とある幻想の四重響奏 -Quartet of a Imagine- (独楽と布団中の図書館)
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00. Opening of Tragedy

はじめましての方ははじめまして、もしかしたら以前ホームページをご覧になられた方は久しぶりでございます。
2011年1月に始め、2014年10月現在に閉鎖したうp主のサイトをサルベージしたものを少しずつ直しながら載せていこうと思っています。
以前まではmyuuuと名乗っていましたが、今現在はホームページのタイトルだったものを名前にしています。




 

 

 彼は、『上条当麻』は懐かしい夢を見ている。

 夢を見ている、と。そう自覚できるほどに、この夢は彼の記憶に鮮明にこびりついていた。

 

 それは、『物語の基点』であり。

 本来の物語、『一人の少年が、ベランダに引っかかっていた少女と出会って始まる物語』の根底を大きく変容させる『きっかけ』だ。

 

 根底が変わる。変容する。

 

 その始まりはそう、――悲劇だ。

 

 幼い頃から人一倍『不幸』を引き寄せてしまい、『厄病神』だと罵られ忌避されてきた少年は、七歳の頃に『良くないもの』を呼んでしまったのだ。

 

 何の因果か、この世ではないどこかから落ちてきてしまった『化物』によって。

 

 本来ならばこの時点で関わることのない存在によって、『善人(ヒーロー)』になるはずだった少年の未来は、その在り様を大きく変容させることになる。

 

 

 

■Opening of Tragedy■

 

 

 

 曇天の空だった。降り注ぐ黒い礫が世界を赤色に染めていく。

 塵に煤けた体を雨が洗い流しいくのも、何かに浸かった体がずぶ濡れになるのも構わず、ただ空を見上げていた。

 

 

 体は死んでいて感覚も無い。動かすこともできない。

 動かそうとして胸部から腹部にかけて鋭い痛みが奔った。顔を持ち上げれば胴の右側から左側まで一直線に切り開かれた体が見える。切り開いて中身を引き摺り出した後みたいだ。身体が二つに泣き別れていた。下半身は消えていた。右肩から先は腕ごと消えていて何かが溢れ出ていた。よくわからない。

 

 浸っているそれが自分の血液だと気づいた。致死量だとか、そんなことを考えなくても、ああ死ぬんだな、なんて考えに行き着いた。今生きているのが不思議なくらいだ。普通はもう死んでいるはずだ。

 入っていた中身が無いのだから容器だけで存在する理由はない。尚も中身が溢れ出ていく。

 

 もう時間が無い。でも、何故こうなったのかもわからない。始まった瞬間に終わりかけていた。理不尽だとも思わなかった。いや、他者と自分の違いも、幸福だとか不幸も理解できていなかった。だから、何も感じない。

 ここで終わりを迎える。その先があるかどうかは考える必要もない。あったらその時に考えればいいことだから。

 意識は在っても無いようなもので。かすれていく視界と砂のように崩れていく記憶が終わりを克明に訴えていた。

 

 

 

 

 

 白んでいく世界に、ふと、影が落ちた。黒い影。それは不思議な形をしていた。

 

 

 

 

 

 まず見たことも無いような大きさだ。家一軒くらいの生き物なんて見たことがなかった。そしてそれは体中を堅そうな鱗で覆っている。金槌で殴った程度では割れそうもない分厚い鱗だ。それから大きな翼が生えていた。どうやら飛んできたらしい、今は地に腰をおろしているからかたたんでいる。長い首だ。麒麟でもここまで長くない。鋭い牙と大きな顎だ。クジラなんて一噛みで引きちぎるだろう。

 

 なんだったか。こういう生き物をなんて形容するんだろう。

 

 ああ、そうだ、思い出した――、

 

 

 

 

――『竜王(ドラゴン)』。

 

 

 

 

 

 そういったはずだ。架空の生き物で、火を吹いたり、家畜を食い荒らしたりするような奴だ。そんな悪者がこんなところで何をしているんだろう。

 それに答えるようにその口が開いた。

 

 

 

『――我ガ名、〈ash■■iud者ghi〉■i■wスsk』

 

 

 

 驚いたことにソイツは喋れるらしい。ただ、耳じゃなくて直接頭に伝わってくる感じだが。正直、今の体で頭を揺らされるのは、止めに等しい。痛い。

 

 

 

『アアソウカ、人間ニハ『sa識w■e』ガナカッタカ。貴様、名ハ?』

 

 

 

 知るか。そんなもの憶えていない。いいから喋るのをやめてくれ、頭を揺さぶるな。

 

 

 

『答エル『力』モ持タヌカ―――』

 

 

 

 聞けば聞くほど声らしくない声だ。本当は姿も形も持っていない『モノ』に、無理やり見えるような姿を付け加え、必要だから意思を伝える媒体を後付けで組み込んだみたいな。まるで、役割のために必要だから仕方なく付けたような、意思を伝えることに意味を見出していないような。あたかも自分は人間などの声で話をしたいわけではないと露骨に言っているみたいな声だ。

 

 

 

『ナラバ我ガ名付ケヨウ、agy■■s■a子fu■■。ソノ空白、我ガ埋メル』

 

 

 

 瞬間、身体が開かれた。何かが無理やり身体に入り込んできた。

 圧迫され、もとからあった中身が右腕として押し出された。中身がミキサーにかき混ぜられるみたいにぐちゃぐちゃになっていく。そうして原型もなくなった中身のかわりに全身を竜が埋めていく。自分として残されたのは元から中身が詰まっていた頭と押し出された右腕だけだ。

 でも、先まで空っぽだった中身はすべて埋まった。必要な分はすべて代替物で埋まってしまった。容器に存在理由が詰め込まれてしまった。

 だから死ぬ理由もなくなった。

 

 

 

――『我ガ名ハ、■■■■』

 

 

 

 

 身体の中から聞こえる声に。

 

 

 

 

――『神ヲ浄メ、魔ヲ討ツ『li■s意■■』ヲ持ツ子供ヨ。貴様ニ名ヲ――』

 

 

 

 混濁する意識は――、

 

 

 

――貴様ハ我ラガ………………、

 

 

 

 

 最後にそんな、歓喜するような声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして気づいたときには俺はどこかの病院のベッドの上で、体のいたる所に点滴を差された状態で目を覚ました。

 

 

 

 事故に巻き込まれたのだと、医師に教えられた。

 全治半年以上の怪我だったのにどうして、と看護婦に言われた。

 

 

 

 何日かして『上条示道(カミジョウ シドウ)』とかいう男がやってきた。いかつい顔の一切表情の変わらない鉄面皮の男だった。

 どうやらその男は後見人を名乗り出たらしいのだ。

 最初はどんな物好きだろうと思った。次に、なんで記憶も名前もない子供の親なんかになろうとしているのか知りたくなった。興味は尽きなかったがそれを聞いても彼は答えなかった。

 

 

 それから何を話したのかは覚えていない。

 ただ必要最低限のことだけ教えられ、必要な分だけ物を与えられた。

 

 

 そして二年間ほど、俺が便宜上9歳になるまで共に暮らすことになった彼につけられた名前は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『上条当麻』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえずプロローグ。
基本的に一話の文章量は2000から5000くらいになるので少々物足りなくなるかもしれませんが、そこは三年前の処女作ということでご容赦ください。

■2015/02/07
第一章は文章も少なくばらつきがありましたが、第二章あたりから平均が5000~7000程度になりました。……何にしてもばらつきは残ってしまいましたが……(汗


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Phase01 -LEVEL Upper-
01. Open Everyday


早速登場オリキャラ一人目。
上条さんも最初から誰コレ状態。
キャラクターについては幻想御手編終了後に説明を載せるつもりです。

2014/12/04追記:やはりキャラクター紹介については完結した後に乗せようと思います。なけなしの文章力で頑張って補完していくつもりです。


 何気ない、それこそいつも通りかもしれない平穏な日常。

 

 

 

 

■Open Everyday■

 

 

 

 

 ―――――…………、

 

 

 

 

 

「――――――――、」

 

 

 

 

 見慣れた天井を真っ先に視認した。

 エアコンの稼働音に、外から聞こえる鳥の鳴き声。

 上体を起こせば、自分の部屋が視界に飛び込んできた。勉強机とそれに対応する椅子があるだけの殺風景な部屋。娯楽用品などといったものはない。一応、窓の植木鉢には白い花――アネモネが咲いているが、それはつい先日「殺風景過ぎる、味気が無さ過ぎる。現役高校生としてどうなのよ」と言って同居人が置いていったものだ。そこはかとなく世話を押し付けられた気がしないでもない。

 

 

「……眩しい」

 

 

 窓から差し込む朝日の眩しさに、思わず布団に潜りなおしたくなる衝動を抑え、ベッドから起き上がる。

 洗面台に向かうために廊下を出れば、サウナみたいな熱気が部屋に押し寄せた。部屋の冷気が逃げ切らないうちに扉を閉めて、さっさと洗面台に入る。顔を洗えば冷えた水が眠気や気だるさごと汗を流してくれる。気持ちがいい。

 だがまだジトっとした熱が落ち切らない。寝汗がすごい。覚えていないがうなされていたらしい。安眠した時の解放感とは程遠い。

 

「シャワーでも浴びるか……」

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 数分で入浴を終え、制服に着替える。冷水に冷えた身体に、空気の熱が布越しに程良く伝わってくる。底冷えしない程度に温度を調整してリビングのエアコンをつけた。

 ダイニングチェアに腰かけ、置いてあったリモコンに手を伸ばす。

 

 

『――強い日差しは今週いっぱいがピークで、日中は熱中症にならないように注意しましょう。また―――』

 

 

 それとなくニュース番組を見れば、左上に5:17分の文字。いつも通りの時間だ。いつも7時過ぎに起きてくる同居人に言ったら、「ちょ、早すぎ。爺さんか」と驚かれ呆れられた。たしかに、起床時刻は平均よりやや早いかもしれない。

 アナウンサーの朝礼じみた解説を聞きながら、玄関のポストから持ってきた新聞を開く。開けば、でかでかと占いの文字が。気にも留めずページをめくる。内容は学生向きのものばかりで、第七学区の高校で授業中に熱中症で何人か倒れた、だとか。昨日7月16日、第七学区の銀行強盗を駆けつけた高位能力者の風紀委員が拘束だとか。軽い内容ばかりだった。ただ、読んでいる分には退屈しないので、朝食を作り始めるまでに新聞を読み終えるのが日課となっていた。

 二時間程で読み終えて時間を見れば、ちょうど7:20を回ったところだった。

 

 

 朝食は何にしようか、と悩んでいればドアを開けて同居人が眠そうにパジャマ姿で出てくる。

 

 

「あふあふ……、おはよ~…………ふわ」

 

 

 欠伸を織り交ぜたなんとも眠気を誘う挨拶だ。声どおりの締まらない顔で欠伸を噛み殺しているのは上条柚姫(カミジョウ ユズキ)。妹だ。血は繋がっていない。赤み掛かった黒髪は腰のあたりまで伸びているのだが、ところどころ跳ねているため使い古したモップみたいになっている。知り合い曰く可愛いらしい顔立ちは、寝起きのせいでふわふわと眠そうだ。

 

「おにいちゃ~ん、テレビ欄ちょーだぁい……」

 

 彼女の思考は目下今日の番組に向いているらしく、言われた通りに引き抜いて渡せばうつらうつらと読み始めた。さすがに呆れて溜息を零した。

 

「顔洗ってこい。舵漕いでるぞ」

「んー…………」

 

 聞き分け良く、ゆっくりと立ち上がって目を擦りながら洗面台に消えていく。ほどなくして浴室から「わひゃぁっ!!? 冷ひゃいっ!! ぉわうきゃぁああああああ!!」という悲鳴と何かがぶつかるよう盛大な音が聞こえてくる。さて、とキッチンに向かえば、先ほどとは別の理由でぐったりとした柚姫が姿を現した。猫背でふらふらと歩く様はさながら幽霊だ。髪が跳ねているから尚更落ち武者染みて見える。

 

「なんか、失礼なこと考えてなかった……?」

「別に」

「考えてた」

「考えてない」

「…………ぶー」

「拗ねるな」

 

 ダイニングキッチン越しにそんな会話をして作業に取り掛かる。メニューはトーストとベーコンエッグにトマトサラダ。柚姫用のデザートは、冷蔵庫に果物が余っていたから適当な大きさに切ってヨーグルトに入れてメープルシロップをかけて完成。途中で「ホットミルク飲みたい~」と注文が出たのでミルクを温める。どうやらシャワーを浴びようとして冷水を思い切り被ってしまったらしく、ぐずぐずと鼻をすすっている。早く鼻をかめ。

 

「ほら、出来たぞ」

「わー、美味しそー。いただきま~す………ぐず」

「だから鼻をかめ」

 

 言ってティッシュ箱を渡してやる。それをふらふらとした動きで受け取る。何故だろう、シャワー浴びたはずなのに今だに覚醒しきっていないようだ。……いつものことか。

 

「ん~~……、――――、……ありがと」

「ったく、風引くなよ」

「ん……、おいしー」

 

 いいながらトーストにバターをかけてぽりぽり齧っている。ネズミみたいだな、と思いつつトーストを手早く完食する。ブラックコーヒーを口にしながらのんびりと時間を過ごす。8時まで後数分。時間は大丈夫だろうかと心配していれば、どうやら食べ終わったらしい。目は完全にさめたようで、「わーい、フルーツぅ~」とかいいつつスプーンを咥えている。

 

「柚姫」

「ん~、なぁに~?」

「食べながら喋るな――――、じゃなくてな、テレビの左上見ろ」

「え~、なんで?…………――――、ってもう8時じゃん!? ちょ、早く言ってってばー!」

 

 「ひゃー」と言いながら、ヨーグルトをかき込んでいく。心なし涙目なのが可哀そうだが、こればかりは仕方ない。のんびりしていたお前が悪い。

 

「ごちそうさま!」

「お粗末様。食器は俺が片付けとくから」

 

 最後まで聞かず彼女は部屋に戻ってしまう。それほどまでに慌てていたらしい。部屋から「わー!」とか「きゃー!」とか聞こえてきたが、様子を見ようとして彼女のあられもない姿と遭遇してしまったことは数知れず、ここはあえて無視を決め込んだ。

 ほどなくして彼女が飛び出してくる。ばたばたと洗面台に向かっていったから、あとは髪を整えるくらいだろう。

 

 だからこちらも準備しなければ。

 

 制服に着替えているから、後は鞄を持ってくるだけだ。自室の扉を開けて入る。中はエアコンの冷気も入らずに熱いままだ。

 

 目的のものは勉強机の上。勉強机というよりかはパソコンデスクと言ったほうが正しいような、ガラスとアルミで作られた台の上に黒皮の鞄は置いてあった。

 と、その横に置いてあったものが目に入る。

 

「……そう言えば片付けていなかったな」

 

 鞄と一緒に置いてあったものは学生証。どうやら制服に入れ忘れていたらしい。

 

 ここで生活するために必要な、身分を証明してくれる必需品。書かれている内容は、俺の場合はこうだ。

 

 氏名、上条当麻(かみじょうとうま)。年齢、十六歳・十二月二十五日生まれ。高校二年生。身長は177cm、体重は58kg。住所は第七学区。能力強度、無能力者(レベル0)。通っている高校はどこにでもあるような、本当に普通の高校だ。そして学生証に貼られている顔写真に写っているのは、ところどころ跳ねた黒髪が特徴的な、男女という性別の特徴の違いが少々曖昧な男子生徒の顔。

 

 

 その内容が、表向きの俺の生活の全てだ。

 

 

「…………」

 

 

 ふと、自分は何を考えているのだろう、と思い至った。そんなこと、態々確認しなおすことでもない。

 確かに時々、自分の立っている足場が不明瞭になるような感覚に襲われることはあるが、今そんなことを考えていても仕方が無い。

 

「……行くか」

 

 学生証をズボンに仕舞いこんで、鞄を持って外に出た。

 

 

 




九割オリキャラの上条さんのイメージは、原作の彼を縦に伸ばして髪も少々伸ばした感じです。


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02. Sister the Mistake

三年前の自分が一体何を思って書いていたのか思い出せないのだぜ……。


 

 蒸し暑い日の、ほの暖かいようないつもの通学路。

 

 

 

 

■Sister the Mistake■

 

 

 

 

 学園都市第七学区に位置するマンション。私こと上条柚姫が兄である上条当麻とともに住んでいるのは高級でもなく安っぽくもなく、普通の物件。やや高級というのが丁度良いかもしれない。

 部屋は2LDKで、二つの洋室を兄妹別々に使っていて家事は交代制。家賃は兄が払ってくれている。確か『無能力者』だったはずだが奨学金が出ているらしいのだ。本人が奨学金と言い張っているのであまり追求しないで置いた。聞こうとするといつも上手い具合に話題を変えられ、無理やり聞こうとすれば上げ足を取られ最悪説教という名の愚痴を永遠と聞かされることになるから始末が悪い。それが終わると当麻が微妙にすっきりとした顔をしているのがまた少々頭にくるのだが、今は置いておこう。

 何かしらで兄を打ち負かしてやりたいのだが、最も得意な料理ですら未だに味で勝ったためしがない。悔しいが私の兄は何かとそつなくこなせるのだ。無論口で勝てるはずもない。

 

 

 学園都市とはその名の通り学生たちの都市で、広さは東京都の約三分の一。総人口約230万人でその内教師や研究員を除けば殆どが学生だ。

 そしてこの学園都市の最たる特徴が『超能力開発』だ。そう、『超能力』である。簡単に言えば学生たちの脳を音波や微弱な電流で刺激して特殊な能力を開花させているのだ。言ってしまえば人体実験だ。だが、実際に能力者は生まれた。有名なところだと発火能力(パイロキネシス)や透視能力(クレアボヤンス)のような能力を開花させた学生もいる。その実績によって学園都市はその運営を確固たるものにしていた。

 そして能力者なんてものを生み出す土壌、科学水準は学園都市の外よりも十年程度進んでいる。無人で運転されるバスや、路面や壁を自動で掃除し、監視カメラつきのドラム缶型の掃除機。

 

 進歩した科学技術を元に、科学的理論によって『能力者』を作り出す。それが学園都市だ。

 

 

『もたもたしてると遅刻するぞ』

「ちょ、待ってってば~!」

 

 玄関の扉越しに聞こえてくる声に急いで制服を手早く着て、慌てて洗面台に駆け込み髪を整えて後ろで縛って外で待っていた当麻のもとに向かう。……うぅ、今日こそはお兄ちゃんに髪を整えて貰おうと思ったのに。

 

「お待たせっ!」

 

 慌てて飛び出てきた私を当麻は一瞥しドアのカギを閉めて歩き出す。小走りでそれに続く。横に並んで他愛無い会話をしながら学校へと向かった。

 学園都市ではどちらかといえば狭い部類に入る二歩道二車線の大通りで、隣で歩いている比較的軽装な兄が「蒸し暑いな……」なんて言ってシャツを仰いでいる。確かに蒸し暑い。サウナみたいだ。

 

 ふと当麻が足を止めた。「ちょっと待ってろ」と言って足早に方向転換して道を横断していってしまう。彼の行く先を見つめて、ああそうかと思った。自販機があった。

 ほどなくして戻ってきた彼の手にはとある炭酸飲料が二つ。私の好物だった。

 「ほれ」と彼はなんでもないみたいに缶ジュースを差し出してくるから笑ってしまう。「なんだよ」と聞かれれば「なんでもない」と答えて受け取った。

 

 彼は無愛想で人のことなんて考えてないように見えて、実は人一倍気を遣っているのだ。少なくとも私にはそう見える。当麻のそういう不器用な優しさがうれしくてむず痒い。でもやっぱりうれしい。あれ、顔に力が入らないや。

 

 そんな私を見て「だらしない顔だな」なんて言ってくるから、

 

「ばーか。お兄ちゃんが悪いんだから」

 

 なんて悪態をついて、でもにやけた顔は変えられないまま。

 

 当麻とふたり、笑いながら歩いて行く。

 

 二つの足音は重なって。

 

 温かい朝陽と粘りつくような熱気。

 

 日陰の涼しさと蝉の鳴き声。

 

 それはまるで『あの日』のような、真っ赤な――。

 

 

 

「…………あれ?」

 

 ふと、足を止めた。 

 

「…………?」

「どうした」

 

 私が足を止めたことに気づいたのか、先を歩いていた当麻も立ち止まって私に振り返る。

 何か記憶の隅に映っていたものが砂のように零れ落ちた気がした。ほんの数秒前まで考えていたことが思い出せない。今までこんなことは無かったのだが、……もしかしたら暑さに眩暈でも覚えたのかもしれない。

 熱気を振り払うようにふるふると首を左右に振る。

 

「大丈夫か?」

「あ、ううん。なんでもない」

 

 怪訝そうな兄を追い越して道の先にある信号へと向かう。すぐに歩行者用信号が青になった。

 

「じゃあ、私こっちだから。――行ってきます!」

「ああ。気をつけろよ」

 

 人ごみの中、いつもの決まり文句でスクランブル交差点を斜めに渡って対面に向かう。振り返れば決まって、他の学生よりやや背の高い当麻がこちらを見ている。こっちが振り返ったのに気付くと彼は交差点を渡らずに高校へと歩き出す。その姿が往来する学生のなかに消えて見えなくなるまで眺めていた。特に意味のない、ただの習慣といっても過言ではない行為だ。それだけを行って学校に向かいなおすのもいつも通り。

 

 柵川中学。私はそこの三年生だ。能力開発を除けば、どこにでもあるような中学校だ。能力も授業も並みの平均値。レベル3の私が少々持て囃されてしまうような学校だった。

 夏の制服は男子は白いシャツに黒いズボン。女子は白と青を基調にしたセーラー服とロングスカートだ。学園都市内で言えば少々古臭いようにも感じる制服なのだが、私は結構好いている。

 

 当麻と別れてから数分。そろそろ校舎が見え始めてくる校門近く、背後から聞きなれた声が聞こえた。

 

「かーみじょーさーん♪」

 

 瞬間、膝まであった布の感触が突然消失した。スカートが捲れ上がっていると気づくまで約1秒。なんだろう、時間が止まった。思考も止まった。

 

「え、なぁ!!?」

 

 一気に顔が熱く。スカートを慌てて抑えた。思い切り叫ぶ。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああッ!!」

「ちょ、佐天さん!? だから朝の往来で何してるんですか!!」

 

 反論するのは頭にお花の髪飾りをつけた女の子。そして、とうの犯人はというと、

 

「……く、黒のレースは反則だと思いますっ……!」

 

 何故だか知らないが顔を真っ赤にして戦慄いていた。赤面したいのはこっちだっての。

 どうやら私を追いかけてきたらしい。少々熱の残った顔で振り返れば女子生徒が二人。

 彼女たちは後輩だ。お花飾りをつけた子が初春飾利さん。風紀委員をしていて、さっき私のために反論してくれた子だ。そしてスカート捲り色魔こと佐天涙子さん。横に花飾りをつけた黒い長髪が特徴的な彼女は活発で人懐っこいのはいいのだが少々度が過ぎるというか、やりすぎというか。まあ二人ともかわいい後輩なので、あまり可哀そうなことはできないけど。

 

「さぁてんさぁああん?」

 

 多分私は今、とても酷い顔をしていると思う。その証拠に佐天さんの笑顔は恐怖に引きつっている。

 

「は、ははははいぃいいいいいいいいい!!」

「あはは~、そんな怖がらなくていいよ~。上条さんは節度っていうものを知ってますから」

 

 にじり、にじり。徐々に間を詰めていく。腰が引けている佐天さんに一気に飛びかかった。くらえ、私の屈辱。

 

「うりゃぁ!!」

「わ、ひゃぁう、あははははっ! ちょ、くす、くすぐったい、ですぅ……」

 

 生徒が多々いる衆目のど真ん中、「あははははははは!!」と妙な絶叫が響いた。というよりも笑声。まあただ単に脇を攻めまくってるだけなんだけど。

 

「もう、スカート捲りなんかしちゃダメだって言ってるでしょ!! せめてやるなら初春さんだけにしなさい!!」

「なんで私はいいんですかー!!」

「はははっ、う、くぅ……、た、助けて、くうううぅ……」

 

 そんな感じにきゃーきゃー言いながら登校する。

 いつものことながらとても騒がしい。そんな日常が私は大好きだった。

 スカートめくりは流石に勘弁してほしいけど。

 佐天さんを解放してあげて、ふと見上げれば強い日差しに一瞬目を閉じた。

 

 




作者的に百合ちっくなものを書こうとした結果に生まれたのがこんなものだった、ような……?


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03. School Days

文字数が安定していないなぁ、やっぱり……。
ていうか読み直してみると作者の書く上条さんはコミュ障にしか見えない。いやまあ序盤はそういう設定なんだけれども。

※注意事項。
 この話では煙草を吸う青少年が出てきますが、青少年の煙草を助長するものではありません。
 煙草は二十歳になってから、です。

■2015/02/11
読みづらいというご指摘を貰ったので修正しておきました。


 人の繋がりはかくもままならない。

 

 

 

 

■School Days■

 

 

 

 

 

 日がほぼ真上から降り注ぎ、むき出しのコンクリートを熱していく。

 屋上。もはやテンプレートとも言える学園物語の舞台。そんな学園風景の代名詞も、授業中、しかも真夏日の昼間にもなれば人足は途絶える。大概の生徒は授業に出ているし、授業をサボタージュした生徒はもっと心地よい場所(たとえば保健室)などに行っているため、屋上に今現在約一名を除いて誰もいない。……というよりその一名と言うのが俺こと上条当麻だった。

 

「暑い……」

 

 ベンチに横になった俺に真夏の直射日光は容赦なく照りつける。蒸発してしまいそうだ。授業を、というよりクラスメイトたちの視線を面倒臭がって屋上まで逃げてきたのだ。普段から授業にあまり出ない俺が偶に気まぐれで授業に出れば、当たり前だが視線が殺到する。それが好奇の視線だけならいいのだが、少々というか結構な量の安心と心配の視線が混ざっていて。――居心地が悪くて逃げてきてしまった。まあ、自業自得ではあるのだが。

 そういえば初めてサボったのはいつだっただろうか、と思い出そうとしても殆どの授業をサボタージュしているせいで思い出せなかった。

 

 これじゃあただの自閉症だな、なんて現実逃避しても、結局俺は現状を打破する術を持たない。というより変えるつもりもない。……ただ、必要だからと通っているだけの高校だ。能力開発についても『レベル0の能力』とかいう訳の分からないものを持っている以上、期待できるものではない。

 自販機で飲み物でも買って来ようか、と思い立ったところで、

 

「よぉ、相変わらずシケた面してんな」

 

 そんなことを開口一番にほざきながら、そいつは扉を開けて入ってくる。赤塗料をまき散らしたような髪に着崩した制服。首から提げた十字のごてごてしたシルバーアクセサリーに手の甲には蛇の入れ墨。皮肉げな笑みに不遜な表情。見るからに不良然としたそいつの名前は切削深嗣(キリソギ ミツグ)。ありていにいえば幼馴染。言い方を変えれば腐れ縁。

 

「何か用かよ」

「別に用なんてねーよ。ほら隣空けろって」

 

 そう言われて仕方なしに右側に座りなおす。当たり前のようにそいつはベンチの反対側、左端に腰を下ろした。

 

「で、授業出ねーの?」

「どうせ明日が終われば長期休暇なんだ。いまさら授業に出ようが出まいが変わらない」

「あーあー、不真面目生徒はこれだから」

「うるせぇぞ不良男児」

 

 お前だってサボりなんだろと言ってやれば、深嗣はケラケラと笑い始める。当たりなのか外れなのかいまいち判断できない反応だった。すると左隣で「あちゃぁ」と深嗣が零した。

 

「そういや切らしちまってたな……。当麻、あの糞不味いメンソールでもいいから一本くれ」

「糞不味いので悪かったな」

 

 仕方なしにズボンに忍ばせていたソフトの箱から一本取り出そうとして、誰かが階段を上ってくる音に気がついた。数秒と立たずその人物が扉を開けて屋上に入ってくる。……扉を開けるのに大分苦労してようだが。

 よいしょっと。そんなおっさん臭い、幼い女子のような声だった。

 

「もー切削ちゃん遅いですよー。いつまで待たせる気ですか」

 

 ような、ではなく見た感じ完全に幼女だ。身長は135cm。桃色の髪をセミロングにして、ピンク色を基調としたワンピースを着ている。どうみても小学生だが(いまだに信じられないのだが)正真正銘の教師らしい。しかも心理学の専門家であり「発火能力」専攻であるという。なんなんだこの摩訶不思議生物――、まあ担任にそんな口利くつもりもないけど。

 そんな俺の内心に気づいたのかどうかは知らないが、とうの月詠小萌教諭が半眼で睨んできた。

 

「で、上条ちゃんは屋上で何をしてたんですかー?」

 

 まるで、「あなたなんか信用してないからさっさとゲロっちゃいなよ」とでも言っているようだった。

 

「見ての通りサボタージュですが」

 

 正直にゲロったところでプラスチックファイルが飛んできた。間髪入れずに投げられた。投げつけてきた本人を見れば肩を震わしている。涙目だ。ぐずってしまっている。癇癪でも起こしそうだった。

 それ以前に子供を苛めてしまったという罪悪感が大きかった。いや実際には子供じゃないし、むしろ彼女は年上なのだが見た目が完全に子供なせいで見てるこっちが泣きたくなるくらい可哀想だ。

 無論、そんな面白い状況を切削が逃すはずはなく。

 

「――ていうのは冗談で実は一服しようと」

「い、いや、違っ――わないけどさ……」

「未成年が喫煙しちゃいけません!!」

 

 叫んだそれはほとんど悲鳴だった。完全に小学生を苛めている高校生の構図だ。悲鳴を上げたいのは俺の良心だっての。というより俺が喫煙者だってことばらすなよ。

 柄にも似合わずテンパっていると、どたどたと二・三人の足音が聞こえた。階段を走って上り屋上に飛び込んでくる。

 

「上条当麻! 貴様何してる!」

「小萌センセーを泣かせるなんて許さへんでぇえええ!!」

「神妙にお縄に付くにゃー!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒いでるのが来た。クラス委員吹寄制理、金髪でサングラスをしている土御門元春、無類の女好き青髪ピアスの三人は、傍目から見るだけじゃ理由はよくわからないが大体いつも三人一緒だった。クラスの中心的存在で、クラスで何かするときは常に彼らが先導していく。とにかく何でもするやつらだ。

 吹寄は委員長然としていてまだまともなのだが、後の二人に関しては素行が悪い以前の問題があってとにかく馬鹿だ。

 入学当初から(特にここ最近は)何かと彼らに目をつけられているのだ。気遣ってくれている、と言い換えることもできるが。

 それが居心地悪くて屋上に避難していたわけだが、どうやら先の月詠教諭の悲鳴に駆けつけてきたらしい。

 

「それを返せ!」

 

 いきなり吹寄が俺の顔目掛けて拳を突き出してきた。条件反射でベンチに足をかけて飛び起きて、彼女の頭上を飛び越える。そうやって避ければ、振り返った吹寄が親の敵でも見るような目で見ていた。なんでだ。

 

「いやぁ、流石にかみやんでもそれは許されへんで」

 

 うりゃぁ、と。

 次に青髪ピアスが飛び掛ってくる。吹寄には手は出せなかったが、青髪なら吹き飛ばしてもいいか。落下してくる彼の溝尾に拳を叩き込んだ。180cmはある巨体が上方向へと持ち上がる。そこへ更に何コンボか入れようとして、やめた。流石にそれはやりすぎである。

 しかし何もしなかったが故に青髪ピアスはそのまま落下して地面に叩きつけられた。これは痛そうだ。

 

「むう、そこまで強情だとは思わなかったにゃー。いくら子供っぽくても先生から物を取り上げるのはよくないと思うぜい」

「? ……ああ、コレか」

 

 土御門に言われてようやく理解した。今手にしているプラスチックファイル。それは月詠教諭のものだ。つまりはそれを取り上げて苛めているように見えたらしい。見た目小学生の月詠小萌教諭に対して、彼女のファイルを持って見下ろしている曰く不真面目らしい高校生。どう見ても取り上げているようにしか見えない。むしろ今すぐ三人に同意したい。ごめんなさいすいません俺が悪かったです。

 

「あらやだ怖い。これだから不良は」

「誰が不良だよ。あー、ええっと、すみません月詠教諭。彼がいうことはテキトーなんで、あまり信じないほうがいいですよ。俺も冗談が過ぎました、ごめんなさい」

 

 言いつつファイルを返してやる。吹寄にあやされていた(ように見える)彼女は、まだ涙目だったが頷いてファイルを受け取る。

 

「よろしいです。上条ちゃんに話があるから切削ちゃんには『教室に戻るように』って伝えるよう頼んだんですけどね、何してたんですか?」

「あー、別に? こいつが戻りたくないって強情なもんで――」

「違う。ていうかお前はもう黙れ。これ以上事態をややこしくするな。お前は教室に戻れなんて一言も言ってないだろう」

 

 ここに来てようやく三人組の臨戦態勢が解除された。吹寄はふん、と仁王立ちなんかしてるし、青髪は月詠教諭を口説いているが無視されていて、土御門は「やれやれ」なんて肩を竦めている。この状況を見て、いつも通りだなんて思う俺はこいつらに毒されてるのかもしれない。

 

「それと、何度も言うようですが『教諭』なんて大げさな言い方はしなくていいです。私は生徒にそこまで距離を置かれたくありません」

「……はぁ、しかし――――」

 

 困ったところを突いてくる。あまり馴れ馴れしい言葉は使いたくないのだ。

 すると追撃がきた。

 

「口答え禁止です。もう、どうして切削ちゃんができたのに上条ちゃんにできないんですか」

「おいおい、俺はこいつ以下っすか」

「そうだろうが。いまさら何言ってやがる」

「うるせぇ大体お前がサボりまくるのがいけないんだろーが」

「だったら最初から事情くらい説明しやがれ」

 

 このままここで殺り合ってもいいか、と割と本気で考えているところに月詠教諭が割って入った。「喧嘩しちゃ駄目です!」だそうだ。流石に毒気を抜かれて肩を落とす。すると切削と目が合った。二人同時に中指を立てる。

 

「「くたばれ」」

 

 そう言って、お互いに最後の毒を抜ききった。

 

「お前ら、仲がいいのか悪いのか分からないにゃー……」

「……別に。ただの腐れ縁」

「こいつ仲良しとか笑えねーこと言うんじゃねぇよ」

 

 息が合った。ムカつく。「どっちもツンデレだにゃー」なんて土御門は嘆いているし。

 まあどっちにしろ話の腰は折れた。月詠教諭の追及からは逃れることはできた。まあ、一応は感謝しておくか、一応は。絶対に口には出さないがな。

 

「そう思うならもっと敬え」

「てめぇはあれか、能力で人の思考を覗く変態か。ああそういえばそうだったな。悪い忘れてたよ、そのまま少年院にでもぶち込まれてろ」

「顔に出てんだよ顔に。ポーカーフェイス気取ってんじゃねぇ」

「うるさい黙れ」

 

 はき捨てると「いい加減にしなさい!」と吹寄の拳が飛んできた。避けた。また睨まれた。

 

「で、俺に何のようです? 明後日から夏休みなんですから、今更何か――」

「いえ、ただ単に上条ちゃんには休み中にも登校することになっていますから。今日のうちに連絡したかっただけです」

「――――え?」

 

 休み中に登校? それはつまり、

 

「簡単に言えば出席日数足りてないので補修ということです」

 

 ……そうだった。そういえば入学時に渡された生徒手帳にそんなことが書いてあったような。

 

「き、休日の校舎内で小萌センセーとカミやん二人だけやと……っ!?」

「まあ、あれだけ屋上でサボってればそうなるにゃー」

「自業自得よ」

 

 ていうか、一人おかしな反応して慄いているが放っといていいのか。

 切削に目を向ければ先ほどと同様笑ってやがる。どうやら静観モードらしい。あいつにとって今日は面白い日だろう。珍しく右往左往しまくっている俺を見れて面白いのだ。後で殴る。

 

 

「上条ちゃんは授業を7割休んで何のペナルティもないと思っていたのですか?」

「い、いや、学校てそういうところじゃ……」

「そういうところじゃありません。あなたは今までどんなところに住んでいたんですか?」

 

 本気で心配された。しかし二人の過去を書類上である程度知っている教諭はそこで失言に気付き、「とにかく」と咳払いした。

 

「休みの半分は学校に来てもらいます。今までのサボり分をそれだけでチャラにしてあげるんですから、ちゃんと来て下さいね」

「……ええ、構いませんけど」

 

 どうせやる事もない。暇を潰せると考えれば別にいいことかもしれない。日ごろからあまり授業に出ていないし、たまには良いのだろう。

 

「じゃあ、教室に戻りますよ。今は授業中なんですから」

「……え?」

 

 いきなり手を掴まれた。そして扉へと導かれる。そういえば補修通告ならHRのときにでも言えばよかったのだ。HRならちゃんと教室にいるし。つまり無理やりにでも授業に出させるのが狙いか。

 

「まったく上条ちゃんは頭はいいのに何で授業に出ないんですか。もし人に話せないことなら補修中にちゃんと聞いてあげますから、今日ぐらいは我慢して出てくださいね」

「……――――ッ」

 

 ああ、もう。なんてお人好し。そういうのが一番辛いのに。

 抵抗をしてもよかったのだが、流石にそれは月詠教諭に失礼だろうと教諭の顔を立てるためにも大人しく従った。

 

「お、おおおおおお、手をつないでいるやと……! 個人相談やとぉおおおおおおお!? カミやん羨まし過ぎるぅうううううう!!」

 

 青髪ピアスがわけのわからないことを絶叫していたが、土御門と吹寄にそれぞれ生温い目で見られていたが、それよりも背後で大爆笑している切削が許せなかった。笑い過ぎで呼吸困難になっているらしく、腹を抱えている。死ねばいいのに。

 

 

 叫び嘆きうねる青髪に、談笑する土御門と吹寄、笑いを堪えきれない切削、手を引く月詠教諭。なんともいえない異色なメンバーで屋上を後にする。

 

 そんなこんなで久々に出た授業は新鮮ではあったが、なんというか珍しいものでもみるようなクラスメイトたちの視線が鬱陶しかった。

 

 

 …………。

 

 

 あとで月詠教諭から聞いた話だが、土御門元春と青髪ピアスも補修らしい。ちなみに切削は授業にでていてそこそこ以上の成績だったため補修は免れた。

 まあ問題はそこではなく、土御門や青髪とともに補修を受けないといけないところにある。……どう考えても無駄に騒がしくなる未来しか想像できない。

 

 

 ……不幸だ。

 

 

 

 

 




オリキャラ二人目。イメージは髪赤くしてサングラスはずして縦に伸ばしてV系一直線な土御門、かもしれない。
ただ単にV系がほしいって理由から追加した結果、だったような……?


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04. Sweet Bullet Railgun

HPにあったものを結構修正しているのでもしかしたら微妙にキャラが崩れているかもしれない。



 

 

 普段通りの日常風景にちょっと過激で刺激的な乱入者。

 

 

 

 

■Sweet Bullet Railgun■

 

 

 

 

 一日の授業の終わりを告げる予鈴が響き、HR後特有の気だるさが教室を包む。クラスメイトが思い思いの時間をすごすなか一足先に教室を出た。正直言ってクラスの中で私は浮いている。理由は簡単で、ただ単に空気が合わないというだけだ。平和過ぎる空気が気持ち悪い。まるで海に放り出された淡水魚みたいだ、なんて思う。クラスメイトはそんな私を気遣ってか距離を置いてくれている。ただ、初春さんたちは「上条さんはですね、高嶺の花って感じなんですよ。近づき難いけど嫌な感じはしないっていうやつです」なんて言っていたが、まあ彼女たちも私を気遣ってくれたのだろう。そこは感謝。

 逃げるようにして校舎を出れば、校門の前で待っていたらしい顔見知りを見つけた。

 

「あれ、初春さんも佐天さんもなんでいるの? 今HR終わったとこでしょ?」

「それはこっちの台詞です。上条さんだって今帰るところでしょう」

「そーですよ、だって放課後教室に行ってもいつも帰ってるじゃないですか」

 

 「その、もしかして避けてるんですか」と佐天さんは言う。寂しそうで気まずそうで悲しそうだ。不必要な心配をかけてしまったらしい。不謹慎だが心配してくれたことが嬉かったり。

 

「ううん、違うの。ただ居心地が悪いから早めに上がらせてもらってるだけ」

「居心地が悪いって、苛められてるんですか……?」

「そういうわけじゃないよ。そのまんまの意味、どうしてもクラスの空気が合わなくて。それはさて置き、一緒に帰る?」

 

 その話は今度するべきときにするよ。

 彼女たちは心配していたものの納得してくれたらしい。歩きながら雑談しているうちに二人ともいつものテンションに戻った。

 「セブンスミスト」に行く約束をしていたらしく、一緒に行かないかと誘われた。もちろん頷いた。セブンスミストとは衣類を専門に取り扱う大衆向けのショップだ。私は行ったことがないからよくは知らない。本当は兄と一緒に行ってみたいのだが、肝心の兄と都合がうまく合わない。困った人間を放って置けない人なのだ。

 

「これで明日の終業式が終わればついに夏休みっ!」

「うーん、夏休みって言われても正直やることが勉強しかないのよねー……」

「えぇっ、マジですか!?」

 

 失礼なことを言ってくれる。これでも成績はかなりいいのに。

 ふと初春さんが「あ!」と声を上げる。誰か知り合いを見つけたらしい。彼女の視線を追うとブラウスにサマーセーター、プリーツスカートを着たどこにでもいそうな女の子だった。どこかで見たような制服だ。肩辺りまである栗色の髪が特徴的。「御坂さーん」といいながら、初春さんが小走りで向かっていく。

 とうの御坂さんも気づいたようで、「おー」と手を上げる。

 

「おっすー、そっちはお友達?」

「はいっ」

 

 近づいてみてわかったが、この制服はたしかどこぞのお嬢様学校のものだったはずだ。

 よく見ると彼女は電撃使いらしい。しかもかなり強力――、最低でもレベル4はあるのかな? なんとなくわかるのだ。

 

「これから一緒に洋服を見に――」

 

 初春さんの言葉を遮り、肩を掴んで佐天さんが引っ張っていく。佐天さんも気付いたらしい。離れたところで小声で話している。

 自然と、呆然とした御坂さんと私が残される形になった。

 ああそうか、と思い出した。彼女が着ているのは常盤台中学の制服だったはずだ。常盤台中学とはいわゆるエリートお嬢様校というやつで入学にはレベル3以上が最低条件。噂によれば全校生徒を突撃させれば生身でホワイトハウスを攻略できるとかなんとか。

 そんなお嬢様の一人が目の前にいるというわけらしい。

 

「あー、えっと、上条柚姫です。不束者ですが何卒よろしくお願いします、お嬢様。……って感じでいい?」

 

 ぺこり。少しおどけながら頭を下げればお嬢様は苦笑する。「ああ、またか」って感じの顔だ。

 

「そんな堅苦しくならなくていいわよ、同年代なんだし。まあその感じじゃ言う必要もないだろうけど」

 

 慣れた感じに「いちいち敬語を使わないこと」って言われた。結構人付き合いのいい人かもしれない。

 

「こっちこそよろしく。私は――」

 

 そこへ「『超能力者』!」という初春さんの声が聞こえた。ついでに佐天さんの面白おかしい返答も聞こえた。テンション高いなぁ。

 

「それも学園都市最強の電撃使い、あの『超電磁砲』の御坂美琴さんなのですっ!!」

 

 ずぎゃーん。面白い効果音が聞こえた気がした。

 初春さんの紹介が入ってしまった。自己紹介を奪われる形となった御坂さんは微妙に居心地が悪そうだ。二人は尚も盛り上がり続けている。

 レベル5第三位『超電磁砲』。御坂美琴。噂は耳にしていたがまさか本人に会えるとは思わなかった。どうりで桁違いな能力を感じたわけか。

 

「あのっ……あたし初春の親友やってる佐天涙子です!!」

「そ、そう、……よろしくね」

 

 先ほどと違ってたどたどしい受け答えだ。目の輝いている佐天さんに手を握られていれば仕方ないと思う。

 まるで憧れのアイドルを目の前にしているような感じだ。いやまあ、レベル5の能力者に会うなんて滅多にないし、御坂さんはそういう扱いをあまり好いていないようだが周りから見れば彼女はアイドルのようなものなのだろう。

 

「あ、洋服見るなら一緒に行ってもいいかしら」

 

 御坂さんもご一緒する気らしい。意外だ。

 

「あれ。でも普通の衣服店よ?」

「そのくらい普通に行くわよ。お嬢様だってコンビニくらいは使うわ」

 

 それとなく聞いてみると苦笑しながらも御坂さんは答えてくれた。

 ふむふむ、いくら常盤台のお嬢様でも庶民向けのストアくらいは使うらしい。ふーん、と答えつつお嬢様に対する認識を改めた。

 

「じゃあそろそろ行きましょ――」

 

 行きましょうか、まで言えなかった。

 気付けば私たち四人は軟派な男子たちに囲まれていた。ざっと見て七・八人ほど。スキルアウトなのだろうか、誰も彼も学校行ってますなんて顔をしていない。

 無理やり彼らを押しのけて出ようとするも金髪で唇にピアスを付けた男とスキンヘッドの大柄な男に両腕を掴まれる。金髪の男は私の腕を掴んだままタバコくさい顔を近づけてきた。

 

「別に逃げなくてもいいって。取って食ったりなんかしないからさ」

「良ければ俺たちと遊ばない? 俺たちも今暇してんだよね」

「ちょっと、何なんですかあなたたち……」

 

 掴んだ手を離そうとしても、悲しいかな私は男子の手を振り払えるほど鍛えているわけではない。しかも二人がかりで両腕を押さえられているのだ。

 

「君たち可愛いねー。どこの中学の子?」

「あ、あははは……。私たちこれから用事あるんだけど……。とりあえず上条さんは離してほしいな~、なんて……」

「…………っ」

 

 背後で腰が引けたような佐天さんの声と初春さんが息を呑むのが聞こえる。……っ、こいつら私の後輩に何をして……!

 腕を放そうと必死にもがくが男たちは笑って私を眺めているだけだ。何をしても力じゃ勝ち目なんてない。絶体絶命。最悪だ、私にはどうすることもできない。できるならば三人だけでも逃げてもらいたいのだが。

 そんな私の願いも虚しく、他の男たちが御坂さんに近づいていく。

 

「ねぇねぇ、あの子必死だけど助けなくていいの?」

「君だけ制服違うねぇ。どこの子?」

「さぁね。あんたらに教えることなんて何もないわ」

 

 見下したような御坂さんの発言に、彼女を取り囲んでいた男たちは下種な笑顔で応えた。

 

「へぇ、強気だなぁ……」

「おらっ、―――ぃってぇ!!」

 

 彼女の腕を掴もうとしたニット帽を被った男が突然悲鳴を上げた。見れば御坂さんが踵で足を踏んでいたのだ。

 

「何よ。先に手を出したのはそっちでしょ?」

 

 バカみたい、と鼻で笑う御坂さん。

 足を押さえるために屈んでいた男が彼女を睨め上げるが、御坂さんは一瞥すらくれてやらない。ただ見下げるように笑っている。

 

「このアマ……っ」

「流石にそれはいけないなぁ、お嬢ちゃん」

「おい、どうした?」

 

 彼女の態度に腹を据えかねたのか、両腕を掴んでいた二人が私を離して御坂さんのほうに向かう。佐天さんと初春さんを囲んでいた人たちも、御坂さん一人を囲むように集まっていく。

 足を踏まれたニット帽の男も他の仲間が集まって気を良くしたのか再び下品な笑みを浮かべた。全員が全員、にやにやと逃げ場を失った御坂さんを見ているが、御坂さんは相変わらず不敵に笑うだけだ。

 

「…………あれ?」

 

 ヒクっ、と。不敵に笑っている御坂さんの口元がひくついているのが見えた。それも恐怖からくるものではなく、純粋に怒りからきているものだとわかる。男たちはそれに気付いていないようだったが、私にはわかった。

 あれは爆発する。しかももう抑えが利かなそうだ。

 

「二人とも、こっち……!」

「え、上条さん……?」

「でも御坂さんが……」

「いいからっ」

 

 わかっていない二人の手を引っ張ってその場から少し離れる。注意力が散漫しているのかアンチスキルたちは私たちが離れていることにも気付いていない。

 

「暴力は良くないって学校で教わらなかったのかい?」

「そうだなぁ、それなら俺たちが教えてあげるよ」

「それならいい場所があるぜ。おら、こっちに来――」

 

 まだ懲りていないのか、さっき足を踏まれていたニット帽が御坂さんの腕を再び掴もうとして、

 

「あーもう、だからうっさいって言ってるのよ!!」

 

 雷が落ちた。いや比喩じゃなく。

 強烈な光と爆音に、とっさに目を閉じてしまう。恐る恐る目を開ければスキルアウトが全員地面に倒れていた。

 あれだけの電撃でしかし全員気絶しているだけみたいだ。地面はぷすぷすと煙を上げるくらい焦げ付いているのに、スキルアウトの連中には倒れたときの傷しか付いていないように見える。焦げてすらいない。

 そんな惨状の中心点で御坂さんは「まったくもう……」と溜息をした。

 

「ほら、さっさと行くわよ」

 

 面倒くさそうな御坂さんの声に、圧倒的な光景に唖然としていた二人も我に帰ったようで小走りで御坂さんの下へと向かった。

 

「御坂さん! こんな場所で能力を使うなんて――」

「あーはいはい。さっさと行かないと日が暮れちゃうわ」

 

 風紀委員である初春さんの注意を軽く流して、御坂さんは初春さんの手をつないでセブンスミストのある方向へと引っ張っていく。佐天さんもそれに続いて、私も慌てて小走りで追いかけた。

 

「あ、ちょ、ちょっと御坂さん……!」

「いいから。初春、そういうのいいから」

「うわっ、佐天さんまでっ!?」

 

 風紀委員の仕事を優先しようとする初春さんを御坂さんと佐天さんが引っ張っていく。

 

「ほら、上条さんも早く」

「そうですよ。今日はいっぱい楽しむって決めてるんですから!」

 

 今度は私も御坂さんに掴まれた。佐天さんはどうやら完全にいつもの調子を取り戻したようだ。

 それに引っ張られて初春さんもいつもどおり振り回されている。不良に囲まれて平然としていた御坂さんもそうだが、二人のすぐに立ち直れるところを私は羨ましいと思っていた。私なんて未だに三人に手を挙げようとした人たちへの怒りを持て余しているというのに、彼女たちを見ているとそれすらもどうでもいいと思えるような心境になってきてしまうのだ。

 

「そーそー。あんなのは放っておいて行きましょう」

 

 御坂さんは私が考えていたことがわかっているようだった。その上で気を遣ってくれているみたいだ。私のほうがお姉さんなのになぁ……。

 一緒に引っ張られている初春さんと、なんだかな、と笑いながら溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 道中。

 またも佐天さんが暴挙に出た。

 

「御坂さーん、行きますよーっ!」

 

 すぱーん。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!」

 

 ああ……、またか。御坂さんに心中で合掌した。本当、ご愁傷様。でもその悲鳴は女の子としてどうかと思うわ。というか御坂さんスカートの下に半ズボン着てるのね。私も着てみようかな。

 

「あらら、御坂さんズボン履いているんですね。駄目ですよ~、男を悩殺したいなら上条さんみたいに色っぽい下着にしないと。初春みたいな縞々もありですが」

「ちょっ――――!?」

「佐天さん! だから往来でセクハラしないでくださいー!」

 

 まったくもう、佐天さんってばこういうことしなければ普通に良い子なのになぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 




作者の書く不良はなんだかマジでヤバイ奴らになってきてしまって困る。小物感が圧倒的に足りていないような気がする。


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05. Seventh mist

そういえばサブタイの頭文字がここまできてOとSしかない(汗



 巻き込まれ、流れに呑まれ、物語に加わる。

 受動的に、ただ身を任せて。

 

 

 

■Seventh mist■

 

 

 

 『超能力者』。学園都市に七人しかいない最高位の能力者。その第三位『超電磁砲』御坂美琴。

 その学園都市で知らない人間はまずいないような、超の付く有名人が妙な動きをしてる。衣服店で何故か不審な挙動を見せている。なんなんだあれは。

 声をかけようか無視するか迷ったが結局声をかけることにした。これ以上知り合いの醜態を晒すわけにもいかない。

 丁度、試着用の鏡に映りこむ形で声をかけた。

 

 

「何してんだ、オマエ」

 

 瞬間、声にならない悲鳴が上がる。

 

「な、な、なっ……!? なんであんたがここにいるのよっ!!?」

 

 どうやら俺はいてはいけないらしい。相変わらず騒がしいやつだ。それにしても面白い動きだ。

 こいつとは会ったときからまともな会話をしていない気がする。何かしら言い返してやろうとしたところで背後から「おにーちゃーん」と声がかかった。振り返ると今しがた案内してやった(迷ってしまったらしく困っていたところを助けた)六・七歳くらいの女の子が、子供用の服を持ってこっちに走り寄って来ていた。

 女の子は御坂に気付いたように「あ」と声を上げた。

 

「トキワダイのおねーちゃんだー」

「……あ、昨日の……」

 

 驚いたことに知り合いらしい。だが御坂にとってそこは重要ではないらしく「あんた妹なんていたの?」と驚いている。「違う」と否定する。

 

「この子が困っていたから連れてきただけだよ」

「ふぅん、あんたって人助けばっかしてるのね」

「好きでしてる訳じゃない」

 

 本当はさっさと保護者のところに押し返してやりたかったが、放り捨てるわけにもいかないだろう。

 とりあえず知り合いの醜態を止めることはできたから、もう用はないだろうと歩き去ろうとした矢先「ちょっと待ちなさい!」と止められた。なんなんだ。

 

「あんたとは決着を付けなきゃいけないのよ!」

 

 相変わらず勝負事しか頭にないらしい。

 出会うたびに電撃放たれて嫌というほど理解しているつもりだが、彼女は本気で周りが見えていないようだった。ただ単に喧嘩っ早いだけなのかもしれないが。

 

「――こんな子供の前ではじめるつもりか?」

 

 もっともなことを言えば「うっ」と詰まらせる。ある程度の良識はあるらしかった。ただそこを突いた時点でこっちのペースだ。あとはこのまま適当な理由をつけてこの場を立ち去ればいい。

 

「文句やらがあると思うが、すぐにでも帰らせてもら――」

「お兄ちゃん?」

 

 さてさっさと保護者を探そう、と立ち去ろうとしたところに背後から聞きなれた声が届いた。

 振り返ると案の定妹の姿があった。

 

「……なんでこんなとこにいるんだ」

「それはこっちの台詞。なんでこんなところにいるの?」

 

 驚きながらもどことなく嬉しそうな柚姫が小走りで寄ってくる。二人の女子がその後に続いてきた。同じ制服を着ているところを見ると学校の知り合いのようだ。

 首をかしげる柚姫に、先ほど御坂に説明した通りに迷子の女の子について教えていると、「え、ちょ、お兄ちゃ……?」とうろたえていた御坂が割って入ってきた。

 

「『お兄ちゃん』って、あんた上条さんの兄妹だったの!?」

「さっき似たような言葉を聞いたな。……上条当麻。うちの妹と仲良くしてくれて何より。――というよりお前ら知り合いだったのか」

「うん、今さっき知り合ったの。それでこっちが私の後輩」

「あたし佐天涙子って言いますお兄さん」

「私は初春飾利っていいます」

 

 長髪の子と頭に花飾りをした子が順に自己紹介してくれた。二人とも普通の子だ。仲良くやってるようで、妹の学校生活を少々心配していた兄としては安心した。

 そういえば、俺も柚姫も家ではあまり学校のことは話さない。それ以上に夕飯を何にするかとか、家事手伝え手伝ってみたいな所帯染みた会話ばかりしているから、今更ながらに俺は柚姫の学校生活についてほとんど知らなかった。まあ柚姫なら大丈夫だろうと放任していた面も大きいのだが、これを機に兄として聞いてみてもいいかもしれない。

 

「なあお前ら、柚姫は学校でどんな感じ――」

 

――~~♪

 

 最後までいえなかった。

 どこからか着信音が聞こえたのだ。

 

「あ、すみません、ちょっと出てきます」

 

 それを聞いて動いたのは初春だった。着信があったのはどうやら彼女の携帯らしい。どうやら俺の話はお流れになりそうだった。初春は端末を取り出して耳に当てる。

 瞬間、慌てたような大声がこっちまで届いてきた。

 

『初春ッ!! 今どこにいますの!!?』

「わわわっ……、白井さん!?」

 

 端末を落としそうになりながら初春は必死で弁明する。サボりがばれたのではないかと危惧しているように見える。しかしそんなことは、どうやら今はあまり重要ではないらしい。相当緊迫しているようだ。

 ふと、通話の中で初春が口にした『虚空爆破事件』という単語が気になった。新聞で見た言葉だ。いわゆる爆破テロ。最近ではぬいぐるみや子供用の鞄に爆弾を仕掛けていて、数を重ねるたびに威力も徐々に上がっていっているらしい。まだ死者は出ていないようだが犯人が捕まらない以上楽観視はできない、か。

 通話の終わったらしい初春に何か言われたらしい佐天が走り去っていくのが見えた。

 セブンスミストに爆破予告でもあったか?

 

「上条さんとお兄さんもすぐ避難してください! いいですね!?」

「え、でも……。うん、わかったよ」

 

 ためらいながらも柚姫は頷く。風紀委員の邪魔をするわけにはいかないと思っているのだろう。

 何にしても柚姫とその友人三人。それと案内してやった女の子だけは避難させなければならないのだが、

 

「……?」

 

 女の子の姿が見えない。いつの間にかどこかに遊びに行ってしまっていた。子供とはそういうものだし、こんな状況になるなら手を繋いで置けばよかったと今更ながらに後悔する。

 

「柚姫。こいつらと一緒に避難していろ」

「え、お兄ちゃんは?」

「さっきまで一緒にいたガキを探す」

 

 その言葉に御坂が「あっ!」と声を上げた。彼女もそのことに気がついたらしい。

 

「御坂、こいつらを頼む」

 

 それだけ言い残して柚姫たちの制止を無視して女の子の捜索に向かった。

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 

 

「御坂、こいつらを頼む」

「あ、お兄ちゃん!?」

 

 柚姫さんの制止を無視してあいつは女の子を捜しに行ってしまった。なんというか本当にお人好しだ。それを指摘してやると嫌そうに否定するのだが。そのくせよくわからないけど強力らしい能力を持っているようだったから、そんなに卑屈にならなくてもいいのにと思う。超電磁砲を飛ばしても、砂鉄の刃を飛ばしても、鉄骨を使ったってアイツは当然のように凌いでしまうのだ。何事にも動じず、何でもそつなくこなせるような。完璧人間かあいつは。

 思考に耽っていると初春さんに「御坂さん!」とどやされた。そうだった、早く避難誘導をしないと。すると柚姫さんが手を上げた。

 

「私も手伝うよ!」

 

 兄を置いていくことはできない、とのことだった。初春さんも察したのか柚姫さんに避難誘導を手伝ってもらうことにしたらしい。

 

 

 

 

…………。

………。

……。

 

 

 

 

「よしっ」

 

 静まり返った店内を見渡して息を吐いた。とりあえずこれで全員外に出せた。あの馬鹿と子供はどうしただろうか?

 

「御坂さんっ」

 

 通路の反対側から現れた。初春さんだ。彼女も誘導が終わったらしい。あとは、柚姫さんだけだが……、

 

「おねーちゃーん」

 

 声が聞こえた。小さな足音が聞こえてくる。

 

「え?」

 

 さっきの女の子が駆け寄ってくる。カエルの人形を持っていた。一瞬ゲコ太かと思った。ちょっと寂しかった。

 

「あの馬鹿、結局――」

「――――ッ!!?」

「初春さん!?」

 

 突然、初春さんが女の子に向かって駆け出した。そのまま女の子を抱きかかえて、持っていた人形を無理やり叩き落として、弾かれるようにまたこっちに戻ってくる。何なんだと訝っていれば彼女は「逃げてください!!」と叫んだ。その真剣な剣幕に即座に身構える。

 

「あれが爆弾です!!」

 

 彼女の言葉を肯定するかのように人形が圧縮される。まるで自分の体に飲み込まれるように、べきべきと変形していく。

 中に仕込まれていたアルミを基点に重力子を加速させて周囲に放出させる。『量子変速』。規模から見てもレベル4はある。一度爆発すればこの階層にある物品全てが跡形も無く吹き飛ぶ威力だ。もしかしたら近くの壁や柱に甚大な被害を与えるかもしれない。そうなればビルが倒壊することは有り得ない、なんて言えない状況になってくる。

 

 

 あまり時間は残っていないが、今ならまだ間に合う。

 

 

 ならば、

 

 

(レールガンで爆弾ごと吹き飛ばすッ!)

 

 

 

 ポケットからコインを取り出し、銃を照準するように人形へ向けて構える。

 爆弾へ伸ばした指の先、空中に浮いたコインが上下に小刻みに振動を始める。腕を砲台として上下に二本、プラスマイナスで対となる電極カタパルトを作り出したのだ。そのままコインに電流が流れないように電流を加速・増大させ、さらに電極カタパルトを人形に触れる位置まで押し伸ばす。このまま発射すれば人形に到達するまでのおおよそ15mの区間で弾丸は加速し続け、人形に触れた瞬間に熱と衝撃が射線上に炸裂する。人形など跡形も無く消し飛ばせるのだ。それだけの威力はあると自負している。

 少々問題があるとするならば威力がありすぎること。一歩加減を間違えばこの階の内装はめちゃくちゃになり、壁や床には大穴が開くのだが、

 

 

「このビルが倒壊するよりはマシでしょ!」

 

 

 ビルの構造に被害が出ないように加減してあげるから、文句ならこんなところで爆弾を作った奴に言ってもらいたい。

 

 

 ――充電完了。

 

 

 十分な電力が貯まっていざ射出というところで、しかし私はコインを撃ち出すことはできなかった。

 

 

(なっ!?)

 

 

 人形の向こう側、見知った顔が飛び出てきたのだ。

 

「御坂さん、どうかしたんですか!?」

「初春、大丈夫ー!?」

 

 対面、ちょうど人形を挟んだところにある通路から柚姫さんと佐天さんが現れたのだ。

 二人がこちらに気付いてすぐに、柚姫さんが「しまった……」と顔を歪めた。今のこの状況を理解したらしい。

 私たちが心配になったのか、何故だかここに戻ってきてしまった佐天さんの腕を掴んでその場を離れようとする。

 

「戻るよ佐天さん!」

「え、ちょっ……!?」

 

 佐天さんを引っ張りながら柚姫さんが射線から離れようとするが、レールガンを放てば多少射線から少し離れた程度では衝撃波が届いてしまう。しかも、

 

(これじゃ撃てないっ!!)

 

 この距離でフルに充電したレールガンを放てば、いくら加減して直撃でなくても、それこそ壁際に避難していようともまず間違いなく致命傷になる。こちら側に衝撃が来ないように弾速と威力を調整しているだけに、標的側にいる限り、最悪の場合人間など跡形も残らない。そんなことは目に見えている。

 もう時間が無い。人形はすでに消えていた。残っているのは加速した粒子のみ。考えてる余裕すらない。どうすれば、

 

(どうすればいい……ッ!?)

 

 粒子の加速が臨界点に達した。

 

 

 

「…………ッ!」

 

 

 衝撃に備え身をかがめて目を閉じた。しかし爆発の衝撃は来ない。爆音も無い。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 

 

 目を開ければ、すぐ目の前に、加速粒子を右手でかき消した上条当麻の後姿があった。

 

 

 

 

 

 




この回では御坂さんの超電磁砲の構え方撃ち方を変えてみたのですがどうでしょうか。


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06. Encounter -3rd-





 静かな出会いは、雨の中に溶けていく。

 

 

 

 

■Encounter -3rd-■

 

 

 

 

 降り注ぐ雨に身を晒して、砂利の上に倒れるように座り込んだ。座り込んだすぐ横に詰まれた鉄骨の山に地面をずりながら寄りかかる。

 

「ここは……」

 

 どこだろう、と呟いて見渡せば見たこともないような列車がいくつも並んでいた。列車置き場だろうか。見える範囲で線路が十数本ある。今しがた寄りかかった鉄骨も線路か倉庫の骨組みに使われているものかもしれない。

 全身を苛む鈍い疲労に、倒れこんでから少し動いただけですでに体は動かなくなっていた。朦朧とし始めた意識の中、見上げた夜空は曇天に覆われている。群れを成して落ちてくる水滴が衣服に弾けて吸い込まれていく。

 水を吸った布の重さに、このまま地面に溶けていけたらな、なんて自嘲気味に心中で呟いた。このまま世界から零れ落ちて消えていけたら、どれだけ救われるだろう。どれだけ報われるのだろう。

 そんなことを永遠と考えながら、ただ月明かりの届かない夜空を眺めていた。

 

「あの――」

 

 ふと、なんの脈絡もなく視界の下から声が掛かった。左肩に手を置かれていることに気付いた。

 視線を空から下ろすと、少し離れたところにある電灯を背景に、私を見下ろす形で人影がこちらを眺めているように見えた。逆光で影になっていてよく見えない。いつから居たのか気付かなかった。いつ近づかれたのかももうわからない。

 

「あの、こんなところで寝たら、風邪、引きますよ……?」

 

 街灯の光に目が慣れてきたのか、逆光に輪郭がぼんやりと浮かび上がってきた。どこかの学校の女子用の制服を着ている。自信の無さげな瞳が、縁無しの眼鏡の奥から私を覗いていた。言動や表情から受ける印象はおとなしく、小動物的なものを想像させる。腰あたりまで伸びてところどころ跳ねている黒い長髪、その頭頂から飛び出ている一房の髪が印象的だ。

 

(誰……?)

 

 不思議と危険な感じはしなかった。敵意や殺意といった類のものが一切なかったのだ。まるで、雨に濡れた野良猫やら野良犬を見つけたからちょっとだけ撫でていこうかな、って感じだ。

 まあ似たようなものだし、彼女を振り払う体力も残っていないので、こちらとしてももうどうにでもなれという感じなのだが。

 左肩に置かれた手が離れ、恐る恐るといった感じに線の細い手が再び近づいてくる。別に噛み付きなんてしないのに。もしかしたら、彼女はちょっと臆病なのかもしれない。

 

 雨が止んだ。雲の隙間から月明かりが差し込んでくる。

 ようやくはっきりと見えた彼女の姿は、まるで、

 

(天使、みたい……)

 

 そんな夢見がちな少女のようなことを考えながら、意識は闇の淵に沈んでいった。

 

 

…………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 唐突に目が醒めた。

 

「っ――――、?」

 

 真っ先に視界に入ったのは木製の天井。ところどころ黄ばんでいて、アパートの全体像が容易に想像できるくらいに使い古された天井だった。さっきから知らないところばかりだ。

 体の疲労も多少なりとも回復しているようだったからとりあえず動こうとして、上体を起こして違和感を覚えた。

 見下ろせば、稲藁でできた床に敷かれた布。そして体にかけられた白いシーツ。そして私は見慣れない白色のワンピースを着ていた。

 どういうことだろう、と考えていると部屋の外から声が聞こえてきた。

 

『ありがとうございました風斬ちゃん』

『いえ、私が押し付けてしまったようなものですから……』

 

 それから一言二言聞こえた後、玄関の木製の扉を開けて誰かが入ってくる。

 

「あ、起きてたんですねー。ごめんなさい、ちょっと買出しに行ってましたー」

 

 女の子だった。見た目小学生くらいの女の子が両手にアルコールの缶と生肉のパックを持って入ってきた。何なんだこの摩訶不思議生物。

 

「服は濡れていたので洗濯して干しておきました。お腹が減っているようでしたらご飯を作りますけど、どうしますか?」

「――えっと、…………」

 

 ちょっと話についていけない。ただ彼女が指差した先に、先ほどまで着ていたレザーのスーツ一式掛かっていた。だがまだ乾いていないらしい。丁寧に洗われているらしく、泥汚れがほとんど落ちているように見えるし生地が傷んでいるようにも見えない。その代わりが今私が着ているワンピース、とのことだ。「それとこれも買ってきました」と、女の子にレッグウォーマーとサッシュを渡された。これを使えということらしい。

 なんとなく状況が読めてきたところで、ようやく部屋を見回した。少々散らかっている。空き缶や煙草の吸殻もあった。これはあの女の子のものだろうか。私がじろじろと部屋を見ていることに気付いた女の子が「あ、あはは……。散らかっていてごめんなさい……」とちょっと恥ずかしがっている。……少々デリカシーに欠けていたかもしれない。

 当の女の子は手にしていた食料を何か白い機械の箱(たしかレイゾウコとかいうもの)に入れて、私の横に腰掛けた。

 

「月詠小萌といいます、お名前を教えていただけますか?」

 

 なんだろう、立ち振る舞いが年不相応だ。だいぶ大人びている。女の子は付け加えるように「あ、ちなみに教師をやってます」と言った。本当だろうか。普通は信じられないようなものだが。

 聞きたいことは山ほどあったが今はとりあえず危険はないようだから、とりあえずは彼女の言うことに従おうと思う。

 

 

 

 

 

「私は――」

 

 

 

 

 

 私の名前は、

 

 

 

 

 

「アルストロメリア。メリアって呼んでほしい」

 

 

 

 




はい、再びオリキャラ登場。幻想御手編だとここで登場するだけなので、詳細は省きます。彼女の容姿は彼女視点のためこの回では説明なし。
ちなみにアルストロメリアとはユリ科の花で、日本語だと百合水仙や夢百合草と呼ばれます。
ついでに妹達編や風斬編は通過済み(魔術サイドは関わっていません)。そして暗部の四人編成のチームもすでに一部を除き編成されているという設定です。


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07. Trouble After School

そろそろ投稿間隔を調整しようと思います。
とりあえず週一くらいが丁度いいのかもしれない。


 今夜の献立。放課後の厄介事。

 嗚呼、今日も平和である。

 

 

 

■Trouble After School■

 

 

 

 七月十九日。

 昨夜から降り出した雨は相変わらず降り続けている。濡れた屋上に避難することもできずに、仕方なしに終業式に出席した。今は学期最後のHRの終わり際だ。月詠教諭が「はーい、みなさーん」と声を掛ける。

 

「明日からお楽しみの夏休みなのです。補修指定者は明日からも学校に来てもらうのでそのつもりでいてくださいねー」

 

 カタログから目を放して、窓際最後列の席からグラウンドを見下ろせば、相変わらずの雨。『樹形図の設計者』の予報ではこの雨は今日の昼過ぎには止むらしい。『樹形図の設計者』は表向きは完全な天気予報をするためにつくられた機械であり、有する『完全な予報』とはすでに預言といえる類のものだった。

 そんな詮の無いことを考えながら、一昨日の騒ぎを思い出す。

 結論から言って事件は未然に防がれ、犯人も風紀委員に拘束された。俺にわかるのは、どうやら犯人の拘束にも御坂が関わっていたということくらいだ。

 結局俺は、あの後御坂と一言二言交わしただけだったからその程度のことしか知らない。帰りは柚姫たちと合流してそれぞれ帰途についた。ことの顛末にも犯行動機にも、犯人本来の能力指数の不一致にも大した興味はない。

 

 意識が完全に外に向いていたからだろう、月詠教諭に名指しされた。

 

「上条ちゃん、あなたのことを言っているんですよ?」

「……?」

「どうしてって顔してやがりますね。上条ちゃんも補修なのです。ちゃんと自覚してもらわないと困ります、この不真面目生徒」

 

 補修にでることは決まっているし、承諾したはずなんだが信用されてないんだろう。客観的に見ればそれもあたりまえのことだが。

 

「補修はちゃんと出ますよ」

「そんな雑誌読みながら言われても説得力ありません。というよりいつからそんな物読んでたんですか。ちゃんと閉まってください。――いいですか、補修とは補って修めるという意味であって、今まで足りなかったものを補い踏み台にして進むということです。これを機に真人間になってもらわないと困るのです」

 

 まるで俺が人非人みたいな言い方だった。まあその通りなんだろうけど。俺みたいなのがまともな訳がないのだ。不真面目でテキトーなのも全くもってその通りだ。

 

「――了解しました」

「……まあいいです。授業態度や進路については補修中にじっくり話し合いましょうねー」

 

 なんでこの教師はここまでお人好しなのだろうな、なんて考える。ちょっと怖いくらいだ。何をどういう風に考えれば、ここまで真摯に他人と関われるのだろう。

 それはともかくとして、右斜め前に座っている青髪ピアスが「何なんや、一体何でなんや。カミやんばっかずるいでぇえ!!」とか喚いて、青髪の目の前に座っている吹寄に「うるさい!」と物理の教科書で頭を叩かれた。そのまま撃沈した。俺の目の前、青髪の隣では土御門が盛大に欠伸を漏らしているし、深嗣は隣の席でくつくつ笑っている。

 ……くそ、なんでこいつらが俺の席周辺に纏まっているんだ。

 

「はいはい皆さん静かに。くれぐれも休み中は羽目を外し過ぎないように――」

 

 それから夏休みの注意事項や課題についてを簡単に説明した月読教諭が「はい、話は以上です」と言葉を閉める。それを合図に青髪が「起立、さようならー」と礼をした。

 これでようやく今日のところは開放される。やっと帰れるな、と呟きながら机横にかけてあった鞄に手をかける。すると深嗣が声をかけてきた。

 

「おい当麻」

「なんだよ」

「いや何、今日は部屋に戻ろうと思ってな」

 

 相変わらずふてぶてしく深嗣が「たまにか顔を出してやんないと柚姫が寂しがるだろ?」とのたまった。

 深嗣とはガキの頃からの昔馴染みで、俺たち二人が高校生になっても柚姫も含めて俺たちは基本的に三人一緒にいた。こいつが部屋に泊まることなんていつものことだったし、三食一緒に食べるなんて日常茶飯事だ。だがここ最近、深嗣と柚姫は会っていない。喧嘩別れのように仲が悪くなったわけではなく、深嗣が放課後勝手にどこかへ出歩いてそのまま部屋に戻ってこないというだけだ。もう子供という訳でもないし、別段心配などしていないから俺と柚姫はいちいち口を出さなかったし、深嗣の気が向けばまた戻ってくるだろうと思っていた。

 どうやらそれが今日らしい。

 

「俺様の帰還だぜ? パーっと豪勢にしてくれよ?」

「はぁ?」

 

 いつものことながら随分と尊大な言葉だ。相も変わらず意味がわからない。

 

「だから飯。飯作ってくれって、豪勢に」

「何故」

「久々の俺の凱旋だから」

 

 こいつは戦争にでも行ってきたのか。それで目出度く帰ってこれたから飯を多くしろと。

 ふざけてて言っているのがわかっているから、態々真面目にとりあうつもりも無い。だが理由はどうであれ、たまには夕食を豪華にしてもいいかもしれない。調理に手を抜いているつもりはないが、最近は割りと簡単に済ませていた。

 とりあえずこいつの凱旋云々はともかくとして、今日ぐらいは出せるもの全部出してもいいかもしれない。

 さて、今晩の献立はどうしようか……。

 

「何や面白そな話してんな。ボクらも混ぜてくれへん?」

「そうそう。食卓ってのは大人数で囲うのが一番楽しいんだぜぃ。ま、御相伴にあずかりたいってのが本音なんだがにゃー」

 

 要するに集りたいわけだ。ついでに上条宅の位置を把握するというのも理由に入るのかもしれない。放課後、彼らに後をつけられたことが何度かあったが、すべて悉く撒いてやった。まあ謎の生徒Aと称されるくらいだ。自宅の位置くらいは知っておきたかったのだろう。

 切削は幼馴染三人で水入らずに楽しみたかったのか少々微妙な顔をしていたが、まあそういうのも悪くないか、と不承不承に呟いた。どうやら断るつもりもないようだ。

 

「ちょっとあなた達」

 

 と、今度は吹寄もやってきた。

 

「あなたたちだけじゃ何するかわかったものじゃありません。よって、私も監督役として同席します」

「…………」

 

 すでに彼女の中では俺たちと食卓に付くことが決定事項になっているらしかった。俺に拒否権はないようだ。

 

「な、何よその目は」

「……あー、いやなんというか。なぁ?」

「別になんでもない」

 

 深嗣と苦笑し合う。今俺たちが考えていたことは言わぬが花だろう。

 

「なんや、委員長ちゃんも寂しがったりするんやな」

 

 瞬間、吹寄の姿がぶれる。青髪が顔面から床に叩きつけられた。なんて的確で素早い、脚払いから踵落としの二連撃。衝撃で軽く校舎が揺れた……ような気がした。

 ごく稀に、女子はものすごい威力で攻撃を放つことがある。怖いくらいだ。もっとも青髪は自業自得だが。

 

「言いたいことがあるならいいなさい」

「――別に」

「本当に?」

 

 言いながら吹寄が近づいてきた。正確に言えば腰を折って、顔を覗き込んできた。息が掛かるくらいの距離で吹寄の強気な顔が視界一面に広がった。

 

「何も思ってない。というより顔が近い」

「あっそ。……それはそれで傷つくわね」

 

 何か呟きながら吹寄は顔を離した。彼女も人に聞かせるつもりがなかったのか、後半の言葉は声が小さくて聞き取れなかった。

 拗ねたような顔の吹寄をよそに青髪と土御門が騒いでる。「もういっそうのこと合コンとかしたいにゃ~」とか、「せやなぁ、そや柚姫ちゃんの友達も呼んでパァっと思い切り合コンせえへん?」とか。……何の暗号だ。意味がわからん。

 

「お前の知り合いなんて全員集めても両手で足りる程度なんだ。ちょうどいいんじゃねぇの?」

「馬鹿にしてんのかお前は」

 

 まあ、知り合いの大半は裏で知り合った連中ばかりだから呼ぼうとも思わないのだけれど。ただでさえ部屋のキャパシティギリギリなのだ。どう考えても収集がつかなくなる。

 だがそんなことよりも、何よりも先に釘を刺さなければならないだろう。これが最重要項目だ。

 

「おい青髪」

「お、なんや? カミやんから話しかけてくるなんて珍しいな」

「妹に手出したら殺すからな」

 

…………。

 

 ギクリ。青髪の動きが止まる。――ここで今殺そうか。

 

「そ、そんな当たり前のことやないか~、ボクが柚姫ちゃんになんかに手ぇだすはずない――」

「死ね」

 

 

 

 

――ぎゃぁあああああああああああああああああ!!

 

 

 

 

 とりあえず再起不能になるまで叩き潰しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、そんなやり取りを遠巻きに眺めていたクラスメイトたちが、

 

「ねぇねぇ、上条くんてシスコンなのかな?」

「まあ今のは妹さんを『なんか』扱いしたアイツが悪いわね。というよりあんたまだ上条君狙って――、ってあれ? 上条君が読んでるのって……」

「『家族に愛のあるお弁当を』――って、料理カタログ!?」

「え、なに、上条って料理できるの?」

「相変わらず謎だな上条」

「やば、上条君の料理食べてみたいかも」

「あんた、それはもう病気だわ」

 

 といった会話をしていたことに上条当麻は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 




2014/11/18追記。投稿する前に確認しているんだけど、誤字が減らんね……。気付いたとこから直していきます。


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08. Retrograde Lastoder

2014/12/7追記:誤字脱字を修正しました。


 青く明るい空の、たった一つの黒点。

 懐かしい人との出会いを中心に、その爛れは広がった。

 

 

 

■Retrograde Lastoder■

 

 

 

 

 先ほどまで降り続けていた雨が嘘みたいに止み、水溜りに映りこむ晴天には太陽が浮かんでいる。

 HR後に当麻から『パーティするから都合が良ければ友達も連れてこい』と連絡が来たため、後輩二人に『校門前に集合』と連絡を入れ、今現在、学校の校門前で二人が出てくるのを待っていた。終業式も終わって、これからの長期休みに心を躍らせるように笑う学生たちが続々と出てくる中、見知った顔が玄関から現れた。

 

「お待たせしました上条さん!」

 

 あれ、と思った。こちらに走り寄ってくるのは佐天さん一人だ。初春さんの姿がない。

 

「全然待ってないよ。初春さんは?」

「風邪こじらせちゃったみたいで今日は休みです」

 

 ああそうか。そういえば昨日マスクしていたし、やっぱり風邪だったらしい。

 そんな状態にも関わらずあれだけ動き回ったのだから、当然といえば当然だろう。当の本人がいないことをいいことに「あ、そうだ初春の通知表見ます~?」とか言うから困ったものだ。しかしどうしよう、できれば初春さんも呼びたい。未だに初春さんから連絡が返ってこないことから寝込んでいるのだろうし、体調を崩している彼女に無理強いもしたくない。うむむ、どうしようか。

 

「このあと家でパーティでもしようかって話になってるんだけど、佐天さんはどうする? 予定とかあったりする?」

「もちろん行かせていただきます!」

 

 快活な笑顔で即答してくれた佐天さんに、よし、と頷く。問題は風邪で休んでいる初春さんと、連絡先を知らない御坂さんなのだが、

 

「とりあえずまずは初春の部屋に行ってみましょうか?」

「うん。そうだね、寝込んでいたら悪いけどお邪魔させてもらおうか。あと御坂さんの連絡先知ってる? 私昨日聞きそびれちゃって連絡できないんだ」

「あ、御坂さんの連絡先なら私知ってますよ。連絡しておきましょうか?」

「お願い」

 

 佐天さんが御坂さんにメールを送ったところで私たちも移動することにした。目的地は予定通り初春さんの部屋だ。できれば何か体によさそうなものを見繕って行こう。それにもし彼女が動けるくらいに回復しているようだったら無理やり連れて行けばいいだろう。初春さんは風邪を移しちゃ悪いと遠慮するだろうが、生憎とそんなことを気にする人は私が知る限り誰もいない。

 

「そういえば準備とかはどうするんですか?」

「それは大丈夫だと思う。お兄ちゃんたちが買出し行ってくれてるみたいだから、私たちはとりあえず机の準備とか調理とかの手伝いかな?」

「はーい……、って上条さん危ないっ!」

「え?」

 

 道中、会話に夢中になっていたせいか、道脇の路地から何かが飛び出してくるのに気付くのが遅れた。気付いたときにはその小さな影はすでに避けようが無いくらい近づいていて、

 

「う、わっ!?」

「ぶにゃ゛っ……!?」

 

 腰の辺りに衝撃が走り、ぶつかってきたソレと一緒に道端に倒れ込んだ。

 茶髪の子供だった。水色のワンピースの上からシャツを着た見た目七・八歳くらいの女の子だ。顔を抑えてプルプル震えている。先ほどの衝撃はこの子供が私の腰に頭を直撃させたものらしい。

 

「ちょ、大丈夫ですか?」

「え、うん、大丈夫」

 

 心配そうに覗き込んでくる佐天さんに怪我はないよと答える。

 思い切りしりもちをついてしまったものの、受身が取れたせいか怪我はない。水溜りに落ちなかったのが幸いと言えば幸いだった。だが、問題のこの女の子は大丈夫だろうか?

 見れば、彼女は赤くなった鼻先をなでながら立ち上がった。ちょっと涙目だ。

 

「だいじょうぶ、ってミサカはミサカは健気に胸を張ってみる」

「ごめん、全然大丈夫そうに見えない」

 

 言いながら立ち上がって、女の子の顔を覗き込んだ。

 鼻周辺が少々赤いが怪我らしい怪我はしていない。それにしても、ものすごく見覚えのある顔だ。自分のことを『ミサカ』とも言っていた。この子から感じる能力も電気系統みたいだし、これは確定かもしれない。

 

「もしかして、あなたは御坂美琴さんの妹さん? 連絡、しよっか?」

「えぇー!? お姉様の知り合いなの!? ってミサカはミサカは驚いてみたり!」

 

 予想的中。それにしても、この子はどうしてあんな人通りの無い路地から出てきたのだろうか。

 いわゆる迷子というやつなのだろうか。佐天さんと顔を見合わせる。彼女も困り顔だ。こういう場合は御坂さんに届けたほうがいいのかもしれない。

 それにしてもこの子は随分と面白い言葉遣いをする。何の影響だろう。

 

「へぇ、御坂さんの妹かぁ~、かわいいなー」

「わ、ひゃっ? ってミサカはミサカはっ……」

 

 可愛いー、と佐天さんが抱きついた。頬擦りまでしながら、女の子を揉みくちゃにしている。

 がばっ、といきなり佐天さんが顔を上げた。歩道の先を凝視している。

 

「あれは、」

 

 研究施設みたいな建物の前に頭に花飾りをした女生徒が立っていた。初春さんだ。スーツ姿の髪の長い女性と一緒にいる。他にも人影を何人か連れているようだった。

 

「あれは……、初春さん? と、誰?」

 

 そこで、さっきまでじゃれあっていた女子二人が消えているのに気が付いた。

 

「うーいーはーるっ!」

「うりゃぁああ!ってミサカはミサカはなんだかよくわからないけどお姉ちゃんの真似をしてみるっ!!」

 

 ずばーんっ。

 初春さんのスカートが左右から思い切りたくし上げられる。無論、佐天さんと御坂さん似の女の子だ。

 

「……うひゃぁあっ!?」

 

 慣れたのか何なのか知らないが、初春さんは捲れ上がったスカートが上りきらない内に抑えて降ろした。どうやら結構元気らしい。風邪の発熱ではなく、羞恥に顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

「佐天さんが何でここにいるんですか!? ていうかスカートめくらないでください!!」

「えへへ~今日も縞々ですなぁ~、眼福眼福」

 

 あははーとかいつも通りの佐天さん。人前をスカートをめくることに何ら躊躇いを見せていない。軽く尊敬する。

 おや、と声がかかった。初春さんと一緒にいた女性だ。彼女はあまり驚いてないらしく普通に会話に混ざってきた。目の前で女の子のスカートがめくれ上がったのに驚かないあたり大人だ。

 

「初春さんの知り合いかい?」

「はい、佐天涙子でっす!」

「『打ち止め』だよってミサカはミサカは自己紹介してみる!」

「上条柚姫です」

 

 

 慌てて追いついて、「すいません」と女性やその後ろの人達に謝って、気付いた。

 

 

「?」

 

 

 違和感。

 目の前には――久々に顔を見た――、目の下に大きな隈を残した女性一人だけだ。

 だけど、そこにある気配は。

 

 

「な、何、この人……っ!?」

 

 

 恐怖に足が竦んで、その場にへたり込んでしまった。

 意識の塊だ。そう形容するほか無いものだった。

 彼女がとてつもなく巨大な何かを纏っている。コールタールのように黒くてどろどろした沢山の意識をその身体に縛り付けて、それでも彼女は平然としていた。それこそ当然のごとく彼女は意識の黒海の中で佇んでいる。

 

「どうかしたのか? ……いや待て、君は確か――」

 

 瞬間。全ての意識が眼を開く。

 開かれたのは無数の、数え切れないほどの空洞みたいな瞳で。

 

「ぁ……、ぁあ……」

 

 その複眼染みた穴に映っているのは、私で――――、

 

 

 

 

 

 

―――――――――、

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――、

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、何か、言って、

 

 

 

「―――――、sp助ytw」

 

 

 

 それに答えるように、無意識に私は何か口走ったが意味も無く。

 黒くてどろどろとした腕に体中を掴まれた。

 

 

 

 地面に沈むような浮遊感を最後に、私の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 




昼間なのにホラー。
みたいなのを書こうとした結果なのですが、これはどうなんだろうか?


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09. Flammability ITEM

アイテム登場。
こっちで勝手に改変していたり捏造している設定も多いです。
とりあえず幻想御手編が終わったらそれも載せようかと思います。

2014/12/7追記:誤字脱字修正しました。
2014/12/14追記:捏造設定については、出来うる限り本編で補完していこうと思います。


 危険物、可燃性。

 それはどちらに言えることだろうか?

 

 

■Flammability ITEM■

 

 

 あの後、役割分担して各自で準備することになった。クラス委員三人組は追加のテーブルや食器などの調達。深嗣は別の用事があるとかで別れた。俺はといえばパーティに使う食材の買出しを任せられ、ショッピングモールへと向かっているのだが、

 

「一人でどうしろっていうんだ……」

 

 どう見積もっても一人では抱えきれない量になる。俺たち三人にクラス委員三人組、柚姫の友人二人と御坂(+まず確実についてくるだろう白井黒子)。総勢十人の食事を作らないといけないのだ。最悪、タクシーを使うことになるかもしれない。金銭の余裕が無いわけではないが、あまり不必要なところで使いたくないのだ。柚姫と一緒に「そうだよな」って頷いていたら、深嗣に呆れられたことがあった。いわゆる守銭奴ってやつだそうだ。

 

「――――?」

 

 ふと視線を感じた。視線を感じた方向を見ると、見知った顔が道路脇のビルにもたれ掛かっていた。酷い言い方かもしれないが、今はあまり会いたくない人物だった。根は良いやつなのだが、彼は必ず厄介ごとを持ってくる。そう決まっているのだ。

 金髪でオレンジのパーカーを羽織った彼はすまなそうな顔で近づいてきた。

 

「――――浜面」

「よぉ上条。悪いな、仕事だ」

 

 浜面仕上。もともとはスキルアウトのメンバーだったが、駒場利徳が殺害されたのをきっかけに気付いたら暗部のチームである『アイテム』に扱き使われていたらしい。付いて来いよと言う彼に頷いて、案内されるままに裏路地に入る。

 

 

 案内されたのは廃棄区画にある廃ビルだった。もともとは何かの研究施設だったのだろうが、今は誰も手をつけずいたるところで天井が崩れ、塗装が剥げてコンクリートが剥き出しになっていた。

 裏口から入って連れてこられたのは一階の、元々はエントランスだったらしい広い一室だ。本来の入り口らしい部分はぼろぼろに崩れている。スキルアウトのたまり場になっていたのか、煙草の吸殻や酒類の空き缶も転がっている。だが、彼らはもうここにくることは無いだろう。

 そしてその元凶が、正面のカウンターの奥、もとは関係者用の休憩室から姿を現した。

 

「やほー『幻想殺し』。元気にしてたかにゃーん?」

 

 ふざけた挨拶をしやがったこいつ。波打つ茶髪に強気な表情。ピンクのサマーセーターを着た女学生の名前は麦野沈利。超能力者第四位『原子崩し』。

 彼女が能力で吹き飛ばした痕跡があちらこちらに残っている。不良どもを追い払うのに大分暴れたようだ。哀れだとは思うが、見たことも無いスキルアウト連中には何の感慨も湧かなかった。カウンターの奥に逃げ込んだ奴らを、今しがた片付けてきたのだろう。部屋から焦げ臭い匂いが漂ってきている。

 はぁ、と背後から溜息が聞こえた。浜面のだ。やりすぎだ、とでも思っているのだろう。

 麦野の登場をきっかけに気配が増えた。背後、俺たちが通ってきた通路に一つとエントランス両側の通路に一つずつ。

 

「まあ結局、『死神』なんかに会いたくなかったってのが本音なわけよ」

「同感ですね。貴方に関わってから超ろくな事がありません」

「……大丈夫。私はそんな不幸な浜面と上条を応援してる」

 

 フレンダ、絹旗最愛、滝壺理后。それぞれ背後、左、右の順だ。

 麦野は一度俺に負けたのをまだ根に持っているらしく、最近では俺をどうやって弄り倒すのかを考えるのが日課らしい。フレンダと絹旗は「会いたくない」と言っている割には会う必要の無い時にも顔を出している気がする。よくわからない。滝壺は、……よくわからない。

 この四人が『アイテム』のメンバーであり、俺への依頼の伝達役でもある。もっとも本人たちは大分不服なようだが、それはこちらも同じこと。

 

「…………――ッ、」

 

 くだらない考えを舌打ちとともに切り捨てる。

 気持ちを切り替える。立ち位置を裏返す。表で普通の生活を送っていた上条当麻から、裏で学園都市にとっての害悪を処分するカミジョウトウマに。余分な思考をカットし、端的に必要事項だけを問う。

 

「依頼内容は」

 

 ふん、と麦野が鼻を鳴らした。何かを投げつけてくる。右手で受け止めると、小型端末が手の中にあった。電源を入れれば映像が流れ始める。研究施設の玄関前を俯瞰した映像だった。その映像には見知った人物が五人ほど映っている。柚姫、初春、佐天。それから打ち止め。そしてもう一人、だいぶ昔に世話になった――、

 くつくつと、麦野は笑った。

 

「目的はドクター木山と『幻想御手』の確保。抵抗するようなら『木山センセー』は殺害してもいいってさ」

 

 麦野がさも愉快そうに笑う。ご丁寧に俺の過去の情報まで調査済みなのだろう。

 しかし、俺はといえば悪態一つとることもせず、それどころか映像に映る五人を見つめることしかできなかった。

 

 定点カメラが高所から撮影した映像には、突然倒れ込んだ柚姫とそれを抱えて車に乗せる『木山先生』が映っていた。そうして車は走り去る。病院と反対の方向に走り出した。郊外の方向だ。

 

「くそっ……」

 

 苦々しく呟いた言葉が、背後から届いたけたたましい排気音にかき消された。それは壁ガラスを割ってエントランスに侵入し、俺の後ろにいた浜面をかすってから俺のすぐ横で急停止する。いきなり突っ込んできた赤い単車に、浜面が驚いたような声を上げて慌てて滝壺のほうへと転がっていった。

 顔をしかめた。単車に乗っていたのは悪友で。そいつも俺に気が付いたようで、へぇと笑みを浮かべた。

 

「お楽しみだったか?」

「……深嗣、なんでお前が」

 

 別に大したことじゃない、と受け流すように深嗣は笑みを深くする。答える気はないようだ。

 

「なんだ、テメェ……」

「いきなり現れて何なんですか。超邪魔です」

「こういう場合、結局面倒くさいんだけど対処しなきゃいけないってわけよ」

「上条の知り合い……?」

 

 突然の乱入者を前に、滝壺を除いた『アイテム』の面々が敵意をむき出しにして深嗣を睨んでいた。『アイテム』といった、裏での活動を基本とする組織は任務中に目標以外の無関係者との接触を極端に嫌う。

 そんな暗部の連中を前に、単車に跨ったまま愉快そうに深嗣が口を開く。

 

「うちの連中と仲良くしてくれたみたいだからな、そのお礼をね」

 

 かかッ、と麦野が笑う。新しい玩具を見つけたような子供みたいな顔だ。

 

「なぁるほどねぇ。あんたさっきの山猿どものボスってわけ」

 

 値踏みするような麦野に、「ま、ヤリ合いたいのは山々なんだけどな」と深嗣が吐き捨てる。そして彼女たちにはもう興味が無いように、俺に振り返り、

 

「今はそれどころじゃあねぇらしいし?」

 

 そう言って、俺の持っていた携帯端末を興味深そうに眺めて不敵に笑う。

 画面には先ほどから繰り返し再生されていた動画が、俺が再生を止めなかったせいで流れたままになっていた。

 

「今回は降りさせてもらうわ。――行こうぜ当麻。後ろ乗れよ」

「……ぁ、ああ」

 

 名を呼ばれてようやく我に返った俺は、深嗣のバイクの後ろに乗る。俺が乗ったのを確認して深嗣がアクセルを吹かした。

 赤い車体が駆動音を室内に響かせながら、砂埃を舞い上げて急旋回して、先ほど深嗣が進入してきた場所から路地へ飛び出す。

 

 飛び出す間際、背後で誰かが嘲笑する気配がした。

 

 

 

 

 

 



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10. AIMburst

気付いたら幻想猛獣が大分強くなってしまっていた。そしてご都合展開も結構多い……。
というよりこの回は作者の趣味全開です(汗
結局白井を関わらせることができなかった……orz

2014/12/08追記:一部世界一有名なマスコットキャラみたいな台詞があることに気付いたので修正しました。何故書いているときに気付かない……orz。


 暴走する意識の塊に、能力の化身であるソレに限界・際限など存在しない。

 

 

 

 

■AIMburst■

 

 

 

 巨大な触腕が大地を抉る。直径1mほど、全長10m以上のそれらは雨に湿気った地面に深く爪跡を残していく。

 左から薙ぎ払いのように向かってくる触腕を電撃で弾き飛ばし、さらに接近。懐に潜り込んで砂鉄の刃を胴体に叩き込む。戦車の装甲すら容易く切り裂く刃を受けて、しかし『猛獣』は傷一つなく目の前に存在している。磁力で纏めていた砂鉄は形を保てなくなり文字通り霧散した。

 

 

「ちィ――ッ」

 

 

 目晦ましのように電撃を地面に叩きつけて、即座に離脱する。直後、一瞬前にいた位置に岩盤が突き出してきた。

 

 突如として木山春生の背中から吹き出るように出現した胎児は、ぶくぶくと腫れ上がっていくように肥大化しながら、原子力実験炉へと向かって浮遊している。

 あれが何なのかはわからない。初春さんの話では、唯一の対抗策だったデータも記憶媒体ごと大破してしまっているらしい。木山春生との戦闘で警備員部隊も壊滅してる。増援は期待できない。超能力者である私の攻撃なぞ足止めにしかならない。いや、本当に足止めになっているのかさえ状況を鑑みれば甚だ疑問だ。

 でも、ここで放っておくわけにはいかない。このままアレが原子力実験炉に到達してしまえば、先日の爆弾事件なんて比にならないほどの被害が学園都市を襲う。炉心融解どころか核爆発だ。学園都市が地図から姿を消すかもしれないし、少なくとも都市の半壊は覚悟しなければならないだろう。

 

 一歩間違えれば即死するような状況で、遊びでもなんでもない本当の危険に冷や汗が体中から吹き出した。

 本物の化け物が目の前に、その血走ったような眼でこちらを見下ろしている。人などいくらでも殺してしまえるような、それこそ災害その物のような存在が目の前にいるのだ。

 それでも、

 

「こんなところで終わってたまるかぁあああああああ!」

 

 

 

 まだアイツに、いつでも気だるそうなあの男に一矢すら報いていないというのに……!

 

 

■□■□■□

 

 

 震える体を抑え付けるように気炎を吐きながら、砂鉄を防御壁として纏って御坂美琴は赤子へと突撃し続ける。

 

 

 御坂の遥か後方、平地のど真ん中で佐天涙子がそれを眺めていた。

 化物と超能力者の戦い。非現実的な現象を前に、彼女は歯噛みした。

 幻想御手を使って能力者になった。でも、それでも、届かない領域がある。たとえ能力者であろうと、あんな中に放り込まれれば一分と持たず命を失うだろう。

 

(だけど――、)

 

 つい最近まで無能力者だった自分にもわかるほど。御坂美琴が追い詰められているのが、嫌というほど理解できたから。だから、こんなところでただ観戦していたくはなかった。能力者である上条先輩が、離れた位置にある車の中で気絶していて未だに目を覚まさない以上、私がやるしかないのだと。

 先ほど木山春生がやったように、両手を前に翳す。風を集める。

 

「佐天さん――?」

 

 後ろで木山春生と打ち止めの手当てをしていた初春飾利が怪訝そうに呟く。そんなまさか、と彼女も佐天涙子の現状に理解が及んだ。初春飾利が慌てて静止を掛けるも、佐天涙子はそれを無視して集めた風を手で掴む。それを持って、そのまま猛獣に向かって叫ぶ。

 

「今は私だって能力者なんだから――!」

 

 瞬間、何かが砕けた音が佐天涙子の耳を内部から震わせた。

 意識に亀裂が走る。友を助けたいと鼓舞した意気込みはあっさりと瓦解した。なんの抵抗もできずに力が抜ける体は、走り出そうとした姿勢のまま地面に倒れ込んだ。

 

「佐天さんっ!?」

 

 初春の声が遠くから聞こえる。

 横に映った大地を、赤い何かが煙を吐き出しながら駆け抜けていくのを眺めて、佐天涙子は意識を手放した。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 交戦中、肉塊から何かが突出した。

 頭のように見える部位の左右、人体でいう肩の部分の左右から一つずつ。

 一対となる角のような円錐形の先端、その間を中心にして中空に何かが集まっていく。空間に穴が開いたようにも見える黒々としたそれは、大気を根こそぎ吸い込むブラックホールそのもので。

 

(ヤバイ――)

 

 あれが何なのかはわからないが、あれはまずい。あれの解放はそのまま敗北に直結する。

 正体不明の攻撃を阻止すべく電撃を飛ばすが、それも直前で電磁波に弾かれる。砂鉄で作った刃さえ風に打ち落とされ、レールガンすらも分厚い岩盤を盾にされ届かない。

 

(くそっ……!)

 

 絶望しかけたところに、後方から凄まじい勢いで六つの影が飛来した。ナイフに似たその影は電磁波の壁を突き抜けて左の砲台に突き刺さる。それは着弾と共に爆発し、左の角が炎上し崩れ落ちる。制御を失った圧縮砲弾が猛獣の眼前で暴発。前面に展開している砂鉄の壁が吹き飛ばされ、殺しきれなかった衝撃波が御坂美琴を襲う。

 

「きゃああああああああああーー!」

 

 明暗転を繰り返す視界の中、背後から悲鳴が聞こえた。初春さんのものだ。余波を受け、気絶していた三人ごと吹き飛ばされた。その衝撃は凄まじく、障害となるものが一切無かったそれは、砂鉄を壁を張っていた私以上の威力で彼女たちを襲ったのだ。運が良かったのが直撃だったとは言え余波であり、吹き飛ばされた場合に凶器になるものが無かったこと。衝撃が地面を這うように吹き付けて掬い上げられるように打ち上げられたことだ。下手をしたら即死していた。だが、問題はそこではない。嵐に吹き飛ばされ四人が、高さにしておおよそ5m、距離にして10m以上も後方に吹き飛ばされたのだ。

 しまったと思い、彼女たちを拾おうと駆け出そうとする私の前で落下が始まる。

 間に合わない。数秒と掛からずに彼らは地面へと叩きつけられる。今の、それこそ傷だらけで満身創痍な自分ではもうどうしようもない。

 何もできない自分に歯噛みしながらも、ボロボロの足を動かし続けていると、

 

「…………え?」

 

 落下点に誰かがいることに気付いた。立ち止まる。

 

 そいつは落ちてくる四人を器用に、一般的に見れば細い部類に入る体で同時に全員受け止める。何故だかシャツの上からブラウンのトレンチコートを羽織っているが、相変わらずの完璧超人ぶりだ。結局、また彼に助けられた。自分の無力に対する悔しさと、全員助かった安心感が頭の中でごちゃ混ぜになり、傷だらけの体から力が抜けてその場でへたり込んでしまう。彼が全員を優しく地面に下ろしているのをただ眺めていることしかできなかった。

 

「あんた、なんで……」

 

 そんな事しかいえない私の横を、コートをはためかせながら彼は走り抜けていった。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 彼は、上条当麻は、一瞥だけくれて御坂美琴の横を抜けて、化け物へと駆けていく。

 左手に携えていた白鞘から直刀を抜き放つ。鍔も反りも無い刀身が、きぃ、と甲高い音を立てながら振動する。二尺ほどの刀身が彼の左下から振り上げられ、頭上から振り下ろされた触腕を難なく輪切りに切り落とした。

 彼を認識した赤子が攻勢に移る。空気中の水分を一瞬で自分の周囲に手繰り、拳大程度に集めて凍らせ、おおよそ三百の弾丸を乱射する。嵐のように飛来する氷塊を振動刃で斬り裂いて、受け流し、時に蹴り飛ばしながらも速度を落とさずに彼は猛進する。

 地面に叩きつけられた触腕を足場に右手で障壁を打ち消しながら、家屋ほどに膨れ上がった巨体を上条当麻は縦横無尽に駆け上がっていく。ナイフで巨木の皮を剥いでいくように、彼は刀を振り続ける。

 

 

 

 

 上条当麻が赤子相手に剣舞を演じている下方、いたるところで触腕がのたうつ。そんな中を凄まじい排気音と共に何かが駆け抜けていく。

 単眼。剥き出しの原動機関。赤色のクラシックな車体。V型8気筒のエンジンが唸りを上げ、車体の左右の前後に一機ずつ、装備された小型スラスター計四機が青白い炎を吐き出し続ける。泥を巻き上げ、スラスターによって地面を滑るようにして、死角へと回り込みながら触腕の中を走り回る。

 

 pierrotSC-13BH。

 

 総排気量8800cc、車重700kgの規格外なモンスターバイクを駆り、紅蓮の髪と黒いジャケットを靡かせて切削深嗣が疾走する。ゴーグルの奥、双眸に凄惨な色が宿った。

 長身の銃を左手で構える。コルト・ワーウルフ=ロングバレル。50口径の回転弾倉式。200mm強の銃身を持つ長大な得物が猛獣へと向けられる。

 マズルフラッシュがたて続けに六回発生し、上条当麻を背後から狙っていた触腕の付け根に全ての弾丸が命中。表面を突き破って内部に進入する。直後着弾の衝撃によって信管が起動し、弾丸中心部に詰まれた火薬が炸裂。内部に積まれた0.5m程度の鉄球の群れが弾け飛び、効果範囲半径2m円内を粒子金属とともに蹂躙する。クレイモア地雷を無理やり弾丸型にしたようなその弾丸の威力は凄まじく、それが集弾した付け根が紙くずのように崩れ落ち、そのまま触腕全体が消滅していく。

 そんなふざけた威力の50口径弾は学園都市内にさえ存在しない。というよりも、彼は市販の実弾そのものを使用しない。能力によって生み出した弾丸を細工して、危険物のリスクをコントロールした上で、銃のスペック以上の威力を引き出して攻撃することが彼の戦い方だった。

 大能力の『鋼鉄精製〈ディザスター・ペイン〉』。彼は鉱物を生み出し加工することができる。

 

「当たるかっての……!」

 

 嗤いながら上から振り下ろされる触腕を潜り抜け、すれ違いざまにさらに発砲。先ほどと同様に触腕が50マグナム炸裂弾六発によって吹き飛ばされる。赤子の頭頂を切り刻んでいた当麻の背後、鬱陶しそうに、それそこ目の上の瘤を払うように当麻目掛けて再び振り下ろされる触腕を弾丸で吹き飛ばす。

 何かに気付いたように攻撃を止めた当麻が、即座に猛獣の頭を蹴り飛ばすように跳躍。一瞬前まで自分がいた空間に四方八方から杭が突き刺さるのを一瞥して、彼は下を走っていたバイクの後部シートに後ろ向きで着地した。

 

「一旦離れるぞ」

「りょーかい」

 

 車体下部に取り付けられていた左右二対の小型スラスターをそれぞれ逆方向に吹かし、車体を急旋回させて御坂たちの方向にバイクを向けた。背後から襲う触腕を深嗣が避け、雨のように降り注ぐ石の弾丸を当麻が弾いていく。

 

 そのまま効果範囲を突っ切って、御坂たちの眼前に着いたところでバイクをスラスターを吹かしながら反転させ、泥を撒き散らしながら停止する。飛び跳ねた泥が少々掛かったのか、「ちょっと……!」と非難を向けてきた御坂は無視した。

 

 

 

「君たちは……」

 

 先ほどの衝撃で目を覚まし、合流した御坂の背後に座り込んでいた木山春生が呆然と呟いた。

 その声に二人して振り返る。深嗣は相変わらず笑みを浮かべていた。先ほどとは別の、どちらかと言えば普通の表情だった。単車から降りた当麻の表情も普段よりかは幾分か柔らかい。

 

「よぉ、木山センセー。隈酷くなってるぜ、新しいフェイスペイントかよそれ、――っ痛ってぇぞ当麻」

 

 悪態をついた深嗣の側頭部を軽く小突いて、どことなく心配そうな表情をした上条当麻も、お久しぶり、と声をかけた。

 

「お元気そうで何より。ただ、徹夜は身体によくない。気をつけたほうがいいと思う」

 

 少しだけ呆れるように言って、木山の背後に倒れている三人―初春、佐天、打ち止めーと傷だらけで座り込んで休憩している御坂を一瞥して彼は目を細めた。御坂以外は目立った外傷はない。御坂も傷だらけだが、命に関わるような怪我はしていないようだった。

 

「お前も少し休んでいろ。そんな体で動こうとするなよ」

「っ……わかってるわよ。今は充電中」

 

 釘を刺すと御坂は案外強気に返答してくる。見た目の割りに元気そうだ。

 

「それで、アレはなんだ?」

「そんなの、私が知るわけないでしょ」

 

 それはこの先生のほうが知ってるんじゃないの、と御坂は木山春生をじと目で促す。木山春生が頷いて掻い摘んで説明した。

 

「アレはAIM拡散力場の塊だ。幻想御手を使った学生たちの能力の集合体。そしておそらく受けた能力や周囲のAIM拡散力場を吸収して肥大化している」

「対抗策はないんですか」

「幻想御手のネットワークを破壊するワクチンソフトがあったんだが、この通り媒体ごと破損してしまった」

 

 彼女が自嘲気味に笑いながら懐から出したのは割れたフラッシュメモリだ。バックアップを取っておけばよかった、と彼女は呟いた。

 

「ならアレが原子力実験炉を狙っている理由は?」

 

 無い物は仕方が無い、と上条当麻は続きを促すが、木山春生は肩を竦めるばかりだ。

 

「わからない。わからないが、もしかしたら核融合炉内のプラズマに誘き寄せられているのかもしれない。なんにしても、アレが到達してしまえばメルトダウン程度では済まないのだろう」

 

 今現在攻撃も妨害もないとういうのに、離れた位置にいる件の化け物は当麻たちを眺めているだけだ。赤く腫れ上がったような眼球を、まるでこちらを観察するように細かく動かしている。

 先ほど御坂美琴が必死に与えたダメージも、それどころか上条当麻と切削深嗣の二人掛りで削った部分もすでに回復している。圧倒的に火力が足りていないらしいが、これ以上の火力は望むべくもない。

 

「現状足止めが最優先、か」

「足止め、ねぇ……。ま、アレの意識はこっち向いてるみたいだし、それについては問題無ぇだろ。それよりも今最も問題なのが――」

「持久戦になった場合、どれだけ粘れるか」

「だな。あんなもん相手に体力勝負で勝てるとは思えねぇ」

 

 あんな常識の埒外なものに対して、人間の範疇でいくら考えたところで結局意味はないのだろう。だがそれでも今は考え続けなければならない。少しでもミスを犯せばそれこそ取り返しは付かない。

 どうしたものかと考えていると、見かねた御坂が口を挟んできた。

 

「じゃあどうするのよ? 自慢じゃないけど私はしばらく動けないわよ」

「本当に自慢じゃないな。――今は俺たちに集中してるとは言え、いつ原子炉に興味が戻るかもわからない。だからできる限り攻撃して注意を引き付け続ける」

 

 上手く原子炉から引き離せれば行幸なのだろうが、今は長期戦覚悟でアレの侵攻を止めるしかないだろう。

 情報もなく打開策も皆無。こんな負け戦、博打にもなっていないがそれでもやるしかない。

 

「センセーらは念のため離れててくれ。さっきみたいなことがまた起きた場合、今度は助けられるかわかんねぇ」

 

 深嗣の言葉に木山春生が頷いた。これである程度の指針が決まったことを確認して、当麻がようやくといった感じに今まで気がかりだった妹のことに口にする。

 

「柚姫は、車の中ですか?」

 

 内心、彼女のことでかなり心配していたのだが、それで状況が変わることもないから今まで黙っていたのだ。

 彼を安心させるように、木山春生は微笑を浮かべながら頷いた。

 

「ああ。まだ目が醒めないし、原因もわからないが気絶しているだけだ。少なくとも命に別状はない。車にも被害は――」

 

 木山春生が言い終える前に、会話の途中で背後から衝撃派染みた爆音が届く。

 

「――――――――!!!」

 

 無粋なやつ、と吐き棄てながら当麻は猛獣に向き直る。見ると、もがき苦しむように身じろぎしながら、そいつはぼこぼこと肉塊をさらに膨張していった。先ほどまでは家屋一件分程度だったが、すでに全高は30mを超えているように見える。

 

「ったく気色悪ぃ天使様だなぁ、オイ。もう我慢できねぇってか」

「まあ、よく待ってくれたものだろ」

 

 どちらとも無く得物を構え直す。

 

「それじゃあ、行きますかね」

「さっさと終わらせるぞ」

 

 方や銃を回転させて遊びながら、方や長ドスを逆手に持ち替えて。

 

「drktk助dtr苦shi嫌drshntkn、ィ阿啞a■aAAAAAA―――――!!!」

 

 空を震わす咆哮を前に、駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回出てきた武器について軽く説明。
当麻が使った長ドスはロボモノの作品によく登場する振動する剣みたいなもの。いわゆる超音波振動をすることで切れ味が格段に上昇する、みたいな。ちなみに超音波振動するメスは実際に医療現場とかで使われているらしいですよ。
幻想猛獣の角に投げつけられて爆発したのはナイフ形の爆弾。
コルト・ワーウルフはコルト社が50口径の拳銃を発売し、深嗣がその銃を改造したという設定。
超大型バイクpierrotSC-13BHのほうは元ネタがあって、知っている人は知っているというもの。ヒントは名前の最後二文字。


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11. AIM_Angel

出来る限り投稿後の修正はなしの方向で頑張りたい。切実に。

2014/12/16追記:誤字脱字修正しました。……何故見逃してしまったのだorz


 真っ先に意識したのは黒一色。黒い球体を内側から覗いたような世界で、星のように開いたいくつもの穴から■■が漏れ出してくる。

 そんな夢と現の境界みたいな宇宙に包まれて。 

 揺り篭じみた海のなかで上条柚姫の意識は揺蕩う。否、意識ほどはっきりとしたものでもなければ、無意識ほど自覚できないものでもない。この曖昧な世界同様、不明瞭な感覚のなかで彼女はふと思考する。

 

 ここは、どこだろう。

 

 こんな場所は知らない。理解できない。

 恐怖にも似た疑問に流されていると、流れた星から声が届いた。

 

 

――……もう、やめようぜ。こんなの野球じゃない。

 

 

 いつかどこかの部室で、能力者相手に負けた部員たちが嘆いていた。

 

 

――学園都市って残酷よねー。

 

 

 目上の人間よりも優れている自分に酔いながら少女は嗤う。彼女に追い越された少女もまた、それを聞いていた。

 

 

――無能力者にできる事なんて、何もないんだ。

 

 

 騒ぎを野次馬の中から眺めていた少年が、風紀委員に保護された子供たちを眺めながら、自身の無力に歯噛みした。

 

 

――無能力者って、欠陥品なのかな……。

 

 

 いくら努力しようとも結果が実らない。そんな厳しい現実に少女が一人、自分の存在意義を失いかけていた。

 

 

 

「――――ぁ、」

 

 

 

 彼らの痛みに涙した。

 

 

(聞こえる)

 

 

 痛くて、苦しくて、

 

 

(雪崩れてくる)

 

 

 寒くて、虚しくて、崩れていく。

 

 

(奥底から溢れてくる)

 

 

 縋りついたものにさえ裏切られて。

 

 

(掬い上げた手のひらに溢れるそれは、)

 

 

 でも、

 

 

(それはきっと、)

 

 

 それでも――――、

 

 

 

 

 

 

「――dp意wrq、lrw生azxb助rt」

 

 

 

 

 

 救いはあるのだから。(きっと、その旋律は――、)

 

 

 

 

 

■AIM_Angel■

 

 

 

 振り下ろされた振動刃が白い皮膚に触れた瞬間、接触部が金属のように硬化。鈍色掛かった鋼鉄のように凝固した部分に、触れた刃がついに砕け散る。刃こぼれを無視して振り続けた結果だ。

 舌打ちを零しながら幼子の額を蹴り飛ばして離脱。落下中にコートからナイフ型の爆弾を、扇子を開くように持って六本取り出して猛獣の眼前に放る。放ってから約三秒で起爆。

 爆風に煽られながら距離を取って地面に着地する。爆炎を振り払って向かってくる触腕を、その中ほどを右腕で弾き飛ばす。

 見上げれば、無傷の赤子がこちらを血走った眼で見下ろしている。先ほど角を爆破したものと同規模の爆発に、しかし今回は傷一つ付けることができなかった。

 

 

「…………っ」

 

 

 わかりきっていたその光景に再び舌打ちを零した。

 交戦を再開してからすでに半刻ほど。赤子の興味はすでに俺たちに無く、原子炉に向かって侵攻している。その上、こちらの攻撃の大半は防がれるか、そもそもが大したダメージにならない。すでにアレにとって俺たちは脅威でも障害でもないようだった。

 それ以上に、体を苛む違和感のほうが今は問題だった。そしてその原因もなんとなくは理解している。

 

「……こいつのせい、だよな」

 

 アレに触れてから、何かがおかしい。

 身体の中で何かが暴れ狂い、容器を破壊してでも外に出ようとしている。それが何なのかはわからない。わからないまま、目の前の存在を凝視する。

 純白で機械染みた無機質さで行動している癖して、内包する妄念に突き動かされるその怪物。醜い胎児のような姿に、背中から吹き出る翼のような光。そして歪な円環を頭上に浮かばせたその姿は、まるで、

 

――『天使』。

 

 別の次元に存在し、ある種の指向性の塊。

 無意識の権化であり、能力の塊であるアレに同質の力はほとんど意味を成さない。単純な能力は表面を破壊するだけで結果的に取り込まれるだけだ。

 能力の吸収。それがアレの力。複数の能力者の意識を糧とし、膨れ上がった意識に際限など無い。ただ喰らい尽くすだけだ。増幅し増長し、成長を繰り返す。『幻想御手』のネットワークを破壊しない限り、あれは止まらない。

 

 『幻想殺し』が奪われないのは幸いと言えるものの、幻想殺しは一万人の意識を吹き飛ばす力など持っていない。一撃で吹き飛ばさない限りすぐに再生してしまう。

 話を聞くにネットワークを破壊することができるワクチンも消失している。

 勝利条件を悉く潰された状態で、敗北までほんの数メートル。

 

「絶望的だな、こりゃ」

 

 施設の壁際まで追いやられ、背後で廃車寸前のバイクに跨ったまま銃を構える深嗣が苦々しく呟いた。本人の外傷はほとんどないものの、能力の過剰な使用による疲労の色が濃い。

 冷静に観察している俺も似たようなもので、とうに体力の限界を越えている。

 

「―――――――!!」

 

 咆哮が轟く。暴風となって襲い掛かる声無き叫びに膝を地面に下ろしながらも、それでも思考を止めることはしない。

 あの『天使』はなぜ原子炉を狙うのか。これだけが発現した『知識』を検索し尽くしても出てこなかった。だからこそ、猛獣を視界に納めながら残った意識を総動員して、未だノイズ塗れのデータバンクに照合をかけ続ける。

 

――眼前の天使、その名称。…………『幻想猛獣(AIM_Burst)』ト仮称スル。

  能力は。…………能力ノ捕食。規模並ビ速度甚ダ極大。現状対処スル術無シ。

  アレの目的は。…………不明。恐ラクハ―――、

 

 再び触腕が奔った。

 右手で触手を消し飛ばせば、さらに別の触手がいくつも伸びてくる。数は六。まとめて払ってやろうと右手を翳したところに、光の雨が同時に降り注いだ。単発の威力よりも数と速度を選んだようだ。これでは防ぎ様がない。しかし、避ければ施設に直撃する。触腕はなぎ払った。だが眼前には小さな光弾の群れ。

 行動に移ったのは深嗣だった。コルトを乱射する。精製した高硬度の鉄鋼弾が致命傷となる数十発に直撃し、

 

「ちィ――ッ」

 

 しかし打ち消すことができず砲撃の角度を曲げるだけに留まった。

 なおも光弾と鋼弾の応酬は続く。だがそれもあまり長くは続かないだろう。徐々にだが確実に、直撃したときの反射角が小さくなっていく。時間が無い。打開策もない。ならば取れる選択肢は捨て身以外有り得ない。

 光が飛び交う中、触腕を右手で消しながら懐に飛び込んだ。その際に被弾した右大腿部と左肩は意識から外して、右手を振り上げる。

 

「―――――っらァッ!!」

 

 乾坤一擲。

 両側から突出してきた円錐の角が脇腹や肋を抉っていくことも構わずに、天使の顎目掛けて下から拳を振り抜いた。後先考えずに全力で放った右手が肉塊の顔面を上体ごと吹き飛ばした。直後、下から持ち上げられた触腕に弾き飛ばされるが、猛獣の表皮や内部組織がガラスのように四方八方に砕け散り、抉れたように空洞が開けているのが見えた。

 最もその程度の損傷では全壊には至らない。表皮の細胞が増殖していくように、開いた穴を塞いでいく。あと一分もせずに全修復するだろう。しかし、ここでようやく糸口を見つけることになる。

 

「深嗣――――ッ!!!」

「おうよォッ!!!」

 

 頭部が収まるはずの位置にある空洞の中心。そこにある三角柱だ。それはパズルのように機械音を鳴らしながら細かく変形を続けている。

 あれが一体何なのかはわからないが、あれがこの天使の根幹に関わるものだということだけは理解できた。俺が右手で触れれることができればそれで勝ったも同然なのだろうが、生憎と空中に弾かれてしまった俺にはどうすることもできない。故に今は深嗣に賭けるしかない。

 

「これで、終わりだァッ!」

 

 深嗣が叫び、三角柱へと向けられたコルトが火を噴いた。弾丸型クレイモア三発が三角柱に直撃。直後、弾丸が爆散した。フラッシュに視界が明転する。

 一瞬視界を焼かれたものの、すぐに戻ってくるその景色に、

 

「糞ッ垂れがァ……っ!」

 

 吐き棄てる深嗣の視線の先、頭部以外の部位を完全修復した肉の塊が現存していた。空洞から覗く三角柱には罅こそ入っているものの、砕くまでには至っていない。

 その穴もすぐに埋まる。爆発の衝撃に煽られながらも着地して、

 

「――っ!?」

 

 着地の衝撃にさえ耐え切れず、地面に膝を着く。限界を超えた肉体行使の反動だ。こうなれば最後、これ以上動けば生身の人間ならそれだけで致命傷になる。

 

 どさり、と。

 砂袋を落としたような重い音に振り返れば、深嗣がうつ伏せに倒れていた。そもそもが弾丸の応酬を繰り広げていた時点で限界以上の能力行使をしているのだ。意識は残っているようだが、それ自体がすでに奇跡的と言ってもいい状態だった。

 

 敗北条件は揃った。

 御坂美琴と打ち止めは未だに能力を使える状態ではなく。木山春生も満身創痍で、今はもう能力者というわけでもない。初春飾利と佐天涙子はそもそも戦力ですらない。警備員も壊滅している。あとは、

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 彼女の姿が視界に入った瞬間に思考が停止した。車内で気絶しているはずだった彼女が。

 目の前。ほんの数十センチ先で。

 いつもと同じような笑顔で、俺を見下ろしていたから。

 

「―――――ッ!!?」

 

 身体に奔る激痛も、それが致命傷であることさえ忘れ立ち上がろうとして、しかし柚姫の手に肩を抑えられただけで失敗に終わる。

 唇を噛む。ほんとうに、情けない。

 

「動いちゃ駄目。今は休んでて」

 

 ね? と子供に言い聞かせるように柚姫は笑った。

 その背後で触腕が鎌首をもたげるのにも、彼女は気付いていない――、

 

「いいから逃げろこの馬鹿……!」

「大丈夫。問題ないって」

 

 家屋すらもたやすく破壊するそれが、ギロチンの如く振り下ろされて、

 

 

「――っらぁああああああ!!」

 

 

 横合いから怒号とともに奔った閃光に弾き飛ばされた。

 

――『超電磁砲』。

 

 音速の五倍で射出されたコインは空気と摩擦しながら、インパクトの瞬間に爆発的な熱量と指向性の衝撃を炸裂させる。それは戦車の装甲すら容易く打ち抜く――どころか一発でビルを倒壊させるほどの威力を持っている。学園都市第三位の名に相応しい威力だ。

 弾が飛んできた方向を見れば、御坂美琴が打ち止めを抱きかかえながら立っている。足りない電力を二人で足して放ったらしい。

 

「ほら、大丈夫だったでしょう?」

 

 だから少し休んでいて、と彼女は俺を嗜める。そうして柚姫は笑いながら幻想猛獣と向かい合って、静かに、祈るように手を合わせて口を開いた。

 

「――――♪」

 

 唄、だろうか。

 柚姫の喉から発せられるのは、なにか、得体の知れない旋律。

 それに反応したのは木山春生だ。彼女は唖然と、信じられないものを見る目で柚姫を見ていた。茫然とつぶやく。

 

「これは、ワクチンソフト……? いや、表皮から直接ネットワークを崩している――アンチソフトとでも言うべきか……。なぜ彼女が……、そもそも声帯が発せられる音じゃ……」

 

 猛獣の様子がおかしい。必死に息をするようにもがき苦しんでいる。まるで陸に打ち上げられた魚のように口を開閉させていた。

 

 これは、柚姫の能力か――?

 

 本人曰く、『レベル3の『AIM探知』。相手のAIM拡散力場を読み取るだけの地味な能力』だそうだが、それを応用でもしているのだろうか。それともこの土壇場で能力のレベルが上がったのか。今の俺には理解することはできないが、

 

「…………ったく、」

 

 無茶をしているのはどっちだか。

 これじゃあ、ここで指をくわえて見ているわけにもいかないじゃないか。

 

「流石に、兄貴としては放っておけないよな……」

 

 苦笑しながら、傷も痛みも無視して立ち上がった。

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 上条柚姫の姿が、鏡に反射するように赤い眼球に映る。

 

「――――――、」

 

 地響きのような唸り声が、ようやく落ち着いたらしい赤子の喉から漏れ出した。その体はすでに二割ほど崩れていて、中の筋肉繊維や空洞が剥き出しになっている。

 自身の目の前で唄を紡ぎ始めた少女を、幻想猛獣は第一目標に設定したらしい。

 それを排除するために組み始めるフローチャート。まず確実な方法として触手で叩き潰すことを選択したが、それは超電磁砲に弾かれて失敗している。次の攻撃方法を選択、実行に移る。左右の手を正面に伸ばした。両手の平からそれぞれ全長10mほどの分厚い鉄板が飛び出してきた。その原型となった能力は切削深嗣の鋼鉄精製だ。すでに取り込んでいたらしい。

 その能力を再び使用して、直径2mほどの鉄球を鉄板の間に作り出す。

 

「あれって……」

 

 離れた位置でそれを眺めていた御坂美琴が呟いた。御坂美琴にとっては見慣れた形状だったのだ。彼女に抱きかかえられていた打ち止めが首をかしげる。

 

「お姉さまにはあの角が何かわかるの? ってミサカはミサカは嫌な予感が外れてて欲しいって願ってみたり」

「レールガンよ。それも超巨大な。……ほんっと迂闊、真似されるなんて」

「うー、やっぱりだったよー、ってミサカはミサカは泣きそうになったー……」

「はいはい逃がさないわよ。さっさと充電しなおさないと」

「お姉さまのケチ~……」

 

 うぅ、と情けない声を上げながら腕から逃げようとする打ち止めを、ぎゅ、と抱きしめる。今はたとえ少なかろうと火力が必要なのだ。どうせ逃げたところで原子炉が攻撃されればどうしようもないから。

 

「…………?」

 

 ふと、襤褸雑巾みたいな姿のアイツと目が合った。

 そして彼の視線に篭められていた意図を感じ取って、

 

「なっ…………!?」

 

 御坂美琴がたじろぐ。顔が赤くなる。

 どうやら無茶をしようとしている彼の視線には、御坂美琴への信頼が見え隠れしていたから。

 

「わかったわよ! やってやろうじゃないっ!」

 

 照れを押し隠すようにヤケクソになりながらも、御坂美琴は打ち止めと共に充電を再開した。

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 仮称・幻想猛獣が造り上げた巨大な電磁砲。

 それが開砲されてしまえば、射出とともに発生した衝撃は右手で触れようと消すことは出来ない上に、射線上にいる俺たちを粉微塵に消し飛ばして施設を直撃するだろう。故にそれだけはなんとしても阻止しなければならない。

 

「深嗣、行けるか」

「次がラス1だが……、まあ何とかなるんじゃねぇの? ――さっさと後ろ乗れ」

 

 

 未だ疲労が色濃く残る表情の深嗣がバイクを俺の目の前に止めた。見た目廃車寸前だ。赤い車体は泥まみれな上に傷だらけで、ガタガタと妙な音がエンジンから漏れている。俺たち同様動くだけで精一杯なその車体の後部座席に足を下ろす。

 俺が乗ったのを確認して、深嗣は残り二つとなったスラスターとアクセルを全開にした。おおよそ三秒で150km/hに到達した車体を思い切り右に傾けて、

 

「ぶっ飛べ――――ッ!!」

 

 ドリフトするように車体を旋回させて、シートを蹴った俺を遠心力で上空に打ち上げた。

 ピンボールみたいに跳ね上げられ、猛獣の眼前まで一瞬にして到達する。目の前にある砲弾が、今まさに開砲されようとしていた。

 深嗣の能力である『鋼鉄精製』は『何も無い空間から金属を作り出す』というものだ。物理法則を無視して作り出したその金属ならば、――存在の根底に特殊能力が存在している不自然なものであるならば――、

 

「消えろ……!」

 

 地面から発射された――最後の最後に、深嗣が限界以上に能力を酷使して作り出した鉄球を足場にして、超電磁砲の砲弾目掛けて跳躍。右手を突き出した。拳が触れた瞬間、あっさりと砲弾は消滅した。

 霧と消える砲弾を突き抜け、幻想猛獣の眼前で右手を振りかぶった。

 

「終わりだ、化け物」

 

 振りぬいた拳が猛獣の顔面を吹き飛ばしたのを確認しながら、重力に引かれてそのまま落下する。

 再び開いた空洞の奥、そこに、

 

「こんなところで苦しんでないで、さっさと帰りなさい」

 

 音速の五倍程度で射出されたコインが三角錐を穿つ。銀貨が罅に直撃し、三角錐は容赦なく瓦解した。

 

 

 

 

 

 猛獣に止めを刺したのを見て、体と共に落下していく意識が、

 

――ふむ、まあ糧としては申し分ないか。

  これでやっと、―――――、

 

 暗闇に堕ちていく中、そんな、どこかで聞いたような懐かしい声を聞いた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 醜い赤子が崩れていく様を、どこか清々しい表情で木山春生は眺めていた。

 

「……ああ、今回は失敗だな」

 

 やれやれ、と肩をすくめる彼女の声色は言葉とは裏腹に穏やかなものだった。

 その背後、疲れたと愚痴を零した御坂美琴が、打ち止めを抱えながら地面に腰を下ろした。打ち止めも大分体力を使ったようで、今は子供らしく静かに寝息を立てている。

 

「アンタ、これからどうするつもり?」

「ネットワークを失った今、警備員から逃れ得る術は私には残っていない」

 

 今この場に残っている誰も彼もが満身創痍。これ以上動くことも一苦労だというのに、その上で暴れる体力が残っている者など一人もいない。

 だから今は、この後に待ち受ける結果を誰もが受け止めるしかないのだ。

 

「だが、私はまだあの子達を諦めた訳じゃない。それにまだ守りたいモノは残っているから。――――もう一度最初からやり直すさ」

 

 これから向かう先が刑務所だろうと、それこそ世界の果てだろうと。

 自らの頭脳がある限り、理論を組み立てることはどこでもできる。もっとも、これからも手段を選ぶつもりもない。そう口にすると、御坂美琴は疲れたように溜息を零しながら後ろに倒れた。それで余計に泥だらけになってしまうが、それを気にする気力は彼女には残っていないようだった。

 倒れて、空を見上げながら御坂は、先ほどから気になっていた問いを木山春生に投げかける。

 

「しっかし、脳波ネットワークを構築するなんてね。そんなこと、よく思いついたわね」

 

 『学習装置』を使って整頓された脳構造を形作る脳波ネットワーク。

 その元となるもの全てが、

 

「何を言う。これらは全て君から得たものだ」

「……あっそ」

 

 私の言葉で全てを理解したらしい御坂は、最後に、と半眼で睨め上げてきた。

 

「アンタってさ、あいつらの知り合いなわけ?」

「ああ。昔、彼らと一緒に暮らしていた」

「え…………?」

 

 御坂美琴が信じられない、とでも言いたげな表情をするが真実は真実なので仕方がない。

 上条当麻、上条柚姫、切削深嗣。

 何年かぶりに見る彼らの姿は、記憶にあるものよりも随分と変わっていた。随分と歳相応になっていたのだ。

 今の彼らの成長を実感できるほど昔に、木山春生は彼らと出会ったのだ。

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 おおよそ六、七年前のことだ。

 彼らと初めて出会ったのは――何故だか詳しく思い出すことのできない――とある施設だった。

 当時十歳かそこらの彼らと関わったのは、十二月中旬から一月上旬までの、ほんの三週間ほどだった。その当時は信頼していた『とある博士』からは統括理事会からの命令だと伝えられた。その三人の子供にできる限り親らしいことをしてやること。そしてそれによって返ってくる反応や変化を細大漏らさず全て報告する。それが当時の私に与えられた仕事だった。

 

 幼い彼らを見た最初の印象は、それぞれ様々なものだった。

 まず柚姫。彼女は他の二人に比べれば、まだ子供らしかった。内向的で感情の表現が苦手で、かなり人見知りではあったものの、それは関わった時間の量でなんとでもなるものだったからだ。

 次に切削深嗣。彼はかなり物騒だった。初対面でいきなりナイフを突きつけて、こちらを値踏みするように笑ったのだ。正直、かなり危険な子供だと思った。

 そして上条当麻。彼はまるで人形だった。黒い瞳に光はなく、鏡のように人の姿を反射しているだけ。最初、彼は何を考えているのか本当にわからなかった。時々施設の人間に手を引かれてどこかに行ってしまうのも含めて、最初は彼のことを理解できなかった。

 

 彼らは置き去りなのだと教えられた。なるほど、と納得した。三人とも愛情というものをよく知らないように見えた。

 だから私は言われた通りに、不器用ながらに自分なりの愛情を持って彼らと接した。

 

 最初の数日間は、彼らとほとんど言葉を交わさなかった。必要最低限の、それこそご飯が出来ただとか、風呂が沸いただとか。その程度のことしか話さなかった。当麻は私に興味がないようだったし、柚姫は人見知りで常に当麻か深嗣の影に隠れていた。唯一深嗣には『能力で刃物を作るのは危ないから』と何度か注意したため、他の二人よりは言葉を交わした。……まあ、それもほんの二・三回だったが。

 彼らの警戒心はとても強いようだったし、私自身も会話というものがあまり得意ではなかったから、それはそれでよかった。一緒にいるだけでも、それが積み重なれば確かな変化になる。困ったことがあるとすれば、彼らの反応が自然と変わるまでの間、『特に変化無し』と報告しなければならないことだった。

 彼らの変化を見るための実験なのだが、どうしたものか。最初はそう思っていたものの、五日目あたりから彼らとの関係が変化しはじめた。それもいい方向に。

 

 一番最初は柚姫だった。それは私が洗濯物を干している時のことだった。慣れない家事に悪戦苦闘していた私のところに、彼女も慣れないながら手を貸してくれたのだ。何故かと聞いたら彼女は顔を赤くして俯いてしまった。それでも彼女は私から逃げようとはしなかった。

 二人で干し物と格闘していると、それを見ていた深嗣にからかわれた。それも、それまでに見せていた危険極まりない刃物付きの笑顔ではなく、玩具を見つけたような普通の表情でだ。からかわれて恥ずかしかったのか、柚姫はさらに顔を赤くしていた。

 いきなりそんな状況に放り込まれて困っていると、深嗣と一緒にいた当麻が溜息をついた。どうやら見かねたらしい。深嗣の頭を軽く小突いて、面倒くさいといいつつも洗濯を手伝ってくれた。それもかなり手馴れた手つきで。深嗣も当麻に続いて余計なことをしながらも手伝ってくれた。

 その一件を皮切りに三人との距離は一気に近づいたのだ。

 柚姫は普通の子供みたいに懐いてくれた。深嗣は、一緒に暮らしている以上家族みたいなもんだしな、と認めてくれた。当麻は相変わらず何も教えてくれなかったが、私のことを『先生』と呼んでくれた。柚姫と深嗣も当麻の真似をして、私は彼らの先生となった。

 それからの約二週間はまるで本当の家族のような、とても温かく幸せな時間だった。

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

「まったく、無茶をする……」

 

 一緒に倒れている三人を見下ろす。三人集まったところでまとめて倒れたのか、三人の内の誰かが同じ場所まで運んだのか。それはわからなかったが、柚姫を挟んで三人仲良く川の字で横になって寝息を立てている姿は、傷だらけとはいえあの時間を髣髴とさせるものだったから。

 

「事あるごとに傷だらけになるのは相変わらず、か……」

 

 彼らの横に腰を下ろして、一人ずつ頭を撫でていく。

 

「久々に顔を見れて、よかったよ……」

 

 これ以上、彼らと会うことも難しくなるだろうから。彼らと過ごした時間を、覚えておくために。

 警備員が来るまでの間、木山春生は彼らの頭を撫で続けていた。

 

 

 



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12. Encounter –Inconvenient-

この回で幻想御手編は終了となります。
相変わらず戦闘以外文字数が大分少なくなってしまう(戦闘の描写も多いとはいえませんが)。


※この回は本来ならばキャラクター紹介と捏造設定の紹介と共に投稿しようとしていましたが、やはりそういうのに頼らずに本編で捕捉していく方向にします。
以前の前書きでキャラクター紹介と捏造設定の紹介を載せようと書きましたが、発言を反故にすることをお許しください。



 不都合な邂逅。

 

 

■Encounter –Inconvenient-■

 

 

 七月十九日、深夜。

 

 結局、あの後パーティは中止となってしまった。

 俺はその場で気を失い、気付いたら入院することになっていたのだから当然と言えば当然だ。

 右の脇腹と左の脇が大きく抉れていて、いくつもの臓器に欠損があった。あの蛙顔の医者――冥土返しが『もしも君が普通の人間ならば』と仮定した俺の傷の度合いは致死量。真っ当な人間なら生きているのが不思議な状態だったそうだが、すでに体の傷は表面以外ほとんど治癒してしまっている。

 

 化物染みた回復力に、致命傷でも死なない異常な体。

 

 こういったことが初めてというわけではないから、俺も医者も驚きはしていなかった。

 それに先ほどの戦いは、俺がそんなおかしな体だったから解決できたとも思っている。酷使するだけで学園都市への被害を未然に防げるなら、俺の体など安いものだ。

 一方、深嗣はといえば能力の過剰使用による肉体疲労によって倒れただけだから、あの場にいたほかの面々と同じく(ネットワークが崩壊してすぐに目を覚ました佐天涙子も含め)、検査と軽い治療だけ受けて帰っていった。傷だらけだった御坂美琴も顔や腕を包帯でぐるぐるに巻かれてはいたが、深い傷が無かったことが幸いしたのか入院することはなかった。

 そして今回の事件の主犯である木山春生は、その場で警備員に拘束されたらしい。……こっちで確保するどころか、最後に顔を見ることすらできなかった。こんな様では任務完了とは言いがたいものの、暗部にとっては木山春生よりも、あの『天使』の情報のほうが有益だったらしい。天使に関するレポートを要求されはしたが、特にペナルティはなかった。

 

 

 今回の事件では、結局俺は最後まで外様だったな。そう呟いていると、子供をあやすような優しい夜風が撫ぜるように頬を流れていった。

どうやら、面会時間終了間際までこの部屋にいた奴らが、窓を開けたままにして帰ってしまったらしい。

 

 月明かりに照らされて、白いカーテンが靡いていた。

 そして、その手前。夜空とカーテンを背後に、それとは別の布が室内で揺れていた。

 

「やぁ、久しぶり。――いや、この姿での接触は初めてだったか」

 

 不思議な声だった。男の声のようであり女の声のようでもある。いや、単なる『人間の声』と例えることしかできない声だ。

 その声の発生源は中性的な人の形をした『何か』だった。長い金の髪、僅かばかりの幼さが残る男にも女にも見えるフラットな顔立ち。どこかで見たような顔だ。窓から入る風に揺れているのは、病人着のような白色の装束。

 そいつを人間と仮定するならば年齢は二十歳に届いていないように見える。そんな中立的な外見で、しかし表情も雰囲気も子供のそれではない。否、その気配はそもそも生物のものではなかった。人間が決して纏うことが出来ない無機質を感じさせるのだ。まず間違いなく、存在として生き物とはまったく別のモノだ。

 そいつは宙に浮かびながら観察するように、俺を見下ろしていた。

 

 そんな現実味の無い存在を前に、俺は望郷にも似た懐かしさを抱いていた。

 

 ――ああそうだ。俺は、コレを知っている。

 

 

 

『曇天の空だった。降り注ぐ黒い礫が世界を赤色に染めていく。

 塵に煤けた体を雨が洗い流しいくのも、何かに浸かった体がずぶ濡れになるのも構わず、ただ空を見上げていた』

 

 

 

 そう、覚えている。

 

 忌まわしい、あの日。

 

 集落一つが『こいつのせいで』丸々消し飛び、そんな中死んでいた子供を媒体にして。俺が、俺(カミジョウトウマ)として生れ落ちた瞬間。

 

「覚えてるよ、『エイワス』」

 

 確かあの時、コイツはそういう名前だと言っていたはずだ。

 それが一体どういうものなのかはわからないが、揺らぐ金髪の下、整った唇が笑みを象るのが見えた。

 

「ならば良し。しばらくは君の身体に居座る身だ、我が宿主よ。挨拶がてら顔見せをしようと思っていたが、必要はないか」

「居座るも何も、お前はずっと居ただろう」

 

 コイツはずっと俺の傍にいた。物理的にも概念的にも俺の体を形作っているのだから、今更何が変わるわけでもない。

 

「『知識』への順応も早い。いや程よい侵食と見るべきか、どちらだと思う?」

「そんなことはどうでもいい」

 

 恐らくコイツが言っているのは、あの猛獣に触れてから意識に辞書や図書のように書き加えられた、脳に増設された『知識』とされる記憶域(データバンク)のことだろう。記録・伝承ともいえるそれは、俺を科学側から外れさせるのに十分過ぎるほどの情報だった。

 科学以外の超能力の存在を、コレは否応無く俺の目の前に叩きつけてくれた。魔術という存在。それに付属する我執の塊。未だに頭蓋の中で乱反射する膨大な言葉から意識を切り離して、右手に視線を落とす。

 

「ただ、『こっち』のは侵食っていえなくもない」

 

 『幻想殺し』の変化。

 効力が右手首から先までだったそれは、今や右腕の肘まで効果範囲を広めていた。

 それが何を意味しているのかはわからない。ただ、良い予感だけはしない。

 いずれ『知識』が教えてくれるのか、エイワス自身から聞けるのか。

 

「さぁ、どうだろうね」

 

 見れば、食えない笑みを湛えたソイツが目の前にいた。俺のベッドの上で、浮遊しながら俺を見下ろしている。

 そいつの右手が俺に向けて伸びてきて、俺の左頬を撫でる。初めてそいつが観察以外の目的を俺に見出したようだった。

 

「しばらくは楽しませてもらうよ。カミジョウトウマ」

 

 そんな言葉を残して。

 風に崩れるように、その姿は消えていった。

 

 

「結局、何がしたいんだよ……」

 

 右腕を持ち上げて、目の前に翳す。

 いつも以上に重たくなったそれは、疲れのせいだろうか。

 

 否。

 きっと、そこにいる何かの重さなのだろうな、なんてどうしようもないことを考える。

 腕の中にいるその存在がエイワスなのか、それともまた別の何かなのか。今の俺には判断する術はない。だが、必要になれば自ずと答えは見つかるはずだ。

 だから今は、それでいい。

 

 

「――――……、」

 

 

 そして、俺も。

 頬を撫でる風に甘えるように意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園都市第七学区に、その建造物は存在していた。

 窓の存在しないビル。外との繋がりを完全に絶っているその内部。

 モニターの光だけが照らす空間に、二つの影が対峙していた。

 一方は生命維持槽のビーカーの中で逆さに浮遊し、一方はそれをビーカーの外から見上げて。

 

「やぁ、上条示道」

「久しいな。アレイスター」

 

 学園都市統括理事長であり、最大の魔術師。

 アレイスター=クロウリーは、目の前の男を見て、口を『笑み』と呼ばれる形に歪めていた。

 

 

 




幻想御手編はプロローグのつもりで書いたものですが、まあ文字数が安定してない上に少ないですね(汗
その上登場する意義が薄いキャラクターもいたり、とか……。
しかも誤字脱字が大分ありますし、投稿してから気付くということも多々ありました。これから誤字が極力出ないようにしようとは思いますが、出てしまったときは生暖かい目で見てやってください。



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Phase02 -INDEX LIBRORVM PROHIBITORVM-
01. INDEX of the Caricature


べ、別にクリスマスの話があったから最初のうちに投稿間隔を調整してなんてないですよー(棒



リア充なんて爆発しろー!!(涙


 彼女に出会ったのは、ずっと昔。物心がついた頃だった。

 

 その人は名前を木山春生と言った。すごいやる気がなさそうな仕草と、やつれているのか目元についた隈が特徴的だったからよく憶えている。

 大分昔、私たちが暮らしていた施設で出会ったのだ。

 上条当麻と切削深嗣。それと、まだ苗字を持たなかった私は、彼女の願い出を拒むことなく一緒に暮らすようになった。

 

 12月25日。俗に言うクリスマス。

 生きた年月が大体7年ぐらいになった私は、夜、みんなが寝ている部屋をこっそりと抜け出して、施設の人たちの目を掻い潜ってパジャマのまま、明るくて賑やかな街へと飛び出した。

 理由はたぶん、楽しそうだったから。それと、羨ましかったから。

 木山先生も、当麻も深嗣もハロウィンとかクリスマスとか、そういう祝い事の話に疎かった。だから施設の人たちがクリスマスパーティとかいうものに盛り上がるなか、私達は何事もなく、いつも通りに過ごしていつも通りの時間に布団にもぐったのだ。

 それが悔しくて、みんなに黙って部屋を飛び出した。ちょっとした反抗だった。

 みんな私がいなくなってから後悔すればいいんだ、と。粉雪の舞う街を無我夢中で駆け抜ける。

 

 街の中を走り続け、陽が登り始めたころにはベンチの上にいた。

 

 そうなって、ようやく自らがしたことの重大さに気がついた。

 無我夢中で駆け回ったから、自分がどこにいるかなんてわからない。誰にも気付かれないように出てきたから、家族はまだ寝ているかもしれない。

 

 雪はまだ止まない。

 

 雪が積もり溶けて、服の上から凍りはじめた膝を抱える。

 ズボンの裾はぼろぼろで、上着なんかないから寒さが体の芯にまでナイフのような冷たさを突き刺してくる。痛いぐらいに寒い。動く体力もなく、身体は氷にでもなったようにさえ感じる。

 ぎゅ、と膝を抱えた手を握り締めて、必死に寒さに耐えるしかできなかった。

 

 辛い。

 身を焼く寒さも。動かなくなっていく身体も。意識を奪い始めた眠気も。――ひとりでいる寂しさも。

 

 意識が遠のいていくその刹那、誰かの叫びで無理やりに縫い付けられた。名を呼んでいるのだと、わかった。

 

「柚姫――!」

 

 顔を上げようとしてそれもできずに終わる。

 

「――――ぇ?」

 

 顔を上げようとしたところで、何かに包まれたからだ。

 腕の中にいた。痛いほど苦しくて、とても優しい。それが、木山先生の体温だと気付くのに時間が掛かったような気がする。

 

 何かが瞼に流れ落ちた。見上げれば、涙に濡れた頬が見える。

 

「せん、せ……?」

 

 ゆっくりと。恐る恐る背中に腕を回す。

 見れば身体を掴む先生の手も真っ赤になっていた。心なしか寒さに震えている。それでも、温かく感じるのは何故だろう?

 

 彼女の体温に包まれながら、私は自分のしでかしたことを初めて悔いた。

 先生にこんな顔をしてほしかったわけじゃなかった。先生に泣いてほしくはなかった。ただ先生と出会えたことをみんなでお祝いしたいだけだった。

 だから、先生が帰ろう、って優しく言ってくれた時に、私は先生と一緒に泣きながら頷いた。

 

 その後は、まあ酷いもので。

 

 帰宅後、当然先生に説教をくらい、一緒に探してくれていたらしい当麻に説教(愚痴)を永遠と聞かされ、暇になったらしい深嗣がなんかもうぐちゃぐちゃにしてくれたおかげで、次の日は誰も動くことができないくらいに消耗して、ぶっ倒れて終わった。

 

 木山先生はこのままじゃいけないと思ったのか、誕生日のない私達に、12月25日をみんなの誕生日にしたらどうかと提案した。当然、だれも否定するわけもなく(と言うより私が騒ぎを持ち込んだせいで)、可決。

 それ以来クリスマスは必ず三人で誕生日パーティをすることになった。

 

 

 

 多分、私達に「親」というものを教えてくれたのが、木山先生だったんだと思う。

 

 温かくて、優しくて。ときには厳しい。そんな、「あってあたりまえ」のことを教えてくれた。

 

 

 

 

 それが、彼女が別の施設に異動する、ほんの数日前の出来事。

 

 

 

 

 

 

■INDEX of the Caricature■

 

 

 

 七月二十日。快晴。

 冷房の効いたリビングで、一人朝食を食べながらニュースを眺めていた。トーストとベーコンエッグ、それとホットミルクにデザートのヨーグルト。簡単に作った朝食セットをつまみながら、テレビから窓に視線を移すと、見ているだけで熱く感じるほどの日光が窓から差し込んでいるのが見えた。今日も今日とて外は蒸し暑いようだ。

 随分と静かになったリビングで一人溜息を零した。当麻は今日中には退院できると言っていたから迎えに行くのもいいかもしれない。

 深嗣はまだ帰ってきていない。さっき合鍵を使って隣の部屋を見たが無人だった。……どこに行っているのだろう。電話をしても音信不通だったから、また何か危ないことをしてるんじゃないかと心配になる。当麻曰く、引き際をわかっている奴だから、もしものことは無いとは思うが、一応「早く帰ってくるように」とメッセージを入れておいた。

 

 昨日私は気付いたら病院にいて、体に異常が無いみたいだったから検査だけして即日退院となった。今朝見た夢も昨日のこともよく思い出せなかった。

 

(でも……)

 

 何かが胸に燻っているのだ。

 心が温かくなるような、それでいて寂しくて悲しいような。もう覚えてもいないとても大切な人。会いたかったけどもう会えない人。そんな大切な存在に出会ったような、別れてしまったような。

 でも結局、私は何も思い出すことができないでいた。

 

「はぁ……」

 

 歯痒さに溜息を零した。嬉しさと悲しさで心の中はぐちゃぐちゃだ。そしてそれを飲み干す術を私は持ってない。

 だから私は、時間が経てば落ち着くだろう、と気持ちを切り替えることにした。

 朝食を食べ終えて、布団でも干そう思い立って自室から布団を畳んで持ってくる。

 そのままベランダに出れば、すでに干してあった。白い布だ。

 

「…………?」

 

 あまりにも自然に干してあるものだから、ベランダに出るまで気付かなかった。昨日誰かが干したままにしちゃったのかなー、と考えたが、そもそも昨日誰もそんなことをする暇はなかったはずだ。

 じゃあ何で、と布団に近づいて、銀色の髪のようなものと腕のようなものが布の下から垂れ下がっていることに気付き、

 

 

 

「え……」

 

 

 

 ぼとりと布団が手からすべり落ちた。

 

 

 

「し、シスター、さん……?」

 

 

 

 な、何でシスターさん。てか、ベランダにぶら下がってる理由がわからない。ばててベンチに寄りかかってるわけでもあるまいに。

 よく見れば白い肌は陶器のようで、細かな銀の髪が日光を透過している。まるで英国人形みたいだ。

 年は同い年ぐらいだろうか。そんな年で修道服なんか着込んでいるものだから、おめかしされたような感じを受ける。ただ修道福が白いのが気になる。シスターは確か黒い服装だったきがするのけど……。

 

 今の状況をどっかに放り投げていても、目の前に干し物シスターがいることに変わりは無く。こ、これ、どういう状況……?

 

 混乱していると、とうのシスターさんがぴくりと小さく動いた。唇がゆっくりと開く。

 

 

「――――ぉ」

 

 

 が、外国語か? と半歩引く。

 

 

 

 

 

 

「おなかへった」

 

 

 

 

 思考が止まった。

 今、彼女は何て言ったのだろう。私の耳がおかしくなっていないのならば、

 

「おなかへった」

 

 そうだ、そう言ってたはずだ。

 そして今のもシスターさんの口から発せられた声だ。

 

「野垂れ死にそう。すっごくおなかが減ってるので、いっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな」

「ちょ、危な―――!?」

 

 やっぱり日本語だったか、なんて考える暇もなく。

 言いながら下にずり落ちていく彼女を慌ててベランダに引っ張り上げる。勢いが良すぎたのか、はたまた彼女が軽すぎたのか。引っ張った勢いで思い切り尻餅ついてしまった。

 

 

「おなか、へったんだよ……」

「なんなのよ、一体……」

 

 

 私の腕の中でお腹を鳴らしながら呟くシスターさんに、途方に暮れながら私も呟いた。

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 それから数分。干されていたシスターさんを部屋に引っ張り込んで、彼女は現在テーブル前のダイニングチェアに腰掛けている。

 彼女のお腹からぐうぐう音が鳴るのを聞いていられなくて、今私はダイニングキッチンで彼女のためにトーストを焼きながらオムレツを作っていた。

 刻んで暖めたにんじんと玉ねぎと一緒に、卵をフライパンの上でかき混ぜながら。匂いにつられて机から起き上がったシスターさんに、とりあえず話を聞いてみることにした。

 

「もう大丈夫?」

「うん大丈夫なんだよ。……えっと、そっか、まずは自己紹介だね」

 

 少し弱々しかったが、ちゃんと意思の疎通が出来るくらいにはシスターさんは快復していた。どうやら空腹よりも食欲が勝ったらしい。それでも自己紹介を優先するあたりに私はシスターさんの意地を感じる。口元から涎垂れてるわよ。

 指摘すると慌てて口元を拭う。その仕草が小動物のように見えて、微笑ましくて気付けば口元を緩めていた。

 

「私は上条柚姫。あなたの名前は?」

「私の名前はね、インデックスっていうんだよ?」

 

 インデックス――、目次?

 日本人だから聞きなれない名前なのは当たり前だし、世界には色んな綴りの名前があるのだから私が口を挟むことではないのだろう。なのだが、その言葉の中に見え隠れする記号じみた響きに少し気圧されてしまった。

 ……っと、焼けてきた。そろそろオムレツの形にしないと。

 

「見ての通りシスターです。イギリス清教ってわかるかな? そこに所属してるんだけど」

「うーん……、私はカトリックってわけじゃないからわからないわ。――――よし、出来た」

 

 オムレツをお皿に乗せる。それだけじゃ物足りないから冷蔵庫にあった野菜パックから少し取り出して一緒に乗せて、焼きあがったトースト二枚にジャムをつけて、ミルクをコップに注いで、すごく簡単な朝食セットの出来上がり(手作りなのはオムレツだけじゃんとか言わないでちょうだい)。

 本来なら消化のいいものを作るべきなのだろうが、お粥を作ろうにも朝にご飯を炊くことが普段から少なく、簡単にトーストで済ますことのほうが多い。今日もご他聞に漏れず炊いていなかった。それに加えて正直に言えばお肉が欲しかったけど、インデックスちゃん(で本当にいいのかな?)が待ちきれないと言わんばかりに目を輝かせていたから、これ以上時間をかけるのも忍びなく、手早くお盆に乗せて彼女の前に持っていった。

 

「いただきます!」

 

 インデックスちゃんが勢いよく飛びつくように、満面の笑みで朝食に手をつけ始める。一口ごとに美味しい美味しいと言いながら朝食を頬張っていく。それを眺めながら彼女の向かい側の椅子に腰を下ろした。

 こういう反応をしてくれると作った甲斐があるというものだ。義兄どもは彼女みたいな、作ったこっちが嬉しくなるような反応をしてくれないからつまらないと常々思っていた。だからこういう手合いが現れたのは、理由はどうあれ喜ばしいことだった。

 

「ご馳走様!」

「早っ……!?」

 

 私が感激しながら、うんうん、と頷いている内に、お皿の上に乗っていた朝食が跡形も無く消えていた。た、確かに量は少なめだったけど、ほんの数秒で平らげちゃったの!?

 とうのインデックスちゃんは目の前で、「私、修道女です」みたいな顔で笑っている。ぐ、可愛いなこいつ。

 

「ま、まあいいか。インデックスちゃんはどうしてベランダに引っかかってたのか分かる?」

「あ、そっか。言ってなかったね」

 

 インデックスちゃんは、いけない忘れてた、って顔をする。

 ベランダに人が引っかかってたなんて、よくよく考えれば結構な異常事態だ。物騒な理由じゃありませんように、と心の中で祈るが、彼女の答えは私の想像の斜め上を行っていた。というより質問を聞いていなかった。

 

「私としたことが魔法名を言い忘れちゃったんだよ。私の魔法名はDedicatus545。意味は『献身的な子羊は強者の知識を守る』だよ」

「……………………は?」

「だから、魔法名だよ魔法名!」

 

 いや、そんな知ってて当然みたいに言われても。

 というより、『魔法』? 御伽噺とか童話とかで魔女が箒に跨って空を飛ぶっていう、あれのこと――?

 

「…………」

 

 ああそうか、と遠くを見ながら思い至ったことを口にした。

 

「あなた、お電波ちゃん(不思議ちゃん)なのね」

「ひ、ひどい言われようなんだよ! 魔法はあるもん!」

 

 道理でベランダに引っかかっていたわけだ。きっとアパートの屋上をふらふら歩き回っている内に、足を滑らせてベランダに引っかかったんだろう。そういうことにしておこう。この娘ってばまったく危ないことをする。

 心外だとばかりに反論するも小動物じみた鳴き声がお腹から漏れて、インデックスちゃんは、うぅ、と呻く。可愛いやつめ。

 

「ちょっと待ってて。今おかわり作るから」

「え、いいの!?」

「いいよ。『おなかへった』、でしょ? あんな勢いで食べちゃったんだもん、まだ足りないのよね?」

 

 乗りかかった船だ。

 インデックスちゃんも見てて危なっかしくて放って置けない。彼女がベランダに引っかかってた理由も、きっと彼女の言う『魔法』が関係しているのだろう。絶対に厄介事だ。

 

「ごっはん! ごっはん!」

 

 でも、まあいいかな、って。おかわりを満面の笑みで待つ彼女を、どうすれば放って置けるというのだろう。

 なんかこう、捨てられた子犬を撫でているような感触があるのだ。本当は関わらないほうがいいけど、仕方ないなー、て思ってしまうような感じだ。

 そんな彼女は今か今かと待ちかねている。これは失敗できそうにないな、うん。

 キッチンに立って腕まくりをする。

 

 

「――よし、」

 

 

 じゃあ、頑張っちゃいますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、おおよそ一時間後。

 

 

 

 

 

「おかわり!」

「ま、まだ食べるの……!?」

「こんなんじゃ全然足りないんだよ!」

 

 

 

 冷蔵庫はすでに空っぽ。

 それにも関わらず相変わらずの笑顔で、空になったお皿を突き出してくるインデックスちゃんに、私は数十分前の自分を恨むことしかできなかった。そして物凄い勢いで減っていく備蓄を見ていながら、彼女のおねだりに負けて、手を動かしてしまった自分はもうダメだとも悟った。

 

 

 

 




今回は投稿がずれましたが、次回投稿は予定通り12月29日になります。


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02. Bad luck in Bad day

※注意:この回では原作の性格とは乖離している性格のキャラクターが出てきます。いわゆるキャラ崩壊というやつです。ご注意ください。


 上条当麻は神を信じていない。

 むしろ信じてもいない神を恨んでさえいた。

 

 

■Bad luck in Bad day■

 

 

 

 退院後、茹だるような暑さの中、俺は帰宅もせずに普段はあまり寄らない通学路脇の公園に訪れていた。

 

「今日は一段と派手だったな……」

 

 ぼやきながら自販機前のベンチに腰を下ろす。

 本来ならばこんな蒸し暑い外に出ていたくはないのだが、それ以上に今は人の多い場所には向かいたくなかった。

 先ほどのことだ。近道をするために裏道を歩いていると、クレーンの故障なのか置いた場所が悪かったのかは知らないが、横の工事現場から鉄骨が束になって降ってきたのだ。幸い怪我は無かったものの、正直死ぬかと思った。

 普段ならば、買い物中に他の客にぶつかられて卵が割れるだとか、買い物帰りにいきなり御坂に襲われて買ったものを紛失するとか。変わったところでは不用意に柚姫の部屋に入って、着替え中だった柚姫に殴られたり。そういった軽い災難が多い中(それだって避けれるものなら避けたいが)、今日のは混じり気無い危険だった。昨日の今日で完全に気を抜いていた。……それで俺が死ぬのかと言われれば疑問が残るが、なんにしても大事になるのは避けたかった。

 他の奴らはどうだか知らないが、『運悪く』と前につくような事柄が俺の周りでは良く起こる。もしこの世に神が在しているのなら、そいつは俺のことを恨んでいるんじゃないかと思うくらいに。……不注意だ、と言われたらそれまでだが。

 

 

「……でも、まあ。それも当然か」

 

 

 暗部に生まれて、周りを蹴落とし斬り捨てながら生きてきた。

 俺が奪った命はそれこそ数え切れない。ならば俺の不幸は――――、

 

 

――神罰、とでも?

  もし神がいるとして、そのような存在が我が宿主一人を見ていると?

 

 

 思考に耽っていると頭の内側から声が届いた。性別を判断できないような、フラットな声の主の名はエイワスだ。昨夜、おおよそ10年ぶりに再会を果たした性別不明でよくわからない、人間の形をした何か。……もっとも、その姿を見たところで男女の判断が出来るといえばそうでもないが。

 俺が今朝目を覚ましてから、エイワスは何度か俺の思考に割って入ってきている。

 どうやらエイワスは魔術(データバンク)以外の知識や記憶を失っているらしい。思考や意識の一部も俺とリンクしているため、人間で言う人格や思考回路以外は俺とほとんど同じ、なんていう状態になってしまっていた。

 その上、俺と同じ記憶を持っていても、記憶は記憶であって体感ではないため、俺の目に映るものが全部新鮮に見えるらしい。だから俺が何かするたびに一々反応していたり、時には口を挿んできたりしているのだ。

 

 

 

(……何か含んだような言い方だな)

 

 

――仮定の話さ。もし神がいるなら、というね。

  他意はないよ。

 

 

(……ああ、そう)

 

 言葉通りの意味なのか、そうでないのか。結局わからなかったが、エイワスに付き合うのが面倒になった俺は会話を打ち切った。

 俺とエイワスは意識も混ざっているのか、お互い口を開かずに会話することができていた。未だ慣れることはできていないが、落ち着いて思考の中での会話をすることはなんとか出来るようになっていた。

 今朝の話だ。突然頭に響いたエイワスの声に驚いて、寝起きだったこともあって一人で声を上げてしまった。それを看護婦に見られてしまい、彼女に妙な目で見られてしまった。フォローはしておいたが、ただ出さえ怪我する度にあの病院の世話になっているのだ。自分から好き好んで行きたい場所ではないが、また何かあったときに精神異常者と思われながら入院するつもりはない。

 溜息混じりに呟いていた。

 

「面倒なことになったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が『面倒』なンだよ。何一人で意味わかんねェこと口走ってんだァ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……?」

――む……?

 

 

 

 不意に背後からかかった声に振り返る。見れば、ベンチ裏の土手の上にそいつはいた。

 白髪、白い肌。性別が判断できない容姿に、爛々と輝く赤い瞳。右手で松葉杖を付いていて、その出で立ちが夏の陽炎のなか幽鬼のように佇んでいた。

 邪魔をするつもりは無いのか、俺の意識からエイワスが離れた気配がした。どうやら静観するつもりらしい。

 

「よォ三下」

 

 松葉杖をつきながらゆっくりと、友人にあったような気軽さでそいつは階段を下りてくる。

 

 物騒なのか平穏なのか判断し難いそいつは『一方通行』。

 学園都市の頂点であり、核攻撃すらも防ぎ得る超能力者だ。その能力は『ベクトル操作』。大気だろうが体内の血流だろうが、触れればすべてが思いのまま。

 生物が物理法則に則って生きている以上、それを捻じ曲げることが出来る一方通行に手出しできる存在など(俺を含めた一部の例外を除いて)科学側には存在しない。

 そんな化物染みた超能力者は階段を下りて、当たり前のように俺の座っているベンチを目指しながら、出会った当初より幾分柔らかくなった表情で笑っていた。

 

「テメェこんなとこで何してんだァ?」

「――特に何も」

 

 答えてやるとそいつは「へェ」と呟きつつ、コーヒー缶が山ほど入ったビニール袋を地面に置いて、俺の右隣に座ってくる。……こいつもそうなんだが、なんで御坂や麦野といった超能力者どもは俺に関わりたがるんだ。何が面白い。

 

「今日は一人なのか」

「あン? 俺がいつもは一人じゃねェみたいな言い方だなァ」

「そうだろうが」

 

 おおよそ半年前の話だ。

 『妹達』と『量産能力者計画』。それと『絶対能力進化計画』。

 一方通行を『絶対能力者』へと昇化させるための実験で、こいつは五千人弱の『妹達』を殺している。

 そのことに対しての償いとでも考えているのか、一方通行は能力の使用に必要不可欠な演算領域や私生活に必要な言語能力を損失してまで、妹達のラストナンバーである『打ち止め』を暴走した研究員から助け出した。

 詳しい経緯はわからないが、首のチョーカーに経由で妹達のネットワークの演算能力を借り受けることで、今は実生活に支障がない程度には回復しているらしい。

 今では打ち止めと共に黄泉川愛穂のアパートで暮らしているそうだ。ちなみに黄泉川愛穂とはうちの高校の担任教諭でもある。

 

「昨日は打ち止めが世話になったそうだからなァ――」

 

 礼だと言ってコーヒー缶の一つを投げてくる。……随分と安い感謝の気持ちだ。

 缶を開いて口にすれば、ブラック特有の苦味が口の中に広がる。買ってきたばかりらしく、未だ冷たさの残っているアイスコーヒーはこの炎天下の中では有り難い。

 まあ受け取っておくか、と呟いて頷く。そんな俺を見て何を思ったのか、出会った当初と比べると随分と衒いのなくなった顔で一方通行は笑う。

 

「ちゃんとした礼を用意したところで、どォせ三下は『いらねぇ』って言うだろォからな。これぐらいで十分だろ」

「――否定はしない」

 

 指定された依頼の領分を越えて勝手に首突っ込んで、ペナルティを無視して勝手に計画を破綻させただけだ。「礼だ」と言われても、そう答えるだけだろう。そこに「そんなものいらん」と言い加えるかもしれない。

 

「まァ、てめェのお陰で普通に生活できるのは確かだ。感謝してるのはホントだぜェ?」

「……そうか」

 

 あの事件以降、こいつが暗部に関わっているという話は聞かない。……これ以上関わられても面倒ごとが増えるだけなので、有難いと言えば有難かった。一度殺り合って死に掛けたのだ。本当に勘弁してほしい。

 内心冷や汗をかいていれば、そいつは「お前は……」とうわ言の様に呟いた。

 

「いつまで暗部にいるつもりだ?」

「――――。……さぁ、な」

 

 その言葉に返せる答えなど、俺は持ち合わせちゃいない。

 カミジョウトウマとして生まれた瞬間から居座っている場所に、今でも惰性で立ち続けているだけなのだ。独占欲にも似た決意に引き摺られ、関わった連中の中で、追い出せそうな奴を暗部から追い出していく。

 そんなことを繰り返して、もう何年経つだろう――?

 

「流石『ヒーロー』様ですねェ」

「俺はそんな大層なものじゃない。俺みたいな人殺しが正義の味方なわけないだろ。……ただ身勝手なだけだ」

「そォかよ……」

 

 自暴自棄に答えた途端、右上腿に痛みが走った。見下ろすと、一歩通行の左手が布越しに俺の足の肉を摘んでいる。全力で抓っているらしく、洒落にならないくらい痛い。というより、微妙に能力で握力底上げしてはいまいか。チョーカーを起動してまで何をしてやがるんだコイツは。

 

「――お前、俺の脚を引き千切るつもりか?」

「おォよ。なんならミンチにでもしてやるぜェ?」

「何怒ってんだ、お前」

「テメェのせいだボケェ」

 

 今度は肘が腹に食い込んできた。当然のごとく痛い。……俺、何かしたのかな。

 

「なに、し、やがる……」

「じゃあなァ三下」

 

 横隔膜あたりを打ち抜かれたせいで半分呼吸困難になりながら睨みつければ、当たり前のように一方通行は立ち上がってさっさと帰っていく。一度だけ振り返って「当たり前だ」と言わんばかりに鼻を鳴らしたあたり、俺は何か恨みでも買ってしまったらしい。軽く死ねそうだ。本当、勘弁してほしい。

 

 

 一方通行の後姿が見えなくなったのを確認して、腹部の痛みに耐え切れずベンチに横になれば、ジーンズのポケットから聞き慣れた着信音が聞こえた。元から入っていた音声をそのまま使っていた。

 ズボンから取り出だして着信画面を確認する。月詠教諭からだった。嫌な予感がする。

 

 

 恐る恐る携帯を耳に当てて通話ボタンを押す。

 

 

「上条ちゃん! あれだけ言ったのに補修をサボるとはいい度胸ですね!」

 

 

 

 

 

 

 

………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ」

「あ、じゃないです! 今すぐ来てください! 来ないと問答無用で留年にしますからね!!」

 

 

 そして問答無用でぶつんと通話が途切れる。

 

 

「…………」

 

 補修のことを、完全に忘れていた。というより高校に連絡を入れておくのを忘れていた。

 

 呼吸困難な体で見上げれば、眩しいほどに澄み渡る快晴の空。清々しいくらいの青空が、自業自得だと俺に言っているようで、まったくもって、ああそうだ、そうだとも。

 

 

 

 

「不幸だ畜生がァッ……!」

 

 

 

 久々に、というより生まれて初めてかもしれない心からの遠吠えは、虚しく晴天に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、慌てて私服に包帯姿のまま登校して月詠教諭に半泣きされながら怒られたのは、当然といえば当然の結果だった。

 

 

 

「あ、上条君の私服初めて見た」

「あんたはまた『上条君』ですか。ていうか、真っ先に包帯に突っ込むべきだと思うんだけど。痛々しい……」

「あいつまた何かやらかしたのか。包帯するほどの怪我って、何やってんだ」

「いくら慌ててたとは言え私服姿で登校してくるとは。上条の謎は健在、と」

「にしてもカミやん、灰色のシャツに黒ジーンズて。遊び心無さ過ぎやろ地味すぎるやろ。せめてネクタイはするべきやな」

「なんか目立たないホストみたいだにゃー」

 

 

――なるほど。

  我が宿主の格好をどう表現したものかと悩んでいたが、『ほすとみたいなもの』と例えればよかったのだな。

 

 

 

 教諭に説教される横で、割と心外な会話が内外問わずに聞こえてくる。

 

 

 

 ……補修受けてる生徒がやけに多くないか?

 それとエイワス、頼むからお前もう喋るな。

 

 

 

 




エイワスも完全に誰コレ状態。
いやもう、これ大丈夫なのかこれ?
原作で清々しいくらいの絶望感を感じさせてくれたエイワスをこんな風にしちまっていいのだろうか? だが何と言われようとやり通す。

今年の投稿はコレで最後となります。ここまで見てくださった方々、本当にありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします。
そしてちょっと早いですがよいお年を!


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03. Borderline

明けましておめでとうございます。
2015年初の投稿となります。

何かと至らぬところも多々ありますが、これからもよろしくお願いします。

そして新年一発目の投稿は途中で作者が暴走しました。出来損ないのギャグパートです。


 踏み越えたのは、日常と非日常の境界線。

 

 

■Borderline■

 

 

 夕方、遊び歩く学生たちの間を、私たちは手を繋いで歩いていた。

 朝食を食べた後、「できれば教会を探してほしいかも」という願い出を受け、一緒に教会捜しに出たのだが、中々見つけることができず、すでに日が暮れ始めていた。道行く人たちに聞いて回っても誰も教会なんて知らないようで、みんな首を横に振るばかりだった。地図を見ても教会なんて載っていないし、ここまで来ると本当に教会があるのかさえ怪しい。

 たしかに一時期、私と当麻と深嗣の三人は、とある施設(何故だか今は詳細を思い出すことが出来ない置き去り用の施設)から教会の孤児院に預けられて、義兄二人が高校生になるまではそこで生活していた。だから学園都市内にも決して教会がないわけではないのだろう。もっとも、私たちが暮らしていた教会も取り壊されて、今では空き地になってしまったらしいが。

 

 そんなこんなでレストランで昼食を挟みながら(インデックスちゃんがメニューを見ながら「ここに書いてあるもの全部食べたい!」なんて言ったのだが、当然そんなことを許した日には破産するので、なんとか口説き伏せた)、結局こんな時間になるまで教会を見つけられずにいた。

 

「見つからないね……」

「……探し方が悪いのかも」

 

 ほんとうに教会なんてあるのかな……、とインデックスちゃんは疲れたように溜息を零した。

 ちなみに今インデックスちゃんは、出会ったときに被っていたベールを今現在は被っていない。部屋に忘れてきてしまったとのことだ。教会を見つけてから取りに行けばいいだろう、とインデックスちゃんは言っていたから、今は教会捜しを優先するべきだろう。

 

 二人で、どうしようか、と悩んでいると快活な声が届いた。

 

「あ、上条さんだ。上条さーん!」

 

 声のした方向を見ると、人ごみの中から佐天さんと初春さんがこちらに走ってくるのが見えた。それを見たインデックスちゃんが、さ、と私の後ろに隠れる。私との身長差があまり無いせいでほとんど隠れてないが。

 

「こんにちは上条さん」

「こんにちは二人とも。もう動いても大丈夫なんだ?」

「はい、もっちろんです!」

 

 敬礼っぽいポーズをとって普段以上に元気良く答えた佐天さんと、その後ろでいつも通り苦笑している初春さん。

 とりあえず相変わらず元気な佐天さんに私は安心していた。

 昨日病院で、初春さんと屋上で何か話していたようだったから、もしかしたら何かあったのかもしれない。それも良い方向に転んだのだと見た。……もしかしたら落ち込んでるんじゃないか、と心配していたがそれも杞憂だったようだ。よかった。

 

 昨日の一件のおかげで、佐天さんはあまり顔には出さないが悩みを溜め込んでしまう性格をしていると知ることができた。それもレベルアッパーを使ってしまうくらいだ。自分が無能力者だということに、大分苦悩していたらしい。

 私も、私のことで彼女たちと相談することはあまり無い。そんな身の上で言えたことじゃないが、私でなくとも、せめて初春さんには相談しておいてほしかったな、なんて。

 

 そこまで考えて、私はそんなに偉そうにものを言えるのか、と酷い自己嫌悪に襲われたので気持ちを切り替えた。

 佐天さんのことは、なんにしても解決した。そして問題は、相変わらず顔の下半分をマスクで隠した初春さんなのだが、

 

「初春さん、風邪治ってないんでしょ?」

「いえ、昨日お薬もらいましたし、前ほど辛いわけじゃありませんから」

 

 もし悪化しても、佐天さんと上条さんに看病してもらいます、なんてのたまった辺り体力の余裕はあるようだった。

 ……どうやら私も頼りにされているらしい。うん、うれしい。すごい嬉しい。

 

「あ、上条さん照れてるー」

「顔真っ赤ですよ上条さん」

 

 顔に出てしまったらしい。二人に笑われてしまった。そんな事を言われたせいで、余計に顔が熱くなってしまったではないか。

 先輩をからかうとどうなるか思い知るがいい、と軽く反撃しようと思ったが、残念ながら今は別の目的がある。嬉しくなるようなことを言って貰っちゃったことだし、説教は後にしておいてあげよう。

 

 

「と、ともかく。二人とも、聞きたいことがあるんだけど――」

 

 

 

 

 

「初春、どこまで行ってますのー?」

 

 

 

 

 と、道を聞こうとしたところで、二人の背後から声が届いた。女の子が駆け寄ってくる。

 御坂さんと同じ常盤台の制服を着た小柄な女の子だ。赤み掛かった茶髪をツインテールにしている。腕に初春さんと同じ風紀委員の腕章をしていることから、彼女も風紀委員なのだろう。見た目に反して、彼女の纏う雰囲気はちょっと大人びた感じだ。

 

「あ、白井さん。すいません、こちら学校の先輩の上条柚姫さんです。それでこっちが白井黒子さん。風紀委員の先輩で御坂さんの知り合いです」

「こんにちは。紹介に預かりました上条柚姫です」

「白井黒子ですの」

 

 初春さんが丁寧に紹介してくれた。

 白井さんはなんというか、絵に描いたようなお嬢様口調からちょっとずれた感じの話し方をする子だ。いやまあ、そんなことを気にしだしたらインデックスちゃんだって、ってことになっちゃうんだけど。

 彼女は珍しい能力を持っているのか、私が今まで見てきた人たちの中で白井さんと似た感じの人はいなかった。随分と複雑な能力だ。かなり難しい演算を必要とする能力ということだけは見て取れた。

 色々と能力について思いを馳せていると、あれ、と、一人でやってきた白井さんを見て、佐天さんが首をかしげた。

 

「御坂さんは?」

「え、お姉さまなら…………、いませんわね」

 

 どうやらさっきまで御坂さんもいたらしいのだが、姿が消えてしまったようだ。

 すこし離れた位置にいた私たちにすぐ気付いたくらいだ。そこまで行き交う人は多くないし、はぐれたとは考え辛い。

 だが白井さんは、まあいいでしょう、と呟いた。佐天さんも初春さんも、そんな彼女を見て「いつもこうだったら平和なんだろうなぁ……」とか言い合いながら苦笑しているだけだった。

 

「御坂さんを探さなくていいの?」

「ええ。お姉さまも子供ではありませんから」

 

 微塵も揺らがない声で断言した白井さんは、御坂さんのことをとても信頼しているように見えた。きっと、とても仲が良いのだろう。白井さんと御坂さんの通う常盤台がお嬢様校ということもあって、お姉さまという敬称が妙に様になっていた。……『お姉さま』という言葉の中に、とてつもなく甘い響きが含まれているように思えて仕方ないのだが、それは今は無視だ。背筋が若干寒くなったのも気のせいだろう。……うん、きっとそのはず。

 

「それよりも、そちらもお困りではないのですか?」

 

 風紀委員の仕事が優先です、と白井さんは私の背後に隠れているインデックスちゃんを促した。

 人見知りするような感じではないが、そういえば教会捜しの中で何人かに声をかけた時もインデックスちゃんは私の後ろに隠れていた。学園都市内でシスター服は人目を惹く。理由はわからないが、彼女は極力他人の目に付かないようにしていたのだろう。

 ちょっと悪いことしちゃったかなと思って、「ごめん、彼女たちは大丈夫だから」とインデックスちゃんだけに聞こえるように言うと、彼女は「仕方ないんだよ」と控えめに頷いて私の陰から出た。

 

 

「……こ、こんにちわ。インデックスなんだよ」

「…………」

 

 頼りなさそうに若干俯きながらも前に出たインデックスちゃんを見て、佐天さんの動きが止まる。初春さんと白井さんは、名前だか愛称だか判断できない自己紹介を聞いて首を傾げていただけだったが、佐天さんだけは何故だかふるふると震えていた。……なんでそういう反応になるのだろう、といまいち理解できなかったが、その理由もすぐにわかった。

 

「か、かわいい~!」

 

 なんというか、既視感を刺激する光景だった。

 佐天さんがインデックスちゃんに思いっきり飛び掛ったのだ。打ち止めちゃんのときもそうだったが、佐天さんは可愛い子に目が無いようだ。いや、無防備な子に目がないのかな? ……うん、私も気持ちはわからないわけではない。あんな出会い方をしてなければ、一緒に写真でも撮ろうと誘っていたかもしれない。

 

「え、うわ、うわわっ……!?」

「うわっ、髪綺麗さらっさら~。ね、ね、初春も触ってみて」

「あ、……え? …………! ほ、ほんとですね。すごく綺麗な髪……」

 

 初春さんを引き込んで、佐天さんはインデックスちゃんに後ろから抱きついて服や髪を触りまくっている。初春さんも初春さんで、弄られる対象が自分ではないことに気をよくしたのか、控えめながらに佐天さんの真似をしている。インデックスちゃんは二人よりも背がやや低いし、歳はわからないけど子供っぽい上に可愛らしいから、二人からしたら止める理由も無いのだろう。

 そんな彼女たちを見て白井さんは溜息を零した。仕方ないですわね、と呟いて私と向き合う。

 

「……で、結局何の用ですの?」

「あ、うん。あの子、インデックスちゃんが教会探しているみたいなの。この辺に教会ってないかしら?」

 

 白井さんのお陰でようやく本題に触れることが出来た。

 風紀委員ならばもしかしたら、と。わずかばかり期待を乗せた質問に、白井さんは顎に手を当てて少し考えるような仕草をした後、一つ頷いた。

 

「それなら、たしか三沢塾の辺りにあったはずですの。よければ案内しましょうか?」

「いいの?」

「はい。それくらいお安い御用ですの」

 

 白井さんの申し出に肩の荷が下りるのを感じた。

 何度か休憩を挟んでいたとはいえ、長時間インデックスちゃんを連れ回すことに大分心苦しさを感じていたのだ。これでようやく彼女を教会に送ってあげられる。

 

 よかった、と私が本気で安心していると、

 

 

 

 

「初春、一緒に行くよっ!」

「な、何をですか!?」

「えいっ!」

「なっ――――!?」

「う……!? うひゃぁあああぁあああううぅ!!?」

 

 

 

 

 佐天さんがとんでもない狼藉を働いていた。初春さんの両手を掴んで、必死に逃げようとするインデックスちゃんの胸部を後ろから鷲掴みにさせたのだ。

 そして彼女たちの周りには、足を止めて顔を赤くしながら(客観的に見ればキャッキャウフフな光景を)眺める男子生徒たち。

 

 

 

 

 

 さ、流石にこれはやりすぎである――!

 

 

 

 

 

「佐天さん! 周りに人! 人いるから!!」

「初春! 貴女一体何をしていますの!!」

「あだっ!? ~~~~~っ! か、かか上条さんっ、頭をぐりぐりするのは反則だと思いますっ……! っていうか人が居ない所ならやっても――――ぃたい痛い痛ぃいッ!」

「白井さん痛いです! いつにも増して本気なせいで頭が本気で潰れそうです! ――――って、なんで私までされなきゃいけないんですかー!!」

 

 

 

 問答無用ですのー! と白井さんと私で不埒者どもに制裁を下す。いわゆる、相手の頭を両手で作った拳で挟んで、回転させながら押し付けるアレである。

 鉄拳万力で二人を締め上げていると、横から、

 

 

 

 

「グルルルルル…………」

 

 

 

 

 いきなり近くから獣の唸り声のような音が聞こえた。仲間を殺された狼みたいな、地獄の底から響く怨嗟の声に振り返り、その声の主が分かった。

 

 

 

 

 

 

「グルルルルル…………」

 

 

 

 

 

 

 

 ……インデックスちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

「…………え」

 

 

 

 

 呆気にとられてしまい、万力が緩んでしまったせいで佐天さんが逃げ出してしまった。

 

 しかし私には、そんなことを気にする余裕なんてなかった。……だってそうでしょう? いきなり目の前で、犬歯剥き出しにして獣みたいに唸っているシスター服の銀髪美少女が自分を睨んでいたら、誰だってそうなるわよ?

 

 

 

 

「GRRRRRRRRR…………」

「い、インデックスちゃんっ……!? す、すすすすすストップ待ってWait!! い、いから落ち着こう!? ねっ!?」

 

 

 

 

 慌てて宥めようとしても起爆スイッチはすでに起動済み。

 もう私には止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うがぁああああああ!!」

「きゃぁああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一番近くにいた私が噛み付かれたのが理不尽だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、周囲の視線に耐えられなくなって、瀕死の初春さんと佐天さんを白井さんと二人で引っ張って、インデックスちゃんに噛み付かれたままようやく逃げ遂せたときには、私たちは疲労困憊な上に精神的にも参ってしまっていた。

 息も絶え絶えだった私たちは、これ以上は不毛なだけだろう、と今日のところは互いに不可侵条約を結んだ。インデックスちゃんを全員で何とか宥め(未だに膨れっ面で私の影に隠れているが)、それでようやっと教会へと向かい始めたのだ。

 

 そして、そのまま何事も無く済むかと思われた道中、

 

 

「ハッ――――!」

「白井さん、どうかしたんですか?」

 

 白井さんが何かに気付いたように声を上げた。

 初春さんが声をかけると、猫みたいに髪の毛が逆立った白井さんが、私たちそっちのけで明後日の方向に走り出した。

 

「お姉さまの身に殿方の魔の手が伸びてきている予感がしますの!」

「ちょ、白井さん!?」

 

 「お姉さま~!」という妙な声だけ残して、しゅ、と文字通り一瞬でその姿を消した白井さん。

 そして何本か離れた街灯の上に突然現れたかと思うと、街灯を蹴り上げて跳んだところで再び姿が消えた。

 どうやら瞬間移動できる能力を持っていたらしい。……確かレベル4の『空間移動』という名前の能力だったはずだ。難しい能力に見えたわけだ。実際に複雑な演算を必要とする能力だったのだから。

 

「すいませんっ、これ地図です!」

 

 初春さんが地図を私に押し付けるように渡して、慌てて白井さんが跳んでいった方向に走っていく。

 呆然としたまま二人が走っていた方向を見ていると、今度は佐天さんが声を上げた。その声にインデックスちゃんが、びくっ、と肩を跳ね上げ、慌てて私の後ろに隠れた。……どうやらトラウマになってしまっているらしい。

 

「佐天さん?」

「私も初春に用事があったんでした!」

「…………? ……うん、地図もらったから、とりあえず私たちだけで大丈夫だよ」

 

 何か重要な用事があったのだろう。すまなそうにしている佐天さんに、私たちのことはいいから、と言うと、「すみません、じゃあまた」と苦笑しながら佐天さんも走っていく。あ、途中で振り返った。

 

「あ、インデックスちゃんもまた遊ぼうねー!」

「……も、もうあんな目に遭うのは嫌なんだよ!!」

 

 「るいこのバカー!」と吠えたインデックスちゃんに「あっははははは!」と笑いながら、佐天さんは走り去っていった。

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 あっと言う間にインデックスちゃんと二人だけに戻ってしまった。嵐が

過ぎ去った後、という言葉はこういうことを言うのだろうか。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 佐天さんの姿が完全に見えなくなったところで、インデックスちゃんは先ほどとは打って変わって、何か考えるような難しい顔をしていた。どうかしたの、と聞くと、なんでもない、と答える。

 まあいいか、と目的地に赤い丸印の付いた地図を見ながら、手を繋ぎなおして二人で教会に向かう。

 素直に手を引かれて付いてくるインデックスちゃんと地図を見ていると、ふと、思い出したことがあった。

 

 

「あ、」

 

 

 そういえば、まだちゃんとした答えを貰ってない質問があったのだ。

 

 

「インデックスちゃんは何で家のベランダに引っかかってたの?」

「落ちたんだよ。本当は屋上から隣のビルに飛び移ろうとしたんだけど」

 

 彼女は当然のように言ってのけた。

 どういうこと、聞き返しながらと立ち止まる私の横で、インデックスちゃんは微笑みながら、静かな口調で補足していく。

 

「珍しいかもしれないけど、ほかに逃げ道がなったからね」

 

 

 

 

 

――逃げ道?

 

 

 

 

 

「それって、どういう――」

「追われてたんだよ」

 

 だから仕方がなかったんだよ、と。

 当たり前のように彼女は言った。俄かには信じられない話だ。この自称シスター少女の電波な設定を聞かされていると思えばまだ現実味がある。だけど、彼女がベランダに引っかかっていたというのもまた事実だ。今朝のように、冗談だと決め付けることはできなかった。嫌な予感はしていたけど、まさかここまで厄介だとは思わなかった。

 

「本当は飛び移れるはずだったんだけど、背中を撃たれてバランスを崩しちゃったんだよ。落っこちてる最中に引っかかっちゃったみたい」

 

 彼女の口ぶりも嘘だと思えないことが、冗談に聞こえない理由に挙がるのだろう。ただ真摯に、懺悔室の中で告解するように彼女は私に説明していく。

 最後に「……だから、迷惑かけちゃってごめんね」と綺麗な微笑みに苦味を混ぜた。とても、寂しそうな笑顔だった。

 

 

 

「撃たれたって――?」

「うん。でも別に怪我をしているわけじゃないよ。この服は『歩く教会』って言って、結界としての役割もあるからね」

 

 

 

 また、だ。彼女の言葉の端々によくわからない単語が混じる。今朝、魔法と口走ったことと関係があるのだろうか。

 

 いや、今はそんなことよりも、彼女を追っている人たちのことのほうが重要だろう。追っ手がいるならば、教会に行ったところで逃げ切れるものなのだろうか。少なくともインデックスちゃんは、教会まで行けば大丈夫だ、と考えているはずだ。

 

 

 

 

 

 なら彼女を追っている人たちとは、宗教になんらかの形で関わっている人間……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど、」

「ん、なにかな?」

「あなたを追っている人って――、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、ふと気づいた。

 

 

 

 

 

「――――、え?」

 

 

 

 

 

 音が消えていた。夕日に染まる交差点は閑散として、先ほどまで行き交っていた生徒たちの姿が見えない。私たち以外、誰もいない。一瞬、どこか別の世界にでも迷い込んでしまったのではないかと錯覚してしまった。

 インデックスと話していて気づかなかったが、あたりに人がいなくなってから大分時間が経っているようだった。

 

 

 

「なんで……?」

「――人除けの結界だよ」

 

 

 横で深刻そうに呟くインデックスは、逃げるよ、と手を掴んで引っ張ってくる。

 雰囲気がいつになく真剣なものに変わった彼女に戸惑いながら、引っ張られるままに彼女についていく。

 

 

「早く人気のある場所に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かせませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インデックスの言葉を遮るように。

 背後から聞こえた声に私たちが振り返れば、

 

 

 

 

「『禁書目録』を保護しにきました。

 渡さぬと言うのなら、今ここで排除させてもらいます」

 

 

 

 

 視界の端で、艶のある長い黒髪が風に靡いていた。誰もいなくなった交差点の中心だ。

 腹部を出すように意図的に捲くられたシャツに、片足だけが付け根まで露出されているジーンズ。

 左右非対称な姿に、学園都市内ではまず見ることの無い、長い日本刀を携えて。

 

 

 

 

 

 

「『禁書目録』を渡しなさい」

 

 

 

 

 

 

 人足の途絶えた交差点の中心で、彼女は剣呑な表情を浮かべていた。

 

 

 

 




落ち着いて見直したら、「なんだこれ……」と愕然としてしまった。……日常をもうちょっと楽しそうな感じに書けないものか。
場合によっては書き直します。




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04. Where is the Mirage Girl now?

そろそろ更新間隔が長くなってしまいそうな今日この頃。必死に書いていこうと思います。


 ここから向こうまで。

 約730km²が俺の領土。

 

 

■Where is the Mirage Girl now?■

 

 

 

 補修を終え、日の沈みかけた第七学区を徘徊する。

 下校際、月詠教諭から人を探すように頼まれたからだ。

 

 

『上条ちゃんを探すよう頼んだのですが、連絡できなくて困っているのです。

 機械が苦手そうなメリアちゃんのことですから、きっと携帯電話の使い方がわからないのだと思います。先生の部屋の場所はわかりますね? もしかしたら先に戻っているかもしれないので先に確認してもらってもらいたいのですよ』

 

 

 最悪迷っているかもしれない、とのことだ。

 

 

 『メリアちゃん』とやらは月詠教諭の同居人らしい。横で話を聞いていた黄泉川教諭に、また学生を拾ったのか、と呆れられていた。月詠教諭は困っている学生がいたらとりあえず自宅に招待して面倒を見る、という噂は本当だったらしい。

 

 先ほど寄った月詠宅――随分と年季の入ったアパート――を初めて訪れたのだが、そのメリアちゃんとやらはいなかった。それを月詠教諭に電話で伝えたら、あとは先生がやるから帰ってもいい、と言われたのだが、なんにしても乗りかかった船を下りるのは後味が悪い。

 

 だから月詠教諭に最後まで手伝うとだけ伝えて、こうして帰途に着かずに宛も無く第七学区を歩き回っているのだ。

 

 

 

 学園都市の路地は知らない人間からすれば迷路同然に複雑だ。迷っているのならばどこかの裏路地にいる可能性が高いだろうとアタリをつけて、大通りから横の路地に足を踏み入れた時。背後から小走りでこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 

 

 

「いたいた、そこの包帯男! ちょっと待ちなさいっ!」

 

 

 

 そして声の主の気性が滲み出たような強気な声が届いた。実に不本意ながら聞きなれた声だった。

 

 振り返ると案の定、知人の中学生がそこにいた。

 

 

「お前、そんな格好でまた獲物探しでもしてんのか」

「そんな物騒なことしとらんわ! というよりアンタだって包帯だらけじゃないのよ!」

 

 

 右頬にガーゼを貼った顔を真っ赤にしながら、制服姿の御坂美琴は地団駄を踏む。昨日の今日で随分と回復したようだ。それはもう元気が有り余るほどに。今朝会った一方通行同様、今はあまり会いたくない手合いだった。話していると異様に疲れる上に、面倒事を持ってくる可能性が非常に高い。

 

 人捜しをしてる中で知人に会えたのは行幸ではあったが、彼女が背後に何か隠しているのが不自然というか、なんとなく気になった。……こいつのこんな仕草、どこかで見たことがあるような気がする。

 

 

「丁度いい。お前、この辺りで灰色の髪をしてワンピース来た奴を見なかったか?」

「は? 誰それ?」

「人を捜してる。高校の教師から頼まれてな」

 

 

 再度、見なかったかと聞くと、彼女は右の人差し指を頭に当てて、うーん、と唸り始める。そんな仕草をしていても左手は背中に隠していた。

 そうやってしばらく記憶の中を探していたようだったが、どうやら結果は芳しくないようだった。

 

「ワンピースってことは女の子よね……。ごめん、そんな目立ちそうな灰色の髪の子は見てないわ。……私も探すの手伝おうか?」

「いや、いい。お前の手を煩わせるほどじゃないさ」

「そっか。何か力になれることがあったら言ってね」

 

 それだけ言って、互いに用は済んだと反対方向に歩いていく。

 御坂が何故俺に声をかけたのかはわからないが、こういう普通の会話を出来るやつなのかと認識を改めた。

 

「…………?」

 

 ふと頭に引っかかるものがあった。以前も御坂と普通の会話をして、普通の会話なんて珍しいなと、今と全く同じようなことを思ったことがあるような気がする。

 そしてその後の展開は、

 

 

 

 

 

 

「――――って、待てやコラァッ!」

 

 

 

 

 

 

 俺が思い出した光景を再現するかのように、背後から電撃が飛んできた。慌てて振り返って右手で打ち消せば、顔を再び真っ赤に染めた御坂が何か吠えている。

 

「こちとらプール掃除を早めに終わらせてまで来てるのよ! それなのに自分の用件だけ済ませてさっさと帰るとはどういう了見だアンタはっ!」

「…………」

 

 なんというか、その台詞も以前を彷彿とさせるものだった。

 半年前に起きた『妹達』の一件で入院した直後、御坂美琴は今日みたいに俺に会いに来ていた。確かあの時は有無を言わさず紙袋を渡されたはずだ。中身はクッキーだった。肝心のクッキーも、ところどころ黒く焦げていたり形が崩れていたりと、作り手の苦労がひしひしと伝わってくるような出来だった。そんな手作りのクッキーを見て微笑ましいと思わないと言えば、まあ嘘になるのだが。

 

 この後の展開が読めてしまって、相変わらず物渡すくらい普通にできないのか、という言葉が口から出そうになるが、そんなことを言った日には余計に話しがややこしくなってしまうのだろう。

 だから俺は当たり障りのない言葉で先を促すことにした。

 

「結局、俺に何の用なんだよ」

「だ、だから、その……。今回も、アンタに色々助けられたから、だから……」

 

 言葉が尻すぼみになっていくのに比例して、俯いた御坂の顔がさらに紅潮していく。表情は前髪が隠してしまっているため見えないが、もしかしたら恥ずかしさで泣きそうになっているのかもしれない。

 理由はよくわからないが柚姫も似たような感じだから、多分そうなのだろうと俺が勝手に見当を付けているだけだが。

 

「それにアンタが人一倍怪我してたし……、平気そうな顔見れて安心したとか思ってないし――――ああもう! だからっ……!」

 

 何を言っていたかは聞き取れなかったが、御坂が口の中で何かもごもご言っていたかと思うと、突然俺の目の前に紙袋を突き出してきた。

 

「これ! 柚姫さんの分とあの赤毛の人の分も入ってるから、ちゃんと食べなさいよね!」

 

 紙袋を俺に押し付けて、御坂は逃げるように小走りで大通りの雑踏の中に消えていく。

 彼女の目は潤んでもいなかったが、顔は変わらず真っ赤になったままだった。あのまま行けば顔から火を吹きそうなくらいに。

 

 

 彼女の姿が完全に見えなくなったところで、遠くから、

 

 

 

 

『ようやく見つけましたわ、お姉さま~~~~!』

『だぁあああ! 往来で抱きつくなぁあああ!!』

 

 

 

 なにやら賑やかな声が聞こえてきた。ついでに御坂が電撃を放ち、白井が感電する音も聞こえた。羨ましいくらい元気が有り余っているようだった。

 

 

 

 

「……まあ、いいか」

 

 

 気を取り直して、さて今回の出来はどうだろうな、と受け取った紙袋を開けてみる。

 

 

「へぇ……」

 

 

 思わず声を零してしまった。

 先ほど勢い良く突き出されたせいか、生地が多少欠けてはいるものの、色は狐色で普通に美味しそうだ。星や動物といった様々な形の生地の上には、それぞれ装飾のチョコが手描きで飾り付けてある。色の付き方がまだ甘いような気もするが、前回焦がしてしまったから気を遣ってのことだろう。とりあえず焼き加減は問題は無いようだ。

 

 きっと前回のアレから半年間、人目を忍んで練習してきたんだろう。いきなり器具を使わずに手で装飾するのはやりすぎだとは思うが、それ込みで納得のできる出来になるまで練習したのがよくわかる。でなければ昨日の騒動の直後、しかも何故だかは知らないがプール掃除を慌ててやった後、僅かな時間でこれを作ったのだ。普段から練習している人間でなければ作れるものじゃない。……装飾は何故だかデフォルメされたカエルの顔ばかりだったが。

 不意に垣間見ることができた御坂の女子らしい部分に(普段から血気盛んな姿しか見ていない分余計に)、しみじみと感じ入っていると、

 

 

 

 

 

 

 

――それはいいが、人捜しのほうを忘れてはいないだろうか我が宿主。

  そろそろ日も暮れる。これ以上時間をかけるのは、余計な手間を増やすだけだと思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕方がないな、とでも言いたげなエイワスの言葉で現実に引き戻された。

 

 

 

(……ああ、わかっているよ)

 

 

 

 そうだった。今は余計な思考に時間を割いているわけにはいかない。すでに日が傾いて、辺りを夕日が包みこんでいる。日が落ちてしまえば捜索は困難になるだろう。最悪、そのメリアちゃんとやらが不良たちに絡まれるなんていう面倒臭いことになりかねない。そんなことになる前に見つけ出して、さっさと月詠宅に送り届けて帰りたかった。

 

 

 大通りに戻って赤くなった空を見上げれば、夕焼けが染みて目を細めた。目に映る町は赤い塗料をぶち撒けられた絵画のように夕日一色に染まっている。

 

 

 街路樹も、ビル群も、横を通り過ぎていく学生たちも。

 自らでさえ、鮮血を被っているのではないかと思ってしまうくらいに、目に見えるもの全てが赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 忌々しい。

 どうやっても血に見えてしまうから『赤』は嫌いなんだ。

 

 

 

 

「――――ッ、」

 

 

 思考を打ち切るため、舌打ちしながら捜索を再開する。

 こんな下らない事を考えないようにするために急いで探していたというのに。

 喧騒の中にいてもそれを遠くに感じてしまうくらいに、俺は理由のない生理的嫌悪にイラついていた。

 

 先ほど御坂と話していたとき、俺がどういった感情を持って彼女と接していたのかさえ思い出せなくなっていた。

 それが無性に腹立たしくて、遊び歩く学生たちがいることさえ忘れて。懐から煙草の包装を取り出そうとすれば、視界の端に灰色が入ってきた。

 

 

「…………?」

 

 

 

 行き交う学生の間に揺れる、首辺りで切りそろえられた色褪せた白髪。白いワンピースに黒のレッグウォーマーをスレンダーに着こなしている。紺のサッシュを靡かせて、モノクロの色彩を保ったまま小柄な彼女は歩いてくる。

 夕焼けの中にあって、しかし赤く染まることのないその姿に目を奪われた。そんな異質な存在が紛れ込んでいるにも関わらず、あたりの学生たちは彼女に気づいていないようにただ流れていく。

 

 

 

 懐に手を突っ込んだままそれを眺めていれば、

 

 

 

(……?)

 

 

 一瞬、彼女の姿が陽炎のように揺らいだ。景色に溶けるように輪郭を失い、しかし一瞬ではっきりとした姿形を取り戻す。

 

 

(……認識を阻害された?)

 

 

 人の意識を外しているのか、姿そのものを眩ましているのか。

 

 心当たりはあるにはある。学園都市内で確認されている『対象の意識から自身を外すことができる能力』の名は『視覚阻害』。だが能力強度はレベル2とさして高くもなく、その能力を保有している学生も一名のみだ。

 それ以前に魔術なり能力なりを使っている時点で、異能力を弾いてしまう俺には適用されないはずだ。

 

 

 ……ならば風斬氷華はどうだろう。おおよそ半年前、御坂や一方通行との一件の後に知り合った、AIM拡散力場が姿を形取った少女だ。彼女は人の姿をしているが故に、AIM拡散力場が不安定になれば姿を維持できなくなって霧散する。もっとも霧散したところで姿が保てなくなっているだけであり、姿を形作る条件が環境と一致すればどこにでもその姿を現すことができる。

 当然、風斬の霧散は現象の結果であるため『幻想殺し』で止めることはできない。もっとも幻想殺し自体が『異能を打ち消す』だけの能力だから、風斬に触れれば問答無用で消滅させてしまうのだが。

 

 先ほどの現象も、風斬の例に倣うのならば説明は付く。

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

(何か風斬とは違うように感じた。……エイワス、何かわかるか?)

 

 

 

 

――思考に耽るのは構わないがな。我が宿主よ、とうの少女もこちらに気付いたようだぞ?

 

 

 

 

 それだけ言ってエイワスの気配は離れていく。そしてそいつの言葉通り、

 

 

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 

 

 

 彼女が見えてしまったのがいけなかったのか。

 いつの間にか俺の目の前まで来ていた灰色の少女に声を掛けられてしまっていた。俺よりも頭半分程度低い少女の、くすんだ灰色の瞳がこちらを見上げている。……具体的に何かとは言えないが、なんとなく嫌な予感がする。

 抑揚が極端に少ない声で、感情の起伏がほとんどない表情で彼女は静かに口を開いた。

 

「君、カミジョウ・トウマ?」

「ああ、そうだが……」

 

 写真を手にした彼女に、その写真と見比べながら問われて瞠目しながらも頷いた。

 そして気付いた。彼女の容姿は月詠教諭の言葉通りのもので、

 

「お前、『メリア』だな」

「うん。コモエから探してほしいって頼まれたんだ。学校に来て欲しいって言ってた」

 

 どうやら彼女はこんな時間になるまで、俺をずっと探していたのだろうか。迷ってるのかと聞くと、違うよと相変わらず淡白に答える。

 

「俺はあんたを探してほしいと頼まれた。何故月詠教諭に連絡しなかったんだ」

「……コモエの家の場所はわかってるから大丈夫だよ。君は、ちゃんと学校には行ったんだ?」

「ああ、まあ……」

 

 どうやら俺の質問に答える気はないらしい。

 意地の悪いことを真顔で言う彼女は、俺の顔を見ながら何かに気付いたように首を傾げた。

 

「トウマは、能力者だよね?」

「それ以外の何に見えるんだ」

 

 無能力者だけどなと自嘲気味に口の端を吊り上げてやれば、うん、と彼女は短く頷いた。もっとも、まだ納得できていないようだった。彼女の無表情になんとなく怪訝さが混じっているように感じた。……互いの用事は済んだだろうに、何が気に食わないんだ。

 

「うん、それは分かるんだけど、なんだろう……」

 

 じゃあな、と彼女の話を無視して、無理やり立ち去ろうとすれば彼女に腕を掴まれる。妹である柚姫より若干背が高い程度の、一般的に見れば細い部類に入る体格からしてさほど力があるようには見えないのに、俺が全力で振り解こうと力を入れても、彼女の手はびくともしない。逃げられなくなってしまった。

 先ほどから、彼女を見た瞬間からしていた悪い予感は、ここへ来て一層激しくなっていた。

 放せと言う暇もなく、彼女は世間話でもするように学園都市ではありえない言葉を口にした。

 

「『魔術』って単語に心当たりは?」

 

 『魔術』。そして『魔術師』。

 『知識』によって書き加えられた情報に記された、超能力とは別の理。それを知ってしまったがために、自分も大概科学側から外れてきている自覚はあるが、何故いつも降りかかる先を俺にするのだ厄介さんよ。

 

「……知ってる。そう言うお前こそ魔術師だな」

「うん、そう。――やっぱり魔術側の人間だったんだね」

「違う。知ってはいても俺は学園都市側だ。関わるつもりもない。……だから離せ」

 

 力が抜けた隙に彼女の手を振り払う。

 

 

 科学と魔術は交わるべきものではないと思うから。能力者である俺は魔術側の領域を侵さないし、魔術師が科学側に侵攻するなら排除するだけだ。

 

 互いの領分を守って、互いに無関心でなくとも不干渉であるならばそれでいい。

 

 

 

 突き放すようにそう説明してやれば、彼女は不承不承にではあったものの肯いてくれた。

 

 

 

 

 

 

「なら、最後に一つだけ」

 

 

 

 

 

 これ以上何かあるのか、と不機嫌さを隠さずに待っていると、

 

 

 

 

 

 

「一応、教えてもらった君の住所まで行こうと思ったんだけど、『人避け』の結界が張ってあったから止めたんだ。トウマが仕掛けたの?」

 

 

 

 

 

 

 そんな、俺の領土を侵す言葉が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 




ようやく物語に関わってきたメリア。いわゆる『綾波キャラ』ってやつです。最初からイメージが固まってていた分とても書きやすかった。
普通の生活をしている柚姫のほうは未だに掴みきれてないというのに(←オイ


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05. Kindly Devil, Cruel Angel

本編よりも本編前の痛ポエムが最近頭を悩ませる。……一度やってしまった以上最後までやりきるしかないのだぜ……(涙

この辺りでとりあえず更新間隔どこまで詰められるか試してみようと思います。まずは五日間隔でお試し期間(←オイ


 優しい悪魔と非道な天使。

 立ち向かうは迷える聖人。

 

 

 

 

■Kindly Devil, Cruel Angel■

 

 

 

 

 

 

 パンクルックの彼女と遭遇してからのインデックスちゃんの行動は早かった。がしりと私の右腕を掴み、そのせいで体勢を崩して転びそうになる私に構わず、そのまま引っ張っていこうとする。いきなり何するの。

 

 

 

「逃げるよっ!!」

「え、うわ、ちょっと……!?」

 

 

 

 保護する、という言葉を聞いたのだが、とうのインデックスは彼女からどうしても離れたいらしい。一瞬、女性がインデックスの味方かと思ったのだが、そうでもないようだ。あの女性がインデックスの言う『追っ手』なのだろう、おそらく。

 当然、追っ手ならば私たちをそのまま逃がすはずもなく。

 

 

「うわぁっ……!?」

 

 

 何かがものすごい速度で私たちの目の前を横切っていった。

 どこから飛んできたのかと振り返れば、それは交差点の中心に立つ女性からで。どこへと飛んでいったのかと見れば、

 

 

 

「なっ……」

 

 

 インデックスが進もうとしていた先、ほんの数メートル先の路面。

 そこに深く刻まれた七つの傷跡によって、そこから爆発的に広がった亀裂が路面をズタズタに切り裂いていた。車道どころか歩道も、端から端までが見るも無残に切り刻まれていた。陥没と起伏が入り乱れた惨状に、私たちは進むことができなくなってしまった。

 

 何が飛んでいったのなんか分からなかった。目で追うことのできない速度で、凶器が私たちのすぐ傍を通り過ぎて行ったのだと気付いて、私は恐怖に身震いした。一歩間違えれば、凶器の軌道が10cm違えば、地面の代わりに私たちがボロ切れのように切り裂かれていただろう。

 

 

 

 

「私が逃がすと思いますか?」

 

 

 

 

 背後の声に振り返ろうとして、再び襲ってきた暴風に目を瞑ってしまう。直撃かと身構えたが、届いたのは壁を叩きつけられたような風圧だけだ。踏ん張れば何とか耐えられる。

 

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 だが、聞こえてきた声無き悲鳴に。

 

 

 

「インデックスちゃん!?」

 

 

 

 目を開ければ、インデックスちゃんの姿が視界から消えてしまっていた。そこで理解した。先の爆風はインデックスちゃんを狙った攻撃の余波だったのだ。

 

 

 余波で人一人が吹き飛ばされそうになる攻撃だ。直撃した彼女はどうなってしまったのだろう――?

 

 

 想像してしまった情景に、そんなことあるわけがないと首を振った。最悪の事態を考えてはならない。バラバラになったインデックスちゃんが転がっているなど、ただの憶測だ。だから、まずは姿を消してしまった彼女を探さないと。

 衝撃が突き進んで行った方向は、私の背後。頭陀襤褸にされた道路だ。そこに、インデックスちゃんがいるはずだ。意を決して振り返ると、予想を裏切った光景がそこにあった。

 

 岩壁のように盛り上がったコンクリートに背を預けるようにインデックスちゃんは倒れていた。でも、

 

 

 

 

 

「無傷……?」

 

 

 

 

 いや、無傷ではない。左頬に一本、薄い切り傷ができている。だけどそれだけだ。

 

 転がったときについたであろう土埃に汚れているものの、遠目からはただ気絶しているだけのように見える。おそらく骨も折れていない。顔色もいい。衝撃で体内にダメージがあるかもしれないが、命に関わるような傷は受けていないはずだ。

 

 

 まだ、間に合う。

 

 

「――――っ」

 

 

 

 だから私は、インデックスちゃんに向かって歩き始めた女性の行く手を遮るように、二人の間に割って入った。

 

 

 

「そこを退きなさい」

「――――っ、……退かない。私が退けば、貴女はインデックスちゃんを」

 

 

 

 連れて行くんでしょう、と私は震えながらに最悪の未来を言葉にした。

 しかし、その言葉に答えたのは目の前の女性ではなく、

 

 

 

 

「私は撤退を進言します」

 

 

 

 

 背後で倒れていたはずのインデックスちゃんだった。とても無機質な、アナウンスみたいな声だった。女性のことも忘れて、恐る恐る振り返れば無表情が私を見ている。

 綺麗な翡翠色の瞳は透き通っていて、透き通り過ぎていて何も映していなかった。

 

「インデックスちゃん……?」

「はい。私はイギリス清教内第零聖堂区『Necessarius〈必要悪の教会〉』所属の魔道図書館『INDEX LIBRORVM PROHIBITORVM』ですが、『インデックス〈禁書目録〉』と略称で呼んでもらって結構です」

 

 

 『魔道図書館』。

 彼女は自分のことをそう表現した。……それはつまり、自分の在り方を『人ではない』と言っているということで。背中に凍りの針を刺されたように、私は背筋が冷たくなるのを感じた。

 

 

「自己紹介が終了しましたので、現状を説明します」

 

 

 機械の説明書みたいな声で、インデックスちゃんは私に説明する。

 

 

「彼女は『聖人』と呼ばれています。聖人とは『神の力の一端』を身に宿した、神に近い属性を持つ存在です。生身の人間が戦って勝てる相手ではありません」

 

 

 確かに先ほどインデックスちゃんを吹き飛ばした一撃は、人がやった事とは思えないくらい強力だった。戦うことを主としない私の能力ではどうやったって勝てないだろう。

 でも、

 

 

「何の力も持たない貴女では聖人である彼女には太刀打ちできません。直ちに退避してください」

「嫌っ! そんなことできるわけない!」

 

 

 駄々を捏ねるみたいに、私はインデックスちゃんの言葉を突っぱねた。

 何故ここまで頑なにインデックスちゃんを守ろうとしているのか、なんてことは私自身よく分からない。

 出会ってからまだ一日も経っていない少女など捨て置けばいい。きっと、佐天さんと初春さんに出会う前の私なら、そうやってインデックスちゃんを切り捨てていただろう。面倒事の規模を鑑みれば当然だと。

 

 

 

 今だって、まだまだ不器用で、身勝手な感情ではあるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……だから、迷惑かけちゃってごめんね』

 

 

 

 

 

 

 

 そう言った彼女の顔は、とても寂しそうだったから。

 そんな悲しそうな顔をされて「はいそうですか」なんて言えるほど、私はまだ物分りが良くない子供だから。

 玩具を取り上げられそうになった子供みたいに、私は私の主張をすることにした。

 

 

 

「インデックスちゃんは――、」

 

 

 

 ……違う。そんな他人行儀な呼び方では駄目だ。

 だって今、私は彼女の『トモダチ』になるって決めたのだから。

 私の心の片隅、普段中々見つけられない位置にあるスイッチが切り替わった。

 

 

 そうだ、友達になったのならば、今はそれ相応の呼び方を――、

 

 

 

 

 

「『インデックス』は私の友達よ。だから私は退かないわ」

 

 

 

 

 魔道図書館なんてものは関係ない。たとえ彼女の言う『聖人』が相手だろうと、私はここを退くつもりはない。

 これ以上彼女に傷なんて付けさせはしない。彼女に手を上げるなど許しはしない。……ああ、そうだ。思い出した。

 

 

 

 

 そういえば先日、私の可愛い後輩たち――『涙子』と『飾利』に手を上げようとした、とてもふざけた連中がいた。その時、私は何も出来なかった上に、御坂さんが私たちを助けてくれはしたけれど。……私は今でも頭に来ている。

 

 

 

 

 そういえば先日、涙子と飾利を、二人を助けようとしてくれた『美琴』を、偶然その場にいただけの当麻さえも巻き込んでショッピングモールを爆破しようとした、その程度のことしかできない腑抜けの腰抜けがいた。どうやらそいつはレベルアッパーのせいで意識を失ったらしい。……いい気味だ。

 

 

 

 そういえば先日、私の後輩である涙子と飾利に、私の友人である美琴と彼女の姉妹である打ち止めに、私の家族である当麻や深嗣に、私の大好きな『木山先生』に沢山傷を付けた化け物がいた。……ふざけるな、なんだそれは。怪物風情が私の友達に、私の家族に、一体何をしている。

 その時、私にはそれが可能だと確信していたから。……だから私は、怪物を支える根のような物を外側から破壊した。

 

 

 

 

 

 

 要するに私は、私が大切だと思っている人たちが傷付くのが我慢できないのだ。

 

 

 

 

 

 その根底にあるのは、とても単純明快な感情で。

 

 

 

 

 つまり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――よくも、私の身内(モノ)に手を上げたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 許さない。認めない。私のモノに手を出していいのは私だけだ。

 

 

 そんな醜い独占欲こそが、当麻と深嗣しか知らない私の本性(ホントウ)だった。

 

 

 ようやく素直に戻れたと心は歓喜し、感情は冷え切っていく。

 

 

 

 

「ねぇアナタ? 似合わないことはするものじゃないわ。綺麗な顔が台無しよ?」

 

 

 

 

 思考は冷え切ったまま、表情にだけ表れた感情は目の前の女性を嘲笑う。

 

 

 

(距離からいって、まだまだ掛かりそうね……。それにしても汚いわね……)

 

 こちらに物凄い勢いで接近してくる薄汚れた気配の、到着までの大体の時間を計算する。

 

 私の能力であるレベル3の『AIM探知(AIM_MAXWELL)』は、本来ならばAIM拡散力場のみを視覚情報として僅かながらに感知するだけのものだ。だが昨日の一件をきっかけに感知範囲が格段に広くなった。視覚外の半径数km内に存在する感知対象を、任意で知覚できるようになっていたのだ。そしてAIM拡散力場以外のものさえも知覚できるようになっていた。

 恐らく強度が上がったのだろう。今の私の能力指数は大能力近くになっているはずだ。

 

 曰く『超能力以外のもの』が何なのかは分からないが、もしかしたらインデックスの言っていた『魔術』と関係のあるものなのだろう。そしてこちらに向かってくる気配も、根本的には目の前の女性と同じものであると理解していた。

 

 

(成功率はざっと二割以下ってところかしら。……態々計算しなくても絶望的なことくらいわかるわ)

 

 

 賭けにすらなっていない。気配が根本的に似通っているなら、最悪敵を増やす結果となるだけなのだが、果たして向かってくる手合いがこちらの期待通りの人物かどうか……。

 

 

 現状、戦ったって勝つことなど不可能なわけだし、一度でも刀を振られたら私の負け。……非常に業腹ながら、今の私には手立てが無い。

 

 

 

 

(許せないなぁ……。どうしてやろうかしら……)

 

 

 

 

 ……うん、それじゃあ、決めた。

 

 

 

 

 時間稼ぎも兼ねて、僅かばかりの暇を使ってお喋りでもしましょうか――――。

 

 

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女、神裂火織は表情には出さないものの、目の前の少女の変わり様に内心動揺していた。

 

 

「ねぇってば、聞いてるの? 睨んでるだけじゃ話が進まないわ」

 

 

 先ほどまで、腰まである赤み掛かった黒髪を振り乱してまで、恐怖に震えながらも禁書目録を守ろうとしていた少女は、今はその童顔に悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 新しい玩具を見つけた子供みたいな笑顔で、しかしその表情の中に含まれるのは嘲笑なのだと、神裂は理解することができていた。

 

 

「何を言っているのです」

「嘘は良くないって言ってるのよ。だってアナタ、本当は嫌で嫌で仕方がないって顔してるじゃない。嘘をついてるとインデックスに嫌われちゃうわよ?」

 

 警戒の色を滲ませた神裂の言葉に、返ってくるのはやはり嘲笑。

 何もかも知っていると言わんばかり少女の言葉に、内心たじろぎながらも冷静を装って、少女の真意を探ろうと神裂は口を開く。

 

「……貴女は、何を知っているんですか」

「何も知らないからこうして話を聞いているの。私に分かるのは、アナタがインデックスを傷つけることに躊躇いを覚えている、ということだけ」

 

 馬鹿にしているのですか、と感情を剥き出しにしそうなった神裂は、食いしばるように表情を引き締めて、少女を突き放すように冷たく言い放った。

 

「貴女には関係の無いことです。『禁書目録』はこちらで回収したのち、然るべき処置をさせていただきます」

「ああ、そういうこと……」

 

 

 神裂の言葉から何かを汲み取ったのか、少女の顔から笑みが消えた。少し考え込むように目を瞑った後、彼女は、まいったわ、これじゃあ考えを改めなきゃいけない、と僅かに自嘲した。

 

 

 

 

「本当はアナタの罪悪感でも小突いてやろうと思ったのだけど、……アナタに怒りをぶつけても仕方がないのね」

 

 

 

 やれやれと溜息を零した彼女の微笑みには、先ほどの嘲りは含まれていない。二度目の笑みの中にあるのは『憐み』だけだった。

 

 

「……私はインデックスの置かれている状況を知らない。でも、これだけは言えるわ」

 

 

 猫みたいな笑顔を貼り付けたまま、少女は神裂の真芯を突く言葉を口にする。

 

 

 

「おそらくだけど、アナタは現状に満足できないくせに『最良に見えるだけの選択』に甘えている」

「な――――」

「だってそうでしょう? アナタはインデックスに対して何か思い入れがあって、それでも今の状況を生み出している原因をどうすることも出来ず、ただ目の前にある『インデックスと敵対することで痛みを和らげる』という苦肉の策に縋ることしかできない」

 

 

 今度こそ絶句してしまった神裂の表情を見て、正解みたいね、と少女は笑みを深くした。

 

 

「だったら悲劇のヒロインはきっとインデックスなのでしょう。……でも、それを気取っているのはアナタよ」

 

 

 そして神裂が何も返せなくなったのをいいことに、少女は神裂を馬鹿にするように、やれやれと肩を竦めた。

 

 

「泣き寝入りね。情けないわ。本当に、……『無駄』ね」

「な、にを――――」

 

 

 神裂は自らの奥底で、ぞくり、と何かしらの感情が胎動し始めたことに気付いた。

 

 

 

 

 今まで抑え込んできた、見てみぬ振りをしてきた、本当の――、

 

 

 

 

「アナタは諦めたんでしょう? 逃げたのよね? 見たくもない現実から目を逸らし続けてきたのでしょう?

 

 

 

 

 

 ――――『全てインデックスのためだ』と言い訳までして」

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

 少女の言葉に神裂は言い返すことができなかった。彼女は神裂たちとインデックスの関係を知らない。だが現状に理解は及んでなくとも、たとえ憶測ではあっても少女の言葉は真実の中核を捉えていたから。

 だから神裂は身を震わせた。怒りと悲しみが内心で乱反射して、ごちゃごちゃとした感情の矛先をどこに向ければいいのか、神裂には分からなくなってしまっていた。

 

「だからこそ無駄なの。アナタがしていることも、それどころかアナタとインデックスの間にあった全ての事柄を『無駄だった事』にしようとしている」

「黙りなさい――――!」

 

 

 全てが無駄だったと言われて、感情の堰に皹が入った。

 目の前の少女が諸悪の根源であるように錯覚し、少女を否定したくて感情のままに鞘を振り下ろした。そこで神裂は自らの失敗に気付く。

 

 

(しまった……!)

 

 

 

 神裂火織は本来、争い事を忌避する傾向にある。

 自らに強大な力が宿っている故に、力の無いものに手を上げるなど言語道断だとも思っている。無理やり少女から禁書目録を引き離すことだってできたはずなのに、神裂が一切少女に手を上げなかったのもそれが理由だ。

 少女と体躯のさして変わらないインデックスを吹き飛ばしたのは、『歩く教会』という絶対的な防御を有している霊装があったからだ。でなければ、自らの■■だった子に武器を振り上げるはずはない。

 だからこそ何の術も持たない少女に、抜刀していないとはいえ武器を振り上げてしまったのは神裂も予想外だった。

 

 

 

 

 武器も何も持たないただの少女に理性が飛ぶくらい追い詰められてしまっていたのだと気付いて、慌てて手を止めようとしても、もう遅い。

 

 

 

 鞘は少女の額へと吸い込まれるように落ちて行き、

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖人が女子供に手を上げるのもどうかと思うけど」

 

 

 

 

 

 

 しかし突然割り込んできた第三者の右手によって受け止められていた。

 

 

 灰色の少女だった。白いワンピースに黒のレッグウォーマー。紺のサッシュが受け止めた時に発生した風に靡いている。セミロングの白髪の下から覗く、濁ったような灰色の瞳が神裂の姿を反射している。幼さを残す顔に浮かぶ表情は乏しかった。

 

 

「ギリギリ間に合ったわね」

 

 

 灰色の少女の後ろで、柚姫は安堵の溜息を零した。本当に間に合うか間に合わないかの瀬戸際だったのだ。

 

「……私たちを守ってくれたアナタのことを、私たちは信じてもいいのかしら?」

「うん。とりあえず、だけど」

 

 柚姫の問いを、振り返らずに肯定した灰色の少女――アルストロメリアは味方だとだけ淡白に答えた。

 

「逃げてもいいよ。でも、できればここにいてほしい」

「……そう。アナタだけじゃ彼女を止められない、ってことかしら?」

「――多分。君は?」

「初対面の相手に頼るくらいだもの。私も無理よ」

 

 柚姫は少々の落胆の色を声に混ぜながら、また時間稼ぎね……、とメリアにだけ聞こえるように呟く。柚姫が小声で、勝算は、と問えばメリアは、一応、とだけ答えた。

 

 

 

「まさか、増援が来ることが分かっていた……?」

 

 信じられない、と呟いた神裂に、柚姫は少し疲れたような表情で頷いた。

 

「そうね、半分くらいは正解よ。私には誰が来るなんてわからなかったし」

 

 柚姫は戦う力を持たない。それ故に相手の心を追い詰めるという手を実行したのだ。一歩間違えれば攻撃はさらに過激になっていたはずだ。その上で向かってくる誰とも知れない気配が味方である、なんて非常識を大前提にしているのだ。

 そんな博打にもなっていない賭けを、無謀と呼ばすに何と言えばいいのだ。

 ようやく表面上の感情だけは落ち着いた神裂は、吐き捨てるように柚姫を睨む。

 

「……イカれてますね、貴女は」

「当たり前でしょう? でなきゃこんな博打は打たないわ。それに、実際アナタの境遇になんて興味無いのだし」

 

 言外にインデックスの境遇は放っておけないと言った少女は、アナタの真芯を突いたのだし不公平よね、と自嘲気味に呟いた。

 

「……現状に甘えてるのは私も同じよ」

 

 でも私は我侭なの、と彼女は子供じみた確固たる意思で、真摯な瞳で神裂を睨みつける。

 

「インデックスはもう私の友達(モノ)よ。今のアナタなんかには渡さないわ」

 

 あとはお願い、と柚姫はインデックスの元まで後退する。それでも柚姫はインデックスを庇うように、インデックスの前に立ち塞がっていた。

 

 

 柚姫が離れたのを確認して、メリアは右腕を真横に伸ばした。

 

 

 

「おいで――」

 

 

 

 地面と水平になるように伸ばされた右手の先、何もない空間を握る。そして、そこから黒い得物を引き抜いた。

 

「これは……」

 

 神裂が瞠目する。メリアが虚空から取り出したのは巨大なハルバードだったのだ。

 

 2mほどの柄に、石突きから鎖で吊るされた悪魔の頭蓋。穂先には槍頭。その根元には全長1.8m、全幅1m程の分厚い鉄板のような斧頭が取り付けられ、対には鎌のような三日月型の鉤爪。重量は計り知れない。メリアが軽々と扱うそれが、不自然なほどの轟音を立てて空を切り裂いているあたり、もしかしたら1t近くはあるかもしれない。

 

 

 しかし、神裂を真に驚かせたのはそれではない。

 

 

 メリアによって軽々と担ぎ上げられたハルバードから、黒い霧のようなものが滲み出ているのだ。それがメリアの姿を宵闇の中にぼかしていく。

 

 

「ただのハルバードではありませんね」

「うん」

 

 

 答えながら、メリアは神裂へと槍頭を向けた。

 人が持てるとは到底思えないような重量の武器を、しかしメリアは片手で悠々と遊ばせる。常人の筋力ではありえないその現象に、対峙した神裂には心当たりがあるらしい。

 

「あなたは『聖人』ですか?」

 

 神裂火織は『聖人』と呼ばれる世界に十数人しかいない、誕生の瞬間から神から祝福を授かった突然変異だ。

 偶像の倫理。神の力の一端。神の加護などをその身に宿し、人間でありながら神と似た属性を持つことができる存在。一騎当千という言葉を真に体現できてしまうほどに、彼女の能力は常軌を逸していた。

 生身の人間が相手をできるような存在ではない。それこそ彼女と同じ聖人でなければ、真正面から戦って立っていられるはずがない。

 その上で、衝動的に放ってしまったとは言え彼女の本気の打撃を防いだのなら――それどころか素手で受け止めたのなら、相手は神裂と同格の存在だということになる。

 

 

 そして質問の答えは、神裂の予想通り(・・・・・・・)否定だった。

 

 

「違うよ」

「では何なのです。私と同格でありながら、しかし貴女からは神性を一切感じない。……どころか、」

 

 ハルバードを出した途端に、少女を包み込むように吹き出た黒い霧。それに触れた地面や壁、どころか空気でさえも、じくじくと膿むように焼け爛れていく。その霧から輝かしさや清らかさといったものは感じられない。むしろ、真逆の――――、

 

 

 

「私は『魔人』だよ」

 

 

 神性に対抗するなら邪性。神の子に相対するなら悪魔の子。

 神の加護に反旗を翻すならば、それは死者の呪いに他ならない。

 

 聖人とは言ってしまえば神に選ばれ、与えられた天物だ。どうあがいても先天的なものでしかない才能、天賦の才であるが故に、後から手に入れることなどできない。

 つまるところ、『不完全なできそこない』が『完成している聖人』と同等になるには後天的に対を極めるしかないのだ。 

 

 

「……では何故彼女たちを庇うのです。貴女方に面識は無いはずだ」

「ただの勘」

 

 先ほどから無表情に、呟くように言葉を放つ灰色の少女の本心を、結局神裂は理解することができないでいた。――否、理解する必要もない。

 心の奥底で渦巻く感情を押さえ込み、神裂は鞘から刃を引き抜いた。

 

 

「……理由はどうであれ、貴女たちのような者に『彼女』は渡せません」

「どうして?」

「答える必要もないでしょう。

 

 

 

 

 神裂火織――――『Salvere000〈救われぬ者に救いの手を〉』!」

 

 

 

 

 

 メリアの純粋な疑問は、神裂の放った七本の鋼糸によって断ち切られた。

 

 

 コンクリートの地面を切り刻んだ七閃を、

 

 

 

 

 

「アルストロメリア・グレイス。……『Venomous061〈魔女が振り上げる復讐の鉄槌〉』」

 

 

 

 

 

 爆撃じみた振り下ろしが迎え撃つ。

 

 振り下ろしによって炸裂するのは怨嗟憤怒悲壮枯渇貪欲。あらゆる負の情念によって、爆心地どころか空気さえもが『Corpse Curse〈死人の呪詛〉』によって焼け爛れた。

 

 

 

 

 

 夜の帳が落ち始めた交差点で、神裂以上の膂力で全ての糸を弾き返した嵐が神裂を飲み込まんと吹き荒れた。

 

 

 

 




一件普通に、というより何となく薄っぺらかった妹キャラが、実はなんとヤンデレキャラでした(え? ありきたり? まだ薄い? ……ハハッ、そんなまさか(棒

メリアの魔法名や数字については、まあ結構しょうもない理由なのですが、今は説明を控えさせてもらいます。……勘のいいヒトなら、メリアの能力の元も分かってしまうような気もしますが(汗


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06. Blaze Magician

この物語は悲劇である(キリッ
と言っておいて未だに悲劇になりそうな感じが一切ない? ……仕様デス。


■2015/01/22追記
読み直したら結構駆け足ですね……。最近力み過ぎてるのかな……(汗
一応誤字脱字修正しときました。


 出会ったのは赤毛の不良神父。

 ……やはり赤は嫌いだ。

 

 

 

■Blaze Magician■

 

 

 

 四半刻と掛からず自室のあるマンションまでやってきた。

 第七学区内にある、多少高級志向な十二階建てのマンションの最上階。その中ほどにある『1206号室』が俺たちの部屋だ。こちらからではベランダしか見えないのだが、一切人が居ないことを除けば、特に変わった様子はない。

 物音一つしない。マンションの周囲1kmほどが人避けの結界の効果によって無人と化していた。すでに結界内に入っているにも関わらず、結界自体が幻想殺しによって消えていないことから、おそらく基点を破壊する以外に解除する方法はないのだろう。

 

 玄関の自動ドアを抜け、無人の管理人室の前、ステンレスの郵便受けの中に御坂から貰ったクッキーを入れる。念のためだ。

 手持ちの携帯装備をズボンの上から確認して、エントランス奥のエレベーターに乗り込み、12階のボタンを押す。

 

 

 

 

――上の階に気配がある。魔術師のようだが、会ってどうするのだ?

 

(そんなの、決まっている)

 

 

 外敵を排除するのは俺の仕事だ、とエイワスに告げたところで12階に到着した。

 

 

 

 エレベーターから出た途端、焦げ付いた臭いが鼻を突く。その元凶は共用廊下の先にある焦げ付いた自室の玄関だ。

 

 

 

 

「そこの不良神父。俺の部屋に何か用か」

 

 

 そこから現れた神父服姿の男を睨みつける。

 

 

 エレベーターから自室まで、間に五部屋分の距離を取って、目線一つ分背の高い男と向かい合う形になった。

 

 遠目でも目立つ赤毛と、右の目元のバーコードみたいな刺青。耳にピアスを留め、十指全てに指輪を填めて。二メートル程の長身の、真っ当な神父とは到底思えないような姿をしたその男は、当然だと言わんばかりに鼻で笑う。

 

 

「僕はただ、知人の忘れ物を取りに来ただけだよ。玄関の扉を焼き払ったことは謝るけど、まあ天災にでも遭ったと思えばいいさ」

「…………」

 

 

 直感した。俺、コイツ嫌いだ。

 人の部屋で小火を起こしたくせに全く罪悪感を覚えていないのもそうだが、赤いというだけで俺をイラつかせる。

 

 

 

――我が宿主の『赤嫌い』も、ここまでくると手の施しようがないな。

 

(煩い、黙ってろ)

 

 

 内側から届いた声を黙らせて、殺意混じりに睨み返せば、男は「僕は戦いに来たわけじゃないんだけどね」と溜息をつく。それがまた嫌味ったらしくて俺の神経を逆撫でした。

 

 

「何が狙いだ。ここは『魔術師』なんぞが目的もなく忍び込むような場所じゃあないだろう」

 

 

 ここは、学園都市は科学の領域だ。『魔術師』が訪れるような場所ではないし、科学側の人間を傷付けることは許さない。

 

 

 そういう意味を込めて言ったつもりだが、男はやれやれと肩を竦めるばかりだ。

 

 

「言ったはずだよ。僕は知り合いの忘れ物を取りに来ただけさ」

 

 

 そう言って、男は左手を持ち上げる。持っていたのは白い布で、よくよく見れば銀板が施されている。色こそ違うが聖職者の被り物(ベール)だ。

 何故そんなものが部屋にあるのかは疑問だが、どうもこの男、口の割には好戦的な性質をしているらしい。扉の開け方もそうだが、立ち振る舞いが殺し合いに身を置いている人間のそれだ。一挙動ごとの隙が少ないのだ。

 

 だが、わざわざ話を聞いてやるつもりもない。『知り合いの忘れ物』などどうでもいい。身に染み付いた人を焼いたような臭いを、甘ったるい香水でごまかしているような奴が科学側(こちらがわ)に紛れ込んでいること自体許せるものではない。

 

 

「まあいい。無理やりにでも吐いてもらう」

「どうかな? それに君は魔術に心当たりがあるらしい。悪いけど、そんな人間の下に『彼女』を置いておくわけにはいかない」

 

 

 懐から一振り、携帯式の小型剣の柄を左手で取り出す。男が懐から紙札を取り出したのを見て、柄を横薙ぎに一振りして内部に格納されていた刃を展開する。カシャカシャと可変しながら50cmほどの、切っ先のない刀身が形成された。

 

 

「ステイル=マグヌスと名乗りたいところだけど、今はやめておこう。魔法名は『Fortis931〈我が名が最強である理由をここに証明する〉』だ。そう呼んでもらってかまわないよ」

 

 

 魔術師とは真名を名乗ってはならない。名を知られるということは、その者の生まれや根源の一部を握られるということに等しい。だから魔術師は魔法名という二つ名を自らに課す。――殺し名として。

 

 

「――俺は、」

「それと君は名乗らなくて良い」

 

 

 名乗られたのなら、こちらも殺してやるという意味を篭めて名乗り返してやろうとしたのだが、ステイルの言葉によって遮られた。わざとらしく付け加えるように、笑いながら余計な言葉を吐いたのだ。

 

 

「これから殺す人間の名前なんて、覚えていても仕方が無いからね」

「それは――」

 

 

 頭にきた。完膚無きまでに頭に来た。

 俺はこんなにも短絡的だったか、と考える間もなく、

 

 

「こちらの台詞だッ!」

 

 

 感情を抑えられず、吠えた勢いのままステイル=マグヌス目掛けて駆け出していた。普段の俺ならば有り得ない、敵の前で感情を剥き出しにするという愚行を俺は今実行してしまっていた。

 

 

「――Ash To Ash〈灰は灰に〉、Dust To Dust〈塵は塵に〉」

 

 

 男が両手を掲げる。紡いだ呪文に反応して、彼の両手には拳を覆うように炎が噴出する。瞬間、視界が警告に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

――Warning. Began hostilities. System format start. Build the new Combat_Systems.

 (敵性魔術師ト交戦ヲ開始。筐体『カミジョウトウマ』ノ戦闘機構ヲ構築シマス)

 

 

 

 

(…………?)

 

 

 

 

 警告表示が消え、色の戻った視界は普段よりも明瞭としている。背後へ流れる景色の仔細を逃さずに、意識せずとも細部まで視認できるようになっていた。

 

 

 エイワスと同じように思考に介入してきた『何か』によって、俺の意思から俺の身体が微妙にズレ始めた。駆ける脚から無駄な力が抜け、姿勢はより前傾に。右手を弓矢のように後ろに番えさせて、左手は牽制のために小型剣を持ったまま前に出す。

 

 運動の無駄を削り取られながら、俺の身体は俺の思考以上の動きで廊下を駆け抜ける。

 なんなんだ、これは……。

 

 

――データバンクの管理や保守を実行するためのOSが起動しただけだ。

  今は慣らし運転とでも考えておくといい。

 

 

 

 エイワスの言葉を聞きながら、俺は自身があまり驚いていないことに気が付いた。自分の思考の中に、曰く『データバンクのOS』が割り込んできているというのに不思議と嫌悪感を覚えなかった。

 

 思考も身体も、構築され始めた機構(システム)に順応していく。

 

 

 

 

 

 

 距離はあと三部屋分――おおよそ20m。

 

 

 

 

 

 

「Squeamish Bloody Rood〈吸血殺しの紅十字〉――!」

 

 ステイルは両手を十字に振り下ろした。その動きに合わせるように、発動した魔術によって生み出された二本の炎刃が飛来する。距離は約10m。

 迫る炎刃を右の拳で叩き割って、ステイルに肉薄した。

 

 

「なっ――――」

 

 

 術が打ち消されて息を呑むステイルの5m手前、内側に捻りながら出した左足で床を蹴って、前転するように跳躍する。上下反転し横回転する視界のなか、左手に持った小型剣をそいつの首元へ振り抜いて、

 

 

 

「Innocentius〈魔女狩りの王〉――――!」

 

 

 

 突如として中空に湧き出た炎に煽られ、後方へと吹き飛ばされた。天井を蹴飛ばして、重心移動をしながら反転。右足から床に着地する。……また距離が開けてしまった。

 

「まさか、僕にコレを使わせるなんてね……」

 

 驚いたよ、と安堵しながら呟いた彼の前で、炎がゆらゆらと不規則に伸縮を繰り返している。

 ステイルが生み出した炎は術式として不完全なのだろう。火力が安定せずに強弱も定まっていないようだ。

 

 

「MTWOTFFTOIIGOIIOF〈世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ〉」

 

 

 彼自身そのことに理解が及んでいるのか、追加で本来の術式を炎に組み込んでいく。それを阻止するべく、俺は再び脚を動かした。

 

 

 

「IIBOLAIIAOE〈それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり〉。

 IIMHAIIBOD〈それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり〉」

 

 

 

 短絡化された英字の羅列を口ずさむことで、高速で術式が組み上げられていく。

 

 完成しようとしまいと幻想殺しならば打ち消せるだろう。そう考えて突き出した右手は、しかし炎で形成された左手に受け止められた。

 右手で消滅させるどころか、押し返すことすら出来ない。

 幻想殺しのお陰で俺の右手が焼けないのはありがたいが、いかんせん近すぎる。制服は端から溶け始め、幻想殺しの効果適応外の皮膚は焼け始めた。水分が蒸発していくせいで喉は乾燥し、眼球が溶けてしまいそうなほどの痛みを訴え始める。小型剣は熱を持ち始め、溶解しないまでも持った左手は焦げているだろう。

 

 

「IINFIIMS〈その名は炎、その役は剣〉。

 ICRMMBGP〈顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ〉」

 

 

 炎の左手に足止めを喰らっている間に、ステイルが術式を完成させてしまった。

 左手の付け根より先、炎から胴体が這い出てくる。胴体の次は髪を逆立てたような頭。頭の次は十字架を持った右腕だ。

 

 

 姿が完全となった炎の魔神を前に、視界情報を元に『知識』へと検索を掛ける。

 

 

 

 

 

――Magic Crass-Emperor<Innocentius>. Categorize... type-Base Defense. Ability memorable... High Speed Regeneration. Front breakthrough is difficult.

 (魔術『魔女狩リノ王(イノケンティウス)』。カテゴライズ……、拠点防衛特化型。特筆スベキハ再生能力。正面カラノ突破ハ困難)

 

 

 

 

 

 

 データバンクから引き出された詳細なデータが、俺の記憶に正確に追記されていく。見た目通り、かなり大掛かりな術らしい。

 

 

 

 

――教皇級の魔術まで用意してあるとは用心深いことだ。

  流石に真正面から戦って勝てる相手ではない。術の基点を破壊する他ないだろうよ。

 

 

 

 エイワスの言葉に答える間は与えられなかった。

 曰く『魔女狩りの王』である炎の魔神が、右手に持った十字架を振り下ろしてきたのだ。光のような熱源の塊だ。そんなものが直撃すれば右腕だけ残して消し炭になる。

 

 

「チィ――――ッ!」

 

 

 だから俺はイノケンティウスの左手を力ずくで振りほどいて――その結果として薬指と小指の指骨と指節骨が全て砕けたが、そのまま右手で魔女狩りの王の左肩を掴む。そこを支点に地面を蹴って身体を持ち上げ、振り下ろされた十字架を躱した。

 

 

 魔女狩りの王を飛び越え、ステイルの背後を取って、ギリギリ原型を留めている小型剣を振り下ろした。

 

 しかし、

 

 

 

 

「……無駄だよ。そんなものは僕には届かない」

 

 

 

 ステイルを守るように炎の腕が突き出された。軌道を阻まれ、接触した刀身がその中ほどから溶け落ちる。

 魔女狩りの王が振り返る。振り返りながら俺目掛けて振り回された十字架を右手で受け止め、中空で受け止めたために衝撃を殺しきれずに再び吹き飛ばされた。

 

 今度はステイルを挟んでエレベーターとは逆の位置、非常階段のすぐ前に転がるように着地する。

 そのまま逃げるように非常階段に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

――確かに術の基点を破壊しろとは言ったが、術者を狙えと言ったわけではない。

  知っての通りアレは拠点防衛に特化した術だ。易々と突破できる道理はないだろう。

 

(……ああ、そう)

 

 

 

 

 そういうことは早く説明してほしかったと愚痴りながら、一階下の十一階の通路に駆け込んだ。すると、そこにあったのは、

 

 

 

 

――これが術の基点のようだな。術式同様、中々派手にやるものだ。

 

 

 

 中心にルーン文字の書かれた白いシートが壁や床にびっしりと貼られていた。張り方に規則性は無く、どうやら数を用意すればそれだけで安定する術のようだった。

 

 

 無造作に一枚剥がして、手にとって観察する。

 

 

「…………」

 

 

 書いてあったのは『く』の字のような文字(CEN、カノと呼ばれる『火』を意味する文字)と、縦線に右下に向かう斜め線が引かれた文字(NYD、ナウシズと呼ばれる『必要性』を意味する文字)だ。

 ご丁寧に、耐水性に優れるラミネート加工まで施されている。これでは水によって洗い流すこともできない。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 そこでふと気付いた。

 

 

 

 

――どうした、なにか思いついたのか?

 

 

(ああ。……一つ聞きたい)

 

 

 今現在、この近辺に張られている結界の効力について。人避けの結界というからには、有効範囲内の人間のみを何かしらの理由をつけて結界外に出て行くように誘導するものなのか、それとも小動物のような知能を多少持っている程度の存在も追い出してしまうものなのか。

 知識(データバンク)に記載されていた二つの事例のうち、エイワスが言うには今回はどうやら前者らしい。

 

 ならば少し回りくどいが、方法が無いわけではない。

 

 

(まずは術の基点が他にあるかを探す)

 

 

 

 

――ふむ……?

  ……まあ、考えがあるのなら止めはしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分で下準備を終え、再び12階にいるステイルの前に、先ほどと同じくエレベーターを使って戻ってきた。

 

 

「なんだ、もう諦めたのかい?」

 

 

 そろそろ追いかけてやろうと思っていたのだけどね、とせせら嗤う彼の前には相変わらず魔女狩りの王が鎮座している。

 

 

「言ってろ」

 

 

 最初の衝突をなぞるように廊下を駆け抜ける。姿勢制御も先ほどと全く同じだ。

 

 

「馬鹿の一つ覚えか。その程度じゃいつまで経ったも僕の『魔女狩りの王』は――」

 

 

 呆れたように肩をすくめるステイルを守るように、魔女狩りの王が行く手を遮る。

 振り下ろされた光の十字架に、俺は右の拳を突き出した。

 

 

 そして、

 

 

「なぁっ――!?」

 

 

 

 十字架を突き破って幻想殺しが魔女狩りの王に届く。途端、再生を許さずにその身体を消し飛ばした。

 

 

「そんな、何故僕の『魔女狩りの王』が……!?」

 

 

 ステイルが信じられないと息を呑む。それもそうだ。態々紙の弱点である水を弾くためにラミネート加工まで施していた陣が破壊されたのだから。

 防衛を失ったステイルの前に立つ。余裕な表情を崩して彼は一歩後ずさりした。敵意をむき出しにしながらステイルは苦々しく口を開く。

 

 

「君は、何をしたんだ……」

「……人避けの結界があったからな。動きやすかった」

「何を言って……?」

 

 

 

 人避けの結界は、あくまでも対象を人間や生物に限定した術だ。当然、どれだけ知能を持っていようと無機物は対象外。

 しかも魔女狩りの王のための陣は十一階と五階の二箇所のみ。恐らく二箇所に陣を敷くだけでマンション全体をカバーできるのだろう。

 

 

 だから俺は、周囲を巡回していたドラム缶型の掃除機を四機ほど持ってきたのだ。それを十一階、五階にそれぞれ二機ずつ配置した。態々持ってくるは重労働ではあったが、配置してからは早かった。札を廃棄物と判断した自動掃除機は、本体下部のヘッドによって床を、ドラム缶型の筐体に内蔵されたヘッドの付いたアームによって壁と天井を掃除し始めた。結果、数分とせずに廊下は元通りの清潔なものに戻っていた。

 

 そう説明してやると、

 

 

「―――の奴、加工しておけば破られることは無いと言っていたくせにっ……!」

 

 

 

 捨て台詞を残して、男が懐から取り出したペットボトルを地面にたたきつけた。瞬間、ボトルが爆発して水蒸気が通路全体を包み込んだ。1m先も見えない。階段を駆け足で下りていく音が遠ざかっていく。

 

 霧が完全に晴れると男の姿はどこにもなく、人避けの結界は解除され、足元にはパチンコ玉のような鉄球が転がっていた。どうやらペットボトル内の鉄を一瞬で加熱させて、小規模の水蒸気爆発を起こしたらしい。

 

 敵の姿が消え、戦闘が終了したことで戦闘OSがシャットダウンした。

 

 

 

 

――曰く『外敵』を排除するのが我が宿主の仕事、ではなかったのか?

 

 

 

 

 俺がステイルを見逃したことにエイワスは疑問を持ったようだった。

 

 

 

 

(別に。今は泳がせておくさ)

 

 

 

 理由は色々とあるが、今はとりあえず様子見に徹したほうがいい、と判断したに過ぎない。

 

 

 

――そうか、ならばもう口出しはしまい。

  ……さて、我が宿主の言う『外敵』の姿は消えたのだが、どうする?

 

 

 

 

 エイワスの言葉を聞きながら焦げ付いた玄関をくぐる。というか、口出しはしまい、じゃなかったのかよ。十年も眠っていて思考回路のネジが何本か抜けたのか。

 

 

 

――何を言う。排除するかどうかに口を出さないと言ったまでだ。

  そして付け加えるならば、我が宿主の体内で眠っていた以上、我が影響を受けるのは宿主以外に有り得まい?

 

 

 

 ああそう、とだけ答えて自室を見渡した。

 下手をすれば金銭的なものまで荒らされてしまったのだろうと思っていたのだが、焼かれた玄関以外は特に何も変わった様子はなかった。

 人が暴れた様子もないことから、柚姫は外出していたのだろう。だからといって安心はできなかった。ステイルは『知人の忘れ物』とやらを取りに来ていたと言っていたから、おそらくはすでに何かしらの一件に巻き込まれてしまっているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上条~、どうした~? なんか焦げ臭いぞ~?」

 

 

 

 自室からなけなしの装備を持ち出してから通路へと出れば、知人の声が聞こえてきた。あたりに喧騒が戻りつつある。どうやら結界の効果が切れて人が戻ってきたようだった。

 

 

 

「さっき慌てて神父が駆けてったけど……。それになんか焦げたような臭いが――」

 

 

 

 エレベーターから通路に現れた給仕服姿の彼女はこちらを見て絶句した。そのまま慌てて向かってくる。……掃除機に乗っているため遅々としているが。

 

 彼女はクラスメイトである土御門元春の妹である土御門舞夏だ。セミロングの黒髪をオールバックにして、その上から指定のカチューシャをしている。土御門の伝手で何度か面識はある。

 

 ようやく玄関まで来た彼女は、珍しいことに心底驚いているらしく、大げさなほどに身振り手振りを使いながら慌てふためいていた。

 

 

「ど、どうしたんだ上条!? 火事でも起こしたのか!?」

「悪いが俺が帰るまで見張り番を頼む」

 

 

 丁度いいだろうと舞夏に留守番を押し付けることにした。

 

 

 

 

 

「おい上条~!? お前また騒動起こしてるのか~!?」

 

 

 

 

 

 背後で何やら騒いでいる土御門舞夏に軽く一瞥だけして、男を追うために非常階段を駆け下りて五階の通路から外に飛び降りた。

 約12mの高さから落下して、難無くコンクリートの地面に着地する。

 

 

 

「…………?」

 

 

 と、先ほど御坂と出会った方向から地鳴りのような音が届いた。どうやら向こうも派手にやっているらしい。そして恐らくは柚姫も巻き込まれているはずだ。

 

 

 

 

 

――やれやれ……、我が宿主は慌しいな。

  普段からこのような生活なのか?

 

(まさか)

 

 

 

 

 昨日今日がおかしいだけだと舌打ちしながら、急いで来た道を駆け戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、上条さんが走ってばかりです。そしてちょっと人間やめてきてます(というか元々人じゃ(ry。
そして何故だか戦闘では直接関係ないドラム缶が超強化されました。

今回の戦闘は言ってみればジャブの打ち合いです。お互い本気のようで、その実、力を出し切れていない部分も多いような気もします。最後の最後はリクエストされたものも含め、派手にやろうと思うので、それまで待っていただければ幸いです。


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07. Storm's inequality

今回は作者の厨二病的世界観を詰め込んだ話となっております。そしてちょっと超展開? ご注意ください。


もうちっと余裕が出来たら本格的に誤字修正とかも行っていこうと思う。うん。


 誰も譲れず、誰も渡せない。

 だからこその平行線。

 

 

 

■Storm's inequality■

 

 

 

 

 

 街灯の灯りだけが照らす交差点で、夜空よりも黒く暗い軌跡を残しながらハルバードが神裂へと振り下ろされる。

 

 

 

 

「こんなもの――――!」

 

 

 

 神裂がその手に持つ日本刀によって、神裂以上の膂力で振り回されるハルバードを受け流す。

 

 

 

 

 戦況は常に一方的だった。

 方や荒く粗雑な暴威を、方や鋭く精錬な流れが躱していく。砲撃と遜色ない威力の一撃をメリアが絶え間なく放ち続け、流麗で精密な剣技によって神裂はハルバードの直撃を免れる。

 その繰り返しを幾度と無く繰り返していた。

 

 

 

 

 振り下ろした斧は、軌道上に割り込んだ刃を滑る。……ペースを上げる。

 

 逆袈裟に返した鉤爪は、下方へ突き出された鍔に受け止められる。……さらに踏み込む。

 

 鍔を押し返すようにハルバードを振り上げ、神裂を吹き飛ばし、くるりと回りながら追いかけて、遠心力を使って斧を振り回す。横薙ぎの斧を身を引いて躱され、引き戻す鉤爪を柄頭で弾かれ、突き出した槍頭を鍔で受け流される。

 

 それでもメリアは手を止めない。――否。さらに速度と威力を増しながら腕を加速させていく。

 

 

 

 

「THTHBBIL〈作って立てたよ三つの石山〉――♪ CRCRBAWA〈赤子の夜泣きに気をつけて〉――♪」

 

 

 

 

 誰にも聞こえないように口の中だけで、されど謳うように言葉を紡ぎ、呼吸のテンポを上げながハルバードを廻し続ける。神裂に傷を与えられないことなど百も承知。その上で、手数をさらに増やしていく。

 

 連撃を途絶えさせてはいけない。彼女に攻撃させる隙を与えてはいけない。考える時間を与えてはいけない。そして、――意図を悟られるな。こちらの口元を、閃で黒く塗りつぶせ。

 

 

 

 

「RCRCICPNU〈歓迎するよ、迎えに来たよ〉――♪ TUTUYRTT〈幕屋の周りを皆で回るよ〉――♪」

 

 

 

 

 横薙ぎに放ったハルバードは、今までと同様に日本刀の刃で受け流され、しかし今度はハルバードが上に弾かれた。

 

 

「…………っ!?」

「ぐっ――――!?」

 

 

 合間を縫って神裂が踏み込みかけた。石突に鎖で繋がれてる鉄髑髏を咄嗟に投げつけることで、メリアは寸でのところで神裂を打ち払う。踏み込み返したメリアが、踏鞴を踏んだ神裂を力ずくで押し返す。

 

 

 

 ……まだ遅い。そして限界近くではあるが、まだ余裕は残っている。だから、

 

 

「っ……!? まだ加速するなんて――!」

 

 

 狂ったように回転率を上げていく。メリアに引っ張られるように、神裂もまた加速する。両者の動きはここに至って音を追い抜き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 聖人と魔人。

 

 

 

 

 人の身でありながら人外の理を宿す両者のぶつかり合いは、すでにただの人間が介在できない域に到達していた。

 黒閃は音速を超え、そんな只中で未だ消えぬ清き風流。一個大隊を消し飛ばす威力の一撃。躱すは機械以上に精密に手繰られる銘刀『七天七刀』。

 

 

 

 

 

(流石聖人。よく付いて来る……)

 

 

 

 

 

 空(くう)を蹂躙しながら、ハルバードが轟音を追い越して縦横無尽に神裂へと襲い掛かる。他者が見れば身の毛もよだつ光景の中心にいながら、メリアは無表情に淡々と得物を振り回している。

 

 

 

 

 

 現状だけみればメリアが優位に見える両者のぶつかり合いは、しかし『邪性では神性に勝てない』という絶対的な不等号の下で成り立っていた。

 

 

 悪魔がエクソシストに祓われるように。『呪い』では『神の力の一端』には絶対に勝てない。

 

 

 

 現にメリアの放つ黒い霧は神裂の刀に触れることさえできず、神裂が纏う力の一端によって掻き消されている。

 そしてメリアが常に攻め手にいるのは、神裂に攻撃を許してはいけないからだ。

 

 

 相性の悪い神裂を力ずくで抑えている以上、確かにメリアのほうが膂力では上だろう。しかし日本刀という折れやすい得物で、t単位の重量を持つハルバードを受け流し続けているということは、持ち得る技量では神裂のほうが遥かに上だ。

 繰り返される応酬の中、0.1mmでも角度を間違えれば刀身はあっけなく折れるだろう。腕の力加減を間違えれば、鍔を砕かれ峰を折られる。そして得物を失った神裂を、ハルバードが容易く引き千切る。

 しかし現状の『小競り合い』が続いているということは、つまりは、

 

 

(私みたいな『出来損ないの■■』がまともに戦っても勝てないってこと……)

 

 

 自身の体力の限界を間近に感じ、メリアは無表情を微かに歪めた。いくら加速しようと神裂は当たり前のようについてくる。集中力が途切れない。体力の底が見えないのだ。

 

 

(でも、こっちもまだ終わらないよ)

 

 

 神裂が攻勢に転じれば一瞬で勝敗は決する。当然、神裂の勝利として。

 

 

 だからこそメリアは絶え間なくハルバードを振り続ける。柄と共に振り回される鎖も、その先で鎌首をもたげる鉄髑髏さえも一連の流れに組み込んでいく。

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 鉄髑髏が大口を開けて神裂へと襲い掛かる。居合いの構えから押し出すように、殴るように柄頭を叩きつけて鉄髑髏を弾き、左腕を絡めとろうと迫る鎖を七本の鋼糸で弾き返す。

 さらに苛烈さを増していくメリアの連撃に対処しながら、神裂は未だに打開策を見つけることが出来ないでいた。

 

 

 神裂を上回るメリアの膂力もそうだが、現状最も問題なのが、

 

 

(またこちらの認識を……!)

 

 メリアの姿が霞のように輪郭を失う。メリアの背後から抜かれたハルバードは、起点を同じくした六つの軌道に分かれて神裂へと襲い掛かる。

 頭上から頭を砕く打ち下ろし。胴を絶ちにくる袈裟斬りと横薙ぎ。神裂の右足を狩る薙ぎ払い。右腕を狙った振り上げと、足元から頭を断ちに持ち上がる斧頭。

 

 その中から地面と水平に放たれた軌道に七天七刀の刀身を滑り込ませる。身をかがめて七天七刀を背に回し、刀身を折らぬように力を受け流しながら、空へと向かうように軌道を変えた。残りのハルバードは神裂に触れる直前で消滅した。

 

 

 返された鉤爪の振り下ろしは四本の軌道に分かれる。その中から神裂の左肩を砕きに来た一閃を、七天七刀を背中から振り抜き、後退しながら鍔をぶつけて神裂の右前方へと受け流す。結果として鍔が砕けた。無視をした三閃は、先ほどと同様霞と消えた。

 

 

 打ち合いの中でメリアの姿が霞となり、ハルバードの軌道が少なくて三本、多いときで八本に枝分かれするのだ。それも頻繁に。ハルバードやメリアの腕が増えたわけではない。

 

 数本に増えたハルバードの中で実体を持っているのは一つだけだ。その癖、全てのハルバードが僅かながらに実体の気配を持っているのが厄介だ。本来の実体が持っている存在感が薄れ、似たような気配を全てのハルバードが持っている。

 

 その中から僅かな差異を見極め、実体を持つ軌道を判断しなければならないために攻撃に転ずることもできず、鼬ごっこのような現状から脱することもできずに神裂は歯噛みした。

 

 

 

(これ、ではっ……! いつまで、……経っても!)

 

 

 

 戦闘開始から約百六十合。十数分程度の打ち合いによって七天七刀の刃は欠け始め、鍔を失った。このまま打ち合いが続けば、その刀身はあっけなく折れるだろう。

 

 現状、七閃でメリアの振るハルバードを弾くなど不可能。唯閃を使う隙はない。否、メリアが意図して隙を潰しているのだ。反撃を許さないまま、力と速度で叩き潰すのが彼女の狙い――、

 

 

(……いや、違う)

 

 

 

 先ほどから何か嫌な感じがするのだ。まるで、何かが水面下で動いているような……、

 

 

 

 

 

「ねぇ、退く気はない?」

 

 

 

 

 ふと、呟くようにメリアが口を開いた。

 感情の篭らない、ふざけた物言いに神裂は七閃を持って返答した。もっとも、それはハルバードが作り出した暴風に弾かれたが。

 

 

「何を今更……! 貴女に話す必要など無いと言ったはずです――!」

 

 

 

 

 彼女(・・)にはもう時間が残されていない。だからこそ神裂は退くわけにはいかない。ましてや事情も知らぬ部外者に渡すなどと。そんな危険極まる状況に彼女を置くつもりなどない。

 

 

 

 そして贅沢を言うならば、こんな思いをするのは私たちだけで十分だ、と。

 

 

 

「退くのは貴女のほうです……!」

「それは嫌」

 

 これ以上部外者が立ち入るなという神裂の拒絶を、メリアは否定する。

 メリアとて考えなしに神裂と対峙しているわけではない。この一件に、先ほど出会った『カミジョウトウマ』が巻き込まれている可能性が高いと踏んで、恐らくは巻き込んだ張本人である神裂と敵対したのだ。どういう理由かは知らないが、ただの学生に武器を振り上げている以上、巻き込んだ側は神裂(そっち)だろうと判断した。神裂に言った通り本当にただの勘だった。

 

 神裂がシスター服の少女に対しての何かしらの感情を持っていることは、何となくわかっている。それでもメリアはコモエに対する恩を優先していた。衣食住をコモエから恵んでもらった手前、彼女の生徒に被害が出る事態は避けたかったのだ。カミジョウトウマ自身が科学側と宣言したのなら尚更に。

 

 そして、そうすることが当たり前なのだと、無意識に感じていた。カミジョウトウマと出会った時。本人はどうだか知らないが、何故だか妙な懐かしさを感じていた。そして霧の届かない程度に離れた位置で禁書目録を庇っている少女にも、同じ事が言えた。

 

 これが何なのかは分からない。分からないが嫌な気分ではないし、魔術側の揉め事は魔術師が解決するべきだとも思っている。

 

 だから、メリアはここを譲るつもりはない。

 

 

 

「君、分からず屋だね」

「貴女が言いますか……!」

 

 

 互いに退けぬ理由があるからこそ、対峙した二人の平行線は続く。

 神裂は梃子でも動かないのだと理解したメリアは、一つ頷いた。

 

 

「そうだね。……じゃあダメ押し」

 

 

 何を考えたのか、神裂に受け流されたハルバードを地面に叩きつけ、黒い霧を目晦ましにしてメリアは距離を取った。

 

 

 それを見て、神裂は嫌な予感は当たっていたのだと確信する。

 

 

 執拗に立ち続けていた攻め手から降りたということは、つまり、もう神裂の足止めをする必要がなくなったということ。

 

 

 

 

 

 

「WLTTWCHFOT〈ようこそようこそ魔性の夜へ〉――♪ STSTHNEX〈迷いの森に出口は無し〉――♪」

 

 

 

 

 

 黒い軌跡によって隠されていた、口の中で呟かれた狂気の祝福が形を成し始める。もう隠す必要はない。トチ狂った童謡じみたキーワードによって術式が発動する。

 

 

 

 

 

 

『Welcome to the『Bewilder Forest〈暗霧の森〉』――――♪』

 

 

 

 

 

 

 

 周囲を漂っていた霧が神の力の一端に消されながらも、しかしそれを上回る質量と速度で結界を形作り神裂を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 黒一色の世界だった。

 霧の向こう、相変わらずなメリアの声が神裂に届く。ようこそ、ようこそと歓迎するように、神裂を飲み込んだ濃霧が脈動する。

 神裂まで霧が届いていないといっても、神裂の周囲半径50cmあるかないか。視界状況は最悪だ。足元の地面が黒く溶けて、どろどろと泡立っている。

 

 

 

 常人にとっては最悪の術式だろう。霧に飲み込まれれば、焼死体になるか溶解するかのどちらかだ。聖人でもなければ、放射能じみた霧を防ぐことさえできない。

 

 

 

『BLDGYRFL〈あなたの前には煤けた館〉――♪ SEOSFET〈ほら気をつけて、あなたの足元〉――♪』

 

 

 

 

 ふと、神裂は自らの姿がぶれ始めていることに気がついた。手も足も、恐らくは顔も。霧散するように輪郭を失い始めている。

 

 

 

 そして理解した。これは、呪いなんかじゃない(・・・・・・・・・)。

 

 

 

 

『FLFLYRGM〈落ちた落ちた、あなたの歯茎〉――♪ DWDWYRHR〈ひらひらひらひら、あなたの髪の毛〉――♪』

 

 

 

 

 

 ハルバードが纏い、今神裂の周囲を覆っている黒い霧は、まず間違いなく呪いの類だ。神の力の一端に弾かれている以上、それは明らかだ。

 

 しかしメリアや神裂の姿が霧のようにぶれているのは、ハルバードの軌跡が分裂したのは呪い(そう)ではない。

 

 それは歪なものを世界から追い出すための、世界が持ちうる排他機能。存在の根底にあるものと、その存在の在り方が正反対である場合にのみ起こりうる『矛盾の否定(パラドクス・デリート)』。

 悪魔に心を売った聖職者は自らの罪に焼き滅ぼされ、人に恋をした人外は泡となって消え失せる。世界は、人が魔に堕ちるのも、魔が人に愛を覚えるもの許さない。

 

 

 

 メリアが発動した術式は、世界から弾かれそうになる自ら(メリア)の性質を、飲み込んだ対象(神裂)にも押し付けるというものだった。

 

 

 

 

『UDGDNRS〈地下に入るの? 危ないよ〉――♪ BCBCFLAX〈後ろよ後ろ、斧が落ちるよ〉――♪』

 

 

 

 

 神裂の背後の気配が沸いた。振り返れば、霧の向こうに大きな影。人型でも動物の形でもない、ただ言葉通り『影にしか見えない』存在だ。周囲で、きちきち、と生理的嫌悪を催すような羽音を。ぐちゃぐちゃ、と肉と血と油が混ざったような気色の悪い音を立てながら『何か』が蠢いている。正体の見えない、恨み辛みの具現だと自ら語っているような醜悪な気配を神裂は肌で感じていた。

 

 

 

 

 

 こんなもの、現世の生物ではない。

 

 

 

 

 

 

『DBDBCNCM〈もう戻れない、帰れない〉――♪』

 

 

 

 

 

 

 

 気配が増える。神裂を取り囲むように爆発的に増殖していく。十、百、千――数えるのも馬鹿らしくなるような数の、『憎悪の塊』。

 

 

 

 

 

 

『BHNDOYMMY〈残るは僅かな記録のみ〉――♪』

 

 

 

 

 

 

 無数の影が、神裂に殺到した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っと、」

 

 

 神裂を閉じ込めた黒い霧の壁の前で、黒く変色した地面にメリアは膝を付いた。その際にハルバードは手から離れ、斧頭が地面に深々と突き刺さる。

 先の激戦のせいで、表情には一割も出ないものの疲労困憊だ。正直な話、結界を発動させるまでもなく体力は底を付き始めていたのだ。術の発動に残り全ての体力を持っていかれてしまった。

 

 

 

「終わった……?」

「あれは腐食の結界? ――ううん、あんな術式みたことないかも」

 

 

 

 離れた位置にいた柚姫が安堵に言葉を零し、インデックスは霧の結界を見つめている。二人に届かないようにメリアが意図して霧を手繰っていたため、柚姫とインデックスの周囲だけは霧に焼かれていなかった。

 立ち上がることさえできないメリアには喋る気力もないが、インデックスの『腐食の結界かどうか』という問いに答えるならば、半分は正解である。

 

 メリア自らが術式なしで行使できる霧。それを使って対象を閉じ込めるのが結界の第一の効果だ。捕捉規模はおおよそ村一つ分。対象となった村は文字通り焼け腐る。それを半径10m程度にまで圧縮している以上、いくら聖人でも易々と抜けられるものではないはずだ。

 

 そして第二の効果。これが『暗霧の森』最大の特徴である、術者の特性を閉じ込めた対象にも付与する、というものだ。出来損ないながらも■■だったメリアが、呪いという正反対の魔術を行使することによって発生する矛盾(パラドクス)を相手にも与える。相手が神裂火織ならば(・・・・・・・・・・)、その効果は絶大だろう。

 いつどこで世界から外れてしまうかわからない。メリア自身が常に苛まれてきた苦痛と危険。それを与えた上で第三の効果である召喚術。それによって呼び出された『影』に、対象の消滅の後押しをさせる。

 

 もちろん欠点や代償はある。三つの術式を重ねている構造上、必要な詩の量は、並の術式と比べれば遥かに多くなっている。その上、矛盾した能力の行使と『影』の行使は、メリアの存在に大きな負荷をかける。消滅の危険性を加速度的に増大させるのだ。

 

 

 

 

 そこまでして、自ら危険を冒してまで放った文字通り『必殺』の結界は、

 

 

 

 

 

『唯閃――――!』

 

 

 

 

 

 

 あっさりと、それこそ紙のように。神裂の放った『神の御使いさえ切り裂く一閃』によって両断された。

 

 

 

 

「確かに強力な術でしたが、こんな結界(もの)では私には勝てません。……『聖人』を舐めないでください」

「…………っ」

 

 

 メリアは悔しさに僅かだけ表情を歪めた。

 結界を一刀の元に両断し、再び姿を現した神裂は無傷。結界の効果で与えた『存在のズレ』もなく、恐らく影も触れることは出来なかったのだろう。画策はここに打ち砕かれた。メリアにはもう策も体力も残っていない。全力を振り絞ったところで、神裂には届かなかった。文字通り『格』が違う。どうしようもないほどに、メリアは神裂に敗北したのだ。

 

 

 

 当然だ。魔術師どころか、人の理を外れた魑魅魍魎でさえ彼女に傷一つ付けることができない故に。唯の人間を万度殺せる呪い(まじない)であろうと神裂に傷一つ付けることが出来ないからこそ、神裂は『聖人(最も神に近い人間)』と呼ばれているのだ。

 

 

 

 

「手間取りましたが、これで終わりです」

 

 

 

 

 聖邪の勝敗はここに決した。

 七天七刀を鞘に納めて、神裂はメリアの目前で得物を振り上げて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の妹を巻き込んでおいて、随分と楽しそうだなお前ら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――っ!?』

 

 突如横合いから飛来した六つの刃に、二人は(神裂は咄嗟に身を翻し、メリアは最後の力でもって)弾けるように互いに後方へと跳躍していた。

 直後、彼女らの合間、先ほどまで二人が立っていた位置に突き刺さったナイフが爆発。たたましい爆音と視界を覆う閃光。それが消えぬうちに第二撃。神裂に三本のナイフが飛来する。

 

 

「次から次へと……! 何なんですか一体……!」

 

 再度爆発が起こる。爆炎を素手で吹き飛ばし、神裂は再三の乱入者を睨みつける。

 

 

 

「『何なんだ』はこっちの台詞だ。人を巻き込んだ側が何をほざく」

 

 

 

 ナイフ型の爆弾を投げつけてきた包帯を頭に巻いた男子学生――上条当麻はメリアの側に立って、右手首を振りながら徒手空拳で神裂と相対する。ステイルとの戦闘で砕けた指は完全に修復され、調子もいつも通りに戻っていた。

 

 

 

 さらに混迷を極めた状況のなか、どこからとも無く男の声が響いた。

 

 

 

『退け神裂!』

「ですが……」

『今は不安要素が多すぎる! いいから退け!』

「――――了解」

 

 

 

 魔術を使って音信してきたらしいステイルの声に、苦虫を噛み砕いたような表情をして神裂が離脱する。一蹴りでビル郡の高さをゆうに越え、その姿はビルの影に消えていった。

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 圧倒的な強さを見せ付けた神裂が離脱したことで、気が抜けたらしいメリアが『一応自分を助けてくれた』当麻を見つめる。極々僅かに険のある表情だった。

 

 

「ねぇ、君。さっき私を巻き込まなかった?」

 

 

 傍から見れば無表情となんら変わりない表情な上、感情の篭らないくせに不満だけはありありと感じられる声だった。

 そんな器用な不満を漏らすメリアに、当麻こそ苛立ちを隠さずに答える。

 

「当たり前だ。柚姫を魔術側(そっち)の事情に巻き込みやがって」

「私、君の妹さん? ――を守ったんだけど」

「知るか」

 

 ケチだね、という言葉を残して今度こそメリアは倒れた。焦げた地面に横になって子供みたいに縮こまる。どうやら、もう動く気はないらしい。

 

 

 

「……二人はだれ?」

「私の義兄と、私たちを助けてくれた人よ。アルストロメリアさん、だったかしら。……にしても遅かったわね、お兄ちゃん?」

 

 

 シスター服の少女の問いに彼女なりに丁寧に答えた柚姫は、次は当麻に、にかっ、と子供みたいに笑いかける。それを見て当麻は珍しいと呟いた。

 

 

「なんだお前、今は『そっち』なのか」

「当たり前でしょう? じゃなきゃやってられないわ」

 

 左手で右の肘を支えながら右手で髪を払って、柚姫は当然だと言わんばかりに溜息を零した。

 

 最近、彼女は外では優等生のような皮を被っているのだ。お姉さんぶるような感じだ。理由は確か、今年の入学式頃に言っていた。曰く「可愛い後輩が二人ほど出来たから、彼女たちには見せたくない」らしい。それを剥がしてしまうくらいに切羽詰った状況だったのだろう。もうどうしようもないほど、魔術側の事態に巻き込まれてしまっていた。

 

 

「……とりあえず無事でよかった。怪我はないな」

「ええ。……あと、それを言うならもっと早く助けにきてよ。アルストロメリアさんがいなきゃ、どうなってたかわからない」

 

 ぶー、と拗ねた柚姫に当麻は苦笑を零した。とりあえずは元気そうだ。

 

 

 それで、だ。

 

 

「お前、なんだ?」

「ちょっと失礼かも」

 

 む、と口を尖らせたシスター服の少女は、しかしすぐに表情を微笑みに変えた。

 

「私の名前は『INDEX LIBRORVM PROHIBITORVM〈禁書目録〉』。魔法名は『dedicatus545〈献身的な子羊は強者の知識を守る〉』だよ」

 

 至極当然のように語られた彼女の言葉に当麻は頭を抱えた。面倒事には慣れているが、なぜ魔術の存在を知った翌日に魔術側の、しかも厄介者が舞い込んでくるのだ、と。

 

 とうの本人は聖女じみた微笑を浮かべていて、巻き込まれた側としては正直殺意を覚える。

 

「ゆずきは信じなかったけど、魔法はちゃんとあるんだよ?」

「知ってる。何で『禁書目録』がこんなところにいるんだ」

 

 私シスターですと言わんばかりに微笑んでいるインデックスを恨めしく思いながら当麻は呟いた。

 

 

 『禁書目録』とはその名の通り魔導書・邪教書などありとあらゆる禁書を記録している人の皮を被った魔導図書館だ。理屈までは『知識』に記載されていないが、禁書目録が保有している書籍の総数は十万三千。世界中のありとあらゆる書籍が頭の中に詰まっている。

 まさかこんな少女だとは思わなかったが、と思案していると、柚姫とインデックスが似たような仕草で首をかしげた。

 

 

「お兄ちゃんは魔術とか言うの知ってるの?」

「君は魔術師なの?」

「昨日知ったんだよ。それと、その質問流行ってるのか?」

 

 

 その質問は二つとも、つい先ほど聞いたばかりだ。うんざりしながらメリアに話した通りに説明すれば、二人もどこか納得できない表情をする。だから何なんだ一体。

 

 というより今日出会ったにしては随分と仲が良い。息も合っている。吊り橋効果もあるのだろうが、柚姫が本心から禁書目録と向き合おうとしている面も大きいのだろう。義妹が仲良くなっている以上、禁書目録をここで『処理する』という考えを当麻は放棄した。

 いくら厄介な奴でも、柚姫の友人となった少女を傷つけるつもりは無い。

 

 

 これじゃあただのシスコンだな、と当麻が独り言ちていると、

 

 

 

「ねぇ、話長くなる?」

 

 

 

 地面に寝転がっていたメリアが起き上がった。事もなさげに立ち上がる。……ように見えたが、メリアはくらりとバランスを崩した。倒れそうなメリアを受け止め、場所を変えたほうがいいか、と思い至る。

 

 しかし、

 

「俺たちの部屋にも魔術師が来ていた。戻るにしても、別の寝床を確保したほうがいい」

「だったらコモエの部屋にくれば? トウマは知ってるよね?」

「こもえ……?」

 

 「誰……?」と首を傾げる柚姫とインデックスに、当麻は苦い表情で「高校の担任」と答える。当麻からすれば、あの日常の象徴である優しい教諭を巻き込みたくない、というのが本音だった。

 

 だが、月詠教諭の部屋以外に宛が無いのも確かだ。

 

 

「はやく逃げたほうがいいんじゃないの?」

「――わかったよ」

 

 

 メリアの言葉に、舌打ちしながら渋々と当麻は頷く。

 遠くから喧騒が聞こえてきたからだ。

 

 

 

 この交差点に面した家屋の壁面には罅が刻まれ、ガラスもところどころ割れている。信号機は倒れ、電柱は崩れ落ちている。路面など平らな部分が残っていないどころか、一部が沼のように黒い液体に変化していた。液状化を免れた部分も焼けたように腐食していて、異臭が自然風で消えない程にこの一角を包み始めていた。並みの人間なら絨毯爆撃が行われた後と言われたとしても頷いてしまえるような惨状だ。

 

 人避けも解除され、すでに騒動を聞きつけ学生たちがここへ向かいつつある。風紀委員が出張ってくるのも時間の問題だろう。見つかれば面倒なことになる。

 

 

 

 

 

「歩けるか」

「無理。おぶって」

「…………」

 

 

 

 

 メリアの物言いに理由の分からない既視感を覚えつつ、仕方ないから彼女を背負った。柚姫とインデックスを小萌宅に案内するために、当麻は監視カメラの死角となる場所を選びながら路地裏に逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




メリアも大概だけど神裂さん強すぎる(汗
苦戦しているように見えて、でも本気じゃないみたいな。……どこの世紀末覇者だっていうね……orz


以下言い訳コーナー↓

最初は剣術と棒術(?)を真正面からぶつけ合わせている感じで描写してたのですが、神裂>メリアを強調したかったので最終的にこんな感じに落ち着きました。その名残で神裂がそれっぽい動きをしている部分が僅かに残ってます。剣術的な描写が下手な上に、制約を付けすぎて爽快感なんてものは一切ありません。描写不足な部分もあるでしょう。……すみませんorz
ステイル戦同様、やはり互いが脱落しないような結果になりました。そして■■が仕事をしていない。


いやぁもう、早く好き勝手に戦闘書きたい(禁断症状


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08. Examination for the Settlement

ちょっと小休止。

■2015/02/03追記
脱字修正しておきました。


 現状の考察と僅かな違和感。

 理由なんて誰にも分からない。

 

 

■Examination for the Settlement■

 

 

 

 交差点での人間離れした戦いから一時間ほど。小萌さんの部屋で私たち――当麻と私、インデックスにメリアの四人は、その順番で時計回りにちゃぶ台を囲んでいた。

 

 私と当麻で部屋から貴重品や着替え一式を持ってきて今に至る。その道中、当麻が深嗣に連絡を入れていたが、やはり音信不通だった。とりあえず当麻が部屋のことをメールにして送ったらしいが、こんな大事に一体どこに行っているのだろう。あとで文句の一つでも言わねばなるまい。

 

 

 

「私は上条柚姫というのだけど、えっと、アルストロメリアさん? アナタも『魔術師』ってことでいいのかしら?」

「うん。メリアでいいよ」

「めりあ、とうま。さっきは助かったかも。ゆずきも私を庇ってくれたんだよね? ありがとうなんだよ」

「それはいいが食べすぎだお前。俺たちにはともかく、月詠教諭には遠慮しろ。頼むから」

 

 

 私とメリアは今まで切り出せなかった自己紹介を簡単に済ませる。小萌さんの用意したお菓子を凄い勢いで消化していくインデックスを、当麻が呆れながら嗜めた。マンションに戻って空になって冷蔵庫を見てから、インデックスの食欲を警戒すべきものだと当麻は認定していた。食料が枯渇した経緯を説明したら、インデックス共々私もこっぴどく説教されてしまった。

 

 思い出してしまい、はぁ、と溜息を零した。……気を取り直すために、軽く部屋を見回すことにする。

 

 

 八畳ほどの1Kの部屋は、土壁に畳という学園都市では中々見る機会のない造りをしていた。天井や壁がヤニで黄ばんでいて随分と年季が入っているように見える。四人でも入ると結構手狭に感じるし、こういった和風な部屋で暮らしたことがないからちょっと新鮮だ。うん、ちょっとは気が紛れた。

 部屋の主である小萌さんは、今は焼肉のために買出しに出かけている。小萌さんに話を聞かせるわけにもいかないから一人で行ってもらったのだが、その時に当麻は少々申し訳なさそうな顔をしていた。

 今でも少し居心地が悪そうな当麻は、それで、と話を戻した。

 

 

「あの連中は何だ?」

「一年前までの記憶が無いからわからないけど、多分『Necessarius〈必要悪の教会〉』の人間だと思う」

 

 

 ネセサリウスとやらが何なのかは分からないが、さっきの派手な戦いを見たせいで、私はインデックスが記憶喪失だったと知っても特に驚かなかった。メリアも表情一つ変えなかった(というより常に無表情だから分かりづらい)のだが、当麻だけが溜息を吐いた。

 聖人がいたあたりで組織規模の騒動だとは想像していたが、まさかイギリス清教の最高戦力を有する部署が動いているとは思わなかった。とのことだ。

 

「えっと……、」

 

 当麻の言葉から察するに、ネセサリウスとやらは魔術師によって構成された宗教軍隊みたいなものなのだろうか。

 そう聞けば、

 

「近からず遠からず、てとこだ」

「戦争しているわけじゃないし、武器は近代的な物じゃないけど」

「魔術師は個人を優先する場合が多いから軍隊と言うよりは集団のほうが正しいかも」

 

 と三者三様に答えてくれた。

 さっき三人に説明してもらって(当麻は随分と渋っていたが)、私も『魔術』と呼ばれるものについては多少なりとも理解はしていた。曰く魔術とは『超能力ではない別の法則で超自然的な現象を発生させる技術』。超能力を先天的な才能とするなら、魔術は後天的な努力の結晶。ざっくり説明すると、才能を持たない人間が才能を持った人間と同じ場所に立つためのもので、努力によって低能力者から超能力者になった美琴と同じか、それ以上に努力を必要とするのだそうだ。超能力者と魔術師を区別するならば、違いは持って生まれた才能の差。プラスからかマイナスからか。スタートラインが決定的に違うのだ。

 

 ……話を戻そう。私からも気になったことが一つあった。

 

「記憶が無いのは何故だかわかる?」

「わかんない。でも目が覚めていきなり追い回されたから、ずっと逃げるしかなかったんだよ」

 

 

 

 いきなり追い回された、ね……。

 

 

 神裂火織と名乗った女性と会話しながら立てた仮説を立証するには、まだまだ情報不足だ。神裂さんとやらの反応を見れば、彼女がインデックスに対してどんな感情を持って敵対しているのかくらいは分かる。だが、そこに至るまでの理由や道筋が私にはまだわからない。

 

「覚えてる範囲でいいから、詳しく説明してもらえるかしら?」

「私は『外的要因以外で記憶を忘れるってことが無い』から全部覚えてるんだよ。変な部屋で目が覚めたら武器で攻撃されて、それから毎日あの二人に追いかけられたんだよ。理由はわからないけど、もしかしたら記憶を失ったのは誰かに消されたせいなのかも」

「忘れることが無い……?」

 

 あの二人とは神裂火織と、当麻が会ったと言うステイル=マグヌスという男のことだろう。その二人にずっと追いかけられていたというのは、まあ想像していた通りだ。記憶の抹消も単なる事故とは考えづらいため、インデックス本人の記憶が無い以上そう考えるのが妥当だろう。

 

 それよりもインデックスが当たり前のことみたいに、さらっと最初に言った言葉のほうに私は首をかしげた。そんな私を見てインデックスは、ちゃんと説明するんだよ、と頷いた。

 

「私は見た風景や聞いた音、一度覚えたことを忘れないんだよ。雑踏の中で聞こえてきた声一言一句や、木の枝に付いた葉っぱの枚数まで。本なら一文字たりとも忘れないんだよ」

 

 インデックスの説明を受けて当麻が、なるほど、と呟いた。

 

「お前みたいな小娘が『禁書目録』と呼ばれている理由がそれか。『完全記憶』だったんだな」

「さっきからとうまはちょっと失礼かも。……でも、うん。それで正解なんだよ」

 

 当麻の物言いに少し唇を尖らせたものの、さして気にした様子もなくインデックスは頷いた。

 

 私も聞いたことがある。当麻が言った完全記憶とは『完全記憶能力』のことで、一種の症候群みたいなものだ。

 詳細はインデックスの説明が全てだった。本人の意思とは関係無しに、その時の五感全てを脳内記憶として蓄積させていく。自らが見た景色、聞いた音、手に入れた知識をそれ以降一切忘れることができないのだ。楽しかったことも、嫌だったことも。『忘れる』という精神の防衛機能の一部が欠落する、いわば不治の病だ。

 

 インデックスが魔術側でどんな立場なのかは前もって説明してもらっていたから、今のインデックスと当麻の話で理解できた。10万3000冊の魔書を脳内に完全記憶した、人の形をした魔導図書館。今朝インデックスの自己紹介で感じた気味の悪さはコレが原因だったようだ。

 

 ……酷い話だ。虫唾が走る。根本から人間と違うものだと言われれば話は別だが、いくら特殊な能力を持っていても、どこまで行っても人は人でしかないというのに……。

 

 

「『変な部屋』って何?」

 

 

 先ほどまで考えをまとめていたらしいメリアが(ぼーっとしているようにしか見えなかったが)、気になった点をインデックスに問いかけた。

 

「祭壇みたいなものがある広い部屋だったよ。簡易的な儀式場だったのかも。何か魔術を発動した後だと思う」

「じゃあ、その魔術のせいでインデックスは記憶を失ったってこと?」

「話を聞く限りは」

 

 そしてその場に神裂火織とステイル=マグヌスがいたのなら、その術を使ったのはその二人ということになるのか。それとも、二人とは別の第三者がいたのか。そこまでは判断できなかった。

 分からないことだらけだ。情報不足の穴を四人で埋めるためにこうして話し合っているのだが、原因も知らずに逃げ回るしかなかったインデックスが知り得る情報は、巻き込まれた私たちに毛を生やした程度でしかない。

 インデックスの言う『一年前』に、一体何があったのだろう。……なんて考えても、答えなんて見えてこない。

 

「あの二人、何なんだろうね」

 

 全員で黙って考え込んでいると、ぽつりとメリアが呟いた。

 

「神裂火織(あの人)に私たちを殺す気は無かったはずだよ。もしかしたら手加減もしてたと思う」

 

 神裂火織が私たちの生死を問わなければ、初手の打ち合いの時点で殺されていたかもしれない。少しだけ悔し呟いたメリアに私も頷く。周りを気にせずにインデックスを確保するつもりだったのなら、そもそも邪魔者である私の話なんて聞かずに、力ずくで連れて行けばよかったのだ。実力行使を好まないのだろう。話しするつもりはない、とも言っていた。……つまり神裂火織は排他的で、しかし被害を出すことに躊躇している。その『甘さ』によって助かった身としては、正直ありがたかったが。

 

 当麻も、こっちはそんなに酷くはなかった、と前置きしてステイル=マグヌスとの邂逅で腑に落ちなかった点を上げた。

 

「あの似非神父も『知り合いの忘れ物を取りに来ただけだ』と言っていた。『忘れ物』とやら以外に手をつけた様子もなかったな」

 

 敵でも獲物でもなく、『知り合い』。もう友人とは呼べないから知人と呼んでいるような物言いだったそうだ。少しくらいは聞き出しておいたほうが良かったかもな、と当麻は自嘲気味に口の端を吊り上げた。

 

 当麻の言っていた通り、私たちの部屋の玄関だけが焼かれていたが、部屋の中を荒らされてもなければ、金銭的なものに触れられた形跡もなかった。本当に『忘れ物(ベール)』を取りに来ただけだったのだろう。

 

 

「今分かるのはこれくらいかしら?」

「情報不足。上辺しか分からない」

「あとは奴らに聞くしかないだろ。――お前もそれでいいな」

 

 

 確認するような当麻の言葉に、私もメリアもインデックスを見る。三人の視線を浴びて、インデックスは素直に喜びきれないような、でも嬉しいような、そんな中途半端な表情をする。少々卑屈な顔だ。

 

 

「うん、でも 『必要悪の教会』を敵に回すことになるんだよ? さっきは助かったけど、今度こそ本当に死んじゃうかも。……それでも、いいの?」

「くどい」

「遅い」

「しつこい」

「いひゃぃ……!?」

 

 

 呆れた私はインデックスの左頬を抓る。ちなみに返答は私、当麻、メリアの順だ。

 本当に呆れた。私たちの身を案じてくれているのは嬉しいのだが、この期に及んでそんな心配をしても意味はない。巻き込まれたのは確かで、流されるままにインデックスを連れて歩いたのも確かだ。でも、ここでインデックスを放り捨てるくらいなら、神裂火織に襲われた時点でインデックスを切り捨てている。

 

 それに、

 

「神裂火織にあんな啖呵切っておいて、私が逃げると思う?」

「う……」

「最後まで付き合う気が無いなら、そもそも助けたりしない」

「ぐ……」

「散々巻き込んでおいて今更そんな戯言抜かすな。お前を助ける気が無いのなら、あの場所に捨て置いている」

「むぅ~~……」

 

 理由はどうあれ、私たち三人に退くつもりなんてない。私は『友達』を助けたいから。メリアは「魔術側の問題なら魔術師(わたし)も力を貸す」と言っていた。当麻だけは理由がよくわからないが、一度決めたことを変えるような性格をしていないから、多分このまま最後まで付き合うつもりなんだろう。

 それに正直、神裂火織とステイル=マグヌスとは本当に敵になるとは思っていなかった。当麻もメリアもそうなのだと言う。二人について考え、考察してくだけ二人が敵だと思えなくなってきているようだった。

 

 畳み掛けるように三人でインデックスに念押しすれば、

 

 

「わかった、わかったんだよ。もう私は何も言わないんだよ」

 

 疲れたけど安心したような表情でインデックスは笑った。どうやら私たちの意志はちゃんと伝わったらしい。うむ、そうやって素直に助けられてればいいのだ。

 

「それにしても三人とも息ぴったりなんだよ。本当に今日初めて会ったの?」

 

 初めて出会った、というのは私たち兄妹とメリアのことだろう。確かにそれは私も気になっていた。真っ先にメリアが肯定する。後に私と当麻が続く。

 

「うん。そのはず」

「そのはず、なんだけど……」

「妙に自然というか、なんだろうな」

 

 小さい頃から施設で暮らしていて、木山先生や研究員の人を除けば常に私たち――私、当麻、深嗣の三人だけの世界だった。よく覚えていないがそのはずだ。だから私たちは内向的で、神裂火織ほど酷くはないが排他的でもある。踏み込まず、踏み込ませない。三人の中である程度の差異はあるものの、一定のラインを引いて、それ以上は人に近づかない。近づけない。

 

 だからこそ不思議だった。メリアが私たちを助けてくれた時、何故私がメリアから逃げなかったのか。メリアはあの時は神裂火織の相手で手一杯だったのだし、逃げる隙はいくらでもあったはずだ。……それでも私は逃げなかった。メリアの言葉を無視することだって出来たはずなのに、だ。そんな理由の分からない信頼は、吊り橋効果によるものなのだろうか――?

 

「……心当たりは無いんだがな」

「私も無いよ」

 

 当麻が訳が分からないと言わんばかりに左手で頭を抱えた。メリアも首を傾げている。当然、私にもよくわからない。しかも考えすぎたせいか妙に頭痛くなってきた。なんなの、これ。

 そんな状況に嫌気が差したらしい当麻が、今はそんなことどうでもいい、と話を切り上げるように言った。

 

「まずは『あの二人』にもう一度会って――」

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りましたー」

 

 

 

 

 

 これからの指針を決めようした当麻の言葉は、丁度帰って来た小萌さんに遮られた。

 流石に小萌さんの前では話せない。全員それが分かっているようで、確認するように全員で首を縦に振った。

 

「よい、しょっ、と」

 

 そんな私たちに気付かずに、小萌さんは両手に持った二つの大きなビニール袋をキッチン横の床に置いた。どさ、と音を立てたあたり、中に焼肉用の材料が山ほど詰まっているのだろう。見たところ、一袋につき大きな焼肉セットが15パックほど。五、六歳くらいの女の子にしか見えない体躯の小萌さんからすれば重労働ではないだろうか。

 当麻が真っ先に軽く頭を下げた。

 

「すいません、手伝えなくて」

「いいのです。こうやって生徒の面倒を見るのが私の大好物なのです」

 

 それとお金は必要ありませんからね、と当麻に念を押した。

 小萌さんは少し疲れているように見えるが、それでも嫌な顔一つせず、どころか嬉しそうに「えっへん」と胸を張った。大変失礼ながら背伸びした幼女にしか見えない。これで実際に教師をしてると言うのだから驚きだ。

 小萌さんがコンロ下の棚からカセットコンロと焼肉用のプレートを取り出して、換気扇をまわして準備は万端。当麻とインデックスの間に座った小萌さんが、プレート上に山のように肉を広げて焼肉パーティが始まった。

 

「俺が焼きますよ」

 

 大量の肉を捌きはじめた小萌さんに、菜箸貸してください、と当麻が差し出した手には代わりに取り皿が乗せられた。

 

「ダメです。上条ちゃんは男の子なんですから、そんなこと気にせずに沢山食べなきゃいけないのです。なので焼肉奉行は先生が担当します」

 

 生徒は先生の言うことを聞くものです、と言いながら取り皿に焼き終わった肉を端から入れていく。小萌さんの言葉通り、当麻の持つ取り皿には山のように焼肉が積み上がっていた。見た目、脂ぎった、ただの山である。

 

「こんなもんでいいですか?」

「ええ、まぁ。……どうも」

 

 満面の笑顔の小萌さんに当麻は微妙にそっぽを向いた。左手で頬をかきながら肉を摘んでいく。小萌さんを前にすると何となく当麻が子供っぽくなる。妙に甲斐甲斐しい。相変わらず『善い人』は苦手のようだ。

 

「インデックスちゃんも沢山食べるのですよ」

「ありがとうなんだよこもえ!」

「はい、メリアちゃんも」

「うん」

 

 インデックスとメリアにも当麻と同じ分だけ肉を渡された。二人はそれを当たり前のように受け取って、当たり前のようにタレをかけて食べ始める。……嘘でしょ?

 

 

 

 ……どうしよう、次は私の番だ。

 

 

 

 

「お待たせしました柚姫ちゃん。一杯食べてくださいね」

「……ありがとうございます」

 

 そして差し出されるは肉の山。……女子中学生相手にちょっと量多すぎやしませんか。小萌さんを見れば、にこにこ笑っている。笑顔が眩しい。善意が痛い。小萌さんを気遣う当麻の気持ちが何となく分かった。これはダメだ。勝てるわけが無い。

 

 

 ……取り合えずご飯はありませんか。

 

 

 

 

「はい、もちろんです!」

 

 

 

 

 渡された山盛りご飯に、私の手からぽとりと箸が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、まさか全部食べてくれるとは思いませんでしたー」

「ご馳走様でした、小萌さん」

「おいしかったんだよ」

「ごちそうさま」

 

 食事も終わり、私たちは腹ごなしも兼ねながら外を歩いていた。小萌さんの部屋には風呂が無いのだ。だから彼女がいつも使っているという銭湯に案内してもらっていた。

 大量にあった焼肉の九割ほどを平らげてインデックスはご満悦だ。世話好きな小萌さんも、会った時よりも幾分かつやつやしてる感じだ。私はといえば、最初に渡されたお肉さえ食べきれずに残りをインデックスに食べてもらった。メリアも少しだけ手をつけて、残りをインデックスに任せていた。最初から他力本願だったらしい。それを見た小萌さんの小言を、メリアは風のように受け流していた。当麻は渡されるままに食べていたが、普段からあまり食べてないせいか(それでも男子の平均程度の量は食べていたが)途中で脱落していた。

 

 

 

 

 外に出てから十分ほど。胃のもたれも無くなってきたあたりで、ふと、一人足りないことに気付いた。

 

「あれ? 上条ちゃんはどこに行ったのでしょう?」

「姿が見えないんだよ」

 

 一緒に銭湯に向かっていたはずなのに、当麻がいなくなっていたのだ。小萌さんとインデックスもそのことに気付いた。

 答えたのはメリアだった。

 

「用事が出来たから先に行っててほしい、って言ってた」

「用事?」

 

 

 聞けば、うん、とだけメリアは頷く。詳しく言うつもりはないようだった。いや、小萌さんの前で言いたくないのだろう。……それはつまり、『あの二人』に関係した話だということで。

 

 

 

 

「お兄ちゃん、大丈夫かな……」

 

 

 

 呟いた私にメリアは、わからない、と首を横に振るだけだった。

 

 

 

 

 




■今回没になった部分(食事後皿洗い中の1コマ)※大分テキトーになってます




 食事もギリギリ食べ終えた私たちは(ほとんどインデックスの力によって完食できたも同然だったが)、私と小萌さんを除いて今現在銭湯に向かうために準備をしていた。
 私と小萌さんは食器を洗っている最中だ。


「いやー、まさか全部食べてくれるとは思いませんでしたー」
「ええ、はい。ごちそうさまでした」


(本編とほとんど同じ説明なので割愛)


「小萌さんって、お兄ちゃんのこと良く知ってるんですね」
「はい、これでも上条ちゃんのクラスの担任です。ですから柚姫ちゃんも、先生のことはちゃんと『先生』と――」



「コモエ、準備できた」
「あとはこもえとゆずきだけなんだよ」
「食器洗いなら俺が代わりますよ、月詠教諭」
「あ、あはは……。じゃあ後はお兄ちゃんに任せて私たちも準備をしましょう、小萌さん」




「な、なんで誰も先生って呼んでくれないんですか――!?」





……オチなど無いっ!(後の話との繋ぎもなかったので没になりました)




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09. Conversation -Side.D-

ヒーローではない上条当麻がヒロインになった。そんな話。


※注意事項。
 この話では煙草を吸う青少年が出てきますが、青少年の煙草を助長するものではありません。
 煙草は二十歳になってから、です。

■2015/02/06追記
早速書き忘れてたところがあったので修正しておきました。予約中に何故気付かなかったのか……orz


 道化役なら、いくらでも演じてやる。

 

 

 

 

■Conversation -Side.D-■

 

 

 

 

――PM.8:33。

 

 

 

 

 

 銭湯に向かう途中、離れた位置にあったビジネスビルから感じた視線。殺気は無い癖、今にも斬りかかろうとしているような視線に、メリアにだけ告げて俺は一人でそのビルに足を運んだのだ。徒歩で向かったために、そこそこ時間が掛かってしまった。

 余計に強く感じるようになった視線を辿って、ビルの屋上を見上げる。

 

 

 

「――――」

 

 

 

 雲行きの怪しい星空を背後に、屋上の縁に立つ女性と視線が交差する。遠目でも目立つ黒髪と日本刀が目に入る。先ほど会ったばかりの、柚姫たちの言う『聖人』――神裂火織だ。

 

 

 

――我が宿主よ、本当にこのまま行くのか?

 

 

(なんだよ、怖気づいたのか)

 

 

 怪訝そうなエイワスの声に簡単に答えて、俺は正面玄関からビルの中に入る。エレベーターで屋上に向かう。それといい加減、我が宿主我が宿主言うのはまどろっこしくないか?

 

 

――真逆(まさか)。如何(いか)な聖人といえど、我が宿主を殺し切れるとは思わん。

  聖人相手に無手で戦うのかと聞いているのだ。勝負にならんぞ。……それと我が宿主を他にどう形容すればいい?

 

(名前呼びは……、気色悪いな)

 

――だろう?

 

 

 軽口を叩き合いながら最上階までの到着を待つ。

 エイワスの言い分は尤もだ。ただ人並み外れた身体能力と自然治癒能力を持つだけの、並の人外である俺では神裂と戦ったところで勝てるものではない。どころか武器一つ持たず来ているのだ。エイワスの言う通り、勝負になるかすら怪しい。

 だが、俺は戦いに来たつもりなどない。

 

 

――ほう? ならば話し合いに来たとでも?

  先のステイル=マグヌスとは随分と対応が違うようだが。

 

(……かもな。俺だって、今まで魔術側の肩を持つ気なんてなかったさ)

 

 

 魔術師なんてものと今日初めて出会って、魔術師と呼ばれる人間がどういう連中なのかを知った。実際に出会って、多少ではあったものの言葉を重ねて。互いに得物をぶつけ合って。……正直、俺自身迷っていた。学園都市にとって、魔術師たちが本当に敵なのかどうか。未だ掴みきれていなかったのだ。

 

 懐からソフトの紙袋を取り出す。中から一本取り出して、口に咥えて100円ライターで火をつける。肺に広がったメンソールの清涼感に気分が落ち着いていく。……そうでもしないと、多分話し合いもできないから。勝てる勝てない度外視して、ステイルの時と同じように暴れてしまいそうだったから。

 

 

――短絡的なのか血の気が多いのか。どっちだろうな?

 

(……放っておけよ)

 

 

 エレベータが最上階に到着する。最後に階段を使って屋上に上がった。屋上の中心で待ち構える神裂火織と向かい合う。

 

「…………」

「――――」

 

 お互い言葉も無く、視線による探り合いが数秒ほど。先に口を開いたのは神裂だ。

 

「単刀直入に言います。禁書目録を渡しなさい」

「断る」

「――――っ」

 

 予想した通りの神裂の申し出を俺は拒む。答えた途端、唇を噛んで神裂は俯く。怒りからか、悲しみからか。どちらかは判断しようがない。身長の割りに華奢な肩が震えていた。表情は前髪に隠れて、口元しか見えない。

 

 その口元が、何かしらの感情に濡れた声を絞り出した。

 

「どうして、ですか……?」

「お前たちが今している『現状維持』だけじゃ満足できない奴がいてな」

 

 

 ステイル=マグヌスと神裂火織の二人は、きっと禁書目録を『何か』から助けるために動いている。その結果がただの現状維持であっても。そんな二人を撃滅するだけでは今回の一件は解決しない。それが今の俺たちの共通見解だ。そして二人を追いやってしまえば、解決策どころか原因さえ知らない俺たちだけが残される。俺たちの知らない『何か』によって、事態は最悪の結末へと向かうのだろう。

 

 

「お前らに全て任せるっていう選択肢なんて、俺たちは持ち合わせちゃいない」

「…………」

 

 

 神裂は俯いて黙ったまま聞いていた。何を考えているかなんて俺には分からない。分からないが、俺たちの予想が正しければ、きっと『禁書目録』を第一に考えているはずだ。

 柚姫やメリアの言う神裂の人間性や、マグヌスの言っていた『知り合い』という表現。恐らく彼らは、根は『優しい人間』なのだろう。そんな二人が冷徹な追跡者を演じてまで禁書目録を『何か』から助けようとしている。

 二人や禁書目録にとって、その『何か』とはそれだけ大きな問題なのだ。そして、その問題は神裂とマグヌスだけでは解決しない。二人の力だけで解決するような事態ならば、俺たちは巻き込まれてなどいないだろう。

 

「それじゃあ何の解決にもならないってことくらい、お前たちだって理解しているんじゃないのか」

 

 だから俺は話し合うために来たのだ。……対話なんて方法はそもそも俺の領分ではないが、戦って好転する状況でもない。

 だが神裂やマグヌスにはこちらと話すつもりなんてないだろう。二人を力ずくで押さえつけるなんて不可能だ。だから話し合いをするなら、二人の凝り固まった責任感と罪悪感の塊をどうにかするしかない。

 

 

 そのためには、少々危険だが二人の感情を刺激してやることが必要だ――――。

 

 

 

 

 

 

「だから助けてやるって言ってるんだよ。お前たちが出来なかった、その程度の『些細な問題』は俺たちが完遂してやる」

「――――この、」

 

 俯いたままの神裂を出来る限り馬鹿にするように、諧謔を弄するように俺は両の口端を吊り上げる。そして、俺の言葉を聞いた神裂の反応は、

 

 

 

 

 

 

「――――ド素人が、戯言をほざくなァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 随分と過激なものだった。腹部に鞘を叩きつけられて俺は屋上の端まで吹き飛ばされる。縁の段差に背中を強打した俺の腹部の上、俺の左肩を鞘で押さえつけて神裂が圧し掛かった。大して重くも無いのに、俺はそれだけで動けなくなってしまった。

 

「あの子と大した関わりもないくせに、何も知らないくせにッ……!」

 

 搾り出したような声。俺の顔を神裂の長い黒髪が撫ぜる。顔は髪と影に隠れていて見えなかった。

 動けない俺を殺すことくらい簡単にできるはずなのに、神裂はそれ以上動こうとしない。ただ俺を押さえつけているだけだ。

 だから俺は、いくら傷口に塩を塗る行為だろうと。喉に詰まった血痰を吐き出して、話し合いを続行することにした。

 

「俺は今さっき出会ったばかりの奴を助けようなんて思えるほど、出来た人間じゃない」

 

 助けるなんてことは俺の仕事じゃない。俺は『破壊』することしかできないから。俺みたいな暗部の死神では、殺してきた人たちの血に濡れた両手では、誰かを助けることなどできない。人でなしの俺に出来るのは、暗部の底にいる俺が出来るのは、ただ、背中を押してやることだけだ。

 光の下に立って引き上げることはできなくても、日常へと追い返すことくらいなら俺にだってできるから。

 

 たとえ、それで彼らの背中が血に濡れてしまおうとも。

 

 

 

「だから、これは唯の、……気まぐれだ」

「ふざけるなッ!!」

 

 神裂が叫ぶ。ほとんど悲鳴みたいな声だった。

 

「あの子の苦痛を知らないくせに! あの子の痛みを理解できないくせに! 『その程度の些事』? 『気まぐれで助ける』? そんなことで彼女が救われるなら私たちも、――彼女もこんな思いをする必要なんてなかった!!」

 

 

 

 髪を振り乱して叫びながら。

 

 

 

 

「もっと一緒にいたかった! 一緒に笑っていたかった!!」

 

 

 

 

 言葉と共に、何度も。

 

 

 

 

「でも、それさえ出来ないから、私は……!」

 

 

 

 神裂は俺の左肩に鞘が振り下ろし続ける。痛みはあるが、骨が砕けたり肩が潰れるわけでもない。それはただの、本当にただの女の力だった。

 

 

 

「彼女を死なせたくないから。守りたかったから……!」

 

 

 

 子供が駄々を捏ねるみたいに。何度も、何度も。

 

 

 

「インデックスに生きていて欲しかったから……!!」

 

 

 

 神裂は鞘を思い切り振り上げて、

 

 

 

「私たちは彼女を傷つけてでも守ろうって決めたのに―――――!」

 

 

 

 俺の左肩目掛けて落とした鞘は大きく外れ、屋上の床に弾かれて神裂の手から零れ落ちる。

 

 

 

「それを……」

 

 

 

 それでも神裂は手を止めようとはしない。胸倉を掴み、神裂が俺の上体を持ち上げる。

 

 

 

「それさえも『無駄な努力だった』と嘲笑うのですか貴方はッ!!」

 

 

 

「笑わないさ。……でもお前たちのことなんて俺には理解できない」

 

 

 俺は『神裂火織』でも『ステイル=マグヌス』でもないから。

 

 

 

「お前たちが背負ってるものなんて、俺は背負えない」

「…………」

 

 

 黙って、ただ歯を食いしばる気配だけが俺に伝わった。俺の胸元に顔を埋めながら、俯く神裂は震えていた。

 

 

 顔は見えない。涙も落ちていない。でも俺には神裂火織が泣いているように見えた。しかも驚いたことに、どうやら俺は彼女の涙の無い慟哭に何かしらの感銘を受けたらしいのだ。

 

 

 

 『カミジョウトウマ』としての根本が揺らいでいる。暗部で生きて、暗部によって構成された俺の生き方が。死神という名の殻を割って、中から何かしらの感情が孵化しようとしてる。それがどういった感情なのか分からない。分からないが、俺はそれに再び蓋をした。見てみぬふりをした。

 

 きっとそれは俺の在り方ではない。化物として生まれた俺がそんな真っ当なものを選んではならないのだ。俺は、俺の周りの連中が言う『ヒーロー』でも『お人好し』でもない。

 

 

 

 

――気付いていないふりをしているのか。……いや、本当に気付いていないのか。なんにしても素直ではないな。

 

(…………?)

 

 

 

 

 エイワスが何か言っていたが、俺には理解できなかった。理解できないのだから、考えたって仕方が無い。俺は神裂を押し退けて立ち上がる。

 意外にも神裂はあっさりと俺を開放した。痛む左肩を右手で押さえ屋上の縁に立って、座り込んだままの神裂と向かい合う。

 

 

 

「だから、確かめてやるよ――」

 

 

 分水嶺だ。神裂とマグヌスが本当に、学園都市(俺)の敵なのかどうかの。

 泣きそうな顔で俺を見上げる神裂の前で、道化を演じるように。

 

 

 

「お前が本当に、」

 

 

 

 ふざけているように口の端を吊り上げて笑顔のような表情を作って、俺は、

 

 

 

 

 

「善人(ヒーロー)かどうかをな」

 

 

 

 

 屋上から身を投げた。

 

 

 

 

 

 

「なっ――――!?」

 

 

 

 下から持ち上がったビルの壁に遮られ、神裂の姿が見えなくなった。

 足元を窓ガラスが上に流れ、夜空が遠ざかっていく。地面までの距離はおおよそ78m。落下速度は距離に比例して伸びていき現在はおおよそ80km/h。

 

 

――いくら死なないと言っても傷付かないわけではないのだぞ?

  そんな惨状で戻ったら、我が宿主の言う『優しい教諭』が何というかな。

 

 

 このまま背中から落ちれば骨は砕け、慣性と重力に従って身体は潰れ、それはもう酷い有様になる。

 痛みなんてどうでもいい。それは問題ではない。だがエイワスの言う通り、全身血まみれで月詠教諭の前に戻ればきっと彼女は泣いてしまうのだろう。傷付いてしまうのだろう。それだけは避けたかったのだが、予測が外れれば俺はこのまま地面にぶつかってトマトのように潰れてしまう。

 

 

 

 

 

 距離はあと僅か。

 

 

 

 

 

 

 後一秒と経たず地面に激突する距離だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 外れたか、と俺は落胆し、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく、馬鹿ですか貴方は」

 

 

 壁を蹴って、俺以上の速度で落ちてきた神裂によって俺は抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる形で、だ。そして俺を抱えたまま神裂は魔術を使って空中を滑るように、地面と水平に移動していた。しかも随分と余裕があったようで腰のベルトには、拾い直したらしい日本刀が鞘に収められていた。

 

 呆れた、と呟く神裂に俺も現状の不満を溜息と共に零した。

 

「十点減点。もうちょっと助け方を考えろ」

 

 横抱きにされて空中散歩とか、どこの御伽噺のお姫様だ。そう言ってやると神裂の呆れ顔が引き攣った。

 

「……落としますよ?」

「だったら何で拾ったんだよ」

 

 尤もなことを言えば、ぐ、と神裂は言葉を詰まらせる。

 

「っ、それはっ……、私の前でこんな死に方をされると寝覚めが悪くなるからっ……!」

「……お人好し。一応合格だけどな」

「黙りなさいっ……! 私だって自分の甘さにいい加減頭に来ています!」

 

 顔を赤くしてまで言葉を荒げた神裂は落ち着くように、疲れたように一呼吸置いた。……精神的に疲れているのは俺も同じだ。

 俺を横抱きにしたまま、神裂は魔術を使ってスノーボードみたく中空を滑っている。そんな状態で俺の身体の左半分に乗った、なんというか女性特有の重みというか柔らかさに俺は居心地の悪さを感じていた。神裂の足元で発動しているらしい魔術に影響があっても困るから持ち上げた右手は、しかし俺の体の上に持ってきてしまえば否応なく、その、神裂の胸部に触れてしまうので、行く当てもなく中途半端な位置を彷徨った。

 当然ながら女に横抱きにされた経験など俺には無い。むしろあってほしくなかった。……公開処刑だこんなもの。一人で来て正解だった。こんな情けない姿を柚姫たちの前に晒したくは無い。

 

「……それで貴方は、何故こんな真似をしたんですか?」

「ただの思いつき」

「本っ当に馬鹿ですね貴方はっ……!」

 

 そんな気の抜けるような会話をしている内に神裂の足が地に着いた。と、いきなり神裂が俺を抱えていた両手を離す。両腕の支えが無くなり、俺は無様に地面を転がった。……痛い。いきなり何しやがる。

 

「いえ別に。もう抱える必要は無くなったので」

 

 しれっと答える神裂を睨みながら起き上がる。そんな俺を見て神裂も、む、と俺を半眼で睨み返した。先ほどと比べれば、随分と敵意の薄れた表情だった。

 これでようやく本題に入れるだろうか。

 

「少しは話す気になったかよ」

「……そうですね。このまま貴方たちを野放しにしても厄介なことになりそうですし……」

 

 一先ず停戦としましょう、と神裂は言う。暗に、俺たちと馴れ合うつもりはない、と。

 

 

「ですから、まずは現状だけ――」

 

 

 そうして神裂は話し始めた。二人が何故禁書目録を追い回すのか。何故禁書目録の記憶が丁度一年前で途絶えているのか。禁書目録の身に、何が起きているのか。インデックス、ステイル=マグヌス、神裂火織が繰り返してきた彼女たちの物語。

 私情を交えないように淡々と説明していく神裂の表情には、確かな悔恨と苦悩が滲み出ていた。

 

 

「――以上が貴方が『些細な問題』だと言った、私たちがインデックスを追う理由です」

「…………」

 

 

 話を聞いて俺は少し頭を抱えた。いくら私情を挟まなくとも、今の話から彼女たちがどういう人間か嫌になるほど理解できた。そして、それを利用されて出来上がった今の状況も。

 

 

「本当に馬鹿だよ。お前もマグヌスも。科学ってものを知らない。だから簡単に騙されるんだ」

「……なんですって?」

 

 

 メリアが携帯電話を上手く使えないほどの機械音痴だったから、もしやと思ったのだ。まさか本当に魔術師全員に同じことが言えるとは思わなかったが。

 『知らない』ということは、その『知らない分野の視点』から物事を見ることができないということだ。科学側を知らない神裂たちは、彼女たちが立っている魔術側の視点からでしか禁書目録が抱える問題を考えることができない。だから騙され、騙されていることに気付かない。

 

「前提から間違ってるんだよ。そもそも人間の脳、記憶領域は――――」

 

 神裂に説明してやろうと口にした台詞は、神裂の背後から突如届いた夜空を照らす閃光と轟音に遮られた。俺の視線の先、乱立するビルの隙間から光の柱が夜空を撃ち抜くように迸っていたのだ。

 

 

「まさか、あれは『Dragon Breath〈竜王の殺息〉』ですか……!?」

 

 

 振り返った神裂が息を呑む。光と音の発生源は、俺たちのマンションの方向にあって、

 

 

 

「光の下へ向かうぞ。連れて行け」

「っは、はい……!」

 

 

 

 俺の左手を引いて神裂が跳躍する。

 一足でビジネスビルを飛び越え、屋上を足場にさらに飛び上がる。上空120m程度の高さから見えた光柱の根元は、理由は分からないが俺たちの部屋だった。

 

 

 

 

 距離は十数km。神裂の足ならば、数分と掛からずに――、

 

 

 

 

 

 

 

 



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10. Conversation -Side.M-

まだ会話フェイズは続きます。この回が終われば次は戦闘です。


 道化役を演じるなんて真っ平御免よ。

 

 

 

 

■Conversation -Side.M-■

 

 

 

 

 インデックスが倒れた。

 

 

 

 銭湯に向かう道中、当麻の姿が消えてからさほど時間も経たずに、いきなり糸の切れた人形みたいにぱたりと倒れたのだ。慌てて抱えると全身が火傷してるみたいに熱かった。意識が無くなっていた。それを見て救急車を呼ぼうとした小萌さんをメリアが止めて、私がインデックスを小萌さんの部屋に運んで今に至る。非力な私が簡単に運べるくらいにインデックスが軽かったのだ。インデックスの食べた、あれだけの量の肉は一体どこへ行ったのだろうか。

 

 当麻はまだ帰っていない。連絡を入れたが返信も返ってこない。電源も切ってしまっているらしい。当麻のことだ、万一の事はないだろうがそれでも心配だ。私もメリアも小萌さんも、今はインデックスのことで手一杯だ。当麻のことを気遣う余裕は無かった。

 

 布団に横たわるインデックスは未だ目を覚まさない。額に濡れタオルを乗せて、苦しそうに熱に魘されている。

 

 

「本当に救急車を呼ばなくて大丈夫なのでしょうか?」

「うん。むしろ呼んじゃダメ」

 

 

 自信なさそうにインデックスの看病をしていた小萌さんの言葉を、桶一杯に水を汲んで冷凍庫の氷を確認していたメリアが肯定する。「本当に? 何故?」と向けられた小萌さんの視線に私も頷く。魔術を知ったばかりの私でさえ、インデックスがいきなり倒れた理由が魔術に関するものだということが分かっていた。症状の出ない重篤な病気でもなければ、きっとそうだろう。その程度が分かっているからと言っても、目の前でインデックスが苦しんでいる現状は変わらない。

 小萌さんが仕方ないですねと頷いた。

 

「……わかりました。何か事情があるのは分かりましたが、それは私にも言えない事なのでしょうか?」

「……うん。ごめん、コモエ」

「ううん、いいのです。じゃあ私は新しい氷だけ買ってきちゃいま――――あれ?」

「ちょ、小萌さん!?」

 

 言葉の途中でいきなり小萌さんが倒れた。訳が分からないという表情をしたまま、インデックスと同じように意識を失ったのだ。慌てて駆け寄って見れば、すやすやと寝息を立てて……、ただ寝てるだけ、なのだろうか? 熱に浮かされた様子もなく苦しそうに魘されるでもなく、本当にただ寝ているように見える。

 

 

 でも、どうしていきなり……?

 

 

 ただ小萌さんが寝ているだけの小萌さんに「な、何で……?」と首をかしげていると、隣に腰を下ろしたメリアが能面みたいな無表情で私をじぃ、と見ていた。

 

「な、何かしら……?」

「ユズキは眠らないの?」

「……は?」

 

 こんな状況で眠れるわけないじゃない。そう答えるとメリアは、違う、と緩やかに首を横に振った。彼女はいつも言葉が足りないように思う。

 

「睡魔の魔術。私が掛けてる」

「……どうして」

 

 小萌さんと私に魔術を掛けているとメリアは言った。小萌さんの状態から見て、多分対象を眠らせる効果の魔術なのだろうが、私自身そんな自覚は一切ない。意識を持っていかれることも無ければ、眠気すら襲ってこない。

 

 理由は、……すぐに分かった。

 

 部屋の外、アパートの階段だ。数は一人分。かつかつ、と金属の階段を足音が登ってくる。

 

「気を遣ったつもりなんだけど」

「……余計なお世話よ」

 

 メリアのよくわからない気遣いに(メリア自身の考えに基づいた行動なのだろうが)私は少し呆れながら、もう止めてお願いだから、と念を押した。

 魔術師が来たから私を気絶させようとしたメリアも、勝手に一人で魔術師の元に向かった当麻も(無論私もなのだろうが)、なんというか気の遣い方が自分勝手だなと再確認した。見てる方向は同じなのに纏まりがない。いまいち協調性に欠いている。うん、実にらしい(・・・)。

 

 

 

 こんな状況なのにそれが可笑しくて、気が抜けてしまって。

 

 

 

「悪いけど、邪魔するよ」

「いらっしゃい。アナタがステイル=マグヌス?」

 

 玄関の鍵を破壊しながら部屋に入ってきた神父姿の赤毛の男に気軽に声を掛けてしまっていた。食事会に遅れてきた友人を迎え入れるような感じだった。そんな私を見て、彼は警戒に表情を険しくした。

 

 

「神裂の話とは随分違うようだが……」

「ええ、そうね。……『インデックスに手を上げたのは許せないけど私も言い過ぎた』、『ごめんなさい』って神裂火織に伝えといて欲しいのだけれど、いいかしら?」

 

 

 四人で話し合って、私は私なりに反省していたのだ。いくら知らなかったとはいえ、インデックスのために動いていた彼らにあの態度は不味かった。協力を申し出るには少々刺々しい態度を取ってしまっていたのだ。いくらあの時の私に他に取れる手段がなかったとしても、だ。

 

 だから神裂火織の時みたいなことはせず、出来るだけ彼らに親身になるように心がける。

 

 何て醜い身勝手な女。心の奥底で自らを嘲笑う、どこか客観的な私のことは今は無視する。そんなのを気にしてたら、またツンケンしてしまう。

 

 

「下らない。そんな言葉よりも、禁書目録を僕らに渡して欲しいね」

「私からしたら下らなくないわよ。それと、何を言われても『今のアナタたち』にはインデックスは渡せないわ。――だから、力を貸して。そしたら考えてあげる」

 

 

 言っても、ステイル=マグヌスの表情は硬いままだ。

 

 

「別に『仲間になれ』なんて言ってないわ。手伝って、って言ってるのよ。それ以上は要求しない」

 

 

 だって同じ立ち位置にいる私たちでさえ纏まりが無いのに。言ってしまえば協調性が欠片も無いのに、インデックスを助けるという同じ目的に向かって進むことが出来ているのだ。

 

 そしてそれは、きっとステイル=マグヌスと神裂火織にも同じことが言えると私は踏んでいる。

 

 

 

「アナタたちだってインデックスを助けたいんでしょ?」

「…………」

「本当はアナタたちだって苦しいんでしょう? インデックスは『知り合い』なんでしょう? だから、――ね?」

 

 アナタたちに協力させて。ゆっくりと諭すように、私なりに『私たちは敵じゃないよ』と伝えようとしたのだが、しかし(まあ馴れ馴れしかったし当たり前だと言われればそうなのだが)、

 

「ふざけるなっ!!」

「かはッ……!?」

 

 ステイルに胸倉をつかまれ、持ち上げられて壁に叩きつけられた。

 思い切り背中を土壁に強打したせいで肺から喉を通って全ての空気が出て行ってしまった。ついでに口を少し切った。……痛いわ。凄く痛い。呼吸困難になりながらもステイルを見れば、彼は、

 

 

 

 

「君に何が分かる! 僕たちがどれだけ必死に、どれだけ足掻いてきたのか君には分かるっていうのか!!」

 

 

 

 

 歯を食いしばりながら、吠えるように言葉を吐き出していた。その中に篭められているものは誰の目にも見て取れた。

 

 

 それは――『憤怒』であり『悔恨』だ。現状に、私たちに、そして彼ら自身の非力に向けられた、ぐちゃぐちゃに混ざった負の感情の渦。それを表わすようにステイルの表情も怒りや悲しみみたいな感情が織り交ぜになって、どこか泣きそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「ストップ」

 

 

 

 

 

 ステイルの感情を理解してるかどうかは知らないが、メリアが仲裁に入ってくれた。彼女はステイルの腕を掴んで、無理やり私から引き剥がしてくれた。

 

「大の男が女の子に手を上げるのもどうかと思うよ」

「…………っ」

「けほっ……、~~~~っ……」

 

 私はずるずると床にずり落ちる。息ができるようになったのはいいのだが、いかんせん強く叩きつけられたせいで咳が止まらない。それでも今何も言えなくなってしまえば、ステイルと話せなくなってしまえば交渉も何もあったものではない。

 だから私は咳き込みながらも、立ち上がって口を動かすことにした。

 

「アナタのことなんて、けほっ……。私にはわからないわ」

 

 私はアナタじゃない。アナタじゃないのだから、ステイル(アナタ)のことを全て理解しているなんて、私には言えない。私は我が身可愛さを捨てきれない、自分の欲望に素直なだけの、ただの一女子中学生だ。

 そんな私は人に説教できるような立場でもないが、誰もが納得するような崇高な演説なんて出来ないが、コレだけは理解しているつもりだ。

 人はどこまで行っても一人だ。自分のことを自分以上に理解してくれる他者など、この世のどこを探しても存在しない。その癖一人では生きていけないから、人は他者を理解しようとする。他者に理解されようとする。

 

「違う……」

 

 そんなお題目を口にしようとして、止めた。『綺麗なだけの言葉』をいくら使ったって彼には届かないことに思い至ったのだ。そんな一般論程度の浅い考えなんて欺瞞もいいところだ。

 そうだ。そんなものに頼らなくたっていい。いくら否定されようとも、うざいと思われようとも、私は私の望みを言い続けるだけだ。直接的に戦う力を持たない私には、それしかないから。

 

「いいから、教えてよ。インデックスのことを。……アナタ(ステイル)のことを」

「…………」

 

 私が引っ張り上げてあげるから、と。

 俯いたステイルの前に立って、下から彼の顔を見上げる。道に迷った子供みたいな顔をした彼を見つめ続ける。

 

「……チッ」

「む……」

 

 舌打ちして私を睨みつけるステイルに、私も眉間に皺を寄せて睨み返す。見つめ合いが睨み合いに変わってから十数秒後、

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 メリアが割って入った。いつも通りの無表情の癖にどこか呆れているのが何となく分かる表情だった。その『いつも』がいつのことかは分からないし、何で無表情にしか見えない顔から感情を読み取れるのかも分からないが。

 

 そんな彼女は横になっているインデックスの首を左手で指差して、

 

 

「インデックスの首にある術式について、知ってる?」

「え?」

「な、に……?」

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 あの後、結果としてステイル=マグヌスとの停戦を取り付けることが出来た。

 メリアがインデックスの喉奥の術式を見つけたことが大きかったのだろう。ステイルたちも知らなかったらしく、その術式の詳しいことはわからなかった。

 そしてステイルからインデックスの現状についても教えてもらうことができた。ステイル曰く、インデックスは脳内に十万三千冊の魔導書を記憶しているために脳が圧迫され、一年ごとに記憶を消去しなければ命を落とす。

 だからステイル=マグヌスと神裂火織の二人は何度も何度もインデックスの記憶を削除し続けた。いつか記憶を消さなければならないインデックスと仲良くすれば、来るべき別れの瞬間に失い傷付くものが多くなる。だから二人はインデックスの敵を演じ続けているのだそうだ。

 

 今、私とメリア、それからステイルの三人は私たちの部屋へと向かっていた。インデックスの首にある術式を解析するために、だ。それには出来るだけ一般人がいない場所が好ましい。だから小萌さんの部屋では都合が悪かった。メリアにインデックスを抱えてもらって、私は先ほどの話で気になった点をステイルと話し合っていた。

 

 

「一年分の記憶しか持てないくらいにインデックスの記憶領域を圧迫してるのって、本当に魔導書だけなの? それとも魔導書の中に読むことによってエピソード記憶領域を狭めたり、異常なほどに脳を圧迫するような効果を持つものがあるのかしら? いくら完全記憶症候群っていても一年程度の経験や知識だけじゃ、普通は脳が圧迫される事態にはならないはずよ」

「……僕自身、彼女が覚えている魔導書全てを知ってるわけではないけど、そんな危険な魔導書は無かったはずだよ。それと、どうして一年程度の記憶で人が死に至らないと断言できる。君は脳科学者なのかい?」

「まさか」

 

 学園都市の能力開発は、何かしら能力の素質を持つ人間の脳髄を音波なり電気信号なりで開発することによって能力者を生み出すのだ。

 脳を弄る以上、脳の仕組みについて大雑把にでも理解していないといざと言う時に致命的な失敗を引き起こしかねない。言ってしまえば『学園都市内での常識』なのだ。能力開発の大前提、とも言える。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、魔術師っていうのは科学に詳しいものなのかしら? 例えば『他の金属から金を作る』っていう錬金術みたいなものって、科学とかに詳しくないと出来ないと思うのだけど」

 

 聞けば、ステイルは首を横に振った。

 

「僕は『魔術師』さ。錬金術もある程度は齧っているけど、科学なんてものに興味はないよ」

「要するに科学はてんで駄目ってことね」

 

 ぐ、と言葉を詰まらせたステイルに私はやっぱりかと頷いた。脳の記憶について一から説明して、彼がどういう反応をするか確かめることにした。彼の反応で何が原因か分かるはずだ。

 

「簡単に説明するわね。まずは人が記憶する過程から。記憶過程は大きく分類して『感覚記憶』、『作業記憶』、『直後記憶』、『短期記憶』、『長期記憶』の五つに分かれるわ。その五つのうち『短期記憶』、『長期記憶』の二つが『陳述性記憶』で、残りの三つが『非陳述性記憶』ね。『感覚記憶』は視覚や触覚みたいな人間の五感の記憶。簡単に言えば食べ物を食べた時に感じた味や臭いや温度みたいな感覚的な記憶。感覚の記憶だから長くは保持されないわ。『作業記憶』は体験の一部を僅かな時間だけ保持することで、その情報の中からさらに一部を『長期記憶』に保存するの。言ってしまえばメモね。その中から長い間保存しなきゃいけないものを『長期記憶』というノートに写し書きするって感じよ。『直後記憶』は、簡単に言っちゃうと記憶ごとのコネクション。これが無いと『立ち上がって掃除をする』時、立ち上がった後記憶から『掃除をする』の部分が抜け落ちてしまう。自分が行動を起こす前に考えていたことを忘れちゃうのよ。『短期記憶』と『長期記憶』は――――」

「……もういい、もう分かった。それで、結局何が言いたいんだ君は」

 

 話の途中でステイルはお手上げだとばかりに肩を竦めた。話を聞いているだけなのに、彼の表情には疲労の色が濃い。……本当に科学的な話は駄目なようだった。

 つまり彼には科学的視点での、インデックスの状況の『矛盾点』を理解していないことになる。彼女が抱えている『本当の問題』に、彼らは気付いていないのだ。

 だから私はステイルにそれを教えることにした。ともすれば彼らのしてきたことが本当に『無駄』になってしまうような、残酷な真実を。

 

「要するに一口に『記憶』って言っても色々種類があるの。種類が違うのなら、それを記憶する場所もまた違う。本の内容を一言一句全て覚えて、その総数が十万三千冊なんて莫大な量になったとしても――その程度の情報量で人間の脳はパンクしたりはしないわ」

「な…………」

 

 絶句し、足を止めたステイルの前に私は立つ。彼が傷付くことが分かっていて軋む心を、これは本当のことだから教えなければならない、という見栄っ張りな義務感で押さえつける。

 

「例えば魔導書を読んで、どういう言葉が書いてあったのか理解する。この動作の中で言葉を理解し文章を記憶するのが『意味記憶』。読んでいたときの情緒を記憶するのが『エピソード記憶』。当然その二つは別物で、記憶する場所も別。それに私たちが『忘れている』と思ってるだけで、『思い出せない記憶』だってちゃんと脳内に蓄えられている。つまり、いくら莫大な量の本を全て記憶したとしても、いくら完全記憶症候群でも。情報の種類によって貯蔵される場所は違うし、完全記憶した一年分の記憶で脳死に至るほどに脳の容量が小さいなら、そもそも私たち人間は十歳になるまでに例外なく死んでるわよ?」

 

 そしてインデックスが本当に『一年分の記憶で死んでしまう体質』ならば、魔導書が原因ではないのならば。

 

「アナタたちが知らなかった首の術式が、原因なんじゃないの?」

「っ…………」

 

 ステイルは黙ったままだった。右手で頭を抱えていた彼の身体が、くらりと倒れそうになった。きっと自分が立っている地面さえ曖昧に感じるほどに、彼は打ちひしがれている。それが分かったから、分かってしまったから。私は意を決して、彼の手を取った。闇の底から引き上げるように、すこしだけ手を引いた。

 

「だから、まずは調べてみようよ。少なくともそれが原因かどうかは分かるでしょ?」

「――ああ、そうだね」

「うん」

 

 もうステイルの身体はふらつかなかった。握ったままだった私の手を振り払って、止めていた足を動かして歩き始める。軽い足取りに、私とメリアも後に続く。

 

「君は、本当に残酷だ」

 

 と、歩きながらステイルが私に振り返った。笑顔にしては苦味が強すぎたが、もう先ほどのように迷っているようには見えない。衒いが無い。

 

「神裂が言い負けるわけだ。遠慮ってものがない」

「……う」

「相手に残酷なほど真実を突きつける癖に、敵意も無ければ善意で心を抉ってくる」

「……ゴメンナサイデシタ」

 

 いや、うん。ステイルの言い分が尤もで、私は心の中で二人に平伏するしかなかった。

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

「ただいま、……なんちゃって」

 

 真っ黒な玄関をくぐって玄関から誰もいないリビングに足を踏み入れる。

 

「インデックスを寝かすならソファにお願い」

「わかった」

 

 いつも当麻が使っているソファにインデックスを横たえ、メリアが、どうするの、と言う。

 

「解析魔術は私使えないよ」

「ステイルは?」

「……僕がやろう。準備に時間が掛かるが、」

 

 ステイルの言葉に私とメリアは、お願い、と揃って頷く。

 その『準備』とやらのためにステイルが部屋から出て行ったのを見て、私たちはどうしようか、とメリアに聞けば、

 

「後は任せたほうがいい」

「……そうね」

 

 魔術を使えない私と、どうやら今は力になれないらしいメリア。二人してあまり役に立っていない状況だが、小萌さんの部屋で四人で話し合っていたときよりも随分と気分は軽い。

 それはきっと、状況が好転してきているのが分かっているから。

 

 

 

 

 

 だからだろうか、

 

 

 

 

 

「待ってて、今助けてあげるから」

 

 

 

 

 

 

 油断していた。

 

 

 

 

 

 

 病魔が潜むインデックスの喉元に優しく触れて、

 

「ダメ」

「え……?」

 

 メリアに慌てて引っ張られても、もう遅い。インデックスの喉の奥、何かが砕けるような音と共に彼女が目を見開いたのだ。ふわりとインデックスの身体が宙に浮かぶ。

 

 

 

 幽鬼のように、顔面蒼白で、機械じみた声で、

 

 

 

 

「――警告。第三章第二節、INDEX LIBRORVM PROHIBITORVM〈禁書目録〉拘束術式『首輪』。第一から第三までの結界の破壊を確認しました。結界再生……、失敗」

 

 

 

 両目の奥、赤く発光する幾何学模様を宿した双眸が私たちの姿を透過している。

 

 

 

「『首輪』の自己再生は不可能と判断します。10万3000冊の書籍の保護を最優先。侵入者を迎撃します」

 

 

 

 どうして私が触れただけで結界が破壊されたのか、なんて考える暇もなく。

 

 

 

「侵攻してきた個体に対する最も有効な魔術の組み上げ……、成功しました。『St. George's Sanctuary〈聖ジョージの聖域〉』より、『Dragon Breath〈竜王の殺息〉』を発動します」

 

 

 

 視界を覆った閃光と、私を軽々と吹き飛ばした衝撃に私は意識を失った。

 

 

 



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11. Devils Party part.1

※追記:今回は二話同時に投稿してみました。こちらが二話目ですのでご注意ください。


以前感想のほうで11話は大体ニ~三話分になると書いたのですが、ちょっと文字数が多くなりそうなので二話に分けることに。
その謝罪も篭めて投稿を前倒ししました。ころころと言う事成す事が変わってしまい申し訳ありません。



今回前々から感想でリクエストいただいていた内の『魔拳』を私なりに解釈して書かせていただきました。魔拳っぽい技というかなんというか、もしかしたらご期待に沿えぬようなものになってしまっているかもしれませんが、その時は生ぬるい目で見ていただければ幸いです。


 ■■■■年■■月■■日付。

 映像記録08(画像データに異常アリ。音声のみの再生となります)。観察対象:検体No.01、検体No.06、検体No.07、検体No.11。設備:観察箱04『木原教会孤児院』。

 

 

『それで、何で俺らこんなことしてんだよ』

『知るか』

『二人が喧嘩の最中に花壇荒らしちゃったからでしょ。ほら、早く直さないと院長さんに怒られちゃうわよ』

『あのハゲジジイ……、俺らのことは放っておけっていつもいってんのに』

『木原幻生だったか。……あの男、あまり好きじゃない』

『テメェはまた好き嫌いの話かよ。あーあー大変ですねぇ嫌いなものが多いと』

『なんだと?』

『はいはい二人とも喧嘩しないで』

『第一お前が下らない話をするからこうなったんだろうが』

『下らねぇって何だよ、こちとら本気だっつの。ハゲジジイにいつか痛い目見させてやるから協力しろって言っただけじゃねーか』

『だから俺は止めろって言ってるんだ。争い事は嫌いなんだよ』

『あれも嫌い、これも嫌い――』

『無視しないでよ、ねぇってば!』

 

『うるさい』

 

『だっ!?』

『痛ってぇ!?』

 

『あー! ちょっと何してるのよー! せっかく植えた花が潰れちゃったじゃない!』

『……ごめん。反省はしないよ』

『ていうか二人ともノビちゃったじゃないのよ! どうするのよ、これじゃあ――

 

 

――データ破損により以降の観察記録は閲覧不可。

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 真っ先に意識したのは黒一色。黒い球体を内側から覗いたような世界だ。足場も天上も壁も境界もない世界を、上条柚姫はただ浮遊する。

 

 

 

(……また、ここ?)

 

 

 

 夢と現の境界みたいな空間で、しかし今度ははっきりとした意識を上条柚姫は持っていた。ここが『何処』かなんて分からない。昨日来た時、光が漏れて星のように見えた穴は無くなっていた。なんとなく、ここは出口の無い閉じた世界なのだと理解した。それなのに際限が無いように感じるのは、きっと『何も見えていないから』。

 

 

 そして、前と違うところがもう一つ。

 足元が滲むように光っている。血のような、赤色。それが布に染み込んでいくみたいに上に上がってくる。その奥底が不規則に脈打っている。

 

 

 

(…………?)

 

 

 

 ふと、私の身体も周囲に合わせて脈動していることに気付いた。どく、どくどく、どく。周囲の景色と同じように。テンポが速まったり遅くなったり。色々なタイミングを試しているみたいだった。

 

 

 

 それはまるで、調律を合わせているようで――、

 

 

 

(『何か』いる……)

 

 

 

 確かに『何か』がいた。どこにいるかは分からない。分からないが、周囲の脈動は『それ』が今にも目を覚まそうとしているからだと理解した。

 

 

 

(――ううん。『何か』でも『それ』でもない)

 

 

 私は知っていた。理由なんて分からない。理屈なんてまだ理解できていない。でも、『この子』はずっと私の中にいたのだ。いつからなんてどうでもいい。ただ、私の中で生まれる時を待っていた。

 とても馴染み深く、そして私の中にいたその存在を、今私は知ることが出来たのだ。不思議と嫌悪感は無い。むしろ――、

 

 

(今まで、私を守っていてくれたんだね)

 

 

 私は『この子』に感謝すらしていた。

 何故、あの化物――天使を破壊することができたのか。何故、天使の言葉が私の口から飛び出したのか。それは『この子』が私の中にいたからだ。

 この子はあの天使と根本が同じだ。研究によって、人によって創り出された指向性の塊。そしてここには、この子がいる『■界』。その中に創り出した身を守るための障壁。胎盤じみた揺り篭。

 

 

 きっかけは昨日の一件。天使との遭遇だ。

 

 意識の海に飲まれ、私は無意識にこの子の力を使って意識を殻で覆った。でもそれは穴だらけで、隙間から意識と記憶が流れ込んできてしまった。そして私以外の人間に触れ、この子は私(自分)以外の存在を知ったことで、私(自分)とこの子(自分)の違いを知ってしまった。

 この子は自我を持とうとしている。私の感情に触れて、私を知って、人がどういうものか知ろうとしている。本当なら目覚めるためにはもう少し時間が必要なのだ。

 

 

 それが今、インデックスが放った閃光に驚いて目を覚まそうとしている。

 

 

 

――…………オハ、ヨウ。

 

 

 

 

 周囲の殻が破れていく。目が開いていく。祝福しよう。祈り上げよう。

 目を覚ましたばかりの、生まれたばかりのこの子の名前は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『拡散力場を司る悪魔(AIMマクスウェル)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■Devils Party■

 

 

 

 

 

 ハルバード『Mallet of Amaryllis〈鉄彼岸花〉』が竜王の殺息に軋みをあげる。逆さにしたハルバードの斧頭で上に受け流しているのだが、竜王の殺息は熱量が尋常ではない。そして『聖ジョージの聖域』というだけあって相性は最悪。黒い霧で壁を作っても効果はなく、柄を持つ両腕に思うように力が入らない。光柱を受け流すことしかできない上に、持った両手が焼けそうだ。しかも背後で気絶しているユズキを庇っているせいで回避することもできず、衝撃によって部屋の中は滅茶苦茶だ。天井には大穴が開き、家具は散らばって背後の壁もひび割れている。……でも私は悪くないはずだ。文句なら禁書目録をこんな風にした元凶と、戦うのに不向きな狭い部屋を作った設計者に言ってもらいたい。

 

 状況はジリ貧。――否、さらに悪化した。

 

 

「対象捕捉。『竜王の殺息』を継続。さらに対魔装術式『Devilcraft Incinerate〈魔典焼却〉』を追加発動します」

 

 

 足元に幾何学模様が広がる。瞬間、鉄彼岸花が発火した。

 『元々は杖だった』ハルバードに深く繋がれた私の能力の大元。私の内部、心臓に埋め込まれた炭片に火が付いた。

 

 

 

――ぐ、ぎぁ、ィィァアアアアアアアアアアアアア!?

 

 

 

 嘗て16世紀頃の欧州に生きていたらしい女性――『リリィ=ラプラス』が悲鳴を上げる。脳内で声が乱反射する。……悲鳴を上げたいのは私のほうだ。

 いくら強化された肉体が火に焼けなくても、体内で燃えているのだ。熱いものは熱い。というより元から炭なのだから少しくらいは我慢してほしい。

 

 

 

――嫌っ! ィあいやイヤ嫌ァッ!! もう焼かれるのは嫌ァアアアアアアアッ!!

 

 

 

 ヒステリックな悲鳴は止まらない。だがまあ、それも仕方ないと思うことにした。

 彼女――『リリィ=ラプラス』は16世紀当時に生きていた『魔女』だ。『魔女狩り』によって磔刑に掛けられ火やぶりにされた。

 そんな彼女の遺骨を結晶化して杭にした物が私の心臓には刺さっている。それは物理的にも概念的にも私と同化していた。杭に宿るラプラスの無念は私の人格と同調して自我を取り戻し、そして私の中で息を吹き返した。生前に彼女が使っていた杖は醜く形を変え、それを私が持つことで彼女の憎しみが黒い霧となった。人を溶解するほどの熱を持った妄念の具現――それが私の使う『Corpse Curse〈死人呪詛の闇霧〉』だ。

 

 

 私は、アルストロメリア=グレイスは『聖人』だ。中途半端に人以上の力を手にしてしまった、神に選ばれたにも関わらず神の力の一端に耐えられなかった『出来損ない』。

 

 それも当然の結果だった。だって私には真逆の才能しかなかったのだから。そしてラプラスの憤怒怨念は私の『出来損ないの聖人』に打ち消されないほどの強固な感情だった。

 だから心臓に突き刺さったラプラスの杭によって私は『魔人』となったのだ。そこに至るまでの経緯は覚えていない。どころか学園都市でコモエに拾われる前までの記憶が曖昧だ。たしかどこか山奥の教会で暮らしていたのは思い出せるが、それ以上を思い出そうとすると頭痛がする。これは何なのだろう。

 

 

「――――っ」

 

 

 なんて現実逃避しても手に持った鉄彼岸花が燃えて心臓に火種があって、竜王の殺息を目の前でギリギリ食い止めている現状に変わりは無く。

 

 

 

――ァァァ熱い熱い熱い熱いィッ! 誰か止めてぇええええ!!

 

 

 

 耳を通してないのに耳障りな叫びが頭の中に響いた。煩い。きゃーきゃー騒いでいる割に誰かに助けを求めるくらいの余裕はまだ残っているらしい。

 どうしよう、と考える。不思議と恐怖は無い。なんとなくだが、このまま私が死ぬことは無いだろう、と。たとえばステイルが慌てて戻くるとか。空に流れている竜王の殺息が目印になって未だに戻ってこないトウマが戻って来る、とか。運がよければこっちみたいに神裂火織と和解してるかな、なんて思った。

 

 

 

 それはただの勘ではあったものの、

 

 

 

 

「この期に及んで一体何が――――」

「――な、なんであの子が魔術なんて使ってるんですか!」

「『これ』が原因で今まで使えなかったんだろ」

 

 

 

 

 思い切り扉を開けて入ってきた途端に息を詰まらせたステイルに、大穴の開いた天井から慌てて飛び込んできた二人に。ああやっぱりか、と外れることのない勘にうんざりしながら私は少し安心していた。

 

 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

 天井に開いた大穴を潜って滅茶苦茶に散らかった室内に足を下ろす。気絶した柚姫を庇って、神裂曰く『竜王の殺息』を受け止めているメリアを見て、俺は右手で光柱を掴んでメリアの前に割り込む。

 

 

 途端、右腕に激痛が走って視界が警告の赤一色に染まった。

 

 

――Alert. Capactiy_Over the Main frame<DRACO_EX_MACHINA>.

 (『幻想殺シ』ニ異常ヲ感知。筐体『機械仕掛ケノ竜王(カミジョウトウマ)』ノ処理限界ヲ突破シマシタ)

 

「……っ」

 

 竜王の殺息を受け止めきれずに俺は踏鞴を踏む。幻想殺しで消しきれない光の奔流を俺は無意識に『掴んで捻じ曲げた』。大穴を抜けて光柱が夜空へと昇っていく。結局メリアと同じように空へと受け流すことしかできずに、

 

 

 どくり、と。

 

 

 俺の心臓が竜王の殺息に反応した。酷い既視感が駆け巡り、俺の意思とは関係なくOSが勝手に対策を講じ始める。

 

 

――Take measures of emergency. Now disposition ...Phase Up. Started... <Automatic-Index-Winged -Angelland-Slaine-System> assimilate Basic_Skill<IMAGINE_BREAKER>.

 (対策ヲ検索――――段階ヲ進行シマス。『エイワス』ニ『幻想殺シ』ヲ吸収、同調開始)

 

 

 俺の中で何かが割れた。

 それが一体何なのかは分からない。ただ――そう、例えば『母の温もり』じみた光だ。子供の頃、楽しかった暖かい日向みたいな何かが――崩れ落ちた。

 

「――――ッ!」

 

 偽装が剥がされる。継ぎ接ぎだらけの『上条当麻(カミジョウトウマ)』が。コインの表と裏が溶けて混ざり合うみたいに。

 抵抗も出来ず、あまりにも自然に。そうなることが初めから決まっていたかのように。エイワス(我)と俺(我が宿主)の意識が別々のまま重なっていく。

 

 

 

 

――Complete assimilation. Exercise... Ambush-Anti-Ability-System<IMAGINE_EATER>. Right Armed... <GAUNTLET>.

 (同調完了。対異能特殊迎撃機構『幻想喰イ』ヲ起動シマス。右制動翼並ビニ右腕部強化装甲『鱗手』ヲ展開)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして俺に巣食う『竜王(ドラゴン)』の一部が――我の『SYSTEM(神域を侵す力の集合)』の末端が、今その姿を現実に晒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……」

「……え」

「な、なんですか、それ―――」

 

 背後で三人が息を飲む気配が伝わってくる。それも当然なのかもしれない。俺だって驚いているのだから。

 

 歪な右腕が鈍く輝き、翼の片割れが羽化するように広がる。竜王の殺息を受け止める右手は今や姿を激変させていた。指の先から肘までが金属に覆われていたのだ。鱗手(ガントレット)の名の通り、竜の腕じみた『知識にも載っていない謎の金属(シャドウメタル)』の手甲が出来上がっていた。そして右の肩甲骨のあたりを根元に腕がもう一本生えたような感触がある。神経の通った、しかし今まで体験したことのない俺の肢体。竜王の殺息との接触で発生した風によって音を立てながら靡いている。右制動翼――シャツの右肩甲骨の部分を破って広がったその翼も、きっと右腕と同じ金属で構成されているはずだ。――ああその通りだ我が宿主。全盛期とは程遠いが随分と懐かしい感覚よな。

 初めて出会った時のエイワスの姿を思い浮かべて、ああそうかと鏡を見なくても理解できた。三人の目に映る俺の姿が鋼鉄の半竜人だということを。客観的な俺の姿を簡単に思い浮かべることが出来たのだ。

 

 

「――――」

 

 

 竜王の殺息は勢いと熱量をそのままに、今は俺の右手に全て吸収されていた。どうやら幻想喰いの処理能力は幻想殺し以上のものらしい。先ほどよりも随分と余裕が生まれた。

 

 だから俺はその光柱を、

 

 

 

 

 

 

 握り潰した。

 

 

 

 

 

 

「な――――」

 

 

 俺の背後で誰かが、もしかしたら三人とも言葉を失った。

 竜王の殺息がガラスみたいに砕け散り、のみならず大元の術式を『魔典焼却』ごと破壊したから。禁書目録の体がくらりと揺らぐ。

 そして俺の右腕が、その内部で何かを構築し始めた。……それが何なのかは分からないが、随分と時間が掛かるようで『Now Building』の文字がちらついていた。

 だが、今はそんなもの関係ない。

 

 

「警告。最終章『首輪』に甚大な破損が発生。再生――可能。これより再生を開始します」

 

 再生させるつもりなど当然無い。俺は禁書目録へ駆ける。2LDKの部屋と言ってもリビングの四方は精々が5m程度だ。ソファの上、寝室側の壁にいる禁書目録と部屋の中心にいる俺の距離は長いわけではない。

 だが、

 

「再生を継続。並びに複合魔術『Book of Summons〈魔典召喚〉』を発動します」

 

 踏み出した俺の右足――足首が地面から生えた粘土細工のような左手に掴まれていた。腕の根元にはどこに繋がってるかも分からない黒々とした穴。

 慌てて足を戻せば、手に続いて筋骨隆々の腕が床から出てくる。手が離れない。どころか、ごきり、と生々しい音が響いた。その手に俺の右足首を握り潰されていたのだ。

 

「…………っ!」

 

 そのまま右側に倒れてしまった。俺の体の右側に発生したシャドウメタルの鎧は重たくはない。むしろ生身と同じ重さしか感じないが、それにしたって重量バランスは右側に傾いている。右足を潰されれば簡単に倒れてしまうのだ。

 この程度の力で潰されてしまうとは随分と脆い。最も我も自らの頑強さを売りにしていた訳ではないが。……だったら何を売りにしてたんだよ――いや、まさか。俺の異常なまでの回復力は……当然、我自身の治癒能力よ。

 

「何をしているんだ君は……!」

「下がりなさい……!」

 

 神裂が助けに入った。日本刀を振り下ろし、黒い左腕を上腕の辺りで両断したのだ。手が離れる。俺の足を離れて床に転がった。その手は陸に打ち上げられた魚みたいに跳ね回り、ステイルに焼かれて蒸発した。

 

 手が離されて右足の修復が始まる。粉々に砕かれた骨や関節が繋ぎなおされ、筋繊維が生え治って行く。このままならば十数秒と経たず――、

 

 

「『Looking-Glass〈鏡の国〉』より『Jabberwock〈騒々しい怪物〉』を召喚します」

 

 

 禁書目録の機械音声じみた声に反応して粘土細工の腕が出てきた穴が広がった。今度は右腕が這い出てくる。右腕が折れ曲がって床に手をつけ、それを支えに身体を引きずり出した。現れたのは子供が作った人形みたいな、不細工な筋肉の塊。

 

 ジャバウォック……童話『鏡の国のアリス』に出てくる竜の怪物だ。

 

 背に巨大な翼を生やした――中途半端に人の形を残した身長2.5mほどの巨人。大きすぎて天井の穴から頭が外に出ている。一般的に見れば広い部類に入るリビングは、そいつがいるだけで随分と狭く感じてしまう。

 こちらを見下ろす顔には目も鼻も口も耳も。何もない。球体関節じみた顔が大穴から俺たちを見下ろしていた。

 

 

 ジャバウォックの異様な姿に。禁書目録がそんなものを召喚したという事実に誰もが動けなくなってしまっていた。

 

 

「対象捕捉。総数は五。原典『Cultes des Goules〈屍食教典儀〉』第二百五十七頁『Contrainte Noire〈黒い束縛〉』、並びに『Wonderland〈不思議の国〉』を重複発動。『World off Mirror Wonderland〈異界・腐った不思議鏡の国〉』に対象を飲み込みます」

 

 

 周囲が変質する。形をそのままに姿が変わる。地形をそのままに材質が変わっていく。半径数km範囲が俺たち(倒れた柚姫を含めて)五人と術式を発動した禁書目録を巻き込んで異界となる。幻想喰いの効果も適用されず、問答無用で巻き込まれたのだ。

 

「な、んだ。一体――」

「これは……」

「………くさい」

 

 一瞬にして嗅覚がイカれるくらいの腐臭が俺たちの部屋を――俺たちの部屋だった場所を包み込む。床が、壁が、天井が、家具が。苔むした鏡混じりの石畳になり、同時に全てが腐っていく。石や鏡は黒く、苔は白く。天井の大穴から見える夜空の月は悪魔みたいな笑顔でこちらを見下ろしていた。それもすぐに腐って頭蓋が崩れ、ばらばらと砕けて地上へと落ちていった。

 

 

「現在最も脅威である対象の排除に移ります」

 

 

 禁書目録が俺を見る。

 異界の効果は目の前のジャバウォックに対しても例外ではなく。黒く変色し、ぼとぼととコールタールみたいに溶け始めた。そしてのっぺらぼうの顔中に幾つも裂け目が入る。顔を俺に向け、数十個の切れ込みがヘドロを垂らしながら三日月状に――笑った。

 

「まず―――!」

 

 右足が治っていることに気付いて慌てて立ち上がろうとして、黒いヘドロみたいな手に頭を掴まれた。頭痛がするくらいの腐臭と気色の悪い感触がある。咄嗟にガントレットで黒い手首を掴む。掴んだ部分から先が水のように弾け、しかしすぐに再生して俺の胸倉を掴み直した。そのまま持ち上げられて足が床から離れる。どうやらただ幻想喰いをぶつけるだけでは破壊しきれないらしい。

 ……随分と密度があるようだがこれを本当に禁書目録の小娘が呼び出したのか? それ以外に何がある。

 いや、人間が持つ魔力程度で本当にアレは召喚できるものなのかと思っただけだ。本当に禁書目録の小娘が呼び出したのなら――それだけの魔力量があるならば『首輪』程度で禁書目録の魔力を全て奪うことなどできない、か。

 

「彼を離しなさい――!」

「何故大人しく捕まっているんだ!」

 

 神裂が日本刀を放ち、ステイルが炎剣を飛ばす。俺を掴んだままの右腕に直撃し、それでも僅かばかり焦げて削れただけだ。それもすぐに再生する。俺のために彼らが抵抗してくれてはいるのだが、とうの俺は抵抗するつもりはなかった。

 

「柚姫と禁書目録は任せる」

 

 神裂とマグヌスにそれだけ言って、メリアに、タイミングは任せる、と一瞥くれて俺はそのままジャバウォックに投げ飛ばされた。背中から壁に激突し、突き破って俺の部屋だった場所の窓を割って外に放り出される。

 

 落下中、翼で守れずに蛇頭襤褸になった左半身は、すでに再生を開始している。挽肉にされた右足ほど時間も掛からない。マンション裏の、元は大通りだった地面に着地する時点で修復は終了していた。

 おおよそ40mほどの高さから落下し、腐った石畳の地面に難無く着地する。……普段から人間離れしたことをしてはいたが、今俺は本当に化物になってしまったのだと実感した。それほどまでに人間離れしていたのだ。何を今更。自らの始まりを覚えているだろう。我が宿主は元から人などでは――黙れ。俺だって『理解と納得だけは』しているさ。

 意識が重なっても相変わらず喧しいエイワスに舌打ちして、先ほどまでいた部屋を見上げる。

 

「来いよ、相手してやる」

 

 俺の望み通り、石の壁を紙みたいに破り捨ててジャバウォックが俺目掛けて落下してくる。バックステップで回避すれば、怪物が着地した衝撃で汚泥を撒き散らしながら地面にクレーターが出来たのが見えた。深々と出来た窪みと砂埃の中にジャバウォックの姿が沈む。どうやら見た目以上の重量があるらしい。馬鹿みたいに大きい翼を持っている癖、飛べるようには見えなかった。

 

「…………」

 

 窪みの中に篭られるよりは平地のほうが戦い易い。待っていれば、クレーターの中から地響きを立てながら怪物が歩いて出てきた。

 そして俺を見て(眼球のような器官が見えないことから本当に見えているのかは怪しいが)、人間の口と同じ位置にある切れ込みが開いた。

 

 何を言うのかと思えば、

 

『惑乱ノ森ニテ罪人ハ裁カレ彼ノ持ツ剣竜ノ首斬リ落トシ錯乱セシ悪魔万物ヲ飲ミ込ム大渦月ノ夜ニ産ミ落トサレルハ神狩リノ天使舞イ降リテ天穿ツ黒キ王ハ天上ヘト舞イ上ガル天蓋ノ夜空ニ星ハ流レ其ノ身失墜シ瓦礫ノ中デ稀人孤独ニ焼ケ落チル』

 

 男でも女でもないような人間離れした声で。訳の分からないことを口の中で遊ばせていた。

 ……まともな会話などできそうになかった。……同感だ。ならばもうただ立っているわけにも行くまい?

 

「ああ」

 

 あんな狭い空間で戦いたくはなかったのだ。周りの奴らを巻き込んでしまうから。遮蔽物の無いこの場所ならばもう手加減する必要は無い。

 この筐体での戦い方はすでに理解している。拳を握る。右足を半歩下げる。左手は牽制と防衛のために前に出し、ガントレットを後ろに回して矢のように番えさせた。最後に右翼を広げる。

 

『狂乱スル元素司ル赤黒謡ウ乙女浮上スル水底夜空ハ近ク救済ノ祈リ崩落スル星地上ヘト向カウ鳥篭ヲ隔タル先ニ声ハ届カヌ』

 

 二度目の声は頭頂にある斜めの唇。今度は少女の声で相変わらずブツブツと呟いている。

 喋っているだけで動く気配を見せない怪物を前に、羽ばたいた。

 

 一瞬で音速を超え、ソニックブームを巻き起こしながら懐に踏み込む。ガントレットで標的の左胸部を強打した。爆発したような轟音と共に衝撃がジャバウォックの胸部を貫く。着弾点を中心に胴体が円形に刳り貫かれて左翼が根元から消し飛んだ。肩が消滅して左腕が地面に落ちた。

 下手をすれば聖人とも張り合えるような一撃を受け、

 

『――――』

「これでも駄目か……」

 

 そこまでしても絶命には至らないらしい。ジャバウォックの言葉は止まらない。

 

『人ナラザル人其ノ地ニテ十字ニ架ケラレ苛ム磔刑ハ友ノ命奪イ怒リ狂ウ翼紅蓮ニ染マリテ空ヲ引キ裂ク慟哭砕カレ光差サヌ城泰然ト佇ム』

 

 次は顎にある下向きの唇。老人のような、しゃがれた声だ。

 再生が始まる。再生速度は今の俺と似たようなものだ。数秒すれば完全修復してしまう。だから俺は再び羽ばたいた。一瞬で距離を開き、左半身が修復する前に再び音速を超えて激突した。今度は右胸部を殴りつけた。 先ほどと同じように胴体が消滅して肩と下半身が泣き分かれになる。水音を立てて下半身が倒れ、肩から上が地面に落ちた。

 それでも意味の分からない言葉は止まらない。

 

『暗鬱ナル霧ノ中相対スルハ聖ナル三剣焼カレ裂カレ朽チル聖女ガ掴ムハ忘却ノ彼方届カヌ祈リ大海ニ沈ミ願イ夢灯火ニ揺蕩ウ』

 

 今度は左耳のあたり。静かな女の声。

 これで終わりだ、と未だ口を止めない顔面に拳を振り下ろし、しかし胴体との接合を終えた左手に受け止められた。押し返せない。手を引き離すこともできないためにその場に縫い付けられてしまった。

 胴体が繋がる。生え直った右腕を支えにジャバウォックが立ち上がる。怪物の背後に黒の両翼が広がって、その巨体が完全に元の状態に戻ってしまったのだと悟った。

 

「不死者(ゾンビ)かよ……」

 

 ああ、その通りよ。『黒い束縛』はゾンビ創造について書されている頁だ。おそらくは目の前の騒々しい怪物も例外なく『似非不死』になっているのだろうよ。我らに遠く及ばないものの厄介なものだ。

 

「チッ――――」

 

 最初の接触以上に悪くなってしまった現状に、くそ、と歯噛すれば、いきなり、ジャバウォックが前傾になって顔を近づけてきた。

 

「――――っ!?」

 

 息が掛かるほどに迫った唇だらけの奇面の、人間で言うところの右目の部分にある横向きの唇が腐臭を撒き散らしながらにやりと開いた。発せられたのは調子のいい若い男の声だ。

 

『魔女ノ家ニテ奪ワレシ親愛ノ情零レ落チル友愛犯シ嬲リ殺シ開クハ地獄ノ釜カラ溢レル混沌満チル戦火鳴リ止マヌ凶哮滅ビル城下血肉地ニ還ラン』

『オハヨウ『コンニチハ『コンバンワ『キミハダレ?『アナタワダレ?』

 

 軽い印象の男の声をきっかけに今まで閉ざされていた口が次々と開き始めた。おぞましい気配に背筋が凍る。慌てて振り払おうともがくが、ジャバウォックの左腕は俺以上の力で腕を押さえつけている。相変わらず握力・腕力が桁違いだ。

 

「なに捕まってるの」

 

 ハルバードを担いでメリアが部屋から落ちてくる。重力に引かれるままにジャバウォックの左腕の肘に斧を振り下ろした。

 ジャバウォックの体が左に沈む。怪物の左脚が地面に埋没した。だが、

 

「これでも、駄目?」

 

 怪物の左腕は未だ健在。理由はどうあれ、どうやら胴体よりも両腕のほうが頑丈らしい。

 

「問題ない」

 

 無表情のまま怪訝そうにしているメリアに、大丈夫だ、と答える。

 一撃で切断するには至らないものの、丸太のような腕の半ばまで抉ることには成功していた。それによって力が抜けた左腕を振り払って――俺は回転しながら飛び上がって左脚を突き出し、メリアはジャバウォックの腕に刺さったハルバードを支柱にして回し蹴りを放って――ジャバウォックの胸部を二人で蹴飛ばした。

 

『――――』

 

 二人掛りで全力で蹴りを放ったにも関わらずジャバウォックはびくともしない。だがそのお陰で、結果として距離を稼ぐことができた。

 距離が開けて出来た余裕に俺は安堵に溜息を零す。あの怪物は鈍重で、たとえ動いたとしても問題の無い程度には離れることができたからだ。

 

「――助かった。いいところで出てきてくれる」

「任せろって言われたから。……でもどうするの? 私、ヴォーパルの剣なんて持ってないよ」

「知るか」

 

 これで仕切り直しだ、と軽口を叩きながら二人でジャバウォックと向き直る。

 すると、

 

 

『クッ『キヒッ『カハハッ『ヒヒッ『キィッ―――ハハハハハハハッ!』

 

 

 人型の顔を覆っていた幾つもの唇が口々に笑い始めた。嗤う。哂う。わらう。甲高い声、低い声。老若男女全ての唇がケラケラと蠢いて、

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『『『アハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――ッ!!』』』』』』』

 

 

 

 

 

 

「がぁ……っ!?」

「――――っ!!」

 

 狂った笑い声がハウリングする。ジャバウォックを中心に、射程範囲内にあった鏡が例外なく粉々に砕け散り、地面や壁でさえ根を張るように罅割れていく。俺たちもそうだ。身体の芯が振動し、共振して崩れ始めた。

 

「ぐ……」

「~~~~っ!」

 

 失神しそうだ。鼓膜が完全に潰れた。眼球が割れて視界に亀裂が走る。ミキサーにかけられたみたいに内蔵が搔き混ぜられ、水風船が弾けるみたいに体中から血飛沫が飛んだ。心臓は破裂と再生を繰り返し、生きているか死んでいるかなんてどうでもよくなるくらいの痛みが駆け巡る。

 並みの人間ならいくらでも死んでしまえるような威力だ。だが俺は『幻想喰い』の発動によって副次的に強化された人並外れた――一歩間違えれば不死身とも思えるような治癒能力によって、メリアは『魔人』持ち前の頑強さによって。俺もメリアもまだ立っている。

 

 

「聞こえるか」

「ちょっと遠いけど、大丈夫。聞こえてるよ」

 

 笑い声が止まる。それを機に問えば。

 目端と両耳から血を流しながらも、それ以上傷付いた様子の無いメリアが平然と答える。表情に変化がないから分かり辛いが、まあ言葉通り大丈夫なのだろう。戦闘に支障があるようには見えない。

 

 

 現状、ジャバウォックを破壊するには一撃で消し去る以外に道はない。

 

 

 

 そしてその可能性があるのは、恐らく可能だと踏んでいるモノの構築が完了するまではまだ時間が残っている。もう一方では恐らく殺しきれない。

 

「対抗策はあるか」

「……微妙」

 

 元から腐ってるから霧も多分効かないね、とどこか他人事みたいにのたまった。

 そしてジャバウォックが再び口を開く。全ての口が次々に言葉を発して、

 

 

『喜劇ノ開幕『遊ボウ『失楽ノ園『眠イヨ『戯レル道化『堕チル片割レ『胡乱ナ果実『オ腹空イタ『人肉ノ城『ネェ遊ボウヨ『墜落スルハ『玩具ダ『黒衣濡レ『ミツケタ『翼染マリ『遊ボウ『オトモダチ『喰ラウ贄『餌ハ男ト女『夜空ノ元ニテ楽シイ宴遊ボウ歌オウ轢殺ノ嵐玩具ニナッテ爆ゼル骨肉赤色青色オ絵書キ大好キ人喰ウ獣ゴ飯食ベタイ開幕スルハ喜劇ノ悲劇イッパイイッパイ遊ボウヨ!!』

 

 

 ここに悪夢の宴が幕を開いた。

 




次回はメリアとラプラスについてとか、柚姫の能力とか、当麻の化物具合とか。どうして幻想殺し(喰い)を持った当麻が異界に飲み込まれたのかとか。あまり期待せずにお待ちください。

実は今回書いた『魔拳』は読めば分かると思いますが『魔拳』という感じではありません。ただのシェルブリッドです(汗 速度+再生力特化のうちの上条さんのスペックならこんな感じになるかと。
『魔拳』らしくないのは何故かと言えばちょっとネタバレになりますが、『魔拳』なんていうものがあるのならその使い手は一章の最初と最後に出てきた当麻のオリ父親である上条示道さんしかいないわけでして(詳細はまだいえませんが)。それっぽいことはその時にやりたいので気長にお待ちいただければ幸いです。
それと以前感想でちょっとだけ話になった『屍食教典儀』も出してみました。元はジャバウォックとかを凶暴化させる魔術も考えていたのですが、まあゾンビ化も似たようなものだろうと出してみたのです。元々再生能力を持たせるつもりでしたので、書いてる分にはそこまで違和感はありませんでした。流石に奉仕種族や神格を呼んでしまうとただでさえ大分広がっているというのに風呂敷が畳めなくなってしまうので、今回はおまけ程度だと思っていただければ幸いですm(_ _)m


↓以下超絶言い訳&謝罪コーナー↓

大分以前に感想でスクライドかな? という突っ込みに私は考えなしに「もうカズマにしか見えない」と答えたのですが、それ以降中途半端に隠したり教えたりと有耶無耶にして来ました。

今回読んでもらえれば分かるように、右手に鉄のガントレットを装着して翼を生やした上条さんの姿が、その時の私にはスクライドのカズマとダブって見えてしまったのです。
しかしヴィジュアル的に同じだと言ってしまえば当麻がどんな姿になるのか簡単に想像できてしまうだろう、それでは驚きがない、という考えに行き着いてしまい、今までちゃんと説明できずに読者様を混乱させてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。


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12. Devils Party part.2

投稿が遅れてしまい誠に申し訳ありません。
そして前回言った通りに、今回決着にまでたどり着けませんでした。魔剣も未だに出せていませんorz

しばらく投稿間隔は不定期にしようと思います。出来たところから投稿していく、という形になります。幾重にもお詫び申し上げます。完結までのプロット(だけ)は出来ていますので、時間は掛かると思いますがお付き合いいただければ幸いです。

■2015/02/21
脱字を発見したので修正しておきました。


 

 鼻をついた強烈な腐臭に目を覚ました。真っ先に視界に入ったのは馴染み深い形の残る、しかし見たことの無い腐った石で出来た部屋。壁には皹が入り年季に崩れたような部屋は廃墟みたいだ。私の自室にあった家具の位置や形をそっくりそのままに石のレンガが成り代わっている。腐った苔と石のコントラストは根を張った菌糸みたいだ。私が横たわっていたのは、私が遣っていたベッドと同じ大きさの石の皿だった。部屋を見渡す。妙な文字が書かれた札がところどころに貼られていた。

 

「――ここ、どこ?」

 

 私が腰を下ろしていた床も壁も腐っていた。地面に下ろした手に、制服に、スカートに、床に投げ出した足に強烈な腐敗臭を放つ胞子みたいなものがぬちゃりと付いていて――――*#$%¥@~~!!?

 

「い、いやぁあああああああああああああああ!?」

 

 地面から逃げるように立ち上がる。慌てて手を払う。と、取れない。き、気持ち悪いっ――!

 

「お嬢さん。ハンカチは持ってないのかね?」

「あ……」

 

 頭上から届いた男の人の声にはっとする。そういえばハンカチを持っていたのを忘れていた。スカートのポケットから取り出して手と脚を拭う。……洗って落ちるかしら、と涙を飲んで拭っていく。お気に入りのアサガオ柄の布が汚れてしまったのだ。見つけるのに苦労したハンカチなのに……。

 でも手足が綺麗になったのはいいことだろう、と無理やり自分を納得させる。

 

「ありがとうございます、えっと――――」

 

 声の聞こえたのは、私の部屋の衣装入れと同じ位置にある石の箱の上。礼を言いながら見上げて、私は固まった。

 そこにいたのはこれでもかと両目を見開き、口が裂けたみたいに笑いながらこちらを見下ろす、

 

(猫……?)

 

 猫だ。石箱の上に猫がいる。そいつは人の真似をするみたいに上下の顎を動かした。

 

「いやいや。礼を言われることではないよ。女性に礼儀を尽くすのは紳士の嗜みだ」

 

 ちょっと渋い男性の声を発しながら佇んでいる。彼(?)の背後で長い尻尾がゆらゆらと揺れていた。……何これ?

 猫の正体を掴むことが出来ず、大して敵意を感じないから観察してみる。瞳は琥珀色。黒い毛はふさふさで毛並みはいい。首輪はしていない。体格もすらっとしているが痩せ過ぎているわけでもない。頬まで裂けた口と喋ることを除けばどこにでもいるただの黒猫だ。

 

「そんなにじろじろ見るものではない。触りたいのかね?」

「あ、いや。そういうわけじゃ――」

 

 

『目が覚めたのか!? だったら大人しくそこにいろ!』

 

 と、突然石壁(扉?)の向こうからステイルの声が届いた。音のした方向を見れば、祭りでもしているような騒音が石の壁を隔てて聞こえてくる。今まで聞こえなかったのがおかしいくらいに騒々しい。

 

「一体何なのよ――、……あれ?」

 

 ふと猫の姿が消えているのに気付いた。石箱と天井の間にはもう何も無い。……大人しくしていろと言われたが、現状を理解するために部屋から出ることにした。いきなり吹き飛ばされて意識を失って、今何が起きているのか全く理解できてなかったのだ。

 石の扉(ご丁寧に開き方もノブも同じだった)を開けてみた。形も開き方も、扉下のローラーでさえ同じで見た目より遥かに簡単に開けることが出来た。

 

「なっ……!」

 

 扉を背に炎剣を振り回していたステイルが慌てて振り返る。彼は何か言おうとしたのだが、斧みたいな刃のついた杖を振り回しながら飛び掛ってきた卵の怪人に遮られた。

 

『HiHiHiHiHi――!』

「ちっ……!」

 

 舌打ちを零しながらステイルが再び炎剣を叩きつける。焼かれながら弾き飛ばされて地面に落ちた。頭の割れた卵の怪人はもう――、いや、まだ動いている。

 馬鹿の一つ覚えみたいにステイルに飛び掛っては炎に煽られていた。単調な行動しかしていないのだがいくら焼いても倒れないのが厄介そうだ。

 

「七閃――!」

『HAHA――GYAH!? ――HAHAHAHA!』

 

 そして部屋の奥――というより壁を二枚ほどぶち抜いた先、神裂火織と帽子を被った長身の男が戦っている。手首足首に繋がれた鎖を使って男が攻撃し、それを回避した神裂火織が七つの閃光――今の私にはそれが糸だと見て取れた――でぼろぼろの囚人服を着た男を切り刻む。そして再生、再び神裂を狙って攻撃してバラバラにされる、の繰り返しだ。天井も壁もなくなった、テラスみたいな随分と開放的になっている場所で一方的な蹂躙は続く。

 ……何故今の状況に追いやられたのかは謎だが二人とも随分と苦戦しているように見える。というよりメリアをあしらえるくらいの力を持っているはずの神裂火織が大した力を持たない敵に苦戦しているのが驚きだ。いや、それほどまでに敵が厄介なのだろう。いくら殺しても死なないのだから。それに加えてメリアの結界を切り裂いた技――『唯閃』はインデックスが近くにいて使うことができない、ってところだろうか。

 とりあえずステイルの右側、背中を合わせるように並び立つ。

 

「アナタたちが私をあの部屋に寝かせてくれたのね?」

 

 走り寄ってきたネズミを足を振って追い払う。それだけでネズミは逃げていった。随分と臆病なようだ。卵の相手が忙しいようでステイルは答えてくれそうになかったから、とりあえず話すだけ話してみた。

 

「一応ありがとうとは言っておくけど。お陰でステキな体験が出来たわ。……というよりこんな状況で気絶した私を一人にするなんてどういう神経してるのよ」

「魔避けの結界が張ってあっただろう……! 余計なことを言ってないで部屋に戻っていろ!」

「嫌よ」

 

 鬱陶しそうに怒鳴るステイルに私は首を振る。別に考え無しで戦場に出てきたわけではない。ただ、次にどうするべきか決めるために現状を確認しにきたのだ。

 私が何をしたのか。インデックスがどうなってしまったのか。それだけは自分の目で確認しないと。梃子でも戻るつもりはない。そう言ってやれば、

 

「本当に跳ねっ返りだね――!」

 

 仕方ないとでも言いたそうな苦笑が返ってきた。どうなっても知らないぞ、とのことだ。

 

「否定しない。でも、今なら少しくらいは力になれると思うのよね」

 

 それに同じような笑顔を返した。目が冷めるまでの僅かな時間、夢を見ていた。明晰夢のようなものを体験し、そして自らの内に何かが目覚めた。能力も変貌した――というよりも元の物に戻ったというのが正しいのかもしれない。

 『拡散力場を司る悪魔(AIMマクスウェル)』。今まで見えなかったものが見えるようになっていた。必死に戦うステイルの周囲を漂う燃えるような赤。帽子屋と打ち合う神裂が纏う鮮烈な銀色。暴れまわるアリスの登場人物たちが纏うドス黒い粘膜じみた光。恐らくは魔術師たちや魔術そのものが放つ波長のようなものだ。

 そして離れたところ。外で戦ってる三つの気配。慣れ親しんだ気配二つに、アリスの登場人物たちと同じ黒色の気配。当麻とメリアが何者かと戦っているらしい。

 何故能力者である私に魔術の波長が見えるのかは分からない。『AIMマクスウェル』というだけあって、本来ならばAIM拡散力場を見るだけの能力のはずだ。

 いや、ちょっと待て、

 

(AI”M”――?)

 

 M――Magic(魔術)。

 

 Artificial Intelligence Magicdoll_MAXWELL――。

 

 

(そんなわけ、ない)

 

 頭を振って浮かんだ言葉を思考の外に弾き飛ばす。

 AIMとは『An Involuntary Movement(無自覚に働く力)』であり、超能力者だけが発するものだ。魔術とは関係ない。そのはずだ。

 ならば何故私には見えるのか。何故幻想殺しのような能力を持たない私が、インデックスの首の術式を破壊できたのか。それだけは私には分からないし、今はこれ以上考える必要は無い。それ以上にやらなければならないことがあるのだ。

 帽子の男と戦う神裂火織の奥、随分と距離の開けた位置に見える光。青と黒の混ざり合った光に浮かぶインデックスと視線を合わせる。

 

『――――』

「インデックス……」

 

 頭にウサギを乗せたインデックスが浮遊している。その意思の見えない瞳は相変わらず魔法陣以外何も映していない。否、その瞳の奥――何か、魔法陣やインデックスとは別の影が揺らいでいた。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「こっちは手一杯だ。手短に頼むよ……!」

「わかった」

 

 目を覚ましてから今まで見てきた怪物動物に私は心当たりがあった。というより、題名を知らない人が居ないんじゃないかってくらい有名な童話だ。

 ステイルに襲い掛かっている卵は『ハンプティダンプティ』。一方的に殺されながらもしぶとく神裂火織の行く手を阻んでいる男は『帽子屋』。私が見た猫は『チェシャ猫』。インデックスの頭の上にいるのが『三月ウサギ』。どれもこれも『不思議の国のアリス』のキャラクターだ。目を覚ましたときに見たチェシャ猫だけは理性を残していたが、他は全員腐って凶暴化しているようだ。

 さしずめインデックスは白ウサギといったところかしら。話と噛み合わない部分もあるが、今は『お茶会』。だったら不思議の国に案内された私たちが向かう先は『公爵夫人』の元だろうか。いや、そんなことを言いたいんじゃない。私が言いたいのは、

 

「『不思議の国のアリス』って魔導書だったの?」

「まさか、そんなこと――っ! あるはずないだろう……!」

 

 卵怪人を弾き飛ばしたステイルと話をしながら、今度はトカゲを引き連れて戻ってきたネズミを蹴っ飛ばして追い払う。トカゲは動かなくなり、ネズミは再び逃げ出した。いや、トカゲも再生してネズミと一緒にどこかへ行ってしまった。本当にしぶとい。

 

「じゃあこの状況は何?」

「分からない。彼女が童話を読んでいてもおかしくはないし、その上で架空生物を召喚可能な術式を使っているとしか――伏せろっ!」

「……!」

 

 ステイルの声に咄嗟にうずくまる。私の頭上を卵の怪人が通り過ぎていき、それを追うように炎剣が奔った。ステイルをやり過ごして今度は私に飛び掛ってきたらしい。

 

「油断するな! いくら僕たちでも守りきれる確証なんて無いんだぞ!」

「――っ、ありがと」

 

 少しだけ気を抜いていたようだ。それにハンプティダンプティがステイルだけを狙っているわけではないと知った以上、私も本腰を入れなければならない。

 最後にもう一度だけインデックスを――インデックスの奥に潜んでいる何者かを凝視する。ウェーブが掛かった長いブロンドの、青と白のエプロンドレスを着た――、

 

「インデックスの中に『誰か』がいるみたいなのよね」

 

 その言葉に、私を守りながら卵の相手をしてくれていたステイルが息を呑む。いや、それだけではない。私の言葉はインデックスにも届いてしまっていたようで。

 

「新たな脅威を発見しました。『Dear My Friends〈私の仲間たち〉』より『Griffin〈猛禽頭の獅子〉』を招集します」

「――――!?」

 

 突如、神裂の姿が消えた。横合いから吹きつけた突風に神裂が持っていかれたのだ。一瞬の出来事だった。残ったのは宙を舞う黒く汚れた羽が数枚だけ。

 

「な、何……?」

 

 そして、

 

「げ……」

 

 インデックスを守るように残された帽子屋と、目が合った。濁った碧眼が私とステイルを見る。そして、そのままこっちに向かって走ってきた。

 

「まずい……!」

 

 ステイルはハンプティダンプティの相手をしている。その合間に帽子屋にも炎剣を飛ばすことは可能だろうが、曲がりなりにも神裂が殺しきれなかった相手だ。卵怪人よりも厄介なのは火を見るよりも明らかだ。インデックスが攻撃してこないだけまだマシだろうが、それにしたってインデックスの中の『誰か』は私に見られていると気付いてしまった。

 遊撃を担当している卵怪人と違って、帽子屋は私だけを狙ってくるはずだ。

 

『HYAHHAAAAAAAAH!』

 

 私の考えを肯定するかのように、帽子屋が私に向かって飛び掛ってくる。

 そして、

 

――…………デキ、ルヨ。

 

 内から届いた声に。飛び上がった帽子屋へと、無意識に帽子屋へと手を伸ばす。離れたところで戦っている当麻が放つ、見たこともないような強烈なAIM拡散力場を手繰り寄せた。

 

「『拡散力場の粒子障壁 (シャットアウト・AIMパーティクル)』――!」

『GYAAAAAAAAH!?』

 

 鈍色に輝く粒子の壁が帽子屋を弾き飛ばした。

 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

『廻ル廻ル悪夢ノ楽園『楽シイネ『狂ッタ歯車『楽シイヨ『救世主ヲ人々ハ望マヌ『外レチャッタ『物語ハ崩レ落チル『モウ戻レナイ『帰レナイ帰レナイ帰レナイ帰レナイ――――!』

 

 ジャバウォックは暴れまわる。大木ほどの太さを持った巨腕を羽虫を払うように振り回す。上空から挟み撃ちするように飛び掛った俺とメリアは吹き飛ばされ、ジャバウォックを挟んで互いに反対方向に地面を転がる。

 転がりながらも態勢を整える。六回目の回転の最中地面を蹴って飛び上がり、縦に一回転しながら地に足を付ける。

 

『離サヌ『逃ガサナイヨ『獲物ハ喰ラウ『行ッチャダメ『待ッテ待ッテ』

 

 ジャバウォックが俺に右手を伸ばした。文字通り物理的に伸びた(・・・・・・・・・・・)腕が、波打ちながらビルだった建物の幅ほどの距離を詰めてくる。掴まれてしまえば先ほどと同様振りほどけなくなるのは目に見えている。

 執拗に追跡してくる腕を小刻みにバックステップを踏むことで回避していく。どうやら本当に俺しか狙っていないようだった。メリアなど眼中にない。だからこそ俺が陽動をしてメリアがその隙に攻撃、ジャバウォックが体勢を崩した隙に二人で攻撃する、という流れを先ほどから繰り返していた。

 

「メリア、頼む」

「――わかった」

 

 ジャバウォックの背後、メリアがハルバードを担いで飛び上がり、

 

「…………あれ?」

「メリア?」

 

 いきなりメリアの姿が消えた。横合いから吹き付けた突風によって一瞬で俺の視界から消えたのだ。ジャバウォックの手から逃れながら突風が流れた先を見れば、そこにいたのは、

 

「グリフィン――」

 

 鷲の上半身と獅子の下半身を持つキメラが夜空を背景に、飛び去っていく最中だった。黒く汚れた翼を広げ、猛禽の前足でメリアと神裂を掴んで滑空している。なにやら二人で抵抗しているようだがグリフィンは頑なに二人を離そうとはしない。どうやら戦力を分断するのが目的らしい。そして俺たちはまんまと手のひらで転がされている。

 

『邪魔モノハ消エタヨ?『遊ボウ『遊ボウ『ヒャハ、ハヒ、ヒヒャヒャヒャヒャハ――!』

 

 メリアが戦線離脱したことでジャバウォックへの妨害もなくなり、俺は追い回される。グリフィンはすでに俺の視界から消え去っていた。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 足元、廃墟群じみた瓦礫の街が流れていく。気付けば私は空を飛んでいた。当麻たちが米粒程度の大きさになるような高さを、だ。というより左肩をつかまれてどこかへ連れて行かれようとしていた。肩を掴んでいるのは鳥の足を大きくしたような右の爪指だ。見上げればヘドロに汚れているのにどこかふさふさした鳥の胸が目の前にある。その先には大きな鷲の頭。人の身長ぐらいの長さがある翼が羽ばたいている。……何これ、グリフィン?

 隣を向けば私と同じように捕まっている人がもう一人。

 

「君、何捕まってるの」

「貴女だってそうでしょう」

 

 神裂火織は疲れたように肩を竦めた。少し青い顔をしながら溜息を吐いた彼女は成すがままだ。

 

「抵抗しないの?」

「しましたよ、ええ。しましたとも」

「…………?」

 

 げんなりとした神裂は要領を得ない。とりあえずハルバードで右の翼を切ってみることにした。勢いをつけてハルバードを振り上げる。

 

「あ――――」

 

 と、神裂が絶望的な表情をした。だが振り上げた手は止まらない。グリフィンの右翼が付け根近くで両断される。途端、視界がぐるりと反転した。

 

「ま、また『これ』ですか……!」

 

 ぐるぐる。ぐるぐる。

 回転しながら地面へと落下するグリフィンに振り回されながら神裂が悲鳴を上げる。悲鳴を上げないにしてもそれは私も同じだった。目まぐるしく上下左右を入れ替える平衡感覚。重力の方向が上なんだか下なんだか分からなくなる。視界を搔き混ぜながら地面が近づいてきていることに気付いた。

 このまま激突だろうかと身構えるが、墜落は免れた。といっても別に事態が好転したわけではない。グリフィンの右翼が生え直る。地上擦れ擦れでグリフィンが急速に垂直上昇したのだ。

 

「うっぷ……」

 

 喉の奥からこみ上げてくるものを必死に抑える。そして理解した。神裂もこれを体験したのだ。これは駄目だ。何が駄目だかもうよく分からないが、とりあえず駄目だ。

 

――まさにジェットコースターって感じねー。ご愁傷様。

 

 ラプラスが他人事みたいに何か言ってるのだが私に答える余裕はない。というより『じぇっとこーすたー』って何だ。コップ置きの布が飛んだりでもするのか。

 そんな現実逃避していると私たちの現在地、高度がどんどん上がっていることに気付いた。捕まえられたと気付いた時よりも、さらに地上が遠ざかっていく。地上よりも星の無い夜空のほうが近いような気さえしてくる。

 

「――――」

 

 となりを見れば神裂は気を失っていた。私が言えたことではないが、体が頑丈な聖人が一体何をしているのだろう。初めて知った。聖人も人形みたいに回されれば酔ってしまうらしい。生まれつき丈夫で、そんな体験をすることが殆ど無いだけに効き目は抜群だ。

 

「……止まった」

 

 この異界全土が見渡せるくらいの高さでグリフィンの上昇が止まる。そこで気付いたことがいくつかあった。地上からは見上げていたのは、私たちが夜空としか見ていなかった紺色は実は天蓋だったらしい。児童書の塗り絵みたいな質感の、ボールを内側からみたような紺色の蓋が地上にかぶさっていたのだ。端から端まではここからでは暗くてよく見えないが、きっと天蓋と同じようなものが壁になっているのだろう。

 

――現実逃避? まずは隣の聖人さんを起こしたらどう?

 

「うん」

 

 とりあえず神裂火織を起こすことにした。ハルバードの柄、石突近くの部位で後頭部を叩く。

 

「――――はっ」

 

 両肩を跳ね上げながら目を覚ました神裂に、どうするの、と首をかしげて見せる。グリフィンは天蓋付近でぐるぐると旋回しているだけだ。このままでは埒が明かない。

 

「もう一回斬ってみる? 今度は胴体」

「この高さから落下して無事で済むとは思いませんが。それに多分落下中に再生しますよ」

 

――ですよねー。

 

 もう疲れたとでも言いたそうな神裂火織の言い分に、どこか他人行儀な感想みたいなものを零したラプラス。ならどうしよう、と楽観的に思考していれば、がくん、と体が上下した。旋回していたグリフィンが下を向く。神裂の表情が再び絶望に翳る。

 

「これ、不味くないですか?」

「……同感」

 

 グリフィンが羽を畳んだ。地上へ向けて一直線に落下していく。これは、つまるところ、

 

――あー、急降下爆撃機?

 

「きゃああああああああああ――――!?」

 

 神裂の悲鳴やラプラスの失笑に答える余裕さえなく。

 

「あ――」

 

 数秒と経たずに廃墟群の屋上近くの高さまで落下したグリフィンが手を離す。私と神裂火織は投げ出され、地面と激突した。

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 騒々しい怪物の右腕を避け続けながら、俺は舌打ちを零した。問題点はジャバウォックに攻撃をする隙が与えられないこと。幸いなのはジャバウォックは腕を伸ばしているだけでその場から動こうとしていないこと。腕を伸ばす以上のことをしようとしない。否、出来ないのだろうか。――相手に知能があるようには思えん。故に何も考えず本能のみで動いているのだろう。ジャバウォックが我らに脅威を見出さない限り現状は続くだろうよ。

 

(なら、しばらく考える余裕はありそうだな)

 

 無論、憶測でしかないがな。――それで構わない。

 

 縦横無尽に迫るヘドロじみた右手をやり過ごしながら俺は現状を考察することにした。

 まずは俺たちが飲み込まれた『異界』について。疑問はいくつかあるが、最たるものはこれだろう。

 

 『幻想殺し』乃至『幻想喰い』が適用されている俺が、何故『異界(ここ)』にいるのか。――断定はできんが、恐らく対象を飲み込むことに関しては魔術は使っていないのだろう。我らが飲み込まれた現状がその証拠だ。そして『異界』というだけあって、ここは元々別位相に存在していた『異なる世界』。幻想などではない――だから世界と異界を繋げる『入り口』によって俺たちは『こちら側』に落とされた、ということだろうか。

 

(まさかとは思うが『天界』じゃないだろうな)

 

 否、それは無い。この『万■■者(エイワス)』が言うのだ。それだけは間違いない。

 

 エイワス(俺)はこの異界について何も知らないらしい。異界について知識に検索をかけたが目ぼしい情報は記載されていなかった。初見で『魔女狩りの王』を看破した、恐らくは禁書目録の書庫と同程度の情報量を持つ知識(データバンク)が、である。……それはつまり、俺たちが呼び込まれた異界や、禁書目録の発動した術式は『既存のものではないもの』乃至『誰も認識したことがないもの』ということだ。

 先ほどから騒々しい怪物を目視、視界情報を元に分析し続けているが、それを肯定するかのように表示される文字は『Unknown(詳細不明)』のみ。鏡の国のアリスに登場する化物ということ以外何も分からない。

 そして、それらが意味するところは、

 

――『異界・腐った不思議鏡の国』なんてものを。それを構成するための術式を記した魔導書は禁書目録の脳内には存在しない。

 

 つまり、禁書目録以外の『何者か』が現状に介在しているということだ。それも異界なんてものを持ち出せるような厄介極まりない存在が。そいつは恐らく一人だけ安全な場所で高みの見物をしている。――だが、こんな体たらくでは引き摺り下ろすことは出来そうにないな。少なくとも目前の怪物に手こずっているようでは。

 

(藪を突いてみるか)

 

 現状を打開するには力不足ではあるかもしれないが。例えそれが元凶の思う壺であっても。

 幻想喰いの発露と同時に発動可能になった策二つの内、一つを構築することにした。エイワス(俺)が『幻想猛獣』を喰らい奪ったその能力は、

 

――Main Structure... Keep<IMAGINE EATER>. Select Sub Structure... Base-Neutralize-System <SKILL REPRODUCTION>. Select Posture Control... Air-to-Surface <WYVEM>.

 (主動機構ハ『幻想喰イ』ヲ維持。副装ニ拠点制圧機構『異想再幻』ヲ選択。空対地制御『飛竜』ヲ適応)

 

 『異想再幻』。自身が受けた能力を再構築することが可能となる、『幻想猛獣』の最たる能力。似非多才能力(マルチスキル)と呼べるような代物だ。使い方次第で木山先生のように能力の同時使用も可能なのだろうが、複数の演算を肩代わりする処理装置を持たない俺では再現は一回につき一つが限界だろう。

 

――Base-Neutralize-System <SKILL REPRODUCTION>_SetUp. Skill Choice<RAILGUN_LV3>.

  (拠点制圧機構『異想再幻』内発動可能異能力選択……『超電磁砲』)

 

 そして再現する能力の精度も落ちる。御坂に出会ってから何度も受けてきた超電磁砲――、あまり好ましくない言い方だが、受け慣れ見慣れてしまった攻撃である以上、御坂ほど強力なもので無いにしても俺が持ち得る能力の中では恐らくこれが最も高精度だ。

 ジャバウォックの腕を躱し続けながら、ガントレットに覆われた右手に電撃を集め、増幅しながら操作する。足元に散らばった金属ガラス片を集め、円月輪(チャクラム)を形成。腕を伸ばすばかりで先ほどから一切場所を移していないジャバウォック目掛けて投げつける。

 高速で回転しながらチャクラムはジャバウォックの右肩に深く切れ込みを入れた。だが、

 

『待ッテタヨ『偽王ノ誕生『ヨウヤクダネ『祝福セヨ『ジャアボクモ『来タレ我ガ『『『Dragon_Strike〈竜ノ頭〉』』』

 

 俺に迫り続けるジャバウォックの右手が形を変える。ぼこぼこと沸騰しながら、粘土細工のように形を作り上げていく。出来上がったのは歪な竜の顎。

 

『偽王ノ末路ハ悲劇ノミ『イタダキマス『喰ラウハ自ラガ罪渦『オナカスイタ『逃ゲル子兎『キミハゴハン『貴様ガ殺シタ『『罰ヲ受ケヨ』』

 

 蛇のようにうねり、のたうちながら。人など簡単に飲み込めてしまうような大きさの顎を開いて、コールタールじみた体液を零しながら。頭蓋の左半分が潰れた竜が大口を開けて襲い掛かる。右手以上に速度を上げて迫ってくる竜をギリギリまで引き付け、眼前で大顎が閉じようとしたところで跳躍。空対地制御『飛竜』によって強化された脚力を使って竜腕以上の速度で空に舞い上がる。道路脇の、元はマンションだった腐った建造物の、地上高約20mの位置の壁面に着地する。

 

『追イ駆ケッコ『逃サヌ『ボクモハヤイヨ『喰イタイ『待ッテ待ッテ『喰イタイ『ハヤイヨ『喰ワセロ喰イ喰ウ喰イ喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰ァアアア―――ッハハハハハハハッアハハハハハハハアアアアッ!!!!』』』』』

 

 俺を追いかけるように竜が跳ね上がったのを見て、鏡なのか石なのか肉なのかよくわからない腐った壁面を蹴って再び跳んだ。声の衝撃波に煽られながらも右の翼を使って空中で加速しながら対面にあった廃墟の壁に渡る。数瞬前まで俺が足場にしていた壁を砕きながら、さらに上空へと昇っていた竜の首が弧を描いて落ちてくる。

 

『GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!』

 

 頭上で竜が咆哮を上げる。

 足元、砕けた鏡の欠片を微弱な電力によって手繰り寄せる。右足――ブーツの底に粉々になった破片を纏って、今度は地面目掛けて壁を蹴った。重力に引き摺られるみたいに落ちてきた竜は馬鹿みたいに口を開けたままだ。腐った息が掛かるほどに竜が接近したのを確認して、畳んでいた右翼を広げる。空気抵抗によって急減速し、翼を傾けながら回転してやり過ごした。竜はそのまま重力と慣性に引かれて地面に激突する。無防備に伸びた首を左脚で蹴って、ジャバウォックの頭上に跳ね上がる。

 

 ブーツ底の鏡片を磁力によって操作する。御坂が使った『砂鉄の剣』を模倣して鏡の欠片で短剣を形成、チェーンソーのように回転させて足元のジャバウォックへと落下する。

 地面から跳ね返ってきた竜を身を翻して回避し、その首を右手で掴んだ。右腕を支点として重心を動かして落下方向を修正。そのまま落下を続け、射程内に捕らえた。ジャバウォックの頭上で右足を突き出す。

 

「――――っらぁ!」

 

 突き出した右足は身を守るように割り込んできた、尻尾じみた円錐形の右上腕に阻まれた。蹴った衝撃でジャバウォックの足元が陥没し、鏡のチェーンソーが黒い腕に深々と突き刺さる。黒色の肉のような何かが腐臭を撒き散らしながら千切れ飛び散る。

 

「――――っ!?」

 

 ここまま切り刻んでやる、と欠片の回転率を上げ、しかし上腕直径の半分ほど削ったところで虫を払うように腕が振られた。文字通り羽虫のように吹き飛ばされてチェーンソーは形を保てなくなり霧散した。

 バットに打たれたボールみたいに吹き飛ばされながらも、進行方向にあったビルの――比較的鏡面の比率が高い部分に着地する。着地したことによって罅割れた鏡面に右腕を突き刺して支柱にした。その時に飛び散った数十個の破片を磁力によって空中に静止させ、磁力を使って簡易カタパルトを生成する。

 

「これなら……」

 

 御坂の超電磁砲ほど精密なものは再現不可能だ。だから俺は、ただ磁力を反発させて発射させた。発射時に指向性だけ与えてやれば、構造が単純なだけに殺傷力・貫通力は折り紙つきだ。大小様々な鏡の雨が音速一歩手前の速度でジャバウォックに降り注ぐ。

 だが、そこまでしても牽制にさえならなかった。全身に細かな穴が開いているものの、その程度では致命傷には程遠い。

 圧倒的に火力が不足している。相手を生物と思うな我が宿主。致命傷などという手緩い擦り傷程度では、アレは殺しきれん。殺し切るならば――文字通り『消滅』させるしかないだろうよ。

 

「チィ――――ッ!」

 

 再び俺目掛けて飛び上がってきた竜顎に舌打ちしながら、逃げるように対面の廃墟へと飛び移る。壁面を抉り破壊しながら追ってくる竜に、有効打を持たない俺は逃げ続けるしかないかと思われたが――、

 

 

――...Update complete.

 (構築完了)

 

 

 鱗手が蠢く。騒々しい怪物に触れ、喰らい、竜王(エイワス)が吸収した形状変化によってガントレットが膨張する。泡のようにぶくぶくと膨らみ、弾けながらも質量を増大させていく。

 右手から顔を出したのは『竜王の顎(ドラゴンストライク)』。ジャバウォックへと大顎が開く。向けた喉の奥から今にも溢れようとしていた閃光が、俺(エイワス)の言葉を号砲に放たれた。

 

 

 

 

「『Strike Dragon Breath〈真典・竜王ノ壊撃〉』――――!」

 

 

 

 

 地上へ向けて放たれた閃光。禁書目録が使用した竜王の殺息と同質の、しかし密度が桁違いな光の奔流が四方八方へと撒き散りながらジャバウォックを飲み込み、文字通り消滅させた。

 

 



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13. Devils Party part.3

遅れてしまいすみませんでしたー!!(土下座
でもまだ生きてます、ご心配おかけしてすみませんでした!m(_ _;)m




 何の抵抗も出来ずに、おおよそ唯人が耐えられぬ速度と運動ベクトルに身を任せて私は地面と激突する。遥か上空から叩き落され、石畳の地面に大穴を穿ちながら、私は神裂のクッションになる形で瓦礫に埋もれた。

 

 

「……痛い」

「~~~~っ!」

 

 

 瓦礫と神裂火織の体に埋もれ、背面から全身に奔った痛みに悶えながらも、それだけで済んでいることに結構驚いていた。流石に無傷とは行かなかったし瓦礫に埋もれてしまっているが、精々が手足や顔に擦り傷が付いている程度だ。落下速度は軽く音速を超えていたような気もするが、とにもかくにも私たちは今こうして無事である。そして聖人とは常軌を逸した人の形をした人外なのだから。……うん、何も問題ない。

 それよりも問題なのが、私の上に乗った神裂だ。見せ付けるみたいに私の顎から下に随分と柔らかい感触がある。その上全身に力が入らない。原因は言わずもがな。

 

「邪魔。近い。重い。柔い。見せつけ? ――離れて」

「……その言い方は癪に障りますが今は不問にしておきます。――貴女が下敷きになってくれたお陰で助かりました。並の聖人よりも頑丈なんですね。一応礼を言っておきます」

 

 私だけでは無傷でいられませんでした、と顔を顰めながら神裂が瓦礫を押し退け立ち上がる。神裂が離れたことで多少軽くなった身体を持ち上げて私も後に続いた。

 とりあえず神裂の横に並び立って――、体が重くなったのを感じてやっぱり5mほど離れた。

 

「私たち、相性悪いんだね」

「そんな関係が冷え始めた恋人みたいなことを言ってる場合ではありません」

 

 空を見上げる神裂の視線の先、グリフィンが円を描くように上空を滑空している。目だけをこちらに向けて、そいつはぐるぐると飛んでいるだけだ。……あまり好戦的ではないように見える。

 

 

――あくまでも戦力の分断を目的としているのね。一回彼らのところへ戻ろうとしてみたら? ……多分また捕まれるだけだと思うけど。

 

 

 あくまで足止めが目的、か。

 

 

「まずはあの翼獣を片付けましょう。私が切り込みます」

「わかった。また捕まらないでね」

「それはこちらの台詞です」

 

 

 それだけ言い残して神裂が横の廃墟の壁を駆け上がる。それに続いて私も神裂を追いかけた――もっとも神裂のほうが足が速いから追いつけないが。

 

 

――どうしよう、一応、『霧』使う?

 

 

 ラプラスの言葉に内心で頷く。それを聞いた彼女は、

 

 

――分かった、じゃあ『当時の私』に戻るわ。回線を切るわね。どうせ煩いって言うんでしょ?

 

 

(お願い)

 

 

 ラプラスと私の間に意識の壁が出来る。その壁に隔たれている以上、もう互いに声は届かない。と、私の体がぶれはじめ、同時にハルバードから霧が噴出した。会話は出来なくなったが、魔女(ラプラス)が今どういう状態なのかは理解していた。

 狂乱しているのだ。竜王の殺息を受け止めていた時とは比べ物にならないくらいに耳障りな、聞くに堪えないほど悲惨な恨み辛みを永遠泣き叫んでいる。生物を焼いてしまうほどの、たった一人の怨嗟だ。それも当然なのだろう。

 そうこうしている内に屋上を蹴って跳んだ神裂がグリフィンに到達する。そして一閃。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 気炎を吐きながら放たれた逆袈裟の一撃がグリフィンの首を切り落とした。頭と体が切り離され、私の前で地面に向かって落ちてくる。廃墟の石壁から落下中のグリフィンに向かってハルバードを投げつけた。ブーメランのように回転しながら鉄彼岸花が頭と胴体をさらに両断する。

 四分割された死体が地面へと落ちていく――半液状になって再生しながら。戻ってきたハルバードの柄を右手で握って、さらに追撃。

 

 

「……よ、っと」

 

 

 地面と激突して液状化した肉の塊目掛けて、落下しながらハルバードを叩き付けた。砕けた石畳とともにヘドロが飛び散る。唯でさえ腐っていた黒血肉が霧によって沸騰して蒸発していく。グリフィンはもう原型さえ留めていなかったが、

 

 

『Gi――、GAAAAAH!!』

 

 

 一瞬で再生した鷲頭が私を狙って火を吐き出した。馬車じみた大きさの火弾の軌道に霧の壁をはさみながら吹き飛ばされる。両足の踵で石畳を砕きながら、霧とハルバードを火弾をかき消せば大分離れたところで再生しきったグリフィンの姿が見えた。

 落ちてきた神裂が一太刀入れていたが、それもすぐに完治してしまう。いくら致命傷を入れようとも命を奪うまでに至らない。先ほどのジャバウォックもどいつもこいつも、常軌を逸した不死性を宿しているみたいだ。

 

『GAAAAAAAAAAAH!!』

「く――!?」

 

 神裂を押し退けグリフィンが舞い上がる。再び上空に飛んで、今度は体を引き上げながらその場で滞空していた。鷲頭がこちらを見下ろしている。傷なんて残っていなかった。

 グリフィンを逃がしてしまった神裂が悔しそうにそれを見上げている。

 

「――ここまでしてもダメですか。聖人二人掛りで殺せないって何なんですか」

「私を聖人に含んでいいのか分からないけど」

 

 けど、もしこの状況を意図的に作り上げた存在がいるのならば、

 

「完全に思う壺だね」

 

 私の言葉に神裂が唇を噛む。実際にその通りなのだ。不意打ちだったとは言え、戦場から遥かに離れた場所から戻ることも出来ず、打つ手もなくにこうして敵を見上げているのだから。

 ふと、神裂が私を見てぽつりと零した。

 

「こんな時に聞く事ではないのでしょうが、『何故あなたは生きてられるのですか』?」

 

 何故、世界から乖離しないのか、と。その問いに私は首を振った。私自身よく分からないからだ。ラプラス曰く、

 

「『私と完全に同調してるわけじゃないから』、って言ってた」

「……?」

「だから『まだギリギリ繋ぎ止める事ができてる』、だって」

「それは、どういう――」

 

 神裂は最後まで問いを口にすることができなかった。遥か後方から地響きと光が届いたのだ。黒い空が閃光に照らされていく。

 

 

「なっ――!?」

「あれは……」

 

 

 作り物の夜空を照らす幾重もの光の軌跡――、その内の一筋がグリフィンの下方から胴体と左翼を貫いた。グリフィンの体が傾げる。何の理由か、再生も出来ずに上空から落ちてくる。

 

 

 

 

 それはまるで。

 

 

 

 地面の目標に向けて叩き付け、鏡面で光(余波)が乱反射し、張本人の意図せぬままに偶然こっちに届いてしまったような。

 

 

 

 そんな偶発的で、本人が意図しないたった一人の基点(起爆剤)によって、事態は好転した。

 

 

 

「――神裂」

「はいっ!」

 

 鉄彼岸花を後ろに構える。神裂が鉄彼岸花に両足を掛けたのを確認して、私は思い切り神裂ごと振り回した。

 

 

「はァ――――ッ!」

 

 

 神裂がハルバードを蹴る。鍔を失った七天七刀の柄を握り締め、抜刀のために構えながら一瞬でグリフィンの目前に到達する。

 

 

「唯閃――――!」

 

 

 神速の抜刀術にグリフィンが胴体半ばで両断され、泣き別れた下半身が液状に溶け落ちた。神裂が再び七天七刀を鞘に収め、グリフィンの上半身と一緒に落下してくる。それを見て、私も神裂の後に続いて跳躍した。落下してくるグリフィンを、丁度神裂と私で挟み込むような形に――、

 

 

 

「さっきのお返し」

「吹き飛びなさい――!」

 

 

 

 

 私がハルバードを振り上げ、神裂が鞘に収められた刀を振り回して。

 

 

 

 

 

 

 

 グリフィンの上半身を明後日の方向に吹っ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 いくつもの欠損を抱えながらも、かちり、と歯車は噛み合う。

 

 

 

 

 

 

 たった一人の基点(起爆剤)によって、誰も意図しないまま明確な結果となって歯車は回り始めた――。

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 随分と開放的になって、中途半端な屋上のような様相を呈している十二階。新たに使えるようになった粒子障壁を使ったところで現状は相変わらずの防戦一方。

 

『HYAHAHAHAHA!!』

『HiPYA!?』

「現状を再確認。索敵――敵性総数は二。内、魔術師が一個体、並びに正体不明の敵性が一個体。分析、……不可能。魔導書に記載された術式に類似したものは見つけられず。……再度、分析を――」

 

 不安定な鈍色の障壁の向こう、狂った帽子屋が叩き付けた鎖が弾き返る。飛び掛ったハンプティダンプティが砕け散る。大きく欠損しながらも修復し続ける怪人の奥、インデックスの透き通った瞳が私たちを見ていた。……なんて冷静に現状を眺めている暇なんてなく、

 

『『HYAHAAAAAAAAAAH!!』』

「っぁ!?」

「Squeamish Bloody Rood〈吸血殺しの紅十字〉――!」

『『PiGYAAAAAH!?』』

 

 奇声を上げながら特攻してきた帽子屋と卵怪人によって、障壁に何度目かの綻びが発生する。粒子を突き破ってきた衝撃に大きく仰け反る。障壁に穿たれた隙間から身を乗り出した怪人二名をステイルが炎剣で弾き飛ばす。神裂が戦線離脱してからこの一連の流れを何度と無く繰り返していた。そろそろ阿吽の呼吸になってきていた。

 

「……まだ、まだァっ!」

 

 ステイルの援護を受けながら、叩かれるたびに散ってしまいそうな粒子を手繰っては纏め上げる。怪人たちは何度繰り返そうとも一切学習というものをしないため、ギリギリ致命傷を受けずに済んでいた。それと同時にこちらも打開策を見つけられていなかった。ついに我慢の限界に到達したらしいステイルが叫ぶように吐き捨る。

 

「くそっ、さっきから何なんだ! その便利な障壁で何とかならないのかっ!?」

「お生憎様、私自身初めてでよく分かってないわ、よっ!」

 

 障壁を補強しながらステイルにつられて私も吐き捨てるように返答する。正直に言えば二人とも焦っていた。インデックスを助けたいと衝動的に見て見ぬフリをしてきたが、私もステイルも自身の余力が残り僅かだということに薄々気付き始めていたのだ(私は体力に自信があるわけではないし、ステイルも肉体派には見えない)。その上、先ほどから廃墟を揺らす振動によって壁や柱が崩れかかっている。いつこのマンションだった物が倒壊するかもわからないのだ(巨大な蛇みたいなものが壁を削りながら昇っていったときはもうダメかと思った)。

 

「あーもう、ほんとこれどうするのよ!」

「知るかっ! それが分かればこんな苦労はしていない!」

「分からなくても何とかしなさいよ! 男でしょう!?」

「煩い黙れ! こういう状況じゃ性別なんて関係ないんだよ!」

「それはそれは情けない男児ですこと!」

「自分から前に出ておいてそう言う君は優柔不断な女の典型だね!」

「む、言ったわね!?」

「ああ言ったさ! 事実だろう!?」

 

 なんか段々幼稚になってきた言い合いに、妙にテンションが上がってきた。もうお互いヤケクソである。そしてステイルの言い分に言い返せなくなって、逃げるように矛先をインデックスへと向けた。

 

 もうどうにでもなれと放った言葉に、無意識に妙な音色で口走った音の羅列に、

 

 

「インデックス! 聞こえてるんでしょう!? 返事くらいしなさいよ! ――……って、あれ?」

 

 

 何か。インデックスの表層、防音壁みたいなものを破壊した。インデックスを包み込んでいた光が一瞬点滅して、

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

――ゆずきっ!

 

 

 

 

 

 

 声が、聞こえた。物理的な空気の波ではなく、ただの感情として。鼓膜を介さずに届いたその言葉に。

 

 

 

「――――」

 

 

 

 彼女の声に緩む頬を引き締める。でも可笑しいな、やっぱり緩んでしまう。そのくせ足は今にも飛び出してしまいそうで。

 足に全力以上に力が篭る。そして、一歩、踏み出そうとしたとき。

 

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 何か、とてつもない力の塊が接近していることに気付いて、

 

 

 

「伏せて!!」

「っ!? 何を――」

 

 慌てて身を翻してステイルを押し倒し、咄嗟に粒子障壁を展開する。

 直後、幾筋もの光が12階の床を貫いた。その中の一筋、帽子屋の足元から昇った光が腐った頭を貫いた。ハンプティダンプティを消し飛ばした。そしてその直後、インデックスの背後から肉の塊が飛んで来る。黒い羽を撒き散らしながら彼女の足場に激突した。衝撃を受け、唯でさえ穴だらけだった廃墟が崩れ始める。

 

「インデックスッ!」

 

 インデックスの姿が沈む。手繰り寄せたAIMと同質の力の塊に障壁を押し返されながら、私とステイルも落下していく。

 

「くそっ……!」

「このままじゃ――」

 

 このままではダメだ。このまま落下してしまえば地面と激突する。瓦礫に押しつぶされて挽肉になる。そんなことになれば、私とステイルはインデックスを救えない。そんなのはダメだ。インデックスを助ける前に脱落するなんて断じて御免だ。回し続けていた脳の限界を超えて思考を廻す。

 途端、

 

「っぁ――――」

 

 焼ききれそうな思考回路が、悪魔に無理繰りに繋がった。

 

(なに、か――)

 

 方法が必要だ。何か。インデックスを助ける、ための。何か。何か。助ける、何か。瓦礫が邪魔だ。重力が邪魔だ。落下が邪魔だ。距離が邪魔だ。邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ――助けに行けない。だったらどうする。何をすればいい。どうすればインデックスの元に行ける。どうやって行けばいい。――ああ、そうだ、

 

 

 

(空を、)

 

 

 

 飛べばいい。

 

 

 

 

 

 

――デキ、ルヨ。

 

 

 

 

 

「ぁ――――」

 

 悪魔の声が聞こえた。私の脳内に何かが流れ込んでくる。それは『拡散力場の悪魔』の使い方。一瞬でそれを理解してしまい、ステイルを置き去りにして私の体は加速した。

 

「お、おいっ!?」

 

 両の肩甲骨あたりを何かに押されて、落下を始めたインデックスへ向けて飛翔する。一秒も使わずに距離を詰め、インデックスの襟首を掴んで抱きかかえる。それだけで私は止まらず、廃墟から飛び出してしまった。遥か下方で翼みたいな鎧を纏った当麻が私たちを見上げていた。

 

 

「『首輪』、に、甚大な被害を――認。対処、を――不可。不可――不可能」

 

 インデックスの首に仕込まれていた術式が何かほざいている。どうやら再生しようとして、失敗を繰り返しているらしい。理由は分からないが、それは当然だと理解していた。それを私が理解した以上、もう先ほどのように中途半端に首輪を傷つける程度では済まされない。だって『私(マクスウェル)は隔たりを壊せる』のだから。

 だからこその能力だ。人間の世界とは違う、並みの能力者では意図して干渉できない別位相に存在しているAIMを――場合によってはそれによって生み出されたものを――私は目で見て引っ張ってくることが出来る。魔法の域に達した『科学』の力の副産物を、私は自在に手繰り寄せることができる。何故科学とは別のものを認識できるのか、なんてことは結局分からなかったが。

 今はそんなことよりも、

 

「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢しなさいよね!」

 

――……うん! うん――!

 

 インデックスの声に笑みを零しながら、最後の一押し。先日の化物を外側から破壊したように、首輪を破壊するための音色を組み上げる。思い切り息を吸って、喉の術式目掛けて叫んだ。

 

 

 

 

「――『壊れなさい』ッ!!」

 

 

 

 

 その声は私の喉から吐き出されたとは思えないような不思議な響きだった。ガラスを砕くような感覚を覚えながら、彼女と共に私は瓦礫の山に突っ込んだ。

 

 

■□■□■□

 

 

 俺の視界を蹂躙した光の奔流消え去った後、騒々しい怪物(ジャバウォック)の姿は消え失せていた。竜王の顎を引っ提げたまま地面に着地してあたりを見渡せば酷い有様だ。怪物が暴れまわって出来た被害を上書きし、それ以上に周囲を蹂躙してしまっていた。殆ど衝動的に使ってしまった対■■兵装によって一撃で消し飛んでしまったらしい。どころか周囲の廃墟が穴だらけになって、すでに崩れ始めていた。……当然、柚姫たちがいた廃墟も――。

 

(あ――――)

 

 一気に熱が引いた。思考が止まり、頭が空になる――そう心配するようなことではない。宿主の家族は無事、どころか未だ死者が一人も出ていない……、む?

 

「あれ、は……」

 

 つい言葉が口から零れた。視界の先、崩れていく瓦礫のなかから見慣れた姿が飛び出してきたのだ。柚姫が禁書目録の襟首を掴み上げて、俺が作り出した瓦礫の山目掛けて一直線に滑空していた。彼女の両肩から出ていたのは、幻想猛獣の背中から噴出していたような、いつかどこかで一方通行が見つけ出した翼のような、現世のものではない突風の渦。

 

「――――」

 

 ところどころ欠けた円環を頭に浮かべた彼女の、白く光り輝いた瞳と目が合った。

 

「お前――――」

 

 なんだよそれ、と言う間も無く。彼女が禁書目録に向かって何か叫びながら彼女たちの姿が瓦礫に突っ込んだ。その衝撃で残骸が跳ね上がって二人が落下した位置に降り注いでいた。

 無意識に走り出そうとすれば、視界が再び赤く染まった。見える世界が警告の赤一色になる。

 

――Capacity Overlord. Forced Termination<DRAGON_STRIKE>.

 (筐体『機械仕掛ケノ竜王』ノ稼動限界ヲ超過。『竜王ノ顎』並ビニ右制動翼ヲ強制解除シマス)

 

「――――?」

 

 まっさらになった意識が右腕に亀裂が走ったような痛みを知覚した。否、本当に皹が入っていたのだ。立っていられず地面に膝を付いた。鱗手が、翼が、砕け散る。硝子みたいに竜王が割れ散って、俺(我)が二人に乖離した。残ったのは両手に一本ずつ握られていた、携帯端末みたいな大きさのシャドウメタルの四角柱――意匠の施された鍔の無い柄だけだ。……使い方もわかるみたいだ。

 

――ふむ……、あの程度を耐え切れないとは我も衰えたものだ……。

 

 元通りに意識を分けたエイワスの言葉でようやく我に返った。……どうやら意識を飛ばしていたらしい。ふるふる、と雑念を払うみたいに首を横に振る。その動作で頭髪から土埃を振りまいた。

 

――遊んだ後の犬みたいだぞ、我が宿主。

 

「放っとけ。――あと、そんな話をしている場合じゃない」

 

 吐き捨てて駆け足で柚姫たちの下へ向かう。二人が突っ込む前と見分けが付かないくらいに瓦礫が積もった山を慌てて掘り返そうとすれば、

 

「――~~~~~っ!! 痛ぁ~~~……」

 

 気の抜けるような声に、むくり、と瓦礫が持ち上がる。押し上げられた石の中から光の粒子に包まれた柚姫が姿を現した。腰を下ろして気絶した禁書目録を下に敷いている。どうやら重症になる傷は負ってないようだった。勢い良く激突していたように見えたのだが骨折もしてないらしい。禁書目録も同様だ。

 安心するよりも、まず困惑して口を開けないでいると、あ、と柚姫が俺を見た。

 

「お兄ちゃん」

「……よう。お前、何した」

「あ、あはは、ちょっとね。でも、終わったよ」

 

 柚姫の言葉を肯定するように周囲の景色が剥がれ始めた。汚れが水に浮くみたいに剥離していく。何をしたのかはいまいち釈然としないが、本当にこの異界の術式を破壊したらしい。……何をしたのかは後で聞けばいいか。

 気が抜けて、ど、と襲ってきた疲労に二人揃って溜息を吐く。

 

「まあ、今はいい」

「うん。――あ、目が覚めたかしら」

『――――っ』

 

 禁書目録の体が震え、柚姫の下から抜け出して弛緩したままゆらゆらと立ち上がる。――まるで操り人形みたいに。

 

「インデックス?」

『――痛いなぁ、もうちょっと手加減してくれてもいいじゃない』

 

 誰とも知れない声を吐き出しながら、禁書目録の瞼が開く。濁った碧眼が俺たちの姿を反射する。禁書目録がしないような無邪気で邪悪な笑みが表情に表れたのを見て、咄嗟に手にした柄を握り締める。

 

「……アナタは、誰?」

『秘密~♪ って言っても分かってると思うのだけど、ねぇ?』

「アリス……」

『ご名答♪ 本当は最後まで隠れてるつもりだったんだけど、』

 

 柚姫の搾り出すような声に返ってくるのは謡うような嘲笑。にやにやと笑いながら柚姫を眺め、アリスは禁書目録の体を折り曲げた。腰を下ろしたままの柚姫の顔を至近距離で覗き込む。

 

『ワタシ、アナタを気に入っちゃったの――っと♪』

「柚姫から離れろ」

 

 禁書目録の顔が新しい玩具を見つけたような、子供じみているくせに凄惨な表情をしたのを見て、俺は刀身の無い鞘を振り下ろした。もっとも禁書目録の頭頂に横薙ぎにするそれは、軽い身のこなしで避けられてしまったが。後方へ跳躍し、ダンスのステップを踏むみたいに瓦礫の山頂に足を下ろした。

 

『物騒な人ね。安心しなさいよ、どうせもう出て行くつもりだったし』

「――――」

 

 呆れたような言葉に殺意を持って返答すれば、見下ろした彼女は猫みたいに目を細めた。

 

『そう、私まで食べるつもり。でもダメ。アナタなんかに――』

 

 身体を前傾にし、腹部の前で腕を交差させて居合いに構える。アリスの言葉を聞き流しながら、高速で姿勢制御を組み上げる。最適な体運びを選択、無駄が無いように組み合わせていく。

 

 

 

――止めろ、我が宿主。まさかとは思うが……、

 

 

 

 何やら慌てているエイワスを無視し、完成した動きを体に反映した。そして、

 

 

『アナタみたいな「善人(ヒーロー)の残り滓」なんかに、私はあげない』

「『牙竜・喰霊神楽 (ガリュウ・ガリョウカグラ)』――――」

 

 

 一足で禁書目録の手前まで登り詰め、独楽みたいに左回転しながら実体の無い刀身を抜刀した。完成したフローチャートをなぞって『幻想喰いの能力だけを刀身にした刃』が、禁書目録内の異物を喰らい尽くさんと吹き荒れる。だが、

 

 

 

 

 

『アハ、あははははっ♪ 残念、外れよハズレ』

 

 

 

 

 その言葉は禁書目録の口からではなく、空間そのものから発せられていた。実体の無い刃は禁書目録の身体を透過しただけだ――否、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『女の子の服を切り刻むなんて、ホント変態さんなんだから♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぁ」

『バイバイ♪』

 

 回線が切れるみたいに声が止んだ。そして、目の前には、歩く教会だった細かい布切れを纏う、なんというか色々あらわになった禁書目録がいて。

 

 

――だから我は止めろと言ったのだ。……我が宿主は注意散漫に過ぎる。

 

 

 

 

「――ん、あれ? とうま?」

 

 

 

 

 禁書目録の瞳に光が戻る。首輪や異物が取り払われて彼女の意識が覚醒する。大粒の翡翠色の瞳がまじまじと、いつに無く動揺している俺の姿を映した。……禁書目録を救うことが出来たのに、何故、俺は安堵もなく、一息さえつけずに固まっているのだろう?

 

 

 

 

「なんか、さむいんだよ……。――――あ、」

 

 

 

 

 禁書目録が震えながら自らの姿を見下ろして、固まる。

 

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 

 

 義妹のものとは思えないほどの、地の底から響くような冷え切った声が背後から届いた。それに続くように、

 

 

 

「上条当麻、ここにいましたか。結界が崩壊を始めているということは、彼女は――――え」

「ただいま。…………なにこれ」

「――上条柚姫! 貴様よくも僕を――――――な、」

 

 

 

 時間が、止まる。廃墟を飛び越えて戻ってきた神裂とメリアも。瓦礫の山から命からがら脱出してきたマグヌスも。背後で震えているらしい柚姫以外の全員が、氷漬けにされたように一瞬だけ停止して、

 

 

 

 

 

 

「す、すまなかっ――――」

 

 

 

 

 

 

「とうまのばかぁあああああああああああ!!」

『何やってんだお前ぇえええええええええ!!』

 

「だっ――!?」

 

 俺はこの場にいる禁書目録を除く全員から袋叩きにされた。慌てて蹲って両手で身体を隠した禁書目録をよそに、全員が全員、それぞれ得物を持って俺に襲い掛かってきたのだ。

 

「トウマ、サイテー」

「まさかこんな状況で、こんな行為に及ぶなんてね! ……彼女を辱めたんだ、死を持って償ってもらうよ!」

「見損ないましたよ上条当麻! ――っ、ああいえ、別に頼りにしてたとかそんなことは思ってませんでした。ええ、思ってませんでしたとも!!」

「お兄ちゃん、本っ当最低ッ! いっぺん死んじゃえ女の敵――!!」

 

 ハルバードの側面が額に叩きつけられる。腹にぶち込まれたのは炎の塊。鞘に入った日本刀が俺の全身を強打してまわる。よく分からない光の玉(バスケットボールサイズ)が頭に落ちてきた。痛い。というか痛いなんてものじゃない。……お前ら、本気で俺を殺す気か。

 

「だ、から、すまなかった、と、言って――!」

『問答無用――!!』

 

 どか、ばき、がこん、がつん。

 弁明も許されずに体中を強打される。……彼らの最後の良心かどうかは知らないが刃の部分は飛んでこない。なんて考えても別に救いにはならない。

 ハルバード振るのを止めろメリア、地味に叩かれた場所潰れてんだよ。神裂も神裂でポン刀振り回すな鞘から抜こうかどうか迷うな止めろ。マグヌスは執拗に腹を狙うんじゃねぇよ陰湿なんだよお前。柚姫も「最低」だの「女の敵だ」だの連呼するんじゃねぇよ、本気で傷付くだろうが。

 

「お、ま、えら――、少しは、加減、を――!」

『黙れ性犯罪者!!』

「がぁ――!?」

 

 

 

 

 何を言っても火に油。もう俺にはどうしようもない。ああ、なんだった、この突き落とされる感じを一体どう形容したんだったか――。

 

 

 

 

――自業自得だ、我が宿主。

 

 

 

 

 

 

 なんて、一心同体なエイワスの冷めた言葉が止めだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ! 不幸だ畜生がァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢は終わり。不思議の国も鏡の国もこれにてお休み。さあ、夢から覚めなさいな♪』

 

 

 どこからとも無く聞こえてきた歌声に。

 

 

 世界は白む。夢から覚める。さぁ、家に帰ろう。

 

 

 道を外れながらも帰り道へ。悪夢のような嵐過ぎれば、戻ってくるのは唯の日常。色とりどりの星が輝く絵画の裏側。広がる染みに気づくものは、まだいない。

 

 

 

 

 




これにて禁書目録編は一応の解決ということになります(最後にもう一話だけありますが)。

一応リクエストされた魔剣を私なりに解釈して組み込んだつもりです。ご希望に添えてなかったのならごめんなさい(ギャグにしておいて何を(ry
考え付いたのが中々にチート性能だったので、余裕があれば別の場所でガチ刀バトルをしてみたかったり(ちゃんとした剣術になるかは定かではないです)。むしろ似非みたいな名前+中二的なものになってしまいそうな予感。
ネーミングに結構時間を取られたというのはナイショです。しょうもないですが『牙竜』と『我流』を掛けてたり(ただのダジャレです、ほんとうに(ry

↓以下、メリアについて↓
メリアの魔法名については本当に単純な理由です。
ヴェノムスは毒、恨み。061は『733888888』を足した数字です。携帯でこの数字に対応したボタンをひらがなで入力すれば答えです。





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14. Scalet CIRCUS

お待たせしました。これでようやく第二章は終了です。


 たった一人の魔術師が作り上げたこの都市(世界)で、誰も彼もが壇上を踊る舞台装置。

 

 

 

■Scalet CIRCUS■

 

 

 

 『不思議鏡の国』と言うらしい別世界から戻って――というよりも私たち全員が纏めて異界から放り出され、天井に開いた大穴から私たちの部屋に落下して――からしばらくして。

 あの後すぐに現地解散して、先に戻っていたメリアを追うようにインデックスと二人で小萌さんのアパート目指して帰途を辿っていた。

 

「ほんとうに大変な一日だったんだよ……」

 

 隣を歩くインデックスはげんなりしている。マンションからここまで歩きながら、彼女をぼやきを聞く限り「最後の最後に全部持ってかれた」のだそうだ。

 私の部屋に残していた黒いワンピースを着込み、歩く教会だったものを抱えるインデックスに頷く。

 

「あのまま行けば普通に大団円だったよね、多分」

「まったくなんだよ」

 

 アンニュイな感じにインデックスは溜息を零す。彼女は銀髪で、元から肌白だから黒いワンピースが良く似合う。私の目には妙に色っぽく見えた。端正な顔立ちをしてスタイルも悪くないのだし(体型が子供っぽいのを除けば)、落ち着いた色の服を身に纏うとなんだか年上にさえ見えるから不思議だ。……インデックスの正確な年齢を私は知らないが。

 

「それで、とうまは何処へ行ったのかな?」

「さぁ……」

 

 ジト目を流してくるインデックスに私も首を傾げる。

 話を大団円で終わらせなかった張本人こと上条当麻とは今現在別行動中だ。ようやく終わったのか、と一息付こうとしたところで「用事が出来た」と言って何処かへ行ってしまった。……慌てて逃げていった、という風には見えなかった。というより私たちが殴ったせいで随分とボロボロで、インデックスを巻き込んだ不幸に対する制裁も終えていたのだ。そそくさと私たちに一瞥して出て行った彼は『私たちから逃げた』というよりも、仕事に追われるサラリーマンという表現がピッタリな風情だった。哀愁のようなものを感じたのだ。とうの本人がやらかしたせいで同情はできなかったけど。

 当麻が出て行ってからすぐに、ステイルと神裂もどこかへ行ってしまった。詳しくは分からないが、どうやらどこかの誰かに報告(報復)しなければならないらしい。

 ただ、去り際にステイルから、

 

――しばらく彼女のことは君に任せる。くれぐれもこれ以上あの男に妙な真似はさせないでくれよ。

 

 と念を押されてしまった。その意見には非常に同感できるのだが、生憎当麻の『アレ』は今に始まったことではないし、本人が意図せずにやってしまうから性質が悪い。

 さてどうしたものか、と考えているうちに小萌さんのアパートに到着した。鉄板の階段を上って扉を開ける。

 

「ただいまなんだよ」

「お邪魔します――、って、あれ?」

 

 メリアの姿が見えないことに気付いた。明かりのついた八畳の和室には布団の中で寝息を立てている小萌さんしかいない。その割には電気は点けっぱなしだし、鍵も掛かってなかったのだが……。

 

「どこに行ったのかしら……。――?」

 

 布団で寝ている小萌さんの横に『すぐ帰るから』とだけ記された書置きが残されていた。もしかしたら何か用事でもできたのかもしれない。こんな時間にやらなければいけない用事、なんてものは私には分からないけど、メリアにとっては重要な用件だったのだろう。

 せっかくインデックスの問題が解決したというのに、当麻もメリアもせわしない。私やインデックス、ステイルと神裂にとっては転機なのに、彼らにとってはなんだか『区切り』という感じではない。

 それどころか、これが私たちにとっての始まりでしかないという、嫌な予感が――。

 

「あ、雨なんだよ……」

 

 トタン屋根からぱたぱたと雨音が聞こえ始めた。水滴が落ち始めた窓から見れば、街灯の光の中を雨粒がぱらぱらと落ちていく。

 

「嫌な天気……」

「とうまとめりあ、だいじょうぶかな……」

 

 二人そろって布団の横に腰を下ろす。

 会話もなくなって窓を見続ける私たちを、雨音だけが静かに包んでいた。その静寂が不安を掻き立てるといえばそうなのだが、それ以上に、

 

(少しだけ、落ち着くな……)

 

 私たち二人だけだけど、落ち着けてぼうっとできる現状がじわりじわりと緊張していた精神を解していく。

 もう疲労困憊だ。これ以上動けと言われても今は無理そうだ。そして何よりも。

 

「一応だけど、終わったんだよね」

「……うん」

 

 私の言葉にインデックスも頷いて、二人揃って疲れたように笑い合う。インデックスを取り巻いていた問題は解決したのだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 

 少しずつ落ち始めてきた雨に、小走りで開店前のカフェの屋根下に逃げ込んだ。少し濡れた肩を払って、携帯端末を取り出し、届いていたメールを確認する。集合場所に指定された地点はこの辺りでよかったはずだ。懐からソフトケースを取り出して、そこから一本口に咥える。ウィンドウに背を預けて、持っていたライターで火をつけながら吸い込んだ。袋叩きにされた体の痛みをメンソールの爽快感で紛らわせる。……だけど、痛いものは痛い。

 

「…………」

 

 エイワスが喋るわけでもなく、俺も黙ったままだ。路地裏の、学園都市内では狭い部類に入る道で、静かに雨音を聴いていた。

 しばらくして、手に持っていた端末が振動した。非通知と表示された画面を見て、警戒しながら通話ボタンを押して耳に当てる。聞こえてきたのは女の声だ。

 

『初めましてね、上条当麻くん?』

「誰だ」

 

 声の主に、十中八九暗部の人間らしいそいつに嫌悪を隠さずに不満をぶつけることにした。

 

「こんな時間に、こんな場所に呼び出して。何の用だ」

『こいつと来たら噂通り傍若無人ねー。……私自身名乗れはしないけど、「アイテム」を経由してあなたに指令を届けていた者、と言えば分かる?』

 

 俺の言葉に溜息を吐いて、随分と軽い喋り方をする女は簡単に自己紹介した。どうやら『アイテム』を担当している伝達役らしい。直接会話するのは初めてだが、偶にアイテム連中から「ふざけた奴」だとか聞いていた。

 

『私も寝耳に水だったのよー。こんな時間に叩き起こされる身にもなってほしいわ』

 

 いきなり話を聞かされたらしいその女は不満を垂れ流し始めた。一貫してどこか気の抜けた話し方だ。

 

『本当は「アイテム」の子たちに通達させようと思ったのだけど、あいつらと来たら揃って「眠いから却下」って言うんですもの。だから直接私が連絡を入れた、っていうのが理由の一つねー。もう一つは、今回の命令が重要なものだから。手紙だけじゃ伝えられない事もあるのだろうし、下手に第三者を動かすと面倒な内容だったから』

 

 そこで、こほん、と区切りを入れるようにわざとらしく咳き込んだ。そしてこれまたわざとらしく口調を真面目なものに変えた。

 

『とりあえず先日の「幻想御手」の回収、ご苦労さま。聴取を取り終えた木山春生は護送中でまだ施設に到着していないみたいだけど、まあ依頼達成ってことで良いんじゃない? それと日を跨いではいるけど、何かしらの事件に巻き込まれたってね? こちらまで情報は届いているけど、後で詳細をレポートにして提出するように』

「――了解」

 

 魔術師たちのことを『外部勢力』だと言った彼女からは、魔術について見聞があるかどうか釈然としなかった。……一応、レポートは魔術について触れずに当たり障りのない情報だけ記載すればいいだろう。魔術についての理解があればもう一度提出を求められるはずだ。

 ただ、用件がそれだけならば俺をこんなところに呼び出す理由が無い。今まである伝達経路を無視してまで電話越しの女が俺に直接指令を出す理由が無いのだ。

 

『次の任務までは時間がある。ゆっくり休みなさい――と言いたい所だけど、別の用件があるの。今回あなたを呼んだ理由がそれね』

 

 やはりか、と俺は内心溜息を吐いた。態々俺を呼び出したのだ。どう考えても厄介事だ。

 

『先ほどの一件――学園都市内で外的勢力の騒動のことね。それに危機感を覚えた統括理事会の面々は、あなたに班(チーム)を組ませることを決定したらしいわ』

「……俺一人では力不足、と?」

 

 今まで単独で任務に当たっていたのに、何を今更。そう言ってやると返ってきたのは失笑だった。

 

『あんたの実力は理事会の誰もが認めている。……でも、一人で出来ることには限界がある。今回の一件、あなた一人では手が回らないことが多々あったんじゃないの?』

「…………」

『やっぱりね。まあ、上もそれを知ってチームを組ませるなんて言い始めたのでしょうけど。……ただでさえ「アイテム」は癖のある子ばかりなのに、あなた以外に二人も厄介な手合いの面倒を見ろって言われてしまったわ。とーぜん、あんたに拒否権無いから』

「――だろうな」

 

 拒否権があるなら最初から呼び出しに応じない。そう答えてやるとスピーカーから盛大な溜息が聞こえてきた。どうやらそいつも『暗部にいる以上逆らってはいけないもの』を理解しているらしい。ただの飼い犬である俺たちは『上の命令』には服従しなければならない。電話越しの相手が飼い犬かどうかは分からないが、不満を垂らしながらも従っているあたり俺と似た立場なのだろう。

 

「それで――」

 

 一体誰の面倒を見なければいけないのか、と問おうとして、真横から聞こえてきた雨水を踏む足音に口を噤んだ。なんの前触れも無く、いきなり俺のすぐ右隣に気配が沸いたのだ。見下ろせば灰色の髪の下から、濁った色の瞳が俺を見上げていた。

 

「メリア……?」

「うん。君も呼ばれたの?」

 

 僅かに首をかしげている彼女に、俺も状況をようやく読み込めてきた。見た限り傘を持ってないようだが、彼女の服も髪も雨に濡れていないようだった。原理なんて俺は知らないが相変わらずブレている――というより『ズレ欠けている』のだろう。

 

「お前……」

「これ」

 

 何か言う前に彼女が手にしていた封筒を差し出された。中に入っていた手紙に書かれていたのは筆記体だった。おそらくは日本人のものではない名前からポピュラーな言語として英語を選んだのだろう。内容は、『アルストロメリア・グレイス様へ。あなたの居場所を紹介します。上条当麻についていけばわかります。詳しいことは彼に聞いてください』とだけ書かれていた。……ほとんど俺に丸投げじゃねぇか。何の勧誘だ。

 要するにこいつが一人目らしい。そしてとてつもなく嫌なことに、もう一人のメンバーに心当たりが出来てしまった。こちらに向かってくる足音が一人分。俺にとって馴染み深い雰囲気をした気配に振り返れば、血を撒き散らしたみたいな髪をした奴が赤い傘をくるくると回しながら笑っていて、

 

「おーおー、お二人さん仲良さそうだな。もしかしてデート中だったか?」

「深嗣――」

 

 切削深嗣。幼馴染。言い方を変えれば腐れ縁。

 勝手に病室から抜け出して、こっちが大事に巻き込まれていたのに今の今まで音信不通だった馬鹿野郎。そいつは相変わらずアクセをじゃらじゃらと鳴らし、軽薄に見える笑みをメリアに向けた。

 

「そちらさんとはハジメマシテってことになるな。切削深嗣だ、ヨロシク」

「……うん」

 

 少しだけ怪訝そうに頷いたメリアに、深嗣は笑みを深くする。……人見知りする奴にしては珍しい反応だった。

 

「お前、まさかとは思うが、」

「おう、その『まさか』だぜ? 昨日……、いや、もう一昨日か。お前妙な連中と会ってただろ。面白そうだったから俺から接触を図ってみたわけだ」

 

 深嗣の言葉にやはりかと思案する。今現在、学園都市内の学生の内、九割以上が暗部に関わらずに生活できている。暗部なんてものに関わっているのはほんの一握りの阿呆どもだけだ。無関係な人間を巻き込まないように徹底しているのだ。徹底しなければならないほどに、人道を外れたことをしているから。

 

「わかってんのかよ。暗部はお前たちが思ってるほど――」

「あーあー、せっかく力貸してやろうって言うのに傷付くねぇ。……言われなくても解ってるっての。別に、何の覚悟も無く暗部に落ちたりはしねぇよ」

「勘だけど、来たほうがいいんじゃないかって。……帰れと言われても帰らないよ」

「馬鹿どもが――」

 

 頭を抱えた。二人がこう言っている以上、梃子でも考えを変えることは無いだろう。そういう性格だということは知っていた。だから、喉からせり上がって来た言葉を溜息にして、諦めた。

 

「……もういい。好きにしろ」

「――ハッ。素直じゃねぇのな」

 

 わざとらしく肩を竦めて見せる深嗣を睨みつけていると、電話越しに『話はまとまったかしら?』と呆れ混じりの言葉が届いた。

 

『全員揃ったようね。音量を上げて他の子たちにも聞こえるようにしてちょーだい』

 

 指示通りに通話音量を上げる。

 

『ん――、聞こえる?』

「うん」

「聞こえてるぜ」

 

 深嗣とメリアが答えれば、彼女は『よろしい』と、きっと電話越しで頷きながら口にした。

 

『これからあなた達にはチームで動いてもらうことになるわ。任務内容は追って通達するけど、くれぐれも――くれぐれも、私の管轄内で面倒事は起こさないように』

 

 面倒事が本当に嫌いなのか、俺には『くれぐれも』という言葉に異様に力を入れているように聞こえた。彼女の管轄も、彼女の言う面倒事も俺の知るところではないが、彼女にしてみれば本気で念を押しているつもりなのだろう。とりあえず頷いた。深嗣とメリアも俺に続く。

 

「了解しました」

「へーへー」

「……うん」

『……イマイチ信用できない返答ね。――まあ、上条当麻がいることだし早々大事にはならないでしょう』

 

 と、女の言葉に何故だかメリアが首を傾げた。何か気になることでもあったのだろうか。

 

「どうかしたのか」

「うん。……『フラグは建ったわね』、だって。どういう意味か分かる?」

 

 メリアの言葉に、電話越しから騒々しい音が聞こえてきた。がたがたと何かを落とすような音だ。どうかしたのだろうか。

 そしてメリアもいきなり何を言い出しているのだろう。言っている言葉の意味がよくわからない。妙な電波でも受信したのだろうか。

 ただ深嗣だけは、確かになー、なんて人事みたいにぼやいていて何か知った顔だ。深嗣は何を言おうか迷いながら電話越しの女に向けて、同情するぜ、と苦笑した。

 

「ご愁傷様だな」

『う、うっさいわね! とにかく私の知り得る限りで厄介事を起こさないで。いいわね!?』

「「…………?」」

 

 二人の会話に俺とメリアは首を傾げるばかりだ。何故いきなり慌てだしてるのかさえ理解できない。そしてまたもメリアが電波を受信した。どうかしたのか、と聞けば、分からないけど楽しくなってきた、とのことだ。

 

「『これは確定ね』、だって」

『~~~~っ、もういいわっ! 話を戻すわよ!』

 

 『これ以上この話題は禁止!』と言われてメリアは黙り、深嗣もからかうのを止める。電話越しの女は自分を落ち着かせるように一つ咳き込んだ。

 

『上条当麻なら知ってるでしょうけど、「アイテム」や「スクール」、「ブロック」を見れば分かるように本来ならチームは四人一組になるのが基本なのよ。そして例に漏れずあなたたちも「四人組」よ。この場に一人いないだけでチームとしては完成してるわ。私も詳しいことは知らないけど、その子、話を聞いた限りじゃ実践投入できる段階には至っていないらしいのよねー……。調整が終わり次第投入されると思うからそのつもりで』

 

 この場にいないもう一人。その人物についての話を聞く限り、恐らくはどこぞの研究施設で培養された奴なのだろう。そして俺と同じような、戦闘のために開発された兵器扱いの学生だ。学園都市のやることはこの身に痛いほど染みているから、なんとなくわかるのだ。だからと言ってその人物に同情するつもりなんてない。同情こそが、最も疎ましい感情だということを理解しているから。

 

「で、結局俺たちは何をすればいいんだよ?」

『詳しいことは上条当麻に聞いて。任務については追って連絡するわ。ま、次の任務まで精々親睦でも深めてなさいな』

 

 深嗣の問いに答えて電話の向こうの気配が離れる。かと思えば、思い出したように戻ってきた。それと最後に、と吐き捨てるような声がこちらに届く。

 

 

 

『これも上からのお達しだけど、』

 

 

 

 そこで一つ区切るように一息入れて、

 

 

 

 

 

 

『「サーカス」。それが貴方達に与えられた識別名称よ』

 

 

 

 

 

 

 ほんと良い趣味してるわ、とだけ吐き捨てて通話がぷつりと途切れた。どうやらこれで俺たちに伝わるべき用件は大体伝達し終えたのだろう。

 

「……これでやっと休めるな」

 

 どっと疲れが押し寄せてきた。

 放課後から動いてばかりだったのだ。さらに言えば前日に幻想猛獣の一件もあって、常に緊張しっぱなしだった。肉体疲労はすぐに回復するとはいえ、精神の疲労はそう易々と消えてはくれない。少し瞼が重たくなってきた。

 

「雨、強くなってきたね」

 

 強まってきた雨。横にいたメリアの鼻先にぽつりと雨水が滴った。今になってようやく安定したのか、それとも安定と不安定の間を行ったり来たりしてるのか。なんにしても今は雨に濡れてしまうらしい。そして困ったことに傘は深嗣が持ってきた一つしかない。

 だから結局、屋根の下から出て二人して無理やり傘に潜り込んだ。

 

「おい、おいおいおい。何で全員揃って入ってくるんだよ」

「……濡れるの、嫌」

「帰ってから洗濯する気力は無い」

「お前ほんっと偉そうだよなー……って、分かったっ。分かったから肘抓んなメリアっ」

「狭い。暑い。さっさとして」

 

 一人用の傘はそこまで大きくないから、結局メリアを真ん中にして俺と深嗣が左右を挟み込む形になった。文句言いつつ歩き出した深嗣に引っ付いて帰り道を歩いていく。

 

「結成式なのになんだか締まらないね」

「打ち上げでもすっか?」

「また後日な。早くしないと柚姫たちが煩いだろ」

「『たち』ってなんだよ? うちの姫さんが野良猫でも拾ったのか?」

「似た様なものだ。良く食うのが部屋に住むことになったらしい」

「へぇ……。じゃ、いっそのこと俺たちの部屋、壁ぶち抜いて繋げちまうか?」

「もう殆ど繋がってる」

「はぁ? なんだよそれ」

「天井にも大穴開いてるよ」

「……? ますます意味分かんねぇ」

 

 いつも通りにじゃれ合いながら雨の中を歩いていく。道の先、街灯に照らされて、濡れたアスファルトがしっとりと光を反射していた。

 

「ふわ……、もう眠い」

「だなー……~~~~ッ」

「無駄口叩くな。さっさと帰るぞ、新兵ども」

「「りょーかい」」

 

 

 

 そしてここに、メンバーさえ揃っていないまま。中途半端な急造の班(チーム)が結成された。

 

 上は俺たちのことを『曲芸団(サーカス)』と喩えていた。

 理事会にとって俺たちは道化なのだろう。学園都市という舞台を踊る、都合のいい役者の群れ。何のために、誰のために、何処に向かって。その全てが一切隠されたまま、俺たちは上の意のままに踊り続ける。

 

 

 

(でも、まあ……)

 

 

 

 俺たちが向かう先なんてものは到着してから確認すればいい。もしそこから先があるのなら、その時に考えればいい。今はまだ、この心地の良い激流のようなせせらぎに身を任せているさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物語の裏、暗部の奥底に隠れて造られた一室で語られる幕間の一時。

 手術室にあるようなベッドの上、一人の少女が目を覚ました。金髪碧眼、白黒のエプロンドレスを身に纏った彼女は、長時間横になっていたせいで硬くなった体を解しながら頭についていたヘッドホンじみた機材を取り外した。

 

「目が覚めたのか」

「うん。オハヨウ」

「だったら早く実験台から降りてくれ。私が代わりにそこで寝させてもらう」

 

 山のように積まれた機材と画面の山を背に、デスクチェアを回して白衣の女性が振り返った。碌に手入れをしていないのか癖が着いたままの茶髪が靡く。濃い隈を目元に湛え、疲労が色濃く残る顔で少女を見た女性は少女と交代するようにベッドに横になった。じゃらじゃらと両手首を鎖に繋がれた女性に少女はあざ笑うように微笑みかける。

 

「お疲れ様♪」

「無理やりこの部屋に押し込めた癖に良く言う」

「フフ♪ じゃあワタシはアマタちゃんのところにでも行ってようかしら」

 

 笑いながら自動扉へと向かった少女は、「あ、そうそう」と振り返りながら嘯いた。

 

「『No.5035』ちゃんを使うことになるかもね♪」

「……そうか」

 

 横になった女性が少し苦い顔をしたのを見て、少女は笑みを深くする。今度こそスライドした自動ドアを潜り抜け、扉が閉まってから天井を見上げて、

 

「さぁ、始めましょうアレイスター♪ あなたの『玩具』はワタシが壊してあげる」

 

 明後日の方向、天井を隔てた方角の先に鎮座する窓の無いビルへ向けて。

 

 

 口元に笑みを湛えながら、最後に、

 

 

 

「ワタシたちが『ふざけた実験場(学園都市)』を壊しちゃうんだから――」

 

 

 

 呟いて。

 少女の姿は暗闇に溶けて消えた。

 

 

 

 




この後はニ、三話程度使って本編で書けなかったものや日常の描写になります。番外編みたいな感じになりそうです。それが終わった後第三章で過去話に触れながら妹達や一方さん、アイテム連中の話になるかと思います。さっさと本編進めろという意見は受付ますん(←どっちだ


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PhaseEX01 -Past and Currently-
01. LUCID DREAM in LAPLACE


前回の後書きでも言った通り、しばらく番外編みたいな感じになります。


――ちょっと見せたいものがあるの。

 

 

 

 夢の中でラプラスはそう言った。

 

 

 

――偶然見えてしまっただけなのだけれど、まあ、ついでだからメリアにも見せてあげる。

 

 

 

 青い髪を靡かせて笑う彼女が指を鳴らす。

 途端、何気ない夢は変質した。

 

 

 

 

 

 

■LUCID DREAM in LAPLACE■

 

 

 

 

 

 

 気が付くとメリアは薄暗い空間に立っていた。現実味の無い、まるで焼き回した映像みたいな世界で、メリアが立っているのは長方形の中心。暗くてよく見えないが長い辺が大体35ヤード(32m)、短い辺は25ヤード(23m)ほどだろうか。高さは二階分くらい。鉄板で封をされた窓から差し込んでくる月の光に照らされて、端材やコンテナがコンクリートの地面に散乱している。中ほどの高さに手すりの付いたロフトがあって、その上にも色々と散らばっているようだった。

 薄い壁を隔てた外は騒がしい。けたたましい銃声や、爆発したような破壊音。怒号と悲鳴が薄い鉄板の向こう側から断続的に届いていた。

 

 

 ここはどこだろう、とメリアは首を傾げる。

 

 

――メリアが見ているのはルシッドドリーム。日本じゃ明晰夢なんて呼ばれてる、まあ、夢の中で意識を持ってる状態のことね。

  時と場所は数年前の学園都市。第十学区内にある廃棄された倉庫よ。

 

 

 彼女の内側からラプラスの声が届いた。でも首を傾げたまま。……何年か前の学園都市の、しかもこんな捨てられた倉庫の夢で、一体何を見せようというのだろうか。

 

 

――いいから黙って見てなさいな。すぐに分かるから。

 

 

 周囲が静まりかえる。先ほどから聞こえていた銃声や悲鳴が止まり、今度はどたどたと騒がしい足音の群れが倉庫に近づいてきた。その勢いのまま重い鉄の扉を強引に押し開けて、武装した男たちが何人も転がり込んでくる。ヘルメットの下に見えるのは全員揃って金髪碧眼だ。

 

 

「ま、待って下さいっ!」

「遅いぞチャック! 早く入れ!」

 

 

 チャックと呼ばれた小柄な男が倉庫内に入ったのを見て、彼を待っていたらしいの厳つい顔の男が扉を慌てて閉め、周囲の端材の中に転がっていた単管を扉の取っ手に差し込み閂(かんぬき)にして固定した。

 そこでようやく、男たちは息を吐いて落ち着くことができた。自分も含め合計八名の男たちを見回して、扉を固定した男が絶望に染まった声を絞り出した。

 

 

「これだけか、残ったのは……」

「――クソがッ! 50人規模の小隊だったんだぞ……!」

「少尉……、『アレ』は何なんですか?」

「分からん。分からんが、こんな極東の島国に俺たち未登録部隊(ロストナンバー)を派遣した理由は――」

 

 

 少尉と呼ばれた、先ほど扉を固定した男の言葉を遮るように、チャックが何かに気付いて「シッ」と息を吐いた。その意味するところを瞬時に理解した男たちが息を呑む。未だ息切れしているにも関わらず、息を殺して固唾を呑んで閉鎖した扉を見つめる。

 

「きた……」

 

 男たちの一人が恐怖に引き攣った声を零した。

 銃声も悲鳴もなくなり静まり返った倉庫の外。普通なら聞こえないような小さな足音が扉越しに近づいてくる。ひたひた、ひたひた。合間合間に滴らせるような水音を挟みながら、それは扉の前で止まる。そして、音を立てて扉が歪んだ。単管が折れ曲がり、外側からの衝撃で内側にめり込んでくる。

 それを見て「散開しろ」と命じる少尉の男が声に男たちが散らばっていく。コンテナの裏に隠れた者もいればロフトに上がって、床に伏せて自動小銃を構える者もいる。だが、少尉の他に一人だけ動かずにその場に残ったものがいた。

 

「散開しろと言っただろう、チャック・シェパード!」

「……いえ。自分が、陽動をしますっ……!」

「駄目だ。早く行け」

「しかし……!」

 

 言い合う二人の前で再び扉が歪んだ。それを見て少尉の男が「いいから行け!」と叫んでから、落ち着くように息を一回吐いて、目を合わせながらチャックと呼ばれた若者の両肩を掴む。

 

「お前、女房と産まれたばかりのガキが居るんだろう。俺やこの隊の連中はお前以外全員独り身だ」

「……でも、俺は足を引っ張ってばかりでした。だから……!」

「上官命令だ! いいから持ち場に着け!」

「っ……、了解しました」

 

 悔しそうに唇をかみ締め、若者は自分の持ち場――一番安全なロフトの奥隅の狙撃地点に向かった。それだけ確認して、男は今にも開きそうな扉を睨みつけ、

 

「来やがれ化物……! 俺が相手をしてやる――!」

 

 自動小銃を構える男の前で、今度こそ扉は開かれた。単管が真っ二つに割れ、衝撃で支えを破壊された扉が地面に倒れ、外の光が倉庫内をぼんやりと照らしていく。

 そして、月明かりに照らされた倉庫街を背景に佇む、小さな影が――

 

「……え」

 

 その子供(・・)の姿を見て、メリアは表情に出さないものの軽く言葉を失った。

 ところどころに裂け目や穴が開いて、返り血に濡れた襤褸同然の布切れも。血の滴る所々がツンツンと跳ねている黒髪もそうだ。確かにそれもメリアが驚いた要因ではある。

 しかし、彼女を真に驚かせたのは、性別の色が薄いその子供の顔があまりにも知り合いに似ていたからで――、

 

「トウ、マ……?」

 

 呆然と呟くメリアの横を、彼は――幼き日のカミジョウトウマは、子供のものとは思えない速度で横切っていく。

 そして、

 

「――っ」

 

 メリアの背後で爆発するように血肉が赤い花を咲かせていた。内側から爆発したんじゃないかって勢いで、赤色だったり紫色だったり黄色だったりするそれらは地面や壁にこびり付いていく。

 それを見て悲鳴を上げたのはメリアではなく、倉庫中に散らばっていた部下たちだ。

 

「少尉っ!?」

「クソ、クソォォオオオ――!!」

「撃って撃って撃ちまくれェ! 少尉の勇気を無駄にするなァッ!」

 

 また、その子供への報復も苛烈に過ぎていた。鉄柵の隙間から子供を照準する五つの銃口が纏めて火を吹いたのだ。

 

『――――――!?』

 

 少年の悲鳴が聞こえないほどの銃声。銃弾の雨が少年に降り注いだ。足を、腕を、胴体を、頭を鋭い弾頭が穿っていく。全身を貫通した衝撃に少年の体が跳ね踊り、スナイパーライフルの弾丸が側頭部に当たって飛沫を立てながら血の海を転がりまわった。そんな中でも銃弾の雨は止まらない。床に散らばった血肉とちぎれた少年の体が混ざり、それらが一体誰のものだったのか――どころか本当に人間のものだったのかさえ見て取れないような肉塊に変わっていく。

 子供が完全に動かなくなり、銃声も止んだ。だが、彼らはまだ手を止めようとはしなかった。

 

「これで、死に腐れ化物が――!」

 

 一階のコンテナの裏に隠れていた一人が手榴弾のピンを引き抜き、コンテナの影から僅かばかり乗り出して転がそうとしたとき、

 

 

 肉塊から伸びていた穴だらけの右腕が。少尉の男が持っていた自動小銃拾って、すでに照準していた。そして、発砲。

 

 

「な――」

 

 

 機械のような精密さで放たれた弾丸は手榴弾の中心を穿ち、直後爆発が隊員を飲み込んだ。跡形なんて残らなかった。

 爆発の閃光によって眩んでいた世界が落ち着いたとき、すでに三箇所で血肉が爆発していた。一階のコンテナに一箇所、ロフトの階段付近で二箇所だ。手榴弾のせいではない。メリアの目は、しかとその瞬間を捉えていた。

 たった一人の子供が。年端もいかぬ小さな影が、身の丈程度の直剣を振り上げて大の男たちに向けて突貫して。たったそれだけで、全身を特殊合金を編みこまれた装備で武装しているはずの大人たちは木っ端のように砕け散ったのだ。

 それから数秒で扉側のロフトの二箇所にも同じ惨状が作られた。

 

 そして、残ったのは、一人だけ。

 

 

 

「ぁ……、ぁあ……」

 

 

 

 スナイパーライフルを握る、チャック・シェパードただ一人だけだ。

 

 チャック・シェパードは運動神経が悪く、飛びぬけた手先の器用さを除けば軍人としては足手まとい以外の何でもなかった。

 そんな彼は何故か入隊試験を合格し、しかし数字付きの部隊から転落して気付けば外れ者部隊(アウトロー)の隊員となっていた。

 

 曰く、戦犯どもの溜まり場。曰く、犯罪者上がりの部隊。

 

 そんな話を聞いていたチャックを待ち受けていたのは、他の隊と同じような、下手したらそれ以上に温かい人たちだった。

 隊で最年少で、唯一妻子を持つ彼を隊員たちは面白がり、それ以上に彼は大事にされた。確かに罪を犯した者もいた。薬を常備しているような人もいた。だが厳しくも、優しい人たちだった。

 

 そんな隊は、もう、彼を残して壊滅してしまった。

 

 そして、

 

 

 

『――――』

 

 

 

 

 彼が見るスコープの中で、全身穴だらけで所々骨を露出させる子供が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャックを見た。

 

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 その少年にとって不幸だったことは幾つもある。

 一つは思春期にも達していない子供が、こんな殺し合いの世界に身を投じてしまったこと。本来ならば死んで当然の世界で生き残ってしまったことにある。それどころか、そんな未発達の心身で弱肉強食の三角形の上部に到達してしまっていたのだ。五十人程度の小隊規模の大人たちを相手取って虐殺されながらも蹂躙できてしまうほどに、少年は当時から人の道を外れていた。

 

 

――これが死神(カミジョウトウマ)の全盛期、とでも言えるのかしらね。

  ただ生存本能に従って外敵を食い尽くす。余計な柵(しがらみ)も枷(つながり)も知らない。戦術だ戦略だ、なんてものを真正面から力ずくで叩き潰す。人間社会を理解していない白痴故に強靭な、そのもの化物な彼の根本の一つ。……まるで獣ね。

 

 

 これが『カミジョウトウマ』の本来の在り方。そう強制されてきた、トウマ本人の心に影を落としている罪悪の根源、なのだろうか。

 

 

――て言うよりも彼の時間は『その当時で止まっている』のね。

  今でも心の奥底は何も知らない子供のままだから、いきなり平和な日常に放り込まれて戸惑っている。力を振るうことでしか自己主張できないのよ、きっと。

 

 

 それはそうなのかもしれない。

 メリアは納得する。夕方の交差点で初めて会った時、彼は極端に人と関わらないように見えた。もしかしたら面倒臭かっただけかもしれないが、何にしても付き合いが苦手なのだろう。……人のことは言えないが。

 それにしても、だ。

 

 

 彼は何でこんな状況に立たされていたのだろうか。

 

 

――多分、それが『当たり前』だと思っていたから、とか。

  それ以外のことを知らないんだから、他の子供と比べて自分がおかしい、なんて考えられないのよ。

 

 

 じゃあ、誰が何のためにトウマに世間一般にいう『普通』教えなかったのだろうか。何のために、こんな身を削るような戦いをしていたのだろうか。

 

 

――……さあ。多分、彼に命令していた誰かが困るからじゃない?

  それでこの戦いは……、『経験値稼ぎ』ってところかしら。雑魚を狩り回ってちまちまとレベルを上げる、みたいな。多分、暗部に生き始めた頃からずっと続けてるんじゃないかしら。学園都市も、いい加減そういうの好きよねぇ……。

 

 

 それだけ言って、ラプラスは考えるように唸ってから黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 

 カミジョウトウマは血溜まりに佇んでいた。

 全身の鮮血に染めながら、幽鬼のように。右手には刃こぼれだらけの直刀を持って。穴だらけだった体に傷は残っているものの、その面積も時間と共に収縮していく。

 一人の子供を相手取った小隊の戦いの最後は呆気ないものだった。もはやこの場で生きているのはカミジョウトウマただ一人。

 彼はただ、何をするでもなく。何処を見ているのか分からない濁りきった眼で、呆と足元を見下ろしていた。先ほどまでの騒動が嘘のように静まり返った倉庫に、しかし新しい音が加わった。子供には、血の水溜りの端を踏むブーツが見えた。

 

「よぉクソガキ。これまた派手にやるねぇ……。死体を処理する『猟犬部隊(こっち)』の身にもなれってんだ」

 

 金に染めた髪を獅子みたいに逆立て、スーツの上から白衣を羽織ったその男は獣みたいに笑いながらトウマへと近づいていく。それを見たトウマは、

 

「目標の排除、完了した」

 

 何処も見ていないような目でそれだけ言って、ふらふらと覚束ない足取りで歩き始めた。そのまま男の横を通り過ぎる。

 その際、男が失態を演ずる。

 

「とっとと死んじまえ、化物が――」

 

 

 

 わざと聞こえるように、殺意をむき出しにトウマを睨み付けたのだ。そしてその代償は高く付いた。

 

 

 

「が、ぁあああああああああああああああああっ!?」

 

 

 

 条件反射だったのか、それとも警告か。

 トウマが男の右腕を肩から切り落としたのだ。男はトウマの敵ではなかったのだろう。殺さないだけの理性はあったのかもしれない。

 

 

 

「う、腕が……。俺の右腕が……っ」

 

 

 

 肩を切り開かれ、その場に蹲る男を能面じみた顔で一瞥して当麻は去っていく。

 

 

 その生気のない背中を見送りながら、メリアは自身の奥底から湧き上がってきた訳の分からない感情の正体を掴めないでいた。

 

 あえて例えるならば、憤り、だろうか。

 

 まるで隠し事をしていた友達に苛立っているような、それに気付けなかった自分を責め立てるような。そんな感情。

 

 

 

(……一体何?)

 

 

 

 トウマとは先日初めて会ったばかりだ。それなのに、まるで子供の頃から知っているような。そんな郷愁じみた違和感が拭えない。

 トウマの姿が夢と共に掻き消えるまで考えても、結局、その感情の答えは見つけられなかった。

 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

「――――」

 

 

 

 鼻を突いた美味しそうな臭いに目を覚ました。

 ぼんやりとした意識が浮上していく中、頭の上の方向でかたかた、ことこと、とリズム良く軽い音が続いている。誰かが料理でもしているのだろう。

 だけど、今はそんなことよりも惰眠を貪りたかった。私、アルストロメリア・グレイスは低血圧なのだ。睡眠は摂れるだけ摂るのが私の主義だ。

 

 寝返りを打つ。布団の中に抱き枕があったから抱きかかえる。すると、

 

 

「むぎゅっ」

 

 

 腕の中で潰れた蛙みたいな声が聞こえた。なんなんだろう、と目を開ければ、目の前に桃色の頭頂があって。どうやら抱き寄せていたのは抱き枕ではなかったのだと知った。

 そしてその頭は、居候させてもらっている部屋の主のもので、

 

 

「コモエ……?」

「ん、あれ? メリアちゃん……?」

 

 

 子供みたいな見た目の彼女、コモエも目を覚ましたらしい。寝巻き姿の彼女は、もそもそ、と私の腕から抜け出して布団を押し退けて起き上がる。と、頭上から声が掛かった。

 

 

「おはようございます。台所借りてますよ」

 

 

 トウマだった。彼は水色のエプロンなんか着けて台所に立って鍋を搔き混ぜている。……なんでトウマがいるんだろう、と疑問を浮かべたところで思い出した。そう言えば、昨夜サーカスっていうチームが組まれてからすぐに私たちはコモエの部屋に戻ったのだ。疲れが溜まっていた私は、電気の消えていた部屋で手近にあった布団に潜り込んだのだ。意識がぼんやりとしていた私は、その布団で誰かが寝ているとは考えず、そのまま意識を失ってしまった。

 横を見れば、隣に敷いてある布団でユズキとインデックスが抱き合って眠っているし、彼女たちの足元――窓際の壁にはミツグが寄りかかって片脚を抱えて目を閉じている。よほど疲れているのか、私たちが喋っても三人とも起きはしなかった。

 

 

 

「――おい。……おい、メリア」

「…………」

 

 

 呆、と彼らを見ていると、ぱこ、と後頭部を軽く叩かれた。

 

 

 

「寝ぼけてんのかお前」

「……うん」

 

 

 振り返ればトウマが空のトレイを持って怪訝そうにこっちを見ていた。気付けばコモエの姿がない。どこにいるのか、と探せば台所でトウマの代わりに鍋を見ていた。子供ようのイスの上に立って台所に立っているその姿は、見た目だけでいえば少々危ない。足を踏み外さないことを祈るばかりだ。

 

 

「布団を畳めって言ってんだ。聞こえなかったのか」

「うん」

 

 

 性別の色が薄い彼の顔が、夢で見た子供の顔に重なる。

 

 

 

「いいから布団畳んでちゃぶ台持って来い。もう朝飯だ」

「……わかった」

 

 

 未だ彼はどっちつかずだ。表であり裏でもある。だが、危なげに見えるものの、全身を返り血に染めた子供のような手負いの獣じみた危うさは残っていなかった。夢で見た彼と比べれば随分と落ち着いている。

 繰り返される戦いの中で成長したのか、積み重なった歳月が落ち着かせたのか。

 

 

 

 

――それとも、

 

 

 

 

 

「ちょっと聞きたいのですけど、上条ちゃん。上条ちゃんが戻ってきた時、先生ってすでに寝てました? インデックスちゃんはどうなったのですか?」

「ええ。仕事の疲れが溜まっていたのでしょう。禁書目録も似たようなものでした。熱も引いて、今は普通に寝ているだけです」

「……よかった、そうだったのですか」

「俺は寝てる奴ら起こすので、味噌汁盛ってもらってもいいでしょうか。あとオーブンの中の鮭が焼けてると思います」

「はい! 任されました!」

 

 

 

 トウマに頼られたのが嬉しいのか、にこにこと花を咲かせた見たいに笑っている教師のお陰なのか。

 

 

 

 

 

 学校でのトウマを知らないから分からなかったが、とりあえず私は布団を畳んでちゃぶ台を準備することにした。

 

 

 

 




今回、相手として出てきた未登録部隊の方々についてもしかしたら違和感を覚えた方もいらっしゃるかと思います。
当麻がちょいちょい、『今まで外敵を殺してきた』的なことを言っていたのですが派遣された部隊が敵っぽくない、というより当麻のほうがボスチック。
それで、どうして普通(?)の兵士が学園都市に侵入できたのか、みたいな。

第三章あたりでそういったことにも触れていこうかと思います。


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02. That feeling. Does anyone know?

番外編そのニ。
当麻視点で過去話+αとなります。


 

 一年前の入学式。

 俺が出会った、直視できないくらいに温かい人々。

 

 

 

■That feeling. Does anyone know?■

 

 

 

 なんとなく、思い出したことがある。

 

 

 俺が彼らと初めて出会ったのは、清々しいほどに晴れた高校の入学式だった。どこにでもある普通の高校の、普通の入学式だ。俺と深嗣で、深嗣曰く「テキトー」で決めた高校だった。

 俺たちが高校に入学できる歳になって施設のほうから一人暮らしをしてもいいと許可が下りたから、年齢としては中学二年生だった柚姫をつれて施設を出た(ちなみに柚姫の中学も深嗣が「テキトー」に決めた)。子供の頃に一緒に住んでいた木山先生に中学や高校に通うのが『普通』なのだと聞かされて、実際にそれを試してみることにしたのだ。入学金や生活費の補助は無かったが、俺が今まで行ってきた任務の報酬でそこはなんとかなった。というよりも俺たち三人の入学費や生活費、マンションの費用を含めても俺の貯蓄の三分の一にも満たなかった。それを知った俺は生きるために必要な金額が少ないのか、それとも俺の収入が多いのかを真剣に考えたものだった。しばらくして知った結果、後者だと知ったのだが、それはまた別の話だ。

 

 俺が思い出したのは入学式当日の、かったるいと感じただけだった式が終わった後の休憩時間のことだ。

 その時の俺は初めて経験した『普通の高校生活』に今以上に教室に息苦しさを感じていて、今の俺から見ても「あれは無い」と思ってしまうような態度を取ってしまっていたのだ。

 

 

 

 

 どういう感じだったのかと言えば、HR(ホームルーム)直前に俺の隣に座っていたおっとりした女生徒が話掛けてきたところから見てもらえればわかるだろう。

 

 

「こ、こんにちは」

「…………」

 

 

 気後れしながらも俺に話しかけてきた、長髪の女生徒の言葉を、その時の俺は無視していた。ただ単に煩わしいと思ったのだ。ただでさえ陸に打ち上げられた魚みたいに息苦しいのに、そんな余計なことに付き合ってられるか、と。

 

 

「名前、何て言うの? 私は――」

「…………」

 

 

 相手もせず、ただ頬杖を付いて目を閉じている俺に、彼女は根気よく話しを続けていた。しかし、当時の俺は煩いと思うばかりで無視を続ける。

 終いには彼女は涙目になってしまっていた。

 

 

「あ、あの……、そこまで無視されると私も困るっていうか、傷付くっていうか……」

「ねえあんた。ちゃんと聞こえてるんでしょ?」

「…………」

 

 

 その様子を見ていた活発そうな短髪の女生徒が俺を嗜める。だが意固地になっていた俺とって、それは本当に鬱陶しいだけで。舌打ちをして席を立ったのだ。

 

 

「あっ……、これからHR(ホームルーム)だよ……?」

「知るか」

「あ、ちょっと!」

 

 

 おどおどしたり、驚いたりしている二人のことなど気にも留めず、俺は教室から出て行こうとする。深嗣もそんなこと知ったことじゃないとばかりに机に突っ伏して寝息を立てていた。

 教室から出て行こうとする俺の前に立ちはだかった奴がいた。

 

 

「おい、貴様っ! どこに行くつもりだ!」

 

 

 当時からクラス委員然としていた吹寄だった。黒い艶のある髪は、今に比べれば短めで。肩あたりで切りそろえられていたその髪を揺らしながら、彼女は俺の前に仁王立ちしていた。

 だが、そんなことで止まる当時の俺ではなかった。……結果として、それからずっと目をつけられることになるのだが。

 

 

「お前には関係ないだろ」

 

 

 睨みながら彼女を押し退けて強引に教室を出て行く。その背後から、

 

 

「なんやあれ、感じ悪ぅ」

「入学当日に早退する奴は初めて見たにゃー」

「なんや、気ぃ合うな。……ていうか、『にゃー?』」

「細かいことは気にしたらいけないのだぜい」

 

 

 そんな二人の声が聞こえてきたのだが、今思えばそれが彼らが仲良くなったきっかけだったのかもしれない。そんな彼らとそこそこな関係を作ることになるとは知らない当時の俺は、彼らの言葉も気に留めずに屋上へと向かった。帰るでもなく、屋上だ。あの時は必死で、ただ落ち着くために外の空気でも吸おうとしていたのかもしれない。その手段はどうかと思うし、動機もどうかと思う。

 

 

 当然だが屋上には誰もおらず、そこでようやく多少なりとも落ち着くことができたのだ。

 そして何気なしに座ったベンチで、俺はあるものを見つけることになった。

 

 

「……煙草か。なんでこんなところに」

 

 

 座ったベンチの足元においてあった新品の煙草の箱と、その上に乗っていたライターを拾い上げる。おそらくは上級生の誰かがここで吸おうとして、そのまま忘れて行ったものだろうと検討を付ける。と同時に、俺は煙草に興味を持ってしまったのだ。

 

 

 

――これを吸えば、少しは息を吸いやすくなるのではないのか、と。

 

 

 

 

 今思えば、なんでその発想に行き着いたのか。というより、普通の空気を吸っただけでそんなに追い詰められていたのかと思う。……どうせそんなもので死ぬ体じゃない、と惰性で吸い続けている今の俺が言えたことでもないが。

 

 

 話を戻そう。

 煙草を拾った屋上。そこで初めて煙草を吸ったのかと問われれば、否だ。

 箱を開けようとした時、屋上の扉を開けた人間がいたのだ。扉が開く音を聞いて、慌てて懐に箱とライターを仕舞いこんだ。

 

 

 

「よいしょ、っと」

 

 

 

 そんな幼子のような声に。扉から現れたのは、桃色の髪をしてワンピースを着た小さな子供だった。月詠小萌教諭である。彼女の姿を見て、そのときの俺は多少驚いたものの、それ以上に「何故」という疑問のほうが大きかった。

 

 

「もー、こんな時間に何で屋上なんかに来てるんですか? もうHRが始まりますよ」

 

 

 教師として当たり前の台詞を聞いて、当時の俺は「ああ、ままごとか」と見当違いに結論付けてしまっていた。ままごとの経験がないわけではなかったのだ。小さい頃に柚姫が研究員ごっこみたいなことを何度かやっていたから、月詠教諭の言動もその延長線なのだろうと思ってしまっていた。まあ、そこは仕方がないとは思う。月詠教諭は見た目子供そのものなのだから、初見で教師と思うほうが無理がある。

 だから、俺はまじめに取り合おうとはしなかった。月詠教諭の前で膝を折り曲げ、極力目線の高さを下げたのだ。

 

 

「お前の親はどこだ」

「そんな当たり前みたいに子供扱いしないでくださいー! 先生はれっきとした先生なのですー!」

「……まさか迷子じゃないだろうな。お前、名前は」

「人の話を聞いてくださいー!」

「分かったよ。とりあえず近くの風紀委員支部に案内してやるから、それまで我慢しろ」

「だからそうじゃなくて! 私はあなたの担任の月詠小萌です、上条当麻くん!」

 

 

 彼女に自分の名前を呼ばれて、まさか、とまじまじと月詠教諭を見る。どこからどう見ても子供にしか見えないその姿は、当時の俺が想像していた教師というものの姿からは程遠い。

 俺の情報を持っていて、尚且つ暗部の人間特有の臭いを感じなかった。施設から出てさほど時間も経ってないのだし、俺のことを知っているということは正規の手段で情報を入手したということになる。

 そこまで考えて、俺はようやく彼女を学校の関係者だと理解することができていた。

 

 

「まさか、本当に……」

「ようやく分かってくれたみたいですねー。……それにしても――」

 

 

 そこで月詠教諭は悪戯っ子を見た母親のような顔で、くすり、と笑った。

 

 

「上条当麻くんは――いいえ、上条ちゃんは優しいのですね」

「…………は?」

 

 

 俺は彼女が何を言っているのか理解できなかった。

 いくら子供みたいな見た目をしていても、教師を子ども扱いし、あまつさえ「お前」なんて呼んでしまった俺が、『優しい』……?

 今でも、正直に言えばよく分かってなどいない。

 

 

 そして、言葉の意味を掴みかねていた俺に、月詠教諭はそれが当たり前だと言わんばかりの普通の笑顔でとんでもないことを言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「子供に優しく出来る人は誰にだって優しくできるのです。――だから上条ちゃんも優しいのです」

「――――ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 それは当時の俺にとって、とてつもない衝撃だった。その時、咄嗟に彼女から飛びのいてしまったのだ。自分で言うのも難だが、まるで獣みたいに。

 何の衒いもない笑顔で言われたその言葉は、俺の思考を破壊するには十分すぎる威力だった。驚きすぎて何故だか熱の昇ってきた口元を隠すために、無意識に右手の甲で口元を隠してしまっていた。

 

 

 

「私を子ども扱いしたこともそれでチャラにしてあげちゃいます」

 

 

 

 そんな醜態を晒す俺を見て、本当は怒ってなどいなかったくせにその人はからかうように笑ったのだ。

 その笑顔を見て、今度こそ本当に何も考えられなくなっていた。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

 無意識に。

 

 

 俺は、慣れない家事と格闘する一人の女性を思い出していた。乾燥機に掛ければいいのに、そんなことも考え付かないほどに必死に冷たい洗濯物をかじかんだ手で広げて干していく『先生』の姿と重なって見えた。

 

 

 

 今になって考えれば分かる。それは二人が同じ性質の人間だったからだ。

 

 

 

 その時の俺は、その笑顔を何よりも尊い物だと思ったのだ。

 

 

 

 

 そして同時に、

 

 

 

 

 俺自身が、何よりも醜い物に見えた。

 

 

 

 両手を血に塗らした、数え切れないほどの命を奪ってきた『人でなし』がこんなところで何をしているのだ、と。

 目の前の眩しいくらいの笑顔に、俺たちの『先生』に責められている気がした。この学校(日常)に俺(お前)みたいな化物が関わってはいけないのだと、何かが胸を締め付けた。顔まで昇ってきていた熱が急速に失われていく。

 

 

 

「ぁ……、あぁ……」

 

 

 

 その息苦しさに、俺は初めて『罪悪感』というものを知ったのだ。その時になって。もうどうすることもできない所に来て、ようやく俺は自分がしてきたことの意味を理解した。

 

 今でも俺は後悔している。あの時、すぐに退学でもすればよかったのだ。そうすれば何の異分子も無く、彼女たちの日常は綺麗なまま続いたはずなのだ。

 だが、俺と彼女は出会い、顔を見て、言葉を交わしてしまった。そして彼女の歩み寄りによって『他人』よりも近しい関係になってしまった。

 自分から関係を切る勇気を、今でも俺は持ち合わせていなかった。

 

 期間を終え、先生が別の施設へ異動になってしまったとき、彼女が寂しそうな顔をしていたのを覚えている。その悲しみに涙した先生の顔を今の今でも。

 だから月詠小萌と名乗った心優しい教諭に、そんな顔はして欲しくないと思ってしまったのだ。

 

 

 

 なんて滑稽。なんて無様。

 

 

 

 そんな真っ当な感情を持って許される生き方をしていないというのに。そんなの、許されないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか? 顔色が悪いのですよ?」

「ぁ――――」

 

 飛び退いて着地した態勢のままの俺に、月詠教諭は手を差し伸べてくれていたのだ。暗闇から引き上げるように。

 その手を、だけど俺は取らなかった。否、取ることなんてできなかった。

 

「大丈夫です。少し、眠いだけですから」

「大丈夫、って……。上条ちゃんが今どんな顔をしていたと思っているのですか。深くは聞きませんけど、辛いことがあるならいつでも相談してくださいね?」

「……いえ、本当に大丈夫ですから」

「もう……、男の子なんですから……。じゃあ先生と約束してください。無理をしてまで意地を張らないこと。いいですね?」

「……はい」

 

 

 

 

 そして戻った教室で、俺のせいで予定よりも大幅に遅れながらも何とかHRは始まった。それでもどことなく教室の中はざわついていた。

 

 

 

 

「なんや、結局戻ってきたんかいな」

「ま、そのお陰でのんびり雑談できたからよかったんだけどにゃー」

「ふん。戻ってくるのが当然なのよ」

 

 

 

 青い髪をした関西弁の男、青髪がいて。金髪でサングラスを掛けた男、土御門がいて。優等生然とした女生徒、吹寄がいて。

 

 

 

「よかった……。戻ってきてくれたんだ……」

「だからってあんたね。あんまり『ああいう奴』には近づかないほうがいいよ?」

 

 

 

 先ほど俺に声を掛けてきた長髪の女子がいて。彼女を嗜めるショートヘアの女子がいて。

 

 

 

「にしてもまさか、クラスの担任が子供先生とはねぇ」

「謎の子供先生。うむ、惹かれるな」

 

 

 

 見るからに運動部な感じの男子がいて。眼鏡を掛けて知的そうに見える男子がいて。

 他にも雑談している奴らや、真面目に話を聞いている奴らがいて。

 

 

 

「はい、おしゃべり中の皆さん。今はHR中ですよ。それでも無駄話を続けるというのなら『すけすけ見る見る』ですからねー」

 

 

 

 教壇でイスを足場にして立っている月詠教諭がいて。

 

 

 

「……ぐぅ」

「おい。いい加減起きろ馬鹿」

 

 

 

 俺がいて。俺の後ろに深嗣がいて。

 

 

 

 

 

 そこから始まった心苦しくも温かい俺の日常は、今でも――。

 

 

 

 

 

 

□■□■□■

 

 

 

 

 

 

 

(そう言えば、結局あの後『すけすけ見る見る』をくらったんだったな……)

 

 いつも通りに手に提げた鞄を背負って校門を潜りながら、しみじみと当時を思い起こす。

 あのHRの後、眠りこける深嗣を起こすことが出来ず、起こそうとしていた俺も巻き添えで『すけすけ見る見る』――目隠しながらポーカーに十回勝たなければ帰れない、という透視能力を持ってなければ成功させることなどできないようなカリキュラムに強制参加させられた。

 

(あの頃から変わってないんだな、俺は……)

 

 いつも屋上に逃げてばかりで、結局は出席日数が足らずに月詠教諭に迷惑を掛けてまで高校生活にしがみついている。

 

「……ほんと、ガキ」

 

 一人で校舎へ校庭を歩いていれば自嘲していると、校舎横の駐車場に止まった軽ワゴン車から降りてきた月詠教諭の姿が目に入った。

 彼女も俺に気が付いてこちら見たから、俺は月詠教諭に歩み寄った。

 

「おはようございます」

「はい、またまたおはようございますです、上条ちゃん」

 

 と、月詠教諭は何が楽しいのか、あの日よりも嬉しそうな顔でで笑っている。

 

「……あの、俺に何か用でも」

 

 そうやって俺の顔を凝視されても、敵意がない以上、なんというかむず痒いだけだ。

 

「いえ、ただ嬉しかったので」

「…………?」

「だって上条ちゃんが先生を頼ってくれたの初めてじゃないですか」

 

 これで先生のことを『先生』って呼んでくれれば何も言うことはないのですが、と月詠教諭は笑みに僅かばかり苦味を浮かべていた。

 どうして先生と呼んでくれないのか、と彼女は言う。……でも、俺はその呼び方を今でもできないでいた。『先生』という言葉は、俺にとって――もしかしたら柚姫や深嗣にとっても特別なものだから。

 結局、月詠教諭に軽く頭を下げることしかできなかった。

 

「…………すみません」

「先生は謝って欲しいわけじゃないんですけんどねー。……あ、そう言えば聞き忘れていたのですが、部屋の修理の目処は付いたのですか?」

「……ええ、まあ」

 

 今朝通学路を歩いている最中に業者に連絡を入れ、部屋の状況を簡単に口頭で説明したのだが、どうやら修理が終わるまで一週間は掛かるらしい。まあ、あれだけ破壊されていて一週間程度で修理が終わってしまうのだから、それはそれで早いほうなのだろう。……もう一つの改修を注文している身として贅沢は言えない。

 

「――そうですか。まあ、先生としてはもう一ヶ月でも一年でも居てくれていいって感じですけどね」

「そういうわけには行きません」

 

 ただでさえ普段から迷惑を掛けっぱなしなのだ。本人の意思はどうであれ、これ以上彼女に世話を焼かせるのは忍びない。

 しかし、そうだな。あえて一つ挙げるとするなら、

 

「その、出来れば焼肉の量は少なくても大丈夫です。……というより、食いきれません」

 

 禁書目録がいたからいいものの、と言えば、月詠教諭は「あ、あはは……」と申し訳なさそうに眉をハの字に下げる。

 

「すみません……。上条ちゃんに頼られたのが嬉しくてつい、はしゃぎ過ぎちゃいました」

「……いえ、気にしてません」

「よかった……。あんなにはしゃいじゃって、もしかしたら上条ちゃんたちに嫌われちゃったんじゃないかと心配しちゃいました」

 

 俺は本心から月詠教諭をフォローすれば、彼女は安心したように笑う。

 昨日の月詠教諭の暴挙は、たまに目にするドラマとかで「沢山食べて大きくなってね」という母が子に送る願い事と似たようなものだというのは、なんとなく想像できていたから。それが分かったから、出来るところまで食べたのだ。……途中で脱落してしまい、殆どを禁書目録に任せてしまっていたが。

 

 玄関前で月詠教諭と話していると、校門の方向から叫び声と騒がしい気配が走り寄って来た。

 

 

「カミやん、小萌センセーと何話してるん――!?」

「ついに小萌センセーまで落としたのか。さすがカミやん。いっぺん死んで見るべきだにゃー」

 

 

 何か騒いでいる青髪と土御門だ。それから、

 

 

「朝から玄関前で何騒いでるのよ。……おはようございます、小萌先生」

「はい、皆さんおはようございます」

 

 

 呆れたように俺を睨みながら吹寄も。……何故俺だけを睨む。月詠教諭への態度と違いすぎないだろうか。

 というよりも、

 

「お前補修じゃないだろ。何で学校に」

「小萌先生の手伝いよ」

 

 

 

 

 いつも通り、騒がしくなってきた日常に俺は肩を竦めるだけだ。

 

 

 

 

 

 当時のように今でも心地悪くはある。心苦しくもある。だがここ最近になって、それを上回る感情が苦しみを忘れさせてくれることがある。

 それは今、月詠教諭やクラスメイトたちと他愛無い会話をしている最中もそうだ。

 

 

 

 

 その感情の名前を、俺はいつか知ることができるだろうか――?

 

 

 

 

 

 

 



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--. Unrealistic HAPPY_END

番外編第三弾。
一章の最後から派生した、本編では出来なかったIFのお話。

後書きに次回予告載せてみました。


 

 

 それは本来の道筋では不可能だった可能性の一つ。

 何も解決しないが故に誰も傷付かない、最も幸せな終わり。

 

 

 

 

■Unrealistic HAPPY_END■

 

 

 

 

 七月十九日、夕方。

 多くの学生、教員たちを巻き込んだ『幻想猛獣』の一件が終結した直後。幻想猛獣を相手取った激戦のなか、俺や深嗣、御坂も大した怪我をせずに病院で軽い検査をした後の夕食。当初の予定通りに俺たちの部屋を使って大人数で食卓を囲むことになった。

 ……なったのだが。

 

 

 

 

 

「お姉さまぁああああ!! 黒子の愛(つみれ)を、愛(おあげ)をぉおおおおおおお!!」

「だぁああ!! やめろって言ってんでしょうが! 落ち着いて鍋も食えんのかあああ!!」

「わひゃぁあああああ!? てミサカはミサカは緊急回避ー!?」

 

 

 リビングのテーブルで飛び散る具材。弾ける電気。イスから飛び上がる打ち止め。

 暴走する白井に対する御坂の反応にはまあ頷けるが、その言葉はそのまま御坂自身に戻ってくることを忘れるなよ。

 

 

 

 

 

「はい、これ初春の分」

「ありがとうございます佐天さん。なんか鍋奉行みたいですねー」

「佐天さん、ついでに出汁醤油取ってもらえると助かるんだけど」

「はいはいお安いご用でーす。固法先輩も私を頼ちゃって全然おっけーです」

「ふふ、なにそれ」

「この時期に鍋っていうのも乙なものですねー」

 

 

 御坂たちの対面でのんきに鍋をつつく女子三人組。

 佐天、初春、そしてその二人に紹介された固法美偉だ。縁無しの眼鏡を掛けて黒髪をミドルヘアーに切りそろえている彼女は、見た目もそうだが落ち着いた性格をしていて知的な印象を受けた。風紀委員で初春や白井の先輩になるらしい。

 ちなみに何故鍋かと言えば、大人数の食料を賄えた上で味もそこそこのものを作れる、という理由で選んだのだ。

 

 

 

 

 

 

「結局鍋はこう賑やかなのに限るよね。ちょっと隔離されてる気がしないでもないけど」

「『幻想殺し』ー、シャケ弁ないのー?」

「麦野、今は鍋パーティです。シャケ弁なんて超無いですよ」

「ブチコロスわよ『幻想殺し』」

「止めとけって。無理やり押し入ったのはこっちなんだから我慢してくれ。――ほれ、滝壺の分」

「ん、ありがと、はまづら」

 

 

 開け放った俺の部屋で、柚姫の部屋から引っ張り出したちゃぶ台を囲っているのはアイテムの面子だ。

 全員揃って押し掛けて来やがったのだ。暗部がこんな一般人ばっかのところに来ていいのかよ、と聞いたら、今はオフだからOK、とのことだ。

 

 

 

 

 

「いやぁ、まさか常盤台のお嬢様までついてくるとはおもわなかったにゃー。しかもなんか女子四人組まで来る始末。妙な男一人は余計だが、眼福だにゃー」

「えへへー、ボク、もういつ死んでも構わへん。幸せやー」

「じゃあ牛肉はもういらないわね。上条もいい加減食べないとなくなるわよ」

「ぎゃー!! そんな殺生な! 横暴やぁああ!!」

「こら。そんなに騒いだら上条ちゃんに叩き出されちゃいますよー?」

「お、旨い旨い。それにしても上条が料理上手だったなんて意外じゃん」

「当たり前です、上条ちゃんは何でもできるのですよ――って、あー! それ私のおつまみですー!」

「兄貴の友人は馬鹿ばっかなんだなー。あー、上条当麻ー、具がなくなってきたから台所借りるぞー」

 

 

 そしてダイニングキッチン前の、御坂たちの横のテーブル。

 俺や深嗣、柚姫が座る対面では、いつものクラス委員三人組が騒いで、それを嗜めながら酒の肴を取り合う教師二人。まるで自分の部屋のように自由にキッチンを漁り給仕を始めた土御門舞夏。

 と、冷蔵庫横の、玄関に繋がるホールの扉が開いた。

 

 

 

 

 

「お邪魔しまァす。ってなんだァ、こりャ」

「邪魔するわね――土御門。いきなり電話してきたかと思えば、何これ――鍋?」

「これはこれは。まるで合宿ですね」

「一方通行だぁあああ!! ってミサカはミサカは飛びついてみる!」

「行儀悪ィぞ打ち止め。ちゃんと座ってろ」

「はぁい! ってミサカはミサカは――」

 

 

 

「うぉおおおお!? 今度はアルビノ美少女とツインテお姉さまですかぁあああ!? カミやん殺してもええ?」

「我慢しろ青髪。カミやん病は今に始まったことじゃないぜよ。それとあの白髪の性別は置いといても、確かに見てくれだけはいいにゃー」

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこんな集まってんだ……」

 

 途方に暮れながら呟く。

 柚姫には友達を連れてきてもいいとは言っていたし、三馬鹿+土御門妹+教師二人もまあ許容範囲内。それよりもだ。何故アイテムの連中がここにいて、かつ普通に馴染んでいるのだ。彼らの前で鍋パーティをするなどと口にした覚えはない。ついでだか何だかしらないが土御門の野郎、一方通行その他諸々まで呼びやがって。というよりお前ら面識あったのか。そしてそこの赤い髪を後ろで二つに結んだ女と、薄ら寒い笑顔を浮かべた優男は誰だ。

 土御門を睨む。

 

「ま、こういう場だからこそ許されることもあるにゃー。ちなみに名前は結標淡希と海原光貴(仮)だぜい」

「はぁ?」

「だから、『こういう場』だからだにゃー」

 

 意味が分からない。というか(仮)ってなんだ。

 というより、この部屋がここまでの許容量を有していたことに驚きだ。持ち寄ったテーブルやらを敷き詰めているから結構狭苦しいにしても、0人程いて、それだけで“少し手狭”で済んでいるのだ。予想以上にこの空間は広いらしい。今まで二、三人だけで使っていた分、少々もったいない気がする。

 テーブルにはところ狭しと鍋やら皿やらが並んでいて、バイキングみないな量の品数が出揃っている。少々作りすぎたかも知れない。

 

 作りすぎ、と隣の柚姫に呆れられていると浜面と目が合った。

 すまなそうにしている。何を言いたいのか、口にせずともわかってしまった。

 

 

 

――すまない上条、俺だけじゃこいつらを止められなかった。

 

 

 

 頷く。

 

 

 

 別にいい。お前は良くやった。

 

 

 

 

 それが伝わったのか、いたたまれない表情そのままに頷く浜面。後でなんか奢ってやろう。

 それから麦野、シャケ弁作ってやるからそう怖い顔をするな。こっちを睨むな。俺の周りが引いてることに気付け。

 

「ハッ――。ま、こういうのも悪くはねぇな。あ、柚姫、飲み物ない?」

 

 なんて隣でいいやがるのは深嗣だ。この状況(というより俺が困っているという状況)を心底楽しんでいるらしい。つまらなそうにされるよりはマシだが、もうこいつのことはどうでもいい。

 

「あ、うん、今持ってくる。お兄ちゃんも何がいい?」

「なんでもいいぞー」

「右に同じ。――いや、俺が持ってくるよ」

 

 ついでにシャケ弁つくればいいしな。

 言いつつ柚姫の頭をくしゃりと撫でてやる。

 

「うわっ、ちょ、お兄ちゃん!?」

 

 「やめてよー」と文句を言う。そんなことを言いつつも満更でもなさそうだし、こうされると嬉しいんだってことも知っているし、偶にはいいだろう。本当に偶になら。柚姫たちは今日一番の功労者なのだ。ご褒美ってやつだ。

 それに、

 

「先生も。遠慮せずに食べてくれていい」

「そーそー。さっきから何も食べてねぇだろ。早く食わねぇとなくなるぜ?」

 

「い、いや、私は――」

 

 木山先生も、だ。

 あの後、警備員に連れて行かれそうになった彼女を、少々無理をして(上を黙らせて)連れてきたのだ。本来ならそのまま連行だが、誰かしらが監視するという名目で無理矢理許可を取り付けた。職権乱用ではあるが、その分働いたので勘弁してほしい。

 それに今後、彼女にはしばらくこの部屋で生活してもらうことになるのだ(何分急だったから、ここ以外に部屋を用意できなかった)。なのでそんな借りてきた猫みたいにびくびくしないでほしい。

 

「もーいいからさ。あんたはいつも通りにしてればいいんだよ」

「そうだよ先生。せっかく四人揃っているのに、そんなに暗い顔しないで。ね?」

「だけど……」

「む、中々美味しいわね」

「だぁああ! 委員長ー、それボクのお肉やぁああああ!」

 

 

「……ん? どうしたカミやん。……何これ」

 

 はしゃいでいる土御門たちにメモを渡して、深嗣と柚姫が先生をからかっているのを背後にキッチンへ向かう。麦野用の鮭を焼きながら冷蔵庫から具材を取り出して、それを取りにきた舞夏に渡していく。

 渡し終わると、トレイに山ほど皿を乗せた土御門舞夏は俺を見て不思議そうに首をかしげていた。

 

「なーなー、上条当麻ー」

「なんだ」

「普通にいるあの人、誰だー?」

 

 木山先生を眺めながら首をかしげる舞夏に、俺は苦笑を零した。俺の顔を見て驚いたような表情をした土御門舞夏が、すぐにいつも通りの笑みに戻る。いや、どちらかといえば微笑み、と言える類の表情をしていた。

 

「そっかー、大切な人なんだなー」

「ああ、恩人だよ」

 

 その前に家族だけどな。と舞夏にしか聞こえない声量で付け加えれば、彼女は子供みたいに「しぃ」と人差し指を唇に当てる。分かってもらえて何よりだ。

 焼きあがった鮭にゴマを塗して飯に乗せ簡易な、麦野曰くシャケ弁の完成だ。それから深嗣に頼まれていた飲み物を持ってリビングに戻ると、こっちはこっちでなんかもう盛り上がっていた。

 

「上条さんだけずるい! ず~る~い~!」

「そうよ! 私だってアイツにあんなことしてもらったこと無いのにー!」

「ちょっ!? いきなり何―!?」

 

 何故だか柚姫にじゃれついている御坂と佐天。佐天は柚姫をただ単にからかっているだけのようだが、御坂だけはどこか本気のように見える。……何をしているんだアイツら。

 

「段々賑やかになってきたわね」

「そ、そうですね。……というより、私、こんなに大勢でパーティするの初めてで、どうしたらいいのか……」

「別にいつも通りでいいのよ、こういうことは」

 

 人数の多さに戸惑う初春に、先輩然としている固法。

 

「ありがとー『幻想殺し』」

「よかったね麦野。結局文句をいいつつもシャケ弁作ってくれる上条には従順なんだよね」

「それ超違いますよフレンダ。麦野はシャケ弁作ってくれる人なら誰にでも超従順なんですよ」

 

 渡したシャケ弁をおいしそうに口に運んでいく麦野と、それを見て呆れてるんだか笑っているんだか分からない表情をしている絹旗とフレンダ。

 

「はまづら、あーん」

「は!? ちょ、滝壺!?」

「あーん」

 

 滝壺に具を摘んだ箸を差し出されて困惑している浜面。

 

「一方通行! 次アレ食べたいっ! てミサカはミサカはあのなんだかよく分からない赤い食べ物を指差してみる!」

「ン、あァ……、ってあれは辛ェからこれで我慢しとけェ」

「何これプリン? ってミサカはミサカは美味しそうなデザートをまじまじと見てみる!」

「パンナ・コッタ。イタリア料理。……あいつ何でこんな物まで作ってンだ?」

 

 打ち止めの面倒を見ている一方通行。

 

「はぁ~……、賑やかでいいわね~……」

「ええ、いいことじゃないですか。何か不満でもあるのですか?」

「いいえ。あんたもお気楽でいいわね……」

 

 疲れたような表情をする赤髪の女――結標淡希と、相変わらず表面だけに見える笑みを貼り付けた優男――海原光貴(仮)。

 

「上条ちゃ~ん、おつまみはまだですか~?」

「今持ってきてくれたじゃん。ん、これも旨い。こりゃ、警備員(ウチ)の連中も呼べばよかったかな。綴里の奴に何か持って帰ってやるか……」

「えへへ~、本当に上条ちゃんの料理は絶品です~」

 

 完全に出来上がっている教師二人。

 

「やはり料理上手な男がいいのか!? そうなんやなっ!?」

「落ち着け青髪。あ、委員長。お茶とって欲しいにゃー」

「はいはいー、それくらい自分で取りに行って欲しいぜ兄貴―」

「ほら、上条も早く座りなさい。動いてばっかりでちゃんと食べてないでしょ」

 

 いつも通り意味不明なことを叫んでいる青髪と、相変わらず自由な土御門兄妹。吹寄も俺なんかに構ってないで、ちゃんと楽しむべきだ。いや、これが吹寄なりの楽しみ方なのだろうか。

 吹寄の言う通りに席に戻れば、「これで全員席についたかにゃー?」と言いつつ土御門が部屋を見回した。青髪が俺を見てサムズアップ。頼んだぞ、と俺は頷く。俺には出来ないことだが、彼らなら問題なく完遂してくれるだろう。

 土御門と青髪は席を立ち、ぱんぱんと手を二回ほど叩いた。

 

「はいはい皆様ご注目―!」

「食事会に出席の皆様、お疲れ様だった人もそうでない人も楽しんでるかにゃー!?」

 

 二人の声でこの場にいた誰もが黙って彼らを注目した。

 流石だ、と素直に感服した。常にクラスを引っ張っているだけあって集団を纏め上げるのが実に上手い。俺ではここまで上手くいかない。

 

「ではここで功労賞の発表やー!」

「名前を呼ばれた人はその場でいいから立ってもらいたいにゃー」

 

 こうして土御門と青髪主催で表彰式が幕を開けた。

 

「まず一番! 水面下の事件を追い続けた初春飾利ちゃん!」

「ちょっと恥ずかしいかもしれないが起立だにゃー」

「え、うぇええええ!?」

「ほら、立って。呼ばれてるわよ」

「あうぅ…………」

 

 妙な悲鳴を上げ、動揺しながらも固法に促されておずおずと立ち上がる初春。顔が真っ赤で茹蛸みたいだ。……注目されるのが苦手みたいだが、まあ、今回は我慢して受け取っておけ。

 

「では二番! 友達のために最後まで奮闘し続けた佐天涙子ちゃん!」

「あ、あははは! 来るとは思っていたけれども……っ!」

「はい立つにゃー」

「は、はい……」

 

 何やら少々抵抗していたようだが、土御門の言葉で諦め控えめに立ち上がる佐天。話を聞く限り普段は活発らしいのだが、どうやらこういうのには慣れていないようで。初春ほどではないが顔を赤くしながら借りてきた猫みたいに落ち着きが無い。……こういうのをギャップというのだろうか。

 何にせよ、これからも二人揃って柚姫と仲良くしてもらえると助かる。

 

「まだまだ行くでー! 三番! 巻き込まれながら幼いながらも解決に尽力した打ち止めちゃん!」

「イェーイッ! ってミサカはミサカは大ジャンプしてみる!」

「お、おい、あんまりはしゃぐンじゃねェ……!」

 

 イスの上で飛び跳ねる打ち止めを必死に抑える一方通行。

 元気が良いのは子供として当然らしいが、まあほどほどにな。一方通行も打ち止めをちゃんと見てあげるように。

 

「続いて四番! ぼろぼろになりながらも戦場を駆けるその姿は正しく獅子奮迅! 御坂美琴ちゃん!」

「お、お姉さまっ! 戦場ってどういうことですのォ――!?」

「頼むからこういう時くらいは落ち着いて……っ!」

 

 白井に引っ付かれながらなんとか立ち上がる御坂。

 まあ、白井も御坂が心配なんだよ。多少過激ではあるが、そういうのは素直に受け止めとけ。……俺が部外者だから言えることかもしれないが。

 

 

「そして最後! 彼女がいなければ化け物を倒すことが出来なかった! 上条柚姫ちゃん!」

「わ、私は『祝う側』じゃないの!?」

「いいから立てって」

「ちょ、深嗣っ……!?」

 

 まさか自分が祝われるとは思ってなかったのか、躊躇っている柚姫の両脇に手を入れて、無理やり深嗣が立ち上がらせる。

 お前も今回は立役者の一員なんだ。そしてこれは彼女たちへの、俺なりの褒美なんだ。目立つのは嫌かもしれんが、我慢してくれ。

 

「ではこの五人に盛大な拍手をー!」

 

 青髪の言葉に部屋中から拍手が沸く。拍手の雨に初春と柚姫は余計縮こまり、佐天と御坂は照れくさそうにはにかんで、打ち止めは大はしゃぎ。

 当然俺と深嗣も拍手をする。今回、お前たちがいなければ木山先生にも会えなかった。本当に感謝しているのだ。

 

「そして頑張った五人に特別プレゼントがあるにゃー!」

「…………?」

 

 と、拍手が途絶えたキリのいいところで土御門が言った言葉に俺は首をかしげた。俺はプレゼントなど用意していない――というより時間が無くて用意出来なかった。

 彼らは何か持ってきてくれているのだろうか。

 準備がいいことだ、と再び関心していた俺は、しかし次の言葉で叩き落されることとなった。

 

「なんと! これから一週間この部屋に来るたびにカミやんに特製ケーキを作ってもらえることになったにゃー!」

「しかも女の子には嬉しいカロリー控えめ! その上とても美味しいフルーツケーキやでー!」

「なっ……!」

 

 絶句した。俺はそんなこと一言もメモに書いていないし、考えもしなかった。

 だがそれを知らない周囲は沸き立つ。

 

「ちょ、マジですかー!」

「楽しみです……!」

「わーい、やったー! ってミサカはミサカはどんな料理か楽しみにしてるー!」

「アンタ、本当になんでもできるのね……」

「お、お姉さまが食べるなら私も……」

 

 目を輝かせる初春と佐天。大喜びする打ち止め。呆れたような、感心したような表情をする御坂。御坂に続く白井。

 

「それ超ずるいです! 私たちだっていつも上条当麻のために頑張ってるんですよ!」

「そうだよ! 結局私たちも女の子なんだからそういうご褒美があってもいいと思う!」

「私たち分も作れ、『幻想殺し』」

「デザート……、私もほしい……」

「…………すまん、上条」

 

 ずるい、私たちにも、と要求するアイテム連中と合掌する浜面。

 

「フルーツケーキか……、気になるわね……」

「そうね。ここまで来たら私たちも挙手しちゃおうかしら?」

 

 少し離れた立ち位置で控えめに挙手をする結標と固法。

 

「私も、上条ちゃんの余裕があるときで良いので食べたいです~」

「あ、小萌センセーも挙手するんじゃん。じゃあ私も」

 

 俺に気を遣いながら月詠教諭と黄泉川教諭も。

 

「…………」

「委員長―、デザートが欲しいなら今のうちに波に乗っておくのが吉だぜぃ」

「っ、うるさい! 上条当麻、私の分も作りなさい!」

「じゃー、私も立候補するかなー。頼んだ上条―」

 

 何やらこちらを睨んでいた吹寄が土御門に唆されて俺を罵倒する。舞夏がいつも通りの自由さで俺を追い詰める。

 そこでようやく俺は現状を飲み込むことができた。

 

「ちょっと待て! 俺はそんなこと一言も――」

「往生際が悪いぜカミやん。ここは男らしく腹を括るべきだぜい」

「そうですよ。女性にここまで期待させておいて逃げるなんていうのは、どうなんでしょうね……」

「まさかこんなに釣れるとは……。カミやん、いっぺん刺されるべきやわ」

 

 必死に撤回させようとしても、それを遮る土御門、青髪、海原。

 くそ、なんでこんなに統制が取れているのだっ……。助けを求めるように深嗣を見れば、

 

「がんばれー当麻―」

 

 と、にやにや笑っているだけだ。

 お前、余計なこと吹き込みやがったな――!

 

「――――っ! わかったよ、くそ! 作れば良いんだろう作れば!」

 

 ただし一週間限りだからな、と逃げ場が無いことを理解した俺は諦めて叫んでいた。それに、やったー、とか、わーい、だとか沸き立つ声を聞きながら、頬杖を付いて深嗣を半眼で睨みつける。……飄々を受け流された。

 

「た、大変なことになっちゃったね……」

「もういい、もう好きにしろ……」

 

 柚姫の言葉にろくに返事も出来ず、俺はうなだれる。これから一週間、女性人のおやつ給仕が決定してしまった。……不幸だ。

 

「なー、柚姫―」

「なに?」

「アレ、言ってやれよ」

 

 うなだれる俺の横、深嗣が発したあまりにも情報不足な言葉に、俺は柚姫と揃って首をかしげる。アレ、とは何だろうか。こいつもこいつで、いつも言ってることがわからない。

 

「ほら、昔あったじゃん、柚姫が恥ずかしがって言えなかったヤツ」

「ああ、あれか」

 

 思い出した。木山先生と暮らしていたころに一度だけ持ち上がった話題だ。結局あの時は木山先生に言えなくて、先生が出て行った後柚姫はひどく後悔していたはずだ。何でそんなこと覚えてんだこいつは。まあ、使うなら今が丁度いいのか。

 柚姫もそれに思い至ったのか、顔を赤く染めて焦り始める。

 

「ちょ……、それ今言うの?」

「当然。ほら、いってやれよ」

「まあ、言うなら今だろうな」

「お兄ちゃんまで!?」

 

 それから「あぅ……」とか「うぇぇ」などと妙な音を発して、ようやく観念したらしい。意を決したように先生と向き合う。

 

「先生!」

 

 が、勢いが良過ぎてリビングに響くくらいの声量が出た。何だ何だとほかの連中の視線が柚姫に集まり、柚姫は再び赤面する。木山先生も虚を突かれたように瞠目している。可哀想だとは思うが今のはお前が悪い。あとで慰めてやろうと思う。

 集まった連中全員が見つめるなか、再び柚姫が口を開いた。

 

 

 

「あ、あの、先生」

「ああ、何だ……?」

「ずっと先生にいいたかったことがあって……」

 

 

 

 その言葉に、今度は周りからどよめきが立ち始めた。「なんだァ、告白か?」とか、「え、マジ!? 柚姫さんてそういう趣味!?」だとか言葉が飛び交っている。……とりあえずお前ら黙れ。と一睨みして黙らせて、柚姫に言葉の先を促した。

 深呼吸をしてようやく落ち着いたらしい柚姫と、未だに状況が理解できていない木山先生の視線が交差する。

 

 

 

「今、言おうと思います」

「だ、だから何なんだ」

 

 

 

 

 

 

「私たちに色々なことを教えてくれて、そして私たちを育ててくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――お母さん」

 

 

 

 今度は私たちが守ってあげる。

 そう締めくくった柚姫に、彼女の言葉に放心した木山先生。それと一瞬の静寂。その後、一気にまわりが沸き立った。拍手だとか「ひゅーひゅー」だとか、「まさか、彼女ってこいつらの親なの?」とか色々と騒いでいる。

 未だに呆然としている木山先生に俺たちからも声をかけることにした。

 

 

 

「母さんには随分と世話になったから。だからそのお返しをさせて欲しい」

「あー、そーだな。だから今度は突然いなくなったりするなよ、母さん」

 

 

 

 母さんと呼ぶのはからかっているわけじゃない。俺たちだって、先生のことを母親だと思っているのだ。それを言えずに後悔していたのは柚姫だけではない。だから、これからは今まで言えなかった分、存分に言ってやるつもりだ。

 そして、

 

 

 

「はは、参ったな……」

 

 

 

 

 

 『母さん』は目尻に涙を湛えながら、

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 

 

 

 

 微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて番外編は終了となります。また、三章から空いた時間に一気に書いて投稿していく形になるので今以上に不定期になるかもしれません。
そのお詫びで、初試み、次章予告!
極力ネタバレにならないように台詞の順序も弄ってあったりします。
『』内は過去話の台詞です。

↓予告(※微ネタバレになるかもしれないので苦手な方は読み飛ばすように)



SOUND DATE -Phase03-




「じゃじゃーん!」

「涙子、これ何?」

「私が集めた都市伝説です!」

「都市伝説、ですか……?」

「……『悪夢の中に現れる少女』?」



「おいっ。おいおいおい! なんなんだありゃあっ!?」

「……水に浮いてる」

「あれは、駆動要塞(パワード・フォートレス)か……? どこにそんな戦力が……」



『だ、から……っ! そこを退けって言ってるでしょ――――!!』

『断る。こうなった以上、邪魔させてもらうからな』



「てめっ、後で覚えてろよ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ァアアアアアッ!!」

「ちょ、超ふざけんなぁあああああああああ――!?」

「はい死んだ! 俺今死んだァッ!?」

「大丈夫、生きてるよ浜面」

「あ、あははははっ! 生きてる、結局生きてるっ……。私今死ぬかと思ったよぉははははははははっ!!」


「ぶち破れ、深嗣ッ! メリア――ッ!」
「おォよッ!」


『何なンだッ……! 何なンだよてめェはァ……!』

『別に。ただそこのガキを放って置けなかったから来た、ただの部外者(馬鹿野郎)だよ』


「ああ、君たちか。また会ったな」

「ふざけるな……! 何で、何で『あんた』なんだよっ……!」

「せめて、君たちの行く末に、幸あらんことを――」

「だい、じょうぶ……です、と、――サカは自分なりに、笑って見せます。だか、ら、どうか私を……」



『はい、私は妹達(ミサカシリーズ)■■■■号のミサカです、とミサカは懇切丁寧に説明します』



「一人で抱え込むな! 一人で苦しむ必要なんかない!」

「どうして上条ちゃんはいつもいつも一人で傷付こうとするんですか!?」

「アンタは『化物(トクベツ)』なんかじゃないのよ! いい加減分かれ馬鹿ッ!」



「あなたの行く手を遮る障害はミサカが排除します」



「よう。七年ぶりじゃねぇか、なぁ『幻想殺し(クソガキ)』」

「演出ご苦労ォ。お望み通り来てやったぜェ」

「――してやる」

「やっぱテメェはあの時殺しておくべきだった。あー、やっぱ殺しておくべきだったぜ」

「御託は結構。さっさとうちのガキを返して貰おうかァ……」

「お前だけは必ずこの手で殺してやる――」


「木ィ原クンよォオオオオオオオオオオオオオッ!」
「木原、数多ァアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「貴様が人間を騙るな――『紛い物』のクソガキがァアアアアッ!!」






「っ、どうしてここにアリスが……?」

「アハハ♪ また会ったネ、お人形さん♪」





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Phase03 -PROJECT<D■■ A■MS ■■■L■>
01. the highway Runaway


非ッ常にお待たせしましたァ――!⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡
中々終らないな~……、とか思ってたらいつの間にか大分遅れてしまいましたっ……orz
これからも投稿間隔は長くなるかもしれませんが、まだ、まだ終れんよ……!(徹夜テンション


 ■■■■年■■月■■日付。

 記録データ0■。観察対象:検体No.04、検体No.06。設備:観察箱0■『――――――』。

 

 ノイズ交じりの画面に映るのは、円柱状の水槽の中身を見続ける青いエプロンドレスを着た金髪の少女の後姿。

 

「へぇ、これがNo.6ちゃんね……」

 

 呟いた少女の前の薄暗い胎盤じみた水槽の中。

 

 カシャカシャと細かく変形する三角柱だけが浮いていた。

 

 

 

■the highway Runaway■

 

 

 

 Side:S.

 

 7月25日。AM0:41。

 

 月の隠れた曇り空の下。学園都市十一学区の物資搬入用の倉庫群。その真四角な倉庫街を一望できる十八学区のビルの屋上。

 地上から約40mのこの位置が当麻に指示されたポイントだ。ここまで背負ってきた横長のアタッシュケースを屋上の縁の段差に立てかけ、腰を下ろして足を投げ出した。足元を見れば遥か下に乗りつけた愛車(pierrotSC-13BH)が粒のように見えた。……随分と高いとこまで来たものだ。

 学区を跨いだ先、大よそ13km先の四角く刳り貫かれ、7分割された立ち並ぶ三角屋根を見下ろす。

 

 

「さぁて、奴(やっこ)さん等はどこかね?」

 

 

 気取ったことを言いながら支給された左目用の暗視(サーマル)ゴーグルを装着した。左の視界が夜の景色を昼間みたいな明るさで映し出す。眼帯みたいに装備することと片目用というのを除けば、よく海外の映画とかで見かける赤レンズのアレと似たようなものだ。結構ゴツイのである。

 見た目は普通だが学園都市製で性能は折り紙つき。拡大倍率を最大まで引き上げれば30km先の芝生の草一本一本を鮮明に見ることも可能。熱感知機能は学園都市内の構造物ならば何でも透過して熱源を見つけられるし(学園都市の建物の材質は特殊で端から索敵目的で作ってある、なんて噂もあるらしい)、感知した熱やシルエットから形材質を算出し、映した対象の大まかな人相や服下の体格まで鮮明に割り出してしまうという、世の野郎どもにとっては垂涎物な一品だ。ちなみに俺も後で有意義に使わせてもらおうと思う。

 

「お、居た居た」

 

 倉庫街の中心近く。倉庫群の中でも飛びぬけて巨大なビルじみた箱の中。大人数の熱源が固まっている。階層数は5。人数は、……見える限り大体100かそこら。細かい数なんぞ知らんが、とりあえず結構な団体さんだ。

 全身を対能力者用の装備で固めた『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』どもが今回の標的であり、アイテムとの合同任務だ。

 学園都市を敵に回すなんて何考えてんだかね、なんて考えていると右耳につけたイヤホン型の無線機に通信が入った。聞こえてきたのは少々不機嫌な、いつも以上にカリカリした当麻の声だった。

 

『――深嗣』

「お? どうした当麻。俺の声が恋しくなったか?」

『――――』

 

 ちょっとからかっただけで『殺すぞ』と言わんばかりの怒気が無線越しに届く。常々真面目にやれだの言われているが、これが俺の性分なのだ。ついでに言えば授業をサボって補修くらった奴にだけは言われたくない。

 

『お前配置にはついたんだろうな。それとも臆病風にでも吹かれたか』

「ざけんな。誰が逃げるかヨ。とっくにポイントに到着してるっての」

『だったらさっさと連絡入れろ』

 

 ルーズに過ぎる、とだけぼやいた当麻は普段以上に神経質だ。

 

『躊躇うなよ』

「わぁってるっての」

 

 任務が届いてから――いや、俺がサーカスに参加してから今の今まで、何度もこの会話を繰り返していた。当麻が言いたいのは『命の奪い合いに躊躇いを持ち込むな』ということだろう。躊躇いや引け目は照準や引き金を鈍らせる。そしてそれは恐らく、当麻が今まで繰り返し続けている自問自答なんだろう。

 暗部と平穏。人殺しとただの学生。当麻は今でも、どっち着かずだ。

 暗部に潜り込んで、暗部に所属して当麻がしてきたことを初めて知った。何で俺たちに隠していたんだ、なんて憤りなどない。当麻が人殺しだと知って悲しむこともない。当麻に殺されてきた有象無象などに興味は無いし、当麻の手がいくら血で汚れようと悪友は悪友だ。言い方を帰れば幼馴染で、別段その関係が変わるわけでもない。

 俺たち四人は端からグレーゾーン。いや、もしかしたら生まれからして暗部(ブラックライン)下だ。だからそんなことは気にならない。

 

「ま、お前とこうやって暗躍するのも面白ぇよな。舎弟ども(あいつら)に良い自慢話が出来る」

『暗部での活動内容は他言無用だ。遊びじゃないんだぞ』

「へーへー、分かってますよリーダー」

 

 ちったぁ余裕持ったほうがいいぜ、とけらけら笑いながら言ってやれば当麻は、本当に分かってんだろうな、と溜息交じりの愚痴を零す。それから、もういい、とだけ吐き捨ててメリアの無線機と回線を繋げる。……からかってはいたが嘘は言っていないつもりだったが、当麻はこんな時でも相変わらず生真面目だ。いや、こんな時だからだろうか。

 

『メリア。聞こえるか』

『っ!』

 

 当麻の呼びかけに返ってきたのは、ひゅ、と息を呑む小さな声だけ。機械慣れしていないメリアのことだ。思いっきり驚いて無表情ながらに肩を跳ね上げた姿が容易に想像できる。イヤホン型の無線機を当麻に付けられたときも散々抵抗したものだった。口数が少なく表情が乏しいながらに酷く嫌そうな顔をしていたのだ。

 当麻は溜息を吐いて、俺は思い出したメリアの姿が面白くてけらけらと笑ってしまった。

 

『一々過敏に反応されると困る。それと無線機の電源は常にオンにしてあるから弄るなよ。頼むからそれくらいの機器には慣れてくれ』

『…………わかってる』

『配置には着いたな。目的も覚えているよな』

『……うん』

 

 平坦なくせに不満たらたらなメリアの声に俺は再び笑う。器用すぎるし面白すぎる。当麻も当麻でそんなメリアを必死に宥めようとしているからさらに楽しい。頑張れ中間管理職。

 

『もう一度お前達の役目を説明するからな。深嗣は離れたビルの上から狙撃乃至援護射撃。俺とアイテムが正面から突っ込んで暴れるから、視認され難いメリアが内部に侵入して資料回収と拉致された保護対象一名の確保。保護対象の救助が最優先だ。資料の回収は最悪やらなくてもいいが代わりに機材ごと破壊しろ』

「『りょーかい』」

 

 念を押す当麻の言葉に、俺とメリアはテキトーに答える。

 今日何度目になるかわからない溜息を俺たちに零した当麻は猟犬部隊の拠点の正面、俺から見て一列手前の倉庫の物陰に隠れている。メリアは拠点を挟んで反対側の倉庫内だ。まず当麻のいる位置をスコープで見ると一箇所に固まった熱源が四つ(固まっている、というより密着してないかこれ)と、その熱源から線でつながれたタグが表示された。当麻を示す『CIRCUS:01』に加えて、『ITEM:01』、『ITEM:02』、『ITEM:03』というタグも表示された。アイテムのタグは順に麦野、絹旗、フレンダのものである。

 熱源の詳細解析が完了し、どんな状況なのかを見てみると、

 

「当麻、お前何してんだ? ハーレム? 何かのプレイ?」

『違う。あと俺に言うな』

 

 倉庫に背中を預けて壁端から少し顔を出して視察している当麻は、まあやっていることを理解できる。問題はアイテムの三人だ。

 当麻の視察が信用できないのかどうなのかは知らないが、上から麦野、フレンダ、絹旗の順に当麻に張り付いて壁端から顔を出している。

 当麻と行動することになった彼女たちは何を思ったのか、全員黒スーツに黒の中折れ帽というイケイケな格好だ(フレンダはそこにさらにハチ切れそうに中身の詰まった子供趣味なバッグを引っ提げている)。曲がりにも堅気には見えない当麻の真似をしているつもりなのだろう。ちなみに当麻自身はスーツの上にブラウンのトレンチコートを着ている。任務中彼は常にそういう格好をしているそうだ。

 そんな格好の奴らが当麻一人に引っ付いて張り込みのような何かをしているのだから、とてつもなく妙な光景である。

 隙間を挟んだ反対側に行けばいいだろう、とか、態々当麻にくっつく理由がないだろう、とか突っ込んだら負けなのだろう、きっと。俺としては当麻が困り果てているのは見てて楽しいから、当麻に手を貸してやる理由もない。

 

 そんなことを考えていると、とうの麦野たちが無線通話に参加してきた。

 

『こっちも準備おっけー。ていうか無線聞こえてる? オーバー?』

『何故無線に割り込む。隣にいるだろうが』

『んー、雰囲気? 結局こういうの楽しそうに見えるってわけよ、サー(旦那)』

『そうですよサー。映画みたいで超楽しそうですサー』

『だからって何故遊ぶ。あとサー(sir)を語尾みたいに使うな。というかいい加減離れろお前ら』

『『『ヤだ』』』

 

 無線通話に割り込んでくるアイテムメンバーの女子三人組に、当麻は呆れたように頭を軽く抱えていた。今回の任務で麦野、絹旗、フレンダの三人は今回の任務では当麻と行動を共にしている。その理由は強襲兼陽動を任されたから。近距離戦闘を得意とし、持ち前の器用さでオールマイティに行動できる当麻。『原子崩し(メルトダウナー)』による中距離から遠距離の砲撃が可能な麦野(近距離戦闘も可能ではあるが今回は当麻がいるため砲台になってもらうらしい)。『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を所持し耐久力特化の絹旗。爆発物を使った支援や妨害を行えるフレンダ。連携さえ取れれば上々な布陣だ。連携さえ取れれば。

 

「…………」

 

 とりあえず熱感知の感度を上げ、彼女たちの体温や輪郭を鮮明に。透過範囲を上げる、が。

 

「……だよなー」

 

 別に服が透けるなんて都合のいいことにはならなかった。スコープのOSにタグ登録されている人物の服は透過できない、なんて素敵な機能がついているのだ。というかサーカスを結成したときに連絡してきた、名前も分からんあの女が付けやがったのだ。どうやらメンバーにセクハラするのは許されないらしい。

 後で制限の解除でもしておこうか、なんてどうしようもないことを考えていると、再び無線機が誰かと回線を繋げる。誰か、なんて考えるまでもなく浜面と滝壺だ。これで参加者全員の無線が繋がったことになる。

 

『おーい、聞こえるかー?』

『ああ』

『俺と滝壺も配置に着いたぜ』

『周囲の封鎖も、ルートの確認も終わった。つか、このトラックのところでいいんだよな?』

『……ああ。お前たちはその場で待機していろ。必要になったらまた連絡する』

『おう。つか、すげーなこれ。うっわゲテモノ……』

『私達はだいじょうぶ。……サー』

『滝壺?』

『何故お前までこいつらの遊びに乗ってくるんだ』

 

 もう疲れたさっさと仕事終わらせて帰りたいと言わんばかりの当麻の声に俺はまた笑ってしまった。さっきから笑ってばかりだ。こんな呆れるような状況で少しでも余裕を持ってくれればありがたいのだが……。

 

『――学芸会じゃないんだぞ』

『私らからすれば似たようなもんよ。ていうかさっきからカリカリしすぎよ「幻想殺し」』

『だよねー。結局ただの「掃除」なんだから、そんな気負うことないってわけよ』

『まあ、フレンダはいつでも超テキトーですから。大事なところでポカやからすフレンダほど気を抜かれも困りますが、少しくらい肩の力抜いたほうがいいですよ』

『あ、何をぉー!?』

『だな。何をそんなにイラついてるかわからねぇけど、……もしかして「あの日」?』

『浜面サイテーです』

『デリカシーないよね』

『んなわけ無いだろ。なんでそうなる』

『大丈夫、私たちはそんな上条も応援してるよ』

 

 

「へぇ……」

『……仲いいんだね』

 

 当麻とアイテム連中の会話を聞きながら俺とメリアは感心していた。彼女達は随分と当麻のことを分かっていらっしゃる。俺も俺なりに当麻の凝り固まった緊張を解してやろうとからかってやっていたのだが、まあ結果オーライだから別にいいだろう。……当麻とあいつらの間に何があったのか後で聞いてみても面白いかもしれない。

 周りの奴らに気に掛けられていたと知って、当麻は顔を僅かに歪めながら右の人差し指で頬を掻いていた。……照れている。分かりやすいくらい照れている。そして肩を竦めた。

 

『……もういい。分かったよ』

 

 目標以外に見せるものじゃないんだけどな、と諦めて当麻の声が切り替わる。内部から殻を割るように、当麻の正直な感情が剥き出していく。

 

 

『――派手に行こう。一人も生かして帰すなよ』

 

 

 皆殺しだ、と。

 一瞬にして絶対零度まで冷え切った、機械じみた無感動な当麻の声に空気が凍えるように引き締まる。先ほどまでの和やかな雰囲気が霧散し、暗部の薄暗い闇が顔を出す。

 倉庫の影から出て、堂々と猟犬部隊の拠点へと歩き始めた当麻にアイテムの三人も続いていく。メリアは未だ息を潜めたまま。浜面は生唾を飲み込みと滝壺は普段通り。

 そして俺も、

 

 

「学園都市敵に回すなんて何考えてんだかね……」

 

 

 吼えるように呟いて。

 必要最低限のラインだけ繋げて無線通話を切って、アタッシュケースから俺の新たな得物を取り出して。

 

 

 

――GRRRRRRR……。

 

 

 

 いつも通り、俺の内側から届いた赤い鬣を持った何者かの唸りを無視して、銃口を13km先の目標へと向けた。

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 

 約五時間前。

 第三学区の高級ホテル地下に隠された非合法クラブ。俺たちが緊急召集されたのはその一室だ。どこもかしこも妖しい紫色。照明もインテリアも、宙吊りになったミラボールも。全てが目に痛い紫だ。

 どう贔屓目に見ても学生向けとは言いがたい場所に、当たり前のように俺達は入れてしまった。当麻が申請したらしい、支給された見た目免許証なパスカードを店員に見せたら一発だった。しかもVIPルームに無料で案内されてしまう始末。それを見ていた『それっぽい客』は大層驚いていた。そんな悪目立ちしていいのかよ、と聞いたら、それ見て突っ掛かってくる奴は始末すればいい、とのことだ。アイテムも(居心地悪そうな浜面を除いて)平然としていたから慣れたものなのだろう。

 ちなみにアイテム連中のパスカードは学生証だった。浜面が俺達の持つ (暗部特権によって逮捕されない)特例免許証を羨ましそうに見ていた。……それに気付いた俺と当麻で軽く話して、後で浜面のも手配してみる、と言ったら泣くほど喜んでいた。

 

『じゃあまず現在の状況と上から来た任務内容を説明するわ』

 

 ぱっと見カラオケルームに見えなくも無い一室で、合コンよろしくサーカスとアイテムの面子で机を囲む。壁に掛けられた、『SOUND ONLY』と表示されたディスプレイからは焦りを隠しきれない女の声が流れていた。

 

『木原数多率いる「猟犬部隊(ハウンドドッグ)」が学園都市に反旗を翻したらしいの。彼らの目的は不明。アイテム並びにサーカスには共同して彼らを殲滅してもらうことになるわ』

 

 『猟犬部隊』とはその名の通り、嗅覚センサーを使った追跡を行い、持ち得る学園都市有数の火力で目標を焼き殺すために存在していたらしい。しかも学園都市統括理事長直属の部隊だ。それが反旗を翻したとなれば統括理事会が彼らを野放しにする理由など無い。

 

『彼らは駆動鎧(パワードスーツ)開発施設を襲撃し、極秘開発していた駆動鎧を奪取。施設の人員にも大きな被害が出た。施設そのものに統括理事長の息が掛かっていたみたいなんだけど、最悪なことに奪取された駆動鎧の詳細データが散逸してるみたい。どんな駆動鎧が盗まれたのかは不明よ。……だけどまあ、あんたらなら問題ないでしょ』

 

 たかが駆動鎧だ、と通話越しの女は言う。

 まあ超能力者が一人に大能力者が三人。それに加えて(通話の女は知らないらしいが)聖人もどきが一人と『レベル0の能力』とかいうイカれた物を持っている奴が一人。一国敵に回しても問題なさそうな面子である。

 

『奴ら、きっと何かしようとしてるように思うわ。……場合によっては学園都市を覆してしまうような「何か」を』

 

 普段と比べれば考えられないほど声に深刻さを滲ませ、何としても阻止しなさい、と彼女は言う。

 言葉の重大さに(学園都市に疎いメリアを除いて)全員が息を呑む。学園都市の秘部に、暗部の俺達が知らない場所に関わっていた統括理事長直属の掃除屋が学園都市を敵に回した。それだけでも前代未聞なのだろう。

 

『生憎、今はこれしか情報がないけど……』

 

 今まで文字以外表示されいなかった画面が、薄暗い倉庫街を映し出した映像に切り替わる。その中心の巨大なビルじみた倉庫に拡大し、立体的な断面図が内装を映し出す。

 

『ここは学園都市十一学区の物資搬入用の倉庫群よ。その中心の管理棟に奴らは潜伏してるらしいわ』

 

 そこを叩け、と彼女は言う。

 

『猟犬部隊が何をしようとしているのか探りなさい。……いいえ、探らなくてもいいから殲滅しなさい。……いいわね?』

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

 

 サーマルグラフに追加されたターゲットマーカーが二階の窓際に潜む狙撃手の頭を照準する。俺が握る超長距離ライフル『HsLLF-AM06hf』の照準だ。銃器本体の照準器とスコープがリンクしているのだ。

 自動小銃(アサルトライフル)の銃身を狙撃銃ほどに引き伸ばしたような大型銃の後床を肩に当てテキトーに構える。取り回しが効かない銃ではあるが、まあこんな感じでも当たるだろう。……何と言っても学園都市製である。このスコープとライフルのセットは恐らく誰が使おうが名スナイパーになれるであろう機械銃だ。が、俺は全くもって好きじゃない。全部機械任せで射手の腕を度外視しているからだ。こんな仕事でもなければ使う機会はもう無いだろう。

 

「まずは、一人……」

 

 引き金を引いた。銃身上部の排莢口(エジェクションポート)から空薬莢が跳ね上がる。消炎器(フラッシュサプレッサー)から漏れる発火炎(マズルフラッシュ)は極僅か。内蔵消音器(サイレンサー)のお陰で発砲音は皆無。銃把(グリップ)や銃床(ストック)から伝わる反動など殆ど無く。

 鋭い弾頭が空気を貫きながら、寸分違わず約13km離れた標的へと吸い込まれていく。

 

 そして。

 

 呆気なく。そう、あまりにも呆気なく。

 モルタル壁や防弾ヘルメットごと頭を弾丸に打ち抜かれ、脳髄と血飛沫を撒き散らしながら対象は絶命した。

 

「――――っ」

 

 軽く唇を噛んだ。

 俺は今、人を殺した。そんな感触が俺の両手を塗らす。

 肉体感覚的なものではない。手にあるのはトリガーを引いた感触と発砲の僅かな衝撃だけだ。だがスコープの中で、俺が放った弾丸が命を散らすのを確かに見てしまったのだ。

 

「俺が、殺した……」

 

 俺が殺したのだ。そいつの背景はどうであれ、今を生きていた人間を。

 その事実が俺の深くに突き刺さる。突き刺さって出血するほどに痛い筈なのに、

 

「案外、何も感じないもんだな――」

 

 何も感じない。殺人に憤るわけでも、悲しむわけでも、悦ぶわけでもない。

 まるで食べるために茎から実を毟り取るように。俺にとって今の殺人は日常の一仕草と等価らしい。それこそが当然なのだと言われているように感じた。誰にだよ、なんて聞かれても困るがね。

 

(っと……)

 

 そんなどうでもいい感傷に浸ってる場合ではない。

 さらに引き金を引く。二度、三度、四度。無音の弾丸が発射される度に壁越しに狙撃手や上から弾をばら撒いていた奴らの頭蓋に穴が開く。

 そんな作業をさらに何度か繰り返した。相手側は途中でこちらの狙撃手の存在に気付いたものの、ミサイルや原子崩しに吹き飛ばされたり蹂躙されたりしている内に、結局俺の位置を知ることもなく30人ほどがその命を散らした。

 

「……こんなもんか」

 

 狙撃手を粗方片付け、管理棟正面で暴れまわる当麻たちをスコープに収める。すると、一瞬画面が爆発と原子崩しによって明転した。

 

(おーおー、派手にやっちゃってまぁ)

 

 原子崩しと小型ミサイルが猟犬部隊に雨のように降り注ぎ、銃弾が飛んでは弾かれ、振り回される振動刃が赤い軌跡を残していく。

 ド派手に鮮やかに色取り取りに。まるで祭りみたいだ。取引されるのが命で結果として色々破壊されるが、偶にはこんなどんちゃん騒ぎも良い。惜しむならば俺もその場で暴れていないことくらいか。俺は観測者よりも当事者でいたいのだ。

 

「ま、眺めてるだけでも、それはそれで面白いがね――」

 

 こんな時勢でなければ、眺めながら合間合間にちょっかい掛けるのも乙なものなのだが。

 特に相手を選ばずに目標を捕捉する。結果として当麻の目の前で何か喚き立てている男に照準した、が。

 

「あ……?」

 

 目標の姿がブレた。スコープが映し出したが揺れたわけではない。

 ただその人物の姿だけが、砂嵐(ノイズ)に覆われたように一瞬だけズレたように見えた。それ以外の景色にはおかしな点は何一つ無い。……スコープの映像構築に不具合でもあったのだろうか。

 とりあえず撃ってみる。すると弾丸はこれまで通り側頭部を貫通した。

 

「なんだったんだ……?」

 

 映像がぶれた原因が分からない。標準の暗視スコープならともかく、学園都市製のスコープだ。使用数分でエラー吐き出すような不良品をこっちに回すとは考えられない。

 スコープの調子を確かめるために簡単に戦場を端から端まで見渡し、倍率を拡大縮小していると異質なものが画面に映っていることに気付いた。丁度管理棟が入りきるか入らないかの拡大率で。画面端――、管理棟の三角屋根の頂上に、

 

(猫……?)

 

 猫だ。猫が戦場を見下ろしている。

 なんでこんなところに、と内心嫌なものを感じながら猫目掛けて画面を拡大していく。だが、後もう少しで猫の詳細な映像が映るというところで、猫が、

 

――顔をこちらに向けた。

 

「…………!」

 

 驚いて瞬きをしてしまう。すると、先ほどまでそこにあったはずの猫の姿が消えている。ただ灰色の屋根があるだけだ。

 あれは、なんだったのだろうか。現状を鑑みれば十中八九野良猫なのだろうが、そうだと安直に割り切れない。瞬きをする一瞬前、画面に映っていた猫の顔。それがまるで、

 

(笑ってなかったか……?)

 

 画面の不調か、はたまた光の加減か。

 

 振り返った猫の口元が、両頬を引き裂いたような三日月形をしていたような……。

 

 目が疲れてたのか、なんてところまで考えを飛ばしていると画面の下半分に異変が。管理棟の地下中心から何か巨大な――、

 

「お、おい当麻、管理棟の地下から馬鹿デカイ熱源が――」

『あ……?』

『ゃ……!?』

 

 堪らず当麻に無線を入れると同時に、メリアの小さな悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

 Side:D.

 

 

 後に深嗣から聞いた、深嗣が経験した不思議になりきらない体験の、ほんの数分前。狙撃に集中するために深嗣が無線を切った直後。

 俺は麦野たちを引き連れ、隠れることもなく堂々と正面入り口を目指して歩を進める。まだ多少距離があるとはいえ、そんなことをすれば、

 

「あ、結局見つかるよね」

「前に出すぎですフレンダ。二人に巻き込まれますよ」

「うっ……。それは嫌……」

 

 正面の警備に見つかった。正面担当らしい三人が不審そうに視線を向けてくる。ただ、俺達(主にアイテム三人)の格好を見て何かの遊びだと思ったのか、危機感よりも呆れが勝ったらしい。まだ理知的な部類らしい隊員が声を飛ばしてきた。

 

「おいガキ共!ここは立ち入り禁止だ、遊ぶなら他所へ行け!」

 

 その声を無視して向かう足を止めずにいると、声を掛けてきた男がヤケクソ気味に唾を吐く。

 

「チッ! こんなとこに来るテメェらが悪いんだからな!」

「ははっ、人が良いねぇお前。――とりあえず女は殺すなよ。後で遊ばせて貰おうぜ?」

「好きにすれば? ああ、あと俺も混ぜろよ。……こちら正面担当。今、妙なガキ共が――」

 

 自動小銃の銃口三つがこちらに向く。そしてその内の一人はジャケットについた無線機に向けて何か喋っていた。他の隊員に俺達のことを伝えているのだろう。奇襲ならいざ知らず、今回の俺達の役割は正面からの強襲陽動なのだ。今に限っては願ったりだ。

 先ほどから正体の掴めない苛立ちが喉の奥からせり上がってきている。胸が詰まるような違和感だ。突拍子も無い喩えだが、豪奢な額縁に彩られ丁寧に壁に飾られた絵画の裏側に、水面下で黴が広がってきているような。第六感か、虫の知らせか。

 圧し掛かってくるような不快さを振り払うために腰に挿した白鞘から直刀を抜き放ち、地を蹴って突貫する。それに応える銃口が一斉に発火した。

 

「援護しろ」

「ハッ! 誰に言ってやがる!」

 

 弾の雨の中、背後から奔って来た悪寒に咄嗟に身を屈める。地に左手を着くと同時に俺の頭上スレスレを薄緑の光線が通過し、俺の進路直線上にいた正面警備の(先ほど『女』だ『遊ぶ』だ言ってた)男のどてっ腹を貫通し、男の背後の鉄扉を破壊した。……威力も精度も申し分ない。その分、何かと使用者に問題があるのは理解しているつもりだったが、

 

「俺ごと撃つ奴があるかよ」

「別にテメェごと撃つなって言われて無いんでなァ!」

 

 悪びれもしない麦野を一睨みし、行動再開。

 光線が通り過ぎた後、再び足を動かす。弾をばら撒きながらも原子崩しに怯み、慌てて麦野を狙い始めた残りの二人に接敵。姿勢を低くしたまま懐に潜り込み、まずは先ほど声を掛けてきた男。アッパーカットの要領で首を切り落とした。無線で連絡していた男のほうに首無しの体を蹴飛ばして、怯んだところを縦に両断する。……ここ最近、化物相手ばかりしていたせいか人体が随分と柔く感じられる。幻想猛獣の触腕の単管じみた硬質さでも、ジャバウォックの半固体じみた水っぽさでもない。骨肉を断ち切る感覚。手に残ったそれが随分と生々し(■■■)い。

 

 

――まあ、この程度の雑兵、我が身になるとは言っても微々たるもの……。

  塵も積もれば何とやら、と言ったところか。

 

 

(人喰いが何をほざく)

 

 

――それは我が宿主も同じだろうよ。

 

 

 エイワスとそんな会話をしてる内にも破壊した扉の影や、二階三階の窓からも弾丸が飛んでくる。狙撃や援護のし辛い管理棟に飛び込むという手は考えていない。俺達はあくまでも陽動。管理棟の外で暴れ回り、多くの人員を呼び込まなければならないのだ。

 故に、

 

「炙り出せ。麦野、フレンダ」

「あ、はいはーい! まっかせて~!」

「チッ、しくじるなよフレンダァ!」

 

 背後で絹旗に守られているフレンダから支援が届いた。小型ミサイルの雨という形で。

 

「ひゃっはー! 消毒だ~!」

 

 支給されたミサイル80発を両手で順次投入してくる。ロケット花火みたいな見た目のそれが管理棟に着弾し、玩具じみた見た目からは考えられない威力の爆発が壁を崩していく。そこにさらに原子崩しが追い撃ちを掛け、壁など跡形も残らなかったし床も大部分が崩れ落ちた。

 管理棟の崩落に巻き込まれるとでも思ったのか、内部にいた猟犬部隊の大部分がぞろぞろと外に出てくる。

 そこから始まったのはまさに乱戦だ。後方の絹旗とフレンダはまだマシだが、前線どころか敵陣に突っ込んでいる俺と麦野の位置には四方八方から銃弾が飛び交っている。しかも味方の射線さえ気にしている余裕も無いようで、視界の端で被弾している奴をすでに三度ほど見かけていた。

 

「チョロチョロすんじゃねぇ! 小蝿かテメェはッ!?」

「見境無しが。目標は俺じゃないぞ」

「あれ? あの二人なんか連携取れてない?」

「それ超違います。暴れ回ってる麦野を上条が上手く利用してるだけですよ」

 

 俺を巻き込まんと猟犬部隊もろとも俺目掛けて飛んでくる原子崩し。しかも拡散支援半導体(シリコンバーン)まで使いだす始末だ。――拡散支援半導体とは原子崩し専用の小道具であり、それを原子崩しの射線上に配置することで直撃した光線を拡散させる効果を持つ。光の雨じみたそれに巻き込まれないように弾丸も避けながら敵の数を減らしていると、無線越しに今まで身を潜めていたメリアの声が届いた。

 

 

『そろそろ良い?』

「……ああ、頼んだ」

『……わかった』

 

 

 無線から動いた音は届かないものの、聖人並の脚力ですでに潜入したはずだ。これだけ視線がこっちに向いてくれれば、もう後ろはザルだ。メリアでなくても潜入は簡単だろう。

 侵入を悟られないために、俺はさらに回転率を上げて斬り続ける。それを内部から見ていたエイワスが怪訝そうにぽつりと零した。

 

 

――……我が宿主よ、『幻想喰イ(イマジン・イーター)』は使わないのか?

  使えばこんな手間など取ることもないだろうに。

 

(……ああ)

 

 

 エイワスの問いに、念のためだ、とだけ答える。

 『幻想喰イ』も、それによる筐体の変化も。学園都市内どころか暗部にも類似した能力は見受けられない。異常さが頭一つほど飛び抜けているのだ。だから出来ればアイテム連中には見せたくない。……彼女たちを信用してないわけではないが、『幻想喰イ』の『能力としての立ち位置』を測りかねている内は無闇に他言しないほうが利口だろう。

 『幻想喰イ』は本当に必要になったときに使えばいい。その上、今回の相手は人間だ。使うまでも無いはずだ。

 

――その思考停止が『ふらぐ』とやらにならなければいいが……。

 

 エイワスが俺には理解できない言葉を使う。俺の知らない言葉を一体どこで覚えてくるんだ、と聞けば、メリアとやらが言っていたではないか、とエイワスは答える。

 

「…………?」

 

 ふと、気がついた。

 戦場のど真ん中に突っ立ってる奴が居る。他の隊員と同じように全身を装備で固めたソイツは、何がおかしいのか肩を震わせていた。

 

「く、はは、ハハハ……ッ!」

 

 そいつは何を考えているのか、両手を広げ、夜空を仰ぎながら狂ったように笑いだした。飛び交う銃弾に何故か当たらない。そしてそいつを『見て』しまったせいか、先ほどまで俺向けて飛んで来た銃弾がなくなっていた。……本来なら真っ先に殺しているような奴だが、しかし俺は手を動かせなかった。

 

「あのガキの言った通りじゃねぇか……! こりゃ傑作だ! ハハハハハハハッ!」

 

 さも面白いとばかりに笑い続ける名も顔も知らない男から目が離せない。そして、彼の姿が一瞬――、

 

「俺は抜けるぜ! 手前らはふざけた箱ん中で一生操り人形として生きてればい――」

 

 気が触れたようなことをほざいていた男は、横合いから飛んで来た弾丸に側頭部を貫かれて糸の切れた人形のように地面に崩れた。あっけなく死んだその男には何の感慨も沸かない。沸かないが、俺の目に映る彼の姿が、

 

 

 

(『ブレて』なかったか……?)

 

 

 

 ぶれているように見えたのだ。この世界から乖離しようとしているように見えた。聖人から魔人に身を堕としたメリアのように。

 矛盾の削除。エイワスが目を覚ましたのと同時に俺の記憶に追加された『知識』という名のデータベースにも記載されていた。曰く、生まれと真逆の生き方をしようとした者は世界に消される。言葉上では、そんなルールがあったのでは人は悉く生きられない、なんて思うかもしれないが、それが発動するのは極限定的な人物のみだ。当然、能力者でも魔術師でもない人間は最初から属性なんて持っていないし、魔術師や能力者だって悪人が人を助けたところで消え去るわけでもない。

 メリアはそれだけ例外なのだ。呪いを身に宿し生きている聖人など彼女くらいなものだ。

 だが、何の能力も持たないただの猟犬部隊の男にメリアと同じ現象が起きた。その姿がまるで、信仰に背いた罪人が神によって裁かれるような、そんな風に俺の目には見えてしまったのだ。

 

(神、だって……?)

 

 天使と呼ばれる存在だって指向性を持った力の塊なんだ。神なんてものはこの世に存在しない。俺はそんな超越者の存在を信じない。いたところで天使と同質の何かだろうし、そいつらは人一人を見て裁いて祝福するような存在ではないはずだ。

 そんな下らないことを思考しているうちに、先ほどまで聞こえていたけたたましい銃声や破壊音が途絶えた。……どうやら猟犬部隊は粗方片付いたらしい。

 

 あとは戻ってきたメリアに資料が残っていたかどうかだけ確認して、任務は終わり――。

 

 だが、そんな楽観は何かに気付いたエイワスの言葉を皮切りに打ち砕かれることとなった。

 

 

 

――む? ……我が宿主よ、何か来るぞ。

 

 

 

 何かに気付いたエイワスが、なんだろう、といった感じの興味本位な声を上げる。

 

 

 

『お、おい当麻、管理棟の地下から馬鹿デカイ熱源が――』

 

 

 

 次には、堪らず無線を繋げたような、珍しく焦った深嗣の声が無線機から流れ、

 

 

 

「あ……?」

『ゃ……!?』

 

 

 

 メリアの小さな悲鳴と衝撃音が届き、メリアが付けていた無線機からの通信が途絶える。

 直後、地震でも起こったんじゃないかってくらいの揺れが俺達の足元を揺らした。そして、今まで散々破壊の限りを尽くされた管理棟がついに悲鳴を上げながら瓦解していく。

 次第に積み上がっていく瓦礫がいきなり爆発し、中から灰色の影が投げ飛ばされてきた。

 

「メリア――?」

「ちょ――!?」

「何ぃ~~!?」

 

 メリアと思しき巨大な得物を持ったモノトーンの人影はそのまま絹旗とフレンダのすぐ近くの倉庫に叩きつけられ、衝撃で崩壊した建材の下敷きとなって姿が見えなくなった。

 そして、彼女に続くように管理棟だった瓦礫の山を押し退けて姿を現したのは、

 

(なんだ、あれ……)

 

 ぱっと見、全高は3mほど。全幅はその1.5倍くらい。

 既存の駆動鎧にはない、流線形の鋭く流れた頭部。カメラレンズのような緑の単眼。中世鎧じみたシャープな、小柄な人がギリギリ一人入れそうな大きさの胴体。その下には後方に膨れ上がった蜘蛛みたいな腹部。そして何より特徴的なのが折り曲がっていようと高さが2mほどもある蜘蛛じみた四足。全ての足裏に装備された球体型の駆動車輪(ランドローラー)。肘から先が馬鹿でかい銃器の左腕と、同じように肘から先にチェーンソーじみた回転刃を装備した右腕。

 まるで蜘蛛女(アラクネー)だ。今まで見て来たどの駆動鎧(パワードスーツ)とも違う、完全に戦闘用の四脚駆動鎧――、

 

(……マズイ)

 

 妙な苛立ちの正体はこれだったのか、とか、なんなんだあれ、とか考える間もなく左腕の銃口が麦野を照準する。

 

「っ、ヤル気かよ……!」

 

 駆動鎧の異様さに珍しく気圧されているらしい麦野が咄嗟に曖昧な壁を前面に展開する。だが、それじゃあ駄目だ。いくら原子崩しによって作られた、曖昧なまま固定された電子を持ってしても駄目だ。何故なら、未だ人の範疇を超えない超能力者以上の力を持つ聖人を、聖人と同規模の力を持つ魔人(メリア)と戦って、あの駆動鎧は傷一つ付いていない。普通に考えれば有り得ない。だが、現実に起こってしまった以上、それ相応のからくりが潜んでいるのは目に見えている……!

 

 

 

――Urgent Exercise... Ambush-Anti-Ability-System<IMAGINE_EATER>. Select Posture Control... Air-to-Air <WINGED_LIZARD>.

 (対異能特殊迎撃機構『幻想喰イ』ヲ緊急起動。並ビニ空対空制御『翼竜』ヲ適用シマス)

 

 

 

 幻想喰イの緊急起動によって俺とエイワスの意識が強制的に重なり、空対空制御『翼竜』によって一対の翼が俺の背で広がった。

 直刀を投げ捨て羽ばたいて、一瞬で距離を詰めて麦野の腰に左腕を回して抱きかかえる。

 

「っ!?」

 

 いきなりの衝撃に顔を顰める麦野。彼女を庇うように駆動鎧に背を向け、広げた翼を盾にしながらその場を離れる。麦野の手を離れ、粒子と波形になって霧散しはじめた壁が蜂の巣となって衝撃を撒き散らしながら消え去った。

 一時的に凌ぐことは出来たものの、それでも足は止められない。未だ対物弾頭の高射砲じみた銃口がこちらを向いて弾を吐き出しつづけているのだ。止まったら狙い撃ちだ。だから俺は思い切り羽ばたいて空へ舞い上がる。

 見下ろした地面では、後方の絹旗とフレンダに向けて駆動鎧の蜘蛛みたいな腹部から小型ミサイルが断続的に撃ち出されていた。頭を抱えて蹲るフレンダと、窒素装甲を使って彼女を必死に守る絹旗に集弾し、爆発が二人を飲み込む。

 

「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉ――!?」

「『窒素装甲』でも超ギリギリってとこですね……!」

 

 仕返しとばかりに打ち出されるミサイルの雨に二人は動けなくなっているようだった。必死に踏ん張る絹旗のお陰でまだ致命的な傷は受けていないようだが、あまり余裕はなさそうだ。

 乱射される弾丸を躱しながら空へと逃げた俺達はと言えば、

 

「バッ、この離せッ……! つーか何だよそりゃァ――!?」

 

 いまいち状況を読み込めていない麦野は、こっちの焦りもお構いなしで腕から逃げようと手足を振るっているが。断続的に腹部に叩き込まれる肘が痛い。直情的で突っ走ると周りが見えなくなるのは麦野の短所であり長所でもあるのだが、できれば今は勘弁してもらいたい。それどころではないからだ。

 一歩間違えば遊んでいるように見られてしまうかもしれない俺達の周囲を鉄の嵐が通りすぎていく。

 

「暴れんなっ。さっさと迎撃しろっ……!」

「ぐ……!」

 

 顔を真っ赤にしてまで抵抗していた麦野の右腕を掴んで俺の首に回し、彼女を抱く左腕に力を入れて押さえつける。執拗に俺達を狙い続ける駆動鎧を見て盛大に舌打ちし、叫んだ。

 

 

 

 

「てめっ、後で覚えてろよ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ァ――――ッ!」

 

 

 

 叫んだ勢いのまま原子崩しを駆動鎧に向けて落とす。だが、

 

 

 

「はぁ――ッ!?」

 

 

 

 麦野が理解できないとばかりに妙な声を上げる。俺も上げそうになった。

 固定砲台の如く立ち尽くし、俺達を狙って連射を続ける四脚駆動鎧は原子崩しを迎撃し相殺したために無傷。そう、迎撃したのだ。四脚駆動鎧の左腕に装備された、一対のカタパルトに挟まれたような銃口が帯電し、次の瞬間には摩擦で弾丸が発熱するくらいの速度で発射された電磁砲が原子崩しと衝突していた。どうやら、一つの銃器で連射と電磁砲の切り替えができるらしい。

 むきになった麦野がニ・三度繰り返しても結果は相変わらず。超能力者である麦野の本気の一撃を、同じく超能力者である御坂ばりの電磁砲が迎え撃つのだ。駆動鎧の性能を逸脱している。

 知識(データベース)を使った詳細分析を駆使し、駆動鎧を映す視界情報から見て取れた材質や構造を元に検索を掛けても、(胴体中心部の構造を覗けないことを除けば)結果はただの鉄の塊。電磁砲にそれらしい能力を使っているという事と形状以外はそこらにある駆動鎧と同じものだ。――はて、鉄の塊を喰うのは初めてだが、我の糧となるものか……――知るか馬鹿!

 

「クソがっ……!」

 

 これ以上は無駄だと判断したらしい麦野が手を止めれば、再び嵐みたいな弾幕が押し寄せる。

 

 

 

――Select Sub Structure... Base-Neutralize-System <SKILL REPRODUCTION>_SetUp. Skill Choice<DISASTER_PAINE_LV2>.

  (拠点制圧機構『異想再幻』ヲ起動。異能力選択……『鋼鉄精製』)

 

 

 

 深嗣の能力を借り、分厚く大きいだけの六角盾を前面に展開して右手に固定する。本来の持ち主である深嗣ほどの精密さは望めないが、巨大な鉄塊を作るだけなら出力が物を言う。滞空するために広げた不在金属の翼までは盾の効果範囲に含めないが、俺と麦野の頭から足までなら丁度隠せる大きさで、厚さも20cmともはやただの鉄塊と言って差し違えない盾ではあったが、

 

(あまり余裕はないな……)

 

 打楽器じみた甲高い音を奏でながら、弾幕の波に盾を削られながら上空へと押し流されていく。麦野ではないが俺も舌打ちを零し、待機中の浜面と滝壺に通信を飛ばした。

 

「浜面! おい浜面!」

『うぉっ……!?』

 

 驚いたのか、がた、と何かが転がるような音が聞こえたが、今はそれどころじゃない。こっちの爆音や原子崩しと電磁砲がぶつかり合う音が聞こえたのか、向こうも焦ったように口を回した。

 

『どうした!? 何かあったのか!?』

「いいからこっち来い! 逃げるぞ!」

『ぁあッ!? ちょっと待て! おいまさか、俺に「こんなの」運転しろってか!?』

 

 こんなの、とは本任務の報酬であり、大金を給料から天引きしてまで深嗣が前々から申請を出していたものだ。任務後に渡される、という話だから保険として逃走経路に俺が配置したのだ。本来なら俺が運転して帰るつもりだったが、こうなった以上、新車だ傷だ、なんてことを言ってる余裕はない。

 

「そのために用意したんだろうがッ!」

『ふ、ふざけんなッ! 確かに運転には自信があるけどよ――』

「いいからさっさとしやがれ!」

 

 俺自身、珍しく叫ぶように命令を飛ばせば、

 

『――いい趣味してんぜクソッタレ!』

 

 7速セミなんて初めて見たぜチクショー! なんてヤケクソな声が届いた。意を決してくれて何よりだ。次に深嗣にも通信を飛ばす。

 

「深嗣、聞こえるな」

『おう』

「見ての通り緊急事態だ。ルートE04で逃走する」

『了解。じゃ、そっちは任せるぜ』

 

 学園都市の外周近くまで移動する、逃走ルートの中では最も距離のある経路を指示して深嗣との通信を切る。もっとも13kmも離れた位置にいるのだ。深嗣のほうに敵が回っているとは考え難いし、そんなことよりも今は我が身だ。

 

「降りるぞ」

「あ、ああ……」

 

 凹凸だらけになった鉄塊を駆動鎧に投げつけ、再び盾を作り出しながら鉄の雨の中を急降下爆撃機の如く落下し、未だ絨毯爆撃に晒されている絹旗とフレンダの元に着地する。

 

「わ、わわっ!?」

「ちょ、どうしてこっちに来るんですか! そんなことしたら――!」

 

 俺達を狙っていた銃口と、二人に降り注いでいたミサイルが纏めて集弾することになる。だから俺は落下中にも形成していた盾――というよりも壁と表現したほうが正しいような、大きく分厚いだけの鉄板を地面に突き立てる。一辺4m、厚さ50cmの鉄壁だ。着弾の振動を伝えてくる壁が、しばらく持ち堪えられるかだけ確認して麦野を開放した。先ほど駆動鎧に原子崩しを防がれたのが堪えたのか、それともただ単に疲れただけなのか。随分とおとなしくなった麦野は、並みの理性を取り戻しているように見えた。ようやく頭が冷えたらしい。

 

「そこに埋まっているメリアを頼む。もう落ち着いたな?」

「おう……。ちょっと聞きたいんだが、アレ、私らじゃ勝てねぇのか?」

「分からない。だから今は逃げる」

 

 瓦礫に埋まったメリアを掘り起こすように指示し、一足で鉄板の天辺を飛び越え、馬鹿の一つ覚えみたいに乱射を続ける駆動鎧の前に単身で飛び降りた。壁から照準を俺に移し変えたらしく、俺一人に嵐みたいな弾幕が襲い掛かる。翼で受け止めたミサイルが爆発し、大口径の弾頭が俺の手足を貫いていく。翼を盾にしながら、致命傷にならない攻撃は無視して突貫を続ける。無線からは慌てたような絹旗の声が流れた。至近距離の爆発で鼓膜が逝かれたのか、それとも爆音が大きすぎるのか、肉声は聞こえなかった。

 

『上条ッ! 逃げるんじゃないんですかっ!?』

『そうだよ! 麦野がいて勝てないんじゃ結局どうしようもないよっ! 早く逃げようよ~~っ!』

『フ・レ・ン・ダァ~~~~?』

『あ! 嘘ですごめんなさいすいませんもう言わないから頭掴まないでぇ~~!』

「すぐに浜面が『足』を持って来る! それまで持ち堪えるからお前らはメリアを拾って離れてろ!」

 

 極力敵の目が俺を向くように四脚の間を潜り抜けたり、背後を取りながら駆動鎧を撹乱する。その最中にもナイフボムを叩きつけたり、鋼鉄精製で作り出した長槍で攻撃を仕掛けたが効果はなかった。爆発にも斬撃にも傷一つ負わないのだ。良くて装甲が黒く汚れる程度。……今の装備では有効打は期待できない。幸い相手の動きは単調で狙いも雑。時間稼ぎだけなら俺一人でも可能だろう。――むしろ我らだけのほうが良いのではないのか? 今でも全身穴だらけだが問題ないのだろう? 我らが生き残るだけならば他人を切り捨てたほうが楽だとは思うのだが。――生憎、有事には全員生還させなきゃならないんだよ。こんなでも現場リーダーなんでな。

 

「――――っ!」

 

 左腕のチェーンソーが振り下ろされる。それを両翼を交差して受け止めれば、俺の足が地面に沈んだ――否、受け止めきれずに右膝を付く。……メリアを吹き飛ばしただけはある。どうやら出力だけなら聖人以上らしい。

 

(聖人に力勝負で勝てる駆動鎧、なんても物があるとは思わなかったな……!)

 

 目の前でチェーンソーを押し返す翼が火花を散らしている。翼にいくら力をいれようと、立ち上がろうと足に力をいれようとも押し返せない。このままでは、

 

(押し潰されるか――!)

 

 圧倒的な重量差にさらに脚が地面にめり込む。そこへ銃弾とミサイルまで叩き込まれて、身動きが取れない。そろそろ俺も限界だ。ここで力が抜ければ押し潰されて挽肉になる。……打つ手がないわけではないが、今使っても意味はない。

 至近距離で俺を押さえつける純銀の半人半蜘蛛の駆動鎧。その鎧の隙間から、

 

 

 

 

『………………い。……サ…は…………………に……で…え……』

「……あ?」

 

 

 

 

 何か、聞き覚えがあるような声が聞こえた気がした。ノイズに塗れていたが確かに聞こえたのだ。なんなんだ、と考える間もなく、周囲の爆音で聞こえるはずのない甲高い排気音(エキゾーストノイズ)が近づいてくる気配を感じ取る。そんな、一歩間違えれば妄想だと幻聴だとか言われそうな第六感を肯定するように無線に今最も必要としていた声が届いた。

 

『待たせた! 早く乗れ!』

『みんな。こっち』

 

 どうやらギリギリのタイミングで二人が到着したらしい。これでようやく逃走を開始できる。

 

 

 

――Boot Cancel...Skill<DISASTER_PAINE_LV2>. Skill Choice<TELEPORT_LV4>.

  (異能力再選択……『鋼鉄精製』ヲ解除。次策トシテ『空間移動』ヲ適用)

 

 

 

 異想再幻の鋼鉄精製から空間移動に切り替え、発動。演算した地点――未だ健在の鉄壁の上に転移する。眼下の駆動鎧は支えを失ったクレーンみたいに地面にチェーンソーを叩きつけ、前傾したまま立ち上がるのに手間取っていた。

 先ほど聞こえてきた声が気がかりだったものの、今は逃げるべきだろう。壁から降りて浜面の持ってきた、フルサイズのピックアップトラックの荷台に着地する。その赤を基調とした車体に、やっぱり深嗣(アイツ)の趣味かとぼやいた。

 全身細かい切り傷だらけで気絶しているメリアを含めて、すでに荷台にはこの場にいた全員が乗っていた。俺が荷台に腰下ろして羽を畳んだのを見てフレンダが、もういいよ!、と焦ったように声を上げた。

 

「上条も乗ったよ! だから早く出して~~!」

『はいよ……!』

 

 浜面が一気にアクセルを踏み込んだのか、後輪が空転してから一気加速し、スキール音を残しながらトラックが発進する。狭い倉庫間の道を抜けて車幅ギリギリの私道を端材やゴミ袋を弾きながら突き進む。

 駆動鎧が完全に見えなくなったのを確認し、ようやく一息つくことが出来た。……まだ完全に気を抜くわけにもいかないから、とりあえず確認のために滝壺に通信を繋ぐ。

 

『……なに?』

「お前、体晶は」

『一応使ったよ。アレのAIMも掴みづらかったけど覚えてる』

 

 今助手席に座っているであろう滝壺理后は大能力『能力追跡(AIMストーカー)』の持ち主だ。一度記録したAIM拡散力場を捕捉し続け、その相手がどこにいようと追跡し続ける。……その代償として『体晶』――意図的に能力を暴走させる薬を使わなければならない。

 あまり長時間の能力行使は危険だが、完全に逃げ切れたのを確認するまでの間だけだ。悪いが今は我慢してもらうしかない。

 後は逃げるだけだ。呆、と流れていく街灯以外に灯りのない夜の町並みを眺めていると、他のアイテムの面子も疲れたように溜息を零していた。一段落、と言ったところだ。

 

「何だったんでしょうねアレ。……というか、何なんですかね、これ……」

「翼、だよね。結局上条って本当に人間なの? てか怪我しすぎ。これって大丈夫なの?」

「前々から人間離れしてるとは思っていたけど、本当に人間止めてたんだなコイツ……。つか邪魔。いつまで出してんの?」

 

 何故だか畳んでいる翼をぺたぺたと触り始めた。興味深々に触ったり抓ったり叩いたりしている。……今更ながらに幻想喰いを晒してしまったことを後悔する。ああでもしなければ全員死んでいたのだろうが、全員助かった後のことを考えればあまり良い状況ではない。

 まあ、現状全員に知られてしまった以上、安全が確認できるまでは解除するつもりもないが。――触らせておいていいのか?――害がないなら別にいい。

 

『悪い上条。車ボロボロにしちまった』

「いい。どうせ俺のじゃない」

『じゃあ切削のなんだな。修理費くらいは俺が……』

「いらん。このぐらいの傷、レストアってほどのじゃ――」

 

 片側二車線の静かな大通りに出て、雰囲気同様気の抜けた浜面との会話に滝壺が割り込んできた。

 

 

 

『――来た』

 

 

 

 同時に、道路右側のビルを押し倒すようにして四足の駆動鎧が姿を現した。逃げ切れただろうと思っていただけに、追いつかれたという事実に俺は随分と動揺してしまった。滝壺が直前になるまで追跡できなかったこともそうだが、こんな早く追いつかれるとは思っても見なかった。

 

「な――――」

「ちょ――!?」

『くっそ、来やがったのか……!?』

 

 慌てて浜面がアクセルを踏み込むも、駆動鎧は地響きを立て、先ほどのように弾をばら撒きながら物凄い勢いで追いかけてくる。引き離せない。

 どうすれば、と思考しながら周囲を眺めていると、今走っている道と平行するように左のビルの隙間から御誂え向きの道が見えた。そして丁度、次の交差点でそこに合流するというところまで考えが到達し、

 

「浜面。次の交差点左曲がれ」

『左、……ハイウェイか!?』

 

 それを理解した浜面の行動も早かった。

 

『全員どこかに掴まれぇッ……!』

 

 荷台の乗員お構いなしに、急ブレーキに車体が前に傾く。同時にハンドルを切られて、速度を維持したままフロントが左に、リアが右に流れ始める。その挙動によって発生した遠心力に引っ張られ、転がり落ちそうになる絹旗とフレンダ、気絶しているメリアを羽で荷台に押さえつける。

 

「っ――!?」

「え、ちょおっ!?」

「きゃぁあああああああああ!?」

 

 必死に振り落とされないように壁にしがみつく麦野と、悲鳴を上げるフレンダと絹旗を貼り付けたまま、車体は流れながら左の縁石スレスレを通過し、カウンターを当てられて左の道に滑り込んだ。……その鮮やかな手際に俺は内心驚嘆していた。

 

(マジか……)

 

 今日初めて乗る規格外のピックアップトラックで殆ど減速せずにドリフトしやがった。しかもこのフルサイズの車体がギリギリ流せるか流せないかという片側ニ車線の交差点で、だ。ガードレールにも縁石にも接触せずに。普通一発で出来るものじゃない。

 むしろ追いかけてきた四脚駆動鎧のほうがデカイ図体のせいで左折できずに通り過ぎていくくらいだ。

 

『頭下げてろよ……!』

 

 そのまま料金所のバーを破壊しながら高速に侵入し、陸橋内に飛び込んだ。

 浜面がアクセルを思い切り踏み込み、W型16気筒エンジンとそれに連なる四つのターボチャージャーが唸りを上げる。どかんと加速し、一気に200km/hを超え、さらに時速を伸ばしていく。最高時速450キロオーバーの本領発揮といったところか。障害物がない直線ならこのモンスタートラックの独壇場、なのだが、それはあくまでも人が荷台に乗ってなければの話だ。

 

「ちょっと浜面! 超加速し過ぎです! 荷台に人乗ってるんですよ!?」

『あ……。悪ぃ、つい……』

 

 ヤケクソ気味な絹旗に怒鳴られ、ゆっくりと減速して120km/hあたりに落ち着いた。

 

「流石に、もう追ってこないよね……?」

「いや――」

 

 もう嫌だという彼女の内心を表すような戦々恐々としたフレンダに俺は首を振った。ハイウェイのすぐ右から爆音が届いたからだ。俺達と併走するように、まるでロケットの発射音じみた地響きみたいな音が追いかけてくる。

 そして、その銀色の機体が防音壁の影から姿を現した。

 

「嘘ぉっ!?」

「と、飛ぶなんて超反則です――!」

 

 その現れ方を見て叫んだ絹旗の言葉通りだ。四脚の下腿部裏が展開し、それぞれ一機ずつ。並びに胴体の腰部を挟むように装備された、合計六機のスラスターによって浮力を得た機体が防音壁を破壊しながらハイウェイに飛び込んできたのだ。

 そして再び弾丸とミサイルが俺達目掛けて飛んでくる。無尽蔵かよと思ってしまうくらいだ。銃弾は無作為に飛んでくるため当たることが殆どないから良いとは言え(それだって一歩間違えば即死に繋がるが)、今は熱誘導らしい小型ミサイルを迎撃するのが先決だ。

 

「麦野!」

「チィッ――!」

 

 荷台に膝を付いたまま麦野が原子崩しをなぎ払いのように振るってミサイルを撃ち落していく。拡散支援半導体は、と聞けば、もう切らしてる、とのことだ。あればまた結果は違ったのだろうが、なぎ払いの合間を縫って、運よく誘爆しなかったミサイルが抜けてきた。やはり、いくら麦野でも目に見える数十のミサイル全てを撃ち落すのは難しいようだ。

 着弾まであと僅か。慌てて筐体の姿勢制御を切り替える。

 

 

――Urgent Changed... Select Posture Control... Surface-to-Surface <GROUND_TAIL>.

 (緊急切替。地対地姿勢制御『地竜』ヲ適用)

 

 

 背に畳んだ両翼が泡のように消滅し、尾骨を延長するように2m弱の鉄尾が形成された。それを重しにして立ち上がる。これならば強風にも耐えられる。

 だが、それだけでは問題は解決しない。異想再幻に選択した空間移動を切り替えたところで鋼鉄精製で武器を作る時間も、超電磁砲で充電する時間もない。

 

 

 ふと、

 

 

 

「え…………?」

 

 

 

 

 何かないかと視線を動かした先で、絹旗の零れ落ちそうな琥珀色の瞳と目があった。これだ、と思い、彼女の襟首の裏を左手で掴み上げる。それを見た麦野が俺の背後に移動した。

 

 

 

「え、ちょ、ちょっと待って……!?」

「上条!? それ人間としてどうなのよ!?」

 

 

 

 そこでようやく状況を理解できたらしい二人が何か言っているが、今はそんなことに割いてやる時間はない。

 

 

 

 

「いいから黙って壁になれ」

 

 

 

 

 

 直後、ミサイルが前面に展開した絹旗と接触し、

 

 

 

 

「ちょ、超ふざけンなァアアアアアアアアアア――!!」

「絹旗ぁあああああああああ!?」

 

 

 

 

 二人の悲鳴が爆音にかき消され、衝撃で車体後部が沈んでから跳ね上がった。浜面が慌ててハンドルを切り、リアを振りながら態勢を立て直す。足場が安定し、再び麦野が迎撃を再開する。

 

「~~~~っ! それが人間のすることですか!?」

「上条の鬼! 悪魔! 人でなし!」

「多分半分は人間だから安心しろ。――ほら、次が来るぞ」

 

 そして再び迎撃を抜けてきたミサイルが一機。

 

「な、また――!?」

 

 その射線上に絹旗を挟み込み、再び爆発。爆風に車体が振り回されるのも、直撃の前に一端迎撃を止めて落ち着いてから再開するのも先ほどと同じ。それから絹旗とフレンダが喚き出すのも。

 

「いつか法廷で会うことになりますよ!?」

「もう嫌だっ……! もう帰る! 私帰る! …………。なんでこんなところにのこのこ着いて来ちゃったんだろ……」

 

 これでとりあえず波は超えたらしい。原子崩しと誘爆を潜り抜けてくるミサイルはしばらくはないようだった。だが四脚の駆動鎧は未だ引き離せないまま。相変わらず無軌道に銃とミサイルを乱射しながら追ってくる。

 と、

 

「…………!」

 

 駆動鎧の遥か後方。赤い影がちらついたのが――、

 

 

『お、オイ! 道が……!』

 

 

 浜面が絶望的な声を上げる。振り返れば、前方の道が関節部から道の一部が崩れ始めているのが見えた。どうやら流れ弾が直撃したらしく、手前から崩れていくのが見える。

 それを見た瞬間、俺の中でパズルが組みあがるように道筋が組み上げられた。

 

 

 

――Boot Cancel...Skill<TELEPORT_LV4>. Skill Choice<RAILGUN_LV3>.

  (異能力再選択……『空間移動』ヲ解除。次策トシテ『超電磁砲』ヲ適用)

 

 

 

 精度は高くとも同乗者6名を乗せた自動車を瞬間移動できない『空間移動』から、まだ成功率の高そうな『超電磁砲』に切り替える。

 博打もいいところだが、もうブレーキも間に合わない距離だ。なら、それを試すしかない。

 

『クソッ……!』

「どっち道もう間に合わない! 行けッ!」

 

 麦野にメリアを頼んでから浜面に激を飛ばせば、

 

『クソッ、もうどうにでも――』

 

 アクセル全開にした浜面によって、トラックが陸橋の接続部から飛び出した。そのまま重力に引かれて車重の偏ったフロントから落下していく。

 

『はい死んだ! 俺今死んだァッ!?』

『大丈夫、生きてるよ浜面。…………今は』

 

 そんなことを二人が言っているうちにトラックがフロントバンパーを削りながら落下中の道に着地し、サスペンションによって衝撃を緩和されて傾いた坂を上り始める。

 

「ぐ……っ!」

「きゃぁあああああああああああ!?」

「いやぁああああああああ!? って、上条!? それ私のバッグ――!?」

 

 荷台搭乗者全員が必死にしがみついている中、俺はフレンダの持つバッグの中身を弄って残っていた小型ミサイル数本を取り出した。

 それと手持ちのナイフボムを合わせて坂道の終点――着地の衝撃で完全に外れた関節部直前に全力で投げつけ、それを追うように硬貨を電磁砲で射出する。トラック手前で投げつけた爆弾に電磁砲が着弾、電磁砲によって叩きつけられた爆発によって発生した衝撃が地を這うようにトラックの前輪を掬い上げる。

 それによってギリギリ前輪の高さが陸橋の高さに到達する。

 

「これで――――!」

 

 そこで掌を車体に貼り付け、搭乗者に流れないように操作しながら思い切り電流を流して簡易的に車体のフロントを電磁石に変換する。結果、陸橋の関節部に使われている鉄材に引っ張られ、前輪が接触。そのままの勢いで前輪が関節部を乗り上げ、車体が陸橋に着地する。最もその衝撃でシャシーが逝かれたのか、ハンドルを切り間違えたのか、トラックは右に半回転しながらコントロールを失って最終的に静止した。こんなことをすればトラックの電子機器どころか、俺達の持つ携帯端末でさえお釈迦になるだろうが、駆動鎧に殺されるよりマシだ。

 

『スッゲェ……、本当に渡りきっちまった……』

「で、でも、あの駆動鎧だって飛べるんだよ!?」

 

 フレンダの言い分も最もで。眼前でスラスターを噴かしながら断絶した道から飛び出して滑空し始めていた。だが、それでも。

 

 

 

「俺達の勝ちだ」

 

 

 

 空中で駆動鎧を支えていたスラスター六機が、その後方から打ち抜かれて爆発。垂直推力を失った駆動鎧が重力に引かれたまま落下し、視界からその姿を消した。直後、下方から爆発音と衝撃が届いた。直接目で見なくても大破は確実だろう。

 そして駆動鎧の後方から推進機を打ち抜いた赤い馬鹿野朗はと言えば、

 

 

 

 

「よ。どうよ、まさにヒーローって感じだろ?」

 

 

 

 

 なんて軽い冗談を吹かしながら、こちらもバイクに搭載されたスラスターでこちらまで空中を渡りきっていた。……集合地点はここではないが、正直助かった。

 今度こそ大丈夫だろうとシステムをシャットダウンし、エイワスの意識と俺の意識を分離させた。念のため滝壺に確認を取る。

 

 

「滝壺、アレの反応は?」

『もう無い。……多分大丈夫』

 

 

 追跡しづらいけどもう追ってこないと思う、とのことだ。

 

 

「怪我は?」

『……ステアリングに頭打った』

『腰が痛い……』

「私も。あとの三人は知らん」

 

 

 怪我の有無を確かめれば順に浜面、滝壺、麦野が心底疲れたように返答する。先ほどまでギャーギャー言っていた絹旗とフレンダは着地の衝撃で気絶。メリアも相変わらず。

 全身に細かい切り傷があるメリア以外、目だった怪我をしている奴はいない。ただ後で病院で診察を受けさせたほうがいいだろう。

 

 

 

「車は動きそうか?」

『……全部マニュアルに切り替わってるが、まあ何とかなる』

「おーおー、見事にボロボロにしてくれちゃって……」

「修理費もお前の給料から天引きだからな」

「ハァッ!?」

『……やっぱ、せめて半分くらいは俺が――』

「だから要らない。全部深嗣が持つって言ってるだろ」

「おいこら当麻。何俺一人に全部押し付けようとしてんだお前」

 

 

 

 気が抜けたのか、普段以上に収集の効きづらい会話をしていると、途端に疲れが押し寄せてきて全員そろって溜息をついた。もう疲れた。本当に。

 浜面も深嗣も、滝壺と麦野は最初からだが、もういいや、って感じだ。

 

 

 

「さっさと帰るぞ」

「「『『りょーかい』』」」

 

 

 

 丁度、東から昇って来た太陽が夜空を照らしていく。気付けばもうこんな時間だ。早く帰ってゆっくり休もう。……俺は補修だが。

 

 

 

 

 

 

 ……ただ、鍔迫り合った駆動鎧から漏れてきた声が気がかりと言えば気がかりだった。

 

 

 

 

 

 



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