともに成長した。

確かに昔の事を思い出し弱気になる。

でも、もう昔の自分ではない。

照秋は変わったのだ。

もう、織斑一夏に怯えるだけの男ではない。

 

照秋は胸ぐらを掴む一夏の腕を握り、力を込める。

剣道を続けていくうちに、照秋の握力は上がった。

それは竹刀をにぎり稽古するのだから、相当な負荷がかかる。

自然と手、腕、肘、肩は鍛えられる。

今の照秋の握力はゆうに80キロを超えていた。

簡単に例えると、片手でリンゴが握りつぶせる。

そんな握力で握られた一夏は、あまりの痛みに掴んでいた胸ぐらを離し苦痛に顔を歪める。

だが、照秋は力を緩めずさらに前進する。

痛みに耐えながらも、徐々に詰め寄られ、一夏はいつの間にか膝をついていた。

照秋は一夏を上から押さえつけるように掴んだ腕を押す。

 

「い、いい加減にしろ! 馬鹿力が!!」

 

一夏は空いているもう片方の手で照秋に殴りかかろうとするが、それすら照秋に防がれ、さらにその手も照秋に強く握られてしまった。

ギチギチと骨が軋み、一夏は脂汗を流し跪く。

もう耐えられない、これ以上されたら腕を砕かれる!

 

「わ、悪かった! だからもうやめてくれ!!」

 

一夏が悲鳴に似た懇願をし、それによって照秋は握っていた一夏の腕を離した。

腕を解放された一夏は、握られた部分を確かめつつ息を整える。

握られた部分は手形に内出血していた。

痺れて上手く力が入らず、手が震える。

 

「てめえ……こんなことしてただで済むと思うなよ……っ」

 

一夏が負け惜しみのように悪態をつくと、照秋が跪く一夏の胸ぐらを掴み強引に立たせる。

いや、照秋に持ち上げられ、一夏は足が地面に付かずバタバタもがいていた。

 

「いい加減にしろよ一夏」

 

鋭く突き刺すような眼光に、一夏は流していた脂汗が一気に冷や汗に変わるのが分かった。

 

「原作だの転生だのハーレムだのわけのわからないことを言ってイチャモン付けるな」

 

本当にわけがわからない。

一夏は妄想癖でもあるのだろうかと心配になってしまうほどだ。

一夏は呼吸できず顔を青くする。

 

「もう俺は昔の俺じゃない。俺は…………もしこれからも()や周囲の人間に手を出すようなら――」

 

―――

 

照秋はそれ以上先を口にしなかった。

だが、一夏にはわかった。

 

(こいつ……俺を殺すつもりだ!)

 

照秋が怒りに顔を歪めていると思ったら、急に無表情に変わった。

そしてその無表情な顔で一夏を見つめる瞳の奥に見え隠れする暗く、昏く、冥く、深い闇。

その中で狂気が見え隠れする瞳に一夏は声も出ない。

 

(こいつは誰だ!? 照秋はこんな狂った目をしなかったぞ!!)

 

まるで別人のようなその瞳に、一夏は恐怖に震えた。

 

照秋は恐怖に震える一夏に興味をなくしたようにぞんざいに放り投げた。

上手く着地できず尻餅を付く一夏を一瞥して、照秋はその場を後にした。

 

照秋が去った後も一夏は震えていた。

 

(なんだ……なんなんだアイツは? 本当に照秋か? あんなの俺の知ってるあいつじゃない……!)

 

照秋が代わってしまった理由が一夏にはわからない。

それが、自分が今まで行ってきた行為の果ての結果だとしても、一夏の出す答えはそこにたどり着かない。

 

 

 

所変わり、ワールドエンブリオ本社の研究室では、モニタをじっと見つめる篠ノ之束がいた。

モニタには、陽の当たらない草むらで尻餅をついている一夏が映っている。

その見つめる表情は、感情というものが抜け落ちたような能面のようなものだった。

そして、ぽつりとつぶやく。

 

「”織斑一夏”……転生者……」

 

地を這うような低い声は、およそ彼女から発せられたとは思えないものだった。

 

「この世界の異物……」

 

ギュッと握る拳は、力を入れ過ぎて白くなっている。

 

「本当の”織斑一夏”は”てるくん”だ」

 

この呟きは誰に言っているのか。

 

「紛い物……お前の存在はこの世界を破滅の道へ導く害悪だ」

 

瞳が、黒く、昏く、暗く、深い闇より深く。

 

「お前はこの世界から、理から消す」

 

――それが、神の意志だ。

 

束は既に何も映らなくなったモニタをじっと見つめ続ける。



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第18話 マドカの真実、千冬の罪

――アメリカにはこんな噂が流れていた。

 

アメリカ政府は密かに過去の偉人の細胞を採集し、クローン技術によって蘇らせ世界のリーダーから支配者になるという計画。

 

その名も[project(プロジェクト) A・J]である。

 

A・Jはアメリカン・ジーザス(アメリカの救世主)の略という何ともストレートでありアメリカらしいネーミングである。

 

だがこの都市伝説のような噂、真実であり、実際各種の偉人の細胞を用いてクローン技術の研究を行っていたのだ。

そんな中で、ISに関する偉人[ザ・ワン]として第一回IS世界大会優勝者織斑千冬の細胞も搾取していた。

アメリカはISでも頂点を目指すべく研究を重ねていたのだ。

そんな研究を行っていた施設が、ある日襲撃を受けた。

そして施設は壊滅、研究スタッフは全員死亡、成果物となる数多のクローンも悉く使い物にならないように処理……つまり殺処分されていた。

そんな中で、織斑千冬のクローンの死体だけ見つからなかった。

 

襲撃したのは秘密結社[亡国機業(ファントム・タスク)]、第二次世界大戦前後に結成された比較的若い秘密結社であり、ISが世界を席巻し始めたあたりから活動が活発になった組織である。

組織自体はそれほど大きなものではなく、しかし各国の要人がメンバーとして在籍しているため影響力はそれなりに大きい。

行動理念が『恒久的平和』であった亡国機業が、ISの登場によって内部で穏健派と過激派に分かれてしまった。

穏健派はISの違法運用を監視、本来の宇宙開発使用を推進して恒久的平和を目指し、過激派はISを活用して世界の紛争や理不尽な思想を矯正し恒久的平和を目指すとし、やがて内部分裂を引き起こしかねない事態にまで陥った。

だが結果として、互いの終着点は恒久的平和という共通目的であるが故、穏健派、過激派共に互いの行動に口を挟まないと取り決め、しかし世界の裏側で暗躍していた。

ここで言っておきたいことがある。

亡国機業という秘密組織にISなどない。

そもそも、ISのコアにはコアナンバーというナンバリングが施されており、そのナンバーは世界で公開されている。

つまり、コアナンバーの何番の所有国はどこの国だという事は公にされているのだ。

そんなISコアを強奪し運用するなど「自分たちはどこの国のISコアを盗み扱う犯罪者ですよ」と公言するのに等しい。

しかし、機業の幹部として在籍する各国の要人がいろいろ裏に手を回し自国のISコアを合法的、時には非合法、非公式に亡国機業に貸し出しという建前で回るよう手配した。

そもそもISコアが少ないためそれほど多い分配はできなかったが。

そのため過激派の行動はIS運用が必要となるためそれほど大きな動きはなく、逆に穏健派は国の軋轢やしがらみで行くことが許されない紛争地帯の鎮圧、暴動仲裁など人道的支援を多く行った。

そんななかで過激派がアメリカの秘密プロジェクト[プロジェクト A・J]を嗅ぎ付け織斑千冬のクローンを拉致し教育、組織の構成員として働かせていた。

クローンは成長促進の処置を施されており、すでに10歳ほどの子供くらいにまで成長していたので教育がはかどりすぐに実戦投入できた。

そのクローンは名前を「マドカ」、コードネームをMと付けられ、過激派組織の命令のまま任務をこなしていたが、ある日世界に点在する亡国機業の拠点が同時襲撃を受けた。

襲撃をしたのはISだったのだが、それが全て無人機だった。

しかも、世界に配給されている467個のハズなのに、現れた無人機のISは世界同時発生で1000を超えていた。

その日、亡国機業のアジトだけでなく、幹部や息のかかった政府の人間なども悉くが暗殺や謎の事故によって死んだ。

世界中の要人達が多く、さらに同日に死亡するという事態に世界中のマスコミは騒いだが、しかしその要人達の死亡に関して各国の政府、軍、警察機関は情報開示をせ詳細不明ではあるが関連性は無いと発表した。

それは、IS委員会が事態の仔細を隠ぺいしたからである。

亡国機業はIS委員会と繋がりがあり、その繋がりが公にされることを危惧したIS委員会がもみ消したのである。

ともかく、亡国機業という秘密組織は穏健派、過激派共にこの世から無くなったが、構成員はわずかに残った。

その中に、マドカとスコール、そしてオータムの三人がいた。

この三人はたまたま同じ任務を行っていたのだが、突如無人機が襲撃してきたとき返り討ちにしたのである。

だが亡国機業という屋台骨を無くし、途方に暮れていた時三人の目の前に現れたのだ。

 

篠ノ之束が。

 

そうしてなんやかやあって今三人は束が立ち上げた会社、ワールドエンブリオという会社の社員、テストパイロット、戦技教導といった立場を経て、スコールはIS学園の教師、マドカは照秋と箒の護衛としてIS学園生徒、オータムは亡国機業の残党狩りに世界各国を飛び回っていた。

 

 

 

照秋は一夏と別れるとすぐに箒たちと合流し、一緒に食事を採った。

そのとき、照秋は一切会話に参加することなく黙々と口に食事を運ぶ作業を行っていた。

 

部屋に帰っても照秋は無言で明日の授業の準備を行い、それが終わるとベッドに腰掛けISの参考書を見つめていた。

いつまでもページをめくることなくただ参考書を眺めている。

若干顔色が優れないようにも見える照秋の目は、どこか虚ろだった。

さすがに照秋に何かあったと感じた箒だったが、照秋の雰囲気に聞くに聞けずモヤモヤとしていた。

そんなとき、コンコンとノックの音が。

誰だろうかと箒がドアを開けると、そこには照秋の姉、織斑千冬がいた。

 

「織斑先生……」

 

箒の口から出た名前に、照秋はピクッと肩を震わせる。

 

「……照秋に話がある。入れてくれないか?」

 

千冬に、聞きたいことがあるなら直接照秋に聞けと言ったのは箒自身だ。

だからこの来訪は喜ぶべきなのだが、タイミングが悪い。

今の照秋に会わせるのは不味いと箒の勘が告げていた。

 

「すいませんが、今照秋は体調が悪く……」

 

「いいよ、箒」

 

いつの間にか箒の背後に照秋が立っていた。

その顔色はお世辞にもいいとは言えない。

 

「俺に話とは何ですか、織斑先生」

 

照秋の声に何か見えない壁を感じた千冬は、努めて穏やかに接する。

 

「少し……これまでの事の話を……な」

 

照秋は冷めた目で千冬を見て、部屋へ招いた。

そして、箒にしばらくマドカの部屋で時間をつぶしてもらうよう頼む。

一夏の時は一夏が何をするかわかったものではなかったため照秋の傍に居ると言ったが、千冬は一夏のような危険はないだろうと、箒は照秋の言うとおりマドカの部屋へと向かった。

 

「どうぞ」

 

照秋は千冬に椅子を勧め、湯呑にお茶を入れ渡す。

そして自分はベッドに腰掛ける。

 

「それで、何の用でしょうか織斑先生」

 

姉である自分に明らかに距離を取る照秋の態度に千冬は眉を顰めるが、そんなことを指摘したり怒るために来たわけじゃない。

千冬は照秋を見る。

改めて観察すると、一夏とは明らかに体つきが違うのが目に見えてわかる。

ピンと姿勢を伸ばし座る姿は、おもわず息を呑んでしまうほどの佇まいだ。

若干疲労の色が見えるのは、試合の後だからだろうか。

 

「その……今まで姉弟としてゆっくり話をしたこともないだろう? だから改めて、な」

 

若干言いにくそうに話すが、照秋からすれば、何を今更というところだろう。

少し間をおいて、千冬はゆっくりと口を開いた。

 

「ワールドエンブリオでは何をやっていた?」

 

「スコール教導官の元、箒とマドカと共にISの訓練に明け暮れていました」

 

まずは当たり障りない話題で入り込み、徐々に深い話をしようという魂胆の千冬は、ついでにワールドエンブリオの秘密を聞き出そうとも思っていた。

 

「訓練は厳しかったか?」

 

「いいえ」

 

照秋の答えに千冬は意外そうな顔をした。

クラス代表決定戦でのあの動きから推測するに、相当厳しい訓練をしなければ一年という短期間ではたどり着けない領域だと理解していたからだ。

だが千冬は知らない。

照秋は訓練や練習において一切の妥協を許さない練習バカであり、体力バカであることを。

 

「あの[メメント・モリ]という機体はお前の専用機か?」

 

「そうです」

 

「ワールドエンブリオはどれほどの技術を有しているんだ?」

 

「企業秘密ですのでお答えしかねます」

 

ピクッと千冬の眉が動く。

 

「竜胆の新パッケージが開発中ということだが」

 

「企業秘密ですのでお答えしかねます」

 

「メメント・モリは第四世代なのか?」

 

「不明です」

 

「束が絡んでいるのか?」

 

「お答えしかねます」

 

段々企業への質疑応答のようになってきた。

そして照秋の応答が明らかに事務的になってきたので、千冬は話題を変える。

というか、こちらの方が本命なのだが話を切り出すのに勇気がいるのであえて最初に企業の話を持ち込んだのである。

 

「……お前は、この三年間、何故家に帰ってこなかった?」

 

「は?」

 

「いくら厳しい学校だったとはいえ、盆や年末年始くらいは帰ってこれただろう?」

 

何を言ってるのか、照秋はわからなかった。

だが、すぐに理解した。

千冬は知らないのだ。

 

「……一夏に家の鍵を没収されたから家に帰りたくても帰れなかったし、帰ってくるなと言われました」

 

「……っ!?」

 

照秋の言葉に驚く千冬。

あの一夏が?

そんなことを言ったのか?

……いや、まさか、一夏に限ってそんなこと言うはずがない。

これは照秋の思い違いだろう、きっとそうだ。

千冬は照秋の言葉を否定する。

 

「……それは、私たちと会いたくないと思った照秋の勘違いではないのか? わざわざ自分から全寮制の学校に通いたいと言うくらいだ。私たちと距離を取りお前は何がしたかったんだ?」

 

「何を言ってるんですか織斑先生?」

 

照秋と千冬に認識の喉語がある。

照秋はそう感じた。

そして、ああやっぱりなと落胆する。

彼女は自分の話を信じてくれない、と。

 

「織斑先生が僕をあの学校に入るよう言ったんじゃないですか。まあ、今では感謝してますが」

 

普段は「俺」と呼称するが、今は「僕」と言う。

これは目上の人間に対するマナーだと教えられた。

実際照秋はその学校に通うことになり、剣道で全国優勝を成し遂げた。

新風三太夫という偉大な指導者と出会い、最初こそ不満はあったが、今ではあの学校に行ってよかったと思っているのも事実だ。

だが、千冬はこの言い分を否定する。

 

「何を言っている。行きたいと言ったのは照秋ではないか」

 

やはり齟齬がある。

照秋は記憶を掘り返した。

そして、ある可能性にたどり着く。

 

「……そう、一夏が言ったんじゃないですか?」

 

千冬は思い出す。

確かに照秋からは聞いた覚えがない。

聞いたのは一夏経由だったはずだ。

しかし……

……いや、何かの思い違いだろう。

何処かで照秋から聞いているはずだ。

一夏の言葉を鵜呑みにしてそんな馬鹿な行動を起こすはずがない。

それに、なんなんだと千冬は憤る。

企業の質疑応答のような人間味のない態度で接してきたかと思えば、先程から一夏、一夏と、なにか事があるとすべて一夏のせいにするその姿勢が気に入らない。

 

「いい加減にしろよ照秋。お前は一夏になにか恨みがあるのか? そんなに一夏を悪者にしたいのか?」

 

千冬は怒りを込めて照秋を睨む。

それを見た照秋は、再びああ、やっぱりなと落胆した。

 

「織斑先生」

 

先程から照秋は決して千冬を名前で呼ばない。

千冬はそれも気に入らず、眉を顰める。

 

「やはり僕の言葉は信じてくれないんですね」

 

「それはお前が嘘を言うから……」

 

「そうですね。あなたは昔から僕の言葉を嘘だと切り捨てた」

 

千冬は見た。

照秋の千冬を見る目。

それは、明らかに失望の眼差しだった。

 

「昔僕が算数のテストで100点を採って帰ってきました。それをあなたに見せました。その時あなたはなんて言ったと思います?」

 

『どうせクラス全員が100点取れるようなテストだったんだろう。そんなもので喜ぶな馬鹿者』

 

千冬は目を見開く。

そんなことを言った覚えがない。

100点を採ったと見せに来たことは覚えているが、そんなやり取り覚えていない。

 

「僕は頑張って次の理科のテストでも100点を採りました。この時クラスでは3人しか100点を採ってないと言いました。するとあなたはこう言いました」

 

『どうせカンニングでもしたんだろう、情けない。お前がそんなに頭がいいわけないだろう』

 

言ってない!

千冬はそう言いたかったが、声が出なかった。

照秋の瞳には、涙が浮かんでいたから。

 

「あなたは僕が何を言っても、何をしても認めなかった。出来るようになっても『一夏がすぐに出来たことにどれだけ時間をかけている』。できずに時間がかかっていると『何故こんなことも出来ない』。篠ノ之道場で同門や一夏からからかわれているのを見て『情けない』。そんなことばかりだ」

 

照秋の吐きだすような言葉が、千冬に突き刺さる。

 

「僕はあなたに褒められたことなど一度もない。一夏は褒めるのに、僕は怒られるばかりだ」

 

一夏は千冬に褒められ、照秋は叱責を受ける。

それを一夏はニヤニヤと笑って見る。

どんなに頑張っても、怒られる。

どんなに結果を残しても、評価をしてくれない。

そして決定的な言葉が言われた。

 

「ある日あまりに呆れ果てたあなたは僕にこう言いました。『お前は本当に私の弟か?』と」

 

千冬は胸が締め付けられるような感覚に陥り、動悸が激しくなる。

息苦しく、呼吸が浅く、早くなる。

確かにそう思ったことはあるし、否定もしない。

だが、まさか口に出して本人に言ったとは。

全く記憶にない。

先程から照秋の口にする記憶は、千冬には全く覚えがない。

確かに照秋には厳しく教育してきた。

だが、一夏にも厳しく接してきたつもりだし、そんな差別をするような接し方はしてきていないつもり(・・・)だった。

そう、つもり(・・・)だったのだ。

 

「そうか、僕はあなたに家族と思われていないのかと納得しました。だからあんなにきつい仕打ちを受けるのかと。一夏ばかり優遇するのかと。僕が一夏から暴力を受けているのを知っていながら見ないふりをするのかと」

 

違うと言いたかった。

でも声が出ない。

一夏から暴力を受けていたことなど知らなかった……いや、薄々は気付いていたが、それでも兄弟間の問題であって姉が関わることではないただの喧嘩だと放置していたし、その程度の事だと思っていたのだ。

だが、本人から暴力と言われ、それ程過酷な事だったのかと今更驚く。

 

「一年前、僕が誘拐されたときも、犯人から言われました。『織斑千冬が言っていた。照秋なんて弟はいない』と」

 

それは違うんだ!!

確かに言ったが、決して家族と思っていないことなどない!!

千冬は震える口を動かそうとしたが、うまく動かず、声が出ない。

 

「すべてがわかりました。あなたは初めから僕の言う事を信じない、聞こうとしない。そして僕を見捨てた……ああ、そもそも家族でもなんでもないから見捨てるって言葉はおかしいですね」

 

照秋の目から涙がこぼれる。

照秋は信じてたのだ。

千冬は自分を家族だと思ってくれていると。

だから言いたくなかったのだ。

口にすれば、認めてしまう、その通りになってしまう。

だがもういい。

期待するのは止めよう。

自分の抱いていた希望は所詮夢だったのだ。

 

千冬は照秋の涙を見てやっと気づく。

私は、私たちはこんなにも照秋を傷つけてきたのかと。

私は、照秋の発していたSOSに気付かずに無視していたのかと。

私は、自分でチャンスを潰してしまったのかと。

 

「ち、違うんだ。違うんだよ照秋! そうじゃないんだ!」

 

やっと声が出たとき、もう手遅れだった。

 

「織斑先生」

 

先程より一層冷たい声に、千冬はビクッと肩を震わせる。

明らかに見えない壁が目の前にある。

”他人”という越えようのない壁が、存在する。

もう、離れてしまった関係は戻らない。

 

「もう就寝時間です。今日は疲れて寝たいので出てもらえますか」

 

「待ってくれ照秋! 話そう! すれ違ってるんだ私たちは! だから……」

 

「織斑先生」

 

必死に食い下がる千冬に、再び冷たく呼ぶ”織斑先生”という拒絶の言葉。

 

「僕たちはすれ違っていませんよ。そもそも交わってもない。そうでしょう?」

 

だって”他人”なんだから――

 

ガラガラと崩れる千冬と照秋の関係。

守るべき弟から完全な拒絶をされた。

 

自業自得

 

なんと愚かなのだろうか。

まるで道化ではないか。

今更気付く。

全て、私が間違っていたのだと。

何もかも手遅れになってから気付いてしまう。

 

放心状態となって千冬は部屋を追い出される。

そして部屋の前には厳しい視線を送る箒とマドカがいた。

 

「千冬さん、あなたが聞きたかった事とは、照秋を傷つけるための口実だったんですか」

 

箒の厳しい叱責に、盗み聞きしていたのかと怒りを込めた視線を送るが、そこにマドカが追い打ちをかける。

 

「テルの抱える悩みを知ろうとせず、自分の都合の良い事しか覚えていない。それを今更修復しようなんて考え、甘すぎて笑える」

 

言うな!

今更気付いた自分より前から気付いていたんだぞと言わんばかりの、そのあざ笑うような目で私を見るな!!

千冬はマドカに掴みかかろうと手を伸ばすが、マドカは逆にその手を掴み返し関節技を決めるように後ろに回り込む。

千冬最強伝説を知る者がこの場面を見れば信じられないだろう。

それ程あっけなく拘束された千冬は、関節の激痛に顔を歪める。

その間に、マドカは箒に部屋に入るよう顎で指示し、箒は部屋に入って行った。

痛みに顔を歪める千冬に、マドカは構わず叱責する。

 

「お前みたいな人格破綻者が子育てなんて出来るはずがないだろうが」

 

両親が突如いなくなり、姉一人で小さな弟二人を育てなければならない苦労や悩みが並みの事ではないという事は容易に想像できる。

だが、そのストレスを育てるべき弟にぶつけるなど言語道断だ。

それに、千冬は照秋と一夏の表面上しか見ていない。

一夏が照秋に対し陰で暴力を振るっていることも気づいていながら兄弟喧嘩程度だと判断し放置していた。

照秋が一人でずっと素振りをしていたことも知らなかった。

照秋が千冬にSOSを送っていたことも気付かない。

照秋の心が完全に離れていることを理解せず、納得もしていない。

そんな人間が人を育てられるはずがない。

 

「アンタは自分で修復できる道を潰したんだよ」

 

マドカは千冬を前に突き出すように腕を離す。

よろめきながらも振り向きマドカを睨む千冬に対し、見下すように笑うマドカ。

 

「これ以上テルに近付かないでくださいね。他人のお・り・む・ら・せ・ん・せ・い」

 

手をヒラヒラさせ、マドカは自分の部屋に帰った。

そしてマドカは聞こえないような声でつぶやく。

 

「あの子の姉は……私だ」

 

廊下では、千冬が一人途方に暮れ佇んでいた。

 

 

 

箒は部屋に入り、照秋を見た。

照秋はベッドの隅で膝を抱えていた。

顔は見えない。

だが、その姿は、寂しく泣いている幼子のようで。

 

「照秋」

 

箒は照秋のベッドに乗り、膝を抱える照秋を背後から優しく抱きしめた。

 

「大丈夫」

 

優しく照秋の頭をゆっくり撫でる。

 

「照秋には私がいる」

 

優しく、髪をすくように撫でる。

 

「姉さんもいるし、マドカもいる。クロエも、スコールも、オータムも。セシリアだっているし、ユーリ先生も、クラスの皆もいる」

 

抱きしめる腕に力を込める。

 

「だから、大丈夫だ」

 

照秋の頭に頬を摺り寄せる。

そして呟く。

 

大丈夫だと。

 

私たちがお前の家族だと。

 

だから、大丈夫だと。

 

照秋の体は嗚咽と共に、しばらく震えていた。



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第19話 クラス代表決定

「それでは、一組のクラス代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりで縁起がいいですね!」

 

一組の副担任、山田真耶は和やかに言った。

ここで一夏は疑問に思った。

 

「あの、俺、負けたんですけど」

 

そう言い、ああそういえばと原作を思い出した。

確かセシリア本人が辞退したんだった。

そして、一夏に惚れてしまったんだった。

ほんとチョロイな。

 

「それは、わたくしが辞退したからですわ」

 

ほらな。

なんだ、セシリアは結局俺に惚れたのか。

さすが一夏の魅力は半端ないな!

 

「あなたのようなズブの素人に大人げなく決闘を申し込んだ事を、わたくし自身反省しましたの。それにわたくしクラス代表をする余裕がなくなりましたのよ。まあ、あなたがクラス代表になれば試合回数が増え経験も積めますでしょう?」

 

……ん?

なんかセシリアの態度が依然と変わってないな。

 

「まあ、せいぜい頑張ってくださいな。くれぐれも一組の品性を疑わられるような無様な試合はなさらないでくださいましね、織斑さん?」

 

……冷たい。

セシリアがすごく冷たい。

 

「いやぁ、セシリアわかってるね!」

 

「せっかく世界で二人しかいないの男子の一人がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」

 

「織斑君は貴重な経験が積める。他のクラスの子に情報が売れる。1粒で2度おいしいね」

 

クラスメイト達は概ね好意的な反応で、山田先生もニコニコ見ている。

 

「……じゃあ、無様な姿を見せないように俺にISの指導をしてくれるのか?」

 

一夏は冷たいセシリアに、原作の流れを思い出しながら聞くと、セシリアは眉根を寄せ不快感をあらわにした。

 

「何故わたくしがあなたを指導しなければなりませんの?」

 

「え?」

 

「わたくし、改良を加えた専用機の調整で忙しいんですの。ご自分で頑張りなさいな」

 

「え?」

 

ちょっと、それは……と食い下がろうとした一夏だったが千冬がそれを遮った。

 

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 

「はーい」

 

「では、授業を始める」

 

「え……ちょっ……」

 

一夏の声は届くことなく授業が始まり、ひとり呆然としていた。

 

 

 

同時刻の三組では、同じくクラス代表の正式決定を発表していた。

 

「それでは、三組の代表は織斑照秋君です~。あ、そういえば照秋君って名前、テリヤキに似てますね~」

 

天然のユーリヤは突然わけのわからないことを言うので、生徒も付いていくのに苦労する。

 

「先生、それ関係ないし」

 

「おいしそうです~」

 

「聞いてないよあの天然教師!」

 

「スコール先生止めて! ユーリ先生を止めて!」

 

生徒は絶賛アクセル全開中のユーリアを止めるべく担任のスコールに助けを求める。

だが、スコールはふふんと鼻を鳴らし、堂々とこう言った。

 

「面白いから良し!!」

 

「先生ー!? 止めてー! 誰かこの残念美人二人を止めて―!!」

 

よくわからない混乱が起きていた。

マドカも、ここ最近のスコールのテンションの高さに引き気味だ。

 

(……昔は快楽主義ながらもクールビューティ―だったんだがなあ……)

 

今はその面影すらなく、テンションの赴くまま行動を取る。

亡国機業時代、クールビューティ―でカッコよかったスコールに少なからず憧れを抱いていたマドカにとって、今の馬鹿騒ぎにノリノリな態度は残念でならない。

 

(今のぶっ壊れたスコールを見て、オータムはどう思うかなあ……)

 

今も世界を飛び回り戦い続けるオータムに、同情の念を隠しきれないマドカだった。

 

「さあ、じゃあクラス代表になった織斑君に所信表明でもしてもらおうかしら」

 

「うわあ、さっきまでの混乱無視して話を進めるスコール先生、マジ先生!」

 

クラスメイト達は三分の二以上が海外からの生徒なのに、何気に日本のサブカルチャーに詳しかった。

 

 

 

放課後になり、照秋と箒、マドカはアリーナで訓練を行っていた。

出来るなら今日、三組クラス代表就任パーティという名のドンチャン騒ぎを催す予定だったのだが、あいにく一組が先に食堂を押さえていたためパーティは明日という事になった。

訓練時間が取られなくて喜ぶ照秋を見て、箒とマドカは「こいつの脳筋はなんとかしないとな」と考えていた。

そんな訓練に、セシリアが参加する。

 

「……なぜ貴様がいる」

 

紅椿を纏い、不機嫌な表情を隠そうともせずセシリアを睨む箒。

それに対しセシリアは優雅に笑った。

 

「あら、わたくしのブルーティアーズはワールドエンブリオの技術協力を受けてますもの。データ取りやレクチャーにご一緒するのは当然ではなくて?」

 

「ぐっ……」

 

悔しそうな箒に、マドカは諭すように説明する。

 

「諦めろ箒。セシリアの言う事は正しいし、社長からもブルーティアーズは初めての合作みたいなものだから、しっかり成長させるように言われてるんだ」

 

「……姉さん……あなたは私の敵なんですか、味方なんですか」

 

箒は呪詛のように姉への不満をブツブツ呟き、マドカは苦笑、セシリアは勝ち誇ったように胸を張って笑っていた。

 

「照秋も何か言え! 一組のセシリアが参加などおかしいだろう!?」

 

「人数が多ければそれだけ模擬戦できるからいいじゃないか」

 

「……この練習バカの脳筋め!」

 

目をキラキラさせ拳をグッと握る照秋は、練習量が増えることが嬉しいようだ。

自分に味方はいないと嘆く箒。

結局箒の独り相撲だった。

 

 

訓練終了後、部屋に帰り箒がシャワーを浴びバスルームから出てきたとき、照秋は何気なくふと疑問に思ったことを聞いた。

箒は和装の寝巻を愛用しており、火照った顔と少し濡れた髪、見え隠れするうなじがとても色っぽい。

 

「箒は何で大浴場に行かないんだ?」

 

照秋は現在大浴場が使えない。

それは男女交代スケジュールが組めていないという理由なのだが、それはともかく照秋は湯船に浸かり長湯する。

じっくり入るのが好きなのだ。

それに湯船に浸かるという行為は疲労回復、血行促進などスポーツマンには欠かせない行為なのだ。

だから現在の部屋備え付けのシャワーのみの生活は中々につらいものがあった。

箒は自由に入れるのに、何故はいらないのだろうかという素朴な疑問だ。

だが、その質問に箒は渋い顔をし口を噤む。

 

「……みんな、見るんだ」

 

「見る? 何を?」

 

「そ、その……」

 

箒は顔を赤くしてモジモジしながら自分の胸を隠した。

ああ、なるほどと納得する照秋。

箒はスタイルが良い。

同世代では抜群のプロポーションを誇るだろう。

一年生で箒より胸の大きい子などごくわずか、もしかしたらいないかもしれない。

なんか小声で「……メロン」とか言われてるのを聞いたことがあり、メロンがあるのかと周囲を探したことがあるが、あれはそういう意味だったのか。

そんな凶器を見せつけられたら、そりゃあ注目するだろう。

正直、照秋も健全な青少年であるため、箒の胸は見てしまう。

なにせ、照秋はおっぱい星人であるから、箒の胸など大好物なのだ。

ただ、なるべく見ないようにはしているのだ。

男のチラ見は女のガン見という言葉があるように、男の邪な視線はわかりやすい。

授業や訓練など集中するときは全く異性など気にしないのだが、気が抜けるときは必ずある。

常に気を張り続けることなど不可能である。

それに照秋も多感なお年頃、異性には興味津々なのだ。

そこで、照秋が間違いを起こさないように、IS学園に入る前にスコールとクロエから散々言われ、不快な思いをさせない方法という教育をみっちり受けさせられた。

その甲斐あってか、今のところボロは出ていない。

 

「箒は綺麗だからなあ」

 

「え!? そ、そうか? そうなのか……な?」

 

褒められて嫌な人間などいない。

しかも照秋は箒の想い人だ、その喜びは倍以上だろう。

てれてれと恥ずかしがり、下ろした髪に指を絡める。

 

「それだけ綺麗なんだから、みんな箒が羨ましいんじゃないか?」

 

「はぅ……だ、だとしても、ジロジロ見られては敵わんのだ」

 

恥ずかしげもなく箒を褒める照秋の神経を疑うが、そんなことを気にする照秋ではない。

そんなものかと照秋は首を傾げる。

まあ、箒が恥ずかしがり屋なだけかもしれないが。

 

「俺もなるべく見ないようにしよう」

 

「照秋は構わんぞ!」

 

「え、そう?」

 

「ああ! 私は一向に構わん!!」

 

箒はそう言うが、それでも10代の男子はついエロい目で見てしまうものだ。

その辺りを理解し、注意している照秋はなるべく見ないようにしようと思った。

 

「ああそういえば、趙さんが言ってたんだけど、なんか明日二組に転入生がくるらしい」

 

「……転入生?」

 

箒は未だ顔が赤かったが、強引に話題を変えた照秋の意志を組み取り乗ることにした。

 

「なんでも中国の代表候補生らしい」

 

「なるほど、だから趙が知ってたのか」

 

趙は中国出身で代表候補生だから、その辺の情報が早かったのだろう。

 

「趙さんはなんか嫌そうな顔してたけど」

 

「それについては調べがついている」

 

突如部屋に入ってきたマドカに驚く照秋と箒。

たしか鍵をかけてたはずなのに、事もなげに入ってくるマドカはいったい何をしたんだろうか?

だが、二人とも「まあ、マドカだからなあ」で済ませた。

 

「その中国代表候補生の名前は凰鈴音(ファン・リンイン)だ」

 

「……凰?」

 

マドカから告げられた名前に照秋は眉を顰める。

聞いたことがある名前だったからだ。

 

「ああ、小学五年から中学二年まで日本で暮らしていた。そしてテル、小学校はお前たち二人と同じ学校だ。まあ、箒が転校してからだがな」

 

「ああ、あの子か」

 

「なんだ、知ってるのか?」

 

若干箒の視線がきつくなる。

私のいない間に、他の女にうつつを抜かしていたのか?

先程の喜びが一気に醒めていく。

 

「確か一夏と同じクラスだったような」

 

「ほう」

 

照秋とは同じクラスではなかったという事で箒の機嫌が一気によくなった。

 

「何回か家にも来たけど、まともに話したことないなあ。一夏に部屋を出てくるなとか言われたりしたし、竹刀の素振りとかで家にいなかったりしたし」

 

「……アイツはなんなんだ?どれだけ照秋を目の敵にしてるんだ?」

 

「小物臭がプンプンするな」

 

箒とマドカの一夏に対する評価はストップ安更新中だ。

 

「でも、彼女の家が中華料理屋だったから何回か食べに行ったなあ。おいしかったなあ、エビチリ」

 

「照秋はエビチリが好きなのか?」

 

箒は照秋の好きな食べ物を聞くチャンスだと思い、食いつく。

以前この話題を振ったが、嫌いなものが無いから何でも食べると言われた。

好きなものは?と聞くと「食べれるもの」というザックリな回答。

照秋は食に関して特に頓着はしないようだ。

 

「あのプリプリの食感とチリソースがいいよね。あ、エビマヨも好きだよ」

 

「エビが好きなのか?」

 

「どうかな? ああ、凰さんは酢豚をよく一夏に食べさせてたなあ」

 

「その情報はいらん」

 

箒は一夏情報をバッサリ切る。

本当に一夏に関する情報はどうでもいいと思っていて、知りたいとも思っていない。

 

「その頃の凰鈴音の人間性はどんなだったか覚えてるか?」

 

マドカが箒の照秋好きなもの情報聞き込みに割り込み話を戻す。

照秋は天井を眺めながら自分の知る凰鈴音の情報を思い出してみた。

 

「……大人しい子だったかな? あまりしゃべらない子ってイメージがある」

 

「そうか。だが、現在は真逆だぞ」

 

「え?」

 

「中国に帰ってからISの適性が高いことが分かり訓練を積み、一年で代表候補生に名を連ね、さらに第三世代機の専用機を与えられている、いわゆる天才だな。だからかどうか知らんが、今の凰鈴音は傲岸不遜、傍若無人、唯我独尊といった感じだ」

 

趙も、そんな性格を知っていたからあまりいい顔をしなかったのだろう、とマドカは付け加えた。

 

「だが、何故今頃IS学園に?」

 

箒は至極真っ当な疑問を口にした。

代表候補生で、しかも専用機持ちならセシリアのように初めから入学して学園で稼働試験やデータ取りを行うべきではないのか。

 

「当初中国政府からは命令をされていたようだが、断っていたらしい。だが、二月下旬ごろ急にIS学園に入ると自分から言い出したのだそうだ」

 

「二月?」

 

何かあったか?と箒は首を傾げ、記憶を探るが、思い当たるものが無い。

 

「織斑一夏がISを起動させ世界に報道された時だ」

 

なるほど、と箒は頷いた。

凰鈴音が今更IS学園に転入してくる理由、それは。

 

「織斑一夏に逢うため、か」

 

同じ恋する乙女としてその行動力は賛同するし、共感するが、よくそんなわがまま中国政府がすんなり認めたものだ。

自分も照秋と同じ学校に通うという夢を願い、叶うと飛び上がらんばかりに喜んだものだ。

 

「凰鈴音がIS学園に入学しないと言ったから、代わりに当時代表候補生でもない趙が政府から試験を受けるように要請を受け、本人の努力もあり無事入学でき、その努力を評して代表候補生になったわけだ」

 

お祭り大好きといっていた趙だが、いろいろ大変な立場のようだ。

箒と照秋は趙の認識を改めることにした。

 

「明日、二組に編入されるそうだ。そして、おそらくクラス代表になるだろうな」

 

「ん? 二組はもうクラス代表が決まってるだろう?」

 

「言っただろう、傲岸不遜、傍若無人、唯我独尊だと。自分が目立つためなら何でもするだろうさ」

 

そこまでわがままな奴なのかと箒は驚き、照秋は自分の知る凰鈴音のイメージとかけ離れていることに唖然としていた。

そして三人は、二組の現在のクラス代表生徒と、担任の苦労する姿を想像して、合掌した。

 



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第20話 クラス代表パーティと凰鈴音

趙の言うとおり中国代表候補生の凰鈴音が二組に転入し、マドカの言うとおり代表候補生が凰に代わっていた。

一体どれだけ行動力があるのかと感心するスピードである。

趙は鳳の事が苦手らしい。

 

「なんか、いつも自信満々で何でも簡単に出来る子だから、出来ない子を馬鹿にするのよ」

 

中国でのIS合同訓練で初めて会い、課せられた訓練を凰はなんでもすぐにこなして行ったそうだ。

そこで、周囲の出来ない人間、そこには趙も含まれて居たそうだが、その子らにこう言ったらしい。

 

「こんなことも出来ないの? あんたらもう辞めたら?」

 

これで中国のIS操縦同期の大半を敵に回したそうだが、彼女は現中国の国家代表に気に入られていたそうで、それを盾にして言いたい放題。

その代表も凰には軽く注意し、周囲の人間には大目に見てやってくれと擁護する始末。

そんな感じで凰は同期の中で孤立していくが、実力は確かで、ついに代表候補生に大抜擢、さらに凰が増長し、仲の良い国家代表の女性も手が付けられなくなった。

それ程増長したからこそIS学園に入学しろという中国政府の命令も拒否するという暴挙に出れるのだろう。

そこで趙や他数名に授業料や生活費免除という特典をちらつかせIS学園に入学するよう命令、見事努力の甲斐あって趙はIS学園に入学できた。

さらに代表候補生に格上げされ、家族の生活保障までしてくれたので万々歳だ。

 

それを聞いた箒はぽろぽろ涙を流していた。

 

「おまえ……! 苦労したな……!」

 

エエ話や……エエ話や……! とつぶやく箒。

どうやら保護プログラムで転々と移転を繰り返していた箒は関西に住んでいたこともあるようで、たまに関西弁が出る。

周囲で趙の話を聞いていたクラスメイト達も趙に同情の目を向け、慰めはじめた。

 

「いやいやいや、たしかに凰さんは苦手だけど、私そんなに苦労したと思ってないし、むしろラッキーって思ってるし?」

 

趙の強がりと聞こえる言葉に、さらにクラスメイトは同情の目を向けた。

趙・雪蓮、代表候補生なのに、まったく代表候補生らしくない苦労人だった。

 

「というか、凰のその態度はまんま織斑一夏だな」

 

マドカは腕を組んでため息をつく。

もしかしたら転校するまでの数年で相当自信を付けたのか、それとも一夏をリスペクトして同じように振る舞っているのだろうか?

どちらにしても面倒臭い性格には変わりない。

 

「本当にうるさい方でしたわ」

 

はふぅと頬に手を添えため息をつくセシリア。

HRが始まる前に一組に宣戦布告という形で凰が乗り込んで来た。

そして嬉しそうに一夏と話す凰は、織斑千冬の登場によって拳骨強制退場という形で二組に帰って行った。

そこでやたらギャーギャー騒ぐ凰をみたセシリアは、どれだけ天才だろうがこんな淑女足り得ない女に負けたくないと心に誓ったのだそうだ。

そして休み時間になり三組にきてそれを愚痴るセシリア。

 

「おまえ何気に頻繁に三組にいるが、一組に友達居ないのか?」

 

「いますわよ! 失礼ですわね!!」

 

断固否定するが、そんなセシリアを、マドカは生暖かい目で見ていた。

 

「ああ、お前の脳内だけだろう? たぶん、そう思っているのはお前だけなんだろうな。うん、私はわかってるから、もう何も言うな。な?」

 

「ああもう!! 何故あなたはそう人を馬鹿にするんですのマドカさん!!」

 

「いいさ、私にその怒りをぶつけてストレス発散してくれ。さあ、バッチ来い」

 

「きいいいぃぃーーーっ!!」

 

セシリアも大概やかましい。

淑女はどうしたと言いたい。

 

「実力はどうなんだろう?」

 

照秋は凰の戦力が気になるようだ。

それを聞いたクラスメイトや箒、マドカ、セシリアは、「コイツ本当に脳筋だな……」とか思っていた。

 

「まず中国は人口も多く代表候補予備軍がかなりの数いるから、競争率は世界でトップだ。そんな国で一年で大抜擢、さらに専用機持ちだ。実力はかなり高いと見ていいだろう」

 

後で資料と映像を見て研究しよう、とマドカが言い、照秋は頷く。

 

「マドカさんも大概ですわねえ」

 

セシリアは呆れる。

それに同意するクラスメイト達。

マドカは、そんな周囲の反応にムッとした。

 

「なんだ、今度のクラス対抗戦で照秋を優勝させるためには、いやそもそも戦いには情報が最重要なんだぞ。おまえら、食堂のデザート半年フリーパスいらないのか?」

 

「欲しいです!」

 

「タダという悪魔の契約!!」

 

「スイーツという甘美な名前!!」

 

「おいしゃーす!!」

 

「わかればいいんだ」

 

突如一斉にマドカと照秋に頭を下げるクラスメイト達に、セシリアはビクッとした。

 

「デザート半年フリーパス……わたくしも一組のために織斑一夏を鍛えようかしら……」

 

「ああ、あんなヘタレの勘違い野郎に優勝は無理だ。潔く諦めろ」

 

「……ですわよねえ……」

 

セシリアの希望的観測をバッサリ真っ二つにするマドカ。

だが、セシリアも理解はしているので反論することなく、ため息をつくのだった。

 

 

さて、授業も終わり、照秋と箒は今日は剣道部の部活に参加した。

とはいえ、今日は夜から三組クラス代表就任パーティーがあるため早めに切り上げることになる。

そんな練習時間が減ることにものすごく残念そうな表情の照秋が何ともいえずかわいかったのだそうだ。

誰が言ったかはご想像におまかせする。

 

 

夕食を食べ終え一旦部屋に帰り明日の授業の準備をし、改めてパーティーに参加するため照秋と箒、マドカは食堂へ向かった。

途中でセシリアと会い、セシリアもパーティーに参加すると言い出した。

 

「昨日の一組のパーティーにも他のクラスの方が参加してましたわ」

 

まあ、あまり娯楽がない学園だから、こういったイベントに参加したいという気持ちはわかる箒とマドカは、特に反論することなくセシリアも連れて食堂へ向かう。

そんな途中で、再び照秋たちの前に生徒が現れた。

その生徒は身長が女児平均より少し低く、全体的に小柄だった。

栗色の挑発をツーテールにし、制服も肩の部分を見せるような改造を施している。

勝気な表情で、八重歯が見える不敵な笑みを浮かべ、自信満々といった感じで胸を張って照秋たちの進路をふさぐ。

 

「何の用だ、二組の転入生、凰鈴音」

 

マドカがわずかに体を移動し、照秋をいつでも庇えるように構える。

箒は、コイツが凰鈴音かとジッと観察し、セシリアは眉を顰めていた。

 

「あんたらには用は無いわ。用があるのは照秋によ」

 

ビシッと照秋を指さす凰に、少し驚く照秋。

だが、照秋は小学生のとき凰とほとんど話をしたことが無い。

いきなり用があると言われても心当たりが思いつかない。

悩んでいると、不敵な笑みから一転、ニコリと微笑む凰。

 

「久しぶりね、照秋」

 

「あ、はい、そうですね。お久しぶりです」

 

とりあえずビッと姿勢正しく会釈をする照秋。

 

「やだ、なんで敬語なのよ。それに久しぶりに会ったんだから、もっと喜びなさいよ」

 

「はあ……」

 

かなりフレンドリーに話しかけてくる凰に、照秋は戸惑う。

先程も記述したが、照秋は凰とほとんど話をしたことが無い。

友達かと問われると、そこまで親しい間柄だとは言えないだろう。

 

「昔話に花を咲かせたいのだろうが、我々は急ぎでな、また今度にしてくれるか」

 

箒が食堂へ行くよう促すと、凰は箒を一瞥して「あたしも付いていく」と言い出した。

セシリアがいる手前、他のクラスの人間はダメとは言えず、一緒に食堂に行くことになった。

その間、凰は照秋にマシンガンかと思うほど話しかけていた。

 

「中学はどんなだったの?」

 

「剣道続けてるの? え、全国大会優勝!すごいじゃない!!」

 

「友達できたの? そう、よかったわね」

 

等々。

照秋は適当とは言わないが、簡素に応え、それに満足そうに頷く凰。

結局、食堂に付くまで凰はずっと照秋を質問攻めにした。

 

 

「それでは、織斑照秋君! 三組クラス代表就任おめでとー!」

 

「おめでとー」

 

皆一斉にソフトドリンクの入ったグラスを持ち上げる。

そして各々持ち寄った菓子をテーブルにぶちまけ、ワイワイと楽しみ始めた。

結局、照秋をダシにして彼女たちは騒ぎたかったのだろう。

食堂にはクラスの人数以上の人間がいた。

本当に他のクラスの子もいるようだ。

 

照秋は中央のテーブル、いわゆる「お誕生日席」に座り、チビチビソフトドリンクを飲んでいた。

右には箒、左には何故か一組のセシリアが座り、マドカは照秋の近くで菓子を食いながら照秋を見張る。

 

照秋もこういったみんなでワイワイ楽しむことは好きなのだが、如何せん今までの付き合いは男ばかりだった。

色々な香水の匂いが立ち込め、きゃいきゃい甲高い声が響くイベントには免疫などないのだ。

照秋からすれば、異空間である。

だから、どう対応すればいいのかわからず、とりあえず大人しく飲み物と目の前の菓子を口に入れることに専念した。

頻繁に照秋に近寄り話しかけてくるクラスメイトや、少しでもお近づきになりたいと思っている他のクラスの子にしっかり対応するのだが、それを横で見ている箒とセシリアはだんだん不機嫌になってくる。

他の生徒よりもっと自分たちをかまえと顔に書いてある。

 

「人気者だな」

 

「本当に、楽しそうですわね」

 

皮肉を言う二人に、照秋はニコリと笑いかけ言った。

 

「みんな楽しそうにしてるからね。みんなが楽しいんならそれが一番だよ」

 

なんとも達観した返答をする照秋に、箒とセシリアはあきれ果てた。

 

「お疲れ様照秋」

 

人の波がひと段落したとき、凰がグラスを片手に持ち照秋に近寄ってきた。

 

「クラス代表おめでとう」

 

グラスを突き出してきたので、照秋も自分のグラスを持ち上げ、チンとグラスを傾ける。

 

「ありがとうございます」

 

「だから、同い年なんだから敬語じゃなくていいって。……あのさ……」

 

苦笑する凰は、何か言おうと口を開いたとき、乱入者が現れた。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑照秋君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

新聞部と名乗る生徒のリボンを見ると、色が違った。

上級生なのだろう。

 

「あ、私は二年の黛薫子(まゆずみかおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

照秋は黛と名乗る子から名刺を受取る。

画数の多い名前だなと思ったが、黛は間髪入れずに話をしてきた。

 

「では、ズバリ織斑照秋君! クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

ボイスレコーダー片手に期待の目を向ける黛。

だが、照秋はそんな期待に応えれるボキャブラリーはない。

 

「精一杯頑張ります」

 

簡潔に応える照秋に、黛はこれ見よがしにため息を吐いた。

 

「は~。お兄さんの一夏君といい、君といい、なんでそんな無難な事しか言わないの?」

 

理不尽な不満である。

昨日は一組のクラス代表就任パーティーを開き、黛は取材に来た。

そして照秋同様の質問をしたが、同じような返答をされ、結果ねつ造すると言い出したのだ。

 

「確かこの方、昨日も同じようなことを織斑一夏に聞いて、最後にはねつ造するとか言ってましたわ」

 

セシリアはジト目で黛を見ると、黛はあははーとごまかし笑う。

そんな黛に対し、照秋はビシッと背筋を伸ばしまっすぐ答えた。

 

「精一杯頑張ります」

 

「あ、もうちょっと気の利いたセリフないかなー?」

 

「精一杯頑張ります」

 

「あのー、ね?」

 

「精一杯頑張ります」

 

「……はい、そう書きます。ねつ造もしません」

 

照秋が頑固一徹と一貫してしまい、取りつく島も無くなった黛はがっくり肩を落とし折れた。

そして、何故かそれを見てふふんと鼻高々な態度の箒とセシリア。

 

「そ、それじゃあ、照秋君とクラスの子たちで写真撮影しましょうか」

 

黛がそう言うと、マドカがこちらに近付き黛に拒否しようとするのがわかった。

企業に所属する照秋には肖像権というものがあって、マドカや箒は代表候補生であるし照秋に関しては世界で二人だけのIS男性操縦者だ。

各メディアはこぞって照秋を映そうと躍起になる。

そこでワールドエンブリオ社が許可を出さない限り撮影や取材はできないと発表。

当然だろう、照秋はワールドエンブリオにとって「商品」と同義なのだ。

もちろん社長である篠ノ之束が照秋を商品だとは思っていない。

そういう「表向きの理由」で世間を納得させ、過剰なマスコミ報道と取材をけん制したのだ。

マドカは照秋の事を思って行動を移そうとしたのはわかる。

だが、照秋はそれを軽く手を差し出し制した。

そんなことをして場の空気を悪くさせたくなかったのだ。

それを察したマドカは、小さく頷くと黛を通り過ぎ照秋の背後に立ち小声で言う。

 

「まったく、お前は周りに気を遣い過ぎだ」

 

「いいじゃないか、この学園内くらいは」

 

「ふっ、まあいいさ」

 

お互い見ることなく小声で会話を交わし、小さく笑う。

照秋の横でその会話を耳聡く聞いていたセシリアは、マドカが何をしようとして、照秋が何を止めたのかわかり、その寛大な処置にまた照秋への好感度が上がった。

反対側で箒だけがわけがわからず首を傾げていた。

 

にこやかに笑う照秋、そしてその周囲に集まる笑顔のクラスメイト達。

そんな光景を目を細め少し離れた距離で眺める凰は、何も言わず食堂を後にした。

 



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第21話 凰鈴音の本性

翌日、照秋は凰に呼び出された。

 

「二人きりで話がしたい」

 

そう言われ、なんとかついて来ようとする箒とマドカを説得し一人で指定された場所の屋上へと赴く。

だが、箒とマドカは嫌な予感がしたので照秋を尾行していた。

照秋は気配に敏感なため、あまり近くに寄りすぎると気付かれてしまうためそこは慎重だ。

そして屋上には照秋以外の生徒も行き来する。

IS学園は珍しく屋上を常に開放している学校なので、昼休み以外にも屋上に来る生徒は多い。

だが、この時間はそれほど多くはなく、見たところ4~5人程度だった。

そんな生徒たちに紛れて屋上へ行く箒とマドカ。

 

「しかし、代表候補生というのは屋上に呼び出すのが好きだな。流行なのか?」

 

「なんの話だ?」

 

「以前、私もセシリアに屋上に呼び出されたことがある」

 

「そうなのか」

 

そんな会話が出来る程度の空気だったが、屋上に着き死角となる場所で見張っていると凰が来た。

 

「来てたの。早いわね」

 

凰がにこやかな笑顔で照秋に近付く。

だが、その表情に照秋はわずかに首を傾げた。

 

……昨日となんか雰囲気が違う?

 

昨日、照秋のクラス代表パーティーで会ったときはもっと柔らかい雰囲気だったが、今は勝気な、自信あふれる感じが漂っている。

 

「とりあえず、あんまり時間もないから、コレ」

 

そう言って凰は一枚の紙を照秋に渡した。

照秋は渡された紙に書かれている字を見た。

中国語で書かれていたため読めなかったので、ISの機能を使って自動翻訳して文章を読む。

 

「サインして。ハイこれペンね」

 

凰は照秋にボールペンを渡そうとするが、照秋はそれを受け取らず、紙から凰へ目線を移した。

その眼は、怒りを宿していた。

 

「なんなんですか、コレは」

 

「何って、契約書よ」

 

あっけらかんと言う凰。

契約書、それはいい。

だが、書かれている内容が問題なのだ。

 

「こんな契約が成り立つと思ってるんですか? ようするにワールドエンブリオの全権を中国政府に委ねろ、そういう事でしょう、ここに書かれていることは」

 

「そうね」

 

凰の持ってきた契約書は、中国政府の契約という名の一方的命令だった。

ワールドエンブリオの持つ技術力、IS、パイロットのすべてを中国政府に管理させること。

社長は退任、社員、パイロットは全員中国籍取得、日本政府から譲渡されたISコアも中国政府が徴収する。

はっきり言って無茶無茶な内容だ。

これが成り立つと思っているのだろうか。

 

「お断りします」

 

照秋は当然契約書を凰に突き返す。

そんな返答も予想していたのだろう、凰はニコリと笑い、急にキッと照秋を睨んだ。

 

「ごちゃごちゃ言ってないでアンタは黙ってサインすりゃいいのよ!!」

 

突然の怒声に、屋上で休憩していた他の生徒が驚き凰と照秋を見た。

そして、関わりたくないと、そそくさと屋上を出ていく。

 

「アンタみたいな出来損ないでもまともに扱えるISをあたしたちが有効活用してやるって言ってんのよ! ありがたく感謝してもらいたいくらいだわ!!」

 

先程までの笑みが嘘のように、その顔は怒りに染まっていた。

釣り目がより吊り上り、八重歯が獣の歯のように見える。

 

「あんた、中学校でちょっと強くなったからって調子にのらないでよね! あんたなんか一夏の足元にも及ばないんだから!!」

 

「……なんでそこで一夏が出てくるんですか? これは国と企業の話ですよね」

 

照秋は冷静に、というより冷めた表情で凰を見ていた。

ああ、こっちが本性か、昨日のあの親しげな態度は猫を被ってたんだなと納得する。

 

「一夏から聞いたわよ。出来損ないのアンタがISを自分よりうまく乗れてるって。きっとアンタのISの性能が良いからだって!」

 

凰はツインテールを振り乱し照秋に詰め寄る。

 

「一夏は努力してる! 必死に努力してる一夏を馬鹿にするみたいにズルして力を手に入れて! そんなんで一夏に勝ったつもり!!」

 

凰は何を言っているのだろうか?

一夏が努力している?

確かにしているのだろう。

見たことはないが。

 

「そんな卑怯者がいる企業を中国政府が上手く使ってやるって言ってんのよ!! ありがたく思いなさい! ほら、早くサインしなさいよ!!」

 

照秋に無理やりボールペンを持たせ、紙にサインさせようとする凰。

さすがにやり過ぎだろうと、照秋は凰の手を振りほどき、すばやくバックステップし距離を置く。

 

「……なんのつもりよ」

 

凰は照秋を睨む。

対して、照秋は冷めた目で凰を見つめる。

 

「一夏がどれだけ努力したのかは知らない。でも俺もずっと自分なりに努力してきた」

 

だからこそ全国中学剣道大会で優勝出来たのだし、自信も付いた。

ISの操縦もスコールとマドカから師事を受け、箒と訓練を繰り返した。

まだまだ未熟なことは自分が十分理解している。

だからこそ、訓練するのだ、練習するのだ。

 

「出来損ないのアンタがどれだけ頑張っても一夏には追いつけないわよ!!」

 

凰は、どういう情報でここまで照秋を敵視し、見下すのだろうか。

 

「小学校の時のアンタは、いつもいつもウジウジして、ビクビクして、一夏の手を煩わせて! アンタがいるから一夏はアンタを躾ける必要があったのよ!!」

 

躾ける。

この言葉を聞いて、照秋は理解した。

ああ、凰は自分が一夏から暴力を受けていることを知っていたのだ。

それを知っていても助けることなく、むしろ、一夏の手を煩わせる照秋が悪いと言い放つ始末。

昨日のパーティの参加は照秋を観察するためだったようだが、どうやら鈴の目には照秋は小学生時代と大差ない成長をしたと見えたようだ。

若しくは、一夏からなんらかの情報を吹き込まれていると考えられる。

以前一夏は照秋に突っかかってきたときになんだかんだと言いがかりをしてきた。

そして一夏は照秋が何か卑怯な手を使って今の力を手に入れたと勘違いし、それを鈴に吹き込んだのだろう。

照秋は、大きく息を吐き、凰を睨んだ。

 

「アンタみたいに弱い自分を変えようと努力しない人間は見ていてイライラするのよ!!」

 

「……俺は昔と変わっていないと?」

 

反論する照秋に、ハンッと鼻を鳴らす凰。

 

「イカサマして強くなった奴の、どこが変わるっていうのよ」

 

「……そうか」

 

呟く照秋。

途端、周囲の空気がピリッと張りつめる。

いきなりの事に、凰は目を見開き照秋を見た。

この空気……これは……

 

「何よ、アンタ、ここであたしとやりあう気?」

 

目を細め、ニヤリと笑う凰。

自身の才能に絶大な自信を持つ凰は受けて立つ構えだ。

凰は気付かない。

イカサマをして簡単に力を手に入れようとする人間が、周囲の空気を変える程の覇気など纏えないということを。

 

「この事は社に報告し、正式に中国政府に抗議させていただきます」

 

構える凰を余所に、照秋は書類を折りたたみ胸ポケットへと入れる。

そして、ゆっくりと凰を見て、言った。

 

「俺が努力していないかどうか、今度のクラス対抗戦でわかるだろうさ」

 

照秋はそう言い、凰の横を歩き屋上を後にした。

 

「……なんなのよ」

 

呟き、ダンッダンッ! と地面を踏みつける。

 

「なんなのよアイツ! 偉そうに!! 照秋の分際で!!」

 

凰は苛立たしげに地面を踏み続ける。

思い浮かべるのは、いつも自信なさげな表情でおどおどする照秋。

一夏に殴られても、ただ泣くだけで反抗せず謝る照秋。

誰かが助けてくれると、誰かが気付いてくれると願うだけで行動を起こさない照秋。

 

――まるで昔の自分を見ているようだ。

日本に転校してきて、言葉もおぼつかない自分に、友達などできず、逆に虐められる毎日。

それに反抗しようにも、自分はひとり、相手は自分以外の人間。

勝てるはずもない、と諦め泣く毎日。

一夏が助けてくれなかったら、今の自分は無い。

だからこそイラつく。

一夏は照秋を鍛えるためにああやって暴力という形で接していたのだ。

照秋のために、あえて憎まれ役を買って出ていると一夏自身が告白してくれた。

 

『俺がああやって接していれば、いつか照秋が反抗して殴り返してくる。それを俺は待ってるんだ』

 

荒療治だと思うが、照秋のような根性が捻じ曲がった人間には丁度いい方法だ。

自分は一夏に助けられた。

そんな一夏の気持ちも知らず、手を差し伸べられている事にも気付かず不正に手を出す照秋を許さない。

 

「……潰してやる」

 

照秋を、潰してやる。

あいつに関わる全てを、潰してやる!

 

鼻息荒く、凰は屋上を後にした。

 

 

 

 

「……恋は盲目とは言うが、あそこまで行くと病気だな」

 

マドカは呆れた表情でしばらく地団駄を踏んでから屋上を後にする凰の背中を見る。

横では憤怒の表情の箒がマドカに掴みかかる。

 

「おいマドカ、なぜ止めた!」

 

「出ていく必要がないからだ」

 

怒る箒をあしらうマドカ。

照秋が一方的に罵倒される姿に我慢できなくなった箒は、照秋の元へ行こうとしたのだが、マドカに止められた。

そして、最後まで止められ、出ていくタイミングを逃してしまったのだ。

こんなに薄情な奴なのかと箒はさらに怒りをあらわにするが、そうではなかった。

マドカは自身の拳をきつく握りしめていた。

爪が皮膚を突き破り、血が出る程に。

 

「あの程度の小物、私たちが出ていく必要も無い」

 

マドカは握りしめる拳を解き、爪で傷ついた手のひらにハンカチを当てる。

 

「あの思い上がった小娘は、後悔するだろうさ」

 

マドカは、暗く濁った瞳で、口を三日月のように歪め笑った。

 

「照秋を、私たちワールドエンブリオを敵に回すということのリスクをな」

 

マドカは静かに嗤う。

それを見た箒は、ゾクリと震えた。

 

 

 

放課後、マドカはすみやかに篠ノ之束にこの事を報告した。

 

「――というわけだ」

 

「それは許せないね!!」

 

束は、マドカから報告を受けるやプンプンと怒る。

束の横で、クロエが空間投影キーボードを忙しなく叩き情報を収集している。

ちなみにクロエは黒いバイザーを付けていた。

 

「束様、やはり中国からも竜胆の発注が来ています。しかも何やら自分たちに都合の良い条件を出して無理矢理タダ同然で手に入れようとしていますね」

 

「拒否しなさい! ついでにウィルス送っといて!!」

 

「かしこまりました。あと中国政府の隠している数々のスキャンダルを証拠映像と共に世界中にばら撒きます」

 

「よろしくぅ!」

 

テキパキと指示通り行動するクロエ。

冷静に対処しているように見えるクロエだが、その実かなりご立腹のようだ。

 

「で、どうする?」

 

マドカは束にこれから、凰をどうするか聞く。

マドカが潰しても構わないが、それでは面白くない。

 

「ふふん、任せといて! その小娘と、ついでにアイツに痛い目見てもらう算段は付いてるから!!」

 

自信満々な束。

アイツとは、恐らく織斑一夏のことだろう。

そんな束を見て、マドカは思った。

 

(たぶんロクでもない事だろうな。最悪私たちも巻き込まれるだろうから、覚悟しとくか)

 

マドカの予感は当たる。

それも予想以上にハッスルした束による過剰介入によって。

 

 



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第22話 クラス対抗戦と乱入者

クラス対抗戦当日

 

この日のスケジュールとしてアリーナ毎に一年、二年、三年と分け、一回戦、二回戦最後に決勝戦といういわゆる「ワンデイマッチ」で進行していく。

本来ならば一つのアリーナですべての学年を行った方が効率は良い。

特に今年の一年は話題に事欠かない。

一学年に専用機を7機所持、さらに世界に二人だけの男性操縦者がいる。

上級生も見たいと思うだろうが、それだと全学年が一つのアリーナに集まり混雑する。

不測の事態の時にすみやかに避難できるように分散させる必要があるのだ。

そのため、各学年のクラス対抗戦にはその学年の生徒しか観戦できないようにした。

もちろん生徒の反発の声が上がったが、教師をはじめ、生徒会長が黙らせた。

生徒会長である更識楯無は、何か嫌な予感がしたのだ。

クラス対抗戦で、何かが起こるという、予感が。

だから、教師と相談、協議したのである。

 

さて、一年のクラス対抗戦であるが、第一試合は一組対二組、つまり織斑一夏対凰鈴音だ。

二回戦が三組対四組、織斑照秋対更識簪(さらしきかんざし)となっている。

更識簪は日本の代表候補生で専用機持ちであるのだが、ある理由で専用機が完成しておらず、今回のクラス対抗戦は学園の訓練機である打鉄で参加するとのこと。

 

一夏と照秋が同じピットで、凰鈴音と更識簪が反対側のピットで各々準備に取り掛かる。

一夏はクラスメイト数人を侍らせ談笑しているが、照秋の周囲は箒とマドカ、そして何故かセシリアが固め、照秋は黙々と準備運動を行っていた。

 

「更識簪の専用機は倉持技研が担当していたんだが、織斑一夏の専用機を優先して作るよう政府に言われて後回しにされたそうだ。それで、更識簪は開発中の専用機を引き取り自分で作ると言い出し、未だ未完成というわけだな」

 

マドカが調べていたことをつらつらと話す。

マドカにかかればプライベートもあったもんじゃない。

 

「倉持技研はそんなにスタッフがいないのか?」

 

箒は照秋の柔軟体操を手伝うべく、照秋の背中を押す。

照秋は足を180度に開きながらも上半身がペタンと地面に着く。

背中を押している箒も、そしてそれを見ていたセシリアもこれには驚いた。

 

「倉持技研はそもそも会社じゃなくて政府から援助金を受けて製作する研究所だからな。少数精鋭で細々やりくりしているところで、篝火(かがりび)ヒカルノという所長が一人突出した技術を持っているんだ」

 

まあ、篠ノ之束の足元にも及ばん『ただの天才』だがな、と付け加える。

そんな『ただの天才程度』の一人に頼り切りの研究所が、同時に二つの第三世代機を制作するというのは土台無理な話なのだ。

 

「それで今回は打鉄での出場ですか。織斑一夏はそのことを知っているのかしら」

 

「いや、知らんだろうな。知っていたとしても別にアイツのせいではないし、謝るのも筋違いだ。根本は政府の発注ミスと倉持の技術力の無さだ」

 

マドカは、そう言って、セシリアを見た。

 

「それよりもだ、お前は一組だろう? あっちに居なくていいのか?」

 

マドカはチラリと一夏を見る。

一夏は未だに準備せずクラスメイトと談笑している。

セシリアは厳しい視線でそれを見ると、フンと鼻を鳴らした。

 

「かまいませんわ。わたくしが織斑一夏を嫌っていることはクラスでも知られていることですし」

 

「おまえ、世渡りがヘタクソだなあ」

 

セシリアの態度に、マドカは苦笑する。

セシリアの言いたいことはわかる。

クラスの代表として、クラスメイト達の期待を背負って戦わなければならないのに準備運動すらせず談笑している体たらくぶり。

余裕の表れなのか、舐めてるのかわからないがセシリアでなくとも呆れるだろう。

逆に照秋はすでに試合モードに入っており、ストレッチを終えると専用機[メメント・モリ]の最終チェックを黙々とこなしている。

真剣な表情で投影ディスプレイを見て同じく空間投影コンソールを巧みに操作する照秋に、箒とセシリアは、頬を染めつつため息を吐く。

 

「いいなあ……照秋の凛々しい顔……カッコいいなあ……」

 

「ああ、物語の中の騎士のようですわ……セクシーですわぁ……」

 

「お前らも大概だな」

 

マドカはピンク脳の二人にあきれ果てた。

しかし、と思考を切り替える。

先日の話から、束が何かしらアクションを起こしてくるのは決定事項だ。

今回の対抗戦にしても、組み合わせはコンピュータで自動選出したという話だが、これにしても束が操作した可能性は高い。

いや、確定していると言ってもいいだろう。

こんな都合よく『第一試合』で『織斑一夏対凰鈴音』なんてマッチングは、束がこれから行うであろう事柄を知る人間が見れば疑うに値する。

一応、束がなにかしら騒ぎを起こすという事はスコールには報告している。

大丈夫だとは思うが、他の生徒に危害が及ぶ可能性もあるのだから、教師に生徒たちのすみやかな避難誘導をさせるため情報は必須だ。

スコールも了承し、丁度そのことを聞いたときに生徒会長の更識楯無が学年別にアリーナを分けるという案を提示してきたので、特に怪しまれることもなく事が進んだ。

 

『織斑一夏、アリーナへ出場しろ』

 

織斑千冬のアナウンスがピットに響く。

一夏は、クラスメイトに手を振りながら白式を纏い、発射口へと移動する。

その時、チラリと照秋たちを忌々しそうに睨み、アリーナへと飛び立っていった。

そして、睨まれた面々だが……

 

照秋……集中しているため気付かず

箒……雑魚の睨みだと鼻で笑う

マドカ……殺すか?と殺気を込めて睨む

セシリア……小物臭がプンプンしますわ、と汚物を見るような目で見る

 

結局、だれの脅威にもなれなかったうえ、よけいに反感を買っただけだった。

 

 

 

第一試合が始まった。

 

一夏は思いのほか動きが良かった。

クラス対抗戦が行われるまでの間、凰と一緒に練習をしていたようである。

だが、それでも照秋の動きには到底たどり着かない動きだが。

 

基本白式は雪片という刀剣型武装一つしかなく、近接戦闘オンリーの欠陥機である。

対して凰の操るISは甲龍(シェンロン)という中国の第三世代機である。

燃費向上をコンセプトに制作された機体は、双天牙月という大型青竜刀を基本武器としている。

さらに龍咆(りゅうほう)という空間自体に圧力をかけ砲身を作り、衝撃を砲弾として打ち出す衝撃砲がある。

これは空気が砲弾であるため視覚で認識するのが難しい。

さらに砲身も見えずさらに砲身稼働限界角度がないため、全方位から発射可能という驚異の武器である。

勿論弱点は存在する。

衝撃砲は発射すれば、必ず空気の歪みが発生する。

それをハイパーセンサーで察知し回避すればいいのだが、これは発射してから避けるというロスが発生するためリスクが高い。

もう一つは、威力が低いという事だ。

現在の科学力では、無尽蔵に圧縮空気を発射させるのに威力を求めると回数が制限される。

それこそ音速の壁を越えたときに発生する衝撃波を求めようものなら、IS自体の機体が耐えられない。

その為、機体が保てるギリギリの圧縮空気を打ち出せる兵器を開発し、搭載させたのが甲龍だ。

まあ、束にかかればそれ以上のものなど簡単に出来るのだが。

 

試合は特に山場もなくゆったりとした展開だった。

 

観客席で観戦している生徒も、盛り上がりのかける試合に不満な声を上げる。

どうみても凰が一夏に合わせて試合展開をしているような、まるで練習を行っているような動きなのだ。

 

「お遊戯だな」

 

マドカが欠伸をしながらモニタを見る。

 

「まあ、凰が織斑と真剣に戦えば一瞬で試合が終わるからな」

 

「彼女はそれほどの実力なんですか?」

 

箒の呟きに、セシリアが質問する。

それに箒は、ああ、と答えた。

 

「マドカが中国から入手した戦闘記録映像を見た限りでは、なかなかの動きだったぞ」

 

箒がなかなかと言うほどだから、それなりの技術を持っているのだろう。

 

「だが、セシリアの方が強いな」

 

箒の素直な評価に驚きつつも、それを顔に出さずセシリアはモニタを見つめた。

しばらく見どころのない試合が突いたとき、マドカが何かに気付いた。

 

「お前たち、衝撃に備えろ」

 

え? と箒がマドカを見た瞬間、ズドンッという爆発音と大きな衝撃がアリーナを襲い、地震が起こったように地面が揺れた。

 

「なんだ!?」

 

バランスを崩しかけて、なんとか踏ん張る箒は、すぐに臨戦態勢を取った。

マドカがモニタを睨んでいる。

衝撃と土煙で映像が乱れるが、しばらくしてアリーナの全貌が露わになる。

その映像を見て、マドカは息を呑む。

アリーナには、一夏と凰の他に異物がいた。

全身装甲(フルスキン)の機体は、黒一色という武骨な造りで、さらに腕がありえない程大きい。

緩慢に動く全身装甲の異物は、ゆっくりと左腕を上げ、飛んで避難している一夏に照準を合わせ――巨大なビームを放った。

ブルーティアーズのビームの比ではない極太のビームは、一夏めがけて飛ぶが、一夏はギリギリで避けた。

回避されたビームはアリーナをドーム状に覆っているバリアを突き破り、空へと飛んでいきその衝撃がアリーナを揺らす。

 

『試合中止! 織斑! 凰! ただちに退避しろ!』

 

突然千冬のアナウンスが入る。

緊急事態のため、千冬の声にも焦りが出ている。

 

マドカはピットに設置されている端末を操作し、照秋達を呼ぶ。

 

「みんな見ろ」

 

マドカに言われ、端末のモニタを見ると、遮断シールドレベル4と表示されていた。

さらにIS学園の見取り図を表示し、各出入口が赤く点滅されているのを指さす。

おそらくあの侵入者によってIS学園の防衛プログラムがハッキングされているのだろう。

 

「しかも全てのアリーナの通じる扉がロックされているんだが……」

 

そう言って、アリーナ射出口と通路出入り口を見る。

 

「ココのピットは”何故か”ロックされていない」

 

更にマドカは端末を操作し、IS学園の全体図を表示する。

そこには、赤い点が10か所存在している。

そのうちの一つがココ、つまり現在アリーナで暴れている全身装甲だ。

二年、三年のアリーナにそれぞれ1コ

グラウンドに7コ

計10コの点が点滅している。

 

つまり、侵入者の全身装甲は合計10体IS学園に侵入しているのだ。

 

マドカはスコールに連絡を取る。

まず、各学年のアリーナの侵入者は無視する。

全身装甲のIS一体程度なら、二年、三年でクラス代表になれるくらいの実力なら何とかなるだろうと判断したのだ。

だから、一番リスキーな場所の確認を取る。

 

「おい、現在グラウンドの7体は誰が対応しているんだ?」

 

『教師が訓練機で対応してるけど、芳しくないみたいね』

 

「わかった。では、私たちがそちらに行く。ここの出入り口は”都合よくロックされていない”から助けに行ける。教師陣には深追いしないよう徹底させてくれ」

 

『わかってるわ。じゃあ、ついでにそこの一体倒してきてね』

 

「あれは織斑一夏と凰鈴音に任せる。死んだとしても、知らん」

 

マドカは非情な選択をした。

本来なら教師であるスコールはそれを諌めるだろう。

だが、しない。

 

『そう。じゃあ早くグラウンドに来てね』

 

マドカとて生徒なのだ。

わざわざ危険な行動を増やす必要もない。

スコールはそれ以上言わず、通信を切った。

 

マドカは続いて千冬に通信を入れる。

 

「聞こえるか、織斑千冬」

 

『……なんだ結淵、今は非常事態なんだ。余計な通信をするな。それと織斑先生だ』

 

不機嫌な声の千冬に構わず、マドカは続ける。

 

「スコールからグラウンドの侵入者7体に苦戦している教師の援護に回れと命令を受けた。これから私たち4人はそちらに向かう」

 

四人と言われて、セシリアは自分も頭数に入っていることに驚き、同時にマドカに任務を任せられる実力を持っていると言われたような気がして嬉しくなった。

 

『待て。今は全ての扉が閉鎖されていてどこにも行けない。そこで待機していろ』

 

「いや、ここのピットの出入り口とアリーナ射出口は空いている。普通に行けるだろう」

 

『なんだと? ……ならば、二手に分かれ織斑兄と凰を援護しろ。今そのアリーナに援護に行ける教師がいないのだ』

 

千冬の言う事は、教師として、姉としての願いだった。

事実、本来こういった不測の事態は教師が対応するべきなのだ。

しかし教師は閉じ込められて動けないか、救助に手が回らないので一夏達の救助に行けないのである。

そして、千冬は現在の一夏と凰の二人では侵入者を倒せないと判断している。

だが、マドカならば別だ。

おおっぴらには言わないが、恐らく学園最強である生徒会長・更識楯無に匹敵もしくはそれ以上の実力者だと思っているからだ。

それに、その場には箒や照秋もいるし、セシリアと、一夏より実力のある専用機持ちがいる。

それだけの戦力があれば一夏は助かる。

だが、マドカは言い放つ。

 

「知らん」

 

『なに?』

 

「織斑一夏がどうなろうが知らん。私らはグラウンドの侵入者を対応しろとスコールに命令されている。お前の命令を聞く義理もない。私はスコールから受けた命令をお前に報告しただけだ。織斑一夏と凰鈴音が死のうがどうでもいい」

 

『貴様……!』

 

千冬は怒りに声が震える。

だが、マドカはそんなこと知らんとばかりに畳みかける。

 

「都合のいい話だな。今織斑一夏は助けを求めていないのにお前は助けろと言う。なのに、昔テルが助けてくれと言ったとき、お前は見捨てた」

 

そう言われて、千冬は声を詰まらせた。

 

「もう一度言う。織斑一夏がどうなろうが知ったことか。私たちはグラウンドへ向かい任務を遂行する」

 

『……っ! 待て! ……て、照秋、そこに照秋がいるだろう!?』

 

千冬は焦りを隠さず照秋を叫び呼ぶ。

照秋はいきなり千冬に呼ばれ驚いた。

 

『い、一夏を助けてくれ! お前は一夏より強い、間違いない、それは私が認める! だから……頼む照秋!!』

 

……だれだ、コレは?

こんな簡単に狼狽する織斑千冬など見たことも聞いたこともない。

こういう時こそ冷静に、冷徹にならなければならないのだ。

だから、失望する。

箒が、セシリアが、マドカが失望する。

だが、照秋は素直にここまで千冬に大事に思われている一夏を羨ましく思った。

自分には抱いてくれない感情、想い。

 

マドカは照秋を厳しい目で見る。

おそらく照秋は千冬の願いを聞き受けるだろう。

どれだけ冷たく言い放っても、どれだけ拒絶しても、最後は千冬の言う事を聞くだろう。

それだけ甘い奴なのだ。

だが、だからこそ照秋らしいと、マドカは思う。

 

照秋がゆっくり口を開け声を発しようとした時、突如マドカの携帯端末からけたたましいアラームが鳴る。

相手はスコールだった。

 

『グラウンドの侵入者7体がソッチに向かったわよ』

 

「……了解、教師陣は追わせるな。こちらですみやかに排除する」

 

マドカはため息を吐き、照秋の代わりに千冬に言った。

 

「喜べ織斑千冬。グラウンドにいた侵入者7体がココに向かっているそうだ」

 

『なっ!?』

 

「ついでだから、ここに居る侵入者も対応してやる。あとは私たちワールドエンブリオ関係者の仕事だ。だから織斑一夏と凰鈴音を下げさせろ、邪魔だ」

 

『……わかった。ただちに撤退させる。……照秋』

 

「何でしょうか織斑先生」

 

感情のこもっていない照秋の声に、息を呑むが、グッと噛みしめなるべく優しく言う。

 

『一夏を、頼む』

 

心からの願いだろう。

だが、照秋の心には届かない。

所詮は一夏を心配してのことであり、照秋の事を心配した言葉ではない。

 

(そうか、結局一夏か。俺が死ぬかもしれないことは考えてない。……はは、未練タラタラだな、俺も)

 

先日、自分から千冬を拒絶したのに、心の奥底では未だに千冬に想ってもらいたいと願っている浅ましい自分に呆れる。

そう、期待なんかするな。

甘い願いなど、抱くな。

俺は――

照秋は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。

そして千冬の言葉に答えることなくアリーナへと向かう。

それに慌てて箒とセシリアが後に続き、そんな照秋の後ろ姿を見て、マドカは眉根を寄せた。

 

「何も学ばない愚かな女だな、織斑千冬。テルに激励すらせず、一夏、一夏、一夏。結局は織斑一夏が一番か。アイツを助けるためならばテルは傷ついても、死んでもいい、そう言っているように聞こえたな」

 

『……!? そんなことはっ! そんなつもりは……』

 

「もう手遅れだ愚か者。……侵入者がもうすぐこちらに来る。いいか、貴様が何かをする度、言う度にテルの心が乱される。テルを死なせたくないのなら、もう出しゃばるな。話しかけるな。わかったな」

 

マドカはそう言って通信を切り、先に行った照秋達を追うべく走る。

 

そうさ、死なせない。

テルは守るのは、私だ。

私が、命を懸けて、護るんだ。

 

織斑千冬、お前じゃない。

 



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第23話 インヘルノ

「オペを伝える」

 

マドカは出撃する前に三人を集めブリーフィングを行った。

 

「まずセシリア、お前はビットによる遠距離から牽制、敵を分散させず一箇所に固めろ」

 

セシリアは頷く。

 

「箒は雨月、空裂を使い中距離から攻撃、適宜接近戦を仕掛け、殲滅」

 

「質問」

 

箒は挙手し、マドカは目線で箒に質問することを許す。

 

「殲滅とは、つまり、侵入者を逃がさず無力化しろという事か?」

 

「そうだ。殺すくらいの気構えで当たれ」

 

殺す、という言葉を聞きセシリアはギョッし、箒も眉根を寄せマドカを見た。

 

「安心しろ、相手は無人機だ。殲滅とは、つまり破壊ということだ」

 

「無人機ですって!?」

 

馬鹿な、とセシリアは驚く。

現在ISは人間が操縦しなければ動かないというのが常識である。

現に無人機の研究は世界各国行っているが、未だ成果は出ていない。

だが、その”成果”が敵として現れたのだから驚くのも無理はない。

 

「驚くのも無理はないが、今は納得しろ。無人機ISは存在するし、侵入者はソレだ」

 

マドカに無理やり納得させられ、セシリアは気持ちを切り替える。

マドカは人を小馬鹿にしたり罵ったりするが嘘は言わない。

何故マドカが浸入したISが無人機だとわかったのかが疑問だが、観察眼が半端じゃないマドカのことたがら、何か見極める要素があったのだろう。

つまり、世界が成し得ていない存在が敵となり、これから自分が戦い殲滅する対象となるのだ。

 

「最後にテル」

 

マドカは照秋を睨むように見る。

 

「お前は初っ端から接近戦で殲滅しろ」

 

照秋は無言でうなずく。

 

「そして状況に応じて『インヘルノ』の使用も許可する」

 

「まてマドカ!」

 

箒が声を荒げる。

いきなり声を荒げる箒に、セシリアはビクッとした。

だが、セシリアもマドカの言葉には異論を挟みたくなった。

セシリアも初めてその兵器の威力を聞いたとき、恐れ戦いた。

 

『インヘルノ』それは――

 

と、箒を照秋が手で制した。

 

「マドカが言ってただろ? 標的は人間じゃあない。機械だ」

 

「あ……」

 

箒は照秋の言葉に無人機だという事を思い出し、ホッとした表情で照秋を見た。

 

「以上だ。質問は?」

 

「あの、マドカさんはどうされるのですか?」

 

先程の作戦ではマドカの行動が伝達されていなかったのでセシリアが疑問に思い聞く。

 

「私は織斑一夏と凰鈴音やイレギュラーが乱入しないよう見張っている」

 

マドカは暗に「三人で8体の無人機ISを破壊しろ」と言っているのだ。

だが、それに対し照秋と箒は異論を言わない。

 

「安心しろ、危険とみなせば私も援護に入る」

 

そして、最後にこう言った。

 

「いいか、これは練習ではない。試合でもない。命のやり取り、戦争だ。絶対防御など紙に等しいと思え」

 

セシリアはゴクリと喉を鳴らす。

 

全身装甲(フルスキン)の無人機ISにはシールドバリアを貫く武器が搭載されている。つまり下手すれば死ぬということだ」

 

マドカはそう言って顔を見渡す。

 

「危険と判断したら退避しろ。いいか、絶対死ぬな。生き抜くことが最優先命令だ」

 

皆、コクリと頷く。

皆の引き締まった表情を見て、マドカはニヤリと笑った。

 

「よし、オペ開始だ」

 

そのマドカの合図とともに、照秋たちは一斉にISを纏い、ピットを飛び立った。

 

 

その頃のアリーナ内では織斑一夏と凰鈴音が全身装甲のISと戦い、苦戦していた。

 

「一夏! もう一回!」

 

「あ、ああ!!」

 

凰の激と共に、一夏は零落白夜を展開し全身装甲に突撃する。

だが、その動きは先ほどの試合より鈍く、突撃も脅威となる突撃力ではない。

 

「ぜらああああっ!!」

 

気合いと共に零落白夜を振り下ろすが、案の定全身装甲のISはいとも簡単に避け、さらに置き土産とばかりにビームをお見舞いする。

 

「うおわあっ!?」

 

一夏はオーバーアクション気味にビームを避け、凰のところまで逃げるように戻る。

凰は一夏にどんまいと励ましの声をかけようとしたが、一夏の表情を見て声を詰まらせる。

一夏の顔は恐怖に染まっていた。

青くなった顔色に、滝のように流れる汗、尋常ではない息の上がり方。

 

そんな一夏を見ても、凰は怒ることはない。

なにせこれは試合ではないのだ。

スポーツとしてのISはルールに則ったものだ。

だが、この戦いにルールは無い。

全身装甲のISがアリーナに侵入した時のビームの威力から察するに、まともに食らえば絶対防御が発動したとしても助かる保障すらない。

まして、一夏はつい最近まで一般人だったのだ。

中国の代表候補生にまで上りつめた自分でさえ恐怖を感じている相手に対し、怯えるなという方が難しい。

 

一夏がここまで恐怖する兆候はあった。

アリーナに侵入してきた全身装甲の敵ISを初めて見たときは、怯えるどころか逆に不敵な笑みを浮かべていた。

教師の再三の退避命令も無視し戦うことを選んだ。

そして勇猛果敢に突撃していたのだ。

だが、敵ISが極太のビームを一夏に放ち、避けていくにつれ、一夏の表情がだんだん強張ってきた。

動きも精彩を欠き、大胆さが鳴りを潜め縮こまった動きとなって行った。

戦場といっても過言ではない空気を纏った場に呑まれ、異常に削れていく体力に息が上がる。

 

現に一夏はパニックになっていた。

 

(なんだよ……これ、アイツ、あのゴーレム、俺を殺しに来てる!)

 

混乱する思考の中、原作知識と共に恐怖が支配してくる。

自分は織斑一夏だ、この物語の主人公だ。

原作では勇猛果敢に突撃し、見事ゴーレム――全身装甲IS――を撃破した。

あらかじめ乱入してくるとわかっていたので、白式のエネルギーを温存するために零落白夜を使用せず試合をしていた。

そして、原作通り乱入してきたことにほくそ笑んだ。

だが、実際はどうだ?

あんなビームをバカスカ撃ってくる機械にツッコむなんて自殺行為以外のなにものでもない。

原作の一夏は狂ってる。

そう、俺が正常なんだ。

この反応が正常なんだから、ビビってる俺は悪くない。

そう逃げの思考に向いたとき、再びアリーナのバリアが轟音と共に破られた。

 

侵入してくるのは、全身装甲のIS、その数7。

つまり、いまアリーナには合計8体の全身装甲ISがいることになる。

 

(げ、原作と全く違う!? む、無理だ! 俺には無理だ!!)

 

凰もまさかの敵の追加投入に驚き表情を厳しくするが、一夏はそれ以上にパニックに陥っており、声も出ない状況だ。

もう一夏の思考は「逃げ」しかない。

そして一夏は恐怖に支配される気持ちを正当化させるために、逃げる。

 

(俺は織斑一夏、主人公なんだ。こんなところで死んだら物語が続かないんだ。だから、逃げていいんだ!)

 

「一夏?」

 

一夏は後ずさりし、それを見た凰は声をかける。

一夏は逃げる口実を口にしようとした、その時。

 

「オイ」

 

突然凰以外の声が聞こえ、驚き振り向く。

そこには、藍色の第三世代機IS[竜胆]を纏ったマドカがいた。

 

「時間稼ぎご苦労だった。ここからは私たちが担当する。お前たちはピットに避難しろ」

 

冷たく言い放つマドカだが、一夏には救いの声だった。

 

「あ、ああ!」

 

一夏はすぐにピットへ避難しようとしたが、それを凰が待ったをかける。

 

「なによアンタ。あんな奴らあたしと一夏で充分よ! 後から出てきた雑魚のアンタらなんてお呼びじゃないわ!!」

 

凰は敵意むき出しにしてマドカに噛み付く。

だが、マドカはそれを鼻で笑う。

 

「侵入者の敵IS1体でも苦戦している奴が何を言っても説得力が無いな」

 

そう言われ、グッと声を詰まらせる凰。

その間に、セシリア、箒、照秋は敵ISに向かうのを見た凰は声を上げて怒ろうとした。

 

アンタらなにやってんのよ! そいつらはあたしと一夏の敵よ! そんな奴ら、あたしたちだけで十分なのよ!!

 

そう言おうとして、声が出なくなった。

横では一夏も驚いている。

 

セシリアが遠距離からビットを展開、高速機動で敵をかく乱しつつ、自身もビームライフル[スターライトMkⅢ]を構え放つ。

敵のビームを危なげなく避けながら、倍返しとばかりに逆にビットとビームライフルで敵ISにダメージを与えていく。

 

箒も中距離から刀剣型武装[雨月]を振りビームを発射させつつ、敵ISの足止めをすると高速移動で、一瞬で近付き雨月、空裂で斬りかかるというヒット&アウェーを巧みに行う。

敵ISが攻撃を仕掛けるも、箒はそれを接近しながら避け、逆に隙を見て攻撃を返す。

 

照秋は瞬時加速で一瞬で敵ISに近付き、刀剣型武装[ノワール]で攻撃。

さらに敵が攻撃を仕掛ける気配を察知するや、敵が攻撃をする前に攻撃をする(・・・・・・・・・・・・・・)

超高等カウンターである。

しかも接近戦での超高速移動を行うことにより敵ISの攻撃動作を制限させる技術も発揮させる。

 

三人のそれぞれの攻撃はバラバラのように見える。

だが、セシリアのビーム攻撃は箒と照秋には当たらないし、箒の遠距離攻撃もセシリアと照秋には当たらない見事な連携だった。

それは、常日頃一緒に訓練を行っているため、それぞれの癖や動きを把握しているのだ。

だから、お互いの思考パターンが分かっているから、当たらないし、当てない。

 

そんな異常な連携で8体のISを圧倒する三人を見て、凰は口をあんぐりと開け唖然とした。

 

どう見ても自分より技術が上だ。

イギリスの代表候補生セシリア・オルコットの動きが以前見た資料とかけ離れている。

日本の代表候補生になったばかりの篠ノ之箒はまだ第四世代機を上手く操れていないと聞いていたが、そんなそぶりを見せない洗練された動きだ。

さらに自分が散々バカにしてきた照秋が、一番異色を放っている。

接近戦での回避行動など、そう続くものでない。

大抵は仕切り直しと一度は距離を置いたりするものだが、照秋は一度も離れることなく、逆に敵ISが距離を置こうとすると自分から接近し攻撃を繰り出す。

刀剣型武装一つしか扱っていないのに、その実力はセシリア、箒と遜色ない、いやむしろそれ以上の実力だ。

 

「そんな……ありえないわ」

 

自分の目に映る光景が信じられない。

凰は勿論自分が世界で一番強いなどと傲慢な考えは持っていない。

だが、同世代では負けないという自負はあった。

現に中国国内の同年代の代表候補生の中でも自分と張り合える者はいなかった。

IS学園に転入し、クラス代表に無理やりなったときも自分の脅威となる子はいなかった。

所詮こんなものかと、落胆しつつもやはり自分が強いんだと自惚れていた。

 

だが、ふたを開けてみればどうだ。

自分より遥かな高みにいる同世代の者が目の前に三人もいる。

自分たちを見張るように佇んでいるマドカも自分より強いのだろうと分析する。

 

そして、驚く凰を余所に、戦いは終盤を迎える。

照秋が突如敵ISと距離を取ったのだ。

それを見た箒が敵ISから離れる。

セシリアも攻撃を止め退避した。

凰は何が始まるのかと見ていると、照秋のIS[メメント・モリ]の黄金の翼から炎があふれ出た。

 

[インヘルノ(地獄の炎)発動]

 

女性の声の電子音が照秋のISから聞こえた。

炎は意志を持つかのように、まるで炎の蛇のようにうねり、敵ISの周囲を囲む。

そして炎は勢いを増し、やがて炎の渦は竜巻のように舞い上がり柱となった。

炎の柱は消えず、勢いがさらに増すと、炎の中から光と爆発音が起こり始める。

何度も柱から光と爆発音が聞こえ、やがてそれらが収まってきたころ炎の柱が小さくなり、消えた。

 

そこには、原形をとどめないISだったモノが転がっていた。

高熱により煙を吹き、溶け爛れ、人型にもなっていない、敵ISの成れの果てが。

 

「作戦終了。あとは学園に任せる」

 

マドカがそう言うと、照秋たちは一夏と凰を見ることなく速やかにピットへと帰って行った。

 

「スコール、侵入者は全て排除した。あとはそちらに任せる」

 

『わかったわ。お疲れ様マドカ』

 

「私は何もしていない。あとでテルや箒、セシリアを褒めてやってくれ」

 

『ふふ、わかったわよ』

 

簡単な報告を終え、マドカもピットへと戻ろうとして、未だ呆然としている凰と一夏を見て言った。

 

「これが、私たちワールドエンブリオの実力だ。わかったか、ビビりとチャイニーズ」

 

マドカが馬鹿にするように言うが、一夏と凰は言い返せない。

 

ただ、くちびるを噛みしめ、悔しそうに、憎らしげにマドカを、照秋たちの背中を見るしかできなかった。

 

こうして、IS学園の侵入者騒ぎは生徒の被害ゼロという形で無事終息したのだった。

 



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第24話 千冬とスコールの大人の夜 前編

「お疲れ様」

 

ピットに帰ると、そこには満面の笑みのユーリヤと、柔らかな微笑みを浮かべるスコールがいた。

はじめての実戦という事で、照秋達の顔には疲労の色が見えた。

短い時間での戦闘だったが相当神経をすり減らしのたのだろう。

実際照秋は大量の汗を流すほど疲労していた。

無理もない、無人機ISに対してピッタリ張り付いて攻撃を繰り出していたのだから、戦闘でのプレッシャーは箒とセシリアの比ではない。

 

「皆すごいです~」

 

ユーリヤは素直に賛辞し、パチパチと手を叩く。

照秋達の戦いを見て、相当興奮しているようだ。

 

「あ~! あんな戦いを見たから、すごく濡れてるわ~」

 

うっとりとした表情で股をモジモジさせるユーリヤ。

 

「オイちょっとこっち来いこの痴女!」

 

ユーリヤはマドカに首根っこを掴まれ退場した。

 

「お前キャラが定まってねーんだよ! 一体どうしたいんだお前は!!」

 

「え~、でもこれが私だし~。川の流れに身を任せるようにが信条だし~」

 

「今初めて聞いたよ! なんだその信条!? うぜえ! 超うぜえよこの教師!!」

 

そんな言い合いをしていたマドカをユーリアを、照秋たちはスルーした。

 

「……まあ、人間もいろいろいるのよ」

 

スコールが遠い目をして言う姿に、照秋たちは「実は普段ユーリ先生と一緒にいるのって、すごい大変なことなんじゃないだろうか」と、憐憫の目を向けるのだった。

 

「ま、まあとにかく、よくやったわね」

 

ニコリと微笑みかけるスコールは、照秋の頭を撫でる。

思ってもいなかったスコールの行動に、汗をかいているためスコールに不快な思いをさせると思い、照秋は驚きつつも体を引いた。

だが、それを見越したようにスコールは照秋の腕を掴み、自分の方へ引き寄せ今度はギュッと抱きしめた。

 

「あーーーっ!!」

 

箒とセシリアが叫ぶ。

それはそうだろう、自分の想い人が他の女に抱きしめられているのだから。

スコールの豊満な胸が照秋の分厚い胸板との間で押しつぶされ、その柔らかさに心臓がドキドキと跳ねる。

そしてスコールから香水のような人工的な匂いではない良い匂いがして、頭がぼーっとしてクラクラし始める照秋。

だがスコールはそんなこと気にするそぶりを見せず、抱き寄せた照秋の後頭部を優しく撫でた。

 

「本当に、すごいわ。初めての戦場で、100点満点の出来よ」

 

スコールは照秋の耳に囁くように褒める。

耳に息がかかり照秋はぶるっと震え逃げようとしたが、スコールは照秋の背中に腕を回し逃がそうとしない。

 

「照秋君、君は生徒たちの、皆の命を守ったのよ」

 

照秋はその言葉に固まった。

 

「誇りなさい。あなたは素晴らしいことをしたのよ」

 

スコールはそう言うと抱きしめていた照秋を離し、今度は箒を抱きしめ、同じく耳元でささやくように褒めていた。

この時箒はぎゃーぎゃー悲鳴を上げていたが、スコールはそんなことお構いなしだ。

情熱的な抱擁が終わると、箒は顔を真っ赤にしてあうあうと呟いていた。

そして、スコールはセシリアを見た。

セシリアは、まさか自分も!? と身構えるが、セシリアはニコリと微笑み優しい声音で話しかける。

 

「どうだった? 初めての試合ではない『命を懸けた戦い』は?」

 

セシリアは一変して真剣な表情へと変える。

 

「……正直なところ、恐怖は感じませんでしたわ」

 

「へえ」

 

意外といった顔でセシリアを見るスコール。

 

「マドカさんが私を遠距離攻撃のみに徹底させて敵ISに近付かず、恐怖心が少なかったのが一つ」

 

「うん」

 

「もう一つは、テルさんや箒さんたちと一緒に戦うという『安心感』でしょうか」

 

スコールは安心感という言葉に一層笑みを深めた。

 

「あなたはラッキーよ」

 

「ええ、理解しています」

 

セシリアは理解している。

初めて命を懸けた戦場で、こんなにも心強い仲間と戦い、無事生き延びたという値千金の経験を得たという事に。

戦場とは、この世で一番命の価値が軽い場所である。

それは、敵にも、味方にも平等で。

今回の戦いでは、敵が命を失い、自分たちが生き残った。ただ、それだけなのだ。

それに、今回の戦いはマドカの配慮によるところも大きい。

セシリアは照秋達と一緒に訓練をやりだして日が浅い。

だから、最初照秋たちの訓練の内容の濃さに驚いた。

あんな訓練を毎日行っていたら、体もISもいつ壊れてもおかしくない。

それほど濃密で、ギリギリの訓練を、箒は半年前から、照秋などは一年前から行っているという。

今まで代表候補生だからという事で、根拠のない自信を持っていたと痛感する。

根拠が無いのだ、自分が国を守れるという根拠が。

改めて痛感する。

今回は相手が無人機だからという事を差し引いても、自分たちは人の命を簡単に摘み取る力を持っているのだと。

この世界の代表候補生、又は国家代表の中で、どれだけ戦場を経験したものがいるだろうか?

戦場では、相手は絶対防御で守られているISばかりではない。

白兵戦を行う生身の兵士もいるのだ。

そんな人間に、自分たちIS乗りは平然と銃口を向け、命を蹂躙出来るだろうか?

もし、スコールが入学式当日にクラスで言っていた『ISの戦場投入』が本当に起こったら、どれだけの人間が正気を保てるだろうか?

セシリアは自分の振るう力に今日初めて恐れを抱いた。

だが、それを手放しはしない。

それは、自分の祖国を守るための力だから。

自分の大切な人を守るための力だから。

たとえ、この手を血に濡らしても、守るために。

 

「わたくしたちは、この力を恐れなければならない」

 

でなければ、世界は混沌と化すだろう。

ISで世界を蹂躙する。

人間が、世界が壊れる。

だからこそ、ISは平和的象徴としてスポーツに留めなければならない。

この力は戦争に使ってはいけない。

絶対にだ。

 

「素晴らしい」

 

スコールは満足そうに頷いた。

そして、未だに顔を真っ赤にして固まっている照秋と箒を見てパンパンと手を叩き、正気を取り戻させる。

 

「さあ、あなたたちはこれから聴取と報告書提出があるんだから、シャワーを浴びて汗を流してきなさい」

 

そう促され、三人はピットを出ていく。

その遠くなっていく姿を見て、スコールは先ほどまで浮かべていた笑みを潜め、真剣な表情になった。

 

「セシリア・オルコット、あなたはいずれイギリスの国家代表として、世界に名を馳せる人間になるわ」

 

――そのとき、あなたは選択出来るかしら?

 

――世界を救うか、一人の人間を救うか――

 

誰にも聞かれることのない呟きは、しかしスコールの心の内を表すかのように、悲しいものだった。

 

 

 

夕方になり、無人機ISの侵入事件の事情聴取は無事終わった。

幸い、無人機ISが侵入した時点でアリーナ内では土埃やアリーナを覆っていたバリアの破壊によるノイズなどによって観戦していた生徒達のほとんどが無人機ISを目撃した生徒がおらず、また照秋たちが突入するまでの間に生徒達の避難誘導が完了しており事情聴取はわずかな人数でスムーズに行われた。

だが関係者、目撃者すべてに聴取したので、もちろん一夏と凰も聴取した。

そして、この事は箝口令が敷かれた。

さらに契約書にまで署名させる徹底ぶりで。

 

聴取を取っている間、千冬はずっと浮かない顔だった。

聴取が終わり、その後の処理も山田先生が買ってでてくれたのでその後に予定が無くなりトボトボと一人廊下を歩く。

その姿は世界最強のブリュンヒルデと呼ばれた女性のかけらもなかった。

一夏が無事生きていてくれた、怪我をすることなく帰ってきてくれた。

それはとても喜ばしい事だ。

だが、と自分に問う。

何故自分は照秋に対しあんな言葉しか言えないのか。

照秋は家族であり、一夏との命を量ったとき優劣を決めれるものではない、そんな存在だ。

なのに、何故あのとき、一夏を助けてくれと頼んだとき自分は照秋に優しい言葉をかけれなかったのだろうか?

以前の三組クラス代表決定戦の戦いを見て、咄嗟にこう思ったのではないだろうか。

『あんなに強いんだから、大丈夫だろう』と。

無事に帰ってくる人間に激励などいらないと。

千冬は廊下の壁にゴンッと頭をぶつける。

――何と言う愚か者だ、私は!

いくら強いと言っても、照秋は一夏と同い年であり、生徒だ。

そんな事が霞んでしまうほどの強さを持っていたとしても、何故労う言葉一つもかけてあげられないんだ!

何故私はいつもいつもこうなんだ!!

ゴンッゴンッと頭をぶつけ続ける千冬の肩に、ポンと手が乗せられる。

虚ろな目で振り向くと、そこには困ったように眉をハの字に歪めたスコールがいた。

 

「……何の用ですか、ミューゼル先生」

 

疲れ果てたような声で千冬はスコールを見ず俯く。

スコールはフンと鼻でため息を吐き、ニコリと笑った。

 

「飲みに行きましょうか、織斑先生」

 

スコールに連れられるままに着いた場所は、居酒屋のチェーン店だった。

この居酒屋は全個室でプライベート空間が守られており、女性でも安心して飲みに来れる。

 

「いらっしゃいませー!」

 

威勢の良い店員の掛け声が響く店内に入ると、店員に案内されるままに個室へ案内される。

掘り炬燵式の個室に入ると、上着をハンガーにかけ座る。

しばらくして店員がおしぼりを持ってきたのでそれを受け取りスコールは手馴れているように注文していく。

 

「この塩ちゃんこコースを飲み放題で。織斑先生、最初は生でいいかしら?」

 

「え? あ、ああ」

 

「じゃあ、いつもの『男前ジョッキ』で生二つ」

 

「はいよろこんでー! 男前入りまーす!」

 

テキパキと店員に注文するスコールを、千冬は目を点にして見ていた。

注文を取り終えると店員が部屋を出ていく。

スコールは、おしぼりを袋からとりだし、手を拭く。

あまりにも手馴れている動きに、千冬はボーっとスコールを見ていたが、ハッとして自分もおしぼりで手を拭く。

 

「……手馴れているのだな」

 

「意外かしら?」

 

「あ、ああ、君ほどの人間ならバーや高級レストランばかり行くと思っていたんだが……」

 

「まあ、そういうところはおいしいけど、肩が凝るのよね。でもここなら肩ひじ張らなくていいし、何より安いし!」

 

信じられる!? コースに付く飲み放題が980円よ!

これで採算取れてるのかしら……

そうブツブツ呟くスコールを、珍獣でも見つけたような目で見る千冬。

 

「私ってそんなに堅いイメージあるかしら?」

 

スコールが首を傾げる。

そこで、千冬は自分の抱いていたスコールのイメージを思い出す。

 

いつもニコニコしているが、副担任の『クイーンオブ天然』の異名を持つユーリヤの扱いに少々困っていて、しかし生徒には厳しく指導しつつも授業以外では気さく。

ISの腕は確かであり、教師陣の中でもトップクラス。

 

「……堅いというより、真面目な人だと」

 

「私、知り合いから快楽主義の困った奴ってよく言われるんだけどな」

 

「そうなのか?」

 

そうは見えないが、と呟く千冬。

そのとき丁度店員が飲み物を持ってきた。

それを見て千冬は驚く。

ジョッキには生ビールが入っていたが、驚くのはそこじゃない。

 

「なんだこのジョッキ!?」

 

「え、男前ジョッキですけど?」

 

店員が千冬に至って普通に返す。

店員が千冬とスコールの前にジョッキを置き、次に”つきだし”を置いて出ていった。

千冬の驚く男前ジョッキとは、1リットル入る巨大なジョッキだった。

そんな巨大なジョッキに付けた名前が『男前』である。

 

「じゃあ、乾杯しましょうか」

 

スコールがそう言いジョッキを持ち上げる。

千冬もつられて持ち上げるが、ずっしり重いジョッキに軽く引いた。

 

「……これは、何に乾杯なんだ?」

 

「なんでもいいじゃない。こういうのは楽しく飲む口実なんだから」

 

なるほど快楽主義というのは本当らしい、と千冬は思った。

苦笑し、ジョッキを傾け一気に飲む。

急性アルコール中毒になる恐れがあるので一気飲みはダメなのだが、千冬は一気に飲みたい気分だった。

とはいえ、1リットルのビールなど一気飲み出来るはずもないので、そこそこ飲んでダンっとテーブルにジョッキを置く。

ぷはあっと息を吐き、千冬はビールの苦みにのどを潤す。

泡が髭のようになって口についているが、それを指摘するのも野暮であろう。

 

「……何故、急に飲みに誘った?」

 

千冬は疲労した体でビールを飲んだことで若干アルコールの回りが早く、酔いがいつもより早く入り気持ちに余裕が出来たのだろう。

そもそも千冬とスコールは同じ一年の担任ではあるものの、あまり接点が無い。

ISの合同授業にしても、一組は二組と、三組は四組と行う。

せいぜい職員室であいさつや、授業内容の進捗状況を話し合ったりする程度だ。

プライベートで親しくする間柄ではないのだ。

それに、千冬はワールドエンブリオという会社を目の敵にしている。

それに関わっていたスコールに対しても、あまりいい感情は抱いていないのは事実だ。

 

「正直、見ていられなかったのよね」

 

「なに?」

 

「不器用よね、あなたって」

 

苦笑しつつ、スコールは個室に備え付けの店員呼び出しボタンを押す。

すると、すぐに店員が来て、スコールはビールのお代わりを注文した。

驚くことに、スコールの男前ジョッキは空だった。

 

「今日は特別に、あなたが知りたいことを答えてあげるわ。あ、会社の機密はダメよ」

 

パチリとウィンクするスコール。

知りたいこと……

千冬はその言葉を反芻し、ぽつりとつぶやいた。

 

「……照秋の事を……」

 

「照秋君? 彼かわいいわよねー。もう食べちゃいたいくらいに」

 

「おい!」

 

スコールの発言が性的に聞こえ危機感を覚えた千冬は思わず立ち上がり怒るが、スコールはそれをひらりと躱す。

 

「冗談よ。だって私付き合ってる人いるし」

 

「そうなのか」

 

スコールが付き合っているという情報に、こんな美人なんだから当然かという考えと、逆にスコールに釣り合う男とはどんな人間なのかという興味も湧いた。

 

「オータムっていうんだけど、かわいい子よ。私が褒めるだけで尻尾を振るのよ、子犬みたいに」

 

まあ、今は世界を飛び回っててなかなか会えないんだけどー、と呟く。

千冬は意外そうな顔でスコールを見た。

てっきり出来る男を想像していたのだが、聞いてみるとカワイイ系の男のようだ。

 

「あ、その子、女の子だから」

 

「……君はソッチなのか」

 

ちょっとスコールと距離を取る千冬。

だが、同時にスコールがズイッと距離を縮める。

 

「ソッチ()イケるのよ」

 

にやりと笑うスコールに、千冬は一気にイメージが変わった。

 

「独り身で寂しいならいつでもお相手するわよ(・・・・・・・・・・・)?」

 

「わ、私はノーマルだ!」

 

「女同士も良いものよ?」

 

「知りたくない!」

 

顔を真っ赤にして拒否する千冬。

それは、酔いから来るものなのか、羞恥からくるものなのか?

案外初心なのね、とカラカラ笑うスコールに、口では勝ち目がないと悟った千冬は強引に話題を変えることにした。

 

「そ、そんなことより照秋の事だ!」

 

「ああ、照秋君? 食べちゃいたいくらいかわいいわよね、彼」

 

「そ、それはもういいんだ!」

 

やはり勝てないようだ。

 

「で? 照秋君の何が知りたいの? ……って聞いても、まあどうせワールドエンブリオでのことでしょうけど」

 

スコールがそう言うと、千冬はこくりと頷きビールをグイッと飲み干す。

スコールは呼び出しボタンを押し、ビール追加注文をしながら何から話そうか考えていた。

 



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第25話 千冬とスコールの大人の夜 後編

目の前に刺身の盛り合わせと串盛りが置かれ、それをモリモリ食べるスコール。

千冬も、先ほど割勘と聞かされ元を取るべく口に放り込む。

コースはまだまだ始まったばかりだ。

 

「で? あなたは照秋君のこの一年を知りたいのね?」

 

「ああ」

 

開き直ったように即答する千冬。

スコールは、そうねえ……と天井を仰いだ。

 

「初めて会った照秋君は、目が虚ろだったし、顔色にも生気が感じられなかったし、とても生きている感じがしなかったわねえ」

 

千冬はグッと胸を押さえる。

 

「ああ、私も照秋君の誘拐の事は知ってるから」

 

「……!」

 

千冬は、スコールを驚きの目で見るが、本人は何でもないようにヒラヒラ手を振る。

 

「大丈夫よ、私、あなたの気持ちは少なからず理解してるし」

 

当時の千冬の取り巻く環境を考えれば、情状酌量の余地はあるとスコールは考える。

誘拐電話がほぼ毎日のようにかかってくれば、そりゃあぞんざいな扱いにもなるだろう。

悪戯の誘拐電話がかかってきた当初は、一夏に電話をして確認を取ったり、照秋の学校に確認の連絡を入れたりしていたのだが、数が多くなると段々と感覚が麻痺しだして確認の連絡もしなくなる。

だが、そんなこと誘拐された照秋には関係ないし、今更それを言い訳にしても後の祭りだ。

 

「照秋君も最初は自分の殻に閉じこもって、私たちの話を聞こうともしなかったわ」

 

だからね、と続けスコールはとんでもないことを言った。

 

「叩き潰したのよ」

 

とても信じられない言葉を、笑顔で言うスコール。

千冬は口をあんぐりと開けていた。

 

「ISをまともに扱えていない時期に、マドカが徹底的にボコボコにして無理やり自分の置かれてる状況を納得させたの」

 

「そこだ」

 

千冬の目つきが変わり、え? とスコールは首を傾げる。

 

「私は前から疑問に思っていた。ワールドエンブリオは一年前から照秋を保護、護衛をしていた。そしてISを扱える事を知り隠していた。では、照秋はいつISを扱えると判明したんだ?」

 

最初は第一発見者のマドカが犯人を無力化し照秋を保護したと思っていた。

だが、それだと疑問が残る。

照秋は、いつ、どういった経緯でISを扱えると判明したのか。

ワールドエンブリオが照秋を保護すると言いだしたのは、照秋が誘拐された後だ。

ということは、照秋は誘拐されたときにISを扱えたことになる。

でなければ保護、護衛するなど言うはずもない。

しかし照秋がISなど持っているはずもないし、そんな都合よくISが転がっているはずもない。

そもそも誘拐された場所は廃工場でISはおろか何か手助けできる者すらなかった。

 

「私はその辺は詳しく知らないのよ。当時は私も別行動で海外にいたし」

 

申し訳なさそうにスコールが言う。

ガックリと肩を落とす千冬だが、だけど、とスコールは続ける。

 

「マドカが発見した時、照秋君はISを装着して気絶してたんですって」

 

ISを装着し、立ったまま気を失っていた照秋は、自身の流した血と、返り血でまみれていたという。

 

「……という事は……」

 

「ええ、誘拐犯は照秋君が殺した、という事でしょうね。現場の状況で判断すると」

 

千冬は痛みを耐えるように噛みしめる。

 

「ただ、本人はそのことを全く覚えていないそうよ」

 

錯乱状態だったのか、もしくは初めてのIS装着で暴走したのか、それは謎だが、照秋は自分が人を殺したことを全く覚えていない。

もちろんそれをマドカ達が照秋に言うはずもなく、真相は告げられないままである。

それが、唯一の救いか。

 

「何故照秋君がISを装着していたのか。そもそも何故ISがあったのか、それはわからないわ」

 

千冬はスコールの言葉を聞きながら、ある可能性を考えていた。

もしかしたら、親友の篠ノ之束が密かに照秋にISを渡していたのではないか。

現状、ISのコアが世界でナンバリング管理されている中で、自由にコアとワンオフの専用機を個人に譲渡できるほどの権限と技術力を持っているのは束しかいない。

いつ照秋に渡したのかはわからないが、しかしということは、束は遥か昔から照秋がISを扱えると事を知っていたことになる。

 

「でもその時装着していたISはメメント・モリだったそうよ」

 

「あれはワールドエンブリオが制作したものではないのか!?」

 

千冬はいよいよ束が絡んでいることに確信を持ち始める。

 

「あなたは箒さんから聞いてるわよね。篠ノ之束博士が第四世代機の設計図を条件にワールドエンブリオで箒さんを保護させるって取引」

 

「ああ」

 

ここでスコールは束があらかじめ用意している模範解答を言う。

それは、束がワールドエンブリオとはほとんど関係を持っていないという事。

あくまでビジネスでの関係だという、嘘を。

 

「その取引のとき、すでに照秋君はワールドエンブリオで保護されてて、その照秋君が持っていたメメント・モリの事をすごく気にしてたわ束博士」

 

やはり、と千冬の考えは確信に変わった。

照秋がISを扱えるという事を、束は昔から知っていた。

そして、知っていたからISを渡していたのだ。

しかし照秋がそのことに気付いていたという可能性は低い。

当時、いや現在もだがISは基本女性にしか扱えない。

今でこそ例外が二人いるが、それでも現在その二人しか発見されていないのだ。

だから、束は待機状態のISメメント・モリを照秋に渡した。

それが誘拐の際起動し、照秋は助かった。

本来なら感謝するところなのだが、色々秘密裏に動いている束に感謝する気持ちは湧かなかった。

 

「とにかく、彼は中学三年の五月頃からIS学園に入学するまで毎日訓練をしたわ。私が教導したのは6月からだけど、時間にすると――」

 

1500時間を超えてるわね。

その驚くべき数字を聞いて、千冬は戦慄した。

一日365日を毎日2時間ISで訓練をしたとしても730時間。

しかもこの間照秋は毎日学校にも通っていたし、部活にも出ていた。

自殺行為のような毎日を繰り返し、今の実力を手に入れたという事なのだ。

千冬は、そんな地獄のシゴキのような毎日を強要したのかとスコールを睨む。

しかし、スコールはそんな視線ものともせずに空になったジョッキを見て追加注文していた。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、別に強要した覚えはないわよ。彼が自主的に訓練をし続けたの」

 

「それを信じろと?」

 

店員が部屋に来て空いたジョッキと交換する。

今度はビールではなく、ハイボールだった。

 

「初めてだったんじゃないかしら」

 

「何がだ」

 

「面白いくらいに上達していく力を実感できることに」

 

そう言われ、千冬は照秋の小さい頃を思い出した。

照秋は物覚えの悪く、人より時間のかかる子供だった。

 

「はっきり言うけど、彼、ISに関しては『天才』という言葉では片付けられない才能を持ってるわよ」

 

あれはきっと、神様からの『ギフト』ね。

そうつぶやき、ハイボールを飲むスコール。

 

「……君にそこまで言わせる程か」

 

「それに、いつも楽しそうに笑ってたわよ」

 

「……楽しそうに、していたのか? ……笑って……いたのか……」

 

楽しそうに笑っていた。

この一言が、千冬に重くのしかかる。

自分が照秋の楽しそうな姿を見たのはいつだったか……

笑った顔を見たのはいつだったか……

どんどん落ち込む千冬を見て、スコールはため息をついた。

 

「あなた、本当に不器用ね」

 

「……わかっている」

 

「わかってて照秋君にあんた態度取るんだったら、それは救いようがないバカという事よ?」

 

「わかっている」

 

「彼が何故あなたを拒絶しているのか……」

 

「わかっている!」

 

スコールに静かに責められ、ついに千冬は声を荒げてそれを止める。

 

「……私だって、照秋の事を思って行動してたんだ……」

 

「そう」

 

ぽつりぽつりと吐き出すように千冬は自分の想いを語る。

アルコールも入り、口が軽くなっていることもあるが、相当精神的に参っているようだ。

それを、相槌を打ち聞くスコール。

 

「一夏や照秋が小さい頃、私はまだ小娘だった。だが、親に捨てられた私たちは、私が二人を育てなければならなかったし、守らなければならなかった」

 

千冬は独白する。

一夏と照秋が物心つく前の頃、三人は両親に捨てられた。

というより、こつ然と消えたのだ。

わずかな金と住んでいた家を残して。

織斑家には親族が居らず、千冬が唯一頼れる大人は通っていた篠ノ之道場の主、篠ノ之龍韻だけだった。

柳韻は快く引き受け、三人を引き取った。

だが千冬は甘えてばかりではダメだと考え、早々にアルバイトなどを多くこなし生活費を稼いだ。

千冬は思った。

人に頼る生活はダメだ。

人を信じてはいけない。

信じれるのは自分だけだ。

だから、強くならなければならない。

心も、体も、人に頼る必要のないくらいに、強く。

 

千冬はその信念を、一夏と照秋にも教え込んだ。

同世代の子と遊べず、アルバイトをこなし、子育てをする毎日。

炊事洗濯はさすがに篠ノ之家に頼ったが、それ以外は千冬が行っていった。

多感な子供時代に、そんな日々を繰り返すうち、当然ストレス溜まる。

道場で竹刀を振りストレスを発散させるにも限界がある。

だから、つい、当たってしまうのだ。

まだ幼い、二人の弟に。

特に照秋に。

一夏は出来のいい子で、周囲の大人たちや同世代の子たちから褒められる。

それが誇らしくて、気分がよくなる。

だから、一夏を褒める。

流石私の弟だと、誇らしげに言う。

 

逆に照秋を見ているとイライラしてくる。

自分では簡単にできることが、照秋はできない。

何故そんな簡単なことが出来ないのか理解できない。

出来ない照秋を見て、ストレスが溜まる。

だから、怒る。

だから、叩く。

だから言った。

お前は、本当に私の弟か?

 

「……私だって必死だったんだ……」

 

白騎士事件後、千冬はさらに忙しくなった。

ISが世界に広まり、操縦技術が飛びぬけて上手かった千冬は日本政府から代表に任命された。

政府から援助が降り、金銭に余裕が出来た。

代わりに、弟たちと会う時間が少なくなった。

でも家族の生活のため、千冬は必死になった。

結果、第一回IS世界大会で優勝し最強の称号ブリュンヒルデを手に入れた。

そしてさらに忙しくなった。

弟たちとはもう何日会っていないだろうか?

ある時一夏が言った。

 

「照秋が全寮制の学校に通いたいって言ってたぜ」

 

この時、千冬は照秋の笑顔をもう何年も見ていないと、声を何年も聞いていないと知った。

それほど自分たちと居たくないのかと、怒りを覚えた。

だから、一夏の言うとおり照秋を全寮制の学校に入学させた。

幸い金はあるので問題なく授業料は払える。

照秋は、無感情な瞳で千冬を見た。

千冬は、この時の照秋の目を見ても何も思わなかった。

そう、照秋はこういう子だったと、勝手に思って。

 

そして一夏が誘拐され、ドイツで一年指導教官をして、IS学園に教師をして。

目まぐるしく自分の立場が変わり、流されるようにISに関わっていく。

IS学園に赴任してしばらくして照秋が誘拐された。

誘拐犯の言葉を聞かず、見捨てた。

千冬はこの辺りから徐々におかしくなっていった。

今までは唯我独尊を地で行くような態度だったのに、一夏に照秋の誘拐の事を言えず、照秋に会う勇気すらなく、鬱々とする毎日。

だがそれを決して表には出さないようにしていた。

後輩であり自分のクラスの副担任でもある山田真耶は千冬の変化になんとなく気づいていたが、あえてそれを口にすることはなかった。

 

千冬はIS学園に入学したばかりの一夏にこう言ったことがある。

 

「望んでここに来たわけじゃないと思っているだろう。望む望まざるにもかかわらず、人は集団の中で生きてなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだ」

 

これは、一夏にだけでなく、自分に言い聞かせるために言った言葉だ。

千冬はいったい自分が何をしたいのかわからなくなっていた。

大切な人を、家族を守るために力を求め、得たのに守れなかった。

照秋には拒絶された。

照秋の口から出る真実を、一夏に聞こうにもその意気地もなく。

酒に逃げることも多くなり酒量も増えた。

部屋には大量のビールの空き缶が転がっている。

 

「私が照秋にあんなにひどいことを平気で言っていたとは……」

 

照秋から告白された小さい頃の心無い言葉に、言ったとされる千冬は衝撃を受けた。

言った記憶が無い。

だが、言っていてもおかしくないとも思っていた。

冷静に自分という人間の在り方を振り返ると、たしかに誰彼かまわずズケズケきつい言葉を吐いていた時期もあった。

その言葉のすべてを覚えているわけではない。

そんな中の一つだったのだろう。

たまたま、照秋がテストで100点取ってきたと報告してきたときに虫の居所が悪かったのか、もしくは今回の100点で満足せず精進しろと言いたかったのか、それはわからない。

だが、言ったという事実があるのみだ。

 

「照秋君の言葉全てを信じなくてもいいと思うわよ?」

 

スコールがいいちこお湯割り(焼酎)を飲み言った。

 

「どういう意味だ?」

 

千冬も黒霧島ロック(焼酎)をグビッと飲みスコールに問う。

 

「あなたでさえ覚えていないような日常の記憶でしょう? 小さい頃の照秋君だって脚色して覚えてるかもしれないわよ?」

 

スコールの言う事も尤もだと思う。

子供の記憶はひどく曖昧な部分がある。

大人でさえ忘れたり記憶を改竄していたりするのだから、人格形成途中の幼少期においては記憶の改竄が無いとは言えない。

自分に与えた強烈な出来事を、さらに自分に都合よく改竄し、照秋は千冬にそう言われた(・・・・・・)と記憶しているかもしれないのだ。

実際は千冬はそんなにきつく言っていないかもしれない。

だが、と千冬は首を横に振る。

 

「そうだとしても、そう思われてしまうような事をしていたのは事実だ」

 

「そこまでわかってて、自分の非を認めてるのに照秋君には素直に接触出来ないの?」

 

「……今、君に吐露して気付いたのだ」

 

千冬はスコールから顔を背け、空になったグラスを見て店員を呼び追加注文する。

今度は泡盛を注文していた。

しばらく無言で酒を飲んでいると、店員が泡盛を持ってくると同時に、メインの塩ちゃんこを持ってきた。

 

「よしキタ! さあ、ガンガン行くわよ!」

 

スコールはちゃんこを目の前にしてテンションが上がった。

 

「ジャパニーズフードはいいわねー」

 

アメリカの大雑把な料理とは大違い!

そう言い、スコールは千冬の話を聞くことから一転、食事に専念する。

 

「繊細かつ、この大胆な発想! 大量な野菜で食物繊維を取りつつ、カロリー控えめな鶏肉メインでありながらこのボリューム! 鶏肉は良いわね! さらにこの後の締めのおじやが……」

 

「待て、締めは麺だろう」

 

スコールと千冬の間にピンと張りつめた空気が。

 

「は? 何言ってるのよ。あなた日本人でしょう? なんで米じゃなくて麺なのよ」

 

「日本人は関係ないだろう。それにソバやうどんも日本食だぞ」

 

「あらそう。でもここのおじやはチーズが入っていい感じになるのよ!」

 

「おい、それは邪道ではないか?」

 

「日本食は日々進化してるのよ! 懐古主義は腐り果てればいい!!」

 

「なんでアメリカ人のお前が日本食でそこまで力説するのかがわからんが、私はおいしければそれでいい」

 

「でたわ! 日本人気質の事なかれ主義!! ああいやだいやだ、自己主張できない日本人って魅力感じなーい」

 

「お前はなんなんだ! 私にケンカ売ってるのか!?」

 

酒の力も借り、二人のテンションは変な方向に向かっていった。

熱く語る二人は、ちゃんこをおいしく食べながらもアルコールの摂取ペースがどんどん上がり、止まる気配がない。

そして酔っ払いベロンベロンになった二人の最終的な議論が『きのこたけのこ抗争』である。

 

「きのこバカにするにゃよ金髪が!!」

 

「たけのこの良さがわからないイエローモンキーは朽ちはれるら!!」

 

いい大人が呂律も回らず何の話をしてるのか。

世の千冬ファンがこんな姿を見てどう思うだろうか?

結局ラスト―オーダーまで全力で飲み討論した二人は、店を出るころには完璧にベロンベロンになっていた。

だが、千冬は久々に様々な感情を表に出し、自分の気持ちを吐きだし、気付くことが出来気分がよかった。

最後は何の話をしているのかと冷静になった自分がいて、逆に笑ってしまったほどだ。

 

「今日はありがとう」

 

若干千鳥足の千冬がスコールに頭を下げる。

スコールはまだ千冬程フラフラしてはいなかったが、ニコリと笑い手をひらひら振る。

 

「私は聞いただけよ。なにも解決してないし、何もできないわ。頑張るのは自分よ」

 

「だが、気付くことが出来た。ありがとう」

 

あとは、自分が、どう行動するか、だ。

 

「そう」

 

スコールは千冬が笑みを浮かべているのを満足そうに見た。

そして、二人でIS学園の帰路へと発つ。

 

「あ、たけのこ最強なのは確定だからね」

 

「いい度胸だな。きのこの良さがわからん愚か者は拳で矯正してやらねばな」

 

誰もが振り向くような美女二人は、最後まできのこたけのこ抗争で言い合っていた。

次の日、千冬、スコール共に二日酔いになり授業に支障をきたしたのは言うまでもない。

 




次回、急転直下の大事態! 

キーワード

箒頑張る!

セシリアもっと頑張る!!

照秋、考えるのを止める!



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第26話 告白

感想で、きのこたけのこ論争勃発に驚き。



事情聴取が終わり、疲れた表情の照秋たちは自室に戻り寝る準備をする。

照秋はTシャツ短パンというラフな姿。

箒は和装の寝巻である。

 

普段練習練習とうるさい照秋も、初めての命のやり取りで精神的の疲労が激しい。

明日の授業の準備をして早々にベッドに潜り込もうとした。

 

「俺、もう寝るから。お休み」

 

「待て、照秋」

 

寝ようとベッドに向かう途中、箒に呼び止められた。

振り向くと、箒は真剣な表情だった。

というか、少し不機嫌そうな顔だ。

 

「お前、スコールに抱きしめられてうれしそうだったな」

 

……それか。

確かに嬉しかったし、それは否定しない。

あんな美女が抱き付いてきて優しく抱きしめてくれるのだ。

あの大きな胸を押し付けてくるのだ。

青少年として喜びはしても嫌悪はしまい。

もう一度言う。

喜びはしても嫌悪はしないのだ!

だがしかし、照秋が嬉しかったのは何もそれだけではなかった。

それは、とても簡単なものだった。

 

「……褒められたから」

 

「ん?」

 

「初めて、褒められたから」

 

嬉しそうに破顔する照秋。

箒は、なるほどと納得してしまうと同時にズキンと胸が痛んだ。

照秋は今まで千冬に一度も褒められたことが無い。

スコールは千冬と年齢が近いうえに身長や体格も似ている。

無意識に千冬に褒められたと置き換え、気持ちが高揚したのだろう。

勘違いしてはいけないが、照秋は決して誰にも一度も褒められたことが無いわけではない。

中学生のとき剣道で全国優勝した時に顧問に褒められたし、ワールドエンブリオで訓練をしている時でもマドカや束、スコールにも褒められている。

ただ、今回は試合ではない初めての実戦、今までのスポーツという範疇ではない世界でのことだ。

そして無意識に千冬を思う照秋だからこそ、スコールに褒められたという事に喜びを感じてしまったのだ。

だが、面白くないのは箒だ。

 

(こいつは口では何も言わないがやはり千冬さんが恋しいのだろうな……私では、照秋を癒せないのだろうか……)

 

そう思い、箒は思いついた。

恋する乙女は暴走機関車である。

後先考えない行動力には定評がある箒は、徐に両手を広げた。

 

「よし、こい照秋」

 

「え?」

 

むふーっと鼻息を荒く吐き、しかし羞恥からか頬を赤く染める箒。

箒も初めての『命を懸けた実戦』の後のためか、テンションが高く突拍子もない行動を平気で取る。

照秋は首を傾げるばかりである。

 

「私も褒めてやる。抱きしめてやるから来い」

 

「え、い、いいよ……」

 

恥ずかしさから断った照秋だが、箒はムッとする。

 

「いいから来い!」

 

「はい!」

 

箒に怒鳴られ照秋は反射的に返事をし、恐る恐る箒へと近づき、ゆっくりと箒にくっついた。

緊張して腕を背中に回し抱きしめることも出来ず、というかそんな意気地もない照秋は箒にギリギリ触れるか触れないかの距離を保ちながら直立不動を保った。

箒はニコリと笑い、やさしく照秋の背中に手を回しポンポンと背中を叩く。

そして、優しく子供をあやすように頭を撫でる。

 

「お前はよくやった」

 

箒が照秋に賛辞の言葉を贈る。

照秋はその言葉に嬉しくなるが、それ以上に緊張していた。

箒からは風呂上りのシャンプーの良い匂いがするし、わがままボディの胸が照秋の肋骨辺りで餅のように変形し圧迫する。

照秋の身長は175センチほどと、高校一年生では高い方の身長だが、箒は160センチと平均より少し高いほどだ。

15センチ差というのは意外と大きい。

箒が照秋を抱きしめているのだが、当の箒は照秋の鎖骨辺りに頭を乗せ、照秋の分厚い胸板にドキドキしながら照秋の臭いを堪能していた。

 

「私は照秋がすごい男だと知っているからな。一夏よりお前の方がすごい」

 

箒は抱きしめる腕の力を強める。

この言葉は箒の素直な気持ちだ。

事実照秋は自己鍛錬を怠ることなく驚異的な力を手に入れた。

さらに現在進行形で成長し続けており、天井が見えない。

いつもヘラヘラ笑い人に頼ることしかしない一夏とは大違いだ。

なまじ簡単に物事をそつなくこなすことが出来ていたからそんな怠け癖が付いたのだろうが、今更それを指摘したところで染付いた生活は治らない。

 

箒は照秋が好きだ。

いつも日が沈むまで竹刀を振り続ける姿が美しくて。

剣道に対して、全てに真面目に取り組む姿勢がカッコよくて。

決して箒を馬鹿にするようなことをしなくて。

いつも優しくて。

こんなに毎日頑張っている照秋に対し、無碍に扱う一夏や千冬には殺意すら覚える。

だが私は違う、と箒は照秋の胸板に顔を擦り付け胸いっぱいに息を吸い込みながら思う。

私は絶対に照秋を無碍に扱わない。

絶対に裏切らない。

だから……

 

「照秋、もっと私を頼ってくれ」

 

「え?」

 

ギュッとしがみつくように箒の腕の力が入る。

顔を照秋の胸に埋めくぐもった声で、しかしはっきりと強い意志のある声で。

 

「私は照秋からすれば頼りないかもしれない。でも、私は絶対にお前を裏切らない。……それに――」

 

「……箒?」

 

言い淀む箒に照秋は密着している箒を見る。

身長差から箒の頭頂部しか見えないが、なんだかだんだん耳が赤くなっているように見える。

箒はさらにグイッと顔を埋め、か細い消え入るような声で言った。

 

「……私には、照秋が必要なんだ」

 

ドクンと、鼓動が跳ね上がる。

ポカポカと、温かくなる。

これは箒と密着しているからか、それとも――

でも――

 

「ありがとう、箒」

 

照秋は直立不動だったが、腕を箒の背中に回し、優しく抱きしめる。

ピクッと少し震えた箒だったが、ぐりぐりと顔を照秋の胸板に擦り付ける。

まるで嬉しそうに懐く子犬のようだな、と照秋は思った。

 

「照秋は、私の、大切な、人だから」

 

途切れ途切れにしゃべる箒に、照秋はしばらく言葉の意味を考え、理解した。

 

ああ、これ、告白されてるんだ。

 

そして、照秋はダメな奴だなと自分を叱責した。

箒の気持ちは薄々気づいていた。

照秋自身も箒の事は好ましく思っていたのだ。

希望というか、妄想というか、照秋も箒が彼女だったらいいなとか考えたこともある。

だが、ワールドエンブリオでの生活が充実していて、IS学園での生活が楽しくて、今の関係が心地よくて、ならば今の状況を変える必要もないと思っていたのだ。

意気地の無い男だな、俺は。

そう思い、照秋は箒の肩を掴み箒を引き離す。

 

「照秋……?」

 

いきなり引き離された箒は、不安げな表情で照秋を見上げる。

揺れる瞳が、拒絶されるのかと言っているように見える。

 

「俺も、箒が必要だ」

 

瞬間、箒の表情が花が咲いたように変わる。

 

「ごめんな、箒から言わせて」

 

「いいんだ」

 

「俺、意気地なしだから」

 

「そんなことはない」

 

「甘えてたんだ、箒に」

 

「どんどん甘えていいぞ」

 

目に涙を浮かべ笑う箒に、苦笑する照秋。

 

「好きだ、箒」

 

「好きです、照秋」

 

見つめあう二人の瞳は絡み合う。

徐々に二人の距離が近くなり、お互いの熱い息遣いを感じるまで縮まる。

そして――

 

 

 

少し時間は遡り、自室に戻ったセシリアは頬を染め照秋と箒の部屋に向かっていた。

頬を染める理由、それは先ほどまで行っていたイギリス政府への定期報告の内容である。

最初は箝口令の敷かれた無人機の乱入以外の、近況を口頭で報告していた。

いつもの代わり映えのない一組での日常、照秋達との訓練と言う毎日刺激のある日常。

そしてワールドエンブリオの技術提供を受けたブルーティアーズの稼働状況の提出など、普段と変わりない内容で終わるはずだったのだが、今回はここから続きがあった。

 

『ミスオルコット。話は変わりますが』

 

いきなり報告を受けていた女性から話を振られ、セシリアは驚いた。

モニタの向こうに映る女性はイギリス政府IS部門高官の秘書で、鉄面皮と言われる人物である。

決して人間味のない人物ではなく、むしろプライベートは活発に家族でアウトドアを楽しむような人なのだが、仕事になると一切の感情が抜け落ちたような表情で淡々と仕事をこなす機械に変わる。

効率一番、私情一切無用の氷の女が仕事以外の話を振ってくるのだから、彼女を知るセシリアでなくても驚くだろう。

 

『あなたはワールドエンブリオ社のテストパイロット織斑照秋と友人関係である、そう報告を受けています』

 

「え? え、ええそうですわね」

 

何を言い出すだろうかと、セシリアは身構える。

だが、ここから斜め上の質問が飛んできた。

 

『恋愛感情は無いのですか?』

 

「はあっ!?」

 

セシリアは顔を真っ赤にして淑女らしからぬ奇声を発した。

モニタでセシリアの表情と焦り具合を見た秘書は、ああもういいですわかりましたから、と言って淡々とイギリス国内のIS事情について話し出した。

なんでもイギリス政府とワールドエンブリオが技術提携をしたことは世界的にもかなり稀な事だそうだ。

世界中からワールドエンブリオにイギリス同様の技術提携やが合同会社の設立、本社の移転などラブコールが送られているが、ワールドエンブリオは全て断っているという。

しかし第三世代機[竜胆]の発注は受け付けているので、粘り強く交渉している国も多いらしい。

イギリスはあくまでブルーティアーズ一機のみワールドエンブリオが手を加えているだけで、他の機体には一切関知していない。

それにイギリス国内にワールドエンブリオ関連会社の建設予定もない。

それでもイギリスは世界各国から贔屓されているという認識で、嫉妬の嵐だそうだ。

欧州連合では統合防衛計画『イグニッション・プラン』という第3次期主力機の選定中である。

今のところトライアルに参加して第三世代機を開発しているのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、それにイタリアのテンペスタⅡ型の三機体。

3国の中でも実用化でリードしているイギリスを筆頭に、まだ難しい状況にあり、そのための実稼働データを取るのにセシリアがIS学園に入学したのだが、ここで予想外な好転がイギリスに舞い込む。

世界中で真っ先に正式量産化を発表したワールドエンブリオ社の第三世代機[竜胆]の技術をブルーティアーズに組み込んだ、いわゆる合作が出来上がった。

最初この事をワールドエンブリオ側から聞かされた時セシリア・オルコットの独断専行によるISの不当使用だと怒りを露わにした政府だったが、ワールドエンブリオ側からブルーティアーズの改良後のスペックを提示され驚いた。

ブルーティアーズ建造時の想定数値を大幅に上回るスペック向上、さらにBT適性を必要としないビット兵器運用の技術投入と、OSグレードアップ。

これはイギリス政府も予想外であった。

政府は、ワールドエンブリオ側に何故ブルーティアーズに技術投入したのか聞いてみた。

すると、こう言った回答が返ってきた。

 

『セシリア・オルコットが努力を惜しまず、好ましい人間だったから。私たちは彼女の手助けをしたに過ぎない』

 

ワールドエンブリオは損得勘定なしで、人間性だけで技術提供をしたと言ってきたのだ。

だが、深く考えると、セシリア・オルコットはそれだけワールドエンブリオに気に入られているという事になる。

誰がそれほど気に入ったのか?

そこまで考え、一つの答えにたどり着いた。

 

ワールドエンブリオ社テストパイロットの織斑照秋がセシリア・オルコットに好意を抱いているのではないか?

 

はたしてその答えの可能性は濃厚だとセシリア自身からその時の状況の報告を受け判明した。

なんと、織斑照秋の鶴の一声で技術提供が行われたというのだから驚くしかあるまい。

だからこその、秘書からセシリアへの質問だったのだ。

だがセシリアの反応を見るに、彼女自身まんざらでもない様子。

ならば、と更にイギリスの現状をセシリアに伝える。

 

『実は、イギリスはワールドエンブリオとより密な関係を築いていきたいと考えています』

 

「は、はあ……」

 

現状のイグニッション・プランの優位性を維持、いやそれ以上に世界トップに立ちたいと政府は考えている。

だから、ワールドエンブリオの技術は必須なのだ。

 

『そこで問題となるのがワールドエンブリオ側の思惑です』

 

「思惑?」

 

『ワールドエンブリ社は地位や利益などの損得勘定より、人間性を見て判断する傾向にあるようです』

 

「……まあ、そうなります……かしら?」

 

セシリア自身は照秋からそう言われただけでワールドエンブリオ社自体がその考えであるとは思えない。

 

『つまり、ミスオルコットが織斑照秋と親密な関係になれば我が国とも良好な関係が築けると考えています』

 

「飛躍しすぎですわよ!?」

 

『ミスオルコット、織斑照秋と婚姻関係を結びなさい』

 

「ちょっと!?」

 

『あなたも織斑照秋には好意を抱いているでしょう?』

 

「はう!? そ、それは……」

 

『あなたが恋愛感情を抱いていなければこのような提案はしません。ですが、彼はこれから世界で最も注目される人間になるでしょう』

 

「……どういう意味ですの?」

 

秘書は、ニヤリと笑いとんでもないことを言い出した。

 

『先日IS委員会が織斑一夏、照秋兄弟に対し特別法を施行しようという情報をリークしました』

 

「特別法?」

 

『織斑一夏、照秋両名の”世界的一夫多妻認可法”です』

 

「はああああっ!?」

 

とんでもない法律が施行されようとしていた。

世界では一夫多妻制が行われている国はもちろんある。

だが、法律で認めていない国ももちろんある。

 

『詳しい条件は省きますが、大まかに”一国一人”かつ”最高五人まで婚姻を結べる”という条件付きで世界各国が認可する見込みです』

 

これが施行されたら、一夏と照秋は世界が認めるハーレムを築き上げられるのだ。

だが、セシリアは内心穏やかではない。

さらに引っ掛かったのは”一国一人”である。

 

『あなたが織斑照秋に少しも想いを抱いていなのなら別に強制はしません。私たちとて、あなたの人権は尊重します』

 

そして、ただ、と続ける。

 

『もし、将来ビジョンに織斑照秋と添い遂げたいという思いがあるのなら、政府は全力でバックアップします』

 

なんと、政府からゴーサインが出た。

もしセシリアが断ると、政府は別の人間を一夏、もしくは照秋に充てるだろう。

セシリアは照秋の横に自分以外の人間がいるのを想像し、くちびるを噛みしめた。

こんなに苦しい思いは初めてだと、胸を押さえる。

想像するだけで泣きたくなってくる負の感情に、セシリアの回答は固まった。

 

思い立ったが吉日、と言う日本のことわざを知っているのかはわからないが、セシリアの行動は早かった。

政府との連絡を終えるとすぐさま照秋の部屋に向かう。

そして部屋の前に着くと、大きく深呼吸してノックをしようとすると、そこに丁度マドカが現れた。

マドカは手にスポーツドリンクを握っており、丁度買いに行っていたのだろう。

 

「どうした、部屋の前で突っ立って」

 

マドカは首を傾げセシリアを見る。

 

「いえ、少々テルさんに用事が」

 

「そうか、丁度私も用事があったんだ。入ろうか」

 

そう言ってマドカはいとも簡単にピッキングしてドアロックを解除した。

 

「……いいんですのソレ?」

 

「いつもの事だ」

 

いつもやってるのかとセシリアはマドカを白い目で見た。

そしてマドカはなんの予告もなくドアを開け部屋に入った。

 

「おいテル、箒、少し話が……」

 

マドカがそう言い、言葉が消えた。

後について入ってきたセシリアも、言葉を失った。

 

照秋と箒がキスをしていたのだ。

だが、すぐにマドカとセシリアが部屋に入ってきたのがわかると顔を真っ赤にして慌てて離れた。

 

「な、な、な」

 

セシリアはわなわなと震える。

マドカはニヤニヤ笑って照秋と箒を見ていた。

そして照秋と箒は顔を真っ赤にして顔を逸らしていた。

 

「なんだなんだ、お前らやっとか~」

 

ニヤニヤの笑みをより深め、マドカは照秋と箒の間に割って入り肩を抱く。

 

「いや~めでたいね~」

 

「めでたくありませんわ!!」

 

セシリアは顔を真っ青にして怒鳴った。

照秋と箒はお互い想い合っている事は薄々は気付いていた。

だが、友達以上恋人未満という関係だとも思っていた。

だからこそ自分は照秋に惹かれ、淡い恋心を抱いていたが、箒の気持ちも理解しているため強く出ることも出来ず友達として接してきた。

そして煮え切らない関係の二人に付け入る隙はあると思いつつも自分もさほど積極的に出ることが出来なかったのだが、よりにもよって思い立った日に関係が前進しているとは!

照秋と箒はお似合いだとは思う。

だから、つい先ほどまでのような淡い恋心程度の気持ちだったら諦めようとさえ思っていた。

だが、もう自分の気持ちに嘘はつきたくないと、セシリアは思った。

気付いてしまったらもう諦めることなんてできない。

自分の気持ちに素直に、そして、それを叶えるためには行動あるのみ。

セシリアはズンズンと照秋に近付き、強引に照秋の頭を抱え、唇を奪った。

 

「んっ!?」

 

照秋は突然の行動に固まってしまい、セシリアのキスになされるがままだ。

そしてセシリアは初めてのキスということと、勢いをつけすぎたため歯がぶつかってしまったが、そんなことお構いなしにむさぼるように唇を重ねる。

 

「あーーーーーっ!?」

 

箒が絶叫する。

 

「おいおい」

 

マドカも予想外だったのか目を丸くしている。

唇を離し、ぺろりと舌なめずりするセシリアは、頬を紅潮させ、うっとりとした目をしていた。

 

「テルさん、わたくしセシリアオルコットは、あなたをお慕い申しております」

 

いきなりの告白に固まる照秋たち。

 

「わたくしと、結婚を前提にお付き合い下さい」

 

「はーーーーっ!?」

 

箒の絶叫がまた響く。

マドカも予想外だったのか、セシリアのアグレッシブさに引いていた。

だが、照秋は冷静だ。

 

「セシリア、申し訳ないんだけど俺は箒の事が好きなんだ」

 

きっぱり断り、さらに好きだと公言された箒は嬉しさのあまり気絶しそうになった。

しかし、セシリアは諦めない。

 

「構いません」

 

「はあ?」

 

「テルさんはわたくしがお嫌いですか?」

 

「え、いや、嫌いではないよ? 友人として好きだし」

 

「ならば問題ありませんわ!」

 

セシリアは腰に手を当て胸を張り言った。

 

「まだ内密な話ですが、織斑一夏とテルさんには世界一夫多妻認可法が施行される見通しです」

 

「はあ!?」

 

「なんだそれは!?」

 

照秋と箒はハトが豆鉄砲を食らったような顔だ。

マドカは、ああ、あれか~と頭をかいていた。

さらに、一国一人、最高五人娶るという条件付きも説明。

 

「そうなればテルさんには最高五人の妻ができるわけです」

 

「そ、そんな強引な法律成り立つか!!」

 

箒は憤怒の表情で怒鳴るが、マドカは顎に手をやり箒の意見を否定する。

 

「いや、世界で二例しかいない男性適性者を放置することはありえない。そこでなんとか人道的方法という建前としてIS委員会が世界各国と会議をし決定したんだろう」

 

「照秋が断ればいいんだ!」

 

「それは無理だろうな。もしテルが一人しか妻に迎えないとなった場合、その妻の国は世界中からどんな扱いを受けるか分かったものではない。最高五人というのは建前で人権は保障してやるから世界中から五人は伴侶にしろという世界からの脅しだろうな」

 

照秋の立場を考えると、世界での扱いが最悪実験動物になり下がる恐れがあるので、そこを突かれると痛い。

だが、五人の妻を受け入れれば人権は保障されるのだ。

ぐぬぬ、と箒は歯を噛みしめる。

照秋は状況についていけず首を傾げるばかりだ。

自分が五人嫁を迎えるとか、どこのゲームのハーレムルートだと言いたい。

そんな五人も養えるだけの甲斐性ができるだろうか?

だが、こそこそ不倫だなんだとしなくてもいい、むしろ世界から推奨されているのだ。

これは喜んで良いものなのだろうか?

照秋は実感が湧かずひたすら首を傾げるばかりだった。

 

照秋自身、結婚なんて考えたこともないことで、セシリアにいきなり結婚を前提に付き合ってくれと告白されたときもよくわからなかった。

セシリアに対しても、友人として好意を持っていたという言葉は事実だった。

だがセシリアが自分に対しそんなに深い愛情を抱いているとは思っていなかったのだ。

セシリアは美人だ、それは認める。

努力家でもあるし、おしとやかでお嬢様という言葉が一番似合う女性だろう。

そんな女性に好意を抱かれて迷惑だとは思わない、というか正直うれしい。

しかし、自分には箒が……あ、一夫多妻OKだったっけ?

照秋はもうわけがわからなくなったので、考えるのをやめた。

 

その後の話し合い(主に箒と)でも、セシリアは全く折れなかった。

むしろやる気満々だった。

吹っ切れたのか、国というバックがいる絶大な自信からかセシリアは超肉食系に変貌した。

恋する暴走機関車はここにもいたのである!

 

「今は友人でも構いません。ですが、いつかわたくしも愛していただけるよう猛アピールしますわ!!」

 

そう言って、照秋の頬にキスをかまして部屋を出ていった。

マドカは、五人嫁を迎えるならセシリアはアリだなと考えていたから意外にも寛容である。

だが、箒はいきなり一夫多妻だ、セシリアの告白だと立て続けに来たものだから、自分の幸せ気分など吹っ飛んでしまっていた。

 



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第27話 凰鈴音の運命

無人機ISがIS学園に侵入した事件の翌日、凰鈴音は中国政府から緊急呼び出しを受けていた。

 

自室にてモニタで政府の要件を聞く凰は、その内容に怒り心頭だった。

 

「なんであたしが代表候補生を降ろされなくちゃならないのよ!!」

 

『それだけではありません、第三世代機[甲龍]も回収、IS学園に在籍している趙代表候補生に移譲します』

 

「そんな!?」

 

中国政府の通達は、凰鈴音の代表候補生資格はく奪、専用機没収という措置だった。

 

「理由を言いなさいよ!」

 

『すべては凰()候補生の浅慮な行動が原因です』

 

「はあ!?あたしの行動に何の原因があるってのよ!!」

 

かみつく凰にモニタ向こうの中国政府の女性高官はため息をついた。

ニコニコ笑顔ながら、眉をハの字に歪め困った顔をしている。

 

『あなたのその態度は直しなさいと再三注意しましたよね? 私はあなたより地位は上ですよ』

 

「そんなもの知らないわよ! あたしは誰よりもISを上手く扱えるのよ!」

 

『調子に乗るなよ小娘』

 

突然低い声で小娘呼ばわりされ、凰はビクッとした。

モニタに映る女性高官は先ほどまでの笑顔が一転、厳しい視線を向けていた。

 

『貴様のせいで我が国がどれほどの損害を受けたかわかっているのか』

 

「そ、損害?」

 

突然の豹変に、凰は驚き先程までの勢いがなくなった。

 

『貴様は織斑照秋に強引な手を使ってワールドエンブリオを我が国に取り込もうとしたな』

 

「あれはちゃんと許可取ったわよ! 政府のお偉いさんも『これでいい』って言ってたんだから!!」

 

『その愚か者の我ら共産党員の恥は更迭した』

 

「そんなこと知らないわよ! あたしは許可貰ったんだから!」

 

『結果、ワールドエンブリオから抗議文と、[竜胆]発注拒否が昨日中国政府に送られてきた』

 

「甲龍があるんだからそんな第三世代機いらないでしょう!?」

 

『その抗議文が送られた昨日、国内の主要IS研究機関がテロ行為を受け壊滅状態だ』

 

「え……」

 

『さらに、篠ノ之束博士から直接動画による警告を受けた』

 

――テルくんにひどい対応、そして理不尽な提案による会社の乗っ取り。いちテストパイロットにサインさせて無理やり倫理を捻じ曲げ成立させようとする傲慢さ。ワールドエンブリオを敵に回した貴様ら中国は私を怒らせた。報いを受けるがいい――

 

『貴様の軽率な行動で、我が国は篠ノ之束博士を敵に回してしまった』

 

「そ、そんな……知らない……知らなかったわよ! ワールドエンブリオに篠ノ之束が絡んでるなんて!!」

 

『国内のIS研究施設は壊滅的。さらに我が国が国内で稼働しているISもテロ対応においてすべてがダメージレベルC以上の損害を受けた。現在我が国は丸裸、非常に危険な状態だ』

 

現在丸裸の状態である中国は、そんなことを世界に発表できるはずもなく、国内に報道規制を敷き完全にテロに関する事柄を管理、規制した。

そうでもしなければどこの国が侵略行為をしてくるかわからないからである。

これにより、国内の惨状は世界に漏れることなく今日も中国は平和で日々IS研究に勤しむという、「ハリボテの盾」を維持しているのだ。

 

「全て!? 劉姉さんは!?」

 

劉とは、現在のIS中国代表の名前である。

凰を妹のように、凰も姉のように慕い尊敬する人物である。

代表の名に恥じぬ実力を持っていて、『次期ブリュンヒルデ』と国内で言われるほどの実力者である。

 

『彼女は現在意識不明の重体だ』

 

「……っ!?」

 

憧れの女性が意識不明の重体と聞いて凰は真っ青になった。

 

『テロは、国籍不明のIS軍団だった。彼らはシールドバリアを貫通する武装を装備し、さらに劉代表はそんな彼らを同時に10体相手し、結果自身は重体、ISは再起不能だ』

 

シールドバリアを貫通する武装と聞いて、凰はハッとした。

 

「そのテロ、相手は全身装甲で腕が異常にでかいISじゃなかった!?」

 

高官の目が細くなり睨まれた凰はたじろぐが、グッと踏ん張る。

 

『何故貴様が重要機密を知っている』

 

「……実は……」

 

凰は箝口令が敷かれ、さらに契約書まで書いたIS学園全身装甲IS侵入事件を高官に話した。

それを聞いて、顎に手を当てフム、と頷く高官。

 

『なるほど。昨日……つまりIS学園と我が国の同時多発テロという事か……』

 

凰と高官は、同じことを考えていた。

全身装甲の無人機ISによる大量襲撃という世界の矛盾。

高官が話している内容からするに、無人機ISは中国全土の主要IS研究機関に同時多発した。

数にすると200体はくだらないだろう。

これはありえないことだ。

世界ではISの根本でもあるISコアが467個しかない。

200体という事は、世界の約半分のISが中国に投入されたということだ。

しかも、全てが無人機という現在の世界の開発状況ではありえない科学力で、だ。

 

中国への抗議文と大量の無人機の投入、それは簡単に結びつけることが出来る。

つまりこれは篠ノ之束が織斑照秋とワールドエンブリオを侮辱した中国と凰鈴音を狙い、中国国内主要IS研究施設とIS学園を攻撃したという事になる。

さらに圧倒的な戦力を見せつけるという最も効果的な方法で。

 

――篠ノ之束はいつでも無限にISを作り世界を破壊できるのだ――

 

凰は世界の混乱を想像し、顔を真っ青にした。

篠ノ之束の警告動画を見るに、織斑照秋を相当気に入っている様子であり、そのお気に入りを侮辱するような行為に怒っているということだ。

凰は今更ながら事の重大さに気付き体を震わせる。

自分の軽率な行動によって、中国を、IS学園を、一夏を危険な目に遭わせたのである。

俯く凰、しかし高官は考え込むように口に手を当て、やがて呟く。

 

『ふむ……だがこれは挽回のチャンスでもある』

 

「え……?」

 

弱々しい声で凰はモニタを見た。

 

『つまり、篠ノ之束博士のお気に入りである織斑照秋が博士に便宜を図ってくれるよう頼んでくれれば、解消するかもしれん』

 

篠ノ之束という人物はかなり変わった人間だという事は世界で認知されている事実だ。

極端に人との接触を嫌い、自分のやりたいことしかしない。

だからISコアをこれ以上作りたくないと言って467個作ってから行方をくらました。

そんな人間が気に入った人間のお願いなのだから、高官の示した可能性はかなり高いかもしれない、そう凰は思った。

 

『凰候補生(・・・)

 

「……っ!」

 

高官の口から「元」が抜けていることに驚き見る凰。

 

『最後のチャンスを与えましょう』

 

「……チャンス?」

 

『織斑照秋に謝罪し、篠ノ之束博士に便宜を図ってもらえるよう頼み、ワールドエンブリオとの軋轢解消を確約しなさい。そうすれば代表候補生に残留させ、甲龍も専用機としてあなたに継続して与えましょう』

 

「……それは」

 

言い淀む凰。

いままで散々見下し馬鹿にしてきた人間に頭を下げるなど、凰のプライドが許さないからだ。

 

『あなたに拒否権はありません凰候補生』

 

言われなくてもわかっている!

代表候補生という地位を、専用機を失わない方法はそれしかないという事はわかっている!

凰は唇を強く噛みしめ、拳を強く握りしめ手が真っ白になり、しかし凰はゆっくり頷いた。

 

 

 

凰は、照秋に謝罪するにしてもまずは情報と味方が必要だと思い、一夏の部屋に向かった。

 

「どうした鈴?」

 

昨日の事件で若干元気のない一夏だが、鈴が部屋に入ると笑顔で迎え入れた。

そんな笑顔を見て鈴はほっこりとした気持ちになる。

だが今はそんな気分に浸っている場合じゃない。

鈴は自分が代表候補生を降ろされそうになっていること、専用機をはく奪されそうになっていること、そしてその原因が照秋であること。

そもそもの原因が自分であるという事は内緒にして。

当然一夏は怒るわけだが、凰の話を聞いていると自分たちの立場が不利な状況であることを理解する。

 

一夏は転生者であり、原作知識を有している。

照秋には束がバックについているという事でさえ驚きなのに、さらにマドカやスコールという亡国機業のメンバーもいる。

だが自分には現在千冬しかいない。

そして、束がこちらに味方するかと言われれば、おそらく無いだろう。

なにせ束の最もお気に入りの箒が照秋側にいるのだから。

とにかく味方は多い方がいい、と一夏は千冬にも手伝ってもらう提案をした。

もしかしたら千冬が束にお願いすれば何とかなるという可能性もあるからだ。

 

一夏と凰は一年寮長室に向かった。

 

「なんだお前ら」

 

相変わらずのオオカミのような厳しい目で二人を見つめる千冬。

凰は未だに千冬が怖いようで、ビクッと肩を震わせた。

 

「千冬姉、話があるんだ」

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

そう言いながらも、とりあえず千冬は二人を部屋に招き入れた。

そして「片付けられない女」を如何なく発揮した部屋の惨状を見た一夏が、とりあえず掃除しようと言って凰と二人で掃除を始めたのだった。

 

ようやく部屋を片付け終え、本題に入る。

凰は恐る恐ると言った感じで高官とのやり取りの事を話しはじめた。

もちろん、照秋に行った仕打ちは伏せて、である。

それを聞いた千冬は眉を寄せる。

 

「中国政府は、篠ノ之束博士が無人機ISを大量投入しテロを行ったという見解を示しています」

 

「……IS学園との同時多発テロか」

 

千冬はフム、と情報を整理する。

そもそもの原因は凰が照秋にワールドエンブリオ社を中国と提携しないかという提案を拒否し、そしてそれに束が怒ったということだが、それでは辻褄が合わない。

 

「凰、貴様何を隠している」

 

千冬の突き刺すような視線に、凰はビクッとし顔を青くした。

 

「そもそも話がおかしい。照秋に会社の提携を頼んだだけで束が怒る? 怒る理由がどこにある? 凰、正直にいえ。貴様、一体何をした?」

 

有無を言わせぬ気迫を眼光に、凰はだらだら汗を流し、キョロキョロを視線を迷わせ逡巡するが、やがて観念し話しはじめた。

その内容は中国政府がワールドエンブリの全権を握るという内容だった。

さらに、それを提案したのが自分であるという事も。

 

「馬鹿が」

 

千冬は一喝する。

凰のいう提携とは、戦争における無条件降伏、恐喝、脅しと同義だった。

そしてそんな無茶な契約に照秋に対し強引にサインさせようとしたという。

そりゃあ束が怒るのも無理はない。

 

「だってアイツはいつもオドオドして、助けてくれるのを待ってるような腰抜けじゃないですか! 一夏の気持ちも知らないで全然成長しないあんな奴、むしろ当然だと思ったんです!」

 

凰から照秋に対する侮辱の言葉が飛び出し、千冬は髪が逆立つかのように怒りをあらわにした。

 

「貴様……私の弟をそこまで侮辱するという事は命が惜しくないようだな」

 

ヤバい! 逆鱗に触れた!!

そう悟った凰は慌てて謝るが、千冬は凰を許すつもりはないようで、鉄拳制裁を加えようとしていた。

そんな二人を見ていた一夏は、なんとかやめさせようと話題を無理やり変えた。

 

「そ、そもそもあのワールドエンブリオって会社なんなんだよ? なんで亡国機業の人間がいるんだよ」

 

千冬がピタッと動きを止め、一夏を見た。

 

「亡国機業? なんだそれは?」

 

「え!?」

 

千冬が逆に一夏に聞くが、一夏は千冬が亡国機業を知らないことに驚いた。

 

「何言ってんだよ! 俺を誘拐した奴らじゃないか!!」

 

「なんだと?」

 

千冬が目を細め一夏を見る。

 

「詳しく話せ一夏」

 

千冬は一夏から亡国機業について聞いた。

それは秘密結社である。

ISが発表されてから活発に活動をするようになった。

三年前、一夏が中学一年の時誘拐した実行犯が亡国機業であったこと。

さらにマドカとスコールが亡国機業の工作員であること。

そのすべてを聞いた千冬は大きく目を見開き、急いで携帯電話を取り出し電話をし始めた。

電話の相手はわからないが、何やら真剣な表情で話をしている千冬に話しかけられない雰囲気だった。

しばらくして電話が終わり、千冬が一夏を厳しい視線を向けた。

 

「一夏、お前その情報はどこで手に入れた」

 

「えっ……と……」

 

しまったと一夏は思った。

今現在一夏が亡国機業の情報を持っていることはありえない。

秘密結社であるがゆえ、裏の世界のことを表に生きる一般人の一夏が知るはずもないからだ。

必死に打開策を考え、苦し紛れにこう言った。

 

「ゆ、誘拐犯の一人が連絡してた時にスコールとかマドカとか言ってた……ような……たぶん……」

 

弱々しい答えに、千冬はさらに厳しい視線を向けたが、やがてため息を吐いた。

 

「今確認を取った。亡国機業をいう秘密結社は確かに存在した」

 

一夏はほら見ろと言わんばかりに笑顔を千冬に向けた。

だが、まだ続きがあった。

 

「だが亡国機業は3年程前に壊滅しているそうだ」

 

「なあっ!?」

 

一夏は予想外の答えに奇声を発した。

 

「結淵マドカとスコール・ミューゼル先生に関しては確認中だが、亡国機業の謎の壊滅に当時裏の世界では相当騒がれたそうだ」

 

まあそれはともかく、と千冬は話を元に戻す。

 

「ワールドエンブリオ社はもとは小さなIT企業だったが、突如IS業界に参入し画期的なOSを発表。一躍IS業界で有名になったた。さらに日本政府から量産第三世代機の選考企業に選ばれ、つい先日量産第三世代機[竜胆]と第四世代機[紅椿]を発表した」

 

そしてここからは内密の話だが、と千冬は続ける。

 

「どうやら篠ノ之箒をワールドエンブリオで保護させるために、束がワールドエンブリオに紅椿の設計データを渡したようだ」

 

「ええ!? じゃああの箒って子のISは篠ノ之博士のお手製ってこと!?」

 

凰も衝撃の事実に驚きの声を上げる。

 

「そしてもう一つ、照秋のIS[メメント・モリ]も束が関わっている可能性が高い」

 

それを聞いて、一夏はやはり、と思った。

昨日の照秋達と無人機ISとの戦闘の、あの圧倒的戦力を見て何らかの形で篠ノ之束が関わっていることは推測できた。

だんだんとピースがはまっていく。

 

照秋という自分と同じ転生者と思われる、原作にはいないイレギュラー

ワールドエンブリオという謎の会社

亡国機業の壊滅、そしてマドカ、スコールという工作員の早い段階での表舞台の登場

ワールドエンブリオ社に関わる主要人物、箒、マドカ、スコール

[紅椿]の前倒し投入

量産第三世代機[竜胆]発表

[メメント・モリ]という謎のIS

 

それらすべてに関わる人物――篠ノ之束――

 

千冬は、ここら辺ではっきりさせた方が良いと思った。

改めて照秋とも話をしたい。

気付いた自分の気持ち、愚かな行い。

そして[メメント・モリ]のこと。

 

「よかろう、照秋への謝罪と束への連絡、私も同席する」

 

凰と一夏は千冬という束に対抗しうる最強の後ろ盾を得て喜んだ。

 

 



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第28話 破滅

千冬は一夏と凰を連れ、照秋と箒の部屋へ向かった。

そして、部屋の前に着くと同時に隣の部屋のドアが開き、中からマドカが出てきた。

護衛としての任務遂行に忠実な人間である。

マドカは千冬とその後ろにいる一夏、凰を見てフンと鼻を鳴らし見下すような視線へと変える。

 

「何か用か」

 

冷たく言い放つ言葉に、千冬は眉を顰めるが今はそんなことで時間を食っている場合ではない。

 

「今日は教師として織斑弟と話に来た」

 

「ほう。で、金魚のフンみたいに着いてるビビりとチャイナはなんなんだ?」

 

悪口を言われ憤慨する一夏と凰だが、千冬の言うようにこんなことで時間を無駄にしている場合ではないのだ。

 

「あたしは照秋に用があるのよ」

 

「はっ、どうせ中国国内のゴタゴタの事だろう」

 

「な、なんで知ってんのよ!!」

 

「さてねえ」

 

中国国内で情報規制を行い決して外部に漏れていないはずの情報を知っているマドカ。

そんな驚愕する凰に対し、嫌らしい笑みを浮かべ凰を馬鹿にするような態度を取るマドカ。

 

「とにかく、部屋に入るぞ」

 

千冬が二人のやり取りを無視し、ドアをノックした。

 

 

照秋たちの部屋に入ると、照秋は千冬たちに椅子を勧めたが、生憎椅子は二つしかない。

マドカは立ったままでいいと言い、千冬は照秋の椅子に座る。

照秋は自分のベッドに腰掛けると、隣にぴったりくっつくように箒が座る。

そんな箒を見た凰が、一夏の手を引き箒のベッドに腰掛けた。

箒と凰は睨みあいを続ける。

何の対抗意識だろうか。

 

「あの、何のご用でしょうか?」

 

照秋は当然の質問をする。

先日ひどい別れ方をしたため、照秋は未だに千冬をまともに見ることはできす目をそらす。

そして千冬はまだ自責の念から少し照秋に対し緊張していたが、今回は私情ではないためまだ冷静だ。

 

「ああ、突然すまないな。少し込み入った話なんだ。まずは凰、お前の要件を済ませろ」

 

「……はい」

 

凰は渋々、ものすごく嫌そうな顔でゆっくり立ち上がり、何か口をもごもご動かしていた。

挙動不審な態度に照秋を箒は眉を顰める。

そもそも照秋と箒は凰に対し、良い感情は抱いていない。

先日あんな傍若無人な態度を取られ、あまつさえ散々貶されたのだ。

照秋はあまり関わり合いたくないという気持ちだが、箒に関しては殺気を向ける程嫌悪している。

 

しばらくして、凰は決心したのか、ゆっくり浅く頭を下げ、ぼそりと呟いた。

 

「……この前は……悪かったわよ」

 

「ん?」

 

照秋は凰の声が小さすぎて何を言ったのか聞こえなかった。

隣の箒も同様である。

 

「ほら謝ったんだから早く篠ノ之束博士に言って中国にワールドエンブリオの[竜胆]発注を認めさせなさいよ!!」

 

「はあ?」

 

照秋は凰の言っている意味がまったく分からなかった。

照秋は千冬に目を向けると、眉間に指を当てため息をついていた。

マドカはフンと鼻で息を吐く。

 

「この前テルに無茶苦茶な条件でワールドエンブリオを中国に支配させようとした契約書があっただろう?」

 

「え、ああ。あれ、なんでマドカが知ってるの?」

 

「そんなことはいい。そもそもテルがサインしたところで、いちテストパイロットのサインした契約書が有効になるハズがないんだが、中国はなんだかんだ難癖つけて強引に正規文書による正当な契約だと言い張るつもりだったようでな。とにかく、その時のこのバカ女の態度に激怒したウチの社長が、中国に抗議文を送って、さらに[竜胆]の発注拒否をしたわけだ」

 

「え、そんなことになってたの?」

 

何も知らなかった照秋は驚いた。

隣で聞いていた箒はざまあ見ろと言わんばかりの顔で凰を見る。

 

「社長にテルとバカ女のやり取りの動画を送ってやったら、何とコイツ国から責任取らされる羽目になって、代表候補生降ろされるし専用機取り上げられるし散々なんだよ、なあ?」

 

見下すような視線を送るマドカに、あまりにも情報が筒抜けになっていることに驚き過ぎて反論すらできない凰。

 

「言っておくが、答えはノーだ」

 

マドカがバッサリ切り捨てる。

 

「何でアンタが指図するのよ! あたしは照秋に言ってるのよ!!」

 

「おいバカ女、あんまり調子に乗るなよ」

 

マドカは殺気を込め凰を睨んだ。

すると、凰はまるで千冬に睨まれたようにビクッとし体を硬直させる。

 

「貴様は謝れば何でも済むと思ってるのか? だとしたら相当おめでたい脳みそを持ってるんだな。羨ましいね分けてほしいよ、そのぬるま湯脳みそをよ」

 

「なっ!?」

 

「勘違いしているようだが、私たちワールドエンブリオが行った処置は企業として当然の行為だ。それが不満だから謝って仲直りだ? 馬鹿も休みやすみに言え」

 

「くっ……」

 

「それに篠ノ之束博士の件についてはわが社は無関係だ。どういった経緯で照秋の受けた仕打ちを知ったのかは知らんし、それに対してわが社がどうにかできることなど何もない」

 

表向き、束はワールドエンブリオと繋がりをほぼ持っていないとされている。

だから社長が束なのも知られていない。

 

「だ、だから! こうやって照秋に頼んで……」

 

「それこそお門違いだ。そもそも篠ノ之束博士と繋がりがあったとして私たちが何を博士に頼む?」

 

「……それは……」

 

「中国のIS主要研究施設を破壊され、博士に目を付けられたから照秋経由でなんとか怒りを治めてほしいか? あ?」

 

マドカが凰を糾弾し続けるのを、だれも止めない。

止めることが出来ないのだ。

 

「なら証拠を出せ。中国を襲ったISが篠ノ之束の仕業だという証拠を。IS学園を襲った無人機ISが篠ノ之束の差し金だという証拠を」

 

中国を襲った大量の所属不明無人機ISと、篠ノ之束の抗議動画が同時期に来たというだけでその二つが関連する確たる証拠が無い現状、それはできない。

現状の物的証拠では、篠ノ之束は限りなくクロに近いグレーといったところだ。

なにかしら関わっているだろう、首謀者かもしれない。

だが証拠が無い。

 

「自業自得だ。バカ女」

 

一夏の隣で悔しそうに唇をかみしめる凰の前に立ち、マドカは見下ろしはっきりと言った。

 

「破滅に向かい惨めに地べたを這いつくばれ」

 

残酷な言葉が、凰に突き刺さる。

そして、そんな未来が容易に想像できたのだろう、凰はガタガタ震え始めた。

震える凰を黙って隣で見ていた一夏だが、もう我慢できなかった。

 

「おいアンタ! いくらなんでも言い過ぎだろう!!」

 

「なんだビビり、人間の言葉が喋れたのか。てっきりブヒブヒ豚の鳴き声でも鳴くのかと思ったぞ」

 

「なっ!?」

 

いきなり辛辣な言葉を投げかけられた一夏は絶句するが、気を取り直してマドカに抗議する。

 

「鈴だって謝ってるだろ! 許してやってもいいじゃないか! それに鈴が代表候補に残れる道なんだから!!」

 

「一夏……」

 

一夏は全く気圧されることなくマドカに反論し、それを見た凰は感激し目を潤ませていた。

だが、マドカは汚物を見るような目でフンと鼻を鳴らした。

 

「こんなクズが死のうがどうなろうが知るか」

 

あまりの暴言に、一夏は立ち上がりマドカを睨む。

 

「亡国機業にいた犯罪者のクセに!」

 

一夏がそう言うや、マドカは一夏の首を片手で掴み締め上げ睨む。

その眼は、先ほどまでの殺気や怒りなどではない、冷たい無感情な目だった。

 

「織斑一夏、貴様は何を知っている」

 

「がっ……ぐっ……!」

 

苦しそうにもがく一夏を、容赦なく締め上げるマドカ。

流石にこれは不味いと、照秋と箒、千冬が二人の間に割って入り止めた。

 

「落ち着けマドカ!」

 

「その手を離せ!」

 

「……ちっ」

 

箒と照秋に止められ、舌打ちし一夏の首を離したマドカは千冬を睨み早く話せと目で訴える。

 

「私の要件はその事だが、今は凰の事を片付けよう」

 

「……フン」

 

冷静にマドカを宥める千冬に、当のマドカは忌々しそうに一夏を睨み、空いている椅子にドカッと座った。

首を押さえ咽る一夏に、それを介抱する凰。

照秋と箒もオロオロとしている。

マドカはそんな照秋を見てそろそろここらが限界かと考える。

照秋は甘い。

顔色を青くし俯く凰を見て、照秋は今までの事を許してしまうだろう。

フン、仕方ないとマドカは凰を睨む。

 

「バカ女、条件を出してやる」

 

「……条件?」

 

「中国への竜胆発注は二機のみ、販売価格も一切の値引きなどしない。そのうち一機は趙雪蓮の専用機とすること。これ以上の譲歩はない」

 

「二機のみって……そんな」

 

「おまえ、自分で関係悪化させといてリスク負わずに関係修復出来ると思ってるのか?」

 

そうマドカに言われ、何も言えなくなる凰。

一連の話を聞いていた千冬も、マドカの言い分は会社経営のやり方としては当然であり、ここらが落としどころだろうと思った。

そもそもマドカの言うとおり、あんなお粗末な謝罪のみで自分たちの要求が全て通ると思っている凰は世間を知らないと思われても仕方ないだろう。

 

「数が足りないならお前ら中国お得意の海賊版、パクリを作ればいい。ま、お前らが甲龍程度の第三世代機しか作れない技術力で竜胆をコピーできるとも思えんがな」

 

「……っ!」

 

あまりな言葉に、凰はマドカを睨む。

マドカは自分の専用機、甲龍を馬鹿にしたのだ。

中国国内で切磋琢磨し苦心して建設した第三世代機の甲龍を、”程度”と軽んじた。

 

「訂正しなさいよ。甲龍は素晴らしい機体よ」

 

「粗悪な衝撃砲開発した程度でいい気になってる機体が素晴らしい? はっ、自国賛美もここまで行けば滑稽だな」

 

マドカが鼻で笑い、凰はとうとうキレた。

凰はいきなりベッドから立ち上がり、椅子に座るマドカに飛びかかった。

いきなりの事で気を抜き反応できなかった一夏や照秋たちだったが、マドカは冷静に対処するかのように飛びかかってくる凰の腕を掴み流れるような動きで関節技を極め床に押し付け無力化させた。

床に押し付けられた衝撃と、関節を極められた痛みに苦痛に顔を歪める凰は、それでも怒りをあらわにして喚き散らした。

 

「甲龍は! 世界に誇る第三世代機よ! 訂正しろ! 甲龍は! 甲龍はっ!!」

 

「やかましいバカ女が。身の程をわきまえろ」

 

マドカは空いている手で凰の頭を掴み床に押し付けた。

体重を乗せるように押し付けらた圧迫、さらに凄まじい握力で頭蓋を掴まれているためギリギリと鈍痛が凰を襲う。

 

「あ……がっ……」

 

押しつぶされそうな圧迫感、床とマドカの腕の間に挟まれ潰されてしまうのではないかという恐怖が凰を襲う。

悲鳴も上げれず、苦しみ悶えるかすれた声が漏れる。

そこに千冬がマドカの手を掴み凰にかかる力を制した。

 

「そこまでだ。それ以上は教師として見過ごせんぞ」

 

「ふん、教師ならこうなる前に止めろよ」

 

「内容が内容だから静観していたのだ。だがこれ以上は黙ってはおれん」

 

「自分の行動を正当化するのが上手いね、どうも」

 

マドカは皮肉交じりに口元を歪め千冬を見る。

千冬は、そんなマドカの視線を流し、マドカを凰から引き離した。

千冬に介抱される凰をしり目に、マドカは照秋に近付き小声で話しかける。

箒もその会話に参加し、小さく頷いている。

そして照秋も頷き、会話が終了すると同時にマドカは凰に振り返りこう言った。

 

「バカ女、ISで勝負してやる」

 

「……勝負、ですって?」

 

「お前の言う甲龍が優れているという事を証明し、勝ってみろ。そうすればワールドエンブリオはお前の言う条件をすべて飲んでやる。篠ノ之束博士にも話をつけてやろう」

 

マドカが破格の条件を提示してきた。

喜ぶべきことなのだが、勝利で条件があるという事は、敗北での条件があるということだ。

さらに、勝利に対する破格の条件には、敗北に対する条件も破格という事だ。

 

「……あたしが負けたら条件は全て無しってことね」

 

凰がそう言うと、マドカは話が早いとばかりにニヤリと笑った。

 

「相手はテルがする」

 

マドカは照秋を親指で指さす。

凰は照秋を睨むが、照秋は何の感情も籠らない表情で凰を見つめ返す。

 

「明日の放課後、一回勝負だ。ギャラリーは一切入れない非公開だ行う。審判は織斑教諭とスコールに頼む」

 

マドカは千冬を見て頷くのを確認すると、無情の言葉を投げかける。

 

「凰鈴音、はっきり言っておく。この勝負で貴様に勝ち目はない。それでもやるか?」

 

「何言ってんだ! 鈴が照秋に敵わないわけがないだろう!!」

 

一夏がマドカにかみつくが、凰は無言だった。

 

「……鈴?」

 

苦虫を噛み潰したような表情の凰を見て訝しむが、千冬は凰の態度は当然だろうと思っていた。

先日のクラス対抗戦の一夏と凰の戦い、そして無人機と照秋たちの戦いを比べても凰の勝ち目は低いだろう。

 

「凰、話はまとまったな。お前はもう自室に帰れ」

 

凰は千冬にそう促され無言で部屋を出ていった。

凰が出ていったのを確認すると、千冬は早速自分の要件を話す。

 

「そうだ照秋、お前の専用機について学園からリミッター要請がかかっている」

 

「ああ[インヘルノ]だろ? あれは封印するさ」

 

照秋の代わりにマドカが答える。

 

「そもそもあの武器[インヘルノ]は明らかに違法な出力を有している。IS委員会からも通達が来ているしな。なんなんだ、あの武装は?」

 

千冬はマドカに聞く。

どうやら照秋よりマドカの方が機体の事を知っているようだから、マドカに聞いた方が早いと思ったのだ。

だが、マドカはとんでもないことを言い放つ。

 

「あれ自体はただ炎を操作するだけの武装だが、使い方によってああなるってことだ。炎を竜巻のように回転させる。すると、中は真空になるし、高温にもなる。ISは所詮機械だ。真空による圧縮と高温による溶解であの無人機は溶け爛れたということだ」

 

「炎熱操作……それがメメント・モリの特性か」

 

「さてね、メメント・モリはいまだ未開放領域が存在するから一概に言えないな」

 

謎の多い機体で、マドカは勿論照秋にもメメント・モリの本当のスペックはわからないという。

まあ、ISという代物自体が不明な部分が多いからこれは致し方ない事だろう。

千冬は納得し、次の話を進む。

 

「では次の話だ。結淵、亡国機業に在籍していたというのは本当か」

 

千冬自身亡国機業という秘密結社がどれほどのものかはわかっていない。

だが、一夏が誘拐されたときの実行犯が亡国機業だというなら話は別だ。

マドカは一夏を睨み、携帯電話を取り出した。

 

「スコールを呼ぶ。その方が手っ取り早いだろう」

 

マドカの提案に千冬は無言で頷いた。



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第29話 亡国機業について語る

無理があるなあ……


「もう、せっかくいいお酒を手に入れたのに」

 

「お前はアル中か」

 

マドカはスコールを呼び出し、すぐに来たのだが手には琥珀色の液体が入ったボトル片手に愚痴りだした。

全員がスコールを見てため息をついたが、密かに千冬はそのボトルを見て生唾を呑みこんだ。

 

マドカは早速スコールに亡国機業に在籍していたことが漏れていたことを言うと、スコールは先ほどまでのだらけた態度から一変、真面目な顔になった。

 

「どこからの情報? 更識かしら?」

 

「いや、一夏だ」

 

千冬がスコールの質問に答えると、スコールは目を細め一夏を見た。

背筋に悪寒が走ったような感覚が一夏を襲い、ぶるっと震える一夏。

だが、すぐに一夏に興味を無くしたのか、スコールは一夏から目を離し千冬を見てニコリと笑った。

 

「で?」

 

「ん?」

 

「私たちが亡国機業という秘密結社に在籍していたとして、それに何の問題が?」

 

スコールにそう言われると、千冬は何も言えなくなる。

亡国機業は確かに秘密結社ではあるのだが、それだけである。

生徒会長の更識楯無にも調べてもらったが、亡国機業という秘密結社自体はギリギリではあるが違法性のない集まりなのだそうだ。

ただ、そのメンバーが世界各国の要人が多く在籍していたこともあり、裏の世界では要注意とされていたらしい。

亡国機業の理念は『恒久的平和』であり、戦争など武力行使に反対の態度を取っている。

更識の情報網でも亡国機業が何か重大な違法的な事をしでかしたという情報は上がっていないという。

真実として、亡国機業は内部で二極派閥に割れており、その一派閥である過激派は様々な犯罪行為を起こしていたのだが、亡国機業の行動として認識されていなかったことが大きいだろう。

噂としては流れていたのだが、現在亡国機業は既にないため、もう確認のしようはない。

過激派に在籍していたスコール、オータム、マドカの三人も工作員として様々な汚れ仕事をこなしてきているが、逆に亡国機業として認識されていないことを逆手に取りやりたい放題だったのだが。

そんな亡国機業が突然壊滅した。

世界各国の亡国機業メンバーの要人が同じ日に次々暗殺や事故に遭った。

また、工作員など下位メンバーの元にも襲撃があり、ほとんどの亡国機業所属の者が死んだという。

いきなり亡国機業が壊滅してしまい実は後ろ暗い事をして恨みを買っていたのではと勘ぐってしまうが、すでに壊滅してしまった秘密結社でありその真相を確認することはできなかった。

千冬はこのこと自体にはさほど興味はない。

だが、確認したいことがあるのだ。

 

「第二回IS世界大会決勝戦、一夏が誘拐された」

 

千冬の言葉に、箒は驚く。

一夏が誘拐されたことがあるという事を知らなかったのだ。

 

「その時の実行犯が亡国機業であった疑いがある」

 

今度はスコールとマドカに驚きの顔を向ける。

これには照秋も驚いた。

だが、スコールとマドカは首を傾げる。

 

「知らんな」

 

「聞いたことがないわ」

 

二人は否定するが、今まで黙っていた一夏は好機と見たのか二人に噛み付く。

 

「嘘つけよ! オータムって奴が俺を監禁したんだ!」

 

「え?」

 

スコールは一夏の言葉に驚く。

 

「モンドグロッソの決勝戦よね?」

 

「そうだよ!」

 

一夏は自信満々にスコール相手に声を荒げるが、スコールは、うーんと首を傾げた。

 

「おかしいわね……」

 

「何がだよ!」

 

「モンドグロッソ決勝戦は私も覚えてるわ。織斑先生が決勝戦を辞退したのよね。……でもおかしいわね」

 

「だから、何がだよ!!」

 

「そのときオータムは私の隣で一緒にテレビ中継を見てたもの」

 

「えっ!?」

 

「しかも日本で」

 

「嘘つけよ!!」

 

スコールの否定に一夏は噛み付くが、しかしマドカも追い打ちをかける。

 

「私もその時は日本にいたな」

 

「お前ら仲間が話を合わせたって!」

 

「そもそもモンドグロッソの時には亡国機業はもう無くなってたし」

 

「……え?」

 

一夏はスコールが何を言っているのかわからなかった。

 

「そちらの情報通さんに確認を取ればいいわ」

 

「しばし待て」

 

千冬は急いで携帯電話を取り出し電話をかける。

相手は更識楯無だろう。

すると、突然コンコンとドアをノックする音が。

千冬は確認もせずドアを開けると、そこにはIS学園の生徒会長、更識楯無が「労働外時間」と書かれた扇子で口元を隠し立っていた。

 

「人使いが荒いですね織斑先生」

 

「すまない。だが情報が錯綜していて私には手に負えんのだ」

 

更識は部屋に集まるメンツを確認すると、なるほどと頷く。

そして、一夏達にニコリと微笑んだ。

美少女といっても過言ではない美貌に青い髪、そしてモデルのような体だが、その佇まいは隙がない。

 

「はじめまして、かしら。私はIS学園生徒会長、更識楯無よ。よろしくね」

 

一夏は、更識が現れ、味方が増えたことと、その美貌を間近で見たことにより喜んだ。

 

(コイツもいずれ俺のハーレム要員になるのか。良い体してるぜゲヘヘ!)

 

そんなゲスい事を考えながらも、表情はさわやかな好青年の笑みを張り付ける。

そして青い髪の女性というものを初めて見た照秋はというと、とても失礼なことを考えていた。

 

(日本人だから髪を染めてるのか……色を抜いたのか……とにかく不良だなあ。箒やマドカみたいな黒髪の方が綺麗なのに。それになんか色のチョイスがオバさんくさい)

 

美人なのに残念な人だ。

照秋は更識を残念美人に認定した。

……とか照秋ならそんなことを考えているだろうなあ……と、照秋の思考が分かっている箒、マドカ、スコールは更識に憐憫の目を向けた。

 

「……なんで私は初対面の後輩にそんな憐憫の目を向けられるのかしら?」

 

更識は照秋たちの視線に戸惑い、扇子には『何故?』と書かれていた。

 

「別に、日本人なのに青い髪に染めて不良だなあ、残念だなあ、馬鹿じゃねえのとか、ババアくせえ色の髪だなあとか、そのでかい胸が忌々しい抉れてしまえばいいのにとか思ってねえよ?」

 

マドカが照秋が思っていることと自分が思っていることをズバッと言う。

特に胸の事は完全に逆恨みだ。

それに過敏に反応する更識は『心外!!』と書かれた扇子をパンッと広げる。

 

「声に出てるわよ結淵マドカさん! 何最後の私怨は!? それにこれは染めたんじゃなくて地毛よ!!」

 

「え? もはや日本人ですらないのか!? あんた異世界人か!?」

 

至極真面目な顔でツッコむマドカ。

照秋も同じ考えだったようで、ものすごくびっくりしていた。

 

「地球人で地毛が青とかありえねーだろー。 そんなもん改造人間か異世界人くらいだろ? ……いや宇宙人? いやいや、むしろ生物ですらないのか?」

 

「私は地球人だし日本人なの! この地毛は更識家特有の遺伝なの!!」

 

「ということは、アンタの先祖には異星人か異世界人がいてその血が……」

 

「ちがーう! 生粋の日本人! 地球人! 混じりっ気なしの純度100パーセント日本人!! ――ってそこ! 織斑照秋君! 『え? 違うの?』って顔で私を見ないの!!」

 

マドカにいいようにからかわれ、手玉に取られる更識を見て、千冬は大きくため息を吐いたのだった。

 

 

 

「……それで、亡国機業関連の話ですか?」

 

さんざん弄られながらもなんとか平静を取り戻した更識は、自分が呼ばれた理由を千冬に聞く。

千冬は更識の問いに無言で頷いた。

千冬は更識にスコールとマドカの話していたことを説明する。

 

「たしかに、私たちの入手した情報では亡国機業はモンドグロッソ開催以前に壊滅されたとあります」

 

「そ、そんな!?」

 

更識が味方になるかと思っていたが、更識の持ってきた情報は一夏の原作知識を否定する答えだった。

あまりにも原作と剥離している状況に、一夏は混乱する。

 

「亡国機業は秘密結社であるが故に、様々な憶測や噂がありました。やれ、亡国機業に篠ノ之束博士が関与しているとか、世界征服を企んでいたとか、ISを全て破壊させる計画があったとか」

 

まあ、どれもこれも噂だけど、と付け加える更識。

 

「そもそも、亡国機業がどこの組織に壊滅されたのかすら不明なんです」

 

裏の世界ですら『恒久的平和』を掲げる秘密結社が何故壊滅したのか? 

世界中の要人が幹部を務める組織を全員抹殺できる力を持ち、尚且つ正体を明かさずに迅速に行える隠密性という特異性に、そんな組織が思い当たらないのである。

 

「亡国機業を壊滅したのは篠ノ之束博士だ」

 

「……っ!?」

 

マドカの衝撃の告白に、千冬と更識は驚きに声も出なかった。

照秋と箒も驚いていた。

 

「私とマドカ、オータムのスリーマンセルで紛争地帯の任務……一般市民への救援物資配布をこなしてるとき、篠ノ之束博士が乱入してきたのよ」

 

本当は救援物資配布なんかじゃなくてISでの武力介入なんだけど、とスコールは心の中でつぶやいた。

 

「私たちは所詮機業では下っ端の工作員だからな、篠ノ之束博士が何故亡国機業を壊滅させたのかは知らん。それに別に企業が壊滅されようが知ったことではないからな」

 

マドカのあまりの言いざまに、スコールは苦笑する。

二人とも本当は何故亡国機業を壊滅させたのかという理由を知っているし、さらにスコールはマドカの出生の秘密を知っているため、マドカが機業をよく思っていないこともわかっている。

だから、あえて何も言わない。

 

「まあ、それで私たちは路頭に迷ってるところを、篠ノ之束博士が就職先を斡旋してくれたのが、ワールドエンブリオってわけね」

 

「職を斡旋って……」

 

事実は小説よりも奇なりというが、篠ノ之束という人間をよく知る千冬は、束がまさか他人に対して世話をする姿が想像できないでいた。

 

「姉さん……やっと真人間の心を手に入れたんですね……!」

 

そしてよくわからない感動をしている箒。

 

「私たち発信の情報を信じる信じないは勝手だが、これが真実でありこれ以上の事は知らんぞ」

 

「では、どこの組織が一夏を……」

 

千冬が顎に手を当て考え込む。

 

「知らんな。そんなビビりが誰にさらわれようが私たちの関知するところではない。だが、テルを誘拐した組織は判明している」

 

「……なに!?」

 

千冬は驚き、同時にしまったと顔を歪めた。

千冬は恐る恐る一夏の顔を見る。

そこには、驚き口を開けている一夏の顔があった。

 

「……誘拐? 照秋が? 知らねえぞ俺」

 

「……織斑千冬、貴様まだこのビビりに言ってなかったのか。ということはまだテルの事で話し合いもしてないんだな。意気地なしでバカかお前は」

 

呆れ顔のマドカ。

そんなマドカの罵倒に何も言い返さず俯く千冬。

照秋も呆れ顔で千冬を見ているが、そんな顔を怖くて見れない千冬は俯くばかりである。

 

「まあ貴様らの家庭内のゴタゴタは今はどうでもいいさ。とにかく、テルを誘拐した組織は[クラッシュ・ドーン(衝撃の夜明け)]とかいう組織だ」

 

「クラッシュ・ドーンですって?」

 

更識が反応する。

マドカの言うクラッシュ・ドーンという組織の名前に聞き覚えがあるのだ。

 

「クラッシュ・ドーンってあの超武闘派組織の?」

 

クラッシュ・ドーンはまだ若い秘密組織だった。

この組織は紛争地帯のゲリラに加担し兵器や傭兵等を補強していた。

しかもこの組織、資金源が不明なのに途方もない資金を有すると言われていた。

何故なら、いちゲリラ組織に対し無担保で人材と兵器を大量に投入させていたからだ。

更にその兵器が最新式で、傭兵にしても歴戦の優秀な兵士が多く投入されていた。

噂では兵器開発企業が裏で糸を引き自社の試作兵器の実験とも、傭兵たちの戦場を求める狂気とも言われているが確証が取れていない。

取れてはいないのだが、しかしだ。

 

「まあ、そのクラッシュ・ドーンも篠ノ之束博士がぶっ潰したがな」

 

フフン、とドヤ顔のマドカの言葉に驚く楯無。

確かに、クラッシュ・ドーンも1年前に壊滅したという情報は入っているし、確認も取れている。

クラッシュ・ドーンの本部とされる、イスラエルの山間部にある岩山を切り開いた、とある場所が人や岩はおろか、草すら生えない更地を化していたという。

そんな所業を篠ノ之束が行ったという事実に、ブルリと震える楯無。

しかし、楯無はそれ以前の情報が気になった。

 

「クラッシュ・ドーンが日本に潜伏してたなんて情報は……」

 

「更識の情報網もたかが知れてるな」

 

マドカの馬鹿にするような口調にムッとする更識。

事実、更識はワールドエンブリオの真実にたどり着いていないし、亡国機業の内紛や壊滅の真実についても知らない。

マドカ達が亡国機業に在籍してたことすら千冬に連絡を受けるまで知らなかったのだから、言われて当然だろう。

 

「クラッシュ・ドーンはこのISで狂った世界を修正すると明言していたからな。その急先鋒である織斑千冬をどうにかしようとテルが誘拐され、結果篠ノ之束博士の怒りを買い返り討ちに遭ったわけだが」

 

「そういう意味では、もしかしたら一夏君もクラッシュ・ドーンによって誘拐されたのかもしれないわね」

 

スコールの推測に、フムと考える更識と千冬。

 

「まあどうでもいいさ。こんなビビりが死のうがな」

 

マドカの辛辣な言葉に、千冬は眉を顰め、更識も口をへの字にしてマドカを見た。

そして、暴言を吐かれた当の一夏も、怒り心頭で顔を真っ赤にしているが、マドカはそんな一夏を睨みつけ無理やり黙らせる。

 

「それよりもだ。ビビリのお前が亡国機業の事を知っていたことの方が興味あるな」

 

ドキリと心臓が跳ね上がるような感覚に陥る一夏。

 

「なぜお前は私たちが亡国機業に所属していたことを知っていた? 何故オータムの名前を知っている?」

 

――なぜ一般人のお前が亡国機業の存在を知っている?

 

マドカとスコールの突き刺さるような視線が一夏へとんでもない重圧を与える。

 

――しまった。

 

一夏は全く言い訳を考えていなかった。

興奮して裏付けの事を全く考えず喋ってしまった。

今ここで原作知識なんだとか言っても精神病棟にでも放り込まれるかもしれない。

どうしよう、どうしようどうしよう……

大量に噴き出す汗、震える唇。

高鳴る心音。

苦し紛れにつぶやいた言葉、それは――

 

「……ゆ、誘拐されたときは、たしかにそう言っていたんだ……」

 

苦しい言い訳である。

だが、そう言ってしまえば裏付けを取ることはできない。

何故なら誘拐されていた時の状況を知っているのは一夏本人だけなのだから。

しかし語るに落ちたとはこの事である。

まさかそんな苦し紛れの言い訳と取れるような言葉が通じると思っているのだろうか?

流石の千冬や楯無も深いため息つく。

だが、マドカとスコールはフンと鼻を鳴らしとんでもないことを言った。

 

「まあ、もしかしたら亡国機業の生き残りがいて束博士への復讐として親友である織斑千冬のIS世界大会を邪魔したかったという可能性もないではないな」

 

「そうねえ、亡国機業を問答無用で壊滅されたんだから恨む人もいたでしょうし、何人かは生き残っていても不思議ではないわねえ」

 

「え?」

 

まさかのマドカとスコールの肯定的意見に間抜けな声を上げる。

 

「ま、こんなビビりが言っている情報は所詮壊滅した組織の古い情報だし、少し調べればわかるようなものだ。何の役にも立たないクソ情報ってことだな」

 

肯定的意見で見方をしたのかと思ったら思いっきり落とすような罵詈雑言。

 

そんなマドカと一夏のやり取りを眺めながらも、楯無と千冬は情報を整理する。

そう、マドカの言うとおり、壊滅した組織の3年前の情報など何の役にも立たない。

マドカもスコールも、一夏が亡国機業の情報を知っていた事については何とも思っていない。

しょせん過去の情報だし、ネットではそういった都市伝説が流れている。

事実、亡国機業の都市伝説はネットに流れているのである。

曰く、世界征服を目論んでいる。

曰く、キリストの子孫を託っている。

曰く、IS委員会の裏の顔。

曰く、宇宙からの使者。

嘘ばかりの内容だが、しかし亡国機業という名前だけは真実であった。

一夏も、ネットからの情報と、誘拐された時の誤った記憶、さらにマドカやスコールたちワールドエンブリオに組する人間を逆恨みする気持ちから混同し、こんな事を言った可能性もあると考える。

そもそも誘拐するという犯罪行為において、わざわざ人質の前で本名を喋る犯人もいまい。

おそらく、コードネームか、あだ名か、そんなところだろう。

そう考えると、犯人は4人、コードネームはスプリング、サマー、オータム、ウィンターといったところか。

そのオータムというコードネームがたまたまスコールたちの知り合いだったという事だ。

……ん? たしかオータムとは、スコールの恋人だったはずでは?

いや、そもそもそれ以前にオータムという名前に聞き覚えがある。

どこだったか……

千冬は先日の事を思い出しながら、さらに別の場所で聞いたことのある名前だと自身の記憶を掘り起こそうとしたが、楯無との情報の整理には関係ないことだと思い、思い出す作業を止めた。

 

「……あながち間違っていない、というところでしょうか」

 

「亡国機業と、一夏の誘拐犯の繋がりは不明だが、彼女たちは無関係、と考えた方がいいだろうな」

 

「そうですね」

 

結果、一夏の記憶と情報による亡国機業発言は、多聞の憶測と根拠のない誤情報であると結論付けられた。

そして楯無と千冬が話し合っているうちに、とうとう一夏がキレた。

一夏は我慢の限界がきて、目を剥く。

 

「なんなんだアンタは! さっきから俺の事馬鹿にして! それにビビりビビりって!! 俺は織斑一夏って名前がある!!」

 

「無人機のISを目の前にして逃げようとした奴にビビりと言って何が悪い」

 

マドカに指摘され、言葉が出ない一夏。

 

「あ、あれは……あんな数の無人機相手なんて無理だ。それに俺はつい最近までISも知らない一般人だったんだ! あんな戦争みたいなこと出来るわけがないだろう!?」

 

「テルは出来たぞ。しかもお前らが手も足も出ない相手を余裕で倒した」

 

「照秋はイカサマしてんだよ! こんなクズが俺より強いはずない! どうせ専用機で持ってるISがチートで照秋自身は昔のままだろうが!!」

 

一夏は照秋を指さし叫ぶ。

そんな一夏の暴言に、箒とマドカは一瞬で怒りに顔を染め一夏に殴りかかろうとした。

しかし、照秋が手で制したと同時に千冬が一夏の頭に拳骨を落とした。

ドゴンッと生身の肉体からあるまじき音が出る。

あまりの衝撃にうずくまり悶絶する一夏。

 

「弟をそんなふうに言うな馬鹿者」

 

「ぐおおぉぉっ……! ち、千冬姉?」

 

「照秋はお前より強い」

 

千冬の言葉に衝撃を受ける一夏。

照秋が俺より強い?

何を言ってるんだ千冬姉は?

そんな筈がないだろう!?

 

「ふざけんなよ! 俺がこんな奴に……」

 

そう言って照秋を睨んだ一夏は、それ以上言葉がでなかった。

照秋の目と合い、一夏は息を呑む。

照秋の目が、一夏を射抜くような視線が、一夏の体を硬直させた。

 

な、なんだこれ?

体が……なんだよこれ!?

なんで俺が照秋みたいなクズに見下されてるんだよ!?

 

しかし一夏は以前にも照秋にこの視線を向けられていることを覚えていない。

照秋に対し理不尽な八つ当たりをし、逆に絞められたという、つい最近の出来事を。

全く都合の良い脳みそである。

 

「一夏、お前も自分の部屋に帰れ」

 

千冬に冷たく退出命令される一夏だが、そんなことを素直に認める一夏ではない。

 

「なんでだよ! 俺はこいつらの悪事を暴露してやるんだ!!」

 

「いい加減にしろ!!」

 

千冬に一喝されヒッと小さく悲鳴を上げ委縮する一夏。

 

「出ていけ。ここから先はお前の出る幕はない」

 

ぴしゃりと千冬が言い放つ。

オオカミのような鋭い視線で睨まれた一夏は、何も言い返せずすごすごと部屋を出ていったのだった。



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第30話 照秋と鈴の戦い

結局、この日は一夏が出ていくと程なくして解散となった。

凰と一夏が照秋たちとの関係を引っ掻き回してしまったので、千冬は照秋との関係修復ができるような雰囲気ではなくなったのだ。

普段なら、そして先日スコールと飲み明かし気持ちの整理がついた今ならそんな空気など構わず強引に行く千冬だが、今回ばかりはそんな気力も無くなっていた。

一夏の口から飛び出した照秋に対する罵詈雑言を初めて聞いた千冬は、穏やかな気持ちではいられなかった。

それでも収穫はあった。

 

マドカとスコールは亡国機業という秘密結社に在籍していたが、その結社は有害なものではなく、人道支援が主だったこと。

日本政府もそのことは知らなかったが、知っていたとしても何ら問題がない。

 

次に暗躍する篠ノ之束。

その行動は不可解でありさらに現在も連絡が取れない状況である。

 

そして、照秋の専用機[メメント・モリ]の秘密

これはISというもの自体が謎の部分が多く解決できるものではなかったが、驚異の能力炎熱操作[インヘルノ]をロックすることになった。

まだまだ不明な部分が多い機体だが、今はこれで十分だろう。

 

途中参加の更識も、現状でここまでわかれば十分だと言っていた。

彼女自身今回のマドカの告白は知らされていない事実が多く、さらに調査をすると息巻いていた。

 

さて、なんだかんだとあったが、時間は容赦なく進む。

日付が変わり、いつもの時間に照秋たちは起き朝の訓練をこなし、いつものように授業に出る。

だが、照秋はいつにも増して無言だった。

その理由は放課後の試合にある。

相手は中国代表候補生の凰鈴音、ISでの試合だ。

別に気負っているわけではない。

凰はISの操縦が上手い。

わずか一年で代表候補生になるほどの才能もある。

だが、それだけだ。

照秋にとって、うまいだけの人間はたとえ代表候補生だろうが脅威にはならない。

それでも、照秋は決して油断しない。

昨日の凰の中国での状況も理解している。

自分で蒔いた種とはいえ、この試合で負ければ代表候補生を降ろされ、専用機をはく奪される。

同情してしまうのは仕方がない。

だが、それで試合に手を加えるような腐った考えを照秋は持っていない。

試合とは、真剣勝負である。

試合とは、各々の力を全力でぶつけ合い如何なく発揮する場である。

そこに私情など挟む余地はない。

照秋は、授業中もずっと試合に向けて精神集中していた。

 

それがわかっている箒とマドカは何も言わず照秋を見守り、状況が分かっていないセシリアは箒から理由を聞いて納得、照秋勝利を願い集中する姿を見て祈るのだった。

 

「……はあ……集中する凛々しい顔……かっこいいなあ……」

 

「はふぅ……たまらなくセクシーですわあ……」

 

「ちょっと黙れお前ら」

 

結局箒もセシリアも平常運転だったので、マドカは呆れるばかりだった。

 

 

 

そして放課後

照秋は指定されたアリーナへ向かい、ピットで最終チェックをする。

周囲には箒とセシリア、マドカがいる。

スコールと千冬は今回は審判を兼ねているので管制室におり、反対側のピットには凰と一夏がいる。

照秋はIS[メメント・モリ]を纏い、準備万端である。

二本の角が付いた黒いバイザーで目が隠れているため表情はわかりにくいが、その視線はアリーナのグラウンドに向けられている。

 

『織斑照秋、凰鈴音、両者グラウンドへ出ろ』

 

千冬のアナウンスが流れ、照秋はPICで床ギリギリに浮上し射出口へ向かう。

 

「照秋! がんばれ!」

 

「テルさん、ファイトですわ!」

 

箒とセシリアが激励を送る。

 

「普通にやったら勝てるだろう。さっさと終わらせて来い」

 

マドカは相変わらずだ。

そんな三人にサムズアップして応え、照秋は飛び立った。

 

アリーナグラウンド中央に、照秋の纏う[メメント・モリ]と凰の纏う[甲龍]が相対する。

お互い黒を基調とした機体カラーでありながら、メメント・モリは金色の翼を広げ神々しさを思わせる姿。

対して甲龍は赤色が加えられ、肩に浮くアンロックユニットは攻撃的なフォルムである。

 

「逃げずに来たわね」

 

凰は不敵に笑い照秋を挑発するが、照秋はそれに反応することなく無言だ。

 

「ちっ、すました顔してヨユーシャクシャクってやつ? はっ、舐められたもんね私も」

 

照秋に無視されたのが気にくわないのか、さらに言葉を続ける凰。

しかし照秋は全く反応しない。

バイザーで目が隠れているので表情もわからず、凰は益々イライラする。

 

『基本ルールは国際IS競技規約に則ったものと、特別ルールとして時間制限を30分とする。30分過ぎて決着がつかなかった場合、シールドエネルギーの残量で判定する』

 

照秋は右手に刀剣型武装[ノワール]をコールし、蜻蛉の構えを取る。

 

『では、お互い正々堂々フェアプレーを心掛けるように』

 

凰は青竜刀型の[双天牙月]を両手に装備する。

 

ビーーーッ!!

 

試合開始のブザーが鳴り響くと同時に凰が突撃する。

 

「うりゃああああっ!!」

 

掛け声とともに両手の双天牙月を振り回す凰。

対し照秋は蜻蛉の構えのまま待ち構える。

 

「はあっ! せいっ!!」

 

ガギンッ! ガギンッ!!

 

剣がぶつかり合い金属音が鳴り響く。

凰はがむしゃらに双天牙月を照秋に振り降ろし、それを照秋はノワール一本でいなす。

二本の双天牙月を間髪入れず連続で攻撃しているのに、照秋はそれをノワール一本で捌く。

それが凰のプライドを傷つける。

 

「調子に乗ってんじゃないわよ!!」

 

凰は一旦距離を置き双天牙月を連結させ、バトンのように振り回し照秋に投げつけた。

高速回転しながら照秋に向かってくる双天牙月だが、そんな直接的な攻撃照秋に通じない。

照秋は飛んでくる双天牙月を難なく避けた。

しかし、そこに照秋に衝撃が襲う。

突然の見えない攻撃をまともに食らいバランスを崩す照秋。

 

(……これが衝撃砲か。不可視の攻撃がこれほど厄介だとはな)

 

苦痛に顔を歪めながらもすぐさま体制を整えるが、甲龍から繰り出される衝撃砲は不可視の砲弾であり認識は困難である。

照秋は急場しのぎに凰から距離を取りアリーナを大きく旋回する。

 

「逃げても無駄よ!!」

 

凰は攻撃が通じるとわかるやニヤリと笑い、衝撃砲を連発する。

砲身の限界角度がないため360度死角がなく、さらに砲身が見えないので発射タイミングがわからない。

 

空気の砲弾がアリーナの壁、地面に無数に当たり爆発音が鳴り響く。

そして照秋は全ての衝撃砲の攻撃を避けているわけではなく、数回攻撃を食らいその度によろけ、すぐに体勢を立て直し回避行動を続ける。

 

「あはははははっ! 昨日の威勢はどうしたのよ!」

 

もう勝ち誇ったように高らかに笑う凰。

照秋は衝撃砲に対処できない、そう判断し凰は照秋に衝撃砲を連発する。

勝てる!

やはり中国の第三世代機は世界に通じるのだ!!

そう思った。

それが、自滅の道へと進む行いだと考えずに。

 

 

ピットでは、モニタで観戦する箒とセシリア、そしてマドカ。

箒とセシリアはハラハラしながら試合を見ている。

まさか照秋がここまで苦戦するとは思っていなかったのだ。

しかしマドカは無表情に試合を見つめ続け、やがてぽつりとつぶやく。

 

「そろそろか」

 

「……え?」

 

「何がですの?」

 

マドカの呟きに敏感に反応する箒とセシリア。

 

「衝撃砲は確かに脅威だ。威力が弱いという欠点はあるが、不可視の砲弾、見えない砲身、限界角度のない砲身、死角はない」

 

マドカが不安な事を言うので箒とセシリアは益々焦る。

 

「だが、あれだけバカスカ撃てば利点はもう無いに等しい」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「テルはただ避けているだけじゃない。衝撃砲を、凰を見極めているんだ」

 

「……あっ!」

 

「……! なるほど」

 

マドカの言いたいことが分かった箒とセシリアは、一転して照秋に信頼の目を向けた。

 

「そろそろ凰のクセを見極めた頃だろう」

 

マドカがそう言うと同時に、モニタに映る試合の展開が変わった。

 

「反撃開始だ」

 

 

 

管制室でモニタリングしていた千冬は、照秋の操縦技術のレベルの高さに絶句していた。

大きく旋回して衝撃砲を避けていた照秋が一転して凰に向かって攻撃を仕掛けはじめた。

自棄になったのかと思ったが、どうもおかしい。

凰は衝撃砲を照秋に向けて発射しているのにもかかわらず、接近してくる照秋に当たらない。

照秋の握る刀剣型武装[ノワール]が凰を襲う。

凰は迫りくるノワールを間一髪避け、照秋から距離を取りつつ衝撃砲を繰り出す。

だが、照秋はその衝撃砲を難なく避けさらに凰が距離を開けようとしていることをさせまいと近付く。

 

『なんで!? なんで急に当たらなくなったのよ!?』

 

凰の絶叫がアリーナ内の集音マイクによって管制室に響く。

凰の疑問も尤もだが、千冬とスコールにはそのタネはわかっている。

 

「……何という違和感のない緩急だ」

 

「ストップアンドゴーをスムーズに繰り出すことによって、衝撃砲の射線をずらしているのね」

 

満足げに笑うスコールの横で、千冬は目を見開き驚くしかできなかった。

照秋が見えない砲弾に対しての対策、それが緩急をつけた動きで射線をずらすという事だった。

凰には見分けがつかない程になめらかな緩急により、狙いを定めた相手が急に当たらなくなるという不可解な事象が発生し混乱する。

そんな負のスパイラルに陥り、凰はさらにパニックになり衝撃砲を連発する。

照秋を確実に狙うという単純な砲撃しかしない。

そもそも凰は馬鹿正直に照秋のみ狙ってしか撃っていない。

弾数制限のない不可視である衝撃砲ならば、牽制を兼ねたわざと外した砲撃も有効であるにもかかわらず凰はそれをしない。

凰は明らかに実践経験が不足していた。

さらに、照秋は凰が衝撃砲を撃ち出すタイミング、癖を見抜いていた。

 

「彼女、衝撃砲を打つ時奥歯を噛みしめるのね。頬の筋肉が一瞬動くわ」

 

「それを見抜くほどの洞察力を持つのか、照秋は」

 

「戦いに最も重要なのは情報だと口酸っぱく教えたからね」

 

”ヒントはどこにでも転がっている。それを見逃すな。見極めろ”

 

私の言いつけを守っていい子ね、とスコールはまた満足そうに頷く。

しかし、スコールは簡単に言うがそんな相手の一挙手一投足の細かな動きを見極めるなど、やれと言われてそうそう簡単にできるものではない。

千冬は、照秋と鈴の間に絶対的な差があるが故の試合運びだと分析していた。

全ての事象が照秋に味方している。

凰はドツボにはまり混乱している。

しばらく離れて落ち着けば打開策が見つかるだろうか、照秋がそうさせない。

常に接近しノワールで攻撃、さらに衝撃砲を接近戦をこなしながら避けるという離れ技を目の前で繰り出され、凰の思考はまとまらない。

 

そしてとうとう照秋の攻撃が凰に当たった。

照秋は一貫してノワールによる刀剣での近接攻撃で凰にわざと双天牙月で受けさせていた。

その攻撃が自分の体、腕、足への攻撃ばかりで双天牙月で防ぎやすく、次第に凰の意識が自身の体、腕、足に集中していくのを見越して甲龍のアンロックユニット[龍咆]を攻撃した。

肩口からアンロックユニットが爆発を起こし爆風によって凰はよろける。

それを見逃す照秋ではなく、続いてもう片方の[龍咆]をノワールで真っ二つに切り裂いた。

 

「勝負あったな」

 

「ま、もともと彼女に勝ち目なんてなかったけどね」

 

スコールは、もう少し楽しめるかと思っていたのか、つまらなそうにモニタを眺める。

千冬もスコールの言葉には同感で、チラリと二人のシールドエネルギー残量を見る。

 

メメント・モリ ――― [FULL 700] [残量 593]

甲龍 ――― [FULL 600] [残量 120]

 

戦いを終始見ていると凰の攻撃の方が多く当てている。

にも関わらずシールドエネルギー残量は照秋の方が多い。

アンロックユニットの[龍咆]が破壊されてこともあるが、それでもメメント・モリのシールドエネルギーの消費が低すぎる。

 

「派手に当たっていると見せかけ、実はほとんどダメージを受けていないとはな」

 

「相手を油断させるのも技術よ」

 

「ああ、その通りだ」

 

まともに受けたのは最初の衝撃砲一発だけで、あとの旋回中の被弾は全て芯を外し最小のダメージに留めた「演技」だったというわけだ。

それにまんまとはまった凰は、未だにそのカラクリに気付いていないだろう。

 

 

 

「っつう!?」

 

[龍咆]が破壊され怯む凰は、目の前に迫る照秋の攻撃を避けることに精いっぱいだった。

 

(こいつ! 剣一本だけしか使ってないのにここまで出来るの!?)

 

自分がクズだ卑怯者だと罵った人間が、自分の遥か高みにいることを痛感する。

この強さは中国代表のそれと遜色ないだろう。

先日の無人機襲撃の戦いぶりを見ていても照秋の技量の高さは自分より上だとわかっていた。

だが、認めるわけにはいかなかった。

認めてしまえば照秋の強さを見抜けなかった自分の目が曇っていたことになる。

一夏が言っていた卑怯者だという言葉を覆してしまう。

何がなんでも認めるわけにはいかない。

そしてそんな意固地なった結果、蓋を開けてみれば試合は一方的な展開、さらに未だ底の見えない強さに、手加減をされているように感じる。

そう、まるでクラス対抗戦での自分と一夏の試合の様な稽古をつけられているような戦いだった。

 

(私がこんな奴に手加減されて、しかも手も足も出ないですって!? ありえない! ありえないありえないありえない!!)

 

「あり得るわけないだろうがー!!」

 

凰が大声を上げ無理やり自分を奮い立たせ双天牙月を振り回す。

型もクソもない、癇癪を起した子供のように、やたら滅多ら振り回す。

 

「うわああああああっ!!」

 

怒りをぶつけるように、照秋に接近する凰。

それを照秋は冷静に見つめる。

そして蜻蛉の構えから、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し凰に接近、そこから繰り出すは必殺の気魄、稲妻のごとき剣速の一撃・示現流[雲耀の太刀]である。

 

凰はこの試合で初めて危険察知が働いた。

この攻撃を受けてはいけない!

本能が警鐘を鳴らす。

考えるより体が動き、照秋の見えない一太刀を無意識に双天牙月で受け止めた。

だが、双天牙月がバターのようにノワールによって切り落とされ、攻撃を受けてしまう。

 

「きゃあっ!?」

 

攻撃を受け墜落していく凰はしかし、なんとか体制を整え地面すれすれのところで踏ん張る。

 

シールドエネルギー残量 20

 

雲耀の太刀によって、双天牙月で力を殺したにも関わらずシールドエネルギーが100も減ってしまった。

 

「……化け物がっ!」

 

憎々しげに照秋を睨み毒づく凰。

そんな照秋は相変わらずバイザーで目が隠れているため表情がうかがえない。

ただ、口がピクリとも動いていないところを見るに、未だ気を抜かず集中しているようだ。

照秋は油断せず、蜻蛉の構えを取る。

凰はそれを見て、恐怖した。

またアレが、[雲耀の太刀]が来る、と。

今度こそ防ぐ手立てがない。

万策尽きた凰は、ただ悔しそうに睨むしかできない。

 

だがそこへ予想外の出来事が起こる。

 

「ぜらあああああっ!!」

 

突如大声と共に照秋に突撃をかける白い物体。

照秋はそれに慌てることなくノワールで防ぎ、逆に叩き落とした。

地上にぶつかり、土煙をまき散らしながらもすぐに体勢を整え、その乱入者は手に持つ刀剣型武装[雪片]を構える。

 

「……一夏」

 

凰は乱入者である一夏を見て呟くと同時に、自分を助けに来てくれたヒーローに喜ぶのだった。



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第31話 ハシッシ

多くの感想ありがとうございます。
返信が遅れるかもしれませんが極力全てに返信するよう努力しますのでお待ちください。

これで鈴と中国の話は終わりです。
さて、救済になりましたかね?


「助太刀するぞ鈴!」

 

「……一夏! ありがとう」

 

一夏が凰と照秋の試合に乱入し、凰に助太刀すると言い出した。

 

「……何のつもりだ一夏」

 

照秋は冷たく言い放つ。

その声音には一切の感情が含まれていなかった。

 

「うるせえ! 鈴はこんなところで負けちゃダメなんだ!! 鈴が中国の代表候補生なんだ!! お前みたいな空気も読めない奴には勝たせねえよ!!」

 

吠える一夏に、照秋は呆れる。

そもそもこれはそんな事情を踏まえての一対一での試合なのだ。

なぜ手心を加えなければならないのか照秋には理解できなかった。

もし、箒が凰と同じ立場になり照秋とこういった試合を行ったとしても照秋は手心を加えるなどという愚かなことはしない。

それが、相手への礼儀だからだ。

 

「行くぞ鈴!!」

 

「……うん!」

 

一夏という心強い助っ人が来たことにより落ち込んでいた気持ちを持ち直し、その眼には気迫が灯る。

一夏と二人なら、と希望を抱く。

そして、一夏と凰が同時に飛び上がり照秋に近付いたその時だ。

 

ビーーッ!!

 

『試合終了。凰鈴音、貴様の反則負けだ』

 

突然の試合終了のブザーと反則負けというアナウンスに、突進していた凰と一夏は立ち止まり唖然とする。

 

「……な、なんで……」

 

一夏が呟く。

 

『織斑一夏、貴様は試合に無断乱入したペナルティを与える。すぐに管制室に来い』

 

「なんでだよ千冬姉!!」

 

叫ぶ一夏と、愕然とする凰。

そして照秋は試合終了とわかると、興味を無くしたように一夏達に背を向けピットへ戻ろうとしていた。

そんな照秋の背中を見て、一夏は沸々と怒りが沸いてくるのを感じる。

 

試合終了だ?

ふざけんなよこれからなんだぞ鈴と俺があのクズを潰すのは!

それを反則負けだって?

負けたら鈴は代表候補生じゃなくなるんだぞ!

鈴がIS学園からいなくなるかもしれないんだぞ!

認められるわけねえだろうが!!

 

……クソ……クソクソクソクソクソ!!

 

全部、全部全部全部…

 

「テメエのせいだクズヤローーッ!!」

 

一夏は雪片から[零落白夜]を発動し、ピットに向かって飛び背を向けている照秋に斬りかかろうと瞬時加速を発動し斬りかかった。

予想外の行動に、凰はただ唖然と一夏の行動を見ているしかできず、管制室に居た千冬やスコールでさえ反応が遅れ止めることが出来なかった。

箒とセシリア、マドカも一夏の行動が予想外で声すらあげられずにただ見ているしかできなかった。

 

斬られる――

 

そう誰もが思ったとき――

 

照秋は振り向き、零落白夜を振り降ろす腕を掴んだ。

 

「――なっ!?」

 

この場で誰よりも驚いたのは一夏だろう。

不意打ちによる零落白夜での一撃、当たれば一発でシールドエネルギーをゼロに、さらに零落白夜ならば操縦者にもダメージを与えることができる一撃必殺を、照秋は難なく対処した。

照秋は掴んだ腕を引き寄せ、空いているもう片方の手で一夏の首を掴む。

 

「ガッ……グッ!?」

 

うめき声をあげる一夏は、照秋を睨む。

しかし照秋はバイザーによって表情が読めない。

ギリギリと首を掴んだ腕に力が入る。

 

「――言ったはずだぞ[紛い物]。()の邪魔をするなと――」

 

「ま、まがい……もの……!?」

 

何を言っているのかわからない一夏は、頸動脈が圧迫され頭がボーっとしてきた。

 

「おしおきだ」

 

[ハシッシ発動]

 

電子音声が聞こえ、照秋は一夏の首から手を離すと掌から一本の針が飛び出し、白式の腕部に突き刺した。

 

すると、突然白式からピーッピーッピーッ! と緊急アラームが鳴り響き、「緊急」「危険」「DANGER」といった空間ウィンドウがびっしりと現れる。

 

「え? な、なんだ!?」

 

ジ……ジジ……

 

混乱する一夏だが、今度は白式自体からノイズが発生し始めた。

ノイズが徐々に多くなり、ついには量子形成すらできなくなり白式の装甲が消えた。

 

「うわああああっ!!」

 

白式が消え、地上へ落下する一夏だが、照秋はそれを助けるつもりなどなく、再び背を向けピットへと向かった。

そこに凰が駆けつけ一夏をキャッチし、間一髪事なきを得たのだった。

 

 

 

「この馬鹿者が!」

 

一旦今回の関係者全員を管制室に呼び集めた。

箒やセシリアも一緒にいる。

そして、開口一番千冬が一夏に鉄拳制裁を加える。

拳骨が脳天に突き刺さり、一夏は地面をゴロゴロのた打ち回っていた。

それを呆れ顔で見ているスコールは、すぐに興味を無くし照秋の方へと歩み寄る。

 

「よく対処出来たわね」

 

スコールは素直に照秋を褒める。

あの試合終了後という気を抜いた状態で、さらに瞬時加速による背後からの不意打ち攻撃はハイパーセンサーでは察知していただろうが、照秋自身が反応できるのとは別であり、あんな予想外な行動に対処できたことに驚き、同時に素晴らしいと賛辞した。

しかし、照秋の表情は浮かない。

 

「どうしたの?」

 

スコールは照秋のかを覗き込む。

すると、照秋はぽつりとつぶやいた。

 

「……なんか、その辺の記憶が曖昧なんです」

 

「なんですって?」

 

スコールは一転して厳しい表情になる。

 

「なんとなく、一夏の不意打ちに対処したというのはわかるんです。でも、それが自分のしたことなのか、なんか客観的な感じで……」

 

スコールは照秋の言葉を聞いて考え込む。

客観的視点で自分の行動を見る、俯瞰的視点能力などという特殊能力は照秋にはないはずだ。

もしかしたらあの場で覚醒したという可能性もあるが、それは限りなく低いだろう。

そんな覚醒するような極限状態を要する試合ではなかったし、照秋の言う自身の行いが曖昧になるという事が成り立たなくなる。

 

「一度会社に戻って精密検査を受けなさい、いいわね。さ、後は私たちに任せて今日はもう帰って休みなさい」

 

「……はい。お疲れ様でした」

 

肩を落とししょんぼりとする照秋は、トボトボとスコールから離れ箒やセシリア、マドカに慰められていた。

照秋自身、一夏を問答無用で撃墜したことを後悔している、というよりその過程がショックだった。

照秋が一夏に放った一撃[ハシッシ]は、それほど危険であり照秋ですら躊躇してしまう武器なのである。

 

「大丈夫だ、照秋はよくやった! だからそんなに気を落とすな! あの馬鹿を殺し損ねたのは残念だがな!」

 

「そうですわ! テルさんは胸を張ってくださいまし! あの卑怯者を再起不能にできなかったのは口惜しいですが!」

 

「……うん、この二人の話は流せ」

 

凄い言いようの箒とセシリアである。

まあ、背後から攻撃を仕掛けるような卑怯者にかける情けなどないと言いたいのだろう。

箒もセシリアも、その辺潔癖であるため拒否反応がすごい。

マドカは照秋の肩をポンポンと叩き、引き寄せる。

マドカの方が身長が低いため照秋にぶら下がっているように見えるのはご愛嬌だ。

 

「最後のハシッシはあまり気にするな。真剣勝負や戦場ではたまにああいった説明できない超能力的な事は起こることがある。私も経験がある」

 

「そうなのか?」

 

気落ちしていた照秋が驚きの表情でマドカを見る。

すると、マドカはニカッと歯を見せ笑った。

 

「ま、[ハシッシ]は流石にやり過ぎだとは思ったが、あの時の自分が使用すると判断したんだ、それが最良だったのさ。だからあまり自分を責めるな」

 

「……うん、ありがとうマドカ」

 

「フフン、もっと感謝してもいいぞ」

 

「はは、いつも感謝しているよ」

 

笑顔の照秋と、嬉しそうなマドカ。

それを見て面白くないのは箒とセシリアだ。

 

「……なんなんですの、あの気安い密着度は」

 

「あの二人に恋愛感情はない……はずだ……たぶん……」

 

なんだか危機感を覚えた箒とセシリアは、急いで照秋に駆け寄りアピール合戦を始めるのだった。

そして、管制室を出ていく際にマドカはスコールをちらりと見て、スコールはこくりと小さく頷いた。

 

 

照秋たちが管制室を出て行き、千冬、スコール、一夏、凰の四人だけになった。

凰は終始無言で俯き、会話には参加しない。

参加する気力すら起きないのだ。

勝負の結果、凰は負けた。

ということは、中国政府とワールドエンブリオの関係修復が事実上不可能になったという事であり、同時に自分の代表候補生はく奪、専用機没収が決定したという事になる。

反則負けの原因になった一夏の乱入を責めるつもりは毛頭ない。

あのままでも負けていたのは明白だったからだ。

むしろ、自分の想い人がヒーローのように颯爽と駆けつけてくれたことに喜びを感じた。

だがあれほどバカにして、見下していた人間に手も足も出なかった。

認めよう、照秋は強くなった。

試合開始前に照秋をコケにするような言葉を口にしたのも虚勢だ。

そうでもして無理矢理テンションを上げなければ何もできず負けると予感していたから。

そして実際手合せをしてわかった。

受ける攻撃から伝わる、絶対の自信。

練習を積み重ね得た技量を信じた攻撃。

おそらく、照秋は一夏と違ってかなり前からISに関わり訓練を繰り返していたのだろう。

一夏の言っていたような、ISが高性能でそれに胡坐をかいた強さではない。

明らかに長い年月を重ねて手に入れた絶対の自信が窺える強さだった。

 

自分の才能に胡坐をかき、周囲を見下し愉悦に浸って向上心が鈍化していた自分と違って、才能がないと自覚しながらも苦しい練習を繰り返し得た重厚なバックボーン。

ああ、自分が何と薄っぺらい存在に見えるだろうか。

 

――完敗だ。

 

自分で蒔いた種だ、潔く受け入れよう。

もう見苦しく足掻くのも疲れた。

おそらく、IS学園にはもういられなくなるだろうし、中国に帰ってどんな制裁が待っているのかも分からない。

それに一夏とも離れなくてはならない。

それだけが心残りだ。

 

凰は未だに説教されている一夏を見る。

一夏は確かに重大な罪を犯した。

 

試合中の乱入

試合終了後の背後からの攻撃

 

正式な試合ならばペナルティとして専用機を没収されても文句は言えない重大な罪だ。

これが非公式の試合であり、関係者以外に周知されない事柄であるのが唯一の救いだろう。

しかし、千冬は一夏に3日の謹慎処分を言い渡した。

これでも軽い方だと思うが、一夏は納得いかいないような表情だ。

 

「試合終了後に背後からの不意打ちなど卑怯者以外の何物でもない!」

 

千冬に叱責されグッと歯を食いしばる一夏。

 

「でもアイツが悪いんだ! 鈴の事情を知っていて鈴を叩きのめそうとしてたんだぞ!」

 

「愚か者が! それが真剣勝負というものだ! そもそも原因は凰にある。それを温情で照秋が試合で決着をつけようと言ったのだ。順序をはき違えるな!!」

 

「千冬姉はアイツの味方をするのかよ!!」

 

「私が照秋と同じ立場に立っても同じ行動を取る! 一夏、たとえお前が相手だったとしてもだ!」

 

一夏は、自分の考えを千冬に理解してもらえず、さらに照秋を擁護する発言を受けショックを隠せない。

 

「なんだよ……なんなんだよ! 俺は悪くない! 鈴を守りたかったんだ! 俺は間違っていない!!」

 

一夏はそう吐き捨てなお反論するが、全く聞き入れない千冬に業を煮やし管制室を走り出ていった。

千冬も、スコールもそれを追いかけることなく、失望の眼差しで一夏の背中を見るのだった。

 

「……馬鹿者が」

 

「ま、時間が経てば理解するんじゃないかしら」

 

「だといいが……」

 

落ち込む千冬に、ポンポンと肩を叩き励ますスコール。

そして、また今夜も飲みに行こうと約束を取り付ける二人。

もう酒が手放せない二人だった。

そこで、スコールは一人ぽつんと佇む凰を見て、思い出したかのように声をかけた。

 

「ああ、そうだ、凰さん」

 

「は、はい」

 

突然話しかけられ、声が裏返る凰。

 

「今回の試合結果は反則負けだけど、織斑一夏君の乱入ということでワールドエンブリオとしてはこの結果を『無効』と判断します」

 

「……え?」

 

スコールの突然の提案に、凰と千冬は驚く。

 

「最初にマドカが提案していた竜胆二機の販売、これで政府を納得させなさい。なんなら私が中国政府に手回ししてあげるわ」

 

「な、なんで……」

 

なんでそんな温情をかけるんですか?

そう言いたかったが、言う前にスコールが人差し指を口に当て黙らせる。

 

「あなたのこと気に入っちゃったのよ」

 

怪しく光る瞳に、チロリと舌を出して濡れる唇をなめるスコール。

 

(え? ミューゼル先生ってソッチ系なの? マジで? いや、ちょっと……美人だけど流石にそれは……)

 

凰はノーマルであり一夏が好きなので、スコールのアピールに、それはちょっと……と引いていた。

それに敏感に反応した千冬が凰をスコールから離す。

 

「おい、生徒に手を出すな」

 

「あら、ならあなたが相手してくれる?」

 

「私はノーマルだと言っただろう!!」

 

顔を真っ赤にして反論する千冬に、コロコロと笑うスコール。

置いてけぼりの凰はポカーンと口を開け二人の漫才を眺めていた。

 

「ま、冗談はさておき、照秋君が”アレ”を出しちゃったから、それの口止め条件ってのが本当のところかな」

 

「アレ? ……ああ、もしかしてあの[ハシッシ]っていう武装ですか?」

 

凰は一夏のISが突然消えるという出来事に驚いたが、その原因が[ハシッシ]という電子音声後の出来事であったことを覚えていた。

だから、照秋が[ハシッシ]という何らかの武装を行使し結果一夏のISのシールドエネルギーがなくなり装甲が消えたのだと判断した。

しかし、よくよく考えると白式のシールドエネルギーはフルチャージされている状態だった、にもかかわらず白式は装甲を維持できずシールドエネルギーすらゼロになり消滅した。

さらに、白式のダメージレベルはDにまで達していたという。

ダメージレベルDは大破レベルで至急修復が必要なレベルである。

なので、現在白式は倉持技研に送り修復作業を行ってもらっている。

全く派手な動きではなかったというか、何をしたのかさえ分からなかった[ハシッシ]という謎の武装で、そこまでダメージを与えられるものかと疑問すら起きる。

千冬も[ハシッシ]の事は聞くつもりだったようで、無言でスコールを見つめる。

 

「[ハシッシ]はね、対ISウィルス武装なのよ」

 

「ウィルス?」

 

「手のひらから針を出し、それをIS装甲に突き刺して内部にコンピュータウィルスを侵入させる。あとは感染してシールドエネルギーが勝手に減り、ISは装甲を維持できなくなって終わり」

 

聞くだけでとんでもない武装である。

本来ISには操縦者を守る絶対防御というものがある。

絶対防御とは、全てのISに備わっている操縦者の死亡を防ぐ能力であり、シールドバリアーが破壊され操縦者本人に攻撃が通ることになってもこの能力があらゆる攻撃を受け止めてくれるが、攻撃が通っても操縦者の生命に別状ない時にはこの能力は使用されない。

この能力が使用されるとシールドエネルギーが極端に消耗されるという機能である。

つまり、ISに搭載されているシールドバリアと絶対防御は、あくまで外部から操縦者を守る機能である。

ハシッシの恐ろしいところは、針を通してISの装甲の”内部”に侵入するという事である。

結果、シールドバリアなど意味をなさず、絶対防御は働かず、ダメージレベルDという大破まで招くのだ。

 

「……なんなんだ、あのメメント・モリという機体は……」

 

千冬は戦慄を覚えた。

先日の[インヘルノ]といい今回の[ハシッシ]といい、国際IS条約の武器規制をはるかに違反している武装だ。

[インヘルノ]など論外だが、[ハシッシ]は相手のISに接触しなければならないというリスクはあるが、それでも脅威には変わりない。

メメント・モリは常軌を逸しすぎている。

ISの試合でまともに扱える武装は刀剣型武装の[ノワール]のみである。

 

「まあ、以前にも言ったけどメメント・モリは篠ノ之束博士が関わっている可能性が高い機体であるし、未だに未開放領域があるの。私たちはもちろん、照秋君すらあの機体のすべてを理解していないわ」

 

「……照秋にメメント・モリの使用を禁止させ竜胆に乗り換えることはできないだろうか……」

 

千冬は顎に手を当て考え込む。

メメント・モリには未だに未開放領域があるというが、[インヘルノ]といい[ハシッシ]といい碌な武装ではないだろう。

これから先照秋の事を考えると、メメント・モリはアキレス腱になりかねない。

 

「無理ね、篠ノ之束博士直々のお達しで照秋君はメメント・モリ以外乗れない」

 

マスコミ発表した時の竜胆操縦は特例ね、と付け加えるスコール。

 

「とにかく、凰さん」

 

「はい」

 

「今のあなたはこれまでの自分の行いを反省しているわよね?」

 

「はい。愚かな事をしたと思っています。照秋にも悪いことをしたと思っています」

 

凰の言葉に満足そうに頷くスコール。

 

「なら一言照秋君に今度こそ誠心誠意謝罪しなさい。そうすれば私が中国政府と交渉して、あなたを代表候補生から降ろさないよう口添えしてあげる」

 

ここまで肩を持ってくれるスコールに疑問を持つ凰だったが、厚意は素直に受け取ろうと頭を下げ感謝した。

 

 

 

後日、照秋に正式に謝罪した凰は、スコールを含むワールドエンブリオ社が中国政府と交渉した。

中国政府はなんとか自分たちが優位になるようにと無茶な提案を吹っかけてきたが、ここでクロエが公表されていない中国政府のスキャンダルをちらつかせ、無理やり黙らせた。

さらに篠ノ之束からのメッセージを受け取っていると言って中国政府はワールドエンブリオ側の提案をすべて受け入れるしかなくなったのだった。

 

『この次はない』

 

篠ノ之束にこのような最後通告を受けてしまい、崖っぷちに立った中国政府。

 

結果として、

中国政府はワールドエンブリオから[竜胆]とパッケージ[夏雪]三機を購入

うち一機を趙雪蓮の専用機とする

凰鈴音は代表候補生留任

専用機も継続

竜胆の発注数が変わったが、マドカが最初に提案した内容とほぼ同じ条件で妥結したのだった。

 

「……大人って怖い」

 

スコールとワールドエンブリオの交渉術で涙目になる中国政府の高官を目の当たりにした凰は、ドン引きだったという。

 



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第32話 一夫多妻認可法

IS委員会がやらかしました。



春の日差しから梅雨に突入し、雨の日が多くなったある日。

 

国際IS委員会はとんでもない条約を発表した。

 

『織斑一夏、織斑照秋二名の男性IS操縦者の世界的一夫多妻認可法』である。

 

これには条件がある。

 

・前提として、この認可法に賛成した国のみとする

・婚姻時期は日本の法律に則り、織斑一夏・照秋両名が18歳になってからとする

・各国一名のみ、したがって一方に同国の妻がいる場合、もう一方に資格はない

・織斑一夏、照秋両名とも最大5名までとする

・資格者は15歳以上30歳までとする(織斑一夏、照秋両名が認めた場合これに限らない。また15歳の者は適性年齢になるまで婚姻は結べない)

・織斑一夏、照秋両名それぞれの同意なく婚姻は結べない

・自由国籍の者は除外

 

女尊男卑の世の中でとんでもない内容の条約だが、ほとんどの国がこの条約を認可した。

それほど男性操縦者という存在が貴重ということだ。

勿論この条約が発表された直後から女尊男卑の団体から抗議が起こった。

女性の尊厳を踏みにじる条約である、撤回せよと。

日本や韓国、EU圏内では女尊男卑擁護団体のデモが起こるほどに。

 

だが、日本政府はそんな団体など完全無視し、なんと織斑照秋と篠ノ之箒を公式に婚約関係であると発表した。

それに追随するように、イギリス政府もセシリア・オルコットと照秋が婚約関係であると発表。

二国は体よく照秋に予約をし、他国をけん制したのだ。

 

「ISも操縦できない老害共や、したこともない、覚悟もない一般女性がどれだけ大口を叩こうが知ったことか。文句があるなら受けて立つ。その時は君たちの大好きなISで相手してやろう」

 

イギリス政府の超強気発言は世界の度肝を抜かせ、虐げられている世界中の男から拍手喝さいが起こる。

その直後、篠ノ之束が世界中のネットワークをジャックし公言。

 

『イギリスはよく言った! この条約に文句あるならその国のIS動かなくさせるから。そうすれば女がエラそうに出来ないでしょ?』

 

もう無茶苦茶である。

というか、束が一夫多妻を認めていることに驚くのだが、そんなことよりも驚愕の事実が束の口から飛び出た。

束がその気になれば、いつでもISを停止させることが出来るのだ。

だが、そんな発言にも噛み付く女尊男卑擁護団体は、国を挙げて篠ノ之束を拘束し処罰しろと喚く。

自分たちがそこまで声高にある程度の地位を掴みとれた人間に対してなんという傲慢で無知な発言だろうか。

防衛の要としている国も多いので、これに戦々恐々とした各国はそんな過激発言や行動を行った女尊男卑擁護団体・企業を実力行使で黙らせた。

以前から女尊男卑の風潮に増長し過激な行動を行い犯罪スレスレ、むしろ権力を使って犯罪自体を有耶無耶させるような企業や団体組織に頭を悩ませていた各国は、これを好機と見て大々的に粛清した。

そこで自分たちに旗色が悪くなったと見るや世界中の女尊男卑擁護団体や企業が現役IS操縦者たちに対し自分たちに賛同するよう要請したが、大半の操縦者がその要請を断ったのである。

女尊男卑の急先鋒であるIS操縦者は今の地位にしがみつきたいという思いもあるが、そもそも彼女たちはISに深く関わったことで世の女尊男卑の風潮をよく思っていない者が意外と多い。

それまでは女尊男卑思想を持っていた者も多かったが、ISに深く関わることで女性だけでなく、むしろ多くの男性がISに深く関わっており、またなくてはならない存在であると気付き自覚しているからである。

ISは自分一人では動かせない。

日頃の整備、バックアップ、操縦者のケアなど様々な事に人が関わっている。

そんな陰で支えている人間がいて初めてISは動く。

実際問題、世界を代表する企業の社長や国の首相、大統領などは未だに男がほとんどである。

女尊男卑擁護団体、企業などはそんな国の現状をよくおもわず国の中枢に食い込むようになってきて(まつりごと)に口出すようになってきた。

自分たち女性にだけ有利になるような施策を押しすすめようとしたり、男の政治家を排斥しようとしたり、悩みの種だったのである。

それがここにきての追い風である。

このチャンスに乗らない手はないとばかりに世界各国は一斉に過激派に分類されるような女尊男卑擁護団体を反政府組織と認定、武力行使で排除することに成功、それにより世界中のないがしろにされてきた男たちは歓喜するのだった。

ただ、これは表面上で一時的のことであり、未だに根強く残る風潮をなんとかしなければならないのが各国の課題である。

 

さて、世界中でこんな条約が発表を受けてしまった織斑一夏と照秋はというと、照秋に関しては事前に聞かされていたことであるからそれほど驚くことはなかった。

ただ、箒とセシリア二人と婚約していたとか、それを政府が知っていたとか突っ込みどころが満載だったのだ。

 

「俺……箒と婚約してたのか……知らなかった……」

 

「わ、私も知らなかったぞ!?」

 

「わたくしも政府がハッキリ公表するとは思ってもいませんでしたわ……」

 

朝食を取りながら食堂で流れるニュースに、照秋たちだけでなく生徒全員が唖然としていた。

当事者たちは自分たちの知らないところで大人たちがいろいろ勝手に進められていることに恐怖を覚えると同時に、まさかの篠ノ之束承認という事実に、三人は疲れ果てもう考えるのをやめた。

更に言うと、これは婚約であって婚姻ではない。

言葉の意味の抜け穴を突いた強引な手口に近いが、これならば照秋の意思を無視して多少強引に発表しても条件には抵触しない。

婚約ならば、嫌ならいつでも解消しろと言っているのである。

ここで解消しないのならば脈ありとみなされ、日本とイギリス政府はしてやったりというわけで、これ以降に『・婚約も互いの同意がなければ結べない』と文言が追加されてしまった。

大人は汚い。

しかし、箒とセシリアはこの事をまんざらでもないと思っていた。

箒にすると彼氏彼女の関係から一気に婚約者にランクアップしたことに驚くが、人生設計では照秋といずれは……なんて考えていたことも事実である。

日本政府の発表に関しては、姉の束が何か言ったのだろう。

一夫多妻についても思うところはあるが照秋の置かれている状況を理解してしまうと納得するしかない。

まったく、仕方ない姉さんだなあ……ぐふふ。

箒はなんだかんだで喜んでいるのだった。

セシリアも、政府の勇み足で発表して照秋がどう思うか気が気でなかった。

実際問題として、セシリアは照秋の関係を友人以上に発展していないと自覚している。

自分は照秋に対し行為を持って猛烈アピールしているが、照秋自身はまだセシリアにそこまでの感情は抱いていないと分析する。

照秋は真面目で、箒と恋仲であると堂々と言った。

そんな人間に急きょ一夫多妻が認められるから自分も愛してくれと言ったところで戸惑うのは仕方のないところだ。

逆に考えると、照秋はそれだけ一人の女性に対し一途で誠実なのだと好意的に解釈できる。

だからこそ、セシリアはアピールしながらも時間をかけて認識を変えてもらおうと努力しているのだ。

だがここでイギリス政府の勇み足に、大企業の政略結婚や中世の貴族社会でもあるまいし……まあ、似たような境遇ではあるが、とにかくそんな恋愛感情もない相手に婚約だなんだと言われた照秋がセシリアをどう思うか。

そう危惧したのだが、照秋自身は「まあ、仕方ないんじゃないかな?」と意外にも寛容な態度。

これは、もしや……

そう思い照秋に確認してみた。

 

「テルさんはよろしいんですの? こんな勝手にわたくしたちが婚約関係を結んでしまって」

 

「ん? まあ急だったけど、前にセシリアから言われてたし。そ、それに……」

 

「それに?」

 

急にごにょごにょと口を動かしはじめ目をそらす照秋に、セシリアは訝しむ。

すると、照秋は言った。

 

「こんなこと言うと最低な男と思われて怒られるかもしれないけど、セシリアとそういう関係になれて……正直……その、嬉しいし……」

 

顔を赤くし呟く照秋を見て、セシリアはときめいてしまった。

 

(やだ、何この可愛いテルさん)

 

鼻から愛が溢れそうになったセシリアは、照秋の腕にに抱き付いた。

自分を受け入れてくれたと解釈したセシリアはその嬉しさを体で表現する。

 

「わたくしも嬉しいですわ!」

 

「ちょっ!?」

 

いきなり抱きつかれ慌てる照秋に、セシリアは問答無用で肩に頬擦りする。

ものすごくうれしそうな顔だ。

 

「おい何やってるセシリア!!」

 

箒はセシリアの行動に怒るが、当のセシリアはどこ吹く風である。

 

「あら、別によろしいでしょう? なんたって、わたくしとテルさんは婚・約・者! なんですから」

 

「そ、それは私もだー! というか公衆の面前でそんなことするな破廉恥だぞ!!」

 

「あら、古風ですわね。そんな悠長にしてたら”第一夫人”の座はいただきますわよ?」

 

「な、ななななあ!? だ、だだだ第一夫人だとー!! 譲らん! 譲らんぞセシリアー!!」

 

箒はセシリアに対抗しもう片方の腕に巻きつく箒。

 

「あら、公衆の面前はハレンチなのではなくて?」

 

「た、たまにはいいのだ! 何と言っても婚約者だからな!!」

 

ギャーギャー騒ぐ二人(主に箒)の間に挟まれる照秋。

騒ぐ二人(主に箒)に何も言えない小心者の照秋は、両腕に感じる二人の胸のボリューム、そしてやわらかさと格闘していた。

 

(ああ、いかん……堪えろ俺! ここで我慢しないと社会的に抹殺される!!)

 

照秋は下半身に集まりつつある血流をなんとか散らそうと、これまで行った剣道の試合を思い出し内容を検証し続けるのだった。

 

 

 

一方一夏はというと、突然の世界的発表に驚きつつも、堂々と一夫多妻を出来ることに喜んだ。

 

(やったぜ! さすが束さん話が分かる!! ぐひひひ、これで俺も誰に気兼ねなくハーレムが築けるぜ!!)

 

そう思いながらも、表情はさわやかな笑みを張り付けるのだった。

中学時代からモテた一夏だが、女に手を出したことは一度もない。

それは、IS学園でハーレムが確定しているためがっつく必要が無かったためである。

はたして一夏はIS学園に入学し女生徒にちやほやされる毎日を満喫している。

だが、ハーレム要員でもある箒とセシリアが照秋側についていることが気にくわない。

 

(くそ、あんなクズのどこがいいんだか。まあいいさ、俺は原作ではシャルロッ党だったんだ。シャルが俺に惚れればそれでいい。箒やセシリアより美人はごまんといる)

 

一夏は、この先近いうちに男として偽り転入してくるであろうシャルロット・デュノアを想い、内心ほくそ笑むのだった。

 

 

この世界的発表の後、危機感を覚えた凰鈴音は恥ずかしいなどと言ってられない状況であると自覚し一夏に告白、そして一夏は快諾。

その事を中国政府に申告した。

 

「私は織斑一夏を愛している。一夏も私を愛してくれている。だから一夏との婚姻を望む」

 

尻に火が付いた中国政府にはまさに渡りに船、起死回生の一発である。

出来ればワールドエンブリオと繋がりを持つために照秋との方が望ましかったが、この際背に腹は代えられない。

中国政府はすぐさま凰鈴音を織斑一夏と婚約関係であると発表したのだった。

 

 

 

織斑一夏と照秋の姉である千冬は、この”世界的一夫多妻認可法”の事を全く聞かされておらず、また箒とセシリア、凰までもが二人と婚約しているなどという事実に気絶しそうになった。

 

「一夫多妻で一人5人……計10人の嫁だと? しかもほぼ全員が国際結婚……私に10人の義理の妹が……ああ…胃が……」

 

最近胃薬が手放せなくなった千冬は、眉間を押さえ大きくため息を吐き、職員室にいる教員たちはそんな千冬に同情の目を向けるのだった。

 

 

 

一夫多妻報道から数日経ち、一夏と照秋の周囲の反応は様々だった。

興味本位で近付く者もいれば、国や企業からなんらかの指示を受けた者がアグレッシブに接触してくる者もいる。

だが、二人ともガードが固いため、迂闊に近付けないでいた。

主に婚約者たちが選定し、相応しくなと思うものは弾いているのだ。

クラスメイトのような友達とは気さくに話すが、女の勘で”こいつ狙ってるな?”と感じるや尋問し為人(ひととなり)を調べる。

結果、一夏や照秋に好意を抱かず命令で動くような女は全て却下し、釘をさすという作業を行っていた。

そんな婚約者達の涙ぐましい努力を知らない一夏と照秋は、平常運転である。

 

「……こうも多いとうんざりするな」

 

箒が愚痴る。

 

「ええ、まったく」

 

同意するセシリア。

 

「あいつら本当に好きでもない男と結婚してもいいって思ってるのかしら?」

 

凰がため息を吐く。

 

「たぶん、結婚したら男を言いなりに出来るとかそんなふうに考えてる、もしくはそう国か企業に言われてるんじゃないかしら。いわゆる旦那を尻に敷くってやつ?」

 

スコールが自身の見解を話す。

 

「各国が過激派女尊男卑擁護団体を大々的に駆逐したからといってもそれは氷山の一角であるし、その思想がなくなったわけではない。まだまだ女尊男卑思想は根深く息づいている」

 

千冬が腕を組みため息を吐く。

 

「大変ですねぇ」

 

山田真耶が頬に手を当てため息をつく。

 

「でも私、照秋君はドMだと思うんですよね~。じゃなきゃあんな無茶な訓練毎日しませんよね~。だから、照秋君は尻に敷かれるのが好きなんじゃあ?」

 

「あなたは黙ってなさいユーリ」

 

ユーリヤの天然発言に釘をさすスコール。

もはやユーリの不思議ちゃん行動に慣れた女性陣は、軽く流していた。

 

織斑兄弟の婚約者と各担任、副担任は山田真耶の部屋に集まり愚痴大会を開いていた。

最初は千冬かスコールの部屋に、ということだったが千冬の部屋はごみ屋敷バリに散らかっている。

スコールの部屋は酒が大量に飾っており、それを見た千冬が生唾を飲む姿を見てダメだと判断。

結果、一番真面目な山田真耶の部屋に集まり話し合いをするのだった。

さて、箒・セシリアと凰の仲であるが、関係はある程度修復している。

それは先日凰が誠意をこめて照秋に謝罪したこともあるが、お互い想い人と婚約し、悪い虫が付かないように監視する大変さを分かち合い急速に仲が良くなっていった。

今では名前で呼び合う仲である。

そして一組の担任であり二人の姉である千冬は気苦労が絶えないのか、最近はめっきり元気がない。

スコールにしても三組の担任であり一夏に掛かりきりの千冬に変わり照秋の保護者として見守っている手前、他の生徒の執拗なアピールに辟易していた。

そこで副担任の山田真耶とユーリヤがそれぞれのストレス発散の場を設けようと提案し今に至るわけだ。

するとまあ出てくるわ出てくるわ、愚痴の数々。

千冬やスコールさえ知らないことも箒たちが愚痴り、驚く場面も多々あった。

それほど一夏と照秋が世界的に重要なポジションであるという事だろう。

 

さらに千冬達の悩みどころとして、世界各国のお見合いの催促だろう。

IS学園に送り付けられる各国の綺麗所の写真の数々。

そして添付される言葉は「是非一度会って話を聞いてください」である。

ワールドエンブリオにも多数送り付けられているそうだが、そちらは完全無視、来た途端シュレッダー行きだそうだ。

ワールドエンブリオのように完全無視を決め込めば簡単なのだろうが、そうはいかない。

千冬にしろスコールにしろ、現在は宮仕えであるが国の要請はなかなか断ることが出来ないし、なにより国際IS委員会がやかましい。

近々二人にはお見合い写真を渡し数人選定してもらい、お見合いを敢行してもらわなければならない。

ちなみに、そのお見合い写真の中に千冬やスコールの知る者もいたことは伏せておく。

 

「……ドイツめ……なんでクラリッサなんだ……」

 

「……あの泣き虫ナタルがねえ……」

 

担任二人の気苦労は絶えないのだった。

 

 

そんな女の愚痴大会が行われているとき、照秋はマドカとともに訓練を嬉々として行っており、一夏も部屋でゴロゴロくつろいでいるのだった。

 

 



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第33話 山田真耶の憂鬱

山田真耶はIS学園一年一組の副担任である。

彼女は元日本の代表候補生であり、千冬にも「次期代表」と言わしめるほどの実力者であり周囲の期待も高かったが、しかし彼女には重大な欠点があった。

彼女は極度の上がり症で、ここぞという大舞台でいつもポカをやらかすのである。

集中しきっている時はそんなこともないのだが、一度集中が切れてしまうともうダメなのだ。

本人も周囲も彼女の上がり症をなんとかしようとアレコレ試したがより良い結果が出ず、真耶は代表候補生で現役を引退した。

ただ、彼女自身それを悔やんではいなかった。

彼女の夢はISの日本代表になるというものと、もう一つ小さい頃からの夢があった。

それは教師もしくは保育士になる、という教育者の道である。

大学でも教育学科を専攻していたし教員免許も取得している。

現役引退後、すぐにIS学園から後進育成としてスカウトされた。

真耶は喜んでIS学園に赴任し憧れの教師生活に胸を躍らせたが、現実はそううまくなかった。

自分の目指す教師像とは、生徒に慕われ威厳ある行動によって導く存在であったが、しかし彼女の見た目は童顔で平均女性より身長も低いため威厳などない。

だから最初こそ生徒にからかわれることもしばしばあった。

生徒の中には真耶が元代表候補生であったことすら知らなかった者もいたほどで、超絶競争率の高い入試試験を突破しエリートであると自惚れるような生徒にはどうしても下に見られていたのだ。

それでも真耶の教育熱心で生徒に親身になる姿勢は生徒からも慕われているが、教師生活二年目でも、未だに生徒から馬鹿にされていることもある。

自分の担当している一年や前年のクラスならそんなことはないのだが、上級生の二年、三年になると真耶の授業を受けたことが無い者や彼女の実力と為人を知らない者も多く、見た目で判断し軽く見られるのだ。

それでも彼女はめげずに生徒のために頑張る。

自分の理想を目指して。

 

そんな真耶にも、最近ある悩みができた。

一年一組の担任であり、自分のあこがれの人物である織斑千冬の家庭事情である。

真耶は知らなかったが、どうも千冬には双子の弟がいて、そのうちの一人である照秋に対し負い目を感じているらしい。

昨年の5月あたりから行動がおかしくなっていることを敏感に察知してた真耶だったが、その時は触れずに過ごしていた。

だが、そんなくすぶった日が続き2月のIS入学試験での織斑一夏にIS適性があると判明、さらに入学式一週間前の織斑照秋の発表である。

照秋の発表に関して千冬は全く聞かされていなかったようで、真耶ですら仰天した。

現在急成長中の新進気鋭IS企業ワールドエンブリオ社のテストパイロットとして所属し、さらに映像に流れる巧みな操縦技術。

明らかに昨日今日IS適性が判明した人間の動きではないことは明白だった。

そしてあの引き締まった肉体。

細マッチョといわれる、脂肪の少ない、しかしはっきりと盛り上がった肩の筋肉、綺麗なシックスパック。

女が男を美しいと感じる程の肉体美で、男に免疫のない真耶は照秋のISスーツ姿を見てまるでミケランジェロの生み出す彫刻のようだと、おもわずため息を漏らした。

 

千冬は、そんな照秋の動向を全く知らされていなかったことに激怒し、何度も日本政府とワールドエンブリオに抗議の電話を入れ、その度に門前払いされていた。

そして日本政府から言い渡されるクラス分けでも一悶着あった。

一夏は政府と学園側からの護衛計画として入学するクラスの担任を千冬、副担任に真耶は配置、生徒の半分以上を日本人、さらに更識家に連なる布仏家の者を配置、他国ではあるが代表候補生と言う戦力を加えた布陣を敷いた。

万全とは言い難いが、他のクラスとの実力差や差別が無いように配慮しつつも組んだ布陣で決定したある日、照秋は三組に組み込むと日本政府から通達があった。

たしかに護衛対象が増えるとこの布陣では足りない可能性もある。

それに三組は一年のクラスのなかでも一番多国籍に富んでおり日本人はほとんどおらず、さらに代表候補生もアメリカと中国の二名いた。

他国からの勧誘や危害という危険性を訴え、一組に組み込むよう進言した千冬だったが、日本政府は取り合わず、学園の上層も政府の決定に反論しない。

さらに政府は三組に照秋の護衛としてマドカをねじ込み、ISの生みの親である篠ノ之束の妹、箒も三組に変えろと通達。

当初箒は一夏と同じく重要人物であるがゆえに一組で千冬の監視下に置き護衛すると計画していた。

だが政府がそれをノーと言い、三組にねじ込ませたのだ。

だがこれにはれっきとした理由がある。

マドカと箒はワールドエンブリオ社の量産第三世代機と第四世代機発表の際の操縦技術を買われ代表候補生に大抜擢された。

それに二人は照秋と同じくワールドエンブリオ社に所属している。

三人を固めマドカに護衛させやすくさせる配慮としては納得できる布陣である。

さらに、三組の担任がスコール・ミューゼルである。

彼女は真耶、千冬と同時期に赴任してきた教師であり、アメリカの元代表候補生であった。

真耶の世代でも彼女は有名だった。

 

[黄昏の魔女(ウィッチ・オブ・トワイライト)]

 

変幻自在で相手に主導権を握らせない試合運び、奇策を繰り出すが、しかし美しく空を舞う姿は彼女を幻想的に魅せる。

彼女の試合を見た観客たちは一様にこう言う。

 

『まるでショーのようで、アメイジングだ』

 

そんな彼女が突然行方をくらまし、そしてひょっこり現れたかと思えばワールドエンブリオで戦技教導をしていたという。

三組の布陣はほぼワールドエンブリオで固められているが、しかし千冬から言わせれば一組に比べると若干薄いと言わざるを得ないのだが、スコールはこれで十分だと言い生徒会長の更識楯無と学園側もそれに賛同した。

その理由は、照秋自身の身体能力の高さにある。

中学時代帰宅部という、専門的なトレーニングを一切積んでいない一夏と比べ、照秋は中学校で剣道日本一になっている。

さらにワールドエンブリオで護身術として軍隊格闘技を叩きこまれていると聞いた。

以前スコールが千冬に「クラヴ・マガを教えた」と言っていたのを思い出す。

クラヴ・マガとは、20世紀前半イスラエルで考案された近接格闘術であり、様々なイスラエル保安部隊に採用されることで洗練され、現在世界中の軍・警察関係者や一般市民にも広まっている。

一般市民向けのコースでは、軍・警察関係者向けに教えられている殺人術は除外する形で、護身術の一環として防御に重点を置いたレッスンが提供されている。

スコールが照秋に教えたクラヴ・マガは一般市民レッスンらしい。

何も出来ない一夏よりはるかに自分の身を守れる技術を持つため、護衛はこれで十分と判断したようだ。

それを良しとしない千冬は最後まで反抗したが、生徒会長の更識と学園側は決定を覆すことはなかった。

 

そうして、織斑兄弟が学園に入学しそれぞれが学生生活を満喫しているように見えた。

真耶は三組の事はユーリヤやスコール、生徒伝いからしか聞いていないので確認できないが上手くクラスに溶け込んでいるらしい。

一組でも一夏はクラスメイトと仲良くしている。

ただ、イギリスの代表候補生セシリア・オルコットとはそりが合わず最初こそ険悪だった。

代表候補生にあるまじき日本への侮辱発言と、女尊男卑風潮による男への見下した態度で、一夏とのISでの試合を敢行。

日本の生徒がほとんどを占める一組で、予想以上の発言をしたセシリアに対し、さすがに千冬と真耶も注意しようとしたのだが、一夏と一悶着あったその日の夜、セシリア本人がクラスメイト全員(一夏以外)と千冬、真耶に直接謝罪に回ってきた。

千冬と真耶に謝罪に来たのはたまたま仕事が残っていて二人で作業をしていた職員室だった。

 

「日本を侮辱するような浅慮な発言を謝罪します。申し訳ありませんでした」

 

千冬と真耶は驚き、あんな発言をしたその日に謝罪するという心境の変化を問いただした。

 

「三組の同郷の生徒から三組担任のスコール・ミューゼル先生の言葉を聞き、自分の愚かさを自覚したのです」

 

スコールはこう言った。

 

「ISは兵器である。人を殺す道具である。命を摘み取る覚悟のないものはこの場から去れ。他人の命を摘み取る覚悟を持つ者だけが女尊男卑思想を持つことが許される」

 

それをセシリアの口から聞き真耶はその通りだと思い、同時にそれは自分たちが一組の生徒に言わなければならない言葉だと思った。

セシリアの謝罪を受け取り、セシリアがいなくなった職員室で、千冬がぽつりとつぶやく。

 

「……真耶、私たちはまだまだだな」

 

「そうですね、先輩」

 

教え方は人それぞれだと思う。

真耶にすればスコールの言った言葉は徐々に生徒に諭して行けばいいと思っていた。

だが、セシリアのような過激思想の生徒には最初に言っておくべきだったかもしれない。

しかし千冬には思惑があった。

見下している男、一夏とISで試合をすることによってその考えを身を持って改めてもらうという考えだ。

ただ、これは一夏の技量によるところが大きく、博打に近いものがあった。

そう考えると、スコールのように最初に厳しく言い放つという方がよかったのかもしれない。

日々勉強だなあ、真耶は思うのだった。

 

一週間後、一組のクラス代表決定戦が行われると同時に、三組でもクラス代表決定総当たり戦が行われた。

一組のクラス代表決定戦の内容は特筆するようなことはなく、セシリアの圧勝だったが、その後に行われた三組の試合が衝撃的だった。

結淵マドカの実力、第四世代機[紅椿]の圧倒的性能、そして、織斑照秋の専用機と、それを乗りこなす強さ。

特に三試合目のマドカと照秋の試合は公式試合でも早々お目に掛かれるものではなかった。

それが入学したての生徒二人によって行われたというのだから驚くしかあるまい。

マドカの実力は、真耶の分析でも自分より高いと判断できる。

超高等技術高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)など麻耶には到底できない技術であるし、世界の代表たちでもこの技を使いこなせるものはほとんどいないだろう。

なにせ千冬ですら成功率3割の技なのだ。

それを易々と使いこなすマドカもそうだが、それを簡単に攻略する照秋も相当だろう。

そして繰り出される無数の剣戟、アリーナを縦横に展開する高速移動。

観客席の生徒たちは二人の高次元な試合に無言で魅入っていた。

最後は蜻蛉の構えから瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動しマドカに接近し、稲妻のごとき剣速の一撃・示現流[雲耀の太刀]によって照秋が勝利した。

雲耀の太刀などISの能力ではなく、操縦者、つまり照秋のもつ身体能力から繰り出される一撃だ。

それに戦慄する真耶。

一夏と照秋、双子なのにここまで実力に差が出るものなのかと思った。

一夏が教室でクラスメイトに対し照秋の事を馬鹿にするような発言をしているのを聞いたことがある。

そもそも、真耶は一夏が苦手だった。

男に免疫がない真耶は、男という異性の前に立つと緊張してしまい、一夏の入学試験でのIS操縦試験でもパニクってしまい自爆してしまった。

それに、一夏からたまに受ける視線がまた不快にさせる。

あの視線は、大学時代での男性教授や街中での軽薄な男から受ける粘着質な視線に似ていた。

特に胸のあたりを見られる。

それが余計に男に壁を作ってしまい接触しないようにさせ、免疫ができないのだが。

だが、照秋とはほとんど話をしたこともないからだろうか、そんな嫌な感じがしない。

試合での高レベルの戦いに見惚れてそんなことを考える暇もないのか、それとも試合に臨むあの真摯な眼差しのためか。

そして、一夏の試合と照秋の試合を見比べても、どちらの実力が上なのかは一目瞭然だろう。

 

 

 

それから平和な日が続き、学園全体でも一夏、照秋という異物を受け入れるようになり落ち着いた日々が訪れる。

そんな日常に二組に中国からの転入生凰鈴音が来て、一夏と仲良さげにしていた。

三組の照秋とも何か一悶着あったそうだが、真耶には知る由もない。

 

そしてクラス対抗戦が始まった。

一夏の相手は凰だった。

前回のクラス代表決定戦の時よりも操作技術が向上している一夏だったが、それでも凰に手を抜かれているのは試合内容を見ても明らかだった。

盛り上がりのか欠ける試合内容に、観客席の生徒たちから落胆の声が上がる。

だが、それでも一か月ほどであそこまで動けるならセンスがあると真耶は褒めてやりたい。

事実、一年生はほとんどISと接触する機会がまだない。

授業内容にしても、今は基礎知識を詰め込む時期で、実技はもう少し先だし、普通ISで歩くだけでも慣れるのに相当時間がかかるものなのだ。

だがそこから事態は一変する。

全身装甲のISがアリーナのバリアを破り侵入してきたのだ。

そして同時に学園のシステムがハッキングされアリーナの出入り口が封鎖、遮断シールドレベル4というアリーナへの侵入不可能状態になる。

管制室にいる千冬と真耶も助けに行くことが出来ないでいた。

侵入者はこのアリーナだけでなく、二年や三年のアリーナにも各1体、さらにはグラウンドにも7体と報告を受ける。

二年と三年の方は生徒だけでなんとか対処できると報告を受け、グラウンドの7体は教師陣が対処すると言われた。

あとは一夏達だけであるが、凰と一夏は侵入者に対し攻めあぐねているように見えた。

というか、一夏がなにか攻撃することに躊躇し、決定打を当てられないでいたのだ。

このままでは二人に命の危険が及ぶ。

一夏の姉である千冬など気が気でないだろうが、表面上ではそんなそぶりも見せなかった。

コーヒーに塩を入れたのはスルーしたが。

ただ、その後のマドカからの発言に心が揺さぶられる。

 

「ここのピットだけ遮断されていない。スコールからグラウンドの救援要請を受けたのでそちらに向かう」

 

これに千冬は真っ先に異を唱え、戦力を分散させ一夏の救援に行くよう指示した。

しかし、マドカはこれを拒否した。

 

「織斑一夏がどうなろうが知らん。私らはグラウンドの侵入者を対応しろとスコールに命令されている。お前の命令を聞く義理もない。織斑一夏と凰鈴音が死のうがどうでもいい」

 

マドカの命令系統が三組にあり、さらにワールドエンブリオでの元同僚ということの優先順位で上なのだろうが、この突き放すような言葉は流石に真耶もあんまりだと思った。

そして焦る千冬は、もう一人の弟である照秋に懇願する。

 

結果、グラウンドに居た7体の全身装甲はこちらのアリーナへと移動し、照秋、箒、セシリアの三人が対処し一夏達が苦戦した相手に圧勝したのだった。

照秋の専用機メメント・モリの武装[インヘルノ]の炎熱操作攻撃はISの規定から明らかに逸脱した過剰戦力であったため後日国際IS委員会から封印要請があり、学園側も生徒を守るという使命から承認、ワールドエンブリオも承諾した。

本来ならこれほどの過剰武装は違法になるのだが、インヘルノはメメント・モリの固定武装であり解除不可能であるため封印処置という形になった。

そして数日後、真耶は理由を聞かされていないが何故か三組の照秋と二組の凰の非公開試合が行われたらしい。

結果は照秋の勝利だったそうだが、その試合に一夏が乱入したため、一夏には罰として三日間の謹慎処分を与え、真相は語られることはなかった。

 

なんだかんだとあった4・5月だったが、内容の濃い日々であっという間に過ぎ去って行ったような感覚だった。

さらに驚いたのは国際IS委員会が発表した「織斑一夏・照秋両名の世界的一夫多妻認可法」だろう。

各国の様々な思惑が絡み合いこんな条約が出来たのだろうが、さすがの真耶も口をあんぐりと開けるしかできなかった。

イギリス政府がセシリア・オルコットを、日本政府が篠ノ之箒を即時照秋との婚約発表に千冬は胃を押さえ胃薬を飲んでいた。

さらにその後に発表された、イギリス政府の女尊男卑擁護団体への宣戦布告と、篠ノ之束のイギリス擁護発言に、世界各国は過激派に分類される女尊男卑擁護団体を反政府団体と認定し武力行使によって排除するという力技が世界中で行われ、混沌としてきた。

反政府団体に認定された女尊男卑擁護団体は駆逐されたが、それは氷山の一角でしかない。

女尊男卑思想は根強く残っている。

それも、ISに触れる機会のない一般女性に、だ。

ISに触れる機会があればそのような考えも改めるのだが、それを認めず甘い汁だけを吸おうとするのが女尊男卑思想の輩なのである。

これからも様々な衝突が起こるだろうが、しかし今回の各国の英断はどのように転び、世界はどのように変わるか、それは誰にもわからない。

そして条約発表をした日から一組に押し寄せてくる他のクラス、上級生たちは、なんとか一夏の一夫多妻の候補になろうとしているのだろう。

そう国から命令されているのか、本当に結婚したいのかはわからない。

しかし、千冬と真耶はこれを「愚かな行い」とバッサリと斬り伏せた。

三組でもスコールとユーリヤが同じように対処し辟易していると愚痴っていた。

その後に中国政府から発表された織斑一夏と凰鈴音の婚約発表に、千冬は机に突っ伏した。

 

「人の苦労も知らんと……この馬鹿者どもが……」

 

呪詛のこもった声が職員室に響き、しばらく誰も千冬に近付かなかった。

 

6月に入り、梅雨の季節が到来し今日も曇り空にジメジメした空気の放課後、真耶は会議を終え明日の授業の準備をするために廊下を歩いていると、ふと目に入った存在がいた。

それは、剣道場の外で人の身長ほどの丸太に一心不乱に打ち込みをしている照秋の姿だった。

日照時間が長くなりはじめたが曇りで太陽は見えず、しかしそれでも空は明るい。

照秋の近くには箒とマドカ、セシリアもいた。

箒も照秋の横で同じく丸太に打ち込みを行っていたが、やがて体力が尽きたのか膝をついて大きく肩で息をしていた。

そして箒たち女性三人は照秋と離れていく。

照秋は、離れていく三人に目もくれず、その後も一心不乱に打ち込みを行っていた。

 

どれほど時間が経ったのだろう、一向に打ち込みを止めない照秋を、真耶はずっと見ていた。

 

「……真耶」

 

「ひゃあっ!?」

 

突然声をかけられ飛び上がる真耶。

そこには、千冬が苦笑しながら立っていた。

 

「職員室に戻ってこないから何かあったのかと思ったぞ」

 

「は……あっ……す、すみません」

 

真耶は腕時計を見て、職員室を離れて30分経過していたことに驚き、千冬に謝った。

そして、千冬は寂しそうな目で打ち込みを行っている照秋を見つめている。

いつもそうだ。

千冬は、照秋に関わると、いつも寂しそうな目をする。

一夏には厳しく当たり、毅然とした態度なのに、照秋にはなるべく接触しないようにしている節があるのだ。

 

「……彼のあの打ち込みは、いつ終わるんでしょうか」

 

真耶はふと疑問に思ったことを口にした。

真耶が職員室を離れた時間を差し引いても、20分は見続けていたはずなのに、一向に打ち込みを終える気配がない。

それが気になってぽろっと口に出したが、千冬はその問いに答えた。

 

「あれは示現流の稽古で立木打ちという。照秋は朝に三千回、夕方に六千回、計九千回の打ち込みを行っている」

 

「きゅっ……!?」

 

予想外の数字に驚く真耶。

 

「しかも照秋は立木打ちを中学時代から毎日欠かさず行っている」

 

自分の事のように誇らしげに言う千冬は、どこか嬉しそうだった。

 

「す、すごいですね……」

 

「ああ、照秋は凄いんだ」

 

褒める千冬だったが、表情が曇る。

 

「……私は、照秋の凄さをわかってやれなかった」

 

「え?」

 

「……なんでもない。さあ、戻ろうか」

 

そう言って千冬は足早に職員室へと戻って行く。

その後ろ姿が寂しそうに見えた真耶は、もう一度照秋を見る。

丁度雲の切れ間から太陽が見え、夕日が射しこみはじめた。

 

照秋は、そんな夕日に照らされ、尚も丸太に打ち込みを続ける。

 

「……かっこいい」

 

真剣な表情で一心不乱に打ち込みを行う姿に、真耶は素直にかっこいいと呟く。

それを耳聡く聞いた千冬が、踵を返しものすごい威圧的な表情で真耶に釘を刺した。

 

「言っておくが、照秋に手を出すなよ」

 

「せ、生徒に手は出しませんよぉ!!」

 

真耶は顔を真っ赤にして反論するが、千冬はフンと鼻を鳴らす。

 

「まあ、照秋にはすでに日本から篠ノ之箒が婚約発表をしているから、日本人は無理だがな」

 

千冬は再び職員室へと歩を進める。

 

「私本当に生徒に手なんか出しませんからね!?」

 

真耶は顔を真っ赤にしながら千冬を追いかけ叫び続ける。

そもそも男性経験はおろか、付き合ったこともない彼氏いない歴=年齢の真耶に、生徒に手を出すなんて高レベルな事が出来るはずがない。

 

「どうだかな。真耶のように男を知らん女は暴走するからな。……まったくオルコットといい箒といい……」

 

千冬の呟きと、真耶の抗議は職員室に着いても収まることはなく、しばらく仕事にならなかったという。



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第34話 お見合い写真

感想で書かれていた事のネタを。

照秋は朝練で立木打ちを行う。
「ちぇえええぇぇぇぇいいぃぃっ!」
気合いと共に立てた丸太に打ち込みを行う。
朝日に照らされ、飛び散る汗が光り輝く。
そんな光景をうっとりとした表情で見つめる箒とセシリア。
「何と神々しい……」
「神話の英雄のようですわ……」
ふう、とため息をつく二人に、マドカは別の意味でため息をついた。
そんな4人のいる場所から少し離れた学園の寮では、多くの生徒が未だ寝ていたり、授業の支度をしていたり、朝食を採りに行こうとしていたりさまざまである。
そんな彼女たちの耳に、遠くから照秋の掛け声が聞こえてきた。
「ああ、もうそんな時間か。はやく食堂に行かないと混むね」
「よし、じゃあ行こうか」
そう言って部屋を出ていく生徒。
「ほらー起きなよー」
「うーん、あと5分ー」
「もう、『照秋タイマー』が鳴ってるよ」
「んーー……起きる……」
そう言ってもそもそ起きる生徒がいたり。
「ふむ、若いツバメの声を聞きながらのモーニングコーヒーは格別だな」
とか言うちょっとおかしい教師がいたり。
朝の目覚ましや時報代わりの照秋の掛け声。

夕方、照秋はいつものように立木打ちを行っていた。
「えええええぇぇぇぇいいぃぃぃっ!!」
ガガガガッと木がぶつかる音が響く。
夕日に照らされ、シルエットが影のように暗く映るが光り輝く汗が迸り、より幻想的にさせる。
それを見つめる箒とセシリアは、うっとりとしていた。
「ああ、あの真剣な表情……かっこいいなあ……」
「まるで絵画のようですわ……わたくし、こんな絵画があったら即決で買いますわ」
「私もだ!」
うっとりとしている箒とセシリアは、甘いため息をつく。
そして、マドカは色ボケした箒とセシリアを見て疲れたようなため息をつくのだった。
そんな4人から離れた場所で部活動をしていた生徒たちにも、照秋の掛け声を聞こえる。
「あら、もうそんな時間?」
顧問の先生が気付き、手をパンパンと叩く。
「はーい、今日はもう終了ー。クールダウンに移りなさーい」
「はーい」
部活動をしている生徒達には、終わりの合図となり。
「ふむ、若いツバメの元気な声を聞きながらの仕事もいいものだ」
「わけわからんこと言ってないで手を動かしてくださいよ」
ちょっと頭が湧いた教師と、それを諌める同僚がいたり。
また学園の寮では、
「あ、もうそんな時間? ごはん食べにいこっと」
「ああ、私も行く」
夕食の時間を知らせていたりしていた。
「いやー、照秋タイマーって便利だね! 時計要らずだよ!」
そう言って笑う3組の趙雪蓮。
だが、ベアトリクス・アーチボルトは微妙な表情だった。
「いや、お知らせの合図が男の掛け声ってどうなのよ……」
IS学園での新たな名物、照秋タイマー
それは毎日朝の6時30分前後と夕方6時前後に聞こえる掛け声から名付けられたものである。
だが、意外にも生徒達には好評で、騒音などで教師や生徒会に織斑一夏以外からは苦情として上がることはなかったという。


というわけで本編どうぞ。



「ねえ、あんたらもうヤったの?」

 

「ぶほぁっ!?」

 

突然の鈴の発言に、箒はすすっていたうどんを咽て吐きだし、さらに鼻からうどんが飛び出てしまっていた。

 

「うわっきったなっ!?」

 

「あ、あああああなたのせいですわよっ!!」

 

ゲホゲホと咽る箒の背中をさすりながら、セシリアは顔を真っ赤にして原因の鈴に抗議をする。

 

「え、そんなに焦る内容? もしかしてあんたら処女なわけ?」

 

「あ、当たり前だろう!!」

 

涙目で未だに咽る箒は、顔を真っ赤にして鈴を睨む。

 

「処女なんてそんな後生大事にとっておくもんじゃないでしょう?」

 

「み、操を立てるのが日本人なんだ!」

 

「うーん、日本人って箒みたいに堅い奴ばかりじゃないでしょう? 中学時代でもあたしの周りじゃあもう初体験終わらせた子とか普通にいたし」

 

「そ、そうなのか!?」

 

「ていうか、イギリスとかそっち方面はオープンなイメージあるんだけど、その反応からするにセシリアも処女なわけね」

 

「た、たしかに同世代の子たちは進んでましたが。わたくしはそんなことに(うつつ)を抜かしている暇などありませんだしたから!」

 

「ああ、そういえばセシリアは男性不信だったっけ? よかったわね照秋に出会えて。出会えてなかったら婚期来なかったわよ」

 

「うう、リアルすぎるIFの話ですわ……」

 

さて、箒たち三人がこんな下の話をしているのは、昼食を採っている最中の食堂である。

勿論周囲に他の生徒もいるが、皆自分たちのグループ内での話に夢中で聞いていない。

今ここに照秋や一夏はいない。

だからこそ三人はこんな下の話を昼食時にするのだろうが、それにしても食事中にする会話ではない。

 

「そ、そういう鈴はどうなんだ!? お前もしや……」

 

「あたしも処女よ?」

 

「ならなんでこんな話したぁ!?」

 

「いやあ、なんか一夏があんまりあたしに手を出さないのよね。キスして抱きしめてはくれるけど、それまでなのよ」

 

「ほう」

 

「もしかして不能なのかしら……」

 

「り、鈴さん、あなた飛ばし過ぎでは?」

 

「そう? ま、一夏が近くにいたんじゃあ話せない内容ね」

 

三人寄れば姦しいとはいうが、内容が下世話すぎる。

というか、鈴は明け透けすぎる。

これは、先日の一夏への告白によるところが大きい。

いままでウジウジ告白に踏み出せなかった鈴だったが、なりふり構ってられない状況になり思い切って勇気を踏み出し、見事成功。

ここで鈴は思った。

 

『そうだ、直感信じて突き進もう』

 

なんか京都に行きそうなフレーズで、思った通りに行動しようと思い立ち何もかも隠さない明け透けな女へと変貌した。

これ選択が良かったのかそれはわからないが、一夏と周囲も憚らずイチャイチャしているのを、周囲で他の生徒は嫉妬と羨望の眼差しで鈴を見るのだった。

 

「で、聞きたいのは、アンタらはどうなのよってこと」

 

「えっと……」

 

「その……」

 

鈴に聞かれ、顔を赤くして俯く箒とセシリア。

それを見て、ええ~……と引く鈴。

 

「その程度のこと聞かれて赤くなるなんて、ちょっとヤバいんじゃない?」

 

「え?」

 

「照秋って我慢してるんじゃない?」

 

「我慢?」

 

そろって首を傾げる箒とセシリア。

鈴は、二人の反応に頭を抱えた。

 

「男ってね、女と違って定期的に処理しないとダメなのよ」

 

「処理? 何をだ?」

 

「……あんた……」

 

箒の無知さが予想外で、あきれ果てる鈴。

箒の隣では、なんとなく会話の内容を察したセシリアは顔を赤くし俯き小声で箒に説明。

途端、箒も顔を真っ赤にして俯いた。

 

「そ、そういう織斑一夏はどうなんですの?」

 

「一夏は一人部屋だしねえ。アイツばれてないと思ってるんだろうけど、部屋にエロ本とかアダルトビデオ隠してるのよ。で、それを見て処理してんのね。ああ、そう考えれば不能じゃないんだな……」

 

鈴は呟きながら箒とセシリアの胸を見て、自分の胸を見る。

そして、大きくため息をついた。

箒は、一夏がエロ本の類を持っていると聞くと嫌そうに顔を歪める。

 

「いかがわしい類の物か。それならば入学初日に没収した」

 

「うわ、そりゃ地獄だわ。照秋かわいそ」

 

鈴は箒のあまりの対応に照秋を不憫に思い合掌した。

箒は相当な潔癖のようだ。

 

「あのね、あんまりアイツを縛りすぎると愛想尽かされるわよ」

 

「え!?」

 

「照秋は比較的おとなしいからあまり自分からそういう事言わなそうだけど、違う人から誘惑されて、目に前に餌をぶら下げられたらすぐに食いつくわよ」

 

男なんて下半身で生きるものだしねえ、としみじみ言う鈴。

なんか言葉に実感がこもっているため、箒とセシリアはゴクリと喉を鳴らした。

鈴はただの耳年増なためそんな実感などハッタリなのだが。

 

「いや、しかし……婚前交渉は……」

 

箒は必死に声を振り絞り反論するが、鈴はそれをピシャリと跳ね除ける。

 

「釣った魚に餌を挙げないと、死ぬのよ」

 

「うっ」

 

「それに、照秋も一夏も、5人はお嫁さん貰うんだから、他の4人だけ可愛がってあんた蔑ろにされるかもしれないわよ」

 

「ううっ」

 

「箒ってさ、照秋が好き好きーってオーラ出してる割には潔癖よね」

 

「はううぅ……」

 

箒は鈴の攻めに突っ伏した。

横ではセシリアが考え込むように顎に手を当てる。

 

「……これはチェルシーに確認を取らなければ……」

 

セシリアはそうつぶやくと、食事もそこそこに自室へと帰って行った。

 

 

 

さて、照秋と一夏が何故箒たちと昼食を採っていなかったかというと、二人は各々の担任に呼び出されていたからだ。

照秋は、スコールから大量の写真を渡され、一夏は千冬から渡された。

 

「これは?」

 

照秋は渡された写真を見ながら首を傾げる。

どれも雑誌に載っていそうな絶世の美女ばかりで、みな水着やら豪華なドレスやら気合の入った化粧やらで飾っている。

 

「お見合い写真よ」

 

「お見合い?」

 

スコールが言うには、各国が一夏と照秋の一夫多妻認可に伴い、自国に妻を迎えてくれとお見合い写真を大量に送ってきたとのこと。

ワールドエンブリオはそんなお見合い写真など即シュレッダー行きで聞く耳など持たないが、今のスコールは国から給料をもらっている宮仕えである。

そんな国とIS委員会から催促され断ることも出来ず、二人に写真を渡し各々だれか適当に見繕って会って話だけでもしてやれ、ということだった。

ただスコールはやれやれしょうがないのよー、なんて言いながら目が笑っていたのを目聡く見た照秋は、ツッコむだけ無駄だなと悟り言われるがまま頷く。

 

「はあ……」

 

とはいえ、照秋はいまいちお見合いというものにピンとこなかったのか首を傾げお見合い写真を受け取り寮の部屋に帰り、一夏はその場でニヤニヤ笑いながら写真を眺め千冬に拳骨を貰っていた。

 

 

 

夜、寮の部屋で照秋はベッドに寝転びながらお見合い写真を眺める。

スコールから、別に結婚まで考えなくていいからとりあえず二人くらいは会ってみなさいと言われた。

スコールも教師という立場上、上からの命令にはあまり強く出れない、というのが建前で面白そうだからじゃんじゃんやれと目が語っていた。

皆美人で、しかもISでも代表候補生以上の人が多い。

照秋は全くわからないし、知らないが、なんか国家代表の写真もあったり、有名な女優や世界的歌手なんかの写真も紛れ込んでいたらしい(後で箒やスコールから言われた)。

プロフィールにはISの経歴、スリーサイズや趣味、さらに簡単な性格などまで書かれている。

 

アウシリオ・イバルラ

ジェナ・ヘンフリー

ティアナ・シュトルツァー

シャルロット・デュノア

ナディア・カプール

ナターリヤ・イオーノヴァ

クリスティーナ・キエシ

等々。

 

そんな中で、はたと写真を持つ手が止まり気になる人を発見した。

 

クラリッサ・ハルフォーフ

ドイツのIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」副隊長であり、階級は大尉。

それ以外が一切書かれていない。

左目を黒い眼帯で隠しているが、切れ長の瞳に白い肌、黒髪は軍隊という仕事上支障のないようにボブカットにまとめているが、それが似合っている。

 

何故照秋がクラリッサを気になったかというと、他の写真は皆グラビア写真のように水着やドレスなどを着てアピールしているのだが、クラリッサの写真は軍服に真正面から撮った証明写真のような作りだったのだ。

もしかしたら本当に証明写真を張り付けただけかもしれない。

照秋はそんな武骨な写真が気になって仕方がなかった。

 

(ドイツの軍人さんか。……そういえば千冬姉さんはドイツの軍隊に一年間IS指導してたよな。この人の事知ってるかな?)

 

そんなクラリッサに思いを馳せお見合い写真を眺めている照秋の横で、風呂上りの箒は危機感を覚えていた。

 

(まずい。照秋が他の女を物色している……も、もしかして私のガードが堅いから愛想を尽かしたのか!?)

 

バスタオルで髪を拭きながら、風呂上りで火照った体が冷えていくのを感じた。

箒は基本ソッチ方面の知識は薄い。

小・中とそれ程同性の友達がおらずそのテの話題に入ることが出来なかったボッチだったこともあるが、正しい性知識を教えてくれる身近な人間がいなかったのだ。

それでも最低限の事は知っているので、中途半端な知識によって男女の関係になる行為とはものすごく痛くて恥ずかしく、いやらしいものであると思い込んでいる。

それに、イチャイチャしたいと思いながらも、恥ずかしがり屋で意地っ張りの箒から照秋を求めるなどできるはずもなく、しかしだからといって照秋に求められても怖くてどうすればいいのかわからない。

IS学園に入り照秋と同じ部屋で寝食を共にし、あれよあれよと婚約までに至った。

それで満足してしまい、照秋の苦しみを分かってあげられなかった。

 

(……お、男は定期的に……ア、アレを出さないと病気になるかもしれないと鈴も言っていたし……)

 

鈴の嘘である。

それを信じる辺り、箒の知識は偏っている。

しかし、箒とてわかっているのだ。

照秋は箒の事を思って、手を出さないのだ。

照秋と箒はなんだかんだでちょくちょくキスをする。

まあ、セシリアも同じなのだが、朝起きたときや、寝るときなど、お前らどこの新婚だとツッコミたいくらいだ。

そんなラブラブな二人だが、以前キスをしたとき我慢できなかった照秋が箒の胸を触った。

その時、箒はびっくりして照秋から離れた。

そんな驚いている箒に、照秋は一言「ごめん」と言い、それ以降キスはしても胸を触ることはしなくなった。

 

(は、恥ずかしがっている場合ではない! 元はと言えば私が照秋の行動を拒んでしまったのが原因なんだ! ここは私がリードしなければ!!)

 

恋する暴走機関車に定評がある箒さんは、普段の奥手など捨て去り突き進む!

箒は一大決心して照秋を見た。

 

「……寝てる」

 

照秋はお見合い写真を見ながら寝落ちしていた。

箒の一大決心は空振りしてしまったのだった。

 

そして同じ時刻、セシリアは実家にいるメイドのチェルシーに「殿方を喜ばせる方法」のレクチャーを受け、ガンガンレベルを上げて行くのだった。

 

 

 

翌日、休み時間に照秋はスコールに相談した。

 

「この写真の中にスコール先生の知ってる人はいますか?」

 

スコールは照秋が何故そんなことを聞くのかわからず首を傾げた。

 

「写真やプロフィールだけじゃあ性格はわかりませんから、スコール先生の知っている人がいたらその辺の情報がもらえるかな、と」

 

「なるほど、堅実ねえ」

 

若いんだから冒険して痛い目見るのも経験よ? というが、照秋が頑としてその言葉を受け入れない。

そんな頑固な照秋を見て苦笑し、まあいいわ、と言って照秋から写真を受け取り、すぐに一人の人物の写真を引き出した。

 

「ナターシャ・ファイルス。今でこそアメリカ軍でテストパイロットをするくらいの実力者だけど、私が知ってる若いときのナタルは素直で泣き虫な子だったわねえ」

 

これでもこの子はアメリカでは女優並みの人気者よ、と付け加えるスコール。

 

「へえ」

 

照秋はナターシャの写真を見るが、美人でモデルのようなプロポーションを惜しげもなく見せるビキニでポーズを取る姿に、泣き虫だったなんて想像できないなあと眺める。

 

「じゃあ、この人に会います」

 

「え、そんな簡単に決めていいの? ていうか、アナタこの子知ってる?」

 

即答の照秋にスコールは戸惑い、ナターシャという人物について聞いてみる。

だが照秋は首を横に振る。

 

「……本当に知らないの? この子今アメリカでは有名人よ?」

 

「そうなんですか? それは何か格闘技の大会で優勝したとか、ISの操縦で有名だとかですか?」

 

脳筋な質問に、頭を抱えるスコール。

 

「ちょっとは知っときなさいよ。この子、アメリカでは大人気で『天使のナタル』なんて呼ばれてるのよ。近々ハリウッドデビューするとか、彼女の物語が映画化するとか、彼女がグラビア写真を載せた雑誌は即日完売とか、とにかくすごい子なのよ?」

 

「へえ」

 

「いや、へえって……」

 

ものすごくどうでもいいような気のない返事をする照秋にスコールは呆れてしまうが、すぐに笑う。

 

「ま、いいわ。で、あと一人二人くらいは見繕ったの?」

 

「はい、とりあえず一人は」

 

「ふむ、計二人か。まあ最初だし、いいかな? で、だれを選んだの?」

 

「この人です」

 

そう言って照秋はクラリッサの写真をスコールに見せ、スコールは固まった。

 

「……え、まじ?」

 

「はい」

 

他の写真と比べて、明らかに履歴書の貼るような真面目くさった顔で証明写真のように写るクラリッサを見て、スコールは照秋の趣味を疑った。

 

 

 

放課後、照秋は職員室へ向かった。

 

「失礼します」

 

礼儀正しく一礼して職員室に入る照秋を見て、千冬は表情を強張らせてる。

となりでは真耶がハラハラと一人慌てふためいていた。

そんな千冬や真耶の態度を無視し、照秋は千冬に近付き、千冬の座る机の前で立ち止る。

 

「織斑先生、ご相談があります」

 

「そ、そうか。ま、まあ座れ」

 

千冬は慌てて近くの椅子に座るよう照秋に勧める。

照秋は素直に座り、千冬の方を向いた。

 

「そうだ、飲み物を用意しよう。山田君、照秋にお茶を出してやってくれ」

 

「は、はいっ」

 

急かすように真耶に茶を用意するよう指示する千冬。

テンパっている千冬など見たことのない真耶は、驚きつつも急いでお茶を用意しに行く。

 

「それで? 相談とはなんだ?」

 

若干緊張した面持ちの千冬は、照秋の顔をまともに見ることが出来ず机の上に散乱する教材や書類を片付け始めた。

 

「織斑先生は一年ほどドイツ軍でISの指導に行ってましたよね?」

 

「あ、ああ」

 

突然ドイツの頃の話を振られ、予想外だった千冬はどもる。

 

「その時の教えた人の中にクラリッサ・ハルフォーフという方を覚えていますか?」

 

クラリッサの名前を出され、千冬は机の上を片付けていた手を止めた。

そして、悟った。

 

「照秋、もしかしてお見合いの相手にハルフォーフ中尉を選ぶのか?」

 

「はい。中尉ではなく大尉ですけど」

 

千冬は一転して、照秋の肩を掴み、真剣な表情で言った。

 

「照秋、ハルフォーフ中尉はやめておけ」

 

「大尉です、織斑先生」

 

「そこはどうでもいい。とにかくハルフォーフはやめておけ」

 

えらく強く反対する千冬に、照秋は首を傾げる。

 

「何故そこまで反対をするのですか?」

 

そう言うと、千冬は言いにくそうに口をもごもご動かし、やがてゆっくりと話し出す。

 

「奴はな、オタクなんだ」

 

「え?」

 

「日本の漫画、アニメ、ゲームが大好きな生粋のオタクなんだ」

 

アイツの日本の知識は漫画やアニメによって得たものがほとんどで、間違った知識が多聞にあるのだ。

そんな勘違い外人相手にしたら疲れるぞ?

 

千冬は必死に照秋にやめておけ、苦労するのはお前だと滔々と説得する。

どうやら、ドイツにいた頃クラリッサに相当手を焼いたようだ。

 

『日本人は皆分身するというのは本当ですか?』

 

『テニスで人が吹き飛び壁にめり込むほどのポテンシャルを持っているのですか?』

 

『怒りが頂点に達すると黒髪が金髪に』

 

『刀を常備し、名前を叫ぶと形が変わる』

 

『地面を叩いて地震を止める』

 

『お兄ちゃんだけど愛さえあれば』

 

『パンをくわえて走るのがマナー』

 

『パンチラ必須』

 

『TO LOVEる大歓迎』

 

『ウホ、いい男』

 

『もう何も怖くない』

 

千冬はクラリッサの言っていることが全く分からなかった。

さも日本人は知っていて当然とばかりにマシンガンのように飛び出す理解不能なオタク知識に、千冬は眩暈がしたのを覚えている。

思い出すだけで頭痛がする。

 

「そのテの趣味なら理解はあります」

 

「なにっ!?」

 

照秋のカミングアウトに、千冬は驚愕する。

自分の知らない三年間で、照秋がディープな世界に!?

そう危機感を覚えた千冬だったが、照秋は首を横に振る。

 

「ワールドエンブリオ社内にもその手の趣味の人はいますし、ある程度は耐性があります」

 

「なんと……強い……男になったのだな……」

 

千冬は目を潤ませ照秋を見るが、何故そこまで感動されるのかが照秋にはわからない。

千冬にとって、自分の理解できない脅威に毅然と立ち向かう照秋の姿に、変に歪曲して解釈して感動したようだ。

照秋の言うオタク知識を持つ社員というのはクロエの事である。

クロエは、どうも日本のサブカルがお気に入りで彼女の自室には壁一面に漫画やラノベが敷き詰められている。

最近など「うう……私の悪魔の右腕がうずく……」とか「私のギアスが暴走する……!」とかわけのわからないことを呟き一人悦に浸っているのを目撃している。

束も、かわいい子供を見るようなまなざしで眺めるのみで特に注意しない。

 

「まあ、日本が好きなのはわかりました」

 

「え?」

 

「とりあえずこの人に会ってみようと思います」

 

「いや……」

 

「協力ありがとうございました」

 

「え、ちょっ……」

 

照秋は礼をすると、立ち上がり職員室を出ていき、その後ろ姿を見るしか千冬には出来なかった。

そして、職員室が静寂に支配されたとき千冬が弱々しく手を虚空に向けた。

 

「照秋……クラリッサを私の義妹にするのは勘弁してくれ……」

 

そんな悲壮なつぶやきが真耶の耳にはっきりと聞こえ、静かに合掌したのだった。

 



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第35話 クラリッサの決意

相変わらず誤字が多く、ご迷惑をおかけします。
いやはや、何度も確認してるんですが、情けない限りです。



三日月が美しく見える雲のない夜のドイツ某所、IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」駐屯所の隊長室。

そこではシュヴァルツェ・ハーゼ隊長の「ラウラ・ボーデヴィッヒ」が書類整理をこなしていた。

彼女は15歳でありながら卓越したIS操縦技術によって隊を任されている。

階級も少佐だ。

そんな彼女はその平均女性より小さい身長でありながら、纏う雰囲気は小さい体躯であるということを感じさせない。

無造作に伸びた銀髪は特にセットされてはいないが、室内灯でもきらめきを放つ。

左目は黒い眼帯に付けられており、右目にはモノクルをかけ書類に目を通す。

時折モノクルの位置を直す仕草をしながら書類にサインをする。

ある程度目処がついたのを確認し、時計を見る。

そろそろ就寝時間になるので、シャワーを浴びて寝ようと書類を片付け始めたとき、ドアをノックする音がした。

 

「誰だ」

 

「ハルフォーフ大尉ですボーデヴィッヒ隊長」

 

「入れ」

 

簡潔なやり取りの後、クラリッサ・ハルフォーフ大尉は「失礼します」と部屋に入り敬礼する。

 

「どうした大尉。こんな夜に」

 

ラウラは、こんな夜更けに隊長室に訪ねてくる人間自体が珍しいのでクラリッサに質問する。

すると、クラリッサは実は……と少し言いにくそうに話しはじめた。

 

「有給を消化したく、一週間ほどの休暇申請に来ました」

 

「突然だな」

 

ラウラはそのオオカミのような切れ長の瞳でクラリッサを睨む。

すると、クラリッサは更に言いにくそうにこう言った。

 

「……実は、日本で『お見合い』をすることになりまして……」

 

「オミアイ? なんだそれは?」

 

ラウラは聞いたことのない単語に首を傾げる。

クラリッサは簡潔に説明した。

 

「結婚を前提とした先方との顔合わせです」

 

「おお、大尉は結婚するのか! それはおめでとう!」

 

ラウラは先ほどまでの剣呑な雰囲気を消し、一転してパアッと笑顔でクラリッサを祝福した。

だが、当のクラリッサの表情は暗い。

 

「どうした、大尉?」

 

「……これは内密でお願いします」

 

重々しい口ぶりでクラリッサは話した。

このお見合いは、ドイツ政府が勝手に自分の写真を先方に送り付け先方が会いたいと言い出した事。

そしてその相手が……

 

「織斑照秋です」

 

その名前を聞いてラウラの眉がピクリと動く。

 

「教官の弟……だな」

 

ラウラの言う教官とは、織斑千冬のことである。

彼女は一年間ISの技術指導に就いていた。

その時、シュヴァルツェ・ハーゼ部隊も世話になった。

特にラウラは千冬に心酔しており、未だに憧れの人物である。

そんなラウラには、許せない、殺意を持つ人間がいる。

それは彼女の弟、織斑一夏である。

彼女は一夏に対して、千冬がモンド・グロッソ2連覇を逃した遠因を作ったことから、「教官に汚点を残させた張本人」として敵視している。

しかし、照秋に対してはそんな感情は抱いていない。

むしろ、親近感を覚えるくらいだ。

千冬は以前ラウラにこう言ったことがある、

 

「出来のいい一夏と、出来の悪い照秋。どちらも私の大切な家族だ」

 

それを聞いたとき、ラウラの心にモヤモヤしたものが沸き起こった。

なにより、千冬に出来の悪いと言われる照秋に興味が湧いた。

自分も、『出来損ない』の烙印を押された者だったから。

だが、ただ興味が湧いただけでそれ以上調べようとも思わなかったが、嫌でも知る機会が出来た。

それがワールドエンブリオが世界に照秋のIS適性を発表した時である。

そして、その時映し出された操縦技術にラウラは雷に打たれたような衝撃を受けた。

その事を思い出し、呟く。

 

「織斑照秋……教官の優秀な方の弟(・・・・・・)だな」

 

「はい」

 

クラリッサも同意するように頷く。

 

ワールドエンブリオの衝撃的発表後、ラウラは早急に照秋に関するデータを収集し始めた。

そして、感銘を受けた。

日本という一国の同世代で剣道で一番になる実力。

実際全国大会の映像を取り寄せ照秋の実力を目の当たりにした。

 

圧倒的の一言である。

 

スポーツではあるものの、剣道という競技において他の者より実践的な動き。

調べると『東郷示現流』という流派で、初太刀の一撃に懸ける必殺の気魄が特徴的な流派である。

現代スポーツから退行したような流派で圧倒的実力によって勝利を掴む姿は、ラウラの目にまぶしく見えた。

そしてなにより、その力は日頃積み重ねた練習によって得たものであるという事が明白だった。

 

さらにIS学園での試合の映像だ。

クラス代表を決める試合と称して、一組の織斑一夏とイギリス代表候補生セシリア・オルコットの試合、そして三組の総当たり戦を見て衝撃を受ける。

まず一組の試合はそれほど特筆するものはなかった。

あえて言うならセシリアの技術が以前取り寄せた資料より格段に上がっていたというところだろうか。

それでも自分の脅威足り得ないとラウラは分析している。

もしセシリアの持つ第三世代機ブルーティアーズがスペック通りのビーム偏向が行えたなら脅威であるが。

しかし、その後の三組の試合が桁違いだった。

ワールドエンブリオ社テストパイロットであり急きょ日本の代表候補生に名を連ねた結淵マドカの圧倒的技量。

同社テストパイロットで同じく急きょ日本代表候補生に連ねた篠ノ之箒の操る世界で唯一の際四世代機[紅椿]の圧倒的スペック。

最後に照秋の専用機[メメント・モリ]と結淵マドカの高次元戦闘。

取り寄せた映像を見て改めて千冬の言った言葉を思い出す。

 

(一体、織斑照秋のどこに出来損ないと判断する材料がある? 逆に織斑一夏のどこに才能があるのだ?)

 

ちなみに、照秋のISの試合映像を一緒に見ていた部隊の部下達は、照秋のISスーツ姿に興奮していたことはどうでもいいことだろう。

 

そして最近になってIS委員会が発表した「織斑一夏・照秋の世界的一夫多妻認可法」の施行が極め付けだろう。

ドイツ政府はなんとか男性後縦者とのつながりを持とうとして片っ端からIS関連の女性の写真を照秋に送ったらしい。

なぜ照秋になのかは、理解できる。

照秋はワールドエンブリオ所属のテストパイロットである。

現在欧州連合では統合防衛計画「イグニッション・プラン」の第3次期主力機の選定中なのだが、イギリスのブルーティアーズがワールドエンブリオの技術提供を受け連合内で頭一つとびぬけた存在になっているのだ。

そんな事態を連合参加国のフランス・イタリア・ドイツは面白く思わない。

というわけでドイツはなんとかワールドエンブリオと繋がりを持とうと画策したのである。

つまりは。

 

「大尉の同意なしの縁談、というわけか」

 

「……はい」

 

困惑するラウラとクラリッサだが、本当に困惑しているのは写真を送りつけたドイツ政府である。

クラリッサの写真は軍隊IDカードの写真を引き伸ばして送っただけなのだ。

政府は国内の大物政治家の娘や他の女優顔負けのIS操縦者が気合を入れたグラビア写真のような見栄えする方に本命を入れていたのだが、まさかのクラリッサである。

しかしドイツ政府はこのチャンスを逃す手はないと、上からの命令としてクラリッサに言い渡したのだ。

軍属のクラリッサに、命令に背くという選択肢は無い。

 

そもそもクラリッサは照秋に特別な感情は抱いていない。

ただ、命令でお見合いをしに日本へ向かう、それだけである。

むしろ、世界公認でハーレムを造ろうとしている一夏や照秋に悪感情を抱いている節がある。

どうせ大量のお見合い候補に片っ端から会って、鼻の下を伸ばすような軟弱な性格だろうと判断する。

しかしこれで結婚なんてなってしまい照秋が生涯の伴侶となると考えると、そんな何の感情も抱いていない男に抱かれ子を成すことになるのだ。

軍属に女尊男卑思想など関係ないしクラリッサにもそんな思想はないが、これはクラリッサの人権を無視した政府の行動だという怒りはある。

 

「大尉、もしその縁談が破談になって政府から何か言われたら、私は君を全力で擁護する」

 

「隊長……!」

 

ラウラの、クラリッサを思う気持ちに感激し目を潤ませる。

 

「思うように挑んで来い」

 

「はっ!」

 

ラウラの激励にクラリッサは敬礼し、大いなる敵『織斑照秋』への闘争心を燃やすのだった。

 

 

 

所変わり日本のIS学園では、今日も今日とて照秋たちワールドエンブリオ組は訓練に励んでいた。

いつも参加している箒やセシリアはぜえぜえ息を切らし照秋やマドカと模擬戦を繰り返している。

 

「セシリア何度言わせる! もっと俯瞰視点で空間把握をしろ!」

 

「簡単に言いますけどねえ!!」

 

マドカはセシリアとビット攻撃の応酬を繰り広げるが、セシリアのビット攻撃は悉くマドカに打ち落とされている。

叱りさらに追撃するマドカに必死に応戦するセシリアだが、手も足も出ない。

 

「ああっ!! 化け物ですかあなたは!!」

 

「褒めても手は抜いてやらんぞ!」

 

「褒めてませんわよ!!」

 

言葉の応酬でも分が悪いようだ。

 

そんな二人に対し、照秋と箒は互いにISを纏いブレード一本で近接戦闘を行っていた。

照秋と箒はPICを切り地面に足をつけ、絶え間なく切り結ばれる互いのブレードは、火花を散らす。

一分ほどブレードを交えていたが、箒がバックステップして距離を取る。

それを照秋は追わず、箒を見据えた。

箒は顔を紫色にして肩で息をしていた。

 

「大丈夫か?」

 

照秋が箒を心配するように声をかけるが、箒は応えず肩で息をするのみだ。

照秋の言葉に答える気力もないのである。

箒が何故ここまで疲弊しているのか?

それは、接近戦での無酸素運動が原因だ。

一分間無酸素で激しい運動を繰り返し酸欠状態に陥ったのだ。

酸欠により視界が狭まり、聴覚も麻痺、平衡感覚さえ曖昧になる。

膝をついて休みたい。

だが、しない。

箒には信念がある。

 

――照秋と並べる存在になる――

 

箒は前のめりに倒れるように、しかし照秋に向かってダッシュした。

 

「ああああああああっ!!」

 

獣のような咆哮で、箒はブレードを我武者羅に振り降ろす。

それを照秋は難なく受け流すが、その表情は笑みを浮かべていた。

 

「いいね」

 

「ああああああああっ!!」

 

箒の鬼のような形相と獣のような叫びを見て呟く。

限界を超えた、肉体を酷使した攻撃。

 

箒は、階段を一つ上った。

 

 

 

いじめの様な訓練が終わり、箒とセシリアはフラフラとおぼつかない足取りで部屋に帰る。

それを見届けたマドカは、照秋を見て訝しんだ。

 

「どうしたテル?」

 

照秋が自分の手や足を見て首を傾げている姿に、マドカは照秋の体に異常が出たのではないかと危惧した。

 

「いや、なんかISが……」

 

照秋は首を傾げながらつぶやく。

どうやらISが窮屈に感じるのだという。

それを聞いてマドカはホッとしたと同時に、苦笑した。

 

「テル、お前また身長伸びただろう?」

 

「え? そうかなあ?」

 

そう言って照秋の頭に手を水平に乗せるマドカ。

ぽつりと「この野郎……私は伸びないのに……」と呟きが聞こえたが照秋は無視した。

 

「恐らく体型が変わってISに違和感が出てるんだ。いい機会だ、自分でISの調整してみろ」

 

いままでISの調整はワールドエンブリで束に任せるか、ISの自己修復に任せきりだった。

しかし不測の事態で自分で調整できないと不都合が出る。

ISには自己進化機能があり、操縦者に合わせてフィッティングを調整してもいいと思うのだが、生憎ISの自己進化機能あくまでIS自身の自己進化、学習能力向上であって、操縦者の最適化は最初のフィッティングに準拠する。

つまり、ISに乗るなら体型の維持が必須という事だ。

ISの装甲は基本的に腕や足のみであり、それ程体形変化に支障をきたさないのだが、それでも女性には死活問題である。

ある日、ISを解除したら太腿や二の腕ににISの跡が……とかあったら自殺ものだろう。

だからこそISの操縦者は身体管理がより徹底されている。

その都度調整すればいいじゃないかと思うだろうが、そこは女の心情で見栄というか、意地というか、まあ女心は複雑というわけだ。

だが照秋は男であり、そんなことで恥じるような神経は持ち合わせていない。

 

「じゃあ整備室に行ってくる」

 

「おう、私はセシリアと箒のクールダウンを手伝ってくる」

 

そう言って照秋とマドカは別れた。

 

 

 

マドカと別れた後、照秋は整備室に向かった。

整備室は広く、さらに一人一人仕切りがされており作業に支障が出ないよう配慮されている。

整備室に入ると、何人か整備を行っていた。

整備課の生徒なのか、自分の専用機を整備しているのかわからないが、皆自分の整備に集中しており照秋が来たことに気付いていない。

いや、ただ一人整備室の入口にたまたま目をやったときに照秋が入ってくるのに気づいた。

とりあえず照秋は一番端の整備スペースに向かった。

壁にはISの整備に必要な工具が備え付けられてある。

またISに接続しプログラムチェックするための端末まで置いてあるという、至れり尽くせりの場所だが生憎照秋のIS[メメント・モリ]にはほとんど必要がない。

最初に格納ハンガーに展開したメメント・モリを置く。

そして話しかける。

 

「起きてるか、メメント・モリ」

 

[私はいつでも起きています照秋様]

 

驚くことに、メメント・モリが女性の電子音声で話し出した。

これをISに詳しい人間が見たら卒倒するだろう。

……実は、覗き見し絶句している少女がいるのだが、照秋は気付いていない。

 

「スキャン開始」

 

[スキャン開始します]

 

照秋がの言葉に、女性の電子音声が復唱しカリカリと処理する音が鳴る。

 

[スキャン完了。メメント・モリ稼働率34.4パーセント。不具合箇所ゼロ。損傷個所ゼロ。疲労率20パーセント。簡易メンテナンスを推奨。ワールドエンブリオ社に報告します。クリーンアップを行いますか?]

 

「ああ」

 

メメント・モリから流れる電子音声に従い指示を出す照秋。

 

「クリーンアップを行います。現在クリーンアップ中……メメント・モリに新たな開放領域が現れました。確認しますか?」

 

「見せてくれ」

 

[新開放領域名称『トニトルス()』、仕様は電撃操作です]

 

「……3DCGシミュレーションを見せてくれ」

 

電撃操作と聞いて嫌な予感がした照秋は、メメント・モリにシミュレーションさせた。

そして、想像通りのCG映像にドン引きした。

 

[電撃によって対象ISの電子機器をショートさせ内部破壊、シールドバリア―プログラムを破壊、操縦者へダメージを与えます。その際の症状として火傷による皮膚の爛れに伴う焼死、感電死、心臓麻死が想定されます]

 

効果を聞き想像通り、いや想像より悪質な性能に照秋は頭を抱えた。

 

「……なあ、メメント・モリ」

 

[何でしょうか照秋様]

 

「……ISの装備で殺人は不味いだろう。インヘルノといいハシッシといい……今度はトニトルスって」

 

[出力を下げれば相手へのダメージも軽減されます]

 

「出来るんならやれよ! ていうか言えよ!!」

 

[聞かれませんでしたので。それでは出力を殺人レベルから再起不能レベルへ変更します]

 

「物騒なレベル設定にするな! スポーツレベルだ!」

 

[…………了解、スポーツ(お遊戯)レベルに設定]

 

「おい、なんだその納得してませんけど言われたから仕方なくやりますよ的な声は。お前本当にAIか?」

 

[肯定、私は作られた電子の存在です。照秋様]

 

「都合悪い時だけ無機質な声を出すな」

 

照秋は呆れて大きくため息を吐いた。

照秋がメメント・モリにAIが組み込まれていると知ったのは偶然だった。

ワールドエンブリオのラボで束がメメント・モリの整備をしているのをたまたま見て、内容は聞こえなかったが束が楽しそうにメメント・モリと会話しているところに出くわしたのだ。

束は何故メメント・モリが高性能AIを搭載しているのか、そして何故それを知っていたのか照秋に話してはくれなかったが別に害はない、むしろ優秀なAIだから安心しろと言われた。

確かに優秀だ。

このAIは待機状態では機能せず、また戦闘中も特殊武装を使用する際のみ音声は発するだけだが、ISの整備に関しては照秋が簡単な指示を出すだけで適切な処置をしてくれる。

だがなんか妙に人間臭い、というか人間に対し悪意を持っているような感じを受けるのだ。

AIに対して感じるなんて妙な表現だがそういうしかないのだから仕方ない。

 

「メメント・モリ俺を3Dワイヤースキャンしてくれ」

 

[ワイヤースキャン開始します]

 

緑色のレーザーが照秋をスキャンし、終了すると照秋の形の3Dワイヤーフレームが現れた。

照秋の目の前でゆっくりと回転する3Dフレームから細かな数字が表示される。

 

[前回の身体記録より身長が3センチ、体重が2キロ、体脂肪が0.5パーセント増量しています。さらに三角筋、大胸筋、僧帽筋、広背筋、腹斜筋、脊柱起立筋、大臀筋、大腿二頭筋、大腿四頭筋、下腿二頭筋の筋量が増加しています]

 

「前回の記録はいつのだ?」

 

[3月15日です]

 

「じゃあ、今の体型に合わせてIS装甲の最適化をしてくれ」

 

[最適化を行います。自己進化に分類される作業のため時間がかかります。その間ISは展開出来ません]

 

「どれくらいかかる?」

 

[現在の状態で5時間、待機状態では明日の14時には装甲の最適化が終了します]

 

「わかった。待機状態で進めてくれ」

 

[了解、待機状態に移行、最適化開始]

 

メメント・モリはそう言って待機状態へと戻る。

メメント・モリの待機状態はアンクレットである。

照秋の左足首に、黒い金属のアンクレットは、目立たず、しかしいやらしくもない存在感である。

いわゆるおしゃれさんだが、ファッションに毛ほども興味がない照秋にはどうでもいいことだろう。

 

ISのメンテナンス作業が終わり(これが作業と言っていいのかわからないが)、照秋は部屋に帰りシャワーを浴びて宿題をしようと振り返った。

 

「……あ。」

 

「ん?」

 

そのとき、目が合った。

というか、照秋の整備スペースをガン見していた子がいた。

 

その子は、どこかで見たような顔立ちをして、水色の髪をしていた。

 



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第36話 簪とメメント・モリ

簪ファンの方、すいません。
ちょっとアホの子になってしまいました。


「ご、ごめんなさい」

 

「いや、別にいいよ」

 

照秋の作業を覗き見していたのは、更識簪という子だった。

なんと、先日会った生徒会長の更識楯無の妹らしい。

だが、更識簪は楯無の名前が出ると表情を歪める。

どうやら姉妹に確執があるようだ。

照秋自身も千冬や一夏との確執があるためその気持ちが十分理解できる。

更識簪は更識と呼ばれるのを嫌がり、簪と呼んでほしいと言ってきた。

なので、照秋も自分の事は照秋でいいとお互い自己紹介を済ませた。

そしてさっきから覗き見してすまないと謝りながら頻りと頭を下げる簪に、照秋は困った風に頭をかいた。

 

「見られて困るものでもないし」

 

そう言うと、簪は下げていた頭を勢いよく上げ真剣な表情で照秋を見る。

 

「あなたはわかっていない。あれは世界が卒倒する技術の塊」

 

「そうなのか?」

 

「そう。人間のように会話が成立し、違和感のない音声、そして大規模な機材を必要とせず場所を選ばないデジタルワイヤーフレームスキャンの施行。……もしかしてデジタルワイヤーフレームを手で直接操作できたりする?」

 

「ん? ああ、『シェークハンド機能』のこと? 出来るよ」

 

照秋の言葉を聞くや、簪は目をキラキラ輝かせた。

 

「このプログラムを開発した人はアイアンマン好きと見た……!」

 

「……ああ、あの映画か。うーん……どうだろう……」

 

世間の娯楽にはてんで興味がない照秋だが、何故かアイアンマンを知っている。

まあ、束に無理やり見せられたのだが。

ちなみにアニメや特撮はクロエに無理やり付き合わされて覚えてしまった。

束がアイアンマンが好きかどうかはわからないが、AIやデジタルワイヤーフレーム、シェークハンド機能はIS整備素人の照秋には助かるものだ。

簪は、なにか言いたそうにモジモジしている。

それを敏感に感じ取った照秋は、再びアンクレットからメメント・モリを展開しハンガーに固定した。

 

[どうかされましたか照秋様]

 

メメント・モリのAIが音声を発する。

それを聞いて再び驚く簪。

 

「ああ、彼女……簪さんがお前の機能を見たいと言ってな。別にいいだろう?」

 

[構いません。私は上位権限から秘匿するようにという指示は受けておりませんので]

 

「というわけだけど。何かやってみる?」

 

簪は、パアッと笑顔になりメメント・モリに歩み寄る。

 

「……こ、こんにちは」

 

[こんにちは、ミス簪]

 

簪はすごくうれしそうだ。

 

「声が……恐らくこれは田○敦子? はっ!? ISは機械……つまり、サイボーグ繋がりで草薙○子というわけ!? なんというこだわり……! でもそのこだわり、嫌いじゃない! 嫌いじゃないわ!! 夢が……ロマンが詰まっている……!」

 

よくわからないことを言い出し勝手にテンションが上がる簪。

そして、何か閃いたのかゴクリと喉を鳴らしメメント・モリを見上げる。

 

「あのっ! お願いがあるんですけど……!」

 

[なんでしょうか?]

 

「こ、攻○機動隊って、し、知ってますか……?」

 

[少々お待ちを。……検索完了しました。攻殻機○隊-GHOST IN THE SHELL-、士◯正宗原作の漫画、ジャパニメーションですね]

 

「そ、そうです! そ、それで、その……映画とかアニメでのセリフを……言っていただけたら、なあって……」

 

[セリフですか? 何でもよろしいのですか?]

 

「で、できれば草○素子のセリフを2~3ほど……」

 

簪はメメント・モリに何を言っているのだろうか。

攻殻○動隊も○薙素子も知らない照秋は簪の後ろで首を傾げていた。

 

[わかりました。それでは……『さてどこへ行こうかしら。ネットは広大だわ』]

 

「ふおおおおおぉぉぉっ!!」

 

テンションアゲアゲの簪。

 

[『バトー、忘れないで。貴方がネットにアクセスするとき、私は必ず貴方の傍にいる』]

 

「おおおおおおぉぉぉっ!!」

 

両腕をブンブン振る簪。

テンションマックスだ。

 

[『そうしろと囁くのよ、私のゴーストが』]

 

「きゃああああぁぁぁっ!!」

 

とうとう叫び始めた簪。

照秋はドン引きだ。

 

[『世の中に不満があるなら自分を変えろ!! それが嫌なら、耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ!!』……以上でよろしいでしょうか?]

 

「ふおおおおぉぉぉっ!! ご、ご馳走様でした!!」

 

簪のテンションは天元突破してしまい、いろんな意味でお腹いっぱいになり、ついには何故かメメント・モリにサインを求めようとするので、さすがに照秋が止めに入り簪は正気を取り戻すのだった。

 

 

 

そして、正気に戻った簪が自分の醜態に身悶え、気持ちの整理がつくまで時間を置き、改めて本来の目的であるメメント・モリの機能の体験に移る。

 

「とりあえず簪さんが触ってみたいらしいから」

 

[了解、セーフモードに設定します。ミス簪、どうぞご命令を]

 

「え、いいの?」

 

簪はあたふたし始めた。

照秋は横で見ているだけだ。

 

「じゃ、じゃあ……シェークハンドを」

 

[シェークハンド選択、メメント・モリ装甲のデジタルワイヤーフレームを展開します]

 

途端、簪の前にメメント・モリの腕部装甲ワイヤーフレームが表示された。

 

[ミス簪、どうぞスワイプしてください]

 

「えっと……こう?」

 

簪は指で腕部装甲ワイヤーフレームを横にスライドするように動かす。

すると、ワイヤーフレームがゆっくり回転し始めた。

 

「おおっ……!」

 

簪の目がきキラキラしている。

 

[次はワイヤーフレームに装着するように腕を入れてください]

 

「は、はい」

 

簪は言われるままに腕部装甲ワイヤーフレームに腕を入れる。

デジタルワイヤーフレームなので勿論触れている感覚はない。

簪はゴクリと喉を鳴らし、入れた指を動かす。

すると、動かした通り腕部装甲ワイヤーフレームの指部分が同時に動く。

まるで、本当に装着しているようにタイムラグもなく簪の指の動きを忠実に再現する。

 

「おおおおっ……!」

 

簪の目がますますキラキラし始めた。

 

[これがシェークハンド機能、疑似的にISの操作確認を行う機能、デジタルワイヤーフレームを使用者がリアルタイムに認識できるようにしあたかも触れているかのように疑似体験を可能にした機能です]

 

「……いい……これは……ロマンの塊……!!」

 

簪は恍惚とした表情で腕部装甲ワイヤーフレームを動かす。

 

「このプログラムがあれば……私のISはより早く完成する……」

 

簪の呟きに照秋は耳聡く気付いた。

 

「完成? 簪さんは専用機を持っているのか?」

 

そこまで言って、照秋は気付いた。

 

「ああ、更識簪……日本の代表候補生……倉持技研の」

 

簪の詳しい事情を知る照秋に驚く簪。

そして、簪は照秋に対し警戒心を高めた。

倉持技研で専用機を造っていたことはそれほど知られていることではなかったし、なにより現在は技研から開発見送りにされた専用機を引き取り自分で組み立てている。

照秋は口には出さなかったが、雰囲気で簪の現状を知っていると感じる。

 

「何故そこまで知っているの? ……ストーカー?」

 

警戒心を高めている簪に、なんでだよとツッコミを入れながら照秋は頭をかく。

 

「ウチには情報通がいるんだ」

 

マドカの事である。

照秋はつくづくマドカの情報源とその手腕に謎を持っているが、本人はそれを言わない。

だが、ここで考える。

一夏の専用機[白式]を優先し、さらに掛かりきりのため簪の専用機に割く人員がいないために引き取り自分で作ると言い出した。

一夏のせいではないが、それでも簪の事を不憫と思ってしまうのは仕方ないだろう。

 

「このシステム、いる?」

 

「え!?」

 

何気ない一言に、簪は普段では絶対出さない大きな声を出した。

 

「どうだメメント・モリ?」

 

[上位権限に確認を取る必要があります。いま確認しますか?]

 

「いや、俺が直接連絡入れる」

 

照秋はそう言うと携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。

相手は勿論篠ノ之束である。

 

「……あ、お久しぶりです……社長。実は、メメント・モリの……え、見てたから知ってる? ……そのことについていろいろ言いたいですけど、まあ手間が省けました。で、どうでしょうか?」

 

照秋はメメント・モリの開発者である束にメメント・モリサポートプログラムのコピーを渡していいか窺う。

しばらくすると、照秋は携帯電話を顔から離し、眉を顰めて簪を見てこう聞いた。

 

「……社長が試験をするって」

 

「試験?」

 

「質問に答えるだけでいいって」

 

照秋は困ったような表情で簪を見るが、その簪は少し考えて小さく頷いた。

 

「……言ってみて」

 

「……質問は『ピーター・パーカーについてどう思う』だって」

 

その質問を聞くと目を見開く簪は、即答した。

 

「救いのない正義、それがスパイダーマン。彼は幸福になってはいけない」

 

はっきりとそんなキツイ言葉を発するので照秋は引いた。

そして、照秋は携帯電話の通話口の向こうにいる束にその言葉を言った。

 

すると、束はテンションを上げて嬉々として承諾した。

 

『いいねいいねー! まさに我が意を得たりってやつ! オッケー、サポートプログラムとその機器を提供するよ! あ、あとそれと……』

 

照秋は束の言葉を聞いて驚く。

携帯電話の通話を切り、簪にこう言った。

 

「君のIS製作を全面バックアップするから、必要なものはなんでも言ってくれって」

 

 

そして簪と別れ部屋に帰り、マドカにこの事を話したら呆れられたのだった。

 

 



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第37話 照秋とクラリッサ

日曜日、IS学園は休日である。

大体の生徒は自主練習やクラブ活動を行ったり、普段外に出れないが休日は外出許可が出ているのでショッピングをしたり、また実家に帰る者もいたりと比較的自由な時間を過ごしている。

 

そんな生徒の中で、照秋も例に漏れず学園の外に出ていた。

ただ、理由が少し特殊だ。

普段照秋は休日など関係なく無茶苦茶過酷な練習をしているのだが、今日は違う。

照秋は東京駅の八重洲中央口で、ある人物と待ち合わせをしていた。

 

服装は無難な白いポロシャツにインディゴブルーのジーンズ、スニーカーという出で立ちである。

そもそも照秋はファッションというものにまったく興味がない。

照秋の持っている服と言えば、学園指定の制服類の他はジャージのみという脳筋ぶりであった。

全寮制の中学時代ではそれで事足りたし、それに学園内では制服と普段着も寝巻両用としてジャージで問題はなかった。

だから、今まで照秋のファッションセンスに関して誰にも何も言われることはなかった、というか皆知らなかったのだ。

マドカや箒も前々から普段着はジャージしか着ない照秋に疑問を覚えつつも、毎日過酷な練習をしているのでジャージなどの運動着が普通でさほど重要視していなかったのである。

しかし今回は人と外で会うのだから、さすがのマドカ達も苦言を呈した。

 

「おいテル、まさかとは思うがジャージで会うつもりじゃないだろうな?」

 

「だってこれしかないし。ありのままを見てもらったらいいんじゃないかと俺は思うんだが? それにこのジャージ結構高いんだぞ」

 

「いくら高かろうがジャージはジャージだろうが。お前はわけのわからんブランドの背中にわけのわからん犬の刺繍された、ダボついたジャージを愛するチンピラか」

 

「照秋、流石にそれは私もどうかと思うぞ」

 

「せっかく元がいいのですから、気になさった方が……」

 

箒やセシリアにまで散々な事を言われるが、ファッションに対し全く関心を持たない照秋はこう言い返した。

 

「ファッションに気を遣う暇があるなら、スクワットでもした方が有意義だろ?」

 

これに、マドカ達三人は揃ってこう思った。

 

「ああ、脳筋ここに極まれり」

 

マドカはもう照秋の意見は聞かんとばかりに、すぐさまスコールに報告、特別に外出してファストファッションで有名な店に行き服を買い、照秋にその服を着ていくよう言いつけたのだった。

照秋は渋々従ったが、三人はさらに照秋に対しアレコレ指図してきた。

やれ、髪のセットをしろだ、ワックスで整えろだ、香水は初心者だからブルガリよりアランドロンのSAMOURAIが無難だとか、香水はウェストに少量がいやらしくないだとか、照秋にとって心底どうでもいい事を言ってきて、散々いじくり倒した挙句、送り出された。

 

照秋は柱にもたれかかり腕を組んで待つ。

待ち合わせ時間はまだ30分ほど先だ。

これもマドカや箒、セシリアに口酸っぱく言われたことだ。

 

「男は待ち合わせ時間より早く行け」

 

女尊男卑の世の中でもこの思考は変わらないようだ。

というか、女尊男卑になってからよりひどい傾向になっている。

まあ、それに関して照秋は全寮制の男子中学校に入っていたし、外界との接触が少なかったので特に実害を被ったこともないのでさほど気にはしていない。

とりあえず待ち時間を無駄にすることもないので、今回のプランが書かれているメモを確認する。

しばらく、メモを眺め時間を潰していると、ふと、照秋の前で立ち止まる気配がした。

 

「時間前行動か。感心だな」

 

徐に、照秋に向けて女性の声がかけられる。

照秋はメモから目を離し、その女性を見て、そして姿勢を正し礼をした。

 

「お待ちしてました。はじめましてクラリッサ・ハルフォーフさん」

 

 

照秋から見たクラリッサの第一印象は「真面目そうな人」だった。

左目に眼帯をして、そしてなぜかドイツ軍の黒い軍服で待ち合わせ場所に来たクラリッサ。

照秋を睨むように、口を真一文字にして必要以上の事を口にしない、まさに軍人を絵にかいたような印象を受けた。

今回の顔合わせにしても、お見合い写真を見てクラリッサに会いたいと決めてわずか一週間ほどでセッティングするほどの速さ。

ドイツがどれほど必死に照秋と、ワールドエンブリオとパイプを持とうとしているのかが照秋にさえわかってしまう。

そんな事情とクラリッサの印象を鑑みて、職務に忠実で真面目な女性だという事に至ったのである。

そう思うと、いろいろ振り回されているクラリッサに対し申し訳なさが出てくる。

 

「本日は僕の申し出に応え、さらにこちらのスケジュールに合わせていただきありがとうございます」

 

照秋は、腰を折って最敬礼する。

そんな謙虚な態度を取る照秋に対し、クラリッサは値踏みするようにジロジロと照秋を観察する。

クラリッサの、照秋に会うまでの印象は「軟派な男」だった。

そもそも、クラリッサは照秋に対し特別な感情を抱いているわけではない。

この「お見合い」も、政府からの命令で会っているだけであって、「ハーレムを築こうとしている男」に好印象など抱いていない。

ハーレムを築こうという男の夢に理解がないわけではない。

クラリッサの愛するジャパニーズサブカルチャーである、アニメや漫画、ラノベにもドタバタラブコメ、鈍感主人公のハーレムラブコメが存在するし、それを見たこともある。

だがしかし、それは所詮フィクションでの話だ。

それを現実で行おうと、一人の女として数多くの女を囲おうとする照秋に好意など持てるはずがなく、むしろ嫌悪感すら抱く。

それがたとえ政府の命令だとしても、そんな最低男と結婚だなんてご免だとも思っていた。

クラリッサだって軍人とはいえ女なのだ。

夢見る女の子なのだ。

白馬に乗った王子様とまでは言わないが、ちゃんとした恋愛をして愛する男性と結婚したいという願望はある。

とまあ、そんな構えで照秋に会ったのだが、若干考えを改めた。

 

まず真摯に対応しようと礼をする姿勢。

そして、照秋からにじみ出る強者の覇気。

全く邪気を感じないので逆に拍子抜けしてしまったほどだ。

 

(先入観はいかんな)

 

クラリッサは自分を戒め、照秋の礼に応えるべく同じく腰を折って返礼した。

 

「丁寧なあいさつ恐れ入る」

 

 

 

あいさつもそこそこに、二人はJR山手線の電車に乗り込んだ。

ふつう、一般的なお見合いというのは双方の両親と仲介人が落ち着いた場所で会食しながら親睦を深めていくものだが、照秋がそれだとクラリッサが退屈するだろうといい、ある人物に相談を持ちかけスケジュールを組み立てたのだ。

 

「ところで、どこへ行こうというのだ?」

 

クラリッサは当然聞いてくる。

それに、照秋はこう返した。

 

「秋葉原です」

 

 

 

 

「ただいま」

 

夕方になり、IS学園の門限前に照秋は帰ってきた。

 

「おう、おかえり」

 

照秋のベッドに寝転びながらタブレット端末を操作するマドカ。

その姿はタンクトップにホットパンツという露出過多で、しかし色気を感じない子供っぽさが見える。

事実、マドカは同世代の箒やセシリアたちと比べると幼く見える。

見た目で言うと、鈴に近い。

どこが近いかは、ご想像に任せる。

 

「……」

 

対して同部屋の箒はジャージ姿で机に向かい剣道雑誌を持ち、頬を膨らませてジト目で照秋を見る。

ハッキリとわかる焼きもちである。

 

「で、初デートはどうだった? ん?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべるマドカから初デートという単語が飛び出し、ピクリと体を震わせる箒。

そう、照秋はいままでデートをしたことが無かった。

もし、照秋と朝練で二人きりでロードワークすることがデートに当てはまるのならば、箒は数多くのデートを照秋としているが、当然ロードワークはデートではない。

照秋は基本的に練習、訓練以外で外に出ることはない。

IS学園入学前のワールドエンブリオでの訓練生活でも、欲しいものや日用品は全てクロエが用意してくれたため外に出かける理由もない。

必然的に、同じくワールドエンブリオで生活していた箒と出かけるなんてこともない。

IS学園入学後においても、照秋や一夏の外出許可は安全面から中々下りないため外出も少なくなる。

生活必需品は必要ならクロエが持ってきてくれるかマドカが買ってきてくれるし、消耗品は学園内で販売されているので、普通に生活する分には全く問題ない。

外に出て羽目を外したい一夏は外出許可が下りないことを怒るが、照秋は外出の必要性を全く感じていないためどうでもいいと思っている。

 

さて、不機嫌な箒だが、いままで散々チャンスがあったにもかかわらず、デートの一つもしたことがないという事実に自分のふがいなさを痛感していた。

デートまがい(剣道全国大会後のファーストフード店での食事)ならばあるが、あれをデートに換算するには箒のプライドが許さなかった。

 

照秋の”はじめて”のデートが自分じゃない。

照秋の”はじめて”を他人に奪われた。

 

それが悔しく、情けなく、手に持つ雑誌がくしゃくしゃになるほど力を入れた。

 

「あ、これお土産」

 

照秋の手には白い紙袋が握られていた。

中身はロールケーキだという。

 

「東京駅のなんか有名なやつだって。塩キャラメルロールケーキ」

 

「ほほう」

 

「おお! なかなかいいチョイスだな! よし、セシリアも呼ぶか」

 

照秋のお土産の中身を聞いて、一気に機嫌がよくなる箒と、テンションが上がるマドカ。

どんな世になっても甘味には弱いのが女性という事か。

 

程なくしてセシリアが来て、四人でロールケーキを分ける。

飲み物はセシリアが紅茶の茶葉を持参し、それを淹れる。

茶葉が入っている箱がどう見ても高級そうに見えたので、照秋がセシリアに聞いてみると、最高級ではないが相当価値の高い茶葉だそうだ。

 

「テルさんがスイーツを買ってきてくれたんですもの! それに見合う紅茶は必須ですわ!」

 

S.T.G.F.O.P.という等級だそうだが、照秋にとって呪文のような等級は全く記憶に残らなかった。

ちなみに、茶葉の等級を聞いて箒も横で首を傾げていた。

女子三人は頬を緩ませロールケーキを口に運ぶ。

そこで、マドカが思い出したように照秋を指さし言った。

 

「それで、デートはどうだったんだ?」

 

瞬間、箒とセシリアの動きが止まった。

 

「ドイツ人はスキンシップが好きだからな。もしかしてもうヤッたか?」

 

「うおいっ!?」

 

「ななななななあっ!?」

 

箒とセシリアは顔を真っ赤にして叫ぶが、マドカは飄々としている。

 

「ドイツ人は日本人と価値観が違うからな。付き合う前にキスとかして相性を確認するんだぞ」

 

理には適ってるよな、とマドカは言うが、箒とセシリアは気が気ではない。

二人とも、照秋とはキスまでしかしていないのだ。

婚約者である二人を差し置いて、婚約者”候補”がいきなり自分たちを追い抜き独断先行するなんて、到底許せるものではない。

 

「するわけないだろう」

 

照秋はマドカをジト目で見つめ、ため息交じりにそう言うと、箒とセシリアはホッと安堵の息を漏らした。

 

「何だヤらなかったのか。根性無しめ」

 

「酷い言われようだな!」

 

やれやれと肩をすくめため息をつくマドカを怒る照秋は、日本人として正しい反応だろう。

マドカは冗談だ、と言って照秋に話すよう促した。

 

「……普通に秋葉原を歩いていろんな店に入って見て回って、飯食って解散しただけだ」

 

「え? なんて言った?」

 

聞き返すマドカ。

 

「だから、普通に見て回っただけで……」

 

「いや、そこじゃなくてどこに行ったって?」

 

「秋葉原」

 

「はあっ!? アキバだぁ!?」

 

「うわぁ……」

 

驚くマドカと、引く箒。

セシリアは首を傾げている。

 

「マドカさん、アキハバラとはどこですの?」

 

セシリアは秋葉原を知らなかったようだ。

そこで、箒が秋葉原という町を説明すると、セシリアも顔をしかめた。

 

「……デートで秋葉原って……」

 

「どうせ東京に行くならもっとカップルにふさわしい場所があるでしょうに」

 

箒とセシリアからダメだしされる照秋。

だが、照秋は反論する。

 

「でもクラリッサさんはメチャクチャ喜んでたぞ。大量に漫画とアニメのブルーレイとかゲームを買ってたし。そもそもこのデートプランはクロエが考えたんだ。文句はクロエに言ってくれ」

 

「ああ、あの眼帯軍人はソッチ系なのか」

 

マドカは納得した。

 

「飯もクロエのプラン通り、立ち食いそばに行ったら、クラリッサさんスゲー喜んでた」

 

「……それ、デートか?」

 

デートで立ち食いそば屋に行くなど、マドカは勿論、箒やセシリアでさえ考えられない。

もし初めてのデートで立ち食いそば屋に行った日には、殴り飛ばしているだろう。

 

「それで、お礼って言ってコレくれた」

 

照秋は黒いヒラヒラレースをあしらった輪になった布を取り出した。

それは、女性のガーターであった。

 

「なんか輪っかになってるしゴムも入ってるからハンカチじゃあないんだろうけど、レースが細かくて高そうだよな。なんなんだこれ? ヘアバンドかな?」

 

照秋はガーターを知らないようだ。

恐らく知って入るだろうが、ガーターはベルトタイプの方が有名だから、片方ずつ伸縮ゴムを使用したガーターを知らないのだろう。

そして、それを見たマドカは頭を抱え、セシリアは顔を真っ赤にした。

 

「……気が早すぎだぞゲルマン! 順序が無茶苦茶だろう……ガータートスのつもりか?」

 

「いえ、そもそもガータートスでしたら意中の男性に渡すのは間違いでは?」

 

「ガータートスとはなんだ?」

 

箒は意味が分からず首を傾げる。

 

ガータートスとは、ブーケ投げと同じだ。

ブーケ投げは結婚式において、新婦が未婚女性にブーケを投げすのだが、ガータートスは新郎が新婦のガーターを手を使わず外し、それを式に参加してくれた未婚の男性に投げるのである。

それを聞いた箒は顔を真っ赤にして照秋からガーターを没収しようとしたが、照秋はそれが女性下着であるとは知らず大事そうに折りたたみ机の引き出しに仕舞いこんだ。

箒も、流石に他人からのプレゼントを、たとえそれが下着であろうとも没収するわけにもいかず、ただ何とも言えない表情で眺めるしかなったのだった。

 

 

 

数日後、有給消化を兼ね日本へお見合いに行っていたクラリッサはドイツに帰り、ことの終始をラウラに報告した。

 

「それで、結論としてどうするのだ大尉?」

 

クラリッサの口から紡ぎ出る照秋とのデートの顛末は、とても楽しかったという事が言葉の端々からわかった。

だが、最終的な判断はクラリッサ本人に委ねるしかない。

デートが楽しくても、相性が合わねば後につらい思いをするのはクラリッサなのだから。

そして、その結論が結婚への拒絶であったとしても、ラウラはクラリッサの判断を受け入れクラリッサの味方でいようと思っていた。

 

「はっ。隊長、報告します」

 

直立したクラリッサは、ラウラにはっきりとこう言った。

 

「照秋は私の”嫁”であります!」

 

「そうか! おめでとう大尉!」

 

「ありがとうございます隊長!!」

 

ガッシリと固く握手するラウラとクラリッサは二人とも眩しいほどの笑顔だった。

そこに、クラリッサの「嫁発言」をツッコミ訂正する人間は存在しなかった。

 

 

 

ちなみに、照秋はクラリッサから嫁宣言を受けた覚えもなく、また婚約の話もしていない。

ただデートをし、連絡先を交換しただけである。

だが、照秋の護衛を密かに行っていたクロエは、クラリッサとのデートの一部始終を見て「よし、これはイケる」と確信。

ドイツ政府から、クラリッサの意志の連絡を受け取りクロエが了承しそれを日本政府が承認した。

 

そしてクラリッサが帰国したわずか3日後、ドイツから照秋へのクラリッサ婚約者宣言が世界に報道され、当の照秋本人はその報道を昼食時の食堂のテレビで知り、驚き過ぎて箸で摘まんでいたシャケの切り身を落とすのだった。

その日の放課後、クロエから事情を聞いた照秋は、ため息をつきながらもまんざらでもなかったことは記載しておく。




クラリッサは超肉食系。


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第38話 照秋と簪と楯無の影

「テル、会社から荷物が届いてるぞ」

 

「ああ、ありがとうマドカ」

 

放課後、マドカが端末を操作しながら照秋に言う。

会社からの荷物という言葉に心当たりがあった照秋は、マドカと箒とは別行動で一人届いた荷物を引き取りに行く。

その荷物は冷蔵庫ほどの大きな段ボールに入っており、ISの整備室に厳重に保管し、とある人物に会いに行く。

照秋が出向いたのは1年4組だった。

照秋は教室の入り口からその人物を探す。

 

「あっ」

 

教室の入り口近くで友達と話し込んでいた女生徒が照秋に気付き驚く。

そして、照秋の登場に伝播していくクラス内の生徒達は、次々と会話を止め照秋の一挙一動を追いかけるが、そんな視線を照秋は無視して教室内を見渡す。

しばらく見渡して照秋は探し人を見つけ、ズンズンと教室に入り一直線にその人物の元へ向かった。

教室は照秋の登場で一気にシーンと静まり返り、照秋に視線が集中する。

 

「簪さん」

 

照秋の探し人は更識簪であった。

だが、当の簪は照秋に気付いていないようにノートパソコンを操作している。

 

「簪さーん」

 

照秋の呼びかけに尚も気づかず、簪はモニタとにらめっこしている。

 

「おーい」

 

再三の呼びかけに反応しない簪に、どうしたものかと頭をかくと、突如照秋の横からニュッと手が伸びてきて、勢いよく簪の頭を叩いた。

パコン!

 

「ふぎゃっ!?」

 

なかなか大きな音を立て、簪は叩かれた頭を抱え蹲る。

 

「無視してんじゃねーよ。センパイ」

 

「お、おいマドカ」

 

簪の頭を叩いたのは、いつの間にか照秋の横にいたマドカであった。

 

「な、何!?」

 

涙目でずれた眼鏡を直しながら天井をキョロキョロと見回す簪に、マドカと照秋はため息をつく。

 

「古いギャグしてんじゃねーよセンパイ」

 

簪はセンパイと妙なイントネーションで呼ばれ、自分をセンパイという人物に一人思い当たり顔を顰めた。

 

「……結淵マドカ」

 

簪とマドカは顔見知りである。

それは、マドカと箒が急きょ日本の代表候補生に名を連ねることになったとき同学年ということで紹介を受けたのだ。

そのときからマドカは簪の事をセンパイと言い続けている。

代表候補生として簪の方が先輩だから、とマドカが言っていたがはっきり言って尊敬の念がこもっていない言い方に聞こえる。

事実馬鹿にしている感があるので、簪もセンパイと言われると眉を顰め注意するのだがマドカは一向に止めない。

とはいえ、マドカの技量は確かなものであり明らかに自分より強いと、簪もマドカという人間を認めており、簪の技量の高さもマドカは代表候補生ながらなかなかやる、と認めている。

まあ、マドカは決してそう言ったことを表に出さないからわかりにくいが、要するにマドカは簪の事を気に入っているのだ。

 

「さっきから呼んでるんだから気付けよ。ていうか周囲に気を配れ。アンタ本当に更識の人間か?」

 

辛辣なマドカの言葉に、簪は歯を食いしばる。

 

「家は……関係ない」

 

「ああそうかい、ま、そんなことはどうでもいいんだよ。テルがセンパイに用だとよ」

 

「え? ……あ……」

 

マドカに言われて照秋の存在に気付き、自分の醜態を見られたことに顔を赤くする簪。

 

「何今更恥ずかしがってんだセンパイ。男を気にするならその背中丸めて画面をにらめっこする色気のない姿勢をなんとかしろよ」

 

「う、うるさい……」

 

更に顔を赤くする簪と、それを見てニヤニヤ意地悪な笑みを浮かべ弄るマドカを見て、照秋は再びため息をつくのだった。

 

 

 

照秋は簪にワールドエンブリオから簪に荷物が届いたことを言うと、途端、簪は目を煌めかせ早く行こうと言わんばかりに照秋とマドカの手を取って荷物の保管されている整備室へと向かった。

到着すると、冷蔵庫ほどの大きさの段ボールがあり、箱には「天地無用」「割れ物注意」「精密機械」「取扱い厳重注意」「要冷蔵」などいろいろシールが貼られていた。

 

「……要冷蔵?」

 

なんで要冷蔵? と首を傾げる簪。

そう言えば、格納庫の中がかなりひんやりしていることに気付く。

マドカと照秋は早速段ボールを開封していくと、その理由がすぐに分かった。

 

「シャケ……野菜……牛肉……調味料……ご当地スイーツ? ……なんで食材が混じってるんだ? つーかこの食材を持ってきて、どうしろってんだ?」

 

「さあ? まあたば……社長のすることだからあまり深く考えない方がいいんじゃないか?」

 

「いやいや、機械と食い物一緒に梱包するとか、それ以前の問題だろうが。まったく、天災の考えや行動は未だに理解出来ん」

 

「理解できたら人間終了だぞ」

 

「お、言うねえ」

 

なにやら和気藹々と話ながら箱の中身を次々取り出す照秋とマドカ。

簪はマドカの楽しそうな顔を意外そうに見る。

簪の知るマドカとは、いつも無表情というか、仏頂面というか、とにかく近寄りがたい雰囲気を放った人物なのだ。

そんなマドカが楽しそうに照秋を話している姿を見て、羨ましくなる。

そして家族の様な二人の仲に、疎外感を感じる簪。

 

「そういえば、なんでマドカがココにいるんだ?」

 

思い出したかのように問いかける照秋。

 

「テル、おまえコレ組み立てることが出来るか? システム設定出来るか?」

 

「出来ません」

 

「即答するなよ。 つまり、そういうことだ」

 

「ありがとうな、マドカ」

 

礼を言われてマドカは胸を張りフンと鼻を鳴らす。

凄いドヤ顔だ。

 

「ふふん、デザート一週間だぞ。……さてセンパイ、準備はいいか?」

 

突如話を振られビクッとする簪。

マドカの言う準備とは、つまりISの準備だろう。

 

「う、うん、アッチの整備室格納庫にある……」

 

「よしテルと一緒にカート持って来い。この機材運ぶぞ」

 

マドカの指示の元、テキパキと動く照秋と簪。

簪も、本能でマドカに逆らってはダメだと理解したのだろう、特に反発することなく作業を進めていくのだった。

 

マドカは淀みない動きで機械を組み立て、ISと接続していく。

そのスピードに、簪は驚きで目を見開いていた。

異常な情報収集能力に、格闘センスの高さ、そしてISの操縦も凄まじいうえに、さらにISの整備を含めた機械関係もすごい腕を持っているマドカに、照秋は「全部マドカに任せればいいんじゃないか?」と思ってしまう。

 

「デジタルワイヤースキャンカメラと、ハンドシェーク空間投影モニタ、高性能AIチップ、そして3Dシミュレータフィールドの組み込み完了、と。あとはセットアップに同期だな」

 

空間投影キーボードを展開し、また凄まじいタイピングスピードで打ち込んでいく。

そうして20分程してすべての設定が終了した。

 

「さて、初期設定はこれで完了だ。 マニュアルはここにあるから、カスタマイズは自分でしてくれ」

 

「あ、ありがとう……」

 

「同じ日本の代表候補生のよしみだ、これくらいの世話はするさ。またなんかあったら言ってくれ、一応我が社の商品だからアフターケアも受け持つさ」

 

素っ気なく言いマドカは顔を背ける。

それがマドカの照れ隠しだと分かり、照秋は微笑ましくなり笑みを浮かべたが、それに敏感に反応したマドカがドロップキックをお見舞いするのだった。

 

 

 

照秋とマドカは簪との用件を済ませると、剣道部が練習を行っている道場へと向かう。

と、突然マドカが立ち止まった。

 

「マドカ?」

 

照秋が怪訝な顔でマドカの顔を見ると、マドカは眉間に皺を寄せため息を吐く。

 

「鬱陶しい、隠れて見てないで出て来い」

 

マドカがそう言うと、照秋たちが立っている位置からは死角になっている場所から、扇子で口元を隠した人物が現れた。

扇子には『吃驚!』と書かれていた。

 

「気付いてたなんて、お姉さんびっくり」

 

「……えっと、確か……生徒会長でしたっけ?」

 

カラカラと笑いながらゆっくり近寄ってくる生徒会長、更識楯無に驚く照秋。

 

「なんか用か、異世界人」

 

「だから! 異世界人じゃないの! れっきとした日本人!!」

 

プリプリと怒る更識楯無。

先日のマドカの弄りが相当堪えたようだ。

 

「は? 日本人? ロシア人の間違いなんじゃないのか、生徒会長様よ」

 

「……たしかにロシア国籍を取得してるけど、でも、私は日本人よ」

 

顔を顰める更識を見て、フンと鼻を鳴らすマドカ。

 

「それで日本人でありロシア人でもある異世界人の生徒会長様が何の用なんだ? あ?」

 

「だからっ! ……もうっ話が進まないわ!」

 

普段の更識を知る人物が見れば驚きの場面だろう。

更識は基本人をからかうような態度を取り主導権を握ろうとする。

だが今は全く逆で、マドカに言い負かされているのだ。

マドカに散々弄り倒され、反論出来ない更識が、なんだか可哀そうになってきた照秋だった。

 

「……おほんっ、結淵マドカさん、織斑照秋君に、ワールドエンブリオの関係者として聞きたいことがあります」

 

真剣な表情で問いかける更識。

ワールドエンブリオという社名を出され、見構える照秋に、面倒臭そうな表情のマドカ。

 

「簪ちゃんに近付いて、ワールドエンブリオは何が目的?」

 

途端、殺気を放つ更識に驚く照秋。

マドカは欠伸をしている。

しかし、更識の言っていることがわからない照秋は、首を傾げる。

 

「目的、とは?」

 

「あー、テル、こんなバカ相手にするな。さっさと道場に行くぞ、箒も待ってる」

 

マドカの予想通りの質問だったのか、つまらなそうな顔で更識を一瞥すると、照秋の背中を押してその場を後にしようとした。

 

「待ちなさい!」

 

しかし行かせないと、更識は駆け出し照秋の手を掴もうとするが、それはマドカによって阻まれる。

 

「邪魔するなよ生徒会長様」

 

「あなたこそ邪魔しないで結淵マドカさん。さあ、簪ちゃんに近付いた目的を言いなさい!」

 

「うるせーよ、いちいち喚くな馬鹿が。自分たちの悪化した姉妹関係のストレスを私たちに向けんじゃねーよ」

 

「……っ!?」

 

どこまで知っているのかと驚愕の表情の更識は、一層マドカへの警戒レベルを高める。

とりあえずマドカは照秋を先に行かせ、自分は残り楯無の相手をすることにした。

 

対峙し合う二人の間の空気は、決して和やかなものではない。

突き刺さるような、殺伐とした空気が二人を中心に渦巻く。

ここに他の生徒が居合せたら、腰を抜かすほど恐怖しただろう。

そういう点では、人が来ないのは幸いだった。

 

「影からコソコソ妹の行動見張って、不審者が近づかないか監視。不穏な行動を取る者は制裁を加える。聞くが、それは更識家の任務か? 生徒会長としての仕事か? アンタ個人としての行動か?」

 

「……それは」

 

気まずそうに顔を歪める更識に、マドカはさらに追い打ちをかける。

 

「アンタがウチ(ワールドエンブリオ)を敵対視する理由はなんだ? 私たちのどこに警戒させる要素がある?」

 

「私にとって信用できるものは、自分の家族だけ。それ以外の者は全て信用しない」

 

「はっ、その家族に距離を置かれている人間が何をほざく」

 

「アナタ……!」

 

感情むき出しに怒りをあらわにする楯無を見て、落胆するようにため息をつくマドカは、仕方ないと呟いた。

 

「いいだろう、教えてやる。ワールドエンブリオは更識簪の専用機完成をバックアップしろと日本政府から要請を受けている」

 

マドカの言葉に驚愕する更識。

何故ならそんな話、更識は聞いていないからだ。

日本政府の裏の仕事を請け負っている更識家は、大なり小なりの情報は入ってくる。

まして、IS、しかも自分の身内に関する情報が入らないなどあり得ないのだ。

 

「日本政府はすでに更識家を信用していない」

 

「なっ!?」

 

「当然だろう。日本政府の裏の世界で活動する更識家は、つまり日本政府の弱みを握る機会を多聞に得ることが出来る。だが、その更識家の現頭首は自国ではない、ロシアの代表だ。もしロシア政府から甘言を受け日本政府の機密を漏えいさせる可能性がある。そんな人間を信用すると思うか?」

 

「ロシアの代表になったのは日本政府の任務で……!」

 

「たしかに日本政府は更識家にそう言う依頼をした。それは、日本に有益な情報を流させるためだ。しかしアンタは今現在でもロシアから有益な情報を引き出すことが出来ず、IS学園で生徒会長なんぞをのうのうとやり、ギクシャクした姉妹関係の修復に頭を悩ませている。そんな役に立たない現状、信用を得ていると思うか?」

 

マドカは暗にこう言っているのだ。

更識家は日本政府を裏切り、ロシア政府に寝返ったと。

そんな他国の狗に、国の重要機密を漏らすはずもない。

一応日本政府はIS学園の防衛という任務を与え日本国内への被害を及ぼさないように監視させたが、それはあくまで「第一の枷」としてだ。

 

「逆に、ワールドエンブリオは世界に先駆け第三世代機の量産に成功し、第四世代機も発表した。日本発祥のISにおいて、IS技術で世界一だという事を改めて証明させた企業であり、信用は絶大だ」

 

日本政府の一部の政治家、政の中核を担う人間はワールドエンブリオが篠ノ之束の設立した会社であることを知っている。

だからこそ、束のISの技術を信頼しているし、さらに国益になるよううまく誘導しようとしている。

ただ、束はそんな政府の思惑など百も承知で、現状ではあえて多くを口出しせずISの開発にのみ専念しているのだ。

そんな裏の事情を知らない更識家は、日本政府とワールドエンブリがそれほど密な関係だという事を初めて知り、更にマドカにそこまで言われてハッとした。

日本政府が簪のIS完成のバックアップ要請をしたという事実。

その最悪の可能性を。

 

「簪は人質だ」

 

更識家が日本政府を裏切らないための、な。

 

そこまで言って、マドカは口元を三日月のように歪め笑う。

これが、楯無に対する「第二の枷」だ。

事実、日本政府はそういう思惑で要請した。

日本政府は、更識楯無がロシアへスパイとして潜入させたが、ロシアの代表になったことで心変わりし日本を裏切るのではないかと危惧している。

その為の保険として、簪を人質として更識楯無への枷と目論んだ。

だが、それは照秋が簪に対し助力を申し出た後であって、照秋自身はそんな人質などという事は微塵も思っていない。

ただ純粋に簪のIS作成を手助けしたいという思いだけだ。

ワールドエンブリオも簪を人質に取るなどと考えていない。

ワールドエンブリオの社長である篠ノ之束は、ただ単に照秋からお願いされたのと、簪の趣味趣向と思想が自分と似ているから手助けをしているのだ。

日本政府とて、束の機嫌を損ねるような危険な真似はしないから基本束の好きなようにさせている。

もしそれが国益を損ねる行為だったら口出すだろうが、ISの開発に関しては基本自由にさせている、というかさせざるを得ないのが現状であるが。

更にいうと、倉持技研のふがいなさに憤り感じ、簪一人で完成させて不完全なISを完成させるより自分たちがサポートしてより高性能、高品質なISとして完成させたいと思っている。

倉持技研は第二世代機の打鉄を制作した企業ではあるが、現在第三世代機開発が芳しくない。

織斑一夏の白式を開発したが、それでもあまりにもピーキーすぎる仕様であるし、ワールドエンブリオが発表した竜胆の方が性能がいいのである。

さらに第四世代機の赤椿というワイルドカードもある。

もっというと白式に掛かりきりで簪の専用機開発が頓挫するという不名誉な事態まで起こす始末に、日本政府は倉持技研を見切り、ワールドエンブリオを優遇するようになった。

そうすることで束の機嫌を取りつつ、日本のISの技術力の高さを誇示しようというのだ。

 

「つまり、全てがアンタの自業自得というわけだ。それに対してワールドエンブリオを敵対視するのはお門違いだろう? 私たちはあくまでビジネスを行っているんだからな」

 

感情など入る余地のない契約、それがビジネスだ。

これほど純粋で、残酷なものはない。

それを、裏の世界で生きている更識家頭首たる更識楯無は嫌というほど理解している。

 

「現状を打破したいなら、自分の仕事を全うすることだな」

 

マドカは、先ほどから楯無なら言わなくても理解していることをワザと口に出し非難する。

それが、また楯無の神経を逆なでする。

理解している自分の愚行を、嘲笑うマドカに対し殺意すら抱く。

 

「ま、頑張ってくれ、生・徒・会・長・様。応援しているよ」

 

マドカは手をヒラヒラと振り楯無に背を向けその場を後にした。

そんな背中を見つめ、楯無は歯を食いしばる。

 

全ては自分が蒔いた種。

全ては自分がうまく立ち回れなかった代償。

全ては自分の罪。

 

だがしかし。

 

それを享受するほど楯無は利口ではなく、また若かった。

たとえ、更識家頭首として冷静でいなければならなくても、自分を虚仮にし、妹の簪を人質にするというマドカを許すことはできなかった。

 

「……結淵マドカ」

 

ギシリと、持っている扇子が握力によって軋む。

呟く声は、感情がこもっていない無機質なものだった。

 

 




更識家が長年どれだけ日本に貢献していようが、今貢献していなければ意味はない。
楯無は日本に貢献しているかの見解は所詮政府の見方なのです。
板挟みの楯無、頑張れ。


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第39話 マドカと楯無

昼食時、セシリアの一言がその日の騒動の始まりだった。

 

「はあ? 私と生徒会長様の試合だぁ?」

 

マドカは眉根を寄せ不愉快を隠すことなくセシリアを見る。

 

「ええ、先ほどの休み時間にスコール・ミューゼル先生が生徒会長と廊下で話をしているのをたまたま聞きまして」

 

「知らんな」

 

バッサリと切り捨てるマドカに、箒と照秋は「相変わらずブレない奴」と妙に感心していた。

ちなみに、4人は食堂の丸テーブルに座り、照秋の両隣を箒とセシリアで固めている。

 

「そもそも生徒会長様と戦う理由がない」

 

「勝てばIS学園の生徒会長になれますわ。IS学園の生徒会長は学園内最強の称号でしてよ?」

 

「興味ないね」

 

素っ気なくいい、マドカはスプーンでカレーライスを口に運ぶ。

取りつくしまのないマドカの返答に、セシリアでさえ苦笑してしまった。

 

「そもそも、生徒会長なんかになったら生徒会の仕事が回ってくるだろう? 私の仕事はテルと箒の護衛だからこれ以上仕事が増えるのは勘弁だ」

 

そんなマドカの言い方に、照秋はつい聞いてしまった。

マドカの背後に立つ人物に気付いていない故に。

 

「それって、マドカは更識生徒会長に勝てるって聞こえるんだけど」

 

「楽勝だね」

 

フン、と鼻を鳴らし言うマドカに、目をむくセシリア。

 

「生徒会長はロシアの国家代表でしてよ? いくらマドカさんであっても……」

 

現状、マドカの肩書はワールドエンブリオ社のテストパイロットであるのと同時に、日本の代表候補生でもある。

各国の事情があるから一概には言えないが、代表候補生というのは相当数存在する。

日本にしても、代表候補生はマドカ、箒、簪だけではないし、IS学園内には他にも数人日本代表候補生が在籍している。

日本だけに限れば、代表候補生は100人以上存在する。

それでも、日本国民1億3千万人のうち、更に女性のみの中で100人に選ばれるというのはかなりすごい事ではある。

更にその中でも国家の代表というのは、数人だ。

代表はIS世界大会が始まると各部門一国に一人、もしくは掛け持ちで選ばれる。

部門とは、狙撃部門、格闘部門、レース部門、演舞部門と多岐にわたる。

それぞれの部門は読んで字の如くである。

 

狙撃部門は長距離射撃を点数で競う。

現代の競技でいうと、射撃、アーチェリー等に当たる。

格闘はあらゆる武器を駆使して闘う。

格闘部門がISでの一番の花形であるが、現代で言う柔道、空手、ボクシングなど一対一の格闘技に当たる。

ルールとして、銃やブレードなど武器の使用が認められているので多種多様な意趣格闘戦が楽しめるのが醍醐味である。

レース部門は設定されたコースを一番早くゴールすること。

現代スポーツでいうならスピードスケートや競輪、陸上競技などである。

イメージ的にはF-1などのモーターレースに近い。

演舞部門は、フィールドで音楽に合わせISで舞い踊る。

スポーツ競技としてはフィギュアスケートや新体操などであろう。

ISは所詮スポーツ競技である。

たとえ、装備に銃器や最新鋭の兵器があったとしてもだ。

アラスカ条例というISを兵器転用を禁ずる条約があったとしても、かならずIS=兵器を結びつける者はいる。

事実、各国ISを軍事利用しているのだ。

ただ、各国ISを使用して攻め込まず自衛手段としているという言葉を発表し、IS委員会はその言葉を額面通り受け取り黙認している。

しかし、少しでもIS=兵器の図式を薄めようと、委員会をはじめ各国スポーツイメージ浸透に躍起になっている。

だからこそ、現代スポーツに沿った競技が開催される。

ちなみにであるが、ISの大会はモンドグロッソだけではない。

年間通してのレースや演舞のワールドツアー、格闘などは世界各国で頻繁に行われている。

 

ロシアという大国で、更識は国家代表に上り詰めた。

国家代表とは、それはつまり国の頂点、国の最強ということだ。

 

「たかが国家代表だろう?」

 

マドカのあまりの尊大な言葉に絶句するセシリア。

そして絶句したと同時に、あっと声を詰まらせ驚きの表情に変えた。

マドカは何故セシリアがそういう表情を理解しているのか、こう言葉を続けた。

 

「そう思わないか、生徒会長様?」

 

その言葉を聞いて、照秋と箒がギョッと目を見開きマドカの背後を見た。

そこには、にこやかにほほ笑む件の人物、IS学園の生徒会長更識楯無が立っていた。

 

「そうね、たかが国家代表(・・・・・・・)ね私は」

 

楯無の笑顔を見て、照秋は何故か冷や汗をかきながら楯無と目を合わせないよう俯く。

本能的なものだろう、隣で箒も俯き顔を青くしている。

 

「なあ……あれ、絶対怒ってるよな?」

 

「……言わないでくれ。頼むからあの突き刺すような殺気で察してくれ照秋」

 

「……これが修羅場というものですか……たしかにこの空気、耐えられませんわ……」

 

セシリアも、冷や汗を流し俯き呟くのだった。

 

「なら、たかが国家代表の試合の申し出を受けてくれるわよね?」

 

更にニコリと微笑む楯無に、箒とセシリアは小さく「ひぃっ」と悲鳴を上げた。

照秋も「うわぁ」と声を漏らす。

そんな楯無の発する突き刺すような殺気に、マドカは何でもないようにカレーを口に運びこう言い放った。

 

「ヤダね」

 

「あら、そこまで大口を叩いておいて、逃げるの?」

 

楯無はマドカの返答が想定内であったようにせせら笑い、口元を扇子で隠す。

扇子には「腰抜け」と書かれていた。

そんな挑発にも、マドカはフンと鼻を鳴らしていなす。

 

「何とでも言え。第一にアンタと戦う理由が無い。第二に、私にメリットが無い。第三に面倒臭い。第四にうざい、関わってくるな」

 

最後の方の言い分に、ひきつる楯無。

しかし、気を取り直して胸を張る。

 

「あら、理由ならあるわ。私は生徒会長だから、生徒達の実力を把握しておく必要があるの。特に、代表候補生たちの実力は防衛の観点からも知らなければならないわ。第二のメリットもあるわよ。私に勝てば生徒会長になれる。学園最強になれるのよ? 第三と第四は我慢なさい」

 

最後の方は楯無も答えるのに面倒臭くなったのだろう、端折ってしまった。

 

「さっきも言ったが、そんなものに興味はないし、仕事が増えるだけだ。私としてはデメリットばかりだ。そもそも、たかが”いち学園の最強”を名乗って何が嬉しいんだ?」

 

楯無の笑顔にピシリとヒビが入る。

ここまでマドカに侮辱され、楯無は笑顔でいられない。

自分が学園を守っているという自負があり、誇りを持って職責を担っているのだ。

もう我慢ならないと、マドカにひとこと言ってやろうかと思ったとき、マドカが手で制してきた。

 

「スマン、会社から電話だ」

 

バイブ機能でブルブル震える携帯電話を見せるマドカに出鼻をくじかれた楯無は、とりあえずマドカが電話に出るのを了承した。

 

「もしもし、ああ社長か。……あ? 見てた? アンタなあ……ああ……ああ………ほう」

 

不機嫌そうに電話に出ていたマドカが、突如ニヤリと笑った。

 

「わかったよ。社長の要望通り動いてやるよ。ああ、じゃあな」

 

電話を切り、マドカは楯無を見て言う。

 

「気が変わった。アンタとの試合、受けてやるよ」

 

「あら、どういう心境の変化かしら?」

 

意外にも簡単に一転して試合の申し出を受けるマドカに、楯無は逆に訝しんだ表情を向ける。

 

「なに、丁度ウチの新商品が完成して稼働テストをする必要が出来た。いやあ、ありがたいね、まったく丁度いいタイミングだ」

 

にこやかに、しかし悪意あるいびつな笑みを浮かべるマドカに、楯何のコメカミがピクピク痙攣する。

マドカの言う真意とはつまり、稼働実験の練習台になれということだ。

 

「……私が相手でその新商品の稼働テストの役に立つかしら?」

 

皮肉を込めて、しかし努めて笑顔の楯無だがしかし、マドカの次の一言でその笑顔はとうとう凍りつく。

 

「慣らし運転にもならんだろうが贅沢は言わんさ、まあアンタで妥協しようじゃないか」

 

楯無の表情だけでなく、周囲の空気も凍りついた。

 

そして、照秋、箒、セシリアはそろって俯き心の中で叫んだ。

 

(勘弁してくれー!)

 

 

 

 

放課後になり、マドカと照秋、箒、セシリアそしてスコールは第2アリーナのピットでISの調整を行っていた。

昼にマドカが言っていた新商品を[竜胆]に装備させているのだ。

 

「それが新商品か?」

 

照秋はマドカが調整しているISの装備を見て興味津々だ。

 

「ああ、竜胆の新パッケージ[鳳仙花(ホウセンカ)]だ」

 

「新たな第三世代パッケージですの!?」

 

セシリアが驚くのも無理はない。

そもそも第三世代機はイメージ・インターフェイス搭載機を目的としている分、固定武装である機体がほとんどであり、そうするしかない技術の限界があったのだ。

だが、竜胆の最初発表されたときのコンセプト、[換装可能な特殊兵装]という言葉を思い出し、納得すると同時にワールドエンブリオの技術力の高さに戦慄した。

パッケージ[夏雪]の時は両肩と背中に合わせて8枚ある西洋剣のような攻撃的な突起と、従来のISよりシャープなラインが特徴的な藍色の騎士の様なシルエットだったが、現在の[鳳仙花]は全くの真逆で、肩のアンロックユニットは存在せず、バックパックとして2門の大型砲が搭載、さらに両腕両足が夏雪とは真逆のゴツゴツしたマッシブなシルエットで濃赤色に変更となっている。

 

「夏雪とは格好も色も真逆だな」

 

箒が興味深そうに鳳仙花を装備した竜胆を見る。

 

「竜胆はパッケージ換装が可能なISだから、それぞれのパッケージがそれぞれに特化している分いろいろ飛び抜けた装備が可能なんだ」

 

そう言いながら手を休めずキーボードを凄まじい速度で叩くマドカは、口元が三日月のように歪み誰に聞かせるでもなく呟く。

 

「こりゃあいい」

 

 

 

 

準備が整い、マドカはアリーナへと飛び立つ。

アリーナ中央にはすでに、自身の専用IS[霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)]を纏った更識楯無がいた。

ミステリアス・レイディは既存のISより装甲が少なく、シャープなシルエットとなっている。

そんな装甲の少なさをカバーするように左右一対で浮いている「アクア・クリスタル」というパーツからナノマシンで構成された水を展開し防御するようになっている。

もちろんマドカはミステリアス・レイディの詳細を知り尽くしている。

武器も、特徴も、楯無の癖も。

 

「待たせたな」

 

全く誠意のない謝罪をするマドカに、頬がヒクヒクと痙攣する楯無。

気を取り直し、深呼吸した楯無は努めて笑顔でマドカに話しかける。

 

「それにしてもいいのかしら? 観客がゼロなんて」

 

そう、試合が行われる第2アリーナには一般生徒の観客が一人もいない。

いるのはワールドエンブリオ関係者の照秋、箒、セシリア、スコール、3組副担任のユーリヤ、生徒会所属の布仏虚、その妹の布仏本音、織斑千冬、そして山田真耶のみである。

千冬と真耶に関しては、楯無が無理を言って来てもらった。

最悪、公平性を保ってくれるように、という審判代わりだ。

勿論、ワールドエンブリオ関係者以外は新装備に関する情報を漏らさないという契約書に署名させて、だが。

 

「正式に発表するまで製品を秘密にするのは当然だろう」

 

「まあ、そうね」

 

納得する楯無。

そして、気持ちを落ち着かせるように、もう一度大きく深呼吸した。

昨日の、マドカとのやり取りでわかったことがある。

それは、性格、性質、根本、それらが自分たちが似ているということだ。

人を食ってかかったような態度を取り、相手から主導権を握り有利な状況を作る手段。

深い洞察力。

そして、闇の世界に生きる苦しさを知っていること。

だからこそ、そんなマドカを見ていてイラつく。

まるで、認めたくない自分を見ているようで。

更識家の当主、ロシアの国家代表、IS学園の生徒会長と兼任している楯無は多忙を極める。

そのため、私生活を犠牲にしなければならない。

結果、最愛の妹である簪とのコミュニケーションが不足し、確執が出来てしまった。

しかし、それを理由に仕事の手を緩めるわけにはいかない。

そうすると、ますます簪との距離が開く。

簪は、楯無と比べられ自分の殻に閉じこもる。

それを助けたくても、どう助ければいいのか、どう声をかければいいのかわからない楯無。

自分は最愛の妹と確執が出来ているのに、マドカは照秋たちと仲良く暮らしている、そんな自分の求めるものを持っている同類が妬ましくて。

 

同族嫌悪

 

嫉妬

 

ああ、と納得した。

 

私は――

 

「私はあなたが嫌いよ、結淵マドカさん」

 

はっきり、そう言ってやる。

でも、マドカはその言葉をフンと鼻を鳴らして首をぐるりと回し言う。

 

「そうかい。私はアンタなんかなんとも思ってない」

 

――興味ないね、弱い人間の戯言なんざ――

 

プチっ

楯無の中の何かがキレる。

 

ビ―――ッ!!

 

同時に試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 



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第40話 マドカの実力

感想を多くいただき、嬉しい限りです。
ですが、私も社会人なので、いつもパソコンやスマホを見れる環境ではないため、感想をすぐ返せない場合が多いです。
極力全ての感想に返信するつもりなので、気長にお待ちください。


試合の結果だけを言おう。

 

更識楯無が勝利した。

マドカが棄権したのだ。

 

しかし、勝利者である楯無は歯を食いしばり、ピットの壁をガンッと殴りつける。

震える体は、疲れからではない。

恐怖からではない。

これは悔しさからの震え。

 

全く自分の攻撃が通じず、マドカの攻撃に対処できず。

 

さらに楯無のプライドをズタズタにされた試合の結末。

 

ロシアの国家代表という肩書に誇りを持ち、IS学園の最強であるという自負もあった。

自分で作り上げた専用機たるミステリアス・レイディにも自信があった。

だが、それらをあざ笑うような見せつけられたマドカの技量と、ISの技術。

最初から彼女の掌で踊らされていたという事実。

 

「お嬢様…」

 

不安げな表情で、布仏虚が見守る。

その横では妹の本音も同じく不安げな表情だ。

ピット内が重苦しい空気で支配され、二人とも楯無に話しかけることも躊躇してしまっている。

 

普段飄々とした態度を崩さず、負の感情を他人に見せることのない楯無が、ここまで悔しいという感情を露わにしているのだ。

 

「……何が国家代表よ……何がIS学園最強よ……」

 

ブツブツと呟く楯無は、きつく拳を握りしめ、もう一度強く壁を叩いた。

そして、そんな姿を織斑千冬は無言のまま見守っていたが、心の中ではマドカに対し危機感を募らせていた。

 

(結淵マドカ……奴の技量は国家代表を凌駕している。おそらく、現状で世界大会に出場すれば簡単に優勝するだろう。……あの若さであの技量……一体奴は何者なのだ?)

 

いやマドカだけではない。

ワールドエンブリオに所属する照秋は勿論、箒も看過できない技量を有している。

 

(ワールドエンブリオ……警戒するに越したことはない)

 

厳しい視線で、楯無の背中を見つめる千冬は、しかしマドカの圧倒的強さを見てニヤリと口元を歪め笑うのだった。

 

 

 

所変わり、マドカ達のいるピットは打って変わって明るい雰囲気だ。

 

「初めての試運転にしては上々だったわね」

 

スコールがにこやかにマドカに話しかけるが、セシリアや箒は不満げな表情だ。

 

「なんだなんだ、なんでお前らが不満そうな顔してんだ?」

 

「何故自分から棄権したんですの?」

 

「そうだ、お前の勝利だっただろう」

 

ISを解除し稼働データを閲覧しようとしていたマドカにそう不満を漏らす二人に、マドカは、小さくため息をついた。

 

「あのな、私の仕事はテルと箒の護衛だぞ。勝って生徒会長なんざなるつもりないんだよ」

 

「ですが……」

 

言いたいことはわかるが、それでも納得できない二人。

 

「そもそも、今回のは試合であっても勝敗なんざ気にしてない。稼働実験がメインなんだからな。それにあんな木端に負けようがなんとも思わん」

 

「国家代表を木端とか言うな」

 

箒に窘められるマドカだが、本当にそう思っているし、事実マドカはその国家代表を完膚なきまでに追い詰めたのだから強く言えない。

 

「とりあえず改善の余地ありなパッケージだから、社長に報告だな」

 

「そうねえ。結構不安定だったものねえ」

 

スコールがデータを見て呟くが、それも当然だろうと納得していた。

 

「だって、社長ったらこのために未完成品を完成って嘘ついて持ってきたからねえ」

 

「そうだと思ったよちくしょう! 出力とか機体バランスが不安定すぎるし関節部の負担が大きくて制御が大変だったんだぞ!!」

 

結局、束は一体何がしたかったのか、理由は天災にしかわからず、またそれに振り回されたマドカは怒りのはけ口が見つからず地団駄を踏むのだった。

 

 

 

 

夜、生徒会室では楯無が一人今日の試合の録画映像を見ていた。

ワールドエンブリオに第三者に流出させず、個人で所有しまた一週間の期間限定という条件でだ。

第三者視点から見ることで新たに見えることもある。

何度も見直し、終われば巻き戻し、再び最初から見る。

もう何回見ただろうか。

何度、その映像でプライドをズタズタにされただろうか。

それでも繰り返し見るのを止めない。

 

 

ビーーーッ!!

 

試合開始のブザーが鳴り響き、同時にマドカが楯無に接近する。

超高等技術である高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)を駆使しマドカは楯無に拳を振り上げる。

楯無はこの高速多連瞬時加速が見えていなかった。

だが、裏の世界で培われた危険予知という名の本能でマドカの拳を避けることが出来た。

一瞬で楯無の顔が驚愕に染まる。

実際に試合で高速多連瞬時加速を行使する選手などいなかったし、まさか初っ端から成功率の低い技術を使う胆力を持ち合わせているとは思ってもみなかったのだ。

楯無はすぐに体勢を立て直し、ナノマシンの水を螺旋状に纏ったランス蒼流旋(そうりゅうせん)を装備する。

楯無は瞬時加速を使いマドカに接近し蒼流旋を突出し突貫する。

それをマドカは悠々と避け、カウンターでナックルを楯無の腹に当てる。

吹き飛ばされた楯無は、その勢いを利用し距離を取り旋回、マドカのISにはバックパックとして2門の大型砲以外は近接装備しかないと予想し遠距離からの攻撃に切り替え蒼流旋に装備されているガトリングガンをぶっ放した。

大型砲の威力は未知数だが、距離を取っていれば対処のしようはあると判断したのだ。

マドカはその攻撃を事もなげに避け、楯無に近付こうとタイミングを計っている。

だが楯無のそれは布石でしかない。

楯無の本命はナノマシンを散布させた水蒸気爆発[清き熱情(クリア・パッション)]だ。

しばらくしてマドカの周囲にナノマシン散布を完了させ、楯無はいつものセリフをいう。

 

「そういえば、なんだか少し暑くないかしら?」

 

すると、マドカはニヤリと笑みを浮かべ言った。

 

「いいや、暴風吹き荒れる中では感じないな!」

 

瞬間、マドカを中心に、衝撃波が発生し、暴風が吹き荒れた。

楯無もその暴風で吹き飛ばされそうになりながらもなんとか耐えた。

だがしかし、楯無が散布させていたナノマシンは先ほどの暴風ですべて吹き飛ばされてしまった。

これではクリア・パッションを発動できない。

マドカの予想外の行動で予定が狂わされ、次の行動が遅くなる。

マドカはそんな隙を見逃さないが奇妙な行動を取る。

明らかに届かない距離であるにもかかわらず、マドカは正拳突きのように虚空に拳を突き出したのだ。

 

ドンッ!!

 

楯無は突然不可視の衝撃を受けアリーナの壁に打ち付けられた。

一体何が!?

そんな混乱、分析、状況判断をさせてくれないマドカは、ボクシングのジャブのように無数に拳を繰り出し、不可視の衝撃が楯無を襲い続ける。

 

攻撃の予想はすぐに出来た。

中国の代表候補生、凰鈴音の第三世代専用機[甲龍]のイメージインターフェイス武装[衝撃砲]と同じ空気の砲撃だろう。

自身を守っているナノマシンで形成された水のヴェールが、爆発や蒸発ではなく、抉れ削られているのが見えたからだ。

だが、自分のISが表示するシールドエネルギー残量を見て驚愕する。

攻撃を食らったのはマドカからのパンチ一発と衝撃砲が数発。

なのに、シールドエネルギーの残量が半分を切っていた。

甲龍の衝撃砲は燃費向上がコンセプトであるからか、威力としてはそれほど高い武器ではない。

不可視の砲弾、見えない砲身というやりにくい相手ではあるが、楯無に掛かればさほど脅威ではない武装だ。

だが、マドカの繰り出す衝撃砲は繰り出す方向は拳の向きが砲身であることは容易に想像できるが、破壊力が半端ではない。

 

楯無が何度も映像を見てナノマシンで形成した水のヴェールの突破跡や空気の歪みを観察し判明したことが、マドカのIS竜胆・鳳仙花の衝撃砲は[ジャイロ回転]させ破壊力を増幅させているようだ。

たかが回転を加えただけでそこまで破壊力が増すのかと疑問を持つかもしれないが、もちろんそれだけではない。

ただ、その秘密は解明できなかったが。

この攻撃をこれ以上食らってはいけないと、高速で旋回し照準を取りにくくしようという戦法に切り替える。

最悪、自身のワンオフ・アビリティーを発動させなければならない。

そう考えなんとか時間を作り作戦を練ろうとしたが、またしてもマドカが予想外の攻撃を繰り出す。

回し蹴りの要領で振り上げた足から再び衝撃が襲ってきたのだ。

腕ばかりに注意がいき、反応が遅れた楯無はその攻撃をモロに食らった。

地面に衝突しそうになるところをなんとか体勢を立て直し着地したが、すでにマドカがそこまでイグニッションブーストで接近している。

もう悠長に考えている時間はないと、楯無は意識を集中しワンオフアビリティーを発動した。

あまりにも高出力のエネルギーが必要なワンオフアビリティーのため専用パッケージである「麗しきクリースナヤ」が必要なのであるが、今はそんなことを言っている暇はない。

「麗しきクリースナヤ」無しでワンオフアビリティーを発動したことはないが、しかしそれでも使わなければ勝てない。

絶対に成功させ、勝つ。

そう、なりふり構わず、なにがなんでも勝利しなければならないのだ!

 

沈む床(セックヴァベック)

 

ミステリアス・レイディのワンオフ・アビリティーの超広範囲指定型空間拘束結界である。

対象は周りの空間に沈み、拘束力はAICを遥かに凌ぐというまさに単一仕様能力だ。

例に漏れず、マドカも空間拘束結界に捕えられ身動きが出来ず空中で停止する。

空間に沈むという意味の通り、沼地に入りもがけばもがくほど身動きが取れなくなっていく能力。

奥の手まで使い、ISのナノマシン制御できるエネルギーもほとんどない状況だが、しかしなんとかギリギリ蒼流旋を展開しマドカに切っ先を突き付ける。

楯無はぶっつけ本番でワンオフアビリティー発動が成功したことの安堵しつつも、イニシアチブを握ったことで余裕が出来たのか、マドカを見てニコリと微笑んだ。

こうなればマドカは逃れるすべはない。

だからこそ、余裕の笑みを浮かべマドカの悔しそうな表情を見ようとしたのだが、マドカは全く焦りもなく状況を確認していた。

 

「ほう、これがセックヴァベックか。なるほど、身動きが取れないな」

 

「ピンチなのに余裕ね」

 

マドカの余裕な態度が気に入らない楯無は眉根を顰める。

そう、マドカに逆転のチャンスはない。

なのにこの余裕な態度。

虚勢か?

そう思ったが、マドカはこう言い放った。

 

「この世の全ては理論があり、証明できる」

 

いきなり何を言い出すのだろうか、楯無は首を傾げる。

 

「それは科学の塊であるISも例外ではない。まして、どれだけ仰々しい名前を付けたとしても、その科学の塊であるISから発生する単一使用能力など最たるものだ」

 

「……何を言ってるの?」

 

楯無はマドカの言っている言葉の意味が分からなかった。

 

「つまり」

 

次の瞬間、楯無の顔は驚愕に染まる。

 

「トリックさえわかっていれば対処できるってことだよ!!」

 

突如、マドカが何事もなかったように動きだし、拳からジャイロ回転の衝撃砲を放った。

全く予想もしていなかった楯無はその攻撃をモロに食らい、地面に叩きつけられ何度もバウンドする。

防御できずもろに攻撃を食らった楯無は、脳が揺らされ平衡感覚が曖昧になり立つことが出来ずフラフラとその場で体を揺らしている。

 

「この世に絶対はないんだよ。勉強になっただろ、生徒会長様よ」

 

楯無の前に、見下すように立ちはだかるマドカは失望の眼差しを向けていた。

あれだけ大口を叩いていた割に、この程度か。

そんな声が聞こえてくるような眼差しに、楯無は睨み返す。

 

「同じ学園生徒のよしみだ。アンタの疑問に答えてやろう。なぜセックヴァベックが破られたか?」

 

演説を始めるように手を広げるマドカは、空を見上げながら懇々と話しはじめた。

 

「答えは簡単だ。鳳仙花の能力である空間制圧能力で事前にセックヴァベックの拘束結界を防いでいた」

 

「……事前に?」

 

「そもそもセックヴァベックはどういった原理で広範囲指定型空間拘束結界を発生させているか理解しているか?」

 

それは……と楯無が言い淀む。

当然だろう、自分のISのワンオフアビリティーの理論を話すなど、今後自分の必殺武器の対策を立てやすくするものだから。

 

「ああ、言わなくていい。代わりに言ってやる。セックヴァベックはつまり広範囲指定型空間拘束結界と偽った超限定ナノマシン操作だ」

 

ドキリと心臓が跳ね上がる楯無。

 

「クリアパッションであからさまにナノマシンをまき散らし空間操作、更にミストルテインの槍というナノマシン操作で固定武装に変換させ強力な攻撃力とする一撃必殺の大技にもなるという大雑把な印象を世間に植え付ける。だがそれはナノマシン操作の一部分でしかない。ミステリアスレイディのナノマシン操作の醍醐味は[精密操作]だ」

 

マドカの説明に無言の楯無。

それは、マドカの説明が全て本当であるという事、肯定であることを示している。

 

「ワンオフアビリティーのセックヴァベックはその精密操作をフル活用した能力だ。クリアパッションなどのようなあからさまなナノマシン操作ではなく、感知できない程の少量のナノマシンを周囲に散布し、時期を見てそのナノマシンを相手のISの可動部分に侵入させ動きを拘束させる。それがセックヴァベックの正体だ」

 

種を明かせばなんてことはない、要するにナノマシン操作による拘束手段だったのだ。

だがその精密作業は前準備が感じで発動には時間がかかるうえに、恐ろしく集中力と拘束するためのナノマシン強化による高出力エネルギーが必要となる。

今回にしてもクリアパッションであらかじめ散布していたナノマシンがマドカ行動によって不発に終わり、運よくそのナノマシンがアリーナ全体に散布されたままであったため専用パッケージを使用することなく、それを活用し成功できたのである。

 

「私はあらかじめ自分の周囲に高密度の空気の膜を作りナノマシンの侵入を防いでいた。だからセックヴァベックによる拘束を免れたというわけだ」

 

つまり、マドカはあらかじめミステリアスレイディのワンフアビリティーがなんであるか、どんな理論なのか理解していたのだ。

理解し、対処したうえでワザとワンオフアビリティーに掛かったと錯覚させた。

しかし楯無はワンオフアビリティーが発動できると発覚してから、ロシア政府は勿論、世間にも家族にも知らせたことが無い自分のワンオフアビリティーを、どうやって知り得たのか。

 

「アンタが想ってるほど世界ってのは秘密に出来る事は少ないってことさ」

 

ニヤリと口角を上げるマドカに、楯無は絶句し同時に恐怖した。

 

「さて、私は慢心しない。だが、今余裕を持ってアンタの前に立っているのはアンタのISの状態を把握しているからだ」

 

事実、ミステリアスレイディのシールドエネルギー残量は二ケタに突入し、ダメージレベルもCで危険領域に突入している。

無理に動かせないほどではないが、しかし動かしたところで現状打破につながる可能性は限りなくゼロだ。

それにこれは試合といっても観客のいない非公開試合であり、私闘だ。

そんな無理を通して戦う理由もない。

だから、マドカの言い分がもっともであると同時に歯噛みしてしまう。

 

「これから私はアンタに何をすると思う?」

 

笑みをさらに深めるマドカに、楯無は震える。

マドカの瞳の色が、暗く、昏く、闇のようで、呑みこまれそうになる。

 

マドカが両手を上げた。

 

ビクリと震える楯無。

 

「降参だ」

 

「……え?」

 

マドカが何を言ったのかわからない楯無は、ポカンと口を半開きにしていた。

 

「だから、降参だ」

 

「な、なんで……」

 

心底わけがわからない楯無は、マドカに聞き返す。

そんな楯無にマドカはため息をついた。

 

「最初から言っただろうが。私は生徒会長や学園最強なんて肩書いらないって。それにこれは我が社の新商品テストだからな、無理はしないんだ」

 

そう言ってマドカは浮き上がり、ピットへと戻って行く。

 

「じゃあな。もう私らに絡んでくるなよ最強(笑)さん」

 

そのセリフと、マドカの後ろ姿を、楯無はただその場で見ているしかなかった。

 

 

ビーーッ!!

 

『結淵マドカの棄権により、勝者更識楯無』

 

 

 

ここで録画映像は終わる。

 

楯無はガリッと爪を噛む。

明らかに手加減され、しかも自分のISを丸裸にされた。

しかも最後は興味ないの一言で勝利を譲るという暴挙。

 

リモコンを操作し、巻き戻し再び最初から映像を見る。

 

無言で、モニタを見つめる。

 

目に焼き付けるために。

己の無力さを認識するために。

リベンジを果たしすために。

 

 

 



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第41話 一組の転入生

『申し訳ないわね、せっかく私を選んでくれたのにこちらの都合で会えないなんて』

 

「いえ、気にしないでください」

 

モニタ越しに照秋に謝罪するブロンド美女は本当に申し訳なさそうに肩をすくめている。

彼女はナターシャ・ファイルス、アメリカのテストパイロットを務めている才女だ。

アメリカでは国民的人気で、テレビにも出演し、雑誌でグラビア写真を掲載すれば即日完売、写真集などは初版本がプレミア価格が付いているほどの人気で、近々ハリウッド映画にも出演するらしい。

そういった世俗にまったく興味がない照秋にとってはどうでもいいことだが、そんな態度の照秋がナターシャは気に入ったようだ。

同性も羨む美貌を持ちながらも謙虚な態度は、世の女尊男卑の風潮と離れた彼女は、自分という「個」をしっかりと確立しているという事だろう。

 

「こうして話が出来ただけでもありがたいです」

 

『あらあら、お上手ね。噂ではハードボイルドだと聞いていたのだけど』

 

「ハードボイルドですか?」

 

『ふふふ、私は好きよ、寡黙な男』

 

「はあ……」

 

こうして和気藹々と話をしているが、本来ならばナターシャは照秋と直接会い親睦を図るという予定だったのだが、アメリカ側の事情でナターシャが国外に出ることが出来なくなったのだ。

理由は詳しくは聞けなかったが、なんでもISの新型開発のテストパイロットのためと、映画出演のスケジュール確認、雑誌の取材、テレビ出演など多岐にわたるという。

お互いに事情があるのは重々承知している照秋は無茶は言わない。

そもそも照秋は初対面の人間と最初からペラペラ話せるほど神経が図太くない。

クラリッサと会うときだって、照秋からすれば難易度はハードモードだったのだ。

それをクロエの手助けがあったとはいえ、無事こなした事を褒めてあげてもいいくらいだ。

だからこそ、今回直接会わずに済んだことを内心ホッとしている照秋だった。

 

『とはいえ、聞いてはいたけどまさかスコールが本当にIS学園にいるなんてねえ』

 

しみじみ言うナターシャ。

その表情は懐かしいという感情と、思い出したくないという感情がない交ぜになったような複雑な表情だった。

 

『突然いなくなったかと思ったらふらっと現れて、気ままに生活して……昔っから変わらないわね。ねえ、あの人に何か変な事されてない?』

 

「変な事、とは?」

 

『たとえば、寝てるところをイタズラされたり、変な噂を周囲に広められたり、地獄のトレーニング強要したり』

 

「いいえ、スコールはとても信頼できる教官であり、尊敬できる教師ですよ」

 

『あらまあ、そうなの。……年を取って丸くなったのかしら……?』

 

散々な言いぐさである。

しかしナターシャの言い分からするに、アメリカ代表候補生時代のスコールは相当好き放題して周囲を引っ掻き回していたようだ。

そんな姿が容易に想像できた照秋は、苦笑するしかなかった。

だが、スコールに一番言ってはいけないワード[年齢]を口走ったナターシャは、瞬間顔をひきつらせた。

なぜなら、いつの間にかモニタ越しの照秋の背後に、にこやかにほほ笑むスコールがいたのだから。

 

「あらあらふふふ、泣き虫ナタルが言うようになったわね」

 

『ス、スコール……居たの……えっと……久しぶり……む、昔と変わらず美しいわ!』

 

「あら、ありがとう。でも、照秋君に会いに来る日が決まったら知らせてね。私も昔馴染みと久しぶりに会えるのを楽しみにしているわ。ええ、本当に楽しみ……じっくり話をしましょうね」

 

真っ黒な笑みを浮かべるスコールに、昔のトラウマが呼び起されたのか涙目になるナターシャ。

照秋は、ナターシャの反応を見て振り向いたらダメだと判断し、スコールの顔を見ないようにした。

 

『た、助けてミスタ!』

 

「すいません、無理です」

 

『男なら抗いなさいよ! か弱い女を助けてよ!!』

 

「か弱い女は陰で人の悪口を言わないわよナタル。ふふふ」

 

『ひいいいいぃぃっ!?』

 

三日月のように口角を上げ笑うスコール。

涙目で悲鳴を上げるナターシャ。

照秋は思った。

 

このお見合い、ダメかも、と。

 

 

 

 

6月に突入し、世間は衣替えの季節となった。

しかしIS学園の制服には衣替えは必要ない。

この制服、高性能な素材で作られており、外気温と体内温度を自動感知し快適な温度を制服の中で保つという優れものである。

さらに、防弾機能を付いており、ISスーツと同じ機能を誇る。

そんな高機能な制服を改造するとか、ちょっと神経を疑うが、それでも機能が損なわれないのだからその技術力はすごい。

無駄にすごい。

まあ、そういうわけでIS学園の生徒は衣替えを必要としない。

勿論、気分を変えるために夏服に変える者もいるが、そこは規則が緩いIS学園であり自由である。

6月は梅雨に突入する季節であり、湿度が高くなる。

海外から入学してきた学生たち、特にヨーロッパやアメリカからの生徒はこの湿気にまいっているようだ。

この前もセシリアが、髪のセットが上手くいかないと箒に愚痴をこぼしていた。

そんな季節の変わり目に、大きなニュースが飛び込んできた。

 

「1組に三人目の男の子が転入してきたって!!」

 

SHR終了後、一時間目の授業が始まるまでのわずかな時間で早々に騒がしく走り回る中国の代表候補生、通称「お祭り女」趙・雪蓮は興奮した様子で叫ぶ。

それに呼応するようにクラスメイト達が騒ぎ始めた。

 

「うそ!? 三人目!? 名前は!? 容姿は!?」

 

「フランスからのブロンド美少年! 名前はシャルル・デュノア君!! 見た目は守ってあげたくなるタイプ!!」

 

「やだ何そのご褒美!」

 

「織斑兄弟は二人ともがっしりした体格だから、華奢なデュノア君がお姫様抱っこされちゃう!?」

 

「ブロンド貴公子がたくましいサムライに守られて、やがて夜の異文化交流……日本の正宗が勝つのか、ヨーロッパのデュランダルが勝つのか……!?」

 

「夏の薄い本が分厚くなるわー!!」

 

「……こいつらの想像力スゲーわ。逆に感心するわ」

 

騒いで飛び出す単語に、ドン引きのマドカ。

照秋は、そういったクラスメイト達の言っている()の用語や思想についてクロエのおかげで理解できたので、頼むから自分を薄い本にしないでくれと懇願。

そんな困り顔の照秋を見て、変な性癖をこじらせて背筋がゾクゾクし恍惚とした表情を浮かべる腐に属するクラスメイト達。

このクラスはちょっとヤバいかもしれない。

ちなみに、箒は照秋の手前呆れたような顔でいたが、実は密かに薄い本を作ると言ったクラスメイトと交渉し、本をセシリアと二冊分確保していたのだった。

しかし、照秋はふと疑問に思った。

自分や一夏はISを操縦できると発覚してから世界中が騒いだのに、今日転入してきたシャルル・デュノアに関しては全く騒がれていなかった。

まして、前情報すらなかった。

フランス政府からすれば、自国から男性操縦者が発見できれば色々なことが有利になると思うのだが、どうして隠していたのだろうか。

 

「あと、もう一人ドイツから転入生も1組に編入されたって」

 

ものすごくついで感のある情報である。

だが照秋からすればこちらの方が気になった。

実は、照秋はクラリッサとの顔見せ以降、ほぼ毎日ネットでテレビ電話を使い連絡を取り合っている。

今日はこんな訓練をした、こんな練習をした、ISのここがわからない、ISでの動きでココがキツイ、あーあるある、といった何でもない内容だ。

そんな中でクラリッサがこう言っていた。

 

『近々我が黒兎(シュヴァルツェ・ハーゼ)部隊の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐がIS学園に編入される』

 

だから、IS学園でサポートは頼む、と。

照秋は快諾した。

 

「名前はラウラ・ボーデヴィッヒさんっていうらしいよ」

 

ビンゴだ。

どうやら、ドイツはIS学園に無理を言って急遽ラウラ・ボーデヴィッヒを転入させたらしい。

本来なら照秋の婚約者となったクラリッサを送り出し親睦を深めてほしかったらしいが、様々な理由でラウラを転入させることになったそうだ。

そしてフランスも、男性操縦者を早急に保護するという理由でIS学園に無理やりねじ込んららしい。

しかし、そんな無茶な要求を通してしまうIS学園は、結局ノーと言えない日本気質なのかもしれない。

治外法権はどこに行ったのだろうか?

 

「ドイツの代表候補生だな」

 

マドカが教科書をトントンと机で揃えながら言う。

 

「ちなみにシャルル・デュノアもフランスの代表候補生だな」

 

「さすが情報屋マドカ! 何でも知ってるね!」

 

「おい待てなんだそのあだ名やめろ」

 

「じゃあWikiマドカで」

 

「もっとやめろ!」

 

クラスメイトに弄られるマドカは怒っていように見えるが、まんざらでもないようにも見える。

 

――良かったな、友達が増えて――

 

照秋がそう思った瞬間、顔を真っ赤にしたマドカのジャーマンスープレックスが炸裂したのだった。

 

 

 

マドカのジャーマンスープレックスによって授業中の記憶が曖昧な照秋は、箒とセシリアに連れられるように食堂へと向かっていた。

 

「いきなり織斑一夏の頬を叩いてましたわよ、彼女」

 

「なかなかエンキセントリックな自己紹介だな」

 

「わたくし、織斑一夏が頬を叩かれてポカーンとしている顔を見れて満足ですわ」

 

「なんと、私も見たかったな」

 

女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、照秋は箒、マドカ、セシリアの三人の会話に入り込めず黙々とカレイの煮付けをほぐしていた。

そんなテーブルにツカツカと一人近付き、前で立ち止まった。

 

「織斑照秋だな」

 

誰だ?

そう思って顔を上げると、そこには銀髪を無造作に伸ばし、左目に黒い眼帯を付けた小柄な女生徒がトレイを持って立っていた。

照秋は、彼女の眼帯を見てピンときた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

相手がラウラ・ボーデヴィッヒだとわかるとセシリアと箒が警戒する。

まさか、一夏だけで飽き足らず、照秋にもビンタを見舞おうとしてるのではと思ったのだ。

だが、本来一番に警戒の体制を取るはずのマドカがまったく無反応にうどんをすすっているのだ。

 

「相席、いいだろうか」

 

「構わんさ、ここは指定席じゃあないからな」

 

「ありがとう」

 

素っ気なく言うマドカに対し、素直に礼を言うラウラ。

そんな謙虚な態度に、転入挨拶時の突飛な行動を取ったときと真逆な対応に驚くセシリア。

ラウラはチョコンとセシリアの隣に座り、皆の顔を見渡し、小さく息を吸い込む。

 

「まずは自己紹介をしよう。私は今日から1年1組に配属された、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ軍のIS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長、階級は少佐で代表候補生だ。クラリッサ・ハルフォーフ大尉の上官でもある。よろしく頼む」

 

「あ、よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げるラウラに、つられて皆頭を下げる。

そうして自己紹介を続け、全員の紹介を終えると、ラウラはトレイに乗せていたサンドイッチを口に運ぶ。

そこで、隣でラウラをまじまじと見ているセシリアは、朝のSHRの紹介の時とは雰囲気が違う事に違和感を感じた。

 

「クラスにいるときとは雰囲気がまったく違いますのね」

 

「ん? ああ、クラスの弛みきった人間ばかりに気が立っていてな」

 

「ま、最初はそんなもんだ。所詮15歳の小娘の集まりで、つい最近まで一般人だった奴がほとんどだからな。ISの机上、実技だけでなく用途や有用性、危険性も学ぶのがこの学園なんだからな。三年間で気概を持ってくれればいいって算段なのさ」

 

「むう、気の長い話だな……」

 

「それくらいじっくり刷り込んでいけば、いい洗脳になるだろうさ」

 

「おい洗脳とか言うな怖いぞ」

 

女子が一人増えたことで、さらに姦しくなったテーブル。

やはり照秋は会話に参加せず、再び黙々とカレイの煮付けをほぐしていく。

 

「ところで織斑照秋」

 

突然、ラウラが照秋に話しかける。

なんだ、とラウラを見る。

 

「クラリッサとはどうだ?」

 

「……どう、とは?」

 

「いや、上手くいっているのかと些か心配でな」

 

なんだか姑のような言い回しをするラウラは、クラリッサより年下ではあるが部隊では上官にあたる。

だから、部下であるクラリッサと照秋との関係が気になるのだろう。

 

「毎日連絡を取り合ってますよ」

 

「そうか、さすがクラリッサの『嫁』。コミュニケーションを欠かさないのは加点だな」

 

「……嫁?」

 

「ん? 日本では気に入った者を『俺の嫁』と言うのではないのか?」

 

「……まあ、一部では」

 

「ならば問題ないな。クラリッサは日本から帰ってから花嫁修業をしているぞ」

 

「なに!?」

 

花嫁修業という言葉を聞き立ち上がる箒とセシリア。

 

「ぐ、具体的に何をしているんだ!?」

 

「料理だな」

 

「り、料理、か……」

 

「料理……」

 

箒もセシリアもさして料理経験がなく、頭を悩ませる。

花嫁修業など考えていもいなかった二人は危機感を覚えた。

 

「最近はポテトサラダやハッケペーターにハマっているな」

 

「ハッケペーター?」

 

「ドイツの伝統料理なのだが、ベルリン方言だからわかりにくいか。メットブロートヒェンと言えばわかるか?」

 

「ああ、メットか。あれは美味いな」

 

「うむ、クラリッサの作るハッケペーターは絶品だぞ」

 

マドカはメットブローヒェンと聞いてわかるようだが、照秋はわかるはずもなく首を傾げる。

ハッケペーターとは、豚の生肉をひき肉にし塩やコショウ、ハーブで味付けをし生の玉ねぎを載せた食べ物だ。

それをパンなどに乗せ食べるのがポピュラーである。

へえ、と頷く照秋だが、クラリッサが花嫁修業をしているなど本人から聞いたことが無いので首を傾げる。

それを察したラウラがこう言った。

 

「クラリッサは内緒にして驚かせたいみたいだったな。日本では何と言うんだったか……ああ、そうだ。『ツンデレ』だ」

 

「それ違う」

 

「む、そうか?」

 

コテンと首を横に倒すラウラ。

そんなラウラを見て、照秋はなんか聞いてた人物像と違うと思った。

クラリッサからは、とても厳しい隊長で規律を重んじる人だと聞いていたが、結構フランクな印象を受ける。

マドカはラウラのそんな態度に心当たりがあった。

それは、ワールドエンブリオとの良好な関係を築くという目的だ。

そのためには照秋たちの機嫌を取り、なんとか技術提携、もしくは協力を得ようという事だろう。

だが、それだけでなくラウラはクラリッサのために努めて柔らかな態度で接している。

クラリッサの幸せのために、良好な関係を築きたいという願望があるのだ。

 

「クラリッサさんのこと気にしてるんですね」

 

「部下の幸せを願うことは当然だろう? 特にクラリッサは我が黒兎部隊の副隊長だ。頑張ってきた彼女には幸せになる権利がある」

 

だからこそ、私は彼女の応援をするし、そのための援助は出し惜しみしない。

そう言ったラウラの目は嘘偽りのない純粋な眼差しだった。

 

そんなラウラの姿勢に感心した照秋たちは、その後もラウラの事やクラリッサの事、様々な事を話しながら昼食を採るのだった。

 

 

 



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第42話 シャルル・デュノアとの出会い

放課後になり、いつも通り照秋と箒は剣道部の部活動に参加し、その後ISの訓練をマドカとセシリアを交えて行うという馬鹿の様な練習量をこなした照秋と箒。

箒はフラフラになりながら部屋に帰ったが、照秋はその後に立木打ちを行うために再び剣道場の裏手に回り一人打ち付けた丸太の前に立ち気合いを入れる。

 

「ちぇええええええぇぇぇぇいっ!!」

 

丸太に一息で木刀を袈裟斬りの形で左右から絶え間なく打ち込む。

一息打ち終わると一歩下がり、再び気合いを吐き打ち込む。

これを照秋は六千回打ち込み終えるまで続ける。

中学時代から一日たりとも欠かさずこなしてきた練習は、どれだけ疲れていようが行わなければ気持ち悪いという生活の一部にまで溶け込んでいた。

丸太の打ち付けた左右から煙が出て、照秋の体からも大量の汗と共に湯気のように熱気が立ち昇りあふれ出る。

汗が飛び散り土を濡らす。

打ち込み踏ん張る足元の土が抉れる。

大きく荒れる息遣いに崩れそうな膝、重く上げるのもつらい腕、しかしそれでも止めない。

 

しばらくしてようやく目標の六千回を打ち終えると、道場の壁にもたれ座り込んだ。

そして素早く息を整え、自分のカバンからタオルとスポーツドリンクを取り出そうと腰を持ち上げようとした。

そこに一人の人物がタオルを差し出してきた。

 

「はい、どうぞ」

 

聞きなれないハスキーな声に、照秋は顔を上げその人物の顔を見た。

ブロンドの髪に、柔らかな笑顔を照秋に向ける女性。

全体的に小柄な体格でIS学園では珍しいタイトなパンツを穿いたその人物を、訝しんだ表情で見る照秋。

誰だ?

そう思って見ていると、そのブロンドの女性は慌てて手を振り出した。

 

「あ、ごめんね!? 初対面でいきなり馴れ馴れしくして気持ち悪いよね!?」

 

「え、あ、いや……」

 

「と、とりあえずさ、汗拭きなよ。そのままじゃあ風邪ひいちゃうから」

 

戸惑いつつも、目の前に出されたタオルを受け取り汗を拭く照秋は、ジッとこちらを見てくるブロンドの女性の事を考える。

このIS学園では制服の改造が自由である。

しかし女性ばかりのこの学園で、パンツを穿く人物など自分と一夏しかいない…ああ、ラウラも穿いていたな、とはいえかなり限定されているうえに、今まではそれこそ自分たち兄弟しかいなかったのだ。

そう考えると、消去法で出てくる答えは……

 

「あ、自己紹介がまだだったね。僕はシャルル・デュノア、今日からIS学園に転入してきた三人目の男のIS適合者だよ」

 

照秋の予想通りの名前が出てきた。

言われなければ女性と勘違いしてしまう容姿だ。

実際先程まで女性だと思っていたのだから、驚きの女顔である。

そこで照秋はふと考える。

シャルル・デュノアはどうして自分に近付いてきたのだろうか。

IS学園内では少ない男同士仲良くしようとか言うつもりだろうか。

……いや、それはありえないだろう。

シャルル・デュノアは1組に編入している。

必然的に一夏と接する時間が多くなるから、まず一夏から色々言われているはずだ。

一夏から聞いた照秋の人物像から嫌悪し、自分たちに近付くなとか牽制しに来たのか?

いや、一夏のことだからもしかしたら逆にシャルル・デュノアにひどい対応をしているかもしれない。

昔から一夏は女の子には優しかったが、男に対しては自分の意にそぐわない奴は相手にしないか叩きのめしていた。

照秋の中では一夏の評価はそれほど底辺だった。

 

「俺は織斑照秋だ。まあ、一夏から色々聞いていると思うが」

 

「あ、うん……」

 

気まずそうな表情のシャルル・デュノア。

一夏は相変わらずのようだ。

 

「で、俺に何の用だ?」

 

「いや、たまたま歩いてたら君を見かけて。それで、せっかく世界に三人しかいない男性操縦者同士なんだから、仲良くしようと思って。でもなかなか丸太に打ち込むのを止めないから待ってたんだ」

 

「いつから見てたんだ?」

 

「うーん、30分くらい前かな?」

 

笑顔でそう言うシャルル・デュノア。

まるで女の子と間違うような中世的な顔立ちで、笑みを向ける。

特に裏があるようには見えない。

もしかしたら一夏から何か言われて嫌がらせでもしに来たのかと思ったが、杞憂だったようだ。

 

「そうか。まあ、これからよろしく」

 

「うん!」

 

ものすごくうれしそうに返事をする奴だな、と思う照秋はとりあえず自分のカバンからスポーツドリンクを取り出しゆっくりのどを潤すように口に含む。

スポーツドリンクが体にしみ込み、疲労した体が生き返るような感覚に大きく息を吐く。

 

「ねえ、いつもこんな時間まで練習してるの?」

 

恐る恐る聞くシャルル・デュノア。

それに対し、ああ、と短く答えた照秋は、手に持ったタオルが自分の物ではないことに気付いた。

 

「これは君のタオルか、シャルル・デュノア君」

 

「あ、うん。ああ、僕の事はシャルルでいいよ。君の事、照秋って呼んでいいかな?」

 

「ああ、いいよ。そうか、コレは君のタオルか。すまないな、ちゃんと洗濯して返すよ」

 

「別に気にしなくていいよ?」

 

「他人の汗が染みこんだタオルほど不快なものはないぞ」

 

「はは、わからなくはないかな」

 

互いにはははと笑い、会話が途切れると照秋は丸太を見つめる。

 

「……俺には才能が無いからな。人の何倍も練習して、人の何十倍も自分を追い込まないと追いつかないんだ」

 

「そんなことないんじゃないかな? その丸太に打ち込む練習といい、ISの操縦も代表候補生とそん色ないくらいの技量じゃないか」

 

「だから妥協して手を抜けと?」

 

「いや、上を目指すのはいいことだけど、それでも無茶しすぎじゃないかなーって思って」

 

「これくらいで壊れるような鍛え方はしていない」

 

「あはは……聞いてたとおりの脳筋だー」

 

あきれ果てるシャルルの呟きは照秋には聞こえなかった。

 

 

 

シャルルと別れ、自室に戻りシャワーを浴びた照秋はいつものメンバーである箒、マドカ、セシリアたちと夕食を採る。

照秋は朝昼夕すべてしっかり食事を採る。

今も照秋の目の前にはトンカツやステーキなどの肉料理と野菜が大量に置かれている。

採らないと体が保たないし、食べた分練習で消費してしまうからだ。

だからか、照秋はいままで太ったことが無い、というか食べないと痩せてしまうのだ。

それを聞いた箒とセシリアは妬みの眼差しを向ける。

 

「くっ……何と羨ましい消化器官だ……」

 

「食事で悩みが無いなんて、女の敵ですわ……」

 

そうつぶやく二人は最近悩みの種が出来た。

それは、照秋の練習ペースに合わせた結果、筋肉が付いてきたという事である。

 

「……最近、腹筋が目に見えて割れてきてな……」

 

「わたくしも、肩から腕にかけてマッシブになってますの」

 

適度な筋肉はいいのだ。

だが、女性の美しさというのはさらに適度な脂肪も必要となる。

別に二人は筋肉美を求めているわけではない。

あくまで女性らしさの中の美しさを求めているのだ。

しかし、このままではISで国家代表になる前にボディビルで頂点にいくかもしれない。

箒とセシリアは大きくため息を吐くと共に、照秋との練習は適度に会わせるだけに留めようと申し合わせるのだった。

ちなみにマドカは最初から照秋の無茶な練習に付き合ってはいないので二人の様な悩みはない。

強いて言えば、伸び悩む身長と胸だろうか。

だからか、マドカは密かにキャベツと牛乳を毎日欠かさず採っているのだが、誰もそこにはツッコまない。

 

「ところでテル、今日シャルル・デュノアと会っていたな」

 

どこから見てたんだと突っ込みたくなることを言い出すマドカに、照秋はああ、と頷いた。

 

「奴はデュノア社の関係者だ」

 

「デュノア社……ああ、フランスのIS企業だな。そうか、そういえば同じ名前だな」

 

そう答える照秋だが、隣に座るセシリアは何やらハッとした顔をしていた。

マドカが何を言わんとしているのかわかったのだ。

 

「なるほど……イグニッションプラン、ですわね」

 

察しの良いセシリアに満足そうに頷くマドカは、話を続ける。

 

「今欧州連合では統合防衛計画『イグニッション・プラン』の第三次期主力機の選定中だ。今のところトライアルに参加しているのはイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、それにイタリアのテンペスタⅡ型で、3国の中でも実用化で群を抜いてリードしているのがイギリスだ。しかし、まだ正式決定するに至らず各国凌ぎを削っている状況にあって、そのための実稼働データを取るのにセシリア、ラウラが代表候補としてIS学園に転校してきているんだ」

 

「ほー」

 

「なぜイギリスがリードしているかはわかるか?」

 

ウチ(ワールド・エンブリオ)が技術協力して能力向上したからか?」

 

「そうだ。以前のティアーズ型の欠点は、BT兵器の適性者に限定されるというところと、恐ろしく集中力を必要とする武装だったんだが、その問題が解決し、さらに基本スペックも元より3割向上、はっきり言ってスペックのみで3国が競えば間違いなくティアーズ型が選ばれるだろう。それでもまだ決定しないのは欧州連合でもまだトライアルに参加表明をしながらも試作機を発表できていない国が止めているからだ」

 

「そのうちの一国がフランスのデュノア社ですわ」

 

「デュノア社は量産機ISの製造販売シェア世界第三位ではあるが、それは第二世代機のラファール・リヴァイブでのことだ。世界は第二世代機から第三世代機へとシフトチェンジしている。デュノア社はその世代交代の波に乗れていないんだ」

 

技術というものは日進月歩であり、第二世代機はいずれ過去のものとなる。

実際はデュノア社も第三世代機開発に着手してはいるのだが、成果が芳しくなくフランス政府からも最後通告を受けてしまっており、第三世代機を開発できなければ政府の公認を解き、さらに資金援助を打ち切るとまで言われている。

 

「もともとIS企業として設立当初から技術・情報力不足に悩まされているという話は有名だからな、未だ生産できるISが第二世代止まりであることで政府から尻を叩かれて経営危機に陥っているってのが実情だ」

 

デュノア社が生き残る術は、他者への身売りが一番堅実であるが、デュノア社は最後に逆転できると信じて足掻いている。

だが、デュノア社にはその技術力がなく、可能性はほぼゼロである。

 

「世知辛い……」

 

世間の波に乗れない遅れた企業ってのは辛いもんだなあ……

そうつぶやく照秋だったが、そもそもなんでこんな話になったのか首を傾げる。

 

「その経営危機とシャルル・デュノアの転入が何か関係があるのか?」

 

「そもそも、なぜこの時期に第三の男性操縦者が転入してくるかが問題だ」

 

「何かおかしいのか?」

 

首を傾げる照秋と箒。

それを見て、呆れるマドカ。

 

「ちょっとは考えろよ。あのな、シャルルデュノアはデュノア社のテストパイロット兼フランスの代表候補生だ。これがどういう意味かわかるか?」

 

マドカから出された問題に頭をひねる照秋と箒。

セシリアは既にピンと来たのか、なるほどと声を上げる。

そして、照秋が呟く。

 

「……代表候補生になれるという事は、操縦技術が高いという事だよな?」

 

「そうだ。それから?」

 

マドカは、ニコリと笑い箒を見た。

 

「……つまり、技術を磨こうとするなら、それ相応にISの操縦時間が必要だという事だよな……あ、そうか」

 

箒は、ポンと手を叩く。

 

「そう、操縦技術が高いという事は、それだけ操縦時間が必要だという事だ。セシリア、お前で入学する前までの操縦時間はいくらだった?」

 

「わたくしは300時間を超えてましたわ」

 

「セシリアを基準に考えたとして、センスがある奴でも代表候補生になるには300時間必要だとする。一日2時間換算だと、150日必要なわけだ。逆算すると、約5ヶ月前……つまり1月だ。これは、織斑一夏が発見される前にはすでにISの訓練を行っていたという事になる」

 

あくまで仮定の話だから一概には言えんが、と付け加えるマドカ。

 

「デュノア社が隠していた、ということですの?」

 

「さあな。そこまでは知らん。もしかしたら本当の天才で、もっと操縦時間が短いのかもしれんし、それ以外の要因で代表候補生になったのかもしれん。だが、転入するタイミングといい、それまで男性操縦者という存在をまったく世間に公表していないことといい、不審な点が多すぎる」

 

実はマドカはシャルル・デュノアについて調べがついており、全て把握しているのだがそれは今は秘密にしている。

いずれ切るかもしれないジョーカーは、最後まで隠しておくものだ。

 

「それに、デュノア社の目的があからさまだからな」

 

「目的?」

 

「デュノア社の正式コメントは『第三世代機開発をより高いレベルを確保するため』だそうだが、デュノア社は第三世代機を開発できてない。私の調べでは基礎骨格はおろか、第三世代機兵装の開発もままならない状況だ」

 

超重要機密無視のマドカ情報に、どこからそんな重大な情報仕入れるんだと驚くセシリア。

だがこれはイグニッションプランに参加している国からすれば看過できない情報である。

まさか、デュノア社の第三世代機開発がブラフだったとは。

 

「で、本当の目的は、綺麗な言い方をすれば他国の第三世代機の調査、ダイレクトに言えばスパイをして第三世代機のデータを盗み出しデュノア社で第三世代機製作に役立てる、だな」

 

「それで、シャルル・デュノアは照秋に近付いた、ということか?」

 

「可能性は極めて高い。事実、以前会社の方にデュノア社から技術提供の打診があったそうだ」

 

当然突っぱねたがな、とマドカは言う。

 

「何が技術提供だ、上から見下したような条件出しやがって。何が自社の技術力を我が社なら長年培ったISのノウハウでより良いISを開発できるだ。何が竜胆の製造を請け負うから、代わりにラファール・リヴァイブでの販売ラインを活用していいだ。ウチの技術をタダで盗む気満々じゃねえか! 中国といいデュノア社といい、ワールドエンブリオなめんじゃねーぞ!!」

 

えらくご立腹なマドカである。

 

「ところで、ワールドエンブリオはヨーロッパに拠点を置きイグニッションプランに参加しませんの?」

 

セシリアがそんな質問を投げかけてきた。

 

「それは国の威信がかかってるだろう? ウチの社長はお国の威信だなんだと、そういった話が嫌いでな。確かにヨーロッパだけじゃなく世界各国で拠点を日本から我が国に変更を! なんて話はわんさか来てる。社長は愛国者ってわけじゃないが、それでも日本が一番住みやすいって理由で勧誘をすべて突っぱねてんだよ」

 

「変わり者ですわねえ」

 

なんだかしみじみ言うセシリア。

 

「ああ、実際変人だ」

 

「まあ、いい人ではあるよ。変人だけど」

 

「そうだな、家族思いなところもある。変人だが」

 

上から順番にマドカ、照秋、箒である。

ちなみに、この会話も当然盗聴しているので、ワールドエンブリオの社長である篠ノ之束はこのナイフのような言葉に「激おこプンプン丸だよ!!」と叫んでいたとか。

 

「まあ、つまりは、だ。様々な事を加味してシャルル・デュノアには気をつけろってことだな」

 

「……そんな裏があるような感じはしなかったけどな」

 

照秋がシャルルと出会った時の笑顔を思い返す。

女の子と間違うような中世的な顔立ちの笑顔は、そんなものを想像させない純粋なものに感じた。

 

「そういった訓練を受けてきたんだろうよ」

 

えらく疑り深いマドカであるが、気を付けることには越したことはない。

照秋は素直にマドカの言葉に従うように頷いた。

 

「織斑一夏の[白式]のデータならいくらでも盗んでもらってもいいけどな。あんなポンコツ欠陥品のデータ、活用できるもんならやってみろってもんだ」

 

「たしかに、近接ブレード一本のみの近接限定なんてわたくしからすればいい鴨ですしね」

 

「よくあれで第三世代と堂々と言えるな」

 

昼食時の会話といい、今回といい、最後まで一夏の評価(さらに白式の評価)は最底辺だった。

 

 



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第43話 簪のIS

照秋とマドカそして箒は、簪のIS製作を手伝うようになった。

しかし、最初こそ簪は頑なに協力を拒否した。

 

「自分一人で完成させたい」

 

簪はそう言い続ける。

自分の姉である更識楯無が一人で専用機を完成させたという事に、意地でも自分も一人で完成させると言っているのだ。

簪は常に姉と比較される。

別に簪の出来が悪いわけではない。

むしろ優秀な人間である。

だが、楯無はそれを超える天才だった。

どれほど頑張っても、その上を行く姉。

そんな天才と比較され、簪の優秀さは霞んでしまう。

そして簪にとって楯無はコンプレックスとなった。

いつも比較される対象であり、自分の努力をあざ笑うように上回る結果を残す姉。

ついには若くして更識家の当主になり、さらに周囲の言葉が簪に突き刺さる。

 

姉は優秀なのに、妹は――

姉妹とはいえ、才能は似ないのか――

 

そして、楯無のISミステリアスレイディは楯無ひとりで組み上げたという。

ならば、最低でも自分も一人でISを組み立てることが出来なければ同じ土俵に立てないと思ったのだ。

だから、倉持技研で開発途中だった打鉄弐式を引き取り、自分一人で組み立てることにしたのである。

 

姉である楯無はそんな境遇にいる悩む簪を助けず、逃げた。

自分が何を言っても聞いてくれないと、自己完結して、自分が傷つくことを恐れ、逃げたのだ。

そこからさらに確執が出来た。

簪は楯無と距離を取るようになり、さらに自分の殻に籠るようになった。

もともと大人しい性格から、友達もさほど多くない簪は内に籠り家族とも距離を取る。

身近にいるのは従者である布仏本音のみ。

孤立していく簪を、楯無は更識家当主の仕事での謀殺と、ロシアの国家代表になるべく渡露によって会う機会がめっきり減り何もできなかった。

 

そんな心情を持つ簪に対し、マドカが言い放ったのだ。

 

「バカじゃねーの」

 

これには簪も怒りをあらわにしたが、マドカは言い続ける。

 

「一人で完成させて、姉に近付きたい。その気持ちはわからないでもないが、でも根本が間違っている」

 

「……根本?」

 

「タダ完成させるだけじゃあダメだ。目標はただの完成じゃない。ミステリアス・レイディより高性能のISを完成させるんだ」

 

「それは当然。ただ完成させるなんて低い目標でやってない」

 

「じゃあ聞くが、センパイの目指すミステリアス・レイディより高性能ってのはどれくらいの基準だ?」

 

簪は考える。

ミステリアス・レイディより、どれほど……?

漠然と考えていた事を、いざ基準を言えと言われると言葉が詰まる。

 

「ワールドエンブリが目指す完成形は『無敵』だ」

 

「……無敵……」

 

特撮好きの簪が嫌いじゃない言葉だ。

 

「これはウチのIS開発コンセプトにおいて理念と言っても過言ではない。一つ一つ、竜胆も、赤椿も、開発コンセプトの根幹は『無敵』だ。最強じゃあないぞ。無敵だ」

 

最強とは、読んで字の如く最も強いという事だ。

そこには解釈にもよるが、強くても相手より僅差で強いとも取れる。

だが無敵は違う。

無敵とは、敵無しということであり、そこには絶対の強さがある。

 

「一人で重荷を抱えるな。一人でできることなんてたかが知れてる」

 

だから、頼れ。

私たちを。

 

いいじゃないか、そんなことで姉と張り合わなくても。

張り合うなら、その先のISの性能、強さで張り合え、と。

さらに、マドカはとんでもないことを言い出した。

 

「そもそもミステリアスレイディはアイツひとりで組み上げたんじゃないぞ」

 

「……え?」

 

「アレはもともとロシアが開発したグストーイ・トゥマン・モスクヴェの機体データを元にして、さらにイタリアやイギリスのISの技術も流用している。しかも基礎フレームやら基本武装なんかは7割完成していた。さらに、同学年の整備科の生徒にも手伝ってもらってるしな」

 

「……私はひとりで完成させたって聞いた……」

 

「ロシアのプロパガンダなんじゃないのか?アメリカや他国をけん制する意味で、優秀な国家代表はいい広告塔だからな」

 

「そうなんだ……」

 

自分が知りもしない事実を知るマドカに、空恐ろしいものを感じたが、しかし何故か肩の重荷が降りたような気がした。

そして、気が抜けたのか、それともマドカの言葉が心に響いたのか。

マドカにそう諭され、簪は涙を流した。

自然と涙が流れたのだ。

 

簪も、日々遅々として進まない専用機の開発に神経が擦り切れストレスが溜まり鬱になりかけていたのだ。

しかし、マドカの一言で肩が軽くなった。

そう、頼っていいんだ。

今は準備段階であって、同じ土俵に立っていない。

姉と張り合うなら同じ土俵に立ってからだ。

 

そうして、簪はマドカの説得により同じワールドエンブリオのパイロットでもある箒と照秋にも手伝ってもらう事になったのだった。

ちなみに、簪の従者である布仏本音も手伝うと手を上げたが、事が企業と政府のやり取りであり、さらに布仏家は更識家との繋がりがあるため、情報漏えいを恐れてこれを却下した。

簪もその辺りの話は理解しているので本音の申し出を拒否した。

実際本音はそう言った指示を楯無から受けていたのである。

だが、従者として、友達として簪の役に立ちたいと思ったのも事実であり、簪に断られたことに本音はショックを受けたが、仕方がないと納得してる。

とはいえ、照秋は勿論、箒もISの開発に役に立つほど詳しくはない。

できても雑用程度だ。

それでも簪は嬉しかったのだ。

一人でやるより、楽しく感じる。

 

そんな中でも劇的な変化もあった。

 

「ふむ、打鉄弐式か。第三世代機なのか?」

 

「う、うん。打鉄の後継機がコンセプトだから……」

 

箒が打鉄弐式のデータを眺め呟く。

 

「一応、考案してるマルチロックオンシステムが第三世代機相当の武装になるんだけど……」

 

簪は口ごもる。

簪の提案するマルチロックオンシステムは装備予定とされている6機×8門のミサイルポッドから最大48発の独立稼動型誘導ミサイルを発射するものであるが、システムプログラムが完成しておらず、また打鉄弐式完成が遅れている一因でもある。

倉持技研でもマルチロックオンシステムの構築には手を焼いていたところで、白式の開発優先として打鉄弐式の開発を凍結した。

 

「イメージインターフェースか。……これ、夏雪のAIで何とかならないか?」

 

データを見ながら呟く箒の何気ない発言に、簪は目を見開く。

 

「本当に?」

 

簪は忙しなくキーボードを叩くマドカを見る。

すると、マドカは簪を見ずにこう返した。

 

「夏雪のビット兵器はAIの自動操作で、さらに学習機能もある。独立ビット操作と固定砲台操作の違いはあるが、恐らく可能だろうな」

 

「……出来るんだ……」

 

簪の表情が明るくなる。

自分の考案した武装が実現可能であるという事に、光明が見えたのだ。

 

「だが、それより根本的問題がある」

 

「え!?」

 

それは何!?

そう言いたそうに、簪はマドカに食いつく。

 

「打鉄二式そのものの規格が耐えられない」

 

「……それって……」

 

「簡単に言えば、基礎フレームが古すぎてマルチロックオンシステムに対応できないってことだな」

 

「……そんな」

 

倉持技研での打鉄弐式の開発コンセプトは第二世代機の打鉄の後継機である。

だから、打鉄の基礎フレームを流用しているのだが、それを無理やり第三世代機にカスタムしようというのだ。

しかし所詮は第二世代機から抜け出せる性能にはならない。

光明が一気に絶望へと変わるが、マドカは空間投影モニターを簪に見せた。

 

「そこで、だ。[打鉄]の基礎フレームを[竜胆]にしないか?」

 

「……え?」

 

「もちろん竜胆をカスタマイズするから量産機の竜胆とは性能が段違いに変化するぞ」

 

どうだ? と顔を向けるマドカ。

 

「まあ、打鉄弐式に愛着があってどうしてもっていうなら、なんとか無理やりにでも取り付けて対応させるが、それでも性能のグレードダウンは否めないぞ」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

「ん?」

 

慌ててマドカの説明を止める簪に、マドカは首を傾げる。

 

「竜胆を基礎フレームに使っていいの?」

 

信じられないといった顔でマドカを見る。

 

「ああ、その辺りの話は社長にも政府にも了承済みだ」

 

束は、やるならとことんやる性格であるため、簪の専用機も本来は自分で作りたかったのだがそれでは簪の意向にそぐわないため、ならば技術と環境は惜しみなく提供しようというところで妥協した。

日本政府も、日本の代表候補生が持つ専用機が他国より強くなるならなにも文句はないので口出ししない。

 

「本当ならワールドエンブリオ側で専用機を用意したいんだが、それはセンパイの意志にそぐわないだろう?」

 

「え、う、うん……」

 

「だから、センパイのイメージ通りの専用機を完成させるために、ウチは協力を惜しまない」

 

破格の待遇に口をあんぐりと開ける簪。

ここまで好待遇だと、逆に勘ぐってしまう。

そして、ある可能性を口にする。

 

「……もしかして、姉さんから何か……」

 

そう、姉であり、IS学園生徒会長であり、ロシアの国家代表である更識楯無が何らかの便宜を図っているのではないかという可能性。

そうなれば話は別だ。

どれだけ好待遇だろうが、心がそれを享受しない。

それに、噂ではつい先日マドカが楯無と非公開に試合を行ったと聞いている。

その試合はワールドエンブリオの新兵装の試験という建前、内容は伏せられている。

しかし、結果は楯無が勝ったと聞いている。

簪は試合の真相は知らないし誰も教えてくれないが、もしかしたら、その試合の時に何か言われたのではないかと思ったのだ。

 

「あの異世界人は関係ない」

 

マドカはきっぱり否定する。

 

「い、異世界人?」

 

「あんな髪の色の日本人がいるか? 水色の髪の人種なんて聞いたことないだろ? だから、宇宙人か異世界人ってことだな」

 

「あの……そうなると私も髪の毛水色なんだけど……」

 

「そうか、綺麗じゃないか。まあ、そんな髪の色の日本人もいるよな」

 

「……んん? 姉さんには……」

 

「ありゃ異世界人だ」

 

「私は?」

 

「似合ってるよな」

 

「……」

 

マドカの基準が分からない。

簪はコメカミに指を当て悩むが、箒がポンと肩に手を置く。

 

「気にするな。気にしたら負けだ。だから私は気にしない」

 

「……ええぇ~……」

 

要するに、マドカの言う事にいちいち目くじら立てるなと言っているのだ。

そう言い諭す箒の表情は、哀愁を漂わせていた。

 

ちなみに、ここまでの女子三人の会話に照秋は一切参加せず、一人黙々と掃除をしていた。

 

「……俺、いるかな……」

 

照秋は、自分がココにいる意義を考え、そしてこんなことしてるくらいなら走ってた方がいいと思うのだった。

というわけで、一人ひっそりと機材を運ぶ際に筋トレしたり、空気椅子したりしていた。

そしてそれを目敏く見つける女子三人。

 

「アイツの頭はトレーニングしかないのか?」

 

「……婚約者ながら流石に恥ずかしいぞ」

 

「ある意味才能。あれは光るものがある」

 

「光る? 何に光るんだ?」

 

「筋肉漫才」

 

「やめろ」

 

とりあえず、この好待遇に楯無は一切関わっておらず、逆にワールドエンブリオは更識家と関わりを持つことを拒否しているという言葉を聞き簪はホッとするとともに、更識家と関わりを拒絶しているということに驚いた。

更識家は古くから日本の暗部に関わる仕事を生業としており、それこそ日本政府とは切っても切れない関係であり権限もかなりあるのだ。

それを拒絶し、さらに日本政府がそれを容認しているというのだから驚くしかない。

そもそもの発端が楯無の暴走によるマドカと照秋への突っ掛りであり、それを束が一切見逃さず観察しており、「まーちゃんとテルくんに酷いことやる奴は嫌いだ!」と言って更識家からの調査や要請をすべてシャットアウトしてしまっているし、日本政府にも更識家が関わってくることを拒否している。

楯無自身が蒔いた種とはいえ、日本政府からワールドエンブリオに関する調査を一切禁ずると通達されるとは思ってもいなかったようで、楯無は生徒会室で暴れまわるのはまた別の話。

 

結果として、簪は専用機の基礎フレームを打鉄から竜胆へ変更した。

それによって専用機開発が一からになってしまったが、もともと第三世代機として完成している竜胆のカスタマイズということと、マドカという優秀なサポートを得てスピードは格段に上がった。

さらに簪の作成しようとしていたマルチロックオンシステムであるが、束が竜胆の換装パッケージとして開発していたものの中の没になったシステムで似たものがあったらしく、それを元にシステムを構築していくことになった。

様々な環境の変化やバックアップなど、目まぐるしく変化していき、今まで完成の目途が立たなかった専用機開発が、あっという間に自分の描いた形を成していく。

それが嬉しくて、簪は日を追うごとに形が変わっていく自身の専用機を、ニヤニヤ笑みを浮かべ眺める日々が日課となり、それを横で見ていたマドカと箒は「コイツ大丈夫か」と本気で心配した。

そして、それを陰ながら見ていた楯無は悔しさに歯ぎしりするのだった。

 

そうして、新たな簪の専用機は名前も新たになった。

 

名称――竜胆更識簪専用カスタマイズ機

 

  [甲斐姫(カイヒメ)]

 

兵装

 

マルチロックオンシステム―――[(アザミ)]

 

連射型荷電粒子砲4門―――[桔梗(キキョウ)]

 

近接武器超振動薙刀―――[立菫(タチスミレ)]

 

近接武器刀剣2刀―――[金木犀(キンモクセイ)銀木犀(ギンモクセイ)]

 

広域防御兵装―――[扇芭蕉(オウギバショウ)]

 

ほぼすべて簪の草案通り、いやそれ以上の効果を得る装備を得た。

しかし、自身の草案を完全に実現できる技術力を持つワールドエンブリオという企業に、簪は驚嘆するとともに、空恐ろしくなるのだった。

 

 



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第44話 照秋の受難

授業では、ISに関する机上教育を一定工程を終了し、実技へと移る。

今日照秋たちのクラスの3組は初の実技である。

実技の時間は他のクラスとの合同で行う。

3組は4組と合同で行う。

4組には簪もいる。

以前までもアリーナに集まり専用機持ちの飛行演技や、教師の模擬戦などを見学したりはしたが、今回からは実際の訓練機を使用して実技訓練へとシフトするのだ。

IS学園に入学した生徒にとって、やっとISに触れると万感の思いだろう。

そもそもISコアは世界に467個しか存在しないのに、それを世界各国で分配している。

さらに、実験やらなんやらで実際に機体に乗せて機能しているISは数が減る。

そんな中でIS学園にもISコアは分配されているが、あくまで訓練目的であることと、各国がIS学園にISコアを多く分配するなら自国によこせと茶々を入れてきたりしてさほど多くない。

30個

これでも小国からすれば羨ましい数ではあるが、これらすべてが訓練機で使用している。

訓練機は第二世代機の打鉄15機、ラファール・リヴァイヴ15機だ。

わずか30機しかないため、ISの貸し出しによる訓練はいつも早い者勝ちであり、数日待ちなどという事態にもなっているのが問題で、これには教師陣も頭を悩ませている。

解決策として曜日毎に学年別に貸し出しを制限したりしているが、それでも圧倒的にISの数が足りず生徒たちの自主練習の妨げになっている。

 

「それじゃあ、専用機持ちが指導してあげるように」

 

はい、名前の順番に別れて―、と言いながらパンパンと手を叩くスコール。

専用機持ちは照秋、箒、マドカ、趙の4人である。

趙はつい最近中国から竜胆を渡され専用機としたばかりであるが、それでも初期の指導程度なら出来る。

簪のISはまだ完成していないため一般生徒と同じく並ぶ。

また、専用機を持たない他の代表候補生も同様だが、主に専用機持ちのサポートに回る。

 

照秋は専用機である[メメント・モリ]を展開しPICによって地面から10センチ程のところでホバリングして待機する。

横には打鉄が膝をついて操縦者を静かに待つ。

 

「さて、最初は誰?」

 

本来メメント・モリはバイザーで目元を覆っているのだが、今回は戦闘をするわけでもなく、ただの歩行支援のために外している。

これは、バイザーのデザインがまるで角の生えた悪魔を彷彿とさせるデザインで、生徒を威圧し怯えさせるためでもある。

ただでさえ黒いボディカラーに、金色の悪魔や蝙蝠のような形の翼を模した推進翼で恐怖を煽っているのだから、とスコールに言われたのである。

 

「はい、4組のティア・エスカランテでーす! スペインから来ましたー! よろしくね!」

 

目鼻立ちがハッキリしたスペイン人特有の顔立ちに、グラマラスな体の女生徒だ。

 

「じゃあ、始めようか。ISの膝に足を乗せて、肩に手をかけて、そう、乗り込んだら背中を預けるようにもたれ掛って…」

 

照秋はてきぱきと指示を出しながら補助する。

 

「じゃあ起動させるから」

 

そう言って照秋は空間投影モニタを展開し操作する。

その時、ティア・エスカランテと待っている生徒が何やらアイコンタクトしていたのを見ていなかった。

 

「はい、じゃあ立ち上がってみようか」

 

そうしてゆっくりと歩行訓練をさせ、次の人に交代させるときそれは起こった。

 

「あー、しまったー。ISを立たせたまま降りちゃったー。これじゃあ次の人乗りづらいなー」

 

ティア・エスカランテはISを屈ませて下りずに、直立したまま飛び降りてしまったのだ。

なんなんだ、その棒読みの様な抑揚のない言葉は、と照秋が突っ込みそうになったが、さてどうしようかと考えていたらスコールがニヤニヤ笑みを浮かべてやってきた。

 

「あらあら、初歩的なミスねえ。仕方ないわねえ、織斑君次の子は君が抱えて乗せてあげなさい」

 

「え?」

 

「いよっしゃあああぁぁっ!!」

 

拳を振り上げる次の女子。

後程知るのだが、ティア・エスカランテのこの行動を起こした経緯として、前日に1組と2組の合同実習において、織斑一夏が生徒一人一人を抱きかかえISに乗せたという事があったのだという。

そんなおいしいイベント、うらやまけしからん!!

自分たちもしたい!!

そう願った女子たちが起こした行動だったのだ。

 

「ありがとうティア! お礼に一週間デザートおごるわ!!」

 

「オッケイ!!」

 

凄い笑顔でサムズアップしているティア・エスカランテ。

確信犯だ。

 

このミッションは照秋には難易度が高い。

IS学園の女生徒は皆容姿のレベルが高い。

さらに、現在実技授業中での彼女たちの姿はISスーツである。

この体にぴったりフィットする、水着の様な出で立ちの女生徒を抱きかかえるなど、思春期真っ盛りの男の子には酷な話だ。

それを、やれとスコールは言う。

そして、やってくれと、女生徒たちは期待の眼差しを向けてくる。

照秋は、チラリと、箒の方を見た。

 

箒が般若のような形相でこちらを凝視している。

 

(そんな目で見ないでくれ……仕方ないんだよ……)

 

とりあえず、後で何か埋め合わせしようと心に近い、照秋は仕方ないと、待ち構えている女生徒の前に向かう。

 

その後、担当した女子全員を抱きかかえるという作業を強いられるのだった。

 

 

 

 

「なあ、箒、機嫌直してくれよ」

 

「ふん」

 

昼食時、食堂ではひたすら照秋が箒に頭を下げている。

別に照秋が悪い事をしたわけではないのだが、箒の心情も理解できるから謝るしかないのだ。

 

「し、仕方なかったんだって。スコールもやれって言うし、授業を止めるわけにはいかないし」

 

「デレデレ鼻の下のばしてたな」

 

「の、伸ばしてないよ!」

 

「ほれ、その時の写真だ。見てみろ」

 

マドカがおもむろに携帯端末の画面を見せてきた。

そこには、女子生徒を抱きかかえる、顔を赤くしながらも若干にやけている顔の照秋が写っていた。

 

「ぐおぉぉ……」

 

言い逃れできない照秋は、うめき声をあげて頭を抱える。

 

「仕方ないのでは? テルさんも男性ですし、それにそれほど目くじら立てるようなことではなくてよ?」

 

「セシリア……」

 

セシリアが助け舟を出してくれたことに、照秋は感動した。

そう、仕方ないのだ。

こんな禁欲生活を強いられる日々を送っていて、目の前にピチピチパツパツなISスーツの姿の美少女達がいて、それを抱きかかえるのだ。

どうしたって我慢できないところは出てくる。

そういった欲求を照秋はスポーツで発散させているのだが、どうしても限界はあるのだ。

 

「ありがとう、ありがとう! 俺も頑張ってるんだ。我慢してるんだよ!」

 

「ええ、ええ。お辛いですわね。大丈夫、わたくしは理解しておりますから」

 

感謝の念が堪えない照秋は、セシリアが味方になってくれてうれしいのか、セシリアの手を握りしきりに礼を言い続けた。

そして、そんな照秋の頭をよしよしと撫でるセシリア。

 

「我慢できなくなったらおっしゃってくださいな。わたくしでよければ喜んでお手伝いしますわ」

 

「マジでか」

 

「ええ、わたくし、嘘は言いませんわ」

 

そうは言うが、照秋は基本ヘタレなため本当に手なんぞ出せるはずもなく、セシリアの誘惑に悩むのだった。

 

「むう……」

 

まったく面白くない展開に箒は口を尖らせる。

チラリとセシリアを見ると、勝ち誇ったような表情で箒を見ていた。

 

(女は優雅に、ですわよ箒さん)

 

(こいつ……なんて計算高い女だ!)

 

トンビに油揚げをさらわれるとは、まさにこの事か……!

箒は自分の直情的な性格とふがいなさに、持っていた割り箸をへし折るのだった。

 

 

 

 

 

土曜日の放課後、第3アリーナで何やら一悶着あったらしい。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒが織斑一夏にケンカ売ったんだと」

 

「ほう、それはまた」

 

いつものメンバーとラウラを交えた夕食時に、マドカと箒がそんな会話をしながら、隣で黙々とカレーを食べているラウラを見る。

 

「ん? なんだ?」

 

ポカンとした顔で見返すラウラを見て照秋は、本当にそんなことするかなあ? と疑ってしまう。

 

「今日アリーナで一夏にケンカ売ったって本当?」

 

照秋が聞くと、ラウラは頷いた。

 

「ああ本当だ。教師に止められ未遂に終わったがな」

 

「当たり前だ。他の生徒が大勢いるのにそんな中で超電磁砲打つバカがあるか」

 

「むう……教官にもそう言われ怒られてしまったのだ……」

 

マドカにぴしゃりと言われ、ラウラも頭をさする。

頭に教育的指導を貰ったようだ。

そこで、ふとセシリアは疑問に思っていたことを聞いた。

 

「なぜラウラさんはそれほど織斑一夏を嫌うのですか?」

 

ラウラの持つスプーンが止まる。

横でマドカが小さくため息をついた。

よく見ると、ラウラの持つスプーンが小刻みに震えている。

 

「……あいつは、教官の汚点だ」

 

ラウラは語り始めた。

原因は一夏が中学一年生のとき、第2回モンド・グロッソ、ISの世界大会で起こった事件である。

織斑千冬の格闘部門連覇がかかった大会で、織斑千冬は周囲の予想と期待通りに順当に決勝戦まで勝ち進んだ。

しかし、その決勝戦、織斑一夏は何者かによって誘拐された。

そしてその決勝戦を放棄し、織斑千冬が織斑一夏を助けに行った。

当然織斑千冬は決勝戦不戦敗となる。

連覇をかけた大会での不戦敗は当時マスコミや与論で相当物議をかもしたが、織斑一夏誘拐事件は公表されることはなく、また織斑千冬もその事実を語ることはなかった。

そして織斑一夏が誘拐された時の居場所の情報提供したドイツ軍に借りを返すため、約一年間、軍のIS部隊の教官をした。

その後日本に帰ってくるとIS学園で教職に就いたのである。

そしてドイツ軍の教練の中でも特に慕っていたラウラが織斑千冬の唯一の汚点の原因、織斑一夏を恨んだ。

何故ラウラが公表されていない織斑一夏の誘拐事件を知っているのかというと、ドイツ軍部の上層から情報を聞き出したのだという。

この事件について、照秋と箒は知っていた。

一夏が誘拐されたため、もしかしたら自分も何らかの事件に巻き込まれる可能性があると言って中学校に護衛を付けるとか言っていたからだ。

しかし学校が全寮制であるし、基本外出が不可能な学校であるため護衛の数は一夏に比べると少なかった。

その少ない護衛はほとんど護衛の機能を成しておらず、結果照秋は中学三年の修学旅行で誘拐されることになるのだった。

箒も先日の鈴とのいざこざの際に知り、後に姉の束から詳細を聞き驚きはしたが、それ以上に照秋の事件の方がショッキングであったため特に何も思う事はなかった。

ラウラの怒りは相当で、ギリギリと歯を食いしばっている。

 

「……そんなことが……」

 

セシリアは初めて聞いたことで、驚きを隠せない。

まさか、あのいけ好かない軽薄な男にそんな過去があったとは思ってもいなかったのだ。

だがしかし、その言い分には納得できない部分もある。

そもそもラウラの怒りには矛盾があるのだ。

一夏が誘拐されなければ千冬は世界大会で二連覇していたかもしれない。

だがそれだと千冬がドイツに赴きIS部隊の教官を買って出ていないだろう。

そうなると、ラウラは千冬に教えを乞う事もない。

 

しかし、とラウラは言葉を続ける。

 

「家族と名誉、どちらが大切なのか、それは個人によって違うのは理解しているし、教官が家族を大切にしているが故に世界大会を放棄し救出に向かったという選択も納得している」

 

ラウラも自分の部隊を持つ佐官である。

最初こそ部下は所詮駒であり消耗品であるとそんな風に思っていたが、日が経つにつれ自分の部下を家族のように思うようになり、千冬のとった選択にも理解をするようになったのだ。

 

「じゃあ、なんでそんなに織斑一夏を敵視するんだ?」

 

マドカは食事を採り終え、頬杖を付きながらラウラを見る。

 

「アイツは、自分の恵まれた現状に甘んじそれを享受している。なんだあの腑抜けた顔は! アレが本当に教官の弟なのか!?」

 

ダンッと机を叩くラウラ。

ラウラの言う事は要するに、一夏は誘拐され、千冬に汚点を残す原因を作りながらも変わることなく、守られ続けることが当然のように生活を続けているのことが許せないらしい。

事前に取り寄せた資料などでそれまでの生活や行動、またIS学園での生活態度は調べていた。

それを見て失望したが、実物を見るまではわからない、「百聞は一見にしかず」という日本のことわざを思い出し一縷の望みを抱いていたのだ。

もし自らを律して強く在ろうと心掛けるような男なら何もしなかっただろうが、転校初日、一夏の腑抜けた顔を見た途端、怒りが沸き出し、おもわず平手打ちをしてしまったのだという。

 

「それに比べて照秋、貴様は素晴らしい」

 

一転、ラウラはにこやかに照秋を見つめうんうん頷く。

 

「中学での剣道の経歴に、東郷示現流という流派。そしてISの操作技術。まったくもって申し分ない」

 

「『東郷』示現流まで、よく知ってるな」

 

「調べたんだ」

 

箒が感心すると、フフンと鼻を鳴らし胸を張るラウラ。

 

「その、トウゴウジゲンリュウとはなんですの?」

 

セシリアはわかっていないようで首を傾げる。

そこで箒が説明することにした。

 

「照秋の通っていた中学校の剣道部顧問が示現流を修めた新風三太夫という方でな、『示現流にこの人あり』とまでいわれた剣豪なのだ。そもそも示現流という流派は特殊で、『二の太刀要らず』と云われる一撃に懸けた剣で、初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける『先手必勝』の鋭い斬撃が特徴だな」

 

「なるほど…だからテルさんの剣はあれほど早いのですね」

 

「最も早い剣は示現流の奥義として『雲耀(うんよう)の太刀』と云われている」

 

「雲耀とは、一呼吸の間を『分』、その八分の一を『秒』、秒の十分の一が『()』、絲の十分の一が『(こつ)』、その十分の一が『(ごう)』で、さらにその十分の一が『雲耀』だな」

 

「……と、途方もない速さですのね……」

 

箒の説明とマドカの補足に、セシリアは驚きの表情だ。

 

「ああ、『じげん流』という流派だが、ラウラの言った『東郷示現流』と、『野太刀自顕流(薬丸自顕流)』の二流派が存在する。照秋は東郷示現流の方だな」

 

「どう違うんですの?」

 

「おお、それは私も知りたかった。どうも祖国ではその辺りまで深く調べることが出来なかったのだ」

 

ラウラも聞く気満々だ。

ここで、満を持して照秋が説明することになった。

 

「流祖の東郷重位が元々はタイ捨流を学んでいたのに加え、善吉和尚より天真正自顕流を相伝し、東郷示現流という新流派を立てたんだ。そして、その弟子の薬丸兼陳が独自の工夫を加え分派したのが野太刀自顕流・薬丸自顕流だ。大きな違いとしては、東郷示現流は藩主である島津家などの大名や上級の武士しか学べなかった御留流であるのに対し、薬丸自顕流は大勢の下級武士たちの間に広く学ばれた流儀であることだな。ただ、実際に修行して戦などに出て活躍したのは圧倒的に薬丸自顕流が多かったそうだ」

 

「そりゃあ、東郷示現流を修めた人間は戦場に立つような低い身分には少なかったからだろう?」

 

マドカの言い分もわかるが、別にどちらが優れているとかそういった話ではなく、歴史ではそうであるという事実なのだから仕方ない。

 

「まあ、そうも取れるけど、実際江戸末期に薩長の剣士と戦いを繰り広げた新選組の局長である近藤勇が『薩摩の初太刀に気をつけろ』と自分の部下たちに言いつけていたのは有名だな。その薩摩の初太刀がつまりは薬丸自顕流で、実際薬丸自顕流の斬撃は凄まじくその打ち込みを刀で受け止めたものの受けた刀の鍔で頭を割られた者もいたそうだし」

 

「シンセングミ! 知ってますわ! 美剣士ソウシ・オキタ! 鬼のフクチョウ、トシゾウ・ヒジカタですわね!!」

 

「なんと……それほど恐ろしい流派だったとは…」

 

新撰組という単語に反応し目をキラキラさせるセシリアに、じげん流の恐ろしさを知り顔を青くするラウラ。

 

「つまり、示現流は昨今のスポーツ剣道からかけ離れた、まさに剣術であるということだね。実際、現代の示現流は手合せをせず、型の練習しかしないんだ」

 

「それは何故ですの?」

 

「本来の示現流には防具は存在しないから、手合せをするということは真剣勝負になってしまい、怪我では済まない事故になる可能性があるからだな。俺の学校はあくまで剣道部であって、示現流の流儀を徹底していたわけじゃないし、普通に剣道としての動きも練習していたから防具をつけて稽古してたけど」

 

示現流は初太刀に懸ける一撃必殺の剣である。

もしその初太刀が交わされれば、そこには死が待っているのだ。

現代のスポーツ剣道において、この思想は反している。

だから、照秋の学校では示現流を基礎として、剣道もしっかりと教えていた。

だからこそ全国中学校大会で個人、団体共に制覇できたのだ。

もし示現流だけを修めていたなら、こうはならないだろう。

 

「ふむ……立ち合いしない流派で、あえて防具をつけてでも稽古をさせた新風三太夫先生は、一体どういった考えだったのだろうか」

 

顎に手を当て考える箒。

だが、そんなに深く考えるような事でもない、と照秋は言う。

 

「普段は好々爺とした雰囲気だし、自分は示現流しか教えることが出来ないから、とかそんな理由だぞ。別に俺たちをどうしたかったとかそんな考えはなかったはずだ」

 

「つまり、テルの剣術能力は高いというわけだ」

 

「……まあ、一言でいえばそうだが……ザックリすぎないかマドカ?」

 

マドカの無理やりな収め方に呆れ顔の箒。

 

「うむ、大変勉強になったぞ」

 

「ええ、ジャパニーズサムライスピリッツを垣間見ましたわ!」

 

目をキラキラさせ照秋を見るラウラとセシリアを指さすマドカ。

 

「ほれ、外人二人には好評だろう?」

 

「まあ、いいんじゃないか?」

 

「……いいのか?」

 

あっけらかんとした照秋に、何とも釈然としない箒だった。

結局何の話でこうなったのだったか…まあ、忘れるということはどうでもいい話なのだろうな、と箒は自己完結し、冷めた緑茶を飲むのだった。

 

 



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第45話 動き出す悪意

梅雨で雨が降り続く毎日に、湿気と暗い空に気が滅入りそうなある日、それは密かに起こった。

他生徒には知られない、しかし織斑姉弟が関わり、国をも巻き込む重大事件が。

そして、ある一人の少女の運命が、劇的に変化する重大な出来事が。

 

「ねえ、照秋……ちょっと話があるんだ……」

 

深刻そうな顔でシャルル・デュノアが照秋に話しかける。

照秋とシャルルは、これまであまり接触が無かった。

最初こそあいさつ程度は交わしていたが、日が経つにつれシャルルが近づかなくなったのだ。

だから、シャルルから相談を持ちかけられることに少なからず驚く照秋だったが、もしかしたら一夏には言えないこと、もしくは一夏に何かされたのかと勘ぐってしまう。

読み取れる感情としては、切迫しているというか、緊張しているというか、とにかく何か決心して相談を持ちかけてきたと感じる。

とりあえず、男同士二人きりで話がしたいということで照秋は自室に案内した。

今日は丁度マドカがワールドエンブリオに出向いていないし、箒も剣道部部長と話があると言っていない。

セシリアもISの整備で整備室に行っているから、珍しく一人の時間が多くある。

そんなわけで照秋はシャルルと共に自室へと入る。

 

「緑茶しかないけどいいか?」

 

「あ、うん、お構いなく」

 

椅子に座りソワソワしだすシャルルを一瞥し、照秋は冷蔵庫から緑茶のペットボトルを二本取り出し、一本をシャルルに渡した。

照秋はベッドに腰掛け、シャルルと正対し見つめる。

 

「で、話ってなんだ?」

 

そう話を切り出すと、ピクッと体を震わせるシャルル。

キョロキョロと視線を迷わせ、モジモジと自身の指を動かす。

挙動不審ではあるが、それほど切り出すには勇気がいる話なのだろう。

よく見ると、顔が赤くなっている。

 

「……顔が赤いけど、体調でも悪いのか?」

 

「え!? いや、そんなことないよ!?」

 

慌てて手を振るシャルル。

そう言いながらも、尚も顔を赤くしたり青くしたり、歯を食いしばったりと、明らかにおかしい。

風邪でも引いているのではないかと勘ぐってしまう。

 

「ちょっとジッとしてろよ」

 

「ふぇっ!?」

 

シャルルは素っ頓狂な声を上げた。

照秋はただシャルルの額に手を乗せ体温を測っているだけなのだが。

そして測ってみると、実際シャルルの額からは平熱より高い温度を感じる。

念のため、額だけでなく首筋の動脈に触れ確認するが、やはり温度が高く、心拍数も早い。

 

「おい、風邪じゃないのか?」

 

「あ、あうあうあうあうあー……」

 

照秋の声も届いていないのか、シャルルはあわあわと口をパクパクさせ更に顔を真っ赤にする。

 

「ちょっと待ってろ」

 

そう言って照秋はベッドから立ちあがり、収納スペースにある救急箱を取り出し、中から風邪に関する漢方を探しはじめる。

そのとき、背後からドンッと衝撃を受けた。

抱きついてきたとかの衝撃ではなく、明らかに攻撃としての強い衝撃である。

突然の事で対処できない照秋は、バランスを崩し前のめりに倒れそうになるが何とか踏みとどまった。

しかし、さらに背後から加えられる力によって体勢を崩されてしまう。

足払いされ、倒れそうになったところ、丁度ベッドがあり倒れ込みそうになるが、なんとか背後から攻撃を仕掛けた人物を拘束しようと空中で体を回転させベッドに叩きつけるように押し付け、さらに素早くマウントポジション確保に成功した。

そして、一呼吸置き、ベッドに仰向けになった人物、シャルル・デュノアの上から見下ろすように睨む照秋。

 

「どういうつもりだ」

 

いきなりタックルされるというわけのわからない攻撃をされて怒らない程照秋は心が広くない。

照秋は絶妙なマウントポジションを確保しているので、下からシャルルは反撃できない。

照秋はシャルルを見る。

すると、何か違和感を感じた。

 

なにか、おかしい。

 

シャルルは息と髪を乱し、顔を真っ赤にし目に涙を浮かべている。

揉みあいで外れたのか、制服のボタンが外れ、胸元が露わになり、豊満な胸の谷間が見える。

 

……豊満な、胸?

 

「シャルル……お前……」

 

そう言い言葉を続けようとしたとき、突如ドアを開ける音と、背後からシャッター音が鳴る。

 

「よっしゃー! 決定的証拠を掴んだぜ!!」

 

そこには、勝ち誇ったような笑みを浮かべカメラを構える織斑一夏がいた。

 

 

 

「照秋の強姦現場を激写したぜ! これは言い逃れできないだろう!!」

 

「何を言って……」

 

そこまで言って照秋は言葉を詰まらせる。

そう、シャルルは女だった。

いま照秋はその女であるシャルルを馬乗りになり押さえている。

そんな状態を写真に収められたのだ。

 

「さあ、これでお前の弱みは握った! これをバラされたくなかったら、お前の会社のISデータを寄こせ!!」

 

この状態で高らかに脅迫してくる一夏を睨む照秋。

あまりにも用意周到すぎる手際の良さだ。

そして、照秋は組み伏しているシャルルを見下ろす。

 

「ごめん……ごめんね、照秋」

 

申し訳なさそうな表情で謝ってくるシャルル。

 

嵌められたのだ。

この二人に。

そう思うと怒りが込み上げてくるが、そんなことよりも現状を把握し打破しなければならないと、大きく深呼吸し整理する。

考えろ、考えるんだ。

こういう時こそ冷静になれと、スコールにもマドカにも言われているじゃないか。

突破口は必ずある。

それを見つけ出せ、と。

 

「何黙り込んでんだオラァッ!」

 

「ぐっ!?」

 

一夏が照秋の背中を蹴り、大きく体勢を崩す。

その隙に、シャルルがベッドから這いずり逃げて一夏の背中に素早く隠れる。

 

「よくやったぞシャル。これでデュノア社は潰れねえし、お前も自由だ」

 

「う、うん……」

 

ニヤニヤ笑みを浮かべる一夏とは対照的に、シャルルの表情は優れない。

 

「いままで散々いいようにやられてきたけど、もうお前の好きにはさせねえからな!」

 

「はあ?」

 

一夏の言って意味が分からない照秋は眉を顰める。

 

「クラス対抗戦の時も! 鈴の時も! お前がしゃしゃり出てくるからおかしくなったんだ!!」

 

でも、もうお前の好きにはさせない!

そう捲し立てる一夏。

だが、照秋は一夏の言う事の意味が心底わからなかった。

 

「……意味が分からない」

 

「とにかく、お前に拒否権はねーんだよ! この写真が流出して婦女暴行で捕まりたくなかったら、大人しく俺の言うとおりにしろ!」

 

写真流出という言葉を聞いて、照秋はピンときた。

これは、突破口になるんじゃないか、と。

 

「そんな写真を流出させたら、シャルルが女だってことが世間にばれるぞ」

 

「バラせばいい。そもそもこんなシャルを男装させてIS学園に編入させてデータを盗み出させようと考えるデュノア社と、それを黙認してるフランス政府が悪いんだからな!」

 

一夏はデュノア社の現状と、シャルルがIS学園に転入してきた目的を把握しながら、シャルルの味方についた。

 

「お前の会社のデータさえあれば、デュノア社は潰れないし、シャルも自由になる! 誰も傷付かず解決だ!」

 

誰も傷付かないという中に、照秋とワールドエンブリオは含まれていないようだ。

 

「性別を偽って転入させたデュノア社と、それを黙認しているフランス政府は報いを受けるのは当然だし、お前も因果応報だな!」

 

一夏の説明で、順序がおかしいと照秋は思った。

そもそも照秋はシャルルが女だということを知らなかったのに、突然そんな強姦写真をばら撒き照秋の信用を失墜させるにも、シャルルが女であることを先に公表する必要がある。

 

「お前はシャルが女だと知りつつ、それを脅迫材料にしてシャルに淫らな行為を強要した、そう報告すればいい」

 

そういう設定で照秋を追い込もうとしている一夏とシャルルに、照秋は睨みつける。

かなり作戦を練ってきたのだろう、強引だが写真という脅迫材料がある照秋には今その計画を打破する考えが浮かばなかった。

この女尊男卑の世の中では、いくら男が訴えても女の証言が重要視される。

そうなると照秋の証言は握り潰されるだろう。

しかし諦めずなんとか突破口を見つけようと考える照秋。

それが気に入らないのか、一夏は照秋を再び蹴りつける。

 

「いつから俺をそんな目で見れる身分になったんだ!」

 

その反動でベッドから転げ落ちる照秋を追随する一夏。

照秋は床に転がり亀のように丸まって耐えたが、それでも一夏は蹴り続ける。

何回も、何回も蹴りつける。

 

「ちょっと何やってるんだよ一夏!? やり過ぎだよ!」

 

シャルルが止めるが、一夏はやめない。

 

「昔みたいに泣きわめいて土下座しろ! 俺に許しを請え!!」

 

蹴る。

 

「俺が主人公なんだよ! お前みたいなイレギュラーは物語に邪魔なんだよ!!」

 

蹴る。

蹴る、蹴る。

 

「おら! なんとか言えよ!!」

 

そして、大声で罵倒し照秋の頭を踏みつける一夏。

その顔は、いやらしく、歪な笑みを浮かべていた。

 

「お前なんか! 死んじまえ! この! クズヤローが!!」

 

一夏がそう大きく吠えた時。

 

 

 

「そこまでだ、織斑一夏、シャルロット・デュノア」

 

突然、部屋の入り口から第三者の声がした。

一夏とシャルルが振り向くと、そこにはマドカとスコール、そして織斑千冬が立っていた。

一夏は、これ幸いとばかりに声を荒げ設定した内容を話し始めた。

 

「聞いてくれ千冬姉! こいつ最低なクズヤローなんだ!」

 

嬉々とした表情の一夏に対し、千冬は苦虫を噛み潰したような表情で一夏を見る。

 

「こいつ、シャルルを……」

 

「黙れ、一夏」

 

突然話を止めようとする千冬だが、一夏は止まらない。

 

「何言ってんだよ!? こいつの悪事が公になるんだぜ!?」

 

「黙れと言っている」

 

狼のような鋭い視線で一夏を睨み、無理矢理一夏を黙らせた千冬は、ゆっくりと床に丸まっている照秋に近付いた。

そして、やさしく抱きしめた。

 

「すまない……すまない、照秋……」

 

謝り続け、声が震える千冬は、照秋をゆっくりと態勢を整えさせ痛む身体を労わりながら動かしベッドに座らせる。

頭を踏みつけられたからか、照秋の額から血がダクダクと流れ白い制服を赤く汚していた。

千冬は急いで持っているハンカチで傷口を押さえ、近くに落ちていた救急箱から応急処置出来るものを探す。

甲斐甲斐しく照秋の手当てをする千冬を尻目に、スコールとマドカは一夏とシャルルを睨んだ。

 

「いったい、どういう理由で照秋君があんなケガを負う状況になるのかしら?」

 

スコールは冷たい眼差しで一夏を見る。

背筋がヒヤリと寒くなるような錯覚を覚えた一夏だが、こちらには決定的証拠があるからと、強気に言い放つ。

 

「このクズが、シャルルを襲ったんだ」

 

「へえ」

 

特に驚くこともなく、素っ気ない相槌を打つスコールにイラっとする一夏は、さらに吐き出す。

 

「コイツは、シャルルが女だと知っていてそれを脅しの材料にして襲ったんだ!」

 

証拠もある!!

 

一夏は、どうだ! といわんばかりの態度で先ほど撮った写真を見せつける。

それを見たスコールとマドカは、フンと小さく鼻を鳴らし笑った。

 

「言いたいことはそれだけかしら」

 

「はあ?」

 

一夏はスコールの言っている意味がわからなかった。

 

「言いたいことがあれば、もっと言っていいのよ?」

 

ニコリと笑うスコールだが、一夏はその笑顔を見て声を荒げた。

 

「あんたら状況理解してんのか? コイツが強姦魔で、その証拠を押さえてるって言ってんだよ! この写真ばら撒けば、コイツの人生終わりなんだよ! 俺がコイツの生殺与奪権を握ってんだよ! わかってんのか、ああ!?」

 

もはや、チンピラのような脅しである。

そんな一夏の態度が滑稽で、哀れで、スコールはため息をついた。

 

「あなた、バカね」

 

「ああ!? 何言ってんだコラ!」

 

あくまで主導権を握っているのは自分だと思っている一夏は、教師であるスコールに掴みかからん勢いで歩み寄る。

しかし、次の言葉で一夏は凍りついた。

 

「この部屋には、あらかじめ監視カメラと盗聴マイクが設置されているのに気付かなかったの?」

 

「……え?」

 

一夏は、スコールの言葉を理解するのに時間をかけ、ゆっくり考えた。

 

そして、理解すると、ドッと冷や汗を流し、顔を真っ青にした。

そう、理解したのだ。

今まで自分が強気に出て脅していたことも、照秋に暴行を働くキッカケも、照秋とシャルルが何故そんな押し倒すような態勢になったのかも。

それら全てが、見られていた、聞かれていた。

全て知っていたうえで一夏に言いたいことを言わせたのだ。

 

「よくもまあ、こんな美人局(つつもたせ)みたいな計画考えたわね」

 

スコールはため息交じりに一夏を非難する。

一夏は、ガタガタと体を震わせスコール、マドカの顔を見る。

スコールは、三日月のように口角を歪に吊り上げ、瞳孔の開いた瞳で一夏を見て嗤う。

マドカは、逆に光の灯らない、冷え切った瞳で、無表情に見つめる。

そんな眼差しが恐ろしくなり、一夏は千冬を見るが、未だ甲斐甲斐しく照秋の治療をしており、一夏を見ようとしない。

すがるように背後にいるシャルルを見ると、シャルルも顔を真っ青にして震えていた。

 

「貴様の浅はかな計画なんぞお見通しだ。そしてシャルロット・デュノア、お前のことも調べはついている」

 

マドカが冷たく言い放ち、一夏は焦る。

言い逃れ出来ない。

しかし、なんとかシャルルを助けたい一夏は突破口を探す。

 

「し、調べはついているって言ったか? ……じゃあ、シャルの置かれている状況を理解してるってことなんだな?」

 

「当然だ。デュノア社の経営危機も、スパイとして男装しIS学園に転入してきた事も、すべて把握している」

 

「なら! なんでシャルを助けるためにISのデータを渡してあげないんだよ!?」

 

「それがビジネスだ。 それに我々がシャルロット・デュノアを助ける理由も義理もない」

 

冷たく言い放つマドカの言葉に衝撃を受ける一夏。

 

「確かに前々からデュノア社から技術提携の打診はあったが、その内容がふざけいていた。デュノア社はワールドエンブリオよりIS事業に一日の長がある。だから自分たちにまかせてその技術を提供しろ。これの意味が分かるか」

 

マドカの言葉を聞いて、流石の一夏もデュノア社の言う事が馬鹿げていることは理解できた。

つまりは、技術だけ渡せと言っているのだ。

だが、一夏はわかっていながらもこう言い返すしかなかった。

 

「……仲良くやろうってことだろう」

 

それを聞いたマドカは、ハッと鼻で笑った。

デュノア社は危機感が足りない。

IS企業としてのメンツを前面に押し出し、新参者のワールドエンブリオから技術だけを搾取しようとするその姑息な対応。

ノーリスク・ハイリターンを求めようと自分たちの現状をまったく理解していない対応。

 

「だから、断った。そうしたら今度はスパイを使って盗み出す、か。さすが世界のシェア第三位の企業様はやることが違うよ」

 

なあ、そう思わないか?

マドカは一夏にそう言うが、一夏は応えることが出来なかった。

一夏の後ろで震えるシャルルも、まさかデュノア社がそんな厚顔無恥な対応をしていたことを聞いていなかったのか驚いている。

マドカは侮蔑の眼差しで無言の二人を見遣り、フンと鼻を鳴らす。

 

「いいか、貴様のやった行為は、恐喝、暴行、さらにスパイ幇助だ。立派な犯罪だな、ええ、おい?」

 

「自分の会社で第三世代機が開発出来ないから、他者のデータを盗んで活用する。これは立派な犯罪よ」

 

犯罪、という言葉にビクッと肩を震わせる一夏。

それを見て呆れるマドカとスコール。

 

「……おまえ、犯罪者になる覚悟もなくこんな幼稚な計画立てたのか」

 

「あきれ果てて、もう笑えないわ」

 

容赦ない言葉が一夏に突き刺さる。

 

 

 

一夏は、シャルルを助けるために照秋を犠牲にしようとした。

前々から目障りだった照秋を陥れ、さらにシャルルが助かるのだから一石二鳥だと、計画を立てたのだ。

それこそ、綿密に計画を立てた。

照秋の部屋で二人きりにさせ、シャルルがなんとか照秋を押し倒しあたかも侵されそうになっているという風な構図を人為的に作り出しそれを決定的証拠として写真に収め弱みを握り、従わせる。

照秋にシャルルと密着させるなんてムカつくが、ついでにボコボコにしてやればいいし、シャルルにも嫌な思いをさせるが、我慢してもらい、後で慰めてやればいい。

そして、誰にも邪魔されなくなり落ち着いたら婚約者として堂々と迎えればいいのだ。

そういう計画だった。

 

だが、まさか照秋の部屋にカメラとマイクを設置していたなんて、そんなプライバシーを無視するようなこと予想もしていなかった。

 

「お前の幼稚な計画なんぞハナから御見通しなんだよ。わざと泳がせてたんだ」

 

つまり、こうなることを見越してカメラやマイクを設置したということだ。

一夏は震えが止まらず、ガクガクと震える足で踏ん張る力さえなくしガクリと跪く。

 

終わった……

 

そう思ったとき。

 

「ち、違います! 今回の事は、全て僕が計画した事なんです!!」

 

一夏の背中に隠れていたシャルルが叫んだ。

 

 



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第46話 シャルロット・デュノアという人間

シャルロット・デュノアは性別を偽りIS学園に転入した。

女なのに、男と偽って。

それは父の命令であり、シャルロットには父の命令に逆らうという選択肢はなかった。

 

そもそもシャルロットは母が死ぬまで父の存在を知らなかったし、デュノアという性も名乗ってはいなかった。

父親の顔を、名前を、存在をしらず、母と二人慎ましく暮らしていたが、それでもシャルロットは愛する母との生活に不満などなかった。

その母が病によって死んだ。

日頃からシャルロットを養うためにいくつもの仕事を掛け持ち、朝早く出かけ、夜遅く帰ってくるという過密な労働を繰り返した挙句、過労によって倒れ入院した。

その時の検査で癌が見つかったのだが、既に体中に転移し手の施しようがない状態だった。

母はそれから半年程して亡くなったが、その母には親族がいなかった。

絶縁したのか、天涯孤独なのかはわからないが、葬儀に親族など来ず、近所の住人が弔ってくれた。

そうしてシャルロットは天涯孤独の身になったのだが、しばらくして突如自分の父親だと名乗る人間が現れた。

それが、デュノア社の社長、テオドール・デュノアである。

第三者が見れば、確かに顔立ちが似ている二人は親子と言われると納得するだろう。

後日DNA検査をして血縁率が96%という結果が出て、嘘偽りない事が判明したが、そのことでシャルロットは素直に喜べなかった。

何故、今頃自分の前に現れたのか。

何故、母の葬儀にも顔を出さなかったのか。

シャルロットは問い詰めたが、テオドールは一切そのことについて口にしなかった。

それどころか、まともな会話すらしなかったのだ。

そんな人間に対し、家族の情が湧くかと言えばノーだろう。

シャルロットも、突然現れたテオドールを肉親とは思えなかったが、この日よりシャルロットの意思など無視してデュノアの性を名乗ることになる。

 

さらに連れて行かれた家はテオドールの住む本宅ではなく別宅で、まったく会う事をしなかった。

ある日、テオドールから本宅に来るよう言われ行くと、本妻がいて会うなり平手打ちを食らい「泥棒猫の娘」などとなじられる始末。

そこで初めて知ったことが、母とテオドールは愛人関係だったらしい。

同時期に、以前住んでいた家から母の日記が見つかり衝撃の事実を知る。

確かに母とテオドールは愛人関係であり、母はテオドールが妻帯者であることを承知で付き合っていたのだが、その関係はシャルロットを身ごもった時期に解消している。

母が妊娠したと知るや、テオドールから別れ話を持ち出し、わずかな手切れ金を渡し無理やり別れたのだと書かれていた。

その日記にはテオドールに対する愛情などを感じることのない、何かの報告書のように淡々と事柄が書かれていた。

そして、何故本妻がここまでシャルロットに怒りを向けるのかというと、デュノア夫妻には子供が出来なかった。

なのに、愛人である母はシャルロットを身籠った。

それが憎く、恨めしく、惨めに感じたのだろう。

そう考えると本妻もテオドールの被害者であるかもしれない。

更にいうと、デュノア夫妻の関係はこの子供が出来ないことやテオドールの浮気発覚により冷め切っており、ほぼ家庭内別居状態であるらしい。

そして、デュノア夫人はデュノア社の経営には一切関わっていない。

彼女個人で服飾関係の経営を行っているそうで、そちらはブランドとしてなかなか人気らしい。

それがまたテオドールの癇に障るのか、関係はギスギスするばかりである。

だからかはわからないが、この女尊男卑の世界ではなかなか珍しく、デュノア社は男主導の企業であった。

 

別宅で自分一人で生活している分には不自由な思いはしなかった。

以前の母との暮らしはお世辞にも裕福な家庭とは言えない生活だったが、ここでは何不自由ない暮らしを送ることが出来た。

ただ、広い別宅に一人で住み、外出を許されない籠の鳥の様な生活という息苦しさはあるが。

しばらくして、シャルロットはテオドールからデュノア社の本社に呼び出されISの適性検査を受けさせられた。

そこで優秀な適正値を叩きだしたシャルロットは、テオドールの命令でデュノア社のテストパイロットとしてISに関わるようになる。

この時期からデュノア社は傾きかけていた。

欧州連合での統合防衛計画『イグニッション・プラン』の第三次期主力機の選定において、出遅れてしまっているのだ。

その事でフランス政府から叱責を食らい、更には第三世代機を開発できなければ政府からの支援を打ち切るとまで言われていた。

進退窮まりかけたデュノア社だが、それからしばらくして世間を騒がせたのが世界で初のIS男性操縦者『織斑一夏』の発見だ。

これには世界中が騒いだが、それ以上に世界各国の政府や軍関係者、IS開発企業が度肝を抜いたのがワールドエンブリオ社の量産型第三世代機[竜胆・パッケージ夏雪]と第四世代機[赤椿・黎明]の発表である。

今までISのプログラミング請負を細々と行っていた中小企業のワールドエンブリオが、一躍世界のトップに仲間入りした。

当然、世界はワールドエンブリオに注目し、会社の情報を得ようと躍起になる。

さらに、そのワールドエンブリオは第二のIS男性操縦者をも確保してるという報道に、世界各国の政府やIS企業がこぞってワールドエンブリオとコンタクトを取ろうとした。

自国もしくは自社と提携、共同企業設立など、なんとかワールドエンブリオの技術を手に入れようとしたのである。

だが、ワールドエンブリオは一切そういった接触を断った。

というか、まったく相手にしなかった。

当然デュノア社もなんとか第三世代機と第四世代機の開発データが欲しくて接触を試みたが門前払いを受けた。

だが、量産型第三世代機[竜胆・パッケージ夏雪]の注文は受け付けるというわけのわからない対応を取っていた。

世界各国は第三世代機の研究のためにこぞって竜胆を注文し研究した。

だが、特殊な金属や解析不明のプログラム、多くのブラックボックスが存在しまったく解析できないという状況だった。

デュノア社も竜胆を取り寄せ解析したが、研究チームは全く理解できずお手上げ状態だった。

そもそも、重要な駆動部分で使用している金属が希少金属で、さらに精製方法が不明なのである。

だからもし竜胆が故障しても自社、自国では替えの部品を作ることが出来ず全てワールドエンブリオに取り寄せしなければならない。

ウハウハな商売である。

研究チームのふがいなさに荒れ狂うテオドールだが、それだけ今まで培った第二世代機のノウハウに対し、第三世代機の最新技術は一線を画しているということだろう。

そして、さらにデュノア社を追い込む事態が起こる。

あれほど外との接触を絶っていたワールドエンブリオが、なんとイギリスの第三世代機[ブルーティアーズ]に対し技術協力したのだ。

これによりブルーティアーズは今までBT兵器の適性が必要であるというネックを解消し、さらに基本スペックまでも3割上昇させるという化け物の様なバージョンアップを遂げた。

イグニッションプランにおいて、イギリスに圧倒的リードを許してしまい、フランス政府から早く第三世代機を開発、発表しろとせっつかれる毎日。

当然テオドールは焦る。

日に日にデュノア社の株は下がり、マスコミからは倒産が危ぶまれる企業とまで言われる始末。

 

そんなある日の5月初旬、IS委員会はある条例を打ち出した。

 

『織斑一夏、織斑照秋二名の男性IS操縦者の世界的一夫多妻認可法』である。

 

その発表と同時に、照秋に対し日本の篠ノ之箒とイギリスのセシリア・オルコットが婚約者として大々的に発表し、数日後一夏には中国の凰鈴音が婚約者として発表された。

一夫多妻認可法は色々な条件があるが、これを好機と見たテオドールは早速シャルロットをワールドエンブリオに所属する織斑照秋に対し嫁候補として紹介した。

シャルロットは見た目は素朴な少女といった感じだが、美少女と言う分類には入るくらい目鼻立ちが整っている。

そんな彼女を煌びやかに、目立つように魅せるためにスタジオを貸切りプロのカメラマンを起用して写真撮影を行い、完璧なお見合い写真を完成させた。

織斑一夏も[白式]という第三世代機の専用機を持っているが、ワールドエンブリオは第三世代機の量産を確立しているし、何より世界で唯一の第四世代機までも有している。

一夏と照秋を天秤にかけると、どうしても一夏の魅力が小さくなってしまうのは仕方がないだろう。

そんな一夏は、各国から推薦された女性に対し片っ端から会うという剛腕を振るったが、逆に照秋は慎重に選定し、最低限の人数しか会わないというスタンスを取った。

そして厳選した女性の中に、シャルロットは選ばれなかった。

しかも、よりにもよって同じくイグニッションプランで競い合う国でもあるドイツから一人照秋と会う機会を得たというのだから腹立たしい。

もう形振り構ってられないデュノア社は、最悪の選択をした。

ワールドエンブリオの技術を盗むという選択を。

参考にするのではない、文字通りブラックボックスになっている部分や未知の金属の生成方法など企業秘密な部分を盗むのである。

この任務に白羽の矢が立ったのがシャルロットである。

さらに、デュノア社のイメージアップの材料としてシャルロットを男と性別を偽り「シャルル・デュノア」という架空の人間を作りだし、広告塔として祭り上げた。

フランス政府の一部の政治家、つまりデュノア社とズブズブの関係を持つ政治家はその偽りの男性操縦者の真実を知っていたが、デュノア社から金を貰い黙認。

様々な検査やプロフィールを改竄し報告し、それを無理やり通した。

こうしてシャルロットはフランス政府内で公認の男性操縦者となったが、しかし大々的な公表は行わなかった。

これは、デュノア社が政府に対し「第三世代機がほぼ形になったが、まだ少し時間がかかる。その時にフランス初の男性操縦者と同時に発表したい」言ったためである。

勿論、第三世代機の開発に目処など立っていない。

これは、シャルルがワールドエンブリオからデータを盗み出し首尾よく事が進むという前提の計画、まさに取らぬ狸の皮算用である。

だがデュノア社は言葉巧みにフランスのイメージが格段に上がるし、イグニッションプランでも挽回できると説明し、政府はデュノア社の言うとおりに、シャルロット、いやシャルル・デュノアの存在を極秘とした。

さらに、シャルロットには性別を偽っていることがばれた場合、最終手段として自分の肉体を使って籠絡しろとハニートラップの命令も出していたのである。

その間にシャルロットはデュノア社において徹底して男としての振る舞いを叩きこまれ、IS学園転入の手続きを進めていた。

 

そして6月に入り、シャルロット・デュノアはシャルル・デュノアとしてIS学園に転入した。

だがここで誤算が生じる。

なんと、シャルルの編入されたクラスが織斑照秋ではなく、織斑一夏と同じクラスになったことである。

これは仕方のない部分もある。

いくら政府やデュノア社が3組に入れろと言っても、クラスの定員数や、寮の部屋割りなど様々な要因が絡んでくる。

転入という途中参加者のために現状で安定しているシステムを変えるなど出来ないのだ。

こうなってしまっては照秋と接触する機会が少なくなる。

さらに誤算なのは、織斑一夏が何かとシャルルに対し一緒にいようと過剰に接触してくるのである。

あまりにも構ってくるため照秋との接触時間が減ってくる。

初日になんとか一夏の目をかいくぐり照秋と接触したが、それ以降なかなか会えないでいる。

一夏と照秋の兄弟仲が悪いというのは調べがついているので、一夏の波風を立てないように照秋と会うことが難しい。

デュノア社としては、あわよくば[白式]のデータも取得したいと計画していたのである。

だが、まずはワールドエンブリオの[竜胆]及び[赤椿]、そして照秋専用の[メメント・モリ]のデータである。

 

シャルルはIS学園に転入し比較的平和な学生生活を送っていたが、ある問題に悩んでいた。

それは同じクラスであり、寮でも同部屋である織斑一夏の存在である。

数少ない男性操縦者同士、仲良くしたいのかやたら構ってくるのだが、その方法が少々過剰なのである。

やたらと肩を組んだり、抱き付いたりしてくるし、たまにねっとりとした視線を向けてくるのだ。

シャルルはそのねっとりした不愉快な視線に覚えがあった。

それは、デュノア社でテストパイロットとして訓練を行っていた時の男性の研究者が向けてくる視線である。

シャルルの下半身から徐々に舐めるように見上げる視線は、気持ちいいものではない。

明らかに性的な興奮を持って見ているのである。

そんな視線と同じような不愉快さを一夏から感じてしまい、シャルルは一夏に若干苦手意識を持ってしまう。

もしかして、一夏は自分が性別を偽っていることを知っているんじゃないのか?

そうであればあの不愉快な視線も納得がいく。

もしくは、一夏が男色であるという可能性だが、見るからに女好きで軽薄な雰囲気の男であるからそれはありえないだろう。

とにかく警戒するに越したことはない。

 

数日して、シャルルはなんとか数回照秋と接触することが出来た。

まず驚いたのが、照秋はシャルルを見ても全く動じることがなかった。

つまり、お見合い写真の事を全く覚えていないのである。

さすがに、これにはシャルルも頬をひきつらせた。

そんな感情を抱いたファーストコンタクトだったが、トータルしてあまり話が出来なかったが、印象は一言でいうと好青年である。

体を壊しかねない練習を、毎日欠かすことなく行うハングリー精神に、口数が少ないながらも初めて話すシャルルに対し謙虚な姿勢をとる紳士さ。

どうして双子なのに一夏とこうも違うのか考えてしまう。

一夏からは照秋の事に関しては悪口しか聞かない。

やれ、愚図で人より理解するのが遅いだとか、根暗だとか、小さい頃は人の顔色を窺うようにびくびくしていただとか、今は専用機を貰って天狗になってるだとか。

あげくに、照秋に近付くなとまで言ってきた。

さらに、俺が守ってやるだとか勘違い甚だしいことまで言う始末。

ハッキリ言って、シャルルはISのテストパイロットをこなすうえで格闘技の手ほどきも受けているから、一般人から抜け出せない素人の一夏に守られる程弱くはない。

冗談じゃない、とシャルルは心の中で一夏に悪態をつく。

IS学園に来た目的は照秋との接触、ISのデータ奪取なのだから、余計や事をしないでほしい。

こうして最近まで接触は上々であったが、それ以降なかなか二人きりで会うことが出来なかった。

何故なら、常に照秋の周りにマドカや箒、セシリアが陣取っているからである。

さらに三人のシャルルを見る目若干が厳しい。

セシリアという欧州連合の競争相手がいるからその辺りの事情を勘ぐって警戒してるのだろう。

事実そうなのだから、強引に出るわけにもいかない。

シャルルはそんな監視の中でなんとか時間を作り、コミュニケーションを図る。

そうして会い、話を重ねて行くうちに照秋という人間の魅力を理解していった。

一夏の言っていた照秋の人物像は、悪意のある言い方だった。

愚図ではなく、完璧に理解し自分のものにするために反復練習を繰り返す強固な精神。

根暗ではなく、ただ多くを語らない大人しく成熟した性格。

人の顔色を伺いビクビクしているのではなく、常に周囲に気を配ることの出来る紳士的な態度。

ああ、正直に言おう。

シャルルは、照秋の魅力を理解し、異性として意識してしまった。

そんなある日、照秋に聞いて見た。

お見合いの選定基準はなんだったのか、と。

もし照秋がシャルルのお見合い写真を選んでくれたらこんな苦労をしなくて済んだのに、という愚痴を込めて思い切って聞いたのだが、意外な答えが返って来た。

なんと、皆のお見合い写真が気合いが入り過ぎ、逆に引いたという。

そして、どれも同じような写真に見えてしまった中に、履歴書に貼り付けるような簡素な写真を送ってきたドイツのクラリッサ・ハルフォーフが異彩を放ち目にとまっらしい。

逆の発想だったのかー! と脳内で悔しがるシャルルは、表情こそ笑顔を貼り付け照秋の話を聞いていた。

さらに、アメリカのナターシャ・ファイルスに関しては、ただ単にスコールの知り合いだからという答えに、呆れるのだった。

 

そうしてなんとか照秋とコミュニケーションを取り信頼関係を築いている途中の最中、一夏に自分が女だとバレてしまった。

普段はしっかり鍵をかけているのに、その日に限って不注意にシャワールームの鍵をかけ忘れてしまい、ボディソープの換えを持った一夏がシャワールームに乗り込んできたのである。

終わった、と思った。

デュノア社は潰れ、自分の人生も終わったと。

シャルルは自棄になり自分の身の上や、デュノア社の現状、IS学園に来た目的を一夏に説明すると、一夏から予想外の答えが返って来た。

 

「俺も手伝うよ」

 

一瞬、何を言われたのか理解できなかったが、一夏はシャルルの目的であるワールドエンブリオの所有するISデータを盗み出す手伝いをすると言い出したのである。

その申し出は好都合だが、一夏の目的がわからない。

 

「シャル、お前はここに居ていいんだ。俺がまもってやる」

 

力強くそう言う一夏に、シャルルは何故か心動かされず、逆に疑念を持ち始めた。

 



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第47話 シャルロット・デュノアの想い

一夏は、自分には両親がおらず、デュノア社のシャルルの扱いに怒り、そんなシャルルの状況を改善しようと言ってきた。

しかしシャルルは、一夏のそんな言葉が薄っぺらく聞こえてしまう。

そんなにデュノアの家族の在り方で怒るが、自分はどうなのかと聞きたい。

一夏は、双子の弟である照秋に対し、父テオドールと同じ、いやそれ以上の扱いをしているじゃないか、と。

だが、シャルルは一夏に弱みを握られている手前、一夏の機嫌を損ねるような発言はできないと、素直に一夏の言うことに従った。

 

 

一夏はこのチャンスを待っていた。

そう、原作知識を持つ一夏はシャルルとのイベントの解決策を練ってたのだ。

その解決策が、照秋のいる企業「ワールドエンブリオ」のIS技術の譲渡、もしくはデータ徴収である。

一夏は早速計画を立てた。

照秋に、シャルルを襲っているような状況を作り出し、その場面を証拠写真として収め、それを脅迫材料としてワールドエンブリオからISデータを奪う、というものだ。

姑息というなかれ、一夏には大胆に実力行使できるほどの実力もないし、後ろ盾もない。

無理をすれば日本政府や姉の千冬が助けてくれなんとかなるだろうが、それでも不確定要素が多すぎる。

規律を重んじ曲がったことを嫌う千冬ならば、最悪助けてもくれない可能性もある。

そういったISの二次小説も読んだことを覚えているし、実際の千冬もかなりその辺りの事に関しては潔癖だった。

ならば、自分の出来る範囲で最も有効的な方法でシャルルを助けようと思ったのである。

さて、一夏の練った作戦の前提として、照秋が一人になったときに実行する。

箒やセシリアも注意すべきだが、何よりマドカが最大の障害となる。

あのISの操縦技術は元より、格闘スキルも高次元にあるマドカの隙をつくのは容易ではない。

だから、マドカがIS学園を離れ、到底照秋を助けることが出来ない状況になることが絶対条件だ。

なにやら美人局のような計画にシャルルは呆れたし、なにより何故そこまで照秋を貶めたいのかが理解できなかった。

照秋は、とても良い人間だ。

もしかしたら、シャルルが全てを包み隠さず話せば、協力してくれるかもしれない。

最初からそうすれば良かったのだが、やはりシャルルはそんな恥知らずなお願いを友人である照秋に持ちかけることができなかった。

それに、もう遅いのだ。

一夏に全てを知られ、一夏の計画に従うしかない。

 

(ごめん……ごめんなさい、照秋)

 

これから照秋に起こるであろう理不尽な計画に、シャルルは心の中で照秋に何度も謝った。

一夏はさらに綿密に計画を練り、万全の状態を作り出す。

照秋のスケジュールや、周囲を固めている箒、マドカ、セシリアのスケジュールも調べ上げ、計画決行の日取りを決める。

 

そしてついにその日が来た。

丁度都合よく(・・・・・・)箒が剣道部の部長に呼び出しをされ、そしてまた都合よく(・・・・・・)マドカがワールドエンブリオ社に赴く予定になっており、更にまたしても都合よく(・・・・・・・・・)セシリアもISの整備で整備室に貼り付け状態だった。

照秋の周囲に誰もいない、まさに絶好の日だ。

 

「シャル、今から実行に移すぞ」

 

一夏が真剣な表情で言うが、シャルルはやはりこの計画には抵抗がある。

シャルルは、意を決して一夏に言う。

 

「ね、ねえ、今からでも、照秋に素直に話して協力してもらえるようにお願いしようよ」

 

そう言った途端、一夏の表情が怒りに染まる。

 

「何言ってんだよ! あのクズを蹴落とす絶好のチャンスなんだぜ!? むざむざこの好機をのがしてたまるかよ!」

 

もう、一夏の言葉は目的がすり替わってしまって居た。

シャルルを助けるのではなく、照秋を嵌めるのが目的になってしまっている。

一夏は、ふう、と一息つきシャルルの肩に手をおき優しく諭しはじめる。

 

「シャル、演技とはいえあいつに押し倒されるのが嫌なのはわかる。俺もはらわた煮え繰り返る思いだけど、この計画を完遂して自由をつかむんだよ!」

 

勘違い甚だしい説得である。

一夏は、シャルが照秋に強姦まがいのことをされるのが嫌だから今更お願いなどと言い出したと思っているのだ。

一夏は、小型のインカムをシャルルに渡し連絡を取りやすいように、すぐに乗り込んで証拠写真を撮れるようにと準備を進める。

もう、一夏に何を言っても無駄だと悟り、なんとか照秋への被害を最小限にしようと思った。

 

そして、一夏の計画通り事が運び、照秋と部屋で二人きりになる。

……何故だろうか、鼓動が早くなる。

照秋と二人きりの空間ということを意識しだすと、余計に緊張する。

照秋は、本当に心配そうな顔でシャルルを見ている。

――これから、僕は君に酷いことをするんだよ――

そう思うと、胸が締め付けられるように苦しくなる。

照秋に見えないように髪でインカムを付けた耳を隠し一夏がシャルルと照秋の会話を聞き、指示を出す。

 

「まだ……まだだ……」

 

一夏の声が耳障りに感じる。

その時、照秋がシャルルの額に手を当てた。

心配して手で体温を測ってくれているようだ。

毎日の過酷な練習によって分厚く、硬くなった手のひらがシャルルの額に収まり、シャルルはテンパってしまった。

 

(ふわああぁぁ! て、照秋の手が僕の頭に!? す、すごく大きくて、硬くて……ああ、男の子の手だあ……)

 

一夏に体を触られても不快感しか湧かなかったのに、照秋が額に手を当てただけで高揚するシャルル。

それをインカム越しに聞いていた一夏は、悔しそうに呻き声をあげていた。

 

「ぐっ! この……クズヤローが……シャルルは俺の女なんだぞ……! 殺す……絶対殺す……!」

 

額に手を当て体温を確認しただけで殺されたら堪ったものではない。

幸いにも一夏のこの呪詛のような声は、テンパっていたシャルルには聞こえていなかった。

さらに照秋はシャルルの首の動脈部分に触れ測りはじめたのでシャルルはクラクラし始める。

 

(だ、ダメだよぅ……ぼ、僕……脳が沸騰しちゃうよぅ……)

 

なんだかヤバい状態になってきたシャルル。

だが、幸いなのか残念なのか、チャンスが来た。

照秋が立ち上がり、シャルルに背中を見せたのだ。

 

「今だ行けシャル!」

 

インカムから大声で指示され、ビクッと体を震わせながらも、計画通り照秋を背後から襲い一夏の要求するポーズに持っていくよう態勢を崩す。

が、照秋の体幹が優れていたのか、シャルルは照秋のバランスを崩すのに手間取った。

 

(なんて体幹と反射神経だ! まるで超重量のラグビータックルバッグにタックルしているような感覚だ!)

 

しかしなんとか不意をつき照秋のバランスを崩すことに成功し、あとは強姦されているように見えるポジションを取らなければならない。

だが、ここで予想外の事が起こる。

なんと、照秋自身がシャルルを抑え込むように空中で無理やり態勢を変え、ベッドに押し込んだのだ。

無理やり押し込むように力を入れたため、シャルルの制服の上着のボタンが外れ、さらにあらかじめすぐに外れるようにしていた胸を締め付けついるコルセットのファスナーも壊れた。

今まで圧迫されていたシャルルの胸元が解放され露わになる。

そして、抵抗出来ず押し倒されたシャルルの下腹部に照秋が陣取る。

いわゆるマウントポジションであるが、その見事な攻勢にシャルルは思わず魅入ってしまった。

 

(……上手い)

 

絶妙なポジショニングによって、シャルルは立ち上がるどころか、体に力を入れることが出来ない。

 

(すごい……)

 

素直に感嘆するシャルルだが、やがて照秋はシャルルの変化に気付き怒りの表情を驚きに変える。

 

そして、その時一夏が部屋に飛び込み、カメラのシャッターを押すのだった。

 

 

 

その後、一夏は勝ち誇ったように照秋に脅迫する。

照秋は、そんな一夏と、一夏の背中に隠れるシャルルを睨む。

 

「ごめん……ごめんなさい……」

 

シャルルは繰り返し謝り続ける。

照秋と一夏は言い合いを続ける。

まるで修羅場のような現場で一夏は大声で相手を萎縮させるように脅し、照秋は静かにしかしハッキリと抵抗の言葉を紡ぐ。

そして、業を煮やしたのか、一夏は突然照秋を蹴り上げる。

その衝撃に照秋はベッドから転げ落ちるが、一夏はそれを追従しさらにストンピングのように照秋を蹴る。

シャルルが止めても一夏は止めず、蹴り続ける。

勝ち誇ったように、照秋を詰り、貶し、罵倒する。

そこで、シャルルは自分の大きな過ちに気付いた。

そう、してはならないこと。

一夏の口車に乗せられ従ったこと。

そして、照秋を裏切ったこと。

 

シャルルは身を呈して照秋を守ろうとしたその時、救いの声が聞こえた。

部屋の入り口には、スコールと織斑千冬、そしてIS学園にいないはずのマドカがいた。

 

 

 

それからはまさに地獄だった。

一夏は自分の計画が上手くいっていると錯覚し、スコールとマドカに強気に出たが、なんとこの一部始終が監視カメラと盗聴マイクによって監視されていたという事実を叩きつける。

一転して一夏は顔を真っ青にしガタガタ震えだした。

千冬は一夏やシャルルを見ようともせず照秋の応急手当てを続ける。

 

シャルルは、ふと冷静になっている自分がいることに驚いた。

そして、この結末が因果応報であり、自業自得だと思うと妙に可笑しくなった。

そうだ、これは、身から出た錆であり、責任は自分にある。

――もう、疲れた――

――もう、どうでもいい――

チラリと照秋を見ると、頭から血を流し、白い制服を真っ赤に染めた痛々しい姿に心から謝る。

――本当に、ごめんね、照秋――

シャルルは意を決して声を張り上げる言った。

 

「違います! 今回の事は、全て僕が計画したことなんです!!」

 

「シャル……お前……」

 

驚いた表情でシャルルを見る一夏が何かを言おうとして、止めた。

シャルルが一夏を庇い、一夏はそれを否定しようとしたが自分が犯罪者になると思うと声が出なくなる。

結局、シャルルを助けるとか言いながらも自分がピンチになれば切り捨てる、そんな小さな男なのだ。

なんて情けない奴。

シャルルは心の中で悪態をつきながらも、一夏を見ずにマドカとスコールに言う。

 

「一夏は関係ありません。全て、僕が計画し、実行しました」

 

シャルルは自棄になっていた。

もう、自分がどうなろうがどうでもいいと。

でも、せめて被害を最小限にして、照秋に謝罪したい。

それだけを願った。

 

すると、スコールとマドカは大きくため息をついた。

 

「はあ……織斑先生、織斑一夏を反省室へ連れて行ってくれないかしら?」

 

スコールは一夏のクラスの担任である千冬に一夏を連行しろと言ったが、千冬は動くのを渋った。

 

「し、しかしまだ照秋の治療が……」

 

なにやら泣きそうな声を出す千冬にシャルルは驚いたが、そんな千冬にスコールはさらに言う。

 

「あなた、優先順位を間違えてないかしら? 照秋君のケガは、血が派手に出てるけど大したことないわよ。後は私たちが手当するから心配いらないわ。それより、あなたは一組の担任として責務を果たしなさいな」

 

ピシャリと言われ、千冬は渋々腰を上げ一夏の制服の襟首を乱暴に掴み引きずるように連れ出して行った。

千冬と一夏が出て行った後、マドカが照秋に近寄り上着を脱がせる。

さらにシャツも剥ぎ取り、上半身裸になる照秋。

シャルルは顔を赤くして手で見ないように隠すが、コッソリ指の間から照秋の体を見る。

ところどころに蹴られた痣が痛々しく、シャルルは顔をわずかに歪めるが、それを吹き飛ばしてしまう照秋の肉体に思わず見惚れてしまった。

大きく盛り上がった肩と背中、そして引き締まった胸と綺麗に六つに割れた腹筋。

まさに芸術作品だ。

その鍛え上げられたミケランジェロの彫刻のような肉体美に、シャルルは小さくため息をついた。

 

(すごい……セクシーだ……)

 

マドカは照秋の体を触診し負傷箇所を探す。

所々アザができているが、骨には異常がないことを確認するとホッと息を吐いた。

 

「まったく、頑丈な体だな。アレだけ力任せに蹴られて打撲程度とはな」

 

「日頃の練習の賜物だ」

 

「……まあ、否定はしない」

 

照秋とマドカは軽い口調で会話する。

照秋は思ったほどダメージが無かったようで、ホッとするシャルル。

マドカは冷凍庫から氷を取り出し、その氷を袋に入れ照秋の打撲箇所に当てる。

 

「制服は私が洗濯しといてやる。ちょっと氷持っとけ、頭見るから。…ちっ、あのバカ女、下手くそな包帯の巻き方しやがって、こりゃやり直しだな。じっとしてろよ、傷口の確認するから」

 

言われた通り身じろぎしない照秋は、静かに目を閉じ待つ。

そして甲斐甲斐しく照秋の世話をするマドカを見て、シャルルは不謹慎ながらも嫉妬してしまった。

 

(なんだよ照秋ったら、あんなに嬉しそうにしてさ……)

 

乙女フィルターがかかるとなんでもおかしく見えるものだ。

スコールは、そんなシャルルの心情を敏感に察知したのか、ニヤリと笑った。

しかし、今はそんなことより決着をつけなければならないことがある。

 

「シャルロット・デュノアさん」

 

本名を呼ばれ、ビクッと肩を震わせるシャルル。

その小鹿のように震える姿を見て、小さくため息をつくスコール。

 

「……何故かしら……つい最近似たような状況があったわね」

 

「……中国か……」

 

マドカも思い出したのか、嫌そうに眉を顰める。

 

「中国といいいデュノアといい、上が無能だと苦労するのは下だということを何故理解できないのかしら?」

 

やれやれ、と肩をすくめるスコール。

しかし次の瞬間、スコールの表情は獲物を見つけた肉食獣のように獰猛な笑みへと変貌していた。

チロリと舌を出し唇をなめる様が似合うと思いながらも、ゾクリと背筋が凍るようなその笑みに思わず顔をそらすシャルルだったが、そのそらした先にマドカの顔があり、硬直してしまった。

マドカは、口が裂けるのかと思うほどの歪んだ笑みを浮かべ、まるで新しいおもちゃを見つけたような子供の様な無邪気で、心底楽しそうな、そして残忍な笑みを張り付けていたのだから。

 

「さあ、狩りの始まりよ」

 

「そうだな」

 

その言葉は今から訊問を受ける自分に向けられたものなのか、それとも事の発端であるデュノア社に向けられたものなのか。

これから何が始まるというのだろうか?

シャルルにはわからないが、しかし決してただでは済まないだろうと、とんでもない重大事故になるだろうということは容易に想像できた。

 

「おーい、いつまでジッとしてればいいんだ?」

 

「あ、悪い悪い。忘れてた」

 

ただ、そんななかで全く空気を読まない照秋の発言が完全に浮いていたのだった。

 



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第48話 照秋の想い・贖罪

ただいま、会社の研修中のため、感想を返すのが難しい状況です。
なるべく全てに返信するよう努力しますが、かなり遅くなると思います。
ご了承ください。


スコールとマドカのドン引きの笑みを見たシャルルは、てっきり拷問まがいの非人道的な扱いを受けるかと思っていたのだが、淡々と事情聴取を受けるだけだった。

シャルルはIS学園に転入した理由であるデュノア社からの命令を白状した。

だが、スコールもマドカもその辺りは性別を偽っていたことは勿論、最初から全て把握していたらしく、シャルルを泳がせてボロを出すのを待っていたのだという。

ただ、照秋は全く知らされておらず、さらにシャルルが女だったこともわかっていなかったのだそうだ。

 

「お前は隠し事が出来ないからな。だから話さなかったんだ」

 

「ちなみに箒も知らないわよ」

 

「……俺と箒が馬鹿だから言わなかったみたいに聞こえる」

 

「……ハッ」

 

「鼻で笑われた!!」

 

照秋はショックを受け項垂れるが、今はそんなじゃれている状況ではないことは理解しているのですぐに真面目な顔に戻る。

そして、シャルルの顔を見るなり残念そうな顔をした。

 

「そうか……女の子だったのか……まあ、男にしては線が細いとは思ってたけど、ようやく同性の友達が出来て実は嬉しかったんだけど」

 

「今まで騙してごめんね」

 

シャルルにとって自分のせいで傷つけてしまった唯一心から謝りたい相手、だからこそ心から謝る。

まあ、照秋も残念に思いながらもそれほど気にしていない様子なのだが、そんなことよりもっと重要な事がある。

 

「それよりも、だ。なぜ織斑一夏と共謀して美人局(つつもたせ)みたいな事をしたんだ?」

 

「……それは……」

 

シャルルは包み隠さず話した。

一夏に女であることがバレてしまい、一夏にもすべてを告白したところなんとデータを盗む手伝いをすると言い出した事。

その後一夏が計画を立てシャルルは一夏に従い行動を取ったこと。

 

「あの馬鹿は、どれだけテルを憎んでるんだか」

 

マドカの言葉に、シャルルは全くだと頷く。

シャルルは一夏に弱みを握られ、バラされることを恐れ逆らえず渋々従っていたが、計画開始直前に止めようと言ったが一夏は聞き入れなかった。

それどころか、目的がすり替わってしまっていたのに驚き、さらに逆にシャルルを説得して計画を実行しようと言い出し、何もかもが逆転してしまっていたのだと言った。

 

「……僕を助けるためじゃなくて、照秋を貶めるために動いてたんだよ、一夏は」

 

「最近妙に私らの事を調べてるから一応警戒してたんだが、こんなくだらない計画だったとはな。警戒して損したわ」

 

そう言いつつも、マドカはIS学園の中で人の死角になりそうな場所全てに監視カメラと集音マイクを設置していたのだ。

これはキッチリスコールを通し教師達に許可を貰っているし、さらに生徒会長である更識楯無にも了解をもらっての行動である。

そんな厳重な警戒をしていることに気付かなかった一夏は、やはり素人だということだ。

 

尋問は続き、話はデュノア社の事に移る。

しかし、デュノア社の内情に関してはシャルルよりマドカ達の方が詳しいので特に新しい情報はなかったが、話がシャルル本人の事に変わる。

 

「さて、シャルロット・デュノア。お前の身の上の情報は把握している」

 

これを見ろ、とシャルロットは自身に関する調査結果が書かれた紙の束を渡され目を通する。

内容は自分の生い立ちから、今に至るまでの経緯が事細かく書かれており、中には自分が知りえない事実も書いてあった。

その中には母の家系に関することも触れていた。

 

「……母さんは、孤児だったんだ……」

 

だから親族がいなかったのかと納得した。

そして、母がいかに自分を愛していたのかが痛いほどわかった。

調査内容には、シャルルの母、サラ・ロセルは父テオドール・デュノアと出会う前まではアルバイトで細々と生活していた。

だが、たまたまアルバイト先のレストランでテオドールがウェイトレスとしていたサラをナンパし、母は軽い気持ちで受けた。

テオドールが妻帯者であることを知りつつしばらくして二人は肉体関係を結び、サラはテオドールを愛し、やがてシャルロットを身籠った。

サラはテオドールに妊娠したことを告白すると、堕胎しろと言い出した。

テオドールには迷惑をかけないから生みたいと訴えたが、テオドールはそれを受け入れなかった。

やがて、サラはテオドールと考えの違いからさっぱり愛情が醒めてしまい、別れを切り出した。

テオドールは別れる条件として、お腹の子供は認知しないこと、今後一切全ての関係を断ち切るという契約書に署名させられ、その条件を呑んだうえでわずかな手切れ金を渡し、サラはそれを受け取り二人の関係は終わった。

その後サラは無事出産、子供の名前をシャルロットと名付けた。

孤児であったサラは、家族が出来たことに至福の喜びを感じていた。

育児は大変だったが、シャルロットの笑顔を見ているだけで満足だった。

そう、サラは家族が欲しかったのだ。

シャルロットはすくすく育ち、元気な良い子だった。

良い子ながらもわんぱくで、近所の子供たちのリーダーになり喧嘩をすれば男の子にも勝ってしまうほどだった。

そして、町の住人達はそんなシャルロットを愛してくれた。

サラも、唯一の家族であるシャルロットを愛した。

しかし、女手一つで子育てするのは大変だった。

特に孤児出身のサラはまともな学歴もなく、それ程実入りの良い仕事に就けない。

ならば、仕事の数を増やすしかなく、その結果無理が祟り過労で倒れた。

そして入院した時の検査で全身の癌が発見された。

手遅れと言われ、さらに余命は半年ほどとまで言われた。

サラは泣き崩れた。

愛するシャルロットを置いて、死んでしまう自分の運命を呪った。

しかし、延命しようにもそんな大金はない。

ならば自分が出来る事をしようと考え、シャルロットの前では気丈に振る舞い、一人で生きていけるように家事一般を教え込んだ。

そして、サラは死ぬ間際までシャルロットの前では笑顔でい続けたのだった。

 

これらの事は当時サラの担当だった医師や看護師から聞き取り、さらに裏付けも取っているものだが、当時サラは自分が苦しんでいたということをシャルロットには自分が死んでからも絶対に教えないでくれと言っていたそうだ。

 

「……母さん……母さん……」

 

涙が溢れ、調査書にポツポツと雫がこぼれる。

改めて知らされる母の愛情に、シャルル……いや、シャルロットの今まで張りつめ追い込まれていた心が決壊してしまった。

何故こんなことになったんだろうか。

何故こんなに苦しいのだろうか。

何故、何故、何故。

ああ、会いたい。

母に、会いたい。

あの幸せな生活に戻りたい。

 

「お母さん……おかあさぁん……! 会いたいよう……あいたいよう……」

 

幼児退行したようにお母さんと繰り返し、嗚咽交じりに涙を流すシャルロットを、マドカも、スコールも、照秋も止めることなく見守っていた。

そんなシャルロットを見て、スコールは照秋の脇腹を肘で突き、顎をしゃくる。

その指示の内容が理解できた照秋は、思いっきり首を横に振ったが、スコールは構わず小声で指示を出す。

 

(待て待て待て! 俺には難易度が高すぎる!! しかも脈絡がなさすぎる!!)

 

(いいのよそんな細かい事は。男を見せなさい照秋君。そもそもシャルロットさんがこんな状況になった原因の一端はあなたにもあるのよ)

 

(えっ!?)

 

(ほら、早くしなさいな)

 

スコールに背中を押され、ノロノロと腰を持ち上げ、照秋はシャルロットに近付く。

しばらくあーとかうーとか呻き、ようやく決心した照秋は、泣くシャルロットの肩を掴み強引に抱き寄せた。

 

「ふわっ」

 

シャルロットはいきなり抱き寄せられ驚き照秋の顔を見ると、シャルロットの方を見ず逸らしているが照秋の顔は真っ赤になっていた。

恥ずかしいのに、自分を慰めてくれる照秋が愛おしく。

散々ひどい事をしたのにその事を一切責めない照秋の度量の深さに感服し。

そんな大きな照秋の、大きな体で包み込まれ安心感を覚えたシャルロットは、もう我慢できず照秋にしがみつき顔を擦り付け、大声を上げて泣き続けた。

 

 

 

「テル、ちょっとこっち来い」

 

マドカに呼ばれ、ようやく泣き止んだシャルロットの頭を優しく撫でながら気持ちを落ち着かせることに専念していた照秋は、シャルロットから離れ部屋の外に出る。

 

「単刀直入に聞く。お前シャルロットをどうしたい?」

 

マドカは照秋に聞く。

シャルロットの過去を知り、現状の過酷な環境を知り、それを照秋が知ってどうしたいのか。

 

「助けたい」

 

ハッキリと、簡潔な言葉で自分の意思を伝える。

だが、マドカはそんな照秋の答えがわかっていたのだろう、小さくため息を吐く。

 

「同情か? あいつは無理矢理の命令とはいえ、犯罪行為を犯した。それにお前も巻き込まれ怪我までした。普通考えてもあいつは許される人間じゃないぞ」

 

「確かに同情もあるし、シャルルの行動は看過できない。それでも、それを差し引いてもシャルルの置かれている環境は劣悪すぎる」

 

照秋は怒っている。

テオドールに怒る。

それが父親のすることか、と。

一夏に怒る。

なぜ心の支えにならず、利用し目的をはき違えたのか、と。

そして、自分に怒る。

シャルルの心の変化に気付かず、上っ面で付き合っていた馬鹿者よ、と。

 

「俺の贖罪だ」

 

「……そうか」

 

照秋はつまりこう言いたいのだ。

自分が我慢すればいい。

シャルルは、これから幸せになるべきだ、と。

そんな照秋の思いがわかったマドカは、短くうなずくと、ニカッと笑った。

 

「わかった。では、これからワールドエンブリオはシャルロットデュノアを保護し、攻勢に出る」

 

「え? 会社が絡むの!?」

 

「当たり前だ。お前の意思はワールドエンブリオの意思であり総意だからな。そもそもデュノア社に仕掛けるのとシャルロットを保護するのは別件であって、決定事項だ。だから、我々は全力でデュノア社に対応するぞ」

 

ちょっと待てなんでそこまで大きくなるんだと言いたかったが、マドカはものすごく嬉しそうに笑いさらにこう言った。

 

「さあ、これから楽しくなるぞ!」

 

マドカはクククと意地の悪い笑い声をあげる。

会社が絡むということは、社長である篠ノ之束が絡むということだ。

それはつまり。

 

「……デュノア社……終わったな」

 

照秋は顔も知らぬデュノア社の社長に、合掌したのだった。

 

 

 

マドカと照秋が部屋に戻ると、緑茶のペットボトルに口をつけチビチビと飲んでいたシャルロットを見て、大分落ち着いたと判断し、マドカは本題を切り出す。

 

「シャルロット・デュノア、良く聞け。我々ワールドエンブリオはデュノア社に対し攻勢に出る」

 

マドカのその言葉に、力なく頷くシャルロット。

 

「……じゃあ、僕も……」

 

諦めの表情で、しかし自分に待ち受けるデュノア社との過酷な未来を創造し、顔を青ざめさせ体が震える。

だが、次の一言でその考えは覆る。

 

「お前は我々が保護する」

 

「……え?」

 

言っている意味が理解できないのか、シャルロットはポカンとする。

 

「僕は、デュノア社の社長の娘で、スパイで、照秋に酷い事をした。とうてい許されるような状況じゃあないよ。……そ、それに、もしかしたらこんな状況も作戦かもしれないんだよ?」

 

シャルロットは、自分が行った行為が許されないことだと自覚しているからこそ、保護するなんて甘い事を言い出すマドカに対し何を言っているのかと反論するのだ。

だが、マドカはそれを鼻で笑い一蹴した。

 

「ハン、もし私たちを騙せるほどだったら、逆に天晴と言って拍手してやる。デュノア社ごとき三流企業の情報なんざ私らに取っちゃあザルなんだよ」

 

それに、とマドカが続ける。

 

「これはテルの意志だ」

 

マドカがそう言うと、シャルロットはバッとものすごい勢いで照秋を見た。

 

「テルが、お前を助けたいと言った。お前を許すと言った。でも私たちはまだお前を許せるほど納得はしていない。しかし、だからこそ私たちはそのテルの言葉に従う」

 

「照秋……」

 

騙し酷い事をした自分を許し、さらに守ると言う照秋に対して、なんて心の広い男なんだろうと感激する。

そしてまた感極まったのか、目じりに涙を浮かべるシャルロット。

だがしかし。

 

「まあ、シャルロットさんがこんな状況になった原因の一端は照秋君のせいでもあるしねえ」

 

「……あ」

 

スコールのその一言で、シャルロットは思い出した。

ハッキリ言ってそれは逆恨みであるし、お門違いな話ではあるが、そんなふうに言われたら、じわじわと照秋が憎らしくなってきた。

 

「そもそも、お前がシャルロットを選んでりゃあこんな大事にはならなかったんだ」

 

まあ、その時はデュノア社っていうお荷物が付いてきたがな、と毒を吐くマドカ。

しかし照秋はマドカやスコールの言っている意味や、シャルロットが怒っている理由がわからず首を傾げる。

そこで、スコールは照秋の机の横に平積みされている世界各国から寄せられたお見合い写真を漁りはじめ、一枚の写真を取り出し照秋に渡した。

 

「これを見なさい」

 

そこには、白いワンピースを着たブロンドの少女が写っていた。

青空をバックに麦わら帽子を手で押さえ、ヒマワリの様な笑顔を向けてくる色白な美少女だ。

若干光を当てすぎたのか飛ばし過ぎな感じがするが、年齢は外国人ながら童顔に見えるから年下と推測する。

照秋はその写真を見て、首を傾げる。

 

「これが何か?」

 

「よく見なさいな」

 

「んん?」

 

じっくり写真を見る。

確かにかわいい娘だと思う。

だが、かわいいと思う事と、自分の好みは違う。

プロのカメラマンを起用したのか、本当に写真集の中の一枚の様な全体が見えるように動きのある構図。

なんだろうか、心霊写真なのだろうか、それともUFOでも写っているのだろうか。

透かしてみたり、遠近を変えたり、角度を変えたりと様々な方法で見てみるが何にも起こらない。

いくらじっくり見てもまったく何があるのかわからない照秋はとうとう考えるのを放棄した。

 

「アナタねえ……はあ。その写真はシャルロットさんよ」

 

「えっ!?」

 

本気で驚く照秋。

写真と目の前のシャルロットを何度も見比べる。

あまりにもじっくり見られるので、シャルロットは恥ずかしくて顔を赤くし身じろぎするが、次の照秋の一言でそんな気持ちは吹き飛ぶ。

 

「今の写真の技術ってすごいな」

 

「ちょっとそれどういう意味!?」

 

おもわず声を荒げ照秋に掴みかかるシャルロット。

 

「なに!? 写真を加工してるって言いたいの!? 実物はそんなでもないって言いたいの!? ああそうなんだ! 道理で今まで気付かないはずだよね!!」

 

ガクガクと照秋の肩をゆすって怒るシャルロット。

なんと照秋はシャルロットの気合いを入れたお見合い写真とシャルロットを別人だと思っていたのだ。

そもそも、照秋は全く性格のわからない女性と会うつもりなど端からなかった。

クラリッサはきっかけこそ写真のインパクトで選んだが、千冬から人物像を聞いて確認したし、ナターシャにしてもスコールの知り合いだから会うことにしたのである。

だから、その事に対しツッコまれても照秋にとっては言いがかりだし、IS学園に転入して出会っても何の疑問も持たずシャルロットと接していたのである。

これほど女の自尊心を傷つけられたことはないと、シャルロットは憤慨するし、横ではスコールとマドカも照秋という人間を理解しながらも、女として怒って当然だと、うんうん頷いている。

 

「照秋のバカー!!」

 

羞恥と怒りに、シャルロットはポカポカと照秋の体を叩き続けるのだった。

 

 



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第49話 デュノア社の最期・フランスの膿

株やら軍やらはツッコミなしの方向で。
これはフィクションですから。
それに、近未来ならこういったことも可能になるかもしれませんしね。


一連の話を聞いていた篠ノ之束とクロエは、翌日より嬉々としてデュノア社に攻撃を仕掛けると言い、マドカとスコールを交え作戦を練る。

その話をする時の四人の顔は、どす黒い笑みを浮かべたまさしく「悪人」のようだったと、後に照秋と箒は語る。

まず表ではワールドエンブリオの企業としてデュノア社の株を大量買収するように動き出した。

急遽の大量買収に一時デュノア社の株価が跳ね上がったが、全く気にせず買い続ける。

デュノア社はワールドエンブリオが自社株を大量買いし始めたことに危機感を覚え、他の自社株保有者に売らないように通達したが、それが逆効果だった。

ワールドエンブリオがデュノアの株を大量保有し続けているとマスコミに大々的に記事にされたのだ。

ハッキリ言って落ち目であるデュノア社の株を大量買い付けしているのがいま世界で最も急成長している有名IS企業がデュノア社の株を買い付ける目的は一つしかない。

それは、経営統合もしくは乗っ取りである。

投資家からすればどちらに期待するかといえば、後者であろう。

別にワールドエンブリオはデュノア社を乗っ取ると公言しているわけではないし、コメントもしていない。

企業が他社の株を保有し資産とするのはどこでも行っている行為である。

ただ、世間がそう解釈し勝手に盛り上がっているだけである。

そうしてワールドエンブリオは着々とデュノア社の株を買収し、短期間で5%の株を保有した。

5%以上の議決権を有する株主は、経営の一定の側面に関する報告を作成する専門家の選任を会社に求める権利を有する。

つまり、デュノア社の経営に口出しできるのだ。

しかしワールドエンブリオは株の買収を止めない。

そんなワールドエンブリオの動きに、デュノア社は楽観的だった。

何故なら、会社の3分の2以上の議決権を保有できる株はデュノア社社長のテオドールと、フランス政府が保有しているからである。

3分の2以上の議決権を保有する株主は、定款の変更、資本増加、合併または解散を決議することができる。

この防波堤さえ守れば、どれだけ株を買収されようがやりようはある。

しかも、ワールドエンブリオがデュノア社の株を保有していることにより、マスコミは「経営危機のデュノア社は不死鳥のごとき蘇る」と見出しに、勝手に良い風に解釈しさらに株価が上昇したのだ。

デュノア社にとって追い風が吹き、社内でもワールドエンブリオから技術提供の話が来て第三世代機が作れると勝手に良い解釈が広まっていた。

デュノア社の懸念としては、ワールドエンブリオが株式会社であるが株式上場をしておらず株保有できないという事と、ワールドエンブリオ側から一切の連絡などの接触が無いところなのだが、些末なことだと切って捨てた。

そんな裏では、ワールドエンブリオはフランス政府の政治家とズブズブの関係を裏を取り確保、更に全社員の個人情報すべてを網羅しスキャンダルだけをピックアップする。

さらに、脱税、不正経理、使途不明金の流出先、賄賂、下請けへの違法な圧力など、様々な黒い所業を確保していく。

そして、密かにシャルル・デュノアという架空の男性戸籍を抹消し、シャルロットの戸籍を新たに作成した。

現在の正式な戸籍はシャルロット・デュノアとして、テオドール・デュノアの実子として親子関係になっている物を、旧姓のロセルとして新たに作成、さらにテオドールとは戸籍上全く関係のない他人として経歴作成も徹底したのである。

そして、現在のシャルロット・デュノアの戸籍には、死亡扱いとされ除籍。

書類上ではシャルロット・デュノアはこの世には存在しない人間となったが、これをテオドールが知るのはしばらく後だった。

 

ここまでの流れが「シャルロットと一夏の美人局事件」から一週間の流れである。

あまりのスピードに、シャルロットは驚きを通り越し呆れてしまった。

 

「……フットワーク軽いね」

 

「攻撃の最大の武器はスピードだ。相手に気付かれず、防御させない速攻の攻撃、つまり先手必勝だな」

 

言う事はわかるが、それでも早すぎる。

しかも自分の戸籍までいつの間にか改竄され、姓もテオドールに引き取られる前のロセルに戻っているのだから驚くしかあるまい。

 

現在シャルロットはあの事件以降、学園の授業を風邪と偽り休み、さらに一夏と部屋も別れマドカの部屋に居る。

事が収束するまで人前に出ない方がいいということで一組担任の千冬にも了承を得ている。

そして、今回の発端である美人局事件についても公にせず内々にしてしまおうということでワールドエンブリオ関係者、千冬達関係した教師と生徒会長、そして学園理事長の間で決着がついた。

いずれはシャルロットの事を正式に発表するが、その発端である事件に一夏が絡んでいることが不味い。

ハッキリ言って一夏の行いは犯罪であり警察に突き出すほどの事なのだが、世界で二人(シャルロットも入れると三人)のIS男性操縦者のスキャンダルは避けたい。

とはいえ、一夏に御咎めなしとはいかないので、一夏には今回の犯罪行為を見逃す代わりに一切の口外を禁ずるという契約を結び、さらに放課後千冬直々にISの訓練と称して一夏の性根を叩きなおすシゴキが毎日行われており、その所業たるや付いてきた鈴が涙目で震え「もうやめたげてえ!!」と叫ぶほどのものだったという。

そういうわけで、学園内でもこの事は広まっておらず、情報が外部に漏れることはない。

 

「でも、なんか表側でやってることが攻撃とは逆の様な……」

 

シャルロットの言い分も尤もである。

事実、シャルロットは提示報告をテオドールにするのだが、その時のテオドールの機嫌がすこぶるいいのだ。

報告内容はマドカ達に言われたように、なんとか技術提携出来ないか提案し良い感触だというウソの報告をしている。

実際にデュノア社の株を保有しようとワールドエンブリオが動いているし、それによって株価が上昇しているしで疑う余地などないのでその報告を鵜呑みにしているのだ。

 

「一ついい事を教えてやろう」

 

マドカはピッと人差し指を立てた。

 

「幸福な時間が長く、高ければ高いほど、その後訪れる絶望が際立つんだよ」

 

ニヤリと笑うマドカを見て、シャルロットはドン引きした。

 

 

 

そして、マドカの言うとおり、デュノア社が転げ落ちる時が来た。

急遽ワールドエンブリオが保有していたデュノア社の株を全て売却したのだ。

これによって急激な株の下落が発生したのだが、取引終了時間間際に行われたことで他の株主は混乱した。

さらに次の日、デュノア社はおろか、フランス全土を震撼させる報道がなされる。

デュノアの闇、フランス政府の闇、そしてズブズブの関係そのすべてが世界中のマスコミに流されたのである。

さらに国際刑事警察機構いわゆる[ICPO]にもリークされ信憑性のある情報と判断され、フランスに本部を置くICPOはフランス国家警察介入部隊[GIPN]にデュノア社幹部とリストに上がった議員たちを拘束するよう要請した。

しかし、そのリストの中に内務大臣と中央治安委員会までもが混じっており、GIPNは直轄である中央治安委員会から待機命令を出され動けなかった。

その内務大臣と中央治安委員会の行動をテロ行為とみなしたフランス首相は、即座に判断しフランス国家警察特別介入部隊[RAID]を投入、内務大臣や中央自治委員会はもとよりリストに上がった議員や関係者を悉く逮捕、拘束。

国外逃亡を図った者もいたが国際指名手配がなされ、すぐに捕まった。

 

デュノア社社長のテオドール・デュノアはこのリークがワールドエンブリオの仕業だと感じていた。

でなければ前日に株を全て売却するはずがないのだ。

慌ててデュノア社はワールドエンブリオに連絡を取る。

普段は受け付けの時点で門前払いされるが、今はそんなところで引いている場合じゃない。

だが、テレビ電話に出たのはいつもの受付ではなく、ワールドエンブリオ社長の鴫野(しぎの)アリス本人だった。

その顔は特段美人というわけでもない、ごく一般的な日本人顔で、”印象”にあまり残らないというのが”印象”の女性だ。

ちなみにこの鴫野アリスというのは架空の人物で、映像としてマスメディアに露出する際はCGや遠隔操作するアンドロイドを使用しているが、中身はクロエと篠ノ之束である。

 

『あら、何の御用かしら、デュノア社長』

 

にこやかに笑う鴫野アリスに、テオドールは怒りをあらわにする。

 

「何の用かだと!? ふざけるな!!」

 

大声で画面に詰め寄るテオドールに反し、鴫野アリスは未だ笑顔を崩さない。

 

「我が社の株をすべて売却した翌日に政府と我が社の不利益になる情報が流れた! タイミングが良すぎる!!」

 

何故こんな真似をする!! とテオドールは叫んだ。

しかし、鴫野アリスは淡々とした口調で言い返す。

 

『我が社が行ったという証拠は?』

 

そう言われると言葉が出なくなるテオドール。

そう、情報源を探ったが、全て見事に足跡一つ残していないのだ。

情報提供に使用した情報端末の種類から、場所、日時、回線、IPアドレス、全てが綺麗に残っていないのである。

それでもICPOやRAIDが動くほど信憑性のある、裏付けのとられた情報だということだ。

 

『まあ、丁度いいタイミングで売却できて、儲けさせてもらいましたよ』

 

皮肉に聞こえた言葉に、テオドールは歯を食いしばる。

そして、鴫野アリスは笑顔のままこう言った。

 

『因果応報という言葉をご存じかしら』

 

「……なに?」

 

『仏教の言葉で、人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという言葉よ。行為の善悪に応じてその報いがあることを言って、良いことをすると善因善果、悪い行いをすると悪因悪果と言われているわ』

 

「それがどうしたというんだ!」

 

テオドールは痺れを切らし再び大声を出す。

しかし、次の瞬間、顔を青ざめさせる。

 

『自分の娘を使って我が社のISのデータを盗みだしそうとするから、その報いが来たのよ』

 

テオドールは口をパクパクと開き声が出ない。

まさか、ばれている!? 

そう思っていても、認めると状況がさらに悪化する。

 

「我が社は再三貴社と技術提携したいと申し込んでいる。それを断ってきたのは貴社ではないか!」

 

『そもそも、デュノア社のノウハウだとか、ラファール・リヴァイヴの生産ラインを使えだとか、わが社にまったくメリットのない提携内容を持ち込んで、それが通じると思って? 要するに竜胆や赤椿のデータだけを寄こせっていう事でしょう?』

 

「そんなことはない! 我々デュノア社の作ったラファール・リヴァイヴで培ったノウハウは貴社に役立つはずだ!!」

 

『いいえ、ゴミにもならないわ』

 

「なっ……!?」

 

バッサリ言う鴫野アリスに声も出ないテオドール。

確かに、デュノア社が求める竜胆や赤椿のデータに対し、ラファール・リヴァイヴの生産ラインという取引材料では釣り合わないことは承知してたが、それでも企業としてはデュノア社の方が上であるし、自分たちならば竜胆や赤椿のデータをより有効に活用できると思っていたからだ。

 

『どちらの立場が上なのか理解してないから自分の現状の変化にも気付かないのよアナタは』

 

「なんだと?」

 

『まあ、これから自分を見つめなおす時間はたっぷりあるのだから、じっくり考えなさい。獄中でね』

 

そう鴫野アリスが言ったと同時に、テオドールの背後にあるドアが開かれた。

そこには、数人の武装したRAIDがなだれ込み、テオドールを囲む。

 

「デュノア社社長テオドール・デュノア、貴様を逮捕する」

 

テオドールは舌打ちし、素直に従い拘束された。

結局テオドールはワールドエンブリがこの騒動に関わっているという証拠を得ることが出来なかったが、それでもまだ逆転の手段はあると思っていた。

それはIS学園に送り込んだ娘のシャルロットである。

従順になるように教育し、学園内でも命令通り動いている。

その娘にワールドエンブリオのスキャンダルなり黒い噂なりを見つけさせ、逆に脅迫し乗っ取ってやろうと思ったのだ。

自身の処遇に関しても政府に金を握らせれば済むと考えていた。

しかし、そうはならなかった。

 

まず、IS学園のシャルロットと連絡が取れなくなった。

しかたなく政府を通じて連絡を取ろうとしたが、ここで話がおかしくなってきた。

 

「シャルル・デュノアという人間は存在しない」

 

何を言っているのかわからなかったが、その政府役人は続ける。

 

「今回のデュノア社の事件においてデュノア社に関すること全てを調べたが、シャルル・デュノアという人物の戸籍が見つからなかった」

 

何を馬鹿な、とテオドールは思った。

テオドールデュノアの息子というシャルル・デュノアの架空戸籍を作成し、戸籍管理をしているホストコンピュータに侵入して登録させたのだ。

後日ちゃんと登録されているか確認もしている。

そのデータが消滅しているという。

では今IS学園に居るシャルル・デュノアはなんなんだと問い詰めると、役人は無言だった。

ならば、実子のシャルロット・デュノアと連絡を取りたいというと、役人はとんでもないことを言った。

 

「娘のシャルロット・デュノアは2年前に事故で亡くなってるはずでは?」

 

「なっ……!?」

 

この事件の後、フランス政府は首相指導の元、徹底的にテオドールの経歴を調べた。

当然家族構成も調べる。

その時に発覚したのが、実子のシャルロット・デュノアの死亡である。

2年前にモナコへ家族旅行に行った際、シャルロットは一人で港で遊んでいた時不注意で海に落ちてしまい溺死した。

そのため、デュノアの戸籍から除籍していると。

つまり、シャルロット・デュノアもこの世にはいないと言っているのである。

 

「そんな馬鹿な……」

 

役人は、テオドールが疲れて夢と現実の区別がつかないと判断し、もうテオドールが何を言っても取り合わなかった。

 

「待て! 待ってくれ!! そんな筈はない! シャルロットは生きている!! IS学園にいるんだ!!」

 

遠ざかる役人の背中に叫び訴える。

 

「シャルル・デュノアはシャルロットが男装してIS学園に居るはずだ!! 連絡を! 連絡を取らせてくれ!!」

 

テオドールの叫びは空しく拘置所に木霊するのだった。

 

 

 

さて、その後の後始末として、シャルロットの件である。

フランスの大統領にワールドエンブリオが接触し、シャルロットの身の保証を確約させた。

今回の一連の騒ぎについて、リークしたのはワールドエンブリオであることを告白しつつ、シャルロットの置かれている立場も説明した。

その事情を全て知り理解した大統領は、首相と相談しワールドエンブリオが用意したシナリオで世論に発表することを決定した。

 

○「シャルロット・デュノア」という人間は存在しない。

○「シャルロット・ロセル」が二年前母が死に生活に逼迫したときデュノア社社長に拾われ、ISのテストパイロットとして活動、その後社長の命令で男性と偽ってIS学園に転入。

 彼女たちの間に肉親の関係はない。

○目的は経営危機であるデュノア社の広告塔であり、また政府の一部議員とデュノア社が秘密裏に画策したものであり、責任追及は行う。

 しかし世間を騙している事に心を痛めたシャルロットがワールドエンブリオに保護を求め、その後フランス政府に報告、政府はしかるべき処置を行った。

○これに関して、デュノア社のスキャンダルや政府高官や政治家の大量逮捕は関係ない。

○シャルロット・ロセルのフランス代表候補資格を剥奪、専用機没収

◯今後の身柄に関してはワールドエンブリオに一任する。

◯しかしシャルロット・ロセルも命令とはいえ人を騙した事には違いないので、フランス国内にて奉仕活動をすること。

 

ここで重要なのはシャルロットの転入目的がスパイではないこと、そしてワールドエンブリオもフランスの混乱には関与していないということである。

さらに、この騒ぎに関してフランス政府が尻拭いしろというのだ。

だが交換条件として、ワールドエンブリオはデュノア社の後釜としてフランスに支店を置きフランス防衛のISに関して竜胆を提供し、現在世界に販売しているラファールリヴァイブのケアは引き継ぐとする。

ただしイグニッションプランには参加しないという条件付きだが。

この条件には大統領も首相も歓喜した。

いま国内はデュノア社と一部議員のせいでガタガタであり、世界中からバッシングを受ける大変な時期に、さらに第三世代機開発で他国から遅れているフランスが、他国の企業とはいえ世界最高峰の技術を有するワールドエンブリオがフランスに協力すると明言したのだから。

これは体の良い飴と鞭なのだが、首相も大統領も何も言わなかった。

これは世界でのマイナスイメージを幾分か挽回できると思ったからだ。

事実このワールドエンブリオフランス支店については世界各国が嫉妬したほどだ。

ただイグニッションプランを辞退しなければならないのは惜しいが、それでも競い合う理由がなくなったので問題はない。

 

こうして、シャルロットとデュノア社、ワールドエンブリオを巻き込んだ一連の事件は一応の終息を見た。

すべて、ワールドエンブリオの主導で行われ、真実は闇へと葬られるのだった。

 

 



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第50話 千冬の決意

「何を休んでいる! さっさと立たんか!!」

 

千冬が打鉄を纏い、地面に這いつくばっている一夏に怒鳴る。

一夏は、プルプル震え雪片弐型を杖代わりに立ち上がるが、ぜえぜえと息は荒く、目も虚ろだ。

地面の土によって泥だらけになった一夏は、泣きそうになっている。

 

「……も、もうやめてくれ……千冬姉……」

 

弱音を吐く一夏に対し、千冬は眉を吊り上げ怒鳴る。

 

「何を軟弱な事を言っている!! これしきの事で弱音を吐きおって!! 立てえっ!!」

 

千冬は、フラフラとしている一夏に蹴りを入れ吹き飛ばす。

何の抵抗の出来なかった一夏はそのまま壁にぶつかり倒れる。

 

「さあ、立て! 構えろ!!」

 

千冬の激に、ぐったりとして動かない一夏。

千冬は、その軟弱な態度の一夏に呆れ呟く。

 

「照秋ならば、こんなことぐらいでへこたれないのだがな」

 

ピクリと一夏の肩が動く。

それを見た千冬は、さらに続ける。

 

「どうした一夏。あれほど自分に劣ると言っていた照秋に劣ると言われて悔しいのか? だが事実だ。アイツは毎日、この倍以上の練習を自分に課している。しかもそれを3年間一日も欠かさずだ」

 

項垂れていた頭を持ち上げ、千冬を睨む一夏。

先程まで虚ろな目をしていたのに、今は火が灯ったようにギラついている。

 

「……俺は、あんなクズより強い……」

 

吐きだすような言葉は、かすれて千冬には聞こえない。

しかし、聞こえずとも千冬は一夏の口の動きで読み取り、鼻で笑った。

 

「フン、現実を見ろ。口だけは立派に育ったが、自分の力量と照秋の実力を推し量れないようだな」

 

「……るせぇ」

 

一夏の呟きに千冬は目を細め、さらに続ける。

 

「クラス代表になり、専用機を受け取り胡坐をかいて何もしない。それで強いといえるとは笑わせてくれる」

 

「……るせえよ……」

 

「オルコットが何故代表決定戦以降お前を相手にしないかわかるか? それはお前に期待していないからだ。クラス対抗戦で何故凰といい試合が出来たと思う? それは凰が手を抜いてお前に華を持たせようとしたからだ」

 

「うるせえよ!!」

 

一夏は叫ぶ。

 

うるさい。

うるさい!

言われなくても気づいてたんだよ!

それでも俺は織斑一夏なんだよ!

主人公なんだよ!

ご都合主義で俺が最後にいいところを掻っ攫うんだよ!

でもアイツが邪魔なんだ!

照秋が!

あのクズが邪魔なんだよ!

アイツが俺の倍以上練習してる!?

知るかそんなもの!

あんな出来損ないのイレギュラーのせいで原作のストーリーが崩れてわけわかんなくなってるんだよ!

 

「アイツが俺の邪魔ばっかするから! アイツをここから追い出してやろうとしたのに!!」

 

なんなんだアイツの周囲の人間は!?

マドカだ!?

スコールだ!?

お前ら原作じゃあ亡国機業だっただろうが!

ワールドエンブリオ!?

そんな企業知るか!!

箒も!

セシリアも!

俺のハーレム要員だろうが!!

 

「アイツらが邪魔さえしなけりゃ万事解決したんだよ!! 俺の邪魔する奴は全員敵だぁっ!!」

 

涎をまき散らし喚く一夏の目は狂気に満ちていた。

それを見て、千冬は苦痛に顔を歪めるように歯を食いしばり、小さくつぶやいた。

 

「馬鹿者が」

 

千冬は近接ブレードで一夏の腹を思いっきり殴り再び壁にぶつかり、その反動で一夏は地面を転がる。

ついに一夏は気絶し、ピクリとも動くことはなかった。

千冬は白目をむき気絶する一夏を眺め、一週間前に起こった出来事を振り返った。

 

 

 

 

「織斑千冬、話がある。ついて来い」

 

いきなりマドカにそう言われ、千冬は眉を顰める。

 

「織斑先生だ。それと教師には敬意を払って敬語を使え」

 

「知るか。お前に敬意なんぞ持つわけないだろうが」

 

「貴様……」

 

ピクピクとコメカミを痙攣させマドカを睨む千冬。

普通の生徒ならその睨みで縮こまるだろうが、マドカはそんな睨みなど何とも感じていないのか、鼻で笑う。

そんなピリピリした空気の中、スコールが間に入り宥めた。

 

「まあまあ。あなた達本当に仲が悪いわね」

 

困った表情で二人の顔を見るスコールは、まあ仕方がないと思っている。

マドカは千冬のクローンである。

育った環境が違うので基本的な思想や様々な事が異なるためほぼ他人のようなものだが、それでも互いに何かと衝突してしまうのは仕方がない。

いわゆる同族嫌悪というやつだ。

まあ、二人の場合は同族というより同一であるか。

とにかく、今は二人をなんとかして行動に移さなければならない。

 

「以前からマドカが照秋の護衛手段として学園内に監視カメラと盗聴マイクを設置したでしょう?」

 

「ああ、知っている」

 

マドカから学園内の死角となる場所に監視カメラを設置する許可が欲しいと要請があった。

照秋を守るためという名目だが、しかし死角になる場所に監視カメラを設置するというのは教師側としてはありがたい。

ブライバシーの観点からは考えられないことだが、しかしIS学園は特殊な学園である。

全世界のエリートたちが集い、ISについて学びに来るのだ。

当然各国の啀み合いや牽制、様々なことが行われる。

学園内の平和を守ろうとすると、どうしても汚れ仕事が必要になるのだ。

それに、どうしても教師だけではカバーできない事というのはある。

特に男性操縦者という特殊な立場にいる照秋や一夏にはいつどこで様々な接触があるかわからない。

生徒会長である更識楯無にも協力してもらい、各所に監視カメラと盗聴マイクを設置したのだ。

勿論、毎日録画、録音したデータは学園側に提出し不正に扱っていないことを証明している。

この辺り、マドカはキッチリしているのだ。

 

「とにかく、付いてきてくれるかしら」

 

千冬はスコールに言われ、渋々つきあうのだった。

付いてきた先は寮内のマドカの部屋だった。

 

中に入ると、モニタが壁一面に設置され、様々な場所を映し出していた。

 

「……これは、監視カメラの画面か?」

 

「ああ、設置したカメラ全て網羅している。ああそうだ、今回の事が終わったら学園に還元するからそのままセキュリティとして使っていいぞ」

 

「それはありがたいが……」

 

無数のモニタを見て絶句する千冬は、一体マドカはどれほど照秋を守るために労力を費やしているのか考える。

照秋の護衛が仕事とはいえ、この行動は異常とも取れる。

 

「それで、こんなものを見せるために私をここに連れてきたのか?」

 

千冬がマドカに訪ねると、そうだ、と短く答える。

そして、何故こんなに監視カメラを設置したのかという理由を語りだした。

 

「きっかけは織斑一夏だ」

 

「一夏が?」

 

「あいつ、ここ最近私や箒、セシリアのスケジュールや日々の行動をコソコソ調べてるんだ」

 

「……何故そんな事を……?」

 

「恐らくだが、共通点として私たちは全員いつもテルの傍にいる。その人物のスケジュールを調べ、テルの傍を離れるタイミングを調べているのだと思う」

 

「つまり、照秋が一人になるタイミングを待っている、と?」

 

何故そのような事を調べる必要があるのだろうかと千冬は顎に手をやり考える。

 

「まあ、どうせ碌な事じゃあないだろうがな」

 

マドカはフンと鼻を鳴らし、スコールも苦笑している。

 

「だから、今日私は『ワールドエンブリオに出向く用事があってテルから離れる』ということになっているし、箒も『剣道部部長との要件で傍にいない』し、セシリアも『ISの整備で今日一日整備室から離れられない』」

 

「つまり、今照秋は一人というわけ」

 

「あの馬鹿が動く絶好のチャンスというわけだ」

 

要するに、一夏が何か馬鹿な事をするかもしれないからお前も見張って、しかるべき処置を取るために協力しろということだろう。

一夏は1組であり、1組の担任である千冬に職責を全うせよと言っているのだ。

千冬は、無言で無数のモニタを睨んだ。

 

 

 

そして、10分程して事態は動きだした。

 

「来た」

 

マドカは手元のキーボードを操作し、一つのモニタを大画面に映し出す。

 

「ふむ、テルの部屋……隣か。よし、何かあればすぐに飛んで行けるな」

 

「ええ」

 

マドカは照秋が映し出された場所を照秋自身の部屋であると確認し、スコールを一瞥して互いに頷く。

照秋と箒にすれば、まさかカメラとマイクが設置されているとは思ってもおらず、知ったら激怒するだろう。

しかし、モニタに映し出されたのは照秋だけではなかった。

 

「ちょっと待て。これはデュノアではないか?」

 

千冬は照秋と共に写っている人物を見て言う。

確かに照秋の部屋には照秋とシャルル・デュノアが映し出され、シャルルは椅子に座り照秋からペットボトルを渡されていた。

 

「……なぜデュノアが?」

 

「まあ、心当たりはたくさんあるが……」

 

モニタを見ながら呟く千冬とマドカ。

てっきり一夏がいると思っていたのに、まさかシャルルが映っていることに若干驚いているのだ。

だが次の瞬間、状況は一変する。

突如シャルルが照秋に対しタックルを仕掛け、それに抵抗した照秋と揉みあいになり、結果シャルルが照秋によってベッドに押し倒され動きを封じられていた。

 

「ふむ、なかなかいい動きだ。私の教えたとおりだな」

 

「絶妙なマウントポジションね。流石私の教えを忠実に守ってるわ」

 

マドカとスコール、二人の空気がピシリと張りつめる。

 

「おい、私が教えたんだ」

 

「あら、私が教えたのよ」

 

「何だやんのかコラ」

 

「いいわよ、相手してあげる」

 

「おい、言い合いしてる場合か」

 

何やってるんだと千冬は呆れ顔で二人を諌める。

その時だ。

 

『よっしゃー! 決定的証拠を掴んだぜ!!』

 

突如一夏の声が響いた。

マドカとスコールはバッとモニタに顔を向け真剣に観察し始めた。

 

『照秋の強姦現場を激写したぜ! これは言い逃れできないだろう!!』

 

「……一夏は何を言ってるんだ?」

 

千冬は一夏の行動が理解できなかった。

 

「ふむ、ここでシャルロットの正体をバラすか」

 

「……なんか、美人局みたいね」

 

二人は何を言っている?

シャルロットだと?

シャルル・デュノアではないのか?

そう思ってモニタを凝視した。

そして、理解した。

 

「シャルル・デュノアは女だったのか……」

 

まあ、薄々そうなんじゃないかと思ってはいたのだが、フランス政府からの正式な書類に「男」と書かれていたし、こんな線の細い男も世にはいるだろうなと無理やり納得していたのだ。

しかし、まさか政府が偽造したものだったとは思ってもみなかった。

そんなことよりも、一夏の行動が気になる。

 

『さあ、これでお前の弱みは握った! これをバラされたくなかったら、お前の会社のISデータを寄こせ!!』

 

何を言っているんだ一夏?

何故そんな照秋を追いこむような事をしているんだ?

照秋はそんな大声でわめく一夏に対し、冷静に対処している。

そして、現場が動き出す。

 

『何黙り込んでんだオラァッ!』

 

一夏は照秋に前蹴りを放ち、それをモロに食らった照秋はバランスを崩しその隙にシャルルは拘束から逃げ出し一夏の背中に隠れる。

 

「おい!? 何をやっている一夏!?」

 

「うるさい黙れ」

 

突然一夏が照秋を攻撃したことに驚く千冬は、モニタにかぶりつく。

いきなり暴力に訴える一夏を、信じられないと呟き見る。

そんなモニタにかぶりつく千冬を面倒臭そうに諌めるマドカは、忌々しそうに舌打ちする。

そして、マドカとスコールの呟きに千冬は反応する。

 

「本当に織斑一夏は、小さい頃から暴力で物事を解決しようとする短絡的な思考をしているな」

 

「まったく、周囲が甘やかすからこんな性格になったんじゃないかしら?」

 

何を言っているのか、千冬はわからなかった。

いや、わかりたくなかったのだ。

 

「……小さい頃……から……だと?」

 

何故昔の事を知っているのか聞きたかったが、それよりも聞き捨てならないのは小さい頃から(・・・・・・)という事、つまり常態化した行動だということだ。

千冬は気付くことが無かった、一夏の危うい行動。

そして、その矛先は……

 

「気付いていなかったのか、気付こうとしなかったのか知らないけど、織斑一夏は『躾』と称して毎日暴力を加えていたわ」

 

「それも、表面上分からないように服の下とかに徹底してな」

 

「……そんな……」

 

一夏がそんなことをするはずがないと言い返したい。

しかし現に今一夏は照秋に理不尽な暴力を加えた。

小さい頃から聞き分けの良く、皆に人気があって、学校の成績も、運動も優秀な自慢の弟が、自分が見ていない場所でこんな愚かな事を常に行っていたなんて。

 

千冬がショックを受けている間にも、モニタの向こうでは照秋と一夏が言い合いをしている。

照秋は努めて冷静に、しかし一夏は感情に任せて喚き散らす。

 

そしてついに、恐れていたことが起こった。

 

『いつから俺をそんな目で見れる身分になったんだ!』

 

一夏は照秋に再び前蹴りを加える。

照秋は防御するが、威力が強かったのかバランスを崩しベッドから落ちた。

シャルルが一夏を止めに入るが、それを払いのけさらに蹴りいれる。

 

『昔みたいに泣きわめいて土下座しろ! 俺に許しを請え!!』

 

何度も、何度も踏みつける。

 

『俺が主人公なんだよ! お前みたいなイレギュラーは物語に邪魔なんだよ!!』

 

「やめろ……やめてくれ一夏……」

 

目の前の光景が信じられなくて、唇が震える千冬。

昔みたいにと言っていた。

つまり、本当に小さい頃からこんな馬鹿な事を続けていたのだ。

それに気付かなかった千冬は、自分の愚かさを痛感する。

 

『おら! なんとか言えよ!!』

 

「もうやめてくれ一夏……」

 

照秋の置かれた環境に気付かず、上辺だけで一夏を褒め、照秋を叱責していた。

何故気付かなかった?

照秋が自分から言わなかったから?

違う、言えなかったのだ。

一夏が言うなと脅迫していたことは明白だ。

それ程賢しい子供であり、千冬はそんな一夏の裏の顔を見極めることが出来なかった。

 

「……よし、そろそろ行くぞ」

 

「そうね、これ以上は不味いわね」

 

マドカとスコールが立ち上がる。

その表情には感情というものが無かった。

ただ、物事をそのまま受け取り淡々と作業を行うという、プロの貌だった。

しかし、マドカの拳がきつく握られ震えているのを千冬は見ていた。

 

そして。

 

「お前なんか! 死んじまえ! この! クズヤローが!!」

 

「そこまでだ、織斑一夏、シャルロット・デュノア」

 

一夏が吠えたとき、三人は部屋に乗り込んだ。

千冬は部屋の惨状を見て顔を歪める。

息を荒げ、勝ち誇ったような顔の一夏。

その後ろで泣きそうな顔をしているシャルル・デュノア。

そして、床で蹲り頭に一夏の足を乗せられている照秋。

 

「聞いてくれ千冬姉! こいつ最低なクズヤローなんだ!」

 

何もしゃべらないでくれ、一夏。

そんな嬉しそうな顔を私に向けないでくれ。

 

「こいつ、シャルルを……」

 

「黙れ、一夏」

 

黙ってくれ、我慢できなくなってお前を殴ってしまう。

 

「何言ってんだよ!? こいつの悪事が公になるんだぜ!?」

 

「黙れと言っている」

 

一夏を睨み無理やり黙らせる。

そして、蹲る照秋の元に近寄り声が詰まる。

制服が一夏の蹴りによって靴の汚れ無数に付き、未だに丸く蹲り防御態勢を崩さない照秋を、やさしく抱きしめた。

ああ、こんなに傷だらけになってしまって…

小さい頃からこんな仕打ちを受け、一人で戦っていたんだな。

すまない……

すまない照秋。

気付いてやれなくて。

助けてやれなくて。

 

「すまない……すまない、照秋……」

 

千冬は苦しそうに顔を歪め、照秋を抱きしめる。

 

「さあ、立てるか? ゆっくりでいいからな。ほら肩を回して」

 

照秋の肩を支えゆっくり立ち上がらせてベッドに座らせる。

照秋は無言で従うが、その表情は痛みに耐えているように歪み、そして千冬の方を見ようとしない。

そのとき、ポタポタと床に落ちる液体を見て驚く。

 

「お前……血が……!」

 

照秋の額から血が流れていた。

一夏に踏みつけられ、切れたのだろう。

だくだくと流れ、白い制服を赤く染める。

千冬は急いでハンカチを取り出し傷口に当てる。

その間も照秋は何もしゃべらず千冬を見ない。

何もしゃべらず、こちらを見ない照秋に胸が締め付けられる思いの千冬は、それでも甲斐甲斐しく治療にあたるのだった。

視界の端ではなにやら一夏が顔を青ざめさせているが、今はそんなことより照秋の治療である。

部屋に備え付けの救急箱から治療道具を探し、ガーゼと綿、包帯を取り出し治療を続けるのだった。

 

 

 

その後、スコールに教師として責務を果たせと言われ一夏を連れ出し部屋からの外出禁止を言い渡した。

しばらく時間を置かないと、千冬自身が一夏を殴ってしまいそうだったから。

冷却期間を設け、翌日改めて一夏の事情聴取を行うことにしたが、その前にマドカ達ワールドエンブリオ側から提案があった。

 

「今回の事象は内々で済ませたい」

 

「……それは、一夏を不問にするということか?」

 

「これは学園側の要請でもある」

 

「……理事長が?」

 

事後処理としてシャルロットは事件以降、学園の授業を風邪と偽り休み、流石にクラスを変更するわけにはいかないが一夏と部屋も別れマドカの部屋に移り住むことになった。

事が落ち着くまで人前に出ない方がいいということでこれには千冬にも了承した。

そして、今回の発端である美人局事件についても公にせず内々にしてしまおうという落としどころでワールドエンブリオ関係者と学園理事長の間で落ち着いたのだ。

ハッキリ言って一夏の行いは犯罪であり警察に突き出すほどの事なのだが、世界で二人(シャルロットも入れると三人)のIS男性操縦者のスキャンダルは避けたいというのが学園側の思惑であり、ワールドエンブリ側としては、これからの行動に支障をきたす恐れがあるから沈黙していてほしいと願ったのである。

学園側の温情で犯罪者にならずに済んだ一夏だったが、とはいえ一夏に御咎めなしとはいかないので、一夏には今回の犯罪行為を見逃す代わりに一切の口外を禁ずるという契約を結ばせる。

そして、1組の担任として、姉として織斑一夏の再教育を要請した。

 

「……わかりました。織斑兄は責任を持って再教育させます」

 

こうして、学園内での一連の事件は一応の終息を見た。

 

 

 

「一夏。お前の性根を叩きなおす」

 

もう、私は見逃さないし、逃げない。

決心したのだ、照秋と向き合うと。

だからこそ、一夏に隠していた事実も話そう。

 

そう決意した千冬だった。

 

 



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第51話 シャルロット・ロセルの転入

これからしばらく戦いメインの話になります。
つまり、照秋が活躍します。
やったね主人公として出番が増えるよ!


デュノア社、及びフランス政府への報復が終わり、ひと段落したときに頃合いを見てシャルロットのIS学園での立場を見直すため学園側とワールドエンブリオ、フランス政府の三者で打ち合わせをする。

結果として、シャルロットはフランスの国家代表候補生の資格を剥奪、専用機のラファール・リヴァイヴも没収となった。

さらに、夏休みにはフランスに戻って一ヶ月の奉仕活動をしなければならない。

これは見る人から見れば厳しいように取られるかもしれないが、シャルロットにとってはこの裁定はかなり軽いものである。

代表候補生資格剥奪は、特に代表候補生という肩書きに執着していないのですんなり受け入れた。

専用機没収に関しては、自分なりにチューンした相棒であるから寂しくないと言えば嘘になる。

奉仕活動にしても内容は福祉施設や公共施設などの清掃がメインなので特に問題はない。

だがしかし、はっきり言ってそれ以上に照秋達への罪悪感が拭えない。

だが、それを顔には出さない。

出せば、照秋達が心配するからだ。

到底許されることのない罪を犯した自分を優しく許してくれた照秋。

守ってくれるために動いたマドカやスコール。

まさしく命の恩人である照秋達に、これ以上負担を強いてはいけない、そう心に誓うシャルロットだった。

学園内での変更点は、性別を偽っていたことを公表し女性として、旧姓のシャルロット・ロセルとしてIS学園に在学。

ただし、クラスの変更はしない。

今回の一夏と共謀して起こした事件は公表しないことになっているため、下手に動き過ぎると不自然になるからだ。

そして現在、1組では改めて本当名前であるシャルロット・ロセルとして副担任である山田真耶の計らいで心機一転という意味を込めて転入扱いとなり自己紹介している。

クラスメイトはフランス政府とデュノア社のゴタゴタをニュースで知っているため、シャルロットに対しては基本同情的だ。

性別を偽っていた理由も、デュノア社の命令で「広告塔」として振る舞うようにしていたと、フランス政府の公式発表で知っている。

皆、温かく迎えてくれることに感動し、涙を流すシャルロット。

偽る必要のない、本当の自分でいれるという解放感に、もう縛る者のいない自由を噛みしめシャルロットは笑顔で言うのだった。

 

「ありがとう。みんな、改めてよろしく!」

 

そんな1組でただ一人、織斑一夏のみがシャルロットと目を合わせず気まずそうな顔をしていた。

一夏はシャルロットを助けたかった。

これは本心である。

しかし、求めるものが不純だった。

一夏はシャルロットを自分に惚れさせハーレムに組み込むつもりだったのだ。

それが原作の流れだし、当然だと思っていたのだ。

しかし、思い通りにはいかず、原作とはかけ離れた結末を迎えシャルロットは女生徒の制服で1組のクラスメイトに温かく迎えられている。

あの氷のように他人と接しようとしないラウラでさえシャルロットの肩をポンとたたき今までの苦労をねぎらっているのだ。

一夏はシャルロットに近づけない。

あの事件のとき、シャルロットは一夏をかばった。

事件の首謀者は自分であり、一夏は関係ないと言った。

それは嬉しかったのだが、しかし一夏はそんなシャルロットの言葉を否定しようとした。

だが、言葉が出なかった。

マドカに言われた、犯罪者という言葉が一夏の覚悟を鈍らせたのである。

結果、一夏はシャルロットが庇ったことに乗っかってしまった。

何という情けない男だろうと、自分でも自覚しているからこそシャルロットを見ることが出来ないのだ。

しかし、やはり気になる一夏はチラリとシャルロットを見た。

すると、シャルロットは一夏の視線に気付いたのか目が合う。

一夏は、なんとか笑おうとしたが、できなかった。

 

シャルロットの先程までクラスメイトと笑い合っていたのに、一変して無表情に冷たい眼差しを向けていたのだから。

 

 

 

昼食時、シャルロットは照秋たちと採ることにした。

照秋はいつものメンバーである箒、マドカ、セシリアに加え、シャルロット、ラウラと多国籍に増えていくテーブルに、しみじみと思う、

たまに簪も混じっているが今日は4組のクラスメイトと昼食を採ると言って参加していない。

 

「……大所帯になったなあ……中学のときはこんなにグローバルな関係を持つとは思わなかった」

 

「そうだなあ……」

 

箒も隣でうんうん頷いている。

イギリス、フランス、ドイツ、日本の4カ国が一つのテーブルを囲み食事を採る。

なんとも壮観であるが、このIS学園ではそう珍しいものではない。

日本に学園が置かれている事と学園運営資金は主に日本が出している手前日本人の生徒が全学年の約半数を占めるが、それでも残りの半数は海外からの学生である。

必然異文化交流は盛んになるのだが、基本会話の言語は日本語である。

これは学園の基本語を日本語で進めているというのもあるが、ISの生みの親である篠ノ之束が「日本語以外では説明しない」とISの基礎理論において日本語でしか行わなかったためでもある。

ならばPICやワンオフアビリティーなどというISで用いる英語はどうなんだと突っ込みたいが、篠ノ之束は気難しい性格だということは周知の事実であるため、下手に指摘して機嫌を損ねさせたりすると後が恐ろしいので、藪蛇になりかねない矛盾はあえてツッコまずスルーするというスタンスを世界中が取った。

なんともスルースキルの高い世界である。

 

「そういえば、シャルロットは今日から部屋を変わるんだったな」

 

マドカがシャルロットを見て聞く。

現在は緊急措置としてマドカの部屋に臨時に住んでいるが、もうシャルロットの取り巻く環境がひと段落したためその措置が必要なくなったのである。

 

「うん、ボーデヴィッヒさんと同じ部屋になるんだ」

 

よろしくね、とシャルロットはラウラを見て言い、ラウラはうむ、と短く頷く。

 

「しかし、当初の予定を大きく変更させられる出来事が多すぎたな」

 

マドカがため息を漏らしながら呟く。

 

「なんだそれは?」

 

ラウラは興味津々といった顔でマドカを見る。

 

「ワールドエンブリオは基本的に他国・他社のIS開発には関わらず、がスタンスだったんだ。それがなあ……」

 

「……ああ、なるほど……」

 

セシリアがマドカの言葉と、現在同じく食事を採っている面々を見て納得する。

 

「気付けばイグニッションプランに参加している4国のうち2国に関わったからなあ」

 

イギリスのブルーティアーズの改修に、フランスに支社を設置。

つまり、欧州連合において多大な影響を与えてしまっているのだ。

 

「でもフランスは参加辞退したんだよね?」

 

「それでも、フランスに配備されているISを[ラファール・リヴァイヴ]から[竜胆]に全替えだからな。正直欧州連合にとってイグニッションプラン云々言ってられないくらい立場が逆転したのさ」

 

各国は第三世代機の「開発」に躍起になっている時期である。

そんな中、フランスは「完成」された第三世代機、しかも「量産体制の整った最新鋭機」を手に入れたのだ。

いままでISの開発や力関係においてイギリスが欧州連合内で飛び抜けいたものが、一気に逆転してフランスがトップに躍り出たのである。

マドカが立場が逆転したと言い張るほどに竜胆の完成度は高く、また他国の第三世代機開発は困難を極めているのが現状なのである。

だからこそ、世界各国はワールドエンブリオの最先端技術を取り入れるのに躍起にやっているのだ。

イグニッションプランに参加しないというのはワールドエンブリオの意向であるとはいえ、いまだ国内がゴタゴタしているフランスはあまり各国を刺激して軋轢を生むことは避けたい。

国の威信だ、自国の技術を他国に示したいだと躍起になってISの開発を行っているが、フランスはそういう事は二の次にして、とにかく今は国内を正常化し国防を確保し、自国のIS開発は次でいいという「名を捨てて実を取る」を実行したのである。

結果はご覧のとおりだ。

 

「近いうちにドイツのISも見ないとなあ」

 

マドカのボヤキにキラリと目を輝かせるラウラ。

 

「なんと、それは本当か?」

 

「しゃーないだろ。セシリアはテルと婚約を結ぶ以前からウチの技術をを使ってた。で、クラリッサがテルと婚約関係になって順序は違うが、何もしないんじゃ同じ婚約者を差別してると文句言われてうるさくされてもかなわんからなあ」

 

「むう……その言い分だと我が祖国がダダを捏ねたと聞こえるのだが……」

 

「事実ダダ捏ねてウチに催促してきたんだよ」

 

マドカの言葉に、ラウラは頭を抱える。

だが言い換えればそれほど必死になってでも確保したい技術がワールドエンブリオにあるということであり、ドイツのISがそれによって能力向上すると見込んでいるのである。

 

「そうなるとイグニッションプランに参加しているイギリス、ドイツ、イタリアの3国の内2国に技術提供しているわけだね……ということは……」

 

「ま、十中八九イタリアがイチャモン付けてくるだろうなあ……」

 

ため息をつくマドカだったが、箒とセシリアは別のことを危惧していた。

 

(……イタリアから女を送り込んでくる可能性は……)

 

(十分にあり得ますわね)

 

(奥手な照秋に対して強引に攻め、既成事実を作り自国の要求を飲ませる…)

 

(……悪の所業ですわ……許すまじイタリア!)

 

ヒソヒソと会議を始める箒とセシリア。

そんな二人を見て苦笑するシャルロット。

 

「安心しろ、そんな馬鹿な事を仕掛けてきたら大々的に公表して表を歩けないようにしてやる」

 

マドカがそう言うと、皆呆れた顔でマドカを見る。

 

「その思考が怖えよ」

 

「……お前が言うと本当にしそうだから恐ろしい」

 

「本当に、マドカさんが味方でよかったですわ」

 

「うん、僕は身を持って感じたよ」

 

「ふむ、我が部隊に欲しい逸材だな」

 

口々にマドカの評価を言い、そんな評価に対し特に反応しないマドカは、黙々とナポリタンを口に運ぶのだった。

 

 

 

夜になり、マドカは自室でプライベート回線でテレビ電話をしていた。

 

「――ああ、アンタの要望通りドイツのISを見れる機会をつくったぞ」

 

『ありがとーまーちゃん!』

 

相手はワールドエンブリオ社長、鴫野アリスの中の人、篠ノ之束である。

相変わらず朗らかに笑う束は、悩みなど無いように見えてしまい、マドカはイラッとする。

 

「……しかし、アンタの言うような馬鹿な事をするかね?」

 

『どこにも異端はいるんだよ。で、その異端は潜り込んで中から侵食していくのが得意なのさ』

 

「……で、気付けば中身はグチャグチャ、『異端』が『正統』に成り代わる、か」

 

『そもそもあの国は実例があるからねー』

 

逆鉤十字(ハーケンクロイツ)か……」

 

束とマドカがため息をつく。

 

『それにあの国はアメリカ並みにキツイ事やってるよ。まーちゃんと同じく、ラウラ・ボーデヴィッヒやくーちゃんもその被害者だよ』

 

「……人の命をもてあそぶ所業か……」

 

ブルートゥースのイヤホンマイクを握る手の力が強くなり、マイクがミシミシと軋む。

 

『いまオーちゃんに研究施設の探りを入れてもらってるから、場所の特定と今回のISに入ってる不純物が確定したら――』

 

束の言葉に、獣のように歯をむき出しに笑みを浮かべるマドカ。

 

「――その時は私も呼べ」

 

『もちろん! 期待してるよ!!』

 

「ふん。……しかしアンタは強引だな」

 

『何がかな?』

 

コテンと首を傾ける束。

 

「シャルロットとフランスの事だよ」

 

マドカに言われ、ああ、と呟く束。

 

「凰の時もそうだったが、今回のはもっと酷いぞ。本来ならシャルロットはこのIS学園に残ることは出来なかった。そして一生陽の目を見れない生活を送っていただろうよ。だが、そうはならなかった」

 

『そりゃあ、てるくんが許したからじゃないかなー』

 

「違う」

 

朗らかな声の束に対し、マドカの声音は厳しいものだった。

 

「アンタが覆したからだ。全てを、アンタが変えたからだ」

 

有無を言わせない強い口調のマドカ。

束は、それにふてくされるようにブーブー文句を垂れる。

 

「まあ、そーだけどー。だってしょうがないじゃん!」

 

――こんなところで原作ヒロインが退場しちゃダメでしょ?

 

――ゾクリとした。

マドカは、束の朗らかに笑う声の中に狂気を感じ、また全く何も映っていない黒く淀んだ瞳を見て僅かに唾を飲み込む。

そして、小さく深呼吸し話をきりあげる。

 

「……とにかく、段取りはしたからな。じゃあな」

 

画面をタップして通話を切るマドカは、大きく息を吐き目を閉じる。

 

「倫理を無視した先の進化、それは果ての理想――人が人であることを捨て神になることは許されない、か」

 

マドカは誰に言うでもなく呟く。

 

「……先導者よ、人に絶望した神罰の代行者よ、ならば何故お前は希望に縋る」

 

その言葉は誰に言ったものなのか――

 

それはこの部屋にひとりいるマドカにしかわからない――

 



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第52話 ワールドエンブリオ研究所

ワールドエンブリオから、ドイツのIS、ラウラの持つシュヴァルツェア・レーゲンを調べ改修したいと持ちかけると、ドイツは自由にやってくれと即答してきた。

ちなみに、今回のドイツとのやり取りを行った我らがワールドエンブリの架空の社長『鴫野アリス』の『中の人』はクロエ・クロニクルである。

特に役回りなどはないが、今回はじゃんけんでクロエが束に負けた、とだけ言っておこう。

そんなやり取りで、ワールドエンブリオに対し露骨に性能アップを求めるドイツにげんなりするクロエだった。

 

IS学園の休憩時間を見計らって、クロエがドイツから了解を得たことをマドカに伝えると、早速マドカはラウラの居る1組へ赴く。

1組に付きクラスの中を見渡すと、皆仲の良いグループに分かれきゃいきゃいと会話をしている。

シャルロットもその中のグループに入り楽しそうに会話をしているのを見て小さく笑みを浮かべるマドカだったが、今回はそんなものを見に来たのではない。

はたしてラウラはすぐに見つけることが出来た。

ラウラはクラスメイト達を会話をすることなく、机に向かってIS関連の参考書を読んでおり他者を近付けない空気をまき散らしていた。

ラウラの周囲にはクラスメイトはおらず、明らかに浮いた存在であることが見て取れる。

そんなラウラにずかずかと近寄るマドカを目敏く見つけた生徒が、マドカを目で追う。

 

「おい、ラウラ」

 

マドカはラウラの前に立ち呼ぶ。

後から声をかけると攻撃されかねないからだ。

ラウラは顔を上げ、それがマドカだとわかると、今まで無表情に参考書を読んでいたがすぐにパアっと笑顔に変えた。

 

「おお、マドカではないか。どうかしたか?」

 

クラスで明らかに浮いた存在であるラウラは、常に眉間に皺を寄せ不機嫌な態度を前面に出しクラスメイトを近寄らせないのだが、マドカを見るなり機嫌良く笑うラウラを見て、クラスメイト達は驚き、マドカは苦笑する。

 

(いつからこんなに懐かれたんだ? 心当たりがまったくないんだが……)

 

ラウラがマドカに心を許す理由としてはとても簡単で、単に「照秋の身近にいるとても優秀な護衛」であり、「気の合う同性」だからである。

部下であるクラリッサの嫁(間違った知識を直そうとしない)である照秋を、ラウラは認めている。

尊敬する千冬の弟という肩書に負けない強さを持ち、またストイックな性格を好むラウラは、日々過酷な訓練を自身に課す照秋に対し好意的に思っているからである。

そんな照秋を守るマドカも、卓越した格闘術に高次元IS操作技術、情報収集能力の高さも目を見張るものがある。

ラウラは本当に自分の部隊にマドカを欲しいと思うほどに優秀なのである。

それに、マドカも照秋程ではないが結構ストイックな性格で、妥協を許さないという頑固な一面を持っているところも好感が持てる。

つまり、ラウラは優秀な照秋を守れるほど優秀な人間であるし、話をしてみると気の合う人物であることがわかり、マドカと一緒にいることが楽しく、気に入ってしまったのだ。

そして、今までそれ程気の合う人物がいなかったラウラは、テンションが上がりすぎて、「気の合う友人」を飛び越え「飼い主に懐くペット」ほど距離を詰めてしまったのである。

まあ、ようするにラウラは色々な事で世間知らずということだ。

 

「ちょっと来てくれ」

 

マドカは親指で教室の外を指し言うと、ラウラは頷き立ち上がり廊下に出る。

 

「悪いな。まあ、べつに聞かれて不味い話でもないんだが」

 

「構わんさ。それで、要件はなんだ?」

 

「ああ、ドイツ政府がワールドエンブリオにIS改修の正式な許可を降ろした」

 

「なんと、それは本当か!」

 

ものすごく嬉しそうなラウラ。

セシリアのブルーティアーズというワールドエンブリオが改修して大幅に性能アップしたという実績を知っているため、おのずと期待してしまうのである。

 

「それで、早いうちに本社に行ってラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの検査をしたいんだが」

 

「そうか! ならば今すぐ行こう!」

 

「はええよ。授業はどうするんだよ」

 

「問題ない! どうせ授業で覚える知識など私には児戯のようなものだ!」

 

拳をグッと握り目をキラキラさせ鼻息を荒くするラウラに、マドカは呆れ顔だ。

 

「……それ、織斑千冬の前で言ってみろ。私は他のクラスのゴタゴタは干渉しないからな」

 

「……スマン。教官には正式に外出申請を出しておく。なるべく早めに行けるよう要望する」

 

「それが懸命だな」

 

ラウラは、千冬に鉄拳制裁を加えられるビジョンが明確に見えたのだろう、顔を青くしてシュンとする。

 

「まあ、私の方でも学園側に要請しておくさ。早ければ今日の放課後になるだろうから、予定を開けておいてくれ」

 

「うむ! 了解した!」

 

ビシッと敬礼するラウラ。

私は軍属じゃあないぞ、とマドカは苦笑し、手をヒラヒラと振って1組を後にした。

 

 

 

 

ラウラの外出届はことのほかすんなり受理され、マドカの言うとおりその日の放課後許可が出た。

 

「さあ! 行くか!」

 

ラウラは遠足にでも行く子供のようにテンションが高い。

それを見て苦笑するマドカ、照秋とシャルロット。

4人は揃ってモノレールに乗り込む。

 

「ところで、なんで俺も一緒に行くんだ?」

 

列車に乗りながらもそんなボヤキを漏らす照秋に、マドカはポンポンと背中を叩き宥める。

 

「仕方ないだろう、今回の検査において束博士がお前も連れて来いと言ってきたんだから」

 

「……メメント・モリのメンテナンスでもするのかな?」

 

「まあ、最近は簡易メンテナンスしかしてないからな。ここらで本格的に検査した方がいいだろう」

 

「それはわかったけど、メンテナンスなんかしたら束さんの事がバレるんじゃないか?」

 

ワールドエンブリオで開発したISは全て束の作品である。

そしてエンジニアも束ひとりである。

ということは、必然照秋のIS[メメント・モリ]のメンテナンスを行う人は束になる。

だが、そうなると一緒に会社に行くシャルロットとラウラに束の存在がバレてしまい大事になりかねないのである。

 

「そのことなんだが、どうやら近々ウチが関わった国には公表するつもりらしい。だからそこまで神経質に隠さなくてもいいんだそうだ」

 

「あ、そうなの?」

 

束のやることは突拍子もない事が多く、後々何か考えがあるのだろうと思うのでマドカの言う事にも特に反論せず納得する照秋。

そんな感じで二人でコソコソ小声で話をしていると、その近くではシャルロットは首を傾げる。

 

「じゃあ、僕はなんで一緒に行くのかな?」

 

「お前は専用機の引き渡しだ」

 

「え!?」

 

マドカの言葉に驚くシャルロット。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕は代表候補生を剥奪されたし、専用機も没収されたんだよ!? なんでまた専用機が来るのさ!?」

 

「今のお前の身柄はワールドエンブリオ所属となっている。はっきり言うが、ウチはタダ飯食らわせる余裕はない。だから早速テストパイロットとして働いてもらう。それに、これはフランス政府からの要請でもある」

 

「え?」

 

「以前言ったが、フランス政府に配備されているISの中の内、ラファール・リヴァイヴは全て竜胆に切り替えられる。そのフランス第一号のパイロットとしてお前に白羽の矢が立ったのさ」

 

フランス政府にしても、以前のシャルロットの行いは罪であると認識しているが、彼女の高い技術力を手放すのは惜しい。

彼女のおかげで国内の膿を一掃できたのは喜ぶべきことだが、しかし国内を混乱させ悪事の片棒を担いでいたことも事実であるため扱いが難しい。

ならば、現状ワールドエンブリオ所属に変わったシャルロットに竜胆のデータ取りをさせフランス国内の竜胆への技術継承をさせようというのだ。

実際、フランス国内でのシャルロットへの反応は同情が大半を占めていた。

減罰への署名も大量に送られてきた。

そんな中にはライバルである国内の代表候補生の名前もあった。

それだけ彼女が愛されていたという事だろう。

 

「本当につくづく思うんだけど、ワールドエンブリオってフットワーク軽いよね」

 

シャルロットは、専用機のラファール・リヴァイブ・カスタムⅡを政府に返し少し寂しさを感じていた。

しかし、まさかこんなに早く新たな専用機が来るとは思ってもみなかったのである。

 

「ISコアはお前が以前使っていた専用機のを移植するから、学習データはそのまま引き継ぐが、コアもお前も機体に慣れるのには時間がかかるだろうな」

 

「コアも時間がかかる?」

 

「なんだ、なかなか面白そうな話をしているな」

 

どういうこと? と首を傾げるシャルロットに、二人の会話に聞き耳を立てていたラウラは興味津々と話の輪に入る。

 

「そういえば気になっていたのだが、学園のラファール・リヴァイブは全て竜胆に変わるのか?」

 

ラウラは疑問に思っていたことをマドカに聞く。

現在デュノア社は無くなり、ワールドエンブリオが吸収しフランス支社という形を取っている。

ならば、デュノア社の販売していたラファール・リヴァイブは全て生産中止し竜胆に切り替わるのではないかと思ったのだ。

事実、フランス国内で防衛として使われているISは全て竜胆に機種変更される予定である。

だが、マドカは首を横に振る。

 

「現状ラファール・リヴァイブは据え置く」

 

「何故だ?」

 

「竜胆は性能が良すぎる。学園でISを学ぶなら第二世代機が適当だな。それに打鉄もあるし」

 

なるほど、とラウラは頷く。

だしかに自身のISシュヴァルツェア・レーゲンは第二世代機とは全く異なる。

それでも第二世代機の事を知っていたから理解できる部分も多くある。

入門書という意味では第二世代機は適任というわけだ。

そしてラファールリ・ヴァイブの生産ラインは終了するが、アフターケアは継続するらしい。

 

「まあ、その話は迎えの車の中でするさ。さあ、次の駅で降りるぞ」

 

そうして次駅で降車し改札を出ると、ロータリーに一台のワンボックスカーが止まっていた。

 

「さあ、あれに乗るぞ」

 

スタスタと歩くマドカと照秋の後を付いていくラウラとシャルロットだったが、きょろきょろと周囲を見渡す。

 

「ねえ、出迎えの人っていないの?」

 

「ああ、ウチは少数精鋭の企業だからな。出迎え運転士なんて人員割けないんだ」

 

「そうなんだ……ねえ、その車って、誰も乗ってないよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「……だれが運転するの?」

 

その言葉で、マドカはラウラとシャルロットがキョロキョロしている意味が分かった。

 

「ああ、そういうことか。安心しろ、この車は全自動だ」

 

「え!?」

 

「なんと」

 

シャルロットとラウラは驚く。

現代の科学がいくらISによって飛躍的に向上したからといって、人工知能や機械の自動制御などの分野は未だ家電製品程度しか進歩していない。

それが、車を自動運転させるほどの人工知能を開発しさらに実用化させているというワールドエンブリオの技術力に、シャルロットとラウラは空恐ろしいものを感じるのだった。

 

車に乗り込むと、無人の運転席にはマドカが座り指示を出す。

 

「研究所まで」

 

『了解しましたマドカ様』

 

音声認識システムのようで、マドカの指示の後、緩やかに動き出す車。

ちなみに、助手席に照秋、後部座席にシャルロットとラウラが座る。

 

「すごいね……そんなに流暢に会話できるAI見たことないよ」

 

『ありがとうございます、ミスロセル』

 

感心するシャルロットに返答する車に搭載されているAI。

それに驚くシャルロットとラウラ。

 

「こんな技術力があるのに、なぜ今まで無名の企業だったのだ?」

 

「ま、色々あるのさ『大人の世界』ってのはな」

 

「いや、マドカが言うとなんか裏でいろいろ工作してる風に聞こえて怖いよ!」

 

シャルロットは悲鳴のような声を上げマドカに突っ込みを入れたが、そんな声にマドカはニヤリと口角を上げる笑みを浮かべるだけだった。

 

「反論してよ! 何そのいやらしい笑い方!? 女子高生がしていい笑い方じゃないよ!?」

 

「……ククク」

 

「やーめーてー!!」

 

「うるさいぞシャルロット。静かにしろ」

 

シャルロットの悲鳴が響く車内でラウラが諌めるのだった。

 

 

 

『ワールドエンブリオ研究所前に到着しました』

 

1時間程は知っていた車が止まり、AIが音声で到着を知らせてくれる。

 

「よし、行くぞ」

 

マドカと照秋が車から出て、シャルロットとラウラも後についていく。

 

ワールドエンブリオ本社前に立ち、シャルロットとラウラは口をポカンと開けて建物を見る。

 

「……ここがワールドエンブリオの建物?」

 

「……これが、世界一の技術を持つ会社の建物なのか?」

 

シャルロットとラウラは口々に呟く。

そう思うのも無理はない。

ワールドエンブリオ本社といわれた建物は、町工場のそれとそん色ないものだった。

高層ビルでもなく、だだっ広い土地を持つでもなく、土地も工場であるから500坪ほどはあるだろうが、建物そのものが鉄骨ストレート造のまさに「ザ・町工場」なのだ。

 

「ここは本社じゃなくて研究所だ。本社は東京都心にビルを構えているがあそこは大々的なIS整備が出来る設備が無いからここに来た」

 

マドカの言葉に納得する二人。

なるほど、たしかに、東京というビル密集地で大きな土地を持つのは困難である。

それこそ、ワールドエンブリオは最近になって大企業に名乗りを上げたいわゆる新参者であるから、そんな都心に土地を多く持っているわけはないのだ。

だがしかし、それでもこの町工場という佇まいには驚かされるが。

 

「ここなら模擬戦もできるぞ」

 

照秋はそう言うが、とても模擬戦が出来る設備があるとは思えない。

 

「ほれ、さっさと行くぞ」

 

マドカが入口の扉も前に立ち扉の横に設置された指紋認証機器に指を乗せ、扉にある黒い丸を見つめる。

 

「指紋認証と、虹彩認証か。なるほど、なかなかなセキュリティだな」

 

ラウラは感心しつつ、ここがワールドエンブリオに重要な施設であることを実感した。

しかし実は生体認証はそれだけではないのだが、一応セキュリティ関係なので言わないでおこうと照秋は思うのだった。

 

そして、建物の中に入るとシャルロットとラウラは絶句する。

 

「……なに、これ?」

 

「外観とは全く違うではないか!?」

 

そう、外観は鉄骨ストレート造のいかにも町工場といったものだったが、中に入るとそこは白に統一された天井と壁、そして左側のガラス張りの奥には敷き詰められた第三世代機の[竜胆]が置かれ、右側のガラス張りの部屋の奥には、竜胆や竜胆に換装するパッケージの製作を全自動で行われているのだ。

 

「本当に量産体制が整ってる……しかも全自動って……」

 

「スタッフが少なくて済むというのはこういう事か…実際にこの光景を見てしまうと納得だな」

 

目を点にして見渡す二人に対し、マドカと照秋はスタスタと歩みを進める。

 

「おい、立ち止まるな。こっちだぞ」

 

「あ、うん」

 

照秋たちに追いつくために小走りし、追いついたのちエレベーターに乗り込む。

 

「ここから地下に行く」

 

なるほど、とシャルロットはこの建物の外観がいろいろおかしいことに納得した。

ようするに、建物自体はどうでもいいのだ。

たしかにセキュリティはしっかりしているし、恐らく外観に反して建物の作りはしっかりしているだろうが、それでも絶対に侵入や外敵から攻撃されないという保証はない。

だから、さらにそこから地下深くに区画と作りより広い面積を確保したのだ。

横に広さをとるより、縦に広さをとるという日本人ならではの土地活用に感心する二人だった。

 

やがてエレベータの階数表示がB-4Eされ、扉が開く。

次の瞬間。

 

「てーるくーーーーん!!」

 

大声と共に突然走ってきて照秋に抱き付く人物。

 

「会いたかったよー! ああ、久しぶりにテルくん成分を補充するよー!」

 

ぐりぐり顔を擦り付ける人物は、照秋の体をさわさわ弄り続ける。

 

「ほほう、また体が大きくなったねー。うんうん、ナチュラルな筋肉だ!」

 

「そう言いながら俺の尻を撫でないでください。男の尻を触って何が嬉しいんだか」

 

「いやいや、テルくんのプリティヒップは性的興奮を覚えるレベルだよー」

 

「おいテルから離れろこのセクハラ引きこもり!」

 

照秋に人物が何やら怪しいことを言い始めたのでマドカは慌てて引きはがす。

 

「やあやあ! まーちゃんも久しぶり!」

 

そう言うや、その人物はマドカの体を上から下へとジロジロ眺める。

特に胸の部分を凝視する。

 

「……なんだよ」

 

「どんまい!!」

 

「うるせえよ!!」

 

ものすごい笑顔でグッと親指を立てる人物の頭を、パコーンと小気味よい音を立て叩くマドカ。

何がドンマイなのか、その意味を理解した照秋とシャルロットは何も言わず見ているだけだった。

 

「ああ、二人に紹介しようか」

 

照秋はシャルロットとラウラに向けて、マドカに叩かれ蹲っている人物を紹介する。

 

「この人が竜胆や紅椿を開発した人であり、ISの生みの親『篠ノ之束』博士だよ」

 

「おうさー! 私がラブリー束さんだよー! よろしくしてやんよ! ぶいぶい!!」

 

紹介と共にブイサインをする人物――篠ノ之束に、シャルロットとラウラは口をあんぐりと開けしばらくした後、大声で叫ぶのだった。

 

 

 

 



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第53話 クロエとラウラ

シャルロットとラウラは、まさかISの生みの親である篠ノ之束が現れるとは思ってもいなかったので驚嘆する。

 

「まさか開発者本人が現れるとはね……」

 

「だが、篠ノ之博士が関与していると考えればワールドエンブリオの技術力の高さも納得できる……」

 

呟く二人を余所に、篠ノ之束はマドカとの漫才を止め空間投影モニタとキーボードを展開し凄まじい速度でタイピングする。

 

「さあ、時間が惜しいからドイツの方からISを出してもらおうか」

 

名前を覚える気が無いのか、国名で名指しする束に対し反抗することなく素直にラウラの専用機[シュヴァルツェア・レーゲン]の待機状態である黒いレッグバンドを渡す。

レッグバンドを受け取った束は早々に立ち去り、ガラス張りの部屋に入りシュヴァルツェア・レーゲンを展開し調べを始めた。

 

「よし、シャルロットはこっちに来い。専用機のプランを組み立てるぞ」

 

マドカはマドカで、シャルロットに新たな専用機について話を持ちかける。

そして、束がいる部屋とは別の部屋に入り[竜胆]の実物を見せモニタを展開し説明しだした。

 

廊下には、ポツンと残された照秋とラウラが。

 

「……あれ、メメント・モリのメンテナンスは?」

 

「……私は何をすれば……」

 

放置された二人は手持無沙汰のようにキョロキョロしだす。

そこへもう一人の人物が現れた。

 

「照秋さんのISは私が預かりメンテナンスを行いますので、その間ラウラさんと訓練でもされてはどうですか?」

 

現れたのは、長く煌めく銀髪に小柄な体型、そして目元をバイザーで覆った人物、ワールドエンブリオでの仲間であるクロエ・クロニクルだった。

 

「なんだ、クロエもここにいたのか」

 

「はい、私は束様の行くところには必ず付いていくことにしていますので」

 

目元を隠しているので表情は読みにくいが、口元が綻んでいるところを見るに笑っているのだろう。

だが、照秋の隣では、現れたクロエの姿に怪訝な表情をするラウラがいた。

 

「……なんだ? 私と……」

 

――似てる?

 

ラウラがそう思うのも無理はない。

目元をバイザーで隠しているとはいえ、身体的特徴が酷似しすぎているのである。

髪の色、身長、骨格、肌の色。

 

「ああ、そういえば前から思ってたんだ。ラウラとクロエって見た目似てるよな」

 

「似てる……いや、それ以上だ」

 

照秋はラウラとクロエを見比べ、そしてつぶやきと共に困惑したラウラの心境を察知したのか、クロエはラウラを見てこう言った。

 

「当然です。私はあなたと同じ、鉄の子宮から生まれたのですから」

 

「―――っ!?」

 

衝撃の告白にラウラは絶句し、照秋も声が出ないくらい驚いていた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、いえ『遺伝子強化試験体C-0037』。同様のコンセプトで生み出された私は『遺伝子強化試験体C-0009』」

 

そう言ってバイザーを外し、黒い眼球に金色の瞳の自分の目でラウラを見るクロエ。

 

「まあ、私は完成されたあなたと違って失敗作ですが」

 

そう言ったクロエの表情は少し翳りのあるものだったが、しかしそんなこと関係ないとばかりにラウラはクロエに抱き付いた。

それを無言で受け止め、クロエもラウラの背中に手を回ししばらく無言のまま抱擁するのだった。

 

 

 

「……私に同士がいた……そして、生きていた……」

 

「ええ。廃棄され死ぬのを待っていたところで束様に拾われたのです」

 

落ち着いたのを見計らい、クロエは照秋とラウラを連れ応接室のような場所に移り緑茶を出し事の経緯を説明し始めた。

クロエはラウラと同じく遺伝子強化による体外受精で生まれた。

本来体外受精の方法はその字の如く体外で排卵直前の卵と培養を施された精子を受精させ、約48時間の培養処置後、被実施女性の子宮腔内へ受精卵を戻し、妊娠、分娩に至らしめるという、いわば卵管バイパス法であるが、ラウラやクロエはその子宮腔内へ受精卵を戻す処置を行わず生み出された。

遺伝子操作技術はそれほど発達しているが、クローン技術などの遺伝子操作は現代の倫理では禁忌とされている方法であるが科学者にとって倫理など関係ない。

ドイツでこの計画に携わっていた科学者は、科学の進歩の妨げになる倫理などクソくらえとしか思っていないのだ。

ただ、この技術で生まれた人間は育成が難しく、生まれたばかりの頃は普通の乳幼児よりも免疫がなくすぐウィルス等に感染したり、さらにその過程において上手く培養できず、ほとんどの個体が10歳になるまでに死亡した。

Cシリーズとして生み出された個体40体のうち、生き残りはラウラとクロエを含めわずか12体であった。

さらにラウラとクロエは達、いわゆる「C(クライスト)シリーズ」のシリアルナンバー0001~0040は皆同じ卵子と精子から生み出された同個体であるため、まさしく姉妹という事になる。

そんな彼女たちは一定成長し免疫や様々な検査をクリアしたCシリーズの試験体たちは、別々に教育を受け個々の得手不得手を見極める。

だから、ラウラは自分を同じ試験体の存在を知らなかったのである。

 

「C-0037、ラストロットチャイルドのあなたが一番優秀だった。だから、他の私たちは無能と判断され廃棄処分となったのです」

 

処分されたのは今から3年前、ラウラがISとの適合性向上のために行われた「ヴォーダン・オージェ」の処置が行われ、不適合と診断された後である。

同個体であったクロエ達他の試験体も同様の処置を行われた。

結果、全ての個体で不適合と診断された。

クロエも不適合であった上に、白い眼球が黒く変色しラウラと同じく常時 ヴォーダン・オージェが発動状態となり、近いうちに失明し脳への高負荷によって廃人になる可能性もあった。

事実、クロエを覗く試験体の10体は失明、高負荷によって脳内の血管が破裂し脳死状態となってしまった。

そうなると育てる意味がなくなるのだから、廃棄するのは当然だろう。

クロエは殺処分されそうになったところを束に助けられ、保護された。

そして、ヴォーダン・オージェの処置によって負荷がかかった目と脳を治療し生きながらえることが出来たのである。

それでも常時ヴォーダン・オージェが発動状態であることは変わらないので、保護する名目でバイザーを着けているのだという。

ラウラの眼帯と同じ役割を果たしているが、そうなると目を塞いでしまい見えなくなってしまうため束の腕によってヴォーダン・オージェのみを抑制する作りとなっているというハイテク使用だ。

そんな一連の話を聞いて、ラウラはボロボロと涙を流し俯く。

 

「私は……私は……」

 

自分の出自は知っていたが、姉妹がいたことを知らなかった。

そんな自分が軍で無能の烙印を押された程度(・・)で落ち込み、さらに千冬によって無能というレッテル程度の苦悩(・・・・・・・・・・・・・・)から救い出されトップに返り咲いた自分はなんと幸福だったのか。

ラウラは自分の部隊を持ち、千冬の想いと部下とのコミュニケーションによって家族の大切さというものを知った。

たとえ、鉄の子宮から生まれ天涯孤独の身であっても、自分の家族は部隊の皆であると言い切れるほどに信頼している。

そんな自分の知らないうちに、自分の姉妹たちは国によって殺処分されていたという事実に気が狂いそうだった。

 

「知らなくて当然です。私たちは同じ遺伝子を持ちながらも一度も接触することなく、存在すら知ることなく生きるよう行動を制限されていたのですから」

 

まあ、私は知っていましたが、と付け加える。

クロエが知らされていた理由として、彼女の才能はラウラの身体能力や格闘センスではなく、情報処理能力であったことだ。

その能力によってドイツ政府、軍部だけでなく世界中の情報を収集、処理していったなかで知り得たのである。

勘違いしないでほしいのだが、クロエは決して身体能力が劣っていたということではない。

ただ、ラウラと比べると能力値が低かったのであって、ラウラもクロエと比べて情報処理能力値が低かっただけであって、決してアホの子ではないのであしからず。

 

「しかし……!」

 

「私たちは求められた成果を出すことが出来なかった、だから処理された。それは当然のことですよ、私たちはそのために作られたのですから」

 

国に忠誠を誓うあなたならわかるでしょう?

そう言うクロエに対し、ラウラは唇を噛みしめ俯く。

 

「本音を言うと、私はあなたが羨ましいのではなく、誇らしかった。Cシリーズとして作られた私たちの中で、あなたは一番輝いていたから。その輝きが私の希望でした。まあ、他の姉妹たちはどう思っていたのかはわかりませんがね」

 

「私は……死んでいった姉妹たちや貴女の誇り足り得た人生だっただろうか……?」

 

ぽつりとつぶやくラウラに対し、ニコリと微笑むクロエは、ラウラの隣に座って肩を抱き、やさしく言った。

 

「ええ、まさしくあなたは私の光です」

 

ラウラは声を押し殺しクロエに寄りかかり泣き続けた。

 

 

 

「恥ずかしいところを見せてしまったな」

 

ラウラは赤くなった目元をクロエが用意したおしぼりで押さえ照秋に謝る。

 

「いや、そんなことはないよ」

 

照秋はそんな陳腐な言葉しか言えない。

ラウラの境遇や人生を、理解できない自分が知った風に語ることは許されないと自覚しているからだ。

 

「今日は色々驚く事ばかりだ」

 

「そうだね」

 

「だが……我が人生最良の日だ」

 

にこやかにほほ笑むラウラは、現在忙しくキーボードを叩き照秋のIS[メメント・モリ]の整備をしている姿を見つめる。

クロエは凄まじいスピードでタイピングを行い、モニタに映る滝のように流れる文字の羅列を読み進めメメント・モリのメンテナンス行う。

 

「天涯孤独だと思っていた私に、姉がいた。家族がいるというこんなにうれしい事はない」

 

「そうだね。でも、なんでクロエはその存在を隠して……ああ、隠すしかないか……」

 

照秋は疑問を口にし、途中で気付き一人納得した。

 

「ああ、国が廃棄した存在が生きているという事は、それは国の危機だからな」

 

そもそも人体実験が現在の世界共通である倫理に反する行為である上に、ドイツは過去世界中を敵に回す行為を行っている。

そんなドイツが再び外道な行為を個人ではなく、国単位で行っていたと知られればタダでは済まない。

前例があるというだけで世論は一層見る目を変え、ドイツにとって逆風が吹くだろう。

だから、もしドイツの闇であるクロエが生きていると知られれば、間違いなく殺しに来るだろう。

手段を選ばずに。

ならば同じ生い立ちを持つラウラはどうなのかというと、ドイツ政府はラウラの経歴を改竄し公表しているため他国かたツッコまれることはないし、ラウラもそれは承知している。

 

「しかし、そうなると篠ノ之博士の事を祖国に報告するとクロエの事もばれるワケか……ううむ……」

 

ラウラは悩む。

世界で指名手配されている篠ノ之束を発見できたという事はドイツにとってかなり有利な情報になるのだが、そうなるとクロエの存在もドイツにバレることになる。

国の繁栄か、家族の命か……軍属であり国に命をささげているラウラにとって選択肢足り得ないもののハズであるが、しかし家族の愛情というものに飢えているラウラは悩む。

そんなラウラに照秋がポツリと呟く。

 

「そういえば、近々大々的に束さんが存在を発表するらしいから、クロエの事も何らかの対策は取ってるんじゃないかな」

 

「なんと、それは本当か!?」

 

「たぶん」

 

「たぶんでは困るのだ! クロエの命がかかわってるのだぞ!!」

 

「うわっ!? 揺らすな!」

 

ラウラは興奮して照秋の胸ぐらを掴みガクガク揺らす。

その表情は必死である。

 

「大丈夫だよ~」

 

すると、突如間延びした声がかかる。

ラウラと照秋が振り返ると、その声の主は束であった。

 

「ちゃんとその辺の対策は考えてるから~」

 

ブイブイとダブルピースしニコニコ笑顔の束は、クロエに近付き進捗状況を覗く。

 

「もう終わります」

 

「りょーかいりょーかいー、さすがくーちゃん仕事が早い!」

 

「ありがとうございます」

 

「束博士、対策を立てているというのは本当か!?」

 

「モチのロンよー! 束さんの最愛の娘であるくーちゃんを守るのは当然だろうよー!」

 

胸を張る束。

その時に豊満な胸がぶるんと揺れたのを照秋は見逃さなかった。

しかし、ラウラは束の聞き捨てならない言葉に反応する。

 

「む、娘?」

 

「そうだよ! くーちゃんは束さんの娘なのだー!」

 

「なんと!?」

 

ラウラは衝撃を受ける。

そしてラウラの脳内では凄まじい速度で計算がなされていた。

 

束博士がクロエの母

  ↓

クロエと自分は同じ精子と卵子から出来た、いわば姉妹のようなもの

  ↓

ということは、束は自分の母でもある?

  ↓

ピコーン! キタコレ!! 

 

「あなたは私の母だったのか!」

 

「うん、嬉しいのはわかるけどちょっと落ち着こうか。流石の束さんも君の順応具合には驚くよ」

 

束は苦笑しつつ、目をキラキラ輝かせるラウラを止めるのだった。

 

 

 

「クロエを助けていただき、ありがとう篠ノ之博士」

 

落ち着いたラウラは、改めて束に向き腰を折って礼をする。

頭を下げ礼をする風習のない海外だが、ラウラは部下のクラリッサから日本の美徳である謙虚な姿勢を学び「ワビサビ」を理解しているのでその文化に従い礼をする。

そう、心の底から感謝しているのである。

知りもしなかった肉親の存在を、知らないうちに廃棄されそうなところで助け、さらにボロボロの体も治療してくれた。

頭を下げ感謝してもし足りないくらいだ。

 

「私が出来る事があれば何でも言ってほしい。私は、あなたに感謝してもしきれないのだ」

 

まっすぐ束を見つめるラウラは、本心からそう言った。

それを聞いた束は、ニヤリと笑みを浮かべ、こう言った。

 

「へ~、じゃあ、早速お願いしようかな~」

 

 



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第54話 ラウラの本気

ラウラと照秋は自身のISを纏い、地下にあるドーム状の訓練施設で対峙する。

先程までいた階よりさらに下の階に陸上競技場のトラックほどの大きな訓練施設があることに驚き、非常識さを感じたが「まあ、束さんだからねえ」と照秋が苦笑しながら説明したので事実をそのまま受け止めることにしたラウラとシャルロット。

さて、何故ラウラと照秋がISを纏って訓練移設で対峙しているのかというと、これこそが束の「お願い」だったのである。

 

『テルくんと戦ってくれないかな』

 

照秋との戦闘など、こちらからお願いしたいくらいだ!

と目をキラキラさせ快諾したラウラ。

そうしてすぐに二人は地下に降り訓練施設に赴いたのである。

 

「ところで篠ノ之博士、なぜ私と照秋を戦わせることがお願いなのですか?」

 

ラウラは訓練施設の外の観覧設備で見学している束にISのオープンチャネルで質問する。

ちなみに、観覧施設にはクロエとマドカ、シャルロットもいる。

すると、束は空間投影モニタとコンソールを展開しはじめ、片手をあげる。

そして親指を折り四本指を立てた。

 

「単純に君のIS[シュヴァルツェア・レーゲン]の性能チェックが一つ。二つ目が君のIS操縦技量の見極め。三つ目が疑惑の解消だね」

 

「疑惑の解消?」

 

ラウラは怪訝な表情で首を傾げる。

 

「まあ、それは戦えば分るよ。ああ、一応シュヴァルツェア・レーゲンはOSだけだけど改修してるから処理能力向上しているよ。一応可動負担や伝達速度、あと各センサーが15%アップしているから気を付けてね」

 

「OSを改修しただけで15%アップ!?」

 

聞いただけで驚く数字である。

ソフトウェアの改修だけで機体性能が一割向上するなど、考えられない事なのだ。

しかも、改修時間は一時間もないのだから、驚くしかあるまい。

これは、もし全体的にハード部分も本格的に改修したらどんなことになるのだろうか……

ラウラは、恐怖と歓喜にぶるりと震えた。

 

「そして最後が重要。テルくんが強くなるための『踏み台』になってもらう」

 

「……踏み台?」

 

ようするに、噛ませ犬になれと言われているのである。

流石にラウラもムッとする。

ラウラとて、ドイツ軍のIS部隊の隊長として、代表候補生としてのプライドがある。

千冬に鍛え上げられた絶対の自信がある。

たとえ相手が千冬の弟だからといって、その彼が強くなるために負けろと言われてそう簡単に享受できるものではない。

それに、ラウラ自身照秋と手合せすることはIS学園に転入する前から希望していたことであった。

 

「ああ、勘違いしないでほしいんだけど、普通に、本気で戦ってね。そうじゃないと意味がないからね」

 

束の言葉に益々もってわけがわからなくなるラウラ。

踏み台になれと言われ、しかし本気で戦えという。

正直、照秋の技量はラウラが取り寄せ調べたデータでは『自分より少し劣る』と結論付けている。

これはラウラにとっては最大の賛辞である。

自分の力に絶対の自信を持っているラウラは、人を見下すきらいがある。

そんな彼女が、自分より少し(・・)劣るという、自分に最も近しい実力であると認めているのである。

それでも、ラウラは戦いが始まれば自分が勝つと疑わない。

その最大の根拠が『経験』である。

軍属であるラウラはISで任務を遂行することを常としている。

一応ISを軍事目的で利用することはアラスカ条約で禁止されているが、自衛や警護はこれに依らない事になっている。

グレーゾーンな活用ではあるが、世界各国が行っている事であるからドイツだけに難癖をつけることはできない。

つまり、ラウラは任務遂行という数多の経験によってISのスキルを磨き上げて行ったのだ。

 

「まあ、戦ってみればわかるよ」

 

束がそう言って、試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

 

 

まず動いたのはラウラだった。

シュヴァルツェア・レーゲンの性能がアップしたと言われたのでその確認のため、まずは軽い牽制として距離を取り右肩に装備されている大型のレールカノンを放ったのだが、ラウラは自身の攻撃に驚いてしまった。

 

「うおっ!?」

 

まず、距離を取るために動いたときの加速がアップしていることに驚き体勢を崩し、すぐに整えレールカノンを放つと、今まであった砲撃の反動が無かったのである。

 

(すばらしい性能アップだが、これは慣れるのに時間がかかるな)

 

嬉しい誤算とでもいうのか、今までのクセを修正しなければならない作業を強いられるラウラは、しかし笑顔だった。

そんなラウラに構わず、照秋はラウラの放ったレールカノンを避け、接近する。

右手に近接ブレード[ノワール]を装備し、八双の構えで自分の間合いまで接近する照秋。

 

(速いっ)

 

ラウラは素直にそう思い、すぐにプラズマ手刀を展開、迎え撃った。

だが、ラウラはその攻撃で吹き飛ばされる。

 

(なんという力だ! 私が受けきれなかっただと!?)

 

吹き飛ばされた力を利用しそのまま距離を取るラウラは、両肩から2本のワイヤーブレードを展開し不規則な攻撃で照秋を襲う。

しかし、照秋はその攻撃をノワールの高速剣捌きで弾く。

 

(なかなかやる。だが、これならどうだ!)

 

ラウラはワイヤーブレードをリアアーマーからも展開し、計6本のワイヤーブレードを照秋に向けて放つ。

ワイヤーブレードは前後左右上下と6方攻撃を仕掛ける。

逃げ場はないが、照秋は焦ることなく、ノワールを回転するように大きく振るった。

 

[ルシフェル・マグナ(光を帯びた裂け目)]

 

女性の電子音声が聞こえた瞬間、ノワールの刀身が光り輝き衝撃波を放ち迫りくるワイヤーブレードを全て弾き飛ばした。

 

「飛ぶ斬撃だと!?」

 

ラウラは予想外の攻撃に、おもわず叫んでしまった。

 

 

 

ドーム状の訓練施設内で高速で飛び交い、交差する黒と黒。

その戦いを観覧設備で見ていたシャルロットは、ラウラの戦闘スキルより、そのラウラに負けない、いやむしろラウラを上回っている照秋の技量に驚く。

 

「……ここまで出来るなんて……手に入れた映像ではここまでの技量はなかったはず」

 

シャルロットはそうつぶやく。

シャルロットが入手したという映像とは、ワールドエンブリオが3月に竜胆と赤椿、照秋を発表した時のものと、クラス代表決定戦でのマドカとの戦闘記録である。

 

「そりゃあ、おまえ、日本のことわざにもあるだろうが。『男子三日会わざれば刮目して見よ』ってな」

 

マドカが頬杖しながら戦いを眺める。

 

「それに、テルは練習バカだからな。これくらいの成長は当然だ」

 

「その一言で納得しちゃったよ」

 

シャルロットは苦笑しながら照秋とラウラの戦いを見つめる。

 

「でも、あの飛ぶ斬撃はなんなの? あんなの今まで見せたことなかったよね?」

 

「あれは、メンテナンスついでにノワールのバージョンアップした追加コマンド[ルシフェル・マグナ]です」

 

クロエが束の横で束と同じく空間投影モニタとコンソールを展開し凄まじい速度でタイピングをしながらそう答える。

コマンドを追加した理由として、メメント・モリの兵装であるインヘルノとハシッシが封印処置されており、現状メメント・モリの兵装は刀剣武装のノワール一本のみという、ある意味白式と近い状態である。

 

「赤椿の武装[空裂]のデータを元にしていますので、エネルギー刃というのは変わりませんが、特筆すべきは前方ではなく、振るった方向すべて展開されるという事です」

 

「つまり、全方向攻撃ってこと?」

 

「そうです。まあ、立体攻撃が出来ないというのが欠点ですが」

 

エネルギー刃による平面斬撃であるため、縦の幅が少ない。

それが欠点であるというが、シャルロットはとても欠点だとは思えなかった。

 

 

 

ラウラの攻撃を悉く捌く照秋に、ラウラはニヤリと口元を歪め笑う。

 

「おもしろい。いいぞ織斑照秋!」

 

瞬時加速で照秋に肉迫しプラズマ手刀を振り降ろす。

照秋はそれを難なくノワールで受け、剣戟を繰り返す。

受けてわかる照秋の実力と、力に込められた想い。

肌が泡立つ殺気。

まさに、ここは戦場だ。

……なるほど、これは強い。

そう、今まで戦った国家代表のどの攻撃よりも重い。

 

「予想以上だ! なるほどこれは気を抜けば負けるな!」

 

そう言ってラウラは、一旦距離を取り左目を隠していた眼帯を外す。

隠されていた瞳は金色に輝いていた。

その瞳を見て、照秋は直感で飛び出しそうになった体制を無理やり止めた。

明らかに眼帯を外してからラウラの纏う雰囲気が変わったのである。

 

『ラウラの左目はヴォーダン・オージェと呼ばれるIS適合を向上させる能力を有しています』

 

クロエからプライベートチャネルで助言を受け、一層警戒する。

だが、いつまでもあれこれ考えるというのは照秋の性に合わない。

そんな一瞬の油断を見逃すラウラではなく、先ほどとは全く異なる速度でワイヤーブレードを展開し攻撃を仕掛けてきた。

基本直感に頼らず目で追い対処する照秋は、迫りくるワイヤーブレードをノワールで弾きながらラウラを観察する。

 

『ルシフェル・マグナ』

 

女性の電子音声と共に、照秋はノワールを振り一回転、迫りくるワイヤーブレードを弾き距離を取る。

だが、そんな行動を予想していたかのようにラウラは照秋が移動した位置に接近し、プラズマ手刀で攻撃する。

照秋はそのプラズマ手刀をノワールで受けようとしたが、予想外のことが起こる。

なんと、ラウラがそのプラズマ手刀を振り降ろす軌道を変え、ノワールを躱し照秋に一撃を与えたのだ。

その攻撃に驚きつつも、追撃されないようにさらに距離を取ろうと後ろに下がった照秋だったが、またも予想外のことが起こる。

なんと、ラウラが照秋の行動を予想したかのようにピッタリと追随してきたのである。

驚き、今度は上に軌道を変えたが、それすらもラウラは予測したかのようにピッタリ張り付いてきた。

 

『言い忘れましたが、ヴォーダン・オージェは【未来予知能力】が備わっています』

 

(先に言っとけよ!!)

 

クロエからプライベートチャネルで重要な事を今更言われ悪態をつく照秋。

だが、予知能力などそんな超能力の様な非科学的なもの、そう簡単に信じることはできない。

しかし、照秋はこの予知能力に心当たりがあった。

 

目がいいんだな(・・・・・・・)

 

照秋のこの言葉に含まれる意味に、ラウラは驚くと共に、ニタリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「そうか、わかるか『この目』の力が」

 

「集中力が高まった極みに、『光が見える』んだろう?」

 

「――はっ! ははぁっ!!」

 

声を上げて笑うラウラは、本当にうれしそうに、新しいおもちゃを手に入れた子供の用に無邪気な顔をして照秋を見る。

 

「そうだ! この目は相手の次の行動が『光の点』でわかる! だから、お前が次に繰り出す攻撃もわかるぞ!!」

 

そう言って、ラウラは照秋の右肩めがけてプラズマ手刀を繰り出し、ギリギリ避ける照秋。

 

「避けるか! おもしろい! おもしろいぞ織斑照秋!!」

 

ラウラはプラズマ手刀とワイヤーブレードを織り交ぜて照秋を攻撃する。

先程とは打って変わって防戦一方の照秋は、致命傷はないものの避けきれない攻撃が増えISの装甲を徐々に削って行く。

しかも。

 

「いやらしく急所ばかり狙ってくる……!」

 

「戦いのセオリーだ!」

 

「そりゃそうだ!」

 

照秋とラウラは軽口を叩きあいながらも、その攻防が止むことはない。

それどころか、先ほどより互いの移動や攻撃速度が上がり、苛烈を極めぶつかり合う金属音と火花が絶え間ない。

 

「楽しいな! 織斑照秋!!」

 

ラウラのテンションは上がりまくり、笑い声を上げながら攻撃を繰り出す続ける。

任務という殺伐としたものではない、純粋に互いの技量をぶつけ合う試合において、ラウラは本気で戦ったことが無かった。

本気というのは、つまり「殺す気」で戦うという気持ちでの意味である。

試合というスポーツにおいて、殺すという感情は必要ない。

しかし、生粋の軍人であるラウラにとって、本気イコール相手を殺すという事に相違ない。

試合などというおままごとで相手を殺す必要などないのだ。

この心構えによって、出す力というのは変わってくる。

たとえ全力を出したとしても、その力をスポーツレベルで押さえる力を出すのか、さらにその先の相手に致命傷を与える力を与えるのか、その覚悟の差が試合と戦争の違いでもある。

実際、ラウラはドイツの国家代表と数度模擬戦をしたことがあり、その全てで負けたのだが彼女はたしかに全力は出したがそれはスポーツでの全力であり「本気」で戦わなかった。

本気で戦う相手と認識できなかったのである。

 

相手の国家代表の攻撃が温い。

殺気が足りない。

ああ、国家代表とはこんなものなのか。

他国の国家代表もこんなものだろうか。

本気で戦うに値しない、ぬるま湯に浸かった者の集まりか。

 

そう判断し、ラウラは国家代表に興味を捨て、軍属として国を守るために命をささげると誓ったのだ。

 

しかし、今ラウラは本気で戦っている。

生まれて初めて、任務や軍事介入以外で相手に対し殺すつもりで戦っているのである。

そして、その本気と対等に殺り合える相手が、目の前いる。

 

これほど楽しいことはない。

 

これほど嬉しいことはない。

 

私が、私が、私が。

 

「本気というのは楽しいなあ! 織斑照秋!!」

 

 

 

「……あいつ、国家代表クラスの実力持ちじゃねーか」

 

「えっ!?」

 

目の前で繰り広げられている高速戦闘にマドカが呟き、シャルロットが驚く。

 

「ラウラは生粋の軍人ですからね、殺し合いでないと本気が出せないのですよ」

 

クロエの補足でさらに驚くシャルロットは、理解してしまった。

つまり、今目の前で繰り広げられている戦いは、殺し合いだという事だ。

 

「ISの表向きの活用方法は所詮スポーツだ。命のやり取りなんて関係ない健全なエンターテインメントだし、絶対防御なんて生命保証もついてる。各国の国家代表つっても命がけで戦ったことがある人間なんて数えるほどしかいないだろうよ」

 

マドカが頬杖を付きラウラと照秋の戦いを眺め、呟く。

それに、クロエが付け加える。

 

「そんな現状に落胆したラウラは、国家代表に興味を無くし軍属として使命を全うすること誓ったのでしょうね。しかし……」

 

「今まさに本気で戦える相手が目の前にいる、と?」

 

シャルロットの言葉に頷くクロエ。

 

「あんなにうれしそうに戦う彼女は記録でも見たことがありません」

 

「そりゃ嬉しいだろうさ。自分と対等にやり合える相手に初めて出会えたんだからな」

 

マドカもラウラの気持ちがわかる。

自分も、ラウラと同じ思いをしたのだから。

 

ああ、楽しいだろう。

嬉しいだろう。

だからこそ、マドカはラウラの奇妙な行動(・・・・・)にも納得してしまう。

シャルロットは、その事を疑問に思いつつ戦いを見ていたが、おもわず呟いた。

 

「なんでラウラはAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)を使わないんだろう?」

 

そう、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンを第三世代機としている装備、AICを一切使用していないのだ。

AICとは、ISの代名詞でもあるPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)の発展型である。

停止結界とも言われている。

PICは読んで字の如く「受動的に慣性を取り消す」もので、ISの操縦において浮遊・加減速などを行う慣性制御を主な仕様にしている。

AICはその操縦部分ではなく、対象物に向けて故意に働きかける行為で、まさにこちらも読んで字の如く「能動的に慣性を取り消す」のだ。

つまり、AICを対象物に発動すれば、動いている物は停止してしまう。

まさに停止制御結界である。

この兵器を使用すれば照秋の動きを止めることができ一気に優勢に立つことが出来るのだが、ラウラはAICを使用する気配がない。

 

そんなラウラの奇怪な行動に、マドカはふんと鼻を鳴らし言い放つ。

 

「使いたくても使えないんだ」

 

「どういうこと?」

 

シャルロットは首を傾げる。

 

「AICには致命的な弱点がある。それは、対象物に狙いを定め集中しなきゃダメというところだ」

 

「……あっ、なるほど。つまり、今の高速戦闘では狙いを定められないから集中できない。だからAICを発動させるのは難しいってことなんだ。へー、照秋も考えてるんだねー」

 

感心するようにうんうん頷くシャルロット。

 

「まあ、テルはそれを狙ってやってるわけじゃないだろうがな。あいつAICの事なんて知らないし」

 

「……天然て怖いね」

 

シャルロットは照秋の格闘センスに脱帽するが、しかしマドカはさらにこんなことを言った。

 

「それに、ラウラはAICなんぞ使って戦いが終わることを嫌っているんだよ」

 

「……は?」

 

「さっきも言ったが、ラウラは今までISを”競技の範疇”では本気で戦ったことが無い。それは自分が本気になれる相手がいなかったからだ」

 

「……でも、照秋はラウラが本気になれる初めての相手だった。だから、少しでも楽しい時間を過ごしたくて、長く戦いたくて、たとえAICを使えたとしても使わないってこと?」

 

わかるような、わからないような。

シャルロットはラウラが楽しんでいるという事は理解したが、その手段には到底共感出来なかったので微妙な表情だった。

 

しかし、始まりがあれば、終わりもある。

 

「そろそろ12時の鐘が鳴るぞ、シンデレラ」

 

マドカの声は、誰にも聞こえることはない。

しかし、マドカの言葉通り戦局が動いた。

 

 

 

ラウラのスピードがガクンと落ちた。

それを見逃す照秋ではなく、猛攻に出た。

ラウラはその攻撃を避けることが出来ず、悉く受けISの装甲がボロボロになっていく。

シールドエネルギーもあっという間に二ケタに突入しダメージレベルも深刻なものになってしまった。

ラウラの額には玉のような汗、激しい息切れ、青白い顔。

ボロボロな体で、膝をつきそうなほど疲労しているがなんとか踏ん張る。

しかし、笑顔は崩れない。

 

「はあっ、はあっ、楽しい時間も、終わり、か……!」

 

ヴォーダン・オージェには欠点がある。

発動することによってISとの適合率が向上し、予知能力を得ることが出来るが人体への負担が大きく、あまり長い時間発動できないのである。

 

持って、5分。

 

今までヴォーダン・オージェを使った戦いで5分以上長引いたことはなかった。

自身がボロボロになることは今まで何度も経験したが、ヴォーダン・オージェでの疲労感はラウラにとっても初めての経験である。

 

(こんなに辛いのか……やはりヴォーダン・オージェは諸刃の剣だな)

 

そんなことを考えながら目の前の相手、照秋を見る。

ISの装甲が削れダメージを負っているように見えるが、操縦者である照秋自身は汗はかいているがさほど息を乱さず、全く疲れた様子はなく気魄も衰えていない。

 

(なるほど、体力バカというのは本当らしい)

 

ラウラは苦笑する。

 

ああ、残念だ。

この楽しい時間が終わってしまう。

そう、私の負けという結果で。

それはいい、不思議と照秋に負けることに悪感情は湧かない。

だが、残念だ。

私相手では織斑照秋は満足できなかったようだ。

 

もっと

もっと、もっと

もっと、もっと、もっと!

 

戦いたい

戦いたい!

私に力があれば

私にもっと織斑照秋を満足できるのに。

私が満足できるのに!

 

力があれば――!

 

『――願うか……? 汝、力を欲するか……?』

 

突然頭の中から何かが呟くのを聞こえた。

ラウラはその声に疑問を持ちながらも、自分の気持ちを吐露する。

 

(ああ、力が欲しい。織斑照秋を満足できる力が、私が満足できる力が、もっと戦える力が欲しい!)

 

 

その瞬間、ラウラの左目から英語の暗号が流れた。

 

『Damage Level………D

Mind Condition………Uplift

Certification………Clear

 

≪Vallkyrie Trace System≫………boot』

 

そして、ラウラの意識は途切れた。

 

 

 

観覧施設で見ていたマドカ達が、ラウラのISの変化に気付く。

 

「……おい、まさか本当に……」

 

珍しくマドカが焦った表情をする。

そんなマドカの変化に首を傾げるシャルロットだったが、現状があまり良くない事であることはわかった。

 

「ね、ねえ、あれって何?」

 

シャルロットの呟きに答える人はおらず、束が照秋をみてニヤリと笑う。

 

「さあ、ここからが本番だよ、テルくん」

 

 

 



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第55話 VTシステム対照秋

「……なんだ?」

 

照秋は目の前で起こっている現象に眉を顰める。

戦っていたラウラが、突然脱力したように体の力を抜いたかと思ったら、ラウラの纏うシュヴァルツェア・レーゲンがドロドロと形状を変化させラウラを覆っていった。

グネグネと蠢くコールタールの様なISは、徐々に形態を安定させていく。

 

そして、変形が安定した姿を見て、照秋の直感が危険信号を送った。

 

”あれはヤバい”

 

変形したシュヴァルツェア・レーゲンは先ほどまでの形とは異なり、打鉄に似た形状に、右腕には一振りの剣。

ラウラを覆い尽くしたISは女性の姿を模しているが、その姿につぶやく。

 

「……千冬姉さん?」

 

『そのとーりだよテルくん!』

 

突如プライベートチャネルで束が声をかけてくる。

 

『そのISには過去のブリュンヒルデの戦闘データを模して再現実行できるシステムが入ってたんだよ。名前はVTシステム。ちなみに、その姿は第一回世界大会のときのちーちゃんだね!』

 

「なるほど。つまり模倣ですか」

 

特に驚くわけでもなく淡々と現状把握をする照秋。

戦法として強い人間の動きを模すというのは間違いではない。

ラウラはドイツ軍で千冬を師事していたのだから尊敬する人物の動きを真似るというのは自然な事である。

ただ、その戦法を今使う事が良作なのかは疑問だが。

 

『でもそのシステムは欠陥品で、操縦者は意識失うし、負担がハンパないんさー』

 

「具体的には?」

 

『そのまま放っといたら死んじゃうね』

 

死というキーワードに、照秋は即座に八双の構えを取り瞬時加速を駆使して変形したシュヴァルツェア・レーゲン――VTシステム――に接近しノワールを袈裟狩りに振り降ろす。

しかし、VTシステムは難なくその攻撃を剣で受けた。

 

「ちぇええええぇぇいっっ!!」

 

『彼女を助ける方法は、VTシステムを倒せばいいだけだから。遠慮なくやっちゃってー!』

 

束の言葉に、更に一気呵成とばかりに気合を入れノワールを抜刀の構えから神速で繰り出す照秋。

唐竹・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風と「八方萬字剣」を繰り出すが、悉くを防がれる。

超接近戦を強いる剣戟は無酸素運動で行われる。

そんな攻撃がそう長く続くわけもなく、照秋は一息入れるために距離を取ろうとバックステップするが、VTシステムはそれを待っていたかのように追い打ちをかける。

しかし、そんな追撃を予想していなかった照秋ではない。

バックステップしながらわずかな時間で息を整え、迎え撃つために地面に足を付け踏ん張る。

 

VTシステムは上段の構えから剣を振り降ろす。

振り降ろされた一撃を受ける照秋だったが、苦悶の表情に変わった。

 

(重い!)

 

振り降ろしは重力、体重なども加味される。

さらにISによるブーストもあるのだろう、照秋の足が地面に沈む。

照秋は重い一撃を防ぐのに精一杯で、次の攻撃に対処できなかった。

 

横っ腹にVTシステムから横蹴りを受け、吹き飛ばされる照秋。

地面に何度もぶつかり、そのまま壁に激突してしまった照秋は、土埃が舞い姿が見えなくたった。

しかしVTシステムはそんな照秋を追いかけるように瞬時加速を使い接近し、大きく剣を振りかぶる。

 

「だらあぁっ!!」

 

突如土埃を吹き飛ばし、照秋が飛び出す。

構えは蜻蛉。

二の太刀いらずの示現流奥義。

 

[雲耀の太刀]

 

「えええええぇぇぇぇいぃっっ!!」

 

気合い一閃、照秋はVTシステムの攻撃より先に攻撃を当てるという戦法に打って出た。

示現流の真骨頂、先手必勝ではあるが、ようするに当たったもの勝ちという博打のような戦法だ。

だが、VTシステムはここで致命的なミスを犯した。

照秋の行動が予想外だったのか、攻撃から一転し防御に回ってしまったのだ。

振り上げる剣を、即座に防護の姿勢で構えるVTシステムは、この攻撃を受け次の攻撃に懸けたのだ。

 

この思いの差が勝敗を生む。

 

先手必勝・一撃に懸ける思い

 

確実に相手を倒すため次の攻撃に懸ける行動

 

照秋はノワールを振り降ろした。

 

そして、VTシステムの剣をバターのように切り落とした。

予想外の事態に、VTシステムは急ぎ行動を修正、武器がなくなったVTシステムは照秋から距離を取ろうとした。

しかし、照秋の瞬時加速は未だ止まっておらず、そのままの速度で追いかけ、さらに振り降ろしたノワールの切っ先を切り返す。

そして、そのまま切り上げた。

 

 

 

――ラウラは夢を見ていた。

それは、一人の少年の日常。

しかし、その日常はラウラが見ていても吐き気を催す内容だった。

周囲から心無い言葉を投げられ、身内である兄からも暴力を受け、姉はそれに気づかない。

少年の心と体はボロボロだった。

精神が崩壊してもおかしくない日常のある日に、救いの手はあった。

 

少年は姉や兄と同じく剣道場に通っていた。

そして、毎日稽古が終わると道場から離れた更地で一人黙々と竹刀を振り降ろす。

毎日、毎日、稽古で出来た体の痣の痛みに顔を歪めながらも、汗だくになりながら竹刀を振る。

ラウラから見ても、とても才能があるようには見えない太刀筋だった。

そこへ、一人の女性が声をかける。

 

『ねえ、君は何でそんな意味のないことを毎日するの?』

 

女性は、夕日を背にして問いかけてくるので表情はわからないが、声音はどこか悲しいような、怯えたような感じに思えた。

少年は、竹刀を降ろし女性に言った。

 

『僕は、愚図で無能です』

 

『そう言われてるね』

 

『でも、僕はこれしか出来ないんです』

 

『竹刀を振ることが?』

 

『いえ、覚えるまで何回もこうするしかできません』

 

『……なんで、そこまでするの?』

 

少年は女性の言う意味が分からなかった。

なんで、と言われても、そうするしか考え付かなかったからのだから、質問の意図がわからない。

 

『そんなことしても、君は強くならないし、■■ちゃんは見てくれないよ。それにもし強くなっても■■くんがまた怒るよ』

 

名前の部分にノイズが走ったように聞き取れなかったラウラだったが、少年はああなんだ、そんなことか、と納得し笑った。

 

『でも、■■お姉ちゃんは前に僕にこう言いましたよ』

 

――努力には必ず結果が伴う。それは報われるとは限らないが、それでも自分の在り方を否定するものではない――

――前を見ろ。その時の景色は確かに変わっているはずだから――

 

『――そっか』

 

女性は、肩を震わせ俯いた。

 

『そっか……希望は、捨てちゃダメなんだね……』

 

震える声で、しかし、先ほどとは違い声音には明るさが混じっていた。

 

そんな光景を見て、ラウラの意識は薄れ始め目の前が白くなっていった――

 

 

 

――次に目を開けると、目の前にはISスーツのみを纏った照秋がいた。

ああ、とラウラは納得した。

 

『あれはお前の記憶か』

 

『なんのことだ?』

 

照秋はラウラが垣間見た光景がわからないようで首を傾げる。

わからないならいい、とラウラは苦笑し改めて照秋を見る。

引き締まった肉体は、しなやかさと力強さを併せ持った理想的な体格で、絶妙なバランスに感嘆の息を漏らしてしまう。

そう、無能と罵られた少年は、ここまで素晴らしい男になったのだ。

 

『織斑照秋、お前は強いな』

 

素直に賛辞するラウラ。

しかし、照秋は眉を顰めその言葉を否定した。

 

『俺は弱い』

 

『なぜだ? そこまで力があれば、間違いなく国家代表になれるだろうに』

 

『腕力じゃないよ。俺は守ってもらってばかりなんだ。心が弱いから、マドカや箒たちがいつもそばにいて俺を助けてくれる。そんな弱い自分が嫌いだから、もっと強くなりたい』

 

心も、体も、という照秋を、眩しいものを見るように目を細めるラウラ。

 

『強くなってどうする?』

 

『守るんだ。大切な人たちを』

 

なるほど、とラウラは笑った。

そうか、それがお前の強さの根源か。

努力は裏切らない。

それは、今は見えなくてもいつか結果として芽が出る。

その芽が大きな花を咲かせるのか、小さな花のかはわからない。

しかし、照秋は疑わない。

自分の努力を信じて進む。

それが、姉に言われた言葉だから――

 

 

 

斬られたVTシステムは、血しぶきのようにドロドロの黒い装甲をまき散らし、徐々に形状が維持できなくなり中から意識を失っているラウラが現れた。

ずるりと滑り落ちるラウラをしっかりと受け止め、安らかに寝息を立てるラウラを見てホッと一息つく照秋。

一瞬意識がどこか別空間に飛んだ気がしたが、ラウラの体の状態を見て異常がない事確認すると、訓練施設内に駆け寄ってきたマドカやシャルロット、クロエ達の元へ向かうのだった。

 

 

 

「――ここ、は?」

 

ラウラは目を覚ました。

見知らぬ白い天井をボーっと眺め、自分の状態を確認する。

簡易ベッドに寝かされているが、体中の筋肉が悲鳴を上げるように痛い。

そのため顔しか動かせず周囲を見回す。

 

「気付きましたか」

 

声がした方を見ると、そこにはクロエがパイプ椅子に座り端末を操作していた。

 

「ここは研究所内の医療施設です。模擬戦の記憶はありますか?」

 

「……途中から意識がなくなって……」

 

「そうですか。ではこれを見なさい」

 

そう言ってクロエはラウラに端末のモニタを見せた。

そこにはラウラが意識を無くしてからの戦闘記録が映し出されていた。

そして、自分の変わり果てた姿に絶句する。

 

「こ、これは……」

 

ヘドロのようにまとわりつくIS、そして変わり果てた姿は自分が目指していた人物。

 

「あなたのIS、シュヴァルツェア・レーゲンにはVTシステムが積まれていました」

 

ラウラでなくとも、ISに携わる人間ならばそのシステムがどれほど危険なものであるか知っている。

操縦者の意思を無視し、ブリュンヒルデの戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するそのシステムは、操縦者への負担が多大なものになる。

最悪操縦者は死んでしまうほどの危険な装置で、現在あらゆる企業・国家での開発が禁止されている。

VTシステムを発動し照秋と戦う姿を見て、ラウラは苦悶の表情を浮かべる。

 

「……私が、もっと戦いたいと、望んだからか」

 

「そうだねー」

 

突如、束が現れ落ち込むラウラの言葉を肯定する。

その表情はいつものように笑顔だ。

 

「今回の事を全部説明するよ。聞くかい?」

 

嫌なら聞かなくていい、そう言う束だが、ラウラは無言で頷いた。

 

束が言ったことはこうだ。

そもそもラウラのISシュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムが積まれている疑惑は持っていたが確証がなかった。

だから、ラウラと照秋を戦わせVTシステムを発動させる状況に追い込み証拠をつかむことにした。

これが束が最初に言っていた確証を得るための行動だったのである。

そしてもう一つ、照秋の踏み台になってもらうという事も説明した。

照秋に、模造品ではあるが千冬と戦い勝って自信をつけてもらいたかったからだという。

ラウラがVTシステムを発動すれば、過去のブリュンヒルデのデータから千冬のデータを使用するのは確信していた。

だから戦わせ、追い込み、さらに照秋の成長のために犠牲になってもらったのだとも言った。

 

思うところはあったが、結果はご覧のとおりである。

 

「恨むんなら、私を恨んでいいよ。でもテルくんはこの事を知らないから」

 

「いえ、恨むなんてとんでもない」

 

突然殊勝な態度を取る束に驚くラウラは反射的に首を横に振る。

しかし、事実ラウラは束や照秋を恨むなんて微塵も思っていない。

束はクロエの命の恩人だし、初めて見つけた照秋は好敵手だし、感謝こそすれ憎悪を抱くなんてありえない。

 

「そう、ありがとう。それと、ごめんね」

 

「あ、いえ……」

 

世間一般で知られる束の人物像は、唯我独尊で扱いづらい人間である。

だが今目の前にいるのは、ちゃんとした礼節を持つ一人の女性であり、現代の倫理観もしっかり持っている。

やはり日本のことわざである「百聞は一見にしかず」とはこの事だろう。

 

「それと、ここから先は私たちに任せてくれるかな」

 

「私たち……ワールドエンブリオとして、ですか?」

 

「うん、ここから先は、ドイツ政府も絡んでくる。国と企業の話になるからね」

 

束の言う事は、つまりドイツ国やラウラにとって辛い選択を迫られることになるという事だ。

そうなると軍に属するラウラにとって見たくない事が起こる。

 

ラウラはゆっくり頷き、それを見た束は満足そうに笑顔を向ける。

そして、もう話はないとばかりに振り返り部屋を後にする束に、ラウラは思い出したかのように声をかけた。

 

「そういえば、あなたは織斑照秋にどんな希望を見たのですか?」

 

歩みを止め、ピクリと体を震わせる束は、しかし振り向くことなく佇む。

 

「……そっか、相互意識干渉(クロッシング・アクセス)が起こってテルくんの過去を見たんだね」

 

納得したようにひとり呟く束だったが、その声音は少しトーンを落としたものだった。

ラウラが見た映像では、照秋に話しかけていた女性は夕日を背にしていて顔はわからなかったが、篠ノ之束であることは声でわかった。

だから聞いてみたかったのだ。

ただ、無意味な素振りをする少年の照秋に、どんな希望を見たのか、と。

 

「そうだねー」

 

んー、と考えるそぶりをする束は、くるりと振り返り笑顔でこう言った。

 

「人類はまだやり直せる――かな?」

 

 



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第56話 天元突破ラウラさん

束との会話の後、疲れたのかラウラはすぐに寝てしまった。

しばらくして起きるとすでに夜も更けていたので、とりあえず門限は過ぎているが学園に帰ることにした。

ラウラのISシュヴァルツェア・レーゲンは照秋との戦いで大破してしまったのと、VTシステムを取り除く作業、さらに大幅アップデートを行うためにワールドエンブリオに一時預かりとした。

また、帰る際一人で立つことも出来ないほど疲労していたラウラは、照秋に背負われてIS学園に帰ったのだが、その現場を箒とセシリアに目撃されてしまい一悶着あったり、門限を過ぎて帰ってきた生徒を叱ろうと待ち構えていた千冬が、照秋の背中で借りてきた猫のように大人しくしているラウラを見て驚いたりと、なかなか面白い一日の締めとなった。

そんな照秋とラウラのちょっとした事件の翌日、変化があった。

 

「織斑照秋、お前は私の好敵手、いわゆるラマンだ」

 

「ちょっと待て」

 

いきなり3組に現れたかと思ったら、わけのわからない事を口走るラウラ。

ラウラのラマン発言に、箒やクラスメイト達は固まった。

 

「普通、そこは好敵手と読んでライバルじゃないのか?」

 

「む? クラリッサは愛人(ラマン)だと言っていたが?」

 

「はっきり愛人って言った!?」

 

「クラリッサが言うにはこうだ。『嫁がダメなら愛人でいいじゃない!』とな!」

 

「それもう好敵手関係ないよね!? ていうかクラリッサさん何言っちゃってんの!?」

 

ラウラはクラリッサに事の顛末を報告した。

その時のラウラのテンションの高さにクラリッサは「あ、惚れたな」と判断した。

正確には本気で渡り合える相手を見つけた嬉しさからなのだが、ラウラが照秋に心を許したのだからこれは「あの計画」を発動するチャンスだと考えたのだ。

照秋の妻としてドイツからは自分が占めている。

IS委員会が提示した一夫多妻制度では一国一人という条件だから、

いくら敬愛する隊長であっても、照秋という大事な「嫁」を手放すわけにはいかない。

しかし方法はある。

「愛人」にすればいいのだ。

愛人は妻の頭数には入らない……はずだ。

それに、男は甲斐性だともいうし、英雄色を好むともいう。

そう、ラウラを愛人にして自分が妻になれば、いつまでも一緒にいられるしWIN-WINの関係ではないか!

そ、そうすれば……隊長と、自分と照秋が三人絡まってくんずほぐれつ……ぐふふ……!

……と、そんな薄汚れた欲望の元、クラリッサはラウラにワザと話違った知識を吹き込み、まんまと乗せられたのだった。

なんというトンでも理論、なんというチョロイ隊長。

大丈夫か、ドイツ軍。

 

「さあ織斑照秋、昨日のように私と熱く激しくぶつかり合い、互いの想いをぶちまけようではないか!!」

 

「誤解を招くからやめてー!! ていうかアンタいまISないだろう!?」

 

「照秋、ちょっと話をしようか」

 

「箒さん? なにそのどす黒い殺気! 待って! 説明したじゃん! 昨日説明したじゃん!!」

 

「ソッチではない! 愛人だと!? 結婚する前から浮気など許さんぞー!!」

 

「だから違うってー!!」

 

とまあ、騒がしい始まりがあったのだが、本来ならそれを止めるべき人間がいるのだが、今日はいない。

ストッパーであるマドカは、学校を休んだ。

理由は「会社の都合」という事になっている。

また時を同じくしてドイツの山奥にある施設が破壊され、その施設に居た人間も悉くが死んだ。

その事をドイツ政府は山火事とだけ報道し、事の真相を闇へと葬った。

ただ、その前後でドイツ政府とワールドエンブリオのやりとりがあり、政府役人が顔を真っ青にするような事を言われ、「我々はワールドエンブリオと良好な関係を続けたく、決して今回の事は我が国の総意ではない」という表向きの言葉と「篠ノ之束博士が絡んでるなんて知らなかったんスよー! いやーマジびっくりなんだけど! テヘペロ☆ だから、お願いしますから見捨てないで、仲良くしてね! あ、あとクロエの事は好きにしてくれて構わないんで、VTシステムの事は黙っててね!」という裏の言葉をクラリッサが上官から受け、それをラウラに伝えた。

そしてそれを聞いたラウラは、あまりにも情けない国の対応に、部屋にシャルロットがいるにもかかわらず大声で叫び暴れまわったという。

 

さて、数日後「会社の都合」で学園を休んでいたマドカは、若干疲れた顔で復帰した。

何をしていたのかは口にしなかったが、大変なことがあったのだろう。

そんなマドカの復帰初日の授業だが、担任のスコールから連絡事項として「学年別トーナメント」の注意事項とルール変更が言い渡された。

 

「今年から学年別トーナメントは二人一組のタッグマッチとなりました」

 

それを聞いてざわめく生徒達だったが、横で控えていたユーリの注意で鎮まる。

 

「ただし、タッグを組むのには条件があります」

 

○代表候補生同士で組まない事

○専用機持ち同士で組まない事

これは、少しでもペアの力量差を無くす処置である。

ただでさえ代表候補生と一般生徒ではISの操縦時間が違うし、専用機なら訓練機との差は歴然である。

 

「この二つを守ってもらえれば、後は自由よ」

 

そう言うや、クラスメイト達の視線が照秋、箒、マドカ、そして趙に集中した。

何故なら、この四人は3組で専用機を持つからである。

 

「それと、無理して当日までにペア組まなくても、抽選で決める方法もあるから。この場合は専用機持ちとか代表候補生同士とか関係ないから」

 

そう言い終わると、ユーリに代わり通常授業に入ったが、生徒たちは授業そっちのけで照秋、箒、マドカ、趙をガン見するのだった。

そして、休み時間になるや、クラスメイト達だけでなく他のクラスからも生徒が照秋たちに押し寄せた。

 

「織斑君! 私とペアになろう!」

 

「篠ノ之さん! ぜひ私と!」

 

「趙さん! 大穴のあなたに今のうちに妥協するわ!」

 

「マドカさん! 私をお姉ちゃんと呼んでもいいのよ! そしてこのダメなお姉ちゃんを踏んで罵って!!」

 

「なんか私の扱いがひどいよ!?」

 

「おい、最後の奴待て」

 

おもわずツッコミを入れる趙とマドカ。

波のように押し寄せる彼女たちに目を白黒させる照秋たち。

特に、照秋とマドカに押し寄せる人数が半端ではない。

 

いきなり教室の密度が上がり、また彼女たちの様々な香水の匂いが鼻を刺激し気持ち悪くなってきた照秋。

顔を青くし、小さい声で「ちょっと、抑えて…」というのが精いっぱいだった。

照秋が明らかに体調不良に陥ってることに気付き助けようとした箒だったが、自分も多くの生徒に囲まれ身動きできない。

そしてとうとうマドカがキレた。

 

「いい加減にしろお前ら!」

 

騒いでいた生徒たちがマドカの一喝で静まり返る。

 

「自分のペアは自分で決める! 今後言い寄って来ても相手にせんからそのつもりでいろ! さっさと散れ!!」

 

マドカに説教され、自分たちの浅慮な行いを反省したのか集まっていた生徒たちは教室を出ていきいつもの教室の密度に戻る。

 

「まったくっ!」

 

プリプリ怒るマドカだったが、そんなマドカを見てホンワカするクラスメイト達。

実はマドカは3組内ではISの操縦が恐ろしく上手く、強い、そして情報通という「完璧超人」といったイメージと、もう一つ「3組のマスコット」的な位置づけにされていた。

マドカは不遜な態度を取り若干クラス内でも浮いた存在で、苦手意識を持つ生徒もいたのだが、そんなマドカはクラス内では一番身長が低い。

さらに、体格も平均より幼く、細い。

そんな体に反し、切れ長の目で常に不機嫌そうに口をへの字にしている眼鏡をかけた美少女。

そして、いつも常に照秋の傍にいて護衛と称して甲斐甲斐しく世話をする姿。

クラスメイト達は、そんな態度のマドカを見てこう思った。

 

『背伸びしているおませな幼な妻、もしくはロリ姉』

 

そう思うと、苦手意識を持っていたマドカに無性に保護欲を掻き立てられるのだから不思議だ。

 

「大丈夫かテル」

 

マドカはすぐに照秋の元へ向かう。

箒も続き、照秋の体調を確認する。

先程より顔色は良くなっているが、それでも表情は優れない。

 

「……いろんな匂いが混じって気持ち悪い……」

 

今までの中学校では汗と泥の匂いしか嗅がなかった照秋にとって、人工的に作られたフレグランスの匂いは免疫がなくきついようだ。

窓を開け換気しながら深呼吸する照秋の姿に、クラスメイト達はあまりキツイ香水は止めようと誓ったのだった。

 

 

 

昼休みになり、照秋たちはいつものメンバーと、趙、ラウラ、簪を交えた大所帯で昼食を採るのだが、皆が一様に不満を漏らしていた。

 

「まったく、皆さんもう少し腰を据えてほしいものですわ」

 

ため息を漏らしながらサンドイッチを口に運ぶセシリア。

 

「ペアになると伝達した途端だからねえ」

 

シャルロットも苦笑しフォークにパスタを絡める。

 

「私にまで言い寄ってきたからな。まあ、勝利への執念は買うが」

 

ラウラはサンドイッチを目の前に置き腕を組んでフンと息を漏らす。

 

「……私の専用機も、トーナメントまでに完成するってクラスメイトに言った途端すごい言い寄られた」

 

はあ、と大きくため息を漏らし箸をおく簪。

 

「私も、国から専用機授受してまだそんなに日数経ってないのに……まあ、なんか大穴狙いとか言われたけど。言われたけど!」

 

趙は憤懣冷めやらぬのか、ザクザクとフォークをチキン南蛮に刺す。

 

「まあ、あの勢いにはびっくりしたな」

 

箒は綺麗にサバの身と骨を分けながら呟く。

 

「調子いい奴らばっかりだ。話もしたことが無い他のクラスの奴が頼み込んできて受けてもらえると思ってるのか? まったく! まったく!」

 

マドカには珍しく未だに怒りが収まっておらず、バリバリとキャベツを食べる。

女子たちの愚痴を聞きながら、黙々とソバをすする照秋。

こういうときは無言で聞き手に回った方がいいと勉強した照秋は、彼女たちの会話に口を挟まない。

実際照秋もいきなり大多数で言い寄ってきたことに不満を持っているのだ。

しかし、学年別トーナメントではペアを組まなければならず、それは代表候補生と専用機持ちを除外される。

ふと、照秋は考えた。

自分の知り合いに代表候補生と専用機持ち以外がいるだろうか、と。

 

……いなかった。

 

というか、今一緒に昼食を採っている人間以外と親しい人間がいなかった。

そうなれば、少しでも接点のある生徒と組む方が気持ち的にも楽になる。

 

「……クラスメイトの誰かと組むのが得策かなぁ?」

 

そうポツリとつぶやく照秋の言葉を聞き逃す箒たちではない。

 

「誰と組むんだ!?」

 

「まさか、次の妻候補を選定したのですか!?」

 

「興味あるなあ。僕、すごく気になるなあ」

 

「ふむ、もう次に手を出すか。豪胆だな織斑照秋」

 

「……野獣」

 

「うわー、織斑君て肉食系なんだー」

 

上から箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪、趙である。

散々な言われようだ。

ちなみにラウラだが、先日の愛人宣言を撤回するつもりはないらしく、毎日3組に来ては笑顔で「さあ、今日も激しくヤリ合おうではないか!」と叫びクラスからキャーッと歓声やら悲鳴やらが巻き起こる。

ヤリ合うとは、今はまだシュヴァルツェア・レーゲンが届いていないので、行うのはいつもの訓練であって決して夜戦ではない。

予定では、今日ワールドエンブリオから改良を加えたシュヴァルツェア・レーゲンが届くので、ラウラはいつも以上にテンションが高かった。

 

「まあ、私も手伝ってやるから落ち込むな」

 

マドカがポンポンと照秋の背中を叩く。

そんな優しさが沁みた照秋は、マドカの手を取り感謝する。

 

「ほんとにマドカっていい奴だな! 俺、自分が女だったら絶対マドカに惚れてた」

 

「……私は女だ」

 

「……あっ」

 

「お前今胸見て言ったな? そうだな? よし、今日の訓練メニューは久々に地獄級で行こうか」

 

「ばっちこい」

 

「ダメだ、コイツにはご褒美だったか!」

 

他の女子たちを余所に、照秋とマドカはまるで恋人のようにじゃれ始めた。

そんな光景を見て、疑惑の目を向ける箒たち。

 

「……本当に恋愛感情が無いのですわよね?」

 

「……たぶん……」

 

セシリアの疑問の声に、箒は自身なさげに応えるしかできなかった。

 

 

 

放課後になり、昼食を一緒に採った、ワールドエンブリオに関わった人間たちがアリーナに集まる。

メンバーは照秋、箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪、趙、マドカである。

 

照秋と箒、セシリアはいつも通りの練習に入ろうとしたのだが、マドカが待ったをかけた。

 

「今日はお前らも教える側にまわれ」

 

どういう事かと首を傾げる照秋だったが、メンツを見て納得した。

まず、趙は量産第三世代機竜胆・夏雪を渡されて間もなく、操縦に慣れていない。

シャルロットも竜胆を自分専用にチューンしたばかりでまだ細かい調整が出来ていない。

ラウラも、シュヴァルツェア・レーゲンを改良したばかり。

さらに簪は自身が考えただ三世代機兵装マルチロックオンシステム[薊(アザミ)]の試験が済んでいない。

 

「わかった。じゃあ、俺はラウラを相手しよう」

 

そう言うや、ぱあっと目をキラキラさせ笑顔になるラウラ。

 

「セシリアは趙を頼む。夏雪のレクチャーをしてやってくれ」

 

「わかりましたわ」

 

「箒はシャルロットだな。アイツと模擬戦して竜胆の癖を叩きこんでやってくれ」

 

「了解した」

 

「センパイは私と薊の最終チェックと[甲斐姫]との同期テストだ」

 

「ん」

 

各自が分かれ、訓練が始まる。

セシリアはブルーティアーズを展開しながら、趙に夏雪の操作方法や特徴などを説明

箒はシャルロットの竜胆の操作に慣れてもらうための軽い模擬戦を行う

マドカと簪はアリーナからピットに移りプログラムのデバッグと起動チェックを行い、早ければ今日中に起動試験を行う

そんなメンバーの中で一番激しかったのが照秋とラウラである。

 

「はっはあぁっ!! 楽しいなあ好敵手(ライバル)!!」

 

「都合いい時だけライバルって言わないでくれますかね!」

 

ラウラが笑い声を上げながらワイヤーブレードを照秋に放ち、それを難なく避ける。

すでに左目の眼帯は外しヴォーダンオージェを発動している。

一応模擬戦であるためワイヤーブレードの先にはむやみにISに傷をつけないように処理しているし、レールカノンも出力を下げている。

照秋のメメント・モリもノワールの刃を変更し斬れないようにしている。

 

「すばらしいぞこの動き! まさかここまで性能が上がるとは思わなかった!!」

 

実際初期のカタログスペックより実稼働率30%もアップしたのだから、ラウラのテンションが上がるのも無理はない。

 

「ふははははっ!! たぎる、たぎるぞぉっ!」

 

「今回は改良後の稼働チェックなんだから、もう少しトーン落とそうよ!」

 

「だが断る!!」

 

「何言ってんのこの隊長様は!?」

 

照秋の窘めに聞く耳を持たないラウラ。

もはや原形をとどめないほどテンションアゲアゲのラウラに、ドン引きの面々。

 

「……なにかクスリでもキメてんのかあいつ」

 

「それ、シャレにならないから」

 

マドカの苦言に冷静に突っ込む簪。

しかし、ラウラも照秋も高次元のIS戦闘を行っているのでキーボードを叩く手を止め釘付けだ。

 

だがこの後、アリーナで大規模な模擬戦を行っていることが教師の耳に入り、照秋とラウラはこっぴどく怒られたのだった。

当然だろう、アリーナでは照秋たち以外の生徒も訓練機を借りて練習を行っているのだから、下手して流れ弾などの被害が及ばないとも限らないのだ。

 

結果、ラウラは担任の千冬にこっぴどく叱られへこみ、照秋もスコールから注意を受ける羽目になったのだった。

とんだとばっちりである。

 

 



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第57話 照秋の日常・早朝編

照秋の朝は早い。

5時30分には起床し、ジャージに着替える。

部屋を出ると、すでにマドカが待ち構えており、挨拶をしてそのまま歩く。

そしてグラウンドに行って準備体操や柔軟運動を入念に行う。

そして、ランニング、立木打ちを3000回行って終了である。

照秋の通っていた中学校の剣道部では「とにかく走れ」と指導され、陸上部より走り込みをした。

しかもただ走るのではなく、姿勢、足運び、などを意識した走りを徹底された。

照秋はその指導を今でも忠実に守り続けている。

現在入念に柔軟を行っているのも中学校の恩師の教えである。

最初こそ硬い体だったが、今では180度開脚しそのまま地面にペタンと胸を付けれるくらいにまでなっていた。

相撲などでよく言われることだが、体が柔軟であれば、怪我が少なくなるのである。

 

照秋の剣道に対する姿勢は全て中学での教えに基づく。

小学校時代での篠ノ之道場の教えは基本的な型しかなかった。

箒の父である柳韻は、照秋の才能を見抜いていたがためにじっくり育てたいという算段があり、最初は徹底的に基礎を叩きこむことにしたのだが、それが篠ノ之流剣術にとって裏目に出た。

しばらくして篠ノ之家が保護プログラムによって一家離散してしまい、照秋は篠ノ之道場に通う事が叶わずそこから自己流で毎日竹刀を振ることだけを行うことになってしまったのである。

だから試合や稽古など皆無であった。

千冬は照秋の剣道の才能など無いと判断していたし、そもそも照秋に構っていられるほど余裕もなかったため新たな道場に通わせるという選択肢を見出さなかった。

そのため中学校に入学するまでひたすら竹刀を振ることだけを行い、基礎だけはしっかりと出来上がっていた照秋は、中学での恩師、新風三太夫によってその才能を開花させた。

現在の照秋の動きには篠ノ之流剣術はほぼ残っていない。

それを知り悲しく感じる箒だったが、しかしそれ以上に強い男に成長した照秋を見て内心喜び、その雄姿にときめいたのは箒だけの秘密である。

 

柔軟を終え立ち上がるついでに屈伸をし、さあ走ろうとしたとき、マドカに声をかけられた。

 

「テル、お客さんだ」

 

マドカがため息を漏らし、嫌そうに眉間に皺を寄せ指さす方を見ると、そこには千冬と一夏がこちらに向かってくる姿があった。

千冬は上下真っ白なジャージを着て、普段と変わらず狼のような切れ長の目をキリッとさせている。

一夏は、Tシャツに短パンという姿で、未だ眠いのかフラフラとおぼつかない足取りで千冬に手を引かれていた。

 

「おはよう、照秋、結淵マドカ」

 

努めて明るく、朗らかに声をかけてくる千冬だったが、マドカはフンと鼻を鳴らし無視。

 

「おはようございます、織斑先生」

 

対して照秋はピシッと背筋を伸ばし会釈する。

織斑先生と呼ばれ、他人行儀の対応をする照秋に壁を感じた千冬は、痛みに耐えるような表情をするが、すぐにいつもの様にキリッとした表情に戻る。

 

「朝のトレーニングの邪魔をして申し訳ないんだが、このバカも一緒にいいだろうか」

 

この言葉に驚きの声を上げたのは誰であろう、一夏である。

 

「な!? なんで俺がこんな奴と朝練しなきゃいけないんだよ千冬姉!!」

 

一夏がそう吠えるや、照秋に先生を呼ばれた手前、一夏の発言を許せない千冬は鉄拳を一夏の脳天に落とす。

 

「織斑先生だ馬鹿者が」

 

頭を押さえうずくまる一夏は、千冬を見上げ、次に憎々しげに照秋を睨む。

 

「俺がこんな卑怯者と一緒に朝練する意味なんてねーよ!」

 

「ハッ、卑怯者はお前だろうが、美人局のビビリヤローが」

 

条件反射のように一夏の悪口を言うマドカ。

それに対し目を剥く一夏だったが、千冬に止められる。

 

「一夏、お前は以前から照秋を見下していたな。ならば照秋の毎朝行っているトレーニングも付いていけるだろう?」

 

「当たり前だ! こんなクズのやってる練習なんて楽勝だね!」

 

一夏は立ち上がると照秋を見下すように喚く。

 

「というわけで、よろしく頼む」

 

「……はあ」

 

千冬にそう言われ、照秋は気のない返事をする。

 

「ああ、一夏に合わせる必要はない。いつも通り、自分のペースでやってくれて構わん」

 

「わかりました」

 

そう返事を返すと、照秋はグラウンドを走り始めた。

 

 

屋外グラウンドは陸上のトラック競技ラインが書かれており、一周400mという一般的な競技場ほどの広さとなっている。

そこを黙々と走る照秋と一夏。

若干、ジョギングより少し速い速度で背筋を伸ばしまっすぐ前を見て走る照秋に、照秋の走るスピードに驚きつつもまだ余裕をもって後を走る一夏。

やがて、400mトラックを一周し終えると、照秋はダッシュを開始した。

突然ダッシュする照秋を見てチッと舌打ちし同じくダッシュする一夏。

 

(ダッシュするなら先に言えよ!)

 

心の中で悪態をつく一夏は、まだわかっていなかった。

 

照秋という男の、異常なストイックな性格を。

 

照秋はスピードを落とすことなく400mトラックを一周する。

 

(こんな朝っぱらから400mもダッシュするとか馬鹿か!?)

 

一夏はすでに付いていくだけでいっぱいいっぱいでスピードが落ちている。

しかし、そこから苦痛の表情を驚愕に変える。

400mを過ぎても、照秋がスピードを落とさずダッシュをし続けたのだ。

 

(……おい、マジかよ……!?)

 

400mダッシュなど陸上部くらいしかしないものをいきなりやらされ、すでに息を切らしている一夏は、すでに照秋からかなり引き離されている。

 

「一夏! 遅れいているぞ! 食らいついて行かんか!!」

 

千冬の叱責を受け、チッと舌打ちしペースを上げなんとか照秋に追いつこうとした。

 

照秋はトラックを2周してダッシュを終え、ジョギングのスピードに戻した。

 

(……やっとか……)

 

すでに息も絶え絶えの一夏。

さほど鍛えていない一夏にとって、いきなりの800メートルダッシュなど無謀以外の何物でもない。

陸上競技において、格闘技とまで言われている800メートルを全力で走るのは相当の体力が必要になる。

しかし、照秋のトレーニングがこれで終わるはずがない。

トラックを一周終えると、再びダッシュを始めた照秋。

それに驚く一夏だったが、なんとかついて行こうとダッシュをする。

そして、照秋はトラックを二周、ダッシュした。

ここで、一夏はまさか、と考えた。

800メートルを休みなしで二回ダッシュさせられたのに、まだ走るのを止めない照秋。

その表情はまだ余裕がうかがえた。

ジョギングでトラックを一周終えた時、一夏の予想は当たった。

 

「またダッシュかよ!!」

 

 

 

グラウンドの端で照秋と一夏が走っている姿を眺めている千冬とマドカは、会話をしないまま距離を取ったままである。

気まずい空気の中、口火を切ったのは千冬だった。

 

「……今日は篠ノ之とオルコットは参加していないのだな」

 

「あいつらは今日は生理休暇だ」

 

そう言われて、ああ、と納得してしまった。

そういえば昨日からオルコットは授業中顔色が優れなかったのを思い出す。

 

「あの二人は相当重い部類らしくてな。箒なんかあまりの苦しさに昨日の夜部屋で倒れてな、テルに腰をさすってもらいながら寝てたよ」

 

私はセシリアの部屋に行って腰をさすってやったがな、とため息をつきながら話すマドカ。

 

「……ふむ、私はさほど重くないからその苦しみ想像でしかわからんが、まあお大事にと言っておこう」

 

同じ女であるからその苦しみはある程度理解できるが、度合いが違うため箒とセシリアの苦痛がどれほどのものなのかはわからない千冬。

マドカもそれほど苦しまないタイプなので二人には養生しろとしか言えない。

 

「……しかし、照秋はいつもこんな無茶な練習をしているのか?」

 

実は、前々から照秋の朝のトレーニングを陰ながら見ていた千冬。

そんな千冬の呟きに、マドカはハンと鼻で笑った。

 

「無茶ね。まあ最初は無茶だと思ったさ。でも無茶も継続すれば無茶ではなくなり、習慣化するのさ」

 

「800mダッシュと400mジョギングのインターバル・トレーニングか。たしかに効果的だが……いささかやりすぎではないか?」

 

心肺機能を鍛えるトレーニングとしてインターバル・トレーニングは効果的である。

ただ、体調を考慮し週に2~3回という事が条件に入る。

ハッキリ言ってこんな無茶なトレーニングを毎日行うなど、試合前のプロボクサーのようなものだ。

 

「800mダッシュを休みなしで10本など……体を壊してもおかしくない。いや、もはや練習ですらないぞ」

 

とても高校一年の体力では持たないメニューである。

しかし、照秋はそれをこなす。

 

「このトレーニングの重要なところは持久力を踏まえた先の持続力だ。800mダッシュをスピードを落とすことなく持続させるのがこのトレーニングの目的だな」

 

「見たところ、800mを2分程で走っている……これは高校陸上でもかなり上位に食い込むタイムだ。……それをスピードを落とさず、休憩も入れずに10本か」

 

何という無茶を!

最初こそそう思って見ていた千冬だったが、照秋はその無茶な練習を毎日こなしていた。

しかも、それを平然とである。

それほど過酷な中学生活だったのか、それともそれほど体を酷使しなければならないと考えに至るトラウマでもあるのか。

速度を落とさず走り続ける照秋を見て苦痛に顔を歪める。

一夏はすでに体力が尽きたのか、照秋に追い抜かされ周回遅れになってしまっていた。

 

人間が最初から出し惜しみなしで全力で走れる距離というのは知れている。

せいぜい5~600mだろう。

だが、7割ほどで制御すれば2~3キロは走れるだろうが、これはあくまで一般常識での範囲だ。

照秋とて、初っ端から全力で走っているわけではない。

それでも800mを2分程で走れるほどの脚力と体力を持ち合わせているのだ。

もちろん、こんな化け物じみた体力を手に入れるのに何のリスクも負わなかったわけはない。

それこそ、筋組織を破壊し、文字通り血反吐を吐く毎日だったのだ。

そんな地獄のような毎日でも、照秋は止めなかった。

周囲の人間が止めても、止めなかった。

諦めるという事をしなかった。

なぜなら、照秋にはそれしかなかったから。

 

千冬が思いに耽っていると、照秋が走る速度を緩めやがて止まった。

800mダッシュを10本走り終えたのだろう、息を切らし、汗を流しているがしかし足取りはしっかりしている。

しかし、一夏は違った。

すでに走るのを止めトラックに跪き吐いていた。

照秋はそんな一夏を一瞥すると、興味を無くしたようにすぐに目線を外し、剣道場へと歩いて行った。

 

「ほれ、汗を拭け」

 

照秋に近寄ってタオルとスポーツドリンクの入った容器を投げ渡すマドカに、ありがとうと礼を言って受け取り、そのまま歩いたままスポーツドリンクを少し口に含みながら汗をぬぐう。

マドカは、そんな照秋の後ろを付いて歩くが、千冬は歩いていく照秋を見ながら未だトラックで跪いている一夏に歩み寄り怒鳴る。

 

「いつまで休んでいる! 照秋はすでに次のメニューを行うために行ってしまったぞ!! さっさと立たんか!!」

 

「……む……むり……」

 

息も絶え絶えに声を振り絞る一夏に、千冬はフンと鼻で笑った。

 

「なんだ、照秋の練習は楽勝だったんじゃないのか? それがまともについていけない程の体たらくとはな、情けない」

 

辛辣な千冬の言葉に一夏は睨み返すが、事実であるため言い返せない。

一夏は照秋の異常な体力にものを言わせた練習に付いていけなかった。

しかし、それは照秋に転生者として付与されているチート能力があるためだと推測していた。

 

(そうじゃなきゃあんなバカバカしい練習できるはずがない!)

 

インフィニットストラトスという物語には本来存在しない織斑照秋という存在を、転生者だと確信している。

それも、どこぞの二次小説のように神様か邪神かは知らないが、チート能力を付与してもらっていることもわかっている。

でなければあんな反則まがいな専用機ISを手に入れたり、異常な身体能力を持てるハズがない。

自分は織斑一夏という人間に憑依しただけでチート能力なんてもらっていない一般人なんだから、反則技に付いていけるハズがないし、反則技に付き合う必要もないと思ったのだ。

 

「一夏、お前は照秋が何か反則技のようなものを使ってるからあんなにも走っていられると思っているなら勘違いも甚だしいぞ」

 

思考を見透かされたような千冬の言い方にドキリとする一夏。

 

「照秋はな、中学時代から自分に過酷な練習を課していたんだ。こんなインターバル・トレーニングも最初からこんな距離を走れたわけではない」

 

いままで真剣にトレーニングをしてこなかった一夏とは全く違う、常に自分を鍛えてきたのだと、千冬は言う。

そんな照秋を擁護する千冬の態度に、一夏は苛立つ。

 

「すぐに立て。照秋はまだ剣道場の裏でトレーニングをしているぞ」

 

千冬はそう言って一夏から離れ、照秋がいるであろう剣道場裏に歩いて行った。

 

「……ちくしょう……なんだよ……あんなクズ庇いやがって……」

 

未だ息の整わないまま、愚痴をこぼす一夏は、ゆっくり立ち上がりおぼつかない足取りで剣道場へと向かうのだった。

 

 

 

「ちぇええええぇぇぇいぃっ!!」

 

剣道場にたどり着いたところで、道場の裏から照秋の気合いが聞こえ、一夏はビクッと体を震わせた。

恐る恐る覗き込むと、照秋が地面に打ち付けた丸太に向かい、無数の剣戟を繰り出してた。

ガガガガガッとぶつかり合う音と、煙を発している丸太に目を丸くする一夏。

一息ついたところで丸太から距離を離し、息を整える照秋を見て、一夏はさらに驚いた。

グラウンドでは息を切らしてはいたが余裕があるように見えた照秋が、今は畦を滝のように流し、息を荒く吐いているのだ。

 

「ええええええぇぇぇいぃぃっ!!」

 

再び気合いを入れ、丸太に近寄り木の棒を間断なく打ち付ける照秋。

 

「……なにをやってるんだ……?」

 

「あれは示現流の稽古で立木打ちというという」

 

いつの間にか一夏の隣に居た千冬が腕を組み照秋を見ながら一夏の疑問に答えた。

 

「示現流? 薩摩の、あの示現流か?」

 

「そうだ。あの稽古は、地に背丈ほどの丸太を立て、山から切り出したユス、樫、椿などの堅い木の棒を木刀とし、気合を込めて袈裟斬りの形で左から右から精根尽きるまで打ち込むというものだ。打ち込みは腕の力に頼らず、胸と肚のうちから出る力を剣に込めることが肝心で、つまり胆力を鍛える重要な稽古だ」

 

そこまで言って、千冬は一夏に木の棒を渡した。

 

「そら、照秋の隣に丸太があるだろう。お前も打ってこい」

 

「……」

 

言いたいこともあったが、先ほどのダッシュよりは楽そうだと思い木の棒を受け取る一夏。

しかし、次の千冬の言葉に再び絶望するのだった。

 

「打ち込み3000回だ」

 

 

 

 

打ち込み3000回を終え、横で倒れている一夏を無視し千冬に一礼をして部屋に戻った。

シャワーを浴びさっぱりしたところで、未だにベッドで寝ている箒を起こす。

 

「箒、朝食採りに行くけど、動けるか?」

 

声をかけると、箒は顔を青くしながら起き上る。

 

「……昨日よりはマシだが、だるくて動きたくない……」

 

生理のせいで明らかに体調不良なのがわかる箒に、生理の苦しみはわからないがとりあえず大変なのは見て理解したので、照秋はわかったと短く言い箒を寝かせる。

 

「じゃあ、消化の良いおかゆかなんかもらってくるから、寝ときな」

 

「……照秋……」

 

やさしく頭を撫で自分の体を気遣う照秋の紳士な対応に感激する箒は、嬉しさのあまり涙目だった。

 

部屋を出ると、マドカとセシリアが待っていた。

 

「……おはようございます、テルさん」

 

セシリアも箒と同じく生理中で苦しいのか、顔色が優れない。

 

「……お前、部屋で寝とけ」

 

マドカもセシリアの体調を気にして注意するが、セシリアは頑として聞かない。

 

「わたくしは大丈夫ですわ」

 

明らかにやせ我慢である。

何故そこまで頑なになるのかというと、未だ照秋との心の距離を恋人以上に進めていない現状において、一瞬でも愛する照秋と一緒にいたいと思っている。

だから、箒と違い部屋が違うセシリアはたとえ苦しくても少しでも時間を見つけては一緒にいようと努めているのだ。

そんな理由をなんとなく察知しているマドカは、気持ちがわかるだけにあまり強く言えないが、しかしそういう行動は健康な肉体があってこそのものなので、どうしようかと悩む。

そんなマドカの想いが分かったのか、照秋は小さくため息を吐き、マドカと目配せした。

 

「セシリア、俺が消化のいい朝食を持ってくるから、寝てな」

 

「いえ、大丈夫ですわ」

 

セシリアは頑なに拒否するが、照秋は強硬手段に出た。

照秋は徐にセシリアを抱き上げたのだ。

 

「きゃっ!?」

 

いきなりの事で一体何が起こっているのか理解できてないセシリア。

奥手の照秋が、まさかいわゆる「お姫様抱っこ」を自分にするなんて思わないし、積極的に接触してくるなど今まで無かったからだ。

だが、徐々に現状を理解し始めたセシリアは顔を赤くし、あうあうと呟きドキドキ高鳴る鼓動を押さえるように手を胸に当て大人しくしていた。

照秋はセシリアを抱きかかえたまま、自室に入り自分のベッドに寝かせた。

 

「とりあえず俺のベッドで我慢してくれ。箒と同じ消化の良い朝食もらってくるから」

 

大人しくしてるんだぞ、と言ってセシリアの頭を一撫でして部屋を後にした照秋は、マドカと共に食堂へ向かうのだった。

 

 

 

さて、照秋の出ていった後の部屋には箒とセシリアが寝ている。

お互い体調が芳しくなく、会話もほぼ無いが、しかし二人の表情はにやけていた。

 

「照秋は優しいな……こんなにも私のために尽くしてくれるなんて、なんて幸せ者なんだ……」

 

ニヤニヤ笑みを浮かべブツブツ呟く箒。

 

「よし……こんど照秋が風邪なんかで寝込んだら、お礼に……そ、添い寝でもしてやろう……ぐふふ」

 

変な妄想スイッチの入った箒は、変な笑い声を漏らしニヤニヤと笑う。

 

「はわわ……テルさんのベッド……ああ、テルさんの匂い……」

 

自分の体調を気遣い優しく接していくれる婚約者、そしてその婚約者が先ほどまで寝ていたベッドに寝かされるというシチュエーション。

妄想癖のあるセシリアにはこれ以上ないほどの材料である。

 

「ああ……わたくし……これからテルさんに朝食の代わりにいただかれるのですわ……」

 

箒とセシリアは、互いでいろいろ幸せと妄想を噛みしめ、照秋が朝食を持ってくるまで終始ニヤニヤしっぱなしだった。

 



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第58話 パートナー選び

学年別タッグトーナメントが近付き、周囲ではペアを作り練習をする姿が多く見れるようになってきた。

しかし、未だ照秋達のような、代表候補生、専用機持ち組はペアを作れないでいた。

ただ、簪だけはすぐにペアを作っていた。

相手は1組の布仏本音である。

 

「本音は私の従者だし、友達だから」

 

自身の専用機[甲斐姫]の調整を行う簪とマドカはそんな世間話をしながらも手を休めない。

 

「そうか……センパイの唯一の友達が従者か。4組でボッチだったから心配してたんだ。よかったな、従者でも友達認定してもらえて」

 

「ボッチじゃないし。本音は友達だし。従者はついでだし。だからその生暖かい目で私を見ないで結淵マドカ」

 

「よかったでちゅねー、お友達は大事にしまちょうねー」

 

簪をからかって楽しんでいるマドカの態度に眉がヒクヒク動く簪だったが、フフンと余裕の笑みを浮かべた。

 

「そういうあなたはペアを見つけたの? ああ、あなたも友達居なさそうだから当日の抽選にするのかしら?」

 

簪は知っている。

マドカも友達が少ないことを。

いつも照秋や箒の護衛として付いて回るため他の生徒との接触が少ないのである。

しかし、マドカは何でもないように言った。

 

「残念、すでに私は見つけて組んでる」

 

「なん……だと……!?」

 

驚愕の表情を浮かべる簪。

 

「……あのな、私は友達がいないんじゃない。自分で作らないだけで、やろうと思えばいつでもペアくらい見つけられる。アンタみたいなコミュ障の引きこもりじゃなんだ」

 

「コミュ障言うな。引きこもり言うな」

 

プリプリ怒る簪だが、端から見るとコミュ障認定されそうなほど無口だし、引きこもりと思われるほど部屋から出ないし、とにかくダメ人間まっしぐらだった。

 

 

 

そして夕食の時間となり、照秋たちはいつものメンバーで食事を採る。

 

「セシリアとシャルロットもペアを見つけたのか」

 

照秋がそう言うと、笑顔で頷く二人。

 

「ええ。まあ、別のクラスの同郷ですが」

 

「僕はクラスメイトの相川清香さんだよ」

 

「そうか、よかったな」

 

専用機持ちとペアを組みたがる人間は多くいる。

むしろ、ほとんどの人間はそうだ。

それは、トーナメントに勝ちたいという者から、専用機のデータを少しでも入手したいもの、代表候補生の実力を近くで知りたいものと、さまざまである。

そんな思惑を知りながらも、ペアを選定するのには骨が折れる。

そう言う理由からセシリアは同じイギリス出身の人間を選び、シャルロットは気の合う人間で害意の無いクラスメイトを選んだのである。

 

「私は当日の抽選に任せる」

 

ラウラはそう言うが、これにはれっきとした理由があるらしい。

 

「当日にペアを組むことにより互いの技量把握が出来ず、連携不足というハンデを自らに課すことにより、対戦ペアとの力量の差を埋めるのだ」

 

フフンと鼻を鳴らし自信満々に言うラウラ。

それを見て、ああ、と納得するセシリアたち。

ラウラは国家代表クラスの実力を持っていることを理解しているし、戦闘狂なところも知っているから何も言えないのである。

ようするに、強すぎる自分と相手との力量の差をなくすためにあえて自分に負荷をかけるというのだから呆れるしかない。

そもそも、代表候補生と国家代表の間にはどれほどの実力の開きがあるのだろうか?

セシリアはブルーティアーズが改修され、さらにIS学園に来てからそれまで以上の苛烈な訓練を毎日行ってきたから実力が格段に上がっている。

今イギリスの国家代表と戦えばそれなりにいい試合をするだろうが、それでも勝てないだろう。

シャルロットも、専用機を第二世代機のラファール・リヴァイブから第三世代機の竜胆に乗り換え格段に性能はアップしたが、フランスの国家代表には太刀打ちできないであろう。

そんな太刀打ちできないであろう実力を持つ人間が同学年にいるラウラである。

己の力量を図るためにもラウラのように強い人間と戦うのは良い事だろうが、しかしトーナメントには勝ちたいという気持ちもある。

だから、ラウラの自分に課したハンデに呆れつつも、勝機はあると内心ホッとしていたが、まだ問題がある。

あと、もう二人、国家代表クラスがいるのだ。

それは、照秋とマドカである。

照秋は実際にラウラと戦い勝っているので、実力は国家代表クラスと同等、もしくはそれ以上となる。

さらにマドカはその照秋以上の実力を持つし、ロシアの国家代表である更識楯無に圧倒的な実力差を見せつけている。

ハッキリ言って、こんな若年層で国家代表が3人もいることは異常なのだ。

ほとんどの国の国家代表は20代を超える、心身ともに成熟し完成された人物ばかりである。

しかし、今年のIS学園には国家代表、もしくは国家代表クラスが4人、そのうち1年生に3人いるのだから他の生徒は明確な目標が出来て喜ぶ半面、こういったイベントでは勝つ見込みが限りなく低いと嘆く羽目になる。

 

「私はクラスメイトの倉敷さゆりとペアを組むことにした」

 

「え!?」

 

マドカの一言に驚く箒と照秋。

3組のクラスメイトである倉敷さゆりとは、全ての成績がクラスで一番下の生徒である。

本人は努力しているのだが、それが成果に結びつかないのだ。

それに、人付き合いも苦手なのか無口でなかなかクラスに馴染めていない。

 

「あいつはな、努力の仕方を間違えている。だから、私がアイツに正しい知識と訓練を施す」

 

化けるぞ、アイツは。

そう言ってニヤリと笑うマドカに、セシリアをシャルロットはうわあ、と嫌そうな声を上げるのだった。

 

「それよりもだ。箒とテルはどうなんだ?」

 

マドカがそう振ると、箒と照秋は顔を見合わせ言った。

 

「俺たちは同じ剣道部の子と組むことにしたよ」

 

「ん? 3組に居る剣道部っていったら、日本かぶれのメイ・ブラックウェルだけだよな?」

 

メイ・ブラックウェルはアメリカ出身の生徒である。

IS学園に入学したい理由を「日本のサブカルに直に触れたかったから」と堂々とアメリカ政府にすら言いのけた人物である。

しかし本人はいたって真面目で、理由はともかく成績も良くISの適性もAであるため無事入学できた。

そして、IS学園に入学してからは部屋でアニメ三昧の至福の毎日を過ごしているという、ある意味成功者の道を歩んでいる。

 

「ああ、照秋はメイと組む。私は他のクラスの剣道部の伊達成実さんだ」

 

「ああ、ずんだ餅大好きの『出奔しげざね』か」

 

「おい、本人も気にしてるあだ名を言うな。それに『しげざね』じゃない『なるみ』だ」

 

伊達成実は仙台出身の女子である。

史実の伊達成実とは全く血縁関係は無い。

伊達成実(だてしげざね)とはかの有名な戦国武将の伊達政宗に仕えていた実在した武将で有能で有名だった。

ただ、ある時出奔(簡単に言うと上司を見限って会社を辞めた)し、伊達家をわりと騒がせた人物である。

その理由は、①家中での席次を石川氏に次ぐ第二位とされた上、禄高も少なくされたことへの不満が原因であるとする説、

②秀次事件への政宗の連座を避けるために嫌疑の内容を自らが被って隠遁したとする説、

③軍記物においては、秘密工作実行のために政宗の命を受けて出奔した、

などと描くようなものなど様々あるが、一番くだらない理由が、

④好物のずんだ餅を政宗に食べられたから、

というものだ。

これはあまりにも可哀そうな理由である。

そもそもずんだ餅自体、発案したのは美食家の伊達政宗であるから、いろいろ矛盾が生じる。

とにかく、そんな逸話を持つ伊達成実と同名の伊達成実(だてなるみ)は、小さい頃からこの出奔の事で嫌な思いをしてきた。

 

「わるかったよ。で、どうなんだ?」

 

降参のポーズを取るマドカは、箒と照秋に向かって聞く。

それは、ペアとの相性である。

いくら同じ剣道部で互いの事をある程度知っているとはいえ、長くコンビを組むとなると様々な問題が出てくるものだ。

 

「今のところ問題はないよ」

 

「そうだな」

 

照秋と箒はそう言うが、マドカは心配で仕方ない。

特に照秋だ。

 

「メイはなあ……日本かぶれというより、真正のオタクだからなあ……クロエといい、クラリッサといい、なんでお前の周囲にはオタクが集まるんだか……」

 

やれやれと首を振るマドカに、んなもん知るかという照秋。

 

「まあ、日本の剣術漫画に感銘を受けてIS学園で剣道部に入るくらいだからな」

 

入部した時の一言で「九頭龍閃をマスターしたい」と言ったのはIS学園剣道部の伝説に残る迷言である。

 

「しかも、運動部の中では一番練習がきついと言われ、あまりの練習のキツさに辞める生徒もいるのに、その剣道部を辞めず練習にも付いてきて、さらに実力も付けてきのだからオタクも馬鹿に出来んぞ」

 

照秋と箒はメイ・ブラックウェルを好意的に捉えている。

この温度差に、頭を抱えるマドカに、苦笑するセシリアとシャルロット、そしてよくわからず首を傾げるラウラだった。

 

 

翌日から照秋と箒、マドカの三人はそれぞれのペアと練習をすることにした。

一応皆が対戦相手になるので一緒に練習するのはよくないと箒が言い出したので、別々に練習をする。

とはいえ、1年生の代表候補生や専用機持ちではない生徒は、つい最近授業でISを初めて纏い、歩く練習を始めたばかりであり正直ISの連携や作戦を練るといった段階ではない。

照秋のペアであるメイ・ブラックウェルも例に漏れずISの操縦は全く経験が無いので、まずはPICを切断し歩く練習から始めた。

 

「……お……重い……」

 

苦しそうに足を上げ歩くメイ。

その額には玉のような汗が浮き上がっている。

メイ・ブラックウェルはブラウンの髪をショートにまとめた活発そうな少女である。

細身の体ながら長身で、身長は170cm、白い肌にそばかすがより活発なイメージを強くさせるが、彼女はどちらかというとインドア派である。

休日はもっぱら寮室で日本のアニメを見まくっている、典型的なオタクだ。

ISの代名詞であるPICを切断するという事は、操縦者の負担を補助する機能がなくなったという事で、その負担は操縦者にダイレクトに来る。

つまり、機械そのものの重みが圧し掛かるのである。

とはいえ、パワーアシストは機能しているのである程度の負荷は軽減されているのだが。

 

「補助を切ってるからな、とりあえずPICを切った状態でアリーナをダッシュで一周できるくらいなれたら飛ぶ練習をしよう」

 

「走る!? こんな重いものを纏ってアリーナ一周!? 倒れないようにバランスを保つのに苦労してるの……きゃあっ!」

 

照秋の非情なメニューを聞かされ非難の声を上げるメイだったが、集中力が切れたのかバランスを崩し横に倒れた。

照秋は倒れたメイを助けることなく、自力で立てと言い放った。

 

「それも練習のうちだ」

 

「……剣道部の練習のときから思ってたけど、織斑君って自分にも他人にもメチャクチャ厳しいね」

 

「この苦しみが自分の血肉となって、経験となる。今はカッコ悪く足掻くんだ。ほら、立ち上がるのも練習練習。」

 

「そうやって心身共にボロボロになったところで私にエロいことするつもりね! 同人誌みたいに!!」

 

「そういうネタはいいから、早く立って歩く」

 

「ア、ハイ」

 

こと練習、訓練、特訓など自分を鍛えることに関して妥協することを許さない照秋は、冗談も通じないスパルタ人間に変貌する。

メイは、今更ながら照秋とペアを組んだことを後悔し始めたのだった。

 

結局、照秋の超スパルタ指導とIS適性Aという操縦センスでメイはその日一日でPICを切ってアリーナを走れるようになったのだった。

 

 

 

その日の練習が終わり、メイと照秋は他愛ない話をしていたのだが、そこでメイがふと思い出したように話を振る。

 

「そういえば、ナターシャ・ファイルスとどうなってるの?」

 

アメリカで第三世代機のテストパイロットをしているナターシャ・ファイルスはアメリカ国内でも有名人であった。

ハリウッド女優顔負けの美貌、均整のとれたボディ、流れるブロンドに、白磁陶器のようなシミの無い肌。

そうしてつけられた名が『天使のナタル(エンジェル・ナタル)』である。

さらに彼女は世に蔓延する女尊男卑思想を公の場できっぱり非難し、男性を差別しないというスタンスを取っているのも人気の一つであろう。

結果、彼女は老若男女問わずのスターとなり、近々ハリウッドで映画化も企画されているらしい。

そんな様々なメディアに引っ張りだこで大人気な彼女が、織斑照秋の心を射止めたというニュースは全米を震撼させた。

一時期はアメリカ国内で織斑照秋へのバッシングがすごいことになったのだが、それを沈めたのはナターシャ本人であった。

 

『私も一人の女性として、一人の男性を愛したい。だから、温かく見守ってほしい』

 

そう言われると、ナターシャの幸せを願う人々は黙るしかない。

これに大いに安心したのはアメリカ政府である。

政府としてはナターシャの人気でよってアメリカ軍への志願兵が年々増えてありがたいし、世界でいち早く第三世代機を量産化したワールドエンブリオに所属する織斑照秋と繋がりを持つことはアメリカ側としてもメリットが大きかった。

しかし、ナターシャの国内人気も理解している政府は、織斑照秋のバッシングを止めることも出来なかった。

というより止めなかったのである。

アメリカは世界的にも珍しく女尊男卑思想を打ちださなかったのだが、しかし政府内では少なからず女尊男卑思想がある。

少数派の女尊男卑思想の議員、つまり女性議員だが、IS委員会が発表した『織斑一夏・照秋の一夫多妻認可法』を快く思っていなかった。

しかし、大多数の議員や軍関係者、大統領はワールドエンブリオの技術力は欲しい。

過去に何度もワールドエンブリオに対しラブコールを送っていたのだが、それをすべて断っていた。

そこに織斑照秋からナターシャへのアプローチである。

なんとか渡りをつけ、ワールドエンブリオの技術力を手に入れたい政府はナターシャ人気に気を使い内密に話を進めていたのだが、それをリークしたのが女尊男卑思想の議員である。

そして織斑照秋バッシングを裏で操っていたのも女尊男卑思想の議員であった。

女尊男卑思想の議員には思惑があった。

このリークによってナターシャの人気はアメリカ国内でも落ちるだろう。

そして軍への志願兵も減ると推測される。

そうすれば訴訟大国で有名なアメリカ思想によって、国の損害を受けたと、被害を被ったと難癖をつけワールドエンブリオを訴え、アメリカ政府に有利な判決に無理やり持っていけばいいと計画していたのだ。

だが、その思惑にナターシャの心を勘定していなかったため、計画は崩れてしまったわけだが。

なんと、ナターシャは日本の島国の15歳の若僧と真剣に将来を考えていたのだから。

いまだ一度も出会いデートすらしたこともない年下の異国の男に、そこまで思いを向けていたことは誤算だっただろう。

だから、ナターシャの先の発言は皆の心を打ち、この騒動は終息したのだった。

 

「ナターシャさんは最近テストパイロットの仕事が大変だって愚痴ってるな」

 

「へえ、あの『天使のナタル』が愚痴る! これは良いネタね!!」

 

常に笑顔で、不満や悪口などの負の感情を表に出さないナターシャにとっては愚痴ですら珍しいものだった。

 

「そうか? 結構愚痴とか悪口言ってるぞ? ああ、あとはお勧めの店とか、自分がグラビア撮影した雑誌の宣伝とかだな」

 

「へ~」

 

おもしろそうに照秋の言葉を聞くメイ。

実際、照秋の口から出るナターシャ像は、自分が知る『天使のナタル』像からかけ離れ、一人の女性であったから。

 

「それに、スコール先生を異常に怖がってる」

 

「ああ、そういえばスコール先生って昔アメリカの代表候補生だったんだっけ? 私は知らなかったけど結構有名人だったらしいわね」

 

「黄昏の魔女って異名があったらしい」

 

「やだ、厨二病を患った感じがカッコいい!」

 

「それ、スコール先生の前で言うなよ」

 

「わかってるわよ、私も死にたくないしね」

 

こうして、照秋とメイはコンビとして着々と信頼関係を築き実力も上げて行くのだった。

 



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第59話 学年別タッグトーナメント開催

学年別タッグトーナメント当日。

学年毎にアリーナを分け、一週間という期間で行う行事である。

これには来賓客も招かれる。

それは各国の役人や、企業の責任者、開発者などさまざまで、主な目的は自国や他国、もしくは自社、他者の開発したISの性能チェック、生徒のIS適性チェックなどである。

そんな来賓客たちにはもう一つの目的がある。

それは、いま世界中の注目の的であるワールドエンブリオとの直の接触である。

前述しているが、ワールドエンブリオは各社、各国の提携や協力要請を悉く断っている、というか聞いていない。

そういった思惑の絡みや世界各国からの催促もあって、IS学園はワールドエンブリオに招待状を送ったのであるが、そんな面倒臭い場所にすき好んでいく人間などそうはいない。

例に漏れず束は面倒臭いという理由とISの開発で不参加、クロエもわざわざ疲れる場所に行きたくないと同じく不参加であったが、ただ一人だけ無理やり予定を空けワールドエンブリオ関係者として参加してきたのである。

 

「スコ~ル~!!」

 

スコールに泣きながら抱き付く女性。

彼女の名前はオータム・ハート。

イギリス出身の彼女は、スコールやマドカと同じく亡国機業に組していた人間だ。

そして、亡国機業が壊滅し三人で途方に暮れているところを束に拾われた。

彼女の主な仕事は、世界に散らばっている亡国機業の残党狩りや、各国の様々な情報を入手することである。

茶髪の長髪で若干ウェーブがかかっており、見た目は美人の部類に入る。

しかし恐ろしく短気で、マドカとたびたび衝突するほどの気性の荒さを持つ。

そんな女性が、スコールに抱き付き泣いているのだから、彼女を知る人間は目を丸くするしかない。

照秋と箒も、そんな驚く部類の方だった。

 

「会いたかったぜ~!!」

 

「あらあら、私も会いたかったわよ、オータム」

 

「おろろ~ん!! スコ~ル~!!」

 

美人も台無しな泣き方である。

呆れ顔のマドカは、はあ、とため息を付きオータムが泣き止むのを待った。

 

 

 

「しばらく仕事が空いたからな。そうなったらスコールに会いに来るしかないだろ!!」

 

泣き止んだオータムは、グッと拳を握り力説する。

どんだけスコールラブなのかと呆れ顔のマドカ。

まあ、恋人と言いながら仕事の都合でまったく会えていなかったのだから仕方のない事だろうが。

 

「どれくらい休暇をもらったの?」

 

「とりあえず7月いっぱいまでは休んでいていいと言われた」

 

「あら、社長にしては太っ腹ね」

 

スコールも驚く。

長期休暇とはいえ、2か月近く休みを言い渡すことが意外だったのである。

 

「まあ、種まきは既に終わったからな。あとは芽が出るのを待つのみってわけだ」

 

「何の話だ?」

 

オータムの言葉が気になったのか、照秋が首を傾げオータムに声をかける。

しかし、オータムはその質問に答えることなく、照秋を見るなりスコールに向ける恋する笑顔ではなく、ガキ大将のような豪快な笑顔で照秋の首をがっちりホールドする。

 

「おいおい照秋久しぶりだなあ! しばらく見ないうちにでかくなりやがって! おうおう、良い筋肉になってんじゃねーか!!」

 

「そういって尻を触らないでくれ」

 

「ふむ、束博士から照秋の尻は性的興奮を覚えるレベルだと聞いたが……たしかに美味そうだ……」

 

「うわっ!? 尻の穴に指を入れようとするな!」

 

「おい離れろ年中発情女!!」

 

「照秋に近付くな!!」

 

オータムの言葉と手つき、そして照秋の悲鳴に危機感を覚えたマドカと箒が照秋を引き離し抱きかかえる。

 

「なんだよ私が照秋を食うと思ってんのか? 安心しろマドカ、お前の大事な大事な『弟君』に手なんか出さねえよ」

 

やれやれと肩をすくめるオータムに、マドカは歯をむき出しにして威嚇する。

そんなやり取りの中、箒はオータムの言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「弟君?」

 

「おお、箒か! お前もいい女になったな! どうだ、今度スコールと3Pでも……」

 

「やかましい! 盛った猫かお前は!? そんなことを聞いてるんじゃない!!」

 

顔を真っ赤にして怒る箒に、冗談だと窘めるオータム。

 

「弟君のことだろ? まあ、マドカが照秋の事を弟みたいに可愛がってるからな、そういう意味で言ったんだよ」

 

「な、なるほど……そう言われると今までのマドカの態度が全て納得できる……」

 

「まあ、見た目は姉と弟っていうより兄と妹だがな」

 

「おい聞こえてるぞオータム」

 

「反論したければ私くらいはナイスバディになることだな」

 

そういって自分の胸を下から持ち上げ色っぽいポーズをとるオータムに、悔しそうな顔をするマドカ。

 

「ちくしょう! 今に見てろよ!!」

 

行くぞ! と声を荒げ、照秋と箒の手を引きドスドス歩いていくマドカ。

それを見て、フッと笑うオータムに、スコールはおや、と思った。

 

「……人間、変わるもんだな、スコール」

 

「マドカの事かしら?」

 

遠くなるマドカの背中を見つめるスコールとオータム。

 

「亡国機業にいた時のマドカは余裕がなくて、いつも張りつめていて、他人と接触を取らない奴だった。そんなアイツが私は嫌いだった。それがどうだ!? 今のマドカはあんなにも表情豊かに人と接している!」

 

「そうね、束博士に拾われて一番変わったのはあの娘ね」

 

優しい眼差しで見つめるマドカの背中。

同じ亡国機業という秘密結社に組し、一番過酷な運命を背負っていた少女。

アメリカの禁忌によって生み出された織斑千冬のクローン。

成長促進処置を施され肉体は10代前半だが、実年齢としてはまだ一桁だ。

そんな彼女が亡国機業の実働部隊によって攫われ、機業の言いなりになるように戦闘員として教育され、自分の生い立ちを知り泣き叫び、世界を恨み、全てに絶望していた少女。

 

「それも、全ては照秋君のおかげよ」

 

スコールの言葉に、オータムはそうだな、と頷く。

しかし、二人の表情は暗い。

 

「これから照秋に待ち受ける過酷な運命を、私たちは見ているしかできない」

 

悔しそうな顔で俯くオータムに、スコールは肩を抱き引き寄せる。

何も言わず、オータムの頭を抱き寄せ自分の頬を摺り寄せ大きく息を吐き、晴れ渡る空を睨む。

 

「もし、神がいるのなら、私は一発ぶん殴ってやりたいわ」

 

「私もだ」

 

 

 

マドカ達と別れ、オータムはアリーナを一望できる、来賓たち専用の席に移動し、タッグマッチの開催を待つ。

しかし、そこでオータムを待ち受けていたのは世界各国の要人や企業からの必要な勧誘だった。

 

「御社の素晴らしい技術を我が国でさらに躍進させないか!?」

 

「いやいや、わが社の武装を使っていただければさらに良くなる!」

 

「我が国では御社の受け入れ準備が整っている。いつでも連絡を待っているよ!」

 

脂ぎったむさ苦しい中年男性や女尊男非思想に染まっていそうなひねくれた顔の中年女性達が大勢でオータムを囲み勧誘してくる。目の奥に欲望渦巻かせ笑顔を向けてくるが、オータムはフンと鼻を鳴らし面倒臭そうに顔を背け手でシッシッとどこかへ行けとジェスチャーする。

 

「私は今日は自社製品と自社パイロットを見に来たんだ。契約交渉に来たんじゃない。そういうのは会社に正式に申し込んでやってくれ」

 

「いや、御社はその申込みすら受けてくれないではないか!」

 

「そうだよ、だから察しろよ。お前ら低能と関わりたくないってことをよ」

 

バッサリ言い切るオータムに、顔を真っ赤にする他国や他社の要人達だったが、それを見て馬鹿にしたようにハンと鼻で笑うオータム。

 

「悔しかったら自分たちの力で第三世代機と第四世代機を作ってみろ。そうすれば対等の立場で取り合ってやるよ」

 

わかったら散れ、と再び去れとシッシッと手を振る。

悔しそうな顔、憤懣した顔様々な顔でオータムを睨みながら去っていく要人達。

やれやれ、と頬杖を付き再びアリーナへと目をやるが、再びオータムに近寄る人物が一人いた。

目線の端から近付いてくるのが見えたため、はあ、とため息を付き無視を決め込もうとしていたオータムだったが、近寄ってきた人物は意外な人物だった。

 

「失礼、私は倉持技研の篝火ヒカルノという者だ」

 

オータムは、その人物、篝火ヒカルノを見上げほう、と声を上げる。

グレーのスーツにタイトなスカートという無難なコーディネートながら、隠しきれない豊満な胸に目が行くが、それよりも彼女の瞳である。

朗らかに笑う表情とは逆に、切れ長な目元に、知性ある目で探るようにオータムを見つめる篝火ヒカルノ。

その瞳からは感情が窺えず、オータムは警戒度を上げ席から立ち上がり篝火ヒカルノと握手する。

 

「これはこれは、私はワールドエンブリオ所属のオータム・ハート」

 

篝火ヒカルノは、握手しながらオータムの名前を聞き驚いた。

 

「なんと、あなたはイギリスの元代表候補生『野生馬(マスタング)ハート』か」

 

「そのあだ名はやめてくれ。忌々しい」

 

「おっと、失礼」

 

苦笑しながら、嫌そうに顔を歪めるオータムを見る篝火ヒカルノ。

オータムは亡国機業に所属する前はイギリスにISの代表候補生として所属していた。

代表候補生時代のオータムは、今以上に攻撃的で手の付けられないほどチンピラのような人間だったが、操縦技術はトップクラスでイギリスの国家代表になれるほどの実力を持っていた。

しかし、その気性の荒さが災いして国家代表の候補にはなっても誰も推薦はしなかったのである。

そんな彼女の事を周囲の人間は「じゃじゃ馬すら生ぬるい、まるで人間を嫌う野生馬だ」と揶揄し、周囲からマスタングと呼ばれるのであったが、オータムとて女、野生馬なんてあだ名を付けられて喜ぶはずがない。

このあだ名はオータムにとって黒歴史の一つであった。

 

「で、倉持技研の所長が私に何の用だ?」

 

「おや、私を知っているのですか?」

 

意外そうな顔の篝火。

 

「ふん、第三世代機の白式を制作したところだからな。一応把握しているさ」

 

「世界で最も有名なワールドエンブリオのスタッフに覚えてもらえてるとは光栄ですな」

 

にこやかに笑う篝火に、オータムは胡散臭そうな顔をした。

 

「で、わざわざそんな社交辞令をしにきたのかい? それとも、日本でのIS製作の地位を蹴落とされた恨みを言いに来たのかい?」

 

「おや、手厳しいですな」

 

苦笑する篝火だったが、事実倉持技研は現状日本政府から見放された状態である。

それは、第三世代機の作成においてワールドエンブリオが世界最速で量産体制を確立し、さらにどこも成し遂げていない第四世代機を制作したという、日本政府の世界での立場を確固たるものにした実績がある。

対して倉持技研は第二世代機の打鉄を作成し世界での評価を確立し、さらに織斑千冬が乗り込みIS世界大会で優勝した機体[暮桜]も篠ノ之束主導の元、製作やバックアップに携わっていたという実績を持つ。

だが、いま世界中が求めるのは過去の実績ではなく、未来への技術である。

倉持技研は優秀なスタッフに恵まれなかった。

だから、織斑一夏の専用機である白式一機作成するだけで一杯一杯で、更識簪の専用機作成を見送る羽目になった。

そして出来上がった白式も、政府には言っていないがいつの間にか何者かの手によって(篠ノ之束がこっそり)手を加えられ完成したという謎の機体であり、機体性能も竜胆と比べると見劣りしてしまうものだった。

これでは政府に見放されるのも無理はない。

最近の倉持技研は第三世代機の白式に変わる新たな第三世代機製作に躍起になっているというが、状況は芳しくない。

 

「まあ、実力がモノを言う世界ですから、技術力が無かった我々が蹴落とされるのは必然であり納得してますよ」

 

「ほう、それは殊勝なことだな」

 

殊勝な態度の篝火に、感心する態度を取るオータムだが、正直負け犬とバカにしているようなものだ。

 

「今回声をかけたのは決意表明をしに来たのですよ」

 

「決意表明?」

 

切れ長の目がさらにキツくなり、睨むように見る篝火を、オータムは真正面から受け止める。

 

「私たちは這い上がる。そして、『貴女』を上回るISを作りだして見せる。そう『篠ノ之束』に伝えてください」

 

瞬間、オータムの空気が変わる。

 

(こいつ、ワールドエンブリオが篠ノ之束の会社だと気付いてる。政府から漏えいしたか? いや、それはない。ならば、勘か?)

 

瞬時に警戒レベルを上げ、最悪実力行使に出ることも考えていたオータムだったが、当の篝火は睨むような目を止めフッと力を抜き笑った。

 

「私と篠ノ之束、織斑千冬は同級生だったのですよ。だから、彼女のクセや特徴をよく理解している」

 

竜胆と紅椿を見てすぐにわかりましたよ、と睨むオータムに対し朗らかに笑い言う篝火。

呆れながら頭をガシガシかくオータムは、しょうがないとため息を付く。

 

「わかったよ、伝えておく」

 

そういうオータムに、満足そうに頷いた篝火は、ぺこりと会釈をして去って行った。

その姿を眺めながら、オータムは束にどう説明しようか悩むのだった。

 



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第60話 照秋対一夏

1年のタッグトーナメントは第一試合から歓声が沸いた。

 

まず、巨大スクリーンにトーナメント表が表示され、そこにタッグの名前が埋まっていく。

トーナメントはA、B、C、Dの4つのブロックに分かれ、Aブロック勝者対Bブロック勝者、Cブロック勝者対Dブロック勝者、最後にA、Bブロック勝者対C、Dブロック勝者の対戦となる。

さらに全生徒強制参加であるため、一日では終わらないこの行事は一週間かけて行われる。

なので、今日試合が行われない生徒もいるわけだ。

だが、そのトーナメント表の第一試合に名前が表示された時、観客席にいた生徒は勿論、来賓席の要人達もざわめいた。

 

学年別タッグトーナメント、1年生部門Aブロック第一試合

 

織斑一夏 谷本 癒子 ペア

    VS

織斑照秋 メイ・ブラックウェル ペア

 

来賓客は世界で二例しかいない男性操縦者の試合、さらにその男性同士の戦闘と同時に第三世代機同士の戦闘に沸き、カメラなどの準備にあわただしくなる。

そして生徒たちは、学園内に二人しかいない男子生徒が戦うということにキャーキャー喚き、さらにどちらが勝つか賭けまで発生した。

 

トーナメント表が発表され、照秋とメイは驚くと同時に早速作戦会議を始めた。

 

「正直、ペアの谷本さんの実力が不明なんで最初は様子見をしていきたい」

 

「うん、妥当だね」

 

「恐らく、一夏が一人で突っ込んで来る可能性が高いから、俺が一夏を相手してメイと距離を取る。メイには谷本さんを一人で相手してもらう事になるだろうけど、最初は無理に攻めず回避に専念して相手の情報収集に努めてほしい」

 

「うん、わかった。でもなんでお兄さんが一人で突っ込んで来るって思うの?」

 

「アイツは自意識過剰で自分は誰よりも強いと勘違いして一人で何でもできると思ってる節がある。たぶん谷本さんは代表候補生ほど技量が無いだろうから、一人でまとめて相手して倒そうとすると思うんだ」

 

「さすが兄弟、良くわかってるんだね」

 

「わかりたくないけどな。アイツは単純なんだ」

 

「ふーん」

 

頭を突き合わせ真剣に作戦会議をする二人だったが、それを遠目に見ていた箒やセシリアは憎々しげにメイを睨んでいた。

 

「くうっ……試合だから接触を控えていたら、あそこまで親密になるとは……あ、おい近付き過ぎだ照秋!」

 

「これは、トーナメントが終わったらすぐに穴埋めをしなければ……ああっ、手が触れ合ってますわよテルさん!!」

 

トーナメント終了後、照秋は待ち受ける受難を知らず、真剣にメイと作戦会議を続けるのだった。

 

 

 

対して、一夏はトーナメント表を見て驚愕する。

 

(おい、嘘だろ!? ここの対戦相手はラウラだろうが! それで、俺がVTシステムからラウラを助けてラウラの嫁宣言受けるルートだろうが!)

 

一夏は、ラウラと照秋の間でのことや、VTシステム問題が解決していること、さらに照秋への愛人発言などを知らない。

一応1組でも話題になっていたのだが、最近は千冬からの稽古と更生と称したリンチに近い特訓によって周囲の声を聴く余裕もなかったのである。

それに、ラウラの態度も今まで通りのクラスでは孤立した状況であったため全く気にしていなかったのだ。

自身の事で一杯一杯だった一夏は、後にタッグトーナメントのペアを組む条件を聞いて焦った。

原作には専用機持ち同士のペアを禁ずるや、代表候補生同士のペアを禁ずるなどという縛りはなかった。

原作では、一夏とシャルが組んでいたから、タッグの条件を知らないまま当然とばかりに一夏はシャルに声をかけた。

気まずい雰囲気の間だったが、そんなもの関係ないと一夏はシャルにペアを組もうと持ちかけるが、シャルはそんな一夏に対し眉を顰め言い放った。

 

「専用機持ち同士はペアを組めないんだよ?」

 

「え?」

 

「それに僕は相川さんと組むことに決めてるから」

 

じゃあね、とあっさり拒否された一夏はそこで初めてペアの条件を知り原作と剥離していることに焦りを覚えた。

そもそもこれまでに原作とは違う状況が多発しているのだから今更であるが、この「インフィニット・ストラトス」という物語の主人公であると疑わない織斑一夏はそういった原作と剥離する事象を許せない。

なぜなら、剥離するという事は原作知識という名の未来予測が役に立たないのだから、どう立ち回ればいいのかわからなくなるからだ。

とりあえず、専用機持ち同士のペアを禁ずるという事で鈴ともペアを組めないので、クラスでも比較的仲の良い谷本癒子を誘いペアを組むことにした。

そして一応ペアを組むという事で一緒に練習をしたが、ここで驚愕の事実を知る。

谷本癒子のIS操縦技術が低いことだ。

いや、正確に言うと専用機持ちや代表候補生などISと多く接触できる人間以外は一般人と変わらないほどのレベルだった。

どれほど自分の技量が高いのか、どれほど自分がISと触れ合える機会が多く恵まれているのかがわかる。

だから、とりあえず自分のことより谷本の技量を高めることに専念し、ある程度までのレベルに達したと判断してから連携を取る練習に時間を費やしたが、それもほとんど付け焼刃程度のものでしかなかった。

結局、一夏の考えた作戦は自分の白式という第三世代機専用機と技量の高さにものを言わせた速攻攻撃で谷本に危害が加わる前に相手を倒してしまおうというものだった。

これならば専用機持ちが対戦相手になるまでは勝ち抜けるハズだと考えた。

しかし、問題もある。

谷本をペアにして、最初の対戦相手になるであろうラウラに勝てるかという事だ。

原作でもシャルの援護があって初めて追いこめたこともあったし、VTシステムが発動するようなダメージもシャルが攻撃したからだ。

弱気になるが、それでも勝てないとは思わなかった。

照秋を嵌めようとして返り討ちに遭ってから、千冬による地獄のような特訓を毎日受けていたのだ。

原作の一夏よりは強くなっていると自負している。

そう考えれば原作乖離に対処できているのか、その乖離に対応できるように世界が修正を行っているのかわからないが、どちらにしろ自分に味方していると判断した一夏は作戦はそのままにラウラとの初戦に臨もうと意気込んでいた。

だが、ふたを開ければ原作と乖離した、原作に存在しない一夏の弟、照秋との対戦である。

 

(あいつは、どれだけ俺の計画を邪魔すれば気が済むんだ!!)

 

更衣室の椅子を蹴り上げ怒りをあらわにする一夏だったが、やがてニヤリと笑みを浮かべる。

 

(まあ丁度いい。俺は千冬姉の特訓で強くなったんだ。あんな体力バカに負ける要素なんて無い!)

 

根拠のない自信だが、その自信は千冬から受けた地獄の特訓を生き抜いたというところからきている。

その短慮な自信が、状況把握を鈍らせる。

一夏が強くなる時間があったという事は、それと同じ時間を過ごしている照秋も強くなっているという事を。

さらには、一夏が千冬に課せられたメニューの倍以上の練習を毎日こなしているという事を。

 

 

 

一回戦開始の時間になりピットから飛び立ち、互いに向かい合う。

満席の観戦席からは歓声が起こり試合開始を待ちわびている。

そんなアリーナの中心で、一夏は照秋を殺さんばかりに睨み、隣ではラファールリヴァイブを纏った谷本がいつもと違う一夏の態度にオロオロしている。

対して照秋は専用機のメメント・モリの装備であるバイザーを着け目元が隠れているため表情が窺えず、パートナーのメイは打鉄を纏い谷本をジッと観察している。

 

「おい、クズ」

 

一夏から発せられた暴言に驚く谷本とメイ。

しかし、照秋は無反応だ。

そんな無反応に一夏は苛立ちを覚え舌打ちする。

 

「ちっ、無視かよ。まあいいさ、どうせお前は俺に負けるんだ」

 

自信満々な言葉に、谷本は勝機があるのかと表情を緩めるが、照秋は全く反応しない。

 

「メイ、打ち合わせたとおりに行動しよう」

 

「うんわかった。あの態度で照秋君の予想が当たるって確信したよ」

 

一夏の戯言に耳を貸さず、メイと打ち合わせをする照秋。

そんな態度にさらに憤慨する一夏は、試合開始のブザーが鳴るのを今か今かと待ちわびる。

 

『ただ今から、学年別タッグトーナメント、第一試合を開始します。選手は正々堂々試合に臨んでください』

 

アナウンスが始まり、一夏は前傾姿勢をとり、照秋は刀剣型ブレード[ノワール]を持ち八双の構えをとる。

 

ビ―――ッ!!

 

試合開始のブザーが鳴り、同時に一夏が瞬時加速を駆使し一気に照秋に接近した。

 

「ぜらあああぁぁぁっ!!」

 

掛け声と共に雪片を展開し零落白夜を発動、照秋に向かって振り降ろす。

零落白夜は、エネルギーの刃を形成し相手のエネルギー兵器による攻撃を無効化したり、シールドバリアーを斬り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与えられる白式最大の攻撃能力である。

しかし自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもあるのだが、有効なのはエネルギー兵器であり、実体兵器にとっては普通の武器と変わりない。

そして、零落白夜を扱うにはタイミングが重要で、今一夏が零落白夜を使って照秋に攻撃を仕掛けたことは正解だったのだろうか?

応えは否である。

照秋は、一夏は振り降ろした雪片をノワールで簡単に受け止めた。

 

「なっ!?」

 

驚く一夏だったが、驚く暇があったら次の手を打てばいいのだ。

照秋は逆にその隙を突き一夏の腹に蹴りを入れる。

 

「ぐふぅっ!?」

 

蹴りによって吹き飛ばされ、地面をバウンドする一夏だったが、すぐに体勢を立て直し再び照秋に接近する。

 

「何してくれてんだコラアアァァッ!!」

 

絶叫に近い声と共にバカの一つ覚えのように再び零落白夜を展開し瞬時加速を使い照秋に接近する。

動作が丸見えの剣筋など脅威にもならない。

確かに零落白夜という能力は一撃必殺で当たればとんでもないダメージを受けるが、しかし当たらなければどうという事は無いのだ。

赤子がナイフを持って大人に向けて振り回しても、それは危険ではあっても対処できないものではない。

照秋は、再び難なく零落白夜を発動している雪片をノワールで受け止める。

 

「なんで!? なんで受け止めれる!? なんでダメージが通らない!?」

 

一夏の言葉に、呆れる照秋。

 

「零落白夜はエネルギー兵器の攻撃を無効化するが、実体兵器には普通の攻撃となる。そもそも零落白夜はシールドバリアを切り裂くことが最大の長所だろう? 当てなければ零落白夜なんぞ宝の持ち腐れだぞ」

 

「う、うるせえうるせえうるせえええぇぇっ!!」

 

照秋の冷静な説明に、癇癪を起したように喚き散らす一夏は我武者羅に雪片を振り回し間断なく攻撃を仕掛ける。

それをノワールで難なくさばく照秋だったが、観戦席にいる生徒、来賓客たちは最初こそ激しい攻防に沸いたが徐々に今起こっている光景の異常さに気付き歓声がざわめきに変わり、やがて無言になった。

 

「……ね、ねえおかしくない?」

 

観戦席の生徒達からそんな声が漏れる。

 

「織斑照秋君……試合開始から一歩も動いてないよね?」

 

「織斑一夏君の攻撃も避けないでその場所で全部捌いてるよね?」

 

「……あんな事、普通出来るの?」

 

そのざわめきは、目の前に起こる異様な光景の感嘆なのか、畏怖なのか。

生徒たちは会話すらも惜しいとばかりに試合に釘付けになるのだった。

 

照秋と一夏の戦いから離れた場所では、メイと谷本も戦っていた。

しかし、この二人の戦いは終わりを迎えつつあった。

 

「メイさんって代表候補生じゃないよね!?」

 

谷本は疲労こんぱいと言った顔でメイを睨む。

 

「うん」

 

メイは短く答えるが、当のメイは疲労の色が窺えずケロッとしている。

谷本が繰り出した重機関銃「デザート・フォックス」の攻撃や近接ブレード「ブレッド・スライサー」での近接戦闘など、悉くを躱し、逆に上手く隙を突き正確に近接用ブレード「葵」とアサルトライフル「焔備」を巧みに扱いダメージを与えるメイ。

気付けばメイは多少ダメージを食らいつつも致命傷には至らず軽微であり、逆に谷本はシールドエネルギーもわずかの満身創痍の状況である。

 

「じゃあ、なんでそんなに強いの!? どうみても私たちと同じレベルじゃないよ!?」

 

そう捲し立てる谷本だったが、メイはこの試合までの照秋との特訓を思い出したのか遠い目をし始めた。

 

「そりゃあ……それ相応の(地獄の)特訓をしてきたからだよ……照秋君、私が泣いても全く妥協しないんだもん……何よ最後の方のマニュアル操作で1000ピースのジグソーパズル完成させろって! こんな大きな機械の腕と指でそんな精密操作させないでよ! ただでさえパズルとかのちまちました作業苦手なのにさ!! しかも完成するまで帰さないとか、いじめ!? ねえいじめ!?」

 

怒りながらダンダンと地面を蹴るメイを見て、谷本はゴメンと謝るのだった。

 

 

 

照秋と一夏の戦いは未だ続いていたが、どちらが優勢なのかは明らかだった。

一夏は最初から考えなしに零落白夜を発動しまくり、自身のシールドエネルギーが激減したことに焦り、今は普通に雪片で攻撃を繰り出している。

だが照秋は最初と変わらずノワール一本でその場から一歩も動かず捌く。

 

「くそっ! くそくそくそくそくそ!!」

 

焦り、なりふり構わず雪片を振り回す一夏は近接戦闘を続けたことによって無酸素運動を強いられ、顔色が紫色に変色している。

しかし、止めるわけにはいかない。

今止めて距離を取れば間違いなく照秋がチャンスとばかりに攻撃を仕掛けてくるだろう。

今でこそ自分の攻撃をさばくのに精一杯の照秋だから、ここで踏ん張って活路を開くしかないと分析している一夏。

勘違い甚だしい分析力である。

実際は、照秋は一夏の繰り出す温い攻撃に対し失望していた。

あれほどキャンキャン吠え、目の敵にして突っ掛ってきたからもっと強いのかと思ったのだ。

千冬から特訓を受けているという情報もあったから、その期待値が高かったのだが蓋をを開けてみればこの実力差である。

小さい頃、あれほど自分より強いからと腕力のものを言わせ暴力を振るってきた兄が。

全く敵わず、泣いて謝るしかできなかった相手が。

 

――こんなにも弱かったとは。

 

最初こそ、無駄の多い剣筋や我武者羅な攻撃をブラフだと思って慎重になり防御に徹し、途中がら空きだったので思わず蹴りをいれ様子を窺ったりしていたが、一夏は隠している実力を出そうとせず、むしろ焦り攻撃のムラが大きくなっていく。

ここまで来て、ある予測を立てた。

もしかして、一夏の実力はこの程度なのか、と。

 

「――もういい」

 

今まで受け止めいなしていた一夏の剣戟を、照秋は弾き返した。

 

「うおっ!」

 

一夏は照秋の弾き返す力によってバランスを崩し、後退してしまう。

一夏はしまったと舌打ちし酸欠状態の荒れる息を整えながら照秋の反撃に備え構えを取るが、照秋はその場から動かずだらりと腕を下ろし項垂れる。

 

「もっとやる奴だと思っていたけど、過大評価だったみたいだ」

 

「……何を……言ってやがる……」

 

息を整えつつ照秋から目を離さない一夏は、照秋の雰囲気が変わったことに気付いた。

先程までは受けなかった、肌を刺すようなピリピリとした空気が、照秋を中心に巻き起こる。

整えた息が、苦しくなり肺が締め付けられるような感覚。

照秋とは距離が離れているはずなのに、距離感がおかしくなったのか照秋が近くに見える……いや、大きく見える。

この感覚は覚えがある。

これは……

 

「……ち、千冬姉と……同じ空気……」

 

一夏は目の前にいる照秋と、千冬を重ね合わせてしまった。

すると、自身の異変に気付く。

手足が震え、動かなくなっているのだ。

 

「な……何だよ……これ……」

 

歯がかみ合わず、ガチガチ鳴りながらも声を絞り出す。

 

「なんなんだよ! お前は!!」

 

動かない体に震える手足、狭まる視界に高鳴る心音、荒れる呼吸。

状況を理解し、今自分が照秋に抱いている感情が千冬と同じであると理解してしまう前に。

 

「終わりだ」

 

照秋が蜻蛉の構えから繰り出す一撃必殺「雲耀の太刀」によって、白式の残っていたシールドエネルギーは一気にゼロになり、さらにこの攻撃によって絶対防御が発動し、攻撃の衝撃によって一夏は気絶、と同時にメイと谷本の戦いも終わり試合終了のブザーが鳴り響くのだった。

 

 

 

試合終了後、ピットに帰ると照秋はISを解除し、試合モードの気持ちを切り替えるために大きく息を吐きだした。

箒とセシリアは照秋の労をねぎらおうと近寄ろうとすると、そこにメイが駆け寄ってきた。

 

「やったね照秋君!!」

 

駆け寄ってくるメイは、笑顔で手を大きく振る。

そんな彼女を見てフッと笑い、彼女の上げた手に合わせ照秋も手を上げ、パチンとハイタッチする。

そんなフレンドリーな二人を見て目を剥く箒とセシリア。

 

「今までの地獄の特訓が報われたよ……!」

 

目に涙を浮かべ、照秋との特訓を思い出すメイ。

箒とセシリアはそんな涙ながらに特訓の苦しさを漏らしたメイを見て、なんか申し訳ない気持ちになってしまった。

 

「そ、そうか……辛い思いをしたんだな……照秋は練習に関しては妥協しないからなぁ……」

 

「同情しますわ……わたくし、上辺だけで嫉妬してしまった自分が恥ずかしいですわ」

 

そんなつぶやきは照秋にもバッチリ聞こえていたので、あまりな言われ方だとショックを受けるのだった。

 

 



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第61話 トーナメント一日目終了

注目の第一試合は予想外にもあっけなく終わり、観戦していた生徒たちは様々な声を上げた。

 

「ねえ、一夏くん……お兄さんの方って、なんか弱くない?」

 

「なんかねー、最近は織斑先生と特訓していたみたいだけどそれまでは練習らしい練習してなかったらしいし」

 

「いやいや、弟君が強すぎるんだよ! だってあの最後の一撃なんて代表候補生でも避けきれないよ!」

 

「そうだね! 照秋君のあの肉体美は凄いからね!! 強いはずだよ!!」

 

「それは同意する」

 

「同じく」

 

「あのシックスパックでご飯三杯はイケるわ!」

 

「私はあの引き締まったヒップを推すわ!」

 

「おぬし……なかなか通よのう……」

 

試合の評価とは違う事で盛り上がりも見せる生徒達。

皆欲求不満のようだ。

 

来賓席でも、注目の第一試合の内容と結果にざわめいていた。

 

「なんというスキルの高さだ! 織斑照秋はもしかすると代表候補生ほどの実力を有しているのか!?」

 

「いや、そもそもあの最後の高速の一撃はなんなんだ!? もしや白式と同じく一次移行で単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が発現しているのではないだろうな!?」

 

「メメント・モリ……ワールドエンブリオはなんというISを作りだしたのだ!」

 

「すぐに織斑照秋の情報を仕入れろ! メメント・モリのスペックデータと照合し画像データも調べつくせ!!」

 

沸き立つ来賓たちを見て、優雅に足を組んで試合を見ていたオータムは頬杖を付きフンと鼻を鳴らした。

 

「あの程度で喚くなよ。照秋は実力の半分も出してないんだぞ」

 

「おや、それは本当ですかな」

 

気付けば、横には篝火が立ち興味深そうにオータムに聞く。

 

「もしその言葉が本当なら、彼は国家代表に匹敵する実力という事になりますな」

 

新しいおもちゃでも見つけたように目を輝かせる篝火を見て、ああ、コイツも篠ノ之束博士と同類かと納得する。

 

「まあ、いずれわかることだから隠す必要もないか。そうだ、照秋の実力は国家代表と同等、もしくはそれを上回る」

 

「ほほう!」

 

オータムの言葉にさらに目を輝かせる篝火は手に持っていたタブレット端末に素早く指を這わせる。

 

「IS適性が発覚して調べた事前情報では兄の織斑一夏に学習能力、身体能力の全てが劣ると言われていたのに、今はその兄を超える実力! 素晴らしい潜在能力と才能を持っていたんだな!!」

 

「おい」

 

興奮して早口に口走る篝火の言葉に、オータムは異議を唱える。

そう、潜在能力などというもので、才能なんて一言で片づけて良いものではない、完結してはいけないのだ。

 

「アイツはな、努力したんだ。血反吐を吐き、這いつくばり、傷だらけ泥まみれになって得たアイツの努力の成果なんだ。才能なんて言葉で片付けるな」

 

睨むオータムに意外と目を見開く篝火。

 

「才能と素質だけで代表候補生に上り詰めたあなたの言葉とは思えませんな」

 

「私が努力しなかったとでも? 才能と素質だけで国家代表を目指せると本気で思ってるのか?」

 

殺気を滲ませるオータムの視線に、篝火は降参と手を上げる。

 

「いや、申し訳ない。別にあなた達を馬鹿にしようという意図はなかったんだ」

 

白けたように、フンと鼻を鳴らしオータムは席を立ちあがり来賓室から出ていく。

 

「おや、どちらに?」

 

「照秋の労をねぎらいに行くんだよ」

 

じゃあな、と手を振って部屋を出ていくオータム。

その背中を見て、篝火は「どうやら嫌われたようだ」と呟き、やれやれと肩をすくめた。

 

 

 

一年生のタッグトーナメントが行われているアリーナの管制室では、千冬と真耶たち一年生の担任達がいる。

管制室でアリーナの安全管理、トーナメントの進行するタイムキーパー、来賓の管理、様々な事を行っている。

スコールとユーリアも管制室で各々仕事を行っていた。

スコールはIS学園外部からの攻撃や侵入者の監視、ユーリアは来賓たちの行動把握である。

そんな中、管制室で総監督に就いている千冬は、第一試合が映し出されるモニタを見て絶句していた。

一組の副担任真耶も作業の手を止め、さらに他の教師もアリーナを映し出すモニタに釘付けだった。

一組のクラス代表である織斑一夏が、あっけなく弟の照秋に負けたのだ。

 

「あ……あんな、あっさり……」

 

真耶の呟きは他の教師達の代弁だったようで、誰も声を上げない。

天然のユーリアでさえ唖然としていた。

ただ、スコールはクスリと笑っている。

 

「……あの実力……まさかこれほど差があるとは……」

 

流石の千冬も、一夏と照秋の力量の差の開きに驚いていた。

短期間とはいえ千冬は一夏に手ほどきを施していたから、それなりに力を付けたと思っていた。

そんな一夏と照秋の試合は、それなりにいい勝負をするだろうと思っていたのだが、蓋を開けてみれば実にあっけなく、圧倒的な力量差を見せつけ終わるという結果だった。

これは、照秋の実力の伸び方が千冬の予想をはるかに上回っていたという誤算である。

 

「織斑一夏君もかなり実力をつけてきたのに、それをあんな……」

 

そう、一夏の繰り出した猛攻は、以前のクラス代表戦で凰鈴音との戦いで見せた温い戦闘と違い、確実に力を付けた事をうかがわせるものだった。

代表候補生に届かないながらも、まったくISと関わらなかった生活からわずか二か月ほどで急速に力を付けてきた一夏を、千冬から手ほどきを受けているという事から、他の教師達は目をかけていた。

ただ、千冬を含む教師達は今回のトーナメントにおいて一夏が照秋と当たった場合、負けるだろうと踏んでいた。

その理由は、照秋がIS学園内で見せた技量の高さにある。

三組のクラス代表決定総当たり戦でのマドカとの高次元の戦闘、そしてクラス対抗マッチで侵入してきた8体の無人機を箒、セシリア等と共に危なげなく無力化し、さらには非公式だが凰鈴音と試合をして勝利したという実績があるからだ。

この実績により、照秋はワールドエンブリオという企業に所属しながらも実力は代表候補生以上だと判断していた。

そう、彼女たちは照秋の実力を見誤っていた。

照秋が、今までの試合で披露した力が全力であったを錯覚していたのだ。

代表候補生と勝負して勝てる実力という低く見積もった見立ては、女尊男非の風潮が一因でもある。

ISにおいて、男が女にそうそう勝てるものではない。

まして代表候補生ほどの実力者ならば、せいぜい実力は拮抗しているくらいだ、と。

 

そんな見誤った分析で見ていた一夏と照秋の試合は、事実として一夏が負けたのだが、その過程が予想に反していた。

千冬の予想では負けるにしても、接近戦ではそれなりに食らいつき接戦になると予想していたのだ。

だが結果は照秋に一撃も当てることなく無様に気絶する一夏の姿。

一夏は担架で保健室に運ばれた。

絶対防御が発動し打撲などがあったが命の危険はないという事でさほど心配はしなかったが、それよりも気になるのは一夏をそんな状態に持って行った照秋の一撃だろう。

 

「示現流奥義の雲耀の太刀。一撃必殺を旨とする流派の到達点を修めるか……」

 

マドカや凰との試合でも使用していた「雲耀の太刀」は、一撃必殺の示現流の奥義である。

しかも雲耀の太刀は照秋の扱う技であって、ISの能力ではないのだ。

15という若さで示現流奥義に到達する照秋の才能に驚くが、同時に誇りに思う千冬。

同時に、そこの知れない実力に恐ろしさも感じた。

しかし、逆にふがいない試合をした一夏に眉を顰めてしまう。

 

「……無様な戦いをしおって……自分の力量も把握できん馬鹿もんが」

 

千冬の悪態の呟きは誰にも聞こえず、管制室は第一試合の余韻を消し、第二試合の準備を進めるのだった。

 

 

 

そうして初日のタッグトーナメントは滞りなく終了し、初日に出場した専用機持ちペアではセシリアのペア、簪のペアは問題なく勝ち抜いたのだった。

そんな初日、照秋と一夏の試合に続き沸いたのが簪の試合だった。

もちろん、観戦者たちは照秋達と行った日々の練習によってIS学園入学前よりも格段に上達した技術のセシリアに感嘆したが、ISの注目度が違っていた。

簪は公式試合に初めて専用機で出場する。

しかも、ワールドエンブリオ協力の元、基本ベースを竜胆に自身が考案した第三世代武装を装備させた世界初の試みを施したISである。

名を[甲斐姫]と名付けた。

甲斐姫とは美しさと武芸の才能を兼ねそろえた人物とされ、忍城の戦いにおいて継母らと共に籠城軍を指揮した説話を持つ戦国時代に実在した女傑である。

そんな勇猛な女傑の名を付けたISは、その名の通り手には甲斐姫の代名詞、薙刀が握られている。

近接武器超振動薙刀[立菫(タチスミレ)]

刃が超振動し相手の武装をバターのように切り裂く武装である。

そして、簪は試合でその存在感を強烈にアピールした。

元々更識家で教育を受けていたので武芸は嗜んでおり、特に剣術槍術棒術は得意だったこともあり立菫をまるで舞うように扱い、対戦相手を圧倒。

さらに自身の考案した第三世代機武装、マルチロックオンシステム[(アザミ)]を使用しその性能を観戦者たちに見せつけ勝利したのだった。

このとき、ペアの布仏本音は全く活躍せず、ぽつりと「わたしいらないこだね~」と呟いたという。

 

 

 

夕方になり、照秋たちはいつものメンバーで集まり夕食を採る。

そこに、今日はシャルロットがペアを組んだ相川清香を、簪は布仏本音を、さらに照秋はメイ・ブラックウェルを連れてきて一緒に食事を採るのだから、もう大所帯である。

 

「一年一組相川清香です! よろしく!」

 

「初めまして、よろしく」

 

シャルロットのペアである相川は元気よく照秋に挨拶し握手する。

裏表の無さそうな元気な相川の笑顔に釣られて照秋も笑顔になる。

 

「はじめましてー、かんちゃんとはルームメイトでペアを組んだ布仏本音でーす」

 

「はじめまして、織斑照秋です。よろしくお願いします」

 

「よろしくー、てるるん」

 

「……てるるん?」

 

「そー、てるるん。かわいいでしょー」

 

「……どうだろうか?」

 

黄色いネズミをモチーフにした着ぐるみかと思うようなパジャマを着こなし、長い袖をブンブン振る布仏本音。

そんなマイペースに話す布仏本音の空気に付いていけない照秋は微妙な顔をする。

 

「本音は基本こんなペースだから」

 

簪は、ようするに慣れろと言っているのだが、照秋はどうも慣れそうにない。

そんな感じで照秋は初対面の娘たちとコミュニケーションを取っている間、メイは箒とセシリアに尋問を受けていた。

 

「本当に何にもなかったんだな?」

 

「何にもないってばー。心配性だな箒ちゃんは」

 

「ですが、あんなハイタッチをするほど親密になられると心配になりますわ」

 

「あんなの軽いスキンシップじゃん。え、もしかして二人ともそれすら照秋君としてないの?」

 

「……いや、ある……ような……うう、ん……」

 

「……わたくし、結構スキンシップを仕掛けてるのですけど……テルさんが……その、あまり触れてくれなくて……」

 

メイを問い詰めていた二人だが、ダンダン声のトーンが下がっていく。

箒とセシリアは世界公認で照秋の婚約者であるが、現状進展具合は芳しくない。

なぜなら、照秋が二人に対し積極的に距離を縮めようとしないからである。

キスはする。

おはようからお休みまで、人の見ていないところで、挨拶には軽く唇が触れ合う程度のキスはする。

しかしそれ以上進まない。

これは以前照秋が箒の胸を触ったとき箒がびっくりして離れたのを気にして、それ以上の行為を行う事に恐怖を抱いているのではないかと二人は分析していた。

正直に言うと、箒もセシリアも、性には興味があるし、好きな人に体を求められることは恥ずかしいながらも嬉しくもあるのだ。

だから、もっと触れてほしいと思っている。

だからこそ、それを払しょくしようと二人で積極的に腕をからめたり、わざと胸を押し付けたりしているのだが、何故かそういう行為を行うと照秋が嫌がるそぶりをするのである。

あまりベタベタくっつき過ぎるとしつこいと思われるし、過剰に接触したら慎みが無いと思われそうで、なかなかその塩梅が難しく歯がゆい思いをしているのだ。

そんな話を聞いていたメイは、ぽつりとつぶやいた。

 

「それってさ、二人を『女』だと意識してるからじゃない?」

 

「ん?」

 

「え?」

 

「いや、だからね、二人を『女』と意識してるから、あまり触れられると我慢できなくなるからとか、そんな感じじゃない? ほら、照秋君てその辺奥手そうじゃない? そういう人って一旦タガが外れたらとんでもない行動に出るっていうし、自制してるんじゃないかな?」

 

「おおっ……!」

 

「なるほど……!」

 

メイのありがたい分析力に目からうろこの二人。

そう考えると照秋の一歩引いた態度にも納得できると同時に、女と意識してもらえていることに嬉しく感じる二人。

そして二人よりも照秋の事を理解しているメイは、続けてこう言う。

 

「私はたぶん『友達』っていう認識なんだよ。だから二人より気兼ねなくハイタッチとかできるんじゃないかな?」

 

「……おまえ天才か!」

 

「私たちよりテルさんを理解しているなんて……」

 

「だから、私は二人と違って愛情っていうフィルターがかかってないから冷静に照秋君を見れるんだよ」

 

「お前すごいな!」

 

「その分析力、感服ですわ!」

 

こうしてメイは二人の「照秋とイチャイチャしたいがどうすればいいか」という議題の相談役として確固たる地位を手に入れた。

 

ワイワイと会話をしながら食事をしている中で、無言でキャベツをもしゃもしゃと食べていたマドカが照秋にこう言った。

 

「なあテル、賭けをしないか?」

 

「賭け?」

 

「ああ、このトーナメントで優勝したら、優勝者の言う事を何でもひとつ聞くってのはどうだ?」

 

これを聞いたセシリアと箒、ラウラはキュピーンと目を光らせた。

 

「それ、俺とマドカの二人でやるのか?」

 

照秋は眉を顰める。

照秋は自身の実力を過大評価しているわけではないが、この学年では強い部類に入ると思っている。

しかし、勝負というのはどんなことが起こるかわからないものだ。

照秋にしても、次の試合で負けてしまう可能性もある。

だから常に気を抜かず全力で戦うのだが、マドカはいいや、と言いこう続ける。

 

「だから、このテーブルにいる奴全員で勝負するんだよ」

 

 

マドカがニヤリと笑いテーブルを見渡すと、鼻息を荒くしている者が数名いた。

 

「その勝負のった!」

 

「受けて立ちますわ!」

 

「よかろう、これで勝たなければならない理由が出来たな」

 

体を乗り出し手を上げる箒とセシリアに、腕を組み頷くラウラ。

簪やシャルロットも、無言ではあったが乗り気のようだ。

 

しかし、照秋はあまり乗り気ではないのか微妙な表情をしている。

あまり勝負に賭け事を持ち込むのはよろしくないと、真面目な考えを持っているからである。

そこで、マドカは照秋にこう言い放った。

 

「なんだ、怖いのか?」

 

挑発的な表情でマドカは照秋を見る。

そんなことで乗せられる照秋ではないが、すでにやる気満々の数名を見てため息をつく。

 

「この中に優勝者がいなかったら?」

 

「その時は一番上まで上り詰めた奴だな」

 

まあ安心しろ、この中の誰かが必ず優勝するさ、とマドカは付け加える。

照秋は、渋々頷いた。

 

「わかったよ。でも無茶な命令はなしだぞ。金とかISとか」

 

「わかってるわかってる」

 

契約成立だと手をパンと叩くマドカは、ニヤリと笑った。

 

 



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第62話 照秋対箒

 

学年別タッグトーナメントも終盤に入り、観戦席のボルテージは上がる。

今からAブロック勝者対Bブロック勝者の試合が始まる。

Aブロック勝者は織斑照秋、メイ・ブラックウェルペア

Bブロック勝者は篠ノ之箒、伊達成実ペアである。

 

Aブロック決勝戦で、照秋ペアはセシリアペアと対戦したが、危なげなく勝利し、Bブロックでも箒は簪ペアと対戦し勝利している。

他の専用機持ちでは、マドカがCブロックで鈴に圧勝、さらにCブロック決勝戦でラウラと当たったがそれも完勝した。

Dブロックではシャルロットペアが趙雪蓮ぺアと対戦し勝利し上り詰めている。

つまり、照秋と箒の試合の後はマドカとシャルロットの試合が待っているのだが、待っている間シャルロットは顔を青くして俯き「無理……マドカと戦うなんて無理……死ぬ……」とブツブツ呟いていたという。

どれだけマドカに苦手意識を持っているのだろうか?

 

さて、場所はアリーナ中央で対峙する照秋、メイのペアと箒、伊達のペア。

奇しくも、全員が剣道部という繋がりを持ち、さらに照秋と箒は世界公認の婚約者。

こういった試合とは別の物語が観戦者たちをさらに沸かせる。

 

「剣道部って、こんなに強くなれるんだ。……私、剣道部入ろっかな?」

 

「止めといたほうがいいよ。練習がきつすぎて3日ともたないってさ」

 

「つまり、乗り切れば強くなれるんじゃないの?」

 

「人間止めるの?」

 

「……え、そんなに大事なことなの?」

 

「剣道部の別名『超人育成所』は本当だったんだ……」

 

……えらい言われようである。

 

しかも観戦席の生徒達の会話は照秋達にはバッチリ聞こえていたので、4人は試合前にもかかわらずテンションが急下降していた。

 

「私、人間止めた覚え無いんだけど……」

 

「剣道部がそんな風に見られてたなんてショック……」

 

「それもこれも自嘲しない照秋のせいだ」

 

「ごめんなさい」

 

そんな微妙な空気の中、試合は開始されたのだった。

 

4人の戦いは、ISの性能を利用した空中戦や重火器を使用した中長距離戦闘といったものとは全くの真逆のものだった。

PICでわずかに地面から浮いているものの、照秋は箒と、メイは伊達と対峙しそれぞれ近接ブレードのみで戦っていた。

メイと伊達は剣道の試合の様な、フェイントと駆け引きをする静かな戦いだったが、照秋と箒は違っていた。

 

互いに、足を止めて無数に繰り出す剣戟。

防御などせず、剣同士がぶつかり合う以外は避けることもせずISの装甲が削れ、破壊されていく。

照秋はノワールを、箒は雨月を両手で握り締め繰り出す。

飛び散る火花、鳴り響く金属音、獣のような咆哮。

互いの武器が太陽光を反射させ煌めきを放ち、それが二人の戦いを幻想的に魅せる。

 

「あああああぁぁぁぁっ!!」

 

「ちぇえええええぇぇぇぇぃっ!!」

 

剣風によって足元で舞う砂塵は二人を中心に渦巻く。

二人の織り成す剣戟は、武骨な力と力のぶつかり合いであり、だからこそ皆を魅了する。

どちらの剣が上なのか、どちらが強いのか。

ただの斬り合いではなく、高度な駆け引きも織り込まれた戦いは素人ながらでも見てとれ、そして理解する。

 

――なんなんだ、この戦いは。

――IS学園の生徒が行えるレベルの戦いなのか、と。

 

そんな思いが、歓声を上げていた観戦者たちをやがて無言にさせた。

手を握りしめ、固唾を飲む姿は、目の前で繰り広げられている高次元の剣戟を見逃すまいと、瞬きすらも惜しいと食い入るように見つめる者ばかりだった。

事実、招待された来賓客や学園の教師達は照秋と箒の戦いを生徒の戦いの次元を逸脱していると判断していた。

むしろ、ISの世界大会でもお目に掛かれないレベルの戦いと遜色ない。

 

絶え間なく続く剣戟は無酸素運動ながらも二人は休むことがない。

だが、ここでやはり自力の差が出てくる。

箒は所詮女であり、男の照秋とはそもそも体のつくりが違う。

いくら女尊男非であっても、いくら箒が鍛えていても、照秋の身体能力とは如何ともし難い差がある。

 

手数では互角だが、力が違う。

ISの出力では紅椿の方が上なのだが、そんなものではなく、照秋の気魄によって圧されていく。

無酸素運動の限界によって手数が減り、照秋の攻撃を受ける回数が増える。

照秋も無酸素運動での限界を感じたのか一旦攻撃を止め箒と距離を取る。

 

「――っぷはあっ! はあっ! はあっ!」

 

それに合わせて箒も空気を空になった肺に取り込み充填するが、そんな合間に照秋が再び箒に接近し剣戟を繰り出す。

 

(この、体力バカが!!)

 

照秋の容赦のない攻撃と、底の知れない体力に悪態をつきながらも箒は笑顔だった。

 

(さすが照秋だ! 強い!)

 

箒は照秋には剣の腕では太刀打ちできないと自覚している。

勝てるとしたらISの性能だけである。

第四世代機は伊達ではない。

事実スペック的には照秋のメメント・モリより高い。

しかし過去照秋と行った模擬戦において一度も照秋に勝ったことが無い。

それは、箒が紅椿の機体性能を扱い切れていないためである。

高性能ゆえに振り回され、満足に力を出し切れていなかったのだ。

だが、箒は成長した。

少しでも照秋に近付くために、照秋を守れるために。

最初こそ、家族をバラバラにした原因である姉の束、そしてその姉が開発した元凶のISには良い感情を抱いていなかったが、今はそんなものは一切ない。

強くなりたい。

そんな純粋な願いを抱き、日々少しずつだが紅椿を使いこなせるように努力した。

そのたゆまぬ努力に、赤椿も応えるように箒のクセや成長度合いを学習し箒の体の一部として成長していった。

そして、紅椿は箒の純粋な願いを叶えるため、覚醒した。

 

箒の努力と、紅椿の信頼が花開いた瞬間だった。

 

剣戟を繰り出す紅椿の展開装甲から金色の粒子が吹き出し輝きだす。

突然な事に照秋は距離を取り箒の動向を窺う。

箒の目の前に表示される文字は『絢爛舞踏』。

紅椿の単一仕様能力はエネルギー増幅能力である。

燃費効率が非常に悪い赤椿は、機体がすぐにエネルギー切れを起こしてしまうものの、この絢爛舞踏が発動することによって無尽蔵のエネルギーが供給されることとなる。

本来は他のISへのエネルギー供給も可能であるが今回は行っていない。

照秋の剣戟によって負い、減ったシールドエネルギーが満タンになり、更に表示される数字が『∞』となった。

紅椿は箒の願いを叶えるために、箒は紅椿に応えるために吼える。

 

「これが、私と紅椿の力だ!!」

 

箒はもう一振りの武装、空裂を展開し黄金の粒子を纏い照秋に接近した。

箒の雨月と照秋のノワールがぶつかる。

すると、照秋の握っていたノワールが弾かれてしまった。

これには照秋も驚きの表情を隠せない。

先程まで力で押し負けていなかったのに、箒が絢爛舞踏を発動した途端負けてしまった。

だが照秋は驚きながらも冷静に次の手を考える。

 

(ならば、手数を増やせばいい)

 

照秋は静かに正眼の構えを取り、一息に唐竹・袈裟切り・逆袈裟・右薙ぎ・左薙ぎ・左切り上げ・右切り上げ・逆風と「八方萬字剣」を繰り出す。

メイの「Oh! 九頭龍閃ねー!!」という叫びが聞こえたが無視だ。

八方萬字剣は正確には九頭龍閃ではない。

八方萬字剣は神夢想林崎流が伝えている抜き打ち(抜刀術)のただの太刀筋である。

まあ、本来その一つ一つを抜刀術で行うところを一気に全て繰り出すのだから、メイが思わずそう言ってしまうのも仕方がないだろうが。

正確な神速の抜刀術の連撃は同時発射したように錯覚してしまう。

事実箒も照秋の連続発射八方萬字剣が見えていなかった。

だが、箒は持ち前のセンスと勘でその全てを円を描くように雨月と空裂で防ぐ。

防がれると予想していた照秋は、箒に追撃の隙を与えないようにさらに連撃を繰り出す。

しかし、その猛攻を箒は悉くを捌いたのだ。

これには照秋も驚くが、しかし手を止めることなく照秋はさらにギアを上げる。

更に剣速の上がった猛撃で今度はワザと変則的な剣筋を繰り出す。

今まで慣れた剣筋とは違う軌跡と、上がった速度によって箒の対応を鈍らせようというのだ。

それでも、箒はギアを上げた照秋の猛攻をすべて一撃も漏らすことなく捌き対処してしまう。

しかも、先ほどから比べると剣捌きに無駄な力や動きが少なくなってきたのに気付き始めた照秋は、ニヤリと口を歪めた。

 

「――目覚めたな」

 

照秋の呟きなど聞こえていないのか、箒は照秋との剣戟を繰り返す。

その表情は必死であり、汗をまき散らすほどだ。

 

 

 

この試合を見ていたマドカは、素直に驚いていた。

正直、試合前の箒がここまでやるとは思ってもいなかったのである。

そして、マドカはある仮定を立てた。

もともと箒にはISの操縦技術も、剣術の才能もあった。

しかも箒の持つISは世界で唯一の第四世代機である。

なのに、箒は練習での模擬戦ではマドカはもちろん、照秋にも勝てなかった。

それは、マドカが箒以上のISの操縦技術を持つこともあったし、第四世代機という高スペックのISに振り回されてはいたが、それ以上に箒の心の問題が大きかった。

箒は、過去にいろいろあって姉の束の事を嫌っていたが和解した。

そして束はそんな最愛の妹に第四世代機という最強のプレゼントを贈った。

箒は束の好意を素直に喜んだし受け取り研鑽を積んだ。

だが、心根のどこかではまだ束に対する思いや、ISへの想いが燻っていたのであろう、箒のISの操縦技術向上は芳しくなかった。

不信感を抱くISに対し、ISは操縦者の想いに応えるかというと、答えはノーである。

ISには心がある。

表面上は上手く付き合っているかのように見えるが、深層心理にまで干渉する術を持つISには箒の想いなど筒抜けなのである。

だが、何かのきっかけで覚醒するとマドカと照秋は思っていた。

 

「なんとまあ、都合よく覚醒するもんだな。物語の主人公かよ」

 

フンと鼻を鳴らしながらも、マドカは笑顔で照秋と箒の試合を見つめるのだった。

 

 

 

管制室で試合を見ていた千冬達教師陣も、二人の戦いに唖然とするしかなかった。

もはやこの試合はIS学園の生徒は行える内容を逸脱しすぎている。

二人の技量が明らかに代表候補生の域を超えているのである。

照秋と箒に直接関わっていない教師たちは慄く。

生徒に太刀打ちできないほどの実量差を見せつけられ、教師として、女尊男卑思想のプライドが踏みにじられ苦い顔をする。

そんな教師達を横目にフンと鼻で笑いながらも、スコールはニコリと微笑みながら二人の成長した姿を眺める。

そして、千冬は血が沸き立つような感覚に奮えた。

 

(ここまでの実力とは! なんという強さ!)

 

今までの戦いは正しく実力の半分も出していなかったのだと痛感する。

だがしかし、今目の前で繰り広げられている戦いは正しく互いの全力をぶつけた真剣勝負。

自然と口角が上がり、目がギラギラと輝く。

 

(戦いたい! 照秋と、篠ノ之と戦いたい!)

 

剣士としての血が、IS世界大会優勝者としての血が沸き、教師としての責務を忘れてしまうほど試合を食い入るように見るのだった。

 

 

 

「はあああああぁぁぁぁっ!!」

 

箒の気合いと共に両手に持つ雨月と空裂で照秋を攻める。

照秋は防ぐことしかできなかった。

それほどの猛攻であり、隙がなかった。

そして、徐々に照秋のIS、メメント・モリの装甲に当たり始める。

徐々に削られていく装甲とシールドエネルギーに、照秋は若干の焦りを覚えた。

目の前に表示されるシールドエネルギーの残量が減っていき、ダメージ箇所が着々と増えていく。

対して箒は全身金色の粒子を纏いシールドエネルギーが∞である。

 

(このままじゃあ負ける)

 

長期戦に持ち込まれたらエネルギーの削り合いになり確実に負けると判断した照秋は、一撃に懸ける選択をした。

力任せに箒の猛攻を振り払い、一気にバックステップ、すぐに八双の構えを取る。

そして、気合い一閃、瞬時加速によって箒に接近し神速の一撃『雲耀の太刀』を箒に振り降ろした。

 

「ちぇええええええいいぃぃっ!!」

 

照秋の気合いと共に振り降ろされる一撃を、箒は避けることなく雨月と空裂を前面で交差し受けた。

照秋は、受け止められると予想していたが、そのまま振り切ろうとする。

二の太刀要らずの示現流は、一撃を強引に決めるという意味もある。

つまり、無理やり一撃で相手をねじ伏せる程の力を持って攻撃をするのだ。

流石に正面から受け止めた箒には照秋の力に勝てるはずもなく、そのまま照秋の一撃を食らい斬り伏せられる――かと思われた。

 

――だが、勝負とは、拮抗した実力同士の戦いでは想いの強さによって決まる。

 

より強い想いを持っていたのは――箒だった。

 

パキンッ

 

受け止められた一撃を強引にねじ込もうとした照秋の持つブレード『ノワール』が、パキンと音を立てて折れたのだ。

照秋と箒の間で放物線を描き浮き上がる折れたノワールが、ゆっくりと回転する。

二人の時間がスローになったような感覚、そしてあまりにも予想外の出来事に、照秋は唖然とし、同時に箒も驚いた。

 

そして、箒はバイザーで目元が隠れている照秋の口元がポカンと空いているのを見て集中力が切れたと瞬時に判断した。

そして、ショックを受けた照秋よりも早く気持ちを切り替えることができた箒は、隙だらけの照秋の胴へと渾身の一撃を当て、照秋のシールドエネルギーがゼロになり勝敗が決したのだった。

 

結果、照秋は箒に負けたことによりパートナーのメイが伊達と箒の二人を相手する羽目になり、あえなく負けてしまい、篠ノ之箒、伊達成実ペアの勝利を宣言するアナウンスが流れるのだった。

 

 

 

「いやはや、なんとも番狂わせだったな」

 

試合終了後、更衣室に入ろうとした照秋にタオルを投げつけ、苦笑しながら声をかけるマドカ。

対して照秋はなんともすっきりした表情で受け取ったタオルで汗を拭く。

 

「なんだ、負けて悔しそうな顔してると思ったんだが」

 

意外そうな顔のマドカに、照秋は苦笑する。

 

「まあ、負けたのは悔しいけど、それよりも箒が強くなってたのが嬉しくてな」

 

マドカは、照秋が勝つと思っていたが、まさかの箒の覚醒でその予想が外れてしまった。

照秋も箒の実力を知っているが故に、負けることはないだろうとは思っていた。

だが、それは覆され負けた。

しかし負けて悔しいという思いより、箒が強くなってくれたという事が、箒の今までの努力が実を結んだという事の方が嬉しかった。

箒を一番近くで見ていた照秋は、気付いていた。

顔には、態度には出さないが伸び悩みに苦しんでいた箒の心情を。

だからこそ、努力が花開いたことに素直に喜び祝福する。

 

「お前がそれでいいんなら、まあそれでいいが……しかし決勝戦の相手が箒か」

 

フフフと不穏な笑みを浮かべるマドカ。

 

「おい、まだ決勝戦に行けるとは限らないだろう。シャルロットとはまだ戦っていないんだし」

 

「勝つさ。せいぜい代表候補生程度の実力の器用貧乏だからな」

 

えらい言いようである。

そして、和やかな空気で話していると、ふと人は近付いてきた。

それはマドカのパートナーである倉敷さゆりである。

細く小柄な体格に黒髪のショートボブ、色白な肌、黒縁の瓶底の様な分厚い眼鏡で少しオドオドとした態度でマドカの方を見る。

 

「あ、あの、マ、マドカ……ちゃん、そろそろ……私たちの試合の時間……だよ」

 

マドカは腕時計を見る。

 

「おっと、もうそんな時間か」

 

じゃあな、と軽く手を振るマドカと、照秋にぺこりと会釈をしてマドカの後を付いていく倉敷さゆり。

しばらく二人の背中を眺め、やがて見えなくなると、照秋は更衣室に入り制服に着替えるのだった。

 

 



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第63話 エンターテイナー・マドカ

さて、学年別タッグトーナメント準決勝の第二試合、Cブロック勝者とDブロック勝者の対戦が始まる。

準決勝第一試合の照秋と箒の試合は国家代表が織り成す公式試合でもお目に掛かれないような激闘に観覧していた生徒や来賓たちは未だ興奮冷めやらぬといった雰囲気だ。

そして、次の準決勝も見ものである。

注目すべきはやはりマドカであろう。

マドカはクラス代表決定総当たり戦以外では公では一切戦いを行っていない。

だが、まことしやかに噂が流れていた。

噂好きの女子生徒たちにとって格好のネタであり、瞬く間に広まる。

 

学園最強の生徒会長、更識楯無と試合を行い、勝ったと。

 

最初この噂はマドカが負けたと言われていた。

皆も、その噂を信じた。

更識楯無はロシアの国家代表であり、実力は折り紙つきである。

そんな彼女につい最近日本の代表候補生に名を連ねたマドカが勝つなどと誰が信じるだろうか?

しかし、この噂の真意を更識に訪ねた生徒が、こう言った。

 

「生徒会長は確かに『完敗した』と言った」

 

マドカは聞かれてもその事に関して一切口を割らないし、教師に聞いても知らないとしか言われなかったが、しかし負けた更識が言うのだから真実なのだろうと結論付けた。

 

そして、この試合ではもう一人注目の生徒がいる。

 

それがマドカのパートナー、倉敷さゆりだ。

 

さゆりはこのトーナメントが始まるまで話題にも上らない影の薄い生徒だった。

小柄で細身の体格に、黒髪のショートボブ、白い肌、黒縁の瓶底の様な分厚い眼鏡といった、典型的な気弱な少女と言った風貌の彼女は、正しく気弱で人と話をするときはいつも怯えたようにオドオドしていた。

それに学園での成績も芳しくなく、入学試験もギリギリ合格であったと試験の採点をしていた教師が言っていたという。

実際、学園での学業においても小テストなどでの成績が芳しくない。

さゆりとて努力はしている。

それこそ、人一倍、寝る間も惜しまずに予習復習をしているのだが、授業に付いていくのに精一杯というのが現状である。

ISの実習でも他のクラスメイト達より物覚えが悪く満足にISを動かすことも出来ない。

そして、3組でもなかなか友達も作れず、一人でいることが多く孤立していたそうだ。

ただ、別にいじめに合っていたというわけではなく、クラスメイト達は彼女の事を気にかけ声をかけたりしていたのだが、人付き合いが上手くない彼女はそんな好意に応えることが出来ず孤立していった。

そんな彼女に、学年別トーナメントのペアにならないかと声をかけたのがマドカだ。

最初、さゆりは冗談かと思った。

マドカはクラスにいる代表候補生を圧倒するISの操縦技術を持ち、学業の成績も上位という優等生だ。

そんな優等生が、劣等生の自分をペアに選ぶとはとても思えなかった。

だが、マドカはこう言った。

 

「お前の努力は認める。が、方法が不味い。それじゃあ無意味だ」

 

衝撃を受ける。

今までの自分の努力を無意味と断じたのだ。

しかし、マドカはこう続ける。

 

「私がお前に合った勉強方法を叩きこんでやる」

 

――そうすれば、最低でも代表候補生くらいにはなれるさ、と。

 

何という豪語だろう。

国の一握りの、エリートの証でもある代表候補生を”最低ライン”基準にし、さらにそれ以上を目指せると暗に言っているのだから。

 

「さあ、行くぞ」

 

「え、あ、ちょっ……」

 

さゆりの返答を聞かずに手を引きどこかに連れていこうとするマドカ。

 

この日より劣等生”倉敷さゆり”は生まれ変わったのだった。

学年別タッグトーナメントの初戦からさゆりは大活躍した。

準決勝まで、さゆりは果敢に相手と戦い勝っていく。

全く注目されていなかったさゆりは、いつの間にか代表候補生や専用機持ち達に次ぐ有名人になっていた。

対戦相手であったラウラでさえ「なかなかいい動きをする」と評価を下すほど上達していたのである。

 

試合が始まる前、ピットではマドカが専用機の量産型第三世代機”竜胆・夏雪”を纏い腕を組み瞑想し、その横ではラファール・リヴァイブを纏ったさゆりが眼鏡を外し眼鏡ケースに収納する。

 

『それでは、両チーム出場してください』

 

アナウンスが流れ、マドカはゆっくりとまぶたを上げる。

 

「さて、行くか、さゆり」

 

「う、うん、頑張ろうね、マドカちゃん」

 

ふんすと鼻息荒くグッと拳を握るさゆりの表情は、すこし緊張した表情だ。

無理もないだろう、マドカがパートナーとはいえ、まさか自分が学年別トーナメントで準決勝まで上り詰めたのだから。

マドカは、そんな気負っているさゆりの額にデコピンをする。

 

「あうっ」

 

可愛らしい悲鳴を上げ、痛みに涙目でマドカを睨むさゆりに、マドカはニヤリと笑い言った。

 

「頑張らなくていいんだよ」

 

「え?」

 

「頑張らなくてもいい。頑張って実力以上の力を出そうと気負うな。いつも言ってるだろうが、練習通り動けばいいんだ。必要以上の力を出そうとしなくてもいい」

 

だろ? と言うマドカに、ポカーンとしていたさゆりは、やがてニコリと笑った。

 

「うん、そうだね」

 

――練習は裏切らない。

 

「うし、さっさとシャルロット倒すぞ」

 

「うん」

 

そう言って、ピットのカタパルトから飛び出した。

 

 

 

 

「酷いよマドカ!!」

 

「もう機嫌直せよな」

 

涙目でプリプリ怒るシャルロットに対し、うんざりとした表情のマドカ。

それを照秋たちは苦笑して眺める。

ちなみに、マドカのペアであるさゆりはクラスメイト達にもみくちゃにされ連れて行かれた。

どうやら頑張ったさゆりを祝福したいようで、さゆり自身も顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに好意を受け止め付いて行った。

良い傾向だと、微笑んで見ていたマドカを目敏く見ていた照秋は、後でマドカにラリアットを食らったのはどうでもいいことだろう。

 

「なんだよドロップキックって! なんだよジャーマンスープレックスって!! なんだよシャイニングウィザードって!!! もっとISらしい戦いしてよ!!」

 

「うっせーなー。竜胆の駆動部分の耐久を調べたんじゃないか」

 

「そんな実験を試合でしないでよ!! コブラツイストでシールドエネルギーがゼロになるってなんだよ!!」

 

「逃げないお前が悪い」

 

「そもそものレベルが違うんだよ!! ちょっとは僕の戦闘スタイルに合わせてくれたっていいじゃないか!!」

 

「あーあー、すいませんでしたー。はんせーしてまーす」

 

手で耳を押さえ聞こえないふりをするマドカに、さらにギャーギャー喚き散らすシャルロット。

 

まあ、あの試合内容ならシャルロットが怒るのも無理はないと照秋たちは思った。

 

試合開始のブザーが鳴ると、まず驚いたのが倉敷さゆりがシャルロットに接近し攻撃を繰り出し始めたことだろう。

そしてマドカはシャルロットのパートナーである相川清香へと攻撃を仕掛けていた。

これには予想外だったシャルロットと相川は対応に遅れてしまった。

さらに驚いたのがさゆりのISの操縦技術の高さだ。

第二世代機のラファールリヴァイブであるにもかかわらず、第三世代機の竜胆を纏っているシャルロットに対し果敢に立ち向かい、接戦を繰り広げたのだから。

最後はシャルロット考案の特殊兵装、[盾殺し(シールドピアース)]の発展兵装、[串刺し公(ブラド・ツェペシェ)]によってトドメをさされ、結果さゆりは負けてしまったが、第二世代機のラファールリヴァイブで第三世代機である竜胆を纏ったシャルロットのシールドエネルギーの3分の1は削れていたのだから大健闘であろう。

そして、ここからシャルロットの地獄が始まる。

早々に相川を倒していたマドカは、さゆりを手助けすることなく二人の戦いが終わるのを待っていた。

そして、さゆりが負けると避難させ代わりにシャルロットの前に腕を組んで立ちはだかる。

「Oh! ガイナ立ちねー!!」とメイの声が観戦席からしたが無視だ。

シャルロットはマドカの動きを警戒するように距離を取り八機のビット兵器、夏雪を展開したが、マドカがそれを見越したように仕掛ける。

瞬時加速しながら夏雪のビーム攻撃を避けるという化け物のような動きで難なく近付いたマドカは、ドロップキックでシャルロットの顔を蹴る。

ズガンッと打撃音が響く。

 

『打点が高ーい!!』

 

などと声が聞こえたが、吹き飛ぶシャルロットを追従するべくマドカは接近。

シャルロットは突然の予想外の攻撃に面食らったが回避行動を取ろうと夏雪と重機関銃「デザート・フォックス」を両手に展開し同時攻撃による牽制をするが、マドカは超高等技術である高速多連瞬時加速(ガトリング・イグニッション・ブースト)を繰り出し全ての攻撃を躱す。

 

「ちょっと!?」

 

非難の声を上げるシャルロットは特技の高速切替(ラピッド・スイッチ)で連装ショットガン「レイン・オブ・サタデイ」に素早く持ち替え分身したような錯覚をさせる高速多連瞬時加速の対応をするが、それをあざ笑うようにマドカは全ての弾丸を避けるという離れ技を実行し瞬時にシャルロットの背後へと回る。

そして、ガシッとシャルロットの腰をしっかりと掴み――

 

「落っこちろ」

 

そのままシャルロットの天地を逆転し頭を膝の間で挟み掴んだまま頭から地面へと激突した。

 

『超落下パイルドライバーだーーっ!!』

 

ドゴンッ! という衝撃音と共に、地面に頭を突き刺し八ツ墓村の様な状態のシャルロット。

 

「いえーーい!」

 

そう言って左手を腰に当て右手を高々を上げ人差し指を点に突き刺すマドカ。

 

唖然とする生徒達と、ワーッと歓声を上げる来賓という二極化が出来た。

来賓たちは年齢層が高い男が多く、プロレスなどの格闘技が好きなようで、逆にIS学園の生徒たちはプロレスに興味がないようだ。

そして始まるプロレスショー。

突き刺さった頭を引っこ抜き起き上るシャルロットの背後に回り込みジャーマンスープレックス。

ズズンと地響きと共に地面にヒビが入る。

 

『芸術の様なブリッジだーーっ!!』

 

膝をつき疲労困憊のシャルロットに見舞うシャイニングウィザード。

 

『綺麗に入ったーーっ!! まさに閃光魔術だーーっ!!』

 

倒れるシャルロットを背に、両手の指をキツネのように作り投げキッスのように両手を広げる。

 

「いえーーいっ!!」

 

『出た――っ プロレスLOVE!! プロレスLOVE!!』

 

最後にフラフラと立ち上がるシャルロットを掴み、コブラツイストを仕掛け、シャルロットのシールドエネルギーがゼロになると共に気を失うのだった。

 

『キタ――!! 伝家の宝刀! コーブーラーツーイースートーッッ!!!』

 

そして、試合終了のブザーが鳴る代わりになぜかアリーナに鳴り響くゴングの音。

シャルロットは、[串刺し公]を使う暇も与えられず、一方的に攻撃を受けいい所なしという結果に終わってしまった。

置いてけぼりを食らったような生徒たちは、何が何だかわからないと言った顔で、泡を吹いて気絶するシャルロットを憐れむように見、興奮して歓声を上げる来賓たちは未だ騒いでいた。

 

 

 

「――うん、思い出すだけで可哀そうになってくるな」

 

照秋の呟きにうんうんと頷く周囲。

そして、泣きながら抱き付いてくるシャルロット。

抱き付いてきた拍子にシャルロットの胸が照秋に押し付けられるように当たり、気持ち良い感触が照秋を襲うが、それを顔に出さず心頭滅却する。

そうしないと隣で般若のように顔を歪めている箒とセシリアが何をするかわからないからだ。

 

「そうだよね! マドカが酷いよね! 僕が弱いわけじゃないよね!?」

 

どうやら精神的にかなりやばい状態になっているようだ。

そんなシャルロットに照秋は優しく言う。

 

「逆に考えるんだシャルロット。ああいった攻撃をしないとシャルロットに勝てなかったんだって」

 

子供の用に泣きつくシャルロットの頭を撫でながら諭すように言う照秋の言葉に、シャルロットはハッとした。

 

「……そうか、正攻法では不利だと考えて、奇策に出たんだ……」

 

そっか、そうなんだ……

そうブツブツ呟くシャルロットの表情は、徐々に笑顔に変わっていく。

 

「お前がそう思うんならそうだろうな。お前の中ではな」

 

そうつぶやくマドカに、もう余計なこと言うなとチョップを見舞う照秋だった。

とはいえ、マドカの戦い方もあながち間違った戦いではない。

ISとは、世間一般ではスポーツ扱いであり、エンターテインメントである。

だから、真剣勝負だけでなく、魅せる戦いという者も大事になってくるのだ。

そういう意味ではプロレスというショーをリスペクトしたマドカの戦い方も一つの選択であるといえる。

まあ、相手との力量の差があるか、互いの意思相通があって合わせるかしかないのだが。

 

 

 

ちなみに、試合中マドカが技を繰り出す度に興奮気味に解説るアナウンスが誰だったのかというと、一組の副担任の山田先生だった。

実は格闘技が大好きだそうで、興奮しておもわず管制室のマイクを奪い取り叫んでしまったらしい。

しかしその後織斑千冬にこっぴどく怒られたらしく、それを聞いた面々は無言で合掌した。

 

 

 

部屋に帰り、寝る準備をする照秋と箒。

流石に疲れたのか、箒はすでに眠そうだ。

無理もない、今日の試合は今までの自分の力の限界を超えた新たな次元の開放だったのだから。

そして、箒と照秋は試合後、一切試合の事を口にしていない。

互いに話すこともないだろうと思っていることもあったが、それよりも箒が未だ夢だったのかと錯覚しているような感覚で高揚感が抜けていないからである。

照秋に勝てたのは嬉しいが、自分がはたして照秋に勝てる力を持っているのだろうか?

もしかしたら、コレは夢なのではないのか?

もし、今勝利の事を口にしたら、夢が醒めてしまうのではないか。

本当は興奮して勝利を口にしたいが、してしまうと指から水が流れるように零れ落ちてしまうのではないかと思っていた。

そう思うと、寝ることも怖くなってしまう。

ベッドに入り、潜り込むが、寝てしまうと……

 

「箒」

 

突如照秋に名前を呼ばれビクッと肩を揺らす。

 

「なんだ?」

 

努めて平静を装う箒は、起き上り照秋の方を向く。

すると、照秋はニコリと笑いこう言った。

 

「決勝進出おめでとう。強くなったな」

 

途端、箒は照秋へと飛びかかるように抱き付いた。

 

「夢じゃないんだな。夢じゃないんだな!」

 

「ああ、箒は強かった。完全に負けたよ」

 

ぐりぐりと顔を照秋の胸に押し付け甘えるような箒に、照秋は優しく頭を撫でる。

 

「でも、ノワールが折れなければ私が負けていた」

 

「ああなるまで気付かず攻撃を繰り返した俺のミスだよ。むしろ箒はそれを狙っていたんじゃないのか?」

 

「そこまで考えてないぞ! あの時はその場の対処で必死だった! 今でも細部の事は覚えていない程興奮状態だった」

 

「そっか、それは注意しないとね」

 

「うん」

 

ポンポンと箒の背中を叩く照秋に、箒はふと顔を上げ照秋を見上げる。

 

「なあ、照秋」

 

ん? 返す照秋は、子供の用うに目をキラキラさせる箒を見た。

やっと実感が出てきたのだろうと箒をあやすように頭を撫でる。

 

「私は照秋に勝ったんだから、照秋にご褒美をもらいたい」

 

「んん?」

 

何を言っているのかわからない照秋。

未だ興奮状態の箒は、そのまま言葉を続ける。

 

「私と一緒に寝てくれ!」

 

「えー、と。それはまずいんじゃ……主に俺の心が」

 

困った風な顔をした照秋に対し、箒はめげることなくとんでもないことを言った。

照秋が箒に気を使っていることを知っているし、遅々として進まない関係にヤキモキしていたから、ここは自分が大胆行動に出て照秋の行動を促そうという計画もあった。

試合の勝利にテンションが上がり、さらに恋する暴走機関車の二つが合わさり、暴走モードへと突入した箒。

 

「いいから! 敗者は勝者の言う事に絶対だ!!」

 

「ちょっと!?」

 

結果、箒に押し倒されるようにベッドに寝転ぶ二人。

仕方ないなあ、とため息をつき嬉しそうな顔の箒を見て苦笑するのだった。

その夜、照秋と箒は一つのベッドで寝た。

箒は照秋に抱き付きながら幸せそうにすやすやと寝て、照秋は箒の柔らかな感触に悶絶しながら寝つけるはずもなく、欲望と戦う羽目になる。

 

「胸くらいは触ってもいいぞ」

 

そう言われて、眠るまでしっかりじっくり箒の胸を触り堪能した照秋は正しく年相応の青少年だった。

 

 



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第64話 大浴場にて

学年別タッグトーナメント決勝戦は、一つのアリーナで行われる。

順番は一年、二年、三年である。

毎年ならば即戦力となり世界各国がスカウトする三年生の試合が一番注目されるのだが、今年は違う。

それは、一年生の決勝戦である。

世界で最も注目されるワールドエンブリオ社の量産型第三世代機[竜胆・夏雪]を自由自在に扱い、さらに代表候補生という肩書ながらも、ドイツの代表候補生であるラウラに圧勝し、国家代表と遜色ない実力を発揮した結淵マドカ。

そして、こちらもワールドエンブリオが世界で初めて開発した第四世代機[紅椿・黎明]を纏い、準決勝では男性操縦者と死闘を繰り広げ勝ち進んだ篠ノ之箒。

こんな二人が決勝で戦うのだから、期待値は跳ね上がる。

だがしかし、このカードは実現しなかった。

 

篠ノ之箒ペアの棄権により結淵マドカペアの不戦勝

 

前日の照秋と死闘を繰り広げた箒の肉体的疲労が抜けきっていなかったこともあったが、それよりもISの損傷が酷かったである。

前日の準決勝で予想以上に照秋の攻撃を貰っていた紅椿は、ダメージレベルがCと判定され棄権を余儀なくされたのだ。

勿論箒はそんな状態の紅椿でも出ようとしたが、それは照秋とマドカ、スコールが止めた。

不戦敗などと受け入れることが難しい事であるが、これからの事を考えるとここで無理をするべきではないと説得、それに納得した。

マドカも当然覚醒した箒と大舞台で戦いたかったのだが、事情が事情であるため箒の説得に回ったのである。

 

しかし、これに不満を漏らしたのは世界各国の来賓である。

ワールドエンブリオという世界のトップに一躍君臨した企業の開発したISの戦闘を一回でも多く観戦し、研究して自国、または自社の資料として役立てたいと考えていたからだ。

そうして、今のワールドエンブリとが一社のみ勝ち組という縮図を打破したいと図っていたのである。

当然、IS学園側になんとか一年の決勝戦を開催しろと圧力をかけたりする国や企業もいたが、それは学園側がバッサリと拒否し切り捨てた。

それでも食い下がる国の要人には、一言こう言うと黙ってしまった。

 

無理をさせて、ワールドエンブリオを敵に回してもいいのか、と。

 

ただ、決勝戦が不戦勝であるというのはあまりにも味気ないので、準決勝まで残ったシャルロット・ロセルペアと織斑照秋ペアを繰り上げさせ決勝戦を開催しようという話も出たのだが、シャルロットはマドカとの再戦を頑なに拒否、そして照秋は専用機のメメント・モリのダメージレベルは軽微であったがメンテナンス中という事で出場は不可能であった。

そんななかで、二年の更識楯無が名乗りを上げたが、織斑千冬の「馬鹿者、お前は二年の決勝戦があるだろうが」と一蹴され、ぐぬぬと歯を食いしばり悔しがっていた。

そして、学園側もこれ以上対戦相手の選抜は無駄だと判断し、結果一年の決勝戦は幻となったのであった。

 

 

 

「さて、結果当然のように私が優勝したのだが」

 

学年別タッグトーナメントが終わり、現在食堂で夕食を採り終えまったりとした時間を過ごしていた中、マドカが言い放つ。

腰に手を当て胸を張り、フフンと鼻を鳴らすマドカのドヤ顔を見てげんなりする照秋達。

 

「お前ら、賭けは覚えてるよな?」

 

周囲を見渡すマドカの笑みは、三日月のように口角が上がり悪だくみを考えているように見えた。

そして、下を向くセシリア、箒、シャルロット、簪。

 

「女に二言はないぞ」

 

堂々と言い張るラウラ。

ラウラは今回のトーナメントで照秋とは戦えなかったが、照秋より強いマドカと全力で戦えたことに満足していたので、さほど賭けでのリスクを深く考えていない。

 

「マドカは今回の賭けに参加した人間全員に何させる気だ?」

 

照秋は非常識な事はやめろよ、と暗に言っているのだが、そんなことはマドカには関係ない。

 

「まず、箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、センパイの五人だ」

 

ビクッと肩を震わせる四人と、首を傾げるラウラ。

 

「今から水着持って来い」

 

「は?」

 

「それが勝者の命令なのか?」

 

首を傾げる五人を見て、ニヤリと笑うマドカは、照秋の方を見る。

 

「そしてテル」

 

マドカのものすごい良い笑顔を張り付けた顔を見た照秋は直感で思った。

碌でもないことだと。

 

「実はな、今日大浴場が男子解禁になるんだ」

 

「おい待て、それ以上は……」

 

大浴場が解禁され広い風呂に入れいるというのは朗報だが、今それを言う意味を、そしてマドカが何を言わんとしているのか速攻で理解した照秋は止めようとしたが、逆にマドカに口を押えられた。

 

「私らと一緒に風呂に入ってもらうぞ」

 

「断る!!」

 

思った通りの言葉を言うので、口を塞いでいた手を無理やり除け、間髪入れず拒否する照秋。

しかし、箒たちは違う。

マドカに何故水着を用意しろと言われたのかを瞬時に理解し、さらに一緒に風呂に入るという一大イベントを目の前にして箒、セシリアはマドカの背後に回り照秋をけん制した。

 

「いいではないか、私たちは水着なんだから」

 

「そうですわ! ここは日本のしきたりに従って『裸の付き合い』に講じるのも一興ですわ!!」

 

照秋との関係を進展したいと願う肉食女子に変貌した二人は止められない。

二人のアグレッシブさに思わず引いてしまう照秋。

照秋自身、青少年であるから美少女達を水着とはいえ一緒に風呂に入るというシチュエーションに喜ばないはずがない。

むしろ、そんな男の夢、AVのような展開はバッチ来いである。

 

「いやいや、不味いって!? 仮に箒とセシリアは婚約者だから100歩譲っていいだろうけど、ラウラとシャルロットと簪はダメだろう!」

 

そう言う照秋だったが、ラウラとシャルロット、簪は何でもないといった顔だった。

 

「私は一向に構わんっ!」

 

腕を組んでフンと鼻を鳴らすラウラ。

 

「皆水着なんだから温水プールだと思えばどうってことないよ」

 

ニコリと笑いながら安心したという空気を醸すシャルロット。

 

「それくらいなら問題ない」

 

簪までもが容認した。

マドカの事だからもっととんでもないことを要求してくると思っていたので、この程度なら軽いものだと安心したのである。

そして、温水プールと言われてハッとした照秋。

 

「そうか、プールか。そうだな、皆水着だもんな。……いや待て、そもそも風呂だぞ? 学園の大浴場だぞ? そこを男子に開放したんだから女子が入るのは根本的に不味いんじゃないか?」

 

「そこは安心しろ、スコールには許可を取っている。私らが風呂に入っている間は清掃中の看板を出す」

 

「安心できるか!! 何やってんのスコール!? 教師だろあの人!!」

 

「つべこべ言うな! 敗者は勝者に逆らう事は許されないんだ! 負け犬は素直に従え!!」

 

未だぐちぐちごねる照秋に痺れを切らし、とうとうキレたマドカは照秋を怒鳴り、渋々従うのであった。

 

 

 

そうしてやってきた大浴場。

マドカや箒たちは時間をおいて来るらしいので、今は一人ぽつんと佇んでいる。

照秋は一人で大浴場を占領している事にほーとため息を漏らす。

広い。

とにかく広い。

洗い場だけでも数えて50はある。

どこぞのスーパー銭湯並みの広さだ。

しかも檜風呂にジャグジーやサウナまで設置されているのだから、本当にここは学園の銭湯かと疑いたくなるほどだ。

一応、何故か持っていた中学時代の海水パンツを穿いているが、成長しているためか少し小さく感じる。

中学校での海水パンツは、競泳用で、いわゆるブーメランパンツに近い。

男子校だったのでそんな競泳水着でも何とも思わなかったが、これから女性たちが入ってくることを考えると、トランクスタイプの水着でも用意しとけばよかったと思っていた。

まあ、まさかこんなことになるとは思っていなかったので、事前に用意できるはずもないのだが。

とりあえずかけ湯をして、近場の湯船に浸かる。

温度は41℃ほどだろうか、丁度良い湯加減である。

 

「あ~~~~」

 

おもわず声が漏れる。

ゆっくり足を延ばして湯船に浸かるのはいつ以来だろうか?

湯船に浸かるという行為は、様々な効果が得られる。

まず一つ目に、温熱による血管拡張作用で血行が促進される。

それに加えて、内臓や筋肉への酸素や栄養分の補給が増し、腎臓や肺からの老廃物の排泄も促されるのである。

二つ目に、肩まで体を湯の中に沈めた場合、湯の水圧は500キロにもなり、胸囲が2~3cm、ウエストが3~5cmも引き締まる。

この水圧は血管やリンパ管を圧迫して、血行やリンパ液の循環をよくし、全身の代謝を活発にさせる効果がある。

とくに下半身にある腎臓の血流もよくなるので、排尿量が増えて「むくみ」や「冷え」の緩和につながる。

三つ目に、入浴して体温が上昇してくると、皮脂腺からは皮脂が分泌され、汗腺からの汗と混ざって皮脂腺をつくり、肌に潤いをもたらす。

四つ目に、お風呂に体を沈めると、体重は10分の1以下になるため、足腰の筋肉をはじめ、体の関節などが重圧から一時的に解放されるので、心身のストレス解消になる。

五つ目に、心地よい温度のお湯の中に入ると、βエンドルフィンなどのリラックス系ホルモンが分泌され心身ともにゆったりと過ごすことができる。

六つ目に、白血球の働きが温熱効果やリラックス効果、血行促進効果によって高められ、あらゆる病気の予防や改善に役立つ。

最後に、入浴の温熱効果により、血栓を溶かすために備わっているプラスミンという酵素が増えるので、脳梗塞や心筋梗塞の予防に役立つ。

つまり、いいこと尽くめなもだが、長湯は体に悪いし、間違った入浴方法では意味がないので、何事もほどほどが重要である。

 

ばしゃっと湯を顔にかけ、大きく息を吐き天井を見る。

湯気がたち込める浴場に、ちゃぷちゃぷと湯が音を立てる音や流れる水の音のみが響く。

 

こんなに静かな時間を過ごすのはいつ以来だろうか……?

 

IS学園に入学してからは常にマドカや箒が傍にいた。

そして、騒がしくも楽しいクラスメイト達や、担任であり、自分の教導官であったスコール。

そして、なぜそうなったのか、婚約者のセシリアと、愛人宣言をするラウラ。

色々あったが友達として気安いシャルロット。

毎日が退屈することなく、あっという間に過ぎていく一日。

 

ならば、その前は?

 

中学時代は、剣道のみに生きていた。

部活の先輩や同年代、後輩全員が人が良く、全国で有数の剣道強豪校だけあり厳しい練習ではあったが、充実した学生生活を送っていた。

特に剣道部顧問の新風三太夫先生には一番世話になった。

彼がいなければ、今の照秋は無いだろう程に全てにおいて影響を与えた人物である。

 

「降らば降れ つもらばつもれ そのままに 雪の染めたる 松の葉も無し」

 

周囲の変化に惑わされず、確固たる自分を持つことが重要であるという事を詠んだ歌を新風先生は照秋に言った。

新風先生は、中学に入る前の家庭環境や学校での境遇の事を調べ知っていた。

それこそ、一夏から陰で受けていた躾という名の暴力も調べつくしていた。

だからこそ、新風先生は照秋に言ったのだ。

 

「相手の行う事にいちいち心を動かされず、ただ、己の積んだ稽古を信じて動くのみ。君にはそれを体現した流派、示現流を与えよう」

 

周りに合わせる必要はない。

自分の進む道は、自分で切り開け。

そうすれば、変わっているのは自分だけでなく、周囲も変わっているはずだから。

そうして、照秋は変わった。

もともと剣の才能はあった照秋は、新風先生の指導の元、才能の目を開花させ、中学時代、全国大会で個人優勝、団体優勝を成し遂げたのである。

 

(新風先生はお元気にしているだろうか……いや、あの人のことだからご健在だろう)

 

元気に生徒の尻を叩き雷を落としている姿を想像し、クスリと笑う。

 

(久しぶりに、会いたいなあ……)

 

一人になるとセンチメンタルになるのか、無性に人に会いたくなる。

そんな、感傷に浸っていると、ガラガラと扉が開く音と共に女性の声が浴場に響く。

 

「おーい、待ったかー?」

 

元気よく手を上げるマドカは、黒のチェック柄で面積の大きいビキニで、下はホットパンツタイプの水着を着ている。

後では箒が赤を基調としたビキニを、セシリアは青いビキニを着ている。

シャルロットは白のビキニで、ラウラと簪は学校指定のスクール水着だ。

 

そんな美少女の手段水着姿を見て口をポカンと開ける照秋。

普段制服で隠れているボディラインを目の当たりにし、改めて箒の豊かな胸を再認識し、均整のとれた身体と白い肌のセシリアに赤面し、シャルロットは恥ずかしそうに体を腕で隠そうとしているが、それがまた可愛らしく見え、ラウラは堂々と胸を張っているのが何だか幼く見えてしまい、簪は何も考えていないようにボーッと突っ立っていた。

照秋が自分たちを見て鼻の下を伸ばしているのに気付いたマドカは、ニヤニヤと笑い湯船に浸かっている照秋を見下ろす。

 

「おいおい青少年よ、言いたいことがあれば素直に言いたまえ」

 

(殴りてえ……)

 

ニヤニヤ笑みを浮かべるマドカに殺意を覚える照秋だったが、しかし見惚れていたのは確かである。

以前、スコールに言われたことを思い出す。

 

褒められて嫌な思いをする女はいないから、バンバン褒めなさい。

 

女生とは、褒めて伸びるタイプなのだというスコールの教えに従い、コホンと咳を一つ、箒たちを見てその魅力的な水着と素晴らしいボディラインを自分の持ちうるボキャブラリを駆使し褒めちぎり、皆が嬉しさと恥ずかしさから顔を真っ赤にするのだった。

 

 

 

照秋と一緒に風呂に入る(水着着用)という高難度なイベントをこなしふうと一息つき湯船に浸かるシャルロット。

洗い場では、照秋の背中を誰が洗うのかと、箒とセシリア、ラウラがタオルを握り睨みあっている。

簪は一人サウナに入って行った。

マイペースな子である。

 

(人気者だね、照秋は)

 

クスリと笑い、照秋達から目線を外し天井を見る。

 

「どうしたシャルロット」

 

隣には、いつの間にかいたマドカがシャルロットの顔を覗き込んでいた。

 

「別に、僕も大浴場に入るのは初めてだから大きさに驚いていたんだよ」

 

そう言うシャルロット。

海外では毎日風呂に入るという習慣が無い国が多い。

さらに言うと、浴槽に湯を張って浸かるという税択な水の使い方をする国も少ない。

もひとつ更に言うと、シャワーですら数日に一回という国が多数である。

これは日本と海外の水道事情の違いからくるものである。

海外では水道代が高いため、あまり多くの水を使えない。

日本のように湯船に湯を張るなんて贅沢は一般家庭ではまずしないし、するとしても病人だけである。

もっというなら、こう言った大浴場もあまりなく、さらに裸で大勢と風呂に入るという習慣すらない国がほとんどである。

古代ローマでは大衆浴場などが存在したが、あれは近くに水源が確保できたからそう言った贅沢が出来たからであって、現在の事情とは異なるのである。

だから、大浴場を開放しているといっても海外の生徒はあまり利用せず、しても水着着用がほとんどである。

中には「郷に入りては郷に従え」とばかりに裸で入浴する者もいるが、それでも日本の入浴マナーを知らないものがほとんどであるためしばしば日本人の生徒とトラブルになっているらしい。

そんなわけでIS学園では入学の手引の中に大浴場の入浴マナーの手引も記されている。

 

事実、シャルロットは勿論、セシリアとラウラも大浴場に入るのは初めてで、様々な浴槽や広い大浴場に少しテンションが高い。

 

「贅沢にお湯を使って、足を伸ばすって気持ちいいんだね」

 

んー、手を上げ背伸びをするシャルロット。

 

「風呂は入り方さえ間違えなければいいこと尽くめだからな。疲労回復、美肌効果、ストレス発散等々だ」

 

「へー」

 

感心するシャルロットはそれきり無言になる。

しばらく会話をせず湯を楽しんでいる二人の間に、マドカはふとこう言った。

 

「……自分の気持ちがわからない、か?」

 

ピクリと肩を震わせるシャルロット。

突然何を言い出すのか、とは言わない。

その言葉だけで何を言わんとしているのかが分かったシャルロット。

 

「想いを寄せてる男だから、一緒に風呂に入るのも良しとしたんだろう?」

 

「それは、マドカが勝者の命令だからって……」

 

「言っとくが、私はこんなお遊びで本当に人が嫌がることはしない。嫌なら嫌と言えば代案を出したさ」

 

私を理由にするな、そうマドカは言う。

湯船に口元まで浸かり、眉を顰めるシャルロット。

 

シャルロットは照秋とは友達というフランクな関係でいる。

箒やセシリアなどの婚約者とは違う、友情で結ばれた関係。

気さくに話せて、気安い相手、それが照秋にとってのシャルロットであり、そういうポジションを築き上げたのだ。

だがそれは全て偽りの関係だ。

シャルロットも、自分の気持ちを理解しているのだ。

 

私は照秋が一人の男性として好意を抱いている、と。

 

だが、それはダメだと別の自分が抑制する。

照秋には相当迷惑をかけた。

それこそ頭から血を流させるくらいの怪我を負わせてしまったし、その後で実父に犯罪行為を強要されていた自分を助け、自由になるために尽力してくれた。

感謝してもしきれない、まさに命の恩人である。

そんな命の恩人に対して、シャルロットはとんでもない仕打ちをした。

謝って済む問題ではない。

そしてシャルロットは思ったのだ。

 

照秋を好きになってはいけない、と。

 

あくまで友達という立ち位置で近くにいるだけで満足だ。

本来ならばそれすら許されないことを自分はしたのだが、これくらいは許してほしい。

 

そう、自分の心の内をポツリポツリとつぶやくシャルロットに対し、マドカはため息をついた。

 

「前から思ってたけど、お前、面倒臭い性格してんだな」

 

あんまりな言いように、シャルロットはマドカを睨む。

 

「誰がお前を責めた? 誰がお前がテルを好きになるなと言った?」

 

「だから、それは……」

 

「お前はそうやって悲劇のヒロインぶって不幸な自分に酔ってるだけだ」

 

思わず立ち上がるシャルロットを、冷めた目で見るマドカ。

しかし怒りの顔を向けるだけで、口をもごもごとするだけで声を出さないシャルロット。

自分でも気づいていたのだ。

そうやって言い訳を作って、照秋とつかず離れずの関係を築いて満足して。

 

ああ、私ってなんてかわいそうな女なんだろうか!

報われない想いを抱いても、それを表に出さず友達として付き合う自分はなんて不幸なの!

 

そう酔いしれていた自分がどこかにあったかもしれない。

それでも、自分の気持ちに素直になることはできない。

 

「……僕は、照秋に酷い事をしたんだ。……だから、僕は照秋に嫌われこそすれ、好かれることはない」

 

自分の気持ちに素直になって告白したとしても、断られるのは目に見えている。

ならば、今の友達というポジションで近くにいることがシャルロットにとって一番ベターであるのだ。

それ以上は望むまいと誓ったのだ。

 

「お前、テルに告白しても断られると思ってるだろう?」

 

「……そりゃあそうだよ。僕は、それだけひどいことを照秋にしたんだから」

 

「あれは一夏(バカ)が計画してお前は弱みを握られて巻き添えを食らったんだろうが」

 

あれとは、一夏が仕組んだ美人局事件のことである。

男装して生活していた時、一夏に女であることがバレ、それを出汁にシャルロットを共犯に仕立て上げ照秋を貶めようとしたのだ。

あまりにもお粗末な計画に、マドカとスコール、千冬が介入し一夏に制裁を加え事なきを得た事件だ。

 

「そもそもアレはお前も被害者だろうが。テルに負い目を感じる必要はないんだよ」

 

「でも、僕は……」

 

力なく肩を落とし、俯くシャルロットに、マドカは白けたようにフンと鼻を鳴らした。

 

「ほんと、面倒臭い性格してんな。ウジウジ考えるなよ」

 

ガシッとシャルロットの肩を掴み引き寄せるマドカは、顔を近付け見も元でささやくように言う。

 

「テルのことなんか気にするな。ようするにお前を好きになるように、振り向かせるように自分で行動すればいいんだよ」

 

アグレッシブになれとシャルロットに囁く。

それは、悪魔のささやきのようで、シャルロットの弱気な心をくすぐる。

 

「一夫多妻制度でのテルの嫁の空き枠は実質残り一人だし、フランスから今のところは馬鹿の方にもテルの方にもアクションは無い。むしろお前がテルと結ばれたらフランスは大喜びだろうさ。ほれ見ろ、お前がテルを攻める条件が揃ってるぞ?」

 

「うう……」

 

悩むシャルロット。

頭を抱え唸る姿を見て、マドカは、もうひと押しかとトドメの言葉をシャルロットに囁いた。

 

「実はな、あれからテルはたまにお前のお見合い写真を眺めてるんだ」

 

これがどういう意味かわかるだろ? ん?

 

ゾクゾクと背中に走る痺れの様な感覚に、シャルロットはのぼせてもいないのに顔を真っ赤にした。

 

「今まで自分の意志で動くことを許されないような環境を父親に強要されていたし、まだまだ問題が山積みで難しいだろうが、恋心くらいは素直になれよ」

 

ーー命短し恋せよ乙女って言うだろう?

ニカッと歯を見せるような、ガキ大将の様な笑顔を向けるマドカはバンバンとシャルロットの背中を叩く。

そんな豪快な態度のマドカに、シャルロットは驚いた。

この子はこんな顔も出来るのか、とマドカ新たな一面を知ったシャルロット。

なぜマドカがここまでけしかけるのか、なぜここまで世話を焼くのかはわからない。

 

――でも。

――うん。

 

――少しくらい、勇気を出して、素直になっても――

 

「――いいよね」

 

シャルロットは立ち上がり湯船から出て、未だ照秋の背中を誰が洗うかと言い争っている三人を余所に照秋に近付く。

 

「皆言い争ってるばかりで体が冷えたでしょ? 僕が背中を洗ってあげるよ」

 

そう言ってタオルにボディソープを付け泡立てはじめると、先ほどまで争っていた三人が目敏くシャルロットに詰め寄る。

 

「おい! 何抜け駆けしようとしてるんだ!」

 

「順番を守りなさいな!」

 

「お前は本当にいいとこどりの天才だな!!」

 

「それには激しく同意する」

 

「箒とセシリアの言う事はわかるけど最後のラウラの言葉は何!? あとサウナから出てきて何サラッと僕の悪口に同意してるんだよ簪!」

 

「クラリッサが言っていたのだ! シャルロットのようなタイプはメインヒロインを食い人気一位となった、かの水星の美少女戦士の様なタイプだとな!!」

 

「ぶふっ。水でも被って反省しなさい。うけるでござる」

 

「うわあああっ!? なんて具体的な例え!! あと簪が変な笑いして気持ち悪い!!」

 

五人の美少女が姦しく、いつになったら背中を洗ってくれるのか待ち続ける照秋。

いい加減体が冷えてきたので風呂に入りなおすことにし、未だにギャーギャー言い合っている五人を見て、自然と口元が綻んだ。

 

「ああ、やっぱり騒がしいくらいがちょうどいいな」

 

 



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第65話 恩師との再会

学年別タッグトーナメントが終了し、一学期も終盤に差し掛かる。

一学期の終盤と言えば、期末試験がある。

ちなみに、IS学園には中間試験は無い。

その分、期末試験の試験範囲が広くさらに成績の比重が重い。

さらに、期末試験は一般教養だけではなくIS関連の筆記、実技も含まれるため試験勉強は大変なものである。

が、しかしその前にまだ生徒の気持ちを高揚させるイベントがある。

それが、臨海学校である。

各学年それぞれ行き先が異なり、一年生は初めての校外学習と先輩のいない解放感を想像し今から浮足立っている。

二泊三日で、初日は自由時間、二日目がISの操縦や、専用機持ちは新しい装備の試運転などに充てられ、最終日も午前に机上教育と自由時間で終了という行程である。

全寮制のIS学園内で親元を離れ、同年代との共同生活というのは殊の外ストレスを伴う。

それを発散させるために、カリキュラムも自由時間が多めになっているのである。

照秋の在籍する三組でも、生徒達がやれ水着がどうとか、日焼けがどうとか、遊ぶことで頭がいっぱいなのかそんな話題でもちきりだ。

 

そんな光景を見て、照秋は中学時代の臨海学校を思い出す。

規律に厳しいと有名だった全寮制の学校だったので、臨海学校だといっても生易しいものではなかった。

まず、到着するや軍隊のように統率した隊列で砂浜を褌と裸足で長距離ランニング、そして近くの島まで遠泳、寺で精神修行を行い、夜は精進料理をいただき、9時に就寝。

朝は5時に起床し寺と近隣を全生徒で清掃活動し再び朝食前に精神修行。

遊ぶなどという事とは完全剥離した、正しく校外学習であるがこれこそ、本来の校外学習のあるべき姿ではないだろうか。

辛いものだったが、それでも心が研ぎ澄まされていく感覚を感じる濃密な数日だったのでいい思い出である。

 

「どうした、遠い目をして?」

 

照秋が昔に思いを馳せていると箒が話しかけてくる。

照秋は中学校での臨海学校の事を話した。

すると、それを聞いた箒とマドカはポンポンと照秋の肩を叩き、憐憫の目を向けた。

 

「お前、灰色の中学生活を送っていたんだな。マジで同情するわ」

 

「大丈夫だ! 臨海学校のスケジュールでは自由時間が設けられている! 存分に遊べるぞ!!」

 

人の思い出に対し酷い言いようである。

しかし、箒の言う自由時間というのも照秋にとっては戸惑うものである。

照秋は練習バカの体力バカと自他ともに認めている。

そんな照秋の、自由時間の使い道というのも、そう考えると容易に応えは導きだされるだろう。

そうならないためにも、箒は照秋に付きっきりで海水浴を満喫しようと画策しているのだが、それは口にしない。

 

昼休みになり、いつものように一組からセシリア、シャルロット、ラウラが合流し食堂で昼食を採る。

そして、その時に箒とマドカが照秋の中学時代の臨海学校の思い出を話したら、案の定セシリアとシャルロットが憐憫の目を向ける。

 

「安心してください! 今年の臨海学校はわたくしと楽しい思い出をたくさん作りましょう!!」

 

「そうだよ! 僕もめいっぱい付き合うからね!」

 

がっしり手を握られ力説するセシリアと、その横で拳を握りしめフンと鼻息荒いシャルロット。

ただ、ラウラは照秋の思い出に対し何が悪いのかわからず首を傾げている。

 

「遠征での訓練だろう? まあ、教育機関にすれば多少厳しいとは思ったがそれほど問題視することか?」

 

根本的に何かを勘違いしているラウラは、箒たちの力説がまったくわかっていなかったのだった。

 

さて、ここで疑問に思った方もいるかもしれないが、シャルロットが公然と照秋に対しアピールをしている。

それも、箒やセシリアに負けないほどのプッシュでだ。

照秋は後で聞かされ内容自体は知らないのだが、先日照秋達と一緒に風呂に入る(水着着用)というイベントをこなした際、マドカに素直になれと唆され自分の気持ちに正直になろうと決心したシャルロットは、自分の気持ちをまず箒とセシリアに打ち明けたらしい。

何故照秋ではなく箒とセシリアに先に報告したのかはわからないが、そこで何やかやがあり、箒とセシリアはシャルロットの気持ちを認めたそうだ。

 

シャルロットは箒とセシリアを連れ、すぐに行動に出て、照秋に告白した。

照秋と付き合うイコール婚約者、結婚という図式が出来つつある現状、照秋はその告白に困り果てた。

照秋はシャルロットに対し恋愛感情を抱いておらず、あくまで友達としての関係でいたいと正直に言ったが、シャルットは恥ずかしそうにこう言った。

 

「で、でも、僕の写真、たまに見てくれてるんだよね?」

 

「ん? ……ああ、箒と一緒にな」

 

「……んん? 箒と?」

 

「いや、男装してた時は化粧してなかっただろう? 今は軽くしてるだろうけど、それでもあの写真は綺麗に化粧してたし、化粧するのとしないのとではここまで違うのかって。箒もメイクの参考になるって言ってたし」

 

「へ、へえ~……」

 

口元をひくつかせ、笑顔を張り付けるシャルロットは心の中で叫んだ。

 

(謀ったなマドカーーっ!!)

 

目の前でどうしたものかと首を傾げている照秋の背後で、悪魔の角と尻尾を生やし三日月の様な笑みで笑っているマドカの幻影を見た気がしたシャルロットは泣きたくなった。

マドカにけしかけられ一大決心したが、そのきっかけの言葉が『自分に良いように解釈しとった事』だったのである。

だが、照秋が好きなのは事実であるし、そう簡単に諦められる気持ちでもない。

とりあえず『お試し期間』という言葉を使いシャルロットは照秋と付き合おうとまで言いだした。

それでも照秋は渋ったのだが、なんと箒とセシリアがシャルロットの援護をし始めたのだ。

 

「女の一大決心を応援しないはずがないだろう。それに私はシャルロットならば構わないと思っている」

 

「そうですわ。わたくしたち、シャルロットさんの周囲で起こった出来事を全て聞きましたの。ならば、テルさんが責任を取るのは当然かと思うのですわ」

 

なんと、シャルロットは箝口令の出ていた『一夏との美人局事件』から、『デュノア社事件の真相』まで全てを話したらしい。

マドカもあの二人には話してもいいと言ったそうで包み隠さず告白したという。

これに、箒とセシリアは驚きはしたがシャルロットに怒ることなく、逆に慰めてくれたという。

ただ、一夏に対しては殺すとか埋めるとか物騒の言葉が飛んでいたそうだが。

まあ二人が言いたいことは、今まで辛い思いをしたんだからここで幸せになってもいいだろう、ということだった。

 

「俺の意志は?」

 

「何を言っている。照秋もシャルロットのこと、まんざらでもないだろう?」

 

箒にズバッと指摘される。

 

「そうですわね、先日シャルロットさんに抱き付かれて鼻の下伸ばしてましたものね」

 

否定できない事を言うセシリア。

 

「別に、二人みたいにそのままの流れで結婚してくれとか言わないよ。僕もそこまで考えてるわけじゃないしね。僕は今の幸せで十分だから」

 

笑顔で謙虚な事を言うシャルロットだが、その背後で照秋を睨む箒とセシリア。

 

お前は女を捨てるなんて外道な事はしないよな?

人の思いを踏みにじるような人道に外れるようなことはしませんわよね?

 

そう目で言う二人に、照秋は頷くしかなかったのだった。

 

「……俺って最低な人間だな」

 

自己嫌悪になる照秋。

人として、複数の威勢と付き合うとかそれこそ外道ではないかと頭を抱える。

事実、照秋は箒が好きだし、セシリアも好きだ。

シャルロットにしても美少女だとは思うし、告白されて嬉しかったし、渋々付き合うと言ったが心の中では喜んでいた。

さらにここにはいないクラリッサとナターシャもいるし、愛人宣言をしているラウラもいる。

合計6人の美女、美少女を侍らせるという、IS委員会から世界公認の一夫多妻を認められているとはいえ、全世界の男を敵に回す所業に照秋自身気持ちが下がる。

なんという人でなしの最低野郎だと自分を叱責するが、箒たちからすればそれは違うらしい。

箒も、セシリアも皆照秋の置かれている立場を理解しているし、仕方ないと割り切っている。

それに、コレはコレで楽しいと意外と楽観的だった。

 

「皆を平等に愛してくれればいいさ」

 

笑顔でそう言う箒と、頷くセシリアとシャルロット。

 

――女って強い。

――そして、怖い。

 

心からそう思った照秋だった。

 

 

――とまあ、こんないきさつがありシャルロットは公然と照秋に接触してくるようになり、それに刺激されたのか箒とセシリアもいつも以上に照秋にベタベタくっついてくる。

青少年の悶々とした感情を処理するのに苦労する照秋は、何というぜいたくな悩みを抱いているのだろうか。

そんな嬉し恥ずかしな毎日を送る照秋は、いつか背中を刺されるかもしれない。

 

 

 

休日になり、照秋は箒とマドカ、セシリア、シャルロット、ラウラの四人に連れられてショッピングモール『レゾナンス』に来ている。

朝からいつものトレーニングを行い、朝食を採りのんびりとしようかと思っていると、箒とマドカが出かけようと言い出した。

臨海学校で必要なものがあるらしい。

そういえば、と照秋は自分も水着が無いなと思いだし、二人に付いていくことにした。

途中、箒が連絡したのか校門の前で待ち構えていたセシリアとシャルロット、ラウラと合流し5人でリニアレールに乗り込み出かける。

休日なので各々私服を着ているのだが、ラウラは制服だった。

聞くと、ラウラは私服を持っていないらしい。

あるのはドイツ軍の軍服とトレーニングに使用する簡素な服程度だとか。

これに親近感を覚えた照秋は、ラウラと意気投合、二人は声を揃えてこう言った。

 

「ファッションを気にする暇があるならトレーニングに費やすべき」

 

これには箒たちもげんなりし、ラウラにファッションを気にすることによる恩恵を教え込むことを誓うのだった。

大型ショッピングモールレゾナンスは、世界各国のエリートたちや各国の企業、要人が集うIS学園が近くにあるからか、商品の充実さは驚愕に値する。

世界各国の食料品から雑貨、有名ブランド、何でもござれで、逆に無いものを探す方が大変だ。

ここに来れば揃わないものは無いと言っても過言ではないほどであり、他県からも買い物に来るほどである。

 

「そういえば、ここのスポーツ用品店の品揃えは国内で一番だって中学時代に聞いたな」

 

「ああ、ここは取り寄せしなくても常に在庫があるので有名だからな」

 

照秋が思い出したようにつぶやくと、箒が頷く。

 

「だが今日は、水着が先だ」

 

そう言って照秋の手を握り引っ張り出す箒。

それを見て、あっ抜け駆けだ! と騒ぐ三人と、またかとため息をつくマドカ。

騒ぎ出した4人は全員が美少女であり、ただでさえ周囲の注目を受けていたのに騒ぎ出すことで余計に人の目を引くことになる。

その中心にいる、目立ちたくない照秋は思った。

 

(勘弁してくれ)

 

しかし、その騒ぎが思いもよらぬ出会いを果たす。

 

「おい、お前織斑照秋か!?」

 

突然声をかけられ箒たちは騒ぐのを止め照秋に声をかけた人物を探そうと周囲をキョロキョロと見渡すが、その声に覚えがあった照秋はすぐに声の主を見つける。

そして照秋は、箒たちから離れ走り寄り、声の主と喜びの声を上げる。

 

「久しぶりだな織斑!!」

 

「ああ、ああ! 久しぶりだな宮本!!」

 

肩をバンバン叩き、握手する二人。

突然走り出したかと思ったら男と親しそうにする照秋を見てポカンとする箒たち。

 

「どうしてここに?」

 

「ああ、ここには品ぞろえの良いスポーツ用品店があるからな。剣道部の奴らと新風先生と一緒に道具を買いに来たんだ」

 

「新風先生もいらっしゃるのか!?」

 

「ああ、会うか?」

 

「勿論だ!!」

 

これほどテンションの高い照秋を見ることがほとんどない箒たちはポカンとしている。

そんな中、ラウラがクイッと照秋の服を引き首を傾げ問いただした。

 

「照秋よ、この男は誰だ?」

 

いきなり現れた銀髪の美少女に驚く宮本だが、照秋はそんなラウラの頭をポンポンと優しく撫で言った。

 

「中学校の同級生で、同じ剣道部だった宮本だ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「そうか。照秋の愛人のラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「あ、愛人?」

 

フランクな態度だった宮本が若干緊張した感じでラウラに挨拶を返す。

それに続き、箒たちも照秋の元へ寄る。

一気に美少女が5人になったことで、さらにガチガチに緊張し始めた宮本。

無理もない、全寮制の男子中学校で、そのままエスカレータ式に男子校へと入学したのだから、女生徒の免疫など皆無に等しい。

さらに、目の前にはアイドルや女優でも通用する美少女ばかりである。

緊張するなという方が難しい。

そんな中で見知った顔を見つけた。

 

「あ、女一刀斉だ」

 

「女一刀斉言うな!!」

 

中学時代の不本意な二つ名を言われ顔を真っ赤にして怒る箒。

隣で声をかみ殺して笑いを我慢しているマドカと、意味が分かっていない外国勢は首を傾げるばかりだった。

 

 

 

宮本は、とりあえず今は自由時間で各々ぶらぶらと好きなところに行っているから、集合時間と場所を教え、照秋達と別れた。

そして、照秋たちはその集合時間まで臨海学校で必要なものを買うためにショッピングを始める。

まず二階へ赴き、水着コーナーへ。

何故か自分の水着を選ばせようとする女子たちと半ば強引に別れ、照秋は男物コーナーへ行く。

男物はスペースが小さく品揃えも少なかったが、ファッションに毛ほども興味が無い照秋は競泳水着以外のトランクスタイプの水着で、サイズが合えばいいくらいにしか思っておらず、適当にサイズを確認してレジへ向かう。

その時、ガシッと後ろから照秋の肩を掴むマドカが。

 

「私が選んでやるから、その金ラメの演歌歌手が着る着物みたいな海パンはやめろ」

 

ものすごく切実な顔でギリギリと肩を掴む手に力を入れるマドカに、照秋は頷くしかできなかった。

結局マドカの選んだ黒を基調としたサーフパンツを購入すると、マドカに手を引かれ何故か女性水着のコーナーへ連れて行かれる。

そこには、何着もの水着を手に持ち、待ち構えている箒、セシリア、シャルロットがいた。

ラウラはなにやら一人真剣に水着選びをしており照秋を見ていない。

 

そしてここから約二時間ほどかけて、照秋と美少女達の嬉し恥ずかし水着鑑賞会が始まるのだった。

 

 

 

水着選びを終え、照秋たちは宮本が言っていた集合場所に向かう。

そして、そこには宮本と同世代の男子数名とラウンドサングラスをかけた白髪の初老の男性がいた。

照秋は逸る気持ちを抑えることなく、足早にその集団の元へ向かい、その集団の中にいた宮本が足早に近づいてくる照秋に気付く。

 

「みんな!」

 

照秋は男子たちにもみくちゃにされるが、笑顔で肩を抱いたり軽く叩いたりと荒っぽいコミュニケーションと取る。

やがて、初老の男性が近寄る。

その初作を見た箒とマドカ、ラウラがギョッと驚く。

見た目は細身で初老の男性ながら背筋をしっかりとした立ち姿に、肩口まで伸びた髪を後ろで一束にし、立派に伸ばした鬚を綺麗に整え、ラウンドサングラス、レザージャケットといったロックなファッションセンスが似合う老人であるが、その歩行にはまったくの無駄な動きが無く、さらに隙すらも見当たらない。

ただ、歩いているだけなのに、箒は「この人には勝てない」と悟ってしまった。

 

「久しいな、織斑」

 

声をかけられた照秋は、ピッと背筋を伸ばし初老の男性に正対し、腰を折り敬礼する。

 

「お久しぶりです、新風先生」

 

初老の男性、それは照秋の中学時代の恩師『新風三太夫』その人であった。

新風先生は照秋を足元から頭のてっぺんまでをゆっくりを眺め、やがてニコリと笑い顎髭を撫でる。

 

「鍛錬は怠っていないようだな」

 

「はいっ! 新風先生の教え通り、毎日立木打ちを欠かしていません!」

 

「そうか」

 

ものすごく嬉しそうな照秋。

とりあえず置いてけぼりを食らってしまった女子たちは照秋に近寄った。

 

「おや、見目麗しい女性ばかりだ。この方たちは?」

 

照秋は箒たちを置いてけぼりにしていたことに今更気付き、慌てて紹介を始めた。

そして、箒たちと照秋の関係を聞くや、新風先生は目を見開き、そしてカカと笑い始めた。

照秋たと箒たちの関係は世界中に公表している。

つまり、新風先生も照秋と箒たちの関係を知っていたのだが、メディアが公表してる情報と実際に本人たちから聞くのとでは印象が異なる。

 

「そうかそうか、彼女たちが噂の一夫多妻の婚約者たちか」

 

笑った顔を引き締め、背筋をピシッと伸ばし箒たちに礼をする。

その姿があまりにも美しく、おもわず息を呑む箒たち。

 

「挨拶が遅れて申し訳ない。私は織斑の中学時代剣道部の顧問をしていた新風三太夫という」

 

「え、あ、よ、よろしくお願いします!」

 

慌てて頭を下げる箒と、新風先生の空気に呑まれワンテンポ遅れて礼をするセシリア、シャルロット。

ラウラとマドカは新風先生の醸し出す空気に感心し、キッチリと礼をした。

 

「ふむ、織斑、こんな見目麗しい女子を多く娶るとはなかなかやるな」

 

ニヤリと悪戯っぽい表情で照秋を見る新風先生。

とはいえ、新風先生も照秋の置かれている照秋の置かれている状況を理解しているため深く追及はしない。

すると、新風先生は箒たちの方を向き、再び頭を下げた。

 

「この男は、こと自分を鍛えるという事に関しては妥協というものを知らん粗忽者ゆえ、歯止めが必要だ。君たちが影となり日向となり織斑を見てやってほしい」

 

心当たりがありすぎる箒とセシリアは、すぐに頷いた。

そして、そんな反応をする二人を見て、溜息をつく新風先生。

 

「やはり、すでにやりすぎているか」

 

箒とセシリアは、照秋が自身に課しているトレーニングメニューを新風先生に言うと、再び深い溜息を吐いた。

 

「そんな無謀なメニューを毎日欠かさず、かね?」

 

「え、ええ……まあ」

 

「その、わたくしたちはテルさんの練習がやりすぎだと思いつつ当然のようにこなされるので、それが当たり前だと思ってたのですが……やはりダメだったのですね」

 

そう言って、箒は自分の割れつつある腹筋を触り、セシリアはたくましくなった自分の肩を抱く。

 

「そういうところは成長せんな、馬鹿者が」

 

ゴツンと照秋に拳骨を新風先生。

 

「お前はそれで一度痛い目を見ているだろう。同じ過ちを犯すな」

 

「……はい、申し訳ありません」

 

深くため息をつき、新風先生は落ち込む照秋の肩を掴み、口を開く。

 

「いいか、今のお前は守るべき女子たちがこれほどいる。もうお前だけの体ではないのだ。それはわかるな」

 

「はい」

 

サングラス越しにもわかる真剣なまなざしに、照秋は息を呑む。

 

「守るには力が必要なのはわかるが、そのためにお前がつぶれてしまっては本末転倒だろう。自分を労わるのも、大切な事だぞ」

 

「はい、申し訳ありませんでした」

 

恩師である新風先生に心配してもらっているという嬉しさと、自分の置かれている立場が未だわかっていなかったことに憤る。

とは言いつつも、照秋は練習メニューを減らすなど微塵も考えていないのだった。

さかし、ふと照秋は箒たちを見ると、皆がニコリと笑みを返してきた。

 

そうだ、守らなければいけないんだ。

自分の大切な人たちを。

自分の家族を。

 

だから、もっと力をーー

 

決意を新たにした照秋だったが、その後宮本たちに散々八つ当たりされた。

 

「このリア充が!」

 

そう言ってアームロックされ

 

「ちくしょー!! お前だけずるいぞ!!」

 

血涙し

 

「しかも何で全員美少女なんだー!! それが納得できーん!! それにお前、あの天使のナタルも婚約者なんだろ!? 俺あの人のファンなんだよ!!」

 

ナターシャのグラビア写真を携帯の壁紙にしているのを見せ

 

「俺たちにもその世界中の美女たちを虜にするモテ成分わけろ!! どこだ、どこにある? ここか?」

 

照秋の体を弄りはじめ

 

「ていうか彼女たちの友達でもいいから紹介してくれ!!」

 

最終的には懇願してきた。

 

自分の欲望に正直な青少年たち。

男子校で規律厳しいとはいえ、やはり彼女は欲しい。

 

「まあ、クラスメイトくらいなら紹介してやってもいいんじゃないか」

 

そういうマドカが神に見えたのか、マドカを囲み公共の路上で正座して拝み始めた宮本たち。

 

「お願いします! 俺たちにも春をください!」

 

「バラ色の学生生活を!!」

 

「リア充にしてください!!」

 

あまりにも必死すぎて、流石のマドカも戸惑い、箒たちはドン引き、新風先生はまたもや溜息をついていた。



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第66話 臨海学校にて

臨海学校当日、生徒たちはバスで移動する。

各クラスに分かれて乗り込んだバスの中で、照秋は後方の座席に座り寝てしまっていた。

バスの揺れが心地よく、さらにあまり海に言ったことも遊んだ記憶も無い照秋は、若干興奮して前日あまり寝ることが出来なかったのだ。

窓側に座り出発するやすぐに寝てしまった照秋の隣には箒が当然のごとく陣取り、照秋が眠いことを察知するや自分の肩に寄りかかれと言い、眠い照秋はそれに素直に従い箒の肩にもたれかかって寝息を立てている。

箒は、ニコニコ笑顔を通り越しニヤニヤと照秋の寝顔を眺めている。

 

(ぐふふ……照秋の寝顔がこんなに至近距離で……あふん、寝息がかかる! ああ、普段は凛々しいのに、寝顔はあどけない少年のようだ……)

 

密かに照秋の手を握り、寝ている照秋は寝ながらも本能なのかそれを握り返す。

物を無意識に握るという仕草は、幼児にある行動らしいが、そんなことを知らない箒は握り返された手を見てキュンキュンするのだった。

そして、まあ当然と言えば当然なのだが、このクラス別のバス移動でセシリア、シャルロット、ラウラは何故自分たちは3組ではないのかと悔やみ、それを見た箒が慰めつつも心の中で凄いドヤ顔をしていたのは秘密だ。

マドカは一応護衛という名目上照秋の前の席を確保しているが、隣に座るタッグトーナメントでペアを組んだ倉敷さゆりや、周囲のクラスメイト達と談笑しながら菓子を食べており、まったく護衛をしている雰囲気が無かった。

 

「きたー! 海だー!」

 

窓に張り付き騒ぐクラスメイトにつられ、皆窓の外を見る。

窓越しに広がる青い海。

果てしなく広がる水平線が太陽光を反射し煌めく。

騒ぐ周囲に反応し目覚めた照秋は、釣られて窓の外に広がる景色を見て目を輝かせるのだった。

 

 

 

バスは目的地である旅館前に到着し、そして四台のバスからIS学園一年生が出て整列を始め、先頭に教師たちが出る。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月壮だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくおねがいしまーす』

 

織斑千冬の言葉の後に全員で挨拶をすると、着物姿の女将が生徒達に丁寧にお辞儀をする。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

この旅館は毎年夏の臨海学校に利用されているようで、女将もこのグローバルな生徒達を見ても動じないところを見るにかなり手馴れている。

生徒達を眺めると、女将は例年にはいない異端、男子二人である織斑一夏と照秋を見つけ少し驚いた表情をした。

 

「織斑先生、こちらの二人が噂の……?」

 

ふと、照秋と一夏を見た女将が千冬にそう尋ねる。 

 

「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者」

 

千冬照秋と一夏を睨むと、一夏は慌て頭を下げ挨拶をする。

そして、照秋はピシッと背筋を伸ばし敬礼をした。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「織斑照秋です。よろしくお願いします」

 

照秋の敬礼に、少し驚いた表情をする女将と、隣で見ていた千冬。

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

そう言って清洲景子は二人に丁寧なお辞儀をする。

熟練の技と言わしめるような流れるような気品のあるお辞儀に照秋はほうと感心する。

一夏はポーッと見惚れているようだった。

昨今、こういった貞淑な雰囲気を醸し出す大人の女性というのは少ない。

大半が女尊男卑に染め上げられ増長した傲慢な女ばかりだからである。

 

「不出来の弟たちでご迷惑をおかけします」

 

「あらあら。織斑先生ったら、弟さんには随分厳しいんですね」

 

「いつも手を焼かされていますので」

 

ため息をつく千冬を見て、クスリと笑う清州は照秋を見ていう。

 

「あらあら、そうは言ってもこちらの弟さんは、かの『赫々剣将』なのでしょう?」

 

照秋の中学時代の二つ名を口にする清州景子に、驚く照秋と、首を傾げる一夏。

 

「わたしも剣術を嗜んでますので」

 

「どちらの流派でしょうか?」

 

照秋が喰い気味に清州に質問する。

 

「北辰一刀流を少々」

 

「おおっ……!」

 

目を輝かせる照秋は、早速清州景子に稽古をつけてもらえないか懇願したが、業務があるからと断られへこむのだった。

 

「うふふ、示現流を修めた剣士と戦うということは、つまり真剣勝負になりますから。業務に支障をきたすような試合は控えてますので」

 

正論を言われ、さらにへこむ照秋に、箒やセシリア、ラウラ、シャルロット、マドカ、スコールなど照秋の性格を知る者たちは一様に思った。

 

(体力バカの練習バカもここまでくれば清々しいな)

 

そうこうしていると、清洲景子が生徒達を招きながら旅館についての説明をしており、女子一同が「はーい」と返事をしてすぐに旅館の中へと向かっていた。

皆、旅館内の施設や設備の説明を聞こえると割り当てられた部屋へと移動するが、照秋は自分の部屋がどこか知らなかった。

スコールに「照秋君は当日まで内緒よ」とか言われたからである。

さて、どうしたもんかと悩んでいると、スコールが照秋を呼び止める。

 

「私に付いてきなさい」

 

素直についていく照秋。

そして、何故か別の部屋を割り当てられているはずの箒、セシリア、ラウラ、シャルロット、マドカが付いてくる。

いつもならマドカは事前に情報を入手しているが今回は知らされていないようだ。

しばらく付いて歩くと、扉に『教員用』と書かれた紙が貼られた部屋の前に到着する。

 

「照秋君は私と同じ部屋になるわ」

 

「異議あり!!」

 

「テルの貞操の危機だ!!」

 

「え、どういう意味ですの?」

 

「奴は普段は気さくな金髪美人教師だが、夜になれば誰彼かまわず襲い食い散らかす野獣に変貌するんだ!」

 

「ええーーっ!?」

 

「それダメじゃん! それダメじゃん!!」

 

「……マドカ、アンタ覚えておきなさいよ」

 

箒とマドカが騒ぎ始め、セシリア、シャルロットは卒倒、ラウラはポカンとしている。

マドカのあまりな言いようにコメカミに青筋を浮かべ震えるスコールだったが、しかし想定の範囲内の抗議だったのだろう、スコールは反論し、それを聞いた箒たちは黙ってしまった。

 

「なら、織斑一夏と同室になるけど? そこには織斑先生も居るわよ」

 

「そ、それは……」

 

「あの男と同室は、テルさんが穢れますわ」

 

「うーん、穢れるかどうかはともかく、照秋が危ないのはわかるよ」

 

そもそも、照秋は当初兄弟だからという理由で一夏と同室、さらに他の女生徒達が寄り付かないようにするために千冬と同室にするという案が上がっていたのだ。

それを、スコールが自分のクラスの生徒は自分で見ると言い、これを機に照秋と離れてしまった心の距離を縮めようとして反論する千冬から、半ば強引に引き離し、自分と同じ部屋にしたのだという。

 

「ありがとうございます」

 

照秋はスコールに礼を述べ、気恥ずかしいのかスコールはポリポリと鼻を掻く。

未だ千冬や一夏と距離があり、それを縮めようとしない照秋であるが、それをとがめないスコール。

それほど照秋の受けた心の傷は深く、癒すのに時間がかかるのである。

千冬の逸る気持ちも理解できるが、しかし互いの歩み寄る気持ち以前に一夏が問題なのである。

一夏は美人局事件を失敗し、さらにタッグトーナメントでボコボコにされたにもかかわらず未だに照秋を目の敵にしている。

双子の兄弟としてではなく、他人の『敵』として見ているのだ。

そんな危険な状態の一夏と同部屋などさせるわけにはいかない。

――と、そう言った理由もあるが、本命は違う。

スコールは箒たちに見えないように照秋に小さな箱を手渡した。

何だと確認するや、照秋は驚き声を上げそうになるのをスコールに口を塞がれる。

渡された箱は、コンドームだった。

 

「わたしは基本この部屋に帰ってこないから」

 

ニヤリと笑い小声でそう言うスコール。

この部屋は教員用で他の生徒は近寄らないというだけでなく、防音完備であり、さらに部屋風呂まで完備されていると前置きし、とんでもないことを言いやがった。

 

「いいかげん男になりなさいな。で、あの娘たちも自分の女にしちゃいなさい」

 

ポンポンと照秋の肩を叩き、「今から自由時間だけど、羽目を外さないようにねー」と言いながら手をヒラヒラさせその場を後にするスコール。

照秋の部屋を確認でき満足した箒たちは早々に自分たちの部屋に戻り、照秋は唖然とした表情のまま手の中にある小さな箱を握りしめ佇むのだった。

 

 

気を取り直し、荷物を部屋に置き、水着など必要なものを持って男子用に設けられた更衣室へ向かう途中、一夏とばったり会った。

何やら中庭をキョロキョロと見回し探し物をしているような一夏だったが、照秋を見つける眉間に皺を寄せチッと舌打ちする。

そんな一夏を見て、照秋は呆れてしまい突っ掛る気すら起きず相手にせず更衣室に入った。

 

マドカが選んでくれたサーフパンツに、ビーチサンダルを履き更衣室からでると、目の前には煌めく白い砂浜と青く澄んだ海が広がる。

眩しそうに目を細め海を眺めていると、周囲にいた女子生徒たちが騒ぎ始めた。

 

「あ、織斑君だ!」

 

「う、うそっ! わ、私の水着変じゃないよね!? 大丈夫よね!?」

 

「わ、わ~。体の筋肉すご~い。鍛えてるね~」

 

「彫刻じゃん! もう彫刻じゃんその体!!」

 

「織斑君の体凄いね。やっぱり剣道部の練習のせい?」

 

「腹筋が綺麗に六つに分かれてる! ね、ねえ触ってもいいかな?」

 

わらわらと集まり始める女子たちに戸惑う照秋。

終いには照秋の体をベタベタ触りはじめ恍惚とした表情を浮かべる。

 

「ちょっと見てこの三角筋、すごい盛り上がってる」

 

「いやいや、この引き締まった上腕二頭筋と三頭筋は芸術よ! それに引き替え私の弛んだ二の腕は……」

 

「ねえねえ、ボディビルダーみたいに大胸筋ピクピク動かせる?」

 

「みんな、上半身ばかり見てないで、この大腿筋見なさいよ! ぱっくり割れてるわ!」

 

「いやいや、この盛り上がったふくらはぎこそ至高!」

 

「背中の僧帽筋から広背筋の筋肉の川も見逃せないわね!!」

 

女子たちの筋肉を見る目が怖い。

照秋はドン引きだ。

なんか涎垂らしてる子もいるし、照秋は恐ろしくなってきたため、走ってその場を離れるのだった。

 

 

 

しばらく岩場の影で隠れていた照秋は、箒たちが揃って歩いている姿を見つけ駆け寄ろうとし、立ち止まった。

皆の扇情的な姿に、踏みとどまってしまったのである。

 

箒の普段は制服で隠されていた豊満な胸が惜しげもなく見せつけるような白いビキニ。

セシリアの、メリハリのある均整のとれたボディにブルーティアーズを思わせる蒼いビキニに腰には色を合わせたパレオ。

シャルロットの、引き締まりながらも出るところは出た体にオレンジ色のビキニ。

マドカの細く小柄な体に藍色のビキニに、ショートパンツ。

ラウラのフリルのついた黒いビキニ。

しかも全員が美少女という、近寄りがたいオーラを醸し出しているように錯覚してしまう。

基本的に女性への免疫が低い照秋は、普段慣れた箒たち(婚約者・護衛・愛人)でも水着姿でハードルが一気に跳ね上がってしまうのである。

何というヘタレであろうか。

そんなだから箒たちに手も出せないチキンなのだ。

 

箒たちに近寄るのを躊躇していた照秋を見つけた箒たちが、逆に近寄ってくる。

ああ、走るな! 揺れてる! スゲー揺れてるよ!!

照秋は心の中で絶叫する。

青少年には刺激が強すぎるようだ。 

照秋は箒たちを直視できず顔をそらしてしまった。

 

そんなシャイな照秋の性格を知るマドカはニヤリと笑い、飛びつくように首に腕を回す。

 

「おいおい、男なら言う事あるだろう」

 

ん? とニヤニヤ笑みを向けるマドカに、ぶん殴りたい衝動を覚える照秋。

だが、マドカが水着で上半身裸の照秋に密着するから、互いの体温がダイレクトに伝わりそれが恥ずかしさへと変わりまた顔をそらす。

巨乳好きの照秋でも、こんなに無防備に接触してくるぺったんこのマドカにドキドキしてしまうのは仕方のない事なのだ。

 

「おいおいおい~、思春期妄想満開のシャイボーイ君、早く何か言いたまえよ~」

 

(……殴りてえ……)

 

殺意を覚える照秋だったが、返り討ちに遭うのが目に見えているため踏みとどまり、深呼吸して皆を見た。

 

「なんで岩場に一人でいたんだ?」

 

箒が首を傾げて聞いてくる。

屈まないでくれ、胸の谷間が……谷間が……

 

「いや、皆が俺の体をベタベタ触ってくるし、目つきが怖かったんだ」

 

それを聞いて、ああ、と納得する箒たち。

 

「たしかに、テルさんのその彫刻の様な美しい筋肉美を見れば納得ですわ」

 

「ISスーツで見慣れてるとはいえ、やっぱり裸とスーツ越しじゃあ雲泥の差だもんね」

 

「ふむ、無駄のない筋肉だな! 特に腹直筋と三角筋がすばらしい」

 

セシリア、シャルロット、ラウラと照秋の肉体を褒めちぎる。

褒められて嫌な気分にはならないが、別に見せるために鍛えたわけではないのでくすぐったい感覚になる照秋。

すると、マドカが照秋の脇腹を肘で小突く。

目で訴えていた。

 

(早く褒めてやれ)

 

女は褒めて褒めて褒めちぎれ、スコールから教え込まれた言葉である。

 

「みんな似合ってる。綺麗だよ」

 

「バカか、まとめて言うな。個別に褒めろ」

 

褒めるって難しい。

心の底からそう思いつつ、照秋はひとりずつ褒めることに専念し精神力を大量消費していくのだった。

 

 

 

照秋の賛美に気を良くし、ニコニコ笑顔の箒たちだったがなにやら照秋がいない間に取り決めをしていたようで、セシリアが照秋の手を引いてシートとパラソルの設置している場所へ連れて行く。

 

「バスの移動では一緒にいられなかったのですから、少しくらいわたくしたちのわがままを聞いていただいても良いのではなくて?」

 

そう言ってシートにうつ伏せになるセシリア。

 

「オイルを塗ってくださいな」

 

手渡されたサンオイルを珍しそうに見る照秋。

 

「これは日焼け止めか?」

 

「ええ、わたくし肌が弱くて強い日差しの日焼けは避けたいのですわ」

 

紫外線を受けてシミになるのが嫌だとか、日焼けをして肌がヒリヒリ痛むのが嫌だとかつらつら言っていたが、とにかく照秋にオイルを塗れと言いたいのだ。

女子の肌に直接触るという高難易度なミッションを言い渡され戸惑う照秋だったが、セシリアは渋る照秋を見て、最初こそ体の隅々をと思っていたが妥協に妥協を重ね背中だけでいいと言ってくれたのでなんとか助かった。

……いや、若干残念か?

手にオイルを揉みこみ、丹念にセシリアの背中に塗り込む照秋の手つきは、いやらしさが無く、むしろマッサージをしているような感覚だった。

実際オイルの塗り方なんぞ知らない照秋は、中学時代剣道部の先輩に毎日のように行っていたマッサージの要領で掌全体で背中中心から外側へ押すように滑らせる。

これは、血液の循環を良くし新陳代謝促進を促す方法である。

血液というのは古い血液が心臓に向かい流れ、新しい血液が心臓から出て体に循環する。

それを促すように手で筋肉をほぐすように力を入れず内側から外側へ行う事で人間に備わっている無理せず自己回復力を促進させ次の日に筋肉痛やその他モロモロのダメージを残さないようにするのである。

この方法がオイルを塗るという行為に会っているのかは甚だ疑問だが、当のセシリアは体がぽかぽかし始め気持ちよさそうにしている。

 

「女の子っていろいろ大変なんだな」

 

「他人事のようにおっしゃってますけど、男性も同じですわよ。肌のケアは怠ると年を取ってから後悔しますわ」

 

なんか力説するセシリアに感心する照秋。

足元に置かれているサンオイルのボトルを眺め、やって損はないならと、つい呟いた。

 

「ふーん……じゃあ、俺も後で塗ろうかな」

 

そう言うや、うつぶせていたセシリア、オイルを持って順番待ちをしていた箒、シャルロット、ラウラの目が光る。

 

「そ、それでしたらわたくしが隅々まで塗って差し上げますわ!」

 

「いやいや、僕が塗ってあげるよ!」

 

「何を言う、それは第一夫人の私の役目だろう!」

 

「いや、それなら愛人の私の方が……」

 

「お前らも大概だな」

 

鼻息荒く欲望に忠実な女子たちに、呆れるマドカだった。

 

 

その後、照秋の体の隅々までみんなでオイルを塗りたくり満足した箒たちは、照秋が海に入り遠泳しそうなのを止めたり、砂浜の走り込みをしそうなのを止めたりと何かとすぐにトレーニングにつなげようとする照秋を止めつつ、箒たちと海辺で遊び、クラスメイト達とも遊ぶのだった。



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第67話 それぞれの想い

夕食時、大広間でクラス別に分けられ出された懐石料理に舌鼓うつ。

畳に座布団を敷き、正座で食事を採るのが苦手な生徒は椅子とテーブルが用意されている場所で食事を採る。

海外からの床に座って食べる文化の無い、もしくは畳に正座で座るのがつらい生徒たちがテーブルを利用している。

照秋は座布団の上で胡坐をかき刺身を箸で摘まみ新鮮な刺身に舌鼓を打つ。

 

「学園の食堂の料理も美味いけど、ここの料理も美味いな」

 

「この鮮度は地元直送でないとそうそう出会えないな」

 

「舌の肥えたIS学園の生徒を泊めるんだ、生半可な料理は出せないだろうさ」

 

照秋の両隣りでは箒とマドカが同じく料理の美味しさに頷いている。

 

「ただ、量が少ないのが難点だなあ。あ、おかわり」

 

愚痴りながら茶碗を箒に渡し、箒はおひつの中の白米を茶碗に移す。

 

「これが普通の量だ。照秋が普段食べすぎなんだ」

 

「とはいえ、お前は本当にいつもあれだけの量を食べておいて太らんな」

 

マドカは照秋が茶碗の中のご飯をかきこむ姿を見て、腹に目を移す。

普段照秋は常人の2~3倍ほどの食事量を採る。

朝食も和朝食を一人で3人前採り、昼は麺類特盛、日替わり定食大盛り、丼もの特盛、夜は昼食プラス肉類のおかず大盛りというラインナップだ。

なぜそれほど食事の量を採るのか、それは照秋の普段の練習量のせいである。

 

「食べないと体がもたないんだ」

 

照秋は食べないと逆に痩せてしまうという、全世界の女性を敵に回すような生活を送っていた。

ならば練習量を減らせばいいのだが、そんな拷問の様な選択肢、照秋には存在しない。

食べても太らず、食べないと痩せる、これにはさすがの箒やセシリアたちも照秋に対し羨望の眼差しというより嫉妬の目を向けていた。

 

「羨ましいのか、燃費が悪いと言うべきか、何とも難儀なもんだな。ほら、このエビフライやるよ」

 

「え、いいの? ありがとう」

 

マドカが自分の皿からエビフライを摘まみ照秋の皿へ移す。

マドカに礼を言って照秋は嬉しそうに目を輝かせたのを見た箒や周囲の生徒は、こぞって自分のおかずを照秋にあげはじめた。

 

「どれ、私のエビフライもやろう」

 

「私も、天ぷらあげるよ」

 

「私は刺身あげるね」

 

「茶碗蒸しいる?」

 

「え、こんなにいいの? みんなありがとう!」

 

照秋は目を輝かせ、笑顔で礼を言い、それを見た周囲の女子たちは恍惚をした表情で身悶えたという。

そして、それを遠目で見て悔しそうな表情をするセシリア、シャルロット、ラウラ。

この後の反動が怖い。

 

 

 

夜の自由時間になり、セシリアとシャルロット、ラウラは自分たちのグループが止まる部屋を離れ、照秋のいる教員用の部屋に行く。

風呂に入り、丹念に体を磨き気合を入れる3人は、若干下心があった。

臨海学校であるにもかかわらず、生徒たちは学校の制服、ジャージなどを着用せず、旅館の浴衣を着用している。

浴衣、それは、女に色気というアビリティを付加していくれる装備である。

浴衣の着方が分からなかったセシリアは同じ部屋の日本人生徒から着付けをしてもらったのだが、これがまたワビサビを感じるものだった。

日本の文化に興味津々のセシリアは浴衣を着てご満悦だったが、ふと日本人生徒の鏡ナギを見る。

普段は艶やかな長い黒髪に大人しい雰囲気の彼女だが、その黒髪をアップにし浴衣を着ている姿を見て、おもわずセクシーだと思ってしまった。

普段は降ろされている黒髪で見えないうなじ、少し首元を緩めた浴衣の着こなし、チラリと裾から見える白い足首、普段おとなしいからか、愁いを帯びたように見えてしまう表情。

セシリアはキュピーンと閃いた。

 

このセクシーな姿でテルさんに迫れば……!

 

そして、セシリアはちらちらと鏡ナギを見ながら自分の浴衣を直し、髪をアップにする。

体や髪は丹念に洗ったから汗臭くはない。

ちゃんとボディケアも欠かしていないから肌艶もいい。

無駄毛の処理もしている。

下着も、この日のために新品の、さらに照秋を誘うようなセクシーなものを選んだ。

 

よし、いける!

気合十分、セシリアは部屋を出ると、ばったりとシャルロット、ラウラと出会う。

チラリと見ると、シャルロットの体から良い匂いがする。

どうやら考えていることは一緒のようだ。

ラウラはいつも通りだが、髪が十分乾いていないからか長い髪を束ねポニーテールにしている。

 

「あら、お二人はどちらへ行かれるのですか?」

 

白々しく聞くセシリアにシャルロットはニコリと笑う。

 

「今から照秋のところに行こうかと思ってね」

 

やっぱりか、とセシリアは内心舌打ちする。

別にシャルロットが嫌いなわけではないが、これから起こす行動で自分は初体験をする予定なのだ。

出来れば、ムードを高め、二人きりで自分の初めてを卒業したいと思っているのである。

だが、それはシャルロットも同じようで、はははと乾いた笑い声をあげる。

 

「私はクラリッサから連絡の催促が来てな、それを言いに行こうかと思っているのだ」

 

クラリッサとは、ドイツ在住のIS部隊の副隊長であり、ラウラの部下であり、照秋の婚約者である。

そんな彼女とは、照秋はほぼ毎日連絡を取り合っているのだが、今日は何やら急を要するらしい。

セシリアとシャルロットはとりあえず自分たちの目的の事は保留にして、照秋の元へ向かおうという事になった。

 

そんなこんなで三人で向かっている途中、ふとある部屋の前でふすまに耳を張り付けて真剣な表情をしている鈴と箒がいた。

 

「何をなさってるのですか?」

 

セシリアがそう尋ねると、鈴と箒はすかさず人差し指を口元で立てシーっと言う。

そして、こっちに来いと手招きをする鈴の顔は何故か赤かった。

とりあえず言われた通り近寄りふすまに耳を近付けるセシリア、シャルロット、ラウラ。

すると、なにやら扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

 

『そんな訳あるか、馬鹿者……んっ! す、少しは加減をしろ』

 

『はいはい。んじゃあ、ここは……と』

 

『くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!!』

 

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし……ねっ』

 

『あぁっ!』

 

 

「こ……これは……!?」

 

顔を真っ赤にするセシリア。

声の主は織斑一夏と織斑千冬である。

そういえば、二人は同質だと言っていたことを思い出すが、しかし聞こえてくる会話はおよそ姉弟のものとは思えない内容であった。

見渡すと、ラウラ以外が顔を真っ赤にして聞き入っていた。

ラウラは会話の内容を聞いても首を傾げるばかりである。

顔を真っ赤にして聞き入っている女子たちは、会話の内容で同じ想像をしていた。

 

「あ、あいつ……私に手を出さないで、ち、ちちち千冬さんに……!」

 

プルプル震える鈴を見て、同情の目を向ける箒たち。

すると、突如耳を張り付けていたふすまが勢いよく開かれた。

支えていたふすまが無くなりバランスを崩し、前のめりに倒れてしまう。

揃って倒れた箒たちは、ふと目の前に見える足が。

恐る恐る顔を上げると、そこには呆れ顔の千冬が腕を組んで見下ろしているのだった。

 

 

「何をしているんだお前たちは」

 

仁王立ちの千冬に、目の前で正座をしている箒たち。

 

「い、いや、なんだか声が聞こえてきたので……」

 

「私は、照秋の部屋に行こうとしたら鈴がふすまに張り付いていたので、何をしているのかなと……」

 

「わたくしたちもテルさんのところに行く途中に、鈴さんに呼ばれて……」

 

顔を赤くして目をそらす鈴と、俯く箒たちに、ピンときた千冬は深くため息をついた。

 

「何を想像したんだお前たちは」

 

「い、いや」

 

「それは……」

 

言い淀む箒たちだが、一人表情を変えないラウラは言い放つ。

 

「クールダウンの柔軟体操かマッサージか、そんなところでは? 昔から教官は艶のある声を上げながらストレッチをしてましたからね」

 

我々の部隊ではクラリッサ曰くご褒美でした、と真顔で言うラウラに、ポカンと口を開ける千冬。

 

「……そうだったのか」

 

自分の知らぬ癖を指摘され、頬を赤くして頭を抱える千冬。

そして、自分たちがあらぬ誤解をしていたことに、さらに顔を真っ赤にして俯く箒たちだった。

 

「普段こうして話をする機会もないメンツだからな、ここらで少し腹を割って話をしようか」

 

そう言って皆に缶ジュースを手渡し、口を付けるのを確認すると、千冬は手に缶ビールを持ちプシュッとプルタブを開ける。

 

「……一応職務中では?」

 

「硬い事を言うな。それにお前たちには口止め料を払ったぞ」

 

そう言われアッと声を上げる。

千冬の隣では一夏が苦笑していた。

 

「で、だ。まあいろいろ国やら委員会やらの思惑に振り回されてるお前たちに聞きたい。一夏や照秋のどこがいいんだ?」

 

「え、千冬姉? あの、俺いるんだけど?」

 

「うるさい黙ってろ」

 

戸惑う一夏を一蹴し、チラリと端にいる鈴に目を向け、お前から話せと促す千冬。

鈴は、恥ずかしそうにもじもじしながらも、しかししっかりと言った。

 

「わ、私は一夏の優しくて、頼りになるところです」

 

「ほう」

 

ハッキリ言うとは思わなかったようで、千冬は驚き、隣では一夏も驚いている。

 

「日本の小学校に転入したころ、私はクラスメイトにいじめられていました。それを助けてくれたのが一夏なんです」

 

はじめて聞くエピソードに、そんな馬鹿なとか、一夏がそんな綺麗な事するはずがないとか、そんなつぶやきが聞こえてきた。

犯人は箒とシャルロットであるが、千冬と鈴は無視した。

 

「一夏は私を守ってくれた、大切な人です」

 

ハッキリとそう言う鈴を見て、フムと頷く千冬に、恥ずかしそうに頭をかく一夏。

 

「では、次は篠ノ之だな」

 

「私は照秋の優しいところが好きです」

 

即答の箒。

若干喰い気味である。

 

「それだけか?」

 

「もちろんそれだけではありません。しかし、照秋は人一倍優しいです。何故なら照秋は人の苦しみ、悲しみを知っているからです」

 

だから、照秋は人にやさしく接するのだと、箒は言った。

 

「……まあ、鍛錬には一切妥協しないので、私たちや剣道部の部員が泣いても許さない鬼畜の大馬鹿者ですが」

 

「……アレは何とかならんのか?」

 

「ならないでしょうね。先日照秋の中学時代の師である新風三太夫先生に会い窘められていましたが、まったく聞き入れてませんでしたから」

 

眉間を押さえる千冬だったが、しかし、と箒が言葉を続けた。

 

「ラウラが言っていました。照秋は大事な人を守るために強くなりたいのだと。そして、その大事な人が私たちなのだと。そう言われてしまったら、止めることはできませんよ」

 

ふわりと笑う箒に、小さくそうか、と呟いた千冬は、次にセシリアを見る。

 

「わたくしは、テルさんの強い心に惹かれました」

 

「強い心?」

 

「テルさんのトレーニングは、基礎練習の反復がほとんどです。それは、とてもつらいものです」

 

そう言われて、千冬は頷く。

練習において、一番大切なものは基本である。

そして得てして基本練習というのは単調で、反復練習をしているとつまらないものが多く心が折れてしまい基礎練習を蔑ろにしてしまう者も多い。

だが、照秋はそんな反復練習に一つも文句も愚痴も言わず淡々と繰り返す。

そして研ぎ澄まされる心技体は、セシリアから見ても輝いていた。

 

「強さへの飽くなき探究心。まるでサムライであると錯覚するほどの崇高な精神。そんな強い心が、そしてわたくしたちへ向ける多大な愛情が、わたくしがテルさんを愛する理由です」

 

「……そうか」

 

なんとまあ、恥ずかしげもなく堂々と言うものだと、聞いていた千冬が恥ずかしくなってくるセシリアの告白。

次にセシリアの隣にいるシャルロットを見る。

シャルロットに関しては一夏の美人局事件、デュノア社の不祥事、ワールドエンブリオの買収、フランス政府の大々的と国を巻き込んだ事態の中心的人物である。

この真相は闇に葬られるものであり、語られる子のない事実であるが、事実照秋に、そしてワールドエンブリオに助けてもらい新たな人生を歩むことが出来たシャルロットは名前もデュノアからロセルへと変えたといういきさつがある。

そんなシャルロットであるが、最近照秋に告白したらしいと噂を聞いた。

 

「ロセル、お前は最近照秋に告白したらしいな」

 

「え!?」

 

千冬の衝撃的な言葉に驚く一夏。

そんなシャルロットは、恥ずかしそうに頬を赤く染め、頷いた。

 

「そこに、贖罪は無いのか?」

 

千冬のいう贖罪というのは、一夏の美人局事件に巻き込み照秋に血を流させるほどの怪我を負わせ、さらに自分を助けるために尽力してくれたことへのものを指している。

しかし、シャルロットは首を横に振った。

 

「僕は、気が付いたら照秋が好きになってました。でも、僕は照秋にすごく迷惑をかけたから、この気持ちを打ち明けないでおこう、ずっと友達でいようと思ってたんです」

 

実際、自分がしたことは友達すらおこがましいんですけどね、と笑いながら言うシャルロットの顔を一夏は見ることが出来ず悔しそうに歯を食いしばり目をそらしてしまった。

 

「でも、マドカが言ってくれたんです。『今まで自分を殺して、言いなりの人生を送ってきたんだから、もう自分の気持ちに素直になれ』って」

 

箒とセシリアも後押ししてくれましたし、と肩をすくめ、えへへと照れ笑いするシャルロットを優しく見守る箒とセシリア。

 

「照秋は僕を助けてくれた、とても大切な人です。だから、僕は照秋を助けたいんです」

 

「そうか」

 

短くそう言い、千冬はどこか誇らしげだった。

自分の知らない照秋を、彼女たちの口から聞き、それが逞しく成長した姿であることに嬉しさを感じた。

次にラウラの方を見た千冬だが……

 

「私は照秋の愛人として傍にいます」

 

堂々とそうのたまうラウラに、千冬は呆れ、一夏はまたしても驚きの表情を向ける。

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

「IS委員会の施行した一夫多妻制度は一国一人と定められています。我がドイツはクラリッサが照秋の嫁です。部下の婿を横取りするなど、非道な事は私は出来ません」

 

凄く男らしい感じだが、言っていることは不埒なものである。

 

「一夫多妻制度に、嫁以外を受け入れてはならないとは一文も書かれていませんので。それに、私は別に嫁にこだわりはありません。照秋の傍でいることができ、戦うことができれば満足です」

 

そう満足そうに言うラウラ。

だが千冬は、それを聞いて確認したいことがった。

 

「ラウラ、お前の実力は国家代表と遜色ないほどであると私は分析している。そんなお前が、照秋を認めるという事は、照秋もそれ相応の実力を持っているという事か?」

 

クラス代表戦、所属不明の無人機IS撃退、凰鈴音との非公式試合、学年別トーナメントでの箒との熱戦。

照秋の試合を見て、振り返る千冬は、照秋は代表候補生のレベルを超える実力であると踏んでいた。

振り返ってみれば、ロシアの国家代表である更識楯無に圧倒的実力差で勝利したマドカに対し、照秋はクラス代表戦において、マドカと対戦し、マドカのISが打鉄ではあったがそれでも勝利しているのだ。

 

「私は照秋と真剣勝負をし、負けました」

 

いつ、とは言わない。

 

「私は、任務以外で初めて本気で戦いました。持ちうる力をすべて出し尽くしました。それでも照秋には勝てなかった」

 

ラウラは、国家代表たちを見限っていた。

所詮スポーツであると認識し、ISの戦闘における意識の低さに落胆していた。

戦場や災害現場とは違う、纏う空気の温さに失望していた。

技量は高くとも、勝利への執着心が国の威信だとか、自身の評価止まりなのである。

以前も記述したが、実際ラウラは本気を出せばドイツの現国家代表に勝てる実力を持っている。

しかし、温い戦いに興味のないラウラはスポーツとしてのISを見限り、国防でのIS活用に己の身をを投じ生きていくと決めた。

ラウラの求める戦いとは、命を懸けた、己が存在を賭けた戦い。

そこには国も、プライドもなく、ただ、生き残ることのみをかけた生死を分けた戦いのみ。

やるか、やられるか。

 

そんな戦いを求めるラウラの元に、現れたのはまさに自分が求めていた戦いをする照秋だった。

 

もう一目惚れと言ってもいいだろう。

 

「私は照秋との戦いに愛を感じました」

 

「いや……それは……」

 

流石の千冬もラウラのカミングアウトに引いた。

命を懸けた戦いに愛を感じるとか、ヤバすぎるだろう。

バトルジャンキーであると自覚している千冬でさえ、ラウラのトンでも思考は理解できなかった。

 

しかし、それでも皆が共通していることがある。

鈴は一夏を、箒、セシリア、シャルロット、ラウラは照秋を、正しく愛してくれているのだと。

人に愛される人間に育ってくれたこと、これほど嬉しい事は無い。

 

そんな彼女たちだからこそ、千冬は言わなければならない。

今まで散々後回しにし、口にしなかった真実を。

 

 

 



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第68話 懺悔

千冬は一つ咳払いをして箒たちを見渡す。

目を閉じ大きく深呼吸し、そしてゆっくりと目を開いた。

 

「お前たちの気持ちは分かった。だからこそ、私はお前たちに言わなければならないことがある」

 

真剣な声を帯びた千冬の雰囲気に、空気が変わるのを感じた箒たちは佇まいを正す。

 

「結淵マドカを呼べるか?」

 

千冬に言われ、箒はマドカに連絡を取ると、マドカは照秋の部屋いるらしい。

 

「私が呼んできます。ちょうど照秋にクラリッサからの要件もありましたから」

 

そう言ってラウラが立ち上がり、少ししてマドカと一緒に戻ってきた。

面倒臭そうに頭をかくマドカに、とりあえず座れと促し、缶ジュースを渡す。

 

「さて、揃ったな」

 

千冬はピリピリとした空気の中口を開く。

横では居心地が悪いのかソワソワしている一夏が。

 

「千冬姉、やっぱ俺、席外そうか?」

 

「いや、お前もここにいろ。大事な話だ」

 

ぴしゃりと言われ一夏は口を噤む。

 

「お前たちに、言わなければならないことがあると言ったが、恐らく篠ノ之と結淵は知っているだろう内容だ」

 

そう言うと、箒とマドカはピクリと肩を震わせた。

 

「照秋のことですか」

 

箒の声に無言で頷く千冬に、セシリア、シャルロット、ラウラは首を傾げた。

 

「テルさんのことですの? それは一体……」

 

「もしかして、お二人がギクシャクしてる関係のことですか?」

 

「……そうだ」

 

千冬は淡々と語りだした。

 

小さい頃に自分たちが置かれていた状況を

親に捨てられ小さな兄弟三人で途方に暮れたことを

篠ノ之親子に助けてもらったことを

 

そして、千冬自身に文武に才能があり、一夏も千冬に似て小さい頃から神童と呼ばれていたことを

逆に、照秋は才能のかけらもなく、学業も、運動も人一倍努力を要していたことを

そんな照秋に、きつく当たっていたいたことを

 

「言い訳になるが、私も学校、バイト、剣道、弟たちの世話と、日々のストレスを抱え、フォローできない部分もあり、自分のペースに付いて来れない照秋にいら立ちを覚え辛く当たっていた」

 

中学生、高校生とまだまだ小娘が、幼い兄弟二人を養わなければならない毎日に、同世代の友達たちと遊べず、バイトの毎日、それらが千冬の余裕を蝕んでいく。

一夏は近所からも、学校でも評判のいい弟で、鼻高々であったのに対し、照秋は愚図だ、のろまだ、鈍臭いバカだと、良い評判は聞かなかった。

千冬とて、照秋に期待して教えるが、それが出来ない。

出来るのが遅い。

だから、自分の基準で照秋を叱る。

 

何故出来ない

一夏は出来たぞ

遅い、もっと早くできなければ無意味だ

お前がテストで100点? カンニングでもしたか?

 

罵倒に近い叱責である。

そして、とうとう千冬は言ったのだ。

 

お前は本当に私の弟か?

 

これを聞いた箒は顔を憤怒の表情にして立ち上がり千冬に掴みかかろうとしたが、マドカに止められる。

セシリアやシャルロットも千冬を睨み、鈴やラウラは驚きの表情をしていた。

 

「……だから、一夏が照秋に暴力を振るっても無視してたんですか?」

 

箒は震える声で千冬に訪ねる。

ビクリと肩を揺らす一夏だったが、千冬は首を横に振る。

 

「私は一夏の暴力を見抜けなかった。兄弟げんかの延長程度の認識だったのだ」

 

「それで照秋のアバラにヒビが入りますか! 体中に黒ずんだ痣が出来ますか!! 家の鍵を隠されますか!! 一夏を見ただけで震えますか!!」

 

箒が叫び、千冬は箒の語る事実に驚き、一夏は顔を真っ青にしていた。

実際、照秋の体の痣や怪我を箒は見たことが無い。

というか気付かなかった。

これは、束が照秋を速やかに処置したため大事に至らず、またその迅速さゆえに他人に広く知られることが無かったのである。

別に束が一夏のしたことを隠す手助けをしていたわけではない。

ただ、照秋の怪我を一刻も早く治したかっただけなのである。

それが、ばれないと増長しさらに照秋に暴力を与えることになるとは、皮肉な事であるが。

だが、それに噛み付いたのは鈴だ。

 

「違う! 一夏はアイツのためにあえて殴ってたのよ! いつもオドオドしてる照秋に少しでも強くなってほしいから、あえて力で教えてたのよ!!」

 

「それが事実だとしても、殴る蹴るにも限度がある! しかも何故服の上から見えないような場所ばかり殴る!! アバラにヒビが入るまで蹴る必要がある!!」

 

「お前ら落ち着け」

 

掴みかからんばかりに言い合う箒と鈴の間に入るマドカ。

 

「織斑千冬にも事情がある。四六時中手のかかる照秋ばかり見ているわけにもいかない。しかも、全幅の信頼を置いている織斑一夏が躾と称して過剰な暴力を振るっているなど考えもしないだろうさ」

 

だからといって、気付けなかったのと気付こうとしなかったのは話が違うがな、と呟き、静かに、しかし怒りを抑えた声色のマドカは千冬に目を向け話を進めろと促す。

その際、一夏には目もくれない。

 

「……ISが発表され、『白騎士事件』が起こり、私はISの日本代表になり、第一回のIS世界大会で優勝した。ISに関わることで多忙を極め、家に帰ることも少なくなり照秋のことは一夏に任せっきりになった……いや……」

 

少し言い淀み、千冬はきゅっと唇を噛みしめ言う。

 

「すでに、照秋の事を見限っていたのかもしれない」

 

事実、その時期から千冬は照秋のことに関して関心を寄せることが少なくなった。

世間から何を言われようが何も思わなくなった。

だからこそ、一夏が照秋に対して行っていた仕打ちに気付かず、学校で、家での照秋の状況に興味を持たなかったのだ。

だから、何も思わなかった。

気付かなかった。

照秋が笑わなくなったことを。

照秋と会話をすることがなくなっていたことを。

照秋が他人のように距離を取っていることも。

 

そんなとき、照秋と一夏が中学に進学する時期になり、照秋が全寮制の学校に行きたいと言っていると一夏から聞いた。

普段から距離を取っている照秋の態度に興味は薄れたとはいえ、少なからずいら立ちを覚えていた千冬は、全寮制の学校に行くと願うほど一緒にいたくないのかと思い、照秋の願いどおり全寮制の学校へ進学させた。

それが、剣道の強豪校であり、照秋の才能が開花したのは千冬にとっても、一夏にとっても皮肉だろう。

当時はわかっていなかったが、千冬は全寮制の学校へ行きたいと言ったのは照秋ではなく、一夏の策略だという事を今は知っている。

先日の美人局事件において、終始一夏の行動を見ていた千冬は一夏の本性を初めて知り、そして理解した。

何故、一夏が照秋に苛烈に当たり離そうとするのかはわからないが、しかしそれを見抜けなかった自分に怒りを覚える。

だが、その事につては今は語らない。

それは、今回の本筋には関係のないことだから。

 

「一夏が中学一年のとき、第二回のIS世界大会があり、私は一夏を会場に連れて行った。照秋は全寮制の学校故外出が不可だったので連れては行けなかったが」

 

千冬はチラリと一夏を見ると、俯き表情は窺えなかった。

小さく鼻から息を吐き、気を引き締めるように、背筋を伸ばす。

 

「その大会の決勝戦開始前に、一夏が何者かに誘拐されたという情報が私のところに入った」

 

「えっ!?」

 

シャルロットは驚く。

箒とマドカ、セシリア、ラウラは知っていたので驚くことはなく聞いていた。

 

「私は棄権し、情報提供してくれたドイツ政府と共に一夏を捜索し、無事保護した。その後、私は現役を引退し、ドイツへの恩を返すために一年間ISの教導に就いた」

 

そこで知り合ったのがラウラだ、と言い、ラウラはピッと背筋を伸ばしフフンと自慢げに鼻を鳴らした。

 

「その間、日本にいる一夏と照秋に危害が及ばないよう政府に護衛を付けてもらい、逐一報告を受けていたのだ」

 

「え、そうだったのか!? 知らなかった……」

 

一夏は本当に知らなかったようで、驚いている。

 

「一夏には常に数人の護衛が付いていたが、照秋はそうはいかなかった」

 

「何故ですか?」

 

「照秋の通う学校は全寮制で、関係者以外立ち入り禁止を徹底していてな。例え家族でも冠婚葬祭以外の用事は受け付けない程だったのだ。そんな学校に、護衛も許可が下りなかった。だから、学校の外を警備する程度に留められていた」

 

まあ、その学校のセキュリティレベルはIS学園並みであったこともあり、政府も無理に護衛を学校内に入れようとはしなかったのである。

 

「まあ、学校内なら問題なかったんだ。そして、私が日本に帰ってきて、IS学園の教職に就いた」

 

この頃から、千冬の携帯電話にイタズラ電話が多く続く。

内容は、女尊男卑の急先鋒であるIS学園の凶弾、千冬への罵詈雑言などくだらない無いものから、弟の一夏、もしくは照秋を誘拐したから、言うとおりにしろといったものまであった。

最初こそ千冬は誘拐電話を信じ、一夏と照秋の安否を確認していた。

当然電話は狂言で、二人とも無事だった。

そんなイタズラ電話がほぼ毎日掛かってくると、自然と危機意識が麻痺していく。

千冬も、イタズラ電話の対応がおざなりになっていった。

そんな中、そのイタズラ電話が現実のものになってしまった。

 

「照秋が中学三年になり、春の修学旅行で京都にいる時、照秋を誘拐したという電話が掛かってきた……」

 

言い淀む千冬。

それを、まっすぐ見つめる箒とマドカ。

隣では一夏が顔を上げ見つめる。

 

千冬は、ゆっくり口を開き、最大の罪を口にする。

 

「……私は、それを、いつもの狂言だと判断し、相手にしなかった。……だが、その電話が掛かってきた二時間後、学校側から照秋が何者かに誘拐され怪我を負ったと連絡を受けたのだ」

 

苦しそうに、吐きだすような言葉であるが、衝撃の事実に言葉も出ないセシリアとシャルロット、ラウラ、鈴。

そして、聞かされていなかったのであろう一夏。

 

「私は、急ぎ照秋が運ばれた病院へ向かった。発見された現場は府内の廃工場、照秋は気絶し、全身数か所の打撲と肩に拳銃による負傷。幸い銃弾は貫通し、障害が残るような傷ではないとのことだったが、れっきとした重傷だった」

 

痛ましいほどに、苦痛に顔を歪める千冬だったが、そんな千冬を白けたように見つめるマドカ。

ハッキリ言って何を悲劇のヒロインぶっているのかと言ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、自分で罪を口にするというのだから、全てを吐きだすまでは吐きだすまでは口を挟まない。

 

 

――これが織斑千冬の罪

 

 

「照秋を助けたのはワールドエンブリオであり、結淵マドカだった。それから、照秋は日本政府の要請でワールドエンブリオが預かることになり、一切の接触を禁じられた」

 

それまでも碌に家族としてのコミュニケーションを取らなかった二人が、この出来事によってさらに距離を取るようになった。

照秋は、IS学園に入るまで一切千冬や一夏に連絡を取ることはせず、千冬の連絡もワールドエンブリに止められたり、面会も拒否されていたのである。

それも仕方がないと、今では千冬も納得している。

今まで散々しかりつけ、見放し、放置に等しい扱いをして、揚句に誘拐された照秋を見捨てたのだから、この怒りは当然だろうと思っている。

しかし、それでも千冬は謝りたかった。

なにを、どう謝ればいいのか、それは今でもわからないが、とにかく照秋と話をしたかった。

だが、IS学園での生活の中ではなかなか上手く行かなかった。

千冬は教師としての仕事が多く、照秋と接触できる時間を作るにもひと苦労だった。

千冬の自由な時間のときには照秋が練習や部屋で勉強をしているし、照秋がぶらぶらしているのを見つけるときは決まって自分に仕事がある時だったりする。

しかし、なんとか無理して時間を作って照秋に接触しようとすると、決まってマドカが傍にいる。

そして、マドカは千冬を見かけると睨みつけ、照秋の手を引き千冬から離そうとするのだ。

千冬は、無理やりにでも照秋と二人きりになって話をしようという勇気もなく、ダラダラと時間だけが進んでいった。

そして、無人機襲来、鈴と中国政府との一悶着、一夏とシャルロットの美人局事件など、次々に起こる事件の数々に、照秋と千冬の関係は益々こじれていく。

もう形振り構ってられないと、半ば強引に今回の臨海学校で千冬と同室にして無理やり二人の時間を作ろうとしたが、スコールから待ったがかかった。

理由として、一夏がいるからだという。

 

――そう、今までの事象に、少なからず関わっているのが、一夏である。

 

「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくれ千冬姉」

 

そんな一夏が待ったをかけ、目だけを向ける千冬。

 

「照秋が誘拐されたってことはわかった。でも、助けたのがワールドエンブリオ? なんだよその出来過ぎな話は。まるで、照秋が誘拐されるのがわかってたみたいじゃないか」

 

一夏は以前聞いていた、照秋が誘拐されたことがあるという出来事を、自分で分析し、さらにワールドエンブリオという企業も調べた。

そもそも、ワールドエンブリオは照秋の誘拐事件に介入する前はISのOS開発としてそこそこ有名程度の企業でしかなかった。

それが照秋が誘拐されるというイベントに介入するワールドエンブリオという企業が、照秋を保護し、誘拐事件以降にワールドエンブリオは量産第三世代機と第四世代機を世界に発表した。

あまりにも都合がよすぎる。

まるで、この世界の物語の始まりという時計の針を、照秋という人間を中心に進めるかのように。

そう言われれば、とセシリアは考え込む。

だが、箒とシャルロット、ラウラは大体の予想が出来ていた。

 

「わかってたんだよ」

 

一夏の質問に答えたのはマドカだった。

 

「ワールドエンブリオは、日本政府が用意した護衛とは別に独自にテルを監視をしていた」

 

「何故だ?」

 

千冬が睨むようにマドカを見る。

マドカは、頭をガシガシと掻き、面倒臭えとつぶやき、信じられないことを言う。

 

「篠ノ之束博士の要請だ」

 

「束さんの!?」

 

マドカがそう言うと一夏は驚いていたが、となりでは千冬はやはりといった顔をしていた。

 

「まあ、そんなことはいい。今回の話は、アンタのことだ」

 

「いやよくねえだろ! 束さんが関係してるんだったら!」

 

一夏がマドカに食って掛かるが、当のマドカは大きくため息をつき、また面倒臭えとつぶやく。

 

「篠ノ之博士が関係したとして、お前に説明する理由があるのか?」

 

「当たり前だろう! 俺は……」

 

そこまで言って一夏は言葉を詰まらせる。

 

「俺は、何だ? お前は篠ノ之博士にとって親友の弟だ。それ以上でもそれ以下でもない。特に興味を持つ対象でもないだろうよ」

 

「そんなことねえ!!」

 

「うるせえよクズが。耳元で叫ぶな」

 

心底嫌そうな表情で一夏を見るマドカ。

 

「そもそも、私たちはお前がしてきたことをここで追及してもいいんだぞ。お前、覚悟が出来てんのか? ああ?」

 

マドカがそう言うと、一夏はたじろぎ、箒やシャルロットたちも一夏を見る。

今ここで、一夏の真意を暴き照秋に謝罪させる。

そうすれば、照秋の幼いころからの深く傷ついた心が癒されるかもしれない。

無言で歯を食いしばる一夏には、追及されても弁解できるものが無い。

今更鈴に言った苦し紛れの「照秋に強くなってもらいたいから」という答えが通じるはずもない。

それに、頭が恐ろしくキレるマドカのことだから、一夏への追及はとてつもないものになるだろうことは想像に難くない。

そんな、必死に無い知恵を絞ろうとしている一夏を見てフンと鼻を鳴らすマドカ。

 

「ハン、ありがたく思えよクズ。今はお前の追及は後回しだ」

 

――今は、な。

 

最後の方の言葉は口には出さず、マドカは一夏から目を離し千冬を見る。

そして、千冬が一夏の襟首を掴み無理やり座らせ、何か言いたそうだった一夏をひと睨みし黙らせた。

 

「とにかく、今の話は織斑千冬、アンタのことだ。照秋と自分の事情を告白して、何がしたい? 私らに、何を求める?」

 

マドカはジッと千冬を見る。

箒も、セシリアも、シャルロットも、ラウラも、ジッと見つめる。

過ちを吐きだし、ただ、懺悔をしたかったのか、聞いて欲しかっただけなのか。

これまでの話を聞き、千冬の言葉をすべて信じるならば、千冬にも同情の余地はある、と思っている。

ただ、不運な偶然が重なり合い、最悪の結果になってしまったのである。

 

「……私は、照秋との関係を修復したい。だから、照秋と深い関係を持つお前たちに告白したのだ」

 

いずれ、私の義妹になるのだからな、と言うと、箒たちはわずかに頬を染めた。

 

「時間がかかるかもしれない。だが、私はもう見誤らない。もう、照秋から逃げない。だから、お前たちにも手助けしてもらいたい」

 

そう言って、頭を下げる千冬に驚く箒たち。

マドカは、つまらなそうに見ていたが。

 

「わかりました。千冬さんは十分懺悔しているし、照秋との関係を修復したいという気持ちも伝わりました」

 

「そうですわね。姉弟ですもの、仲直りするに越したことはありませんわね」

 

「うん、家族は仲が良いのが一番だよ」

 

「お前が言うと重いぞシャルロット。だが、私も同じ気持ちだ。教官と照秋が仲良くなれば、私も嬉しいしな」

 

照秋の婚約者、恋人、愛人、様々な関係を持つ彼女たちが、千冬の罪を受け入れ、照秋との関係修復に尽力すると言ってくれた。

こんなにうれしい事は無いと、千冬はもう一度ありがとうと言って頭を下げた。

 

「千冬さん、私も手伝います」

 

「凰……」

 

鈴も、照秋という人間の歩んだ人生の壮絶さに、同情してしまった。

だが、一夏のしたこともやりすぎたところはあると理解しながらも、それでも照秋のためだったと疑わない。

今は照秋を認めているから、千冬との関係修復を手伝うのも問題ない。

むしろ、関係を修復することで一夏との仲違いも解決してほしいと願っている。

 

「私も、微力ながら手伝います。照秋との関係を修復して、そして一夏と姉弟三人の関係をやり直しましょう」

 

「凰……ありがとう」

 

鈴の手を握り、頭を下げる千冬。

ただ、マドカだけはフンと鼻を鳴らし無視していたが。

張りつめていた空気は、若干朗らかになり、小さいながらも笑い声も聞こえてきていた。

 

ただ、一夏だけはそんな光景を苦々しい表情で見ていた。

 

 

 

 

そして、こんな事態になっている部屋から少し離れた照秋のいる部屋では、ちょっとした事件が起こっていた。

 

『なるほど、それがジャパニーズキモノ、YUKATAか! いいじゃないか!!』

 

モニタ越しに興奮しているクラリッサに、ちょっと引き気味の照秋。

 

『ほら、少し肩をはだけて見ようか』

 

「何言いだすんですか!」

 

はあはあと興奮気味のクラリッサが、照秋に浴衣を脱げと言い出してきた。

そもそも、最初ラウラからクラリッサへの緊急の連絡だと言われ、急いで繋げてみれば照秋の浴衣姿を見るなり「ぐはあっ!」とか言いながら倒れてしまった。

さらに後ろに同じ部隊の人たちがいたのか、照秋を見てキャーキャー騒ぐ始末。 

そして、緊急連絡だと言われ何かあったのかとクラリッサに聞いてみれば、一言こう言った。

 

『なに、我が嫁の浴衣姿が拝めると隊長から聞いたのでな。そんな重大情報聞いてしまえば見るしかあるまい!!』

 

「そんなことで緊急連絡とか言わないでくださいよ」

 

『なにを言う! 未だ嫁と直接会えない私の楽しみを取り上げるつもりか!』

 

「いや、そんなことは……それに、会えないことは申し訳ないと思ってるんですよ。一応、夏休みにドイツに行けるよう会社と国に手配してるんで」

 

『それは本当か!?』

 

モニタをガッと掴みドアップになるクラリッサ。

 

「まだアメリカとかフランス、イギリスとの調整もあるんで、決まったら連絡しますから」

 

『うむ! 待っているぞ、嫁よ!!』

 

「いや、だから、俺は嫁じゃなくて、婿なんだけど……ホント、この人話聞かないよな」

 

そんな感じで和気藹々と会話をしていると、クラリッサの背後にいた同じ部隊の女性であろう人が質問してきた。

 

『照秋君って体脂肪何パーセント?』

 

「え? えーっと……8パーセントくらいかな?」

 

『キャーすごーい! じゃあ、脱いだらすごいんだね!!』

 

『よし、ちょっと脱いでみようか!』

 

「だから、なんで皆脱がそうとするんですか!?」

 

『それは、嫁の体を網膜に焼き付け、おかずにするためだ!!』

 

『そうだそうだー! 私たちのおかず提供にご協力お願いしまーす!!』

 

『脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ! 脱ーげ!』

 

「もうやだその女子高的な明け透けな反応ー!! 少しは男の目を気にして言葉を選んでよー!! 男の理想を壊さないでよー!!」

 

照秋の半泣きの叫び声は、防音完備された部屋から外に聞こえることはなく、誰も助けに来ることはなかった。

 

 

結局、箒たちは千冬の話を聞いた後で照秋と初体験を済ませようなんて鋼の神経を持っているはずもなく、照秋の部屋に行くも他愛ない話や、テレビを見たり、ゲームをしたりと至って健全な夜を過ごし、就寝時間になると自室に帰って行った。

それを聞いたスコールは、照秋に一言「ヘタレ」と言い放ち照秋の心に深い傷をつけるのだった。



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第69話 一夏の不安な臨海学校

臨海学校初日

 

織斑一夏はバス中で周囲にいるクラスメイトと談笑しながらこれから起こるであろう事件のプランを考えていた。

 

転生者である織斑一夏は物語であり、原作があるこの世界の知識がある。

インフィニット・ストラトスという、主人公の織斑一夏を中心に織り成すドタバタラブコメディだが、物語の根幹であるインフィニット・ストラトスというマルチフォーム・スーツを駆使し様々な出来事でバトルを繰り広げるバトルものの側面も持つ。

そして、これから向かう臨海学校でのイベントは、物語の中でも一つの山場、一大イベントが待ち受けている。

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と呼ばれる、アメリカとイスラエルの共同開発した軍用ISが暴走し、鎮圧任務をIS学園の専用機を持つ生徒が担うというものである。

冷静に考えると、馬鹿じゃないかと思う。

専用機を持っていようが、各国の代表候補生だろうが、所詮未成年の小娘たちなのだ。

そんな小娘に、暴走した軍用ISを止めて日本への被害を食い止めろとか、どこのだれがそんな無茶なミッションを計画したのだろうか。

……ああ、千冬姉か、と一夏はため息をつく。

しかし、IS学園にしても、日本政府、アメリカ政府にしても各国のダイヤの原石の代表候補生や、専用機に何かあったときどう責任を取るつもりだったのだろうかと、問い詰めたい。

原作では、一度一夏が撃墜されたが、弔い合戦とばかりに専用機持ちが銀の福音を強襲、第二形態移行した白式で辛くも勝利した。

原作通りならば、痛い思いをするが、白式がパワーアップする大事なイベントではあるが、今は状況が異なる。

チラリと、離れた席でクラスメイト達と談笑しているセシリア、シャルロット、ラウラを見る。

本来なら、織斑一夏にベタ惚れになりハーレム要員となるはずの彼女たちが、原作にいるはずのないイレギュラー、双子の弟、照秋と仲良くやっているのだ。

セシリアなど、照秋と婚約を結ぶほど進展しているし、ラウラは堂々と愛人宣言をする始末。

シャルロットはそんな関係ではないにしろ、照秋と一緒にいる場面を良く見る。

 

何故、こうなった――

 

自分のとった行動を振り返る。

一夏は、自分に原作通り行動し、落ち度などないと分析している。

ただ、そこに照秋というファクターが加わることで行動が裏目裏目となっていったのだ。

セシリアの事は、最初から原作通りの対応をしていたが、気が付けば照秋側に付いてしまっていた。

その反省を踏まえ、シャルロットには積極的に歩み寄り、自分に気が向くように仕向けたが、結果はお粗末なものだった。

欲を出し、照秋を陥れようとしたのがダメだったのか、計画が失敗し、またもや照秋にいいところを持っていかれ、揚句にシャルロットへの心象を最悪にさせてしまった。

ラウラにしても、学年別タッグトーナメントまで接触しないようにしていたら、いつの間にか照秋と仲良くなっていたし、もうわけがわからない。

現状を把握するに、原作ヒロインの悉くが照秋に恋している。

箒が、セシリアが、ラウラが照秋に恋している。

シャルロットは友達というスタンスを取っているようだが、それでも一夏への態度とは雲泥の差だ。

さらに、原作のサブキャラであるクラリッサやナターシャまでもが照秋に付いている。

照秋の周囲に集まるヒロインたちが、まるで原作の一夏へ向けるソレであるかのようだ。

だがしかし、そんな現状に甘んじている一夏ではない。

一夏には一発逆転の一手がある。

それが、銀の福音事件である。

ここで、原作通り一夏が銀の福音を撃退すれば、原作ヒロインたちも見る目を変えるだろう。

さらに照秋へ向けられた恋愛感情も一夏へとシフトするかもしれない。

なぜなら、照秋は箒たちに積極的な行動を取らず、放置に近い扱いをしてるからだ。

一夏にはそう見えた。

だから、箒たちを蔑ろにする照秋よりも原作ヒロインを大事にする一夏に心傾くだろう。

 

照秋が積極的に行動しているのかと言えば、そうでもない。

一夏は照秋の行動を観察しており、把握している。

照秋は基本自分のクラスメイト以外との接触はしないし、朝のトレーニング、放課後の剣道部の部活、IS訓練と遊んでいる時間を取っていない、練習バカである。

一夏も一度照秋の朝のトレーニングに参加したが、馬鹿じゃないかというような濃密な内容だった。

800メートルダッシュ10本に立木打ち3000回とか、朝からする内容ではない。

シャルロットとの事件の後、千冬直々に特訓を受けISの操縦技術が飛躍的に向上した。

地獄のような特訓だったが、スペックの高い肉体によって乗り切りさらに力に変えた。

千冬曰く、代表候補生くらいならいい勝負をするだろうと。

事実、鈴と模擬戦を数度行い、勝率は半々だった。

これには鈴も驚いていたし、喜んでくれた。

自分が強くなったという実感が湧き、鈴が喜んでくれることが嬉しくて浮かれた。

これなら照秋にも勝てる、と。

そして学年別タッグトーナメントで第一試合から照秋のペアと当たった。

そして、浮かれ伸びきった鼻っ柱をポッキリと簡単に折られた。

全く歯が立たなかった。

 

気絶し、気付けば保健室のベッドだった。

傍には鈴がいて、一夏は試合の結果を聞いた。

 

「一夏は頑張ったよ」

 

労いの言葉で理解した。

負けたのだ。

自室に帰り自分の試合の映像を貰い改めて見る。

正直自分がどんな戦いをしていたか覚えていない。

試合開始後から、照秋は一歩も動くことなく一夏の攻撃を剣一本で捌いていた。

さらに、一夏の攻撃は稚拙だった。

ただ、雪片を我武者羅に振り回しているだけ。

子供のダダを捏ねるような、無様な戦い。

怒りに、焦りに、感情に任せなりふり構っていないお粗末な攻撃。

 

「……何やってんだ、俺は」

 

なぜこんなにもアホな試合をしているのだろうか。

鍛えてくれた千冬に、一緒にいてくれた鈴に申し訳が立たない。

 

そして、改めて思う。

どうしてここまで差が開いたのだろうか、と。

小さい頃は才能のかけらも見いだせない程愚鈍でひ弱な弟だったのに、気付けば中学では剣道日本一。

それに引き替え自分は何をしていた?

IS学園に入学するとわかっていたから、赤点取らない程度に勉強し、友達とバカやって、遊んで、小遣い稼ぎ程度にバイトして。

 

……原作の一夏なら、どうしていただろうか。

そう考えて頭を振る。

違う、俺が一夏なんだ。

俺が主人公なんだ。

原作の一夏なんて、関係ない。

 

 

 

旅館に到着し、千冬と同部屋になると言われ荷物を置き海へ行くために更衣室に向かう。

その途中、一夏は渡り廊下で庭を見回していた。

原作通りならば、庭に不自然にウサギの耳が飛び出ているはずで、それを抜くと空から篠ノ之束が降りてくる。

一夏はウサギの耳を探し続け、途中照秋とニアミスしたが今は照秋のことなど気にしている暇はない。

しばらく探し、見つけることができずに考える。

そもそも、原作において臨海学校で束が搭乗した理由の一つは箒に紅椿を渡すためである。

だが、今おかれている状況では箒はすでに紅椿を得ているし、日本の代表候補生でもある。

これは原作に剥離しているため、もしかしたら束は来ないんじゃないかと思い始めた。

さらに考え、今ここで会えなくても支障はないと判断し、明日改めて考えようと思い海に行くことにした。

 

更衣室を出て広がる海を見ていると、大勢の女子が照秋を囲んで騒いでいた。

なにやら体がどうとか、筋肉がどうとか、尻がどうとか言っているが、それを無視し、待ち合わせていた鈴やクラスメイト達と海辺での遊びを満喫したのだった。

 

夜、部屋で千冬にマッサージをしていると箒たちが部屋にやってきた。

千冬の出していた声を勘違いして扉に耳をつけ聞き入っていたようだ。

そして一気に人口密度が高くなる部屋。

鈴、箒、セシリア、シャルロット、ラウラの順で千冬の前に並び正座する。

一夏はこれから始まる会話の内容を知っているので居心地が悪く出ていこうと思ったのだが、千冬に止められる。

なんの罰ゲームだと思いながら、飛び出てくる惚気。

鈴は自分のことであるから恥ずかしいながらも嬉しさがこみあげてきたが、その後に続く箒、セシリアの照秋賛辞。

聞いていて胸糞悪くなる。

本来なら二人は一夏にベタ惚れでハーレム要因になるはずだったのだ。

そんな彼女たちの口から出てくる違う男の名前。

そして驚いたのはシャルロットの告白である。

いつのまにかシャルロットは照秋に会いの告白をして付き合っているのだそうだ。

転生前はシャルロッ党だった一夏は悔しげに顔を歪める。

一夏なりにシャルロットのためを思って行動した事が裏目に出て結果信用を失い、照秋に奪われるという屈辱。

さらに千冬がラウラに投げかけた言葉に衝撃を受ける。

ラウラの実力が国家代表と同等で、そのラウラを照秋が倒した?

ラウラの国家代表並みの実力という事にも驚いたが、それに勝てる照秋の強さ。

なんなんだ、アイツは。

原作にはいないアイツ。

原作にはないIS。

そして、悉く一夏のポジションを奪う。

決して自分から動いているわけではない。

気付けば、周囲が照秋に寄って行く。

そう、まるで原作の織斑一夏のように。

そう考えてハッとして頭を振る。

 

しばらく考えていると、千冬が改まって佇まいを正し弛緩した空気が張りつめるのが分かった。

いつの間にかマドカも参加し、皆先程までの緩んだ表情がなくなり真剣だ。

 

そして語られた、これまでの人生。

親に捨てられ、まだ小娘だった千冬にのしかかる幼い二人の弟の命。

篠ノ之夫妻に助けられながらも、それでも自分たちだけで生きていこうと必死になったこと。

千冬自身に文武に才能があり、学校でも、道場でも如何なく発揮した。

そして、一夏も千冬に似て小さい頃から神童と呼ばれていたこと。

逆に、照秋は才能のかけらもなく、学業も、運動も人一倍努力を要していたこと。

そんな照秋に、きつく当たっていたいたこと。

 

「言い訳になるが、私も学校、バイト、剣道、弟たちの世話と、日々のストレスを抱え、フォローできない部分もあり、自分のペースに付いて来れない照秋にいら立ちを覚え辛く当たっていた」

 

中学生、高校生とまだまだ小娘が、幼い兄弟二人を養わなければならない毎日に、同世代の友達たちと遊べず、バイトの毎日、それらが千冬の余裕を蝕んでいく。

千冬の口から語られる生々しい苦悩に、一夏は顔を伏せる。

それ程負担になりながらも育ててくれたのかと、感謝に絶えない。

千冬は語り続ける。

一夏は近所からも、学校でも評判のいい弟で、鼻高々であったのに対し、照秋は愚図だ、のろまだ、鈍臭いバカだと、良い評判は聞かなかった。

千冬とて、照秋に期待して教えるが、それが出来ない。

出来るのが遅い。

だから、自分の基準で照秋を叱る。

 

何故出来ない

一夏は出来たぞ

遅い、もっと早くできなければ無意味だ

お前がテストで100点? カンニングでもしたか?

 

罵倒に近い叱責である。

そんな照秋に向ける千冬の叱責は一夏も傍で聞いていたので覚えていた。

何故なら、そう言うように仕向けたのが誰であろう、一夏自身なのだから。

普段から、照秋のあそこがダメだ、アレが出来ないと千冬に言い、さらに自分と照秋の差がどれだけあるかをわからせた。

一夏を信頼している千冬は、いともたやすく一夏の言葉に乗せられ照秋を叱責し始めた。

そんな照秋は生来の大人しい性格と、普段から一夏に押さえつけられていた状況から千冬にも委縮し、言いたいことも言えないオドオドした子供なってしまった。

そういう気弱で意気地の無い態度がまた千冬の癇に障り叱り、照秋はまた萎縮するという負のスパイラルが出来、それを見た一夏はほくそ笑む。

そして、とうとう千冬は言ったのだ。

 

お前は本当に私の弟か?

 

それを聞いたとき、一夏はミッションを完遂したと確信した。

千冬は照秋へ向ける愛情が無くなり、一夏を溺愛するようになる。

その頃からだろうか、照秋がまったく会話をすることが無くなったのは。

 

 

さらに語られる照秋との関係で、ついに千冬は認めた。

 

「すでに、照秋の事を見限っていたのかもしれない」

 

事実、千冬は一夏の策略により照秋のことに関して関心を寄せることが少なくなった。

世間から何を言われようが何も思わなくなった。

だからこそ、一夏が照秋に対して行っていた仕打ちに気付かず、学校で、家での照秋の状況に興味を持たなかった。

だから、何も思わなかった。

照秋が笑わなくなったことを。

照秋と会話をすることがなくなっていたことを。

照秋が他人のように距離を取っていることも。

 

淡々と語る千冬だったが、隣で見ていると若干肩が震えていた。

語りは続き、一夏がIS世界大会で誘拐されたことに移る。

シャルロットのみ知らなかったようで、ものすごく驚いていた。

そこから、一夏の知らないことが語られる。

知らない間に一夏と照秋に護衛が付いていたという。

まあ、当然と言えば当然の対策だが、せめて教えていてほしかったと思う。

さらに、語られた衝撃の事実に一夏も驚きを隠せなかった。

 

ドイツへの一年間のIS教導から帰国後、IS学園の教職に就いた頃から、千冬の携帯電話にイタズラ電話が多くなった。

内容は女尊男卑の急先鋒であるIS学園の凶弾、千冬への罵詈雑言などくだらない無いものから、弟の一夏、もしくは照秋を誘拐したから、言うとおりにしろといったものまであった。

最初こそ千冬は誘拐電話を信じ、一夏と照秋の安否を確認していたという。

当然電話は狂言で、二人とも無事だった。

そんなイタズラ電話がほぼ毎日掛かってくると、自然と危機意識が麻痺していく。

千冬も、イタズラ電話の対応がおざなりになっていった。

そんな中、そのイタズラ電話が現実のものになってしまった。

 

「照秋が中学三年になり、春の修学旅行で京都にいる時、照秋を誘拐したという電話が掛かってきた……」

 

言い淀む千冬。

それを、まっすぐ見つめる箒とマドカ。

一夏もジッと千冬の顔を見上げていた。

 

そして、千冬はゆっくり口を開き、最大の罪を口にする。

 

「……私は、それを、いつもの狂言だと判断し、相手にしなかった。……だが、その電話が掛かってきた二時間後、学校側から照秋が何者かに誘拐され怪我を負ったと連絡を受けたのだ」

 

苦しそうに、吐きだすような言葉であるが、衝撃の事実に言葉も出ないセシリアとシャルロット、ラウラ、鈴。

なにより一番驚いたのは誰であろう一夏だ。

 

「私は、急ぎ照秋が運ばれた病院へ向かった。発見された現場は府内の廃工場、照秋は気絶し、全身数か所の打撲と肩に拳銃による負傷。幸い銃弾は貫通し、障害が残るような傷ではないとのことだったが、れっきとした重傷だった」

 

重傷だったという照秋のことより、そんな危険な事に巻き込まれた可能性が自分にもあったと思うとブルリと震えがくる。

 

「照秋を助けたのはワールドエンブリオであり、結淵マドカだった。それから、照秋は日本政府の要請でワールドエンブリオが預かることになり、一切の接触を禁じられた」

 

それを聞いた一夏は、ん? と首を傾げる。

以前から考えていたのだが、そもそもワールドエンブリオはいつから照秋を監視していたのだろうか?

照秋が誘拐されるというイベントに介入するワールドエンブリオという企業が、照秋を保護し、誘拐事件以降にワールドエンブリオは量産第三世代機と第四世代機を世界に発表した。

あまりにも都合がよすぎる。

まるで、この世界の物語の始まりという時計の針を、照秋という人間を中心に進めるかのように。

一夏は、千冬の独白に割り込むように自分の疑問を投げかけると、意外にもマドカが割って入ってきた。

 

「わかってたんだよ」

 

わかっていた、つまり、ワールドエンブリオは照秋がISを扱えるという事を以前から知っていたことになる。

ISは女しか扱えないという世界の常識であった頃に、すでに男の照秋の事を知っていた。

これは、つまり……

 

「ワールドエンブリオは、日本政府が用意した護衛とは別に独自にテルを監視をしていた」

 

「何故だ?」

 

千冬が睨むようにマドカを見る。

マドカは、頭をガシガシと掻き、面倒臭えとつぶやき、一夏の予想通りの答えを言う。

 

「篠ノ之束博士の要請だ」

 

「束さんの!?」

 

マドカの言葉に、やっぱり! と思う一夏。

 

「まあ、そんなことはいい。今回の話は、アンタのことだ」

 

「いやよくねえだろ! 束さんが関係してるんだったら!」

 

一夏がマドカに食って掛かる。

そう、よくない。

それが事実なら、束は以前から一夏より照秋に対し興味を持ち優先順位は一夏より上という事になる。

それは、一夏にとって死活問題だ。

この世界で、束を味方に付ける意味を知る一夏にとって、一夏の最大の障害である照秋の味方に付いているという事はつまり、一夏の障害にもなるという事だが、当のマドカは大きくため息をつき、また面倒臭えとつぶやく。

 

「篠ノ之博士が関係したとして、お前に説明する理由があるのか?」

 

「当たり前だろう! 俺は……」

 

そこまで言って一夏は言葉を詰まらせる。

俺はこの世界の主人公、織斑一夏なんだぞ! とは言えない。

言葉に詰まる一夏を見て、マドカはフンと鼻を鳴らした。

 

「俺は、何だ? お前は篠ノ之博士にとって親友の弟だ。それ以上でもそれ以下でもない。特に興味を持つ対象でもないだろうよ」

 

「そんなことねえ!!」

 

「うるせえよクズが。耳元で叫ぶな」

 

心底嫌そうな表情で見つめるマドカに掴みかかろうとした時、マドカが底冷えする言葉を放つ。

 

「そもそも、私たちはお前がしてきたことをここで追及してもいいんだぞ。お前、覚悟が出来てんのか? ああ?」

 

マドカがそう言うと、一夏は一気に冷や水を浴びせられたように青ざめた。

箒やシャルロットたちの視線も一夏に集中する。

今ここで、一夏の真意を暴き照秋に謝罪させる。

そうすれば、照秋の幼いころからの深く傷ついた心が癒されるかもしれない。

そう思っているだろうことは容易に想像できるが故、無言で歯を食いしばる一夏には、追及されても弁解できるものが無い。

今更鈴に言った苦し紛れの「照秋に強くなってもらいたいから」という答えが通じるはずもない。

それに、頭が恐ろしくキレるマドカのことだから、一夏への追及はとてつもないものになるだろうことは想像に難くない。

そんな、必死に無い知恵を絞ろうとしている一夏を見てフンと鼻を鳴らすマドカ。

 

「ハン、ありがたく思えよクズ。今はお前の追及は後回しだ」

 

マドカは一夏から興味を無くしたように目を離し千冬を見る。

そして、千冬が一夏の襟首を掴み無理やり座らせ、何か言いたそうだった一夏をひと睨みし黙らせた。

 

そこからは、千冬が照秋との完成を修復したいから手伝ってくれと頭を下げ、皆がそれを手伝うと言い和やかな空気になる。

だが、一夏はそんな和やかな空気とは別に自分の危機的状況に焦りを感じていた。

今まで気付き上げていた自分の立ち位置が危ぶまれている。

陥れようとした照秋を、助けようと皆が手を差し伸べている。

 

何故こんな事になるんだ。

俺が主人公なんだぞ! 

俺が織斑一夏なんだぞ!

なんで俺より照秋を助けようとするんだよ!!

 

この世界は俺を中心に回ってるんだぞ!

俺の都合が良いようになってるんだぞ!!

 

皆、俺の思い通りに動けよ!

 

原作通りに動けよ!!

 

一夏の心の叫びは、決して漏れることなく、和やかな空気の中苦々しい表情で皆の笑顔を見ることしかできなかった。

 

 



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第70話 臨海学校二日目

臨海学校二日目

 

朝食を採り、生徒全員でISスーツを着て砂浜に集まる。

今日のカリキュラムは午前中から夜まで丸一日使ってISの各種装備試験運用とデータ取りが行われる。

特に専用機持ち達は本国や企業から送られてきた大量の新装備の全てをチェックしなければいけないから時間がかかり大変なのである。

全生徒がクラス別に二列縦隊で並び、千冬達教師が生徒の顔を見渡す。

 

「ようやく全員集まったか。――おい、そこの遅刻者」

 

「は、はいっ」

 

千冬さんに呼ばれて身を竦ませたのは、意外な人物であるラウラだ。

軍人であるラウラが珍しく寝坊したらしく、集合時間から五分程遅れてやってきてしまい遅刻となってしまった。

なんでも昨日の夜は同部屋のクラスメイト達とお菓子を集め寄り遅くまでガールズトークに花咲かせたらしい。

そういった話とは無縁の生活をしていたラウラは、皆が話す内容に興奮し皆が寝静まった後も寝つけなかったそうだ。

その後朝になりラウラを起こした同部屋の生徒達だったが、ラウラは二度寝してしまい遅刻したというわけだ。

 

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

 

「は、はい。ISのコアはそれぞれが――」

 

ラウラは千冬に言われたとおり説明を始めた。

しかも一切噛むことなくスラスラと。

大したもんだと感心する照秋を余所に、千冬はフンと鼻を鳴らす。

 

「さすがに優秀だな。では遅刻の件はこれで許してやろう」

 

そう言われると、ラウラはふうと息を吐いて安堵した。

あの様子を見る限り、恐らく千冬のドイツ教官時代にかなりしごかれたのだろう。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

生徒一同が一斉にはーい、と返事をし、判別に分かれ割り当てられたISの元に向かう。

一学年全員が一斉に並んでいたので、なかなかの大人数だが皆一刻も早くISを操縦したいのか動きが早い。

ちなみに、今日ここでデータ取りを行うIS試験用のビーチは、四方を切り立った崖に囲まれている。

プライベートビーチ扱いになっている場所で、常にIS学園関係者以外立ち入り禁止となっている。

普段なら開放してもいいんじゃないかと思われるだろうが、もしこの場所に事前に盗撮機器などが設置されたらそれは新装備を開発した企業や国家にダメージを与えることになるし、なにより生徒達の心が傷つく。

昨今、こういった盗撮まがいのAVが多く出回り、IS関係者も頭を悩ませている。

ISスーツという体にぴっちりとした扇情的な姿でアクロバティックな動きをする。

しかもISの操縦者じゃ例に漏れず美女美少女ばかりである。

そんなおいしい素材を逃さない手はないと、盗撮が横行しているのである。

学園側は盗撮などの犯罪行為に敏感で、かなり堅牢なセキュリティを確立している。

だがそれはあくまでIS学園内のみである。

校外に出てしまうと、やはり穴というものは出来てしまうので、ならば土地を借りるんじゃなくて学園で買い取り確保してしまえば何もできないだろうという結果になったのだ。

だからこそ、生徒たちは周囲の目を気にすることなく安心して装備試験に臨むことができるのである。

 

専用機持ちたちに分けられた班では、一組から順に横一列に並ぶ。

一夏、セシリア、シャルロット、ラウラ、鈴、照秋、箒、マドカ、趙、簪の順である。

目の前には千冬が立っている。

専用機持ちの受け持ちは千冬のようである。

スコールは他の生徒達にアレコレと指示を出し、他のクラスの教師も説明をしていた。

 

「さて、では専用機を所持している者たちは、これから企業、国から送られてきた専用パーツのテストを行ってもらう」

 

「はい」

 

声を揃えて返事をし、千冬は運ばれた多数のコンテナを指す。

 

「コンテナにお前たちの名前が書かれている。ではそれぞれ自分の装備テストを行え」

 

「はい」

 

速やかに動き、自分の名前が書かれているコンテナを探し始めた照秋達だったが、照秋と箒、マドカ、シャルロット、簪の名前が書かれたコンテナが無かった。

つまり、ワールドエンブリオ所属のISだけコンテナが無かったのだ。

ちなみにセシリアにはイギリス政府、ラウラもドイツ政府から専用パーツが送られていた。

これに照秋達は困り果てた。

 

「……どうしようか?」

 

「ううむ……」

 

「とりあえず機体の整備をしようよ」

 

「それがいい」

 

照秋と箒が唸っているとシャルロットが提案し、簪が同意する。

たしかに何もしないより整備でもした方がいいと考え、照秋は専用機[メメント・モリ]を展開し空いていたハンガーに固定する。

 

「起きているか、メメント・モリ」

 

[私はいつでも起きています、照秋様]

 

途端、周囲の目が照秋に向く。

 

「あ、ISが……喋った……?」

 

「しかも、なかなかセクシーな女性の声だったぞ」

 

シャルロットが驚き、箒があらぬ疑いをかける。

だが、メメント・モリがしゃべることを知っているマドカと簪は普通に自分の作業をしている。

そして、簪も自分の専用機[甲斐姫]をハンガーにかけ話しかけた。

 

「おはよう、甲斐姫」

 

[おはようございます、簪様]

 

今度は簪のISから渋い声が聞こえ驚く箒とシャルロット。

 

「な、なんだそのダンディな声は!?」

 

「ナイスミドルな声でビックリしたよ!」

 

「え、あ、ごめん」

 

何故か謝る簪。

 

「一体どういう事だ? なぜISから声が出る?」

 

「これはメメント・モリに搭載されていたサポートプログラムのひとつで、それを使ってるの」

 

「サポートプログラム?」

 

首を傾げる箒とシャルロットにわかりやすく教えるように、簪はデジタルワイヤーフレームフィールドを展開する。

甲斐姫の前方5メートル四方ほどのデジタルフィールドの中央で簪が立ち、手を上げる。

 

「甲斐姫、システムチェックと私のメディカルチェックを」

 

[了解、システムチェックと簪様のメディカルチェックを行います]

 

すると、簪の足元からスキャニングを開始する甲斐姫。

 

[チェック終了しました。甲斐姫の稼働率10%、損傷なし、疲労なし、負荷なし。あと稼働時間10時間ほど慣らし運転が必要です]

 

「ん」

 

[簪様のメディカルチェックの結果、身長が前回記録されたときより1センチアップ、体重……失礼しました、秘匿フォルダに保存、筋量が前回より1%アップしています]

 

甲斐姫の報告に際し、体重部分で簪は素早くバーチャルコンソールを展開、隠しフォルダへ移動する指示を行った。

が、そんなことより甲斐姫がつらつらと流暢な言葉を使っている事に驚きっぱなしの箒とシャルロットだった。

そして、二人はアッと思い離れた場所にいる照秋を見た。

 

[メメント・モリクリーンアップ中。照秋様のメディカルチェック終了。前回の記録より身長は2センチアップ、体重が1.2キロ増量、三角筋、大腿筋、広背筋を主に、全体で筋量が3%増量、体脂肪は0.2%増量し8.6%となっています]

 

「……未だにビルドアップしてるのか、照秋は」

 

「……すごいね、体脂肪率8%とか、女の敵だよねその数字」

 

照秋のメディカルチェックの報告に、嫉妬する箒とシャルロット。

 

「そっかー。てるくんまた体が大きくなったのかー。うんうん、お尻のさわり心地がアップしたね!!」

 

え? と箒とシャルロットがもう一度照秋を見ると、そこにはいるはずのない人物がいた。

それは、ISの生みの親であり、この場にいるはずのない人物、篠ノ之束であった。

エプロンドレスに、ウサギの耳の様な機械のカチューシャを付けた篠ノ之束は、さすりさすりと照秋の尻を撫でながらもニコニコ笑顔である。

 

「ほほう、なかなか面白いフラグメントを構築しているねメメント・モリは。ふむふむ、これは少しメンテナンスした方がいいねえ」

 

頷きながらメメント・モリが表示する情報を見る束だが、未だ照秋の尻を撫でることを止めない。

 

「あの、束さん。いきなり現れたことに驚くべきなんですが、いい加減俺の尻を触るのやめてください」

 

「なんと!? てるくんは束さんの娯楽を奪う気かね!!」

 

「人の尻撫でるのが娯楽とか止めてくださいよ」

 

呆れ果てる照秋の尻を未だ撫で続ける束だったが、いつまでもそうしていうわけにはいかない。

気付けば、専用機持ち全員が照秋の尻を撫で続ける束を見つめていた。

一夏が、セシリアが、簪が、鈴が、趙が声も出せず驚き、千冬が睨んでいた。

 

「おやおや、いつの間にか注目されてるねー」

 

「いい加減尻撫でるのやめろ痴女が!!」

 

束の頭を思いっきり殴るマドカ。

ドゴンッ! と頭から聞こえてはいけない打撃音が響く。

 

「痛いよまーちゃん! さすがの束さんでもまーちゃんの拳骨はダメージあるんだからね!」

 

「知るかバカ!!」

 

束とマドカの漫才が始まり、唖然と見守る箒たち。

そんな中で、千冬がいち早く気を取り直し束に近付く。

 

「……何しに来た、束」

 

睨むような眼差しの千冬に対し、束はニヘラと笑う。

 

「やあちーちゃん、久しぶりだねー」

 

「……質問に答えろ、何しに来た」

 

挨拶も返さず、睨み続ける千冬に、やれやれと肩をすくめる束。

 

「愚問だね。私はてるくんや箒ちゃん、まーちゃんの上司なんだから」

 

束の言葉に、最初何を言っているのかわからなかった千冬だったが、徐々に意味が分かり始めると表情を怒りから驚愕に変えた。

 

「……お前が、ワールドエンブリオを作ったのか……?」

 

「ピンポーンそのとーりー! 束さんはワールドエンブリオの真の社長なのだー! はい、正解したちーちゃんには飴ちゃんあげよう!」

 

束から手渡される飴を、千冬はパンッと手で払い飴が砂浜に落ちる。

そして、束のワールドエンブリオ社長宣言を聞いて驚き声も出ないセシリア、簪、鈴、趙、一夏。

千冬には言いたいこと、聞きたいことが山ほどあった。

他人に関心を寄せない人間が会社を立ち上げ、社員を養う?

あの鴫野アリスはなんなんだ?

なぜ照秋がISを扱える事を知っていた?

なぜ照秋を保護する理由を私に言わなかった?

なぜ私の電話に出ない?

なぜ連絡してこない?

なぜ私に何も言わない?

なぜ嘘の情報を言わせた?

 

……お前は、何なんだ?

 

「……一体、何がしたいんだ?」

 

千冬はそう言い、しばらく束と見つめ合うが、束は答えない。

すると束が千冬に近付き、ボソッと小声で千冬に耳打ちした。

 

「――――――」

 

束はすぐに千冬から離れ、再び照秋の元へ向かう。

束が照秋に抱き付き、それをマドカと箒が怒りながら離そうとし、展開についていけない他の専用機持ちはただ唖然としているだけだった。

千冬は、束の呟いた意味が分からず眉根を寄せる。

 

「――物語を正常に戻す、だと?」

 

一体何を言っているのか理解できなかった千冬。

だが、それは正しく真実であり、束の行動理念そのものだったと千冬が理解するのは少し後だった。

 

束は照秋のIS[メメント・モリ]のチェックとメンテナンス設定を行い待機状態に戻すと、次は箒のIS[紅椿]のチェックを始めた。

 

「ほほ~、すごいね! 稼働率83%! ほぼ自分の手足のように扱えてるね! うんうんいいねいいね!!」

 

束は嬉しそうだ。

そんな嬉しそうな束を見て、箒もニコリと微笑む。

 

「でも、結構疲労がたまってるね。紅椿もメンテナンスしようか」

 

「お願いします」

 

箒は束の言葉に従い、紅椿はメンテナンス設定を行い待機状態にすると、束は箒の姿をジロジロと見つめニコリと笑った。

 

「むふふ~またおっぱいおっきくなったね! これもてるくんに揉まれてるからかな~?」

 

「なっ!? 姉さん何故それを!!」

 

「お姉ちゃんの箒ちゃん愛は底なしなのだ~」

 

「プライバシーの侵害です!!」

 

「いいじゃんいいじゃん、はやく大人の階段のぼっちゃいなYO!! お姉ちゃんははやく子供の顔が見たいです!」

 

「ね、姉さーーん!!」

 

仲睦まじい(?)姉妹のふれあいをし、素早く紅椿の作業を行った束は、次にセシリアを見た。

ビクッと肩を震わせるセシリア。

セシリアは世間の評判で束の評価を知っている。

やれ、自分の興味の対象にならない人間は認識しないだとか、極端な人間不信だとか、いわゆる変人だという評価だ。

一体、どのような事をされるかわかったものではない。

だが、まさかワールドエンブリオの社長がISの生みの親たる篠ノ之束博士本人だったとは。

しかし、つまりこの改修されたブルーティアーズも篠ノ之束博士の手が加えられていることになる。

あまりにも突拍子もなく予想外の事態にセシリアは思考が追い付かなくなっていた。

しかし、それでも淑女として礼を欠くような態度は出来ない。

セシリアは若干硬くなりながらも挨拶をする。

 

「初めまして、篠ノ之束博士。わたくし、イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットと申します」

 

ジッと見つめるセシリアを束は、やがてニコリと笑った。

 

「初めまして、セシリア・オルコット。君のことは知ってるよ。なんたって、てるくんのお嫁さんだもんね!」

 

「え? あ、はい!」

 

「うんうん、良い子じゃないか! さあ、君のIS[ブルーティアーズ]を見せてくれるかな」

 

「は、はい、ただいま」

 

言われるまま、セシリアはブルーティアーズを展開する。

すると、束は即座にバーチャルコンソールとモニタを展開しブルーティアーズを調べ始めた。

その操作は凄まじく早く、残像が見える程の指捌きにセシリアは口をポカンと開け何も言えなかった。

 

「ふーん、なかなか面白いダイアグラム構築してるね。この分だと近いうちに偏向射撃も可能になるんじゃないかな?」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「うん、ビットのAIも順調に学習しているしねー。……ん? このイギリス政府から送られた専用パーツの試験するの?」

 

「は、はい」

 

「……これ、酷いな。よくこんな出力でトライアルに出そうとしたな……なにこの不安定な数値……こんなんじゃあISとのシンクロ率も低下するよ。ねえ、これ改修するからちょっと預かるね」

 

「え?」

 

「大丈夫、イギリスには私から言っとくし」

 

「え、あ、はい……」

 

テキパキと動く束の指示に従うしかできないセシリアだった。

その後、簪、ラウラ、シャルロット、マドカのISをチェックした。

 

「うん、なかなかいいね。この薊って装備は」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「それに、サポートプログラムの声の選択が渋いね! まさかの玄○哲章とはね」

 

「戦隊もののおもちゃのCMで不動の活躍、そして洋楽吹き替えの王道。コ○ボイやシュ○ルツェネッガーは鉄板です」

 

「いいよね! シュ○ちゃん! いやーやっぱり君とはいずれじっくり話をしたいね!!」

 

「その時は、ぜひ」

 

「おうさー!!」

 

こんな会話をしたり。

 

「母様、クロエは元気ですか?」

 

「うん、あいかわらず部屋に籠って録画したアニメ見てるよ。でも、くーちゃんにお母さんて言われないのに、君に母様って言われるのはなんか複雑だなー」

 

「そんなことより母様、私は胸が大きくなりたい。照秋はおっぱい星人らしいので、母様くらいのわがままボディを手に入れたいです」

 

「ん、んー、君の骨格とか成長速度では難しいんじゃないかなー?」

 

「いえ、私は母様の娘、母様がそれほどのわがままボディなら、娘の私もわがままボディを手に入れられるはずです!!」

 

「……ちょっと待とうか。ホント君ドイツの軍人で少佐かい? なんかアホの子に見えてきたよ」

 

珍しく束が引いたり。

 

「んー、まだ慣らし運転の段階だからさほど稼働率も上がってないねー」

 

「す、すいません」

 

「謝らなくてもいいよー。あ、そうだ、君もてるくん狙ってるんだって?」

 

「え!? あ、は、はい……あ、でも、博士の妹さんの邪魔をしようとは思ってませんので!」

 

「んー、まあそんなに気にしなくてもいいよ? むしろ、障害が多いほど関係って燃え上がるじゃない?」

 

「……そういう意味だと、僕たちって、当て馬なんじゃあ……」

 

「むふふ~、ご想像に任せるよ~。でも、君たちにもちゃんとチャンスが出来るように一夫多妻認可法通したんだから、頑張んなよ!」

 

「ええ!? も、そしかしてあの条約って博士が発案なんですか!?」

 

「さてさて、どうなんでしょうね~」

 

「……マドカにも言ったんですけど、ワールドエンブリオってフットワーク軽すぎません?」

 

「この世は早い者勝ちってことだね☆」

 

「怖いですよ! うわー、僕とんでもないことに巻き込まれてるかもしれない!!」

 

シャルロットとそんな会話をしたり。

 

「んー、まーちゃんまた腕を上げたねー。でもこれからまだ伸びると予想すると、今の竜胆のスペックでもしんどいかな? 竜胆のリミッター解除した方がいいかな?」

 

「そうすると駆動系への負担が増えるだろう」

 

「一応、強化案はあるんだよね。試してみる?」

 

「ああ、頼む」

 

「りょーかーい。それにしても、まーちゃん全然体は成長しないね」

 

「どこ見て言ってる。これでも身長は伸びたんだぞ」

 

「えー、0.5センチって誤差の範囲じゃない。それよりもたゆまぬ努力が報われないココが気になるよ」

 

「やかましい! これでも胸も成長してるんだ!! お前らみたいなホルスタイン基準で胸の大きさ見るな!!」

 

「むふふ~、そうだね~大きな胸基準で考えちゃダメだよね~。あ~肩がこる~、あ、肩がこらないまーちゃんにはわからないか~」

 

「くっ……ちくしょう!!」

 

和気藹々とした雰囲気のワールドエンブリオ関係者をしり目に、ついていけない一夏、鈴、趙。

千冬も、まさかセシリアやシャルロット、ラウラとあんなに気さくに会話をするとは思ってもいなかったようで驚いていた。

そんな中で、一夏が徐にマドカとじゃれ合っている束に近付き声をかける。

 

「お久しぶりです、束さん」

 

とたん、先ほどまで和やかな空気で笑っていた束が表情を無くし、無表情に一夏を見る。

空気も重苦しいものに変わりマドカが驚くが、一夏は気付かない。

 

「何か用かな」

 

「え? あ、いや久しぶりに会ったから挨拶をと……」

 

「そう、そんなの要らないから」

 

手をヒラヒラと一夏に向け興味ないと全身で表現する。

流石の一夏もこの対応は予想外だったのか、グッと顔を歪めるが、すぐにニコリと笑う。

 

「そ、そうだ! 俺の白式も見てくださいよ!」

 

「なんで?」

 

一夏の言葉にかぶせるように言う束。

声色にまったく親しみが籠っていない束。

だが、一夏は食い下がる。

 

「いや、だって白式は束さんが作ったんでしょう? だったらアイツらのISばかりじゃなくて俺のも見てくれてもいいじゃないですか」

 

その言葉に、遠くで聞いていた千冬が驚く。

まさか白式に束の手が加えられているとは考えもしなかったのだろう、千冬は束が何をしたいのか全く分からなかった。

 

「確かに白式に手を加えたよ? でもなんで君がそれを知ってるの?」

 

「えっ!?」

 

束の予想外の質問に言葉が詰まる一夏。

確かに、一夏が白式の製作に束が関わっていることを知っているのは不自然である。

どうしようかと頭の中で考えていると、束は冷めた表情でフンと鼻を鳴らした。

 

「君の白式は倉持技研の物だ。私は関係ないし、見る義理もない」

 

「え……」

 

冷たく突き放す言葉に絶句する一夏。

 

「さっさと自分で倉持から送られた専用装備の試験しなよ。こっちは君に関わってられる程暇じゃないんだ」

 

シッシと手を振る束。

束からまさかの邪険に扱われるという事態に、理解することが出来ずただ立ち尽くす一夏。

それを見て束はチッと舌打ちし、マドカを連れて一夏から離れる。

マドカは、あからさまな態度の束を見て苦笑するのだった。



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第71話 アメリカ対束

海岸での専用機たちの専用パッケージ試験や自機のメンテナンスを行う中、千冬と一夏だけが束を厳しく見つめ続けていた。

いまだ束の行動の真意がつかめず測りかねているのだろう。

そんなとき、副担任の山田真耶の声に鋭い視線をやめて向き直った。

 

「たっ、た、大変です! お、、織斑先生!」

 

「どうした?」

 

「こ、これをっ!」

 

尋常ではないほどの慌てぶりを見せる真耶から渡された小型端末の画面を見て、千冬の表情が曇る。

 

「特命レベルA、現時刻より対策を始められたし……」

 

「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていた――」

 

「無暗に機密事項を口にするな。生徒達に聞こえる」

 

「す、すみませんっ……」

 

「専用機持ちは?」

 

「全員います」

 

千冬と真耶は小さな声でやり取りをしているが、数人の生徒が千冬達を見ていることに気付き、会話でなく手話のやり取りに変え、やり取りを始めた。

しかも普通の手話ではなく軍関係の暗号手話だ。

普通ならそんな手話を解読できる人間はこの場にいない。

だが例外はどこにでもある。

マドカとラウラが、千冬達の手話を見て段々厳しい表情になる。

 

「それでは、私は他の先生達に連絡してきますのでっ」

 

「了解した。全員、注目! 現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ、速やかにだ。連絡があるまで各自室内で待機すること。許可なく室外に出たものは我々で拘束する! 以上だ! 行動開始!!」

 

「はっ、はいっ!」

 

千冬の今までにない焦りの混じった怒号に怯えるかのように生徒全員が慌てて動き始めた。

 

「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑兄弟、篠ノ之、オルコット、ロセル、ボーデヴィッヒ、凰、趙、結淵、更識お前たちは別の場所に移動だ!」

 

「はい!」

 

呼ばれて全員が気合の入った返事をし速やかに移動を始めるのだった。

 

 

 

「では、現状を説明する」

 

旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷では専用機持ち全員と千冬と真耶、スコールが集められていた。

そして何故か束が箒の隣でチョコンと座っていた。

 

照明を落とした薄暗い室内に、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった。その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった。しかし、教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう。作戦会議に入るが、意見のあるものは挙手しろ」

 

「はい」

 

早速手を上げたのはセシリアだった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。ただし、これらは二ヶ国の最重要軍事機密だ。決して口外はするな。漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

セシリアを始め代表候補生の面々と千冬達は開示データを元に相談を始める。

未だに状況が飲み込めない照秋は、とりあえず深刻な事態という事は理解したので開示された情報を食い入るように見つめる。

そんな斜め前では一夏が探るような視線で束を見つめていたが、当の束はわれ関せずと言った表情で欠伸をかましていた。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型………私のブルー・ティアーズや竜胆・夏雪と同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と機動の両方に特化した機体ね。厄介だわ。しかもスペック上ではあたしの甲龍を上回ってるから、向こうの方が有利……」

 

「この特殊武装が曲者って感じだね。防御力が必要だねこれは。ああ、まだ竜胆には慣れてないんだけどなあ……」

 

「私もまだ慣れないよ」

 

セシリア、鈴、シャルロット、趙が冷静に分析しシミュレートする。

 

「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」

 

ラウラの疑問に千冬が答える。

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

 

「一回きりのチャンス………ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体であたるしかありませんね」

 

真耶の言葉によって、視線が一夏と照秋へと集まる。

一夏は予想していたのか、さほど驚くことなく、しかし若干声が震えていた。

 

「え……俺?」

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

鈴が信頼しきった目で一夏を見て言う。

 

「もしくは、テルさんの『雲耀の太刀』ですわね」

 

セシリアが照秋を見て言うが、当の照秋はバツの悪い表情をしている。

 

「問題は一夏か照秋をどうやって運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないといけないから、どうやって移動するか……」

 

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければならないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

 

「高速訓練を修了しているのも条件」

 

シャルロット、ラウラ、簪が詰めた話をするが、照秋と箒は何か言いたそうに機会を窺っていた。

そこに、待ったをかけた人物がいた。

それは、携帯端末を持ち苦々しい表情をした千冬だった。

 

「……作戦には織斑照秋と篠ノ之の二人で当たってもらう」

 

「えっ!?」

 

驚きの声を上げる一夏だったが、皆そんなことを疑問に思う前に、いきなり何を言い出すのかと声を上げようとした箒だが、スコールが千冬の傍により代わりに話しはじめた。

 

「アメリカ側の要請なのよ」

 

アメリカ側からの要請は、暴走した銀の福音の捕獲作戦にはメメント・モリと紅椿で当たって欲しいとのことらしい。

なぜ二人を指名したのか理解できなかったが、今まで一言も会話に参加していなかったマドカが徐に立ち上がり、真耶の座っている通信機材を操作し始めた。

 

「おい、何をしている」

 

千冬が咎めたが、それをスコールが止める。

やがて、通信機材の大型モニタには付近の地図とレーダーが映された画面から、一人の白人男性に変わる。

だが、全員その白人男性の顔を見て驚きを通り越し声すらあげられなかった。

 

「グッドモーニング、大統領」

 

そこには、現アメリカ大統領、アルフレッド・リチャード・ウェルズリーが映っていたのだから。

マドカが睨みながら挨拶をする。

アメリカは現在時差の関係で夜であるが、大統領は緊張した表情でこちらを見ている。

 

「こちらは夜なんだが、マドカ君」

 

ちょっとしたジョークのつもりなんだろうが、硬い表情で言っても面白くもなんともない。

 

「銀の福音の状況を聞いているか」

 

早速本題に入るマドカに、大統領は顔を顰める。

 

「……IS学園は迷惑をかけていることは承知している。我々はしっかり学園と各国代表候補生に補償を確約する」

 

「そんなことを聞きたいんじゃない」

 

マドカのバッサリと斬る言葉に、声を詰まらせる大統領。

だが、その事じゃないのなら何なんだと首を傾げる。

 

「何故テルと箒を名指しした?」

 

「……何のことだ?」

 

マドカの言葉に、大統領は眉を下げ首を傾げる。

 

「銀の福音の捕獲作戦において、アメリカ政府からメメント・モリと紅椿を指名してきたと聞いたが?」

 

「なんだと?」

 

すると、大統領はすぐさまどこかに連絡を取り始めた。

そして、すぐに連絡が取れたのか、画面が二面に変わる。

三者通話の要領だろうが、もう一人の移された人物は軍服に勲章を大量に付けた壮年の白人男性であった。

その男性の顔を見て、マドカはフンと鼻を鳴らし、納得したようだ。

 

「なるほど、国防長官の指示か」

 

軍服の男性、アメリカ国防長官、チャールズ・ジョニー・チャールトンはマドカを見てフンと不機嫌な表情になる。

 

「大統領に呼ばれたので何かと思ったら、何の用だ、小娘」

 

上から言う言葉に、聞いていた箒たちは眉を顰める。

だが、その大きな態度は次の瞬間、恐怖に変わる。

 

「相変わらずな態度ですね、長官」

 

「なっ!? スコール・ミューゼル!?」

 

途端挙動不審になる長官に、スコールはフンと鼻を鳴らし興味なさげに目線をそらした。

 

「今は私の事はどうでもいいわ。そう、今は、ね」

 

「ぐっ……」

 

冷や汗を流し苦悶の表情をする長官。

一体スコールと長官の間に何があったのか、気になるところだがスコールの言うとおり今はその事を気にしている場合ではない。

 

「単刀直入に言う。何故メメント・モリと紅椿を指名して銀の福音捕獲を要請した」

 

マドカの質問に、しばらく無言で数回深呼吸し、平静を取り戻した長官は努めて冷静な口調で答える。

 

「IS学園側での最大戦力がメメント・モリと紅椿だと判断したからだ」

 

アメリカは学園でのIS行儀の試合映像をすべて取得し、それらすべてを網羅したうえでメメント・モリと紅椿が最適だと判断した。

そう言っているのだが、それはおかしい。

 

「それならば私とラウラの二人が適任だろう。ラウラは軍属であるし、私も戦場経験がある」

 

「何を言う。ISスペックで優れているのはメメント・モリと紅椿だろう。機体性能がより高い方に望みを託すのは当たり前のことだ」

 

「ハッ、ボロが出たな」

 

マドカが鼻で笑い、長官が怪訝な表情をする。

 

「ヴァーテックスロード社」

 

マドカの一言に、サッと顔色を変える長官。

 

「ヴァーテックスロード社とはなんだ?」

 

横で静観していた千冬がマドカに聞く。

 

「アメリカとイスラエルが共同開発したという銀の福音は、各々の開発コンセプトや技術を提供し合っているだけで、それをまとめて形にしたのがヴァーテックスロードだ」

 

つまり、アメリカの政府の息がかかったIS開発企業なのであるが、ここからがきな臭い話になる。

 

「ヴァーテックスロードは兵器開発を生業としている企業でな、アメリカやイスラエルの兵器はほとんどココの製品だ。そこで開発したISが普通なはずがない。そもそも、銀の福音は『軍用IS』だ。アラスカ条約に抵触しているのを理解しているか?」

 

「あっ」

 

箒が声を上げる。

アラスカ条約とは、現行の戦闘兵器はISの前ではただの鉄くずに等しく、それ故に世界の軍事バランスは崩壊してしまい、さらに開発者が日本人ということもあり日本がIS技術を独占的に保有していた事に危機感を募らせた諸外国が、IS運用協定、通称「アラスカ条約」によってISの情報開示と共有、研究のための超国家機関設立、軍事利用の禁止などが定められたのである。

軍事利用禁止のISにおいて、イスラエルとアメリカは軍用ISを開発しているのだ。

だが、長官はそれを鼻で笑う。

 

「ふん、そんなものを律儀に守っている国など存在せん。現にそこにいるドイツの代表候補生も軍属でISを軍事利用しているだろうが」

 

「……くっ」

 

ラウラが悔しそうな顔で俯く。

長官の言う事は真実で、他国を攻めるような利用こそしないが、防衛や国内治安維持のためにISを活用している国はある。

そういった事実を黙認し、他国を攻めない限り指摘しないのが世界の暗黙の了解なのである。

 

「アンタ馬鹿か」

 

マドカが、長官に容赦ない罵倒をする。

流石の長官もこめかみをピクピクと痙攣させ怒りを耐えているが、そんなものマドカには関係ない。

 

「現状ドイツはISを『軍事利用』しているのはたしかだろう。しかしそのISは『軍用』じゃあない。いいか、これは重要な事だ。もとより軍用に作られたISが存在するという事が問題なんだよ」

 

マドカの言うとおり、ラウラの所属する部隊ではISを治安維持や防衛のために利用しているが、それを軍用にチューンしているわけではない。

しかし、最初から軍事転用目的に作成されたISなら話は別だ。

 

「そんな軍用ISに対し、日本の生徒を当てようとするアンタたち、いやヴァーテックスロードの意図を言え」

 

マドカの問いに、無言になる長官。

そんな沈黙を再びフンと鼻を鳴らしたマドカが面白くなさそうな顔で指摘する。

 

「アンタらアメリカの考えはわかってるさ。『我らがステイツが世界のリーダーでなければならない』『技術力は日本が世界一だろうが、世界で最も強く、またその力を保有する国は我らがステイツでなければならない』そんなところだろう」

 

指摘され、ハンと笑う長官。

何を今更、と言いたげな表情だ。

 

「だから、ヴァーテックスロード社とアメリカ政府は考えた。日本に拠点を置くワールドエンブリオの技術力が世界を席巻するのが面白くない、アメリカの権威にかかわる非常事態だ。ならばワールドエンブリオより技術力があるという事を証明すればいい。より劇的に、センセーショナルにな」

 

「……何が言いたい」

 

長官は唸るような低い声でマドカを睨むが、当のマドカは真っ向から睨み返している。

 

「なんだ、言っていいのか? じゃあ言ってやるよ。銀の福音の暴走は『ヤラセ』だってことだよ」

 

「なっ!?」

 

これには驚きを隠せない千冬と周囲で聞いていた照秋達。

スコールは、深いため息をついていたので、わかっていたのだろう。

 

「そんな憶測でものを言うんじゃない!!」

 

激怒する長官だが、それすら白々しく見えてしまう。

 

「なら、今こちらに向かっている銀の福音パイロットは誰だ?」

 

「……それは……」

 

「情報開示された時からおかしいと思ってたんだよ。銀の福音のカタログスペックは開示しているのに、パイロットに関しては開示していない。さらに確保しろという命令だが、パイロットの生死についても何も条件が無い」

 

「……まさか」

 

セシリアが、自分の記憶の中の可能性とマッチしたので呟くと、マドカはそれに頷いた。

 

「現在銀の福音は無人機操作で動いている」

 

「無人機!?」

 

「何を馬鹿な!?」

 

シャルロットとラウラが声を上げるが、実際無人機ISの存在を知っている照秋たちは驚かない。

 

「無人機、つまりドローンISを開発し、量産体制が整えば、手を汚さないゲーム感覚で戦争が出来る。違うか?」

 

過去、現在においても戦争で無人機体の兵器開発は進められている。

無人航空機など最たるものだろう。

その名も「殺人無人機(キラードローン)」。

人の手を汚すことなく、ゲーム感覚で人の命を奪う兵器である。

その概念をISにも持ち込もうというのだ。

軍需企業が考えそうなことである。

 

長官は無言のまま、隣の画面では大統領も眉間に皺を寄せ考え込んでいる。

 

「人道、非人道だなんていうつもりはないが、そんなアピールをするために私らを利用するな」

 

バッサリ言うマドカに歯ぎしりする長官。

 

「それに、残念だが今現在メメント・モリと紅椿はメンテナンス中で出撃不可能だ」

 

「……っ!?」

 

目を見開く長官。

セシリアたちも照秋と箒の方を見ると、申し訳なさそうに二人は頷いた。

今朝の専用機のパッケージ試験で束が乱入した時、メメント・モリと紅椿をチェックしメンテナンスに移行させたのだ。

メンテナンス完了時間は、明日の7時である。

つまり、二人は任務に携わることが出来ないのだ。

当てが外れて悔しいのかマドカを睨む。

だが、そんなマドカは三日月のように口元を歪める。

 

「さて、お前らの浅い考えが暴露されたわけだが、ここにその計画を止めることが出来る人間がいる」

 

そう言って、マドカの後ろで欠伸をしていた束に視線が移る。

大統領と長官は、まさかの人物登場に声を上げられないくらい驚く。

そんな驚くおっさん二人を無視し、よっこいしょと掛け声をあげ立ち上がる束は、バンッと叩くように機材に手を置きモニタを見る。

ニコリと、笑っているが、大統領と長官は本能的に理解した。

これは、怒っている、と。

 

「面白いこと言うねえ、アメリカは。そうかー、ステイツは世界一であるべきかー。ふーん」

 

軽快な声なのに、大統領に重くのしかかる言葉。

長官も、冷や汗を流す。

 

「じゃあ、君たちでISより強い兵器開発できるよね?」

 

そう言って、空間投影型のコンソールを展開し、素早くタイピングを始める。

 

「な、何をしているのだ、プロフェッサー、束」

 

大統領がこわごわといった感じで質問する。

それを束は、鼻歌を歌うように、こう言った。

 

「んー? アメリカにあるISコア20個全ての起動を停止させる」

 

「ちょっ!? 待ってくれ!!」

 

突然の束の行動に、大統領が止めに入る。

だが束は手を止めない。

 

「だって、君たちは一番なんでしょう? 日本の技術力より高みにいるんでしょう? じゃあ、ISなんてお役御免じゃないの?」

 

「だ、誰もそんなこと言っていないだろう!!」

 

「言わなくてもまーちゃんの言葉否定しなかったじゃん」

 

「そ、それは……あ、あんな戯言に反論する気も起きなかったんだ!」

 

大統領は焦りに焦った感じで何とか束に辞めるよう懇願するが、長官は顔を青ざめさせたまま無言である。

 

「で、長官さん? ISコア止めるけどいいよね? 君たちの計画で生徒達を危険に晒すなら、コアを停止させるよ?」

 

ここで、やっと長官はハッとし、慌てて束に止めるよう懇願した。

 

「た、頼む、コアの停止だけは、止めてくれ!」

 

「止めてくれ?」

 

束は笑顔ながら、一つトーンを落とした声を出す。

長官は、ヒッと小さい悲鳴を上げた。

 

「……や、止めてください。お願いします!」

 

その言葉に満足したのか、一層笑顔を深めた束は、タイピングを止めた。

 

「じゃあ、福音を止めなよ」

 

「わ、わかった」

 

ホッと一息つく長官と大統領。

そして、ホッとする箒たちや千冬。

マドカのとった手段や、束の脅しに思うところはあったが、生徒が危険な目に遭うという事が無くなり安心したのだ。

隣では山田真耶とスコールもホッとしている。

長官は、どこかに連絡を入れ、福音を止めるよう指示を出した。

恐らくヴァーテックスロード社であろう。

だが、いつまでたっても福音の動きは止まらない。

長官は再びヴァーテックスロード社に連絡を入れた。

すると、長官は顔を青ざめさせ何か小声で言い合っている。

 

「どうしたのー? 早く止めなよー」

 

束はニコニコ笑顔で長官を見るが、当の長官は無言で俯くばかりである。

そして、ぽつりとつぶやいた。

 

「む、無理だ……」

 

「なんで?」

 

束は笑顔のままである。

 

「ドローンが……暴走してこちらの指示を受け付けなくなった」

 

ドローン、つまり無人機の暴走によって制御が効かなくなった、そういう長官。

再び、ざわつく箒たち。

 

「ドローンがオフラインになっていてこちらのコマンドを受け付けない状態なのだ……」

 

「ふーん。じゃあやっぱりコアを止めちゃおうか」

 

再びタイピングを開始する束に、長官は悲鳴を上げるように止めろと言った。

 

「止めてくれ!! コアを停止しないでくれ!」

 

「何故?」

 

束は長官を見ず投影したモニタを見ながらタイピングを続ける。

口ごもる長官。

 

「ど、ドローンISには、ステイツで開発した新機構の動力源を使用しているのだ。その制御をコアが行っているから、コアが停止すると動力が停止してしまうのだよ」

 

ハハハ、と笑う長官だが、顔色は優れない。

 

「その程度の理由? 日本を危険に晒すのと新動力、どっちが大切なの? まさか世界のリーダーたるアメリカが命より技術とか言わないよね?」

 

「そ、それは……」

 

束の冷静な指摘に、汗が尋常ではないくらい流れている長官だったが、やがて観念したのか、重い口を開き禁忌を口にした。

人類にとって、最も危険とされるエネルギー。

それは。

 

「……ドローンの動力源は『核』だ。……その制御をコアも担っている」

 

「か、核だとっ!?」

 

千冬は叫ぶ。

マドカも、まさか核を使っていたことは予想外だったのか驚き絶句していた。

 

「い、いまコアを停止すれば、ドローンの動力制御が不安定になり、核が暴走する恐れがある……」

 

「そんな危険な兵器を生徒に相手させようとしていたのか!!」

 

千冬は激怒する。

自国アピールのために偽装してISを充てようとした、それは100歩譲って許そう。

だが、よりにもよって、使用している技術が核なら話は別だ。

そもそも日本は非核三原則が存在する。

核を作らない、持たない、持ち込まない。

アメリカは、この非核三原則を破った。

日本を、世界を敵に回す兵器を作りだしたのだ。

 

 



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第72話 悪魔の兵器

銀の福音を操作している無人機、ドローンの動力源は核だった。

その衝撃発言は、アメリカ大統領も驚く内容だった。

ヴァーテックスロード社によるアメリカとイスラエル共同開発軍用IS[銀の福音]はあくまでISだ。

人間が操縦しなければ動かすことが出来ない、それが世界の常識であった。

過去、無人機ISの開発は各国で研究がなされていたが成果は芳しくない。

現在世界で無人機ISの開発を成功したという国の報告は無い。

だが、ヴァーテックスロード社はその無人機ISの開発に成功した。

それでも問題がある。

ISを動かすだけなら問題は無いのだが、ヴァーテックスロード社、アメリカが求めるのは戦争での実戦投入可能な品質である。

そうすると最も必要なのがISを十全に稼働させる出力である。

そこで、ヴァーテックスロード社は禁忌に手を出した。

核融合炉を小型化し、ドローンに搭載させる、というものである。

2025年、ロッキード・マーティン社が「出力100メガワットで、大型トラックの後部に入れられるサイズ」の核融合炉開発に成功、さらに小型化の研究が進み、ヴァーテックスロード社がさらに小型の2リットルのペットボトルサイズの開発に成功した。

これをドローンに搭載することで高出力の供給を可能にしたが、さらに問題が出た。

ドローンを稼働させ、さらにISのチェックや同期、核の冷却装置やもろもろの演算処理が追いつかないのである。

だが、ここでも打開案が出る。

ISのコアはブラックボックスではあるが、未知数の演算処理能力を有している。

そこで、ISコアに核融合炉の制御をさせるというのである。

結果、その目論見は成功した。

だがどうやってISコアに核融合炉の制御をさせているのか。

 

「……ナターシャ・ファイルスの遺伝子情報を電子化し、疑似認識させたのだ」

 

「つまり、ISコアは操縦者を守るためのバイタルサインチェックと核融合炉制御を誤認識させられているという事か」

 

美味いこと考えるもんだ、と感心するマドカ。

しかもナターシャ本人にはこの計画は知られておらず、現在彼女はアメリカ国家代表のイーリス・コーリングとともにイーストハンプトンで休暇中だという。

 

「で、ISコアを停止させられたら、核の制御が出来ず、暴走して炉心溶融(メルトダウン)が起きる、と」

 

「い、いや、核融合反応の停止という安全な停止の可能性も……」

 

「元凶のアンタが希望的観測言ってんじゃねーよ。そもそも暴走するって言ったのはアンタだろうが」

 

マドカの一言にぐうの音も出ない長官。

というか、冷や汗を流し、顔色も青を通り越し真っ青になっている。

隣のモニタに映っている大統領も顔を真っ青にしているが、どうやら無人機の存在はおろか、核融合炉を搭載していることも知らなかったようだ。

そして、そんなやり取りを黙って聞いていた千冬は、顔を真っ青にしながらもこれからの計画を頭の中で組み立てる。

暴走したドローンIS、福音を止めるすべは現状ここにいるIS学園しかない。

これは最初アメリカ政府から要請されていた内容と結果変わらない。

だが、作戦の難易度が格段に跳ね上がった。

相手が核を積んだ無人機だとすると、下手に衝撃を与え、最悪破壊してしまえばそれこそメルトダウンしてしまう。

最悪放射能汚染を引き起こし、日本がとんでもないことになりアメリカが世界中からバッシングを受ける、なんて結末が待っている。

まあ、ドローンごと破壊してしまえば核爆発を起こしてしまうのは想像にに難くないがあえてそれは口にしない。

ISには絶対防御という操縦者を守る機能が備わっているが、それが無人機にも適用されるのか不明だ。

 

「……エネルギー切れを狙うわけにもいかない、か」

 

千冬はつぶやく。

核融合炉を搭載している無人機を無力化させる一番の安全策は無人機のエネルギー切れだ。

だが、それは望めないだろう。

 

「核融合炉だからな、半永久的に動き続けるだろうな」

 

マドカが千冬の呟きに補足を加える。

核をエネルギーとする利点は、高出力と強力で燃費時間の良いエネルギーである。

デメリットは核を燃料としている為放射能汚染の危険に常にさらされているため定期的な防護壁、コアシールドのメンテナンスが必要となることだが、今それは関係ないだろう。

 

「実際エネルギー切れするならいつになるんだ?」

 

マドカは束を見る。

すると、束は空間投影コンソールをパパッと叩き、出てきた数字を言う。

 

「あのサイズで、試作と考えて、低く見積もって1年かな?」

 

「1年!?」

 

無茶苦茶だ! と千冬は叫ぶ。

たしかに核は理想のエネルギーだろう。

だが、運用方法がデリケートで放射能や廃棄物の問題から新規原子力発電所建造や核兵器の運用はタブーとされている。

そのタブーを犯したのだ。

 

「でも、ISのエネルギーは別だよね?」

 

束が覗き込むように長官の顔を見る。

朗らかな声だが、目は笑っていない。

気圧されたじろぐ長官は、ここで嘘や引き伸ばしをしてもすぐにばれると悟り、素直に頷く。

 

「福音自体のシールドエネルギーをゼロにしつつ、ドローンにはダメージを与えないようにする。まあなんとも無茶なミッションだな、オイ」

 

呆れるマドカ。

千冬とスコールも呆れた表情だ。

 

「むしろ、この事がばれなかったとして、福音が負けるとは考えなかったのですか?」

 

千冬の言うことはもっともで、何も知らず当初の通り作戦を遂行し、もし福音を捕獲した時、無人機にダメージを与えていたら核融合炉が暴走していた可能性もあったのだ。

そう考えると、ブルリと背筋に悪寒が走る。

 

「もし必要以上のダメージや状況不利と判断した場合は撤退する予定だったのだ。だが、現在無人機はオフラインになっておりこちらの命令を受け付けない状態だ」

 

「IS自体に停止信号を送れないのか?」

 

「無理だねー。あのドローン、ご丁寧にISコアのネットワークも遮断してるみたいだ」

 

どうやら束は先ほどから福音のコアに接触を試みていたようだが、コア自体がネットワークを遮断し受け付けない状態のようだ。

つまり。

 

「単純明快、つまり実力行使しかないわけだ」

 

結局は最初とやることは変わらない。

ただ、問題が山積みである。

 

「まあ、まずはやることがあるよな、大統領」

 

マドカが大統領を睨むと、大広間にいる人間全員が大統領を見る。

大統領は、俯きながら首を小さく振り、深くため息をついた。

 

「国防長官、君を更迭する」

 

「大統領!?」

 

驚く長官だが、すぐに長官のいる部屋に武装した人間が数名侵入し拘束する。

 

「君のしたことは重罪だ」

 

「ま、待ってください! 私は我がステイツのために!」

 

「ステイツのために他国に不完全な核兵器を持ち込み力を誇示しても許されると?」

 

「そ、それは……! しかしっ!」

 

「君とヴァーテックスロード社はどうやら黒い関係のようだ。それも深く究明しないとな」

 

「大統領!! 私は……」

 

叫ぶ長官だったが、途中でモニタがブツリと切れた。

静寂が支配し、やがて大統領は腰に手を当て再び深くため息をついた。

 

「申し訳ない。だが、正式にIS学園に依頼する。銀の福音を止めてくれ」

 

なんと、大統領が頭を下げた。

これにはマドカやスコールも驚く。

 

「各国の代表候補生への補償も確約するし、日本政府、IS学園、ワールドエンブリオへの謝罪、補償も負う」

 

「当然だな」

 

フン、と鼻を鳴らすマドカ。

 

「アメリカ軍も助力する。何でも言ってくれ」

 

大統領は疲れた表情で、しかし決意のこもった瞳で力強い声を放つのだった。

 

 

 

大統領との通信を切り、再び大広間で作戦会議を行う。

 

「現在の状況を整理しよう」

 

・福音は無人機である。

・無人機は暴走しており命令が効かない状態である。

・無人機の動力源は核である。

・下手な攻撃で無人機を損傷した場合核融合炉が暴走しメルトダウン、最悪放射能汚染を引き起こし核爆発もあり得る。

・福音のシールドエネルギーは無人機から供給されていない。

 

「つまり、シールドエネルギーをゼロにすれば福音は動かなくなり、無人機を捕縛しやすくなる」

 

普通のスポーツとしてのISの戦闘であれば、簡単な事だ。

なにせ、ISには絶対防御という操縦者を保護する機能がある。

これがあれば操縦者の命は保障されるし、大きなけが怪我の心配もない。

だが、福音は軍用であるし、なによりこれはスポーツではない。

実戦、もっと言うなら戦争である。

命のやり取りを行うのである。

果たして、そんな世界で絶対防御が働くだろうか。

それは逆にも言える。

果たして、任務に就いた自分たちのISの絶対防御が働くのか。

 

「……」

 

全員無言で中央のモニタを見つめる。

誰も、何も言わない。

ラウラやマドカにすれば戦場に何度も出ているので、死と隣り合わせという状況が分かっている。

だが他の人間は違う。

照秋や箒、セシリアも以前無人機IS8機と戦ったことはあったが、今回とはプレッシャーの度合いが違う。

誰も何も言わず、沈黙だけだ続くなか、徐に照秋が束を見た。

その背筋を伸ばし正座した姿は、荘厳で、神秘的だった。

 

「束さん、メメント・モリのメンテナンスを中断できますか?」

 

「照秋!?」

 

隣にいた箒が悲痛な叫びに似た声を上げる。

束は、照秋の顔をじっと見つめる。

何の迷いもない、まっすぐな瞳。

心拍数も上がっていない。

発汗もない。

 

「出来るよ」

 

「姉さん!?」

 

箒は思わず束の肩を掴んだ。

だが、その手を優しく握り返す束。

 

「大丈夫。てるくんは死にに行くわけじゃないよ。私も全力でサポートする」

 

真剣な表情の束。

それを見て、束は絶対に照秋を助けてくれると確信した。

だが、照秋が帰ってくるのを待っているだけなんて、箒の性分ではない。

 

「姉さん、紅椿のメンテナンスも中断してください」

 

全く迷いのない箒の言葉。

束は、その箒の顔を見て、ニコリと笑う。

 

「言うと思ったよ、箒ちゃん」

 

そう言うと、束は空間投影モニタ、コンソールを展開し、凄まじい速度でタイピングする。

 

「10分待って。そうしたら二機とも高速使用に変更できるから」

 

束の作業をじっと見つめる箒と、瞑想するように微動だにせずに正座している照秋。

たまらず、セシリアが手をあげ立ち上がる。

 

「織斑先生! わたくしも出撃します!!」

 

「僕も!!」

 

「教官、経験から私が適任です」

 

セシリアに続きシャルロットとラウラも立ち上がる。

無言だが、簪も千冬を見つめる。

趙は自分の力量がこの任務を完遂できる域に達していないと理解しているので俯き悔しそうに拳を握りしめる。

鈴も、福音のスペックから役に立たないと理解し、悔しそうな表情だ。

そんな彼女たちを見渡し、小さく息を吐く千冬。

 

「ダメだ」

 

短く言い渡された言葉に、しかし反論せず悔しそうに俯くセシリアたち。

 

理由はわかっている。

今回の作戦において、第一として長距離高速移動できるISが前提となる。

ブルーティアーズも、シュヴァルツェア・レーゲンも高速機動が出来ないのだ。

ブルーティアーズについては高速起動パッケージはあるが、現在束が預かり改修中である。

シャルロットにおいては、高速機動は可能だが竜胆の操作に完全には慣れていない。

だが、手を上げずにはいられなかったのだ。

照秋を見ていると、助けなくてはいけないと本能で思ってしまったのだ。

あの、死地へ向かう人間のように澄み切った瞳を見ると、波の立たない湖の様な堂々とした態度を見ると、不安になってしまうのだ。

 

――もしかしたら、帰ってこないかもしれないーー

 

「お前らはココの防衛だな」

 

マドカが立ち上がり伸びをする。

コキコキと首を鳴らし、千冬とスコールを見た。

 

「前衛はテルと箒、後衛は私が行う」

 

千冬とスコールは無言で頷く。

 

「博士」

 

マドカが束を呼ぶと、束はマドカを見ず未だコンソールを叩き続ける。

 

「わかってるよ。まーちゃんの竜胆もリミッターを解除しておくよ」

 

「頼む」

 

あれよあれよと進んでいく事態に、蚊帳の外だった一夏は危機感を覚えた。

 

福音が暴走するのは原作通りだ。

無人機ということは、アニメの設定なのだろう。

だが、その経緯と危険度が全く違う。

動力源が核?

破壊してはいけない?

最悪核爆発?

なんなんだ、それは。

なんだ、そのややこしい事態は?

こんなに入り組んだ事情が入り込んで来るなんて予想外にもほどがある。

さらにアメリカの大統領が出張ってきて、国防長官が更迭されたというコメディの様な事態すら呑みこめないのに、任務が命を懸けたものになっているのだ。

 

だが、

 

だがしかし、だ。

 

このイベントは一夏にとって、白式にとって重要なものだ。

白式は二次移行する大事なイベントだ。

そして、ここで勇敢な姿を見せれば、照秋になびいている箒やセシリア、シャルロット、ラウラの目を覚ますことが出来るかもしれない。

そう、この世界の主人公は、俺なんだ、と。

ヒロインは、主人公に惚れるべきなんだ、と。

 

大まかな事件は原作通りだが、不安要素が多すぎる。

果たして、福音と戦っていいのか?

今までの原作から剥離した物語が、ここでも起こったらどうする?

もし、俺がへまをしたら……

 

そう考えていた一夏だったが、気付けば手を上げていた。

 

「お、俺も行く!!」

 

勇気ある行動だと思うだろうか?

答えは否である。

 

「却下だ」

 

マドカが即拒否する。

 

「こ、今回の作戦では俺の力が必要なはずだ!」

 

「ほう」

 

マドカは一夏の見解に感心する。

一夏の力が必要という言葉は、福音に対する戦い方を表している。

福音は高速移動を行っている。

その高速移動中に攻撃を仕掛ける回数は限られる。

つまり、一撃で無力化する必要があるのだ。

そして、客観的に見ても、一撃の出力がもっとも大きいのは白式のワンオフアビリティ[零落白夜]だ。

ただ、問題もある。

 

「だが、白式の[零落白夜]は出力が大きすぎる。最悪、無人機にもダメージを通す代物だぞ」

 

そう、零落白夜は自身のエネルギーも攻撃に転換し相手に多大なダメージを与える一撃必殺の攻撃である。

だが、威力が高すぎるが故、全力で攻撃するとISの武装を通り越し操縦者にまでダメージを与えてしまうのだ。

そうなれば、ドローンを攻撃することになり、核融合炉にダメージを与えることになる。

 

「それなら心配ない! 零落白夜の出力調整をすればいいんだ」

 

一夏とて馬鹿ではない。

原作でも全力を出せないと愚痴り扱いに困る代物を、何もしないままにする筈がない。

一夏は零落白夜の仕組みについて調べ、出力調整できるようになったのだ。

一夏の計算では、操縦者を傷つけず一撃でシールドエネルギーをゼロにするには出力80%で足りる筈である。

一夏が自分は役に立てると力説し、マドカは考え込む。

もうひと押しだと、一夏は畳みかけようとしたが、横やりが入る。

 

「お前は待機だ、一夏」

 

千冬が冷たく言い放つ。

 

「なんでだよ千冬姉!!」

 

怒る一夏。

だが、千冬はその怒りを受け止めつつも突きつける。

非情な現実を。

 

「お前の練度では足手まといだ」

 

「……っ!?」

 

千冬の言う練度とは、つまりレベルのことである。

マドカは元より、照秋と箒も国家代表クラスの実力を持っているし、毎日のように一緒に訓練を行っている。

連携などお手の物だろう。

だが一夏は違う。

一夏の実力は同贔屓目に見ても代表候補生には足りず、さらに照秋達と連携が出来る程信頼関係も築いていない。

ハッキリ言って、足手まといだ。

むしろ、一夏が参加することによって任務の難易度が上がる可能性もある。

 

バッサリと事実を突き付けられ、歯を食いしばり俯く一夏。

千冬は、そんな姿を見て何と思っただろう。

なんとか役に立ちたいと足掻く弟、と見えただろうか。

自分の非力さに嘆く未熟な弟、と見えただろうか。

 

そんな一夏に救いの手を差し伸べる一言が飛ぶ。

 

「いーんじゃないのー? 行きたいんならさー」

 

間延びした、やる気の無さそうな声の主は、束だった。

援護射撃してくれた束に感激する一夏だったが、当の束は一夏を見ることなくモニタに集中している。

 

「どうせ後衛になるんだし、経験積ませる意味でも連れて行ってもいいんじゃなーい?」

 

ね? とマドカに振る束だが、マドカは心底嫌そうな顔で一夏を見る。

 

「私がお守りかよ」

 

何やら束の賛成で一夏が参加する流れになってきているので、千冬が危機感を覚え待ったをかけようとした。

いくらなんでも束の言葉は容認できない。

この作戦において零落白夜は確かに切り札になりえるだろう。

だが、その威力は諸刃の剣に成り得る。

しかしそんなものよりも根本的に一夏が邪魔になると言っているのだ。

千冬は一夏を見る。

一夏は、やる気に満ちた表情で千冬に訴える。

 

大丈夫だと。

俺ならやれると。

 

眉間に皺を寄せ、苦悩し、千冬は一夏の作戦参加を容認するのだった。

 



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第73話 銀の福音捕獲作戦

核融合炉についてですが、感想でもご指摘されている方の通り、基本核融合炉は爆発などしません。
ただ、それはあくまで建設固定設置された核融合炉での話であり、このような動き回る不安定で火薬や兵器バンバンに積んだ物に搭載された核融合炉は不測の事態が起こりうると仮定しています。
今作品の核融合炉は、まあ、ガンダム的な核融合炉と同じだと思ってください。
え、SEEDの核分裂炉?
SEEDってなんですかね?
知らないガンダムですね。
新生ファーストガンダム?
はっ、00の前の番組なんて知りませんね。
フリーダムに積まれたニュートロンジャマーキャンセラーとか核分裂炉とかハイマットバーストてか知りませんねぇ!
スーパーコーディネーター、キラ・ヤマトとかさらに知りませんねえ!!


銀の福音捕獲作戦

 

作戦開始時間5分前になり、海岸には照秋、箒、マドカそして一夏が待機している。

マドカは腕を組んで海を見つめ、照秋は直立のまま瞑想している。

照秋とマドカはいつもと変わらない表情に見えるが、醸し出している雰囲気が殺伐としている。

殺気立っているのだ。

箒も二人ほどではないが緊張し面持ちで、照秋を見つめる。

一夏は、そんな三人とは別にソワソワしている。

今まで感じたことのない雰囲気に飲まれ、浮ついてしまっているのだ。

ドキドキと鼓動がうるさく聞こえる。

自分の息づかいが耳障りだ。

何も、考えられない。

今の状況が酷く曖昧で、体がふわふわとした感覚。

 

そのとき、マドカのISからピピピッとアラームが鳴り、一夏はビクッと肩を震わせた。

 

「時間だな」

 

「ああ」

 

腕を組んでいたマドカが照秋達を見ると、照秋と箒はISを身に纏う。

照秋は漆黒に金色の翼を持つ[メメント・モリ]、箒は紅の第四世代機[紅椿]を。

マドカも自身のIS[竜胆・夏雪]を展開する。

それを見た一夏も慌てて展開した。

 

「作戦内容は先ほど言った通りだ。前衛でテルと箒、後衛で私と織斑。攻撃方法は二人に任せる」

 

紅椿とメメント・モリは束によって高機動設定に変更されている。

だが攻撃方法は単純明快、箒と照秋が二面で包囲し照秋の[雲耀の太刀]によってダメージを与える。

出来れば一撃で終わらせたいが、下手にダメージを与えるとドローンにもダメージが通る可能性がある。

だから、攻撃には細心の注意が必要で、それは照秋と箒も承知している。

高速機動を行いながら福音を逃がさないよう包囲し、シールドエネルギーのみをゼロにするよう攻撃する。

ISの戦いにおいて、本来ならそれが当たり前で普通のことなのだが、下手に衝撃を与えてドローン内部の核融合炉が暴走してしまえば、核爆発が起こる可能性もあるのだ。

メメント・モリの武装である、[インヘルノ][ハシッシ]委員会から封印解除の許可が下りていないため使用できない。

ハシッシでも使用できれば、また違うのだろうが、無い物ねだりは出来ない。

 

「テル、くれぐれも無理はするなよ」

 

「ああ」

 

マドカの忠告に短く答える照秋。

すでに集中し、戦闘モードに入ってしまっている。

だが、箒はそれを見て頼もしさよりも不安しか感じなかった。

 

「照秋……これは訓練じゃないんだ。無理はしてくれるなよ」

 

「ああ」

 

箒の願いにも近い忠告にも短く答える照秋。

オープンチャンネルで指示を出す千冬の声も歯切れが悪い。

 

「……あぁ、しかし篠ノ之、作戦内容は先程結淵が言った通りだ。いいな」

 

「……はい、わかりました。できる限り照秋の支援を行います」

 

渋々といった感じで答える箒。

そんな箒の気持ちが理解できるのだろう、少し経ってマドカのプライベートチャネルに切り替える。

 

「……結淵」

 

「なんだ」

 

「照秋を、頼む」

 

「アンタに言われるまでもない。テルは死なせないし、怪我も負わせない」

 

自身満々のマドカに、若干気持ちが軽くなる千冬。

そして、千冬はプライベートチャネルで照秋と一夏に話しかける。

 

「一夏、照秋……どうか、どうか無事に帰ってきてくれ」

 

「了解」

 

「わ、わかったよ、千冬姉!」

 

全く抑揚なく短く応える照秋と、緊張しているのがわかる声で応える一夏。

 

「よろしく頼む、マドカ」

 

「お前にマドカなんて馴れ馴れしく言われたくねえ。だが、今回は後衛とはいえ運命共同体だ。よろしくしてやるよ」

 

「あぁ……頼む」

 

そして一夏はマドカの竜胆の両肩を掴んだ。

 

「いくぞ!!」

 

メメント・モリ、紅椿を先頭に、白式を背中に乗せた竜胆。

その四機が太陽光によってきらめきを放ち、晴天の大空へと飛び立つのだった。

 

 

 

「ぐううぅぅっ……」

 

想像以上のスピードに一夏は必死に歯を食いしばる。

だが、前を飛ぶ照秋と箒はさらにスピードを上げる。

 

「瞬時、加速、の、比じゃ、ない……!!」

 

途切れ途切れの声しか出ない一夏。

スピードが速すぎて風圧に圧されているのだ。

 

「しゃべるな、舌をかむぞ」

 

マドカに注意され、口を閉じる一夏。

しばらく無言で飛び続けていると、マドカは目の前にモニタを展開し指示を飛ばす。

 

「暫時衛星リンク確立……情報照合完了。 10秒後に接触する」

 

その言葉を聞いて照秋は高速飛行のまま蜻蛉の構えを取りノワールを構えた。

 

[雲耀の太刀]

 

神速の一撃、二の太刀要らずの示現流の真骨頂、照秋は射程範囲内にはいった目標、銀の福音に狙いをつける。

 

「行くぞっ……!!」

 

隣で紅椿のスラスターが更に加速を増し、銀の福音に迫る。

照秋は、瞬時加速を使用し一瞬で銀の福音に肉迫した。

 

「ちえええええぇぇぇぇぇいいぃぃぃっっ!!」

 

照秋の蜻蛉の構えから振り下ろした一撃は、まるで風に揺れるように横に動いた銀の福音の真横を通り過ぎた。

 

「ちいっ!!」

 

舌打ちする照秋。

やはり力を制御するのは難しいようで普段の雲耀の太刀には程遠い太刀筋だった。

銀の福音に避けられても当然の、腑抜けた一撃に憤る照秋だが、即座に福音から飛びのき距離を取る。

紅椿も福音の背後に回り込み牽制する。

しかし銀の福音は、背中に装備された羽、銀の鐘(シルバーベル)――大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システム。瞬時加速と同程度の急加速が行える、高出力の多方向推進装置。36の砲口をもつウィングスラスター ――を展開する。

直後、高密度に圧縮されたエネルギー弾が発射され、二人を襲う。

 

「くうっ!? 数が多い!」

 

箒は何とか避けるが、自然と福音と距離を取る羽目になる。

銀の鐘は自身の周囲に面攻撃を行うため距離を取るしかない。

しかし照秋はその攻撃をノワールで弾き、避け、直撃を避けつつ距離を保つ。

だがそんな芸当長くはもたない。

 

「箒、背後から側面へ移動、右側面に回れ」

 

「よしわかった!!」

 

箒が距離を詰め、銀の福音を中心に照秋と箒は反時計回りに旋回し同時攻撃を仕掛ける。

二人は左右に分かれ、二面同時攻撃を仕掛けながらエネルギー弾を避ける作業を繰り返す。

しかし銀の福音の圧倒的な火力と、出力調整による加減によって近接戦闘向きの機体である二人でも活路を見いだせず攻めあぐねていた。

普通に本気で戦えば圧勝に終わるだろう。

しばらく戦ってみて照秋も箒も、ドローンの戦力はさほど脅威には感じなかった。

戦闘データが少ないのか、ドローンの経験値が低いのか、攻撃に殺気が籠っていないのである。

だが銀の福音の装備が曲者で、箒が一旦離れ距離を取り、空裂と雨月による遠距離攻撃を繰り出すも銀の鐘によって打ち消され、避けられる。

照秋の近接攻撃も当たりはするが、決定的なダメージは与えられない。

 

「テル、箒どうだ?」

 

マドカがオープンチャネルで戦況を確認する。

 

「芳しくないな」

 

「銀の鐘が曲者だな」

 

冷静に答える照秋だが、若干いらいらし始めている箒。

マドカはサポートとしてビット兵器の[夏雪]で援護射撃をしようか悩む。

マドカの傍には一夏がいる。

今一夏を銀の福音に突撃させ零落白夜で一気にダメージを与えるか、現状維持のままチマチマ削っていくか。

安全策は現状維持だが、集中力という問題がある。

いくら照秋でも長時間集中は出来ない。

だから、集中力が切れた時が問題で、マドカは悩む。

だが、その一瞬の悩みが、最悪の事態に陥ることになる。

 

マドカの隣で、きょろきょろと海面を見渡し続ける一夏が、あっと声を上げた。

 

「船がいる!」

 

マドカが一夏の指差した方を確認すると、はたして国籍不明の船が一艘、閉鎖海域を航海していた。

 

「密漁船かよ……ボケがっ!!」

 

マドカは照秋と箒に通信で密漁船が海域に残っている事を話した。

 

「なんだと?」

 

箒と照秋が驚き海面を見る。

確かに船がいた。

その、銀の福音から目を離した一瞬のすきに、銀の福音は照秋に接近し、照秋を殴りつけた。

 

「ぐうっ!」

 

「照秋!?」

 

死角からの攻撃に吹き飛ばされる照秋。

バイザーにノイズが走り、ヘッドホンに雑音が鳴る。

耳障りな音に顔を顰め、再び体勢を整える照秋。

 

「船は私と織斑がなんとかする。テル、箒、お前らは福音の攻撃を続行だ」

 

「了解した」

 

「わかった!」

 

照秋と箒は再び銀の福音に対峙して攻撃を仕掛ける。

だが、ここからおかしなことが起こる。

今まで銀の鐘を使用して応戦していた銀の福音が、回避に専念し始めたのだ。

追いかける照秋と箒だが、攻撃は当たらない。

回避に専念すると、銀の福音はここまで回避能力が高いのかと驚く二人。

 

そして、たまに頭を振る照秋。

先程の銀の福音に殴られた影響で、たまにバイザーにノイズ、ヘッドホンに雑音が混じるのだ。

あまりに邪魔ならバイザーを外してしまおうか、そう思ったとき、突如銀の福音が動きを止めた。

全くのがら空きの背中を見せ、ピクリともしない銀の福音。

照秋はチャンスとばかりに、蜻蛉の構えを取り、瞬時加速をしようし銀の福音に接近、神速の一撃を振りおろし斬りつけた。

 

手ごたえはあった。

ノワールから伝わる、斬りつける感触。

 

銀の福音は、背中を切りつけられ背中のスラスターが破壊、そのまま落下を始める。

斬り受け破壊したパーツが飛び散る。

その途中で福音はエネルギーがゼロになったのか待機状態へと移行し、そのまま海へと落ちて行った。

 

終わった――そう安堵した息を吐いた、その時だ。

 

突如強い力で肩を掴まれ無理やり振り向かせられた。

そこには、ノイズ交じりの焦った表情の箒がいた。

 

「―――! ―――!!」

 

ヘッドホンに雑音が入り声が聞こえない。

照秋はバイザーを外した。

 

「何だ、箒?」

 

照秋は軽い口調でしゃべるが、箒の顔は真っ青である。

 

「何をしてるんだ照秋!!」

 

「何を? 銀の福音を倒したんだろう?」

 

何を言っているんだと首を傾げる照秋だったが、箒は驚愕の事実を告げる。

 

「あれは一夏だ! 銀の福音はまだあそこにいる!!」

 

――え?

 

照秋は箒の指差す方を見た。

そこには、まるで傍観するように佇む銀の福音がいた。

 

そして、自分が墜とした銀の福音の方を見た。

そこには、マドカに抱きかかえられ、海から引き揚げられ背中から血を流している一夏がいた。

 

 

照秋は自分の手を見る。

手に未だ残る感触。

あれは、一夏を斬った感触。

人間の肉を切った感触。

視界が狭まる。

呼吸が荒くなる。

唇が、震える。

血の気が失せる。

照秋の目の前が真っ白になる。

 

何で――

 

どうして――

 

箒が照秋の横で叫んでいるが、何を言っているのかわからない。

頭に入らない。

もう、自分が今何をやっているのかさえ分からない。

そんな照秋達を前に、銀の福音は動かず、照秋を見ている。

照秋は銀の福音を見てゾッとした。

 

――のっぺらぼうのような顔のパーツがないドローンのはずなのに、ニヤリと笑ったように見えた。

 

「ダメだマドカ! 照秋がまったく反応しない!! バイタルにも異常が出ている!!」

 

「ちいっ! 仕方ない! 撤退する!!」

 

マドカは傷つき気絶した一夏を背負い、箒は放心状態の照秋を背負い離脱する。

銀の福音は追いかけない。

だが、じっとこちらに顔を向けていた。

 

まるで、逃げ惑うネズミを見るように。

 

 




いいところで終わりましたが、ここで連続更新が途切れると思います。
最近返信出来ず申し訳ありません。
仕事を言い訳にしてしまうことになりますが、忙しいんです。
年末休みなんてありませんよ!
年越しも会社で迎えますよ!
ほんと、最近マトモにパソコン触ってません。
艦これも出来てません。
嫁の大鳳に会えてません。
大鳳に会いたいよー!
ビスマルクに会いたいよー!
あきつ丸に会いたいよー!
榛名に会いたいよー!
隼鷹に会いたいよー!
武蔵に……あ、武蔵いねぇわ。
苦労してケッコンカッコカリしたのに大鳳に会えないなんて拷問だよー!

というわけで、予約投稿がここで途切れます。
なるべく早く再開しますので、お待ちください。


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第74話 救いを求めるもの、突き放すもの

連続投稿が切れると言ったな。

アレはウソだ。

あ、私はSEED好きですよ!
ルナマリアのオッパイは俺のもの!
マリューさんの熟女ッパイはムウに譲ってやんよ!


作戦は失敗に終わった。

 

照秋達は旅館に戻ると、事前に状況の報告を受けていた教員達が出迎え、一夏はすぐに治療のため緊急治療室を設置し処置を行うためにストレッチャーで運ばれる。

その痛々しい姿に泣き叫びながら付き添う鈴。

マドカは一夏を抱えて飛んでいたため一夏の血で汚れていたがそんなことを気にすることなく千冬とスコールの元に向かい報告を行う。

箒は、未だ放心状態の照秋に声をかけ続けていた。

そして、照秋は旅館に着くなりISを解除し力なく跪き項垂れる。

その顔色は真っ青で、唇の色も紫色になっていた。

尋常ではない状況に騒然とするが、駆けつけたセシリアやシャルロット、ラウラ、簪でさえ照秋に声をかけるのに躊躇してしまった。

 

ある程度報告が終わったのだろう、マドカと千冬、スコールが項垂れる照秋の元に向かう。

そして、照秋の目の前で止まり、跪く照秋を見下ろす千冬。

その表情は、怒りもなく、悲しみもなく、能面のようだった。

 

「織斑照秋、今から事情聴取を行う」

 

そう言って照秋の腕を掴み無理やり立ち上がらせる。

 

「千冬さん! あまり乱暴な扱いは……」

 

「黙れ篠ノ之」

 

照秋を強引に立ち上がらせようとした千冬に抗議をすると、千冬はそれを睨んで黙らせる。

マドカも抗議しようとしたが、スコールに止められ、そのスコールは千冬の行動に異議を唱えずただ黙って見守るだけである。

照秋は弱々しい瞳で千冬を見上げる。

その表情はなにも感情が読み取れない能面のようであったが、しかし瞳は怒りに満ちていた。

 

 

 

旅館の教員用に充てられた一室で、千冬と照秋が正対する。

10畳の和室であるため、二人は正座である。

 

千冬は照秋を見下ろすように睨み、対して照秋は背を丸めるように項垂れている。

 

「結淵から報告は受けた」

 

千冬は淡々としゃべる。

 

「織斑照秋」

 

「……はい」

 

名を呼ばれ力なく答える照秋。

 

「何故一夏を攻撃した」

 

ビクッと肩を震わせる照秋。

だが、何も言わない。

 

しばらく無言が続き、痺れを切らした千冬が口を開く。

 

「お前は小さい頃から一夏に暴力を受けていた。それを見抜けなかった私の落ち度はある」

 

いきなり何を言い出すのかと、ゆっくり顔を上げる照秋。

 

「だが、一夏に重傷を負わせるほどの憎しみを抱いていたのか?」

 

「ち、ちがうっ」

 

千冬の言葉に即反論する照秋だったが、声に力がない。

 

「お、俺は、銀の福音に攻撃したんだ」

 

「だが攻撃を受けたのは一夏だ」

 

「俺の目には銀の福音が映ったんだ」

 

「だが目の前にいたのは一夏だ」

 

淡々と、照秋の言葉を否定する千冬。

そこで、照秋はハッとして待機状態のIS、アンクレットを外し千冬に渡す。

 

「これでっ、コレの映像記録を見れば……」

 

冷たい視線で照秋の手に握られるアンクレットを見る。

そして、奪うように取り、立ち上がり部屋を出ていく。

その際、一切照秋を見ることはなかった。

 

 

 

千冬はすぐさま作戦室に戻り、待機状態のメメント・モリを山田真耶に渡し、記録映像だけを抽出するよう指示する。

しばらくして記録映像抽出が完了し、モニタに再生される。

 

映像は、照秋目線で銀の福音と戦う記録だった。

激闘を繰り広げる高次元の戦闘に、真耶は息を呑む。

途中、いきなり海面を見たかと思うと不審船が映る。

そして、突如横からの攻撃を受け画面がぶれる。

そこから画像に砂嵐のノイズが走り、雑音も入り始めた。

それでも戦い続ける照秋は、事を優勢に運んでいた。

 

やがて画面のノイズが酷くなってきたと思ったら、突如ノイズが無くなり、目の前には背中を向けた一夏が映し出される。

そして、照秋は瞬時加速を使い一夏に接近、背後から斬りつけた。

 

再び画面に砂嵐のノイズと雑音ができ、箒の真っ青な顔が映り、映像が終了した。

 

隣では真耶が真っ青な顔でモニタを見ていた。

スコールも、厳しい表情だ。

 

「明らかに一夏を狙っている……」

 

千冬は歯を食いしばり、唸るように声を出す。

 

「でも、白式の絶対防御が働かなかった……何故かしら?」

 

スコールは顎に手を当て、千冬とは別の事を考えていた。

白式の絶対防御が働けば、背後からの攻撃とはいえ気絶程度で済んだはずだ。

なのに、絶対防御が働いた気配が全くない。

様々な可能性を考えている途中、千冬は無言で作戦室を出て行こうとしていた。

 

「どこに行くの?」

 

スコールは顎に手を当てモニタを見ながら背後の千冬に声をかける。

 

「照秋を問い詰める」

 

「何を問い詰めるの?」

 

軽い世間話のような口調のスコールだが、千冬はわなわなと震えている。

 

「なにが福音を攻撃しただ。明らかに一夏を狙っているではないか! こんなすぐにばれる嘘までついて、アイツはそこまで一夏が憎かったのか!?」

 

歯を食いしばり吐き捨てる言葉に、真耶はヒッと悲鳴を上げる。

 

「織斑千冬、よく考えて行動しなさい」

 

未だモニタを見ながら淡々と話すスコール。

 

「おかしい状況はたくさんあった。攻撃によって砂嵐が走る画面、雑音。そして、攻撃を受けた白式の働かなかった絶対防御」

 

「関係ない。この結果が全てだ」

 

千冬は、そのまま作戦室を出て行った。

閉まる襖を一瞥し、小さくため息をつくスコール。

 

「私は忠告したわよ、千冬」

 

スコールは待機状態のメメント・モリを手に取ると千冬に続き作戦室を出ようとする。

 

「あの、どちらへ?」

 

真耶がスコールを引き留めるが、襖を開けた先の廊下には、にこやかにほほ笑む束がいた。

 

「専門家に調べてもらうのよ」

 

そう言って、スコールは束を連れ出て行った。

 

 

 

千冬は再び照秋のいる部屋へ向かう。

外には見張りの教師がおり、千冬を見ると小さく頷く。

だれも来ていないし、照秋が何も騒がず大人しくしているという頷きだ。

千冬はその教師を一瞥すると襖をあけ部屋に入る。

部屋の中では、先ほどと姿勢が変わらず正座のまま項垂れている照秋がいた。

反省してるのか、悔やんでいるのか、しかしその態度が白々しく見えてしまう千冬。

 

「メメント・モリの映像を確認した」

 

千冬は照秋の前に座る。

照秋はゆっくり顔を上げ千冬を見るが、その瞳に力はない。

そして、厳しい線のまま、告げる。

 

「記録映像では、明らかに一夏の背後を攻撃している姿が確認できた」

 

「そんなっ」

 

驚愕の事実に、驚く照秋。

照秋は確かに銀の福音を攻撃したのだ。

そう映ったのだ。

それが事実であり、照秋の真実なのだ。

 

「お、俺は確かに銀の福音を攻撃したんだっ」

 

震える声と、揺れる瞳で千冬に訴える。

あまりにも心が弱ってしまい、何かに縋りたい照秋。

それは、千冬に優しい言葉をかけてほしいのか、慰めてほしいのか、それはわからない。

だが照秋は助けてほしかったのだ。

それほど、人を斬ったという事実と手に残る感触のショックが大きいのだ。

しかし、その心の叫びは千冬には届かなかった。

 

「いい加減にしろ!」

 

千冬の怒号にビクッと体を震わせる照秋。

 

「お前がどれだけ言い逃れをしようと! どれだけ事実を認めなかろうと! お前が一夏を背後から攻撃し重傷に追いやったのは事実だ!!」

 

「お、おれ、は……」

 

突きつけられる事実に、ガタガタ震える照秋。

照秋の一撃によって、重傷を負った一夏。

だが手ごたえから、下手したら命を奪っていた可能性もあったのである。

それを自覚している照秋は、自身の手を見つめる。

その手は、血に塗れているような幻覚が見え、慌てて振る。

 

「お前は作戦終了までの部屋を出ることを禁じる」

 

そう言い、立ち上がる千冬は、照秋を見ることはなく。

 

「お前には失望したぞ」

 

そう吐き捨てるように部屋を出ていく千冬。

言い返さず、項垂れる照秋。

震える肩は、照秋が泣いているからか、もしくは恐怖からか。

そんな照秋に興味を無くした千冬は、冷めた目で見おろし襖を閉めるのだった。

 

 

 

専用機持ちたちは全員同じ部屋で待機命令が出されており、鈴を覗く専用機持ちはその部屋に居た。

鈴は一夏がいる治療室で看病している。

皆、無言で俯いている。

この作戦において、一番の衝撃は照秋が一夏を背後から襲い、斬りつけたという事だ。

そして、帰ってくるなり千冬に連れて行かれ、現在も会う事を許されていない。

 

「……あんなに弱ってる照秋、初めて見た」

 

シャルロットがポツリとつぶやく。

 

「……ですが、なぜテルさんは織斑一夏を背後から……」

 

兄弟仲が良くないことは承知していたが、殺意を抱くほどではなかったと認識している。

だからこそ、今回の事態が信じられないのだ。

この作戦に参加した箒とマドカは未だ無言で、何か考え込んでいる。

 

「……照秋は、途中から行動がおかしかった……」

 

「え?」

 

箒の呟きに反応するセシリアとシャルロット。

 

「よくよく思い出すと、照秋は途中からしきりに頭を振っていた」

 

「……それって……」

 

「何かバイザーに不具合が発生してたのかもしれんな」

 

バイザーの不具合から、銀の福音と一夏の白式をご認識した可能性がある。

機体カラーが銀で、光の反射や角度から白式の機体カラーの白を見間違う可能性もある。

ラウラがそう推測するが、それが正解なのか、誰も回答を持っていない。

そんな中、マドカは爪を噛みイライラを隠さない。

当初マドカは照秋と共にいると言っていたがそれをスコールが拒否した。

マドカは抗議するが、スコールはそのマドカの抗議を無視し、さらに監視まで付けた。

そして、マドカはぽつりとつぶやく。

 

「……全部私のせいだ」

 

「マドカ……」

 

「私が不審船がいることをテルや箒に言ったから、テルは福音の攻撃を受けた。もしバイザーの不具合が発生したのなら、原因はその攻撃しかない……」

 

マドカは、状況を報告しただけなのだが、照秋にとっては余計な情報だった。

だから、そこで福音から目を離し確認してしまったのだ。

それさえなければ、照秋と箒は問題なく福音を捕獲できていただろう。

照秋達に余計な情報を与えることなく、マドカが対処に当たれば済んだ話だったのだ。

マドカは、照秋と箒の力を過信しすぎていたのである。

悔しそうに顔を歪めるマドカを見て、何も言えない箒たち。

何も口に出さないが、簪や趙も、こんなマドカの姿を初めて見たので心配している。

 

そのとき、部屋の襖が開いた。

 

「まーちゃんのせいではないよ」

 

そこには、にこやかに笑う束と、苦笑しているスコールがいた。

 

 

 

「これを見て」

 

束はパパッとコンソールを操作し空間に投影されたモニタに映像が再生される。

それは、先ほど千冬が見ていたメメント・モリに記録されていた戦闘記録だ。

照秋視点で福音と戦う様が映され、高次元戦闘が行われている。

その激しい戦闘に息を呑むセシリアたち。

やがて、照秋が突如海面に浮く不審船を見る。

そして突如襲う横からの衝撃。

ここで照秋は福音から攻撃を受けたのだ。

そこから、画面には砂嵐と、雑音が混じり始める。

しばらくノイズが走ったまま戦闘を行っていたが、突如画面の砂嵐や雑音が消える。

そして、目の前には背を見せ動かず停まっている白式を纏った一夏がいた。

照秋は一夏の背後めがけて瞬時加速を行い、ノワールを振りおろした。

破壊される白式の装甲と、飛び散る血しぶき。

一夏はそのまま海へ落ちた。

 

ココで映像を切る束は、箒たちの顔を見渡す。

皆、照秋が人を斬ったというショッキングな映像に顔を青くしていた。

 

「これ、実際メメント・モリが記録して、てるくんが見てた映像とは違うんだ」

 

「え?」

 

箒が疑問の声を上げると、再び束はコンソールを操作する。

そして、再び始まる記録映像。

だが、決定的に違っていた。

 

照秋が福音から攻撃を受け、画面と音声にノイズが混じるようになり、一層画像の乱れが出た時、目の前には銀の福音が背を向け無防備に浮いていた。

 

「……え?」

 

「……こ、これは」

 

そして、照秋は瞬時加速を行い福音に接近、ノワールを振り降ろした。

スラスターが破壊され、シールドエネルギーがゼロになったのか量子化し消える福音。

海に落ちるドローン。

 

映像を停止し、満足そうな笑みを浮かべる束に、困惑する箒たち。

 

「ど、どういう事ですか姉さん!」

 

「一体、何が……」

 

未だ整理がつかない箒たちだったが、マドカはハッとした。

 

「そうか、ハイパーセンサーをハックしたのか!」

 

「ピンポンせいかーい!」

 

束は嬉しそうにパチパチと拍手する。

 

「巧妙に隠されてたわ、この映像。探すのに博士もちょっと手こずってたもの」

 

「スーさんそれ言っちゃダメ! 束さんは努力を人に見せないのだ!」

 

「じゃあスーさんて言わないでよ! なんか釣りバカな社員がいる会社の社長みたいじゃない!」

 

スコールは悲鳴に似た声を上げるが、今はそんな戯言に付き合っている暇はない。

 

「メメント・モリをハッキングして、ハイパーセンサーを操作? いったいどうやって……」

 

「おそらく、あの殴られたときだろうね」

 

束はモニタにメメント・モリの状態を移す。

そして、バイザー部分を拡大した。

 

「ほら、ここ見て。ちょっと穴が開いてるでしょう?」

 

モニタを食い入るように見る箒たち。

確かに言われれば小さな穴が開いているように見える。

だが、それがどうしたという……と、そこまで考えてマドカがアッと声を上げた。

 

「ハシッシと同じか!!」

 

「はいまーちゃん連続だいせいかーい! 正解者には飴ちゃんあげよう!」

 

マドカは束から飴を受け取り、しかし納得できないでいた。

箒やセシリアはハシッシと言われてピンときたが、それ以外のシャルロット、ラウラ、簪、趙は何が何だかわからず首を傾げる。

そこで、スコールが補足した。

 

「つまり、コンピュータウィルスね」

 

「ウィルス?」

 

シャルロットが首を傾げる。

 

「バイザーに穴が開いてたでしょ? あれは銀の福音のウィルス攻撃によって空いた穴なのよ」

 

「……ウィルスってプログラムですよね? それでバイザーに穴が開くんですか?」

 

「おそらく、銀の福音の攻撃した部分に針のように細い突端があって、それでメメント・モリのバイザー内に進入、そして直接ウィルスを流し込んだのよ」

 

「な、なるほど」

 

「大体コンピュータウィルスの感染なんてものはオンラインや、感染した記憶媒体の接続からがほとんどだ。つまり、銀の福音はその記憶媒体からの感染という手段に似た方法を取ったというわけだ」

 

マドカの解説になるほど、と頷くシャルロットたち。

 

「でも、そもそもISにウィルスなんて通じるんですか?」

 

簪が疑問を口にするが、束は肯定する。

 

「通じるよー。 でもそれはコアにじゃなくて、装甲に、だけどね」

 

「……あ、なるほど。つまりコアという心臓はブラックボックスで手が出せないから、体や手足の部分にというISの装甲にばい菌を送って怪我させるみたいな感じですか?」

 

「んー! わかりやすいねー簪ちゃん! 君にも飴ちゃんあげよー!」

 

束は簪に飴を渡しニコニコ笑顔でマドカを見る。

 

「メメント・モリにも同じ兵装があってな、それが[ハシッシ]という名前なんだよ」

 

「まあ、ハシッシと比べるとしみったれたウィルスだけどねえ」

 

スコールがため息交じりに愚痴をこぼす。

確かにハシッシと比べると、大したものではない。

ただ、ハイパーセンサーの誤情報を認識するようにするウィルスなのだから。

ハシッシは、ISの装甲プログラムそのものを侵食するウィルスであり、命の危険さえ伴うものだ。

だがしかし、大したものではないと断じることが出来ない威力があった。

事実、それで照秋は白式を銀の福音と誤認識し攻撃したのだから。

 

「だが、なぜ銀の福音にこんな装備が? ブリーフィングの際のスペック開示ではこんな装備ありませんでしたわ」

 

セシリアの疑問もっともである。

だが、一つ可能性がある。

 

「隠してたってのが一番可能性が高いだろうな」

 

そう考えると納得がいく。

 

「不完全な兵装で開示しなかったのか、ひたすら隠したかったのか、それはどうでもいい。だが、これで原因が分かったわけだ」

 

その通りだと、頷く箒たち。

照秋が一夏を攻撃し怪我を負わせたと言うのは事実だが、それでも原因は銀の福音からの攻撃によるものだったのだ。

 

「じゃあ、これを千冬さんに見せないと!」

 

箒は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

だが、スコールがそれを止めた。

 

「無駄よ」

 

「どうしてですか?」

 

箒は止めたスコールを見上げると、その表情は曇っていた。

 

「もう手遅れよ」

 

 

 

そうスコールが言ったその時、突如爆発音が鳴り響く。

 

旅館が揺れ、地震でも起きたのかと、尻餅をつく箒たち。

 

「な、なんだ!?」

 

慌てる箒たちだったが、スコールと束は空を見上げていた。

 

空には、黒く煌めく機体[メメント・モリ]高速で飛び立っていた。

 



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第75話 メメントモリの実力と白式の慈悲

突如起きた爆発に驚く千冬と真耶は何事かと外に出る。

すると、旅館の一部が破壊された跡があった。

何かの襲撃かと緊張が走る。

 

しかし、教師が千冬の元に走ってきて衝撃の事実を口にする。

その教師は、照秋を監視してた教師だった。

 

「織斑先生! 織斑照秋君が、ISを装備して飛び出して行きました!!」

 

「なんだと!?」

 

空を見上げると、黒いISのメメント・モリが飛びどんどん小さくなっていく姿が見えた。

 

千冬はギリッと歯ぎしりし、睨む。

 

「何をしている……馬鹿者がっ!」

 

千冬は急いで作戦司令室に戻り、通信機器を使い照秋と交信を試みた。

 

「織斑! 応答しろ織斑! 織斑っ!!」

 

しかし、まったく答えない照秋。

千冬は通信機器を畳に投げつける。

一体、照秋は何がしたいんだ!

一夏を攻撃し、次は無断で飛び出して行く。

どこに向かっているのか不明だが、命令違反は元より、ISの無断使用という違反を犯している。

そもそも、照秋のISは待機状態でこちらにあるはずだ。

そうして、ハッとする千冬。

そう、照秋は今どこに向かっているのだ?

千冬は真耶に、照秋がどこに向かっているのか予測させた。

すると、真耶は顔を真っ青にしていった。

 

「……銀の福音の元です」

 

それを聞いた千冬は、顔を青くさせる。

先の作戦でも、箒と二人でも攻めきれなかったのに、一人で向かったという事実に焦る。

もしかして、つい先ほど照秋を責めたことでヤケクソになって飛び出したのではないかという考えが浮かぶ。

自分のせいかという思いが、千冬を焦らせる。

 

なんとか照秋を止めないと! 

そう思い、千冬は何度も交信を試みる。

 

「照秋! 応答しろ照秋! 戻ってこい!!」

 

「無駄だよちーちゃん」

 

そこに、突如束がふすまを開け作戦司令室に乱入する。

後にはスコールとマドカや箒たちもいた。

千冬はスコールと束が揃っているのを見て、照秋にISを返したのはスコールであり、照秋が無断で出撃したのは束が何か唆したのだと理解した。

千冬は束を睨むと、再び通信機を握り交信を続けようとする。

 

「束とミューゼル先生には後で聞きたいことがあるが、今は構っている暇はない。それに後ろの者たちも、今は待機だと言ったはずだが」

 

「そうも言ってられない状況だから、こうやって連れてきたのよ」

 

スコールがマドカの肩をポンと叩き前に出る。

それに続き束がずんずん進み、機材を操作し始め、展開されるモニタを切り替える。

そこには、音速で移動する照秋が映る。

 

「衛星をハッキングして映したよ」

 

そう言い、束は千冬の持つ通信機器を奪い取り、交信を試みる。

 

「てるくん、聞こえる? 聞こえたら応答して」

 

返事はない。

 

「てるくん、通信を切ってるね」

 

やれやれと肩をすくめるようなジェスチャーをして通信機器を畳に放り投げる。

 

「もう、見守るしかないよ」

 

「何を無責任な事を!」

 

千冬は他人事のように話す束に怒り胸ぐらを掴む。

が、束はへらへらと笑うだけで抵抗しない。

 

「今! 福音に一人で向かっても照秋に勝ち目はない!! ただの無駄骨、下手すれば命に関わるんだぞ!!」

 

「大丈夫だよ」

 

「何を根拠に……」

 

「彼女なら勝てるよ」

 

まあ、見てなって、そう言い千冬の腕を振りほどき再び機材を操作する。

すると、モニタが複数展開され、銀の福音も映し出される。

 

「うん、やっぱり動いてないね」

 

「何故動いていないのかしら?」

 

映し出された銀の福音は、空中で膝を抱え蹲っているように見える。

つい先ほどまで音速軌道をしてアメリカから日本に来たのに、現在は全く進行する気配がない。

 

「たぶん、暴走したといっても最初の命令を守ろうとしてるんじゃないかな?」

 

束の仮説に首を傾げるスコール。

 

「最初の目的だよ。『メメント・モリと紅椿を倒し、力を誇示する』って命令がね」

 

「……つまり」

 

「待ってるんじゃないかな、彼女を」

 

そう言いモニタを見つめる束。

その表情は、未だ笑顔を張り付けたままだった。

 

そして、モニタに映る照秋を不安な表情で見守る箒たち。

本当なら今すぐ飛んで行って助けてやりたい気持ちだった。

それは、セシリアも、シャルロットも、ラウラも同じだった。

簪や趙も、手伝えることがあれば手伝ってやりたいと思っていたのだ。

だが、それは束に止められた。

 

「邪魔になる」

 

きっぱりそう言う表情は、箒たちを虚仮にしたものではなく、真剣そのものだった。

 

「大丈夫、全部解決して戻ってくるよ」

 

その言葉を信じ、箒たちは無事に帰ってくることを願い、祈ることしか出来ないのだった。

 

 

 

しばらく音速飛行を続け、照秋のハイパーセンサーに銀の福音を補足する。

照秋は速度を緩めることなく、そのまま蹲っている銀の福音に突撃した。

照秋と銀の福音が絡まったまま、海の中に落ちる。

20メートルほどの水柱が立ち、すぐ海から飛び出す照秋と銀の福音。

照秋はノワールを力任せに横なぎに振り、福音はそれを受け海面に打ち付けられる。

飛び石のように海面を数度跳ね、近くの島の海岸にある巨大な岩にぶつかる。

大きな破壊音と埃が舞い、銀の福音は飛び上がる。

大してダメージを受けたようには見えず、銀の福音は瞬時加速を使い照秋に接近する。

そしてそのスピードを維持したまま銀の鐘を展開する。

照秋は銀の鐘を避ける気配を見せない。

だが、照秋は両手を前に出し、見たこともない攻撃を繰り出す。

 

[ヴァルカン発動]

 

女性の電子音が鳴り、両手から無数の光の弾が飛び出す。

それらがまるで追跡するように銀の鐘とぶつかり爆発する。

 

銀の福音は予想外だったのか、すぐに軌道を変え距離を取ろうとする。

だが、照秋は逃がさない。

逆に瞬時加速を使い銀の福音に肉迫する。

そして、背中の羽が光り電気が走る。

 

[トニトルス発動]

 

巨大な電撃が走り、銀の福音に直撃する。

バチイッ! と巨大な音と、閃光の様な光と共に、煙を吹く銀の福音。

だが、銀の福音はまだ飛び続ける。

さらに速度を上げ、照秋との距離を取ることに成功した銀の福音は、再び銀の鐘を展開する。

照秋は、その銀の鐘によって放たれたエネルギー弾を全て避けるという離れ技を行い、いつの間にか手に持っていた黒い鎌を振り上げる。

 

『キアアアアアアア!!』

 

[ハルシオン]

 

福音が叫び声に似た電子音を鳴らしたが、同時にメメント・モリから電子音声が鳴ると共に、刃の部分が光り輝く。

そして、容赦なく振りおろし、銀の福音は再び海に叩きつけられるのだった。

 

 

 

「……な、なんなんだ、これは」

 

モニタ越しに展開される圧倒的戦いに、千冬は絶句する。

それは、先の戦闘を見ていなかったからこその驚きであると同時に、違和感を覚える戦いだったからだ。

今まで見てきた照秋の戦いとは、非常時以外では刀剣[ノワール]一本で戦ってきた姿しか知らない。

それが、純粋に照秋の力を十全に発揮できるスタイルだと思っていたからだ。

だが、今の戦い方は全く違う。

ISの機能を使いこなす、トリッキーなスタイルだ。

 

そして予想外の展開と照秋の容赦ない戦いに驚きを隠せない箒たち。

箒とマドカは銀の福音との戦いで、ドローン内にある核融合炉の暴走を気にしながら戦っていたのに、今の照秋は躊躇がない。

そう、まるで……

 

「銀の福音を破壊するつもりか?」

 

マドカが呟く。

その言葉にギョッとするセシリアたち。

銀の福音の破壊、それはドローンをも破壊するという事になる。

それは、ドローン内にある核融合炉の暴走を意味するのだ。

 

「ちょ、ちょっと!? 照秋を止めないと!!」

 

シャルロットが焦る。

無理もない、核融合炉の暴走は最悪メルトダウンによって放射能汚染を起こす可能性もあるのだから。

 

「しかし、照秋が現在交戦中でこちらからの通信を受け付けない。連絡手段がない」

 

ラウラはそう言い、拳を握る。

簪や趙も固唾を飲んでいる。

 

「大丈夫」

 

そんな緊張した空気の中、束が言う。

 

「大丈夫だよ」

 

束はモニタを見つめる。

 

「彼女なら、大丈夫」

 

束の言葉を信じ、モニタを見つめる箒たち。

その時、誰も束の言葉に違和感を抱く者はいなかった。

 

 

 

照秋は海面を見つめ続ける。

そして、突如水柱が昇り、中から銀の福音が現れた。

だが、どうも様子が異なる。

破損していた装甲が修復され、ダメージが消えている。

背中のスラスターが翼のように変形し、枚数も増えている。

5対10枚の銀色の翼は、まるで天使のようだった。

 

『キアアアアアアア!!』

 

悲鳴のような電子音声を鳴らす銀の福音。

 

――第二形態移行――

 

銀の福音は、この土壇場で第二形態移行した。

銀の福音は翼をエネルギーで発行させ、そのエネルギーを弾丸に変え照秋に向け発射する。

先程までの銀の鐘とは比べ物にならない弾数が照秋を襲う。

しかし。

 

[ヴァルカン発動]

 

再び両手を突出し、無数の光の弾を発射。

それらすべてが、銀の福音が発射したエネルギー弾をすべて撃ち落した。

銀の福音は、光弾が落とされるのを見越していたのか、すぐに次の攻撃を用意する。

銀の福音は銀の翼を広げ、頭上を中心にエネルギーを集める。

先程の散弾式の光弾とは違い、今度の攻撃は一撃必殺を秘めた高圧縮エネルギーのようだ。

圧縮するエネルギーによって、空間が歪む。

こんなエネルギー弾当たれば、ひとたまりもないだろう。

 

銀の福音は、それを躊躇なく発射した。

 

轟音と共に迫りくる暴力。

 

しかし、照秋は焦ることなく、両手を前に広げた。

 

[コキュートス発動]

 

電子音声が鳴った瞬間、掌の前で小さな黒い球体らしきものが発生、と同時に放たれた高圧縮エネルギーは照秋の掌の前で消えた。

まるで、吸い込まれたように。

 

 

 

銀の福音が第二形態移行したことに驚いたが、そのパワーアップした攻撃を難なく躱し、さらに照秋が行った理解不能の防御に一同あんぐりと口を開ける。

 

「ビ、ビームが……消えた、だと!?」

 

流石のマドカも、とんでも理論に追いつけないようで頭を抱えている。

 

「まてまてまて! エネルギーを消滅させただと!? 弾いたんじゃないんだろ!? 消滅だろ!?」

 

「違う、あれは消滅じゃない。転移だね」

 

束はいつの間にか自身の手元に展開したコンソールを操作しモニタに数字の羅列が並ぶ。

 

「あれは別空間へのゲートを開いてエネルギーをその別空間へと移したんだよ」

 

「おい待て別空間だと!? どこだよそこ!!」

 

「たぶん、ビームによって被害が出ない空間につなげてビームを殺しただろうから……宇宙かな?」

 

興味津々な束とは対照的に、まったくついていけない箒たち。

マドカなど頭をかきむしり、常識無視してんじゃねーよと唸っている。

 

「ちょ、ちょっといいですか?」

 

我慢できず簪が手を上げる。

 

「はい何かな簪君!」

 

教師のように指さす束。

そして、おずおずと質問する。

 

「そもそも空間転移なんて技術、可能なんですか?」

 

「出来るよ」

 

まさかの可能発言に興味津々に食いつく簪。

それはつまり、もしかしたら地点と地点をくっつけて移動する瞬間移動という夢の移動方法の可能性も出てきたという事で、世界の移動手段の根本を覆すものだ。

だが束は、フフンと鼻を鳴らし、まずは、と前置きする。

 

「まず、別空間の座標と現座標を繋げるために安定した亜空間を見つけなきゃいけないけどねー」

 

「……それって、無理ってことなんじゃあ?」

 

「でも今目の前で出来てるしねー」

 

そもそも亜空間という概念自体がSFで、未だワープ理論や超高速移動の理論はあくまで理論であり、実証されていないのである。

束の言葉にうっと言葉を詰まらせる簪。

実証されていないはずの亜空間転移という理論が、目の前で実証されているという事実。

箒やセシリア、シャルロット、趙などは全く意味が分からずちんぷんかんぷんで首を傾げるばかりである。

ただ、ラウラは「ああ、あれね、うん、わかってるよ」と言う顔をしている。

恐らくクラリッサから教えられたSF漫画の知識だろうが。

 

そんな照秋の戦いを議論しながらも不安な気持ちで見ていた箒たちの背後で、突如息を切らして走ってくる教師が。

それは、一夏の容体を見ていた保険医だった。

 

「た、大変です!!」

 

顔を真っ青にしている保険医の後ろでは、同じく顔を青くしている鈴がいた。

 

「今度はなんだ!?」

 

苛立たしげに叫ぶ千冬。

現状を把握するのに労力を費やしているのに、今度はどんな問題を持ってきたのかと叫んだのである。

だが、鈴が泣きそうな顔でつぶやいた言葉に、千冬の表情は凍りつく。

 

「い、一夏が……白式を纏って……出て行きました」

 

 

 

時間は少し遡る。

 

ザザーン……

ザザーン……

 

ここは……どこだ?

砂浜に波打つ海……雲のない青い空……そして、枯れた倒木……

海には空が綺麗に反射しており、海と空が繋がり、まるで見渡す限り空しかないようだ。

 

……あれ?

どこだここ?

先程より意識がはっきりしてきた織斑一夏。

俺は……たしか……銀の福音捕獲作戦に参加して、不審船を発見して……

あっ!!

照秋に背中から斬られたんだ!!

あの野郎っ……!!

思い出し怒りをあらわにする一夏。

だが、よくよく考えると、照秋は背後から一夏を襲う卑怯者という事で箒たちが愛想を尽かす可能性がある。

よっしゃー!

原作ハーレム復活!

小躍りする一夏は、今更ながら、ハッとする。

もう一度周囲を見渡す。

……そうか、ここは……

そう考えていると目の前に一人の少女が居た。

白い服と白い帽子と白い肌。

少女は空を見上げており、一夏の存在に気付いていないようだ。

その少女を見て、一夏はニヤリとほくそ笑んだ。

やっぱりだ!

ここは白式の世界だ!

そう思っていると、少女は蹲り、しくしくと泣き始めた。

 

な、なんだ、どうしたんだ?

 

「おい、どうしたん……」

 

そう声をかけようとしたその時、世界は暗転する。

先程まで青い空と海の世界だったのに、今は真っ暗な空、そして、人を呑みこまんとしている漆黒の海。

足元に広がる砂浜は晒したものではなく、ヘドロのようにまとわりつく。

 

「な、何だこれ!? おい、何なんだよこれは!!」

 

一夏は泣き続ける少女に声をかけるが、少女は泣き止むことなく、やがてゆっくりと立ち上がり一夏に背を向け離れていく。

 

「おい!? 待てよ!!」

 

一夏が叫び呼びとめると、少女は歩みを止め、そしてゆっくりと一夏を見る。

そして、呟いた。

 

「……おまえのせいだ」

 

瞬間、一夏を襲う記憶の嵐。

それは、一夏が照秋に対し行ってきた暴力の数々。

小さい頃から躾と称して行ってきた、暴力。

 

泣き叫び蹲る照秋の腹を蹴る。

吐く照秋を見て嗤う。

止めてと懇願する照秋の頭を踏みにじり、唾を吐く。

泥と涙で顔がドロドロに汚れ泣く照秋を見て声を上げて嗤う一夏。

 

今の一夏は、昔の一夏を客観的にみて、吐きそうになった。

 

――だ、誰だ、これ?

子供の一夏が声変わりしていない甲高い声で笑い、それが耳に残る。

耳障りだ……!

やめろ……!

一夏は手で耳を押さえるが、直接脳に響くので意味がなく、鈍痛のように頭が重くなる。

 

「なぜ耳と閉じるの?」

 

耳元でさ囁く子供の声。

顔を上げると、そこには笑みを浮かべる子供の一夏がいた。

 

「全部自分がしてきたことじゃないか」

 

「う、うるさいっ……!」

 

「否定するの? こんなに楽しかったのに」

 

「だまれっ……!」

 

一夏は頭を抱え、子供の一夏の言葉を拒否する。

だが、子供の一夏は三日月のように口を歪め、さらに言い放つ。

 

「いいじゃないか、イレギュラーなんだから。殺しても」

 

一夏はハッとして顔を上げる。

そこには子供の一夏はいなかった。

周囲を見渡し探す。

そのとき、足をガシッと掴まれる感覚に、ドッと冷や汗が流れ、ゆっくりと顔を足元に向ける。

そして、そこには。

 

ヘドロの中から三日月の様な歪んだ笑みをさらにいびつに、裂けるような口元と眼球が真っ黒になった子供の一夏の顔があった。

 

「イレギュラーって、誰だろうね」

 

「う、うわあああぁぁぁぁぁっっ!!?」

 

一夏は恐怖で叫ぶ。

子供の一夏の言葉など頭に反らない。

ただ、頭の中が恐怖で支配され、本能で逃げようとする。

だが、足は子供の一夏に掴まれて動かない。

やがてバランスを崩し、尻餅をつく一夏。

 

そこに、ヘドロの中なら這い上がる子供の一夏。

眼球が真っ黒で、瞳孔すらわからない。

眼球があるのか、空洞なのか、何も見えない。

ヘドロでどろどろの子供の一夏はゆっくりと這いより、一夏の顔の前で止まり見つめる。

 

一夏はヒッと悲鳴を上げる。

ヘドロで汚れた子供の一夏は、何も映さない真っ黒な瞳で一夏を見つめ続ける。

 

「ねえ、なんで彼を邪魔者扱いするの?」

 

無邪気な、子供の声。

今のホラーな見た目とのギャップに、一夏は間抜けに口を半開きにしていた。

 

「彼が何かした? 邪魔した?」

 

全く邪気のない、しかしズケズケと質問してくる子供の一夏に、苛立ちを覚え始める。

……邪魔をしたか、だと?

 

「アイツの存在が邪魔なんだよ。織斑照秋だと? そんな奴原作に出てきてないだろうが」

 

「じゃあ、君が今まで出会った人間は全て原作に登場したの? 小学校のクラスメイトは? 中学での友達は? 近所の人たちは? IS学園の他のクラスや上級生たちは?」

 

「そ、それは……」

 

言葉に詰まる一夏。

だが、子供の一夏は一夏の答えを待つことなく言葉を続ける。

 

「それに、原作って何?」

 

「……え?」

 

何故か、ドキリと心臓の鼓動が跳ね上がった。

 

「ここは、この世界はインフィニットストラトスという原作のある世界……だと本当に思ってるの?」

 

真っ黒な瞳の子供の一夏が、子供らしく首を傾げる。

が、そのとき足元のヘドロが子供の一夏に這いずり上がってくる。

小さな虫が集団で寝食してくるような様に、一夏は怖気立つ。

 

「ああ、タイムリミットか。仕方ないね」

 

やれやれ、とため息をつく子供の一夏。

 

「――これは最期通告だよ」

 

子供の一夏にビクッと震える一夏。

そこまで言って、子供の一夏はヘドロに飲まれ、形が維持できなくなり溶けるように地面に消えた。

そして、真っ暗な世界に亀裂が入り、ガラスが割れるように新たな世界が現れる。

黒い破片が飛び散り、一夏は目を閉じ怪我しないように頭を抱える。

やがて、ゆっくりと目を開けるとあたりは夕方のようにオレンジ色に染まっていた。

 

「……なんなんだ、一体……」

 

呟く一夏。

何が起きているんだ? そう思ったとき、背後に気配がした。

ジャリッと砂浜を踏みしめる音。

恐る恐る振り向くと……太陽を背にした一人の女性が見えた。

アレはISだろうか……堂々としたその佇まいと白い甲冑の様な姿は、まるで騎士の様で……と考えてハッとする一夏。

そう、あれは白騎士だ。

つまり、次に起こることは――

 

『力を……欲しますか?』

 

一夏は白騎士にそう尋ねられる。

途中わけのわからないハプニングがあったが、ここで白式を第二形態移行にできればいい。

 

『貴方は力を欲しますか?』

 

その白い騎士は聞いてくる。

“力”はいるかと。

一夏は考える。

その言葉の意味はそのままの意味だろう。

力。

今自分は昏睡状態であるから外の世界はわからないが、おそらく鈴や箒たちが銀の福音に対してリベンジを行っているだろうと推測する。

そうなれば、一夏は助けに行かなければならない。

そのためには力がいる。

今以上の、”力”を。

そしてソレが欲しいかと、目の前に佇む白騎士は問う。

その声色は、何の抑揚もなく、淡々と事務をこなすような、そんな声。

 

「俺は……」

 

そんな問いに対して一夏は、言った。

 

「力が、欲しい」

 

白騎士は目元が確認できなかったが、悲しそうな表情をした。

 

『何故、力が必要なのですか?』

 

「何故って……」

 

そりゃあ、と建前として原作通りの「大切な人を守りたい」とか「守られるだけじゃいやだ」といった言葉を紡ごうとした。

が、口から出た言葉は全く異なるものだった。

 

「当然だろう。俺がこの世界の主人公だからだ」

 

――あれ!?

なんで違う言葉が出てくるんだ!?

焦る一夏。

だが、白騎士はその答えが予想通りだったのか、落胆のため息を吐く。

 

『それが答えですか』

 

――ち、違うんだ!

そうじゃないんだ!!

そう叫びたい一夏だったが、またもや別の言葉が飛び出す。

 

「当然だろうが、おれはこの世界の主人公、織斑一夏だぞ」

 

冷や汗が流れる一夏。

――なんで言おうとしている言葉と全然違う言葉が出てくるんだ!?

体は自分の意思で動くのに、言葉だけが全く言う事をきかない。

 

『やはり、あなたは真のマスターではないようだ』

 

「ちょっ、待ってくれ!!」

 

やっと思った言葉が喋れたが、時すでに遅し。

白騎士は踵を返し、一夏から離れようとする。

 

それを必死に呼び止める一夏。

ここを逃せば、二次形態移行のチャンスが遠のく、いや、いつ来るかわからないのだ。

その時、いつの間にか白騎士の足元に最初いた白い服の少女がいて、白騎士を引き留める。

 

『ちゃんすをあげようよ』

 

幼い声で白騎士に声をかける少女は、しかし一夏を見るや露骨に嫌そうな顔をする。

 

『[あのひと]もいってたよ。[さいごつうこく]って』

 

『……わかった』

 

白騎士はため息をつき、一夏の方を振り向く。

 

『これは慈悲だ』

 

厳しい声で、一夏に言う。

緊張が走る一夏は、身構える。

 

『だが覚えておけ。お前はいつも見られているという事を』

 

そう言って再び踵を返し、歩きはじめる白騎士。

その足元にいる少女は、一夏を睨み、ベーっと舌を出して走り出した。

 

やがて、周囲の景色が白くなり、一夏の意識も遠くなる。

 

 

一夏は目を覚ました。

目に入ったのは、旅館の天井。

そして自分の体を確認する。

無数の管が体に繋がっており、大仰な機材が並べられている。

夢の中の出来事を、一夏は全く覚えていなかった。

だが、起き上るや、体の傷が塞がり回復しているのを確認するとニヤリと笑い、体中に繋がっている管を引き抜き、立ち上がる。

その時丁度、部屋を留守にしていた保険医と鈴がふすまを開け入ってきた。

立ち上がり健常者そのものの一夏を見て、驚く保険医と鈴。

しかしそんな二人を見ることなく、一夏は白式を纏い、部屋の窓を開け飛び立って行くのだった。

 




良いお年を


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第76話 決着

お久しぶりです。
お待たせしまして、申し訳ありません。
投稿再開……とはいかず、2話分だけ投稿します。
後少しなのですが、納得いかず書き換えたり消したりの繰り返しをしています。
なので第一部完結はもう少しお待ちください。



照秋と銀の福音の戦いは終盤を迎える。

 

激しくぶつかり合う照秋と福音。

照秋は鎌[ハルシオン]で攻撃し、銀の福音は巧みに避けつつ体中から生えたエネルギーの翼を光弾に変え、照秋を攻撃。

しかし照秋もわずかな回避行動で光弾を避けさらに攻撃するという互いに一歩も譲らない状況になっている。

福音の流れ弾が近くの島に当たり、爆音と爆風を巻き起こし、さらに海面に落ちた光弾も水柱を起こす。

夕暮れに黄昏はじめた空により、海も暗く成しはじめる。

そんな中を空中で縦横無尽に高速戦闘を行う照秋と銀の福音。

互いのスラスターから出る光と、照秋の持つ鎌[ハルシオン]の刃がエネルギー刃となり紫色に光り輝く。

銀の福音も体から生えたエネルギーの羽根と、光弾が白く輝く。

ぶつかり、交差するとき火花が散る。

二次形態移行した銀の福音は、全ての出力がアップしているため、力の差があった照秋とも互角に渡り合えている。

 

だが、終わりというものは突然だ。

照秋が瞬時加速で再び銀の福音に突撃する。

福音はそれを光弾で牽制するが、照秋はそれを避けず多少の被弾もお構いなしに突撃、その勢いのまま銀の福音に肉迫に頭部を掴む。

ミシリと福音の頭部が悲鳴を上げるが、それを無視し照秋は急降下、海面スレスレを飛行、そして、近くの小島の切り立った岸壁に押し付けるように福音の頭を前に出し激突。

その衝撃で岸壁が崩れ落ちるが、その中から照秋は福音の頭部を掴んだまま再び急上昇する。

福音は、本体であるドローンのどこか不具合が発生したのか、動きが鈍くなっている。

福音は掴まれている頭をなんとかしようと、照秋の腕をつかむ。

しかし、照秋はさらに力を籠め、メキメキと音を鳴らし、ドローンの頭部に指が食い込み始め、福音のバイザーが破壊された。

露わになる目や鼻、口などの顔のパーツが一切ないのっぺらな頭部。

照秋は、そんな福音を見て、バイザーから見える口元がニヤリと口角を上げ歪み笑う。

そして、福音の背中のスラスターの根元を掴み、無理やり引きちぎった。

 

『!#%('?>}`!?』

 

ドローンは、まるで自分の翼を引きちぎられたような悲鳴に似た電子音を鳴らす。

しかし、そんなもの関係ないとばかりに照秋はもう片方のスラスターをガッシリと掴み、引きちぎった。

 

『――――`+~|}_*+I#%$#"%?_~=}!!』

 

体を痙攣させ、背中のスラスター接続部分がバチバチと火花を上げる。

それを興味なさげにポイッと海に放り投げ、もう片方のスラスターを掴み、再び引きちぎった。

 

『ピ―――――ッ!?』

 

ビープ音で悲鳴を上げるという滑稽な姿をさらす銀の福音。

 

そんな銀の福音を、照秋はバイザー越しに見る。

スキャンを開始し、ドローンの体内の温度が上昇しているのを確認する。

過剰な攻撃によって核融合炉の制御に不具合が出始めたのだろう。

そして、どんどん上昇するドローン内部。

どうやら停止する気配はない。

このままだと、放射能をまき散らす可能性がある。

チラリ、とドローンの顔を見た。

目、鼻、口が無いドローンの頭部なのに、何故かニヤリと笑ったように見えた。

 

――ざまあみろ。

 

そう言っているように見えたのっぺらな頭部。

だが、照秋はフンと鼻を鳴らし、空いているもう片方の手を上げる。

掌を広げると、バチッと火花を上げたかと思うと、掌から細い針が出てきた。

 

[ハシッシ発動]

 

照秋は針の出た掌を福音の腕部装甲に突き刺す。

やがて、福音の装甲はハシッシのウィルスに侵され、実体化の限界を迎え待機状態に移行した。

銀の福音の待機状態は羽根の形をしたシルバーアクセのネックレスだった。

照秋はそれを引きちぎり自身の空いている格納領域に格納する。

そして、再び掌を上げると、今度は手のひらから黒い球体が発生した。

 

途端、周囲の景色が激変した。

 

海は荒れ狂い

暴風が吹き荒れ

空には黒い雲と落雷

周囲には竜巻が複数発生し、雨なのか、海の水がせり上がったのかわからない豪雨が巻き起こる。

 

そしてなにより、照秋を中心に空間が歪んでいる。

 

空間に、ヒビが入る。

空間が、悲鳴を上げる。

パリンと空間が割れた。

 

割れた空間から、黒く大きな手が現れる。

大きさにして、指から掌にかけて20メートルはあるであろう強大な手。

そんな手が無数に割れた空間から伸びてくる。

そしてその手たちは、照秋を包むように覆い重なっていく。

 

黒い手によって見えなくなった照秋。

 

割れた空間と伸びた腕の隙間から、無数の目が、照秋を見守る。

 

[アストラル・アンブラー]

 

黒い手に包まれた照秋は、掌で渦巻いていた黒い球体をドローンに押し付ける。

すると、球体を中心に、ドローンが渦にのまれるように変形し始める。

バチバチと火花を散らすドローンだったが、ドンドン黒い球体に吸い込まれる。

 

バチュン!!

 

一際大きな爆発音に似た音と、黒い光を放ったかと思うと、その場にすでにドローンはおらず、包み込んでいた無数の黒い手も無く、割れた空間も元通りで、ただ、照秋のみが佇んでいた。

先程まであれほど荒れ狂っていた海と空、空気が、今は嘘のように静まり返る。

 

無音。

 

海もさざ波も、海鳥の鳴き声も、風の音も、何も聞こえない静寂の世界。

 

そんな世界で、照秋は黄昏の空を見上げる。

そして、今まで口を開かなかったが、ゆっくりと口を開き。

 

「フフフ……」

 

笑い始めた。

その笑いは次第に大きくなり、とうとう腹を抱えるくらいの笑いになっていた。

 

「アッハハハハハハハハ!! ハハハハハハハハハ!!」

 

心底おかしいと体で表現するような笑い。

 

「ザマア見ろ雑魚が!! 私に敵うはずがないだろうが!!」

 

照秋が笑いながら叫ぶ。

それは、照秋の口から出ているとは思えない罵詈雑言だった。

 

 

 

今まで照秋が人を罵る言葉を吐いたところを見たことがない箒たちは、唖然とするばかりである。

未だに信じられない光景。

残虐な、無慈悲な攻撃。

そして、衛星からの映像までも乱れる程空間が歪み、割れた空から出てきた無数の黒い手、覗き込む目、ドローンが消え失せた謎の事象。

そして照秋の狂ったような笑い。

 

全てがフィクションのようで、信じられないものばかりだった。

特に箒たち照秋を慕う者たちは、照秋の豹変に面食らっていた。

そんな中、束だけが忙しくコンソールを操作し、モニタには凄まじい速度で文字が流れている。

 

「ふんふん、面白いね! まさかこんな安定した空間内で時空の歪みを発生させるなんてね!」

 

それを聞いてもピンとこないのがほとんどなのだが、マドカとスコールはギョッとした。

 

「まてまて、時空の歪みだと?」

 

「そ、それって、まさか……」

 

束はにこやかに笑い、そしてはっきりと言う。

 

「メメント・モリは、時空の歪みを故意に発生させ、特異点を固定、シュヴァルツシルト半径の量子サイズを収束、それを安定させ、さらに自らの意思で消滅させることが出来た。簡単に言うとマイクロブラックホールを生成したんだね。そしててるくんを包み込んだ黒い手は、おそらくマイクロブラックホールの被害を最小限に食い止めようとした絶対障壁だろうね」

 

それを聞いたマドカは眩暈がしてよろめく。

慌ててスコールがマドカの肩を抱きかかえた。

 

「……ブラックホールだと? それは、つまり、メメント・モリは超新星爆発以上のエネルギーを内包してるってことじゃないか……」

 

「今メメント・モリを調べたら、全く予想外な結果で驚いたよ。思わず自分の目を疑ったね!」

 

興奮気味の束だ。

 

「は? まさかあなたが理解できない事象なの?」

 

今度はスコールが唖然とする。

 

「いや、理解はできるんだ。ただ、それはISという範疇を超えた為内包しているエネルギーが予想外すぎてね」

 

そう言って、メメント・モリの解析結果が映し出された画面をスコールに見せ、そしてスコールは目を見開いた。

 

「……なにこれ?」

 

映し出された映像は、星の煌めく空間。

星々が集まる空間が、メメント・モリを支配する。

装甲の内側は、指の先から、バイザー、スラスターまで、全てが煌めく空間。

そこには機械などという人工的なものは一切ない。

そして、結果の解答は――

 

――宇宙――

 

「まあ、簡単に言うと、メメント・モリは銀河系と同等のソレを内包してるんだね」

 

「……あ、ありえないわ……」

 

「とはいえ、解析結果に間違いはないからねえ。メメント・モリはすでにISの機械という範疇を超えて、未知の領域に進化したという事だね。うん、面白い!」

 

ニコニコしながらも、目を爛々と輝かせる束に、めまいを覚えたのかふらつくスコール。

ここまで脱線して和やかな雰囲気になるのは、全てが終わったと安心しているからであろう。

だからこそマドカやスコールは警戒せず、束に付き合っているのである。

 

そんな和やかの空気を受け付けない千冬は、モニタに映る照秋を見て未だ信じられないでいた。

 

何事にも動じず、常に落ち着いた雰囲気の照秋。

自己主張せず、一歩引いた位置から物事を見て冷静に判断する照秋。

先程まで、一夏を攻撃したと落ち込み顔を青ざめさせていた照秋。

 

だが、モニタに映る今の照秋はどうだ?

 

腹を抱えて大笑いする、まったく品性のかけらもない仕草。

千冬は、呟く。

 

『アッハハハハハハ!!』

 

未だモニタ越しに照秋の笑い声が聞こえる。

 

「……だれだ、あれは」

 

その疑問は、箒たちも思っていたことで、自分たちの知る照秋とは全く逆の姿に戸惑うばかりである。

 

「照秋……一体、どうしたというんだ……」

 

わなわなと震える唇でつぶやく千冬。

目の前に映る照秋が、まるで別人のように見えてしまう。

そんなつぶやきに、束は言う。

 

「ちーちゃんが追い込んだからだよ」

 

千冬は、ゆっくりと束の方を振り向く。

すると、束はいつもの貼りつけた笑みではなく、真剣な表情で千冬を見つめていた。

 

「ちーちゃん、まったく反省してないよね」

 

「……どういう事だ」

 

千冬は束を睨む。

だが、それを流し、束は手元のコンソールを操作し全面モニタの映る映像を切りかえる。

それは、照秋と箒による最初の銀の福音捕獲作戦の際の映像だった。

それは、千冬も確認している。

照秋視点の映像は、千冬が確認したものを変わらず、途中銀の福音に攻撃を受け、画像に砂嵐、音声に雑音が入りはじめたかと思うと、突如画像の乱れが無くなり、目の前に一夏の背中がハッキリと見えた。

照秋は一夏の躊躇なく背中めがけて瞬時加速で接近、ノワールで一夏の背中を斬りつける。

血を流し海に落ちる一夏。

鈴はこの映像を初めて見たのか、顔を青ざめさせていた。

 

映像を停止させ、束は千冬を見る。

 

「コレ、おかしいと思わない?」

 

「……何がだ」

 

千冬は眉間に皺を寄せる。

束の言う事がわからないのだ。

だが、本当の映像を知っている箒たちは、千冬から視線を逸らした。

 

「コレ、いっくんを攻撃するときに映像の乱れが急になくなったよね。そして、いっくんを斬って視線をずらしたら映像の乱れが復活した」

 

「何が言いたい。はっきり言え」

 

苛立ちを隠さず束を睨む千冬。

束は小さくため息をつき、再び画面操作を行う。

再び、照秋の視点で福音との戦闘が始まる。

また同じ映像を見せて、何だというのだ、そう胡乱げに眺める千冬だが、その表情が凍りつく。

映像の乱れが一層大きくなったとき、照秋の目の前には銀の福音が背を向けて佇んでいた。

照秋は、そんな福音に瞬時加速で接近、ノワールで背中を斬りつけた。

背中のスラスターが破壊され、破片をまき散らし海に落ちる福音。

そして雑音混じりの中、箒の叫び声が聞こえたところで映像を停止させた。

 

「な……なんだ、これは」

 

困惑する千冬。

なぜ、こんな映像が存在する?

なぜ、一夏が福音に変わっていた?

 

「巧妙に隠れてたんだよね、この記録映像」

 

「隠れていた……?」

 

声が震える千冬。

 

「福音の攻撃によって、メメント・モリのハイパーセンサーの認識を操作するウィルスが侵入していた。痕跡も残っている」

 

「基本的にISで記録した映像ってのは消去不可なんだよねー。コアネットワークで共有するし、ISクラウドで保管してるし。もし消去できたとしても復元できるしね。で、このウィルスは消去じゃなく別の方法を取った。ハイパーセンサーを誤認識させた疑似映像とすり替え、本物のハイパーセンサーの映像は全く関係ないフォルダの中で、別名に変更され、さらに拡張子まで変更する徹底ぶり。そうすれば、コアネットワークで共有せずに済むしね。流石の束さんも呆れたねー」

 

「そ、そんな……」

 

愕然とする千冬。

それは、真実をろくに追求せずに照秋を責めてしまったという事を後悔しての愕然だ。

いくら一夏が重傷を負い心身が憔悴していたとしても、弟の意見を無視し頭ごなしに犯人扱いしてしまったのだ。

たしかに照秋は一夏を斬りつけた。

それは事実だろうが、だがしかしそれは照秋の意志ではなかったのである。

戦場での一瞬の判断の遅れが戦況を変える。

照秋は、福音のがら空きの背中を見て勝機と思ったのだろう。

千冬も、照秋と同じ状況であれば容赦なく攻撃をした。

 

「わ、私は……」

 

わなわなと震える手で顔を覆う千冬。

 

私は、なんてことを……!

 

「私は忠告したわよ千冬」

 

スコールは束とじゃれるのを止め、千冬の前に立つ。

 

「よく考えて行動なさい、と」

 

スコールに付きつけられる言葉のナイフが、千冬を傷つける。

とうとう、千冬は膝をつき項垂れてしまった。

そんな千冬と目線を合わせるように束が屈み、覗き込む。

 

「ちーちゃん、てるくんがそんなに嫌い?」

 

「嫌いなわけあるか!」

 

反射的に反論する千冬だったが、束は観察するような目で千冬を見続ける。

 

「じゃあ、もしてるくんとアイツが逆の立場だったとしても、同じように責めた?」

 

何も答えず無言の千冬だが、束は言う。

 

「ちーちゃん、今こう思ったんじゃない?『てるくんならアイツの攻撃避ける』。それか『アイツの攻撃なんか通さない』ってね」

 

確かに、そういう考えが浮かんだ。

照秋の技量は明らかに一夏を超えている。

たとえ背後からの攻撃だとしても、対処できると。

事実照秋は一度一夏の背後からの不意打ちを難なくさばいている。

 

「ちーちゃん、それは信頼じゃないよ?」

 

え? と顔を上げる千冬。

そして、束は言い放つ。

 

「それはね、放置っていうんだ」

 

「放置……?」

 

「ちーちゃん、こう思ってるんだよ。『てるくんなら、出来て当たり前』『出来て当然なんだから、間違いを起こすはずがない』」

 

ピクリと肩を揺らす千冬。

 

「てるくんだって人間だよ? 間違いは起こすし、泣いたり、狼狽えたりもする。誰かに助けてもらいたくて、縋るときもある」

 

千冬は思い出す。

あの恐怖に顔を歪め、違うと叫んでいた照秋を。

 

「ちーちゃん、てるくんのこと、何だと思ってるの?」

 

突き刺さる束の言葉。

いつの間にか束の声にはふざけたものはなく、真剣さを帯びていた。

千冬は、何も言えず、束を見つめ返すしかできない。

言葉が出ないのだ。

照秋の事をどう思っているかと聞かれれば、「当然大切な弟」だと答える。

「愛すべき弟」「守るべき家族」だと答える。

だが、束はそんな事を聞きたいんじゃない。

 

「てるくんはね、ちーちゃんのペットじゃないんだよ」

 

 

 

 

一夏は音速飛行で向かう。

どこへ?

勿論、銀の福音の元へだ。

座標は覚えている。

原作では銀の福音は一夏を堕とした後その場から動こうとせず、無断で出撃した箒たちと交戦しているはずだ。

ここからが俺のターンだ!! と笑みを浮かべる。

多少過程は違ったが、一夏は堕ち、無事に白式は第二形態移行した。

左手への多機能武装腕「雪羅(せつら)」に、大型化したウイングスラスターが4機。

出力が大幅にアップしたためスピードが格段にアップしている。

それに比例してエネルギー消費も上がったが、それも紅椿の絢爛舞踏によって解消される。

これから向かう場所で戦っているであろう原作ヒロインたちの前に颯爽と現れ、銀の福音を倒す。

そうすれば、今までのマイナスイメージを抱いていた箒やシャルロット、ラウラは惚れ直すだろう。

そして、一夏を背中から斬りつけた卑怯者の照秋に愛想を尽かせ、気持ちも離れる。

一夏は、自分の描いた未来予想図に一層笑みを深める。

 

やがて、一夏は最初に銀の福音と会敵した地点に到着したが、周囲は波の音と海鳥の鳴き声しかしない。

日が傾き、オレンジ色に染まる空と海。

その海域を見渡したが、特に怪しいものは無い。

一夏、探索範囲を広げる。

すると、小島を発見した。

その小島は、岸壁が破壊され、砂浜を抉れている。

どう見ても自然に起きた現象ではない。

ここで、銀の福音の戦闘があったのだ。

だが、未だ周囲で戦闘をしているような音は聞こえない。

一夏は周囲のISの反応を調べた。

もしかしたらもっと遠いところで戦闘を行っているのかもしれないと思ったが、一応反応を確認した。

すると――あった。

 

一つ、点在する反応。

 

それは、メメント・モリと表示されていた。

 

一夏は頭に血が上るのがわかった。

 

「あんの野郎! まさか勝手に倒したんじゃないだろうなぁ!?」

 

もしそうなら原作剥離甚だしい。

一夏の最大の見せ場であり、ヒロインたちを共闘してカッコいいところを見せ、惚れ直させる一大イベントなのに。

それを潰してくれた照秋に殺意を覚える。

だが、疑問もある。

もし照秋が倒したのだとして、箒たちはどこにいるんだ?

捜索範囲を広げても、箒たちの反応は無い。

それに、照秋がいつまでもその地点から動こうとしないのも気になる。

 

そして、ふとこんな事を思った。

 

「もしかして、俺を待ってるのか?」

 

何故そんなことを思ったのかわからない。

だが、それだとしっくりくる、とも思った。

一夏は、少し考え、スラスターを起動させ、飛び立つ。

 

向かう場所は、照秋のいる地点。

 

 



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第77話 わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか

程なくして、一夏は照秋のいる地点に到着した。

 

周囲を見ると、何かあったのだろうか、若干周囲の空気に違和感を感じた。

センサーには何も異常を知らせる表示は出ていないが、しかし一夏は何故かこう思った。

 

「ここら一帯をグチャグチャに引っ掻き回した」

 

一夏は静かに停止し、照秋を見た。

背中を向けている照秋だが、何かおかしい。

 

「ハハハハハハハハハッ!! アッハハハハハハッ!!」

 

大声で腹を抱え笑う照秋。

そんな姿、今まで見たことがない一夏は、反応に困った。

 

(……あいつ、あんな笑い方するのか?)

 

一夏のイメージする照秋とは、小さい頃から変わらない大人しく、無口で何事にも動じない奴で、一夏のやることに悉く反発するムカつく野郎である。

だが、今目の前に映る照秋はどうだろうか?

あんなに大声で笑うような奴だっただろうか?

少し戸惑う一夏だが、突然照秋がピタリと笑うのを止めた。

 

そして、背中越しに言った。

 

「やっと来たか紛い物。待ちくたびれたぞ」

 

一夏は、いよいよわからなくなった。

照秋はこんなに上からものを言う人間だったか?

こんな、人を小馬鹿にするような口調でしゃべる人間だったか?

 

ゆっくりと振り向く照秋。

バイザーによって目は隠れていたが、しかし口元は三日月のように歪み、笑っていた。

その笑みを見た一夏は、ぞくっとした。

記憶にはない。

だが、あの笑みには何故か覚えがある。

しかも、つい最近見たような……

 

「何黙ってんだ紛い物」

 

照秋の声にハッとし、睨む。

そう、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。

一夏は、ゆっくり息を吸い、そして吐きだした。

 

「……銀の福音はどうした?」

 

努めて冷静に、話しかける。

それを、照秋はフンと鼻を鳴らし見下すように返す。

 

「あんなガラクタ、私が消去したさ。見ればわかるだろうが」

 

やけに挑発的な口調である。

それが癇に障り、一夏はこめかみをピクピクを痙攣させる。

 

「……鈴や箒たちはどこだ?」

 

「いるように見えるのか?」

 

手を広げ周囲を見ろという照秋。

確かに見当たらないし、センサーにも反応は無い。

それはわかっているのだ。

だが、そうじゃない。

 

「何考えてんだよお前……」

 

「ああ?」

 

怒りを圧しこめた声で一夏は言うが、照秋はそれを挑発的に返す。

流石の一夏も堪忍袋の緒が切れた。

 

「銀の福音を倒すのは俺だろうが!! 主人公は俺だぞ!!」

 

怒る一夏。

だが、照秋は興味なさげに鼻で笑った。

 

「それで?」

 

「そ、それで、だと!?」

 

「だから、お前が主人公だとして、なんでガラクタを倒すのがお前なんだ?」

 

「何言ってんだ! 俺が第二形態移行して福音を倒すのが原作だろうが!!」

 

「へえ」

 

暖簾に腕押しというのか、一夏の怒りは照秋に完全にスルーされている。

しかし一夏の怒りは収まらない。

 

「だいたいだ! お前、俺の背中狙って斬りつけてきただろうが! この卑怯者!!」

 

指さし怒る一夏に、照秋は首をコキコキと鳴らしながら面倒臭そうにこう言った。

 

「ハッ、死ななかっただけありがたく思えよ紛い物。私が出力調整しなかったら真っ二つにお別れしてたんだからな」

 

「……な、な、な……」

 

照秋が言う事はつまりこういう事だ。

――手加減して生きてんだから逆に感謝しろ。

 

プツン、と一夏の中の糸が切れた。

 

「てめえええぇぇぇぇっ!!」

 

一夏は怒りに任せ、瞬時加速で照秋に接近、雪片弐型コールし、振り降ろす。

しかし、それは照秋が体を少しずらしただけで回避する。

一夏はそれを見越していたのか、次の手に移る。

次はさらに加速する二段階加速を駆使し迫る。

いくら照秋とて、初めて見る速さには対処できないと踏んだのだ。

ぶっつけ本番で二段階加速を使い、さらに一発で成功する一夏は正しくセンスがあるのだろう。

右手の雪羅を構え、荷電粒子砲を発射する。

照秋はそれを難なく避け、その避けた場所に一夏は零落白夜発動し再び瞬時加速で接近し斬りつけるという一夏の作戦である。

二段、三段構えの攻撃に、流石の照秋も攻撃を食らうだろう、そう思った一夏だったが、照秋はその予測を超えた。

 

[コキュートス発動]

 

照秋は手を前面にかざすと、雪羅が放つ荷電粒子砲を転移させた。

 

「はあっ!?」

 

予想に反する方法を取る照秋に、次の行動が鈍る一夏。

零落白夜を発動し、照秋に接近しようと体制を整えた時には、照秋が一夏に接近し腕を掴む。

ギシギシ、メキメキと右腕の装甲が悲鳴を上げ、雪片二型を離してしまう。

雪片二型が海に落ちたのを見た一夏は、空いている左手の雪羅を構え再び荷電粒子砲を放とうとした。

 

シュンッ

 

何か黒いものが前をよぎったと思ったら、雪羅が半ばから綺麗に切断され、ずるりと先端がズレ落ちる。

いつの間にか照秋の手には、黒い鎌が握られていた。

そして、照秋は一夏の腹を回し蹴りで蹴り上げ、一夏は吹き飛ばされる。

その勢いを殺せない一夏は、水切りの石のように水面を跳ね、海に落ちる。

簡単に落ちた一夏を見て、チッと舌打ちする照秋。

 

「雑魚が」

 

そんな言葉が聞こえたのか、水柱を上げ海から飛び出す一夏。

水浸しになり咳き込むが、しかし照秋を睨み続ける。

 

「テメエ……!」

 

ギリギリ歯を食いしばる一夏だが、現在一夏の武器は無い。

雪片二型は海に落ち、雪羅も破壊されている。

どうする……

そう考える一夏に、通信が入る。

 

「織斑君! 織斑君!!」

 

声の主は真耶だった。

ハッとして一夏は答える。

 

「よかった! やっと通じました! 大丈夫ですか!? 今どこですか!?」

 

矢継ぎ早に質問してくる真耶に、先ほどまでの怒りが吹き飛んでしまった一夏は現在の位置を報告する。

 

「今、照秋と一緒にいます。怪我はありません」

 

それを聞いた真耶はホッとし、ちょうど照秋が近くにいるという事を聞いてさらに良かったと呟く。

 

「二人とも、旅館に帰ってきてください。織斑照秋君はどうやら通信の不具合で連絡が取れません。だから織斑君が伝えて一緒に帰ってきてください」

 

「山田先生、銀の福音はどうなったんですか?」

 

一夏は、真耶に聞いてみる。

一体、照秋はどうやって銀の福音を倒したのか?

そもそも、福音を操作しているドローンには核融合炉が搭載されていたはずだ。

それがどこに行ったのかわからないのである。

だが、真耶の口は重くなり、要点を得ない答えが返ってくる。

 

「えっと、わたしもよく理解できてなくて……とにかく、危険はなくなりました。とりあえず、早く帰ってきてください! いいですね!!」

 

「……わかりました」

 

渋々そう言って通信を終える一夏。

そんな会話を聞いていたのだろう、照秋は一夏を見下ろし、フンと鼻を鳴らすと飛び立ってしまった。

 

「……なんなんだ、アイツは……」

 

怒りと、恐怖と、戸惑いと、様々な感情がない交ぜになり一夏はモヤモヤしたまま照秋の後を追うように飛び立ち、旅館へ帰るのだった。

 

 

 

旅館へ帰るなり、照秋は気を失ってしまった。

相当精神的にも身体的にも負担がかかったのだろうという診断で現在部屋で点滴を打たれ眠っている。

箒やセシリア、シャルロットそしてラウラは照秋の看病を買って出て、かいがいしく世話をしている。

とはいえ、汗を拭いたり手を握ってやったりするだけだが。

 

今回この事件に関わった生徒は全員にかん口令が敷かれた。

簪や趙はほかの生徒達と一緒に食事を採るが、質問攻めに遭い困り果てていた。

 

そして、一夏は帰ってくるなり真耶にこっぴどく怒られた。

無理をするなと涙目で怒られ、千冬に鉄拳制裁されるより堪えてしまった。

その千冬だが、何故か一夏の前には現れなかった。

それに疑問を持ったが、身体検査を急かされ千冬とは会えずにいた。

 

 

千冬は、未だ眠る照秋の傍でジッと看病していた。

その姿は痛々しいほどで、今にも崩れてしまいそうなほど、千冬はボロボロに見えた。

箒やセシリア、シャルット、ラウラ、マドカも照秋の看病を行っていたが、あまりの千冬の痛々しさに声もかけられなかったほどだ。

憔悴しきった表情で照秋の寝顔を見る千冬。

安らかに眠る顔は、先ほどまで激闘を繰り広げていた同じ人間とは思えない。

あれほど、人が変わったように大声で笑い、罵倒する姿。

あの姿を見て、千冬は思った。

 

ああ、照秋を壊してしまった……私が、照秋を……

 

全て自分の浅慮が故の結果。

千冬自身が傷つき苦しむならいい。

だが、その傷が自分ではなく照秋が負ってしまった。

全て、千冬のせいで。

 

重苦しい空気に耐えかねたのか、マドカはチッと舌打ちし立ち上がり襖を開ける。

すると、そこには束がいた。

マドカは顎でしゃくり、束に何とかしろと指示する。

それを見て束は苦笑し、小さくため息をついた。

 

「ちーちゃん。今から大事な事を言うよ」

 

束が話しかけても反応せず、ジッと照秋を見つめる千冬。

 

「銀の福音を倒したアレはてるくんじゃないよ」

 

「え?」

 

千冬より、箒たちが声を上げてしまった。

 

「ど、どういうことですか?」

 

何を言っているのかわけがわからない箒。

 

「彼女はね、メメント・モリなんだよ」

 

ピクリと肩を震わせ、ゆっくりと束を見る千冬。

 

「……説明しろ」

 

弱々しい声、しかし覚悟はしっかりとあった。

 

「メメント・モリにはあるプログラムが組み込まれてるんだ」

 

「プログラム?」

 

「そう、その名も『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』」

 

「え、えりえり……?」

 

箒は早口言葉の様な名前に舌をかみそうになる。

だが、その言葉を聞いてセシリアとシャルロットはふと思いつくものがあった。

 

「それって、マタイの福音書の一説じゃあ……」

 

「ええ、マタイの福音書 27章 46節ですわ」

 

「よく知ってるねー。ご褒美に飴ちゃんあげよう!」

 

シャルロットとセシリアに飴を渡す束。

 

「そのマタイの福音書というのはともかく、そのえりえりなんとかというプログラムはなんなんですか?」

 

箒が束に聞くと、束はにんまり笑う。

 

「簡単に言うと、『操縦者の意思を乗っ取り行動するプログラム』だね」

 

「……え?」

 

「これは、操縦者が心神喪失状態やまともな判断が出来ない精神異常が認められるとき自動的に発動するんだ」

 

「……それって」

 

「あのとき、てるくんには精神異常が認められた。だから、エリ・エリ・レマ・サバクタニが発動して、銀の福音を倒しに行ったんだねえ」

 

「えっと、つまり、あの銀の福音を倒したのも、あの後笑ってたのも……」

 

「エリ・エリ・レマ・サバクタニだね」

 

それを聞いて、どこかホッとしてしまう箒たち。

束の言う事が本当なら、あの豹変した姿の照秋は、照秋自身の行動ではなかったという事だ。

 

「でも、なんでそんなプログラムが?」

 

シャルロットは至極当然の質問をする。

そこに、ラウラが答えた。

 

「戦場で心神喪失だ、精神不安定だという理由で最大戦力のISが出れないなんて事態は、部隊の死活問題だからな。ならば操縦者を変える、もしくは操縦者の精神を操作するのが一番の方法だろう。うむ、理に叶っている」

 

ウンウン頷くラウラ。

だがちょっと待ってほしい。

 

「なんか、それってVTシステムに似てませんか?」

 

シャルロットが呟く。

VTシステムとは、過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステムである。

パイロットに「能力以上のスペック」を要求するため、肉体に莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命が危ぶまれている。

そして現在、あらゆる企業・国家での開発が禁止されているシステムだ。

それが以前シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたことを知るシャルロットが、似ていると思ったのだ。

それを聞いてラウラは苦い顔をするが、しかし束はきっぱりと否定する。

 

「あんな不細工なものと一緒にしないでもらいたいね。エリ・エリ・レマ・サバクタニは操縦者の身体的負担を強いらないし、過去の優勝者のデータを参考しない。あくまで自身の機体スペックに則った有効な戦略を組み立て、効率的に行動するんだ」

 

なるほど、と頷くシャルロットたち。

束のことだから、照秋の事を考えないはずがない。

そして、シャルロットは言葉を続ける。

 

「操縦者の意思を乗っ取るプログラムはともかく、照秋は精神異常状態だったってことだよね?」

 

その言葉に、千冬はピクリと肩を震わせる。

 

「それはねーちーちゃんがねー」

 

束はそこまで言うと、ふと照秋に目が行き目を細めた。

照秋が何かを探すように手を彷徨わせ、ブツブツと呟いていた。

そして、涙を流していた。

 

「……おねえちゃん……おねえちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

何度もごめんなさい、おねえちゃんと呟く照秋。

何か悪夢でも見ているのだろうか、うなされるようにつぶやき、もがくように手を彷徨わせ続ける。

まるで、母親を探す幼子のような言葉。

 

「……ぼくを……すてないで……」

 

未だ手を彷徨わせ掠れるような声の呟きを続ける照秋に、とうとう千冬の我慢という堤防が決壊してしまった。

今まで、それこそ親に捨てられてから一度も涙を流すことが無かった千冬。

周囲の人間に心無い誹謗中傷を受けても、惨めに情けをかけられても、泣くまいと我慢してきた。

一夏が誘拐されたあとの、メディアや周囲からの誹謗中傷にも。

照秋が誘拐され、重症を負ったと聞いたときも。

照秋に会うことを拒否されても。

一夏の子供の頃の行いと、照秋が受けていた仕打ちを知ったときも。

泣くものかと、我慢し、いつしか涙など枯れてしまったのかと錯覚するほど感情がドライになってしまった千冬。

その千冬が、ボロボロと大粒の涙を流し、彷徨う照秋の手を握りしめ引き寄せる。

 

「すまん……すまない照秋……ごめんなさい。ああっ……ごめんなさい……! ごめ、ん……あああぁぁぁ」

 

千冬は、箒たちがいるのも関係なく大声を上げて泣いた。

だれが千冬が大声を上げて泣くなど予想しただろうか?

照秋と千冬のごめんなさいという声が重なる。

 

箒たちは、それをただ見ているしかできなかった。

銀の福音の作戦中、二人の間に何かがあったのだろうという事は容易に想像できた。

だが、それは聞けなかった。

 

そして、いつの間にか束の姿はそこになかった。

 

 

 

 

現在は身体検査も終え、一人浜辺に出ている。

途中まで鈴がべったりくっついていたが、一人になりたいと言い、今は鈴と離れている。

 

夜の海を一人眺める一夏。

全てを呑みこみそうな、底の見えない暗い海、広がる満点の星空。

さざ波の音が心地よく、目を閉じると寝てしまいそうである。

それだけ、一夏の体も疲労しているという事だ。

何にしても、濃密な一日だった。

銀の福音の暴走

捕獲作戦

照秋に落とされ

白式が二次形態移行した

だが、いざ反撃とばかりに出て見れば、すでに照秋が解決していた。

帰ってきてから聞かされたことだが、照秋が一夏を斬ったのは銀の福音からの攻撃によるものだった。

白式と銀の福音をご認識させるというウィルスによって照秋は一夏を攻撃した。

実際の記録映像も見せられたら、認めるしかない。

さらに、照秋はひとり無断で出撃し圧倒的能力で福音、いやドローンを文字通り消した。

戦闘記録を見た時、理解できなかった。

ヴァルカンという、無数の追尾型エネルギー弾

トニトルスという電撃攻撃

コキュートスという、亜空間転移

終には、アストラル・アンブラーというマイクロブラックホール生成

 

無茶苦茶にもほどがある。

ブラックホールを生成するなど、どこのスーパーロボットだと言いたい。

と、そこでピンときた。

 

「……やっぱりアイツのISって、神様からもらった特典なんじゃないか?」

 

そう考えれば説明がつく、と思ったとき、空から何かが降ってきた。

それは、背中を向けふわりと一夏の目の前に降りると、ゆっくりと一夏の方へ向く。

 

「特典なわけないじゃない」

 

それは、篠ノ之束だった。

不思議のアリスのような、ドレスエプロンに窮屈そうに埋まっている大きな胸、頭にはウサギの耳のようなカチューシャがされている。

だが、その表情は今までの朗らかな笑みではなく、冷たいものだった。

 

「た、束さん?」

 

「馴れ馴れしく私の名前を言わないでくれるかな、紛い物君」

 

紛い物

 

一夏は何か嫌な予感がした。

紛い物。

それは、初めて言われた言葉ではない。

それは誰に言われたか……

それはいつ……

 

「私の前でよく余所事考えられるね」

 

その言葉でハッとする一夏。

そると、束はニヤニヤと笑みを浮かべていた。

それは、悪意のある笑み。

いつもの朗らかな邪気のないものではない。

敵意を隠さない、笑み。

 

「君の疑問に答えてあげよう。そろそろシナリオ調節も面倒臭くなってきたしね」

 

「……シナリオ? 調節?」

 

嫌な予感しかしない。

一夏の頭に一つの予想がよぎる。

それは、今まで考えていたがありえないと思っていた事。

 

「君、私が何も知らないと思ってる?」

 

「……な、なに……を……」

 

のどがカラカラになる。

声もかすれてしまい、小さくなる。

ドキドキと心音がうるさい。

耳に響き、頭が痛くなる。

 

「君、転生者でしょ?」

 

心臓を鷲掴みされたような感覚に、息苦しくなる一夏。

そして、一夏は知ることになる。

 

世界とは、こんなにも残酷なのかと。

 

世界とは、こんなにも歪んでいるのかと。

 

真実とは、こんなにも納得できない理不尽なものなのかと。

 




とりあえずここまでとなります。
なるべく早く投稿できるよう頑張りますので、もう少しお待ちください。


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