ストライク・ザ・ブラッド──巫者と負者── (白夜夕夜)
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序章 Intro

手探り感が半端ない。頑張って書いて行きますんでどうか温かい目で……(ドゲザァ


 東京の南方海上330キロメートル付近に浮かぶ人工島(ギガフロート)絃神島(いとがみじま)

 吸血鬼や獣人族などが多く住み着き、魔族特区(まぞくとっく)とも呼ばれ、比較的夜が長い島だが、流石に朝四時に差し掛かってしまえば普通の街とは変わらない風景が広がっている。

 店は全て閉まり、住宅からもれる光もなく、道路には街灯の淡い光が差し込んでいた。

 その道路に、男が一人。男の右腕には、金属製の腕輪がはめられている。生体センサや魔力感知装置(まりょくかんちそうち)、発信機などを内蔵した魔族登録証。これを持っている彼は、普通の人間ではない。

 男の足取りは重く、目も何処か虚ろで、時々肩を店のシャッターにぶつけながら、夜の街を歩いて行く。

 耳障りなシャッターの音と静かな波の音に、不快な音が混ざり始めた。何かを引きずるような、鈍い音。その音を聞いて、魔族の男は目を覚ます。

「……ッ?!」

 そして男は、息を飲んだ。

 何かを引きずるような、鈍い音。目を覚ました音の正体が、自分にあったからだ。

 左手が黒い、液体状の何か(、、)に飲み込まれ、それがどんどん身体に向かって侵食して行く。

 湧き上がる感情は、恐怖。恐怖が増して行くごとに、侵食は早まって行く。

 男の悲鳴が、ひとけのない道路に響いた────

 

 ■ ■ ■

 

 けたたましい目覚ましの音で、暁 古城(あかつき こじょう)は目を覚ました。

 まだはっきりしない意識をフル動員し、枕に顔を埋めながら手だけで目覚まし時計の位置を探る。

 やっとの事で目覚ましを止めると、押し寄せてくる睡魔。それに身を任せ、二度寝を貪ろうとした瞬間──

「先輩?」

 至近距離から聞こえてきた聞き慣れた声に、肩を跳ねさせる。

 枕から顔を上げ、声のした方向にゆるゆると視線を向ける。

 ベッドの横で、姫柊 雪菜(ひめらぎ ゆきな)がむー、と唇を引き結びながら見下ろしていた。

「………何してるんですか、姫柊さん?」

「朝から遅刻覚悟で(、、、、、)二度寝をしようとしていた先輩を、起こしただけですが?」

 当然の事だ、と言わんばかりに、ため息交じりに、姫柊が言った。

 それに、と前置きをして

「私は先輩の監視役ですから」

 と、また当然だ、と言わんばかりに。

 一般男子高校生から見ればこのシチュエーションは願っても無いことなのだが、古城にとっては悩み事の一つである。

 世界最強の吸血鬼、“第四真祖”なんて大層な異名がついていても、朝は弱いのだ。監視役である姫柊が来る前はあと三十分近く寝れたのにも関わらず、姫柊は決まった時間に起こしに来る。加えて、二度寝は許さない。授業中に寝たとわかれば説教──

「……勘弁してくれよ、本当に」

 心の底から呟いて、布団から這い出た。

 

 ■ ■ ■

 

「ねえねえ、古城君。今日の目玉焼きは古城君のリクエスト通りに半熟にして見たんだけどどうだった? もうちょっとかための方が良かったかな?」

 朝食を平らげ、学校の準備を終えて玄関で靴を履く古城に、背後から凪沙(なぎさ)が矢継ぎ早に質問を投げかける。

 よくできた妹なのだが、慣れない人は口を挟む暇のない、おしゃべりな性格がたまにキズ。

「あー……目玉焼きはいい感じだったよ。明日も、あの感じで頼む」

 靴を履き終えてから気だるげに立ち上がり、肩越しに凪沙に視線をやりながら古城が苦笑する。十数年と凪沙とは兄妹をしているが、寝起きにこの早口の対応をするのは、なかなかキツイ。

「先輩、ほら、遅れてしまいますよ? 今日は朝から補習があるんでしたよね……?」

「っと、そうだった。悪ィ凪沙、先行くからな! 鍵よろしく頼むわ!」

 焦った様子でフードをかぶると、玄関を飛び出して行く古城。それを追う形で姫柊も玄関を飛び出し、凪沙だけが取り残された。

「……相変わらず、仲がいいなあ……二人とも」

 誰に言うわけでもなく、小声でつぶやく凪沙。

 姫柊が転校して来てから、古城の生活は確かに改善された──だが、凪沙は何処か孤独感を感じていた。

 つい最近まで自分が居たところには姫柊が居て、自分の入る余地がない。

 そう思うと、胸の奥に音を立てて、黒いものが溜まって行く。

「あはは………何考えてるんだろう。らしくないなー」

 苦笑しつつ踵を返し、台所に向かう。笑ってはいるが心の中には、黒い感情が渦巻いていた。



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一章 隠し事 Secret

 1

 少し時間が早いからか、いつもは人でごった返しているモノレールも空いていた。

 立っていないと寝てしまいそうだという理由でつり革に掴まり、古城がふあぁ、と間抜けに欠伸を漏らす。

「どうした、姫柊。浮かない顔して」

 目尻に涙を溜めつつ、古城が問う。

 確かに目の前に座った姫柊の表情は何処か浮なく、視線は古城の靴の先から動かない。

「……姫柊? おーい、姫柊ー?」

 言いながら、目の前で手を振ってやると姫柊がハッとしたように顔を上げた。

「す、すみません先輩。どうかしましたか?」

「どうかしたか、ってのはこっちのセリフなんだけど……どうしたんだよ、姫柊? 浮かない顔して」

「いえ……今朝は凪沙ちゃん、何だか元気がなかったな、と思いまして……」

「凪沙が……そうか?」

 頭をフード越しにかきながら、朝の凪沙の様子を思い出す。いつもと何ら変わらない様子だったが、姫柊には何かか見えたのか……? と、軽く首を捻ると、

「そ、そんなに深く考えないでください! ただの思い違いかもしれませんし……」

 姫柊が、わたわたと手を振りながら言った。

「だよな。凪沙に元気がない、なんて、この島に雪が降るくらい珍しいことだからな」

「……先輩、それは流石に失礼だと思います」

 じとーっとした視線を向けられ、古城が思わず息を詰まらせる。確かに今のは少しデリカシーが足りなかったのかもしれない。

「これだから先輩は、女性の方とのトラブルが絶えないんですよ……」

 ボソッと何か呟く姫柊に、古城が首を捻る。

「なんか言ったか?」

「いえ、なんでもないです……先輩のバカ」

 姫柊の文句は古城に届くことなく、モノレールのドアが開く音にかき消された。

 

 † 

 

 姫柊と別れ、古城は補習の行われる教室の前に立っていた。

 欠伸を噛み殺し、扉に手をかけ──

「おはよーっす、那月ちゃ──」

 ん、と言いかけた辺りで言葉を止め、その場に屈み込む。さっきまで古城の額があった場所を、(ごう)という音を立てて黒い扇子が飛んで行った。

「あ、危ねえ……死ぬところだったぜ……」

「別に貴様は死なないのだから何も心配することはないだろう、暁 古城?」

 殺意の込められた、舌ったらずな声が頭の上から投げかけられる。

 声の正体はフリルまみれの豪華なドレスを着た、小柄な女性。人形を思わせる美しい顔立ちをしていて、いつもの日傘はたたまれた状態で左手に握られている。名前は南宮 那月(みなみや なつき)。古城の学年の英語教師だ。

「そりゃないぜ那月ちゃん……俺がいくら不死身だとは言え、痛覚はあるんだぜ?」

「教師をちゃん付で呼ぶなと何度も言ってるだろうが」

 言いながら、左手の傘を古城の脳天に振りかざす。激痛が走り、古城の目の前に星が飛んだ。

「ってェ……体罰反対だぜ……」

「何を言ってる。これは体罰などではない、調教だ」

「調教!?」

(しつ)け、でも構わんが?」

「俺はペットと同じ扱いかよッ!!」

 息を荒げながら、忌々しげに那月を見つめる。そんな古城を見ながら那月はため息をつき、そうだ、と前置きをして

「喜べ、暁古城。今日の補習は無しだ」

 と言放つ。予想もしなかった言葉に思わず顔をしかめ、古城が問うた。

「……なんだ、何かあったのかよ?」

「もう一つの仕事の方で、な。ここ連日、魔族が数名行方をくらましていてな。おまえも気をつけるようにな、第四真祖?」

 第四真祖、と強調するように那月が言う。

 那月は英語教師だが、もうひとつ肩書きが存在する。攻魔師(こうまし)──それが南宮那月のもうひとつの肩書きだ。

 魔族特区の教育機関には生活保護のため、一定の割合で国家攻魔官(こっかこうまかん)の資格を持つ職員を配置することが義務付けられており、那月もその一人なのだ。加えて、特区警備隊(アイランド・ガード)の指導教官も兼任している。

「はいはい、わかりましたよ……でも魔族が行方不明とか、大丈夫なのかよ、それ?」

「なに、すぐに解決するさ。おまえが大人しくしててくれれば、の話だがな?」

 那月の言葉に思わず唸る古城。

 古城は事あるごとに面倒ごとに首を突っ込んではいるが、別に好きで突っ込んでいるわけではない。

 とは言え、そんな事を言っても言い訳に過ぎない。

 渋々、「へいへい……わかりましたよ……」と言いつつ頷くのだった。

 

 2

 那月が去った後の教室でうたた寝をしていると、だんだん生徒が集まり始めた。

 机に突っ伏しながら時計を見上げると、午前九時前──HR(ホームルーム)の始まる少し前辺りをさしていた。

 欠伸を噛み締めつつ、窓の外に目をやる。

「凪沙の元気がなかった、ねえ……」

 うたた寝している間も、引っかかっていた。あのいつも元気な凪沙が、元気がなかった……と。

 よっぽどのことがあったのだろうか。シスコン、なんて言われる古城でなくても心配になることだろう。

「凪沙ちゃんがどうしたって?」

 突然、背後から声をかけられる。聞き慣れた声なので確認することもなく、声の主はわかっていた。

「何か今朝、少し元気がなかった気がしたんだよ。何か知らないか、浅葱?」

 言いながら、声の主の方に視線を向ける。

 手を振りながら近づいてきたのは、藍羽 浅葱(あいば あさぎ)。古城が絃神島に越してきた頃からの友人だ。華やかな金髪と、校則ギリギリまで飾り立てた制服が特徴。だがセンスが良いのか、それでもケバケバしい印象は受けない。

 黙っていればそれなりに美人なのだが、常に顔に貼り付いたニヤニヤ笑のせいで、全てが台無しになってしまっている。

「へえ、凪沙ちゃんが? 珍しい。私は別に何も聞いてないけど……あたしがそれとなく聞いておいてあげよっか?」

「いや、いいよ。思い違いかもしれないし、何より暁家(ウチ)の問題だからな」

 自分の家の問題に、他人を巻き込むわけにはいかない。そういう意味を込めて言ったのだが、浅葱は何故か不機嫌そうな顔をして、

「あっそ」

 と、そっぽを向いてしまった。

「お困りかな、古城君?」

 浅葱とは別の、憎たらしい笑みを浮かべた男が、ヌッと机の前から現れる。

「……いつから居たんだよ、矢瀬」

「凪沙ちゃんの話をしてる辺りから」

「最初からかよ?!」

 矢瀬 基樹(やぜ もとき)。これがこの男の名前だ。ツンツンに逆立てられた短髪と、首からかけられたヘッドフォンが特徴。矢瀬も浅葱と同じく、絃神島に越してきた頃からの友人である。

「で、凪沙ちゃんが元気なかったんだっけか?」

「そうそう。何か知ってるのか、矢瀬?」

 わずかな期待を込めて矢瀬に言うが、矢瀬は笑みを崩して、

「いや、知らん」

 と言った。

 古城は思わずずっこけ、咳き込む。

「し、知らねえのかよ!!」

「まあただ……」

「……ただ?」

「女の子が悩むことなんて……な、浅葱?」

 言いながら、矢瀬が浅葱に視線を向ける。先程まで不機嫌だったはずの浅葱は、いつもの笑顔を取り戻していた。

「女の子が悩むことなんて、ね?」

「何だよ二人してもったいぶりやがって……」

「おいおい古城、ホントにわからないのかよ?」

 同情の目を向けて来る矢瀬に、思わずムッとする。二人がわかって自分にわからないこと……考えれば考えるほどわからず、睡眠の足りていない頭はパンクしそうだ。

 そんな古城を見かねたのか、浅葱が苦笑しながら答えを漏らす。

「恋よ、恋」

「…………え、は? 恋? 凪沙が?!」

「うわ、あからさまに動揺してるし……キモッ」

 浅葱の軽蔑の視線を受けつつ、古城が頭を抱える。

「そうそう、凪沙ちゃんだって年頃の女の子なんだし、恋のひとつくらいはするぜ、古城?」

 言いながら、矢瀬が自分の席へと戻って行く。

「凪沙が恋……んなわけないだろ……まさか、そんな。相手は……」

 頭を抱えつつひとりで唸る。

 凪沙が恋をしているかもしれない、という事で頭がいっぱいになり、睡魔も吹き飛んでしまった。HR開始のチャイムが鳴り響き那月の代理の教師が入ってきてからも、古城の思考は止まらない──

「嘘だろ……おい、嘘だろ……?!」

 ため息をつきつつ、机に額をくっつけ項垂れる古城を、浅葱と矢瀬が満面の笑みで見ていた。

 

 3

 考え事をしているうちに眠ってしまったのか、あっと言う間に放課後を迎えてしまった。

 机の中の教科書をバックに詰めている古城を見つめながら、姫柊が呟く。

「恋、ですか……」

 顎に手を当てて考え込む姫柊の肩を、思わず古城が強く掴む。

「な、何か心当たりがあるのか、姫柊?!」

「落ち着いてください先輩……! 前にも言ったじゃないですか、凪沙ちゃんは異性からの人気もすごいって」

 思わず古城が机の上で頭を抱え、「マジか……そうだなあ……」と呟くと、姫柊が困ったように溜息をつく。

「……そんなに気になるなら、気は進みませんが……凪沙ちゃんの後をつけてみますか? 恋じゃなかったとしても、何かわかるかもしれませんし」

 

 † 

 

 道ゆく人が、姫柊と古城を怪しいものを見る目で見て通り過ぎて行く。

「……なあ、姫柊? これ、明らかに怪しすぎないか?」

 場所は古城と姫柊が始めて話した、ショッピングモールだ。二人は道に植えられた大きめの木の影に隠れ、前方を歩いている凪沙を監視している。

「大丈夫です。これならバレたりしませんから」

「その自信はいったい何処の油田から湧いて来るんだ……?」

 溜息をつきながら、横目で姫柊を見つめる。姫柊の表情は真剣そのもので、古城が思わず頬を緩める。

「……何笑ってるんですか、先輩?」

「いやほら、姫柊も凪沙の心配してくれてるんだなあ、って」

「あ、当たり前じゃないですか! 私は先輩の監視役であると共に、凪沙ちゃんの……友達、なんですから」

 姫柊が、古城を見つめにっこりと笑う。それは監視役としての姫柊雪菜ではなく、凪沙の友達(、、、、、)として浮かべられた──普通の、女子中学生の柔らかい笑顔。

 その笑顔に見とれていたことに気がつき、思わず古城が姫柊から目を逸らす。

「どうかしましたか、先輩?」

「いや、なんでもねえよ……ほら、姫柊。凪沙、店入ってったぞ」

 二人で頷くと、木の影から出て後を追う。

 凪沙が入って行った店は、食料品を取り扱った大きめの店。今日は凪沙が夕飯の買い物をしてくると言っていたし、別に特別な意味はないだろう。

 半透明の自動ドアの目の前まで駆け寄って、思わず二人の足が止まった。

「なーにしてるの、二人とも」

 買い物カゴを片手に、凪沙が唇をむーっ、と引き結んで立っていた。

「え、ええとコレは……」

「その、だな……」

 あたふたと言い訳を絞り出す二人を見て、凪沙がため息をつく。

「まったくもう。尾行ごっこするなら、もっと上手くやってよね? それと雪菜ちゃん、今日一日凪沙に何か言いたそうにしてたけど……どうかした?」

 突然話をふられた姫柊が、うっ、と息を詰まらせる。

 俯き、目を左右上下に泳がせながら姫柊が言葉を探すが、凪沙が姫柊の顔を覗き込み畳み掛ける。

「友達の間で隠し事なんて、よくないよ?」

 そう言われて観念したのか、姫柊がゆっくり、ゆっくりと言葉を(つむ)ぐ。

「凪沙ちゃん……朝から、何か……元気がなかったから。どうしたのかなあ、と思って……」

 姫柊の応えを聞いて、凪沙はキョトン、として首を傾げた。

「そう? 別に、いつも通りだったけど……で、この際聞くけど、古城君は凪沙に隠し事、してないよね?」

 隠し事──やけにその言葉が、古城の心に突き刺さった。

 古城が数ヶ月前、第四真祖になったという事実を凪沙は知らない。凪沙はとある事件に巻き込まれて以来、魔族恐怖症なのだ。

 にも関わらず、古城が魔族になったと知ったら────どうなるか、想像すらしたくない。

「……ああ、してないよ」

 思わず凪沙から目を逸らす。吐き出された言葉は弱々しく、凪沙の耳に届く前に地面に落ちてしまいそうだった。

「……そっか。隠し事なんてしたら、古城君夕飯抜きだからね?」

「わーったよ。ほら、夕飯の買い物するんだろ? 行こうぜ」

 これ以上この話をしていれば心がどうかなってしまいそうで。

 古城は凪沙と姫柊の手を引き、店の中へと進んで行った。



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二章 感情 Feeling

今更だけど地の文での姫柊の呼び方姫柊、じゃなく雪菜じゃないですか。

………まぁいいや!


 1

 ふと訪れた息苦しさに、古城は固く閉ざしていた瞼を開く。

 窓の外はまだ日が昇りはじめた頃なのか、淡いオレンジ色の光がカーテンの隙間から漏れていた。

 視線をカーテンからゆるゆると目の前に動かすと、誰かが古城に馬乗りになるように座り込んでいた。まだ本調子じゃないのか、視界はボヤけていて、それが誰なのかはわからない。

 ボヤけていた視界がはっきりすると同時に、頭も回るようになってくる。

「………凪沙?」

 古城の上に座っていたのは、部屋着を身にまとった凪沙だった。いつも一つに結わえられている髪は降ろされていて、いつもとは違う大人の雰囲気が醸し出されている。

 ──が、様子が何処かおかしい。

 いつも笑顔が浮かべられている顔には、冷たくなるほどの真顔が浮かべられていて、半開きになった口から漏れる息も、古城のことを氷漬けにするかのような、冷たい息が静かに吐き出されている。

「おい、どうしたんだよ凪──」

 その呼びかけは、最後まで紡がれることはなかった。古城の上に馬乗りになった凪沙が、華奢な両手を使い、古城の首を閉めはじめたのだ。

 古城の体中から嫌な汗がドッと流れ出す。肺からせり上がった空気は首で凪沙の小さな手の平に制止され、代わりに声にならない声が古城の口から吐き出される。

 両腕で何とか凪沙の手をほどこうと力を入れるが全く動かない。凪沙に首を閉められているという恐怖と絶望感のせいか、腕に思うように力が入らない。

 腕が痺れ、力が抜けて行く。

 頭がボーッとして、恐怖感もだんだんと薄れて行った。

「────」

 何か、凪沙の恨みを買うことをしたのかもしれない。

 考えても考えても思い浮かばないあたり、姫柊に言われた通り、馬鹿で鈍感なのかもしれない。

 でも凪沙……俺を恨んでいるはずなのにおまえは──

 

 ──何でおまえは、そんなに涙を流してるんだ?

 

 凪沙の涙が布団に落ち、小さなシミを作る。

 そして、凪沙の手に力がこもり、古城の首の骨が────……………

 

 † 

 

「先輩、先輩?!」

 姫柊の悲鳴のような呼びかけで目を覚ます。

 古城は勢い良く上半身を起こすと、首に手を当てた。

「折れてない……夢、だったのか……?」

「あの、嫌な夢でも見ていたんですか……? すごく、うなされていましたが」

 姫柊が心配そうに、古城の顔を覗き込む。

 手の平を額に当てると、生暖かい汗がべっとりと付着した。

「ああ……ちょっとな。心配かけてスマン、もう大丈夫だから」

 いいながら、重い頭を振る。

 凪沙に隠し事なんてしてるから、こんな夢を見るんだ。それくらいのことを凪沙に黙っているんだし、仕方ない……と、自分に言い聞かせる。

「悪い、姫柊。着替えるから凪沙と先に、朝飯食っておいてくれ」

「……はい、わかりました」

 姫柊はしばらく心配そうな表情を浮かべていたが、頷くと部屋を出て行く。

 ため息をつきながら、窓の外を眺める。

 目の前に広がるのは青空。日は昇りきっていて、太陽は力強い光を放っている。

「………夢、だよな」

 にしてはやけにリアルで、夢と割り切れない自分がいる。

 再び頭を振ると、夢のことを端っこに追いやる。考えても仕方ない。今は、今日の学校の事だけを考えていよう。

 古城が部屋着を脱ぎ捨て、窓に背を向ける。それを見計らっていたかのように──

 

 ──窓の外で、黒い何かが、ベランダから飛び降りた。

 

 2

 時間は昼休み。

 アレから授業中に何度かうたた寝することはあったが、あのような夢を見ることはなく、古城の中ではやっぱりあの夢はたまたま見たものだ、と片付けられていた。

「へえ、人に殺される夢ね……」

 目の前の席に座り込んだ浅葱が、購買で買い込んだパンを咀嚼しつつ言う。

 たまたま見たものだ、と解決したとはいえ、気になるものは気になる。浅葱なら何か知ってるんじゃないかと思って相談したわけだ。

「そうなんだけど……浅葱、何か知らないか?」

 古城が問いかけると、浅葱は顎に指を添えてスマートフォンの電源を入れる。

「確か誰かに殺される夢って、良い夢なんじゃなかったっけ……ほら」

 言いながら、スマートフォンを手渡してくる。

 画面に目をやると、『殺される夢は願いが叶う知らせ!』といった見出しの記事が開かれていた。

「えー……誰かに殺される夢は古い自分が死に、新しい自分へと生まれ変わる吉夢。願いが叶い、夢へと一歩近づくでしょう……か。へえ」

「そうそう、良かったじゃない。願いが叶うんだし」

 ニヤニヤといつも通りの笑みを浮かべながら、新しく開封した焼きそばパンを頬張る浅葱。

 浅葱にスマートフォンを返し、席を立つ。

「なに、何処か行くの?」

「ちょっと飲み物、自販機に買いに行ってくる」

「行ってらっしゃい。願いが叶ったら言いなさいよ。お祝いに、何か奢らせてあげるから」

「結局俺が奢るのかよ………」

 肩越しに浅葱を見つめ、大きなため息をついて教室を出た。

 

 † 

 

「あっつ……死ぬ。死ぬ……」

 容赦無く照りつける日差しを睨みつつ、重い足をひきづるように歩く。登下校時は人で溢れかえっている中等部と高等部を繋ぐ道だが、昼時は食堂や教室に集中するため人通りはない。

 校舎内の自販機は軒並み準備中。何かの嫌がらせを受けてるのかと叫びたくなったが、堪えて外の自販機に向かっているわけだが──

()げる、灰になる……やっぱ帰るかなあ……」

 とは言っても自販機まで残り少しだし、ここで帰るのも気が引ける。複雑な心境と戦いつつ、休憩がてらベンチに座り込み、空を仰ぐ。

「少しは涼しくなれっつの……」

 太平洋のど真中に位置する絃神島。気温は一年を通して夏並みに暑く、吸血鬼の古城にはなかなかつらい。

 今日も今日とて目が痛くなるほどの青空が広がっていて、思わず大きなため息をついた。

「………なんだ、あれ」

 突然、青空に一つの黒い点が足された。

 その点はだんだんと広がって行き──いや、その点は、古城に向かって落下してきている。

「なっ………!?」

 咄嗟にベンチから転がり落ち回避。すると古城が座っていたベンチは、落下してきた黒い球体に押しつぶされた。

「っぶねえ……何だよこれ……」

 落下してきた黒い球体を睨みつける。

 それは見方によっては水銀のようで、触れるものすべてを飲み込むような闇のようだった。

 ──刹那、闇が蠢く。

 球体から触手のようなものが四方に伸び、古城を襲う──!!

疾く在れ(きやがれ)!〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟──!!」

 古城が右手を掲げ吠える。右腕から濃密な魔力が流れ出し、それは稲妻(いなずま)へと変化し──だんだんと、雷光の獅子をかたどって行く。

 獅子の黄金(レグルス・アウルム)。姫柊の血を吸い、一番最初に掌握した世界最強の吸血鬼、第四真祖の眷獣のうちの一つだ。

 が、強力すぎるが故に、操作が難しい。少し気を抜くと、辺り一面を更地にしてしまうことなんて造作もない。

 細心の注意を払いつつ、四本の触手を雷で叩き落す。迫り来る触手は弾け飛び、べちゃりと地面へ落下した。

「いけ、〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟──!!」

 相手に休む暇を与えない。

 古城が吠えると同時に、応えるように稲妻の獅子が吠える。

 辺りに濃密な魔力と稲妻が走り、黒い球体本体に巨大な雷が落ちる。

『ギィィィアァァァァ!!』

 球体は耳を塞ぎたくなるような、甲高い悲鳴を上げ弾け飛び、地面に大きな水溜りを作った。

「な、なんだったんだよ今の……」

 荒い息を整えながら、水溜りを睨みつける。暫らく睨みつけたが何の動きもなく、安堵の溜息を吐いた。

 眷獣の召喚を解き、額の汗を拭う。

「……そうだ、姫柊に報告しねえと」

 古城にとっては未知であった今の現象も、姫柊なら何か知ってるかもしれない。

 そう思って、中等部へ向かおうとしたのと同時だった。

 黒い球体が弾けてできた水溜りに、音も立てずに赤い四角形の物体が浮かび上がった。遠目に見るとその四角形の物体の表面には魔法陣が刻まれていて、何かヤバい物(、、、、、、)というのが一目でわかる。

 そしてそれは高速で回転し、周りの水溜りが巻きついて行く──

疾く在れ(きやがれ)──ッ!!」

 眷獣を召喚しようとした時にはもう遅い。

 水溜りから一本の触手が飛び出し、古城の腕に絡みつく。

「ッ……?!」

 瞬間、古城の脳内に流れ込む無数の死のイメージと、負の感情。

 恨み、嫉み、怨嗟、憎悪、自棄、破壊衝動──古城の意識を奥に、奥に追いやるように止めどなく流れ込み、頭を黒く塗りつぶして行く──

 

 ──その中に、凪沙の声を聞いた気がした。

 

 古城の意識が、薄れて行く………。

 

 

 3

 高等部の方角から巨大な魔力を感知し、姫柊が思わず目を見開く。

「うん? どうしたの、雪菜ちゃん?」

「う、ううん。ごめん凪沙ちゃん、パン売り切れちゃうと大変だし、先に行ってるね!」

 凪沙の答えを待たずに走り出す姫柊。その背後を見て、凪沙が首を傾げながら呟いた。

「……どうしたんだろ、雪菜ちゃん。変なの」

 

 † 

 

 心の中に、負の感情が溢れかえる。

 誰が気に入らない、誰かが殺された、誰かを殺したい、何かを壊したい、嫌だ、嫌いだ、嫌いだ嫌いだキライダ……そんな感情が休みなく流れ込み、吐き気が襲う。

 腕が痒くなり、かきむしろうとするが腕が思うように動かない。

「──雪霞狼(せっかろう)!!」

 瞬間、真っ暗だった古城の視界に一筋の光が走った。

 光はどんどん広がって行き、視界が戻る。同時に体の自由も戻り、思わず地面に倒れこんだ。

「先輩……?!」

「す、すまん姫柊……助かった」

 姫柊が駆け寄り、古城を抱き起こす。心配そうに古城の顔を覗き込みながら、姫柊が問う。

「強力な魔力の波動を感じて来てみれば……どうしたんですか、これ」

「俺もよくわからねえんだよ……急にあれが落ちて来たと思ったら攻撃して来て、気を失って……ひたすら汚ない感情を流し込まれたと思ったらこのザマだ」

 言いながら、黒い球体を睨みつける。球体は姫柊からの攻撃を受けてから、こちらの様子を伺うようにジッとしていた。

 古城と同じように球体を睨みつけながら、姫柊が銀色の槍を握り直す。

 姫柊の手に握られているのは、〝七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)〟の一つ──名を雪霞狼。〝神格振動波駆動術式〟と呼ばれる魔術無効の術式が組み込まれた、獅子王機関の秘密兵器だ。先ほど古城を救った攻撃もこれを利用した斬撃だろう。

『ほう──〝七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)〟……獅子王機関の使いに、第四真祖か。面白い』

 辺りに姫柊のでも、古城のものでもない声が響いた。それを聞いて、古城と姫柊は目を見開く。

『何、そう驚くことでもないだろう? つい先程、第四真祖の魔力を半分ほど頂戴したんだから、な』

 声は、目の前の球体から聞こえているようだった。非日常な現象の連続に、古城は思わず苦笑する。

『このままの姿だと話しにくいか……仕方ない。少し姿を変えよう』

 球体はそう言うと、形をどんどん変えて行く。四肢が生え、顔ができ、肌の色が黒から白く、人間に近くに変化していく。姿の変化が終わった瞬間、古城は目を見開いた。

「アヴ──ローラ……?!」

 背中まで伸びる綺麗な髪を風になびかせる、彩海学園中等部の制服を着た少女。その姿は、古城の記憶にあるアヴローラ・フロスティーナそのものだった。

 だが、よく見れば違う。金髪だった髪は太陽の光を反射して銀色に光っており、青かったはずのつぶらな瞳も真紅の怪しい光を放っている。

『フフ、貴様の魔力の一部からアヴローラ・フロスティーナの記憶を抜き出し、姿を借りた。どうだ、そっくりだろう?』

「おまえ……俺の魔力を抜き出したり、あんなに汚ない感情をひたすら流し込んだり……一体何者なんだよ!!」

 アヴローラの姿をしたソレから目を逸らしながら唸る。

 古城を見てソレは満足そうな笑みを浮かべると、歌うように語り出した。

『人は綺麗な感情ばかりを持っているわけではない。感情には裏と表がある物だろ? 会いには遭いがあるように、愛には哀があるように──誰しも暗い……負の感情を持つ物だ』

 負の感情。古城の体に流し込まれた、無数の汚ない感情。

 身を持って体験した古城は固唾を飲み、続きを待つ。

『だがそれは決して良い物ではなく、嬉しい物ではない。愛や嬉や楽などは無限に受け入れる器を持っているくせに、負の感情を許容する器は無限ではないのだ』

 真っ赤な瞳が、まっすぐと姫柊に向けられる。貴様もそうだろ? と言わんばかりに。

『私の正体は人が抱えきれなくなって溢れかえった負の感情の塊。まあ、〝負の塊〟──とでも名乗っておこうか』

 〝負の塊〟──そう名乗った少女の形をした何かは、愉快そうに口元を歪めた。その笑顔をみた二人の背筋に、冷たいものが走る。

 綺麗に整った顔を歪め、姫柊が問うた。

「……貴女の目的は、何ですか?」

『目的……そうさね。吸血鬼や魔族から魔力をいただいて、ある程度の行動はできるようになったし──この島を壊して、溜まりきった負の感情を発散すること、ってところかな?』

 答えを聞いて、思わず古城が拳を握りしめた。

 それを無視して、負の塊は続ける。

『良いじゃないか。貴様らが抱えきれなかった感情を、こうして発散するんだから。むしろありがたいと思って欲しいものだね』

「ふざけんな!!」

 古城が、相手の言葉を制止するように叫んだ。

「何が感謝して欲しいくらいだ。何が発散だ……俺に流れてきた汚ない感情。それはどれもこれも自分で解決しなきゃならねーものばかりだった! テメェのそれは、余計なお世話でしかねえ──ッ!!」

 

「人間はそこまで、弱くねえんだよ!! 負の感情の発散? なら俺がここでおまえを倒せば良いだけだ! そんなもの、島を壊して良い理由にはならねえ──ッ!! ここから先は、俺の戦争(ケンカ)だ!!」

 拳を構え負の塊を睨む古城の隣に姫柊が並び、槍を構え直す。

「いいえ、先輩──私達の(、、、)戦争(ケンカ)、です──! 貴女に絃神島を、壊させるわけにはいきません!!」

 



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三章 破壊 Destruction

 1

 古城が吠えると、少女は楽しそうに嗤い、構え直す。同時に背後から、目視できる程の濃密な魔力が溢れ出した。

「……簡易的なものですが、人除けの結界は張っておきました。安心してください、先輩」

 古城が内心、心でも読まれたのかと苦笑する。

 ここは学校のド真ん中。さっきまでは必死で気が回っていなかったが、下手に眷獣を使って誰かに見つかったら冗談にならない。

「サンキュ姫柊これで安心して眷獣を使えるぜ──疾く在れ(きやがれ)!!」

 掲げられた古城の左腕から魔力が溢れ出し──辺り一面の大地を震わせる程の騒音に成り代わる。

「〝双角の深緋(アルナスル・ミニウム)〟!!」

 騒音が鳴り止むと、古城の目の前に緋色(ひいろ)双角獣(バイコーン)が現れた。

 陽炎のようなその姿の眷獣は、肉体そのものが凄まじい振動の塊だ。

 頭部に突き出した二本の角が、音叉のように共鳴して凶悪な高周波振動を撒き散らす。

「せ、先輩! 人除けの結界が張ってあるとはいえ、少しは加減を──!」

「それは眷獣(アイツ)に言ってくれ!!」

 よく整備されていたはずの道路をボコボコにしながら吠える双角獣を見つつ、古城が引きつった笑みを浮かべた。

『はは、なんだいそのザマは。眷獣を使う、というより眷獣に使われてる方が正しいんじゃないか?』

「るっせ……行け、〝双角の深緋〟!!」

 双角獣が、〝負の塊〟目掛けて突進する。

 相手も大人しく攻撃されるわけがない。背後から無数の、ドス黒い触手が飛び出し、双角獣の身体に絡みつく。

「──雪霞狼!!」

 雪菜が絡みついた触手を、槍で切り裂く。一瞬先の未来を察知する剣巫(けんなぎ)の霊視を用いて攻撃を先読みしたのだ。

 自由になった双角獣は再び走り出し、騒音を撒き散らしつつ〝負の塊〟に突進する。

『くっ……これは流石に無理かな』

 言いながら、幼さを残した笑顔を歪め、目を閉じる。

 双角獣の角が左胸に突き刺さり、少女の形をしていたソレは液体と化した。

「やったか……?!」

「いえ、先輩──まだです!」

 液体は徐々に双角獣を侵食し、魔力を奪って行く。

 古城が咄嗟に召喚を解くが、魔力は半分以上吸い取られた後だった。

『くく……惜しい。もう少しで魔力を吸い付くしてやるところだったのに』

 液体から形を取り戻し、怪しい笑みを浮かべる。余裕なその態度に、古城は思わず奥歯を噛み締めた。

 

 2

 

「どこ行っちゃったんだろ、雪菜ちゃん」

 強い日差しにムッとしつつ、凪沙が呟いた。

 中等部を出て少し進んだが、雪菜の姿はない。

「だいたい怪しいよねえ……急に用事だなんて。何も言ってなかったのにさー……お昼、どうしよ」

 その場にいない雪菜に向けられた愚痴は、電灯に止まった蝉の鳴き声にかき消される。

「雪菜ちゃんのバーカ……」

 地面を睨みつけ、悪態をついたのと同時。

 地面が大きく揺れ、耳を抑えたくなる程の騒音が辺りに響いた。

「な、何? 今の……」

 キョロキョロと見回すが辺りに人影はなく、音の主も見つからない。

「……こっち、かな」

 ただ凪沙は、何かに導かれるように、前へ前へと歩き出した──

 

 † 

 

「クソ……疾く在れ(きやがれ)龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!!」

 出現したのは龍だった。緩やかに流動してうねる蛇身(だしん)と、鉤爪を持つ四肢。そして禍々しい巨大な翼を持ち、水銀の鱗に覆われた双頭龍。

 それは宙で(とぐろ)を巻き、小柄な少女の形をした〝負の塊〟を睨みつける。

『またおっかないものを……!』

 少女は唸り、右手を開き突き出した。

 突き出された右手から、魔力が溢れ出す。魔力が高周波の塊と化し双頭龍を襲う。

「あれは先輩の眷獣の……?!」

 放たれたそれは、〝双角の深緋(アルナスル・ミニウム)〟が纏う音の鎧そのものだった。眷獣から吸い取った魔力をそのまま双頭龍目掛けて放ったのだ。

 ──だが、そんなものは意ともせず、双頭龍は音の塊を避け、〝負の塊〟の脇腹を食いちぎる。

『チッ……次元喰い(ディメンジョンイーター)か……』

 少女の顔から余裕が消え、古城が笑う。

「流石にそいつの魔力は吸い取れないだろ!! 行け、龍蛇の水銀ッ!!」

 古城が叫ぶと、双頭龍が迂回し、反対側の脇腹を食いちぎる。

 するとそこから、赤い四角形の物体(コア)(あらわ)わになった。

 物体を見て、古城の脳裏に数分前の、〝負の塊〟が復活した光景が脳裏をよぎる。

「姫柊!! そいつが多分本体だ。その赤いのを壊せばこいつは復活しない!」

 古城が叫ぶと、雪菜が槍を構え走り出す。

「はああああッ!!」

 槍は眩い光を放ち、コアとの距離を縮めて行く。

 〝負の塊〟がすかさず攻撃を除けようとするが、させまいと古城が新たな眷獣を呼び出すべく、左手を掲げる。

「疾く在れ──」

 

「──雪菜ちゃん? 古城……くん?」

 

 ふとした声に、雪菜と古城の動きが静止した。

 声の主は雪菜の目の前で、目を見開き二人と同じように固まっている。

「凪沙──」

 古城の震える喉からやっと出た声は情けなく、かすれたものだった。

「こんな所でなにしてるの、古城くん……なに、これ。どうなってるの? どういうこと? 雪菜ちゃん、何その槍。危ないから片付けよう? 古城くん……何、この怪獣。これって眷獣だよね? 何で眷獣がこんなところにいるの……?」

 次から次へと吐き出される凪沙の疑問に、二人が押しつぶされて行く。

「そこにいる女の子、アヴローラちゃんによく似てる……もうわかんない、わかんないよ……」

 凪沙が呟き、地面に膝をつき泣きじゃくる。

 そのチャンスを、相手が見逃すわけはなかった。

『ふふ……はははは! 素晴らしい! 素晴らしいなこの娘は!! 溢れんばかりの負の感情と、濃く強い魔力……気に入った。器はこの娘に決定だ!!』

 耳障りな笑い声をあげ液体と化し、凪沙に迫る〝負の塊〟──

「危ない、凪沙!!」

 金縛りから解けたように古城が凪沙に向かって走り出すが、遅かった。

 ドス黒い液体が、凪沙を包み込むように広がって行く──

 

 3

 

 目の前に広がるのは闇。

 目を閉じているのか開いているのかすらわからない。

 ただ、そんなことはもうどうでもよかった。次から次へと溢れ出す疑問。それが凪沙の頭の中を支配して行く。

「古城くん……どうして……」

『第四真祖……いや、貴様の兄は、貴様に隠し事をしていたんだよ』

 一人呟いた疑問に応える声。不思議とそれが、今の凪沙には心地よかった。

「そっか……古城くんが……」

『兄だけじゃない。姫柊雪菜もだよ。皆貴様に嘘を吐き、隠し事をして、君を独りにしたんだ』

 不思議と頭に流れ込んでくる、知らなかった二人の真実。

 もう全てが、どうでもよくなった。

「…………古城くんと、雪菜ちゃんが……」

 呟き、凪沙の目が見開かれる。その目は、真紅の怪しい光を放っていた。

「そっか、あたし……仲間はずれだったんだ」

 一粒の涙が頬を伝い、黒く染まった地面に落ちる。

「ずっと……独りだったんだ」

 そして──

「ならこんな世界、もういらない。壊れちゃえばいいのに」

 ──破壊の引き金のように、言葉が紡がれた。



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