天竜人? いいえ天翼種です。 (ぽぽりんご)
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第1話 羽鳥 仁

 ノーゲーム・ノーライフの世界に転生させるといったな。

 あれは嘘だ。

 

 神様の嘲笑が聞こえてくるようである。

 神様、俺なにかしましたか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ノーゲーム・ノーライフ、略してノゲノラというのは、簡単に言えばゲーム以外の争いを全て禁じられた世界"盤上の世界(ディスボード)"を舞台にしたお話である。

 

 ゲームで全てが決まるという謳い文句だったような気もするが、やってる事はあくまで賭け事の延長だ。

 命も、行動も、心すらチップにできるという性質を考えると「全て」といってしまってもいいんじゃないかという人もいるだろう。

 だが、「ゲームをしない」「チップを賭けない」という選択ができる以上、さすがにゲームで全てが決まってしまうわけではない。

 というか、ゲームをしないという選択肢が基本だろう。

 

 ゲームは挑まれた側がその内容を決める事ができるため、挑む側が圧倒的に不利だ。不利な状況で挑む奴はいない。

 相手にゲームを挑ませるにしても、ゲームを挑まざるを得ない時点で既に負けていること位、少し頭の回る相手なら理解するだろう。負けて相手の言いなりになるぐらいなら、叛旗を翻すチャンスが残る分、ゲームをせずに言いなりになったほうがまだマシである。

 よって、ある程度の事ならゲームをせずとも聞いてくれる。あとは、交渉で妥協点を探るだけだ。実際にゲームをするまでもない。

 

 

 こと現代の日本において、人と直接的に争って何かを奪い合う事が、どれだけあるだろうか。

 あるいは、リスクの高いギャンブルをすることは?

 俺は、そういった事をゲームの中でしかした事が無い。結局は、リスクを負うことが怖いのだ。

 ある程度裕福な生活をおくっている者ならば、それを失う怖さの方が先にたつ。相応のリスクに、相応のリターン。つまりは、現状維持となる。

 "盤上の世界(ディスボード)"でも、それは同じだろう。

 

 

 持たざる者はどうだろうか?

 賭けるチップが無い者は、得られるリターンも薄く、容易に生き残る事はできない。

 よって、生きるためにはリスクを背負わねばならないだろう。

 

 だが、リスクとは何だろうか。

 

 ぱっと思いつくのは、他者から奪う事だ。

 何も持たず、得られる手段すらないのであれば、持っている者から奪うしかない。酷い目にあう可能性もあるだろうが、世界の歴史を鑑みるに、これが一番妥当な生存手段だろう。

 生存のためならば、動物も、人も、国ですら他から奪おうとする。全ての人に生存のパイが行き渡らない限り、これはどうしようもない。座して死を待つぐらいなら、あがくのは当然の事だ。

 

 ここで、"盤上の世界(ディスボード)"の性質を考えてみよう。

 この世界では、盗んだり、危害を加えたりといった事ができない。あくまで"ゲーム"という形で、相手の同意を得た上で争う必要があるのだ。

 しかし先ほども述べたように、"ゲーム"は挑む側が圧倒的に不利。自分より、物を持っている相手……立場が上の者を相手に、相手のフィールドで戦う事になるのだ。

 

 

 

 "盤上の世界(ディスボード)"の弱者は、地球のそれより更に立場が弱い。

 "ゲーム"以外の争いの手段を封じられ、ろくな反撃も許されず、這い上がる事もできず、強者の顔色を伺って生き続けるしかない。

 

 強力な力をもつ種族の争いを封じるには有効だろうが、弱者である人を律する法には向かないのだ。

 弱者である人を律する、別の法が必要である。

 "盤上の世界(ディスボード)"に、そんな法が制定されているのだろうか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 なんて珍しく真面目に考えてみたが、所謂作られた世界である。

 酷い世界かもしれないと戦々恐々としているが、住めば都となるかもしれない。

 後戻りができない以上、当たって砕けるしかないのだ。

 

 

 俺は、"盤上の世界(ディスボード)"に転生させられると聞いた。

 いわゆる神様転生という奴である。

 チートは得たが、やはり異世界に行く、なんてのは不安で一杯だ。

 

 チートは何かって?

 天翼種(フリューゲル)(存在自体がチートみたいな生き物。超強い)への転生です。

 本が好きな俺には合っているだろう。

 あらゆる知識・書籍を集めるという天翼種(フリューゲル)になって、

 世界中の本を読みふけるというのも悪くない。

 

 そう思っていた。

 

 

 

 しかし、今現在目の前にいる人物を見る限り、この世界は"盤上の世界(ディスボード)"ではない。

 

 いや待て。

 目の前にいる人物も転生者という可能性だってある。

 人気があるし、彼のようになりたいと願う人も多いだろう。

 

 そう思ったが、彼の後ろにいる人物の名乗りを聞いて、それも無いなと思った。

 唯一のチート能力を消費して彼になりたいと思う人は、まぁ、あんまりいないだろう。

 

 

 

 現状を言おう。

 

 

 "麦わらのルフィ"から仲間に誘われています。

 

 

 ルフィの後ろにいるのはコビー。

 

 

 ……え、なんだこれ。ノゲノラ関係ないじゃん。

 本日二つ目の衝撃だわ。

 

 

 ちなみに一つ目は体が作り変えられた時に発生した。

 天翼種(フリューゲル)は、女性しかいないらしい。天翼種(フリューゲル)を生み出し多数侍らせているアルトシュとかいう輩は、とんだハーレム野郎である。俺の前に現れたら、強烈なパンチを一発お見舞いしてやろう。

 

 ありていに言うと、一つ目の衝撃はTS転生になった事だった。おまけにもう元には戻せないとか。

 

 思えば、あの時にこの神様信用おけねぇと思うべきだった。

 チートに天翼種(フリューゲル)への転生を望むように誘導してた節もあるしな。

 そうだよ、理不尽系の神様転生だってあるじゃないか。

 

 

 気を取り直そう。一度目の衝撃と同じだよ。

 本来一度しかないはずの生をやり直せるんだ。

 性別が違うとか、世界が違うとか、その程度の事は些細な問題である。

 

 

 ……えー。世界が違うのは些細じゃねぇよな。

 せめて、心の準備をさせてくれよ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 人の名前には、願いが込められている。

 父親が母親が、その周囲の人々が。

 こうあってほしい、こう育ってほしいと願い、子供に名前を付けるのだ。

 

 俺の両親は、俺を生むのが難しい状況だったらしい。

 その中で、周りのサポートを受けて無事に俺を生む事ができた事への感謝。

 また、俺自身にも人に素直に感謝しお礼ができる人間になって欲しいとの願いを込めて、俺の名前がつけられた。

 

 俺の名前は、仁だ。

 俺は、自分の名前に愛着を持っている。

 みんなも、自分の名前が付けられた経緯を親に聞いて、自分の名前にどんな願いが込められているかを調べてみたらどうだろうか。

 

 

 ちなみに、人の名前には願いが云々のくだりは、エロゲーから引用した。

 何で名前の意味なんか聞くんだと問われたならば、「エロゲーに感化されちゃってねHAHAHA!」と答えるといい。

 年齢によっては、家族会議が開かれる事になるだろう。

 家族の親睦を深めるには、重要なイベントだ。

 

 

 

 俺がなんでこんな事を考えているかというと、ルフィに名前を尋ねられているからだ。

 ルフィが満面の笑みを浮かべてこちらの返事を待っていた。

 周囲の森からは、鳥の鳴き声がやかましいぐらいに響いてくる。

 てか、ほんとにうるさい。

 こっちの世界の鳥は自己主張が激しいようである。

 雉も鳴かずば撃たれまいにという(ことわざ)を知らんのか。

 

 

「名前……ジン、です」

 

 名前を言うのに迷いは無かったが、口調をどうするかに迷った。

 女の子の外見なのに、俺の素の口調で話すのは躊躇われる。

 俺には、俺っ娘属性も僕っ娘属性もないのだ。

 あるのは、眼鏡属性と巨乳属性である。

 普段はしっかりしているのに、弱点的なものがあったりするとなお良い。

 ギャップ萌えというやつだ。

 

 俺の性癖はどうでもいい。

 結局、解決策は思い浮かばなかった。

 とりあえず、丁寧に話しとけば問題はないだろう。

 真面目に考えるのもあほらしくなってきた。

 どうとでもなるさ。たぶん。

 

「ジンか。よろしくな、ジン!」

 

「あ、はい」

 

 差し出された手を取り、握手する。

 意外と普通の手だな。

 ゴムなのだから、もっと柔らかいかと思っていた。

 

「よーし、仲間第一号だ!」

 

 え、ちょっと待って。

 今ので仲間入りOKの回答になっちゃうの。

 異世界で放置なんてされたら路頭に迷うから、仲間入り自体は願ってもないけどさ。

 接近具合といい、こいつパーソナルスペース狭すぎだろ。

 コビーを見習え。

 チラチラこっちを伺うだけで、俺と目を合わそうとすらしないぞ。

 

 そう思ってコビーをじっと見ると、ルフィの影に隠れるようにジリジリと移動しはじめた。

 何だこれ。俺、怖がられてるのか。子供に怖がられるとかショックだわ。

 

「羽はえてんだなーお前」

 

 ショックを受けている俺に語りかけるルフィ。

 そういえば俺には羽が生えているんだった。

 羽を利用してコビーとコミュニケーションできないものか。

 難しいな。もう少し小さいか大きいと問題ないが、思春期の扱いは難しい。

 

 ……あれ、もしかして、女性に耐性ないだけか?

 そうだ。特に今は女の子の外見なんだから、俺が怖がられる要素がないじゃないか。

 俺がコビーの前でやった事なんて、この世界で目を覚ました瞬間目の前にいたルフィにびっくりしてアッパーカットをかまし、空の旅へご招待したぐらいのものだ。

 ルフィはゴム人間だから怪我一つしていない。

 

 てかそういえば、殴られて俺を仲間に誘う事に決めたのかルフィは。

 なにそれ。ドMなの。

 

「いいなー俺も飛んでみてぇ」

 

 ルフィが目をキラキラさせている。

 さっき(俺のパンチにより強制的に)飛んでたじゃん。

 

 てか俺は飛べるのか?

 訓練して魔法的な物を使えるようになったらいずれ飛べるようになるとは思うが……

 

「羽はえてんのに飛べねぇのか?」

 

 こんな羽で飛べるわけ無いだろ常識で考えろ。

 これで飛べるならニワトリだって大気圏突破するわ。

 

「根性で飛べたりしないか?」

 

 根性で飛べるわけ……(パタパタ) あ、飛べた。

 

「なんだ飛べるじゃん」

 

 すげぇな根性。目から鱗だわ。

 常識とは投げ捨てるもの。

 

「……なんか、ルフィさんが二人に増えた気がします」

 

 お、コビーが接近してきた。

 なんだこいつ、ちょっと飛んだだけで近寄ってきおって。チョロイではないか。

 

 

 しかし、いまのコビーのセリフ。

 俺の耳には「バカが二人に増えた気がします」と聞こえたんだが、どうなのか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 さて、あっさり海賊の仲間入りを果たした俺だが(お天道様に顔向けできねぇ)、今は体の慣らし運転をしている。

 ルフィとコビーは周囲の探索に行った。

 他にも仲間になってくれる奴いねぇかなぁとか言ってたが、さっき飛んだ時に見た感じ、この島は無人島である。

 仮に誰かいたとしても、こんな所にいる奴はまともな奴じゃないから仲間にしないほうがいいぞ。

 

 ……ん、何? 鏡を見ろって?

 なにを言っているんだ。鏡なんてここには無いよ。

 

 

 しかし、この体のスペックはすごい。

 岩を殴れば砂になり、100mを二歩で駆け抜ける。

 魔法的なものが使えないかと試してみたら、体に帯電させる事ができた。

 放出はまだできないが、触れた敵にダメージを与える事はできそうだ。

 また、岩を殴っても拳に傷がつかないので、防御力も相当なもんだろう。

 そういや原作のジブリールって、水爆喰らっても無傷だったな。

 さすがに最強の天翼種(フリューゲル)レベルには遠く及ばないだろうが、この世界で一般的であろうマスケット銃程度では傷つかないと思っていいだろう。

 

 

 ジブリールで思い出した。

 原作に、ジブリールが外見を(ソラ)(原作主人公。男)に変えたシーンがあったな。

 つまり、うまく力を使えば俺も男に戻れるかもしれない。

 

 うーん。でもなぁ。アザリーみたいなことになっても困るし。

 

 ……え、アザリー知らない? 魔術士オーフェンの。

 体を作り変える的な魔術道具の実験に失敗して、化け物になって戻れなくなった人。

 うわー、ジェネレーションギャップ感じるわー。時代は移り変わってるのか。

 俺の毛髪も寂しくなるわけだ……だれがハゲやねん。今はフサフサだっつうの。

 

 

 ……フサフサだよな?

 俺が乱暴狼藉を働いた結果できた水溜りの上に滞空し、水面に移った自分の姿を確認する。

 

 うん、フサフサだ。

 ワインレッドの髪は背中まで伸びており、その中ほどからはふんわりとした三つ編み状に纏められている。

 髪の一房だけがやけに輝いており、角度が変わるたびにプリズムのようにその色を変える。

 なにこれどうなってんの。

 

 服装に関しては、若干露出が激しいのではないかとも思えたが、翼がある以上しょうがないか。

 腹までの長さの黒いタンクトップに、胸を×字に覆うようにして白い布を巻いている。

 下は、クォーターパンツの上に、これまた白い布を上から巻きつけていた。

 

 髪以外に人間と違うところは、耳、翼、あとは頭の光輪か。

 

 耳は、翼にも見えなくも無いような獣耳が横に長く伸びている。

 獣耳と言っても、頭の上についているわけではなく、耳の位置は人間と同じだ。

 

 翼は、おそらく腰骨から繋がっている。

 天使というと背中から羽が生えているイメージがあるが、重心を考えるとこの位置が妥当だろう。

 

 光輪は……なんだかよくわからない。

 輪っかというより、文字が連なった結果丸くなりましたみたいな形状をしている。

 中の文字はゆっくりと回転しつつ、常にその形を変えていた。

 原作の描写を考えるに、おそらく力を使用している間は回転するのだろう。

 今は飛行に少し力を使っているので、ゆっくりと動いているようだ。

 

 ……あ、これ自分の意思である程度位置をコントロールできるぞ。

 原理は、不明だ。

 とりあえず、服の中に隠れるように仕舞っておこう。

 さすがに頭に変な輪っか付けてると目立つからな。

 翼の時点でも目立つような気はするが、隠せるものは隠しておきたい。

 

 

 

 思考を戻して、体をどうするかの検討に戻る。

 幸い、ワンピースは恋愛要素的なものがほとんど出てこない話である。

 麦わら一味内部での影響としては、サンジからの対応がゴミムシ扱いからゴッド扱いに変わる程度だろう。

 些細な問題である。

 

 うん、とりあえずこのままで大丈夫だ。問題ない。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 収穫なしで戻ってきたルフィたちと共に、俺は次の目的地に向かって出航した。

 目的地は、海軍基地。

 コビーが海軍に入るため、そこを目的地に定めているらしい。

 その間、三つほど村を経由するとの事。

 

 その村で、生活に必要な物を買っておきたいな。服とか。

 ルフィ、金持ってるだろうか。

 俺は持ってない。

 

 

 

 俺は、電撃を使って魚を乱獲し、物々交換で生活必需品を手に入れた。

 



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第2話 今日のコビーはアグレッシブだ

 そんなこんなで、海軍基地のある町に到着したのだ。

 

 ……なんだよ。

 ひたすら海を行くシーンを描写しろとでもいうのか。

 そんな苦行は御免被る。

 

 

 初めて見る軍艦を横目に見つつ、俺達は小型の船を係留できる桟橋に船を横付けした。

 桟橋の脇には船を係留するための設備が多数並んでいるが、泊められている船は数隻のみ。下手をすれば、ここに着く前に経由した村々をも下回る数だ。

 これから出航するのだろうか、荷物を積み込んでいる商人の姿が見受けられるが、その表情はあまり芳しくない。この町の景気は、決して良いとはいえないようだ。

 

 若干陰気な町の気配を感じながら、俺は久しぶりの地面に降り立った。

 遠くには、威圧感のある建物が密集して立っている場所が見える。

 あれが海軍基地だろう。

 

 俺達は(主に俺とコビーは)腹ごしらえをしつつ、今後の行動を整理する事にした。

 手近な酒場に入り、適当に腹の膨れそうなものを注文する。

 まだ日が高い事もあり、酒を飲んでいる輩はあまりいない。

 壁の一面は、ニュースペーパーと賞金首の手配書で埋まっている。

 俺が勝手に抱いていたイメージと相違なく、酒場には情報が集まる仕組みとなっているようだ。

 

 

 さて、この町での目的は、コビーの海軍入り、この町にいるという噂のゾロに会う事、もし良い奴だったら仲間に誘う事、あとは補給である。

 最後のが一番大事なはずだが、なぜか忘れそうなので気をつけておこう。

 

「じゃ、この町でコビーとはお別れだな。立派な海兵になれよ!」

 

 腹ごしらえを終えた後、ルフィがあっさりそういった。

 ルフィはこういうところドライだよな。

 夢を追うためなら仕方が無い、みたいな。

 俺とコビーは少しだけしんみりしつつ、最後になるかもしれないコビーと一緒の食事を終えた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 さぁ、ゾロを探しに行こう。

 俺一人で。

 

 ……ルフィは、なんか酒場のおっさんといざこざを起こしていた。

 まぁ心配は要らないだろう、一緒に旅をはじめたばかりだが、ルフィの性格は把握している。

 喧嘩した後、なぜか仲良くなっているのだ。

 酒場の親父と肩を並べて談笑するルフィが目に浮かぶ。

 心配するだけ無駄だ。

 

 ちなみにコビーは、酒場のおっさんの一撃を受けて(ルフィが避けたとばっちりだ)、ノックダウンした。

 ああでも、喧嘩のきっかけはコビーが海軍を褒め称えたせいだった気がする。

 なんだ、自業自得じゃん。

 

 

 さて、町の上を飛ぶのは初めてだな。

 上からみると、その町の性格や成り立ちが推測できていろいろ面白い。

 

 この町は、海軍基地を中心に放射状に道が作られている。

 唯一、町の北東部分だけが放射状になっておらず、雑然とした空気を出していた。

 他と比べると古臭さを感じる事から、おそらく最初は北東側部分のみに町があったのだろう。

 その後、海軍基地ができて一気に町が広がった、と。

 北東の町並みと海軍基地が海から少し離れている事や、湾の形状から察するに、高潮がおきやすい場所なのかもしれないな。

 もしそうなら、高台へ向かう道も整備しておくべきではないだろうか。

 

 

 お、ゾロはっけーん。

 さすがに空からだとすぐ見つかるね。

 海軍基地の一番高い塔に隣接する広場に、(はりつけ)にされたゾロがぽつんと立っている。

 たしか、絶食中なんだっけ。

 一月の間耐えたら開放だのなんだの。

 いや一月とか無理だろ。

 

 俺は、ゾロの腕を拘束している柱の上にひらりと降り立った。

 

「なんだてめぇは」

「通りすがりの天使ちゃんです」

 

 あ、なんか今の俺、超キモかった。

 この体になって約一週間。

 順調に心が毒されていっているようである。

 

「天使ねぇ……まだ天国に行く気はねぇぞ俺は」

 

 そう言ってこちらを一瞥するゾロ。

 うお、こいつ目付き悪っ。超怖ぇぇぇぇ!

 こんな奴が天国に居座ったら、天使だって逃げ出すわ。

 天国の平和のためにも、こいつは天国に行くべきではない。

 地獄に落ちろ。

 

「喧嘩売ってんのか?」

「いえいえ滅相もない。素直な感想です」

 

 俺は翼をはばたかせてゾロを扇ぎつつ、適当に答える。

 砂利の地面は太陽の光に熱せられ、相当熱くなっているようだ。

 ここに(はりつけ)にされるとか、食事抜きでなくとも拷問に近いぞ。

 

「ひでえ言い草だ……俺ほど天国に近い男はそうはいねぇと思うがな。そら、今にも即身仏になっちまいそうだ」

 

 キリスト教なのか仏教なのか……いや、異世界だから宗教も別なのか?

 

 そんな益体も無い事を考えていると(天使なんているわけないし、輪廻転生とかありえないだろう。常識的に考えて……いやだから、鏡なんて持ってないって)、周囲にある門の一つが開き、コビーを進化させたような頭をした人がお供をつれて現れた。

 なにこの髪型流行ってんの?

 

「ひぇっひぇっひぇっ。ロロノア・ゾロォ、調子はどうだい~?」

 

 あ、こいつヘルメッポだ。

 すごいわかりやすい。

 三次元になってもそのまんまじゃないか。

 

「七光りの馬鹿息子か……調子は、まぁ悪くはねぇな」

 

 悪くないわけねぇだろ。

 俺がこんな所に放置されたら、三日で干上がってしまうわ。

 

「お~お~、強がるねぇ~。しかし、どうやらもう天からのお迎えがきているようだよ~。まだ九日目でこれじゃ、とても一月は持ちそうにないなぁ~。って何かいるぅ~!? 何だお前は!?」

 

 ズガーンという文字が目に浮かぶようなポーズでこちらを指差すヘルメッポ。

 え、それどうやってんの?

 どうやって文字を背景に表示させてるの?

 この人だけ二次元に生きてるの?

 

 すげぇぞこいつ。役者になるべきだ。

 

「通りすがりの天使だそうだぜ」

「え、何言ってるんですかこの人。天使とかいるわけないじゃないですか」

「お前が言ったんだろ!」

 

 すまん嘘だ。がはは。

 

「お前……あとで死なす」

 

 怖っ! 睨むとさらに怖いよこの人。

 この人をいじるのは金輪際やめておこうと心に刻んだ。

 明日ぐらいまでなら印が残っているだろう。

 

「おいお前! 俺の仲間になれよ」

 

 どーん!! という文字を背景に背負いつつ、ルフィは唐突に現れた。

 ルフィ、お前もか。お前も二次元に生きているのか。

 

「また変なのが現れた……」

 

 ルフィ……ヘルメッポに変なの呼ばわりされてるぞ。

 さすがのルフィも、ヘルメッポに変なの呼ばわりされては浮かばれまい。

 ……あれ、またって何? ルフィの前の変なのってのはゾロの事? まさか俺の事じゃないよね?

 

「いや、どう考えてもお前だろう」

 

 ゾロに突っ込みをいれられた。そうか、俺は変なのか……

 地面に降りたった俺は、ズーンという文字を背負い、orzの体勢になった。

 

 あ、俺も背景に文字背負えたわ。何事もやればできるんだな。

 

「お前ら、この看板が読めねぇのか~? "罪人に肩入れした者は同罪とみなす。海軍大佐モーガン"。殺されたくなかったら、さっさとどっか行きな」

 

 解釈の仕方によってはツンデレっぽいなこのセリフ。

 ヘルメッポのツンデレ頂きましたー。

 誰か要るかい?

 

 ルフィとゾロは要らないようだ。

 俺も要らない。

 ヘルメッポをスルーして会話を続ける。

 

「いやだ。俺はこいつを仲間にする。やろうぜ海賊!」

「俺の意思は無視かよ」

 

 ちょ、海軍の前で海賊とかいうんじゃねぇぇぇぇ

 幸い、ヘルメッポの発言とかぶっていたからヘルメッポには聞こえてなかったみたいだ。

 

「知るかっ! 俺はお前を仲間にするって決めた!」

「勝手な事いってんじゃねぇ!」

 

 いくら拒否しようが、ルフィ相手に言葉は意味が無い。

 だってルフィだもの。

 

「お前ら、俺を無視するんじゃねぇ! おい、こいつらつまみ出せ!」

「ハッ!」

 

 あ、ヘルメッポの後ろに控えてたガチムチ海兵達が動き出した。

 だが、ルフィ相手に力ずくなんてのは意味が無い。

 ……あれ、じゃあルフィを止めたい場合どうすればいいんだろう。

 

 そんな事を考えている間に、ルフィは海兵達(と、ついでにヘルメッポ)を殴り倒していた。

 早ぇなおい。

 

「ルフィさんは、町の人達からゾロさんの話を聞いたんです。ゾロさんは、町の人達を助けるために戦っている……でも、海軍は、そんなゾロさんを裏切った!」

 

 いきなり背後から声を掛けられた。

 コビー、お前か。

 ちょっとビビッてしまったじゃないか。

 コビーには忍びの才能があるな。

 

「ルフィさん! こんな海軍、ぶっ潰してしまいましょう!」

 

 手を振り上げ、ルフィを煽る。

 どうしたコビー。ぶち切れすぎだろう。革命の火を目に灯しているぞ。

 

「ああ、わかった!」

 

 いい笑顔で答えるルフィ。

 わかっちゃったのかよ。あ、待てルフィ!

 

 ルフィは、文字通りあっという間に基地の中に姿を消した。

 "あ"の時点で既に姿が見えなくなってたよ。

 ……俺はどうすればいいんだろう。

 

 俺が呆然と立ちつくしている間、コビーはゾロの説得をしていた。

 

「あなた方三人が力を合わせれば、きっと誰にも負けはしません。

 お願いです、ルフィさん達に力を貸してください!」

 

 あれ、俺も勘定に入れられている。

 そして自分を勘定に入れてないぞコビー。

 

「……まぁいい。ここでくたばるぐらいならなってやろうじゃねえか。海賊に!!」

 

 てれれてっててー。ゾロが仲間になった!

 コビーは詐欺師……いや、交渉人の才能があるな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「んで、お前は何ができるんだ?」

 

 拘束を解かれたゾロは、ゴキゴキ肩を鳴らし、体をほぐしながら問いかけてくる。

 ちなみに、コビーはゾロの刀を取りに基地の中に入っていった。

 今日のコビーはアグレッシブだ。

 やばい方向(主に革命軍とか)に進まなければいいが。

 ゾロの拘束解く間くらい待ってくれよ。

 

「とりあえず飛べるのと、力が強い事でしょうか。大抵の人には負けないかと」

 

 あ、もしかしたら不思議パワーで遠距離攻撃もできるかも。

 

「不思議パワー?」

 

 擬音語を背景に背負う事もできたんだ。

 今の俺ならできるかもしれん。

 うおおおおおおおおーーーーッッ!

 

 あ、できた。

 空に雷球を発生させる事に成功。

 

「なるほど、たしかに不思議パワーだ」

 

 さらっと流すゾロ。

 え。今、俺超がんばったんだけど。

 ちょっとぐらい驚いてくれよ。

 

 そんなやり取りをしていると、海軍基地のほうに動きがあったようだ。

 

「さぁ、俺の偉大さを世に示すんだ!」

 

 微妙にちっさい内容の号令が辺りに響いた後(偉大さ示したいなら自分で示せよ)、俺が作った雷球のそばにある塔の上に、いかついおっさんの像が掲げられはじめた。

 そして、その横にはおっさんの像と同じ姿をしたおっさんが!!!

 

 ……え、なにあれ苛め? 苛めなの?

 あんな姿晒されるとか罰ゲームとしか思えないんだけど。 

 お、いかん集中が……

 

「あっ」

 

 乱れた雷球は、避雷針のごとくそびえ立ったおっさんの像に直撃。

 哀れ、おっさんの像はおっさんの偉大さを世に示すことなく、この世から消え去った。

 おー。石像を消し飛ばすとは、思ったより威力高いな。

 人間相手に使わなくて良かった。

 

 ……ああ、あのおっさんがモーガンか。

 モーガンは、この町を恐怖で支配している海軍大佐だ。

 事あるごとに死刑死刑と叫ぶ、死刑フェチのおっさんである。

 

 つまり、先ほど不幸な事故で消し炭になったのは、モーガン像。

 原作でもルフィに壊されてたっけ。

 

 ということは、あれか。

 これは歴史の修正力というやつか。

 あーそれはどうしようもないわー。

 運命には逆らえないわー。

 

「ああぁぁぁあぁぁあぁぁぁーーーーーーッッッ!!!!」

 

 モーガン怒りの絶叫。

 こいつ、涙まで流してやがる。

 像にそこまでの思い入れができるってすげぇな。

 いや、壊したのは悪かったよ。すまん。

 でも何だろう。

 他のものを壊したのなら素直に謝れそうだが、あの像は壊しても良心が痛まない。

 あの像、無いほうが世界が平和になるんじゃないか。

 少なくともこの町にモーガン像は不要だ。

 変わりに俺の像を建ててくれ。ほら、天使だぞ。

 あ、やっぱ恥ずかしいからいいや。

 

「あの糞共を殺せぇぇぇぇぇ!!」

 

 モーガンは目を血走らせて塔から身を乗り出し、その腕に埋め込まれた大斧を此方に突きつける。

 モーガンの号令に続いて、海軍基地から海兵がわらわらと出てきた。

 その顔には、恐怖と焦燥が浮かんでる。

 俺達に逃げられでもしたら、代わりに自分達が殺されてしまうような状況だからな。

 

 

 ……あれ、ルフィはどうしたんだろう。

 海兵達が今出てきた所から突撃していったはずだが。

 ああ、迷子なんですねわかります。

 

「さて、半分は任せた。俺を仲間にしようってんだから、失望させてくれるなよ?」

 

 パシン、と手のひらを拳で打ち付けつつ、俺の横に並ぶゾロ。

 あれ、こいつ素手で戦うつもりか。

 

「九日間飲まず食わずな上に刀無しで、半分倒せますか?」

「抜かせ。これぐらい屁でもねぇよ」

 

 まぁ、ゾロなら平気か。

 わかりましたーと返し、俺はゾロを放置して海兵達のど真ん中に空から突撃する。

 敵のど真ん中に陣取れば、飛び道具は使えまい。

 たぶん当たっても平気だけど、それでも銃は怖いからね。

 

 いきなり自陣のど真ん中に現れた俺にとっさに対応できず、ばらばらに襲い掛かる海兵達。

 普段なら統率の取れた行動も取れたかもしれないが、恐怖で支配された状態では烏合の衆である。

 

 ばらばらに近づいて来る敵を、順番にひたすら殴る。殴る。殴る。

 この体のスペックが高すぎて、モグラ叩きやってるのと変わらないな。

 殴られた人は結構豪快に吹っ飛んでるけど、痛いんだろうなぁ。

 でも結構すぐ復活して立ち上がってくる人も多いな。力が弱すぎたんだろうか。

 いやでも数メートルはぶっ飛んでるんだけど……

 これ以上力をいれて、スプラッタになっても困るし。

 

 微妙に精神が削られる作業を繰り返していると、ルフィが現れ、塔から降りてきたモーガンと戦闘を開始した。

 大斧によるモーガンの苛烈な攻撃をかわし、伸ばした足による回し蹴りで周囲の邪魔な海兵をなぎ払う。

 

「あいつ……! 一体何者なんだ?」

「あ、ルフィがゴム人間だった事には驚くんですねゾロさん」

 

 俺の不思議パワーには驚かなかったのに。

 

「ふん。たとえ悪魔の実の能力者だろうと……俺の権力の前には! 無力だ! てめぇらには、俺に逆らう権利すらねぇ。俺は海軍大佐だ!!」

「うるせぇ! 何が海軍だ。コビーの夢みた海軍を汚すんじゃねぇッ!!」

 

 戦闘が続くが、終始ルフィが圧倒的優勢だ。これは勝負あったな。

 

「ゾロさん!」

 

 と、ゾロの近くに刀が飛んでくる。

 

「てめぇ、動くなつってんだろ!」

 

 見ると、広場の隅で、コビーがヘルメッポに銃を突きつけられていた。

 いつの間に。

 ゾロの刀を取って戻ってきたはいいが、復活したヘルメッポに捕まってしまったようである。

 銃をこめかみに押し当てられ、体を硬直させるコビー。

 

「僕は……ルフィさん達の、邪魔はしたくない……」

 

 コビーのメンタルがやばい。

 既にレッドゾーンに突入しているようである。

 早く救助せねば。

 

「あん? 何ブツブツ呟いてやがる。おいお前ら!! こいつの命が惜しかったら……は?」

 

 俺は銃を引っ掴み、銃口を空に向ける。

 100mを二歩で駆け抜ける俺にとって、目で見える範囲の距離など無いも同然である。

 哀れ、ヘルメッポは俺の膝蹴りを受け轟沈した。

 

 

 刀を手にしたゾロは、モーガンの指示でルフィに群がった海兵達を一掃。

 直後、ルフィもモーガンを仕留めたようだ。怒りのモーガンは大地に倒れ伏した。

 

「ナイス、ゾロ」

「お安い御用だ。キャプテン」

 

 あ、なんか今のやり取りいいな。

 この二人がやると絵になる。

 俺がやってもコントにしかならないだろうけどな。

 

 

 ……ところで、俺まだ海兵倒し終わってないんだけど。

 コビーを守りながら戦うのはさすがにつらい。

 モーガン倒したら終わるんじゃないのかよ。

 モーガンの支配が終わったーうおおおおってなるんじゃないのかよ。

 カリスマが足りないのか、俺が呼びかけても海兵達は止まら無い。

 

「ルフィさん、ゾロさん! こっち手伝ってください。ヘルプ、ヘールプ!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 さて、お祭りである。

 モーガンの支配から開放された町は見違えるほど活気に溢れ、道には臨時の屋台まで出ていた。

 モーガンを倒した俺達を一目見ようというのか、やけに人だかりにぶち当たる。

 その中を突っ切って俺達は酒場に入り、食事をとる事にした。

 ゾロがもう限界だからな。

 

「はぁ食った食った……! さすがに九日もくわねぇと極限だった!」

 

 たっぷり五人前の食事を平らげたゾロは、満足そうに腹を押さえた。

 そしてその横には、十人前を平らげたルフィの姿が!!

 

「おめぇは何で俺より食が進んでんだよ」

「それより、お二方が魚を骨ごと平らげている事に突っ込みたいんですが……」

 

 あれ、もしかして俺のほうが異端?

 いや、骨は食わないだろ、常識的に考えて……

 コビーの皿をちらりと覗くが、こいつパンとスープしか頼んでねぇからわからん。

 そんなんじゃ強い男の子になれませんよ。

 

 その後、グランドラインに行くの行かないのでコビーと揉めた後、コビーの旅立ち宣言が始まった。

 自分の信念に従って、海軍の一員として海を平和に導くらしい。

 よかった、海軍に入るみたいだ。

 世界を革命の炎に包み込むとか言い出さなくて、本当に良かった。

 

「失礼!」

 

 と、海兵が食堂に入ってくる。

 町を救ってもらった事に感謝はするが、海賊を名乗るものがこの町にいるのは認められないと通知された。

 あれ、俺達が海賊だって何で知ってるの?

 ヘルメッポの相手をしている時に少し危なかったが、結局ばれなかったはず。

 

 そう思ったが、海兵に反論する酒場のおっちゃんの話を聞く限り、酒場のおっちゃんですら俺達が海賊だという事を知っているようだ。

 ルフィ、お前。自分が海賊だって言いふらしてるな。

 なんてことしやがる。

 

 町の人たちの大ブーイングを受けつつも、海兵は姿勢を崩さない。

 俺のメンタルなら崩れ落ちちゃうね。

 

 さて、海賊だとばれてしまっては仕方が無い。さっさと出発するか。

 港に出ると、コビーや町の人どころか、海軍総出でお見送りである。

 ルフィが仲良くなった酒場のおっさんなんか、横断幕まで作ってくれている。

 いつのまに作ったんだよ。

 

 町の人の声援と海軍の敬礼を受けながら、俺達は海に出た。

 

 

 

 ……あ、水と食料の補給わすれてたわ。

 







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第3話 おじいさん、超優秀だな

 ただ今、絶賛漂流中です。

 

 

 見渡す限りの水平線。

 上空には、雲ひとつ無い青空が広がっている。

 視界に変化があるとすれば、太陽の位置が変わっていく所と、たまによくわからない謎生物(海王類?)が遠くに見えるぐらいだ。

 なにあれこわい。

 

「どういけばグランドラインにいけるのかなぁ」

 

 地図を眺めながら言うルフィ。

 海王類より恐ろしいやつがここにいた。

 まずは陸地を目指そうぜ。

 

「だいたい、お前が航海術持ってねぇってのはおかしいだろ。海賊なんだろ」

「ルフィさんの言う"海賊"と私達の思うそれは、たぶんまったく別物なんでしょう」

 

 海賊名乗る必要まったくねぇ。

 っていうか、海賊って名乗るもんじゃないだろう。

 海賊行為働いたら海賊と呼ばれるだけだ。

 とりあえず、ルフィに期待するのは止め、ルフィから地図を取り上げる。

 

 しまったな。コビーに地図の見方を教えてもらえばよかった。測量や現在位置の割り出し方ばっかり聞いて、地図は少し見せてもらっただけだ。地図の見方なんて全然気にしてなかったわ。地図があっても、見方がわからなければ意味が無い。

 無いが、この時代の技術力や、世界が丸い事について知れ渡っている事を考えると、既にメルカトル図法が一般的になっているのではないだろうか。

 

 たしかメルカトル図法というのは、方角を正しく記述する方法だ。

 地図に従った方角に進み続ければ、目的地にたどり着けるはず。

 現在地を割り出すのが難しそうだが、目指す方角が大まかにでもわかれば上出来だ。

 方角さえわかれば、最悪飛んでいく事も可能である。

 時刻と太陽の方向から現在の進路を割り出し、出発地点の町の位置から現在地を推測し……

 推測し……

 

「ルフィさんルフィさん」

「何だ?」

「これ、どこの地図ですか?」

「知らん!」

 

 たぶんフーシャ村周辺の海図だろう。

 村を中心に、周囲の海の深さや、障害物等の位置が記されている。

 ああ、大事な地図だね。座礁とかしたら困るもんね。

 

 って、あほか!!

 なんでフーシャ村から出て行くのにフーシャ村の地図もってくるんだよ。

 コビーの見てた地図って、ルフィが持ってた奴じゃないのかよ。

 こんな地図、糞の役にも立たねぇ。

 こんなざらざらした紙(皮?)を使ったらアソコが血まみれなっちまうぜ。HAHAHA!

 

「西にむかえばいいんじゃねぇか? いずれレッドラインにぶち当たるだろ」

「…レッドラインまで無補給で行く気ですか?」

 

 グランドライン目指すのと大差ねぇ。

 この前も即身仏になりかけていたし、こいつは飢餓による自殺願望でもあるのだろうか。

 

「このドMが」

「あぁ?」

「なんでもありません」

 

 とりあえず、飛ぼう。

 適当に飛んでいたら、陸も見つかるだろう。

 もうどうにでもなーれ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 とりあえずあたりを飛び回って20分で陸を発見。

 1時間ほどかけて、船に戻る。

 

 なぜか船に戻るのにやけに時間がかかったが、おそらくあのパーフェクトマゾヒスト……ゾロの仕業だろう。

 必死にオールを漕いで、高速で移動している。だから船に戻るのに時間が掛かったんだ。

 断じて迷子ではない。

 海上保安庁だって、遭難船を探すのに1週間掛かったりする事もあるのだ。

 波に隠れるから、小船だとたとえ上空からでも見つけにくいのだ。

 いったん移動されたら、船を見つけるのに手間取ったとしても何の不思議もない。

 

 自己暗示を掛けつつスタイリッシュ着艦で船に戻ると、いつのまにかルフィがアフロになっていた。

 

「なん……だと?」

 

 いや、ルフィがいなくなって、代わりにアフロとその他二名が船に乗っていた。

 何を言っているのか全くわからないと思うが、俺も何を言っているのかわからねーよ。

 なんだこれ。誰得だよ。俺たちのルフィを返せ。

 

「ジン、ルフィが鳥に攫われた!」

「鳥……ですか?」

 

 はて、何かの隠語だろうか。

 文化の差異によるコミュニケーションエラーが発生したようである。

 俺は、現地住民との異文化コミュニケーションを試みた。

 状況は困難を極めたが、俺は諦めなかった。

 状況を整理した結果、俺はこの状況に結論を出す事に成功した。

 

「つまり……ルフィが鳥に攫われた、と」

「だからそう言ってんだろ! お前は先に行ってルフィを探してくれ。もし海に落ちたらやばい」

「了解しました」

 

 最近マイフェイバリットの、無意味なスタイリッシュ発艦でGO。

 そういえば、この辺の話は原作にもあった気がするな。

 てことは、あのアフロ達はバギーの一味か。

 俺が絡んでも、原作とあまり差異は出ていないようだ。

 

 ……あれ、俺がいてもいなくても変わらないって事は、俺も迷子属性を持っているって事だろうか。

 そんな馬鹿な。

 

 いやいや違うよ。

 地図すらない状況で迷子にならないわけないよ。

 あとは、そう。歴史の修正力さ。

 運命とカミさんの尻には逆らえないのさHAHAHA。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 びゅーんとひとっ飛びで、町まで到着。

 バギー一味が占領しているため、町は静寂に包まれている。

 そのため、酒場の屋上で宴会している連中、おそらくナミとバギー一味であろう連中を見つけるのに苦労はしなかった。

 よって、一緒にいたルフィを見つけるのは簡単だった。

 簡単だったが……

 

 檻の中に入っていらっしゃる。

 なんか檻の格子をガジガジとかじってるし。

 噛み切ろうというのか? さすがに無茶だろう。

 それよりゴム人間なんだから、体全体を平べったくして檻の間を通り抜けるほうが現実的では。

 

 

 あー、どうしようかな。

 原作なんてうろ覚えだし、俺がいる以上は原作どおりに進ませるなんて無理だから気にしなくて良いと思っていたが。

 よく考えてみると、ナミがいないと困るよな。

 なんせ、我ら迷子トリオは(あっ、トリオって認めちゃった)目的地にたどり着くことすらできないのだ。

 旅をするっていうレベルじゃない。

 漂流しているだけである。

 

 さて、ナミを仲間にする上で、俺はどう立ち回ればいいのか。

 うん。

 わかんねぇよそんなの。

 どうしていいかわからず、俺は近くの建物の屋根の上からバギー達の酒盛りを覗いている。

 

 

 このまま見ていてもしょうがないな。

 ナミとバギーがだんだん不穏な空気になってきているし。

 ゾロは来ないし。(たぶん迷子だろう)

 なんかルフィはバギー玉とやらを喰らいそうになってるし。

 ナミはバギー一味に襲われてピンチだし。(不穏な空気どころか開戦しちゃってたよ)

 

 

 

 そんなわけで、俺はバギー玉の入った大砲の向きを、ルフィからバギー達の方向へひっくり返す事にしたのだ。

 既に導火線に火は着いている。

 

「は……!?」

 

 俺の姿を見て一瞬動きを止めるナミだが、俺が檻の鍵を探してくれというと、すぐにこの場を離れた。

 たぶん、探してくれるだろう。

 右往左往しつつ、バギー玉の射線上から離れて床に伏せるバギー一味。

 直後、バギー玉がド派手にぶっ放され、あたりは粉塵に包まれた。

 この隙に逃げるとしよう。

 

「ジン!」

 

 満面の笑みを浮かべるルフィ。笑顔が眩しい。

 

「さぁさぁ、ルフィさん。逃げますよー」

 

 持てるかなこれ。

 5kgはありそうな格子が20本ほどあるのに加え、台座と天板部分にまで金属補強がされている。

 おまけにルフィ自身の重さまで加えると……

 

 不安に思いながら檻を抱えてみると、軽々と持ち上げられた。

 なんだよ軽いじゃないか。見掛け倒しもいいところである。

 中身はスカスカなんだろうか。骨粗鬆症に気をつけろよ。

 

「なっ、檻ごとだとぉ!?」

「あの檻は300kgはあるのに……!!」

 

 バギー玉の被害から逃れていた海賊達が驚いている。

 え、何。この檻300kgもあるの?

 原作のゾロなんて、腹から腸が飛び出そうな状況で持ち上げてなかった?

 ゾロさん、まじパねぇっす。

 

 さて、逃げるにあたって、一回言ってみたかったセリフがあるんだよな。

 今こそ言う時だろう。

 

 

 あばよ、とっつぁ~ん!

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……何やってんの、あんたら」

 

 逃げ出した後。

 ルフィが犬(シュシュって首輪に書いてある)と喧嘩してるシーンを、ナミに目撃されてしまった。

 

 適当に逃げたつもりだったが、原作通りの場所に辿り着いてしまったようだ。

 ゾロ……大怪我した状態で、300kgもある檻を担いでここまで逃げてくるはずだったのか?

 もうあいつを人とみなすのはやめよう。

 

「あんたら、海賊だけでなく犬にまで喧嘩を売るの? バカじゃないの」

「バカなのは否定できないですね。航海士さん」

「誰が航海士よ!」

 

 ふははは、話はすでにルフィから聞かせてもらった。

 ルフィはやはり、ナミを航海士として誘うつもりのようだ。

 あと、ついでにバギーからグランドラインの海図を頂くのだ。

 

「ルフィは言い出したら聞かないんですよ、航海士さん」

「肉くいてぇ」

「はいはい、後でね」

 

 ルフィは檻に入れられてもブレない。

 

「はぁ……一応助けてもらったからね。お礼だけはしとくわ」

 

 そう言い、鍵を投げてよこすナミ。

 おお、これが本物のツンデレだよ。

 ヘルメッポのツンデレとかいらねぇよ。

 

 俺は鍵を受け取り、一瞬迷った後(このハラペコの猛獣を解き放っていいものか?)、ルフィを開放する。

 解き放たれたルフィは、諸手を挙げて喜びを爆発させた。

 

「出れたーーーー!!!」

 

 

 おい馬鹿大声だすんじゃねぇ。

 バギーに見つかったらどうする。

 

 幸い、バギー一味の耳にルフィの大声は届かなかった。

 やつらの耳は節穴のようだ。

 あれ、節穴って表現するのは目だけだっけ。

 

 

 その後、ルフィと共にナミに勧誘攻撃を仕掛けたが、梨の(つぶて)だった。

 こいつ、もはや話きいてねぇ。もう無理だ。

 しかもルフィはハラペコ状態だ。

 ハラペコのルフィは肉の事しか考えられない。

 仕方ないのでナミと別れ、ルフィと手分けしてゾロを探す事にした。

 ルフィは目的を忘れて飯を探してそうだけど。

 

 

 

 俺は、再び空に舞う。

 うーん、どこにいるのかな。

 なんとなく高いところにいそうだな。ゾロだし。

 言外にゾロを馬鹿呼ばわりしつつ上空を飛びまわっていると(鏡なんてありません)、ナミがライオンに跨ったたぬ耳おじさんに襲われているのを発見した。

 

 

 へ、変態だーーー!!

 三次元でおっさんがたぬ耳つけてるとかキモイの一言しかない。

 

 想像してみてほしい。

 誰もいない街中で、たぬきの耳を頭につけたおっさんがライオンに跨って若い女性を襲うシーンを。

 ホラーである。

 

 

 ナミは絶叫を上げ、涙まで流して全力で逃亡している。

 しかし、さすがにライオンの脚からは逃げられない。

 このままでは、追いつかれるのも時間の問題だろう。

 

 一刻も早く世界に平和を取り戻すため、あとナミのポイントを稼ぐため、俺は上空から変態に奇襲を掛けた。

 速度を上げていくと、世界が縮んでいくような錯覚を覚える。

 徐々に飛行角度を浅くしていき、高速のまま変態に体当たり。

 変態はぶっとび、星になって視界から消え去った。

 たぶん音速を超えてしまったので、衝撃波であたりの窓ガラスが全部割れた……若干やってしまった感がある。

 反省しつつ、俺は地面に降り立った。

 

 

 ナミに泣いて感謝されたが、なら仲間にと言うと「それは無理」との返答。

 ええー。麦わらの一味おすすめだよ。

 楽しい・頼もしい・おバカの三拍子がそろってるよ。

 イーストブルー最強と名高いアーロン一味だって鎧袖一触(がいしゅういっしょく)だよ。

 

 アーロンの名前を出した時にピクッと反応があったが、やはり仲間になる所まではいかないようで、「考えとくわ」という回答に留まった。

 日本人的に考えるとその回答は無理と大差ないのだが、一応は心を動かされたようである。

 これは、ルフィやゾロの強さを見せれば行けるかもしれん。

 

「ていうか、その翼って本物なの?」

「? 本物ですよ」

 

 恐る恐るといった雰囲気で指をさし問いかけるナミに対し、俺はパタパタと羽を動かしながら答える。

 飾りの羽を着けてる不思議ちゃん系の子と思われていたのだろうか。心外である。

 

「そんな翼でなんで空飛べるのよ。おかしいでしょ」

「私もそう思うのですが、なんか知らないけど飛べてしまったんです」

 

 俺が空を飛べるのに、理由がいるのかい?

 いりますよね。すみません。

 

 

 その後、飛び立ってゾロを探しに行こうとしたが、ナミに止められた。

 まぁ、あんなホラーな目にあった直後に一人でいるのは怖いもんな。

 ゾロは見つからなかったが収穫(ナミ)はあったので、ルフィと合流する事にした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 んで、ルフィとの合流地点に定めた食堂の中に入ったわけだが、予想外の事があった。

 ルフィが肉を食っている。

 

 いや肉はどうでもいい。

 ルフィが合流地点にたどり着いているのである。

 奥のテーブルでは、おじいさんがお茶を入れている姿が見える。

 ルフィが自力で辿りついたとは思えないので、おそらく一緒にいるおじいさんに連れて来てもらったのだろう。

 てか誰だあのおじいさん。なんで一緒にいるんだ?

 

 聞けば、俺と別れた後に喧嘩して仲良くなったそうである。

 意味がわからないが、ルフィの言う事なので理解した。

 

 あともうひとつの予想外の事として、ゾロが床に寝ていた。

 ルフィが見つけたとは思えないので、おそらく一緒にいるおじいさんが見つけたのだろう。

 おじいさん超優秀だな!

 このおじいさんを仲間にさそうべきじゃないか?

 

 

 とりあえずゾロを起こして状況を説明しようと思い、ゾロの所まで歩いていく。

 ゾロに手を伸ばそうとした所で、俺はゾロが腹からかなりの出血をしているのに気づいた。

 

 ……え、なんで大怪我してるの。

 トレードマークの腹巻がおじゃんである。

 人がすぐ傍まで近寄っているのに、目を覚ます気配がない。

 普段の獣じみたゾロなら、一瞬だけ目を覚ましてちらりとこちらを一瞥するだろうに。

 おかげで、(ろく)にいたずらも仕掛けられやしない。

 

 おじいさんに聞くと、どうやらバギーと邂逅し負傷したらしい。

 原作と同じじゃん。もしかして本当に歴史の修正力ってのがあるのかもしれん。

 あ、じゃあナミも仲間になるねやったー!

 

「あんたの仲間って、海賊狩りだったの?」

「ええそうですよ」

 

 言ってなかったっけ。

 

「言ってないわよ!」

 

 しまった、勧誘を掛ける時にセールスポイントを言わないとは……

 この俺も、衰えたものである。

 

 

 あ、やばい。

 

 ドゴォォォッッ!!

 

 砲弾が壁を突き破ってきたのが見えたので、ナミとおじいさんを庇う。

 あとの二人は……まぁ大丈夫だろう。

 

「あーっ、俺の肉ぅぅぅぅっっ!?」

「……寝覚めの悪ぃ目覚ましだぜ」

 

 肉の心配をするルフィと、むくりと起き上がるゾロ。

 ほら大丈夫だった。

 ゾロに至っては、腹の出血が止まっている。なにそれふざけてるの?

 まぁゾロだしな……そういうもんだと思っておこう。

 

 しかし、砲弾が壁を突き破ったのを目視してから庇うのが間に合うとは。

 音がこっちに伝わってくる前に砲弾を知覚できたぞ。

 この体のスペックは、俺が思っていた以上に高いかもしれん。

 

 

「ぶじか、皆……!」

 

 砲弾が町を破壊する音が響く中(最初の一発目が直撃するとかどんだけだよ)、一番大丈夫そうでないおじいさんが言う。

 すまん、庇う時に引っ張ったのがかなりのダメージを与えた模様。

 皆の無事を確認した後、胸を押さえて倒れこむおじいさん。

 

「胸をえぐられる様じゃ……

 町を潰され! 住民を傷付けられ! わしらを助けてくれた恩人にも砲を向ける!

 わしの許しなくこの町で勝手な真似はもうさせん!」

 

 まっておれ道化のバギー、みたいな事を叫びながら、穴の開いた壁から外に飛び出て駆けて行く。

 熱いね、あのおじいさんは。

 

「そうだろ。おれ、あのじいさん好きだ」

「なら止めなさいよ! なんで行かせてるのよ!」

 

 激昂するナミ。

 いや、止めるという発想がなかったわ。

 いつもルフィやゾロと一緒にいるからかな。

 こいつら止めても意味ないもんな。

 

「大丈夫。じいさんは絶対死なせない」

 

 麦わら帽子を手に取り、遠い目をして見つめながら言うルフィ。

 麦わら帽子に触る仕草をする時のルフィは、本気だ。

 語った言葉は、必ず実行する。

 命を掛けてでも。

 

「バギーは、俺が倒す」

「……なんでそんなあっさり言えるのよ。相手は海賊よ?」

 

 ゾロと俺が、ルフィに続く。

 

「俺達も海賊だ。

 それに、バギー一味には借りができちまった。

 このままにしておくのは、俺の名に傷がついちまう」

「ついでに言わせてもらえば、町がこの状態だと食料の補給もままなりません。

 私達の道を塞ぐ障害は粉砕しなければ」

 

 現実的な問題として、もういい加減食料がないと話にならない。

 もう勢いに流されて、補給無しで行くのは無しだ。

 

「そして、俺達が目指すのはグランドライン。

 これから、その海図をもう一度奪いにいく。

 ナミ。仲間になってくれ」

 

 わお。

 普段はアホの極みだけど、こういう時のルフィはかっこいいな。

 

「……私は海賊にはならないわ」

 

 そういいつつ、ナミはもう決心しているように見えた。

 

「手を組むって言ってくれる?

 お互いの目的のために!」

「ああ。行こうか!!」

 

 全員で拳を突き合わせ、歩き始める。

 目指すはバギーの首だ。

 

 

 ……首とっても、バギーなら死なないよな?

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 さて、役者の勢ぞろいである。

 バギーに特攻をかけようとしていたおじいさんを物理的に説得(誤記ではない)し、俺達はバギーの前に姿を現した。

 酒場の屋上に陣取ったバギーは腕を組んでどっしりと構え、道化の化粧に似合わぬ冷たい視線をこちらに向ける。

 

「そっちから来るとはな。手間が省けたが……なにを考えてやがる?」

 

 こうしてみると貫禄あるなこいつ。

 記憶にあるのはギャグシーンばっかりだったんだが。

 

「お前を倒しに来た」

 

 だがそれで気圧されるようなルフィではない。

 言いたい事は何があってもそのまんま発言する奴だ。

 アホの子なのだ。

 

「ほう。コソ泥風情が大きく出たな」

「コソ泥じゃねぇ。海賊だ!」

「海賊だと? てめぇらみたいなバカやってる奴らがか!?」

 

 ……うん? なんか馬鹿なことやってたっけ?

 やばい、最近感覚が麻痺してきたかもしれん。

 

「そうだ。俺は、海賊王になる」

「……ほおー、そうか。なるといい。なれるもんならな」

「ああ。なる。

 だから、グランドラインの海図よこせ」

 

 海賊の名を出した瞬間は少し感情を表に表したバギーだが、海賊王の話に至ると逆に能面のように無表情になる。

 余裕あるな、バギー。馬鹿な事を言う奴がまた現れた、ぐらいの認識なのだろう。

 まだ、たぬ耳おじさんぐらいしかやられてないしな。

 

 

「バギー船長! あの羽人間の相手は、ぜひ私に!」

 

 とおもったら、たぬ耳おじさん……モージというらしい男(すまん、名前覚えてなかった)が現れ、バギーの脇で膝をつく。

 え、いたのかよ。星になったんじゃないのかよ。

 てか俺を指名か。

 もしかして、俺が攻撃したってばれてた?

 完全に奇襲だったと思うんだが。

 

「かまわん。やれ」

「はっ!」

 

 バギーの了承を取ったモージは、こちらを感情の篭った眼で一瞥すると、一気に屋根から飛び降りる。

 

「たとえ悪魔の実の能力者だろうと、種さえわれていればやりようはある」

 

 モージの周りに無数の鳥が集まり始めた。

 そういやあまり気にした事なかったけど、俺って悪魔の実の能力者扱いなのか。

 

「ルフィ。あいつの相手は私がやっても?」

「いいぞ。ぶったおせ」

「はいな」

 

 こちらも一歩前に出て、戦闘態勢を整える。

 正直、いくら鳥を大量に集めたとしても、眼球すら強靭なこの体を傷付けられるとは思えないが……

 

「光栄に思え。お前の相手をするために、辺り一帯の鳥を集めてきてやったぞ……はじめろ、ルッチ!」

 

 モージの掛け声に答えてモージの傍にいる鳥が一声鳴いたかと思うと、鳥達が陣形を組み始める。

 どうやら、全部の鳥をモージが動かしているわけではないようだ。

 モージを倒す以外に、あの鳥を倒しても勝負がつくかもな。

 ああでも、鳥の区別なんてつかないから難しいか。

 

「一番だ!」

 

 鳥達が左右に広がり、こちらに向かってくる。

 さて、どうするか。

 こちらの世界に来てしばらくたつ。

 鳥を捌いた事もあるし、下手をすれば死に至る攻撃を人に向けて行った事もある。

 だが、これだけ大量の、しかも命令されてるだけの鳥を皆殺しにするのは躊躇われた。

 練習中の雷攻撃(たぶん天撃の縮小版……だと思う)はおろか、音速を超えただけで衝撃波で全滅しそうだ。

 

「こういうのは、本体を攻撃するものと相場がきまってますよね」

 

 鳥が左右に広がっているため、中央ががら空きだ。

 俺は、まっすぐモージに突っ込む。

 

「五番!」

「ッ!?」

 

 と、モージの背後にいた鳥が前に出て、モージの姿を完全に覆い隠す。

 だが、モージ自身がそんなにすばやく動けるとは思えない。

 俺は少しだけ進路を変え、すれ違いざまにモージに攻撃を仕掛ける。

 だが、それは悪手だったようだ。

 

「あれ?」

 

 気づけば、俺の体は民家に激突していた。

 

 なんだ?

 何か体に衝撃が走った……おそらく何かの攻撃を受け、バランスを崩して飛行経路がずれたのだろうが。

 音速に近い砲弾すら目視できる俺にも見えない攻撃?

 

「二番!」

 

 おっと、今は考えている場合じゃない。

 鳥に群がられる前に、俺はその場を飛びのいた。

 飛びのいた衝撃で、民家が完全に倒壊する。

 ああ、すまん。住人の人。

 バギー達を倒すから、どうか許してくれ。

 

「チッ、思ったより頑丈だな」

 

 モージが手に持った武器を振り回しながら毒吐く。

 ……ああ、あれがモージの武器か。

 たしかに、らしい武器だ。

 

 10m近くあるだろう、長い鞭。

 ああいったしなる武器の先端は、その長さに比例して恐ろしく速くなる。

 腕の先端が時速100kmだったとしたら、鞭の先端部分は音速を軽く超えるだろう。

 ましてや、ワンピースの世界の住人は、でたらめな身体能力を誇っているのだ。(鏡? 用意したが、今は見る必要がない)

 あの鞭、マッハ3ぐらいには到達しているかもしれん。

 おまけに細く、更に色とりどりの鳥達が(うごめ)きながら視界を覆っているこの状況では、見えないのも仕方がない。

 

 

 さて、どうするか。

 体の頑丈さを活かし、鳥を無視して突っ込んでもいいが……

 せっかく戦いになってるんだ。訓練がてら、いろいろ試させてもらおう。

 それに、罠が仕掛けられていたら困るしな。

 

 俺は、モージの周囲を旋回しながら、様子を伺う。

 ある程度まで旋回半径を小さくすると、鳥を囮にした鞭による攻撃が来る。

 うん、全く見えないというわけではない。

 軌道までは追えないので避けるのは無理だが、攻撃が来るタイミングだけなら知覚できるため、九割がたは防御できる。

 

 これなら、あれを試すか?

 体の外に力を放出すると鳥達虐殺コースしかないが、二つほど使えそうな手があった。

 これを組み合わせよう。よし、即断即決だ。

 急旋回し、モージとの距離を縮める。

 

「五番!」

 

 鳥達が視界を塞ぐが、無視だ。

 狙いはモージではない。

 鳥達の隙間を縫ってこちらに向かってくる鞭。

 俺は、腕に雷を纏って、鞭を防御した。

 

「あがッ!?」

 

 モージの体が硬直する。

 お、成功した。

 鞭をうまく電気が伝っていってくれるか不安だったが、ある程度は通電するようだ。

 続いて俺は翼をはためかせ、モージの方に強風を送った。

 鳥達が散り散りになり、モージの姿が現れる。

 

 あ、なんか罠っぽいものがある。

 腰ぐらいの高さに糸が張られており、その先を見ると網に繋がっていた。

 バギーが手の部分だけでこっそり罠を展開していたようだ。

 何も考えずまっすぐ突っ込んでいたら網に絡めとられていた。あぶねぇ。

 

 だが、視界が開ければこっちのものだ。

 俺は地面すれすれを滑空して接近し、モージの顎を蹴り上げた。

 うし、勝負ありだ。

 

 

「かっ……なさけねぇ。

 あれだけ攻撃を当てておいて倒しきれないとはな」

 

 マフラーを巻いた男(この糞暑い中、マフラーとか明らかに不自然だろ……)が唾を吐き捨てる。

 え、大健闘だったと思うけどなー。

 

 

「さて、次は私かな……

 参謀長、"曲芸のカバジ"が参る。

 先ほどの情けない輩とこの俺を一緒にするなよ?」

「剣士か。なら、俺が相手をしよう」

 

 当然のようにゾロが進み出る。

 お前怪我してるだろ無茶すんなよと釘を刺したかったが、俺より早くナミが突っ込みを入れた。

 でもまぁ、それでゾロがやめるわけないよな。

 

 

 カバジの曲芸に翻弄され、傷口を抉られる事数回。

 援護したかったが、本当に援護したらゾロがぶち切れると思うので、俺はバギー一味の動向を注視するに留めた。

 

 ゾロ、全力で戦ってないな。

 相手の技を見定めようとしている節がある。

 怪我してるのに馬鹿なの? ギガンティックドMなの?

 ハァハァ息を乱しながらお前との格の違いを教えてやるとか言ってるが、そんなもん教えなくていいのでさっさと怪我無く勝って欲しい。

 

 ゾロの宣言を聞いたルフィは、うおーかっこいーと叫んでいる。

 俺は、ドン引きしている。

 ルフィと俺のかっこいい基準は、大きなズレがあるようだ。

 

 その後、ようやく三刀流の技が飛び出し、カバジは体に三本の太刀傷を残して地面に倒れこむ。

 うん、もう少し早く技を出してくれたほうが、見てるこっちとしては安心するんだけど。

 そういや、バギーはちょっかい掛けてこなかったな。

 さっきみたいに、何かしてくるかと思ったけど。

 俺がガン見しているからだろうか。

 

 

 戦いが終わったら、カバジに続いてゾロも地面にぶっ倒れる。

 手当てするか。

 手当ての仕方なんて知らないが、ゾロのことだ。

 止血さえすれば、あとは自力で回復するだろう。

 

 

 

 さて、最後のメインディッシュは我らがルフィ船長とバギーの戦いである。

 メインディッシュだが、多くは語るまい。

 いや、伸びたりばらばらになったりして、見ていてもよくわからなかったというのが正直な所だが。

 人外の争いはちょっと理解できかねます。(鏡? 顔を洗うときに毎回ちゃんと見てるよ)

 

 

 ルフィがバギーを倒してグランドラインの海図を手に入れた後(バギーの部下達は襲い掛かってこなかった)、いつの間にか宝を山ほど強奪してきたナミと共に、町の人に追われながら町を後にする。

 どうやら、おじいさんを物理的に説得したのが不味かったらしい。

 

 たまには落ち着いて町を出たいんだけど。

 このパターン、お約束になったりしない?

 俺、何か心配になってきたよ。

 

 

 誰に向けた言葉でもなかったが、背中に背負ったゾロには聞こえたらしく、怪我を押して律儀に返してくれた。

 

「いいや、船出はコレぐらいがちょうどいいのさ。

 後腐れなくて、すっきりする」

 

 えー。

 ゾロのその言葉には、同意できないなぁ。

 

 俺は、この時はそう思った。

 

 

 

 あ、心配といえば。

 水と食料、また補給できなかったわ。

 

 助けて! ナミえもーん!

 



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第4話 わかめ公爵はリア充

 俺達とナミの船が、並んで海を行く。

 俺達の船は本当にただの小船といった感じだが、ナミの船には小さいながらも船室がついており、雨風を凌げるようになっていた。

 羨ましい。

 というか、船室もなしに外洋に出るとかありえない。

 寝ている時に大波に襲われたら、船の外に放り出されてしまう。

 俺、ナミの船に移籍したいんだけど。

 

 そんな事を考えながら、電撃を受けてぷかぷか浮いた魚を次々に回収していく。

 

 今日は、いい鯛が取れた。

 塩焼きは飽きたので、あんかけにでもしようかな。

 料理のレパートリーが少ないので、取れる手段が少ない。

 前世では、魚なんて丸焼きしかしたことが無かった。

 

 あ、みりんが無い。酒で代用して大丈夫だろうか。

 あんを少量だけ作って味見してみたが、まぁ大丈夫だった。

 思っていた味とはちょっと違うけど……この酒、辛いな。

 もう少し甘い味にしたかったんだが、この酒に砂糖いれるのは駄目っぽい。

 もうこれでいいや。

 

 俺は、自作冷蔵庫(樽に敷居を作って氷をぶち込んだだけ)からキャベツとニンジンを取り出し、調理を始めた。

 コンロはない。

 こんな狭い船にキッチンなどあろうはずもない。

 俺の不思議パワーで代用だ。

 ついでにいうと、樽に投入する氷も同様に代用している。

 この体は雷を出すだけでなく、物を燃やしたり、凍らせたりする事だってできるのだ。

 チートボディ万歳。

 

 鯛に直接火をかけて焼き、傍らに用意した鍋であんを用意する。

 鉄製の鍋は、この世界で初めて訪れた漁村で貰ったものだ。

 電撃を使って乱獲した魚(日本でやっちゃだめだよ、逮捕されてしまう)と交換で手に入れたのだ。

 要るかどうか迷ったが、貰って正解だった。

 前世で新品の鉄鍋を使ったときはなんじゃこりゃ使いにくいと思ったものだが、使い込まれた鉄鍋は容易に焦げ付かず、俺の出した強い炎に晒されても変質しない。

 アルミ製や表面加工された鍋であれば、こうは行かないだろう。

 しっかり手入れして大事に使おう。

 手入れ方法は、この鍋を使っていたおばちゃんからマンツーマンでみっちり教えてもらった。

 

 徐々に、いい匂いが立ち込め始める。

 空っぽの胃が自己主張を始めようとするが、我慢、我慢。

 ……ん? 天翼種に胃ってあるのか? そういえば食事も睡眠も不要な種族だった気が。

 まぁいい。このハラペコ感は本物だ。

 

 あんができあがったら皿にとり、スープの用意を始める。

 鍋、もう一つ欲しいな。どんな鍋がいいだろうか。

 次の町についたらいろいろ物色しようと考えつつ、スープの調理を開始。

 スープは、塩胡椒とバターで簡単に味付けしたものに、キャベツを千切ってぶち込んだだけ。

 鯛が焼けるまでには温め終わるだろう。

 あとは皿に盛り付けパンを出して、飯の準備は完了だ。

 ああ、ダシと白米がほしいなぁ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あんたって、なんで海賊やってるの?」

 

 飯の片付けが終わった後、俺の羽をもふりながら、ナミが尋ねてくる。

 ここは、ナミの船の船室内だ。

 食材をルフィたちの船においておいたら気づくとなくなっているので(不思議だ)、料理関連のものはナミの船においている。

 

 なんで、ってなぁ。あんまり考えてなかったが。

 

「気づいたら無人島に一人でおりまして。途方に暮れていた所で、ルフィさんが現れて、仲間に誘われて……ホイホイついていった、という感じです」

 

 行き倒れたら困るしな。

 

「なによそれ……あんたなら町までひとっ飛びだろうし、その外見なら適当に金持ち引っ掛けて生きていけるでしょうに」

 

 綺麗で羨ましい、とナミがこぼす。

 そういうのはなぁ。

 男女間の話とか、ちょっと今は考えられない。

 

「あの二人はどうなのよ?」

 

 え、ちょっとまって。

 これってガールズトーク的なものをはじめようとしているの?

 俺にはそんなトーク無理だぞ。

 

「あの二人も、私と大差ないのでは?」

 

 あの二人が恋愛だのなんだのしているのなんて想像できない。

 ルフィなんて、男女の区別をしているかどうか怪しいレベルだ。

 ゾロは、全くないわけではないようだが……

 ルフィが乗っているほうの船で料理をしている時は、台となるものが無かったため、どうしても前かがみにならざるを得ない場面が多々あった。

 その時にたぶん胸チラしてしまっているのだろう。

 ゾロの視線を感じたことは、一度や二度ではない。

 

 まぁ、男だからな。しょうがないよな。

 俺だったらもっとガン見するよ。

 

「ちょっとは身の危険ってものを感じなさい」

 

 ないなー。

 もし危険があっても、殴って粉砕してしまえばいいのだ。がはは。

 

 ナミは溜息をついた。言っても無駄だと悟ったのだろう。

 ルフィ達ほどではないが、俺もルフィ達と同じ側の人間であると最近自覚した。

 

 

「ジンは、どこで教育を受けたの?」

 

 ナミが話題を転換する。

 曰く、俺の知識はありえないらしい。

 

 え、何か変な知識披露したっけ?

 聞くが、地図の読み方を聞いた時に感じたそうだ。

 

 平面で地図を書き表す時の投影法。

 緯度経度の基準や測量方法。

 星の大きさ、極点の位置、磁極点との差異や地軸の角度。

 緯度と貿易風の関係。

 星の丸みを考慮した最短ルートを選ばない理由。

 

 地図の読み方すら知らない奴が、下手したら正規の航海士でも答えられない質問をしてきたのだ。

 これはおかしいと思ったらしい。

 

 そういやそうか。

 日本だと小中学校レベルの話を確認しただけなんだが、こっちの世界ではろくな学校もないだろう。

 でも、ナミえもんは聞いたら何でも答えてくれるからな。

 つい、いろいろ質問してしまうのも仕方が無い。

 というか、小さな村で過ごしたナミがそれだけ知っているほうがおかしいんじゃないか。

 天才かこいつ。

 

 前世がどうのこうの答えるのは電波ちゃんになってしまうので、空から見ていたら色々と気になるのだと答え、お茶を濁した。

 どう見ても納得していないナミだが、それ以上の追求はやめてくれた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 気分転換に空を飛んでいると、海にぷかぷか浮かんでいる男を発見した。

 すわ土左衛門かとも思ったが、俺を発見すると、手を振ってきた。

 なんだこいつ。変人のにおいがする。

 俺にはわかる。

 俺でなくともわかる。

 

 

 放置するのも躊躇われたので、俺は男を引き上げて船まで戻る事にした。

 男の身なりは良く、賊の類ではなさそうだ。

 今は濡れてわかめみたいになってる頭も、セットしたらおそらく正装が似合う形になるのだろう。

 ダンディな口髭を生やしており、なんか公爵っぽい感じだ。

 なんでこんな所で浮いていたのだろうか。

 

 

 船に戻ってから話を聞くと、わかめ公爵ことクロス・ガーメントと名乗った男は商人らしい。

 主に上流階級向けの服飾関係を商い、商船であたりの島々の有力者を回っているのだそうだ。

 海にぷかぷか浮いていたのは、見習い商人の女性に手を出そうとしていたのを女房に見つかり、海に叩き落されたと。

 なんだそれ。デンジャラスすぎるだろ。

 

 ナミが、私は命の恩人なんだから報酬は期待していいのよねーとクロスにタカる。

 え、助けたの俺なんだけど。ハゲタカも真っ青だ。

 

 俺とナミ、ついで後の二人をまじまじと眺めたクロスは、助けてくれたお礼に、最高の服をデザインしてプレゼントすると約束した。

 意外とみんな食いつきがよく(いや、みんないつも同じ服装だから、そういうのには興味がないとばかり……)、どんな服を取り扱っているのかや、どうやってデザインしているのか等の話題で華を咲かせた。

 

 

 そんな中で、ナミは抜け目無く情報も収集する。

 有力者に伝手があると聞いたナミは、この辺りで船を所有している人の話を聞き、船をタカる相手を見定めているようだ。

 クロスは、シロップ村に住むという有力者を紹介してくれた。

 

 昔の主は船で旅をするのが趣味だったそうだが、既に他界しており、今は船を使っていないという話を執事から聞いたらしい。

 地図でその村の場所を教えてもらったが、地形を見る限り、シロップ村というのはおそらくウソップのいる村の事だろう。

 

 となると、クロスが言っている有力者というのは、カヤの事か。

 有力者本人の事を聞いてみたが、クロスは直接会ったことがないとの事。

 いつも執事を経由して取引するそうだ。

 まぁ、本人が寝たきりの病人である事を知っていたら紹介なんてしないか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ハニー、私寂しかったわ!!」

 

 商船が近づいてくるなーと思ったら、品のいい感じの女性が商船に取り付けられた小船に乗り込んでこちらに近づき、クロスに飛びついてきた。

 こいつが女房か。

 寂しかったもなにも、お前がクロスを海に叩き落したと聞いたが。

 

「やあメアリー。僕も寂しかったよ。君に会えないまま夜を迎えなくて良かった。そしたらきっと僕は、寂しさで死んでしまっていただろうからね」

 

 クロスもノリノリだ。

 お前が浮気したんじゃなかったんかい。

 

 しばらくイチャイチャしていた二人だが(リア充爆発しろ)、メアリーと呼ばれた女性が俺とナミの存在に気がつくと、その目は急速に冷たくなっていった。

 え、なにこれ怖い。

 

「ところでハニー……反省は、きっちりしたのかしら」

「もちろんさ。海に浸かって頭は冷やしたよ。おかげで頭がふやけてこの通りさ」

 

 メアリーは、クロスに抱きついたまま、クロスの肩越しにこちらを絶対零度の眼差しで凝視する。

 瞳孔開いてない? こいつ、ヤンデレとかいうやつだろうか。初めて見た。

 ヤンデレるのはいいが、俺とナミは関係ないぞ。無実だ。

 

 

 少し肝を冷やしたが、俺達がクロスを助けたと聞くと態度を一変させ、お礼を言ってきた。

 俺達の服をデザインしてプレゼントしようという話をクロスから聞くと、まぁと口に手をあて、最高の服を作りましょうと同意する。

 

 そんな時間はあるのかと思ったが、シロップ村に向かうなら途中までは同行できるので、その間に作れるとの事だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「へぇ、いいじゃない」

 

 プレゼントされた服を着込み、鏡の前でくるりと回ってポーズを取るナミ。

 黒を基調にしたドレスは、ナミのずる賢さ……ゲフンゲフン、知的な妖艶さを引き立ている。

 正面から見ると黒が多いが、背中が大きく開いており、またスカートにもスリットが入っている。

 そのため今のようにくるりと回れば、黒いドレスの隙間からのぞく肌の白さが際立つ。

 姿勢を変えた際や体の向きを変えた時等、ふとした瞬間に色っぽさが顔を出す仕様になっているようだ。

 狙った瞬間に獲物を襲うイメージのあるナミにはぴったりだろう。

 

 ルフィの服は、すらっとしたシルエットのシャツに、チーノパンツというのだろうか?

 名前はよくわからないが、上下共にスリムな印象を与える服装となっている。

 普段はアホっぽいが、この服装だとルフィが知的な青年に見えるな。

 だが、口を開くとルフィはルフィだ。

 この服装はルフィに合っているのかなと疑問に思ったが、クロス曰く、ギャップがあったほうが強く印象に残るので女性にモテるのだそうだ。

 なんと。

 

 対するゾロは、見た目の印象を生かした服装となっている。

 皮のジャケットにジーンズ。

 ジャケットの襟には毛皮が付けられ、服の所々にはシルバーの飾りがあしらわれている。

 ワイルドな感じだ。

 こうしてみると、ゾロってイケメンだよな。

 てか、何だ。グラサン外したドフラミンゴっぽいぞお前。

 

 俺?

 自分の描写はあまりしたくないが一応言うと、白を基調とした、海兵服に近いものとなっている。

 羽がある都合上、ウエスト周りが開かざるをえないので、その辺りのデザインを工夫したそうだ。

 羽と直線状になるように紅と白のラインが入っており、スポーツカーのような印象を与える。

 なんか速そう。

 また、デザインだけでなく、着やすいようにも気を使ってくれている。

 頭からかぶるタイプのシャツと羽織る形のシャツを組み合わせて、一枚の服に見えるようになっているのだ。

 これなら確かに、着る時も羽が邪魔にならない。

 スカートの方も、同様に二重構造になっている。

 これなら飛んでも大丈夫だ。

 何が大丈夫なのかは言わないが。

 

 

「マーベラス。みんな、とても似合っているよ」

 

 パチパチと拍手しながらこちらに近づいてくるクロスとメアリー。

 これはご丁寧にどうも。素晴らしい服をありがとうございます。

 

「サンキューな、おっちゃん!!」

 

 俺に続き、ルフィもお礼を言う。

 おっちゃん……

 公爵っぽい外見の人だが、そういわれると凄い親しみを持てるな。

 

 

 その後、クロス達の船で晩餐をご馳走になった後、俺達はクロス達と別れた。

 ルフィは、仲良くなった船員達と別れの挨拶をしている。

 ナミは、船員にタカっていろいろ貢いでもらっている。

 ゾロは、寝ている。

 

 平和だなー。

 



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第5話 船乗りは、よく笑う(前編)

「あったなー。本当に大陸が」

 

 上陸し、一息つきながらあたりを見回す。

 海岸の先には険しい崖がそびえ、その更に向こうには大きな森が見える。

 樹齢が高いのだろう。いままでの島々にあった森と違い、逞しい木々が生い茂っていた。

 空を見ると若干雲が出ており、空の色を半分ほどを覆い隠す。

 海上で見る雲と違い、小さい雲やうっすらとした雲も混じった空は、前世で見ていた空に近い。

 俺は若干懐かしさを覚えつつ、体を伸ばした。

 

「当たり前でしょ。地図の通りに進んだんだから」

 

 先ほどのルフィの言葉に、若干呆れた表情でナミが返す。

 

 ナミよ。

 俺達の場合、地図を用意する所から既に躓いているのだ。

 地図の通りに進む事などできるわけがない。がはは。

 

「笑い事じゃないわよ!」

「笑い事ではないんですが、しかし最早笑うしかないと言いますか……」

 

 ほとんどの町でトラブルを起こすから、出航の準備をする暇すらないのだ。

 いや、トラブルを起こす前。町についてすぐに出航の準備をすればいいのか?

 おお、目から鱗の解決方法だ。こいつはいける。

 

「なに馬鹿な事いってんのよ」

 

 え、結構真面目に言ってるんだけど。

 

「ナミさんも、私達と共に行動したらすぐ染まってしまうと思います」

「怖い事言わないでくれるかしら……」

 

 逃れられぬよ、運命からは。

 

 

 

「……お、ついたか」

 

 あ、ゾロが起きてきた。

 ゾロは凄いぞ。一日16時間ぐらい寝ている。

 お前は猫か。

 

 欠伸をしながら地面に降り立ったゾロは、つま先で地面を叩き、感触を確かめるようにして歩く。

 と、崖上のある一点を見つめ、苦虫を磨り潰したような顔をした。

 

「なんだ、あいつら」

 

 ゾロは、海岸の先にある崖を指差し、こちらを覗き見している連中がいることを指摘する。

 すると、崖の上にいる人たちは、悲鳴を上げながら逃げていった。

 子供の声だな。

 可哀想に。般若のように恐ろしいゾロに睨まれたら、そりゃあ脱兎のごとく逃げ出してしまうだろうよ。

 変な表情してたのは、こうなる事を予測してたからか。

 

 あ、一人残ってた。

 うん。あの鼻はウソップだな。

 ここにあるのはウソップの村で間違いないようだ。

 

 嘘八百を並び立てて俺たちを追い返そうとするウソップだが、その足はガクガク震えていた。

 

 おいゾロ、お前は下がれ。

 お前の顔は怖すぎる。

 

「最近思うんだが、お前、俺をおちょくってないか?」

「え、最近まで気づいてなかったんですか」

 

 ゾロに頭を叩かれた。

 

 

 ゾロとじゃれあっている間に(俺がこの般若を食い止めている間に早く! 早く!)ナミが前にでて、ウソップの相手を務めた。

 どうやら、俺たちがバギー一味だと誤解しているようだ。

 こちらがバギー一味でない事を説明したらあっさり態度を軟化させるウソップ。

 旅の話を聞かせてくれと、村の飯屋に案内までしてくれた。

 

 ……おい、もしバギー一味でないというのが嘘だったらどうするつもりだ。

 それに、俺たちも一応海賊だぞ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 さて、飯を食いながら、ウソップにこの村の状況について話を聞こう。

 俺達がこの村に来たのは、補給だけが目的ではない。

 あわよくば船を手に入れようとしているのだ。

 使っていない船があると、クロスに聞いてきたのだ。

 

 カヤの身の上を話すウソップ。

 あの家なら確かに船も持っていそうだが、主は病弱で寝たきりの生活を強いられている。

 その話を聞いたナミは、この村で船を手に入れる事を諦めたようだった。

 あれ、こんな展開だったっけ。

 すでに原作の知識はうろ覚えである。

 戦闘シーンはなんとなく覚えているんだが。

 

 

 続いて、ウソップにせがまれた旅の話をする。

 あること無い事を織りまぜ(なぜか事実の方が嘘っぽい話になった)、俺たちはバギー一味と戦った時の話をした。

 ナミがたぬ耳おじさんに追いかけられていた話について俺が言及すると、ナミは耳を塞いで悲鳴を上げる。

 めちゃくちゃトラウマになってるじゃん。

 そこまでとは思わなかった。すまん。

 

「しかし、バラバラ人間か……こいつは使えるな」

 

 あ、ウソップのホラ話リストにページが書き加えられた。

 喜べバギー。

 お前の話は、99%の捏造を付け加えられて世界中に広められる事が決まったぞ。

 あれ、もしかして俺たちの話も同じか?

 

 

 話の区切りがつくと、ウソップから「俺を抱えて空を飛んでくれないか?」と頼まれた。

 

 ゆっくりならまぁ何とか。

 早く飛ぶと死ねる。ナミは失神した。

 

 

 ウソップを抱えてゆっくり上昇し、村の上空を旋回。

 寒いのか怖いのか、時折ウソップの体がぶるりと震える。

 吐く息が白い。

 これ以上高度を上げないほうがよさそうだ。

 

 周囲を見渡すと、低気圧があるのだろうか。周りから吸い上げられるように集まった雲により一部水平線を見通すことのできなくなった空は、そこだけ少しおどろおどろしい空気を放っていた。

 地上からだと、こんな形の海を見ることはできない。

 

 前世の話を思い出す。

 バミューダ・トライアングルだったか、フライング・ダッチマンだったか?

 なんでも海には異空間に繋がっている場所があり、入ったら最後、時空の狭間を彷徨い続ける事になってしまうんだとか。

 

 地上を見下ろし息を吐いたウソップは、思わずといった感じで、ぽつりと漏らした。

 

「俺の住んでいる村は、こんなに小さかったんだな……」

 

 しばらく周囲を見わたした後、やがて海の向こうに目を向け、息を吸う。

 なにか叫ぶのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。

 いや、叫ぶ言葉が出てこないのかな。

 

「……やめとこう」

 

 ありがとう、もう満足した。

 ウソップがそう言った。

 

 いや、めちゃくちゃ気になるだろそれは。

 

「海の向こうに行きたいのですか?」

 

 ウソップは、渋々といった面持ちで答えた。

 

「いつかは、な……」

 

 このままなら、そのいつかは、もうすぐ訪れる。

 俺はそれを知っていたが、俺が無責任に突っ込んでいい話題ではないだろう。

 ウソップが、自分で決意する事だ。

 

 

 飯屋に戻った俺たちは、話を再開した。

 先ほどのしんみりした表情が嘘のように、ウソップは笑顔で自慢のホラ話を披露する。

 あれ、しんみり空間に俺だけ取り残されたんだけど。

 

 

 

「と、そろそろ時間だ」

 

 30分程して。

 太陽の位置を確認したウソップは、慌てた様子で立ち上がり、去り際にこちらを一瞥して言う。

 

「お前ら、いい奴だな。あとでまた、旅の話聞かせてくれよ。それじゃあな!」

 

 さわやかに去ったなウソップ。

 飯代払っていってないけどな。

 ナミがそれに気づいたら、ウソップを血祭りにあげそうな気がする。

 黙っておこう。

 

 

「ウソップ海賊団参上!!」

 

 ウソップと入れ違いに、手書きの海賊旗を服に描いた三人の子供が現れた。

 母ちゃんに怒られるぞ。もう怒られた後か。

 子供達は、それぞれがおもちゃの剣を手に取り、鬼気迫る表情で周囲を恐る恐る見回している。

 声を聞く限り、先ほどの海岸で遭遇(というか逃げ出した)した子供達だろう。

 ウソップを救出に来たんだな。もういないけど。

 ウソップがいないことにうろたえた子供達は、キャプテンをどこにやったと騒ぎ立てる。

 

「お前らのキャプテンなら、さっき……」

 

 ゾロがニヤついた表情で子供達に語りかける。

 なんだその表情。はじめてみたぞ。

 微妙に口元がピクピクしているのを見るに、こいつは今にも噴出しそうなのを、必死に堪えている。

 

「喰っちまった」

 

 おお、言い切った。

 ゾロにおちょくられた子供達は、飛び出さんばかりに眼を見開きながら、なぜか俺とナミを鬼ババ呼ばわりした挙句に泡を吹いて倒れ伏した。

 ……なんで鬼ババ呼ばわりされたんだろう。

 外見だけは、鬼とは程遠い姿をしていると思うんだが。

 

 

 食後のデザートを楽しみながら、子供達が目を覚ますまで待つ。

 目を覚ました子供達は、最初はこちらを恐怖の目で見ていたが、ジュースを奢り、俺の羽を触らせてやると、あっさり懐柔されていろいろ話してくれた。

 なんというチョロさ。

 俺の羽はもふもふだからな。

 もふもふは世界を平和にする。

 

 子供達からカヤが元気になっている事実を聞くと、じゃあ船を貰いにいこうとルフィが言い出す。

 ルフィの変わり身は早い。

 過去を振り返らない男なのだ。

 もしかしたら、記憶力がないだけかもしれない。

 

 ナミが止めるが、無駄な労力である。

 俺は既に諦めの境地だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺達は、子供達に案内されてカヤの屋敷にたどり着いた。

 屋敷の殆どの窓は分厚いカーテンに覆われており、中を伺い知る事ができない。

 更に、屋敷の周囲は全て高い塀に覆われ、塀の上に更に鉄の柵まで設けている。

 下手をすれば、海軍基地並みの設備だ。

 冷たい印象を与える外見とは裏腹に、門扉から覗く屋敷の庭はよく手入れされており、色とりどりの花が咲いている。

 庭師が、カヤのために手入れをしているのだろう。

 カヤは、使用人たちから大切にされているようだ。

 俺は何故だか、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 船くださーいと言いつつ屋敷の中に入っていくルフィ。

 相変わらず常識を投げ捨てた奴だ。

 

「ああ、止めても無駄なのね」

 

 ナミは、早くも悟りつつあるようである。

 完全に染まってしまうのも時間の問題だろう。

 

 

 ルフィに続いて屋敷に入る俺達。

 子供達も当然のようについて来る。

 ウソップに会うためだろうか。

 

 庭をうろつくと、談笑しているウソップとカヤを見つけた。

 カヤは窓から身を乗り出し、声を上げて笑いながらウソップの話を聞いている。

 

 元気そうだな。

 もしかしたら無理をしているのかもしれないが、こうしてみる分には、普通の女の子のように振舞おうとしている。

 いや、普通の女の子というには無理があるか。

 ふとした拍子に出てくる物腰が、普通の人とは明らかに違う。

 これがセレブというやつか……

 

 

「君達、そこで何をしている!!」

 

 クラハドールことキャプテン・クロの登場である。

 屋敷に何の用だと尋ねるクロに、船をくれと頼むルフィ。

 ダメだの一言でばっさり切り捨てられた。

 当たり前だ。

 

 と、クロはウソップと口論を始めた。

 ウス汚い海賊の息子がお嬢様に近づくんじゃないと罵る、ウス汚い海賊のクロさん。

 ウソップはクロの挑発を買い、クラハドールに掴みかかる。

 彼にとって、海賊である父は誇りなのだ。

 父を貶されて、ウソップは怒りを抑える事ができない。

 

 殴りかかろうとしたウソップだが、カヤの静止により踏みとどまる。

 そして、誰に向けた謝罪なのか。一言謝った後、屋敷から走り去って言った。

 

 

 俺にも、ウソップの怒りが伝播してきているようだ。

 こいつが海賊じゃなかったら、そう考える人がいても仕方ないと思えるんだが。

 

 怒りを覚えていたのは俺だけではないようで、ルフィと子供達がクロに突っかかるが、ゾロとナミが襟首をひっつかんで引き止める。

 遅れて、俺もナミが捕らえ切れなかった子供の襟首を引っつかんだ。

 

 

 この状況でここに留まるのはよくなさそうだ。

 残ったとしても、どう考えても船を貰えるような話に持っていける雰囲気ではない。

 というか、金も無いのにどうやって船を貰うのだ。

 外洋を航海できるような船は、今の手持ちで買えるほど安くない。

 安い中古の船でも、数千万ベリーからだ。

 常識を投げ捨てつつある俺でも、ただで船を貰う図々しさはまだ持てない。

 

 俺達は、子供達(含むルフィ)を引きずりつつ、カヤの屋敷から退散した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 屋敷から退散した俺達は、村はずれで一息つくことにした。

 のどかな村にも一応は柵が設けられているようで、俺達は柵にもたれかかりながら今後の事について相談する。

 

 あ、ルフィがいない。何故。いつの間に。

 子供も一人いないし。

 ルフィはどうでもいいが、子供が消えたのは気になるぞ。

 ルフィに変な事を吹き込まれて無ければ良いが。

 

 子供がいない事について言及するが、残った子供達によると、心配はいらないそうだ。

 あいつはすぐいなくなり、何かを見つけては大騒ぎしながらまた現れるらしい。

 なんだそれ。斥候か何かなのか。

 

 

「変なうしろ向き男だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 おお、確かに何か見つけて大騒ぎしながら現れた。

 ドタバタと足を乱して必死に走り、涙まで流している。

 後ろ向き男って、もしかしてジャンゴか?

 なにも泣く事はないだろうに。

 

 直後、高速ムーンウォークでジャンゴが現れた。

 

 はやっ! こわっ!

 常人の全力疾走ぐらいの速度は出ているぞ。

 不気味すぎる。

 コレは子供が見たら泣くわ。

 

「おい誰だこの俺を変な後ろ向き男と呼ぶのは。俺は変でもねぇし、後ろ向きでもねぇ」

 

 進行方向にいる俺達を振り返り(いや、後ろ向きだからね……)、変なポーズで変な事をいうジャンゴ。

 高級そうな黒の燕尾服を身に着けているが、その下に来ているのはなぜか白のランニングシャツだ。

 顔はハートマークの形をしたサングラスで半分が覆い隠されており、表情を伺う事はできない。

 

 変ってか怖いよ。ふざけた格好でふざけた挙動をしやがって。

 何なんだお前は。

 

「俺はただの通りすがりの催眠術師だ」

 

 あ、なんか俺も前に同じような事を言った気がする。

 もう言わないようにしよう。

 

「はっ!?」

 

 何かに気づいたような声を上げ、ジャンゴが俺に近づいてくる。

 え、何? 近いんだけど。

 

「美しい……まるで天使のようだ」

 

 そう呟き、俺の手をとるジャンゴ。

 そのまんまやん。

 そんな口説き文句でこの俺がなびくと思うな。

 いや、どんな口説き文句でも馬の耳に念仏だろうけどさ。

 

「お名前は?」

 

 ジャンゴの問いに、思わず普通に名前を返してしまう。

 なんだ。居心地がすこぶる悪いぞ。俺にそっちのケは無い。

 

 視線を泳がすと、ゾロもナミも笑いを堪えながらこっちを眺めている。

 笑っている場合ではない、緊急事態だ。助けてくれ。

 SOS信号をビビビと飛ばすが、両名とも見事なスルー。

 この野郎。仲間のピンチを見捨てるとは、薄情な奴らだ。

 飯にワサビを混入させてやろう。

 船上でのお前達の食卓は、俺が支配しているのだ。

 

 

 しかし、生まれて初めてナンパというものをされたな。

 でもその相手がジャンゴとか。ワンピースでも屈指の変人だぞ。

 もう少し普通の人で慣らし運転をさせてくれよ。

 

 上の空でしばらく会話をしていると、子供達がジャンゴに催眠術をねだった。

 おお、救いの手がこんな所に。こんな小さな手でも、誰かを救う事ができるんだ!

 

 ジャンゴは子供達に睡眠の催眠術を披露して子供達と一緒にぐっすり眠った後、時計を見て慌てて海岸のほうに走っていった。

 ほんとに何だったんだお前は。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ルフィと合流。

 ルフィは海岸で寝ていた。

 

 なんでこんな事になってるんだっけ。

 まぁルフィだし理由は何でもいいしどうでもいいが、ルフィは首尾よくキャプテン・クロの襲撃計画を盗み聞きしたらしい。

 

 明日の朝、海賊がこの村を襲うと聞いた子供達は、はやく逃げないとと言いつつ村に走っていった。

 

 

「あ、やばい!! 食料はやく買いこまねぇと、肉屋も逃げちまう!!」

 

 ルフィが真剣な表情で言う。

 ルフィにも、食料を買い込むという発想ができるようになったんだな。

 俺は嬉しいよ。

 

 

 村へ急ぐ俺達だが、その途中でウソップと子供達が話している場面に遭遇した。

 ウソップは、海賊が来るのは嘘だったと子供達に教えている。

 苦しい嘘だったが、子供達は信じたようだ。

 

 その後、人のいない海岸付近まで戻り、俺達はウソップの話を聞く。

 

「俺はこの村が大好きだ。みんなを守りたい……!!!」

 

 素直にそう言えるってのはいいことだ。

 いい思い出ばかりというわけではないだろうに。

 いや、だからだろうか。

 

 ウソップの言葉は、徐々に感情的な拙い言葉に変わっていくが、だからこそウソップの想いは強く俺達に響いた。

 こんな事を言われたら、加勢しないわけにはいかないな。

 

 ルフィもゾロも、ナミまで戦いに乗り気のようだ。

 助勢を断るウソップを逆に俺達が説得し、俺達は戦いに挑む事にした。

 

 相手は、かつて百計のクロと呼ばれた男が率いた黒猫海賊団。

 緻密な作戦で、相手の反撃すら許さずに略奪を繰り返した事で有名な海賊団だ。

 有名である以上は、戦力が低いという事は無いだろう。

 有名な海賊団には有力な者達が数多く集まる。

 

 

 

 俺達は、海岸の地形を確認しながら作戦を練る。

 この海岸から村へ入るルートは、崖を削るように作られた坂道が一本だけ。

 つまり、この坂道さえ守りきれば、村が襲われる事は無いというのが、ウソップの談。

 作戦を立てる上で、坂道を守りきる事を基本と定める方針らしい。

 

「お前ら、何ができる?」

 

 坂道を守りきるための作戦の話に移り、ウソップが俺達に目を向ける。

 

「のびる」

「斬る」

「盗む」

「飛ぶ」

 

 いや、わかんねぇよ。

 俺も釣られて同じような回答をしてしまったが……

 これでは、作戦の立てようが無い。

 だが、こんな状況でもウソップは乗っかってくる。

 こいつは芸人魂の塊だ。

 

「隠れる」

「「「いや、お前は戦えよ」」」

 

 ウソップは凄いな。

 全員に同じツッコミをさせるとは。

 

「しかし、この海岸から敵がくるという根拠は何なので?」

 

 俺は、ここで待ち構える理由を一応聞いておく。

 原作では、敵はこの海岸から来なかったのだ。

 

「そりゃ……あいつらがここで打ち合わせをしていたからだ。襲撃計画を立てるなら、下見ぐらいはするだろう?」

 

 たしかにそうだよな。ごもっとも。

 あいつらなんでこの海岸で打ち合わせしてたんだろ。

 どう説得したものか。

 

「しかし、あの催眠術師はこの海岸以外も見回っていた様です。最適な襲撃ポイントを探していたのだとしたら、ここ以外を選択した可能性もあるのでは? それに、ここであの執事と話していたのをあなたに見られていたのもありますし。他に良い上陸ポイントがあったなら、そちらを選択する可能性も高いかと」

「確かに……ここ以外から来ることも考えておいたほうがいいな。ジン、お前は上空から偵察して敵がどこから来るか確認してくれ」

 

 了解。

 これくらいまで認識を変えられたのならいいかな。

 原作より俺の分の戦力が増えてるし、問題なく勝利できるだろう。

 

 

 打ち合わせが進み、坂道に油を敷き詰めて登れなくする作戦で決まった後、俺は空に飛び立つ。

 夜明け前のため、低空でも空気が冷たい。

 大陸のほうから吹く風が体を撫でる。

 気持ちいい風だ。

 海沿いとはいえ大陸なので、今まで飛んだ空より風が乾いている。

 海風だと微妙に羽がべとべとになるんだよな……

 昨日と違いウソップを抱えていないので、俺は思う存分羽根を広げてクルクル旋回し、風をその身に受ける。

 

 あ、ウソップが坂道に油をぶちまけた。

 俺の羽の元気レベルが少し下がった。

 俺の羽は敏感なのだ。

 もう少し高い所を飛ぶか。

 

 

 しかし、百計のクロか。

 百計といったら、毛利元就を思い出すなぁ。俺が好きだった戦国大名だ。

 戦国時代、用意周到な策略で中国地方を支配するまでに勢力を拡大し、謀神とまで呼ばれた男だ。

 一方で、教訓めいた逸話も残している。

 毛利元就のエピソードで一番有名なのは、三本の矢の話だろう。

 一本の矢ならすぐ折れるが、三本まとまれば容易には折れないと言って、自分の子供達に結束を促した話だ。

 創作の可能性が高いとされているが、それでもこの話は良い教訓として現代でも広く広まっている。

 

 しかし、三本の矢こと毛利元就の子供達のその後が語られる事は少ない。

 その後の三本の矢は、あっさり一本ずつになったあげく、速攻でポキポキ折れていった。

 実話にしたら毛利元就の忠告完スルーだし、創作にしたら皮肉としか思えない。

 どちらにしても、毛利元就ブギャーと言われるエピソードである。

 

 ちなみに、その後の三本の矢の話は真っ赤な嘘だ。がはは。

 信じた人はいないよな?

 あっ、痛い! 石を投げないで!

 

 

 三本の矢といえば、Jリーグチームであるサンフレッチェ広島の名前は三本の矢にちなんで付けられている。

 三 + イタリア語の矢(フレッチェ)で、サンフレッチェというわけだ。

 これは本当。本当に嘘。っぽいけど本当。

 

 

 

 ……お、黒猫海賊団の船発見。

 俺達が待ち構えているのとは違う海岸の方に向かっている。

 キャプテン・ウソップに報告しなければ。

 

 ルフィ?

 迂闊なことを報告したら暴走するから、とりあえず放置しておこう。

 

 



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第6話 船乗りは、よく笑う(中編)

 ルフィが暴走しないわけがなかった。

 なんてことだ。少し考えればわかったことじゃないか。

 案の上、ルフィは黒猫海賊団の上陸ポイントに姿を現さない。

 先に行け、なんて指示に従うべきではなかった。

 

 

 そんなわけで、俺はウソップ・ナミと共に、黒猫海賊団が迫る海岸に陣取っている。

 夜が明け、朝日が水平線から顔を覗かせはじめた。

 地形は、先ほどの海岸とほとんど同じだ。

 ここでも、崖を抉るように作られた坂道が、唯一海岸と崖上を繋ぐ通路となっている。

 坂道の上から海を見下ろすと、本船に先立って小船で上陸した連中が接岸の準備をしている様子が見えた。

 接岸の邪魔したら、それだけで目的達成できたりしないかな。

 

 そういえばゾロの姿も見えない。

 ゾロの姿が見えないのは日常茶飯事なので(寝ているか迷子になっているかだ)、いないことに気づかなかった。

 原作通りナミにツルツル地獄に落とされたか、ルフィと同じように迷子になってるかだろう。

 お前ら、道わかんないんだったら他の人についていけよ……

 時間に余裕あったんだから、焦る必要なんてないのに。

 

「ルフィとゾロは迷子ですか?」

「ルフィはそうでしょうね。ゾロは……そんな事より、どう戦うの? 今からでも罠を仕掛ける?」

 

 あ、話を逸らした。

 ゾロはツルツル地獄行きか。

 

「今からじゃ、まきびしぐらいしか仕掛けられないな」

 

 ウソップのカバンは魔法のカバンだな。何でも入っている。

 そういえば、さっきの坂道に仕掛けていた大量の油はどこから取り出したんだろうか。

 

「まきびしは、最初から仕掛けていても効果が薄いでしょう。敵に接近された時の自衛用に取っておいてください。ここは私が前に出ます」

 

 いけるのか? という目を向けられるが、下っ端程度なら問題ないだろう。

 それこそ、キャプテン・クロ本人でも来ない限り。

 ルフィとゾロも、さすがに下っ端を倒し終わる頃には来るさ。

 

 

 上陸を終え、黒猫海賊団は村への進行を開始した。

 その前に、俺達が立ちふさがる。

 俺達の姿を認め、立ち止まる海賊達。

 ジャンゴが一人前に出て、こちらに近づいてきた。

 

「こりゃ昨日の。あの長っ鼻と一緒にここにいるって事は、俺達の邪魔をしにきたって事でいいのかな?」

「そのつもりです」

「そうか、そりゃ残念……こんな時じゃなかったら良かったんだが、残念な事にあんたに構っている余裕はねぇ」

 

 いえいえお構いなく。

 構われても、その、何だ。困る。

 

 

 振り返り、ジャンゴが海賊達を扇動する。

 

「野郎ども! 雄たけびを上げろ!! 邪魔な野郎どもは蹴散らして、村に進めぇっ」

 

「「「うおおおおおおおおおーーーー!!!」」」

 

 敵が、大挙してこちらに押し寄せてくる

 広い海岸から狭い坂道に押し寄せてくるため、敵が近づくにつれて津波が押し寄せてくるような圧迫感を感じた。

 俺は津波の前に一人陣取り(あれ、ナミさんウソップさん、ちょっと距離遠くありませんか?)、腰を落として身構える。

 

 

 さて、練習中の戦い方を試してみよう。

 俺は翼で飛んでいるわけではない。

 翼は、あくまで補助。

 空を飛ぶのに使っているのは、不思議パワーこと精霊回廊だ。

 よって、こんな事も可能である。

 

 敵が斧を振り下ろしてくるが、俺はそれを無視して攻撃を繰り出す。

 そのままならリーチに勝る斧が先に命中するが、命中の直前に俺は飛ぶ。

 空中にではなく、斜め前方に体をスライドさせるように。

 最後に体の方向を調整してやれば、あら不思議。

 敵の攻撃を回避しつつ、敵をぶっ飛ばせるという訳だ。

 攻撃を回避するために体捌きをしなくていい上に、敵に動きを予測されずらいので、接近戦だと非常に効果的である。

 

 続いて接近する敵も、体をスライドさせる動きで翻弄する。

 いやぁ、面白いぐらいに引っかかってくれるね。

 ルフィやゾロはもう俺の動きに慣れた上に、なぜか動きを予測されるから(理由を聞いても、勘という答えしか返ってこない)、こんなにうまく決まらないんだよな。

 

 一度ぶっ飛ばした敵が立ち上がって来ることもあるが、後方から飛んでくる鉛球が確実に敵をノックダウンさせていく。

 ダメージを受けた敵は、ウソップに任せてしまって問題ないだろう。

 

 

 調子に乗って敵を倒していると、ジャンゴが出張ってきた。

 あいつの催眠術は危険だな。

 一発で状況をひっくり返す力がある。

 さっさと倒してしまおう。

 

 そう思ってジャンゴの背後に回り、手刀を一閃……させたはずだった。

 

 

 

 あれ。

 なんか五本の刀に攻撃防がれたんだけど。

 

「あ、あいつは……!?」

 

 ウソップが攻撃の手を止め、乱入者に眼を向ける。

 なんかオールバックの眼鏡執事さんがいるんだけど。

 

「キ、キャプテン……」

 

 ジャンゴがキャプテンとか呼んでる人がいるんだけど。

 

「やはり……悪魔の実の能力者か。俺の計画実行の日に村に現れるとはな。なんとも、間の悪いことだ」

 

 違います。

 いやほんとに。

 能力者じゃないよ。ほんとだよ。

 

「ジャンゴ。こいつの始末は俺がする。お前は村へ向かえ」

「わ、わかった……」

 

 いえいえお構いなく。

 ジャンゴの時と違って全力でお断りしてみたのだが、スルーされた。

 悲しい。

 

 キャプテン・クロは、手のひらでクイっと眼鏡の位置を直しつつ、こちらに体を向ける。

 

「ゾオン系……という奴かな? 身体能力がご自慢というわけだ」

 

 冷たい目で、こちらを見定めるクロ。

 体がぞわぞわする。

 俺の体のどこから切り刻もうか、考えているんだろう。

 

 キャプテン・クロと対峙している間にも、ジャンゴと共に海賊達は進んでいく。

 ウソップが迎撃しているが、焼け石に水だ。

 早く援護しないと。

 

 そうだ、キャプテン・クロなんかスルーしてしまえばいいんだ。

 さっきの俺の言葉もスルーされたしな。

 こっちもスルーしてやる。

 

 思い立ったが即吉日。

 俺は空に飛び立ち、ウソップ達の方に向か……って、羽に乗るんじゃねぇぇ

 

「あくびが出るぜ」

 

 ゴガッッ!!

 

 スカしたセリフと共に踵落としを繰り出すクロ。

 羽の上に乗られた状態じゃ、さすがに避けようがない。

 俺は地面に叩き落された。

 

 相変わらずダメージ自体はあまり無いが、衝撃を受けると体がしばらく動かしにくくなる。

 鎧越しにハンマーでぶっ叩かれたようなイメージだろうか。

 頭や体がぐわんぐわんとして、動きが止まってしまうのだ。

 神様、スーパーアーマー(格ゲー用語)も付けといてくれよ。

 

 その間を見逃す敵ではない。

 クロの追撃を受け、俺はそれを防ぐのに手一杯。

 

 やばい、ウソップが滅多打ちにされてる。

 てかナミはどこ行った。

 

 変に加減している場合じゃない。

 威力の調整に失敗するかもしれないが、最悪辺り一帯を吹き飛ばしてでも……

 

 

 

 と、次の瞬間には海賊達が全員空を飛んでいた。

 

「すまん! 遅れた!!」

「ったく、無駄な労力つかわせやがって」

 

 遅れて、海賊達の悲鳴と地面に激突する音が辺りに響く。

 遅いのか、グッドタイミングなのか……

 ヒーローは遅れてやってくるっていうけどさ。

 

 ルフィ・ゾロの横では、ナミが息を切らせて座り込んでいる。

 ああ、ナミが連れてきたのか。

 グッジョブ、ナミ。

 あれ、でもゾロが遅れた理由って……?

 

 

 ルフィ達が現れたことで気を取られたのか、クロの追撃が甘くなった。

 その隙に空に舞い、俺はルフィたちと合流。

 さすがのクロも、空に飛べば追ってはこれまい。

 ……追ってこれないよね?

 そういえば、政府の秘密工作員か何かが空中を走っていたような。

 

「大丈夫ですか、ウソップ?」

「ああ、大丈夫だ……まだ戦える」

 

 若干ふらつきながらも、カバンから鉛球を取り出してポケットに押し込める。

 頭からすげぇ出血してるけど。本当に大丈夫なのかそれ。

 

 

 俺達が体勢を立て直している間に、敵も一旦下がる事にしたようだ。

 海岸に続く一本道を下り、船のほうへ。

 あ、黒猫海賊団の船から誰か出てきた。

 ニャーバンブラザーズか。

 しかも最初から催眠で強化して挑んでくるようだ。

 

「暗示で強くなろうなんて、ばっかじゃないの?」

 

 木の陰に隠れたナミが言う。

 

「馬鹿にしたもんじゃねぇぜ。人間ってのは、いろんな枷をはずしてやりゃ、なんだってできるのさ。人間らしくなくなっちまうのが玉に傷だがな」

 

 まともに考える頭ものこらねぇ。

 ジャンゴはチャクラムを指でクルクルさせながら、皮肉めいた答えを返す。

 

 

 

 これで、残る敵は4名。

 

 キャプテン・クロ。

 催眠術師、ジャンゴ。

 ニャーバンブラザーズ、シャム。

 ニャーバンブラザーズ、ブチ。

 

 

 それに対し、こちらはルフィ、ゾロ、俺、ナミ、ウソップの5名だ。

 人数ではこちらの方が多いが、ウソップとナミは大怪我と疲労困憊だ。

 おまけに、地力では敵のほうが上になるだろう。

 ウソップとナミには下がってもらって、誰かが二人引き受けたほうがいいか?

 

 ニャーバンブラザーズをまとめてゾロが引き受け、一番強いクロをルフィが担当。

 そして、強さでは劣るが催眠という厄介な攻撃を持つジャンゴを俺が倒す。

 ルフィがジャンゴ相手にするとかカオスな展開しか思い浮かばないからな。

 うん、これがベストだ。これで行こう。

 

 

 

「ブゥーーーチ!!」

 

 俺が皆に声を掛けるのに先立って、ジャンゴが叫ぶ。

 ブチが空高くに舞い、脚を空に掲げた。

 

 空は俺のフィールドだ。

 打ち落とす事も考えたが、皆の目が空に向いた隙を縫って、シャムも接近している。

 また、クロの移動速度に付いて行けるのは俺だけだろう。

 そう考えると、敵の狙いがわかるまでは、軽率にウソップやナミと離れるわけにもいかないか。

 

 

 ブチが地面に落下してくる。

 誰かを狙って攻撃しようとしていたわけではないようだ。

 ブチの踵落としが誰もいない地面に繰り出され、負荷に耐えかねた大地は真っ二つに割れた。

 

「うお、あいつすげー!!」

 

 ルフィの暢気な声が聞こえる。

 俺達が体勢を崩した瞬間を狙い、シャムが一気に接近してくる。

 先ほどのブチの攻撃は、囮か。

 

 ガキンッ!

 

 シャムの一撃はしかし、ゾロの刀によって止められた。

 

「なんだ。お前が俺の相手をしてくれるのか?」

 

 ゾロが問いかけるが、シャムは答えない。

 催眠にかかっているため、意識がはっきりしていないのだろう。

 この状態で奇襲をかけられるというのは、たいしたものだ。

 

「よし、あいつの相手は俺がする!」

 

 言って、なかば地面にめり込んだブチの元へ走るルフィ。

 あれ、ちょっと待って。お前の戦うべき相手はあの執事だよ。

 お前がクロと戦わなくてどうする。

 

「あの催眠は厄介だ……俺が妨害する」

「あんた一人で大丈夫? 私も手伝うわ。他のでたらめ連中の相手なんてしてられないしね」

 

 ウソップとナミは、一番後ろに控えたジャンゴの方に目を向けた。

 いや、君らは休んでくれててもいいんだけど……

 

 

 あれ?

 

 

 気づくと、他の連中は戦闘を始めており、坂の中央には俺とクロだけが残された。

 感触を確かめるように指を折り曲げ、指に取り付けられた刀(猫の手って言うんだっけ?)を弄ぶクロ。

 

「さぁ、再開といこうか」

 

 クロの目はまっすぐこちらを向いている。

 

 

 で、出遅れた~~~っ!!

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ふんっ」

 

 ブチの大振りな攻撃をかわし反撃するルフィ。

 しかし、ブチには大して効いていないようだ。

 

 単発の攻撃は効果が薄いと悟ったルフィは、腕を振り回し、ガトリングのように連続攻撃を仕掛ける。

 伸びきった腕やブチの体に命中した腕が収縮し、再び伸び始める瞬間に自身の力を上乗せして更に強い攻撃を。

 ゴムの特性を生かした、途切れる事の無い連続攻撃だ。

 

 それに耐えかねたブチは、強引にもルフィに向かって突撃を始める。

 だが、それは正解でもある。

 ゴムの収縮・反発を生かした攻撃である以上、ある程度ゴムが伸びる距離がなければ、この技は使えない。

 攻撃をやめ、ブチを待ち構えるルフィ。

 ブチの攻撃とルフィの攻撃が交錯し、お互いの体を抉る。

 ゴム人間とはいえ、大地を割るほどの力を持った相手の攻撃だ。

 衝撃が体を伝わり、ルフィの表情が苦しげに歪む。

 

 苦し紛れに放ったルフィの甘い拳を、ブチはその手で掴み取った。

 

「コンニャロ、離せっ!」

 

 腕にかぶりつくが、ブチは握った右手を離さない。

 離れれば勝ち目がないと、朦朧とした意識の中、本能的に悟ったのだ。

 残った左手を振りかぶり、ルフィへの攻撃を再開する。

 

「くそっ」

 

 ルフィもそれに応戦。

 片手同士が繋がった状態のまま、残った腕でお互いを殴りあう。

 ゴムのため致命的なダメージこそ受けていないが、わずかずつ突き刺さるブチの長い爪が、体に傷を増やしていく。

 鈍い痛みを抱えつつ、ルフィはブチの力と体格に押され、後退を余儀なくされていった。

 

 背には、崖が迫っていた。

 崖に押し付けられ、衝撃の逃げ場が無い状態で戦えば、さすがのルフィもやられてしまうだろう。

 猶予はない。

 

 ルフィは体中の力を振り絞り、ブチの体を押しのけにかかる。

 

「ヌッフゥーーーーン!!」

 

 無理をしているのだろう、ブチの体からは内出血だけにとどまらず、所々から血を噴出しはじめていた。

 だが、ブチは止まらない。

 目の前の敵を倒すまでは。

 

「すげぇよ、お前」

 

 ルフィは二カッと笑う。

 ルフィにとって、単純な腕力で負けるというのは久しぶりの事だった。

 脳裏に、かつての兄の顔が浮かぶ。

 負けるわけには行かない。シャンクスに、兄に、親友に誓ったのだ。

 俺は、海賊王になると。

 

「とっておきだ」

 

 こんな所で早々に躓くわけにはいかない。

 両手がふさがった状態で繰り出せる最強の技を、渾身の力を振り絞って行う。

 

「ゴムゴムのぉーーーーーーーー!!!」

 

 かつて無い攻撃が来る。

 それを悟ったブチはルフィを止めようとするが、今度は逆に、ルフィがブチの体を掴んで離さない。

 掴みあった腕が、今度はブチを地獄に落とす(くさび)となった。

 

「鐘ェッッッ!!!」

 

 ガゴォッッ!!

 

 ルフィの頭が、ブチの脳髄を揺らす。

 伝わりきらなかった衝撃だけでも、ルフィとブチの体は空中で数回転し、衝撃の凄まじさを見る側に伝えた。

 その後、力なく二人は地面に倒れる。

 

「あたー……、かってぇー」

 

 数秒の間、意識を途切れさせていたルフィは、ふらつきながらも頭を抑えて立ち上がり、口の中に溜まった血をペッと吐き出す。

 一方、ブチのほうは力を失ったままだ。

 完全に、意識を失っている。

 

「よし」

 

 両手を天にかざす。

 

「かったぞぉーーーーーーーー!!!」

 

 ルフィは、勝利を宣言した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「こ、この野郎……、ふざけやがって」

 

 ゾロに相対するシャムは、背に二本の刀を背負っていた。

 油断である。

 意識もろくに無い相手だと甘く見たゾロは、刀を盗まれるという予想だにしなかった攻撃を受け、怒りをあらわにする。

 

「シャシャシャシャシャシャ!」

 

 笑っているのか掛け声なのか、あるいは相手を挑発しているのか。

 よくわからない声を上げつつ、シャムはゾロの周囲をぐるぐると回り始める。

 

「参ったな、一刀流は得意じゃないんだが」

 

 シャムの方に体を向けつつ、ゾロは愚痴をこぼす。

 なにやってやがんだ、こいつは。

 相手の意図を読めないゾロだが、考えても仕方がないと一歩前に踏み出す。

 

 と、鋭い痛みを足に感じ、ゾロはシャムの狙いを理解した。

 ゾロは知らなかったが、先ほどウソップが海賊に肉薄された際に、まきびしを撒いていた。

 ブチの攻撃によって地面が割れ、目視が困難となっていたが、抜け目の無いシャムは見逃さなかった。

 ゾロの周囲を回りつつ、狙いの場所にゾロを誘導していたのだ。

 

「シャアーーーーッ!!」

 

 隙を突かれて対応が遅れ、肩に傷を負うゾロ。

 反撃を試みるが、その頃にはシャムはゾロから距離をとっていた。

 

 

 さて、シャムの行動は、意識が無いものが行えるものではない。

 シャムには当然、意識がある。

 

 シャムはブチと違い、肉体が強ければイコール強い、などとは考えていなかった。

 どんな強い生物も、常にその強さが発揮できるわけではない。

 人間は、考える生き物である。

 相手の裏をかき、油断をさそい、不意打ちを行う。

 それが、シャムの考える最強の自分である。

 ジャンゴの催眠により強くなったと錯覚している状態でも意識を保てるのは、当然の帰結だった。

 戦闘前のジャンゴの言葉は(ブラフ)である。

 シャムは、意識がないように見えるよう演技をしているだけだ。

 意識がないのはブチだけであり、派手に目を引くブチでその言葉が真実であると思い込ませ、シャムが隙を突く。

 

 

「ちっ、うっとおしい野郎だ」

 

 ゾロは、手ぬぐいを頭に巻きつけ、意識を引き締める。

 こんな奴に手間取っている暇は無い。

 旧友と誓いあった願いを、こんなふざけた野郎に邪魔されるのは我慢ならない。

 

 だがどうする?

 刀一本で瞬殺できるほど、簡単な相手ではなさそうだ。

 せめてもう一本刀があれば……

 と、一つ脳裏にアイデアが思いつく。

 駄目元でやってみるか、とゾロは深く考えずに決めた。

 

 砕けた地面に足をとられたゾロを見た瞬間、再び俊敏な動きでシャムが襲い掛かる。

 だが、ゾロはそれを待ち構えていた。

 

 シャムの攻撃を一本の刀で受け流し、残った刀でシャムの腹を叩く。

 

「カハッ……」

 

 強く腹部を叩かれたシャムは、息を吐く。

 シャムの腹を叩いたのは、刀の鞘だ。

 ゾロは、刀の鞘を使い、擬似的に二刀流の状態としたのだった。

 

「やっぱ、刀を扱うようにはいかねぇな」

 

 鞘の先端に握りでもつけりゃあ使えるかも知れねぇが。

 ゾロは、その光景をイメージしてみる。

 

 ねぇな。

 

 そもそも、そんなことをするぐらいだったら予備の刀でも持ち歩いたほうがマシである。

 ゾロは頭を振り、嫌なイメージを振り払った。

 もう二度と思い出す事も無いだろう。

 

 返す刀でシャムを切り払い、ゾロは珍しく軽傷での勝利を収めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「鉛星ッ!!」

 

 ウソップの放つ弾丸がジャンゴを襲うが、ジャンゴはふらりと横に一歩踏み出し、それをやり過ごした。

 

「なめられたもんだな」

 

 視線をウソップに向け、敵を見定める。

 まっすぐこちらを見つめ、同じような攻撃を繰り返す敵。

 周囲が見えていない。鴨だ。

 ジャンゴはそう判断した。

 

「まっすぐ飛ぶだけの弾丸なんぞ、風情がねぇよ」

 

 腕を振り、チャクラムを左右に飛ばす。

 一度戦場から離れたチャクラムは大きく弧を描き、森の上空を抜けて再び戦場に戻ってきた。

 チャクラムは、ウソップを背後から襲う。

 

「ウソップ! 後ろ!」

 

 木の陰から顔を出したナミの言葉に反応し、辛くも回避するウソップ。

 うっとおしそうにジャンゴがナミを一瞥すると、ナミは再び木の陰に隠れた。

 

 ジャンゴは戻ってきたチャクラムを手に取ると、続く一撃でナミの隠れた場所を攻撃する。

 

「……? いねぇ」

 

 周囲の木々を根こそぎ伐採するが、ナミの姿は見えなかった。

 警戒すべきだ。

 

 そう思ったジャンゴだが、ナミはあっさり姿を現す。

 崖を滑り降り、ジャンゴの傍に着地したナミは、棍を振りかぶってジャンゴに接近。

 

「馬鹿が。接近戦なら勝てるとでも思ったか」

 

 ジャンゴは、手に持ったチャクラムで直接ナミに斬りかかる。

 と、ジャンゴにあと数歩まで迫ったナミは急制動をかけ、飛びのいて逆に距離をとった。

 

「おあいにくさま。私はそんな野蛮な事はしないの!」

 

 棍から手を離し、懐から取り出したものをジャンゴの足元に投げつけるナミ。

 

「……!? まきびしィ!!」

 

 まきびしが刺さり、思わず足を高く上げてしまう。

 

 

「うまくやってくれたな、ナミ」

 

 ウソップは、いざという時のために数個だけ作っていた弾丸をパチンコに装着し、その瞬間を待っていた。

 簡単に避けられるような攻撃を繰り返していたのは、この瞬間のための前フリだ。

 地に足が着いていない状態で動けるような奴などいない。(羽が生えているような人外を除いて……)

 ジャンゴは、ウソップの一撃をかわせない。

 

「取っておきを喰らえ。火薬星ッッ!!」

「ブハァッ!?」

 

 頭に直撃した弾丸が爆発し、ジャンゴは動かなくなった。

 

 

「やった……俺だって村を守れるぞ、コンチクショウ」

 

 血を失いすぎたため、興奮と沈静化による血圧変化に耐えられない。

 ウソップは、立ったまま気を失った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「頑丈な体だな。どんな実の能力だ?」

 

 俺は、猫の手を手で弾きながらクロに攻撃を仕掛ける。

 しかし、俺が攻撃に移ろうとした瞬間には既にクロは目の前にいない。

 

 なんだよこれ。

 この動き、人として認めないぞ俺は。

 

 単純なスピードでは、むしろ俺の方が早いだろう。

 予備動作が無い事に関しては、俺の飛行による移動も同じはずだ。

 緩急をつけるだけでこんなに変わるのか。

 あとは、相手の動き出しを見定めるのが抜群にうまい。

 このレベルに到達するまでに、一体どれだけの戦闘経験を積んだのか……

 参考にさせてもらおう。

 

 俺が腕に帯電させると、クロは攻撃の軌道を変えて俺の腕を掻い潜った。

 一撃を受けつつも俺は翼を強く振って強風を送り、クロの動きを止めようとする。

 しかし、翼に力を込めた時には既に、クロは俺の後ろに回っていた。

 振り向きつつ、地面を強く踏みつけて地面を揺らす。

 止まりやがれこの野郎。

 

 しかし、俺が振り返った時にはクロは既に俺から距離をとっていた。

 飛んでクロとの距離を詰めるが、それを見たクロもこちらとの距離を高速で詰め、カウンター気味に猫の手で俺の胴を切り裂く。

 さすがにこれは俺の体も耐えられず、体の表面に切り傷を残した。

 

 久しぶりに痛みを感じるが、不思議と恐怖心等は沸いてこなかった。

 肉体だけでなく、精神的な部分も作り変えられたりしているのだろうか。

 

 

 三分ほど攻防を繰り返した。

 クロの刃は俺の体を幾度と無く捕らえるが、俺の攻撃は奴の影を捉えるばかりだ。

 しかし、クロも疲労しないわけではないだろう。

 いまだクロの顔に焦りは見えないが、内心では焦りを感じているはずだ。たぶん。

 このまま続ければ、クロのほうが先に倒れるのは間違いない。

 チートボディ様々である。

 

 しかし、いつまでも戦い続けるわけにも行くまい。

 百計とまで呼ばれた男が、馬鹿正直に真正面から挑んで来ているのだ。

 今がこいつを倒す、最大の好機だ。

 方針転換される前に、なんとしてでも倒しきる。

 

 できれば、正攻法で倒したかったが……

 

 認めよう。

 クロは強い。

 今の俺では、いくら肉体のスペックが高かったとしても奴を捕らえる事はできない。

 要訓練だな。

 俺は、物語の主人公(ヒーロー)のように、戦闘中に急成長して敵を倒す事なんてできやしないのだ。

 

 

 俺は、戦い方を変える事にした。

 まずは手始めに、地面を凍りつかせる。

 

「ッッ!?」

 

 ブレーキが利かなかったのだろう。緩急をつけたクロの動きが乱れる。

 拳を腰溜めに構えて待ち構えていた俺は、その隙を狙って拳を繰り出す。

 

 初めて俺の拳はクロの体に触れたが、残念な事に直撃とは行かなかった。

 

「なんだこれは……噂には聞いていたが、自然系(ロギア)というやつか?」

 

 いいえ違います。

 

 力を強く使ったからだろうか。

 服に仕舞っていた光輪が飛び出し、バチバチ放電しながら頭上で高速回転している。

 さーて、お次はこいつだ!!

 

 炎がクロを包み込む。

 そう見えたが、クロは一瞬でその場を離脱していた。

 炎は、一瞬じゃダメージにならないな。

 こういう輩を相手にするには向かないようだ。

 

「でたらめだ!!」

 

 はじめてクロの顔をゆがませる事ができた。

 出鱈目ですまん。文句は神様に言ってくれ。

 まだまだいくよー。

 

 先ほど出した炎を、破裂させる。

 クロは、爆風にあおられてやむなく後退。

 だが俺は、その方向に罠を仕掛けていた。

 先ほどの爆発と同時に小さな爆発を地面に叩き込み、若干陥没させていたのだ。

 

 

 発動に若干の時間はかかるものの、目で見える範囲ならば不思議パワー……精霊回廊を用いた攻撃ができるので、俺を相手に距離を取るのは自殺行為だ。

 距離を取るなら、俺の視界から消えなければならない。

 

 動きの鈍ったクロに、今度は電撃をお見舞いする。

 さすがのクロも、雷より早く動くことはできない。

 これを目で見てから回避するのは不可能だろう。

 今度こそ、間違いなく俺の攻撃はクロを捕らえた。

 電撃を受けて体を硬直させるクロ。

 

 そこに突撃した俺は、拳を奴の腹にめり込ませる。

 吹っ飛んだクロは、崖に激突。

 崩れた崖の下敷きとなった。

 ここまでやって、起き上がってくるやつはいないだろう。

 

 

 いや、ゾロなら起き上がってくるかも。

 ルフィもゴムだし、起き上がってくるかもな。

 自然系(ロギア)なら、崖の下敷きになろうが関係なさそうだ。

 

 あれ、起き上がってきそうなやついっぱいいるじゃん。

 



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第7話 船乗りは、よく笑う(後編)

「ありがとう。村を守れたのは、お前らのおかげだ」

 

 黒猫海賊団が、負傷者を連れて引き上げた後。

 目を覚ましたウソップから、礼を言われる。

 

「礼なんていらねぇよ。 俺は、やりたいようにやっただけだ」

 

 ゾロは渋い。

 でも、せっかくだし、黒猫海賊団からお金ぶん獲っとけばよかった。

 

「どうでもいいじゃないそんな事。お宝が手に入ったんだし」

 

 そういうナミは、袋いっぱいに詰まった金銀財宝を抱きしめてホクホク顔だ。

 え、お宝って何?

 黒猫海賊団の船にあったの?

 いつのまに盗ってきたの?

 歪みねぇな。

 

「俺……俺自身についても、お前らにお礼を言いたいんだ。俺は、今回の戦いで決心がついたよ」

 

 ウソップは、海岸……いや、海の向こうを見つめて言う。

 

「俺も、海に出る。海に出て、世界を見て回る。……ホラ話じゃない。俺自身で冒険して、その話をみんなに聞かせてやりたいんだ」

 

 一同は、押し黙る。

 辺りには、波の音だけが響いていた。

 太陽が徐々に高度を上げる。

 じきに、村の人々も起き出す時間となるだろう。

 強まってきた日差しがウソップの肌を焼き、熱を持つ。

 

「な、なんだよ……なんか言えよ。俺もお前らと同じ、海賊……同業者になるんだ。門出の言葉ぐらいくれよ」

 

 いや、みんなはルフィの言葉を待っていると思うんだ。

 ルフィはすぐ口に出すと思ったんだが。

 ルフィ以外が言い出すのもなんだしなぁ。

 

「ウソップ」

 

 と、しばらく時間を置いてから、ルフィが始める。

 頭の麦わら帽子に手を置いたルフィの目は、どこか遠くを見つめているように見えた。

 ルフィが憧れた赤髪海賊団のかつての姿。

 シャンクスや、ウソップの父……ヤソップのことを思い出しているのだろうか。

 

「俺たちの仲間になれよ」

 

 予想していなかった言葉に、ウソップは動きを止める。

 

「そ……」

 

 ウソップは言葉が出ないようだ。

 ルフィの言葉の後、周囲の人間を見回す。

 他の人が反対しないか、不安なんだろう。

 

「なに馬鹿な事言ってんだ、ルフィ。俺たちゃもう仲間だろう」

 

 今日のゾロは渋カッコイイ。

 俺とナミも、ウソップを仲間にするのは賛成だ。

 

「いっとくけど、きっちり働かなかったら分け前はあげないからね。ちゃんと役に立ちなさいよ」

「これからよろしくお願いしますね、ウソップさん」

 

 俺は、ウソップに手を差し出す。

 恐る恐るといった動きで、俺の手を弱々と握るウソップ。

 

「あ、ああ。よろしく。俺は、ウソップだ。これからよろしくな!!」

 

 ようやく調子を取り戻したのだろう。

 いまさらな自己紹介をし、今度は俺の手をがっちり掴んで振り回した。

 今後の船内は、今までよりもっと賑やかになりそうだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺たちはカヤの屋敷に向かう。

 他の村人はともかく、カヤにはクロ……クラハドールがいなくなった事に関して、説明しなければならないだろう。

 俺たちは、冷たい空気をはらむ門扉を潜り、暖かい空気を放つ庭を越えて、カヤの部屋に向かう。

 

 おかしいな。

 屋敷に人の気配が無い。

 

 声をかけても誰も出てこないので、俺たちは屋敷の内部に踏み込んだ。

 すると、屋敷の一室で、血を流して倒れこむ執事……メリーと、真っ青な表情でその傷口を押さえるカヤを発見した。

 

「カ、カヤ! 替われ!!」

 

 ウソップが飛び出し、メリーの傷口を覗き込んだ。

 

「ウソップさん……」

 

 震える声で呟くカヤ。

 冷たくなった体はガチガチに固まり、ろくに声も出せないようだ。

 一体いつから、この状態だったのだろうか。

 

 俺は部屋にあった薄手の毛布をカヤの体にかけ、落ち着くように言う。

 その間に、ウソップは手際よくメリーの容態を確認した。

 

「大丈夫だ。血はもう止まってる。カヤ、お前が傷口を押さえてくれていたおかげだ」

 

 ウソップの声を聞き安心したのか、カヤはふらりと体勢を崩したため、俺が支えた。

 気を失ったか。

 

「あのわる執事か」

 

 ルフィの言うとおりだろう。

 これは、猫の手による傷だ。

 

 

 

 手当てを終え、太陽が頭の上を通過する頃には、カヤもメリーも意識がはっきりとするまでに回復した。

 目を覚ました直後は、カヤの事を心配しベッドの上で暴れたメリーだったが、カヤが姿を現すと、今度は力なくうな垂れる。

 これから伝える事が、カヤにとって辛い事実だからであろう。

 

「お嬢様、無事でよかった……」

 

 やがて決意したのか、目に涙を浮かべて続ける。

 

「クラハドール!! あいつは……海賊です!!」

 

 息を呑むカヤ。

 だが、昨日カヤを連れ出そうとしたであろうウソップの行動と、今日大怪我をして現れたウソップ。

 姿を見せないクラハドール。

 

 半ば、予想していたのだろう。

 その事実を、すんなり受け入れたようだ。

 

「しかし何故……もう、こんな時間だというのに」

 

 窓からのぞく太陽の光を見つめ、メリーが呟く。

 いきなりクラハドールを倒しましたといっても混乱するだろうから言わなかったが、もういいか。

 

「ああ、わる執事なら、もう倒したぞ」

 

 あっさり言うルフィ。

 

「おうよ。このキャプテン・ウソップの大活躍により、黒猫海賊団は尻尾をまいて逃げ出したのさ!!」

 

 どーんと胸を張り、ウソップがうそぶく。

 いや、あながち嘘でもないか。

 ウソップが行動しなければ、ルフィは手を貸さなかっただろうから。

 

「な、なんと……!!」

 

 眩しいものを見つめるように、メリーとカヤはウソップを見つめる。

 

「ですから、安心して寝ていてくださいな」

 

 俺の言葉に、体を浮かしかけていたメリーは再びベッドに横になる。

 

「ありがとうございます。あなた方は、お嬢様の……いや、この村の人々の、命の恩人だ。この礼は、必ず。どんな事でも、なんなりと」

「ほんとか!!」

 

 その言葉に、ルフィが食いついた。

 おい、後にしろ。

 

「俺たち、船が欲しいんだ!!」

 

 言っちゃった。

 ルフィの言葉にカヤが続く。

 

「私からもお願いします。どうか、彼らに船を」

 

 ああ、カヤは俺たちが船を欲しがっている事知ってたっけ。

 

「ええ。貴方のご両親が遺された船。その主は、カヤ様。貴方なのです。貴方が望むなら、だれがその行動を否定できましょう」

 

 意外とあっさり話がついた。

 

 だが、これで一息つけるな。

 今日は、長い一日だった。

 って、まだ昼か。だが眠い。

 朝早かったからな。

 

 俺たちはカヤとメリーの様子を伺いつつ、交代で休む事にした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 翌朝。

 メリーはすっかり回復し、船の引渡しの準備をてきぱきと進めていた。

 ルフィといいゾロといい、この世界の住人は化け物か。

 

 あ、そういえばウソップももう平気そうだ。

 あの後、俺たちはカヤの屋敷でお世話になっている。

 現在は、戻ってきた使用人が作った料理を頂いている最中だ。

 

「これ、うめーーーーな!!」

 

 口いっぱいに食べ物を詰め込みながら、ルフィが喜ぶ。

 

「知らないようだから教えてあげるけどね。魚ってのは普通、身の部分を食べるものなのよ。」

 

 小骨はともかく、脊椎ぐらいは流石に残しなさい、とナミが注意する。

 船の上ではスルーだったのにな。

 他の人の目があるからだろうか。

 

 てか、魚の骨はやっぱり食わないよな。

 それが正常だよな。

 ルフィやゾロを見習って常識を投げ捨てなくて、本当に良かった。

 

 食事後、ウソップは村に向かう。

 旅立ちの準備と、村の人へお別れの挨拶をしに行くそうだ。

 

 長年過ごした村だ。

 いろいろ思う事もあるだろう。

 時間がかかるかもしれないな。

 

 

 

 昼を回る頃には、ウソップが戻ってきた。

 その背には、荷物でパンパンになったリュックを背負っている。

 リュックのサイズは、身長をもはるかに越えていた。

 息を切らし、足はガクガクだ。

 こいつはもう持たない。

 

「荷物多すぎでしょう……怪我人が持つ量じゃありませんよ」

 

 俺は、ひょいとウソップの荷物を奪う。

 片手で軽々と荷物を持った俺を目にしたカヤが声を失うほど驚いていたが(メリーが一日で回復したほうに驚けよ)、さすがは海賊を追い払った方々ですねと納得したようだ。

 

 

 ウソップと合流した俺たちは、準備を終えたメリーに引き連れられ、海岸に向かう。

 俺の後方では、ウソップとカヤが並んで話をしている。

 別れの挨拶をしているのだろう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「へぇー、キャラベル!!」

 

 いい船だと、ナミが喜びの声を上げる。

 中央には、太くしっかりしたメインマスト。

 後方には風上に向かう時に威力を発揮する、三角帆を備えたマストもそびえている。

 

 船首には、航海の無事を祈るために作られた像が設置される。

 この船の守り神は、羊のようだ。

 また、現実的な自衛手段として、数門の大砲を備えている。

 

 話を聞く限り、船内には複数の部屋と、キッチンまで完備しているらしい。

 

 

 メリーに続いて、俺たちは船に乗り込んだ。

 懐かしそうに船を見回しながら、メリーが船の説明を始める。

 

 そういうば、カヤの両親は船旅が趣味だったという話だ。

 メリーもこの船で、カヤの両親と共に旅をしていたのだろう。

 カヤも、幼い頃この船に乗った事があるのかもしれない。

 船内の傷を見て、時折あっと声を上げる事があった。

 

 この船は、大事にしないといけないな。

 

 

 

 メリーの説明が終わると、俺たちは一旦船を下りた。

 

「寂しくなりますね」

 

 カヤが、目を伏せる。

 

「今度この村に来る時は、ウソよりずっとウソみたいな冒険譚を聞かせてやるよ。だから……泣かないでくれよ、カヤ」

 

 これでお別れって言うわけじゃない。

 ウソップはそう言うが、これが今生の別れとなる可能性だって高いのだ。

 

 それに、ウソップだって泣いているじゃないか。

 

 

「すみません。別れる時は、笑顔でって決めていたのに……私は、弱いですね」

 

 

 本当に弱かったら、ウソップを引きとめているだろう。

 あ、駄目だ。こっちまで泣けてくる。

 メリーは既に号泣し、ハンカチで顔を覆っていた。

 

 

 カヤは、笑顔を作り、言う。

 

 

「ウソップさんのお話、また、楽しみにして待っています」

 

 

 だから、必ず帰ってきてくださいね。

 

 無事を願うカヤの声が聞こえたような気がした。

 俺以外の人にも聞こえただろう。

 これは、空耳なんかじゃない。

 

 

 

「キ、キャプテーーーーーーン!!」

 

 と、遠くからウソップ海賊団の子供達が駆け寄ってくるのが見える。

 船に乗り込み、子供達に向けて大きく手を振るウソップ。

 その後、船の縁に足をかけ、腕を突き出して叫ぶ。

 

「お前ら!! 達者でな!! 俺が断言してやる。お前らの夢は、必ず叶う!!

 諦めるな! 自分の信じる道を突き進め!!

 忘れるな! 自分の夢を!!」

 

 俺たちもウソップに続き、船に乗り込んだ。

 海岸では、カヤ達が手を振っている。

 それに並んだ子供達も、ぶんぶんと手を振り回した。

 

 

 船が、徐々に海岸から離れていく。

 海岸に打ち寄せる波の音が少しずつ離れていくのを、耳で感じた。

 

 ああ、少し辛いな。

 見ているだけで、こんなに辛い。

 バギーがいた町から出る時、船出はコレぐらいがちょうどいい、なんて言っていたゾロの気持ちが少しわかった。

 船出のたびにこんな思いをしていたら、きっとみんな旅なんてやってられないだろう。

 ゾロも、自分の故郷を出る時は辛かったのだろうか。

 

 

 

 海岸が見えなくなってからも、時折そちらに目を向けてしまう。

 と、背後に近づいてきたゾロが、唐突に俺の頭にポンと手をのせた。

 

「これからウソップの歓迎会をすんぞ。せっかくだから、豪華な飯を頼む」

 

 あと、酒もな。

 ゾロはニッカり笑って言う。

 

 酒はいいが、飲みすぎるなよ。

 お前はザルすぎる。酒を飲みつくされたら堪らん。

 

 

 さて、料理の準備に動こうかと思うが、ゾロが俺の頭にのせた手をどけない。

 なにかまだ言いたい事があるのだろうか。

 

 あー、と頭をガリガリ掻きながら、目を泳がせるゾロ。

 口を開くのを躊躇っているようだ。

 なんだ。ゾロが言いにくそうにするとか、相当だぞ。

 どんなトンデモな要求をするつもりだ。

 

「……あんまり気負いすぎるなよ。歓迎会じゃあ、お前もきっちり笑え」

 

 笑えば、悲しいのなんて吹っ飛んじまう、と。

 

 

 あれ、もしかして俺慰められてる?

 ゾロに?

 なんて事だ。明日は雪か雹か。

 

「はったおすぞ」

 

 まぁ、気持ちはありがたく頂いておこう。

 俺は、ニッと不敵な笑みを浮かべ、ゾロを指差し宣言する。

 

 料理は、取っておきのを用意する。期待して待っていろ。

 

 するとゾロは納得したのか、俺の頭から手をどけた。

 

 

 

 

 船乗りは、よく笑う。

 その笑顔の理由を、俺はほんの少しだけ理解した。

 

 

 



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第8話 この世界で、たった一つの(1)

ジンのお話です。
若干暗いシーンが多いです。
あとジン以外あんまり出番ないです。



「仁って、本好きだよね」

 

 年の近い、義理の妹が言う。

 負い目もあったから優しく接するようにしていたら、やたら懐かれてしまった。

 なんだかんだで一緒にいる時間が一番長い奴だ。

 

「そりゃあな。俺、これが無かったら退屈で死んでたぜ」

 

 笑いながら言う。

 俺は、こういう時は笑うと決めていた。

 好きなものについて喋る時は、笑うものだろう。

 

 

 

 

 

「仁って、チャレンジャーだよな」

 

 同級生の友達が言う。

 無理だと言われたら、俺はやるようにしていた。

 

「やってみないともったいなくないか?」

 

 お前もやってみればいいのにと言うと、友達はこう返した。

 

「いやー遠慮しておく。失敗するの怖いしな」

 

 結果がわかっているなら、対応も決めやすい。

 笑うにしても、泣くにしても。

 

 

 

 

 

 映画を見た。

 感動系の映画だった。

 

「私、泣いちゃったよー」

 

 映画が終わると、俺を誘ってくれたクラスメイトが話しかけてきた。

 

「俺も俺も。超泣いた。いやー、恥ずかしいわー」

「えー、恥ずかしくはないじゃん」

 

 そういうものを見た時は、俺は泣くと決めていた。

 内容は、覚えていない。

 

 

 

 

 

 その後も、決められた通りに動く自分を冷めた目で見つめ続けた。

 適度に笑わせ、自分も適度に笑う。

 みんなと同じように笑い、みんなと同じように泣く。

 周りに合わせて、歩調を合わせて、ただ進む。

 そうすれば、世の中はうまく回るんだ。

 

 

 

 

 

 時代は巻き戻って。これは、子供の頃だろうか。

 両親が喧嘩する声が辺りに響く。

 もう碌に顔も覚えていないが、夜になるたび喧嘩をしていたのは記憶に残っている。

 喧嘩の原因に俺が関わっているのはわかっていた。

 でも、俺が喧嘩の中に入っていく事はできない。

 両親が、俺の前では平和な家族を演じていたから。

 俺も、平和な家族を演じるべきなのだろうと思った。

 俺は、眠ったふりを続ける。

 毎晩、毎晩。

 

 

 

 

 

 母が、病院のベッドで眠っている。

 父が亡くなってから、母の病状は急速に悪化していった。

 意識がある時間はどんどん減り、最近では時折ごめんなさいとうわ言を零すだけだ。

 私達は、健康な子供を望めない事も、子供の成長を見守る事すらできない事もわかっていたと。

 ただひたすら、俺に対し謝罪の言葉を残す。

 俺はその言葉を、ベッドの脇に座ってただひたすら、聞いていた。

 

 

 

 

 

 ああ、これは夢だ。

 何度も見たからすっかり見慣れてしまった。

 暗い気持ちになるのは嫌なので、このシーンはカットだ。さっさと先に行ってくれ。

 俺がそう思うと、時間が早送りになる。母は消え、俺の体は成長し、どんどん時間が進んでいく。

 なんだ、なかなか気が利く夢じゃないか?

 さて、次はどんな場面が出てくるのかな。

 

 

 

 

 

「何か、やりたい事はない? おねーさんに言ってみなさい」

 

 母と同じように病室のベッドで横たわる俺に、病院の看護師さんが言う。

 この看護師さんとも長い付き合いだ。

 俺が子供の頃に新米看護師としてこの病院に勤め始めて、はや十年。

 俺が検査入院するたび、男欲しいだの結婚したいだの愚痴を言いに来ていたが、最近めっきり愚痴を聞かなくなった。

 諦めたのだろうか。

 

「こら。口に出てるぞ?」

 

 ピシっとおでこを叩かれる。

 

「君は自分の願い事を言わないからねぇ。そう思って、お姉さんが考えてきました。じゃーん!」

 

 看護師のおばさ……おねーさんがそう言いつつ取り出したのは、手芸グッズやペーパークラフト。さらに、なぜかカードゲーム類。

「しばらく体が動かせないからね。せめて指を動かそうぜっ」

 

 いやこれ、婚活だのなんだのやってた時の名残だろう。カードゲーム以外は見たことあるぞ。

 前は、お料理グッズをくれたよね。

 

「細かい事はいいじゃーん。お姉さんの愛と情熱がたっぷり詰まったレアアイテムだよ?」

 

 般若の面とかも一応レアアイテムに含まれるかなー。

 そう思えば、これも世界で唯一つのレアアイテムと言えなくも無い。

 

「邪念っ、邪念を感知しました!」

 

 ビシッとおでこを叩かれる。

 

「そして、さっきの話についてお知らせがあります。私はこのたび、結婚する事になりました」

 

 え、まじで? おめでとうございます。

 でもショックだわー。超ショックだわー。

 憧れのおねーさんだったのになー。

 

「明らかな嘘ね。だがそれがいい。愚痴を言わなくなったのは、うまくいってたからよー。便りが無いのは元気な証拠ってね」

 

 そう言うと、看護師のお姉さんは顔を落としてお腹をさすりつつぶちまける。

 

「というか、ね。子供がね」

 

 うお、マジですか。

 マジでおめでとうございます。

 おねーさんの子供なら、俺の子供も同然ですね。

 

「なんでよ。むしろあなたが私の子供的な位置づけだと思うんだけど。私の子とは、兄弟みたいな関係?」

 

 お姉さんは、自分の子供に男欲しいだの結婚したいだの愚痴るんですか。いいと思います。

 

「それは、忘れて……」

 

 そう呟くと、珍しく真面目な表情を浮かべ、こちらを伺う。

 

「子供が生まれるから、一年ほどお休みを貰う事になったのよ。私がいなくて寂しいからって、枕を涙でぬらさないでね?」

 

 真面目なのは顔だけかよ。

 そんな心配はいらないって。俺、あと半年で二十歳だぜ。

 時の流れの速さを感じ、自分の老化を悟るがいい。

 

「ナースは永遠の天使なのっ!」

 

 ズビシッとデコピンを喰らい、俺は笑った。

 その時は珍しく、何も考えなくても笑う事ができた。

 

 

 

 

 

 そういえば、この看護師さんは色々やらかしてくれたな。

 俺が本を読んで物を知った気になっていたら、実物を用意して俺の度肝を抜かせようとするのだ。

 極まったのは、俺が十二歳の頃。病院に冷凍マグロを一本まるごと持ってきやがった。

 

 

 

 

 

「同じ本を読んでも人によって感想が違うのは、自身の経験を通して物事を理解しようとするからよ。あなたは、本に書いてある事をそのまま鵜呑みにしているわね。でもそれは、本に書いてある事を本当に理解しようとすらしていないって事」

 

 メガネをクイっと上げ、きらりと光らせる仕草をするおねーさん。

 

「本だけではないわ。風景だろうがなんだろうが、見る人によって感じ方なんて千差万別。それを、一人の人間が書き連ねた文章を読んだだけで知った気になろうなど、笑止千万!」

 

 バァーンと冷凍マグロを手のひらでぶっ叩き、おねーさんは冷凍マグロを俺の前に差し出した。

 

「あなたが実際に見て、感じ、想った事を大切にしなさい! それが世界で唯一つの、あなたにしか得られない経験なのよ!」

 

 そんな、なんだか名言っぽいような事を言いながら、看護師のおねーさんは他の看護師さん達に連行されていった

 俺は何も言えず、ただ呆然と見送るしかなかった。

 

「れ、冷凍だし! 殺菌消毒もしてますからあぁぁぁぁぁ……」

 

 遠くから、そんな声が聞こえる。

 ……確かに驚いたし、いろいろ思う事もあったよ。

 でもそれは冷凍マグロに対してではなく、あなたの行動に対してです。

 

 

 

 

 

 ……思い返してみれば。声も出ないほど素で驚いたのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 

 夢から覚めかけているのだろうか。

 俺の意識は俺の体から抜け落ち、自分を俯瞰して見つめている。

 

 これは、二十歳の誕生日を過ぎて少しした頃だ。

 家族でささやかながらお祝いをした後の病室。

 賑やかな義理の妹がいろいろやらかしたおかげで、殺風景な部屋に、わずかなお祝いの名残が残っている。

 

 検査の結果が芳しくなく、俺の入院は長引いていた。

 それどころか、病状は悪化するばかり。

 その頃の俺はもう、自力で立つ事もできなかった。

 窓から降り注ぐ初夏の陽気は人を汗ばませるのに十分な熱気を持っているはずだ。

 だがこの時の俺には太陽の温もりも、空調から吹き出す冷風の冷たさも感じることができない。

 

「二十歳まで生きられないって言われてたけど、二十歳こえちゃったぜ。いやー、俺の生命力すげぇ」

 

 俺を引き取ってくれた父に強がりを言ってみるが、父さんには俺の本性を見抜かれていた。

 

「仁」

 

 父さんが俺に声を掛ける。

 

「お前には、ろくに自由も与えてやれなかったな」

 

 いや、自由にやらせてもらっていたと思うけどな。

 俺がこんな感じに育ってしまったのも、ある意味自分を守るためなのだ。

 まわりにいちいち悲しまれたら、こっちまで悲しくなってしまう。

 だから、気に病む必要なんてない。

 俺は、精一杯生きたのだ。

 後悔なんて、ない。

 

「いやいや、結構フリーダムに生きてたと思うよ? でもまぁ、来世があるとしたら丈夫な体にはなりたいな。俺、山登りすらした事ないし」

 

 ベッドの上に横たわる自分の声を聞いて、俺がやりたかった事を一つ思い出した。

 高い山に登って、どこまでも続いている世界を見渡してみたいと思っていたんだ。

 自分の足で動き回る事があまりできなかったから。

 険しい山を登り頂上をめざす登山家達が、やけにかっこよく見えた。

 高い所は、憧れだったのだ。煙と何とかは、高い所が好きなのだ。

 

 ベッドの上の俺は、窓から見える光景に目を向ける。

 病院の中庭には、大きな笹が飾られていた。

 入院中の子供達がその周りに集まり、色とりどりの短冊を飾りつけている。

 賑やかな子供達とは対照的に、その親は真剣な表情で短冊を笹に結び、中には両の手を合わせている人もいた。

 きっと、子供の回復を祈っているのだろう。その祈り方は違うと思うけれど。

 

「もうすぐ七夕か。せっかくだし、何か願い事書いてみようかな。書いてそこに置いとくからさ、今度来た時に飾っといてくれない?」

 

 そうだ。この時、俺は願い事を書いた。

 初めて、願い事を書いたんだ。

 

「……ああ、わかった。出来るだけ高いところに飾っておくよ。込めた願いが、遥か彼方にある星々まで届くように」

 

 父さんが、妙に詩的な言葉を残して部屋を出て行った。

 おそらく、蔵書の詩集からの引用だろう。

 父さんは、隙あらばこんな言葉を会話に挟むのだ。ポエマーなのだ。

 

 一人になってから。俺は短冊に、ゆっくりと一文字ずつ、確認するように願いを書いてベッドの脇のテーブルに置いた。

 

 俺の最後の願いは、なんだったか。

 確かに書いたはずなんだが、後少しという所で引っかかって思い出せない。

 空に浮かぶ俺はテーブルに近づいて短冊を見やるが、視界が妙にぼやけている。滲んだ文字は、意味を成していなかった。

 字を読むどころか、自分の手がどこにあるのかすら曖昧だ。

 視界が、感覚がぼやける。

 ベッドが、壁が、窓が、中庭が、地面が、空が、世界が。ぼやけて混ざり、無くなっていく。

 いや、世界が無くなるわけがない。

 無くなるとしたら、それは。

 

 

 ああ、終わりか。

 ベッドの上の俺は、そう呟いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 嫌な夢を見た。

 

 体を起こす。

 まだ、日は出ていない。

 届くのはわずかに響く水音と、たまに水面を跳ねる魚の気配。

 あとは、この船に乗っている皆の息づかいのみ。

 ナミのベッドの方を見ると、ナミは大きな枕をギュっと抱きしめつつ安定した呼吸を行っている。

 まだ、眠っているようだ。

 約一名やけに激しい息づかいをしている奴もいるが、あいつは起きながら寝ているような奴だから、まぁそういうこともあるだろう。

 

「目、覚めちまったな」

 

 ぽつりと呟く。

 あの夢のせいだ。

 

 しかし、何故だろう。

 こっちに来たばかりのころは毎日のように見ていたのに。

 その頃は、嫌な夢だなんて思っていなかったはずなのに。

 

 ……やっぱり、後悔しているのだろうか。

 ルフィを見ていると、強く思う。ルフィの事を、羨ましく思う。

 本気で自分の感情をぶつける事は、悪い事なんかじゃない。

 あのバカはすぐ騒ぎを起こし、喧嘩をする。

 でも、だからこそ。誰とでも仲良くできる。

 こいつは本音しかぶつけてこないと相手にもわかるから、仲良くなれるんだ。

 腹の下で何を考えているかわからないような奴より、そりゃあ好感を持てるだろう。

 

 楽しい時は笑い、悲しい時は泣く。

 それが自然なんだ。

 それを歪めてしまったから、俺は。

 

 ……あー、なんだか最近おかしい。

 自分が崩れていっているようだ。

 

 

 

 余計な考えを頭から追い出すと、俺はベッドから出て立ち上がり、伸びをする。

 この時間は、さすがに気温も低い。

 冷たい空気が体を撫で、若干熱を持った体に心地よい感触をもたらす。

 

 扉の方に向かうが、はたと自分の体を見下ろして思う。

 この格好で外に出るのはまずいか?

 今の俺は、丈の短いタンクトップにホットパンツのみだ。

 普段はふんわりした三つ編み状にまとめている髪も、くるりとひねって後頭部にまとめているだけ。

 寝ている間に、ぼさぼさになっている事だろう。

 

 顔を洗った後手早く髪を直すと、適当に上着を体に引っ掛ける。

 羽織るような物の方がいいのだが、あいにく俺の体には翼がある。

 そのため、前に掛けるエプロン的な物を選んだ。

 この間、約5分。

 もう、ずいぶんこの体にも慣れてしまった。

 ナミに見つかったら、適当すぎるふざけんなと言われてしまうんだけどな。

 あいにくナミはまだ夢の中だ。俺に文句を言えるやつはいない。

 

 

 

 外に出た俺は、船縁にぐでーんと持たれかかり海を眺めながら、シロップ村での事を思い出す。

 

 カヤは、両親の死から三年も経っているにも関わらず、完全には立ち直れていなかった。

 親しい人の死というのは、やはり残された人の心に大きな傷跡を残すのだろう。

 ろくに話した事もないカヤの事がやけに気になったのは、俺も気にしているからだろうか。

 俺が、残してきた人たちの事を。

 

 最後の方は友人とも疎遠になるようにしていたが、さすがに家族と疎遠になる事はなかった。

 

 父さんと母さんには悪い事をしてしまった。

 体が弱くて引き取り手が見つからなかった俺を、遠すぎて親戚とすら呼べないような俺を引き取ってくれたのに。

 俺はたかだか二十程度で死んでしまった。

 独り立ちできるようになるまでは、がんばろうと思ってたんだけどな。

 

 妹は、元気でやっているだろうか。

 ぱっと見はサバサバした性格をしているが、あいつは引きずる方だ。

 ノラ猫の死体を見たときなんかは、俺の部屋に来て一時間以上泣いていた。

 まだ小さかったんだから、私が拾ってあげればよかったと。

 全てを救う事なんて出来やしないが、救えなければあいつは泣くだろう。

 俺はあいつに救われていたんだが、それを口に出した事はない。

 直接伝えるべきだったか。

 

 なんだ? 冷静に考えてみれば、後悔ばかりじゃないか。

 どの口が、後悔していないなんて言ったのか。

 

 

 

 前世で親しかった人を順繰りに思い浮かべながらぐだぐだしていると、俺の周りに精霊達が集まってきているのを感じた。

 俺を慰めようとしてくれているのだろうか。かわいい奴め。

 いいぞ、俺の体に入りたいなら入れてやろう。

 普段なら同時に複数はノーセンキューだが、今日はどんと来いな気分なのだ。酔っ払いたい気分なのだ。

 

 精霊が俺の体の中に入ると、俺は船縁に持たれかかったまま、ズルズルと地面に崩れ落ちた。

 頭がクラクラする。酔っ払った事がないのでよくわからないが、たぶん酔っ払ったらこんな感じなんだろう。

 知覚できる範囲が急に広がったため、体の感覚がうまく掴めない。

 手を伸ばせば、マストの上ではためく真新しい海賊旗にすら手が届きそう。

 気分がいいような、悪いような。なんだか笑えてくる。

 

 

 俺は体を起こして船縁に後ろ向きにもたれ掛かり直し、空を見上げた。

 

 でっかい月だなー。

 

 明日には満月だろうか。

 わずかに欠けた、前世で見るより遥かに大きい月が空に浮かんでいた。

 

 月見酒というのも悪くないもんだ。

 いや、実際にお酒飲んだわけじゃないけどさ。

 酒を持ってこようかとも思ったが、そういえば酒はウソップの歓迎会と乱入者の回復祝いで打ち止めだった。

 残念。

 

 しかしあの月、マジででかいな。

 よく知らないが、衛星って重力と遠心力がつりあう位置に安定するものだから、こんなでかく見えるのっておかしいんじゃないだろうか。

 うむ、気がまぎれそうだし、ちょっと考えてみるか。宇宙とか、ロマン溢れるしな。

 

 大きく見える。

 ということは、実際に大きいか、近いかだ。

 しかし、近いと遠心力の問題が出てくる。

 周回速度が速いなら遠心力も強くなるが、この星の大きさや月齢周期は地球とほぼ同じなので、速いということはないだろう。

 ということは、大きさか?

 しかし、大きいと重力の問題が出てくる。

 あーでも、体積が大きいのと質量が大きいのはイコールではないか。

 もしかしたら、あの月は発砲スチロール並みに軽いのかもしれない。

 それとも、中が空洞になっているか。

 

 うん、空洞なのは面白そうだな。

 なぜ空洞なんだろうか。

 それは、中に人が住んでいるからだ。

 中の人が居住空間を作って、月の中に都市を築いているのだ。

 掘り返した土は地表に積み上げて、宇宙空間との隔壁として使っている。

 

 よし、結論が出た。

 あの月は宇宙船なのだ。

 

 そういえば、前世で似たようなお話を聞いた事があるような。

 月には、地球よりはるかに発達した科学技術を持つ種族が住んでおり、地球に住む人類を監視している。

 人類がなにかしでかすと、月から強力な軍隊が地球に攻め入って来て、人類を滅ぼしてしまうのだ。

 

 ……なんか、ロマンと言うより若干怖い話になったな。

 

 

 

 

 ぐだぐだしながら月をぼーっと見上げていると、不意に。

 

 

 月の表面がズルリと裏返ったかと思うと、そこに大きな目が現れてこちらを覗きこんで来た。

 目玉がギョロギョロと不気味に動き回り、俺を見つけるとニタリと笑みを浮かべる。

 

 ゾワリと全身の毛が逆立つが、次の瞬間には目玉は消えてなくなっていた。

 月はただ、淡い光を放つばかり。

 ただの、月だ。

 

 

 はぁ、と息を吐く。

 心臓がドクドクと音を立てているのが、やけに耳に付く。

 

 何? 精霊には幻覚作用でもあるの?

 唐突すぎてびっくりする間もなかったが、冷静に考えてみると今の光景、かなりホラーじゃないか?

 

 あ、なんかだんだん怖くなってきた。

 真っ暗な海に囲まれてぽつんと一人たたずんでいるのも、冷静に考えると肝試しやってるみたいなもの。

 こんな時に一人でいるのは嫌だ。

 こんな夜中でも起きている奴の所に行こう。

 もう、いいかげん突っ込む時期だと思っていたのだ。

 

 

 俺は呼吸と心臓のドキドキを抑え込みつつ、船室の裏手、船の後方にあるマストの下に駆け寄る。

 

 ゾロー、ゾロー! なーにやってんだよーう!

 

「……そいつは、俺のセリフだ」

 

 どこから持ち込んだのか、右手に持った巨大な鉄アレイ……岩で出来てるから、岩アレイ? を上下させながら、ゾロが答える。

 意識から無理やり除外していたが、この三十分間、「ふんっ、ふんっ」という荒い息づかいが途絶えた事はない。

 俺が起きる前からずっとやってるのだ。いつからやってるんだよ。

 

 おー、ゾロの顔を見たら落ち着いてきたわ。

 ゾロの怖い顔でも、人を安心させる事ができるんだな。

 鬼瓦だって、守り神的な意味を持つのだ。

 さぁ、ホラーな月よ、掛かって来い!

 お前より顔が怖いゾロが相手だ!

 

 俺は、ゾロの傍にツツツと寄り添いつつ、会話を続ける。

  

「私は、夜風に当たっていただけです。可憐な乙女がアンニュイな表情で夜の月を眺める……絵になる光景だと思いませんか?」

「俺の目には、ぐでんぐでんになった酔っ払いが不気味に笑いながらもぞもぞやっているようにしか見えなかったが」

 

 見てたのかよ。不気味とは失礼な。

 

「乙女の笑顔は、世界の宝でしょう。それを見られるなんて、ゾロは幸せ者ですね」

「酔っ払いは乙女とはいわねーよ」

 

 さいですか。

 まぁ、たしかに先ほどの自分の姿を客観視してみると、あまりお披露目して良いものではなさそうだ。

 気をつけよう。精霊酔い。

 

 

 ……しかし、何だな。

 こんなでっかい岩アレイをずっと上下させ続けるとか、こいつの体はどうなってるんだろう。

 

 ふと気になった俺は、ゾロの二の腕を指先で摘まんでみる。

 

「硬っ!? なにこれおかしくないですか?」

「おかしいのはむしろお前だ。なんでそんな体であんなに力があるんだ?」

「それは私にもよくわかりませんが……不思議パワーとしか」

 

 俺は、ここぞとばかりにゾロの体をまさぐった。

 全身硬いぞ。髪の毛まで硬い。こいつ、実はサイボーグか何かなんじゃないか? 海パン一丁になって「スーーーパーーーー!!」とか叫びだしたりしないよな? あれ、なんかちょっと見てみたいかも。

 ゾロの腕を撫で回しながら、思わずほへーっと感嘆の声を漏らし、この世界の不思議について思いを馳せる。

 

「普段はそんな風には見えないのに、必要になったらこんなに硬くて太くなるんですねぇ。神秘です」

「全身鍛えてるからな……いい加減やめろ、トレーニングの邪魔だ」

 

 上半身の探索を終えて脚を触り始めた俺を、ゾロは岩アレイを持っていない方の手で押しのける。

 

「ええー、もう少し神秘を追い求めたいのですが」

「俺の体をいくら触っても神秘は出てこねぇよ」

「出てくるかもしれませんよ。人の体には夢やら希望やらが詰まっているのです」

 

 俺は不満の声を上げるが、ゾロは聞く耳持たず、こちらを見ようともしなくなった。

 おや、機嫌を損ねてしまったか?

 しまった、これは少しご機嫌取りをしなければならないな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 しばらくゾロのご機嫌を伺いつつ他愛もない話をしていると、他のメンバーも起きだしてきた。

 東の空を見やると、太陽こそ顔を出していないものの、空は薄紅と黒のグラデーションに彩られている。

 じきに日が出て、夜の気配もすっかりなくなるだろう。これで、一人でも大丈夫だ。生まれたての小鹿のように震えることは、もう無い。

 

 

 最初に姿を現したのは、三日前からこの船に乗っているヨサクとジョニーだ。

 俺が空の散歩から船に戻ると、ヒャッホーと叫びながら小躍りした後に血を吐きながら倒れるというトラウマ物の行動を初対面で披露してくれた奴らだ。俺が衝撃に(おのの)いていると、ウソップが「壊血病なんだ。仕方がない」と教えてくれたが、それでも俺の(おのの)きは覆らなかった。

 

 壊血病って、死に至るレベルの病だろ。 

 そんな状態で踊るなよ。

 

「おはようございやす、ゾロのアニキ、ジンのアネキ!」

 

 俺が微トラウマを思い出し、再び生まれたての小鹿のようにガクガク震えていると、二人が声を掛けてきた。

 いかんいかん、気をしっかり持て。

 ガラスのマイハート(耐火防弾仕様)にこれ以上のヒビをいれてなるものか。

 俺は、二人に爽やかに声を掛ける。

 

 やぁおはよう。二人は朝早いんだな。

 

 これは決まった。絵に描いたような爽やかさだ。

 そう思うのだが、二人からの返事がない。

 なんか、こっちを驚愕の表情で見ている。

 なんだ一体。

 

「ア、アネキ……その格好は」

 

 格好? 格好がどうかしたか?

 上着をペラリとめくって格好をチェックするが、特におかしなところはない。

 

「……ッ!? ぶへぇ」

 

 あ、ヨサクが血を吹いて倒れた。

 病気の再発か、しっかりしろ!

 

 地面に倒れる前のヨサクの体をしっかりキャッチし、ゆっくり地面に横たえる。

 意識はあるのか、ヨサクが一瞬こちらを見やるが、再び血を噴き出し顔を背ける。

 

「アネキ、そいつは逆効果です!」

 

 ジョニーが叫びつつ、俺とヨサクの間に体を割り込ませた。

 

「ジョニー……お前も見たか、桃源郷を。いい人生だった……」

 

 そう言い残し、ガクッとうなだれるヨサク。

 

「あ、相棒ーーーー!!」

 

 介抱を断られ、俺はどうしていいかわからずオロオロする。

 ナミを呼んできたほうがいいのだろうか?

 そう思っていると、ナミも騒ぎを聞きつけて現れた。

 

「ジン……あんた、なんて格好してるのよ」

 

 頭を抱えて溜息を吐きつつ、ナミも俺の格好について指摘する。

 なんだ。どういうことだ。変なところなんてないだろう。

 露出が多いかなとも思うが、露出度ならナミも結構高い。

 

 そう思いつつ自分の体を再び見下ろすが、そこでようやく俺は気づいた。

 

 あ、裸エプロン的な?

 下に何も着ていないように見えるんだな、この格好。

 もしかして、ヨサクのあれは吐血じゃなくて鼻血か。

 ヨサクは裸エプロンフェチなのか。

 変態だな。

 だが気持ちはわからんでもないよ、変態紳士君。

 

 すっかり晴れた吐血トラウマに別れを告げつつワイルドに決めていると、ナミがクイっと船室の方に指を向けながら、俺に命令した。

 

「着替えてきなさい」

 

 あとで説教ね。

 看護師のおねーさんに鍛えられた心眼(心耳?)が、ナミの言葉を翻訳する。

 

 へーい。

 

 俺はおとなしく従うほか無い。

 ナミ、怖いし。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「航海する上で必要な人材は、航海士、船医、海の料理人、船大工。この船には、全部足りてないわ」

 

 人差し指をぴっと伸ばし、ナミが皆を見渡す。

 

「航海士はたりてるんじゃねぇか? お前、凄腕の航海士なんだろ」

「アホか! 航海術持ってるのが一人だけとかおかしいでしょうが。私が居ない時どうすんのよ」

 

 ウソップの言葉に噛み付くナミ。 

 確かに、嵐が来たときなんかは苦労したな。

 船が転覆しないよう夜も船の操作をしなければならなかったが、そうするとナミが休んでいる暇がない。

 

「航海士については、まぁいいわ。ジン。最低限の事は、あんたに覚えてもらうから」

 

 え、まじで。初耳なんですけど。

 ナミの言う最低限のレベルは信用ならない。

 スパルタが待っているのは間違いない。

 

「栄養学を覚えてもらうという手もあるけど……独学じゃあ、ね。生兵法は怪我の元。それに、あんたは一人で行動する事も多いでしょ。迷子になられたら困るわ」

 

 まぁ、確かに迷子は困るよな。

 

「船大工については、応急修理ぐらいならウソップが出来そうね。一番の問題は船医だけど、海賊船に乗りたいなんて奇特な船医はそうそういないから、今のところはどうしようもない。あとは……」

 

 ナミは、全てを諦めたかのような死んだ眼差しをルフィとゾロに向ける。

 

「お馬鹿二人にそういう技能を求めるのは無駄でしょうし」

「誰が馬鹿だ」

「あら。なら覚えてみる? 航海術」

 

 ぐっと言葉に詰まるゾロ。

 ゾロからの言葉が無いのを待ってから、ナミは話を続けた。

 

「となると……次に仲間にすべきは、海の料理人かしらね」

 

 ナミは、チラリとジョニーの方を見る。

 

「なら、あっしが案内しやしょう。海上レストラン・バラティエへ!」

「よし、いくぞ海上レストラン!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 一見話に乗ってきたようにも見えるが、実情は違う。

 ルフィ。お前、飯食いたいだけだろ。

 

 



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第9話 この世界で、たった一つの(2)

なかなか話が進まなかったので、話をぶつ切りにしてでも進めます。
すまない、私の力が足りないばかりに……!



 カモメの鳴き声が聞こえる。

 陸が近いのだろうか。

 

 そう思い辺りを見回すが、見えるのは青い空、青い海と、それを分かつ境界線だけだ。

 不思議に思いながらも、俺は視線を落として再び地図とにらめっこをする。

 この辺に陸なんてないよな? 若干不安になってきた。

 

「進路を右に五度修正。あと三十分ほどでバラティエが見えてくるかと思います」

「うん、上出来ね。風の読みはまだまだだけど、現在地と目的地の把握はバッチリよ」

 

 おお、スパルタンな鬼ババ……ナミから初めて合格点を貰った。俺はやったぜ。俺はやったぜ。

 

「よし、着いたら肉くうぞ!」

 

 どーんと両手を挙げて宣言するルフィ。普段のルフィはただのバカにしか見えない。

 だが、ルフィの言葉には賛成だ。最近の食事は偏りまくりである。新鮮な野菜が食べたい。干し肉をキャベツで包んだだけの物でも、今の俺なら喜んでかぶり付いてしまうだろう。

 

「海上レストランか。わざわざ海上に拠点を構えるって事は、相当なこだわりがあると見た」

 

 ウソップの言葉を受けて、俺はヨサク・ジョニーに質問する。

 

「やはり、お魚がメインなんでしょうか?」

「いえ。お勧めの魚が出る事は確かに多いらしいですが、新鮮な肉や卵、野菜となんでもござれです」

 

 へぇ。

 どうやって補給してるんだろうな。

 

 

 そんな話をしているうちに、水平線の向こうからわずかに煙が上がっているのが見えはじめた。

 近づくにつれて徐々にその特徴的な船体が姿を現す。

 ずんぐりした巨体に、魚の頭やヒレ。

 その周囲には、客のものであろう船が、大魚の威を借りる小魚のように寄り添っていた。

 昼食時だからだろうか。窓からは早足で行きかうコック達が見え隠れしており、慌しい空気がこちらまで伝わってくる。

 

 バラティエだ。

 俺は、ほっと胸をなでおろした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 バラティエに到着した俺たちはやや遅めの昼食を取り、食後のお茶を飲みつつ一息つく。

 ルフィとウソップは、一息つく暇もなく船の探検に出かけていった。

 人の船を探検とか迷惑ではとも思ったが、当然止めはしない。無駄な事をするぐらいなら、お茶でも飲んでいたほうが建設的だ。

 

 お茶を飲みつつこれからどうしようかナミと相談していると、アアーという声が響いてきた。

 声が上がった方を見ると、ぐるぐる眉毛をしたスーツ姿の男性がくるくる回りながら俺達の方に接近してきている。

 男は回転を止めるとナミの足元に跪き、うやうやしく一礼した。

 

「素敵な出会いが生まれた今日という日に感謝を。ああ、なんという悲劇か。その瞳に射抜かれた瞬間、私のハートは奪われてしまった!」

 

 立ち上がりつつクルリと一回転し、今度は俺の手を取って膝をつく。

 え、俺の方にも来るのかよ。二人同時かよ。

 

「君達からハートの欠片でも奪い返さねば、恋に焦がれた俺は耐え切れず朽ち果ててしまうだろう! 麗しきレディ達。どうか私と今晩、ディナーをご一緒してはもらえないだろうか?」

 

 そういいながら、俺を見上げるぐるぐる眉毛……サンジ?

 と、サンジは突然驚愕の表情を浮かべて固まった。

 

「えっ、天使!?」

 

 ガビーンという文字を背景に背負い、変なポーズを取る。

 あれ、サンジってこんなキャラだったっけ?

 

「ああいや、人間か……失礼。あまりの美しさに、地上に舞い降りた天使なのかと。まさか翼まで幻視してしまうとは……こんな事は、たまにしか無い」

 

 いや、幻じゃないから。

 ってかたまに幻視しているのかよ。大丈夫かお前。

 

「サンジ、客にちょっかいかけてんじゃねえ!」

 

 俺が返答に困っている間に、コックというよりテキ屋のおっさんみたいな風貌の大男が、サンジの襟首をひっ掴んでズルズルと引きずっていった。

 

「……ジンって、男の扱い方がなってないわね。せっかくご馳走してくれるっていうんだから、用意してもらわないと。私達"全員分"のディナーをね?」

「ナミは時々魔女のように恐ろしい事を言いますね」

「魔女で結構! 素直なだけじゃ、世の中渡っていけないわよ。航海術より、そっちを先に仕込むべきだったかしら」

 

 笑顔で恐ろしい事を言い始める。

 やめてくれ。既にナミの調教はお腹いっぱいだ。

 

「お嬢さん方! そういう事なら、俺が力になりましょう。さあ、思う存分この俺を手玉にとり、愛の奴隷に!」

「さぼってんじゃねぇ!」

 

 いつの間にか横に立っていたサンジを、こんどはサングラスをかけた柄の悪いコックが引きずっていく。

 

「あのぐるぐる眉毛なんか、練習にはいいと思うわよ? ああいう輩は後腐れなく付き合えるからね。こっちが本気にならない限り、相手も本気にならないわ」

「あ、まだその話続いてたんですか」

「そうとも! 俺ほど気配りができる男はそうはいない。恋愛のレクチャーなら、俺にお任せを。男性側の心を知るのも、恋愛には欠かせない要素だ。男の心を知り、やさしく癒すのもいい。逆に、男の心を乱すのもいいだろう。ああ、愛とはかくも激しい……」

 

 サンジはセリフを最後まで言い切ることなく、ゴスンと音を立てて床に崩れ落ちる。

 そして、やたら長いコック帽をかぶった義足のおじいさんに引きずられていき、扉の向こうに姿を消した。

 もう、戻ってくる事はないだろう。

 

「アニキ、アピールチャンスです。今のアネキは、男を意識して……」

 

 ゾロにこっそり耳打ちしたジョニーに対し(いや、俺には聞こえてるけどね)、ゾロは唐突に腹にパンチをかまして黙らせた。

 なにやってんだお前。

 

「ゾロ、腹パンで友情は膨らみませんよ。ギガンティックドMのあなたと他の人を一緒にしないほうがいいです」

 

 親切心からゾロが特殊な部類の人間である事を教えてあげたのだが、恩を仇で返され、俺も危うくゾロの腹パンの餌食になるところだった。

 な、なにをするんだぁー!

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おや、仁君? 奇遇だね」

 

 外の風に当たろうと甲板に上がると、背後から声をかけられた。

 振り返ってみると、いつぞやのわかめ公爵……クロスだ。

 

「クロスさん? たしかに奇遇ですね。クロスさんもお食事ですか」

 

 すごい偶然だな。

 思い返してみれば、海をぷかぷか浮いているクロスを見つけたのだって凄い偶然だ。

 俺とクロスは、何かと縁があるのかもしれないな。

 

「ああ。臨時収入があったものでね。ちょいと豪華な昼食をクルー達と取る事にしたんだ」

「臨時収入?」

「海賊が襲ってきたので、返り討ちにしたのさ。残った連中をちょうど通りかかった海軍の船に引き渡したら、結構な賞金がかかっていたみたいでね。本来、賞金は海軍支部で貰うものなんだけど、大捕り物前に幸先がいいと言って即金で渡してくれたよ」

 

 海賊って……怪我人とか出なかったのか?

 微妙に聞きづらそうに口を止めた俺に対し、クロスはあっけらかんと言った。

 

「いやいや心配ないよ。うちのクルーは優秀だからね。誰も怪我一つ負ってないさ」

「それなら良かったです」

 

 ポンと手を合わせ、俺は表情を笑顔に戻す。

 

「メアリーも久々に好物を沢山食べられて、ご機嫌でね。だからその隙を縫って、こうしてナンパに出かけたというわけさ。どうかな。一緒に散歩でもしながら、この後の予定を決めようじゃないか」

「いえ、ご好意はうれしいのですが、遠慮しておきます」

 

 俺は、クロスの背後に目をやりながら返答した。

 ポン、とクロスの肩に手が掛かる。

 

「ハニー……私の機嫌がいいから、何をしに来たって言ったのかしら。どうにも聞き取れなかったのだけれど」

「やぁメアリー。なに、知り合いの女性を見かけたから、君の所まで連れて行こうとしたのさ。偶然の出会いに乾杯をしたくてね」

 

 クロスは振り返り、はっはっはと笑う。

 こいつすげぇな。俺ならこの状況で振り返れないわ。

 

「乾杯はいいのだけれど、その前にお話をしなくちゃならないわね。……ジンさん、お久しぶりです。話は後ほど」

 

 メアリーは俺に会釈し、クロスと共に去っていった。

 

 

 

 クロスと入れ替わりに、ルフィとウソップが現れた。

 なんか目を輝かせて、ドドドと俺の方に駆けてくる。

 おまえら落ち着け。

 

「なあ、いい奴見つけたぞ!」

 

 目をキラキラさせ、心底うれしそうに語るルフィ。

 まるで子供がヒーローを見るときのような目だ。

 

「見た目は軽薄そうだが、中身は男気溢れる海のコックだ。反対する奴らを押し切って、腹を空かせた海賊に飯を出したんだ。"俺は、俺の飯を食いたい奴に食わせてやるだけだ"か……。これはメモしておこう」

 

 男泣きと共に、ウソップがいそいそと手帳にメモを書き加える。

 

 軽薄そうな見た目、か。サンジだろうか。

 まぁ誰にしても、ルフィに狙われたら諦めるしかない。

 だってルフィだもの。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 バラティエに来てから、二日が経過した。

 一昨日は、夕方からクロス達と宴会を繰り広げて一日が終わった。

 昨日は、ルフィがひたすらサンジ(やっぱりサンジだった)に勧誘攻撃を仕掛けていたようだが、効果はない。

 ナミにけしかけられて一緒に食事をした際に俺も誘ってはみたが、血涙まで流しながら断られた。

 そこまで苦しめる事になるとは……なんかすまん。見た目はいいかもしれないが、中身は俺である。騙しているようで申し訳ない。

 

 ちなみに食事中のサンジのエスコートは完璧で、誰だお前と言いたくなるレベルだった。

 気になったのは、話しかけた時に時折「えっ、女神!?」だの、「あっ、聖女!?」だの言い出す事ぐらいだろうか。

 天使はともかく、他のはどこから来たんだ? サンジの中で、俺の存在がとんでもない事になっている。阿修羅をも凌駕するとかいうレベルじゃない。

 一度、サンジの視点でこの世界を見てみたいものだ。新たな扉が開けそうである。

 

 話が脱線した。

 ここにあまり長居するわけにもいかない。数日中に勧誘が成功しなければ、出発しなければならないだろう。

 原作でサンジが仲間になったのって何でだっけ? 印象に残っていない。下手をすると読んでないかもしれないな。

 ワンピースを読んでいたのは、病院での暇つぶし用に置いてあるマンガ雑誌を手に取った時だ。1ヶ月もすれば新しい雑誌に入れ替えられるため、健康な状態が長期間続いている間は読んでいない事になる。

 戦闘シーンはなんとなく覚えているから、読んでいたとしたらそこから思い出せるか?

 イーストブルーでのボス的存在とそれに関連する仲間は確か、モーガン/ゾロ、バギー/ナミ、クロ/ウソップ、ミホーク/ゾロ、アーロン/ナミ……あれ、サンジと絡みそうな奴いないぞ?

 

「なんか難しい事考えてる? 額に皺が寄ってるわよ。お茶でも飲んで落ち着きなさい」

 

 メリー号の船室で俺がウンウン唸っていると、ナミがこちらにお茶を差し出してくれた。

 考えても仕方ないな。お茶を啜りつつ、一息つこう。

 

「おや、美味しいですね」

 

 お茶を一口飲んで、思わず感嘆の声を上げる。

 緑茶か。久しぶりに飲んだな。なんか高級そうだ。どこに仕舞ってあったんだろう。

 

「そうでしょ。あのぐるぐる眉毛から貰ったんだけど、けっこういい香りじゃない?」

 

 おおう。サンジから巻き上げたのかよ。

 これ、絶対高級品だろ。

 ナミ……まさに外道。

 

「確かにいい香りですね。緑茶を飲むのは久しぶりなので、なんだか懐かしいです」

 

 微妙に薬くさい気もするが、こういう品種なのだろうか。

 個人的には、薬くさい匂いが無いと更に良いんだが。

 前世で沢山薬をのみ続けた結果、最後の方は髪の毛に問題が……うっ、頭が!

 

 

 なんの話だったかな。

 そう、お茶の話だ。

 

 お茶といえば、知っているだろうか。

 実は、緑茶も紅茶も烏龍茶も、同じ木の葉を使っているのだ。

 三者の違いは、発酵具合のみ。

 ティータイムにミルクティーを嗜む白人セレブリティも、縁側で毎日苦いお茶を啜る老人も、元は同じ物を飲んでいるのだ。

 好みは違えど、求めるものは結局みんな同じようなものだというお話さ。

 これは味覚に限らず、他の事にも言えることだ。山登りが好きな人、本が好きな人、ゲームが好きな人、サッカーが好きな人。好みが合わないと思っている相手だって、見えている切り口が違うだけで、実は自分と同じ趣向をしているのかもしれない。

 もっと分かりやすく言うと、巨乳好きも貧乳好きも、結局みんなおっぱい星人でしかない。自分の拘りを愛するのは良いが、血で血を洗う論争を繰り広げる必要など、無い。

 

「ジンって、時々遠い目をするわよね。故郷でも思い出してるの?」

 

 え、いや。

 そんな高尚な物では。少しおっぱいの事を考えていただけです。

 

「そうですね。昔はよく、緑茶を飲んでいたものですから。少し、昔を思い出してしまいました」

 

 なにを言っているんだ俺は。

 おっぱいは平和の象徴、世界政府の旗印をおっぱいに変えるべきとか思ってました。なんという破廉恥政府。

 

 その後も話の流れは変わらず、俺は故郷や昔の自分の話をしばらく続けた。

 今の俺の姿を考えると矛盾点だらけの話だった筈だが、ナミは静かに話を聞いていた。

 

 

 

 話に一区切り付いた所で、俺はさっきから気になっていたことを問いかける。

 

「ところで、先ほどから何やら空気がピリピリしているような気がするのですが」

 

 これは、あれか。嵐かなにかが近づいてきているんだろうか。

 ついに俺も、ナミのように天候を感じる事ができるようになったのか。

 

「そ、そう? 私は何も感じないけど……」

 

 な、なんだって。俺の気のせいか。

 でも、たしかになんかピリピリするんだけどなぁ。

 

 

 

 と、唐突に船が大きく傾き、わずかに遅れて大きな水音が連続して辺りに響き渡った。

 ええ、なんだ。砲撃でも受けたのか?

 

 俺とナミは慌てて甲板に飛び出すと、目の前で真っ二つになって崩れ落ちる巨大なガレオン船を目撃した。

 

「……ッ!? 取り舵! 船を立てて、波に飲み込まれないように!」

「あいさー」

 

 慣れたもので、俺の体はナミの指示に従い動き始める。

 意味不明な光景はスルーだ。そんな物は後で考えればいい。

 

 

 

 波が落ち着いてから。ナミに様子を見てくるように言われた俺はゴーイングメリー号の甲板から空に飛び立ち、上空から状況を一望する。

 周りの視線を一手に引き受けてるのは、十字架を背負った変な髭のおじさんのようだ。

 その鋭い眼を見た瞬間、ああこいつが鷹の目のミホークなのかと納得した。

 確かに鷹っぽい。俺も鳥っぽいと言われた事があるので、お揃いだな。

 

 

 ……ん?

 あああ、こいつだ。空気ピリピリの原因。

 この髭男爵が、大量の精霊を引き連れてきやがった。

 ピリピリするとは思っていたが、これ精霊が俺の体に入ろうとしていたからかよ。

 数が多すぎて逆に気づかんかったわ。

 

 ミホークの周りに居る精霊達が、俺を見かけるなり俺の方に鞍替えして周囲を飛び回っている。

 精霊たちの軌跡を追うように、ミホークが上空を飛翔する俺の方を睨みつけてきた。

 

 何だ。めっちゃ見られてるんですけど。

 あ、精霊を寝取っちゃったからですか? ジェラシー、感じてるんですか?

 プフー! そりゃ精霊だって、ガチムチよりムチムチを選ぶよ。

 誰だってそうする。俺だってそうする。

 ミホークさん涙目プギャー!

 

 脳内で一人漫才を繰り広げていると、ミホークが俺を睨む目に剣呑な空気が混じりはじめた。

 

 ちょっと待って、怖いんですけど。

 まるで俺が何を考えているか分かっているみたいじゃないか。

 

 くそっ、なんだよお前。変な髭たくわえやがって。やるのか、おい。

 やるならさっさとかかって来いよ。俺の逃げ足に敵うと思うなよ!

 ごめんなさい許してください。顔が怖いです。

 

 俺が逃げの姿勢に入ると、ミホークはフッと笑い、こちらから視線を逸らした。

 おお、助かった。ミホークさんまじダンディ。

 

 

 

「暇なんだろ? 勝負しようぜ」

 

 俺から視線を外した後に視線を向けた先は、ゾロ。

 いや、駄目だって。そっちも駄目だって。

 ゾロ、勝ち目なんかないぞ。

 

 しかしゾロの方はミホークの方に刀を向け、戦闘準備は万端といった装いだ。

 こういう場合、どうすればいいんだろうか。ゾロの身の安全を考えるなら止めるべきだ。でもこれはゾロが望んだ戦い。しかしゾロに勝ち目はない。負けたら死ぬかもしれない。いや死んだら駄目だろう。でもゾロは死んでも構わないと言う。夢のためなら命を賭けるのがあいつだ。

 ……どの行動も正解ではない。こういう時、俺は動けない。

 前世なら周りに合わせて一緒に進めばよかった。

 でも、今は。周りに合わせたって、一緒には進めない。

 俺は。

 

「ア、アニギ~~!! 大変です、ナミのアネキが宝全部持って逃げちゃいました!!」

「は!?」

 

 と、バラティエの甲板でルフィ達が会話しているのが聞こえた。

 ゴーイングメリー号の方を見やると、確かにバラティエから離れつつあるのが見える。

 え、何で? ナミ、さっきまで俺と一緒にお茶のんでたじゃん。平和そのものだったじゃん。

 混乱した俺はひとまず、ルフィ達の横に降り立った。

 

「ウソップ! ナミを追いかけ……いや」

 

 ウソップにナミを追いかけるよう指示を出そうとしていたルフィだが、俺の顔をみるなり思い直したように俺の方に向き直る。

 

「ジン、ナミを追いかけてくれ。俺は、あいつが航海士じゃなけりゃ、いやだ」

「……了解しました。キャプテン」

 

 俺は翼を広げ、再び空に飛び立つ。

 眼下には帽子を振り、俺を見送るルフィの姿がある。

 

「頼んだぞ! 絶対、連れ戻してくれよ!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺は上空から、ナミの様子を伺う。

 ナミは船首に寄りかかり、まっすぐ進行方向を見つめていた。

 まっすぐな視線ではあるが、俺には何かから目を逸らすためにそうしているようにしか見えない。

 あんなに賑やかで狭苦しかった船の上には、今はナミ一人。

 ナミも船も、少し寂しそうに見えた。

 

 向かい風が強い。

 この状況で、ナミの操作する船に追いつける奴はそうはいないだろう。

 

 俺は、後ろを振り返る。

 人間の目ならば、人の姿を見るのは不可能な距離。しかし、俺の目ならば問題ない。

 ガレオン船の残骸に視線を阻まれ詳細まで把握する事はできなかったが、ゾロとミホークが戦っている事だけは分かった。

 

 ミホークは強い。

 今のゾロでは、勝てない相手だ。

 

 だが原作では、生きていた。

 俺が介入さえしなければ生きていた。

 ルフィが俺にナミを頼んだのは、俺とナミの仲がいいからか? 飛んで移動できるからか?

 ……いや。ルフィには、この後ろ向きな気持ちを見透かされてしまったのだろう。そんな気がする。

 

 何のことはない。

 俺は、現実から目を背けて逃げ出したのだ。

 今までと、同じように。

 

 今からでも戻ろうか?

 俺なら、ミホークにも勝てるかもしれない。

 ミホークの気まぐれを期待するよりミホークを倒すほうが、よっぽど現実的じゃないか。

 

 と、ゾロの事を頭に思い浮かべる。

 世界一の剣士になると決めた時から、とうに命は捨てていると豪語するあの馬鹿。

 ミホークとの戦いを邪魔したら、きっと本気で怒るだろう。

 それはそれで、怖い。嫌われてしまうのは、怖い。

 俺は、自分の体をぎゅっと抱きしめた。

 無事でいて欲しい? 夢を邪魔したくない? 嫌われるのは怖い?

 どの思いを優先すべきなんだ? 俺は、どう行動すればいい?

 

 ……ああ、駄目だ。

 俺は、自分の意思で決める事ができない。

 ずっと、流されて、生きてきたから。

 周りが期待する自分を演じてきたから。

 前世の頃から。ずっと。

 

 

 

 やがて、戦いが終わり。

 ゾロの敗北と、生存を確認する事ができた。

 何故だかまだ別の戦いは続いているようだったが、ミホーク程の相手でなければ、ルフィやゾロが負けることはないだろう。

 俺は、ほっと胸をなでおろした。

 

 だが、今回はたまたま良い結果になっただけだ。

 俺はこのままでいいはずがない。

 いつまでも幸運やわずかに残った原作知識に頼り、流されるままに過ごしていいはずがない。

 一度死んで、やっと後悔する事を覚えたのだ。後悔したのなら反省して、次に生かさなければならない。

 

 そう思うが、俺の気分は沈んだまま浮かんでこない。

 今まで、ずっと周りに合わせて生きてきたのだ。生き方を変えるには、どうしたらいいのか?

 誰か、教えてくれ。

 

 

 

 俺は、沈んだ気分のままナミの背後にゆっくりと降り立った。

 

「……ジン。なにしに来たの?」

 

 こちらを一瞥もせずに、ナミが問いかける。

 

「ナミを、連れ戻しに来ました」

 

 言うと、ナミは溜息をついて少し顔を上げた。相変わらず、後方を振り返ろうとしない。

 

「まったく、本当に。もしかしたら効かないかもとは思っていたけど、やっぱりあんたも出鱈目ね。睡眠薬飲ませたはずなのに」

 

 ああ、やっぱり何か仕掛けていたのか。

 やけに薬くさいとは思ったよ、あのお茶。

 

「そんなもので、私は止まりません」

「……そうよね。あんた達は、私が何やったって、止まらないわよね」

 

 ナミは天を仰ぎ、続ける。

 

「だから、何も言わない。あんた達は、動き出したら止まらないから。……これは私の問題なの。何も聞かずに見逃して」

 

 いや、そういうわけにはいかないだろう。

 いまさらナミ以外の航海士なんて、ルフィが認めるとでも?

 ルフィはそんなの……

 

 いや、ルフィだけの話ではないか。

 ゾロも、ウソップだって、ナミがいなくなって良い顔をするわけがない。

 自惚れかもしれないが、ナミだって俺達と一緒にいたいと思ってくれているはずだ。

 5人共、仲間がいなくなるのは嫌に決まっている。

 

 

 ……5人?

 

 わずかに引っかかりを覚えた。

 5人と認識しているのに、今名前があがらなかった奴がいる。

 5人は、ルフィ、ゾロ、ウソップ、ナミ……それと、俺だ。

 

 ああ、そうかと。

 俺は妙に納得した。

 

 俺が駄目な部分が、ようやく見えたような気がする。

 こんなにあっさり答えが見つかるなんて、ついさっきまであんなに悩んでいたのが馬鹿みたいだ。

 そもそも、父さんや看護師のおねーさんが、何度も俺に答えを教えてくれていたのに。

 俺はそれを、本当の意味で理解できていなかっただけだ。

 

 人が行動する理由なんて、言ってしまえば簡単な話。

 そうしたいと思うから、行動するんだ。

 自分の思いを持とうとしていなかった俺が行動できないのなんて、当たり前じゃないか。

 

 俺の今の気持ちは、何だ?

 それを口に出せばいい。それを行動に移せばいい。

 それが、最初の一歩。

 

 俺は、ナミが一緒でなければ嫌だ。

 

「私は、ナミが一緒でなければ嫌です」

 

 俺の言葉に、ナミは体を強張らせた。

 ようやく、ナミに俺の言葉が届いたような気がした。

 

 沈み込んだ気分が浮かび上がってくる。

 そうだ。俺は、ナミと一緒にいたい。

 思ったことをそのまま口に出すだけで、バラバラに千切られ隠されていた自分の気持ちが一つにまとまっていくように感じた。

 

「……ナミはどうですか? 私達と一緒に居たくは、ないですか?」

 

 ナミは答えない。

 答えないが、答えは一目瞭然だった。

 

「戻れとは言いません。それだけ、聞かせてください」

「……ええ、そうね。あんた達と一緒にいて、楽しかったのは否定しないわ。私だって一緒に居たくないわけじゃない。でも、それとこれとは話が別よ」

「……それだけ聞ければ十分です」

 

 俺は、ばさりと翼を広げた。

 口に出したら、次は行動だ。

 口に出しただけでは願いなんて叶わない。行動をしてこそ、願いが叶う目も出てくる。

 

「ナミの左肩にある刺青の()()をぶっ飛ばしてしまえば、ナミは必ず戻ってきてくれると理解しました」

 

 おっと、少し口が悪くなってしまったな。思ったことをそのまま口にしているのだから当たり前か。

 ナミの左肩にあるのは、アーロンのマーク。ナミは隠していたようだが、同じ部屋で過ごしているのだ。俺の目から逃れられると思うな。アーロンのマークだけでなく、ナミの体のことは隅から隅まで把握しているわ。がはは。

 

 ナミは慌てたようにこちらを振り返り、俺に手を伸ばす。

 空中に舞った雫が、俺の決意を更に強く固めた。

 

「駄目、やめなさい! いくらあんた達が化け物みたいに強くても……本物のバケモノには、かないっこない!!」

「バケモノというなら、私のほうがよっぽどバケモノです。いままで、隠していただけで」

 

 秘密ですよ、と。

 人差し指を口に当て、悪戯が成功した時のように、俺は笑った。

 普段ならこんな仕草はしないが、女性としての嗜みを持ちなさいとナミに口うるさく言われているからな。俺だってやればできると、ナミに見せてやろう。ただ、やらないだけなのだ!

 

「心配しないで下さい……なんて、言っても無駄でしょうね。ならこう考えてください」

 

 俺は空に舞ってナミの手から逃れ、胸を張ってこう言った。

 

「私は臆病ですから、危なくなったら逃げだします。逃げ足で私に敵う奴なんてこの世にいません。私一人で戦う以上、私に敗北はありえません。……あ、敗走は戦略的撤退、という事で」

 

 止めても無駄だと悟ったのか、どう止めればいいかわからないからか。ナミは言葉を返さない。

 ルフィやゾロとずっと一緒にいた俺は、すっかりあいつらに染められてしまった。

 だからきっと、こういう所も既に染められてしまっていたのだろう。

 何を言われたって。自分の意思でやりたいと思ったのならば、決して止まりはしない。

 

「……泣かないでください。もうナミが泣く必要なんて、無いのですから。次に会うときは、いい笑顔を一つお願いします」

 

 俺は、今の俺ができる最高の笑顔を見せ、ナミの前から姿を消した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺は天高く舞い上がり、地上を見下ろす。

 地上には、果てなく広がる海が続いている。

 海の機嫌を伺うように時折ひっそりと島々が顔を出し、更にその自然の隙間を縫うように町が造られている。

 町の様子は、様々だ。明るい町、元気な町、暗い街、活気の失われた町。貧しくとも笑顔の耐えない町、裕福だが生命力に乏しい町。

 

 さて、アーロンはどこにいるかな?

 話自体は、アーロンをぶっ飛ばしに行くとの伝言ついでにヨサクとジョニーから聞いている。

 コノミ諸島にアーロンパークを構えている事も、コノミ諸島の場所も、アーロン自身の事も。

 おおよその場所さえわかれば、目印があるから見つかるだろう。

 

 ……お、目印(アーロンパーク)発見。

 あとは向かうだけだが……アーロンとはどう戦えばいいかな。

 力を炎や雷に変換すると飛びながら攻撃できないが、変換しないと威力調整ができず周辺の町ごと吹き飛ばしてしまう恐れがある。

 やはり、近接戦闘がベストだろうか。

 しかし、俺はクロに苦戦するレベルだ。近接戦闘でアーロンに勝てるか?

 

 俺が少し迷っていると、俺の周りに漂う精霊達が自己主張を始めた。

 うん? いや、その手ももちろんあるんだけどさぁ。

 それが一番単純なんだけどさぁ。

 体の感覚が変わっちゃうと、うまく動けないかもしれないしー?

 それに初めてはやっぱり、怖いしー?

 

 精霊達は、俺の言葉を無視して俺の体に入ろうとしてくる。

 あっ、やめて、無理やりはやめて! わかった、わかったから!

 

 覚悟を決めて、俺の体をツンツンしてくる精霊達を体の中に迎え入れた。

 上空の遥か彼方からケタケタと笑い声が響いてくるが、とりあえず無視だ。お前の事など知らん。

 強烈な眩暈が俺を襲う。手を伸ばせば、水平線に掛かる雲にすら手が届きそう。

 実際に手を伸ばして握ってみると、俺の手に潰された水蒸気が拳から零れ、空中に渦を作った。

 どうやら、雲がある場所まで転移したようだ。手を伸ばしたら届きそうだと思ったのは、錯覚ではなかったらしい。

 

 今更だが、本当に人間をやめてしまったんだな。

 少し悲しい気もするが、受け入れるさ。

 この力があれば、仲間を救う事だってできる。いい事じゃないか?

 周りに流され、ただ進むだけでなく。自分の意思で、進む道を決めることができる。

 それは、力がなければできない事だ。

 

 視線を遮る邪魔な雲を吹き散らし、俺は視線を再びアーロンのいる島に向けた。

 

 さて、準備は整ったし、行くとしよう。

 首を洗って待っていろ、アーロン。

 

 

 俺は、島の上空に転移した。

 

 




空襲警報発令。
ヒャッハー無双させたい気も少ししますが、本作は無双成分は自重気味です。
でもゲージ(精霊)が溜まったから、無双乱舞一発だけなら撃ってもいいのよ?


・番外編
クリーク「……? ……ッッ!? ~~~~!????? ――――???????」



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第10話 この世界で、たった一つの(3)

アーロン戦に突入すると思った?
残念、まだでした!

ごめんなさい。
睡眠不足なので変なテンションでお送りしております。
明日になったら前書きを修正しているかもしれません。


あと、ちょっと遅いけど『ノゲノラを知らない人のため』の注釈を第一話に追加しておきました。
知ってる人は、まぁ、見なくていいんじゃないかな。うん。
こっちも変なテンションです。
明日になったら(ry




 さて、島に転移したはいいが。

 これは、どうすべきかな。

 

 眼下に広がる海沿いの町中で、海軍と魚人が戦っているのが見える。

 何故だか、町の建物は全てひっくり返されていた。

 当然住人の気配などなく、町にいるのは争う海兵と魚人のみ。

 

 今はアーロンの元に一直線だとも思ったが、思い直す。

 アーロン倒した後、海軍必要じゃね?

 最悪、他の海賊が来て再びこの島を支配するだけになる可能性だってある。この島には、戦力が必要だ。

 魚人と戦っているという事は、あの海兵達は当然この島を取り戻すために戦っているのだろう。

 魚人を相手に命がけで戦うような奴らだ。島の平和を取り戻すためには、ここで消えてもらっては困る。

 

 でも俺は海賊だし、海軍助けるのもなー。

 ……いやいや、違う。ルフィ達の何を見ていたんだ。言葉の定義に囚われすぎだ。

 何者にも囚われない。それが海賊じゃないか?

 

 それに、俺はこれ以上、我慢できそうにない。怒りゲージは振り切っているのだ。

 ナミを泣かせた野郎共をぶん殴りでもしないと、腹の虫が収まらない。

 どうせアーロンの後に倒すことになるのだ。今やってしまってもいいだろう。

 

 

 

 俺は、戦場のど真ん中に降り立った。

 それと同時に、天にかざした右手を力を込めて振り下ろす。

 その結果、俺の周りにいる魚人達は見えない何かに押しつぶされて地面にめり込んだ。

 

 うん、今の攻撃はいいな。

 ただ押すだけだからイメージを練りやすく放つのに時間が掛からないし、炎や雷と違って効果範囲もきっちり絞れる。 

 

「な、なんだてめぇは!!」

 

 やや離れた位置で海兵と戦っていた魚人が、俺に敵意の篭った眼差しを向けた。

 

「あなた達の敵です」

 

 それだけ言うと、俺はすれ違いざまにその魚人の顎をかちあげて沈黙させる。

 

「速い……!? 囲め。ただし、固まるなよ!」

 

 魚人達が俺に向けて包囲網を敷こうとするが、見よう見まねとはいえクロの動きを練習した俺に対応できるはずもなく。

 瞬きする間に、魚人達はその数を半分以下にまで減らしていた。

 

「ぼさっとするな! 倒れた魚人を取り押さえろ! 敵の退路を塞げ! 体勢を立て直す余裕を与えるな!」

 

 海兵の側も動き始めたようだ。

 どうやら俺の事はスルーする事にしたらしい。

 

 

 俺は次の獲物として、前に出てきたテカテカ光る魚人に狙いを定める。

 先ほど魚人達に指示を出していた奴だ。おそらく幹部クラスだろう。

 魚人は、俺の攻撃に反応すらできていないようだ。

 

「ッッ!? 違うっ」

 

 些細な違和感。

 俺は攻撃を取りやめて相手の脇を通過し、上空に一旦退避する。

 振り返って見ると、俺が攻撃しようとしていた相手は海兵だった。

 

 なんだ? 何が起こった?

 今のシーンを思い返してみる。

 

 俺は、確かに魚人に向かっていた……はずだ。

 だが実際には別の相手に向かっていた。

 

 何かされたのは確かだが、その正体がわからないな。

 俺は、俺に何か仕掛けたであろう魚人を見下ろす。

 

 こんな奴につまずいている場合ではない。

 もう一度だ。

 違和感はあった。その違和感の正体を掴むのは、そんなに難しくないはず。

 

 もう一度敵に向かって進むと、違和感の正体がはっきりした。

 距離だ。

 俺が進んだ距離と、俺の目に映る風景の移動が一致していない。

 

「……鏡、か」

「ほう。こんなに早く気づかれるとはな。そうとも、俺はミラミラの実を食べた、鏡魚人!! 俺が周囲に吐いた霧により、あたり一帯の光は、俺の意のままに屈折・反射する! 俺の敵は、俺の姿を直接見ることすらできずに敗れ去るのだ!!」

 

 バァーンとポーズを取り、ペラペラと自分の能力を暴露するミラーマン。

 おい、それやられ役のセリフだぞ。

 

 だが、魚人が悪魔の実の能力を得ているなんてのは、確かに厄介だ。

 力押しでどうにかできない相手は、俺は苦手なのだ。

 最悪、海兵ごと纏めてぶっ飛ばせばいいと言えばそれまでなんだが。

 

 ……あれ、魚人?

 悪魔の実を食べたら、カナズチになるんだよな?

 

 

 俺がジト目を向けると、ミラーマンは遠い目をして、語る。

 

「おれは、この異形なる能力を得た代償に、故郷を失った……」

 

 フッ、と。悲しげに笑い。

 哀愁を浮かべた瞳で空を見上げるミラーマン。

 

 お前、アホだろ。

 異形とか関係ないわ。

 人がせっかくシリアスモードに入ってるのに、ギャグに引き戻そうとするんじゃない。

 

「ていっ」

 

 俺は、ミラーマンに向けてレーザーを放った。

 

「あっつぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?」

 

 火達磨になって絶叫を上げるミラーマン。

 それと同時に、レーザーの熱を受けた霧は完全に蒸発し、周囲の視界がクリアになった。

 

 ふはははは、そこか。見つけたぞ。

 いくら光を屈折させようが、光が屈折した先にお前は居るのだ。

 つまり、光で攻撃したらお前の能力は無意味だ。

 反射されそうでちょっと怖かったけどな!

 

 俺はミラーマンの元まで飛び、そのままの勢いでとび蹴りを食らわせミラーマンを撃破した。

 

 

 

 

 残党の処理を終えると、海兵の指揮官であろう人物が俺に接近してきた。

 

「私は海軍第77支部准将、プリンプリン。まずは、私の部下を救っていただいたお礼を言わせていただきたい」

 

 そういって、頭を下げる准将。

 プリンプリンて。

 人の名前をとやかく言う気はないが、その名前はさすがに……

 

「お礼はいいです。それより、怪我人の手当てを先にしてしまいましょう」

「ああ、そうだな。かたじけない」

 

 俺は手近な海兵を回り、怪我の手当てをする。

 幸いな事に、死者はいないようだ。お前ら頑丈すぎだろ。

 

 しかし、いくら頑丈だといっても魚人達に立ち向かうのはどうなんだろう。

 俺が介入しなければ、こいつらは確実にやられていただろう。

 命を懸けて、分の悪い勝負をする。

 大切な人のためならまだ理解できるが、おそらく見ず知らずの人達のために、この海兵達は戦っているのだ。

 俺にはその気持ちが理解できない。

 

 気になった俺は、腕を怪我した海兵に包帯を巻きながら、戦う理由を問いかけた。

 理由を語るのが恥ずかしいのか、赤面して俺から視線を外しつつではあるが、海兵は俺の問いかけに答えてくれる。

 

「えっと……少し恥ずかしいんですが。結局は、自分のためなんです。俺には、夢がありまして」

「夢?」

「ええ。俺は、船が好きなんですよ。いつか、女房と子供を連れて、のんびり船旅でもして過ごしたいなって……」

「へぇ、いい夢じゃないですか。私も船旅、好きですよ」

 

 俺の言葉を受けて、少し焦ったように海兵が続ける。

 

「で、でもそんなの海が平和じゃないと出来ないじゃないですか。だから、俺は海軍に入ったんです。少しでも、海を平和にしたくて」

 

 なるほどなぁ。

 自分と女房子供のために、この人は戦っているのか。

 なんだ、すごくいい人じゃないか? てっきり、俺最強ォォォなモーガンみたいな人達なのかと思ってたよ。

 でも、女房子供を残して逝くのは、頂けない。

 

「すごく良い夢だとは思いますが、女房子供を残して死んでしまうのは許せませんよ。夢を実現させるためには、あなたは誰にも負けないぐらい強くならなければなりせんね」

 

 残された側も残してきた側も体験してきた俺としては、死を選ぶような行動は許容できない。

 少し説教臭くなってしまうが、注意ぐらいはしておこう。

 

 と、会話を続ける俺達の後ろから、手当てを終えた海兵達が押し寄せてきた。

 夢を語った海兵は首に腕を回され、頭をぐりぐりされて絡まれている。

 

「おいケビン、その夢には致命的な欠陥があるぞ!」

「そうだ。お前にはまだ、女房も子供もいないじゃないか」

「こいつは、絶賛女房募集中なんだよ」

「どこかにいい嫁さんいないかなー。海兵の女房になるんだ、魚人をぶっ飛ばせるぐらいの強さが欲しいよな?」

 

 え、女房子供いないのかよ。まだ見ぬ女房子供のために戦ってたのかよ。

 俺、なんか偉そうに高説垂れてたんですけど。は、恥ずかしぃぃぃ!

 

 夢を語った海兵……ケビンと俺は二人とも顔を赤面させつつ互いの視線を外し、沈黙する。

 勘違いで説教とか、ないわー。

 沈黙は気まずいし、何か話題はないか。てか俺達に絡んでいる奴ら、ニヤニヤこっち見るだけじゃなくてなんか喋れよ。俺の自爆を見てニヤニヤ笑うなんて、お前ら性格わるいぞ。ケビンを見習え。

 

「ごめんなさい」

 

 話題が見つからなかった俺は、とりあえず先程の説教を詫びた。

 すると、ケビンは何故だか項垂れた。

 

 何だ。なぜ落ち込む。

 よくわからないが、とりあえず慰めておくか。

 

 手当てを終えた俺は、ポンとケビンの胸を叩いて立ち上がった。

 

「手当て完了です。素敵な夢なので、ぜひ叶えてください。……あ、その前に素敵な奥さんを探さないといけませんね」

 

 そう言って、俺は次の負傷者の元に向かう。

 後ろでは、振られたなぁとケビンをからかう声が聞こえた。

 うん? 振られたって何のことだ? 俺が振ったのか? 特に何も誘われてなんかなかったが。

 

 

 どういう事だろうと先程のケビンとの会話を思い返していると、ふと唐突に思い出した。

 俺が前世で最後に願った内容も、ケビンと似たようなものだった。

 なんだ、みんな考える事は一緒なんだな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 負傷者の手当てを終えた頃。

 海のほうから人影が近づいてくるのが見えた。

 それに気づいた准将が人影の方に歩み寄り、海兵達の先頭で立ち止まってその人物を迎える。

 

 

「これはこれは。ネズミ大佐ではありませんか。こんな所まで、どんな御用で?」

 

「……どんな用か、だと? ふざけているのか? 余計な真似をして部下を負傷させるとは、とんだ無能だ。これ以上、この島に手出しはしないで貰おう」

 

 人影……ネズミ大佐の言葉を聞いて、准将の部下が怒りの空気を放つ。

 だが、准将は手を挙げ、部下を制止した。

 

 と思ったら、次の瞬間には准将がネズミ大佐を殴り飛ばしていた。

 海兵達から、喝采が巻き起こる。

 

 おい。

 自分が殴るからいらないって意味かよ。

 

「な、なにをする!!」

「何をする、だと? それはこちらが聞きたいな。お前は、ここで何をしているのだ? この、海賊が支配する島で。海軍支部の大佐が、いったい何をしているというのだ?」

 

 一瞬言いよどむネズミ大佐だが、殴られた頬を押さえて上半身を起こし、再び准将に向かって怒鳴り散らした。

 

「余計な真似をして、余計な面倒を起こすな! ここは我々の管轄だぞっ。他支部の人間がここで、好き勝手にしていいはずがない!!」

「いいや、していいのだ。我々は、この島の住民を救う任務を、本部から直々に承っている。その障害となる貴様を排除するのに、なんの問題がある?」

 

 准将はネズミ大佐の胸倉を掴んで引き起こし、額がくっつくほど顔を近づけて大佐を睨みつける。

 

「お前がアーロン一味と通じ、私腹を肥やしているのは知っている。気づかれないとでも思っていたのか? このことは、本部にも連絡してある」

 

 言葉をなくすネズミ大佐。大佐が再び言葉を発する前に、准将は大佐に頭突きを食らわせて失神させた。

 え、それ自分も痛くない?

 

「連行しろ」

「「ハッ!!」」

 

 海兵達は嬉々として准将の言葉に従い、大佐を縄で縛って魚人達と共に連行する。

 それを見届けていると、准将は俺の前に進み出て、唐突に土下座をかました。

 

 ……え、何ですか? いきなりそんな事されても対応に困るんですけど。

 

「我々には、正義を成す力がない……なさけないことに。だが、正義は成さねばならない。苦しむ人々の声を、我々は見過ごすわけにはいかないのだ。すまないが、たのむ。このとおりだ。アーロンを倒すためにその力、俺たちに貸してくれはくれまいか!」

 

 地面に額を付けたまま、准将が俺に懇願した。

 准将は、本気でこの島の人々を救おうと思っている事が伝わってきた。

 そのためなら、命すら惜しまないだろう。

 

 

 だが断る。

 

 そのうちナミやルフィ達も来るだろうから、悠長にやっている暇は無いのだ。

 この島は、意外とバラティエから近かった。下手をすれば明日を迎える前に着いてしまう。

 

「アーロンは私が一人で倒します。それが、私のやるべき事です。皆さんは住民の手助けをしてください。それが、皆さんが成すべき役割です」

 

 俺の言葉に顔を上げた准将は、その目に涙を浮かべていた。

 断られたからではなく、なんだか感極まったという表情だ。

 

 なんだこいつ。

 断られて喜ぶとか。

 この世界にはドMしかいないの?

 ドMは病気ですよ。早期の治療をお勧めします。

 

 俺は、准将への評価をほんの少しだけ下方修正した。

 少しだけで済ませるとか、俺もドMに対して寛容になったものだ。

 

「お名前は!?」

 

 続いて名前を聞かれたが、答えることはできない。

 一応海賊だし。手配とかされてるかもしれないし。

 名前を答える事はできないと返すと、ドM准将は目をうるうるさせて喜んだ。

 もうやだこいつ。

 怒られたいなら俺じゃなく、上官に怒鳴ってもらえよ。

 俺はもう行く。さらばだ。

 

 海兵達は、なぜか最敬礼をして俺を見送った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 海兵達と別れて、半刻ほど。

 俺はアーロンを見つけた。

 どうやら、取り巻きを引き連れて小さな漁村の住民達をいびっていたらしい。

 

 くそ、勢いあまってアーロンパークに突撃してしまったじゃないか。

 「アーロン、お前を倒しにきた!」と宣言しつつ突入したら、ほとんど誰もいなかった。

 留守番であろう、一人だけぽつんと佇んでいた魚人に「あ、アーロンさんなら留守です」と普通に返答された時の俺の気持ちは筆舌に尽くしがたい。

 おのれアーロン、ゆるすまじ。

 

 

 思い出しただけでカ~ッと赤面する頬を叩いて気持ちを落ち着かせ、俺は村を見下ろして様子を伺う。

 海に面した森を切り開いてぽつんと作られた漁村の広場に、いかつい魚人達と痩せこけた村人達が集まっていた。

 

「こいつはゴサの町の生き残りだ。俺に逆らったばかりか、海軍までこの島に呼び込みやがった。明確な反逆罪だ!」

 

 アーロンは手に持った中年男性を掲げ、村人達に宣言している。

 

「そして、そいつを匿ったお前達にも、罪がある。よって、罰を与えよう!」

「そ、そんな……」

「無茶苦茶だ……!」

 

 村人達は小さく毒づくが、アーロンに直接抗議はしない。

 

「とはいえ、俺も鬼じゃあない。救いの手を差し伸べようじゃないか。……今この島には、海軍の連中が来ている。そいつらの首一つごとに、お前らの命一つを助けてやろう。なに、難しい話じゃないさ。素直に事情を話せば、首を差し出してくれる海兵だっているかもしれないぞ? あるいは騙まし討ちをするか……それとも、座して死を待つか?」

 

 アーロンは、誰一人動こうとしない村人達を見やりながら続ける。

 

「……ああ、つまらん。まどろっこしい。率直に言おう、くだらねぇ人間共よ! 俺を楽しませてくれたらその命、助けてやろうじゃないか。シャーッハッハッハッハ!!」

 

 歪んでいるな。

 こいつがこんなになってしまったのにも、色々と理由はあるのだろう。

 だがそんなもの、俺には関係が無い。

 むしろ、こうやって突き抜けてくれたほうが倒しやすいというものだ。

 

 アーロンが、その手に持った男性を空高く放り投げた。

 このまま放っておけば死んでしまうだろう。

 俺は男性を空中でキャッチし、恐る恐るありがとうと口にした男をゆっくりと地面に降ろした。

 突然現れた俺に、アーロンは眼を細めて問いかける。

 

「能力者……か? なんだお前は。海兵にゃあ見えねぇが」

「海賊です」

 

 アーロンが俺の方に向き直る。

 

「ほう? で、その海賊が、何の用でここに来た?」

「あなたを、倒しに来ました」

 

 俺の言葉に、アーロンの取り巻き達が動きを見せた。

 だがそれを手で制し、会話を続けるアーロン。

 

「……なんのために?」

「仲間のために。ナミを、助けるために」

 

 剣呑な気配を放っていた魚人達の空気が一気に弛緩し、中には笑い出す者もいた。

 

「シャーッハッハッハッハ!!」

 

 その中でも一際盛大に笑っているのがアーロンだ。

 ひとしきり笑った後、わずかに笑いを漏らしながら再び会話に戻る。

 

「あー、お前、ナミに騙された口か……クク、可愛そうに。だが残念だったな。ナミは自分の意思で俺達に従っているんだ。力のねぇ人間共を見限って俺達に付いたナミは、頭がいい」

「無理やり従わせているだけでしょう」

「それがどうした! 力のねぇ屑共は、自分の生きたいように生きる事もできねぇ。それがこの世界だ。屑共は、力のある奴にすがって生き延びるしかないのさ! 感謝して欲しいくらいだ、俺達の()()にしてやってるんだからな」

 

 アーロンの言葉に、俺の中の何かがビキリと音を立てて崩れたような気がした。

 

「そんなもの、仲間とは呼びません」

 

 俺は、アーロンの元に進み出る。

 

「ナミは、私達の仲間です。だから、助けるんです」

 

 俺は、歩みを止めない。

 

「シャハハハハ!! 助ける、だと!? 笑わせる。群れるしか脳のねぇ下等種族が、たった一人で! 一体どうやって、ナミを助けると言うんだ。言ってみろ!!」

 

 アーロンの顔面が歪む。

 笑ったからではない。

 俺が、アーロンの横っ面をぶん殴ったからだ。

 

 その巨体が村の周囲にある森に激突する。木々が折れる音が、周囲に響き渡った。

 

「ア、アーロンさん!?」

「てめえーーーーッッ!!」

「いきなり何しやがる!」

 

 いきり立った魚人達が襲い掛かってくるが、俺は指先を地面に向けてクンッと押し下げる。

 たったそれだけで、魚人達は地面に押しつぶされ無力化した。

 息を吸い、気合を入れる。

 さぁ、始めようか。

 

 

「さっきも言った。……簡単だ。お前を倒せばいい」

 

 

 俺はアーロンを指差し、そう言った。

 




今更ですが頂上決戦以降は単行本持ってないので、話の確認が出来なかったりします。
デッケンって、「悪魔の実の能力者だけど魚人だから泳げる」なんて事は……なかった、はず。
そもそも、まっとうな能力者ではなかった気もしますが。


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第11話 この世界で、たった一つの(4)

第1話のフラグをいくつか回収。

ジンの独白、正直ここまでやるつもりはありませんでした。
ジンさんまじポエマー。
反省して頂きたいものですね。

戦闘描写が薄い?
書くのを諦めました。



「いい度胸だ。俺の前で、そんな啖呵を切れるところだけは評価してやる」

 

 俺の一撃を受けても、なんでもなかったかのように立ち上がってこちらに歩みを進めるアーロン。

 強いと思ったクロでも、今ので終わったんだけどな。

 ずいぶんと頑丈な体をしていらっしゃる。

 

「俺も一つ、宣言しよう。お前は死ぬ。俺の手によって、八つ裂きにされてな」

 

 アーロンは周囲に倒れた魚人達を一瞥し、血走った目で俺を睨んだ。

 先程までいた村人達は、俺がアーロンをぶん殴った時点でみんな退散している。

 俺とアーロン以外立っている者がいない村の中をゆっくり進むアーロンだが、俺はそんなの待たない。

 アーロンに向けて腕を伸ばし、電撃を飛ばす。

 

「シャハーーーッッ!」

 

 命中したかと思ったが、アーロンは水煙のようなものを吐いて電撃を逸らした。

 え、何それ。意味がわからん。

 

「……なかなか、面白い真似ができるようだな?」

「いえいえ、今のあなたには及びません。なかなか面白かったですよ。酒場の酔っ払いオヤジが良くやる奴の真似ですよね、それ」

 

 別の攻撃を試そうと再び手を伸ばす俺だが、今度はアーロンが動いた。

 巨体に見合わぬ素早さで俺の前まで踏み込むと、その手で俺を掴もうとしてくる。

 俺は攻撃を取りやめ、初速の速さを意識してアーロンの後ろに回りこんだ。

 クロの真似だ。目の前でこれをやられて動きを追える奴は、そうはいない。アーロンには俺の姿が消えたように見えたことだろう。

 渾身の攻撃を無防備な背中に叩き込むが、アーロンは俺の攻撃を利用してその場でクルリと回転すると、今度こそ俺の脚を掴んだ。

「大したパワーとスピードだ。耐久力の方はどうかな?」

 

 アーロンは俺を頭上に掲げるように腕を高く上げた。

 

「地ならしするには、ちょうどいい大きさだッッ!!」

 

 アーロンが俺を地面に叩きつける。一度、二度、三度。

 衝撃で息をカハッと吐き出す。

 痛みは無いが、人の体を使って好き放題されるのは気分が悪いな。なんだかイライラがつのってくる。

 俺は、アーロンの顔面に蹴りを入れた。が、アーロンは鼻で俺の蹴りを受け止めた。

 

「自慢の鼻だ。お前ごときにどうにかできるとでも? 能力で強化されているようだが、所詮は下等種族。まるで効きやしねぇよ」

 

 俺は蹴りでどうにかするのを諦め、体に電撃をまとった。

 すると、さすがのアーロンも俺から手を離す。

 が、今度は逆の手で俺の腹を抉り、殴り飛ばした。

 俺は森まで吹き飛ばされ、木に激突して停止する。

 

 体を起こすと、既に目の前にいたアーロンから蹴りを喰らい、俺の体は再び木に押し付けられた。

 髪を掴まれ、頭を木に叩きつけられる。

 幾度にも渡る衝撃に耐え切れなくなった木が折れ、村はずれの小屋に激突し屋根を破壊した。

 

「つぶれろ」

 

 俺はアーロンに指を向け、魚人達に食らわせた攻撃をアーロンに向けて放つ。

 しかし、アーロンは潰れない。さすがに動きは止まったようなので、その隙に俺はアーロンの手から逃れ、距離を取った。

 

 

 

 ……どうにも、うまくない。

 俺は頬に付いた木屑を払いつつ、考えた。

 

 精霊達から力を借りて相当強化されているはずなのに、これでは以前と変わらないじゃないか。

 これはつまり、せっかく借りた精霊達の力を使えていないという事だ。

 それになんだか、出せる力自体にもばらつきが多い気がする。

 最初の一撃はアーロンを吹き飛ばせたのに、二撃目は大して効かず、三撃目に至っては身じろぎすらさせられなかった。

 また、容易に体を掴まれるのも問題だ。クロならそんな下手を打つ事はなかっただろう。

 

 ……いや。上手いとか下手とか、関係ないのかもしれない。

 イメージ通りに動く事は出来ているのだ。

 それでも押されるのは、相手が俺の常識を上回るから。

 

 常識なんて、捨ててしまえ。

 初めて空を飛んだ時の感覚を、転移した時の感覚を思い出せ。

 それらは、精霊達の力を使って実現しているはずだ。

 過程なんていらない。俺が出来ると信じれば、それは叶う。

 

 

 

 アーロンが俺の目の前まで突進してきて、その大きな腕を振りかぶる。

 俺を殴ろうとしているのだろう。

 

 俺はただ、その動きをぼんやりと眺めた。

 アーロンが腕を伸ばしてくる。

 先程まではあれほど早く感じた動きが、スローモーションのようだ。

 もはや、俺に腕を差し出しているようにしか見えない。

 俺は、その腕を掴み。そして。

 

 

 握りつぶした。

 

「ぐあァァァァァッッ!?」

 

 戦いが始まってから初めて、アーロンが苦悶の声を上げた。

 悲鳴を聞いた事で、気分が高揚する。狂った感覚をありのままに受け入れる事で、心まで化け物になりつつあるかのよう。

 

 続いて、俺はアーロンを蹴り飛ばしに掛かる。

 俺の顔には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。

 ふと思いついた俺は、蹴り方を少し変える事にする。

 今までのように、ただ蹴るのではなく。

 魚人達を地面に沈めた時のように、明確な破壊の意思をのせて。

 

 吹き飛べ、アーロン。

 

 効果は大きかったようで、アーロンは村を飛び越え、森の木々すらなぎ倒しながら吹き飛び、暗い森の中へ姿を消した。

 ……ああそうか、ようやくわかった。

 俺の体は、筋肉で力を出しているわけではないのだ。

 言ってしまえば、目に見えている俺の体なんて飾りみたいなもの。

 大事なのは、精霊の力をどのように世界に干渉させるのか、イメージする事だったんだ。

 なるほど、道理で。俺がアーロンを強いと認識すればするほど、うまく戦えないのは当然の結果だ。

 俺がアーロンを圧倒しているシーンを、イメージできずに戦っているのだから。

 

 

 

「下等な人間が、何をした……」

 

 木々に光を阻まれ真っ暗な森の中で、アーロンは伏せていた顔を上げ、こちらを睨む。

 その目はギラギラと輝き、正気すら失っているのではないかと思わせる色を浮かべていた。

 

「下等な人間が、この俺にッ!! 何をしたァァァァァァ!!!」 

 

 体を引き絞り、木々のしなりをも利用し、アーロンが矢のようにこちらに飛んでくる。

 

「シャーク・オン・ダーツ!!」

 

 俺はその攻撃を、アーロンの鼻を手で掴む事で受け止めた。

 高速で飛来するアーロンの巨体を小さな女性の体で受け止めたというのに。

 先程アーロンに殴り飛ばされた時と違い、俺の体は微動だにすらしなかった。

 常識で考えれば、ありえない事だ。

 

「!? バ、バカな……」

「……これがご自慢の鼻、ですか? こんな物で、お……私がどうにかできるとでも? お前の攻撃、まるで効きやしない」

 

 意趣返しにアーロンの言葉を借りて煽りつつ、俺はアーロンの鼻を握る手に力を込め、ご自慢の鼻とやらを事も無げにボキリとへし折った。

 

「ガッ、アアアアアアッッ!!」

 

 鼻が折れるのにも構わず、今度は俺の首筋に噛み付いてくるアーロン。

 だが、歯は通らない。

 俺の体に、アーロンの攻撃は通じない。

 

 俺は、アーロンの首を掴んで無理やり引き剥がした。

 空中にぶら下げるつもりで腕を上げたが、俺の身長では手を上げてもアーロンの足を地面から離すことは無理なようだ。いまいち格好がつかないな。

 

「き、貴様ッッ、なんだその体は。ありえないだろう、その頑強さは! お前は一体何なんだッッ!!」

「……天翼種、という奴らしいですよ? 私も詳しい事はわかりませんが」

「天……? おまえは」

 

 と、地面に伏せていた魚人の一人が立ち上がり、俺の脚に抱きついてきた。

 

「アーロンさん、今です!」

「お、うおおおおおおおおッッ!!」

 

 魚人をうっとおしがって振り払おうとすると、それを待っていたのかアーロンは俺を抱え込む。

 必死の形相で雄たけびを上げて向かう先は、海。

 アーロンは俺を抱えたまま、海底へと向かって突き進む。まるで、何かから逃げるように。

 

「シャッハハハハハハ!! 油断したな、能力者。どんな強力な力を持とうが、海ではその力を発揮できまい!!」

 

 アーロンの勝ち誇る声が続く。

 

「どんな力を得ようが、所詮は人間だ! これが、種族の差と言うものなのだッ。シャーッハッハッハッハ!!」

「てい」

「ぐべっ」

 

 耳元で大声を上げられるとうっとおしいので、俺はアーロンにボディーブローをかまし、うるさい口を塞いだ。

 いつから俺が悪魔の実の能力者だと錯覚していた?

 

 種族の差とか、俺が一番自覚してるんだよ。

 まともに殴り合いすらしたことがなく、最後はずっと寝たきりで過ごしてきた俺なのに。

 全力で戦えば、ルフィにだって、ゾロにだって負けはしないだろう。

 果てのない努力を繰り返しているあの二人に、俺は種族が違うというだけで圧倒してしまえる。

 俺はもう、人間ではない。

 

 

 ……よく考えてみれば、アーロンと組み合ってるこの状況は都合がいいな。転移ができるようになったんだから、初めからこうすればよかったんだ。

 もはやこのままでも倒す事はできるだろうが、せっかくだ。俺の全力を、味わってくれ。

 

 俺は、上空からこの島を見たときの風景を思い出す。

 俺の体は、空を飛んでいる。眼下は海。正面には、アーロンパークがぽつんと立っている。

 時間をかけてそのイメージを固めると、俺の体はそこに転移していた。

 

「は……?」

 

 状況がわからず呆然とするアーロン。

 そりゃあそうだろう。漁村から海の中に飛び込んだと思ったら、次の瞬間には空の上。アーロンの目には、アーロンパークやコノミ諸島も見えていないかもしれない。見渡す限り、海ばかりというわけだ。

 俺は呆然とするアーロンをポイッと放り投げ、遥か果てなく広がる世界を見渡した。

 

 

 

 これが、俺が前世で見たいと想った風景。

 こうしてみると、やはり世界は広い。映像で見るのとは大違いだ。

 俺は手を広げ、上空の冷たい風をその身に受ける。頬を撫でる風が、高揚した気分を落ち着けてくれた。

 あの空の下を飛ぶ鳥は、いままでどんな風景を見てきたのだろう? 海を泳ぐ魚は、いままでどんな生活をしてきたのだろう?

 みんな、それぞれ異なるモノを見て来たはずだ。他の誰とも違う、自分だけの世界を積み重ねてきたはずだ。

 

 

 ルフィ達はこんな広い世界で、自分の夢を追い求めて走り続けているんだな。

 誰に馬鹿にされようと、自分の夢を追い求める。

 それは難しい事だろう。

 世界を広げなくても生きていけるのに、わざわざ困難な道を選ぶ事は無いと。口を揃えて、止められるだろう。

 

 でも、世界はこんなに広いのだ。

 世界には、未知が溢れているのだ。

 そして今も、世界は広がっている。

 この世界を生きる人達が、いろんな経験をした人達が。

 新たな未知を作り出し、世界を広げていってくれている。

 それを知らずに生きていくのは、なんだかとても勿体無い事だと思った。

 

 

 

 ――ああ、見つかった。俺の夢。

 いままで散々本にお世話になったのだ。

 なら少しぐらい。恩返しをしたって、いいだろう?

 

 

 俺の夢は、世界を旅して見聞きした事を、世界中の人々に伝える事。

 いろんな事を知り、いろんな話を聞いて、それを本に残す。

 海賊王を目指す理由、世界一の剣士を目指す理由、世界地図を描きたいと思った理由、海の戦士を目指した理由、海軍に入った理由。

 ……別に、大それた事じゃなくてもいい。

 おいしいスープの作り方、夜ぐっすり眠る秘訣、人をびっくりさせる話、楽しかった話、好きな人に告白する方法、告白する勇気を持つ方法。

 みんな、その人が生きた証。その人が積み重ねた経験の先にしかないもの。

 

 

 それは、この世界で、たった一つだけの。

 でも、世界中の誰しもが持つ。その人にしか生み出せない、世界のひとかけら。

 

 

 

 ……でも、夢を追い求めるのに一人だけ、というのは寂しいな。

 傍には、仲間がいてほしい。

 仲間と一緒に、この世界を見て回る。それは、どれほど素晴らしい事だろう?

 

 俺は仲間から、大切なものを貰った。

 

 生まれたときから、長く生きられない事が決まっていて。

 でも、俺よりそれを悲しんでくれている人達がいたから。

 その人達を、悲しませたくないから。なんでもないように振舞って。

 周りの人を悲しませないために、決められたルールに沿って生きる。

 まるで、自動運転の人形のような。そんな生活。

 そんな、色を失った人生が。死ぬまで続いた。

 

 そして不意に始まった、現実感のない二度目の生。

 俺は、みんながいなかったら死んだままだっただろう。

 自動運転のまま、まわりの様子を伺って。周りに流されて、ただ歩き続ける。

 そんな、二度目の人生を送っていただろう。

 

 でも今は、本当に心から笑えるんだ。

 俺がこの世界で、笑って生きていこうと思えたのは、ルフィ達。

 底抜けに馬鹿で、熱くて、かっこ悪くて、カッコイイ。俺の目には眩し過ぎる、みんなのおかげなのだ。

 俺は、生まれ変われたのだ。この世に、生を受ける事ができたのだ。

 俺の心を救ってくれたみんなには、感謝の気持ちでいっぱい。

 みんなは俺の、かけがえの無い仲間。

 この世界で生を受けた俺が得た、何物にも変えられない宝物。

 

 だから。

 

 

 

「だから、ナミは、返してもらう」

 

 俺は、海を押しのけるイメージを持って指を一閃させ、海を割った。

 余計な部分に被害が及ばないようにするためと、申し訳程度ではあるがお魚さん達が巻き添えを喰わないように。

 押すぐらいなら、飛んだままでも可能なようだ。

 真っ二つに割れた海はアーロンパークまで続き、上空から見るとまるで海に絨毯が敷かれたようにも見える。

 

 落下するアーロンが海底に激突した。

 よろよろと体を起こしたアーロンは地面にへたりこみ、呆然と俺のほうを見上げている。

 まだ動けるのか。頑丈だな。

 

「まさか、お前は……本物の……」

 

 本物? 俺に本物も偽者もあるものかよ。

 

 服から飛び出した光輪が、頭上で回転する。

 ある程度の回転速度に達すると、やがて光輪が脈動を始めた。

 辺りに心臓の鼓動のような音が響きわたる。

 脈動のたびに光輪がその大きさを徐々に増していき、階層がわかれ、空中に複雑な文様を描く。

 

 精霊達が俺の体を通り抜けていき、俺に更なる力を貸してくれた。

 異なる法則に従って生きる精霊達が、俺の体を通してこの世界に干渉を始めている。

 ただの翼だったものが、膨大な力を内包した光翼に変わり。時間と共に更に姿を変え、光の奔流に。

 

 

 これが、俺の体。

 今のこの世界ではおそらく唯一の、精霊の通り道。

 

 

 喰らえ。俺の一撃。

 

 

 俺は、頭上に手を掲げた。

 頭上の空気が捻じ曲がる。

 全てを洗い流してしまうような力の奔流を受けて、世界そのものが悲鳴を上げる。

 やがてその奔流は収束し、俺の手には一本の輝く光槍が生み出されていた。

 

 炎? 雷?

 そんなものにわざわざ変える必要などない。

 あれは、手加減するための工程。

 天の裁きは、概念や幻想すらをも打ち砕く。

 物理的な破壊力ではないのだ。

 俺が死ねと命じれば、お前は死ぬ。

 

 

「アーロン。お前は死ね」

 

 

 ――天撃。

 

 

 俺は、海に描かれた絨毯を塗りつぶすように槍を一閃する。

 槍から放たれた光は(あまね)く全てを照らし、世界は千切れ、壊れ、塵と化し、蒸発し、くっつき、生まれて、ひっくりかえる。

 光はアーロンを飲み込み、分かたれた海を飲み込み、俺の意思に従い綺麗にアーロンパークの地上部分を飲み込み。やがて跳ね返るように上空に伸びた光は、雲を、空をも飲み込む。

 アーロンのいた場所だけ、力の調整に少し失敗したのだろうか。俺の目を持ってしても底が見えないほど深い大穴が生まれ、そこに海水がなだれ込んでいく。

 延々と海水がなだれ込んでいく不思議スポットを作り出してしまったかと思ったが、穴の底から吹き出てきたマグマのようなものが海水と激突し、水蒸気爆発を起こしながら冷えて固まり、大地となった。

 

 爆発の轟音と吹き荒ぶ嵐の中、聞こえるはずのないちっぽけな言葉が俺の耳に届く。

 それは、アーロンが最後に残した言葉。

 

 悪魔。

 

 アーロンは、最後にそう呟いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 さて。

 俺は、幼女の状態で空をふらふらと飛んでいる。

 そういえば、力を使い果たしたら幼女化してしまうんだった。天翼種、なんてあざとい種族なんだ。

 

 いや、力を全部使い果たしたつもりは無かったし(槍を丸ごと投げつけるのではなく、力を少し放出しただけだ)……それに、天撃を放った後に力を補充すればいいやと思ってたんだよ?

 でも、俺の放った天撃にびっくりした精霊さん達が散り散りに逃げてしまったのだ。

 突然でっかい音を立てた時の猫みたいな感じ。

 抜かりのない俺でも、これは予想外である。この結果は、かのアイザック・ニュートンですら予見できないだろう。精霊さん達、状況わかってなかったのかよ。ノリで力貸してくれてただけかよ。

 

 おまけに、急激に力の量が変わったので残った力の制御もうまくできず、今の状態に至る。

 プールに長時間入った後に地上に上がると体が凄く重く感じると聞くが、おそらくそんな感じなのだろう。

 現在の俺は、精霊さん達のご機嫌を伺いつつ回収中だ。

 まだ残っている魚人達もいるだろうに、この状態は困る。

 

「もうこわくないよー、もどっておいでー」

 

 あ、なんかしゃべりにくい。

 幼女化しているからだろうか。舌足らずなしゃべり方になってしまう。

 天翼種、本当にあざとい種族だ。

 

 

 

 俺があたりを飛び回って精霊さん達を回収していると、ゴーイングメリー号を発見した。

 甲板には、船縁に腕と顔を乗せて伏せっているナミの姿が見える。

 おお、到着早いな。俺の予想より断然速い。さすがはナミ。

 さっそく、アーロンをぬっ殺した事を伝えに行こう。

 

 俺は、船縁の上に降り立ち、ナミに声を掛けた。

 

「ナミ、ナミ。おわりましたよー」

 

 俺の声にビクッと体を震わせて飛び起きるナミ。

 その目は、まるで信じられないものを見たと言っているようだ。

 

「……ジン、なの?」

「そうですよー、あなたの仲間、たよれるお仲間のジンちゃんです」

 

 おどけて言うが、ナミは涙を溢れさせながら俺に強烈なタックルを食らわせてきた。

 思わず変な声を漏らした俺を抱きかかえたまま、甲板に倒れこむ。

 

「ジン……生きてる? ジン……ジン! ジン……ッッ!!」

 

 肩を震わせて俺の名前を連呼し、すがり付いて泣き始めるナミ。

 ……おお、こんなに心配させてしまっていたのか。すまん。普段からもっと強そうな雰囲気出しておいたほうがよかったかな。

 

 俺はナミの頭を撫でながら、ナミの方を見る。

 って言っても、この状態だとナミの髪とうなじぐらいしか見えないけど。

 ……仕方ない。ナミが落ち着くまで、好きにさせよう。

 

 

 

 数分後。

 大分落ち着いた様子のナミだが、なかなか俺の体を離さない。

 

「……なんか、色々言いたい事はあるけど。とりあえず、なんで小さくなってるの?」

 

 ようやく踏ん切りが付いたのか、その言葉と共にようやく俺の体を解放。

 ナミは少し赤面して俺から視線を逸らし、バツが悪そうな空気を漂わせている。

 なにこれ可愛い。

 

「アーロンを倒すのに、力をつかいすぎてしまいましてー」

「アーロンを……本当に?」

「本当ですって。ナミにも見せてあげたかったですね! 私のゆーしを!」

 

 俺は、幼女状態のぺったんこな胸を張って答えた。

 いや、本当に勇姿だったと思うよ?

 俺にしては、出来すぎなくらいだ。

 

「まさか、本当に……倒しちゃうなんて」

 

 俺の言葉を受けて、呆然と呟くナミ。

 なんだか、心ここにあらずといった面持ちだ。

 と、次の瞬間。ナミはとんでもない事を口にした。

 

「……やっぱり、あんたって本物の天使なの?」

 

 ……やっぱり? やっぱりって何だ。

 ナミの中で、俺の存在はどんな物になっていたんだ?

 ナミがそんな態度に出るなら、俺はこんな態度で答えよう。

 

「何いってるんですか。へそが茶をわかします」

 

 ナミに殴られた。

 

「痛い! 幼女ぎゃくたいだぞ、この鬼ばばー!」

「はっ!? ごめんつい。……でもあんた、急に喋り方変わったわね。ちっさくなったから?」

「いいえ、素が出ただけです」

 

 俺は堂々と答える。

 ふははは、これが俺の素だ。何を恥じる事がある? 俺に恥ずかしい所など一欠けらもありはせぬわっ。 

 

「あんたの素って、そんなんなんだ……いや、そんな感じはしてたけど。言葉使いと言動の不一致というか、妙に毒を吐くというか」

「なんと、見抜かれていたとは。ばれてしまってはしかたがない、これからは素の自分で行くとしようか。がはは」

 

 ナミは、笑顔なのになぜかゾクッとする表情を浮かべながら、がしっと俺の頭を掴む。

 あれ、なんだ。力が強いぞ。

 幼女化しているから弱くなってるのか?

 それとも、ギャグ補正という奴だろうか。

 別れ際に笑顔をプリーズしたが、俺の求めていた笑顔はこんなのではない。

 

「女の子が、そんな言葉使いするのは駄目よー? あなたには、"教育"が必要なようね」

「教育などいらぬ。おれは、やっと自分の道を見つけたのだ。自分の道をつきすすむのだー」

 

 ぐぎぎと頭を掴んだ指を引き剥がそうとしながら言うが、取れない。なんだこれ。

 

「遠慮しなくていいのよ。これは、助けてもらったお礼だから。存分に受け取りなさい」

「ぎゃー! ちから、つよい! そんなお礼、いりますん」

 

 突っ込みどころを用意してやるが、ナミはスルーだ。煙に撒けない。

 

「おいこら、お前は芸人魂をどこにおいてきたんだ」

「だれが芸人よ。私は航海士よ、あんた達の船のね。大丈夫、安心して。子供の躾には自信があるの」

「その言葉のどこに安心する要素があるというのか。……あ、やめて。まじできつい」

 

 俺は力尽き、ぐったりとする。

 気分はまな板の上の鯉だ。

 

「おうぼーだ! たいぐーの改善をようきゅーする!」

「駄目ね。その要求は聞き入れられないわ」

 

 弱々と腕を突き出して抗議するが、ナミの意思は固い。

 ナミは、いままでに無いほど最高の笑顔を浮かべている。

 さっきも言ったが、俺の求めていた笑顔とはもちろん違う。

 

「さぁ、観念しなさい!」

「いーーーーやーーーーーーーー!!」

 

 俺は、ゴーイングメリー号の船室に引きずられていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 翌朝。

 近くの漁村に船を泊めた俺とナミは、アーロンパーク跡地に向かって歩みを進めている。

 

 幸いにも、俺の幼女化はナミの調教を受けている間に元に戻った。

 精霊達の一部が、ナミに調教されている俺を慰めに戻ってきてくれたのだ。

 なんていい奴らなんだ。爪の垢を煎じてあの鬼ババに飲ませてやりたい。

 

 ちなみに、俺の口調はナミの調教を受けて以前に近いものに戻っていた。

 俺、結構勇気出して素を出したんだけどなー。

 まぁいい。急いては事を仕損じる。

 徐々に、素の口調に戻していけばいいのだ。

 俺が耳をピコピコさせながらそんな事を考えていると、ナミがジト目を向けてきた。

 

「……言っとくけど、あんたが何考えてるか丸わかりだからね」

「なんと。ナミはエスパーな人だったのですか」

「あんたが分かりやす過ぎるのよ!」

 

 そんなやり取りをしながら俺達がアーロンパーク跡地に向かっているのは、ルフィ達と合流するためだ。

 どうやら、夜の間に(俺が調教を受けている間に……ううっ)追い抜かれてしまったらしい。

 

 

 

「ジン! ナミ!」

 

 廃墟になったアーロンパークの土台部分に腰掛けたルフィが、弾けるような笑顔を浮かべてこちらに手を振っている。

 その傍らには、ゾロ、ウソップ……と、サンジ? おお、仲間になったのか。

 おまけに俺が助けた海軍の連中や、島の住人であろう人達まで集まっている。

 そして、ちらほらと縄でぐるぐる巻きにされた魚人たちの姿も見えた。

 えらく賑やかなお出迎えだな。

 

「ケリは着いたのか?」

「……ええ、きれいさっぱり」

「なら、問題ないな」

 

 ルフィが、俺とナミの前にその両の手を差し出す。

 

「お前ら、俺と一緒に行こう!」

 

 俺とナミは顔を見合わせた後、ルフィのその手をそれぞれ握り、笑顔で答えた。

 

「もちろん。こちらこそ、よろしくお願いします」

「わかったわよ。なってやろうじゃない、海賊に」

 

 どういう風に話を聞いていたのか、海軍や島の住人達がワッと歓声を上げ、俺達を祝福する。

 サンジは俺とナミの名前を呼びながら小躍りしている。

 ウソップは今のやり取りの意味がわからなかったのか、頭にはてなマークを浮かべた。

 ゾロは、気づいていたようだ。俺が自分の意思ではなく、ただ流されて付いて行っていただけだった事を。

 

 おのれ。ゾロの癖に生意気だ。

 俺は、恨みがましい視線をビビビと向ける。

 すると、ゾロは笑いながら言った。

 

「……ああ、わかるさ。お前の事だからな」

「え、何ですか。口説き文句ですか。そんな口説き文句で私を落とせると思ってるんですか。まずは常識という言葉の意味を理解してから出直してきてください」

「口説いてねぇよ!! はったおすぞ!!」

 

 クワッという効果音が聞こえるぐらいの勢いで俺に口答えするゾロ。

 ふふふ、俺を張っ倒せるものなら張っ倒してみるがいい。

 

 と、俺はゾロの体に残った傷口に気づいた。

 

「な……なんですか、これ。とんでもない事になってますけど」

「いや、これは、な。その……」

 

 急にしどろもどろになり、ゾロは焦りの表情を見せる。

 俺は、諦めたように溜息を吐いて言葉を続けた。

 

「……無茶をするなと言ってもどうせ聞かないでしょうし」

 

 過ぎた事は仕方が無い。

 だが、毎回こんな怪我をされたらこっちの身も持たない。

 

「毎回大怪我されたら、心配で夜も眠れません。怪我をしないぐらい強くなって下さい。……世界一の剣士に、なるんでしょう?」

 

 俺は、ゾロの額をコツンと叩いて言った。

 

「……ああ。わかってるよ」

 

 ゾロは、ニッと不敵な笑みを浮かべて宣言する。

 

「俺はもう、誰にも負けねぇ」

 

 その言葉に満足し、俺はゾロの額から手をどけた。

 

 

 

 

 こうして俺は、麦わらの一味の仲間となった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そういえば。

 前世の俺が最後に願った内容を言うのを忘れていた。

 

 俺が短冊に書いた願いは「世界中を旅してみたい」だった。

 我ながら、月並みな願いだなーとも思わなくも無いが。

 しかし、本で読むのと実際に自分の目で見るのでは、受ける印象も違うだろう。

 また、世界中を旅してからなら、再び同じ本を読んでも感じ方が変わるに違いない。

 同じ言葉であっても、それに込められた意味や重さが変わる事すらある。

 成長したという事だ。経験を積み重ねた事で、自分の世界が広がったという事だ。

 憧れるじゃないか?

 

 巡る世界が違うとはいえ、こうして願いが叶っている辺り、あの神様達も結構神様らしい事をやっていたらしい。

 中二病全開の患者とか思っててすまんかった。

 

 俺は、この世界に来た時に服に突っ込まれていたメッセージカードを取り出す。

 装飾過多なカードに書かれているのは、たった一行のメッセージのみ。

 メッセンジャーの名前を書く欄は、空白となっている。

 書かれている内容はこうだ。

 

 "世界を繋げ。汝が、この世で生を得たいと願うならば"

 

 な? 中二病全開だろう?

 また何か嫌がらせでも仕掛けてくるのかとずっと疑っていたが、ここはお礼を言わなければならないかな。

 

 俺は、空に向かって言葉を届ける。

 

「……"私"を、この世界に産み落としてくれて、ありがとう。意地の悪い神様達」

 

 口に出してから、ふと思いなおす。

 他にも、感謝をしなければならない人が沢山いるじゃないか。

 できれば、死ぬ前に言うべきだったんだろうけれど。

 

 

 でもいい機会だ。こうして口に出すなんてことは今まであまりしなかった。

 口に出しても、今ほどの思いを込める事はなかった。

 だが、これからは変わっていこう。ゆっくりでもいい。最初の一歩が肝心なのだ。

 

 

 

「私を育ててくれて、ありがとう」

 

 俺を引き取ってくれた両親へ。

 思い返してみれば、歪な俺を正そうと色々手を尽くしてくれていたんだな。

 俺はそれに気づきもしなかった。親不孝者だ。

 ……でも、やっと気づけたよ。

 馬鹿は死ななきゃ直らないって言うけど、死んだ事で俺の馬鹿は直ったらしい。

 これからの俺は、楽しんで生きていけそうです。……今まで、ありがとう。

 

 

「私と一緒に過ごしてくれて、ありがとう」

 

 四六時中一緒だった、妹へ。

 お前は俺にいつも助けてもらっていると漏らしていたが、逆だ。

 俺は、お前がいなければ、もっと空虚に生きていただろう。

 お前が滅茶苦茶な事をしでかさない人生なんて、今思い返してみれば考えられない。

 楽しかったんだ、お前と一緒にいると。……俺と一緒に居てくれて、ありがとう。

 

 

「私を生んでくれて、ありがとう」

 

 俺の本当の両親へ。

 ごめんなさい、覚えているのは喧嘩しているシーンと俺に謝罪を繰り返しているシーンばかりだったけれど……

 でも、謝罪の言葉なんて要らないよ。

 父さんと母さんがいなければ、俺は生まれなかったんだ。今の俺は、無かったんだ。

 だから。

 命を賭けて俺を生んでくれて。俺に命を分け与えてくれて……ありがとう。

 

 

「私を見守ってくれて、ありがとう」

 

 俺に色々教えてくれた看護師のおねーさんへ。

 子供、元気に生まれましたか?

 一度くらいは見てみたかったのに、残念です。

 おねーさんの子供だったら、とんでもない大物になると思います。

 ……おっと、話が脱線しそうだ。

 俺に驚きと感動を与えてくれて、成長を見守ってくれて。ありがとう。

 

 

 

 ありがとう。

 今なら言える。

 素直な感謝の言葉。

 その後も俺は、止め処なく溢れる涙を拭いもせずに、感謝の言葉を続ける。

 前世で出会った人達へ。今生で出会った人達へ。

 

 

 

 やがて言葉を紡ぎ終えた俺はその場に跪き、両の手を組み合わせて神様に祈りを捧げた。

 自分のためだけに願いを使ってしまうなんて、もったいない。

 

 

 神様。欲張りかもしれませんが、もう一つ、お願いを聞いてもらってもいいですか?

 

 

 ――願わくば。皆が、幸せでありますように。

 

 

 

 



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閑話1 散りゆく者

活動報告にも書きましたが、ここからしばらく先までの話は特に考えてないので、書きたいものができたら書くぐらいになるかと思います。

あとマッパマッチョマンの性格と口調がよくわかりませんでしたが、偽者なのでまぁいいかと開き直りました。



■■■閑話:万翼の眠る地■■■

 

 

 

 ふと。

 男は、自分に近しい力の波動を感じて目を覚ました。

 

 男が目を覚ますと、周期の空気が変わる。

 王座に座って頬をつき、闇のように輝く金の相貌でただ世界を見つめる。そんな仕草は、男に非常に似合っていた。

 凛とした静けさで覆われていた空間は、侵してはならない神聖さのようなものを感じさせる。

 そう感じるのは、目を逸らしたいからだろう。生命として格の違う存在から逃れたいと思うのは、生きとし生けるものの本能。男に敵対して生き残る事など不可能だと、本能的に感じ取っているのだ。

 ゆえに、男の周囲は常に静けさが覆っている。誰しもが息を呑み、気配を殺し、男に認識されないよう振舞う。

 

「簒奪者の類か? 余の創造物を侵すとは不遜極まりない。万死に値する」

 

 そこまで口に出してから、男は苦笑した。

 

「いや、そも……余自身が、模造品。簒奪者のようなものであったな。ははは、なんとも滑稽な話だ」

 

 自虐とはいえ、男が笑うのは久しぶりだった。

 数百年前、男に戦いを挑んだ者たちが現れたとき以来だろうか?

 それからは挑んでくる者もおらず、男の感情が動かされる事など無かった。

 

「許そう。余を弑逆(しいぎゃく)せんとする者達の全てを、余は許そう。思考の範疇に外する事が起きるなど、むしろ歓ぶべきではないか?」

 

 この程度の事で腹を立てるとは自分もずいぶんと矮小になったものだと、男は自嘲した。

 もしかすると、生まれたときから矮小だったのかもしれないが。

 

 

「――?」

 

 愉快な気分が収まってくると、男は自身の体に違和感を覚えた。

 

 力が弱まっている。

 いかに脆弱な世に身を置いているとはいえ、最強の概念を持った存在であるこの身を弱いと感じようはずもない。

 異常だ。

 

 

「……何事か、仕掛けてきているのか」

 

 男は目を閉じ、思慮に耽った。

 

 挑むものが居ないなど、とんだ勘違いだ。

 連中は、ずっと戦い続けているのだろう。

 

 最強の概念が揺らぐような世界。

 それは、争いのない世界か? それとも……

 

「――弱者が、強者を支配するような世界?」

 

 ありえない、とは言い切れなかった。一部の氏とはいえ、過去にそのような社会を作り出した者達もいたのだ。

 そのような社会になったのにも理由はあったのだろう。それが、強さに繋がっていた事もあるのだろう。

 だが長い年月の間に理由が失われ、"強さ"という概念からかけ離れたものが持てはやされるという結果だけが残った。 

 

 たとえば、耳の長さ。持っている金属細工の数。出身地。

 

 弱者とて……いや、弱者であればこそ。群れればそれなりの力を持つ。

 彼らが共通の概念を作り出したのならば、それは現実をも侵食する病魔となろう。

 それは酷く脆い幻想ではあるが、罅割れ壊れる前にこの身を喰らい尽くす事もあるやもしれぬ。

 

 

 なんにせよ、面白い。概念そのものを捻じ曲げようなどとは、想像もしていなかった。

 それに、先ほど感じた力の残滓の出所も気になる。男は、戦いの予兆を感じ心を震わせた。

 

「少し、様子を見るか」

 

 男は、戦いの予兆を眺めるのが好きだった。自分は、このために生きている。戦いのために、生きている。戦いの中に身を置いている時こそ、自身の存在をより強く認識する事ができる。

 逆に言えば。今のように戦いの無い時間は、男にとっては死んでいるのと大差なかった。

 

 

 思考を打ち切り、再び金の相貌を光らせる。

 久しぶりに心を躍らせ、長らく腰を掛けていた椅子から立ち上がる。気まぐれに周囲を歩いて周る事にしたのだ。

 

 男が立ち上がっただけで周囲の空間が軋むように歪み、よがり狂う。三メートルを超える巌のような肉体を堂々と晒した男が歩みを進めるたび、世界の傷が広がり、侵食され、壊れていく。背に背負った十八もの光翼は、男が超常の存在である事を示していた。

 

 

 ここで眠り始めてずいぶん長い時を経たが、男の目に見える風景は全く変わった様子が無い。

 直径数百メートルにも及ぶ、ドーム状の建物。白く輝く外壁はドームの内部を照らし、周囲には光が溢れている。

 外周部分にはドームを一周するような通路が何段も設けられており、その上には白い繭のようなものが整然と並ぶ。ドームの頂きにはぽっかりと穴が開いており、まるで闇を落としたかのような深遠を覗かせていた。周囲の輝きと相反するような深く暗い色は、生物の存在を許さぬ冷たさを持っている。

 

 一通り辺りを見て回った男は、並んだ繭の一つに向かって命令を下した。

 

「起きろ」

 

 男の言葉に従って白い繭が鳴動し、活動を始める。

 やがて繭がバラバラと解けるように広がり、中に居たものが姿を現した。

 繭の表面を覆っていたものは、糸ではなかった。

 それは、翼だった。

 

 翼の中から現れたのは、純白の髪に純白の翼を持つ、美しい女性。

 頭には二重になった光輪が輝き、鳥の翼のような耳を生やしている。

 目を閉じている間は清廉で神聖な気配を感じさせたが、その瞳が開いた瞬間、周囲の抱く印象は正反対に裏返る。暗く輝く赤い瞳は、女性が内に抱いた残虐性を隠そうともしていなかった。

 

 女性は数百年ぶりに主の声を聞いた喜びで身を震わせながら男の下まで降り立つと、恭しく跪いた。

 

「ご用命ですか、我が主様」

「余興だ。地上の様子を見て来い」

 

 ついで、ふと思いついた命令を追加する。

 今までに下した事のない類の命令だ。そんな事を思いつくという事は、自身の概念が揺らいでいる証だろうか?

 

「せっかくの余興だ。何か、お前が面白いと思うものを一つ。見つけてこい」

「かしこまりました。我が主――アルトシュ様」

 

 曖昧な命令に困惑の色も見せず、純白の天使は主の命に従い空を舞い、天井の穴を超えて深い闇の中に旅立った。

 

 

 

 それを見届けたアルトシュは自身の椅子に腰掛け、過去の戦いに想いを馳せる。

 

 前回の戦いでは、数十の翼を失った。

 精霊のほとんど居ないこの世界では、天翼種の力を十全に発揮する事など望むべくもない。

 

 人類は、巨大な戦艦郡を作り出した。

 精霊の力を一人に集中させ天撃を放つ事で瞬く間に消滅していったが、全てを潰すまでに十を超える翼が地に落ちた。

 

 一つの肉体に複数の魂を宿す、人類最強の戦士が居た。

 彼はそれぞれの魂に精霊を宿し、多彩な能力を持って一対一で天翼種を打倒するという偉業を成し遂げた。

 

 他にも、海の中で戦った魚人達や海王類。体を実体の無い物質に変えることで、一部の攻撃を無効化する事に成功した者達。あげくには、魂を入れ替える事で天翼種の体を奪おうとした者さえいた。

 結果として、彼らは天翼種を打倒せしめた。

 

 

 

 次は、どんな事をしてくるのか?

 

 

 アルトシュは期待と諦めが混濁した複雑な笑みを浮かべつつ、再び周囲の様子を見回した。

 先ほどとの変化点は、ドームの外周に並んでいた繭の数が一つ減っただけだ。

 それすら、アルトシュ以外の者が見たならば気づきもしないだろう。

 

 

 なにしろ、数が多すぎる。

 外周部分に並んだ繭の数は、千や二千どころではないのだから。

 

 

「万の翼で空を覆い尽くしてなお敗れる……そんな(いくさ)を、してみたいものだ」

 

 

 アルトシュは自身の望みを口に出し、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

■■■閑話:ドMがいるなら、ドSもいたっていいじゃない!■■■

 

・注意事項1:羽を洗っているだけです。健全なのは確定的に明らか。

・注意事項2:鳥の羽の油は落としてはいけません。石鹸はNGです。お湯すらNGの場合も。

 

 

 

 水を吸って重くなった頭を上げて、俺は叫んだ。

 

「今、フル・フロンタル(意訳:全裸)なムキマッチョにターゲットロックオンされた気がするっ」

「……またこの子は、変な事を言い出した」

 

 ナミが、泡だらけの俺の頭をかき回しながら呆れ声を漏らす。

 いや、結構大事な危険信号だと思うよ。今後の人(?)生にも関わってくる事だ。

 

「じゃ、流すわよー」

 

 俺の言葉をスルーし、ナミが俺の頭にお湯をぶっ掛ける。

 髪を包み込んだ泡が汚れと一緒に流れ落ちていき、気分はスッキリだ。

 

 

 

 今俺達が居るのは、ナミの生家があるココヤシ村。そこにある風呂場だ。

 俺は今、ナミと一緒に風呂に入っている。

 肩の刺青を隠す必要がなくなったからだろうか。やけに激しく一緒に風呂に入ろうと迫るナミに押し負けた形だ。

 

 ……あれ、全裸のマッチョなんかよりこっちのイベントの方が一大事な気がしてきた。

 男の裸とか、誰得だよ。パンツはけよ。せめて腰蓑とかさぁ……いや腰蓑は無いな。

 パンツをはかない男など、俺の前から消えていなくなれー!

 

「ほんとに、あんたの髪ってふわふわのサラサラね。潮風に当たる者として、これはおかしいんじゃないかしら。一体どんな秘密が……」

「秘密なんてありませんよー。私の普段の生活は、ナミがきつく目を光らせているではありませんか」

「そうなんだけど、なんか納得がいかない」

 

 ナミが俺の頭を撫で回す。

 指が髪を通り過ぎるたび、頭にこそばゆい感触が広がった。

 あー、気持ちええー。

 

 どうでもいい……いやどうでもよくないけどナミさん、背中に当たってますよ。

 ナミのはでかいからな。造られた存在であろう俺のよりでかい。

 中二病マッチョ神か中二病ヒッキー神のどっちの趣味かはわからないが、俺の体は全体のバランスを意識して造られているような気がする。どこか一点に視線が集中するのではなく、全体の調和を見てしまう、みたいな。俺にはよくわからない境地だ。おっぱいがエロかったらそれで良くね?

 

 

「じゃ、次は翼ね」

「ほいさ。人に洗ってもらうのは初めてなので、優しくお願いします」

 

 羽をタオルで洗うわけにもいかないので(いや、手触りとは裏腹に鋼鉄もびっくりな強靭さだから全然大丈夫だけど)、ナミは泡だらけになった手で直接羽の一枚一枚に手を這わせてくる。

 

「ひゃうんっ!?」

 

 あへ、何か変な声出た。

 ナミの指が羽の間をぬるりと滑り抜けるとゾクゾクした感覚が体中を駆け巡り、思わず体をビクつかせてしまう。

 今までは、神経通ってないんじゃないかと思うぐらい感覚が希薄だったのに。急にどうしたんだ?

 ……あ、天撃のせいか。あの時、翼に神経が通っていくような感覚あったもんな。

 

「変な声ださないでよ」

「そんな事言われても……ひあっ!?」

 

 ナミが俺の翼を洗いながら、無茶な注文を突きつけてくる。

 そう思うなら、手を止めてくれ。

 そう思いつつ俺が身をよじらせてナミの手から逃れようとすると、逆にナミは俺の体をがっちりホールドする構えを見せた。

 Why?

 

「……あの、ナミさん? 逃げられないのですが」

「うん。逃がすつもり無いもの」

 

 そしてナミのこの笑顔である。

 今、確信した。今までも片鱗を感じてはいたが、こいつは生粋のドSだ。

 

「た、助けてー! ゾロ、あなたの出番ですよっ、ナミの嗜虐心を満たしてあげてください!」

 

 こういう時こそ、無敵のゾロバリアーの出番……しまった! ここは風呂場だ。ゾロが来れない!?

 絶望する俺の頭をペシッと叩き、ナミからお叱りの言葉を貰う。

 

「風呂場で男に助けを求めるとか何考えてるの。そっちの方が危険でしょ」

「いや、私的にはナミの方が飢えた獣的な何かを感じ……何でもありません」

 

 ナミに睨まれた俺は沈黙した。俺、超よわい。

 日常生活におけるヒラエルキーは、ナミ>俺>ゾロ・ウソップで固定されてしまった感がある。

 サンジはまだよくわからないが、女性に逆らう事は無いだろう。

 ルフィ? 奴はフリーダムだ。

 

「そんな事より、今はこっち。じゃあ、しっかり洗うわよー。大事な部分だもんね。隅から隅まで洗わなくちゃ」

「ナミがお叱りより優先するなんて。今の状況、超楽しんでませんか?」

「すっごく楽しんでる」

 

 こいつ、言い切りやがった。

 だが、俺にはどうする事もできない。借りてきた猫のようにおとなしくなった俺に対し、サディスティック・ナミが攻勢を再開する。

 

「……っ! ~~~!! ―――ッッ!?」

 

 笑顔で俺の体を抱きかかえたナミは、翼を隅から隅まで余す所無く蹂躙していった。

 手のひらで口を覆い息を殺し声を出さないようにするが、ナミの指が翼を撫で上げる度に堪えきれない吐息が端から漏れ出てしまう。這い回る手の平が敏感な所に触れた瞬間体が戦慄(わなな)き、それに気づいたナミは執拗に俺の弱点を攻め立ててきた。

 

 腿を擦り合わせて身をよじるが、俺の体に完全に密着したナミから逃れる事はできない。

 

 

 ナミの攻撃は、どんどん苛烈さを増していった。

 指を立てて羽の付け根をほぐし、俺が感覚に慣れてきた頃を見計らって一気に羽先まで指を滑らせる。

 やわらかく羽を握ったかと思うと、小指から順番に波打つように指を握って揉み解す。

 空気を多量に含む羽はスポンジのようによく泡立ち、周囲を泡で包み込む。

 

 堪えきれなくなった俺は、洗い終わったために解放された側の翼を丸め、顔を覆った。

 手の平どころか脚の指先までぎゅっと握り締め、体を跳ね上がらせる。

 目の前が真っ白になった。

 

 

 ……うん? 何か変な想像していないか、君。

 白いのは翼だよ? 隅から隅までしっかり洗ったからね。

 まったく一体、どんな想像をしたのやら。おねーさんに教えてみなさい。

 

 

 

 

 しばらくして。

 現実逃避をしつつ風呂から上がると、ナミはサッパリスッキリした表情でツヤツヤと肌を輝かせていた。

 俺は、まるでナミに精気を吸われたかのように疲労でぐったりしていた。

 

 俺、どんどんナミに逆らえないようになってきてる気がするんだけど。

 チート種族とは一体なんだったのか。

 

 

 

 

 

 

■■■閑話:生存戦略■■■

 

 

 

 のどかで平穏さを感じる庭園。

 その空気とは裏腹に、庭園の外れには圧迫感を与える巨大な建物がそびえ立ち、建物の正面には戦闘訓練を行うためのやや物騒な広場が点在している。

 中でもっとも大きな広場には六千もの屈強な人々が整然と立ち並び、白い外套を風にたなびかせていた。その背中にある二文字を見れば、イーストブルーの海賊達であれば尻尾を巻いて逃げ出す他無いだろう。背中には、正義という文字が燦然と輝いている。それは、ここにいる者達すべてが海軍将校である事を示していた。

 

 

 ここは、海軍本部。人類の力と平和の象徴。

 ここでは今、海の治安を維持するための重要な会議が開かれている。

 

 

 

「では次の議題へ。……イーストブルーで、情勢が大きく動きました」

 

 会議の進行役を勤めるチリチリ頭の将校……ブランニュー少佐が、報告書をめくりながら情勢報告を執り行う。

 普段重要視される事がないイーストブルーの議題を早いタイミングで取り扱う事に、会議の参加者達は疑問の視線をブランニュー少佐に向けた。

 だがその疑問も、続きを聞けば納得せざるを得なかった。

 

「第77支部からの報告です。魚人海賊団、アーロン一味の殲滅に成功」

 

 予想だにしなかった報告を聞いた一同は、大きくどよめいた。

 動揺を隠せないまま、ブランニュー少佐の傍に座っていた海軍将校が思わず聞き返す。

 

「アーロン一味を、支部の戦力で殲滅したというのか?」

「外部協力者の助力を得て、との事です。なんでも、天使が現れたとか」

 

 ブランニュー少佐からの反応に困る報告を受けて、一瞬の沈黙が辺りを覆った。

 

「……天使、だと? 何かの比喩か?」

「いえ、文字通り。天使の翼を持つ美しい女性だそうです。空を駆け、手を触れずに魚人を倒し、傷ついた海兵達を癒したとの事。……未確認情報であり関連性も不明ですが、天にそびえ立つ光の壁を目撃した住人もいるのだとか」

 

 困惑していた者達も、報告を聞くに連れて興味を持ち始めたのか。次々と天使についての質問や見解が飛び交う。

 

「未確認情報はともかく……天使の翼に、美しい女性。民衆の支持を集められそうな逸材ですな」

「確かに。ぜひ海軍に入って、旗印になっていただきたい」

「翼は、トリトリの実の能力者だと考えれば合点がいく」

「勧誘はしているのか? トリトリの実の能力者だとしたら、高速で移動されてしまう。見失う前に補足しなければ」

 

 雑然とした空気になる中、会議の参加者達は手近な者達と思い思いに意見交換を始めた。

 まとまった意見交換をしているわけではなかったが、その方向性は海軍の味方に引き込もうとする方向性に固まりつつある。

 だがその方向性に異を唱える物が現れた。

 

 

「黙れ」

 

 

 周囲に響いた言葉に、雑然とした雰囲気は一瞬で吹き飛んだ。

 水を打ったような静けさが広がるが、その言葉を発したのは水とはもっとも程遠い存在。この場に居る中でもっとも階級の高い者。

 

 海軍大将、サカズキ。

 

 赤犬の呼称で呼ばれるこの男は部下にすら制裁を加える過剰なまでの過激さで知られているが、それが許されるだけの力と権力を持っている。

 

「海軍が"天"の字を持つ者を旗印に……? おどれら、自分がどんな組織に属しとるんか、忘れちょりゃせんかのう?」

 

 サカズキは、周囲をゆっくりと見回した。

 その視線に応答を返す者は、居なかった。

 

「ワシらが"絶対正義"たりえるのは、唯一つの正義を掲げるからこそ。別の正義を掲げ、絶対正義の理念を揺るがしかねん存在など、むしろ敵……いいや」

 

 サカズキは躊躇わない。

 その言葉を発することにも、実際に行動を起こす事にも、躊躇う事は無い。

 

「それは、もはや悪と呼ぶべきもの。根絶やしにすべきじゃァ」

「し、しかしそれは!?」

 

 押し黙っていた一同も、さすがにこの言葉には反応を返した。

 だが、続く言葉は出てこない。引く気配を見せないサカズキに対し、議論などしても無駄だと言うのは誰しもが理解していた。会議という体裁をとってはいるが、この会議には大将の決定権を覆すような力など無かった。

 

 ピリピリとした沈黙を破ったのは、先ほどまで起きているのか寝ているのかわからない姿勢をとっていた屈強な老人。老人は欠伸をし耳をほじりながら、非常に珍しい事に会議に口を挟んだ。

 

「別に、いても構わんと思うがのぉ……図体ばかりでかくなったが、相変わらず肝っ玉の小さい男よ。おぬし、一体何をそんなに怯えておる?」

「ガープ……ワシは、何も間違ったことは言っちょりゃせん。それは、お前にもわかっとるはずじゃがのォ……」

 

 ピリピリした空気を通り超えて剣呑な気配がサカズキ・ガープ両名の間に交わされ始めるが、佐官以下は押し黙ったままだ。中将以上、更にその一部の者にしか公開されない情報があるのだ。それを盾に取られれば、議論の余地すらない。

 

「およし。ここで言い合ったって、何も変わりゃしないよ」

 

 静止を呼びかけたのは、ガープと同じく古くから中将として海軍を支える女性、おつるだった。

 おつるの介入を受けた事で、剣呑な雰囲気はあっさり霧散する。二人が剣呑な空気を引きずることは無い。お互い、分かり合える相手でないという事を理解しているが故に。

 おつるは溜息を漏らしつつ、両者に対して愚痴を零した。

 

「……あんた達は両極端すぎる。たまに会議に出たかと思えば、子供の喧嘩かい? すこしは成長ってもんを見せて欲しいもんだねぇ」

「がはははは! つまらん人間になるのが成長というなら、儂はそんなもん願い下げじゃ。子供でいたほうが楽しいわい!!」

「悪を赦すぐらいなら、死んだほうがマシじゃァ」

「……あんた達は本当に、正反対の方向で似たもの同士だよ」

 

 止まってしまった議論を進めるため、おつるは自身の見解を述べた。

 

「どんな人となりにしろ、あの子達(アーロン一味)を倒すような奴だ。調査は必要だろうねぇ……反対意見はないかい? なら、ブランニュー少佐。そっちの方向で話をまとめとくれ」

「ハッ!!」

 

 

 不満そうな顔を隠さないサカズキだったが、口には出さない。

 場所が遠すぎるため、すぐにどうこうするつもりも無かった。

 

 

 今は、まだ。

 

 

 



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閑話2 ゆっくりしていってね!

前話の超展開で低評価が山のように来るんじゃないかとドキドキワクワクしていたけれど、別にそんな事はなかったぜ。




■■■閑話:大体はこいつらのせい■■■

 

 

 

 天よりもなお高い場所。

 水面(みなも)の底のように暗く冷たい色を見せる空間に、ぽつりと小さな光が灯っている。

 そこから周りを見回すと、目に映るのはこの世の物とは思えぬ幻想的な風景。

 見渡す限りの星、星、星。

 それに淡く輝く月に、力強い生命の鼓動を感じさせる青い惑星。

 

 あと、光の傍で不毛なババ抜きをしている廃ゲーマーが二人。

 

 

 廃ゲーマーの男女はババ抜きをしながら青き世界の上に陣取り、空中に浮かんだ拡大映像を操作してある人物を観察していた。 

 観察対象となっているのは、二人の手によりこの世界に引き込まれる結果となった者。

 そいつは両の手を組んで目を閉じ、空と白に向かって祈りを捧げていた。

 

「ちょっとはマシな面になったか? 相変わらず気に食わん奴だが」

 

 二人の片割れ。"愛は人類を救う(※ただしイケメンに限る)"とプリントされたTシャツに身を包んだツンツン頭の少年、(ソラ)は手にした二枚のカードをポイ捨てしつつ仏頂面で言い捨てる。

 それを聞いたもう一人。全体的に色素の薄い華奢な少女、(シロ)は僅かに呆れたような空気を放ちつつ、斜め向かいに胡坐をかいて座る空にジト目を向けた。

 

「にい……それ、同族嫌悪」

「シャアラーーーップ!! お兄ちゃんは、もっとイケメンですのことよ!」

「今は……あっちの顔の方が、かわいい。かわいいは、正義」

「くっ、馬鹿な! 既に取り込み工作が進んでいる……だとッ!?」

 

 大仰な動作で驚愕の意を示し、頬に汗まで浮かべて空は絶望の表情を浮かべる。

 無駄に迫真の演技だ。

 空とは対照的に、白の方は表情も変えずに淡々と会話を続けている。

 動きのあった箇所は、僅かに首を傾けたぐらいのものであろうか。

 流れた白く細い髪が空気をサラリと撫で、少女の線の細さを強調していた。

 

 

 

「しかし」

 

 ババ抜きがひと段落して。

 祈り続けるジンから目を放して、空は伸びをした。

 

「まだ俺達が神様だって信じてるんだな。時勢に乗ったお茶目なジョークのつもりだったんだが……。ディスボードへの転生じゃないと思った時点で、他の言葉もちょっとは疑えよ」

「お祈り、されても……困る」

 

 神様ごっこや嘘と真実を取り違えるような意地悪をしたのは二人だったが(99.9%の原因が空。0.1%が、無関心だった白)、空はそれを棚に上げて文句を言う。

 空がジンに対してやや辛辣なのは、昔の自分を見ているようでイライラするからだった。

 これも、かつての自分を棚に上げている。

 無自覚にやっているのではなく、わざとである。なおさらタチが悪い。

 

 

「こっちで数ヶ月経過した頃に、また様子を見に来るか。……ったく、神霊種ってのは気が長すぎだろ。ゲーム自体は終わったようなもんだが、放置するわけにもいかんしな」

「気に、なる……?」

 

 白が不思議そうに問いかける。

 

「もう、勝利条件、満たした……報酬も、受け取った。これ以上、監視する必要……ない」

 

 不思議といえば、空がこのゲームに乗った事自体がそうだった。

 二人が描いた勝利への道筋からは、完全に外れている。寄り道どころの話ではない。

 勝利への道筋に修正まで加えてまでこのゲームに乗ったからには、大事な理由があるはず。

 

「わから、ない……にいが、何を考えているのか」

 

 それは真実であり、嘘でもあった。

 

 空の考えている事がわからない。

 それはすなわち、空が白の事を考えているという事だ。

 比翼連理で羽ばたく二人の相違点。

 それは、互いが相手の方をより大事にしているという点。

 

 でも、いい。

 白は、そう結論付けた。

 

 空が白を護るというのなら、白も空の事を護ればいいのだ。

 互いに相手を護り、死角をなくす。全てを見通し、互いの負ける要素を叩き潰す。

 それが、空白(ふたり)が最強であり続けられる理由。

 

 

 

 二人は他の誰をも寄せ付けない、二人だけの空気を放っていた。

 

 だがしかし、空気を読もうとしない奴には無駄である。

 この場所に、騒々しすぎる乱入者の影が差し込み始めた。

 

「主様主様あるじ様ー! 酷いですわ、お二人だけで中に入ってしまわれるなんて。私も見たいですわ! 未知……未知の世界が、文字通り世界まるごと……うぇへ、うぇへへへへへへ」

 

 まだ姿を現していないにも関わらず、声を聞いただけで押しつぶさそうになるプレッシャーが二人に襲い掛かった。

 世界が悲鳴を上げ、軋み始める。

 ついでに二人も悲鳴を上げて逃げ出したかったが、退路など無かった。

 

「ちょ、おま。何故中に入れた!?」

「何を今更。主様の居られる所であれば、たとえ地獄の底だろうともお供する覚悟はできておりますわ。……あら。完全な異世界ではないとはいえ、さすがの私も体まるごとの移動は難しいですわね。せめて頭だけでも……よいしょ、よいしょ」

「や、やめろーーー! まだ早いっ。バランスが崩れる、世界が滅茶苦茶になっちゃうからぁっ!! てかお前、頭だけの転移とか猟奇的すぎんぞ!」

 

 空中に現れ始めた変態の頭を強く押し返す空。

 だが、変態ことジブリールはそんな事お構いなしに顕現を続け、ついには頭部全体が見えるにまでなった。

 そこにあるだけで光すら支配するのか。顕現の際に生じた風に煽られ広がった髪は、プリズムのような煌きを見せた。

 

 と、ジブリールは唐突にハッと顔を強張らせる。

 何か、重大な事に気づいたようだった。

 

 

「ここはもしや、" ゆ っ く り し て い っ て ね ! "と言うべき場面でございましょうか!?」

「いや違うから。むしろはよ帰れ」

 

 次々と現代日本のいらない知識を吸収し続ける変態に若干イラッとしつつ突っ込み、空はジブリールの頭を押す力を強める。

 だがジブリールはそれに構いもせず、頭をぶんぶん振っていけない妄想をぶちまけた。

 

「先っぽだけ、先っぽだけでいいですからぁ! ああ、コレが殿方の持つ、溢れる獣欲という奴なのでしょうか。抵抗されればされるほど、何やらそそられるものがっ! 口では触りのいい事を言いつつ、世界の壁を突き破って全身で味わってしまいたいですわ~」

「駄目だこいつ、早くなんとかしないと……」

「……おいたは駄目。おしおき」

 

 白がジブリールの頭を押し返すのに加わると、ジブリールはすごすごと元の場所に戻っていった。

 ジブリールが二人を相手にする時は、二人が出せる以上の力を行使しないのだ。

 代わりに、口から不満の言葉を発する。

 

「ひどいですわ~。空様の要望を叶える為、あのクソ……長耳共からの屈辱的な要求に屈しまで致しましたのに」

「……屈辱的? 常識的の間違いじゃないのか」

 

 魔改造という言葉が大好きな空を持ってしてもドン引きする数々のアイデアを思い出しながら、空は突っ込んだ。

 

「にいが、常識を説く……?」

「うるさいぞ妹よ」

 

 白への突っ込みも忘れない。

 理解に苦しむ事に、引きこもりであるはずの空はハイテンションかつ芸人気質の男だ。

 ネタを拾い逃すなど、もっての他だった。

 

「完全に天翼種ベースで造ったのであれば、十分実現可能な範囲に抑えたつもりだったのですが」

「そもそも前提から違うし……って、抑えた? あれで?」

 

 信じられないという目を向ける空だったが、ジブリールは100%本気でそう思っている。

 ちなみに。空が許容範囲と思っている内容も、普通の人が聞いたら「こいつ頭おかしい」と判断される事請け合いだった。

 50歩100歩だ。意外と似たもの同士であった。

 

 

 

 ジブリールをなだめすかし、土産話をたっぷりすると約束する事でなんとか納得させた空。

 

 落ち着いてから世界を軽く見て周った後、空はシリアスな顔をしてもう一度観察対象に目を向ける。

 ジンを見下ろし、月を見下ろし、世界を見下ろし。空は決め顔でこう言った。

 

「お前は、英雄になる必要はない。勝者になる必要もない。だが……世界は救えよ? 主人公(ヒーロー)

「あ、空様。お話だけでなく、物理的なお土産もお願いしますね。私、悪魔の実というものに知的探究心をくすぐられます……あいたっ」

 

 再びニョキッと頭を出したジブリールをパコーンと叩きつつ、空は決め顔を崩さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■閑話:朴念仁、一人目■■■

 

 

 

 ある日のメリー号、厨房にて。

 

 飯の匂いに誘われて船室に下りたゾロの目に、ジンとサンジが並んで料理の仕上げをしている後ろ姿が映った。

 暗い色であるにも関わらず燦然と光輝くそのワインレッドの髪をアップにまとめ、ジンはパタパタとせわしなく動き、香り付けのハーブを料理に仕込んでいく。

 サンジは相変わらずバレエダンサーのように踊りながらデザートの盛り付けを行い、ポエムのような口舌を上げている。

 ジンは耳をピコピコ動かし、笑いながらサンジの言葉に相槌を打っていた。

 

 ずいぶんと、サンジとの会話を楽しんでいるようだ。

 ジンの気分は、耳を見れば大体わかる。

 犬の尻尾ですら、あそこまで感情をあらわにしないだろう。

 

 真面目な顔をして真っ赤な嘘をゾロに教えようとしてくる事がたまにあるが、そんな時もゾロはジンの耳を見て真偽を判断していた。

 笑いを堪えようとしているのか、耳がフルフルと震えているのだ。真面目な顔が台無しである。

 毎回デコピンの刑を執行しているので嘘がばれている事はわかっているはずだが、何故ばれているのかは未だに気づいていないのだろうか。

 

 

 そんな他愛もない事を考えつつ。まもなく料理も出来上がりそうなので、ゾロは椅子に腰掛けて待つことにした。

 

 ただ料理を待っているだけのつもりだった。

 しかし、サンジが席を外した時だ。特に言葉を発しようとしたわけでもなかったが、ポツリとゾロの口から言葉が漏れ出てくる。

 

「……仲、よさそうだな」

 

 小さな言葉だったので、普通であれば誰の耳にも入ることなく、彼方に消え去るのみだっただろう。

 

 だがあいにくこの場には、普通ではない耳を持っている奴が一人居た。

 というか、ゾロの他にはそいつしかいなかった。

 ゾロの言葉を逃さずキャッチしたそいつは、耳をピーンと伸ばしキラキラと目を輝かせながら近寄ってくる。

 

 あ、うざいパターンだ。

 天然が発動するパターンだ。

 

 そう思ったゾロは腰を浮かせて逃げようとする……が、すぐに椅子に腰掛けなおした。

 ゾロが逃げようとした瞬間、そいつはゾロの目を持ってしても視認困難な速度で移動してゾロの行く手を塞いだのだ。

 これは逃げられない。

 

「そ、それは! 嫉妬と言う奴ですか? 仲間同士の、友情を育むためのスパイスなんですか!?」

 

 ゾロの手に自身の手を覆いかぶせるようにして握りしめ、興奮した様子で詰め掛けてくるジン。

 こいつの言うことは、たまによくわからない。

 わからないが、何かずれた事を考えている事だけはゾロにはわかった。

 

 

「大丈夫、任せておいて下さい。私が一肌も二肌も脱ごうじゃありませんか!」

 

 ドン、と胸を叩いて高らかに宣言し、勝手に話を推し進められる。

 耳を羽ばたかせるようにパタパタと動かし、ジンは天に向かい指を立てて宣言した。

 

 

「サンジさんとの仲は、私が取り持ちますっ!」

 

 

 ちげぇよ。

 

 ゾロは、その言葉を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■閑話:朴念仁、二人目■■■

 

 注意事項1:羽を触っているだけなので健全です。大事な事なので二回言いました。

 注意事項2:(っ・ω・)っ悪霊退散!!   ┌(^o^ ┐)┐

 

 

 

 ゾロがつまみ食いを終えて甲板に横になっていると、鳥がこちらに接近してくる気配を感じた。

 おそらく、残飯でも漁りに来たのだろう。

 

「……酒の肴には、ちょうどいいか」

 

 ゾロは体を起こして指で刀の鯉口を切り、接近してくる鳥を待ち構えた。

 鳥が脇を通過する瞬間、一気に抜刀し、鳥を切り裂く!

 

 ――つもりであったが、鳥はゾロの刀をひらりとかわし、テーブルの上にわずかに残った肉の欠片を咥えて去っていった。

 

「……修行不足だ」

 

 ゾロは、刀を抜いたままの姿勢で固まりつつ漏らした。

 空気を切り裂くように刀を振るったつもりだったが、わずかに残った空気の流れから刀の軌道を見切られたのか。

 仮にそうだとしても、体を乗せられるほどの風圧は無かったはずだ。それで避けられるものだろうか?

 そもそも鳥の翼ってのは、どれぐらい風を受けられるものなのか。

 

 そんな事を考えていると、新たな鳥がメリー号に接近してくるのを感じた。

 でかい。大物だ。

 

 その鳥は甲板に降り立つと、あろうことかゾロに声を掛けてきた。

 

「……ゾロ、なんで変な体勢で固まってるんですか」

 

 ていうかジンだった。

 変なポーズを見られて若干気まずい思いをしながらも気を取り直し、気にするなと声を掛けつつ刀を鞘に納める。

 

「そういや、参考になるやつが傍にいるじゃねえか」

「?」

 

 ゾロはジンの前まで歩みを進め、気軽にそのセリフを口にした。

 

「ジン、ちょっとその羽、触らせてくれ」

「えっ」

 

 耳をクタッとしおらしく垂らしつつ、なぜか赤面して視線をそらすジン。

 空中を彷徨わせた視線を時折チラチラとゾロに向けつつ、耳が立ち上がりかけたり再び萎れたりしている。

 ゾロの予想だにしていなかった反応だった。

 あの耳を見るに、何か迷っているらしい。

 

「こ、これは……よからぬフラグがびんびんに立ってますよ。私には分かります! ……しかし、逃げてばかりでもいられません。考えようによっては、ネタ的に美味しいイベントともいえるのではないでしょうか? 突撃取材というのも、アリなのではないでしょうか?」

 

 ぶつぶつとそんな事を呟きながら、せわしなく耳を動かすジン。

 なんだかよくわからないが、どうやら選択肢を間違えたらしい。こんな時は、理不尽な目に合うのだ。

 

 ゾロが早くも心の中で反省を始めていると、やがて決心したのか。耳をピーンと伸ばしながらジンが叫んだ。

 

「……わかりました。ぜひよろしくお願いします! どんと来いっ。さぁ、さぁ、さぁ!」

 

 腕を組んで仁王立ちし、一大決心をしたかのように声を張り上げる。

 なんだそのテンション。

 

 ゾロは突っ込みたかったが、とりあえず言われたとおりに羽に手を這わせた。

 後ろを向いて翼を差し出したジンの羽先を、手の平で押してみる。

 

「……ッッ!?」

 

 こそばゆいのか、羽に触る度にジンは体と耳をビクッと震わせる。

 とりあえずジンの反応は無視して、ゾロは羽の構造を見て取る事にした。

 

 なるほど、たしかに少しの風でも大きな力を受けられそうだ。

 羽の構造を確認しながら1分ほど撫で摩っていると、突然カクンとジンが膝を崩した。

 ゾロは咄嗟にジンの体を抱きかかえ、支える。

 

「……どうした?」

「な、なんでもありません。お気になさらず」

「いや、気になるだろ」

 

 ゾロの言葉にジンは言葉を返せない。

 息も絶え絶えといった面持ちで、先ほどの言葉を発するのがやっとだったようだ。

 

 膝以外からも力が失われているのか、こてん、とゾロの胸に頭を預けてくるジン。

 サラサラと滑らかな髪がゾロの体を伝って滑り落ち、シャツ越しに心地よい感触をもたらした。

 髪と一緒に広がった甘い匂いを嗅ぐと、なぜだかゾロまでクラクラしてくる。

 

 ジンの顔を見下ろすと、熱に浮かされたようなトロンとした表情でボーっとこちらを見つめ返して来た。

 荒い吐息は熱い空気を孕んでおり、その瞳は濡れそぼっている。

 力なく垂れた耳が、時折激しくビクンと跳ね上がる。今まで見たことの無い反応だった。

 

 ジンの状態は気になるが、ゾロはなんと声を掛けていいかわからない。

 いろいろと迷ったゾロは、ふと血迷ってジンの耳に触れてみる事にした。

 別段、ものを考えて行動したわけではない。どうすべきか迷った挙句、耳も翼のような形状をしているなと思った瞬間手が伸びていた。

 

 はじめはゾロの指から逃れるような動きをしていた耳だったが、一度掴んでしまえば大人しくなった。

 ジンの耳は柔らかく、体の他の部分より高い温度を持っていた。

 片側の耳を拘束されたジンは、残った方の耳をゾロに擦り付けるように頭を動かしながら、熱い吐息に混じって鳴くようなかすれ声を上げる。

 

「にゃぁぁぁぁ……」

 

 こいつは発情期の猫か何かか?

 

 ゾロがそんな事を思いながら翼や耳に触れていると、ジンは徐々にこちらの方へ体の向きを変えてきた。

 始めは背中を向けていたはずだが、ゾロの胸に頭を預けた時点では横向きに。今では、ほとんど正面から抱き合うような形になっている。

 両肩を寄せるような体勢でくっついて来るジン。例によってルーズな胸元からは危険信号を感じたため、ゾロはジンから目を逸らす事にした。

 

 

 

「……あんた達、何やってんのよ」

 

 目を逸らした先には、悪魔が立っていた。

 普段はジンが盾になるので直接的にゾロに被害が及ぶ事は少ないが、この状況ではそれも望めない。

 ナミはゾロとジンの間に体を割り込ませたかと思うと、ジンを抱きかかえて勢いよく引き剥がす。

 ガルルと声を上げて威嚇してくる猛獣を、ゾロは溜息をついてただ眺めた。

 

 最近のナミは、どうもゾロとジンが接近するのに過敏に反応する。

 ゾロは、理不尽だと感じた。なにしろ、理由が全くわからない。大体の女は理不尽の塊だ。

 

 

 

 ゾロは、朴念仁だった。

 

 

 

 




閑話はR15、ノゲノラ成分多めでお送りしました。
これで、第1話後書きで紹介した人は全員出たかな?
誰か忘れているような気もするけど……



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