ギルティクラウン~The Devil's Hearts~ (すぱーだ)
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#00 記憶~the past~

プロローグです
ああ上手く書けるかドキドキする


自分の中にある一番古い記憶は、血をぶちまけた様に赤い炎に囲まれている光景・・・それだけだ。

その次に記憶に見えるのは赤錆に覆われた壁と天井、横を見れば赤茶けたベッドのシーツいずれもごていねいに血にでも浸したかと思えるほど全面真っ赤だ。

 

「・・・・もう、イヤだもうこの色は見たくない」

そう思ったことをハッキリ覚えている。

なんの繋がりも脈絡もない断片的な記憶の羅列、それでもこの後のことは自分自身笑いたくなるほどハッキリ覚えている。

息が痛いほど喉に刺さる中、ようやく目が暗闇に慣れて初めてこの空間にいるのは自分一人ではないことに気づくことが出来た。

一人や二人ではない間違いなく数十人近くいるなぜ今まで気付かかったのだろう。

ベットから体を起こしもっと周りの様子を伺う。

よく見ればここにいる全員煤と血に汚れひどい有様だ。

全員あの炎の中、あの場所からここに居るのだ。

 

炎・・・そうだ僕はーーに会いたいーーに謝りたい

 

今はもう思い出せない誰かを想い泣いた。

 

ただ悲しくて泣いていた。

 

胸に穴が空いているかのように辛かった。

 

目が覚めて何時間たっただろう。

すでに空腹も体力も幼い自分達には限界だった。

この場所の唯一の"音"であった子供達の啜り泣く声も今やなりを潜め、気が滅入る程の沈黙が空間を支配していた。

自分は妙に冷静な頭で周りの状況を確認した。

周りの子供達は全員自分と同じくらいか少し上か下かくらいの年齢が近い子供ばかりだ。

自分達が居る空間は四方が赤く錆びた鉄の板、その一部に重い存在感を持つ巨大な扉がはめ込んでおり、天井も壁も距離がある、しかし光が電球ひとつに、錆びた鉄の臭いは血の臭いを連想させられ。

広い空間であるにもかかわらず強い閉塞感を感じざるをえない。この場所にいるだけで吐き気をもよおす。

 

吐き気よりも空腹感が勝りもう考える事さえ苦痛になった頃・・・突如重く甲高い音たて巨大な扉が開いた。

それまでなに一つ変化の無かった世界に初めての動き。

自分をはじめとする、全ての子供の注目が扉に集まるのは無理からぬことだった。

期待と不安が入り混じった視線を向けた、直後困惑と恐怖で凍り付いた。

入って来た者達の姿は異様その物だった。

頭から真っ黒なローブをかぶり手には包帯わずかな肌も晒すことはなかった。

さらに同じ格好の者達が計6人、その光景は悪夢の具現化した物だと言われればすんなり信じてしまえそうなほど狂気じみたものだった。

硬直している子供達をよそにローブ姿の者達はそれぞれ子供の前に立ち手に持ったトレーをベッドの近くのテーブルに置き少し離れた位置で立ち止まった。

『食え』

男と女の声をパイプを通じて聞いているかの様なエコーがかった奇妙な声でそれは話かけてきた。

有無を言わさぬ迫力に一人また一人とトレーに乗せられた物を食べた。

自分もトレーに乗った白くゲル状の物を悪臭に耐えながらやっとのこと口に押し込んだ。

見れば他の子供達も似たようなものだった、全員吐く欲求をなんとか抑え恐怖耐えながらもローブの物達の機嫌を損ねないよう気を配った。

 

変化はすぐ現れた。

まず一人目が苦悶の声を上げながら全身から血を吹き出しながら倒れこと切れ、それから一人二人と同じように血を吹き出し死んだ。

そこから阿鼻叫喚の地獄だった。

ローブの物達は口に入れた物を出そうと吐き出した子供の嘔吐した物を無理矢理口に押し込み、トレーの上の物を掴むとそれも口に押し込んだ。

少年の近くの子供も苦悶の声を上げながらローブの一人に飛び掛かり揉み合いになったがそれも数秒のことすぐにローブは子供を引き剥がしベッドに叩きつけた、しかし子供がローブを掴んでいたためローブも一緒に引き剥がされ初めて、ローブの者の顔が晒された。

「「「「「!!!!!!!???」」」」」

 

子供達は再び際限無き恐怖に襲われた。

その顔は人間と呼ぶには余りに醜悪であった。

ザラザラとしたウロコがヌルヌルの粘液に濡れそれが顔一面に広がり膜が張ったヒレが顔の側面につき鼻は無く、双眸の目は一方は極端に大きく、一方は極端に小さいという大きさもばらばら眼球・・・耳にまで達する大きく裂けた口には顎だけにでなく喉の奥まで鋭く尖ったステーキナイフのような歯が何本も並んでいた。

 

「お前ら俺達に何食わせやがった!!」

 

そう叫んだ子供も苦悶の声を上げるとみるみる体の形が変わり始める。

歯は抜け落ちて、鋭いサメの歯のような歯が生えてきた。

爪も剥がれ指の中から獣のような爪が姿を現した。

全身には鱗、顔の側面からは膜の張ったヒレ、両目は2倍近く膨れ上がり、まるで今しがた彼が目にしたローブの者の素顔に近い姿に変わりつつあった。

しかし、完全に同じ姿になる前に彼は床に倒れ落ち絶命した。

 

そこまで見て自分と子供達は、初めてのローブの者達は仮装では無く本物の怪物なのだと理解した。

「あ、悪魔・・・」

誰かが言ったのが聞こえた。

怪物達はトレーの上の物をあらかた子供に詰め込むと、死んだ子を引きずり部屋から去っていった。

重い音を立て扉が、閉まった。

今まで、これから先の不安だったのが明確な死への恐怖へとと変わり、子供達の上に覆い被さっていた。

そこから、光も時計も無いその部屋で子供達の泣き声、悲鳴、血の流れる音、噴き出す音、肉を裂き骨をへし折りそして皮膚を削りながら怪物へと姿を変えていく音、それらが自分に時の流れを告げる物となっていた。

 

『どうせ僕が消えるのなら、

奴らの仲間にはなりたくない

神様どうか殺して下さい。』

 

いつしかそう願うようになっていた。

それから、自分は何度も体に走る痛みと吐血を繰り返し、いつしか大切な人達ーーーーとーーのことまで記憶から消え、一切思い出す事が出来なくなった。

残ったのは大切なものがあったという記憶の輪郭だけだった。

深く失望した、死ぬ寸前に見るという過去の記憶を想起するという話を自分は信じ、最期の瞬間鮮やかで楽しかった思い出を見ることを期待していたのだ。

久々に死ぬことに恐怖した瞬間、意識が落ち思考することが出来なくなっていた。

 

 

「ーーーーーー。ーーーー?」

 

「ーーーーーーーーー。ーーーーーー。」

 

話し声が聞こえ、暗い意識の底から戻された。

ほとんど開かない目は、光とそれを背負う二人の人影を確かに捉えた。

「ーーの"血"を?大丈ーか、そんなこーーーて。」

 

「ええ、この子ーーろしかけてるのは、

奴のーであって、"血"そのものーーー因ではなー の、ーーーーあなたー"血"でその後押しをすーー」

 二人の男女が何かを話し合っている。

 会話は不明瞭で殆ど理解出無い。

 自分を迎えに来たのかと僅かな嬉しさと僅かな淋しさを感じながら、どんなに絞り出しても声の出ない口を動かした。必死に声を出そうとしてるせいで自分が笑っていることに気付くのが遅れた。

 

「よう、まだ生きてるか?」

 

声をかけられ、閉じていた目を薄く開けた。

 

「よく頑張った、後は俺達に任せな坊や。」

 

そこで、初めての男の顔を認識することが出来た。

銀髪に鮮やかな真紅の眼、自分を抱く腕から力強さと暖かさを感じた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

守られている気がし、いつぶりかゆったりと息をはいた。

そして再び眠りに着いた。

今度は先程と違い安らかな眠りだった。

 

 

 

これが、少年

桜満 集と、

" 最強の悪魔狩人<デビルハンター>"

ダンテとの、

最初の出会いだった。

 




感想、批評、アドバイスがあれば是非


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第1章 -The Endless Guilty-
#01出会い~I meet to you~


やっと、本編入れたああ
こんなんで大丈夫か?

第1話です。


誤字があったので修正しました。


そこは薄暗く下には暗い水、そして無骨なパイプが壁中を走っていて、どう贔屓目で見ても普通の人間は近づかないし入れもしない場所だった。

そんな場所を走る少女は当然その中に該当しない。

触れれば吸い込まれそうなほど黒い水の上を走っていた少女は、軽く水を蹴り、頭上にあったパイプを蹴り、さらに上にある業者用の足場に着地した。

『いのり 鍵は手に入れたか?』

 

少女の耳に着いた、無線機から声が漏れた。

「うん」

 

無線機からの問いにいのりと呼ばれた少女は短く答えた。

少女の姿は、現実味がないほど美しいものだった。絹の様な桃色の髪を後ろで二つに結び、ルビーの様に明るく紅い瞳、雪の様に白い肌で、服装は赤く袖と腰の布が走る少女の風圧で後ろにたなびいていて遠目から見ると金魚のような鮮やかで幻想的な雰囲気を纏っておりとても、この場所とは不釣り合いな容姿だった。

 

『よくやった、誘導する』

 

あくまで事務的に無線先の男は言った。

その言葉が合図の様に少女の後方で走っていた物体が、彼女の前を先導した。物体は卵に四本の足と、土偶の眼と

短い尾を着けたようなヘンテコな姿をしている。

その見た目に見合わぬ速度でそれは少女を誘導して行く。

瞬間、少女の後方で光と爆音が弾け飛び、少女が先程まで走っていた場所が花火の様に弾け飛んだ。

その爆風で、少女の体は前方に吹き飛ばされた。

全身を打つ激しい痛みに息を詰まらせながら、少女は後ろを確認した。

暗闇に、幅10メートルはありそうな空間の両端にあるレールに黒い巨躯が跨っていた。

少女は、体に鞭を打ちあらん限りの力を使ってフラつきながらも地面を蹴った。

 

どれほど走ったことか、少女は橋の中央部分で座り込んでしまった。

決して安全な場所に着いたわけでは無い。

実際、敵機体の"エンドレイヴ"の接近音が先程より近づいている。

「ふゅーねる」

少女は先程まで先導していた物体に呼びかけ、手に握りしめた『シリンダー』を差し出しそれを物体の開張した頭部にしまい頭部を閉めた。

 

「これを、涯に。」

次の瞬間少女の体は背後の爆風に煽られ、また数メートル前方に投げだされた。少女の背後すでに1メートル離れていない位置に、GHQ所有の人型兵器"エンドレイヴ"が迫り、少女に向け銃口を向けようとしていた。

しかし、それが少女に向く事は無く空間にがっちりと固定されていた。少女は一瞬、怪訝な顔になった時。

 

『カバーするわ いのり早くそれを涯に!!」

何も無い空間から、声が響いた。

確認するまでもない、 少女を救ってくれた者の正体は、彼女の味方の"エンドレイヴ"だ。

 

「!!」

少女は、その声を聞くと"ふゅーねる"と呼んだ物体と共に、弾ける様に走り出した。

しかし、敵も簡単に行かせてくれるはずも無く、組みつかれたまま後方のハッチを開き、少女に向けミサイルを発射した。

一際大きな火柱が橋から立ち上り、周辺を昼間の様に照らした。

少女は橋の欄干から暗い水面へと、吸い込まれていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

『ーーーーー、

ーーーーーー。』

早朝、車両に揺られ、手すりに捕まりながら手元の端末に眼を奪われている少年。

少年の名は、桜満集(おうま しゅう)

 

天王洲第一高校に通う高校2年の男子生徒だ。

今まさに学校へ向かうモノレールに乗っている最中である。

「すごいアクビ 」

眠い目をこすっていると、横からひょっこりとおさげの少女が声をかけて来た。

彼女は、校条祭(めんじょう はれ)

 

集と同じ高校に通う集の中学時代からの良き友人である。

「ああ、ハレか…」

集がぞんざいな返しをすると、祭は癪に触ったのか。

頬を膨らませて不満そうな顔になった。

 

「悪かったって、おはようハレ。」

 

祭からの視線に耐え切れなくなった集は、普通にあいさつし直すと、祭の表情は微笑みに変わった

 

「おはよう集。またネット巡り?」

 

満足したのか、祭は興味の対象を集の手元に移した。

「うん、まあね。」

 

集は片方のイヤホンを外し、祭の話に耳を傾けてる。

 

「これ、いのりさん?ネットボーカルの。」

 

「ん?ああそうだよ。颯太に薦められてね、素材にいいかなって・・・」

 

「そしたら、いつの間にかはまっちゃたんでしょ?」

「え!あははは。まっまあね・・。」

 

それは、事実だった。

「EGOIST」

誰も生で見た事がないといわれる謎のwebアーティスト、今やネットの話題を総取りにしているバンドだ。

特にボーカルの「いのり」。

 

その美しさと、不思議な感情溢れる繊細な表情に、本当にCGではないかという説まで出る始末だ。

 

かくいう集も「いのり」の虜になっていた。

 

「そういえば、昨日テロかなんかあったらしいよ。」

窓の外を見ていた祭が、唐突にそんな事を言ってきた。

 

「テロ?」

つられて集も窓を見ると、外のにある高速道路が戦車と武装兵に封鎖されていた。

集は端末に動画を再生させながら、ニュースサイトを表示させた。

確かに24区(かつてのお台場)で、爆発テロが発生したとニュースにあった。

「ほんとだ24区で、爆発テロって・・・。」

 

「うん、ここの所しょっちゅうだよ。

怖いねって うわ!集、それよめるの!?」

 

しんみりした声から祭は突然声を上げた。

集の端末には全文英語の記事が表示されていた。

 

「ってそっか集、帰国子女だったもんね。」

 

「うん、たまには触ってないとなまっちゃいそうでさ。

なんだかんだで、もう5年前だしね。」

言いながら、祭の顔を見ると彼女は心底楽しそうに笑っていた。

表情が、コロコロ変わる彼女に戸惑いながらも、集は尋ねてみた。

 

「 ? どうしたの? 」

 

祭は、ふふっと声を漏らし言った。

 

「集、すごく楽しそう。」

 

「?」

 

「だって集、その話題になった時の声がすごく弾んでるんだもん。」

 

言われて集は、急に気恥ずかしくなり頬をポリポリ掻いた。

「ねえ、集…集はまた日本に来る前に、戻りたい?」

 

「………」

 

祭は、笑ってはいたが奥底に眠る僅かな寂しい気持ちを隠しきれていなかった。

 

(まいったな……)

 

集は心の奥底を祭に見透かされている気がして少し気持ちが重くなった。

祭も、その空気を感じたのか。

 

「ごっ、ごめん集!変な事言って。空気悪くしちゃったね。」

彼女に責任は無い。悪いのははっきりした答えを出せていない自分なのだから。

もうすぐ学校に着く、彼女にこのまま沈んだ気分で学友の前に立つのは、余りに忍びない。

彼ならば、ダンテなら何と言うだろう。

集は、必死に言葉を探した。

「ハレ」

 

祭が、顔を上げる。

 

「この場所、ハレの住んでる所にあるハレの一番大切なものって何?」

 

「えっ?ええっと・・・。」

突然の問いに祭は答えに窮する。

 

答えに迷い続ける祭に、集は再び言葉を投げ続けた。

 

「結局、無い物ねだりなんだよ。」

 

祭は、一旦思案をやめ集の言葉に耳を傾ける。

 

「確かに、向こうの人と会えないのは、寂しいけど一生会えないわけじゃない。

それに向こうに帰ったら帰ったで今度は、こっちが恋しくなると思うんだ。

こっちで出会った人たちや、過ごした時間は向こうで培った時間と同じくらい僕にとっては大きなものに、もうかなり前からなってる気がするんだ。」

 

「集・・・。」

 

滅多に聞く事の無かった集の内心の吐露に・・・祭は、口を挟めなかった。

 

「ーーハレのおかげだよ。」

 

「 え ? 」

 

「ハレやみんなが居なかったら、多分僕はこんなにこの街が好きになることは無かった。」

 

集は、自然と頬が緩んで行くのを感じた。

 

「ーーだから、ありがとう ハレ 」

 

(いいのかな? これで・・・)

少し不安を感じながら、集は祭からの反応を待った。

しばらく口を開け惚けていた祭だったが・・・。

 

「・・・・うん。どういたしまして。」

 

そう言って、祭の朝に見たなかで一番の笑顔を集は見ることができた。

それを合図とばかりに車両は、目的の駅に着いた。

 

「それじゃあ、行こうか ハレ」

 

「うん、そうだね」

 

集達は他の生徒に混じってモノレールを降りた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おい、集」

 

教室に入り朝のHRを待つ集に、一人の生徒が話かけて来た。

「おはよう、颯太 言っとくけど コンクール用のビデオクリップ まだ出来て無いぞっと」

 

集は意味も無く一息ためてから、どんっと机に1限目の教科書を置いた。

 

「違えーよ!お前俺をなんだと思ってんだよ」

 

「『空気の読めない男』」

 

「即答かよ!!」

 

男子生徒改め、 魂館颯太(たまだて そうた)は心外だとばかりに叫び声を上げた。

 

「そんな事より、ちょっと集これ見ろよ!」

 

「な、なに?」

 

颯太のテンションに、集は若干引きながらも颯太の指し示す場所に目を向けた。

そこには、漫画が颯太の手にページを広げて握られていた。

「早く、読めって!」

 

颯太に催促され、集は早速颯太の手にある漫画を受け取り 読み進めて見た。

今まで読んだ事も、聞いた事も無い漫画だった。

『嫁が欲しい科学者が、魔女から魔法を教わり、イギリスから、ロンドン、パリ、スイス、イタリア、ハワイ、南極など、場所と時間を渡り理想の嫁を探しに行くドタバタラブコメディ漫画』

最終的には、宇宙や恐竜時代にまで行く始末だ。

 

なぜ、そんな場所に理想の相手がいると思ったのか皆目見当も付かないが、それがこの漫画の大まかなあらすじだ。

 

集は読んでる内に頭が、痛くなってきた。

チラッと横目で颯太の様子を見た。

ふんぞり返り『どうよ これ。』と、言わんばかりのドヤ顔だった。

 

『ーー引っ叩いてやりたい 』

 

ほんの一瞬だけ集は本気で考えてしまった。

 

「ごめん・・・颯太。

この漫画 僕には早すぎたよ。」

 

集はなんとかあたりさわりのない感想を言った。

 

「えええ!!?まじかよ!!」

 

颯太は、不満そうに声を上げた。

「だから言っただろ、お前以外の奴は楽しめないって。」

 

っと、話ている颯太の後ろから男子生徒が話かけて来た。

集から思わず安堵のため息が出る。

 

「おはよう、谷尋。」

 

「おはよう、集。」

 

集に話かけて来たのは 寒川谷尋(さむかわ やひろ)

集と祭に颯太とのクラスメイトであり、社交的な性格でさりげなく他人を気遣うことのできる悪い噂は聞かない、非常に優秀な生徒である。

集が、彼の爪を煎じて颯太に飲ませてやりたいと、常々思っているのはここだけの話。

ちなみに祭を含めたこの4人は、同じ『現代映像文化研究会』(略して、『映研』だ)の研究会メンバーである。

 

「そうだ、集 」

 

「ああっ、ごめんビデオクリップの完成 まだなんだ。」

 

『俺の時と態度違わね?』という颯太のぼやく声が聞こえるが、集は聞こえ無いふりをした。

谷尋は苦笑し首を横に振って言った。

 

「いや、催促じゃなくて本当に一人で平気なのかと思ってな。」

 

「 ?、うん昼休みに部室の機材借りて片付けるつもりだけど。」

 

「いいのか?本当に一人で。」

 

と、颯太。

 

「なに言ってるのさ。確かに言い出しっぺは颯太だけど、作るって名乗り出たのは僕じゃないか。」

 

「でもなあ、集が一人でがんばったのが"研究会の作品"になるのはなあ。」

 

そこで集はようやく谷尋と颯太の後ろめたさに気付く事が出来た 、 集は谷尋の言葉を聞くまで全く気付けなかった事に若干自己嫌悪になりつつ。

 

「そんな事ないって、谷尋達が素材集め手伝ってくれたおかげで僕の作業は殆ど動画編集だけになったんだから。ちゃんとした"研究会の作品"だよ、殆どみんなと作ったようなものなんだし 。」

 

谷尋は、まだ納得いかなそうな顔をしていたが。

 

「そうか、じゃあ任せる。」

 

そう言い残すと谷尋は、集の席を離れ自分の席に戻って行った。

 

「じゃあな!集、すっげえの期待してるからな!」

 

「うん、任せてよ。」

 

集に励ましの言葉を送りながら、颯太も自分の席に戻って行った。

 

前に向き直った集は、斜め前に座る祭がくすくすと笑っている事に気が付いた。

 

「 ? なに笑ってるのさ、ハレ 。」

 

祭は、目の端に溜まった涙を手で拭いながら。

 

「ううん、笑ってごめんね。ただ集、前とは比べものにならないくらい打ち解けてるなって。」

 

「む?そんなにひどかったけ?僕・・・。」

 

「ひどいってわけじゃ無いけど、他人にあまり興味ない感じだったもん」

 

「…うーん、そんな事無かったと思うんだけど・・・。」

 

今も昔と、変わっていないつもりでいる集はあまりピンと来ない。

 

「まあ、 颯太にはもう少し空気を読んでもらいたいけど・・・。」

 

「颯太君、わざと空気読んでない時があるけどね。」

 

「 ええ !!? 」

 

祭の口から出た驚きの事実に、集は思わず声を上げる。

 

「 むう、頑張って空気読むべきなのは僕の方だったか。」

 

「ほんと、集はニブイよね。」

 

「 うぐっ・・・・・。 」

 

先程の会話からの手前、集は反論することができなっかた。

 

 

「 ほんと、ニブすぎだよ・・・色々と 。 」

 

祭は、声が出ているか出ていないかというギリギリの声量で声を発した。

 

「 ? 」

 

集が祭の方を見るが、祭は前を見いて表情を伺い知ることはできない。

集は祭の様子を探ろうとした時、教室に担任の教師が入ってきたため、集は視線を教卓の方へ移した。

 

結局、集は彼女の顔が耳まで赤く染まっている事に最後まで気付く事はなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

昼休み、集は部室で作業をしながら昼食を取る旨を友人達に伝え、家で作って来た弁当を片手に研究会部室へ向かい歩いていた。

ついでに、空気を読まず集にしつこく漫画を勧めて来た颯太に軽くパンチを決めて来た。

やはり彼には素で空気が読めていない時がある。

 

部室と、言っても『映研』の部室は校舎内には無い、校舎の裏手 草木がボウボウに茂る小道の先に、ほぼ廃墟にしか見えないの建物こそが、集達の所属する『映研』の部室である。

その証拠に、入口には『現代映像文化研究会』っと、書かれた看板が着いている。

 

知らなければ決して近づかない様な場所を、集は躊躇わず進んで行く。

集は、部室であるこの廃墟を甚く気に入っていた。

閑疎でも、不思議と孤独さを感じない温かみのある雰囲気・・・。

不思議と、集にかつての " 家 " を連想させた。

いつも、どこかしらに埃が積もり、開店時間になってもほぼ毎日、客足はなく閑散としていた。

それでも、その店と住人を気にかけた人達が(多くても5人程だが)、時々足を運んだ。

 

そして、いつも入口の前に置いてある机に足をかけ、椅子に腰掛ける、赤いレザーコートと銀髪の家主 。

 

時には優しく手を引き、時には背中を乱暴に蹴り飛ばし、集を支え、導いてくれた。

集は、彼らから離れて初めてそ存在の掛替えのなさを思い知った。

 

だから、どこか同じものを持つこの廃墟が集は妙に気になってしまう。

気がつけば、廃墟の中と外を集は、定期的に掃除と草むしりに訪れていた。

そして廃墟はどんな時も、変わる事無く集を迎え入れた。

 

しかし、この日ばかりは明らかな異変を集は感じ取った。

 

「 あれ…? 」

 

部室の入口で、集は立ち止まった。

 

歌が聞こえる。

 

はじめは耳に残った曲がリピートしているのかと思った。

しかし、この鮮明さ音量、入口に数歩近付き、ようやく直に耳に届いているのだと気付いた。

よく、見れば地面に点々とした赤いシミが落ちている。

昨日は、しっかりこの辺りを掃除しておいた。

こんな目立つシミ見落とすはずが無い。

 

「・・・・・っ!」

 

集は、意を決して廃墟に踏み入った。

いつも通い慣れているはずなのに、まるで異界の門でもくぐるような気分だった。

入口周辺に、置いてある使われ無くなった機器の間を抜け、備品が置いてある広い空間に出た。

 

集は言葉を失った。

 

 

集の数メートル先に歌声の主である少女がいた。

 

集が耳に焼き付くまで聞いた曲だった。

そして少女の姿も、目に焼き付いたままの姿だった。

 

後ろで二つに結んだ桃色の髪、金魚のような鮮やかな色合いの衣装をはだけさせ上半身のみの裸体をさらし、背中の白い雪のような肌が、集の目に刺さった。

その白い肌は、痛々しく血に染まっており二の腕にも痛々しく血が滲んだ包帯がグルグル巻いていた。

しかし、それが彼女の美しさを妨げる要因にはなっていなかった。

 

集は、少女を知っていた。

名前も、彼女の所属しているバンド名も、彼女の歌う曲の曲名と歌詞も、彼は知っていた。

もちろん、彼女のファンなら誰もが知っている程度の知識だったが、今はその程度の知識だけで十分だった。

 

「ーーー嘘だろ?」

 

ようやく、絞り出した言葉は驚愕に染まっていた。

 

少女はようやく、こちらの存在に気付き振り向き、真紅の宝石のような瞳が、集の眼を真っ直ぐ捉えた。

 

 

 

「ーーーいのり……?」

 

 

窓から、雲間から覗いた陽の光が廃墟の中に差し込み、空中の塵と、少女の髪に反射し、まるで星の塵が二人に舞い散るように、その光景は自然と運命的な意味合いを暗示するようだった。

 

 




・・・ええ、ほんと集さん
誰これ状態だなぁ

あれえ?書く前はもっと原作に近かったのになあ?

うん、まあ "あのダンテ" と
いればこうなる

・・・・ かな ・・・・?


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#02起源~crossing~

これから徐々に投稿ペースが落ちて行くと思います。
ご了承下さい。

第2話です。


 

廃墟の中は…痛いくらい沈黙に満ちていた。

集は憧れの少女が目の前にいることに言葉を失っていた。

このままではいけないと思った集は声をかけようと息つぎをしようとした時、彼女のかげから飛び出てきた物体が集に向け" ポン "という音と共にワイヤーを発射した。

 

「 !! 」

 

集は、足に絡みつこうとした、ワイヤーをすんでの所でかわした。

ワイヤーは、そのまま背後のボロボロの機器にぶつかった。

再び視線を前に戻すと、集に向かって"いのり"らしき少女が駆けて来ている所だった。

フラフラで今にも倒れそうな走りだったが、信じられない速度で集へ迫ってきた。

 

「ーーなっ !! 」

 

手負いにも関わらず、一瞬で集の目の前に接近した少女は、どこで拾ったのか・・・鋭利なガラス片を集に向け振り抜いてきた…。

喉、左胸、股間、目と的確に致命傷に突き立てて来る。

集はそれを紙一重で避け続ける。

この怪我で、この動きと速さ・・・さらに相手に致命傷を与えることも辞さない思い切りのよさと正確さ・・・。

(この子、どこかで訓練を受けてる…!)

 

この少女が、集の知っている"いのり"であるかはともかく、普通の少女では無い事は明らかだった。

 

ビッと少女の持つガラス片が、集の制服二の腕部分の袖を切り裂いた。

 

集の背中を冷たい汗が濡らした。

今のは、制服を破いただけで肌には届いていないが、気を抜けば一瞬で刺し殺されてしまう。

久方ぶりに感じる死の危険に、集の喉から水気が引きカラカラに乾く。

 

集は、少女のガラス片に意識を集中させた。

 

その時、気付いた。

ガラス片に血が滴っていることに。

 

考えてみれば当然だった、彼女は素手でガラス片を握っている、当然そんなことをすれば手の平は裂ける。

 

 「ーーやめーー」

 

彼女は集の言葉に耳を貸そうとしない。

彼女が、自分の身体も省みず、外敵と判断した自分を撃退しようとしている。

 

「やめろって!指が使い物にならなくなるぞ!!」

 

少女は、やはりその声に無視し、さらに激しくガラス片を突き付けて来た。

集が、それを先程の様に避けると、頬と制服にパラパラと血が滴り落ちて来た。

 

「もうっ知らないぞ!」

 

叫んだ集は、右手に握ったままだった弁当箱の入った風呂敷を、少女の持つガラス片に力任せに叩きつけた。

 

「 !! 」

 

予想外の反撃を受けた少女は、ガラス片を手落とした。

一瞬驚いた顔をした少女だったが、躊躇い無くそのまま集に体当たりをぶつけ集と共に倒れ込んだ。

 

「ーーっあ・・・ゲッホ!! 」

 

集は、少女への負担を減らすため、避けずにわざと体当たりを喰らい、そして同じように少女に衝撃が行かないよう、受身も取らなかった。

いくら少女が小柄でも、完璧な形で衝撃を受けてしまった集は思わず咳込んだ。

 

少女は顔を上げ、正面の机に置いてあったハサミを掴もうと手を伸ばし、その拍子に机の上にあるコンピューターのマウスに手が当たり、コンピューターが起動した。

 

少女は、手に握ったハサミを集に向け振り下ろした。

 

「…くっ! 」

 

集は、少女の手首を掴もうと伸ばそうとした。

・・・その時、

 

『.ーーーーーーー …‥。』

 

 

 

 

 

 

 

『EGOIST』の、曲が廃墟中に響き渡った。

少女は、突然聞こえて来た、自分の歌声に手が止まり、モニターへ視線を吸い寄せられた。

 

 「………」

 

集は、伸ばし掛けた手を止め少女の次の動きを待った。

 

「これ、あなたが…?」

 

ようやく少女が言葉を発した。

 

「 …そっ、そうだけど。」

 

「 ………」

 

っと思えば、また黙ってしまった。

この間がなんとも気まずく感じた集は、何か話題は無いかと探した。

 

「ここの街の山を、ちょっと行ったとこの風景…です。」

 

言葉の途中で、 少女の服がまだはだけている事に気付いた集は顔を赤らめ横を見やり、ごまかす様に続けた。

 

「まっ、まあ…まだ途中…なん…です…けど。」

 

「ーーきれい…」

 

初めて、見せる少女の穏やかな表情に、集は目を奪われていた。

( く~~~~きゅるるるる・・・ )

 

少女の腹から子犬の鳴き声のような、可愛らしい音が聞こえて来た。

 

少女の頬に朱が指す。

 

「えっと、食べる?」

集は手に持つ弁当を、少女の前に持ち上げた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「これ、なに…?」

 

弁当から取り出したおにぎりを、少女は不思議そうに眺めながら言った。

 

「うえっ? 」

 

少女から飛び出した予想の斜め上を行く質問に、集は思わず変な声が出た。

そんな集の反応に、少女はキョトンとした表情で首を傾げた。

 

「なにって、おにぎりだけど…。」

集が答えると。

 

「おいしい?」

 

「うっ、うん…たぶん」

 

集が言い終わると、少女は小さい口におにぎりを運び、ついばんではもぐもぐと食べ始めた。

「おいしい…」

 

「ほんと?良かった。」

 

「ーーうん 」

 

あの後集はとりあえず救急セットがある階段の上に移動し、少女の手当てをする事にした。

っと言っても、背中などの大きな傷はあまり深くなかった上に、足下の白くて小さいロボットが綺麗に治療してあったため、集のやったことはガラスを握り裂けた手の平の治療だった。

とりあえず消毒し、薬を塗り込んだガーゼを傷口に貼り、その上から包帯を巻いた。

その後、食事にしようという事になり、集が少女に弁当を手渡し、今に至る。

 

「えと…いのりさんでいいんだよね。」

 

「うん 、楪いのり」

 

「『EGOIST』の?」

 

「 そう 。」

「・・・・。」

 

「・・・・。」

 

会話が続かない…。

集は正直言って、初対面の人と気さくに話しかけられる性格ではない。

少女の方もよく居るアイドルの様に、率先して前で歌おうとするタイプではなさそうだった。

ともあれこの少女が"いのり"であることは間違いなさそうだ。

 

「あの、…いのり…さん。」

 

「いのりでいい。」

 

そう言われた集は、思わず言葉が詰まった。

"いのり"を呼び捨て?

毎日ネットの噂を独占し、集自身も彼女の熱狂的なファン・・・。

確かにこの状況を、叶わない夢と思いながらも望んでいたのは確かだ。

生で見る彼女は見ればみるほど美しい。

まるでこの世に在る限りの美を詰め込んだ彫刻に命を吹き込んだ様だ。

 

この状況そのものに、背徳感を感じた集は思わず唾を飲んだ。

冷や汗が、額から流れて来た。

 

そんな集を、彼女が不思議そうに眺めている事に気付き、集は慌てて言い直した。

 

「わっ、分かったよ‥い…いのり‥。じゃあ話を続けるけど…、いのりはどうしてここに?」

 

「ふゅーねる。」

 

答える代わりに、白い丸くて小さいロボットを呼んだ。

「この子をガイに届けるの。」

 

「”がい “? 」

 

いのりは、それ以上語ろうとしない。

 

( どこか場所…?、それとも人の名前…? )

 

集が思い当たる場所を頭に思い浮かべようとした瞬間。

 

バンッ っと入り口の扉が乱暴に開けられる音が聞こえた。

驚いて目を向けると、白い装備で身を包みアサルトライフルを持った男達がガチャガチャと音を鳴らし入って来た。

 

( あの人達…、GHQの…。)

 

集が、状況を掴めずにいると。

隣にいたいのりが、手摺を飛び越え下に着地した。

 

少女が"ふゅーねる"と呼ぶロボットも、彼女の後を追おうとするが脚が壊れているのか、全く進めて無かった。

 

「……! 」

 

いのりが、二階に戻ろうとした瞬間。

その腕を何者かが掴んだ。

いのりの腕を掴んだ男は、先程入って来た兵隊とは違い白い装備の代わりに、白いコートで身を包んでいた。

 

「おっと 、テロリストめが 。webアーティストだかなんだか知らんが、アマチュアの歌うたい風情が膨れおって」

 

頭を剃り上げ、全面レンズのサングラスを掛けた男はいかにも不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

いのりが、男の腕を振り払おうとした時、 走って来た兵隊に銃のグリップで殴られ、苦痛の声を上げ地面に崩れ落ちた。

見てられなくなった集は手摺を飛び越え一階に着地し、白いコートの男に声を掛けた。

「ちょっとすみません、あのその子っ怪我してるんですっ!だから出来れば…

『 乱暴せず、医者に見せてあげて下さい 』っと続けようとした集に、兵隊は銃を突き付けた。

歩みを止める集に白コートの男はいかにも見下した態度で話しかけた。

 

「この女は、犯罪者…テロリストだ。庇うなら君も同罪として浄化処分するぞ。」

 

男の言葉に集は驚かなかった、彼女の動きは迷いが無く完成されていた。

何処かで教わらなければあんな動きは出来ない。

何処かがテロリストならば、あの動きにも納得だ。

男の言葉は信憑性があると、集は考えた。

しかし、

 

「すみませんが、あなたの話は信じられません。」

 

「何…? 」

 

集の言葉に男は、眉をひそめた。

 

「どういう意味かね?この女がテロリストである証拠を見せろという意味かね?」

 

「それもありますが…‥、僕が一番気になるのは"あなた達が本当にGHQの兵隊なのかっ?"ということです。」

 

「なにっ、まさかとは思うが君は我々の方がテロリストだと言って居るのか?」

 

男の眉間にさらに皺がよる。

 

ここまで来たらこれで押し通すしかない。

集は無謀であることは百も承知で勝負に出る事にした。

 

「おいおい君はここの生徒だろう?

我々の姿を見たことが無い、などと言う事はあるまい。」

 

「服装ならいくらでも誤魔化しが効きます。僕が言っているのは見た人が確実に納得出来る物をと……」

 

男は集の言葉にくくくっと笑っていた。

 

「少年よ…。」

 

男は、笑いながら近付いてくる。

 

「はいっ」

 

答える集に、男は力任せに拳を叩き付けて来た。

 

ゴッ っという音と共に集は地に足が着いていない状態で空中で体が、一回転しながら数センチ飛び地面にうつ伏せで倒れ込んだ。

 

「…‥うっ」

 

あまりの衝撃に集は思わず声が漏れた。

 

「優しくしていれば付け上がりやがって。」

 

男はうつ伏せのままの集を踏み付け、腰のホルスターから拳銃を取り出し発砲した。

 

「だめっ! 」

 

火薬の炸裂音に混じり、いのりの叫びが集の耳に届いた。

銃弾は集の鼻先数センチの位置の床を穿ち煙を上げた。

 

「言ったはずだ、女を庇うなら浄化処分だと。脅しだと思ったのか?」

 

集は踏み付けられたまま男を睨み付けた。

それを見た男が楽しそうに笑い言った。

 

「ほう、ここまでされてまだそんな顔が出来るのか。なかなかの度胸をお持ちの様だ…。」

 

男は集の髪を掴み上げると、耳元で声を掛けた。

 

「いいだろ、浄化処分は勘弁してやろう…。お前に必要なのは処分よりも教育の様だ」

 

男は集を離すとホルスターに拳銃を戻し、兵隊の元へ戻って行った。

 

「ーー痛め付けてやれ 」

 

命じられた兵達は頷き合い、集の元へ行き腹を蹴り、頭を踏み、銃のグリップで殴りとやりたい放題だ。

 

嵐の様襲い掛かる痛みの雨に、集は何度も苦悶の声を上げた。

その奥に見える光景は、既に集に興味を失った白いコートの男と、いのりを連れて行く兵達、

そして・・・

 

「 だめ!! やめて! やめて!! 」

 

兵達に後ろ手に拘束され引き摺られながら叫び続ける、いのりの姿だった。

 

(バカだなぁ、自分の心配をすべきなのに…。)

 

集は、そう思った。

奴らに連れて行かれれば、彼女は今の自分よりひどい目に合わせられるのは火を見るよりも明らかだ。

だから、連れてかれる彼女は逃げる算段を立てるべきなのだ、こんな初めて会った名も知らぬ一般学生になど気に掛けている場合では無い…。

 

集は、そんな何処か冷めた目で見ていた。

 

しかし、いのりが口に布をかまされる様子が見えたのが最後そのまま建物から出たのを最後に見えなくなった。

 

集の目から涙が溢れる。

 

その涙は、痛みから来るものでは無かった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

集の身体の節々に痛みが走った。

兵隊達は、いのりがこの場所から連れ去られてから1分程、集に暴行を加え続けた後、満足したのかさっさと立ち去って行った。

 

「…………」

 

布をかまされ、平手打ちをされてもなお叫び続けた少女。

 

「 何をしているんだっ!! 僕はぁ‼︎ 」

 

こうなるのが嫌だったから今まで朝に特訓し、"彼ら"に渡された自主修行の数々もこなして居たのに。

自分はただ暴力に屈する事しか出来なかった。

集は奥歯を噛みしめ、拳を床に叩き付け膝を抱えた。

いつぶりか分からない悔し涙まで流れ始めた。

 

とんとん っと、背中の低い位置を叩くものがあった。

振り向き見下ろすといのりが"ふゅーねる"と呼んでいたあの小動物位の白いロボットだ。

 

「ごめんね、お前のご主人様連れてかれちゃったよ。」

 

そう言って"ふゅーねる"の頭部を撫でていると、

カシャンッと頭部が開いた。

 

「ーーえ っ ? 」

 

頭部の中にある物を取り出してみると、それは『シリンダー』だった。

見るからに頑丈な造りで、簡単には壊れない様になっているのが分かる。

 

「 これは…‥」

 

『シリンダー』を眺めていると、今度は"ふゅーねる"の上空にホログラムのマップが表示された。

よく見るとマップに一点、ランプが点滅している箇所があった。

 

「ここに行け…って事なんだろうな…」

 

集は呟くと、『シリンダー』を胸ポケットにしまい"ふゅーねる"を抱え建物を出ようとしたが、少し思い立ってズボンのポケットに入った端末を取り出し操作した。

端末は表面に少しヒビが入っていたが使うだけなら問題は無かった。

集は友人達に早退する旨のメッセージを送り、端末をしまうと目的地に向かって駆け出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ーーよりによって、ここか。」

 

地図に従い集が辿り着いた場所は、六本木だった。

正確には、元六本木である。

10年前の12月24日に発生した、

『ロストクリスマス事件 』

『アポカリプスウイルス』と呼ばれている感染すると身体が黒紫色の結晶になり最終的には砕け散り死亡する、恐ろしいウイルスが、ここ六本木で感染爆発を起こし、日本政府の重鎮を含めた多くの人が結晶となり砕け散った。

10年経っても今だ感染に苦しむ人々は多くおり、有効な治療法も発見されていない、まさに恐怖の感染ウイルスだ。

 

10年前まで、集も歩き回ったであろうこの街も今や瓦礫の山と化していた。

 

「 ・・・・・・っ」

 

集の頭がキリキリと痛む…‥、そう集も10年前この場所にいた…‥、多くの人々にとって忌まわしき場所、忌まわしき時間に集は立っていたのだ。

 

しかし、集は事件の事もそれ以前の事も思い出せない。

唯一思い出せるのは、血をぶちまけたように赤く燃え広がる炎の光景だ。

その他の事も事件以前の事も思い出せない。

 

誰か、大切な人を失ったはずなのに…、顔も、名前も、どのように過ごしたかさえ思い出せず。

どんなに思い出そうとしても、頭の中で『大切な人』という記憶の輪郭がいつまでも暴れ回るだけだった。

おそらく、『奴ら』の"毒"と、"血"のせいだろうと、"彼女"は言っていたが、魂ごと引き剥がされた記憶を戻す手段など存在しない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目的地が目前なこともあって、集は雑念を抑え辺りを見渡した。

着いた場所は廃墟だった。

特に変わったとこはない、しかし光点は確かにこの場所を示していた。

「ーーおいっ 」

 

集は、乱暴に声を掛けて来た人物に振り向いた。

 

これぞチンピラを絵に描いたようなチンピラだった。

「………… 」

 

集は、違うだろうなとは思いつつ、念のため聞いてみた。

 

「あなたが、ガイ?」

 

チンピラは、はあ?という変な物を見るような顔になった。

 

集は、ですよね っと思いつつ。

 

「いえ、違うならいいんですけど。何か用ですか?」

 

チンピラは唇に着いたピアスごと口端を持ち上げ、ニヤリとギトギトの笑みを浮かべた。

 

「俺らさあ、お金無くて困っててるんすよ、だもんでそれ売り飛ばしてお金にしちゃうんでー…‥」

 

気付けば、チンピラの仲間達なのだろう…、四、五人の男達が集の周りを取り囲んでいた。

 

「…‥よこせよ それ 。」

 

「悪いけど、売り物じゃあないんですよねー…」

 

集が言い終わるのを待たず、チンピラは集の腹部に向け拳を突き出して来た。

集は、それを軽く身体を半回転させ避けた。

 

集に目の前のチンピラが殴りかかったのを合図に、周りのチンピラ達も一斉に集に襲いかかった。

 

「なんだこいつ!!なんで当たらねえ!」

 

しかし、誰一人集に当てる事が出来なかった。

集は、ふうと溜め息を着くと、正面から顔面に殴りかかって来るチンピラのこぶしを軽く首を傾げて躱す。

すると、避けたこぶしは後方にいるチンピラの顔面に直撃した。

後方のチンピラは、 ぐえっ っという悲鳴を上げ、後ろにすっ飛んでいった。

 

「ごめん、かっちゃん!」などと叫ぶ前方のチンピラの腹に集は脚を鞭の様に叩き付けた。

 

前方で うげえっ などと叫ぶチンピラを横目に、集は周りで距離を取るチンピラ達に目を向けた。

集の見た目以上の実力にチンピラ達の目に焦りが見え始めた。

 

集だって、伊達に"彼ら"に五年間鍛えられて来たわけでは無い。

 

(この人達が百人集まっても、いのりには勝て無いだろうな。)

 

チンピラ達は、こぶしを出そうとする前兆と打つ場所が視線や動きの移りが遅い関係で良く見ていればまず避けられるし、体重の移動もデタラメなので、当たっても大して効かない。

対して、いのりの攻撃はこちらの動きを事前に予測し、一撃目を避けると、既に避けた位置を攻撃する体勢に入っていたため避けるのに非常に苦労する。

または避ける位置を誘導する技術を持っていたため非常によけ辛い。

もし、あの時彼女が本来の速さを存分に振るっていたら無事で済んだかちょっと集には自信が無い。

 

「ねえ、そろそろ諦めてくれる?」

 

息を切らす、チンピラ達を一瞥して集は言った。

 

「うるせえ!!クソガキ!!」

 

憤るチンピラ達に、集はもう少し手っ取り早く追い払おうと考え、もっと強く反撃に出る事にした。

 

殴りかかったチンピラのこぶしを、集は身を低く屈めて避けると"ふゅーねる"を地面に置きながら、チンピラの顎に向けアッパーを繰り出した。

ぎょべーっ とヒキガエルの様な悲鳴を上げ、チンピラは昏倒した。

集は、ふーっ と呼吸を整えると、チンピラ達にこぶしを向け、言った。

 

「悪いけど、今の僕の背中にはあの子と、あの子の背負ってる物全てが乗ってるんです。ーー簡単に渡せる程軽いものじゃあ無いんだよ !! 」

 

チンピラ達は、集の剣幕に気押され後ずさりし始めた。

 

 

「ーーそこまでだ」

 

集達の真上から声が聞こえて来た。

全員、上を仰ぎ見ようとし大量の照明が集達の目を焼いた。

 

「やあ、死人の諸君 」

 

威圧感はあるものの、何処か頼りがいの在ると思わずにはいられ無い声だった。

照明の光に、一人の長髪の男の姿が浮かび上がった。

 

「 あなたが…‥ガイ ? 」

 

長髪の男は、その質問を笑みで返した。

 

 

 

 

 

 

 

 




ぶっちゃけ今は涯が一番書くの面倒臭い。


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#03発生~genesis~

3話目

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さみしい・・・・(←本音


少女…いのりはGHQの兵隊に連れられながら、後ろ手に手錠を掛けられ、腰ヒモに括られて車両に連れられた。

いのりはさらに目隠しと猿轡をさせられ車両に押し込まれた。

 

そんな状況でも、いのりの頭からあの名も知らぬ少年の事が離れなかった。

彼は、無事だろうか…‥。

殴る蹴るより、酷い事をされていないだろうか…‥。

 

 

なぜ、見ず知らぬ少年の事がここまで気になるのかは彼女自身にも分からなかった。

 

ただ、いのりは少年の無事を祈り続けた。

 

「 全機に告ぐ! 」

 

っと 車両の外から兵達と一緒に、いのりを連行して来たあの白コートの男の声が聞こえて来た。

 

「 作戦区画の全住民を『感染レベル4+』と認定!

全火器使用自由! 防疫行動を許可する! 」

 

言葉の意味はいのりにも分かった。

彼等はここの住民ごと『自分達』を駆除しようとしているのだ。

 

「あの娘の扱いは?」

 

「戦闘開始後に始末しろ 」

 

いのりの目の前にいる兵士が、銃の安全装置を外す音が聞こえた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

「ーーさて、君も死人かな? 」

 

降りて来た長髪の男は、不敵な笑みを浮かべながら集に顔を向けた。

ちなみに先程のチンピラ達は、数十人規模の武装した集団に囲まれた威圧感に耐えられず逃げ出した。

 

「そっちが質問する前に、こっちに対する質問の答えをまだ貰って無いんですけど。ーーえっと、あなたが ガイ なんですか? 」

 

長髪の男は、集の顔を暫く眺めた後。

 

「違うと言ったら、君はどうする ?」

 

「えっ…」

 

なんと答えたら良いのか分からず、集が言葉に詰まっていると…‥。

 

「ーーでは逆に ”そうだ “と言ったら君はどうするのかね? 」

 

「・・・・・からかってるんですか? 」

 

集が不機嫌そうに言うと。

 

長髪の男は、軽く肩をすくめ自重気味に笑った。

 

「 いや、すまない。少なくとも君は先程の男達と比べ、数段 " 生きて " いるようだ。 」

 

「 …‥はあっ、アリガトウゴザイマス…‥。」

 

褒め言葉なのかよく分からない事を言われたが、集は取り敢えず礼を言って置いた。

そして、改めて男の容姿を確認する。

 

長髪の男は、集から見てもかなり整った容姿をしていた。

ガッチリと一目で鍛えられていると分かる体躯、そこらの男性モデルが裸足で逃げ出す鼻筋の通った作りものの様にさえ見える顔、全て冗談のような非の打ちどころのないプロポーションだ。

 

なにより一番目の行く、金色の長髪…‥、あの鮮やかで黄金を吸収したかの様な雅な髪がサラサラと流れていた。

 

「 ・・・・・。 」

 

不思議と集は彼に始めて会った気がしなかった。

 

男がただ居るだけで、空間の全てを支配している気がした。

それだけ男は、圧倒的な存在感を放っていた。

 

なるほど彼が ガイ ならば、いのりがあそこまで命を懸けるのは、集にも分かる気がした。

一瞬、集の胸の奥になぜかチクリと痛みが走った。

 

「ーーねえ」

 

ふと、横から来た少女に声を掛けられた。

集がそちらを見ると、黒いボディスーツで身を包んだ黒髪ロングの少女が立っていた。

美人と言うより可愛い印象の少女だ。

そのつもりがあるのかどうか分からないが、少女の頭には黒くメカメカしい猫ミミが乗っている。

 

「"ふゅーねる"返してくれる?」

 

そう言って、少女は集に両手を迎える様に差し出した。

集はそれにおとなしく従った。

 

「さっきの中々見ものだったぞ、少年!」

 

少女は去り際にいたずらっぽく笑いながらそう言った。

「 礼を言わせて貰おう、我々への協力感謝する…。そして改めて名乗らせてもらう、ーーー俺の名は 恙神 涯 (つつがみ がい)。『葬儀社』のリーダーだ。」

 

「つつがみ…がい‥ 、えっと桜満集です。

よろしくお願いします。」

 

名乗られた集は同じく名乗り返した。

そして本来の目的を思い出した集は慌てて、涯に話を切り出した。

 

「そうだっ、いのりっ!涯さん"ふゅーねる"といた女の子ー…」

  

 「 そうだ、あれと一緒にいた娘…彼女はどうした?」

 

集の言葉に、涯が入り込んだ。

 

「 そっ…そうです、いのりが… !」

「我々は、あれと彼女を待っていたのだ…。」

 

 

「ーー見捨てたのか 」

 

集が凍り付く…。

彼の先程までの紳士的な態度とは、打って変わって冷たい刃を纏ったような…何者も近付かせない冷たい雰囲気を纏っていた。

集の心臓に刃が突き刺さる…、

ただ冷たく見下ろされているだけなのに…、全身を氷の刃物で切り刻まれている気がした。

 

その時廃墟となった街の中で、凄まじい轟音と火柱が立った。

 

「 ・・・っうわ!! 」

 

集が思わず悲鳴を上げる。

 

「 何事だ ! 」

 

涯も声を上げた。

「 ガイ、白服達が街に!! 」

 

涯と集の元におぼつかない足取りで駆け寄って来た人影が集の足元に倒れ込んだ。

 

「 ガ…ガイ…、逃げてくだ…。」

 

駆け寄って来た男は、その言葉を最後に絶命した。

 

「 なんてことだ…。」

「くそっ!警告も無しにあいつら…。」

「このままじゃ皆殺しにされちまう!!」

 

辺りはパニック状態になっていた。

全員取り乱し、悲鳴を上げ逃げ出す人間も少なく無かった。

 

「 うろたえるなっ!!! 」

 

涯の一言で全員の動きが止まり涯の方に注目した。

 

「 死にたく無ければ俺の指示に従え!」

 

取り乱していた者も、逃げ出そうとしていた者も全てが涯の言葉に雄叫びを上げた。

 

( すごい・・・・。 )

 

集はパニック気味になっていた者たちを一瞬でまとめ上げる涯のリーダーとしてのカリスマ性に驚嘆していた。

しかし今はそのことに気を取られている場合では無い。

 

「涯 っーーー!! 」

 

反転し奥の先程の少女の元へ向かう涯のあとを、集は人ごみに揉まれながら必死に追った。

 

「ツグミ、綾瀬達はどうしている? 」

 

「 アイアイ 。」

 

少女と涯の話し声が聞こえる…。

 

「涯待って!いのりがまだ捕まってるんだ!」

 

集の叫びは・・・、

 

「左方に敵影 !! 」

 

少女の叫びと建物の破壊音に掻き消された・・・。

 

集と涯と少女達は爆風に晒された。

涯は集の方に目を向けると、

 

「シリンダーを渡せっ!! 」

 

っと叫んだ。

 

集が、涯へ振り向こうとした時、倒壊した建物の瓦礫が二人の間に落ちてきた。

 

「 逃げろっ!桜満集そいつを絶対手放すな!

今度はしっかり守ってみせろ!! 」

 

瓦礫の向こうから、涯が叫んだ。

 

「それと、その道の突き当たり右を行くと大通りの横断歩道に出る、そこに戦闘に参加していないGHQの車両がある。どうするかは、お前が決めろ!」

 

集は、涯の意図を察し「ありがとう」と声を掛けると一目散に道を走った。

後ろで涯が フンッ っと鼻を鳴らしたのが分かった。

 

ーーーーーーーーーーー

 

「始まったか…。」

 

いのりは目の前の兵士が呟く声を聞いた。

兵士の言葉どうり、遠くの方から度々爆発音と振動が伝わってくる。

「悪いな、これも命令なんだ。」

 

兵士が目隠しをされたままのいのりのこめかみに、銃身を押し付ける。

 

「成仏しろよ?」

 

ッチキ っと兵士は引き金に力を込める。

その途端いのりと兵士を乗せた車両は爆音と共に大きく横転した。

 

受け身の取れないいのりは体のあちこちを打ち付け転がった。

目隠しと猿轡が外れ、いのりはようやく感覚の自由を手にした。

ふと横を見ると、頭を打ったのか…兵士が気を失っていた。

 

兵士の腰の辺りに鍵束を見つけ、いのりは芋虫の様に這って鍵束を手にした。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「って、突き当たりまで結構あるな…。」

 

涯と離れてから、かれこれ2分が経過しようとしていた。

ランニングと違い、集はずっと全力疾走で一瞬もペースを落とさなかったがそろそろ息が上がってきた。

ふとっ、ようやく道の突き当たりを見つけ集はさらにペースを上げた。

涯の言葉通り右へ曲がると、道先にフェンスが見えて来た。

集がフェンスに駆け寄ると。

 

見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 

( いのりっ!良かった無事だった。)

 

集はいのりが無事だった事に喜び安心した。

直後に、いのりの周囲に広がる光景を見て血の気が引いた。

 

いのりの周囲には四、五体の"エンドレイヴ"が取り囲んでいた。

集はその光景に思わず後退りしそうになった。

 

ッドス

歯を食いしばり、集は両膝に両拳を打ち付け…、

 

「ーー何してるんだ…、

助けるって決めたばかりだろ!! 」

 

叫んだ。

 

フェンスを飛び越え、脇目も振らずいのりの元に駆け寄った。

 

「いのりっーーーー!!」

 

集の声にいのりは振り返った。

 

「……っあ … 」

 

その後ろで、"エンドレイヴ"が銃器をいのりに向ける…。

 

「 やめろ !!」

 

集は、いのりと銃器の間に割り込んだ。

 

集の胸ポケットに入った『シリンダー』から、パキンッと鈴にも似た音が聞こえ、直後に集の視界は銃口からの閃光に埋め付くされた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

単刀直入に言って、最初にいのりが連れて行かれた時、集には兵達の不意を突き、いのりを助ける選択肢が集の中でしっかり実現可能な物として存在した。

集にとってGHQの兵隊は決して勝てる相手というわけでは無いが、『奴ら』に比べればまだ良心的だ。

 あの上官らしき男を人質に取れば、その場から逃げ切れるくらいは出来た筈だ。

実現の可能性は置いといて実際、集にはそんな無謀な自信があった。

 

しかしあの白コートに殴られた時に、集の頭に祭や谷尋、颯太達、友人の姿がよぎった。

 

もし、いのりを連れて逃げられても、自分はあの気のいい友人達に二度と会えなくなるのでは無いか。

いや…もしかしたら、彼等は自分達の権力を笠に着て友人達に災難を振りまくのでは無いか…。

 

あの時はそんな "当たり前な不安"が、集の心と体を縛り付けていた。

 

『ーー見捨てたのか 』

 

涯は何処かであの出来事を把握しているのだろう…。

きっと彼には、全てお見通しなのだ…。

そう思えてしまう様な、眼光と気迫を彼は持っていた。

 

そうだ『見捨てた』、助けられるだけの力があると思っておきながらながら、集は彼女を見捨てたのだ。

自分の日常を壊したく無いがために…。

 

研究会部室で地図を見せられた時…、集は腹をくくった。

(今度こそ彼女を救おう…、自分がどうなろうとも…。)

 

 

・・・・・・・・・・・

 

目を開けると集はいのりと共に奇妙な空間に立っていた。

全面が蛍光灯の様な真っ白な空間に黒や銀で点や線、円と言った何処か規則性のある記号の世界で、まるでコンピューターの仕組みを視覚的に表現した様な空間だった。

 

「これは…一体…。」

 

呆然と呟く集の周りを回っていた"線"が、一瞬二重螺旋状になって縄のように集の右腕に絡み付いた。

 

「……いたっ!」

 

集は思わず呻き、右腕を見た。

 

「なんだ…!?これ…。」

 

右手の甲に奇妙な紋様が浮かび上がっていた。

 

「ねえ、お願い…。」

 

集の腕の中にいたいのりが口を開いた。

 

「 私を・・・使って 」

 

いのりの周りに赤い二重螺旋が円になって取り囲んでいた。

 

 

 

 

取りなさい

 

シュウ

 

今度こそ…

 

 

誰かの声が聞こえた。

 

いのりに似た少女が、

助けを求めながら結晶に包まれ

呑み込まれていく情景が集の頭によぎった。

 

これは力、

 

人の心を紡いで形と力に成す……

 

 

罪の王冠(ギルティクラウン ) 』

 

 

集は右手をいのりの胸元に手を伸ばし…。

 

そのまま腕が中に潜り込んだ…。

 

「 ……っあ」

 

いのりが顔を紅潮させ歪ませる。

 手の先に何かが触れる。実体の無いはずの魂が手に絡み付く感覚を感じ、集はそれを掴むと、いのりの中に入り込んだ右手を引き抜いた。

 

到底いのりの"中"に収まる筈の無い、結晶の巨大な塊が集の右腕と一緒に引き抜かれた。

 

集がそれを頭上に高く持ち上げると、結晶が砕け散り中から、巨大な剣が姿を現した。

 

集といのりの周囲が白い閃光に包まれた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

いのりが意識を失いかける、ほんの一瞬

集の髪が銀髪に、

鬼灯色に変わった瞳の色が更に濃く深い

血のような瞳の色に変わったのが見えた。

 

しかし、直ぐに髪も瞳も元の色に戻ったのを見たのを最後に、いのりの意識は完全な暗闇へ落ちていった。

 




次回もっと遅くなると思う。


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#04実相~must answer~

設定間違い、キャラの名前違いなどが
ありましたら遠慮無く言って下さい。

かなりうろ覚えなんです。


前話まで一通り見まして、変だなと思った部分は極力直しました。
何か変な部分を見つけたら指摘して下さい。

また今後も予告無しで改訂いたします、
ご了承下さい。


 

 

 

"エンドレイヴ"は『アポカリプスウイルス』を研究する過程で開発された「ゲノムレゾナンス伝達技術」によってオペレーターはこの人型兵器と神経を繋ぎ、ほぼタイムラグ無しで操縦出来る。

つまり操縦者は遠くでこの機体を文字通り手足のように動かすことが出来るのだ。

 

栗色の髪を後ろで一つに纏めた、いわゆるポニーテールの少女…、

篠宮 綾瀬(しのみや あやせ) は頭に操縦用のヘルメット型の装置を着け、遠方の"エンドレイヴ"でGHQの機体と交戦していた。

 

『ツグミ、次の目標は?』

 

綾瀬は頭を通して近くの黒髪の少女に通信機で話掛ける。

 

「もう 綾ねえ 頑張りすぎ、その子もう限界だよ?」

 

黒髪の少女…ツグミは、綾瀬と同じ車両に乗り込みその一画で綾瀬の誘導と敵機の探索等を行っていた。

 

ツグミの周りにはホログラム表示されている情報がせわしなく回り、ツグミも 「もう。」っと呟きながらホログラムの整理に追われていた。

 

『出来るだけ、持ち堪えてみる。』

 

"エンドレイヴ"と神経を繋いでいる間は口で声を直接発する必要が無い。だから基本は、同じ車両で声が十分届く距離でも通信機越しでの会話となる。

 

綾瀬の操っている機体は大通りでGHQの機体と激しい撃ち合いを続けていた。

しかし、綾瀬の機体は旧式のうえに長続きした戦闘のせいで弾の残りが尽きようとしていた。

 

そして今、綾瀬は二体の敵に撃たれ続けていて、綾瀬はひとまず建物の影に隠れている。

弾丸の数だけで無く、機体そのものにも限界が近付いていた。

 

『くっ!』

 

綾瀬は壁越しに二体の機体に銃撃され、身動きも反撃も難しくなっていた。

 

『 ああもう、鬱陶しい!』

 

綾瀬はそう叫ぶと左脚のハッチから予備のグレネードを取り出すと二体の敵機に放った。

爆発と共に土煙が二機を包んだ。

 

『 …ふっ!』

 

綾瀬は土煙に乗じ、一機を体勢を立て直す前に左手のブレードで突き刺した。

そしてもう一機に銃弾を浴びせ破壊した。

 

『 はあはあ、なんとか切り抜けたわね。』

 

綾瀬は深く息を着いた。

 

「 よしお疲れ綾ねえ、もうその近くに機影は…ーー」

 

ツグミがそこまで言いかけた時、計器がけたたましいブザーと共に敵の接近を告げた。

 

「 正体不明の機体が接近!?七時の方向、すごい速さだよっ!綾ねえ!! 」

 

『 !! 』

 

綾瀬がそちらを振り向くと、交差点から見たことの無い機体が猛スピードで接近して来るのが分かった。

 

綾瀬が機体に向け発砲すると、機体はものともせず銃弾の間スイスイと抜けて来た。

 

『 新型 !? なんて速さなの !? 』

 

相手の圧倒的な俊敏性と柔軟性に綾瀬が面食らっていると…。

 

『 急いで来て良かった。』

 

敵機の外部音声から男の楽しそうな声が聞こえたのと同時に、綾瀬に銃弾の雨を浴びせた。

 

『 うっ…ああっ !! 』

 

まともに受けた綾瀬の機体がその衝撃を操縦士である、綾瀬にも伝えた。

 

敵機は追い打ちをかけるべく、右手からブレードを出しボロボロの綾瀬の機体に突き立てんとして来た。

 

「ーー!っ 、緊急脱出(ベイルアウト)!!

 

その光景を見たツグミが『BAIL OUT』っと表示されたパネルにタッチし、綾瀬と機体のリンクをカットした。

 

綾瀬はリンクが切れたのと同時に体が ガクンッ と沈み、力無く垂れ荒く呼吸をした。

 

『 …あれ? 悲鳴は?』

 

綾瀬の機体を突き刺した"男"が操る機体は、つまんないの っと吐き捨て綾瀬の機体を放り投げた。

 

その時、遠くの通りから白い光の柱が立ち昇るのが目に止まった。

 

『 …なんだあれ?新兵器…?

ーー……まっいいか。』

 

呟く男だったが直ぐ興味が失せ、次の獲物を探すべくその場を後にした。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「 …なんだ…、…これ… ? 」

 

光が収まっても、集は混乱から抜けられずいた。

集の手には、身長よりも巨大な剣が握られていた。

 

銀色で金属で出来ている様に見えるが、まるで鉱石が意志を持って絡み合ったかの様な奇怪な形をしていた。

見た目通りの重量を感じず、集にとって丁度扱い安い重さで、まるで剣そのものが集の実力を把握している様だった。

 

GHQの"エンドレイヴ"は突然現れた、奇妙な乱入者に向け弾道を掃射した。

 

「 っく、来るな! 」

 

集はまだ間合いを把握し切れていないにも関わらず、大剣を無造作に振り回した。

 

すると集の前方に魔法陣の様な幾何学的な模様が空中に現れると、ミサイルの弾道はそれを避ける様な軌道に変わり、集といのりのそばを素通りした。

 

「 …えっ?」

 

集は起こった現象の意味が分からず、後ろの道を砕いた爆炎を暫く見つめた。

 

すると前方の機体が右手からブレードを出し迫って来た。

 

集はとっさに向き直ると、剣を思いっ切り引き、体を弓の様にしならせ、足で地面を力任せに蹴り付けた。

 

「 はああああああっ!! 」

 

集の体は爆発的に前に飛び"エンドレイヴ"の胴体に、強烈な"突き"を繰り出した。

 

"彼"の技を見よう見まねで放った鋭い突きは、機体のど真ん中に突き刺さり巨大な風穴を開けた。

 "エンドレイヴ"は力無く倒れると。

  二体目の機体が着地した集に向け発砲した。

 

集はダッシュで弾丸の雨をくぐり抜けた。

 

くぐり抜けた集に三体目がミサイルを放つ、集は今度は飛んでかわす。

 

「 !? 」

 

飛んだ集は自分が空中にとどまっていることに気付いた。

足場となっている空中には先程、ミサイルを逸らしたあの幾何学的な模様が浮かんでいた。

 

ミサイルを飛ばして来た三体目が空中にいる集を捉えようと再びミサイルを飛ばしてきた。

 

集は大剣を刀身に力を送るイメージと共に逆手に持つと、一気に振り抜いた。集の思想を読んだかの様に剣は刃先から極太の銀色の刃が放たれた。

刃は、ミサイルとそれを放った機体もろともを巻き込み両断した。

 

先程の刃でようやく集が上空にいる事を把握した二体目が、空中に向け銃器を構えた。

 その時には既に上空から剣を振り下ろし、着地した集に両断されていた。

 

一息着こうと息を吐いた集だったが、刃を受け真っ二つにされた三体目の機体からの発砲によって土煙に飲まれた。

三体目の機体は銃弾が尽きるまで撃ち続け、目標の撃退に成功したか確認するため土煙が晴れるまで待った。

 

しかし、集はそれを許さず地を蹴り、一気に距離を詰め三体目の銃器を貫き、そのまま猛スピードで"突き"を放ち続け、三体目の機体が完全に動けなくなるまで破壊した。

 

元々は" 魔力 "を刃にして飛ばす技。

 

目にも止まらぬ速さで連続の突きを繰り出す。

 

見よう見まねで真似た"彼"の技だった。

 

集は、周辺の敵を撃破すると止めていた息を一気に吐き出し、いのりの元に戻った。

 

大剣を地面に突き立てると、集はいのりを抱き上げた。

 

「 …いのり…、いのり…!」

 

何度もいのりに呼び掛けていた集は、突然背後で何か光出したのに気付いた。

驚いて背後を見ると、さっきまで使っていた剣が光を放ちながら糸が解けるように、銀色の糸となっていた。

その糸は一度空中を回ったと思うと、いのりの胸元に飛び込んできたそれは、いのりの中に光を放ちながら収まり、全て入った時には胸元から光もおさまっていた。

 

一連の一部始終を呆然と眺めていた集は、今の光景、あの剣、この状況、全てに対して言葉を発した。

 

 

 

 

「 何なんだよ、 一体……」

 

 

 

 

 




DMC要素があまりにも出て来ないので、
皆さんこれがクロスものだという事忘れてると思います。

もう少しお待ち下さい。


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#05変化~transformation~

前に予告無しで修正を加えると、
言いましたけど話の流れは変わらないので。

このまま最新話から読んでもなんの問題もありません。


十年前のあの日…日本という国の命は尽きた…。

『アポカリプスウイルス』のパンデミックが発生した日に日本は事実上国としての機能を失い、大勢のよその国により屋台骨が支えられている。

 

"君達に任せてはおけない"

 

"君達には危険を取り締まる能力が無い"

 

"君達には物事を判断する能力が無い"

 

この国は今、独立風の主権で運営している…。

 

 

" 君達には本物の友達を作る能力がない "

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ボーンクリスマスツリー。

 お台場の南、かつては不燃ごみの処理場があった。今は二十四区と呼ばれる東京湾の埋立地に建つピラミッド型のメガストラクチャーを人々はそう呼んだ。

 幹に相当する支柱部分が、ガラスで覆われたストラクチャーの本体であり、それが特殊塗料によって夜になると燐のように青く輝き、円錐状に組まれた白い骨組みをファンタジーめいた幻のように闇に浮かび上がらせる。

 その骨の樹は『鋼皮病』を引き起こすアポカリプスウイルスの抑制と日本人の健康管理を行う特殊ウイルス災害対策局《アンチボディズ》を有する。現在の日本を統括する国際連合極東統治総司令部ーーGHQの本部だ。

 さらには遺伝子研究では世界最高レベルの技術を持っていると言われている『セフィラゲムノミクス社』も入っている。アポカリプスウイルスのワクチンはこの会社なくしては完成しえなかったとまで言われている多国籍企業だ。

 治外法権が適用された、日本であって日本ではない。二十四区なくしては日本は成り立たないとまでいわれている最重要区だ。

 

「迂闊だなっ。」

 

広い部屋に荘厳な老人の声が響いた。

 

「申し訳ありません、『セフィラ・ゲノム』を代表してお詫びいたします。」

 

同じ部屋で老人と机越しに向かい合う男女の姿、男性の方は鼻下に黒髭の初老の男で、女性はウェーブがかった栗色の髪のまだ若々しい面影があった。

 

「盗まれた『ヴォイド・ゲノム』には、どれほどの危険性が?」

 

前に置かれた机に腰掛けた数人の老人のうち、真ん中に腰掛けた男が表情に変化を見せずに前方の二人に問いかけた。

 

「 それは…。」

 

女性が答えようとすると、横の男性が女性を手で制した。

 

「レベル3Aの機密ですので。」

 

「GHQ最高司令官たる 私にも明かせ無いと?」

 

男が黒髭の男を睨み付ける。

 

「申し訳ありません。現在は盗まれたゲノムの捜索活動中です。」

 

黒髭の男は再び深々と頭を下げる。

 

「六本木に一個中隊を派遣しているというのが?」

 

老人の言葉に、黒髭の男が頷く。

 

「必要と考えました。」

 

「茎道君、我々GHQは日本の救済のために作られた機関なのだがね?」

 

別の腰掛けた老人が威圧するように言う。

 

「理解しております、我々特殊ウイルス災害対策局

"アンチボディズ"はその先兵たるべく在るのですからーーーー。」

 

茎道の瞳に怪しい光が宿る。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

『バックスラッシュで損傷です。』

 

「これを歩兵がやったというのか!?」

 

モニターに写る眼鏡の隊員の言葉と、同じモニターに写る破壊された機体を見ながら、いのりを拘束した男グエン少佐は呻いた。

 

『戦闘記録映像が乱れていて判然としませんがおそらく…。』

 

眼鏡の隊員は、あくまで事務的に答える。

 

「こんなもの報告出来るか!!」

 

グエンは苛立ちの声を上げながら近くに備え付けられた椅子を蹴飛ばす。

 

「ダリル・ヤン少尉入ります。」

 

隊員の言葉にグエンは扉に目を向ける。

 

扉の前には白いパイロットスーツを着た金髪の男が入って来た。

まだ若く顔つきもどことなく幼さが残る。

 

ダリル・ヤン、彼こそが綾瀬の機体を破壊したエンドレイヴ『シュタイナー』の操縦士だ。

 

「…ようこそ、移動コックピットでわざわざ臨場とは…。」

 

グエンはまだ興奮の冷め切らぬ頭でダリルに声を掛ける。

「お父上…いや、ヤン少将のご命令で?」

 

「独断です。新型エンドレイヴを搬入途中で戦闘が始まったという知らせを聞いちゃったので…。ーー思わず」

 

「…ほう、では…。」

 

ダリルの少年のような無邪気な笑顔で若干緊張が解けたグエンはダリルに手を差し出した。

 

「ありがたく力を貸して頂こう少尉。」

 

グエンの差し出された手を見たダリルは…

 

「……冗談はやめてよ…僕にッ!!その脂身に触れって言うの !? 」

 

 

グエンを爬虫類の様に獰猛な眼で睨み付け、ダリルは激昂した。

その顔は先程の無邪気な笑顔は影も形も無かった。

 

「は…?」

 

突然の罵声にグエンはしばし固まった。

 

「…いい?」

 

固まるグエンに背を向け、出口へ向かいながらダリルは言った。

 

「僕は自分の好きにやる、もし邪魔したら…。

パパに言いつけるからね。」

 

その言葉を最後にダリルは扉に姿を消した。

グエンは差し出した手で握りこぶしを作り、怒りに身を震わした。

 

「…クソガキがあ…!あの高校生の餓鬼といい…!」

 

モニターの向こうにいる眼鏡の隊員が何故かバツの悪そうな顔をした。

 

「捜索範囲を広げろ!女子供だろうが片っ端から捕らえて尋問しろ!!」

 

グエンはそれを気にも止めず言い放った。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『桜満集』

 

ふゅーねるから涯の声が聞こえた。

 

『15秒で、いのりを連れて離脱しろ。』

 

集はその声を聞きいのりを抱き上げると、道案内をしてるのであろう、ふゅーねるの後に続いた。

 

 

集はふゅーねるの先導に続くと、手元の端末で誰かと話す涯の姿が目に入った。

集は自分の制服を枕にいのりを寝かせ涯の様子を見守った。

 

 

『申し訳ありません』

 

集の耳に届いた端末からの声は集と同い年位だろう少女のようだった。

 

『 …機体を失いました。

私の責任です。』

 

「確かに残念だな…。」

 

少女の声に涯が答える。

 

「俺は君にあの旧型で18分間持ち堪えるという過酷な命令をし、君はそれに応えた。」

 

涯の言葉に、端末の向こうにいる少女に緊張が走るのが伝わる。

 

「だが君は自分の責任だという…、

つまり俺は指揮官失格ということか…。」

 

『ちっ違います!私が失敗したせいで…ッ! 」

 

涯の言葉に端末の少女が慌てた声を上げる。

 

「冗談だ。

君が無事で良かった綾瀬 …」

 

涯が端末の向こうに向け微笑んだ。

 

『 綾ねえの心拍数絶賛上昇中~~!』

 

端末に暫く沈黙が流れた後、端末からあの黒髪の猫ミミ少女の声が聞こえてきた。

 

『 だっ黙んなさいよツグミ‼︎ 』

 

少女と黒髪の少女のケンカが始まったところで涯は端末を畳むと、此方に向き直った。

 

「目を覚ましたか…いのり。」

 

集が振り向くと、いのりが立っていた。

 

「…ガイ…っ。」

 

いのりが涯と集の元に歩いて来た。

 

「私ちゃんと出来た?」

 

「…お前には失望した。」

 

そんないのりに涯は冷たく言い放った。

 

集の中からフツフツと怒りが湧いてきた。

集はいのりと涯の間に進み出た。

 

「ちょっと待てよ…、この子はこんなにボロボロになって、フラフラになってそれでもあんたのために命懸けでやったんだぞ。」

 

自然と声が震えた、集は今にも目の前で澄ました顔をしている男に殴りかかりそうになるのを必死で抑え付けた。

 

「 それをつかまえて" 失望した "なんてどの口がー… 」

 

言いかける集の手に温かい物が包み込む。

 

「 いのりっ…? 」

 

彼女がまるで、制する様に集の手を包み込んでいた。

集が自分の足下を見ると足が自然と前に踏み込んでいた。

後一歩いのりが止めるのが遅れていたら、集は涯に殴り掛かっていただろう。

 

「 知っているとも。」

 

涯はそんな集を見ながらやはり澄まし顏で言った。

 

「だが結果が全てだ。

こいつは最後に大きなヘマをした 」

 

涯が集を見ながら言い放った。

 

「 お前に、あのシリンダー…

"ヴォイドゲノム"を使わせるというな…。」

 

「 …ヴォイド…ゲノム…っ?」

 

「そうだ…、あれは俺が使うはずだった…。」

 

涯が集を睨み付ける。

 

「 それをお前が奪った。」

 

「 …奪った…?…僕が…? 」

 

「あのシリンダーはセフィラゲノミクスが三基のみ培養に成功した強化ゲノムだ…。」

 

涯が集の右手を見ながら言った。

 

「 使用者に付与されるのは…" 王の能力 " 」

 

「 …おう…って?」

 

集は涯の話が全く想像出来なかった。

 

「ヒトゲノムのイントロンコードを解析し…その内に隠された力を"ヴォイド"に変えて引き出すことが出来る。」

 

「 ヴォイド…?

…あの剣…? 」

 

集の言葉に涯は頷く。

 

「そう、あれはいのりのヴォイド…、

形相を獲得したイデア…それがヴォイドだ。」

 

「ちょちょっと待って!、イデアとか…そんな事急に言われても…てんでピンとこない。もっと分かりやすく言ってくれ!」

 

集の言葉に涯は暫く考え…。

 

「 …つまり他人の心を形にし、チカラにする能力だ。 」

 

「 …じゃあ、他の人にもあんな…。」

 

「 そう、別の人間からは別のヴォイドを取り出せる。」

 

話を聞いていた集は他人の心に土足で入り込む様な気がして、嫌な気分になった。

 

「 神の領域を暴くゲノムテクノロジーの頂点…、

それがお前の手にした物だ。」

 

集は黙って自分の右手を見つめた。

そんな集の心中を知ってか知らぬか…。

 

「 さて桜満集…、お前はさらなる力を手に入れた。」

 

「この先お前が選べる道は二つしか無い、

 

世界に黙って淘汰されるか…、

 

世界に" 適応 "して自分が変わるかだ。」

 

 

「 お前には戦ってもらうぞ…。」

 

「 ・・・・・・・。」

 

集は涯のこの言葉で自分が今…どれほど大きいものの渦中にいるかようやく実感出来た。

 

集が答えを導き出せずにいると…。

涯の端末から電子音がなり出した。

 

「どうした?」

 

涯が短く答えると、端末から男の声が聞こえて来た。

集は"不良っぽいな"とちょっと思った。

 

『やべえことになったぞ 涯、14区画の地下駐車場に"白服共"が突入しやがった。』

 

「地下駐車場?…避難場か。」

『ああ、百人近く一気に捕まっちまった。』

 

『それに…綾瀬を喰った新型は皆殺しのダリルだ。』

 

「ダリル…?」

 

その名を聞いた涯の口に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

 

「あの"万華鏡"か…。」

 

ーーーーーーーーーー

 

 

集といのりはダクトの中を這っていた。

 

なぜこの場所に入り込んでいるかというと、話は簡単で涯に命じられたからだ…。

侵入しろと言われた時、『碌な訓練も受けていない一般市民を…しかも、仲間ですらない人間を使って上手く行くのか』 と問いかけたところを、

『俺の作戦だから上手くいく』 などと自信満々に返されて、集は何も言えなくなった。

 

そして、『葬儀社』の集合場所とやらに連れてかれた。

数十人近くいるメンバーの前で涯は、

『アンチボディズの殲滅』そして『住民の救出』を宣言した。

さらに、

 

『葬儀社』の存在を世界中に知らしめることを宣言した時、メンバー達は猛烈な"ガイコール"で集合場所は一気に沸いた。

集はここまでの人数をまとめる涯のカリスマ性を再認識した。

 

集は腹這いになりながら体を動かしダクトを進んだ。

集にはこういう狭い場所にあまりいい思い出は無い。

便利屋時代にも何度か通ったが、大抵が不測の事態などの悪い状況だった。

 

後ろから、5,6人の人間の体がゴチャゴチャに合体したゾンビの囮にされた時の事を思い出して、集が思わず身震いしていると…前を進むいのりから声を掛けられた。

 

「 ねえ、あなたの名前…まだ聞いて無かったけど…。」

 

言われた集はまだ彼女に自己紹介していなかった事を思い出した…。

 

「…シュウでいいの?」

 

「ああ、ごめんね名乗るのが遅れて…、集…桜満集だよ。よろしく、いのり。」

 

「シュウ…シュウ…シュウ…シュウ…ーー 」

 

なぜかいのりは集の名前を繰り返し呼び続けたため、集はなんだか、恥ずかしくなって来た。

その呼び方は、聞きようによっては"噛み締めている"ようにも聞こえるが、集は思い過ごしだと雑念を振り払った。

 

しばらく集はいのりのお尻を視界に入れないように気を付けながら進んでいると…、ダクトの金網から怒鳴り声が聞こえて来た。

見ると、GHQの兵士が市民に尋問している様で数人の男を殴りつけていた。

 

「…GHQの兵士?なんでこんな…」

 

「彼らが"白服"だからよ…。」

 

「白服…?」

 

答えたいのりに問い返そうとすると…。

いのりの話を涯が引き継いだ。

 

『特殊ウイルス災害対策局、通称アンチボディズ。』

 

通信機の向こうにいる涯が話を続ける。

いのりがダクトのパネルを外し下に飛び降りる、それに集も続く。

 

『独自に感染者認定権限を持ち、その判断に基づいて感染者を処分する権利が与えられている。』

 

「予定ポイント到着。」

 

着地したいのりは半壊したビル内部の壁画に背中を張り付け、通信機に声を掛けた。

 

『 よし、次の命令を待て。』

 

涯はそれに答えた。

 

「…処…分…?」

 

集は涯の言っていた事に理解出来ずにいた。

 

 

集が壁の向こう側を見ると、数人の男性達が拘束され跪き並べられていた。

 

そのそばに花を摘み持った白いパイロットスーツを着た金髪の男 ダリル が立っていた。

 

そのダリルに、兵士に夫の解放を求めていた女性が走り寄って来た。

 

「 お願いです軍人さん!夫を助けてください!」

 

女性はダリルの腕を掴み、頼み込んだ。

 

「 …何すんだッ

クソババアアアア!! 」

 

ダリルは叫び女性を蹴り飛ばした。

女性は悲鳴を上げ倒れ込んだ。

 

「菌がうつるだろうがアア!!」

 

ダリルは叫びながら倒れ込んだ女性に、落ちていた割れた酒瓶を拾い上げて頭に叩き込んだ。

酒瓶は元から割れかけていたためアッサリ砕けたが、それでも女性は頭から流血した。

 

「 最悪だよお!どうしてくれるんだよおお!!」

 

ダリルは倒れて起き上がらない女性を踏みつけ続けた。

 

集はその光景に頭が痛くなる程の怒りをおぼえた。

 

『GHQの治安維持の要、最凶最悪の牙がお前の目の前にいる敵なんだ…。』

 

涯の声は、集の耳には届いていなかった。

 

「ママ…ママ…。」

 

女性の元に彼女の子供らしき幼い子が駆け寄って女性を必死で揺り動かした。

 

「 …全く、母親とかたかが産んだ程度でうっとおしいんだよ。」

 

ダリルは呟きながら銃を抜き、うるさいなあ と言わんばかりの顔で子供とその母親に銃を向ける。

他の兵士達も跪いた人々に各々銃を向ける。

 

( おい、何をするつもりだ…)

 

集の視界は赤く染まり、胸の中からグラグラと熱湯が沸いてくる錯覚を覚えた。

撃つ気なのか?

集の中で思考がぐるぐると回り出す。

ダリルが引き金に力を込める音が聞こえる。

涯はまだか!なんで命令しない、あの親子もあの人達も殺されるぞ!

ッキリリ っという音が、十数メートルは離れているはずの集の耳に聞こえた。

引き金がダリルの引く力に答え、歯車を動かしているのだ。

 

……間に合わない…

 

例え今涯が命令を下しても、それを聞いてから動いてはあそこで銃を向けられている人達は全員死ぬ…。

 

その時、集の脳裏に浮かんだ光景は……

 

兵士の前で…血を流す人々 、

 

そして…あの母親とその子供が…血を吹き出しながら倒れて行く光景……では無かった。

 

 

見えたのは……銀色の髪、そして血の様に赤いレザーコート、そして背中には角の生えた髑髏の様な装飾が入った銀色の身の丈程の巨大な剣を担いだ男の後ろ姿…。

 

その男の黒いグローブのはまった大きな手に、自分の小さな手が捕まった……。

 

その男は振り解こうとせずに、されどこちらを見ようともせず黙って歩き出す。

 

自分は男に憧れていた。

 

いつも大きく、堂々としていて、障害を障害と思わず颯爽と乗り越えて見せていた。

 

だから自分は、いつも一番近くで男の背中を見続けて居られる事が自分は嬉しかったのだ…。

 

しかし自分が大きくなるにつれ、その背中がどんどん遠く離れていく気がした。

いくら近くても遠くにあり…、すぐに触れられる距離に居るのに…どんなに手を伸ばしても触れられない。

 

自分は成長していくにつれ、置いて行かれる様な孤独感が強くなっていった…。

 

 

 

ふと…男が握る手に力を込めた事を、掌を通じて自分に伝わって来た…。

 

自然と自分が笑っている事に気付いた…。

 

男の表情は見えなかったが…、

…きっと笑っているそうに違い無い。

 

自分はそう思った……ーー

 

 

 

 

 

 

 

「 や め ろ お お お !!

 

、 お ま え え え え !!! 」

 

 

 

集は自分の叫び声で我に返った。

気付くと、十数メートルは離れていたはずの距離がわずか七メートル程に縮まっていて、さらに接近しようと足を前に踏み出していた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、集は彼らを救えるのか

乞うご期待!


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#06意思~spirit~

DMCのDMD(最高難易度)をクリアした人、
何人いるんだろ?

今回ちょっと短いかな?
第六話です。


 

 

 集は出来るだけダリルや白服達に近付こうと懸命に脚を踏み出した。

 ダリルは集を不機嫌そうに見ると、

 白服の兵士達に向け、手の平をついっと集の方に振った。

 

そしてダリルは集に向け発砲した。

それに続き、後ろの兵達も集に銃弾を浴びせた。

 

「 がっ…ああ!! 」

 

ダリルの弾丸は集の左手手首から少し上の位置に命中した。

集の左手から鮮血が吹き出す。

集が痛みに身をよじるとそれが幸いし、周囲に兵達が放った銃弾が掠め、集の体のあちこちを削った。

肩、腰、脇腹、左肩からも血を流し集は倒れた。

 

地面に倒れた集にダリルが近付いた。

 

「なんだよ、お前…」

 

倒れた集はダリルを睨みつけた。

ダリルはそれを見てこめかみにシワを寄せると、爬虫類じみた恐ろしい顔で憤怒した。

 

「なんだよその目は!! 」

 

叫んだダリルは集の腹に思いっきり蹴りを入れた。

集に強烈な吐き気が襲う。

 

「 ……っぷ !! 」

 

「お前さあ…今っ…僕の事、

おまえって呼んだよなあ…。」

 

ダリルの体が怒りで身を震わす。

 

「…っはは、気に食わなかった?」

 

集は痛みに耐えながらも、なんとか笑みを作ったがその額からは汗が噴き出していた。

ダリルは集の言葉にさらに怒髪天を衝いた。

 

ダリルの目は血走り、額に青筋が立っていた。

その顔のままダリルは何度も集を踏みつけた。

 

集は痛みに耐えながら、この状況を挽回する方法を練っていた。

 

( まだだ…まだ待て…っ!)

 

集は耐えながらチャンスを待った。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「 や め ろ お お お !!

、 お ま え え え え !!! 」

 

 

「 シュウ !! 」

 

突然叫び声を上げて飛び出した集にいのりは、反応出来ず…、集はそのまま白服達に向かっていった。

 

「 ダメッ!シュウッ!!」

 

『いのり、持ち場を離れるな!!』

 

いのりも飛び出そうとしたが、涯の言葉に足が止まった。

幸いまだ兵達の死角にいた。

いのりは建物の影から集の様子を見守った。

 

白服達は集に銃口を向け、

発砲した。

 

次の瞬間、集は地面に崩れ落ちた。

 

「 ……っ!! 」

 

いのりはまた飛び出そうになるのをなんとか抑え踏みとどまった。

いのりの隠れている壁の周囲を流れ弾が削り取った。

 

だが、いのりは集から目を離せなかった。

 

ダリルに蹴られ、踏まれる集を見ながらいのりは願った。

 

「…っシュウ… 。」

 

彼の無事を…。

 

何処も悪いところが無いはずのいのりの胸がザワザワと騒いでいた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

『 っ!!』『っな!?』『…うおっ!』『ちょっと、何してるのよあいつ!!』

 

突然響いた少年の声に葬儀社の面々は、驚き戸惑った。

 

『ダメッ!シュウッ!!』

 

「いのり、持ち場を離れるな。」

 

その後に飛び出そうとしたいのりを涯は制止した。

 

「涯っ、全員配置完了しました。」

 

涯の横にいる、銀髪ロングで眼鏡の男 四分儀 が声をかける。

 

「全員そのまま待機と伝えろ。」

 

「 はあ、しかし…ーー。」

 

四分儀の言葉の途中で葬儀社のメンバーが息を飲むのを感じた。

 

見るとモニターに倒れ血を流し、ダリルに踏み付けられる集の姿が映った。

身動ぎするため生きてはいるが、あれでは時間の問題だろう…。

 

「作戦に変更は無い。」

 

しかし、涯は冷たく言い放った。

 

「よろしいので?…彼がこの作戦の要では…。」

 

こうしてる間にも、

『クッソ涯まだかよ!』『あいつ死ぬぞ!』『涯っ!!』っというメンバーの騒ぐ声に涯は…ー

 

「 うろたえるな!!これは奴自身の勝手な行いにより招いた事 !!」

 

ー…一喝して黙らした。

 

「奴の責任は奴自身にとってもらうっ!!」

 

「繰り返す、作戦の変更は無し!このまま各自別命あるまで待機待機」

 

『…………ーー。』

 

メンバーの中に言い返す者は居なかった。

 

「 …さてっ…。」

 

涯が呟くと、集といのりの無線機に繋いだ。

 

「 桜満集っ、こちらは助けない…お前自身がとった行動だ。」

 

 

 

「 せめて、奴らに目にもの見せて…

、 一矢報いてみせろ… 。 」

 

涯はそう言うと無線機を切り、事の成り行きを見守った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

右耳に付けた無線機から涯の声が聞こえた。

 

" 一矢報いろ。"とやはり堂々とした口調で涯はいった。

 

確かに勝手な行動をとったのは、自分だ…だからそれに見合うだけの事をしろと、涯は言って居るのだ。

 

ダリルは息を切らしながら、ボロ布の様になった集を見下ろした。

 

「 もう、壊れちゃった?」

 

ピクリとも動かなくなった集にダリルはまた蹴りを入れた。

集の口から声が漏れる…。

 

「 よかった、まだ壊れてないみたい…

もっと苦しませないと僕の気は晴れないからね…。」

 

咳き込む集にダリルは楽しそうに言う。

 

そこに…近付く男がいた。

 

「 ほお、これはこれは誰かと思えば…。」

 

声のした方向を見れば、いのりを連行したグエンが立っていた。

 

「何?知ってんのこいつ…」

 

ダリルが胡散臭そうな目でグエンを睨みつける。

 

「つい数時間前に、ちょっと…。」

 

集を見下ろし、グエンは話し続ける。

 

「"桜満集"だったか…、君はあんな目にあってまだ教育し足らないらしい…」

 

グエンは全面レンズのサングラスをクイッと持ち上げながら言った。

 

「まったく、呆れた学習能力の低さだよ君は…。こんなところにも首を突っ込むとはね…。」

 

グエンは鼻で笑う。

「 まさか" 浄化 "作業中に飛び込んで来るとは…。」

 

グエンの言葉に……ーー

 

「 何が…" 浄化 "だ…。」

 

集は黙ってられなかった。

 

「 こんなの、ただの虐殺だ !! 」

 

ダリルが集の腹を蹴り黙らせる。

グエンは心底残念だと言わんばかりの顔で、悶える集に話しを続ける。

 

「 やれやれ傷付くな…、これは君達のためを思ってやっていること…。

我々だってイヤイヤながらこなして居るのだ…。」

 

「 ……ははっ。」

 

グエンの言葉を集は嘲笑った。

 

「…イヤイヤな割には、皆さん随分と楽しそうですよね…。」

 

グエンの眉間にシワがよる。

 

「…本当は弱いものイジメが楽しくて仕方がないんじゃあないんですか? ほんと命をなんだとー…。」

 

グエンは力任せに集を蹴り上げた。

咳き込む集にグエンは怒りに声を震わせた。

 

「 いいだろう…、そんなに死にたければ、君も今ここで処分してやる…! 」

 

「 …ちょっと待ってよおっさん、自分一人で楽しまないでくれる? 」

 

傍観に徹していたダリルが声を上げた。

 

「 こっちはまだやり足りないんだけど…? 」

 

ダリルはグエンを睨み付ける。

 

「 了解しました。では少尉が担当していた母と子は私が…」

 

グエンは銃を抜きながら先程の親子の所へ歩いて行った。

あの母親が子供に覆い被さり、子供を庇っているのが見えた。

 

「 そうゆう事、お前の命は無駄になったね。」

 

集はこの様子を見ながら、概ね自分の狙い通りになっている事に安堵した。

 

集は、ダリルに踏まれてる間に考えついた策があった。

それは作戦と呼ぶには余りにお粗末で、穴だらけな、言ってしまえば非常に頭の悪い作戦だった。

 

ほんの少しのミスや目論見違いが自分と人々の命を奪う…。

この場合集は撃たれるのは、ダリルでもグエンでもどちらでも良かった。

結果的にダリルになって良かったかもしれない…。

少尉という階級がどの程度上にあるか、集には分からなかったが、二人の言動からしてダリルの方が立場が上の様な気がした。

それでも、もしダリルが自分を撃つ前にグエンが親子を撃ってしまったら…、集の一筋の光であるこの策はあっさり崩壊する。

 

集はもう一手打つ事にした。

 

「 …?、なに笑ってんのお前…。」

 

ダリルは集が笑みを浮かべている事に気付いた。

 

「いや…、大した事無いんですけど…。

心配なんですよ…。」

 

ダリルは集の言葉を笑いながら言った。

 

「 お前がどんなに心配しても…、お前もここにいる奴ら皆殺しだから心配するだけ無駄だよ。」

 

「いや…、僕が心配してるのは…あなたの事なんですよね。」

 

集の言葉にダリルはまゆをひそませた。

 

「どういうこと…?」

 

「…だってさ、貴方が引き金なんか引いたら…ー。」

 

集は精一杯あざける顔をして、ダリルを見上げる。

 

「折れちゃうでしょ?

そんなモヤシみたいな指じゃ…。」

 

ダリルの顔が般若の様に歪む。

ダリルは集を三回程蹴ると集に銃を向ける。

 

「 死ね 。」

 

これで間違い無くダリルは先に撃つ…。

 

集は体の力を抜き、ほぼ無傷な両足と右手に力を蓄えた。

後はあの時のものが幻聴の類いでは無い事を祈るだけ。

 

集は目を閉じ、意識を耳の神経に集中した。

ダリルが引き金に力を込めているのが聞こえる…。

 

引き金と連結した歯車が耳障りな音を鳴らす…。

 

先程はこの音が鳴った瞬間に飛び出した。

 

だが今度はもっと待つ。

 

歯車の動きに合わせて撃鉄が薬莢を弾こうと引き絞る…。

 

…まだ待つ。

 

ッキン っという音と共に最大まで引き絞られた撃鉄が解き放たれた。

 

それと同時に最大まで蓄えられた両足の力を、集は解き放つ。

集はダリルのもとに跳び上がると、右手でダリルの銃を持つ手に掴みかかり、銃身をあさっての方向に向けた。

 

既に撃鉄が解き放たれた銃は弾丸を止める事が出来ずに、放たれた弾丸はグエンの銃を構える右手首に命中した…。

 

「 ・・・ぐっ、ぎゃあああアアア !! 」

 

グエンは一瞬何が起こったか分からず固まっていたが、数秒後に絶叫を響き渡らせた。

 

グエンの手から発砲されずに終わった銃がこぼれ落ちる。

 

グエンの手に銃弾が当たったのは、偶然では無く集が事前にダリルの腕を向かせる方向を決めていたのだ。

かなりギリギリのタイミングだったが、なんとか成功させる事が出来た。

叫ぶグエンと救護班を呼ぶ兵達…。

 

集はようやくあの親子や人々を救えた事を実感し、思わず安堵のため息が出る…。

 

「 お前さ・・・・。 」

 

ダリルの声が聞こえた。

集がそちらを見ると、ダリルが集に掴まれた自分の手を見ていた…

 

血でべっとり濡れた集の手が・・・

 

 

「 なに汚れた手で触ってんだああアアア !!! 」

 

 

ダリルが叫んだ瞬間、集の視界はメチャクチャに回転した。



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#07適者~survival of the fittest~

感想、評価ありがとうございます。

全話書けるか分からなかったけど、
行けるような気がして来ました!

頑張りますので今後ともよろしくお願いします。


グエンが腕から、血を吹き出し絶叫した。

『おおっ!』『わあっ』『うっそ…』

その時通信機を通じ様々な感嘆の声が上がった。

 

「 作戦開始 !! 」

 

それも、涯の号令が響き渡った時に一気に収まった。

 

「いのり、お前は引き続きその場で待機だ」

 

涯はいのりに命令した。

 

それと同時に空から轟音が響き何本ものミサイルが同じ方向に向け、一直線に飛んで行った。

 

「驚きましたね…、まさかあのような形で窮地を脱するとは…」

 

涯のすぐ後ろで四分儀が素直に感心する。

 

「ここまで予定を狂わされたんだ…、あれくらいやってもらわねば困る…。」

 

涯からは相変わらず厳しく評価下る。

 

「それに…ーー」

 

「…それに?」

 

言葉を切る涯を四分儀が訝しげに見る。

 

「…まだ奴自身の状況が全く変わっていない」

 

涯がそう言った時、通信機から…、

 

『・・・あっ !! 』

 

ツグミの声が上がった。

 

モニターには仰向けに倒れ、ダリルに銃口を向けられる集の姿があった。

 

 

モニターから銃声が響いた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

顎をダリルに蹴り上げられた集は、そのまま瓦礫の上を数回転がった後に仰向けに倒れた。

 

「 何してくれちゃってんのお前!!病気になったらどうしてくれんだ !! 」

 

仰向けに倒れた集に…ダリルはゆっくり歩み寄り、

無造作に銃を向けた。

 

 

ドンッ、ドンッ !

 

二度銃声が上がった瞬間、集の右脚太もも二箇所に銃弾が撃ち込まれた。

 

「 …っう、ああ、ああアアア!! 」

 

二発の銃弾が脚に穴を開け、そこからドクドクと血が溢れ出た。

集は痛みに耐えきれず絶叫した。

 

「これぐらいで済みと思うなよ?

ぐちゃぐちゃにしてやるよ…。」

 

右脚を押さえ悶える集にダリルは冷たく言い放つ。

 

その時爆発音と飛行機のジェット音のようなものがダリルの耳に届いた。

 

ダリルが上を見上げると、上空を飛行機雲のようなものがいくつも伸びて居るのに気が付いた。

 

彼には、飛行機雲の正体がすぐに分かった。

 

「 っくそ!!テロリスト共め…っ!!」

 

ダリルは忌々しそうに呟く。

 

そして集を冷たく見下ろす。

 

「 そこで待ってろよウジ虫…。」

 

ダリルはどこかへ走って行った。

 

集は作戦が始まった事にすぐ気づくことができた。

 

立ち上がろうとしたが、足の痛みがそれを許さない…。

何度も足に力を込め、崩れ落ちるを繰り返す。

それもそのはず集の右脚を穿った弾丸は、足の筋肉や神経まで絶っているのだ。

本来は歩く事はおろか立ち上がる事さえ、一人では困難を極めた。

 

( 動け…。)

 

集はそれに気付かず、いや気付いていても彼には関係無かった。

 

集が爆発音のする方向をみると、飛んで来るミサイルを光の筋が撃ち落としていた。

 

おそらくあれが作戦説明の時に聞いたレーザーなのだろう。

 

『ーー全機攻撃を中止せよ ! 』

 

集合場所で涯の横にいた、四分儀という男のものらしき声が聞こえてきた。

 

『GHQアンチボディズ第三中隊長であるグエン少佐に勧告します、我々は葬儀社…人質を解放し降伏しなさい。

受け入れるなら命までは取りません』

 

四分儀の言葉にグエンが答える。

 

『 テロリスト共 、我々は絶対テロには屈しない。

貴様らが これ以上抵抗するならば…、地下に仕掛けた" ガス "を稼動させるぞ! 』

 

スピーカー越しでも、グエンが勝ち誇った顔でニヤけた顔を浮かべているのが分かる。

 

『葬儀社とは不吉な名だ…、君らにもリーダーがおろう?リーダーが…。』

 

 

「ーーリーダーは俺だ 」

 

涯の声が聞こえ…、GHQの兵隊達が声のした方向に一気に敵意を向けたのが分かった。

 

「 …正気…か…? 」

 

集は驚愕した。

彼は自分がこんな状況なのにも関わらず、予定の作戦通りに進めるつもりなのだ。

 

となればこのまま自分がなにもしなければ、涯は死ぬ…。

自分が勝手な行いをしたせいで…。

 

もしここで指揮官を失えば葬儀社は瓦解する。

そうなれば、どのくらいの人が死ぬか想像もつかない。

おそらくあの親子も、いのりも死ぬ…。

 

「……っ!!」

 

集は痛みを無視して立とうとしたが、いくら足に命令を飛ばしても足はほとんど動かない。

両手で地を掴みさらに力を込める。

同じく弾丸に穿たれた左手にビリビリとした痛みが脳に走る…。

 

( …ここで動かないと…変えられない…っ!)

 

世界は何一つ変化しない…。

何も守れない、自分も救ったはずのものでさえ…。

 

再び集の脳裏に、ある過去に起こった光景が浮かんだ。

 

血の海に座り込む自分自身…、その手の平には()()()()()()()()()()()()

 

墓石の前…、自分の後ろに立つ、

赤いレザーコートの男に自分は叫んだ。

 

" もう失いたく無い…、もっと強くなりたい! "

 

っと…ーー

 

 

ならば動かなくては…!

 

いのりの所へ行かなくては…!

 

集は脳の回路がはち切れんばかりの命令を、自分の足に送る。

涯とグエンの会話はもう集の耳には届かない…。

 

( …お願いだ…、ダンテ!もし本当にあんたの血が僕の中でチカラを与えてくれているのなら…! )

 

( 僕を救ってくれたのが…あんたの血なら…! )

 

いつも颯爽と現れては自分と人々を救ってみせた彼…。

いつも楽しそうに笑いながら" 悪魔 "と舞い、斬り裂いていた…

、 " 最強の悪魔狩人(デビルハンター)" 。

 

( お願いだから…僕に…、

僕にチカラを貸してくれ !! )

 

GHQは突然現れたテロリストの対処…、葬儀社は作戦を遂行する事にそれぞれ追われていた。

だから誰も気が付かなかった。

 

集の髪が一瞬、銀色に変わった事に…。

 

集を見つめる一台のカメラ以外は…。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

『いのり、お前は引き続きその場で待機』

 

涯の宣言と同時に飛び出そうとしたいのりを、再び涯の声が制止した。

 

( …なぜ…っ? )

 

いのりに困惑と混乱が襲いかかっていた。

 

この作戦に集は必要不可欠なはず…、涯がそれを分かっていないはずが無い。

 

( ……まさか…。)

 

涯は彼を見捨てるつもりでは無いのか…?

そして自分達に話さなかった作戦を遂行しようとしてるのではないか…。

 

壁の向こうから二発の銃声が轟いた。

いのりがそちらを振り返ると、足を押さえた集が絶叫していた。

 

( !!っ……シュウ!! )

 

いのりの手が震え始める…、心臓も激しく打ち出す。

震える手で、作戦前に集がいのりに羽織らせた集のブレザーを掴む。

寒そうだから…と、集はなぜか赤くなりながら言った。

 

ジェット音の後に爆音が辺りを震わすと、同時にダリルがどこかへ走り出す。

おそらく操縦士用の装置がある車両に向かったのだろう…。

 

今なら集を救える。いのりはそう思ったが…。

涯が動くなと言ったのだ…涯には何か秘策があるに違いない。

 

いのりはそう思いその場を動かなかった。

 

「ーーリーダーは俺だ 」

 

「…えっ?……何で? 」

 

涯が予定通りの行動に出た…。

集のチカラが無ければ作戦はうまくいかない…、間違い無く失敗する。

 

…いかなければ…!

 

いのりはそう思った。

待ってろ と言った涯の命令に背くことになるが…、集が動けないのなら自分が行くしかない。

いのりは立ち上がり、壁の向こう側に振り返った。

 

 

いのりの目の前に集が立っていた…。

 

「 …シュウ…。」

 

集は左手や体のあちこちから血が吹き出していて、立てているのが不思議だった。放っておけば数分もしないうちに絶命してもおかしくはないだろう。

 

「 ……ごめんっ…いのり……、待った…? 」

 

しかし集は息は切らしているものの、全く気にするそぶりも見せずに言った。

 

「 ……うんっ、行こ? 」

 

いのりはそんな集に短く答えた。

 

半壊の廃墟から、一際強い光が溢れた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「世界は常に我々に選択を迫る」

 

GHQの兵隊達すべてに銃口を向けられても、涯はいつもと変わらず堂々とした口振りで話す。

 

「そして正解を選び続けた者のみが生き残る」

 

「"適者生存 " 、

それが世界の理だ 。」

 

「ーー俺達は " 淘汰 " される者に " 葬送の歌 " を送り続ける…」

 

 

「 ーー故に " 葬儀社 " 」

 

「 その名は俺達が常に "送る側" であること…、生き残り続ける存在であることを示す 。 」

 

涯の言葉に右手に包帯で手を吊ったグエンが睨みつける。

 

「ーー貴様達が盗み出した遺伝子兵器はどうした!?」

 

グエンの言葉に涯が薄く笑う…。

 

「そんな話…、初めて聞いたね 」

 

「 吐け !! 」

 

涯の言葉にグエンが激昂する。

グエンの怒鳴り声と同時に周囲のレーザー砲が、全て涯を狙う。

 

グエンが再び勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「 10数えるまで待つ!!

その間に答えねば貴様はハチの巣だ ! 」

 

カウントが始まっても、涯は余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「 はあああアアア!! 」

 

いのりの剣を、ダリルの入っている車両に集は斬りつけた。

車両の壁はあっさり砕け散り、操縦用の座席に座り頭にヘルメット型の装置を被ったダリルの姿があった。

 

集はいのりの剣から手を離し、右手をダリルに向け接近した。

 

集の右手がダリルの胸元に触れる瞬間、

ダリルと目が合った…。

 

「 おまえ ・・・・っ!!?」

 

ダリルが何か叫ぼうとした瞬間……、

 

集の右手が眩い閃光を放ちながら、ダリルの体内に沈み込んだ。

 

「 ぐあああっ !! 」

 

集が叫ぶダリルから結晶の塊を抜く、結晶が砕けると奇妙な物体が現れた。

銃にも見えるが銃口が無く、代わりにレンズの様なものが尖端に付き、銃身らしき物の周りに銀色の円盤の様な物が付いている。

 

涯はこれを "万華鏡" と呼んでいた。

 

集はこの " 万華鏡 " を持って、一目散に涯の下へ向かった。

 

レーザー砲に目を向けると銃口が光り輝き、今にも一斉発射が可能なのは明白だった。

 

「 6 ! 5 ! 4……ーー

 

集が十分な距離に近付くと、

 

「 時間だ !!」

 

涯に向け " 万華鏡 " の引き金を引いた。

 

その瞬間、レーザーは涯の前の見えない壁にぶつかり折れ曲がった…、

否 反射したのだ。

 

「 弾けろおおお !! 」

 

トドメに集は " 万華鏡 " を空間の全面に展開した。

反射されたレーザーは空中で再び反射され、GHQの部隊を悉く破壊した。

一瞬、集の耳にグエンの悲鳴が届いたが、すぐ他の物が破壊される音に掻き消された。

 

涯を見上げると涯は爆炎の上で、集を見下ろし笑いかけていた…。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「休んでて…止血する。」

 

集が瓦礫にもたれ掛かり、体を休めているといのりが話掛けてきた。

 

集はおとなしくお言葉に甘える事にした。

いのりの下へふゅーねるがすっ飛んで来て、頭部から救急箱を出したのを見て、集はちょっと笑ってしまった。

 

集がいのりに治療を受けていると、涯がやって来た。

 

「よくやったな 」

 

てっきり、飛び出した事を咎められると思っていた集は思わずポカンっとしてしまう。

 

「 ?、どうした。」

 

「いや、てっきり命令無視を叩くのかと思ってたので…」

 

集の言葉に涯はフンッと鼻を鳴らす。

 

「そうしようかと思っていたがな…、あそこまで予定のずれた作戦をああも見事に建て直されてはな…」

 

「どうせあなたには、作戦が失敗しそうになった時にも予備の作戦があったのでしょう ? 」

 

涯は集の言葉に、「当然だ」とでも言いたげに笑った。

 

「そう思うか?なら何故無理して作戦を遂行した…、その傷も決して浅くは無いだろう? 」

 

集は応急処置が終わった左手の調子を確かめた。

握ったりは出来るが、持ち上げようとすると鈍い痛みが走った。

 

「ーー別に、任された事を途中で放り出すのがイヤだっただけですよ…」

 

「そうか、桜満集…周りを見てみろ」

 

言われた集が周りを見渡す。

そこには数十人の人々、全員人質にされていた人達だった。

あの母親と子供が父親らしき人物と抱き合うのが見える…。

集はその様子を黙って見ていた。

 

ふと後ろで気配を感じ、集は振り向いた。

 

葬儀社のメンバーが瓦礫から現れ、涯の下に集まりつつあった。

涯は集に手を差し伸べ言った。

 

「 ーー来い、集

ーー俺達と共に 」

 

集はその手を黙って見つめた。

そして…、

 

 

 

 

「 その言葉は凄く嬉しいですし…、貴方が一緒ならとても頼もしいです」

 

集は、涯に深々と下げた。

 

「 だけど、ごめんなさい…」

 

「僕は貴方達とは、一緒に行けません」

 

「本当は今日は彼女を助けたら、それでやめるつもりでした…」

 

涯は そうか と呟くと、集の目を見て言った。

 

「恐縮だが…、参考までに理由を教えてくれないか? 」

 

「 色々ありますけど、僕には大事な友達がいるんです…」

集の頭に浮かぶのは、いつも学校で会う友人達…。

 

「 僕が貴方達の仲間になったら…、おそらく日々の生活に波風がたたずにはいられ無いでしょう…。」

 

「 ヘタをしたら…、彼らに危害が…。」

 

これは、いのりが拘束された時にも抱いた懸念…。

 

もちろん、集はいのりも気掛かりだった。

しかし今ある日常を手放せる程の度胸はなかった。

 

「 …だから…、一緒には行けません。」

 

集は申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「頭を上げたまえ…」

 

涯の言葉に集は顔を上げる。

 

「ーー確かに残念だが…、恥ずべきことではない…。」

 

涯は集に微笑み掛けた。

 

「 …友人は大切にしたまえ…。」

 

「 …はい、…ほんと……ーーー。」

 

集も涯に微笑み返そうとした、瞬間ーー。

 

ガチャンッ と、

 

" 引き金を引く "音を集の耳は捉えた…。

 

集が音のした方向を目だけ動かし、視界に入れた。

 

涯の斜め背後の瓦礫の中から…、GHQの兵士が持っている銃を涯の方に向けている…。

 

 

「ーー涯っ!!! 」

 

集が叫び…涯を押し退け、涯を収める弾道に割って入る。

 

 

ーーーーー銃声っ、

瞬間、集の額に血が弾ける。

その血が涯の顔を、細かいまだら模様に染めた

集は衝撃で反転して涯の方に倒れ込む。

 

涯は集の体を受け止めると、素早く銃を抜き4メートルは離れた兵士の額を撃ち抜いた。

兵士は糸が切れたかのように、崩れ落ちる。

 

「 シュウ !! 」

 

いのりが集に駆け寄る。

「おい!何やってる早く救護班を呼べ!!」

周囲が騒然となる。

 葬儀社のメンバーが怒号と共に処置の準備を素早く行う。

涯は集を仰向けに寝かせようと、うつ伏せの集を少し持ち上げた時ーー、目に入った。

 

 集の額の抉られた深い傷から赤い煙のような光が漏れているのが。

そして、みるみる内に額の傷を塞がって行き、頭蓋骨を大きく削っていた傷は擦り傷程の浅い物となった。

 

涯は、一瞬我が目を疑った。

ヴォイドゲノムそのものにはこんなチカラは無い。

 

「集……、お前は一体…ーー」

 

涯の続きの言葉は、周りの喧騒といのりが集を呼び掛ける声で掻き消された。

 

 

先程の現象に気が付いたのは…、どうやら涯一人だけのようだった。

 

 




言い忘れてましたけど、

いのりルートにするつもりです。


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#08侵食~school mate~

この作品…、最初はダンテを序盤から出して無双させるつもりでした。
でもあまりにも中身が無く、集が何もしなかったのでボツにしました。
人によっては上手く書けるんだろうな…。

第8話、どうぞ





 

 

気付けば、炎の中に立っていた。

 

最初は『ロストクリスマス』を思い出してるのかと思った。

しかし時々回想する記憶と比べると、妙に血生臭くよどんでいた。

何より、建っている建物は日本のものではないだけでは無く、時代さえ違う…。

 

ふいに背後で動くものを感じる…。

 

振り返ると…、青白く光る物が見える。

まるで黒真珠の中に星の欠片を閉じ込めたかのようだ。

多くの宝石を愛好する金持ちなどが喉から手が出るほど欲しいだろうと想像するのは難しくないほど神秘的で幻想的だ…。

 

しかし、それはその宝石が口の牙と爪から血を滴らせた、血に飢えた獣の目では無ければの話だ…。

 

その獣は現実に実在してるのが信じられないほど、悪夢めいた姿をしている。

口から血と共にヨダレを流し…、体の皮膚は黒く表面に産毛のような薄い毛で覆われている…。

そして獰猛に輝くふたつの目…。

 

そして同じ様な姿をした獣が、あとから何体も瓦礫の間から姿を現す。

 

奈落の底を覗き込む様な恐怖を感じて、逃げ出す…。

獣は後ろから阻む物を跡形も無く破壊しながら追いすがる、捕まれば生きたまま体を粉々にされる…。

 

その光景を想像し走る速度を上げる…、しかし恐怖と疲労で足が上手く持ち上がらない…。

それに対し獣は黒い風の様にあっと言う間に爪と牙の届く距離に来る。

獣は獲物を切り裂こうと爪を振り上げた。

 

同時に獣は跡形も無く弾け飛び、血のシミとなる。

 

後から来た獣達は、既に先程まで追っていた獲物を見ておらず獲物のすぐ背後を見ている。

 

獣の視線に連れられ背後を振り返る。

 

 

背後には、獣が虫ケラに見える程の巨大な存在感を放つ人影が立っていた。

 

人の形をしていたが、人では無いのはすぐに分かった。

それは生き物に見える様な巨大な剣を持ち、獣達の何倍も濃い殺気を放っていた。

 

にもかかわらず、なぜか凄まじい程の安堵感に覆われた。

 

獣達は人の形をしている何かに一斉に飛び掛かり、背後の人影は手に持つ生き物の様な大剣を振りかざすため、大剣を後ろに大きく引き…、音速を超える速さで振り抜いた。

 

そこで初めて、これは" 彼の血 "に刻まれた記憶なのだと分かった………。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「ーーちょっと、集!それどうしたの!? 」

 

一限目の休み時間に学校に着いた集を最初に迎えたのは、祭の叫び声だった。

 

「 いや、これは…その…ちょっと転んで…。」

 

祭が驚くのも無理はない。

今の集は左腕を吊るし、頭にも包帯を巻き、他の場所にもところどころ湿布や絆創膏に包まれている、全身ボロボロの状態なのだ。

ちなみに右脚にも包帯が巻かれている。

 

「 こっ…転んだって!集っ昨日は急に早退するとか連絡が…どこでなにがあったの !!? 」

 

祭は集が今まで見た事が無いくらい取り乱していた。

 

「 ちょっと祭、落ち着きなさいよ。」

 

祭の横にいたクラス委員長の、

草間 花音≪くさま かのん≫が祭をなだめる。

 

「 だってっ!花音ちゃん!集がっ! 」

 

祭はついには涙目になってしまった。

 

「 ああっハレ別に大した事ないし…。

この左腕も全然痛く無いし…。」

 

集は慌てて祭を慰める。

「 ほんと桜満君大丈夫なの?特に左腕…。」

 

花音が吊られた集の左腕を見て言う。

 

「 う…うん別に折れてるわけじゃないし…。」

 

折れてないのは本当だが、鉛玉が貫通したのだ。

 重症化してはいないとは言え、大丈夫なはずが無かった。

 

あの後、集は葬儀社の医療班に意識の無い状態で葬儀社の仮設アジトに連れて行かれ治療を受けた。

集が目覚めた後、自分の怪我の状況をメンバーの人が教えてくれた。

メンバーの人が言うには、集の体で一番重い怪我は一発銃弾を受けた左腕で、他はほぼ軽傷右脚も額も擦り傷程度だと言っていた。

 

実は右脚は二発の銃弾をまともに受け、額を確かに銃弾はかすったのは確かだが…気を失う瞬間、銃弾は自分の頭蓋骨を削ったのが分かった。

 ーーーとは……さすがに言えなかった。

 

メンバーから今まで通り生活出来るがしばらく左腕は激しく動かさないようにと言われた。

 

…あの時自分は" 動かないと "と強く思った。

 

その時体から溢れ出るチカラを感じ、目の前が六本木でダリルがあの親子に銃を向けたのを見た時以上に真っ赤に染まり………ーーー。

 

 

 

「桜満君?どうしちゃったの急に黙っちゃて…。」

 

口を閉ざした集に花音が声をかける。

 

「いや、なんでもないよ。それより颯太は?それにほとんどクラスに人がいないんだけど…? 」

 

集の言う通り、今教室には颯太を含めほとんどの生徒がおらず閑散としている。

集が首を傾げていると、ーー

 

「みんな興奮してるんだろ、特に颯太がな…」

 

事の成り行きを見守っていた谷尋が集に答えた。

 

「…興奮っ?なにかあったの? 」

 

「 それが今日の朝にね…ーー」

 

花音が集の疑問に答えようとしていると、廊下からザワザワと騒いだ声が聞こえて来た。

その中には颯太の声も紛れている。

 

「ーー噂をすれば…」

 

花音が騒ぎのする方を見る。

 

つられて集も教室の前のドアを見る。

ドアが開き雑踏が教室を埋め尽くす。

 

「 ……なっ 」

 

その騒ぎの中心となっている人物を見て…、集は思わず凍り付いていた。

 

『EGOIST』のヴォーカルにして葬儀社のメンバー…、

楪いのりがそこにはいた。

 

 

「 …んっ?おお!集来たか…ーってなんだその格好!! 」

 

集の姿を見た颯太が素っ頓狂な声を上げる。

 

「お前っ、昨日は一体なにがあったんだ!?」

 

集は颯太の言葉に反応出来ず、颯太の背後から目が離せ無かった。

 

「おお、こっちが気になるか、今朝転校してきたんだよ」

 

集の視線に気付いた颯太が言った。

 

「 誰だと思う?…なんとあの楪いのりさんがこのクラスに転校してきたんだ!」

 

いや見えてるから知ってるよ っというツッコミさえ集は出来ずに固まっていた…。

 

いのりが集達のもとに歩いて来る。

 

颯太の言葉を裏付けるかの様に、いのりは集達の通う学校の制服に身を包んでいた。

 

「 …うそ…でしょ…っ?」

 

集の口からようやく声が絞り出た。

 

「ホントだよ?」

 

集の言葉にいのりが首を傾げて言う。

 

集がまた固まっていると…、いのりが手に持った学校指定バッグを開きなにやらゴソゴソし始めた。

そして取り出した物を集に差し出す。

 

「…これ…返す…」

 

「…えっ?」

 

集がいのりから差し出された物を受け取ると…。

六本木でいのりに羽織らせたブレザーだった。

 

「…ああっ」

 

「 迷惑だった? 」

 

いのりは集が今着ている予備のブレザーを見ながら言う。

 

「いやいや、そんな事はないよ!」

 

集がなんとなく受け取ったブレザーを広げてみる…。

 

ふと、いのりに切られた右手の袖が目に止まった。

正直かなり不器用にだったが縫われていた。

 

目だけでチラリといのりの指を見ると、いのりの指の数箇所に絆創膏が巻かれていた。

 

「わざわざ直してくれたんだ…。ありがとう。」

 

集がそう言うと、いのりは絆創膏を隠す様な仕草で指を握る。

 

「…いいっ」

 

それからいのりは少し頬を染め、少しはにかんで微笑む。

そんないのりを見て集も少し微笑んだ。

 

「 ……おい集…」

 

珍しく黙っていた颯太が集に声をかける。

 

集が颯太に目を向ると、颯太は鬼の様な表情で集を睨んでいた。

 

「お前…、いのりさんと知り合いなの?」

 

「 えっ、いや…別にそういうわけじゃ……」

 

気が付くと教室中の視線が集に集まっていた。

 

「 いやっ、昨日さ…僕早退したでしょ?

そのいのり……さんがガラの悪い人達に絡まれてるのたまたま見ちゃって……それで…ーーー。」

 

「 シュウっ? 」

 

集がなんとか誤魔化そうとしていると、いのりから声を掛けられた。

集がいのりを見る……。

 

「 "いのり " って呼び捨てでいいよ?」

 

いのりがきょとんと首を傾げながら言う。

その瞬間、教室内が再び騒然となる。

 

「 どーいう事だ! いのりさんを呼び捨てし合う仲だとーー!? 」

 

颯太が集の胸倉を掴み激しく揺らす。

 

「集さっきその傷は転んだからって………っ!! 」

 

「あれは…、皆に余計な心配をかけない様にと…」

 

喧騒の中に祭までも参戦し出す。

 

「桜満君って、校条さんとじゃ無かったの?」

「付き合っては無かったはずだよ?」

「うそっ、あたし校条さん応援してたのに……。」

 

教室中は男子も女子も大騒ぎだった。

 

「 さあ吐けっ!いのりさんとはどういう関係だ!?言わなきゃこのまま締め殺すぞ!! 」

 

颯太は本当にやりかねない剣幕で集の胸倉を締め上げる。

っとそこにいのりの手が割り込んだ。

 

「…い…いのりさん? 」

 

颯太が突然動いたいのりに戸惑いの声を漏らす。

 

「…シュウは私を助けてくれた……。」

 

いのりの後ろで集が咳き込んでいると、いのりが喋り出した。

 

「 だから…今度は私が守る……。」

 

「うっ…。」

 

いのりの気迫に押され颯太が思わず後退りする。

 

「「「…………………。」」」

 

「「「おおおおおおおおおおお!!?」」」

 

教室は一瞬静まり返った後、大歓声に包まれた。

いのりの言葉に教室中の生徒のボルテージが急上昇した。

集がこの場をどう乗り越えようか悩んでいたところに…。

 

「 おいっ、みんないい加減にしろ。二人共困ってるだろ? 」

 

谷尋が周囲の生徒達と集といのりの間に入った。

 

「それともう予鈴なったぞ?準備しなくていいのか?」

 

その言葉に生徒達はしぶしぶと席に戻って行った。

 

「いや悪かったないのりさん、みんな悪気があるわけじゃないんだ。」

 

谷尋がいのりに振り返る。

 

「………? 」

 

いのりが谷尋の顔を不思議そうに眺める。

 

「…おっと、すまない俺は寒川谷尋っていうんだ」

 

いのりの視線に気付いた谷尋が言う。

 

「…っで、さっき集の胸倉掴んでたやつが魂館颯太…」

 

谷尋が颯太を指差しながら言う。

颯太は自分の席からいのりを未練がましくチラチラ盗み見ている。

 

「私は草間花音、クラス委員長よ」

 

「 えっと…私は、校条祭です」

 

谷尋に続いて花音と祭が自己紹介する。

祭はなぜかやたらいのりを警戒している。

 

「 ……あっ、あの楪さん!集とはどういう…ーー。」

 

祭がようやく声を絞り出しいのりに問いかけた時、授業開始のチャイムが学校中に響き渡った。

 

祭はそれで出鼻挫かれたようで黙ってしまった。

 

「 さっ、もう先生来るから座った座った。」

 

谷尋が手を叩いて話を打ち切る。

 

全員その言葉を合図に全員席に戻る。

祭は名残惜しそうに集といのりを見ながら席に戻る。

 

「 ………じゃあっ。」

 

「 えっ、う…うんまたね。」

 

いのりが集に短くあいさつして立ち去り、集もそれに短く返す。

教室のドアを音を立てて先生が入ってくる。

 

なんとなく集は少し離れた位置に座るいのりを見つめる。

いのりも集の方に目を向けた。

目が合う直前に集は目をそらす、なぜか集の顔は熱くなってていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

集は今、帰宅の途についている。

 

その後ろをいのりがピッタリついて来る…。

モノレールの中でも物凄い量の視線に晒されていた(特に祭は涙目になって二人を穴が空くほど見ていた。)集はクタクタになって自分の暮らすマンションに着いた。

 

「ーーあの…、いのりもう僕はもう大丈夫だからこの辺で……。」

 

見送る必要は無いと言いかけている集の横をいのりは素通りし、集の暮らすマンションへ入って行った。

 

「…はい…? 」

 

集は状況をよく飲み込めなかった。

 

「 …ちょっ…ちょっと!? 」

 

慌てていのりの後を追う。

集が自分の住む部屋の玄関の前に着くと、いのりが何食わぬ顔で集の部屋の玄関に指紋認証を行い、まるで自分の部屋へ入るかのように入って行った。

 

集が慌てて表札を確認する。

 

表札には確かに『桜満』の文字が入っている、集が部屋を間違えているわけでは無かった。

 

「いいっ…いのり!?ちょっと待って! 」

 

集が玄関先まで入り込んだいのりの腕を掴む。

 

「ひとつ目の質問…、いのりはどこに住むの? 」

 

いのりがキョトンとする。

 

「 …ここっ」

 

「 ………」

 

予想通りの回答に集の頭が痛くなる……。

 

「 …ふたつ目、どうしてうちの玄関を開けられるの? 」

 

「 ふゅーねるがやってくれた…。」

 

いのりの言葉に集が部屋の中に視線を送ると……。

見覚えのある白い物体が部屋の中で走り回っているのが見えた。

 

「……なるほど、ちなみに僕に拒否する権利は?」

 

「 シュウはいのりが邪魔……? 」

 

このような言われ方をされると集は弱い。

 

「…っや、邪魔っていうか…ああもう母さんになんて言おう。」

 

「ーー桜満 春夏(おうま はるか)、セフィラゲノミクス主任研究員、帰宅は週に一度程度、あと数日は帰る見込みがない。」

 

いのりが淡々と言う。

 

「……調査済みでしたか…」

 

集はテロリストうんねん関係無く葬儀社が少し怖くなった。

「と…取り敢えず何か食べたいのある?」

 

片手でも簡単なものは作れるから と集は言った。

 

「 おにぎり……」

 

「……えっ?」

 

予想の斜め上を行くいのりの返答に思わず集は訊き返した。

 

「 おにぎりっ」

 

どうやら集の聞き間違いではないようだった。

 

 

左手も全く動かせないわけでは無いのでおにぎりくらいなら難なく作る事が出来た。

いのりの荷物は集達が帰る前にとっくに入れてあった。

プライバシーのなにもあったもんじゃない。

比較的いのりの荷物は多くなく、重くも無かったため片手の集にも運ぶのにそこまで苦労しなかった。

 

集はおにぎりを小さく唇だけで食べているいのりを眺めた。

見れば見るほど美しい少女だと思った。

白い肌といいガラス玉のような鬼灯色の瞳といい…、

 

まるで人形のような……ーーー

 

 

 

パアンッ と集は自分の右頬を叩いた。

 

「 シュウっ?どうしたの…? 」

 

集の突然の行動にいのりが声をかける。

 

「 いや、なんでもないよ。」

 

言いながら集は今まで無い程、自己嫌悪に陥っていた。

 

( なにを考えてるんだ僕は……、ここまで彼女の" 人間らしい表情 "を散々見て来てるのに言うに事欠いて" 人形みたい "なんてどうして考えられるんだ……。)

 

妙に落ち着かなくなった集は取り敢えずテレビをつけた。

テレビでは丁度葬儀社の日本に向けての声明が話題になっており、リーダーの男…涯が全国指名手配にされた事が発表されていた……。

 

『ーー俺たちは抗う、この国を我が物顔で支配するGHQに……』

 

『ーー俺たちは戦う、俺たちを淘汰しようとするものと……。』

 

テレビに映っている涯がそんな宣言をしていた。

涯と一緒に映っているメンバーは覆面を被っているのに対して、涯は堂々とあの威圧感のある表情で中央に立っているのは涯なりの覚悟の証なのかもしれない…。

 

集は勝手にそう思った。

すると玄関のチャイムが鳴る音がした。

集がモニターで確認すると……、

 

「谷尋…っ?」

 

モニターに写る玄関には、集のクラスメイトである寒川谷尋が写っていた。

 

集は首を傾げながらも玄関を開けに行った。

 

「よっ!遅くに悪いな」

 

「こんばんは谷尋…。どうしたの? 」

 

谷尋が懐から出した物を集に差し出す。

 

「 これっお前にこの前話した映画…、貸してやろうと思ってな。」

 

集がサスペンスものの絵が入った映画のパッケージを受け取る。

 

「わざわざこれのために来てくれたの?」

 

「いや、お前の傷の具合が気になってな…。本当になんとも無いのか?」

 

谷尋が集の吊られた左腕を見ながら言う。

 

「まあ…、確かに左腕はあまり動かさないように言われたけど……。日常的な生活を送ってる分には問題ないってさ。」

 

「そうか…、ならいいんだ。」

 

谷尋が集に笑いかける。

 

「心配させ過ぎたかな?ありがとう谷尋 」

 

集が谷尋に諸々の礼をしていた時、ーー

 

「ーーシュウ、連絡が来た…。一緒に来て……。」

 

集は後ろから、ふゅーねるを抱えたいのりに声をかけられた。

「 …!?、おい集これはどういう…ーー」

 

「 やっ………、えっと、取り敢えずまた明日! 」

 

集は冴えたごまかし方が思い付かず、玄関に鍵を掛けてその場を後にする。

 

「何かあったらいつでも相談乗るからなー!」

 

後ろから谷尋が声を掛ける。

集はそれに手を振ってこたえた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

月がとても明るい夜空だった。

 

「ーー寒川谷尋は、集の友達?」

 

川の土手を歩く集の前を歩くいのりからそんな事をきかれた。

 

「うんっ…そうだけど…」

 

「 …そう…。」

 

「いのりは葬儀社の中とかにいないの?ーー友達」

 

きかれたいのりは歩きながら集を振り返り、逆に尋ね返して来た。

 

「 友達って、いないといけないもの…?」

 

訊かれて集は答えに窮する。

 

「 さあどうだろ…」

 

集は自然と自分の右手を見る。

 

その右手にかつて乗った…陽光を反射させるガラスで出来た小さい馬…。

そして、その日その時まで一緒に笑い合い、走り回った子供の体の一部だった物が自分の手に乗って……ーーー。

 

「 でも、失った時は胸が…心が痛いんだ。」

 

「 …心が痛い……? 」

 

川原にある公園に着いたいのりは、集に振り向き不思議そうに見つめる。

 しかし、集は既に違う人物に意識を向けていた。

 

「……とても全国指名手配されてる人物のする事に思えませんよ」

 

集が公園の一角を見ながら言う。

 

「ーー銃を持って走り回るだけでは世の中は変えられないからな……」

 

集の視線の先には、恙神涯本人が立っていた。

よく見ると涯の後ろには六本木でも見かけた大柄の男とあの猫ミミの少女の姿がある。

 

「ーー念のため訊きますけど…、彼女を僕のところに送ったのは僕の監視のためですか?」

 

集は涯を若干睨みながら言った。

 

「いや、我々も人手不足なんだ…。そんなまどろっこしいマネをするくらいならサッサと寝首を掻いてるよ」

 

涯は昨日と同じ、飄々と冗談か分からない態度で答える。

 

「ーー問題が発生した」

 

涯はその言葉と同時に、鋭く射抜くようなリーダーとしての顔になった。

 

「ーー君の学校に、昨日の作戦中の俺たちを目撃した生徒がいる。君はそいつを探し出すんだ」

 

集は涯の言ってる事がすぐには理解できなかった。

 

「 …えっ?」

 

「 君は昨日俺たちに言ったな?自分の今いる日常を壊したくない…、友人に被害を受けてほしくない…っと。

ならこの事案は最も君が嫌悪し、恐れる事態だ…。」

 

 

 

「ーーー君は、戦うしかない……」

 

 

 

 

涯の言葉は集の頭の中でいつまでも木霊した。

 

先程まで明るく照らしていた月にはいつの間にか厚い雲に覆われ…、集達に暗い影を落としていた。

 

 




次回もほぼ原作沿いの内容となります。

はやく本格的なクロスを書きたいなあ。


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#09捜索~sugar~

デビルメイクライとのクロスと、ボーボボのクロスとの選択肢に悩んでいたのはここだけの話…。

結局ギャグが書けなくてボーボボは断念、

今となってはよかった………のか?


今回、話を切る所を調節するため長めです

第9話です


「 以後葬儀社に関する件は嘘界(せがい)少佐の担当とします。」

 

モニターの光だけが部屋の情景を垣間見える暗い部屋の中で、茎道の声だけが響く。

 

『 何者かね。』

 

正面のモニターに映るヤン少将が問いかける。

 

「 ノーマージンはご存知ですか? 」

 

『ーー最近流行しているジーンドラッグだ、違ったかねドクター桜満……』

 

モニターの男が茎道の後ろに立つ女性に話をふる。

 

「はい。アポカリプスのワクチン開発時に偶然発見されたものです。」

 

桜満春夏は男の問いに答える。

 

「その密売ルートを嘘界少佐に追わせたところ、一週間で解明してしまいました。」

 

 茎道の言葉にヤン少将は「ほう…」と素直に感心したような表情を浮かべた。

 

「彼は相応しい獲物を与えれば全力で狩り…、そして吊るす。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「 失礼っ、仕事のメールでした。えっとどこまで進んだんでしたっけ? 」

 

高層ビルの一室で紫色の髪をし、前髪を真ん中から分けた男が携帯を覗きながら言った。

左眼と額に妙な刺青のような傷跡があり、義眼である左眼の瞳には歯車のようなものが見える。

 

「ーーああっ、" 喋るべきか死すべきかそれが問題だ "辺りでしたっけ。」

 

男ーー嘘界は、正面で逆さ吊りにされた男を見ながら蛇が纏わり付いたと錯覚しそうな程不気味な笑みを浮かべた。

 

「まいていきましょう」

 

 自分の目前に迫る未来に恐怖し、逆さ吊りの男は布が詰められた口でくぐもった叫び声を上げた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「ーーノーマージンっ?あの最近出回ってるドラッグを六本木に買うか売りに来てた人がウチの学校の生徒ってこと? 」

 

「そうだ。そいつにお前と俺たちのことを目撃されたかもしれない、取り引きの時は" シュガー "を名乗っていたらしい…探し出せ。」

 

涯が集の顔をあのリーダーとしての表情で見る。

 

「ーーそんな事言ったて…、手がかりはなにも……」

 

「 いやある、ヴォイドを取り出せ」

 

涯は集の疑問を予め予測してたかのように言った。

そこで集は涯の持っている能力に気付くことができた。

 

「ーーそうか…、涯には分かるんだね…。

他人のヴォイドが…」

 

「 分かってなきゃ、手がかりゼロの生徒を見付けるなんてこと涯にだって簡単なはず無いし…。それに六本木の作戦だって実行は不可能なはずだ…。」

 

集の言葉に涯が笑みを浮かべる。

 

「 理解が早くて助かる…。」

 

「 確かに俺にはヴォイドが分かる…、俺は六本木で俺たちを目撃した人間がいるのを感じ、そいつのヴォイドを俺は見た」

 

涯の蒼い眼に…、自分のなにもかもが見られてる気がした集は思わず唾を飲む。

 

「現状この国にテロリストに人権は存在しない…」

 

「 目撃者に特定されればお前も無事では済まない…、それこそお前が最も恐れる事態に発展しかねない…。」

 

自分の一番弱い部分を突かれた気がした集は、涯を睨み付ける。

 

「いのりにヴォイドの形状を教えてある。お前に大切なものがあるなら自分で守ってみせろよ桜満集…」

 

その言葉を最後に涯は背を向け歩き去って行く。

 

集に選択の余地は無かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

自宅に戻った集はソファに座り込んだ。

時刻は七時を過ぎた頃でまだ寝るには早いかなと集は考えた。

 

「 どうしようかな……。」

 

このままでは落ち着かない気分だった集は、机の上に乗っている谷尋が持って来た映画のパッケージが目に入った。

集はそれを手に持つと向かい合って座るいのりに声をかけた。

 

「 いのりってホラーものとか大丈夫? 」

 

いのりは集の言葉に首を傾げた。

 

 

 

 

映画はホラーサスペンスもので鋏で人々を切り刻む凶悪な連続殺人鬼と、それを追う刑事の物語を描いた物語だった。

殺人鬼が手に持つ巨大な鋏で被害者を殺害するシーンで、集は昔巨大な鎌や鋏を持った悪魔に追い回され斬りつけられた事を思い出し…思わず鳥肌が立った。

 

「 シュウ…怖いの? 」

 

横にいるいのりが集の様子を見て声をかけてくる。

 

「 いやっ…別に怖いわけじゃ……ーー。」

 

集が言いかけた時、テレビから大音量で音楽が鳴り始めた。

ホラー映画だったらお約束の演出だが、集は思わず体が跳ねてしまった。

 

「 やっぱり怖い? 」

 

いのりが集の顔を覗きこむ。

服の胸元からいのりの谷間が目に入った集は慌てて顔を背ける。

 

「 今度は恥ずかしい? 」

 

集はギクリと肩が跳ね、慌てて言い訳を探す。

 

「 いやあ、この歳でホラー映画を怖がるのはちょっと…ね…はは。」

 

集は誤魔化すために愛想笑いを浮かべる。

 

いのりはそんな集をしばらく きょとん と見つめた後、ふっと微笑み言った。

 

「 当たった…。」

 

集はまた顔が熱くなって来た。

 

視線をテレビに戻す。

映画はそろそろ中盤に入ろうとしていた。

いのりはそれ以上なにも言わず映画に集中していた。

 

 

そのまま集といのりは二人で映画に見入っていて気が付くと映画はエンドクレジットが流れ出した。

 

「 うーん、けっこういい映画だったなあ…。」

 

映画を見終わった集が思いっきりのびをする。

 

「 ラストシーンの主人公がヒロインをかばうシーンはちょっとグッときたなあ…。」

 

「 僕もーー

 

こういう風に誰かを守れたらな と言いかけ、集は口を閉じた。

なんとなく人に聞かせる様な言葉では無い気がしたのだ…、なぜかは自分でも分からなかった。

 

「ーーー?」

 

急に黙った集をいのりはじっと見つめる。

 

「 ……っん?いやこんな人の心を動かすような作品作れたらなって……。」

 

いのりの視線に気付いた集はとりあえず言葉を繋げいのりに微笑みかけた。

そこでふと集は忘れ物に気が付いた。

 

「 ってそうだコンクール用のビデオ作るの忘れてた。」

 

もう期限も間近に迫っている…、早く完成させる必要がある。

 

「 しょうがない…、いのり、とりあえずもう寝ようか。」

 

明日、シュガー探しの合間に作るしかない…集は早めに寝て明日は早めに出ることにした。

っと ここでも集は重要な事に気が付いた。

 

「 そういえば、いのりはどこで寝るの? 」

 

いのりは黙ってソファの上に転がった。

 

「 ……いやあ、それだと風邪引くかもしれないし…ちょっと待ってて」

 

母の部屋に寝かせられたら一番いいのだが、さすがに家族といえど無断で他人を留守の人の部屋に入れるのは気を咎めた。

集は自分の部屋にとんでいき部屋を簡単に片付けてから、洗ったばかりの予備のシーツと布団を抱えていのりのとこに戻って来た。

 

「 ソファは僕が使うから、いのりは僕の部屋を使ってよ。」

 

いのりは軽くうなずくと集の部屋を目指し歩いていった。

 

「 ……さてと…。」

 

集も持って来た毛布に包まるとソファの上に横になり早速寝ようとしたが……。

 

( …………眠れない………)

 

最近まで、ネット動画越しで憧れていた少女が同じ部屋にいるのだ。

思春期真っ只中の集が気にならない筈が無かった。

 

( …っていうか今、いのりは僕のベットで眠ってるんだよな…)

 

 臭かったらどうしようと考えた次に、ベット下の『お宝』の存在を思い出し、今すぐ処分したい衝動にかられた。

だが、いくら自分の部屋だからといって、今少女のいる部屋に突入するわけにもいかなかった。

 

 彼女が『お宝』を見付けない事を祈るしかない。

 

集は必死に眠ろうとしたがいくら頑張っても眠気は一向に襲って来ない。そうこうしてる間に夜明けの時間は刻一刻と迫っていた。

 

 なお、集がお客様用のやや狭い部屋の存在を思い出すのは朝になってからだった。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

廊下でいのりと話してる最中、集は思わず疲れたため息をはく。

 結局昨日の晩は一睡も出来なかった。

 

「 シュウっ?きいてる?」

 

集が眠い目をこすっていると、いのりが声をかけて来た。

 

「 ああごめん、ちゃんと聞いてたよ。」

 

その声に集は答える。

 

「 ヴォイドのルール覚えた? 」

 

いのりの言葉に集はうなずく。

 

「ーーヴォイドは十七歳以下の人間からしか取り出せない。理由は不明もしくは僕には教えられ無い…」

 

集はいのりから聞いた話を復唱する。

 

「 ヴォイドを抜かれた人は? 」

 

いのりが次の質問を集に投げかける。

 

「 取り出された人間はヴォイドを取り出される前後の記憶を喪失する。これはイントロンの記憶野が強制的に解放されたショックだかなんだか。」

 

集の解答にいのりは首を頷かせる。

最後の理屈の部分は集にはさっぱりだが、要するにヴォイドを取り出されれば取り出される瞬間の事を忘れてしまうのだ。

これは集にとって都合がいい、とりあえず集は最初のターゲットで実験すべくあまり人の来ない図書館の廊下にある曲がり角の前に来ている。

集はその最初のターゲットが図書委員で、だいたい人の姿がまばらな朝は図書館で委員の活動をしている事を知っている。

だからここでそのターゲットの待ち伏せを行っている…、善意につけ込むようだが彼女なら例え失敗しても笑って許してくれるだろう。

 

集は頭の中で、何度も彼女に謝った。

今までヴォイドを取り出して来た時は全て絶対絶命的な状況で、集も必死だった。

だからヴォイドの引き出し方を少しはしっかりと目と体で把握しておきたかった。

 

( 今度、クレープ奢って上げよう…)

 

彼女は、 食べ物でつろうだなんて っという感じで怒るだろうがなんだかんだで嬉しそうにご馳走になるに違いない。

 

「ーーシュウっ、来た」

 

考え事をしていた集にいのりが声をかけた。

 

集が廊下を覗くと…、最初のターゲットである校条祭がやって来るのが見えた。

 

( ハレとは中学生時代からのつきあいだ。きっと失敗しても許してくれる………、悪意は無いとはいえほんとゴメン!!ハレ!! )

 

足音が近づいて来る間も集は目を閉じ、必死に祭に謝った。

 

( よしっ!ここだ!! )

 

そして足音が集から一定の距離に来た時、集は廊下に飛び出し右手を祭の胸元に突き出した。

 

すると集の手に感じた感覚は、ヴォイドを取り出す時の中に通過する感覚ではなく……。

ふにっ とした柔らかい感覚だった。

 

( …………あれ………? )

 

期待していたような感覚とは真逆の感覚を感じた集は、ゆっくりと目を開けてみた。

 

集の右手は女子の胸を鷲掴みしていた……。

さらに付け加えると最初にターゲットにしていた祭でも無かった。

その女子はクラス委員長の草間花音だった。

 

花音は集に鷲掴みされた自分の胸を見て硬直している。

 

「 ……っわわあ!ゴメン委員長!! 」

 

集は慌てて花音の胸から手を離す。

当初の目的である祭は花音の後ろで一連の光景を見て呆然としていた。

 

「 ……お・う・ま・しゅ・うーー?これはどういうことー? 」

 

やっと硬直から解放された花音が胸を抑え集を睨み付ける。

花音のマジな殺気を正面から受け、集は思わず後ずさる。

 

「 いやあ…そのお…あのね、いのりさんがね不審者撃退のために護身術習ってるらしいんだよ。」

 

集が一応頭の中で考えていた言い訳を使う。

集の良心がギリギリと音を立てて締め上げられていくような痛みを発して集を咎める。

 

「 護身術う? 」

 

「 そうそう、あのさ昨日いのりがチンピラに絡まれてるとこを助けてこの怪我をしたって言ったでしょ? 」

 

集の頭の中では、今度は花音に対しての謝罪の嵐が荒れ狂う。

 

「 それが? 」

 

花音が腕を組んで集の話を聞く。

 

「いのりがもっと楽にチンピラを撃退する方法があるって言うからちょっとレクチャーを……。人は来ないだろうと思って油断しちゃったんだ、本当にゴメン!! 」

 

集は花音に深々と頭を下げて謝った。

 

( ホントにゴメン委員長!! )

 

当然、本当の意味でも謝っておいた……。

 

花音は集をしばらく眺めてから……。

 

「 本当っ?楪さん……。」

 

いのりに真偽を確かめた。

 

「 ……ほんとう…。」

 

いのりの答えに花音は低く唸る。

そして、深々と頭を下げる集を見て長いため息をつくと……。

 

「 分かったわよ…、桜満君がこんな事を悪意を持って故意にやるとは思え無いし…。」

「 顔を上げなさいよ……、信じてあげるから…。」

 

言われた集が顔を上げる…。

 

「 あっ…ありがとう委員長…。」

 

( それと本当にゴメンなさい。)

 

「 誤解なんでしょ?ならもっと堂々としてなさい。」

 

花音がさっきとは打って変わって優しく集に言う。

それを聞いた集が強く頷く。

 

「そうそう誤解なんだよ、ほんとはハレを……。」

 

「 ええ!!? 」

「 はあっ? 」

 

「 …あっ……」

 

顔を真っ赤に染める祭と、素っ頓狂な声を出した花音の声で集は自分の失言に気が付いた。

 

集の背筋に冷たい汗が流れる…。

おそるおそる花音の方を見る……。

 

笑顔だった……が、先程より濃厚で強烈な殺気が含まれているのが集にも分かった。

 

「 …あのー委員長?誤解なんです……。」

 

集が無意識に愛想笑いを浮かべながら言う。

 

「 うんっ、分かってるよ桜満君…私のじゃなくて祭の胸触りたかったんだよね? 」

花音は爽やかに笑う。

 

「 ……あの委員長ーー「 桜満君…、私も小学生くらいまで柔道習ってたんだ」

 

集の言葉に食い気味に花音が話し始めた。

 

「 久々に練習したくなったから、桜満君付き合ってよ? 」

 

花音が笑顔のまま言う…。

 

「 あははあ……、おっお手柔らかに…。」

 

集が言い終わると同時に、花音は普段机に向かっている姿では想像出来ない程完璧な回し蹴りを集のアゴにくらわせた。

 

集は蹴りをモロに受け仰向けに吹き飛んだ…。

地面に倒れた集は意識を失いそうになった時ーー、

 

「 ……颯太…、なにしてるの……? 」

 

目に入った一人の生徒の姿で意識を引き戻された。

 顎の痛みに涙目になりながら、無感情で尋ねる。

 

カメラを構えた魂館颯太の姿だった。

 

「 へへっ、撮ったぞ最初から最後まで……。」

 

颯太がニヤニヤ笑いながら言う。

 

「 せっかくだから集が委員長の胸揉んだとこ、ネットに流してやろ。」

 

集は思わず バッと身を起こす。

颯太の言ってる事は本当か嘘か分からないが、やるなっと言う事を平気でやるのが颯太という少年である。

 

集は笑い声を上げながら逃げる颯太を追いかけた。

 

「 ちょっ、ちょっと桜満君待ちなさい! 」

 

蹴りが完璧にきまったはずの集があっさり起き上がり、走り出したのを見て花音も走り出した。

 

「 ……集っ…私のを…」

 

「 …………」

 

残された祭はなぜか嬉しそうで、いのりはそんな祭をなんとなく見ていた。

 

 

集と颯太の距離はグングン縮まっていた。

集は左手を吊っていても日々修練を積んでいた分はしっかりと現れていた。

後ろから集を追っていた花音はいつの間にか引き離していた。

 

「 はあっ…はあっ…お前え…なんでそんな足速えんだよ……。」

 

息ひとつ乱していない集に対して、颯太はすでにグロッキー状態だった。

 

「 そーうーたあー…? 」

 

ついに足が止まった颯太に集が迫る。

鬼神のような気配を纏って迫る集にさすがの颯太も恐れを成した。

 

「 待て集っ!本気にすんなよ冗談だって!! 」

 

集は颯太を睨みながら迫る。

 

「 全部っ!忘れろー!! 」

 

叫んだ集は颯太に右手を突き出した。

右手はすんなり颯太の体に閃光を発しながら沈み込んだ。

 

「 おぐあああああ!! 」

 

叫んだ後、颯太は気絶した。

 

集は引き抜いた右手に持った物を見つめた。

 

「 出た……けどなんだこれ? 」

 

右手にある物は、ロボットアニメにでも出て来そうなロボットの頭部のようだった。

やたらと派手なハイテク感のある装飾があり、物体の真ん中にはひとつのレンズが嵌めてある。

 

「 これ…もしかしてカメラ……? 」

 

集がその" カメラ "をマジマジと見ていると、横からいのりが歩いて来るのが分かった。

 

「 涯が言ってたのはこれ? 」

 

「違う」

 

集の言葉にいのりは短く答える。

 

「 …まっ、颯太のはずが無いか……、でもなんで颯太のは出せて委員長のは出せなかったんだ? 」

 

「 目…かも。」

 

集の疑問にいのりが呟く。

 

「 目っ?」

 

集は、初めていのりからヴォイドを出した時、" 万華鏡 "を出した時の事を思い返してみる。

 

「ヴォイドを出す時…相手に見られたと思う事が重要だってガイが言ってた。」

 

いのりの言葉には合点がいくものがあった。

 

「なるほど…そういう制約があるのか…、っとなったら早いとこ次行こう! 」

 

ここでダラダラ過ごしていたらどれだけ時間がかかるか分かったもんじゃ無い。

集はそう思い、" カメラ "を颯太の中に戻そうとしたが…。

ふと思い立って颯太のヴォイドでは無い方の普通のカメラからメモリーだけを抜き取って靴で踏み潰し、近くのドブに捨てた。

 普段の彼の行動には大分振り回されていたので、あまり心は痛まなかった。ろくな素材も撮って来ないのに、他人の失敗や恥部にはやたらカメラを回すのだ。

 

 

 

 

目が覚めた颯太は、『私はドコ?、ここはダレ?』というヒネリの無い事を呟きながら去って行った。

 

「 さて…、だいたい要領は分かったかな? 」

 

集は右手をグーパーで調子を確かめ、次行くか と気持ちを切り替えて移動した。

その集の後ろをいのりがトコトコ着いて行く。

 

それから集は何人かのヴォイドを抜いた、" ペンチ "、" ブラシ "、" 虫眼鏡 " 、" ハンガー "など様々な物があったが、いのりはその全てに首を振った。

 

気付けばもう放課後になっていた。

集はいのりと自分の分の缶ジュースを持って、いのりのところに戻るといのりが通信機で誰かと連絡を取っていた。

 

「 涯から? 」

 

戻って来たいのりに集は右手に持った缶ジュースを渡しながら通信機の相手について尋ねた。

 

「 目撃者がカメラで撮影してたって……」

 

「 うへえ…、それ僕を陥れる材料はどうとでもなるって事か…。」

 

集は右腕の脇の下に挟み込んだ缶を器用に取ってふたを開けた。

 

「それが嫌なら急げってガイが……」

 

もし涯の言う事が本当なら、いつネット上でその写真が拡散するか分からない。

まだそうなって無いという事は、目撃者はもし自分達に見つかった時のために取引きの材料にするつもりなのかもしれない。

「 聞き忘れてたけど、どんなヴォイドを探すの? 」

 

集が腰かけるといのりもその横に座り、缶ジュースを開ける。

 

「 " ハサミ "……」

 

「 ……" ハサミ "か…、本当にヴォイドって色々あるな…。」

 

集はふと頭に浮かんできた疑問を、横でジュースを飲むいのりに投げかけた。

 

「ヴォイドって何が形を決めるの?涯は心を形にするって言ってたけど……。」

 

いのりが集の言葉に頷く。

 

「ヴォイドの形や機能は持ち主の恐怖やコンプレックスを反映してるって…」

 

「 なるほど……だから心の形…か……。」

 

例えばあの" 万華鏡 "は持ち主のあの男が何者の善意を弾き飛ばす性格、または逆に彼の善意がどうしても特定の人物に届いていないから…あらゆるものを反射させる" 万華鏡 "なのだろう……、集はそう考えた。

 

 

( あれ…?なんでいのりは" 剣 "なんだ……? )

 

集は疑問を口に出そうと思ったが、やめておいた……。

踏み込んでいい領域なのか分からなかったからだ。

 

「 いたー!桜満集っ!! 」

 

「 っ!委員長まだ諦めてないのか!! 」

 

集は朝から休み時間に入る度に、逃げ回ってるいる花音の姿を見て呻く。

 

「 集こっちだ!」

 

集達がしばらく逃げていると体育館のドアから谷尋が声をかけて来た。

集達は体育館に逃げ込んだ。

 

「 ふうー助かったよ谷尋……」

 

なんとか花音をまくことが出来た集は谷尋に礼をした。

谷尋は気にすんなと笑った。

 

「はあ、なんかこの前からやたら走り回ってるな…。」

 

体育館二階は座席がズラッと並んでいて、集と谷尋は前の席の少し離れたフェンスにもたれかかった。

 

「 " 葬儀社に入ったら "そんなもんじゃすまないだろ。」

 

「はは……。全くだ…ね……。」

 

谷尋があまりにも無造作に…、さりげなく言ったため集は危うく聞き流しそうになった。

 

「委員長も、しばらくすれば頭も冷えるだろからさ…そしたら謝りに行こうぜ。」

 

「 ……でも許してくれるかな?鋏で身体を切られちゃったりして…………。」

 

集は嘘であって欲しい…、見当違いであって欲しいと願った。

しかし頭の冷静な部分が既に確信していた。

 

「 何?映画の話?」

 

「 ……前から思ってたけど谷尋の趣味ってちょっと変わってるよね、別に変だって言ってるんじゃなくて人って中身と外見が結構違うよねって言いたいんだ。」

 

「 ……集…? 」

 

集は一度大きく息を吸い静かに言った。

 

 

「 " シュガー " っ 。」

 

谷尋は何も言わなかったが、纏っている雰囲気が明らかに変わった。

先程までとは比べものにならないほど冷たい目をして、谷尋は集を睨み付ける。

 

「 やっぱり…、あれはお前だったんだな……。」

 

「谷尋…なんでだ、……どうして……ノーマージンなんかに……。」

 

集はぐっと唇を噛んで谷尋に問いかける。

 しかし、谷尋はそんな集を睨み付ける。

 

「うるせえよっ!!お前には関係ないだろ!!お前が俺をシュガーって呼んだ時点でもう全部終わってんだよ! 」

 

しかし谷尋はそれを冷たく突き離し、集を睨みながら近付いてきた。

 

「 お前みたいなのが俺を無害と決め付けるから……、俺はそういう奴で居続けなけりゃならないんだ! 」

 

谷尋が集の胸倉を掴み、後ろの柵に叩き付けた。

 

「俺じゃない誰かを演じ続けなきゃいけないんだよ!! 」

 

集にはその叫びが、誰かに助けを求めている様に聞こえた。

 

「 シュウっ! 」

 

いのりが集の助けに入ろうとするのを集は目で制した。

 

( 大丈夫だから…。)

 

集は口には出さずそういのりに言った。

 

「ーー全部っお前の所為だ!! 」

 

谷尋は叫び、集に右こぶしを振り下ろした。

 

ゴッ と骨を打つ鈍い音が館内に響き渡った。

集は右頬にこぶしを受け、横に倒れた。

 

谷尋はこぶしを振り下ろした体勢から 動かなかった。

集は立ち上がり、右頬を赤く腫らして ゆっくり谷尋を振り返った。

 

「 ……なんだよ怒ったのか? 」

 

谷尋は苦笑いを浮かべた顔で、集に言った。

 

集は怒ってるのか、悲しんでるのか判断が難しい表情で谷尋を見つめていた。

 

「 ……なんだよ、文句あるなら言えよ!! 」

 

表情を変えず何も言わない集に、谷尋は激昂した。

 

「 ……そんなものか…? 」

 

「 はっ? 」

 

「 ……君の怒りは…、悲しみと憎しみは…。」

 

集はやはり表情を変えずに言う…。

 

「 …あんなこぶし一発で満足出来るものなのか?」

 

「…っ!! 」

 

集の挑発とも取れるその言葉に谷尋は歯を食いしばり、再び集の右頬を殴り付けた。

 

再び骨を打つ音が館内で響き渡る…。

 

集の右頬に貼ってあった絆創膏が、二度目の殴打で剥がれ飛ぶ。

 

集は衝撃で横を向いた顔を戻すと、鋭く谷尋の目を見つめた。

 

「 …っ…!! 」

 

谷尋はそれを見てさらに歯を強く食いしばり、左頬にもこぶしを浴びせた。

 

そして集の顔が元の位置に戻るのを待たず再び右頬に殴打、また左手で また右手で と次々にこぶしを集に叩き付けた。

 

館内に雨音の様に、皮と肉 そして骨を打つ音が繰り返し響き渡った。

 

 

 

 

「 …はあ…はあ…はあ…。」

 

どれほど時間がたっただろう…。

館内に逃げ込んだ時はまだ青空が見えていたが、今は限りなく夜に近いほど暗くなっておりほんの一部だけを茜色の光が暗い空を染めていた。

 

息を切らしている谷尋のこぶしは、かなり暗い館内でも分かる程血で赤く染まっており… 、その血は既に集だけの血では無くなっていた。

 

しかし集の顔はさらに惨憺たる状態だった。

 

両頬は大きく膨れ上がり、唇と右のまぶたも腫れ上がりそのせいで右目は半分閉じた様な状態になっていた。

 

集は顔中に青紫色のアザを作ったり流血したりしていて、制服の白いシャツと左手を吊った布は赤い斑点模様で染まっていた。

 

「 ……っ満足かよ…あっ?そうやって自分だけが傷付いた面しやがって、明日には全部終わったみたいな面ができれば……それで満足かこの偽善者っ!! 」

 

谷尋は叫ぶと再び集の顔を殴った。

 

「 ……うっ! 」

 

谷尋が手を押さえて呻く…、谷尋のこぶしは既に谷尋自身も傷付けるようになっていた。

 

 

「 お前はいつもそうだ…、そうやっていらねえ事に首を突っ込んで……ボロボロになって、解決したって面しやがる…。」

 

しかしそれでも谷尋は心の底に封じ込めていた感情をぶつける事をやめようとはしない。

 

「ーー余計なお世話なんだよ!いつもいつも!! 」

 

谷尋はもうほとんど力が入らず、まともに立っていれて無かった。

 

「 ・・・・・・・・。」

 

それまで何度殴られても微動だにしなかった集が谷尋に歩み寄った。

 

「 ……谷尋…っ、もう休め…。」

 

集は谷尋に穏やかな声でそう言うと、右手を谷尋に突き出した。

「 うっ…がああ!? 」

 

集の右手が光を発しながら谷尋の身体に潜りこむと、谷尋は声を出した。

 

集が谷尋から右手を引き抜くと、集の右手には谷尋のヴォイドが握られていた。

 

 

いのりはそれを" ハサミ " と呼んでいた…、しかし今集の手にある物は、ハサミと呼ぶにはあまりにも巨大で歪だった。

 

巨大な両刃は上向きに曲がり、赤い模様が入っている。

 

まるで処刑用の道具として作られたみたいだ…と、そんな考えが浮かびそうになり、集は慌てて首を左右に振った。

 

「 …いのりっ、なにしてるの?」

 

集は振り返らず後ろのいのりに声をかけた…。

 

「 彼が目撃者で確定よ…」

 

無表情に言う彼女の手にある拳銃は、既に谷尋に向けられていた。

 

「…谷尋を撃つの?」

 

「…そう、目撃者は消すようガイに言われた…」

 

「…ダメだ、それは君でも許さない」

 

集はいのりの目の前に歩み寄り、発砲を防ぐ。

 

「 シュウどいて…」

 

いのりは銃口の目と鼻の先に立つ集に言った。

集は動こうとせず、ボロボロの顔でいのりの目を真っ直ぐ見つめた。

 

「…どうして庇うの?そんなにされたのに……」

 

いのりの顔が疑問で歪む。

 学校に来て初めて大きく表情が動いた。

 

「 いのり…僕の顔だけじゃなくて、谷尋の手も見て…」

 

 「?」

 

集に言われた通り、いのりは谷尋の手に目を向けた。

 

集の顔程ではないが、腫れ上がり皮が破けめくれ上がり、そこから血が溢れ出し、集の血と共に谷尋の手を真っ赤に染めていた。

 

「 谷尋は自分の手がこんなになるまで僕を殴ったんだ……、それだけ彼は苦しんでたんだ、薬に手を出した理由だってきっと軽いものじゃないと思う……。」

 

集はいのりを、すがる様な視線で見つめ言った。

 

「 だからお願いだいのりっ!僕は谷尋の事を何も知らずに…こんなところで終わらせたくない!! 」

 

いのりは銃口を下ろした。

 

「 …分かった、シュウがそこまで言うなら…。」

 

 

 

 

 

「傷…見せて」

 

そう言って救急箱を持って来たいのりに、集は激しいデジャヴを感じた。

 

谷尋にヴォイドを戻した集は、彼が目覚めるまで座席に座らせ、自分も通路を挟んで横に座っていた。

 

その横にいのりが座り、集の顔を治療し始めた。

 

すぐ近くまでいのりの顔が近付き、照れ臭くなった集は目を背けた。

 

「…シュウ…、シュウはヤヒロの事を知りたい……? 」

 

いのりに尋ねられ、集はしばらく考えた後……。

 

「……いのり…、手を動かしながらいいから聞いて欲しいんだ。」

 

いのりが頷くと、集は ありがとう と一言お礼を言って話始めた。

 

「 僕ね…十年くらい前から、五年くらいの間まで外国に留学してたんだ」

 

もちろん真実は留学などという生易しいものではないが、書類上そうなっているので、集もそれにならう。

 

「 そこでね…一人の友達がいたんだよ……、名前はルキナ……。」

 

「 ルキナ=アンダーソン…。それが友達だった子の名前だよ。」

 

集が " 彼 " に拾われてから、ほんの短期間だけ教会で数人の子供達と共に暮らしてた事があった。

しかしその生活は集にとって安寧とは程遠いものだった。

 

「…でも十年前は、ロストクリスマスがあったでしょ? 」

 

「だから、東洋人…特に日本人に近付くとアポカリプスウイルスに感染するなんて言われて、僕と遊んでくれる子なんかいなかったんだよ」

 

教会のどこに行っても石を投げられ、罵声を浴びせられ、自分の居場所なんて集にはどこにも無かった。

 

「 だけど…、ルキナがいてくれたから僕の毎日を楽しいものになったんだ。」

 

自分と同じ孤独な少年…死刑囚の父親を持ち、母が死んでから集と同じ教会へ引き取られた。

しかし犯罪者の親がいることから少年は、周りの子供達から強く弾圧された。

 

彼にとっても集は唯一孤独を忘れさせてくれる存在だった。

 

「 ……けど僕は彼の中の心の闇に気が付け無かった。」

 

彼の中には、魔が潜み彼もそれに魅了されて行った。

 

そして…その末路はーー、

 

「彼はやってはいけない事をして…その結果…、様々なものを失った……自分の命さえも…。」

 

ルキナは多くの儀式を使い、" 魔 " を召喚した。

彼がまだ幼い事もあって呼び出せたのは、塵芥に等しい小さな存在だった。

 

しかしそれは少年の中に巣食い、少しづつ大きくなっていった。

 

最終的に、それは少年の身体ほぼ全て喰らい尽くし…、残ったのは幼い集の手の平に収まる程の身体の一部だった。

 

ルキナの葬式で…集は " 彼 " に戦い方を教わるため、五年間共に" 便利屋 "として生活する事になった。

 

 

「 僕は…、きっとルキナの時の事を今回の谷尋の件と重ねてるんだと思う……。」

 

「 ……シュウ…口開けて…。」

 

「…へっ?……あん…。」

 

話終わった集にいのりから唐突なお願いがあり、集は一瞬戸惑ったが、いのりの指示通りにした。

 

次の瞬間いのりが突然、集の開いた口に指を突っ込んだ。

 

「 っ!?ほぼお!!」

 

いのりの指が集の口内の傷口をヒンヤリしたなにかで一通り撫で回した後に指を抜いた。

 

「 傷の治療…全部済んだ…。」

 

集が咳き込む後ろでいのりが淡々と告げる。

 

その言葉に集はようやくいのりが口内の傷に薬を塗ってくれたのだと気が付いた。

いのりの大胆過ぎる行動に集の心臓はドキドキ脈打った。

 

「あっ…ありがとう…、あと話聞いてくれてありがとう。ちょっと楽になったよ。」

 

集の言葉にいのりは いい と首を振った。

 

「 あっビデオ制作の事忘れてた…。」

 

集はシュガーを探す合間にするつもりであった作業の事を思い出した。

 

「 ビデオ…?映像作りたいの…? 」

 

「 うん、ああもう外真っ暗だ…。」

 

集が外を見るともうほぼ夜だった。

 

「…私…手伝うよ…? 」

 

「 …えっ?」

 

いのりの言葉に集がいのりを見る。

 

「 …それって…、被写体に…カメラの前に立ってくれるって事…? 」

 

集の言葉にいのりは頷く。

 

「 それは嬉しいけど…いいの? 」

 

集の問いにいのりは首を傾げる。

 

「シュウなら…いいよ…? 」

 

集は今が暗い時間である事に感謝する程、自分の顔が赤くなっていることが分かった。

 

「 …そっか…、じゃあお願いしようかな…?……はは…いっ!? 」

 

集がそう言い照れ隠しに、うっかり腫れた頬を掻いてしまい思わず呻いた。

 

それを見ていのりが クスッと小さくふきだした。

集もつられて笑ってしまった。

 

暗い館内で小さな笑い声が二人分、ほんの数秒だけ響いた。

 

 

 

それから、集は谷尋の手も治療して欲しいといのりに頼み、いのりは少しイヤそうにしながらもそのお願いを聞いてくれた。

 

治療が終わってからしばらくして谷尋が目を覚ました。

 

「 起きた…?」

 

集は体育館に逃げ込んだ時より大きく、大量になった顔の絆創膏や湿布に敷き詰められた顔で谷尋に声をかけた。

 

「 集っ…お前……。」

 

谷尋が包帯を巻いてある、両手に気が付いた。

 

「 いのりがやってくれたよ…」

 

「 集っ、俺は……」

 

谷尋はなにか言葉を出そうと必死に探した。

 

「…谷尋っ…!」

 

その前に集が谷尋に声をかけた。

 

「 ……僕は…なにも言わないよ…。この先どうするかは谷尋が選択する事だ…」

 

谷尋はしばらく集の顔を見て、ふと微笑んだ。

 

「ーー集っ」

 

谷尋は集に声をかけると、なにかを集に投げた。

集がそれを受け取ると…、それはカメラのメモリーだった。

 

「お前と葬儀社を撮影したメモリーだ…」

 

谷尋はそう言うと微笑んだ。

 

「…ありがとな、集…。」

 

 

こうして集と谷尋はお互いの事を話さない事を誓い合い。

さらに二人だけ(いのりも可)の時はお互いの本音を出し合う事を約束した。

 

集はお互いの関係が一皮剥けた気がした…。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

『いのりんからの報告っ。目撃者の件は解決 今後は手出し無用…だって』

 

『いいの?』

 

ツグミがモニター越しで涯に報告する。

涯はその報告を聞き笑みを浮かべた。

 

「ーー好きにさせてやるさ」

 

涯はツグミにそう答えた。

ツグミは アイアイ と短く答え、通信を切った。

 

涯はしばらく笑みを浮かべたままだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「うーん」

 

「 私…いけなかった?」

 

「あっ…ゴメン!いのりが悪いわけじゃないんだ。」

 

集といのりは撮影のためにマンションの屋上に上がっていた。

 

「 星が見えたら…、イメージピッタリなのになって思って。」

 

屋上からは東京の風景を一望でき、元お台場の二十四区の中に骨組みのピラミッドの真ん中に巨大な塔がそびえ立つように貫いた一際目立つ建造物が見える。ボーンクリスマスツリーと呼ばれる、GHQの本部だ。

 

街は地上に星があるかの様に輝いているが、そのせいで空の本当の星が見えなくなっている。

集にはそれが不満なのだ…。

 

「 でも…きれい…。」

 

「……そうかもね…。そういえばいのり聞いていい? 」

 

撮影を続けながら集はいのりに話しかける。

 

「なにっ? 」

 

「いのりは、なんで歌を始めたの?」

 

「ガイが…歌えって…」

 

「……へえー…」

 

「でも…、歌は好き…楽譜の時は記号でも音になると心が見えるから…」

 

いのりは両手を胸に当て歌うように言った。

 

「色んな人のたくさんの気持ちが集まってくるみたいで…」

 

(その時だけは……私も他の人と同じ…? )

 

「シュウは人の気持ちが分かる? 」

 

「分かるわけじゃないよ、なんとなく察する事は出来るけど…」

 

集は頭を掻きながら答える。

 

「今の私…どう見える…? 」

 

集はカメラ越しと肉眼でいのりを観察してみる。

 

 

「 楽しそう……かなっ? 」

 

少し考えてから集は答える。

 

 

 

「うん……」

 

いのりは集の好きな柔らかな笑顔を浮かべた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

リビングのソファの上で眠っている集の絆創膏と湿布だらけの顔をいのりはなにをするでもなく見つめていた。

 

いのりの視線は自分の右手に移った。

 

それは集と初めて出会った時、ガラス片を握って切った手だ。

先程集が治療のお返しと言い、巻き替えた包帯がある。

それを見ていのりは自然に口の端を軽く持ち上げ、笑みを作った。

 

っと いのりの端末から呼び出し音が鳴り響いた。

いのりが端末に出る。

『 あいつはどうだ、何か" 変わった "はないか? 』

 

涯は挨拶も無く本題を切り出した。

 

「ーーシュウは面白い…。」

 

涯は少し目を細めたがそれ以上表情に変化を見せなかった。

 

「……それに…、一緒にいるとあったかい気持ちになる……」

 

涯はやはり黙ったままだ…。

 

「 ねえガイ…これってなに? 」

 

『 ……さあな…』

 

涯は答える気が無い様な声をだす。

 

『そうだ…、集にこう言え』

 

そして涯がその言葉を言う。

 

いのりは一瞬涯がなにを言っているのか分からなかった。

涯はそんないのりに構わず話を続ける。

 

『 あいつもやる気を出すだろう…、面倒だが王の力が在ると無いとでは…ーー』

 

 「ーー違う…」

 

いのりが涯の話に割って入る。

 

「 ……シュウは自分の世界が壊されそうになった時、初めて本気を出すの…」

 

涯は口を閉じ、いのりの言葉を黙って聞いた。

「……こんな言葉じゃ彼の心はーー」

 

『 …種は蒔いた方がいい…。頼んだぞいのり…。』

 

涯はそう言い残すと通信を切った。

 

室内は再び静寂に包まれた。

 

いのりは集のボロボロの身体に眼をやり、自分の新しい包帯が巻かれた右手にも眼を向けた。

 

 

「 ねえシュウ…あなたは私の事どう思う? 」

 

「 私の事…ちゃんと人間に見える…? 」

 

いのりは自分の中にある…あの剣を思い浮かべた。

 

いのりの疑問に答えを出すものは無く、部屋の中は相変わらず静寂に包まれていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

左腕の痛みもかなり引いて来た気がする。

まだ吊っているし、あまり激しく動かすと痛みがはしるので、まだ全快には程遠いがそれでも一日二日でここまで回復出来るのならば包帯が取れるのも遠い未来では無い気がした。

 

「 ……ねえ…、シュウ…。」

 

モノレールに揺られている集の、横に立ついのりが声をかけてきた。

集がいのりに眼を向ける。

 

「 ずっと側にいていい? 」

 

「 えっどうしたの急に…? 」

 

「 …知りたいのシュウのこと……、みんなのこと……。…だから……。」

 

「 ・・・・・。」

 

いのりの言葉は正直言って集にはかなり嬉しかった、今のところ集といのりを繋ぐものは葬儀社しか無い…、それを抜きにいのりとこれからも一緒にいられるのは集にとって歓迎すべき事だ…。

だがいつも通りに見えるいのりに集はなぜか違和感を感じた。

 

なんとなく悲しそうに見えたのだ…。

 

「 ……ねえ…いのり……。」

 

集が声をかけても、いのりはこちらを見ようとしない…。

やはり何か様子がおかしい…、今までも確かにいのりは反応が薄い少女だったが、それでもこちらの目を見ることくらいはしようとした…。

 

集は話しを続けた。

 

「 ……なんで、そんなに悲しそうなの? 」

 

いのりが集を驚いた目で見つめる。

「 いや、勘違いならいいんだけど。…なんか今のいのり…言わされてる感じがしたからさ………」

 

集はいのりの目を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「 もし僕の勘が正しいなら、聞きたいな……いのりがどう思ってるか、僕はいのりとは色々な事を抜きにして、一緒にいたい。これは紛れもない僕の本心だよ……。」

 

「 ………シュウ……、…私は…ーー。」

 

いのりが答えを口に出そうとした時…、モノレールの車両が突然急ブレーキをかけた。

 

集もいのりも前につんのめりそうになった。

 

集が車両の外を見ると…。

 

「 っ!GHQ!?」

 

外ではGHQの兵士が横一列に並んでいた。

 

ドアが開いて集は後ろから人の近づく気配を感じた。

VIPでも降りるのか? そう思った集が道を開けようとした瞬間、何者かが集の背中を突き飛ばした。

 

「 ……えっ!? 」

 

集は完全に不意打ちだったのと、左腕を吊っていたせいでバランスが取りづらかった事など様々な事が原因で車両の外に出てしまった。

 

集が自分を突き飛ばした相手がいるであろう方へ、顔を向けると………、

 

谷尋が立っていた…。

 

谷尋が自分を突き飛ばしたのだ。

 

「 悪いな。」

 

谷尋がそう言うのと同時に車両のドアが閉まり、発車した。

 

車両のドアの窓にいのりが心配そうにこちらを見ていた。

 

「 ……えっ…? 」

 

集は走り出したモノレールを呆然と見たまま状況が掴めずにいると…。

 

「 桜満 集くん。」

 

後ろから声を掛けられ集がそちらを見ると、紫色の髪に前髪を真ん中で分け、額と左眼に血のような模様があり、左眼の瞳が歯車のようになった奇抜な男が携帯を片手に軽やかな足取りで近付いてきた。

 

「 あなたを逮捕します。」

 

集のすぐ目の前に迫った男は、集にそう告げた。

 

 

( …………そんな、…谷尋これが君の選択なのか……? )

 

 

集の右手に冷たく、重い金属の輪が嵌められても集にはそれが目に入らなかった。

 

 

 

 




まさか一万文字いくとは思わなんだ。


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#10影像~trust~

かなり最近DMC1をクリアしました。(ノーマルですけど)
すごく面白かったです。(死にまくりましたけど…)

次は3に挑みたいと思います。

集の便利屋時代などの過去話については番外編とかで後々掘り下げられたらいいなと思ってます。

第10話です


 

 その街は誰に聞いてもスラム街と答えそうな程荒んでいた。

 真っ当な職に就いているとは思えない入れ墨だらけの屈強な男達が、昼も夜も関係なく歩き回っており、夜になると目に痛いネオンが町中を照らし出す。

 

そんな場所を走る東洋系の少年はさぞかし浮いていたことだろう。

赤みがかった黒髪に琥珀色の瞳を持った、まだ幼い背丈と容姿を持った少年は…彼に冷ややかな視線を送る男達を尻目に街の奥へと向かう。

 

少年もこの場所に着いたばかりの頃は、しょっちゅう彼らに何かしら因縁を付けられていたが、ゴロツキ達は少年が" あの店 "の住人だと知った時からは少年に近付く者は誰もいなくなった。

 

少年が今まさに向かっている最中の店の店長は、この街随一の" 変人 "だった。

便利屋を経営しているその男に手を出す者は、その男の事をよく知っている者からしたら愚か者そのものである。

天井高く積み上げられた報酬でも、男が気に入らなければ決して引き受けないくせに、胡散臭い依頼はタダのような報酬だろうが引き受けた。

 

その依頼も" 悪魔 "や、" 魔術 "が絡むような薄気味悪い依頼ばかりだった。

 

 

この街のゴロツキ達が大金を積まれても近づかないような店のドアを、少年は躊躇い無く引き開ける。

「 だから何度も言ってんだろ。その依頼は受けねえって…。」

 

ドアを開けた少年を最初に迎えたのは、時代遅れなダイヤル式の電話の受話器に向けて言い争いをするこの店の店長の姿だった。

 

「 どうしてもだっ、悪いが他を当たってくれ。」

 

その言葉を最後に男は受話器を電話器に置く。

 

「 誰から?」

 

男の電話が終わるのを待って、少年がソファに座り背負っていたリュックから本や束ねた紙を取り出し、前のテーブルに広げながら男に尋ねる。

 

「 ああっ?エンツォの野郎だよ" もう仲介手数料を受け取ったから依頼を引き受けてくれ "だとよ。」

 

男は自分の机に足をかけ、雑誌を広げながらぶっきらぼうに答える。

 

それを聞いた少年は深くため息をつく。

 

「 ダンテさあ…、もう悪魔関連の仕事しか引き受けないのやめなよ。」

 

少年にダンテと呼ばれた男は、うるせえな と雑誌から目を離さず言う。

 

「 ピザ屋のおじさんに" ツケがたまってんぞ "って毎日ヤジ飛ばされる僕の気持ち分かる?」

 

「知るか。お前が払っとけ」

 

ダンテは相変わらず雑誌から目を離さない。

 

「パティにまで心配かけてたよ?それにしっかり仕事しないとトリッシュさんやレディさんとまたもめるよ」

 

「その時はおめえを盾にするから大丈夫だ」

 

少年はダンテの言葉にしかめっ面をする。

その時、古めかしい電話からけたたましい呼び出し音が鳴り響く。

ダンテは雑誌から目を離そうとしない。

 

「出ないの?」

 

少年が尋ねても、ダンテは無反応だ…。

少年は先ほどよりも深いため息をつきながらダンテが足を乗せる机に近付き受話器を取る。

 

「はい、" デビルメイクライ "です」

 

『おおっ!坊主かダンテは?』

 

受話器から男の声が聞こえる。

少年の頭に、小太りで片腕の無い脂ぎった男の顔が思い浮かぶ…、エンツォからだった。

 

彼はやけに慌てた声で依頼の内容を早口で少年に伝える。

なにか怖がっているような印象だった。

 

依頼の内容は、前に少年とパティがダンテにしっかり仕事をさせようと画策し、パティが用意したものと一致した。

確か彼女は自分の実家にいる使用人にエンツォづてにダンテに依頼をさせると言っていたはず、そしてその使用人の中にマフィアの様な強面の大柄の男性がいたはず…。

 

少年がそこまで思い返したところで、ダンテの方に目線を向ける。

彼の瞳が目に入った。

この国ではたいして珍しくない青い色をしている。

 

少年は過去に一度だけ、ダンテの瞳の色が血の様に赤く染まったところを見た事がある。

 

少年が彼に救われた時だ。

 

少年は今では見間違いだったと思っている。

ずっと赤い空間で絶望的な時間を過ごした自分は現実には無いものを見たのだと。

 

「なんだ?人の顔ジロジロ見て…」

 

少年の視線に気付きダンテが声をかけた。

 

少年はなんでもないっと首を横に振り言った。

 

「報酬悪くないよ?」

 

「だから言ってんだろが俺はーー」

 

ダンテが言い終わるのを待たず…。

 

「はい、引き受けました」

 

「おいっ!何勝手に……」

 

「ダンテっ!世の中なんでも自分の思い通りに行く仕事なんて無いんだよ?」

 

少年がダンテを咎める。

 

「 エンツォさんだって色んな事を一生懸命…ーー」

 

「 ああっ!もう分かったよ……負けたよ…。」

 

ダンテが雑誌を机に放り投げ、椅子から立ち上がる。

少年は頷き、机の横にある床下収納スペースを開き、自分の荷物を取り出す。

ダンテは赤いレザーのロングコートを着て、巨大なギターケースを背負ってドアの前に立っていた。

ギターケースの中身がギターでは無い事くらい、少年はとっくに理解している。

「遅えぞっ、シュウっ…」

 

「急にやる気出さないでよダンテ…」

 

集とダンテは言い合いながら両開きのドアを押し開けた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

随分と懐かしい夢を見ていたな…真っ白で殺伐とした部屋で集は目を覚まし、そう思った。

 

集の服装は学校の制服から、白く簡素な服に着替えさせられている。

 

身体を起こそうとして、ふと自分の右手首に嵌められた手錠が目に止まる。

右手首から腰の皮のベルトに繋がれた簡単な拘束だが、左手の使えない集には十分だった。

それに加え両足を繋ぐ鎖で集はほぼ動けなくなっていた。

 

あのGHQの嘘界という男に連行された集は" GHQ第四隔離施設 "の一室に拘束されていた。

おそらくこれから集に対して尋問が行われるだろう。

 

(谷尋…どうして…)

 

昨日集は彼と初めて真の意味で親友になれたと思っていた。

しかし彼は集を裏切り売った。

 

今はいくら考えても答えなど出るはずがない、集はそう考え頭を冷やすためにいったん思考を打ち切った。

 

(あれは…いつの頃の夢なんだろ……)

 

自分が流暢に英語を話せるようになったのは大体半年ほど経ってからだった。

だから、あの記憶はそれ以後という事になる。

集はぼんやりとそんな事を考えていた。

 

ふっ、と集が笑みを浮かべる、先日集は祭に対して今いるここも五年前までいた場所と同じくらい大切な場所だと言ったはずなのに、今このように思い出すのは大切な友人達では無く" 彼 "の事である事に対する自重的な意味を持つ笑いだった。

(あれだけ格好つけた事言ったのに…ハレには知られたらなんて言うかな……。)

 

集はなんだか祭に申し訳なくなってきた。

 

「よく眠れましたか?」

 

集が声を掛けられた方を見る。

あの嘘界という男だった。

 

「そろそろ尋問のお時間です。準備はよろしいですか?」

 

集に嘘界の後ろにいた兵士が近付いてきた。

 

 

「さてっ、この男が恙神涯…葬儀社のリーダーです」

 

取り調べ室に着いた嘘界は集と机を挟んで向かい合って座り、涯の写った写真を見せながらそう言った。

 「知ってますよ。テレビでさんざん見ました」

 

「そしてこちらが君の友人が送ってくれた写真です」

 

嘘界はそう言って今度は集と涯が一緒に写っている写真を見せた。

集はやはり表情一つ変えずそれを見ていた。

 

「何故君の様な少年がこの日ここにいて涯と話す事になったのですかね」

 

集は眼を動かし、嘘界を見る。

 

人を喰い物にしてる人間の目だ それがこの男に対する集の第一印象だった。

このような目の人間は集は五年前まで嫌というほど見て来た。

実際に集自身は過去に何度もこのての人間に命を奪われそうになった。

 

「その" 恙神涯 "に確認してみて下さい。おそらく他人の空似だと分かるでしょうから…」

 

(この状況でよくここまで落ち着いていられますね…。)

 

嘘界は変な人間に絡まれたというような表情の集にそんな感想を抱いた。

たとえ無実の人間でも、この状況に陥いれば不安と恐怖で落ち着かなくなるはずであるが、目の前の少年にはその影が一切見られない……。

 

まるでこの程度なんでもないかの様に…。

 

「しかし桜満君、君のその左腕…どの病院に問い合わせても君を治療したという病院が一切見当たらないのですが、君は一体どこで治療を受けたのですか?」

 

集はその質問を沈黙で返す。

 

「……桜満君ここの食べ物は美味しくないよ?パズルが解けるまで君はここから出られません。」

 

嘘界はそう言うと、後ろの兵士に集をもとの部屋に戻すよう命じた。

 

「……全く、これは案外時間がかかるかもしれませんねえ……」

 

一人で取り調べ室に残った虚界はそんな事をつぶやいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「集がGHQに逮捕された!? 」

 

朝のHR前の教室に颯太の声が響く。

 

「なんであいつが…」

「私もビックリして先生に聞いたけどなにも分からなくって…」

 

花音と颯太の会話は祭の耳にも届いていた。

 

「 ……嘘…、集が…捕まるなんて…。」

 

祭は呆然と呟いた。

 

「本当だよ」

 

いのりが祭に言う。

 

「楪さんも見てたの!?なんで集が捕まったか知ってる?」

 

「なにも…」

 

祭の言葉にいのりは首を振る。

祭は そんな と悲鳴の様な声を小さく上げ両眼からぼろぼろと大粒の涙が溢れだす。

 

( この子…泣いてる……。)

 

いのりは肩を震わす祭を見て、なんともいえない痛みが胸に広がった。

 

( またっ、この痛み…シュウが撃たれた時も……。

これが悲しいって気持ち…? )

 

いのりには何も分からなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

『桜満博士の息子を拘束しただと?』

 

「葬儀社に関与した容疑で拘束しました」

 

モニター越しの茎道の言葉に虚界が答える。

 

「お気に入り触りましたか?」

 

茎道は一瞬目を横に向ける。

おそらく桜満春夏の様子を伺ったのだろう。

 

『時間は稼ごう…。ところで君の心証は?』

 

「クロです。彼が葬儀社に関わっているのは間違いありません」

 

茎道の質問に虚界は楽しそうな笑みを作りながら言った。

 

「 とはいえ…リーダーの名を呼び捨てにしたり、テロリストにありがちな思想に固まった感じは今のところ感じません…、ただのメンバーではなさそうです」

 

そうか と茎道は頷いき虚界のモニターに映像を写した。

 

『見たまえ、七分前に様々なニュースポータルに一斉送信されたらしい。』

 

映像には涯による犯行予告の映像だった。

 

『明日、我々葬儀社はGHQの第四隔離施設を爆撃する。』

 

虚界は顎に手を当ててその映像を見ていた。

 

『抵抗は無意味だ…。我々は必ず" 同志 "を救い出す』

 

しばらくその映像を見ていた虚界はニヤッと笑った。

 

「…局長、一つ閃いたのですが」

 

その顔は集が見ていれば、背筋に寒気が走るような笑みだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「切れ込みくらい入れてよ……」

 

集はブツブツぼやきながら右手一本でソフトメンと格闘していた。

集が勉強を教わっていた修道院でも食べた覚えのある懐かしいものだったが、あの時も袋を開けるのにやたら時間がかかったうえに今回は片腕で開けなければならない。

 

集がソフトメンの袋を歯で噛み切ろうとしていると…。

GHQの職員が部屋のドアを開けた。

 

( また尋問か…。)

 

集は少しうんざりしながら席を立った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どこへ向かってるんですか?」

 

車の中で集は隣に座る嘘界に尋ねる。

部屋を出た集に嘘界が状況が変わった と言い、集と共に車に乗車した。

 

「少し君にお見せしたいものがあります。」

 

集の質問に嘘界はそう答えた。

 

車は集のいた施設と同じ敷地にある建物に着いた。

「どうぞ?」

 

虚界はそう言って集に手を伸ばしてきた。

集はそれを無視して車から降りた。

さすがに露骨過ぎたかな? 集はそう思い虚界の顔を見るが虚界は特に機嫌を損ねた様子も無く歩き出した。

建物に入る虚界に集も続いた。

 

「見せたいものがあるって何ですか?」

 

集が尋ねると虚界は振り向かず答える。

 

「寒川君がなぜ君を売ったか…その理由です。」

 

「……っ!! 」

 

集の顔が嘘界と会って初めて大きく変化した。

 

「彼は中毒患者では無く売人です、あの日六本木にいたのもその取引のため…。

彼にはどうしてもお金が必要な理由があったのです」

 

「…ここはどこですか?」

 

「隔離用の病棟ですよ…。ご覧なさい」

 

嘘界は集にガラスの向こうの空間を示す。

ガラスの向こうは広い空間で集達の立っている二階まで吹き抜けになっており、下の一階にはたくさんのベッドが所狭しと並んでおりその全てのベッドの上で人が寝ていた。

 

そのうちの一つのベッドのそばに……。

 

「ーー谷尋っ?」

 

ベッドで寝ている患者の少年の手を谷尋が握っていた。

 

「彼の名は、寒川 潤≪さむかわ じゅん≫……。

谷尋君の弟です。」

 

集は谷尋の弟『潤』の姿を見て凍り付いた。

 

彼はアポカリプスウイルスに感染している様だが、その姿はまさに異形と化していた…。

 

顔の半分と右腕は完全に結晶に覆われ、もはや元の形がどのような形か判別できなかった。

 

「ーー初めて見ますか?ステージ4まで進行したアポカリプスの患者です。」

 

言葉を失う集に虚界が言う。

 

「ここは不慮の事故や、ワクチンが体質が合わずに発症してしまった人々を救済するための最先端の施設でもあるのです。」

 

虚界の言葉で……、

 

( そうか…谷尋が僕を売ったのは……弟の治療費のため…。)

 

……集は全て把握した。

 

 

 

彼はずっと苦しんでいたのだ…集と出会うより前からずっと一人で…。

集や他の生徒達を助ける中で、谷尋はいつ潰されてもおかしくない絶望の中でずっと戦っていたのだ…。

 

言って欲しかった…犯罪に頼るより前になぜ自分達を頼ってくれなかったのか…。自分になにか出来る自信は無いが、それでもなにも知らずのうのうといつも来る日常を甘受するよりは遥かにましだ、集はそう考えた後歯を食いしばった。

 

たとえそうなっても、それはただ集自身の自己満足にしかならない自分になにか出来ることがあるとはとても思えなかった。

集の目からぼろぼろと涙が溢れて来る。

この涙がどんな意味を持って流れてくるのかは集にも分からなかった。

嘘界はその集を黙って横目で見ていた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

集は同じ建物の中の一室に通された。

 

「十年前のロストクリスマス以来、この国は狂ってしまった……」

 

集に紅茶を差し出しながら嘘界は話した。

 

「しかし我々GHQの尽力のお陰でアポカリプスウイルスを抑え込む事に成功し、世界は一定の秩序を取り戻しました。」

 

既に集は元の無表情に戻っており…嘘界の話をちゃんと聞いているのか分からない。

 

「 ですが、あの患者達が物語るようにロストクリスマスはまだ終わっていないのです、我々は現在も戦っている。善意を押し売るつもりはありませんが大義ある戦いだと思っています。」

 

「だから許せないのです。我々が必死で守ろうとしている秩序を乱そうとする葬儀社が……」

 

(さて、これ以上の仕込みは無駄なようだ……なら導くとしましょう)

 

嘘界はなんの表情も見せない集を見てそう思った。

 

「桜満君、私には分からない…なぜ君のような賢い少年が彼らに手を貸し…我々の" 善意 "を踏みにじろうとするのか?」

 

(あれのどこが善意だ……。)

 

集は六本木での事を思い出しながらそう反論しようとしたがなんとか抑え付けた。

この手の輩は感情的になるとつけ込まれる。

堪えるしか無い何を言われようとも……。

 

( まさかここまで頑なとは…、ここで食いつく予定だったのですが…。)

 

虚界は集の精神力に改めて驚嘆した。

しかしあの親友のもうひとつの悲しい姿を見た時の集の涙を思い出し虚界は心の中でほくそ笑む。

 

「 あなたは恙神涯を救世主だと思っているようですが、ならばなぜ!市民を大量虐殺した犯人を解放させようとするのですか!?」

 

「 ……どういうことです…?」

 

集は相変わらず険しい表情で嘘界に尋ねる。

 

「実は昨日葬儀社から『同志』を奪還するという声明が発表されました。」

 

「……同志…?」

 

木戸 研二(きど けんじ)、あのスカイツリー爆破事件の犯人です。GHQの本部が置かれたという理由で周辺住民もろとも虐殺した事件…葬儀社はその犯人を力尽くで奪うと言ってきたのです。」

 

嘘界は集の目を真っ直ぐに見て言う。

 

「 こんな爆破魔を助けようとする男が正しいと心から言えますか?」

 

「……僕と彼は関係無いです何度言わせる気ですか」

 

嘘界は多少集の涯への不信感は芽生えただろうと考えた。

その証拠に" 無表情に険しい顔 "だったのが" 苦痛に堪える様な険しい顔 "に変わっていた…無論、集は無意識だろうが。

 

「桜満君ひとつお願いが…」

 

嘘界はそう言うとひどく無骨なボールペンを取り出した。

 

「これは発信機です。恙神涯と一緒の時『青・青・赤』の順に押して下さい…それで彼には相応しい罰が下るでしょう……たとえどこに居ようとね…。」

 

集は微動だにせずそのボールペンに目を向ける。

 

「ーー楪いのりさん…有名なwebアーティストらしいですね…。」

 

いのりの名を出した途端、集の身体がビクッと震えた。

 

「もし君が拒むのなら…次は彼女に頼まなければならなくなります。」

 

 

 

……殺す………

 

 

はっきりそう聞こえそうなほど濃厚な殺気を集が纏った。

 

 

嘘界は今度こそ本気で驚愕した。

資料で彼の事を調べたが確かに普通の学生だったのだ、それがここまで冷たい殺気を放てるはずが無い。

 

(ーーこの少年は何者なのでしょう……。)

 

嘘界はゾクゾクとした興奮に秘かに胸を躍らせた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『ーーーーー、ーーーーーーー。』

 

映研の部室に『EGOIST』の曲が響き渡る。

いのりは集の作ったpvを見ていた。

 

「…シュウ…」

 

いのりの胸は痛みと寒さに支配されていた…。

 

『失った時は胸が…心が痛いんだ』

 

集の言葉が思い出される。

 

( ……これが…心が…痛い…?)

 

「…シュウなら…分かる?」

 

いのりの呟きは廃墟の静けさに溶けていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ーー出ろ、弁護士の接見だ…」

 

集の部屋に警備員がやって来た。

警備員は集の右手に手錠をかけ面会室へ連れて行った。

 

 

「やあ集君はじめまして」

 

集はその人物を見て、しばし呆然とした。

椅子に座らされて手錠を外される。

 

「私が君のお母さんの依頼を受けて君の弁護を担当する。メイスンだ…。」

 

「…はい?」

 

集から思わず間抜けな声が漏れる。

 

涯だった…。付け髭を付け伊達眼鏡をかけ変装をしていた。

集が見た涯からは想像出来ないほど冴えない雰囲気だった。

 

「ーー安心していい僕がすぐ家に帰してあげるからね。」

 

絶句する集を無視してメイスン改め涯は話し始める。

 

『カメラとマイク潰したよ』

 

集の耳に僅かに涯の耳に付けた通信機からツグミの声が聞こえて来た。

 

「よし、全員スタンバイ開始」

 

涯の顔が集の知っている涯のものとなる。

涯は付け髭と伊達眼鏡を外し足を組み、集を冷たく見る。

 

「いいざまだな…」

 

「……あなたがここいるという事は、こうなる事は予測済みだった…という事ですね」

 

「…ここに捕らわれてるある人物を脱出させる。」

 

涯は集の言葉を無視して話し始める。

 

「……木戸研二…ですね…。」

 

「そうだ。これから大雲達が襲撃をかける…お前はここを出たら直ちに地下独房の木戸と合流し奴のヴォイドを取り出せ。」

 

涯はスラスラと集に作戦を告げる。

 

「…待って下さい僕はあなたに従っていいんですか?」

 

「……何が言いたい…」

 

涯が集を睨みながら言う。

 

「…分かりませんか…?」

 

集はそれに怯む事無く問い続ける。

 

「ーー僕はGHQを信用してなければ、葬儀社…いや‥あなたの事も信用していないと言っているんです 」

 

「……なにを吹き込まれた…」

 

「…誰に何を言われたかなんて関係無い!これは紛れもない僕の中にくすぶっていた疑問だ!」

 

集は涯の目を真っ直ぐに見据え問う…。

 

「……涯、葬儀社の…とか関係無く、あなたの目的あなた自身の戦う意義を……リーダーとしてじゃなくて恙神涯として答えてくれ!!」

 

集の言葉に涯は目を細めた。

その時部屋の電気が消え、補助照明に切り替わった。

「作戦を開始する。」

 

涯が通信機に向け言葉をかける…それからすぐ集に向き直った。

 

「何故そんな事が知りたい…?」

 

涯の言葉に集は一瞬目を伏せ言った。

 

「……僕は知りたいんだ。涯の事を…、なにも知らないまま恨んだり甘えたりしたくない…。」

 

「 ………………」

 

涯はしばらく黙っていた。なにか答えようとしているのか、質問を無視して命令しようとしているのかは集には判別出来なかった。

 

外から建物内から爆音が聞こえる中集と涯は無言で睨み合っていた。

 

 

 

『シュウ…聞こえる…?』

 

涯が机に置いた通信機から声が聞こえて来た。

 

「っ!…いのり!?」

 

『 よかった。待っててねシュウ…今行くから…。』

 

集が聞き間違えるはずは無かった。

たった一日聞いていなかっただけのはずの声が、なぜか集にはひどく懐かしく感じ胸いっぱいに安堵感が溢れて来た…。

集の目頭が熱くなる。

 

「待機だと命じたはずだ!なぜお前が!」

 

涯の声に集の意識は戻される。

 

( いのりが涯の命令を無視した?…どうして…。)

 

『いのりんは集を助けに向かったのよ!』

 

「 っ!! 」

 

集の疑問をツグミの声が晴らした。

 

「ーー涯っ!!いのりはどこに向かってるんだ! 」

 

集は涯に詰め寄る…。

 

「…………」

 

涯は再び集を黙って見つめた。

 

「ーー答えろ!涯っ!! 」

 

集はガラスを叩き苛立ちを隠そうとはしなかった。

いのりを助けなければ! その想いだけが集の頭の中で渦巻いていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「ーー予告通り来たか……」

 

ヤン少将がモニター越しに煙を上げる第四隔離施設を見つめる…建物のあちこちから度々閃光が走るのが見える。

 

「ーーでは手はず通りに頼みますよ…。」

 

ヤン少将は後ろに立つ男に声をかける。

 

男はオールバックの黒髪に鼻の下に髭に、アンチボディズと同じ白い服だったが西洋貴族風の服装だった。

 

「 ウロボロス社 社長、アリウス殿…」

 

 

「ええお任せ下さい必ずや少将殿のお気に召します故、我が社の製品その威力…とくとご覧あれ……」

 

アリウスはそう言い…口端を歪めた。

 

 

 




次回ついに

" 奴ら " が姿をあらわす!


回想のダンテ…アニメ版のを参考にしたけどあれでいいのか?


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#11宿敵~devil~

お気に入り登録数60到達するとは思って無くてビックリしました。

需要あるかな?って思いながら始めたのにこんなに見てくれる方がいて、本当に嬉しいです。

がんばって完結までもって行くのでこれからも応援よろしくお願いします。


第十一話です


 

 

「 …ああっもう、走りづらい!!」

 

集はそう叫ぶと走りながら顔面の絆創膏や包帯を剥ぎ取った。

集はそれを廊下に投げ捨てると、左腕を吊るす布も首から外し放り投げた。

 

集は自分が幽閉されていた独房を目指していた。

 

涯の代わりに、ツグミがいのりは自分のいた独房の場所をダウンロードしていると言ったのだ。

それを聞いた集は、入って来た警備員を突き飛ばしここまで走って来た。

 

集は両手を大きく振り全力で走っていた。

左腕から響くような痛みが頭を襲うが、走ること自体にたいして支障は無い。

 

走りづらいこの施設の靴はとっくに脱ぎ捨て、集は裸足で冷たい廊下の床を蹴っていた。

 

途中で出くわした兵隊は、蹴りと体当たりで気絶させた。

 

「ーーよしっ、ここを登れば……。」

 

自分のいた独房まであと少し、そこまで行ければいのりと合流出来る。

集は、はやる気持ちを抑えることが出来なかった。

 

集の向かう階段のすぐ横の通路から、突然飛び出してきたエンドレイヴに集は反応が遅れた。

 

「 なっ!くそこんなところで……。」

 

集はここをどう抜けるか考えていた時……。

 

『ーーあんたっ!いのりに何したの!! 』

 

エンドレイヴの外部音声から少女の怒りに満ちた声が響いた。

 

( …っ!この声って葬儀社の……。)

 

集は聞き覚えのある声に安堵し声をかけた。

 

「 丁度良かった!もし時間があれば僕をいのりのとこまで運んでもらえますか!! 」

 

「 っ!!……ああもう作戦メチャクチャにしてくれちゃって…こっちは初めっからあんたを連れに来たのよ! 」

 

集はそれを聞くと、集を摘み上げようと手を伸ばす機体の手を足場にして機体の肩に飛び移った。

 

「 っで、さっきのいのりがどうのってどういう事?」

 

集の問いに機体の少女は、さらに大きな声で怒鳴り散らす。

 

『 じゃなきゃ、あの子が命令に逆らうわけ無いでしょ!!しかもよりによって涯の命令を……!!』

言いながら機体は走り出す。

 

敵の機体からの砲撃をかわしながら猛スピードで目的地周辺を目指す…。

 

「 …………っ?」

 

集が彼女の言っている事を整理しようとした時…、機体の進行方向に何か妙な影が見えた。

 

黒い影のようなものが、進行途中にある扉の閉まった部屋に入り込んでいた……。

 

まるで地面に撒かれた墨のような影は、扉の隙間に際限無く湧き、入り込んでいた。

 

「 ……あれって…。」

 

あそこには確かシーツや毛布や布団などが置いてある、リネン室だったはず……、っと集は自分の記憶を参考に部屋の詳細を確認した。

 

集にはその影に見覚えがあった。

 

あの異形の右手を持つ心優しい銀髪の青年と出会った、フォルトゥナという都市でも………。

 

「ーーーっ!!だめだ止まれ!! 」

 

集は頭の中にある、生きるための生存本能からの警告に従い機体の少女に叫んだ。

 

『ーーはあっ!? 』

 

彼女は集の突然の警告に驚きはしたが、すでに機体はリネン室の真横に到達していた。

 

その時リネン室の扉周辺の壁が、まるでなにかがとんでもない怪力で壁を押しているかの様に不自然に歪んだ。

 

綾瀬はヒビが入る間も無く、崩壊した壁に驚いたが……その中から飛び出してきたもの達に声も上げるのも忘れた。

 

大量の布で身体を覆った奇妙な人間が、腕と同化している刃物を振り上げ襲いかかって来たのだ。

 

しかし機体の速さには追い付かず、刃物は空を切る。

 

床に突き刺さった刃物を抜こうとする奇妙な人間の後ろから、同じ風貌をしたもの達が押し寄せる様に廊下に殺到した。

『 ……なによあれ…。』

 

人の形をしていたが…集団の一体一体が人間とは思えないほど気味の悪い動きをしながら、綾瀬の機体に追いすがる。

その光景に綾瀬は血の気が引くのを感じた。

 

「 ………悪魔だよ…。」

 

『 はっ?あくま…?あんた何言ってんの……。』

 

一瞬っ真剣な声で言う集の言葉を笑い飛ばそうとした綾瀬だったが、後ろの連中を親の仇の様に見る眼に、綾瀬は冗談を言っている様に見えなかった。

 

 

『 ほーーひゃははははは!』

 

機体に追い付いた一体が、飛び掛かってきた。

 

五年ぶりに集の前に姿を現した " 宿敵 " は楽しそうな笑い声を上げながらその凶刃を集に突き立てんと振り下ろした…………。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

夜空の風を浴びながら、建物の上を駆け抜ける…。

 

「 まってて…、シュウ…。」

 

いのりはもう何度目かわからない、集への言葉を呟いた…。

 

いのりの周囲を無数の弾丸が飛び交う。

それを気にも止めず走り続けた。

 

少年が待つはずの場所へ……。

 

集の笑顔がいのりの頭から離れなかった。

 

(……もうすぐ会える…。)

 

さっきまで感じていた、胸の痛みと寒さはいつのまにか消えていた…。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

飛び掛かってきた悪魔 スケアクロウ を綾瀬は殴り飛ばした。

 

『にょげっ!?』

 

そんな声を上げながらスケアクロウは一、床を跳ね壁に激突して黒いものを噴き出しながら、まるで空気が抜けたかの様にしぼんでいった。

 

『 なによ、あいつら不気味な奴ら!』

 

綾瀬はあまりにも手応えが軽く、まるで風船の様に吹き飛びしぼんでいくスケアクロウを見てそう言った。

 

「 あいつらは" スケアクロウ "っていって、布の中にホコリとか小さい物に乗り憑った悪魔とか魔界の蟲とかが大量に入り込んで産まれる悪魔なんだよ!」

 

そう言う集の視線の先で、先程綾瀬が吹き飛ばしたスケアクロウに再び大量の黒いシミのようなものが入り込み、何事もなかったかの様に笑い声を上げながらヒョコヒョコと酔っ払いの様に立ち上がる姿があった。

 

『だからっ!悪魔とかなに言ってんのよあんた!! 』

 

綾瀬はまるで出来の悪い悪夢の中にいる気分がした。

 

『綾ねえっ!敵の追撃来るよ!』

 

ツグミの叫びと同時に機体の真横で爆炎が砂塵を撒き散らしながら立ち昇った。

『っく!』

 

綾瀬はさらにスピードを上げ、それをかいくぐった。

 

『 ちゃんと掴まってなさいよ!』

 

「今さら言わないでよ!」

 

綾瀬にそう返した集がもう一度後方を見て、また綾瀬に声を上げた。

 

「まずい!そこ早く曲がって!!」

 

『どっちに!?』

 

「いいから曲がって!!」

 

綾瀬が右側の通路に抜けたほぼ同時に、先程までいた通路が今までとは比べ物にならないほど巨大な炎に包まれた。

「 くそっ、あいつらまで!」

 

そう呻く集の視線の先で、蹄の様な足音が聞こえた時…その足音の主達が姿を現した。

 

『 なに今度は…犬?』

綾瀬の言う通りそのシルエットは犬としか表現のしようがなかった。

しかし犬とは決定的に違う…。

 

燃えているのだ。

 頭と手足が炎に包まれ、胴体を鉄の筒に覆われており、剥き出しになり炎に包まれた頭や手足と尾は骨だけになっており、それでも生物感のある動きで集達に迫るその姿は、地獄で罪人を追い回す猟犬の様だった。

 

『あんたっ、あれの事も知ってるとか言わないよね!』

 

「気を付けて!あいつらは" 頭を撃ってくる " !!」

 

集が言い終わる頃に、炎の犬の悪魔" バジリスク "は炎に包まれた頭部を集達目掛け砲撃して来た。

 

『っ!!』

 

綾瀬はその"弾丸"を紙一重でかわし、その猟犬達に視線を向け再び驚愕した。

 

撃ち出し弾丸となった頭部が、ボンッという激しい炎と共に再度首の先に生えてきたのだ。

 

『 冗談でしょ…。』

 

「バジリスクっていう悪魔だ…ああやって無限に頭を発射してくる気を付けて!」

 

(ーーだけどあれは人の手で作られた、" 人工悪魔 "だ。スケアクロウはともかく…決して自然に現れる様な悪魔じゃない…。)

集がバジリスクの名称を知ったのも、"製造者"の資料に目を通したからだ。

 

見るとバジリスクの後ろから、無数のGHQの機体が後に続いて来た…。

 

「 ーーーーっ!」

 

何故ここに人造悪魔がいるかなど分かりきっていた…。

 

ーー造り…。

自分達を狩る兵器としてここに放った者がいるのだ。

 

集は奥歯から音が出る程、食いしばった。

集もこの日が来る事を覚悟していた。

しかし、その後ろに立つ強大過ぎる影に…、自然と集の手に力がこもり握り拳を作った。

 

『もうっ厄日だわ!』

 

綾瀬はそう叫ぶと、走行しながら背後を振り向き銃を発砲した。

GHQの機体は銃弾を受け爆発したが、三体のバジリスクは床と壁と天井を蹴り、器用に銃弾を避け逆に撃ち返して来る。

 

『ちょっと無茶するからもっとしっかり掴まってなさいよ!』

 

言うが早いか機体は通路の手すりを破壊して下の広場に落下した。

 

ビルの様にそびえ立つ、この建造物のほぼ中央に位置する広場から上を見上げれば各階が吹き抜けになっており…。

ガラス張りの天井から空を見ることが出来る。

 

しかし機体の肩から飛び降り、上を見上げた集の視界に天井は入らなかった。

 

「くそっ……袋の鼠か…。」

 

吹き抜けになった各階から、GHQの機体にバジリスクそれにスケアクロウが飛び降りて来た。

もちろん集達が立つこの階からも悪魔と機体が入り乱れ殺到する。

 

『ーーくっ! 』

 

綾瀬が向かって来た機体と組み合った。

ガリガリと足元の床を砕く。

 

『 ねえあんたあの変な奴らの事、どうしてそんなに詳しいの!? 』

 

「 その話…今じゃなくちゃダメ?」

 

綾瀬の問いに集は皮肉たっぷりに返す…。

集は自分に向かって来たスケアクロウの刃を手すりの破片で受け流す。

 

『…ああ、もう倒し方だけでいいから教えなさい!』

 

綾瀬は機体の胴体に銃口を押し付け撃つ…。

エンドレイヴの胴体は二つに離れ、床に崩れ落ちる。

 

集はガラ空きになったスケアクロウの胴体に蹴りを入れる。

 

「 撃って!!大きな損傷を与えれば殺せる。」

 

集の蹴りはスケアクロウにはたいして効き目は無く、若干フラつかせただけだった。

 

『 じゃあどいてなさい !!』

 

「うわっ、ちょっと!」

 

集が慌ててその場を飛び退くと、床とスケアクロウの身体のあちこちに巨大な穴が空いた。当然、集が先ほどまで立っていた場所にも銃弾がいくつもの大穴を作り出した。

 

「 ………。」

 

集が綾瀬を恨めしそうに睨んだ。

 

『ほらっ!次来るわよボケっとしない!!』

 

綾瀬はそんな集に構わず叱咤をかます。

 

周りを見れば数体のエンドレイヴに混じり、大量の悪魔の姿があった。

今はまだ…スケアクロウとバジリスクしか見当たらないが、このままだと次に何が投下されるか分かったものでは無い。

 

その時集達の頭上にある連絡用通路が爆発した。

 

「 っ!!」

 

集が驚いて上を見上げると…。

誰かが呻き声を上げながら噴水に落ちて来た。

噴水から水飛沫が上がる。

 

「 んーんー!!」

 

噴水から顔を上げたのは猿轡を付けている、集とほぼ同年齢の少年が集を見て呻き声を上げた。

集は少し上の階を見上げる…。涯が集を見下ろしていた。

分かっているだろう? 集にはそう言っている様に見えた。

 

噴水にいる少年の目を見る…。

 

( あれが木戸研二…? )

 

集の足元から光が浮かび上がる。ここまで何度も感じたあの感覚だった。

 

「 …っ!」

 

集は駆け出し、研二の胸元に右手を突き出した。いつも通り集の右手は光を発しながら、身体の中に潜り込んで行く…。

 

「 っうう!」

 

研二はくぐもった声を上げる…。集が腕を引き抜くと銀色の結晶が弾け、形を造り出した。

 

「 ……銃…なのか…? 」

 

作り出された物体は、確かに引き金と銃口が付いていたが銃口が妙に広く、銃身が短い無骨な造形だった。

引き抜いた銃を眺めていた集は、突如背後からの殺気に振り向いた。

 

スケアクロウが飛びかかって来るのを見た集は、研二を噴水から引きずり出しながら転がる様に刃を避けた。

集は振り返りざまスケアクロウに銃口を向け、引き金を抜いた。

 

「 あれ……? 」

 

何も起こらなかった。銃口は沈黙したまま光も音も無かった…と思いきや銃口からかすかに緩やかに光が漏れ始めた。

 

「 ーーっだ!?」

 

突然衝撃が襲い集は後ろにつんのめった。衝撃と共に銃口から放たれた弾は、再び向き直ったスケアクロウの腹の真ん中に命中し、スケアクロウをシャボン玉の様なもの中に閉じ込めた。

スケアクロウを閉じ込めたシャボン玉は、そのままフワフワと宙を舞いさらに上へ昇って行った。

 

「 そうか!この銃の能力って……。」

 

集は綾瀬に襲いかかっていたGHQの機体に狙いを付け、引き金を引いた。

銃から小さい光弾が放たれ、機体に命中するとその機体もシャボン玉の様なもので包まれ…空中に浮かんでいった。撃つ度に左腕に激痛が走るが、気にしていられなかった…。

 

集は立て続けに周囲の悪魔と機体を次々と空中に拘束する。

 

この" 銃 "のヴォイドの能力は、重力操作。

一撃でエンドレイヴを撃退出来る手段の無い集にはちょうどいい武器だ。

 

…しかし、

 

『 くっ…数が……。』

 

「 さばき切れない…多すぎる…」

 

集と綾瀬はお互いに背中を合わせ、周囲の敵と対峙する…。

悪魔とGHQの機体はジリジリと、まるで獲物を追い詰める狩人の様に距離を詰めて来る。集がスケアクロウとバジリスクが数体かたまっているところに纏めて浮かそうと銃を向けるが、中断せざるおえなかった。

 

『武器を捨て投降しろ…』

 

集が引き金を引く前にGHQの機体が、集に銃口を向け警告した。

集は歯を食いしばった…。

 

( くそっ、ここまでか…? )

 

集が諦めて銃から手を離そうとした時…。

 

「 シュウーーーー!! 」

 

集達の頭上から、少女の声が聞こえた…。

 

「 いのりっ!? 」

 

紛れもなくいのりの声だった。集が頭上を見上げると…。

いのりがガラス張りの天井から落下するところだった。赤い服が風を受けて上に向かってたなびく…。

 

『「 なっ!? 」』

 

集と綾瀬が同時に声を上げる。いくらいのりが並外れた身体能力を持っていても、高層ビルとたいして変わらないあの高さから落ちればまず助からない。

 

集はそこまで頭が回る前に、噴水に向かって駆け出した。

 

『 おい待て!』

 

GHQの機体は集に発砲しようとしたが、綾瀬が腕を掴みそれを阻止した。

 

集はそれには目もくれず…銃を足元に向けた。

 

「 まにあえええええ!! 」

 

銃口から…今までとは比べ物にならないほど巨大なシャボン玉が、集も綾瀬の機体も、周囲のGHQの兵隊やエンドレイヴ、悪魔達をも包み込み、広場の噴水の水も巨大な水滴となり全ての物を空中に持ち上げた。

 

集は水滴と噴水を蹴って、空中に飛び上がった。

 

いのりはシャボン玉の中に入った途端に、重力操作の恩恵を受けて減速し、風船の様に空中にとどまった。

 

「 いのりっ! 」

 

「 シュウ……。」

 

集といのりはお互いの顔を見ると、百年来の再会のような気分に胸が熱くなり、破顔し微笑み合った。

 

「 ……いのり…僕は…ーー 」

 

集がいのりに何かを言ようとした瞬間…。

 

ーー ボキッという音が集の身体から鳴ったと思った瞬間、集の胸から心臓を貫き巨大な刃が突き出した。

 

集が激痛に耐えながら背後を見ると、スケアクロウが集の背中から心臓を貫いていた。

 

「 ……え………? 」

 

前方にいるいのりから声が漏れる。

 

集は喉に溜まった液体を、息苦しさに耐え切れず吐き出した。

 

「 …っか…は…。」

 

喉に溜まった液体が血であった事に、集は吐き出して初めて気が付いた。考えてみれば当然だ。刃は心臓を貫き、背骨を砕くだけではなく、肺も一緒に切り裂いているのだから。

 

集は冷静にそんな事を考えていた。

 

ふと、いのりに視線を戻すと、いのりの背後からさらに二体のスケアクロウが迫っているのが見えた。

スケアクロウが集ではなく、いのりを狙っているのは明白だった…。

( そんなのダメだ!)

 

いのりが自分を助けに来て、犠牲になるなんて耐えられ無い……。

 

集の視界が、真っ赤に染まる……。

 

六本木で撃たれた片足が、一瞬で完治した時と同じ様に、集は身体からチカラが湧き上がるのを感じた。

 

その時、何体ものスケアクロウが集の周りから襲いかかり、集をいくつもの刃で串刺しにした。

 

飛び散った血の雫が、いのりの頬を赤く染める…。

いのりは集の胸から突き出る、血で真っ赤に染まった刃と胸と口から血を吹き出す集に何度も目を動かした。いのりはようやく状況が理解できた。

 

「 ……シュウ…うそ………。」

 

理解してもなお、いのりは目の前の光景が信じられなかった。背後から迫るスケアクロウに、いのりはまだ気が付かない。

 

「 いのりっ!後ろだ!!」

 

 涯の警告はいのりの耳に届かない。

 

「 シュウーーーーー!!! 」

 

涙が溢れさせるいのりの背後で、スケアクロウが腕と同化した刃をいのりに振り下ろした。

 

その瞬間、集を中心に莫大な圧力となったエネルギーが解放され、空間に嵐と見間違う程凄まじいチカラの奔流が空間を支配した…。

 

集を周りから貫いていたスケアクロウ達も、爆発的な圧力に耐え切れず投げ出される。

 

「 ーーきゃあっ! 」

 

いのりもそれに巻き込まれ、押し流されそうになった瞬間、いのりは左腕を掴まれて驚きいのりは眼を開けると、集が吹き飛ばされそうになったいのりの腕を、左手で掴んでいた…。

 しかしいのりは自分の腕を掴んだのが、集だと一瞬気が付かなかった。

 

集の髪の色が、ほぼ全て白銀に染まっていたのだ。

 

「 ……いのり…」

 

目を見開いて呆然と集を見つめるいのりに、集が声をかけ顔を上げた。

集の瞳の色が、血の様に赤い真紅に変わっていた。集は血まみれの身体で言葉を続けた。

 

「 ……君と…、ずっと一緒にいて…いいかな……? 」

 

集は自分が出した衝撃波で、飛ばされるいのりに引っ張られる形でいのりと一緒にさらに高く宙を舞っている。

まるで妖精が手を繋ぎくるくる回って踊る様に、集といのりは空中をゆっくり回っていた。

「 ……うん…」

 

いのりは笑顔を浮かべると、小さく頷いた。

 

「…ありがとう…。」

 

集も笑顔を浮かべると、二人の周囲が輝き出す。

集は右手をいのりの体内に差し込む…。

 

「ああっ……! 」

 

いのりが切なげな声を上げる。

 

集がいのりの剣を抜いた瞬間、周囲の空間を赤い光を纏った銀色の光が弾け飛んだ。

 

 

 

 




どこで切ろうか迷ってたけど、戦闘シーンに集中したかったので恒例行事が出たところで今回は終わりにさせていただきます。

おめでとう集っ!

これで君も立派なスパーダの血族の一員だ!

次回、たぶん今回より短かくなると思う。


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#12浮動~faith~

ハッピーエンドを目指したいと思っております。
集といのりのイチャイチャ(死語)を見たいという方は、お楽しみに!

もちろんダンテやDMCお馴染みのキャラも、後あと登場させ集と一緒にヒャーハーさせる気でいるのでそれもお楽しみに!


それと短くなると言ったな……

あれは嘘だ。


第十二話


兵士は先ほどから巻き起こる、常軌を逸した光景を目の当たりにしても一切恐る事無く、テロリストの排除に尽力を注いでいた。

 

兵士の近くをスケアクロウとバジリスクが、先ほどまで走り回っていたが、新しい生物兵器が投下されたという報告を受けていた兵士はたいして慌てる事無く、自分の任務に集中している。

気味が悪い奴等だ と兵士はその生物兵器に不快感を抱く。兵士は味方のはずのもの達が視界に入るたびに、吐き気にも似た嫌悪感が胸の内側を支配する。

人間の血に刻まれた本能から来る認識を、兵士は雑念だと切り捨て。 兵士は広場を上階から覗き込む。

先ほどから兵士は自分の目を疑う光景ばかりだ。

広場の中央に位置する、噴水の周辺のものは軒並み空中に弄ばれている。

 

しかし兵士はそのさらに上空の二人の人影に目を奪われている。

その人影を中心に赤と銀の混ざった色をした光が、嵐の様に吹き荒れていた。

 

兵士はなぜか、その光に不思議な安心感を感じた。兵士は慌てて頭を振り、狙撃銃を光の中心に向けた。

スコープを覗き込んだ兵士の目には、光の中で銀髪と真紅の瞳の少年が、右手の剣を天に掲げて左手に少女を抱えている光景が写った。

あれがなんなのか分からないが、明らかに自分達にいい影響を与えるものでは無い。

 

兵士は少年のこめかみに狙いを定め、引き金に力を込める。

 

その時、兵士の背後から カチリッと撃鉄を持ち上げる音が聞こえ、兵士は慌てて背後に目を向けた。

背後には兵士の上官にあたる人物が立っており、兵士から思わず安堵の息が漏れる。

しかしその直後、彼の持っている銃の銃口が自分に向いていることに気が付いた。

 

「 邪魔をしないでいただきたい……。」

 

兵士が声を出す前に、嘘界は引き金を引いた。

 

嘘界は引き金を引く直前も兵士が床に崩れ落ちても、一切視線を送ること無く、上空の光に目を奪われている。

 

「 うつくしいイイイーーーー!!! 」

 

虚界は狂気じみた笑みで顔中を歪め、新しいオモチャを見つけた子供の様に歓声を上げた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

『 ホホハハハーーー!』

 

剣を上空に掲げた集に向け、さっそく一体のスケアクロウが踊りかかって来た。

 

集はスケアクロウが振り上げた刃ごと、真っ二つに胴を薙ぎ払った。黒い霧となって消えるスケアクロウから視線を外すと丁度その鼻先を、炎の砲弾が掠めていく。

集がそちらに目を向けると、バジリスク四体が無重力の中で集に狙いを定め、燃える頭部を撃ち出している。

 

バジリスクが続いて二発、三発と放った砲弾を集は身体をひねってかわす。集は剣を逆手に持ち替えると、刀身にチカラを込め始める。

 

バジリスク達が同時に四発の砲弾を撃ち出すのに、合わせて集も刀身を一気に解放し刃の様に鋭い衝撃波を放った。

赤いオーラの様な光を纏った、銀色の斬撃は四発の砲弾を飲み込み、バジリスクも斬撃の嵐に飲まれ木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

集が足下を見下ろすと、悪魔達が集のところに集まりつつあり、エンドレイヴも集に銃口を向けていた。

エンドレイヴが放ったミサイルを、集は足下にある銀色の幾何学的な模様を空中と共に蹴り地面に向って急速に降下して避けると、剣を思いっきり振りかぶるり、集の元に群がる悪魔達に向けて投擲した。

 

剣は回転しながら悪魔達に吸い込まれる様に飛んでいき、次々と悪魔達を切り刻んでいった。

剣を放ち、素手になった集に、一体のスケアクロウが剣をすり抜け嬉々として集に襲いかかった。

集はスケアクロウを見ながら、黙って右手を月を掴もうとしているかの様に上に掲げ、手のひらを広げると…その手にブーメランの様に戻ってきた剣が収まった。

集は剣を強く握りしめて、上から下に振り下ろし兜割りでスケアクロウを縦真っ二つに斬り裂く。

『 ひょ…? 』

 

スケアクロウは何が起こったか分からない内に、黒い霧となって跡形も無く消滅した。

集はさらに紋様を蹴り、エンドレイヴもすれ違いざまに斬り裂いていく。広場の上空は真っ赤な爆炎で、覆い尽くされていく。

 

集は爆発の中を急降下で抜け出し、横で一列に重なるスケアクロウに向け再び剣を投擲した。

今度は剣は回転せず槍の様に、真っ直ぐスケアクロウに飛んで行き五体を壁に縫い止めた。

 

スケアクロウ達の動きを止めた集は、空中にジタバタ浮かぶ兵士のホルスターから銃を引き抜くと、弾丸に魔力を込める。

 

通常火器でこの距離から普通に撃っても、スケアクロウの表面で弾かれてしまい有効なダメージを与えられない。

もし普通の武器で悪魔を殺したかったら、グレネードランチャーの様な火力か、銃身の長いライフルくらいの貫通力が無ければ、まともに太刀打ちできない。

 

そこで集は弾と銃器の火力と貫通力を、魔力で無理矢理底上げする。何発もつか分からないし、どのくらいの威力かも分からないが、この場はやってみるしかない。

銃口から内部に赤い光が、収束する様に流れ入っていく。集はスケアクロウ達に向けて銃を撃った。

すまじい衝撃と共に放たれた銃弾は、彗星の様に赤い尾を引きながらスケアクロウの頭部に命中する。

弾丸はスケアクロウの頭部を貫通し、後ろでもがく二体目の頭部に着弾、さらに貫通して三体目の頭部に、四体五体と貫き、ついには五体目の背後の壁に大穴を空けた。

 

集は同じ様に銃弾に魔力を貯め、三発銃を撃った時に銃がメキメキ音を立て、四発目でついに銃はバラバラに破損してしまった。

集が撃った魔力の篭った銃弾は全てスケアクロウに命中して、スケアクロウ達の腕や頭部を吹き飛ばした。

集は目の前の熱で真っ赤に変色する銃の部品には、一切目をくれず、その中を通り抜けスケアクロウ達を縫い止める剣の柄を握り思いっきり引き抜き、その勢いを殺さずにその場で一回転して遠心力を乗せスケアクロウ達を横薙ぎで薙ぎ払う。

 

真っ二つになったスケアクロウ達は、たまらず黒い霧となって完全に消滅した。

 

「 っと!」

 

その時重力操作の効力が切れ、空中のあらゆるものが地面に吸い寄せられた。

集もエンドレイヴの残骸と共に地面に落下、周りでやかましく地面を打ち鳴らす残骸の中で、集はなんとか上手い具合に着地出来た。

 

「 終わった……のか…? ……ふう………。」

 

呟く集は地面に剣を突き立てると、先日と同様に剣は糸の様にほどけ、腕の中のいのりの中に戻っていく。ボンヤリとそれを眺めていた集は、胸を襲った強烈な痛みで顔を歪めた。

 

「 づうっ!なんだ…? 」

胸を抑えた集の手に、なにか当たる物があった。

なにかが胸から突き出ている…。見てみると胸にスケアクロウの刃物の破片の一部が突き出ていた。

 

魔力を解放した時、胸に突き刺さった刃が砕け散りその一部が集の身体に残ったのだ。

「 ……。」

 

集はしばらく考えた…普通ならこの傷は致命傷であるが……、今の自分からはダンテと同じ魔力を感じる…だったら…。

集は意を決して胸から突き出る果物ナイフほどのサイズになった刃を握りしめた。

刃を真っ赤に染める血が、ベットリと手を汚す。集はチカラを込めて引き抜こうとした。

 

その時、背後から気配と同時に殺気を感じた。今手元に武器は無い…この胸に潜り込む刃以外は。

 

『 危ない!! 』

 

集が刃を引き抜く直前、綾瀬の声が広場に響く。

綾瀬の機体は銃を構えるが射線上に集といのりがいるため撃つことが出来ない。

 

集の背後に忍び寄ったスケアクロウは、そこそこ距離がある集にジャンプして飛び掛かる。

集は引き抜いた刃を、床に叩きつける様に振り下ろし思いっきり手を返した。

刃は地面には落ちず、真後ろから飛びかかるスケアクロウの頭に突き刺さった。

スケアクロウは空中から地面に崩れ落ちる。

 

「 君のだろ?返しとくから大事にしなよ…。」

 

集は飛びかかって来たスケアクロウの刃が砕け、小刀ほどのサイズになっているのを見て集はそう言葉をかけた。

集はいのりをしっかり抱き上げようとして、血まみれの手を見て、その手を自分の服のまだ白い部分で拭き取ると、改めていのりを抱き上げ施設から出るため歩き出す。

 

途中拘束衣で包まれた城戸研二を見つけ、一緒に縛り付けられたキャスター付きのベッドを引きながら歩き出した。

 

ふと足下の水たまりに目が止まる。おそらく噴水から浮かび上がり、無重力が切れた時にここに落ちたのだろう。

 

その水たまりに写る自分の姿は、銀髪と真紅の瞳をしていた…しかしそれが幻だったかの様に、すぐに本来の自分の髪と瞳の色に戻る。

 

「………」

 

集はしばらくの間、水たまりを眺めると、視線を施設からの出口へ移しいのりを抱き上げ、ベッドを引きながら再び歩き出した。

 

 

ーーーーーーーーー

 

ダ ン テ エ エ エ

 

『 えっ?なに? 』

 

綾瀬は突然聞こえてきた声に驚き、辺りを見渡すがなにも無い。

 

『 どうしたの綾ねえ? 』

 

ツグミが綾瀬の様子に気付き、声を掛ける。

 

( ツグミには聞こえてない…どういう事?)

 

ダ ン テ エ エ エ

 

声は確かに蚊の鳴くような声ではあるが、胸の奥まで凍りそうな程恐ろしげな声だった。

綾瀬はエンドレイヴ越しでも、確かにその存在を感じ取る事が出来た。

 

全身から氷水に浸かったかの様に寒気が立つ。

 

( 怖い…なんなの…?)

 

綾瀬はわけもわからず両肩を抱え、震えた。

 

『 あっ綾ねえどうしたの!?』

 

ド コ だ ・・・

 

綾瀬の耳にツグミの声は届かない。

見られている…声の主は誰かを探している。

 

イ ナ イ 、 奴 は コ コ に は イ ナ イ ・・・

 

何処かから見ていた、なにかの気配が遠ざかっていく。

それでも、綾瀬の心臓を掴まれたかの様な寒気と震えはしばらく止まらなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

集は何処からともなく現れたふゅーねるの先導に従い、進むとそこは港だった。

 

港の船の上から照らされたライトに集は目を細め、そちらに目を向けると、涯がいた。

 

「 城戸ならここにいるよ…。」

 

集は背後のベッドを示しながら言った。

「 そうか、綾瀬回収しろ。」

 

『 ……はっはい…。』

 

「 ………っ?」

 

涯の通信機から漏れた綾瀬の声に、集は違和感をおぼえた。さっきまでエンドレイヴ越しで話していた彼女はもっと強気で、初めて交戦したはずの悪魔にも冷静に対処していたはずだった。しかし今の彼女の声は、なにかに怯えている様な気がした。

 

しかし涯と綾瀬の会話はそれだけで終わってしまい、集にはそれ以上詳細を伺い知ることは出来なかった。

 

「でっ?これもまた全部あなたの思惑通りなんでしょ?」

 

集の言葉に涯は笑みを浮かべる。

 

「ふっ、さてどれの事を言っているんだ?」

 

「わざわざ言わせるの?あんた相当性格歪んでるよ?」

 

「なに自覚はあるさ…」

 

涯はまるでこの会話を楽しんでいる様に、集には感じた。それがますます集の苛立ちを募らせる。

 

「………まあいいか、第一に僕は今回の件でテロリストの一員として登録されたのはほぼ確定的……、その結果君らの仲間に入りざるおえなくなった」

 

「自分の立場は理解できているのか…、好都合だわざわざ脅す手間が省ける」

 

涯の言葉を無視して集は話を続ける。

集は昔から、こういう人を喰った様な態度をとる人種がどうも好きになれない。

 

「……別に、後のは僕のこじつけだよ…。…君は僕に学校の生徒のヴォイドをあらかた確認させることに成功した……後々の作戦に利用する気で居るんだろ…? 」

 

「……まさか、お前がさっきから怒っているのは、その結論に考えが至ったからか? 」

 

「……………」

 

集は涯を睨んだまま答えない。

 

「……まあ、俺の言動や行動をどう解釈するかはお前の自由だ。しかし俺はまだお前の口から重要な事を確認できていない…」

 

集と涯はお互いに、睨む様な鋭い目つきで視線を交差させる。

 

「君が俺達のところへ来るか、それとも戻るか…。はっきり言葉にして言ってもらおう。」

 

「……君を信じていいの? 」

 

「 信じろ 、すべて俺に預け 俺の命令に従え 。 」

 

集は涯を見ながら、ポケットの中にあるボールペンに手を触れた。

 

嘘界から渡されたボールペン…あの時はいのりの名を出され思わず受け取ってしまったが、今頭が冷めた集は今後の事を考える。

 

( スカイタワー爆破の事件の犯人が城戸研二だという、嘘界の言葉が本当かどうかは分からない。だけど、全てが嘘とも思えない……。)

 

集の脳裏に事件当時、親戚や友人が死んだ又は行方不明だと泣く同級生やクラスメイトを何人も見た。

巻き込まれた生徒自体いなかったものの、当時集はこんな身近で久方ぶりに何人もの人の死に遭遇したのはかなりショックだった。

( またあの時と同じ事が起こるのなら、僕は……。)

 

集はポケットの中で、ボールペンを強く握った。

 

嘘界はこのボールペンは発信機だと言っていたが、もしそれが本当でもボールペンを押して飛んでくるのは、兵隊だけでは済まない事くらい確信出来る。

 

おそらくこれを押した時には、涯だけで無く集もいのりも無事では済まないのは想像に難くない。

 

だがそれでも集は、もし同じ様に普通の一般市民が作戦に巻き込まれる事や……もしくは自分の近しい人間が死ぬ様な事があれば…躊躇い無くボタンを押すだろうという事が自分でもよく分かる。

 

たとえその結果、今よりひどい仕打ちが国民に待ち受けているとしても、集はその場その場で冷静に思考出来るほど物分りは良くない…そしてその自覚もある。

 

集は見極める必要がある、涯の目的を…この先の未来を…。

 

「 分かったよ……。」

 

だからもし…その時が来たら……。

 

「 一緒に行くよ。」

 

腕の中の少女だけは、何処か遠くにいて欲しい…。

 

集の頭の中では、そんな身勝手な思考が渦巻いていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「うわ…、広……ここが葬儀社のアジト…」

 

集の言葉に涯は そうだ と短く返すと、扉を開け作戦会議室に入っていく。

集は慌ててその後を追い、いのりもその後を着いて行く。

会議室の中は図書館の様に本棚で埋め尽くされ、そこが三つのフロアに分かれており、中央のモニターを囲んでいた。

各フロアにいるメンバー達から、全身血まみれの集を怪訝と好奇の視線を送ってくる。

集はその視線を受け、落ち着かない気分になって来る。

 

「城戸は? 」

 

集がモジモジしている横で、涯が四分儀に声をかける。

 

「まだ眠っています。ヴォイドを使用されたショックか目覚める気配はありません。」

 

「 …そうか。」

 

涯が フラ と足取りが乱れる。

 

「 …!」

 

「 ……。」

 

いのりと四分儀だけが、涯の額から大量の汗が流れている事に気付く。

集はメンバーの中に、小学生ほどの少年も混ざっているのに気付き驚いていた。

 

「改めて紹介しよう…、“桜満集 ”ヴォイドゲノムの持ち主だ」

 

涯の言葉に集は慌てて、メンバーに向かって頭を下げる。

「今後は集を作戦の中核に据えていく。分からない事があるようなら色々教えてもらえ」

 

涯がメンバーから集に視線を移して言う。

 

「桜満集の加入と城戸研二の奪還により、" ルーカサイト " の攻略が可能になった。いよいよ実行に移す」

 

( ルーカサイト…? )

 

集の頭の中の疑問に涯が答えるはずは無く、涯はメンバーに" 各自の端末に作戦案を送るから、三日で全て頭に叩き込め。" とだけ伝えた。

 

「綾瀬」

 

涯は扉の近くにいる、猫ミミ少女の横にいる車椅子の少女に声をかけた。

 

「は はい!」

 

( ?…この声って……。)

 

集は返事をする綾瀬の声に聞き覚えがあった。

 

( そうか、この人があのエンドレイヴの…!)

 

車椅子のタイヤを漕ぎ、涯の元にやって来る綾瀬を見ながら集は心当たりに思い至った。

 

「こいつは一般人上がりだ。お前が基礎訓練を施してやれ」

 

「私が…ですか?」

 

「お前がいいと思うまで鍛えてやれ」

 

涯はそう言うと階段を上がり、通路へ消えて行った。

 

「……あの…」

 

まだなにか言いたそうに、涯の消えて行った通路を見る綾瀬に集は申し訳なさそうに声をかけた。

 

「あのエンドレイヴのパイロットの方ですよね…あの時は本当にありがとうございます」

 

ポカン とこっちを見る綾瀬に集は深々と頭を下げた。それを見た綾瀬は顔を緩めた。

 

「 あら?よく分かったじゃない。」

 

「 ええ、まさか車椅子に乗っている事までは予想出来ませんでしたけど…。」

 

あまり気を使うと逆に失礼かな? そう考えた集はできるだけ無遠慮に接してみる事にしたのだが…。

集の言葉に一瞬、綾瀬の目に剣呑な光が宿る。

 

( あれ…もしかして地雷踏んだ?)

 

綾瀬はすぐ元の表情に戻り、笑顔を見せたが剣呑な光は今だ目の奥に宿っているように集には見えた。

 

「篠宮綾瀬よ、よろしくね」

 

綾瀬は笑顔のまま集に手を差し出した。

周りからクスクスと含み笑いが聞こえてくる。集にはその手が何かの起爆装置に見えた。

 

綾瀬が笑顔のまま集に自分の手を近付ける。早く手を取れと言っている様にも見えた。

 

「えーと、桜満集です…よろしく……」

 

集は意を決して、綾瀬の差し出す手を取ろうとした。その瞬間綾瀬は集の手首を掴み、車椅子を巧みに操り、集を空中に放り投げた。

 

「 っ…うおお!? 」

 

嫌な予感はしていた集も、完全に不意をつかれ慌てて受け身を取ろうとした。

 

( ……あれ? )

 

何故か身体が動かず、集は背中から床に放り投げられ咳き込んだ。集が不思議に思いながら、身体を起こそうとしたが身体が鉛でも入っているかの様に重く、全く思い通りに動かせない。

 

「ーーー車椅子は私の個性みたいなものよ、甘く見ないで。」

 

集を放り投げた綾瀬が、フンッ とそっぽを向く。

しかし集には綾瀬の言葉を聞いている余裕は全く無かった。

 

「 シュウ、 立てる? 」

 

いのりが集に手を差し伸べて来る。

 

集がお礼を言って、その手を取ろうとしたが…、手も口も全く動かせなく、声も出ない。

 

「…ちょっと?変なフリはやめなさいちゃんと手加減したんだから…」

 

綾瀬もさすがに心配になって、集に声をかける。

その間、集の視界は全て虹色に歪む。色を脳がしっかり認識出来ていないかのようで、三半規管の挙動が不自然に歪む。

集の天と地がグニャグニャに歪み、方向感覚まで狂い出す。

「 っ!!シュウ!? 」

 

集がいのりに顔を向けようとした時、鼻の中からなにかがポタポタ溢れ出てきた。

嗅覚も味覚も狂い始めた集が、それが血だと認識出来るまでかなりの時間を要した。

辺りが騒然となるのが分かったのを最後に、集の意識は暗闇へ落ちていった。

 

 




戦闘シーンもっとスタイリッシュに書けるようになりたい!切実に!!



さて便利屋時代でもまともに魔力を使え無かった集…。

しかし集にとって、魔力を操るイコール魔剣士のチカラを使うわけですから。
人の身でそんな事をして、なにも無いわけ無いわけで……

って いうかアーカムみたいにならなくて、
良かったね集君……

……いや良くは無いか……。



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#13訓練~preparation~

ギルクラは、全編サウンドノベルの多分岐あるゲームとして売ればこんな叩かれる事は無かったんじゃないかと割と真剣に思うのは私だけでしょうか。

前からしつこいと思われるかもしれませんが、誤字脱字や文章がおかしい間違ってる、矛盾してる点などがあれば容赦なくご報告下さい。それと同時に意見と感想の方もお待ちしております。

みなさんどうかこのアマチュアに温かいご指南を…。

図々しいようですがよろしくお願いします。

それでは13話どぞー


 

気付けば腕も足も痛かった。

 

目を開けると、自分は両手を掴まれた状態で足を引き摺られ暗く陰鬱な通路を両側の人影によって無理矢理進まされている。

 

 

ーーー いやだ ーーー

 

通路は異様な程暗く先が全く見渡せない。

さらに、思わず咳き込む程の錆びた鉄の臭いが執拗に鼻を刺す。

 

 

ーーー いやだ ーーー

 

 

さらに自分の両腕を人影が両側から掴み、足を引き摺るのも構わず自分を暗闇の中へと連れて行く。

その人影から感じる手の感触もザラザラな布に包まれ、その布越しになにかぬるぬると生の魚介類のような感触が自分の腕に伝わる。

 

不快などという次元では無い。

 

腕を振り解こうともがいてもわずかに身体が揺れるだけで、人影の手はビクともしない。

 

ーーー いやだ ーーー

 

廊下の奥に目を向ける。

赤錆でできた様な通路を進むごとに、暗闇から無限に新しく通路が産まれる様な錯覚さえおぼえた。

 

 

ーーー いやだ ーーー

 

 

しかし自分は確実に廊下の奥へと連れて行かれている。

 

 

ーーー 怖い ーーー

 

 

なにか……とても恐ろしい場所へーーーー、

 

ついに通路に終わりが見えてきた。

奥に小さく…しかし巨大だと分かる扉が見えた。

 

下半身を引き摺られた状態で、手足をバタつかせ激しく抵抗する。

その抵抗も虚しく、真っ赤な扉は次第に近付き巨大になっていく。

それはまるで自分を飲み込もうと大口を開け、待ち構えているように見えた。

 

恐怖にかられパニックになり、さらに激しく抵抗する。

しかし人影の手は自分を戒める鉄の枷の様に重くギッシリと、両腕に食い込む。

 

扉が重い音を立て、開いてゆく。

その中は今までが太陽の下だったのではと思う程、まるで奈落を覗きこんでいるような濃く重い闇広がっていた。

 

人影は躊躇いなくその闇に、自分を引きずりながら踏み込んでいく。

 

生臭い臭いが鉄の臭いと混ざり合い、形容しがたい悪臭となる。

しかし自分には、もはや咳き込む元気も無かった。

 

人影はある程度部屋に入ると、自分を放り出す。

なんとか自由になった手足を動かし、立ち上がろうとする。

その時、背後からこの世の存在とは思えないほど巨大で歪で邪悪な存在が自分を見下ろすのを感じた。

 

理解出来ない存在に引き寄せられる様に、ゆっくりと振り返る。

 

 

 

ーーー もう見たくない ーーー

 

 

 

巨大な黄色い眼が自分を見つめていた。

 

その時、自分の右手と両足から血が噴き出す。

赤く焼けた鉄の縄に縛り上げられる様な痛みが溢れ、脳を突き刺す。

黄色い眼が持ち上がると同時に自分の身体も、一緒に持ち上がる。

巨大で鋭い牙で食い上げられたと気付くのに、そう時間がかからなかった。

 

叫んだ。

 

痛みから来るものなのか、食べられる恐怖から来る絶叫なのか、もう自分にそれを考えていられる余裕はなかった。

 

自分を運んでいた二つの人影が、遥かに下に見えた。

 

口の唾は絶叫で絞り尽くし、喉から黄色い胃液が溢れ出し口の中が嫌な苦味に支配される。

気付けば空中に投げ出されていた。

下を見ると自分をひとつの黄色の目で見つめ、その目の下にはスイカをくり抜いた様に真っ赤な口が大きく開き、自分が落ちてくるのを待っていた。

 

再び絞り尽くしたはずの絶叫が、自分の口から響く。

 

真っ赤な口は自分が吸い込まれるにつれ、真っ黒な闇に変わる。そして生温かい息と熱いぬるぬるとした肉壁に包まれる。

闇へ吸い込まれる身体を食い止めようと、なんとか肉壁につかまろうとするが、肉壁を包む粘液に指を取られ指を食い込ませることが出来ない。

嗅覚が胸の中に練乳でも流し込んだかのような、甘ったるい悪臭に支配される。

不快な水音を立てながら闇の底へ、滑り落ちていく。

 

自分の絶叫が肉壁に反射し、管楽器の様に響く。

 

そうこうするうちに、ひたすら闇しかない空間に投げ出された。いや闇の中にはなにかがいる。

 

 

はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

 

 

 

それらはゾッとするような笑い声で、自分を迎える。

ボロボロと自分の身体が崩れてゆく。

自分の指が指先から崩れてゆくのを見て、底無しの恐怖が襲った。ふと自分の腹を見ると腹から腸が、まるで胎児と母を繋ぐへその緒の様に長く伸び暗闇と繋がっているように見えた。その腸も端から崩れ落ちていく。

肉体のくびきから解放され、清々しい気持ちになる。先程まで恐怖を感じていたのがバカバカしくなり笑った。

同時に自分を肉体という牢獄に縛り付けていた世界が憎くなり、怒りの雄叫びを上げる。

不思議な事にその笑い声も怒りの雄叫びも、既に崩れて無いはずの喉から同時に上がった。

 

 

はははははははははははははははは

 

 

気付けば、自分も周りのもの達と同じ存在となっていた。

 

ある日また一人、恐怖と痛みで絶叫を上げながら闇に落ちてくる肉体があった。

 

悶え苦しむ様子が可笑しくて、自分は大声で笑った。仲間達と一緒に笑った。

 

悶え苦しむ肉体も、肉体が崩れ落ちると同時に絶叫が笑い声に変わる。

 

また一人仲間が増えることが嬉しかった。

 

自分は、新しい仲間を精一杯の笑い声で迎え入れた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ーーーウ!」

 

「ーーシュウ!!」

 

自分の名を呼ぶ声で集は飛び起きる。突然目を開けたため、照明と太陽の光が目を刺し、一瞬 目が眩む。

 

「…はあ…はあ…はあ…」

 

震えが止まらず、ぐっしょりと濡れた額と首筋の汗を手で拭う。

「使う…?」

 

いのりがタオルを差し出してくる。

 

「あっ…ありがとう」

 

集が受け取ったタオルで、首筋と脇の下を中心に全身の汗を拭き取る。タオルは冷水で冷やされており、ひんやりと心地いい冷たさに集は思わず深いため息が出た。

 

「これも…」

 

そう言っていのりは、今度は水の入ったコップを集に差し出した。

 

妙に喉が渇いていた集はコップに飛びつくように受け取ると、喉を鳴らして水を飲み干しカラカラに乾いた喉を潤した。

その様子をいのりはじっと見つめていた。

 

「…なにいのり?」

 

その視線に気付き、集がいのりに声をかける。

そこで集はようやくいのりの服装が、あの赤い金魚の様な大胆な服装ではなく、集の家にいる時にも着ていた黒いワンピースである事に気が付いた。

「…よかった……」

 

いのりが微笑みながらそう言う。

集はその笑顔を見た瞬間なぜか顔が熱くなり、視線を逸らす。

 

「よっ…よかった て?」

集が赤い顔に話題が行くのを防ぐため、いのりに尋ねる。

「シュウ…ずっとうなされてたから」

 

「たいした事ないよ。ちょっと…いやな夢を見てただけだから」

 

集はいのりに笑顔を返しながら答える。

するといのりは首を傾げながら問い返す。

「いやな夢?」

 

「…まあ、どんな夢だったかもう忘れちゃったけど…」

 

これは本当だった。集は叫び出したいほどの悪夢にうなされていたが、起きた瞬間全て忘れてしまっていた。

思い出そうとすると、頭全体に痛みが走り思考が中断されてしまう。

ロストクリスマスやそれ以前の事を思い出そうとする時同様、まるで脳が思い出す事を拒否しているかの様だった。

 

「…っ!……僕どれくらい寝てたの?」

 

頭痛に耐えながらいのりに尋ねる。

 

「丸一日…」

 

「丸一日!?」

 

あくまで端的に答えたいのりに思わず声を上げる。集は頭痛がひどくなった気がした。

「いつまで話してんの!!起きたんなら早く部屋から出なさい!!」

 

綾瀬が音を立てて部屋のドアを開け放ち、車椅子のタイヤを転がしながら凄まじい勢いで接近してきた。

 

「うわっ!綾瀬さん!?」

 

「あんた一日無駄にしてんだから休んでる暇なんか無いの?、分・か・る ? 」

 

綾瀬は車椅子を転がし、ずいずい集に近付いて来る。

集はベッドの上で後ずさる。

 

綾瀬は集が顔を少し前に出せば、唇が触れるのではないかと思うほど接近し集を睨み付ける。

 

「分かったら返事!!」

 

「はいい!」

 

顔にかかる綾瀬の吐息に、どぎまぎしていた集に綾瀬から大声で容赦ない叱咤が飛ぶ。

 

「シュウ…これ…」

 

と 横にいたいのりが集に声をかける。集がそちらに目を移すと、いのりはベッドの近くに置いてあったテーブルに四つ折りにした黒い服を置いた。

 

「着替え…、ここに置いておくから…」

 

いのりはそう言い残すと、二人揃って呆然と見守る集と綾瀬を残し部屋から立ち去っていく。

 

「………着替え……?」

 

いのりの言葉に、集は自分の身体を見下ろした。

 

裸だった。

もっといえば下着すら履いていなかった。さらにいうとベッドの上で後ずさったため、集の上にかかっていた毛布もものの見事にめくれ上がっていた。

 

「ーーきーー」

 

集に釣られ、同様に集の身体を見下ろしていた綾瀬が顔を真っ赤にしてぷるぷると震え出す。

 

「あっ…綾瀬さん…これは不可抗力ーー」

 

 

「 き ゃ あ あ あ あ あ あ ーーーー 」

 

綾瀬は集が言い終わる前に甲高い悲鳴を上げ、集の頬に平手打ちを繰り出した。

頬を打つ音が、アジト中に響き渡る。

 

 

 

「ひどい…理不尽だ……」

 

集がいのりから受け取った葬儀社の服を着込み、真っ赤な紅葉マークのついた左頬をさすりながら綾瀬に向かって不満を漏らす。

 

綾瀬は、ふん と不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「当然の報いよ。乙女にあんな…け……穢らわしいもの見せておいて」

 

「だから、あれは不可抗力だったんだって!」

 

「どうでもいいわよそんな事。そんな事よりあんた覚悟しなさいよね。もう丸一日潰してるんだから、もう休んでる時間はありませんから!」

綾瀬は、一文字一文字語気を強めて言う。

 

「いいですよ別に、やっても意味無いし…」

 

こう見えて人一倍鍛錬を積んでいるし、くぐった修羅場も並大抵の質や量では無い、訓練なんか受けなくても葬儀社のメンバー達にも負ける事は無いと、集は自負していた。

しかし綾瀬は集の言葉を違う意味で受け取って、ジロリと集を睨む。

 

「私だっていやよ!だけど涯からあんたを見ろって命令されたんだからしょうがないじゃない…!」

 

(……?)

 

集はなんとなく、綾瀬が涯の名を呼ぶ時のトーンが柔らかく感じた。

 

( ……あれ?ひょっとしてこの人って涯の事…)

「ほらっ、もう行くわよ時間は止まってくれないんだから」

 

綾瀬が車椅子を転がしながら集に向かって手をコイコイと振り招く。

集はその手…正確には手の中にある物を見て凍り付いた。集が虚界から受け取った、あのボールペンだった。

 

「あっあのぉお!!」

 

「……なによ」

 

突然激しく挙動不審に慌てる集に、綾瀬は訝しげに視線を向ける。

 

「そのペンって…どうしたんですか?」

 

「うん?拾ったのよ、ひょっとしてあんたの?」

 

「ええ…、あのー…返してもらえると嬉しいんですけど…」

 

集は一縷の望みにかけて、全力で愛想笑いを浮かべて言う。

 

「だめ」

 

集の愛想笑いが、額に汗を浮かべた苦笑いに変わる。

 

「いい事考えた ちょうどいいわ。六日後あんたが葬儀社のメンバーに相応しいかテストする予定なの。合格出来たら……返して あ・げ・る ?」

 

「テ…テスト?」

 

綾瀬は心底楽しそうに笑いながらウインクした。

 

 

 

「じゃあまずは、ごくごく簡単な訓練から受けてもらうから」

 

集は綾瀬にそう言われ連れて来られたのは、酒瓶がたくさん棚に置かれたやけに小綺麗なバーの様な場所に付いた。

気付くと集の後ろに葬儀社のメンバーが集まって来ていた。その中にいのりも紛れているのが見える。

メンバー達は集を物珍しく見ながら、なにやら笑ったり耳打ちしたりと思い思いに見物していた。

 

「……」

 

集はなんだかいやな予感がして来た。

と バーのカウンターの上に腰掛けていた、髪の側面以外を金髪に染めた不良っぽい様相をした男が集にぶつかりそうな距離まで近付いてきた。

 

「龍泉高校二年の 月島 アルゴ≪つきしま あるご≫ だ」

 

「えっ…同い年?!」

 

てっきりハタチは越えているだろと思っていた集は、素直に驚く。

 

「名前は?」

 

アルゴは鋭い眼光でズイッと集に顔を近付けて問う。本人が意識しているかどうかは分からないが、威圧感たっぷりだ。

「お…桜満集です……」

 

「知ってるよ」

 

「………」

 

「アルゴは白兵戦…ないしはケンカのプロね」

 

なんともいえない表情になる集をよそに綾瀬は、手の中でペンを回しながら言った。

 

「ホントに殺す気でかかって来い」

 

「はい?」

 

アルゴは集の手にナイフを握らせる。その鈍い輝きや重さは、どう見ても調理用に扱う代物ではない。

久々に握る戦うために産まれた武器に、集は自然と手になじむのを感じた。

 

「本物…ですよね」

 

「ああ だから?」

 

集はナイフを握ってから、少しづつ思考がクリアになり身体が軽くなっていくような気がした。

レディの容赦ない、武器を使った特訓が頭をよぎる。

自分が泣こうが吐こうが構わず立ち上がらせ、武器を握らせた…自分の願いや想いを真の意味で理解し、厳しくも暖かいあの手を……。

「葬儀社の看板は重てぇぞ!この程度でビビんなよ!」

 

アルゴの言葉は集の耳には届かなかったが、ナイフを振るアルゴの腕の動きは、はっきり見えた。

 

金属を打ち合う音が部屋中に響き渡る。

 

「っ!」

 

はじめから集に避けさせるつもりで大振りにナイフを振り下ろしたアルゴは、攻撃を弾かれた時に即座にバックステップで集から距離を取る。

ざわついていたメンバー達に沈黙が流れる。

 

集はナイフを右手と左手と持ち替えたり、手の中で回転させたりして、ナイフの感触を確かめる。

 

「お前……素人じゃねえだろ」

 

やけに手慣れた手つきで、ナイフを扱う集を見てアルゴはそう言った。

 

「うん、だから?」

 

集は先程のアルゴの口調を真似て言い、ニイと笑みを浮かべた。

 

「!……っ上出来だ!」

 

アルゴはそう言うと同時に床を蹴り集を肉迫した。

集も同じように床を強く蹴り応戦する。

 

何度も金属同士を打ち鳴らす音が響く。

集の五年間のブランクは、かなり集の腕前を鈍らせていた。それを補っているのは、普段から鍛えていた体力と動体視力だ。

例えば列車の中流れていく風景を、例えばゲームで、例えば秋に空中を漂う枯れ葉の地に落ちる順番やタイミング目視で計算するなど、という風に普段から集は目の鍛錬も欠かさず行っていた。

 

それも全て悪魔達のトリッキーで変幻自在な攻撃に、対処するためだ。

 

アルゴもいのりと比べ見劣りはするものの、葬儀社の前衛を務めるだけの事はある。

実際腕力やナイフの腕前だけで勝負したら、集が圧倒的に不利だ。

 

しかしこれぐらいなんとか出来ないと、悪魔達に立ち向かう事など永遠に不可能だ。集はそう考え、神経を張り巡らせる。

 

「っちい!!」

 

アルゴも集の反応速度や対処の速さに、へたな攻撃を仕掛けられないでいた。

腕力で押し切ろうと力を込めてナイフを振るっても、集は防いだはしからナイフ寝かせ逸らす、そのせいで力が分散され集の体勢を崩すことが出来ない。

 

「ちょ……ちょっとアルゴ!そんな奴なんかに押されないでよ!気合いを入れなさいよ気合いを!」

 

(ちっ簡単に言ってくれるぜ…)

 

綾瀬の叱咤にアルゴは、集の突きを避けながら毒づく。

 

「ふっ!」

 

集はアルゴの一瞬の隙を見逃がさずナイフを横に振る。

アルゴは身体を屈めてそれを躱す。

 

(こいつ…まじで殺気込めてやがる!)

アルゴが屈む前まで首があった場所を集のナイフが通り過ぎるのを見て、アルゴの額に汗が浮かぶ。

しかし先程の攻撃で集に致命的な隙が出来る。それを知ってか知らずか、集はアルゴに追撃の突きを放とうとする。

 

「甘えよ!」

 

アルゴは渾身の力を込めて、叩きつけるようにナイフ振り抜いた。

集は自分のナイフを盾に、真正面からその攻撃を受けて吹き飛ばされる。

集がカウンターにぶつかるのを待たず、アルゴは集に向かって駆ける。

 

カウンターに激突すれば集は大きく体勢を崩し、反撃する時間も、避ける時間も無く勝負は決まる。

しかし集は背中を打ち付ける前に、左手のひらカウンターに叩きつけた、途端に集の身体はピンボールのピンの様に勢いよく跳ね上がり、集は片手逆立ちでカウンターの上に静止した。

 

「……っ!」

 

アルゴは集の予想外の動きに驚愕しながらも、集に接近し続けた。

 

集はカウンターの上で、片手で身体を支えたまま空瓶の山を蹴り上げた。

何本もの瓶が空中に浮かび上がるなか、集はその内の一本に足を掛けて、バットでボールを打つかの様にアルゴに向かって瓶を蹴り飛ばした。

 

「甘えつってんだろ!!」

 

アルゴは少しもスピードを落とさないまま、ナイフのグリップで飛んで来た瓶を殴り飛ばし弾いた。

 

「しゃあっ!」

 

アルゴはカウンターの上に乗った集の左手を切りつけた。

しかしその寸前に集は空中に跳び上がり、ナイフはなにも無い空間を切った。

 

集は空中でアルゴに向かってナイフを振り下ろし、アルゴはそれをナイフを頭上に掲げることにより防いだ。集は着地してすぐナイフを横薙ぎに振った。アルゴはバックステップでそれを躱すと、集が着地から体勢を立て直す前に床を強く蹴り全体重をかけた突きを放つ。

 

アルゴの狙い通り、集はアルゴの攻撃を回避できずナイフを寝かせ、真正面から受けた。

アルゴはそのまま集を突き倒そうと、もう一度床を蹴る。

その瞬間集は空中で逆手に持ち替えたナイフのグリップを思い切り手のひらで殴り付け、身体を横にずらす。

 

「なっ!?」

 

アルゴが勢い付けた自分の体重に引っ張られ、つんのめった。

 

「っおおお!!」

 

振り返りざまにアルゴは、集の胸の高さにナイフを振る。

集はそれを高くジャンプして避け、空中から強烈な兜割りを振り下すーーーー

 

寸前で止めた。

メンバー達は固唾を飲んで一連の光景に見入っていた。

覚悟を決め目を閉じていたアルゴは、集のナイフが首筋スレスレで止まっている事に気付き、ゆっくりと目を開け集に視線を向ける。

 

「まだ続けますか?」

 

無表情で淡々と言う集に、アルゴは一瞬キョトンとした後、フーと笑みを浮かべながらため息をつきナイフから手を放した。カランと軽い音をたててナイフは床に転がる。

 

「まいった…降参だ」

 

アルゴが言うと同時に観戦していたメンバー達から、ワッと歓声が上がる。

 

「アルゴさん…」

 

集はアルゴに自分の使っていたナイフを、刀身を自分にグリップの方をアルゴに差し出した。

 

(負けた事より……こいつがほとんど息乱して無い事の方がショックだな……)

 

アルゴはゼーゼー息を切らせながら、ナイフを受け取った。

呆然としていた綾瀬は、周囲の騒ぎで我に返った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「どーいう神経してんのよあんたはああああ!!」

 

射撃演習場に綾瀬の怒りの叫びが響く。

 

「全弾上手く当たったんだから、いいじゃないですか!」

 

「そーいう問題じゃないの!このお馬鹿!!」

 

アルゴとの訓練を終えた集は、綾瀬といのりにこの場所に連れて来られ射撃の訓練を受けることになった。

まずはいのりに見本として、奥にあるマトを撃ってもらいその後で集に拳銃が渡された。

集は他の武器同様、拳銃に触れるのも久々(当然だが)で初めは不安だったが……五年間で身に染み付いた教えは簡単には落ちることは無かったようで、集は問題なく銃を扱う事が出来た。

綾瀬も苦虫を噛み潰した様な顔をしながらも、一応は合格点を付けてくれたようだった。

 

ここまでは良かったのだが……集は昔からずっとやりたかった" あれ "を、試してみたい衝動を抑えられなくなってしまった。

 

集はおもむろにもう一丁の拳銃を引っ張り出し、腕を交差させたり、背中を向け肩越しや脇の下から二丁の拳銃をまるでマシンガンのようにメチャクチャな速度で弾を乱射したのだ。

 

「ちょっ……!」

 

あまりの光景に呆然と綾瀬はそれを見ていた。

いのりは特にたいした反応を示すことは無かった。

 

さらに意外なことに、集がメチャクチャに撃った弾丸は全てマトに命中した。

 

「よし!」

 

勢いでダンテの真似をした集だったが、予想以上に上手くいった事に思わずガッツポーズをしたところに、綾瀬からボードでチョップをもらい今に至るのだった。

 

「あんたには常識がないの?こんな無茶苦茶な撃ち方、どんな素人でもやろうとさえ思わないわよ!壊れ無かったのが奇跡よこのおたんこなす!」

 

「むっ…そこまで言うことないでしょ?そりゃあ壊れるような撃ち方したのは僕だけど……」

 

「いいえむしろ感謝して欲しいわ!本当は疫病神って呼ぶつもりだったんだから!」

 

「や…っ…!?なんだよ疫病神って!散々僕を巻き込んでるのはあんた達じゃないか!!」

 

「なによ文句あるの?この疫病神!!」

 

「傍若無人っ!!」

 

 

「………」

 

 

「ワガママ小僧!!」

 

「乱暴者っ!!」

 

「……シュウ…、アヤセ…」

 

 

「「なに!?」」

 

お互い一歩も引かず、珍しく熱くなる集と綾瀬の言い合いを傍観していたいのりの声に同時に答え、お互いにそれが気に入らないのかまた睨み合う。

 

「もうすぐ次の訓練の開始時間だわ…」

 

「……分かったわよ……」

 

しかし今度はお互い適当なところできりあげ、次の目的地へ向かう。

 

 

(って言うか、あんな無茶な撃ち方してジャムりもしないって…地味にすごいな……)

 

と集がズレた感想を抱いたのは別の話だ。

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おっ…来たね。じゃあさっそく始めよう……ってうわすんごい空気悪い…!?」

 

綾瀬と集そしていのりの姿を見たツグミは直後に思わず半歩後ずさりする。

いのりの前を歩く集と綾瀬は、お互いにそっぽを向きしかめっ面を浮かべている。お互い顔を見たくないという、意志がありありと伝わってくる。

 

「綾ねえ謝るんじゃなかったの?なんで関係悪化してるの?」

 

「ツグミ余計な事言わなくていいの!」

 

「謝るなんて高尚な心掛け…綾瀬さんが持ってるなんて、驚愕の事実ですねえー」

 

「っ!!……ツグミ!気遣いは無用よノルマを倍にしてやりなさい!!こいつの根性叩き直してやる!!!」

 

集と綾瀬はお互いの吐息がかかる程、間近で睨み合う。

二人のぶつかる視線の中心から、火花が飛び散るのを幻視してしまいそうだ。

 

「もう綾ねえも子供なんだから……」

 

ツグミからやれやれとため息が出る。

 

「…んっ?…あっ何度か会った……」

 

「おっ…?うん こうして落ち着いて話すのは初めてだね!」

 

集はようやくツグミをハッキリ視野に入れた。

 

「ツグミだよ!よろしくね 桜満集 君!」

 

「はいっよろしくお願いします!」

 

「ツグミ!喋ってないで始めるわよ!」

 

「あっれー?綾ねえもしかして妬いてるのー?」

 

「ツグミ!!」

 

「アイアイ!」

 

一通り綾瀬とツグミのやりとりが済むと、集をアジトの外へ連れ出した。

外には廃墟と化した六本木の風景が広がっていた。

集のノルマはここを4時間全力で、ペースを落とさず走り続けること、ようは持久走だ。

 

 

『はいっしゅーりょー』

 

「ふう…さすがに疲れたな……」

 

約四時間後、背中に乗ったふゅーねる越しからのツグミの合図で、集は足を止め額の汗を拭った。

毎朝ジョギングや時間を見つけては鍛錬を行っていた集にもさすがに四時間もペースを落とさず持久走は強い疲労を感じた。

 喉もカラカラだし、足腰も笑っている。

 

「綾瀬さんどうだった?」

 

「………」

 

綾瀬は俯いたまま集の言葉に応えない。

 

「……綾瀬さん?おーい」

 

「聞こえてるわよ!今日は終了!お疲れさま!」

 

(さっきまでの事、まだ怒ってるのか?まあ僕も確かに大人気なかったけど……今日は、そっとしておいてまた明日朝一で謝ろう……)

 

走って頭が冷えた集はこれ以上綾瀬を刺激しないためにも、早々にこの場を立ち去った。

 

 

「私は認めないから……あんたなんか……」

 

集が立ち去り、空も茜色から夜に変わりかけ、星もチラチラ瞬き出す。

その中で綾瀬はポツリとつぶやいた。

 

『……………』

(ホントはもう認めてるくせに……意地っ張りだな…綾ねえは……)

 

ふゅーねるを通じてその様子を見ていたツグミは、心の中で呟いた。

綾瀬は手元のボードに目を落とした。そこには今日一日の集をチェックした様子が書かれた用紙が貼ってある。

 

「っ……!」

 

綾瀬はその用紙に集の物だというペンで、

でっかく 『 クソガキ 』と書いた後、いい気味だと言わんばかりに鼻を鳴らす。

 

それで気が済んだのか、綾瀬は車椅子を転がしアジトへの帰路につく。その後ろをふゅーねるが追った。

 

 

 

 




中途半端ですが今回はここでおしまいです。
ほんと毎回毎回、話を切る場所に一番困るんですよね。

戦闘シーンとホラー的描写を練習してみました。
難しい!

それと今回、集の原作との基本スペックの違いがはっきり分かったと思います。
やりすぎと思われるかもしれませんが、これぐらいじゃないと集はあっと言う間にミンチです。


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#14隠滅~jet black~

DMC1ってバイオ4を作る過程で出来ただけの事はあって、結構雰囲気不気味ですよね。
バイオっぽいというかなんというか…。

今やってもとても素晴らしいゲームです!(力説&宣伝)

……なんでや……なんで僕の身の回りは、こんなにDMCの知名度が低いんやあああ!! ( 泣き )

というわけで14話です


薄暗い部屋の中……茎道が眺める複数のモニターとその中心に設置してある大型のモニターには、日本地図とその上を八の字を描く線に沿うように光点が移動している。

 

『無事に打ち上がったようだな……これで全て君の"思うがまま"か茎道……』

 

「恐れ入ります」

 

『ふん…』

 

その日本地図に僅かに被さる形で映り込むヤン少将は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、早々に通信を切った。

それと入れ替わる形で虚界が通信を繋ぐ。

 

『順調なようですね、" ルーカサイト計画 " ……見えない壁。好きですよこういう"籠"も……』

 

「報告を聞こう」

 

『葬儀社の諸君はどうやらリーブ・ネイションズと接触しているようですね』

 

「国連脱退国…アフリカ周辺だったか……」

 

茎道は ふむ と顎に手を当てしばらく考え込む。

 

「……最近導入された "生物兵器" とやらの方はどうだ?」

 

『例のウロボロス社の製品ですね…拝見させて頂きましたが、いやあ中々ああいう悪趣味な物も私の好みに合うかもしれませんねえ……』

 

「…………」

 

『アリウス社長が言うには、今回葬儀社の迎撃にあたった生物兵器は" 最も弱い試作品 "らしいです』

 

「……そうか…」

 

楽しそうに笑う虚界を茎道は無表情で見つめる。

 

「ところで…君が放った楔はどうかね?」

 

『さあ?発動の可能性はよくて三割程ってところでしょうね……』

 

「なに?……君にしては随分と自信なさげではないかね?」

 

茎道は虚界の言葉に眉をひそめる。

 

『まあ色々と感触は得ましたからね……少し話をして彼の人格もよくわかりました。発動の可能性が無いにしても、彼が簡単にあれを捨てるとも思えません』

 

虚界は獲物を目の前にした獣のような鋭い目つきで、笑う。

 

『待ちましょう…映画の続編を待ち望む子供の様に……』

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

集は、重く身体にのしかかる冷たい水が身体を包んでいる事に気が付いた。

 

(まさか、あの夢の続き!?)

 

昼間は忘れていたはずの悪夢を鮮明に思い出し、集は思わず身震いする。

その後から、まるで本物の水中にいるかのような息苦しさを感じ、そこから逃れるように慌てて身体を起こす。

 

「ぶあ!…はあ…はあ…はあ……」

 

幸運な事に身体を持ち上げれば、すぐに水面から顔を出せた。水は浅いが妙に流れが早い……集がそう思った時、初めて自分のいる場所の異常さに気が付いた。

 

集を取り巻く水の流れが早いのは滝となっている川にいるためだが、なぜ滝の真上にいるかなど集には問題ではなかった。

 

「なんだ……ここ…?」

 

集のいる滝は洞窟のようで、周りを鍾乳石で囲まれている。

滝壺があるであろう水が流れ落ちる底には、一寸先をも見通せない闇が広がっていた。

そして最も目を引くのは空中に浮かぶ空間の穴だ。周辺をオレンジ色に近い光が取り巻き、その中に黒い穴がまるで、こちらを見つめる巨大な瞳のように見える。

 

この異様な光景も、漂う雰囲気もどう考えても人間が住む世界には存在するはずのないものだった。

集はまるで金縛りにあったようにこの異様な景色に固まっているとーー。

 

「………?」

 

川の轟音に混じって、金属を打ち合うような音が聞こえる事に集は気が付いた。

昼間にアルゴとナイフをぶつけ合った時の音と似ているが、あれとは比較にならない程はるかに重く響く音だ。

しかも、際限なく途切れる部分が無い程、連続で響く。

 

集は辺りを見渡し、音の発生源を視界に捉えることが出来た。

 

「……えっ?」

 

そこには、二人の男の姿があった。

一方が赤いロングコート、もう一方が青いロングコートを着ている。二人の男はお互いに、お互いの命を狩ろうと各々が持つ剣を打ち合っており、そのたびに重い音が空間を支配する。

あまりの速さで男達の持つ剣が、どのような形か全く把握出来ない。ただ銀の軌跡が男達の周りに現れ、それがぶつかり合うたびに太陽の様に明るい火花が二人の姿を照らす。

 

しかし集が言葉を失ったのは、そんな理由では無かった。

 

「……ダン……テ?」

 

殺し合う男の内の一方……、赤いロングコートを着た男の方が集の良く知る人物に似ていたのである。

 

だが集の知っているダンテと比べると、若く、身長が一回り低いように見えた。

なにより……いつも集に見せていた彼では、想像出来ないほどに歪み、苦痛の表情を見せている。

 

そのせいで一瞬見間違いだと思ったが、風貌といい、集の動体視力で捉える剣の形状は、見間違いのよう無く彼の愛用している リベリオン そのものである。

 

彼がダンテであることは、疑いようが無い。だがなぜここまで表情の歪んだ彼が自分の夢に現れているのか……、集にはあんな表情のダンテは見たことが無いし、想像も出来っこない。

ここまで鮮明でリアルな触感が伴う夢で、ダンテは今集の目の前で真剣な殺し合いをしている。

 

(……本当に…ただの夢…なのか……?)

 

集はダンテと相対する青い男に、視線を移す。

 

「え……?」

 

その男はダンテに瓜二つだった。違う点を上げるとすれば、コートが青いということと髪型がオールバック、そして常に無表情という点くらいだ。

彼の振るう剣は、あまりの速さで残像すら捉えるのが難しい。しかし集にはその剣の正体がすぐ分かった。

「あれは……閻魔刀……なのか……?」

 

なぜ青い男がネロの持っているはずの魔剣を持っているのか……だが集にはダンテと青い男の戦いに目が奪われていてそこまで考えが及ばない。

まさに熾烈だった。

この数秒間で何号の命のやりとりがあったのか……集に知る術は無い。

 

集の足元を赤く染まった水が、カーペットのように満たしていく。

 

ひたすら壮絶で……、残酷な命の奪い合いがそこにはあった。

 

だがなぜか集の胸の中に浮かんだ感情は、恐怖でも怒りでもなく……、深い悲しみと寂しさだった……。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

暗い部屋の中で集は目を覚ました。

一瞬、自分がどこにいるのか分らなかった集に生暖かい空気が集の意識と思考を回復させる。

 

「……そうか…、葬儀社にいるんだった……」

 

自分自身の頭に理解させるように、集は現状を口にする。

集はもぞもぞと身体を起こし、息を吐く。

 

と その時…ーーー、集の眼から大粒の涙が溢れ出す。

 

「あ…あれ……?…なんで?」

 

集が涙を拭き取っても、涙は後から後から流れ落ちる。

しかし集には、涙の理由が止まっても分からなく、ただひたすら胸に押し寄せる悲しみに嗚咽をもらすだけだった。

 

 

涙も嗚咽も止まってしばらくして、集は部屋から出ると。あても無くアジトを歩き回っていた。

すると通路の一部に広いスペースがあり、大きな窓がある場所を見つけた。窓からはひとつとして明かりの無い六本木と、その向こうに人々の息吹が感じられる街の明かりが地平線を覆っている。

その中心を、GHQやアンチボディズの本部である建造物が見える。

 

集は意味も無くその建造物を見つめる。

巨大な塔を中心に、その塔を支えるかのようにピラミッド型の骨組みが取り囲む。蜂の巣のような規則的な骨組みの穴もあいまって、巨大ななにかの巣に見える。

 

集はダンテと、彼にまつわる話を思い出す。

 

魔剣士スパーダの伝説……、

彼は元々は魔界最強の剣豪であり、魔界の王 " 魔帝 ムンドゥス " に仕える腕利きの側近であった。

 

二千年前、ムンドゥスが人間界に侵攻に侵攻する時もスパーダのチカラが大きく貢献したという。

普段はチカラと支配と殺し合う事にしか興味が無い悪魔達からも、多くの尊敬の念を集めていたスパーダだったが…、ある日突然 魔帝や、悪魔達を裏切り人間界の味方となり魔界を敵に回し戦った。

 

なぜ彼が主である魔帝を裏切ったのか、その理由ははっきりしていないが、その後、みごと魔帝を退け、魔界を封じたスパーダは数百年間人間界の行く末を静かに見守ったという。

 

一連の出来事は世界のあらゆる文献に記され人間界を救ったスパーダは英雄として讃えられた。二千年経った今でも人々の頭に彼の存在が焼き付いている。( とはいっても二千年前の出来事なので、ただの伝説という認識が一般的なのは当然の事だと言える。)

しかしスパーダが姿を消して、何十年と経った今でも悪魔達は影に紛れて人々を襲い続けている。

 

そんな存在を同じく影に紛れて狩る、世界でも数えるほどしかいない狩人(ハンター)達……。

 

その中でも、集が一線を画す最強の悪魔狩人(デビルハンター)と認識している男……ーー

 

 ーーダンテーー

 

彼こそ、かの 魔剣士スパーダ の息子であり、人間の母を持つ悪魔と人間の混血である……。

 

にわかには信じられない話だが、集はこの話を信じている。

その理由として集が自分を救い、守り、導いてくれた彼らを心の底から信頼しているという理由がひとつ。

 

そしてダンテは魔剣士スパーダの愛用していた剣、" 魔剣 スパーダ " を彼が所持しているという理由がひとつにあった。

 

魔剣士スパーダの伝説と、ダンテがその息子だという話を集が疑う余地はもう無い。

しかしそんな集にもひとつ気になる点がある。

本当に自分の中にダンテの…ひいてはスパーダの血が入っているとして、自分はそのチカラを使えるようになるのか?ということだ。

 

トリッシュ曰く "そんなことはありえない" らしい。

なんでも瀕死の自分を救うために、血の魔力は全て使い果たされるよう量を調整して集の身体に投与し、その適量も寸分違わず適切な量の投与に成功したという。

 そもそも元来悪魔と一切関わりの無い一般人に、魔力が適合すること自体稀らしいもの

 

にもかかわらず、集は過去に何度か魔力を放出させた。

 

今までは完全な無意識下によるものだったが、六本木での作戦時…二発の銃弾が穿った右足と、額と頭蓋を削った決して軽くない大怪我をごく短時間で再生させた回復力……。

きわめつけは施設での戦いにて、スケアクロウに心臓を貫かれた直後に感じた感覚……ーー

 

ーーー あれは、紛れもなくーーー

 

 

「シュウ?」

 

床に座り、窓から外を眺めながら自分の世界に入り込んでいた集に声をかける少女がいた。

 

「こんばんは。いのり」

 

「シュウ、こんな時間にどうしたの?」

 

微笑みながら言う集に、いのりはなぜか心配そうに言う。

 

「はは、ちょっと目が覚めちゃって…」

 

「……サムカワ……ヤヒロのこと……?」

 

「えっ?」

 

いのりの口から以外な人物の名前が出たことに…集は驚く。

集は自分の隣りに腰掛けたいのりの顔を呆然と見つめた。

 

いのりは集の目を怒ったような表情で見つめる。

いや…ようなでは無くいのりは間違いなく怒っている……、どうやらその怒りの矛先自体は集には向いていないようだが、それでもこんなに睨むように見られると、さすがに居心地が悪い。

 

「……いのり、なんで…君が怒ってるの……?」

 

「……怒ってない……」

 

などと言いつつ、いのりの目はしっかり釣りあがっている。声色こそ普段と変わらないが、それでもあからさまに不機嫌なオーラを感じる。

 

「…いのり実は僕はあまり谷尋に怒って無いんだ」

 

「なんで?」

 

いのりはずいっと顔を集に近付ける。

集が答えに迷っていると、いのりの眼はさらに鋭くなりさらに顔を近付ける。

集はいのりの怒気に圧され、腰を下ろしたまま ずるずる と後ずさる。

 

「いや…たいした理由じゃないから……」

 

「……………」

 

「………はい、…ごめんなさい……」

 

集は頭を掻きながら少し困ったような表情をした。

 

「……谷尋は谷尋なりに背負ってるものが分かったから……かな?」

 

「……………」

 

「……………」

 

「…………えっ、それだけ……?」

 

いのりは鋭く尖らせた目尻から一転……、大きく目を見開き呆然と集の顔を見つめる。

 

「えっ?そうだけど……」

 

「…シュウを裏切ったんだよ?」

 

「?。いや、だからその理由が分かったからいいんだって……」

 

「……?…?…?……」

 

いのりは集の言葉の意味が分からず、口をポカンと開け集の顔を凝視した。

 

「……それよりいのり、近い……」

 

顔を赤くして言う集に気付き、いのりは慌てて集から距離を取る。

 

「……ごめん……」

 

いのりも頬を染めているが、夜の暗さで集は気が付かない。

 

「ううん。いいよ……」

 

「ふふ」

 

集はなぜかおかしくなって、吹き出してた。

 

「………っ?」

 

「ああごめん……、笑っちゃって」

 

集は自分を落ち着けるために、ふう と深呼吸して窓の外に広がる夜景に視線を移した。

いのりもそれにつられ、夜景に目を移す。

 

「…………」

 

「…………」

 

しばらくの間 ……集といのりは、静かな空気にひたった。

 

集は隣りに座るいのりに目だけを動かし、視線を移す。

 

空の星と遠方の街の光がいのりの白い肌を鮮やかに照らし出し、彼女の顔が月のように輝いて見える。

 

集はそのこの世のものとは思えない光景にしばし見とれた。

 

「いのり……どうして葬儀社にいるの…?」

 

「……えっ?」

 

(あれ…? …僕……どうしてこんな事を……)

 

集は無意識に口にした言葉に戸惑った。

この系統の質問は相手の心の中に土足で踏み込むと、理性で抑え込み控えて来たはずなのに、気付けばふと湧いた疑問を出していた。

 

ごめん今の忘れて! 集はそう言おうとして……ーー

 

 

 

「ガイが、いるから……」

 

 

 

「………えっ…………?」

 

ーーいのりの答えに固まった……。

集の頭の中が真っ白になる。

 

集はなにも言えずいのりの顔を見る。

 

「涯が私に名前をくれた……なにも無かった私に生きる意味をくれた……世界を与えてくれた……。」

 

いのりは、まっすぐに集の目を見つめる。

 

 

「だから、私はここにいるの……」

 

 

そう言うといのりは音も無く立ち上がる。

 

集になぜか胸に内側から引き裂かれるような痛みが繰り返し襲う……。

 

「……そう……なんだ……」

 

集はそれを隠そうとして、必死で平静を装うとしたが……、声は震え…目には痛い程の血液が集まる。

 

集はいのりの顔が見れなかった。

 

それでも集はこれだけは尋ねたい……確かめたい……という想いが込み上げてきた。

 

 

「……いのり、どうして……僕を助けてくれたの……?」

 

あれも、もしかしたら自分を仲間に引き入れやすくするための涯の作戦だったのかもしれない……、だからいのりが涯の命令を無視したというていで、いのりが動いたのかもしれない……集はその可能性を恐れた……なぜか分からなかったが、集にはそれが恐ろしくて堪らなかった。

 

だからこそ……、一縷の希望に望みを託していのり本人の口からそれを否定出来る要素を求めているのかもしれない……。

 

 

「…………おやすみなさい………」

 

いのりはそのまま立ち去ろうとする……。

 

「いのり!待って!!」

 

集がその手を掴もうとした時、ーーー

 

「 さわらないで ! 」

 

その手をいのりの強い拒絶の言葉が止める……。

 

「……あまり…近付かないで……」

 

いのりは振り向かずに言う……、そのまま立ち去るいのりを集は止める事が出来なかった。

 

もしここが誰もいない自分の自宅だったら…間違いなく自分は大泣きしている。

集の眼球は、そう自覚出来る程熱を帯びていた。

 

「いのり!!待ってお願い!!」

 

集はそこから立ち直る前にいのりの後を追った。

このままにして置きたくない……、きっとお互いに誤解しているだけなのだ……。

 

込み上げる胸の痛みの意味も、涙の欲求の理由も集には分からなかった。ただこのまま終わらせたく無かった……。

彼女も既に集の帰る場所のひとつになっているのだ。

 

 

失いたくない。

 

集はその一心でいのりの後を追い、すぐに後悔した。

 

いのりの横に、上半身裸の涯がいた。

涯はいのりを目の前の部屋に誘い込むと、二人で同じ部屋へ入っていった。

鍵が掛かる音が、集の耳にやけに強く残った。

 

 

 

 

気付けば集は通路を走っていた。

なにかから逃げるように……なにかを振り払うように……。

 

なにからそんなに逃げているのだろう……。

彼女とは最初から生きている世界が違う……。

始めから一緒になれるはずが無い……。

 

集は自分にそこまで言い聞かせて、ようやく気付いた。

 

「そうか、僕はいのりが好きだったんだな……」

 

自分は男として、女性としての彼女に惹かれていたのだと……。

 

気付けば緩やかな歩行に変り、遅すぎる自分の鈍さと自覚の無さ加減に頭を叩いた。

 

(どんな間抜けだよ……、終わった後に気付くだなんて……)

 

早く寝てしまおう……こんなこと早く切り替えないと……、引きずっていてもロクなことにならない……。

 

集は自分にそう言い聞かせながら、自分の部屋を目指して歩いて行く。

「あれ……? あんたこんな時間になにやってるのよ」

 

そんな集に声をかける人物がいた。

 

「うわっ綾瀬さん!」

 

「うわ…、てなによその反応……」

 

綾瀬はそう言いながら車椅子を引き、集を睨みつける。

 

「で どうしたのよ、こんなところで」

 

「……い…いや 別に散歩してただけですし……」

 

そう言いながら集は無意識に視線を涯の部屋に向いている。

 

「……ほほう……」

 

綾瀬はそれだけで全て察したのか……、ニヤリと顔に笑みを作る。

 

「……なんですか?」

 

「……見たんでしょ? 涯といのりが一緒に部屋に入っていくとこ……」

 

「………………」

 

「あんた、いのりの事好きだったのよね。御愁傷様。」

 

綾瀬は黙ってソッポを向く集に けらけら と笑いながら言った。

 

「あの二人ね、月に二・三度はああやって夜を二人で過ごすの、みんな見ないふりしてるけどね」

 

綾瀬は 残念でした と、また笑う。

さすがに集もこれは面白くない。

 

「……綾瀬さんこそいいんですか?」

 

「えっ……?」

 

「好きなんでしょ? 涯の事……」

 

集はせめてもの反撃をする。

 

「ーーーーーー」

 

急に黙りこくる綾瀬に、集は視線を向けた。

綾瀬は顔を耳まで真っ赤に染め目を見開き、口をパクパクあけたり閉めたりを繰り返している。

どこからどう見ても図星をつかれた人間の反応だ。

 

綾瀬は何度か口の開け閉めを繰り返すと……。

 

「 なに言ってんのよ!!なにを根拠に……!! 」

 

激昂しながら集に勢いよく車椅子を近付け、胸ぐらを掴み上げる。

「 でっ !? 」

 

足にタイヤがぶつかり、集はうめき声をもらす。

 

「ってえ…だってそんなあからさまに反応されたら……」

 

「っ!好きとか、嫌いとかじゃないのよ!」

 

そう言うと綾瀬は集の胸ぐらを放り出すように離したので、集は少し後ろにつんのめった。

 

綾瀬は、 はあ と息を吐く。

 

「……尊敬してるのよ。私…涯のこと……」

 

綾瀬は年相応の暖かな表情で言う。

 

「……尊敬…か……」

 

「 っ ? どうしたのよ……」

 

「僕には……分からない……涯を……信用していいのかさえ……」

 

綾瀬はそういう集の顔を見つめた。

 

「 ……いいんじゃない? 今はそれで……」

 

「……えっ?」

 

「六日後の模擬戦であなたが勝てば、あんたは仲間として認められる。そうすれば きっと 見えてくるものがあるはずよ……」

 

「 見えてくるもの…… 」

 

集は綾瀬の言葉を胸に刻み付けた。

 

「…さっ もう寝なさい……明日はもっとビシバシ訓練するからね!」

 

「はは 、お手柔らかにお願いします」

 

集と綾瀬はお互い微笑み合った。

 

「じゃあ また明日……」

 

「ええ おやすみなさい 」

 

綾瀬に背を向け、自室に戻ろうとした集は ふと 思いたち立ち止まると、再び綾瀬に顔を向ける。

 

「 綾瀬さん 。昼間はごめんなさい。 それと、 ありがとうございます 」

 

綾瀬は一瞬驚いた顔をしたが、集に微笑みながら手を軽く振ると すぐに車椅子を集の歩く場所とは反対方向に転がして去っていった。

集も綾瀬の姿が見えなくなるまで見送ると、足早に自室へと向かっていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

チンピラや麻薬売人が徘徊するような、貧困街の一歩手前のような場所にある質屋がある。

まず普通の人間は近付かないし、一般人が喜ぶような物もここには置いていない。

 

そんな質屋にたびたび訪れる 赤いレザーのロングコート を着るこの男も当然ただの男ではない。

 

「 おい、エンツォはいるか」

 

この店の持ち主の男の名を呼びながら、ダンテは質屋のドアを乱暴に開けると 店内の悲惨な光景に唖然とした。

普段から歩くスペースが無いほど妙な物体が散乱していた店内だが、今は一目見ただけで異常と分かるほど荒らされていた。物はいくつも壊され 。店の柱や椅子までもが無惨にも真っ二つにへし折られていた。

 

「 おい エンツォ ! いたら返事しやがれ!」

 

ダンテは珍しく焦った声で 何度も店長の名を叫ぶ。

すると店内の一角で物が ガタリ と動いた。ダンテはそこに駆け寄り ガラクタになった棚や骨董品を退かすと、その下から地下への入り口となっている、扉が バンッ と音を立てて開きその中から小太りの小男が姿を現した。

 

「 ぶはあ ! ああひどい目にあった 」

 

エンツォは咳をしながら、身体や服に付いたホコリや蜘蛛の巣を払い落とした。

 

「なにがあった?」

 

「 知らねえよ、いきなり変な連中が入ってきて 店を荒らし始めたんだよ!」

 

エンツォは店の惨状に頭を抱えながら言った。

ダンテは急いで二階へ駆け上がると物置部屋として使用されているドアを開けた。

 

「っ……嫌な予感はしたんだが……」

 

部屋の中はもぬけのからだった。ここにはダンテが手に入れた様々な魔具が保管され、他の客に貸し出されていた。それが今や全て正確に言うとダンテの物だけが無くなっていた。

 

「 おいダンテこいつらは無事だぜ!」

 

二階から戻ってくるダンテに、エンツォはそう声をかける。レジなどが置いてあったカウンターに、風呂敷に包まれた二つの物体が置かれていた。

 

「 へへ こいつらはたまたまレンタルから戻ったばかりでな…俺の隠れてた地下に一緒に持って入ってたんだよ」

 

ダンテが二つの風呂敷を開ける。

 

「“アラストル”と“イフリート”か……」

 

そこでダンテはひとつ気付いた。

 

「おい、エンツォ 盗られた物は俺の物だけか?」

 

「んっ? ああ どうもそうみたいだな……他は全部放り出されたか、壊されたかのどっちかだ 」

 

エンツォのその言葉を聞いた瞬間、ダンテはアラストルとイフリートを掴むと猛スピードで店を出る。

 

「おいっ テメーのもん守ったヒーローにお礼もなしか?」

 

エンツォの悪態は耳から耳へ素通りする。

 

質屋を襲った犯人が魔具を目的としていたのならば、ダンテの持ち物 以外の 他の魔具に一切手を付けていないのは妙だった。つまり、始めからダンテを狙った犯行である可能性があるのだ。

 

 

" デビルメイクライ " に着いたダンテはさっそく店内に悪魔の存在を感じ、扉を蹴り開けた。

扉は バキッ と音を立て、床に落ちる。

 

いつもダンテが座っている机の前に人影があり、人影の前で " 魔剣 スパーダ " 空中を浮いていた。

 

「 悪いがそいつは貸し出しして無いんでね。早いとこお引き取り願おうか 」

ダンテが人影に声をかけると、全身を黒いローブで包み込んだ人影が振り返った。

 

『 魔剣士スパーダの息子……ダンテか…… 』

 

エコーがかった奇妙な声が人影から響く、典型的な悪魔の声だ。

 

「ご存知とは光栄だね 、だけど人の物を借りる時は本人に一言かけてからにして欲しいもんだ 」

 

ダンテの言葉に悪魔は笑う。

 

『ーーほう。まるでスパーダが自分の物であるかの様な言い方だな? 』

 

「 …………」

 

『気付いとらんわけが無かろう? 貴様は魔剣に選ばれてはおらん。つまり貴様は魔剣スパーダの真の後継者ではない』

 

ダンテは黙って2丁拳銃 " エボニー&アイボリー " を目の前の悪魔に向ける。

 

『そして、質屋に預けていた魔具達も既に貴様の物では無い。今はもう存在すら感じまい…なぜか分かるか? 』

 

悪魔は老婆のように楽しそうに笑う。

 

『繋がり……つまりは契約が切れたのだ…、もうどんなに呼ぼうが貴様のもとに来る事は無い…… 』

 

ドンッ

 

ダンテは無言で ククク と笑う老人の悪魔に発砲した。

 

悪魔は弾に当たる直前、空気に溶けるようにスパーダと共に姿を消した。

 

『 ーー奪われた眷属を取り戻したいか? 』

 

『 ーー父の形見を取り戻したいか? 』

 

『 ならば我々を追うがいい。我が名は黒き賢者 " トリスマギア " 。我らが主の名は " アリウス " 』

 

どこからともなく笑い声に混じり、そんな声が聞こえた。

 

そして声と共に気配も消えていく。

 

ダンテは手の中で銃を軽く回しホルスターに収めた。

 

「 はんっ 挑戦状というわけか……。いいだろレンタル料の用意をしとくんだな 」

 

ダンテは獰猛な笑みを浮かべながら、デビルメイクライをあとにした。

 

 




さあ皆さんお待ちかね、回想じゃないダンテだよ!

もうあとしばらく出番無いけどな〜あはははは………

………ホントにゴメンナサイ………

なるべく早めに出せるようにします。


次回はオリジナル回、集と葬儀社の面々のからみを書くよ!


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#15葬儀社~days~

祝登録数百突破!
いやホントにありがとうございます。
こんなに読んでくれる人がいるとは思わなかった。
こんなド下手な文章を読んで下って本当に嬉しいです。

よかった " 私……お気に入り百到達したら…一日に一話投稿するの…… " とか言わなくて。

前回予告した通り、今回は集と葬儀社のメンバー達のからみに焦点を当てた話にしようと思います。

原作だと意外に少なかった気がする日常パート


じゅううううぐおわああああ


「何を考えている?」

 

深夜、部屋の中でこの部屋の持ち主が心ここに在らずのいのりにそう声をかけた。

 

「気になるの……?」

 

いのりは裸の上半身に心電図の電極を貼り、腕に輸血の血がつまっていた袋に繋がったチューブが刺している。

無論 本物の医療用器具である。

 

輸血の血はいのりの物だ。

なぜかはいのり本人も知らないが、いのりの血にはアポカリプスウイルスの発症を抑える能力があり涯はなぜかそのことを知っていた。

だから涯は定期的にいのりの血を摂取して自分の体内にあるウイルスを抑えていた。

 

今や日本人のほぼ全ての国民がウイルスに感染しているが、いのりがいなければ涯はとっくの昔にキャンサーが身体に広がって砕け散っていたであろう。

 

「……ますます " あの女 " に似てきたな……」

 

「…………そう……」

 

メンバーが見たら絶句する程弱々しい姿にもかかわらず、涯は普段と変わらない調子で言う。

そんな涯の言葉にいのりの胸に、小さな痛みがはしる。

 

「嫌なのか……?」

 

「…………」

 

( " あの人 " に似る……、私が消える……? )

 

いのりには確かに消えることへの恐怖がおそっていた。

 

「……ここに来たときの人形のようなお前はどこにいった………」

 

「………」

 

涯の言葉にいのりは目を伏せる。

 

「集の側は楽しいか?」

 

「わからない」

 

今のいのりにはそう答えるしか無かった。

集の近くにいる時は、胸の中に穏やかで暖かな気持ちがずっと満たしていた。

時々 集の予測不能の行動に、心臓が止まるかと思う事もあったりした。

 

そして……彼といる時は心から安心でき、自分でも驚くほど自然に笑顔が溢れた。そんなことは涯の近くに居ても無かった。

 

だが今は痛かった。

 

自分が涯のところに向かおうとしていた時の会話、そして彼の表情の全てが胸を締め上げる。

 

『ずっと一緒にいていい?』

 

集が連行される前の自分の言葉、そして施設での銀髪と真紅の眼に変わった集の言葉……。

 

前者は自分が涯から言われ 胸の痛みに耐え唇を噛みながら言った。

そして後者は心から集を愛おしく思い……その心に従い頷いた。

 

しかし今のいのりには、どちらが自分の心のものなのか……

 

 

 

アノヒトモシュウガスキダッタ

 

 

………分からなかった。

 

気付けば涯は寝息を立てていた。

いのりは椅子から立ち上がると、部屋から出て歩き出しいつの間にか集の部屋に立っていた。

 

集ならばこの胸の痛みをなんとか出来る。

集ならば優しく迎えてくれる。

 

そう思いながらもいのりの手が部屋のノブに伸びる事は無かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

四日目、模擬戦まで後5日

 

毎日の習慣として身についてきた時間に集は目覚めた。

もう六月だというのに朝はまだ少し肌寒い。

 

「雨が降って梅雨になれば少しは暑くなるかな?」

 

ベッドから起き上がった集はそんなことを呟く。

時計を見るとまだ六時前、集は まだ寝てようか? とも考えたが、よく思い出すと毎朝欠かさず行っていた朝の鍛錬をここ数日は不測の事態が重なって実践出来ていなかった事を思い出した。

 

集は手を顎に当てて少し考える……この部屋の中で腹筋や腕立てなど簡単に出来るものでもいいが、出来ることならこのアジト内を見てみたい。

 

朝の方針が決まり集はベッドから出ると、椅子に掛けてあった葬儀社の服に着替えると早々部屋から出て行った。

 

 

鍛錬と言ってもさすがに走ってランニングするわけにもいかないので、集は足のヒザが胸にぶつかるまで高く上げ歩き出す。

一見するとかなり間抜けな図だが、けっこう足の筋肉を使う。

 

しかし集はなんだかスッキリしない。

 

「朝の訓練を持久走に出来るか綾瀬さんと掛け合ってみるか……」

 

勝手に外に出て怒られるだけで済めばいいが、万が一アンチボディズの兵士に遭遇したら取り返しがつかない。

外で思う存分鍛錬がしたければ、やはり綾瀬やツグミの助けが必要だ。

 

集はヒョコヒョコ歩きながら ウン と大きく頷いた。

 

 

一時間程たち、だいたいアジト内を見て回った集は最後に食堂に足を運んだ。 ただお世話になるのも落ち着かないな…… と考えた結果、じゃあせめてゴハンでも作っておこうと思い至ったのだ。

 

集はさっそくキッチンの冷蔵庫や棚を開けて材料を確認する。

 

「わっ すごい量……」

 

キッチンの一画にあるドアを開けると、そこは食料庫のようで大量の食料が備蓄されていた。

メンバーの人数を考えれば当然だが、それを考慮しても相当な量である。

これなら一年か二年は安泰だろう……もちろん何事もなければ……だが。

 

集はメンバー達が集まる前に済ませてしまおうと準備を始めた。

 

人数が人数なので集は巨大な鍋やフライパンに、水や油や切った食材を次々に放り込む。

 

と食堂のドアからチラホラとメンバー達が姿を見せ始める。皆キッチンに立つ集を珍しいものでも見る目で見る。

 

「おはようございます 集さん」

 

ふと元気な子供の声が食堂に響く、集が声のした方に目を向けると中学生に上がる前くらいに見える少年が集に笑みを向けていた。

 

「おはよう えっと……」

 

「あっ そういえば こうして話のは初めてでしたね」

 

少年はすみませんとお辞儀する。

 

「僕の名前は (きょう)て いいます。よろしくお願いします」

 

「よろしく 知ってると思うけど桜満集だよ、よろしく」

 

「はい! ……ところで集さん料理出来るんですか?」

 

「うん 、あんまり凝ったものは無理だけど一般家庭レベルなら……」

 

「へ〜 、 すごいですね!」

 

梟は慣れた手つきで鍋とフライパンをかき混ぜる集の手元を、しげしげと眺める。

 

「そんな大層なものじゃないし、難しくもないから梟君もすぐ上手くなれるよ」

 

「ホントですか!!」

 

梟は集の言葉に目を輝かせる。

 

 

「おはよ〜 。あれなんで君がゴハン作ってるの?」

 

「あれ?あんた そんな器用な事出来たの?」

 

しばらくすると 眠い目をこすりながら歩くツグミとその後に続いて、車椅子に乗った綾瀬が現れた。

 

「おはよう。 綾瀬さん ツグミさん」

 

「あはは もう知らない仲じゃないんだから呼び捨てでいいよ」

 

「そう ? じゃあ おはよう 綾瀬 、ツグミ 」

 

「私は呼び捨て許可した覚えはないんだけど?」

 

「ご……ごめんなさい、綾瀬さん」

 

綾瀬の眼光に押された集は慌てて言い直す。

 

綾瀬は ふん と鼻を鳴らすと、

 

「まっ、あんたが模擬戦で勝つような事があったら考えてあげるけど……」

 

少し語気を緩めてそう言った。

 

集とツグミは目を見開き綾瀬の横顔を見る。

 

「ふふ、じゃあ楽しみにしてようかな?」

 

「ええ楽しみにしてなさい、悔しいとすら思えないくらい完膚なきまで叩き潰してあげるから」

 

「それは…ちょっとおとなげないんじゃないかな?」

 

「ゆうべ乙女の秘密に土足で入り込んだ罰よ」

 

微笑み合いながらトゲのある言葉を掛け合う二人を、ツグミと梟が呆然と見る。

 

「な ……なんか二人とも仲良くなってない?」

 

「なに言ってるのよ ツグミ 、どこ見ればそう思うのよ」

 

「そうだよツグミ。綾瀬さんの暴言が聞こえない?」

 

二人のただならぬ雰囲気を纏った満開の笑顔を真正面から受けたツグミは、タジタジと後ろへ下がる。

梟は 喋りながら器用に作業を続ける集の手元に目を向けていた。

「まっ 僕が言いたいことはただ一つで、" もうすぐ出来るから大人しくお座りして待ってろこのやろう " って事だけですよ?」

 

「ええ分かったわ、気にせず準備を続けてね?私にクソマズイ料理を食べさせた反省文を書く準備もついでにね」

 

ツグミは二人の会話が昨日と違い、信頼感が混ぜこぜになっている事(本人達も無意識だが)に気付かず、お互いの言葉を文字通りの意味に受け取り背筋に冷たい冷や汗がダラダラと流れ出す。

 

なにか話を逸らすものは無いかとツグミはあちこちに目を走らせる、 と 食堂内に入るよく知った人影を見つけ救世主を見た気分になる。

 

「あっ 、いのりん おはよう!!」

 

その瞬間 集の身体が固まる。

 

昨夜の事を思い出し、どのような表情をすればいいのか分からなくなり 時間の感覚がなくなる。

 

「手…止まってるわよ」

 

「 えっ ああ」

 

集は綾瀬の言葉で我に返る。

 

「 ふん しっかりしてよね……。黒焦げの朝ごはんなんかゴメンだからね」

 

「はい ……すみません………」

 

綾瀬はきぶすを返すと車椅子を転がしテーブルに向かった。

 

ツグミは二人の纏う雰囲気が変わった事に およ?およ? などと言いながら首を傾げ綾瀬の後に続く。

 

集は手を動かしながら綾瀬を目で追った。

 

「……シュウ……」

 

いのりの声を聞き、集の鼓動が跳ね上がる。

 

「 おはよう…いのり。もうすぐ出来るからちょっと待ってて 」

 

その動揺をなんとか抑え平静を装う。

 

「……シュウ、……あのね……」

 

「……? どうしたの?」

 

集はいのりの様子が少しおかしい事に気付き 集はいのりの言葉を待つ。

 

「………その……ごめんね………」

 

「…えっ?」

 

しかし いのり はそれ以上なにも言わずそのまま逃げるように立ち去ってしまう。

 

「 あっ、いのり!!」

 

集がわけが分からず、立ち去るいのりに呆然とする。

 

「………いのり………」

 

「 集さん なにか手伝う事はありませんか?」

 

梟はそんな集に気遣ったのか……声をかける。

 

「 …あっ。うん、じゃあ味噌取って?」

 

梟は はい と二つ返事で冷蔵庫から味噌を持って来た。

集はいのりの事は気になりながらも思考は頭の端に置いといた。

 

 

 

朝ごはんが完成し、メンバー達がテーブルにつき各々食事を始める、メンバー達は特に味には文句が無いらしく周囲とだべりながら食事を進める。

「わあ すごくおいしいです集さん!」

 

「いや、普通のものを普通に作っただけだし……そんな大げさなものじゃないよ……」

 

梟は集の作った米のご飯 味噌汁 野菜炒め を仕切りに口に運ぶ。

なんて事無いはずの質素で一般家庭に出るような朝ご飯だが梟は大喜びだ。

世渡り上手だなあ などと集は思いながら周囲へ目を向けると、箸で野菜炒めをついばみ口に運ぶ綾瀬が目に入った。

綾瀬は集の視線に気付きジロリと睨む。

 

「何っ?」

 

「い いやあ、口に合ったらいいなって……」

 

「言っとくけど。どんなに良い料理作っても訓練を緩めるつもりはありませんから……」

 

「それはもちろん!」

 

我ながら下手に出る時と、言い争う時でのテンションの差が凄いな と集は自重気味に笑った。

 

「あれ ? でも綾ねえ……」

 

突然声をかけるツグミに綾瀬は なによ と無愛想に返す。

 

「今の言葉って、集の料理が美味しかったって言ってるようにもーーー」

 

ツグミが言い終わる前に、綾瀬はツグミの前にある皿を掴み皿の上にある料理をツグミの口に突っ込んだ。

 

ツグミは ほぐう! という声にならない叫びを上げ水を飲み胸をドンドンと叩きながら食道に流し込む。

 

「余計な事は言わなくていいの!」

 

涙目になるツグミに綾瀬は顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

集はそんな二人の様子を苦笑いしながら眺め、ふと気付いた。

 

「そういえば涯は?」

 

「涯さんが普段 食堂に顔を出すことは滅多にありません…" 自分がいたら思う存分リラックス出来ないだろ? " て言って」

 

「ふーん」

 

(まあリーダーだから色々忙しいんだろうな)

 

集は梟の答えに軽く考え ふと いのりも いない事に気付いた。

一瞬 探しに行こうと考えたが、もうすぐ自分を含めた全員の食事が終わる 。

今行っても時間が無駄になるだけだと思い直し集は残り少ないご飯に箸を伸ばす。

 

 

 

昼間の訓練もつつがなく終了し、晩の食事も済ませた集は薄暗い部屋に戻った。

 

結局この日は朝のあの時以外、いのりに会うことはおろか 視界に入ることもなかった。

いや 何度か いのりの ものらしき視線は感じるのだが、全く姿を捉えられなかったのである。

 

(明日になったら……ちゃんとまた話せるのかな……?)

 

そこまで考えた集は頭を振り、その思考を追い出す。

 

( もう彼女は涯の女だと昨晩知ったはずだろ。これ以上首を突っ込んだら迷惑するのは彼女の方だ )

 

頭ではそう思っていても、やはり集にはいのりを放って置く事が出来なかった。

 

太陽は完全に沈み、空には星が瞬き始めていた。

 

「 ……そうだ、魔力……もう自覚出来るだけで二度あったんだ。次からは自分の意思で操れるようになろう!」

 

集はベッドから身体を起こすと、電気はつけずに床の上で座禅を組んだ。

 

じっくり…深呼吸をして、施設での感覚を思い出す。

 

数分もしないうちに額や背中 脇の下から滝のような汗が流れる。

 

カチン と引き金を引くような音が集の耳に響く。

 

とたんに ゴー という耳鳴りがして、凄まじい勢いで水の底に沈む感覚に襲われた。

 

集からは見えないが、髪は銀髪に 瞳は真紅に染まっている。

 

「 っ……!!」

 

しかし視界が真っ赤に染まるのは集にも分かる。

 

目が些細な光でも吸収しチカチカと目眩をおぼえる。

耳が 上の階 下の階 隣の部屋 の 衣擦れ 水道の音 足音 瞬きの音に至るまで全ての拾わなくていい音を拾い、耳ごと頭を打ち鳴らす。

 

心臓を流れていた血液の赤血球や白血球が刃になり、心臓の壁を切り刻み、その度にその中を流れるチカラの奔流が凄まじい早さで治癒し傷口を塞ぐ。

 

「 ……ぐっ…あが……!」

 

予想外の苦痛と不快な感覚に思わず声を漏らす。

その感覚は次第に全身に広がっていく。

 

「……………っ」

 

集中する。自分の身体の中に蛇口を作り加減なくで漏れ出す魔力の弁を少しづつすぼめる。

 

すると全身を切り刻む感覚は、嘘のように薄くなり身体が一気に楽になった。

「……ずあっ!!?」

 

しかし気を抜くと、すぐに刃の血液が身体を内側から切り刻む感覚が全身を襲う。

 

集は自分に流れる魔力を一定の流れに乗せ、ゆっくり目を開ける。

視界はまだ赤かったが、身体中に流れる魔力は赤いオーラのような形で目視に成功した。

 

「やった……」

 

集が十年間の修行でも一度も成功しなかった魔力の制御が、遂に実を結んだ事に集はまた一歩ダンテに近付けた気がした。

 

集は頭の中で蛇口を閉め、魔力を完全に閉め切る。

髪や瞳が元の色に戻った途端に強烈な疲労感が襲い 集は床に崩れ落ちた。

 

「はあ……はあ…これは……思ったよりきつい……」

 

集はなんとか手足を動かし、ベッドにやっとの思いでよじ登った。

時計を見ると座禅を組んでから四時間近く経っていた。

集は仰向けに転がり深く息をつく。

 

「はあ〜……明日に響かなければいいなあ……」

 

呟くと同時に集の意識は疲労感に負け、落ちていった。

 

 

 

 

五日目、模擬戦まで後4日

 

朝は昨晩 集が心配したような疲労感も無く、朝の訓練も特に問題なく済んだ。

ただ ツグミは "こんな朝早くにやるの!?" などと昨日集の申し出をあっさりok出した事を若干後悔した。

その後 集は綾瀬とツグミと梟に手伝ってもらいながら、朝ご飯の支度を済ませた。

 

メンバーが集まり食事を始めるてから終わる時まで、集はいのりを探したが結局食堂に現れることは無かった。

 

夕方になり、午後の訓練も一通り済ませた集はただあてもなくブラブラ通路を歩いていた。

 

「あっ集さん、次はなんの訓練なんですか?」

 

その通路を慌ただしく駆け回っていた梟が集に声をかけた。

 

「いや 今日の訓練はもう終わったよ、せっかくだからなにか手伝える事があったら手を貸すよ」

 

「いいんですか? ……じゃあそこのダンボール箱持てますか?」

 

梟は壁の端に置かれた箱を指し示す。

 

集は はいよ と短く答え箱を持ち上げる。

 

「 っとと けっこう重いな……」

 

「集さんって力ありますね。その箱 僕じゃあ引きずって運ぶのがやっとで苦労してたんです」

 

梟の言う通りダンボール箱はかなりの重量で、あまり長時間持っていると跡がつきそうな程だった。これでは集の胸にも頭が届かない小柄な梟にはきついだろうである事は想像に難くない。

 

「まあ、普段から鍛えてるしね……」

 

「集さん って運動系の部に所属してるんですか?」

 

「いや文系だよ?現代映像文化研究会 っていう…」

 

「どんな事をするんですか?」

 

「色々だよ?素材を集めて切ったり貼ったりして映像を作ったりとか……。僕を含めた 2…3…4……あと幽霊部員を一人の5人でやってるんだよ」

 

集は頭に 祭 ・颯太 、そして谷尋の顔を思い浮かべる。

ちなみに幽霊部員とは花音のことである。

 

「へー 楽しそうですね」

 

「うん 、……楽しいよ?」

 

「 …………、大丈夫ですよ 集さん!!」

 

「え?」

 

集の横顔からなにかを感じ取ったのか、梟は突然 キッ と引き締まった顔をして声を張り上げる。

 

「 きっと涯さんなら集さんを元の生活に戻せますよ !!」

 

「 …………」

 

大声で豪語する梟に面食らっていた集だったが、梟の気遣いが純粋に嬉しくなり笑みを浮かべる。

 

「 ……うんっ…ありがとう梟君。梟君は本当に涯の事を尊敬してるんだね………」

 

「はい 次は涯さんと一緒に任務なので。一緒に戦えます。……と言ってもただの物資補給なので大して危険ではないですけど」

 

「ふーん」

 

集は心の中で安堵のため息をつく。

 

「……ただ、任務は四日後なんですよね……」

 

「…模擬戦の日取りと重なっちゃうね」

 

「はい……見られなくて残念です……」

 

(ん〜 そんな顔されるとなんとかしてあげたくなるな……)

 

梟は本当に残念そうだ。

 

「じゃあさ 梟君が帰ってきたら、祝勝会かやけ食いに付き合ってよ。」

 

「ホントですか!?」

 

「うん 腕をふるうよ。梟君には色々助けられてるし」

 

「ありがとうございます!本当に集さんは優しいです!」

 

梟と集は広い部屋の前で立ち止まる。おそらく倉庫だろう。

 

「ここまででけっこうです。それはその台座に乗せてくれれば……」

 

こう? と集は梟の指す場所にダンボール箱を置く。

 

「はい お疲れ様です。それにしても学校……楽しそうですね」

 

「………梟君……」

 

「この戦いが終わったら……僕も学校行ける様になりますかね………」

 

梟はどこかさみしそうに笑った。

 

「……なれるよ……きっと」

 

集の言葉に梟は本当に嬉しそうに笑う。

 

「さっ 手伝ってくれてありがとうございます。もう頼むことは無いので、後はゆっくり明日のために英気を養ってください」

 

「そっか……じゃあまたね……」

 

集は梟と別れ、元来た道を戻っていく。時々後ろを振り返ると梟は集の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 

「ん?」

 

日も完全に沈んだ後、集は風呂から自室に戻る最中に見知った人影を見つけた。

 

「アルゴさんと……大雲さん?」

 

二人はベランダの柵から外側を向いてなにかやっている。近付いてみる。

 

「 えっと こんばんはアルゴさん 大雲さん」

 

「……おう」

 

「こんばんは集」

 

アルゴは無愛想に……大雲は大仰にあいさつを返す。

 

「なにをしてるんですか?」

 

「見てわかんねえか?」

 

アルゴに言われ集がアルゴの手元に視線を向けと、釣り竿が握られていることに気が付いた。

 

「釣り……ですか?」

 

ああ とやはりアルゴは集の言葉を無愛想に返す。

 

「釣れるんですか?」

 

「いやあ?」

 

「えっ、じゃあなんでこんな事を?」

 

「気分転換だよ。物事全てに意味を求めるのは馬鹿のやることだ」

 

「…………」

 

「…………」

 

アルゴの言葉を最後に三人の間に沈黙が流れる。

 

「我々は見張りですよ」

 

その沈黙を指でキーボードを鳴らしていた大雲が破った。

 

「見張り?」

 

集は大雲の背後に回り込み画面を覗き込むと、画面には円の中を中心を支点を棒状のものがグルグル回転している。よくテレビで見るソナーそのものだった。

 

「ああ〜じゃあ僕お邪魔ですね。部屋に戻ります」

 

「まあ待て、暇なんだよ話し相手になってくれや」

 

アルゴは自分の隣に置かれた椅子を叩いて示す。

集は黙ってそれに従う。

 

「集、綾瀬のエンドレイヴの記録映像を見たが……、ヴォイドって凄えな」

 

「はい?」

 

「ヴォイドって誰からでも取り出せるのか?」

 

「まあ……十七歳以下なら……アルゴさんっていくつでしたっけ」

 

アルゴは集の髪を ガッシリ 掴み、自分に引き寄せる。

 

「てめえとタメっつてんだろ」

 

「あだだだ、すみませんアルゴさんってちょっと歳上っぽいから……」

 

「だろ?」

 

「…………」

 

アルゴが自信満々とかの表情だったら、まだ集もリアクションが取れたが、真顔でこんな事言われても冗談なのかなんなのか分からない。

 

「しかし どういうトリックなんだろうな。ヴォイドもそうだがおめえの髪の色が変わんのも凄えな」

 

「え?」

 

アルゴの言葉に集は、メンバー達が悪魔の力をヴォイドの力だと認識していると初めて気が付いた。

 

「おめえ倒れたんだろ?もう平気なのか?」

 

「ええ もう大丈夫です」

 

集はアルゴを粗暴で乱暴な性格だと思っていたから、正直この気遣う言葉には驚いた。

 

そのまま会話は無く、集はアルゴに 湯冷めする前に部屋に戻るよう言われ、集は自室に戻った。

 

集はその夜も魔力の制御の修行に励んだ。

最初から蛇口を作っていたせいか、昨夜と比べると疲労は浅く時間感覚の狂いも軽かった。

 

 




はい思ったより長くなりそうだったので、前編後編で分ける事にします。

軽い息抜き回のつもりだったのに……

どうしてこうなったし


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#16葬儀社2~days~

前回の話……なんか今まで以上に日本語がおかしかったり、誤字脱字が多かった気がする……。

良くないね、もっと気をつけなきゃ。

クリスマスまでに間に合わせたかった……(泣き)。

前回の続き



六日目、模擬戦まで後3日

 

 

「あれ?集は?」

 

「…………」

 

(綾ねえがまた物凄く不機嫌なんだけど……)

 

集と綾瀬とツグミの三人が朝の訓練を終了させると、食堂へ向かっていたが、ツグミだけはトイレのため一旦席を外していた。

そして戻ってきた時、集の代わりに梟がおり、綾瀬が憮然とした表情で待っていた。

メンバー達も集まりすでに朝食を取り始めていた。

 

「遅かったじゃない」

 

「あはは、ごめん ごめん なんかトイレ壊れてて……、そ…それより 集は?」

 

「…………知らない」

 

そう言いながら綾瀬はプイとそっぽを向く。

 

「あはは」

 

今日も例にもれず集の手伝いをしていた梟は、乾いた笑いを漏らす。

 

「集さんは いのり さんのとこです」

 

「ふーん………あれ? もしかして綾ねえが不機嫌な理由って……」

 

ツグミが綾瀬に目を向ける。

 

「な……なによ? ツグミ……」

 

「ふーん なるほど 、そっか…綾ねえは涯を諦めて集に…ーー」

 

「はああっ!?」

 

「あははは」

 

ニヤニヤ笑いながらからかい逃げるツグミに、綾瀬が追い回す光景がしばらくの間繰り広げられた。

 

 

 

 

 

いのり はトレイに乗せられた皿に料理を乗せ、ひらけたベランダに腰掛け料理を口へ運んでいた。

 

「………」

 

いのり は口を動かしながら、その料理をじっと見つめた。

いのり は戸惑っていた。

集と話し、触れ合いたいという気持ちが湧き上がるにもかかわらず。ここ数日は、集と目が合いそうになる度に先日の集との会話が頭に過ぎり、集から逃げるように立ち去ってしまう。

 

『どうして僕を助けてくれたの?』

 

あの時 集に尋ねられた時、自分は何と答えようとしたのだろう……、もし答えられていたら集はどう思ったのだろう……。

 

『あいつが好きか?』

 

( ……好き……って何? )

 

一緒に居たいという気持ちだろうか?

触れ合いたいという気持ちだろうか?

 

自分が彼に惹かれているとしたら……なぜ……何処に?

 

 

「いのり!やっと見付けた」

 

「えっ?」

 

いのりが顔を上げると、目の前に当の本人が立っていた。

 

「……えっと……隣…いい?」

 

「あっ……うん」

 

いのり と同じように、料理の乗ったトレイを持った集は いのり の前方を回り、いのり の隣に腰掛ける。

 

「…………」

 

いのり は隣に座る集を目で追い、皿に箸を伸ばす様子をじっと見つめる。

 

「?」

 

集は自分をじっと見つめる いのり に首をかしげる。

 

「……いのり?どうしたの? 」

 

「……なんでもない……」

 

「もし迷惑だったら食堂に戻るけど………」

 

「あっ!……迷惑じゃない」

 

立ち上がろうとする集に いのり は慌てる様に言う。

突然大声を出したいのりに集は驚きながら、浮かせていた腰を下ろした。

 

「そう?良かった」

 

集はそう言うと、もそもそと食事を再開した。

 

「いのりはみんなと一緒に食べないの?」

 

いのりは目を伏せて、止まっていた箸を動かす。

 

「……やっぱり…僕…邪魔かな?」

 

「邪魔じゃない」

 

いのりは首を横に振って言う。

 

「……シュウはどうしてここに?」

 

「いのりを探してたんだよ」

 

「私を?」

 

「そっ 他の人達と食べるのも楽しいけど……、いのりと居た時間が一番長いせいかな?…いのりと一緒が一番落ち着くんだよ」

 

集はそう言って微笑む。

 

「………」

 

「さっ 早く食べちゃお?」

 

「……うん」

 

いのりは急に暖かくなる自分の頬に触れる。

 

「………?」

 

さっきまでザワザワ騒いでいた胸が、驚くほど穏やかになるのを感じる。

 

(これが……好きってこと?)

 

いのりは集の横顔を横目で見つめる。

 

(シュウは私のこと……どう思ってる?)

 

その後 二人は黙々と食事を続け、集は二人分の空の皿を持ちいのりとお互いに手を振りながら別れた。

いのりは自分の頬が朱に染まってることに最後まで気付く事は無かった。

 

余談だが、食堂へ戻った集に綾瀬から" 遅い!"との叱咤が飛び、訓練の量を倍以上にされた。

 

集がそれを涼しい顔でこなすのを、綾瀬は奥歯をギリギリ噛み締め、ツグミはそんな綾瀬を見てニヤニヤ笑っていた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

夜 既に時計は十時を回り、アジトは今日一日の休息を取るかの様に静けさに包まれていた。

「……ん?あそこに居るのって……」

 

集は風呂へ向かう途中、よく知る人影が目に入った。

 

「ツグミ……」

 

横の通路からツグミが歩いてくる。

ツグミも集に気付き やあっ と手を上げた。

 

「よっ こんばんは、今からお風呂みたいだね」

 

「こんばんは、ええ まあ」

 

「丁度良かった。ちと手を貸して欲しいものがあるのよ。いいかな?」

 

「うん 大丈夫だけど」

 

ツグミは うん と頷くと、手招きをして集の前を先導する。

集はそれに着いて行く。

薄暗い通路をしばらく歩き、二人は突き当たりの扉を開け中へ入る。

 

薄暗い空間から、いきなり明るい照明に照らされた集は、反射的に手を掲げ光を遮る。

 

ツグミに案内された場所は、かなり広い空間でその中央に、見覚えのある大きな物体が鎮座していた。

 

「……綾瀬のエンドレイヴ?」

 

「そっ 旧型の" ゴーチェ "に代わって、ウチに仲間入りした新型のエンドレイヴ……その名も" シュタイナー "!」

 

えへん とツグミはなぜか胸を張る。

 

「へえー 、…それでツグミは何を手伝って欲しいの?」

 

「そうそう、たいした事じゃないんだけどね。ちょっと不具合みつけてね、整備班を起こすより自分でやっちゃおうと思ってね」

 

「その手助けをして欲しいんだね? 分かった。でっ 何をすればいいの? 言っておくけど……僕が直した事のある物といったら自転車くらいだよ?」

 

「あははは そんな面倒じゃないから神経逆立てなくていいよ。ただ外したりはめたりするだけだから」

 

集の言葉にツグミはケラケラ笑いながら言った。

 

 

数分後………、

 

「……これのどこが "だけ" ?」

 

シュタイナーの背中の突起物にぶら下がりながら、集は呟きを漏らす。

 

「そうそう その調子だよー。首の辺りに来たら付け根部分のハッチを開けて、中の基盤と渡した基盤を交換してね」

 

ツグミはシュタイナーの足元で、コンピューターのキーボードを打ち鳴らしながら言う。

 

「……これか……?」

 

集はツグミに指定された所まで登ると、言われた通りハッチを開けて、中の基盤を引き抜いた。

 

「これはどうする?」

 

「捨てちゃっていいよ」

 

集は引き抜いた基盤から手を離し、床に落とし、バックパックから新しい基盤を取り出し、それを挿入した。

 

「うん いいよ。お終い 、ありがと!」

 

ツグミからの声に集はシュタイナーから飛び降りる。

 

「いやあ〜 ホント助かっちゃったよ」

 

「はは 貸しにしとくよ」

 

「なぬ!? むーん何か考えないとな……」

 

ツグミは顎に手を当てて、考え込む。

 

「じゃっ、もう遅いから。僕はもう戻るよ」

 

「あっ うん、また何かあったら呼ぶからね」

 

「この時間帯はやめてよ。おやすみツグミ」

 

ツグミは手を ブンブン 振って、集を見送った。

 

(元気な子だなあ……)

 

集はその姿に苦笑して、自室へ戻った。

 

 

 

 

七日目、模擬戦前日

 

 

 

『おおおおおおおおおおおおっっ』

 

酒場で葬儀社のメンバー達の歓声が響き渡る。

 

「……ふう……」

 

その騒ぎの中心で、集は息を吹きながら立ち上がる。

集の足元の床には、数人の男達が転がっている。

 

「すげえ、五人同時かよ……」

「あいつ…本当にただの高校生なのか?」

 

メンバー達は、集の桁違いの能力に驚きを隠せない。

 

「ヴォイドってのは、普通の子供をあんなに強くすんのか!?」

 

(勘違いしてくれるのは、助かるな……)

 

ヴォイドが無かったらどうなっていたらどうなっていたことか…… と集は安心すると共に、騙している気がして、少し気が重くなる。

 

「おい集、後訓練終了まで五分くらいだ……、次は誰とやるんだ?」

 

「あっ…そうか、後一回できるかな……」

 

アルゴの言葉に集はメンバー達を見渡し、次の組手相手を選ぶ。

 

「じゃあ……、いのり お願い出来る?」

 

「……分かった」

 

指名されたいのりは頷き、前に進み出る。

床に転がっていた男達は、痛む身体を抑えながらその場を走り去る。

いのりはメンバーから木剣を手渡され腰を落とし、腰だめに構える。

集も腰を落とし、顔の前に手の木剣を構える。

 

「……そういえば、初めて会った時もこんな感じだったよね?」

 

「…………状況は全然違うわ……」

 

「ふふっ、まあね……」

 

その会話を最後に、集といのりは押し黙り、神経をお互いの動きに集中する。

 

ピリピリ と張り詰めた空気が二人から放たれる。

メンバー達も二人に気押され、黙って成り行きを見守る。

 

何処からか、メンバーの靴が地面を擦る音が聞こえた。

 

先に動いたのは、いのりだった。

 

猛烈な勢いで集を肉薄したいのりは、突風の槍の様な勢いで突きを放つ。

集はそれを自分の木剣の側面に滑らせ、逸らす。

集は横薙ぎを放とうとしたが、既にいのりは木剣を引き戻し、再び突風の様な突きを放つ。

集がバックステップで躱す。

いのりが木剣は集の前髪を掠める。

 

集はいのりが突きを引き戻す前に、地面を思いっきり蹴り、右から左に薙ぐ。

しかし振った体勢が悪く、いのりにあっさり防がれてしまう。

 

「くっ……!!」

 

速さではいのりに分がある。

集はいのりの速さを殺すため、出来るだけ身体を縮め、いのりの身体を押す様に距離を詰め続ける。

 

まるで二人共、左右両手に木剣を扱っているかのように、隙間無く左右から振るい、二人の間で打ち合う。

 

酒場に木を打ち合う音だけが響き渡る。

 

(やっぱり…強い!!)

 

集の額に汗が流れる。

筋力・体型・体重 等は集が勝っているが、いまいち決定打に欠ける。

気を抜けば、手数であっと言う間に押し切られてしまう。

 

いのりの放った足払いを、集はジャンプで避ける。

集はそのまま身体を空中で回転させ右脚から蹴りを放った。

 

いのりは頭を下げそれを避け、その体勢のまま集に飛びつく様に木剣を振る。

 

集は回転の勢いを止めず、追撃に左脚からの蹴りを放ち、いのりの木剣を封じた。

 

いのりはそのまま集に突進し、突き倒し、喉元に木剣を突き付けた。

 

いのりが集の上で馬乗りになった状態で、二人は肩を動かし息を切らす。

しばらくして、集が息を切らしながら口を開いた。

 

「引き分けだね……」

 

集の言葉にいのりは、自分の胸元を見下ろす。

 

「……うん………」

 

丁度いのりの心臓の位置に、集の木剣が突き立っていた。

 

二人のこのやりとりの後、メンバー達の歓声が響きわたった。

 

「んっ ありがと」

 

集はいのりが差し伸べた手を握って、引き起こしてもらう。

 

「ふう……いのりが強い事は分かってたけど…想像以上だったよ……」

 

「………」

 

「また、付き合ってくれる?」

 

集の言葉にいのりは頷く。

 

いのりはメンバー達に連れられていく集を見送った。

 

 

 

 

夜、九時半

 

 

集は夕食後の皿洗いをしている、いのりと綾瀬を見て、少し驚いた。

正直相性がそんなにいいとは思っていなかったので(主に涯がらみで)、この組み合わせは集には意外だった。

 

「お疲れ様。後は僕がやるよ」

 

「……いいのよ、ここ最近はあんたがご飯作るのも、後片付けも全部やってるじゃないの。私達がやっとくかし、そもそもあんたは明日は模擬戦なんだから今日は早めに休みなさい」

 

「え? でも……お世話になってるんだし、せめて雑用ぐらいは……」

 

「シュウ……、大丈夫だからシュウは休んでて」

 

「……いのりまで……」

 

集は はあー と溜め息をつく。

しかし、全部を女の子に任せて自分は部屋でおとなしくするなんて真似は男が廃る と集は気合を入れ直す。

 

「じゃあ、僕は生ゴミをs「「休んで」なさい」、…………はい……」

 

見事なハーモニーで、いのりと綾瀬は集を閉め出した。

 

 

「……あの二人って仲良かったんだ……」

 

とぼとぼ歩きながら、集はそんな事を呟いた。

 




次回いよいよ模擬戦です。

この間の話は、いらなかったんじゃないの? とも思わなくもない。
でもこういう話は好きだから、今後もどんどん日常を書くと思う。

それにしても、同じような表現ばっかりつかってますね。
作者の勉強不足も、語彙の低さも見事に露呈するね。




今度から、愛読書は広辞苑にしようかな……?


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#17模擬戦~trigger~

前回までのあらすじ……

風邪は天敵。以上

ひどい悪夢を見ました。みなさんも気をつけてくださいね。


今回 ちょっとだけ、オリ設定入ります。


集は地下の広大な空間に連れられた。

トンネルの様な線路が地面にはしり、集の前方には綾瀬とシュタイナー、その後方には小型の車両が配置してある。

 

「模擬戦を始めるわ。ルーカサイト攻略作戦のシナリオDー14を下敷きに、あなたが単身エンドレイヴと対峙しなければならなくなった場合の想定よ」

 

綾瀬は集の顔を引き締まった顔つきで見る。

 

「りょーかい」

 

集は準備体操をしながら、改めて周囲を見回す。

やたら広い空間の割りにはシュタイナーと、小型車両以外でさらに後方の大型トラックぐらいしか置いてある物が無い。

 

(元から訓練用として使われてるのか……)

 

所々に床と、柱に砕けた部分があり、柱も途中で折れて倒れている部分がある。

確かにこれだけ広ければ、ちょっと派手に暴れたくらいではビクともしないだろう。

 

「おーい。頑張れよー!」

「期待してるぜー!」

 

集が声の方を見ると、メンバー数人が集に向けて声援を送っていた。

集はあまりこの様な状況に慣れておらず、ぽりぽり と頬を掻く。

 

ふと いのりと目が合う。

 

いのりはいつもに増して真剣な顔で集を見ていた。

 

「私のシュタイナーを抜いて、後ろにある車両に駆け込めたらアンタの勝ちよ。ただしペイント弾でも当たれば、気絶くらいはするわ 集中して!」

 

綾瀬の言葉に集は向き直る。

 

「よく分かってるよ。普通のゴム弾でも、肋骨を折るくらいわけ無いからね……」

 

綾瀬は集の言葉に小さく鼻を鳴らすと、車椅子を返し大型トラックの方へ向かっていく。

 

 

 

「よお 集」

 

「アルゴさん……」

 

アルゴが集にサブマシンガンを差し出して来る。

 

「綾瀬の機体を抜けるのは 俺でも無理だが、お前なら出来ると思うぜ」

 

「はいっ、ありがとうございます」

 

集はアルゴから受け取った、サブマシンガンをチェックしながら ふと呟いた。

 

「あれ? これ……メンバー加入の通過儀礼じゃないの?」

 

呟いても その疑問に返答する者はいなかった。

 

 

 

『綾ねえ シュタイナーになってから、さらに速くなったからね〜。だれかさんに気を取られてると、すぐ勝負がついちゃうよ〜』

 

「……………」

 

床を走る奇妙な四足走行の物体から スピーカー越しでも、ニヤニヤ笑っているのがよく分かるツグミの声が聞こえる。

 

『綾ねえ 接続よろし?』

 

『やって』

 

綾瀬の声を合図に シュタイナーの目の部分に光がはしる。

 

『始めましょうか!』

 

「待ってました」

 

シュタイナーの外部音声からの綾瀬の声に 集は答える。

 

『それじゃあ!レディーーゴーー!!』

 

ツグミの合図に 先ずは集が後方へ全力ダッシュで動き出す。

 

シュタイナーの機動力は施設での戦いの際に、いやという程目にした。

 

正面突破では簡単に回り込まれ、格好の的だ。

 

集は後方の柱の影に滑り込む。

 

『へえー セオリーは理解してるのね。けど そんな消極的で、私を越えられると思わないでよね!』

 

シュタイナーの弾が、集の隠れた柱を黄緑色のペイントで染める。

 

( ……っ ここもすぐ回り込まれる!)

 

間髪入れず集は次の柱へ向け、駆け出す。

綾瀬は狙いを定めながら撃ち続ける。

 

ペイントが集の走った場所を足跡の様に染めていく。

 

途中、集が屈むと、一瞬後 集の頭があったであろう場所に弾が前髪をかすめて通り過ぎる。

 

集はそのままスライディングで次の柱へ身を隠す。

綾瀬のシュタイナーをまいて、目的地へ到達する方法は物影に隠れながらの移動以外 集には思い付けなかった。

 

だが 綾瀬がそれを許すはずが無い。

 

「……っ!!」

 

集は柱の影に回り込んで来た、シュタイナーの頭部に向けて発砲する。

シュタイナーはあっさりと 集の弾を屈んで避けてみせた。

 

『ほら!さっきまでの威勢はどうしたの!?』

 

「綾瀬さんこそ、調子悪いの?全然当たらないよ!!」

 

集は自分とシュタイナーの間に柱を挟む形を維持すべく、柱の周りを走り続ける。

狙い通りシュタイナーの弾は柱に阻まれて 、集に当たる事は無い。

しかしこれでは集が勝つのも難しい。

 

集がそこまで思考を巡らしていた時。

 

『ああもう。こそこそしてんじゃ無いわよ!!』

 

綾瀬はそう言うと、柱の影にシュタイナーの腕を突っ込ませて来た。

 

「うわっ ちょっ!!直接攻撃あり!?」

 

集は腕を避けるが、綾瀬はその先に先回りして銃口を向けた。

 

「くっ!!」

 

集は撃たれる前に サブマシンガンをシュタイナーに発砲する。

しかし シュタイナーはまるで人間の様な柔軟性で弾を躱す。

 

集はシュタイナーからの反撃の弾丸をなんとか 別の柱に走り込みやり過ごす。

何度か集の身体を弾が掠め肝を冷やした。

 

(くそ、このままじゃジリ貧だ!)

 

柱の影に隠れながら、集は自分の右腕を見つめながら、人からヴォイドを抜き出す瞬間をイメージする。

 

すると 集の右腕から、あの銀色の幾何学的な模様が浮かび上がる。

 

集はこの模様を " ヴォイドエフェクト " と呼ぶことにしている。

 

(よしっ!これだけでも、自由に使えるようになれてよかった)

 

「……っふ!」

 

集は自分の足元にヴォイドエフェクトを展開させた。

 

 

『ほらいい加減 観念したらどう!?』

 

綾瀬は苛立ち気に集に呼びかける。

集が柱の影から動き出した瞬間に一斉掃射しようとしていたが、全く動きが無い。

 

綾瀬はため息をつくと、ゆっくり柱に近付く。

 

そして 柱に近付くと、一気に柱の影に飛び出し銃口を向けた。

 

『はっ?』

 

柱の影に集の姿は無かった。

別の柱に隠れたのかと一瞬思ったが、綾瀬は集がこの柱の影に隠れた瞬間から目を光らせていたのだ。

 

なにか動きがあれば気付かないはずが無い。

 

『!!』

 

頭上で気配を感じて上を見上げた瞬間、綾瀬は慌てて上空に発砲した。

集が上空でヴォイドエフェクトを蹴って、ペイント弾を避ける姿が見える。

 

『なによ それノーマルで自在に使えるなんて聞いて無いわよ!』

 

「慣れたもんでしょ?」

 

集は空中のヴォイドエフェクトの上で、不敵に笑う。

『面白いじゃない!!』

 

綾瀬は再び集にペイント弾を打ち込む。

 

集のエフェクトから足を離すと、足を上に蹴り上げ頭上に展開されたエフェクトを蹴り飛ばした。

 

集は下方に急降下し集のいた場所をシュタイナーのペイント弾が掠め飛ぶ。

 

集は落ちながらシュタイナーに向けペイント弾を撃つ。

 

『くっ!!』

 

綾瀬はシュタイナーを操り、縦線状に放たれた弾を躱す。

 

自然 、集とシュタイナーの間に柱が挟み込まれる。

 

集は着地すると、後方の車両に向けて駆け出した。

 

『させないわよ!!』

 

「!!」

 

集は横に飛び退き、ペイント弾を避ける。

 

「ちぇっ、やっぱりそう簡単にはいかないか……!!」

 

集は急いで近くの柱に飛び込む。

飛び込むと同時に集と同じ射線上に入るシュタイナーの姿が目に入った。

 

『残念だったわね、これで終わりよ!!』

 

綾瀬は着地の体勢でいる集を撃つ。

 

この体勢の悪い状態で避けても、簡単に動きが読まれてしまう。

例え また柱の反対側に飛び込んでも、こうしている今でもシュタイナーは集に接近しているのだ 回り込み第二射で沈めることはわけない事だと、綾瀬は踏み勝利を確信していた。

 

しかし次の瞬間綾瀬が見たのは、集の予想外の行動だった。

 

集は避けようとしないばかりか、着地の状態のまま背後にサブマシンガンを撃つ。

その瞬間 空中でペイントが四方八方に飛び散る。

 

集の周囲でもペイントが飛び散るが、集はほぼ無傷だ。

 

『はあ!!?まさか!!』

 

集は自分に当たる弾だけを撃ち落としたのだ。

 

『どんだけ デタラメなのよ!アンタは!!』

 

集は自分にぶつかる勢いで突進して来るシュタイナーをヴォイドエフェクトを蹴って飛び越える。

シュタイナーの頭上を飛び越えた集は、そのまま柱に全身を打ち付ける。

 

べしん という鈍い音を立てて柱に激突し 逆さまに張り付く集を綾瀬は呆れ半分で見る。

 

『なにやってんのあんた… っは!!』

 

綾瀬はそう叫ぶと、シュタイナーの腕を逆さに柱に張り付く集の胴体目掛けて振りかぶる。

 

「ほいっと」

 

集は軽い声を出し 柱を抱きかかえると、逆しの字に身体を曲げる。

シュタイナーの腕は何も無い柱を掴む。

 

集は両脚でシュタイナーの腕を抱え込みと 両手を柱から離し、振り子運動の要領で身体を揺らし、両脚を離すと空中で弧を描きながら地面に着地した。

 

『さ……猿か あんたは!!』

 

綾瀬は集の動きに呆気に取られながらも、そう声を上げて叫ぶ。

 

その瞬間 集は両手を上に添える様に上げて軽く飛び上がる。

 

『?』

 

綾瀬は集の奇妙な行動に疑問を感じた瞬間、上空から集の手の中にサブマシンガンが収まったのを見て ギョ とする。

 

集はシュタイナーの頭上を飛び越えた瞬間に、放り投げていたサブマシンガンをシュタイナーに向け発砲した。

 

シュタイナーは腕を盾にして、頭部を守ると 集から距離を取りながら回り込み、集と車両の間に割り込む。

 

『……っ! やるじゃない今のはヒヤッとしたわ!!』

 

(……くそ 不意打ちでもだめか!)

 

集は息を切らしながら、舌打ちをする。

 

ヴォイドエフェクトまで使用したのに、状況は一行に好転しない。

 

むしろ体力的に生身の人間である集が押されつつある。

このままシュタイナーと格闘を続けても、集が先にダウンするのは明白だった。

かといって 真っ直ぐ車両を目指しても、シュタイナーの弾幕を遮蔽物無しで躱し切る自信は、集には無い。

 

( ……使うか…" あれ "を……)

 

集は握り拳を作り 目を一度固く閉じると、覚悟を決めて立ち上がった。

 

 

 

『……?』

 

堂々とシュタイナーの前に立つ集に、綾瀬は眉を寄せる。

 

(……なにか策があるっていうの……?)

 

綾瀬は集の次の動きに警戒し、身構える。

 

すると集の手からサブマシンガンがこぼれ落ち、集はゆっくり両手を上に上げる。

 

『……どういうつもり?』

 

「…………」

 

(まさか ここに来て降参するつもり……?)

 

他のメンバー達も同じことを考えているのか、観戦している集団から失望が混ざったため息が聞こえる。

 

『悪いけどこれ、どっちかが勝つまで終われないのよ。覚悟しなさい』

 

綾瀬は冷徹にそう告げると、集のこめかみに狙いを定め発砲した。

 

計六発のペイント弾が、集に殺到する。

 

その一瞬前、集は" スイッチ " として決めた合言葉を唱えた。

 

 

「 " 悪魔の引き金 (デビルトリガー)" !!!」

 

 

集の頭に撃鉄を打つ音が響き、集の身体は半ば人間以外のものへと変化しようとする。

 

全身から赤いオーラが吹き荒れ、髪は一瞬にして銀髪に染まる。

目を開ければ、血が噴き出したと 見間違うほどの真っ赤な光が、瞳から漏れる。

 

綾瀬やメンバー達が、息を飲むのが分かる。

 

 

( 悪魔の力を使い続けたらこの先どうなるかは分からない。死ぬかもしれないし、全く使い物にならないかもしれない。けどそれでも 知りたい……。

……自分がどこまで出来るのか…… )

 

集は剛速球で飛来するペイント弾を見据える。

 

集には弾は苛立つ程鈍い速さで飛んでいる様に見えた。

おもむろに最初に到達する一発を掴む。

 

ゆっくりに見えていても、弾の速さは変わっていないため、集の腕はもろに衝撃を受ける。

 

集はその衝撃に逆らわず、身体ごと腕を回して弾の衝撃を和らげて進行を止める、続けざまに飛来する残り五発の弾も同じ要領で掴んだため、集の身体は凄まじい勢いで何回転も回る。

 

やがて 回転が止まった集が両手のひらを開くと、そこから左右三発ずつペイント弾がこぼれ落ちた。

 

『…………』

 

今度ばっかりは綾瀬も絶句する。

 

「じゃあ、綾瀬さん。早いとこ終わらせよう……」

 

集のこの言葉は挑発では無く、本当に早く終わらせる必要があった。

集の" 半魔人化 "は四日間の修行のおかげで、発動はほぼノータイムで行えるが持続時間が致命的な欠点だったのだ。

 

もって三十秒……、それが今の集の限界だった。

 

初日に四時間経過しているように感じたのは、じつは単に集が魔力酷使で気を失っていただけなのだと、集は後日気が付いた。

 

もっと正確に言うなら、三十秒が集の後の活動に支障が無いギリギリのラインであった。

 

「………っ!!」

 

噴き出る膨大な魔力が自分の魂を押し潰そうとするのを、集は歯を食いしばってなんとか耐える。

 

そして 地面を強く蹴る。

 

足下のコンクリートが砕け散り、集の身体を人間の限界を軽く超越して銃弾と同じスピードで押し出す。

 

『……っ!!』

 

凄まじい勢いで接近する集を綾瀬は殴り付けた。

しかし弾丸のスピードは捉えられなかった。

 

集はシュタイナーのこぶしを常軌を逸した速さで、くぐり抜けと、シュタイナーのこぶしは集の背後のコンクリートを砕いた。

 

集はシュタイナーの脚に手のひらを当てると、足から胴そして腕にねじ回りに力を伝え強力な"寸撃"を放つ。

 

シュタイナーはまるで、地面のコンクリートを砕きながら氷の上で滑ったかの様に足を滑らせバランスを崩す。

 

『……ぐっ!!』

 

綾瀬がうめき声を上げている隙に、集は一気に車両に駆け抜け中に飛び込んだ。

 

「はあ……はあ……っ」

 

中に飛び込んだ集から赤いオーラが消え、髪も瞳の色も元に戻る。

 

「はあ、これで……いいの……か?」

 

息を切らしながら集は足に力を込めて、なんとか立ち上がる。

ふらふらとおぼつかない足取りで車両の外に出る集をメンバー達の拍手喝采が迎える。

 

「やったなー」「頑張った よくやった!」

などのメンバーの声が聞こえる。

 

「…………」

「なにぼさっとしてんのよ」

 

「綾瀬さん……」

 

綾瀬が車椅子を引き集に話しかける。

 

「あんたは勝者なんだから、もっと堂々としてなさい。あんたはあんたの個性を生かして勝利を掴み取ったんだから……」

 

そう言って綾瀬は集に微笑みかける。

 

「はい ありがとうございます綾瀬さん!!」

 

集は綾瀬に直角に頭を下げ、礼を言った。

 

「綾瀬 でいいわよ」

 

「えっ?」

 

「あんたは今日から、私達の仲間なんだから。そんなに遠慮することは無いわよ」

 

「仲間……」

 

「ええそうです」

 

四分儀がメンバーの中から現れた。

 

「テストは無事合格……、これで晴れて貴方は我々の正式なメンバーになりました……」

 

いのりがメンバー達の間から微笑みかけているのを、集は見付けた。

 

「おめでとう 桜満集君……、我々 葬儀社はあなたを歓迎します」

 

四分儀が言い終わると同時に、再び大きな拍手が集を包み込む。

 

集は自然と頬が緩み、笑みが浮かぶのが自分でも分かった。

 

「ほら これ」

 

「えっ?」

 

綾瀬は集が虚界から受け取ったボールペンを集に差し出していた。

 

「合格したら返すっていう約束だったでしょ?」

 

「あっ……はい ありがとうございます」

 

集は一瞬迷ったが、結局綾瀬からボールペンを受け取る。

 

「んっ」

 

ボールペンを受け取った集に、綾瀬は右手を差し出して握手を求めた。

 

「はは」

 

集は少し気恥ずかしそうに笑うと、差し出された右手を握った。

 

その瞬間、集の全身から力が抜け綾瀬の方へ倒れ込む。

 

(……なんで!?? デビルトリガーの使用時間は三十秒ジャストだったはず!?

……いや、そうか。考えてみれば当然だった…。いつもは全く動かない静止状態での使用だった。だけど今回はほぼ本格的な戦闘での使用だったから……)

 

集の意識は綾瀬とメンバーの声を聞きながら、眠りに落ちて行った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

数分前………、

 

 

「涯さーーん」

 

乗ってきた車を降りた涯は、自分を呼び掛ける声の方を見る。

涯は自分を呼び掛ける梟に歩み寄る。

 

「見張りの結果!問題ありません!!」

 

梟は涯に力強い敬礼をする。

 

「そうか……ご苦労だった」

 

涯の言葉に梟は嬉しそうに笑う。

 

「………」

 

涯は額に脂汗を浮かべ少しふらつく。

 

「涯さんお体の具合でも?」

 

「いいや お前の声で目が覚めた。四分儀の通信で起こされるよりずっとよさそうだ。今後はお前にモーニングコールを頼もうかな…」

 

「僕はもっと皆さんのためになる仕事がしたいんですよ〜!」

 

梟はむっとなって言う。

 

「そろそろか……」

 

涯は空を見上げて呟く。

 

「涯も気になるんですね!模擬戦っ!!」

 

「………そっちじゃない……」

 

「ああ!一個中隊です!」

 

涯は空を飛ぶ数機の大型輸送機を見上げて、笑みを浮かべる。

 

「時間通りだな。OAUにリーブネイションズ…律儀な奴らだ……」

 

「来ましたね!…そういえば涯さん!」

 

「なんだ?」

 

「僕 集さんと話しました!一緒にご飯も作ったんですよ!」

 

「……そうか」

 

「今日の朝ご飯だって集さんと一緒に作ったんです!色々な話もしたんですよ 学校とか!」

 

「そうか、お前もじきに行けるようになるさ……」

 

梟は一瞬ぽかんと涯の顔を見ると、ふふ と笑う。

 

「?……どうした?」

 

「集さんにも同じ事を言われました……!」

 

「………」

 

「集さんて凄いですね!最近まで普通の高校生だったのにあんなに涯みたいに強くて優しいなんて!さすが涯の選んだ人ですね!」

 

興奮気味に話す梟を涯はフッと笑みを作る。

 

 

その時 二人の上空で太陽光さえ塗りつぶす、強力な光が襲った。

 

まるで太陽そのものが落ちたかのような光は上空の輸送機を焼き潰し、二人に降りそそいだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「………っ」

 

「シュウ、大丈夫?」

 

「んっ? いのり……」

 

目を覚ますと集の横にいのりが心配そうに集の顔を覗き込んでいた。

 

周囲を見渡すと葬儀社の作戦会議室で、中央のモニターにメンバー達が集まっている。

集は部屋のすみに置いてある、ソファーの上で寝かされていた。

その奥で涯に必死に呼び掛けるツグミの声が聞こえた。

 

「いのり……僕どれくらい寝てた?」

 

「ほんの二、三分……」

 

「何があったの?」

 

「ポイントデルタにルーカサイトが発射されたんです」

 

四分儀が集に歩み寄りながら集の疑問に答える。

 

「ルーカサイト……?」

 

「対地攻撃衛星の事です。ルーカサイトは三機の準天頂衛星で構成される衛星コンステーションです。完成すれば二十四時間死角なしで常に日本上空から任意の目標を撃てるようになる」

 

「なんでそんな物を……」

 

集は立ち上がりながら言う。

もう体力は回復しており、集は手を貸そうとするいのりを手で制した。

 

『 " 日本人を抹殺するための兵器 "……ここまでとはな……』

 

「涯っ!?」

 

中央モニターから涯の声が響き、会議室はにわかに騒然とする。

 

「!!」

 

集はいのりと共にモニターに駆け寄る。

 

「涯っ!怪我は無い!?」

 

綾瀬が声を上げる。

 

『かすり傷だ…。だが増援は全滅、補給物資も回収不能だ……。もう一刻の猶予も無い……』

 

「っ!! 涯っ!!」

 

集はツグミから通信機を乱暴に奪い取り、絶叫する様に声を上げる。

 

「涯!!梟君は 梟君は無事なの!!?」

 

『行動を開始する……』

 

「 涯 い ! ! ! 」

 

『…………』

 

涯は一瞬息を詰まらせる様に黙り込む。

そして口を開いた。

 

 

 

 

 

『………運が無かった………』

 

 

 

自分の呼吸が止まるのを集は感じた。

 

 




今年最後の投稿

皆さん良いお年を!


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#18檻~leukocyte~

今回のルーカサイト編で、DMC側のキャラを登場させます。
集やいのりに並ぶ重要なメインキャラにする予定(あくまで予定)。


あっダンテでは無いです……。


ー追記ー
ごめんなさい。肝心なことを言い忘れてました。

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




補給隊を壊滅されて二時間後、集達はそれぞれ複数のバスに乗り目的地の周辺へ向かっていた。

 

涯はそのままの足で目的地へ向かい、準備を進めている。

四分儀は一足先に涯と合流しその手伝いをすると言っていた。

 

向かう場所は集にも分かる、ルーカサイトのコントロール施設……つまりはあの衛星の心臓だ。

 

メンバー達の空気は作戦実行前ともあってピリピリとした空気が漂っていた。

しかし同時にどこか悲哀じみた感情も行き場を無くした蛇の様に辺りを這い回っていた。

その悲哀じみた空気を流している張本人こそ集であった。

 

「…………」

 

「……ちょっと いつまでそんな顔してんのよ」

ピリピリとした緊張感というより、涙を流さず泣いている様な顔で座席に座っている集に厳しい言葉を投げた。

 

「………綾瀬……」

 

集の真向かいで車椅子を固定している綾瀬に顔を上げる。

その顔はまるで初めて綾瀬の存在に気付いたかのような顔をしていた。

 

「しっかりしなさい、気にしても仕方ないでしょ?泣いてる暇なんて私達にはないのよ」

 

「いや……分かってるよ……ただ……」

 

どうしても思い出してしまう……。

言葉を交わし 一時歩み合った人間を失った時は、いつも集の脳裏には幼い頃、集が彼の元へ行く前……あの教会にいた頃苦楽を分かち孤独を埋め合いながらも明日も強く生きれることを 集と共に信じていた少年の姿が浮かぶ……。

 

……その少年が死ぬ瞬間を……。

 

……" 集の手にかかり殺される少年の顔 "を……、

 

集は何度も思い出す。

まるで集を咎める拷問のように、あの時 感じた、悲しみや苦しみ、そして絶望が、自分を責める感情がまるで咳が外れた様にあふれ出すのだ。

 

その感情から叫び出したい衝動に駆られるが、集は必死にそれを抑える。

 

周りに誰もいなければ、集はみっともなく泣き叫んでいただろう。

 

「………ただ…なによ…?」

 

「……………」

 

集はまた黙り込み、うつむく。

 

「ばっかみたい……仲間ごっこにそんな真剣になっちゃてさあ………」

 

集は声のする方へ、目を向けた。

 

一人の少年が立っていた。

少年は集をまるで興味が無いという風な目で見る。

 

「城戸 研二……あんたが施設から助け出した人よ」

 

「……えっ?」

 

「仲間ごっこ……って、どういう意味ですか?」

 

綾瀬は研二を睨みながら問いかける。

 

「言葉通りの意味に決まってんじゃん。そいつときたら…ガキが一人死んだくらいでメソメソメソメソと鬱陶しい、たかがチビが一匹死んだくらいでなに騒いでるんだか……」

 

「なっ!!?」

 

研二のあんまりな言葉に綾瀬が抗議を挟もうとした時、集が席から勢いよく立ち上がった。

 

集はゆっくりと陽炎のように揺れながら、研二に近付く。

 

「ちょっと やめなさいってば!!」

 

綾瀬が集の手を掴もうとするが、空を切る。

 

「……今なんて言った……」

 

集が低い声で言う。

 

「……………」

 

「取り消せ…」

 

「はあ? なにかそんな悪い事言った?」

 

集は奥歯が砕ける程 歯を食いしばる。

集の口の中に血の味が広がる。

 

「 当たり前だ!! 仲間だろ!!! 」

 

 

 

車両に乗っているメンバー全員の視線が二人に集められる。

 

「………」

 

「……ふん」

 

睨む集に研二は興味無さそうに見返す。

 

「集 落ち着いて下さい」

 

今にも研二に殴りかかりそうな怒気をはらんだ集に、大雲が集の肩を捕まえてなだめる。

 

「城戸もいい加減にしろ」

 

アルゴが研二を咎める。

 

研二は ハイハイと言い、肩をすくめながら座席に戻っていく。

「……………」

 

「さっ 集も……」

 

まだ研二を睨み続ける集に、大雲は座席に座ることを促す。

 

「………大雲さんは…悔しくないの……!?」

 

「……………」

 

「……仲間をあんな風に言われて…悔しくないの!!?」

 

振り返らず叫び続ける集に大雲は、答えることが出来ない。

 

「 いい加減にしなさい!! 」

 

耐え切れなくなった綾瀬が集に怒鳴り声を上げる。

 

「 今 争ってもどうにもならないでしょう!!? 」

 

「はあ…はあ…はあ…はあ………はあ……」

 

集は上昇する頭の熱を無理矢理鎮火させると集からみるみる怒気が消えた。

大雲は集から手を離す。

 

「……目標があるんだもんね…綾瀬達には……」

 

「…………」

 

「日本を救うっていう大きな目標があるから…例え仲間が死んで悲しくても……我慢しなきゃならない……」

 

「それは理解できるし、悪い事とも思わない……だけど………」

 

集が痛みに耐えるように、自分の心臓の位置で服を鷲づかむ。

 

「……僕には…これしか無いから……、これが無くなったら……僕にはもうなにも残らない……」

 

「なにが……言いたいの……?」

 

集は綾瀬に微笑みかける。

 

「……そうなろう って、僕は誓ったんだ……」

 

集の言葉の意味は、綾瀬には分からなかった。

ただ集の笑顔に形容し難い不安を覚えた。

まるで、ヒビの入ったガラス細工を力任せに握るような危うさを感じたのだ。

 

 

 

 

車両に揺られて集達が到着した場所は、ダム周辺の森林地帯だった。

 

普通の人間ならばまず迷い込まないその場所で、集達はカモフラージュの加工が施された大型テントに着いた。

 

「そろったようだな」

 

テントの入り口に立っていた涯は一言そう呟き、背を向けテントの中へ入っていく。

メンバー達はそれに続いた。

 

 

「今回の作戦目標は月の瀬ダムの底、ルーカサイトのコントロール施設だ」

 

メンバー達をテント内のベンチに座らせ、涯は説明を続ける。

 

「ここの最深部に潜入し、コントロールコアを停止させる。 ツグミ 」

 

ツグミは一言、アイ と答えキーボードの上で指を躍らせると、プロジェクターに宇宙空間に漂う衛星の映像が現れた。

 

「これがルーカサイトだよ。これは地上からの量子暗号システムでコントロールされてるの。で ダムの地下二百メートルに……はい ドーン!」

 

映像が切り替わり、透明なケースの中に発光する球体が浮いた物体が映し出される。

 

「これがそのコントロール装置。コアは超電導のフロートゲージに浮遊する形で格納されてて、物理的な刺激を受けると自閉モードに切り替わっちゃうの。こうなったらもうお手上げよ。外部からの操作を一切受け付けなくなっちゃうの」

 

おまけに とツグミは続ける。

 

「ルーカサイトはネットワークからは切り離されてて、ここのコントロールルームからしか命令を受け付けないの。つまり、破壊する事もハッキングする事も出来ないってこと……」

 

ツグミはお手上げっといった感じで両手を上げる。

 

「だから停止信号を送るには、コントロールコアを" 触れず "に操作するしかないのよ」

 

「つまりこの作戦の鍵は鍵となるのは、集の王の能力と、研二の重力操作のヴォイドだ」

 

ベンチから離れた場所で立つ集と、ベンチの上で膝を組む研二の二人に視線が集まる。

 

「今は三つめの衛星は軌道遷移中、それが終わったらコントロールコアは封印されちゃうわ。そうなったらもう手出しは出来なくなるの」

 

「ルーカサイトが完成すれば、日本から出ようとするものは全て撃ち落とされる" 檻 "が完成する…。止られるのは今だけだ」

 

メンバー達から「よっしゃ やってやる」という声があちこちから上がる。

 

「人員が足りません」

 

大雲が手を上げる。

 

「分かっている。ツグミ」

 

涯はツグミにメモリーを渡す。

ツグミがキーボードにそのメモリーを差し込むと、スクリーンに中のファイルを表示させた。

 

「これが作戦案だ。各自で共有しろ」

 

「……損害予測が五パーセントから三五パーセントに跳ね上がってるな…」

 

「つまり…三人に一人は犠牲になるって事か……」

 

「!!!」

 

アルゴの呟きで集の顔色が変わる。

 

「三人に一人だなんて…そんな!!」

 

「今止めなくてはいずれ国中に被害が及ぶ。俺たちが食い止めるほか無い」

 

集の叫びを涯は冷たく返す。

 

「だけど!!三人に一人僕らをコントロールルームに送るために死ぬなんてーー」

 

「いやいや、集ちゃんさ。それはちょっと自意識過剰じゃない?」

 

集の言葉に研二が横やりを入れた。

 

「…… どういう意味?」

 

「君のため?そんな訳無いじゃん。この国のためだよ。まいったなあ空気読もうよ。ちょーと自分が特別な力を手に入れたからって、大事な人間って勘違いしちゃった?」

 

「………」

 

「どうしたの?なんか言ったら?」

 

集は目を伏せる。

 

「……違う、そんなんじゃない……僕はただみんなに死んで欲しく無いだけだ」

 

「…………」

 

集にメンバーの視線が全て集められる。

 

「みんな…すごくいい人達だ。……そんな人達が今日死ぬかもしれないなんて想像したくない……」

 

集の言葉をメンバー達は静かに聞く。

 

「もし…みんなが死なずに済むのなら……。代わりに僕が死ぬ事になったとしても……僕なんかーー」

 

「ああ!もう分かった。君はそういう人種か……」

 

研二は集を軽蔑するように睨む。

 

「ますます、気持ち悪いなあ。やっぱり君は自分を特別だと思ってるわけだ」

 

「はっ?」

 

何故そうなるんだ と集は思った。

 

「だってそうでしょ?要するに君は自分が傷つけば誰かが助かると思ってるわけだ。君はそういう自虐的なお花畑ちゃんって事だろ?」

 

「なっ!?違う!!僕は自分が傷つけば全て解決するなんて思った事なんか無い!!」

 

「じゃあどうして。僕" なんか "なんて言葉が簡単に出るんだい? もしそれを本気で言ってるんなら…ーー

 

ー……君は他人の気持ちなんか、これっぽっちも考えた事が無いんだろ?」

 

 

「っ!!!」

 

 

 

集の脳裏に 自分をGHQに売った瞬間に、モノレールの扉の隙間から見えた谷尋の表情。

 

そして悪魔に呑まれ、自分をも呑み込もうと迫る。今は亡きかつての親友の顔が浮かんでは消えていく。

 

 

「!!」

 

集の目が火に炙られたかのように熱くなり、視界が水中に潜ったように曇る。

 

集はテントから飛び出し森の中へ消えていった。

 

「シュウ!!」

 

いのりが飛び出した集の後を追って立ち上がる。

 

「………」

 

涯は黙ってテントから飛び出すいのりを見つめる。

 

「研二…ーー」

 

「はいはい分かってるよ。よけいな事言うなだろ?」

 

咎める四分儀に研二はどこ吹く風といった感じに返す。

 

(……集…お前は…今までどこでなにを………)

 

涯はしばらくの間、テントの入り口を黙って見ていた。

 

 

いのりはなぜテントを飛び出し、集を追っているのか自分でも分からなかった。

集と出会う前は、涯からなにか言われなければ自分からなにかしようとは、決して思わなかった。

 

( どうして私はこんなにシュウが放って置けないの?)

 

「シュウ…!」

 

集は木の根元の大きな岩の上で、こちらに背を向け雨に打たれながら座っていた。

いのりの声に気付いた集はゆっくりいのりを視界に収める。

 

いのりの姿を見ると集は顔に微笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよ……少し頭冷やしたら、すぐ戻るから……。どこにも逃げたりしないから……」

 

「シュウ……」

 

「あいつの言う通りかもしれない。僕はいつも他人の顔色ばかり伺ってばっかりいて……。涯やみんなはすごいなあ」

 

集は雨雲を仰ぎ見た。

 

「死ぬかもしれないのに誰も怖がらず、涯を信じて……」

 

「…………」

 

「涯も…仲間の命をあれだけ背負ってるのに……、涯の強さは僕じゃ絶対手に入りそうに無い……」

 

集は涯が自分が目指すものとは違う、指導者としての強さを持っている事はこの数日でよく分かった。

 

「……いや、それとも仲間の命は道具とか踏み台としか思ってないから平気なのかな……?」

 

集は涯を指導者としては、すでに信用している。

だが、人間性においては涯は自分の仲間を対局を操作する駒として見ているのではないかと思っていた。

 

彼は使えるものは何でも利用し、集のような一般市民をも研二を奪還するためにワザとGHQに逮捕させた。

 

「 涯は梟君の死になにも感じてないのか?」

 

集は嫌悪と怒りといった感情が、ここにはいない涯に対して浮かべていた。

 

もし涯が集の思い浮かべる通りの人間ならば、馬が合うはずが無かった。

 

涯は指導者としての強さを手に入れているとするならば、集の目指すものは、あらゆる災厄や邪悪なものから出来るだけ多くの人間を救うヒーローだからだ。

 

「平気じゃないよ」

 

「……えっ?」

 

「ガイは強くない」

 

集はいのりの言葉が理解できなかった。

 

あれだけ大勢の人間を率い、GHQという強大な敵と戦うような男が弱いはずが無い。

 

「なにを言ってるんだ?いのり…涯が強くないなんて……」

 

「来て?見せてあげる」

 

いのりは集の手を引きながら言った。

 

 

 

いのりに手を引かれ、集は一番奥のテントに連れて来られた。

 

集が疑問の言葉を発しようとした時。いのりは鼻に指を当て『静かに』のジェスチャーをしたので、集は口をつぐんだ。

 

「ガイ」

 

いのりはテントの中に入り、その中のついたてに声をかけた。

 

( 涯…?)

 

いのりについたての側に座るように促されたので、集はそれに従う。

 

「いのりか……」

 

ついたての向こうから涯の声が聞こえた。

 

「久々に堪えた……。今日の悪夢も飛び切り最悪だったよ。俺の作戦のせいで死んだヤツらが出る所まではいつも通りだったが、その中に梟がいた 」

 

(涯?なにを……)

 

いのりはテントの外に出て行くが、今の集の意識には入って来なかった。

 

「ルーカサイトの攻撃を受けた時、梟はまだ生きていた。笑っていたよ俺が無事で良かったと…死ぬのが自分で良かったと…」

 

集はまばたきさえ出来ず、固まっていた。

 

「いのり…恙神涯は、彼らに報いることが出来る男か?」

 

涯のそれはいのりにと言うより、自分に問い掛ける様だった。

 

「こんな俺でいいのか?」

 

集はついたてのカーテンを開けて、簡易ベッドの上に座りながら輸血を受ける涯の前に立った。

涯は集の靴音に顔を上げ、集の顔を見て一瞬目を見開いたが、すぐに集の顔を睨みつける。

 

「盗み聞きとは趣味が悪いな……」

 

「……ごめん……」

 

「ふん 幻滅したか?」

 

集は少し顔を伏せる。

 

「いや……そうだね…正直残念っていう気持ちと、嬉しいっていう気持ちが半分ずつあるよ……」

 

「………」

 

「僕は今まで、ずっと君を目的のためなら手段を選ばない血も涙もない奴だと思ってて、ずっと好きになれなかった。……だけど逆にそこを尊敬もしてた」

 

「…………」

 

涯はなにも言わない。

ただ黙って集の言葉受け止めている。

 

「僕は ずっと誰かを一人でも多く助けようって、それだけを目標にして……それだけを生き甲斐にしてた。だから君の様な生き方は想像も出来なかった」

 

「………」

 

「僕が守ることが出来るのは、自分の近くにいる人達だけだ……。けど君は国そのものを救おうとしてる。正直すごいと思った。僕じゃあ絶対立てないような場所に、君はいるんだから……」

 

「……見てのとおり俺はちゃっちで真っ先に淘汰されてもおかしくない男だ。葬儀社のリーダー恙神涯は虚像に過ぎない。だが それで皆が戦えるなら、俺は幾万の亡霊と罪を背負ってでもその虚像を演じてやる」

 

「……うん、…そうだね……」

 

集は涯の言葉に共感できた。

 

「君は人間だった……、他の誰よりも優しい人間だったんだ」

 

「……話はここまでだ」

 

「だから嬉しかった!君も人間だって分かって!!君も悲いんだって!!」

 

涯は立ち上がり、テントから出ようとする。

集は涯の肩を掴んだ。

 

「離せ集……」

 

「涯…君は知ってるんじゃないか?

 

、 ロストクリスマスの真相を……」

 

「!!」

 

涯は目を見開き集を見る。

 

「君はあの時、パンデミックの中心にいたんじゃないの?だから何故あんな事が起こったか知ってるはずだ」

 

「黙れ…」

 

「他人のヴォイドが見えるのも…それが関係してるんじゃないの?」

 

「集…三度は言わないぞ」

 

涯は集を怒りの混じった眼光で睨みつける。

 

「 " 離せ " 」

 

「っ!!………」

 

集自身なぜあんな疑問が自然と口に出たのか分からず、頭の中で 『なんだそれ』と自身を嘲笑した程だった。

 

しかし涯のこの反応で確信した。

 

 

涯は間違いなくなにかを知っている。

 

「涯は…なにを隠してるの?」

 

「お前こそなにを隠してる。桜満集」

 

「えっ?」

 

「お前のその回復速度、それにあの姿……。ヴォイドゲノムの力という誤魔化しが俺に通じるはずが無いだろう」

 

「そ…それは……」

 

答えを渋った集を聞く気が無いという感じに、涯はテントから出ようとする。

 

「っ!! 待って!!」

 

集は涯から離れた手で、また涯の肩を掴んだ。

 

ゴッ

 

涯のこぶしが集の頬に突き刺さる。

 

「があ!!?」

 

集は床に仰向けに倒れた。

 

「言ったはずだぞ集……、三度は言わないと」

 

(……ああそうか……)

 

集はなぜ涯を嫌悪していたのかようやく分かった。

 

(要は同族嫌悪だったんだ……)

 

集はゆっくり立ち上がる。

 

(似すぎてるんだ。僕と涯はウンザリするほど……)

 

集は地面を強く蹴り、涯に殴りかかった。

 

「ぐっ!!」

 

集の右拳は、先ほど集が殴られたのと同じ場所に打ち当たる。

涯は呻き声を上げながら背後の電子機器に激突した。

涯は殴られた口元を拭いながら、集を睨みつける。

 

「…………」

 

集はその視線に、ボクサーの様にこぶしを構えて答える。

 

涯はまるで今までの鬱憤を晴らすかのような、技術も経験も詰まっていないメチャクチャなこぶしを集に叩きつけた。

 

集もそれをガードも、避けることもせず。

それに負けないくらい、デタラメなこぶしで応戦する。

 

 

数分間そんな事を続け、二人はボロボロの身体で肩からゼーゼー息をしながら向かい合った。

 

「ぐっ!……うっ」

 

涯は傷を抑え、膝を着いた。

 

「……涯っ、……どうしてそこまでするんだ……」

 

涯は息を切らしながら集の顔を見る。

 

「……俺には…命に変えても叶えたい願いがある」

 

「っ!!」

 

「他の連中もだ。お前もだろ?」

 

「………」

 

集は眉を寄せて、涯の顔を見る。

 

「俺のことはどうでもいい。だが、あいつらの願いを叶えるためにお前が必要なんだ。力を貸してやってくれ」

 

集は床に落ちた涯の鎖付きのロザリオを、拾い上げた。

 

「研二曰く気持ち悪い人間らしいよ?僕ら……」

 

集は鼻で笑いながらそう言うと、涯に手のひらにロザリオを乗せて差し出した。

 

「僕も手を貸すよ…君を信じる」

 

「…………」

 

涯はしばらくその手と集の顔を見比べると、ロザリオごと集の手を握った。

 

「ありがとう」

 

集はその言葉を合図に涯を引き起こした。

 

 

 

 

「ふうー…いてて。そういえばなんで僕ら殴り合ってたんだ?」

 

集がそう言うと、涯は呆れたようにため息をついた。

 

「お前の一方的な嫉妬だろう……。好きなんだろ?いのりが…」

 

「なななっ!?い…今は関係ないだろ!!それに最初に殴ったのは涯じゃないか!!」

 

涯はふんと笑う。

 

「関係ないか…。いのりが俺の部屋に入るのを、さぞかし気にしてるように見えたが?」

 

「へっ?気付いてたの?」

 

涯は集の言葉を全く意にかえしない。

 

「断っておくが、俺といのりは特別な関係でもなんでもない」

 

「えっ!そうなの?じゃあなんで……」

 

「理由は話せない。しかし まあ」

 

「?」

 

「部屋に入る前に視界の隅に見えたお前の表情ときたら……、あんなに笑うのを我慢するのが大変だったのは久しぶりだったよ」

 

そう言って、涯は小さく笑う。

 

「……僕に盗み聞きは悪趣味とか言えないじゃないか……」

 

集の不貞腐れた顔に涯はさらに笑った。

 

(そのまま笑い死んでしまえ……)

 

集が軽く呪詛を飛ばしながら、ズボンのポケットから手を出すと、例の不釣り合いなボールペンがこぼれ落ちた。

 

「? 集それはなんだ」

 

「虚界って人からもらったんだけど……。なんでも君が近くにいる時にボタンを押せば、相応しい罰を与えるとかなんとか」

 

「……ちょっと見せてみろ」

 

集は涯にボールペンを渡した。

 

「…………」

 

涯はボールペンを見ながら、考えにふけった。

 

「お前が持ってろ。なにかの役に立つかもしれない」

 

「え?いいの?」

 

涯はボールペンを集に投げ返し、テントの出入り口を目指し歩き出した。

集もてっきり没収されると思っていたボールペンをズボンのポケットにしまいながら、その後を追った。

 

 

 

 

「あれ?いのり?」

 

綾瀬は涯のテントの前に立ついのりを見て声をかけた。

 

「いのりん何してんの?」

 

「しー」

 

横のツグミがいのりに近づくと、いのりが鼻に指を当てて『静かに』のジェスチャーをする。

 

「………」

 

「………」

 

綾瀬とツグミは目を丸くして、二人共いのりを思わず二度見する。

 

しばらくすると、テント内から物凄い音が響いてきた。

 

「なっなに!?」

 

「涯っ!大丈夫!?」

 

テントの中に飛び込もうとする二人を、いのりが手を伸ばしてそれを制止する。

 

もうしばらくすると、テントから二人の人間が出て来た。

 

「涯っ!?それに集!?」

 

綾瀬とツグミは二人の姿を見て、驚愕する。

二人の顔はあちこち鬱血してボロボロになっていた。

この分だと顔以外も同じ状態だろう。

 

「ふっ 二人共!!なにがあったの!?中で何やってたの!?」

 

ツグミの叫びに、二人はお互いに目配せするように目を合わせた。

 

「「………」」

 

そして二人同時に言った。

 

 

「「喝の入れ合い」」

 

「「はい?」」

 

呆然とする綾瀬とツグミの横で、いのりが満足そうに微笑んでいた。

 

 




あっネロでもないです。

なんかたくさん文章書いてると、自分が何書いたか分からなくなる……。



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#19相剋~sham attack~

風邪治ったと思ったら、インフルエンザになりました。

頭真っ白のボーとした状態で書いたので、全体的にクオリティ低いです。

ご了承ください


虚界はダムのコントロールルームで、モニター越しで茎道の話をボンヤリ聞いていた。

 

『後四時間でルーカサイトスリーは予定軌道に遷移が完了する……。それで" 檻 "の完成だ』

 

「んー、では残念ながら間に合わないでしょうね」

 

茎道は虚界の言葉に眉間にしわを寄せた。

 

『…なぜかね?』

 

「葬儀社の襲撃が二時間十七分後だからです」

 

『それは…君独自の情報網からかね?』

 

「いいえ、ただの勘…ないしは希望と言いましょうか」

 

『……今回は君の予感が外れる事を願うとしようか』

 

その言葉を最後に茎道は通信を切り、モニターは黒い画面に切り替わった。

 

「もしもし私です。" 発射コード "は先日のままにしておいてくださいね」

 

茎道との通信が切れた虚界は携帯を取り出すと通話先にそう短く告げると、写真のフォルダを開く。

 

「さあ早く来て、君の選択を見せてください!」

 

虚界は施設でいのりのヴォイドを引き抜いた時の写真を食い入る様に見つめた。

 

「そして見せてください。あの幻夢のような姿を……ハア…この気持ち……ハア…まるで初恋のようですよ集君……」

 

虚界は狂気と恍惚とした笑顔を浮かべ、彼が来るのを今か今かと待った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

少女は待った。

自分を命じる声を…自分の行動を選択する声を。

 

彼女は一度も命令に逆らわなかったし、疑いもしなかった。

そしてその声の正体を知りたいと思った事すらも無かった。

 

ただ命じられた事に従い、聞こえた声を信じるだけだった。

 

『そろそろだ…準備はいいな"χ≪カイ≫ "』

 

しばらくすると、少女が待っていた声が聞こえてきた。

 

「……」

 

少女は無言で腰のホルスターに刺さっている短剣を引き抜く。

 

やるべき事は分かっている。

 

敵を探し、ただ殺す。

 

なにも難しい事は無い。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

集といのりそして涯と研二の四人は、ダムから1キロも離れていない位置で様子を伺っていた。

 

『時間です』

 

インカムから四分儀の声がそう言い。

涯は三人に目配せをする。

 

「………」

 

集の頭の中は驚くほどクリアだった。

 

余計な雑音も思考も無く、かと言って緊張もしていない。

これは便利屋時代にも無かった感覚だった。

 

自分が涯を信頼している証なのかもしれないと集は涯の顔を見ながら思った。

 

「もう一度作戦を説明する。陽動部隊が敵を引きつけている間に、俺たち潜入部隊がコアルームに潜入。ルーカサイトを止める」

 

集は涯の言葉を聞きながらダムを見据える。

 

「……?」

 

その時、ダム周辺で動きがあるのが見えた。

 

「涯っ!なんだか様子がおかしい!」

 

集の言葉に涯は双眼鏡を覗き込んだ。

 

「また妙なのが出たな…」

 

ダムの内部から人間の身長より一回り大きな図体をした、大型の爬虫類の様なものが次々と外に踊り出ていた。

 

ただでさえ周囲から浮く存在感を放つシルエットだったが、そのトカゲが身に付ける盾と兜がさらに異質な雰囲気を振り撒いていた。

 

「…ツグミ あいつらの情報は分かるか?」

 

『だめ、どこのデータベースにも載って無いの』

 

「………」

 

一瞬集は悩んだ。

過去に何度かダム周辺を散策している奴らとは戦った事がある。

だから奴らの攻撃パターンや、弱点はほぼ頭に入っている。

この情報を伝えれば味方の被害は、かなり抑えられるだろう。

 

しかしそうなれば、未知の敵の正体をなぜ知っているのか という追求は、まず逃れられないだろう。

 

今後自分にどれほどの圧力がかかるか分からない。

 

「………涯、僕分かるよあいつらの事」

 

だがそれでも、集は彼らが情報を持ってなかったがためになすすべ無く殺されるところなど見たくなかった。

 

涯は背後の集の顔に振り向く。

 

「盾と兜を着けてる奴は" ブレイド "って言ってーー…」

 

対処出来るかうんねんの前に、知っているか知らないかの前には雲泥の差がある。

 

この情報だけで少しでも多くのメンバーが生き残れることを、集はひそかに願った。

 

 

 

 

「陽動部隊のお前たちはどんな状況に陥ろうとも、決して引くことを許さない。そして死ぬこともだ……」

 

集の説明を聞き終えた涯は陽動部隊に、そして集達に伝えた。

 

「この作戦は通過点にすぎない。葬儀社の真の勝利はさらに先にある。お前たちにはそれを見る資格がある…」

 

「………」

 

集といのりは無言でそんな涯の様子を見て。

研二は興味無さそうなのを隠そうともせず、その様子を見る。

 

「必ず生き残れ。 作戦開始 」

 

 

ーーーーーー

 

『少尉。十五分後に作戦開始だそうだ』

 

エンドレイヴに"搭乗"したダリルにローワン大尉はそう告げた。

ダリルは退院してばかりなので、ローワンとしてはかなり不安がよぎるがそんなことをダリルに伝えても、彼の機嫌を損ねるだけなのであえて言わない。

 

『絶対に許さない…僕のシュタイナーを…絶対に殺してやる。何十倍なん百倍にして借りを返した後で…、ぐちゃぐちゃにしてやる!』

 

そもそも、ここまで殺気に溢れたダリルと必要以上に言葉をかわすことそのものにかなり抵抗があった。

 

『ねえ大尉…、足元でさっきからチョロチョロしてる気色悪い奴らなんなの?』

 

ふとダリルから声がかけられローワンは慌てて返答する。

 

『ああ、新開発された生物兵器らしい…』

 

『ふうん、まっ 絶対に僕の邪魔だけにはならないようにしてよね…』

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

涯の号令と共に陽動部隊は一斉に動き出し、ダム周辺の森林のあちこちから爆音が鳴り響き、地面を揺らした。

 

集達 潜入部隊は涯の先導でその後ろから、いのり そして研二と、最後に集が一定の距離を保ちつつ進行を続けていた。

 

「……っ」

 

インカム越しに、そして遠方からメンバー達の悲鳴が聞こえる度に集は歯を強く食いしばった。

 

「ちょっと?助けに行こうなんて考えてないよね?」

 

前を走る研二が集にそう声をかけた。

 

「……まさか…、みんな僕達が無事潜入を成功させると信じて頑張ってるんだ……。ここで助けになんていったらみんなを裏切ることになる……」

 

彼らが自分達を信じている。

しかし、集が助けにはいれば、それは集自身が彼らを信じていないという意思表示に他ならない。

 

集はさらに強く歯を食いしばると、悲鳴と爆発音を振り払うように、さらに足に力を込めた。

 

バスッと木を断つ音が集の耳に響いた。

 

「!!」

 

集がいち早く音に気付き、走ったまま顔を横に向けると集達と並走する一体のブレイドの姿があった。

 

「ガイ!」

 

「っ!」

 

ブレイドに気が付いた いのり が涯に警告を発した。

 

集達はブレイドが飛ばした爪をジャンプとしゃがみで避ける。

 

怯み立ち止まるわけにはいかない。

 

「ほっ!」

 

研二がブレイドに応戦で銃を撃つ。

しかしそれも、ブレイドの手に持つ盾でいとも容易く防がれ、弾は盾の表面を擦り小さな火花を上げるだけだった。

 

「止まるな走れ!!」

 

叫ぶ涯の横でブレイドが地面へ潜る様子を、集ははっきり見た。

 

「下から来る!」

 

集が叫ぶと同時に、集の足元から大量の土埃を持ち上げてブレイドが飛び出した。

 

「くっ!」

 

爪を振り上げるブレイドを見た集は、慌てて自分の斜め上空にヴォイドエフェクトを展開させ爪を防ごうとする。

 

「ぐっ!?」

 

しかしブレイドの爪はあっさりヴォイドエフェクトを切り裂き、集の肩を浅く切った。

 

集は手に持ったサブマシンガンを、ブレイドの兜の隙間に押し当てた。

 

「デビルトリガー!!」

 

ほんの一瞬だけ集は悪魔の力を解放し、サブマシンガンの銃口に魔力を貯め放つ。

 

『ギイイッ』

 

集が施設でも使った"チャージショット"は眩い光を放ち、ブレイドの兜を容易く砕き下の頭を貫通した。

 

集はブレイドが怯んだ隙を見逃さず、弾が貫通した頭部と喉にサバイバルナイフを何度も突き立てた。

 

ブレイドは一言も発すること無く絶命し、地面へ崩れ落ちる。

しかし気を抜いてはいられない。

 

銃声を聞きつけて、さらに草木を切り分けながら追いすがるブレイド達のものと思われる音を集は捉えた。

 

集はナイフに着いたブレイドの血を振り飛ばした。

 

「急ごう!」

 

集達は銃身が歪んだ銃を捨てると、目的地に向けて再び全力疾走を始めた。

 

 

 

「こちらです」

 

森林を抜けた所に、大雲とその他数人のメンバーがダムへの侵入場所を確保して待っていた。

 

涯といのりはマンホールのような大きな侵入口に躊躇い無く飛び込んだ。

その後を研二が続き、集も飛び込もうとした時。

 

木の影から、メンバー達に向けて銃口を向けるアンチボディズの兵士の姿が見えた。

 

「危ない!!」

 

集は兵士の銃口の中にヴォイドエフェクトを展開させた。

 

「グア!?」

 

引き金を引いた兵士の弾は銃の中でデタラメに跳ね回り、兵士の脇腹を撃ち抜いた。

 

「ありがとうございます。さっ あなたはあなたの仕事を……」

 

大雲にそう告げられた集はうなづくと、縦穴の侵入口に飛び込んだ。

 

 

ーーーーーーーーー

 

「 敵襲ーー!!」

 

「葬儀社だ!!」

 

陽動部隊は警備の真っ只中に飛び込み、撹乱を続けていた。

 

『ああっ…これだよ これえ!!』

 

ダリルは突っ込んで来た葬儀社のトラックを蹴り飛ばし破壊させ、銃でタイヤを撃ち抜き横転させた。

 

ダリルの横目でブレイドが破損したトラックから葬儀社のメンバーを引きずり出しズタズタに引き裂いているのを尻目に、ダリルは高らかに笑い声を上げた。

 

『これこそ僕だ!これがダリル・ヤンだ!!』

 

エンドレイヴに乗る自分に抵抗する葬儀社を見て、ダリルは 哀れだと笑った。

ダリルの横でブレイド達も爪をミサイルの様に飛ばし、陽動部隊を追い詰めていく。

 

その時、ブレイドとダリルの周囲でたて続けに土煙が立ち上り、ブレイド達を撃ち抜いていく。

 

『!!』

 

『お楽しみの途中お邪魔するわよ!』

 

『……僕のシュタイナー……』

 

『アンタの子、乗り心地最高よ?まあもう私のだけどね…』

 

次の瞬間、ダリルはゴーチェとは思えないスピードで綾瀬のシュタイナーに接近した。

 

『なっ!早い』

 

『シュタイナー…!!僕のお!!』

 

ダリルは狂った様に叫びながら、シュタイナーの首を絞める。

 

『ううっぐう!』

 

シュタイナーはその感覚極めて忠実に綾瀬に伝え、そのせいで綾瀬は窒息しそうになる。

 

『返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!』

 

『まずい!このままじゃ綾ねえが!!』

 

シュタイナーの首をへし折る勢いで締め続けるゴーチェの鬼気迫る姿に、ツグミが声を上げる。

 

「背中がガラ空きなんだよ!」

 

アルゴがダリルのゴーチェにグレネードランチャーを撃ち込み、ゴーチェの背中が爆炎に包まれる。

 

ゴーチェの腕が緩んだ隙に綾瀬は、その腕を振りほどきゴーチェから距離をとる。

 

『ありがとうアルゴ助かったわ!』

 

『綾ねえ無理しないで!敵の戦力を分散させることが目的だから深追いする必要はないよ!!』

 

『…てっ、言われてもねえ…』

 

綾瀬の視線の先では、ダリルのゴーチェが早くも体勢を立て直し、再び綾瀬に追いすがる姿があった。

 

『向こうが追って来るんじゃ、どうしようもないわよ!!』

 

シュタイナーとゴーチェはお互いに銃口を向け合い、同時に引き金を引いた。

 

二体のエンドレイヴの銃弾は轟音を響かせ、周囲の木をなぎ払いながらお互いに飛来した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「内部に潜入した。しばらく通信を切る。祈っててくれ…」

 

『りょーかい。早く帰ってきてね』

 

涯とツグミはそんな短い会話を済ませ、通話を切る。

 

集達はダムの最深部に向け、走り続けていた。

 

「………」

 

「集くうん。君化け物以外全然撃ってないね?」

 

「…君には、関係ないでしょ?」

 

「私語は慎め。コアはこの奥だ行くぞ」

 

涯がそう言った直後、集達の足元から立て続けに火花が走った。

 

「!!」

 

見ると通路の奥から、ブレイドを引き連れた兵士が走って来るのが見えた。

 

「………」

 

集は一際強く手に持つ銃のグリップを握る。

 

すると集の肩に優しく触れる手があった。

 

「…いのり?」

 

「シュウ…無理はだめ。涯 ここは私に……」

 

「……分かった。任せよう」

 

「っ!」

 

集は急激に自分を殴り着けたい衝動に駆られた。

 

安堵してしまったのだ。

いのりが代わりに罪を被ってくれることを。

自分の手を汚さずに済むことを。

 

「……いや…涯、僕がやるよ…」

 

「シュウ!?」

 

「へえー?」

 

いのりと涯が集の顔を見る。

研二は楽しそうに口笛を吹きながら、集をみる。

 

「僕が彼らを止める」

 

「………」

 

集は涯の返答を待たず、兵士とブレイド達の前に歩み出た。

 

「シュウ…」

 

「へえー。思ったより面白い奴じゃん…」

 

いのりは集の背中を不安そうに見つめることしか、出来なかった。

兵士とブレイド達は無防備で自分達に近付く少年を困惑したように見ていた。

 

「…家族とか、大切な人がいる人は…お願いだから逃げて下さい……」

 

それを聞いた兵士は滑稽とばかりに鼻で笑うと、集に向け一斉に銃弾を撃ち放った。

 

(そうだ…、今更逃げられるはずなかったんだ…)

 

集はすでに、過去に何度か人の命を自らの手で殺めている。

六本木でも集はあのグエンという男を含めた、数多の兵士を死に追いやった。

 

いやそもそももっと前から…。

集がダンテについて行くことを決めた、十年前のあの日からこうなるのが決まっていたのかもしれない。

 

ダンテだって他の人間を虐げる者には容赦が無かった。

とはいえ集の目の前で悪魔以外の命を奪うような真似はしなかった。

 

だがそれはダンテが他を圧倒するほどの実力があるからこそ出来る芸当だ。

 

ましてや集の今の立場はテロリストの一員。

 

(僕が目指したものは…。僕は‥‥一人でも多くのーー)

 

戦い続けようと誓った人間が、少女に‥いのりに罪を被ってもらおうなどとはあまりに虫のいい話だ。

もうあの悲劇を起こさないために、あの背中に追いつくために。

 

止まることは赦されない。

 

いのりが自分の代わりに泥を被るくらいなら、いくらでもその代わりになるべきだ。

 

集は兵士達を睨んだ。

 

集は緩やかに飛んで来る銃弾をヴォイドエフェクトを前面に展開して、弾き飛ばす。

 

「「「っ!!」」」

 

兵士の間で動揺がはしるのが見て取れた。

 

「今は……一番近くにいる人たちのために、チカラを使う…」

 

(…この選択だけは間違えてないよね…?……ダンテ……)

 

集は兵士の銃弾をエフェクトで弾きながら、兵士に発砲してけん制する。

 

「ぐあ!」「ぐお!」「があっ!」

 

火花の光でよく見えないが、兵士のうめき声は集の耳にも届いた。

「っ!!……ごめんなさい……」

 

「………」

 

集が無意識で呟いた蚊の鳴くような声量で発した声は、いのりの耳にはっきり届いた。

 

集は振りほどくように、一心不乱に引き金を引き続けた。

集が撃つたびに、エフェクトでまたたく火花が薄れる。

 

その隙間から、血を流し倒れる兵士の姿が見えた。

 

『ギイイ!!』

 

その瞬間ブレイドがけたたましい雄叫びを上げて、集に爪をミサイルのように飛ばした。

 

「!」

 

集はその爪を、兵士の銃弾同様にヴォイドエフェクトで止めようとした。

 

「いっ…ぎい!!?」

 

しかしブレイドの爪はあっさりエフェクトを貫通すると、集の身体に次々と突き刺さった。

 

「 シュウ!?」

 

「待ていのり、行くな!」

 

「いのり!大丈夫だから、涯と一緒にいて!!」

 

(どういうことだ…?)

 

いのりに叫びながら集は頭を回転させる。

 

(もしかして悪魔相手だと、ヴォイドのチカラが薄まるのか?)

 

そう考えれば、森林でブレイドが集のエフェクトをいとも簡単に切り裂いたのも頷ける。

 

(無効…じゃない。…効いてはいる…)

 

そうでなければ集の身体は、森林で真っ二つにされていただろうし、先ほどの爪も集の身体に何本も突き刺さっているのに致命傷にはなっていない。

 

弱冠だが、ブレイドの攻撃も防げている。

 

(だけどこのままじゃ…)

 

生き残りの兵士達もブレイドと共に集を打ち続ける。

集はエフェクトで弾を防ぎながら、ブレイドの爪を躱す。

 

「おい 集くん!」

 

研二に声を掛けられ、集は背後を振り向くと、足元に手榴弾が転がってきた。

 

「使いなよ」

 

「………」

 

集は手榴弾を拾い上げる。

 

そのまま真横に投げた。

研二の顔が不機嫌に歪むのが見える。

 

見縊るな。

僕はお前とは違う。ヘラヘラ笑って人を傷付けるお前とは違うんだ。

 

集は再び前方を睨む。

 

風前の灯火だった盾を何十枚も形成する。

 

集は中腰の姿勢に構え、兵士の手足を狙う。

 

「がっ!」

「ぐぅ!?」

 

『 ギ イイイイイィィぃ!!! 』

 

兵士がうずくまるのと同時に、

集の防壁をいつまでも破れない事に業を煮やしたのか、二体のブレイド達は爪ミサイルを止め。

 

牙と爪を剥き出しに、集に飛び掛かる。

 

「君らが来るのを待ってたたよ…」

 

その瞬間、ヴォイドエフェクトがブレイドの動きを封じ込めた。

しかしそれも一瞬。ブレイドが煩わしそうにもがくだけで、エフェクトはみるみる剥がれていく。

 

だが、それで十分。

 

集は銃をリロードすると、ブレイドの兜の隙間の眼に向けて発砲した。もう一体も同じ方法で弱点に向けて発砲する。

身悶えするブレイド達を尻目に、集は真横に捨てた手榴弾のピンを抜きブレイド達に放り投げた。

 

 

 

轟音と爆煙を背中に浴びながら、集はいのり達の潜んでる壁の真横へ滑り込んだ。

爆発の塵と煙に満ちた通路。

今なら他の兵士や悪魔達の目を盗んで進めるかもしれない。

 

「…シュウっ…!」

 

集は息を切らす自分に、心配そうに駆け寄るいのりの顔を見る。

 

「……いー」

 

『行こう』そう言いかけ気付いた。

 

「!!」

 

集の投げた手榴弾の爆煙の中に、何かが立っている。

 

集がそちらを振り向く。

 

「デビルトリガーっ!」

 

集の姿が一瞬にして銀髪の紅眼に変わる。

 

(今日二度目…いや三度目か、さっき一回使ったからもう一片も無駄には出来ない)

 

「シュウ!?」

 

「来るな!!」

 

「!!」

 

「どうした集っ!」

 

「おっ?おっ!なに?なにかあんの?」

 

煙が少しづつ晴れ、周囲の状況がはっきり見えるようになる。

 

「…っ」

 

煙が晴れる中に、例の二体のブレイドが負傷を負いながらも立ち上がっていた。

 

すんでのところで逃れたのだ。

 

集は自分の詰めの甘さに歯を食いしばって悔いた。

 

兵士の姿がない、退却したのだろう。

 

『ギ…ギギギ…』

 

ブレイドは悪魔でも軽傷では無い傷にもかかわらず、集に殺意を放ちつつ、ジリジリと距離をつめる。

 

「……」

 

そのさらに奥に少女が立っていた。

 

そして少女の顔には鳥の頭を模した仮面を被り、両手に短剣を握っていた。

 

「………っ!」

 

集は息を飲んだ。

 

少女は背丈から推察すると、六・七才くらいにしか見えなかったが、集は本能的に悟った。

 

一番危険なのは集に距離をつめるブレイドではなく、あの少女だと。

 

ふと少女の身体がわずかに沈むのが見えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

『侵入者は目の前だ、χ≪カイ≫……』

 

少女の周りにいた傷付いた悪魔達を、声の主は下がらせた。

 

『いよいよだ。お前の力を見せてみろ…』

 

少女は黙って声からの命令を待つ。

 

 

『 侵入者を殺せχ≪カイ≫… 』

 

 

少女に逆らう" 理由 "も" 意思 "も無かった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「っ!!」

 

少女が身体を沈めた直後、爆発的に前方へ飛び出し、地面を二度蹴っただけで数十メートルは離れていた集に、一瞬で接近した。

 

「っおお!!」

 

集は腰のベルトからナイフを抜くと、飛びかかる少女に何も考えず振り下ろした。

 

 

少女の短剣と集のナイフは空中でぶつかり合い、周囲を眩い火花で覆い尽くした。




本当はフロストやアサルトも、出そうと思ったんですけど。

今の集達では無理ゲーになるのでやめました。


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#20仮面~life and death~

遅くなってすみません。

できれば週一更新、最低でも一ヶ月に一回更新出来たらなと思っております。

出来なかった時はごめんなさいという事で…。(保険)


「 ずっ…!!」

 

空中の仮面の少女と短剣とナイフで打ちつけ合い、集は腕に襲う痛みに近い衝撃に声が漏れる。

 

集と打ち合った少女は、確かに小柄で小さな幼い少女のはずなのに、ぶつかった衝撃はまるで自動車にでも突進されたようだった。

 

(っ…嘘だろ!?腕にターボでも仕込んであるのか!!?)

 

そうこうしてる間に少女は着地すると、再び集に飛び掛かった。

 

集は地面を蹴って首を後ろに逸らし、少女から距離を離しながら短剣をかわす。

 

少女はもう片方の短剣を集の首へ向けて振り抜く。

 

集は首を逸らした勢いのままバク転で二撃目を避ける。

 

(強い!)

 

少女は裏拳を放つように右手の短剣を集の首目掛けて薙ぐ。

 

「…っ!!」

 

集はナイフを左手に持ち替え、頭の後ろに腕を通し右耳の位置で短剣を防ぐ、打ち付けられた勢いを利用して少女目掛けて横切りを放つ。

 

少女は難なく集の腕を掴み、あろうことか集を背負い投げた。

 

「なっ!!」

 

集はあまりの事に思考が一瞬止まった。

 

集はこうしてる今も半魔人化している。

そうでなくとも集は仮面の少女の二倍以上の体格差があるのだ。

つまり少女は半魔人の状態の集の抵抗と体重を、力尽くで振りはらったということになる。

 

ドーピングでもしてるのかと集は思ったが、それでも少女はいのりを遥かに凌ぎ、悪魔の力を借りた集と同等かそれ以上の身体能力を持っているのはいくらなんでも異常だ。

 

(この子…本当に人間か?)

 

「ごはっ!!」

 

少女に思い切り地面へ叩きつけられた集の口から肺に詰まった空気が押し出された。

 

少女は間髪入れず地面に仰向けに倒れる集に短剣を集の眉間に振り下ろす。

 

「っ!!」

 

集は少女の手首を掴み、短剣を止める。

 

短剣にたいしてリーチが無いのが幸いして、刃先は顔の表面ギリギリで止めた。

 

「………」

 

「ぐっ!」

 

少女がさらに力を短剣に込める。

刃先が集の頬を浅く裂き、熱い液が頬から滴る。

 

「あ…づ…!」

 

熱湯をかけられるような痛みに、集はうめき声を上げる。

 

骨がキリキリと軋む。

 

少女はさらに凄まじい怪力で短剣を刺し込む。

 

一瞬でも気を緩めたり半魔人化を解除すれば、集の顔には巨大な風穴が空く。

 

「……」

 

少女は無言でもう片方の手に握る短剣を振り上げた。

 

ダンッ!ダンッ!

 

発砲音が響き、集の顔を穿とうとしていた少女の短剣が弾き飛ばされ地面に突き刺さった。

 

少女は二発目の弾丸を後方へ空中で宙返りで飛び退き避ける。

 

弾丸は少女の仮面をかすめた。

 

「…ぐあっつ!」

 

集が半魔人化を解いたことで集の髪と瞳の色が戻る。

時間的には数秒の事だったが、集には数分間戦っていた気分だった。

 

もう精神的にも体力的にも限界だった。

 

少女の強さもそうだが、なにより集はこんな幼い少女に武器を振るうことそのものに引け目を感じている。

 

「シュウ!大丈夫?」

 

「あ…ありがとういのり」

 

少女に向け銃弾を撃ち放ったいのりは少女に牽制しながら集に駆け寄る。

 

少女は繰り返し撃ち出される銃弾を飛んでは跳ね短剣で弾いたりして防ぐ。

 

ふと少女の仮面が先程弾丸を掠めた部分からヒビが入り始めるのが、短剣で弾を弾くことで発生する火花で照らされる。

 

カチカチッ

 

いのりの銃が弾切れになり、軽い金属音が辺りに響く。

 

それとほぼ同時に少女の仮面はビシビシという破壊音と共に砕け地面へ落ちる。

 

集は露わになった少女の顔に見入った。

褐色の肌に赤毛で、背丈と相応した幼い顔付きをしており、それでも整った綺麗な顔なのが遠くからでも見て取れる。

 

集は少女が見た目から推測出来る年齢に不相応な無表情な顔で、短剣を握っていない左手が背中側の腰へ伸びたのが見えた。

 

(まずい!)

 

いのりの装填が完了したのと少女が投げ矢をいのりに向けて放つのはほぼ同時だった。

 

いのりは少女に銃を構えるが間に合わない。

 

「いのり!!」

 

集は反射的に投げ矢の軌道といのりの間に飛び込んだ。

 

ドチュッ

 

焼けるような痛みと共に液体音が混じった鈍い音が集の左腕から鳴った。

 

「い…じあ!」

 

少女は四・五本の投げ矢を放ったが、同時に突き刺さったためか響いた音はひとつだけだった。

 

そして痛みも何本もの針に刺されたというより、一本の刃の厚い刃物に刺されたような感覚だった。

 

「シュウ!?」

 

少女はいのりが叫ぶ間に天井のダクトに飛び込み、音だけが遠ざかっていった。

 

「集、大丈夫か?」

 

「う…うん、なんとか」

 

逃げる少女を警戒してダクトに銃口を向けていた涯は音が遠ざかると分かると、集といのりの元へ駆け寄る。

 

「いやーなかなかの見世物だったよ。ゴクローサン集君」

 

その後ろから研二があっけらかんと言う。

 

「……はあ…どうも」

 

左腕に走る痛みに耐えながら集は言った。

 

「だいぶ時間を取られたな。先を急ぐぞ」

 

涯は集達にそう告げると通路の奥を目指して走り出す。

 

「シュウ…」

 

「大丈夫だよ。…いこう」

 

ふといのりの銃弾が弾き飛ばし床に突き刺さった、少女の短剣が目に入った。

集はそれを拾い上げるとズボンのベルトにそれを刺した。

 

集は左腕を抑えながら涯の後に続いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

森林地帯はものの数分で火の海と化した。

あちらこちらで爆発音や発砲音が響きさらに木々を焼いていく。

 

綾瀬のシュタイナーは木々を掻き分け、森林地帯を疾走する。

 

その後ろからダリルのゴーチェが乱暴に木々をなぎ倒しシュタイナーを追う。

 

『いつまで逃げてんだよお!!』

 

ダリルは叫ぶと、両肩のハッチからミサイルを発射してシュタイナーを追尾する。

 

シュタイナーは器用に機体を滑らし、ミサイルを避け切る。

ミサイルはシュタイナーの足跡のように地面に土砂と爆炎を巻き上げ大穴を空ける。

 

(もっとみんなからコイツを遠ざけないと…)

 

綾瀬は仲間達のいない空き地にダリルを誘い出そうと疾走する。

 

『あれ?』

 

ダリルのゴーチェの姿を確認しようと後ろを振り返ると、背後にはミサイルで出来た大穴以外何もなく、ゴーチェの姿も無かった。

 

『あいつはどこ行ったの?』

 

『綾ねえっ上!!』

 

ツグミの警告に綾瀬が上を見上げると、ゴーチェが真横の崖を空中で蹴り、シュタイナーに飛びかかる光景が目に入る。

 

『嘘っ!本当に旧型のゴーチェなの!?』

 

『潰れろおおお!!!』

 

ダリルは叫びながらダガーをシュタイナーの顔面目掛けて振り下ろした。

 

『くっ!』

 

綾瀬も左アームからダガーを出し、ゴーチェの攻撃を防ぐ。

シュタイナーはギリギリと押され、アームと脚から火花が出始める。

 

(ぐっこのままだと本当に潰される!)

 

『あははは!無様だね。お前をグチャグチャにしたらすぐ仲間もミンチにしてやるよ!!』

 

『さっ…させるもんですか!!』

 

シュタイナーはゴーチェを弾き返そうと力を込める。

 

『はっ!無駄だってまだーー』

 

『ダリル少尉っコアルームに侵入者だ!』

 

ローワンがダリルに通信を繋いだ。

 

『接続を切り替える。443機へスワップする!』

 

『はあ!?なにを勝手にーー…!』

 

ダリルが抗議の言葉を挟もうとしたが、あっと言う間に視界が暗転する。

 

『ちっいい所だったのに…。世話が焼けるなあまったく!』

 

その言葉を合図に集や涯のいるコアルームに一番近いゴーチェの目に明かりが灯る。

 

 

『?』

 

突然組み合っていたゴーチェの両肩が力無く垂れ、綾瀬は思わず怪訝な表情を浮かべる。

 

『スワップしたみたいだよ』

 

『みたいね…どの機体かは考えるまでもなさそうね』

 

『どうするの?』

 

『……どうするもなにも。このまま陽動続けるわよ。あの変な化け物共が仲間の所へ向かってるみたいだからね』

 

『…ん?綾ねえなんでそう思うの?』

 

『………』

 

なぜと尋ねられてもはっきりとした返答をツグミに返すことが出来ない。

しかしなにか首筋が泡立つような気配が仲間の元へ向かっているのが綾瀬にははっきり感じ取れる。

 

施設から集と研二を奪還した直後に聞こえた、あの不気味な声を聞いた時と酷似した気配が仲間達の所へ迫っている。

しかし綾瀬はそれをツグミになんと伝えていいのかが分からない。

 

『とりあえず皆と合流するわよ』

 

『わかった誘導はまかせて!』

 

そんなやり取りのあと、シュタイナーはひときわ激しく炎と煙の立つ場所目指して走り出す。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「これがコントロールコアか…」

 

集は研二の銃のヴォイドを持ち、作戦会議の時写真で見たガラスの筒の中央に光る球体が浮かぶ物体に近づく。

 

「研二を頼んだぞ」

 

「うん…」

 

その後ろでヴォイドを抜かれ気を失った研二が壁に寄りかかり座らされている。

 

「この球の中心を狙えばいいんだね」

 

「そうだコアの回転を止めろ。慎重に行けよ」

 

「…分かった」

 

集は疲労と痛みで重く感じる腕をやっとの思いで持ち上げる。

 

「……っ…はあ…!」

 

腕から脳に針金を通すような鋭い痛みが、電気が走るように伝わる。

 

「代わるか?」

 

「いいっ…これぐらいやってみせる!」

 

「………」

 

涯はそれ以上なにも言わない。

 

集はコアの中心に狙いを定め、引き金を引く。

 

フォン…

 

静かな音が響き、小さなシャボン玉状の球体がコアの中心へ吸い込まれる。

 

光る球体はゆっくりと回転を止めた。

 

「やった…!」

 

「よし…後は停止信号を書き込めば完了だ…」

 

涯がふゅーねるからコードを引き、コアに繋がる装置に接続させて作業を始めさせる。

 

「どれくらいかかる?」

 

「あと少しだ」

 

ガガガガガッ

 

「!?」

 

その時、銃声と共に集と涯の周囲で轟音と火花が弾け飛んだ。

 

『ハロー会いたかったよ。恙神涯!』

 

左方の大型のエレベーターから発砲したゴーチェからダリルの声が響く。

 

『さんざん僕をコケにした報いを存分に受けてもらおうか…!』

 

「涯っ!」

 

「ガイっ!」

 

「二人とも動くな!集、お前はコアに集中しろ!」

 

涯は集といのりにそう告げると、ゴーチェに向けて駆け出した。

 

『そこおッ!!』

 

『ダリルっそこにはコアがあるんだ!やり過ぎるな!』

 

ローワンの声を聞いてか聞かずか、ダリルは接近するダリルに何発も銃を撃つ。

 

涯は袖からワイヤーを放ち、ゴーチェの頭上にあるパイプに巻き付ける。

 

涯は床を蹴ると、振り子運動の要領で身体を揺り動かし、銃弾を避ける。

 

銃弾はすでに目標のいない床を、火花を散らしながら削る。

 

「集っ!いのりっ!目を閉じろ!」

 

涯はそう叫ぶと、ゴーチェの目の前に閃光手榴弾を放る。

 

バアアン…! という炸裂音と共に閃光が辺りを真っ白に染める。

 

『まぶし…!』

 

ダリルの視界が回復した時、周囲に涯の姿がなかった。

 

『ああ?どこ行ったあ…!?』

 

ダリルが目を眩ませている間に、涯はすでにゴーチェの肩に飛び乗っていた。

 

ガンッガンッガンッ!!

 

涯は首筋の、頭部から離れた場所にいるパイロットの命令を胴体へ送る脊椎にあたる部分に銃口を向け発砲する。

いうならそこがエンドレイヴの急所だ。

 

『ぐがあっ!!このやめろおくそがあああっ!』

 

もがくダリルは思わず辺りに無差別に銃弾を撒き散らす。

 

「うあっ!」

 

集の目の前にあるコアにも銃弾が命中し、集は思わず声を上げる。

 

「大人しくしろ…」

 

涯はゴーチェの首筋にもう一発銃を撃ち込む。

 

それでゴーチェは完全に沈黙し、ダラリと両腕が垂れる。

 

「すごい…。動きに全然無駄が無い…」

 

涯の戦う姿に集は感嘆の言葉を漏らす。

 

「……!!?」

 

集が再びコアに視線を戻すと、コアに異変が起こっていることに気が付いた。

 

ダリルの無差別に放った銃弾がコアに損傷させ、スパークを放ちながら奇妙に震えている。

 

「涯っ!!」

 

「!!…ツグミっ!」

 

『大変よ!涯っ!ルーカサイト・ワンの様子がおかしいの!』

 

涯は状況を確認しようと、ツグミに通信を繋ぐ。

 

「どうゆうことだ?」

 

『たぶんコアが破損したせいで姿勢制御が誤作動を起こしたんだと思う…!どんどん軌道を下げてるわ!』

 

「それでどうなるの!?」

 

尋常では無い状況を感じ取った集は、焦りのあまり自分の耳元に着いている通信機の存在を忘れて、涯の通信機に飛び付く。

 

『このままだと…。ルーカサイト・ワンは質量のほとんどを保持したまま……ーー

 

ツグミの声は震えていた。

 

ーー東京に落ちるわ!!』

 

「被害予想は…?」

 

『……東京都市部は間違いなく壊滅…。都市にいる人達はまず助からないわ……』

 

 

「うそ…だろ?…そんな…!」

 

集は無意識の内に、地下から見えるはずの無い空を見上げる。

地上から遥か上空には、人々を都市もろとも焼き尽くす程の物体が今まさに降り注ごうとしている。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

集達は地上へ向かうエレベーターの扉の前で、ふゅーねるが扉を開けるのを待っていた。

 

「これからどうするの?」

 

集は研二のヴォイドを片手に、辺りを警戒しながら涯に尋ねる。

 

「………」

 

涯はしばらく考えると、集に左手を差し出す。

 

「集っあのペンを出せ…」

 

「えっ?うん分かった」

 

集はポケットから虚界から受け取ったペンを取り出し、涯の手のひらに乗せる。

 

「気付かれていましたか…」

 

「っ!…あなたは…」

 

集が声のした後方を振り向くと、件の虚界が歩いて来ていた。

 

「どうやら押さずに済んだようですね。桜満集君」

 

「あなたはもっと僕を信用させるべきだったんですよ。それにあなたは、一言も僕の身の安全を保証する言葉を言わなかった……」

 

「なるほど。次回の参考にしましょう」

 

本気か冗談か分からない事を、虚界はくっくっくと肩を揺らしながら言った。

 

「その話は後だ。貴様が虚界か」

 

「初めましてミスター涯」

 

涯の睨みを虚界はひょうひょうと受け流す。

 

「取引だ。こいつで衛星をなんとかしてやる…」

 

「!?」

 

虚界にペンを突きつけながら言う涯の言葉に、集は驚く。

 

「その代わり一連の事件で得た桜満集に関するデータを全て抹消しろ」

 

集の後ろで作業中のふゅーねるを抱きかかえながら聞き耳を立てていた、いのりも目を見開く。

 

「…いいでしょう…」

 

虚界はいつものように爬虫類を連想されるような、不気味な笑みを浮かべた。

 

「……涯…?」

 

「行くぞ集っ」

 

涯は扉の開いたエレベーターに研二を支えながら乗り込んだ。

 

「……」

 

集はなぜかエレベーターに乗り込む涯の背中から目を離せず、動けなかった。

 

 




ちょっと戦闘あっさりすぎるかな…?

ブレイドも爪ミサイルばっかりで大人しいですし…。

次回もうちょっとがんばった方がいいですかね?


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#21極光~join~

今回で、ルーカサイト編完結です。
ようやく話が一区切りつきました。

これから、新しく話が展開していく予定です。


皆さんあまり期待せず、お待ち下さい。


「はあ…」

 

紋条祭は自分の机から手を放し椅子の背もたれに背を付き、深く息をつく。

 

ここ最近の彼女はいつもこんな感じで、宿題もなにも手が付かず上の空だ。

 

その原因は彼女自身がよく分かっている。

 

「…集…」

 

約一週間前、祭が中学生の頃から密かに心を寄せていた、幼馴染の桜満集がGHQに連行された。

 

理由は分かっていない。

 

教師に訊いても、両親に訊いても教えてはくれなかった。

というよりもなにも知らない様子だった。

 

彼は今どうしているだろうか。

しっかりご飯は食べれているのだろうか。

痛い思いはしていないだろうか。

また会えるようになるのは、いつのことになるのだろうか。

 

また涙が溢れてきた。

もう絞り尽くしたと思っても、数分もすればまた目が熱くなり、雫が後から後からこぼれ落ちる。

 

「う…ぐすっ…」

 

祭から嗚咽が漏れ始める。

ここ一週間で祭が涙を流さなかった日は無い。

 

何度目が腫れても、何度水分を使い果たしても、涙は枯れない。

 

ふと部屋のドアの隙間から、カツカツと木の床を爪で叩きながら、祭の家族の一員である柴犬が祭の足元に駆け寄る。

 

「?…どうしたのラッキー?」

 

祭は涙を拭い、柴犬のラッキーに目を向ける。

 

「キューン」

 

ラッキーは一声鳴くと、祭の足に身体を擦り付けた。

 

祭の足に毛皮と体温でくすぐったくて、心地よい感触が包み込む。

 

「……」

 

祭にはその行動が、甘えるというより支えようとしているように見えた。

 

「…励まそうとしてくれてるの?」

 

祭は屈み込むと、力いっぱいラッキーを抱きしめる。

 

「ふふ…ありがとう…」

 

ピピピピッピピピピッ

 

携帯の呼び出し音が鳴り、祭は机の上に置いてある携帯を取ると、ラッキーを抱き上げてベッドの上に座る。

 

「もしもし花音ちゃん?」

 

『ああー祭?』

 

電話に出ると委員長の花音だった。

 

「どうしたの?なにか連絡事項?」

 

『いやそうじゃなくて。大丈夫かなって思って…』

 

「……」

 

『あんたここ最近ずっと元気ないし…。なんか無理してる気がしたからさ』

 

「そっか…。心配させちゃったんだね…」

 

祭の親友である花音はやはり、祭の様子を心配していたようだ。

「大丈夫だよ?集もきっとすぐ帰ってくるし…」

 

『…祭…そうだよ!あの桜満君がおおそれた事をするはずないし。きっと明日にでも無実が証明されて帰ってくるって!』

 

「ふふ…ありがとう花音ちゃん。励ましてくれて…。谷尋君も早く復帰してくれたらいいね?」

 

『なっ…なんで今あいつの話が出てくーーブツッーー』

 

「?…花音ちゃん…?」

 

突然通話が切れ、祭は何度も掛け直すが呼び出し音すら鳴らずすぐ切れる。

 

「あれ?繋がらなくなっちゃった…」

 

祭はベッドから立ちベランダを出ると、手を頭上に伸ばして電波を受信しようとする。

 

「ん?なんだろうあれ…」

 

すると視界に奇妙なものが写った。

 

最初は少し大きな星かと思った。

 

しかし目の錯覚なのか、光がゆらゆらと炎の様に揺らめき、しかも星全体が次第に大きくなっていくように見えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「涯…そのペンでどうしようっていうの?」

 

エレベーターに乗り込んだ集は横に立つ涯に尋ねる。

 

「集…これは何だと思う」

 

「えっ…照準装置とか…?ミサイル…とかの…」

 

「半分正解だ。…だがこれはミサイルの照準機では無い」

 

「!…じゃあ…まさか…」

 

涯は集が答えに辿りついたのを感じ取り、頷く。

 

「そうだ。そのペンのシグナルはルーカサイトと繋がっている。ボタンを押したらそのペンを標的にレーザーが発射される」

 

頭の中で梟の顔がよぎり、集は無意識に歯を食いしばる。

 

「……なるほど…予想以上に悪趣味な奴だな…あの虚界って奴」

 

(!…待てよ…涯はまさか…)

 

「撃つ衛星と落下する衛星、そして標的となるこのペンを直線に繋いで、衛星を撃ち落とす」

 

ルーカサイトはいつも同じ軌道を通る。

涯は落ちたひとつの衛星を、同じ軌道を通るもうひとつの衛星が重なった瞬間にその衛星からのレーザーで落ちる衛星を撃ち落そうとしているのだ。

 

……だがそれは……

 

「ツグミ。ポイントとタイミングの計算を頼む」

 

涯がそう言った時、集が涯の持つペンを涯の手ごと強く掴んだ。

 

「……ちょっと待ってよ」

 

「離せ…」

涯が集の腕を力尽くで振りほどこうとする。

 

「それって涯が的になるって事でしょ…。そんなの許さない…。なんで涯が死なないといけないんだ!!」

 

集は涯の手の骨がミシミシと音を立てるほど、強く握り込む。

 

「シュウ…。ガイが死んだら葬儀社は無くなる…。そうなれば……シュウは元の生活に戻れる」

 

「……っ」

 

『一連の事件で得た桜満集に関するデータを全て抹消しろ』

 

集は涯が虚界と交わした取り引きで、涯が言った言葉を思い出す。

 

「最初からこうするつもりだったの?」

 

「………」

 

「……っ」

 

涯の沈黙が答えだった。

 

「涯っ!僕がやる!」

 

「なっ…!?」

 

「シュウ!?」

 

「僕が代わりに的になる!」

 

「………」

 

涯は集を睨みつける。

 

「本気か集。自分がなにを言っているか分かっているのか?」

 

「分かってるさ。だから言ってるんだ!」

 

集は一歩も引かず、涯を睨み返す。

 

「……お前が勝手に死ぬのは自由だ…。だがお前が大事だと言ったお前の友人達はどうするんだ?」

 

「!!」

 

涯の言葉で集は一瞬固まる。

 

涯は集の腹に力一杯拳を叩き込む。

 

「うっ…」

 

集は痛みで涯を掴んでいた手が離れ、腹を抑えてその場にうずくまった。

 

その直後、エレベーターが止まり地上へ続く扉が開く。

 

「むこうはまだ戦場だ。俺たちに立ち止まっている時間は無い…」

 

涯はそう言うと、集を尻目にエレベーターから歩み去った。

 

「シュウ…っ」

 

いのりはうずくまる集に屈み込み、背をさする。

 

「……分かってる…」

 

「?」

 

今にも消えそうで、掠れたような声で集は呟いた。

 

「分かってるよ涯…」

 

集は目の前のいのりではなく、涯に向けて言葉をかけていた。

集は持っていた研二のヴォイドをいのりに手渡すと、扉の縁で身体を支えながら立ち上がる。

 

「馬鹿な事を言ってるって事くらい…」

 

集は気を失っている研二に歩み寄ると、肩を貸しながら立たせる。

 

「だけど僕は…例え僕自身の命を落とすことになっても…近くにいる誰かのために戦うって……ーー、

 

ーー決めたんだ…ずっと前から……」

 

ダンテみたいになるって決めたんだ……

 

集は夢うつつを彷徨っているかのような声で呟いた。

 

一連の言葉を集は、口に出ていることに気づいていない。

 

それほど集の感情は乱れていた。

 

いのりは集が研二をかかえたままエレベーターから歩いて行っても、集から銃のヴォイドを手渡された体勢のまま動けなかった。

 

いのりの頭の中で集の言葉がぐるぐる回っている。

 

「ダンテ…?」

 

集の言葉の意味が分からない。

 

 

「いのり、援護をお願い…!」

 

集から声をかけられ、いのりは今すべき事の優先順位を意識の中で切り替えると、集と涯を追って走り出す。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

地上では今だに陽動部隊の戦闘が続いていた。

 

「はあ…はあ…くそっ」

 

アルゴは肩から息をして、毒づいた。

 

結論から言うとかなり不利の状況だった。

 

その原因の大半はGHQの兵隊達と共に現れた、集がブレイドと呼ぶ謎の生物兵器にあった。

 

生物兵器達は姿も能力も異様だった。

 

人間とトカゲを混ぜたような姿に、古風な西洋の盾と兜を着けた兵器というより異形の兵士だ。

しかも盾を顔の前にかざし、弾を避けている。

 

そして爪をミサイルのように飛ばす能力。

 

最初はそれで攻撃をしてくるだけであったが、人間の兵隊が引いた途端、爪と牙を振り上げ猛然と襲ってきた。

 

まるで邪魔者が消えたとでも言いたげに、獰猛な本性を隠そうともせず襲い掛かり、アルゴの目の前でもう何人もの仲間を八つ裂きにした。

 

しかし集からの事前情報があったおかげで、ほとんどのメンバーはブレイドの動きに柔軟に対応して見せた。

 

もしそれがなかったら、メンバー達の犠牲は倍以上に引き上がっていただろう。

 

しかしだからと言って危険な状況には変わりない。

 

「…ちいっ!不気味な奴らだ!」

 

アルゴは呟きながらブレイドに向けて、撃ち続ける。

効果は薄いようだが、敵を引き付けるという陽動本来の目的が果たされているのだから問題は無い。

 

「!!」

 

ふと視界の隅で、ブレイドが地中に潜る様子が見えた。

 

「気を付けろ!!地面から来るぞ!」

 

アルゴは慌てて周囲の仲間に叫ぶ。

 

その直後、仲間が一番固まっている場所のど真ん中から、ブレイドがロケットのように飛び出した。

 

『ギュイイイイイッ』

 

ブレイドはブレーキ音にも聞こえるような、怒りを孕んだ鳴き声を発する。

 

「距離を離せ!そいつから離れるんだ!」

 

アルゴがブレイドに向けて銃を乱射する。

 

ブレイドは盾を顔の前で立て銃弾を防ぎ、お返しとばかりに爪を飛ばす。

 

「!!」

 

赤い奇跡を描きながら飛来する、数本の爪をアルゴは飛び退き、うつ伏せに伏せる。

 

爪は近くの木の幹に突き刺さり、幹を貫通する。

 

「ちいっ!やっぱりこいつじゃあ火力不足か!!」

 

アルゴはそう唸ると、背負っていたバズーカ砲をブレイドに向けて構える。

 

「こいつを喰らいやがれ!!」

 

叫び、引き金を引く。

 

砲弾は真っ直ぐ直線を描きながら、ブレイドが頭の前に立てた盾に吸い込まれ、凄まじい爆発が覆う。

 

煙が晴れ、そこに盾が砕けその腕が見るも無残に傷付いたブレイドの姿があった。

 

『ゴオオオオオッ!!』

 

自身の片腕が原形を留めないほどズタズタになっても、ブレイドは構わずアルゴに牙を剥き飛びかかる。

 

「…ちくしょう…」

 

目の前に迫る牙がスローモーションにアルゴの顔面を捉える。

アルゴは覚悟を決めた。

 

その時、真横から巨大な腕が飛び出し、ブレイドを殴り飛ばした。

 

ブレイドは二度三度地面でバウンドし、倒れたまま小刻みに震えると、動かなくなった。

 

『アルゴっ!無事!?』

 

「ーっ!綾瀬!」

 

ブレイドを殴り飛ばしたのは、綾瀬のシュタイナーだった。

 

『私の後ろへ!押し返すわよ!』

 

「分かった。おいみんな!」

 

アルゴは後ろのメンバーに呼びかけると、メンバー達は頷き銃を構え前進する。

 

アルゴも綾瀬の後に続いて進もうとした時、ふと先ほど綾瀬が殴り飛ばしたブレイドの姿が目に入った。

 

動かなくなったブレイドは、渇いた泥人形の様に砂になり崩れ落ちた。

そこには砂の山が残り、生き物の死体があった痕跡も残っておらず、その砂の山も風にさらわれ無くなろうとしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「虚界の奴、兵を引かせないとは気が利かないな」

 

研二を壁に寄り掛からせた集の前で、一足先に空の見える地上に出た涯がぼやくのが聞こえる。

 

涯の視線の向こうには、兵士とエンドレイヴの姿が見える。

 

腰のホルスターからナイフを取り出した集は、刃を見て一瞬固まる。

 

ナイフの刃は、刃こぼれしているというレベルを超えて、折れ無かったのが不思議な程深い溝がいくつも出来ていた。

 

原因は間違いなく、あの仮面の少女と相対したことだろう。

 

棒状の駄菓子を折る程度の力を込めただけでも、真っ二つになりそうだ。

 

集は一瞬迷ったが、心の中で一緒に戦ってくれたナイフに一言礼を言った後。

そのナイフをゆっくり地面へ置くと、ズボンのベルトからいのりに撃ち飛ばされて、床に突き刺さった少女の短剣を抜いた。

 

銃の弾が命中したはずなのに、その短剣は星空を写す程綺麗なままだった。

 

集はその短剣を握ると涯の横に立つ。

 

「ポイントってどこ?」

 

「あそこだ」

 

そう言って涯が指を指した先には、四方をアンテナに囲まれた四角形の台座のような場所があった。

 

しかしその場所は兵達のど真ん中にあり、どう進んで台座に到着しても兵達の目に入ってしまう。

 

最初に彼らを倒すしか無い。

 

「GHQはどうして衛星レーザーを使ってまで日本人を閉じ込めようとなんて…」

 

「理由があるのさ。全ての日本人はもうアポカリプスウイルスに感染している…。あの衛星は日本人を国外へ出さないための檻だ…」

 

話しながら涯は柵を飛び越え、兵達の死角となる壁の影に飛び降りる。

 

着地した涯は兵士を一人撃ち、兵達は涯の存在に気付き一斉に銃弾を放つ。

 

涯はその前に再び壁の影に隠れた。

集はその後ろに着地した。

 

「GHQは日本人を殺すことを躊躇わない。数年後には全員が発症して死の国になるのだから」

 

「………」

 

涯は壁越しに兵士を睨む付ける。

 

「だが俺は諦めない。未来がないなら自らの手で作り出してやる」

 

涯はそう言うと銃弾を恐れず兵士の前に飛び出すと、次々と兵士達の胸の辺りを的確に撃っていく。

 

兵士を撃った涯にエンドレイヴが銃口を向ける。

 

その時、機体は奇妙なシャボン玉状のものに包まれ宙に浮く。

 

集がそちらに目を向けると、いのりが集から手渡された銃のヴォイドを構えているのが目に入った。

 

集はいのりに軽く手を上げて礼を伝えると、すぐ涯の後を追おうとした。

 

「ーっ!!」

 

その時、集の足元に何本もの投げ矢が集の行く手を阻むように突き刺さった。

 

集は踏み出そうとしていた足を無理矢理止め、前につんのめりかける。

 

集は無理な体勢のまま、矢が飛んできた方向に顔を向ける。

 

その視界にいのりに仮面を破壊された、あの少女が短剣を振り上げ上空から飛び掛かってくる姿が写った。

 

「ーっ!!」

 

集はバックステップで紙一重で短剣を躱した。

 

切れた前髪が数本、集の目の前をハラハラと舞い落ちる。

ふと視界の隅に、ポイントとなる台座へ向かう涯の後ろ姿が目に入った。

 

「涯っ!!」

 

このままでは本当に涯がレーザーの的になってしまう。

 

しかし目の前の、褐色の肌と赤毛の少女が集が涯の元へ向かうことを許してくれるはずが無い。

 

集はベルトから抜いた短剣を振り、少女の短剣と空中で打ち合った。

 

火花が散ると同時に、キイインッとかん高い音が響き渡る。

 

少女は打ち合った短剣を軸に集の頭上を飛び越え、集の背後に着地する。

 

集と少女は向かい合い、短剣を向け合ったまま睨み合う。

 

(半魔人化が使える時間は、どんなに多くても後十秒以下が限界…。しかもその後は一切動けなくなるかもしれない…)

 

少女のチクチクとした殺気が集の全身を刺した。

 

(危険を感じたら一瞬発動…。隙を見つけて一気に決める…。この子に勝つにはそれしか無い!)

 

集には半魔人無しでは、少女の攻撃を防ぐことすら至難のわざだ。

魔力は小出しにして戦わなければ、集は一瞬で自滅してしまう。

 

少女は地面を蹴って一気に集を肉薄する。

 

「ふっ!」

 

水平に振るわれた少女の短剣を集は首に届く寸前に大きく身体を反らして避ける。

 

少女は素早く短剣を逆手に持ち替え、再び集の喉元目掛けて振り下ろす。

 

集は身体をねじり、側方を大きく飛び、これを避ける。

 

少女の短剣は狙いを外れ、集の喉元の下にあったコンクリートを砕く。

 

「はあっ!」

 

少女が体勢を立て直す前に、集は少女に向けて勢いよく短剣を突く。

 

少女は先ほどと同じように集の手首を掴み、あっさり突きを止める。

 

しかし集はそうなる事くらい予想していた。

 

集は少女の襟首を掴むと、自分の身体に引き寄せ、背負い投げしようとした。

 

しかし世界が回ったのは、集の視界だった。

 

「!!?」

 

動きの繋がりが理解出来ず、集の思考が一瞬固まりかける。

 

集は身体が叩きつけられるのを防ぐために、手を地面に付けて身体を支える。

 

「ー…っ!!」

 

コンクリートの荒い表面が、集の表皮を削り上げる。

その痛みによる声を、集はなんとか押し殺す。

 

少女は集に向かって真っ直ぐ走り寄り、まるで荒れ狂う蛇のように短剣を振るう。

 

集はそれを避け、短剣で逸らす。

 

(…大丈夫だ…。弾くのは無理でも、反応や対処は出来る…)

 

それでも少女が、半魔人の集と並ぶ程の身体能力を持っていることは変わり無い。

 

集には次第に小さな傷が増えていき、体力を奪っていく。

集の体力が尽きるのは時間の問題だ。

 

(…?)

 

そこで集は少女に小さな違和感を感じた。

 

(この子の剣技…一切の曇りが無くて洗練されてる…。それこそ僕やいのり以上に…。だけどなんでだろう…この子の剣はーー)

 

「……」

 

少女がその隙を見逃すはずが無い。

 

「があっ!?」

 

少女の重い蹴りを腹に受け、集の体内は僅かにプレスされる。

 

集の身体はくの字に曲がり、吹き飛ばーー

 

「…!」

 

少女の表情が、初めて驚愕に染まる。

 

少女の手首には集の手が、先ほどとは比較にならない力でがっしり掴んで、少女の動きを封じていた。

 

半魔人では無い、普段の集では力も速さも目の前の少女と比べて遠く及ばない。

 

しかしそんな集にも、二つだけ少女に勝っている部分がある。

 

「…こ…んな、蹴り…」

 

それは身長…つまりはリーチ。

そして…

 

「ダンテの方が!十倍は重かった!!」

 

最強の悪魔狩人からの、五年間の修行で手に入れた脅威の打たれ強さ。

 

「はあああああああっ!!」

 

集の目は、少女の驚愕と困惑に染まった目をしっかり捉えた。

 

「…うあっ!」

 

突き出した集の右手が光を放ちながら少女の胸元に沈み、少女の表情は苦悶に歪み、切なげな声が漏れる。

 

(よしっ!このままヴォイドを引き抜けば……!!)

 

ヴォイドを引き抜けば少女は気を失い、怪我をさせること無く撃破に成功する。

 

しかし次の瞬間集は、予想だにしなかった感触に目を見開く。

 

(どういうことだ!?この子にはーー)

 

「ごはっ!!」

 

少女の足が鞭のようにしなり、集の側頭を打つ。

 

集は今度こそ耐え切れず吹き飛ばされる。

 

地面に倒れ込む集を、少女は間髪入れず飛びかかり短剣を振り下ろそうとする。

 

その瞬間、集の魔力が解放され、少女に濃密な力の渦が襲いかかる。

 

「ーっ!?」

 

少女は一瞬、空中で自由を奪われる。

 

「お…おおおおおお!!」

 

集は獣じみた雄叫びを上げ、全魔力を脚力を集中させると地面をありったけの力を込め蹴り付ける。

 

集の身体はロケットのように少女に向けて飛び、空中で少女と衝突し、集は少女を押し付ける形で壁の二階部分に激突する。

 

「かはっ!」

 

少女の首に着いたチョーカーが衝撃で外れ、少女は肺に詰まった全ての空気が押し出され、少女の意識は眠りに落ちる。

 

「くっ!」

 

半魔人化を解いた集は、落下の衝撃から少女を守ろうと少女の小さな身体を抱え込む。

 

「……?」

 

間近まで迫っていたはずの、衝撃がいくら経っても襲って来ない事を不思議に思った集は、ゆっくり目を開ける。

 

すると見覚えのある、シャボン玉状のものが集と少女を包んでいることに気が付いた。

 

「シュウ!」

 

「いのり…いのりが助けてくれたんだね。ありがとう」

 

ゆっくり地面に降ろされた集の元に、重力制御の能力を持つ銃のヴォイドを持ったいのりが駆け寄る。

 

彼女がそのヴォイドで集と少女が、地面に叩きつけられるのを救ったことは、想像に難くない。

 

「……その子は……?」

 

「…死んでは…ないと思う……」

 

集は壁に激突する寸前に、少女が頭をぶつけないようにと、少女の頭の後ろに手を回しクッション替わりにしたり、腕を引いて衝撃を分散させたりと少女に伝わるダメージを最小限に抑えたりと、色々工夫はしていたのだが…。

 

ぶつかった衝撃で壁に出来た大穴を見て、少し不安になる。

 

集はおそるおそる少女の口の前に、耳を近付けてみた。

 

すると、すーすー とリズムの整った呼吸音が聞こえ、集から安堵のため息が漏れる。

 

「……!そうだ涯!!」

 

重大なことを思い出した集は、重い身体に鞭をうち勢いよく立ち上がる。

 

「……っいのりその子のこと頼んだよ!」

 

集はいのりにそう告げると、涯の所に向かって駆け出した。

 

しかし足が思うように持ち上がらず、酔っ払いの千鳥足のように今にも倒れそうな走り方しか出来ず。

 

意識も一瞬でも気を抜くと、即眠りに落ちてしまいそうな程、朦朧としていた。

 

「っ…くそっ!」

 

それでも涯を見捨てるわけにはいかない。

集には具体的な策は無いが、涯を狙ったレーザーを自分の生命力の全てを魔力に変えてぶつける気持ちでいた。

 

「シュウ…」

 

ポイントとなる台座に涯の姿が見え、最後の柵を越えようとしていた集に、突然後ろからいのりに声をかけられた。

 

「…救いたい?…みんなを…ガイを…」

 

「当たり前だよ!僕の全てをくれてやってもいい!!」

 

なにを当たり前のことを言っているんだと、集は思わずいのりに振り返り、固まった。

 

周囲はさっきまでいた寒々しい森林と施設では無く、初めていのりからヴォイドを抜いた時に見た、白くコンピューターの仕組みを視覚化したような光景が、あの時の再現のように二人の周りを包んでいた。

 

しかし集が固まった理由は他にあった。

 

「……君は…誰……?」

 

集は目の前の少女を、いのりとは認識出来なかった。

 

見た目は確かにいのりだった…しかし集には全くの別人に見える。

 

「集の願い……きいたよ…」

 

いのりでは無い誰かは、そう言って集に微笑みかける。

 

なぜか" なつかしい "という気持ちが集の心を満たしていく。

 

その気持ちの正体がつかめないまま、集は吸い寄せられるようにいのりに右手を差し出す。

 

「……」

 

いのりはあっさり集の右手を受け入れ、右手はヴォイドの輝きを放ちながら、いのりの胸元に沈んでいく。

 

「う…ああっ…んん」

 

いのりの口から、切なげな声が漏れる。

 

集が右手を引き抜くと、剣のヴォイドが姿を現す。

 

すると銃のヴォイドが、いのりの手を離れ、集の持つ剣に吸い込まれ、融合していく。

 

「ヴォイドが…合体して……」

 

集は目の前に起こっている事が理解できないまま、その現象を口にした。

 

 

 

涯は星がほとんど見えない夜空を、一人…なんのけ無しに見上げていた。

 

涯には、迷いが無かった。

 

エレベーターでいのりが言った通り、自分がここで死ねば、葬儀社が瓦解することは分かっている。

 

その後は新たなリーダーの元で、戦いを続けることも出来る。

そして葬儀社を抜けたい者は、いいきっかけになるだろう。

 

集もデータが消えれば、自由の身だ。

 

それが……涯なりの償いだった……。

 

『…涯……後三分…』

 

涯は そうか とツグミに素っ気なく返し、夜空の一点を睨む。

そして夜空そのものに戦いを挑む様に、ペンをかざす。

 

「さあ…勝負だ。淘汰されるのは俺か……。それとも世界か……」

 

ふと涯の脳裏に、十年間片時も忘れることがなかった、おそらくは自分が戦う一番の理由であるはずの、最愛の人が浮かぶ。

 

「………」

 

それがなにかは涯には分からない。

 

後悔なのか……懺悔なのかすらも……。

 

 

(……真名……、もう一度お前にーー)

 

「 涯 っ !!!」

 

涯の思考は、集の声で現実に戻される。

 

「集っ!!お前……そのヴォイドは!?」

 

集の両手には、トリガーと銃身の着いた剣のヴォイドが握られていた。

 

「これを使えば……涯を救えるって誰かが言ったんだ!!」

 

「……!!」

 

「ツグミっ!こっちもカウント頼んだ!!」

 

『はっはい!後十秒だよ!』

 

ヴォイドから発せられる光が、さらに強まる。

 

「お願いだ……涯や…みんなを……守ってくれ!!」

 

集は叫び、引き金を引いた。

 

刀身から重力の刃が伸び、二つの" 星 "を両断した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ルーカサイトの消滅。

 

この報告を聞いた茎道は、はらわたが煮え返りそうな程の怒りに支配された。

 

「ふむ……まさか衛星を堕とすとは…。いやはや彼奴等想像以上にやりますな……」

 

茎道の背後で顎に手を当てて、ウロボロス社の社長のアリウスはどこか芝居がかった口調で言う。

 

「…………っ」

 

しかし茎道には、それに気が回る程の余裕すら無かった。

 

世界を再生させるための楔が、このような形で失われるとは思ってもみなかった。

 

茎道は血がにじむ程、拳を握り締める。

 

『ありがとう…シュウイチロウ……』

 

茎道は、声のした頭上を仰ぎ見る。

 

『コキュートスが震えました。彼女はまもなく目覚めますーー』

 

天井に立ち、茎道を" 見上げる人物がいる。

金髪を揺らす少年のように見える人物だが、年齢を感じさせない不気味さがあった。

 

『愛しい彼女の王を求めて……彼女は目を覚まします……』

 

禍福は糾える縄の如し…。

悪い事があれば、良い事もある……。

 

茎道の心は打って変わって喜びの感情に満たされ、口元に深い笑みを作る。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

どうやら気絶していた様だった。

 

集は仰向けに転がり、夜空を見上げていた。

 

さっきまで星が全く見えていなかった空に、大量の流れ星が夜空の光を支配していた。

 

「バカな奴だ……」

 

ボンヤリ夜空を見ていると、横から涯の声がした。

 

「……どうして来た。俺が死ねばお前は自由だったのに」

 

「……言ったろ?手伝うって」

 

集の答えを聞いた涯は、呆れたような、嬉しいのか、よく分からない笑みを漏らす。

 

「それに…信じるって言ったろ?」

 

集は立ち上がると、涯に手を差し出す。

 

「これで、僕もはれて君らの仲間……でしょ?」

 

「……ああ、そうだな……」

 

涯はその手を、しっかり握った。

 

夜空はまるで祝福する様に、星の雨を降らせ続けた。

 

 

五分後、GHQのサーバーから、桜満集が葬儀社に関与する全てのデータが抹消された。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

夜空には、大きな穴の様な満月が地上を見下ろしている。

 

その下で、剣を担いだロングコートの男…ダンテが悠々と立っており、まるでスターの石像かなにかのようだ。

 

そしてその足元には、ヘリや戦車の残骸が大量に散らばっている。

 

よく見ると、どの残骸にもまるでしがみ付く様に、肉塊が付いており、眼球の様なものまで見える。

 

その肉塊は全て悪魔だ。

 

「たくっ、ここまでとはな…」

 

そんな醜悪な景色に、ダンテはそんなことを言った。

 

無論、この景色では無く、元凶に対しての言葉なのだが……。

 

その中を、一片の躊躇い無く歩く一人の女性がいた。

 

長い金髪に、黒いレザー服を着た美しい女性だ。

 

女性の名は、トリッシュ。

ダンテの相棒だ。

 

「よう…どうだった?」

 

「魔具を盗まれた事件は無し……。貴方のとこ以外はね……」

 

ダンテは、 だろうな… と軽く返しながら、背中に剣を納める。

 

「他には?」

 

「あなたが言ったアリウスって男は、兵器製造会社のオーナーね……かなりアコギな商売をしてるみたいよ」

 

「ああ、さぞ儲かってるみたいだな?」

 

ダンテは周囲の悪魔と同化した兵器を眺めながら、皮肉を込めた感想を漏らす。

 

「で…?この社長様はどちらにいらっしゃるんだ?」

 

トリッシュは、一度深く息を吐くと……。

 

「日本よ……」

 

「………そうかい…」

 

「…どうするの……?」

 

「決まってるだろ?お邪魔しに行くんだよ…」

 

トリッシュは はあ と、呆れを隠そうともせず、ため息を吐く。

 

「そっちじゃないわよ…。分かってるでしょ?」

 

「ああー…」

 

ダンテはようやくトリッシュの言いたい事を理解した。

 

「久々に顔でも拝みに行くか……」

 

その言葉に、トリッシュは納得した様に、頷く。

 

 

 

ダンテは満月を仰ぎ見ると、小さく呟く。

 

 

 

「日本か……」



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過去編:「三度死ぬ少年 前編」

すみません

リアルの事情でお休みさせてもらっていました。

ゴメンなさい。
これから、前程のペースは保てないと思いますが、出来るだけ早く更新出来るようにします。

今回は、オリジナル要素満載です。

粗しかないと思いますが、生温かい目で見守ってください。



米国の西海岸に程近い、その街は昼も夜と変わらない程人気が無く、ホームレスやゴロツキがウロウロ徘徊する、地元でも有名な" 危険区域 "だ。

 

そのせいか、建築百年を越える歴史ある建造物もどこか生気の無い錆びれた雰囲気を醸し出している。

(毎度思うが……、ここに足を運ぼうとする人間もよっぽどの悩みの持ち主か、じゃなかったら相当の物好きだな……)

 

自分の事を完全に棚に上げ、かつての繁栄を納めた街に、そんな感想を抱きながら、顎に髭を生やした中年の男が目的地に向けて車を走らしていた。

 

そして目的地である建物の前で、車を止めると、ネオンで描かれた店の看板を一瞥し、店のドアを叩く。

 

返事は無い。

無論男も返事は期待していない。

 

「ダンテ、入るぞ」

 

男は店の扉を開けて、中に踏み込む。

 

奥の机に足を投げ出し、雑誌を広げていた店主である、銀髪の男が扉の方向に顔を上げる。

 

「何だ、お前かモリソン……」

 

「ダンテよお…、もうちょっと客を迎えようとする心意気を見せても、罰はあたらんだろ?」

 

モリソンの小声に、ダンテはうるせえよと素っ気なく返す。

 

「お前好みの仕事を持ってきてやったぞ。俺の腐れ縁の警官から息子を手伝って欲しいって言って貰ってきたものだから、謝礼も期待出来るぜ?」

 

モリソンはそう言うと、数枚の書類をダンテの机の上に放った。

 

モリソンは情報屋だ。

時々、ダンテの好む系統の仕事も、裏を取った上でダンテに紹介する事がある。

 

ダンテはモリソンの言葉に顔を上げ、机の書類を見る。

 

「なんだこれは?」

 

「とある街でな?全身から血を抜かれた死体がこの数日で何体も発見されてんだ。捜査は難航、猫の手も借りたい現状らしい」

 

それで俺が期待できるお前を紹介するってわけだ。とモリソンは付け加える。

 

「その犯人をぶっ潰せってとこか…その街ってのは?」

 

モリソンはニイっと口端を上げる。

 

「おめえさんもよく知ってるとこだよ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その少年の産まれは、何処にでもあるような、酷くありふれたものだった。

 

そして少年は産まれた田舎の村で、両親の仕事を手伝いながら、育っていった。

 

その内、母の事業が成功し、大きな会社となり、少年と両親は自分達の牧場を売り、都会に引っ越した。

 

父も、大手会社の幹部に昇進した。

 

しばらくは、都会の新居でなに不自由無く過ごした。

 

しかし数年後、少年が三つ時、父は酔った勢いで、自分の部下と上司の二名を殺傷、その後、極刑を言い渡された。

 

発端は、本当に些細でくだらない口喧嘩だった。

 

母は少年を連れ、逃げる様に昔居た場所より、さらに田舎へ移り住んだ。

 

当然、母の会社の株価は暴落、親子は父親がいない現状で、またゼロからやり直しになった。

 

母はボロ小屋の様な家で、寝る間を惜しんで働いていた。

 

少年が覚えている母の姿は、夜中でも、昼間でも、机に向かい働く母の後ろ姿だ。

 

『ごめんね。ごめんね。』

 

母は息子に、何度もそう謝った。

 

自分達の勝手に、巻き込んでしまった事を、母は我が子に何度も謝っていた。

 

母は頑張っていた。

息子と過ごす時間も極力取った。

 

少年は嬉しかった。

 

短いながらも、母と二人の時間に寄り添うことが出来るのだから。

 

しかし、その時でも、母は少年に謝ることを止めようとしなかった。

 

『ごめんね』

 

食事をしている時も、外で遊んでいる時も、母は息子に、父と自らの罪を謝り続けた。

 

『ごめんなさい』

 

一日たりとも母が謝罪しなかった日は無い。

そして休日は一日中、息子に許しを求めていた。

 

 

ーー違う……ーー

 

 

少年が五つになった日、母と暮らしていた家が放火で全焼した。

 

犯人は父親に殺された被害者の遺族達だった。

母はその火災で死亡、生き残ったのは、自分だけだった。

 

母はそれでもなお、少年に謝り続けた。

 

自身の身体が焼かれていく痛みに叫びながら、何度も、何度も。

 

『ごめんなさい。ごめんなさい。許して…許して…』

 

 

ーー違うんだよ、母さん…

 

 

ーー僕が欲しいものは、そんなものじゃ……

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「おい、ルキナ!いつまで寝てんだよ!」

 

窓から射し込む日光と、友人の声でルキナは目を開けた。

 

朝食を食べた直後、教会の礼拝堂の座席の上で、うたた寝してしまっていたようだった。

 

ルキナは、一度思い切り伸びをすると、友人達の声へ向かう。

 

ルキナ含め、この教会にいる子供達は全て、失ったか、捨てられたかのどちらかだ。

 

「ごめんごめん」

 

「ホント日が暮れるかと思ったよ」

 

文句を垂れる仲間に平謝りしつつ、ルキナは輪の中に混ざった。

 

ルキナがこの教会へ入って、一週間程経つが、元から気さくな性格であることが幸いし、あっと言う間に友達が出来た。

 

「ん?」

 

外で遊んでいたルキナは、ふと遊びに混ざっていない子供がいることに気が付いた。

 

花壇の隅で、屈んでなにかしている。

 

「ねえ、あの子は遊びに誘わないの?」

 

「……いいんだよ…、あいつは……」

 

「え?」

 

周りを見ると、他の子供達も遊びに誘おうしない。

 

それどころか、あの子供を怖がっている様にさえルキナには見えた。

 

「…どうして?」

 

子供はしばらく言いづらそうな表情をしながら、やっと口を開いた。

 

「………あいつ…、日本人だぜ?」

 

「……??」

 

「ルキナ知らないの?」

 

ピンと来ないっという表情をするルキナに、他の子供が口を開く。

 

「神父様が言ってたよ。日本で変な病気が飛び回って、日本人全員がそれに感染ちゃったって」

 

「その病気に身体に入られると、身体がガラスみたいになって死んじゃうんだよ。僕、テレビのニュースで見たもん」

 

「………」

 

口々に言う子供達の言葉を、ルキナは聞きながら、日本人の少年だという子供に視線を移す。

 

少年は先程と変わらない位置で、花壇に向かいしゃがみ込んでなにかしている。

 

「きっと、あいつに近付くとその病気が感染っちゃうんだぜ?」

 

子供達の中から、そんな声まで聞こえ始める。

 

「……っ!」

 

ルキナは子供達が制止するのも聞かず、日本人の少年に向かって駆け出した。

 

特にたいした理由も思い浮かばないが、孤独を感じさせるその背中に、なんとなく少し前の自分を想起させ、無視をすることなど出来なくなっしまった。

 

 

 

「こんな所で何をしてるの?」

 

花壇のカマキリや、ダンゴムシをボンヤリと観察していると、突然背後から声をかけら、振り向くと金髪の少年が微笑みかけていた。

 

「え…?」

 

「僕はルキナ。君の名前は?」

 

「……集…」

 

「シュウか…よろしくね」

 

呆然とする集に、ルキナは手を差し伸べる。

 

集はその手と、ルキナの顔を見比べながら、戸惑いの表情を見せる。

 

「…いいの?」

 

「何が?」

 

集は怯えた様な様子で、ルキナの背後の少年達を見る。

 

「だって…、僕に触ったら変な病気になるって…」

 

集の考えている事を理解したルキナは、構わず手を伸ばし続ける。

 

「いいよ。僕はシュウと友達になりたいんだ。迷惑?」

 

「……」

 

集はルキナが伸ばす手を、恐る恐る握る。

 

「よかったあ…、じゃあ皆の所に行こう!」

 

その言葉を聞いて、集はうつ向きながら頷いた。

 

ルキナに手を引かれ、集は子供達の前に歩み寄る。

 

「ほらっ」

 

と、ルキナは集を促す。

 

「あ…あの…」

 

集はおずおずと、子供達の視線を集めながら、口を開く。

 

「ぼ…僕も、仲間に…入れてくれませんか?」

 

「……」

 

子供達は、お互いに顔を見合わせる。

 

「ぼ…僕に触ったくらいじゃ…変な病気になんかならないから……、だから…」

 

集がそこまで言った時……、

 

子供達の中から、どこからともなく飛んで来た石が、集のこめかみ辺りにぶつかる。

 

「…え……」

 

「ーーー…」

 

集もルキナも、突然の出来事に唖然とする。

 

集のこめかみから血が溢れ出し、二人はようやくなにが起こったか理解出来た。

 

「どっか行けよ…この疫病神!お前が居ると俺達全員死ぬんだよ!」

 

その言葉を合図に、子供達は地面から石を拾い上げると、集に罵声を浴びせながら、次々と石を投げつける。

 

「そうだ!」

「さっさと死ね!」

「こっち来るな!」

 

「ーー」

 

それらの言葉も、降り注ぐ石も、集は無言で受け止める。

 

「ーー…」

 

ルキナも、目の前の光景から目が離せない。

 

今、集の状況が、少し前の自分と母の姿に、完全に重なっていた。

 

結局、騒ぎを聞きつけたシスターが駆け付けるまで、その罵声と石の雨は続いた。

 

 

昼になり、シスターから傷の治療を受けた集は、一人、教会と隣接した森の中で腰を下ろしていた。

自身の呼吸と、木の葉が互いを打ち合う音以外の音は存在しない。

 

「ーーー」

 

集の心は、不気味な程落ち着いていた。

 

他の子供達への怒りも無く、仲裁の遅れたシスターへの憤りも無かった。

 

「ここに居たんだ」

突然、声を掛けられた集は顔を上げる。

 

「ルキ…ナ?」

 

ルキナが自分の顔を覗き込んでいる事に、気が付いた集は、また顔を伏せる。

 

「…分かったでしょ?ぼくの居場所は…ここには無い…」

 

ルキナは集の前に屈み込む。

 

「ぼくなんかと一緒にいたら…君までひどい目にあうよ?」

 

「……放っておけないんだ…、君から…僕と同じようなものを感じる。たぶん、君と僕はすごく似たもの同士だと思う。それに言ったでしょ?」

 

「?」

 

ルキナの手が集の頬を拭って、集は初めて自分の目から、涙がこぼれている事に気が付いた。

 

「僕は…君と友達になりたいんだ。シュウ…」

 

「!?ーー」

 

今度こそ、集の視界は涙で歪んだ。

しかし、さっきまでとは違い、胸の奥から温かいものがこみ上げてくるような涙だった。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「ビンゴだな…」

 

ダンテはとある街の裏路地に来ていた。

全身から血を抜かれた5件目の被害者の遺体が発見された現場である。

 

「なあ、あんた…本当にこの事件を解決出来るんだろうな…」

 

後ろから、ねずみ色のコートを来た若い男が声を掛ける。

父がモリソンという男に秘密裏に、事件を解決出来そうな人物を根回しした刑事で、ケインという男だ。

 

しかし現れた人物は、想像以上に胡散臭い男だった。

 

銀髪に真っ赤なレザーのロングコートと、巨大なギターケースのせいで、いかれたロックンローラーにしか見えない。

 

ケインは凄まじく不安な気分だったが、最初の事件が発生してからなんの成果も挙げられないまま既に二週間余り、若く、経験が浅いが故に、藁にも縋りたいという焦りと苛立ちがケインの心を蹂躙していた。

 

「たくっこれでなにも出なかったら、部長にクビにされちまう」

 

信頼できる人物から、彼を紹介してもらったと、父から言われたケインだったが、このダンテという男は、いまいち信用ならない。

 

「おい、あんたなにか分かったんなら…」

 

「昼メシにするぞ。代金はお前持ちでな」

 

ケインは、重たいため息をつく。

 

 

 

ダンテとケインはジャンクフード店で向かい合い、ケインはコーヒーを飲みながらダンテを睨む。

 

ダンテはそんな視線も、どこ吹く風といった感じで受け流し、ピザにかぶりつく。

「そろそろ教えてくれてもいいだろ?何か気付いた事があるんじゃないか?」

 

「落ち着けよ、坊ちゃん。いい男ってのは、どんな時でも取り乱さないもんさ」

 

「余計なお世話だ。それに俺はこんな所でおまえとのんびり食事するつもりなんか無い!」

 

ケインの言葉を、ダンテは鼻で笑う。

 

「気が合うじゃねえか…。綺麗な経歴に傷を付けたくねえってか?いいだろ、教えてやるよ」

 

ダンテの挑発めいた軽口に、ケインはまた血管が切れそうになるが、ダンテの気が変わらない内に話を聞こうと、なんとか抑える。

 

しかし…、

 

「だが、今じゃない…」

 

「……は?」

 

ダンテの言葉に、ケインは目が点になる。

 

「おい!それどういう意味だ!!」

 

ケインの怒鳴り声で、店内中の視線が二人のテーブルに集まる。

 

しかし、ダンテは相変わらず飄々としている。

 

「まあ落ち着けよ。すぐお望みの犯人と会わせてやる」

 

ケインは周囲の視線に気付き、渋々腰を下ろす。

 

(なにも見つからなかったら、そのケツをぶっ飛ばしてやる…)

 

ケインは自分の事を棚に上げ、心の中でダンテにそう毒付いた。

ーーーーーーーーーー

 

ルキナが教会に入って、二週間程立った。

 

集の危惧通り、ルキナはグループから外され、無視されるようになっていた。

 

ルキナからは、負い目を感じる必要は無いと言われたが、そんなに直ぐ割り切れる程、集は器用では無い。

 

(やっぱり…僕のせいだよね…)

 

そう思わずには居られない。

 

「シュウ、また虫の観察?」

 

花壇の端に腰掛けていると、後ろからルキナがやって来た。

 

「ううん。花の水やりと手入れが終わったから、少し休んでただけだよ…」

 

集は花壇から腰を上げ、ジョウロを掴む。

 

「へー、よくあいつらに潰されなかったね…」

 

ルキナの言う" あいつら "というのは、集を特に目の敵にしている子供のグループの事だ。

一応、シスターが目を光らせているが、彼等は隙を見ては集にちょっかいを掛けて来る。

 

シスターマリーという人が、積極的に集を守ろうとしているが、それでも一日中見張ることなど、土台無理な話だ。

 

「僕の育ててる花に触ると、感染すると思ってるからね…」

 

「……そっか…」

 

二人の間に、しばらく沈黙が流れる。

 

「ああっそうだ!あのさシュウ、このあと時間ある?」

 

突然、ルキナが切り出して来た。

 

「え?うん…いいけど…」

 

「ちょっと渡したい物があるんだ。ここだとあいつらに見つかるかもしれないから、ちょっと移動しよう」

 

ルキナに促されるまま、集はルキナの後に続く。

 

ルキナに連れて来られた場所は、普段立ち入りが禁じられてる塔の最上階にある鐘の近くだ。

 

ルキナが言うには、神父でもこの場所には滅多に近づかないらしい。

 

「わあ…すごい…」

 

「?そうかな…?」

 

「うん、こんなに高い所…来たの初めてだよ…」

 

集の言葉に、ルキナはクスッと笑う。

 

「変なシュウ、これぐらいの高さなら、すぐ登れる場所なんかいくらでもあるよ?」

 

「えっ!?そうなの?」

 

ルキナは集の反応に、どことなく違和感を覚えた。

 

「うん、変なの…日本にだってここより高い場所なんか、どこにでもあるでしょ?」

 

「…分からないよ…。僕、日本の事なんか全然覚えて無いし…家族が生きてるかどうかも…」

 

「シュウ…もしかして君…記憶が…?」

 

ルキナの言葉を、集は無言で頷く。

 

「うん…、僕…自分の名前以外、なにも憶えて無くて…」

 

「そっか…」

 

はっきり記憶がある自分と、どっちが不幸なのか…、ルキナには計ることが出来ない。

 

「ねえ、家族ってどんな感じなのかな…」

 

「……さあ、正直僕の家族はあまり家族らしいことが出来てなかった気がする。だから、僕にもよく分からない。だけど…これから少しずつ分かって行けばいいと思うよ?」

 

「?」

 

首を傾げる集の前で、ルキナは何かをポケットから取り出す。

 

「はい、これ」

 

そう言って集の手のひらに乗せた物は、ガラスで出来た小さな馬の彫り物だった。

 

ブリキのような不格好な外見をしている。

 

「シュウ…もし君がよかったら、君の兄の代わりになっていいかな?」

 

「え?」

 

集はルキナの顔を、呆然と見つめる。

 

「やっぱり…僕なんかじゃ…ダメかな?」

 

「……」

 

集はルキナの言葉を首を振って否定する。

 

「ありがとう」

 

二人は夕暮れまで、教会で一番高い所で語り合っていた。

 

 

 

「じゃあ、またねシュウ…」

 

「うん、おやすみルキナ」

 

夕食を終わらせた集とルキナは、他の子供達に混じり、それぞれのベッドに潜り込む。

 

(…兄さんか…。ルキナからは…本当に貰ってばかりだな…)

 

集は手の中のガラス細工を見る。

 

(僕が…ルキナのためにしてあげられる事…)

 

結局答えが出ないまま、集のまぶたは重くなって行くだけだった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

ジュルジュルと、" それ "は食べ物の中を飲み干す。

 

タバコと酒で味が潰れて、最悪な味わいだったが、こんな物でも喰わなければ" それ "は生きていけない。

 

もう中身がなくなり、干からびた様になっても、"それ"は空腹のあまり、限界まで吸おうとする。

 

突然、ボゴンッという火薬の炸裂音と混ざった破壊音と共に、真横の壁に巨大な風穴がうまれる。

 

「よお、お楽しみのとこ邪魔して悪いな…」

 

振り向くと、獣のように獰猛な笑みを浮かべた男が、自分に銃口を向けていた。

 

ーーコワイーー

 

" それ "が、産まれて初めて喰われる側の恐怖に捕らわれていた時、胸に鋭い痛みが走った。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「ひい!!」

 

ダンテが、一連の事件の犯人の胸元に一発、銃弾を浴びせると、さっきまで呆然としていたケインが声を上げる。

 

銃弾を受けた犯人は、ドサリと音を立てて崩れ落ちる。

 

「ん?終わりか?締まらねえな…」

 

ダンテはやはりいつものペースを崩さず、余裕の表情を見せている。

 

「なんなんだよコイツ!この化け物はなんだよ!!」

 

対照的にケインは、現実とは思えない光景を目にして、すっかり取り乱していた。

 

ダンテはケインを無視して、血を吸う悪魔に近付く。

 

今まで出会った悪魔の中でも、塵の様な小さい気配しか感じない。

 

弱すぎて、こうして近付いても分かりづらい程だ。

 

これ程、弱い存在が人間界で命を保つには、依り代が必要なため、ダンテはその依り代の正体を確かめるべく、悪魔に近付く。

 

「ん?」

 

化け物は触手の様な物で、覆われていたため、シルエットだけでは、正体を看破するのは困難だったが、小さな腕が触手の間から投げ出されていた。

 

「…子供?」

 

その腕は、どう見ても十歳以下の子供の物だった。

 

ダンテのその本当に小さな隙を狙うかの様に、悪魔の触手が一斉に持ち上がり、ダンテを突き殺そうと突き出される。

 

ダンテはそれを半歩移動して避け、素早く銃口を悪魔に向け発砲する。

 

銃弾は地面を穿つが、既に悪魔の姿はそこには無く、到底人間には不可能な動きで建物の壁を登り、姿が見えなくなった。

 

「ここの事は頼んだ。刑事さん」

 

ダンテはケインに一言そう言うと、ケインが何かを言おうとする前に、悪魔が登った建物の屋上に、ひとっ飛びで跳び上がる。

 

しかし、既に悪魔の姿は無く、気配を探ろうにも、弱すぎてほとんど何も感じない。

 

「……」

 

悪魔に取り憑かれた子供…。

 

「…こいつは…、思ったより厄介だな…」

 

薄黒い雲に覆われた夜空の下で、ダンテはそう呟いた。




今回はここまでです。

漫画家さんや、小説家などのクリエーターの方達を本当に尊敬します。


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過去編:「三度死ぬ少年 後編」

今回で、過去編1は終了です。

2をやるかどうかは、皆さんの反応で決めます。

またちょっとした小話も今後しょっちゅう入れると思います。

次回から、本編に戻りたいと思いますが、最後までお付き合い頂いたら幸いです。


カーテンから溢れる朝日で、集は目を開けた。

 

子供達が眠る広々とした寝室に、暗い部屋を切り取ろうとするかの様な、強い光が差し込んでくる。

 

集は身を捩り、光が目に入らない場所まで移動すると、ボンヤリと天井を眺める。

 

ふと、横隣りのベッドに目を向ける。

 

そこには、集の親友である、ルキナがまだ寝息を立てていた。

 

彼は、この教会に来てからずっと一人だった集に、自分もいじめの標的にされても見捨てる事無く。さらに昨日、自分の兄になりたいとまで言ってくれた。

 

(兄さん…か…)

 

記憶の無い集は、兄弟がどういうものかは、全く分からない。

 

それに、なぜルキナがここまで自分にしてくれるかも、分からない。

 

(僕がルキナのために…出来ること…)

 

昨夜から、どんなに考えても答えが浮かばないルキナへの恩返しの仕方に、集が頭を回している内に、シスターが子供達を起こしに来た。

 

(…慌てないで、ゆっくり考えればいいかな…)

 

ーーーーーーーーーーーー

 

主のいない店内で、モリソンはソファーに座り、タバコを吸っていた。

 

「おはようダンテ!」

 

すると金髪三つ編みの少女が扉を開けて、店長に大声であいさつすると、その対象がいない事に気付き、周りをキョロキョロ見渡す。

 

「おはようパティお嬢様」

 

「おはようモリソン、ダンテは?」

 

「仕事だよ」

 

「へえー、めっずらしー」

パティは目を見開き、心底驚いたという表情をする。

 

「ところで…ダンテになんの用だ?」

 

「ううん、いないならいないでいいの…勝手に掃除するから!」

 

今日はホコリっぽいしとパティは三角巾を頭にかぶると、何処からともなく掃除用具を引っ張り出し、セッセと床を履き始める。

 

モリソンはそのすっかり板に付いた光景を見ながら、笑みを浮かべる。

 

「こりゃあ…、ダンテが自立するのもかなり先かな?」

 

モリソンは自嘲気味にポツリと呟いた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

掃除の時間、集は一階の廊下を雑巾で拭き取っていた。

他の子供達は、談笑しながらそれぞれ箒でゴミを集めたり、花瓶の土を変えたりしていたが、露骨に集から距離を取っているのが集もよく分かっていた。

 

(……今更気にするな…、もう慣れただろ…)

 

集はわざと自分を視界から外す子供達を振り切る様に、雑巾を床に押し当てて駆け出す。

 

「ん?あれは…」

 

ふと集の視界に開いたロケットが目に入った。

普段なら嫌がられるので、落とし物には触らない集だったが、開いたロケットから覗いていた写真には、見覚えのある少年が家族と一緒に写っていた。

 

「…ルキナ…?」

 

両親に挟まれた少年は今よりも幼い外見だが、面影は間違いなくルキナのものだ。

 

(ルキナのか…後で返しておこう…)

 

集はロケットをポケットに仕舞い込んだ。

 

 

 

「お疲れシュウ」

 

「うん…」

 

講堂に戻ると、一足先に戻っていたルキナが集に手を振って呼ぶ。

 

さっきまで、とても居心地がいいとは言えない空間にいた集から思わず安堵のため息が漏れる。

 

「ギリギリ間に合ったね。もうすぐお昼ご飯出来るってさ」

 

「ああ、よかった。遅くなったらいくつか抜かれるところだったよ…」

 

ルキナはそうだねと笑う。それから街の日本食の話や、古本屋にあった珍しい本の話などをしている内に、昼食を食べ終わり、集はシスターに呼ばれルキナと一旦分かれた。

 

「あっルキナにこれ返さなきゃ…」

 

シスターに頼まれた本の整理を終わらせ、寝室に向かっていた。

寝室のドアを開けると、ちょうどルキナが居た。

自分のベッドをひっくり返したり、荷物を漁ったり、あきらかに何か探してる様子だった。

 

「ルキナ、探してるのこれ?」

 

「あ…っ」

 

ロケットを差し出した集を見て、ルキナは目を見開き固まる。

 

「あ…ありがとう。……えっと、シュウ中見た?」

 

「……うん…、ごめん開いてるの見ちゃった…」

 

「謝る事無いよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

集もルキナも、次に何を言ったらいいのか分からない。

 

「ああ…、じゃあ僕はまだ手伝える事が無いかシスターにきいてくるよ……」

 

沈黙に耐えられなくなった集は、そう言って寝室から出ようとした。

 

「待ってシュウ…」

 

「?」

 

「えっと…」

 

ルキナが言いずらそうに口篭る。

 

「どうしたの?言い難い事ならーー」

 

「いや、いいよ…シュウには話していいかな…。僕の家族の事なんだけど………」

 

「っ!……本当にいいの?僕なんかに教えて…」

 

「いいんだ…。君の兄になるって言ったのに、君の秘密は知ってるのに…君が僕の家族について知らないのは、何か違うなって思ってさ…」

 

「…ルキナ…」

 

ルキナの言う集の秘密とは、おそらくは集が記憶喪失である事だろう。

 

集はルキナの気遣いが普通に嬉しかった。

 

そして、ルキナは本当に集に自分と家族について全て話した。父親が死刑囚である事も、母親がどの様に死んだかも包み隠さず集に教えた。

 

ルキナが話し終わった時には、外はすっかり暗くなっていた。

 

「ありがとうシュウ…。最後まで聞いてくれて……」

 

集は目に溜まった涙を拭きながら、首を横に振る。

 

「ううん、話してくれてありがとう」

 

「それとさ…シュウ…この事はさ…ーー」

 

「分かってるよ。誰にも言わない…僕の記憶喪失と同じ…二人だけの秘密だよ…」

 

「ありがとうシュウ」

 

二人は再び、固い握手を交わした。

 

「…っ!」

 

「!?…ルキナ!」

 

突然ルキナが胸を押さえて苦しみ出す。

 

「どうしたの!?」

 

「大丈夫…ちょっと…ね?」

 

ルキナ本人は大丈夫だと言うが、土気色の顔に脂汗を浮かべている表情では説得力が無い。

 

「ちょっと胸の傷がさ…」

 

「傷…?」

 

ルキナはシャツをめくり、左胸の傷を集に見せた。

 

「っ!!」

抉られた様な傷の上に、新しい皮膚が覆っていたが、穿たれた様な穴にも見える。

どうみても浅い傷では無い。

 

「痛むの?…いつこんな傷を?」

 

「分からないんだ……。昨日まではこんな傷は無かったはず…だけど朝見たらこんなもう何年も経ってるみたいな傷が出来てた…」

 

「えっ…朝起きたらこの傷があったって事…?」

 

「……怖いんだ…」

 

ルキナは頭を抱えて震えている。

 

「……ルキナ…君は一人じゃない!」

 

集はルキナに恩返ししたい一心でそう言った。

 

「シュウ…?」

 

「ルキナ…僕達は二人共独りだ。家族も無いし、ここでも居場所が無い…だからこそ同じ苦しみが分かるし励まし合えると思う…」

 

「……」

 

「…だからもし君が苦しんでたら、僕が出来る事だったらなんでもする」

 

「……全く、弟に励まされるなんて…兄貴失格だな……」

 

ルキナはやれやれと首を振って立ち上がる。

 

そしていつもの屈託の無い笑顔を集に向ける。

(…これでいいのかな?少しでもルキナへの恩返しになるかな…?)

 

集もルキナに笑顔を返した。

 

 

ーーーーーーーー

 

「シスターマリー」

 

「はいっ!」

 

「業者さんの荷物を受け取って頂けましたか?」

 

「はい、えっと…キッチンに置いておきました」

 

マリーがそう言うと、シスターの中で一番歳上の女性は、 そう と顔のシワをさらに深めて微笑む。

 

「ありがとう。この歳じゃあもうちょっとした力仕事で身体が痛くなっちゃいまして…」

 

彼女の言う通り、六十越えが多いこの教会のシスター達の中で、マリーは唯一の未成年者だ。自然、マリーの方に力仕事が任される。

 

「いえ、仕事なので」

 

「ところで、あの子の方はどうですか?」

 

「相変わらず、他の子供達と馴染めない様です」

 

マリーは悲しそうに眉を寄せる。

 

「…そうですか…、悲しいですね… "この国" の子供だからという理由で仲間外れにされるなんて…」

 

「そうですね…、最近はルキナと一緒に遊んでいるところをよく見かけますね…。ルキナも仲間外れにされてる事を気に病まなければいいのですが…」

 

「あの子ですか…、彼には分かるのでしょうね…虐げられる者の苦しさが…」

 

「?…あの子の過去に何かあったのですか?」

 

「…………他言無用ですよ?」

 

高齢のシスターはしばらく悩むと、マリーに顔を近付け言った。

 

彼女の様子にマリーはしばらく戸惑っていたが、すぐに はい と力強く頷いた。

 

彼女はマリーの反応に微笑みを浮かべた。

 

「あの子の両親…特に父親の事です…」

 

彼女の話は衝撃的なものだった。

マリーは自分の耳に届く話を半信半疑で聞いた。

職業柄、今までにも信じられない様な話を散々聞いて来たが、基本的に子供達の過去にあまり深く触れる事は、当然ながらタブーとされている。

彼女がこうして、ルキナの過去を詳しく話してくれるのも、マリーが誰よりも二人の事を気に掛けているおかげだろう。

 

「ルキナのお父さんが…死刑囚……?」

 

彼女の話が終わった後、マリーの口からようやく絞り出た言葉はそれだった。

 

「シスターマリーっ!」

 

「あっ!」

 

彼女の咎める様な声に、マリーは慌てて自分の口を塞ぐ。

 

「……あなただから話しました…」

 

「…………」

 

「明日からは…今日の事を忘れて、いつも通り彼らに接してあげてください…」

 

「…はい…」

 

あの子達がここにいる間は…降りかかる災厄から、自分が真っ先に盾になって守ろう…。

どんな事になっても、あの子達の味方でいてあげよう…。

 

マリーはそう決心した。

 

この時、彼女達が少しでもドアの向こうに気を向けていたら…廊下を駆ける小さな足音に気付くことができたであろう…。

 

しかし、マリーがドアを開けた頃には、いつも通りの静かな夜の暗闇が横たわっているだけだった。

 

ーーーーーーーーー

 

街の中を走る軽自動車に、二人の男が乗っている。

一人は刑事のケイン、そしてもう一人がーー

 

「よお…どういう風の吹き回しだ…?」

 

「うるせえ…こっちだって今にもぶっ壊れそうなんだよ…」

 

「はっ!随分と自信なさそうじゃあねえか!」

 

「うるせえって!この車から蹴落とすぞ!!」

 

ソーリー とダンテはわざとらしい大袈裟な仕草で肩をすくめる。

 

ダンテにとって、軽自動車の中はかなり窮屈のはずだが、ダンテは無遠慮に座席を倒し、足をアタッシュボードに乗せ、靴がフロントガラスに着くほど伸ばしてくつろいでいる。

 

それを見ながら運転するケインは、しかめっ面はするのの…いつもの様に注意することは無い。

 

つい先日までは、自分の捜査に同行するダンテを煙たがっていたケインだったが、あの夜以来は積極的にダンテを連れ回す様になっていた。

 

「で、刑事さんは次はどこへ行くんだ?」

 

連続殺人の犯人が子供だと分かった二人は、この街の全ての子供達を見て回っていた。

 

「この街で子供がいる場所は後ひとつ…教会だ…」

 

「……そうかい…」

 

「…?」

 

ケインはダンテの反応に違和感を感じた。

この男だったら、 "悪魔がミサ?信神深いことで" くらいの軽口は叩きそうなものだ。

 

そうこうしてる間に、ダンテ達は教会に到着した。

 

ーーーーーーーーー

 

「そういえばさ…この花…なんていうの?」

 

墓石に花を添えていた集は、同じく花を添えているルキナにそう尋ねた。

 

「薔薇…かな?あまりお墓に供える花にむかないと思うけどね」

 

「えっ!?そうなの?」

 

「はは、でもこういうのは真心だから!」

 

「なにそれ?てきとう過ぎない?」

 

昼食を食べた直後、集がたまたまルキナが薔薇を持って歩くところに遭遇し、綺麗だしせっかくだからお墓にお供えしようと提案したのは集からだった。

 

「じゃあ…お供えするのに向いた花って?」

 

「うーん、僕そういった知識はほとんど無いし…薔薇がむかないっていうのも、僕の個人的な感想だからなあ…」

 

「じゃあ僕、シスターにちょっと聞いてくるよ!」

 

困った様に頬を掻くルキナに、集は教会に向かっていく。

 

「え?ちょっと集!?そこまでしなくていいって!……どうも集は変なこだわりを持ってるんだよな…」

 

まあ…優しい事には違いないんだけど…… とルキナは一人呟く。

 

 

「えーと、シスターは…いた!」

 

集は玄関前で、来客を迎えているらしきシスターマリーの後ろ姿を見つけた。

 

「…ダンテ…?」

 

用事が終わるのを待とうかと思い、ふと来客の二人の男の内の一人が見覚えのある男だと気が付いた。

 

 

 

「ダンテ!」

 

「よおっ、小僧元気だったか?」

 

ケインが教会のシスターから聞き込みをしていると、一人の東洋系の子供がダンテに駆け寄ってきた。

 

「知り合いか?」

 

「ああ……まあな…」

 

「?」

 

どうもダンテの歯切れが悪い気がした。

 

ダンテはこの少年と知り合いの様だが、何かあったのか とケインは頭であれこれ考えながら首を傾げる。

 

「なんでここに…?」

 

「仕事だよ。どうにも厄介そうな依頼でな…」

 

「ふうん……えっと…」

 

ケインに気付いた集は、怖がっているかのようにたじろぐ。

人見知りなのだろうと、ケインはすぐ分かった。

 

「俺の一時的の相棒だ。仕事が終わるまでのな…」

 

「あんたの知り合いか?」

 

「ああ、前にちょっとな…。俺がこいつをここに入れたんだ」

 

「あんたが妙にしおらしかったのは、この子供が要因かダンテ?」

 

「ん?まあな…」

 

「えっ…と…」

 

「ああ、もう行っていいぞ。友達のトコに戻りな…」

 

「いや、待て!悪いなボウヤ、ちょっと時間もらえるか?」

 

「?」

 

ソワソワしていた集は、ケインの呼び止めにキョトンとした表情になる。

 

 

(シュウ…遅いな…)

 

集の帰りが遅いことに、心配になったルキナは集が駆けていった方向と同じ方向へ向かっていた。

 

「あっシュウ…。?あれは誰だろう…」

 

集は赤いロングコートの男と、ねずみ色のコートを着た男達と向かい合っていた。

 

特に赤いロングコートの男は、銀髪に巨大なギターケースを担いだ、明らかに周りから浮く存在感を放つ、異質な雰囲気を纏った男だった。

 

「…ーっーー…!!」

 

ルキナは何故かその男に、言いようのない恐怖を覚えた。

その場を一目散に逃げ出したい、そんな衝動にかられる。

 

踏みとどまり、集と男の話に耳を澄ます。

 

「ーーいな、ちー付きーーーーれ。時間ーーらせない」

 

「ーーーぐに終わるーーら…」

 

(……?)

 

よく聞こえない。

 

「ーーーで、ーそこのーーはお前のーーーか?」

 

男がこちらに気付く。

 

瞬間、逃げ出してしまった。

 

コワイ 。

 

何故かは分からない。

 

コワイ 。

 

何故集があの男と親しいのかも…。

 

ユルセナイ 。

 

「ルキナ!!なんで逃げるの!?」

 

集に肩を掴まれ、ルキナは急停止する。

 

後ろを見ると、集が息を切らしている。

 

「……あ、ごめん……」

 

「謝ること無いよ…。それより、どうして急に走り出したりしたの?」

 

「えっ、いや…邪魔しちゃ悪いかなって……。あの人は誰?」

 

「ん?ダンテの事?……あの人は僕の命の恩人だよ」

 

「恩人?」

 

「うん、僕が死にかけてた所を助けてくれたんだ。自分の所じゃ預かれないからって、ここに入れられることになったんだけどーー」

 

「ーーーー」

 

集の言葉はほとんどルキナの耳に入らなかった。

 

「……ルキナ?」

 

ルキナは集に微笑みかける。

 

「行って来なよ。久しぶりに会えたんでしょ?だったら色々話して来なよ」

 

ルキナの言葉に集は、いかにも嬉しそうに頷き、ダンテの方に走っていく。

 

手を振って見送るルキナは、不意にその光景がかつての父に走り寄る自分の姿と重なる。

 

「ーーそうか、ーー

 

ウソツキ 、

 

ーーシュウには居るんだね……」

 

独リダッテ… 、

 

「家族と呼べる人が…」

 

同ジ苦シミヲ分カチ合エルッテ言ッタノニ…。

 

ルキナは結局最後まで、自分の胸の底から湧き上がる、 "自分の物では無い悪意" を抑えることはおろか、気付くことも無かった。

 

ーーーーーーーーー

 

昼食の時間になっても、集はまだ帰って来なかった。

 

ルキナは他の子供達から外れ、夕食を食べていた。

 

仲間外れにされることは慣れていたが、久々だと流石にこたえる。

 

(シュウのやつ、遅いな……)

 

ルキナがステーキにフォークを突き刺した瞬間、頭に グチャリ と柔らかい物が衝突する感触があった。

 

「ーーえっー?」

 

戸惑いと混乱が、ルキナの頭の中で渦巻き、しばらくしてやっと、頭にぶつかった物が食べ物だと気付いた。

 

飛んで来た方向を見ても、子供達が食事をしてるだけで食べ物が飛んでくる様な事があるとは思えない。

 

「何するんだよ…誰だよ今の!!」

 

自分が集と一緒にいることで白い目で見られていることは、知っていた。

 

それを集のせいだと思う事はおろか、それを気にした事すら無かった。

 

しかし今回は、どうもおかしい。

 

全ての子供達が、まるでルキナを憎んでいるかの様に睨んでいる。

 

(な…んで)

 

ルキナは訳が分からなかった。

 

「誰だって言ってるだろ!!」

 

ルキナがそう叫んだ瞬間、再び頭からぐちゃぐちゃに混ぜられ、元がなんだったかさえ判別出来ないものがぶつかる。

 

「うるせえよ犯罪者…」

 

「ーーはっーー?」

 

子供達の中からの声に、ルキナの頭の中は今度こそ真っ白になる。

 

「なにをーー、

 

「とぼけるなよ。知ってんだぞ、お前の親が死刑囚だって」

 

「ーーー、ーー」

 

なにも言えなくなった。

 

反論の言葉を出そうにも、出るのは嗚咽に似た呼吸。

息さえもまともに出来ない。

 

その間も、子供達はルキナを "人殺し" "生きる価値が無いと次々に罵り続ける。

 

しかし、それもーー、

 

(なんで…シュウーー

 

ルキナには、遠い世界の出来事の様になっていた。

 

ーー裏切ったのかーー)

 

ルキナにとって、自分の秘密を知っているのは集だけだ。

 

なぜそんな事をしたのかは分からない。

しかし、現に他の子供達が自分の秘密を知っている。

 

(どうして……シュウ…、ーーどうして……)

 

疑問の声が頭の中でどんどん大きくなるにつれ、凄まじい憎悪次第に膨れ上がるのを感じた。

 

「ーーあっ、

 

そして思い出した。

 

深夜、異形の姿となって人々の生き血を吸う、もう一つの自分の姿にーー、

 

「ああああ、ーー

 

あのダンテという男に、自分の胸を撃ち抜かれた事をーー、

 

「ああああああーーおおおおおおおおおおーー、オオオオオオオオオオオーー!!!」

 

叫びは、いつの間にか咆哮に変わっていた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

「遅くなっちゃったな……」

 

呟きながら、集は教会の門をくぐる。

ダンテとケインに変な事が起きなかったか、事情聴取を受け、その後すっかり話し込んでしまい、気付けば夜も更けそのまま喫茶店で夕食を食べて教会へと戻った。

 

ケインに彼の家族のいる家に、泊まっていくことを提案されたが、友達を待たせていると断って、近くまで送ってもらった。

 

「おかえり…、…シュウ……」

 

「……ルキナ…?」

 

教会の扉の前で、ルキナが一人でたっていた。

 

「ただいま。待っててくれたんだ…」

 

「ーー、ーー」

 

「…?…ールキナ…?」

 

集は違和感を感じた。目の前にいるルキナから生気を感じない。

 

(僕の目の前にいるのは…、本当にルキナか?)

 

集に言いようの無い不安感が襲う。

 

「シュウ…来てくれる…?見せたいものがあるんだ…」

 

「見せたい……もの……?」

 

 

 

ルキナの後に着いていくと、墓地の前に出た。

 

「……見せたいものって何?」

 

「……………」

 

尋ねても、ルキナはマネキンの様に全く反応しない。

 

比喩では無く、本当にマネキンの様に、人間らしい活力をまるで感じられない。

 

「……っ?」

 

ふと、墓地にある墓石が光っている様に見えた。

 

その瞬間、ボコッ と土を突き抜けて、土にまみれたボロボロの乾いた肉と皮を纏った腕が現れた。

 

「なっ…!!」

 

集が目の前の出来事を、正しく理解しようとしている間に、他の地面からも次々に腕が突き出され、まるで出来の悪いゾンビ映画の様に墓下の死人達が地面から這い出している。

 

「あははははははは…ーーどうだい?シュウ……」

 

「……ルキナ……?」

 

その光景を、さもおかしそうに笑い転げる。

 

あまりに異様で異常な行動、シュウは思わずルキナから後ずさる。

 

「ルキナ……これは一体……」

 

「…これで、みんな一緒になれる……。ひとつになれるんだ……」

 

「何を言ってるんだ…。何がどうなってるんだ!!」

 

ルキナが何を言っているのか分からない、まるで要領得ない。

 

ゾンビ達は、集とルキナの方向に向かってくる。

 

「!!」

 

「大丈夫さ、シュウ……。彼らの目的は僕らじゃない…」

 

「それ…、どういうーー」

 

ルキナの言葉通り、ゾンビ達は二人に目もくれず、まっすぐ教会を目指している。

 

「彼らが僕らにした仕打ちを考えれば…、あんな奴ら…腐った死体と一緒に苗床になるのがお似合いだよ……」

 

「苗……床……?」

 

ルキナの言葉に、ゾンビ達をよく見るとーー、

 

「あれって……」

 

ゾンビに薔薇の蔓が寄生虫の様に全身に纏わり付き、不釣り合いで艶やかな薔薇の花弁を咲かせていた。

 

しかし、集が驚愕したのは、その醜悪な光景からでは無い。

 

「あの花って…ルキナと一緒にお供えした…」

 

「うん…手伝ってくれてありがとうシュウ…。まあ僕にこんな力があるって気付いたのは今さっきなんだけどね……」

 

「ルキナ…まさか、教会の人達を…」

 

ルキナは、いつも集に向けていた優しい笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよ?シュウはあいつらと同じ場所にはいかせない…。僕らはずっと一緒にいるんだから」

 

ルキナの剥き出しの腕から、巨大な薔薇の棘が突き出し始めた。

 

皮膚を突き破り、飛び出した棘から緑色の血が流れ出す。

 

「ーーっーー!!?」

 

その瞬間、集にあの "鉄の部屋" で化け物を見た時と同じ感覚に襲われた。

 

もう二度と味わうことは無い、味わいたくないと思っていた感覚。

 

「あ…ああっあーー」

 

気付けば集はルキナから背を向けて、走り出していた。

 

「なんだよシュウ、なんで逃げるんだ?」

 

背後からルキナの声が聞こえる。

 

追ってくる気配は無かったが、それはまるで獲物が弱るのを待つ捕食者を想起させるものに、集は感じた。

 

 

ーーーーーーーー

 

「んっ…う…」

 

窓を叩く音で、マリーは目を覚ました。

 

食堂で騒ぐ声が聞こえ、何事かとドアを開けてから記憶が無い。

 

何故自分が倒れてるか分からず、ボンヤリと周囲を見回す。

すると、床に倒れた子供達の姿が目に入った。

 

「あっ!」

 

慌てて一人の子供の元へ駆け寄る。

 

息もあるし、意識もあるようだ。

 

周りの子供達も、呆然としながら起き上がり始めている。

 

マリーから安堵のため息が漏れる。

 

すると一際大きく窓ガラスを叩く音が聞こえ、そちらに目を向けーー、

 

「ひ…っ!」

 

マリーから一気に血の気が引く。

 

窓の外には、土と泥にまみれた死体がしきりに窓を破ろうと叩き続けていた。

 

腐りかけで、まだほぼ肉が残っているものから、ほぼ白骨化したものまで、様々な死体があったが、全ての死体から薔薇の花が咲き、茨が身体中に巻き付いている。

 

子供達もマリーが見ているものに気付き、悲鳴を上げながらマリーの元へ逃げる。

 

「みんなっ早くこっちへ!!」

 

マリーは食堂に誰も残っていないのを確認すると、礼拝堂へと向かった。

ドアを閉めた向こうから、窓ガラスが割れる音が響く。

 

恐怖で足がもつれ転んだ幼児を抱き上げ、必死に走る。

 

礼拝堂に着くと、婦長の役割を持った老いたシスター始めとするシスター数人が子供達を集め、懸命に励ましていた。

 

「みんな!此処に、動かないでね」

 

マリーも中心に子供達を集め、強く抱き締める。

 

その瞬間も礼拝堂の空間は窓ガラスが割れる音で埋め尽くされる。

 

動く死体の足音が真後ろまで迫る。

 

ヨダレの様に口から垂れる土が、マリーの襟元にかかる。

 

「大丈夫よ…みんな一緒だから…」

 

湧き上がる恐怖を抑え、抱き締める子供達にそう告げた時、凄まじい破壊音と共に教会の扉が破壊され、同時に数発の銃声が轟く。

 

マリーの真後ろにいたゾンビは、銃弾を浴び、シスターと子供達を飛び越えてパイプオルガンに激突すと、ピクリとも動かなくなった。

 

「はっ、いかれたパーティーの始まりか…」

 

楽しそうに言う男の声が響く。

 

ゾンビ達は乱入した侵入者に目を向ける。

 

その人ならざる者の視線を、ダンテは鼻で笑って流す。

 

「なんだ?お呼びじゃねえってか?」

 

ダンテの問いに応えるかの様に、二体のゾンビが唸り声を上げながらダンテに走り寄る。

 

「そう、言うなってーー

 

それでもダンテは一切慌てる事無く、背負っていたギターケースを床に立て、チャックを思いっきり下げる。

 

、ーーこれから盛大に盛り上げてやるからよ!!」

 

ギターケースの中の物が露わになる。

 

しかしそれはギターなどでは無かった。

 

鍔の部分に二本の角のある髑髏の装飾がされた、銀色の巨大な剣だった。

 

ダンテは 反逆者の剣 "リベリオン" を引き抜くと、バットの様に振り、飛びかかるゾンビを吹き飛ばした。

 

ほぼ砂と土のゾンビ達は壁に激突すると、ボロボロに崩れ落ちる。

 

「はっはーー!!」

 

ダンテは楽しそうに笑いながら、剣を振るい、銃を撃ち、ゾンビ達を蹴散らしていく。

 

「ーーー、ーー」

 

遅れてやって来たケインは、あまりの光景に銃を構えたまま石になる。

 

「よお、また会ったな嬢ちゃん…」

 

「あっ……」

 

ダンテの言葉で、マリーはようやく彼が昼間訪ねてきた来客だと気付く。

 

「もうちょっと待ってな。すぐ終わるから…よっ!」

 

ダンテはかかとをゾンビの眉間に振り下ろす。

 

メキメキと鈍い音が響き、ゾンビの頭蓋はみるみる変形する。

 

「……ああ……」

 

マリーは次々に押し寄せるゾンビを、凶悪な笑みを浮かべながら叩き伏せるダンテを見て、自分と子供達は助かるのだと実感した。

 

 

ーーーーーーー

 

集は必死に鐘のある塔の階段を駆け上っていた。

袋小路になることが分かり切っているここに何故来たのか、集にも分からない。

 

「はあ…はあ…はあ…っ」

 

頂上まで登り切り、喉の奥に血の味を感じながら息を切らして、階段を見ながら自分と階段の間に鐘を挟む位置に移動する。

 

「…っふう…はあ…はあ…はあ…」

 

慎重に耳を澄ませ、息も出来るだけ殺す。

 

まだ、階段を上がる足音は聞こえない。

 

もっと耳に意識を集中させる。

 

『もう鬼ごっこは終わりなの?…シュウ…』

 

 

「……え……?」

 

階段からでは無く、真後ろから声が聞こえた。

 

慌ててその場を飛び退く。

 

ルキナは星空を背にし、フェンスの上に立っていた。

 

矢じりの様に尖った柵の上を、まるでその上に地面があるかの様に、ルキナが立っていた。

 

「……あっ……」

 

「大丈夫だよシュウ、なにも怖くないよ…」

 

「ルキナ…ダメだ…やめてよ、こんなの君じゃ無い!!」

 

「なに言ってるのさシュウ…。みんな同じものになれば、君がいじめられることも、仲間外れにされることもなくなるんだよ?」

 

「ルキナ……っ!」

 

集にはルキナが何を言っているのか全く分からない。

 

「…シュウ…、君も…彼らと同じになるんだ。そうすれーーば僕らはずっと一緒にいられる…』

 

ルキナの声がエコーがかるのと同時に、身体中から何本という茨が皮膚を突き破り、目も赤黒く変色していく。

 

『じゃあ、始めるよ?大丈夫シュウはあいつらと違って苦しませたりしないから…』

 

それでもルキナは笑顔を絶やさない。

 

「あ…あっーー」

 

後ずさりしていた集の背中に、鐘がぶつかる。

 

『じっとして…』

 

追い込まれた集に、茨と化したルキナの指先が徐々に近付く。

 

「ーー!」

 

『…っ?どうしたの?』

 

「ーけーーっ」

 

震えて言葉がうまく出ない。

 

『よく聞こえないよシュウ…』

 

目の前の事が、信じられない。

 

 

 

「化け物!!」

 

 

叫んだ集は手が切れる事に構わず、ルキナの茨の手をはたいた。

 

『ーーーーー』

 

その瞬間、時間が止まる。

 

ルキナは信じられないものを見るかの様に、呆然と集の血が滴る自分の腕を見つめた。

 

『…………そうか……、

君も僕を否定するんだね……!、シュウ!!』

 

ルキナの腕に大量の茨が巻き付き、まるで巨大な腕の様になると、集を軽々掴み上げる。

 

「ぐう…はっ…づ……」

 

背後の鐘に叩きつけられた集は、骨を折るつもりで首を締め上げる茨の腕から逃れようともがくが、ルキナはむしろさらに力を込める。

 

「ーーがっ、……あ……」

 

意識が遠のく。

 

『無駄だよシュウ……。死ね』

 

視界の端に、憎々しげに自分を睨むルキナの顔が見えた。

 

 

ーーーーーーーー

 

銃声も、外から押し寄せる気配も消えた。

 

「あん?終わりか?張り合いねえな」

 

ダンテが吐き捨てる様に言うと、銃をホルスターに戻した。

 

「よお、嬢ちゃん大丈夫かい?」

 

「はい。みんな…大丈夫?」

 

マリーの呼びかけに、子供達はなんとか頷く。

 

「その剣の事も諸々、あんたから絞り出す必要がありそうだな……」

 

銃の弾を装填し安全装置をかけながら、ケインは剣を肩に担ぐダンテに歩み寄る。

 

ふと、足下に転がる死体に気付き、銃口で突ついたり蹴ったりしてみる。

 

ゾンビは全てがただの死体に戻っていた。

 

「たくっ、報告書になんて書きゃいいんだ」

 

「ありのままを書きゃいいじゃあねえか?」

 

「馬鹿言え!クビどこらか病院送りだ!!」

 

呑気に笑うダンテに、ケインは怒鳴り散らす。

 

「あれ…?」

 

「どうした嬢ちゃん?」

 

マリーの戸惑う声に、ダンテは振り返る。

 

「子供が足りないんです!食堂にいた子達はみんな連れて来たはずなのに!!」

 

「落ち着いてシスター。どの子が居ないんです?」

 

ケインがマリーをなだめながら話し掛ける。

 

「……シュウ…ルキナ……」

 

「なんだって?」

 

「シュウとルキナが居ないんです!!」

 

その時、辺りを鐘の音が響く。

 

「鐘…?」

 

「どうして……?鳴らす人なんて誰もーー」

 

「ケイン…弁償はゾンビ共に頼むぜ」

 

マリーが言い終わる前に、ダンテが動いた。

 

「はあ?!あんた今度はなにをーー」

 

またケインが言い終わる前に、ダンテが子供達の上を飛び越えて、壇上を蹴り、正面のステンドグラスを割り、音のする方へ向かう。

 

ケインは悪態をつくと、無線で応援を呼ぶ。

 

 

ーーーーーーーーー

 

「ぐ…うぐ…」

 

ルキナは鐘を動かすほどの力で、集を鐘に縫い止めていた。

 

既に息も止まり、後は意識を失えば、集の命の灯火は急速に勢いを弱める。

 

しかし、風か、鳥が偶然鐘にぶつかったのか、なにかの拍子に鐘が大きく鳴り始める。

 

『うっ…うおおわあああ!!』

 

「うっ!」

 

突然、悪魔となったルキナが苦しみ始め、集は茨の腕から解放され、地面に崩れ落ちる。

 

「ぐ…げほっぐほっ」

 

息を整えながら、ルキナに視線を向ける。

 

『ぐぎ…ギリギリギリギリギリギリ』

 

支えを失った鐘が揺れ動き、さらに連続した鐘の音を響かせている。

それを、教会の鐘の聖なる力か、はたまた単に元から大きな音が苦手なのか、定かでは無いが、逃げる隙が出来た。

 

集は茨の棘が食い込み、流血する首元から気を離し、走ることに集中する。

 

茨を掴んでいたせいで血まみれになった両拳を強く握り締め、全力で駆け出す。

 

鐘の反対側に回り、階段を目指す。

 

その瞬間、ルキナが間にある鐘を飛び越え、集の行く手を阻む形で階段の前に着地すると、血の涙を流す眼を吊り上げて集を睨む。

 

『ドコ行くンだヨ、シュウ!!』

 

怨みのこもった声で、ルキナが言う。

 

「ーーっ!!」

 

『どこ行クんだよオオオ!!』

 

横薙ぎに、巨大な茨の腕を振るう。

 

間にある矢じり状の先端を持つ柵も、柱も、腕の勢いを妨げる要因にはならなかった。

 

柵と柱を粉砕した腕をまともに受けた集は、錐揉みを描きながら何度もフロアをバウンドする。

 

「ご…ごえ…」

 

気が狂いそうになる程の痛みが、全身を駆け巡る。

 

「い…だあ…」

 

ほぼ無意識に、集は手の先にある先の尖った柵の破片を掴んだ。

 

(死にたくない)

 

今、頭の中にあるのはそれだった。

 

あの鉄の部屋で唯一生き残ったのは、自分だけ……死んだ者達に報いる生き方をしたい。

ようやくそう考え始めていたところだったのに……、

 

「こんな…ところで…、死んでたまるか……!!」

 

ここで死んだら…、なんのためにダンテに救われたのか…。

 

ルキナに振り向く。

 

ルキナは腕を槍の様に、集に突き刺そうと弓の様に引き絞っている。

 

人間では、例えスポーツのスーパースターでも、視認も反応も不可能なほどの速度に特化した攻撃。

 

しかし、なぜか集には全てスローモーションに見えた。

 

「あっーあああああ

 

柵の破片を、ゆがむ程強く握り締める。

 

、おおおおおおおおおおお!!」

 

ルキナと同じく身体を引き絞る。

 

『おおおオオオオオオオオオ!!』

 

「おおおおおおおおおおおお!!」

 

二人はお互いに雄叫びを上げ、引き絞った力を解放した。

 

 

 

「ーー、ーーー」

塔の最上階の柵の上に降り立ったダンテは、その光景にしばし言葉を失った。

 

植物の蔓を纏い、悪魔となった子供、そして、柵の破片でその胸を貫く "銀髪" の子供。

 

ダンテは、まるでもう一人の自分が、目の前にいる様な感覚を受ける。

 

やがて、"銀髪" は黒に変わり、そこにはダンテの知る子供がいた。

 

 

 

「はあ…はあ…はあ」

 

しばらくは、自分がなにをしたのか分からなかった。

手に当たる鉄以外の、液体が伝い滴り落ちる感覚で、集はようやく理解出来た。

 

自分の手でルキナを貫いたのだと…。

 

「ーーあーーっーーあ」

 

「ありがとう、シュウ……」

 

ルキナは弱々しい力で、集の身体を強く抱き締める。

 

「ーーうーあー」

 

それだけで、ルキナの生命力が一気に失われたことが分かった。

 

「…意識は……あったんだ……。だけど…自分じゃどうしようもないくらい…憎くて……辛くて、君の事まで殺したくなって……」

 

ルキナが喋るたびに、生きるための大事な何かが無くなっていく。

 

顔が熱いのは出血してるからだと…、視界が歪むのは血が目に入ったのだと思った。

 

「ゲホ……泣いてくれるんだ…、こんなに酷い事したのに……やっぱりシュウは優しいなあ……」

 

「ううううっ、うわあ、あああああああああ!!」

 

声が勝手に出た。

 

涙も滝の様に溢れ出る。

 

ルキナの身体がボロボロと崩れていく。

まるで夢まぼろしから、覚める様に、まるで土人形の様に、

 

(ごめんね…。…ありがとう…)

 

潰れて、もう何も出ない声帯から、そんな声を聞いた気がした。

しかし、それを確かめることは出来ない。

 

 

ルキナは、この世から消滅した。

 

泣き叫ぶ集と、その手に握られるどこの部分かさえ分からない骨の一部を残して……。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

墓地に、神父の声が響く。

 

土砂降りの雨で、死者を送るにはいささか不相応な天気だ。

しかし、人は死の時を選べない。

 

集はいつまでも続くと思っていた。

どんなに辛い日でも、ルキナがいるから耐えられた。

だがもうどこにもいない、この墓を掘っても、出るのは死体とも言えない骨の一部だけだ。

 

「あの死んだ奴、跡形も残らなかったんだって?」

「らしいよ…」

「やっぱり、あの噂は本当だったんだ」

「こわい…あいつが本当の人殺しだよ……」

「死んじゃった子かわいそう」

 

シスターには聞こえなかったが、一番前にいる集にははっきり聞こえた。

身体に当たる雨も、神父の祈りも、子供達の罵倒も、全て冷たい刃になって集の身体を切り刻む。

 

「あいつが殺した」

 

そうだ自分がこの手で彼の心臓を突き刺した。

 

「人殺し」

 

そうだ真実だ。なにも間違えてない、君の言うことが全て正しい。

 

もはや、自分の心と思考でさえも、自身を傷つけるだけのものとなっていく。

 

 

 

ゴンッ

 

鈍い音と共に、大音量の子供の泣き声が聞こえた。

 

「こら!神聖な葬儀の前で子供に暴力を振るうなどとは天罰が下りますぞ!!」

 

神父の怒鳴り声が聞こえる。

 

「へえー、じゃあ子供が子供に人殺しって罵るのは、神様にはありなんだな?」

 

ダンテの声が聞こえる。

いつも通りの調子に聞こえるが、その声はどことなく不機嫌だ。

 

「うっーーー」

 

「この中で死者を弔う気が無い奴は帰れ…。神父てめえもだ」

 

「へ?」

 

「……分からねえのか……?」

 

ダンテは鋭い眼光で神父を睨み付ける。

 

「お前の雑音みてえなお経じゃあ、眠たくても寝れねえって言ってんだよ」

 

「ひいっ!」

 

転げる様に逃げる神父と、教会へ戻る子供達の中で、マリーは最後まで集から目が話せなかった。

 

できれば駆け寄りたい、駆け寄って抱きしめて、慰めて上げたい。

 

しかし、なんと言葉を掛ける。

なにも失ったことの無い自分が、どんな無責任な言葉を掛けられる。

 

悩むマリーの肩に、同期のシスターの手が乗る。

 

その目は "そっとしといて上げて" そう言っている様に見え、マリーはそれに従うことしか出来なかった。

 

 

墓地には、集とダンテだけが残された。

 

「…………」

 

「…………」

 

十分ほど沈黙が流れ、聞こえる音は雨音だけだった。

 

「……今したいことをすればいいさ…」

 

やがてダンテが口を開いた。

 

「………」

 

「遠慮すんな……笑う奴は誰もいねえよ」

 

「…………あ…ああうわあああああーーー、

 

ダンテの言葉をきっかけに、葬儀の前に絞り尽くしたと思っていた涙が、また溢れ出る。

 

「………」

 

ダンテは静かに、泣きじゃくる集を見守った。

 

 

「……ダンテ…」

 

三十分近く泣いた後、集は口を開く。

 

「僕を連れて行ってください……」

 

「…………」

 

「僕を強くしてください。お願いします!」

 

集はダンテと向かい合い、頭を深く下げる。

 

「………」

 

「マリーさんから聞きました…、あのゾンビの群れを倒したのはダンテなんでしょ?」

 

「俺に着いて来ても、強くなれるって保証はどこにもねえぞ…」

 

「それでもいい!!素質が無いって分かったら、すぐ追い出してもいい…!」

 

「……お前は、強くなってなにがしたい……」

 

「守りたい!誰にも負けない…優しい強さがほしい!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

集とダンテは、お互いの目を睨み合う。

 

「………言っておくが…ボランティアじゃあねえんだ」

 

「僕に出来る事だったら、なんでもやるよ!仕事の手伝いだってやる!」

 

「…子守りをする気はねえ…」

 

「さっきも言ったでしょ?ダメだと思ったら、追い出してもいい!」

 

お互いを試す様に、言葉を投げ合う。

 

そしてまた沈黙が流れる。

 

「…………」

 

「…………っは!いいだろ来いよシュウ…、その言葉…証明してみせな」

 

「はい!」

 

集は強く頷き、ダンテの背を追う。

 

 

雨はいつの間にか止み、雲の切れ間から光りのカーテンが地表に垂れ下がっていた。

 

 

こうして桜満集は、およそ三ヶ月間過ごした教会を去り、新たな家へ向かった。

 

 

デビル メイ クライに……、

 

 

そして待ち受ける過酷な運命を、彼はまだ知らない……。

 

 

 

 




過去編2をやるとしたら、ダンテと、"ロストクリスマス" の時に集を誘拐した犯人の悪魔との戦いを描きたいと思います。

プロローグでちょっとあった、集とダンテの出会いをさらに掘り下げたいと思います。

最後まで、作者の自己満足にお付き合い頂いたてありがとうございます。

次回からの本編もよろしくお願いします。


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#22 帰還~home~

うおわーー、久しぶりに見たら、色々一気に上がってるーー!!

あ ありがとうございます!

これからも頑張りたいと思います!

皆様の応援が、私の燃料です!
これからもよろしくお願いします!


「ーーふっ」

 

吹く様な息遣いと同時に、風を切る音が早朝の公園に木の葉の打ち合う音と重なる。

 

集は木剣を構え直し、呼吸を整えと、今度は横薙ぎに木剣振り抜いた。

 

「ふう、今日はこれくらいにしとくか」

 

集は首に掛けたタオルで額に拭き、スポーツ飲料水の入った水筒をゆっくり口に含む。

 

すると、同じ公園の離れたベンチに座った、ランナーの青年が持つ端末から、軽快なbgmと共に、米国配信のニュース番組が始まる。

 

「…………」

 

集は、聞くともなく耳に届くニュースに、意識を向ける。

話題は、葬儀社についてのものだった。

当然いい話のはずが無く、下品だの、目障りだの、騒々しいだの、あげく涯の名前を出し、この男が居なければどれだけ世界が平和かと、延々と罵詈雑言の言葉を並べ、もはや言いたい放題だ。

 

(……まっ、それが一般的な反応だろうな……)

 

集はニュースの評価に、別段驚きも無い。

 

葬儀社がなにを知っていて、なにを目的にして、どれだけの善人がいても、葬儀社はテロリスト。

 

なにをしても世間から煙たがれるのは、当たり前だ。

 

『神の代行者、ボブ=バーバスがお送りしました』

 

ニュースキャスターのそんな言葉を最後に、再び軽快なbgmと共に番組は終了する。

 

(涯が聞いたら、鼻で笑いそうな締めだなあ…)

 

ベンチでニュースを見ていた青年が立ち上がったので、集も水筒を置く。

 

万歩計を取り出し、目盛りを確認する。

 

「…一時間で五キロか…、もうちょっとペース上がらないかな……」

 

集はタオルで汗を拭きながら、帰路に着いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ーーんっ?」

 

集が異常に気付いたのは、エレベーターからマンションの部屋に続く通路に着いてからだ。

なにやら通路に川が出来ているのだ。

水打ちでは無い。

確かに今は、本格的に夏になりかけているが、水打ちをするほどでは無い。

そもそも水は現在進行形で、廊下に流れ出ているのだ。

 

ーーー集の部屋から……、

 

「ーーっ!!」

 

集は弾かれる様に、自室のドアに飛び付くと、勢い良く開け放った。

 

ドアを開けると、洗面所と風呂がある部屋から、水が川の様に流れ出ていた。

 

「おかえりなさい。シュウ」

 

洗面所に飛び込むと、びしょ濡れのいのりが集を見て、いつも通り感情に乏しい表情を向ける。

 

「う うん、ただいま…これって…」

 

この惨状の犯人は、いのりでは無い。

犯人は、もう一人の同居人の方だ。

 

「今度はどうしたの?ーールシアーー」

 

集の声に洗面台の前に立ち、水を浴びる赤毛で、褐色の肌を持つ幼い少女が振り返った。

 

彼女は集といのりの新しい同居人、ルシア。

 

他でもない、ルーカサイト制御センターで集達に襲い掛かった、あの仮面の少女こそ彼女だ。

 

ーーーーーーーーー

 

集はもはや定位置となったキッチンで、メンバー達の夕食の片付けをしていた。

 

「よし、これで今日の分は終わりか」

 

『集さん、お疲れさまです!』

 

「とっ、お疲れ様、梟くーー」

 

言い掛けて止まる。

周りを見回しても、もちろん誰もいない。

 

「………耳にこびりついちゃってるな……」

 

ルーカサイト制御センターから、葬儀社に帰ってから一日、葬儀社の仲間達がルーカサイトに焼き殺されてから、まだ一日しか経っていないのだ。

 

「……やめよう、気が滅入るだけだ…」

 

死者のために悩み、思い出すのは決して悪いことではない。

しかし、悲しんでばかりでは、梟達はきっと心配する。

 

「そうだっ、" あの子 "にもご飯作ってあげないと」

 

集は一度手を打ち鳴らし、もう一人分のご飯の支度を始める。

と言っても既にメンバー達が食べ終わった後だったので、余ったご飯で握り飯という形で落ち着いた。

 

「あれ?集だ」

 

「ん?ツグミに、綾瀬…こんばんは二人共」

 

「どったの?そのおにぎり…」

 

「いや、昨日保護した女の子にあげようと思ってね」

 

「ふ〜ん」

 

「そんな事よりあんた…自分の準備は出来たの?」

 

「へっ?」

 

突然の綾瀬の言葉に、一瞬言葉に迷う。

 

「" へっ? "じゃないでしょ。あんた明日は家に戻って、学校にも行くんだから…」

 

「あっ」

 

言われて気付いた。

別に荷物がどうだとかいう話では無い。

帰るからには、祭や颯太などに謝罪にしても、つじつま合わせにしても、それなりの言葉や行為を示さなければ、彼らもいやな気分になるだろう。

 

「……やっぱり、綾瀬っていい人だ」

 

綾瀬の意図を読み取った集が、率直な感想を口に漏らす。

 

「ーーーなっ、ななななーなに言ってんのよーーー!!」

 

綾瀬は林檎の様に顔を赤くして、叫び声を上げる。

 

「あんた、からかう気なら承知しないわよ!!」

 

「何言ってるの?僕は本当に綾瀬のこと嫌いじゃないよ」

 

「ななななななっーー」

 

あくまで邪気の無い集の言葉(もちろん深い意味は無い)に、綾瀬は面白いぐらい慌てふためく。

 

「とりあえず、もう行くよ。あの子もお腹減るだろうし…」

 

鯉のように口をパクパクさせる綾瀬に首を傾げつつ、集は歩き出す。

 

「うん。おやすみね〜」

 

石になった綾瀬と、妙にハイテンションなツグミと別れる。

 

「綾ねえ〜」

 

「なっなによツグミ、ニヤニヤ笑って気持ち悪い!」

 

その後しばらく、綾瀬をからかいながらぐるぐる回るツグミと、それをぐるぐる追う綾瀬の姿があった。

 

 

目的の部屋の前には既に先客がいた。

 

「いのり。ここで何をしてるの?」

 

「……見張り……」

 

「あの子に晩ご飯作ったんだけど……入れてくれる?」

 

集がそう言うと、いのりはあからさまに渋い顔をする。

(と言っても、表情的な変化はほとんど無い。" なんとなく "だ)

彼女がためらうのも分かる。

いのりは実際にあの少女の強さを目の当たりにしてる。しかも、少女はまだ敵になる可能性を持っているのだ。

本当ならば、縛り付けて拘束したいところを、それに全力で反対したのは、他でもない集自身だった。

 

集に説き伏せられ、いのりはしぶしぶ少女の" 保護 "という形に賛同してくれた。

 

「分かった…入って」

 

「ありがとう。じゃあーー」

 

集がドアに近付こうとした、その時ーーアルゴが豪快にドアをぶち破って転がり出て来た。

 

「なっ、アルゴ!?」

 

「ぐっーー、集か?」

 

「いったい何がーー」

 

集がアルゴが転がり出た部屋の中に視線を向けると、件の少女が唸り声に似た声を上げて、集達を睨んでいた。

 

「君は……」

 

「ーーーっ!!」

 

少女は集といのりの間をすり抜けて走り去る。

 

「待って!」

 

「シュウ!」

 

集は床に皿に乗せたおにぎりを置くと、少女を追う。

 

「ーーくっそ、速い!!」

 

全力で追う集だったが、少女は小さい身体の何処にそんな力があるのか、ぐんぐん集を引き離していく。

 

(まずい、このままだと見失う!)

 

少女のスポーツカーに引けを取らない速さに、集は焦りを感じた。

 

少女の背中が曲がり角に入るのが見え、集も曲がり角を曲がりーー、

 

「ーーっ!!!」

 

足で急ブレーキを掛けながら、半身を転がした。

 

その毛先を、少女が振るう刃物が掠めていく。

 

ナイフを転がって避けた集を、少女は躊躇い無く刺し殺そうとナイフを振り下ろす。

 

集は何度も転がってそれを避ける。

 

何とか立ち上がった集に、少女は水平切り、振り下ろし、逆桁切りと、息継ぎする間も無く攻撃の手を緩めない。

 

「ぐっーー!」

 

まるで刃物の着いたコマの様な攻撃の応酬に、集に反撃する隙さえも与えない。

 

しかし、その終わりはあっさり訪れる。

 

壁に追い詰められた集が、少女の突きを頭を傾けて避けた時、壁に突き立てられたナイフがバキンッと音を立てて刃と柄が分離した。

 

それもそのはず少女の持っていた刃物は、戦闘やサバイバルを想定して設計されたナイフでは無く、安物の果物ナイフだ。

 

手加減なく乱暴に扱っていれば、破損するのは当然と言えた。

 

集はそれでも折れた刃先を拾おうとする少女を、腕ごと抱きすくめ動きを封じた。

 

「!!ーーふうう!!」

 

集の腕に拘束された少女は、しばらくもがくと、集の肩に思い切り噛み付いた。

 

「ぐうっ!!?」

 

少女の歯が集の肉を食いちぎりそうな程食い込む。

それでもなお、少女は顎の力を強めていく。

 

しかし、集は少女を引き剥がすのではなく、さらに力一杯抱きしめた。

 

「ーーっ、だ 大丈夫だよ。ここには君の敵も、君を傷付ける人もいない……だから……」

 

集は自分の肩に食らいつく少女の頭を、優しくなでた。

 

「だから安心していいんだ、……弱音も…怒りも…受け止めるから……」

 

「ふーーふーーっ」

 

集の気持ちが通じたのか、少女の抵抗は徐々に収まっていった。

 

 

 

「分からない って……自分の名前が?」

 

集の言葉に、少女はおにぎりを頬張りながら頷く。

 

少女は先ほどの暴れっぷりが嘘のように落ち着いていた。

 

「だめ?」

 

「だ だめっていうか…困るっていうか……」

 

可愛らしく小首を傾げる少女に、集は少し眉の溝を深める。

 

「好きに呼んで…?」

 

「そう言われてもなあ…」

 

集はなんとなく、少女がいのりに少し似てるなあっと思った。

 

「いいじゃない。こう言ってるんだし…あんたが新しく名前を付けてやったらどう?あくまで本当の名前が分かるまでの仮の名前って事でさ」

 

と綾瀬。

 

「……本当にそれでいいの?」

 

「ーー」

 

少女一度力強く頷くと、集を指差して、口を開けたり開いたりしながら固まった。

 

「??………あっ、僕は集だよ…桜満集。集って呼んでね、それが名前だから」

 

察した集が、慌てて自己紹介する。

 

「しゅうにならいいよ。…新しい名前…」

 

「だってさ…ほら」

 

「わ…分かった…」

 

綾瀬に急かされた集が、しばらくうーんと深く考え込み、そして集はふと頭に浮かんだ名前を口にした。

 

「ーールシアーー…、それが君の名前だよ」

 

「「「……………」」」

 

「あっ…あれ?」

 

少女だけでなく、その場にいた全員に沈黙が流れたので、集は急速に不安になる。

 

「ルシア…、いいと思う覚えやすいし」

 

最初に沈黙を打ち消したのは、いのりだった。

 

「ふんっ、まあいいんじゃないの?あんたにしてはまともだと思うし」

 

綾瀬も、アルゴや他のメンバー達も名前に関しては異論は無いようだった。

 

「えっと……、どうかな?気に入らなかったら、新しく考え直すけど……」

 

集は肝心の少女に恐る恐る尋ねる。

 

「ルシア…ルシア…。うん、わたしの名前はルシア」

 

どうやら気に入ったようなので、集は深く安堵のため息を着いた。

 

(……ってちょっとまて、みんな僕がどんな名前をつけると思ってたんだ?)

 

自分に対する周りからの評価が気になったが、聞いたら立ち直れないような気もした。

 

「よろしくなルシア」「よろしく」「仲良くやろうぜ」

 

メンバー達も、ルシアを心から歓迎した。

 

「………ねえ、ルシア…」

 

「?」

 

ルシアを見ていた集は、気が付くとこんな事をきいていた。

 

 

 

 

「ここにいるのと僕の家に来るの…、どっちがいい?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

というのが昨夜の出来事。

 

それから、ルシアは力の加減が上手くいかないのか、何度かこの家にあるものを壊していた。

 

シャワーと朝食を済ませた集といのりは、不安はあるものの学校に行くことにした。

 

テレビに集中していたルシアにその事を告げ、念のため置き手紙もし、二人は学校へ発った。

 

 

「ねえシュウ…、どうしてルシアを家に連れて行こうって思ったの?」

 

駅でモノレールを待つ途中で、唐突にいのりがそんな事をきいてきた。

 

「ん?どうしてって…色々あるけど……」

 

「………」

 

「……そうだね、あの子と戦った時にさ…思ったんだ。ルシアの剣技は完璧だった。速さも力も、誰にも負けてない……。だからおかしいって思ったんだ」

 

「どういう事?」

 

「感情がこもってなかったんだよ。あんなに小さい子供なのに、あそこまで至る" 過程 "を感じられなかった」

 

まるで完成されたものを、最初から付けられたみたいな と集は心の中で継ぎ足す。

 

「極めつけはヴォイドだよ。ルシアの中からヴォイドを抜き出すことが出来なかった……」

 

「っ!…それって…」

 

さすがに予想して無かったのか、いのりは僅かに驚いた表情を見せる。

 

「まだなにも分からないけどね…。あの子を家に連れて来たのは、あの子自身をもっと知りたいっていうのと" なにか変わるかもしれない "ていう事が理由かな?」

 

集にはルシアを戦いから離して、彼女の今後の生き方の選択を広げるという思惑もあった。

 

「……シュウの考えてることは、分かった。あなたがそう思うなら、私はそれに従う…」

 

「うん、ありがとう……」

 

そのまま二人は無言でモノレールを待ち続けた。

 

 

洗面所の片付けと、着替えに時間を取られたせいで、到着時間がいつもより遅れてしまったが、授業までまだまだ余裕のある時間だった。

 

(取り敢えずまずは、先生に事情を説明するところからかな……?)

 

もちろん事実無根のでっち上げになるのは目に見えているが、正直に話したところで集にはなんの益も無い。

 

「おいあいつGHQに捕まったヤツじゃん」

「何やったの?クスリ?」

「知らん知らんけど犯罪者だって」

 

この後の方針を頭の中で考えていた集の耳に、そんな声が聞こえた。

 

「…………」

 

GHQに連行された自分が、周りからどの様に見られるかなどと考える必要が無い程明らかだった。

そして、例え正当な理由を聞いていても、必ずちょっかいを掛けてくる連中がいるのも容易に想像がつく。

あの声の主たちも、内緒話が大きいのでは無く、わざと集の耳に届くように話しているのだ。

そう分かっていても、一瞬集の身体と思考が止まる。

 

「いのりーーー、

 

自分の手が小さく震えているのを、いのりから自然に隠しながら、いのりに声をかけた。

 

ーーあれ?」

 

さっきまでいのりが立っていた場所に、いのりが居なかった。

 

周囲を軽く見渡すと、すぐ見つけることが出来た。

 

全身に力の入った歩き方で、真っ直ぐ声の主達の方へ向かっている。

後ろ姿で、いのりのことをよく知らない人間でも、勘のいい人間ならばきっと、怒っているのがすぐ分かるだろう。

 

「ーー、ーーっ」

 

いのりが何をしようとしているか、集にはすぐ分かった。

 

(……ダメだ、そんなの…)

 

いのりの腕を掴み、強引に引っ張った。

 

いのりが驚いたような表情をするが、無視する。

 

(僕なんかのために、いのりや他の誰かがイヤな思いをする必要は無い……)

 

「あっ、逃げた」

「いのりちゃーん、逃げてー。そいつ犯罪者だよーー」

 

男子生徒の下品な笑い声が、楽しそうに響く。

 

(犯罪者か……)

 

「……大正解だよ…」

 

集は無意識のうちに、自重気味の笑みを浮かべていた。

 

パアン

 

直後に乾いた音が辺りに響き渡り、玄関口がしんと静まり返った。

 

集もいのりも思わず振り返り、音の出どころに目を向ける。

 

「憶測で言うことではなくてよ、天王洲第一高校の生徒なら恥を知りなさい」

 

そこには、さっきまで集を犯罪者呼びにしていた男子生徒を、一人の女子生徒が平手打ちを食らわせていたところだった。

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

集もいのりも、女子生徒の出す圧力に圧倒され、一歩も動けなかった。

 

やがて女子生徒は振り返ると、集に向かって微笑みかけた。

 

 

集は少し躊躇いながら、それでも覚悟を決めて教室のドアを開ける。

教室中の視線が集に集まった。

 

ドアを開ける前は、廊下まで聞こえるほどざわついていたのに、今は静まり返っている。

 

「ーーっ」

 

さすがの集もこの異様な雰囲気では、生唾を飲む。

意を決して教室へ踏み込むが、それで周りの状況が変わるわけでは無い。

 

「GHQの方々は優しかった?」

 

「えっ?」

 

玄関口で男子生徒を平手打ちにした女子生徒が、突然そんなことを聞いてきた。

「なんで生徒会長が一緒なんだ?」

 

教室の誰かの言葉で、集はようやく教室まで着いて来た少女の素性を知った。

確かにこの生徒の顔は全校集会などで、たまに見たことがあった。

 

(なんでわざわざ皆の前でそんなことを……?)

 

「事情聴取なんて面倒だったでしょうけど、政府には協力しないとね」

 

(っ!ーーもしかして…この人…)

 

「はいっ、なんか僕が届けた携帯がテロリストのものだったらしくて…」

 

集達のやりとりで、教室の緊張が僅かに弛緩する。

 

「そう…根も葉もない噂を心無く流す人もいるでしょうけど、困ったらなんでも私に相談してね?」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

(この人は…僕を助けるために…)

 

現に、生徒会長の助け舟のおかげで、教室の張り詰めていた空気がなくなり、いつも通りのざわめきを取り戻していた。

 

「そこにおわすは集ではないか!!」

 

突然颯太が集に飛び付いて来た。

 

「どうだったGHQ!カツ丼出たか!?」

 

「はあ??」

 

爛々と目を輝かせる颯太に、集は引きつった笑みを浮かべる。

それを皮切りに、集の周りに生徒達が集まり、次々に質問責めにする。

 

「軍隊ってやっぱホモばっかりなの?」「女軍人とかいた?」「会長と知り合いだったの?」「会長!握手して下さい!」

 

いくつか変なのもあるが……。

 

「ふふっ、余計なお世話だったかしら?」

 

「いえ、すごく助かりました。お気遣いありがとうございます」

 

「気にしないで。生徒会長として当然のことをしたまでよ」

 

そう言い残すと、生徒会長は威厳ある態度のまま教室を後にした。

 

「集…!」

 

「ハレ?」

 

祭がまるで夢を見ている様な表情で、集にゆっくり歩み寄る。

 

「ほ 本当に…集なの…?」

 

「うん、おはようハレ!」

 

次の瞬間、祭の目に次々と大粒の涙が溢れ出す。

 

「ちょ…!ハレ!?」

 

「ううーーうわあああ」

 

大声で泣く祭と、必死に慰める集は、HRで担任の先生が来るまで続いた。

 

 

「生徒会長の供奉院 亜里沙≪くほういん ありさ≫さんかー。供奉院グループのお嬢様で容姿端麗、成績優秀、それで性格もいいんだからすごいよねー。

 

でもいのりちゃんの方が色々勝ってると思う!」

 

以上が、昼休みでの颯太からの生徒会長の情報である。

 

最後だけやたら語気が強いのは、いのりにこの話をしていたからだ。

ちなみに当のいのりは、相変わらず無表情なので、興味があるのかどうか分からない。

いや、おにぎりを頬張っているので、あまり興味が無いのだろう。

 

(例え、表情にはっきり出ていても、kyな颯太は気付かないだろうが……)

 

「それにしても集!!いつの間に会長さんとあんなに仲良くなったんだよ!!」

 

祭から遅れた分の宿題などを確認していた集に、颯太が噛み付く。

 

「だから言ってるでしょ?今日初めて会ったんだってば。ごめんそれで?」

 

「うん、それでこっちが世界史の課題で、このフォルダが防疫のテキスト…」

 

「ん、これで全部か…。ありがとうハレ、助かったよ」

 

「ううん、これぐらい…。………ねえ集なんか変わった?」

 

「えっ」

 

集は一瞬ギクリと固まる。

 

「…ど どういう事?」

 

「なんか…自信に満ち溢れてるっていうか……。不完全燃焼が無くなったていうか…うまく言えないけど…」

 

「ああ…そういう事…?」

 

一瞬、悪魔関連の事だと早とちりした集は、ほっと息をつく。

 

「?」

 

「あ いやこっちの事…なんでも無い……。……ねえところでさ…、

 

…ーー谷尋……どうしてるかな……」

 

「えっ…寒川君?」

 

「……………」

 

「あいつなら、お前がGHQに連れてかれた日と同じ日から学校来てねえぞ?」

 

「……そう……、なんだ……」

 

「……?」

 

祭は集の様子に小首を傾げた。

 

 

 

放課後、集はいのり、祭、颯太、花音のメンツで街へ遊びに行こうと校門へ向かっている時に、集は校門前がやけに騒がしい事に気付いた。

 

よく見ると用務員のおじさんが、なにやら小さい物体を追いかけていた。

 

「なんだろあれ?」

 

祭や他のメンツは、頭に疑問符を浮かべるが、集といのりには、小さいものの正体を掴むことが出来た。

 

「ルシア!!?」

 

「あっ、しゅう いのり」

 

「なんでここにーー「こらあ待たんか!!」

 

事務員のおじさんが怒鳴ってやって来ると、集とルシアを見比べて剣呑な表情を見せる。

 

「あんた、この子の知り合いかね?」

 

「は はい。どうしたんですか?」

 

「どうもこうもあるかね!このガキは不法侵入だけじゃなく、ウチの花壇を荒らしおったんじゃ!!」

 

集がルシアを見ると、ルシアも集の目を真っ直ぐ見つめ返し、問い掛けて来た。

 

「しゅう…どうする?」

 

「え?ーーどうするって……」

 

 

「ーーー排除、可能ーーー」

 

 

「はい……じょ…?」

ルシアは老人にゆっくり指を伸ばし、無感情に言った。

 

 

「っ!!ーーダメだ!!!」

 

集はすぐにルシアの言葉の意味を理解した。

そして一度深呼吸をすると、キッとルシアの目を鋭く見た。

 

「ーールシア……、この人に謝るんだ…」

 

「あやまる?」

 

「そうだ……」

 

「やだ、ルシア…なにも悪いことしてない」

 

「じゃあその手に持ってる花はなに?」

 

ルシアは平静を装っているが、目に見えて焦り出していた。

 

「これは…キレイだったから……」

 

「それはこの人が一生懸命育てたものだよ。ルシアだって、自分がせっかく一生懸命おいしく作ったご飯を全然知らない人が勝手に食べちゃったら、どうする…?」

 

「……怒る……」

 

「それに、簡単に人を傷付けるなんて言っちゃダメだ。殴られれば痛いでしょ?」

 

「………」

 

頷くルシア。

 

「自分がやられて嫌な事は、人にもやっちゃダメだよ」

 

「…………」

 

「もうどうすればいいか、自分で分かるね?」

 

「……うん……」

 

集は膝を着き、目線を俯くルシアに合わせる。

 

「じゃあほら…」

 

ルシアは老人に向き直り、深く頭を下げ、両手に握り込んだ花を差し出した。

 

「………」

 

「ごめんなさい」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……………………いいわい、もう…」

 

長い沈黙の後、老人が口を開いた。

 

「………」

 

「ほれ、それ持って来んかい。そんなに強く握ったら枯れちまうわい」

 

「………?」

 

「花なんぞ売る程あるんじゃ。一本や二本くれてやるわい」

 

「許してくれるって」

 

「……ゆるす?」

 

「そうだよ、よかったね。でも今度からはよく考えて行動しなくちゃダメだよ?」

 

「……わかった……」

 

集はゆっくりと、ルシアの赤毛を優しく撫で始める。

 

「なにこれ?」

 

「ん?ルシアがいい子だったから…。いや?」

 

ルシアはかぶりを振る。

 

「いやじゃない…」

 

集からでは目線が高くて見えないが、集にはルシアが笑っている様に感じた。

 

「おい集…」

 

「なに?」

 

「その子誰だ?」

 

「あっ…あ〜」

 

颯太の声に振り向くと、周りから痛いほどの視線を集めていた事に初めて気付いた。

 

 

 

結局、彼らには適当な理由をでっち上げて、逃げて来た。

 

(うやむやにして誤魔化しちゃったな…明日が怖いや…)

 

集といのり、そして花が三輪ほど入った花瓶を大事そうに持ったルシアを真ん中に、三人並んで帰路に着いていた。

 

心なしかルシアの足取りが、スキップのように軽いものになっている気がする。

 

「ただいま……ん?」

 

ドアを開け、部屋に踏み込もうとした集の視界に、女性ものの下着が落ちていた。

 

それだけではなく、脱ぎ散らかしたと思しき衣類がリビング前まで散乱している。

 

いのりのものでも無ければ、もちろんルシアのものでも無い。

 

「あら、おかえり集」

 

「…………」

 

リビングの奥から、脱ぎ捨ててある衣服の持ち主である女性が顔を出した。

 

とても人には見せられない姿をした女性こそ、桜満集の母こと、桜満 春夏≪おうま はるか≫だ。

 

「どうしたの?シュウ…」

 

「しゅう、花ってどうやって大きくするの?」

 

「あら?……っ」

 

春夏はいのりとルシアの顔を見て、目を大きく見開いた。

特にいのりの顔を、穴が空くほど見つめている。

 

「……最悪だ……」

 

リビングと玄関の板挟みになった集が呻いた。




今回は、いのりが若干空気だったかも…。

次回はヒロインの貫禄を取り返せるといいね!(他人事)


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#23熱~sympathy~

前回のあらすじ、

私「おめえの役(せき)ねえから!!」

マティエ「…………」


「ふ〜ん、つまり集はいのりちゃんを、意地悪なお兄さんから庇ってるって事だね?」

 

「あ…はい」

 

自然と敬語になってしまう。

集の母、桜満春夏は普段はだらしなく、集から注意されることの方が多いのだが、母親としての威厳はちゃんと持っている。

 

「じゃあ、ルシアちゃんは?」

 

春夏はいのりとルシアの方に視線を向ける。

いのりはソファで、ふゅ〜ねると一緒に洗濯物をたたんでおり、ルシアは少し離れた位置で、去年集がゲームセンターで手に入れたぬいぐるみの手を動かしたりして遊んでいた。

 

こころなしか、集には二人がお互いに背を向けている姿が、二人の間に距離がある事を示している様に見えた。

 

「…えっと…、ルシアはいのりの義理の妹で、いのりが家を出るときに一緒に来たんです…」

 

「………いのりちゃん、本当?」

 

いのりは一瞬、集とアイコンタクトを取る。

 

「ーー、本当ーー」

 

「……」

 

春夏はしばらく黙って、集といのりとルシアの顔を見比べると、手に持った缶ビールを飲み干すと、プハーと息を吐いた。

 

「あーお腹すいた!」

 

「はっ?」

 

「いのりちゃんとルシアちゃんはお腹すいてない?」

 

突然冷蔵庫に向かいながら、春夏がそんな事を言い出したので集はポカンと春夏を見る。

 

「ピザーニャとピザファットとどっちがいい?」

 

「えっと、母さん?」

 

「あっ、私ケーキ食べたいかも。集っ買って来てくれる?」

 

「はっ、ーーって今から!?」

 

「おいしいものを食べながらーー、

じ っ く り ……!

聞かせてもらうからね?」

 

「…はい…」

 

集は日本に帰ってから五年、初めて母親が怖いと感じた。

 

 

「ふうーやっと解放された…」

 

食事中は集といのりは春夏に根掘り葉掘り聞かれた。

どこで出会ったのか、誰が学費を出しているのかとか、とにかく答えに困る質問をされた。

 

ちなみに前者は適当にでっち上げ、後者はいのりの両親が意地悪な兄に隠れて学費を出しているという設定にした。

 

「ごめんねいのり、母さん僕が女友達とか連れてくるといつもああなんだ…」

 

「いい…」

 

「いのりありがとう」

 

「お礼はいい…シュウの護衛をする以上、シュウの話に合わせるのは当然…」

 

「あっいや、そうじゃなくて…いや、それもあるんだけど……」

 

「?」

 

「その…今朝、学校で生徒会長に助けられる前に僕に悪口言ってた人達がいたでしょ?」

 

「うん…」

 

「その時、いのりはその人達に怒ってくれたじゃない?それをありがとうって言ったの」

 

「??」

 

いのりはさらに首を、ほぼ直角になるほど傾ける。

 

「えっと、僕さあんまり他人を怒ることが出来ないんだよ」

 

「………?」

 

「自分のことなのに、どんなにひどい事を言われても" これぐらいいいや "で済ませちゃって、日常生活で誰かに怒ったことなんてほとんどないんだ…。これがいいのか悪いのかは分からないけど……」

 

いのりの脳裏に、少し前に集と交わした寒川谷尋についての会話が過る。

 

「怒りが湧いて、抑えるんじゃなくて。抑えようとする前に消えちゃうんだ。ーーだから、あの時いのりが僕の代わりに怒ってくれたのは、すごく嬉しかった…。だから、ありがとう」

 

「………………」

 

「いのり、顔赤いよ…熱?」

 

「………?」

 

自覚が無いのか、いのりは自分の頬に手を当てる。

 

「ねえ、集!明日のパーティで着るドレス一緒に探してくれない!?」

 

「今行くー!今日は早く寝てね、いのり」

 

「うん…、……?」

 

いのりは早打つ胸に手を当て、首を傾げる。

不思議と不安感や不快感はせず、心地のいい感覚だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「よろしかったのですか?桜満集を学校に行かせて」

 

「あいつはいい囮になる。それにいのりも居るからな…」

 

四分儀から予想通りの質問を受け、涯はあらかじめ用意していた答えを返す。

四分儀は特に疑問を持つ様子は無く、そうですかと返す。

 

「それはそうと、供奉院の孫娘を見逃したのは何故ですか?」

 

「………」

 

涯は集でGHQの目を逸らし、その隙に供奉院亜里沙を拉致する作戦があった。

もちろんそれはGHQになすり付ける計画だった。

 

しかし涯は亜里沙を見て、正確には彼女のヴォイドを見て計画を変更した。

 

「そう不満そうにするな四分儀…。物資の確保に供奉院グループを利用するのに変更は無い」

 

「………」

 

「だがその過程の計画は大幅に変更する。四分儀。供奉院の爺の予定を探れ」

 

「わかりました。すぐに」

 

「さあ、おもしろくなるぞ」

 

涯はこれからの出来事を想像し、口端を持ち上げた。

 

ーーーーーーーーーーー

 

春夏の部屋はクローゼットの中身をぶちまけ、グチャグチャになっていた。

 

(これ…どうせ僕が片付けるんだろうな…)

 

その惨状に集は嘆息する。

 

「ありがとうね集。お偉いさんの付き合いのパーティだからどうしても外せなくて」

 

「いいよ別に母さんが帰ってから面倒を起こすなんて、何時ものことじゃないか」

 

「おっ、言うじゃないこのこの」

 

「あははは」

 

春夏は笑いながら集の脇腹をこづく。

 

「いのりちゃんとルシアちゃん、いい子じゃない。洗濯物のたたみ方で育ちがいいって分かったわ。ルシアちゃんも、おとなしくて全然手がかからないし…」

 

「えっ…」

 

「もっともお兄さんは違ったみたいだけど、例外なんてどこにでもあるんだし…」

 

「信じてくれるの?」

 

春夏は優しく微笑むと、集の頭を胸に抱き寄せる。

 

「ちょっ…やめてよ恥ずかしい」

 

「あら?スキンシップはいけない?」

 

「い…いけなかないけど……」

 

「……母さん……」

 

「ん?」

 

無意識に集の声のトーンが落ちる。

 

 

「母さんの信頼…絶対、裏切らないから…」

 

「ーーっ……」

 

春夏の息遣いが、微かに引きつるのを感じる。

 

母は自分の言葉を聞いて、どう思ったのだろうか。

春夏は十年前から五年間、集がどこにいたのか知っている。

そもそも集を見つけ、日本に帰るきっかけを作ったのは他でもない彼女なのだから。

しかしその間、集が何をし、何を見たのかまでは話していない。

だから先ほどの言葉を、どの様な意味で受け取ったかは分からない。

きっと春夏は自分が記憶を失う前の自分も、集の本当の家族の事も知っている。

 

「……ごめん。変な事言って…」

 

だが春夏が何を知っていても、自分は春夏を信じるし、春夏も自分の事を裏切ることは無い。

 

「……あっ」

 

突然、春夏は声を上げると、クローゼットに飛び付きドレスを引っ張り出した。

 

「あった私の一張羅!これで明日のパーティは大丈夫ね!」

 

「そう、よかった。じゃあ僕もいのり達が上がったらお風呂入って寝るよ」

 

「はいはーい」

 

集がドアの取手を回し、引き開ける。

 

「集っ…」

 

「ん?」

 

「今の言葉…忘れちゃだめよ?」

 

「…うん…、おやすみ」

 

集が母を振り向くと、母はいつもの調子ではいはーいと手を振っていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

身体が火になったかの様に熱くなる。

気のせいでは無く、本当に集の体温は凄まじく上昇している。

少しづつ、自分の中に流れるもう一つの血管が膨張するのを感じる。

 

「っ…ふー」

 

それが限界まで達したとき、集はもう一つの血液の働きを停止させた。

 

「はあー自分の中にある魔力の制御は、だいぶ出来る様になったな…」

 

と言っても半魔人でいられる時間は、五分にも満たないだろうが。

 

「……もうちょっと難易度の高いやつに挑戦してみるか……。えーと魔力増加はどうかな…」

 

魔力増加は言葉通り、自身に内在する魔力の量を意図的に増やし、自己の存在としての" 格 "を引き上げる戦略だ。

当然、自己の実力に見合わない段階まで引き上げれば、自滅を誘う諸刃の剣だ。

 

(だけどこれを成功させれば…、半魔人化の持続時間を上げる目処が立つ)

 

集は呼吸を整えると、目を閉じ、再び魔力制御の時と同じ精神状態にする。

 

(基本は魔力制御と同じ…全身に等しく魔力をならし、循環させる…)

 

そして魔力制御の修行では、いかに少量で力を発揮させるか、どれほど魔力を節約出来るかにかかっていた。

 

(そして…今までとは逆に、全身の魔力を増量し、吐き出す!!)

 

集の身体は熱に満たされ、その熱が外に吐き出される前に、ーー

 

ブチュッ

 

ーー肉体の方に先に音を上げた。

 

集が生々しい音がした左腕の方を見ると、左腕は鋭利な刃物で切られたかの様に裂け、傷口から真っ赤な肉が覗き込んでいた。

 

「…づ……ああっ!」

 

しかし左腕の痛みなど、遊びに思えるほどの感覚が集の全身を襲った。

 

頭には千本の矢で撃ち抜かれた様な痛みと、氷をつめられた様な寒気、内臓がまるで別の生き物に変わったかのように暴れ回り、強烈な吐き気に襲われた。

 

「う……う…っ」

 

集は崩れるように両手をつき、意識をとどめる。

喉まで押し寄せた嘔吐物を飲み込み、抑え込むと、胃液の苦い臭いが鼻に押し寄せた。

 

「はーはーはーはー…っはーはー」

 

集は仰向けに転がると、荒い呼吸をしながら滝のような汗をかいた。

 

吐き気と寒気は収まったが、頭痛はまだ続いている。

それと左腕の傷口の痛みと、そこから流れ出す血の熱さにようやく気を向けられる様になった。

 

「はー…今…本当に死にかけた…よな」

 

あのまま無理に続けていたら、間違いなく死んでいただろう。

 

「くそっ!魔力精製で死にかけるなんて…三流以下じゃないか…」

 

いや、今のはそんなレベルでは無かった。

 

今の自分は自分の中から湧き上がる魔力に、自分という存在と魂が" 押し潰され "掛けていた。

 

「…こんなんだったら、魔力が使える前までの方が良かったくらいだ…」

 

常に身体を循環している魔力を表に解放すれば、自分は上級悪魔以上の力を引き出すことが出来るが、それも一瞬の話で、しかもその後は疲労感や脱力感でほとんど動けなくなる。

 

(道のりが遠過ぎて落ち込む気にもならないや……)

 

思わず自虐のこもった笑いが浮かぶ。

 

「全然分からないよ…ダンテ…、一体どうすればみんなを守れるくらい……」

 

集の問いかけに答えるものは無く、月は静かに集を照らしていた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

気付けば草原の上に立っていた。

 

風は感じたことの無いほど穏やかで、足下の草はくすぐったく足を叩く。

 

「…………」

 

自分は草の上に立っていて、その下に湿った土の感触が足に伝わる。

 

それだけリアルな感触を感じても、これが夢だと何故かすぐに分かった。

 

ふと、風の音に混ざり、カン カン と自然の音とは思えない木を打ち合う音が耳に届いた。

 

「?」

 

不思議に思い音の元を探す。

 

音の主はすぐに見つけることが出来た。

 

「あれは…ーー」

 

幼い少年が赤いレザーのロングコートを着た長身の男に何度も木剣を振り回し、その度に男に受け流されて転ばされている。

 

「ーーシュウ?」

 

自分の呟きで気付いた。

 

あの少年は幼い頃の集だと、少年の顔をじっくり見ればどこか面影がある。

 

「うわっー!!」

 

「はっ、おいシュウどうした。もう諦めるか?」

 

弾き飛ばされ、背中から地面に倒れた集に男が挑発気味に言う。

 

「くっ……うわああ!!」

 

「ほらほらどうした?俺に一発でも当てられれば、次のステップに進められるんだぜ」

 

集は何度も叫びながら男に突っ込んで行き、男はその度にそれを笑いながら弾き飛ばし、挑発する。

 

一見弱い者いじめにしか見えないが、男は集の振るう木剣をさりげなく的確な箇所へ誘導している。

おそらく集自身は気付いていないだろうが、緩やかに、しかし確実に集の実力は上がっているのが分かった。

 

何故自分がこんな夢を見ているのかわからない。

 

自分は集の幼い頃など知るはずが無いし、あんな男も知らない。

 

それでもーー、

 

「がんばれ…

 

自分の中にふつふつと芽生える感情に従って、届くはずの無い声援を集に送る。

 

「がんばれ……シュウ…」

 

いのりは願った。

彼がその夢をいつかその手にできることをーー、

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

集はなんとか重い身体を引きずり、朝食の準備をしていた。

まだ夕べの魔力増加の負担が身体に残っているのか、妙に身体が重いが、普通に行動する分にはさして問題は無い。

 

(まさかこんなに負荷がかかるなんて…、やっぱり持続時間は自然に増えるのを待つしかないのか…?)

 

重いため息をつく、ふとリビングのソファの辺りに目を向ける。

 

ソファにはぬいぐるみを腕に抱きかかえたルシアが、テレビに映る子供番組に釘付けになっていた。

 

(昨日も思ったけど…、ああしてると本当に普通の子供みたいだな…)

 

あれを見て、一般人なら数秒でミンチに出来る腕前の持ち主だと言っても、信じる者はいないだろう。

目の前で見ていなければ集だって信じなかっただろう。

 

(……それにしても…、

 

少しも表情を変えず、ひたすらテレビに熱中する姿を見て思うーー、

 

(ーー…やっぱりちょっといのりに似てるよな……)

 

いのりに何故ルシアをこの家に連れて来たのか聞かれた時は、答えなかったが、彼女の纏う雰囲気がいのりに似ていたから、なにかきっかけがあれば仲良くなれるかもしれないという期待があった。

昨日の事務員のおじさんの一件から、集とはまあまあ打ち解けるようになったが、

 

(んー、だから二人にはもうちょっと仲良くして欲しいんだけど…)

 

いのりはルーカサイトの一件以来、ルシアを極端に警戒している。

ルシアもルシアでそれを察してか、いのりからは微妙に距離を置いている。

 

「うーぬ、なんとかならないものか……」

 

集は味噌汁の具を切りながら頭をひねった。

 

 

 

「おはよー集。おーいい匂い」

 

「おはよう母さん。もうすぐ出来るから大人しく席に座ってろ」

 

集が皿に盛り付けた煮物に、つまみ食いしようと伸びる春夏の手にしっぺをくらわせると、春夏はケチ〜と唇を尖らせながら集の指示に従う。

 

「…あれ?」

 

そこでふと、いつもなら六時頃に起きてくるはずのいのりが来ない。

時計をみると七時丁度、いつもきっちりしたサイクルを持つ彼女には珍しい。

 

「ちょっといのりを起こしてくるから、母さんは味噌汁を見てて」

 

そう告げると、集はいのりが使っている空き部屋のドアの前に立つ。

 

「いのり?もうご飯出来るよ」

 

……返事は無い。

 

「いのり…?」「うん」

 

再三呼びかけると返事があった。

 

「今行く…」

 

「?」

 

なにか変だ。

 

これといって具体的に何がとは言えないが、いのりの声の感じがいつもと違う。

なんというか寝ぼけている様な感じだ。

 

少し心配になったので、もう少しドアの前で待つことにする。

 

部屋の中からはゴソゴソと物音が聞こえる。

着替えでもしているのだろう。

 

しばらくすると、制服姿のいのりがドアを開けて出て来た。

 

しかし髪はところどころ毛が立っていて、呼吸は荒く、顔も赤く、足元もおぼつかない。

 

「ちょっ!いのり大丈夫?!」

 

「うん…、だい…じょ…ーー「うわ!」

 

意識がもうろうとしているいのりは大きくバランスを崩し、受け身も取らず床に倒れこむのを、集は慌てていのりを抱き止めた。

 

制服越しでも伝わる、いのりの体温は明らかにいつもと違った。

 

「すごい熱い…母さん!」

 

 

 

 

 

「三十九度、風邪ね」

 

春夏は体温計を見ながらそう言った。

 

「喉が痛いとか、頭が痛いとかある?」

 

「…ない……ぼうってするだけ…」

 

「……、…っ」

 

「落ち着きなさい集。あなたがそんなんだといのりちゃんも不安になるじゃない」

 

「う うんごめん母さん」

 

春夏はウロウロと落ち着きなく歩き回る集を咎める。

 

「じゃあ今日は母さんが用事を休むから、集は早く学校に行きなさい」

 

「………母さん今日は大事な仕事なんでしょ?今日は僕が学校を休むから、母さんは仕事に行って来てよ」

 

「え?でもそれだと集が…ーー」

 

「僕の成績知ってるでしょ?一日くらい大丈夫だよ」

 

「…………」

 

折れる気配の無い集に、春夏はふうとため息を漏らすと、

 

「そうだったわね…集ってそういう子だったっけ……いいわ、学校には集が風邪って伝えとくから」

 

「いいの?」

 

「どうせ集のことだから、このまま学校に行ってもいのりちゃんの事が気になってろくに授業に集中出来ないでしょ?」

 

「ぐぬっーー」

 

図星をつかれた集が呻く。

 

 

 

 

「じゃあ行って来るけど、薬の場所は知ってるわよね?あっそれと…いのりちゃんが動けないからって、襲ったりしちゃダメよ?」

 

「しないよ!!」

 

集の反論を春夏は笑って受け流すと、ひらひら手を振りながら玄関の扉を閉める。

 

「…全く…」

 

いつもより調子のいい春夏にため息をつき、いのりの部屋へ戻ろうとした時、ひとつ思い出したことがあった。

 

「てっそうだ、葬儀社にこの事伝えなきゃ…」

 

自分は春夏がなんとかしてくれるからいいが、いのりも誰か学校に連絡する人物が必要だ。

 

自分や春夏が連絡するわけにもいかないので、必然的に葬儀社の誰かの手が必要になる。

 

集は携帯を取り出すと、葬儀社の番号にコールする。

 

『俺だ』

 

「ん?涯?」

 

てっきりツグミ辺りが出ると思っていたので、一瞬面食らう。

 

『そうだが…俺だとなにか不都合か?』

 

「いや、そんなことは無い。むしろ色々手間が省けた」

 

『なんだ。用件があるなら早く言え』

 

少しむっと来る言い方だが、涯が暇では無いのは確かな事実なので、余計な反発はしない。

 

「いやそれが…いのりが熱出しちゃってさ…。そっちで学校の方にそのことを連絡して欲しいんだ」

 

『なに…?』

 

電話の向こうにいる涯の声が、僅かに強張る。

 

『いのりが風邪だと…そう言ったのか…?』

 

「んっ、そうだけど…そんなに意外そうに言うこと?いのりだって調子に波があるんだから、風邪くらい引くでしょ?」

 

『……それもそうだな…、すまない考え過ぎた…』

 

「?」

 

なにを考え過ぎたのだろうか…?

 

『分かった。学校には俺の方から連絡しておこう』

 

「頼むよ」

 

『そうだ集、今日の夜に任務がある。お前も参加しろ』

 

集が携帯を切ろうとすると、涯が唐突にそんな事を言い出した。

 

「?…それって、いのりがいなくて大丈夫?」

 

『かまわない、この作戦は最初から俺とお前だけが参加する予定だったからな』

 

「涯と僕だけで?」

 

『詳細はおって連絡する。心構えだけはしておけ』

 

「ちょっと待って、いのりはどうするの?」

 

『後で看病にメンバーを送る。お前たちのよく知る奴を送ろう』

 

「わ…分かった。それなら…」

 

『以上だ。また後でな…』

 

「う うん、後で…」

 

集が言い切る前に通話が切れ、集は涯の言う任務に不安を覚えながら、ポケットに携帯を押し込んだ。

 

 

 

濡れたタオルを取り替えると、いのりが目を開けた。

 

「ん…」

 

「あっごめん。起こしちゃったね」

 

「今起きたところだから…」

 

いつもの調子で言ういのりだったが、赤い顔でベッドに横たわっているととても弱々しい少女に見える。

いつもと全く違う雰囲気に不思議な温もりが胸に湧き上がる。

 

『俺はいのりと特別な関係じゃないぞ』

 

「……、……」

 

(なんでこのタイミングで涯との会話を思い出すんだよ…)

 

「?」

 

顔を真っ赤に染めた集が悶えるのを、いのりは首を傾げる。

 

(落ち着けえ…そうだ、人間そう簡単に人に恋するわけがないんだ!僕がいのりが気になってるのも…きっとアイドルが急にこんな近くに来たからびっくりしただけでーーー、

 

GHQに逮捕されそうな時も、自分の事よりも集のことを気にかけ、自分が逮捕された時も、いのりは涯の命令を無視してまで助けに来てくれ、いつもどんな時も集を気にかけ最優先に考えてくれたいのり……。

 

(くそっ参ったよ…、やっぱりどうも、僕は本当にいのりが好きみたいだ……)

 

集は今度こそ本当に自分の気持ちに確信を得た。

 

「シュウ…ごめんね」

 

集があれこれ悶々と考えていると、いのりがそんなことを言い出した。

 

「?どうしていのりが謝るのさ」

 

「だって…せっかく学校に戻れたのに……」

 

「…………」

 

(本当に…いのりは、自分がこんな状態なのに…)

 

「気にすることないよ。いのりがこの家に住んでる以上、いのりだってこの家の一員なんだ」

 

「でも…!」

 

「それにこの前にも言ったでしょ?

僕はいのりと一緒にいたいんだ…これは僕のわがままで僕の責任なんだから、いのりはなんにも悪くないよ!」

 

「シュウ…」

 

「だからもし今度僕が寝込むようなことがあったら、その時はいのりが看病してね?」

 

「……うん…」

 

 

 

いのり薬を飲ませ、また眠りについたので、集は次にいのりが目を覚ました時のために、お粥を作ろうとリビングのキッチンへ向かっていた。

 

と朝と変わらずリビングのテレビの前に座るルシアが目に入った。

 

「……ルシア、いのり結構元気そうだよ」

 

「………」

 

「……えっと…、ルシアは様子を見に行かないのかなって…あはは…」

 

「なんで…?」

 

「なんでってせっかく同じ家で住んでるんだから、仲良くしても……」

 

「しゅうは、ルシアがいのりと仲良くして欲しいの?」

 

「うん、そーー「ムリ」っ!どうして」

 

即答されたので、さすがにむっとくる。

 

「いのりがルシアを" 敵 "だと見てるから…」

 

「えっ?それってどういうーー」

 

「ルシアは敵意を敵意で返すことしかできないから…」

 

「えっ?そんなの当たり前だよ。相手が自分の事が嫌いなら、自分だって相手のことを嫌いになるのは珍しくない」

 

「ルシアにとって…敵意や悪意は" 殺すことで返すもの "だから…」

 

「…殺すことで……?」

 

「それがどんなに小さくても、ルシアにとってのそれは相手を殺すための目印なの…」

 

『ーー排除、可能ーー』

 

「………」

 

ルシアの言葉がどれだけの意味があるのか、集には半分も分からない。

しかしルシアの言葉には、それまでのルシアの生き方が反映されてる気がした。

 

「……だから分からない……。集はあの時怒ってたのに…集からは敵意を感じなかった……ねえ、なんで?」

 

あの時とは、おそらく校門前の事務員のおじさんとの諍いのことだろう…。

 

ルシアは集の目をまっすぐ見て、答えを待っている。

 

「……たぶん…、ルシアを守りたかったからだと思う……」

 

「守る?」

 

「ルシアがもし、あのまま自分のわがままだけを通そうとしたら、それこそたくさんの人に恨みを買って一生敵意に囲まれて生活しなきゃならなくなる…だから、そんな悲しい未来からルシアを守りたかったんだと思う」

 

「……守るってなに?」

 

「…なんだろうね…、人が人を傷付かないようにすること…なのかな?」

 

「傷付く…怪我…?」

 

「まあ…それもあるし…一番は自分がその人のためになると思うことを、これが正しいって信じてやることじゃないかな…?」

 

集はほとんど、自分に言い聞かせる様に言っていた。

 

「人のためになることを……信じて…」

 

ルシアも集の言葉を噛み締める様に言った。

 

ポーン

その時、マンションの正面玄関の呼び鈴が鳴る音が響く。

 

(涯の言ってた看病に来たメンバーかな?)

 

集は呼び鈴の正面玄関のドアの開閉ボタンを押して、この部屋の玄関の鍵を開けるために玄関に向かう。

 

ピンポーン

丁度玄関の呼び鈴が鳴る。

 

「はーい、今行きます」

 

集は玄関を開ける。

直後に後悔した。

 

何故呼び鈴を鳴らした主を確かめなかったのかと…、

 

「あっ!集元気になったんだ!」

 

「ハ…ハレえ!?」

 

それは集のこれまでの日本の生活の中で、最も親しい少女だった。




デビルメイクライ4のスペシャルエディションが出るらしいですね!

まあ私はps4もXbox1も持ってないですけどねえ〜あははは………。


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#24隔意~temptation~

お久しぶりです皆さん。

またまたお待たせしてすみません。
ゴールデンウィーク中に更新したかったんですけど、携帯とpcが、同時に破損してしまいてんてこまいでした。

これから忙しくなるので、ますます遅くなる可能性が大。


豪華な装飾も、蝋燭のみの光源のおかげで広く薄暗い部屋では亡霊のように浮かんでいる。

 

亜里沙と向かいに座る男女は、上座に座る彼女の祖父に必死に言い訳を続ける。

 

バカな人達だと、亜里沙は表情にも出さず思った。

 

この男にとって、自分以外のあらゆるものは道具に過ぎない。

孫である自分ですら、この男の操り人形に過ぎない。

 

他人の苦しみも、努力も、この男には唾棄すべき廃棄物となんら変わらない。

 

「出来ない言い訳はいい。次は結果を持って来い」

 

自分にとっては予想どうりの返答を、向かいに座る男女は飛び上がるように驚き、必死に頭を下げる。

 

この男女は祖父に逆らうと、どれほど恐ろしい死に方をするかよく分かっている。

 

なにしろ自分に反抗する者は、実の息子とその妻共々抹消する様な男だ。

 

亜里沙は、自分の両親は交通事故によるものだと聞かされているが、本当の原因はわかっている。

 

全てはこの男がやったことだ。

 

 

「亜里沙」

祖父の呼ぶ声に、顔を上げる。

 

「明日のパーティには、同行してもらうぞ」

 

「はい。お爺様」

 

「いずれ裏の仕事もお前に任せる。そのつもりでな」

「はい。わかっています」

 

亜里沙は祖父に学校の生徒会長として以上の、笑顔を見せる。

 

 

ただガワと表面に塗り固めただけの、偽りにまみれた笑顔を…。

 

ーー ワカッテイマス、ワタシハ供奉院亜里沙デスカラ……。ーー

 

亜里沙は日々、自らを縛る呪いの様にこの言葉を繰り返す。

 

自分はきっと道具の様に使い尽くされ、捨てられる。

過去も、今も、未来の全てをこの男に利用される。

 

自由に恋することも許されず、決められた男と結婚させられる。

 

当然だ。

 

自分はこの男が、王として君臨する王国の奴隷の一人に過ぎないのだから……。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふう…、よし!」

 

祭は一度、深く深呼吸して、玄関の呼び鈴に手を伸ばす。

 

考えてみれば、こうして集の自宅に訪れるのは数年ぶりだ。

 

同級生達の中で、集と一番付き合いの長いのは自分だが、初めて会ったころだって中学一年の時、とっくに恋人でもない男友達の自宅に気楽に訪れるような歳ではない。

 

呼び鈴のベル音が、ドアの向こうに響くのが分かる。

 

花音からの「お見舞いに行けば?」という一言がなければ、祭はここに来ようという発想すら浮かばなかったかもしれない。

 

普段の祭ならば照れから拒否したかもしれないが、突然現れた楪いのりというライバルに祭は少し焦っていた。

 

しかも、いのりと集の距離は何故か妙に近く感じる。

 

今までのペースでゆっくりなどと、言ってる場合ではなくなった。

(今の立場に甘えてなんていられない……。これからは積極的に行かなきゃ!)

 

そんなこと考えている間に、玄関の鍵が開き、集が顔を出した。

 

「あっ!集、元気になったんだね!」

 

「は ハレえ!?」

 

「あっ、ごめんね?急に何も言わないで…」

 

「えっあ…ああいいんだ。で、どうしたの?」

 

集はたどたどしく答える。その内心、

 

 

(まずい…もしハレにいのりと同居してることがバレたら……)

集は祭に悟られないよう、扉を狭めて自分は外へ一歩出る。

 

「うん、え…えっと。あっ、こんばんは」

 

「あ、うん。こんばんは」

 

たどたどしいのは向こうも同じようで、集の行動に気付く気配も無い。

「その…お見舞いにって…。あっこれ学校の課題」

 

「あ、ありがとう。おかげ様で午後からは元気になったよ」

 

「本当?よかった…」

 

祭はそう言って胸をなでおろすと、

 

「あっ」

と声を上げた。

 

「?」

 

祭の目線を追うと、自分の傍から顔を覗かせるルシアの顔があった。

「あなたは…」

 

「るっ…ルシア!?」

 

祭は屈み込み、ルシアの顔を覗き込む。

 

「あっ、祭…これはその…!」

 

「ルシアちゃんって言うんだ。私は校条祭っていうの」

「は…れ?」

 

「そう。よろしくね」

 

「………」

 

「この子、集が留学先の知り合いとか?」

 

「う…ううーん、えっと」

 

集が答えに迷っていると、祭がルシアの肩越しに見たものに、先ほどよりさらに目を見開いた。

 

「ゆ…楪さん!?」

 

「えっ!?」

 

祭の声に後ろを振り返ると、いのりがおぼつかない足取りで廊下を歩いていた。

 

「いのり!?まだ歩き回っちゃダメだって!」

 

「…ーーんっ…」

 

「集、どうして楪さんがここにいるの!?」

 

ふらつくいのりを支える集に、祭は混乱した様子で問いかける。

 

「それは…その……」

 

集も混乱しているため、咄嗟に返答することが出来ない。

 

 

「……まさか、い一緒に住んでる…とか…」

 

いのりを協力して支えながらベットに寝かした後、祭はついに核心を突いて来た。

 

「…………うん、実は…そうなんだ」

 

「ーーっ!!?」

 

「わ 訳があるんだ!!」

 

集は春夏に話したのと同じ、意地悪ないのりの兄から匿っていると話した。

 

「…………」

 

「だから、別に不埒な事は無いから。ーーうん」

 

「……事情は分かったよ。ありがとう話してくれて」

 

「ううん。僕の方こそ黙っててごめん」

 

「しょうがないよ。こんな事、ほいほい言い回ってたら大変な事になるよ?」

 

そう言って、祭は集に笑いかける。

 

「はは…それもそうか」

 

「……………」

 

「…ハレ?」

 

急に祭は黙り、考え込む。

 

「ーー………うん、決めた」

 

長い長考を終え、祭が顔を上げる。

 

「集!今日は私も泊まる!」

 

「……はあっ!!?」

 

覚悟を決める様な真剣な表情で言う祭に、集から変な声が漏れた。

 

「泊まって、楪さんの看病を手伝う!」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ。そんなこと言ったって祭、明日の学校は!?おじさんとおばさんには何て言うの!?」

 

「大丈夫、明日は日曜だし、お父さんとお母さんにも上手く言っとくから」

 

「で…でも……」

 

「じゃあ集は楪さんの身体拭けるの?」

 

「うっ……。なんか、今日のハレは意地悪だね……」

 

「えへへ。今日だけじゃなくこれからは、もう遠慮したりしないって決めたからね」

 

祭は弾けんばかりの笑顔を見せる。

 

「遠慮って…?」

 

「さ、さて今からタオルを準備しなきゃ!」

 

祭そそくさといのりの部屋から立ち去って、洗面所へ向かった。

 

「……また、迷惑かけちゃったかな…?」

 

「……シュウ……」

 

「あっ、いのりごめんうるさかった?」

 

「ううん。ねえシュウ、…校条祭もシュウには大切な人?」

 

「えっ、それはもちろん」

 

集は面食らいながらも、迷いなく答える。

 

「どれくらい?」

 

「え?そうだなあ。少なくとも、学校の友達の中では一番かな?」

 

「……そう……」

 

いのりはその後すぐに、目を閉じ眠りについた。

 

(なんだ…?いのりはどうして急にそんなことを……)

 

 

『ひゃああああ』

 

「あっ……」

 

いのりの様子に頭を捻っていると、洗面所の方から可愛らしい悲鳴が響いて来た。

 

「……水道の蛇口が壊れてる事…言うの忘れてた…」

 

 

 

 

「ごめんね?床濡らしちゃった」

 

「いや、ちゃんと言わなかった僕が悪かったんだから……」

 

祭がびしょ濡れの髪をドライヤーで乾かしながら言うのを、集は申し訳なさそうに返す。

 

濡れた制服はベランダに干し、代わりに集の祭には少し大きめのパーカーとジャージの下を貸した。

 

一応、いのりが眠ったことを伝えると、二人はテーブルに向かい合って座ってた。

ちなみにルシアはわれ関せずと、ソファの上でテレビに没頭している。

しかし、今しがたあんな会話をした集には、少し複雑な気持ちでその様子を見ていた。

 

「それにしても、楪さんも大変なんだね」

 

「いのりもあれで結構苦労してるところがあるからね」

 

「………よく知ってるんだね…。楪さんの事……」

 

「んっ、ま まあね」

 

一瞬、祭の胸元に目が行ってしまい、集は慌てて目線を逸らした。

 

「あっ」

 

祭はその目線に気付き、顔を真っ赤に染めながら自分の胸元を両腕で抱き込むように抑える。

 

それがかえって胸元を強調することになってしまい、集はさらに視線を泳がせた。

 

「……集のエッチ……」

 

(わあわあ~〜。私なに言ってるんだろう!)

 

祭もさらに頭の中がパニックになりながら、顔面の温度も上昇させていく。

せっかく自分が望んでいたはずの憧れの男の子と二人っきり、という状況に対して祭は頭が真っ白になってパニック状態になっていた。

 

(どうしよう、せっかくのチャンスなのになにも思いつかないよお!)

 

 

ピーンポーン

 

「はうあ〜!!」

 

「うわっ!」

 

気まずい沈黙が流れている中、突然鳴り響いた呼び鈴に、祭は驚きのあまり奇声を上げると、それが恥ずかしくなって、真っ赤な顔はさらに赤く染まった。

 

「あ…、わ 私が出るね!!」

 

「う うん、ありがとう」

 

玄関に素早く駆けていく。

 

(なんか変だな…今日のハレ…)

 

それをボンヤリ見送りながら、集はふと思った。

 

(なーんか、忘れてるような……)

 

『やっほー、集いのりん襲ったりしてなーー…』

 

『ちょっとツグミ。玄関で止まらないでよ、入れないじゃーー…』

 

ドアが開く音が聞こえ、それと同時に二人の少女…ツグミと綾瀬の声が聞こえて来た。

 

「あっ…、助っ人頼んだんだった……」

 

玄関は、時間が止まったような静寂が流れていた。

 

 

 

 

「ちょっとあんた。これどういうことよ」

 

一応、いのりの友達に看病の手伝いを頼んだのだと、嘘では無いが全てを語らない形でザックリ祭に話すと部屋に上げてもらった。

 

「学校の友達が手伝いに来てたなら、私達いらないじゃない」

 

「いや、涯に頼んだ後に来たんだよ」

 

「ひょっとして、集の彼女さんかな?ん?ん?」

「いえ、彼女とかまだそういう……」

「ほう?" まだ "ということは、いずれはそういう関係になるつもりはあると……」

「はえ!?そ…それは、ーー」

 

ツグミが祭の気を引いてくれているおかげで、集は綾瀬と難なく内緒話をすることができた。

 

「とにかく、あんたは今すぐ近くの海岸公園に行きなさい。そこで涯とアルゴがボートを止めて待ってるから」

 

「分かった。……ボート?」

 

「そうよ、ボート」

 

「……まっ、いっか。あーハレちょっと外に出るけど……しばらく待っててくれる?」

 

ヒソヒソと声を潜めながら話し終えると、集は祭に外出の旨を伝えた。

 

「え?うん分かった。いってらっしゃい」

 

「お願いね。すぐ戻るから!……1日以内には……」

 

集は駆け足で綾瀬が言った、近くの海岸公園へ向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

集が海岸公園に着くと、綾瀬の言葉通り涯とアルゴが待っており、三人はろくな会話もないままボートで目的の大型クルーザーへ向かった。

船内に潜入した集と涯の二人は、更衣室でバッグに入っていたパーティー用のスーツに着替えていた。

 

「集、シャツの上からこれを付けろ」

 

そう言って涯が投げ渡した物は、パーティーには到底相容れないような厳ついホルスター付きのベルトだった。

 

「これは?」

「念のためだ」

 

「いざって時は人質でもとれと?」

 

「ふっ、使い所は任せるさ」

 

冗談めかしに言う集に、涯も笑みで返す。

 

集はコンパクトなナイフの収まったホルスターを背中に、ベルトの端と端を身体の前に止めると、その上からスーツを着る。

 

試しに鏡で自分の姿を横から見て見たが、ナイフがコンパクトのおかげか、違和感はほぼ無い。

前屈みにならない限り大丈夫だろう。

「でっ、船上パーティーに潜入してどうしたいの?」

 

集は窓から指のサインで、アルゴにボートと一緒に身を隠すように指示を出す涯に向かって尋ねる。

 

「話したい相手がいてな。しかしなかなか表舞台に出て来ない相手でな」

 

「だから強引に押しかけようって事?怒ったりしない?」

 

「そんな短気な様では、裏の世界で長くやってられないさ」

 

「…そう言われればそうかもしれないけど…。あっ涯ネクタイ曲がってるよ」

 

「……細かいなお前は…」

 

涯はそう愚痴りながら、ネクタイの形を正す。

 

「ここ十年くらい、ガサツな人達とばっかり暮らして来たからね。自然としっかりしなくちゃって思うようになるんだよ」

 

軽口もそこまでに、集と涯はパーティー会場へ向かう。

 

会場に出ると映画くらいでしかお目に掛からない、豪邸のような豪華な装飾の広々とした空間に、どう少なく見積もっても八十人強はいるスーツとドレスを着飾った男女が互いに談笑している。

 

「結構広いんだね」

 

「こういう場所は初めてか?」

 

「んーいや、一回だけ知り合いのお母さんに、ホームステイ先の人達と一緒に豪華クルーズに誘ってもらったけど…。ひどい目にあったから、あまり思い出したくないんだよ……」

 

昔、パティの母親が豪華客船で行われるオークションで、競りの対象になる物品の警護をダンテに依頼し、その付き添いで豪華クルージングに参加した事があったのだが、その中に百体の悪魔を封じた箱だという物が紛れ込んでいて、何かの拍子でその箱が開放され船内中に百体の悪魔が解き放たれるという、悪夢のような出来事が起こったのだ。

当然、その悪魔達はダンテの手で全て討滅されたが、それでも五百人乗客の三割程が惨殺された。

 

あの事件以上に無力感を味わった事は、集には無い。

 

(僕は…なにも出来なかった……。殺されていく人達を目の前にして、パティとニーナさんを口だけで励ますことしか出来なかった……)

 

『お前が二人を守ったんだ』

 

全てが終わった後、ダンテにそう言われた。

 

『あなたのおかげよ。ありがとう、シュウ』

 

パティとその母親にも、そう言われた。

 

(なんで……僕はなにも出来てないじゃないか!悪魔を倒して、人々を助けたのは、全部ダンテ!僕は助けられたかもしれない人達を、むざむざ死なせただけじゃないか!)

 

まだ幼かった自分は、その叫びを胸の中に封じ込めた。

 

 

「なにをボケとしてるんだ集」

 

涯の声で、集は現実に戻される。

 

「ごめん」

 

「まあいいさ。あれが目的の人物だ」

 

涯が目線で示す場所に目をやると、ドレスを着た女性と話す老人の姿があった。

 

集は老人ではなく、老人と話す女性を見てギョッとする。

 

「げっ、母さん…」

 

「桜満春夏か」

 

「ごめん涯、ちょっと僕は隠れてるね」

 

そう言って集は、春夏が何かの拍子でこちらを向く前に、その場を立ち去る。

 

(まずいぞ、母さんが言ってたパーティーって、この事だったのか!)

 

集はほとんど走るような歩きで、人が壁になる場所に飛び込む。

しかし急いでいた拍子に、人の影に隠れていた女性にぶつかってしまった。

 

「きゃっ」

 

「あっ、すみません」

 

「いいえ、こちらこそ……桜満君?」

 

「え?」

 

よく見るとぶつかった女性は、白いドレスを身につけてはいるが間違い無く、集の学校の生徒会長である供奉院亜里沙だった。

 

「なんであなたがここに……」

 

(ま、まずい!まさか会長までここにいるなんて!!)

 

集は無言で回れ右して、素早く亜里沙から距離を取る。

 

「まっ、ちょっと!」

 

今度は早歩きなどでは無く、完全に走っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

沿岸の防波堤に波が何度も打ち寄せる音が、夜の停泊場。

 

そこに四人の男の姿があった。

ダリルに、嘘界、ローワン、そして白い歯を大きく見せて笑う、ダン・イーグルマン大佐。

 

嘘界は目の前の男に興味無さそうに携帯をいじっており、他の二人は気怠そうな表情を浮かべている。

そんな三人のことを知ってか知らずか、ダンは無駄に爽やかな笑顔を三人に見せる。

 

「格好つかないだろ?着任したからには、一発で決めないとさ!三人は今日付けで俺の部下になったんだから、ガッツ出して行こうぜ!!」

 

仮面とマントでも着ければ、そのまま一昔前のアメコミのヒーローのになりそうな鍛え抜かれたボディに、これまた無駄にでかい声を張り上げてダンは言う。

 

「お言葉を返すようですが。イーグルマン大佐」

 

「ダン!!親しみを込めてダンと呼んでくれ!!」

 

「は…はあ……、あのミスター・ダン」

 

ローワンはダンのアメリカン独特のテンションに若干引きながらも話しを続ける。

 

「このドラグーンは地対空ミサイルでして、洋上の艦艇を撃つようには……」

 

ローワンは後ろのミサイルを積んだ数台の大型車両を示しながら言う。

 

「俺が自由に出来るミサイル砲と言ったら、ここにあるドラグーンだけだからね!でも大丈夫さ、上に上がるなら…横にだって飛ぶからねっ!!」

 

「……………」

 

「……………」

 

「その標的となる艦艇というのは?」

 

虚界は相変わらず携帯から目を離さない。

 

「ナイスな質問だスカーフェイス!!」

 

「嘘界です」

 

「GHQに反抗的な日本人が船上でパーティーをする。おそらく防疫指定海域外でテロリストと取り引きするつもりなんだね」

 

ダンは黒く塗り潰したような海と、若干雲のかかった星空の境にある水平線を指しながら言う。

 

「ちょっと待ってください!民間人が乗る船をもろとも爆破するつもりなんですか!!」

 

「確かに…だけど、日本と今後の世界のためにテロリストは確実に排除しないといけないんだよ。彼らには可哀想だけど、尊い犠牲になってもらうことになるね」

 

「ーーーーー」

 

ローワンは今後こそ絶句した。

まさかこの男がここまで頭でっかちだとは想像していなかった。

 

「どこからそのような情報が?」

 

「善意ある市民からの通報でね!」

 

ダンは三人に爽やかなウインクをして言った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「では私はここで」

 

「うむ」

 

春夏の言葉に、老人は短く答える。

 

「桜満春夏 君」

 

立ち去ろうとする春夏を、老人は呼び止める。

 

「あれは、事故だよ。哀しい事故だ。君が背負う必要はない」

 

「……いいえ、あれは私自身にも責任のあることなので……」

 

失礼しますと、おじぎをして春夏は今度こそ、その場を後にした。

 

「……………」

 

あの女性は今後も、自分の息子にした罪を背負い、さらにはその罪の要因となった物に自ら近づき、さらに罪を重ねるのか。と老人は他人事ながら、女性を哀れんだ。

 

「人間とは……、全くもって業深い」

 

「同感です。供奉院 殿」

 

春夏と入れ違いに老人の前に立った男に、ボディガード達は懐の銃に素早く手を伸ばす。

しかしそれ以上の行動を老人の手が納めた。

 

「君を招いた覚えはないな…、葬儀社の恙神涯 君」

 

「残念。ですが次のパーティーには、招待していただけると思いますよ」

 

「ほお葬儀社≪きみら≫と繋がれと…。して 儂に何の得がある?」

 

「買っていただきたいのです。日本の未来を…」

 

 

 

「もう、どこへ行ったのかしら…」

 

会場を出た集は自分を探し回る亜里沙をやり過ごすために、通路の脇に置いてある大きめの瓶の、そのさらに後ろにあるカーテンの裏に身を隠していた。

 

(まだ諦めてくれないのか…)

 

集はほぼ密着状態にあるガラス張りの窓の反射から、亜里沙の姿を確認した。

 

「今晩は供奉院さん」

 

辺りを見渡し、一向にその場を離れそうになかった亜里沙に数人の男性が声を掛けた。

 

「今晩は皆様。楽しんでいますか?」

 

亜里沙からさっきまでの気配とは一転、あっという間にお嬢様としての顔になる。

 

男性と食事の共に誘われた亜里沙は、少し後ろ髪を引かれるような様子で、その申し出を受け入れる。

 

「はあー」

 

亜里沙の姿が見えなくなると、集は止めていた息を思い切り吐き出した。

 

危なかった、見つかるのはほとんど時間の問題だったから、打つ手が尽きていた。

 

「セフィラゲノミクスの桜満です」

 

カーテンの裏から出ようと頭を出そうとした集は、急いで引っ込める。

 

(今度は母さんか…、くそ〜会長もいつ戻って来るか分からないのに!!)

 

「その節はどうも、おかげで研究予算が減らされることは無くなりました」

 

「…………」

 

春夏は眼鏡の知的そうな男性と話している。

 

(そう言えば…母さんが仕事してる様子って、初めて見たかも…)

 

家にいる時とは全く違う姿だ。

しっかりとしていて、頼り甲斐のある、普段のダラけた姿は全く想像出来ない。

 

なんとも言えない感覚になっていると、胸ポケットに入った携帯のバイブレーションが、集の脈を若干乱す。

 

「もしもし?」

 

『集、急いで涯に伝えて!ドラグーンがその船を狙ってる!!』

 

相当に切羽詰まったツグミの声のが耳を激しく打つ。

 

「ドラグーン?」

 

ツグミの声が春夏に聞かれるのではないかと、本気で心配になりながら、集は聞き返す。

 

『戦術ミサイル!商業用の船なんか紙同然よ!』

 

「なっ、戦術ミサイル!?」

 

『早くその船から脱出して!!アルゴのボートをそっちに送るからそれでーーーー』

 

(っーー、母さん…)

 

集は談笑する春夏を見る。

ほんの僅かな後に、春夏は船と、他の多くの人々と一緒に海に沈む。

このまま脱出すれば、いつだって無遠慮でだらしがなく、どんな時にも集に笑顔を見せることを止めようとしなかった母が家に帰ってくることは、二度と無くなる。

 

『ちょっと集!きいてるの!?』

 

「っーー!!」

 

そんなことになってたまるか!春夏も、集には出来ないやり方で、家族を守ろうとしている。

なら、自分も春夏を守らなければ。

春夏自身では守れないものからは、自分が守らなければ。

 

また、家族を失っていいわけがない。

 

「…僕と涯でなんとかする。今この船を守れるのは、僕達だけだ」

『そ、そんなこと言っても…』

 

「この事を涯に伝える。一回通信を切るよ」

 

『え ちょっ、待っーーー』

 

ツグミの声を最後まで聞く事無く、集はツグミとの通信を切ると、涯の無線機に繋げる。

念のためと教えられていたものが、役に立った。

 

「涯!GHQのミサイルがこの船を狙ってるってツグミが!」

 

『船ごとやるつもりか…、大胆なのか単なる馬鹿だな』

 

「命令しろ、涯。この船を守る方法を教えるんだ」

 

『ーーーーー』

 

集は涯からの言葉を待った。

 

 

 

洋上、何かが飛び出して来そうな程の塗り潰されたような闇色をした夜の海の上を、いくつもの赤い彗星のような物が通過していく。

 

赤い線を描き、ミサイルは船に向かって無慈悲に向かって行く。

 

 




いのり、祭、綾瀬、ツグミ、ルシアのあれやこれは、また番外編でやりたいと思います。


DMC4seのバージルプレイ動画かっけー!
疾風居合い超スタイリッシュ


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#25人形~marionette~

生爪剥げた。




痛い……


まぶたの裏で何度も瞬く光点が見えた。

呆然と睡眠から覚めた頭で、まぶたを閉じたままその光に注目する。

すると光は水に垂らしたインクの様に広がると、ノイズの掛かった陽炎のようにゆらゆらと揺らめくようになる。

 

なんとも言えない程、不気味な光景だった。

徐々に視界を覆うノイズは、まるでブラウン管越しに見る地獄の入り口だ。

いのりはそこに落ちる恐怖よりも、そこから何かが飛び出して来そうな恐怖にかられた。

 

 

「ーーーっ」

 

急に勢いよく上半身を起こしたせいで、頭が殴られた様に痛くなる。

しかしいのりはそんなこと一切気にならなかった。

自分が見た夢がただの夢ではないような気がしてならない。

 

「……シュウ…っ」

 

根拠もなく、しかし確かな確信があった。

 

ーーー集に危険が迫っている。ーーー

 

いのりがベッドから立ち上がろうとした時、部屋のドアが音もなく開かれた。

 

「?」

 

一瞬看病しに来た三人の内の誰かだと思ったが、もし彼女達だったらノックか声は掛けるはずだ。

「………いのり…」

 

「………ルシア!?」

 

部屋に入ったルシアはしばらく黙っていのりを見ると、静かにいのりに歩み寄る。

 

「ーーっ!!」

 

いのりは素早く周囲を見渡し武器になるものを探した。

彼女がその気になれば、今の弱っている自分を殺すことなどわけない。

 

 

「いのり……、しゅうが危ない…」

 

「……えっ?」

 

その時、いのりはルシアの言葉で動きが止まった。

 

ルシアは集を襲撃した時からは想像出来ない力強い目で、いのりの顔見つめた。

 

「わたしは、しゅうを助けたい」

 

(この子は、本当にあの時の子と同じ人間なの……?)

 

いのりは戸惑っていた。

ルシアが嘘をついているようには見えない。

 

「どうして…、それを私に言うの?」

 

「……いのり なら、ルシアの気持ち分かると思ったから」

 

「………………」

 

ルシアが敵になるまだ可能性はある。

そして、何故か全くルシアを警戒する気がない集を殺すことなど、わけないだろう。

 

だからいのりは、出来るだけルシアから一定の距離を取り、少しでも妙な行動をとるようならーーーー、

 

「いのり…」

 

「…………」

 

いのりの敵意をルシアは鋭く感じ取っていた。

それでも、ルシアはいのりと集を守りたい気持ちを共有したかった。

それで、何かを得られる気がした。

 

 

「ルシアは…助けたい、しゅうを…」

 

大切な何かを……ーー。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まったく、桜満君はどこへ行ったのかしら……」

 

亜里沙は男性達との会話を適当なところで切り上げ、集の探索に集中していた。

 

面識はなかったが、彼の母親が研究主任であることは知っていた。

だから、ただ会っただけなら、さほど気にならなかったのだが、集の動転振りに不信感を抱いてしまった。

 

「亜里沙さん、ここにいたのですね」

 

「えっ?」

 

集を探して、辺りを見回していると、数人の男達が亜里沙に声をかけて来た。

「亜里沙さん、私とワルツを踊ってください」

「いえ、僕とお願いします」

 

男達はあくまで紳士的に、しかし目の奥を貪欲に光らせながら亜里沙に手を差し伸べる。

 

「あの…私は……」

 

「さあ、お手を…」

 

「…………」

 

(ただのダンスよ。…それに、覚悟していたはず。私に自由な恋なんて叶わないって。だから慣れなきゃ…知らない男性に触られることなんか……)

 

亜里沙はほんの数秒動かずにいたが、可憐な微笑みを顔面に貼り付けながら、最初に声をかけて来た男に手を伸ばした。

 

その時、その手を横から強引に掴む手があった。

 

「え……?」

 

「なんだ君は!!」

 

「悪いな…、こっちはロックなんでね」

 

亜里沙の手を取った涯が不敵に笑いながら言った。

 

「あ…」

「おい!!」

 

呆然と涯の顔に見惚れる亜里沙の手を引き、涯は人ごみをぬって進んだ。

亜里沙はただ、突然現れた男の荒々しいエスコートにおとなしく従うだけだった。

 

ーーーーーーーー

 

「は、離しなさい!あなたの様な失礼な方は初めてです!!」

 

船上で一番高い場所、展望台まで連れられた亜里沙は声を荒げながら、涯の手を振りほどいた。

 

「失礼、知り合いに似ていたもので…」

 

「お知り合い?」

 

「ええ…キャサリンと言いまして。昔飼っていたアルマジロです」

 

「な…ッ」

 

亜里沙は顔を真っ赤にして涯の頬に平手を打とうとしたが、涯は難なくその手を取り、優しく握り込むと言葉を続けた。

 

「本当に似ていたんですよ…。自分を守ろうと必死に身体を丸める姿が…」

 

「…ッ!!」

 

亜里沙は驚愕した。

学校でも、家でも、どこにいても誰も気付かなかった。

心の内にしまっていた臆病な自分を、目の前の今日会ったばかりの男が一瞬で見破った。

 

その事実に、亜里沙は頭を殴られるような衝撃を受けた。

 

「目をつぶって。これから君に魔法を掛ける…、本当の君になれる魔法だ」

 

「本当の……私…?」

 

「そう、本当の君だ」

 

男の声と瞳は優しく蠱惑的で、まるで人間を堕落へ誘う悪魔の甘い囁きを想像させた。

 

もしそうだとしても、亜里沙には涯が今までと、これからの自分うを救ってくれる救いの主のように見えた。

 

(なれるものなら、なりたい……)

 

家の名を常に背負い、学校でも、パーティーでも、何時でも何処にいても供奉院亜里沙としての仮面と重みと共に生きていく。

そこから解放されて生きて行けるなら、どれだけ素晴らしいことだろうか。

 

(この人なら私を変えてくれる…?ううん…、変えて欲しい…)

 

亜里沙は涯の言葉に従い、目をゆっくり閉じた。

 

「三つ数えたら目を開けて。動かないで」

 

「三…。二…ーー」

 

「……」

 

周りの状況に変化は無い。

身体に吹き付ける海風も、目を閉じる前と変化は無い。

 

「一…。ゼロ…」

 

亜里沙はゆっくりと目を開け、目の前の人物に目を見開いた。

 

「…っ!!桜満君!?」

 

「すみません!!」

 

集はヴォイドエフェクトが浮かび上がったフロアを蹴り付け、右手は光を放ちながら、亜里沙の身体の中に沈み込んだ。

 

「う…ああっ!?」

 

「うおおおお!!」

 

集が差し込んだ右手を引き抜くと、右手に岩石のような形状をしていた物が、どんどんその本来の姿を形作っていく。

 

花のような形状をしている物が、集の手の平に浮いていた。

ただ花というのもあまりに巨大で、人一人乗れそうなものだった。

 

「来るぞ集!」

 

その正体を確かめる間も無く、こちらに一直線に飛び込んでくる赤い物体があった。

 

「っ!!」

 

集はほぼ本能のまま、花の中心にあるビーチボールサイズの球体を鷲掴むと、ミサイルに向けた。

 

すると花弁は、集の意思に従うかのように、球体を離れて船体の前に展開された。

 

「たのむ…」

 

集は祈る気持ちで、船体前で壁になる花弁を見つめた。

 

そしてその瞬間、ミサイルは花弁に衝突し、赤い炎を上げ燃え上がる。しかし、花弁は微動だにしない。傷一つ付かない。

 

「これは…ーー」

 

「弱い自分を纏う、臆病者の" 盾 "……。それが供奉院亜里沙のヴォイドだ」

 

「……盾の…ヴォイド……」

 

後ろで亜里沙を抱える涯が、集の考えを裏付けるように言う。

 

『ドラグーン続けて発射、着弾まで五秒前』

 

涯の携帯から、四分儀がカウントする。

 

「ーーー」

 

「ーーっ!」

 

涯の無言の指揮に、集は力強く前方の上空を見据える。

 

上空には二十はあるであろう、何発ものミサイルが降り注ぐ。

 

「集!そのヴォイドは使う者の意思で自由に操れる!大きさもコントロール出来る!」

 

「分かった…」

 

集は静かに答えると、迫るミサイル群に集中する。

 

(そういえば、ダンテにも似たような鍛練やらされたっけ…)

 

その意識の外で過去の記憶を思い起こした。

 

 

鍛練の内容は、ダンテが投げる石を剣の代わりの棒で全て撃ち落とすという単純なものだった。

 

(ほとんど全部打ち落とせた事無かったな…)

 

そんなことを考えている間に、集は既に4基のミサイルを打ち落としていた。

 

(それに比べれば…こんなの、

 

「簡単過ぎて退屈だよ!!」

 

集は手に握る球体を柄に見立て、横一文字に振る。

 

盾はその軌道にズレなく沿り、ミサイルを打ち、弾き、砕く。

 

ダンテが鍛練時に投げる石は、適当に投げているように見えて、意思と思惑が入っていた。

 

石の死角となる影に別の石を投げたり、打ち落とした直後に対処出来ないタイミングで次を投げたり、それに比べれば飛んでくるミサイルは意思の篭っていないただばら撒きで、しかも噴射口の推進剤のおかげで軌道が読みやすい。

 

集は盾を大して大きくする必要なく、打ち落とすことに苦労をすることも無かった。

 

だが気は抜けない。

 

(母さんはパーティー楽しんでるかな…?僕が近くでこんなことしてるって知ったらどう思うだろう…)

 

自分にはこんなやり方でしか家族を守れない。

 

だが同時にこれは自分にしか出来ないやり方だ。

 

(母さんはずっと僕の" 家 "を守っててくれたんだ…。だから、今度は僕が母さんを守る!)

 

残り十発程のミサイルは、船へ向けて一直線に突っ込んで来た。

 

 

涯はその光景に圧巻されていた。

 

自分の胸辺りまでしか背丈の無い少年は、まるで剣技を織り成しているかのようにーーいや、球体の先に盾があるせいで、まるで傘を持って舞踏を舞っているように見えた。

 

集は楽しそうに笑っていた。

舞い落ちる火の粉とミサイルの破片は、まるで雪のようだった。

 

「……やはり、お前には敵わないな…集」

 

花火に似たミサイルの炸裂音のおかげで、涯の呟きは集にはもちろん、涯自身にも届かなかった。

 

やがて、ミサイルを全て打ち落とした集が降り注ぐ灰の中をゆっくり涯に向けて歩み寄った。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「ああ…、君達に第二次ルーカサイトを防ぐ手立てがあることは理解した」

 

集と涯以外で唯一、状況を理解している供奉院グループの総帥が、窓から降りしきる火の粉を見る。

 

「是非もない…目の前で見せられれば信じる気にもなる。取引は成立だ」

 

『ありがとうございます。涯にはそのように伝えます』

 

四分儀の言葉を最後まで聞くことなく、老人は電話を切った。

 

周りでは他の乗客達がさっきまでの爆発を、花火だと思ったのか。

歓声と拍手が止むことなく続いている。

 

(死にかけたとは知らず…呑気なものだ…)

 

しかし、老人も体内だけ若返ったかのような、不思議な高揚感が満ちていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

空中から、パラパラとミサイルの破片が降り注ぐ。

 

「………」

 

「………」

 

その光景を背に集はいたずらっぽく、涯はいつものように不敵に笑い合った。

 

「!」

 

ふと、涯のすぐ後ろの頭より少し高い位置に、赤い光点が見えた。

 

集達が立っている場所は、船で一番高い屋根の無い展望台だ。

 

光が反射するような場所も赤い電灯も無い。

しかも赤い光は広がり、強まっていく。

 

本来なら強くなる光の中央は白くなるものだが、その赤い光は代わりに穴のような黒が中央から広がっていた。

 

集はその現象はイヤになる見て来た。そして、その意味も知っている。

 

「後ろだ涯!!」

 

集が叫んでいる最中に穴から、人間の身長より一回り大きい古ぼけた大きな人形が、カタカタカタと骸骨が笑うような音を立てながら、穴から滑るように現れた。

 

「っーー!!」

 

涯が振り向いた頃には、人形は手に持った半月刀を涯の頭目掛けて振り下ろした。

 

「がっーー、ぐ!!」

 

半月刀は間に飛び込んで来た集の背中をえぐった。

同時に、えぐられた背中から血が吹き出す。

 

「うぐおおおおおお!!」

 

痛みよりも背中に異物を押し込められる違和感に、集は眼球が締め付けられるような頭痛を感じながらも、人形の顔面に思い切り蹴りを入れた。

 

その反動で集は涯と亜里沙を抱えながら、人形からある程度距離を取ることに成功した。

 

「っーー」

 

「集、お前また!」

 

「大丈夫……。これぐらい、慣れっこだって…」

 

「ーーーーっ」

 

そう言いながら集は涯に盾のヴォイドを手渡すと、ふらふらとおぼつかない足で立ち上がる。

 

すると背中から真っ二つになったナイフとホルスターがこぼれ落ちた。

 

(これが無かったら背骨と腸まで真っ二つにされてたな…)

 

と言っても背中の傷は指が埋まりそうになる程、深い。

それに、武器となる物も無くなってしまった。

 

(『マリオネット』か。倒せない相手じゃないけど、丸腰はまずい…)

 

しかもマリオネットが出現した穴から、新たにマリオネットが次々と出現していた。

その数は五体、八体と増えていく。

 

「ーーうっ!」

 

冷たい風が集の傷口を触る。

それだけで集の視界は真紅に染まる程の痺れを感じる。

 

集はナイフのホルスターの上に着ていたスーツを脱ぎ捨てる。

 

血に濡れたスーツは、ベシャッと水気のある音を立てて展望台の甲板に落ちる。

 

「集!」

 

「っとーーふ!!」

 

涯の声に振り返ると、集に向けて真っ二つになったナイフより、ふた回り程の大きさのサバイバルナイフが飛んで来た。

集は左手に逆手で飛んで来たナイフを掴むと、飛び掛かるマリオットの一体の胴に斬りつけた。

 

集は胴を斬ったマリオネットを蹴り飛ばすと、続けて背後まで迫っていたマリオネットの首筋にナイフを突き立て、テコの原理でその首をねじ切り飛ばした。

 

首を失ったマリオネットが崩れ落ちるのと同時に、周囲のマリオネットは初めて集を血を吸う獲物から、敵と認識した。

 

集は一度涯の方を見ると、涯は追い縋るマリオネット達をヴォイドとサイレンサー付きのハンドガンで牽制していた。

 

亜里沙を抱えながらも、見事な奮闘ぶりだ。

 

(とりあえずあっちは問題無しか…)

 

正直に言えば集の方が状況は深刻だった。

 

ただでさえ背中に浅くない傷を負っている上に、涯の方へ行くマリオネットの数を出来るだけ減らそうと、標的を一身に受けているために戦況は苦しくなる一方だ。

 

(どうする、使うか?)

 

ひとつの思考が半魔人化を提案する。

 

しかし、集はそれを却下する。

 

(だめだ!ここで魔力をいたずらに消費したら、本当に終わりだ)

 

確かにトリガーを引くことで、戦闘能力は飛躍的に上がるし、背中の傷も完治出来るだろう。

半魔人の持続時間も、つい一週間前と比べると比較にならないレベルで上がっている。

 

問題なのは、トリガー使用後に来る動けなくなる程の疲労感と虚脱感だ。

敵の数が分からないのにそんなことになれば、さらに絶望的な状況に追い込まれかねない。

 

現にこうしてる今も新たな穴が現れ、そこから次々にマリオネットが出現していた。

 

その数は今や、十四体に増えている。

 

(まずい、このままじゃ数で圧される!)

 

集の正面の一体が短剣を振り下ろした。

 

「づう!!」

 

集はナイフを縦に立て、マリオネットがクロスに振り下ろした短剣を止める。

 

下級悪魔とはいえ、高校生に止められる程生易しい重さではない。

 

「ぐっーーあぐ…」

 

組み合った刃物は失明しかねない程、眩い火花が散る。

 

その時、集の真横から別のマリオネットが集目掛けてナイフを飛ばした。

 

「!!」

 

身体に吸い込まれるように向かって来るナイフを見た集は、わざと後ろに倒れ込んだ。

 

集の身体を倒そうと押し込んでいたマリオットは、一緒に倒れ込み集に当たるはずだったナイフの直撃を受けて吹っ飛んだ。

 

「ぎっーーぐ」

 

受け身無しで背中から倒れた集は驚いた。

 

自分が倒れ込んだフロアが、真っ赤に染まっていたのだ。

 

背中を見えないバットで殴られているような激痛が、何度も襲う。

 

カタカタカタ

 

ガチャガチャガチャ

 

激痛に呻く集を嘲笑うかのように、マリオネット達は次々と手に持つ刃物を投げ飛ばして来た。

 

刃物は空一面を銀の蜂の大群のように覆い、集に殺到する。

 

「集!!」

 

「っ!!デビルトリーー」

 

迷っている暇は無いと判断した集は、半魔人化を発動させようとした時、

 

ーーその顔に、疾風が吹き付けた。

 

目の前降り立った小さな影は、集の目前まで迫っていたマリオット達の刃物を次々に弾き落とした。

 

目の前で何度も弾ける視界を覆う眩い火花と、雨の様に打ち合う金属の音。

 

それしか現象として把握出来なかった。

 

やがて閃光から解放された視界が、ようやく周囲の光景を捉えることが出来た。

 

絹のような赤毛が最初に目に入った。

 

「ーーールシア……?」

 

両手に二刀のククリ刀を持ったルシアが、マリオットの行く手を阻む様に集の前に降り立っていた。

 

 

 




マリオネットがマリオットになっていることに、投稿する直前に気付いた。

まだ爪が剥げたところが痛い……。

次の話を書くまでに治るといいな……。(←ヘタレ)


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#26守人~wind of guardian~

DMC1でシャドウの技で最初に現れた時にもやった飛鳥文化アタックのシルエットが昭和ガメラ怪獣のギロンに見えてしょうがない。



………………うん

何を言ってるのか私にもよく分かりません


 

ツグミは困惑していた。

 

祭がスポーツドリンクを買いに行っている時、突然いのりとルシアが目の前に来て

 

「ツグミ、シュウが危ない」

 

「へ?急にどうしたのいのりん?」

 

「お願いがあるの」

 

「……」

 

彼女がここまで真剣な表情をするようになった事に、ツグミは純粋に驚いた。

 

「ルシアを……ルシアをシュウの所に送って」

 

「なんでまた……」

 

「……なんでかはわからない…けどわかるの。

シュウが危ない……」

 

 

 

いのりの目に小さな雫が見えた気がした。

 

 

 

断れるはずが無かった。

 

今まで無表情だと思っていたいのりにあんな表情をされて、茶化す勇気など微塵も湧かなかった。

いのりに言われるまま、ルシアをふゅ〜ねるを通してアジトまで案内すると、ヘリで涯達が交渉を行っている船の上空まで来てしまった。

 

『あ〜〜勢いで来ちゃったけど、後で絶対っ涯達にどやされる〜〜〜』

 

ツグミの声を発しながら、ヘリを操縦するふゅ〜ねるは頭を抱える。

途中、ミサイルを全て迎撃したという情報を聞いて、一時は喜んだが、正直なところツグミの精神状態はそれどころではなかった。

 

いのりの気迫に圧されたとはいえ、自分がここまで命令外の行動をすることになるとは思わなかった。

 

当然、抜かりなく政府の航空感知には引っかからないように細工をしておいたが。

 

ここまで大袈裟な事をしておいて、何も無かったら笑いモノだと、ツグミがこの行動に見合うだけの出来事を望むことを誰が責められるだろう。

 

『でっ言われた通りここまで連れて来たけど、これからどうするの?』

 

「……」

 

後部にいるルシアに尋ねながら見て、思わず変な声が出た。

 

ルシアは後部のスライド式のドアを開け、腰にかけたククリ刀を抜くと、はるか下の船を見ている。

 

『ちょっとまさか降下する気!?』

 

「…………」

 

ツグミの言葉には答えず、ルシアの小さな身体を漆黒の海に投げ出した。

 

ツグミの目にはルシアがパラシュートをつけたかどうかさえ見えなかった。

 

『……なんなの…あの子……』

 

ツグミは驚く気にもなれず、呆然とその場を離脱した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ルシア…?」

 

集は目の前に降り立った少女は、ゆっくりと振り返る。

 

「ルシアなんでここに…」

 

「しゅうを死なせたくないから」

 

「どういうこと?こうなるって分かってたの?」

 

「なんでわかったかは……分からない…ーーー、

 

マリオネットがナイフをルシアの頭に向けて投げて来た。

 

「ルシア!!」

 

ルシアは振り返りざまに数本の投げナイフを瞬く間に弾き飛ばした。

 

「でも、分かったの…なにか来るって……。なにか、すごくイヤなモノが……」

「イヤなモノ…?マリオネットのこと?」

 

「" アレ "じゃない……けどすごく近い感覚…」

 

「……」

 

「思ったの…しゅうを死なせたくないって……」

 

「……なんで、会ってから何日も経ってない僕なんかを?」

 

ジリジリと距離を詰めていたマリオネット達はガチャガチャと生物感のない動きで、しかし獣のような悪意と凶暴性を持って集とルシアに飛び掛った。

 

「たくさんのこと知って、しゅうに教えてもらって……だから、思ったの……ーーーーー

 

ルシアは迫る二体のマリオネットの首を撥ね。

集は涯の銃に援護してもらいながら、一体の眉間にナイフを突き立てる。

 

「上手く言えないけど…しゅうが死んだら、つまんない…」

 

「ーーーーーー」

 

ルシアの刃に僅かに白い光が宿る。

 

「だから…しゅうを守りたい……。それがわたしにとっての、正しいことだから」

 

集は目の前の幼い少女の顔を見る。

彼女が今までどの様な日々を過ごしていたかも、なぜ魔力を保有しているかも含めて、不可解な部分は多い。

「………はは…」

 

集はなぜ自分がこの少女を放って置けなかったのか、ようやく分かった。

 

ーーこの少女はどことなく いのり に似ている。ーー

 

感情が無いのでは無く“知らない”。

 

そんな印象を受ける所も似ている。

そして、そんな少女だからこそ一度決めた事に一直線に突き通そうとする。

 

いくら止めても、“彼女たち”の耳には入らないであろう。

 

「……ルシアの気持ちは分かったよ。まずはこの木偶人形を全部蹴散らす!!」

 

「うん!」

 

指が埋まる程切り裂かれたはずの背中の傷は、とうに血が止まり、新しい肉が覆い始めている。

 

背後で牽制し、援護していた涯だけがその事に気付いていた。

 

集の身体にはそれ以外の変化は無い。

 

紅い靄を身体に纏うことも、髪が銀色に染まることも無かった。

だというのに集の身体には、かつて無い強い力が満ちていた。

 

 

 

マリオネットの大群に向かって、二人は突進するように駆け出した。

 

二人が話している間に、敵の数はゆうに五十を超え、展望の甲板を埋め尽くす勢いで依然その数を増やしていた。

マリオネットは本当に糸に吊るされているような挙動で、接近する二人に各々の武器を振り上げる。

 

「赤い服装の奴に気を付けて!見た目は変わらないけど他の奴らより少し能力が高い!」

 

「りょうかい」

 

集とルシアは再び飛来する刃物を身体を捻り、弾き、深く前のめりに屈みこんで躱す。

 

ルシアは屈み込んだ体制のまま疾風の如くマリオネットの脚を斬り結ぶ。

 

ルシアがククリ刀を振るたびに白い三日月の軌跡が現れる。

 

彼女が幼い少女ではなければ、戦いの女神にでも見えたかもしれない。

 

集も一体の敵を踏み台にし、空中高くから飛び蹴りで数体のマリオネットを一気に船外へ蹴り飛ばし、海へと叩き落とした。

 

マリオネットは高所からの落下で、海面に叩きつけられた瞬間にバラバラに粉砕される。

 

「…………」

 

「ばかっ。集中しろ!!」

 

集は何故か敵群から視線を逸らし、こちらを見るルシアを一喝する。

ルシアはこちらを見たまま、マリオネットが撃ったショットガンの弾を軽く躱すとカウンターのようにその敵に反撃する。

 

(…………余計なお世話だったかな?)

 

集も周囲に警戒しながら、ルシアの方を横目で観察していた。

 

彼女と戦った身でありながら、改めて彼女の戦闘スキルの高さには舌を巻く。

いのりがルシアを警戒する接し方を、集は間違えているとは思わない。

 

確かに彼女程の実力ならば、普段時の集など瞬殺することなどわけないだろう。

ただでさえ危険な程の力を持っているのに、さらにその全力は未知数なのだ。これで警戒しない方がおかしい。

 

だが同時に、集は彼女が再び敵に回ることはないという確信も持った。

もし彼女が集を殺すつもりなら、この場で刺し殺せばいい。

わざわざマリオネット群と敵対するメリットは無い。

 

だがそれ以上に彼女は自分を守ると言ってくれた。

 

集にとってはそれで十分だった。

 

集には自分の背中を守る小さな守り手が付いた。

 

だから集がすべきことはひとつ。目の前で自分達を殺そうとする悪魔を排除するのみ。

 

 

 

 

『シュウになにかあったら、許さない………』

 

桜満宅を出る前にいのりがルシアに言った言葉だ。

脅迫まがいの怒りと憎しみが込められているとも取れる言葉。

 

だが不思議なことに、そのいずれもいのりの言葉から感じることは無かった。

むしろ悔しさと辛さがいのりの言葉から感じられた。

ルシアは終ぞ、その正体に気付くことは無かった。

 

いのりの言葉はルシアでは無く、自身で助けに行けない無力な、いのり自身に対してのものと、そしてルシアへの懇願と期待が入り混じったものだと、ルシアにはまだそれが分からなかった。

 

 

 

「ルシア!!」

 

「ーーーーっ」

 

集が蹴り飛ばしたマリオネットの目元にルシアのククリ刀が潜り込む。

ルシアは突き刺した刀から手を離すと、もう一刀で動きの止まったマリオネットの首を撥ねた。

 

頭部に突き刺さった刀を引き抜くルシアの背後から迫るマリオネットを、集が投げたナイフが耳の部分に刺さる。

致命にはならなかったが、大きく動きを崩す。

 

刀を引き抜いたルシアは抜いた刀をそのまま集に投げ渡し、集のナイフが刺さったマリオネットが体勢を整える前に胴を真っ二つに斬り払った。

 

ルシアのククリ刀を空中で取った集は両手で柄を握り締め、袈裟斬りで真正面の一体に振り下ろす。

刀は左肩から右脇腹に通り抜け、マリオネットの身体は斜めにずれる。

 

そのまま集はまた一体の懐に飛び込むと、そいつの脚をすくい上げるように斬り上げると、崩れ落ちた所に振り下ろし、頭を輪切り状に真っ二つにする。

 

集のナイフを拾ったルシアは、集に向かって駆け出す。

ルシアはそのまま集に向かってナイフを投げた。

 

集は首を後ろに軽く倒してそれを避ける。

集もルシアのククリ刀を投げ渡す。

 

そして背後のマリオネットの胸からナイフを引き抜いた。

 

ショットガンや投げナイフなどの中距離の武器は、涯が盾で防いでくれているおかげで集達に届くことがない。おかげで二人は近くの敵のみに集中出来た。

 

涯が制御する盾のヴォイドが集とルシアの壁になり、足場になり、敵を打つ打撃になる。

 

三人の連携が確実に敵の数を減らしていた。

いつの間にかマリオネットが出現していた穴もいつの間にか閉じられ、その数も五十、三十、十と減らされていた。

 

(よしっ。このまま行けば……)

 

集は安堵の溜め息をつこうとしてーー、呼吸を整えた。

 

ダンテやレディ達に散々教えられたはずだ。

 

 

" 最後まで気を抜くな "

 

 

ましてや敵はまだ残っているのだ。

自分がルシアに言ったはずだ。『集中しろ』とーー

 

そう、まだ休んでいい時では無い。

 

 

集は周りに視線を走らせる。

 

背後ではヴォイドを操る涯。

 

やや離れた位置にルシア。

 

自分とルシアを囲もうとするマリオネット群。

 

そしてマリオネット群の後ろには、自分達が倒したマリオネットの残骸。

 

「!」

 

その残骸の一箇所が崩れ落ち、その中からマリオネットと同類のしかし全く違うものの影が立ち上がった。

 

「ルシア!!」

 

集はその影から一番近いルシアに声を上げた。

 

 

「!!」

 

ルシアが残骸から立ち上がった影に気付いた時、炎に包まれた。

 

集がルシアを抱えてその場に倒れこむ。

炎が集もろとも包み込もうとした時、盾のヴォイドが集とルシアの前に展開され、炎は盾に阻まれた。

 

立ち上がった影は確かにマリオネットに似ていたが、その姿はおよそ人間からかけ離れた姿をしていた。

 

フェティッシュというマリオネットの上位個体だ。

 

骨組みのような身体に、焔に包まれた車輪を両手に持ったマリオネットより悪魔らしい姿をしている。

原住民辺りの神の偶像として祀られていそうな雰囲気だ。

 

話しには聞いていたが、集はまだ出会ったことのない個体だ。

 

「……ルシア、こいつとは僕が戦うからルシアは残ったマリオネットをお願い」

 

「ーーーわかった」

 

力強く頷いたルシアは、七体ほどになったマリオネットに二刀のククリ刀を握り直し突進する。

 

集はフェティッシュの放った二つの火の車をサイドロールでかわす。

 

一層速く接近しようと地面を蹴るが、フェティッシュの二つの車輪が数段速くフェティッシュの手に戻る。

 

両手に車輪を戻したフェティッシュは両車輪を前に突き出す。

すると車輪から火炎放射器のように炎を噴射する。

 

全力で走っていた集は避けることも止まることも出来ず、炎の中にもろに飛び込んだ。

 

「集!!」

 

フェティッシュは炎に包まれた集を見て、木製のように動かない顔で微かに笑う。

 

しかし次の瞬間、無い表情が確かに凍り付く。

 

炎の中から銀髪に真紅の眼の半魔人化した集が無傷で飛び出す。

集は身体に紅い魔力を鎧のように纏い、炎は集を避けるように吹き抜けていった。

 

「っーーあああああああ!!」

 

集は魔力を纏ったナイフを引き絞る。

 

フェティッシュも同じように右腕の車輪を構え、投げた。

 

車輪は火の粉を撒き散らしながら、間近まで迫っていた集に激突する。

 

「っーーっーーーいーー」

(まずい避けーー)

 

集は魔力を纏ったナイフを立て、車輪を押し止める。

 

身体を捻れば避けることも出来た。だが、集はそれをしなかった。

(冗談じゃない!こんな攻撃……ダンテだったら片手で弾くぞ!!)

 

 

悪魔には階級が存在する。

 

下から下級、中級、上級、魔界の王に仕える腹心、そして頂点に立つ魔界の王である魔帝。

 

魔界で階級は悪魔の実力に比例する。階級が高ければそれだけ悪魔として力が強いことになる。

 

それで言えば、フェティッシュはどんなに高く見ても中級だ。

しかもその中で限りなく下級に近い。

 

(そんな魔界から見れば小さな虫のような奴の攻撃を…、いつまでもチョロチョロかっこ悪く避け続けてたまるか!!)

 

削り合うナイフと車輪は火花を雨のように集の顔に散らす。

 

「ぐっーーー!」

車輪はどんなに力を込めて押し返しても、僅かしか押し返せない。

 

「ーーっ!」

 

集は悔しかった。フェティッシュの攻撃を弾けないことそのものにではない。

 

(こんなにーー、

 

ただ、ーー

 

(こんなに力に差があるなんて…!)

 

ーー目標である師との力の差に嘆いていたのだ。

 

火の粉の向こうで、フェティッシュが左手のもう片方の車輪を投擲しようと片手を引き絞るのが見えた。

 

「!!」

 

もう半魔人の持続時間も十秒持たない。もう一つも返せるような時間は無い。

 

 

 

 

「ーーっ」

 

ルシアは右手側のククリ刀で青龍刀を阻むと、もう片方で胴を斬り払う。

 

二対のククリ刀は白い魔力を帯び、どの様な業物にも勝る代物となっていた。

 

「しゅう……」

 

集の方を見ると、フェティッシュが右手の車輪を振り上げようとしているところだった。集はもう片方の車輪に足を止められている。

その時、最後に残ったマリオネットがルシアの側頭部にショットガンの銃口を押し当てた。

 

「ふっーー!」

 

ルシアは銃身を蹴って狙いを逸らさせる。

しかし大きな狙いは避けることではなく、ーー

 

 

 

ズバンッ

 

凄まじい音を立ててフェティッシュにショットガンが命中し、怯む。当然放とうとしていた車輪は下ろされる。

そして集がせめぎ合っていた車輪を弾くのとほぼ同時だった。

 

なぜ突然銃弾が飛んで来たのか、その疑問は相手に出来た大きなスキの前に吹き飛んだ。

 

集は再びナイフに力を込める。

 

『ーーーー』

 

フェティッシュは集から距離を取ろうとしたが、背中に何か壁のようなものがあり動きを封じられた。

 

「行け。集!!」

 

それは涯が操る盾のヴォイドだった。

ヴォイドがフェティッシュの退路を断っていた。

 

紅い魔力を帯びたナイフがフェティッシュの頭を粉々に吹き飛ばした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ーーん、……え?」

 

船の一室で亜里沙は眼を覚ました。

 

亜里沙はソファから起き上がりながら、自分の状況が掴めず呆然としていて、ようやく向かい側のソファに涯が座っていることに気付いた。

 

「展望で突然気を失ったんだ。覚えてい無いか?」

 

「…いえ。とにかく運んでいただいたことには礼を言います」

 

「寝言を言っていたぞ」

 

「盗み聞きなんて…趣味の悪いことをなさるのですね」

 

涯はつい最近自分も集に同じような事を言っていたことを思い出し、少し笑う。

 

「下手くそなんだよ君は……」

 

「何がです?私は学業もスポーツも礼儀作法も全て完璧にーーー」

 

涯はドアまで追い詰められた亜里沙の頭に手を伸ばす。

それを見て、亜里沙は身体をビクッと跳ね身構えた。しかし涯の手はそのまま亜里沙の頭を優しくなでる。

 

「甘えるのが下手だ」

 

亜里沙は泣きたい気持ちになった。

ようやく真に心を許せる人が現れたと、そう思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どうしたの集…すっごく疲れた顔してるけど…」

 

「はは〜たい丈夫らよ?」

 

集はまるで舌に麻酔でもかけたかのように、口調に力が無かった。

 

「全く…、これじゃあ病人のいのりの方が元気じゃない。シャキッとしなさい」

 

「集、男がそんな口調で話しても気持ち悪いだけだよ?」

 

心配そうに集を見詰める祭に反して、綾瀬の視線は冷ややかだった。それより三人共しばらく目を離している間にかなり仲良くなっているように見える。

 

ルシアは帰って来てすぐにいのりが寝ている部屋に入り、なにか二人で話し込んでいる。

 

(よかった…。二人もちょっとは仲良くなったみたいだ)

 

嫌っている者同士が一緒の部屋に入って内緒話、これが進展ではなければなんと言うのか。

 

今度ルシアには、いのりと一緒に改めて今日のお礼をしようと心に決めた集は、椅子に座ったまま眠りについた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「ふーーむ…。まあマリオネット程度ではこんなものか…」

 

アリウスは手に持っていたグラスを手放し、椅子から腰を上げる。

 

「次も楽しみにしているぞ?桜満集…」

 

笑う。次の遊戯に思いを馳せ、明日も楽しみだと笑う。

 

 

 

 

 

狂気に取り憑かれ、汚れ、魅了された男は静かに暗闇に去って行く。

 

 

 

 




最初は前回と分ける予定じゃなかったけど、分けてよかった。

どうだろ?戦闘シーンもうちょっと短めにバッサリやっちゃっていいのかな?

慎重に丁寧にやった方がいいですかね?
一話一話が長くなって、投稿ペース遅くなるけど


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#26.5恋

はい、みなさま。
お久しぶりです

まず最初に、一ヶ月に一度更新を宣言した矢先にこんなに間が開いて、本当にすみません。

もう更新ペース宣言するのはやめます。

それと今回の話数、#26.5となっていますが、正確に言うと#24〜26に並行する話になります。

私うそばっかだね…………

よくないね


特に特筆する出来事も無く小学校を卒業し、そのまま流れる様に近くの中学に入学した。小学校の頃からの友達も多く入学したので、少女は何一つ不満無く中学に上がることが出来た。

 

そして中学の入学式から約一ヶ月学校にも慣れ始めた頃、少女のクラスに一人の少年が転校した。

 

「え〜とはじめまして。桜満集です」

 

大勢に注目されることに慣れていないのか、少年は気恥ずかしそうに頰をかく。

 

はじめに少年を見たときの印象は、ごく当たり前にいるような歳さながらな平凡な少年だった。

そして、(優しそうな人だな〜)ともぼんやり考えた。

 

聞けば少年はアメリカからの帰国子女だと言う。

「じゃあ…クラス委員長は校状だったか、桜満の面倒頼めるか?」

 

「あっ、はい分かりました!」

 

先生の言葉で少年と目が合う。

 

 

 

「校条さんですよね?これからよろしくお願いします」

 

「そんなに固くならなくていいよ。これから一緒に過ごすクラスメイトなんだから」

 

「ん?そう?じゃあこれくらいでいいかな?」

 

平行な線を引いていた肩が、わずかに下がる。

 

「……ふふ、うん大丈夫だよ?改めてよろしくね桜満君」

 

「よろしく校状さん」

 

思わぬ返しをする集に、祭は吹き出しそうになる。

 

(おもしろい人だなぁ)

 

それから放課後に、祭は校内を見たいという集に、校内を案内して周った。

 

「どう?だいたい分かった?」

 

「うん。校状さんのおかげで迷わずにすみそうだよ」

 

「そう、よかった。仲良くしようね」

 

気がつくと集は校庭でバスケットボール遊ぶ数人のグループに視線を向けていた。

 

「桜満君?」

 

「んっ、ごめん校状さん。なに?」

 

「いや用事があるとかじゃなくて、バスケ好きなの?」

 

「え?ちょっとやった事がある程度だからなんとも…」

 

「そうなんだ。凄く真剣そうに見てるからそうなのかなって?」

 

「うん。ただ…本当に、僕のいた場所と全然違うんだなって……」

 

「………ねえ、桜満君はいつから留学してたの?」

「五年くらい前だよ……」

 

「そうなんだ……」

 

そこから会話が途切れてしまい、祭は夕陽で赤く染まった集の顔を見る。

夕陽のせいもあり、元から赤っぽい集の瞳は血の様な真紅に見える。

 

同い年なのに、集の顔は妙に大人びて見え。

その瞳の奥は底が見えないほど深いものを感じた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「「なに?その惚気ばなし……」」

 

「えっ、ええ!?の、のろけって…ええ?!!」

 

暇だからと祭はツグミから、集の話を切り出され、流れで自分と集の馴れ初めを聴き出された。

『止めなさいよ。プライベートを…』っと、最初はツグミを諌めていた綾瀬も、いざ話が始まった瞬間に分かりやすいくらいしっかり聞き耳を立てていた。

 

ちなみに、ソファーの中心をルシアが陣取り、祭達から背を向けて、テレビを見ている。

あまり動いていないが寝ているのだろうか……。

 

「……なんか、あいつが普段学校でどんなかちょっと分かった気がする………」

 

綾瀬は、はぁと小さくため息をつく。

 

「のろけばなし…?」

 

「あれ?いのりん」

 

廊下にツグミと綾瀬の言葉に首を傾げるいのりが立っていた。

 

「寝てなくて大丈夫なの?」

 

綾瀬の言葉にいのりはコクンと頷く。

確かに祭が来た時と比べて、いのりの顔色はかなりいい。まだ若干顔は赤いものの、息を切らしたりもしていない。

 

「じゃあ、引き続き祭ちゃんに集の面白い話でも聞いて行こう。ねえ祭ちゃん、何かないの?恥ずかしい話とか!」

 

「え、その…本人がいないのにそういうのは……」

 

「ツグミ、いい加減にしなさいよーー「私も聞きたい」

 

「は?」

 

「え?」

 

「おや?いのりんも集の恥ずかしい話を?」

 

以外な所からの以外な言葉に、祭と綾瀬は思わず声を上げる。

反してツグミはイヒヒヒヒと底意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「私は知りたい…。私の知らない頃の集を……」

 

「ーーーーー」

 

(や やっぱり楪さんもーー)

 

「集もモテモテだね〜。祭ちゃんにあやねえにいのりんとーー」

 

「ちょ ちょっと!!なにさり気なく私も混ざってーー!!」

 

「えー?だって最近のあやねえ怪しいよ〜?事あるごとやたらつっかかるし、何時ものあの人の話が、最近は集の話題に変わってたり〜」

 

「……え…?綾瀬s「違うから!!ツグミが勝手に言ってるだけだから!!」

 

「さーて、もっとあやねえで遊びたい所だけど、本人が帰って来る前にそろそろーー」

 

ツグミが話を切り出そうとした時、ツグミの携帯端末が鳴り出した。

 

「ーーーーっ」

 

それを取ったツグミの表情がほんの一瞬強張るのを、祭は見逃さなかった。

「ははは。ごめんね小腹がすいたから、近くのコンビニでなんか買ってくるよ。私の事は気にせず、話を続けてて〜」

 

それも本当に一瞬、すぐにさっきまでと同じゆるい顔に戻る。

 

(見間違いかな…?)

 

「は?ちょっと話聞きたがってたのツグミじゃない!」

 

「いいからいいから〜」

 

ツグミは駆け足で玄関に向かい、外へ出て行ってしまった。

 

「もう、ごめんね?悪いやつじゃないんだけど……」

 

「いいえ。いいんです分かってます」

 

「まあ、ツグミはああ言ってたし話ちゃおうか」

 

「そうですね。……綾瀬さんも聞きたいんですか?」

 

「……まあ正直ちょっと興味あるかな?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

集が転校してから、数日が過ぎた。

 

集はその人当たりの良い性格のおかげで、男子にも女子にもどんどん友人が増えていった。

 

勉強の成績は中間辺りだったが、凄いのが体育系である。

 

あっという間にクラスで一番運動神経のいい生徒を抜かし、学年一位を不動のものとした。

 

集はかなり充実した学校生活を送っていた。

 

ある日、祭が図書室へ本を借りに行くと、本棚の前に立つ集の姿が目に入った。

 

神話や伝承、おとぎ話に関連した本を中心に置かれた棚で、集は真剣な顔で一冊の本を読み更けっていた。

その真剣な表情にかえって本の内容が気になった。

 

「何読んでるの?桜満くん」

 

「ん、ああ『スパーダ伝承記』ていうのだよ」

 

集は快く読んでいる本の表紙を見せる。

 

「悪魔と戦うスパーダっていう悪魔のお話だよね?何回か読んだ事あるよ」

 

「知ってるんだ。やっぱり日本でも有名な話なのかな?」

 

「桜満くんもこういう物語とかが好きなの?」

 

「うん、まあそうだね。好きだよ………ねえ校状さん。悪魔って本当にいると思う?」

 

「え………?」

 

「…………ごめん、なんでもない。それより校状さんのオススメ、もしよかったら教えてよ」

 

「え?そうだね…うーんと……」

 

祭は棚から昔話集と銘打たれた本を取り出し、パラパラとめくる。

 

「私が小さい頃から好きな話でね、今でも家に絵本があるの」

 

「へーなんていうお話?」

 

 

 

「『やさしい王さま』ていうお話だよ」

 

 

 

それから共通の趣味を見つけた二人は、よく図書室で本を読んだり、勉強を教え合ったりと自然と以前よりも多く話すようになっていった。

 

それをからかう生徒も少なくなかったが、それでも集は変わらず祭と接した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「私、楪さんにスポーツドリンクを買ってきます」

 

「分かったわ。よろしくね」

 

話してる間に、いのりがうたた寝をし出したので、綾瀬は部屋で寝るように説得して部屋へ戻した。

 

祭が玄関のドアを開けると、そこにはツグミが立っていた。

コンビニから帰りかと思ったが、袋を持っていない。

 

「げっ」

 

「ツグミさん?コンビニへ行ったんじゃーー」

 

「あ 兄貴からさ電話来ちゃってさ!ちょっと話込んじゃって…あはは」

 

「帰らなくて大丈夫なんですか?」

 

ツグミは大丈夫大丈夫と手をぶんぶん振り回しながら、階段へ駆けて行った。

 

(本当に大丈夫かなぁ…)

 

祭は見えなくなったツグミに首を傾げながらも、エレベーターへ乗り込んだ。

 

 

 

 

「楪さん?」

 

スポーツドリンクのペットボトルを三本程入ったビニール袋を下げ、祭はいのりが眠っている部屋を開けたが、いのりの姿はない。

 

「綾瀬さん。楪さん知りません?」

 

「え?部屋にいない?」

 

「はい」

 

「トイレじゃない?」

 

「確認したんですけど、どこにも居なくて……」

 

「……そういえば、あのルシアって子がいのりの部屋へ行ったようなーーー」

 

その時、玄関が開かれた音が聞こえ、上着を羽織ったいのりがリビングまで入って来た。

 

「いのり!どこ行ってたのよ!!」

 

「外へ涼みに…」

 

「そういうのは一言でいいから私たちにことわりなさい!!」

 

「ごめんなさい」

 

「まったく……」

 

きつく当たりながらも、綾瀬の口から漏れるのは安堵のため息だ。

 

「いのりさん、ルシアちゃんは?」

 

「大丈夫、ツグミに任せてある」

 

「……そう、なら大丈夫かな?」

 

祭はふとテレビへ目を向けた。テレビでは動物の赤ちゃん特集という番組を映していたテレビに、犬の子供が映像が映されていた。

 

「…………」

 

それを見た祭に、ふとひとつの記憶が想起された。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

道路に赤いシミが広がっていた。

 

痩せ細った老犬だった。

 

道行く人に、死んだ犬に興味を示す者はいない。

 

せいぜいかわいそうだと思う程度だ。

 

当然だ。

薄情だとは思わない。

自分だってそうだ。

 

あの犬が何か病気を持っているかもしれないのだし、そもそも車通りの多い道路だ。大きな事故を起こす危険を考えれば、誰か業者の人間に任せるのが一番安全だ。

 

その場を立ち去ろうとした時、一人の男子生徒が車が通っているのも構わず、老犬へ歩み寄っていく。

 

周りから怒号や悲鳴が響くも、少年の目は死んだ老犬から外れない。

 

「桜満くん……?」

 

見覚えのある後ろ姿だった。

 

集はブレザーを脱ぐと、老犬を包み込んで右腕で抱き上げる。

 

 

眩しく見えた。

ああなれれば、あれだけ分け隔て無く優しくなれればどれだけ良いだろうと憧れた。

 

 

歩道へ戻った集が歩き出す。

 

集のもとへ走る。

 

「桜満くん!!」

 

自分に気付くことなく、歩みを進める集の左裾を強く握って引き止める。

 

「校状さん…?」

 

集は目を大きく開けて祭の顔を見る。

 

「私も手伝うよ。桜満くん……」

 

「いや、でも……」

 

「何か手伝わせて?なんでも良いの……」

 

ふと集が左手で持つ学生鞄が目に入った。

 

「じゃあ、せめて私が桜満くんの鞄を持つ。そうすれば少しは楽になると思う」

 

「……………」

 

「……………」

 

周りの時間が止まった気がした。少女は少年の答えを待つ。

 

「………ありがとう校状さん、すごく…うんすごく助かるよ」

 

そう言うと集は自分の鞄を祭に渡した。

 

 

 

集が犬の親子を見た事があるという、二人は裏山へやって来た。

 

集は老犬をやさしく地面へ下ろす。

集のブレザーはすっかり老犬の血で汚れ、真っ赤に染まっていた。

集は平たい枝を拾って来ると、地面をほじくり返し始めた。

 

土が柔らかくなって来ると枝を捨て、今度は手で土を掘り始める。

祭も我に返ると、集のもとへ駆け寄り一緒になって土をかき出し穴を作る。

 

 

出来た穴に犬を埋め、二人で手を合わせてお祈りをした。

 

「……僕が抱き上げた時、まだ温かかったんだ。きっと…、ついさっきまで生きてたんだね………」

 

「…………」

 

祭は返す言葉が見つからず、少し顔を上げる。

 

すると少し離れた木々と草むらの中から、毛皮に覆われた小さな頭が見えた。

 

「桜満くん!」

 

慌てて駆け寄る。

 

子犬だった。まだ生きてはいたが、かなり衰弱していた。

 

急いで動物病院に連れて行き、獣医に診せた。

 

『かなり危険な状態の栄養失調だから、しばらく病院に入院させる』獣医にはそう言われた。

 

病院から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「送っていくよ」

 

集にそう言われ、二人は並んで夜道を歩き出す。

道すがら祭は子犬が心配で、会話をする余裕がなかった。そのまま一言も言葉を交わすことなく、二人は祭の自宅へ着いた。

 

「……その、今日はありがとう。あの子犬も校状さんが見つけてくれてよかった」

 

「そんな…私なんか……」

 

「ほんとに僕一人だったら気付かないまま見殺しにしてた。うん、今日は校状さんがいてくれて本当に" 幸運≪ラッキー≫ "だった」

 

「桜満くん……」

 

「それじゃあ校状さん。今日はつきあってくれてありがとう。また明日学校でね」

 

「あっーー」

 

制止の言葉は間に合わず、集は夜闇の帳の奥へ駆けて行き、すぐに見えなくなってしまった。

 

「……おやすみなさい……」

 

祭はしばらく何も見えなくなった闇を見つけ続けた。

 

 

両親に子犬の話をすると、どうも両親は近い内にペットを飼おうとしていたらしく、あっさりokが出た。

そして後日、祭は両親と一緒に動物病院へ新しい家族を迎えに行った。

 

子犬の名前は祭が『ラッキー』と名付け、話を聞いた集は自分のことのように喜んでくれた。

 

 

 

ーーーこれはまだお互いを名前で呼び合う前の記憶、両親すら知らない集と自分だけの思い出。ーーー

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

綾瀬によって半ば強引に部屋へ戻されたいのりは、熱は引いたもののやる事を思い付かず、とりあえずベッドに腰を預けていた。

 

(シュウは……)

 

あの少女は約束を守っただろうか……?綾瀬には眠るように言われたがいのりはその事が気掛かりで寝るに寝れない。

 

ガチャとドアを開ける音に顔を向けると、件のルシアが立っていた。

 

「シュウは……?」

 

「疲れて寝てる……無事」

 

「……そう」

 

いのりは顔を伏せ、歯を強く食い縛る。

 

(私は……シュウを守るためにここに来た筈なのに……)

 

それが肝心なところで体調不良で動けなくなるなり、あまつさえ敵に回る可能性を考えて警戒していたルシアに頼らざるおえなかった。

 

(私は…何のために……)

 

シーツを強く握り締める。悔しさと惨めさで頭がどうかしそうだった。

 

「……いのり……」

 

「…………なに」

 

いつもと同じ口調で返したつもりが、声が震えてるのが自分でも分かった。

 

「わたしは…自分で覚えてる。しゅうといのりと会う前、わたしはたくさんの人を殺した……きっとしゅうといのりも殺そうとした。だからいのりは怒ってるんでしょう?」

 

「……………」

 

「ごめんなさい……」

 

「私は、あなたに謝ってほしいわけじゃない…」

 

「考えたの……。わたしにとって、しゅうは…いのりはなんだろうって。わたしはどうなりたいんだろうって」

 

「あなた……」

 

「わたしはしゅうにも、いのりにも死んでほしくない」

 

「……………」

いのりは自分でも分かっている。これは八つ当たりだ。

ルシアはしっかり約束を守った。

いのりは自分が集を守れなかった事を、その悔しさをルシアにぶつけているだけだ。

 

(私は…いつからこんなーーー)

 

「……いのり」

 

「…なに?」

 

「好きな人どうしがいっしょに住むのことを、" 家族 " ていうんでしょ?」

 

「?……なにが言いたいの?」

 

 

 

 

 

「わたしはしゅうといのりの ーー家族になりたい」

 

 

 

 

「か…ぞく?」

 

唐突なルシアの言葉に、いのりは呆然と復唱する。

 

「うんーー?」

 

ルシアは" 何かおかしな事言った? "と言いたげにキョトンと首を傾げる。

 

「その……好きな人と一緒に住んでるからって、家族とは言い切れないと思う………」

 

「?ーーじゃあなんて言うの?」

 

ルシアはいのりを壁に追い込む様にどんどん前のめりで迫る。

 

「えっと……仲間?」

 

「じゃあ、家族ってどういう意味?」

 

「そ それはえっと……」

 

「しゅうといのりは家族じゃないの?いのりはしゅうのこと好きなんでしょ?」

 

「………それどういう意味……?」

 

「だっていのり…しゅうと話すとき、すごくうれしそうだよ?」

 

「ーーーーーーーっ!」

 

「それにしゅうだってーー

「ルシアちゃ〜ん、御飯出来たよ〜」

 

夕食を作っていた祭に呼ばれ、ルシアはばたばたと音を立ててリビングへ駆けて行った。

 

「ーーーーーー」

 

どん どん と脈が激しく打つ。

熱は下がったのに、また頭と顔が熱くなる。

 

『いのり…しゅうと話すとき、すごくうれしそうだよ?』

 

「っーーー!!」

 

『それにしゅうだってーー』

 

「〜〜〜〜〜!!」

 

ばくばくばく とさらに脈が激しくなっていく。

 

 

 

さすがに、いのりがどんなに自分の気持ちに鈍感でも、その身体の異変の正体は分かってしまった。

 

 

 




久しぶりだから、リハビリのつもりで書いたのにこの文字数………

計画性なさすぎぃ!!


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#27狩人〜DANTE〜

ダンテ回です。

皆さんお待ちかねのダンテ回です。
これでいいのか?という思いでいっぱいで、正直、皆さんの反応が怖くて仕方ないですけど、よろしくお願いします。



【挿絵表示】


勢いで描いた。
反省も後悔もしてないけどゆるしてね

追記
トリッシュの戦闘を追加して、他もちらほら修正しました。


目の前で黒い異形の影が倒れ込むと、赤にも緑にも見える奇怪な色をした液体が靴にかかる。

しかしそんなこと目の前の光景に比べれば些細なものだった。

 

「よお嬢ちゃん」

 

さっきまで自分に襲いかかっていた異形の獣達を斬り伏せた大剣を肩にかけた長身の男が自分に歩み寄ってくる。

 

「今日はいい勉強になっただろ?子供がこんな遅くに遊んでたらこういう奴らに狙われちまうぜ」

 

「……あ…」

 

月の光がわずかに漏れ、男の姿をようやくはっきり捉えることが出来た。

 

紅いレザーのロングコートに銀髪、碧眼そして彫刻のような整った顔立ち。どう見ても日本人ではない。

 

「あなたは……だれ?」

 

「なに、ただの通り過がりの便利屋さ」

 

男は不敵な笑みを浮かべた顔に、さらに深い笑みを作る。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ダンテだと……?」

 

高層ビルの一室で、顎にヒゲを蓄えた男が眉間にシワを寄せ不機嫌そうに椅子を軋ませる。

 

「なぜあの男がここにいるんだ!」

 

男は不機嫌さを隠そうともせず、電話に向けて声を荒げる。

 

周囲の世界から隔絶されたように広く、無機質な部屋で男は音を立てて椅子から立ち上がる。

 

「母親はもう始末したんだ!!あとはあの娘さえ消せば遺産は私のものになるんだ!!」

 

息を切らしながら、乱暴に机を殴る。

 

「………ああ、殺し屋は足がつく…前と同じように悪魔を利用しろ」

 

男は電話の向こうにそう告げると、受話器を置く。

 

「…ここまで来たのだ……。デビルハンターだか知らんが、便利屋なんぞに邪魔はさせん」

 

椅子に座りなおした男は手の平に深く爪を食い込ませた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

少女、伊野原ミカの家はオフィス街の外れの空き家を買い取った武家屋敷のような家だった。

 

「こいつか?」

 

「はい!ありがとうございます!」

ダンテは小柄のミカでは、ハシゴでも使わなければ届かない押入れの高い位置の箱を、軽く手を伸ばして取る。

 

「これで足りますか?報酬……」

 

ミカは小さな鍵で箱を開けると、中の物をダンテに見せる。

 

箱の中身には大量の千円札が束ねられていなくても、丁寧に入れられていた。

 

「これは……?」

 

「小学生の頃からお小遣いを少しづつ貯めてたんです」

 

ミカは千円札を一掴み取り出し、ダンテに差し出した。

 

「これで…お母さんが帰ってくるまででいいので、私を守って下さい。……便利屋さん……」

 

「………いいぜ。その依頼、引き受けた」

 

ダンテはミカからそれを受け取った。

 

「前金です。よろしくお願いします」

 

ミカは屈託のない笑顔をダンテに向ける。

 

その時、一際強い風が部屋を通り抜ける。

 

「きゃ」

 

ミカが小さく声を上げ、部屋の隅の机の上に積んであった書類大の紙束が部屋に散らされ、その内の一枚がダンテの足元にも運ばれる。

 

「これは…?」

 

「うひゃあああ!!」

 

ダンテがその紙を拾い上げようとすると、ミカが奇声を上げながらベースを取ろうとする野球選手のように畳の上をスライディングして紙を乱暴に奪い取った。

 

そのまま這うように方々へ散った紙を拾い続ける。

 

「……そいつは、マンガってやつか?」

 

「………見られちゃってましたか…」

 

「嬢ちゃんが描いたのか?」

 

「は…はい」

 

ミカは顔を朱に染めて両腕の紙束を抱え込んでうつむく。

 

「その…夜に外へ出ちゃダメだって事は分かっていました。けど、昨日は資料集めしてたらついウトウトして、公園でちょっと休もうと思って………」

 

「気付いたら夜だったと?」

 

「はい。お母さんは家の中なら安心だって。家に居れば怖いお化けも入ってこれないからって……」

 

「そういやあいつらに襲われたのは昨日の今日ってわけじゃねえんだな?」

 

彼女は先ほども、母が帰ってくるまで護衛を依頼した。

それにあれだけ恐ろしい目にあったのに妙に冷静だ。

 

「一カ月くらい前から、私とお母さんの周りにはああいったものがついてまわりました……。でもお母さんはいつも不思議なおまじないで追い払ってくれていました。ある日、お母さんは私に家の周りにかけるおまじないを教えた後で、"夜は家から出ちゃダメ"って。その後は大事な用事があるからって出かけました。それが一週間くらい前です……」

 

「…………よお」

 

「はい?」

 

ダンテはミカの手元に指を指す。

 

「それ見せてくれよ」

 

「そ そんな!だ だめですよ、こんな人に見せるようなものではーー」

 

「見られたくないのか?」

 

「い いえそういうわけでも………」

 

「煮え切らねえなァ……」

 

「ご ごめんなさい。人に見せたことがないので、なんか慣れなくて………」

 

「ふうん、まっ無理にとは言わないさ」

 

ダンテは畳に置いてあったギターケースを背負う。

 

「もう遅えから、あとの事は俺に任せてお嬢ちゃんは早いとこ寝てな」

 

「は はい!おやすみなさい」

 

ダンテは背を向けたまま軽く手を振ると、ふすまを開け、玄関へと歩いて行く。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

真上の月が地上に影を落とし、都市部の光がまるで土ボタルのように密集した色彩を放っている。

 

ダンテは丘の上で都市部からかなり離れた場所にある武家屋敷に視線を向けている。

 

「…………」

 

あかりの消えたその屋敷の周りで、黒い影がウロウロと徘徊している。その数は時間が経つにつれ数を増している。

いつでも飛んで行って、残らず斬り伏せてもいい。

しかしダンテだっていつまでもここにいるわけにはいかない。彼女自身が相手に対する対抗策を持たなければ、遅かれ早かれミカは死ぬことになる。

 

(つっても魔除けは本物みたいだな……)

 

ミカの話から考えれば、彼女の母はかなり前から悪魔の存在を知っており、その対抗手段も彼女のために残しておいたのだ。

 

最優先で確認すべきことをその目で確認したダンテは、ならばとケースから身の丈もある銀の剣" リベリオン "を出すと、背中に背負う。

 

「……トリッシュか」

 

ふと、背中から感じる気配に声をかける。すると夜闇を掻き分け、長い金髪に黒いレザーのスーツで身を包んだ美しい女性が姿を現した。

 

「" トリッシュか "じゃないわよ」

 

トリッシュは本気で呆れたと言いたげにため息をつく。

 

「こんなところで何油売ってるのよ。東京に行くんでしょ?」

 

「ああ、日本なんかめったに来れる場所じゃねぇからよ、この機会に隠れ家に閉じこもって安心しきってるクズ共をまとめて掃除してやろうと思ってな」

 

「あんた" 日本のことはシュウに任せる "とか言ってなかった?」

 

「んなこと言ったか?」

 

トリッシュは眉間を押さえ、また深くため息をつく。

 

「で、本当のところは?」

 

「本当のところって?」

 

「なに先延ばしにしてるのって言ってるの。あんたなら喧嘩吹っかけた連中のところに真っ先に乗り込むでしょ。日本で悪魔狩りなんてそれが済んだ後で十分でしょ?」

 

「……………」

 

ダンテはずっとトリッシュの方を見ず、屋敷を凝視している。

 

「あんた……シュウに後ろめたい事でもあるんじゃないの?」

 

「なんでそう思うんだ?」

 

ダンテはトリッシュに背を向けたまま、頭をかく。

 

「だってあの子、優し過ぎるわ。ハンターには一番向かないタイプよ……。もし、あの子がどんなに強くなってもーーーー、

 

ダンテは静かにトリッシュの言葉を背中に受け止める。

 

ーーーきっと、長く生きられないーーー

 

 

「つまり、俺があいつを" 普通の人間 "みてえに生きて行けるようにしてやれなかったのを後悔してるって言いたいのか?ーー考えすぎだ。あいつは自分の意思で俺について来たんだ。自分の意思でな………」

 

ダンテはそう言うと、リベリオンの柄を軽く握ると地面を蹴って屋敷に向かって飛び降りた。

 

「………考えすぎ?……そうかしらーーーー」

 

(ならダンテ…、あなたはどうして必要以上に過酷な修行ばかりシュウにさせてたの……?)

 

例えダンテがどれだけ子供嫌いだとしても(パティと集の件もあるので実際のところは分からないが…)、その程度の区分くらい付けられる男だ。だというのに、ダンテは集に肉体的にも精神的にも強く負担のかかる高難易度の修行を受けさせていた。

 

(待ってたんでしょ?シュウが戦いから逃げるのを…諦めたらすぐに自分の身から離して、戦いに触れることが無い場所に移す。だけど計算が狂ったわよね……)

 

集が弱音を吐くことはついぞ無かった。血ヘドを吐こうが骨が折れようが、集は強く噛み付いて来た。

 

普通なら身体が先に壊れかねない修行でも、わずかに混じったダンテの血のおかげか集は乗り越えてみせた。

 

(師弟同士変なところが似ちゃったわよね……。こっちの苦労を知りもしないんだから……。)

 

トリッシュは小さくため息をついた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

早朝、昨夜の静けさが嘘の様に青空は朝日を降り注がせていた。

 

ダンテは朝食のために座敷の座布団に座ろうとするが、背の高いダンテではどのような座り方をしても、机に足がぶつかってしまう。

 

「叔母さん?」

 

ガタガタと座り方を調整しながら、なんとか朝食を済ませることが出来たダンテは、空の食器を片付けるミカに視線を向ける。

 

「はい。お母さんがいない間に私の面倒を見てくれてる人です。お母さんの妹の菜穂子おばさんです。そろそろ来るころだと思います」

 

ちょうどその時インターホンが鳴り、ミカは応えながら玄関へ駆けていく。

 

ダンテも慣れない座り方から足を伸ばしつつ立ち上がる。

 

「おはようございます!菜穂子おばさん!」

 

「おはようミカちゃん」

 

ふと菜穂子という眼鏡を掛けた髪の長い女性が、ミカの後ろに立つダンテに気付く。

 

「……えっと…」

 

武家屋敷には不釣り合いの装いをするダンテに菜穂子は戸惑いを隠せない。

 

「どうした。俺がいい男だから見惚れちまったかい?お嬢さん」

 

「あっ、すみません。あの伊野原 菜穂子と言います」

 

「ダンテだ」

 

「ダン…テ…?」

 

「どうだい?今夜は俺と食事でもーー」

 

「す すみません。今夜は用事が……」

 

菜穂子は申し訳なさそうに頭を下げる。

 

一方でダンテは ふられちまった と、大して気にしていない様子で肩をすくめる。

 

菜穂子はミカと少し他愛ない雑談をすると、すぐに仕事があると言って帰っていった。

 

「優しい人でしょう?」

 

ミカは自慢気に微笑みながらダンテを見る。

「昔からお母さんとも仲が良くて、いっつも三人で遊んでました。それでこの間もーーー

 

 

嬉しそうに話続けるミカにダンテは そうかい… と短く返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ええいそんなこと知るか!どっちにしろあの娘が家を出た絶好の機会を逃したのはお前の方だ!報酬は減額させてもらう!!」

 

伊野原 権剛 は電話の相手に大声でまくし立てると、乱暴に受話器を叩きつけた。

 

「ちっ、術師などという胡散臭い輩を信用したのが間違いだった!」

 

吐き捨てるように呟いた時、ドアをノックされる。

 

「失礼します社長」

 

「菜穂子か…どうせスポンサーが抜けるなどという下らぬ話なのだろ?そんなことで一々報告に来るな」

 

「兄さん……」

 

「貴様とは兄妹の縁を切った!!何度も言わせるな!!」

 

「でもーー「出て行け!!」

 

菜穂子は少し躊躇いながらも、頭を下げ、ドアを閉める。

 

権剛は何度も拳を机に叩きつけながら毒付いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

足元に好き放題伸びる雑草を踏み分け、ダンテは指定された場所へ向かうと、呼び出した本人はすでにそこに立っている。

 

「よお。こんなところに呼び出して、デートする気になったのかい」

 

菜穂子に山の中で会いたいと言われたダンテはフェンスで区切られた公園に足を運んだ。

 

「ごめんなさい。私のワガママを聞いてくれたこと……感謝しています」

 

「なに気にするこたねェさ。いい女に振り回されるのには慣れてる」

 

ダンテは両手を上げ、大げさな仕草をする。

 

「それで?デートのお誘いじゃないなら、何の要件なんだ?」

 

「お話したいのです……あの子のこと、あの子の母である私の姉のこと……そして、ーーー

 

菜穂子はグッと唇を噛む。

 

「姉とその夫を殺した……私の兄、伊野原 権剛のことです」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『ーーーー』

 

声が聞こえた。ゆっくりと目を開ける。

 

漫画を描いている途中で寝てしまっていたようで、机に突っ伏していた頭を上げる。

 

「お母さん?」

 

聞こえた声は母に似ていたような気がする。

 

『ミ…カ…』

 

「お母さん!!」

 

勢い良く立ち上がり、外へ向かって駆け出そうとする。

一瞬、空を見上げる。太陽はまだ沈んではいない。しかし、空はオレンジに染まり、端を見れば、その一部が暗い藍色に染まってきている。

 

(お母さんを見つけて…すぐに帰ろう!そうすれば夜までには帰って来れる!)

 

ミカは意を決して玄関門の敷居を飛び越える。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「……なんだって兄が妹を殺すことになるんだ?」

 

「兄は…昔からとても欲の深い人間でした。反対に姉は、とても心優くて自分より他人の幸せを願う、とても素敵な人でした」

 

菜穂子の表情は昔を思い返し、わずかに綻ぶが、すぐに険しい表情に戻る。

 

「兄は家の遺産を受け継いだ姉の夫婦を良く思いませんでした」

 

「なるほど遺産を受け継いだ嬢ちゃん達を消して、あわよくば自分が遺産をぶんどろうと?」

 

菜穂子は頷く。

 

「兄は加減を知りません。しかし、元来とても臆病な性格でもあります。姉夫婦をただ殺すだけでは、自分が疑われる。そんな時、兄は悪魔の存在を知りました」

 

「…………」

 

「術師の力を借りて、悪魔の力を手に入れた兄は姉の夫を殺しました。それが1年前です」

 

「あんたはどうやってそれを知ったんだ?」

 

「兄の情報経路を利用しました。悪魔を除ける術を…そして悪魔を狩るハンターがいることも知りました。その中でもダンテさん……あなたの事も知りました」

 

「……はっ、俺も有名になったもんだ」

 

軽口を叩くダンテだが、声のトーンにふざけた色は無い。

 

「だからお願いします!私ではたいしたお礼も出来ませんが……私はどうなっても構いません!だからあの子だけは……姉が残したあの子だけは……」

 

「分かってるさ……安心しな、もうミカに同じ依頼を受けた。……それよりどォもさっきから場の空気を読めねえ連中が騒いでやがる……」

 

「!!」

 

ダンテの言葉で、菜穂子は周囲の影に紛れた悪魔達の存在に気付いた。悪魔と二人の距離はもう目と鼻の先、一瞬あれば爪も牙も届く。

 

しかしダンテはなに食わぬ様子で悪魔達に近付いていく。

 

「もっと遊んでいたいところだが、これ以上は教育によくないんでなァ」

 

ダンテは腰に掛けた二丁の拳銃を構える。

 

「ラストダンスと洒落込もうか…来いよ!」

 

『ゴオオオオオオオッ』

 

ダンテの挑発に応えるように、悪魔達は一斉に吼えると、口から唾液を撒き散らしながら飛び掛かる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はあはあ…」

 

声を頼りに坂道を登る。夕方でもジメジメとした熱気が残り、背中の汗でシャツが張り付く。

 

気がつくと、山の上にある教会の外人墓地にたどり着いていた。

 

目を凝らせば、墓地の中で1人立つ女性の影がある。

 

「お母さん…?」

 

「……ミカ?」

 

聞き間違えるはずもない。ずっと待ち続けた母の声だった。

 

「お母さん!!」

 

「ミカ!!」

 

駆け寄ったミカを母は強く受け止める。

ミカは目に涙を浮かべ、母親の胸にすがるように顔を押し当てる。

 

「お母さん…私待ってたよ?お母さんの言うことちゃんと守って……」

 

「そう……えらかったわねミカ……ーーでも、

 

 

『ーーー夜に外へ出ちゃダメっていう言いつけは守れなかったみたいねーーーー』

 

「え?」

 

突然、母の纏った空気が変わったのを、ミカは肌で感じた。

暖かい雰囲気が、冷たい凶暴なものにーー、

 

「ひっ」

 

ミカは母の姿をしたものを、引き剥がそうと力を込めるが、相手の拘束は微動だにしない。

 

「きゃっ!?」

 

突然相手が手を離し、ミカは地面に倒れこむ。

 

『言う事聞けない悪い子はお仕置きしなくちゃ……そうでしょう?』

 

母の姿をした悪魔はニタァと下品な笑みを浮かべる。

 

「ああ、ああ……」

 

恐怖で声が出ない。

 

悪魔の人間の手に似た手は刃のように鋭く尖る。

『オホホーーハハハハハァァァ!!!』

 

「いやあああああ!!」

 

悪魔はそれを耳障りな笑い声と共にミカの首を目掛けて振り下ろす。

 

しかしそれがミカの首を跳ねることは無かった。

 

『ギイィ……!?』

 

雷鳴のような音と共に銃弾が悪魔の額を撃ち抜いたのだ。

 

「……え?」

 

「危なかったわね。お嬢ちゃん」

 

「……誰…?」

 

ミカは背後に立つトリッシュを呆然と見つめる。

 

「相棒よ。ダンテのねーー」

 

トリッシュは二丁拳銃" ルーチェ&オンブラ "を手に、ミカに微笑みかける。

 

『ヴォ…ガア!!』

 

トリッシュに眉間を撃たれた悪魔は再び起き上がり、ミカに飛び掛かる。

 

「悪趣味な奴ね…悪いけど、優しくは殺してあげないから」

 

しかし、それをトリッシュが許すはずが無く、黄色い雷光を纏った蹴りで吹き飛ばされる。

 

『ゲイィィィ!!』

 

悪魔は地面を転がり、また顔を上げる。

 

『!!』

 

「チェックメイト」

 

トリッシュは顔を上げた悪魔にルーチェを突きつける。

 

引き金を引くと、電雷を纏った銃弾が悪魔の頭を粉々に吹き飛ばした。

 

「さて……」

 

塵になる悪魔の死骸を尻目にトリッシュは周囲を見回す。

赤、青、緑、黄色と様々な色をした目の光が二人を取り囲んでいる。

 

「いいわよ。ちょっとだけ相手してあげる」

 

トリッシュは女神のような微笑みを浮かべながら、銃を構える。

 

悪魔は次々に飛び掛かる。

 

「ハア!!」

 

トリッシュは飛び掛かる悪魔を空中で黄電纏う脚で次々に打ち払う。 二丁の拳銃も次々に弾丸を吐き出し、悪魔の頭を次々に穿っていく。まるで墓地にのみ雷雲が出来たかのように、次々と雷が墓地で奔る。

 

「ーーーきゃっ!」

 

あまりの光景に気付かぬうちに、身を乗り出して見入っていたミカの真横に巨大な剣が突き刺さる。

何処から現れたのか、トリッシュとは違う蒼い雷を纏う大剣が突き刺さった根元には、頭に貫かれた悪魔がいた。

 

死角からミカの間近まで迫っていたのだ。

 

「死にたくなかったら、その剣から離れちゃダメよ」

 

「は…はい」

 

トリッシュの言葉にミカは" アラストル "の近くまで身を寄せる。

 

「ーー」

トリッシュは微笑むと、両手に握りこぶしを作る。その両手と両脚には焔を纏った籠手の魔具" イフリート "が装備されていた。

 

「ちょっと派手にいくわよ?」

 

周囲の悪魔にそう告げると、両手の籠手を互いに打ち付ける。まるで爆発のように一際大きな火の粉が上がる。

 

「は あ あっ!!」

 

トリッシュは右の拳で悪魔の一体を吹き飛ばし、炎で軌跡を描きながら回し蹴りを背後の悪魔の側頭部に叩きつける。

トリッシュの攻撃がぶつかる度に炎が爆ぜ、多くの悪魔を巻き込む。さらには雷のおまけ付き、炎から逃れられても閃光と共に疾る雷により、悪魔の身体は丸焼けになる。

 

トリッシュは到底人間の身体能力では出せる筈のない速さで拳と足技の連撃を悪魔達に叩き込み、手にも脚にも触れていない悪魔達すらも炎と雷撃でまとめて吹き飛ばす。

 

「……悪いけど、もう時間切れよ」

 

そう言ってトリッシュは再び魅力的に微笑むと、天高く跳躍した。

 

そして右拳を強く握り引き絞る。イフリートはそれに応えるように纏う炎がさらに増していく。

 

そして解放ーー。

 

蓄えられた威力はトリッシュが隕石の様に地面に衝突すると同時に解き放たれた。

 

二十近くの悪魔を纏めて塵にしたトリッシュは空を仰ぎ見る。

 

すると、空から飛行機が飛ぶような空気をつん裂く音が響いてくる。

「遅いわよ、ーーーー

 

その音が地上まで届いた時、大量の土が空中へ舞い上がった。

 

ーーーダンテ…」

 

土煙が晴れると、そこに菜穂子を抱えたダンテがいた。

 

「………」

 

ダンテに抱えられて飛んで来た菜穂子は、恐怖を通り越して放心状態になっていた。

さっきまで自分たちが居たのとは反対側の山に一瞬で到着したのだ。

 

ダンテは菜穂子の頬をペチペチと叩き、意識を回復させる。

魂が戻った菜穂子はすぐさまミカの元向かった。

アラストルに守られていたミカは、トリッシュの雷撃やイフリートの炎が届くことなく、無傷だった。

 

「嵐がひどくてな」

 

「雷が怖いなんて言うんじゃないでしょうね?」

 

ダンテは鼻で笑うと、トリッシュと代わるように前へ出る。

 

「ミカ、目ェ閉じてな…」

 

一瞬足を止めるとミカにそう呟く。

 

「え?」

 

「こっから先はR指定だ」

 

背中のリベリオンを引き抜いたダンテは、さらに悪魔達へ歩み寄る。

 

「よォお前ら…ようこそ ーーーー

 

新たな獲物を目にした悪魔達は牙と爪を打ち鳴らし、ダンテを見据える。

 

 

ーーーーー 俺のエサ場へ ーーーー 」

 

 

 

ダンテは目の前の悪魔より悪魔らしい凶悪な笑みを浮かべて開幕を告げる。

 

ダンテの背後へ迫った悪魔の頭部をダンテは左手で鷲掴みにし、逆方向から飛び掛かった悪魔に叩きつける。

 

二体は他の悪魔も巻き込みながら吹き飛び、バラバラに砕ける。

 

振り返りざまにリベリオンを斬りはらい、新たに飛び掛かった悪魔を真っ二つする。

 

「ハァ!!!」

 

リベリオンを振り上げ、悪魔を空中へ打ち上げる。

 

ダンテも飛び上がると、空中で何度も打ち上げられた悪魔を切り刻んだ。

 

そのまま真下の悪魔に兜割りを振り下ろす。

 

その光景はまさに竜巻だった。

 

牙を剥き出して飛び掛った悪魔を、ダンテは身体を180度反らして牙を躱す。その体勢のままリベリオンを地面へ突き立てると、それを支えに空中へ身体を浮かせたまま、柄の上でコマの様に回転し、周囲の悪魔を次々に空中へ蹴り上げる。

 

「イイィヤアアァ!!!!」

 

着地したダンテは剣を引き抜くと、空中でダンテの周囲一列に並んで落ちる悪魔を一気に切り払う。

すべての悪魔が一度に真っ二つになり、二つになった身体が地面を跳ね、塵に変わる。

 

ダンテの周囲に花の様に広がった血の海も、数秒後には綺麗に無くなる。

 

「…………すごい……」

ミカはその光景に圧巻された。

すべてが夢ではないかと思うほどに一瞬の出来事だった。

 

「さて……、お次はどいつだ?」

 

銀髪の髪が紅く染まるほどの血の雨の中、剣を肩へ担ぎ、ダンテは残った悪魔達を見据える。

乱暴で悪夢の中のような光景……しかし、ミカにはダンテが優雅で雄大に見えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

権剛は術師が自分の元へ来るのを待っていた。

昨晩、術師から娘を始末した。早朝に報酬を受け取りに行く。という内容の連絡がきた。

 

(しかし、ダンテという男も大した男ではなかったようだな…、所詮ウワサはウワサか……)

 

椅子を揺らす。

 

肩の荷がおりた気分だった。

 

(まあいい……これで遺産は私のものだ…。これで私の将来はーーーー、

 

そこまで考えた時、豪快な音を立てて扉が破壊された。

 

「よお、邪魔するぜェーーおにいさま……」

 

生理的にカンに触る声が聞こえたと思った時、真紅のコートを羽織る奇妙な男が現れた。

 

「……なんだ貴様は…」

 

「あん?とっくにご存知だろ?」

 

「……………まさか、貴様がダンテか!?」

 

ダンテは大げさに手を打ち鳴らし、拍手する。

 

「ハァ!ジャックポット!大正解。ご褒美はハグがいいか?それともキスか?……いやキスはやっぱなしだ」

 

「っ!!!」

 

どこまでも人の感情を逆なでする男だ。しかし、それよりも権剛には確認しなければならないことがあった。

 

「貴様は術師の悪魔共に喰われたはずだろう!!」

 

「術師ィ?それってコイツの事かァ?」

 

ダンテが親指で示す先を見ると、金髪の女がボロボロになった男の襟首をつかんで立っていた。

 

「こんな三流を雇うたァ…よっぽど金に困ってたんだなァ?」

 

「……兄さん……」

 

壁の影から、見知った人間が顔を出すのが見えた。

 

「菜穂子……そうか、お前がコイツらを呼んだんだな……」

 

「……自首してください……」

 

「はっ!自首だと?私は何もしていない。やったのは悪魔だ。なにもしていない善良な市民をどうやって裁くというのだ?」

 

権剛は勝ち誇ったように言う。

 

「たとえ裁けたとしても……ここで貴様らを消せばいい話だ!」

 

権剛は机の引き出しから、魔法陣が描かれている羊皮紙を突きつける。

 

「ははは見たか!貴様らでは到底太刀打ち出来ない大悪魔を召喚する魔法陣だ。よく見ていろ!!」

 

権剛はなにか不気味な呪文を唱え出す。

 

「兄さん!」

 

「やめときな。後悔するぜ……?」

 

「はっ!後悔するのはお前の方だ!ダンテェ!!」

 

権剛の狂った様な笑い声と共に、魔法陣に浮かぶ光は徐々に強まっていく。

その時、魔法陣に触れる権剛の腕に変化があった。

 

「なっ なんだこれは!!?」

 

みるみる右手が変形していく。肥大化し、右腕に収まらず身体全体に広がっていく。

権剛の悲鳴も、肥大化する自らの肉体に呑まれ、消えていった。

 

「ほらな……言っただろ?三流ですらねェビギナーが手を出すからそういうことになるんだ」

 

権剛の身体を乗っ取り、この世への顕現に成功したビルの二階分はあるであろう悪魔は、ダンテに向けて拳を振り下ろす。

 

「ダンテさん!!」

 

拳を打ち付けた先から鮮血が飛び散り、二階分に相当する悪魔がいてもまだ余裕があるほど広い部屋はみるみる真っ赤に染まっていく。

 

「まっ、こっちの方がいいけどな……」

 

『!!』

 

振り下ろした先から声が聞こえた。

そこで悪魔はようやく自分の手首から先が消失していることに気が付いた。

 

傷口から噴き出す血のシャワーの向こう、そこに銃の標準を眉間に向けたダンテのシルエットが見えた。

 

「懺悔だったらあっちで聞いてもらうんだな」

 

銃声。

 

眉間を貫通した銃弾は、頭蓋を抜け、窓ガラスを突き破る。

 

悪魔の身体も、銃弾に引っ張られるかの様に窓ガラスを突き破り、地上へ落下した。

 

しかし、コンクリートに叩きつけられる前に、悪魔の身体はボロボロと崩れ、朝日に溶かされたかの様に消滅した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「色々とありがとうございます」

 

北へ、次の県境へ繋がる道の上に立つダンテとトリッシュに、菜穂子は深々と頭を下げる。

 

「本当にもう大丈夫なのか?」

 

「はい。後の事は心配なさらず。お二人は東京へ向かってください」

 

「そうかい、あんたがそう言うならそうするぜ?」

 

ダンテがきぶすを返し、歩き出そうとした時ーー

 

「ダンテさん……」

 

ミカの声でダンテはそのままの状態で立ち止まる。

 

「行っちゃうんですね……」

 

「ああ、この後大事な用があるんだよ。言わなかったか?」

 

「………言ってないです」

 

「……そうだったか?じゃあ今言ったわ」

 

クスリとミカは笑う。

 

「無茶苦茶な人なんですね。ダンテさんって……」

 

「俺の事よりお前は大丈夫なのか?」

 

「…………まだ正直踏ん切りがつかないです。でも、いつかきっと立ち直って、天国のお母さんの分も強く生きます」

 

目元を赤く腫らしていても、ミカは目に強い意志を込めて、はっきり口にする。

 

「そうか…ならいい……。ああ、それから……」

 

ヒュッとダンテの手元から投げ出された物が、大きく弧を描きながらミカの胸に飛ぶ。

 

「……え!?」

 

ミカはそれを手で受け止め、声を漏らす。

それは自分がダンテに報酬として渡した千円札の束だった。

 

箱で見た時はたくさんある様に見えたが、束にしてみれば大したことが無くて、少しガッカリしたのは記憶に新しい。

 

「あのこれーー「俺の金なんだろ?ならどういう使い方しても俺の自由ってわけだ」

 

ミカはポカンとダンテの後ろ頭を見る。

 

 

「それで納得できねェなら、次会う時はサインの用意でもしててくれ」

 

「え?」

 

「期待してるぜ?未来の大作家様…」

 

「………はい。必ず!」

 

ダンテはようやく東京に向け、歩を進め始める。

 

ミカはダンテのこれからを想像し、思いをはせた。

 

そして、見えなくなってもその背中を見送り続けた。

 

 

 

 

 




正直ダンテが一番難しい!!

今回は本当に苦労しました。書き始める段階から話がほとんど決まってなかったので、出来も凶悪なことになってるんじゃないか心配で見直すことすら怖いです。

気付いた方は多いと思いますけど、今回アニメ版のオマージュらしき要素があったりします。





あと関係ないけど、ウルトラマンXって皆さま的にはどうですか?
私は好きだけど、身の回りの評価が案外低くて……。もしかしたら私が変なのかなって悩んで暇人してます。


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#28夏日〜spiritual home〜

本作の時系列は、

3→1→アニメ→ダンテが集を拾う→4→本編→2?

といった具合です。
本作は4の七年後という設定です。


……こういうことはもっと前から言っておくべき事であるような気もしなくは無い




7月も後半に入り、世間は夏休みに賑わっていたが、葬儀社の日常に大した変化はなかった。

レジスタンスに休みがないのは当然とばかりに、全員いつも通りの緊張感を持って過ごしている。

実際、メンバーで夏休みを楽しもうとしている者はいない。

 

「綾ねえ!どの水着がいいと思う?」

 

約1名は全力で楽しむ姿勢だが……。

 

「ちょっとツグミ、遊び行くわけじゃないのよ?」

 

「え〜?だって観光客に扮して行くんだよ?楽しもうっていうスタイルじゃないと、浮いちゃうんじゃない?」

 

「……それは、そうだけどーー」

 

ツグミのいうことにも一理ある。レジスタンスに限らず、潜入する者にとって目立たないことは最低限の事柄だからだ。

 

「だからさ〜ずばっと気合い入れて行こうよ!綾ねえがその気になれば道行く人々の目も釘付けなんだから!」

 

「……てっそれ、結局とけ込めてないじゃない!!」

 

どこから持って来たのか、ツグミは足元のダンボールからビキニやらフリル付きやワンピースタイプの水着を引っ張り出す。

 

綾瀬はそれをため息混じりで見ていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…………」

 

「…………」

 

集と涯はお互いに向かい合い、チェスの盤上を睨んでいた。

 

集は夏休み前から時間を作っては葬儀社のアジトに顔を出し、ビリヤードやボードゲームで涯と対戦している。

 

「………」

 

「ーーっ!」

 

涯が駒のひとつを摘み、盤上を移動させると、集の顔があからさまに引きつる。

 

ビリヤードやボーリングならいざ知らず、ボードゲームやカードゲーム等で集が涯に勝てた回数は皆無に近く、集は苦汁を飲まされる結果となった。

 

どうやら今回もその例にもれないようだ。

 

「……ねえ」

 

集は顔を上げる。

 

「どうした?」

 

「いや、改めて考えたら少し気になったから聞きたいんだけど。ルーカサイトについてさ………」

 

「なんだ改まって」

 

「いや…ルーカサイトって必要なのかな?って……」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのままの意味だよ。涯は言ったよね。ルーカサイトはウイルスに感染した日本人を外へ出さないための檻だって」

 

「それが?」

 

「確かに…あれなら" 人間 "の出入りなら防げると思うんだ。だけど海の水は?魚は?鳥は?空気は?ルーカサイトは確かにすごい兵器だけど…それだけでウイルスを完全に閉じ込めるなんて不可能だと思うんだ。他になにかウイルスに対する手段があるか…それとも…」

 

 

「あれはウイルスを閉じ込める檻以外になにか役割がある。つまりはそう言いたいわけだな?」

 

集は頷く。

涯はしばらくアゴに手を当てて考え込む。

 

「……そうだな、お前には話しておこう……」

 

「?」

 

「あくまでウワサ程度のものだが…。GHQを影で操っているという秘密結社が存在するらしい」

 

「秘密結社って…フリーメイソンとかイルミナティとかああゆう?そいつらがルーカサイトに関係するの?」

「それは分からん。" ダアト "という。結成人数も目的も、それどころか本当に存在するのかどうかも一切が謎に包まれている」

 

「………」

 

意外だった。涯がここまで不確かな情報を話すのは、しかし涯の表情を見ると、とてもダアトとやらの存在を疑っているようには見えない。

 

少なくともなにか感じているのだろう。

 

(もしかして悪魔達もその" ダアト "が……?)

 

 

「そう深く考えるな。あくまでウワサ程度だと言っただろ?それより次の任務のことだがーー」

 

「大島のことでしょ?大丈夫だよ、涯の言った通りみんな来るよ。颯太もね……」

 

「ならいい」

 

涯はふっと笑みを浮かべと、手に摘んだ駒を集のキングの駒の前に音を立てて置いた。

 

「チェック」

 

「あれ!?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「いのりちゃんとルシアちゃんの水着を買いに行きましょう!」

 

集が部活の合宿で大島へ行くと聞いた春夏の第一声はそれだった。

そういうわけで集は今、母といのりとルシアの四人でショッピングモールに来ていた。

 

「ごめんね?母さんのわがままに付き合わせちゃって……」

 

「いい」

 

いつもの調子でそっけなく返すいのりだが、なぜかこちらを見ようとしない。

集が例のクルーズでミサイルとマリオネットの軍団を撃退した後から、ずっとこんな調子だ。

返し方と声のトーンはいつもの通りだったが、いのりは話す時や話しかけられたりすれば、必ず目を見て話そうとする。

 

前に回り込んで顔を覗き込もうとすると、逃げるように顔を背ける。

 

(なんか怒らせるようなことしちゃったかな…?)

 

「あっ、そうだ。集はその辺で座って待ってて」

 

「え?なんのために来たの僕……」

 

「荷物持ち」

 

「さいですか」

 

「まあまあ、後でたっぷり見せてあげるから」

 

春夏的にはドッキリファッションショーかなにかのつもりなのだろう。

 

「別にそういうつもりでーー「いいから、いいから」

 

春夏は強引に集を手近なベンチに座らせると、楽しみにしててね〜と手を振りながら去って行った。

 

「はあ、母さんは…」

 

ため息をつきながらも、集は春夏に言われるままにベンチにもたれかかる。

 

(母さんとツグミが遭遇したら一瞬で気が合いそうだろうなぁ……)

 

きっと、さぞ面白おかしくいのりや綾瀬達を着せ替え人形にすることだろう。

 

そして綾瀬の憂さ晴らしか、なんらかの形でとばっちり受ける未来が見える。

 

(絶対に会わせちゃいけない地雷コンビだ……)

 

「シュウ……」

 

「ーん?いのり」

 

声を掛けられた方を見ると、紙袋を手に提げたいのりがいた。

 

「もういいの?母さんとルシアは?」

 

「ハルカはルシアの服を選んでる」

 

そう言いながらもやはりいのりは集と目を合わせようとしない。

 

「………座れば?」

 

集は ほら とベンチの右側へ寄り、左側を空ける。

 

「…………」

 

集の言葉にいのりは小さく頷くと、ベンチの左側へ腰かける。

 

「…………」

 

「…………」

 

視線を感じた集は隣に座るいのりを見るが、いのりは顔を背けるように反対側を見ている。

 

(気のせいか……)

 

視線をいのりから前へ戻す。

 

また視線を感じる。

 

いのりを見るが相変わらずそっぽを向いている。

 

顔を前へ戻す。

またいのりから視線を感じる。いのりを見る。また戻す。視線を感じ、また見る。フェイントを掛ける。

 

(やっぱり怒らせるようなことしちゃったんだろうなぁ)

 

数回それを繰り返した後で、集はやはりその結論を達した。

 

「いのり!」

 

何度記憶を探っても思い当たることが見つからないが、自分に原因があるのなら謝らなくてはいけない。

 

「シュウ」

 

「「ごめんなさい」」

 

「「……え?」」

 

二人で頭を下げ合い、お互いに顔を見合わせる。

 

「なんでシュウが謝るの?」

 

「いや…その話しかけてもなんていうか…前と比べるとすごく素っ気ないっていうか。目も合わせようとしないから、なにか怒らせるようなことしちゃったのかな?って」

 

「えっ?ち…ちがーー」

 

「もし…僕といるのがイヤになったなら、僕から涯に言っておくから……」

 

「ちがうの!」

 

「え?」

 

「シュウは悪くないの。その、私はそのことを謝りたくて…。ずっとシュウの事無視してごめんなさい」

 

「怒ってたんじゃないの?」

 

頷くいのりに集はますますわけが分からなくなる。

 

「怒ってたんじゃないなら、どうして……」

 

「それはーー」

 

なぜかいのりの顔がどんどん紅潮していく。

 

「なにを話したらいいのか分からなくなって。それで、シュウが話しかけてくれても頭が真っ白になって……それで…」

 

「なにかあったの?前までそんなことなかったのに…」

 

そう尋ねると、いのりは赤い顔のまま頭を真下へ向けていた顔を集へ向ける。

 

「気付いたの……シュウ…私、わわ私、シュウのことー「おまたせ〜いや〜ごめんね待たせちゃって」

 

「母さん、ルシア。………ル ルシ……ア…??」

 

集は駆け寄ってくるルシアの恰好に目が点になる気分になった。

 

ゴスロリというのだろうか。やたらヒラヒラとした賑やかな飾りが施されたドレスのような服装のルシアが駆け寄って来た。

 

「ルシア…その恰好って……」

 

「どう?なかなか可愛いでしょ?」

 

その後ろからやたら得意げ表情をした春夏がやって来た。

 

「水着探してたんじゃないの?」

 

「そう固いこと言いっこなしよ」

 

半眼で自分を見る集に春夏はあっけらかんと返す。

 

「いのりちゃんはどう?これ可愛いと思わない?」

 

「え?…は はい」

 

「うんうん。いのりちゃんならそう言ってくれると思ってたわ。安心して、いのりちゃんにもお揃いがあるから!」

 

春夏は目をらんらんに輝かせ、手に提げた紙袋からルシアが着ているものに酷似した服を襟のところまで引っ張り出す。

 

「それで、もう買い物は終わったの?」

 

「うん。じゃあ荷物お願いね」

 

「はいはい。そういえばいのり、さっき何て言おうとしてたの?」

 

「え?……あ、な なんでもない!」

 

「ん?でも……」

 

「忘れて!」

 

(……怒ってるわけじゃないのは本当なんだ……)

 

いのりは顔を真っ赤に染めながら集の背中をグイグイ押す。

集はいのりの今まで見た事のない行動に驚きながらも、いのりが怒っているわけではない事に安堵していた。

 

「あらあら、邪魔しちゃったかしら?」

 

「じゃま?」

 

春夏はルシアを両腕に包むように抱きながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

 

(やっぱり他人の空似ね…。あの子とは纏ってる雰囲気が全然違うわ……)

 

「かあさん?」

 

ルシアが集の真似をした呼び方で春夏を呼ぶ。

 

「何でもないわ。行きましょう」

 

そんなルシアに春夏は微笑むと集達の後ろを追った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

「うひゃー着いた着いた!」

 

船から下りた颯太は興奮の声を上げる。

 

高校二年の夏休み、集達は大島へやって来た。

 

集以下部員達には夏休みの合宿ということで、実際には涯からの任務である。

 

ちなみにメンバーは集、いのり、祭、颯太、花音、そしてルシアだ。

 

部活の合宿といった手前、部員では無いいのりとそもそも高校生ですらないルシアがいる。

いのりは颯太が被写体にしたいという熱い希望により、参加が認められることに。

 

ルシアは集が夏休みの思い出を作ってあげたいと言ったらあっさりokが出た。

 

晴れ渡る空からの日差しを浴びながら、部活メンバーは集の親戚の別荘(捏造)に到着した。

「………」

 

そして当の本人が一番面食らっていた。

 

いのりとルシア以外の他のメンバーは立派な別荘を見て、口々に感嘆の声をもらす。

 

「うおーひれー」

「桜満君の親戚って何をしてる人なの?」

 

「えっ?な ナンテイッテタッケナ〜ワスレチャッタナ〜」

 

集は面食らっていた分花音の質問にすぐに対応出来ず、不自然な棒読みで返答してしまった。

 

それでも花音は「ふーん」と軽く返すだけであまり深く追求しなかったので、集はホッとため息をついた。

 

「どうしたのこのお屋敷?」

 

「涯が供奉院グループから手配した」

 

集といのりがひそひそと声を潜めているとーー、

 

「また二人仲良くして〜家だけにしてよ!」

 

「はあ!?いきなりなにをーー」

 

「だって二人一緒に住んでんでしょ?」

 

「「ぶっ!!」」

 

「何?どういうこと?」

 

颯太の言葉に集と祭が同時に吹き出す。もしお茶でも口に含んでいたら緑色の霧を噴射していただろう。

ただ一人花音だけは話が見えずに首を傾げている。

 

「俺見ちゃったんだよね〜二人が一緒に家へ帰っていくところ!」

 

「ちょーー」

 

「じゃあインタビューしちゃいましょう!二人のなれ初めは?」

 

「ーーーっ!!」

 

「ちょっと、颯太君!」

 

颯太が空気を読まない性格なのを知って、付き合って来た集。

多少のことには目をつぶって来た集もさすがにこれには怒りが湧いた。

 

「ちょっとやめてよ!いのりとは何もないって!」

 

「またまた〜」

 

「ふざけるのもいい加減にしなよ!いのりにまで迷惑掛けるって分からないの!?」

 

「ほらもうケンカしないの!」

 

火がつく寸前で花音が仲裁に入る。

 

「あっ…」

 

集はしまったと思い、沈黙する周囲を見渡した。

 

「ごめん…」

 

「いいよ。ほら、気持ちを切り替えて楽しもう」

 

「魂館君もあまり人のプライベートに首突っ込まない」

 

「俺はただーー「はいもういいから、海行くよ!」

 

花音がぱんぱんと手を打ち鳴らし、みんなを急かす。

 

「あっごめん。僕ちょっと用事が…」

 

「用事?」

 

「父さんの墓参りに」

 

「そっかそういえば大島って集の故郷だったね」

 

「うん。昔住んでたことがあってね」

 

春夏からそう聞かされていた。

 

「先に行ってて」

 

「うん。私達も後でご挨拶に行くね」

 

「ありがとう。きっと喜ぶよ…」

 

祭達は先に海辺に向かい、集はコンクリートで舗装された坂を上っていた。

 

ふと手の平を見ると、爪が食い込んだ痕が残っている。

颯太に対して怒りが湧いていた時に強く手を握りしめていたために出来た痕だ。

 

「……」

なんでもないただの痕。

集はその痕をしばらく眺めていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

入り口の辺りで参りの花を買い、集は墓地へ入る。

 

去年の記憶を頼りに父親の墓を探す。ここの墓地は地元のためのものと、十年以上前の隕石落下による犠牲者のためのものと二つに分かれており、父親の墓は前者の区画にあった。

 

集は墓前に立つと手も持っていた白い花の束を供える。そして静かに墓石を見る。

 

「……」

 

「桜満玄周≪おうまくろす≫博士か…」

 

「知ってるの?父さんのこと……」

 

「旧天王洲大学の教授であり、アポカリプスウイルス研究の第一人者だ」

 

「そう……だったんだ…」

 

「なぜお前が知らん。アポカリプスウィルスの研究をしている者が近くにいれば、いやでも耳に入る名だぞ?」

 

涯の声に呆れの色はないが、少し意外そうな感情が入っている感覚がした。

 

「それ母さんのこと?母さんとはあまりそういう話をしないんだ」

 

集はいまいちど大島の空を見上げる。

 

「ここにも昔住んでたらしいけど……記憶にないから実感もわかなくて……父さんに至っては顔も知らないんだ…」

 

「本当になにひとつ憶えていないのか?」

 

集は涯の言葉に小さく頷く。

 

「日本では母さん以外には話してないんだけど……僕、十年より前の記憶が全然なくて……。僕のこと調べたなら知ってるでしょ?十年前に五年間留学してたって…」

 

「ああ…確かにそう記録にあった」

 

集は一度深く息を吸った。緊張は無かった。

涯なら真剣に話を聞いてくれるという不思議な安心感があった。

 

「おかしな事言ってると思われるかもしれないけど…涯は魔界って…悪魔って信じる?」

 

「………」

 

悪魔の話は春夏にも欠片も触れたことがない話だ。

涯は突然切り出された奇妙な言葉に、反応に困っているのか険しい表情になる。

 

「この世界とは違う、魔界っていう世界があるんだ。その世界では多くの悪魔達が日々この世界を奪おうといつも人間達を狙っている…」

 

一際強く吹く風が、二人の髪をさらう。

 

「僕はそいつらに誘拐された…。たぶんロストクリスマスの災害に巻き込まれた時に…。奴らにとって…あのパンデミックは都合が良かったんだ。あれ程の惨事なら、行方不明者の十人や二十人増えたところで誰も不自然には思わない……」

 

集はあの時感じた希望の光を思い出すかのように顔を上げる。

 

「だけど救われた…。一緒に捕まった子供達はみんな死んだ。だけど僕だけは彼にーーーダンテに救われたんだ……」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「あれだ」

 

「あれは…神社?」

涯にしめされた先を見ると、丘の下で道路を挟んだ向こう側にある鳥居と長い階段だった。

 

集は涯に手渡されたスコープで鳥居を覗いた。

するとその階段の至るところに赤外線センサーのラインが見える。

 

「はじまりの石。今俺たちが最も手に入れなければならないものだ……」

 

「なんなのそれ?」

 

「文字通りだ。ここに落ちた隕石の破片にある少女が接触したことによってーーその少女はアポカリプスウィルスの第一感染者となった」

 

「っ!!」

 

集の呼吸が凍るように止まる。

 

「それがはじまりの石。今回の任務はそれを手に入れることが目的だ」

 

「それに颯太のヴォイドが必要と?」

 

「そうだお前は時間に指定の場所にあいつを連れてこい」

 

「うーんだけど颯太って自分に興味のある事じゃないとなかなか…」

 

「あるじゃないか」

 

「え?」

 

「エゴイストのファンだと聞いているが?」

 

途端に集は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「……いのりを使えと?」

 

「不満か?」

 

「……不満しかないけど、分かったよ」

 

実際集にはそれ以外いい案が無い。

 

「決まりだな。お前は戻って時間まで思い出作りでもしておけ。友達は大切にな」

 

涯はそう言い残すとどこかへ去って行った。

 

「ーーー」

 

集は丘を下り終えるまで胸の中のムカムカが消えずにいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おーい集!!遅かったな!」

 

集が浜辺に着くと真っ先に颯太が手を大きく振りながら駆けて来た。

 

「颯太…ゴメンみんなは?」

 

「向こうで待ってるぜ。ほら早くしないと日が暮れる!」

 

「まだ昼前だよ?」

 

集がと笑いながら颯太の後に続こうとした時ーーー、

 

 

「シュウじゃない」

 

「え?」

 

声のする方を振り返ると、黒髪のショートヘアで鼻に傷がある外人の女性が立っていた。

「ーーあっ!」

 

女性がサングラスを取り、その顔をしっかり見せる前に集はその女性の正体が分かった。

 

「久しぶりね。しばらく見ない内にたくましくなったんじゃないの?」

 

そう言って女性はそのオッドアイの瞳を集に向ける。

 

ーーその女性は集の親と師の一人であるーーー、

 

 

 

「レディさん!?」

 

「最初分からなかったわよ?シュウ。こんなに大きくなってるんだもの」

 

レディは集の頭をガシガシと撫でる。

 

「久しぶりですレディさん。そちらはお変わりないようで」

 

集は心の底から込み上げてくる、懐かしさと嬉しさに目頭があつくなる。

 

「もう固いわね?昔の方が心開いてる感じがしたわよ?」

 

「いいえ、嬉しいですよ。まさかこんなところで会えるなんて思って無かったんですから」

 

そこでふと集に気になることが浮かんできた。

 

「あの…レディさんはどうしてここに?」

 

「ん?依頼よ。ここにある極秘施設をテロリストから守るっていう」

 

「…………え?」

 

それを聞いた途端集の頭の中は一気に真っ白になった。

 

「あくまで念のためらしいけど。GHQのお偉いさんを助けた事があったから、たぶんそのルートからなんでしょうけど…あっ、そろそろ行かないと。それじゃせっかくのバカンス、楽しみなさいよ!」

 

レディは集の肩を力強く叩くと手を振りながら去って行った。

 

「あ……はい。レディさんも頑張って……」

 

集は気の抜けた声でなんとか声を返すが、その心理状態はそれどころではなかった。

 

(え……違うよね……。まさか今回の目標の場所とは違う場所だよね……?)

 

しかし何度考えても出て来る解答は同じだ。

 

「おーい何してんだよ集!早く来いよ!」

 

 

「……………」

あんな質問をしたことを激しく後悔しながら、集はゾンビのような足取りで部員達の元へ向かうのだった。

 




何気なく最初に投稿してから一年経ってるのと、さりげなく二十万pv突破してて二重にビックリ。

やっぱりみなさんGCとDMC好きなんですね。

これからもみなさんのその愛に応えられるよう頑張ります。
至らないところだらけですが、私も全力を注ぎます。

これからも応援お願いします。


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#29陽下〜summer of intertwin〜

水木しげるさんが死去されたと聞き、すごくショックでした。

ご冥福をお祈りします。

鬼太郎は私の子供時代の一部でした。

きっと水木先生は妖怪横丁へご引っ越しされたの思ったら、少しは気が楽になりました。


「ーーって…、夢みたいな話だよね?」

 

自分の少年時代をほんの少し打ち明けた集は、少し照れ臭そうに頭をかく。

確かに、大半の人間が聞けばおとぎ話としてしか聞かれないだろう。

 

何しろ魔界だの悪魔だの、大人が子供を躾けるために使うようなものばかりなのだ。それを真面目な顔で話す者が居れば、へたすれば病院送りだ。

 

「確かに馬鹿げた話ではあるな…」

 

「………」

 

「だが、これで少しお前の謎が解けた」

 

集が涯の方に振り向く。

 

「なぜお前があの化け物の事を知っているのか、異常な状況に陥っても対応する冷静さも。成る程な、ずっと前から戦っていたのならそれも納得出来る…」

 

「………信じるの?こんな嘘みたいな話を…」

 

「嘘なのか?」

 

涯は意地の悪い笑みで集を見ると、集は左右に首を振る。

 

「そう鳩が豆鉄砲くらったような顔をするな」

 

「…いやだって、ーー」

 

「お前は俺を信じると言ったんだ。なら、俺がお前を信じてなにか不都合があるのか?」

 

「………」

 

「ほら行くぞ」

 

つまらない話だと言わんばかりに、涯はきびすを返し歩き出し、集もそれに続き、二人は墓地を後にした。

 

 

ーーーーー

 

(悪魔か……)

 

数分前の集との会話を思い出しながら、涯は森の中を歩いていた。

 

例の化け物達の正体が本当に悪魔か、それは大した問題ではない。

問題なのはその化け物達が、今自分達の敵だという点。集の話によれば、化け物達は遥か昔から存在し、同時にそれと戦う者達も存在している。

 

ならば、ま逆の者達も存在するはずだ。

 

つまり化け物と敵対し戦うのではなく、化け物達を利用しようと、あわよくばその力を支配しようとする者達も同時に存在するはずだ。

 

もし、そうした連中が白服やダアトに協力しているのだとすれば……。

 

(敵の戦力は未知数…、下手をすれば異世界そのものが敵というわけか…)

 

どのように好意的に考えても絶望的な状況。

それでも涯の口端は笑っていた。

 

不安は無い。どのようになっても切り抜けられるという不思議な安心感と確信があった。

根拠は無いにもかかわらず、そう思える理由が涯には分かっている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

観光客や現地の人々で賑わう浜辺で、集は懐かしい人物と再会した。深く尊敬している人物と再会した集は今ーーー

 

 

「しゅ…集…、どうしたの…?」

 

「いいいいいや。ななんでもないよ?」

 

とてつもない恐怖を感じていた。

出来るだけいつもの調子で居ようと、心に決めていたにもかかわらず、身体は間も無く訪れる未来に慄いている。

 

「だけど顔色悪いし、震えてるよ?具合悪いの?」

 

「いや、具合は悪くないよ?ただ…えっ……と…さっき、車とぶつかりそうになってさ」

 

「え!!?大丈夫、怪我はないの!?」

 

「う、…うん」

 

祭が思ったより喰いついて来たので、当の集は触れそうな距離まで近付いて来た祭の顔にタジタジになる。

 

「いや〜仲良しなお二人さんを見てると嫉妬しちゃいますよ〜」

 

カメラで海辺を撮っていた颯太は、集と祭の方へカメラを向ける。

 

「あっ…ご ごめん!!」

 

「い いや、いいよ」

 

祭は、自分が集の顔に唇が触れそうになる程接近していることに気付き、真っ赤になりながら集から距離を離す。

 

「そういえば、いのりやルシアは?」

 

集は二人の姿を探して辺りを見回すが、見知った影は見当たらない。

 

加えて言えば、花音の姿もない。

 

「なに言ってんだよ。さっき着替えに行くって言って、更衣室に行ってたろ?」

 

「え?」

 

言われてみればそんな話を聞いたような気がするが、心ここにあらずだった集はほとんど聞き流していたのだろう。

 

「私が最後に見た時は楪さんと花音ちゃんがルシアちゃんに水着を着せようとしてたよ?」

 

祭は二人を手伝おうとしたのだが、花音に送り出されたのだと言う。

 

「" 遅くなる "って伝えてほしいって」

 

そんなに時間がかかることなのか?と集は首を捻っていると

「お待たせ〜」

 

花音の声が聞こえてきた。

 

「あっ、花音ちゃん」

 

「いや〜ごめんね?ルシアちゃんが蟹が気になっちゃたみたいで…」

 

「…………」

 

祭と花音が話す側で、集はその後ろからやってくるいのりに目を奪われていた。

 

「お待たせシュウ」

 

いのりは赤と桃色のラインが入ったビキニで、スカートのようなフリルが腰からかかる。

 

「……うん。ああ、その……」

 

白い肌によく映える水着だった。

 

「?」

 

「いや、な なんでもない」

 

顔が熱くなるのを感じる。

今、必要以上に声を出したら、とんでもないことを口走りそうだと思った。

 

「祭、なんでまだそれ着てるの?」

 

「え?」

 

花音は祭が水着の上に着た上着を見ながら言う。

 

「だ だって」

 

「自信持ちなって、祭だってスタイルは楪さんに負けてないから!」

 

花音がほらっと集といのりを指し示す。

 

集は水着姿のいのりの前に顔を赤く染め、照れ臭そうに笑っていた。

 

「ただでさえ桜満くんは楪さんに気が向いてるんだから、祭もガンガン行かないと。それに前に言ってたよね?" 遠慮はしない "って」

 

「うっ……」

 

祭はギュッと胸元でコブシを握り締め、早打つ鼓動を鎮める。

 

 

 

「集!」

 

「わ!」

 

縁の部分に沿って、黒いラインの入ったビキニ姿の祭が集の腕に飛び付いた。

祭が腕に力を込めれば込めるほど、集の肘にそのふくよかな胸が当たる。

 

「いいい!?ハ ハレ!?む 胸がーー!!」

 

「っ!ーーお 泳ごう!」

 

「あ、私もいく!」

 

いのりの後ろで蟹に鼻を挟まれていたルシアも二人のあとに続いて海へ飛び込む。

 

「ねえ集、沖の方へ行ってみようよ!」

 

「う うん。あれ?」

 

祭に引っ張られる形で海へ入っていった集は、ふと後ろを振り返る。

 

「ルシアは?」

 

「え?」

 

後ろからついて来ていたはずのルシアの姿がない。

 

「ーーー!!」

 

集はまさかと思い、海中に顔をつける。

そこではルシアが腹を海底に付け、サメにでも遭遇したかの様にバタバタと手足を動かしていた。

 

「ルシアが溺れてる!!」

 

「えぇーーーー!!」

 

ーーーーーーーーー

 

 

「ルシアちゃん、大丈夫?」

 

「ーーっーー」

 

ルシアはゼーゼーと肩で息を切らしながら、頷く。

 

ルシアが溺れていることに気付いた集は、祭と後から来たいのりと協力して海面に引き上げると、浜辺まで戻った。

 

(でも意外だな、ルシアは泳げなかったのか……)

 

ゲホゲホと咳き込みルシアの背中をさすりながら、集は思った。

ルシアは素の状態で半魔人の状態の集とほぼ同等の身体能力を持っている。

だから集もそれを前提に置いてしまっていた。

 

しかしよく考えてみれば、ルシアは普段近くの海浜公園から海を見てはいるが、風呂以上の大きな水に入るのは初めてだった。

いや、集達と出会う前にあるのかもしれないが、確かめようがないし、どちらにせよ彼女が泳げない事実に変わりはない。

 

「ごめん、プールにくらい連れて行ければ良かったんだけど…」

 

配慮が足らなかったと集は謝る。

 

「そうだねルシアちゃん、今日はあまり沖には行かないで浜辺だけで遊びーー」

「ーー教えて…」

 

「ん?」

 

「わたしに泳ぎ方を教えて……ください…?」」

 

「え、だけど……」

 

「……?、…しゅう」

 

「なに?」

 

「人になにかお願いする時は" けいご "で、良かったんだよね?」

 

なにか間違えたかな?と言いたげにルシアは集に首を傾げる。

 

「…………」

 

その時集は気付いた。ルシアは祭が口籠ったのは、自分が言葉の使い方を間違えたからだと思っているのだ。

 

「ふふ、うんそれで合ってるよ。分かった、泳ぎ方の練習しよう」

 

集はそんなルシアを微笑ましく思い、彼女の希望をのむことにした。

 

「待って集。溺れたばかりなんだから今日は休ませた方が…」

 

「だいじょうぶ!…です!」

 

「あまり沖には行かないようにするし、もし危ないと思ったら無理にでも止めさせるから」

 

「……うーん」

 

「いいんじゃない、魂館くんならあれだけど…桜満くんなら大丈夫じゃない?」

 

と花音。

 

「あれって何?」

 

そして颯太の声を全員さらりと無視した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そう、お腹の力は抜いて…、息継ぎする時はちゃんと水から顔を出してね」

 

「ぱぁーー、はい」

 

祭がルシアの両手を引きながら、浅瀬を歩く。

ルシアは祭の指示に従い、祭に引かれる方で海上を進む。

 

「ありがとうハレ。偉そうなこと言ったのに…結局祭に頼ることになっちゃったね」

 

「ううん、いいの。ルシアちゃん覚えるの早くて教えるの楽しいから…」

 

あの後、集はルシアに泳ぎ方を教えようとしたのだが、集には人にものを教えるノウハウが(あんな師匠しかいなかったために)ほぼなかった。

さらに泳ぎに関して言えば、集は十年前から普通に泳げていたために、どう教えればいいのか分からなかったのだ。(同じ理由でいのりも除外)

そんなわけで、何度かボランティアで幼稚園に幼児達の面倒をいる経験を持った祭に白羽の矢が当たった。

 

 

祭の言葉通りルシアの吞み込みはかなり早く、瞬く間に上達していっている。

 

「保護者二人して頼りにならないわね〜」

 

「あははは…」

 

花音の毒舌に集と祭は苦笑いする。

 

「それじゃあ、ルシア。ちょっと手を離してみる?」

 

「!?」

 

「ちょっと集、怖がらせないでよ」

 

「はははっ、冗談だよ」

 

 

「たくっ、ミッション中だってのに浮かれやがって。あんなんでいいのか?」

 

アルゴが集達を見ながら悪態を吐く。

 

「あなたも混ざってもいいのですよ?」

 

「気合い入ってますんで」

 

アルゴと四分儀に大雲が海の家で昼食を取っていた。

当然だが三人とも薄着でアルゴもめったに着る機会のないアロハシャツだ。

 

「しかしこんな島に一体何があるってんだ?」

 

「それは涯のみぞ知るところです」

 

「なんにせよ、ここまでは順調です。問題は施設のセキュリティですが、そちらは綾瀬とツグミが調査中です」

 

「ずいぶんと辛気臭い面した観光客がいたものね」

 

突然聞こえた女性の声に、三人は一斉に振り返る。

そこにはオッドアイの瞳に、半袖の黒いジャケットと白いシャツに、短パン姿の肩までの黒髪を持った女性が立っていた。

 

「まっ、私も仕事としてじゃなくてバカンスで来たかったけどね」

 

「はぁ?」

 

「………」

 

「あなたは?」

 

(周囲への警戒は緩めていない…、この女性はどこから…気配を全く感じなかった)

 

それはアルゴも大雲も同じだったらしく、二人共突然現れたこの奇妙な女性に警戒していた。

 

「あら、そんなに警戒しないで?本当なら私が取るべき反応なのに…」

 

「どういう意味だよ」

 

アルゴが威圧感を込めて女性を睨む。

 

「だってあなた達、ずっとあの子達の方ばかりを見てたでしょう?」

 

そう言って女性は集達の方を指差す。

 

「もし強盗か何かだったら…、

 

 

ーー先に火の芽は潰しておこうと思ったのよーー 」

 

 

「!!」

 

アルゴは喉から胸元まで氷水を流し込まれたような悪寒に襲われた。その感覚は、集が悪魔と呼ぶ化け物と対峙した時に似ていたが、違うものだと思ってしまいそうな程、遥かに大きなものだった。

 

「なーんて、冗談よ。本当に通報されると思った?」

 

「なっ」

 

女性のおどけた言い方で、アルゴはズボンの隠しナイフに伸びていた手をなんとか止めることが出来た。

 

「あはは、本当に顔色変わるんだもの。そんなんじゃあ、本当に疑われるわよ?」

 

女性は笑いながらそう言うと、きびすを返した。

 

「じゃあね。ちょっと面白かったわ、お兄さん達」

 

また会いましょうと言い残し、女性は去っていく。

 

 

「な…なんなんだあの女……」

 

「私は長いこと戦場に居ましたが……じ、地雷原の上を歩いた時と似たような悪寒が走りました…」

 

再び三人になった空間は、しばし止まっていた時間が動き出す。

 

アルゴと大雲は口々に今さっき体験したものを、言葉に変えようとしながら冷や汗を拭う。

 

(……?" あの子 "達……?)

 

四分儀は唯一、女性の言葉に僅かな違和感を覚えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

結局、ルシアは二時間程でほぼ泳ぎをマスターしてしまった。

それこそ颯太に「演技だったんじゃね?」と言われるレベルで、最終的には水泳大会に発展するほどだった。

 

「はぁ……泳ぐのってこんなに疲れたっけ…?」

 

久しぶりに水をかく疲れを味わった集は、浜辺に座り込む。

 

「シュウのふるさとって…きれいね…」

 

「気に入った?いのり…」

 

「うん…。やすらかな海は初めて……」

 

「そっか」

 

いのりは集の横に腰を下ろす。

 

「それにしても……結局、ルシアのことはハレに任せっきりになっちゃったな……。我ながら情けない…」

 

「……………」

 

「本当に僕は日本に帰って来てから、祭に頼りっきりだなぁ……」

 

「シュウにとって……校状祭はどういう存在なの…?」

 

「ん?なんか前にも似たような質問された気がするけど……」

 

「…………そう…かも…」

 

「そうだな……改めて考えると、ハレとは母さんの次に付き合いが長いんだ…」

 

彼女は、春夏と同じように、当たり前の人間とはなにかという事を知るきっかけとなる人物だった。

 

集に戦いの無い平和な日常とはなにかを教えたのは、春夏と祭だと言っても過言でない。

 

「記憶の無い僕にとって…、産まれてからそこには至るまでの生活を想像させる……。なつかしさすら感じさせるような…子……なのかもしれない……」

 

「なつかしい……?」

 

「ごめん。言ってて僕もよく分からなくなって来たよ…」

 

「シュウ、なつかしいって何……?」

 

「よくわからないけど…。昔を思い出す…ってことじゃないかな…」

 

「そう…」

 

 

それっきり話は途切れ、二人は昼食に呼ばれるまでそれぞれ考えにふけりながら海を眺めていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どお?ルシアちゃん、痛くない?」

 

「ん、気持ちいい…です」

 

祭はルシアの頭をシャンプーで優しく擦る。

 

「すっかり懐かれてるじゃない祭。これは将来いいママになるわね」

 

「も もう花音ちゃんったら」

 

「桜満くんったら、こんなにいい子がずっと近くにいたのにね。中学生から一緒だったんでしょ?実はオカマとかじゃないかしら…」

 

その横で身体を洗う花音は、本人がいないことをいいことに言いたい放題だ。

 

「わ 私のことより、花音ちゃん。寒川くんとはどうなってるの?」

 

「な なんであいつの事が出てくるのよ!知らない、ずっと連絡もないんだから…」

 

「そっか、まだ連絡ないんだ…」

 

祭はうつらうつらと船を漕ぎ出したルシアに、優しくお湯をかける。

 

(中学から一緒か……)

 

頭の中に集と同じ家に暮らす少女のことを思い浮かべる。

すると当の本人が風呂場の扉を開ける。

 

(わぁ…楪さん、きれいすぎるよぉ)

 

「うわー、いのりちゃん肌きれーい!しろーい!触ってもいい?」

 

「え…あの…」

 

「すごーい、すべすべ!じゃあここは?」

 

「うあ…そこは…だめ…」

 

花音はまるで彫刻のように白いいのりの肌に指を這わせる。その度に、いのりは切なげな声を漏らす。

 

「あはは、ごめん ごめん」

 

いのりは 「むー 」と剥れ、花音に抗議の視線を送る。

 

 

「はぁー気持ちいいー」

 

「…………」

 

「………(寝)」

 

(…集は……楪さんのことどう思ってるんだろ…。……ううん楪さんはどう思ってるんだろ…集のこと……)

 

四人は湯船につかる。

祭はリラックスどころではなく、いのりを見ながらモンモンと悩む。今自分の中にある疑問を尋ねたい。そんな欲求が湧き上がる。

 

 

「ルシア。お風呂で寝ちゃダメ」

 

「ん」

 

いのりがルシアを揺り起こす。

 

「シュウが、" 風呂場で寝ると風邪を引くよ "って言って。この前怒られた(春夏が)」

 

「え!?」

 

「な なんで桜満くんが楪さんの入浴の様子を知ってるの!?」

 

祭と花音が身を乗り出す。

 

「…え…?」

 

(ま…まさか…集、楪さんとーー!?)

 

湯船の熱気のせいか、祭がさっきまで考えていた事のせいか、考え方がどんどん良くない方向へ向かっていく。

 

「…………あっ、ち…違う!シュウがハルカにそう言ってたの!」

 

自分の言葉がどのような解釈をされたか気付いたいのりが、慌てて訂正する。

 

「は…春夏さんに?」

 

「はるかって…桜満くんのお母さんだっけ?」

 

興奮気味だった浴室はようやく落ち着き、いのりはホッと息をついた。

 

「いのり、顔あかいよ?」

 

「!」

 

気を抜いたところでのルシアの追撃にいのりは気の毒なほど真っ赤になる。

 

「だ 大丈夫だよ楪さん!!その、全然変な意味で取ったりしてないから!!」

 

(祭が墓穴掘ってる……)

 

 

 

「……いのり……でいい…」

 

「え?」

 

「呼び方…、いのりで…いいよ…」

 

いのりからの突然の申し出に、祭と花音は目を丸くする。

 

「私も…あなたのことはハレって呼ぶから……」

 

「は はい、分かりました。い いのりさん」

 

「あっ私もいい?いのりちゃんって呼んでも」

 

便乗するように言う花音に、いのりはうなづきで返した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

集と颯太は一足先に風呂を上がり、和室で羽休めをしていた。

 

(さてどう誘うか…)

 

集は背を向け、端末を見ている颯太を見て考える。

端末のpvには、SMチックに拘束された状態で歌ういのりが映されている。

 

やはり何度考えても、涯と話した時に出たいのりを使う作戦以上にいい方法が全く思い浮かばない。

 

(気が進まないなぁ……)

 

「なあ、集……」

 

「!」

 

集が思い悩んでいると、颯太から声を掛けられた。

気のせいか、颯太の声は今までの彼からでは想像出来ないほど張り詰めている気がした。

 

「いのりちゃんとは本当に何もないわけ?」

 

「…………」

「答えろよ」

 

「?…ないよ。なにも……」

 

「何でもないなら……。俺、いのりちゃんに告白するから」

 

「!!」

 

集は思わず立ち上がる。

 

「いいだろ?ーー何でもないならさ……」

 

「それはーー!!」

 

(……待て!!これはチャンスかもしれない……)

 

集には涯ほど口が上手くも、人の気持ちを読み取ることも、ましてや策を考えることも出来ない。

そんな時に目的への最短の手段が目の前に転がって来たのだ。これを逃せば作戦を実行に移せないかもしれない。

 

(だけど…いいのか?颯太の気持ちを…もてあそぶようなマネをーー)

 

 

 

「じゃあ…、告白…行く?」

集は颯太の肩に手を置いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「いのり、ちょっといい?」

 

箱庭の縁側を歩くいのりを見つけ、集は声をかける。

 

「?」

 

振り返ったいのりからの、僅かな風に乗って漂うシャンプーの香りに、集はしばし掛ける言葉を忘れた。

 

いのりが着ているのは、旅館などに置いてある質素な浴衣だが、その飾らない服装も僅かに濡れた髪も、さらに彼女の魅力を引き立てる。

 

「あっ、ごめんルシアは先に部屋に行ってて。いのりに話があるから…」

 

「…………」

 

集がそう言うと、仲間はずれにされたと思ったのか、ルシアは不満そうに頬を膨らませるが、素直に従って部屋へ歩いて行く。

 

「なに…?」

 

「その…これから一人で来て欲しい所があるんだ」

 

「ーー来て欲しい所…?」

 

「丘の上の展望台で、

 

 

ーーーいのりに気持ちを告白しようと思ってる…ーーー」

 

 

スーといのりが息を吸う。

呼吸もどこか熱がこもり。湯冷めて引いてきた顔の朱色も、また頬と耳を覆っていく。

 

いのりの両手がグッと抱えたタオルにこもる。

 

「え?あっ…、シュ…シュウ……こ…告白って?」

 

「そこで気持ちを告白しようって、ずっと前から決めてたんだ。その展望台で告白しようってーーー」

 

いのりはタオルを抱えたまま、ギュッと両目をつぶる。

 

「そ…そんな、私…まだ心の準備がーー」

 

耳と頰まであった朱色が、ついには顔全体を覆い、腕までにリンゴのように染まり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ーー颯太が…ーー 」

 

 

 

「……………………………………………え?」

 

いのりが顔を上げ、ポカンと集の顔を見上げる。

 

「あいつはりきちゃって、気合い入れ直すって言って洗面所にこもっちゃったんだけど、すぐ行くからいのりは先に行ってて」

 

「……どこに?」

 

「?だから展望台に…」

 

「えっ…?」

 

「え?」

 

「…………」

 

「…………」

 

明らかに場を包んでいた熱が冷めていく。

 

「魂館颯太が…?」

 

「そう、気持ちを告白しようって…ずっと前から決めてたらしいよ。その展望台から指定のポイントも近いし、任務としても都合がいいかなって……」

 

「任務……そう任務………」

 

「どうしたの?さっきからちょっとおかしいよ」

 

ダムンッという鈍い音と共に、いのりは集の足を思い切り踏み付けた。

 

「いっーー!!」

 

「……また後で……」

 

飛び上がり、のたうち回る集を尻目にいのりは廊下を去っていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

いのりは歩いている内に、自分の気持ちが怒りからどんどん沈んだ気持ちになっていくのを感じた。

 

そうやって冷静になってから思った。

 

集は悪いことは何もしていない。自分のやるべきことをしっかり果たしただけだ。

 

それなのに何故自分はあんなことをしてしまったのか。

 

あんな行動は、自分の思い通りにならなかったことに対する八つ当りでしかない。

集が自分の気持ち受け入れてくれる、分かってくれると、ある種すがりにも似た身勝手な気持ちをぶつけただけだ。

 

「…………っ」

 

そうだ、どこに保証がある。

 

例え集が自分の気持ちを知ったとして、こんな身勝手な自分を受け入れてくれるなどと…。

 

 

 

(シュウは…、ハレみたいな人と一緒になるのが一番幸せなのかな……?)

 

 

いのりは一人、廊下で小さく息をはいた。

 

 

 




みんな〜ゆるしたげてよォ〜
片想いだと思ってるの、一方通行だと思ってるの、向こうにこちらへの気は全く無いと思ってるんだよォ〜

あははーー…


…………集さん…………、





もげろ。






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#30心愛〜Luna〜


皆さんあけましておめでとうございます。

と言うべき時期はとうに過ぎ去り、寒風吹き荒れる肌寒い時期。
いかがお過ごしですか?
風邪などに気を付けて過ごしましょう。


感想のところで" 嘘界が虚界になってます "という指摘をもらい、早速直そうと思ったのですが…あまりにもその量が多いこと多いこと。

次から気をつけるので、今のところはそれで許して下さいお願いいたします。




 

GHQ本部のクリスマスツリーのような形をした骨組みだけの建築物がよく見えるビルの階層で、ダリルは白いタキシードを着て貸し切ったレストランの席に座り、父の到着を待っていた。

 

今日はダリルの誕生日だ。ダリルが父と二人で過ごせるのは自分か父の誕生日くらいだったが、去年は父の仕事が忙しくなり、今年こそはと約束したのだ。

 

(まだかな…)

 

そそっかしい父は毎年自分へのプレゼントを忘れてしまうのだが、今年こそはプレゼントを用意してくれるだろうとダリルは思っていた。

 

「お客様」

 

ダリルは無邪気な子供のように、父の到着に無邪気に胸を躍らせていると、ビルの支配人が険しい表情でかがんでダリルに囁いた。

支配人が告げた言葉にダリルの瞳が大きく見開らかれる。

 

「ご注文はありますか?」

 

「……いらないよ」

 

ホテルのスタッフは一礼すると下がっていった。

 

ダリルは静まり返った広々としたフロアのテーブルの下で、膝に置いた手を強く握りしめた。

 

「………っ!」

 

手の甲に強く噛んだ唇から血が滴り落ち、滑り落ちた雫が白いズボンを赤く滲ませた。

 

「本当によろしいのですか?ご子息との約束を反故されて…」

 

耳から携帯を離すヤン長官に、後ろの秘書官の女性が尋ねる。

 

「なにかまわんさ。アレの母親はよくない女だった。君と違ってな」

 

秘書官は まぁ とわざとらしく驚き、ヤン長官の手に指を這わせる。

 

「アレの尻拭いはもうたくさんだ。どうせなら母親と共に死んでくれればよかったのだ」

 

「いけませんわ。そんなことを言っては」

 

秘書官はどこか勝ち誇ったように言うと、踵を上げ、ヤン長官の唇に自分の唇を近付けた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

大島の山頂上近くに、集がいのりと颯太を呼び出すポイントとして指定した展望台がある。

そこからそう離れていない場所に今回の目標である神社に偽装された研究所がある。

 

集はそこに植えられた木の根元にルシアと共に隠れている。

その視線の先に颯太を待ついのりがいる。颯太が来たら、ここからいのりが涯に指定されたポイントに連れ込むことになっている。

 

涯には何故二人を直接そこに呼ばなかったか訊かれたが、『夜暗い神社に呼び出すのは不思議だと思ったから』と漠然とした返答をした。

 

本当の理由は違う。本当は" 彼女 "に感づかれるのを集が恐れたからだ。誰にも話していないが今、集は尊敬する師の一人と敵対しているのだ。

彼女のことを知らない人間に話しても、数だけで見れば、" たかが一人の兵士 "だ。作戦の変更はありえない。

 

警戒し過ぎてし過ぎてということはない。集は少しでも彼女に感づかれるリスクを減らしたい。

 

「ーー…」

 

集は意識をいのりに向ける。

 

颯太はまだ来ない。

ルシアは待ち飽きたのか、指先で土いじりを始めた。

この位置からではベンチに座るいのりの後ろ頭くらいしか見えない。

集は別荘を出る前の事を思い返した。

 

 

 

食堂でメンバーと共に食事した後の事。

集は腕によりをかけてメンバー達に料理を振る舞ったが、食堂は終始重い空気だった。

颯太だけは興奮しているのか、どんな服や髪型がいいか集に仕切りに聞いてきた。

 

何度かいのりに話しかけるが、いのりは必要最低限のことしか答えない。心なしか口数も少ない気がした。

 

(これは本当に怒らせちゃったな……)

 

少し前にも似たようなことがあったが、さっき足を強く踏まれたので、今回は間違いなく怒っていると集は思っていた。

 

「ねえ集…」

 

食器の片付けをしていると、祭が耳打ちをしてきた。

 

「さっきから様子がおかしいけど…いのりさんに何かしたの?」

 

「うっ……」

 

言葉につまる集を見て、祭はやっぱりと半目で集を睨む。

 

「どうせ自分が何やったかよく分かってないんでしょ?…(いっつもそうなんだから……)」

 

「……う…うん。なんで怒らせちゃったかな…?」

 

最後の部分は集はよく聞き取れなかったが、聞き返せる空気ではなかったので、頭を掻きながら祭に助言を求める。

 

「えっ?」

 

すると祭は目を点にして集に顔を見る。

 

「怒ってる?」

 

「?」

 

「悲しそうに見えたんだけど…。集には怒ってる様に見えたの?」

 

「……え?」

 

祭の言葉に思わず、さっきいのりが出て行った食堂の出入り口を見た。当然、すでにいのりの姿は無い。

 

祭にどういうことか聞きたかったが、聞くことが出来なかった。

誰かにたずねてはいけない気がした。

 

 

 

 

「しゅう…来た…」

 

隣のルシアの声が集の意識を引き戻す。

ルシアの指す方向を見ると、颯太らしき人影が見えた。

 

ベンチに座るいのりに視線を移す。

相変わらず後ろ頭しか見えない。祭に言われた事を確かめたいが、変に動くとさすがの颯太も気付くリスクがある。

 

「………」

 

集は動きたいのをぐっと堪え、事の成り行きを見守る。

 

「いやーごめんごめん。待った?」

 

颯太は片手を上げながらいのりに駆け寄る。

 

「待ってない…」

 

いのりは静かに答える。

 

 

 

「………」

 

いのりの様子がいつもと違うのは分かる。

しかし祭の言う様に悲しんでいるのかどうかはよく分からない。

 

(悲しそうか…)

 

 

「ほ 星が綺麗だよね…。東京じゃあ滅多に…ってここも東京か…」

 

「………」

「いのりさんに見せたいものがあるんだ」

 

颯太はいのりの隣に腰掛け、できるだけいのりと密着するように接近すると、ポケットから端末を取り出す。

 

「俺、EGOISTのpv見てすごく感動してさ。自分で作ってもみたんだ」

 

そう言うと颯太は端末を操作して、映像を再生させると端末から流れるいのりの歌声が静かに空気を震わせる。

 

「いのりさんの曲に合わせて編集してみたんだ。どうかな?」

 

「………」

 

「いのりさん…?」

 

「…うん、綺麗だと思う…」

 

 

 

『これ…あなたが…?』

『…そっ、そうだけど』

「………」

 

集の頭の中に、いのりと初めて出会った時に交わした言葉が記憶の中から蘇る。

 

『きれい…』

 

「ーー…っ!」

 

その時にようやく集の中で祭の言葉が実感として形になった。

 

あの時と違う…。

いのりの声にとても寂しそうな色が刺している感覚がする。

 

自分は涯をはじめとする葬儀社のメンバーと比べれば、まだいのりと接した時間も短い。それでもいのりの事は十分理解したつもりでいた。

 

「馬鹿か…僕はっ…!」

 

膨らみ続ける怒りを抑えきれず、僅かに自分への罵倒が口からあふれる。

集は叫びだしそうな衝動を、右手で胸を抱くように抑え込む。

 

ーーーいのりならきっと颯太を上手いことはぐらかしながら、任務を果たすだろう。彼女ならこちらの意思を察して、これは任務だと理解し最良の選択をするだろう。ーーー勝手にそう思い込んでいた。

 

集は当たり前に分かっている事を、肝心なところで理解出来ていなかった事にようやく気が付いた。

 

いのりはエゴイストのボーカルであり、レジスタンス組織の葬儀社のメンバーであり、

 

そして、何処にでもいる普通の少女だ。

祭や綾瀬達と何も違わない。ただの17歳の女の子なんだ。

 

 

 

 

「い…いのりちゃん!!」

 

颯太は立ち上がると、いのりの前に立つ。

いのりは颯太を見上げ、次の言葉を待っている。

 

「俺…いのりちゃんの事まだ良く知らないけどさ、歌っている君にすっごく感動したのは本当なんだ!!」

 

いのりの瞳には颯太が写っている。しかし颯太を見ている訳ではない。

いのりはまだあの廊下での出来事が、彼から離れていく時に見えた夜空の光景が見えていた。

任務だと自分に言い聞かせ、時間が経つにつれ、彼の顔を見るたび胸を裂くような痛みが強くなっていった。

彼への気持ちに気付き、その事を考える度に感じていた高揚に近い鼓動とは正反対の気持ちだった。

 

『これは、なんなのだろう』

そう考えるだけで眼球が溶けそうになる程熱くなり、喉に何かがせり上がってくる。

 

「いのりちゃんの事もっと知りたい!!」

 

 

 

「っ!!」

 

颯太の声が聞こえた。

 

行かなければ。

今何もしなければ、いのりとは二度と心を通わすことが出来ない。

そんな予感があった。

 

「しゅう…?」

 

木の陰から飛び出した集はそのままいのりと颯太の方へ走り出した。ルシアはそんな集を見て疑問符を浮かべる。

 

「お俺…いのりちゃんの事が……す……すーー」

 

「待って!!」

 

声のする方を見ると、集が息を切らしながら立っていた。

 

「なっ!集!!」

 

「え…?」

いのりは瞳を見開いて集を見る。

「お前なんで…!!」

 

「颯太!ごめん!!」

 

「ぐ…うわああ!?」

 

集はそう言うと、ヴォイドの紋様が浮かび上がった右手を颯太の胸に差し入れた。右手は銀色の閃光を瞬かせながら颯太の身体の中に沈み込む。

見慣れたヴォイドを取り出す時の現象だ。

 

右手を抜くと、銀色の糸状のものが形を成し、意味を内包させる。

光が収まると、集の右手にはロボットの頭部のような形をした颯太の" カメラ "のヴォイドが収まっていた。

 

「………」

 

「……シュウ、どうして……」

 

集はしばらく倒れた颯太を罪悪感のこもった目で見た後、いのりに向き直る。

「いのり、ごめん!!」

 

「え?」

 

集はいのりに向かって頭を深く下げる。

 

「僕、勝手にいのりの事理解したつもりでいた!自分の事ばかりで、いのりならこうだろう、いのりはああやるだろうって、勝手に決め付けて、それでいのり事分かったつもりでいた!!」

 

「ーーー」

 

「いのりの気持ちなんか全然考えてなかったんだ!自分勝手に僕だけの価値観でいのりを計って、それで満足してた!!」

 

「シュウ…」

 

いのりはベンチに座ったまま、集のうなじを見つめる。

 

「馬鹿だった。ごめん!僕は…いのりの事をもっと知りたい!!」

 

「…!」

 

いのりの瞳が僅かに潤みを帯びる。

胸からさっきとは違う熱さが溢れてくる感覚がする。

言おう、何か口に紡げば…きっと何か伝わる。

 

いのりは集の言葉に何か応えようと口を開こうとした時、草木を揺らす音で現実に引き戻された。

 

「あ!」

 

「ん?」

 

見るとツグミが木に逆さにぶら下がりながら、ニヤニヤとこちらを見ていた。

 

「へ、ツグミ…?なんで?」

 

「" ボクは!いのり事を!もっと知りたいんだ〜!! "」

 

「いーー!?!?」

 

ツグミは両手を組み合わせ、わざとらしく芝居がかった口調で先ほどの集のセリフを復唱する。

 

「ま…まさか…、どこから…?」

 

集は羞恥で顔を真っ赤にしながら、どのような答えが返ってくるか分かっていながら、集はツグミに尋ねる。

 

「さ・い・しょ・か・ら!!」

 

ツグミの代わりにヤケクソ気味の声が何もない空間から響いた。

 

「え、綾瀬!?」

 

声のした方へ視線を送ると、綾瀬が仏頂面でステルス迷彩のマントを脱ぎ捨て、姿を現した。

 

「まる聞こえだったわよ…」

 

そう言って集を睨み付ける。

 

「おい何やってんだ!こんなところで引き抜いてるんじゃねえ!」

 

「アルゴ!?大雲さん!?」

 

暗闇からアルゴと大雲を先頭に葬儀社メンバー達が姿を現す。

全員、集に向けて口笛や手を叩いて冷やかす。

 

「想定外の事態です。どうしますか涯?」

 

「プランの変更は無しだ。このまま行く、いいな?」

 

更にどこからともなく涯と四分儀が姿を現す。

 

「が…涯?四分儀さんまで…」

 

「情に流された行動は感心しませんね」

 

「罰だ。そいつはお前が運べ」

 

涯が颯太に顎を向けて言う。その後すぐメンバー達の元へ歩いて行くとキビキビと指示を与える。

涯の背中を見ながら集は全力で海に飛び込みたい衝動にかられた。

 

「ま…まさか、みんな聞いてたんじゃ…ーー」

 

「当たり前でしょ?」

 

脂汗を顔中に浮かべる集に綾瀬が冷たく言い放つ。

 

「………」

 

「ーー!」

 

いのりに助け船を求めて視線を送るが、いのりは集と顔が合いそうになると、顔を背けて背中を見せてしまった。

 

(…なんか振り出しに戻った気がするのはなんでだろう……)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はぁ〜〜」

 

階段を登りながら、集は憂鬱気味なため息をついた。

もちろん背中の颯太に対してでは無く、さっきの自分の失態に対する物である。

 

「………」

 

その前をいのりが歩く。

やはり後ろ姿では今の彼女が何を思っているのかを知るのは困難だ。

 

「その…いのり…さっきは任務の邪魔してごめん。どうしても…っていうか…我慢出来なくなって…」

 

「なんで…?」

 

「なんでって……えっとーー」

 

" 今度は怒ってるかな…? "と集はいのりの様子を慎重に探りながら話しかける。

 

「ーーーいのりが何処かに行ってしまう気がした…からかな?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

「…………(何か言ってくれ!)

 

沈黙の気まずさに耐え切れなくなった集は心の中で叫ぶ。

 

「えっと、いーー「行かないよ?」

 

集の言葉を半ば遮るように言ういのりに集は思わず立ち止まり、彼女を見上げる。

 

振り返り、淡い月明かりに照らし出されたいのりは、初見なら幽霊と見間違いかねない程に現実感のない幻想的な雰囲気に包まれていた。

 

「私は、どこにも行かないよ?」

 

「ーーーーー」

 

そう言ってくれる彼女に、集は何一つ言葉を返すことが出来なかった。

見惚れていた。

触れたら消えてしまいそうな透明感は、彼女のシミ一つない白い肌がさらにその雰囲気を強調させている。

 

「…私、シュウのそばから…離れたりしないよ」

 

そう言って彼女は自分でも無意識の内に集に微笑みかけていた。

 

純白だった彼女の両頬に薄く刺す朱と、柔らかな笑みで、彼女は確かに存在する少女なのだと集は強く実感することが出来る。

 

「……うん、ありがとう」

 

集もいのりに微笑み返す。

月明かりの下、まるで二人しかいないような世界があった。

 

 

 

 

「う〜〜」

 

「!」

 

集のお尻の下から仔犬のうなり声のような声が聞こえ、集が下を見下ろすとヴォイドのカメラを持ったルシアが二人を恨めしそうな目で睨んでいた。

 

「ど…どうしたのルシア?」

 

「………分かんないけど…なんか面白くない」

 

「え?」

 

「今のしゅうといのりを見てると…なんかちょっとイヤな気分になる」

 

「イヤな気分?」

 

「しゅうにはあまり感じないけど…いのりを見てるとなんかイヤ……」

 

「私?」

 

ルシアの言っていることがよく分からず、集といのりはお互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 

「ほら…また、やっぱりムカムカってする」

 

「僕にもする?」

 

「ううん。やっぱりいのりにする」

 

「…私、なにかした?」

 

いのりは困惑の表情を浮かべる。

 

「いのりと一緒に居たくないっとかは思わないけど……。しゅうといのりが話してるところを見ると…なんか……イヤ」

 

「あっ、ルシア!!」

 

ルシアの言葉が後半になる程小さくなっていったかと思うと、ルシアは突然、猛スピードで階段を駆け上がっていった。

 

「なんなんだ?」

 

二人はやはり一緒になって首を傾げた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

施設の前に見張りは無く、涯や集達は想像以上に楽に玄関口に立つ事が出来た。

 

ちなみに意識の無い颯太はここから少し離れたメンバー達の車両で休ませている。

これも変に目撃者を出すことや颯太自身の身体に気遣ってのことだ。もちろんヴォイドを返す時は何事も無かったかのように振る舞うのだが…。

 

「警備の目は問題無い。が、問題は内部だ…。集そのカメラでゲートを撮れ」

 

「うん分かった」

 

集は涯の言う通り、カメラを施設の扉に向けて構え、シャッターを切る。

 

パシャッというシャッター音と共に、カメラから閃光が放たれると、ロックが外れる音がしたかと思うと、さっきまで厳重なロックがかかっていたはずの扉は何の抵抗も無く開いた。

 

「これがこのヴォイドの能力…?」

 

「そう、魂館颯太のヴォイドは閉ざされたものを開くヴォイドだ」

 

涯は行くぞと手で合図すると扉をくぐる。その後を集といのりとルシアが続く。

 

その後も封鎖された扉が現れたが、カメラのヴォイドのおかげで難なく通ることが出来た。

 

(なんで颯太からこんなヴォイドが出たんだろう…)

 

集はヴォイドを使っていく内にそんな疑問が湧き始めた。

しかし、今はそんなことを考えている場合では無いと集は神経を集中させながら施設の奥へと進んでいく。

 

「………妙だな」

 

やがて涯がポツリと漏らす。

 

「なぜ内部に一人も見張りがいない…。兵士は何処へ消えた…」

 

「罠?」

 

「かもしれない…」

 

いのりの言葉に涯は立ち止まり、考え込む。

出直すかどうか考えているのだろう。

 

しかし集には見張りがいない原因が分かる。

" 彼女 "が他の兵士を除かせたのだ。

確信があった。何故なら彼女の隠そうともしない闘気が奥から流れて来るのを感じるからだ。

過去に何度も浴びた記憶のある、ダンテに勝るとも劣らない圧倒的な存在感。

 

「……」

 

ルシアに目を向けると、ルシアは落ち着かない様子で周りを見渡している。

彼女も何か感じ取れるのだろう。

 

「…涯このまま行こう…。この先に待ってる見張りは一人だ」

 

「なに?」

 

「シュウ?」

 

「たぶんその人は僕の師匠だ」

 

集は怪訝な顔で集を見る二人に振り返り言った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

歩くたびに" 彼女 "の気配が近付くのが分かる。

もうロクに離れていない。

作戦の目標がある場所も、そこからいくらも離れていない。ここに来るまで、散々横道に通じる用のない通路を目にしたが、そこにたどり着くには絶対に避けて通れない合流地点のようなものがある。

 

集の予想通りーーー、

 

 

「こんばんは" ソウギシャ "。あなた達も運が無いわね…」

 

彼女はそこに悠然と立っていた。

 

「今日、ここに来てしまうなんて…」

 

「……レディさん」

 

集が一歩前へ出る。

 

「……こんばんはシュウ、やっぱりあなたが来ると思ってたわ。会った瞬間にね、なんとなくそう感じたわ」

 

「……じゃあ、僕が何しに来たかも分かってますよね?」

 

「………」

 

あまりにも静かだった。耳が聞こえなくなったのかと思う程、周りも静まり返り、ひたすら緊張だけが場を制圧する。

 

「私に勝つ気?」

 

「勝てるなんて思ってません」

 

集が腰に収めていた長めの刃渡りのナイフを抜と、レディに向かって構え、腰を落とす。

 

「……全然、そんな風に思ってるように見えないわよ?」

 

レディは集に微笑みかけながらそう言う。微笑み、飄々とした佇まいだったが、その眼はギラギラと光を放つ狩人そのものだった。

 

「涯、今の内に…。一秒でも長く持たせるから…」

 

「全然足りん。10分はもて」

 

「ーー、了解」

 

涯とそう短くやり取りした直後、集は全身のバネから力を解き放ち、電車にもひけを取らない速さでレディを肉薄する。

 

レディに向けて振り抜いたナイフは、彼女が背負うランチャー『カリーナ=アン』に容易く防がれる。

 

レディはそのまま集を押し退け、集もそのまま距離を放す。

 

その後ろを涯といのりとルシアが走り去る。

 

「…勝機はあるって眼ね」

 

集はレディとの修行で、彼女のほとんどの手は知り尽くしている。

彼女がそう簡単にスタイルを変える人では無い事は、集が一番よく分かっている。

おそらく彼女の方もそう思っているだろう。

だが、今の集にはヴォイドそして半魔人化≪デビルトリガー≫がある。

 

と言っても今の集ではヴォイドエフェクト以外にヴォイドの力は無い、さらに半魔人化に関しても真正面からぶつかっても、簡単に押し負けるだろう。

 

やはり半魔人化を発動するタイミング、奇襲が成功するように発動しなければ勝機は無い。

 

ヴォイドエフェクトは盾や足場にはなるが、もし考えなしに使用してレディに" 他にも何かあるかも知れない"と警戒されれば半魔人化の奇襲は成り立たない。

やはり使うにしても半魔人化と併用する形になる。

「見せてみなさいシュウ、五年間のあなたを」

 

「っーー!」

 

レディのそれは、集に対する期待の言葉だった。

 

 

 




今回のあのシーン…
集さんは祭の指摘が無かったら、終始いのりは怒ってると思ったままで終わってたでしょうね。

やったね!バッドエンド回避!

次回は負けイb ry)


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#31際会〜keystone〜

また遅くなってしまいました。
皆さんごめんなさい。

まだ忙しい期間は続くので、当分はずっとこんなペースだと思います。

本当に申し訳ない


劇場版ウルトラマンX見に行きました。
最高でした。ティガ世代は絶対行った方がいいと思います。



 

心臓の鼓動音が澄み切った意識の中へ流れ込む。

表現に困る感覚だった。恐れているのか、高揚しているのか、集は目の前で悠然と佇むレディの姿を視界に収める。

 

「ーーーー」

 

レディも集を静かに見据えている。

その立ち姿は集のように防御も、攻撃の構えもしていない。だというのに考えなしに飛び込めば命は無いと、確信出来る。

 

それが彼女が元からある生まれついての才能なのか、彼女の長い戦いの中における経験によるものなのかは、知る術はないが。

 

「ーーー構えは完璧ね。気迫も十分」

 

だけどとレディは続ける。

 

「緊張しすぎよ。身体が硬くなってる。集中力があるのは結構だけど、度が過ぎるわ。そんなんじゃ突然の状況の変化に身体も心も付いていけなくなるわよ?」

 

集は言われた通り、身体から僅かに力を抜く。

無意識の内に寄せていた肩が少し下がるのが分かった。

 

「………」

 

まるで十年前からの修行の続きをしているようだった。

だが今から行うのはそれとは勝手が違う。

 

レディが手を抜く気が無いのは、すでに集も分かっている。

 

それは集も同じだ。

相手が格上である以上は手を抜くことなどあり得ない。

 

レディは相変わらず構えない。先手を集に譲るつもりなのだ。

 

「ーーーっ!」

 

自分の中にある意識と呼吸が強く噛み合った瞬間、集はためていたバネを解放する。

 

「 は あ あ あ!!」

 

集は宙に飛び上がり、レディの頭上に回し蹴りを放つ。

 

「ーーーー」

 

レディは僅か半歩下がり顔をそらす。たったそれだけの小さな動作だけで集の攻撃をかわす。

集は不発に終わった足でそのまま地面を蹴り、逆の足から次の蹴りを放つ。

が、やはりそれも少し動きで避けられる。

 

「ふぅん…。サボってはなかったみたいね」

 

レディは集の攻撃を避けながら、満足そうに笑いながら言う。

 

「どう も っ!!」

 

集もレディの軽口に乗りながら、右手のナイフで喉元を狙って突く。それもレディが僅かに顔を傾げるだけでかわされてしまう。

 

「ちぃっ!」

 

「惜しい、けど躊躇いは無いみたいね……安心したわ」

 

次の瞬間、レディの右足が跳ね上がり、集の左耳に叩きつける。

 

「ぐっ」

 

集はとっさに左腕を盾にしてそれを防ぐ。

レディは次にカリーナ=アンが下方から鈍器のように集の顎を捉えようとする。集は後方へバク転しなんとかそれを回避する。

レディは集が着地するのを待たず、レディはカリーナ=アンの先端に装着されているダガーを斬りつける。

 

「ぃ…っ!!」

 

集は空中で身体を捻り、ダガーをかわし、地面に両手両足を付けて着地した。

それを再びレディのダガーが地面ごと串刺しにする勢いで、白い彗星を描き襲い来る。

 

集は地面を転がってそれを避けると、その勢いのまま起き上がり壁に向かって駆け出す。

 

レディも集を追い、ダガーの射程内にまで追い付くと同時に勢いを付け、集の背中に斬りつける。

次の瞬間、集は一瞬壁を駆け上がる。

 

集の背中に斬りつけられたダガーは壁のコンクリートを削り、長い傷を付けた。壁を蹴った集はレディの背後に着地する。

レディはまだダガーで壁を削った体勢のままだ。

 

(よし、後ろを取れた!)

この二度は来ないであろう機会を逃す手は無い。集がそう考える前に集のナイフがレディの身体に吸い寄せられるように動く。

 

次の瞬間集の視界に映ったのは、集のナイフをあっさり防ぐのでも、ましてや傷付くレディの姿でもない、集の視界の全てを覆う洞穴だった。

比喩ではなく、本当に小さな洞穴が集の目の前にあった。

 

「!!」

 

その正体に気付いた集は全力で背後に倒れ込むように飛び退いた。

火薬が炸裂する音と共にレディの肩に担がれたカリーナ=アンの砲口から集の頭を狙いロケット弾が噴き出る。

 

「ぐ ーっ ぁ あ!!」

 

砲筒から解放された火薬の衝撃と、自分の腹と鼻先を掠めるロケット弾の勢いに吹き飛ばされ、集はもんどり打って地面を転がった。

「っーー!!」

 

集は体勢を立て直そうと足を地面に擦らせる。

靴から地面にゴムの跡を僅かに残し、ようやく止まる。

 

「おぉっ!!」

 

ロケット弾が着弾した轟音を背に、集はこのまま逃してなるものかと、レディに突進する。もう僅か一歩で集の攻撃が届く範囲内に来た時、レディの手から何かがこぼれ落ちるのが見えた。一瞬ギョッとした集が足にブレーキをかけようとしたが、花火のような音と共に集とレディを包んだのは炎などではなく白い煙幕だった。

 

(ーーっ!!スモークボム!?)

 

白い煙は一瞬で集の周りを包み込む。

 

「くっそ!!」

 

当然その煙はレディの姿を集から覆い隠す。

集はさっきまでレディのいた場所をナイフで薙ぎ払う。が、とうにレディの姿は跡形も無く消えていた。

 

(落ち着け…落ち着け……)

 

集は呼吸を整え、高ぶる感情を抑え、周囲に神経を集中する。

 

レディはすぐに動いた。

 

「!!」

 

空気を弾くような音と天井に何かが突き刺さる音を集の耳は同時に捉えた。

レディとの付き合いが長い集にはその音が何かすぐに気付いた。

 

上空を仰ぎ見る。

そこではレディが天井にカリーナ=アンのダガーから伸びるワイヤーに掴まり集の頭上を振り子運動のように通過する最中だった。

 

「くっーー」

 

集はレディに接近しようと、レディが着地するであう場所に走りだろうとした時、レディが再び集に向けて何かを放った。

 

それが地面に落ちた瞬間、強烈な閃光が集の視界を覆った。

 

「うぅーー!!?」

 

集から血の気が引く。

閃光で視界を封じられたからではない。自分の足元を取り囲むように手榴弾が落ちていることに気付いたからだ。

 

レディがこれを地面に放って何秒たっているのか、集は眼と耳を押さえながらその場から全力で逃げ出した。

集が煙幕から抜けた瞬間、凄まじい轟音と衝撃が幾つも折り重なって集を襲う。吹き飛ばされた集は石が水を切るように、何度もコンクリートの上を跳ねる。

 

「がーーはっ!!」

 

耳を押さえていたにもかかわらず、轟音は容赦なく聴覚から他の部分を奪いにかかる。眼を開けると、頭蓋が割れそうなほどの痛みが襲う。

 

「うーぎぃーー」

 

耳を押さえていなければ鼓膜がズタズタになっていたかもしれない、眼を押さえていなければ眼球が飛び出ていたかもしれない。

「なに?その顔……」

 

「ーーっ!!」

白い煙幕をたちどころに吹き払った黒い黒煙の中から、レディの声が聞こえた。

集はなんとか立ちがろうとするが、ぐちゃぐちゃに乱れた三半規管は簡単には直らない。足がもつれて、何度も倒れそうになる。

 

「まさか接近戦なら爆発物は使わないとでも思ったの?」

 

「………」

 

集は肩で激しく息をすると彼の身体に出来た火傷が、息を吹き返すように集の身体を攻め立て始める。じっとりと滲み出た汗が煤を吸って集を灰色に汚す。

 

「9度…。今の戦いの間に私はあなたを9回は殺せるわ」

 

そう言いながらレディの眼は静かに集に問いかける。

 

ーーー『まだ戦えるか?』とーー

 

集はナイフを強く握り直し、今度こそしっかり立ち上がる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「シュウ…」

 

背後から立て続けに起こる爆発音が、いやでもいのり達耳にも届く。

集がレディと対峙する前、集は彼女のことを一番知っているのは自分だと言って囮役を買って出た。

 

「師匠…」

 

集は彼女のことをそう言っていた。

 

レディという女性と集はどのような繋がりなのだろう。いのりの中で疑問と興味が混じり合い、集のことをもっと理解したいからこそ彼の過去を" 知りたい "という想いが次第に強くなっていく。

 

「いのり、集中しろ。目的の場所に着いたぞ」

 

「ーーっ!」

涯の声に眼を上げる。

いのり達が立っているのは彫刻のように滑らかで、ブルーライトで照らした様に不気味な色をした長方形のブロックがまるで三人の行く手を阻むように天井、床、壁とあらゆる場所から生えている。

 

「いのり、撮れ」

 

「うん」

 

異様な空間に立っているのも気にも止めず、涯はその長方形型のブロックが組み合わさって壁を形成している場所、つまりは一番奥の壁に向けて顎を軽く振って命じる。

いのりは命じられた通り、その壁に向けてヴォイドのシャッターを押した。

すると、辺りにあったブロックが一斉に壁や天井、床の中に引っ込んでいきさっきまでの光景が夢か幻のように、何の変哲も無い通路に姿を変えていく。

当然、ブロックで形成された壁もまるで虫に喰われていくように、しかし規則性のある動きでみるみるその姿を崩し、封印されていた更に奥の部屋が姿を現す。

 

その部屋は部屋の中央に試験管の入ったカプセルと、あとはその後ろで心電図の様な図を表示したモニターがあるだけの部屋だった。

 

もしこの場に集が居たのなら、トレジャーハンターの映画に出てくるような宝物を守る部屋を連想しただろう。

いかにもそれが重要な物だと自己主張するような部屋の造りだった。

涯が部屋の中央に近付く。いのりと集と別れてからひたすら沈黙しているルシアがその後に続く。

 

試験管の中にはこぶし大の青紫色の結晶の様な石が鎮座している。

アポカリプスウイルの感染者が発症した時に生じるキャンサーの結晶に非常に似た物だった。

 

(これが…はじまりの石)

 

いのりはその石を見た瞬間、胸の内から何かが飛び出してくる様な、ザワザワと落ち着かない気分になる。

 

(…私は" これ "を知ってる…)

 

歌が聞こえた気がした。

 

とたんに自分の中で見えない何かが暴れ出す様な恐怖感を覚え、いのりの足が石のように固まる。

始めての感覚では無い、自分の中にある別の誰かの心が語り掛けてくる様な…。

集と出会ってから久しく忘れていた感覚だった。

そんないのりを責めるように、その感覚は容赦なくいのりを襲う。

 

 

ーーーコレは…アノ人のーーー

 

 

「いのり」

 

グッと裾を掴まれ、我に返る。

見下ろすと、ルシアが自分の服を掴んで真っ直ぐこちらに見ていた。

 

「ーーーーっ」

 

不思議だった。

その眼を見ただけでいのりの中にあった不快感は消え去っていくのを感じた。さっきまでしつこくいのりを苦しませていたのが嘘のように晴れていく。

まるでルシアの小さな手が悪夢からいのりを引っ張り上げられたかのように、いのりの意識は明瞭なものになる。

 

「キモチわるい?」

 

「ーーううん、大丈夫。ありがとう…ルシア」

 

「ん」

 

「………」

 

ルシアは短く返事をすると、いのりの服から手を離す。そしてこちらの様子をうかがっていた涯にも大丈夫だと目で答える。

「目標を発見。確保する」

 

涯は改めてはじまりの石に向き直ると、更に部屋の中央の物に手が届く場所まで歩いていく。いのりの変化には気付いていない様子である。

 

「ーーー」

いのりは黙ってその様子を見守る。

 

 

「ーーっ、いのり!!」

 

涯がカプセルに手を伸ばした瞬間、ルシアが大声で警告を発した。

瞬間、何かがいのりとルシアの横を素通りして、真っ直ぐ涯の方へ向かっていく。

 

「涯!!」

 

「!!」

 

地面から魚のような姿をしたものが飛び出す。いのりの声に気付いた涯がその場から飛び退き、魚のような悪魔から身をかわす。

 

その魚の悪魔は『カットラス』といい、人の身の丈程の巨体で、異常な長さの背びれと尾は刃のように鋭くなっている。

当然、敵に対しての主な攻撃方法も背びれと尾の刃による" 斬撃 "だ。

 

しかしカットラスの持つ最大の特徴は刃の背びれや尾などではない。

 

カットラスはイルカか何かのように飛び出すと、はじまりの石をカプセルごと口から吞み込む。そして、コンクリートを砕くことなく地面へ潜ると、サメ映画のように背びれだけ見せながら" 泳いでいく "。

 

「ーー!?」

 

涯は眼を見開いてその光景を見る。

地面を掘るのでは無く、文字どおり地面の中を水の様に泳いでいる。

 

「くっ、石を奪われた!追うぞ!!」

カットラスの背びれが出口に向かって泳いでいく。涯は弾ける様にその後を追い始める。

 

いのりもルシアも涯に続くが、別の三っつの背びれが石を呑み込んだカットラスが部屋を出たのと入れ違う形で現れる。

 

「!!」

 

三体は部屋を出た一体とは違い、一直線に三人の方へ泳いでくる。

途端に三つの背びれが赤く発光すると、急速にスピードを上げ三人に体当たりをして来た。

 

三人は背びれの刃をそれぞれ別の方向へ回避する。

 

「くっ!」

 

涯は石を呑み込んだカットラスの去った方を見ながら、食いしばっていた歯をさらに強く噛み締めた。

 

だがカットラスが考える暇など与えてくれるはずがなく、三体は涯の方に狙いを定める。

 

「涯!!」

 

「ーーふっ!」

 

辺りにいのりの声がこだまする。

同時にルシアが一呼吸吹いて駆け出すと、涯とカットラスの間に割って入る。

 

二振りの短剣を抜いたルシアが涯の前に立つと、短剣を盾として構える。

 

大きな火花と耳触りな金属の擦れる音が爆ぜる。

 

「ぐっーー」

 

カットラスの怪力はルシアの小柄な身体をいとも容易く押し退ける。

ルシアも何とか押し返そうと踏ん張るが、瞬発的な力ならばいざ知らずルシアの体重ではそれも上手く活かしきれない。

ルシアの身体はやはりどんどん後ろへ押されていく。

 

涯は側方へまわり、背びれに向かって銃を撃ち込む。しかし、カットラスの背びれには火花と弾丸が弾かれる音が立つだけで、大して通用してはいない。

はたと涯は気付く。

 

「他の二体は何処へ行った…?」

 

ルシアが抑える一つの背びれを見て、そう呟く。

 

「下っ!!」

 

「!!」

 

僅かに離れた場所にいたいのりの声に、涯はバッと地面を蹴る。

 

ちょうどそのタイミングでカットラスは地面から飛び出すと、尾の鋭い刃で涯の胴体を真っ二つに切り上げる。

 

「ーーーしっ!」

 

涯は空中で咄嗟に身を捻る。

刃は涯の胸ポケットの端を切るだけで、涯の身体にはかすり傷ひとつ付けられなかった。

 

涯は体勢を崩すことなく着地する。

 

素早く銃をカットラスに向けるが、カットラスはすでに地中に潜った後だった。

 

「ちっ、面倒な…」

 

物理法則に縛れない能力を持っているのは知っていた。だが知っていてもそれに即対応出来るものをこちらは持っていない。

 

ルシアの後方から別のカットラスが地面から飛び出す。

後方のカットラスはルシアと鍔迫り合いをしている背びれと挟み込むように尾を斬りつける。

 

「!!」

 

後方のカットラスに気付いたルシアは右手の短剣で前方の背びれを押さえ込みながら、左手の短剣で後方から切り上げられた尾の刃を防ぐ。

 

尾の刃は防げたが、左手の短剣は弾き飛ばされて宙を舞う。

 

防御の力が抜けたのが幸いとばかりに、鍔迫り合いをしていたカットラスは急激に力を強める。

 

「うあぁっ!!」

 

ルシアはとうとう力勝負に負け、はね飛ばされて壁に激突する。

「くっ…」

 

『ゴギイィィィ!!』

 

カットラスがルシアが立ち上がるのを待ってくれるはずがない。

 

「!!」

 

カットラスは地面の中から跳ね上がると、ルシアの喉笛を噛み切るために口を大きく開けて牙を剥き出す。

 

銃声が数発。

ほぼ硬い鱗に弾かれるが、銃弾の一発はカットラスの目に命中する。

 

『ーーィィィーー!!』

 

カットラスはルシアの目の前に落ちる。

今度は地面に潜ることなく、地面に打ち上げられた魚と同じように地面の上で尾と胴体を叩きつけて暴れる。

 

「ーーっ!」

 

ルシアがすかさずカットラスの喉元を右手の短剣で掻き切ると、カットラスは一度大きく痙攣すると動かなくなった。

 

ルシアはふーっと息を吐くと、カットラスの目に銃弾を撃ち込んだ涯に目を向ける。

 

涯は銃をリロードすると、すぐ他の二体を探し始める。

 

ルシアも涯から目を離し、周囲を警戒する。

 

すぐにカットラスは見つかった。

しかし二体とも今度は地面ではなく壁を泳いでルシアに向かってくる。

 

「いーーった!!」

 

逃げようとした時、ルシアの足に痛みがはしる。

見ると足から血が流れているのに気付いた。

傷口そのものは深くは無いが、動きを阻害するには十分な傷。

カットラスが地中から飛び出した時に切りつけられたものだ。

 

「逃げろ!!」

 

ほんの一瞬、傷の痛みに気を取られた時にはもう遅い。

 

カットラスは壁から跳ね、上からルシアを丸呑みにする様に大きく口を開けて迫る。

 

ガッ

 

視界がぶれる。

自分より大きなものがぶつかったせいで、身体は吹き飛び周囲の光景は形を失う。

 

獲物を見失ったカットラスが地面へ飛び込むのをルシアは視界の端に捉える。

 

「………」

 

しばし呆然とした。

どれだけ速く動こうが、助かるようなタイミングではなかったから。

 

「大丈夫!?」

 

ルシアは自分に覆い被さるいのりに目を向ける。

いのりとルシアはいのりが押し倒した状態で地面に転がっている。

 

「うん、ありがとう」

 

ルシアはすぐにいのりに助けられたのだと理解した。いのりは傷口を確認すると自分の服を破き、ルシアの右足にきつく巻き付ける。

ルシアは足をトントンと踏み歩いて調子を確かめる。

 

「……なんとか動ける…」

 

「ルシアあいつを地面から出さないと…」

「…………」

 

カットラス達は様子を伺う様にいのり達の周囲を回る。

このままいれば嬲り殺しにあうのは分かりきっている。

 

「これ以上、時間は掛けられん…」

 

涯はそう呟くとズボンのベルトから細いワイヤーを引っ張り出す。

 

「援護しろ。こいつで奴らを引っ張り出す」

 

「まって」

 

いのりがうんと返答しかけた時、ルシアが涯の手を制する様に掴む。

 

「" それ "わたしがやる」

 

「……」

 

「…涯、ルシアなら出来る」

 

「……分った。任せよう」

 

「ん」

 

ルシアは涯からワイヤーを受け取ると、自分の右手に二巻き巻き付ける。

ルシアは弾き飛ばされたもう一振りの短剣を拾い上げると、片方のカットラスに向かって全力で駆け出す。

 

いのりと涯はルシアと正反対の方向へ向かって駆け出していた。

 

涯はカットラスの背びれに向かって銃を撃ち込む。

攻撃を受けた背びれは赤く発光し、涯に向かって突進する。

 

涯は難なく背びれを地面を転がって避ける。

 

『キイイイ!!』

 

カットラスは金属を引き裂くような金切り声を上げ地中から跳ね上がり、真横に避けた涯に牙を剥き出す。

 

「せぇ!!」

 

『ーー!!』

 

いのりの靴がカットラスのエラの辺りにめり込む。

 

カットラスは再び地中へ姿を消す。

 

涯もいのりも息を切らしながらも必死にカットラスと対抗する。

 

「こっちの攻撃が全然通用しない…」

 

「ああ、だが奴を引き付けることぐらいは出来る」

 

カットラスの背びれが再び赤く発光し、いのりと涯を捉えようとする。

 

 

獲物が大きな動きをしたためか、カットラスもルシアに向かっていく。

 

ルシアは走りながら短剣の柄の先端にあるリングにワイヤーを掛ける。

そしてルシアは突進するカットラスの背びれを高く飛び越えると、その背びれにもワイヤーを掛ける。

そのままルシアは短剣を天井に投げつける。

短剣は一直線に天井へワイヤーを伸ばしていくと、ガッと天井に深く突き刺さる。

 

「せああああああ!!」

着地と同時に両足を地面に深々と突き刺す。

ルシアは雄叫びを上げ、右手に握ったワイヤーを思い切り引っ張り上げる。

 

するとカットラスは一本釣りの様に背びれから伸びるワイヤーに釣り上げられる。

 

『!!』

 

「ーーっ!」

 

当然、カットラスは激しく抵抗する。

ワイヤーは背びれの刃によってプツプツと切れて、ほつれ始める。

しかし筋力においてはカットラスよりルシアの方が勝っている。

 

さらにルシアは自身の軽すぎるため筋力を活かしきれなかった弱点を、両足を地面に縫い止めることで補った。

 

「いのりぃぃーー!!」

 

「!!」

 

いのりは状況を確かめる前にルシアの元まで駆け出す。

 

いのりは走りながら、カットラスの目を狙って銃を撃ち続ける。

 

『ギィィ!!』

 

カットラスの抵抗が弱まる。

ほつれていたワイヤーがついに限界が来る。ブツンという音と共にワイヤーが背びれの刃によって切断される。

ルシアは短剣をいのりに投げ渡す。

 

いのりは短剣を受け止めると、宙を舞っているカットラスの心臓部に突き刺す。

カットラスといのりはそのまま地面に倒れ込む。

 

『ゲギョギィィカァァ!!』

 

「ーーくうう!!」

 

カットラスは青と緑色の不気味な体液を流しながら、メチャクチャに抵抗する。

いのりは短剣をさらに奥へ押し込みながら何度も捻る。

 

それを何度も繰り返してる内に、カットラスは一度大きく痙攣するとパタリと動きが止まる。

 

「はぁ…はぁ…」

 

いのりは短剣を刺したままカットラスが息絶えたことを確認しようとした時、カットラスの身体がボロボロと崩れ落ちる。

 

何度か見たことがある。

これは悪魔が完全に息絶えた時に起こる。

 

いのりは短剣を引き抜くと、カットラスを一人で相手をしているであろう涯に視線を移す。

 

その目の前を三体目のカットラスが素通りする。

二体目がやられたタイミングで、いのりもルシアも涯も無視して三体目は出口に向かって泳ぎ去っていく。

 

すると壁の中から別のカットラスが合流した。

 

最初にはじまりの石を奪い取った個体だ。

二体はお互いに位置を交代したり、何度も地面を潜ったり、まるで遊んでいるかの様に逃走する。

 

「ーーっ!どこまでも悪知恵の働く連中だ!」

 

そうやってどちらが石を持っているのか混乱させているのだと、涯はすぐその意図を読み取った。

「いのり、ルシア行くぞ!」

 

「うん」

 

涯はすぐにその後を追い出す。

いのりもすぐにその後を追おうとした。

「いのりーいのりー!!」

 

「なに?」

 

ルシアの声に振り返ると…。

 

「ぬ 抜くの手伝って…」

 

「………」

 

自分で埋め込んだ両足を抜こうと悪戦苦闘するルシアがいた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ーーくぁ…ぐ」

 

レディの爪先が集の額を掠める。

レディがカリーナ=アンのダガーを水平に切るのを、集は屈んで避ける。

集はレディから転がるように距離を取る。

 

「なに、威勢がいいのは最初だけ?」

 

「はぁ…はぁ…」

 

「もっとしっかりしなさいよ。本当にそれだけなら…そろそろ終わらせるわよ」

 

地面に転がる集にレディの眼光が鋭く光る。

 

(隙を見つけて半魔人化…?奇襲をかければどうにか…?

 

バカか僕は !!)

 

集は立ち上がると、再び強くナイフを握り直す。

 

(なにが半魔人なら勝機があるだ!!そんなの使ったって勝てる訳がない!彼女は僕なんかより何倍も強い相手と何年も戦っているんだ…今さら僕ごときーー)

 

レディの両手に特注のハンドガンが握られる。

(ーー落ち着け…。勝つことは出来いなんて分かってただろう…。今は出来るだけ隙を見つけることをーーー

 

瞬間、レディの姿が消えた。

 

「 ーー っ !!う お おおお!!」

 

集はほぼ直感で右前方を思いっ切り切りつけた。

 

しかし、その腕をレディはあっさり捕まえる。

 

「へぇーー、よく分かったじゃない」

 

そう言いながら、レディは無造作に集の手首に銃口を押し当てる。

 

銃声。

 

「ガ ア アア!!?」

 

「…へぇ…」

 

右腕電気ショックでも受けたかのような凄まじい衝撃を受け、集の口から絶叫が上がる。

右手首を抑え、もがく集にレディはまた" 感心 "する。

 

「そのコスチュームも特別ってわけね…」

 

集の着る葬儀社の服を見て言う。

レディの銃はダンテやネロのものと比べると小口径でコンパクトだが、それでも特殊部隊などで使用されているものだ。

 

人間の腕など重傷どころか再起不能な大穴を空けることなどわけない。

 

しかし、実際は集の腕だけでなく、服の袖も破れていない。

 

「いえ…これはちょっと…」

 

集は右腕の激痛に耐えながら、ナイフを左手に持ち替えて立ち上がる。

確かに葬儀社の服には防弾加工が施されている。しかしそれは急所となり得る胴体部分だけで、袖の部分は単に生地の厚い冬服といった感じだ。

そもそもその防弾加工も数発銃弾を受け続ければ耐え切れない。

 

集は修行の一環として衣類や銃や弾などと言った物品に魔力を注いでいた。

大きな目的は魔力を細かく制御するための修行で、銃弾を弾ける程の実用性のある防御力を衣服に与えるという目標を最終到着点としていた。

集はその目標のため、必死で魔力を服の繊維の1本1本に流し込んだ。

毎晩徹夜の甲斐あって結果、集の想像を遥かに上回る防御力を得た。

 

(正直、ちょっとした魔具レベルだな…これ)

 

もっとも、いつまでもつか分からないただ硬いだけの魔具など格下もいいところだが。

 

それでも自分でやっておいて集もこの結果には驚いていた。

 

魔力量は無くとも元の魔力が上等だからか、集の細かい作業が実を結んだのかは定かではないが。

 

「……分かりました」

 

「?」

 

「見せますよレディさん。どうせ中途半端な小細工じゃ通用しないでしょうし…」

 

「…へぇ、やっぱりなにか出し惜しんでたのね」

 

「本当は隙を見つけて逆転…てのを狙ってたんですけど。このままだとそうなる前にこっちに限界が来そうなので……」

 

集は目を閉じ、自分の内側に集中する。

「デビルトリガー…」

 

言葉をスイッチにゾッと集の纏う空気が変わる。

集の身体と魂が切り替わる。

レディは集の雰囲気が変わったためか、余裕の表情を消す。

集から赤い魔力が溢れ、銀髪紅眼に変わる。

そこで初めてレディが表情に驚愕の色が浮かぶ。しかし動揺というほどのものではない。

 

「驚いた…あなたいつの間にそんなこと出来るようになったの?」

 

「……行きます」

 

「ーーー」

 

レディからの質問にも会話にも集には応えてられるほどの時間がない。

集は両足から力を解き放つ。残像を残し、集はレディを肉迫する。

 

「!!」

 

突然目の前に現れた集にレディは目を見開く。しかし動揺に固まるようなことはなかった。

レディは集の突きを、身体を背後に限界まで反らすことで回避する。そのままの勢いで、レディの足が集の顎を捉えようとする。

集は突進した姿勢と勢いを保ったまま身体を反らし、レディの足を避ける。

集の身体は冗談のような勢いのまま、壁まで飛んでいく。

集は壁を蹴ると、再びロケットのようにレディに突進する。

 

レディは集の突進を回避すると同時に、集は地面を踏み割り自分を中心に何本もの亀裂を作るのと同時にお互いの武器をぶつけ合う。

二人はお互いに何度も武器をぶつけ合い、その度に閃光のような火花が散る。

集もレディもお互いの攻撃をぶつけ合いながら、お互いに致命的な隙を見逃すまいとしている。

 

「ごっーーく!!」

 

レディの左脚が丸太のように集の脇腹にめり込む。

集は込み上げる吐き気を抑えながら、レディの左脚を抱えるように掴む。

 

「ぜぇええ!!」

 

そのままレディを投げ飛ばす。

が、レディは地面に叩きつけられる前に手の平を地面に着け、身体を支える。

 

「!!」

 

レディは両足を集の首に絡ませ、逆に集を投げ返す。

集は両足を振り解くと、地面に転がるように着地する。

 

レディはカリーナ=アンのダガーを集に向けて薙ぎ払う。

 

集は高く跳びダガーを飛び越えると、天井を蹴るとレディに向かって飛ぶ。

レディが再びダガーで斬り付けるのを集はナイフで防ぐ。

 

「甘い!!」

 

「ぎぐーっ!!」

 

レディは集の着地を待たず、回し蹴りが集の右頬を捉える。

 

集はレディに蹴り飛ばされながらも、何とかバランスを取り戻しながら着地する。

 

「ーーっ」

 

蹴り飛ばされた右頬が熱を持つ。

口内で千切れた頬の肉の感触が血の味と共にする。

 

顔を上げると、レディの手の平に手榴弾が握られているのが見える。

 

「またか!!」

 

「ほら、上手く逃げなさいよ!!」

 

レディはピンを外すと、手榴弾を集に向けて蹴り飛ばす。

 

「ーー!!」

レディは手榴弾に空中で銃を撃ち込んだ。

当然、手榴弾は空中で爆発する。

 

「ぐっーー!」

 

手榴弾の爆炎と轟音に一瞬集の感覚が塞がれる。

 

「……ーーっ!!」

 

飛んで来る破片を魔力で防ぎながら、集は数歩遅れて気付く。

 

無数の小型ミサイルが自分を目掛けて飛来するのをーー、

 

「しまっーー!!」

 

完全に先手を取られた。

カリーナ=アンに三つの武器が付いている。正面の砲筒からのロケットランチャー、ワイヤーの付いたダガーを射出する砲筒の下部。後方のポッドから発射する小型ミサイル。

 

ミサイルが飛来する向こうで、レディはカリーナ=アンのダガーを地面に突き立て、後方のハッチを開いている。

 

「くっ!!」

 

集は最初に目の前に来たミサイルをバク転で避ける。

 

ミサイルはそのまま地面で爆発し、コンクリートを砕く。

 

集は続けざまに飛んで来るミサイルを同じくバク転や、屈む、ジャンプ、身体を反らすなど、持てる回避技術をもって避け続けるが、ミサイルは意志でもあるかのように集を追い詰めていく。

 

「ぐあっ!!」

 

飛んで来た破片が集の足に直撃する。

半魔人化のおかげでダメージは少ないが、そのせいで完全に集は次の動きに出遅れた。

集の逃げ道をふさごうとしているかのように、数発のミサイルが集を取り囲む。

 

「ーーはあ!!」

 

集は自分の周囲にヴォイドエフェクトを発生させ、周りのミサイルの軌道を歪める。

ミサイルはあらぬ方向に飛んで行き、爆発する。

 

ふーっ と集は息を整える。

 

「ーー!!」

 

塵と煙の向こうから急速に接近する気配に気付く。

集は煙幕の向こうから飛び出して来たダガーの突きを素手で摑まえる。

 

「さっきのは偶然じゃあ無いみたいね…。安心したわ、随分腕を上げたじゃない」

 

「…………」

 

集はダガーを強く握りカリーナ=アンを固定する。

 

それからレディの額に向けてナイフを投擲しようと、ナイフを振りかぶる。

 

レディはカリーナ=アンから手を離し、後ろに飛んだ。

 

「ーー!?」

集はレディの動きに目を見開いた。

レディがカリーナ=アンを手放すのは予想外だった。

てっきりダガーのワイヤーを伸ばして、そのままカリーナ=アンでの攻撃に移ると思っていた。

さらに言えばカリーナ=アンはレディの主戦力であり最も長く愛用している武器でもある。

自身の母親の名を付けるほどで、もはやレディの半身と言っても過言ではない。

しかしレディの顔は武器を手放す苦渋の決断をした人間の顔では無い。余裕に満ちた目をしている。

 

なにか企んでる。

集は直感的にそう感じたが、すでにナイフの投擲はもう止められない。

 

ふと、レディが左手で妙な動作をした。

 

まるで糸でも引くようなーーー、

 

「!!」

ナイフがレディに向けて飛ぶ。

それと同時に集はカリーナ=アンを放り投げる。

レディのこめかみに吸い寄せられるように飛ぶナイフをレディは顔を軽く傾けるだけでかわす。

 

集は放り投げたカリーナ=アンのトリガーに、細いワイヤーが結んであるのが見えた。

 

カチンッという引き金が引かれる音が聞こえた気がした。

 

カリーナ=アンの砲筒からロケットランチャーが発射される。

ロケットランチャーは集の真上の天井に命中し、爆発する。

 

「があーーっ!!」

 

大量の瓦礫が集に降り注ぐ。

巨大な破片が背中にいくつもぶつかり、骨が軋む。半魔人化してなければ骨が何本折れていたか分からない。

瓦礫が額の皮を削り取り血を噴き出させる。

 

集は必死に降り注ぐ瓦礫の雨から抜け出る。

 

ジャキッ と聞き慣れた撃鉄が上がる音が聞こえた。

 

「ーーっ!!」

 

両手をクロスさせて顔の前に盾にする。

ヴォイドエフェクトを出す余裕はなかった。

 

既に用意している鎧を盾の代わりにする。

 

まるで機関銃のような速度で2丁拳銃が連射される。

鉛玉は顔の前に覆っている腕の袖で弾かれる。

 

「ーーーあづっ!!」

 

鉛玉が腕にぶつかる度に、集の脳に芯まで激痛が響く。

弾かれた弾丸が肩や脇腹を裂き、血が溢れる。

 

「くっ!」

 

袖も徐々にズタズタに裂けていく。

歯を食い縛って耐える。

 

「言ったでしょ?集中力があるにしても度が過ぎるって」

 

「え?」

 

ほぼゼロ距離からレディの声が聞こえた。

 

「ぐがっーー」

 

直後に腹部に衝撃を受け、集は瓦礫の近くまで吹き飛ぶ。

 

集を蹴り飛ばしたレディはカリーナ=アンを回収する。

 

「あぁ…がっ!」

 

集は身体中の激痛に悶えて初めて自分の半魔人化が解けていることに気付いた。

 

「まぁ、なかなか楽しめたわよ?」

カリーナ=アンを背負い、手の平で銃をクルクルと弄びながらレディは集に歩み寄る。

 

「ーーぐっーー」

 

集は身体を起こそうとするが、両腕は血で染まり、両袖と同じ様に傷やアザでズタボロになり全く思い通りに動かせない。

指先を少し動かすだけで耐え難い痛みが押し寄せる。

 

「ーーああああ、ぐぎぁあーー!!」

「……どうする?今諦めて降参すれば、五体満足で捕まえてあげるわよ?」

 

「!!」

 

レディは静かに尋ねる。

集は痛みに耐えながら、身体をゆっくり起こす。

 

「………」

 

そして言葉の代わりに、目で伝える。

戦いに負けたというのに心でも負けたら、この先ダンテにも目の前のレディにも合わせる顔が無い。

額から血を流し、両腕は使い物にならないほど傷だらけ、それでも折れるわけにはいかない。

 

「そう…」

 

言葉がなくとも集の意志ははっきりレディにも伝わった。

目を閉じると、また静かに開く。

 

「じゃあ、命があることを祈るのね」

 

集の足がまた強く地面を踏む。

 

 

 

「…?」

 

「…なんだ?」

 

ふと集は通路の向こう側から近付いてくる音と気配に片眉を上げる。

 

シャーという氷の上を滑るような音だ。

(涯…?いやーー、)

 

レディもその気配に気付き、背後を振り返る。

 

音はだんだん近付いて来る。

 

「……あれは!!」

 

そして目視出来る距離まで二つの背びれが来たところで、二人はその音の正体に気付く。

 

「くっ!!」

 

「ふっ!」

 

二人は左右反対の方向へ飛び退く。

 

レディは難なく回避したが、ほぼ体力が限界のうえ両腕がまともに動かない集は着地と同時に転倒する。

 

カットラスは二人の間を素通りすると、集の背後にあった瓦礫を両断しながら通り過ぎて行く。

 

「あれは、カットラス…?

ーーっ!いのり、涯、ルシア!」

 

「待ちなさい!」

 

よろよろと立ち上がり、カットラスが来た方向へ走り出そうとする集をレディが呼び止める。

 

「あなた…"どこまで "知っているの?」

 

「……詳しいことはまだ何も…。ただこれだけははっきりしてます。

GHQの中に悪魔を利用している人間がいる…。僕はそれを突き止めたい…」

 

「………」

 

レディは少し険しい表情で集を見る。

 

「シュウ!」

 

「集!」

 

「しゅう!」

 

いのり、涯、ルシアの声に集の顔が綻ぶ。

たった数分の別れだったが、もう何年も聞いていなかった気がした。

 

「みんな…無事でよかった」

 

「シュウ、ひどい怪我!」

 

「ヘーキ…じゃないけど……、大丈夫だよ。みんなは怪我は無い?」

 

「ん、かすり傷」

「そっか、無理しないでね。

…作戦は?」

 

「はじまりの石は奴らに奪われた。奴らは地面に潜る。

何か見なかったか?」

 

「うん、そいつらならさっき通り過ぎたよ」

 

「そうか、ならすぐ追ーー「行かせると思うの?」

 

「え…?」

 

「………」

 

集がレディに振り返ると、レディは四人の退路を断つように通路の真ん中に立ち塞がっていた。

 

「…レディさん、どうして!?」

 

「………」

 

「さっき言ったじゃないですか!GHQに悪魔を利用する奴らがいるって!!レディさんも見たでしょ!?」

 

「ええ…そうね、でもそれは今は関係ないわ」

 

「か 関係ないって…。どういうことですか!?」

 

「言葉通りよ。依頼主が何者だろうと、何をしてようと、何を企んでいても今は関係ないわ」

 

レディは銃をまっすぐ集を突き付ける。

 

「個人的な感情で引き受けた依頼を途中を投げたりしないわ。

それは依頼主への裏切りよ…そこの尺度は弁えてるつもりよ」

 

「………っ」

 

集はもう何も言えなかった。

レディに何を言っても彼女は折れない。

 

「そうゆう事よ。覚悟しなさいシュウ」

 

レディの引き金に掛ける指先に力が込もる。

 

「!!」

 

「シュウ下がって」

 

「………」

 

「そっちこそ覚悟してもらおう…。手加減は出来んぞ」

 

集を庇うようにいのりとルシアと涯が前に出る。

1秒後には殺し合いが起こってもおかしくないほど、ぴりぴりと張り詰めた空気が場を支配する。

 

ピピピピ

 

沈黙には不釣り合いの電子音が辺りに響き渡る。

 

レディは無言でポケットから携帯を取り出すと耳に当てる。

 

「………」

 

数秒間そのまま耳に当て続けた後、レディから震えるような闘志が消える。

レディは集達から銃を下ろす。

 

「行きなさい」

 

「えっーー?」

 

「どういうことだ?」

 

レディの突然の言葉に集と涯は眉を寄せる。

「依頼主から連絡があってね。

依頼は終了、私の仕事は終わったわ。

後は好きにしなさい」

 

「「「「………」」」」

 

四人は顔を見合わせる。

 

最初に涯が走り出し、その後をルシアといのりが続く。

集も後に続こうとし、レディの側を通り抜けて振り返る。

 

「レディさんはこの後どうするんですか?」

 

「………」

 

レディと悪魔には浅からぬ因縁がある。

悪魔が絡めばレディも我関せずという訳にはいかなくなる。

 

しかし、この件に関われば葬儀社のようにレディもGHQから追われる身になる可能性がある。

 

「私の仕事は終わったわ…」

 

レディは振り返らずに言う。

 

「だから、ここからは個人的に動かさせてもらうわ」

 

「…………」

 

相変わらず飄々とした言い方だったが、その言葉には怒りの感情と不屈の意志が入っているような気がした。

 

集は前に向き直ると、いのり達を追って走り出す。

 

レディの方へはもう振り返らなかった。

 

 

 

 

 




あっ、
今さらですけどギルティクラウンのBlu-rayBOXの発売されましたね。

おめでとうございます

まだ観てないよって方は是非


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#32輪舞〜temptation〜

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんごめりんご





 

 

 

青白く薄明るい外から降り注ぐ月光だけが、その部屋の唯一の照明だった。

ホテルの部屋の絨毯やカーテンなどありとあらゆる備品を軒並み引っぺがしたような殺風景の極みの様な部屋で窓ガラスすら嵌っていない。その部屋の中央にポツリと白く清純な色の椅子と小さく丸いテーブルが逆に異質だった。

 

その椅子に腰掛けた純白の白衣のようなコートを羽織った男が銀製のワイングラスを傾けていた。

髭を蓄えた口元を赤ワインで濡らす男はしかし、人間味を一切感じないほどの冷たい眼を持っていた。

 

不意に、その部屋に初めて男の出す音以外の乾いた音が響く。

 

男の近く後頭部の辺りに音の発生源があった。

 

「 やぁ 」

 

「チャオ、社長さん」

 

男ーーアリウスが背後のオッドアイの女性、レディに親友を呼び掛けるように低く響く声で軽いあいさつをする。

 

レディはアリウスの後頭部に銃を突き付け、笑みを浮かべている。

しかし赤と青のオッドアイは計り知れない怒りによって獣のような眼光を光らしていた。

 

「 不服だったかい?彼との再会は… 」

 

「………」

 

レディは沈黙で返す。

実際彼女にはこの男の話を聞く気は欠片もなかった。銃を突き付け、耳を撃ち抜き、悪魔について洗いざらい吐かせる気でいた。

 

だが、この男の口振りはまるでーー

 

「 いや実際、ギリギリのタイミングだったよ…。何らかのトラブルで彼が君に殺されることはおろか、捕まってもアウトだったからね… 」

 

「……テロリストからあの施設を守って欲しいんじゃなかったの?」

 

「モチロン、それも目的の一つさ…。しかし、私の目的は彼が君の前に立つ事だけだ」

 

レディは眼を細めてこのアリウスという男を観察する。

楽しそうな口調だが、その声はどこか無機質で抽象的だった。

 

「……つまり、貴方の目的はシュウと私を会わせることだったというの?」

 

「 そうだ 」

 

アリウスはレディの問いにクイーッと歪んだ笑みを見せて答える。

 

銃口はまだアリウスの後頭部に擦るような距離で突き付けている。

もしレディが引き金を引けば銃弾は確実に脳幹を破壊し、アリウスは即死だ。

 

しかしアリウスはカエルを呑み込む寸前の蛇のような醜悪な笑みと笑い声を上げている。

 

(こいつ…)

 

今までも、悪魔の様な人間は飽きるほど見てきた。平静な表情を装い、その下で例えようのない狂気に満ちた人間を何人も相手にし、何人も葬った。だがこの男は今までレディが出会って来たものとは何かが違う。

もちろん自分の父ともーー

 

「私とシュウが会うからなんだって言うの?」

 

「ーーーーー」

 

不意にアリウスの笑い声が止まる。

殺風景な部屋は水を打って静まり返る。

 

「 君はどう思った?」

 

「なんですって?」

「彼のーー桜満集のチカラだよ。彼の中にある魔剣士スパーダのーーいやダンテのチカラをだよ!」

 

アリウスは興奮と歓喜で顔を歪めて叫ぶ。

 

「今まで悪魔と同化した人間の数は億にも届くだろう。だが、彼ほど純粋な思いを保ったまま、チカラに呑まれることなく生きる人間はそう多くない…。それこそ混血でもない限りはな」

 

「質問に答えなさいよ。私とシュウが会うからどうだっていうの?」

 

「今のが答えだよ」

 

「はぁ?」

 

「今の彼を君に見てもらいたかった。彼のチカラは今のままでも十分素晴らしい。だが、まだ幼く拙い。君の協力が必要なのさ」

 

つまりこの男は集を強くするために自分を会わせたというのか。

ますます分からない。

 

「なぜシュウに拘るの?」

 

「答えだからさ」

 

「答え?」

 

「正確には" 答えを出せるかもしれない "だがね。彼は人類…いや、この世界が行き着く結末の答えを握っているのさ」

 

レディは怒りで歯を強く食い縛る。少しでも気を抜けば、うっかり引き金を引いてしまいそうだった。

 

「そうだろう!?なにしろ彼は『奈落の蛇王』の毒牙から生き延び!!救世主たる魔剣士の血を受け入れられ!!更には滅亡を呼ぶ歌姫のつがいとなる権利を持っているのだ!!」

 

「…滅亡を呼ぶ…歌姫…?」

 

破裂寸前だったレディは聞き覚えの無い言葉に冷静さを取り戻す。魔剣士の事は考えるまでもない。『奈落の蛇王』はダンテと集が初めて出会った時にダンテの手によって討伐された大蛇の悪魔だ。

 

だが滅亡を呼ぶ歌姫という言葉には聞き覚えがない。さらに" つがいになる権利 "とは何の事だろうか。

 

「……喋りすぎたな…」

 

更に追求しようとした時、椅子に座っていたアリウスの姿が掻き消えた。

 

レディは後ろを見ないまま背後に向けて数発発砲する。

銃弾は寸分違わず、アリウスの胸と腹と頭部に命中する。

 

「おお怖い怖い」

 

しかし銃弾がアリウスの身体に命中した瞬間、銃弾はアリウスを傷付けることなく呑み込まれる。

 

「それなりに動揺させたと思ったのだがね…。その反応速度にこの精密さ、やはり流石だね」

 

「あんたこそ面白い芸当使うじゃない、どういうカラクリ?」

 

「マジックはタネを明かすと魔法が解けてしまうからね」

 

「あらそう」

 

言い終わらないうちにレディは再びアリウスに向けて発砲する。しかし、結果は同じだった。

弾丸はまるで吸収される様にアリウスの身体に吸い込まれる。

 

当然アリウスに傷一つない。

 

「ではこれで失礼、オウマ シュウが一秒でも早く強くなることを願うよ…」

 

「……」

 

アリウスの姿が溶ける様に空中に消える。

 

寂れた空間は再び静寂に包まれる。まるで最初から男など居なかったという様に、椅子や机も消えていた。

 

「……はぁ…全く。あの子はーー」

 

その場所でレディは一人、呆れた様に嘆息する。

 

「ーーあいっかわらずトラブルに巻き込まれるのね…」

 

 

 

************

 

 

月を見ていた。

 

何処までも途方も無く暗く黒い場所で、仰向けに転がって月を見ていた。

目だけで横を向くと、僅かに顔が動き耳に冷たい水が入り、脳が芯まで冷る感覚が伝う。

 

黒い水が何処までも広がり、海の上に居ると思うほど水は重々しくタールの様に指に絡みつく。

自分の身体を絵の具のように汚す水を、指先で摘んで顔の前に持ち上げる。

 

そこでようやく月が近付いている事に集は気付いた。

黄色く大きな月だ。表面はクレーターもなく綺麗光沢を放っている。

 

瞳が見えた。

 

目を見開く。月だと思っていたものは巨大な眼だと気付いた。

恐怖のあまり悲鳴を上げようという無意識的な思考すら凍り付いている。

 

眼はただ集を見下ろしていた。

見くだしてる訳でも、当然見守っている訳でもない。

 

眼はただ見下ろしている。

 

まるで何かを待つようにーーー

 

 

************

 

「ーはっーー!!」

 

集は目が覚めるのと同時に跳ね起きる。

10キロ全力疾走したかのように息が切れる。周囲を見渡すと自分はベンチに腰掛けおり、その隣には颯太が寝息と言うかいびきをかいていた。

そこは集が颯太がいのりに告白しようとした瞬間に思わず飛び出し、勢いで颯太のヴォイドを引き抜いたあの展望台だった。

さっきまでの出来事が夢であることに安堵し、集は大きなため息をつく。

項垂れながら集はつい一時間近く前の記憶を思い起こす。

 

レディとの戦闘を終え、集は『はじまりの石』とやらを奪った悪魔を涯とルシアといのり共に追ったのだが、地中を自在に泳ぐカットラスに追い付ける道理など初めからありはしなかった。

あっという間に距離を離され追跡不可能になってしまった。

 

ここからは情けない話だが集の疲労は極限まで来ていて、むしろ衰弱といっていい段階まで来てしまっていた。

無理もない話、集は全身を特に両腕に多くの傷を負い、その状態でいのり達と共に悪魔の追跡を行っていたのだ。

身体は数分保たず、すぐいのりと離脱することとなった。

 

意識が朦朧としていてあまり覚えていないが、いのりに介抱され、別荘に戻そうとするいのりに無理を言って颯太と一緒にこの場に置いて行ってもらったのだ。

 

何度も不安そうな顔で集を見るいのりに心を痛めながら、集はいのりを先に別荘に帰らせたのだ。

 

その後すぐベンチに座り込んで、眠ってしまったようだ。

 

(後でいのりに謝らないと…お礼も……)

 

集はいのりが巻いた両腕の包帯を見ながら、そう考える。

両腕は軽く握ってもまだ激しく痛む。

むしろレディを相手にしてこの程度で済んだのは僥倖だった。

 

集は顔をしかめながら、あれからまだそれ程時間が経っていないことを悟った。悪夢のせいで時間の感覚がズレていたが実際ここに来てからまだ10分、15分程しか経っていない。

 

「むお…?」

 

ふとヴォイドを戻した颯太が目覚めると大きなあくびをする。

集はベンチから腰を上げる。

 

「起きた?」

 

「んあ、集か?」

 

颯太は目を擦りながら辺りを見回す。

 

「あれ?なんで俺…?」

 

「颯太…ごめん、僕やっぱり協力出来ない」

 

「…は?」

 

突然話を切り出した集を颯太は僅かな時間見上げる。

そしてすぐ何の話をしているか集の表情で察した。

 

「……やっぱりお前、いのりちゃんのこと……」

 

「…………」

 

「それならそうって何で最初から正直に話してくれなかったんだよ!!」

 

「…僕は、」

 

「いっつも人当たりいい面して!何考えてるのかさっぱりわかんねぇよ!!」

 

 

「ーーっ颯太だって!!!人の迷惑も事情も考えないでデリカシーのないことばっかり!!それがどれだけ人がイヤな思いするか考えたことあるの!!?」

 

颯太は突然糸が切れた様に罵声を浴びせる集に驚いた顔をした。

集も自分で自分に驚いていた。

最初はただ黙って颯太からの言葉を受け入れるつもりでいた。

しかし、今まで溜め込んでいたものがここに来て一気に爆発した。

 

「自分がやらなきゃいけないことをいっつも押し付けて!!それで何をしてるかと思えば、隠れてゲーム!!何様のつもりだよ!!」

 

言葉が後から後から溢れ出す。

正直に言えば、今までも何度か爆発しかけた事はあった。

しかし大抵誰かにその場を抑えられ、結局は集が不満を封じ込めることになってしまった。

だが、今この場にはその役目を担う人間はいない。

 

「さんざん迷惑かけた挙句、今度はいのりが好きだから手伝ってくれだって!?ふざけるのもいい加減にしろ!!」

 

集は刹那大きく息を吸い込んだ。

 

「 僕 は 颯太 が 大っ嫌い だ!!! 」

 

ビリビリと辺りを震わせる大音量で集はありったけの怒りと不満を込めて叫びが響き渡る。

 

集はゼーゼーと肩で息をする。

両手の痛みも忘れ強く握りしめていた。

指を緩く開くと激痛が思い出したかのように疼き始める。

 

「…お前ずっとそんなこと思ってたのか……」

 

「…っ」

 

集は少し後悔した。

 

確かに颯太は最悪の場面で最悪な行動する事がある。

だが、そんなある意味では明るい性格に集は何度も助けられた。

誰とでもすぐ親友の様に話す事が出来る性格を、集はかなり本気で羨ましく思ってもいる。

 

それをたった今、集は全否定した。

感情に任せてとんでもないことを叫んでしまった気まずさに、僅かに顔が下がる。

 

(…怒らせただろうな、きっと…)

 

だが後悔とは裏腹につかえていたものが取れたかの様に胸がフッと軽くなっている。

 

隠し事も上っ面なものを剥ぎっ取ったスッキリとした感覚がする。

 

(いや…本当に友達なんだとしたら。本気でぶつからなきゃいけなかったんだ)

 

今まで相手の顔色を伺い、傷付けない嫌われない所まで距離を離しそれを怠った。その報いが今この場で訪れただけの話だ。

 

「そうなんじゃないかと思ったよ」

 

「え?」

 

今度こそ颯太からの罵声を受け入れる体勢に入っていた集は予想外の言葉に再び顔を上げた。

 

「はっきり言ってもらえてよかったよ。まぁ…流石に傷付いたけど…」

 

「ごめん…大嫌いは言いすぎた。本当はちゃんと友達だと思ってるし、これからも今までと同じ関係でいたいってーー」

 

「分かってるよ。実はさ…俺も少しお前のこと苦手だったんだ…。いいヤツだって事は分かってたんだけど。なんかあまり相手に踏み込んで来ないっていうか…それでいてお前も俺とか相手に踏み込んで来ないって感じでさ……。なんか距離ある感じだったんだよ」

 

「……そっか、上手くやってるつもりだったんだけど」

 

「だから、正直に言ってもらえてよかった」

 

颯太は展望台から夜の海を手すりに寄り掛かって一望し、集に顔を向ける。

 

「やっと心開いたって感じがするぜ」

 

そう言っていつものようにニカッと歯を見せて笑う。

 

(……心を開く……)

 

集の中でピースがひとつはまる。

 

(ああ…そうか、ヴォイドの" 扉を開く "能力はーー)

 

集も颯太の横に立ち手すりに寄りかかる。

 

「そういやその身体中の包帯どした?」

 

「神社でヤブ蚊に刺されまくった後、階段転げ落ちた。颯太は近付かない方がいいよ」

 

「マジか気を付けるわ」

 

黒い海が僅かにあの悪夢を想起させ、軽く恐怖を覚えたがそれもすぐ消えた。

黒々とした海もいずれは横の星空と同じ様に、多くの光を抱えるのかもとそんな想像をしながら、夜空と海を眺めた。

 

 

 

 

 

 

************

 

 

「眠れん」

 

畳みに敷いた敷布団の上で上体を起こし、集は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

時計を見れば深夜の12時半。集の横では颯太が豪快なイビキをかきながら身体の上の掛け布団を蹴飛ばして不格好に寝ている。

それを見た集にあれだけ寝たのにまだ寝る気かという呆れと、蹴っ飛ばして起こしてやろうかというイタズラ心が同時に湧き上がる。

 

だがわざわざ耳障りなイビキを聞きたくないのと、起こしたら起こしたで帰るまで恨み言を言われそうなので、集は黙ってふすまから外へ出る。

 

裏庭の縁側に座った集はホーっと息を吐く。

 

「シュウ…?」

 

集は声をかける人物に顔を向けた。

 

「いのり、眠れないの?」

 

寝巻き用の薄地の浴衣を羽織ったいのりが歩いて来た。

縁側に座れる場所はいくらでもあるが、集はいのりの為に横にずれる。

いのりも静かに集の横に腰掛ける。

 

「………」

 

「………あー」

 

沈黙は決して居心地の悪いものでは無かったが、このままだんまりもどうかと考えた集が話しを切り出す。

 

「ハレ達とはどう?」

 

「ん?」

 

「いやさ、いのりって葬儀社メンバーや僕以外はあまり話そうとしないじゃない。だから、今日1日ハレと一緒にいて何か変わったかなって?」

 

葬儀社メンバーといっても涯や綾瀬ぐらいしか、いのりとの会話が多い人物はいないが…。

 

いのりはしばらく考え込む様に夜空を見上げる。

 

「……ハレと友達になった…」

 

月夜に照らされた庭で鳴き続ける虫の声に混じり、いのりはポツリと嚙みしめる様に呟く。

 

「そっか…、よかった。そういえばいのりが風邪引いた時もハレが看病してくれたね」

 

「うん…、集がハレを信じてるのも分かる。…すごく優しい…」

 

いのりの顔は自然と綻んでいた。

とても自然なその笑顔に集もついつい嬉しくなる。

 

「はは、それ聞いたらハレも喜ぶよ」

 

「ハレもカノン一緒にいるとすごく楽しい。集と一緒にいる時とちょっと違うけど…すごく胸が温かくなる…」

 

「僕と一緒にいる時と違うって…どういうこと?」

 

「ナイショ」

 

いのりは集の顔を見てクスリと笑う。それからいのりは祭と花音と一緒にやった事、話したことを集に話して聞かせた。

ただ、集の話を沢山したと言ったが、その詳しい内容については全てはぐらかされてしまい、集は少しムズムズした気持ちになった。

 

「シュウ…聞かせて…」

 

数分話した後、いのりは唐突に真剣な顔で集に切り出す。

僅かに空気も緊張する。

 

「何を聞きたいの?」

 

「あの女の人のこと…集が何をして来たのか…」

 

集は少し考えてから、いのりに頷く。

 

「……うん、分かった。いいよ」

 

今が話すのに一番いいタイミングだろうと、集はそう思い集の言葉を待ついのりを見る。

いのりは少し嬉しそうに微笑んだ後、再び真剣な眼差しを集に向ける。

 

「…何から話そうかな…」

 

話せることも話したいこともあまりにも多すぎる。

集が思案しているといのりから切り出す。

 

「シュウはあの人のことを師匠って言ってたよね。シュウの師匠はダンテっていう人じゃなかったの?」

 

「うん、僕には三人くらい師匠がいてね。それぞれダンテが戦い方を教える担当。レディさんが武器や銃火器、サバイバルの担当。で、最後がトリッシュっていう御呪いや魔除けの担当」

 

集の話をいのりは頷きながら耳を傾ける。

 

「まぁ…全員凄いスパルタで、何回も死にかけたよ…」

 

苦笑いする集にいのりもつられる様に微笑む。

話してる集が心の底から楽しそうに話してる事をいのりは強く感じていた。

 

「その頃から……?」

 

「……」

 

月が雲で隠れたせいか、 微笑んでいたいのりに僅かに暗い影が刺す。

 

「その頃からシュウは戦ってたの…?」

 

「…うん…。十年前から、ロストクリスマスのすぐ後からだよ…」

 

集が覚えている中で一番古い記憶、燃え盛る東京の街。

助けられてしばらく経つまで、その光景が唯一の日本の記憶だと集は気付きもしなかった。

赤と炎で塗り潰されたものだけが、集の知る故郷の姿だった。

 

不意に右手が暖かいものに包まれた。

隣りを見るといのりが両手で集の手を包み込んでいた。

泣く子をあやす様な優しい顔を集に向けている。

 

集もいのりの手を握り返すと、またポツポツと語りだす。

楽しかった事と嬉しかった事、そしてそれより沢山あった辛くて悲しい事。集は自分の見て来たもの、聞いて来たものを余す事なくいのりに話して聞かせた。

 

どれ程話していただろうか。

夜空が白んで、永遠に続くように思えた夜の語りにも終わりが来る。

 

「ーーあっ、いのり」

 

今のうちに部屋に戻って置かないと、また大騒ぎになるような気がしていのりを見るとーーー。

 

集の肩にいのりの頭が乗った。

 

「…へっ?」

 

突然の事に唖然とする。そしてそれは直ぐ羞恥と焦りに変わる。

 

いのりは寝ているようだった。

柔らかく瞼を閉じ寝息を立てて、全身を集に預けている。

 

「…………」

 

集はいのりの前髪を優しく整えると、白み始めた夜空で輝き続ける月を見上げる。

 

(……もう少しだけ……)

 

自然とそう思っていた。

集もいのりにならって両目を優しく閉じる。

 

 

 

 

 

「ーーーーシュウ、

 

 

 

寝ているはずのいのりから声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

ーーーどこにも行かないでねーーー。

 

 

 

 

 

 

はっと目を開け、いのりの顔を見る。

いのりは集が前髪を整えた時と変わらず、寝息を立てていた。どう見ても一度目覚めた気配が無い。

 

「…………」

 

幻聴だったのだろうか。

不安そうで、懇願するような必死さが篭っていた。

 

「ーーー行かないよ…何処にも」

 

そう言った瞬間、心なしかいのりの寝顔が微笑んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかここに来るといつも謝っているよく無い習慣。
どうも皆さんお久しぶりです。久々の投稿です。

こんなに待たして悪いなと思いつつ、感想欄に『早く続きを上げて下さい』といった内容があるのでは無いかと思ってガックリした作者です。
いや〜、ゲスい期待などするものでは無いですねwww

このペースだと完結に五年はかかりそうなので、ここらで頑張ってペースを上げて行きたいと思います。
ペース上げると言ってもお察しレベルなので、皆さんいつも通り気長にお待ち下さい。
これからもよろしくお願いします。


追記
シン・ゴジラとオーブはいいぞぅ!!


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#33発露〜unite soul〜



サンダーブレスターが好き。

関係ないけどサイボーグ・クロちゃんは面白いね




 

 

「ふ あ〜〜」

 

朝一で目覚めたルシア大きなあくびをしながら、廊下を歩いていた。

着ている浴衣はひどく乱れたまま、腰から垂れた帯は床に引きずっている。

 

それには気を向けずルシアは目元をこすり、いのりを探す。

ルシアが目を覚ました時には既に、隣りの布団にいのりの姿は無かった。トイレにも居なかったので、ルシアは集の方へ向かうことにした。

 

乱れた浴衣を廊下に引きずりながら、ルシアは男子が寝ている部屋へ向かう。

 

「………?」

 

中庭にさし掛かると、縁側に二人の人物が寄り添って眠っているのが目に入った。

 

「…………むぅ…」

 

また二人だけでいる。

 

いつもこうやって自分を仲間はずれにする。冷たかったり、意地悪なわけでも無い。二人のことは好きだ。

 

一緒にいたい時はそれを察してよく遊んでくれる。

しかし、ふと気付くとだいたい二人だけで何処かに行っている。

 

あまり良い気分はしない。

 

二人の穏やかな表情を見ていると、そうした不満が外に漏れだして来た。

「……………」

 

ちょっと驚かせてやろう。

 

ルシアは半歩後ろへ下がる。動きづらい浴衣を脱ぎ捨て、下着だけになる。そしてグッと身体を沈み込ませと

 

 

 

「 りゃぁぁあああ!! 」

 

雄叫びと共に二人に突進する。

「きゃっ!?「うぉば!?ーほげっ!!!」

 

二人はなんの備えも出来ず激突する。

三人は仲良く中庭にダイブし、いのりは集がクッションになり無事だったが集は飾り石に側頭部をぶつけ、目から火花を出す。

 

「な…なんだぁ?」

 

「ルシア!?」

 

「えへへ」

 

目を覚ました二人が少々乱暴な目覚めに目を白黒させる。

「…………………あっ………………」

 

そして集は気付いてしまった。

ルシアに突進した衝撃ではだけた いのりの浴衣。さらにその胸元ーーー。

 

「〜〜〜っ見ないで!!」

 

いのりは集の両目に二本の指を刺した。

本当はまぶたを閉じようとしただけだったが、そんな器用な真似この状況で出来るはずもなく、指はみごとに集の裸眼を刺す結果で終わった。

悲鳴を上げる集から飛び降り、いのりは自分の浴衣を整えると、そして半裸のルシアに浴衣を着せ直した。

 

 

遅れて祭達が目を覚ます。

「…………なにやってんの……?」

 

 

花音は開口一番に呆れと戸惑いを同じくらい含んだ言葉を発するが、この場で答えられる人間は皆無だった。

 

 

 

 

 

 

あと一歩遅ければ、半裸の褐色幼女と着衣乱れた美少女に覆い被される少年という、通報待ったなしの光景を見られていただろう……。

 

 

 

集からしばらく冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

********************

 

 

 

 

既に太陽は昇り、早朝の大島を強く照らし出している。

今はシーズンとはいえ元の住人が少ないせいか、蝉の声以外は他にない。

ここまで15分ほど掛けて歩いて来た集も1、2回自転車や車にすれ違うかどうかだった。

普通の大通りでそれだというのに、集の足はどんどん人気の無い場所へ向かっていく。あっという間に深々と生い茂った木々が集が歩く道路を太陽から覆い隠す。

 

「いててて…」

 

集は激しく痛む両手と側頭部に思わず顔を歪ませる。

 

防弾していたとはいえ、銃弾をしこたま浴びた両手が当然一晩で治る事は無かったが、かなり痛みも引き始めているところだった。

それはいい、しかし側頭部に出来たばかりのコブは自己主張するように執拗に痛みを発している。

 

ルシアには出る前に叱っておいたのだが、ルシアは終始ふくれたままだった。

 

今までは叱っておけばしっかり反省していたはずだったのだが…。

 

(反抗期か…?)

 

集は首をひねるばかりだ。

 

あれこれ考えながら歩いている内に道路の終わりが見えて来た。

そこには集達が降りた場所とは正反対にある港だ。元々はこの場所が観光客などの来賓用として使われていた場所だ。

それが今の場所に変わってから使わなくなった訳ではないが、あまり整理されているとは言えない。

 

「ーーーーっ」

 

自然と身体に緊張が走るのが自分でも分かる。

つい数時間前に命掛けな戦いをしたばかりなのだから、当然と言えば当然だが、それ以上に彼女には特別緊張がある。

 

「ーーあら、思ってたより早いわねシュウ」

 

「おはようございます。レディさん」

 

「だから固いって…。まあいいわ」

 

「というか…どうやって僕の電話番号を知ったんですか?」

 

「パティから聞いたのよ」

 

集はやっぱりかと口の中で呟く。

 

集が来るより前から『デビル メイ クライ』に入り浸っていた少女、出会った時は15歳の大学生だった。

勉強や常識についての知識を教えてくれていたのは彼女だ。

彼女がいなかったら今ごろ集がどうなっていたか、考えるだけで戦慄が走る。

学校で忙しいにもかかわらず、自分の為に時間を割いてくれたことを集は死ぬまで感謝してもしたりない。

 

今でも主にネットメールなどでの交流が続いている。近く会社を回すという話しも聞いている。

なるほど彼女に聞けばすぐに集への連絡方法も手に入るだろう。

 

「それで、なんでこんな場所に呼び出したんですか?」

 

「ーーそうね、私も直ぐ帰らなきゃいけない用事もあるし…さっそく本題に入るわね」

 

「ーーーー」

 

思わず更に身構える。

レディがこういう" 溜め "を作る時、大抵ろくな目合わない。

かなりの確率で無理難題を吹っかけてくるのだ。

 

「シュウ、ーー

 

 

そう、例えば…

 

 

 

 

 

「ーーあなた、魔具を造りなさい」

 

 

 

ちょうど今のように、満面の笑顔で平然と言うのだ。

 

 

 

 

 

 

「………え?………」

 

集は呆然としていた。

ある程度トンデモない事を言われるのが分かっていたが、予想斜め上を行ったおかげで言葉が上手く出ない。

 

「ーー僕が…?」

 

「荷が重い?」

 

「そりゃそうですよ!僕が魔具なんか造れる訳ないじゃないですか」

 

魔具といえば魔界の鉱石で鍛えられた物や、悪魔が姿を変えた物など多岐に渡る。

レディが言っている魔具とはおそらく卓越した技術者が産み出した物、ないし強い想念が宿った結果産まれる呪具の様な、言わば人間が作り出せるチカラのある物の事だろう。

 

極端な話、髪が伸びる呪いの人形から幽霊屋敷の様に霊魂が集う場所もこれに該当するが、いずれにしても魔具と呼ぶには少々チカラが足りない。

 

「………」

 

レディは懐からボロボロに裂かれた布を引っ張り出す。

昨晩ちぎれ飛んだ袖の一部だ。

「これ、あなたが魔力で強化したでしょ?」

 

「あっ、はい…」

 

何日も掛けて魔力による強化を試みたものだ。

出来た時はそれこそ魔具に届くかもしれないと興奮したが、レディにほんの一瞬で引き裂かれてその自惚れは泡のごとく消えた。

 

「ーー自分でやってて気付かなかった?」

 

「え?」

 

レディは集の反応に大きなため息をつく。

 

「シュウ…、あなたハッキリ言って弱いわ。そりゃ人間の基準から見たらそこそこだけど」

 

「魔界基準で見たら…?」

 

「そうね…下級悪魔よりはちょっと強いんじゃない?瞬間的な魔力量なら中級の中層悪魔にも届くかもだけど」

 

「……ずいぶんな評価ですね…」

 

「そう?適当な評価だと思うわよ。だって、あなたのあの姿時間制限あるでしょ。一分から三分そこらだと見てるけど?」

 

「…………」

 

「まっ、本題はここから。シュウ、これに昨日みたいに魔力を通してみて」

 

レディは集にボロボロの袖を投げ渡して言った。

 

「は、はい」

 

集は布の繊維に意識を集中する。

全身の産毛が波立つ様な感覚と共に、集の意思に応じるチカラが腕を伝う。

何時もの日課と同じ感覚だった。最初に比べてスムーズに工程が進む。

 

「出来た?」

 

数分後、繊維の1本1本に魔力が伝わったのを感じると同時に、レディが声を掛ける。

 

「はい…あっ」

 

集が言い終わる前にレディは集の手からボロ布を奪い取ると、空中にそれを放り投げる。

 

バアァン!!

 

「いっ!?」

 

そしてそのまま撃ち抜いた。

ボロ布は空中をたゆたう様に舞い落ちていたが、突然糸で引かれた様に不自然に軌道を変える。命中したのが遠目でも分かった。

 

ボロ布は地面で待っていたレディの手に収まる。

 

「ほら…ね?」

 

レディは集に布の中央に空いた穴を見せる。

 

「…はぁ???」

 

レディの一連の行動の意味分からず、眉を寄せる。

それを見たレディは再び深いため息を吐いた。

 

「ほ ん っ と鈍いわね〜」

 

あのね、とレディが呆れた様に嘆息しながら集の鼻先に銃口を押し当てる。

 

「ーーう!?」

 

「私が、中級悪魔レベルの魔力の壁も破れないような銃弾を撃ってるとでも?」

 

「っ!」

 

「やっと気付いたみたいね。確かに魔力をただ流し込むだけでも強度は大きく上がるでしょうね…だけど、あなたはただでさえ魔力量が少ない。そればかりか、見なさい」

 

レディは布を集の顔に近付ける。

よく見ると赤い霧状の魔力が湯気の様に立ち昇っている。

魔力が固定されず霧散している証拠だ。

 

「あなたは見よう見まねでやってる所為で、魔力の定着させる方法もろくに知らないでしょ?だから、あなたがどれだけ魔力を送り込もうが碌な物は出来ないわ」

 

レディは普通ならねと肩をすくめる。

 

「…………」

 

「だからこそ腑に落ちなかったの。何故シュウがこれ程の強度をこの衣服に付与出来たのかがね……」

 

「つまり…?」

 

「ーー繊維に残留している魔力量と強度が余りにも不釣り合いーー。まとめるとこんなとこね」

 

「それが魔具を造る話とどう繋がって…」

 

「じゃあ聞くけど。あんたこんな雑巾みたいなボロ布に " 銃弾を弾けるような硬度を持たせよう " と思った?」

 

「?」

 

集は確かに服に魔力を通す時、強い硬度を付与させるつもりで魔力を送った。しかし、先程レディが指摘した様に翌朝にはほとんど霧散していた。

 

だからこそ集は何日も魔力を流し続けていた。そして最近になってようやく多く魔力が蓄積されて残るようになったので、それで満足していた。

 

「あっーー」

 

間抜けにも、ようやくレディが言わんとする事まで考えが至る。

レディがこの袖に銃弾を撃ち込んでなんと言った?

 

『このコスチュームも特別ってわけね』

 

そう言った。

これではまるで、集の魔力とは関係無くこの衣装に細工がされているようではないか。

 

もしこの衣装にレディ銃弾が弾ける程の防御力があるのなら、レディが魔力の存在に気付かないわけがない。

悪魔でも人間でも無機物でも魔力が通っているのなら感のいい人間なら感じ取れる。

 

綾瀬も魔力を通した服を見せた時『なんか気持ち悪い気分になる』と、あからさまに遠ざけていたのだ。

レディ程のベテランが見逃すとは思えない。

 

ならレディの銃弾を弾いたのはなんなのか…。

 

 

 

「ーー………そういう事なのか……?」

 

 

あまりにも突拍子もない。

しかし、レディの魔具を造る話にも符号してしまう。

 

 

もし集の魔力が自身の意思に強く作用されるのなら…ーー

 

「今回だけじゃないんじゃない?" 火事場の馬鹿力 "が出たのは」

 

「……」

 

 

「シュウ、あなたの魔力にはあなたの心を写すチカラがある」

 

まるで集の心を読んだかの様に、疑問の答えとなる確信の言葉を集に告げる。

 

しばし、その言葉を受け入れるのに時間を要した。

 

だって、ーーー

 

「……心を……写す……」

 

それじゃあ、まるでーーこの右腕に宿る……。

 

 

 

酔わされている様な気分だった。まるで何者かの手の平で踊らされているかの様だった。あの日、『ヴォイドゲノム』を手にした事すら…偶然では無かったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

考えがまとまらず呆然としていると、ボーボーという汽笛が聞こえ、みると遠くから小型のボートが近付いてくるのが見えた。

時間ね、とレディが呟く。

 

「魔力を定着させたかったら、" 流し込む "んじゃなくて" 染み込ませる "イメージでやりなさい」

 

レディはまだ少し混乱している集の肩をポンと叩く。

 

「そう深く考え過ぎないで、取り敢えず試してみなさい。無理なら無理でいいから」

 

でも何もやらないで投げ出したら許さないわよ?とレディは集に耳元で囁いた。

 

「じゃっ、元気でね」

 

「……はい、ありがとうございます。また会える日を楽しみにしています」

 

「ふふ、結構すぐ再会出来ると思うわよ?しばらく日本に居るつもりだし」

 

船に乗り込んだレディがそう言ってウインクすると、クルーザーが港から離れて行く。

 

「…………」

 

考えなければいけない事が出来た。

もしかしたら自分はろくに自分のチカラもろくに把握できていなかったかも知れない。

 

集は船が水平線の彼方まで見送っていた。

 

 

 

 

**************

 

行きと同様に帰りも船が二階建て大きいものおかげで、強い揺れに合うことなく運航が続いている。

柵にもたれ掛かり少し顔を上げれば、大島の島の全景が見える。

 

「………」

 

あそこに行ったおかげで色々なものが変わった。

それが大きいものなのか、小さいものなのかは自分では測れないが。

 

「いのりちゃん」

 

「ん…」

 

後ろからの声に振り向くと、" 友達 "になった祭が立っていた。

ちなみに今朝から呼び方は『いのりさん』から『いのりちゃん』に変わっている。

「ハレ?シュウを探しに行ったんじゃ…」

 

「うーん、居たことは居たんだけど…なにか考え込んでるみたいだからちょっと声を掛けずらくて…」

 

「そう…」

 

それはいのりも少し感じていた。

船に乗る前も乗った後も、いのりや誰かが声を掛けても薄い反応しか返さないので少し疑問には思っていた。

 

しかし、切羽詰まっているというよりはどちらかと言うと、宿題の問題に悩んでいる様な表情に近いのであまり不安には思っていない。

 

「大島たのしかったね」

 

「うん」

 

微笑みを浮かべて海原を眺める祭に、いのりも自然と笑みがこぼれる。

 

いのりは隣にある祭の横顔を見つめる。

 

「………」

 

友達というものに少し不思議な気分になる。

" 仲間 "に少し近いかもしれない。だがまるっきり同じでは無い。

 

どこが違うのだろう…。

 

隣に並んで立つ事に、集の時とは違う高揚と愛おしさすらあった。

 

「?」

 

ふと祭の様子がおかしい事に気付いた。

 

さっきまで景色を楽しんでいたはずだが、今はうつむいて何やらボソボソ呟いている。

 

「…ハレ?」

 

「ーーいのりちゃん…」

 

髪の間から祭の顔を覗き込もうとした時、ゆっくり顔を上げていのりを見つめる。

 

「いのりちゃんに…言わなきゃいけないことがあるの…」

 

「う、うん…」

 

今までの祭の印象とは、あまりにかけ離れていた。

有無を言わさない気迫に満ちている。

 

 

「…わたし…わたし …わたしね…、しゅ 、集…が……」

 

 

なんども言葉につまりそうになりながらーー

 

 

 

「…集のことが好きなの……」

 

 

 

少女は告白した。

 

いのりしばし呆気に取られて、祭の顔を凝視していた。

 

「……え?」

 

「一目惚れだったの。中学の頃からずっと好きだった…です」

 

祭は大きく息を吸い込む。

「だから、例え友達でもーー」

 

 

祭は目をギュッと閉じ、力一杯叫んだ。

 

 

 

 

「いのりちゃんに負けたく無い!!」

 

 

 

 

波をかき消すのではないかという叫びだった。

 

「ハレ…」

 

いのりは祭を見つめる。

胸が張り裂けそうな程脈打つ。少し痛い。祭が強くぶつける想いはいのりに決して浅くない跡を残していく。

 

「…………っ」

 

自分でさえこれなのだ。

きっと祭はもっと強い痛みを感じているのかもしれない。なにしろこの想いを何年も胸の内に秘めていたのだから。

 

「わたしも…ハレには負けない」

 

「……っ!」

 

「わたしもシュウが好き……。この前まで、この痛みがなんだったのか分からなかったけど…、僅かな時間でもシュウと一緒に居たいってそれしか考えられない」

 

顔を上げた祭の顔には涙の跡が見える。

 

ほんの少し胸がまた痛む。それでも、例え彼女が自分よりも強い想いがあっても彼の隣を歩むのは自分でありたい。

言ってしまえば、いのりの中にあるのはそんな…あさましいとすら言える願いだけだ。

 

 

「やっぱり…そうだと思った」

 

「うん…」

 

「……あーあー、昨日やっと友達になったのに、もうライバル同士か〜」

 

祭は目元を拭うと、グ〜ッとのびをした。

 

「いやだった…?」

 

「ううん。そんなことないよ」

 

ふふ、と祭は優しく笑う。

 

「…いのりちゃんは凄いなぁ…」

 

「え?」

 

「綺麗だし、可愛いし、勉強も運動も出来るし、歌も歌えるし、有名人だし、それなのにそれを全然自慢しないで、嫌味もないし…。いのりちゃんは私にとっての憧れだよ」

 

「…そんな…わたしは…」

 

自分がそんな風に思われているとは考えてもみなかった。

いつだってただ自分のやりたい様に、感じたままにやって来ただけだ。

 

「だけど、ちょっとあわてん坊さん」

 

「…?」

 

「笑ったり、落ち込んだり、年下の子と遊んだり、無表情って思ったらいっぱい色んな顔を持ってたり。あっ、あと風邪も引いたり」

 

「あう…」

 

今度はいのりが顔を赤く染めてうつむいた。

 

「ーーそれから、ーー 」

 

 

 

「 ーー同じ人を好きになったり…ーー 」

 

 

 

 

 

「ーーー同じ人を……」

 

祭の言葉がいのりの胸にすうっと澄み渡る。

 

「大島に来て初めて気付いた。いのりちゃんは普通の女の子なんだって…」

 

「……ハレ……」

 

「いのりちゃんがどこにでもいる普通の女の子…だから、私はおどおどしたり遠慮とかしてあげない」

 

「え?」

 

祭の手が差し出される。

いのりは祭の顔と手を交互に見る。

 

「………」

 

祭は真っ直ぐいのりを見つめ待っている。

小さく笑う。

 

「……うん、わたしもシュウを譲る気も" 友達 "をやめる気はないわ」

 

そう言っていのりは祭の手を両手で包む様に握った。

 

「うん!だから今から私達はライバルで友達…。それで良い?」

 

「…文句ない」

 

二人は手を繋ぎ、笑い合う。

 

 

 

 

 

 

そこからしばらくの間、二人の語らいは続く。どの様な会話が交わされたかは、本人達しか知り得ない。

 

特に…、一人の少年には決して明かされないであろう。

 

 

 

 

******************

 

 

大きな部屋だ。

 

その場所だけ世界から切り離されたかの様に、陰鬱とした暗闇に包まれ、しっかりとした造りの部屋の壁や天井を血管の様に大小様々な大きさのコードが走り回っている。

 

いくつもの異形のものが試験管の様な巨大なケースで、正体の分からない液体の中で浮かんでいる。

それが昆虫の卵のように大量にあるせいで、その部屋が何かの巣のようだ。

 

その部屋に茎道は足を踏み入れた。

 

「…………」

 

茎道は憮然とした表情のまま、その部屋を見渡す。

部屋にひしめき合う卵達に明確に不快な表情を浮かべた。

 

「おや、シュウイチロウ殿…。何か用ですかな?」

 

闇の中からアリウスが歩み寄る。

 

「随分と変わった趣味をお持ちですな…」

 

「そういえばシュウイチロウ殿にお見せするのは初めてでしたなぁ」

不潔な物を見る様な茎道に対し、アリウスは気にした様子もなく愉快げに笑う。

 

「して、どの様なご用件で?」

 

「分かっているはずだ…。アリウス殿」

 

「手を触れるな!!」

 

茎道が一つの試験管に手を触れた時、部屋の奥から低い男の怒鳴り声が響いた。

 

「ここにある物はお前の命の百倍かかかかか価値のある物だ!!」

 

杖をつき、眼帯を付けた大柄の男が激怒に身を震わせながら大きな足音を立てて歩み寄って来る。

 

「アリウス、この男は誰だ!!今すぐ私の研究所からつつつつつ摘み出せ!!」

 

「アグナス殿…。彼がこの場所を提供して下さった茎道殿だ」

 

それを聞いた途端、男から怒りの表情が急激に薄れて行く。

 

「あーぁ…これは失礼を…」

 

男の口調は人が変わった様に穏やかなものになる。

そして芝居がかった大袈裟な仕草で深々と頭を下げた。

 

「申し遅れました私の名前はアグナス。この研究所を指揮するアリウス殿の補佐でございます」

 

「私は茎道修一郎。特殊ウイルス災害対策局長を務めている」

 

「ええ存じております。先程の暴言は全て撤回いたします。私の悲願の達成の芽が出たのも、あなたのお陰です」

 

重ね重ね感謝をと、アグナスは更に深く頭を下げる。

 

「悲願ですと?」

 

「ええ、憎っくきスパーダの息子に復讐する機会をです…」

 

僅かに上がるアグナスの表情は、歯を音が聞こえる程強く噛み締め先程より深い憤怒と憎しみに満ちていた。

アグナスは杖を持つ手を強く握りしめる。

 

「我が足とかかかかか片目を奪うだけに飽き足らず!!教皇様の命すら奪って行ったあのああああ悪魔を!!あの男を私は殺す為に七年もの歳月を重ねて来た!!」

 

アグナスは唾を撒き散らし、天に怒りの咆哮を上げる。

 

「 ややや奴は私から教皇を教皇をここここ殺殺殺おおお ーーー!!!」

 

「……アグナス殿の想いはよく分かった」

 

アグナスはハッと我に返り、顔に理性が戻る。

 

「これはこれはまたお見苦し所を…。申し訳ありません」

 

「こちらこそ邪魔をして悪かった。仕事を続けてくれ」

 

アグナスは再び深々と頭を下げると、暗闇に消えて行った。

 

「………これが理由かね?」

 

アグナスが見えなくなると、茎道はアリウスに向き直る。

「と、言いますと?」

 

「桜満集の師を呼び寄せている事だ…。君が挑発めいた真似をしているようだが、彼の復讐の手助けをしているのかね?」

 

「まさか、ただの利害の一致ですよ。私の目的を叶える為にも彼らの力は必要なものですからね」

 

「……我々としては、" 黙示録 "の邪魔に入る可能性は極力避けたいのだがね…」

 

「あなた方の邪魔はしませんよ」

 

「…………そうか、それを聞いて安心した」

 

茎道はそう言うとアリウスから背を向け、部屋の扉に向けて歩き出す。

 

 

「それにあなた方にも必要になるはずですよ。ーー彼らの力は……」

 

 

 

扉が閉まる直前、アリウスの呟きが茎道の後を追った。

 

 

 

 

 

「不満そうですねシュウイチロウ」

 

声のする方を見ると金髪の少年が重力に囚われず、空中に足を組んでいた。

彼の手の平にも赤いリンゴが宙に浮いていた。

「君はなんとも思わないのかね?神聖な世界再生の儀式を悪魔などという輩に穢されるのを…」

 

「魔界や魔剣士が関わって来ることは予想出来ました。その為に彼らと契約を結んだのですから。…それにーー」

 

ユウは宇宙空間に居る様な重力感のない動きで、空中を泳ぐ様に茎道の背後にゆっくり降り立つ。

 

「もし魔界や魔剣士が深く干渉するのなら……」

 

ユウの持つリンゴが突然暴れる様に膨れ上がり、糸がほどけるように形を失う。

その糸は再びユウの手の平に集まり、薔薇の様な形の青と紫の結晶で出来た様な花にその姿を変える。

 

 

 

「ーー呑み込んでしまえばいいのですーー」

 

 

 

手の平の花を握り潰す。

パキンッっと小さくガラスが割れる音が響き、花は粉々に砕け散る。

 

「……………」

 

「ーーーシュウイチロウ、その日は近いです」

 

「分かっている」

 

ユウが地を蹴るとまた重力に逆らうように空中へ浮き上がる。一切の減速も無く、一瞬で天井に辿り着く。

 

足音無くユウの足は部屋の中央の天井に" 着地する " 。

 

「ーー我らの『イブ』に…賛美歌をーー」

 

 

 

ユウは部屋の中央で眠る聖母を" 見上げる "。

聖母は膝を抱え、胎児の様に眠り続けている。

 

「………」

 

茎道も聖母を見上げる。

聖母の前には彼女を見守る様に『 はじまりの石 』が鎮座している。

 

彼女の" 鍵 "は後一つ。

 

 

 

目覚めは目前に迫っている。

 

 

 

 




アグナスのキャラは某ペテ公を参考にしました。


なんかすごくしっくり来た


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#34訪問〜the bustling guests〜

久々の更新で、小説の書き方自体を
忘れかけていたクソ作者。

オーブの最終回、最高でした。
劇場版も公開初日に観に行く予定。





************

 

「ふぁ〜」

 

早朝の桜満家。

集は大あくびをしながら朝食のしたくをしていた。

 

「しゅう眠そう」

 

「ん〜?昨日夜更かししちゃったからね。あ、ルシア小麦粉出して」

 

「ん」

 

「シュウ、私は?」

 

「いのりは……」

 

集は小麦粉を出すルシアと、自分の作業している鶏肉へと目を移す。

 

ポーン

 

その時、呼び出しの電子音が鳴り響いた。

 

「あっー」

 

「私が出る」

 

集が何かを言う前にいのりは玄関に駆けて行った。

 

いのりは玄関の扉の前に立ち、覗き穴から訪問者の姿を確認しようとするが、それらしき人影は無い。

「?」

 

出来るだけ早く来たつもりだったのだが、いたずらだろうかと思ったが念のため外を確認しようと鍵を回した。

 

「シュウーー!!」

 

「むぐっ」

 

突然柔らかくぬくよかな感触に顔をつつまれ呼吸を止められる。

 

「もう久しぶりさびしかったよ」

 

「ふぐぐぐぐぐっーー!?」

 

「あら、髪染めてるの?ピンク色は似合わないと思うわよ」

 

「んんんん〜〜!!」

 

「ん?シュウじゃないわね」

 

「ぶはぁ!!」

 

ようやく解放されたいのりは改めて自分を窒息させていた主を見た。

金髪でそばかすの活発そうな大人の女性だった。

 

「ーーーーー」

 

「ーーーーー」

 

女性はいのりの顔をまじまじと見つめる。いのりも女性を観察する。

とりあえず敵意は無さそうだ。

集の事を知っているということは、集がアメリカにいた時の知人なのだろうか。

 

「シュウの知り合い?」

 

「え、ええそうよ。シュウがアメリカにいた時、面倒を見てたの」

 

「そう」

 

「いのり、どうしーーてっ、パティさん!?」

 

「あ、シュウーー!」

 

パティは奥から顔を出した集を見ると顔を輝かせると、靴を脱いで集に飛び付くと思い切り抱きしめた。

 

「久しぶり!わー大きくなったわね」

 

「ぶふぅ!久しぶりです。びっくりしたよ来るなら来るって言えばよかったのに…」

 

「ふふふ、びっくりさせようと思ってね」

 

そう笑うパティはいのりに顔を見る。

 

「あなたはシュウのガールフレンド?」

 

「え?」

 

「い、いや違うよ!!いのりとはそんなんじゃーー」

 

「慌てて否定する辺り、脈ありとみたわ」

 

「ゔっー!」

 

「あいっ変わらず分かりやすいんだから」

 

言いながらパティは靴を脱いで玄関に上がると、ずいといのりの耳元へ寄る。

「気を付けてね。この子、行く先々で女の子引っ掛けてくる超磁石男だから」

 

「………そこ詳しく……」

 

「ーーおっ、大人しそうに見えて結構ハングリーな子?」

 

「ちょっと、いのりに変な事吹き込まないでよ!」

 

良からぬ空気を感じて、慌ててパティに口止めしようとする。

しかしパティはあっけらかんとした態度で集を見る。

 

「だって本当じゃない。特にサラサちゃんとか」

 

「いや、サラサとは仕事仲間だってパティさんも知ってるでしょ!」

 

「え〜〜?四六時中一緒に居たじゃない。手を握り合ってた時もあったしーー」

 

「!!!!」

 

「ちょっ、あれ見てたのか!!?」

 

突如いのりから例えようのない悪寒を感じ、集は彼女と目を合わせないようにした。

念のために言うが、集に後ろめたいことは無い。やましい事は無いので事実を言えばいいのだが、今は何を言っても燃料を注ぐような予感があった。

 

「ーーーーーー」

 

しかしそんな事情を知るはずの無いいのりは、ただ集に視線で圧を加え続ける。

 

「ただいまーー!って何してんの?」

 

そうこうしている内に帰宅した春夏が密度の高い玄関に面食らって立ち止まる。

 

「おかえり母さん」

 

「……お帰りなさい」

 

「ハロー、久しぶりハルカさん」

 

「パティちゃんじゃない!!わー久しぶり、上がって上がって!」

 

春夏がパティを部屋へ案内するところを見送りつつ、集は話がうやむやになってくれた事に安堵して息を吐いた。

 

「シュウ…後で……ね?」

 

「イ、イエッサー」

 

とりあえず後が怖いなと思った。

 

 

************

 

「遊びに行きたい」

 

「…………はぁ」

 

朝食を食べ終わった直後に、パティは集にそんな事を言い出した。

「なんでまた…」

 

「だって、来週になったら新社長としてまた準備やらなんやらに追われるのよ?無理してやっと休み手に入れたんだから、めいっぱい羽伸ばしたいじゃない」

 

「だから来る前に一言言ってくれれば、こっちも計画の立てようがあったのに…」

 

「うぐっ、だって……」

 

「ルシアどこか行きたい場所ある?」

 

「遊びにいくの?」

 

いのりがルシアへ答えを委ねる。ルシアん〜と腕を組んで考え込む。が、なかなか答えが出せずにいる。

 

「んじゃぁ、お祭り行く?」

 

「お祭りって、夏祭り?」

 

「うん、昼間は街で遊んでさ。夜に花火を見に行くついでにお祭り少し回ろうよ」

 

「それいいわね!せっかくだからシュウの住んでる街を見て回りたいし!」

 

「うん、わたしもそれでいい」

 

「よし、じゃあ着物を仕立ててあげないとね」

 

と春夏が手を叩いて言う。

 

「着物って…いのりやルシアの?今からで間に合うの?」

 

「大丈夫よ。任せなさい」

 

善は急げと言いながら春夏は足早に出掛けていった。

 

「じゃあ僕らも準備してから行こう」

 

こうして急遽夏休みらしい休日が始まった。集は内心いのりの着物姿にワクワクしながら自室へ戻った。

 

 

*********

 

 

数十分後、集・いのり・ルシア・パティの四人は駅前近くのショッピングモールへ繰り出した。

ここは服屋から本屋、電気屋、レストラン、ゲームセンターらがそれぞれ数店舗さらに屋外には遊園地やスポーツセンターまでと、規模としては非常に大きな場所だ。集の自宅からモノレールに乗って15分程度のほど近い場所にある。

 

暇つぶしにはピッタリだし、買い足しも出来る。

そういう事で昼間の遊び場所に決定。夕方に一度家に戻り、夏祭りが行われる神社へ向かう。予定としたらこんな感じだ。

 

 

 

 

「……着いて数分でこれとは………」

 

そこには両手一杯に荷物を抱え、首や頭まで袋を下げた集が呆れ半分といった顔をしていた。

 

「あはは、ごめんね?めったに来れない日本だからつい…」

 

「いいよ。駅のロッカーに預ければいいし」

 

「そう?じゃあこれもお願い」

 

「………」

 

以降、集は似たようなやりとりを二時間の間に三、四回繰り返した。当然、駅のロッカーには入りきらず、受付にも預けることになった。

そんなこんなで買い物に満足したパティはゲームセンターの筺体に釘で付けになっていた。

お世辞にも上手いとは言えないその腕前、集はボンヤリとーー

(そういえば、ポーカーで巻き上げてる所は見たけど、ビデオゲーム系をやってる所は見た事無かったな……)

ちなみに、言うまでもなく巻き上げられる対象は例の赤い人だ。

 

いくつもの硬貨を溶かしながら、しまいにはいのりを引っ張り回り出す。

 

「イノリ、シューティング上手ね〜〜」

 

「…………」

 

いのりがちょっと疲れた顔をしている気がするのは気のせいだろうか……。

 

「これは長引きそうだな…」

 

パティは負けん気が強い。

今のままでも余裕で夕方まで時間をつぶせるだろう。

 

「ん?」

 

ふとルシアの方を見ると、彼女はUFOキャッチャーの筺体の中にあるぬいぐるみを食い入るように眺めていた。

 

「ルシア、ぬいぐるみが欲しいの?」

 

「んっしゅう、これ買って」

 

「これは買う物じゃなくて取る物なんだ」

 

「とる?」

 

「そっ、こうやって…」

 

集はUFOキャッチャーに二百円入れると、ボタンを押す。

筺体から電子音のファンファーレが流れ、ルシアはビクッと飛び退く。さっきまで静かだった物から突然大きな音楽を流したので驚いたのだろう。

 

「この上のアームを動かして、下の商品を取るんだ」

 

「へ〜〜」

 

ルシアは電飾で飾られたアームをしげしげと眺める。

 

「んじゃ、始めるよ」

 

「ん」

 

 

 

〜〜ーーーーー

 

 

非常に厳しい戦いだった。

 

賞品は取れたので、苦労は報われたと言っていい。

だが、目的のぬいぐるみを取るまで、までじつに千四百円消費した。見かねた定員さんが、ぬいぐるみを取りやすい位置に置いてくれたのが幸いだった。

あれがなければ、有り金を全て消費しても辿りつけなかっただろう。

 

「ん、ありがとう」

 

ルシアはそう言ってシマウマ柄のクマのヌイグルミを大事そうに抱える。

 

「かわいい」

 

「良かった。気に入ってくれて」

 

「あ〜、遊んだ遊んだ」

 

「パティさん、いのりもお疲れさま」

 

「いい。さすがに機械叩き始めた時はどうしようかと思った……」

 

「ほ、ほんとにお疲れさま」

 

「ごめんねいのりちゃん。昔から熱くなるとつい周りが見えなくなっちゃって」

 

パティも恥ずかしそうにいのりに謝る。

 

「いい、私も楽しかった」

 

「それじゃあ、一回家に戻ってから。神社に向かおう」

 

ーーーーーーー

 

 

みんなで家に戻ってから、集は一足先に神社へ着いていた。

どうせならお祭りを背景に初お披露目しようと、春夏が提案したのだ。

集は鳥居の脚にもたれ掛かり、四人を待つ。

暇なので周囲を観察する。

 

祭りには多くの人が来ていた。

赤、青、緑、黄色、紫などの多くの鮮やかな色に彩られた着物で着飾る女性と少女達。

かと思えば、集と同じで私服の人達もいる。

 

暇を持て余しながら十分後、ようやく四人がやって来た。

 

「お待たせ、集」

 

水色の中に白い花の柄の着物を着た春夏が手を振って集を呼ぶ。

 

「ーーーー」

 

集は彼女達を見て、しばし言葉を失った。

 

パティは白をベースに様々な大きさの紺色の玉の柄が入っている。(おそらくシャボン玉をイメージしたデザインなのだろう。)

 

ルシアは黒の鯉の柄。鯉は赤と白と黒の割とリアルな色彩だ。よく見ると黄色のコブのある鯉が小さく刺繍されていたり、遊び心も入っている。

 

そしていのりは、緋色で彼女の髪の色より少しだけ明るい桜色の蝶と水蓮の柄が入った柄だ。とても幻想的な綺麗な刺繍だ。

 

「……ね。どうなの?」

 

「え?」

 

「どうなの?わたし達の着物姿!」

「あっうん。みんなよく似合ってるよ」

 

「そっかー。うんうん」

 

「良かったー。奮発したかいがあったよ」

 

「ん、うれしいけど。前に着たやつより動きづらい…」

 

ルシアの言葉に苦笑を浮かべながら、いのりの方へ向く。

 

「いのり」

 

「なに?」

 

「その……似合ってる。綺麗だよ」

 

瞬間にいのりの顔が真っ赤に紅潮する。

のぼせたような顔で、いのりは集から顔を背ける。

 

「………ありがと」

 

「……っあ、あはは…」

 

いのりに釣られ、集も気恥ずかしさのあまり笑みをこぼす。

 

「あらあら、みんなとは違う" 似合ってる "ねぇ?」

「あららら、でも笑って誤魔化したわ。ヘタれたわ」

 

「っ!……い行こう!」

 

若干イラッとするテンションで囃す春夏とパティをスルーして、集はスタスタと歩き出す。

 

 

 

 

 

屋台の上部に掛けてある提灯が暖かく淡い、しかし明るく夜闇を照らす。

灯りの下では老若男女、大小様々な人々が行き交う。

屋台では焼きそばやお好み焼きなどの香ばしい匂いや、綿あめやチョコバナナなどの甘い匂いなどが人々を誘う。

 

 

「おーシュウ!タコ焼きよタコ焼き!現物見たの初めてだわ!!」

 

パティは興奮しながら、今度はルシアを引っ張り回しながら二人で屋台を回る。

 

「買ってあげるって言ってるけど…絶対自分が食べたいだけだよね……」

 

「うん」

 

春夏の姿を探すと、いつの間にかおじいちゃんやおばあちゃんに囲まれてビールをあおっていた。

 

「あっちはあっちで楽しんでるし…」

 

だが、これはいいタイミングかもしれない…。

 

「いのり、ちょっと来て」

 

「え?」

 

集はいのりの手を引いて走り出す。

人垣を掻き分け、スピードを一切緩めず器用に隙間を縫ってやや広い場所に出た。

 

「ふー」

 

「シュウ?急にどうしたの?」

 

いのりは少しだけ息を切らしながら集に尋ねる。

「えっと、たいした理由じゃないんだけど…」

 

いのりの問いに集は頬をポリポリかく。

 

「最近は…その、二人でいられる時間ってなかったじゃない?大島以来さ」

 

「……うん」

 

「だからさ。たまには二人で花火でも見ようかなって…」

 

「…ルシアがまた仲間はずれにされったて怒る…」

 

「ん〜昼間の分でチャラにしてくれないかな……」

 

ふいに上空からのまばゆい光とドーンッという轟音が覆った。

集といのりは同時に上空を見上げる。

 

連続して空は色鮮やかな花で夜空を彩った。

轟音と共に大小様々な花火が咲き乱れる。

 

「いのり…今日はお疲れ様。いつも感謝してるんだよ?」

 

「…うん」

 

「これ、日頃の感謝のしるし…たいしたものじゃないけど」

 

「これは?」

 

集から渡されたのは、小さな箱だった。

箱はブレゼント用の丁寧な包装と花のシールが飾られていた。

 

「開けてもいいよ」

 

「分かった」

 

ビリビリと包装の紙を裂き、箱を開ける。

箱の中には、ロールに纏められた純白のリボンが入っていた。

 

「リボン?」

 

「昼間の服屋でさ…定員さんにいのりにあいそうなアクセサリーを聞いたんだよ」

 

心臓がバクバクと音を立てる。

気に入ってくれるだろうかという不安が一気に押し寄せる。

 

「それで…それでこれを…僕もいのりに似合うと思う」

 

その不安感を見透かしているかのように、いのりの微笑みが花火の明かりに照らされた。

「シュウ、ありがとう」

 

「いや、たいした物じゃなくてごめん」

 

「そんなことない。すごく嬉しい」

 

でも、といのりは続ける。

 

「一つ間違い…」

 

「え?」

 

「感謝しなきゃいけないのは私…。シュウには毎日毎日、たくさんのものを貰ってる」

 

いのりは手元のリボンへ、視線を移す。

 

「ありがとう。大切にする…」

 

「……良かった。ありがとう」

 

一際大きな花火が上がり、周囲の人々から歓声が上がる。

集といのりもその大きな光に吸い寄せられる様に上空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

夏も終わりが見え始めている。

今日という日も終わり、過去へ流れ出す。

だが、決して消え去ることは無い。

この日のことを、二人は決して忘れることは無いのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

************************

 

 

 

 

大陸沿岸部。

そこには周辺の近代国からは距離を置くその街は古くから、ある言い伝えがあった。

曰く、人間界を狙い続ける悪魔の世界が存在する。

曰く、はるか昔の人間界へ悪魔が侵攻したと。

曰く、侵略者だったはずの悪魔が人間のために戦ったと。その悪魔の名は『スパーダ』。

 

そして平穏を取り戻した後、悪魔は人々の長となりその平穏を見守ったという。

 

『 城塞都市フォルトゥナ 』それがその街の名前だ。

 

彼らは『魔剣教団』という信仰組織を立ち上げ、スパーダを神として崇めた。

同時にスパーダ以外の悪魔は憎むべき対象として永きに渡り、悪魔を退治しながら街を収めてきた。

 

 

そして7年前、彼らにとって運命とも言える時が訪れた。

 

当時教皇の座に就いていた男が、自らの歪んだ欲望を叶えるために街の人々へ牙を向けたのだ。

結果、多くの尊い命が失われることとなったその教皇の野望は、ある二人の剣士により永遠に鎖されることとなった。

 

その後、時たま事件が起こりながらもフォルトゥナは平穏の時に包まれていた。

 

 

 

そして、再びその平穏は血で染められた。

 

異変はまだ多くの人々が寝静まる早朝から始まった。

突如、街の一角から幾つもの火柱が立ち昇り、消火に向かった多くの住人がズタズタに引き裂かれて殺された。

それが悪魔の手による物だと気付いた時には、既に多くの悪魔が街へなだれ込んでいた。

そしてものの30分で街の大部分が占領されてしまった。

 

炎と血と臓物の地獄絵図その真っ只中を青年ネロが駆けていた。

彼は最初に爆音が鳴り響く数分前に違和感に気付き、出どころを探ろうとしたが間に合わなかった。

 

火柱が立った場所に真っ先に駆けつけ、住人を切り刻もうとする悪魔をまとめて斬り伏せた。

 

しかし直後に街のあちこちに破壊が起こり、あっという間に悪夢の様な有り様になってしまった。

 

(こんなことなら最初に違和感を感じた時点で、教団騎士に掛け合うべきだったか…)

 

そんな後悔がネロの中で湧き上がるが、すぐに頭を切り換えた。

 

たとえ騎士に報告しても襲撃には間に合わなかっただろう。

そもそも敵が既に先手を打たれていた現状、後手後手に回っていては救えた命も救えなかっただろう。ネロはそう考えることにした。

 

「ネロさん!!」

 

足を止め、声のした方を振り返ると、教団騎士の年若い青年が駆けてきた。

 

「俺に用か?」

 

「はい、奥さんを無事保護したので、その報告を…」

 

「…そうか」

 

ネロからひとまずの安堵が漏れる。

襲撃が始まってから、ネロは真っ先に妻キリエの身をあんじた。

二人で自宅を飛び出し、数人の騎士と合流した。

その直後、背後から大量の悪魔が押し寄せ、ネロは悪魔達を食い止めるため殿を務めた。

 

その後、彼女達の安否が分からなかったが、ようやく懸念が一つ消えた。

 

教団騎士は魔剣教団が独自に持つ、悪魔と戦うことに特化した軍隊だ。彼らに任せておけば、拳銃を持った警察より安心だ。

 

「ネロさん!他にもまだ、避難出来ずにいる者がいます!」

 

若い騎士はネロに深々と頭を下げて叫ぶ。

 

「どうか…我々に力を貸して下さい!!」

 

「……分かった…。任せろ、見つけたらお前らと合流する様に言っておく」

 

「っ……感謝します!」

 

彼がそう声を返す前にネロは地面を蹴って、住宅の屋根へと飛び移る。

屋根を駆けながら、ネロは五感全てを研ぎ澄ませ、逃げ遅れた住人を探す。

しかし、ネロが走っている所には、住人はおろか悪魔の姿もほぼ見当たらない。

 

「ーーっ」

 

ふと建物の陰から、悪魔の気配を感じた。

しかし、何かが他と違う。

 

ドゴンッという轟音と共に、民家の壁をぶち抜いて砲弾が飛んで来た。

ネロは飛んで来た物体を危なげなく躱す。

砲弾は建物の屋根を破壊する。

 

「…おいおい、どっから引っ張り出して来やがった?」

 

ネロは砲弾が飛んで来た方向を睨む。

そこには奇怪な輪郭をした戦車がいた。

 

大きなキャタピラと砲塔。

しかし、その大部分は肉塊に覆われ、巨大な眼球が周囲を睨み付けている。

キュルキュルとキャタピラと本体を擦らせた様な音を立て、戦車型の悪魔は前進する。

 

ギッと戦車は車体を止め、照準をネロに向けて来た。

 

「ーーーー」

 

しかしネロは鼻を鳴らしてそれを見ていた。

 

その事に憤った様に戦車は車体をネロに向けて轢き殺す勢いで突進する。

走行を続けながら、砲塔が火を噴く。

 

ド ォォォォン

 

凄まじい轟音と共にネロに命中した砲弾が炎と瓦礫を巻き上げる。

 

「ーーはぁっ!少しは面白くなって来たな!!」

 

しかし、そこには無傷のネロがいた。

 

ネロは異形の右腕で、砲弾を鷲掴みにしている。

受け止めた衝撃で、手袋も袖も吹き飛んでしまったが、青い不思議な光を放つ右腕は無傷だ。

 

「ほら、返すぜ!!」

 

ネロは悪魔の右腕『デビルブリンガー』を振りかぶり、戦車に向けて投げ返す。

 

砲弾は見事にキャタピラに命中し、片脚を失った戦車は数メートル車体を引き摺った後、動かなくなった。

 

ギギ ギ リリリ…

 

戦車は苦しげに音を立て、再びネロに照準を合わせようとする。

「はっ!とろいんだよ!!」

 

しかしネロは戦車の車体に飛び乗っていた。

 

「口を開けろ!」

 

ネロは青く光を放つ右腕で戦車の搭乗口の蓋を引き剥がす。

戦車の中身も蠢めく肉塊で詰まっていた。

完全に戦車を自分の身体としている。

 

「おら、味わいなぁ!!」

 

ネロはそう叫ぶと、その中に背負っていた剣『レッドクイーン』を深々と突き刺した。

更にネロは剣の柄のグリップを捻る。

 

ヴ オ オ オオンーー

 

剣に内蔵された仕掛けが、唸りを上げて推進剤を燃やし赤々と燃え上がる。

 

『ギィィィイイイイイ!!!?』

 

戦車から、金切り声が上がる。

 

ネロは戦車から剣を引き抜くと、真上に高く飛び上がる。

右腕を引き絞ると、光はますます大きくなり、元の何倍もある巨大な腕を形成した。

 

「るあァァァァ!!」

 

ネロは雄叫びを上げながら、その巨大な腕を戦車に叩きつけた。

 

戦車は見事にひしゃげ、ミシミシと音を立ててプレスされる。

 

「思ってたより脆いな」

 

爆発炎上する戦車を尻目に、ネロは住民を探すべく再び駆け出した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 





怪獣娘の二期も見たい


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#35戦場〜the War Zone〜


すごーい!君、更新が遅いフレンズなんだ〜



ださーい


ネロ回です。


 

 

夏の太陽はとうに真上に登り、地面の上を燦々に照らしあげる。

街の人々が本格的に動き始める時間帯である。

普段ならばあちらこちらから働く者や遊び回る子供達、観光客が行き来する光景が広がる。

 

しかし今や花に注がれる水は血に変わり、暖炉で木々を燃やす煙は人々を焦がす業火へ変わった。

 

そんな地獄をネロはただ歩いていた。

 

ネロが狩り続けていた異形の者たちは忽然と姿を消し、今はただ惨劇の跡地を進んでいるだけだ。

 

「ちっ、嫌な予感がするぜ」

 

あまりにも静かすぎる。

まだ悪魔たちは大勢残っているし、奴らの獲物である人間もまだ多く生き残っている。

 

姿を消すのもあまりにも突然すぎる。

今までと違う…。その確信を持って、ネロは先を急いだ。

 

 

 

************

 

生き残った住民達が集まっている臨時的な避難所へ、ようやくたどり着いた。普段は図書館である建物の出入り口の両側を見慣れた白い鎧が固めていた。

 

「………」

 

かつてキリエをさらい、あの教皇のしもべとしてネロやダンテに立ち塞がった鎧騎士。

鎧の中身を人ではなく、小さな悪魔達で詰め込まれた悪意の発明。

あの時と姿形一寸違わぬ鎧騎士はネロを一瞥するとーーー

 

「……通れ」

 

「どーも…」

 

ガチャと鎧を鳴らしてネロに道を譲った。

あの時とは違い、中身は血の通った人間だと実感出来る。

 

「待てっ、隠して行け」

 

「ん?あぁ、分かったよ」

 

自分の右腕を指す騎士に、ネロは右袖を伸ばし悪魔の右腕を隠す。

7年前の事件以来、ネロの右腕を毛嫌いする人間は少なからずいる。

 

それにこの状況で異形の腕を剥き出しにして歩けば、無意味に刺激してしまうだろう。

 

右腕がほぼ隠したネロはドアを開ける。

中では多くの人々が広い図書館で、足の踏み場がないほど集まっていた。

ほとんどの人が傷つき、包帯を血で濡らしていた。

座ってさえいられない程の怪我人も多くおり、中にはカーテンを集めて作った布団で寝ている者さえいた。

 

「ネロ!!」

 

「キリエ!」

 

ネロの側に一人の女性が駆け寄る。

彼女の無事な姿にネロは安堵する。見たところ怪我もないようだった。

 

彼女見つかるまで街中の避難所を回るつもりでいたが、直ぐに無事を確認出来て幸運だった。

 

「大丈夫か?」

 

「ええ、ネロも無事で良かった。だけどこんなにケガ人がーー」

 

「ああ、街の外もひでぇもんだ」

 

「どうして…こんなことに…」

 

「キリエ…」

 

目に涙を浮かべるキリエをネロは優しく抱き寄せる。

 

「ごめ…んなさい…。もう大丈夫だから…」

 

キリエは目元を拭い、微笑んだ。

彼女は気丈な女性だ。か弱く見えてもその実、強い芯を持っている。

 

それ故に他人を優先し、他者を包み込める修道女でいられる。

ネロも何度彼女に救われたかわからない。

 

「ここは大丈夫だから…ネロは自分の仕事をして?」

 

「……ああ分かった。騎士長はどこだ?」

 

「二階の会議室」

 

「そうか、ここは頼む」

 

「いってらっしゃい」

 

キリエの見送りを背にネロは会議室へ向かう。

彼女が人々の心を救うのならば、ネロの役目は彼女の帰る家を守ることだ。

 

それが彼女の騎士になるとずっと前に誓った者の役目だ。

 

 

 

***********

 

 

会議室のドアを開けると、髭をたくわえた厳格な雰囲気を纏う男と目が合った。

彼がキリエの兄クレド亡き後、騎士長の役に着いた男だ。

彼の周りの騎士達もネロへ振り返る。

彼らは街の地図が広げられた長机を囲むように立っていた。

 

「生きていたか…」

 

「残念か?」

 

「なにをバカな。人手が足りないと嘆いていたところだ」

 

「そりゃどうも。それで、孔の場所は分かったのか?」

 

「ああ、南西の海岸と北東の森林の二箇所に大型の孔がある事が分かった」

 

「…そんな所に孔なんざあったか?」

 

地図の 森林と海岸、それぞれ一点にあるばつ印を見てネロは顔をしかめる。

 

「その通りだ。その場所には元々孔など無かった。痕跡もな」

 

「突然デカイのが出たって事か…」

 

この街で魔界の孔が出現することは珍しい話ではない。

しかし前兆も無しに大規模な孔が出現することはまず無い。もっとも何者かが手を加え、無理やり押し拡げれば話は別だが。

 

「何者かが裏で手を引いてる可能性は高い、だが犯人を追う前にこの状況を打開しなければ話にならん」

 

騎士長は周囲の騎士達を見渡す。

 

「我々は二手に分かれ、孔の対処へ向かう。慎重にだが死力を尽くして奴らを一体でも多く道連れにしろ!!」

 

「「「おおおおーーー!!!」」」

 

「ちょっといいか?」

 

「どうしたネロ、君はキリエ殿と街の者を守ってくれてればいい」

 

「気持ちは嬉しいが、俺はここに残るつもりは無い」

 

「なに?」

 

「俺も孔を閉じるのに参加する。この二つの内の一つをな」

 

 

************

 

会議室から己の役目を背負った騎士達が次々と退出する。

各々が覚悟に満ち、恐怖を浮かべる者は一人もいない。

しかし、そんな中に一人だけ不安の表情を隠せずにいる者がいた。

 

「無茶ですネロさん!」

 

「お前か…」

 

悪魔を狩るために駆け回っていた時に会ったあの若い騎士だ。

 

「無茶ってなんの事だ?」

 

「一人で孔を潰すっていう話ですよ!!一つだけとはいえ無謀過ぎます」

 

「その話か…」

 

それが会議で決まった方針だった。

海岸の孔を騎士の一班が、森林の孔をネロが一人で、森林に行くはずだった一班は市民護衛の任へとつくこととなった。

 

「別にこれぐらいなんてこたねぇよ。ハイキングに行くようなもんだ」

 

「……僕も行きます」

 

「お前の役目はここの守護だろ?」

 

「分かってます!でも敵の本拠地がはっきりしているのにただ待っているなんて出来ません、僕だってきっとお役に立ってみせます!!」

 

「ーー騎士の役目は敵を殺すことだけじゃねぇだろ?」

 

「それは…」

 

街の凄惨な光景を目の当たりにし、頭に血が上っていた彼は悪魔達を殲滅することにこれ以上ない程の使命感を感じている。

その気持ちは分かる。

 

ふと騎士の後ろにケガ人や子供達を診るキリエの姿が目に入った。

 

「……」

 

彼女の両親も悪魔によって奪われた。

本当の家族ではないネロにも暖かく接し、魔剣教団の熱心な信者だった彼らはあっさりとその命を散らせた。

 

その日からネロとキリエの兄クレドは、彼女を守るために強くなることを誓った。

 

騎士長にまで上り詰めたクレドに反して、ネロははぐれ者の一匹狼となった。やっかい者扱いされたネロには様々な汚れ仕事を押し付けられてきた。

しかし、そんな事ネロには彼女を守れればどうでもよかった。

 

その頃の自分は、この若者の眼と同じ眼をしていたのだろうか?

 

「…分かったよ…」

 

「えっ、じゃあ!」

 

「あぁ、全力で飛ばすから死ぬ気でついて来い」

 

「はい!!」

 

若い騎士が意気揚々と返事をしたのと同時に、彼はパァーンッと凄まじい突風に吹き飛ばされた。

 

「!!!???」

 

起き上がった騎士は、訳も分からず辺りをキョロキョロする。

そして、ネロの姿が消えている事に気付いた。

慌てて外へ出てもネロはすでに影も形も無かった。

 

ただ、石畳を踏み割って出来た足跡を除けば。

 

 

 

************

 

「悪いな…」

 

森林の中へと入ったネロは心から彼に詫びた。

 

彼を巻き込まず戦える自信がネロには無かった。

はっきり言ってネロは団体戦向きでは無いし、その経験も浅い。

慣れない戦い方をして、死人を出すなどまっぴらだった。

 

「さてと…、いい加減どんちゃん騒ぎも飽きて来たな…」

 

ネロは背中のレッドクイーンに手をかけるとーー

 

「 幕引きにさせてもらうぜ!! 」

 

『 ごおおぉぉぉ!! 』

 

飛び掛ってきた物に叩きつける。

するとその悪魔の身体はトマトの様に潰れ、一声も上げる事なく地面に崩れ落ちた。

 

「 オラオラァ、ビビってんのか!?ドンドン出て来やがれ!! 」

 

昼間でも夜の様に暗い森の中、ネロは次々と現れる悪魔を叩き伏せて行った。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

そうして進み続けてようやく、孔の在り処が目前まで迫って来た。

近付けば近付くほどザワザワした感覚が強くなる。

「そろそろ終点か?」

 

そしてネロは魔界の孔の全貌を視界にとらえた。

 

家を二軒分まるまる飲み込めそうな程巨大で、黒々とした闇が果てしなく続いている。

 

普段は木々の葉が太陽を覆い隠し、昼間でも夜の様な場所なのだが、孔に木も草も全てのまれてしまっている。よく見れば近くを流れる川の水も干上がっている。

 

しかし、ネロの視線は孔には無い。

 

「てめぇが門番ってとこか?どうやらーー」

 

孔の前に、ネロを待ち構える様に立っている人影が見える。

輪郭だけで見れば鎧を着た人間に見える。

 

しかし、その姿を正確に捉えれば人だと言う者は居ないであろう。

 

半分欠け落ちた髑髏に、骨から作られたかの様な歪な鎧の全身、そして空洞の身体の中から不気味な白い光が漏れている。

 

魔界の戦士『 ボルヴェルク 』。

 

それがその悪魔の名だ。

 

『 ウォォオオオオオオオオオ!! 』

 

「ーーこっちが " 当たり " みてぇだな」

 

ボルヴェルクは咆哮し、ネロ目掛けて突進する。

ネロはレッドクイーンをボルヴェルクの剣に叩きつけた。

ボルヴェルクの突進が止まり、鍔迫り合いで互いに睨み合う。

 

ネロはレッドクイーンのグリップを捻る。レッドクイーンは唸りを上げて推進剤を燃やした。

 

「 づああぁらあぁ!! 」

 

ネロはイクシードの火力と腕力で強引にボルヴェルクの剣を弾いた。

しかしボルヴェルクは体勢を崩さず、そのまま突きをネロの腹に繰り出す。

 

ネロは突きを飛び越え剣の上に足を掛け、ブルーローズを抜くと同時にボルヴェルクに弾を打ち込んだ。

 

ボルヴェルクは二発の弾丸を首を傾げて避ける。

次に眼を狙って振られたレッドクイーンも、ボルヴェルクの手の平を削るも止められた。

ボルヴェルクはレッドクイーンの刃先を掴むと、自身の剣でネロの胴を薙ぎ払った。

 

「 しっ!! 」

 

ネロは悪魔の右腕をボルヴェルクの顔面にぶち当て、反動で距離を取る。

 

「 はっ!やるじゃねぇか! 」

 

『……』

 

ネロはレッドクイーンを一払いすると、背中に担いで挑発する。

ボルヴェルクは腰を落とし、剣を右脚の後ろに隠すように構える。

 

「?」

 

その姿に、ネロはなぜか一瞬あの男の姿がダブって見えた気がした。

なぜかは分からない。

目の前の悪魔とあの男の戦い方は似ているようで違う。

 

(…気のせいか)

 

その一瞬の隙をボルヴェルクは逃さない。

地を抉り一瞬でネロに接近する。

凄まじい速さで繰り出された横薙ぎを、ネロは焦る事なく飛んで避ける。

 

剣はネロの足元の地面を木々ごと削り取る。

 

「 はぁ!! 」

 

空中でネロの右腕を突き出すと、青い影が巨大な右腕となってボルヴェルクの剣を掴んだ。

ネロの身体は右腕に引き寄せられ、一瞬でボルヴェルクの頭上に到達した。

 

「 鈍いぜ!! 」

 

ボルヴェルクの頭上からネロはレッドクイーンを突き立てる。

 

しかしボルヴェルクは背中を弓の様に曲げ、レッドクイーンを避けた。さらにすぐ側に落ちて来るネロを蹴り飛ばそうとする。

ネロの悪魔の右腕がさらに強く発光する。

拳を握り締めると、ボルヴェルクの脚を力任せに殴り付けた。

ボルヴェルクは大きくバランスを崩し、片膝を付く。

 

「 ブッ飛べ !! 」

 

『!!』

 

ネロは着地と同時に、レッドクイーンを胴体に一文字に斬りつけた。

ボルヴェルクは吹き飛ばされ、地面に深々と溝を作りながら止まった。

 

『 ーーーーー 』

 

片膝をつきながら、ボルヴェルク怒りに息を荒げながらはネロを睨む。

 

「どうした、そんなもんか?もっと本気出しな!!」

 

『…ヴゥゥゥ、 オオオオオオオオオオ!! 』

 

ネロの挑発に応えるかのように、ボルヴェルクから魔力が爆発的に溢れる。

 

「やっとその気になったか?ねぼすけ野郎」

 

ボルヴェルクは剣を構え、ネロを見上げる程低く身体を屈めた。

ネロもレッドクイーンの柄を何度も捻り、推進剤を熱し続ける。

 

「………」

 

『………』

 

両者はお互いの距離を保ちながら、出方を伺っていた。

 

「……?」

 

しかし、突然ボルヴェルクから魔力が薄れていくのが分かった。

魔力だけでなく構えも解き、ネロに対して興味を失ったかの様に背を向け歩き始めた。

 

「おい!ケツまくって帰んのか!?」

 

ネロはブルーローズを抜いて挑発するが、ボルヴェルクは一度だけネロの方を見ると、すぐに白い光となって姿を消してしまった。

 

 

「ちっ、つまんねぇな…」

 

周囲を見回しても姿を探せなかったネロは舌打ちをするとブルーローズをしまい、門番のいなくなった孔に向けて足を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

************

 

 

「なんだよこれ…」

 

図書館に戻ったネロは絶句した。

図書館は荒らされ、壁も屋根も崩れ落ちてほぼ原型を留めていなかった。生存者は図書館の外へ連れ出されていた。

恐ろしい事に人々の数も、ネロ達が孔へ向かう前の半分以下だ。

どれくらいの人が犠牲になったのか、そして誰が犠牲になったのか。

 

「ーーーっ!!」

 

ネロの脳内に恐ろしい想像がよぎる。

 

「キリエ!!キリエ!!どこだ!!」

 

ネロは愛する者の名を呼び続ける。

 

しかし、返ってくるのは泣き声や呻き声。

どれだけ耳をすませようが、ネロが望んだ声は返って来ない。

 

(キリエ…まさか…)

 

 

「ネロ……さん…」

 

「!!」

 

かすかに聞き覚えのある声が聞こえた。

周りの人々に気を付けながら、素早く声の主に駆け寄る。

それは、ネロの予想どうりあの若い騎士だった。

 

彼の胸には深い裂傷が痛々しく血を流している。

 

「ネロさん…。すみません…」

 

「…よう、無理すんな。すぐ良くなる」

 

目がよく見えないのか、騎士の目ははネロに焦点が当たっていない。

どう見ても助かるはずの無い傷だ。

ネロは奥歯を噛みしめる。

 

「すみません…奥さんを…キリエさんを守れません…でした」

 

「っ!?キリエがどうなったのか知ってるのか!?」

 

「ーーー」

 

騎士は弱々しく頷く。

 

「…キリエさんは、奴らに…ーーがっごほ!」

 

「もういい!!喋んな!!」

 

吐血してもなおネロになにかを告げようとする騎士を、ネロは慌てて制する。

 

「ーーー…」

 

騎士の指が震えながら、図書館の崩れた壁の一部を指しながら、既に呼吸すらままならない口で何かを告げる。

 

「………」

 

言葉が聞こえずとも、なにを言っているのか分かった。

 

『行ってください』

 

彼はそう告げたのだ。

それを最後に彼は事切れた。

 

「…分かった。お前は十分戦った…ゆっくり休め」

 

ネロは騎士の見開かれたまぶたをそっと閉じてやる。

そして崩れた壁の向こうを睨む。

 

「後は、俺がやる」

 

 

 

************

 

ネロの中で我を忘れて暴れ狂う程の怒りが、胸の中に渦巻いていた。

しかしネロは比較的冷静だった。

 

彼の中にある無意識が最短で敵を見つけ、叩く方法を探ることにのみ集中している。

 

足を動かしながら感覚を研ぎ澄ませ、キリエを探す。

結果はすぐに来た。

 

「いた!!」

 

地面を蹴り、上空へ舞い上がる。

 

超人的な視力で8キロ先に複数の鳥型の悪魔をはっきり視界に収めることが出来た。

一匹の脚に一人の女性が掴まれているのも見える。

 

「キリエ…!」

 

キリエはぐったりとして意識がないようだった。

 

「ちっ!!」

 

ネロは屋根から屋根へ凄まじいスピードで鳥悪魔達に距離を詰める。

まだスナッチの範囲外の上、銃を使って落ちたキリエを安全につかめる距離にもいない。

 

だが、もうすぐ十分な距離を稼げる。

そこまであと少しのところで、突如轟音が響く。

 

「!!?」

 

ネロが目を向けると、鳥型悪魔より巨大な影が傾きかけた太陽を背に飛来する。

 

「ヘリだと!?」

 

プロペラ音の轟音と共に軍用の武装したヘリコプターが、ネロ目掛けて迫っていた。しかしよく見るとシルエットがどこかおかしい。

 

「あの戦車と同じか!!」

 

ネロが察したのと同時に、悪魔に寄生されたヘリは銃器やミサイルを乱射して来た。

 

横に転がって避けたネロは屋根を飛び降り、下の道路へ着地する。

 

キリエの方へ目を向けると、彼女と鳥型悪魔の集団は豆粒ほどの大きさになっていた。

 

「ーー待ちやがれ!!」

 

駆け出そうとしたネロを阻むように、銃弾が目の前のコンコリートに降り注いだ。

 

「ちっ!!」

 

ヘリは低空でホバリングしながら、ネロと対峙する。

その後ろでキリエや鳥型悪魔達が赤い魔法陣の中に消える。

転移したのだとネロにはすぐに分かった。

 

「お前ら…覚悟は出来てんだろうな?」

 

怒りが頂点に達したネロの身体から、青色の魔力が吹き荒れる。

魔力を解放したネロの右手に、日本刀が握られていた。

 

しかし、変化はそれだけでは無い。

 

ネロの背後に影が現れた。青く半透明で角のようなものも見える。

人とはかけ離れた姿をしているためか、半透明にもかかわらず、確かな存在感があった。

 

ヘリは何発ものミサイルをネロに向けて掃射する。

 

『 るぁアア !! 』

 

ネロが空中を水平に切ると、背後の影がネロの動きに連動して水平斬りを放つ。

 

その衝撃で全てのミサイルが空中で炸裂した。

 

衝撃と爆風を斬り裂き、ネロはヘリを肉薄する。

 

『 失せな 』

 

エコーがかった声でたった一言そう言うと、音も刃に反射する光すら置き去りにしてヘリを一太刀で両断した。

 

ヘリは一瞬何が起こったか分からないかのように動きを止め、真ん中から左右にズレた。

 

 

墜ちたヘリには目もくれずネロはキリエの姿を探したが、上空には既に影一つなかった。

 

 

 

 

************

 

突如発生した二つの孔と、そこから発生した悪魔達は騎士達の尽力により収まった。

しかし、犠牲は少なくなかった。

結果として、7年前の教皇による暴走に並ぶ程の市民が犠牲になってしまった。

笑顔を浮かべる市民は居らず、全員が疲れ切った顔をしていた。

 

「……」

 

ネロは教会の椅子に座り俯いている。

多くの遺体を見た。

 

知っている人間も、知らない人間も両手の指では足りない程死んだ。

 

あの若い騎士の遺体も見て来た。

彼の母親らしい女性と、恋人らしき若い女性が縋り付き泣いていた。

キリエのために戦ってくれた彼になんと感謝を示せばいいのか分からない。

 

「ネロ」

 

「なんだ騎士長…。部下達見てねぇでいいのか?」

 

「彼らなら言われなくとも、自分の役目を理解しているさ…」

 

「そうかい…。

 

「…今回はずいぶん堪えているようだな」

 

「……何の用だ?」

 

「君にこれを見せようかと思ってね」

 

そう言って騎士長が紙を一枚手渡して来た。

 

「こいつは?」

 

「手掛かりさ。それは君が墜とした機体の写真だ」

 

写真を見ると黒く焦げ、原形を留めていないヘリの残骸が写っていた。

 

「そこの装甲の文字が読めるか?」

 

「……『ウロボロス』…?知ってんのか?」

 

「ああ、世界規模の巨大企業だ。兵器を悪魔に奪われた哀れな会社……だと思っていた」

 

だが、と騎士長は続ける。

 

「風の噂で聞いたんだよ。巨大な組織が悪魔と手を結んだと」

 

「ありきたりな話だ」

 

「そうだが、奴らが兵器を盗んだ事件など、少なくともここ10年間起きていない。さらに、この機体が製造されたのは2年前だ」

 

「会社の信用が関わるから公表してないだけだろ?」

 

「私もそう考えた。しかし、『ウロボロス』が日本のGHQ支部にある生物兵器を投入した話を知っているか?」

 

「生物兵器だと?」

 

「これもまだ一般には公開されていないが…。" ねっと "とは便利な物だな」

 

そう言ってポケットから写真が印刷された紙を広げる。

それを見たネロは目を見開いた。

 

「こいつは!」

 

「この写真が偽物ではない事は、奴らの姿を知る我々だからこそ分かることだ」

 

そこに写っていたのは、見覚えのあるシルエットだった。

『ブレイド』という悪魔によく似た物だ。

 

「……」

 

ネロは聖堂のドアに向けて歩き出す。

 

「行くのか?」

 

「…ああ、この街を守るのはあんたらの仕事だ」

 

「………」

 

「今度こそ逃がしゃしねぇ。一匹もな…」

 

ネロはそれだけ告げると再び歩き出す。

怒りと後悔、そして愛する者を救おうとする確固たる意志を胸にーー、

 

 

ーーー最も若き英雄は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウルトラマンやらSAOやらキングコングやら、色々映画見ました。
全部最高だった。

ひとつひとつ感想言いたいくらい。


そしてボヤボヤしてたら、新ウルトラマンが発表されるという……。


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#36乱調〜proposal〜

今年、初めてコミケに行きました。

人生初のコミケで興奮しました。
でも熱中症でダウンしました。




 

ーーーー髪が焦げる匂いがした。ーーーー

 

 

 

 

 

 

むせ返りそうになる程の暑さが、開きかけた意識の中に流れ混んでくる。

次に汗の臭いが鼻をついた。

 

「ん…むっ」

 

寝苦しさのあまり集は目を覚ました。

どうやら鍛錬の最中に眠ってしまったようだった。

 

「…修行の途中で寝るなんて…」

 

自分の第二の師でもあるレディから助言をもらい、感覚だけでやっていた魔力制御もようやく軌道に乗ったと思っていたのに、肝心の自分がこれでは笑い話にもならない。

 

集は自分の頬を抓ると、エアコンのリモコンに手を伸ばした。

 

「ん?点いてる…」

 

リモコンにはしっかり" 冷房 "という表示がディスプレイされているし、エアコン本体にも電源が点いている。

 

「なんでさっきはあんなに暑かったんだ?」

 

エアコンに手をかざし、風が出ていることも確認した集は首を捻る。

 

「…もしかして魔力制御の修行のせいか?」

 

魔力は強力な武器になると同時に、強力な楯にもなる。修行の最中で冷房の風を阻んでいたのかもしれない。

だがそうだとしても、目覚める直前まで感じていたあの焦げ臭いにおいはなんだったのか…。

 

集は部屋を出ると洗面所の電気を点け、鏡を覗き込む。

 

「……………」

 

鏡の中で、いつもの自分の顔が少し険しい表情でこちらを見ていた。

見たところ変わった事はない。それに今は焦げ臭いにおいもない。

 

「…気のせいか」

 

集は蛇口の水で顔を軽く洗うと、洗面所を出る。

ふとベランダが目に入った。

リビングに接したベランダに小さな灯りが見える。

 

その灯り以外に部屋の灯りはなく、手元を照らす程度の小さな灯りがやけに目立っている。

その灯りの前に、ひとつの人影が備え付けの椅子に腰掛けていた。

 

「パティさん?」

 

「あら。シュウ起きたの」

 

近付くと、ようやく弱々しい光に浮かぶ女性の顔が見えた。

普段、活発で物怖じしない陽気な雰囲気を纏った彼女も、こうして見るととても儚げに見えた。

 

「パティさんもーーあいだ!!?」

「もぉ、何度言ったらわかるの。他人じゃないんだから『miss』を付けるな!」

 

集は背中をさすりながら顔を引きつらせ、パティの横のもうひとつの椅子に腰掛けた。

 

「何やってるの?」

 

「せっかくだから、街の様子を目に焼けつけとこうと思ってね」

 

「はぁ…」

 

「質問しといてその反応は淡白すぎやしませんーーかっ!」

 

「あだ!!?人をポンポン叩かないでよ!」

 

「悪かったわ。はい」

 

パティは椅子の横から瓶を取り出した。

 

「…未成年なんだけど」

 

「おばかっ、ジュースよ。なんとなくあなたが来る気がしてね」

 

パティはその瓶を集に押し付けると、椅子の横からもう一本瓶を取り出した。

パティがその瓶をあおり、集もそれにならって瓶の中身を飲む。

中身はオレンジジュースで、オレンジジュースの甘みとその後を僅かな苦味が通り過ぎる。

 

「良いところね…日本って」

 

「ん?」

 

「ごはんは美味しいし、人はみんな優しいし。シュウもそう思うでしょう?」

 

「それはもちろん」

 

突然切り出されたが、集は迷うことなく答えた。

 

5年前、集を故郷に帰れるよう動いていたのはパティだった。

どうやったかは詳しく知らないが、彼女は春夏と連絡を取り合っていた。

 

最初それを知った時、自分のことを知る家族がいることに驚き、それ以上に嬉しかった。

もう自分の家族はすでに、記憶の中のあの炎に包まれたものだとばかり考えていたから。

 

それに、ずっとパティを羨ましく思っていた。

彼女にも母親がいる。集がダンテのもとに来る少し前まで、彼女は母親と別々に暮らしていた。

 

一緒に暮らす選択肢もあったが、パティは母親に迷惑をかけたくないと、しばらく孤児院に留まった。

 

やがてパティの母親はIT企業に就職する。パティも母親や他の人に迷惑を掛けないようにと猛勉強し、飛び級するまでになった。

奨学金を受け取れるようになって、ようやく二人は一緒に暮らすようになった。

 

その後、集がデビルメイクライで暮らすようになった時には、二人は豪邸に使用人数人を持つ程になっていた。

 

彼女達は別々に暮らしながら、お互いに高め合っていたのだ。

家族を知らない集にとって、そんなローエル一家が理想的な家族像だった。

 

 

「ーーーなの…?」

 

「え?」

 

「シュウはまだ…デビルハンターになりたいの?」

 

「……パティ……」

 

「正直に答えて…。故郷に帰って、本当の家族が出来て、友達も今まで比べものにならない程出来て…それでもダンテの跡を継ぐの?」

 

「……はい」

 

「………」

 

「パティは反対なの?」

 

短い沈黙が流れ、パティの瞳が僅かに揺れた気がした。

 

「ごめんね…。シュウがダンテの後を追おうとするのに、反対ってわけじゃないの」

 

「……」

 

「だけど…今までさんざん苦しんで来たのに…。そこまでしてなる程の価値は私にはないと思う。せっかく生き残れたなら…その命を自分の幸せの為に使ってほしい」

 

「それは…」

 

「私はシュウに幸せになってほしい。悪魔と戦って…毎日傷ついて…。酷い死に方するんじゃないかって考えただけで胸が張り裂けそうになる…」

 

「………」

 

パティの声が涙ぐんでいるような気がした。集の中にも言い表せないような寂しさと切なさが込み上げてくる。

パティが集の目を見る。

 

「パティ……奴らの事を知ってるのは僕達だけだ」

 

「!!」

 

「魔界は異次元の世界…だけど、少し裏返すだけで魔界は何処にでも顔を出す、隣り合わせの世界。だけどみんなその事を知らない。魔界はおとぎ話で、悪魔は笑い話なんだ」

 

集は見えるはずの無い魔界を見据える様に、夜景を見る。

 

「見える人にしか…知っている人間にしか奴らと戦えない」

 

「…そうね…」

 

「…なら僕が戦うことにだって意味はある。僕は強くなる。自分の手で全て守れるくらい…」

 

「シュウ…」

 

「それでいつかダンテにも追いついてみせる。もう背中だけを見ることなんか無い様に…」

 

再び二人の間に短い沈黙が流れ、そしてパティは諦めたようにため息を吐いた。

 

「やっぱり…変わってないのね…」

 

少し寂しそうにそう言うと立ち上がる。

 

「そろそろ寝るわ。付き合ってくれてありがとう」

 

「うん。おやすみなさい」

 

部屋に戻ろうとしていたパティはふと足を止めた。

 

「シュウ…」

 

「ん?」

 

「ーーあなたが、周りの人に傷付いて欲しくないって思ってる様に…。同じくらい私たちも、あなたに傷付いて欲しくないって思ってるんだからね」

 

「っ……」

 

「それを忘れないでーー」

 

そう言うと、パティは電灯の消えた暗い部屋へと戻っていく。集はしばらくそれを目で追っていた。集は息を深く吸い、それを長いため息に変え吐いた。

 

それから数分間、集は宝石の様に瞬く街の明かりを何も考えず、ただ眺めていた。

時折口に含んだオレンジジュースが先程よりほろ苦く感じた。

 

 

 

 

 

******************

 

 

夏休みも終わり、照り付ける太陽も集が海に行った時と比べればかなり穏やかになった。

 

大島で取り逃がした『はじまりの石』は相変わらず行方知れず。ツグミと城戸研二の成果待ちと言ったところだ。

(綾瀬曰く二人のハッカーのセンスは互角らしいが、研二は性格に難があり全体的にツグミの方が評価自体は高いらしい)

 

あの後、アンチボディズも解体されたと涯が言っていた。

大きな成果を上げられず、代わりに数々の失態を犯したのだから、当然といえば当然だ。

だが、集はアンチボディズが解体された原因は失態を犯したからだけではなく、" 代わりになる兵 "が見つかったからだと考えている。

 

もしこの考えが正しければ、近い内悪魔との大規模な戦闘が起こる可能性が高い。

 

そうなればかなり苦しい状況になると、集は涯にそれとなく伝えた。

 

魔力の運用も未発達、涯の様に戦力を確保することも出来ない。

現状で集が出来ることは様子見だけだった。

 

 

 

 

 

夏休みが終わった直後は学校があるものの、しばらくは午前中で授業が終了する。

まだ夏休み気分が抜け切っていない生徒達は、特別用のない生徒以外は早々に帰宅している。

 

 

 

「カット!カット!あの、もっと悲しげにお願いします…」

 

「………」

 

そして集達は文化祭へ向けて、いのりを主役にした映像を制作していた。どの様な内容にするかは颯太が隠している。

 

本人はサプライズか何かのつもりかもしれないが、テーマが分からないのではこちらも手伝いようが無い。

 

(まぁ…あの様子なら、一時間ぐらいで泣きついてくるか……)

 

慣れない事に悪戦苦闘する二人は気掛かりだが、こうしてただ見守るのも時間がもったいない。

 

「集、これからどうする?」

 

すぐ横を歩く制服姿の祭が言う。

 

「ん〜取り敢えず、映像の素材を探すところからだね」

 

集は手の中にあるハンディカメラを弄りながら、道を歩く。

 

「集がこの前言ってた場所は?」

 

「どうだろう?この時間帯は人が多いからな…」

 

いのりには一応自分のする事に集中するよう言って来た。

彼女もなんだかんだで熱心なところがあるので、問題は無いだろう。

問題は颯太の方だ。彼が上手くいのりを制御できるとは思えない。

 

「まぁいいや。早く済ませよう」

 

「うん」

 

公園を横切ろうとした集は突然、足を止めた。

 

「わっ!なに!?」

 

集の背中にダイブしそうになった祭も、慌てて足を止める。

そして集の横顔を見た祭は、今まで見た事の無い彼の目付きに凍り付いた。

 

集の目は建物と建物の間に入って行く人影を捉えていた。

 

「…あれは…」

 

「集?」

 

戸惑う祭に一声も掛けず、集はその背を追って駆け出した。

 

「えっ!?集、待って!!」

 

その人影はうずくまっていた。

顔も確かな身長も分からない。だが集には分かった。

 

「……やっぱり、谷尋」

 

「っ!?」

 

名前を呼ばれた谷尋は石のように固まる。

 

「…おまえ…集か…」

 

「あぁ、僕だよ」

 

集の顔を見た谷尋は突然、狂ったように笑い出した。

笑いながら谷尋はゆらりと立ち上がる。

 

「なんでここにいる…?まだ懲りずクスリを売っているのか?」

 

集は背後を庇う様に立つ。

祭の姿は公園の家族連れに遮られ、まだ見えない。

 

「うるせぇ、おまえにカンケーあるか!!俺がどんな気持ちでーーー

 

「知ってるよ」

 

谷尋の言葉を遮る様に、集が言葉を挟む。

 

「なに?」

 

「谷尋がなんでクスリ売っていたのか…僕は知ってるよ」

 

「ーーーーだから何だってんだっ!」

 

「助けたい」

 

「はぁ??」

 

「谷尋が持ってるの…ワクチンだよね。GHQの施設が潤くんを" 浄化 "しようとしたから、逃げて来たんだろ?」

 

「ーーーっち。スカした顔で…ああテメエの言う通りだ」

 

「しゅうーー?」

 

「!!?」

 

祭の声に谷尋は肩を震わせる。

 

「えっ!?」

 

祭は谷尋の姿を確認し、口を押さえながら驚きの声を上げる。

 

「よぉ…。お楽しみの最中悪かったな…」

 

谷尋は口は笑っていたが、その顔は隠しようの無い焦りと恐怖が張り付いていた。

 

「ど…い…今まで何処に!?」

 

「祭、先にいのり達の所へ戻ってて」

 

「えっーーえ?」

 

祭は困惑しながら、集の差し出したハンディカメラを受け取る。

 

「勝手なこと言ってごめん。谷尋とは一対一で話さなきゃならないから」

 

そう言って集は谷尋に路地の奥を示した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

祭は集から押し付けられたハンディカメラを持って、呆然としていた。

 

今見たのは何だったのか、集はどうしたのか…?

様々な疑問が祭の頭の中で渦を成している。

 

「集…」

 

好きな人の顔を思い浮かべる。

 

怖かった。

あんな彼は初めて見た。

 

彼があんな顔をするのは、何か理由があるはず。きっと寒川谷尋と何か良くない事があったのだ。

 

そしてそれは寒川谷尋が消息を絶っていた事と関係があるはず。

 

確かめなければと思った。

 

そして何よりも、このままでは彼が何処か遠くへ行ってしまう。

そんな漠然とした不安が襲う。

 

その不安に背を押されながら、少女は走った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「奴ら施設がヤバくなったら、患者を処分し始めた。突然だった。ーーヤツらは…クッソォ、俺たちを人間を何だなんて思って無かったんだ!」

 

集は谷尋の話を黙って聞いた。

あまり同情の感情は湧かない。

いのりには格好を付けて『それほど怒っていない』などと言ってしまったが、やはり、平気なつもりで心の何処かでは彼を恨んでいたのかも知れない。

 

集は降って湧いたその思考を、唇を噛んだ痛みで搔き消した。

 

「ここだ」

 

着いた場所は街の外れにある、荒れ果てた倉庫のような廃屋だった。

谷尋は扉を軋ませながら開ける。

すると中で動く物が見えた。

 

「潤!?」

 

谷尋が中へ駆け込み、集も慌ててその後を追う。

中へ駆け込むと、学校で使うボロボロのマットが何重にも積まれ、その上にシートを被されただけのお粗末なベットがあり、その下に一人の少年が呻いていた。

 

「また落ちたのか?待ってろ潤」

 

谷尋はその少年を抱き起こし、ベットの上に寝かせる。

 

(前、見た時より酷くなってる…)

 

アポカリプスウイルス感染症の最終段階、" キャンサー "は既に彼の全身へ転移するだけでは飽き足らず、体半分を甲殻類の鎧の様に覆っていた。

 

彼が動く度に、その結晶がガラスが割れる様な音を立てながら欠け落ちる。

 

「集…頼む。金をくれ…」

 

「…素直に僕をここまで案内した理由はそれか…」

 

「お前は葬儀社と繋がってんだろ?頼む、少しだけでいい。それにさっき助けたいって言ってただろ?」

 

「……ああ」

 

谷尋は縋り付く様に集を見る。

集は少し自分の軽率な発言を恨んだ。

 

「金はやれない」

 

「な!?」

 

「その代わり、葬儀社に君達を保護してもらう」

 

集はズボンから盗聴や追跡防止用の電波へ繋がれている携帯を取り出した。

通話しか出来ないが、不自由な無い。

 

『もしもし?』

 

電話に出たのは綾瀬だった。

 

「もしもし集だけど。涯はいる?」

 

『集?涯はちょうど出ちゃったわよ。しばらく帰って来ないと思うけど、伝言を残す?』

 

「いや、大丈夫。実は感染者を見つけたんだ。そっちで保護してほしい。大至急」

 

『は はぁ?ちょっといきなり言わないでよ。う〜…出た!ーーってうわ!?あんた何てとこに居るの!!』

 

「早くっ、回収ポイントは!」

 

『Bー4ー6地点に一時間以内!!急いで、敵兵達がもうそこまで来てる!!』

 

「分かった。ありがとう。ーー移動しよう、もうここは嗅ぎ付けられてる」

 

集は電話を切ると、谷尋に向き直る。

谷尋は信じられない物を見る様に集の顔を見る。

 

「集…お前…」

 

「正直君の事は、許していいのか分からない…。けど、潤くんに罪は無いだろ」

 

「………」

 

まだ呆然とする谷尋を集はせかす。潤を背負わせ、扉を慎重に開ける。周囲を見回すが、GHQの兵は見当たらない。

 

集は谷尋にハンドサインを送ると、扉の外へ出る。

谷尋も潤を背負いながらその後に続く。

 

異変が起きたのはそれから僅か5分後だった。

突如、集の鼻に例えようのない異臭が突いた。

 

「やばい…」

 

「なに?…なんだよ」

 

谷尋は周囲を見回すが、相変わらずなにも見えない。

それに何者かが自分達に気付いた様子も無い。

だが集は違った。

猛烈なスピードで自分達を追ってくる存在に気付いていた。

 

「ーーー奴らの方が早い…ーー」

 

「さっきから何…」

 

「 走 れ ぇ !! 」

 

集の怒号にハッと我に返り、谷尋はガムシャラに走り出す。

集もそれに追走する。

 

「うっ!!?」

 

足下へ目をやると、数え切れない大量のネズミが自分達の足を縫って、何かから逃げる様に同じ方向へ駆けていた。

 

津波でも起こるのかと一瞬思った。

 

『 ル オオオオオオおおお 』

 

次の瞬間、背後から獣の唸り声の様な声が聞こえた。

振り返ってその正体を確かめる気にすらなれず、谷尋は恐怖にかられるまま、必死に走り続ける。

 

 

 

「くっ!!」

 

集は背後を振り返って、悪魔の姿を見た。

黒く大型犬の様な大きさの身体で、獣の様な姿だ。しかし毛は無く、鋭く長い爪と、口には剥き出しの牙がズラリと並んでいる。

 

「絶対に振り返るな!!」

 

「誰が向くか!!」

 

集の言葉に谷尋が即答する。

集は懐から小型のナイフを引き抜く。

 

悪魔は背中を見せる獲物に真っ直ぐ飛び込む。

 

集は土と砂を背後に思いっ切り蹴り上げる。

 

『 ギュ !!? 』

 

悪魔が僅かに怯んだのを見逃さず、集は喉元にナイフを突き立てる。

 

悪魔は一度痙攣すると、すぐ動かなくなった。

集は突き刺さったままのナイフを放置して、逃走を再開する。

 

同胞の屍を跨ぎ、同じ姿をした悪魔達が集と谷尋を追跡する。

その姿はまさしく、獲物を狩る狼そのものだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「なんなのあれ…」

 

少女は目の前の光景が信じられなかった。

猟犬かと思った動物は、見た事がないおぞましい姿をしていた。

 

彼らに悟られぬよう、高台へ登って見張っていたが、もし様子を伺おうと下に降りていたら、自分も襲われていたかもしない。

そんな想像が彼女の足を鈍らせる。

 

だが、立ち止まっては居られない。

あの奇怪な動物に牙を向けられているのは、他でもないあの少年なのだ。

 

彼らの逃走の手助けが出来なくとも、せめて一部始終を記録しようと…。

 

 

 

ーーー祭は震える手でカメラを回し続けた。

 

 

 

 

 

 

 




最後に使った集のナイフは、
集の修行で少しだけ魔力が通ってます。(捨てたけど)


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#37捕食〜prey〜

皆さん。
何度目か分からないお久しぶりです。

本当は先月の始め辺りで更新したかったんですけど、
曽祖母が死去されまして。
その葬儀などでドタバタしていました。

今月も今月で、年末の仕事の片付けやら掃除やらでなかなか時間が取れませんでした。

すみません。



暗いはここまでにしておいて、

ウルトラマンジード素晴らしかったですね!!

映画楽しみです。





 

 

昔からダンテによく言われていた事があった。

それは悪魔との闘い方でも、防衛手段でもない。

 

“ 人とはどの様なものであるか ”

それを常に考え続けろというものだった。

 

最初にこの問い掛けをされた時は、まだ十歳未満なうえに記憶喪失の集には思考する余地すらない程のかなりの難題だった。

人を救い続けるのが正しい人間の在り方では無いかと、たしかこう答えた筈だ。

 

しかしダンテには笑われた。別に正しさを説いてる訳ではない。そう言われた。

 

少しムッとした集にダンテはーーーー

 

 

 

 

 

 

 

**********************

 

周囲は夜闇に包まれ、曇天に包まれた空は夜空を覆い隠していた。

集と谷尋そして谷尋の背中に背負われた潤は、悪魔達の追走を逃れながら回収地点に向かっていた。

 

「くそっ!全然引き離せないぞ!」

 

物陰に身を隠しながら、周囲を走り回る悪魔を谷尋は恨めしそうに睨む。

 

集達は現在沿岸部の工業地帯に来ていた。

 

幸い周囲のコンテナのお陰でなんとか見つからず進んで来ているが、後少しの所で悪魔達がその行く手を阻んでいた。

 

距離があるためこちらには気が付いていない様だが、時間の問題だ。

しかも悪魔だけでなくエンドレイヴの影まで見える。

 

完全にこの周辺に潜んでいることが読まれている。

 

「待つしかない…。今出て行って全員を相手にするのはあまりに無謀だ」

 

集は潤の様子に少し伺う。

彼はずっと眠っている。時折目を覚ますが、谷尋が歩き辛くなる様な行動は取らない。

 

だが急がなければ、アジトにあるワクチンなら少しは症状を和らげるかもしれない。

例え気休め程度にしかならなくとも、彼を救うきっかけが見つかるかもしれない。

 

 

『ーーありがとう、シュウーー』

 

「…っ!…」

 

 

一瞬、キャンサーの結晶に半分以上覆われた潤の顔と、十年前集が自身の手で殺めたあの少年の顔がだぶって見えた。

 

集は首を振ってその光景を頭を振って追い出した。

 

 

***********

 

 

「目標を発見いたしました」

 

「ご苦労様です」

(やはりあなたを見張っていて正解でしたよ…。桜満集)

 

嘘界は心底嬉しそうに笑う。

 

「私です。逃亡中のキャンサー816を捕捉しました。発進の準備をお願いします」

 

嘘界は無線を手に取りダリルへ呼び掛ける。

 

『ふん。分かってるよ。いい加減バイ菌狩りにも辟易としてるんだ。これが終わったらもっとマシな仕事させてよね』

 

無線の向こうからダリルの不機嫌そうな声が返ってくる。

 

「えぇ、善処しますとも。それよりも≪遺伝子キャプチャー≫の準備は出来てますか?」

 

『動作確認は出来てるけど…。これなんに使うの?』

 

「なに、単に遺伝子情報を読み込む為のものですよ。それにーー

 

嘘界はポーカーフェイスに大きな笑みを刻んだ。

 

 

「ーー恋した相手を理解したいと思うのは当然でしょう?」

 

 

 

***********

「ーー!兵士が引いてく!」

 

集の言葉通り、兵士とそれにエンドレイヴと悪魔も一斉に移動を始めた。

(罠か…?)

 

「行くぞ!」

 

警戒する集の後ろを抜け、谷尋が潤を背負って駆け出した。

 

「谷尋!?」

 

「ビビってても仕方ねえだろ!潤には一秒の時間も惜しいんだ!!」

 

「落ち着け。あえて逃げ道を用意して敵を誘う。トラップとしては常套手段だ」

 

「じゃあどうすんーーっ!!?」

 

「谷尋?」

 

振り返った谷尋は集の背後を見て硬直した。

 

「………」

 

同時に集も自分の背後に立つ存在に気付いた。

 

ゆっくり振り返り、そいつの姿を視界に収める。

冷気を纏い、爬虫類に似た体躯を鎧の様に氷で覆われている。

 

ブレイドと同じ“ 魔帝 ”が創り出した魔界の精鋭悪魔、氷を操る能力を持った『フロスト』だ。

 

「ーっ!」

 

距離は5メートル未満。十分フロストの射程範囲だ。

 

「逃げろ!谷尋!」

 

目を見開いたまま固まっている谷尋を引きずる様に、集は飛来する氷柱を回避して真横の倉庫へ転がり込む。

 

「もっと奥へ!」

 

「ーあっ」

 

集は谷尋の襟首を掴み立たせると、倉庫の奥へと走って行く。

谷尋もその後へ続く。

 

コンテナの影に隠れた集が出口の方へ視線を向ける。

 

「くそっ…」

 

出口から二体のフロストが侵入して、ジリジリと集達のいる場所へと近付いている。

 

他の脱出口が塞がれる前に行動を起こさなくてはいけない。

 

集は谷尋に向き直る。

 

「ーーな…なんなんだアイツら…。お前、何か知ってるのか!?」

 

「しっ」

 

興奮しかけている谷尋の口を塞ぎ、『静かに』とジェスチャーする。

 

「説明してる時間がない。とにかくここを出て回収地点へ早急に向かう。その為に奴らを倒さなくちゃならない」

 

「倒す?あの化け物を…?」

 

「うん。だけど、今の僕には武器がない」

 

悔しい話だが今の集には中級悪魔を二体も相手にする実力はない。

一体ですら間違いなく死闘になるというのに、ましてや素手ともなれば命の保証は無い。

いやナイフや銃があったとしても、並大抵の武器では相手を怒らせるだけだ。

 

「よく聞くんだ谷尋。僕にはヴォイドっていう人の心を武具に変えるチカラがある。それがあればエンドレイヴとも、奴らとも張り合える。君のヴォイドがあれば、ここを脱出出来る」

 

集が伸ばした手を、谷尋が掴む。

 

「何言ってんだ!自分のを出せばいいだろう!」

 

「僕自身のは出せない。ヴォイドを抜かれた人は意識を失う。早くしないと、兵士達も戻って…」

 

「ーーふざけんな、そんな話信じられるか!お前があいつらを呼んだんじゃねぇのか!?さっきの電話で俺たちを売ったんだろ、この偽善者め!!」

 

集の中で何かが切れた。

同時に意識する前に左手が動き、谷尋の胸ぐらを掴み上げた。

 

「本気で言ってるのか?」

 

「………」

 

集は殴る飛ばしたくなる衝動を必死に抑えつつ、冷静に言葉を出す。

「僕の事が信じられないのか?」

「………」

 

「なら潤君にもそう言ってこい。『僕は信用できないから別の方法で逃げよう』って」

 

「……!」

 

集の言葉に谷尋は壁に寄りかかる潤を見る。

 

「ーー僕の助けなしで…逃げ切れるのか?」

 

「……」

 

谷尋は胸ぐらを掴まれたまま歯を食いしばる。

「今決めろ。ーーだけど、忘れるな。君の命はもう君だけのものじゃないんだ。潤君の命がかかってるんだ……」

 

「…助かるのか?」

 

谷尋の問いに集は頷くと、胸ぐらから手を離した。

 

「助けるよ…」

 

「……分かったよ。ーー使え!使いやがれ!!」

 

集は八尋の言葉に応えたーーー。

 

 

 

 

突然太陽が出来たように倉庫内が光に包まれた。

 

『グル…』

 

フロストは光源に目を向ける。

物影に隠れた獲物の存在を感じ、ゆっくり音も立てずにじり寄る。

 

ふと物影から影が飛び出した。

 

右手に奇怪な形状の刃物を持ちフロスト達を一瞥した。

フロストは深く沈めていた身体を起こし爪を構える。

 

その影ーー集はフロストを油断なく観察する。

フロストは集と一定の距離を保ち、集と出口の間に立つ。

 

逃げ道を封じたのだ。だが逃げるつもりはない。奴らがいる限り二人を助け出すことは出来ない。

 

「…来い!」

 

二体のフロストは集を挟むように突進する。

集は 二体の爪を跳んで避ける。続き、フロストは空中の集を串刺そうと氷柱を放つ。

集は空中でヴォイドエフェクトを蹴り氷柱を回避すると、天井を蹴りフロストに向けて急降下した。

 

「はぁ!!」

 

同時に谷尋のヴォイドを一体に目掛けて斬りつけた。

が、その一撃は分厚い氷の装甲に阻まれた。

氷は砕けたがそれだけだ。

 

「ーーぐっ」

 

尻尾の攻撃を受け、吹き飛ぶ。

空中で体勢を立て直し着地と同時に、フロストの方へ振り返る。

 

フロストの爪が目の前まで迫っていた。

 

「ふっーーはぁ!!」

 

ハサミで弾き返し、もう一度フロストの胴体に斬りつけるが、今度は氷ではなく鱗に阻まれた。

 

「っ!…そういう事か!!」

 

二体目の上空からの押し潰しを後ろに跳んで避ける。するとそこを中心に冷気が一瞬で地面を凍結させる。

 

「くっーー!避け切れなかったか…」

 

膝の辺りのズボンと一緒に僅かに皮膚が剥ぎ取られ、出血している。幸い深くはないので、動くには支障はないが長引けばこちらが不利になる。

 

だが、集の頭にはある一つの要因に集中していた。

 

(前から妙にヴォイドの力が奴らに通じにくい気がしていた。薄々そんな気がしてたけど、体表に纏ってる魔力が原因か…)

 

悪魔は下級でも本能か生態かは分からないが、微弱に魔力を纏っている。階級が上がれば上がるほど魔力の保有量は増していき、纏う魔力も上昇する。

加えて、知能がある悪魔ならば魔力操作は自分の意思で行える。必然的に体表に纏う魔力は上昇し、本体を守る鎧と変わらない存在となる。

 

ルーカサイト制御拠点での攻防戦においてブレイドの爪があっさりヴォイドエフェクトを貫通したのもそのせいだろう。

もちろんなんとなく察してはいたのだが、悪魔のチカラを手にして日が浅い集では纏った魔力は微弱すぎて感知出来なかった。

 

だから推測の域を出なかったが、単純に集の技量が上がったためか今回は感知出来る。

 

ヴォイドは魔力の影響をモロに受けてしまうのだ。

 

 

だが、タネが分かれば対処の立てようがある。

 

「……デビル…トリガー…」

 

僅かに魔力を開放させる。

 

同時に集は銀髪紅眼に変わる。

自分の手にあるハサミを見る。

そのヴォイドが自分の一部であるのを、血管で繋がっているような感覚を自身に暗示する。

『ーー流し込むのではなく、染み込ませるようにーー』

 

レディの助言を今一度はんすうする。

表面では無く内側を意識した。

 

敵の大きな変化を警戒してか、集から距離を取っていたフロスト達が突然金切り声を上げて突進して来た。

 

「ーーフッ!」

 

集はハサミを構え直すと一息で切り抜いた。

 

すると先程は砕けた氷の装甲にと一緒にフロストの腕が宙を舞った。

そいつが吹き飛んでコンテナをぶち破るのを尻目に、もう一体のフロストを睨む。

 

「ハァ!!」

 

ハサミのヴォイドを袈裟斬りに振り下ろす。

 

しかし、フロストは氷の粒子の様に身体を変化させ、一瞬でコンテナの上へ移動した。

 

「くっ!?」

 

集は空振りしたハサミを地面から引き抜き、フロストに向き直る。

それを待たずにフロストは両腕から小さな冷気の渦を作り出し、そのボールサイズの台風の様な物を集に向けて放つ。

 

「!!」

 

集はすかさず足元のコンテナの破片を蹴り上げると、破片は冷気の塊に直撃しそれこそ爆弾の様に冷気が炸裂した。

 

「おおぉ!!」

 

散乱する氷や冷気を掻き分け、集はコンテナの上にいるフロストに向かって宙に飛び上がる。

 

「ーーっ!!」

突然真横から何本もの氷柱が飛来する。

 

集は慌ててヴォイドエフェクトを展開するが、氷柱は魔力も通っていない壁をあっさり貫通し集の身体を突き刺し、裂いた。

「がぁっ!!?」

 

集はコンテナの扉に叩きつけられ地面に落ちる。

氷柱が飛来した方向に目を向けと、新たに三体のフロストが見えた。

コンテナの上に乗っていた個体と、集が腕を切り落とした(既に再生しているが)個体がコンテナの中から出てきた。

計五体のフロストが集に迫り来る。

 

「………」

 

集は自分の身体に突き刺さっていた氷柱を抜き投げ捨てると、フロスト達を睨み付ける。

 

「ーー来いよーー」

 

傷口から血を噴き出しながら低くそれだけ言うと、ハサミのヴォイドを構え再び魔力を送り込み駆け出した。ハサミは紅い光を纏い宙に軌跡を描いていく。

 

***********

 

 

もう何が来ても簡単には驚かないと思っていた。

だが再び目の前に目を疑う光景が広がっていた。

 

良く知る少年が、ずっと片想いしていた少年が別人かと思うほど風貌が変わり、超常的な見た目と能力を持つ生き物達へ立ち向かっている。

自分が想像すらしなかった光景が広がっている。

 

集が何故戦っているのかも、何故姿が変わっているのかも全て祭の推測する余地を軽く超えていた。

 

圧倒的な光景に動く事も出来ない。

 

だが、せめてこの光景を記録しておこう。

祭は怪物や集に気づかれないよう慎重にカメラを回し続けた。

 

 

***********

 

 

「 だ あ あっ!!」

 

フロストの顔面にドロップキックを喰らわせる。フロストの真後ろにあるコンテナの扉を歪ませ、そいつの頭部にある氷の兜が砕けた。

 

崩れ落ちるフロストにハサミを突き立て仕留めた。

間を置かず、更に正面から三体突進して来た。

 

集は側のコンテナから歪んだ扉に左手をかけた。

 

「ーーふッ!!」

 

思い切り力を込めると、扉はメキメキ音を立てて引き剥がされていく。

 

「ル オオオォオ!!」

 

集の紅い瞳が一際強い光を放つ。同時にコンテナから耳を裂く様な鋭い音と共に扉が外れ、巨大な車輪の様に回転しながらフロスト達に激突しようと迫る。

 

『ギッ!?』

 

コンテナの扉が飛んでくるのがよほど意外だったのか、フロスト達は一瞬信じられないものを見たかの様に動きを止めた。

 

その致命的なスキを見事に突進する扉は捕らえる。

コンテナの扉は二体に衝突した後、他のコンテナに数回ぶつかり二体と一緒に壁にぶつかりようやく止まる。

 

しかし、集の眼には既にそんな惨状を回避したもう一体が写っていた。

 

フロストが両腕から冷気の渦を集に向けて放つと、冷気は周囲の壁や地面を凍らせながら迫って来る。

 

集はコンテナの残った方の扉を強引に開け盾にした。

冷気の渦は扉に激突すると、凄まじい音を立てて炸裂した。

冷気の爆発が終わらない内にハサミを振り上げ、真横に勢いよく振り下ろす。

するとそこに扉を迂回したフロストが飛び込んで来た。

ハサミはフロストの頭部にまともにぶち当たる軌道を振り下ろされていたが、フロストは集の右腕を掴みそれを防いだ。

 

「ぐっーーぎ…!」

 

集の右腕にフロストの爪が食い込んで来る。痛みで集は顔をしかめる。

フロストは自分の右腕を矛に変え、集を串刺しにすべく腹目掛けて突き出した。

 

しかし、 集の左手に握っていた細い金属の棒でフロストの右眼を狙い思い切り突き刺した。

もとはコンテナの留め具かなにかで使われていたのであろう。

 

『ガーーギイイイイイイィイイ』

 

フロストは凄まじい叫び声を上げて、眼に深々と突き刺さった棒を抜こうとするが大きな爪が顔面を引っ掻くだけだ。

 

『 ギュウーー?』

 

フロストの意識が集に戻る前に、集はそいつの首を切り落とす。

そのフロストは糸が切れた操り人形のようにゆっくり倒れた。

 

「もう一体は…?」

 

ここまで倒したのは四体。あと一体いたはず。

 

ほぼ反射的に集は背後に振り返り、頭上にハサミを突き出した。

 

『ガッーーグゴゥ!!』

 

「ーーづ!」

 

両腕にズンとした衝撃が走り、ハサミは頭上から飛びかかったフロストの胴体を貫通していた。

フロストは空中でピンで止められた虫の様に身を捩り、集の両肩を鋭い爪を持つ手で鷲掴みにした。

 

「ごぁ!!」

 

両肩が引き裂かれ血が吹き出し、千切れそうな程の痛みが走っても集は力を緩めなかった。

さらにフロストを持ち上げる。

フロストはさらに爪を立て肩に食い込ませる。

 

「おおおおおおおお!!」

 

集はハサミを徐々に “ 開いて ”いく。

 

『ガアアアアアア』

 

フロストも死力を尽くして集の命を奪おうと爪を立てる。

肩のーー腕の神経と血管が引き千切られる。筋肉が切断される。

 

それでも離さない。

フロストの身体からもミチミチと肉が裂けていく音がする。

 

だがフロストもさらに爪に力を込めた。

 

「 ああ あアア ア ア ア アアアアアアア!!!!」

 

肩の骨が砕ける。集の両腕はほとんど皮だけで繋がってるも同然だった。

だというのにフロストの身体は集の真上に持ち上げられている。

 

集にはもう自分が何を叫んでいるのか分からない。

意味のある言葉を叫んでいるのか、それとも獣の様に咆哮を撒き散らしているだけなのか、唯一早く終わって欲しいという想いだけが思考を掠める。

そして終わりが来た。

突如、抵抗が無くなりハサミが両側に広がった。

 

「…あーー?」

 

切断されたフロストの上半身が背後に落ち、胴より下の部分が集の足下へ重い音を立てて落ちた。

 

集はしばらく真っ二つになったフロストを見下ろし周囲を見渡すと、膝から崩れ落ちる。

 

倒れそうになるのをハサミを杖代わりにしてなんとか堪える。

そうなって、ようやく集は肩からの出血で真っ赤に染まっている両腕に気付いた。

 

「………」

 

集は残った僅かな魔力を両肩に集中する。

肩の傷は目も当てられない状態だった。皮も肉も抉れて肩の骨が露出している。

 

右腕はなんとか動くし、ひどく痺れるが握る事も出来る。現にハサミを握れている。

だが、左手が全く動かないのにはまいった。

小指と薬指までならまだ動くが、親指から中指までがピクリとも動かない。後は肘が僅かに曲がる事くらい。ほぼぶら下がっているだけ同然だ。

今回に限った話ではないが集が悪魔の力に目覚めていなければ、間違いなく致命傷だ。

「ーーくっそ。まいったなこれ……」

 

早く移動しなければ、二人を救うどころか自分も危ない。

集が谷尋と潤の元へ向かおうと立ち上がったと同時に、突然壁が崩れ落ちた。そこから大きな影が現れる。

 

「っ!!ーー今度はゴーチェか!ーークソッタレ!!」

 

あまりの不運ぶりに思わず悪態をつく。

 

『…また会ったね。顔なしヤロウ!』

 

外部スピーカーから聞こえた声には聞き覚えがあった。

 

「この声は…ダリル・ヤン!?」

 

ゴーチェの腕が上がり、巨大な爪の様なアームがこちらを向く。

ぱんと空砲に似た乾いた音を放ち、アームが集に襲いかかって来る。

 

「はぁ!」

 

集は肩に走る痛みに耐えながら、ハサミでそのアーム切断する。

するとあっさりアームはバラバラに砕けた。

フロストよりずっと脆い事に安堵しつつ、集はゴーチェから距離を取る。

 

ーーーーーーーーー

 

ダリルはタッチパネルを操作しながらコンテナの間へ逃げる≪顔なし≫を目で追う。

 

「残念だけど、今日のは特別なんだよねえっ!」

 

相変わらずダリルから見れば、集の顔はノイズがかかっていて判別出来ない。が、そんなことは関係ない。

ダリルは先程と同じアームを次から次へと≪顔なし≫に向けて連射する。

 

≪顔なし≫はコンテナの間をジグザグに逃げるが、アームはまるで蛇の様にワイヤーをくねらせ執拗に追い続ける。

 

「コイツはお前の《ゲノムレゾナンス》反応を追いかけてるんだ!どこまで逃げても無駄なんだよお!」

 

避け切れないものを切り落とす≪顔なし≫を嘲笑いながら、ダリルは次々にアームを射出する。

 

『あああああああああああああああああっ』

 

最後の一弾を射出した時、離れた場所から叫び声が聞こえた。

 

「な、なにぃ!?」

 

モニターに≪顔なし≫と同じ反応が現れ、≪顔なし≫を追っていたアームが全てそちらへ向かって行った。

 

ーーーーーーーーー

 

「潤くん!?」

 

アームが天井まで掴み上げたのは、入院服の小柄な少年だった。

心なしかキャンサーも広がっている様に見える。

 

「くそっ!!」

 

潤を捕まえている物以外の、残ったアームが再び集に襲いかかる。

 

「邪魔するなぁ!」

 

殺到するアームをハサミで一閃する。

その一撃でそれらのアームはバラバラに粉砕した。

 

だが、その次に起こった現象に集は足を止めた。

 

「え…?」

 

潤を掴んでいたアームからキャンサーが広がっている。

少年の身体からワイヤーを伝い、本体のゴーチェへキャンサーが流れ込んでいる。

 

『ぎゃっ!なんだこれコントロールがーー』

 

外部スピーカーからそんな声が漏れたと思うと、ゴーチェの機能が停止する。神経の接続をコントロールルーム側で解除したのだろう。

 

だがそれでもゴーチェへのキャンサーの侵食は止まらない。

 

そうこうしている間に、アームが外れ天井に縫い止められていた潤の身体が落ちて来る。

「潤くん!!」

 

集は潤の身体の下へ滑り込み、ほぼ動かない手でなんとか潤を抱きとめた。眼の奥が痺れる様な痛みに歯を食い縛って堪える。

そして潤の様子を見て驚愕した。

 

「ーーえっ?キャンサーがない…」

 

潤の身体にはあれだけ少年を苦しませていた、あの結晶が嘘のように消失していた。

まるで 潤のキャンサーをあのゴーチェが吸い取ったかのようだ。

だが、推測を立てる間は与えられなかった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

(桜満集のあの不思議な力とキャンサー化した患者が同じゲノムレゾナンス反応を……まったく計算外でしたがこれは興味深い)

 

車からドローンの映像を端末で見ながら、嘘界は愉快そうに笑う。

 

(それに、なぜゴーチェがキャンサー化しているのでしょう)

 

寒川潤の身体から広がったキャンサーは遂にはゴーチェの機体をほぼ包み込んでしまった。

さらにそれだけでは無い。ダリルとの接続が断たれたゴーチェが動き出したのだ。

ゴーチェは眠りから目覚めた巨人の様に暴れ出す。

 

「潮時ですかね…出してください。退却しましょう」

 

車の屋根を叩いて運転を促す。

走る出す車の中で、嘘界は倉庫へ振り返る。

当然ながら集の姿はおろか、変異したゴーチェの姿も見えない。

 

「お願いですから、こんなところで死なないで下さいね?ーーつまらなくなるので…」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

再び動き出したゴーチェは怪物の様に咆哮を上げる。

まるで最初から何かの生物だったかの様に、その機体を覆うキャンサーは先程までの潤とほぼ同じ状態だった。

 

「なんだよこれ…」

 

壁やコンテナをデタラメに破壊するゴーチェを集は呆然と眺める。

事態が二転三転して、とうに集の理解が及ぶ範疇を通り越している。

 

ゴーチェがこちらを見た。

集はじっと相手の出方を伺っていたが、よく見るとゴーチェの視線は集と潤から僅かにずれていた。

 

(僕じゃなくて後ろの谷尋をーーっ!!)

 

集が背後で気を失っている谷尋へ振り返った瞬間、ゴーチェは咆哮と共に猛スピードで集と潤を通り抜けると、谷尋を掴み上げて空中に釣り上げた。

 

「谷尋を狙ってるのか!?」

 

ゴーチェが掴み上げた谷尋を絞め殺そうと、力を込め始めているのが分かった。

 

「谷尋ぉおおお!!」

 

集はゴーチェの背中に飛び掛かり、ハサミを突き刺した。

 

ーーー 瞬間、視界に写っていたあらゆる物が消失した。

 

「なっ!」

 

真っ白な空間だった。

初めてヴォイドを手に入れた時、そして剣と銃のヴォイドが融合した時に見た空間に似ている気がする。

 

「…何だここ…。谷尋っ…谷尋いるのか!?」

 

「ーーやっと顔を合わせてお話し出来ましたね」

 

背後の声に素早く振り返り、右手のハサミを突き付けた。

 

目の前には少年が立っていた。

話した事はないだが、よく知る少年。

 

「…潤くん…?」

それだけでは無い。潤が立っている奥に広い空間があった。

 

街だった。

緩やかに雪が降り、陽気な音楽が流れ、周囲に大勢の人々が行き交っている。

「ここは…」

 

「六本木です。ロストクリスマスが起きる前の…」

 

「ここが六本木?」

 

集が知っている廃墟群や記憶の中の炎と、同じ場所とは思えなかった。子供連れた多くの家族が幸せそうに街を歩く。

 

『わぁ、にいさんありがとう!』

 

『今日はジュンの誕生日だからな!特別だぞ?』

 

二人の少年が見えた。

 

「僕の心…ヴォイドの世界です。そしてここは僕が一番幸せだった時間です」

 

だけど、とーー潤は顔を俯かせ言葉を切った。

 

「ーーもうすぐロストクリスマスが起こります。ーー」

 

「………」

 

「…集さん。お願いがあります」

 

潤は集に向き直る。

いつの間にかその周囲に、二重螺旋の赤い糸が漂っていた。

 

「そのハサミでこの糸を切って下さい」

 

「えっ?ーーどういう事?」

 

「この糸は僕の命…兄さんのヴォイドは命を切るヴォイド。僕を殺すためのヴォイドです」

 

「なっ!?」

 

集は一瞬耳を疑った。

潤の命を奪うためのヴォイド?そんな物が何故谷尋のヴォイドなんだ…ーー集は理解出来なかった。理解することを拒否していた。

 

「僕の自由を奪った結晶が、代わりにヴォイドが見える目をくれました」

 

「何言ってるんだ…そんなわけがーー」

 

「そこには、僕の見る兄さんとは違う兄さんがいた。僕を疎ましく思う兄さん…。僕は今までずっと優しい人の優しくない《心》を見ました。友達、親戚のおばさん、医療センターの人、そして多分集さん、あなたも」

 

「……」

 

「あなたの中はごちゃごちゃだ。ひとつひとつはとても純粋で芯があるように見える。

ーーだけど、それはまやかしだ。あなたの中には何もない。

だから、他者でそれを埋めようとする。

多くの人に自分を見て欲しい、知ってほしい。

だから見限られる様な、“ 正しくない事 ”はしたくない」

 

絶句する集に潤は微笑みかける。

 

「すみませんイヤな事を言って。僕が生きてればきっとこんな事がずっと続く。兄さんの事も嫌いになってしまう」

 

「だから殺して欲しいって…?」

 

「僕はこの綺麗な思い出を胸にしまったまま逝きたいんです」

 

潤は六本木の光景にいる自分達を寂しげに見つめる。

 

「だからーー 、

 

「ふざけるな」

 

「ーー?」

 

潤はハサミを震えるほど強く握り締める集に振り返る。

 

「ーーふざけた事言うな!!ちょっと苦しいから、『家族が邪魔だと思ってるから殺して下さい』だと!?家族がめんどくさいなんて、誰だって思ってる事なんだよ!!」

 

「ーーーーー」

 

今度は潤が絶句する番だった。

 

「君が言った事は本当だろうね。谷尋は君のためにずっと苦しんできた。やりたくも無い事を散々やって、自分の青春棒に振って。そりゃあ恨むだろう。そんなの邪魔に決まってる。でも、だからなんだ!?」

 

基本、誰に対しても礼儀正しく居ようとしている少年が、歳下に対して癇癪を起こした子供みたいにわめき散らしていた。

 

「大好きだから!一緒に居られるようになりたいからそんな苦しみに喜んで飛び込んでんだろう!!ーーそっーそれを…あぁ!嫌いな奴ならそこまでしない事ぐらい分かれよ!!」

 

集の両眼からぼろぼろと涙が流れ落ちる。

嗚咽が混じり、言葉もまともに出ていない。

 

「………」

 

潤は涙を流す集を、目を見開いて見続けている。

 

「ヴォイドがーー心が見えたからって…そんな谷尋の苦労は終わりなのか!?今までの苦しみ全部ポイなのか!?ーーヴォイドは、心は正直かもしれない!でも君を必死に助けようとした谷尋だって、谷尋だろ!?」

 

気付けば、潤の目からも大粒の涙がぼろぼろ落ちていた。

 

「ーー心が見えるからって、人の全部が分かった気になるんじゃ無いこのバカっ!!」

 

谷尋が可哀想だろーーという蚊の鳴くような声の後、鼻をすする音だけが残る。

 

「ははは!」

 

沈黙を破ったのは、潤の笑い声だった。

潤の笑い声で、目を赤く腫らせた集がばっと顔を上げる。

 

「…“ ヴォイドが見えたから分かった気になってた ”か〜〜。うん、確かにこれは読めなかった!」

 

潤はすっきりした顔で歌う様に呟いた。

 

「…潤くん。君を救う。谷尋のために…僕自身の誓いのために…」

 

「…ありがとう…」

 

「ーーさてっ、何処から出ればーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ーーけど、 やっぱり気付いて無いんですね ーーー 」

 

 

 

「えっ?気付いてないってーー」

 

潤の言葉の真意を聞こうとした瞬間、集の右手が集の意に反する動きをした。

右腕が真っ直ぐ伸び、ハサミを開いて潤の命である二本の糸を挟み込んでいたのだ。

 

「ーーはぁ?」

 

状況が読めず困惑している集をよそに、ハサミが閉じ始めた。

 

「なっ!?ーーなんだこれ、どうなってる。止めろ!」

 

集の叫びも虚しく、ハサミは力を緩めようとしない。

ギリギリと閉じて行き、既に刃が糸に触れている。

集が必死に引き剥がそうとするが、集の右手はまるで別の生き物の様に動き続ける。

 

「集さん…、あなたが《魔力》と呼ぶ力…。あれがヴォイドに流れ込んだ時、ヴォイドは今までに無い力を発揮しました。僅かに意志を持ち、自分の役目を果たそうとしている」

 

谷尋のハサミのヴォイド…その役割はーーーーー

 

「止めろ。谷尋おお!!嘘だろ、なんでこんな!ーーおいっ谷尋バカ!!弟なんだぞ!!お前の家族なんだぞ!!!」

 

ハサミは止まらない。腕を殴っても、指をへし折っても止まらない。

 

集の右腕は既に集の物ではなくなっていた。

集はもう祈る様に空を見上げた。

 

そこでまた信じられないものを見た。

 

背後の六本木の空間は既にロストクリスマスが起きていた。

炎と結晶に覆われた人々を見てやるせない気持ちになるが、 そこまではいい。こうなる事は分かっていた。覚悟もしていた。

 

問題があるとすれば、集の真上。

そこには今現在の現実での光景があった。

 

「嘘…だろ…?」

 

変わっていなかったのだ。集がこの空間に飛ばされた直前まで見ていた光景と、一寸違わぬ様子が見えていた。

 

そう一寸違わない。

相変わらず、キャンサーに覆われたゴーチェは谷尋を絞め殺そうとしていて、谷尋は意識のない状態で苦悶の表情を浮かべている。

 

「ーーなんで…」

 

その答えを知っているであろう、目の前の少年へ目を向ける。

 

 

 

ーー潤の顔の表面に、キャンサーが浮かび上がっていた。ーー

 

 

 

「ぁっーーあっーー」

 

訳が分からない。

集の言葉が、涙が、少年の心に届いたはずなのに。

それらが少年の凍てついた心を溶かしたと思っていたのに。

独り善がりだったのか?思い過ごしだったのか?だって笑ってくれた。一緒に涙を流してくれた。

確かに、確かに、少年を救えたはずなのにーー。なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでーーーー

 

 

 

 

「集さん」

「っーーーあ?」

 

混乱した頭はまともな言葉すら発してくれていない。

だが、それでも構わず潤は続ける。

 

「ーーアポカリプスウイルスはただのウイルスと違って、体組織ではなく人のある感情へ棲みつくんです。そこは、もっとも原始的で、産まれやすく、育ちやすく、消えにくい感情ーー」

 

潤の両手が、ハサミを抱く様に刃を掴む。

 

「ーー悪意ですーー。

キャンサーが発症すれば最後、ウイルスは“ 悪意 ”が消える事を良しとしません。消えた様に見えてもそれは隠しているだけ」

 

なにが間違っていたのだろう。

ヴォイドなどという未知の力に魔力を流し、『魔具』の様にしてしまった事?それを制御出来るくらい実力を付けていなかった事?ウイルスの特性をしっかり把握しなかった事?

 

だけど、今はそんな事よりーーー

 

 

「信じてくれてありがとう。集さん」

 

 

ハサミの両刃にかけた潤の手に力が込められた。

 

ーーー目の前の少年の命を守らなければ、また兄弟二人で笑える様にしなければ、そう誓ったはずだ。

 

 

止めろ、とそう言おうとした時には既にーーーー

 

 

 

「ーー兄さん、大好きだよーー」

 

 

 

 

 

ハサミの刃は閉じられていた。

 

 

 

 

 

 

 

**********************

 

 

 

まず最初に頭の痛さで目が覚めた。

次に腹部、もっと言えば胴体周りの痛みではっきり目が覚めた。

 

「ーーってて、どうなった?」

 

さっきまでいた倉庫では無いようだ。

周囲を見渡すと、集の姿が目に入った。

 

「集っ!!」

 

名前を呼ばれた集は、まるで母親に怒鳴られた幼児の様に肩を震わせる。

振り返った集を見て凄まじい違和感を感じた。

 

服はズタズタの血塗れ。目は虚で何処を見ているか分からない。肌は蝋の様に白く死人の様に色素の薄い。

谷尋が気を失ってる間、何をしていたか知らないが、何か良くないことをしていたのは間違いなかった。

 

 

「……潤は?」

 

「……………」

 

集は答えない。まるで写真のように振り返った状態から変わらない。まばたきすらしているように見えない。

 

「ーーおいっ、ちゃんと答えろ!なんでここに居ない!!なんで、連れて来なかった!!」

 

「ーーーーだよ…」

 

「なに?」

 

「ー死んだよ」

 

口を開けたまま茫然とする谷尋が可笑しいとでも言う様に、集は狂気の混じった笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー僕が殺したーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




うわぁー!

書いちゃった最大のターニングポイント!!
もう後戻りは出来ない。


決めるぜ覚悟!!
ジィイイイイイイド


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#38残骸〜Loser〜

今回は、2話に分ける予定だった話を1話にまとめました。

理由は二つあって。
ちょっと鬱な話を2話連続で見せるのもな〜
と思ったのと、
書いてる途中で切りどころが分からなくなったから。

想像以上に自分への負担がデカかったので、
多分もう二度と1話に2話分詰め込んだりしない。






虫の鳴き声が開け放たれた窓から流れ込む。

窓を閉めればあっさり止む程度の声だったが、無音の部屋の中では騒がしく感じるほど響いていた。

『ーー作戦開始は3時間後、目標が指定の場所に到達次第行動開始だ』

 

「うん。わかった」

 

『……集の様子はどうだ?』

 

「……ーー」

 

いのりは集へ視線を向ける。

集はソファの上で仰向けで寝転がり、目元を腕で覆っていて表情を見る事は出来ない。しかし、その口はきゅっと横に引き伸ばされていた。

 

『ーー無理な様なら、置いてこい。判断はお前に任せる』

 

「ーーあっ、ガイ」

 

言うが早いか、涯はすぐ通話を切ってしまった。

いのりは携帯から耳を離し、小さく息を吐いた。

 

集は祭と共に買い出しと映像素材を集める為に街中を散策中、寒川 谷尋と遭遇したらしい。

集は綾瀬に保護して欲しい人物がいると連絡を取り合ったと聞いたが、指定されたポイントに現れたのは集だけだったという。

いのりが一連の出来事を知ったのは、その一時間後だった。

 

綾瀬にこの事を尋ねても、彼女も深い事情は知らないらしく詳しいことは聞けなかった。

 

死人の様な顔で家に帰って来た集を見て、いのりは胸を締め付けられる気分になった。

集は一言も発さず、無言で掃除や料理など普段の家事を淡々とこなしていった。

 

普段と何も変わらない習慣。だが、いのりは時間が経つ程そんな集に対する不安感がみるみる膨らんでいった。

 

ルシアも集の様子がいつもと違う事を察してか、ずっと集の側に座り、彼を見つめている。

 

「ーー任務?」

 

ふいに集の無感情な声が聞こえ、いのりは顔を上げた。 集はソファの上から身体を上げる。

 

「……うん。『はじまりの石』が何処にあるか分かったんだって」

 

「そうか…行くよ。僕も任務に参加する…」

 

「でも、シュウーー」

 

「大丈夫。これ以上、いのりやみんなに心配はかけられない…」

 

集はそう言うと自室へと向かって行った。

一度も自分と眼を合わせない集を、いのりはただ見送る事しか出来なかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

任務への参加を決めてから約2時間経った。

 

集といのりとルシアの3人は、涯の指示でビルの屋上に待機していた。

今回は大島で取り逃がした『はじまりの石』を運搬中に奪還するための任務だ。周囲に住宅は無く、屋上から見えるフリーウェイには一派車両は走っていない。

そんな静寂の中でヘッドライトの明かりが見えた。

 

『各員配置について指示を待て』

 

涯の指示であれが目的の車輌なのだと分かった。

爆弾で不意を突き、そこに集がいのりのヴォイドで襲撃し騒ぎを大きくする。その間に別班が『はじまりの石』を回収する。

 

目的の車輌はエンドレイブ2機と他5台の武装車輌で護衛されていた。ヴォイド無く、あそこへ飛び込むのはリスキーを通り越して無謀だ。

集はフードで顔を隠す。

 

『ーーやれ!!』

 

涯の号令と共に車輌の前方が爆発し、一台が巻き込まれているのが見える。数人の兵士が蜂の巣を突いたかの様に飛び出し、周囲に怒号を撒いていた。

 

「シュウ」

 

「分かってる。行くよいのり!」

 

銃声が聞こえる。集の他の陽動隊が交戦を始めたのだ。

集がいのりに右手を差し出すーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー気付けば地面に嘔吐していた。

 

 

耐えがたい程の息苦しさを覚えたが、胃袋は容赦なく苦い胃液を吐き出し続ける。

なぜ吐いているのか、いつ地面に崩れ落ちているのか、そんな疑問がどうでも良くなるくらい恐怖があった。

怖いただただ怖い。震えがまるで止まらない。

 

「あっーーうーーふーー」

 

震えながら自分の肩を抱く。歯がガチガチと音を立てる。

「ーーーュウ!しっかりして!!」

「ーーあーー」

 

ようやく、いのりが集の肩を揺すっていた事に気付いた。

右手が暖かく柔らかい感触に包まれる。

「ーーいーのーーっ」

 

『ーー兄さん。大好きだよーー』

 

いのりの顔を見ようとした瞬間、視界はまるで違う物を写した。

それはあの少年が死ぬーーいや、殺される直前の姿と言葉だ。

 

そして、彼が握り込んだハサミの両刃をーーー

 

「 う わぁぁぁあぁああ!!! 」

 

叫び声を上げていのりから転がる様に逃れる。

 

いのりは集の右手を握った体勢のまま固まって、目だけが集を追っている。ルシアも同様に突然嘔吐し、叫び転げた集を訳もわからず呆然と見ている。

 

「はぁ、はぁ、はぁーー」

 

一瞬、いのりが寒川潤に見えた。ーー自分の右手がハサミに見えた。

先ほどの比じゃない程、身体が震える。

いのりのヴォイドに触れようとした右手に、ポツポツと赤い斑点が浮かび上がっていた。

涙と鼻水と嘔吐物で汚れた顔のまま、ガタガタと怯える。

 

「ーーシューー」

 

いのり が言葉を発しようとすると同時に、集は彼女たちから逃げた。ーー怖い、彼女たちの側にいるのが。ーー逃げたい、出来るだけ遠くへーー。そんな理由のない恐怖にかられ、集はそれに抵抗なく従った。

 

 

 

数秒後、涯は任務の中止を通達した。

 

 

 

 

******************

 

「ーー“ 桜満集 ”…は休みか」

 

次の日になっても、集は家にも学校にも現れなかった。

いのり は空席の席を見つめていた。ふと、顔を上げると。祭も空席の集の席を見ている。

だが、単に心配している顔では無い。様々な感情入り混じった様な複雑な表情だった。

自分と同じ様に彼を想う少女のそんな表情を見て、いのりの胸中に後悔の念がみるみる増して行く。なぜ彼を止めなかったのか、なぜ家で休ませてあげなかったのか、そんな思考がぐるぐる渦巻いていた。

 

 

 

「いのりちゃん!」

HRが終わると、祭が青い顔で いのりに駆け寄って来た。

「ハレ……」

 

「集は?どうして学校に来てないの!?」

 

「それは…」

 

祭の問いにいのり は明確な答えを返せない。

あの後、集が何処へ行ったのかまるでつかめていない。

 

「ーーごめんなさい。私もシュウがどうしてるのか知らない…」

 

祭の顔にはっきり落胆の色が見える。

どうすればいい…。こんな時、集ならなんと言葉をかけるのだろう…。

 

 

 

 

***************

 

 

 

誰かの声が聞こえる。

責める声、嘲笑う声、吐き捨てる声、様々な声と音が何度も自分にぶつけられる。

全て聞き覚えがある声だ。馴染み深い声、一度しか聞いた覚えの無い声、それを受ける自分はただ黙って受け入れるだけ。

 

 

 

 

ーーーーほら、ーーー

 

 

 

遅れてようやく。

 

 

 

 

ーーーお前じゃ無理だって分かったろ?ーーー

 

 

 

自分の声が聞こえた。

失望しているのか、憤っているのか、全く計れない無機質な声でただ事実を伝える。

自分のーー誰かの声を聞くたびに、身体が欠けていく。心が割れていく。

 

人を決めるのは“覚悟”と“決断”だと言っている大人がいた。

なら、どうか教えてほしい。見据えるべき覚悟を見失い、示すべき決断も崩れ去った自分はいったい何者になるのだろう…。

 

答えが出せないまま。集の意識は覚醒へと浮上する。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うっーー」

 

目が覚めるのと同時に、身体の所々にわずかな痛みで集は呻いた。

身体を起こし辺りを見回す。どこかの公園だ。集は見覚えのない公園の茂みの中で眠っていたようだ。

 

何処をどう走ったか覚えていない。身体が痛いのは寝違えた訳でもなく、あちこちで身体をぶつけながら走ったのだろう。

 

走った時の記憶がないせいで、ここが何処かも判断出来ない。

日は既に傾きかけ薄暗い。夜の一歩手前だと分かる。

 

「……帰らないと…」

 

さっきまであんなに誰かと会う事を恐れていたというのに、今は誰かの声を聞きたくて仕方なかった。

集は公園を出て帰路に着くため、歩き出す。

 

公園を出るとすぐに街の繁華街に出たが、やはり見覚えはない。

今の自分の心情とは正反対の賑やかな場所だった。だが、周りから入ってくる雑音は気が紛れてちょうど良かった。これで心置きなく帰ることに専念できる。

 

ふと争う声が聞こえた。酔っ払い同士の喧嘩では無い。顔を上げると、数人のガラの悪い男たちが一人の少女を無理矢理、路地裏に引きずり込んでいる最中だった。

 

突然集の足が弾かれる様に前に出た。さっきまでの足の重さが嘘の様だ。

ぐんぐん前に進み路地裏に飛び込んだ。

 

「おい!!」

 

久々に声を出したせいか、たった一声が妙に喉を痛める。

声をかけられた男達は不愉快そうに睨み、少女は助けを求める様な泣き腫らした顔で集を見た。

 

「その子から離れろ」

 

「はぁ?なんだ、お前もこの女と遊びたいのか?」

「順番守りな。俺らの後でくれてやるよ」

「やぁ…助けーー」

「まっ、お前に回る頃には中古品だろうがな」

 

男達がゲラゲラと下劣に笑う。

 

「何度も言わせるな…」

 

集は男達を睨む。

 

「その子を離せ!」

 

男達はふと笑うのを止め、苛立ちと嘲笑のこもった目で集を睨んだ。男達は集を威嚇する様に、身体をゆっくり揺らしながら近づいて来た。

 

「なんだお前、ウゼェよ?」

 

言うと同時に、男は集の顔面目掛けて腕を振りかぶる。

 

集は手刀で拳の軌道をずらし、男の鼻っ柱に掌底をくらわせた。

 

「ーーふぶっ!!」

 

男は呻きながら後ろにフラつき、鼻血を抑えながら集を睨んだ。

他の男達は鼻血を吹く男と集を、何度も見ながら呆気に取られていた。

 

「ーー君たちさ…、帰った方がいいと思うよ?」

 

静かな声に全員が一斉に集を見た。

 

「大怪我するかもしれないし」

 

「テメェ!」

 

「調子のんな!!」

 

集の挑発ではなく、純粋に仲間を蹴散らされた怒りから男達は次々と集に飛び掛かる。

 

最初にナイフを突き刺して来た男を、集はナイフを避けると男の左耳に肘をくらわせる。

 

「げう!!」と声を上げて、男は倒れこむ。

 

次にバットを振り回しながら、別の男が襲って来た。集はバットを避けると、一旦男と距離を離し、思いっ切り男に駆け寄る。

 

「ふっーー!!」

 

一瞬怯んだ男の服を掴み、そのまま背後に回り込むと男の体を投げ飛ばした。

 

「うあっぐーー!?」

 

男の体は2人の仲間とゴミ箱を巻き込みながら、吹き飛ぶ。

「しゃぁ!!」

 

その惨状を逃れた男がメリケンサックを集の顔面に叩きつけようとする。集はボクサーの様にそれをスレスレで避け、男が壁を打った隙に男を蹴り飛ばす。

 

鉄パイプを持った男が、吹き飛ばされた男を尻目に集にパイプを振りかぶる。だが、集はパイプを掴む。

 

「え?ーーブッ!!」

 

驚いて動きの止まった男の顔面を鉄パイプを握ったまま拳をぶつけた。

 

「動くんじゃねぇ!!」

 

鉄パイプの男が気絶すると同時に、聞こえて来た声に振り返る。そこには集が戦ってる間に、逃げ出した少女に男が捕まえ、ナイフを突きつけていた。

 

「ーーっ!!」

 

男達とやり合ってる間、なぜか少女の事に全く気が回らなかった。集はそんな自分に罵る言葉も出ず、歯を食いしばる。

少女はボロボロと涙を流している。ナイフはそんな少女の首筋を容赦無く傷付け、血が滴っている。

首筋から血を流す少女を見ている内に、集の中で自分と男達に対する怒りが徐々に積もっていく。

 

「そうだ、そのまま動くな?おい、さっさと来い!」

 

男は集の背後に声をかける。

背後では、ダメージの少なかった男が立ち上がり、鉄パイプを拾っていた。

 

「ゲームやろうぜ?名付けて『お前が死ぬか、女が死ぬかゲーム』!」

怯える少女にナイフを突き立てたまま、男はゲタゲタと汚く笑う。 明らかに正気では無い。

違法な薬などを使用しているのだろう。

 

 

 

ーーー薬ーーー

 

この男も、谷尋が売買していた様な薬を使っているのだろうか。

 

弟を救う為に手を染めていた谷尋のようにーー。

 

 

「ーー君たちは良いよね…」

 

「ああ?」

 

「守るべき人も、果たすべき使命も無いんだから」

 

「なに言ってーーぎゃあ!!」

 

少女が一瞬の隙を突き、男の手に噛み付いて男を振り解く。

 

集は背後で鉄パイプを構える男に裏拳を食らわせ、昏倒させる。

急いで向き直った。

 

「このクソあま!!」

 

しかし、遅かった。

男は少女の背中を蹴り飛ばした後だった。少女は悲鳴と共に宙に舞い、壁にぶつかると地面に倒れ込みグッタリと気を失った。

 

「 ああああああああああ !!」

 

その光景を見た瞬間、集の中で何かが切れた。

 

集は男に手加減無しの飛び蹴りを浴びせる。

男の身体は路地裏を飛び出して、信号待ちをしていた車に激突する。

突然飛び出して来た男に、大通りは騒然とする。

 

ヨロヨロと立ち上がる男に、集は怒気を隠し切れない荒い歩みで近寄る。

男は唾を撒き散らしながら、狂ったように叫び集にナイフを斬りつける。

 

集は男の右手を掴み、乱暴に捻る。

バキバキと鈍い音が聞こえ、男の手は砕ける。

 

「ぐぎゃあああああ!!」

 

男の手からこぼれ落ちたナイフを取り、まだ集を殴ろうとする男を乱暴に突き飛ばし、再び車にぶつけた。

 

集はそのまま、男の砕けていない左手にナイフを突き立てた。

「ーーぎああああがああああっ」

 

男は一瞬大きく叫ぶと気を失い、地面に転倒した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…はぁ…」

 

集は肩で息をしながら、周囲を見回す。

大通りの人々は更に騒然としていた。

ふと、車のフロントガラスが目に入る。ガラスはひび割れていたが、集はその中に写り込んだ自分の顔が目に止まった。

 

「っ!!!」

 

ガラスの中の集は笑っていた。

驚き、車前部のバックミラーに目を移した。

 

そこにあるのは自分で認識している通り、驚いた顔だ。

だが、その顔は男達の血で汚れていた。赤信号のせいでは無い。

 

手で触れると、赤黒い僅かに固まった血が指先についた。

はっと顔を上げると、周囲の人々が集を怯えのこもった視線を向けている。ヒソヒソと何かをささやき合っている。

集はその視線の中、逃げる様に立ち去ろうとした。

 

「ーーすみません」

 

ふと、足を止めて近くにいたサラリーマン風の男に声をかける。集に声をかけられた男性はビクッと強張る。

 

「路地裏に女の子がいます…」

 

「えっ?」

 

「助けてあげてください」

 

そう言うと集は返事を待たずにその場を駆け出し、街の人ごみの中に消えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

また見覚えの無い場所にいた。河川敷だ。

さっきの街からそんなに離れていないだろう。

 

「ーーーっ」

 

恐ろしかった。あれ以上あの場所にいるのが、自分のしでかした事を見るのが。自分が抱いていたあらゆる願望が軋んでいる。

 

(ーーなにが“ 守るものや、使命がなくていいね ”だ…)

 

さっきの行いに自分の掲げた使命があったか?守る為の戦いだったか?

 

「ちくしょう!ちくしょう!」

 

集は頭を何度も地面に叩きつけ、自分の行動を省する。

 

あの蹴り飛ばした不良がぶつかっていたのが、停車した車で無かったら?赤信号で無かったら?無関係な歩行者だったら?

誰か死んでいたかも知れない。

 

いやそもそも、もっと上手く戦ってればあの少女も無傷で、不良達もあんな必要以上の怪我を負わせず済んだかもしれない。

 

自分はただ力任せに、乱暴に自身の実力を誇示するかのように、相手にぶつけていただけだ。

自分の苛立ちを相手にぶつけていただけだ。

 

違う、そんなんじゃない。

桜満集が目指した強さはそんなものじゃ無かったはずだ。

 

さっきの自分は悪魔と差があるだろうか。

 

ただ相手を蹂躙し、それを良しとする。

あの笑みがそれじゃなくて何だ。

そんな物は欲しくない。

そんな事のために力を求めたんじゃない。

 

「ーー僕に…僕は誰かの為に戦う資格なんてーーー」

 

 

 

“ ーーお前に任せたぞーー ”

 

彼はそう言った。そう言ってくれたのに、自分はその言葉を裏切った。

 

「くそっ!!」

 

 

 

「なにやってるのよ。あんた」

 

「え?」

 

頭の上で砂利を踏む音がすると同時に、聞き覚えのある少女の声がした。

 

「あ…やせ?」

 

「なんなの?ーーあんたどういうつもりよ!!」

 

綾瀬はギッと集を睨む。

 

「!!」

 

「電話は取らない!!メールも返さない!!みんなにどれだけの迷惑と心配を掛けたか分かってるの!!」

 

「……」

 

「…いのりだって…一日中あんたを探し続けてたのよ?」

 

「ーーーたいーー」

 

「え?」

 

「もうやめたいんだ」

 

集の言葉に、綾瀬は一瞬息が詰まった。

 

「…やめたい?あんた、キャンサー化した子供一人救えなかっただけで全部投げ捨てるの!?」

 

「怖いんだ!!」

 

「何が怖いってのよ!私たちの仲間に家族を失った人達がどれだけいると思ってるの!?ーー私も皆も今までどれだけ仲間を救えなかったと思ってるの!?」

 

「ーー…っ!」

 

綾瀬は俯く集の胸ぐらを捕まえ、自分の車椅子に持ち上げる。

 

「あんただけ、悲劇の自分に酔ったまま終わっていい訳ないでしょ!!」

 

「…触れないんだ…ヴォイドに…」

 

「え?」

 

「あの光に触れようとすると…気持ち悪くなる…心が落ち着かなくて、気が付いたら恐怖で身体が動かなくなって……」

 

「あんた…」

 

「もういい綾瀬。何を言っても無駄だ」

 

顔を上げると、砂利の上に立つ涯の姿があった。

綾瀬は集を離すと、涯に道を譲る。

集はボーっと砂利の上を歩く涯の靴を眺めていた。

 

不意にゴリッとした感触が額に押し付けられた。

銃口だ。

 

「なっ!」

 

綾瀬が声を上げる。

その冷たい感触に、思い出したかの様に意識が蘇る。

さっきまで止まっていたのかと思うほど、心臓が激しく鼓動を打ち、身体が勝手に生存への執着を見せ始めた。

 

「涯!待ってください。もう少しだけ時間を下さい!」

 

「『はじまりの石』の所在が判明した。奪還作戦を仕掛ける。お前も来い」

 

「ーー無理だ…」

 

「お前にも役目がある。それを果たす義務が、お前にあるはずだ」

 

「…はは…は。義務か…。なんで僕みたいな奴が、こんなモノ手に入れちゃったんだろうなぁ…」

 

「ーーーー」

 

「初めから涯が手に入れてれば、こんな…」

 

「…ヴォイドゲノムは所有者が死ねば分離できる可能性があるらしい。試してみるか」

 

もし、それが本当なら涯にこの恐ろしいチカラを渡せるかもしれない。彼ならば、もっと上手く、正しくこのチカラが使えるだろう。

ーーそれにこの苦しみからも…。ーー

集は俯いたまま目を閉じた。

 

涯はそうか小さく呟くと、引き金を引いた。

 

だが、カチンと小さな金属音を奏でただけで、何も変化は無い。

集の頭が吹き飛ぶ事も、銃口から火薬が弾ける事も無かった。

 

「これでお前は死人だ」

 

涯は静かにそう告げた。

感情の籠らない目で集を見下ろした後、背を向けてその場から去って行く。

 

「お前の家からいのりを引き上げさせる。もう二度と俺に顔を見せるな」

 

去り際にそう告げられた。

集はただ黙って涯の後ろ姿を見守っている事しか出来なかった。

 

「……いのりに”心配掛けてごめん“って謝って来なさい。ちゃんと目と目を合わせてーー」

 

どこかかすれた声で綾瀬はそれだけを告げると、振り返りもせずに涯の後を追って車椅子を押して行った。

 

 

寒かった。

まだ秋には入っていないというのに、身体の中まで冷えていた。

 

その場にはただ、生きている骸だけが残された。

 

 

 

*******************

「これを覚えろ。すぐに使うことになる」

 

涯はいのりの前に端末を立て、いのりに見せる。

画面には楽譜が表示されていた。

 

「前に失敗した輸送隊はデコイだ。本物はGHQ司令官ヤンの指示で羽田から本国へ輸送される」

 

供奉院からの確かな情報だ。

 

「これ…唄?」

 

「石を取り戻した後、真名の眠る地へ向かう。この唄で石を共鳴させれば、扉が開く」

 

「ーー違う」

 

いのりは目を見開く涯を静かに見つめ返す。

 

「ーーこの唄は違うのーー」

 

「いのり…お前なにを…ーー」

 

「ーーガイお願いがあるの。私達を、もう少しあの家に居させて」

 

いのりは涯の言葉を遮り、そう言った。

 

「…っ何を言い出すのかと思えば…。時間の無駄だ。そんな事をする意味は無い」

 

「でも!」

 

「何度も言わせるな。この話は終わりだ。二度と口にするな」

 

「……」

 

涯は俯くいのりを見る。

その目には憂いの感情がこもっていた。この場にいない” 誰か “に向けた感情。

 

「お前が…俺の言うことに背くとはな…」

 

涯はいのりの前に腰掛けると、深く息をはいた。

 

「初めて会った時の事を覚えているか?」

 

いのりはゆっくり頷いた。

 

「初めは驚いた。姿だけならば、まさしく真名の生き写しだったからな。だが、すぐに違うと気付いた。無感情で無感動のお前はまるで人形のようだった」

涯は無意識のうちに僅かに頬を緩ませた。

「欲さず、それが苦痛だとしても与えたものをただ受け取る…それだけだと思っていた」

 

涯は目をゆっくり閉じる。

 

「だが違った」

 

「………」

 

「お前は自分で決断する人間になった。だから、きこう」

 

涯はブレず自分を見るいのりを見つめ返す。

 

「お前がしたい事は何だ?お前ができる事は何だ?」

 

「…伝えたい。あの人に私にうまれた気持ちを。歌う事、私の出来る唯一のこと」

 

そうか、と涯は諦めたようにため息をつく。

 

「ならその感情を言葉にしてみろ。それで譜面が出来る」

 

「うん」

 

いのりは心からの笑顔を見せた。

 

” 彼女 “を安らかに眠らせるための祈り。

そのために作った葬儀社。

 

信じてくれた仲間を騙し、自身の願いを押し付けた。

 

本当のことを知れば誰も恙神涯を許さないだろう。

だが、彼らの願いを利用した報いも、贖罪も払う事となるだろう。

 

 

そして、その時は近い。

 

 

*********************

 

 

目を覚ますと、白い壁紙が暖色の温かな光で照らされた天井が目に入った。

身体を起こすと、見知らぬ間取りが目に入って来た。

否、ここは知っている。

前にも訪れた記憶がある。

「あっ、起きた」

 

答えが喉元まで出て来掛けた所で、背後の少女の声に振り返った。

 

「ーー祭?」

 

「うん?」

 

ようやく思い出した。この間取りは祭の自宅だ。

1、2回訪れただけだったのですぐには思い出せなかった。

 

「……なんで、祭の家にいるんだ?」

 

「覚えてないの?」

 

「集、ウチの近くで歩いてたんだけど。話しかけても上の空だったし、凄く具合が悪そうだったから、いのりちゃんに連絡したの」

 

「…そう、なんだ。……いのりは何て?」

 

「無理はさせないで、今日は私の家に休ませてあげて欲しいって。お父さんもお母さんも泊めていいって」

 

ほら と祭はいのりとのやり取りのメールを集に見せた。

確かにそこには祭が言う通りの内容があった。

集の安否を気遣い合うやり取りも目に入った。

 

ズキリと胸が痛む。

 

「…迷惑かけてごめん」

 

「ううん。気にしないで」

 

祭は集に微笑んでから、さてと と屈んでいた身体を起こす。

 

「ごはんにしよっか?集も一緒に食べようよ」

 

「え?」

 

「明日の昼頃までお父さんもお母さんも帰って来ないから、ご飯が余っちゃって」

 

「でも…」

 

「いいから。親戚が送ってくれた分が余っちゃって、3人じゃ食べ切れないの」

 

そう言われながら、集はテーブルの前に押されていく。

 

「いただきます」

 

「い…いただきます」

 

テーブルにつかされた集は、観念して正面に座る祭と一緒に手を合わせる。

そんな集の様子に構わず、祭は箸をすすめる。

 

集も祭にならって皿の上の食事に箸を付ける。

それまで箸が出なかったのが嘘のように、次々に口に運ばれる。そうしながら、昨日の晩から何も食べてなかった事に気付く。

 

「落ち着いて食べなよ。いっぱいあるんだし」

 

祭の声も丸一日分の空腹感の前には無力だ。直後に器官に入り込んだ物で中断させられたが。

 

祭は「ほら〜」などと笑いながら、集に水の入ったコップを出す。

 

それを飲み干すと、再び食事を再開する。

その後も喉に詰まり、水を飲み干すを繰り返しながらも数人分はあった食事をあっと言う間に食べ尽くしてしまった。

 

「ごめん…なんか一人で食べてるみたいになっちゃって…」

 

空になったテーブルの上の皿を見ながら、集は少し顔を赤くしていた。

 

「いいよ。私一人じゃ食べ切れなかったし。お父さんも少食だから助かっちゃった」

 

祭はそう言って微笑みながら、空になった皿を流し台へ運んでいく。

 

「集は座ってて。今日は休ませるように いのり ちゃんにも言われてるんだから」

 

立ち上がろうとする集を祭はそう言って制止する。

 

なんとなく強い強制力を感じ、集は大人しく椅子に座り直した。

流し台からの カチャカチャという皿が軽くぶつかる音と、テレビのニュースの声だけが響いていた。

 

「ーーねぇ」

 

何をするでも無くボンヤリしている集は、声を掛けて来た祭に振り返った。

 

「ーー明日、学校はどうするの?」

 

「……ごめん…まだ…」

 

「そっか…」

 

祭がそう言うと、またリビングに沈黙が流れた。

 

『ーーGHQは必ず ” 葬儀社 “ を壊滅させるという声明を発表しています。ーー』

 

何気なくニュースのそんな声を耳にし、集が無意識のうちにテレビに目を移そうとした瞬間、背後の台所から ガシャン という大きな音が聞こえた。

 

直後、振り返ろうとした集の背中に強い衝撃があり、暖かく柔らかな感覚に包まれた。

 

「はっーー祭!?」

 

祭に抱き締められていた。

彼女はグッと目を閉じ、強く集の身体を抱き締めていた。

しかし、その表情は震え青ざめていた。

まるで嵐で吹き飛びそうな物を、強く押さえているようだった。

 

「どうしたの?」

 

祭の突然の行動、そしてただ事ではない表情に集は戸惑う。

 

「集…集もやっぱり戦うの?」

 

「ーーえ?」

 

「私…知ってるの。集が ” 葬儀社 “ だって」

 

「なっ!!」

 

いつから?彼女はいつからそんな事を知っていたのか。

誤魔化そうとする前にそんな疑問に支配され、集は一瞬言葉が詰まる。

 

「谷尋くんと会った時、集凄く怖い顔してた。すぐ何か変だって気付いた。だからカメラを持って…」

 

「ーーカメラ?」

 

「集から預かったカメラ…。この前みたいに集が捕まりそうになったら証拠になるって思ったの。そしたら、氷の怪物と集が谷尋君から出した見たことない武器で戦ってて、もう頭がどうかなりそうだった……」

 

「っ……」

 

祭は集の肩に顔をうずめる。

 

「ーー集がひどい怪我しても、怖くて動けなかった…今見てる集が集じゃないみたいだった」

 

「祭……」

 

「ーー集が知らない人になって、どこか知らない場所に行っちゃうんじゃないかって思って…ーー」

 

祭の固く閉じられた両目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。

絞り出すような声も、なんとか聞き取れる言葉になっていた。

 

「みんなから恨まれて!最後には…殺されちゃうんじゃないかって考えたら怖くてたまらなかった!」

 

「祭っ…!」

 

集の声で祭は我に返る。

 

「僕はもう…葬儀社をやめたんだ」

 

「え?」

 

祭は顔を上げて集の顔を見る。

 

「役に立たないって言われて、やめさせられたんだ」

 

泣き顔と困惑の表情を複雑に浮かべる祭に、集は微笑んだ。

「……だからもういいんだ 」とそう言って黙り込む。

 

「…………」

 

祭はしばらく俯くと、おもむろに顔を上げ集の前に立つ。

 

「……うそつき。もういいなんて顔、全然してない」

 

そして小さくかすれた声でそう言った。

「集…お願いがあるのーー」

 

祭は一度大きく息を吸うと、大きな息に変え吐く。

 

「私から、谷尋くんみたいにあの道具を出して」

 

「……は?」

 

祭の予想外の言葉に集はしばらく茫然とする。

 

全身から冷たい汗が噴き出す。

あの時の恐怖心が記憶から蘇る。

 

「そ……それってヴォイドを出せって事?」

 

祭の顔を見る。

少女は眉を上げ、真っ直ぐ集を見つめる。

彼女はヴォイドの名前すら知らない筈なのに、まるでなにもかも知っているようだった。

 

目を合わせるだけで、あの感覚が蘇る。

人の心に直接手を入れる無遠慮で不気味な感覚。

 

「ーー無理だーー」

 

「私じゃ…出せないって事?」

 

「違う!あれに触りたくないんだ!!」

 

「…っ!」

 

「祭、君はあの力のことを何も分かってない!!」

 

突然声を荒げた集に祭は目を見開く。

 

「あれは!…僕にも分からない…。訳もわからず、ただ…強い力を手に入れてそれを振り回してただけの大馬鹿野郎だ!」

 

よく知りもせず知ろうともしなかった結果がこれだ。

桜満集はただ追い付こう必死になり、彼のその背中しか見ていなかった。

そう、最初はただ誰かを守りたい純粋な願いが、自分でも気付かない間に彼に追いつく事そのものが目的にすり替わっていた。

 

自分の中にあった僅かな羨望が、妬みとなって自分の想いを変質させていたのかもしれない。

 

「……集が葬儀社に入ってたのは、誰かを守るためだったんでしょ?」

 

それが事実かどうかなど関係ない。

結果はすでに出た。桜満 集 は彼に羨望など持つべきでは無かったのだ。

 

「僕に誰かを守る資格なんてなかったんだ!!」

 

「ーー私は!!」

 

集の絶叫に似た声は祭の声で遮られた。

まるでかんしゃくを起こす子供をなだめるような優しい怒声だった。

 

「私はね…集に誰かを助けた事を後悔なんてして欲しくない…」

 

「………」

 

集は身体を震わせる祭を見る。

「集は……誰よりも優しいから、きっと他の誰も気にもとめない事を背負いこんじゃう…」

 

「…買い被りだよ…」

 

「そうかも……でも、報われて欲しい。“ 助けなきゃよかった “ って、集に思って欲しくないから…」

 

「………」

 

今度こそ何も言い返せなかった。

集は自分を信じ続けようとする、祭の目を見続ける事が出来ず、顔を背ける。

 

「もう寝る…」とだけ言い残し、ソファーの上へ横になった。

 

「うん、おやすみ」

 

祭は集の上に毛布を被せると、自室へ向かっていく。

 

「……おやすみ…」

 

電気が消えたリビングで、集は耳に残った言葉をおうむ返しのように絞り出した。

その言葉をかけるべき少女に、その声が届いたのか集には分からなかった。

 

 

****************************

 

1日経ってもシュウは帰って来なかった。

 

いのり の胸から剣を抜こうとした集は突然、嘔吐し逃げ出した。

そんなはず無いのに、なぜか自分にはシュウが いのり から逃げようとしているように見えた。

それからシュウがどうしているのか何も聞いていない。

 

いのり がガイの所から帰ってくるなり、“ もうすぐここを出ることになる。 ”と行ったときは訳がわからなくなった。

いつ帰れるのか聞いたら、“ 二度とここには帰らない ”と言われてさらに混乱した。

 

シュウ のご飯も食べられなくなる。

カアさんから勉強も教えてもらえなくなる。

もう会えなくなる。

そんなのイヤだ。ーーそう言おうとした。

 

だが いのり の泣き出しそうな顔を見て、何も言えなくなった。

いのり の方が自分よりも シュウ と過ごした時間が長いのだ。いのり がたえているのに自分が いのり に文句を言うわけにはいかない。

 

ベランダから いのり の歌が聞こえて来た。

 

 

ーーーーーーーーー

 

ハレから集を見つけたという連絡が来た時、本当に安心した。

すぐに会いに行きたかった。

 

だが、集の怯えた表情が脳裏をよぎり、その気持ちが冷えていった。自分では彼の心を癒せない。

あの時の彼の表情がそれをものがたっていた。

 

私が出来ること。

 

シュウのためのーーシュウのためだけに唄う歌。

届けたい。

彼に聞いて欲しい。

 

いのり はベランダで録音レコーダーを手に夜空に向けて歌っていた。

星空に向かって歌えば、彼に届く気がした。

 

「ーーいのり」

 

いのりは ルシア の声に振り向く。

 

「どうしたの、…ルシア」

 

「……聞いてていい?」

 

ルシアの言葉に いのり は微笑んだ。

 

 

 

****************************

 

目が覚めると、既に部屋に人気は無かった。

 

ソファから起き上がると、机の上にメモ書きがあった。

” 学校行ってきます。

冷蔵庫にあるもの自由に食べて。

ーハレー ”

メモはそんな簡単な内容だった。

 

「僕は…最低だな…」

 

集は昨夜、自分を心配してくれる祭に対しての言動を思い出す。

メモの隅に“ ありがとう。ごめん ”とお礼と謝罪の言葉を書き込むと、祭の家を後にした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

集は“ 桜満 ”の表札がかけられたマンションの一室の前に立つ。

 

「……………」

ノブに伸ばそうとした手を止める。

彼女は、いのり とルシアはまだいるのだろうか。

もしいたら、最初になんと言葉をかけるべきだろうか。はたから見れば小さな悩みが、集の手を止める。

 

『ーー心配かけてごめん って謝って来なさいーー』

 

綾瀬の言葉を思い出す。

そうだ、最初は“ ただいま ”を言おう。

その後に謝ろう。心配をかけてしまった事、彼女から逃げてしまった事をーーー。

 

ノブを回す。

ドアは僅かに軋むような音を立てて開く。

 

「っ!」

 

小さな衝撃が腹部にぶつかる。

「ルシアっ」

 

見下ろすと赤毛の頭が目に入った。

ルシアはただ黙ってしきりに集の腹部にしがみつく。

 

「シュウ…」

 

聞き慣れた少女の声が聞こえた。

ほんの1、2日の間だというのに妙な懐かしさがあった。

 

「……ただいま。ーーいのりーー」

 

「ーーおかえりなさい」

 

「………」

 

「………」

 

色々考えていたはずなのに言葉がでない。

彼女の顔を見ていると、胸の内から何か言い表せないものが込み上げてくる。

何か言ってしまえば、こうして彼女と顔を合わせている時間もどんどん減って行くような気がしてならない。

 

もうすぐ彼女達と別れなければならない。

その事実が いのり と会って始めて実感へ変わった。

鼻と目に熱い刺激がわいてくる。

喉が痛いほどの息苦しさを訴えてくる。

 

「ーー間に合ってよかった…」

 

いのり が集に手を伸ばした。

一瞬、集はあの夜の事を思い出し僅かばかり躊躇う。

 

意を決して いのり の手を取る。

しかし、心配していた発作の様な症状は出なかった。

 

安堵でふっと息を吐く。

 

いのり は集の手を軽く引き、玄関へ招く。ルシアも集の背について行く。

「ーーいのり、心配かけてごめん」

 

「ううん、私がシュウの様子に気付いていれば……」

 

「いのり が謝らないでよ。悪いのは僕なんだから」

 

「シュウ…」

 

再び僅かな沈黙が場に漂う。だがいつまでもこうしてはいられない。いくら現実逃避しても時間は容赦なく進むのだ。

 

「…シュウこれ」

 

「僕の携帯…拾っててくれたの?」

 

「ーーーシュウ、今までありがとう。シュウと会えたお陰で…学校にも行けた。友達も出来た。ルシアとも出会えた。それから……ーー」

 

いのりは目に涙をため、集に微笑みかける。

 

「大切なものも見つけられた……」

 

「私、シュウに出会えて本当に良かった。ありがとう」

 

「……っ!」

 

彼女の潤んだ瞳が集の顔を見つめる。

ずっと一緒にいたい。

このまま彼女とルシアを連れ去って、葬儀社もGHQの目も届かない場所で一緒に暮らせればどれだけ幸せだろう。

 

無意識のうちに彼女の肩に手が触れる。

 

細く、少しでも力を込めれば容易く折れてしまいそうだ。

彼女はこれからもこの身体で戦い続けるのだろう。

 

彼女が傷付き倒れる日がそう遠くないと、彼女自身の身体が想像させる。それなら、そんな未来に彼女を置き去りのするのなら、いっそ本当に連れ去ってーーー

 

「だめっ」

 

「ーーっ!」

 

「…一緒にはいられない。私が戦うのは日本のためでも、葬儀社のためでも、……今まではそうだったけど、ガイのためでもない。私は……私自身のために戦う」

 

「いのり……」

 

「“ 私 ”をくれたシュウのために……」

 

「……全部お見通しなんだね」

 

無意識のうちに、彼女を捕まえる様に力がこもっていた指を、いのりの肩から離す。

そう、自分の孤独感を埋めるために いのり の望みを妨げるなど言語道断だ。桜満集の出来る事は大人しく身を引く事だけだ。

 

「ごめん」

 

「いいの」

「………」

 

集は自分の後ろで成り行きを見守っていた、ルシアを抱き寄せる。

集はいのり と ルシア の3人で同じ空間にいる今この空間をしっかり心に刻もうとする。

 

2人も同じなのだろう。

目を閉じて、ゆっくり集に身体を預ける。

どのくらいそうしていただろう。

 

「もう、行かなくちゃ…」

 

「…うん」

 

いのりは集から身体を離し、ルシアの手を取るとドアの前に立つ。

 

「シュウっ、これをーー」

 

そう言って、いのり は録音レコーダーを集の手に握らせる。

 

「ーー聞いて。私を忘れないで」

 

「ありがとう…」

 

手の中のレコーダーを見る。

いのり の手の温度が僅かに残っている。

「ーーいのり!」

 

ドアノブに手が伸びていた いのり の手が止まる。

集はなんと言えばいいのか分からず、しばし口を開けたまま言葉を探した。

「ーーさようなら」

 

だから彼女の言葉に声を答えを返せなかった。

ドアが重もい音を立てて閉まる。

 

「…………」

 

残された集はひと気のない部屋で立ち尽くす。

今までの歩みも、これからの指針も見失った“ 桜満 集 ”の残骸に想い人の手をつかまえる資格も、その勇気も有りはしなかった。

 

 

 

*********************

部屋は綺麗に片付いていた。

二人の同居人など最初からいないような錯覚を覚える程、部屋から自分と母の物しか残されてはいなかった。

 

「……………」

 

集はソファの上に座り何をするでもなく、ただ天井を眺めていた。

唐突に携帯が大きく振動した。

数秒間を空けてから集は携帯を見た。

 

颯太からのメールだった。

内容は いのり の転校に対する驚きと悲しみが長々と書かれていた。

それ以前のメールもざっと確認してみると、いのり や祭 と綾瀬 などの友人からは集を心配する内容のメールが届いていたが、颯太からは一通もそういった内容がなかった。

 

「…友人の心配はなしか?しょうがないな」

 

颯太の現金さに苦笑が漏れる。

 

僅かとはいえ、久々に笑えた気がした。

 

「…そうだな、学校…行ってもいいかな……」

 

少なくとも自分一人しかいない部屋にいるよりは精神衛生上、よっぽどマシだろう。祭にも詳しく事情を話さなくてはならない。

 

集は自室へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

制服に着替えた集は真っ直ぐ学校に向かわず、崩壊した六本木の前に立っていた。

 

「……」

 

自分の未練がましさに本気で呆れる。

いのり が去る直前に見た顔を思い出すと、自然とここに足が向いていた。

 

彼女達はもう任務へ向かったのだろうか。

こんなフェンスの前では、葬儀社のアジトなど見えるはずがない。それが分かっていても、集は六本木の街を見つめる。

 

「……どうしたいんだよ僕は…」

 

いのりの前では必死に耐えていた涙が、頰を伝う。

大切な人も、そうでない人も守っていく英雄の様な人になりたい。その気持ちはやはり、彼に対する嫉妬でも覆い切れない。

 

 

 

「ーーダメだ、やっぱりダメだよ ダンテ ……僕はーーー

 

 

 

 

 

 

 

風が僅かに騒いだ。

 

 

 

 

「よぉ。デカくなったな」

 

 

 

 

 

その音にまぎれて聞こえて来た声に、集は自分の耳を疑った。

 

「……えっ?」

 

ここに居るはずのない、だがずっと聞きたかった声。

 

思考が追い付かず、スローモーションの様な緩慢な動きでゆっくり振り向く。

 

 

視線の先に、長身の男が立っている。

 

まず血の様に紅いコートが目に入った。

 

次に短い銀髪。そして巨大なギターケース。長身でパンクロックの様に派手な出で立ちの男。

 

 

こんなバカみたいに特徴だらけの男の姿を、見間違えるはずがない。

 

 

「……ダン…テ?」

 

 

振り返った集に、最強のデビルハンターは不敵に笑った。

 

 

 




今回ちょっとチェック入れてないので、
おかしなところがあったら指摘して下さい。

(※後で自分でも見るけど)





劇場版ジード想像以上に良かったわ〜〜。
ていうか、最高傑作だわ。

でも地元でやってなかったから、
わざわざ隣の県まで行ったんじゃ〜(⌒-⌒; )

次のルーヴはバディものかな?

とりあえず俺はレディプレとアベIW見に行くんじゃー!



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#39誓言〜TheDesire Declaration〜

お待たせしました。

今回が一番大変だった気がする。







…というか、



新作DMC5キターーーー(*≧∀≦*)/ーーーー

今年一番ニュースでしたよ!ホント!

もしかして、5の内容如何で内容変える必要出てくる?
そこまで擦り寄る必要ないか…?







なぜ父は自分の誕生日の日に急用が出来るのだろう。

父は立派な人だ。そこらの人では父の前では頭が上がらない。それだけでなくとも彼は忙しい毎日を送っているのだ。

 

そう、だから仕方ない。ーーー

 

そうやって必死に自分を抑えて居たのに。

 

「薄汚いバイキンが……」

 

見てしまった。

あの女と一緒にいるところをーー。そこまではいい、彼女と父は仕事柄一緒に働いている事が多い。

 

しかし、さっきは様子が違った。

明らかに仕事としてでは無く、男女の距離感だった。

何より、自分を見る父の目は棚に溜まった埃を見る様な邪魔者を見る目だった。

 

それで理解した。

父には自分に対する愛情などカケラも残ってないのだと。

なら、いい。

それならやるべき行動は決まっている。

 

「……浄化してやる…」

 

ダリルは自分でも気付かないうちに、僅かに涙を流しながら口元に深い笑みを浮かべていた。

 

******************

 

 

「はぁ…」

 

シャワー室から出た いのり は、まだ湯気の立つ身体をタオルで拭う。

もうすぐ『はじまりの石』奪還作戦が開始される。結果がどうであれ、あらゆるものが大きく変わるだろう。

 

任務が失敗し石が完全に敵の手に落ちれば、この国もここで暮らす人々も未来は無い。

集もハレも部活の仲間も全員、死に絶える。

 

机の上に立て掛けているディスプレイには、大島でみんなと撮った写真が表示されていた。

 

「私が守る…シュウも、

彼が守ろうとした人も…みんなーー」

 

いつもと違う白い衣装を身に纏った いのり は、白いリボンで桃色の髪を2つに束ねる。

夏祭りの日に集がくれたリボンだ。

 

いのり にとってそれが集との絆を表すものだ。

少女は髪に結ばれたそれを優しく撫でる。

 

おそらく彼の事を想って居られる時間もこれで最後だ。

集がもう戦わなくてもいい世界に、笑って生きていける世界に変えてみせる。

この命にかえても成し遂げて見せる。

 

不意にドアをノックする音が聞こえた。

時間だーーー

 

 

******************

 

「ーーダン…テ…?」

 

ありえない、今この国にこの場所に彼がいるなど。なぜよりによってこの時に来てしまっているのか。

 

「なんだ、久々の再会が嬉しくねぇのか?」

 

「えっ、あ…」

 

本気で幻覚を疑いたくなるような、あまりにも唐突な再会。

ダンテの後ろには腕を組むトリッシュの姿もある。

会いたかった、だが今一番会いたく無かった人物が突然目の前に現れ、集の口から言葉が出ない。

ダンテと目を合わせる事が出来ず、自然と目が伏せる。

 

「元気そう…じゃあねぇな…ーー」

 

そんな集からなにかを感じたのか、ダンテの目がスッと細まる。

 

「あっーー」

 

「なにがあった」

 

「ーー僕は……

ついさっきまで“ 葬儀社 ”だったんだ……。

でも、みんなが思ってるようなテロリストなんかじゃない」

 

「………」

 

「みんなが…あそこにいる多くの人は

平和に生きて行きたい、ただそれだけを願っているんだ」

 

そこで涯と出会った。

綾瀬と出会った。

ルシアとツグミにアルゴにーー

 

そして彼女と出会った。

 

「大切な人達が…たくさん増えた」

 

無意識のうちに爪が皮膚に食い込む程、強く拳を握り締める。

 

「ーーその人達を守れる力も手に入れた…なのに!!

結局はたった一人の人間も救えなかった!

前とは違うって思ってたけど、結局は何もーー1歩も前に進めてなかった!!」

 

最初からヴォイドも悪魔の力も手にすべきでは無かった。涯の様な明確な目標が見えている訳でも無い。ただ誰かの見ていたものと同じものを見ようと息巻いていただけの、身の程知らず。

それこそが桜満 集という人間の姿だ。

 

「僕は……ダンテみたいに……」

 

気付けば視界が滲み、涙が流れ出ていた。

それ以上、言葉が出ない。

 

「……」

 

「…お前に何が起こったか、よく分かった…」

 

ダンテがため息まじりにそう言った。

 

「お前はもう下がってろ。生き残ることだけを考えな」

 

あぁ分かってる。ダンテが無力で小さな子供を鍛えていたのは、戦うためでは無く、生き残るためのものだ。

 

「ーーお前はよくやった」

 

労いの言葉。だが別の意味がある。

 

“ 戦力外 ” もう戦場に関わるなと、そう言っている。

その証拠にダンテは既に立ち尽くす集から背を向け、

立ち去ろうとしている。

奮い立たせる事も、慰める事も無い。

ただ労うだけ。

 

今まで戦ってきた事への賛辞。だがそれだけだ。

 

勝手に火に飛び込んで、勝手に死ぬなと告げている。

ダンテがみせる不器用な優しさだ。

 

(分かってる…)

 

すでに彼の目立つ赤いコートすらも、視界に捉えるのも難しくなっている。

 

(…分かってるさ……)

 

彼は集に死んでほしく無い。

集にも彼が戦いから引き離そうとしている事くらい、勘付いていた。

 

(だけど…だけどさ……)

 

でもだからこそ、認めさせたかった。

一人前の戦士として成長した所を見せたかった。

 

“ ーーお前に任せるぞ ーー ”

 

失望して欲しかった。

『お前を信じていたのに』とそう言って欲しかった。

そうであれば少なくとも、

あの言葉がただの言葉では無いことが証明された。

 

叱って欲しかった。

まだ家族も知らなかったあの頃の様にーー。

 

集は金網を背に蹲るように膝を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から物音がした。

 

「?」

 

金網越しに背後の廃墟に目を凝らした。

子供だ。

まだ幼い少年だ。

 

まだ距離があったが、その子供と目が合ったのが分かった。

 

「あっ」

 

慌てて涙と鼻水で汚れた自分の顔を、袖で拭く。

 

「おにいちゃん!」

 

「え?」

 

「この前、こわい人から

ぼくとママとパパを

助けてくれたおにいちゃんでしょ!?」

 

言われて気付いた。

最初にいのりや涯や葬儀社のメンバーと遭遇した時、

ダリル・ヤンに殺されそうになっていた子供だ。

 

ダリルが引き金を引く瞬間に飛び出し、代わりに自分が撃たれたのだ。

 

「あぁ…君か!」

 

ようやく記憶と合致し、子供の顔をまじまじと見つめる。

 

「うん!」

 

「パパとママは元気?」

 

「元気だよ。パパとママもおにいちゃん達にお礼いってた」

 

「そっか、よかった」

 

「…ねぇ、どうしておにいちゃんは一人でいるの?」

 

「え…どうしてって」

 

「おにいちゃんも “ そうぎしゃ ”なんでしょ?

パパがいってたもん」

 

「っ!!…それは…」

 

ここに来て自分を振り返れと言われた気分だ。

この子は自分をヒーローだと思っている。

数日前の自分なら、胸を張っていたのだろう。

 

「僕は…やめたんだ。

もう彼らの仲間じゃない」

 

「え、なんで?ケンカしたの?」

 

「僕が…絶対にしちゃいけない失敗をしたんだ。

そのせいで沢山の人が傷ついた。

…傷付けてしまった」

 

「………」

 

「ひどい奴なんだよ僕は。

何も出来ないくせに出しゃばって、

そのくせ大切な人の大切な人を守れないで」

 

 

『どこにも、行かないでね』

 

 

ずっと一緒にいる。

それすらも出来なかった。

 

「弱虫でかっこ悪い。

ーー自分にとって大切な約束も守れなかった。

憧れた人になりたい、それだけを考えて生きて来たんだ」

 

幼い子供に話しても分かるはずのない独白。

それでも集は止められなかった。

 

理解し妥協してそれでも手を伸ばさずには居られなかった。

 

「でも、無理だった。

僕なんかが、ダンテの代わりになる訳がない。

分かってた筈なのに…」

 

金網越しの子供に懺悔をする様に項垂れる。

枯れたと思っていた涙が再び溢れ出る。

みっともないと僅かに残った羞恥心が頭をもたげるが、

それでも頭を上げる事が出来ない。

 

零れ落ちた涙が地面に落ちる。

 

情けない、恥ずかしい、くやしい、くやしい。

こんなに恥ずかしくてくやしいのに、何も出来ない。

 

 

 

「ーーぃちゃん。おにいちゃん!」

 

子供の声にようやく気付き、顔を上げる。

 

「あのね。これ、あげる」

 

「え?」

 

子供が金網の穴から、丸められた紙を集に差し出した。

集はその紙を広げてみる。目の前の子供が描いた物であろう絵が描かれていた。

 

クレヨンで描かれたそれは、

数人の人と太陽などで彩られていた。

 

「ボクとパパとママとおにいちゃん」

 

それぞれ指で差しそう言う。

優しくしてくれたオネエちゃんと言い。

髪を2つに束ね、ピンクに塗られた人を指し示した。

いのり の絵だとすぐに分かった。

 

「ボクはおにいちゃんみたいになりたい!」

 

「えっ」

 

「ーー助けてくれて、ありがとう!」

 

集はしばらく呆然と子供の顔を見つめる。

 

「僕みたいに?」

 

子供は頷く。

 

「なんで…こんなに情けない所を見せたのに。

君に泣き付いたりなんかして」

 

「だれがなんて言っても、

ぼくを助けてくれたのはおにいちゃんだよ!

それにママ言ってたもん。

何かをしんけんにやろうとして流したナミダはカッコいいだよ。

だからぜんぜん恥ずかしくないんだって!」

 

「ーーっ!」

 

「だからぜんぜんカッコ悪くない!

だって、おにいちゃんはぼくのヒーローなんだから!」

 

「………」

 

再び絵に目を落とす。

今まで自分が助けた人間の事を考えたことがあるだろうか。

 

助けられなかった人達の事は片時も忘れた事は無かった。

 

だが助ける事が出来た人間は?

その先の幸せを願う事くらいはしたかも知れない。

しかし、思い返す事はほとんど無かった。

 

「ーーあぁ…。そうだよな…」

 

目の前のこの子に対しても、家族と共に葬儀社に保護された後どうしていただろうか。

 

「ヒーロー…そうだな、ヒーロー」

 

この子に限らず、自分をどんな目で見ているか考えてもみなかった。

 

集が立ち上がる。

消えたと思っていた闘志が燻り始めた。

 

「じゃあ、君をガッカリさせる訳にはいかないよね」

 

「おにいちゃん?」

 

「ごめん、行かないと。

パパとママによろしく。

それと、これも貰っていいかな?」

 

「うん!」

 

「ありがとう」

 

集は駆け出す。

 

(まだ、遠くには行ってないはず)

 

とにかく追い付こうと必死に走った。

全力で数十秒間走り続けて、

ようやく彼等の姿が見えた。

 

「 ダンテ ぇ ! !」

 

二人の背後に向けて叫ぶ。

二人は立ち止り集に振り返る。

 

集は走るのをやめ、ゆっくりダンテに歩み寄る。

 

「……ごめん、僕はまだ諦められない!

僕が守った人達のためにも。

これから守らなきゃいけない人達ためにも。

僕の幸せを願ってる人達のためにも。

まだ、やめる訳にはいかないんだ!!」

 

「………」

 

「失ったものばかり考えていた。

救うべきものを失ったものに重ねて、また同じ事になったらどうしようとばかり考えていた。

“ ダンテだったらもっと ”って自分をおさえつけて。

それで強くなれる気でいたんだ」

 

それでしか強くなる術を知らなかった。

そうでならないと強くなれないと思っていた。

 

「それが間違っていたとは今でも思わない。

でも、どんなにそれを重ねても僕はダンテにはなれない。

『桜満集』は『桜満集』にしかなれない!」

 

だからーー、

 

 

ゼーゼーと切らしていた息を深く吸い込むと、

指を力強くダンテに指し叫ぶ。

 

「だから、僕はあんたに憧れるのをやめる!!

あんたよりもっと強くなる!!悪魔を超える!!魔界を隙間も残さず永遠に封じる!!」

 

「 ーーみんなの力で、

僕を甘く見たあんたを超えてみせる!! 」

 

「ーーーーっ」

 

ダンテは黙って集の言葉に耳を傾けていた。

 

「はーっはーっ」

 

しばらく沈黙だけが流れる。

正確に言えば、集の息切れだけが延々と垂れ流されていた。

 

 

 

「くく……ぶはははははは!!」

 

突如その沈黙を大きな笑い声が破った。

 

「 “俺を超える ”の前の一言が余計だっての」

 

笑いながら片手を頭に押し当て、

やれやれといった感じで首を振る。

 

「しょ…しょうがないだろ。

僕が何年修行したって、ダンテに追い付ける訳がないんだから…」

 

集は顔を赤くして、大声で笑うダンテから気まずげに顔をそらす。

「ハイハイ。

それで ” みんなの力で “ねーー」

 

「あぁ…守るんじゃない。

仲間と一緒に守って戦うんだ」

 

「はっーー。

で、そう決めて次はどうする?」

 

「…みんなを助ける。

いのり や 涯達をーー」

 

集の言葉を聞き、ダンテはニッと楽しそうに笑う。

 

「ジャックポットだ。

いいんじゃないか?お前らしくて。

見せてみな。

俺を超える男になるってならな」

 

「ああ見せてやる。

それで今度こそ胸を張って言ってやるーー」

 

集もダンテと同じ様に笑いながら、

こぶしをダンテに向け誓った。

 

 

 

 

「 “ 桜満 集は、ーー

 

最強のデビルハンターの一番弟子だ ”って !」

 

 

 

 

ーーどんなに間違っても、

もう諦めないと。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「行ったわね」

 

「あぁ…」

 

「随分と成長したんじゃない?」

 

「あぁ…」

 

「予想以上だったんじゃない?」

 

「まあな…」

 

「ちょっと、ちゃんと会話する気あるの?」

 

素っ気ない返事ばかり返すダンテに業を煮やし、

トリッシュはダンテを睨み付ける。

 

「あ〜〜〜っ、そう怒んなよ」

 

「全くシュウが絡むと何時もこうよね。あんた」

 

「いいから俺たちも行くぞ」

 

「仕事の時間ね。いいわ暴れたくてウズウズしてたし」

 

トリッシュは髪をかきあげ、妖艶に微笑む。

「…さっさと来いよ。

じゃねぇと見せ場、全部くっちまうぞ」

 

集が去って行った方を見ながら、

ダンテは笑みを浮かべた。

 

 

 

*************

 

「茎道局長。いったいどういう事ですか!」

 

空港の休憩所から飛行場を見つめていた茎道に、春夏が詰め寄る。

「私からのメッセージを受け取ったか?」

 

「ええ、受け取ったわ。どういう事なの?

『はじまりの石』を盗み出したって!

しかもその石をヤン少将に譲渡するなんて!!」

 

「本当は私の手で盗み出す気でいたんだがな。

アリウス殿が用意した『生物兵器』の能力を見てみたかったのでね」

 

『生物兵器』の話は春夏も存在だけ知っていた。

ウイルスの類ではなく獰猛な姿をした恐ろしい怪物だという、にわかに信じがたい話も聞いている。

しかし、春夏には茎道が胸ポケットから取り出した物の方に目を奪われた。

「それは、あの人のーー」

 

「そう、玄周のIDだよ。

もっとも私には必要なかったがね」

 

「なぜあなたがそれを…!」

 

「大島で懐かしい顔を見たよ。

大きくなったものだな」

 

「っ!集を巻き込まないで!!」

 

「もう遅い。あの子供は王の力を継承した」

 

「えっ?」

春夏は茎道の言葉に愕然とした。

 

「楪 いのり。

あの顔、あの姿の少女が近くにいる事が偶然だと思うか?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

いつもは多くの人で賑わっている空港は、ただならぬ緊張と静寂に包まれている。

空港にいる人間も兵士や軍関係者しかいない。

涯達にとっても空港を閉鎖してくれたのはありがたかった。

一般人や空港職員を巻き込む心配する必要が無いのは、喜ばしい環境だ。

「コマンダーより全ユニットへ、目標の輸送機が離陸するまであと三十分だ。それまでに俺たちが機体を奪取する」

 

涯は全メンバーへ通信する。

いのり はそれを横で聞きながら、足を進めていた。

ふと、左手を柔らかな温かさが包んだ。

 

「いのり…顔色悪い」

 

ルシアがいのりの顔を覗き込む。

「大丈夫。

それより本当によかったの?

シュウと一緒に行かなくて…」

 

ルシアはふるふると首を横に振る。

 

「…いのり が1人になっちゃう」

 

「それに、シュウが安心するには、

いのりが無事じゃなきゃダメ」

 

「……ありがとう」

 

いのりはルシアの手を握る。

 

入り組んだ迷路のような入り組み、壁や天井や床にも血管の様に配電線が走っている下水や施設地下を監視カメラを警戒しながら壁に沿って進む。

 

警備の人間はそう多くない。

目を掻い潜るのは難しくなかった。

 

地上へ出ると一気に機体へ近付く。

運悪く顔を出した兵士をアルゴがナイフを投擲し黙らせる。

 

機体の貨物室は空いている。

中央には厳重に閉ざされた箱が積んである。

(この中に『はじまりの石』が…。

だが、なんだ…簡単過ぎる)

 

しかしもう後には引けない。

涯はアルゴと大雲にコックピットを制圧するよう指示する。

 

ところが扉を爆破してすぐに二人が戻って来た。

 

「ダメだ。コックピットは無人だ!」

 

その言葉が聞こえると同時に、

貨物室の天井に備え付けられたモニターが、

激しいザッピングを始めた。

元からある物では無く、後から付けられた物だろう。

 

『おめでとう恙神涯。ここが天国だ』

 

英語でそんな文字が浮かび上がると同時に。

貨物室の扉がひとりでに閉じた。

機体が激しい振動と共に動き出す。

 

「罠か!」

 

機体は海に向けて動き始める。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

『例の輸送機の準備はどうだね?』

 

『はっ!

スカーフェイスの指示のもと準備は完了!

いつでも飛び立てます!』

 

そんなヤン少将とダン・イーグルマン大佐の会話が聞こえて来る。

 

(役者は揃いましたね)

 

「カメラのチャンネルをG7に」

 

嘘界は薄い笑みを浮かべ携帯を畳み、

傍の兵士に指示を出す。

 

「あの…そのような回線は存在しませんが?」

 

「知ってます。今私が付けたのですから」

 

兵士の困惑する顔を楽しそうに眺めると、自分でモニターを操作する。

カメラが一斉に切り替わり、地下、駐車場など潜んでいる葬儀社の姿が次々と映し出される。

あれで隠れているつもりらしい と嘘界はまたクククと笑う。

 

「中継の用意は?」

「都内のGHQ管理下の全回線から出力されます」

 

嘘界はよろしくと薄い笑みを浮かべたまま頷く。

 

「親愛なる全アンチボディズ諸君に告ぐ。

こちらは嘘界少佐。ワクチンDを摂取せよ。繰り返す。ワクチンDを摂取せよ」

 

周りの兵士も、放送を聞いた全兵士も一斉に無針注射器を腕に押し当てる。

自分はもう済ませてある。そしてここにいる兵士と、放送を聞いた兵士は元アンチボディズのみ。

それ以外の人間は死ぬ。

だがそんな事興味は無い。

何人死のうがどうでも良い。

 

「…茎道局長。これでよろしいのですね。

僕は知りませんよ?」

 

嘘界は茎道から渡された歌のデータを機器に挿し込み、

再生ボタンを押した。

 

そしてモニターと無線機に耳を押し当て、歌の効果を待った。

 

世界が激変する瞬間を今か今かとーー。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「ツグミ!遠隔操作を切れ!」

 

涯は操縦席に素早く座り、操縦桿を握り必死に力を込める。

 

『ほい!遮断完了!』

 

「よし!」

 

操縦桿がふっと軽くなる。

エンジンを切り操縦桿を捻り、滑走路からずらそうと試みる。

機体はゆっくり回り方向を変えていく。

 

しかしその時ーー

 

「ぐあっーー!?」

 

身体の内側から全身を貫かれる様な不快感を感じ、

涯は胸を押さえて操縦桿に突っ伏してしまった。

機体は再び制御不能の鉄の塊と化す。

 

(バカな!茎道の奴『石』を発動させたのか!)

 

「涯!どうした!

くそなんなんだこの気持ち悪りぃ歌は!」

 

「みんなどうしたの!?いのり!」

 

ルシアは状況の変化に付いて行けず、

いのりに振り返った。

 

「…違う…この唄じゃない。

この唄じゃダメ…」

 

いのり は床に身体を丸め震えていた。

 

「いのり…?」

 

「……あの人が…起きてしまう……」

 

「 伏せろおおおおお !!」

 

アルゴの叫びの直後、コックピット全体を揺らす衝撃が何度も涯達を殴打した。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「…これは…何?歌?」

 

春夏が歌に気を取られているスキを突き、

茎道は春夏の腕を掴み無針注射器を押し当てた。

 

「なっ!」

 

春夏がそれに気付く頃には、

既にプシュという空気音と共に注射器の中身が体内に取り込まれた後だった。

 

「慌てるな。ワクチンだ。

お前にも見せてやる春夏。人類の未来をーー」

 

 

 

******************

 

涯達が罠に掛かる少し前、

祭は集の到着をソワソワと待っていた。

 

突然集から連絡が入り、部室である倉庫の前に来て欲しいと言われたのだ。

訳は聞けなかったが、昨夜に比べかなり様子が違い明るくなっていた。

 

「ハレ!」

 

「集!もう大丈夫なの?」

 

「うん。色々ありがとうハレ。

迷惑かけてごめん」

 

「いいの。戻ってくれてよかった」

 

すっかり戻った様子の集を見て、

祭は安堵のため息を吐く。

 

「でっ、さっそく別の迷惑を掛けるんだけど…聞いてくれる?」

 

「へ?別の迷惑?」

 

「その前に他にも呼びたい人が居るから、

集まってから説明をーー」

そこまで言いかけた時だった。

突如ズンとした重みが心を打った。

まるで重力が突然増えたかの様な感覚だった。

しかも波を打つ様にそれが続く。

 

「……歌……?」

 

鉛色の曇天を見上げて集はそう呟いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

同じ頃、ダンテ達もこの異変に直面していた。

 

「ダンテ…」

 

「ああ…。奴さんが動き出したみてぇだな。

やれやれ着いたばっかりだってのに、

せっかちな奴らだ」

 

スンスンとダンテは犬の様に鼻を鳴らす。

 

「……ビンゴだ。俺の魔具をくすねた盗っ人。

それに火薬の匂いだ」

 

「“ 葬儀社 ”ってのが暴れてるのかしらね?」

 

「だろうよ。

まっ、好きにやらせてやるさ。

うちの“ 弟子 ”も世話してもらったしな」

 

「ふふ、テロリストに手を貸すの?」

 

「まっ…聞こえはあんま良くねぇが、

相手が悪魔だってんなら勝手が違いすぎるからな。

やれやれ。難儀なもんだ」

 

「早く行きましょう。

やる事なんて、どうせ決まってるんでしょ?」

 

トリッシュが突然銃を抜き、

ダンテの横顔に向けて発砲した。

 

『ガッーーゴェ!?』

 

ドンッという発砲音と共に銃弾が発射され、

ダンテに飛び掛かっていた悪魔の顔面に命中する。

 

いつの間にか周囲に無数の悪魔が出現していた。

ダンテは周囲を見渡し、野獣の様に笑う。

 

「ハッ!前菜はお前らか?」

 

ダンテとトリッシュを取り囲んでいた

悪魔達が一斉に飛びかかった。

 

「満足出来そうにないがなーー!!」

 

 

ーーーーーーーーー

 

空港のカフェテリアでアリウスは

カップを片手に足を組み、くつろいでいた。

 

空港を封鎖したため、

当然ホールにもキッチンにもいつもの様な従業員はいない。

 

「……始まったな……」

 

“ 歌 ”をbgmにアリウスはコーヒーを啜る。

 

「舞台は整った。後は役者だ。

もっとも、まだほんのリハーサルだがね」

 

チップをテーブルに置き、席を立つ。

席を立つと鳥に似た面を被った、

数人の奇妙な女性達を引き連れカフェテリアを去る。

 

「ーー魔剣士にその意思を継ごうとする少年。

会うのが楽しみだよ。シュウ・オウマ」

 

これから訪れる素晴らしい出会いに薄く笑みを浮かべながら、

アリウスは暗闇へ消えていった。

 

 

 

 



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#40-①共鳴〜resonance〜

初投稿です。







ーーーーーーーーー

 

ダン・イーグルマンは突然の出来事に頭の整理が追いつかなかった。

仲間たちは絶叫しながら、次々に歪な像へ変わって行く。

当然それはダンも例外ではない。

 

「ぐう、なんだこれは!」

 

ダン同様ヤン少将も秘書と抱き合いながら、周りの状況に困惑の表情を浮かべている。

その時、金属が軋む異音と共に窓ガラスが激しくゆがんだ。

 

音のする方へ振り返ると、一機のゴーチェが中を覗き込むかの様にこちらを見ていた。

誰が乗っているのかと考える間も無く、ゴーチェはダン達に銃弾を浴びせる。

 

ダンの悲鳴はその轟音に掻き消される。

 

銃弾の雨は生き残っていた兵士達を次々に葬っていく。

ダンに直接弾丸が触れることは無かったが、肩の近くを通過した衝撃波が容易に皮膚と肉を裂いた。

 

「ぐぁあっ!」

 

ナイフで切られた様にパックリ切れた傷を抑えて、ダンは床に崩れ落ちる。

 

「テ、テロリストか?要求はなんだ!」

 

離れたところで同じく銃弾から生き延びたヤン少将が声を上げる。

その声に反応したゴーチェは1枚のプレートを少将の目の前に突き付けた。

 

『僕の機体番号…この番号に見覚えはないか?』

 

「は?」

 

突然の問いに少将は眉をひそめる。

パイロットの声が息子であるダリルだとすら気付いていない。

 

『”機体番号823“僕の誕生日と同じだ……

分からないのか?本当に?』

 

ダリルの声は震え、抑え込んでいた怒りが爆発した。

 

『汚らわしいんだよあんた達はああああ!!』

 

クロスファイアを発して、バリバリと銃口の内側が剥がれ落ちるのではないか思う程、派手な音を立てて銃弾を浴びせた。

少将は隣で寄り添っていた秘書と、区別ができない程細かい肉塊に変わる。

悲鳴を上げる間など無く骨と肉を同時に砕かれ、管制塔に四散した。

 

『ひとつになりたかったんだろ?望み通りにしてやったよ…』

 

ダリルは息を切らして見分けがつかなくなった二人分の遺体を見ながら、吐き捨てる様に言うと、ダリルは無意識にコックピットで次々に流れ出る妙に塩辛い雫を拭い取った。

 それが何の雫かダリルは考えようともしなかった。

 

 

管制塔の扉が開き、兵士を引き連れた茎道が現れた。

兵士に両脇を捕まえられた春夏も一緒だ。

 

「これは……なんて事を…」

 

春夏は吐き気を抑えるために、手で口を抑え背中を丸めた。

嘘界は四散した少将と秘書の死体に興奮を隠そうともせず、携帯からシャッターを切り始める。

茎道も一切の動揺を見せず、マイクに手を伸ばした。

 

「私は特殊ウイルス災害対策局長、茎道修一郎だ。

テロリストの攻撃により、ヤン少将が戦死した。軍規に則り、臨場している最先任士官である私が全指揮を取る」

 

春夏は茎道の言葉に奥歯を噛む。

 

「卑劣にもテロリストは東京全域に大規模なウイルステロを仕掛けて来た。全軍はアンチボディズの指揮下に入れ。

これは第一級非常事態である」

 

ゴッと後頭部に拳銃を突き付けられた。

春夏はヒュッと息が詰まる感覚を感じた。

 

「貴女にも手伝っていただきますよ。桜満博士」

 

嘘界が銃口を突き付けながら、そう言った。

薄ら気味の悪い笑みを浮かべていた嘘界は、

 

「うおおおおおお!!」

 

突然の雄叫びと共に突進した巨体に吹き飛ばされた。

ダン・イーグルマンだ。

春夏は弾かれる様に動くとタブレット端末を持ち、管制塔から逃げ出した。

 

「無抵抗な女に銃を向けるとは見損なったぞ、スカーフェイスっ!!」

 

ダンは半身をキャンサーに覆われながら、嘘界に馬乗りで拳を浴びせる。しかし嘘界は顔面を打ち付けられながら、薄ら笑いをやめなかった。

 

「今さらですねえ。私は最初から貴方を見損なってましたよ」

 

まるであくびでもする様な口調で言いながら、ダンの腹部に銃口を押し当てた。

 

銃弾の炸裂音が背後から聞こえても、春夏は振り返らなかった。

 

「行かせても良かったのですか?」

 

「どうせ何も出来んさ」

 

地面に伏し、電極を刺したカエルの様にヒクヒクと痙攣するダンの頭に嘘界は銃弾をぶち込んだ。

 

「肉親の情…て所ですかな?」

 

「……移動するぞ」

 

茎道は背を向け、管制塔から立ち去る。周りの兵士もその後に続く。

 

「おっと」

 

嘘界もその後を続こうとし、思い出したかの様に踵を返すとダンの死体のそばにしゃがみ込んだ。

 

「あなたへの記念に」

 

携帯でダンの弾けた頭部を撮ると管制塔から去って行った。

 

 

 

**************

 

 

 

「どうしたんだよ集。

休んでたかと思ったら急に呼び出すなんてよ」

 

「防疫警報が出てるの知ってるよね」

 

「………」

 

颯太と花音が問いを投げるが、集は即答出来ない。

訝しげな目で亜里沙、心配そうに事の成り行きを見守っている祭。

 

「みんなごめん…大変な時だっていうのは分かってる。

だけど、僕はどうしても羽田に行きたいんだ」

 

「はぁ!?おい頭おかしくなったか!羽田って言ったら、葬儀社がテロ中の超危険地帯だろ!」

 

「桜満くんどういう事?」

 

「羽田に助けたい人がいるんだ。

それにみんな誤解してるよ葬儀社はウイルステロなんか、絶対やらない!!」

 

 

『 あっったり前でしょ !!』

 

 

突然のシャウトに全員同時に部室の出入り口に振り返る。

そこには卵の様な物体を抱えた谷尋が立っていた。

 

「谷尋?」

 

「谷尋くん!?」

 

集は目を見開いて谷尋を見る。祭や花音は驚きと戸惑いの声を上げた。

谷尋の服装は集と最後に会った時と変わっていなかった。

あちこち破れ、ほつれ、汚れていた。後ろから見ただけだったら、彼だと気付かない程、風体が変わっていた。

追われる要因である弟を失ったあの後も、ずっと同じ生活を続けていた事は容易に想像出来た。

 

「ーーっ」

 

集の胸に痛みと途方も無い悲しみが押し寄せて来た。

 

ふと、足元に触れる物があった。

 

「“ふゅ〜ねる”?」

 

足を触れたのは、見知った物だった。

卵型の胴体から4本の脚。その内の殆どが壊れ、千切れかけている。

 

瞬間、ーー

 

『集のバカちんっ!!』

 

「ぶげっ!!?」

 

怒声と共に“ふゅ〜ねる” が跳ね上がり、集の顎にクリーンヒットした。集は受け身も取れず地面に仰向けに倒れる。

 

「その声…つぐみ?」

 

ふゅ〜ねる は倒れた集に乗り掛かり、胸ぐら掴んで揺する。

 

『なんで来なかったの!

あんたが来なかったせいで…みんなが、みんなが!

涯とも連絡取れないし、四分儀と研二は復活したアンチボディズに捕まっちゃうし。

このパンデミックもあたし達のせいになるし…』

“ふゅ〜ねる ”を通して、ツグミの嗚咽が聞こえる。

 

「ツグミ…」

 

「校門の前をヨロヨロ走り回っててな、

見てられなくなったから連れて来たんだ」

 

「谷尋…」

 

「……また他人を道具にするつもりなのか?

集っ」

 

「なんだよ道具って」

 

「さあな、集なら教えてくれるんじゃあないか?

なあ、集さんよぉ」

 

颯太の問いに谷尋は皮肉を込めて返す。

出来るものならやってみろ。そんな態度だった。

 

「……祭っ」

 

「うん」

 

集は祭の目の前に立ち、彼女と目線を交らせる。

 

「これから君に少し怖い事をする。でも、僕を信じてほしい」

 

「大丈夫。ずっと前から信じてるよ」

 

集は祭の言葉を受け、集は祭の胸へ右手を伸ばす。

途端に激しい動悸におそわれた。息がつまる吐き気と叫び出したくなる程の強い恐怖感に苛まれ、集は倒れそうになった。

 

「ーー大丈夫。集なら助けられるよ」

 

ハッと顔を上げた。

 

「私を見て。

信じて…私が集を信じてるのと同じくらい」

 

「……ーーっ」

 

集は一度深く息を吸い、はいた。

そして真っ直ぐに祭の目を見る。祭も真っ直ぐに集を見つめ返した。

右手が光を発しながら、祭の体内に沈み込む。

 

「んっ」

 

祭の口から声が漏れた。それでも祭は集に身を委ている。

 

集の動悸が激しくなる。

今すぐ手を引っ込めたい衝動が襲うが、祭がたえているのに自分が逃げる訳には行かなかった。

 

周りのみんなが息を呑んでいるのが伝わる。

谷尋以外の全員が驚愕し、身を乗り出してこの信じがたい現象を見守っていた。

 

「ーーっ!」

 

遂に集は祭から何かを掴み出した。

 

掴み出された物体は、銀色の光を放ちながらその形を現していった。

長く平べったい形状をし、ふわふわと柔らかく集の右腕の周りを漂っていた。

 

「包帯…?」

 

集の代わりに花音が呟いた。

 

気を失った祭を支えながら、

集は“ふゅ〜ねる”へ《包帯》を放った。

 

包帯はゆらゆら揺れながら、スルスルと滑る様に“ふゅ〜ねる”を包み込む。

一瞬柔らかい光に包まれ《包帯》が離れると、

今にも分解しそうだった“ふゅ〜ねる”が、壊れた脚どころか細かい傷まできれいに治り新品の様な姿になって嬉しそうに走り回る。

 

「治った!?」

 

颯太が大声で叫ぶ。

他も声こそ出さなかったが、概ね颯太と同じ反応をしていた。

 

「これはヴォイドって言うんだ。

僕の右手には他人の心を読み取って、道具や武器に変える力がある」

 

「心を読み取る?」

 

「トラウマ、コンプレックス、趣味や夢。

そういったものを読み取って、その人に一番合った形を取り出してそれぞれに特別な力があるんだ」

 

集は治す能力を持った《包帯》のヴォイドを祭に戻す。

祭は小さく声を漏らすとふっと目を開けた。

 

「ん…集?」

 

「ありがとう。祭らしい優しいヴォイドだったよ」

 

集の言葉に祭は嬉しそうに微笑んだ。

祭が立つと集も立ち上がり、改めてみんなと向かい合った。

 

「忘れてるとは思うけど、颯太と谷尋それに供奉院さんからも出した事あるよ。

勝手に心を覗き見する様なことしてごめんなさい」

 

「へ!?」

 

「わたくしからも?」

 

頭を下げる集にどう返せばいいのか分からず、颯太と亜里沙は戸惑った。

 

「僕はこの力で涯やいのり達に協力してたんだ」

 

「え!?」

 

「ちょっと待て!なんでここでいのりさんの名前がーー」

 

「なんでもなにも…、そういう事だ颯太」

 

「ーー僕といのりは葬儀社のメンバーだ」

 

「なっーー!」

 

集の言葉に颯太は絶句した。

 

「僕はいのりとルシア…涯達みんなを助けたい。

でも僕一人の力じゃ無理だ。みんなの力を借りたい!」

 

「ルシアちゃんまで…?」

 

「………」

 

「……そこにツグミさんがいるって事は、綾瀬さんもなんだね?」

 

『…うん』

 

「…そっか…」

 

あまりの事に全員口を閉じ、沈黙が流れる。

 

「…涯は人が実験動物同然に扱われる今の状況を変えたかったんだ。みんなが思ってる様なテロリストじゃない。

谷尋は知ってるでしょ?」

 

「…………」

 

谷尋は舌打ちして目を伏せる。

 

「なにがありましたの?」

 

「谷尋の弟は発症してたんだ。それで兵士に殺されそうになって…」

 

「そしてお前に殺された」

 

「ーーっ!!」

 

「違うわ!弟さんを殺したのは軍のロボットだよ!

集は谷尋君と弟さんを庇いながら、必死に戦ってた!嘘だと思うなら録画だってあるわ!」

 

祭は叫ぶ様に谷尋の言葉を否定する。

 

「こいつは”守る“と言ったんだ!

だが弟は死んだ。こいつが殺したも同然だ!」

 

「その理屈で言うなら、貴方が弟さんを殺したという事にならない?」

 

「…なんだと?」

 

谷尋は亜里沙を睨み付けた。

 

「だってそうでしょう?話を聞く限り、彼は親切心で貴方達兄弟を助ける事に名乗り出た…。

でも、一番弟さんを救う責任を負うべきなのは誰?

貴方なのではなくて?」

 

「てめえ…!」

 

まさに一触即発の空気だった。

颯太と花音は初めて見る谷尋の激昂を固唾を飲んで見守っている。

その緊張を断ったのは集だった。

 

「…谷尋、あの日の事を全部話してもいい。

…でも今はダメだ…。僕はみんなを助けに行かなきゃいけない」

 

谷尋は集を睨み付ける。

しかしすぐため息をつくと柱にもたれかかる。

 

「……いいさ…」

 

「…ありがとう」

 

集の感謝の言葉を受ける気が無いと言う様に、

谷尋は再び目を伏せる。

 

『あ〜一応纏まったところで、私が話していい?』

 

ツグミの声の“ふゅ〜ねる”が足を上げる。

集が頷くとありがとさんと軽く返す。

 

『そもそもアポカリプスウイルスは人間にしか感染しない。

日本は他の大国が薬を作るための実験場なの。

貴方達が普段摂取してるワクチンはデータを取るために投与されてるに過ぎないわ』

 

「でもそのおかげで俺達はこうして発症せずに済んでるんだろ?」

 

『話は最後まで聞けバカ。

そんな中で私達は対抗手段を見つけた。

それがいのりんよ。

どういうわけかいのりんの声には特定波長のメロディでウイルスの活性化を抑える効果があるって分かったの。

それが《EGOIST》。

だから私達は歌の配信をし続けたの』

 

「あの歌にそんな意味が……」

 

集は初めて聞かされる事実に胸を締め付けられる思いになった。

自分達は知らず知らずの内にいのりに守られていたのだ。

 

『これを見て』

 

"ふゅ〜ねる“の眼からホログラム映像が映し出される。

人々のキャンサーが一気に広がり、倒れ砕ける姿に全員恐怖を覚える。

 

『連中はあたし達の仕業にしてるけど、冗談じゃないわ。

長年のクソッタレな研究の成果。

バイオウェポンよ。

あの歌もどきを止められるのは、集…あなただけよ。

んっで、その集が力を借りたって言ってるのよ』

 

ホログラムを閉じるとキッと全員に目を向ける。

 

「お願いだみんな力を貸して」

 

「……私は行くわ。もう決めてたもの」

 

最初に踏み出したのは祭だ。

 

「俺も行くぞ!俺だっていのりさん助けたいし」

 

颯太。

 

「わたくしもご一緒させていただくわ。生徒会長としてこの学校を守る為ですもの」

 

微笑みながら優雅に踏み出す亜里沙。

 

「……」

 

パンっと派手な音を立てて谷尋は集の背中を叩く。

 

「 いぎっ !!」

 

突然の激痛に涙目になりながら谷尋を見る。

 

「谷…谷尋?」

 

「とりあえずこれでチャラだ。俺だって誰が本当の敵かくらい分かる」

「……!」

 

谷尋は前と同じ様に集に笑いかける。

全て忘れるという意味では無いことは分かる。それでも集には嬉しかった。

 

「ありがとう…」

 

「ふん」

 

そして最後の一人。

完全に出遅れた花音に全員の視線が刺さる。

 

「あーもー、話半分も分からないし、怖いし。

〜〜でも行く!私も行く!」

 

涙目になりながら花音は必死に手を上げた。

 

 

 

 

最も若く幼い英雄は、ーー

 

「よし、行こう!」

 

ーーこうして最初の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

集「しまった…大事なこと忘れてた」

 

ツグミ『なに?』

 

集「悪魔の事…」

 

ツグミ『あー…』

 

亜里沙「どうかなさいましたの?」

 

集「いえ、連中が生物兵器って名目で使ってる物なんですけど…」

 

亜里沙「生物兵器?ウイルスの事では無くて?」

 

集「いや、もっとでかくて怪物っぽい」

 

祭「怪物って…あの氷みたいな?」

 

集「うん、あれもそのひとつ」

 

颯太「なんだよ。勿体ぶらずさっさと言えよ」

 

集「いや、多分見た方が早いと思うよ?」

 

花音「…なんだろうロクな事にならない気がする…」

 

谷尋「………」

 

 

 

 




今回から分割でやってみます。
次は出来るだけ早めに上げます。


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#40-②共鳴〜resonance〜

DMC5が発売されても、
当初のプロットから内容を変えるような事は
しないつもりです。

後の話で、
(5に繋がらねぇじゃん!)
と思ってもそういう事です。

まぁ、まだ内容もなにも分からない時に言ってもしょうがないけども。


しかし、来年はBHre2といいDMC5といい、
ハリウッドゴジラ2といい豊作やな(超笑顔)





 

紫の空を黒い煙が更に覆い、夜の様に空港だけでなく街全体を闇に包む。

悪夢としか形容のしようがない空の下では今もなお戦場が広がっていた。

 

滑走路から空港のホールへ突っ込んだ輸送機から涯達はなんとか脱出したが、それを待っていたと言わんばかりに兵達の銃撃を受けた。

 

アルゴや大雲が兵を足止めしているすきに、いのりは意識が朦朧としている涯を支えその場から撤退した。

 

数分間移動を続け、いのりは涯を壁に寄りかからせ座らせる。

 

「ガイ…」

 

涯の顔を覗き込むと、苦痛で歪む表情が見える。

あまり動かして良いとは思えないが、ここでは治療はおろかまともな検査だって出来ない。

なにより涯の身体から芽吹いたキャンサーが気掛かりだった。

ともかく、ワクチンを手に入れるにしろ脱出しなければ。

 

「ルシア、行こう」

 

いのりは周囲を見張っていたルシアに声を掛ける。

 

「………」

 

「ルシア?」

 

しかし、ルシアはいのりの声に応えなかった。

広く長い通路の奥、照明も窓も無い暗闇を鋭く睨んでいる。

 

否、本当ならそこに暗闇が出来るような空間など無いはずだった。

あるはずのないシミの様な暗闇から、ワニのような生物が躍り出た。

 

「悪魔!」

 

ルーカサイト攻略の任務で見た『ブレイド』に酷似した悪魔だった。

 

いのりが言ったのと同時にルシアはその悪魔を肉薄する。

 

その悪魔はまだ全身が暗闇から抜け出て居なかったが、腕に着けられた盾でルシアの斬撃を難なく防いだ。

 

アサルトは右腕の爪をルシアの頭に振り上げた。

ルシアはそれをバク転で躱す。爪はルシアの髪を僅かに切る。

 

アサルトは兜を被った頭で思い切りルシアに突進した。

 

「がっーー!?」

 

ルシアは胴体に突進をくらい、地面にバウンドする。

しかしルシアは空中で腰に刺した投げ矢を抜き、着地と同時に投げ放った。

 

『ガアアアァアア!!』

 

突然、アサルトが強く吠えると、周囲に風が竜巻のように巻き起こる。

ルシアが放った投げ矢は風の壁に阻まれ、力無く地面に落ちた。

 

「ダムで見た奴と違う!」

 

ブレイドが見せなかった能力を見て、いのりが警戒心を強める。

 

アサルトは外見や地面に潜る、爪をミサイルの様に飛ばすなどの能力はブレイドと大きな違いはない、が風を操る能力を持っている。

 

「いのり、行って!」

 

ルシアが言い終わる前に、アサルトは次の攻撃へ移った。

竜巻を纏い自身を駒の様に回転させ、そのままルシアに突進した。

 

「くっ」

 

削岩機を思わせるそれを、ルシアは真横に飛び退いて躱す。

 

狙いが逸れた削岩機は、柱や壁をクッキーの型抜きの様に綺麗な円状の穴を作った。

 

「ーー早く!!」

 

「ーー!…分かった」

 

いのりは涯の腕を肩に担ぎ身体を支えながら、涯を立たせる。

早く、それでいて涯の負担が少なくなるように移動する。

 

「……て…まて…いのり…」

 

「ガイ?」

 

「脱出はしない…。この歌をなんとかしない事には、例え脱出できても俺と街は死ぬ…」

 

涯は分かっているだろうといのりに視線を向ける。

 

「私の…歌ならーー」

 

その時背後から派手な破壊音とルシアの悲鳴が聞こえた。

 

「!!」

 

いのりがルシアに振り返る。

ルシアは真正面からアサルトの攻撃を受け、吹き飛ばされていた。

ルシアは短刀は一本砕かれながらも、アサルトの回転も止まっていた。

 

だが、単純に動きが止められたのと、弾き飛ばされたのではその差は大きかった。

 

『ゴガァ!!』

 

アサルトはすぐさま地面に転がるルシアに飛び掛かる。

 

「ぐっ」

 

ルシアは地面に倒れながら、残ったもう一本の短刀でアサルトの爪を受け止める。

アサルトはルシアの喉笛を噛み切ろうと、歯をむき出して迫る。

 

「っ!!」

 

ルシアは腰から投げ矢を抜くと、指の間に挟み握り込んだ。

そして、そのままアサルトの兜を殴り付けた。

 

ゴチュッと水音の混じった鈍い音が響く。

 

『グギイイィ!?』

 

アサルトが金切り声を上げてルシアから飛び退く。

ルシアの投げ矢が、兜の隙間から目に突き刺さったのだ。

 

ルシアは素早く起き上がると、短刀を両手で強く握り締めアサルトに向けて振り下ろした。

「やあ!!」

 

『!!』

 

アサルトは刃を受け止める様に、手の平を盾にする。

だが、短刀は手の平ごと兜と頭部に深々と沈み込んだ。

 

それでもまだルシアは止まらない。

深々と突き刺さったまま短刀を思い切り斬り上げた。

 

ブチブチバキッと肉と骨を破壊する音が手元から伝わる。

 

『ゴオオオオ!!』

 

両眼を潰されたアサルトが左腕から爪を発射する。

ルシアは屈んだだけでこれを躱し、アサルトの反対側へ回り込むと左目に突き刺さったままの投げ矢をひき抜き、先程と同じ様に指の間に挟み拳を握り締めた。

 

アサルトは狂ったように爪を振り回して暴る。

 

「はっ!」

 

しかしルシアは爪をくぐり抜け、アッパーでアサルトの首元を捉えた。

 

『ギャッ』

 

アサルトは強く痙攣する。

首元に握り締められた投げ矢が深く刺し込まれる。

ルシアは素早く短刀を振り腹を横に切り裂き、二度目は投げ矢が突き刺さった喉を斬った。

 

ようやくアサルトは力無く地面に倒れ伏し、砂の様に崩れ落ちる。

 

涯を支えながら移動を続けていたいのりは、ルシアが勝利した事に安堵した。

 

「ーーっ!!いのり!」

 

しかし闇からは更に別の悪魔が飛び出して、ルシアを無視していのりと弱っている涯に一直線に向かった。

ルシアが庇おうと悪魔を追うが、間に合わない。

 

(ーーシュウ…)

 

一体がいのりの頭を噛み砕こうと大きく顎を広げた。

 

 

 

「ーー待てーー」

 

 

 

男の声が響いたかと思うと、悪魔たちは一斉に動きを止めた。

 

「何者だ…」

 

いのりから離れた涯が声のした方へ銃を構える。

そこに奇妙な仮面を被った女性たちを連れた豪華な身なりをした男が現れた。

 

(あの仮面…どこかで…?)

 

いのりは女性たちが着けている仮面に既視感を覚えた。

 

「お初にお目にかかります。葬儀社のリーダー “恙神 涯” 。

そして救済の歌姫 “楪 いのり ”」

 

喉元まで登って来た記憶を探ろうとした時、男が優雅にお辞儀をした。

 

「ーー私はアリウス。GHQに悪魔たちを提供した者でございます。ーー」

 

「!!」

 

「貴様が…?」

 

涯は敵意に満ちた目でアリウスを睨む。

瀕死といえどその眼光は鋭さを微塵も失っていなかった。

 

「おおっ怖い怖い。手負いの獅子とはまさにこの事ですな」

 

「ーー何の用で現れた!」

 

アリウスは涯に銃を向けられても、

笑みを崩そうとしなかった。

 

嫌な顔だといのりは思った。

まるで自分が作った箱庭を眺めるような、傲慢さと悪意を隠そうともしない笑みだった。

 

 

 

「ーーーあなた…ダレ?」

 

 

ルシアが蚊の鳴くような声で呟く。

信じられないものを見るかの様にアリウスを見つめる。

 

「…久しぶりだな “ χ ”≪カイ≫」

 

「ーーっ!!」

 

アリウスの言葉に、ルシアはまるで石になったかの様に硬直した。

 

「その…言葉…」

 

「お前の名だよ。いや、今は ” ルシア “という名だったか」

 

「なぜ!あなたは誰なの!?」

 

「もう分かっているのだろう?」

 

アリウスは自分が引き連れていた仮面の女性にゆっくり歩み寄ると、その仮面を外した。

 

「お前を…いや、“ お前たち ”姉妹(セレクタリー)“を造った」

 

その顔つきは背丈に応じた成人の女性だった。

だが、その褐色の肌といい赤毛といいルシアをそのまま大人にしたとしか表現のしようが無い特徴を持っていた。

 

「ーー私はお前の父親だよ」

 

 

「ーーぁっーー」

 

ルシアは全身から力が抜け、膝が地面にーー

 

 

 

「 ああ ああぁ アアアア アア !!!」

 

 

 

ーー触れた反動をバネに前方へ飛び出した。

ルシアの短刀は間に割って入った、セレクタリーによって阻まれた。

 

「ーーあなたが私の、父親…?」

 

 

「そう、ーーお前は私の造った“ 人工悪魔 ”。()()()()()()()()()()()ーー」

 

 

「っ!!」

 

痙攣する様に身体が震え、直後ーー

 

「黙れぇえええええええ!!」

 

ーーー弾け飛んだ。

ルシアの目から、髪から、銀色の光が陽炎の様に揺らめくのがいのりには見えた。

「ーー!!」

 

その光が刀身に収束し、セレクタリーを弾き飛ばした。

 

「 うるぁっ!!」

 

セレクタリーを蹴り飛ばし、アリウスを睨み付けた。

 

「素晴らしい…よくここまで成長した。私ですら予想外だ」

 

パチパチと手を叩きながらルシアを賞賛する。

自分を切り刻もうと迫るルシアを、向かい入れる様に手を広げる。

 

「 うわああアアアアアア!!」

 

「ルシア、ダメ!!」

 

突如、光源を無視して伸びる影に気付いたいのりが叫ぶ。

その瞬間、 影から無数の槍がヤマアラシの様に飛び出しルシアを貫いた。

 

「ガハッ!」

 

左肩と右胸そして腹を貫かれたルシアは吐血し、昆虫の標本の様に力無く手足を垂らした。

 

「お前の今後にも興味があるが、桜満 集がお前の死体を見た時どんな顔をするかな?ーー」

 

セレクタリーがルシアの首を刈り取るべく、おそろしい速さで迫って来た。

 

「さ…せるか!」

 

涯が閃光手榴弾をセレクタリーに向けて放った。

凄まじい光がその場に居た全員を包み込んだ。

 

次に視界が戻った時、既に葬儀社の姿は無かった。

しかし、貫かれたルシアの血痕が道しるべの様に点々としていた。

 

「今回はただの挨拶さ…。だが、少し楽しめたからな」

 

アリウスは血痕に背を向けその場を離れる。

その後ろをセレクタリーが続く。

 

「特別に道を開けてやろう。ウイルスをどうする気なのかも興味があるからな…」

 

やはりその顔には深い笑みが刻まれていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

アリウスから逃げ出した涯は、悪魔や兵から身を隠しながら管制塔の屋上を目指して移動していた。

幸い兵士と交戦する事も、あれ以来悪魔との遭遇も無かった。

 

「づッ!?」

 

涯は時折おそう激痛に胸を抑える。

 

「ガイ!」

 

「…平気だ、まだ保つ。

それよりルシアの様子はどうだ」

 

「ーー…う」

 

その時、ルシアが苦しそうに呻いて目を開けた。

 

「……いのり?」

 

「ルシアっ。大丈夫?」

 

「うん……もう塞がってるから…傷…」

「………」

 

 

「……分かってた…わたしが人間じゃない事くらい…。

でもね、あいつの声を聞いた時思い出したの…」

 

 

「思い出した?」

ルシアの身体は震えていた。

 

「シュウといのりに会う前の事…。わたしは…あの男の命令で色々なものを殺してた…」

 

「…何を殺したの?」

 

「…生きているのは何でも…。悪魔も、動物も……ーー」

 

 

ーー人間も

いのりにしか聞こえない声で、ルシアは告白した。

「……怖かった…」

 

ルシアは嗚咽し、いのりの胸に顔をうずめる。

「あの時のわたしは…あの男の命令に、何の疑問も持ってなかった…持とうともしなかった…。

…あの頃に戻される気がして、怖かった…」

 

 

「ルシア…」

 

「…いのりやしゅうを…みんなを、…後悔も思い出そうともしない…。…そんな…化け物に……」

 

「ーー違うーー!」

 

 

いのりは自分でも驚くほど大きく力強く言った。

 

「ーーあなたは化け物なんかじゃない!これからだって、そんなものになったりしない!!」

 

「ーーーー」

 

ルシアは顔を上げ、いのりの潤んだ瞳を覗き込む。

 

「ーー悪魔は涙なんか流さない、今の貴方の様に自分以外の為に泣いたりなんかしない」

 

いつか、集から聞かされた言葉をそのまま伝えた。

 

「ーーいの…」

 

(…そうでしょ?シュウ…)

 

ルシアの髪を優しく撫で、微笑んだ。

 

「あなたは ”ルシア“。例えあなた自身が否定しても、あなたは私たちの家族」

 

「いのりぃ…」

 

溢れ出る涙を指で拭い、ルシアの小さな身体を思い切り抱き締めた。

ルシアはいのりの服を強く握りしめ、敵地である事も忘れて大声で泣いた。

 

「……いのり」

 

「うん、ありがとうガイ」

 

自分達に時間をくれた涯に感謝した。

その時、前方の扉が大きな音を立てて開いた。

 

「!!」

 

涯といのりは扉の方へ素早く銃を向けた。

そこに現れた女性にいのりは目を見開いた。

 

「ハルカ?」

 

「っ!ーーいのりちゃん!?」

 

いのりに気付いた春夏は、その腕の中にいるルシアにも気付いた。

 

「ルシアちゃん!その血は…怪我したの!?」

 

二人に駆け寄り、血まみれのルシアに驚く。

 

「へ、平気…」

 

ルシアは少しよろめきながらも、しっかりと自分の足で立ってみせる。

 

「あなた達が此処にいるって事は…集も?ーーねえ集は何処!?」

 

「あいつは置いて来た」

 

春香は涯に振り返ると、信じられないものを見るかの様な表情に変わった。

 

「トリ…トン?」

 

「ーーーー!」

 

いのりは一瞬、涯の表情に戸惑いが見えた気がした。

だが次の瞬間にはいつもの彼に戻っていた。

 

「…なんだそれは?」

 

冷静に返す涯に春夏は我にかえる。

 

「あっ…ごめんなさい。昔、一緒に住んでた子に似てたの。そんなはず無いのに…」

 

春夏は顔を伏せ、悲しそうに微笑む。

 

「ハルカっ、早く空港から逃げて!

この唄は私たちがなんとかするから…!」

 

「ごめんね、いのりちゃん。こうなってしまったのは、私の所為でもあるから…だから逃げる訳にはいかないの」

 

「だめ!!ハルカに何かあったらシュウはどうなるの!?」

 

「恙神 涯くん…でいいのかな?」

 

「ああ…」

 

「…私も貴方達に協力させて」

 

涯は春夏の申し出にしばし考え込む。

しかし、時間がないのは涯が一番よく分かっていた。

 

「何が出来る?」

 

悩んだのは僅か数秒だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

茎道と共に六本木に到着した嘘界は、崩れかけたビルからエレベーターに乗り地下へとたどり着いた。

六本木は葬儀社の本拠地だった筈だが、今はそのメンバーはおろか潜んでいた筈の感染者すら見かける事は無かった。

(総力戦…羽田に戦力を集中させたのでしょうね)

 

おそらく感染者は他の場所に移したのだろう。しかし、わざわざ追う気も嘘界には無かった。

そんなものより、今はコキュートスに続く地獄の門とやらに興味の対象が移っていた。

到着した地下は雲の中の様な空間だった。

霧が足元を覆い、頭上にも雲が掛かっていた。

 

しかし、幻想的な光景とは違う無機質で陰鬱な光景だった。

 

「ここが地獄の門ですか?」

 

もっと目を覆いたくなる様なおぞましさを、期待していた嘘界は落胆した。

 

「私にとっては天国の門だがね」

 

茎道は空間の中央に立っている台座へ歩み寄ると、

“ はじまりの石 ”が入ったシリンダーをその台座に乗せた。

 

石の光が更に強くなる。

嘘界は次に起こる出来事に胸を踊らせながら待った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

いのりは春夏の案内でレーダー塔の屋上へ立った。

背後には巨大なパラボラアンテナが普段と変わらずそびえ立っていた。

 

強い風に髪が流され、手で髪を抑えながら紫色に染まった空を見上げた。

春夏はいのりの歌声を増幅させ、ウイルスを活性化させている波長をより強く相殺させられる波長に変え街中に流そうとしている。

つまり音によるワクチンをばら撒くのだ。

 

もともとはツグミか研二に街中のスピーカーを乗っ取らせるつもりでいた涯は、春夏の話に乗った。

涯はルシアと共に敵が来た時の迎撃のため階段で見張っている。

 

しかし、涯はヒモで銃を腕に括りつけなければ銃を持てないほど衰弱しているし、ルシアも全快には程遠い。

もし敵が現れたら何分も持たないだろう。

 

他のみんなも無事かどうか分からない。

 

手に持った端末のマイクをオンにする。

 

集は来る。

彼の心を感じ取れる。

 

でも、できれば来ないで欲しかった。

戦いとは無縁な静かな平穏の中にいて欲しかった。

戦いの中に戻れば、また彼は自分や仲間のために命がけで戦うのだろう。また傷ついてしまう。

それを嬉しく思う自分も、大きな絶望を感じる自分もいる。

 

「いのりちゃん!ーーやって!!」

 

開け放った戸口から春夏の声が聞こえた。

 

「ーーーシュウーーー」

祈るようにその名を呟くと、

大きく息を吸い、風に乗せるように歌いだした。

 

 

 




次は集パート

もしかしたらダンテパートを短く挟むかも。


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#41-①攻防〜deadlin〜

DMC5楽しスギィ!

なんか4より戦いやすい気がするのは僕だけ?
vも楽しい。

みんなもやろ?


ーーーーーーーーーーーー


空港へ向かう集を含めて、全員が沈痛な面持ちで大型車輌の座席に座っていた。

もっとも集は座席ではなく、トラブルがあった時のために車輌の屋根にある把手に捕まっていた。

みんなの表情が見えなくても、集は中の様子が容易に想像できた。

 

周囲は既に活性化したウイルスで凄惨な光景と化していた。

人々だけでなく建物にまでキャンサーの結晶が伸び、街を侵食している。

 

車内では大音量で『EGOIST』の曲を流し、ウイルスを抑えている。

いのり の歌がウイルスの活性化を抑えるという話に半信半疑だった亜里沙や花音もこれで信じざる得なかった。

しかし街を超え橋に差し掛かろうとしても、誰も一言も喋ろうとしない。

「…なぁ、集」

 

「なに、谷尋?」

 

その沈黙を破って谷尋が屋根の窓から集を見上げる。

 

「お前、花音のヴォイドは見たのか?」

 

「……そういえば確認してなかったかも」

 

話題に上がった当の花音は「えっ私!?」と言いたげな表情で、集と谷尋を交互に見る。

 

「……ちょっと委員長ごめんよ」

 

「やっ、ちょっと心の準備くらいーー」

 

少しパニックになりかけた花音を谷尋が優しく抑える。

自分に密着する谷尋を見て、顔を赤く染める花音に集は遠慮なく右手を差し込む。

 

もう吐き気や拒否反応は無い。

集が右手を引き抜くと銀の光は形を変える。

 

「…“ メガネ ”?」

 

レンズに耳に乗せるフレーム。

眼鏡と呼ぶには少々無骨だが、他に例える物が無かった。

 

「そういえば前にメガネの度が合わなくてなったと言ってたな…」

 

「関係あるのか?それ…」

 

「あははっ」

 

一連の出来事を見守っていた颯太が口を挟むと、祭からも笑いが漏れる。

少し和らいだ空気に安堵しながら、集は早速メガネのヴォイドを着ける。

 

その時、集の耳に懐かしく心地よい声が流れて来た。

 

「ーーいのり?いのりが歌ってる!」

 

「!」

「えっ!」

 

集の声に全員集を見上げる。

 

「曲止めろ!」

車内でかけていた曲を止めても、いのりの曲は全員の耳を打ち続ける。

いのりの歌は空全体に響き、優しく光を放つ。

 

先程までとはまさしく真逆の感覚を集だけでなく、そこにいる全員が感じていた。

 

「空が…歌ってるみたい…」

 

祭は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

「ーーっ?」

 

ふと、集が着けていたメガネのヴォイドに1つの光の点が付いた。

レンズの汚れなどでは無い。

 

「…もしかして委員長のヴォイドは『レーダー』?」

 

いのりの歌から集の意識を奪い取った光の点は、瞬きながら移動する。

 

「…目の前?」

 

しかし、レーダーの反応がある場所に何かがある様には見えない。

集がそう思うほんの一瞬、車の進行方向に黒い影が地面から飛び出して来た。

 

「っ!?」

 

反射的に集は後ろに背中に倒れながら飛んだ。

その瞬間、目の前で巨大な鋏がバチンッと噛み合う。

 

あと一歩反応が遅れていれば、首が胴体から切り飛ばされていただろう。

 

「うわっ!!」

 

だが、何も考えず大雑把な回避行動をとったツケがすぐに来た。

背後に飛んだ集は受け身も取れず車の屋根に叩き付けられ、そのまま車から転げ落ちそうになる。

集の視界には川のように流れるコンクリートが見える。

 

「ーー集ッ!!」

 

そこに叩き付けられる前に、谷尋が集の腕を掴んだ。

身体は落下をやめ、集は必死に車にしがみつく。

 

「ーーくっ!」

 

車によじ登りながら、背後を振り返る。

 

集の首を切り落とそうとした犯人はすぐに見つかった。

 

「ーー『シンシザーズ』っ!」

 

巨大な鋏を持ち、ボロボロの黒衣に身を包み、顔には不気味な仮面を着けている。気味の悪い声で笑いながら、悪霊の様に車の周りを飛んでいる。

 

「ーー谷ひっー!」

 

『集、前が塞がってる!!』

 

メガネのヴォイドを花音に戻し、谷尋のヴォイドで応戦しようと考えた集にツグミの絶叫が集の判断を遮った。

 

ツグミの言葉通り橋の中間辺りにコンクリートと鉄骨が組み合わさり、バリケードを築いていた。

 

「ーーくそっ!!」

 

さらに集はシンシザーズを目で追っている最中に、空中から更に別の悪魔が接近しているのが見えた。

 

山羊の頭と脚に人間の胴体、そして蝙蝠の翼。悪魔の代名詞として多く見られる姿をしている。

 

『ゴートリング』という数ある下級悪魔の中でも雷の攻撃に秀で、腕っ節も強い。下級悪魔といえど油断は禁物の相手だ。

 

2体のゴートリンクが上空から集たちに真っ直ぐ近付きつつあった。

集はやむを得ず敵の迎撃を諦めた。

 

「っーー亜里沙さん!!」

 

「お使いなさい!」

 

集の声に応え亜里沙は天井窓から身を乗り出す。集は亜里沙から盾のヴォイドを抜くと前方に展開する。

 

『スピード上げるよぉーー!』

 

「つかまって!!」

 

「マジかよぉ!!」

 

颯太の悲鳴はコンクリートが砕ける音で掻き消された。

バリケードと正面衝突した盾は見事に壁を粉砕して見せた。

 

だがこの隙を見逃す程、悪魔も甘くない。

 

『アハハハハハァア!!』

 

狂った様な笑い声を上げるシンシザーズに向き直った集に錆びた鋏が振り下ろされる。

 

「ーーこっの!息する間くらいくれよ!!」

 

思わず叫ぶ集は盾を操作し、目の前の悪魔にぶち当てた。

『ヒュ!?』

 

思わぬ反撃を食らったシザーズは大きく体勢を崩し、振り下ろされた鋏は車の屋根に突き刺さった。

車内から突然つき出した刃物に驚く声が聞こえる。

 

しかし集は眉をひそめた。

 

シンシザーズには物体をすり抜ける能力を持っている。

だからこそ地面には傷ひとつ付けず、橋の下から奇襲を仕掛けて来れたのだ。

 

(もしかして…これなら奴を捕まえられる?)

 

シザーズは盾を忌々しそうに睨みながら、車から距離を取ろうとする。

「逃すか!!」

 

叫んだ集は再び盾を操作する。

1つの巨大な円型だった盾は花弁の様に複数に分離すると、シザーズへ四方八方から襲い掛かった。

 

『ギュウッ!?』

 

シザーズは集の意のままに動く盾に挟み込まれる様に捕まり、ガッチリと固定された。

 

「……たしか、弱点はその仮面だったよね?」

 

言うが早く、集は暴れるシザーズを仮面からコンクリートの地面に叩き落とした。

 

『ギエエエエエエェェェェ!!』

 

コンクリートが仮面と接触すると、バリバリと音を立てて火花が散り地面に溝が出来る。集は屋根から鋏を引き抜くと、悲鳴を上げるシザーズに向き直る。

 

見れば、盾の隙間から僅かに仮面が見える。

振動のせいで盾がズレたのか、理由は分からないが遅かれ早かれシザーズは盾から逃れてしまう。

 

そして集も仮面が削り落ちるのを悠長に待つ気は無かった。

「後がつかえてるんだ…早めに終わらせてもらうよ!」

 

集は盾に飛び乗り、僅かに見える仮面へ全体重を乗せ、刃先を突き刺した。

しかし、鋏は仮面の表面で止められ火花を散らす。

(ーーーっ固い?!)

 

それでも力を緩めず、鋏の柄を握りしめる。

 

「はあああああああぁァァァア!!」

『ギャアアアァァァ!!?』

 

そして、シザーズの悲鳴が絶叫へ変わった瞬間、唐突に仮面が砕けた。

 

「ーーうっおおう?」

 

集は間抜けな声を出しながら、慌てて鋏を引っ込めた。

「集っ!大丈夫か!」

 

「さっきの一体は倒した。けどまだ…」

 

集が上空を見上げた時、無数の雷の矢が降り注ぐのが見えた。

 

「くそっ、もう追い付いたのか!」

 

盾を上空へ傘のように展開し、雷の矢を受ける。

しかし、雷の矢は止む気配がない。

 

「ーー反撃させない気か!」

 

降り注ぐ雷の矢は恐ろしい存在では無い。しかし、それを防ぐために集は視界を塞がれ相手の様子を確認出来ない。

相手がどれくらい近付いているかも分からないのだ。

 

(ーーまずい。このままじゃいずれ追い付かれる!)

 

上空まで行くのは難しく無い。

だが、相手は自由に空を飛べるのだ。中途半端に打って出ても迎撃されるのがオチだ。

なにか…なにかないか。相手の本格的な攻撃の前に、攻めに転じられる一手が。

 

打開策を見つけようと周囲に視線を走らせた集に、さらなる追い打ちが待っていた。

 

(ーートンネル…?まずい、これじゃ敵に待ち伏せしてくれと言ってるのも同じじゃないか!!)

 

「くっそぉ!もっと時間があれば!

ツグミ!」

 

『あいあい!』

 

「閃光弾ある!?照明弾でもなんでもいい。強い光が出るものをーー!」

 

『まさか、…それであの悪魔の目を眩ませようっての!?』

 

「ーーそのまさかだよ。時間がない、早く!!」

 

『……もー!

集はもうちょっと涯みたいにスマートな作戦立てられないの!?』

 

ぶいぶい文句を言いながら“ふゅ〜ねる”の側頭部のハッチから、フレアガンが射出された。

 

「悪いね…。

これが“師匠流”なんだよ!」

 

空中でそれをキャッチした集は、盾の向こう側にいる悪魔達を睨み付ける。

そして次の瞬間、足をバネの様に身体を高く打ち上げた。

誰かがまた自分の名前を呼んだ気がしたが、集はあえてその声を意識外へシャットアウトする。

 

今は目の前の敵だけに集中するのだ。

盾の影から飛び出した集を山羊頭の悪魔達は意外そうに、そして嘲けながら集に狙いを定めて雷の矢を過剰な程撃ち込んで来た。

 

「やっぱ、そうなるよねーっと!」

 

集はその矢を身体を捻り、屈み、ギリギリで躱していく。

ヴォイドエフェクトを蹴り、どんどん相手との距離を詰める。

 

だが、さすがに相手の機動力には到底追い付けない差がある。

集がどんなに必死になっても、この悪魔達に触れる事など出来ない。

 

「これで…どうだ!!」

 

十分近付けた時、集はフレアガンを取り出しすかさず引き金を引く。

赤い火の玉が勢いよく2体に向け飛んで行く。

 

『グルル…』

 

なんらかの攻撃と判断したのか、悪魔達はその火の玉に照準を移す。

しかし、玉は撃ち落とされる前に大きな光と音と共に弾けた。

 

『ーーグッ!?』

『ーーウゥ!?』

 

目を抑え悶えたりする程の閃光では無かったが、光は2体の視界を覆い動きを止めた。

 

『ーーギャッァ!!』

 

『!!』

 

悪魔は真横にいる仲間の悲鳴を聞き、そちらへ振り返った。

仲間の額には巨大な鋏が深々と突き刺さっていた。

シンシザーズの鋏を持っていた人間はこちらの視界を閃光で遮り、鋏を投げたのだ。

 

その事を理解した時には、すでに集は悪魔の額に突き刺さった鋏を掴んでいた。

 

『グゴオオォォ!!』

 

抉るように鋏を乱暴に引き抜いていた集に、咆哮を上げ無数の雷の矢を撃ち放つ。

集は仕留めた悪魔の翼を掴むと、思い切り引き上げ自分の位置と交換させた。

雷の矢は悪魔の身体に命中し爆散する。

 

「 ぜ やあぁぁぁ!!」

 

その煙の中から、集は鋏を振り上げ飛びかかった。

悪魔は胸の辺りに魔法陣の様なものを展開させていたが、集はそれごと身体を串刺した。

 

『ゴギューー』

 

悪魔は吐血し、身体から力が抜ける。

だが、すぐに眼光を光らせ集を睨み付ける。

 

「このっーまだ!」

「集!マズイぞ!!」

 

下の車から、谷尋の声が聞こえた。

しかし、谷尋が警告を発したのは今の自分の状況についてでは無い。

谷尋は目前まで迫っているトンネルの中を指差して叫んだ。

「ーー隔壁だ!!閉まってるんだ!」

 

「!!」

 

動揺した集の首をゴートリングはタイヤの様に太い腕で、へし折らんばかりの力で掴みかかる。

 

「ぐっ!?

ーーこの、おとなしく…して…ろ」

 

首を締め上げられ、意識が朦朧としながらも。

集は指を悪魔の片目に思い切り突き刺した。

 

『ギャアアアァァァ!!』

 

ぐしゃりと生温かい柔らかさが集の指に伝わり、不快感で顔を歪める。絶叫を上げながら悪魔は集を振り落とし、再び翼を広げ舞い上がった。

 

「うわ!」

自由落下を始めた集は、なにくそとヤケクソな気持ちで空中を蹴る。集が蹴った場所にヴォイドエフェクトが発生して、集の身体を落下から防ぐ。

そのまま次々と空中を蹴り、集は空中から車に向け全力で駆け出した。

 

谷尋の言う通り、前方には巨大な隔壁が行く手を阻んでいた。

 

「ツグミっ、車を止めないで!」

 

『あ……アイアイ!』

 

少し間があったが、ツグミも応じてくれた。

 

「颯太っ、車の外へ!

谷尋は颯太を支えてて!!」

 

「分かった」

 

「はっ?ーーマジかよ!!」

 

走りながら、後ろを確認する。

後ろをフラフラ飛ぶ ゴートリングは、もう集には追い付けそうにない。だが、みすみす逃す気もない様だ。

ゴートリンクは手を真っ直ぐ突き出し、魔法陣を展開させ何か呪文の様なものを唱えている。

刺し違えても自分達を仕留める気なのは、見て感じ取れた。

「颯太っ!そのままじっとして!

死にたく無かったら動くな!!」

 

車体の天井窓から後部座席の上に立っている谷尋と颯太にそう叫び、ありったけの力を両脚に込め天井めがけてロケットのように飛び込んだ。

 

「はぇ?」

 

集の怒号と挙動に颯太は一瞬、唖然とした。

トンネルの天井に頭をめり込ませる直前に、集は両手を天井につけると両手も両足も短く縮めた。かと思うと、今度は一気に伸ばし天井から下方へ飛び込んだ。その光景はまさしくバネの様だった。

 

「ーー行くぞ!」

 

「い…いや!ちょと待ーー」

 

あまりにもとんでもない方法で、自分達に追いついて来た集に面食らい、後ずさりしそうになった颯太だったが後ろで自分を抑えつける谷尋がそれをゆるさなかった。

 

「ーーあっふ」

 

集が颯太からカメラのヴォイドを引き抜く。その衝撃で二人は車内転がり落ちた。ヴォイドを引き抜いた集は車体の上をローリングで転がり、落下の衝撃を殺すとすぐさま隔壁に向けシャッターを切る。

 

ヴォイドの影響を受けた隔壁は、バシンッと電流が走ったかのように口を開けて集達を迎え入れようとする。

 

集達の乗る車が通過すると、まるで糸が切れたかのようにピシャリと閉じられた。

直後に凄まじい轟音と振動が隔壁の向こうから伝わって来た。

 

「……やっと一息つける…」

 

その衝撃もトンネルを揺らす事は出来ても倒壊させるには足りない様だ。

集は前方、後方と見渡してようやく一旦の事態の収束を悟り深く息をはいた。

 

集は改めて周囲の様子を見渡す。

ふとあちこちの残骸や破壊の痕跡がある事に気付いた。

 

「?」

 

そういえば、襲って来た悪魔が3体というのも少な過ぎた気がする。

それに兵士の姿が無いというのも気にかかる。橋の上のバリケードですら、兵士の姿はどこにも無かった。

戦いに夢中で気にして無かったが、あちこちに車やエンドレイブの残骸も見た気がする。

 

 

「………もしかして、これって…」

 

 

集の脳裏に不敵に笑うあの男の顔がよぎった。

 

 

 

 




本当もう少し書きたかったけど、
この後の切りのいい所がわりと先なので次に行きます。


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#41-②攻防〜deadlin〜

DMC5のグリフォンに私泣いた。



あと誰かこのクソ初心者のモンハン
手伝ってください(泣き)






 

歌姫の歌声と共に空と世界は毒々しさを薄れ、色を取り戻していく。ウイルスは浄化され結晶で覆われていた街から氷でも解けるかの様に結晶が消滅する。

 

だが、まだ危機が去った訳ではない。

綾瀬のシュタイナーは空の弾倉を捨て、新しく弾倉を再装填する。

 

『…このままじゃ、弾が尽きる!』

 

本来なら一刻も早く離脱すべき状況なのだが、あいにくリーダーは戦場の中心にとどまっている。

一人でも多くの敵を処理し、食い止めるのが自分たちの役目だ。

 

もう何体目かも分からない悪魔を撃ち殺すも、その矢先に次から次へと悪魔は湧いてくる。無限に復活するゾンビでも相手にしている気分になる。

悪魔単体なら火力も低いものばかりだが、かと言って無視できるものでもない。何より複数体で連携し襲って来る。

さらに超常的な能力も持っているとなれば、下手な爆弾よりよっぽど脅威だ。

 

『いたぞ!』

 

数体のゴーチェが迫って来るのを見て、綾瀬は舌打ちをする。

 

『ーーくっ…!またか…』

 

綾瀬はシュタイナーを操り、一斉に襲い掛かる銃弾を掻い潜り建物の影へ身を隠す。

そこにゴーチェ達が銃弾をばら撒く。

建物の壁に身を隠していた綾瀬はしまったと思った。

逃げ込んだ場所は誰の目で見ても明らかな袋小路だったのだ。

 

『逃げ場はない。大人しく投降しろ!』

隊長らしき一体のゴーチェが一歩前へ出て言う。

 

(出てきたら撃つ気でいるくせに…!)

 

今まで散々見てきた光景だ。綾瀬はいよいよ腹をくくるべきかと思い、トリガーに指を掛けた。

 

ゴーチェの前に悪魔達が横に並び、ジリジリ距離を詰めて居るのが分かる。銃弾を避けながら奴らを相手する事など到底不可能な話だ。

シュタイナーが鹵獲されれば、自分が操縦していた場所もすぐ割り出されるだろう。いかに機械の天才がいても、エンドレイブのコネクトを隠す事など出来ない。

機体が破壊されれば、隠れる事はおろか逃げる事すら困難となるのは明らかだ。

 

『バカ集…。死んだら化けて出てやる』

 

あの少年への悪態を吐く。

初めて会った時は頼りない男だと思った。

だが葬儀社の入団試験で、良い様に翻弄されてからは気にくわない男に変わった。

何度喧嘩しただろう。

 

涯もいのりもあんなの何処が好きなのだろうと思って居たのに。

 

(…なんで今、涯よりもあいつの事を考えてるんだか…)

 

だが不愉快ではない。

出会って半年にも満たない短い期間だというのに、他の仲間に負けないくらい心の中に入り込まれていたのかもしれない。

 

(涯…ごめんなさい。今だけ私はーーー

 

綾瀬の感情を誰よりも強く感じとるシュタイナーが、銃を強く握り締め、もう片方の腕からダガーを突き出す。

出し惜しみは無しだ。機体後部のハッチを開きミサイルも起動準備に入る。

 

 

ーーあなた以外の人のために戦います。ーー

 

 

 

「ーーHey(ヘイ)

 

場違いな程の軽い声が聞こえた。

声の方を見る。そこに真紅のロングコートに顔にぼろ切れを包帯の様に巻いた異様な男が立っていた。

 

『ーーなに、あんたは?』

 

「おっと、これは失礼お嬢ちゃん。無作法な挨拶をしちまったな」

 

男はこれまた軽い調子で言う。

 

『は?』

 

綾瀬は眉をひそめた。男の態度からではない。

一瞬背を見せた男の背中に身の丈程はある銀色の剣が見えたからだ。しかし、それを抜きにしても男からは巨大な存在感を感じた。

 

「そんなナリだからな。女性(レディ)とは気付かなかったよ」

 

包帯ごしでも分かるくらい、ヘラヘラ笑いながらそんな事を言う。

綾瀬はさっきまでの緊張と覚悟をぶった切られた気がして、イライラしながら男を睨む。

 

「ーーそう睨むなって。ちと、確認したいんだがな」

 

『確認?』

 

「嬢ちゃんは“ 葬儀社 ”とやらの仲間か?」

 

その言葉を聞いた途端、綾瀬は男の頭に銃を突き付けた。

しかし、うさぎの巣穴程はある銃口を目の前に突き付けられても、男は驚くそぶりすら見せない。

 

「……その態度は肯定って取っていいか?安心しな俺はお前達を助けに来たんだ」

 

『ーー敵じゃないって言うの?』

 

「だから、こんな兄貴の真似事までしてんだよ。

相手は政治家だからな、悪魔共が寄って来るならまだしも流石に指名手配されたいとは思わねぇよ」

 

男は顔に巻かれたボロ布に親指を指しながら、やれやれと首を振った。

『…あんた何者なの?なぜ私たちを助けるの?』

 

「おっと。お喋りはここまでだ」

 

男は腰から二丁の銃を抜き、掌でクルクル回すと肩越しに背後へ発砲した。

弾は男の背後に飛びかかった悪魔の脳天に直撃し、頭部が弾け飛んだ悪魔は地面へ崩れ落ちた。そのまま男は空中へ飛び上がると、続け様に弾丸をぶち込む。

 

空中で何度も身体をひねりながらコマの様に回転し続け、近付く悪魔を軒並み銃弾の嵐に巻き込む。

 

「イヤァホオオオォォォ!!」

 

男は興奮気味に雄叫びを上げている。

銃弾の雨をくぐり抜けた悪魔が着地した男に飛び掛った。

 

すると男は自分の肩へ手を回し、剣の柄を掴むと一気に目の前の悪魔を切り払った。

他の悪魔も男は次々に斬り伏せ撃ち抜いていく。

 

『ーーウソでしょ…?』

 

自分達を散々苦しめていた悪魔の屍がどんどん積み上がっていく。

しかも男からは疲れをまるで感じない。人間離れした動きをした男は、口笛を吹く様な余裕さえ見せている。

 

男の蹴りで飛ばされたその場にいる最後の悪魔が脳天を打ち抜かれた所で、呆然と見ていたゴーチェのかなしばりがようやく解かれた。

『う…撃てぇぇ!!』

 

「やれやれ。鉄くずばっかが相手たぁ芸がねぇな。

まっ、生身の人間を何人も相手するよかマシか…」

 

その号令で他のゴーチェもようやく悪魔達が全滅したという事実を受け止め、銃口を向け一斉に弾丸を男へ掃射した。

 

 

 

ーー “Keep still(じっとしてな).”ーー

 

 

 

男が笑みを浮かべながら呪文の様に呟いた。その瞬間、男の姿はその場から唐突に消失した。

 

『ーーえ?』

 

それだけではない、男が消えたのならそれで何もない地面を弾丸がえぐるはずだが、それも無い。

 

(不発?)

 

一瞬そう思ったがマズルフラッシュは確かに見てる。

 

『なっ!?』

『バカな、いつの間に!?』

 

ゴーチェ達が声を上げる。

そちらを見ると、目の前で消えた男が隊長らしきゴーチェの肩に悠々と腰掛けていた。

 

「どうした?モーニングコールはおしまいか?」

 

そう言いながら男が手の平を開くと、バラバラと綾瀬の手首ほどはある弾丸が地面に落ちた。

 

『ーーーっ!!』

 

紛れもなくそれはゴーチェが放った弾丸だ。

信じられない。

もしこれがあの男の手によって“一瞬の内に掴み取られた”物だとしたら明らかに人知を超えた超人ぶりだ。

いや、どんな身体能力だとしても、飛んでくる数十発の銃弾をあの一瞬で、しかも素手で掴むなどという芸当が出来るはずがない。

 

ーーそれこそ、時を止めでもしない限り。ーー

 

『ーーくっ!!』

 

ゴーチェは腕に収納されたダガーで男を切り裂こうとし、ーー

 

『ーーあ。あガアアアァァァ!!?』

 

そこで初めて腕が切り落とされている事に気付いた。

仲間もその事に気付き、何が起きたか分からず呆然としている。

 

「今頃気付いたのか?ニブイ奴だ」

 

『ーーキサーー』

 

男に攻撃しようとした別のゴーチェも、一瞬で頭を切り落とされる。

腕を斬り落とされたゴーチェも接続を切断したのか、とうに動かなくなっていた。

 

その時、綾瀬の真横の壁が ボコンッ と大きな音を立てて崩れ落ちた。

 

『みィィィィつけたアァァァ!!!』

 

その穴からゴーチェが怒り狂った雄叫びを上げながら、地面に着地した男に突進する。

その声には聞き覚えがあった。

 

『“ ダリル・ヤン ”!?』

 

しかしダリルはシュタイナーには眼もくれず、綾瀬の真横を素通りした。相当怒り狂ってるのは誰の目から見ても明らかだ。

 

「またテメェか。まだやられ足りねぇのか?」

 

『ダマレェ!!あんなマグレでいい気になるな!!

今度こそグチャグチャにすり潰してやる!!』

 

どうやら男とダリルは一度交戦している様だった。

その結果はダリルの態度を見れば考えるまでもない。

 

「俺が言えた義理じゃねぇが、ひでぇ言葉使いだ。

ママと絵本でも読んだらどうだ?」

 

『ーーっシネ!!』

 

その一言がダリルの逆鱗に触れた。

しかし男はゴーチェの巨腕をヒョイッと小さな動作で躱す。

時速80キロ程の速度はくだらない速度で繰り出される巨腕のラッシュを、男はなんでも無いかのように躱す。

……というか、アクビしているのが見えた気がした。

 

『クソックソクソクソッ、クソォッ!!』

ゴーチェの背部ハッチが開き、大量の小型誘導弾が全弾男を捉える。

しかし、再び男の姿が消失した。

 

『なっ!ーーギャアアア!!』

 

目標を見失ったミサイルは男の背後にいたゴーチェ達に命中し、爆炎が上がる。

 

『どこだ!?』

 

仲間を撃った事など気に留めず、ダリルは男の姿を探す。

 

『グッ!』

 

瞬間、ダリルは頭部に凄まじい鈍痛を感じ思わず呻いた。

男がゴーチェの頭をリンゴでも潰すかの様に踏み付けたからだ。

 

「頭から血ぃ抜いて出直して来い」

 

『この、ミイラ野郎!!』

 

男は捕まえようとするゴーチェの腕を跳んで避け、男は空高く舞い上がると、急降下しながら二丁拳銃をクロスに構え、銃弾をマシンガンの様に撃ちまくる。

銃弾はキレイに頭頂部に命中し、同じ場所に他の銃弾が次々と降り注いだ。

 

『〜〜〜ーーっ〜〜づーー!!!!!』

 

ダリルはもはや声すら出せず、痙攣する様に銃弾を迎え入れた。

降り注ぐ銃弾はドリルの様に頭から胴体へゴーチェの中を掘り進み、最終的には真下のコンクリートを砕いた。

 

男が着地するが、ゴーチェは彫像の様に直立し動く気配が無い。

とっくに切断されたのだろう。ダリルの呻き声も聞こえない。

 

「終わったぞ。お嬢ちゃん」

 

『ーーーーーー』

 

絶句。

圧倒的で一方的な殺戮。

目の前で起きた一連の出来事に到底理解が及ばない。

 

「ーーでっ?なんだったか、俺が嬢ちゃん達を味方する理由だったか?」

 

『えっ…あ』

 

「1つは俺が普段、悪魔共を片付ける仕事をしてるからだ」

 

戦いのせいで緩んだのか、巻かれた布切れから男の顔が露わになっていた。

まず最初に目に入るのが絹の様な銀髪だ。

整った顔の西洋人で自信に満ちた笑みを浮かべている。

 

この特徴は集からさんざん聞いていた。

 

『まさか…あんたが?』

 

「………」

 

綾瀬の考えた事を察した男は、ニィと笑みを深めた。

「もう1つは…ウチのバカが迷惑かけたみたいだからな。ほんのお礼だ」

 

これで貸し借り無しだと告げて、男は背を向けた。

 

「待っーー」

 

綾瀬が声を上げた時には、男は冗談みたいな高さえ跳び上がり、すでに建物の向こう側へと去って行った。

巨大な獣が喰い散らかした後の様な惨状に綾瀬はポツンと残された。

 

『…あれが、集の師匠…』

 

 

 

 

たしか名前は…、

 

 

ーー“ダンテ”ーー。

 

 

 

 

*****************

 

 

 

 

血の味がした。

鉄臭い匂いが口の中を蹂躙する。

その不快感を口から追い出すため、集は口に溜まっていた血をプッと吐き出した。

そこでようやく自分が地面に転がっている事に気付いた。

 

「みんなは…?」

 

瓦礫が散らばる地面からズキズキ痛む身体を起こす。

特に頭が酷く痛んだ。頭に触れると、ドロと生温かい液体に触れる。

出血している。深いが今すぐどうこうなるものでもないだろう。

集は友人達を探すため周りを見渡す。

クラクラと歪む視界と瓦礫と炎があちこちに散乱する中、上下逆に横転した車を見つけた。

ここまで乗って来た車だ。

 

「ーーみんな!ーーづぁ」

 

駆け出そうとして脚が抉れるような激痛に、再び地面に倒れた。

いや、文字通り抉れていた。それだけではない、足首の辺りから白い骨が覗いている。

 

「ーーくそっ!!」

足首からおびただしい量の血を流しながら、集は這うように進む。

少し動くだけで吐きたくなる様な激痛が襲う。

 

だが止まっては居られない。

一刻も早くみんなの安否を確かめなくては。

 

その時、瓦礫がガラガラと崩れ落ちた。

 

「!!」

 

そこに一体の悪魔が集を睥睨していた。

ボロボロの衣服を纏い、ほぼ骨だけの顔と身体、そして巨大な鎌。

まさしく死神と形容するに相応しい外観の悪魔だった。

 

思い出した。

空港の敷地へ入った瞬間、自分達が乗っていた車はこの悪魔達の襲撃にあい、反撃する間も無く横転させられたのだ。

 

周りのあちこちで動くものの気配を感じる。

『ゴアァ!!』

 

「ぐっ!」

 

集は死神ーー“ヘルプライド”ーーに骨だけとは思えない怪力で掴み上げられると、思い切り投げ飛ばされた。

 

「ーーうっーーばがっ!?」

 

投げ飛ばされた集は背中から車に激突し、地面へ倒れ込む。

背中に強い衝撃を受けた集は咳き込みながら、集は改めて周囲を見渡す。

 

大鎌を持った似た様相の悪魔が次から次へと、迫って来ていた。

だが、不幸中の幸い。

投げ飛ばされた先は集が目指そうとしていた、車だった。

 

「……ハレ!谷尋!…みんな!」

 

「……俺達は大丈夫だ」

 

谷尋が答えた。

車内をよく見ると、ひゅ〜ねるの下部から巨大なクッションが全員を包み込んでいた。

ヴォイドを出した影響か谷尋以外は気を失っている様だ。

 

「…よかった…」

 

「そっちは…よく無さそうだな」

 

「まぁね…。ハレ、起きて!」

 

「…ん?」

 

「ごめん、今すぐ君の力を借りたい。

ツグミ!」

 

『アイアイ…。ーー全く機械づかいが荒いんだから…』

 

ひび割れ、歪んだボディを動かし、ひゅ〜ねる はこちらを見る。

集は祭からヴォイドを取り出し、折れた足に巻く。

 

『ガアアァァ!!』

 

「ーーぃっ!?」

 

間の悪い事くまだ出血も止まっていない状況でヘルが鎌を集目掛けて振り下ろす。

 

「コイツらは僕が引きつける!

その間に安全な場所へ逃げてくれ!」

集はいくらかマシになった足で躱しながら、声を張り上げる。

 

「ーーはぁアアッ!!」

 

ほんの一瞬、魔力を解放して悪魔に飛び蹴りをくらわせる。

顔面にもろに受けた悪魔は、他の悪魔を巻き込みながら吹き飛んでいった。

 

集はほぼ完治した足から包帯を外すと、祭に戻す。

そして、谷尋へ目を移す。

「集……」

 

名前を呼ばれ、集は谷尋へ伸ばしていた右手を止めた。

 

「…裏切って悪かった…」

 

「………」

 

一瞬、右手の光がロウソクの火の様に僅かに揺らめく。

「ーー僕も…潤君を救えなかった…」

 

「……生き残れ。

それで帰って来い!」

 

集の肩を痛いくらい強く掴み、谷尋は叫ぶ。

「………」

 

集はその言葉にただ頷いて応えた。

握った銀色の光を、背後から飛び掛かって来た数体の悪魔へふり返り様に薙ぎ払った。

 

光は凄まじい衝撃波を生み、悪魔を軒並み跳ね返した。

そして収束し、鋏の形を形成する。

 

「……………」

 

悪魔の群れを一瞥する。

ヘルシリーズと呼ばれる、僅かに特徴や能力が異なる同一族の死神達。

そしてその背後で一回り体も鎌も大きい、青白い眼と漆黒の衣に身を包んだ死神の長“ ヘルヴァンガード ”。

 

「ーーー復帰戦だ!」

 

長に手に持った巨鋏を突き付け、集は高らかに叫ぶ。

 

「付き合って貰うぞ!

ーーー死神ども!!」

 

 

 

 




前半はダンテさんによる。
集団イジメ()

後半は集の集団イジメ()

いい対比になったと自分では思ってます。



ちなみに、ダンテのゴーチェとダリル戦。
あえて区別つけづらい様に表現しましたが、
最初の瞬間移動が『クイックシルバー』で、ダリル戦の瞬間移動は『トリックスター』です。


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#41-③攻防〜deadlin〜

アベンジャーズeg最高だった!
いや〜10年追ってたかいがありましたな〜。


アッセンボォウ…


地面を埋め尽くす程の悪魔に囲まれ、集は注意深く周りを観察した。

手にしたヴォイドを、感触を確かめる様に握り直す。

 

谷尋の鋏のヴォイド…。一時はヴォイドに触れなくなった原因の一因を負っていると言っていい『命を奪う』ためのヴォイド。

 

「…今度こそ。守る為に使うよ…谷尋。潤君…」

 

片足を地面に擦りながら半円を描く様にして、ゆっくり前へと出す。

悪魔達も集を危険な敵と認識したのだろう。ただ飛び掛かるのではなく、集を囲む様に陣形を作っている。ヘル=ヴァンガードが支持を出しての行動なのか、それとも本能から来る行動なのかは分からない。

少なくとも集を確実に始末しようとしているのは分かった。

 

「………」

 

ゆっくり呼吸を整える。

思えばこれ程の数を一度に相手するのは初めてかもしれない。

不思議と緊張は無い、切り抜けられるという自信と確信が集の中にあった。

 

『ゴオオオオオオオ!!』

 

突如、沈黙に苛立ったかのように雄叫びを上げると、悪魔達が一斉に集に向けて飛び掛った。

集は敵陣の中央に駆け出し、襲い掛かるヘル達の鎌をくぐり抜ける。

回避の邪魔となるヘルを鋏で斬り裂き、鎌を弾く。

 

しかし、ヘルは海の波のように次から次へと押し寄せる。

だが無論、わざわざ全滅させる気はさらさらない。

 

車で向かっている最中に、いのりの居場所は確認出来ていた。

集が目指すべきは、空港で最も高い場所。

いのりはそこに居る。

 

集は目の前のレーダー塔を見上げる。

もう目と鼻の先だが、眼前の軍団が到達を妨げる。

 

「邪魔ーーっだ!!」

 

集はヘル=ラストの顔を足場に空中へ飛び上がる。

当然その後を追って死神達も次々と空中へ飛び上がって来た。

 

集はヴォイドエフェクトを蹴って、その猛攻を掻い潜る。

 

『 ヒャオーーーーーォォ!!』

 

「がっ!?」

 

しかし、直後何も無い空間からヘル=ヴァンガードが現れ、魔力で形成された鎌で地上へ叩き落とされた。

地面に叩きつけられた集は苦悶の声を上げながらも、すぐにその場から飛び退いた。

 

集の読み通り、再び何も無い空間から現れたヴァンガードが集が落下した位置に鎌を振り下ろした。

 

『ヒャハハハハハァァーーー』

 

「なにが可笑しいんだか…」

 

ぼやく集に間髪を容れず、ヴァンガードは集の首目掛けて鎌を横薙ぎで振る。

集がその場で屈むと、その近くでジリジリ距離を詰めていたヘル達の首がはね飛んだ。

 

「ーー仲間は大事にしろっての!」

 

足元を狙って振るわれた鎌を、集は縄跳びの様に跳ぶとさらにレーダー塔を目指してヴォイドエフェクトを蹴った。

 

窓ガラスに“ 着地 ”した集は、再び足下にヴォイドエフェクトを展開しそのまま塔の壁を駆け上がる。

直後、自分が居た位置から別の何かが降り立つ気配を感じた。

 

確認するまでも無い。ヴァンガードが追って来ているのだ。

このまま奴を連れて いのり の所まで行く訳にはいかない。

 

(やっぱりここで倒して置かないと!)

 

集は足でブレーキをかけ、壁の上に立った状態でヴァンガードを見据える。

 

『ハハハハハァァァーーーー!!』

 

ヴァンガードは鎌を振り上げまるで巨大なカラスの様に猛スピードで集に突進する。

その鎌を弾き逸らし避ける。

 

反撃しても相手の方が機動力に秀でている。

擦りはしても決定打を与えられそうに無い。

すると、再びヴァンガードの姿が搔き消える。

 

「またあれか…?」

 

だが、何度も見て前兆は把握出来た。

ヴァンガードが消える直前と現れる直前、一瞬水面の様な波紋がうまれる。

これは空中でも硬い地面でも同じだ。

 

集は神経を集中させて周囲にアンテナを張り、僅かな空気の揺らぎも捉えようとする。

 

「っ!ーーそこか!」

 

集は気配を感じた方向を振り向く。

すると、壁の近くの空間に水面の波紋に似た揺らぎがあった。

 

集がその揺らぎを視界に収めた瞬間、ヴァンガードの鎌が集の喉元を狙って突き出した。

 

「!!」

 

集は咄嗟に鋏で鎌をくい止める。

もし先にヴァンガードの出現位置を突き止めて居なかったら、今の一撃で首が落とされていた。

 

「なっ!」

 

しかし、揺らぎから出現したのは鎌だけだ。

持ち主であるヴァンガードはまだ姿を現していない。

 

「しまった!こいつ、僕に読まれることをーーー」

 

腹部に鈍い痛みと衝撃を感じ、集の呼吸は強制的に中断させられた。

 

「ぶーーーっ!?」

 

背後に現れたヴァンガードが、鎌に気を取られていた集の腹部をまるでヌイグルミか何かの様に乱暴に掴み上げたのだ。

 

『アハハッッハハハハ!!!』

 

ヴァンガードの爪が集の脇腹に喰い込む。

 

「っぐーーーーあがあああああっっ!?」

 

ミチミチと水音の混じった音を立てて、肉を破る激痛に集は堪らず絶叫する。

ヴァンガードは振りかぶり、集を思い切り上空へ投げた。

 

「くっーー!?」

 

集は空中でヴォイドエフェクトを展開して体勢を立て直そうとした。

しかし、ヴァンガードは再び瞬時にテレポートし、集の頭を潰さんとばかりに窓ガラス叩き付けた。

 

「ごぁ!?」

 

意識が飛びそうになる。

集が叩き付けられた窓ガラスは蜘蛛の巣状にひび割れ、集の頭はがっちり窓ガラスに固定される。

祭のヴォイドの力でほとんど塞がっていた傷口が開き、さらにガラスの破片で流血し窓ガラスを赤く染めた。

 

『ヒヒヒヒヒ』

 

ヴァンガードは鎌の刃で切り裂くのでは無く、柄で槌の様に集の頭をかち割ろうと振り上げた。

 

「させーーっるか!!」

 

集は鋏をヴァンガードでは無く、窓ガラスに突き立てた。

どんなに高層建築物の分厚い窓ガラスといえど、ヴォイドの鋏はあっさりガラスをぶち破いた。

 

『ヒュゥ!?』

 

集はもちろん、窓ガラスに集の頭を押さえ付けていたヴァンガードも突然砕けた窓に吸い込まれ建物の中へーー。

変な表現ではあるが、まさに“ 横に落下 ”しているの様だった。

 

集はすぐに身体を反転させ、“ 壁に着地 ”すると壁を蹴ってヴァンガードを肉薄する。

 

『オォ!』

 

ヴァンガードもすぐそれに気付いたが、反撃も防御も間に合わない。

 

「せぇああっ!!」

 

横一文字で、ヴァンガードの身体を斬り払い。

集の手に確かな手ごたえが伝わった。

 

『ギイィ!?』

 

青白い血の様な液体を傷口から流し、ヴァンガードは苦痛に悶えている。

だが、集は追撃せずすぐに割れた窓ガラスから、塔の屋上に向けて駆け出した。

 

さっきの不意打ちが上手くいったお陰で、相手にそれなりにダメージを与えることが出来た。

だが、まだ集には不利な状況だった。

 

本来であれば、狭い場所の戦いはヴァンガードの巨躯と長柄の武器の方が不利であろう。

しかし、奴には空間を瞬時に移動する能力がある。

狭い場所では逆に回避が難しいだろう。

 

それに、あの能力であれば一箇所で正面から戦うより、移動しながらの方が捉えやすいはずだ。

先程は、 いのり が居る場所に敵を連れ込んでしまうという、リスクに引っ張られたため移動を躊躇ってしまった。

 

しかし、それはあくまで“ 集がヴァンガードから逃げ切れる前提 “の上で起こるリスクだ。

事実として、今の集の実力ではヴァンガードを振り切る事など出来ない。

 

加えて頭部と腹部の負傷。

きっとすぐ追い付かれてしまうだろう。

 

「あぁ…もう。予想が当たって嬉しいよ!」

 

その考え通り、ヴァンガードは空間に波紋を作りながらテレポートを続け、みるみる距離を縮めている。

テレポートの移動距離自体は短い様だが、大した慰めにはならない。

 

「ーーーくっそ!!」

 

限界だった。

振り向き、自分の前にヴォイドエフェクトを展開する。

エフェクトは鎌とぶつかり、眩い光を発すると同時に砕ける。

集は砕けた衝撃でもんどり打って壁の上を転がった。

 

少しでも盾としての硬度を上げようとエフェクトに魔力を流した。

それが災いし、エフェクトに蓄積されたエネルギーが、破壊された衝撃を大きくし集自身に返って来た。

 

ヴァンガードは今度こそ集の首をはねようと、大きく鎌を振り上げ集に猛スピードで接近して来た。

 

銃声。

 

集が鎌の間合いに入る直前、無数の銃弾がヴァンガードの足下ーー。

つまり、建物の中から窓を破ってヴァンガードの進行を阻んだ。

 

『キイィイ!!』

 

ヴァンガードは当然の乱入者を警戒してか、その場から大きく距離を離した。

 

「っーー涯!?」

 

窓を覗き込んだ集は目を見開いた。

涯は怪我をしているらしく、服のあちこちが破れ血が付いていた。

銃を腕に括った状態で、足取りもおぼつかない。

さらに、集は涯の身体にキャンサーが発症しているのを見て血の気が引いた。

だが涯はやれやれと言いたげな表情で、呆れた様に笑っている。

 

「苦労しているみたいだな。集」

 

「あぁ、楽しんでるよ。

それより涯、そのキャンサー…」

 

「俺の事より自分の心配をしろ。

お前がここに来たのは、壁に張り付いてお喋りするためか?」

 

「分かってるよ。

だけど、すぐ消えるから捉え切れないんだ」

 

集は涯と会話しながらも、しっかりヴァンガードを視界に収めて油断なく行動を警戒する。

 

「なら、奴からもお前を見えなくしてやれ」

 

「そんな無茶苦茶な…」

 

そうボヤいた直後、集の頭にピンと引っかかる物があった。

 

「!」

 

「さっさと終わらせろ。いのり に会うんだろ?」

 

集と涯はお互いに目を合わせながら、ニヒルに笑い合う。

 

「しゅう!

いのり の所に!」

 

完全に再会の間を逃し、なかなか会話に入れなかったルシアがようやく声を上げた。

 

「……」

 

集は親指を立てルシアに頷くと、ヴァンガードを静かに睨んだ。

 

『ーーー』

 

ヴァンガードは訝しんだ。

目の前の獲物から一切の緊張が消えたのだ。

ヴァンガードは首を傾げ、集に近付き何度も顔を覗き込む。

しかし、ヴァンガードが自分の間合いに入っても、集は目を閉じて、攻撃はおろかヴァンガードを見ようともしない。

 

『…ホォ?』

 

こんな獲物は初めてだった。

戦いの最中にここまで動かなくなるのは、死体しか知らない。

だが、目の前の獲物は死体でも無ければ死にかけてもいない。

その上さっきまでの戦いは、確実に自分が追い詰めていたのだ。

 

ヴァンガードの戸惑いはだんだん憤りに変わって来た。

自分より弱いくせに何度も刃から逃れ、運良く命を拾っただけのくせに、突然戦いを放棄したこの獲物に侮辱されていると思ったのだ。

 

『ギイィィイイ!!』

 

ヴァンガードは雄叫びを上げ、集の周りで何度もテレポートを繰り返し集を挑発する。

 

それでも集は動かない。

テレポートのついでに鎌で少し薄皮を切っても、肩や足や手を浅く切ってやっても目も開けない。

 

ヴァンガードは心の底から落胆した。

こんなに歯ごたえのある獲物は久し振りだったのに、台無しにされた。この苛立ちはこのバカな獲物をバラバラに切り裂いて、収めてやろうと考えた。

 

ヴァンガードはそれを実行するため、正面から鎌を振り上げ集の脳天を狙う。

 

その瞬間、目の前にヴォイドエフェクトが展開された。

 

ヴァンガードは嘲笑った。

戦いを放棄したというのに、最後の最後でこんな脆い盾で命を惜しむ。

この盾と一緒にその奥にいる獲物を切り裂こうと、ヴァンガードはさらに勢いを強め鎌を振り抜いた。

 

ヴォイドエフェクトは先程と同じ様に、激しい光と音と共に砕け散った。

 

『ーー?!』

 

しかし、そのまま集を両断する筈が、鎌は何もない空間を素通りした。

ヴァンガードは集の姿を探して辺りを見回した。

 

その時、右目から頭の後ろまで貫く様な衝撃が走った。

 

『ーーギュ!!?』

 

残った左眼がその正体を捉えていた。

 

ヴァンガードの右目の辺りには、集が鋏のヴォイドを深々と突き刺していた。

先程のヴォイドエフェクトは、防御のためではなく相手から自分の姿を隠すためのものだった。

さらに、エフェクトは集が魔力を込めていたため、破壊された際には大きな光と音を発し、集の動きを完全に覆い隠したのだ。

 

『ギャアアアアァァァァ!!』

 

ヴァンガードは張り裂ける様な叫び声を上げ、のたうち回る。

集を振り払おうと振り回すだけでは飽き足らず、何度も窓と壁に集をぶつけようとする。

 

「ーーっ。そう簡単に離してたまるか!」

 

しかし、集は壁に叩き付けられる瞬間、ヴォイドエフェクトを展開する。

 

もちろんただ展開する訳ではない。

エフェクトに触れた時に僅かにエフェクトを動かし、クッションの様に衝撃を和らげた。

 

ヴァンガードは鎌の持ち手を短くし、集を串刺そうと振り上げた。

 

「!」

 

集は叩き付けられそうになった窓を蹴って、鋏を鉄棒代わりに大きく回転した。

 

『ギュギィィ!?』

 

集の身体とヴァンガードの位置が入れ替わる。

空中にエフェクトを展開し、蹴った。

 

「らぁ!!」

 

さっきとは逆にヴァンガードを窓に叩き付けた。

バキンッと派手な音を立てて窓ガラスが割れる。

 

「はぁああああああ!!」

 

それでは終わらせず、集はヴァンガードを壁に押し付けたまま空中を駆け出す。

ガリガリと壁を削り、ヴァンガードは叫びながら集の身体中を掻き毟る。

 

「飛べえええぇぇ!!」

 

壁の終わり、つまり屋上に辿り着いた時、集は力任せにヴァンガードの身体を天高く放り投げた。

 

『グオオオオォォォォォオオ!!!』

 

ヴァンガードは空中に停止し、右目と左の顔が欠けた顔で集を睨むと怒りのこもった声で叫んだ。

いつの間に鎌を落としたのか、手には何も持っていない。

そんな事はおかまいなしにヴァンガードは爪を剥き出して、集に突進した。

 

集も鋏を垂直に突き立て、相手の腹を目掛けて跳んだ。

 

鋏はヴァンガードの中央を貫き、ヴァンガードは一度大きく痙攣すると砂へ還った。

 

屋上へ着地した集は大きく息を乱しながら、ヴァンガードが砂になって崩れる様子を見届けると鋏から手を離す。

鋏は地面に落ちる前に銀色の光を放って、二重螺旋状にほどけると元の居場所へ戻って行った。

 

「………やあ…」

 

屋上の端に立っている、桃色の髪を持つ少女の後ろ姿へ声を掛ける。

いのり はゆっくり振り返って集を見る。

 

「………」

 

「えっと…待たせてごめん…」

 

「……また、怪我してる…」

 

そう言って いのり は集に駆け寄って来る。

 

「あー。

……まぁ、いつもの事だし。

鉄臭いのが嫌なら、タオルで拭いてーー」

 

「ダメっ!ちゃんと治療しなくちゃ」

 

「あっうん。そうだね、その通り…はは」

 

集につられて いのり も小さくはにかむ。

いのり の所へ急ぐあまり、何をどうすべきかを全く考えていなかった。

 

「治療といえば…ハレのヴォイドを見たよ。

傷を治す包帯のヴォイド!」

 

「ほんと?ハレらしいね」

 

「僕と同じ事言ってる!」

 

二人で吹き出して、大声で笑った。

しばらく少し笑い疲れるくらい笑い。

はぁー とため息を吐くと。

集は いのり の両肩に手を置いた。

 

「…いのりーー」

 

「ーーはい」

 

「僕はもう、二度と君の側を離れない…

でも、君はそれを許してくれるか?」

 

いのり の優しい赤色の目を見て問う。

そして、いのり もまた、集の瞳を見つめながら大きく頷いた。

 

「…連れて行ってくれる?」

 

集がその問いに答えようとした時、ーー

何かが集の腹を食い破いた。

 

「ーーーっ?!!?」

 

口から血が溢れ出る。

いのり も突然の事に目を見開いている。

 

吐血しながら、自分の腹を見た。

自分の腹に穴を開けていたのは、人間の腕だった。

 

当然、いのり の物でも集の物でもない。

空間が裂け、そこから見知らぬ人間が腕だけを出して集の腹の中に手を突っ込んでいるのだ。

 

「ーーぶっ、ぐーーふっ…」

 

集は腕に押され、ふらふらと後ずさりする。

空間の裂け目が更に広がり、腕の持ち主が姿を現した。

 

白衣で身を包んだ黄金色の髪の少年だった。

身長は いのり より、少し高いくらいの小柄な少年だ。

 

少年が集の腹から腕を抜くと、集の身体は地面に崩れ落ちる。

 

「シュウっ!!」

 

いのり、逃げろ!

 

そう叫んだつもりだった。

しかし、実際に出たのはか細い蚊の鳴くような声だった。

 

「ーー安心してください」

 

少年が口を開いた。

笑っているというのに、感情が読み取れない。感じられない。

 

まるで蝋人形の笑顔を見ている気分になった。

 

「それは、儀式のために必要な前段階……。

既に傷は塞がっている筈ですよ?」

 

「ぎ…しき…?」

 

「ーーーそう。あなたが記憶を取り戻すための、大切な準備です」

 

「ーー!!」

 

「!?」

 

少年の言葉に2人は言葉を失った。

そんな2人の様子など気に止めず、少年はいのりに振り返った。

 

「い…いや!」

 

いのりは振り返った少年に肩を震わせ、怯えるように後ずさりする。

 

「いの…ーっり!!」

 

「あなたの出番はまだ先です。

ーー ” 楪 いのり “ーー」

 

いのりの背後の空間がパックリ裂け、その暗闇から無数の触手が伸び。

いのりの手足、胴体に絡みついた。

気のせいか、その触手はキャンサーの結晶に酷似していた。

 

「ーーああっ!」

 

「いのりぃぃぃっ!!」

 

集は腹に穴を空けられた痛みなど忘れ、いのり に手を伸ばし駆け出した。

いのり も集に手を伸ばすが、2人の指先が触れる直前、裂け目は何事も無かったかの様に消滅した。

 

「!!」

 

集が辺りを見回しても、いのり の姿は何処にもない。

裂け目のあった地面に触れても、何も無いただのコンクリートだ。

 

「ーーいのりは何処だ!!」

 

「そう怒らないで下さい、すぐに会えーーー」

 

銃声。

その音がする直前、少年はまるで銃弾が飛んで来るのが分かっていたかのように、頭を後ろへそらした。

銃弾は少年の頭を掠め、明後日の方向へ消えた。

 

「最後の一発…、

無駄にしましたね」

 

「涯!」

 

屋上の出入り口から、ルシアに支えられた涯が現れた。

涯は少年を睨みながら、腕に括られた銃を向ける。

 

「ようやくおでましか…。

『ダァトの墓守』…」

 

「ダァトて…、この間涯が言ってた秘密結社?こいつが…?」

 

少年はやはり笑みを崩さず、涯から背を向ける。

すると、その正面に再び空間の裂け目が出現した。

 

「取り戻したければ来なさい…。桜満 集」

 

集にそう告げると、少年はその裂け目に姿を消した。

 

「ーーっ!」

 

「追え、集!」

 

「当たり前だ!!」

 

涯言葉にヤケクソ気味に答えると同時に、集は裂け目に駆け出した。

 

「ルシアっ!!」

 

「!」

 

「ただいま!!」

 

「……うん!」

 

赤毛の少女が嬉しそうに強く頷く様子を見ながら、集の視界は光に包まれた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

最初に、集の視界に飛び込んだ物は雲だった。

上下左右360度どこを見ても雲に覆われている。

その数多の雲が奥から猛スピードで自分の背後に通り抜けて行く。

 

音速で飛ぶ、ジェット機か何かに乗ってる気分だった。

 

やがて、その雲の層を抜けると、あの少年とーーー。

 

「なんだよ、あれ…」

 

異様な光景が集の目に飛び込んだ。

 

眼下で “街が渦を巻いている”。

そうとしか表現が出来ない。

建物は粒子状に砕けその粒が中央に集まり、その中央で歪な巨大な塔を形作っている。

街自身が街の形を変えていた。

 

「ーー六本木という街は、あの時すでに消滅しています。

あなた達が“ロストクリスマス”と呼ぶ…あの日に」

 

「どういう事だ…。何が起ころうと…いや、君達は何をしようとしているんだ!!」

 

「今日の日まで、あなた達が見ていた六本木は幻影です。ーー1人の少女の心で形作られた夢なのです」

 

「まさか…街全体が誰かのヴォイドだって言いたいのか!?」

 

「あなたが我々のもとに来るというのなら、まずは全てを思い出してからにして下さい」

 

そう言った少年が指を鳴らした瞬間、集の身体は空に吸い込まれるかの様に吹き飛んだ。

 

「うわあああああああ!!」

 

 

 

集の絶叫は空気が裂ける音と重なり、集の意識は肉体から引き剥がされた。

 

 

ーーそして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー海の香りがした。ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半のストーリーに入りかけてるのに大分忘れてる…。
Br-boxで確認します…。

後半は集が会長になった辺りから、かなり話の流れを変えるつもりでいます(それでも大体原作に忠実です)。
どうか前半が完結しても後半も読み続けて頂けると、とても嬉しいです。




今回の話を執筆中に、ゴジラkomも観に行きました。

ンヒョーって感じでした!
控え目の超辛口で言って “ 神 ” です!!!


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#42-①再誕〜the lost christmas〜

初代DMCがニンテンドーswitchでDLにて発売!!

いやー。
携帯ゲーム機でDMCが出来るとは、いい時代になりましたなぁ。

さっそくDLして遊んでます!
なんか5のくせが悪い方に働いてしまってるww

久々だとムズイっす!



今回のギルクラの過去話なんですけど、若干ダイジェストで行きたいと思います。
ちゃんと知りたい人は原作のアニメか漫画か小説でチェックしてください。

すみません



周囲を目を焼かんばかりの閃光が広がり、涯は思わず顔を顰めた。

その光が消えると、集も裂け目も消えていた。

 

「行ったか…」

 

「……ねぇ、今のはだれ?

しゅうはどこへ行ったの?」

 

ルシアが崩れ落ちそうになる涯の身体を支えながら、しきりに尋ねる。

その時背後の扉が開き、春夏が駆け寄ってきた。

 

「ルシアちゃん!涯くん!」

 

「!」

 

「あんたか…」

 

「集は?いのりちゃんは?

何があったの!?」

 

ルシアの投げ掛けた疑問を春夏は繰り返す様に畳み掛けた。

涯は顔を顰めたまま春夏の正面に向いた。

 

「…“コキュートス”。そこに二人はいる」

 

「それはーー」

 

何?と春夏が続けようとした時、大きな風が三人を覆うように吹き荒れた。

しかし、春夏が口を閉じたのは風のせいではない。

 

屋上にさらにもう一人人間が現れたのだ。

身長は涯の頭一つ分も違う、大柄な男だった。

 

「つまり、死にそうな面のお前なら…シュウの居場所が分かるって事だな?」

 

その男は顔に巻き付けてあった、布を鬱陶しげに取りながら不敵な笑みを浮かべている。

 

「何者だ…」

 

「だ、ダンテさん!?」

 

「久し振りだなハルカ。ヘアースタイル変えたか?」

 

「なぜここへ?ーーっというかいつ日本に!?」

 

「ちょっと前からな」

 

混乱している春夏にダンテは肩をすくめた。

涯は顰めていた顔にさらに眉間を寄せた。

 

「ダンテ…?

まさか集に戦う技術を教え込んだ…」

 

「ハハッ!…俺も有名になったもんだ。

そういうお前がガイって奴だろ?」

 

ダンテは心底楽しそうに涯に歩み寄る。

無意識にダンテの強大さを把握出来たのか、ルシアは近付いて来るダンテにビクッと肩を震わせ緊張する。

 

「そっちのお嬢ちゃんは?」

 

「…ルシア…」

 

「よろしくな。

シュウにも“変わったお友達”がいたもんだ…」

 

「…!?

…分かるのか?」

 

先刻のアリウスとの遭遇を思い出し、涯は思わずダンテに詰め寄る。

一目見でルシアが人間でない事を見抜いたダンテは、飄々と何でもないかの様な態度だった。

 

「この世界にも長いんでね…。

そんな事より、そろそろ本題に入るとするか」

 

ダンテはため息を吐き、涯に向き直る。

 

「シュウがどこに消えたか知ってんのか?」

 

「…六本木だ。

もっとも、今は違う物になっている様だがな…」

 

涯の視線を追って、ダンテは六本木のある方向へ顔を向けた。

そこに誰もが思い浮かべる様な街の原形は無く、建物の全ては今も無秩序に破壊され、中央に形成されつつある塔の材料になっている。

 

街そのものが、悪意を持って蠢く生物にも見える。

 

「そんな…」

 

「ハハッ!そう来なくちゃな!

ここまで来た甲斐があったってもんだぜ!」

 

顔色が蒼白になる春夏とは対照的に、ダンテは興奮気味に声を上げる。

 

「行き先は決まったな。

さっさと片付けるとするか」

 

「待て!ーーグゥ!!?」

 

涯は屋上の縁に足を掛けるダンテを追おうとしたが、突然の刺す様な激痛に胸を抑えて地面に手を着いてしまった。

 

「大丈夫!?」

 

ルシアと春夏が涯に駆け寄り背中をさする。

 

「俺も行く…!」

 

「怪我人は引っ込んでな。お呼びじゃないぜ」

 

「行かなければならないんだ!!」

 

涯の血を吐く様な必死の叫びに、ダンテはしばらく無言になる。

 

「あそこには…俺の全てが、ここで行かなければ俺に生きる価値など無い!!」

 

「……色々知ってそうだな?」

 

「涯くん。何を知ってるの?それは集に関係する事なの?」

 

「……………」

 

涯はしばらく目を閉じて考え込むが、すぐに目を開き春夏を見る。

 

「…おお有りさ…。

あの六本木で集を待っているのは、『アポカリプトウイルス第一感染者』“桜満 真名”(おうま まな)ーー」

 

そしてダンテの顔を睨む様に見る。

 

「ーー()()()()…」

 

「そんな…ありえないわ!あの子は死んだ!

ロストクリスマスの日に!」

 

「死んではいない…“まだ”、な」

 

春夏は息を呑んだ。

頭を振ってなんとか混乱から脱しようと考えているのが分かる。

 

「いいさ。そこまで言うなら、連れて行ってやるよ」

 

ダンテはため息まじりにそう言うと涯の軽々と持ち上げ、涯の腕を肩に掛けた。

 

「トリッシュ!」

 

ダンテが上空に向けて呼び掛けると、金色の雷が屋上に()()した。春夏の悲鳴を上げるのも忘れ、落下した雷光の中から現れた人物に目を丸くした。

 

「ととと、トリッシュさん!?」

 

「ハアーイ♡」

 

一度に様々な事が起こり、春夏の頭はオーバーヒート寸前になった。

 

「…もう、何がなんだか…」

 

「ふふ、すぐに説明してあげるわよ。

理解出来るかは保証しないけどね」

 

「トリッシュ」

 

「分かってるわよ」

 

頭を抑えて昏倒しそうになる春夏を、トリッシュは軽く持ち上げる。

 

「ーーへ?キャッ!?」

 

いわゆるお姫様抱っこの形で持ち上げられた春夏は、一瞬何が起きたか分からず何度も瞬きする。

 

「はい、お一人様ごあんな〜い」

 

「と、トリッシュさん!恥ずかしいです!」

 

騒ぐ春夏をよそに、涯は無線機をツグミに繋げる。

 

「ツグミ、聞こえるか。今すぐ全員に退却信号を送れ」

 

『涯!?無事だったの!?』

 

「現時刻を持って≪葬儀社≫は全ての活動を停止する。

一刻も早くここを離れて身を隠せ…」

 

『え?待ってよ、涯!』

 

「……生き残れ。これが最後の命令だ」

 

一方的に告げると、涯は通話を切った。

 

「もう、いいのかい?」

 

「……伝えるべき事は伝えたさ」

 

「オーケー、なら結構。

時間がおしてる」

 

改めて六本木に向き直ったダンテの服を、誰かが掴む感覚がある。

見下ろすと裾を掴むルシアと目が合った。

 

「…わたしも…」

 

「好きにしな。ただ、来るからには自分の身は自分で守ってもらうぜ。

足手まといは一人で十分だ」

 

「…耳が痛いな…」

 

もし彼女がただの人間ならば、ダンテも躊躇いなく手を振りほどいていただろう。

 

ルシアは瞳に闘志を灯し、ダンテの目を見る。

 

こいつは折れない。

万が一置いて行こうものなら、両足が千切れ飛んでも追ってくるだろう…。

そんな執念を感じたダンテはため息をつくと、ルシアの襟首を掴み猫の様にひょいと持ち上げると自分の首を抱かせた。

 

「……落ちたら死ぬぜ?」

 

「ん」

 

ダンテがそう言うと、ルシアは首を抱く腕に少し力を込める。

 

「待って!涯くん!

あなた“トリトン”よね!?」

 

春夏はトリッシュの肩越しに涯を呼び掛ける。

 

「……さっきも言っただろう。そんな奴は知らん」」

 

しかし、涯は春夏に振り返らず冷たく言い放った。

ダンテは長話にウンザリした様子で首を振り、涯の身体をしっかり掴む。

 

「おしゃべりは終わりだ。行くぞ」

 

「ああ…頼む」

 

涯が言い終わらない内にダンテは屋上の縁を蹴り、冗談みたいた速度で空中で疾走していく。

 

「う…そ」

 

「それじゃあ、私達も行きましょう?」

 

「え?え?じょ冗談でーー」

 

「口閉じないと舌噛むわよ?」

 

軽い口調で言った直後、トリッシュは春夏を抱えたまま躊躇いなく屋上から飛び降りる。

春夏の絶叫が未だ災禍の止まぬ曇天に響き渡って行った。

 

 

 

**************

 

 

波の音が聞こえる。

 

潮の香りがする。

 

生命の息吹を感じるこの場所で今、目の前で命が失われようとしていた。

 

小麦色の髪を持つ少年だ。自分より一つか二つ年下の少年が浜辺に打ち上げられ、仰向けにグッタリ倒れ込んでいる。

 

最初は人形かと思った。

少し近付いて、ようやくそれが生きた人間だと気付いた。

 

「大変!!」

 

真横から姉の“マナ”が少年に駆け寄る。

遅れて自分もマナの後を追った。

 

マナは少年の胸と鼻に耳を当てると、慌てて両手の平を交差させ濡れた服の上から心臓マッサージをした。

 

心臓が動いていないのだ。

その事に気付き、背中に冷たい汗が垂れた。

 

必死に心臓マッサージを繰り返すマナを見て、何も出来ない…しない自分に焦燥感とそれを恥じる感情が徐々に増していく。

 

こんな事なら昨日の人命救助の特番をもっと真面目に見とくんだったと、見当違いな後悔まで芽生え始めた。

 

「ゴボッゲホッ、ゴふ!」

 

少年が水を吐き出すのに気付いて我に返る。

マナは大きく安堵のため息を吐いた。

 

「よかった…」

 

「おい。大丈夫か?」

 

少年の目が薄く開き、自分とマナを交互に見ている事に気付き声を掛ける。

 

「あっ…え…」

 

「オレはシュウ、オウマシュウ。こっちはマナお姉ちゃん。

でっ、お前の名前は?」

 

「…え?な…まえ…」

 

集が畳み掛ける問い掛けに、少年はしどろもどろになる。

見かねた様子のマナが自分に叱り付ける。

 

「こらシュウ。ダメじゃない怖がらせちゃ!」

 

しかし自分は大して反省せず、ヘイヘーイと適当な返事をして姉の小言を受け流す。

 

「…なまえ…」

 

ふとマナは少年の様子がおかしい事に気付き、不安な表情で少年を覗き込む。

 

「もしかして、名前ワカンない?」

 

無遠慮な問いにマナがまた怖い顔になる。その表情に気押されて数歩後ずさりした。

姉はいつもは優しいが怒るとすごく怖い。

 

「……」

 

「…“ トリトン ”」

 

呟いたマナに少年はハッと顔を上げる。

 

「海から来たから“トリトン”。素敵だと思わない?」

 

「おぉ!いい名前じゃん!

よし、今からお前の名前はトリトンだ!」

 

「………」

 

「よろしくな!トリトン!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「何故、桜満集にこだわる」

 

階段の下からの声にユウは天井から視線を外し、階段を登る男を見た。

 

「おかえりなさい。シュウイチロウ」

 

茎道は不機嫌そうにユウを、そして空中の結晶体の中で眠る集を睨む様に見る。

 

「あの男はどうしました?」

 

「嘘界なら帰したさ。奴にここまで見せる義理は無い」

 

「結構…。では今しばらく彼を待ちましょう」

 

「…質問には答えられないと言う事か?」

 

ユウは失敬と頭を下げる。

 

「彼が記憶を失ったのは不幸な事故でした」

 

「事故だと?」

 

「ええ、彼が魔界の住人に拉致された後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。招かれざる客によって不当に破壊されてしまったのです」

 

「それを知りながら。何故、指をくわえて見ていたのだね?」

 

「魔界は我々からすると未知の領分でした。下手に手が出せなかったのです。だから、我々は奴らの世界の住人を利用する事をしたのです」

 

10年前、ダァトは桜満集を拉致した悪魔討伐を成し遂げようとした。そのために最高の要因に目を付けた。

 

ーー魔剣士ダンテ。

 彼に例の悪魔へ導くため、直接的な被害に遭っていた何も知らない一般人にダンテの情報を流し、依頼を出すよう誘導した。

結果、見事ダンテは悪魔を討ち、桜満集の救出に成功した。

 

しかし、問題はここからだった。

桜満集は以前の記憶一切を欠落していたのだ。

さらに彼は“悪魔を引き寄せやすい”という厄介な体質にまで目覚めていた。

 

しかし、幸か不幸か集の身柄はダンテが預かる事となった。

ダァトはそれから観測を続け情報を集めた。

 

そして数年掛けて、ようやく完成させたのだ。

 

「彼にはここに連れて来る前、ある物を“移植”しました」

 

「ある物?」

 

「ーー『魂の複製』とも言えるでしょうか?

彼が生まれてからの経験、感情、人格。

それらを真名から、そして本人から()()しました」

 

「…君達がその様な技術を?」

 

「もちろん完璧な再現とまでは行きませんでした。

ですが数年掛けて十二分のものが完成しました」

 

「後は切っ掛けさえ与えれば…か」

 

茎道は憮然とした表情のまま、桜満集を見上げる。

 

「あなたの熱意は理解しているつもりですシュウイチロウ。

ですが、あくまで“アダム”を決めるのは“イブ”である真名です」

 

「…今さら言われるまでも無い…」

 

「ならばそれが問いへの答えです。

例え記憶を失っていたとしても、まだ彼は資格者の権利を失った訳ではない」

 

ユウは背後の階段へ振り返り、その頂上へ視線を向ける。

 

「慌てずとも答えは出ます。

もう間もなく…」

 

集を包んでいる結晶体に亀裂が入る音を聞き、ユウは口元を歪めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

それから少年は、集の弟になった。

家に招き夏の大島で日々を共に過ごした。

 

遊び相手が真名しか居なかった集には、毎日が新鮮で楽しい物だった。

 

今までろくに男友達も居なかった集は、トリトンと遊ぶのが楽しくてしょうがなかった。

集はいつも彼を連れ出し、山や森や川や海やと毎日違う場所に連れて行った。

 

トリトンはいつも息を切らしながら必死に集に着いて行った。

 

 

ーー集はこの光景を不思議な感覚で見ていた。

客観的な様であり、主観的だった。

 

ただ二人の子供が遊ぶホームビデオを見る気分でもあり、追体験している気分でもあった。

 

 

「なんだアレ?」

 

ふと過去の自分が海の彼方を指差し、声を上げた。

 

「トリトンあれ見ろよ!」

 

「?どうしたのシュウ」

 

集も過去の自分が指差す方向を見るが、特に気になる物は無い。

 

「あれ!すげぇデケェよな!」

 

「あの大きい船の事?確かにあんなの見るのは初めてだね」

 

「は?違うって!」

 

過去の自分は興奮気味にタンカー船を指差す。

 

「トリトンは見えねぇのか!?

あそこのデカイ蛇!!」

 

それを聞いた瞬間、集は心臓が凍り付くような錯覚を感じた。

慌てて大型船を見るが、霧に包まれているせいでよくは分からないが何度確認しても少し錆びているだけのただの大型船だ。

 

しかし、集にはある種の確信があった。

 

(…まさか…)

 

現在の自分にハッキリとした爪痕を刻み込んだ。

恐怖の象徴。

 

世界中で多くの人々を拉致し、喰らった魔物。

 

ーーー()()()()()()が、ーー

 

 

「おっかしーな…」

 

「シュウ!浜辺以外の場所から海に入っちゃダメだって!」

 

過去の自分が無用心に海の中へバシャバシャ入って行く。

トリトンの制止も聞かず、あの船…いや、蛇へ近付こうとする。

 

今の自分が見ても蛇の影すら見る事は出来ない。

なぜ過去の自分と、今の自分の認識が食い違っているか分からない。

しかし、そんなことはどうでもよかった。

 

『ダメだ!!戻れ!!』

 

声を出そうとも、手を伸ばそうとも、目の前の映像には一切反映されない。当然だ。

元からこの場には居ないのだから。

 

「わぁああああああ!!」

 

過去の集が突然絶叫し海の中へ倒れ込み水しぶきを上げる。

 

「シュウ!!」

 

トリトンが海の中へ駆け寄る。

 

グッタリと抱き起こされる過去の自分を見届けると、集は慌てて船へ目を移した。

そこにはもう最初からそうであったかの様に何も無かった。

 

 

 

集を助け起こしたトリトンはほぼ同じ背丈の集を背負い身体のあちこちに擦り傷を作りながら死に物狂いで家へとたどり着いた。

 

二人は驚く春夏と真名に介抱されリビングのソファに集を寝かせると春夏は電話を掛けに何処かに行ってしまった。電話の先は病院と父親である桜満玄周(クロス)の様だ。

 

リビングに残された集は熱を出し荒い呼吸で眠っていた。トリトンと真名はそれを見守っていた。

 

「大丈夫よトリトン。きっとすぐに良くなるわ」

 

マナは集の額に冷水で濡らしたタオルを乗せながら言った。

トリトンは俯いたまま小さく頷くだけだった。

 

 

 

ーーー刻印だーー。

 

横になる自分の足に巻かれた包帯。

その下に真っ黒な痣があるのを見た。

 

どんなに不気味な形でも、知識が無ければそれを痣としか思わない。

病院の医者でもおそらく同じように言うだろう。

実際時間が経てば痣は消え、痛みも無い。

 

だが、それは見せかけだ。

 

刻印は獲物を選り好む悪魔や知能の高い悪魔が行う。

いわゆるマーキングの様な物だ。一度こういった物を身体に刻まれると何処にいても相手に筒抜けになってしまう。

 

集もダンテに助けられた後、『刻印の残り香』が持つ数多の悪魔を引き寄せる性質のおかげで大変苦労させられた。

 

(…ロストクリスマスの前から、目を付けられてたって訳か…)

 

今は済んだ事とは分かっていても、改めて背筋が寒くなった。

 

暗い思考を紛らわすため、集は自分を見守る二人に意識を移した。

自分の姉であるマナ。

見れば見る程いのりに似ている。

しかし、このマナがいのり本人で無いのはすぐ分かった。

彼女と いのり の年齢の計算が合わないという事以外根拠はないが、彼女の纏っている空気はいのりとはまるで違う気がした。

 

そして、似ていると言えばもう一人。

トリトンという少年。

性格はまるで違うがその面影はやはり……。

 

 

 

集は翌日にはすっかり回復し、ケロっとした顔で家族の前に現れた。

春夏とマナは呆れながら微笑み、トリトンは涙を流しながら喜んでいた。

それからは蛇の事も痣の事もすっかり忘れ、あいも変わらず騒がしくも平穏に時が過ぎて行った。

 

 

 

ーーそしてある日、小さな異変が起きた。ーー

 

その日は朝からどしゃ降りの雨が降り注いでおり、とてもじゃないが外で遊べる様な天気ではない。

今日はトリトンも居ないので、大人しく本を読んで時間をつぶしていた。

 

「ねぇ、シュウ…」

 

本にもそろそろ飽きて来た頃、マナが音も無く集の隣に座った。

 

「なに?」

 

顔を上げ隣の真名を見ると、真名はふふと優しく微笑む。

 

「シュウは私の事好き?」

 

「きゅ急になんだよ!」

 

突然で直球な問い掛けに、集は変に焦ってしまった。

弟の初心な反応に真名はクスクス笑う。

 

「私はシュウの事大好きよ?ねぇ、シュウはどうなの?」

 

「……俺も好きだよ?

お姉ちゃんの事…」

 

改めてはっきり口にすると凄まじく照れる。

自分の顔が赤くなっている事を自覚して、今この場にトリトンや春夏が居なくて良かったと思った。

 

「ほんと!嬉しいわ!」

 

「……?」

 

真名の喜び様に正体は分からないが違和感を感じた。

次の瞬間、真名は集を覆いかぶさる様に強く抱きしめた。

 

「わ!お姉ちゃん!?」

 

「………」

 

暴れるが全く振り解ける気配がない。

 

「く苦しいよ!」

 

「……トリトン。あいつね私こと大人の目で見てくるの…」

 

「えっ?」

 

「ーー気持ち悪い」

 

「お…姉ちゃん…?」

 

初めてだった。

あの優しい姉が、誰かの事を悪く言っている所を見るのは。

ましてやその相手が集とマナの弟であるはずの少年だ。

 

マナが集から身体を離し、微笑む。

 

「だけどシュウは良いのよ?大人の目で見てくれて…」

 

雷鳴が轟く、その直前の閃光が薄暗い室内に過剰なまでの光を入れた。

マナの髪に隠されていた物が一瞬見えた。

フジツボか何かの様に、マナに寄生でもするかの様に不気味な紫色を反射する宝石にも似た結晶。

 

 

 

 

 

ーー愛してるわシュウ。ーー

 

 

 

 

 

混乱した。

なぜウイルスのキャンサーがマナの体に発症しているのか。

まだロストクリスマスは起きていない。

それなのになぜマナが感染して居るのか、訳が分からない。

 

「……まさか…」

 

ふとひとつの可能性が集の頭の中に浮かんだ。

認めたくない。だが、もうこれしか考えられない。

 

「姉さんが…アポカリプトウイルスの第一感染者…」

 

涯が言っていた“はじまりの石”と接触し感染したという少女。

それがマナなのだとすれば、つじつまが合う。

合ってしまう。

 

「そんな、…嘘だ…」

 

だとすればあのパンデミックの原因はーー、

 

「ぐあっ!!」

 

瞬間、頭を焼く様な激痛が走った。

視界が…いや最早、眼の中と表現した方が良いかも知れない。

様々な場面を無理矢理頭の中に詰め込まれた気分だ。

 

一場面が過ぎ去るごとに、自分の記憶にしっかり組み込まれている。

夏が過ぎ、秋が過ぎ、そしてついに冬が訪れた。

 

 

そして突然、ひとつの場面に集は放り込まれた。

 

教会だ。

 

何処のかは分からない。少なくとも大島の教会ではない事は分かった。

真横には巨大なクリスマスツリーが鎮座している。

 

 

そして集の目の前に、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーなっ」

 

絶句した。

トリトンはうつ伏せで倒れたまま、ピクリとも動かない。

そして地面に倒れ伏したトリトンを、真名は冷たい眼で見下ろしていた。

 

その眼から優しい姉の面影など、もうどこにも感じなかった。

真名は何かを言っているが、何も聞こえない。

 

 

 

唐突に景色が暗点した。

電源でも落としたかの様に、集は突然真っ暗な空間に放り出された。

 

そして、その暗闇は音を立てて割れた。

 

「うわっ!?」

 

その途端、集の身体は思い出したかの様に重力に引かれて落下する。

咄嗟に身体を捻り体勢を整え、着地した。

 

「ここは…?」

 

見た事がない様な空間にいた。目の前には巨大なガラスの階段、周囲には血の池に満たされ、不気味な紫色の結晶が柱を形成している。その孤島に集は立っていた。

 

「っ!!ーーいのり!!」

 

巨大な階段の中途にいのりが立っていた。

いや、立っていたという表現は間違いだ。いのりの身体は結晶の枝に絡みつかれ、宙に浮いていた。

まるで花嫁のように床まで届く白いヴェールを頭に被り、項垂れている。気を失っているのだ。

 

いのりの両脇に二人の人影が立っていた。

 

一人は髭を整えた男性。雑誌やテレビで見た事があった。

茎道修一郎。

そしてもう一人は、突然現れいのりを拉致したあの少年だった。

 

「無茶をする……。

桜満集に何かあったら、あなたも困るでしょうに…」

 

少年が話し掛けているのは自分にではなかった。

 

「立てるか?集…」

 

「……涯?」

 

集が振り返ると、目の前に涯が手を差し伸べていた。

何か考える前に集の手は涯の手を取る。

 

涯は集を立たせ、いつものように自信に満ちた笑みを浮かべて言った。

 

「来い。いのりを助けるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 




今朝テレビ点けたらルーベンさん映っててビビったw
(*3、4、5ダンテの中の人)


令和はじめてのウルトラマン始まりましたね。
前回のルーブは訳あってリアルタイムで見れなかったので、今回のタイガはちゃんと追えるといいなぁ…


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#42-②再誕〜the lost christmas〜

今回、半オリジナルな悪魔が登場します。
原作無印のあいつの強化固体です。


過去の話はダイジェストにする予定だったのに……。
気付いたら殆ど描写してしまった…。




黒く渦巻く雲と瓦礫の中を真紅の影が切り裂く。

異常な光景の中に平然と飛び込む影こそ、際立って異質だった。

 

ズドンッと豪快な音と土煙りを立ててダンテは着地した。

 

「ほら、これで満足か?」

 

ダンテに抱えられていた涯は意識が朦朧としながらも、しっかり自分の足で着地した。

 

「ここに…シュウといのりが?」

 

「…おそらくな…」

 

ルシアが危うげな足取りの涯の隣に立ち、異形な塔を見上げる。

 

「どこから入れば…」

 

「悪いがお嬢ちゃん。悠長に入り口を探してる余裕は無さそうだぜ?」

 

ダンテの声に振り向くと、大量の悪魔が地面から瓦礫の隙間から湧き上がる様に出現していた。

 

「あの男…」

 

「アリウス!」

 

その軍勢の中心に貴族風の服装が見え、ルシアはギリッと歯を砕けそうなほど強く食いしばった。

 

「またお会いましたな」

 

「俺の事務所荒らした悪魔と同じ匂いが染み付いてやがる…。

お前が俺の魔具を盗んだ奴の親玉って訳か」

 

「“魔剣士ダンテ”。この目で見る日をどんなに待ち望んだことか…。私はアリウス。御察しの通り君の魔具を奪ったのは私だ」

 

「ハッ素直なヤローだ。今ならレンタル料に利子つけて返しゃあ見逃してやるよ」

 

ダンテは背中のリベリオンを握り、勢いよく引き抜いき威嚇する。

 

「断る。勝てる勝負でなぜ降伏する必要がある?」

 

「そうかい、ならお仕置きだ…っな!!」

 

言うが早いか、ダンテは涯とルシアが立つ背後の壁にリベリオンを振り抜いた。

ゴオオオオオオオ!!という轟音と共に途轍もない衝撃が剣から放たれ、塔の壁をいとも容易く砕いた。

 

「行きな。こっちは俺の個人的な用事だ。

テメェらは自分の事に集中してりゃいい」

 

言いながらポッカリ空いた塔の穴に顎をしゃくる。

 

「常識が通用しない奴だ…。

だが恩に着る」

 

「…ありがとう」

 

ルシアは最後にアリウスを睨むと、涯を追って穴に駆けて行った。

ダンテは振り返らず、肩越しで手をヒラヒラ振って二人を見送る。

 

「さて、お前は俺の足止め役ってとこか?」

 

「そんなところだ」

 

その言葉と同時に目の前の悪魔達が一斉にダンテへ飛び掛った。

ダンテは剣で目の前まで迫った数体の悪魔を地面に串刺しにした。

 

「…前菜は飽きたが、付き合うさ。

ウチのバカ弟子と遊んでくれた礼だ」

 

そして腰からエボニー&アイボリーを抜くと、迫り来る軍勢に弾丸を浴びせた。

 

 

 

****************

 

 

地面から引っ張り上げられながら立ち上がった集は、未だ呆然としながら涯の顔を見た。

 

「涯…ルシアまで、どうやってここに?」

 

「話すと長い…」

 

涯の視線を追って天井を見上げると、人間一人なら余裕で通れそうな穴が遠目に見えた。よく見ると、天井の中途にワイヤーがぶら下がっている。

あれを使って降りて来たのだろう。

 

「あ〜…なる程、大体分かった」

 

「理解が早くて助かる…」

 

穴の向こうから、微弱ながらダンテの魔力を感知して、集は呆れ半分で頷いた。

 

「シュウ、大丈夫!?」

 

「うん。僕は平気…」

 

集はルシアに頷くと、背後の階段を見上げた。

拘束されたいのりの両脇に謎の少年と茎道が集を見下ろしている。

 

「まさかその身体でここまで粘るとは思いませんでした。恙神涯」

 

「…お前達と戦うために今まで生きて来たんだ。

ここで折れてたまるか…!」

 

涯は弾を再装填した銃を少年に向ける。

 

「では敬意を払い名乗らせていただきます。

私はダァトの“ユウ”。覚えて頂けると幸いですね」

 

「いのりを返して下さい!!」

 

「“返す”?この娘は元から我々のものだ」

 

そう叫んだ集に茎道は軽蔑の視線を向けた。

 

「貴方が“楪いのり”と呼ぶものは、マナと意思疎通を図るためのインターフェース用インスタントボディ。

ーー我々が作った人工生命体です」

 

「作った…だと?」

 

「いのりが…わたしと同じ?」

 

集とルシアは驚くよりも困惑で顔を歪めた。

正直、突然得体の知れない人物から聞かされても半信半疑でしかなかった。

しかし、ーー

 

「ーー事実だ」

 

集がもっとも信頼する人物の一人である男が、あっさりと認めた。

 

「なっ…涯!?」

 

「…だが、まだ重要な事がある。もっと上を見てみろ」

 

「え?」

 

戸惑いながらも、涯に言われるがまま階段の最上部を見上げた。

 

ーー誰かいる。

知っている顔が、たった今思い出した大切な人が。

 

最上部には桃色の髪の少女が眠っている。

一糸纏わぬ姿で紫色の光の中で膝を抱え宙を漂い、その周りにはどんな用途で使うかも分からない機械が少女を覆っている。

 

「マナ!?」

 

守られている様にも、捕らわれている様にも見える機械の中で最愛の姉が静かに眠っている。

 

「マナは石に触れ、『アポカリプスウィルス』の第一感染者となり、肉体を失った。彼女の魂は新たな肉体に注がれ、今再びこの世に舞い戻る」

 

「何を…言ってるんだ!」

 

「そして、古き世界は終わりを迎え。新たな世界が始まる。私はその証人にならなければならない」

 

茎道は一方的に集に言葉をぶつける。

まるで人間では無いかの様な残虐性と狂気的な不気味さを感じた。

今まで出会って来た、悪魔に魂を売った者たちと何も変わらない邪悪さを茎道は纏っていた。

 

対話も交渉もコミュニケーションの通じないと、集はほぼ本能的に感じ取った。

 

戦うしか無い。

 

 

 

ーーだが、足りない。

今のままでは…あまりにもーーー

 

 

 

涯が集の肩を掴む。

 

「…集…!」

 

「…ねぇ、涯はトリトンなんだよね?」

 

「…………」

 

涯は一瞬驚いた表情を見せると、ほんの少し間を置き応えた。

 

「そうだ…」

 

「全部知ってたの?」

 

「そうだ」

 

「なら、教えてくれ。

あの日…ロストクリスマスの日に何があったんだ?」

 

「どうやら、まだ全てを思い出した訳では無い様ですね」

 

ユウが少し落胆した様に溜息をはく。

 

「お話してあげてはどうですか?待ってあげましょう。

彼には知る権利がある。…いや、知らなければいけない義務がある」

 

涯はユウを鋭く睨んだ。

 

「…あいつに賛同する訳じゃないけど、それが僕に関係がある事なら、それが解決のために重要な事ならーー」

 

「…分かった。

話してやる。あの日マナに、俺に、お前に起こった事をーー」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ーーマナは優しい女だった。

しかし、彼女は変わってしまった。ーー

 

ーーあの日の大島で、マナがお前に迫る所を、そしてあの忌々しい黒い斑点を俺は見てしまった。ーー

 

 

 

「ウィルスでしょ?その顔の斑点はあの≪石≫のウィルスでしょ?

父さんが言ってた。それは人を狂わせるって」

 

あまりにも真っ直ぐ訊いてしまった。

 

「君はシュウをどうする気なの?」

 

その瞬間、真名は豹変した。

雷雲の轟に負けない叫び声を上げ、トリトンに襲い掛かった。

簡単に組み伏せられ、縛り上げられた。

 

「あなたを生き返らせたのは私。ならあなたをどう使おうが私の自由にしていい、そうでしょ?」

 

真名はトリトンの喉を掴み上げて言った。

 

「私はね、シュウと結ばれるの。誰の邪魔もさせないわ」

 

「……僕は、シュウに言いつけたいんじゃない……確かに僕はマナに命を救われた。…僕に命を吹き込んでくれた」

 

トリトンは後ろ手に縛られていた腕を無理矢理振り解き、真名の手にそっと触れた。

 

「だから救いたいんだ!ねぇ、どうしたら君を助けられるの?確かに僕はマナに命を救われた。…僕に命を吹き込んでくれた」

 

トリトンの喉元を掴む真名の手が僅かに緩んだ。

 

「生き返らせてくれたのが君だから、僕はもう一度生きたいと思えた…。僕は君のために生きる。僕がマナを…元に戻してあげる」

 

トリトンは優しく、しかし強くマナの手を握った。

 

「……何言ってるの?私の騎士にでもなったつもり?」

 

しかし、その温もりが真名に届く事は無かった。

 

 

 

ーーその日から、お前が見ていない所で俺は毎日マナから暴行を受けた。だが、全てはウィルスのせいだ。

マナはずっと戦っていた。お前の前では変わっていく自分を見せまいと…最後まで良き姉であろうとした…。ーー

 

ーーそしてあの日、2029年12月24日。俺達は新しい母、桜満春夏に連れられて東京に来ていた。

俺はお前にマナの身に起こっている真実を話すため、お前を教会へ呼び出した。ーー

 

ーーしかし、そこに来たのはお前では無かった。ーー

 

 

教会の入り口には血の様に赤い目の真名が立っていた。

 

「トリトン?私はあなたが好きだったのよ?」

 

その瞬間、花火の様な音と光が一瞬トリトンの五感を奪った。

頭蓋を地面に打ち付ける直前、トリトンは自分が撃たれた事に気付いた。

脇腹から血を吹き出しながら、ゴッと鈍い音を立て身体は地面に倒れた。

 

「……私を、助けるんじゃなかったの?」

 

硝煙が漂わせ、真名は意識の無いトリトンを冷たく見下ろしながら言った。

その時、集が来た。

 

「何やってるの?お姉ちゃん」

 

「ううん。なんでも無いのよシュウ?」

 

「…トリトン?ーートリトン!!」

 

集は真名を押し退けトリトンに駆け寄った。

しかし、身体の下から流れ出た血に凍り付いた。

 

「なんだよ…これ…っ!」

 

「ぶっ、ごほ!ごほ!」

 

当たりどころが良かったのか、トリトンは集の声に反応して意識を取り戻した。

 

「トリトン!」

 

「なんだ…まだ生きてたのね?」

 

真名は狂気に満ちた微笑みを浮かべ、ハシゴのあや取りを集に差し出しながら歩み寄った。

 

「さぁ…取ってシュウ?わたし達の遺伝子で、新しい世界を作りましょう!」

 

「お前は…誰だ…」

 

真名の髪から結晶に覆われた頰が見えた。

広がっていた。結晶をボロボロ落としながら、それは成長していた。

 

「大丈夫。怖がらないで?楽しい事をしましょう…」

 

「真名お姉ちゃんのふりをするな!

ーーこの化け物!!」

 

集は真名を突き飛ばした。

真名はバランスを崩し、膝から地面に崩れ落ちた。

 

キャンサー化して行く人間を、初めて目の当たりにした少年にとって、まさしくそれは姉の姿をした別の生き物に見えた。

 

「あ…ぁ、違うの…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

我に返った真名がフラフラと立ち上がると、縋る様に集に両手を伸ばした。

 

「ごめん…ごめんね…シュウ」

 

真名が歩く度に彼女の身体から結晶が零れ落ちる。

流れ落ちる涙すらも結晶だった。

 

「けど怖がらないで…お姉ちゃんも怖いの!…怖いのよ!このままじゃ私が私でなくなる!助けて…助けてえええええええええええええ!!!」

 

叫びと共に恐ろしい規模のエネルギーが共鳴を起こし、街そのものを()()()()()()()()()()

 

その規模は街一つに留まらず、日本全体へ拡散し干渉した。

 

それが、ロストクリスマスの真実。

しかし、これだけでは終わらなかった。

 

 

 

「う……」

 

燃え盛る教会の中で、トリトンは目を覚ました。

 

「シュウ…?」

 

トリトンと集の目の前で、真名は砕け散った。

親友の身が心配だった。

嫌な想像が脳裏を過ぎる。

 

「シュウ!」

 

彼女と同じ末路を辿っていない事を祈りながら、鉛のように重い身体を動かし地面を這う。

 

「ーーがぁっ!?」

 

突然、左手の甲に激痛が走った。

ミシミシと骨が軋み、トリトンは瓦礫を退かそうとした。

 

触れたそれは、人間の足だった。

 

足の主を見ようと、トリトンは顔を上げた。

 

「ーーっ!?」

 

そこに鼻の無い顔を鱗で覆われた怪物がいた。

 

「ーーシュウ!!」

 

その腕の中に集が抱えられていた。

集は気を失っているのか、力無く手足を垂れ下げていた。

 

人間に似た怪物は爬虫類の様な眼で、トリトンを一瞥すると集を抱えたまま教会の出口へ去っていく。

 

「待て…っ!」

 

動かない身体が煩わしい。いっそのこと言う事を聞かない足など切り落とした方が動けそうな気がする程だ。

 

「シュウ…シュウウウウウウウウっっ!!」

 

教会の天井が崩れ落ちる。

自分の名が呼ばれた気がしたが、怪物と集の姿は炎に舐め取られ、もう何処にも見えなくなっていた。

 

 

 

ーーその日少年達は、大切なモノを全て失った。ーー

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「…思い出した…」

 

涯の話を聴き終わった瞬間、過去の映像が鮮明に脳裏に蘇った。

 

「…姉さんは…僕達に助けを求めてた…。だけど、僕達はそれに応えられなかった……」

 

「集……っ」

 

涯が言葉を続けようとした瞬間、アポカリプスウィルスの結晶が壁の様に集と涯の間から現れた。

 

「なっ!」

 

「涯!ルシア!」

 

集は拳で壁を叩くがビクともしない。

 

「ただの壁です」

 

「お前……」

 

背後に降り立ったユウを、集は沸き上がる怒りを抑えられずに睨む。

 

「桜満集。貴方はイヴの記憶を全て取り戻し、アダムたる資格を確固たるものにした…」

 

「……豪華賞品でも貰えるとでも言うのか?」

 

「まさしくその通りです。イヴを…マナを救えるのは貴方だけ」

 

「救…える?」

 

「貴方が彼女の意思を汲めば、彼女は目覚め黙示録の再来となる。…今度はこの国に留まらず、世界中にアポカリプスウィルスによる淘汰が始まる」

 

ユウは集にダンスに誘うかの様に手を差し伸べる。

 

「我々《ダァト》は貴方を高く評価しています。貴方自らの手で人類を次なる進化へ導くのです。脆弱な肉体を捨て、新たな世界へーーーー」

 

「ーー もういい、黙れ ーー」

 

ユウの言葉を遮り、集は凄絶な怒りを静かに言葉に秘めた。

全身から真紅の光が感情を表す様に激しく溢れ出す。

 

蒸気の様に漂うそれを、集は腕に纏わせ、背後の壁に強く叩きつけた。拳が裂け血が飛び散るが、集の眼はユウのみに向けられていた。

同時に壁の向こうから、ルシアの小刀が壁を貫いた。

外と内からの攻撃に、壁はガラス細工が割れる様にヒビ割れた。

 

「お前には…お前達には、いのりもマナも絶対…渡さない!!」

 

その時、集の足元にヴォイドエフェクトが輝いた。

だが、いつも見るエフェクトよりさらに巨大で複雑だった。

 

「ーーっ!なんだ?」

 

エフェクトから発せられるエネルギーが背後の壁を跡形も無く吹き飛ばした。

 

「集、時間が無い。取り出せ俺の心を!そして、取り出したヴォイドを俺に渡せ!」

 

「ヴォイド…渡す?ヴォイドを抜かれたら気を失うんじゃ…」

 

涯は集の手を握った。

 

「今のお前になら出来る!この手を離さず、ヴォイドを抜け!」

 

集は頷き、腕を涯の胸に向かって伸ばした。

 

「うっ…」

 

涯が呻く。

いつもと同じ、人の内側に直に触れる感覚。しかし前より遥かに強く相手の存在を感じられた気がした。

 

腕を抜くと、黒く輝く巨大な銃が現れた。

涯は気を失わなかった。集は言われた通り、涯に銃を渡した。

 

「ライフル…。それが、涯のヴォイド…」

 

「そうだ。行くぞ集、ルシア!いのりを取り戻せ!」

 

「ああっ!」

 

「うん!」

 

その光景を段上から見下ろしながら、ユウは眼を細めた。

 

「記憶を奪還して次のステージへ昇りましたか…。桜満集…」

 

人知れず呟いた声は誰の耳にも入る事は無かった。

 

 

 

 

*************************

 

 

剣を振る度、肉と骨が断ち切られる。

薬莢が排出される度、弾丸が悪魔の頭を弾け飛ばす。

 

ダンテが腕を振る度に異形な骸が積み上がって行く。

 

『ガアアッ!!』

 

大きく裂けた顎を持つ悪魔が飛びかかって来た。

ダンテはその悪魔の口に腕を突っ込み、顎が閉じられる前に引き金を引く。

 

後頭部がスイカの様に破裂し、大きな風穴を開けた。

ダンテは悪魔の口に手を突っ込んだまま、ドンッドンッドンッと次々に弾丸を撃ち出した。

弾丸は後頭部の風穴を素通りして、薄ら笑いで戦いを傍観していたアリウスの眉間に吸い込まれて行った。

 

しかし、突如アリウスの影が大きく波打ち弾丸を呑み込んだ。

 

「お前を守れる奴はそいつが最後か?」

 

「やれやれ…もう少し時間を稼げると思っていたんだが。やはり、そう甘くはないか…」

 

アリウスは髭を撫でふぅと溜め息を吐いた。

 

「致し方ない。君に対して出し惜しみは無意味だ…切り札を出させてもらうよ…?」

 

「好きにしな。何が来ても結果は同じだがな」

 

アリウスが杖を強く突くと、辺りに石突の音が響いた。

それを合図にアリウスの影だけでは無く、その周囲の悪魔達、更には周囲の瓦礫やダンテの影すらも大きく歪み、うねった。

 

「あぁ…?」

 

ダンテは自分の影が液体に垂らした様な、不定形な形になるのを不審げに眺めた。

それらの影はアリウスの足元へ流れ込み、徐々に立体となって行く。

 

低い唸り声が辺り一面に響く渡り、ダンテに覆い被さる。

普通の人間なら一歩も動け無くなるほどの恐ろしげな声も、ダンテは飄々と受け流す。

 

声の次に、影から二つの眼が殺意を滲ませながらダンテを見た。

 

「そいつが切り札か?」

 

ダンテは思わず落胆の声を漏らす。

というのも、現れた悪魔はダンテが何度も狩った経験がある『シャドウ』という悪魔だったのだ。

しかしアリウスは余裕を崩さずクククと喉から声を漏らした。

 

「確かに…彼では君には勝てないだろう…」

 

「………」

 

「ーーだが、君はこのシャドウに勝つ事は出来ても、殺す事は出来ない」

 

ダンテは改めて、現れたシャドウを観察した。

通常のシャドウはライオンや虎、豹などの猫科の大型動物の特徴を持って出現する。体躯もその枠を超えない。

 

しかし、目の前のシャドウの体躯は軽自動車ならば丸呑みに出来そうな巨体だった。

獅子の様なたてがみを持ち、虎の様な模様には血管の様に赤い魔力が絶えず流れ、上顎には巨大な牙が二本生え、それに劣らぬ鋭利な棘が手足と背中に背びれのごとく二列に並んでおり、尾も異常な長さだった。

 

「名付けるならば、そうだな…

ーーー《ファングシャドウ》…とでもして置こうか?」

 

「はっ面白え。ちったぁ楽しめそうじゃねぇか…」

 

ダンテはリベリオンを肩に担ぐと、どんな猛獣に負けない凶暴な笑みを浮かべた。

 

ダンテを主を仇なす敵とみなしたファングシャドウが、大地を揺るがす程の咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 



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#42-③再誕〜the lost christmas〜

A jump to the sky turns to a rider kick.












……書く事が無いからって、いつも適当な事ばかり書いて本当にごめんなさい…。







 

 

 

 

ユウの表情から吊り上げた様な笑みが消え、無感情な顔で集を見ていた。

 

 「それが…あなたの選択ですか。あくまで我々と敵対する気でいるのですね…」

 

 ユウの言葉から失望の色が隠し切れない程に込められていた。

 瞬間、ユウの身体が糸の様に解けた。

 

 「!?」

 

 気付くと、ユウはいのりと茎道がいる段上に立っていた。

 アンテナ塔で見た空間を切る様なものとは違う。

 瞬間移動の際発生する銀の糸はヴォイドが出現する時と、戻る時の現象に似ていたが、いずれもヴォイドを使っている様子も無い、どちらかと言うと悪魔の持つような奇怪な能力に似た印象を受けた

 

 「…シュウイチロウ。

儀式を始めましょう」

 

 「…ああ、言われずともだ」

 

 ユウは茎道に歩み寄る。

 すると段上の中央。いのりの目の前に細い台座が伸びた。

 

 「…《はじまりの石》…」

 

 台の上に乗せられた物を見て涯は呟いた。

 

 「あれが…大島で回収しようとしてた物?」

 

 「…あぁ」

 

 ユウが石に手をかざすと先程の彼の様に石の輪郭が解け、2つの小さな指輪へと形を変えた。

 

 「これから、シュウイチロウが楪いのりを介して、マナへプロポーズします…」

 

 「なっ!!」

 

 それを聞いた途端、集の中で今まで感じた事が無い程の怒りが爆発した。

 

 「ふっーーざけるな!!」

 

 その感情のまま集は叫び、ユウと茎道目掛けて駆け上がろうとした。

 

 「ちっ!」

 

 「はぁ!」

 

 それと同時に涯は段上に向けて、手に持つライフルのヴォイドを発砲した。それに並ぶようにルシアも投げ矢を放つ。

弾丸は二重螺旋の軌跡をえがきながら、集の頭上を飛び越した。

 

 だが突然、地面から現れた黒い柱がその行く手を阻んだ。

 弾丸の後を続いていた矢も、虚しくその柱に突き刺さる。

 

 「なっ!!」

 

 柱などでは無い。黒く硬い毛に覆われた巨大な腕だ。

 

 「あの男からのプレゼントです。使うつもりはありませんでしたが…」

 

 ユウは潰れた虫でも見るかのような眼で集を見た。

 

 「残念です…。貴方には期待していたというのに…」

 

 集はユウを睨み返すと、這い出そうとする巨腕の主に意識を戻した。

 手を地面に着き、魔法陣から顔と胴体が現れ咆哮を上げた。

 

 『ゴオオオオォォォォォ!!』

 

 『オラングエラ』黒い体毛に覆われた巨大な大猿の上級悪魔だ。

 ダンテ達から見れば大したことない相手だが、集は単独で上級悪魔とまともに渡り合った事がない。

 

 「…涯!」

 

 集が声を掛けると涯がナイフを投げ渡した。

 それを受け取ると集はナイフをホルスターから引き抜いく。

 

 「デビルトリガー…!」

 

 呟くと赤い魔力の奔流が全身とナイフに流れた。

 隣に立った涯が集にそっと告げる。

 

 「お前達はいのりの所へ…俺がマナの所に行く。援護しろ」

 

 「分かった」

 

 眼に掛かった銀髪を払い、その直後集は大猿の足元に飛び込んだ。

 

 『グオォッ!!』

 

 オラングエラは集を踏み殺そうと片足を上げる。

 その瞬間、涯がライフルをオラングエラの眼に撃ち込んだ。

 

 『ガアァア!!』

 

 弾丸は閉じた目蓋に命中する。流石に巨体の悪魔といえど、目蓋で銃弾は防げない。

 狒々は流血する片目を押さえて叫び声を上げた。

 

 「っらあァァァ!!」

 

 集はそのまま狒々のスネ辺りを斬り裂いた。

 魔力を纏っていたためか、ナイフは抵抗無く脚に喰い込む。

 それでもナイフ本来のリーチのせいで、大して深いダメージを与えることは出来なかった。

 

 オラングエラは雄叫びを上げ、モーニングスターのように尖ったスパイクで覆われた尾を集に振り下ろした。

 

 「ふっ!!」

 

 尾の一撃を集はその場から飛び退いて避ける。

 尾は集の居た場所を砕き、地面を砂利に変えてしまった。

 まともに喰らえば、例え魔力でガードしても致命的なダメージを受けてしまうのは想像に難く無かった。

 

 『ゴアアアア!!』

 

 (しまっー!)

 

 地面に着地した集を、オラングエラの壁のような掌が横から迫り来る。避ける事も出来ず、集はまともに巨大な手の平に全身を叩き飛ばされた。

 

 「ーーぁが!?」

 

 全身の骨がミシミシ軋み、指から異音と激痛が伝わる。

 動けない程の風圧を受けながら、集は足場の周りを囲っていた血の海に大きなしぶきを立てながら何度もバウンドした。

 

 ルシアはその巨腕に飛び乗り、顔の真横まで駆け上がる。

 オラングエラはルシアを叩き潰そうと、反対の手をルシアが駆ける場所を叩く。

 

 「はっ!」

 

 その直前、空中へ飛び上がったルシアは眼や鼻と口の中を狙って投げ矢を放った。

 しかしオラングエラは矢などお構いなしにルシアを噛み砕こうと、巨大な顎を突き出した。

 

 「ルシア!!」

 

 集は咄嗟にルシアの目の前にヴォイドエフェクトを展開した。

 

 「っ!!」

 

 ルシアはそれを蹴って、その場から逃れた。

 オラングエラの顎がバキバキと音を立ててエフェクトを噛み砕く。

 

 ルシアが逃げ切ったのを確認すると、集はいのりの方へ目を向けた。

 茎道は何か言葉を呪文の様に唱えながら、自分の薬指に指輪をはめていた。

 

 「!」

 

 儀式とやらがどれだけ時間が掛かるか分からないが、もう猶予は無い事は分かる。

 

 「シュウっ!避けて!」

 

 「ーーっ!!」

 

 悪魔の方へ意識を戻そうとした瞬間、ルシアが叫んだ。

 オラングエラは膝を抱え、タイヤの様に回転しながら空中へ飛び上がっていた。

 

 自分目掛けて飛び込んでくる巨体に集は一瞬ギョッとしながら、その場から大きく距離を取る。

 

 ドシャァァ!!と派手に飛沫を立てながら、オラングエラは血の海に飛び込んだ。そして間髪入れずそのまま再び空中へ飛び上がり、グルンと方向を変えた。

 

 「ーー涯っ!」

 

 「っ!ーーくっ!」

 

 ライフルで階段の真下から中段を狙う涯がオラングエラに気付く。

 そこをルシアが涯を抱え上げ、その場から逃れた。

 

 ボゴォォォ!!と爆弾でも埋まっていたかの様な破壊音を立てながら、地面が砕けた。

 地面を破壊したオラングエラは、砂塵の中から眼から緑色の光を放ち3人を睨む。

 

 「…涯。連射ってどれくらい出来る?」

 

 「俺を戦力として期待している様だが…。悪いがその期待に応えられそうにない」

 

 「オーケー。聞くんじゃなかった…」

 

 集はオラングエラを警戒しながら深呼吸をして息を整える。僅かに目眩がした。

 半魔人化のリミットが近付いているのだ。

 

 今どれほど維持できるか具体的な時間は集には分からない。

 だが関係ない。どれだけ限界が来ても、この戦いが終わるまで疲労程度で止まる訳にはいかない。

 

 「…まだ行けるか?」

 

 「全然よゆう…。そっちの方が顔色悪いよ」

 

 「問題があっても、ここでやめるつもりは無いさ…」

 

 「僕の心読んだ?同じ事考えてた…」

 

 集は軽口に口元を緩めながら、涯の様子を伺う。

 直後、ボンッと土煙の形が突然虫喰いの様に欠けた。

 

 「!!」

 

 「避けろ!!」

 

 涯の怒号と同時に、集は涯を抱えルシアと逆方向へ飛び上がった。

 土煙から現れた透明な球状の物体は、地面に触れると極小の竜巻の様に爆風を撒き散らして辺りを破壊した。

 

 続け様に同じサイズの空気砲が、土煙を突き破ってデタラメに撒き散らされた。

 

 「ーールシア!!」

 

 「かーーぅあ!!?」

 

 集が叫んだ時には、既にルシアは見えない砲弾に捉えられていた。

 ルシアの身体はバットで打たれたボールの様に吹き飛び、暴風と共に壁に叩き付けられた。

 

 「集中しろ!!」

 

 血の海に落ちる小さな身体に、気を取られる集に涯は叱咤の声を掛ける。

 

 「くっ!?」

 

 目の前に迫った空気砲の軌道から逃れようとした瞬間、風船の様に爆ぜ風圧は拡散した。

 

 「なっ!?」

 

 その向こうから、オラングエラの巨体が目前に迫っていた。

 

 「ちっ!身軽な奴だ!!」

 

 涯は舌打ちをしてライフルの照準を額に合わせると、オラングエラはそれが分かっていたかの様に頭を後ろにそらし、脚を二人の真下から鞭の様に振り上げた。

 

 (サマーソルト!?)

 

 集はオラングエラの巨体に似合わぬ柔軟さと俊敏さに面食らった。

 

 「っ!!ーー涯!!」

 

 咄嗟に集は涯を横に投げ、逃した。

 

 次の瞬間、丸太の様に太い脚が集の身体を打ち上げた。

 

 「ブッーーゴハ!!?」

 

 吐血した。身体をプレスされ、身体中の内臓がめちゃくちゃな位置に移動する。

 生きたまま解剖でもされている気分だ。

 

 天井高くまで打ち上げられた集の身体は、自由落下に逆らわず叩き付けられた。

 

 「バッ…カハッ!ゴブ!!」

 

 横倒しのまま血を吐き続ける。

 

 ーー しゅ……う… ーー

 

 意識が朦朧とする意識の中で聞こえた声に顔を上げると、集はようやく自分が今何処にいるのかを理解した。

 

 「…い…の……ーー」

 

 彼女が居た。

 意識は無く項垂れたままだが、確かに彼女の声を聞いた。

 

 「ぁああああ!!」

 

 逆に曲がった指を無理やり戻す。

 バキッと異音が聞こえたが、そのままその指で裏返った足首を掴み、関節にはめ直した。

 

  「ーーーーぎッッッゴアァ!!!」

 

 関節の一部を戻しても折れた部分はそのままだ。シルエットを見れば、関節の増えた人形にでも見えるだろう。

 

 残った魔力を治癒に総動員しても、立ち上がればパキパキ音を立てて身体崩壊する音が聞こえる。

 呼吸どころか鼓動ですら凄まじい激痛が休み無く襲うが、どうでも良い。

 彼女が…いのりが目の前にいるのだ。

 

 「…浅ましいな桜満集」

 

 「ーーーおおおっっオオオオオオぉ!!!」

 

 激痛を封じ込める様に咆哮し、二人の敵には目もくれずいのりに駆け寄る。

 

 伸ばした手がいのりに触れる直前、集は形の無い何かのエネルギーに弾き飛ばされた。

 

 「ーーーコッーーォ」

 

 天地がメチャクチャに入れ替わる。

 階段の段差が容赦無く集の身体を打ち続ける。

 階段を転がり、かなり下の段でようやく止まった。

 

 「これが、貴方の選択の結果です…」

 

 転がったまま動けずにいる集にユウは非情に告げる。

 激痛に朦朧としながら集はユウを見上げる。

 

 「…見なさい」

 

 ユウは階段の下を指し示した。

 そこでは膝をつく涯、それをかばうルシアの二人にオラングエラの巨体が迫っていた。

 

 「逃…げろ…」

 

 「……ーーっ!」

 

 涯がそう言っているのが分かった。

 ルシアはその言葉に応えず、両手の短剣を握り締め真っ直ぐオラングエラを見据えていた。

 

 ルシアも脚を引きずっていて、とても軽傷には見えない。

 あれでは次の攻撃は避ける事など不可能だ。

 

 「貴方達の命はここで尽きる…。せめて、その魂は新たなる世界へ運んであげましょう」

 

 ユウは地面で必死に動こうとする集を見据え、手の平の銀糸を一振りの刀に変化させた。

 

 「…が…い!ルシ…ア!」

 

 オラングエラの喉がカエルの様に膨らみ、涯とルシアに狙いを定める。

 

 「ーーーっ!!」

 

 ルシアは短剣を交差に構え、後ろの涯の盾になる様に立つ。

 オラングエラはそれを嘲笑う様に口を大きく開き、喉に溜めた空気の爆弾を二人に浴びせようとした。

 

 

 

 耳を貫く炸裂音、爆風。

 そして肌を焦がす熱風。

 

 

 

 『ギャアアアァアアァアァァァ!!』

 

 「ーーっえ?」

 

 衝撃と熱風に煽られながら、ルシアは呆然と悲鳴と煙を上げるオラングエラを見上げる。

 オラングエラは焼け焦げた顔を怒りで歪め、上空を見上げようとした。

 しかし、新たな襲撃者を視界に収める前にオラングエラの顔が再び爆発した。

 

 「ーーあの女…」

 

 ルシアは訳も分からず立ち尽くす後ろで、涯は舌打ちした。

 

 「頭下げてなさい!!」

 

 「ーーっ!?」

 

 集に向けてそう告げた新たな襲撃者は、ユウに銃弾を浴びせた。

 ユウは身体の前にヴォイドエフェクトを展開し銃弾を防ぐ。

 

 襲撃者は集とユウの間に降り立ち、重量ある装備を感じさせない軽やかな仕草で両手の銃をユウに構えた。

 

 集は目を見開く。

 

 

 短く切られた黒髪にオッドアイの女性。

 

 「ーーレディさん!!」

 

 「ハァ〜イ?

オープニングセレモニーには間に合わなかったけど…」

 

 レディは口元をクッと上げ、楽しそうな調子で言った。

 

 「メインイベントには、間に合った様ね?」

 

 「……貴女はーー」

 

 「自己紹介してあげても良いけど。まぁ…時間の無駄よね?」

 

 「必要ありません。桜満集に関係した人物の事は大体把握しています」

 

 「あらそう、勉強熱心ね…」

 

 「レディさん!涯とルシアがーー」

 

 集が言い終わらない内に、レディは真後ろ…つまり集にカリーナ=アンの砲口を向けた。

 

 「へっ?ーーどぉお!!?」

 

 集が焦って階段から転がり落ちたのと同時に、砲筒からミサイルが発射された。

 ミサイルは涯達を叩き潰そうとしていたオラングエラの側頭部に直撃した。

 

 「確かに、あっちを助けてあげた方が良さそうね。

ーーって訳で死ぬんじゃないわよ?」

 

 階段の横縁から必死に這い上がる集に振り返り、レディは子供の様に笑いながら手を振って言った。

 

 レディのセリフの余りの緊張感の無さに、集は思わず乾いた笑いを漏らした。

 

 「はい…ここは任せて下さい。

涯とルシアが来れば、なんとかなります」

 

 レディは階段を下りながら親指を立てる。

 

 集が目を閉じて自分の中を循環する力に意識を注ぐと、黒髪に戻りかけた髪が再び銀髪に染まり、魔力が身体を覆う。

 

 不思議と先程より力が溢れる気がした。

 

 

 

 レディは駆け降りるのが面倒だと言わんばかりに、階段を蹴って空中高く跳び上がった。

 

 「目を閉じなさい!」

 

 下の二人に告げると同時に閃光手榴弾を放り投げ、撃ち抜いた。

 爆発的に閃光が辺りに広がり、まともにその光を見たオラングエラは眼を抑えて悶えた。

 

 『グゴォッ!?』

 

 レディはそのままオラングエラの背中に飛び乗り、カリーナ=アンの刃を背中に突き刺した。

 

 「今だ!!」

 

 背中に乗った敵に狂った様に暴れ回るオラングエラの足下をすり抜け、涯とルシアは階段を駆け上がり集のもとへ向う。

 

 怒りの咆哮を上げるオラングエラと、楽しそうにロデオをするレディの声が混じって聞こえ、涯は頼もしさを感じながらも密かにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 「うおおおぉおおっ!!」

 

 赤い魔力を纏うナイフを、ユウは刀で難なく受け止めた。

 刃の接触部分から、火花に混じって破片と霧散した魔力が爆ぜる。

 

 「…無理はやめなさい。もう限界でしょう?」

 

 「っ!!」

 

 集が全力で押し込んでも、怯みすらしない。まるで石像でも相手にしている様だった。

 ユウはゆっくり力を込め、逆に集をジリジリ縁に押し込んで行く。

 

 「……くっ!」

 

 「記憶を代償に手に入れた悪魔の力も、その程度ですか?」

 

 「………デビル…トリガー…」

 

 「ーー?」

 

 集は深く息を吸い、そして目を開いた。

 

 「ーー“()()”ーー」

 

 ナイフから纏っていた魔力が消えた。

 瞬間、刀の重みに耐え切れず刀身が派手な音を立てて砕け散った。

 

 「なっ!?」

 

 「ーーふっ!!」

 

 集はユウの刀を掌底で払いのけ、折れたナイフを振るった。

 ユウは顔を傾けてそれを避けるが、集の狙いはユウでは無かった。

 

 「シュウイチロウ!」

 

 「ーー!?」

 

 集が投げ放ったナイフは折れていたが、それでも茎道の二の腕に深々と突き刺さった。

 

 「ぐあっ!?」

 

 そのまま駆け出す集をユウが見逃すはずが無かった。

 背を見せた集を串刺しにすべく、刀を引く。

 

 「やああっ!!」

 

 頭上から聞こえる雄叫び、その主を視界に収めようともせずユウは風を纏ったルシアの一撃を刀で受け止めた。

 しかしルシアが纏う風が鞭の様に周囲を打ち、足場を砕いた。

 

 「くっ!」

 

 「はぁぁっ!!」

 

 初めてユウの表情に動揺が浮かんだ。

 ルシアは崩れた足場に押し込む様にユウを叩き落とした。

 

 「もう遅い!!」

 

 茎道は自分の薬指にはめた物と同じ、《はじまりの石》が変形した指輪を拾い上げ、いのりの左手薬指に無理矢理はめようとする。

 

 「く…うあっ!」

 

 いのりが顔を歪め、抵抗する様に震える。

 

 「終わりだ茎道っ!!」

 

 涯がライフルを構えて、引き金を引いた。

 撃ち出された弾はいのりの胸に吸い込まれ、眩い光を放った。

 

 「この光はヴォイドのーー!?

他人のヴォイドを強制的に出現させる能力か!」

 

 茎道は光の中から現れた“剣”に眼を見開いた。

 

 「いのりーーっ!」

 

 「!!」

 

 集は折れた足でエフェクトを蹴り、加速する。

 眼の中で火花が散るような激痛を感じるが、構う気は無い。

 一瞬で目の前に接近した集に茎道は一切の抵抗も出来る間も無く、集の拳を顔面で受けた。

 

 

 

 鼻と頬骨に拳が突き刺さる感触が伝わる。

 茎道は声にならない声を上げて地面を転がった。

 

 「ーーいのりっ!」

 

 集は剣を掴むと、一振りでいのりを拘束していた結晶を砕いた。

 支えを失って倒れそうになるいのりの身体を、優しく受け止める。

 

 「…よかった…」

 

 柔らかく目を閉じるいのりを見て、集は安堵する。

 茎道に意識を向ける。

 

 「ーーくそっ!小僧如きが…」

 

 集に殴り飛ばされた茎道は、折れた奥歯を血と共に吐き出していた。

 いのりを寝かせる後ろを、涯が階段をさらに登って真名の所へ向かう。

 

 「っーー待て!!」

 

 それに気付いた茎道が追おうとするが、集は切っ先を向けて道を阻んだ。茎道は集を歯を食いしばりながら集を睨む。

 

 「もう、あんた達の好きにはさせないっ!」

 

 「ーー何故だ…何故、未来を紡ぐのがお前のような小僧なのだ!何故貴様の血筋なのだ玄周(クロス)っ!」

 

 「?…父さんの事を知ってるのか?」

 

 集の言葉を茎道は鼻で笑う。

 

 「知っている所では無い。ーーなにしろーー」

 

 茎道は口端から血を垂らしながら、ニタと笑う。集は目の前の男が持つ狂気性と底知れない憎悪に寒気を感じた。

 

 「ーー奴を殺したのは私だからなーー」

 

 思考が凍り付いた。集が茎道に抱いた未知の恐怖心が強烈な殺意に塗り変わっていく。

 瞬きすら忘れて茎道を見る。

 

 「お前が…?」

 

 無意識に爪が食いこむ程、拳を握り締める。

 視界が真っ赤に染まる。もう階段下で戦っているレディとオラングエラの音すら意識の外に押し出された。

 

 「ぐっ!?」

 

 「どういう事だ…」

 

 茎道の胸ぐらを掴み上げ、締め上げる。

 

 「ーーんでっ!何で殺した!!」

 

 「ふんっ。何を怒っている?

ーー顔も知らぬ父親の事なんぞに!ーー」

 

 

 

 「ーーっ!!?」

 

 その言葉が決定的だった。

 集の頭の中は怒りで真っ白に染まる。

 

 

 

 「…だれの……」

 

 

 茎道は顔を歪ませ、人間とは思えない程邪悪で狂気的に笑っている。

 ーーコイツに父さんは殺された。何故こんな奴に殺されなければならないーー

 

 思考が荒れ狂う濁流の様に蘇った。

 

 ーー父さんがコイツに何かしたのか?どんな最期だった?どんな風にコイツに殺された?ーー

 

 ーー何故、自分がーー

 

 

 

 

 

 ーー父親を奪われなければならないーー

 

 

 

 「ーー誰のせいだと思ってるんだっ!!」

 

 剣を放り投げ、痛い程握り締めた拳を感情のままに茎道の顔面に叩き込んだ。

 

 「ーーがっ!?」

 

 鼻が砕ける感触があった。

 頬骨にヒビが入る感触があった。

 同時に自分の拳の皮膚が裂けるのが分かった。

 

 だがこの程度ではーー足りない。

 コイツにはもっと苦しんで、後悔させる必要がある。

 

 そうもっと、ーーもっと!もっと!もっと!もっともっともっともっともっともっともっともっトモっともッとモッともットモットモットモットモットモットーーーーーー

 

 自分の頭の中で何かが笑う。

 歯を打ち鳴らし金属が軋む様な嫌な音を立てて、ゲタゲタと不快で醜悪で奇怪で野蛮なあらゆる邪悪を内包した魔物の笑い声。

 

 ■■してやるーー

 引き裂いて、擦り潰して、砕いて、僕から()()()ことを後悔させてやるーーー

 

 

 

 

 

 「シュウっ!」

 

 「ーーっ!?」

 

 再び振り上げた腕が突然重くなった。

 見ると、赤毛の少女が自分の腕にしがみ付いていた。

 

 集は自分の邪魔をするこの少女に苛立ちを覚えた。

 

 瞬間、刺す様な痛みが後頭部に走った。

 

 「ーーーあーーーっ」

 

 「シュウ!急にどうしたの!?」

 

 視界が霞む。

 まるで寝起きの様に意識が判然としない。

 布が耳に入った時のように聴力もロクに働かない。

 しかし、その感覚もすぐに消えた。

 耳鳴りが残り香のようにしつこく残り続けたが、聴力は元通りに戻っていた。

 

 

 「る…ルシア?」

 

 「…?ーーうん」

 

 頭の中を支配していた殺意が霧が晴れる様に消えていた。

 あの笑い声も聞こえ無くなっている。

 茎道と自分の血で染まった両手を見た。

 

 直前まで何かの存在が自分を上書きしていた。

 そんな感覚だった。

 

 「僕はーー?」

 

 ーー今、何が起こったのだろう…。

 

 あの笑い声はまだ集の耳の奥に残っていた。

 

 

 

 

******************

 

 

 「たくっ、レディの奴…自分だけサッサと行きやがって…」

 

 ダンテは退屈そうに欠伸をして、頭をボリボリ掻いた。

 その頭上から雨のように弾丸が降り注ぐ。

 ダンテが立っていた位置の土が丸ごとめくれ上がり、アスファルトを瞬く間に粉状に粉砕し辺りを土煙が覆った。

 

 銃弾が止んだと同時に、地響きと共にファングシャドウの巨体が地面に着地した。

 

 しかしファングシャドウの頭部は獣では無く、数本の筒状の棒が等間隔に並んだ奇妙な形態になっている。

 その形は不気味な怪物でも、魔界の兵器では無い。

 重機関銃だ。

 ファングシャドウは機関銃をローリングさせ、再び弾丸を掃射した。

 

 「ーーもう飽きたぜ…」

 

 しかしその弾丸の雨の中から、ダンテは気怠げな声が聞こえた。

 その瞬間、斬撃が土煙を切り裂き、ハヤブサに似たシルエットを描きながらファングシャドウ目掛けて飛来した。

 

 しかしファングシャドウは避ける素振りすら見せず、頭部を元の獣に戻し、斬撃を睨み付けた。

 

 斬撃が胴体に直撃すると同時に、ファングシャドウの身体に斬撃の軌跡に沿って青白い光が斬撃を防いだ。

 

 『ゴオオオオオオォォォォォ!!』

 

 雄叫びと共に吸収した斬撃のエネルギーが刃状となって魔法陣から射出され、周囲の岩盤を砕いた。

 

 シャドウの獣の身体には実体が無い。

 生きた影そのものといえる不定形な身体。

 その体内の何処かに影の身体を維持している心臓部となる核が存在し、それを破壊しなければ殺す事は出来ない。

 

 影で形成された身体を攻撃し続ければ身体を維持出来なくなり、核が露出する。

 しかし、そこで厄介なのがシャドウの()()()能力だ。

 

 彼らは二千年前の太古から人間の戦士達と戦いを繰り広げており、その対抗手段として戦士達の武器を影の身体に記憶し、その武器からの攻撃を受ければ先ほどの様にバリアで防ぐどころか魔法陣からカウンターの刃が射出される。

 

 しかし太古の武器ばかり記憶していた為、現代兵器である銃ならば影の身体にダメージを与える事が出来た。

 

 今までならーー、

 

 ダンテはもう何発目か分からない銃弾を、ファングシャドウの身体に浴びせた。

 しかし、銃弾は先程の斬撃と同じようにバリアに阻まれ、カウンターの刃が射出される。

 

 ダンテはそれを剣で叩き落し、また溜め息を吐いた。

 

 ーー最初は確かに新鮮だった。

 銃弾が効かない上に、逆に自身を銃器に変形させて雨のように銃弾を浴びせて来たのだ。

 

 シャドウが記憶した武器の能力まで、使えるのは初耳だった。

 

 だが段々と飽きて来た。

 タフネスなだけならばまだ良かった。

 だが、こちらの攻撃が一切通らないのでは楽しみようが無い。

 

 かと言って自分がここから離れるなりすれば、コイツが集の所に向かう可能性があった。

 

 ダンテにとっては退屈な相手でも、集にとっては違う。

 

 あのアリウスとかいう男の言動から、あの男の性格はだいたい予想がついた。自分が楽しむ為ならどんな事でもするタチだ。

 

 斬る事も撃ち殺す事も出来ないコイツは、足止めには最適だった。

 

 「ビンボーくじ引いたか?」

 

 ファングシャドウが変形した影の剣を避けながら、そんな事をぼやいた。

 

 「試してみるか…。“アラストル”っ!」

 

 間も無くダンテの声に応え、雷を纏った剣が空から地に突き刺さった。

 

 「“(コイツ)”ならどうだ?」

 

 ダンテが地面からアラストルを引き抜いた時、ファングシャドウが巨体故に大砲の様なサイズに変形した散弾銃でダンテがいる場所を丸ごとえぐった。

 

 しかし、空中に跳んだダンテには擦りもしなかった。

 

 「ハッ、こっからが本番だ!」

 

 ダンテは腕を交差させて力を貯める。すると赤い魔力が火花のようにダンテの周囲を瞬く。

 

 『ハアアアアアアアァァァッ!!』

 

 ダンテが魔力を解放した時、空からダンテ目掛けて一筋の紅い雷が落ちた。

 その閃光の中から翼を広げ、紅い瞳を持った悪魔が現れた。

 

 集の『半魔人』とは違い、見た目も悪魔そのもので秘めた力も全く違う、()()()()()

 

 『ーー我慢比べだ…』

 

 エコーがかった声でそう告げると、魔人化ダンテはアラストルを空へ掲げる。

 アラストルから迸る蒼い雷が紅色へ変わり、吹き出すように空一面に広がった。

 

 ファングシャドウは再び頭部を機関銃に変形させると、狂った様に乱射を始めた。

 弾丸はダンテの鎧のような外殻に弾かれ、火花を散らす。

 

 そうしている間にダンテの周りで、黒い雷雲が恐ろしい速さで集まっていた。

 墨を溢したような黒い雲は紅い雷を発しながらどんどん厚く重くなっていく。

 

 『ハッ、今度はこっちの番だ…』

 

 ファングシャドウにそう告げると、紅い雷と雷雲を纏ったアラストルを向ける。

 

 周囲の空気を焼きながら、雷は怒り狂う様に暴れ回る。

 

 ふと、ファングシャドウが頭部を別の兵器に変形させた。

 

 『……………?』

 

 魔界の武器や多くの武器を扱って来たダンテが、見た事も聞いた事も無い形の武器だ。

 

 『切り札を使おうってか?

ハッハッ!それくらいやって貰わないとなっ!』

 

 ダンテは笑いながら、アラストルに込めた魔力を解放した。

 

 瞬間、世界から音が消えた。

 一帯を真空に変えた雷光は、ファングシャドウが放った砲撃もあっさり呑み込み、あっという間に影の獣を溶かした。

 

 それでも、ダンテの放った雷撃はまだ地表に触れていなかった。

 

 爆発の中心地が近い地表は一瞬で水分を失い、溶けて溶岩になる前に蒸発した。

 轟音と共に地表は割れんばかりの激震に襲われ、蒸発した土や塵は巨大なキノコ雲を元六本木に作り上げた。

 衝撃波と砂塵は街の外にまで及び、局地的な地震が起こった。

 

 

 「……やり過ぎたか…」

 

 ぐらぐらと地響きを立てる地表を眺めながらダンテは呟いた。

 

 魔人化を解いたダンテは、一切の躊躇いなく地上の雲のような粉塵に自由落下をする。

 頭を掻き、全く悪びれない態度で大きく地形を変えた地表をズンズン進んで行く。

 

 明かに最も被害が大きいであろう中心地は深いクレーターが出来ており、赤々と溶けた岩や鉄が流れ落ちていた。

 ダンテは火口の様な惨状のクレーターを縁から覗き込んだ。

 

 ダンテの視線の先にはファングシャドウの核があった。

 呪文が書かれた球体がバラバラに割れ、赤い光を放っていた呪文も衰え消えそうになっていた。

 

 しかし、変化はすぐに現れた。

 消えかけていた呪文の光が突然、眩い光を放つ。

 すると崩れ落ちていた影の身体が歓喜する様に震え、形を取り戻して行った。

 核も断面が合わさると、眩い光を放ち何事もなかったかの様に傷ひとつない球体へ戻った。

 

 ダンテはアリウスの言っていた事を思い返す。

 

 『ーー“勝つ事は出来るが、殺す事は出来ない”ーー』

 

 「…さて、どうしたもんか」

 

 ダンテが立てた推測は、離れたどこか別の場所に本来の核かそれに準ずる供給源があるという物だ。

 

 一時的とはいえ、核の活動は完全に沈黙していたのだ。どんなに驚異的な再生能力を持っていても、あれだけの破損を完全に修復することは出来ない。

 身体の何処かに別の核がある事も有り得ない。

 ダンテが放った雷は完全に全身を捉えていたし、そもそもダンテはいずれの可能性も考慮した上で巨雷を放ったのだ。

 

 消去法で別の場所に源となる心臓があるという推測が残る。

 

 しかし、それが分かっても今は探す手段が無い。

 

 ダンテも核が修復される際、一瞬、離れた場所で大量の魔力の波動を感じたが、大雑把な位置しか掴めない。

 近付けば感じ取る事は出来るが、今はここを離れるわけには行かない。

 この戦いも何処かで観ていて、ほくそ笑んでいるであろう男に全力の舌打ちを送りながら、ダンテはアラストルを地面に突き刺しリベリオンを背中から抜いた。

 

 「シュウの野郎、後でなんか奢らせてやるか…」

 

 八つ当たり気味に理不尽な事を呟くダンテに、完全に再生した影の巨獣が再び襲い掛かって来た。

 

 

 

******************

 

 

 

 「ゲホ!がほっ!」

 

 はっと顔を上げると、茎道が倒れ咳き込んでいた。

 顔を紫色に大きく腫れ上がらせ、切れた口内から血を吐き出している。

 

 「ーーはっ!…うっ!」

 

 集が歩み寄ると、茎道は倒れたまま後退りする。

 顔は恐怖に染まり、腫れ上がった顔でもはっきり怯えていると分かるほどだった。

 先程とは別人のようだ。

 

 『退きなさいシュウイチロウ。あなたは失敗したのです』

 

 ユウの声が辺りに響く。

 同時にいのりを攫ったものと同じ裂け目が空中に現れ、茎道を包み込んだ。

 

 「待て!!」

 

 それを見た集が駆け出すが、目前で裂け目は閉じて茎道は姿が消えた。裂け目が閉じるのと同時に、ユウが銀糸から編み上げられる様に姿を現した。

 

 「その少女の事を侮っていました。私達に伝えていない…という事は、彼にとっても予想外なのでしょう。もっとも、“彼を信用する”ならですが…」

 

 「…これ以上、あんた達と話す気は無い…」

 

 「ーー随分嫌われてしまいましたね。念のため言っておきますが、私は貴方のお父上の殺害には関与していません。間接的にもね」

 

 「…だとしても、君は今多くの人たちを脅かしてる。さっきも言っただろう?ーー()()()()()()()()()()()()()…」

 

 ユウはあくまで芝居がかった大袈裟な仕草を崩さず、ふむっと頷くと左手からもう一対の刀を出現させた。

 

 「ですが、()()()()()()()()()()()()()()()ーー」

 

 ユウはバネの様に跳び上がり、集とルシアの頭上の遥か上を飛び越えた。

 

 「ーー涯!!」

 

 「ーーっ!!」

 

 涯を間合いに捉えたユウは首を撥ねるべく、涯の首元に一閃した。

 

 「ルシアっ!()()()!!」

 

 いのりの剣を拾い上げた集はルシアに向かって叫ぶ。

 ルシアはうなづくと、剣の刀身に飛び乗り集が渾身の力を込めて剣を振るうのと同時に剣を蹴った。

 更にルシアは空気の塊を作り、それを蹴って空中で加速する。

 

 ユウは二振りの刀を交差させて完全に守りの姿勢に入った。

 

 ルシアの一対の短剣が鋭い金属音を立てて刀と激突すると、火花が弾けユウを空中から弾き落とした。

 ユウは階段に着地して、間髪入れずルシアに刀を薙ぐ。

 

 「っ!」

 

 ルシアはそれを短剣で受け止めた。

 もう一振りの刀の胸を狙った突きも、身体を傾けて躱す。

 

 ユウは袈裟斬り、逆袈裟斬り、横薙ぎと流れるように右から左と次々に刀を振るう。

 

 「おおおおおおっ!」

 

 追い付いた集がいのりの剣を大きく振りかぶり、ルシアに弾かれたユウの頭に目掛けて肉眼では捉えられない速さで振り下ろした。

 

 「狙いは悪くありません…ですが、ーー」

 

 ユウがルシアに向けて告げる。

 その時、集の視界を覆うようにヴォイドエフェクトが出現し、いのりの剣を受け止めた。

 

 「ーー目線があからさますぎです…」

 

 「ーーっ!」

 

 ルシアの短剣を片方の刀で受け止めると、もう片方の刀から手を離し手の平を広げてルシアに向けた。

 

 「ルシア逃げろっ!!」

 

 ユウの挙動を見た集は咄嗟に叫んだ。

 

 「ーー悪魔の技といえど、この程度の再現は造作もありませんーー」

 

 しかし既に、ユウの掌から放たれた見えない砲弾がルシアの腹部に命中していた。

 

 「ーーかっ!?」

 

 ルシアの身体は吹き飛ばされ、階段から遠くに見える壁に激突した。

 

 「お前っ!!」

 

 集の激昂にユウは薄ら笑いを浮かべる。

 

 「先程のお返しです」

 

 「なっ!?」

 

 そう呟くと同時に集の剣と組み合っていた、刀が細かい破片に分解した。集は突然剣の抵抗を失い、前につんのめった。

 

 空中に固定された破片に飛び込む形になり、集の身体中を細かい破片がえぐった。

 

 「吹き飛びなさい!」

 

 「ーーぐっ!」

 

 ユウは集にも空気弾を浴びせ、階段から叩き落とした。

 

 しかし集はニッと笑うと、手にくくってあったワイヤーを渾身の力を込めて思い切り引いた。

 

 「なにっ!」

 

 ワイヤーはユウの左足首に結ばれていた。

 堪らずユウは集と一緒に階段から転落しそうになる。

 

 「抜け目のないーー」

 

 あのレディからすれ違う時に受け取ったのだ。

 

 ユウはもう一本の刀を階段に突き刺し、なんとか這い上がろうとする。

 その瞬間、トンッと栓を抜く様な軽い音と共に、ユウの掌に風穴が空いた。

 

 「ーーっ!」

 

 ユウはさらに幾つもの細長い針が、正確な狙いで飛んでくるのにユウは気付いた。しかし、抵抗する術なくユウは次々と投げ矢を迎入れる他なかった。

 一瞬で腕が虫喰いの様な穴だらけになる。

 

 さすがに堪らず刀から手が離れる。

 集に引かれ、ありえない速度で下界の血の海が近付く。

 

 「ぐーーオオおぉっ!」

 

 しかし、そこに落ちるのを待たずに集はヴォイドエフェクトを蹴って、ユウを肉薄する。

 ユウがそれに気付くと同時に、集のドロップキックがユウの顔面に突き刺さった。

 

 ユウはいのりの居る中段に激突して地面が陥没する。

 集も落下したユウを追って、中段に着地した。

 

 「…ここまでやっても、まだ動けるのか…」

 

 集は肩で息をしながら、うつ伏せのまま手足に力を込めるユウを見て眉間にシワを寄せる。

 

 涯に視線を向ける。

 その一瞬の隙でユウは鼻先が触れそうな距離まで迫っていた。

 

 「っ!?ーーくっ!!」

 

 一本は砕け、もう一本は上段に残されている筈の二振りの刀がユウの手に握られていた。

 集は咄嗟にいのりの剣を振った。

 派手な金属音と共に、集の手に刺す様な痺れがおそった。

 

 「ぁがっ!」

 

 その一瞬を見逃さず、ユウは集の手から剣を弾き飛ばした。

 弾かれた剣は宙を舞い、気を失っているいのりの手前に刺さった。

 

 腹に鈍い痛みが走る。

 

 「ーーーっぅ!」

 

 脳を焼き切るような痛みが突き刺さり、吐き気と一緒に血を吐き出す。

 ユウは集の脇腹に刺さった刀を、集の身体を投げるように抜く。

 

 「がっーーぐっ!」

 

 集はユウと位置が入れ替わるように倒れ、脇腹を抑え苦痛に喘いだ。

 

 「やはり、もう限界だった様ですね。

ー……?」

 

 ふとユウは先程貫いた集の脇腹の傷に、動きがある事に気付いた。

 激痛に苦しむ集とは対照的に、その傷口はみるみる塞がっていく。

 

 集もそれに気付いたが、まだ動ける状態では無い。

 隠す様に傷口をおさえながら、ただユウを睨むだけだった。

 

 「ーー言い残す事はありますか?せめて、人間を名乗れる内に葬ってあげましょう…」

 

 「…ひとの事言えないだろう…」

 

 首筋に刀を当てながら、冷たく言い放つユウを茶化すように言う。

 ユウは薄ら笑いを浮かべたまま、刀を振り上げた。

 

 「…?」

 

 ふと、背後の動く気配を感じ振り返ろうとした。

 

 気配の正体を視界に収める前に、凄まじい突風がユウの頬を掠めた。

 それと同時に振り上げていたユウの左腕が刀を握ったまま、根元から切断され宙を舞った。

 

 「ーー楪ーーいのりーーっ!」

 

 自分の腕を切り落とした人物の名をユウは恨めしげに呟く。

 

 「ーーシュウっ!!」

 

 自分のヴォイドでユウを攻撃したいのりと、集の視線が交わる。

 

 「オオオオオオおおぉぉ!!」

 

 弾かれるように集はユウに距離を詰める。

 

 「ーーットリガー!!」

 

 「ッ!!?」

 

 半魔人化を発動させ、驚愕に見開くユウの顔面に拳を叩き込んだ。

 その交差の瞬間、集の手首をユウの右手に握られていた刀が貫いた。

 

 「ヅあァァァっ!!」

 

 集は怯む事なく、鮮血を噴き出す拳に更に力を込めた。

 顔面が陥没する感触を感じた。

 

 「ーーダアァああ!!」

 

 そのままユウを地面に叩き付ける。

 ユウの身体は地面をバウンドして、その先の階段に激突して破壊する。

 

 「シュウ!」

 

 「ーーまだだ、いのり!!」

 

 剣を捨てて駆け寄ろうとするいのりを集の怒号が制した。

 集は痛みに堪えながら、手首を貫く刀を抜く。

 その間も半壊した階段に横たわるユウから、一瞬たりとも目を離さず睨み続ける。

 

 「あいつは…まだーー」

 

 死体の様に動かなかったユウは次の瞬間、電流でも流したかの様に痙攣した。

 ユウは両足を地面に着けて、ビデオの逆再生の様に重力を無視した動きで立ち上がった。

 

 「ッーー!!」

 

 「そんな…」

 

 「ここまで損傷を受けるとは予想外でした…」

 

 立ち上がったユウの顔面には大穴が空き、血も出ておらず何も無い空洞がポッカリ口を空けていた。

 いのりが斬り落とした左腕からも、血が一滴も出ていない。

 

 「心配せずとも私はもう此処を去ります。これ以上損害を受ければ、本当に修復が不可能となってしまいますので…」

 

 警戒する集といのりにやはり薄ら笑いを浮かべて、愉快そうに言う。

 その時、空間そのものを震わす様な振動が辺りを襲った。

 

 「はっ!?」

 

 「ーーなんだ?」

 

 「”魔剣士”は相当に堪えがきかない様ですね…」

 

 「魔剣士…ダンテの事か?」

 

 「やれやれ、業腹ですが…桜満集。この場の幕引きは貴方にお任せしましょう」

 

 「……幕引きだと?」

 

 集がそう呟いた時、天井に空いた穴から赤く焼けた溶岩が降り注いだ。

 

 「なっ!?」

 

 「いずれまた会いましょうーー“()”様」

 

 再会を予感させる言葉を告げて、ユウの身体は溶岩に呑まれた。

 

 「くっ!」

 

 「シュウっ!」

 

 集もいのりを抱えて、その場から飛び退いた。

 ユウを呑み込んだ溶岩は中段の広い場に溢れ返り、中段と繋がっていた周囲の階段も跡形も残さず呑み込んだ。

 

 

 集は階段の中途に着地し、溶岩の流れ込んで来た穴を見上げようとしてーー。

 その視界に飛び込んで来た光景に、集は眼を見開いた。

 

 階段の頂上に、真名がいる場所に涯がいた。

 四方から伸びる結晶の枝が涯の身体中を貫き、まるで昆虫の標本のように空中に縫い止めていた。

 

 「涯っ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 此処に来る直前に打っておいた麻酔のおかげで、ショック死は逃れられた。

 それでも気が狂うような痛みに絶えず襲われ、今にも気を失ってしまいそうだった。

 

 「ーーやっと、俺を見たな…」

 

 そんな苦痛を上回ったのは、暗い喜びだった。

 

 彼女に手を伸ばした手はそのまま結晶に貫かれ、押すことも引く事ももはや不可能だった。

 身体から血が無くなっていく感覚をはっきり感じ取れた。

 

 「ーーここまでやっても、お前には届かないのか…」

 

 悔しさで唇を噛む。

 その時声が聞こえた。よく知っている。

 ーー自分の目標だった男の声がーー

 

 

 「ーー俺ごとやれ!集っ!」

 

 吹けば消えるような体力を振り絞り、声を張り上げる。

 

 「涯!?」

 

 「ーーその剣で俺ごとマナを刺せっ!!」

 

 「なに…言ってーー」

 

 「マナを救う唯一の方法は、マナを永遠の眠りに着かせる事…。狂わされたマナの運命に安らかな眠りを…」

 

 祈るように優しく言うと、集に振り返り微笑む。

 

 「俺はその為に《葬儀社》をつくった」

 

 「なんだよ…それ…」

 

 「わ…笑えるだろ?ーー一人の女の為に聞こえの良い事を言って皆んなを騙して利用して…」

 

 「……それで、最後は僕に殺してもらおう…って?」

 

 「………」

 

 「ーーふざけるな…ふざけるな!!」

 

 集は涯が一瞬何を言っているのか分からなくなった。

 混乱と悲しみ、それ以上に涯を失うかもしれないという恐怖に襲われた。

 

 「ーー気楽に言うなよ!どいつもこいつも死ぬ事が“良い事“みたいに言いやがって!!僕は処刑人も介錯も引き受けたつもりはない!!」

 

 そして恐怖心と同じくらい、死のうとする涯に怒りを感じていた。

 集は混乱する頭で必死に考えた。

 今まで無いくらい必死に脳を働かせた。

 

 「そうだ…、祭のヴォイドは傷を治す能力なんだ!

それにダンテだってトリッシュさんもレディさんも居る!」

 

 「…シュウ…」

 

 「まだ諦めなくても…ーー」

 

 そこまで言った時、涯がバケツをひっくり返したような量の血を口から吐き出した。

 

 「…なん…とか……」

 

 段上から滴り、滝のように流れ落ちる血に視線を向けて、ようやく集は受け入れた。

 

 「もう…俺は助からない…」

 

 ーーああ…そうだ。

 ーーもう打つ手なんかない…。

 

 「……シュウ、私が…」

 

 剣を握るいのりの手に優しく自分の手を重ねた。

 

 「………ありがとう…。でも、大丈夫だよ…」

 

 「……っ」

 

 いのりは剣から手を離す。

 剣を受け取った集は、そこで初めて自分の手が震えている事に気付いた。

 

 叫んだ。

 切っ先を真っ直ぐ向け、彼の背中から一瞬も眼を離さず駆け上がる。

 血のように熱い熱い涙が、眼からこぼれ落ちた。

 

 「ーー後は任せた、お前の好きにやってみろ」

 

 そんな声が聞こえた。

 

 軽い衝撃が剣から伝わる。

 涯の体重を手の中に感じた。

 

 涯の身体は剣に押され、そのまま真名を自分の腹から飛び出した切っ先と一緒に抱き締めた。

 真名の身体に剣の切っ先が触れた時、彼女を包み涯を貫いていた結晶の枝が粉々に砕けた。

 

 その瞬間、真名によって形作られた六本木というヴォイドの崩壊が始まった。

 

 

 

 

 ーー集…今の俺はどう見える…?ーー

 

 ーー俺はお前になれただろうか?ーー

 

 

 

 

 

 “トリ…トン…?“

 

 

 彼女が自分の名前呼んだ。

 懐かしい声で思わず頬が緩む。

 

 彼女が救い、付けてくれた自分の名前を…。

 

 

 ーーああ…、

 

 

 「…そうだ、俺だ…」

 

 

 ーーやっと届いた…ーー

 

 

 きっと自分達は崩壊のエネルギーに巻き込まれ、塵も残されないだろう。だが恐怖心は無かった。

 

 (ありがとう…)

 

 心にはとても深い満足感だけが満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 目を覚まして、最初に見えたのは夕陽で真っ赤に染まった空だった。

 おぞましいくらい黒く厚い雲は消え去り、影も形もない。

 

 膝の上に重みを感じて、視線を下ろす。

 ルシアが自分の膝を枕に寝息を立てていた。

 眠る少女の髪を撫でる。少しうなされたので起こしたのかと思い慌てて手を引っ込めるが、眼を覚ます気配は無かった。

 

 ホッとため息を漏らして、周囲を見渡す。

 

 街の瓦礫の中に自分は座り込んでいた。

 旧六本木では無い、何処か近くの街だ。

 

 誰がここまで運んで来たのかはすぐに分かった。

 

 

 「……聞こえたの…ありがとう…って」

 

 背中合わせで自分がもたれ掛かっている少年にそっと呟く。

 

 「ーーガイはきっと満足してる…」

 

 背後の少年から嗚咽が聞こえた。

 そっと集の手に指を重ねる。

 

 「泣かないで…泣かないで…ね?」

 

 眼から涙がこぼれ落ちる。

 彼の手は熱いほど熱がこもっていた。

 

 気付けば自然と歌を唇から奏でていた。

 

 集の優しさに触れながら作った歌。

 

 

 集が笑顔で明日を迎える事を願った歌。

 

 

 

 いつの間にか空は夜空に包まれ、星が冷たい夜闇の中であたたかく光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




前半はこれで終了です。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございます。

後半もよろしくお願いします。

本編の前に過去話を挟みたいと思います。
今後にかなり関わってくる要素になると思うので、そちらもよろしくお願いします。

これからも応援頂けると幸いです。



レディの戦闘シーンも書きたかった…。





※私のやる気にも繋がるので、お気に入り登録、感想、評価などもよろしければお願いいたします。


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過去編:「宿命の深淵」

 前回予告した通り、今回はダンテと集の出会った時のお話です。

 今回の話を書くにあたり、プロローグにあたる0話に少し修正を加えました。
ご了承ください。


 *過去編と言っても今後に関わる、重要な伏線がかなり含まれている筈ですので是非是非




 

 

 

 情報屋という仕事は情報そのものより、仲介としての役割の方が強く、そして重要だった。

 社交性の面でも身なりの面でも、いずれの面でも便利屋という人種は潰滅的な者で溢れている。

 

 モリソンのお得意様である、ダンテも見てくれもさる事ながら、特に社交性の面で大いに欠点の目立つ人物だった。

 

 仕事を持って来たと言うモリソンを見て、ダンテは大欠伸をしながらようやく机の上から脚を下ろした。

 机に置いてあるピザを取ろうとするが、ピザの箱はすでに空になっておりダンテは舌打ちする。

 

 「“海の怪物を退治して欲しい”ですって。いかにも貴方が好きそうな依頼じゃない、ダンテ?」

 

 モリソンが持って来た封筒の中身を読んでいたトリッシュが書類を机の上に放った。

 

 「村長からの依頼なだけあって、報酬も悪くないわよ?」

 

 「ほー…」

 

 ダンテは書類を手に取り、一番上にクリップで止められた写真に目を向ける。写真には海岸に打ち上げられた鯨の死体が写っていた。

 

 「こいつは?」

 

 「2週間前の写真だ。海辺で遊んでた子供が見つけたんだとよ」

 

 「それで?」

 

 「“ナニか”に生きたまま喰い殺されてたそうなんだが、問題はその“ナニか”でねーー」

 

 「例の“海の怪物”とやらか?」

 

 「…多分な…」

 

 モリソンは一呼吸間を置いて、ダンテの前まで来るとクワッと手の平を開いて見せた。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

 「…変わった趣味の奴も居たもんだ」

 

 ダンテは鼻で笑いながら、机に書類を放る。

 

 「驚くのはまだ早いぜ?その歯型の犯人の素性も分かってるんだ」

 

 「本当なの?」

 

 「その書類にも書いてあるが、ブライアンって男だ。元々村の漁師だったそうだが、漁に出てる最中に行方不明になったそうだ…。

ーー50年前にな…」

 

 「確かに、ただの変人の仕業では無さそうね」

 

 「警察は鮫かなにかに噛まれた痕が腐敗して、たまたま人間の歯型みたいになったって結論出したみたいだ」

 

 当然だがなとモリソンは付け加える。

 実際、50年前の人間が生きた鯨の喉笛を噛み切ったなどと言う話よりは、遥かに現実味がある。

 だがこの場でその説を受け入れる者は誰もいない。

 

 「どうするの?」

 

 「期待は出来ねぇが、暇潰しくらいにはなる事を祈るぜ」

 

 ダンテは笑みを浮かべ、立ち上がった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 リチャードは幼い頃、寝る前に趣味で冒険家をしていた父の話を聞くのが好きだった。

 世界の見た事のない景色や体験、各地に伝わる伝説や昔話、奇跡としか思えない数々の出来事を「千夜一夜物語」を心待ちにするシャフリヤールの様に毎日の夜が楽しみで仕方がなかった。

 

 しかし、そんな中でも一つ嫌いな物語があった。

 それはジャングルの奥地でも洞窟の暗闇、大嵐でうねる海原などの遠い地の話では無く、今まさに自分達が暮らす村の物語だった。

 

 恐ろしい怪物が海から現れ、村の人々を捕まえては深い海の暗闇に引き摺り込んでしまうという怪談だった。

 

 父はこの話を実話として話し、決して海に出るなと繰り返し言い聞かせて来た。

 その言葉を裏付ける様に、父は村の面する海での遊泳を禁じ漁も浅瀬までと定めていた。

 

 しかし、それから月日が経ち成長と学習を積むと、次第に海への恐怖は薄れて行き、いつしか論理的かつ科学的に物事を判断するようになった。学校へ通うようになって僅か2年程で父の物語をホラ話と捉える様になった。

 大学を出てすぐにこの世を去った父の跡を継ぎ、村長として村の発展を目指した。漁の範囲を拡大し、ビーチを夏のリゾートとして全米に宣伝した。

 そうした活動もあり村は徐々に活気に溢れ、父の忠告など記憶から一切消えていた。

 

 だが、約1ヶ月前に海に巨大な霧の塊が現れてから、村の空気は一変した。浅瀬から生き物の姿が消え、漁のため霧に入った漁師は誰一人として戻って来なかった。

 

 やがて、自身の愛娘を含めた村の人々が”霧の中に巨大な蛇がいた“と口々に言い始めたのだ。

 かつて父が言っていた『怪物は自分の本来の姿を見た人間を好んで連れて行く』と言う話を思い出し、戦慄した。

 

 極め付けは無数の人間の歯型がついた鯨の死骸だった。

 

 ようやく父が言っていた事は真実であると気付いた。だがあまりにも遅過ぎた。

 幼い頃に抱いていた、海への恐怖がさらに増して蘇った。

 

 日増しに増えていく行方不明の村人達。

 祭りや行事の広告で溢れていた村の掲示板は、家族の行方を求める嘆きで埋め尽くされた。

 

 次は娘の番かもしれない。

 リチャードは藁にもすがる思いで、悪魔や怪物とそれを狩る者達の情報を必死にかき集めーーそしてダンテという名の男にたどり着いたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「どう?」

 

 夜の村の中をダンテとトリッシュは進んでいる。

 真夏日はリゾートとして多くの人で賑わう大通りも、そんな面影は一切無い。

 

 季節的な肌寒さが、海から流れる霧で包まれた村の陰鬱な空気に拍車をかけていた。

 

 「…ダメだな。この霧そのものから漂う悪魔の臭いが強烈過ぎて、鼻がバカになっちまいそうだ」

 

 「もし逃げられたら視覚や嗅覚で追うのは難しそうね…」

 

 「逃がさなきゃいいだけだろ?」

 

 「………」

 

 「どうした?」

 

 「別に…ただ、近くにあんな規模の巣が作られて、よく今まで村が無事でいたものだと思っただけよ」

 

 「…そうだな。どっちみちそれも今日限りだ」

 

 港に着いた2人はリチャードが手配した船と船長がいた。

 

 「…出発します…」

 

 船長はダンテ達を胡散臭げに見ながら、不安を隠し切れない様子でエンジンを始動させた。

 

 エンジンが重低音を響かせるとスクリューが回りだす。

 船が走り出すと、あっという間に霧の塊の目前まで迫った。

 村に流れる霧といい、霧の塊が徐々に村に近付きつつあるいう証拠だろう。

 早く手を打たなければ、数日の内に霧の塊が村をすっぽり覆ってしまうだろう。

 

 霧の内部はほぼ目隠しされているも同然だった。

 光を遮り、ライトを当てても真っ白な空間が果てしなく続くだけだ。

 ここに迷い込んだ船が方向を見失う事は想像するまでも無い。

 

 だが、この霧は悪魔が生み出したものだ。

 ただ見通しが悪いだけで済むわけがない。

 

 「やっぱり…この霧の空間そのものが“結界”になってるわ」

 

 「大体そんな(モン)さ、ーーこういうのはな!」

 

 ダンテは素早く腰からエボニー&アイボニーを抜く。

 トリッシュもルーチェ&オンブラを抜くと、ダンテが向けているのと同じ方向へ向けた。

 

 2人は霧の向こうに居るモノに銃を突きつけ、静かに見据えた。

 

 数秒沈黙が流れる。

 その直後、音も無く霧を裂き大きな錆びた壁が迫って来た。

 

 「なんだぁ?!」

 

 船長が絶叫して慌てて舵を取る。船は乗っている物を振り落とさんばかりに大きく揺れる。

 

 霧から笑われたのはまさしく、ホラー映画に出てくる様な錆朽ちた不気味な大型の客船だった。

 人に気配も生気も全く感じないその様は、幽霊船(ゴーストシップ)と呼ぶにふさわしい。

 

 「誰にも気付かれず巣を維持出来たのは、これが理由ね…」

 

 「ハッ、デケェが清潔感に欠けるな。センスもイマイチだ」

 

 2人は軽口を叩きながら巨大な船を見上げる。

 ダンテはギターケースから“リベリオン”を取り出すと、背中に背負う。

 

 「先行ってるぞ」

 

 言うが早いか、ダンテはひとっ飛びで船の上に飛び乗り見えなくなった。

 

 トリッシュは元から背負っていた“魔剣スパーダ”を、船のデッキに突き刺すと。操舵室にいる船長に声を掛けた。

 

 「この剣が守ってくれるわ。絶対にそこから出ちゃダメよ」

 

 「あーっ…心強いよ」

 

 「私達を置いて逃げないでよね?」

 

 皮肉っぽく返す船長に微笑みながら、釘を刺す。

 トリッシュはダンテを追って、やはりひとっ飛びで船に飛び乗った。

 

 デッキに上がると、いくつか船が転がっている。

 壊れているが、そこまで古びている様には見えない。

 おそらく自分達より前にこの霧の中に入った、哀れな犠牲者達の遺物だろう。

 腐りかけの魚が散乱しているところを見るに、この村の漁船も紛れているのだろう。

 

 ダンテとトリッシュは大して気に止めず、船内へ入って行った。

 

 船内は外観よりさらに酷い有り様だった。

 まるで撒き散らした様に朽ちた船内全体を錆が染め、どす黒い塊が方々にへばり付いている。

 

 「ゴミが住むにはピッタリな肥溜(こえだめ)だな」

 

 「幽霊船を巣にするなんて…考えたものね」

 

 幽霊船にしたのかもしれないけど…とトリッシュは心の中で呟く。

 

 「とりあえず船橋(ブリッジ)へ向かいましょう」

 

 「はいはい」

 

 ダンテが扉を蹴破りながら進むたびに、甲高い破壊音が船内に響き渡るが、依然として船内から侵入者を殺しに来る悪魔も罠も無い。

 それはダンテが船橋の特にぶ厚い扉を壊しても同じだった。

 

 船橋は無人だった。

 舵もコンパスも全て壊れるか錆び付いているかのどちらかだ。

 相変わらず悪魔の影も形もない。

 

 「無駄足だったか?」

 

 「いいえ、主抜きであの濃度と密度の結界を起動させてるとは考えづらいわ」

 

 「とっ、なると…」

 

 「船底ね」

 

 その時、ガタンと物が崩れる音が聞こえた。

 2人が立てた音では無い。

 

 それが聞こえた瞬間、ダンテは音の方向へ銃弾2発を発砲した。

 

 「ひぃぃ!?」

 

 「ダンテ、人間よ!」

 

 「分かってるさ」

 

 ダンテは素早く銃弾を撃ち込んだ床へ近付くと、床の鉄板をベリベリ引き剥がしてしまった。

 

 「わぁああ!?こっ殺さないでくれぇ!!」

 

 「おい、落ち着けよ。もう酷い事はしねぇって」

 

 床下にはガリガリに痩せた三人の男がガタガタ震えながら隠れていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 助けた男達は案の上、村の漁師達だった。

 ダンテ達は一旦乗って来た船に戻り、彼らの安全を確保した。

 

 「なっ何が起きたか分からなかった…。急に大きな船が海の底から現れて…オレ達の船ごとデッキに乗せられたんだ…」

 

 三人の中で唯一まともに会話が出来た漁師から、少し話が聞けた。

 

 「船の中で…もっと仲間を見つけたんだ。

村から連れて来られた奴もいた……だけど、俺たち以外は化け物に捕まるか…化け物に……ーーーぁっ…あり得ないあんなの…っ!!」

 

 話を進めて行くにつれて男の眼から涙が溢れ、言葉も不明瞭になって行く。

 

 「当ててやるか?仲間も化け物になったんだろ?」

 

 「そ…そうだ…」

 

 「他に何か無い?どんな些細なことでも構わないわ…」

 

 「……そうだ…、化け物になった奴が変な事を言ってた…!」

 

 「なに?」

 

 「た…たしか、“我は地を遮る者、…我は空の名を冠し敷く者”……とか繰り返し…。意味はさっぱりだがーー」

 

 「もう満足したろう?

…そいつを休ませてやれ」

 

 そう言いながら、船長は震える男に毛布とコーヒーを渡した。

 それを見届けるとダンテはトリッシュと共に操舵室から出た。

 

 「で?何か分かったか?」

 

 「……“空”の名を冠する…。

魔界でそんな悪魔は一人…いえ、一柱だけよ」

 

 「そいつの名は?」

 

 「ーー『ウラノス』。…でも、まさか生きてたなんて」

 

 「どんな野郎なんだ?」

 

 「ウラノスはムンドゥスの前に魔界を支配していた、いわば先代の『魔帝』よ」

 

 「へーそりゃすげぇ」

 

 「ムンドゥスと同じように多くの命を創るチカラを持ち、魔界の空を司る存在でもあった」

 

 「だが裏切られた?」

 

 ダンテの言葉にトリッシュは頷く。

 

 「何百年にも及ぶ戦いの末、ムンドゥスに敗北したウラノスは身体を砕かれ消滅したとされてた…けど…」

 

 トリッシュが船を見上げる。

 ダンテも鼻で笑いながら船に向き直る。

 

 「そんだけ分かれば十分だ。トリッシュお前は此処を守ってろ」

 

 「待って!もし本当にウラノスだとしたら、今までの奴とは格が違うわ!」

 

 ダンテが負けるとは欠片も思わない。

 むしろムンドゥスを倒したダンテならば、チカラが衰えたウラノスなど苦戦もしないかもしれない。

 

 だが、相手は腐っても『“元”魔帝』。

 トリッシュは言いようのない不吉な予感に襲われていた。

 

 「本来程の力は無いはずだけど、それでもどんな能力を持ってるかは未知数ーーー」

 

 トリッシュが言い終わらない内に、ダンテは風を巻き上げながら再び船に跳び去って行った。

 

 「もう…!」

 

 トリッシュはため息をつきながらそれを見送った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ダンテは先程とは逆に船底に向かっていた。

 躊躇いなく進むその影から、異形の者達が破壊された備品を蹴散らしながら襲い掛かって来た。

 

 彼らは異形の姿に変形してはいたが、どこか人間の面影が残っていた。どれも人間の身体に海洋陸棲関係無く様々な生物を無理矢理混ぜ合わせたような見た目だった。

 

 「おい、悪魔を創ってたんだろ?

もっとオリジナルティ見せてみな!」

 

 『ギィイイ』

 『オオオオオオ』

 

 答えの代わりに牙や爪と鋭く尖った刺や触手が、咆哮と共に飛んで来た。ダンテは難なく背中に背負ったままのリベリオンで全ての攻撃を受け止め、弾き落とした。

 

 ズバンッ

 という轟音が鳴り響く一瞬の内に、ダンテは周囲の全ての悪魔に銃弾を浴びせた。

 しかし、急所である頭部や胸などはほぼ狙わず、異形に変形した部位のみを粉砕していた。

 

 「これで()()()はとれたろ?」

 

 人間の顔が判別出来る悪魔の眼を見てにそう声を掛けると、ダンテは血の海を跨いで行った。

 

 その時、物影から再び悪魔が襲い掛かって来た。

 長い触手で覆われ、元の輪郭は分からない。

 しかし、全ての触手を逆立てるとその中から、人間の物に似た口があった。歯の形も歯並びも人間の物そのものだった。

 

 ダンテが悪魔の口の辺りを鷲掴みにする。

 それによって悪魔の突進が止められ、悪魔は怒り狂ったように暴れ回るが、ダンテの手は溶接でもされたかのようにガッチリ捕まえていた。

 

 ダンテは暴れる様子を見て鼻で笑うが、ふと口の下の触手の隙間にある物が目に入った。

 

 「……?」

 

 それはドッグタグだった。酷く錆び付き、欠けて擦り切れて判読が困難な程だった。

 

 しかし、あらゆる面から人間離れした能力を持つダンテは例外だ。

 

 「へー…元気そうだな。

ーー()()()()()?」

 

 古い友人に挨拶する様な軽い口調で、ダンテは鷲掴みにする悪魔に声を掛けた。

 それと同時にブライアンが変異した悪魔は口の辺りの肉を引きちぎってダンテの手から逃れると、首筋目掛けて歯を剥き出しにして飛び掛かった。

 その口の中にリベリオンの刀身が貫通し、背後の扉に突き刺さった。

 

 『ブアアアア、ゴィイイ!!』

 

 「いい根性だ!」

 

 串刺しにされても悪魔はダンテに敵意剥き出しで触手をのたうち回らせた。

 ダンテはリベリオンを突き刺したまま、扉ごと悪魔を袈裟斬りで両断した。二つに分かれた悪魔の肉片は地面に転がり、ビクビクと痙攣して動かなくなった。

 

 「ーーはっ」

 

 それを見届けると、ダンテは背を向けようとしてーー

 何かが動く気配があった。

 

 「……?」

 

 敵意があるものでは無い。耳をすませると先程斬り裂いた扉の中から、弱々しい呼吸音が聞こえて来た。

 ダンテは真っ二つになった扉を押し除け、部屋の中へ足を踏み入れる。部屋の中はベットが円状に並べられ、その中の一つに子供が寝かされていた。

 それ以外のベットの上には全て血に染まり、人間の物と思われる乾いた肉片が散らばっている。

 

 ダンテは素早く子供に近付き半身を抱き上げた。

 子供の髪はボサボサに伸び、血や泥や錆で真っ黒に汚れていた。

 そのせいで顔が分かり辛かったが、東洋系の顔に見えた。今回の敵が船で移動している以上、他国まで手を延ばしているのは想像に難く無い。

 

 「生きてるな…。ここまで来て戻らねぇとならないとはな…」

 

 ため息を吐いて子供を抱え上げ、トリッシュの待つ漁船に戻ろうとした。

 

 

ヴォオオオオオオオオオオオオオォォォォォ

 

 無音だった船が息を吹き返すかの如く、耳を裂く汽笛に似た轟音が響く。

 

 「ギャアアアァァァアアアァ!?!!」

 

 それに呼応するように子供が突然絶叫を上げる。

 

 「この音…親玉の声かーー」

 

 その結論に至った時、軋みと共に床がばっくり穴が空いた。

 暗闇に落ちてもダンテは動じず子供を抱え直すと、生暖かく不快に柔らかい底に着地した。

 

 底には大小様々な動物の死骸が転がっていた。陸上の動物や人間の死骸もあったが殆どが海洋の生物だ。

 どの死骸も損傷が激しく、腐敗臭が酷かった。

 

 「ヒデー所だ。少しは気にしろよ…」

 

 ダンテは片手で子供を抱えながら、コートの汚れをはたき落とす。

 

 「ま、肥溜め野郎に言っても無駄か…」

 

 そうしながら背後の巨大な影に語りかける。

 ダンテは獲物を前にした獣の様な笑みを浮かべ、その影に振り返る。

 影が眼を開いた。

 奈落の穴を連想させる黒い瞳に、その中心に亀裂のように歪な黄色い蛇眼がダンテを睨む。

 

 『…巨大な闘気感じる。ただ者では無いな…小さき者よーー』

 

 「喋れるのか…。相当老いぼれだって聞いてたからな、ボケてるモンじゃないかと思ってたぜ」

 

 『我は喰らった者の記憶と魂を盗む事が出来る…。貴公ら小さき者の歩んだ歴史は誰よりもーー』

 

 「もういい別に興味ねぇよ。そんな事よりお前が『ウラノス』とかってのでいいんだよな?」

 

 ダンテの言葉に僅かに反応し、悪魔がその巨体を起こす。

 頬まで裂けた口には二本の長い毒牙、その蛇の頭にビッシリと角を生やし、底につく程の髭を顎に伸ばす。

 

 巨大な大蛇の姿ではあったが、僅かに東洋に伝わる龍を思わせる姿だった。

 しかし、神々しさは欠片もない異形の姿だ。

 その際たる物が眼の部分だ。眼球は左眼にしか無く、右眼にあたる部分には眼球の代わりに牙がビッシリ並ぶ口があった。

 その口から魔界の瘴気を絶え間なく撒き続けている。

 

 「ヒデェもんだ。風呂くらい入れよ」

 

 ウラノスは鱗で覆われた巨体を動かす。

 その身体に人間を含めた他の生物の部位が溶け合う様にして、ウラノスの身体に継ぎ足すように埋まっている。

 

 『ーーその名で呼ばれるのは幾百年振りか…。

もはや忘れ掛けておったわ』

 

 ウラノスはガチガチと歯を鳴らしながら下品に笑う。

 次の瞬間に右眼の口がジッパーのように閉じたかと思うと、口から魔界の瘴気を一気に吐き出した。

 瘴気は周囲の物を削り消しながらダンテに迫る。

 

 ダンテはその場から飛び退いて瘴気のブレスを避けると、片手で一丁銃を抜くと数発引き金を引いた。

 銃弾はウラノスの頭部に向けて真っ直ぐ飛んで行くが、ウラノスは底に溜まる大量の腐肉を持ち上げ盾にした。

 銃弾が腐肉に命中すると同時に、ウラノスが腐肉をぶち抜いて突進する。

ダンテは空中に魔力の足場を作り、それを蹴ってウラノスの牙から逃れた。

 

 リベリオンを引き抜きウラノスの首目掛けて振り下ろす。

 ところが首筋の肉が大きく波打ち、牙が並んだ(くち)が現れ瘴気のブレスを噴き出した。

 ダンテは再び空中で魔力の足場を蹴ってブレスを避ける。

 

 目標を失った瘴気のブレスは上階を何層も消し飛ばし、船体を貫通し空の彼方まで伸びて行った。

 

 「ちっ…。ここまで来て子守りとはな…」

 

 ダンテは片腕に支えられた少年を鬱陶しげに見る。

 1秒経つごとにこの子供からの心音が徐々に小さくなっているのを感じる。

 

 あまり時間をかけて居られない。

 そう悟ったダンテは舌打ちをせずに居られなかった。

 かなり弱っているとは言え、ウラノスはここ最近ではトップクラスに当たりの部類だ。本当ならもっと遊んでいたかったくらいだ。

 

 『奇妙な奴よ…人間かと思いきや、悪魔の魂も見える。しかも、混在や穴埋めなど不安定な存在では無い…二つの魂の存在が同一の“個”として成り立っておる……』

 

 「だからなんだ?」

 

 『知れた事よ。貴公の血肉を喰らい、その魂の秘密とチカラを我が物としてくれよう!!』

 

 「…聞いて損したぜ…。その辺のバカと言ってる事たいして変わりゃしねえ…」

 

 ダンテは牙を剥き出しで迫って来るウラノスに銃を向けた。

 

ーードチュッ

 

 自分の腹から異音と鈍痛さらには異物が侵入する違和感にダンテは、自分の腹を見下す。

 木の枝のように痩せ細った腕が、深々と突き刺さっていた。

 

 「ーーっ!?」

 

 抱えた子供の腕に鱗のような器官が生えている。

 ダンテの腹を突き破った子供がゆっくり顔を上げると、瞳は奈落のように黒く、それを中心から裂く形で黄色い蛇眼がこちらの姿を捉えていた。ちょうどウラノスの同じ瞳だ。

 

 「クソったれ…のんびりし過ぎたか…」

 

 子供の顔はたえず変化を続けている。

 ダンテは悪態をつくと、子供を蹴り飛ばし自分から遠ざけた。

 

 すぐさま空中に飛び上がり、ウラノスの毒牙から逃れる。

 

 『ーー慢心ゆえに自身の手元すら見えなかったか…』

 

 空中に飛び上がったダンテをウラノスの巨大な尾が捉え、ダンテを壁に打ち据えた。

 鉄の破壊音と船全体が軋み、耳障りな轟音が船外まで響き渡った。

 

 『愚か者め…、例えチカラで劣っていようとも、戦いようなら幾らでもある物だ…』

 

 ウラノスは勝ち誇ったように笑う。

 しかし、ふっと笑うのをやめた。尾の下でダンテの魂が別の存在へ切り替わるのが見えたのだ。

 

 『ーーしてやられたってのは…こう言う事をいうのかね…』

 

 エコー掛かった物に変化したダンテの声と同時に、紅い雷が奔り尾が瞬く間に両断された。

 

 『ーーぬぅっ!?』

 

 地に落ちる尾を目で追う前に、雷の中から放たれた閃光がウラノスの左眼を抉り取った。

 眼窩から鮮血を撒き散らし、ウラノスは絶叫する。

 

 『ゴァアアアアアああ!!き貴様っ!!』

 

 『コッチのセリフだ…。久々に胸糞悪いモン見せやがって…』

 

 紅い雷の中から魔人化したダンテが姿を現した。

 

 口調こそいつも通りだが、隠し切れない凄絶な怒りが溢れていた。

 ウラノスはダンテの魔力がさらに強大に膨れ上がる様を見て目を見開く。

 

 『なんだ…その魔力は我やムンドゥス以上!?バカなっ!!

ーー……いや、風の噂で聞いたぞ…()()()()()()()()()()()!…まさかーー』

 

 『もう幕引きにするぜ…テメェとこれ以上遊んでもーー』

 

 『ーー貴様がっ!!?』

 

 『ーー()()()()()()()()ーー」

 

 瞬間、空間ごとウラノスの首が切断された。

 ウラノスの首がずり落ちても、胴体がそれに気付いていないかの様にしばらくその場に留まっていた。

 首が腐肉の海に落ち周囲の物を巻き上げて、胴体は糸が切れたかの様に崩れ落ちた。

 

 ダンテは魔人化を解き腐肉の中に着地した。

 

 「………」

 

 悪魔討伐してもその顔は不快な感覚に歪んでいた。

 楽しかったという感覚はもちろん、つまらなかったという感覚すら浮かばずに曇天の様な翳りがダンテの中に渦巻いていた。

 

 『ーーよもや…あの噂が本当だとはな…』

 

 下品な笑い声と共に聞こえて来た声にダンテは足を止めた。

 振り返ろうとはせず、背後の死に損ないに苛立ちを募らせる。

 

 『ーー感謝するぞ?小さき者よ』

 

 「…なんだと?」

 

 しかし、聞こえたのは予想していなかった言葉だった。

 ダンテは胴体と切り離された頭を睨む。

 空洞だったはずの右眼の口の部位に眼球があり、牙が並んだ右目の目蓋から声を発しているという、一言で表現出来ない奇妙な構造になっていた。

 

 『我が肉体も魂ももはや限界だった。この世界の生命を継ぎ合わせてみたが、どの身体も魂も一年もせぬ内に腐り…朽ちた』

 

 「楽に死なせてくれてありがとう…てか?」

 

 その言葉にウラノスは笑った。

 先程までとは比較にならない大きな声で笑う。

 

 『因果が巡れば…また会おうぞ“魔剣士”よ』

 

 ダンテは銃を指でクルクルと弄ぶと、真っ直ぐウラノスの目玉に照準を定めた。

 

 「ーーいや、これっきりだ」

 

 ダンテが引き金を引くと、ウラノスの目玉が破裂し左眼と同じく右目の眼窩からも大量の血を噴き出した。

 しかし、もう激痛に悶える事も絶叫する事も無かった。

 

 ウラノスの首と胴体が霧に変わり消滅した。

 

 ダンテはそれを見届けると、踵を返して歩き始めた。

 向かった先は蹴り飛ばした子供の所だ。

 子供は仰向けに倒れ、ピクリとも動かない。

 腕を覆う鱗は彼の顔にも及んでいた。

 

 下僕(しもべ)を生み出す悪魔は珍しくない。

 人間を利用して生み出す者も少なくは無い。

 そして、そういった手合いは大半が親玉を殺した所で下僕が消える事無く残り続けるのが通例だ。

 

 その証拠にこの子供の悪魔化は進み続けていた。

 

 「……悪いな…」

 

 ダンテは子供を跨ぐ形で真上に立つと、背中からリベリオンを抜き子供の首筋に切っ先を突き立てた。

 

 「ーーーーー」

 

 か細く弱々しい呼吸と共に子供の口が動く。

 何かを喋ろうとしているのは分かるが、弱々しい呼吸だけだ。

 

 ただ何かに誰かに謝り続けていることだけは分かった。

 

 「……墓くらいは作ってやるよ」

 

 ダンテは剣を握る手に力を込めた。

 

 ーーその瞬間、突然壁が裂け大量の海水が轟音と共に流れて込んで来た。

 海水はダンテと子供を呑み込むだけに足りず、次々に船底を破壊して船その物を蹂躙していった。

 

 

*********************

 

 

 トリッシュが乗る船は突然沈没し始めた大型船に巻き込まれ無いよう、慌てて距離を離していた。

 

 「何かに掴まれ!!」

 

 船長は必死に船を操りながら叫ぶ。

 トリッシュは荒々しく揺れる船から、沈んでいく船を眺めながらダンテの勝利を確信した。

 ある程度距離を離した船はようやく安定し、船長はエンジンを切りトリッシュのもとへ歩み寄る。

 

 「アンタの相棒…大丈夫かよ」

 

 トリッシュがその言葉に応えようとした時、海面から大量の飛沫が舞った。

 それと同時にダンテは船に着地した。

 

 「おかえり」

 

 「おう」

 

 「あ…あんたどうやって…」

 

 「気にしなくて良いわ。いつもの事よ。

…ダンテ、なに抱えてるの?」

 

 「あぁ…あ?」

 

 ダンテは自分の腕の中に抱えた悪魔化した少年に目を向けて、そして眉をひそめた。

 

 直前まで鱗と亀裂のような血管で覆われていた少年の身体から、最初から何も無かったかのように消え失せていたのだ。

 

 「見せて」

 

 トリッシュが少年を奪い取り、甲板に寝かせる。

 少年に手で触れて身体を調べている。

 

 「呼吸もしてる。心臓も大丈夫そうね…」

 

 「ーーなんともねぇのか?」

 

 「……何もないとは言い切れないわね…」

 

 「どういう意味だ?」

 

 「これは“呪い”…いえ、“毒”と言っておくわね。

人間を悪魔に変異させる力を持った魔界の瘴気に似てるわ」

 

 トリッシュが少年に僅かに魔力を送ると、少年の身体中に見た事のない文字が浮かび上がった。

 

 「もう全身に広がってる…急がないと」

 

 「ーーてことはどうにかなるって事か?」

 

 「手短に話すわね。この子は今()()されてる状態なの、汚染を除去させるためにあなた”血“を利用したいの」

 

 「オレの血を?大丈夫かよそんなことして…」

 

 「この子から二種類の魔力を感じたの…一つはさっき話した毒。そしてもうひとつは…多分ウラノスの血ね…」

 

 「それで?」

 

 「この子を殺しかけてるのは無理矢理変異をうながす”毒“であって、”血“はむしろ生命力を与えるきっかけになり得るわ。半魔であるあなたの血なら人間との親和性も高い筈、より負荷なく変異を抑えられるはずよ」

 

 試したこと無いけど…とトリッシュはぼやく。

 

 「この子自身の生命力で”毒“に勝つしか無い。あなたの血でそれを後押しするの…いい?」

 

 「そういう事なら早く始めた方がいいな…」

 

 「この子の身体の変化は私が見守ってる。抱き上げて」

 

 ダンテは片膝立ちになって少年の半身を抱き上げると、片膝に少年の頭を乗せた。

 そしてリベリオンを抜くと自分の手首を浅く切った。

 ダンテの血が傷口から溢れ、少年の身体に滴り落ちる。

 すると少年の身体の周りに赤く薄い光の膜が現れ、少年の身体に染み込んでいく。そして再び光が現れまた少年と溶け合うように消えて行く。

 

 ふと少年の目蓋が動いた気がした。

 目が合った訳では無い。だが少年の心は確かに自分達を捉えた事をダンテは感じ取った。

 

 「よう、まだ生きてるか?よく頑張った、後は俺達に任せな坊や。」

 

 あの地獄から生き延びた心からの称賛の言葉。

 覚醒に向かおうとした少年の意識は再び深い眠りに帰って行く。

 

 

 

 

 ふとーー、考えた。

 今までの経験から悪魔化した人間が元に戻る事は無い事は知っていた。

 何故一度捨てた少年の命を救ったのか、思い返しても理由らしい理由が思い浮かばない。

 

 答えが出せないままダンテが少年の名を知るのは、もう少しだけ先の話。

 

 

 

 

 船は雲も霧もない空の下を進み続ける。

 主を失った悪夢の巣は消え去り、生き残った者の凱旋と失った者の悲劇を伝えるため船は港へ向かう。

 

 

 

 

 

 




僕が考えた最強の悪魔()


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第2章 -Devil trigger-
loose the temper


今回は2章のプロローグにあたる回です。





六本木消滅より一週間前ーーー、

 

 

 

 

 

 長い船旅で固まった身体を解しながら、ネロは着いたばかりの島を見渡しながら歩を進める。

 此処に来るまで随分と時間が掛かってしまった。

 ヘリコプターに刻印されたロゴから、悪魔を使役した疑いがあるウロボロス社の本拠地を近い場所から現地に赴き、片っ端から調べ上げたが全くの空振りに終わっていた。

 

 国内で残すはウロボロス本社があるデュマーリ島ただひとつ。

 

 ここが外れならば後は世界各地にある支部が候補になり、実質ゼロからの再出発となっていたが、ーー

 

 そうならなかった事にネロは密かに安堵していた。

 

 「おーい。そう急ぐでない若人(わこうど)よ」

 

 「婆さん危ねぇぞ。

家に戻ってろ」

 

 ネロは背後の杖をつきヒョコヒョコ危なっかしく走る老婆に振り返る。

 『マティエ』と言う名のこの老婆は、島に上陸するネロを出迎えこの島の現状を聞いて聞かせて来た。

 

 マティエはシワクチャな顔に更にシワを寄せて溜め息をついた。

 

 「なに時間は取らせんさ」

 

 「何だ?もう必要な情報は聞いたぞ?『アリウス』とかいう男が悪魔を召喚し続けているってな」

 

 古代の神々や妖精を信仰する人達が「正当なる神」の信仰により異端として排斥され、流浪の果てにようやく見つけた安住の地こそがこのデュマーリ島。

 島には古代信仰に由来する秘密が数多くが遺跡や文献等の形で残されていたが現代の島の住民のほとんどはそれを忘れ去り、今では国際企業ウロボロス社のCEOのアリウスの手によって、近代化が進められていた。

 しかしアリウスには魔術師という裏の顔を持っていた。

アリウスは科学と魔術の力で究極の存在になろうとしており、鉱物資源の採掘を隠れ蓑に島が秘める魔の力を我が物にすべく暗躍していたのだ。

 そして魔帝と同等の力を持つ『覇王アルゴサクス』の復活に必要な『アルカナ』という呪具を筆頭に多くの遺産を掘り起こされた。

 

 マティエの情報はネロの興味を引くだけの魅力があったが、ネロにとって何よりも重要な情報があった。

 鳥の悪魔が若い女性を島の中に運んでいる所を見たと言うのだ。

 

 連中が他の場所で人間狩りをしていなければ、十中八九その女性はキリエだ。

 

 

 「お主に聞きたい事があってのお」

 

 「悪いが先を急いでんだ。世間話に付き合ってる暇は無いぜ」

 

 ネロはマティエに背を向けた。

 

 

 「…お主、まさか“ダンテ”の息子か?」

 

 

 立ち去ろうとしたネロの背中に予想を遥か上に上回る言葉が投げ掛けられ、ネロはつんのめりそうになった。

 ネロが知るダンテという名は一人しかいない。

 まさかあの男の事か?とネロは信じられない物を見るかの様な目でマティエを見る。

 

 「………は?」

 

 「わしもダンテとは会った事が無いが…。父親のスパーダとは浅からぬ縁でのお…。

戦友と呼べるものじゃった」

 

 ゆっくり振り返るネロに構わずマティエは懐かしむ様に目を細めながら、しげしげとネロの顔を眺める。

 

 「見れば見る程、お主にスパーダの面影を感じるのぉ…」

 

 「…勘弁してくれよ」

 

 ネロは額を抑えながらため息をついた。

 

 「その勘はハズレだ婆さん。アイツは俺の親父なんかじゃねぇよ。

アイツにガキは居ねえ」

 

 小せえ弟子は居るがなと、ネロは付け加えた。

 

 「…そうかい邪魔したね。気を付けて行きな」

 

 「自分の心配してな婆さん」

 

 目的地に振り返り駆け出すネロを見届け、マティエも背を向けようとした時、ふと足を止めた。

 

 「ーーそういえば、スパーダのせがれは双子だった様な……」

 

 そう言いながら再びネロに振り返るが、既にネロは去った後で影も形もなかった。

 

 「……やれやれ、せっかちな若者だわい」

 

 ため息を吐きながらマティエは誰に聞かせる訳でもなく呟くと、その場を後にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ネロは海岸から切り立った崖を岩から岩へ駆け上がる。

 一歩上に登るごとに町の喧騒が近付く。

 

 ネロが崖下からガードレールの向こう側に飛び降りると、住民の何人かが突然の訪問者に驚きの声を上げた。

 

 「気にすんな。ジロジロ見る程のモンでもねぇよ」

 

 ざわめく住民を押し退け、ネロは改めて近代的な町を見渡した。

 

 依頼で時々遠出するようになってからは前ほど物珍しさは無くなったが、相変わらず高層ビルが森の様に並ぶ光景は圧倒される。

 しかし、ノンビリ観光をする気などさらさら無い。

 

 「……いるな…」

 

 一見なんて事無い普通の町。

 だがネロはその嗅覚で人々に紛れ込み、コチラを伺う存在がいる事を感じ取った。

 

 ネロはいつでも抜けるように背中に背負ったレッドクイーンの存在を意識する。流石に剥き出しでは無く、黒い布に厚く巻いて隠れている。

 

 「そこのお前!見ない顔だな」

 

 町の中を散策していると、後ろから威圧するような声が聞こえて来た。振り返ると二人の警察官がネロの所へ向かって来る。

 

 「面倒な事になったな…」

 

 ネロは逃げ出そうとも考えたが、そうはしなかった。

 

 「職業は?」

 

 「便利屋だ」

 

 「出身は?」

 

 警官の一人がネロを質問攻めにする。

 口調こそ穏やかだったが、少しでも妙な動きがあれば躊躇いなく銃を抜くだろう。

 

 「背中の物は何だ?」

 

 「………」

 

 「おい」

 

 ため息をつくネロに警官は目を尖らせる。

 しかしネロはその様子を気にする素振りも見せずダルそうに頭を掻く。

 警官の手がついに拳銃のグリップに触れる。

 

 「おいポリ公悪い事は言わねぇ。

ーー伏せろ」

 

 警官が何か言う前にネロは警官の襟首を掴み、足を払って地面に引き倒した。

 ネロは素早くブルーローズを抜くと、引き倒した警官の後ろに立っていたもう一人の警官の眉間に向けて発砲した。

 ほぼ同時に発射された二つの銃弾は見事に警官の眉間をブチ抜いた。

 

 周囲から悲鳴が上がる。

 

 「ーーなっ…」

 

 警官は崩れ落ちる同僚に言葉を失っていたが、すぐにネロに向かい直って拳銃を構えた。

 

 引き金を引こうとした時、即死した筈の同僚がバウンドする様に起き上がった。

 警官はその光景に思わず凍り付いた。

 

 「悪魔がポリ公?…世も末だな」

 

 警官の帽子が落ちると頭頂部に巨大な目玉が見開いた。

 さらに下顎から喉、そして胸までメリメリと不快な音を立てて割れた。

 割れた裂け目には肋骨の様な牙が縦に並びダラダラと涎を流す。

 次の瞬間、不気味な叫び声と共に牙が常人では反応出来ない速度で次々と襲い掛かって来た。

 

 ネロはシラけた表情でそれを小さい動作で躱す。

 自分の眉間に伸びた牙を右腕で掴み取り悪魔を睨む。

 

 「テメェが味わえ」

 

 吐き捨てる様に言うとネロは受け止めた牙をへし折り、頭頂部の巨大な目玉に突き刺した。

 

 「ルオラァッ!!」

 

 そのまま悪魔を真上に抱え上げ、そのまま頭からコンクリートに叩き付けた。

 悪魔の頭はコンクリートを貫き、地中深くに埋もれる。

 周囲は騒然として、誰一人目の前で起きた出来事を理解出来ず呆然としていた。

 

 ネロは素早く周囲に目を走らせた。

 

 目の前の光景に釘付けになっている市民とは、全く違う動きをしている者達がいた。

 ネロはそれを確認すると同時に、市民をかき分け駆け出した。

 いくら悪魔との戦いに慣れていると言っても、人ゴミの中で戦って犠牲者を出さない自信がネロには無かった。

 

 そのためひたすら人気の無い場所を探して走り続けるが、大都会の中でそんな場所はそうは多くはない。

 出た場所も悪かった様で、あまり人足が伸びないであろう裏路地すら見当たらない。

 

 そうこうしている間に市民に紛れていた悪魔は人ゴミをかき分け、飛び越え、時には障害物を跳ね飛ばし車を乗り越えて迫ってくる。

 

 人間の様に走る者も居れば、獣の様に四足歩行で迫る者も居た。

 

 何処へ行っても人が密集していてネロは舌打ちをするが、ふと人ゴミでも確実に人も車も来れない場所に気付いた。

 ネロはニヤリと笑うと、走る方向を変えて直角に曲がった。

 当然、悪魔達もそれを追う。

 

 ネロは歩道橋の柵に足を掛け、飛び降りながら反転し銃を抜いた。

 悪魔達もネロを追って次々と柵を飛び越える。

 

 「ーー“Bang”ーー」

 

 ブルーローズが次々に弾丸を吐き出す。

 悪魔達は自ら弾丸に飛び込む形で、急所に弾を迎え入れた。

 

 しかし例外もいた。

 壁を走り翼を生やし不規則な軌道を描いてネロに襲い掛かった。

 

 ネロはレッドクイーンに手を伸ばしグリップを捻った。

 

 レッドクイーンは豪快な音を立てて推進剤を燃やす。

 その熱で剣に巻いていた黒い布は燃え落ち、赤く燃える銀色の剣が姿を現す。

 

 「ーー吹っ飛べ(Blast)!!」

 

 ネロは小さい竜巻を起こす程重く鋭く周囲を薙ぎ払った。

 剣をまともに喰らった悪魔は一瞬で粉砕された。

 

 「ちぃ、バッチイな…」

 

 着地したネロは降り注ぐ悪魔の破片を払いながらボヤいた。

 ふと周囲の変化に眉を寄せた。

 

 本当に人がいない場所に来た訳では無い。

 実際つい1秒前まで大勢の一般市民がいたのだ。

 

 「……”ようこそ“てか?

ケーキくらいあるんだろうな?」

 

 空を見上げると、晴天だった空に嵐が吹き荒れていた。

 

 『遅かったな…』

 

 声のする方を見上げると、黒いローブ姿の奇妙な人影が空中に立っていた。痩せ細り、老人の様にかすれた声が響く。

 男か女かも分からないその人影は蜃気楼のようにその輪郭もハッキリしない。

 

 「ーー招待状も用意されてないんでね」

 

 ネロは目も止まらぬ速さで銃を抜き黒ローブを撃つが、銃弾は全て人影を素通りした。

 黒ローブはクククと不気味な笑い声をもらす。

 

 『急ぐな。我はここにはおらん…』

 

 「…だろうな。コソコソ隠れる臆病者のクソらしいじゃねぇか」

 

 ネロは銃を収めると右袖をまくり上げ、悪魔の右腕(デビルブリンガー)を露わにする。

 

 「くだらない話はどうでもいい。キリエは何処だ?」

 

 『貴様の目の前に居るでは無いか…』

 

 黒ローブの指差す方を見る。

 目の前のビルの屋上、そこの支柱にキリエが縛り付けられていた。

 攫われた時の白いワンピースでは無く、ウェディングドレスの様な純白のドレスで括られている。

 

 「…テメェらの目的は何だ」

 

 『我らの目的は貴様だ。騎士ネロ』

 

 黒ローブが指を鳴らすと、キリエがいるビルが溶けるように大きく歪んだ。その隣のビルも同じ様に形が大きく変わって行く。

 ビルが巨人に変わって行く様にも見えるが、何かがビルから出て来ようとしている様にも見えた。

 

 『ゴガァアアアア』

 

 ネファステュリス。

 巨大なビルの壁面を媒介に出現した、強大な悪魔の手によって創り出された大巨人の上半身のような悪魔。名前は「災いの塔」を意味する。

 

 咆哮を上げたネファステュリスはネロを睨み付け、巨大な腕を振り下ろした。ネロが跳んで躱すと巨腕は地面を大きく割り、巨大な亀裂を生み出した。

 

 「なかなか凝った演出だな?さて…”採点“といくか」

 

 ネロは一切怯む様子無く、背中からレッドクイーンを抜いた。

 巨人は口から破壊光弾を放つと町中でいくつも爆発が起きる。

 

 「こっちだノロマ!」

 

 光弾を掻い潜りネファステュリスの真下に潜り込んだネロは、銃を抜き何発も身体にブチ込んだ。

 

 『ガアアァ!?』

 

 ネファステュリスは短く悲鳴を上げると、すぐさまネロをすり潰そうと身体を地面に乗り掛かった。

 

 島が壊れるかのような地響きと轟音が起こる。

 

 『デケェだけか?』

 

 『!?』

 

 エコー掛かったネロの声が、ネファステュリスの身体の下から響き渡る。ネファステュリスの巨体が彼自信の意思と関係無く持ち上がる。

 

 『!!?』

 

 ネファステュリスはまだ何が起こったか分からずにいた。

 その下で魔人化したネロが片腕だけで、大巨人の身体を持ち上げていた。

 その動きに連動してネロの背後に浮かぶ幻影の魔人が、巨人の身体をさらに上へ持ち上げる。

 ネロがレッドクイーンを抜くと、幻影も連動して閻魔刀(ヤマト)を構える。

 

 その瞬間、巨腕がネロの立つ場所を地面ごと抉った。

 ネファステュリスはすぐさまネロに照準を合わせ、口内に棒大な魔力を溜める。

 

 『ーー来いよ(C'mon)

受けて立ってやるよ』

 

 ネロは紅い光を放つ眼で巨人を見据える。

 ネファステュリスの口から、先程と比べ物にならない閃光が放たれた。破壊光線が辺りを焼き払いながらネロに迫る。

 

 ネロの右腕に閻魔刀が現れ、青い光を放つ魔力を纏う。

 それと同時に光線がネロに衝突し、光線はネロにぶつかる度に弾け辺りに散る。

 

 『ーーおおおおおおお!!』

 

 ネロは雄叫びと共に光線の中で閻魔刀を薙ぎ払った。

 閻魔刀から放たれた斬撃は、光線ごと巨人の頭を真っ二つに両断した。縦にズレる頭の割れ目からドス黒い体液が噴き出す。

 

 『ギィアアアアアアーーゴギュ!?』

 

 絶叫する巨人の頭を巨大化した悪魔の右腕(デビルブリンガー)が鷲掴みにした。

 掴む力はどんどん増していき、巨人の顔中に亀裂が走る。

 

 『ーー見かけ倒しだな。“落第”だ』

 

 吐き捨てる様なネロの言葉と共に、巨人の頭は握り潰された。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ネロはビルの屋上まで登り、鎖で支柱に縛り付けられたキリエを助け出した。鎖は剣の刃を押し当てるだけで簡単に断ち切れた。

 

 「キリエっ!」

 

 倒れそうになるキリエの身体を優しく抱きとめた。

 

 「うっ…ネロ…」

 

 キリエはネロに気付き、起き上がろうとした。

 ネロは慌ててそれを止める。

 

 「おい、無理すんな!ーー大丈夫か?」

 

 「大丈夫…ずっと眠らせられてたみたい…」

 

 「そうか…」

 

 キリエの様子を見るが、怪我をしている様子も、栄養失調や脱水症になっている様子も無い。詳しい事は医者でも無ければ分からなそうだ。

 

 「サッサとこんな島出て病院にーー」

 

 「……ネロ?」

 

 キリエは自分を抱き上げる体勢のまま、動きを止めたネロを不安そうに見る。

 

 「悪いキリエ…もう少し待っていてくれ」

 

 ネロは地面にキリエを優しく下ろし、背後に振り返った。

 そこにはフォルトゥナで取り逃がした悪魔ボルヴェルクが、既に剣を抜き立っていた。

 

 「ーー散歩中か?」

 

 『………ーーー』

 

 ボルヴェルクは眼から白い火を燃やし、ネロを見据える。

 ネロも背中から剣を抜き、ボルヴェルクを睨み付けた。

 次の瞬間、何を合図か同時に地を蹴り二人の剣はお互いを砕かんばかりの勢いでぶつかり合った。

 

 高い金属音と衝撃波が周囲を駆け抜け、キリエは巻き上げられた砂塵から逃れる為に咄嗟に身を伏せた。

 

 ネロはボルヴェルクを持ち前の怪力とレッドクイーンの推進力で押していく。

 

 『ーーーーッーー!!』

 

 単純な力比べは不利だと悟ったボルヴェルクは、ネロの剣を滑らせ受け流す。僅かに生まれた隙をボルヴェルクは適確に捉え、正拳突きを放つ。

 ネロはギリギリで拳を躱すと、その腕を掴み支点にしてボルヴェルクの顔面に膝を浴びせようとした。

 しかしボルヴェルクは柳の様にそれを受け流し、逆に回し蹴りでネロを吹き飛ばした。

 

 「ーーっと」

 

 ネロはすぐに体勢を立て直し、靴底を擦りながら着地した。

 

 「この前は怠けてやがったな?」

 

 『……ーーー』

 

 その時、突然ビルを駆け上がりネロの両側から白い狼が挟み込む様に襲い掛かって来た。

 ネロは空中に跳び上がり、2頭の狼の突進を躱す。

 

 「紐くらい付けろよ」

 

 『ゴァ!』

 

 2頭の名は『フレキ&ゲリ』。

 ボルヴェルクに付き従う狼の姿をした使い魔だ。2頭の見分けが出来るのはおそらく主人の彼だけだろう。

 

 2頭は一度ボルヴェルクの周囲を回り、何度もネロに襲い掛かって来た。ネロは目にも止まらぬ速さで動く2頭の攻撃を難なく躱し、頭を噛み砕こうとした1頭を悪魔の右腕で捕まえ、掴んだままブルーローズで撃ち抜く。

 

 しかし、銃弾は白狼の厚い毛皮に弾かれ、ブチブチと毛を引き千切ってネロから逃れてしまった。

 

 ネロは逃れた1頭を追おうとはせず、すぐさまレッドクイーンを背後に振り抜いた。

 もう1頭の牙とぶつかり合った剣は、ガキンと重い金属音と共に白狼の顎で止められてしまった。

 そこを先程逃れた1頭が迫る。

 

 「これで捕まえた気か?」

 

 ネロは鼻で笑うとグリップを捻って、レッドクイーンを駆動させる。

 真っ赤に燃えるレッドクイーンから白狼は堪らず離れる。

 

 「でラァッ!!」

 

 振り抜き様に迫っていた一体の鼻先に悪魔の右腕の拳を叩き込んだ。

 

 『ギャウ!』

 

 手痛い反撃を受けた白狼は慌ててネロから距離を離した。

 

 「きゃあ!」

 

 「キリエ!?」

 

 悲鳴に慌てて振り返ると、ボルヴェルクがキリエに迫り剣を振り上げていたのだ。

 

 「止めろおおおお!!」

 

 一瞬でボルヴェルクの背後に迫り、レッドクイーンを背中に斬りつけた。

 しかし剣はボルヴェルクの身体を素通りし、地面に突き刺さった。

 

 「はっ?」

 

 ボルヴェルクの姿が霞の様に消え、戸惑いの表情を浮べるキリエと目が合った。

 その時ネロは自らの迂闊さを呪った。

 この戦場にはもう一人幻覚を作り出せる悪魔が居た事を思い出したのだ。

 

 「しまーー」

 

 慌てて振り返るが、既にボルヴェルクの剣はネロの身体を切り裂いていた。

 

 「がぁ!」

 

 「ネロ!」

 

 ネロの身体はビルに備え付けられている貯水タンクに叩き付けられ、タンクを見る影なく破壊した。

 

 「ーーぐっ」

 

 タンクの水で出来た水溜りの上を歩きボルヴェルクが迫る。

 

 「……っーー調子に乗るなよ?」

 

 ネロの中で渦巻く感情が魔力という力へ変換され、外へと噴き出す。

 しかし、それがぶつけられる事は無かった。

 

 突然地面から一本の鎖が飛び出し、ネロの右腕を捕らえたのだ。

 

 「ちっ!何だこんなモン!!」

 

 鎖を引き千切ろうとするネロだったが、ボルヴェルクの蹴りを受けて地面に倒されてしまった。

 

 「ごっがぁぁあ!」

 

 さらにボルヴェルクは仰向けに倒れたネロを踏み付け、動きを封じた。ネロは何とか脱出しようともがくが、力が上手く入らない。

 

 『さすが予想以上の力だ。まさか“災いの塔”を無傷で討滅するとは思わなかったぞ…』

 

 黒ローブが何処からともなく現れ、ネロを見下ろす。

 

 『ーーその鎖は我々が魔界の鉱石から作り上げた物でな、()()()()()も込めておる。いくら奴の血筋でも所詮は一体の悪魔よ…』

 

 「テメェ!!」

 

 暴れるネロのそばにしゃがみ込み、黒ローブは慎重な動作でネロの右腕に触れた。

 黒ローブの黒い枝の様な指先が傷も付けず、右腕の中に潜り込んで行くのだ。ネロは眼を見張ると同時に黒ローブの狙いに気付き、さらに激しく抵抗するが鎖もボルヴェルクの足もビクともしない。

 それに魔人化も出来ない。先程から妙に力が抜ける感覚がある。

 

 (これが“呪い”とやらか…!?)

 

 『ーー見つけた!』

 

 黒ローブの言葉にネロの額に汗が流れる。

 そしてその手が抜かれると、黒ローブが掴み取った光が見慣れた刀に変わった。

 

 『我が(あるじ)もお喜びになられる…』

 

 「ーー返せ!!」

 

 ネロの右腕に巻き付いていた鎖が遂に砕け、一気に放出された魔力が腕の形に変化して黒ローブに迫った。

 

 「ーーぐああああ!?」

 

 しかしボルヴェルクの剣が右腕を串刺し、ネロの右腕は再び地面に縫い止められてしまった。

 それと同時に魔力の手は霧散する。その時、ネロは初めて黒ローブの素顔を見た。

 フードの下に3つの顔、それらは全てネロを冷たく見下ろしていた。

 

 『行くぞ』

 

 『ーーーー…』

 

 ボルヴェルクは黒ローブの言葉に従い、剣を引き抜くと白狼を従え黒ローブの後ろに続いた。

 

 「ま…て!」

 

 『取り返したいのであれば追って来るがいい。

(あるじ)は…アリウス様は何時でもお前達を歓迎するだろう…』

 

 その言葉と共に、黒ローブとボルヴェルクの姿は霞の様に消えて行った。当然、白狼達も同様だ。

 

 「クソッ!!」

 

 ネロは拳を地面に叩き付ける。

 その衝撃で右腕から血が噴き出し、キリエは慌てて自分の袖が切って、ネロの傷に巻いた。

 

 「ネロっ!傷がーー」

 

 「ーー閻魔刀(ヤマト)を奪われた…。

アイツに、託された物を…ーー」

 

 そう言って拳を握るネロにキリエは何も言えなかった。

 

 「ーーキリエ。海岸に騎士団の奴を待たしてる…」

 

 ネロは立ち上がり屋上の縁に向かって歩き出す。

 キリエも立ち上がるが後を追おうとはしない。

 

 「ネロは?」

 

 「俺はまだ帰れない…先に帰って待っていてくれ」

 

 「……はい。

ーーいってらっしゃい」

 

 キリエの言葉にネロは微笑む。

 そして屋上の縁から町を見渡す。何事も無かったかの様に人々が暮らす町に戻って居た。

 先程までの戦いの跡も夢か幻の様にキレイに消えている。

 

 「………好き放題しやがって…」

 

 ネロは拳を握り締める。

 キリエを攫ったばかりか、命の恩人から託された物を奪って行った。

 しかも、ネロを排除するのでは無く何時でも来いとまで言われたのだ。

 はらわたが煮え繰り返るなどと言ったレベルの話では無い。

 コケにしてるとしか思えない。

 何よりまんまと手の平の上で踊らされた自分自身にも強い苛立ちを覚えた。

 

 「アリウス…」

 

 今回の一件の首謀者である男。

 顔すら知らない男だがーーー、

 

 

 「ーー覚えたぜ名前…ーー」

 

 この借りをどう返すか、それがなされるまで到底怒りは収まりそうも無かった。

 

 

 

 

****************

 

 

 




次でやっと本編に戻ります。
だいたいいつもと同じペースで投稿するので、気長にお待ちください。


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#43学園-①〜isolation〜

今回、最初は冒頭の描写をもっと細かく書いてましたが
文字数がえらいことになったので一から書き直しました。

そのせいでダンテをはじめとしたや他キャラの絡みが若干薄くなってるかもですけどご容赦の程を

それと今後アニメ版と小説版を混ぜた描写になっていくと思います。
その点もご容赦を




ーーーーーーーーーーーーーー

 

 旧六本木の消滅から約二週間が過ぎた。

 

 悪魔の気配も無く、軍も地区の封鎖以外目立った動きも無いままだった。人々はそれぞれ最も近い避難所に避難し、封鎖が解除されるのを待っている。

 テレビもネットも通ずラジオも“間も無く封鎖は解除される”と毎日の日課のように同じ放送を繰り返すだけだ。

 

 しかし、葬儀社のメンバーである集といのりと綾瀬やツグミ、それに痛い目に合わされた谷尋はその放送を真に受けたりはしなかった。

 

 「いのりちゃん今日はどこ?

またいつもの場所?」

 

 「荒らしすぎたから、今日から変えるって」

 

 いのりが言うと、祭はあははと苦笑いをもらした。

 現在二人はパンデミックの中心地であるクレーターに向かっていた。

 正確に言えばクレーターに近い無人のビルに向かっていた。

 

 災害の中心地という事と二次災害でビルが倒壊しているため、クレーター周辺に近付く人間はいない。

 もっともビルの倒壊の本当の理由が二次災害による物では無い事を、二人は知っているのだが…。

 

 唐突に近くの建設途中のビルの一部が轟音と共に崩れ落ちた。二人はしばらく無言で崩れ落ちる瓦礫を見送った。

 

 「………」

 

 「………」

 

 「……あそこ?」

 

 「……うん」

 

 祭の苦笑いは引き攣った笑みに変わっていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 あの戦いの直後、ーー

 

 涯を失った集といのりは六本木の跡地であるクレーターの前で、しばらく身を寄せ合って泣いていた。

 

 ひとしきり泣いた後、ルシアの目覚めを待っていざ移動しようとした矢先。集の身体に異変が起きた。

 突然胸を抑え苦しみ出しうずくまると、そのまま意識を失ってしまったのだ。

 後に致命傷に近い傷を何度も負い、その度に無理矢理半魔人の治癒力にものを言わせていた為に反動が出たのだと集は結論付けた。

 

 急いで誰かと合流しようとした時、現れた男こそ集の師であるダンテだった。

 

 いのりは前触れ無く空から降って来た男に面食らった。

 ルシアは既に会った事があるらしく、すぐに警戒を解いていた。

 

 会話もそこそこにダンテは意識を失っている集を担ぎ上げると、2人について来るように促した。

 いのりはダンテの怪我人を全く気遣う様子のない態度に、憤りを覚えながらもダンテの言葉に従った。

 

 ダンテに連れられて行くと綾瀬にツグミ、祭や谷尋と花音に亜里沙と颯太、さらには大島で遭遇したレディがいた。

 ツグミが“ふゅ〜ねる”で祭達を自分達の所へ誘導して合流したと話していたタイミングで集が目を覚まし、取り敢えず一番近い集のマンションに全員で泊まる事になった。

 

 流石にあの人数が部屋に押し寄せるとかなり窮屈だった。

 

 一晩を集の家で過ごし、食料と水を出来るだけ持ち出して学校へ向かった。学校なら元々避難所としての機能のおかげで、水や食料だけで無く自家発電機もあるしワクチンの蓄えも十分だと判断したからだ。

 

 集のマンションもそれなりに蓄えもあったが、ワクチンの予備は無く保存食の蓄えもたかが知れていた。

 電気と水道などのライフラインが全て止められていたが、マンションの各部屋に備え付けられていた蓄電機と貯水槽を利用して何とか1日誤魔化した。

 

 当然だがモノレールも動いていなかったので、徒歩での移動を余儀なくされた。

 

 学校に移動して三日目にいのりとルシアは集を呼び出し、ルシアの正体とアリウスという男について話した。

 最初は集も驚きを隠し切れなかった様だが、色々合点がいったらしくすんなり受け入れた。

 

 日本人本来の気質からか、一度パンデミックを経験してるからか人々は殆どパニックになる事無く少しずつ今の状況に慣れつつあった。

 

 “すぐに元の生活に戻れる。”

 

 一部を除いて誰もがそう信じて疑わなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「おばっぁ!!?」

 

 何度目か分からない地面をバウンドする痛みに、集は思わず声を上げた。口の中に少し砂が入ったのか歯にジャリと不快な感触を感じた。

 全身が砕けるような激痛に襲われ悶える。実際一部の骨が砕けていた。

 

 「もうへバッたのか?」

 

 集は痛みにしかめっ面を浮かべながら、身体を起こしダンテを見た。

 ダンテはゼーゼーと肩で息をする集に肩をすくめる。

 

 「ちょっと…今の洒落になって無かったよ?」

 

 「“出来るだけ本気で”って言ったのはどこの誰だったか忘れたか?」

 

 「………」

 

 ダンテの言う通りこの鍛錬を申し出たのは、他ならぬ集自身なのだ。

 黙り込む集にダンテはため息をついて柱にもてれ掛かる。

 

 「ーーでっ…どうだ?()()()とは仲良くなれたか?」

 

 「会話もしてくれないよ…」

 

 集はそう言って杖のように立てた剣を見る。

 雷の魔剣『アラストル』。

 ダンテがトリッシュと初めて会った時にマレット島で手に入れた物だ。

 かなり強い能力を秘めた悪魔が魔具となったもので、ダンテが見つけた時は石像に突き刺さっていたと集は聞いている。

 そして、どの様な形で契約したかも聞いている。

 

 自身の今後の生存のためにも、絶対に必要な壁なのは分かるが、さすがに心臓を貫かれる事にはかなり恐怖心がある。

 

 ダンテから出された課題はアラストルに”(あるじ)“として認めさせるというもの。当然の事だが口で言うほど簡単なことでは無い。

 

 この一週間で出来た事と言えば、刀身に雷を纏わせる事くらいだ。

 とてもじゃ無いが本来のポテンシャルを引き出せてるとは言えない。

 しかし集には強力な武器という以上に、アラストルの存在が必要だった。

 

 一週間前にトリッシュが一時戻って来たので、二人の前で半魔人を見せた。とたんにトリッシュは顔を曇らせた。

 そして彼女は“二度と半魔人を使うな”と集に告げた。

 

 最初何を言っているのか分からなかった。

詳しく聞くと集が魔力を発した後の疲労具合が異常で、それが普通の悪魔やダンテのような半魔が当たり前の様に持っている気管を、集は持っていない事が原因だと言うのだ。

 

 それこそが魔力の“《(カク)》“だ。

 

 悪魔達の第二の心臓と言っていいそれは、人間界では未知のエネルギーである魔力を生成する気管。

 それが無いのであれば、当然何処からか引っ張ってくるしか無い。

 

 しかしどんな理由があろうと、到底受け入れ難い忠告だった。

 あれだけ大量の悪魔がこのまま何も無いまま終わるとは到底思えなかった。

 ダンテもレディも既に集がアリウスという奇怪な男に目を付けられた事を知っている。

 見た事も聞いた事も無い人間に執着を持たれるのは、集としても何ともぞっとしない話だが、どちらにせよ此処で引き下がる気はサラサラ無かった。

 

 トリッシュも集の頑固さと彼目掛けて降り注ぐような脅威を理解し、ため息をついて代案を出した。

 それが意志を持つ魔具に、集の補助兼ストッパーをさせるというものだったのだ。

 

 そこで()()()()()()で従順な性格であるアラストルを集の手に渡される事になったのだ。

 都合上アラストルと仮契約する形になったのだが、アラストルはダンテに未熟者の人間のお守りを任された事に腹に据えかねているのか、集の声には一切答えない。

 さらに追い打ちをかける様に、“()()()”でダンテから前述の課題を出されたのだ。

 

 トリッシュはアラストルとの“繋がり”がある程度安定したら、主契約に踏み切る気でいるようだ。

 

 「複雑に考え過ぎなんだよテメェは…そんなナリでも悪魔なんだ。テメェの方が強いってとこ見せりゃ文句もでねぇよ」

 

 「……それは、そうだけど…」

 

 集がモゴモゴ口籠っていると、足音が聞こえた。

 

 「ーーシュウ」

 

 「うわ〜…、こ…こんにちは…」

 

 「いのり、ハレ」

 

 「おっ、来たかお嬢ちゃん達」

 

 見ると荒れ放題(荒らしたのは主にダンテだが)の建物にいのりとその後ろから恐る恐るといった感じで祭が入って来た。

 ダンテは二人を笑顔で迎えるが、いのりは元の性格故か無言で返し、祭もまだダンテに慣れない様子でいる。

 

 「またボロボロ…」

 

 「これでも怪我は減った方なんだけどね…ダンテが限度を知らないから…」

 

 「ハッーー甘ちゃん坊主が。文句があるなら、もうちょっとマシになるんだな?」

 

 ダンテは鼻で笑いながらギターケースに入ったリベリオンを背負う。

 

 「先に戻ってるぜ」

 

 「あっ…うん分かった」

 

 そう言いながら去って行くダンテの背中を見送ると、祭に向き直った。

 

 「さっそくだけど、ハレっお願い」

 

 「う…うん」

 

 集は祭からヴォイドを抜き、祭に手渡した。

 祭は「えい」という掛け声と共に包帯を操り、集の身体を囲んだ。

 包帯は柔らかい光を放ち集を包み、怪我も打撲も骨折も服の損傷もアッと言う間に治していく。集は立ち上がると何事も無かったかの様に治癒された身体の調子を確かめる。

 

 「いい調子。ありがとうハレ」

 

 「どういたしまして。

えっと…どうしたら仕舞えるんだっけ?」

 

 「ヴォイドを離して、戻れって強く念じるんだ」

 

 祭が集の言う通り包帯を放ると、包帯は銀の糸状に解けて祭の胸に吸い込まれた。

 あの戦いでの涯の時と同じく、他の人間からヴォイドを出してもその人間が意識を失う事が無いだけで無く、その人間が自分のヴォイドを操れる様になっていた。

 涯はこの力の事を知っていた様だが、ヴォイドや王の力についてもいくら気になっていようがもう聞く事は出来ない。

 どれだけ泣いても悔いてもそれが現実だ。辛くても受け入れ、先の事を考えるしか無い。彼が生きていればきっとそう言うはずだ。

 

 「じゃあ帰ろうか」

 

 「うん」

 

 「そうだね」

 

 集の言葉に二人は頷いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 涯が死んだと言う事実を綾瀬は少しずつ受け入れつつあった。

 しかし、押し寄せる後悔と胸に空洞が出来たかの様な虚無感がいつまで経っても心に食い込む。

 集達と共に天王洲第一高校に避難して来たが、敵も状況も全く動く気配が無い。何もする事が無く、その気力も沸かない。

 

 ふと視線を落とすと薄汚れたスニーカーが打ち捨てられているのを見つけた。

 その瞬間、涯に救われる前の脚が動かなくなったばかりの自分がフラッシュバックした。

 そこに落ちているのが自分の足のような気がして、無意識のうちにそのスニーカーを拾おうと手を伸ばしていた。

 

 「きゃあ!」

 

 バランスを崩してその場に転倒した。横倒しになった車椅子の車輪がカラカラ音を立てて回る。

 

 「馬鹿みたい…」

 

 こんな誰かに捨てられただけのスニーカーを拾った所で、何になると言うのだろう。

 擦り剥けた膝がズキズキ痛む。怒りをぶつける様にスニーカーを掴み上げ、校舎の壁に投げ付けた。それは壁を跳ね返って地面に転がって誰かの足にぶつかった。

 

 「おやおや穏やかじゃ無いね。大丈夫?」

 

 そこには集と同じ黒い制服を着た二人の男子生徒が立っていた。

 襟章を見る限り二人とも三年生だ。眼鏡を掛けた方と、ピアスを空け茶色く染めた髪を後ろに束ねたいかにも不良といった風貌の生徒だ。声を掛けて来たのは眼鏡の生徒だが、二人とも卑下た薄ら笑いを浮かべて舐め回すように綾瀬を見る。その視線を感じで綾瀬は目を吊り上げる。

 

 「そんなに警戒しないでよ。助けてあげようとしてるだけなんだから」

 

 「…頼んでないわ」

 

 「君はあれかな?一人で出来るもんみたいな人かな?」

 

 眼鏡の生徒が目の前にしゃがんだ。男の顔は数十センチの位置まで近付く。

 

 「克己心があるのはいいけど…やっぱり親切を無下にされるとムカつくよな」

 

 眼鏡の生徒の口調がガラリと変わった。

 

 「手を貸すって言ってんだから、ありがたく受けろよ」

 

 「余計なお世話よ」

 

 「んな事言わないで仲良くしようぜ?」

 

 そう言いながら不良風の生徒が手を伸ばして来た。その瞬間、誰かがその手首を掴んだ。

 

 「イデででであああああーー!?」

 

 「な!?」

 

 チンピラ風の生徒は叫び声を上げ、手首を振り解こうと必死に暴れ出した。眼鏡の生徒も何が起きたか分からず、不良の手を掴んだ主を呆然と見た。

 

 「女の子(レディ)には優しく接するモンだぜ?火傷したくなけりゃな」

 

 「あんた…」

 

 綾瀬は生徒の手首を掴み上げるダンテを見上げる。ダンテは相変わらず自信に満ちた不敵な笑みを浮かべている。

 

 「ぎゃあああ離せ!!離せっての!!」

 

 ダンテは喚く不良から手を離す。

 不良は手首を摩りながら息を荒くし、ダンテを睨み付けた。

 

 「てめぇ…」

 

 「ヘイ、ーーお嬢ちゃん。怪我は無いか?」

 

 「別に私一人でどうにかなったわよ」

 

 自分の存在をすっかり忘れて会話を始める二人に、不良は顔を真っ赤にしてブルブル震えた。しかし、流石にダンテの握力と長身を見て無謀に挑む気は無かった。

 眼鏡の生徒もすっかりダンテに気圧されて、後退りしていた。

 

 「みさいるぅ〜…」

 

 間抜けな声と共に二つの影が男子生徒達に一直線に迫った。

 

 「ーーしっ!!」

 

 「ーーきぃっく!!」

 

 ルシアが不良をツグミが眼鏡の生徒に蹴りをお見舞いした。

 「ぐえ!?」「ぐふぅ!!」

 生徒二人は身体をくの字に曲げて地面に転がった。

 

 「あんた達!綾ねえに何しようとしてんのさ!このド変態!」

 

 ツグミは不良達にビシッと指を突きつけた。ルシアも目を細めて二人を睨む。

 

 「ざけんなクソチビ共!」

 

 「ネイ!まだまだ発展途上なだけよ!」

 

 拳を握って立ち上がる不良に眼鏡の生徒が、「おい」と声を掛けて顎をしゃくった。騒ぎを聞き付けて生徒達が何事かと集まって来ていた。不良は舌打ちをして「憶えてろよ」と捨て台詞をしてそそくさ立ち去って行った。

 その背中にツグミがアッカンベーと舌を出した。

 

 「どうしたの!?」

 

 二人が見えなくなったタイミングで布で包んだ剣を背負った集に続いていのりと祭が駆け寄って来た。

 

 「おっそいよ集!マジで遅刻!」

 

 そんな集にツグミはこれでもかと怒鳴ると、綾瀬に向き直る。

 

 「綾ねえ…大丈夫?」

 

 「うん…」

 

 ツグミの言葉には今さっきのことだけでは無い、この二週間の事も含まれていた。綾瀬もそれを感じ取り目を逸らす。

 

 「何があったの?」

 

 「別に、マナーのなってない馬鹿が居たってだけだ。気に止める程の価値もねェよ」

 

 集とダンテの会話が聞こえ、綾瀬は目だけ向けた。二人を視界に収めた瞬間から嫌な痛みが胸に広がった。

 事の顛末は集といのりとルシアから聞いている。しかしーー思わずには居られない。

 

 涯は自分では無く、集とたまたまそこに居合わせたに過ぎない初対面のダンテと共に戦う事を選んだのだ。

 仲間のはずの自分を頼ってくれなかった。その思いがずっと胸の中に巣食っていた。

 

 撤退命令を出されてすぐに自分は涯の所に向かおうとした。しかし、ツグミと集が連れて来た学友が悪魔に襲われているのを無視出来るはずが無かった。いずれ悪魔に嬲り殺しにされるのは目に見えていた。

 すぐに救出に向かい悪魔達の追跡を必死に振り払って、あれよあれよとしてる合間に、気付けば戦いが終わっていた。

 

 集の家で彼は六本木で起きた出来事について全員に話した。

 黒幕の茎道が“はじまりの石”を使ってパンデミックを起こし、涯が自分の命と引き換えに石を破壊したという説明だった。

 綾瀬は集の話に特に違和感は感じなかった。

 

 でもだから何だと言うのだろうか、アポカリプスウイルスは未だに人々の中に巣食い続け、GHQの支配も一切の揺らぎも無い盤石なものであり続けている。事態は何も好転していない、むしろ涯を失った分悪くなっている。

 涯は希望だった。

 日本を暴虐から救おうと抗うレジスタンスのリーダー。彼そのものが“葬儀社”だと言っても良かった。それは組織の誰もが思っていた事だ。

 

 「ーー綾瀬、大丈夫?」

 

 集が心配そうな顔で屈み込む。その声に綾瀬はハッと顔を上げるが、すぐに視線から逃げる様に顔を背けた。

 

 「……別に…親切ぶって絡んで来ただけよ。もう行ってくれる?」

 

 「え?でもーー」

 

 「手伝おうって言うならお門違いよ。言ったでしょ?よじ登る姿はエレガントじゃないから見られたく無いって!」

 

 「………」

 

 「ーー行こ」

 

 ツグミが集の袖を引っ張る。

 

 「ほらいのりんも。ルーちゃんも行くよ」

 

 ツグミが集達を押すように去って行く。少し遅れてダンテもその後に続く。一瞬、視線を感じた。

 その視線に顔が入らないように綾瀬は顔を背けた。

 

 ダンテが去ると集まっていた生徒達も散って行った。

 誰も居なくなった事を確認すると、綾瀬は車椅子によじ登った。こういう時ほど自分の身体が重く感じる事は無い。

 綾瀬は車椅子に座り曇り空を見上げて、息を吐いた。

 

 ツグミが涯の死に悲しんでいる様に見えたのは、1日だけだった。

 その事を薄情だと思いそれをつい口に出してしまった。

 

 「だって人っていつか死ぬものでしょ…。涯にその順番が回って来た。それだけの話でしょ?割り切るしかないじゃん…」

 

 綾瀬は何も言い返せなかった。それを頭で分かっていても実際に出来る人間がどれ程いるだろうか。

 

 ツグミの何がそうさせているか分からない。

 知らないのだ。彼女の過去を…。

 彼女だけでは無い。お互いの過去は詮索しないのが暗黙のルールだった。お互いを家族と呼び心の底から信頼し合っていても、心の中の全てを曝け出す仲間なんか誰一人居なかった。

 自分だってそうだ。

 

 「ーーああ…私って、一人きりなんだ…」

 

 空から落ちた雨は、雨とは別の雫と混ざり合い頬を伝い落ちた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ありゃ相当参ってるてるな〜」

 

 「本当に放っといて大丈夫なの?」

 

 頭の後ろに腕を組むツグミに集は尋ねた。

 

 「大丈夫な訳ないじゃん?好きな人が死んだんだよ?バカなの?」

 

 「…………」

 

 呆れ顔で集を見るツグミは強がっている様には見えなかった。彼女は本当に二週間足らずで涯の死を割り切っているのだ。

 

 「アルゴさんや大雲さんからの連絡は?」

 

 「さっぱりよ。広範囲をジャミングされてるせいでこっちから呼びかける事も出来ないし。多分今頃は涯の言い付け通り身を隠してると思うんだけど」

 

 「…そうか、無事だといいけど」

 

 集は組織の仲間の顔を思い出し、俯く。

 

 「ところで外の様子はどうだったの?」

 

 「ん?ああ…やっぱり今日も何も居なかったよ。悪魔の痕跡も無かった。ダンテも何も感じて無いみたいだったし」

 

 「嵐の前の静けさってやつ?」

 

 「…かもしれない」

 

 そのダンテも気付けば後ろから消えていた。

 ただでさえ自由奔放な性格の上、暇を持て余してるのだ。それに此処にはダンテの好きなピザもストロベリーサンデーも無い。

 

 心なしか日に日に修行のバイオレンス感も上がってる気がする。

 実力に応じて上がっていると、好意的にも取れなくはないが集はそこまで楽天的では無い。

 

 生徒会室のドアをノックし、開いた瞬間凄まじい炸裂音と少量の紙吹雪が集の顔に浴びせられた。

 

 「イッエーイ!」

 

 馬鹿みたいにハイテンションな声もセットだ。

 しばし、生徒会室に沈黙が流れた。

 

 声とクラッカーの主である颯太が何か言う前に、集の指が颯太の顔面をガシッと掴んだ。

 

 「ーー颯太?クラッカーって人に向けて良いものだっけ?」

 

 「ごごごごごめんなさーーい!」

 

 「すまん集、止めたんだが…」

 

 アイアンクローに悲鳴を上げる颯太の後ろで、谷尋が申し訳なさ半分呆れ半分といった表情でため息をついた。

 

 「お…おかえりなさい皆さん」

 

 「はい、すみません。仕事押し付けて」

 

 集は颯太を解放して生徒会室に入る。普通の教室や部室の流用したものでは無く、サナトリウムの様な雰囲気の広々とした部屋に中央には少しオシャレな白いラウンドテーブルが置いてあり、その周囲を長いソファが囲っている。

 部屋には亜里沙と谷尋と颯太の他に花音もいた。

 

 「ただいま戻りました」

 

 「…ただいま」

 

 「ありさビスケット!」

 

 集とツグミの後に続いていのりと祭、ルシアが入る。

 

 「そういえばルシア、レディさんは?稽古付けてもらってたよね?」

 

 「ん?」

 

 集が尋ねるとルシアはビスケットをハムスターのように頬張りながら首を傾げた。どうやら今はどこに居るか分からない様だ。

 よく見ると身体のあちこちに絆創膏がある。集程ではないにせよルシアも相当にしごかれたようだ。

 

 「で?颯太、さっきのは何?」

 

 「今日は…ヤケに気が立ってるな…」

 

 「ダンテさん今日は特に厳しかったみたいで…」

 

 祭と谷尋の会話を背中で聞きながら、集はジトーとした視線を顔をさする颯太に送る。

 

 「いや、最近みんなストレス溜まってるみたいだからさ…ーー」

 

 「たった今誰かさんのせいで爆発したよ…」

 

 「ちが、そうじゃなくて!閉じ込められて学校のみんな不安だろうから元気付けようって事!」

 

 「…つまり?」

 

 「学園祭だよ!パーッと騒ごうぜ!」

 

 颯太は息を吸って自信満々な表情で言った。

 

 

 




アラストルを集に持たせるというのは、
割と初期から決めてました。

いい相棒になれるといいですね(他人事)



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#43学園-②〜isolation〜


【挿絵表示】


練習がてらまだろくに使い方の分かってない、
クリスタとiPadで絵を描いてみた。

容量の問題で解像度は低め。


※アドバイスを期待します。
(下手って言うだけじゃ無くて、できれば改善点も教えて貰えるとありがたいです。)



 

 東京24区、そこにGHQ本拠地であるボーンクリスマスツリーがある。

 十年前のロストクリスマスの災厄以降、実質日本の行政を握った彼等は感染拡大を防ぐ法案を可決し、本部内部に最先端のウイルスの研究所を設立した。

 当然ながら一般人の立ち入りは厳しく禁じられ、軍人や政府関係者と研究に携わるエリートのみが訪問を許されている。

 

 ピラミッドの骨組みにも見えるその外観とその材質は、明かに他の高層建築物とは一線を画す異様な雰囲気があった。

 

 先日の六本木消滅事件と感染爆発もあって全員殺気立っており、当然検問所の兵達も例外では無かった。

 

 兵士が検問所に入って来た車にサインを出して止める。

 高級車に見える車の運転席の窓を兵士が軽く叩くと、窓が開き中の女性が顔を見せた。

 

 「こんにちは」

 

 「身分証か通行許可証を」

 

 兵士の指示に従い、身分証を兵士に手渡した。

 

 「お疲れ様です。桜満博士」

 

 兵士は運転席の桜満春夏に敬礼する。そして助手席に座る女性に座る白衣の女性に目を向けた。

 

 「そちらは?」

 

 「私の新しい助手です。身分証は発行中ですが私の身分証と一緒に彼女の許可証もお渡ししてます」

 

 兵士は春夏の身分証の下に重なった許可証を確認する。

 

 「ええ、確かに確認しました。お通り下さい」

 

 「今日から博士共々お世話になります」

 

 助手席の女性がサングラスを外し、兵士に顔を見せた。

 金髪の美しい女性に兵士は思わず息をのんだ。

 

 「ーー“エヴァ=レッドグレイブ”です」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 「いきなり計画に無い事しないでください。トリッシュさん」

 

 春夏は助手席のトリッシュに眉をひそませた。

 

 「いいじゃないこれくらい」

 

 「不用意に周りに話しかけたりないって、約束したじゃないですか」

 

 「分かったわ。ごめんねハルカ」

 

 トリッシュは乱れた髪を耳の後ろに流し、春夏に向き直った。

 

 「次からは指示に従うわ。これもシュウを助けるためですもの」

 

 「……はい」

 

 「そんな緊張しないで」

 

 「…緊張じゃ…ないです」

 

 春夏はハンドルを握る指に力を込める。暗い陰が刺した眼でGHQ本部を見据えた。

 

 「怖いんです…過去の罪と、これから犯す罪と向き合わなきゃいけないのが…」

 

 「………」

 

 「集は、きっと私を許さないわ…」

 

 トリッシュはあえて何も言わなかった。

 集は春夏に悪魔に関する話を何も話さなかった。だから、トリッシュから悪魔だの魔界だの聞いてもイマイチ理解できなかった。

 しかし、もし地獄があるとしたら、これから踏み入れる領域だろうと春夏は思う。

 ボーンクリスマスツリーが目前まで迫る。

 例えあの怪物達がひしめく魔界であろうと今の春夏にとっては、この場所よりましに思えた。

 

 

 

***************

 

 

 「ほう、いよいよ日本政府はこの国を明け渡すのですか…」

 

 「はっ、数日以内には承認されるとの事です」

 

 書類と電子機器に埋もれる部屋で嘘界は携帯を弄っている。

 なのにローワンは嘘界にじっとり見られてる気分になる。初めて会った時からこの男からは言いようのない感触を覚えた。

 それはいまだに続き、その正体も掴めない。

 ローワンは嘘界から視線を外し、部屋のモニターに目を向けた。映っているのは天王洲第一高校の内部と周辺施設だ。

 

 「それにしても意外ですねぇ。貴方は反対すると思っていました」

 

 「はい?」

 

 「ダリル少尉のことですよ。学校に潜入することに同意したのは何故です?」

 

 嘘界はぐるりと椅子を回してローワンと正面に向き合う。

 

 「それは命令だからです」

 

 「それだけですか…本当に?」

 

 嘘はゆっくりとした動作で指を組んで、首を伸ばして顎をそこに乗せる。その仕草と声色から首を絞める様な圧迫感を感じ、ローワンは一瞬口籠った。

 

 「……いい機会だと思いまして」

 

 「いい機会?」

 

 「ダリル少尉は幼い頃からエンドレイヴとの感覚共有能力が高く、エンドレイヴ開発に多大な貢献をしてきました」

 

 「そういえば君は元々エンドレイヴ技術者でしたね」

 

 嘘界はまるで今思い出したかの様に大袈裟な仕草で言った。

 

 「ですが、そのために少尉は普通の生活を送る事ができませんでした。ですから…同じ年頃の若者と過ごさせるのもいい経験だと考えたのです」

 

 「青春を味わせたいと?」

 

 「……私も彼から子供時代を奪った一人ですから」

 

 「気にする程の事もないと思いますがね…」

 

 嘘界は携帯を閉じると椅子から立ち上る。キーボードの横に置いていた白い手袋をはめながらモニターを見つめた。

 

 「それにしても暇ですね。ちょっとつまみ食いしましょうか」

 

 「悪ふざけはおやめ下さい。前とは立場が違うのですよ!嘘界…局長」

 

 「お互い、難儀な立場になってしまいましたねえ」

 

 嘘界はモニターに映った一人の男子生徒を見ながら、蛇のように唇を舐めた。

 

 

******************

 

 

 

 生き物を殺す夢はこれで何度目だろうか?

 

 何度も何度も引き裂いた。何度も何度も叩き潰した。摺り下ろした。削り取った。噛み砕いた噛みちぎった。

 

 それでも腹は満たされない。身体は腐って砂で作られたかの様に崩れ落ちる毎日だ。もうそれに痛みは無かった。

 当然だ。それを感じ取る為に必要な物も、例外無く崩壊して身体の外に崩れ落ちているのだから。

 

 ーーー身体が必要だ。ーーー

 

 

 

  ーーーもっと、ーーもっと、ーーーもっと、もっと、もっともっともっともっとモットモットーーーーーーーー食べなーーケレば

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ーーーたの?…シュウ?」

 

 「ーーっ!?」

 

 いのりの声に集はハッと我に返った。目の前にいのりの顔があった。

 

 「あーーっえ?」

 

 「すごい汗だよ集…」

 

 心配そうな祭の言葉に脇の下と背中に触れると、じっとりと指先が濡れる。何か恐ろしい夢を見た気がしたが、どんなに記憶を掘り起こしてもどんな内容だったかまるで思い出せない。

 

 「ごめん、ちょっとうたた寝してたみたい…。もう大丈夫だよ」

 

 二人の少女に顔を覗き込まれるのが気恥ずかしくなって、集は笑って誤魔化そうとした。

 それをどう取られたのか、二人は顔を見合わすと無言でお互いに頷き合った。

 

 「いのり…?ハレ…?」

 

 「シュウ、こっち来て」

 

 「ちょっとごめんね」

 

 「え?」

 

 目だけで互いの意図を読んだ二人はそれぞれ集の右手と左手を掴んで、集を引っ張る。

 訳がわからないまま集は二人に引かれるがまま歩く。

 

 「あの、二人共?」

 

 集を壁沿いのベンチに座らせ、集の前に囲むように立った。

 

 「シュウ…最後に寝たのいつ?」

 

 「……え?」

 

 「いのりちゃんから聞いてるよ?毎晩こっそり抜け出して学校中見回りに行ってるって…」

 

 二人が本気で心配しているのが表情から伝わって来る。

 集は申し訳ない気持ちで、胸がいたくなる。

 

 「後の飾り付けは私達がやっておくから、集はここで休んでて」

 

 「いや、そういう訳にもいかなーーー」

 

 「「ダメ」」

 

 「…はい」

 

 ベンチから立ち上がろうとする集を、二人は声だけで押し返した。打ち合わせしてた様に揃った声で集は親と教師に同時に叱られた気分になった。

 

 「“そこで“待っててね」

 

 「……」

 

 再度釘を刺す形で言われてしまい、集は脱走を諦め「ふーっ」と息を吐いた。いわれてみれば寝ていてもふいに目が覚めてしまったりと、最近寝付け無い事が多い。休むつもりは無かったのに座った瞬間、ズンと身体が重くなった気がする。

 

 「自分がどれくらい疲れてるかすら気付けて無かったのか……」

 

 二人の気遣いに甘えてゆっくり休むのもいいかもしれない。集は大きく伸びをして強張った筋肉を解した。

 

 「学園祭か…」

 

 ストレスと不安で精神的に不安定だった生徒達のために、この行事は決定された。

 

 こんな時に…と思ったが、こんな時だからだよ!という颯太の熱い説得を受けた。

 意外だったのは、いのりがかなり乗り気だった事だ。

 祭と一緒に集の説得側に回っていた。

 それもあって集は折れた。

 

 集は周囲で準備を進める生徒たちをしばらくボケーと眺めていた。 

 それから一、二時間だけ休んで戻ろうと考え、まぶたを閉じた。

 

 

 

 

 

 「……起きそうにないね」

 

 「うん」

 

 他の生徒達と共に大体の作業を終わらせてから、昼食を持ってベンチに戻った二人はベンチに座ったまま寝息をたてる集を覗き込む。

 

 「やっぱり少し無理してたんだね」

 

 「…シュウ、いつも自分の事は二の次だから」

 

 「もっと自分に甘くてもバチは当たらないのにね?」

 

 二人は自然と集の両脇に腰掛け、彼の為に待ってきた弁当をこっそり膝に乗せた。

 

 「………」

 

 「………」

 

 弁当を再び持ち上げると、今度は鼻の近くまで持って行くがやはり起きる気配は無い。

 その時、ふいに吹いたそよ風が集の髪を僅かに持ち上げた。

 その毛先が祭の鼻に触れ、祭は小さなくしゃみをした。慌てて口もとをおさえる。

 いのりも驚いた猫の様に身体が跳ねると、二人共おそるおそる集の様子を伺う。

 

 「………起きないね」

 

 「……うん」

 

 普段少しの物音で起きてしまう彼からは考えれば、珍しいくらいの鈍感さだ。

 ぼさぼさの伸び放題に伸びた集の髪にチラッと目を向け、ほんの少し芽生えた悪戯心に二人はお互いの顔を見合わせた。

 

 

 

 

 肩を叩かれる感触を感じ集は目を覚ました。

 大きな欠伸をしながら顔を上げると、レディが立っていた。

 

 「ーーどうしたんですか?」

 

 「少しややこしい事になったのよ。悪いけど来てくれる?」

 

 「え?はい、それはもちろん…。ーーってもうこんなに暗いの!?」

 

 既に太陽が地平線の下に潜り込んでいる事に気付いた集は、慌てて携帯で現在時刻を確認するとあれから六時間近く経っていた。

 

 「すみません、すぐ行きます!」

 

 立ち上がろうとして、妙に身体が重い事に気付いた。正確に言えば両腕から両肩にかけて重みを感じた。

 

 「ーーっ!!」

 

 その正体はいのりと祭だ。

 二人は集を挟む形でベンチに座り、集の両腕をしっかり抱き寄せて眠っていたのだ。

 

 「なっーーなっ、二人共…!」

 

 「ゆっくりでいいわよ〜」

 

 レディが顔を紅潮させて焦る集を見て、クスクス笑う。

 

 「それと頭もどうにかした方がいいわね」

 

 「頭?」

 

 レディが頭を指差してあまりにも笑うので、集はなんとか手首を動かして携帯を取り出すと、カメラモードで自分を映してみた。

 

 そこにはなんと言うか、一言では言い表せないファンシーな感じに仕上がった頭髪があった。

 ゴムやラメ入りの髪留め、それにカチューシャやらが所狭しと頭髪を彩っている。

 

 「……ナニコレ…」

 

 ようやく絞り出た言葉がそれだった。

 まさか…これを両脇のいのりと祭がやったのだろうか?レディは相変わらず、「けっこう似合ってるんじゃない?」とか言ってクスクス笑っている。彼女からの助けは期待出来ない。

 とりあえず、まずは両腕を自由にしなければ始まらない。

 

 「ふ、二人共、起きて!ーー起きてっ!!」

 

 声を張り上げ、身体を揺すって暴れる。動くたびに両腕から心地良い柔らかな感触が伝わるが、それに焦ったり照れたりする余裕は既に無くなっていた。

 

 「……んん?」

 

 「…う〜ん?」

 

 二人はようやく眼をこすりながら顔を上げた。

 

 「………っっっっっ!!?!?」

 

 「んっ…………ぁっ」

 

 二人が集の腕を抱き枕にしていた事に気付くと、互いに顔を耳までリンゴの様に真っ赤に染めた。

 少し間が空き、二人はほぼ同時に弾かれる様に飛び起きると、祭は何度も謝り涙目になりながら、いのりは洗脳が解けたみたいな表情で集の髪を整えた。レディはその様子に腹を抱えてながら笑い転げた。

 

 

 ーーとりあえず近い内に髪は切ろうと思った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 レディに連れられ三人は生徒会室に入った。

 生徒会室には既に、ダンテとルシアを含め谷尋と亜里沙と花音と颯太と生徒会メンバーに、綾瀬とツグミがすでに集まっていた。

 

 「ウイルスが…変異した?」

 

 ツグミから聞かされた情報に、集は一瞬戸惑った。

 

 「うん、これを見て」

 

 ツグミがふゅ〜ねるを机に上げ、操作すると上部のカバーが開いた。

 収納スペースの中にある物を見て祭は小さく悲鳴を上げた。

 

 中に入っていたのは真空パックで密封されたネズミだ。

 しかもアポカリプトウイルスを発症して、キャンサーの結晶が身体中に噴き出していた。

 人間にしか感染しないはずのウイルスが、ネズミにその牙を剥いたのだ。

 

 「どこで見つけたの?」

 

 「地下水路の悪魔除けの結界をチェックしてたらね」

 

 レディが祭を落ち着かそようと肩をそっと抱いた。

 

 「まずいわね…」

 

 「会長何がまずいんすか?」

 

 颯太が周囲の空気の重さに表情を引きつらせて言った。

 

 「変異したって事は、ワクチンが効かないかもしれない…」

 

 「はあ!?マジかよ!?」

 

 「ツグミ、実際どうなの?」

 

 「そんなの分かる訳ないでしょ。臨床実験でもしない限りね」

 

 集の問い掛けに、ツグミは苛立ちしげに頭を掻き毟って答える。

 ふと花音がハッと顔を上げて、いのりを見る。

 

 「楪さんの歌は?」

 

 花音の言葉に颯太は顔を輝かせた。

 

 「そうだよ!いのりちゃんの歌にはワクチンみたいな効果があるって!」

 

 しかしいのりは目を伏せて、首を横に振る。

 

 「……ごめんなさい。たぶん出来ない」

 

 「…マジか…」

 

 「この前、GHQが私達のせいにして垂れ流した歌もどきはウイルスを活性化させただけじゃなくて、変異させたのよ」

 

 「……あっ、ダンテはどう?」

 

 集はハッと気付いてダンテに目を向けた。ダンテはソファの上で遠慮なく寝そべっている。声を掛けられたダンテは目だけ動かして集を見る。

 

 「“どう”って?」

 

 「こう…皮膚の下に違和感があるとか、何処か痛いとかさ」

 

 「いや?退屈で死にそうなだけだ」

 

 「ダンテは発症してないか…」

 

 ダンテは学校に来てから一度もワクチンを摂取していない。しかし、ウイルスを発症させる兆候は無い。悪魔の血の影響だろうか。

 思い出してみると空港や六本木で戦った悪魔達も発症する気配は無かった。

 

 今思えば、集が5年間アメリカに居て発症しなかったのは、ダンテの血のせいだったのかもしれない。

 

 悪魔の力に目覚めるまで、集はトリッシュから「ダンテの血は既に力を失い、普通の人間の血と変わり無い」と聞かされていた。

 だから発症しないのは、パンデミックが起きる前に悪魔に誘拐されたからだと考えていた。

 

 だが記憶をほぼ取り戻した今、それは間違いだと分かった。

 しかし、それが分かった所でどうしようもない。

 もし集の考えが正しくても、全員にダンテの血を輸血して等しい効果があるとは考えづらい。

 下手をすれば、更なる変異を呼び起こす可能性すらある。

 

 「なんの作戦も無いのか?だったら俺は行かせてもらうぜ」

 

 考えを巡らせている内にダンテは退屈そうにあくびをしながら、ソファから立って生徒会室から出て行ってしまった。

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 「ほっときなさいシュウ。ここに居たって手持ち無沙汰になるだけなんだもの、暇つぶしついでに巡回させた方がアイツの為よ」

 

 レディがダンテを追おうとする集を制する。生徒会室はしばらく沈黙に包まれた。

 

 「…誰にも話すな」

 

 谷尋が沈黙を破った。

 

 「いいか誰にもだ。ワクチンが効かないかもしれないなんて事が広まったら、何が起こるか分からない。はっきりした事が分かるまで、この事はここに居る連中だけの秘密だ」

 

 「ダンテさんは…」

 

 「大丈夫だよ供奉院さん。ダンテが誰かに喋ったりする事なんか無いよ」

 

 「そうね…適当に生きてる様に見えるけど、その点は信頼していいと思うわ」

 

 集とレディがそう言っても、亜里沙はまだ納得できない様子だった。

 

 「シュウがそう言うなら…」

 

 「うん、私も信じていいと思います。あの人が悪い人とは私も思えないです…」

 

 いのりと祭がそう言うと、ツグミはため息をついた。

 

 「……まあ、なるようになるんじゃない?綾ねえは?」

 

 「え?」

 

 「んもう、また上の空で!ちゃんと聞いてたの?」

 

 「き、聞いてたわよ。私はみんなが決めた事なら、それでいいわ」

 

 「………」

 

 綾瀬はごめんと小さな声で言いながら、また遠くを見る様な目で俯いてしまった。

 

 「あーーっ、ダブル効果が期待できると思ったのになあ!」

 

 また部屋が沈黙で包まれそうになった時、突然颯太が叫んだ。

 

 「ダブル効果って、なんの事言ってるの?」

 

 「言わなかったか?ライブだよ!いのりさんの生ライブ!せっかく学園祭やるんだから目玉のイベントで皆んなを盛り上げるんだよ!

ワクチンの効果は無くってもさ、気分転換にはなるだろ?」

 

 集はいのりに振り返る。

 

 「あんな事言ってるけど、どうする?」

 

 「…わたし、やってみたい」

 

 いのりは微笑みを浮かべる。今まで見た中で一番強い意志と優しさを感じる微笑みだった。

 

 「ーーいい?」

 

 「もちろん。楽しみだよ」

 

 「私もいのりちゃんの歌を生で聞くのすごく楽しみ!」

 

 「うん!まかせて」

 

 祭の言葉にいのりは嬉しそうに顔を赤らめた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 学園祭が翌日に迫り、生徒達はそれぞれ最後の仕上げに励んでいた。綾瀬は中庭に設置されたステージを脇で眺めていた。

 ステージ側の校舎に巨大な白い布を掛けスクリーンにして、両脇に巨大なスピーカーが設置されている。

 

 「綾瀬さん」

 

 こんな物どこにあったんだと、呆れ半分で見ていると祭が側に歩み寄って来た。

 

 「祭さん…」

 

 ふんわりとした雰囲気を纏う少女を眩しく感じ、綾瀬は目を背けた。

 友達に囲まれ、遊んで、買い物をして、恋をする。当たり前に毎日を楽しく過ごすことが出来る、自分達のいた世界とは無縁の少女。

 

 「どうしたんですか?こんな所で」

 

 「別に、手伝えること無いから見てただけよ」

 

 「私もなんです」

 

 少女はエヘヘと楽しそうに笑いながら、綾瀬の隣に立つ。

 祭はにこにこ笑いながら綾瀬を見る。

 

 「……なに?」

 

 「綾瀬さんって何歳なんですか?」

 

 「え…17よ?」

 

 「私と同い年だったんですか!?すごい大人びてたから、ひとつかふたつ先輩だと思ってました!」

 

 「ええ、だからタメ口でいいわよ?敬語だとこっちがやりづらいし」

 

 「はい、分かりまーー分かったよ。“綾瀬ちゃん”!」

 

 「ーーうぶっ!」

 

 呼び方を変えた瞬間、吹き出した綾瀬に祭は面食らった。

 

 「だ、ダメだった!?」

 

 「ごめん、呼ばれ慣れてない呼び方だったからつい…」

 

 「そうだったんですか?綾瀬ちゃんって響き、私は好きですよ?」

 

 「そうね、私も嫌いじゃないわ…」

 

 「よかった」

 

 「ふふふ…」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合った。

 

 「ようやく笑ってくれた…」

 

 「え?」

 

 「ここに来てから、ずっと険しい顔だったから心配だったんだよ?」

 

 「そう…それは悪かったわ」

 

 ツグミや集に当たり散らしていた事を思い出し、とたんに恥ずかしくなった。

 

 「…綾瀬ちゃん。もうひとつ聞いていい?」

 

 「なに?」

 

 「ーー涯さんってどんな人だったの?」

 

 祭の口から出るとは思っていなかった名前が出て、綾瀬の思考は一瞬凍った。

 

 「……なんで、私にきくの…?」

 

 「…すみません。ツグミさんとの会話聞いちゃいました…」

 

 「………答えになってないわ…」

 

 気持ちがザワザワする。まさかこの少女にこんな気分にされるとは思っていなかった。そのせいか無意識に低い声が出てしまう。

 

 「その人のこと…忘れられないないんですよね?」

 

 「………」

 

 「じゃあ、逆におもいっきり思い出しちゃいません?」

 

 「え?」

 

 「どうせ忘れられないなら…、溜め込んだ気持ちを全部吐き出すんです」

 

 綾瀬は呆然と祭の顔を見つめた。思い付きもしなかった。

 自分達のいた環境で感情のまま動けば、死に繋がる。そう涯に言われ続けて来た。

 決して仲間の死を忘れろと言われていた訳ではない。

 引きずらず、胸に秘めて、自らの指揮を高める為に押し殺す方法を学んでいったのだ。

 

 「ーーだから教えてください。どんな人だったのか、どんな所が好きだったのか」

 

 「……………」

 

 真っ直ぐに自分を見る眼を、綾瀬は逸らす事が出来なかった。

 無邪気で夢見がちの乙女の瞳の中に、小さな光が灯っているように見えた。

 

 

 

 出し物にも使われず、普段も人が寄り付かない講堂に綾瀬と祭は来ていた。エレベーターを降りて、屋上に出た二人は肌寒い風が強く吹いている。街にほぼ明かりは無く、山奥とほぼ同じくらいの星空が見える。

 

 「………私は、あなたを尊敬してました」

 

 綾瀬は星空を見上げながら、見えている範囲で一番明るい星に向けて言った。

 

 「私に脚と生きる希望をくれて…!あなたは…私の、ヒーローでした!」

 

 声は次第に震え、嗚咽が混ざっていく。

 祭はただ黙って見守っていた。

 

 「わ…ったしは…私は、あなたが好きです!」

 

 一番伝えたかった言葉、ずっと隠し通そうとしていた想い。

 秘めた想いを告白した瞬間、綾瀬の両目からとめどもなく涙が溢れた。ぽろぽろと頬をつたい、膝に落ちる涙をおさえるように両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。

 

 「よく頑張ったね…綾瀬ちゃん。すごく頑張った」

 

 そんな綾瀬を祭はそっと抱き寄せた。

 綾瀬は祭の胸に縋り付き、恥ずかしさも忘れて大声で泣いた。

 

、、、、、、、、、、、

 

 どれ程の間そうして居ただろうかーー。

 目の下を腫らした綾瀬が顔を上げる。

 

 「ありがとう、祭…すごく楽になった」

 

 「よかった。さっきよりずっと綺麗な顔」

 

 「……ありがとう」

 

 綾瀬は祭の体温を感じながら、細い身体に身を預ける。

 

 「…お礼を言うのはこっちの方だよ綾瀬ちゃん。今までずっと私たちを守ってくれていて、ーーありがとう」

 

 「ーーうん」

 

 二人は笑い合い、綾瀬は悲しみを受け止めてくれた少女に深く感謝した。

 

 ーーそう戦いはまだ続いている。

 

 まだ自分には、恩人がくれた“エンドレイヴ”という脚がある。

 彼女のような人達を守る為のチカラ。

 

 今までの戦いと、涯の死が無駄では無い事を証明するためにも、落ち込んでばかりではいられない。

 

 集や謎の多いダンテにばかり、任せてなどいられない。

 

 ーー私に脚を残してくれた涯のためにも、なんとしてもこの子達を守り通そう。 

 

  ーーー私自身のチカラでーーー

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「こんな状況でお祭りとか、どうかしてる」

 

 頭にまでばい菌に侵されてるのではないかと、ダリルは通信機が内蔵された眼鏡の位置を弄りながら思った。

 

 慣れない眼鏡とウィッグの位置を整え、舌打ちをした。

 こんな学校など今すぐにでも破壊してやりたい所だが、直接手を下してはいけないと嘘界に釘を刺されている。

 

 忌々しいが今回の任務は潜入調査だ。

 

 「なんで僕がこんなこと……」

 

 女子生徒達の甲高い笑い声に気を取られ、曲がり角から出て来た目一杯荷物を抱えた少女に気付くのが遅れた。

 

 「ーーいった!!」

 

 「わっ!?ーーとっと」

 

 ダリルは少女の抱えるダンボール箱に激突してひっくり返る。少女も後ろによろめくがなんとか持ち直す。

 

 「いったいな!」

 

 「ごめんごめん。君、大丈夫だった?」

 

 「怪我したらどうすんのさ。気を付けろよな!!」

 

 ダリルは猫耳のカチューシャをつけた黒髪の少女を睨む。

 

 「ホントにごめんね?でもちょうど良かった」

 

 「はぁ?何がだーー」

 

 ダリルが言い終わらない内に、少女は「はい」と荷物を投げる勢いで手渡して来た。

 

 「おい!ーー馬鹿!ーーやめっ!ーーやめろって!!」

 

 ダリルの抗議を無視して、少女は次々にダンボールを積み上げる。

 2、3箱積み上げた所でダリルは苦しそうな表情を浮かべた。

 

 「聞けよ!なんで僕がこんなことしなくちゃならないんだよ!」

 

 「力ないねー。君、頼りないって言われない?」

 

 その様子を見て少女は呆れ顔を浮かべる。

 

 「ーーっだとコノ!」

 

 ダリルは怒鳴り散らそうとしたが、少女はさっさと残りの数箱を抱えて駆けていった。

 

 「ほらほら早く早く!頼り甲斐の見せどころよ」

 

 「ーーこの女ぁ…、待てよおい!!」

 

 跳ねるように駆けていく少女に苛立ちを募らせながら、ダリルは少女のあとを追いかけて行った。

 

 

 

 

 しばらく全力で走って、ようやく少女が荷物を下ろすのを見てダリルは崩れる様に荷物を下ろした。

 

 「やれば出来るじゃない!」

 

 「あ…当たり前だろ…。

ーーこれくらい、なんでもないさ!」

 

 息を切らしながらダリルは柱にもたれ掛かる。

 

 「ありがとねん。もやしっ子」

 

 「それが人を手伝わせた奴の態度か!!この《ちんちくりん》!!」

 

 しかし少女は完全にダリルを無視して、別の生徒に手を振っていた。

 ダリルは《ちんちくりん》の視線の先を見る。

 

 「おーい集。こっちは終わったよ」

 

 (『桜満集』!?)

 

 駆け寄って来た男子生徒は見覚えのある顔だった。

 

 「ツグミお疲れさま。ーーこの人は?」

 

 (っ!!ーーまずい!!)

 

 ダリルは咄嗟に集から顔をそらした。

 僅か半年程前、ダリルは集の手足を銃で撃ち抜いているのだ。

 

 自分ならそんな人間の顔も声も一生忘れない。

 

 「ツグミがごめんね。手伝ってくれてありがとう」

 

 「ーーいや、気にしなくていい」

 

 ダリルは声で悟られないように声を小さくして答えた。

 慣れない発声に少し咳き込んだ。

 

 「……君、何処かで会った?」

 

 「ーーっ!」

 

 ダリルの心臓が飛び出そうになる。

 集が自分の顔を覗き込もうとしている事に気付き、慌てて顔を背けた。一瞬見えた集の顔は疑念に満ちた顔だった。

 まだ確信は持っていないようだが、ダリルの事に気付くのは時間の問題だ。

 

 「……そんなに答えづらい質問だった?」

 

 先程とはあきらかに声のトーンが違った。言い方は朗らかではあったが低く鋭い声だった。

 ーー声を出せば確実にバレる。

 集が再びダリルの顔を見ようと、回り込もうとした。

 

 「ーーおりゃ」

 

 「うぐっ!?」

 

 その時ツグミの気の抜ける声と共に、ダリルの口の中に何かが突っ込まれた。

 口の中に甘い香りが広がる。

 

 「ほら食べた食べた」

 

 「〜〜っ!〜〜!!」

 

 言われるがまま、ダリルは口に放り込まれたクッキーを噛み砕き呑み込んだ。

 

 「何すんだこの《ちんちくりん》!!」

 

 「お駄賃よ。手伝ってくれたお礼」

 

 「こんなもんいるかよ!」

 

 ダリルが渡されたクッキーの袋をツグミに投げ返すと、ツグミは器用にキャッチし、また一つクッキーを取り出した。

 

 「人の好意はありがたく受け取りなさい!」

 

 「ふげっ!」

 

 間髪入れず、クッキーをダリルの口に詰め込んだ。

 ダリルは窒息しそうになり、堪らずその場を逃げ出した。

 

 「くそ、あんなのに付き合ってられるか…」

 

 涙目になった目下を拭い、ダリルは逃げて来た方向へ振り返る。

 ツグミは訳の分からない高笑いを上げていたが、集はまだ自分の方を見ていた。一瞬ギョッとしたが、追ってくる気配も呼び止める気配もない。

 何故か驚いたような顔でダリルを見ていた。

 

 「……?」

 

 不思議に思ったが、これ以上の面倒事はごめんだと思いすぐにその場を立ち去り、生徒達の中に紛れ込んだ。

 

 集達から距離を取り、握り込んでいたクッキーの包みを見た。

 捨ててやろうかと一瞬考えたが、包みから伝わる何処か懐かしい甘い香りに誘われる様に包みを開く。

 

 「………」

 

 ひとつ口に放り込む。出来立ての香ばしい香りが口の中で溶ける。

 

 「…あのちんちくりん、今度会ったら絶対泣かせてやる…」

 

 そう言いながらまたひとつ口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 




 みなさんこれから暖かくなっていく時期、寒暖差での体調不良に気を付けてくださいね。



手洗えよ。歯磨けよ。朝ごはん食べろよ。



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#43学園-③〜isolation〜

切りの良い所が分からなくて、また妙に長くなってしまった…。

あと、ひっそりとこのssと絵の練習のためのtwitterを開設したんですが、リンクって貼って良いのか…?

規約読んでも、なんかよく分からず。

教えてエロい人。



 バンッ!バンッ!と腹に響く空砲の炸裂音が青空で響き渡る。

 その下で大勢の生徒たちの活気に満ちた声が聞こえる。

 

 「こんな時にお祭だと?」

 

 その光景を男たちが双眼鏡で見ていた。

 

 「許せねぇよ。みんな食いモンに困ってんのに…」

 

 「だよな!!」

 

 無骨な体格の二人の男達が双眼鏡で学校を見ながら、自動小銃を血の気多く握りながらそんな事を話し合っていた。

 学校の出し物に使っている物は学校が蓄えていた物であり、彼らにとやかく言われる筋合いは無いのだが、しかし彼らはそんな事を気にしない。

 

 蓄えが多くある場所に狙いを付け、押し破っては平等に分ける事を主張して、従わない場合は実力行使。

 その場所の規模、人数、女子供が何人居ようと、多く資源があるならばその分をもっと多くの人間に平等に分けるというのが、彼らの主張だった。

 

 ようはただのならず者だが、彼らは自らを「青少年まごころ団」などと名乗り、自分達の行いを善良で正義だと信じ切っているからタチの悪い。

 

 男の一人が近付いてくる軍用車輌に気付くと、車は目の前に止まり、バンダナを巻いた筋骨隆々の男が出てきた。

 

 「待たせたな!」

 

 「どこで見つけたんだその車?」

 

 「車だけじゃないさ!」

 

 得意気に言う男の後ろの建物から、ゴーチェが姿を現した。

 

 「エンドレイヴ!?本物かよ!!」

 

 「どうしたんだよそれ!!」

 

 『もらった』

 

 「仮面を着けた紳士にな!いい奴だったぞ!」

 

 「……なんか怪しくないか?」

 

 男の一人がそう言うが、バンダナの男とエンドレイヴの操縦者は一切気にする様子はない。

 

 「それだけオレたちの活動が支持されてるって事だろ!ーーさあ行こうぜ!!」

 

 バンダナの激励に男たちは雄叫びを上げた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 賑やかな祭囃子から少し離れてダンテ、レディ、集の三人は学校の屋上でトリッシュが来るのを待っていた。

 しばらく待っていると、空から雷鳴も無く金色の雷と共にいつもの黒いレザーの服装のトリッシュが現れた。

 

 「ーーお待たせ」

 

 大きな棺のような箱を担ぎながら、トリッシュはヒラヒラ手を振った。

 

 「あらいい匂い」

 

 「そっちはどうだ?アリウスに動きは?」

 

 「別に普通ね。向こうも様子見ってとこ?」

 

 トリッシュが集に気付くと、集の頭をワシワシと撫でた。

 

 「ーーハルカも元気よ。安心なさい」

 

 「……はい」

 

 レディがトリッシュが持って来た箱を開け、中のワクチンを確認した。

 

 「よくこんなに持ち出せたわね…」

 

 「ハルカはウイルスの研究者なんでしょ?その助手なら、いくらでも言い訳は立つわ」

 

 「ーーありがとうトリッシュさん。これだけあれば、備蓄が無くなってもしばらくは大丈夫だと思います」

 

 「それは良かったわ。でーーそっちはどうなの?」

 

 トリッシュは集と屋上の扉近くに立て掛けてあるアラストルを見る。

 

 「……あまり、上手く行ってるとは言えないです」

 

 「……本契約に移れそうには無いわね…」

 

 集の言葉からアラストルとの繋がりをすぐ把握して、トリッシュはため息をついた。

 

 「あの…それよりトリッシュさんは、ワクチン使ってます?」

 

 「ん?使ってないわ」

 

 「……発症の兆候は感じますか?」

 

 その言葉でトリッシュは集の考えが大体察したようだ。

 

 「……シュウ、先に答えておくけど、その考えは上手く行かないわ。言ったでしょ?余程の適性が無いと、デメリット無しで魔力は定着しない。かかる手間と比べて、得られる益は無いと思うわ」

 

 「……やっぱり、そうですよね…」

 

 「じゃ、これは生徒会室に運んどくわね」

 

 レディがワクチンの入った箱をよいしょと抱え上げ、屋上から去って行った。

 

 「トリッシュさん…そっちに茎道って奴は居る?」

 

 「…ええ、ハルカの上司よ。ーーそれが?」

 

 「父親の仇なんだとよ…」

 

 集は苛立ち髪を掻きながら、二人に背を向けた。

 

 「……真名姉さんは死んだ。はじまりの石ももう無い…!何でアイツは手を引かないんだ!!」

 

 「…おい、落ち着け」

 

 ダンテは集の肩を掴む。

 

 「…落ち着けないよ。ダンテなら分かるでしょ?」

 

 「…………」

 

 ダンテの手を振り解き、集は去って行った。

 ため息をついてダンテは置いてかれたアラストルを持ち上げ、刀身を見る。

 ダンテが触れた瞬間、汚れと刃こぼれが見える刀身が、一瞬で研いだように綺麗になった。

 

 「……世話の焼けるガキだ」

 

 アラストルを肩に担ぐと、トリッシュに向き直る。

 

 「って訳だ。アリウスの事は引き続き、ケイドウって奴の動向も探ってくれ」

 

 「………」

 

 「どうした?」

 

 「ダンテ…。この話、シュウに話すべきかは貴方が判断して…」

 

 「……なんだ?」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「綾ねえ、こんなとこにいた!」

 

 「ツグミ…」

 

 ほとんど人のいない広場で綾瀬は河を眺めていた。

 他の場所と違って少々派手な色のタイルが敷き詰められた、公園が意識された造りの広場だ。

 

 「探したよう。みんなの所に行こ?」

 

 「…ツグミ、ごめんね」

 

 「…へ?」

 

 「私…ツグミに当たり散らして、酷い事いっぱい言っちゃって」

 

 「急にどうしたの?」

 

 ツグミは屈み込んで綾瀬の顔を覗き込もうとした。

 その瞬間、「おりゃ」と可愛いらしい掛け声で、綾瀬はツグミを抱き締めた。

 

 「ちょちょっ、綾ねえ!?苦しいんだけど!」

 

 「へへ〜逃げられるものなら、逃げてみなさい」

 

 ガッチリ絡む腕をタップして、ツグミはジタバタ暴れる。

 しかし、しっかり手加減はされている為、苦しさは感じない。

 

 「あんたの事は私がしっかり守ってあげる」

 

 「おう…?」

 

 「あんただけじゃ無い…。この学校の皆には指一本だって触れさせないわ」

 

 「……綾ねえ、いつからそんなこっぱずかしいセリフを平気で吐けるようになったの?」

 

 ツグミは抱き締められたまま、変人を見る目で綾瀬の顔を見上げる。

 

 「なんだと〜〜このこの〜〜!!」

 

 「ムギュ〜!!やっぱり今日の綾ねえ変だよ〜〜!?」

 

 

 

 

 

 

 「あっ、しゅう!おかえり」

 

 舞台の裏に戻った集をルシアが手を振って出迎える。

 

 「ただいま…って、そのワンピースは?」

 

 ルシアの服装は黒いジャケットの下に、見慣れない薄紫のワンピースを着ていた。

 普段ズボンを好む彼女では珍しい服装だ。

 

 「“生地が余ったから”ってカノンに作ってもらった」

 

 「委員長に?」

 

 「…それで?」

 

 「“それで”って?」

 

 集の反応にルシアは深いため息を吐いて、腕組みした。

 ルシアの不機嫌そうな仕草に集はようやく何を言うべきか気付いた。

 

 「ーーあっ、似合ってるよルシア」

 

 それを聞いたルシアはふんと鼻から息を吐くと満足そうに頷き、腰に手を当てた。

 

 「ーーギリギリ合格です」

 

 「そ…そうなんだ、よかった。いのりは?」

 

 「シュウ?」

 

 そう尋ねた時、カーテンの隙間からいのりがひょこっと顔を出した。

 

 「………」

 

 いのりの姿を見た集は一瞬、まばたきも忘れて彼女に見惚れた。

 

 「………んっ」

 

 絶句する集の腰をルシアが肘で小突く。

 私の時と全然反応違うじゃないとでも言いたげな膨れっ面で、集を睨む。

 

 「ーーき…綺麗だ。いのり…」

 

 集もハッとして慌てて言葉を絞り出す。

 

 ルシアが着ているワンピースと素材は同じだが、薄紫のドレスの下に濃い紫色のシルクで作ったフリルや、豪華な花の飾りがあったりと違いがある。彼女の纏う静かな美しさの空気感に良く似合っていた。

 

 「ーーっほんと?……ありがとう」

 

 いのりの鼓動が早くなる。顔を赤く染め、それを隠すように顔を背けると横目で集を見る。

 

 「おーい桜満くん!」

 

 「わっ!」

 

 その時、花音の猫騙しで集は我に帰った。

 

 「な、何?委員長」

 

 「まだ見せたい物があるから…さっ!ーーて訳で早く出て来なさいよ祭!」

 

 カーテンの奥から祭が顔だけ出す。

 

 「だ…だって、いのりちゃんの後じゃ…」

 

 祭はチラチラと集を見ながら、羞恥で顔を真っ赤に染めている。

 

 「ーー自信持って。ハレもすごく似合ってるから…」

 

 「ほらライバルからもエールが来たよ!」

 

 「…う…う〜〜っ」

 

 祭はしばらく唸っていたが、ついに意を決してカーテンから全身を出した。ドレス姿の祭が立っていた。

 いのりの着る衣装と色合いは似ていたが、花の装飾やスカート部分の形状や襟元など、よく見れば別の物だと分かるデザインだ。

 

 「う〜、脚が見え過ぎじゃ…」

 

 いのりの衣装は膝下くらいまでのスカートの丈だが、祭は普段の制服より少し丈が短めだ。祭はそれを恥ずかしがって脚を隠そうとしている。

 

 「わ、私やっぱり無理だよ!この格好でみんなの前に出るなんて!」

 

 「大丈夫だって!もっと堂々としてなさい!ーーねっ?…桜満くん!」

 

 「ーーぇうっ!」

 

 なぜ祭もステージ衣装を着ているのかと、疑問に思った時、両脇からルシアと花音に肘で小突かれ、思わず声が漏れる。

 

 「に…似合ってるよハレ。何て言うか…いつもと雰囲気違うからビックリした」

 

 「ーー〜〜〜っ!あ…ありがとう」

 

 祭は普段褒められ慣れていない感じで、両手で真っ赤に熟れたリンゴのようになった顔を隠して背を向けてしまった。

 集もまさか三回連続で少女達の衣装を褒めるという、地味にプレッシャーが半端ない事をやって。疲れたやら恥ずかしいやらで、顔が熱くなる。

 

 「…シュウこれ」

 

 「?」

 

 いのりが髪を束ねる純白のリボンを見せて来た。

 そのリボンが何かはすぐ分かった。

 

 「ーーそれ夏祭りの時にあげた?」

 

 「…まだ余ってるからハレにもあげたい。いい?」

 

 「え?」

 

 「ーーうん、良いんじゃないかな」

 

 いのりが近くに置いてある机の側へ走って行き、置いてある小箱を持って祭のそばまで走って来た。

 

 「そんな…悪いよ!」

 

 「ルシアにもあげたから、平気…」

 

 祭がルシアの三つ編みの髪を束ねている物をよく見ると、確かにいのりが持っている物と同じ純白のリボンが結ばれている事に気付いた。

 

 「…決めたの…家族には、大切な人には、これを渡そうって…」

 

 いのりは鋏でリボンをロールから二本適当な長さで切って、祭に握らせた。

 

 「ーー御守り」

 

 「……いのりちゃん…うん、ありがとう。ーー大事にするね」

 

 「…うん」

 

 祭はリボンを胸に抱いた。

 二人はお互いに微笑み合った。

 

 「…うん、勇気出て来た。

ーー集、見ててね?絶対、ステージ成功させるから!」

 

 「……さっきまでの話でだいたい察しがついて来たけど、まさか祭もいのりとステージへ?」

 

 「そうだよ。はれ凄くうまいの」

 

 「この子、昔からカラオケ得意だったしね。今日まで秘密の猛特訓を積んで来たから、本番驚くわよ〜?」

 

 「ハードル上げないでよ、花音ちゃん!

あーやっぱり、心臓が痛いよ〜」

 

 「ハレなら大丈夫。自信持って…」

 

 楽しそうに話す四人の姿に、集は自然と頬が緩む。

 舞台に上がろうとする二人に声援を送ろうとした時、グランドから地面を震わす爆発音が鳴り響いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 いつの間にか眠っていたようだ。

 上体を起こし、目を擦っていると草を踏む音が聞こえた。

 

 「何だこんなとこに寝てると風邪を引くぞ?」

 

 父親の声に顔を上げる。

 

 (……あれ?)

 

 何か大事な事を忘れてる気がした。

 なぜか、今目の前に父親がいる事に強い違和感を感じる。

 

 「どうした?こっちに来ないのか?」

 

 「いや、行くよ」

 

 草原でシートを広げて、手招きする父親の横に座る。

 すると父親はバスケットを開けて、中のサンドイッチを差し出して来た。

 

 「ほら食べなさい。今日は自信作だぞ」

 

 父親に言われるがままサンドイッチに手を伸ばして、口に運ぶ。

 それを見て嬉しそうに父親は笑う。

 

 「美味いか?」

 

 「…うん。美味しいよパパ」

 

 父はニコニコと微笑んで、食べている自分の事を見守る。

 

 「パパも食べなよ」

 

 気恥ずかしくなって来て、そう促してみた。

 

 「パパは食べられないんだよ」

 

 その時、パタタとシートの上に水が落ちる音が聞こえた。

 雨かと思い上を見上げるが、空には雲ひとつ無い。

 

 「…?」

 

 不思議に思いながらバスケットに手を伸ばした時、サンドイッチの上に赤い粘度のある水滴が落ちた。

 

 「!?」

 

 見飽きる程見て来たその真っ赤で鉄臭い水に、一瞬ダリルの思考が停止する。眼を上げて、サンドイッチを血で汚す父親を見た。

 顔から身体中から血を流し、真っ赤な水溜りを広げる父は、先程と変わらない優しい微笑みをダリルに向けていた。

 

 「ーーひっ」

 

 それが余計に異常性を引き立てていた。

 父から迫って来る血溜まりから逃れようと、後退りした。

 

 そこで自分が立っている場所が草原から、空港の管制塔の中に変わっていた。

 

 「…パパはな…お前がグチャグチャにして殺したから、もう…ランチ食べられないんだ…」

 

 「来るな…来るな!!」

 

 肉片をボロボロ崩しながら、ゾンビ映画のようにダリルに手を伸ばして迫って来る。

 

 「ーーっ!!?」

 

 ゴポゴポと喉から血の泡を垂れ流し、あと一歩でダリルに触れる直前で崩れ落ち、バラバラの肉片に変わった。

 そこにはエンドレイヴで父親を撃った時と同じ情景が広がっていた。

 

 ダリルはただ絶句して血溜まりを眺めていた。

 

 ーーゴポーー

 

 またあの音が聞こえた。

 管制塔の機材の影から、床から、天井から、何人も人影が立ち上がっている事に気付いた。バンバンとたくさんの人間が窓を叩く音も聞こえる。

 

 (ーーああ、こいつらは…全部僕が…ーー)

 

 

 腕が折れるかと思う程の力で誰かに掴まれる痛みを感じた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ーーっ!?」

 

 ズボンのポケットに入れた携帯の振動でダリルは跳ね起きた。

 

 「ゆ…夢…?」

 

 悪夢から戻れた事にホッとした直後、寝汗でぐっしょり濡れた服に不快感を感じた。人気のない場所を探して、ベンチに座って一休みしていたのだが、寝心地の悪い場所で寝るものではないと後悔しながら、携帯に出た。

 

 「はい」

 

 『ーーお休みところ申し訳ありません。少し状況が変わりました』

 

 「何かあったんですか?」

 

 嘘界にそう尋ねた時、露店のあるグラウンドから爆発音が鳴り響いた。近くの窓ガラスが振動で震える。

 

 『ならず者達が襲撃して来ました』

 

 「迎撃すれば良いですか?」

 

 『いえ、放置で構いません。しかし、記録はお願いします』

 

 「……桜満集の…ですか?」

 

 通信機越しだというのに、ダリルには嘘界のあの薄気味悪い笑みが見える気がした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ヒャハハハーーー!!」

 

 「浮かれたガキ共に世間の厳しさを教えてやるよ!!」

 

 爆走する車の上で銃を乱射しながらバンダナの男が下品に笑う。

 

 生徒達は悲鳴を上げながら、逃げ惑う。

 そうこれが最高なんだ。圧倒的なチカラで人々を黙らせるこの快感。

 もっと無様に転がり回れ。

 

 「ーーおい、なんだアイツ?」

 

 「ーーあ?」

 

 運転席のスキンヘッドが正面を見て声を上げた。

 前を見てみると、紅いレザーコートに銀髪の異様な男が立っていた。男は銃を見ても、爆走する軍用車両を見ても微動だにしない。

 

 「轢いちまえ!」

 

 「おうよ!」

 

 流石に自分目掛けて走って来る車を見れば、逃げ回るだろう。スカした顔をした奴が滑稽な姿を存分に笑ってやろう。

 バンダナの男はそう考えていた。

 

 「ーーなんだコイツ!逃げようとしねぇ!?」

 

 目の前に迫っても、男はニヒルに笑いながら自分達を見据えていた。

 ーー次の瞬間、男達に予想だにしない出来事が起こった。

 

 ダンテは背中からリベリオンを抜くと、地面に突き刺した。

 車が剣に衝突すると、バンパーがひん曲がり、フロントガラスもヘッドライトも粉々に弾け飛んだ。車は完全に停止し、ただのガラクタと化した。

 

 「ーー無粋な野郎共もいたもんだ」

 

 ダンテは急停止の拍子に外に転がり落ちたバンダナの男に、視線を向けた。

 

 「ーーくそっお!!」

 

 車から投げ出されたというのに、男は軽傷のようだ。

 伊達に身体を鍛えてる訳ではないということだろう。しかし、ダンテにとっては微々たる差に過ぎない。

 

 「くたばれえ!!」

 

 唾を撒き散らしながら、男が叫び自動小銃をダンテに向けて乱射した。ダンテは退屈そうにリベリオンで弾を全て叩き落とすと、地面を蹴り上げた。

 

 「ーーぐっ、ギャアアアアアア」

 

 蹴り上げられた土の塊が、男の指をへし折った。

 銃を落とした事に気付いた男が、拾い上げようとするが、その鼻先に銃口が突き付けられた。

 

 「まだ遊び足りないか、ヤンチャが過ぎるぜーージョック?」

 

 「ひっ…ぃいい!?」

 

 バンダナは涙目になって両手を上に上げた。

 

 『このっ!なんだってんだよおお!!』

 

 その横から、ゴーチェがダンテに向けて殴り掛かって来た。

 ダンテは鼻で笑うと、再び背中の剣に手をーーー

 

 『ーーアンタは引っ込んでなさい!!』

 

 その時、ダンテとバンダナを飛び越えて、シュタイナーがゴーチェの前に躍り出ると、ゴーチェを蹴り飛ばした。

 

 『ぐあ!?』

 

 ゴーチェは派手に土を巻き上げながら、地面に転がった。

 

 『私だけで十分よ』

 

 「ーーはっ、ならお言葉に甘えるとしよう…。おい、そこのダサいバンダナ野郎」

 

 「は…ハイぃッ!」

 

 バンダナの男は冷や汗をダラダラ流しながら、ピンッと足と手を揃えて気をつけする。

 

 「テメェの仲間引き摺り出す。ーー手伝うよなぁ?」

 

 「っもももーーもちろんです!!」

 

 ダンテは男の答えを待たず、歪んだ車のドアを引っぺがした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「あれは…“シュタイナー”…?」

 

 ダリルは白い機体のエンドレイヴを見て、思わず身を乗り出した。

 葬儀社との交戦中なぜか気を失ってしまい、鹵獲され、更には自分まで身代金を引き換えにした捕虜となった。忌まわしい思い出が溢れ出る。同時に当時の屈辱と怒りを思い出し、拳を握る力が強くなる。

 

 「ーーふざけるな。あの機体は僕の物だぞ…なに好き勝手してるんだ」

 

 奥歯を食いしばり、怒りが溢れ出る。あの機体の一挙手一投足が自分のプライドを踏み汚される気がする。

 

 もう黙って見てるなんて堪えられない。例え軍法会議に掛けられようが知った事ではない。我が物顔のテロリスト共に思い知らせてやろう。

 

 

  ーー“皆殺しのダリル”をーー

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『ちくしょう!なんだってんだよその機体!!』

 

 突き付けられた銃口に、綾瀬はダガーを突き刺した。

 銃身が破裂し、その爆発に巻き込まれる前にダガーを引き抜き、ゴーチェの顔面に拳を叩き付けた。

 

 『いでえええええ!ちくしょう!ちくしょう!』

 

 (涯が残してくれた力…私だけの力!)

 

 『アンタなんかに負けるわけないでしょ!』

 

 拳を中心にゴーチェの頭部に亀裂が入る。地面に豪快に叩き付けられ、ゴーチェの巨体が地面をバウンドする。

 ゴーチェの操縦者が短い呻き声を上げると、そのまま動かなくなった。

 

 おそらく操縦者は痛みのフィードバックにたえ切れず、気を失ったのだろう。

 

 『綾ねえ!まだひとつ反応がーー!!』

 

後でツグミに探させようと考えた時、土煙からもう一体のゴーチェが襲いかかって来た。

 

 『まだいたの!?』

 

 ゴーチェのダガーを自分のダガーで受け止め、綾瀬はゴーチェを見据えた。

 身のこなしで先程の操縦者とは比較にならない相手だと、瞬時に察した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なにをやってるんだダリル少尉!!」

 

 ローワンが搭乗装置に入ったダリルに声を上げる。

 

 『黙れローワン!これが僕なんだ!!ーーテロリストを野放しにしたら、“皆殺しのダリル”の名折れだ!!』

 

 「ーーダリル…」

 

 『切断してみろ。もし切断したら…あんたを殺すぞローワン!!』

 

 「ーーっ!」

 

 説得を諦めたローワンは“緊急切断(ベイルアウト)“の装置に手を伸ばそうとした。

 しかし、その腕を別の人物が掴んだ。

 

 「ーー嘘界局長…」

 

 「やらせてあげましょう。こんな事はあろうかと、型番は削ってあります。もし問題があっても、テロリスト同士の小競り合いという事にしとけばいいでしょう。ーーただ生徒たちは殺さないで下さいね。ダリル少尉」

 

 「…本気ですか?」

 

 「我々に怒りが向くよりマシでしょう?」

 

 ローワンには嘘界が明らかにこの状況を楽しんでいるようにしか見えなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『くっ!ーーこの動き…素人じゃない!』

 

 ゴーチェのスペックを感じさせない戦闘能力に、綾瀬は苦戦を強いられた。

 

 『集中しろよ!まだまだやり返し足りないんだからさぁ!!』

 

 ゴーチェの外部スピーカーを含めた音声は全て遮断されているため、綾瀬にダリルの声が届かない。しかし、綾瀬にはダリルからの殺気を敏感に感じ取っていた。

 

 『ヘッピリ腰で僕に勝てると思ってるの!?』

 

 シュタイナーを足払いしバランスを崩した瞬間に、ダリルは綾瀬に組み付いた。

 ゼロ距離にライフルを突き付け、ダリルは引き裂いたような笑みを浮かべた。

 

 『ーーっ!!』

 

 「やった!これでーーー」

 

 

 

 ーーーどうなるって言うんだ…?

 なぜシュタイナーを見た瞬間、あんなに怒りが沸いたのだろう?

 

 …そうだ初めてのプレゼントだったからだ。

 父からの…。嬉しかった。実用前の最先端機を貰った時、期待されてると思った。忙しいながら、会えなくてもちゃんと愛されてるんだと思った。

 

 結局は幻想だった。気のせいだった。

 ただ厄介払いされていただけ…。その事実を知ったから撃った。

 

 ーーそう撃った。この指で引き金を引いた…。

 

 

 

 ダリルの動きが止まったのは、コンマ1秒にも満たない短い時間だった。しかし、その隙を綾瀬は見逃さなかった。

 

 自分に向けられた銃口を叩いてそらした。発射された銃弾は何もない地面を穿ち、土を巻き上げた。

 

 『ーーはっ!ちぃ!』

 

 避けられた事にまたコンマ1秒気付くのが遅れ、再び綾瀬に反撃を許す。

 綾瀬は銃とダリルを蹴り飛ばし距離を取ると、お返しとばかりに銃を撃ちまくった。

 

 『ーーぐっ!!舐めるなぁ!!』

 

 ダリルは腕で頭部を庇い銃弾を防ぐと、ダガーを射出して綾瀬から銃を叩き落とした。

 

 『きゃっ!?』

 

 綾瀬は短く悲鳴を上げたが、すぐに銃を拾おうとはせずに油断無くダリルの様子を伺った。

 ウエスタンのガンマンの様にお互いの出方を伺って、距離を取る。

 

 その時、二人からやや離れた場所から火の手が上がった。

 

 初めは露店のコンロにでも引火したのかと、気にも止めていなかったが違う。

 

 『ーーあっ…つ!!』

 

 声を上げたのは、先程綾瀬が倒したゴーチェだ。

 

 『ーーあっ?なんだ?』

 

 最初に異変を感じたのはダリルだった。

 綾瀬も異変に気付き、そちらへ視線を向ける。

 

 『ーーあっつ!熱い!!?熱い!??痛い!!痛い!!痛いあああああああ!?!!??』

 

 ゴーチェの操縦者の声が聞くに堪えない絶叫に変わる。

 

 『なんなの…』

 

 内側から燃えるゴーチェに、ただ言葉も出ず見守った。

 その内、ゴーチェの胸部パーツが大きく膨れ上がり、破裂した。

 

 大きな火柱が上がり、その中から牛の頭が見えた。

 

 『悪魔…?』

 

 『ーーブオオオオオオオオオオ』

 

 黒焦げの残骸となったゴーチェを踏み潰し、牛の頭と四肢に炎を纏う悪魔、『フュリアタウルス』が雄叫びを上げる。

 ギリシャ神話で有名なミノタウロスを思わせる外見だが、炎上する身体に加え、10メートルを超える巨躯はそれを上回る脅威だと説得するに十分だった。

 

 「おいっ、お嬢ちゃん!ーー交代するか?」

 

 『ーー!!』

 

 ダンテの声で綾瀬は我に返った。

 

 『……いい、手を出さないで!』

 

 「そうかい、まあ…好きにしな」

 

 ダンテは鼻で笑いながら一歩下がり、腕を組んで生徒達と一緒に観戦の姿勢になる。

 綾瀬は悪魔に向き直る。

 

 しかし、悪魔の存在をあくまで“生物兵器”と認識していたダリルは人間の身体に牛の頭の炎を纏った巨人という、御伽噺の怪物としか思えないような外見の悪魔にただ絶句した。

 

 フュリアタウルスは炎を掴むと、そこから巨大な槌を引き抜いた。

 

 『…面白いじゃない…』

 

 綾瀬がダガーを腕部から出すと、フュリアタウルスは雄叫びを上げて槌を地面に叩き付けた。

 そこを中心に熱風を伴う衝撃波が辺りに広がった。

 土を巻き上げ、テントは炎上して舞い飛んだ。

 

 『ーーヤバそうだな。…そろそろ潮時か…』

 

 怪物の横槍ですっかり殺意が萎えたダリルは、舌打ちしてその場を離れようとした。

 脱出ルートを考えながら、舞い落ちるテントを目で追っていると、その落下地点の物陰に、人影が僅かに覗いているのが見えた。

 

 『あれは…』

 

 身体の大部分は階段の後ろに隠れて見えないが、長い黒髪と猫耳や服装に覚えがあった。

 

 (“チンチクリン”?ーー何やってんだあんな所で…)

 

 少女は何か作業に熱中していて、真上から落ちてくるテントの残骸に気付いていない。

 

 『ーーおい!!』

 

 外部スピーカーは切っているのも忘れ、ダリルは思わず少女に向かって叫んだ。

 

 『ーーのっ、バカ!!』

 

 ダリルは熱風を掻き分け、少女の方へ向かった。

 

 

 

 

 『逃げて、ツグミ!!』

 

 「え?」

 

 サポートしている綾瀬の声でツグミはようやく、自分に覆うように落下して来るテントに気付いた。

 

 「わわっあわわわ!!」

 

 慌てて逃げようとしたが、もう遅かった。一歩踏み出す事すらままならず、目前に迫ったテントを呆然と見つめた。

 

 (ーーあっ、死んだわこれ…)

 

 涯が死んだ時以上に、ツグミはその事実を受け入れた。

 

 『ーーツグミ!!』

 

 綾瀬の絶叫はテントの瓦礫の落下音にかき消された。

 

 「……あれ?生き…てる?」

 

 不思議に思って上を見上げると、エンドレイヴの巨体が自分に覆い被さっていた。一瞬、綾瀬のシュタイナーかと思ったが違った。

 

 「ーー…ゴーチェ…?」

 

 なぜ?と思ったが、ツグミ以上に困惑していたのはダリルだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 なぜこの鬱陶しい女を助けたのか、自分の無意識な行動が理解できなかった。

 

 『ーー後ろ!!』

 

 「ーーっ!!」

 

 ツグミの声で真後ろに立つ牛頭の影に気付いた。

 エンドレイヴを凌ぐ巨腕がゴーチェの腕を掴み、凄まじい力で引っちぎろうとした。

 

 「ーーぁっーーーあぁっ!?」

 

 「ーーダリル!!」

 

 ダリルは声にならない声を上げて苦痛に悶えた。

 ローワンは咄嗟に緊急切断の装置を起動させ、ゴーチェから切り離した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 『ーーブゥルオオオオオオオ!!』

 

 直後、悪魔がゴーチェの腕を引き千切り、動かなくなった胴体を地面に叩き付け踏み潰した。

 

 『ツグミ!大丈夫!?』

 

 『う…うん、もう平気!生徒会室…綾ねえのとこ行くね!』

 

 ゴーチェをひとしきり破壊すると、フュリアタウルスは燃える吐息を吹きながら、牛の頭を綾瀬の方へ憤怒に満ちた眼を向けた。

 

 『っ!ーー…来るなら来なさい…!』

 

 綾瀬の挑発に応えるように、牛頭は咆哮を上げて突進する。

 咄嗟に地面に落ちた銃を拾うと、牛頭に向けて発砲した。しかし、牛頭は突進しながら自分の槌を盾に顔(正確には眼)を守り、一切スピードを緩めないまま接近し槌を振り下ろした。

 綾瀬は槌を躱す。槌が地面に叩き付けられると、熱風と共に地面が砕けた。

 

 『くらいなさい!!』

 

 牛頭に再度銃を乱射するが、牛頭は地面を砕いた槌を綾瀬に投げ付けて来た。

 至近距離の上、牛頭の突進以上の速さで飛んで来た槌にまともな回避など出来るはずも無く、左胸部に槌が直撃した。

 

 『ーーきゃあッ!?』

 

 そのダメージがフィードバックされ、胸部を鈍い痛みを襲った。

 牛頭は綾瀬に突進し、巨体をシュタイナーに打ち付けた。

 

 『ーーうっ!?』

 

 綾瀬は地面に押し倒され、牛頭に踏み付けられる。

 牛頭はそのまま叩き潰そうと槌を振り下ろす。綾瀬は目を閉じること無くその光景を見ていた。

 スローモーションのように槌が迫る。

 この状況の打開と逆転の手を考えようとすら思わなかった。それだけこの悪魔のパワーは圧倒的だった。

 

 (ーー涯っ!!)

 

 『綾ねえ!!』

 

 自分が見てる光景はツグミもきっとモニターで見ている。

 きっと今頃は『緊急切断』のアイコンに手を伸ばしている筈だ。

 

 (涯っ…ーー結局、私は役に立てなかーー…)

 

 目筋から一雫の涙が頬を伝った。

 

 

バギイィンッ

 

 耳をつん裂く金属音と共に、もう見慣れた銀色の剣が槌を阻んでいた。

 

 『…集…っ!』

 

 「はあっ!!」

 

 集はいのりの剣で思い切り槌を押し返した。

 

 『ーーブルゥ…!』

 

 牛頭は矮小な身長の人間に押された事に一瞬驚いたが、すぐに怒りの雄叫びと共に集に襲い掛かった。

 地面を抉り、空気を焼く牛頭の猛攻を躱しつつ、集も負けじと牛頭の懐に潜り込もうとした。

 

 「ーーだめよ!!」

 

 「ーーっ!」

 

 ダンテの隣に立つレディの怒鳴り声で、集は咄嗟に後ろに飛び退き、牛頭の火炎の吐息(ブレス)から逃れた。

 

 『………』

 

 サイズ差から来る危うさは感じるが、ほぼ互角に渡り合っていた。

 綾瀬はまた胸を締め付けられる気分になった。

 

 集には悪魔と互角に戦える力がある。いのりには歌がある。

 …なら自分には?涯を死なせて、無様に生き残った自分には何が残ってる?大見栄切って化け物に戦いを挑んで、あっさり返り討ちにあって、涯が残してくれた命もエンドレイヴも役に立てなかった。

 

 もはや嫉妬心すらわかない。

 

 

 (……私って…生きてる意味あるのかな?)

 

 

 「ーーっぶはあ!!」

 

 牛頭の炎から逃れた集が炎を吸わないためにと、止めていた呼吸を吐き出す。

 

 ーー目が合った。

 途端に悔しさや恥ずかしさを押し流すように、恐怖心が湧き上がって来た。

 

 「ーー綾瀬!」

 

 怖い。その先の言葉を聞くのが怖い。

 優しい彼の事だ。戦えずに地に伏せる自分をむざむざ戦場に放置しておく筈がない。

 

 「綾瀬っ、早くーー」

 

 『ーーやめてっ!!』

 

 「っーー!?」

 

 油断無く牛頭の動きを伺っていた集が、突然悲痛な叫びを上げた綾瀬に思わず振り返った。

 

 『ーーお願い…、私を切断しないで』

 

 「…綾瀬…」

 

 『遠ざけないで…。逃げたくないの!盾にしてくれたっていい!私を”怠け者“にしないで!!』

 

 「ーー綾瀬っ」

 

 『…涯は私に脚をくれたの…誰よりも速くて、何処までも行ける脚を……』

 

 集は牛頭が槌を振りかぶっている事に気付き、素早く振り返り槌を受け止めた。まともに食らえば、集の身体など一撃で粉砕されてしまうのは想像に難くない。

 

 「ーー…ぐっ!!」

 

 牛頭の怪力で集の足が地面にめり込む。

 

 「ーー立ってくれ!」

 

 『ーーっ!』

 

 「さっきはそれを言いたかったんだ。綾瀬…君はまだ立てる!」

 

 『集…っ』

 

 綾瀬は顔を上げ、集の背中を見上げる。

 火花を散らしながら牛頭の槌を受け止める背中が、戦場を前に臆せず進み続けた涯の後ろ姿がダブって見えた。

 

 「…涯が…死んだのは、僕のせいなんだ。ーー僕がこの剣で涯を刺した……」

 

 『ーーえっ?』

 

 一瞬、困惑した。ーーどういう事かと思った。

 しかし、集の表情は相手からの攻撃による苛烈さ以上に、今にも泣き出しそうな顔だった。

 辛そうに歯を食いしばり、悔しさと悲しみで表情を歪ませていた。

 

 ーーそれを見れば、なにかあったんだろうという事くらい分かる。そうせざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだと。

 

 「ーーが…いは…涯は、僕が殺した!」

 

 涙を流しながら罪を告白する集を、綾瀬は不思議と責める気になれなかった。

 ーーむしろ少し心の何処かで安堵した。自分が感じていた悔しさや、悲しさと罪悪感で苦しんでいたのは自分だけじゃなかったのだと…。

 

 「おおおおおおっ!!」

 

 『ゴォッ!?』

 

 いのりの剣に銀色の光が収束し、凄まじい衝撃波を放つ。

 牛頭は槌ごと弾かれ、数歩後ろにのけぞった。

 

 「ーーけど、綾瀬は祭達を悪魔から守ってくれた!」

 

 『…………』

 

 「ーー僕だって何度も綾瀬に助けられた!!君は…自分で思ってる以上の強さを持ってる!!」

 

 集は綾瀬に手を差し伸べる。涙で輪郭はボヤけていてもはっきり見えた。

 

 「だから、一緒に戦ってくれ!!ーー綾瀬が必要なんだ!!綾瀬じゃなきゃダメなんだ!!」

 

 頼りなく、心を刺すような熱も生まれない。

 子供の駄々のような、愛の告白にも似た酷く利己的な文句。

 ーーそれでも、綾瀬の背を押す何かがあった。

 必要とされた喜び以上の心の疼きが、綾瀬の手を集の手へ導く。

 

 ーーもうすぐ自分の指が集の指に触れそうだと思った時、ーー

 

 シュタイナーが地面を掴み、綾瀬はようやくシュタイナー越しのカメラで集の姿を見ていたことを思い出した。

 すっかり目の前の集本人の手を掴む気でいた綾瀬は、気恥ずかしさで顔が熱くなる。

 

 『…まったく、耳もとでうるさいのよ…アンタは』

 

 それを誤魔化す様に平静を保って言うが、真横からツグミの妙にテンションの高い「ヒュー!ヒュー!」という冷やかしの声が聞こえる。

 どう口止めするか考えていると、既に牛頭が次の行動に移っている事に気付いた。

 

 槌を真上に掲げて、円を描くように振り回している。

 周囲の風がその槌と牛頭を包み、炎上して行く。風は炎の竜巻に変わって行き、徐々に巨大に広がって行く。

 放置すればこの学校は丸ごと更地になる事は間違いないだろう。

 あんな熱風の渦に触れれば、半魔人化の集だって無事では済まない。

 

 「…行くよ、綾瀬!」

 

 『ええ!』

 

 再びいのりの剣と集の身体に銀色の光が集まって来る。

 集は躊躇いなく竜巻に向かって熱風の中に飛び込んだ。

 

 「らああああああっ!」

 

 集はそのまま剣を下げ、地面をスプーンのように抉り取って持ち上げた。

 

 「ーーっだあぁ!!」

 

 それを竜巻に向けて投げ付けた。

 投げ付けられた大量の土の塊りが竜巻にぶつかった瞬間、集は土の中に飛び込んだ。

 

 『ーーガゴォ!?』

 

 竜巻の中に飛び込んだ集はそのまま牛頭の右脚を切断した。

 切断面から赤く燃える血を吹き出して牛頭は大きくバランスを崩し、同時に竜巻も消失した。

 

 『ブガアアアアアアッ!!』

 

 牛頭は激昂し残った片足で地面を蹴ると、あっと言う間に集を肉薄した。

 

 「ーー綾瀬!!」

 

 槌を振り上げ、集を叩き潰そうとする牛頭の真上からシュタイナーが校舎の壁を蹴って突進した。

 

 『ーーやあっ!!』

 

 牛頭の背中にダガーを突き刺す。

 鈍い音と共に牛頭は鼓膜を裂くような絶叫を上げた。

 だが、まだ牛頭は倒れない。燃える血を吐きながら、片足でしっかりとブレ無く身体を支えた。

 

 しかし、その目の前に剣を構える集の姿があった。

 その瞬間、牛頭は本能的に自身の敗北を悟った。だが、座して敗北を受け入れようとはしなかった。

 

 『ゴルオオオオオオオオ!!』

 

 「ーーおおおおおおおお!!」

 

 お互いの咆哮がぶつかり合う。

 集は牛頭の巨大な(こぶし)を紙一重で躱し、左肩から袈裟斬りで斬り裂いた。

 

 『ガアアアアーー』

 

 傷口から燃える血を噴き出し。

 牛頭は大きく息を吐くと、そのまま絶命した。

 

 牛頭の赤く発熱した身体は白く変色し、白い煙を発して彫像の様に佇んでいる。シュタイナーが背中からダガーを抜くと、そこから脆い炭に変わって崩れ落ちていった。

 

 「……はぁ…はぁ…」

 

 集はその様子を見守ると、立ち上がって他に悪魔が居ないか周囲を見回すが、敵の気配は何処にもない。

 

 その時、呆然と様子を見守っていた生地達からパラパラと拍手が起こり、やがて戸惑いながらもだんだん拍手は大きくなっていた。

 

 「………」

 

 『………』

 

 集と綾瀬は顔を見合わせ、照れと達成感が混ざった笑みを向け合った。

 

 「なんとかなったわね…」

 

 「…そうだな。かなり危なっかしいがな」

 

 そう言ってダンテは剣を背中に戻した。それを見てレディが皮肉を込めて笑う。

 

 「…アンタにしてはよく我慢したもんだわ」

 

 「あんな雑魚叩きのめしたところで、中途半端過ぎて逆に腹減っちまうぜ」

 

 「少しは大人になったじゃない」

 

 「うるせえ…」

 

 遠くで身長差のあり過ぎるハイタッチをする、集とシュタイナーを見つめる。

 

 「……成長を見守る…か。ーー楽じゃねえな、どうも…」

 

 そう言ってダンテの人生上、一番デカいとすら思える程のため息をついた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 『EGOIST』のライブは何事も無く進んで行った。

 最初はいのりがソロで曲を歌い、次はいのりと祭がデュエットで新曲を歌っている。少女達の澄み渡るような歌声が夜の学校に響き渡る。

 

 「ねえ…集…」

 

 「ん?」

 

 生徒達の最後列に立つ二人は疲れからか、拳を振り上げて盛り上がる生徒達と違って二人は静かにライブを見守った。

 

 「……私…聞かないわ。なんで、あなたが涯を刺す事になったのか…」

 

 「………」

 

 「気にはなるけど、集だって思い出したくないでしょ?…何よりあなたの事を信じてるから」

 

 「……ありがとう」

 

 優しい微笑みを向ける綾瀬に、集は心の底から感謝した。

 

 歌い始めはガチガチに緊張していた祭も、いのりのリードもあって曲が進むにつれふっ切れたようで、十二分のパフォーマンスで無事に歌い切った。

 

 「そうだ。綾瀬、これ…」

 

 「え?」

 

 生徒達からの惜しみ無い拍手が収まった時、集から差し出されたのは、純白のリボンだった。

 よく見ると集の袖の下に同じ物が手首に巻かれているのが見えた。

 

 「…いのりから渡して欲しいって頼まれたんだ」

 

 「あの子が…?」

 

 「いのりだって心配なんだよ…。綾瀬の事」

 

 「……そう」

 

 綾瀬はリボンを受け取ると、しばらくじっとそれを見つめる。

 

 「……それと…あの事はいのりに黙っててあげる」

 

 「?…なんのこと?」

 

 「あ……あれよ“綾瀬じゃなきゃ、ダメなんだ”ってやつ…」

 

 「……………っ!ーーいやいやいや!!」

 

 少し間があって、集が顔を真っ赤にしてブンブン手を振った。

 

 「あ、あれは誤解と言うか…!言葉のアヤと言うか…!」

 

 「ぷっ、あははは!冗談よ。なに本気にしてるの」

 

 「か…勘弁してよ」

 

 綾瀬は笑うのをやめて、赤い顔のまま文句を言う集をじっと見つめる。

 

 「な…なに?」

 

 集はまた、からかわれるのかと警戒する。

 

 「ーー涯の事はまだ割り切れない所もあるけど、私は私の出来ることを精一杯やってみる」

 

 「……うん」

 

 「ありがとうね、ーー集」

 

 集が初めて見るかもしれない、彼女の年相応の無邪気で可愛らしい笑顔に、集も優しく微笑み返した。

 

 「みんな〜!!ちょっと聞いてくれ!!」

 

 ライブが終わり帰ろうとしていた生徒達は、壇上からの颯太の声に再び集まって来た。

 

 「テレビが映るようになったてさ!!」

 

 これで情報の飢えから解放される。ステージ前にいない生徒達も気付いて、携帯を操作している。

 世界がどうなっているか、壁の外の状況を誰もが知りたがっている。

 

 「今からステージのスクリーンに出す!ーーおい、まだか?」

 

 「慌てなさんなって」

 

 颯太はステージ脇のツグミを急かす。

 ツグミは立体端末を操作し、トンッとエンターキーを押した。

 暗かった画面に演説台に立つ男の顔が映し出される。

 

 「ーーっ!!」

 

 「ーー茎道修一郎!!」

 

 威圧感を感じさせる重い空気の中、茎道が口を開く。

 

 『ーーその調査の結果、環状7号線より内側には、重度のキャンサー患者以外に生存者は確認されず、臨時政府とGHQは救助活動を打ち切り、今後十年にわたり完全封鎖することで同意しました』

 

 テレビが映った事に対する歓声が、一瞬で困惑に変わった。

 

「ここも…環状7号線の内側じゃないか…?」

 

 誰かが言った。だがこの辺りで、重度どこらかキャンサーを発症させている者すら、見かけた者はいない。

 

 『ーー我々は国際社会の懸念を払拭すべく、アポカリプスウイルス撲滅に尽力する所存です。再生のための浄化…それこそがこの度、日本国臨時政府の大統領に就任した、この私の責務と信じます」

 

 「……“大統領”…?」

 

 綾瀬からぽつりと声が漏れる。

 

 「ーー茎道…っ!」

 

 『そのために封鎖地域の外周に《レッドライン》を敷き、そこより除染を行なってまいります。これはこの国の再生のために必要な犠牲であることを、日本国民の皆様には、どうかお解りいただきたい』

 

 事態を呑み込めずにいた生徒達は、次第に自分達が見捨てられた事に気付いていった。

 あちこちから、ふざけるな家に帰せなどの声が上がり始めた。

 

 「………ふざけるな…」

 

 「……集?」

 

 ーーそう、ふざけるな。はじまりの石と真名を利用して、この事態を招いたのは紛れも無く茎道本人なのだ。

 父親を殺し、挙句この国で多くの人々を惨たらしく殺しておいて、言うに事欠いて『再生のために必要な犠牲』?

 どこまで腐っていれば気が済むんだ。

 

 「ーー茎道っ!!」

 

 ーーあの男は必ず殺す。

 

 奴が人々に振り撒いた以上の苦しみを味合わせて、必ず償わせる。

 

 周囲で怒号と悲鳴が渦のように駆け巡る中、強い憎しみと殺意を抱いて集は暗い誓いを立てた。

 

 

 ーーまた、頭の中で蛇が這い回る感覚がした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「シュウの姉を蘇らす?どうやって?」

 

 「分からないわ…。でもマトモなやり方じゃ無いはずよ」

 

 トリッシュの言葉にダンテはだろうなと同意する。

 

 「確かな事は、シュウだけは生かして返すっていう取引で、ハルカはそれに協力するって事だけ」

 

 「……アイツ、この事知ったらまた無茶するぞ?」

 

 ダンテはまた大きなため息をついた。

 

 「だから、そこはあなたが助けてやるんじゃない。あの子にわざわざ伝える必要もないけど…、アンタはどうする?これはもう、あの子の戦い…関係のない私達が手を出すのは無粋だと思うけど」

 

 「バカ言うな。ここまで来て尻尾巻いて帰れってか?それこそ無粋ってもんだ。気に入らないから叩きのめす。あの連中をぶっ潰す理由なんざそれで十分だ」

 

 トリッシュはそう言うと思ったと言いたげに、肩をすくめた。

 

 「ーーあの子を信じて上げて、ダンテ…」

 

 「………」

 

 「それは、あなたにしか出来ない事だから…」

 

 そう言い残すと、トリッシュは金色の雷になって、屋上から姿を消した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「……ややこしい事になって来やがったな」

 

 ダンテは校舎の中でスクリーンを裏側から見ていた。目の前には左右反転した茎道の顔が巨大で見える。

 

 「さて…どうする?やる気だけじゃコイツらは救えないぞ?」

 

 集の目的は単に強くなるだけでも、敵を倒す事だけでは無い。出来るだけ多くの人間を守る事こそが彼の重要かつ最終目標だ。

 閉鎖空間で大勢の人間の統率を取るだけでも、並の人間では務まらない。しかも、全員戦場のせの字も知らない様な子供だ。

 少しの事で簡単にパニックになって制御不能に陥る。そうなればただの餌同然だ。

 

 集が自ら選んだ選択肢は、ある種の爆弾だ。下手をすれば自分もその崩壊に取り込まれる。

 

 「……ここからはお前の戦いだ。ーー勝って見せな。シュウ」

 

 

 

 

 




久々に最初から前話読み返して、加筆修正して来ました。

今だって達者では無いですけど、過去の私はそれを上回る駄文っぷりで冷や汗止まりませんです。

こんなのを何年も放置してたって…ヤバイですね

また一年後とか、今回の話を読み返して同じ事思うんかなぁ…?


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#44攪乱-①〜election〜

投稿用の漫画描いてたら、ゴールデンウィーク終わってました。
仕事も普通にあったし




漫画?全然進んでないっす。


 

 

 「……あなた誰?」

 

 水音が波紋と共に自分の顔の虚像を一瞬歪める。写っているのは確かに自分の顔だが、自分の物では無い笑みを浮かべていた。

 端正な顔で優しそうな表情だったが、呑み込まれそうだと思えてしまう程の圧迫感を纏っていた。

 

 『もう知ってるはずよね…?』

 

 いのりの問い掛けに鏡の中のいのりが応えた。

 

 「………」

 

 そう、彼女の事は初めから知っていた。

 涯に目覚めさせられた日から、漠然と何処かで生きている彼女の存在を感じていた。

 

 『ーー無視するつもり?生意気よ“人形”』

 

 「私は人形なんかじゃ無い…」

 

 『……本当に卑怯な奴ね。そうやって事実から目を逸らすんだ?』

 

 「………」

 

 『またダンマリ?』

 

 彼女の顔が悪意に満ちた微笑みで歪む。

 

 「……私が何者で、どんな存在かなんて関係無いーー」

 

 『開き直るの?』

 

 その目をいのりは正面から受け止めた。

 

 「ーー私はシュウもみんなも守りたいだけ」

 

 いのりは真名の目を見据え、問い掛ける。

 

 「貴方にはある?命に変えても守りたい物が…」

 

 真名の顔から笑みが消えた瞬間、鏡に大きなヒビが入った。

 いのりの虚像は完全に真名の姿に置き換わっていた。

 

 『ーーそんな顔をしてられるのも、今の内よ。もうすぐ私の手は貴方に届く…』

 

 真名は鏡を…、いのりと自分を隔てる見えない壁を指で撫でた。

 

 『ーー貴方は私よ。けど…私は貴方では無いわ』

 

 「………」

 

 『楽しみね…』

 

 まばたきの間に真名は消え、いのりは壁に埋め込まれた姿見の自分と顔を合わせていた。

 

 「…………」

 

 真名が向こう側からなぞった場所と同じ場所に指で触れる。

 当然、鏡に写る自分も同じ動作をする。

 

 しかし、鏡に入る大きなヒビがまるで彼女に「忘れるな」と言われている様に思えた。

 

 

 

 

******************

 

 「だから、そんなごまかしいらねえんだよ!!」

 

 学園祭から一夜明け、早朝の体育館で百人以上の生徒からの声が壇上の亜里沙にぶつけられた。

 

 『ごまかしなんていません!事態がハッキリするまで、性急に動くべきでは無いと言っているんです!』

 

 騒いでいるのは、三年の数藤隆臣(すどうたかおみ)。前に綾瀬に絡んでいた不良だ。

 

 『もうすぐ私の祖父。供峰院家から連絡が来る筈です!もう少しの辛抱です』

 

 「もっと事実を見つめようぜ。どうせ俺たちは存在しない事になってんだ!ウイルスと一緒に始末されんだ!みんな死ぬんだ!おしまいなんだよぉ!!」

 

 煽るような言葉に生徒達から悲鳴や泣き声が上がる。

 

 「ちょっとやめてよ!そんなの誰にも分からないじゃない!」

 

 『そうです、怒鳴らないで!発言にはマイクを取ってからとお願いしたはずです!』

 

 そう言った時、数藤の隣に立つ三年の男子生徒がマイクを受け取る。難波大秀(なんばひろひで)。同じくあの時、綾瀬に絡んだ眼鏡の生徒だ。

 

 『では、僕が思うに、状況が分からない事がもっとも問題だと思うんです。誰かが責任を持って環七のウォールを視察して来るべきでは?』

 

 隣の数藤がそうだと声を上げる。それをきっかけに他の生徒達もそうだと声を上げて壇上にぶつけた。

 

 『会長には行動の方針を決めてくれって事です。お爺さんが助けに来るまで待ってくれなんて、リーダーの発言とは思えない。そうでしょう?』

 

 難波の言葉に生徒達から僅かに嘲笑が上がる。亜里沙は顔を赤くして唇を噛んだ。

 

 『ーー生徒会規則第三十二条、第三項に基づき、生徒会長の不信任決議並びに、新会長の選出を要求します!』

 

 数藤がいいぞと声を上げると、周囲の生徒達も賛同し拍手を上げる者もいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なんであんな連中の言うことまともに取り合っちゃうかな、会長ちゃんは」

 

 ひゅ〜ねるのホログラムスクリーンで、体育館に仕掛けたカメラの映像を集達と様子を見守っていたツグミは嘆息する。

 

 「律儀っつーかなんていうか…」

 

 「ちゃんとみんなの話を聞こうとしてるだけだろ?いいじゃんか」

 

 「平和な時ならね。こんな話し合いにもなって無い話し合いじゃなんの結論も出ないわよ」

 

 唇を尖らせる颯太にツグミは舌打ちしたそうな顔で睨む。

 

 『お願いです。帰してください!パパとママに会いたいんです!』

 

 無断で壇上に上がった女子生徒が亜里沙に詰め寄る様子を見て、ツグミは憮然とした表情で鼻を鳴らした。

 

 「のわあああぁ!?」

 

 その時、窓から生徒会室に飛び込んで来たダンテに颯太は少しオーバーに驚いた。

 

 「ダンテ」

 

 「ドアの使い方知らないの?」

 

 「早え方がいいんだろ?奴らが動き出したぞ」

 

 「…まさか、悪魔が?」

 

 「姿は隠していたが、壁の所からプンプン匂ってたぜ。まだ何か待ってるようだが、時間の問題だな」

 

 背負っていたギターケース立て掛け、集が座っていたソファにどかっと座り込んだ。

 

 「…………」

 

 すると机に乗せた足をルシアがバシバシ叩いた。

 “マナーが悪い”という意味だ。ダンテはため息をつくと机から足を下ろす。

 

 「これ以上何を待つつもりなんだ…?」

 

 「さあな」

 

 「昨日の放送と同時に湧き出したのね。やっぱり街のあちこちに召喚陣に仕込んでたんだわ。昨日現れたロボットの装甲の裏にもあったし、偶然では無いわね」

 

 「十中八九な」

 

 「悪いけど、その話はそこまでにしてくれる?」

 

 ツグミが手を叩いて三人の話に割り込む。

 悪魔の動向は気になるが、今新しく出来る策は無い。ダンテもそれが分かっているようで、話を切り上げた。

 

 「ーーでっ、そっちはどうなんだ?」

 

 「あまり良いとは言えない。みんなパニックになっちゃって…」

 

 ダンテは映像を一瞥すると鼻で笑った。

 

 「昨日の放送が原因だろうな。みんな普通の学生なんだ。いつふき出してもおかしく無かったさ」

 

 谷尋が冷静に言う。

 

 「ふき出るってなんだよ?」

 

 「学校の裏サイトだ。見てみろ」

 

 「ネット復活してんの!?」

 

 「学内のローカルネットだけ、ジャミングがいきなり解除されて復活した。外とは相変わらずだ」

 

 ダンテとレディを除いた全員が谷尋の携帯を覗き込む。ネット掲示板を見て祭はひどいと声を漏らした。

 掲示板には、亜里沙を非難する声で溢れ返っていた。

 

 「会長…けっこう槍玉にあがってるね」

 

 「ちゃんと頑張ってんのにひでえよな」

 

 「分からなくも無いけど?会長ちゃん、あんまりリーダー向きじゃないし」

 

 「おい、そんな言い方ないだろ!俺たちの大事な仲間じゃんか!」

 

 ツグミの言葉に颯太は鼻息を荒くして怒鳴った。

 そんな颯太にツグミは呆れた顔で首を振る。

 

 「仲間って…別に成り行きで一緒にいるだけですし?」

 

 「っーー可愛くねえ!」

 

 「べーっだ、わるうござんした!」

 

 そう言ってツグミはドアを蹴るようにして、生徒会室から飛び出して行った。颯太は怒りが収まらない様子でツグミの後ろ姿を見送る。

 花音が呼び止めようとしたが、谷尋がそれを制した。

 

 「なんだ?話し合いは終わりか?」

 

 ダンテはソファから立ち上がると、生徒会室から出ようとする。

 

 「…ダンテ、僕は…どうすればいいのかな」

 

 「俺に聞けば分かる事なのか?」

 

 「…………」

 

 ダンテは言外でお前が考えろと言っている。

 言われなくても散々考えた。この状況を収め、全員が壁の外へ脱出する方法。

 だが何も思い浮かばない。悪魔の事を良く知る集だからこそ、どんな策を取っても生徒全員が無事に壁を突破出来ると思えなかった。

 

 (こんな時…涯。君ならどうする?)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「いっそやっちゃわない?あの高慢女…」

 

 横で裏サイトの掲示板に書き込みを続ける数藤の言葉に、難波は眼鏡の位置を弄りながら、ため息をついた。

 

 「慌てるなよ」

 

 この男は本当に堪え性が無い。「出たい」という意見と外の情報を集める、なんて簡単な作業を黙って出来ないのか、呆れて言葉も出ない。難波は心の底で数藤を見下しながら、懐のポケットに隠した銃を数藤に見せた。

 

 「奥の手はいつでも使えるからな」

 

 昨日、襲ってきた男からこっそり拝借した物だ。

 数藤と難波はお互いに笑みを浮かべた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 今日の分のワクチンの配給も終わり、ツグミは他にする事も無いので広場に座ってただボケ〜と河原を見ていた。

 

 「………」

 

 無言で隣に座るいのりの横顔を見る。

 休んでいたら突然隣に座ってきて、それから一言も発さない。彼女が進んで自分に絡んで来た事はほとんど無いので、少し驚いた。

 

 「…どったの?いのりん」

 

 ひたすら無言で自分の顔を見る彼女の視線に耐え切れず、自分から切り出した。

 

 「…心配だったから」

 

 「い…いのりんに心配されるような事無いよ」

 

 透き通るような瞳が、真っ直ぐ自分を射抜いて来る。

 ツグミはその瞳で彼女に全て見抜かれる気がした。

 

 「ねえ、いのりんってさ家族っていないよね?」

 

 「……」

 

 「寂しいと思った事ある?」

 

 いのりは少し考え込む。

 

 「……シュウが居なくなって、寒かった事があるの」

 

 「…ごちそうさま」

 

 ケッと舌打ちして、ツグミはウンザリした顔になる。

 いのりは首を傾げながら、ツグミの顔を覗き込む。

 

 「……ツグミは寂しい?」

 

 「そ…そんな事あるわけないでしょ?そりゃ葬儀社はもう無いけど、私はその前からずっと一人で生きて来たんだもん。今さら、寂しいとか無いわよ」

 

 普段、天真爛漫さを前面に押し出して他人と接しているから、付き合いの長い仲間以外にはその通りに写る。

 もちろんそれは狙ってやっている事だが、ツグミは自分の根っこはドライで無頓着な人間だと考えている。

 

 そうなった原因はもちろん“葬儀社”というテロリストの一員であった事も一因だが、幼少期の頃から味わっていた孤独感も大きく関わっていた。

 

 (そうよ…私はずっと一人だったんだから)

 

 ツグミは自分の母親と父親の顔も名前もろくに知らない。

 

 ツグミが産まれて、たった四年後に『ロストクリスマス』が起こったせいだ。

 日本が混乱と国としての存続に大きく関わる中、パンデミックによって親を失った孤児たちは里親と施設を転々とした。

 ツグミもその中にいた。

 

 友達が出来たと思ったらすぐに別れ、気付けば自分はいつも《あぶれていた》いた。

 遊び相手は人形くらいしかおらず、出来ることと言ったら勉強くらいしか無かった。

 物心つく頃には友達が居ないことにも、すぐ離れ離れになる事にもすっかり慣れ、なんの感想も抱かなくなった。

 ただ別れを惜しむ()()だけはしていた。

 

 そうこうしている内に、自分は見事アンチボディズによって『モルモット』に選ばれていた。

 全てを諦めていた時、涯に連れ出され、真に家族と呼べる人達と出会った。

 

 そんな人生経験から、他人との死別にもすっかり慣れ切っていた。

 

 「だから、そんな心配しなくていいよ。集」

 

 「えっーーあ!?」

 

 木の影から集と祭がそっと顔を出した。二人共恥ずかしそうに愛想笑いを浮かべている。

 (やっぱりな…)とツグミは思った。

 

 「いのりんがお話しに来るなんて、おかしいと思った」

 

 「違う」

 

 「うん?」

 

 「ツグミと話したかったのは、私の意思」

 

 「本当だよ、ツグミ。いのりから言い出したんだ」

 

 「……へ、へー」

 

 ツグミはしばらくいのりと集の顔を交互に見ていた。平静を装っていたが、声と表情から明かな動揺が見て取れた。

 するといのりがそっとツグミの背後に回り込み、がっちりとツグミを羽交い締めにした。

 

 「…い、いのりん!?」

 

 「…大丈夫。任せて」

 

 「ごめんね、ツグミさん?え…えい!」

 

 祭は可愛らしいかけ声で、身動きが封じられたツグミの顔を掴んで集の方に固定した。

 

 「待って…お願い」

 

 「大丈夫だよツグミさん。痛いのは最初だけだから」

 

 「痛いの!?」

 

 「暴れない」

 

 「えっと、じゃ…じゃあいくよ?」

 

 集は涙目になるツグミに紋章の浮かび上がった右腕を伸ばし、ツグミの胸に差し込んだ。

 ツグミは苦悶の表情を浮かべながら、光を見つめた。

 

 「これが…」

 

 「…ツグミさんのヴォイド」

 

 光の中から現れた結晶の塊が砕け、ツグミのヴォイドが姿を現した。

 取手の先に中心が大きく空いた円盤状の物が付いた“ハンドスキャナー”だ。

 

 ツグミはいのりから解放されると、へたり込む様に地面に座った。

 

 「………」

 

 「ごめん、ツグミ…こうすればツグミの本音が見えるかもって思ったんだ」

 

 「………」

 

 「強引にやった事はごめん。ツグミも綾瀬みたいに…無理してるんじゃないかって思って」

 

 「………」

 

 「…ツグミ?」

 

 集は顔を伏せたまま無言で座り込む様子が気になり、ツグミにかがみ込んだ。その時、ツグミはホイっと集からあっさり自分のヴォイドを奪い取った。

 

 そしてしばらく難しい顔で唸りながら、向きを変えてヴォイドを観察する。

 

 「集…」

 

 「なに?」

 

 「これどんな能力かな?」

 

 「さぁ、使ってみないと…。それより怒ってないの?」

 

 「なにが?ヴォイドで心を覗き見しようとした事?」

 

 ツグミはヴォイドを孫の手みたいにして、自分の肩をトントン叩きながらあっけらかんとしている。

 

 「いずれ見てみたいと思ってたし?私のヴォイドを把握しとけば今後役に立つかもしれないしね」

 

 ツグミがヴォイドに付けられたスイッチを弄ると、ヴォイドの先端が光りを放ち始めた。

 ヴォイドから放たれた光は粒子となって集まると、その光は集の姿になった。

 

 「これは…コピーを作り出す能力?」

 

 「へー!面白ーい。これは応用効きそうだね」

 

 ツグミがヴォイドを軽く振ると、コピーの集は手や足を振る。

 コピーで作り出した物はヴォイドでリモコン操作が可能のようだ。

 

 「にぃひっひっひ〜」

 

 「な…なに?」

 

 何やらツグミがニヤニヤしながら、集を見ている。明かになにか悪だくみを思い付いた顔だ。

 次の瞬間、ツグミが全体重を乗せた渾身の体当たりを仕掛けて来た。

 

 「ぐえっ!!」

 

 ツグミはニヤニヤ笑いながら集に馬乗りになり、コピーの集を操作した。

 

 「何すんのさ!」

 

 「黙って見てなよ。それ!」

 

 コピーの集が祭にゆっくり歩み寄って行く。後ずさりしていた祭はついに校舎の壁まで追い込まれてしまう。

 

 「え?なに?なに?」

 

 コピーの集は祭の眼を至近距離で見つめながら、祭の顔のすぐ真横にドンっと手をついた。

 

 祭はビクッと身体を震わせ、コピーの集から眼を離せずにいる。

 

 「ちょっ!なにやってんのツグミ!?」

 

 「仕返ししないとは言ってないじゃ〜ん。そら、お次は顎クイ!」

 

 コピーの集は顔を真っ赤にしてアワアワする祭の顎を、優しく指で持ち上げる。

 

 「あっ…」

 

 「祭…お前可愛いな…」

 

 ツグミがふざけてヴォイドの先端をマイク代わりに言ったセリフを、コピーの集はそのまま発言した。

 

 「はっふぅ〜〜」

 

 祭の顔は爆発しそうな真っ赤になって、小動物のように身体を縮こませながら、硬直した。

 もっと言えば立ったまま気絶した。

 

 「ちょっと!!ツグミ。さすがに悪ふざけがーー」

 

 突然、とてつもない悪寒に襲われた。

 

 (悪魔!?)

 

 だが、どうも違う。殺気や害意の類は感じない。ただ恐ろしいほどの寒気だけを感じるのだけだ。

 ツグミも同じな様で顔面蒼白で固まっている。ツグミは恐る恐るといった様子で振り返り、いのりの立っている方向を見る。

 集の位置からはいのりの姿は見えないが、まさかこの悪寒はいのりから発せられたいるとでも言うのだろうか?

 

 「い…いのりん、怒ってーー」

 

 「……ツグミ」

 

 「ハイっ!!ごめんなさいでしたーーー!!!」

 

 集からはいつも通りのいのりの声に聞こえた。ただ、いつもよりほんの少し無表情な感じが強い気はするが、それだけだ。

 しかしツグミからは違う物が見えているのだろう、ツグミは顔面蒼白のまま涙目になって慌ててコピーの集を消し、集の上から退いた。

 

 ようやく解放された集はヴォイドを戻すツグミを横目に、気を失ったままの祭を揺り起こすいのりを見る。

 

 「どうしたの?シュウ」

 

 「ーーいや、なんでもない」

 

 「…?」

 

 いつも通りの表情に乏しい顔で、いのりは首を傾げる。

 さっきの悪寒の事は気になったが、集はもう忘れる事にした。

 

 

******************

 

 

 

 茎道は嘘界にとって桜満集ほどでないにせよ、それなりに謎と興味の対象だった。

 GHQ長官であったヤン少将の殺害はどう贔屓目で見ても、反乱以外のなにものでも無い。

 嘘界自身の協力やアンチボディズの迅速な隠蔽工作があってしても、不思議さをぬぐい切る事など出来るはずも無かった。

 

 (それにしても、この異常な出世は黒い裏しか感じませんね)

 

 スライドやスピードなんて言葉では生温い。彼は文官である上、GHQ内の一部局を指揮していたに過ぎない。

 それなのに長官をすっ飛ばして、臨時とは言え初代大統領に就任したのだ。普通ならありえない事だ。

 席が欠けたのならGHQ総本山や、合衆国から新たな長官がその席に派遣されるのが自然な流れだ。何か嘘界の知らない大きな力が働いて、茎道をここまで押し上げたのか、それとも全世界は本当にこの国を切り捨ててしまったのか。

 

 「報告を」

 

 顔の半分を仮面で隠された茎道が、能面のような表情でホログラムモニターの前に立ち言う。

 嘘界は知らないが、父親が殺された事を知って怒り狂った集が、茎道の顔の形が変わる程殴り付けた。これはその傷跡を隠す為の仮面だ。

 

 「は」

 

 嘘界は短く会釈すると、ホログラムに作戦用のマップを表示した。

 

 「閣下の作戦概念に基づき、掃討部隊を配置いたしました。湾に向かって封鎖区域を浄化、範囲を縮小していきます」

 

 茎道はモニターに表示される隔壁の映像をやはり無感情で眺める。そこには壁の内部に閉じ込められた多くの人々が解放されるのを今か今かと待っている。

 

 「主力には、先日頂いたデータを元に桜満博士が完成させたゴーストシステムを搭載した完全無人《Ghost(ゴースト)》エンドレイヴ部隊を実戦配備しました」

 

 「始めたまえ」

 

 たいして感想を述べる事なく茎道は短く言い放つ。

 

 「了解。東京浄化作戦、開始します」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 夜明けの近い時間帯の中、壁の前に集まっていた人々は大きくどよめいた。壁から地面に大きな赤いラインを引くようなレーザー光が照射されたからだ。

 今まで見せなかった大きな変化だ。

 もしかしたら壁が開く警報かと多くが一瞬、期待で顔を輝かせた。

 

 『ーーこちらは新日本政府です。午前零時より隔離地域を縮小いたします。赤いラインの内側から出ようとする生物は無警告で射殺します』

 

 しかし、現実は彼らが期待するものとは正反対のものだった。

 赤い境界線『レッドライン』の内側に治療可能な生存者は存在しない事にされたのだ。

 その事を知らない人々の中には、「嘘だろ…」「何かの間違いだ!」とそう叫ぶ者達もいた。

 

 壁の前で立ち並ぶエンドレイヴ達から銃口を向け、銃身がローリングする光景を見ても、大半が現実を受け入れられず、呆然とただその光景を見ていた。

 その静寂を機関銃から響き渡る轟音と十字の火が引き裂く。

 

 無人機からの容赦無い銃弾の雨、目の前で真っ赤な残骸に変えられる前列の人達を見て、人々はクモの子を散らすように悲鳴を上げながら逃げ出した。

 そんな人々にも銃弾は降り注ぎ原型を留めない肉片へと化す。

 

 

 次の瞬間、風を切る音が全ての“G(ゴースト)”ゴーチェの機関銃と数体のゴーチェを切断した。機関銃を切断した銀色に光る剣は意志を持っているかのように、飛んで来た方向へ戻って行く。

 

 「ーー派手だが俺の趣味には合わねえな」

 

 剣から逃れたGゴーチェ達は壊れた機関銃を切り離し、新しく再装備すると暗闇から現れたダンテに照準を合わせた。

 ダンテはレッドラインの前に立ち、並ぶゴーチェ達を一瞥する。

 

 「学習しねえな。無駄だって分からねえのか?」

 

 ダンテはリベリオンを大きく切り払うと、刃先を背後の地面に向け、次に身体を沈めて走り出す体勢になる。

 

 「悪いな。ぶち壊すぜその壁」

 

 GHQとアリウスの狙いを探るために、あえて自由に泳がせていたが、もう十分だろう。これ以上は集達のいる学校にも大きな被害が出かねない。

 さっさと壊して出口を作るのが吉だろう。もちろん悪魔からの激しい攻撃はあるだろうが、このまま壁の内側にいても事態が好転する見込みは一切無いのだ。

 犠牲は出るかもしれないが、こうなっては仕方ないと、ダンテは結論を出した。

 

 「ーーそれはやめておいた方がいい。君のためにも、何より”桜満集“のためにもね」

 

 「………」

 

 その声が聞こえた瞬間、ダンテは銃を抜くとノールックで引き金を引いた。しかし、銃弾は地面から伸びた影に呑み込まれる。

 影は銃弾のエネルギーを、魔力の刃に変換して撃ち返した。

 

 ダンテは剣で魔力の刃を打ち落とすと、背後の男ーーアリウスに振り返り、銃口を向けた。

 するとダンテとアリウスの間の空間から巨大な影の獣が、アリウスを守るように現れた。

 

 『ーーグルウオオオオオ!!』

 

 ファングシャドウは敵意に満ちた眼をダンテに向け、腹に響くほどの咆哮を上げた。

  

 「下がっていろ」

 

 『グルルル……』

 

 しかし、アリウスがそう命じるとファングシャドウは低くく唸りながらも、敵意を収め、ダンテを睨みながらアリウスの横まで下がった。

 

 「失敬。だいたい二週間ぶりかな?ダンテ」

 

 「わざわざ挨拶しに来るとはな…。人肌でも恋しくなって来たのか?あいにく、お前に貸してやれるモンは何も無いんでな、コイツで我慢してくれよ?」

 

 銃の引き金に力を込める。しかしアリウスはそれを意に介することなく、クククと喉を鳴らして笑う。

 

 「相変わらず面白いな君は。ほんの少し君と…ゲームでもと思ってね」

 

 「ゲームだ?」

 

 「そう、ゲームだ。君を壁の内側に閉じ込めるために私が三日三晩、寝ずに準備をしていた特別なゲームさ」

 

 アリウスは杖で壁を指し示す。そこには闇の中で蠢く、大量の悪魔が眼だけを光らせてダンテを見ていた。

 

 「君はこの世界で最強の存在だ。この街に解き放った悪魔達では君を殺す事は叶わない。もちろんこのファングシャドウもね」

 

 「ーーそれで…?」

 

 ダンテは興味なさそうに気のないため息をつきながらも、アリウスの話に耳を傾ける。

 

 「しかし、先日分かったと思うが、君ではこのファングシャドウを殺し切ることは出来ない。ーーここで、ひとついいニュースだ」

 

 アリウスは楽しそうにダンテの周りを歩きながら、芝居がかった仕草でダンテに笑みを見せる。

 

 「ーーファングシャドウの本物の核は、この街の何処かにある」

 

 「………」

 

 「君がこのまま壁を壊して外に出る事は容易い。ーーだが、出れるのは君だけだ。集くんはもちろん。学校にいる生徒はファングシャドウと無数の悪魔達の餌食になる」

 

 ダンテの銃を構える腕が、僅かに下がる。

 アリウスはそれを見逃さなかった。口を裂いたような笑みを、さらに深くする。

 

 「もう分かったと思うが、ここを出る方法はファングシャドウを倒す事だけだ。……もっとも、それでも今ここで壁を壊そうというのなら、止めはしないがね」

 

 「………ちっ」

 

 ダンテは舌打ちして、銃をホルスターに戻すとアリウスから背を向けて歩き去る。

 

 「君は確かに最強の男だが、全知全能ではない。ーーまた会おう“英雄”くん」

 

 ダンテの背中に、アリウスの勝ち誇った言葉が投げられる。

 その言葉もアリウスの姿も幻のだったかのように、朝露に溶けていった。

 

 

 

 

 




強くないのに、主人公追い詰める敵キャラ大好き。
分かる人います?


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#44攪乱-②〜election〜


【挿絵表示】


とりあえず現時点の練習の成果
投稿が予定より遅れて、少し前の絵になっちゃいましたけど。
色々な動画やサイトを見漁って、勉強しながら描いてました。

まだまだ違和感のある絵ですので満足には程遠いです。要練習!

半魔人の集とかダンテとか、もうちょっとちゃんと描いてみたい。

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 「初回の前進、終了しました。…今頃、壁の内側はニュースを見てパニック状態でしょう」

 

 ローワンの態度に尖った避難の色が混じるのを、嘘界は面白く感じていた。盲目に従う道具の鏡では無く、疑念と嫌悪を秘めているのがなんとも言えなく良い。

 

 「ローワン君かつてギリシャの都市国家を滅ぼしたものが何か知ってますか?2文字で」

 

 「…あいにく物理学専攻で」

 

 「デマですよ」

 

 嘘界はローワンに携帯の画面を見せる。するとたちまちローワンは不快感で顔を歪める。嘘界はローワンの理想的なリアクションに満足そうに笑みを浮かべる。

 

 「ジャミングを解いてあげたら、真っ先に始まったのがコレです。そして…」

 

 嘘界はある文面を打ち込むと掲示板への投稿した。

 

 「さぁ…どう反応しますかね?」

 

 「悪趣味ですね」

 

 相変わらず不快感に歪んだローワンが、避難を隠そうともせず言う。嘘界は椅子を回して心底楽しそうに笑いながら、振り返る。

 

 「ーーあまり褒めないでください」

 

 ローワンはまた“良い表情”で顔を歪ませた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 アルゴと大雲は古い屋敷の一室で使いが来るのを、ソファに腰掛けて待っていた。

 門前払いされる覚悟だったが、意外にもすんなり中へ通された。

 ナイフや銃は取り上げられたが、拘束される事も無く、防弾ジャケットも着たままで許された。

 ノックと共に両開きの扉からスーツ姿で、日本髪の少々奇妙な出で立ちの女性だった。不釣り合いな組み合わせだったが、不思議とさまになっている。

 

 「こちらです」

 

 軽い会釈を済ませると、女性は二人を屋敷の奥へ案内する。

 さっきまで自分達が待たされていた部屋の扉とは、明かに作りの違う厳かな扉の前に立った女性は丁寧な仕草でノックした。

 

 「入れ」

 

 低いしわがれた老人の声が聞こえ、女性は扉を開き二人を中に招き入れた。供奉院の翁は和服に杖を付き、正面から鋭い眼光で二人を見ている。ただ見られているだけで、アルゴは気圧されそうになった。

 

 「助かったぜ爺さん。逃げ回るのも限界だったんだ」

 

 「この恩にはどう報いれば?」

 

 翁はふむと頷く。

 

 「茎道の就任と同時に都内との連絡と輸送手段が完全に絶たれたが、まだ沢山の人間が生き残っておるはずーー助けたい」

 

 「喜んで協力させてもらいます」

 

 会釈する大雲に倣って、アルゴも頭を下げる。

 この爺さんが善意や正義感で人助けするたまとは思えない。間違いなく裏がある。綾瀬とツグミを《レッドライン》の中に残して来てしまった上に、涯といのり、それに集の安否も分からないままなのだ。

 

 「利用するされるはお互い様だ」

 

 「ああ」

 

 部屋に戻った二人はとりあえずシャワーを浴びて、臭いを落とす事にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 集はレディとトリッシュそしてルシアと共に、ダンテから昨夜のアリウスとの会話の内容を聞くために学校の屋上に集まっていた。

 早朝の学校の屋上はまだ肌寒かったが、トリッシュが来た頃には時間帯もあって少しずつ苦にならない気温になりつつあった。

 

 「ファングシャドウの本物の核…ね…」

 

 アリウスからのゲームと称した挑戦状。ダンテが外に出さないための足止めなのは明かだ。

 

 「本当に、そんな物がこのマチにあるの?」

 

 ルシアが言う通り、アリウスがわざわざダンテを塞き止められる数少ない手札の弱点を教えるメリットは一切ない。

 しかし、ダンテはある種の確信を持った表情だ。

 

 「その心配はしなくていいと思うぞ?」

 

 「どうして?」

 

 「前も言わなかったか?奴がご執心なのは俺よりもーー」

 

 「狙いは…僕…か」

 

 「貴方を試してるつもりなんでしょうね」

 

 「“この世界が行き着く結末の答え”…だっけ?ずいぶん買われてるとは思ったけど…」

 

 「過剰評価にも程があるよ…」

 

 以前アリウスがレディに言ったという言葉を思い出す。最初は自分で聞いて呆然としながらも、笑い飛ばす気力があった。

 しかし、アリウスは真面目だ。本気でそう信じている。

 

 「いずれにせよ本物の核とやらが見つかっても、俺にはもう奴を殺す事が出来ねえ。雷の攻撃も前回の戦いで覚えられちまった」

 

 シャドウは覚えた攻撃は完全に無効化してしまう。つまり奴がまだ未経験の武器で攻撃しなければならない。圧倒的なパワーでもまさに絡め取るように捕らえてしまう。そうなってしまえば、後は貪り食われてしまうだけだ。

 

 「……ヴォイドの斬撃は効くのかな…」

 

 「やってみないと事には、こればっかりは判断しようがないわ」

 

 トリッシュはふぅとため息をつく。

 

 「とにかくーーシュウ、核が見つかるまで貴方は極力戦わないで。もし、どうしてもって時でも、魔力だけは使わないようにしなさい」

 

 トリッシュの言葉に集は自分の右腕を見つめる。

 アラストルの力もまだ十分に引き出せてはいない。もし戦うとなれば、自身の魔力を解放するしかない。

 しかし、集の魔力は集自身の寿命を削る事になる。

 それを知らず使用して来た今までの対価が、どれ程のものかは測る術はない。

 一番最初に魔人化を確認したレディでは気付く事は出来なかった。彼女はその事をひどく悔やんでいたが、悪魔の事に詳しくても魔力の核については分かっていない事の方が多い。

 人間であるレディはともかく、ダンテやトリッシュでないと違和感に気付けなかっただろう。

 ルシアに関しては、まだ自身の悪魔としての魂に目覚めていない状態だ。ルシア自身も今は自分が悪魔であるという実感があまり持てないと言っていた。

 集のサポート役であるアラストルが手助けしてくれるかまだ微妙な所だ。対話出来ていない現状は、集を酷く不安にさせている。

 

 「ーー気に入らないわね。アイツらは好き放題やってるのに、こっちの手札はどんどん引き抜かれてる」

 

 苛立つようにレディがそう呟いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 校舎を祭と二人で歩いていたいのりは、廊下の壁に『臨時生徒総会のお知らせ』という張り紙が目に入った。

 張り紙には書いていないが、ローカルネットの掲示板には建設的な意見が出せない生徒会長を糾弾する声が、新生徒会長を選出する話題に変わりつつある。

 

 「本当なのかな…高円寺のことって…」

 

 「……分からない」

 

 「どうなっちゃうんだろ。この学校も……」

 

 「………」

 

 祭が不安そうに呟くと、震えを抑えるように片腕をグッと握る。

 それを見ていのりは安心させるように微笑む。

 

 「ハレは私が守る。シュウだって何かあればきっと…」

 

 そう言うと祭の表情が明るくなり、頬に赤みが刺した。

 

 「じゃあ、もし集といのりちゃんが怪我したら、私のヴォイドで必ず治してあげるね?」

 

 「……ありがとう」

 

 ふと祭が上を見上げる。

 見上げても廊下の天井があるだけだが、彼女が見ているのはこの校舎の屋上だろう。

 朝から集とルシアが屋上でダンテ一行と今後の方針について話し合うと言っていた。

 街中に悪魔が放たれたと言っていたが、そうなら自分達にも関係がある話だと思うのだが、集は悪魔の事に関してあまり自分達を関わらせたくないようだった。

 

 「集は自分がリーダーになろうとは思わないのかな?」

 

 「え?」

 

 集がリーダー?といのりは思った。

 あまり誰かに命令して指揮を取るという印象が彼に対しては無い。

 

 「むいてると思うんだけど…」

 

 「そう?」

 

 いのりが疑問符を浮かべると、祭は自信満々に大きく頷いた。

 

 「だって凄かったんだよ?いのりちゃんを助けに行く時の集…みんなに指示を出して、どんどん悪魔達を倒しちゃったんだもん!」

 

 「そうだったんだ…」

 

 「集なら…きっとなれると思うなーー王様に」

 

 「王…様?」

 

 なぜ唐突にそんな例えが出たのかよく分からず、いのりは再び疑問符を浮かべる。祭は「なんでもない」と照れたように笑うと深呼吸する。

 

 「えっと…まだ掛かりそうだね、気分転換にお散歩に行こ?」

 

 「うん」

 

 祭の提案にいのりは頷く。

 いのりの胸の中に僅かに湧き上がった寂しさを残しながら、二人は中庭へ向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ダンテ達との会合を終え、階段を下りていた集とルシアに谷尋が慌てた様子で駆け寄って来た。

 

 「集!ヤバイことになったぞ!」

 

 「どうしたの谷尋?」

 

 息を切らしながら谷尋はネクタイを緩めて一息つく。

 

 「掲示板に書き込みがあったんだ!ここに隠れてる葬儀社を突き出せば無事に出られるって。三年の難波って奴が煽って、葬儀社探しを始めやがった!」

 

 「まさか!解放なんてするはずない!」

 

 「あいつらはそれを真に受けてる…」

 

 「いのり…!綾瀬!ツグミ!」

 

 集は谷尋を押し除け、駆け出した。

 その後を追おうとしたルシアを谷尋が止め、分かれて探すように指示する声が聞こえた。

 

 校舎から出た瞬間、少し離れた場所から怒鳴り声と女子生徒の悲鳴が聞こえて来た。

 

 「ーーっ!!」

 

 焦燥感が集を支配する。

 いのりか綾瀬では無い事を祈りながら、悲鳴が聞こえた場所に向かう。

 そこには数人の男子生徒とーーブレザーを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンに指を掛けているいのりがいた。

 

 「いのりちゃん!お願いです、もうやめて!」

 

 いのりを囲った生徒の中に羽交い締めにされた祭が、涙を流して叫んでいる。

 

 

 

 ーー頭痛がした。

 

 

 「おい」

 

 ブチ切れそうな理性をなんとか抑え、いのりの真正面でニヤニヤ笑う三年の男子生徒に声を掛ける。

 

 「ああ?なんだテメェ」

 

 集に声を掛けられた、ピアスのリーダー格らしいその生徒が集に凄んでくる。しかし、一切動じない集に僅かに怪訝な表情を浮かべた。

 

 「集!助けて!」

 

 「…シュウ?」

 

 いのりが顔を上げる。かすかに目に涙を浮かべ、顔を赤くしーー片頬を腫らしていた。

 

 「ーーっ!!」

 

 限界だった。もう冷静な思考など出来ない。

 穏便に場を収める選択肢が綺麗に頭から消え去った。

 

 「ーー全員ここから消えろ」

 

 「はっ?ーーぱがっ!?」

 

 リーダー格のピアスが何か言う前に、鼻っ柱に裏拳を叩き付けた。

 完全に不意を突かれたピアスは、地面に仰向けで倒れ白目をむいた。いのりを辱めようとしていた他の生徒達は金縛りのように固まり、地面に倒れたリーダーと集を交互に見比べていたが、すぐに怒りに満ちた表情に変わる。

 

 「なんだコラ!舐めたマネしやがって!」

 

 「お…おいコイツ、文化祭の時にあの化け物をーー」

 

 集を取り囲もうとしていた生徒達はそれを聞いた瞬間、再び金縛りに掛かる。

 

 「消えろと言ったんだ。もう次はないぞ」

 

 殺気を剥き出しにする集に、生徒は小さく悲鳴を上げ押し黙る。

 祭を捕まえている生徒を睨むと、その生徒達は泡を食って逃げ出した。他の生徒もその後に続く。

 

 「いのりちゃん!ごめんね、私が捕まっちゃったから!」

 

 祭が泣きながらいのりに駆け寄る。祭を人質に取られたせいで、いのりは抵抗出来きず、一方的に相手の言いなりになってしまっていた。祭はそれを酷く気負ってしまっている。

 いのりが首を横に振る。

 

 「約束したから」

 

 「いのりちゃん…ありがとう」

 

 「大丈夫?いのり」

 

 「うん…顔を殴られただけ。ありがとう」

 

 集は地面に落ちていたブレザーをいのりに羽織らせる。

 頬が腫れている以外に外傷は見当たらない。もう少し早く来ていれば彼女に怪我をさせる事もなかったのに…集の胸の中のそんな悔しさが湧き上がって来る。

 

 「なんでこんな事に…」

 

 「葬儀社を差し出せば、壁の外に出れるって噂が流れたんだ」

 

 「そんな…!」

 

 「綾瀬とツグミを探しに行こう」

 

 三人は急いでその場を離れ、綾瀬とツグミを探しに出たが、見つける事が出来なかった。

 そうこうしてる間に生徒総会の時間が早まり、集達はひとまず体育館に向かう事にした。

 

 「集っ!」

 

 「谷尋!綾瀬とツグミを見かけた?」

 

 「いや、お前が見つけてるものだとばかり…」

 

 体育館の端に谷尋と颯太が居たが、綾瀬とツグミの姿は無かった。

 ダンテ達の姿も見あたらない。何処かで様子をうかがっているのだろう。

 

 「皆さん!デマに踊らされてはいけません!耐える事こそが、今私たちがすべき事なのです!」

 

 壇上では亜里沙が全校生徒に向かって必死に叫んでいる。

 

 「もうその姿勢じゃ、みんなには届かないだろう…」

 

 「何言ってんだよ!」

 

 谷尋の言葉に颯太は噛み付いたが、現に生徒達の中でまともに亜里沙の言葉に耳を傾けようとする者はいない。

 

 「シンプルに行こぜ会長さんよ!みんなが聞きたいのは、どうすれば虐殺から逃れられるかだろうが!」

 

 数籐の言葉に何人かの生徒がそうだと声を上げる。

 

 「葬儀社を差し出せば、俺たちはみんな助かるんだ!」

 

 「デマです!それに、この学校に葬儀社がいる根拠もありません!」

 

 「それが居たんだよ」

 

 壇上の舞台袖から、両手を拘束され、布を噛まされた綾瀬とツグミが難波と数人の生徒と共に現れた。

 

 ーーその中にダンテとルシアの姿もあった。

 

 「ーーー……ナンデ?」

 

 集がようやく絞り出したのは、そんな間の抜けた言葉だった。

 

 「皆さん。彼女達は俺たちの学校の制服を着ていますが、誰か一人でも彼女達に見覚えはありますか?」

 

 生徒達はザワザワとざわめいている。難波はダンテの方にも目を向けた。

 

 「それにこの男。誰がどう見ても、まっとうな一般人とは言い難い!」

 

 「おやめなさい!」

 

 「お忘れですか?会長。彼ら葬儀社は例え子供でも容赦がない!皆さんも覚えているでしょう!命星学園に葬儀社が何をしたかを!」

 

 難波の言葉に数人の生徒が息を呑んだ。

 葬儀社は命星学園をGHQが直接管理していたという理由で、爆破テロを起こし、数人の生徒と教師を巻き込んで学園を破壊した。

 それが一般的な解釈だったからだ。

 

 「そうよ…葬儀社のせいでヒヨリは!」

 

 女子生徒の泣き叫ぶ声が聞こえた。命星学園からの転校生だろう。

 その悲痛の叫びを皮切りに、生徒達から怒声が上がり始める。

 

 「葬儀社のメンバーには、背中にタトゥーが刺してあるって聞いたぞ!」

 

 その言葉に数籐を筆頭とした数人の生徒が壇上に上がり、綾瀬とツグミを取り囲んだ。亜里沙がなんとか止めようとするが、逆に集団から押し出され壇上に倒れてしまった。

 

 「…ダンテ?」

 

 そんな混沌とした状況になっても、ダンテはその様子を静観するだけだ。集はてっきり綾瀬とツグミを守るためにワザと捕まったものだと思っていた。

 だが、違う。むしろ助けに入ろうとするルシアを押し留めてさえいる。

 その時、ダンテと目が合った。

 

 そこでようやく、集はダンテの意図を察した。

 

 ーーお前はどうする?ーー

 

 そう問い掛けている。暴力に訴えて、綾瀬とツグミを助けるのは簡単だ。集が他の生徒が傷付く事を厭わず、綾瀬達を救出する事を選べば容易く実現する。だがそれでは、誰も話を聞かなくなってしまうだろう。

 そうなれば、全員生きて脱出など夢のまた夢だ。

 

 (ーー涯、君ならどうする)

 

 誰も傷付けず、綾瀬達を助け、葬儀社を差し出しても除染作戦は止まったりしない事を証明する方法。

 

 「………」

 

 「…集?」

 

 壇上に向かって歩き出す集を、祭は心配そうに見つめる。

 

 「一人の犠牲で皆が助かる!それはとってもーー素敵な事だろうが!」

 

 抵抗する綾瀬を押さえ付け、数籐は綾瀬の制服に手を掛けた。

 

 「待って!!」

 

 吠える様な集の声が、体育館中に響き渡る。

 周囲の生徒は静まり返り、壇上に歩み寄る集から距離を取った。

 

 「おい、…エンドレイヴと一緒に、あの怪物を倒した奴じゃないか?」

 

 そんな囁き声と共に、こいつも葬儀社か?と疑念に満ちた表情を集に向ける。

 

 「そうだ…僕は葬儀社だ」

 

 あっさり集は認めた。周囲の空気が一気に張り詰める。

 

 「ははっ、認めやがったぞコイツ!」

 

 「まずは皆、落ち着いて。話を聞いて欲しいんだ」

 

 「俺が捕まえる!俺の手柄だ!」

 

 興奮する数籐に静かにそう言うが、取り巻きの一人が鉄バットを片手に集に襲い掛かって来た。

 集は左腕を盾にして、振り下ろされた鉄バットをわざと受けた。

 ミシリと生々しい音が、集の腕から聞こえた。周りの生徒達から悲鳴が上がる。

 

 「……っ!」

 

 集は痛みに耐え、右手で鋭い手刀を取り巻きの首に当てた。

 

 「ーー話を聞けって言ったでしょ。僕に考えがあるんだ」

 

 昏倒する取り巻きを尻目に、集は壇上の難波と数籐を睨み付けた。

 

 

****************

 

 退屈な任務だとダリルは思った。

 ダリルが()()するゴーチェの周りには、近付く者を慈悲なく殺すG部隊が静かに墓石の様に並んでいる。

 医療チームの治療を受けていたダリルは、少し遅れてG部隊記録を見た。愛が無い殺し方だと思った。

 新開発された無人機とは聞いていたが、それを裏付けるように動きも単純で個性がなかった。

 

 (気に食わないなあ…)

 

 桜満集を含めた数人の葬儀社が、学校の生徒を連れて壁に向かっているという情報が入り、ダリルは桜満集や葬儀社メンバーからの抵抗を受けた場合における対処のために配置された。

 

 (…ほんとに来るのか?)

 

 顔無しこと、桜満集ともう一度戦う機会が訪れたのは、願ってもない事だ。命令を受けて喜んで参加したが、G部隊をここまで不気味に感じるとは思わなかった。なぜと聞かれても困るが、生理的に受け付けないと言う他ない。

 ふと、信号がずっと赤く点滅している交差点を曲がり、一台の車が現れた。どこかのバカが性懲りもなく無謀にも壁を越えようとしているのかとダリルは呆れてため息が出た。

 

 しかし、車はラインの数メートル前で止まり、ドアが開くと男子生徒が出て来た。

 

 「う、撃たないでくれ!」

 

 見覚えがあった。確か数籐とかいう三年の生徒だ。

 潜入している時にカツアゲして来たので、許可が出た時に真っ先に殺してやろうとリストを見たので印象が強かった。

 

 「葬儀社の連中を連れて来た!まだ学校には感染してない生徒がたくさんいるんだ!コイツらを差し出せば、助けてくれるんだろ!?俺もまだ感染してねえ!線の外に出してくれ!」

 

 数籐が後部座席を開けると、まず最初に桜満集が篠宮綾瀬を抱き上げる形で降りて来た。

 車椅子に乗っていたあの女が、シュタイナーのパイロットだろう。

 

 「ーー!!?」

 

 その後から降りて来た人物を見て、ダリルは驚愕した。

 

 (ちんちくりん!?あいつ葬儀社だったのか?)

 

 てっきり楪いのりが降りてくるとばかり思っていたダリルは、黒髪猫耳の少女を見て引き金から指を離した。

 しかし、子供がテロリストという話は珍しい話では無い。この程度の事で動揺するほどの事でもない。

 

 「おい、行けよ」

 

 数籐が顎でゴーチェ達を指し示す。

 

 「まっーー!」

 

 レッドラインに踏み込もうとする彼女を見て、咄嗟に出そうになった言葉に自分で驚いて、慌てて口を閉ざした。

 その時、何処からともなく現れた黒い影が、刃の様な爪で三人の身体を瞬きする間にバラバラに引き裂かれた。

 

 「……あっ!」

 

 レッドラインに触れる事すら無く、崩れ落ちる肉塊がやけにスローモーションに見えた。

 ダリルは自分の口から漏れた声が何を意味するものなのか、自分でも分からなかった。

 気付くと崩れ落ちた肉片に、大量の悪魔が彼らを隠すように群がっていた。その光景はまさに、死骸にたかるカラスやハゲタカだった。

 

 「ひ、ひい!!」

 

 数籐がその光景に悲鳴を上げて腰を抜かす。

 

 どくんと心臓が激しく動悸した。胸の中が得体の知れないドロドロしたものに満たされていく。ぐらぐらと足元が揺れるような今まで経験したことがないような不快感だった。

 なんだこれは、こんなの知らない…。ダリルは胸に走る強い痛みを感じ、胸をおさえる。

 

 「こ、これで俺たちは外に出れるんだろ?な?そうなんだろ?」

 

 数籐は汚らしい笑みを浮かべながら、ゴーチェを見る。

 

 「このクズ野郎があああああ!!」

 

  ダリルは絶叫し、数籐に向けてトリガーを絞る。手足が千切れ飛ぶ端から、銃弾がミキサーのように塵に返していく。

 悲鳴など上げる間すら与えず、近くに居た悪魔ごと数籐を細切れにした。

 

 『よく見てください。少尉』

 

 嘘界の声に我に返る。見ると、彼らが惨殺されたはずの場所には、血の跡も服の切れ端ひとつ無かった。

 

 『おそらく、誰かのヴォイドでしょう。遠隔操作可能な肉眼では判別不可能なレベルの精巧なダミー人形を作り出す能力、といった所ですかね』

 

 「じゃあ、アイツらはまだ生きてるって事か?」

 

 『ええ』

 

 不思議と騙されたという怒りは無かった。

 むしろ、胸の中に巣食っていたドロドロが一瞬で消えるような、不思議な脱力感が押し寄せて来ていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ナゼだ!?葬儀社を差し出せば全部解決のはずだろう!いったいどういうことなんだよ!」

 

 壇上で難波が狼狽えて叫ぶ。

 ふゅ〜ねるから送られた映像には、ツグミのハンドスキャナーのヴォイドの能力で作り出されたコピーの集達が引き裂かれる様子がはっきり映し出されていた。

 自分のコピーが蜂の巣にされる様子を目の当たりにした数籐も、先程までの勢いが消えて、青い顔で立ち尽くしている。

 

 「これで分かったでしょ?彼らに僕らをここから出す気は一切無いって…」

 

 取り乱す難波に、集は冷静に語る。

 

 「それに、集の力も見たでしょ!?」

 

 集を睨む難波に追い討ちをかけるように、ツグミは言う。

 彼女が幼少期に孤独の寂しさから、遊び相手の人形を想像上の友達にしていたらしい。彼女のヴォイドはそんな想像力を反映したのだろう。

 

 

 「僕には皆んなが色んな事が分からず、怯えているように見えた。だからひとつ事実をはっきりさせた。GHQはあてにできない。彼らはもう、僕らを生きた人間として見てない。だけど慌てないで。皆には落ち着いて欲しい」

 

 全ての生徒が固唾を呑んで、集の言葉に真剣に耳を傾けている。

 ただし難波はそうでは無かった。

 

 「インチキだ!皆、変だとは思わないか!?あの化け物だって何かのトリックに決まってる!だって、あんな訳の分からない奴が実在してる訳ないだろ!!」

 

 しかし、誰も賛同の声を上げない。数籐ですらスクリーンを凝視している。

 スクリーンには数籐のコピーが撃ち殺された地面を、悪魔達が血肉を求めて長い舌で舐め取っている様子が映し出されている。

 その様子に気付いた難波は、プロジェクターの電気線を引き抜いた。

 

 「そう思うなら、今すぐ外に出て握手でもして来ればいい」

 

 「ーーっ!!……イ…イカサマだ…。あの化け物も、政府の発表も、お前の力も…全部インチキだ!!」

 

 難波が銃を懐から抜いた瞬間、集は壇上を一蹴りで難波を肉薄した。

 

 「っ!!?ーーなっ、ち…畜生!!」

 

 一瞬で目の前まで迫った集に、難波は一時硬直するがすぐに我に返り、集の額に銃口を擦り付けた。

 

 「集!!」

 

 綾瀬が叫ぶ。生徒達からも悲鳴が上がる。

 ーーだが、弾はいつまで経っても発射されない。

 

 「は、離せ!!」

 

 難波のグリップを握る手に重ねるように、集の指もグリップを掴んでいた。それだけではない。グリップと引き金の間に指を挟み、引き金を引けないようにしていた。

 集はそのまま弾倉を抜き捨て、スライドし銃身に残っていた弾も排出すると、スライドカバーを引き抜き、僅かに尖ったカバーの先端を難波の首筋に押し当てた。

 

 「ひっーー!?」

 

 切れ味など無いに等しいが、それでも難波は本物のナイフを押し当てられているような息が詰まるような恐怖を感じた。

 集は難波を解放すると、壇上から生徒達を見据える。

 

 「僕らには、戦うための武器がある。皆にも可能な限りの知識や、技術を教えます。この先、皆にも戦ってもらう事になる。自分と大切な人を守る為には、自分が強くなるしかない…それを忘れないで。これからリーダーになる人は真剣に考えてください…皆が助かる方法を」

 

 集は亜里沙を引きずり下ろし、自分がリーダーになろうとしていた難波に一度視線を向ける。

 

 「誰がリーダーになっても、僕は全力でサポートします」

 

 集は大きく深呼吸する。こんなに大勢の前でこんなに長く喋ったのは初めてかも知れない。

ダンテと目が合うが、彼は肩をすくめるだけだ。彼の中でこれが正解なのか及第点なのかも、よく分からない。たぶんダンテ自身もそこに基準点など、設けてはいないだろう。

 とにかく、自分に出来るだけの事はやった。

 

 「まてよ!集」

 

 壇上から下りようとした集に谷尋が駆け寄る。

 

 「なあ、みんな!集の言うことももっともだと思う!じゃあ訊くが、ここにいる人間で、一番リーダーに相応しいのは誰だと思う!?」

 

 桜満集っ!と誰かが声を上げた。

 

 「新会長に桜満集が就任することに賛成の者は拍手!」

 

 谷尋の言葉を合図に、割れんばかりの拍手が体育館中に鳴り響く。

 

 「谷尋、なにをーー」

 

 「俺もサポートするからやってみろ。誰かに使われる道具じゃなくて、お前が武器を取るべきだと俺は思う。皆もそれを望んでる。これが今お前がやるべき事だと思わないか?」

 

 見れば、祭やいのりも手を叩いている。

 ダンテを見ると、彼は今まで見た事がないような真剣な表情をしていた。それを見て、自分が背負わなけばならない重みが、少し恐ろしくなってしまった。

 出来るのだろうか?自分に、涯と同じように皆を導く事が…。

 

 ーー後は任せた。お前の好きにやってみろーー

 

 涯の言葉が頭の中に蘇り、胸の中に熱いものが込み上げて来るのを感じた。

 集は谷尋に頷き、未だ鳴り止まない拍手に向けて応えるように、降参するように手を上げた。

 

 

 




次は…例のあの回か……。

たぶん、ここからこのSSで最も大きな改変が出ると思います。
ご容赦ください。








ウルトラマンZくそおもろいでございます。



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#45毒蛇-①〜chrysalid〜

Twitterはもうちょっと描き溜めたら、教えます。
いざ見せるとなると、なかなか恥ずかしいな…



…今さらか





 

 

 噂で聞いていた通り、綺麗な街だと思った。

 あんな災害があったというのに暴動が起きている場所も、起きそうな気配も無く、市民達は落ち着いているように見える。

 ネロが誰かに話しかけても、冷遇する者は一人だっていなかった。

 

 国がひっくり返るレベルの感染爆発がおきたというのが信じられないくらいだった。

 むしろ外から来た立場のGHQ兵士達の方が、横暴で敬意など微塵もない様に見えた。

 

 「あのガキ…大丈夫なのか?」

 

 五年前に日本へ帰郷したはずの少年の事をふと思い出す。ダンテと共に居た奇妙な記憶喪失の子供。今は17歳程だろうか、顔を見に行こうかとも思ったが、あいにく東京のどこかに住んでいるという事しか知らない。

 

 「分かんねえ事をいつまでも考えても無駄か…」

 

 ネロは思考を切り替え、目の前の壁に目を向けた。壁の内部から凄まじい瘴気を感じる。ここに近付いてから袖に隠した悪魔の右腕(デビルブリンガー)が疼いてしょうがない。毎日のように魔界の孔が開くフォルトナと比較しても、この悪魔の数は異常だ。どれ程の数と規模の孔があればここまで酷くなるのだろうか。この向こうに確実に何かある。

 落ち着かない右腕をさすって、どう壁の向こうへ行こうか考える。

 

 正面は避けたい。人間の兵士まで相手にする様な事態は想定する中で最悪のシチュエーションだ。

 

 「と…なりゃ、地下から行くか」

 

 地下鉄か水路か、少なくとも地上から行くよりは兵力は多くないはずだ。とはいえ地理感皆無で飛び込むわけにはいかない。

 

 「まずは図書館で街の名前くらい調べねえとな」

 

 ネロは兵士達から背を向け、フードで銀髪を隠す様に深く被った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 集が生徒会に就任して二日程過ぎた。

 魔除けの結界はここに来た初日に張っていたが、敵は悪魔だけとは限らない。早急に頑丈なバリケードが必要だった。

 

 巨大な瓦礫を小さく砕いて、それを指定の場所に運び、祭のヴォイドで元の大きさに戻して壁にする、という作業を繰り返していた。

 

 「すごいなぁ校条さんのヴォイド。私のなんて…」

 

 瓦礫だけでなく作業に必要な備品も一瞬で直してしまう祭のヴォイドを見て、女子生徒が自分のヴォイドを見ながらため息まじりで呟く。

 

 「大事なのはヴォイドの強弱じゃなくて、誰かの役に立ちたいっていう強い想いだよ」

 

 「会長…」

 

 「がんばろう!」

 

 「はい!」

 

 集の励ましで、女子生徒は笑顔で自分の作業に戻って行った。

 会長に就任して数日。脱出と抵抗の希望が見えたためか、パニックも起こる気配は無く、生徒たちの態度も良好だ。

 

 

 

 しかし、問題もあった。

 

 「集、バリケードの作業状況、予定より遅れてるみたいじゃないか…大丈夫なのか?」

 

 「うん、みんな頑張ってはいるんだけどね」

 

 谷尋はため息をついて、集の肩をトンと叩いた。

 

 「お前があまり他人に強く出れない性格なのは知っているが、あいつらの為にもならないぞ」

 

 「……それは、そうかもしれないけど」

 

 「例の件…考えてくれたか?」

 

 レッドラインが出来てから、供奉院家からの援助はおろか、潜入したトリッシュが隙を見て持って来ていたワクチンも管理が一気に厳しくなり、集達に届けるのが困難になってしまった。

 まだ食料もワクチンにも余裕はあるが、このままでは減っていく一方だ。武器弾薬の確保も十分とは言えない。

 そのレッドラインも刻一刻と迫っている。

 

 そして、それに伴い集の頭を悩ませていたのが、谷尋が出したある提案だ。

 

 『ヴォイドランク制』ーー

 生徒たち全てのヴォイドの性能をA〜Fまでに分け、その頂点に集が立つというものだ。

 ランクに応じて、ワクチンをはじめとした配給に制限がかける。ランクが低くなればそれだけ、制限が厳しくなる。物資の枯渇を防ぐためにものだ。

 

 「…すぐに決めなきゃいけない事?」

 

 「そうは言わないが…早いに越した事はない。案も整理も早めに出来るだろうしな。上下関係を作れば人は倍働く」

 

 「…やっぱり、僕には出来ない。こんなの…」

 

 「………お前ならそう言うと思っていたが」

 

 「だってこんなの、差別してるみたいじゃないか」

 

 「差別じゃない。区別だ。お前…本当にこのまま平等に分けられると思ってるのか?」

 

 「じゃ…じゃあ、僕の分を皆にまわして!」

 

 「集っ!」

 

 「だ!だって…Fランクに選ばれた人は死ぬかもしれないんでしょ?」

 

 集は下唇を噛み、顔を手で覆った。

 

 「皆を助ける方法を探してるのに、これじゃあ元の子もないよ…」

 

 唐突に集は俯いていた顔を上げて生徒会室の扉を見た。

 

 「どうした?」

 

 「誰か来た」

 

 「なに!?」

 

 谷尋は扉を見る。足音は聞こえなかった。今も人が近づいて来るような気配は無い。

 集と谷尋以外で『ヴォイドランク制』の事を知っているのは、いのりに祭、綾瀬、ツグミ、亜里沙、花音、の生徒会の運営に直接関与する者と葬儀社の口が固い者達のみだ。

 

 「大丈夫。話し声が聞こえる距離じゃなかったよ」

 

 もし彼女ら以外の人物に今の話を聞かれたら…という谷尋が考えを読んだのか、集が声を潜めて谷尋に告げた。

 

 「通り過ぎただけみたい」

 

 「おどかすなよ。それも悪魔の力なのか?」

 

 「まあね…」

 

 「ところで集、お前の師匠達には伝えたのか?ヴォイドランク制のこと…」

 

 「いや…ダンテ達には本当に最後の最後でいいかなって。もし話たら、また無意識のうちに頼っちゃう気がして…」

 

 「そうか…」

 

 彼等に伝えるのは全校生徒の前でヴォイドランク制を採用することを伝える時にと、集は思っていた。生徒達は納得しないだろう。ダンテも自分の選択をどう思うか…。

 

 (情けない…結局は嫌な事を後回しにしてるだけだ)

 

 「…集、さっきお前が言ったことだが…論外だ。お前の分を他にまわすなんてもっての外だ」

 

 「……」

 

 「お前が死んだら何もかも終わりなんだぞ。もう少し自分が重要な存在だと自覚しろ。あいつらはお客様じゃないんだ」

 

 「けど…!」

 

 「俺はその時が来たら、俺の分のワクチンを全てお前に譲るぞ」

 

 「!!」

 

 集が一番恐れている事は、どんなに嫌でもいずれ『ヴォイドランク制』が必要になってしまう可能性がある事だ。

 ワクチンもウイルスが変異したおかげで、以前より多く投与しなければいけなくなった。補給の目処が立たなければいずれ底をつく。

 しかし、ヴォイドランク制を導入すれば、不平等にはなるものの、効率は良くなるはずだ。

 

 そう近い内に「公平」などとは言ってられなくなる。それが分かるから、集は谷尋の提案を頭から否定出来ないでいる。

 

 命の分別。

 その選択をしなければならない時が迫っている現実が、集を容赦なく苦しめていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「あいつなんて勘してやがる…」

 

 ダリルは伊達眼鏡を掛け直しながら、早歩きで生徒会室から距離を取っていた。伊達眼鏡に内蔵された集音機能で生徒会室の様子を録音し、そのデータを嘘界に送る。しばらくして嘘界の携帯に電話を掛けた。

 

 「お疲れ様です」

 

 「局長の予想通り、桜満集は『ヴォイドランク制』に消極的みたいです」

 

 以前、桜満集が生徒会長に就任した同じ日に、寒川谷尋は彼に『ヴォイドランク制』の提案をした。その様子を今回と同じように録音し嘘界に送っていた。

 桜満集と寒川谷尋の秘密の計画はとっくに嘘界に筒抜けだ。

 

 「そうでしょうね」

 

 「ただ…、完全に反対って訳ではないようです」

 

 「素晴らしい…悩み傷付き、決断する。これぞ青春の化学反応。それがヴォイドを変化させ、強くも弱くもなる。あれは心そのものですから」

 

 「はあ…」

 

 ダリルは嘘界の話を興味無さそうに頷く。以前、桜満集に自分のヴォイドを使われたと聞いたが、ダリルはその事を覚えていないし、自分のヴォイドがどんな物か知りたいとも思わなかった。

 

 「ダリル少尉。もうひと仕事お願いします。誰かにヴォイドランク制の事をバラしちゃってください。出来るだけ桜満集に近しい人物で」

 

 「それでどうなるんですか?」

 

 「別に何も?ただのギャンブルですよ。細波が立つか、大波が荒れるか、はたまた何も起こらないかも知れない」

 

 ダリルはまたこの男の余興に付き合わされるのかと、小さくため息をつく。

 

 「頼みましたよ?」

 

 「はい」

 

 通話が切れると、さっそく誰に伝えるべきか考える。

 葬儀社は言うまでもなく除外だ。奴らはプロだ。下手に近付いておかしな事を言えば、こちらの正体を見破られる可能性がある。

 となれば素人がいい。

 しかし、桜満集の関係者でなければ、生徒達の間であれこれ騒ぎになり、パニックになる事を懸念した桜満集がヴォイドランク制そのものを完全に破棄するかもしれない。

 嘘界が関係者に限定したのはその辺りが理由だろう。

 

 「あーーーっ!!もやしっ子!」

 

 「げっ!」

 

 注意力が散漫だった。

 声がした方向を見ると、やはりあの《ちんちくりん》がこちらを指差して立っていた。嘘界からゴーチェが撃ったのはダミーだと聞いていたおかげで、動揺は少なくて済んだ。

 

 「逃すかーーーっ!!」

 

 「ちょっとツグミ!?」

 

 ツグミはクラッチングからの猛スピードの追跡でダリルに追い迫る。

 

 「待て!もやしっ子ーー!!」

 

 捕まってなるものかと、ダリルはどんな戦場よりも必死に手足を動かした。その後をツグミが綺麗なフォームで「おりゃりゃりゃりゃ!!」とめちゃくちゃな掛け声で追いかけて来る。

 

 「冗談じゃないよ!」

 

 絶叫しながらダリルは必死に校内を駆け回った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ゼエゼエ…くそ、あのちんちくりん…ゲホ」

 

 数分後、ようやくツグミを撒いたダリルは咳き込みながら、呼吸を整える。途中からどこをどう逃げたのか覚えていない。

 

 「ハー…ハー…。とりあえず、任務に戻ろう」

 

 ある程度体力が戻ったところで、ふと遠目に一人の男子生徒を見つけた。

 魂館颯太。桜満集のクラスメイトの一人だ。

 葬儀社か一般人かのカテゴリで言ったら一般人寄りの人間。

 普段の話してる感じや立ち振る舞いから、自分の正体に勘付くような頭も無いだろう。

 

 (あいつでいいか…)

 

 ヴォイドランク制の事を知っているかどうかは分からないが、例え知っていても生徒会内以外の生徒に広まっている可能性を示唆すれば何らかのリアクションを起こすかもしれない。

 近付いてみると、何やらドアの前で悪戦苦闘していた。その手にヴォイドが握られている事に気付き、ダリルは足を止めた。

 しかし、颯太が何度ドアの前でフラッシュをたいても、ドアには何も起こらない。

 

 「くそ!なんでだよ」

 

 何度もノブをひねったり、ドア叩いたりしてから颯太は苛立たしげに呟く。

 

 (なんだあれ?)

 

 魂館颯太のカメラのヴォイド。能力は確か「閉ざされた物を開放する能力」だったはずだ。食堂で缶切りを開いているのを、隠しカメラで見た事がある。

 

 「やあ、何をしてるんだい?」

 

 「うお!ビックリした!」

 

  「ごめんごめん。何か凄く真剣にやってたから気になちゃって。ドア開かないの?」

 

 ダリルがそう言うと、颯太は気まずそうに顔を逸らして、手に持ったヴォイドをあからさまに隠した。

 

 「それが君のヴォイド?」

 

 「ーーっ」

 

 「君…桜満会長の仲間だろう?どんな能力なんだい?」

 

 「…閉じた物をこれで撮ると、開く事が出来るんだ…」

 

 「ふーん、そのわりにはドアも開いて無かったようだけど?」

 

 「ーーっ!……俺が使うと缶切りくらいしか開けない…」

 

 ダリルの言葉で颯太の顔はみるみる曇っていく。構わず畳み掛けるように言葉を続ける。

 

 「きっと君もこれから大変かもね。桜満会長に要らないもの扱いされない事を祈る他ないね」

 

 「は?」

 

 「おっと口が滑っちゃたな〜…」

 

 「どういう意味だよ…。集が俺たちを見捨てるわけ無いだろ」

 

 「本当にそうかなぁ?じゃあ、ここで聞いた事は誰にも秘密だぞ?」

 

 ダリルは周囲に人影がない事を確認すると、小声で颯太に耳打ちする。

 

 「僕さ、こっそり聞いちゃったんだよ。『ヴォイドランク制』の事…」

 

 「…なんだ?それ」

 

 「使えない奴と有能な奴を分けようっていう、わっかりやすい階級制だよ」

 

 ダリルの説明を聞いていく内に、颯太の顔はみるみる青ざめていく。その滑稽な光景にダリルは必死に笑いを堪えていた。

 

 「僕の見立てでは、君はFランクだね。閉ざされた物を開く能力なのに、缶切りしか開けないなんて無能もいい所だ」

 

 「……集が使えば、すげえ力が出るんだ!」

 

 「それは他の奴も同じだと思うけど?」

 

 「ーーっ!…嘘だろ…集…」

 

 「嘘だと思うなら本人に確認して来なよ」

 

 颯太は青ざめた顔のまま首を縦に振り、いても立っても居られず走り出した。ダリルは駆け足で走り去る颯太をヒラヒラと手を振って見送る。同時に自分の仕事に確かな感触を感じていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 夕刻になるにつれみるみる日が傾き、周囲を夕日が照らす。集は校舎の階段を疲れを隠し切れない足取りで登っていた。

 多人数のヴォイドを引き出す作業は思った以上に疲れがたまる仕事だった。

 谷尋は全員分のヴォイドを引き出すべきだと言っていたが、そこまで強制は出来ないと希望者のみとした。

 しかし、悪魔に対抗できる武器が手に入るかもしれないと、ほぼ全員の生徒が希望者に手を上げた。

 集の仲間の中で唯一、いまだヴォイドを出していない綾瀬は「大勢いるし、私は最後でいい」と言って今回は希望者から外れた。

 

 結局、なんとか丸二日かけてようやく七割の生徒のヴォイドを出し終えた。後一日あれば全員分出し終えるだろう。

 

 ヴォイドを出された生徒はそのまま仕舞わず、ヴォイドを持ち続ける事になっている。

 一応戻し方は説明会で解説しているが、基本的には出したまま戻さないように言ってある。

 理由として1秒でも長く自分の能力に慣れることと、緊急時にいちいち出したり仕舞ったりして居られないからだ。

 いつも集の近くにいる生徒会メンバーならまだしも、それでは集の身体がもたない。

 もし自分の中にヴォイドを戻してしまったら、生徒会に報告する決まりになっている。

 

 ヴォイドランク制の代わりとなる他の解決策を一刻も早く見つけたいというのに、丸二日もあって結局はその糸口すら掴めなかった。

 本当に誰かが死ぬ前に突破口が開かなくてはならないが、補給品を多少見つけた所ではヴォイドランク制にはたいして響かないだろう。

 

 「集…」

 

 階段下からの声に目を向ける。そこには、目を尖らせた颯太の姿があった。明らかに非難の感情が強く入った目に集は混乱した。

 

 「颯太?どうしたのさ」

 

 「………やらないよな?」

 

 「え?」

 

 「ヴォイドランク制なんてやらないよな?」

 

 「なっ!!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が凍るような気分になった。

 なぜ颯太に伝わっているのか、谷尋から彼に伝わることはあり得ない。

 そもそも、誰にヴォイドランク制について話すかを確認し合った時、颯太は口が軽いからと却下したのは谷尋なのだ。

 どこから漏れたのか分からない。彼女達に教える時も颯太には話さないように念押していた。

 

 「誰からーー」

 

 「誰でもいいだろ!!最低だな!そんなヒデエ決まり作っちまうなんて!!」

 

 「ち…違う!僕はーー」

 

 何と言うべきだろうか。今後の方針などまだ何も決まっていない。

 

 「僕は…やるつもりはない…」

 

 しどろもどろになりながら、出た言葉がそれだった。途端に颯太は安心した顔になった。それを見てもう何も言えなくなってしまった。

 

 「そ…そうなのか?ーー悪い集!!俺、早とちりしちまって!土下座して謝る!!」

 

 「い…いいって。顔上げなよ」

 

 「じゃあ、握手だ。これで仲直りな」

 

 颯太は集の手を握ると、そう言ってニカッと笑った。

 

 「強引だなぁ…」

 

 つられて集も笑う。しかし、心の中では気休めしか言えない自分を集は恥じていた。

 

 

 

 

 生徒会室に戻ると、まだ無人だった。先程別れた颯太を含め他の生徒会メンバーは、夕食を食べに行っている。集達生徒会メンバーは一般生徒への配膳が終わってからの食事となっているが、今日は集だけが先に食事を取り、生徒会室で休む事にしたのだ。

 

 「……なにやってんだ…」

 

 さっきの颯太とのやりとりを思い出すと、気分が重くなる。

 連日の大量の仕事で疲れが溜まっていた集は、ソファで横になるとすぐさま睡魔に吸い寄せられていった。

 

 しかし数分後、まぶたの裏に月の光をかすめる大きな影に気付き目を開けた。窓の外を見るが雲は無く、月光を遮る物はない。

 

 「ダンテ…」

 

 影の正体に気付くと、素早くソファから立ち上がり、布に包んだアラストルを背負い屋上へ向かった。

 

 「ダンテ!」

 

 「よう、起こしちまったか?」

 

 屋上のフェンスに立つダンテが不敵に笑いながら振り返る。

 

 「いや…外の様子どうだった?」

 

 「一応この辺りは調べ尽くしたが、核らしきモンは無かった。小さい孔はいくつか見つけたから片っ端から潰しといたぜ。まあ、策士のトリックスター気取りのあの野郎の事だ。簡単に行かねえとは思ってたがな」

 

 「その事もそうなんだけど、ここ以外の生存者の事…」

 

 「あ?あぁ…その心配も要らねえよ。襲われた避難所は無かった。あの壁に近付くか、運悪く出くわさなけりゃあ襲われる事も無いみてえだぜ」

 

 それを聞いて集は安堵のため息をついた。この学校と違って他の避難所には魔除けの類のような悪魔に対する対策など無いだろう。悪魔が湧き出したら、あっという間に蹂躙されてしまうかもしれない。

 集はそう考えていたが、幸いにもいい方向に予想を裏切られた。油断は出来ないだろうが、今のところ悪魔達が無差別に人々を襲う事は無さそうだ。

 

 「………ダンテ、久々に…つき合ってくれる…かな?」

 

 「はっ、随分と“やる気”じゃねえか。いいぜ。ちょうど退屈してた所だ」

 

 ダンテがフェンスから飛び降り、背中からリベリオンを抜く。

 集もそれに倣って、アラストルに巻いた布を取り払った。

 剣を肩に担ぐダンテの口角は上がっていたが、張り詰めるような空気が伝わって来る。

 

 「行くぜ。構えな」

 

 瞬間、集の身体に激しい風が叩き付けられた。白い閃光が焼き付くような熱を纏って襲って来た。すかさずアラストルで受け止めるが、集の身体は軽々吹き飛ばされる。

 骨をハンマーで殴られるような衝撃が腕に突き刺さる。

 

 「ーーーづっ!!」

 

 何度受けても慣れない感覚に、集は顔が歪ませる。

 屋上を転がり立ち上がろうとしたが、ダンテがそれを見逃すはずがない。力任せでリベリオンを斬り払う。

 ただの乱暴なだけに見えるが、一撃でも擦りさえすれば簡単に集の命を刈り取れるだけの威力はある。

 刃先が髪に触れ数本ハラハラ風に舞う。紙一重で躱した集はアラストルの魔力を解放する。

 

 アラストルの刀身が青白い雷を帯びる。それを見てダンテは楽しそうそうに笑みを浮かべると、手の平を上に向けて「来い」とジェスチャーで挑発する。

 

 「はあぁっ!!」

 

 それに応え、集は今出せる最大の火力を雷鳴と共に放った。そこらの悪魔なら黒焦げに出来る威力だが、ダンテはリベリオンで苦もなく雷を受け止める。

 

 「ーーっ、これだから…ーー!!」

 

 そのまま野球のバッターよろしく、雷をまるごと打ち返した。

 

 「ーーがぁっ!!」

 

 自分が放った雷撃をそのまま返され、集は咄嗟にアラストルで雷を受ける。だが、雷は防御する集の身体を端のフェンスに叩き付けた。

 防ぎ切れなかった雷が集の身体を襲い、身体のあちこちを焼いく。

 

 「ぐっーーう」

 

 焦げ破れた服の隙間から火傷でミミズ腫れになった肌が剥き出しになる。集は激痛と鼻を突く異臭に息が詰まる思いをしながらも、なんとか呼吸を整えた。

 

 「まだやり足りねえな。お前もそうだろ?」

 

 「ーー当然!」

 

 焦げた臭いと一緒にツバを吐いて、集は笑い返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「せーの、よいしょっと」

 

 「ふ〜〜…」

 

 生徒会女子面で綾瀬を車椅子から湯船に入れ、全員湯船の中に腰を下ろした。ついた。食事と同じく生徒会以外の生徒全員が入浴を済ませた後に、生徒会メンバーが利用する事になっている。

 

 「悪いわね。みんなには面倒を掛けるわ」

 

 「そんな、今更水くさいよ?綾瀬ちゃん」

 

 申し訳なさそうに言う綾瀬に、祭は笑ってこたえる。

 その横で花音が自分の肩を揉みながら、大きく息をはいた。

 

 「それにしても…やっぱり体力あるわね葬儀社って。私もうクタクタ…」

 

 「んーまあ、鍛え方が違うしね」

 

 「本当に皆さんが一緒で心強いですわ。私たちだけだったら、どうなってた事やら…」

 

 「それはお互い様よ。おかげで私達もあたたかいお風呂とご飯にありつけてるわけだし」

 

 「そーそー、win-winの関係ってね。世の中助け合いでしょ?」

 

 綾瀬とツグミの言葉に亜里沙は頭を下げた。

 

 「あっ、いのりちゃん。湯船に髪浸かってるよ」

 

 「え…?」

 

 「いのり、前も言ったけど髪を湯船に入れてると傷んじゃうわよ?縛っときなさい」

 

 「ごめんなさい」

 

 綾瀬にいわれて、いのりは慌ててタオルで髪を纏め上げようとした。

 

 「いのりちゃん。私がやって上げるよ」

 

 「あ…ありがとう、ハレ」

 

 少し水を吸ったタオルがやり辛そうだと思った祭が、代わりに髪を纏める。いのりも祭の言葉に甘えて後頭部を祭に向けた。

 

 「じゃあルシアは私がやるわ。おいで?」

 

 「んっ」

 

 綾瀬が手で自分の脚を伸ばして、膝の上に座らせる。

 

 「……私、いのりちゃん達に感謝してるんです。いのりちゃんに会う前の集って、ずっと心ここにあらずって感じだったから」

 

 「そりゃあ…あんなトンデモ師匠とずっと一緒だったんだもんね。普通の日常は刺激が足りないってもんでしょ?」

 

 「…それは、違う」

 

 ツグミの軽口をいのりが否定する。綾瀬とツグミは同時にいのりの顔を見る。

 

 「シュウは誰かの為に生きたいだけ。いつも全力で自分がやるべき事に向かって行こうとしてる」

 

 「……いのりん」

 

 「そうね…きっと集は実感が欲しいんじゃないかな。…誰かの命を救ってるっていう」

 

 綾瀬の言葉にいのりと祭は微笑みを浮かべる。しかし、祭はすぐに沈んだ表情を浮かべる。

 

 「ーーだから意外だったんです。集はヴォイドランク制なんて反対だと思ってたから…」

 

 集からランク制の話を聞いた時、当然集はすぐに却下するものだと思っていた。全員を生きて無事に助け出す事を目標にしている彼が、見捨てる事になるかもしれない命を選ばなければならないなんて、あまりにも酷な話だ。

 

 「ーーシュウは迷ってる」

 

 「なんで?」

 

 「あいつは予測してるのよ。ランク制が必要になるかもしれない未来を……。でも大丈夫よ祭。きっと集は他にいいアイディアを見つける」

 

 「うん。シュウは…誰も見捨てない」

 

 「綾瀬ちゃん…いのりちゃん。うん、そうだよね!」

 

 「……ほんっといのりんも綾ねえも、気付かない内に色めき立っちゃって。You達さっさと告っちゃいなさいよ」

 

 「え………?」

 

 ツグミの一言で、雫が湯船に落ちる音以外何も聞こえない程、シンと静まり返る。三人の顔が明らかに紅潮する。

 

 「な…なななな!ち違うわよ!私は別に集のことなんかーー」

 

 「私もシュウすき」

 

 顔を真っ赤に染める綾瀬に食い気味で、ルシアが手を上げた。

 

 「お!るしるしも参加ですか?ーーよし!じゃあ、四人で集に同時告白大会をーー」

 

 「しないわよ!!バカツグミ!」

 

 綾瀬が顔真っ赤で怒鳴った時、ガラガラと浴場の扉を開く音が鳴り響いた。

 

 「随分賑やかねぇ」

 

 「ーーレディさん…!」

 

 入ってきた女性は集のもう一人の師であるレディだった。

 

 「シュウのお話しなら、私も混ぜてくれる?」

 

 レディが加わった事によって、集がダンテの所で過ごしていた時期の話になり、少女達の会話はさらに長丁場となった。そして、終わった頃には全員漏れ無く湯当たりを起こしていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 生徒会室はもぬけの空だった。

 

 「無用心だな」

 

 ダリルは嘘界から下された新たな命令を実行に移すべく、パソコンが置かれた机の前に行くと、ハッキング用のツールが入ったメモリーを挿入部に差し込む。

 パソコンには5段階の認証機能があったが、笑ってしまうくらい早々に破られ、あっという間にデータが画面上に晒された。

 嘘界が予想した通り、パソコンには寒川谷尋が纏めたヴォイドランク制のデータが入っており、それぞれのランクに割り振った生徒達の名簿が既にほぼ完成されていた。

 そしてダリルの見立て通り、魂館颯太はFランクに割り振られていた。

 

 「いい子だ。あとはこいつをコピーするだけか…」

 

 その名簿をコピー機で印刷すると、生徒会室のゴミ箱に上から見えないように捨てた。

 これで何も起こらなければ、Fランクの魂館颯太にデータが渡るようにすれば良いだけだ。

 

 自分が助からないかも知れないという恐怖が生まれた時、何が起こり、そして何が狂うか、嘘界では無いが舞台袖からゆっくり鑑賞させてもらおう。

 

 

 

 







いのりんの服ってエッチ過ぎん?




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#45毒蛇-②〜chrysalid〜

前回から続く今回のサブタイ…実はめっちゃ悩んだ。

ギルクラ 原作アニメの15話と、この作品の今回の話は全く別物なので、原作と同じサブタイは良くないと思って変えることにしました。


 

 昼前、颯太は腹の虫と戦いながら、他の生徒達と一緒に階段下をホウキではいていた。

 雑用は好きな作業とはとても言えなかったが、自分に集達のように何かを管理するような仕事ができるとは思えなかった。

 劣等生と平凡を行ったり来たりしている自分が重要な仕事で責任を背負うのは、大きな抵抗があった。

 

 (ヴォイドランク制なんて酷い事を考えるもんだよな…!)

 

 一晩経ってもまだ怒りが収まらない。集の反応から見てヴォイドランク制が実在している事は確かなようだが、いったい誰がこんなヴォイドで差別するような事を考えたんだか。

 なんにせよ当の集が反対ならランク制は導入されないだろう。

 

 「みんな、これを見て!生徒会室のゴミを出した時に見つけたの!」

 

 そんな事を考えていると、一人の女子生徒がひどく焦った様子で走って来た。その場に居た生徒達は作業の手を止め、女子生徒の所へ集まった。

 颯太は嫌な予感がした。大丈夫だ…あの集だぞ?と自分に言い聞かせるが、生徒達の声はとうてい受け入れられ無い現実を突きつけて来た。

 

 「なんだよこれ!」

 

 「ヴォイドランク制!?AからFって…俺たちみんなFじゃねえか!!」

 

 どよめきが大きくなっていく様子を、颯太はただ立ち尽くして見ていた。

 

 「なんだよFって!何で俺が最低なんだよ!」

 

 「ねえ、私たちどうなるの?あなたも生徒会役員なんでしょ?なんとかしてよ!」

 

 「そうだよ、颯太!お前だってFランクじゃんか!」

 

 「お…俺はなにも…このランクが役に立つ順って事しか…」

 

 疑問と不安が渦巻く。颯太もそれは同じだった。

 こうしてランクの割り振りが終わっているという事は、いつでもランク制を始める準備は出来てるという事だ。

 全生徒たちのヴォイドの確認は既に七割近く完了していると聞いた。きっと今日、集は全員分のヴォイドを確認し終えるだろう。

 そうなれば、このきっとランクの構築は完成する。

 

 「役に…立てばいいの?」

 

 女子生徒の呟きに全員が黙り込んだ。

 

 「病院にまだワクチンが残ってるかもしれない。こんな事態だし、早く行かないと」

 

 「そうだ…そうだよ!ワクチンを沢山持って帰れば、誰だってオレ達に感謝するはず!」

 

 確かにあの悪魔達を出し抜いて、ワクチンを手に入れる事が出来れば、Aは無理でもCランクくらいには上がれるかもしれない。

 

 「どうする颯太?」

 

 「魂館くん…」

 

 しかし、本当に可能なのだろうか。悪魔だけでなくGHQのゴーチェも生存者達を襲っているという話を聞く。

 

 「…よし、行こう!」

 

 どのみち今回を逃せば機会は無いかもしれない。今が自分達の力を証明する最初で最後のチャンスだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「ーーう?シュウ起きて」

 

 「集、大丈夫?」

 

 自分を呼ぶ声に目を開けるといのりと祭が集の顔を心配そうに覗き込んでいた。硬いコンクリートの感触を後頭部に感じながら、しばらくボンヤリ二人の顔を見て、ようやく自分がどこにいるのか思い出した。

 

 ダンテとの稽古で最終的に屋上から叩き落とされた後、階段を上るのも億劫だったので映研部の部室であるボロ屋で眠ってしまっていたのだ。

 

 「おはよう…。昨日鍛錬してただけだから大丈…っいてて!」

 

 身体を動かした途端思い出したかのように、傷が痛み始まる。

 

 ここ最近は悪魔の力と、祭のヴォイドに頼り切りだったから人間本来の治癒力というのを忘れかけていた。

 人間がいかに怪我が治りにくいのか、改めて思い知る。

 

 「もう!また無茶してたでしょ」

 

 火傷だらけの身体を見て、祭が怒った顔で集の顔を見る。 

 

 「はは…」

 

 「何かあったの?」

 

 「………」

 

 「……シュウ」

 

 「ちょっと…ね。失敗しちゃって」

 

 いのりの問い掛けに集は顔をそらして俯く。いのりと祭は一度互いに目を合わせる。

 

  「……どんな失敗をしたの?」

 

 祭が少し顔を覗き込むようにしながら優しい口調で尋ねた。

 

 「颯太が…何故か分からないけど、ヴォイドランク制の事を知っててそれで僕に聞いて来たんだ。“本当にやるのか”って」

 

 「シュウは…なんて答えたの?」

 

 今度はいのりが尋ねた。

 集はいのりの問い掛けに、少し深く息をはく。

 

 「“やるつもりない”って言った」

 

 「それがどうして失敗なの?」

 

 いのりの問い掛けに集は俯きどう言葉にすべきか少し考えると、絞り出すような声で言った。

 

 「だって、この先どうなるか分からないじゃないか…。裏切る事になるかもしれないのに。僕は嫌われたくない一心で……」

 

 「他人から嫌われたくないなんて当たり前だよ。誰でもそう。それじゃあダメなの?」

 

 「そりゃあダメだよ!リーダーなんだから!」

 

 当たり前の事を聞くなと言いたげに、集は頭を左右に振って強い口調で言った。

 

 「何時までここに居る事になるか分からないんだ…。みんなを守るために、皆んなが嫌がる事だってしなきゃいけなくなる。優しく事をしたからって、いい結果になるとはかぎらないんだ!その時が来たらきっとーー」

 

 「せーの」

 

 えいっと言う掛け声と同時に、二人は正面から集の首を抱き寄せた。

 

 「うぐっ!」

 

 集の首と胸の辺りに圧力をかけられ、体の奥があたたかくなるようないい匂いに包まれると同時に呼吸が一瞬止められる。その上、柔らかい感触を押し当てられている事に気付くと、一気に顔が熱くなった。

 

 「…ーーっあの…、これは一体…」

 

 その動揺を悟られないように、冷静をよそおって二人に尋ねる。

 

 「ねえ…私たちは、シュウにとって頼りにならない?」

 

 「え?」

 

 いのりのその言葉に思わず顔を見ようとする。しかし二人はしっかりと集の身体を抱き寄せていて、それは出来なかった。

 

 「一人で抱え込まないで。集…」

 

 「ーーっ」

 

 集の耳元で祭が囁くように言う。

 そこでようやく二人の真意を集は理解した。

 

 「ガイが…言ってた。“仲間は同じ目的のために、同じ罪を背負っていくものだ”って…」

 

 「…涯らしいな…」

 

 いのりは頷いて身体を離すと、吸い込まれそうな程澄んだ瞳で集の眼を覗き込んで来た。集は心の中をそのまま覗き込まれるような感覚になり、心臓が激しく脈打った。

 

 「シュウにとっての私たちは、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 「それは…」

 

 「集…言ってたよね?私達も戦わなくちゃならないって…。私は集やいのりちゃんみたいに、戦う事は出来ない」

 

 祭が自分のヴォイドの存在を感じようとするかのように、自分の胸の中心をそっとさすった。

 

 「それでも私は…集の力になりたい。私の力で大切な人達を守りたい」

 

 「ハレ…」

 

 「どんな事になっても、私は集の味方だから」

 

 祭は優しい微笑みを浮かべ、集の頬に触れる。

 

 「私も…シュウを一人にしない」

 

 「…いのり」

 

 いのりが集の右手にそっと手を重ねる。少女達の想いに触れ、集の頬が緩む。

 

 「ありがとう二人共…ごめん。一気に色々起こりすぎて、大事な事を忘れてた…」

 

 そんな想いを二人はずっと抱えていたのかと、集は下唇を噛んだ。

 彼女達は、ただ庇護の対象でいるつもりはさらさら無いのだ。互いに失敗や欠点を埋め合い、信頼し合う、そんな対等な仲間で居たいと願っていたのだ。

 集は傷つけたくない、失いたくない一心で彼女達を無意識のうちに突き放すように遠ざけていたのかも知れない。

 

 「大丈夫だよ?集なら優しい王様になれるって、ーー私は信じてる」

 

 祭の言葉にいのりは首を傾げる。

 

 「王様…?確かこの間も…」

 

 「いのりちゃん知らない?“優しい王様”ていう昔話」

 

 いのりはピンと来ず首を傾げるが、集は心当たりがあり「あーっ」と声を上げた。

 

 「ハレ、昔から好きだったよね?」

 

 「うん、小さい頃からずっと好きだったお話。ある国にいた王様がとても優しくてね、皆にお金をあげたり、土地を譲ったりしていたら、とうとう国がなくなってしまったの。王様は大臣とか、お妃さまとか、皆に怒られちゃうんだけど…でも、私はそんな王様が大好きだったの」

 

 「きっと私のーー」という小さな呟きが、いのりは祭がただその物語が好きなだけでは無い事に簡単に気付くことが出来た。

 

 「集はその王様に似てるの。優しくて、損しちゃうところとか…。大丈夫。集にはいい所いっぱいあるもん。きっと皆分かってくれるよ?」

 

 祭は子供のように綺麗で大きな瞳で集を見つめる。

 

 「………」

 

 「ねえ、シュウはどうしたいの?」

 

 「僕は……」

 

 「何をしなきゃいけない…とかじゃなくて、シュウの気持ちは?」

 

 いのりと祭は合理性ではなく、集らしい選択を望んでいた。

 彼に後悔する選択を選んで欲しくない。

 何より彼女達は集本人よりも、桜満集の事を信じていた。

 

 「…一緒に考えよう?集と皆が納得する方法を…」

 

 「………いのり、ハレ」

 

 集は少女達に微笑み返し、立ち上がった。

 覚悟は決まった。きっと怒り狂う人は居るだろう。「差別だ」と叫ぶ者も、そんな悪意を向けられるのが怖くないと言えば嘘になる。

 だけど…しっかり話し合うべきだと思う。

 話し合って、皆が助かる未来を探そう。

 

 「今日…皆にヴォイドランク制の事話すよ」

 

 「…うん」

 

 「私たちも協力するよ」

 

 ーー集には、喜びも苦しみも共有できる大切な人達がいる。

 集一人が守る者たちの重圧に苦しむ必要はないと、彼女達はそう言ってくれた。

 彼女達が居れば、桜満集はきっとーー。

 

 その時、祭の携帯が鳴った。

 

 「もしもし。花音ちゃん?ーー集?居るよ?」

 

 祭がしばらく電話の向こうの花音と話すと、集に携帯を差し出した。

 

 「花音ちゃんが“緊急”だって…」

 

 『桜満くん!?』

 

 携帯を受け取り耳に当てると、花音のひどく切羽詰まった様子の声が聞こえてきた。

 

 『魂館くんが四人の生徒と一緒にヴォイドを持って学校の外に出てるの!桜満くんが指示したの!?』

 

 「え!」

 

 『近くにGHQのロボットもいるの!!すぐ呼び戻さなきゃ!!』

 

 「通信は!?」

 

 『もうローカルネットの圏外に出ちゃったの!』

 

 「分かった。こっちから追ってみる。すぐレディさんに連絡して」

 

 「集…?」

 

 「二人はここに居て。近くにダンテもいる筈だから、一緒に連れ戻す」

 

 無論、いまだに黒電話しか持っていないダンテが、通信機の類いなど持っているわけが無いが、戦闘音に気付けばすぐに向かって来るはずだ。ダンテはこの辺りの孔は全て閉じたと言っていたが、油断は出来ない。

 

 駆け出そうとした集の制服の袖をいのりが掴んだ。

 

 「私も行く…」

 

 「いのり!」

 

 そして祭も集を引き止めるように、集の腕をしっかり捕まえた。

 

 「私も!こういう時にこそ私のヴォイドが役に立つはず!」

 

 「ハレまで!…何が起こるかわからないんだぞ!?さっきの話を気にしてるのかもしれないけど、これは全然別の話だ!!」

 

 「私だって怖いよ!?だけど…」

 

 「シュウが戦ってる間、誰が彼等を守るの?」

 

 集は僅かな間だけ悩むと、二人の手を取る。

 悩んでる時間が惜しかった。

 それにいのりが自分のヴォイドを持って戦えば、より安全に颯太達を避難させる事が出来るはずだ。

 

 「分かった。一緒に行こう」

 

 集は二人に頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「急げ!!」

 

 颯太は後ろから着いてくる生徒達を急かす。

 てっきりあの悪魔達がウヨウヨいるかと思っていたが、長いこと走っているのに一体たりとも見かけない。

 拍子抜けだが好都合。

 

 「あの高架橋を越えればもうすぐよ!」

 

 (頼む!あってくれ!!)

 

 すぐ後ろを走る女子生徒が息を切らしながら言う。

 颯太はただ病院のワクチンが残っている事だけをひたすら祈っていた。

 

 その時、背後から走って来た車が颯太達の進行を遮るように止まった。扉が開き助手席からいのり、後部座席から集とヴォイドを持った祭が飛び降りた。

 運転席にはツグミが操作する“ふゅ〜ねる”がハンドルを握っていた。

 

 「颯太っ!!馬鹿な事してないで戻るんだ!!」

 

 集がそう叫ぶと颯太の表情が怒りとも悲しみともつかない表情に歪み、ふざけんなと吐き捨てるように呟いた。

 

 「馬鹿ってなんだよ!Fランクだから馬鹿だって言いたいのか!?」

 

 「ランクとか関係無く馬鹿だ!!悪魔がどれだけ危険な連中かさんざん話しただろ!?皆を殺したいのか!!」

 

 集にしては珍しく罵声にも似た怒鳴り声を上げる。颯太はそんな集に驚いたのか、一瞬呆然と集の顔を見るが、もう引っ込みがつかないのかすぐに怒りの表情を浮かべる。

 

 「うるせえな!!俺たちは病院からワクチンを手に入れて、最低ランクじゃないって証明するんだ!!」

 

 「まさか…そのために?」

 

 「ああそうだよ!!ランク制やるつもり無いなんて嘘言いやがって!!しっかり準備出来てるじゃねえか!!」

 

 颯太は懐から紙束を取り出して地面に叩き付けた。集が地面に落ちた紙に谷尋がまとめていたFランクの印字がある事に気付いた。

 集は違和感を感じた。谷尋はランク制の編集をパソコンで進めていたはずで、紙に印刷などしてなかったはずだ。

 

 颯太達はこれをどこで見つけた?

 

 「颯太…」

 

 「俺たちを切り捨てるつもりだったんだろ!?友達だと思ってたのに!!」

 

 「ち、違う!僕はーー…っ。ツグミっ!車から降りろ!!」

 

 『えっ!?わわわっわ!!』

 

 集が突然言葉を止めて、叫ぶ。

 

 “ふゅ〜ねる”が慌てて車から飛び降りた瞬間、車が高く飛び上がり、高架橋に激突して見る影もなくへし折られた。

 集は背中に背負ったアラストルの柄を強く握り、一息に引き抜く。

 

 

 「いのり…」

 

 「うん」

 

 いのりが集の正面に立ち、集はいのりの目を覗き込む。そしてその胸から巨大な剣を引き抜いた。

 

 「時間をかせぐ。みんなと一緒に隠れて」

 

 そう言ってヴォイドの剣をいのりに渡すと、背後に現れた異形の者たちと向かい合った。

 

 「…わかった」

 

 「集っ!気を付けて」

 

 集は悪魔から目を離さず、二人に向けて親指を立てる。

 いのりが颯太に何かを言って、引きずるように物陰に連れて行く。他の生徒も大人しくその後に続く。

 それを横目でチラッと確認した瞬間、それをスキと見たのか悪魔達が雄叫びを上げて飛び掛かった。

 

 集は冷静に空中の悪魔を斬り落とすと、続く後続をバックステップで躱す。集はアラストルを振るい、右から左から襲ってくる悪魔達を次々と悪魔を斬り払っていく。

 しかし、その数はどんどん増していく。いのり達が逃げた方向からも、戦闘音が聞こえた。

 ダンテならもう戦いに気付いたと思うが、力を制限されている自分はもちろん、いのりの方もおそらく状況は芳しく無いだろう。

 ダンテがいのりの方へ助けに行ってくれる事を信じて、集は目の前の敵に意識を戻す。

 

 

 その時、空中から金属を裂く様な音が聞こえた。 

 何かが猛スピードで飛んで来ている音だ。

 

 ダンテでは無い。感じるのは無機質で強い殺意だ。

 

 

 「ーーーっ!!?」

 

 ほぼ反射的にその場を飛び退いた。

 その瞬間、地面を何かが激突した。隕石でも降って来たかの様な衝撃が辺りを襲い、土と石を巻き上げる。

 

 「ーーーづっぅ!!」

 

 吹き飛ばされ、地面に転がった集が土煙に視線を向けた。

 

 衝撃の起きた場所は小さなクレーター状になっており、その中心部には腕が入ってしまいそうな太さの穴が深く土を抉っていた。

 

 音が聞こえてきた方向を見る。

 ちょうど通り一つ分離れたビルの上に、大きな影が見えた。

 否、それは影そのものだ。

 

 「ファング…シャドウ…!」

 

 巨大な影の獣だ。虎の模様は絶え間無く赤い光が脈打ち、背中と四肢には湾曲した無数の刺が、肋骨が飛び出たように規則的に並んでいる。

 

 影の獣は頭部の顔半分から長い銃口を生やし、獣のままもう半分の顔で集を睨む付ける。

 

 「冗談だろ…」

 

 冷や汗が背中をじっとり濡らす。

 長い銃身の上に狙撃用のスコープが付いてなければ、戦車の砲塔を生やしているようにしか見えなかっただろう。

 

 狙撃銃の種類は多くあるが、とりわけ有名なのが“対物(アンチマテリアル)ライフル“だろう。集はそこまで銃器にあかるい訳では無いが、戦車の装甲に穴を空けて致命的なダメージを与える事が出来る物もあるという話くらいは聞いた事があった。

 

 もし…アレがそんな代物をベースにした物なら、あのサイズの銃弾でそんな威力。たとえ僅かに掠っただけで部位がもぎ取れる事は想像に難くない。

 

 ファングシャドウは再び銃口を集に狙いを定めた。

 

 「くそっ!!」

 

 集は無我夢中で駆け出し、高架橋の下に滑り込む。

 

 「アラストルっ!!」

 

 アラストルを信号機に向け、叫ぶ。

 信号機を壊したいわけでは無い。アラストルは僅かに雷を纏わすと、信号機との間に強力な磁場を発生させた。

 

 それに引っ張られる形で集の身体は、勢い良く高架橋の向こうへ飛び出した。

 

 その瞬間、影の獣から放たれた巨大な銃弾が高架橋を難なく貫通した。想像する事すら嫌になる威力を秘めた銃弾は、衝撃波で真空を作り出しながら弾丸の軌道を空間にしばらくの間焼き付けた。

 そのすぐ後、貫通して出来た穴を中心に高架橋は地響きと共に崩壊する。

 

 地面を転がった集はすぐさま身体を起こすと、ビルの屋上に居るファングシャドウにアラストルの刃先を向けた。

 大きな雷鳴と共に刀身から放たれた雷はファングシャドウを直撃する。

 

 ダンテから聞いていた通り、雷は直撃したがそのエネルギーは獣の表面に吸収され、複数の魔法陣から魔力の刃に変換して撃ち返してきた。

 

 「ーーっ!!?」

 

 雷を目眩しに逃げようとしていた集だったが、魔力の刃は集が逃げようとしていた先の地面を広範囲に渡って突き刺さる。

 屋上を見上げると、ファングシャドウの頭部は二本の牙を持つ元の獣の顔に戻り、飛び降りた直後だった。

 

 巨大な獣は重力を感じさせない優然とした風体で地に降り立つと、炎のように不定形な黒い影の立て髪を揺らしながら、敵意の籠もった眼で集を見る。

 

 「……?」

 

 集はふと妙な引っ掛かりを覚えた。

 しかし、それを考えてる間にファングシャドウは新たに頭部を巨大な機関銃に変えた。

 

 「やらせるかっ!!」

 

 集が再び雷を放つ。

 ファングシャドウは頭部を変形させながら、雷を飛び越えるように躱した。

 

 「っ!?」

 

 そう躱した。

 受けても一切ダメージが無いはずの攻撃を、()()()

 

 頭部の機関銃が着地の瞬間、ローリングと共に凄まじい轟音で弾を撃ち出した。地面やビルにレンコンみたいな穴を空け、集が居た場所を瞬く間に瓦礫の山に変えていく。

 周囲が瓦礫の山と土煙で満たされ、ファングシャドウは撃つのをやめた。

 

 獲物を撃ち抜いた感触が無い事に、ファングシャドウは訝しんだ。

 何処かに逃げ延びた獲物を探そうとした瞬間、ファングシャドウは真上から雷に撃たれた。

 

 『グルルルゥゥゥゥ』

 

 だが雷は既に“覚えた”。何百、何千うけた所でファングシャドウの命を脅かす事は無い。

 ファングシャドウは頭部を獣の姿に戻し、雷のエネルギーを再び自身の魔力へ置換する。

 

 「なるほど…、“変形”とカウンターは同時には出来ないんだな」

 

 集がビルの壁に貼り付いているのを発見したファングシャドウは、低く唸る。

 

 これはアリウスから受けた”改造“の弊害だろうか?理由はどうであれ目の前の凶悪な魔獣にもつけ入る隙があるということだ。

 

 ファングシャドウは地を蹴り付けると、一瞬で集の目の前に迫り頭部を槍に変えて串刺そうとした。

 集は槍を躱し、小さなヴォイドエフェクトを連続で発生させながら壁を駆け出す。

 

 ファングシャドウはその後を追いながら、何本もの槍を射出し、大剣に変えて薙ぎ払ったり、叩きつけたりして絶え間無く集を襲い続ける。

 それを左右に避け、空中のエフェクトを蹴りながら必死に身体を動かす。

 

 (なんとか…コイツを引き離さないと!)

 

 人間としての体力の限界が近付きつつあった。

 集は息を切らしながら、後ろから追いかけて来る影の獣に注意を払った。その時、ファングシャドウの口内から稲光りを発している事に気付いた。

 

 (来る!!)

 

 次の瞬間、眩く激しいスパークと共に口から稲妻を吐き出した。

 

 集は咄嗟にアラストルとヴォイドエフェクトで、影の獣が放つ雷を防御する。巨大な稲妻がヴォイドエフェクトに直撃し、周囲の世界を閃光で覆い尽くす。

 集が放てる最大火力の数倍強力な雷だ。

 

 「ーーづっ!!」

 

 ヴォイドエフェクトで防御し、防ぎ切れない分をアラストルに吸収させる。これだけやっても防ぎ切れずアラストルを持つ集の指が焼け爛れていく。

 

 「がっ あ ああぁぁ!!」

 

 雷の威力が僅かに弱まった瞬間を見逃さず、集は吸収した雷にアラストルの雷を上乗せして放った。

 

 アラストルから放たれた雷はファングシャドウの雷を弾き飛ばし、ファングシャドウの身体に直撃した。

 その瞬間、ファングシャドウの黒い身体が粉々に砕け散った。

 

 「ーーっ!!」

 

 集はその光景に目を見張る。

 そして散り散りに飛ぶ黒い砂を見て、瞬時に理解した。

 ファングシャドウは砂鉄を磁力で操り、一瞬でデコイ人形を作り上げたのだ。

 

 集は砂鉄人形が立っていた壁に大きな穴が空いてる事にすぐ気付く。その意味を完全に把握する前に脚は壁を蹴った。

 

 周りの時間の流れがいやに遅く感じる。

 集の目に窓の内側にファングシャドウが頭部を先程の対物ライフルに変形させ自分に狙いを定めている様子が飛び込んだ。

 

 直後、ビルの窓ガラスが内側からの閃光と衝撃によって破裂するかのように砕け散った。

 発射された弾が集を撃ち抜こうと迫る。

 

 しかし、途方も無い威力を秘めていた事が逆に幸いした。

 銃口から放たれた衝撃波が、砕け散った窓ガラスの破片が、集の身体を遠くへ運んだのだ。

 おかげで殆ど防御らしい防御も、身体を捻って避ける事も出来なかったが、集の身体に弾丸が命中する事は無かった。

 

 窓ガラスが全身に突き刺さり、真空を作り出す弾道が鋭利な刃物のように、集の肩を切り裂く。

 

 「……ぁっ…?」

 

 それで命を拾った事に集は心の底から驚いた。

 

 何故ファングシャドウの弾丸から逃げられたのか集には理解出来なかった。

 

 「っ!!」

 

 地面が猛スピードで近づいている事に気付き、慌ててヴォイドエフェクトを展開しクッション代わりにした。

 

 「がっ…あぁぐっぎ…っ!!」

 

 全身がバラバラになるのではないかという程の衝撃に襲われ、集は歯を食いしばった。

 

 「げぁっ…がぱっ!?」

 

 痛みに呻きながら、縋るように土を掴み吐血する。

 ーー逃げなければ。今のはたまたま命を拾ったにすぎない。

 ーー次は無い。ーー奇跡は起こらない。

 

 「アラス…トル。…アラストル!!」

 

 いつもと同じだ。

 雷の剣は集の声に答えない。

 

 「こういう時くらい答えてくれよ!!」

 

 全身に走る激痛に耐えながら、アラストルを探して歩き回る。

 アラストルはすぐに見つかった。高架橋の瓦礫の上に突き刺さっていた。ほんの数歩走れば手が届く距離。

 

 「ーーっ!?」

 

 だが、真後ろに巨大な気配を感じ、集は金縛りにかかったように動けなくなった。

 目と鼻の距離から獣の唸り声と吐息が、集の後頭部を撫でる。

 そして湿った音を立てて獣の頭部が不定形に崩れ、銃口へ変わる。

 

 「はーーっあ…?!」

 

 もう逃げる事も、防ぐ事も出来ない。

 生存を訴える心臓が痛いほど鼓動する。それに同調し呼吸もどんどん激しくなっていく。

 

 『集っ!!伏せて!!』

 

 綾瀬の声と同時に、こちらへ猛スピードでシュタイナーの白い機体が向かって来る。シュタイナーはおもむろにグレネードランチャーを発射した。

 ファングシャドウの目の前で閃光弾が炸裂し、眩い白い光が太陽の光のように爆発的に広がった。

 

 『グルオォッ!!』

 

 影の魔物であるが故か、閃光弾の光にファングシャドウの変形は解け、ファングシャドウは一瞬動きを止める。

 

 『やああああ!!』

 

 綾瀬は咆哮を上げ、ファングシャドウに体当たりをする。

 渾身のタックルを受けたファングシャドウは、しばらくシュタイナーに押されていたが、ショックから立ち直ると逆に強靭な脚をさらに樹木の根のような物に変形させ機体を押し返し始める。

 ファングシャドウの身体がピタリと止まり、シュタイナーは土や瓦礫と車を巻き込みながら押され始めた。

 

 『くっ…!!このっ!…ーー集っ!早く逃げて!!』

 

 「けど!!」

 

 『あんたが逃げないと私も逃げられないでしょ!!』

 

 ファングシャドウの胴体から無数の鎌が生え、鞭のようにシュタイナーを打ち始めた。

 

 『キャアァッ!!』

 

 「綾瀬っ!!」

 

 機体が何度も切り裂かれ、無数の細い切り傷が出来ていく。

 腕を脚を胴を背中のミサイルハッチも、ファングシャドウは切り裂こうとする。

 

 『集っ!!ーー早く行って!!行けっての!!』

 

 「ーーっ!」

 

 綾瀬の声に後押しされ、集は立ち上がるとアラストルを目指して走る。そして柄を掴んだ時、ある光景が目に入った。

 

 颯太が祭の手を引いて走って来たのだ。

 

 「なんで…ここに…」

 

 颯太が祭に何かを言うと、祭は壊れた車に包帯のヴォイドを巻き始めた。車を直すつもりなのか?なんだってこんな時にーー。

 

 その時また一人、物影から飛び出した。

 

 「いのり?」

 

 集が呟いた時、ーーー

 

 『集っ!!』

 

 綾瀬が絶叫する。

 集の盾になるように立つシュタイナーの向こうで、ファングシャドウが身体が流体のように波打ちながら変形していた。

 今までとは明らかに違うものだ。

 ファングシャドウは核を露出させ、禍々しい光を放ちながら激しく、大きく、異質な変容を見せる。

 しかし形状が固まっていくにつれ、近未来的でライフルや機関銃と比べてもずっと複雑な機械のような物が姿を現し始めた。

 

 ファングシャドウの核を中心に、刃のようにも翼のようにも見える四枚の金属の羽が四方に並び、狙いを定めるように四枚全ての羽を集達へ向けられた。

 

 「銃…なのか?」

 

 ライフルや機関銃を含めた通常の銃火器にある筒状のライフリングとは大きくかけ離れたものだ。どう見ても弾丸を放つ為の形状ではない。

 ーーしかし、どこかで見た記憶があった。

 あんな突飛なデザインの武器なんか、一度でも見れば忘れるはずが無いと思うのだが、どうにも記憶の片隅に引っ掛かる。

 見たのはそう昔では無い。つい最近ーー。

 

 『まさか…』

 

 綾瀬が震える声で呟いた。

 

 『“ルーカサイト”…?』

 

 「なっーー!!?」

 

 その名を聞いて集は戦慄した。

 

 ーールーカサイト。

 かつて葬儀社を苦しめた衛星軌道兵器。空母どころか街すらも一瞬で焼き尽くす事ができる悪魔のような極光の星。

 

 「くっそ!!」

 

瞬間、集が弾けるように動いた。

 ファングシャドウの変形を喰い止めようと、アラストルの刀身に雷を溜め、一気に解放した。

 しかし、ザーーッという音と共に地面から起き上がった黒い壁が雷の行手を阻んだ。

 

 「くそっ、また砂鉄か!!」

 

 これでは十分な威力が届かない。閃光弾を撃っても、同じように防がれるだろう。

 

 シュタイナーが自分達の前に車や瓦礫を積み上げ、高架橋の瓦礫を持ち上げて壁にする。

 

 「綾瀬…っ!」

 

 『ーーいのり達を助けて!!』

 

 こんな壁で“ルーカサイト”の極光を防げるはずが無い。そんな事、綾瀬だって分かっているはずだ。

 

 『早くっ!!何をすべきかくらい分かるでしょ!!』

 

 集は三人に向かってめちゃくちゃに叫びながら走り出した。

 何とかこの危機を伝えようと、血を吐きながら懸命に声を出す。

 

 「ーーいのりっ!!ハレっ!!ーー逃げろぉお!!」

 

 三人が集の喉が裂けるような必死な叫びに気付き、振り向く。

 

 その瞬間、閃光弾を上回る太陽が地上に落ちて来たかのような光が集の意識を塗り潰す。

 世界が白く染まると同時に、灼熱の地獄が押し寄せて来た。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ーー数分前

 

 ダリルはゴーチェの編隊を引き連れて、楪いのりと戦闘を行なっていた。正確に言うと頼んでも無いのに、例の“悪魔”とかいう化け物達が勝手について来て、勝手に戦闘を始めたのだ。

 

 なんにせよ結局は嘘界の言う通りの展開になった。

 ダリル達に与えられた命令は、愚かにも安全な柵の外に出た生徒たちを襲うだけの単純なもの。

 ーー生徒を殺しても良い。ただし、楪いのりは決して殺すな。

 それが唯一設けられた制限だった。

 

 (何故だ?楪いのりは葬儀社の一員で敵だろ?)

 

 そう思ったが、聞いたところで教えてくれるはずが無い。案の定ローワンから極秘だと釘を刺された。ローワンの顔色を見るにどうせ彼も知らないだろうから、もうどうでも良かった。

 

 『あの、ダリル少尉…。このまま見てるだけで良いのでしょうか?』

 

 斜め後ろに立つゴーチェがダリルの顔色を伺うように言う。

 ダリルは生徒達を守って悪魔と戦う楪いのりに視線を戻す。ヴォイドの大剣を持ち、とても人間とは思えない動きで次々と悪魔達を両断する。

 

 それでも悪魔の数は一向に減らない。

 楪いのりにも疲労が見え始めている。

 

 『………』

 

 何故か以前のような意欲がまるで浮かばない。命令に従って、銃を向けるという軍人として当たり前の事に対して強い拒否感がある。

 いざ奴らに銃を向けて、引き金を引けるという確信が持てない。

 

 『少尉…?』

 

 『…撃ち方始め…』

 

 後ろの顔もよく覚えてないパイロットに苛立ちを覚えながら、ダリルは気怠げに命じた。

 その号令に従い後ろに控えていたゴーチェが二体、ダリルの両隣に並び一斉にサブマシンガンの弾を掃射した。

 

 「!!」

 

 いのりは素早く反応し、取り囲む悪魔を無視して剣の刃先をゴーチェ達に向ける。

 剣の刃先からヴォイドエフェクトが展開し、銃弾が全て弾かれるか、明後日の方向に飛んでいく。

 

 銃弾は全ていのりから外れ、いのりに襲い掛かろうとしていた悪魔をミンチにする。

 銃撃でいのりの姿が見えなくなった事で、ゴーチェ達は引き金から指を離した。その瞬間、銀と赤の残像を残して、いのりがゴーチェ達を肉薄する。

 

 「ーーはああっ!!」

 

 いのりは一振りで二体のゴーチェを切り捨てる。ダリルはバックダッシュでいのりの一撃から逃れた。

 いのりは顔を上げ、ダリルの機体と後ろで控えているもう三体のゴーチェに狙いをさだめる。

 両断した左右二体のゴーチェが爆発するのを背に、いのりは再び疾走する。ダリルは冷静にミサイルを発射した。

 

 「ーーっ!!」

 

 ミサイルの狙いが自分が守っている生徒達である事に気付いたいのりは、大剣をミサイルに向かって振った。刀身から銀の糸のような斬撃が放たれ、ミサイルは切断と誘爆によって全て落とされた。

 ミサイルの破片から自分の身を守った時、バシュッという空気を叩くような音と共に、いのりの身体にワイヤーが巻き付いた。

 

 「あぁ!!」

 

 両腕は身体と一緒に巻き取られ、両脚もピッタリくっつけられる形で拘束された。

 いのりは呻きながらも、何とか剣で斬ろうとする。しかしゴーチェの腕がいのりの身体を掴み上げ、建物の壁に抑え付けた。

 

 「ーーぐっ、あう!!?」

 

 いのりは右腕の骨が折られる痛みに、顔を歪ませる。

 それでも剣は手放さない。握っているだけで精一杯のはずでも、必死にゴーチェの腕をどかす方法を考える。

 

 『他人の事なんか放っておけば、こんな目に合わずに済むのに…やっぱり馬鹿だよな。お前達……』

 

 何故…何故ここまで真剣になれる?コイツにとって生徒達の大部分なんか、赤の他人だろ?

 にもかかわらず自分の身を犠牲にして戦う。全く理解出来ない。

 

 「いやああ!!」

 

 「うわ!来るな!来るな!」

 

 生徒達の悲鳴にいのりの顔が歪む。

 

 「やめてぇぇ!!」

 

 悪魔やゴーチェが生徒達に向かっていく光景に、いのりは必死にゴーチェの腕を振り解こうと抵抗する。

 いのりと生徒達の悲鳴が聞こえる度にとても苦い、気持ちの悪い感覚がダリルの胸を満たしていく。

 

 その時、ダリルの視界の隅に赤い残像の尾が見えた。先程のいのりを遥かに上回る速さで地面に降り立ち、前列の悪魔を残らず消し飛ばす。

 

 「よう…、弱い者虐めは楽しかったか?こっから先は俺とダンスに付き合えよ」

 

 不敵な笑みを浮かべて、ダンテは髑髏の長剣を肩に担ぐ。

 

 (来たか…)

 

 ダリルは僅かに感じた妙な安心感に気付かない振りをして、銀髪の長身の男を睨んだ。

 

 『「赤い男」だ。全機撤退』

 

 いのりから手を離すと、淡々と命じる。

 

 「え?」

 

 地面に落とされたいのりは、去っていくゴーチェ達に少しの間戸惑う。

 

 「いのりーーっ!」

 

 「ルシア…」

 

 駆け寄って来る褐色赤髪の少女に気付き、いのりは微笑みを浮かべた。ダンテの方を見れば、剣でなく拳と蹴りで悪魔達の頭蓋を叩き割っている様子が見えた。

 相変わらず凄まじい戦闘能力だ。これでもう生徒達は安全だろう。

 

 「大丈夫?」

 

 ルシアにワイヤーを切ってもらい、頷く。

 いのりは立ち上がった時に、折れた右腕がまだ剣を持っている事に気付いた。

 少し考えたが、今の自分では役に立てないと判断し剣を手放して、戻れと念じた。剣は地面に落ちる前に銀の糸に変わり、いのりの胸に吸い込まれた。

 

 「いのり…手…」

 

 ルシアがいのりの右腕が妙な方向に曲がっている事に気付き、泣きそうな顔になった。

 

 「大丈夫。ハレのヴォイドなら…」

 

 そう言って生徒達の方を見て気付いた。

 ーー祭が居ない。

 

 『いのりん!』

 

 いのりを呼びながら“ふゅ〜ねる”が足下に走って来た。

 

 「ーーツグミ!ハレはどこ行ったの?」

 

 『魂館颯太が連れてっちゃった!“車を直して逃げるんだ!“とか言って、集と別れた所に戻てったの!!』

 

 「っ!ーールシアはここに居て!」

 

 「ーーえっ、う…うん」

 

 いのりは右腕を押さえながら走り出した。

 どうか無事でいて…と祈りながら、元来た道を駆け抜ける。

 

 「っ!ーーハレ!!」

 

 「いのりちゃん?」

 

 祭の姿を見つけいのりは安堵した。祭の手に持つ包帯が車に巻き付き、淡い光を放っていた。

 

 「い…いのりさん…」

 

 その隣に居る魂館颯太が何か言おうとしたが、いのりが睨み付けると、モゴモゴと口を動かしながら黙った。

 

 「早く戻って!まだここは安全じゃない!」

 

 祭の手を握ってそう訴える。

 しかし、その手を颯太が払った。

 

 「邪魔…しないでくれ!いのりさん!」

 

 「…え?」

 

 いのりは呆然と颯太の顔を見た。

 

 「このまま…このまま帰ったら、皆に何て言われるか…。せめてさ、逃げる足くらい用意しないと、本当にただの足手まといじゃないか!!ただ助けられるだけじゃないって所見せないと!!」

 

 説得している時間が惜しい。引きずってでも連れて行こうと考えた時、祭と目が合った。

 

 「…………」

 

 いのりは祭と視線を交じり合わせる。いのりが頷くと、祭も頷き返した。

 ーーそして祭は包帯のヴォイドを手放す。

 

 「ーーえ…っ?」

 

 ふわりと地面に落ちるヴォイドを颯太は唖然として見る。その目の前で、ヴォイドは銀の糸に変わり、祭の胸に吸い込まれた。

 

 「あ……ああっ!待って…待ってくれ!!…もう一度!もう一度出してくれよ!!」

 

 颯太は半狂乱になり、祭に縋り付く。祭はそんな颯太の目をただ静かに真っ直ぐ見る。

 優しい視線だが颯太は不思議と気圧され、ぐっと黙り込んだ。

 

 「颯太くん…。集を信じてみよう?」

 

 「ーーっ」

 

 「集は絶対に颯太くんを見捨てない。何があっても…自分の命に代えても守ろうとする」

 

 「それは、そう信じたいさ…けど」

 

 「…一緒に考えよう?」

 

 「………」

 

 颯太の手が緩み、爪先が喰い込むほど強く掴んでいた指が祭の腕から離れた。

 いのりがそろそろもう一度戻るよう促そうとした時、少年の叫ぶ声が聞こえた。

 

 そちらを見ると、傷だらけの集が必死に走りながら何かを叫んでいた。

 

 「ーーいのりっ!!ハレっ!!ーー逃げろぉお!!」

 

 集の必死な形相と声色で、ただごとじゃない事が起きたというのは分かった。

 

 「ハレ!!」

 

 いのりが二人に向かって叫ぶ。颯太が悲鳴を上げながら転がるように走り出し、祭もそれに続く。

 最後にいのりがその後ろに続こうとして、ーー膝から崩れ落ちた。

 

 「えっ…?」

 

 ほんの小さな段差。それが体力を多く消耗したいのりの足を絡め取った。

 

 「いのりちゃん!!」

 

 祭が走り寄って、いのりを助け起こそうとする。いのりの手が祭の手を握った時、視界の全てが白い閃光に染まった。

 

 いのりも祭も目の前にいるお互いが見えなくなった時、集の腕が力強く二人を抱き寄せた。

 

 そこから記憶が途切れた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「……あっーーつ!!」

 

 鉄と脂肪が焼ける臭いと、皮膚が焼ける痛みでいのりは目を覚ました。ぼんやりと目を開けると空が見え、自分が仰向けに倒れている事に気付いた。

 地面から湯気のような物が上がり、肌が溶け出しそうな程熱い。

 

 「………」

 

 (うつろ)に空を見つめ、何故地面に寝ているか思い出そうとした。

 

 「ーーきて!起きて!!ーー集っ!!」

 

 祭の声にいのりの意識は完全に覚醒した。

 骨折した右腕と火傷だらけの身体を必死に起こして、声のする方向を見た。

 黒焦げで横たわる集に祭が縋り付いて、集の右腕を自分の胸に抱き、必死に呼びかけていた。

 

 最初、横たわった物が集だと気付くまで、しばらく時間がかかった。

 

 「…いっ…いのりちゃん…集が…」

 

 祭が大粒の涙を流し、声が上ずりながらも集の名前を呼び続ける。

 いのりが身体を引き摺るように、何とか祭の向かい側に座り込む。そして、集の顔を見ようとした。

 

 「ぁ…!!」

 

 掠れた声がいのりの喉から出た。

 

 近くで見て、どれだけ酷い状態かようやく理解した。

 

 

 

 ーー集の身体はほとんど残って無かった。

 

 制服を着ている様に見えたのは、黒く炭化した皮膚のせいだ。手足の先、特に左手と左足の先は白い炭と化しており、軽く触れただけでも崩れてしまいそうなほど脆くなっていた。

 

 顔も半分が焼け爛れ、眼球が白く変色し大きく膨れ上がって飛び出していた。

 もはや無事な部分を探す方が難しい。足の先から身体の大部分が失われている。あてつけのように彼の右腕だけほぼ無傷だった。

 

 

 ーー助からない。

 

 人間がここまで欠損して生きていられるはずがない。

 

 祭が目覚めた時に身体の損傷を素早く治癒出来ていれば、まだ望みはあったかもしれない。

 それが可能なはずの祭のヴォイドは既に彼女の中に戻っている。もし使いたければ、再び彼女の中から出さなければならない。

 

 それが出来る肝心の集はーーーー。

 

 

 絶望感がいのりの中に満ちて行く。

 

 (私の…せいだ…)

 

 この先何が起きるかを頭の片隅で考えていたのに、“集なら大丈夫だ”と楽観的に考えていた。

 

 ーー祭にヴォイドを戻すように促さなければ……。

 ーーあの時、つまずいて逃げ遅れなければ……。

 

 「いやああああああああああああぁぁ!!!」

 

 突然、耳を塞ぎたくなるような少女の絶叫が辺りに響き渡る。

 いのりは祭が集の死に取り乱したのだと思った。

 

 敵がまだ何処かに潜んでいるかもしれない。

 気付かれれば命は無い。

 いのりはすぐに祭をなだめようとするが、身体が動かない。息も出来ない。首を締められてるかのように呼吸が出来ない。

 空を仰ぐように見上げると、涙がボロボロと溢れる。

 

 ーーもう何もしようと思えない。

 ーー何もしたくない。

 心臓の一部が欠けたような喪失感が痛みを伴って、思考と感情の全てを空洞に変えていく。

 

 

 桜満集は死んだ。

 他でもない楪いのりが殺した。

 

 

 大切な人がーー大好きな人がーー死んだ。

 私のせいで。私のー私のー私の私の死んだ死んだ集が集が死んだ死んじゃった嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやーーー……

 

 

 

 

 パチンッという乾いた音と共に、頬に痛みが走った。

 止まっていた呼吸が戻り、肺が多くの酸素を求めて大きく息を吸い込んだ。

 

 「ーーいのりちゃん!!しっかりして!!」

 

 目尻を赤く腫らした祭が自分の両肩を揺すっている事に気付いた。

 

 「…………」

 

 今、頬を叩いたのは祭なのだろうか?

 ーーだとしたら意味が分からない。

 ほんの数秒前まで彼女は錯乱して、叫んでいたずだ。

 

 違う…祭は最初から錯乱なんかしてなかった。

 あの叫び声は私だ。

 そんな事に気付かない程、気が動転していたなんて…。

 

 「ダンテさんの所に行こう!!きっとなんとかしてくれるよ!」

 

 「っ!!」

 

 祭は涙を流しながら、必死にそう訴えた。

 

 「まだなんとかなるかもしれない」根拠もなくそう感じ、二人で集を抱き上げようとした。

 しかし、集の身体を持ち上げた時、その軽さに再び胸が張り裂けそうになる。

 

 ーーその時かすかに脈を感じた。集の右腕に触れた時、確かに心臓と血管の鼓動を感じた。

 

 ーーまだ生きてる。

 僅かな希望にいのりの顔が無意識にゆるむ。

 

 「いのりちゃん……」

 

 「ーー?」

 

 祭が震えている。自分の背後を見上げて震えている。いのりは祭の視線を追い、ゆっくり後ろを見る。

 

 そこにはやはりと言うべきか、昆虫に似た悪魔が音もなくいのり達を見下ろしていた。

 その一体だけでは無い。

 すでに無数の悪魔がいのり達を取り囲んでいた。

 ギチギチと顎を鳴らし、昆虫に似た悪魔が飛び掛かって来た。

 

 祭の盾になる間もなかった。

 突然、炎を纏った突風が目前に迫った悪魔と衝突し、悪魔の身体を胴体から真っ二つにした。

 

 「あ…あなたは…?」

 

 祭が突然の乱入者を見上げる。

 

 風に揺らぐ銀髪が見え、一瞬ダンテだと思った。しかし、目の前の男は全くの別人だった。ダンテと同じ銀髪も短く切られている。

 

 「おい、死にたくなけりゃソコを動くなよ」

 

 左手に熱を帯び赤く燃える剣を持ち、異形の右腕を胸の高さまで持ってくると、指を鉤爪のように曲げて男は言った。

 

 

 

 

 桃色の髪の少女にそう告げたネロは、飛びかかって来た悪魔の頭を右腕で鷲掴みにした。

 

 「ハッ!もっと頭使いな!!」

 

 掴んだ悪魔を豪快に振り回し、周囲の悪魔にぶち当てる。

 フィニッシュに悪魔が一箇所に固まっている場所に投げ付け、レッドクイーンのグリップを捻り推進剤を最大まで燃焼する。

 

 「“1(one)“!!」

 

 最初のカウントで群れに飛び込み、刃を叩き付ける。

 

 「”2(two)“!!」

 

 次のカウントでさらに力を込めて刃をねじ込む。

 

 「”3(three)“!!」

 

 最後にもう一度グリップを捻って、悪魔の群れを丸ごと溶断した。

 

 ネロはすぐさま振り返るとブルーローズを抜き、呆然とネロの戦いを見ていた少女達のすぐ後ろに迫っていた二体の悪魔の眉間に二発の銃弾を撃ち込んだ。

 

 「行きな…」

 

 一言そう告げて、ネロは悪魔の群勢に向き直ろうとし、彼女達が抱える少年に気付いた。

 どう見ても生きている様には見えない。いや、この重傷では即死もありえる。

 二人にとって大切な存在なのは、彼女達の様子を見れば明らかだ。

 

 「おい、ソイツは置いて行きな。もう…手遅れだ」

 

 とても助からない傷なのは、彼女達だって気付いているだろう。

 気持ちは分かる。とはいえ男一人を抱えて行っては、彼女達の身も危険だ。

 その事を気遣っての言葉だったが、長いこと一匹狼でキリエ以外との交流が少なかったせいか、優しく接するべき場面でも、ついキツい言い方になってしまう。

 ネロは言った瞬間後悔した。余計な口出しだ。

 

 

 

 

 ネロの言葉は乱暴だったが、祭は少し優しげな印象を受けた。どこか集とダンテのやりとりに近いものを感じる。

 だがネロからの忠告を二人は聞く気が無かった。彼に集は助かるかもしれない事を懇切丁寧に話してる時間は無い。

 

 「…ハレ」

 

 「う…うん」

 

 集を抱え直して、二人は先を急ごうとした。

 

 「キ」

 

 何か音が聞こえた。

 擦り付けるような音。

 

 敵かもしれないと思い、いのりは立ち止まって辺りを窺う。

 音の距離は異様に近かった。もし敵ならばとっくに触れられる距離だ。しかし、それらしき姿はどこにも見当たらない。

 

 「キ…ギギーー」

 

 「ーーえっ?」

 

 ようやく音の出所が分かった。

 二人が抱えている集からだ。集の歯が擦れた音だったのだ。

 

 「…シュウ?」

 

 何かを伝えたがっている。いのりにはそう思え、集の口元に耳を近付けた。

 

 ーーそして、音の正体が分かった。

 

 

 

 

 「 キキキキギリ、ギギギヒヒヒヒfひひひき、ぎぎガギギィひひひひひヒヒヒヒnひひひギッ、ひひひっひひひひヒヒヒヒぃーーーーひっひはひヒヒvヒヒははははっはっはtははっgははっははっはっは 」

 

 

 

 ーー笑い声だ。

 不快で異様な音は長く続くにつれ、より鮮明に…何かに歓喜する不気味な笑い声へと変わって行く。

 

 

 

 ーーバチンッーー

 

 「きゃっ!?」

 

 「ーーああっ!!」

 

 瞬間、何かの力に弾き飛ばされ、いのりと祭は地面に倒された。

 

 

 

 「ーーっ!」

 

 突然、少女達が逃げた方角から何かが現れた。

 ネロがそちらへ振り返ると同時に、何かがネロの顔目掛けて飛んで来た。

 

 「ーーとっ!」

 

 ネロは冷静に“悪魔の右腕(デビルブリンガー)”で飛んで来た物を掴んだ。

 

 「ーーっ!?」

 

 半透明の蛇の尾だ。

 鱗でびっしり覆われ、太く力強い。

 しかもただの尾ではない。ネロが“閻魔刀(ヤマト)”を解放した時に現れる魔人と同じ、魔力のオーラで形作られた力のイメージ。

 大蛇の形という点を除けば、ネロの魔人との違いは赤色である事くらいだ。

 

 しかし、ネロが驚いたのは別の所だ。

 

 「……何者(ナニモン)だテメエ」

 

 ブチッと音を立て、ネロに掴まれた部位を千切り、蛇の尾が戻る。

 蛇の尾の主は二人の少女に担がれていた、あの少年だ。

 

 頬を裂いた様な笑みを浮かべるその様は、まさしく蛇だった。

 

 「…質問に答えろ。お前は(なん)だ?」

 

 少年の背後から尾がもう1本生え、鎌首を持ち上げる。

 ミチミチと音を立てて尾の先が真っ二つに裂け、舌が伸び、その舌もさらに裂ける。徐々に蛇の頭部を形作っていく。

 

 「何故、お前から()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 ”悪魔の右腕“があの尾に触れた時、ダンテの魔力と全く同じ波動を感じた。目の前の少年が何者にせよ、ただの人間では無いことは明らかだ。

 

 少年が顔を上げる。

 同時に背後の大蛇にも眼窩が出来、眼球が形作られようとしていた。

 

 「シュウ…?」

 

 いのりは呆然とその変貌に目を奪われいた。

 

 そして開いた集の眼は今までの、半魔人化した集の眼とは違っていた。眼全体が奈落のように真っ黒で、それを裂くように亀裂にも似た黄色の蛇眼が光っていた。

 

 集の背後の大蛇も同じ眼を開き、笑うように歪む。

 

 

 

 

 




資格の試験があるので、少し間が空くと思います。

申し訳ありません。


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#45毒蛇-③〜chrysalid〜

おくれましたがギルクラ 放送9周年おめでとう!!

それとお気に入りご登録4桁到達!!
ありがとうございます!!!今後も精進いたします!!

こんな事書いといて、今回暗いお話でごめんなさい。



 あの暗闇から引き上げられたのが、もう遠い過去のように感じていた。

 ダンテに助けられてしばらくの内は、毎日のようにあの暗闇と怪物達の悪夢に悩まされていたが、ダンテと暮らすようになってからはそれも無くなった。

 

 「さあ、着いたわよ。寝てる?…集っ」

 

 「起きてるよ。……ハルカさん」

 

 運転席の春夏の声に集は窓ガラスにくっ付けていた額を離した。

 助手席のドアを開けて、集は長旅に固まった身体をほぐした。

 二人は駐車場からマンションの正面玄関にまわる。そこにはたった今作業を終えたであろう引っ越し業者が、ブルーシートをそそくさ片付けていた。業者とすれ違った住人に短い挨拶を交わし、マンションの管理人に連れられて、二人は自宅となる自室に着いた。

 プレートにはまだ名札は無く、この部屋がまだ誰のものでもない事の証明のようだった。無論、とっくに引越し業者が大量の荷物を運び込んでいるのだが。

 

 管理人に鍵を受け取った春夏は勢いよく扉を開く。

 

 「さあ、ここが新しい我が家。ーー最初の第一歩!よっ!」

 

 月面に辿り着いた宇宙飛行士のごとく、春夏は部屋の玄関にピョンとジャンプし、両手を左右に広げて着地した。

 

 「…何してるの?」

 

 「景気付けよ!集もやってみなさい」

 

 「やだ」

 

 やたらテンションの高い春夏を無視して、集も玄関に足を踏み込もうとした。

 

 「どうしたの?」

 

 「…………」

 

 いつまでも部屋に入ろうとしない集を不思議に思い、春夏が振り返る。集はしばらく黙って春夏の顔を見る。

 

 「た…ただいま。…母さん」

 

 「……っ!」

 

 春夏は少し目を見開く。

 正直なところ集は春夏の事をなんと呼ぶべきか、ここに来るまで悩んでいた。

 血の繋がった肉親ではない事は、最初に手紙が来た頃から明かされているし、突然現れ、集を引き取りたいと言って来たのだ。

 整理がつかないまま、集は日本に()()した。

 

 とは言え…これから家族として一緒に暮らすのだ。

 いつまでも他人行儀とはいかない。

 

 「…おかえり…集」

 

 春夏は微笑みを返す。

 その目に少し涙を浮かんでいる事に、集も春夏自身も気付く事は無かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 春夏から連絡が来た時は驚いた。

 

 春夏が集の事に気付いた切っ掛けは、集とダンテが巻き込まれた、ある大型クルーズ船の沈没()()がきっかけだった。

 もちろん悪魔がらみの()()だった。悪魔の存在自体は公表されなかったが、セレブも巻き込んだかなり大きな事故だったのでニュースでも大々的に報じられた。

 春夏はたまたま生存者リストの中で、行方不明の息子の名前を見つけ、まさかとは思いつつ調査に乗り出した。

 

 自分を知る家族と再会できると知った時、嬉しさより驚きが勝った。

 集に残った唯一の記憶は辺り一面に広がる炎の海だったのだ。

 故郷で自分を知る人々は全てあの炎に飲まれたものだとばかり思っていたので、突然現れた身内に集は困惑した。

 

 そして苦労の末『デビルメイクライ』に辿り着いた春夏に自分は記憶喪失である事を伝え、同姓同名の別人かもしれないという悲観を互いに抱えつつ、二人は再会した。

 その時幼い頃の集の写真を見せられ、集は春夏が本当の家族だと確信した。

 

 しかし、日本で一緒に暮らそうと言われた時は、その日のうちは答えが出無かった。一晩中寝ずに考え、パティから「今まで他人の為に自分の人生犠牲にして来たのだから、少しくらい自分の為に生きて欲しい」という内容の説得を懇々とされ、ついに決心した。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 日本に来たばかりの集でも、家賃が張るであろう事はすぐに分かった。

 なんでも集が春夏と共に暮らす事を決めた時には、彼女は二人で暮らすための物件を買っていたらしい。

 集も春夏も持ってくる荷物は多くなかった。

 むしろ春夏が新しく買い揃えた家具の方が多いくらいだ。

 

 集は自室で持って来た本を本棚に並べると、一息つく。

 悪魔退治の道具も持って来たかったが、パティに止められた。

 春夏には悪魔に関する情報を伝えないと決めたので、結果としては良かった。とりあえず当たり障りのない本やアクセサリーにしか見えないような類の物しか持って来て無い。

 

 「せっかく奮発して買ったのになぁ…」

 

 割と高価な物を自腹で購入していただけに、やはり少々名残惜しい。

 

 ふと勉強机の上に置いた写真立てが目に入る。

 最後の思い出にとパティがダンテを引っ張って撮った写真だ。自分の両隣にはパティと、面倒臭そうな顔をしたダンテ、さらに両側にはトリッシュとレディが写っている。向こうで撮った唯一の写真だ。

 

 「…っと母さんを手伝うか」

 

 思い出にひたるのは後回しに、集はリビングへ向かった。

 

 「こっち大体終わったから、こっち手伝うよ」

 

 リビングを覗くが、春夏の姿は無い。

 

 「……母さん?」

 

 床には食器の入ったプラスチックの大きな箱が置いてあった。

 衣類や小物、本が入ったダンボールがあちこちに散乱した中にーー

 

 「お前は…」

 

 ーー男が立っていた。部屋の電気もついているし、外の光もそこまで強く無い。だというのに男の顔が逆光のように影で見えない。

 最初部屋を覗き込んだ時は明らかに誰も居なかったはずだ。

 この男はいつどうやってあの場に立った?

 

 「ーー随分とくだらない事を疑問に持つものだな」

 

 その声を聞いた瞬間、男の顔から影が剥がれた。ーー知っている。その声も、その顔もよく知っている。

 

 「……“茎道 修一郎”…っ!」

 

 気付くと集は激情のままに駆け出していた。

 めちゃくちゃな怒号を上げ、そして目一杯握り込んだこぶしを振り上げ、茎道の顔に叩き付けた。

 

 しかし、突然茎道の姿が煙のように消え、こぶしは空を切った。

 集は怒りに顔を歪ませたまま、すぐ後ろに振り返った。

 

 「随分と物騒だな…私が何かしたか?」

 

 「“何か”だと!?ふざけるな!!」

 

 茎道は集の激昂に眉ひとつ動かさず、機械のように無感情に集を見ていた。

 

 「お前がした事で…どれだけの人が死んだと思ってる!!」

 

 「確かに…。第二の『ロストクリスマス』は私の手で引き起こした。しかし、こうも考えられるだろう?一度目の『ロストクリスマス』さえ無ければ、二度目は無かった」

 

 「何が言いたい!」

 

 「忘れた訳ではなかろう?10年前のあの日…お前が真名を拒み、突き放した事がトリガーとなってあの災厄が起きた。10年前も今回も貴様の過ちで人々は死んだのだ。ーー哀れな犠牲者共も桜満真名もお前が殺したんだ」

 

 「ふざけるな!!そんな詭弁が通ると思うか?」

 

 「そうかね?君はあの時、始めから真名を救うという選択肢を捨てていたじゃないか」

 

 「ーーっ!!」

 

 「説得していれば…その手を握れば、『ロストクリスマス』は…。いや、桜満真名は救えたかもしれなかったというのに…ーー」

 

 「あぁーーっ!」

 

 「だが君は拒絶した。ーー彼女を《化け物》と呼んで!」

 

 「っ!!?」

 

 何も言い返せない。

 溜め込んだ怒りが行き場を無くしかけ、拳を固く握った。

 だが、すぐにこの男に対しての煮えたぎるような憎しみがよみがえった。

 

 「望んでそうなったんじゃない……」

 

 「ーーこの期に及んで言い訳か?」

 

 この茎道が本物では無い事くらい分かっている。

 しかし、例え自分が作り出した幻影だとしても、この男に自分の罪を責められるいわれは無い。

 

 「だが、お前は違う!!望んで…どうなるか知っていて!お前は第二の『ロストクリスマス』を起こした!!お前は自分自身の悪意で大勢の人を惨たらしく殺した!!」

 

 「ーーーー」

 

 「お前に僕を責める権利はない!!違うか!!」

 

 

 「”どうなるか知っていて“か…、ならばあの時、なぜ彼女の手を振り払った?幼い頃とは言えお前でも真名に何かが起きた事くらい気付いた筈だ」

 

 「っ…!」

 

 「確かに、あのような大惨事が起きるとは想像しろと言うのは酷な話だ。しかし、あの時彼女を突き放せば、真名の何かが壊れてしまうかもしれないと…一欠片も思わなかったと言うのか?」

 

 茎道の言葉に集は酷く動揺した。

 気付かないはずが無い。例え、あの惨劇が起こらなくても、大切な家族から「化け物」と呼ばれれば、彼女の心には永遠に消えない傷ができていただろう。

 気付いていた…。気付いていたのに…。

 

 「“トリトンも真名も俺が守る”……幼い君はそう言っていたではないか」

 

 「ーーあれはっ!!」

 

 「そうだ!ただの()()()()()()!ーーだが、お前のその言葉に真名がどれだけ救われたと思う?どれだけ安堵したと思う?」

 

 「…………っ」

 

 「だが、お前は裏切った。真名の安堵も、期待も、希望も何もかも…。ーーそして未来もお前が奪い去った!!」

 

 「……めろ…」

 

 耳を塞ぐ。それでも茎道の言葉は容赦なく集の心をえぐり取っていく。

 そうだ…何かのせいで真名が変えられてしまったのだと子供ながらに、気付いていた。そしてそれが彼女の身体に出来た結晶のせいである事も気付いていた。

 だが集は恐怖にとらわれてしまった。

 別人のようになってしまった最愛の姉が恐ろしくて堪らなかった。

 

 「お前は恐怖に負けて見捨てた。そしてーー」

 

 茎道が言葉を切って、うずくまる集の肩に手を当て耳元に顔を近付けた。

 

 「ーー“姉さんは命を落とした。罪もない人々と共に”ーー」

 

 一瞬自分が言ったのかと錯覚した。

 後ろにいる“男”は茎道では無く、集の声でそう言ったのだ。

 

 「違うっ!!」

 

 悪寒が走った。

 思わず背後の男を突き飛ばした。

 

 ドグシャッ

 それは床に倒れる前に泥のように形が崩れ、床にぶち撒けられた。

 

 「っ!!」

 

 さらに集はベランダから見える光景が一変している事に気付いた。

 集は慌ててベランダから外へ出る。

 

 「なん…だ、これ…」

 

 あたり一面が血の海となっていた。空は奈落の底の様な真っ黒な闇に変わっている。まるで何かの巨大な生き物の胃袋の中のように、生臭さと粘りつく様な空気。とても長い時間いて良いような空間では無いと、本能的に悟れる程重い空気が立ち込めていた。

 

 その海の中にポツンと小さな孤島があった。

 

 「ーーいのり…?」

 

 その島に一人立っている人物に集は眉を顰めた。

 いのりのすぐ後ろの空間から茎道が姿を現した。

 まるであの時の再現のように、茎道はいのりのそばに立つ。

 

 「なっ!!」

 

 茎道は純白のベールを被ったいのりの肩を後ろから抱き寄せた。

 

 父を奪い、多くの人々の未来を、家族を奪い、挙げ句の果てにいのりまで奪おうとするあの男が許せない!

 

 抑えきれない憤怒に集の心は支配されていく。

 

 「…ふざけるな。お前はどれだけ…いくつ僕から大切な物を奪えば気が済むんだ!!」

 

 茎道は集の怒りを浴びながら、口端を裂いて気味の悪い笑みを浮かべる。さらに集に見せつけるように、蛇のように指と手がいのりの身体を這い回せる。

 

 「い…やぁっ」

 

 いのりは身体をよじらせ、茎道から逃れようとする。

 茎道は涙を浮かべるいのりの顔を強引に掴み、唇を奪おうとした。

 思考が白くなる。

 自分でも凄まじい形相になっている事が分かった。

 

 「 茎道オオおおおっ!!」

 

 血の海に飛び込み、駆け出した。

 足を絡めとるような、地面とは言えない血の海の底を蹴る。

 

 いつの間にか右腕に『ハサミ』を握っていた。

 谷尋のヴォイドである“命を断つハサミ”。

 

 それに何の疑問も抱かず、集はひたすら茎道を睨み続ける。この場所が自分が見ている夢のような場所である事も忘れ、ただ憎い男に純粋な殺意をぶつける為に血の海を渡る。

 

 「あああァァァアアアっ!!」

 

 そして一切の躊躇いを見せず、ハサミを茎道の胸に突き刺した。

 肉を骨を引き裂く感触が、手に伝わる。

 

 その瞬間、闇が広がる。

 手と足から地面や物、空気に触れている感触が消え、何も無い空間に突然投げ出された。

 

 虚無。

 その中から声が聞こえた。

 

 『ーーお前の魂。肉。皮。骨。全て喰らってくれる』

 

 その虚無の中にずっと潜んでいた魔物は低く笑いながらそう言った。

 

 

 

********************

 

 

 

 

 「ーー戻れと?なぜ急に」

 

 『お疲れのところ申し訳ないですねぇ…。実は桜満集を監視していたカメラが戦いの影響で故障してしまったようでして。少尉が現地に行って直接観察してもらえれば助かるのですが…』

 

 「ーー命令ですか?」

 

 『嫌ですか?』

 

 嘘界の言葉にダリルはしばし考え込む。正直に言えばもう奴らと関わるのはごめんだった。

 アイツらの声を聞くたびに、姿を見るたびにどんどん自分が分からなくなっていく。

 自分の知らない自分に変わっていく感覚。その感覚が不愉快ではない事が余計にダリルを困惑させていた。

 

 「何をすれば良いですか?……攻撃ですか?」

 

 『いえいえ、ただ見ていてくれるだけで結構です。ですが…十分気を付けてくださいね』

 

 「はぁ…?」

 

 今更何を言うんだと言った調子でダリルは眉をひそめた。

 

 『衛星カメラからでは爆煙でよく見えませんが、何やら異様な変化を遂げたようです』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 頬を裂いたような笑みを浮かべ、ゆらゆらと幽霊のように揺れ動く少年をネロは油断なく睨んだ。

 

 「答える気がねぇのか?それとも言葉が分からないか?」

 

 人間の肉体や死体に悪魔が憑依すること自体、珍しくもなんともない話だ。しかし、問題はそんな悪魔がダンテの魔力を持っているという点だ。

 

 「ひひひgひひjひいひいいひひっひひーーー」

 

 「ハッ。随分とご機嫌だな」

 

 「待ってください!!」

 

 レッドクイーンを構えた時、少年の後ろにいる茶髪の少女が声を上げた。

 

 「お願いです!!集を殺さないで!!」

 

 「!!」

 

 青ざめた顔で必死に訴える少女が口にした名前。聞き覚えがあった。

 

 (ーーシュウ…?シュウだと!?)

 

 もう一度、少年の顔を見る。

 いつの間にか顔の火傷があった部分から“鱗”が爬虫類のように並んで生えていた。それでもどこか面影を感じた。

 

 「お前…本当にあのガキなのか?」

 

 ならばこの姿はなんだ?ダンテの魔力を持っているこの蛇は?ダンテは全て分かっているのか?

 疑問がいくつも湧いて来る。

 

 「シュウ…?」

 

 ゴキッ

 突然、骨が折れているのでは無いのかと思うほど、不自然に首を曲げていのりと祭を見た。

 

 「ーーーっ!?」

 

 火傷のあった顔の半分が鱗で覆われているのを見て、二人は息を呑む。その瞬間、集の背後の尾が大きく動いた。

 

 「ちっ!」

 

 いち早く気付いたネロは地を土を削る程強く蹴ると、一瞬で集の懐に飛び込んだ。集が異常にゆっくりした動作で振り向こうとした時、ネロの蹴りを土手っ腹に受けた。

 ドスンッ

 鈍い音を立てて、集の身体がくの字に曲がり吹き飛んだ。

 工事現場の資材や瓦礫に激突し、集はグッタリと動かなくなった。

 

 「シュウ!!」

 

 駆け寄ろうとしたいのりと祭をネロが手で制する。

 

 「…まだピンピンしてやがる」

 

 「え…?」

 

 魔力の波動がまるで衰えていない。さっき蹴り飛ばした時も、鉄板を蹴ったような感触がした。あの尾を防御に使ったのだろう。

 

 「おい!!戦いの最中に寝ぼけやがって!随分と余裕があるじゃねえか!!」

 

 ネロはブルーローズを抜いて集に銃口を向ける。

 すると倒れていた集の身体がそのまま空中に浮かび上がった。相変わらず気味の悪い笑みを浮かべ、真っ黒に染まった目でネロを見る。

 

 「ーーテメエがどこの誰かは知らねえが…。今すぐその坊主の身体を返すなら見逃してやる」

 

 集は再び笑い声を上げるとゆらゆらと首を動かして、着たばかりの服の調子を確かめるような仕草をする。

 

 『カエ…ス?ーーヒッ…かえす。カエス?かえす!ーーヒヒャ!カエす!?カエス!かえす!!キャハッハッハハハハ』

 

 「会話になりゃしねぇ…」

 

 ネロはウンザリして舌打ちをする。

 

 「あの…ダンテさんの知り合いですか?」

 

 「知り合いって訳でもねえよ…。だが…ダンテを知ってるって事は、やっぱりアイツもこの国にいやがるんだな」

 

 もう一度周囲に神経を尖らせる。すると僅かに離れた場所からもうひとつダンテの気配を感じた。おそらくそちらが本物だろう。

 気配自体は壁の中に入った時点から感じていたが、今の集を見て例の魔術師が何かやったものだとばかり思っていた。

 しかしダンテ本人もこの国に訪れているという事は、今回の件は相当にきな臭い。とりあえず会ったら真っ先に集の事を問い詰めてやろう。

 そんな事を考えていると、蛇の尾をバネのように地面を打ち集がもうスピードで迫って来た。

 

 「離れてな!!」

 

 ネロは一歩前に出ると、悪魔の右腕(デビルブリンガー)で正面から突進を受け止めた。

 後ろで少女達が小さく悲鳴を上げる。

 

 「ダラアアア!!」

 

 突進を弾き返すと、力任せに右腕を集の顔面に叩き付けた。

 

 「ぐっ…!」

 

 一瞬、悪魔の声ではなく集本人の声で呻くのが、ネロの耳に届く。

 

 「ーー返す気がねぇなら!!出て行きたくなるようにしてやるよ!!」

 

 レッドクイーンのグリップを捻り、刀身を真っ赤に燃やす。集は咄嗟に尾を盾にするが、剣はその尾を両断して集の身体を高く打ち上げる。

 空中に打ち上げられた集はバタバタともがきながら、足下のネロを見ようとする。

 

 「何処を見てやがる!」

 

 頭上から声が聞こえた瞬間、再び衝撃が襲う。

 地面に叩き落とされた集の身体は車の屋根に突っ込み、屋根を見る影もない状態にした。

 

 『痛い…いたいいあたいあああ!!』

 

 「おいウスノロ!その頭は飾りか!?」

 

 さっきから何もせずネロを見るだけの蛇の頭部を指して、ネロは言った。集が相手を探る様にネロをまじまじと観察する。

 

 「俺と話す気になったか?お前は何者だ。名前くらいは教えろよ」

 

 『な…まえ?』

 

 ネロがそう言った時、集の顔が困惑が浮かんだ。

 

 『ーー私…オレ…僕は…“オウマ“”シュウ“?ちがう…シュウ…』

 

 少女達と目が合った。その時、一瞬その眼に正気の光が刺すのを二人は見逃さなかった。

 

 「シュウ!負けないで!!」

 

 「戻って来て!集っ!!」

 

 『ーーい…の…、は…ーーくっ…ググっくくくぎきひひふふふふfっふヒヒヒ』

 

 

 僅かに正気の光が灯るも、すぐ肩を震わせあの不気味な笑い声を漏らし始めた。

 

 「ちっ、ダメか…」

 

 「ーーまって!!」

 

 「殺しゃしねーよ。動けなくなる程度に叩きのめす必要はありそうだがな…」

 

 集は笑いながら炭化した左腕で、自分が落下した車を優しく撫でた。その途端、悲鳴のような金切り音が辺りに響き渡る。

 それと同時に集が触れている車が振動し、分解され始めた。

 分解された部品はバキバキミシミシと音を立てて、潰れ、歪み、ネジ折られ、歪に変形し集の手の中で組み立てられていく。

 

 「何…あれ…」

 

 やがてその手にコードや車の部品が絡み付いた、歪な剣が握られていた。使わなかったタイヤなどの部品が地面に落ち、ガラガラと騒々しい音を立てた。

 その剣が組み上がると同時に炭化した左腕の表面がボロボロと崩れ落ちた。その下から鱗に覆われて鋭く長い爪を生やした異形の腕が現れ、スクラップの剣を握る。

 

 「面白え…お手並み拝見と行くか!!」

 

 レッドクイーンを地面に突き刺し、グリップを捻る。推進剤が燃え赤化したと同時にネロは集に突進する。

 集もスクラップの剣を振り上げレッドクイーンとぶつかり合い、衝撃波と火花が辺りに舞った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ーー綾ねえ!!」

 

 頭が痛む。頭に着けたバイザーには『緊急切断』の文字が表示されていた。頭痛はその反動なのか、それとも直前に浴びたあの“極光”のせいか。

 ツグミがバイザーを外して、ハンカチで額の汗を拭う。

 

 「どうなったの…集は?」

 

 ツグミは分からないと首を振る。

 

 「起きたか!何があった!!」

 

 「………」

 

 「車の中からも光が見えたけど…アレなんだったの?」

 

 運転席の谷尋と助手席の花音にそう聞かれるが、綾瀬は即答出来ない。今見た光景をなかなか言葉に変えられなかった。

 

 「ーー衛星兵器だよ…“ルーカサイト”って言うんだけど」

 

 「衛星兵器!?そんなもんで攻撃されたのか!?」

 

 「違う!!ーー急いで、早く集とみんなを助けないと!!」

 

 綾瀬の必死な言葉に谷尋は車の速度を上げる。

 1秒経つごとに嫌な想像が、次第にはっきりした形を持っていく。

 

 「あれ!!」

 

 花音が『メガネ』でいち早く生徒達を発見した。数人の生徒が集まって身を寄せ合っている。

 生徒達の盾になるようにルシア、さらにその前にダンテが剣と銃で悪魔達を屠り続けていた。

 

 「うわああああ!!」

 

 「助けてーー!!」

 

 その中から二人の生徒が車に気付き、集団から離れて駆け寄ろうとする。それを悪魔達が見逃すはずが無い。

 

 『ゴガアアアア!!』

 

 一部の悪魔がダンテを無視して、次々と群からはぐれた獲物を追う。

 

 「くっ!」

 

 谷尋は車を止め、サブマシンガンを持って下りようとした。

 

 「ーーたくっ…離れんなって言ったろ」

 

 「なっ!?」

 

 その時生徒と悪魔の間に、ダンテが着地し鼻で笑いながらそう言った。

 谷尋はダンテの行動に目を見開いた。

 こちらに来た悪魔はほんの一部だ。ダンテが守っていた生徒達を狙っていた悪魔の方が明らかに多い。

 ダンテがこちらに来たという事は、悪魔の大群から彼らを守るものはルシア以外ないという事になる。

 

 「ーーえ?」

 

 「何あれ…」

 

 しかし、谷尋達の目に飛び込んできたのは予想だにしない光景に言葉を失った。

 目の前にダンテが一人。そして生徒達が身を寄せ合う前で仁王立ちするダンテがもう一人。

 

 「ふ、二人いる?」

 

 「……あれ?私のヴォイドってダンテさんに使ったっけ?」

 

 ツグミが自分のヴォイドと二人に増えたダンテを交互に視線を走らせる。

 

 「別に不思議がるもんでもないさ」

 

 「………」

 

 ダンテが肩を竦めながら言うが、それで納得できるはずが無い。

 全員が言葉を失っていると、綾瀬が慌てて首を振って我にかえる。

 

 「ーーこんな事してる場合じゃない!!集を助けに行かないと!!」

 

 「その心配も要らねえよ。中々アテになる奴も来たみたいだしな」

 

 しかしダンテは「ーーだが」と言葉を切ると、急に表情が険しいものに変わり、遠くを睨んだ。

 その先に二つの力がぶつかり合っている。ひとつはあの日以来会った事が無かったが、間違える筈がない。ーーネロだ。

 しかし問題はもうひとつの方。

 

 「ややこしい事になってなってやがるがな……」

 

 ダンテの舌打ち混じりの言葉に綾瀬は妙に引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なんだよ…あれ、アイツら本当に人間か?」

 

 ダリルは二人の人物がぶつかり合う様子をビルの影から伺っていた。

 桜満集から始まり、今まで散々信じられないような力を持つ連中を見てきたつもりだった。

 ーーいや、思えば奴らの底を垣間見えるような戦いなど、一度も無かった。自分もあの怪物達も彼らの前に立って何秒もっただろうか?

 

 「くそっ、そりゃあ勝てる訳がないよな…」

 

 認めるしかない。奴らにとってエンドレイヴなど鉄屑同然だった。自分が奴らに勝てる道理など、初めからありはしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 集が乱雑に振り回した剣をネロは軽くバックステップして躱し、カウンターでその腹に膝を叩き込む。

 

 「ごぽっ」

 

 集は大きく体勢を崩し、後ろに数歩よろめく。

 ネロがブルーローズを抜くのと、右脚を撃ち抜いた。

 

 『………』

 

 集は目だけを動かして二つ並んだ穴が空いた足を見るが、よろめきも痛がる様子も見せなかった。穴はみるみる塞がり集は視線をネロに戻すと何事も無いかのように歩き出す。

 

 「ちっ、時間を掛けてられねぇらしいな」

 

 半透明の蛇の頭が大口を開けてネロに突進する。

 

 「腹ぺこか!?だったらコイツでも食ってな!!」

 

 レッドクイーンのグリップを捻ると、正面から大蛇に向かっていく。

 蛇はレッドクイーンの刀身に喰いつくが、ネロが更に力を込めあっさり口端から胴体を真っ二つに薙ぎ斬る。

 

 『ーーひっ!!?』

 

 集の顔から笑顔が消え、目を見開く。ネロは一瞬で集の目の前まで接近し、顔面に“悪魔の右腕(デビルブリンガー)”を叩き込んだ。

 集の身体はボールの様に吹き飛び、ビルの窓に突っ込み反対側の窓もブチ破る。

 

 

 

 

 

 「うわっ!」

 

 ダリルが突然窓から飛び出した集に驚いて、思わずビルの影から出てしまった。

 

 「しまった!!」

 

 いのりやネロに姿を見られている事に気付き、自分らしくも無い失態に焦りを覚えた。

 

 『ひひひっぎぎぎくくぐぎががっーー!!ふひひっひ』

 

 狂ったように笑いながら血を吐き、骨格が歪んだようにしか見えない集が不自然に立ち上がると、全身から血を吹き出しながらダリルを見た。

 

 「ーーっ!!来るな!!」

 

 その異様な様子に恐怖を覚え、思わずマシンガンの引き金を引いた。

 しかし、集は弾を飛び越え、不気味な左手に握られた剣をゴーチェの身体に突き刺した。

 

 「ぎゃああああ!!や、やめろ!!」

 

 ダリルは必死に集から逃げようと、ゴーチェをでたらめに走らせ何度もビルにぶつかった。

 集がさらにゴーチェに突き刺した剣に力を込め、ねじ込む。

 

 「あぐ!!」

 

 とうとうゴーチェは地面に倒れた。

 その視界に猫耳の少女の姿が目に入った瞬間、ダリルはゴーチェから切り離された。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なんだ!?GHQのロボットがーー」

 

 ビルにぶつかりながら地面に倒れたゴーチェを、生徒達は静かに見守った。しかし、動く気配は無い。

 

 「集っ!!」

 

 綾瀬が最初に地面に転がった集に気付いた。

 

 「集!?おいどうした!!」

 

 血塗れで、ピクリとも動かない。一番近くにいた颯太が慌てて集に駆け寄る。すると集が右手を地面につき立ち上がろうとした。

 

 「良かった生きてんのか!いのりさん達はーー?」

 

 「ーーダメっ!逃げて!!」

 

 ゆっくり身体を起こす集を助け起こそうと近寄った颯太に、綾瀬は悲鳴に近い声を上げた。

 

 「ーーえ」

 

 颯太は呆けた表情で綾瀬に振り返ろうとする。

 その胸の表面を鋭利な刃物のような爪が引き裂く。綾瀬は一瞬、心臓が凍るような思いをした。

 

 「え…なんだ…これ。ーーうわあああ血が血が!!」

 

 自分の胸から流れる血に颯太はパニックになって、集から逃げ出した。這うように逃げる颯太に一瞬で追い付いた集は、左腕の爪を振り上げ再び颯太を切り裂こうとした。

 

 ドンッ

 銃声が響くと同時に集の左腕に弾丸が命中し、集は瓦礫の上を転がった。颯太はその隙に転がるように集から離れようとする。

 ダンテは立ち上がった集に照準を向ける。既に左腕の傷はほぼ塞がっていた。鱗に覆われた顔半分と左腕を見て、ダンテ以外の全員が息を呑む。

 

 「ーーやめて!!」

 

 その時駆け寄ったいのりが集を庇うように両手を広げて、集の前に立った。いのりの赤い目が涙をにじませダンテを見る。

 

 「ーー銃を下ろしてやれ、ダンテ」

 

 「ネロか…久しぶりだな」

 

 祭を背負ったネロがダンテを睨みながら言う。

 

 「…そんなに睨むなよ。俺だって訳がわからないんだ」

 

 さっさと説明しろと言わんばかりに自分を睨むネロに、ダンテは肩をすくめる。

 

 「……い…のーー」

 

 「シュウ?」

 

 「いの…り…、逃げ…て……っ!」

 

 「シュウ、大丈夫だよ?…私は信じてる」

 

 うずくまり頭を抱えて呻く集を、いのりは屈み込み優しく語りかける。集の目はまだ闇色と蛇眼が見える。それでもその両目から血の混じった涙が流れていた。

 

 「ーーシュウは負けない。私知ってるよ?ーーシュウはみんなが大好きだから、必死に戦うんだよね?」

 

 「う…ううううぅ、ぐぅぅう…!!」

 

 集は震えながら鋭く尖った爪を見る。どろどろに血で汚れた爪。

 それを見ている内に震えは大きくなっていく。

 

 「あ……ああぁっ…あっ…ああ」

 

 グチャグチャと自分の胸を掻き毟り出した集をいのりは優しく抱き締める。

 

 「失敗したからって…自分の好きに押し潰されても、自分を嫌いにならないで…自分を責めるなくていいの。私、集と一緒にいて沢山の気持ちをもらったよ?シュウのおかげ。例え…世界中のみんながシュウを嘘つきって言っても、私はシュウの味方だから…」

 

 「…………ぁ」

 

 集の手が止まった。集はいのりから身体を離すと、彼女の顔を見た。微笑みを浮かべるいのりは血に塗れた集の手を自分の頬に撫でさせる。

 

 

 次の瞬間、ドチュッという湿った音と共にいのりの身体が宙を舞った。

 集は背後から現れ、いのりの身体を貫いた半透明の蛇の尾を見て、眼を見開いた。

 

 「いのりぃぃいい!!」

 

 ルシアの叫び声がこだます。(おびただ)しい量の血がいのりの身体から半透明の尾を伝う。

 集はまだ彼女の身体を弄ぼうとする蛇の尾を掴んだ。

 

 「があああああああ!!」

 

 怒りが込められた雄叫びを上げ、両手で尾を引き裂いた。その瞬間、集の身体の周囲を、赤黒い色をした霧が渦になって包んだ。

 蛇の尾は消滅し、いのりの身体が力無く地面に落ちる。

 

 「いのり!!」

 

 「いのりん!!」

 

 綾瀬とツグミがいのりに駆け寄り、抱き起こす。

 

 「いのり、目を開けなさい!!」

 

 「いのりん!!こんな終わり方イヤだよぉ!!」

 

 「ーーいのり…?死なないよね?」

 

 綾瀬とツグミとルシアがいのりに懸命に呼び掛ける。しかし、いのりの意識が戻る気配は無い。腹を貫通した傷から今だ血が流れ続け、口から血を流し顔色がみるみる血の気が引いていく。

 しかし、そんな中一人だけ違う行動を取る人物が居た。

 

 「祭っ!?何してるの!?」

 

 一人だけ名も知らぬ怪物に成り果てようとしている集へ向かって行っていた。

 

 「離して花音ちゃん。いのりちゃんの傷を治す方法はこれしか無いよ!?」

 

 「よせ!!もうアイツは俺達が知る集じゃないかもしれないんだぞ!?」

 

 「ーーそれでもいのりちゃんは信じた!!なら私も信じる!!集はいつのも優しい集なんだって!!」

 

 花音と谷尋を振り払い、祭は集の所へ歩み寄る。ダンテとネロはただ黙って事の成り行きを見守った。

 

 「グウウウウううう!!ーーっがああぁぁ!!」

 

 まだ集の身体からは赤黒い霧が溢れ続けている。それが相当酷い痛みが伴うのか、集は身体をおさえて悶え続けていた。

 

 「集…」

 

 祭が呼び掛けると、ピタリとさっきまでが嘘のように集の動作が止まった。

 

 

 

 このままじゃ祭も集に殺される!!颯太はそう思った。

 集が祭に手を伸ばすと、気味の悪い霧がより一層うねり出した。

 颯太のイメージに浮かぶのは先程のいのりと同じ様に、祭が殺される情景。

 

 早くなんとかしなきゃと思い、咄嗟に谷尋の銃を奪った。

 

 「やめろ、颯太!!」

 

 谷尋の制止も颯太の耳には入らなかった。引き金を引いた颯太の視界には、祭の胸から血では無く銀色の光を放つ包帯を取り出す集がいた。

 直後、銃口から放たれた弾丸は軌道がぶれる事なく、真っ直ぐ集の胸に命中した。

 

 

 

 

 

 「いのりん…?いのりん!!」

 

 「ん……?ツグミ?」

 

 「よかったあーー!」

 

 目を開けると、目に涙を溜めたツグミの顔が視界いっぱいに広がっていた。いのりが身体を起こすとツグミは力一杯いのりを抱き締めた。

 

 自分の腹部に手を当てる。貫かれた傷は跡形も無くなっていた。

 

 「これは……ハレの?ーーシュウは?」

 

 ツグミの顔がたちまち曇る。周囲を見渡し、そしてすぐに見つけた。

 祭のヴォイドで僅かに宙に浮く集がいた。

 鱗に覆われていた顔や左腕も、元通り人間の肌に戻っていた。そして傷も火傷も破れていた服も全て見慣れた物に戻っていた。

 

 ーーいや、元の通りでは無い。頭髪の一部が半魔人化の特徴の銀髪のままになっている。

 

 「シュウ…シュウ!」

 

 駆け寄って揺り動かしても、集の意識は戻らない。

 息もしているし、脈もある。眠っているだけに見える。

 だが単に意識が戻らないのとは、何かが違う。呼吸はしていても妙に深く長い。

 鼓動や呼吸以外の身体のどこかが動いている気配がまるで無い。

 

 「シュ…ウ?」

 

 ーー集の様子から不吉なものを感じた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 集を特別な医務室に運び数時間経っても、集が目覚めることは無かった。

 医務室とは別に設置された、万が一校内で発症者が出た場合一時的に隔離するための最初から校内にある区間だ。とは言ってもそれなりに質の高い設備があり『重要特別医務所』という正式な名称もある。

 今までまともに使用された例は無いが、設備にどれも不備は見受けられない。

 

 そこのベットに集が寝かされ、生徒会のメンバーとダンテとネロ、そしてレディとこっそり『セフィラゲムノス』から抜けて来たトリッシュがいた。

 

 「傷は治ったのに…なんで目覚めないんだ」

 

 「しゅう…起きる?」

 

 「大丈夫よ。きっと…」

 

 集の顔を覗き込むルシアの髪を、亜里沙が撫でる。

 

 「……そんな事になってるなんてね…」

 

 「シュウはいつ目覚めるか分かるか?」

 

 「ーー少なくとも今日明日に目覚めるような状態じゃないわね…。体内の生命活動が極端に低くなってるわ」

 

 「じゃあ、このまま一生目覚めない…なんて可能性もーー」

 

 「やめてよ、谷尋!!」

 

 「あ……すまない」

 

 花音に怒鳴られ、谷尋はルシアと周りを見て自分の失言を謝罪した。

 

 「…戦ってるんだと思います」

 

 祭が集の手を握りながら言う。

 

 「きっと…あの蛇が私達を襲わないように、わざと閉じこもって戦おうとしてるんだと思います」

 

 壁にもたれ掛かっていたネロが豪を煮やし、ダンテの前に歩み寄る。

 

 「そろそろ答えろダンテ。あの蛇はなんだ。なんでこの坊主がアンタと同じ力を持ってやがる」

 

 「………」

 

 「おい」

 

 「ごめんなさい。その質問、私に預からしてくれない?みんな疲れてるでしょうし…」

 

 「……分かった」

 

 トリッシュの申し出にネロは素直に従った。ダンテならはぐらかす事はあっても、逃げるような真似はしないだろう。

 

 「悪いが、みんなは一度生徒会室に集まってくれ。今後について少しでも早く決めないと。集がこんな状況じゃあ、防衛面と指揮系統を見直す必要がある」

 

 「…ええ、そうね…それが良いと思うわ」

 

 谷尋が生徒会メンバーに振り返ってそう言う。綾瀬とツグミ頷く。

 

 「祭はここで集を看ててくれ」

 

 「う…うん」

 

 「私も残るわ。こう見えて少し医学かじってるのよ」

 

 レディが祭の頭を撫でながらそう言った。

 ダンテは好きにしなとだけ言うと、早々に出て行ってしまった。ネロも機嫌が悪そうに舌打ちすると、ダンテの後を追って出て行った。

 

 「ハレ…シュウの事お願いね?」

 

 「わかった。いのりちゃんは先に休んでて?」

 

 「うん…」

 

 いのりがもう一度集を見て、胸の辺りに手を置いた。

 服の下にある何かが指に触れた。

 

 「……?」

 

 Yシャツのボタンを少し開けて、服の下にあった物を取り出した。

 

 

 ーー銃弾だ。

 ダンテやネロの物では無い。彼らは動きを止めるため、手や足を撃っていた。つまり、他の誰かが集の胸の辺りを撃ったという事になる。

 当然だがゴーチェでは無い。口径があまりにも小さすぎる。

 ーー誰にしろ。その誰かは集を殺すつもりだった。

 

 「ーーまって。誰が…集の胸を撃ったの?」

 

 刺すような少女の声に、全員の身体が一瞬凍り付く。

 僅かな沈黙。周りの視線か、彼女自身の感覚から来るものか、いのりは颯太の前で立ち止まった。

 

 「ーーこの弾はあなた?」

 

 「いや…その…」

 

 「楪…今はそんな場合じゃ…ーー 」

 

 「ーー答えて」

 

 谷尋がいのりを宥めようとするが、いのりは聞く耳を持たない。

 

 「……祭が殺されると思ったんだ!!でも集を殺すつもりはーー」

 

 颯太の言葉を最後まで聞くことなく、いのりは颯太の胸ぐらを掴み上げ、薬品棚に颯太の身体を叩き付けた。

 

 背中に走る衝撃に颯太の息が止まる。

 

 「ーーふざけないで!!」

 

 「ーー…ぅ」

 

 「あなたのせいでしょ!!最初からあなたがシュウの話を聞いていれば、こんな事にならなかった!!シュウはあなたも守ろうとしてたのに!!なのに…あなたはシュウに酷い事言って、シュウを傷付けた!!」

 

 いのりの眼から涙をにじませ、颯太を睨む。胸ぐらを掴んだ手にさらに力がこもる。

 

 「いのりちゃん!ダメだよ!!」

 

 祭がいのりの背中に抱き付き、颯太から引き離そうとした。

 ふっといのりの指が緩み、解放された颯太が床にへたり込むとゴホゴホと咳き込む。

 

 「……シュウは苦しんでた。みんなに嫌われても…みんなを守るためにやらなきゃいけない事があるって……」

 

 「いのりちゃん…」

 

 「………ごめん。部屋に戻るね…」

 

 力無くそう言って、いのりはおぼつかない足取りでフラフラと部屋から出て行った。その様子を周囲は黙って見送った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 いのりは暗い校庭を静かに歩く。誰かに見られれば幽霊だと思われてしまいかねない程、生気のない様相は彼女自身の心象を表していた。

 

 ふと目の前を数人の生徒が横切って行くのが見えた。それだけならば気にも止めなかっただろう、しかしその内の何人かに見覚えがあった。颯太と一緒に学校の外に出た生徒だった。

 彼らの様子が妙に気になった。人目を気にして隠れる様に動く様子に違和感を感じた。

 

 彼らに気付かれないように後を追う。

 

 「ーー本当なのか!!?」

 

 「しっ!声が大きいって」

 

 生徒達の声が聞こえる。やはり他人に聞かれたら良くない話のようだ。

 

 「ーー会長が化け物だって!?」

 

 「見たのよ!桜満集が魂館くんや楪いのりを襲うところを!」

 

 鼓動が跳ね上がったのを感じた。

 彼らは何故こんな話をしているのだろうか?何の為に、何をする為に…。

 

 「おかしいと思ったんだ!あんな化け物共とまともに戦えるはずが無い!きっと、奴らも外の連中と同じ化け物だから!」

 

 「そうよ!きっとそう!」

 

 「俺達を騙してたんだな!ーーこうなったらやられる前にやってやる!」

 

 

 

 

 ……どうして?なんでそんな事言えるの?シュウは頑張ってるのに。あんなにボロボロになって痛くても苦しくても、あなた達を助ける為に必死に頑張ってるのに……。

 

 耳を塞ぎたくなる程の悪意に満ちた生徒達の声。

 

 

 「ーーゆるさない…」

 

 そうだ許してはいけない。彼を傷付けようとするものは、()()()()()……。例え彼が守ろうとしてる人でも、彼を傷付けようとするならゆるさない。

 

 

 ーーそうね。じゃあ壊す為にどうすれば良いと思う?いつも…やっていたのでしょう?ーー

 

 ”あの人“の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー気付くと呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 重要特別医務所から出てから、記憶が飛んでいる。

 それなのに…それなのに…何故笑っているのだろうか。

 

 「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 

 狂ったように笑いが出る。意味もなく。理由も思い当たらない。

 

 

 それでも、思考の何処かは妙に冷静だった。

 ーー思い付いた。

 

 「あぁ…私が、やればいいんだ」

 

 彼が『やさしい王様』のままでいられる方法。

 

 

 

 




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#46女王-①〜the farcical kingdom〜

原作と違う展開って難しいなぁ

全然違うならまだしも、沿いながら微妙にズレるって言うのがなんとも言えないやり辛さを感じる。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 かつて六本木フォートと呼ばれていたクレーターの中を、涯に《ダアトの墓守》と呼ばれたユウは歩いていた。

 その外見からは集達と戦ったダメージは感じさせない。

 いのりに切断された腕も、集に砕かれた顔も何事も無かったかのように元通りになっていた。

 

 十年前からかろうじて残っていたビル群の面影は無く、イヴの眠っていたコキュートスがあった場所を中心として、巨大なクレーターが街を丸ごと抉っていた。

 否、正確に言えば六本木は十年前からずっとこの姿だった。

 人々が街の廃墟だと思い込んでいたものは、全て真名のヴォイドが見せていた実体を持つ幻影だ。

 

 「ーーねえマナさん」

 

 ユウはコートの裾が汚れることも気にせず、黒い大地にしゃがみ込むと指先でその土を掘り出す。

 

 「桜満集のもとに貴方の欠片が集まりつつあります。ーー肝心の彼は眠り続けてますがね」

 

 桜満集が昏睡状態に陥った事は予想外の出来事だった。

 しかし、例え一生目覚めることが無いとしても、十分修正の範囲内だ。

 

 ユウの指先が土の中の物に触れる。指の間で摘んで土から出すと、指輪が鈍い鉛色の光を反射した。

 《はじまりの石》より創造した未来への螺旋、その対のひとつだ。

 

 「直に彼の復活が成るようです。桜満春夏には感謝しなければいけませんね…。彼女は十分クロスの代わりを務めている」

 

 ユウは手の平の指輪を見て目を細める。

 

 「しかし、彼はあくまでも予備。桜満集くん…もう少し追い詰めれば、君は目を覚ましますか?」

 

 ユウが緩やかに地面を蹴ると、身体が浮き上がりそのまま重力が存在しないかのように暗い雲が掛かった夜空に消えて行った。

 

 

**************

 

 環七に沿って設置された隔離壁と内側で包囲を狭めつつある《レッドライン》周辺の警戒は非常に厳しい。まるで万が一にもアポカリプスウイルス患者を逃がしはしない、という意志の現れだった。

 壁の前には兵士や戦車にエンドレイヴが二十四時間体制で常に目を光らせ、空でも数機のヘリや無人機がひっきりなしに行き来する。

 しかし海の警備は陸上と比べると穴が多い。戦車もエンドレイヴも海には潜れない。視界がほぼ効かない海中では頼れるのは各種センサーのみだ。そういった物の騙すのはそう難しく無い。

 

 アルゴは水中バイクの錨を下ろし、ウェットスーツを脱ぐと葬儀社のスーツに着替えた。

 海に目をやれば、遠くGHQ本部《ボーンクリスマスツリー》が見える。向かう先は天王洲第一高校。

 目的は供奉院亜里沙の救出。

 それが翁からの依頼だ。孫娘の身を案じてのものでは無い。上海最大の財閥グループが亜里沙に目を掛けたのだ。

 その取り引きのための渡りの船といった所だ。ようは政略結婚だ。

 

 彼女は集達が通う高校に避難している。運が良ければツグミや綾瀬も集の学友と共に学校にいるはずだ。

 接触出来れば彼女達のみならず集やいのり、それに涯のことが分かるかも知れない。

 GHQに捕われた四分儀を救出するにも涯の安否が分からなければ動きようがない。

 

 あらかじめ頭に叩き込んだ下水道のルートを通って地上に出る。

 

 「ーーしばらく見ねえ間に、随分酷い有り様になったもんだな…」

 

 ビルの窓ガラスや壁が崩れているだけでは物足りないとばかりに、キャンサーの結晶が至る所から芽吹いていた。

 その時、足音が聞こえた。力強く堂々とした男の足音。

 

 「ーーっ!!」

 

 音が聞こえる先のすぐ横の雑居ビルを覗き込むと、薄暗い中で巨大な剣が光を反射しその輪郭が見えた。

 

 アルゴは意を決してビルに足を踏み入れた。

 足を踏み入れて間も無く、獣の唸り声と銃声、肉を切り裂く音が聞こえた。

 アルゴは銃を構えながら音の方を覗き込んだ。

 

 『ーーゲガアアアア』

 

 「ハッ!五月蝿えだけだなテメエら!!」

 

 銀髪の男がエンジンをくっ付けたかのような剣に火を纏って、悪魔達を薙ぎ払っていた。

 一瞬、空港で自分を助けたダンテとかいう男かと思ったが、風貌や声が違う。それにあの男と比べると若いようだ。

 

 「失せろ!!」

 

 異形の右腕から青白い腕を伸ばし、悪魔を掴んで投げ飛ばし、叩きつける。たちまち怪物を片付けると、男は部屋の奥に進む。

 アルゴは初めて部屋の奥の物に気付いた。

 

 巨大な肉塊のような物が激しく鼓動し、肉塊の中心には暗い穴が開いている。肉塊の外見からそう深いとは思えないのに、アルゴは何処までも続く奈落のように感じられた。

 

 男がおもむろに肉塊に歩み寄ると、剣で肉塊を切り裂く。

 肉塊は悲鳴のような音を上げると、破裂して破片を飛び散らせた。

 

 「たくっ、キリが無え。いくつあるんだ」

 

 男がぼやきながら、剣を背中に背負うと異形の右腕を袖で隠す。

 

 「でっ?さっきから何見てんだ」

 

 男がアルゴに振り返る。

 一瞬、身体が勝手に物影に隠れたが、男から敵意の類は感じない。

 声色もリラックスしたような軽い感じだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

 「お疲れ様でした!ネロさん!」

 

 男に連れられ歩いていると、天王洲第一高校の制服やジャージを着た少年少女が走り寄り、深々と頭を下げた。

 

 「だからそういうのは止めろって」

 

 ネロは鬱陶しそうにため息をついて、手の平でシッシと生徒達を追い払おうとする。

 ふとアルゴは生徒達の手に奇妙な武器のような物が握られている事に気付いた。

 

 (あれは…ヴォイド?)

 

 「あの…そちらの方は?」

 

 女子生徒が恐る恐るといった感じで、アルゴに視線を向ける。

 生徒達に緊張が走る。さてどうしたものかとアルゴが考えていると、一人の生徒がハタと気づいた。

 

 「おいアレ『葬儀社』のエンブレムじゃねえか?」

 

 「え?」

 

 「じゃあ味方?」

 

 生徒達がザワザワと騒ぎ出した。

 どうやら今すぐ敵対的な行動に出る様子は無いようだ。しかし、まだ彼らは疑惑に満ちた目でアルゴを見ている。

 

 「ーー何をしてるの?」

 

 聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

 それと同時に生徒達の背筋が突然芯が入ったかのように真っ直ぐに伸びた。

 

 「もう合流時間は過ぎているはず」

 

 「いのり…か?」

 

 アルゴは生徒達の後ろから歩み寄って来た少女の姿に、思わず眉を顰めた。確かにいのりだ。しかし、その顔はふわふわした無表情な印象しか無かった彼女からは考えられない程険しく吊り上がっていた。

 

 最後に見た白いドレススーツの上に、黒いマフラーとボロボロのコートをマントのように羽織っている。

 そしてそのコートにも見覚えがあった。

 

 (ーー涯のじゃねーか!!)

 

 少女の小柄な身体には明らかにサイズの合っていないコートは、裾を地に引きずって、まるで本当に昔映画で見た王族のマントの様だった。

 

 「アルゴ…」

 

 「生きてたんだな。…涯や集は一緒じゃねえのか?」

 

 自分の知るいのりは自分の意思というものを感じなかった。常に涯と寄り添いと行動を共にするのがいつのも光景だった。自分達も涯の命令に従って戦って来たが、いのりのそれは言いなりだった。

 しかし、集と出会ってからは何かが変わった気がした。よく笑う様子を見るようになり、集が喜ぶならと自分から行動するようになっていた。

 

 だが、今いのりの後ろに立っているのは寒川谷尋と数人の生徒。そこに涯はおろか集もいない。しかも心なしかいのり自身が従わせているように見える。

 その光景にアルゴは強い違和感を感じずにはいられなかった。

 

 「ーーっ」

 

 アルゴの問い掛けに、いのりはただ黙っていた。

 

 「おい、答えろよ」

 

 「すまない。移動しながらにしてくれないか?生徒会長代理として仕事が立て込んでるんだ」

 

 「生徒会長…“代理”だと?」

 

 再び疑問をぶつけようとしたアルゴの横をいのりが通り過ぎようとし、アルゴはいのりの肩を掴んだ。

 

 「おい、無視すんないのり!」

 

 その瞬間、周囲の生徒達が一斉にアルゴにヴォイドを突き付けた。

 

 「楪会長代理(ゆずりはかいちょうだいり)から手を離せ!」

 

 すぐ後ろの生徒がヴォイドを向けながら、アルゴにそう言った。

 アルゴはしばらく黙って周囲の生徒を睨むと、大人しく手を下げた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 湾岸に戻ったアルゴはコンテナが積まれた埠頭の桟橋に案内された。

 桟橋では数人のジャージ姿の生徒が海に垂らしたチューブと繋がった、数台のボンベの周りで作業していた。

 

 「何やってんだ?」

 

 「アレさ。あの船はこの間の災害時にGHQが破棄した船でな、中にワクチンや弾薬とかの物資がまだ残ってるんだ」

 

 谷尋が指差す先には大きく傾いた船が海上からその船底を晒していた。再び桟橋を見ると潜水服を着た生徒が、谷尋の言う物質が入っているであろう箱やネットを桟橋に上げては、何度も海中に戻って行く様子が確認できる。

 

 「……っ!?ーーおい、アイツ!!」

 

 桟橋に上がって潜水服を脱いだ生徒を見て、アルゴは顔色が変わった。その顔にはキャンサーの結晶が芽吹き、顔の一部を覆っていたのだ。

 

 「発症してるじゃねーか!!」

 

 よく見ればその生徒だけでは無い、桟橋の上で作業している生徒のほぼ全員の顔や手にキャンサーが発症していた。

 

 「どういう事だ!!なに病人にこんな仕事させてんだよ!!」

 

 アルゴはいのりと谷尋を睨み付ける。

 そこに一人の生徒が割って入った。

 

 「アイツらは“F”ランクだ。何の役にも立たないヴォイドしか持たないクズだからさ!」

 

 「Fランク?…何言ってやがる!!」

 

 「…端的に言えばヴォイドの強さを表す基準だ。俺たちのヴォイドの強さが絶対的の法。それがヴォイドランク制だ」

 

 谷尋は割って入った生徒を手で制し、桟橋の方へ目を向ける。

 

 「ーーっおい、いのり!なんでテメエが会長代理なんかやってんだ!供奉院亜里沙の指示か!?」

 

 「供奉院は生徒会長の座から下りている。今の生徒会長は集だ」

 

 「なんだと…?」

 

 アルゴは耳を疑った。

 集がコイツらのトップだとしたら、これを命令したのは集なのか?たしかに集は変わった男だった。妙に強いかと思えば、年相応な脆さもあった。

 だが何をするにしても自分より他者を優先する奴だ。こんな事するとは思えない。

 

 「ーー会いたい?」

 

 「なに?」

 

 「シュウに会いたい?」

 

 「………」

 

 いのりが初めてまともにアルゴの顔を見て言った。

 驚いたアルゴが即答出来ずにいると、突然桟橋の生徒達が騒ぎ出した。

 

 「どうした!!」

 「分からない!突然9番のボンベが動かなくなった!!」

 「誰が使ってる!!」

 「魂館颯太だ!!」

 

 「ーーっ!!」

 

 「…………」

 

 アルゴは聞き覚えのある名前に、僅かに動揺する。同時にいのりの表情に変化が出た事に気付いた。

 眉間のシワを更に深くし、何というか苛立っている様に見えた。

 

 「他のをまわせるか!?」

 「無理だ。今は全部使ってる!!」

 

 「……ちっ、見てられねえな」

 

 ネロは舌打ちして、桟橋に降りると生徒達に歩み寄る。

 

 「手を貸すか?」

 

 「予備を持って来て下さい、そこに置いてあります!!」

 

 ネロが生徒が指し示した場所にあるボンベに手を伸ばそうとした時、いのりがボンベの前に立ち、その行く手を阻んだ。

 

 「……何の真似だ?ーーガキ」

 

 「彼は既に二度、仕事で大きなミスを犯してる。その度に貴重な資源を消費した。これ以上“魂館颯太”…いえFランクに分けられる“無駄”は無い…」

 

 アルゴは言葉を失った。

 ーーあれは本当にいのりか?あの気迫、まるで涯を見ているようだ。

 

 いや、彼女は涯の真似をしているだけだ。涯ならもっと他に方法を見つけるはずだ。間違っても立場の弱い者を奴隷のようにこき使ったりしないはずだ。

 

 「…ならどうする。見殺しにするか?タマダテってのはシュウの友人なんだろ?」

 

 「機械が壊れても、祭のヴォイドで直す事が出来る。だが、“中身”はそうはいかない…。使えば無くなるし、漏れれば無駄になる。それに潜水服には小型の供給ボンベが内蔵されてる。そいつを起動させてチューブを外せば、自力で戻って来れる」

 

 「いい加減にしやがれ!!パニックになってるかもしれないだろ!!」

 

 いのりと谷尋のあまりにも冷たい言い草に頭に来たアルゴは、桟橋に飛び降り、予備のボンベを持って生徒達の方へ走った。

 チューブを繋げバルブを捻ると、ようやく安堵のため息をついた。

 

 「ぶはぁ!!」

 

 しばらく経つと、潜水服を着た颯太が海面から顔を出す。咳き込みながら桟橋に上がり潜水服を脱いだ颯太を見て、アルゴは唇を噛んだ。

 予想通り魂館颯太も発症していた。しかも他の生徒と比べると症状が進行しているように見える。第二ステージ手前の重篤に近い。

 

 「お前ら…どういう了見だ」

 

 「今は緊急事態なんだ。ヴォイドに使用価値がないのなら、他の所で役に立って貰うしかない」

 

 「いのり、これだけは聞かせろ。……涯はどうした」

 

 「…死んだ」

 

 あっさりと台本でも読むかのようにいのりは答えた。

 アルゴはやはりかとため息をついた。あのコートはそういう事なのだろう。見た瞬間にそう思った。

 

 「……シュウと会う?」

 

 険しい表情を一切変えず、いのりはさっきとまるっきり同じ調子で尋ねた。しかしアルゴの答えを待とうともせず、いのりは踵を返して歩いて行った。

 

 「ああ…案内しやがれ」

 

 一発殴ってこんな事やめさせてやる。アルゴは髪が逆立つような怒りを感じながら、いのりの後を続いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「昏睡状態だと…?」

 

 アルゴは目の前の光景が信じられず、怒りを忘れ呆然としていた。

 目の前には分厚いマジックミラーがはめ込まれた窓。その向こうにベッドに寝かされ点滴と電極に繋がれた集がいる。

 

 「………」

 

 いのりはマジックミラー越しにいる集を見ながら、窓に手を置いた。

 その表情は優しさと悲しみを混ぜたように穏やかになっており、まるで外で見た彼女とは別人だった。

 

 「ある出来事以来、集は眠り続けている。傷も火傷も祭のヴォイドのおかげで完治している。……だが未だに集の意識は戻らない。身体は健康そのものなのにな…」

 

 「ある出来事?ーー何があった」

 

 谷尋は答えずマジックミラーの方へに顔を向ける。

 

 集のそばに大人しそうな少女が寄り添っている。

 大島で姿を見ただけだが、校条祭は集と一緒に空港まで来たという話は聞いていた。彼女のヴォイドである包帯が集の不調を探ってか、常に揺れ動いている。

 その後ろにはダンテが腕を組んで壁にもたれ掛かっていた。

 

 「彼には祭の護衛を任せてる。この学校にいる全員が束になっても、彼に勝てる奴はいないからな」

 

 「……」

 

 傷を癒すヴォイド。たしかに彼女の身に何かあれば、大きな痛手になる事は想像に難くない。

 

 「アルゴは何故ここに来たの…?」

 

 「俺達を助ける為に…って訳でもなさそうだな」

 

 それが出来れば一番いいが、残念ながら違う。

 

 「俺は供奉院亜里沙に会いに来た」

 

 「……理由は?」

 

 「ーー会ってから話す」

 

 ーーあの状況。あそこまで発症者を働かせいるのだ。

 彼女だけを逃したいと言えば、ここで突っぱねられてしまうだろう。

 

 「いいよ」

 

 「っ!!?ーー(ゆずりは)!!」

 

 「来て」

 

 あっさりいのりが認めたのを見て、谷尋は大きく動揺する。

 

 「その代わり…シュウが目を覚ましたら、協力して」

 

 「ーーー」

 

 アルゴはその言葉に答える事が出来なかった。いのり自身も答えは期待してなかったのか、すぐに前に向き直った。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 生徒会室に続く廊下を挟むように、ヴォイドを持った二人の生徒がいのりと谷尋に敬礼する。

 

 「誰も通すな」

 

 谷尋の短い命令に二人の生徒は、「はいっ!」と二つ返事する。

 

 「いのり!」

 

 「ーーただいま」

 

 生徒会室のドアを開けると、ルシアがいのりに飛びついて来た。

 いのりの表情はまた、集を前にした時のように優しげな顔になっていた。

 

 「ーーーーー」

 

 「…どうした?」

 

 「いや……俺が知ってるいのりとは、天と地程差があってな」

 

 あのルシアという少女と共に集の家行く前と比べると、驚くべき変化だった。人間的に成長したという事だろうか。

 

 「私に用だそうですね」

 

 「ああ…供奉院の翁からの依頼でアンタを救出に来た」

 

 「お爺様の!?」

 

 亜里沙は目を見開いた。

 しかし亜里沙はすぐ冷静さを取り戻し、ソファに腰掛けた。

 

 「私を助ける為…ではないのでしょう?」

 

 「………」

 

 その問いに答えるべきか迷った。亜里沙の言ったことは紛れもない事実だ。孫娘一人を差し出して自分の家が守れるなら安い物だという、その考えには反吐が出るが、それを利用しなければならない自分達も同じ穴の狢だ。

 

 「答えなくても良いです。分かっているので……」

 

 「……そうか」

 

 それまで後ろで黙って見ていたいのりが、亜里沙の側に歩み寄った。

 

 「……どうする?」

 

 「え?」

 

 「あなたが決めて」

 

 「おい!!分かっているのか!?供奉院のヴォイドは俺たちにとって重要だ!!」

 

 いのりの言葉に谷尋が思わず口を挟む。

 亜里沙は顔を伏せ、唇を噛む。その手を小さな手が握った。

 

 「ありさ…行っちゃうの?」

 

 「あ…っ」

 

 幼い少女の顔を見て、亜里沙の顔が今にも泣き出しそうに歪む。ルシアの手に自分の手を重ねて、アルゴに向き直った。

 

 「ーー申し訳ありません、私は行けません。これでも、学校の生徒会長として皆を率いて来ていた身です。それを出し抜いて、一人だけ脱出するなんて……そんなの今、身を削って必死に生きている皆なに対する裏切りです」

 

 「……これが最後のチャンスかもしれねえぞ?」

 

 「…はい」

 

 谷尋は亜里沙の言葉に深く安堵のため息をはくと、アルゴに歩み寄る。

 

 「悪いがあんたを帰す訳には行かない」

 

 「お前…もし供奉院が帰りたいって言ったら、どうするつもりだった?」

 

 「……今は楪が集の代わりだ。彼女の命令に従ってたさ」

 

 「ふんっ、どうだか。役に立たなさそうなヴォイドを持った連中を差別してるってのに、集の取り巻きには随分親切じゃねえか。お前らだってヴォイドを使えねえだろ?」

 

 「差別じゃない、区別だ。それに連中はあれ以外出来る仕事がない。それだけの話さ。俺達の誰かが発症したら、それこそ終わりだ。平等にワクチンを分けてたら、あっと言う間に底がついて全滅してる」

 

 「そこが分からねえ…。お前ら何、集が起きるのを悠長に待ってやがる。ここにはあのダンテとかって奴がいるだろ?」

 

 空港でダンテが戦っている所を見たが、兵士どころか悪魔でもエンドレイヴ相手でも余裕な表情で蹴散らしていた。

 

 「俺達に協力する気になったら話してやる。それまでお前は拘束させてもらう」

 

 谷尋は受話器を取ってどこかに連絡し始めた。

 アルゴはもう一度亜里沙の方を見る。彼女はルシアの手を取って階段を上って行く所だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「おいダンテ!!」

 

 人気の無い屋上で街から戻ったダンテをネロが襟首を掴み上げて、壁に叩きつけた。

 

 「痛えな。なんだよ」

 

 「ふざけんな!お前いつまでこんな事許してるつもりだ!」

 

 いつもの調子を崩さないダンテに、ネロはさらにくってかかる。

 

 「やめてネロ、私たちも目に入る度に止めてるのよ!ダンテだって!」

 

 騒ぎに気付いたレディが二人の仲裁に入る。

 

 「どうする?久しぶりにやり合うか?こっちもストレス溜まってんだ。ちょうど良いぜ」

 

 「上等だ。表に出ろクソ野郎」

 

 「だから、やめてってば!」

 

 「行動は諌められても、彼らの思考は私たちにもどうしようもないわ。私たちも容認してるわけじゃないの」

 

 「だったら、あの女がリーダーになった時の行動はなんだったんだ!」

 

 「悪いがまだ仕事が残ってるんだ。お前とのおしゃべりはここまでだ」

 

 ダンテはいまだ激昂するネロの手を振り払い、どさくさで地面に落としていた大きな袋のような物を肩に担いだ。

 

 「アンタらしくもねぇなダンテ。俺やアンタが力を合わせれば…いやそもそもアンタ一人でもあの壁をぶち破るくらい訳ねぇだろ」

 

 「…………」

 

 「ネロ。あなたはあの巨大なシャドウは見た?」

 

 「あ?あのバケモンか。一度やり合ったぜ」

 

 「なら分かるでしょ?奴には…ーー」

 

 ネロは苛立たしげにトリッシュの言葉を遮った。

 

 「剣も銃も効かないんだろ?だからなんだってんだ。関係ねえだろ」

 

 「まだ分からない?私たちの攻撃が効かないって事は、奴は私たちを無視出来るって事よ」

 

 ネロはトリッシュの言葉でハッとなった。

 つまりダンテや自分達に目もくれず、ひたすら生徒達を襲う事も出来るという事だ。

 ネロがファングシャドウと遭遇したのは、一人で行動していた時だったが、もし近くに他の人間がいれば優先的にそちらを襲っていたかもしれない。

 

 だが例えそうでもネロは納得がいかない。

 ファングシャドウは攻勢に移れない理由であって、生徒達の蛮行を容認する理由にはならない。

 

 「守らなきゃいけない物が多すぎるわ。こんな事初めてよ、どうすれば良いかなんて、きっとダンテにも分からない」

 

 「……シュウが目を覚まして、ヴォイドってのを使えるようになるまで、この状況を放っておくのがベストだって本気で思ってんのか?」

 

 ネロの問いかけに、トリッシュは小さく首を振るだけだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 アルゴは大人しく生徒達の先導に従った。幸い身体を縛られてはいない。こんな素人連中に遅れをとる事は無いが、自分の目の前にはいのりがいる。

 ダンテ程で無いにせよ、単身でエンドレイヴから逃げ延びる身体能力の持ち主だ。事を荒立てる気は無い。

 しかし校庭は酷い光景が広がっていた。

 

 Fランクの生徒達と此処に避難して来た生存者だろう。全員まだ軽度ではあるが、発症している。

 

 「もうやめてくれ!!」

 

 校庭を過ぎた時、校舎の裏からそんな悲鳴が聞こえた。

 見てみると三人の生徒が居て、一人の生徒が一人に暴行を振るい、もう一人がそれをニヤニヤと笑いながら見ていた。

 

 「ーー谷尋っ!!いのりさん!!助けてくれ!!」

 

 暴行を振るわれていたのは、颯太だった。

 颯太の声で二人の生徒もいのり達に気付く。

 

 「どうも。会長代理殿」

 

 「何をしている」

 

 「彼が余りにも我々の資源を食い潰すのでね、僕らAランクに対する態度もなって無かった。これはちょっとした教育ですよ」

 

 まさか止めないですよね?とでも言いたげに、難波は眼鏡を上げて笑う。

 

 「…お願いだ、次はもっと上手くやる…だからワクチンを分けてくれ…!ーーもう、身体が上手く動かないんだ!!」

 

 土と血を顔にこびり付かせながら、颯太は地面を這いながら助けを求めて、いのりに必死に手を伸ばす。

 アルゴはいのりを促そうと彼女の顔を見た。

 

 「!!?」

 

 ーー嗤っていた。集やルシアに見せていた笑顔とは全く別の悪意に満ちた笑み。

 しかしアルゴが瞬きした瞬間、先程と同じ険しい表情に戻っていた。見間違いかと思ったが、身体はその笑みを見た瞬間の恐怖を覚えていた。

 

 「ーー任せるわ」

 

 「なっ!?」

 

 「そ…そんな!!」

 

 いのりの言葉に颯太の顔は絶望に染まる。数藤は卑下た笑みを浮かべ、地面を這う颯太の背中を踏み付けた。

 

 「はーい。安心しろよヴォイドは使わねえよ。お前みたいな屑に使ったら、穢れちまう」

 

 「まあ…指くらいは弾こうかな?どうせ治せるから、構わないだろ?」

 

 「うわぁああああ!!」

 

 数藤が必死に抵抗する颯太の手首を掴み、ナイフの刃先を指の間接に押し当てようとした。

 

 「ーーアイツらぁ!!」

 

 「おい、いつまで見ている!!ーー行くぞ!!」

 

 アルゴの後ろの生徒が、アルゴの背中を蹴ろうとした。

 その足を掴み、アルゴはもう一人の生徒に投げ付けた。

 二人の生徒は「ぐぅ!!」呻き転倒した隙に、アルゴは数藤目掛けて突進する。

 

 「なっ、ーーちぃ!!」

 

 数藤は自分のアメリカンクラッカーのヴォイドをアルゴに投げ付ける。糸が伸びてアルゴの顔面に先端の球体が迫るが、アルゴは少し顔を傾けただけで躱す。

 ドスンッ

 「うべっ!ゲエエエ」

 そのまま数藤の鳩尾に膝を打ち込む。ミシミシと内蔵を圧迫し、数藤が嘔吐する。

 

 「なっ!!ーーぅべっか!?」

 そして蹲る数藤をすり抜け、難波の顔面に回し蹴りを叩き込む。

 難波はきりもみしながら吹き飛び、地面に倒れた。

 

 「おいっ!さっさとーーがっ!?」

 

 颯太に振り返ろうとした時、ズドンッと背中に凄まじい衝撃を感じた。

 

 「ぐっ……くっーーそ」

 

 自分の背中にヴォイドをかましてくれた生徒の顔を見ようとしたが、その前にアルゴの意識は途切れた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ダンテは照明ひとつ点いていない地下駐車場へ入った。

 昼間でも真っ暗でカビ臭いこにも、何らかの用途によって使用される資材や、未使用のテントが置かれている。

 

 「おい」

 

 ダンテが声を上げると、数人の生徒達がダンテのもとへ駆け寄って来た。肩に担いでいた袋を置くと、彼等は袋に飛び付き袋の口を開いた。

 中には缶詰めやワクチンなど、そこそこの量が入っている。

 

 「やった。これで人数分足りる!ありがとう」

 

 「何をしている!」

 

 嬉しそうに顔を輝かせる生徒達はダンテに礼を言い、立ち上がろうとした時、谷尋の声が響いた。

 谷尋の怒声に生徒達は怯えた様子で思わず後退りする。

 

 「見て分からないか?ランチタイムだ」

 

 「ふざけるな。外で回収した物資は生徒会が預かる事になっていたはずだ!」

 

 「知るかよ。俺が見付けて来た物だ。どう使おうが俺の勝手だろ?」

 

 ダンテは谷尋を見ようともせずそう言いながら、生徒達に手をしっしっと払って立ち去らせる。

 

 「待て!」

 

 谷尋が銃を抜こうとした時、ダンテは一瞬で移動し手首を軽く叩いて銃を落とし、谷尋を裏拳で吹き飛ばした。

 当然手加減したが、谷尋は柱に激突し地面に座り込んだ。

 

 「勘違いすんなよ?お前が味方のふりをするだけでいいって言うから、一度だけ協力してやっただけだ。お前らのやってる事に賛同した訳じゃねえ」

 

 ダンテは自分を睨み付ける谷尋を鼻で笑った。

 

 「お前らが一番良い方法だって言うから、やりたい事やらせてやってるだけだ。だから俺のやりたい事に口出しすんじゃねえ」

 

 そう吐き捨てて立ち去るダンテの後ろ姿を、谷尋は唇を噛み締めながら見送る事しか出来なかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ーーぅっ!?」

 

 背中に何かが触れる感触がする。

 紐が動いているような感触。蛇でも乗ってるのかと思い、アルゴは飛び起きると、背中の物を掴むと引き剥がそうと思い切り引っ張った。

 

 「ーー痛っ!!」

 

 背中の紐のような物がビンッと張ったかと思うと、後ろから少女の声が聞こえ、振り返る。

 

 「あいたた…起きたんですね?ーー良かった」

 

 校条祭が人懐っこい笑顔を浮かべて、アルゴに話しかける。

 アルゴは鉄の柵が嵌められた一室に入れられていた。

 ここも隔離病室だろうか。自分が寝かされていた簡素なパイプベッドの側の壁には病院にある各種機械類の接続盤がある。

 しかし、集が居た場所がvipルームなら、ここはさしづめ刑務所といった感じだ。

 

 「えっと…私、校条祭です。驚かせてすみません。背中の傷を治そうとしただけなんです」

 

 「……月島アルゴだ。気にすんな俺こそ悪かった」

 

 彼女の包帯を引っ張った拍子に、格子に打ったのだろう。赤くなった額をさすりながら、照れ臭そうに笑った。

 

 「アルゴさん?ーー集から聞いてます。ガラは悪そうだけど、凄く他人想いのいい人だって」

 

 「……あのヤロウ、余計なことを」

 

 そう言いながら口端を上げる自分にアルゴは気付いた。

 ここに来て初めて笑ったかもしれない。

 

 「ダンテとかって野郎は?護衛だったんじゃねえのか」

 

 「えっとーー」

 

 『ーー私がここまで誘導したのよ』

 

 祭の後ろからふゅ~ねるが顔を出した。

 

 「ツグミか?」

 

 『アイ。おひさねアルゴ』

 

 「綾瀬もそこに居るのか?」

 

 『ネイ。綾ねえはアルゴが捕まったって聞いて、いのりに抗議しに行ったわ。けど、すぐ門前払いされるだろうね。Cランクって言っても発言権なんて無いに等しいし』

 

 「ーーC?ツグミ、お前は?」

 

 『私はSよ。まあ綾ねえは集にヴォイド出してもらってないし、能力も分からないから暫定でCよ』

 

 ツグミのため息がスピーカーから漏れる。

 

 『今、ヴォイドで高ランクに立ってる連中も、もしヴォイドを戻しちゃったら格下げくらうからね。ヴォイドしか取り柄のない高ランクも必死よ。今までAランクでチヤホヤされてたのに、突然Fランクまで落とされるなんて十分あり得る話だもん。ひとつでも手柄を立てようと、みんな血眼になってるわ』

 

 「これじゃあ歌姫じゃ無くて女王様だな。なんで皆あんなやり方に従ってんだ?」

 

 『生徒達を縛っているのは単純に、ーー恐怖ね』

 

 「恐怖?」

 

 『……ウイルスに侵される恐怖。悪魔達の脅威。横行する暴力。略奪。そんな中、ヴォイドやあの悪魔狩人(デビルハンター)達の力は明解すぎる力だもん。いのりんがヴォイドを使えなくても、バックには四人の悪魔狩人。誰も逆らおうなんて思わないわよ』

 

 「まったく、いつ聴いても冗談みたいな肩書きだぜ。ーーくそったれ、集が無事なら、こんなランク制なんつう差別みてえな真似すぐ止めただろうに……」

 

 集ならヴォイドランク制などという物には、強い忌避感を感じた事だろう。集というストッパーが無くなったのが、今のいのりの姿なのだろうか。

 

 「…私はいのりちゃんが、それだけ必死なんだと思います」

 

 それまで二人の邪魔をしないように黙っていた祭が、いのりを悪く言わないで欲しいと言いたげに二人を見る。

 

 『ーーアルゴ、例え集が無事でもランク制かそれに近い(もの)は施行されていたと思うわ。ウイルスも変異してワクチンも倍必要になったおかげで、余裕なんか一切無いのよ。ーーだから、私や綾ねえはランク制そのものには反対してない。でも、ランクが高い連中が勘違いして、低ランクを奴隷のように扱い出したの。ーーだけど、いのりんはそれについては何も対応しようとしない。抗議したら反逆扱いで、最近まで、今アルゴが入れられてるのと同じ場所に“収監”されてたわ。結果、見事な差別社会の完成よ』

 

 アルゴは数藤と難波が颯太に暴行を行なっていた光景を思い出す。

 

 「ーー……っ」

 

 祭も沈痛な面持ちで、ツグミの言葉に耳を傾ける。

 

 『ーーハレれんには悪いけど、私にはいのりんが憂さ晴らししてるようにしか見えないわ』

 

 「そんな!!」

 

 「待て。憂さ晴らしだと?」

 

 『アイ。集が昏睡状態に陥った原因が、無断で外に出たFランクを助けに行った時に負ったダメージなの』

 

 アルゴは暴行を受ける颯太を嗤いながら見つめていた時の、いのりの顔を思い出した。

 

 『その後よ…いのりんが《生徒会長代理》に就任したのは…ーー』

 

 

 

ーーーー********

 

 その日、ーー生徒達全員が体育館に集められ、臨時全校集会が行われた。

 そこで公表された現生徒会長の桜満集が重症により、意識不明という情報に生徒達は動揺しザワザワと騒ぎ出す。

 

 「静粛に、これは由々しき事態だ。よって我々生徒会は運営を代行する代理を立て、『ヴォイドランク制』を施行する運びになった」

 

 生徒達全員が谷尋の言葉に耳を傾ける。

 

 「生徒会長代理。ーー楪いのり、前へ」

 

 誰もが谷尋が代理となるとばかり思っていた。しかし、谷尋の言葉と壇上に歩み出た少女に誰もが驚愕した。

 

 「いのりさん!?」

 「会長代理ってどう言う事だ?」

 「私達…これからどうなるの?」

 「そうだ…ヴォイドを出せないんじゃあ、俺たち…ーー」

 

 壇上に立ついのりを見て、生徒達は驚きと不安を漏らす。

 

 「綾瀬ちゃん…?」

 

 「わ、私もなにもーー」

 

 他の生徒以上に動揺していたのは、祭や綾瀬とツグミだった。

 

 「ーー私がシュウの代わりになる…。楪いのり…。『EGOIST』じゃない、楪いのり…」

 

 マイクを握るいのりを見ても、綾瀬は信じられない気持ちだった。

 いまだにザワザワとどよめく生徒達にいのりは淡々と『ヴォイドランク制』の説明を台本を読み上げるように話し出した。

 生徒達は状況について行けず、戸惑いザワザワ騒ぎ出している。

 しかし綾瀬達の動揺はそれ以上だった。

 

 ふと気付くとそんな中、谷尋と亜里沙だけは全く驚いた様子は無く、冷静に説明を続けるいのりの後ろ姿を見守っていた。

 

 (何か知ってるの…?)

 

 綾瀬は二人を訝しんだ。

 

 そうこうしている内に説明が終わった。

 体育館は沈黙に包まれていた。

 全員が理解が追いつかず目を見開いて、壇上のいのりを呆然と見る。

 

 「ーー以上…。分かった?」

 

 いのりは一方的に話を打ち切り、そのまま背を向けて去ろうとした。

 

 「ふ…ふざけるな!!ーーこんな差別認められるか!!」

 

 ようやく一人の生徒が金縛りから解かれ、いのりに詰め寄ろうとした。

 

 「ーーそ、そうだ!こんなの俺達に死ねって言ってるようなものじゃねえか!!」

 「ちょっと有名だからって!!調子乗ってんじゃないわよ!!」

 

 それを皮切りに、大勢の生徒が一斉に反対の声を上げ始めた。

 しかし、いのりは無反応で壇上から去ろうとする。

 

 「ざっけんな無視してんじゃねえ!テメエこそ、ヴォイド出せねえ役立たずじゃねえか!!」

 

 壇上から一番前の生徒がそう叫んだ時、いのりの足が止まった。

 いのりを論破したと見た生徒はさらに言葉をぶつける。

 

 「テメエこそ“F”ランクだ!!このテロリスト、葬儀社のクズが!!」

 

 「…………」

 

 いのりがゆっくりその生徒に振り返る。その瞬間、「うっ」と声を漏らしてその生徒が硬直する。

 

 「ーーあなた、前に出て…」

 

 騒いでいた生徒が僅かに躊躇いながらいのりの言葉に従い壇上に上がる。いのりの二回りはでかい体格でがっしりとした三年だった。

 いのりは懐からナイフを出すと、その生徒の足もとに転がす。

 

 「ーーそれを拾って私を刺して…」

 

 「いのりちゃん!!」

 

 「いのり、なに言ってんの!!」

 

 祭と綾瀬が思わず声を上げる。しかし、いのりの一瞥がそれを黙らせた。

 

 (まるで別人みたい…)

 

 あまりにも冷たい視線。

 集が居ない事がここまで彼女を変えてしまうものなのか…。

 彼女にとって集がそれ程大きな存在だと、綾瀬の想像を超えていた。

 

 「来ないなら私からいく…」

 

 ナイフを拾ってもオロオロ狼狽る大柄な男子生徒に、いのりがトンッと軽い足取りで踏み込んだ。

 

 「ひっーー!?」

 

 瞬きする間に目の前に現れたいのりに、その生徒は引き攣った声を上げる。

 

 そこからは一方的な暴力だった。

 いのりは葬儀社の中でも飛び抜けた。ダンテ程では無いにせよ人間離れした身体能力の持ち主だ。

 そこそこ鍛えた程度の学生に太刀打ち出来る筈はない。

 

 「…も…もう、ゆるーーじ」

 

 そう言おうとした男子生徒の顎を、いのりは容赦なく蹴り上げた。

 

 「いのり、もうやめなさい!!死んじゃうわよ!?」

 

 「ーーーーっ」

 

 声を上げた綾瀬をいのりは睨みつけた。しかし、今度は綾瀬も怯まなかった。

 

 「……やめてっ…!」

 

 今すぐこんな事は辞めさせないと、綾瀬はその一心でいのりに呼びかける。隣の祭が両手で顔を覆ってすすり泣く。

 いのりは身体の力みを解き、男子生徒に渡したナイフを拾うと、当の血とアザにまみれた男子生徒から踵を返してその場を去ろうとした。

 

 「ふ…ふざけるな!!こっちにはヴォイドを持ってる奴がこんなにいるんだ!!」

 「そ、そうだ!!人数は俺たちの方がーー」

 

 叫ぶ生徒達が壇上に殺到しようとしたその時、ーーズトン!と音を立てて、鍔に髑髏の装飾がある銀色の剣が体育館の天井から床に突き刺さった。

 

 生徒達は突然現れたリベリオンに硬直する。

 同時に天井からダンテが赤いコートを靡かせながら、降り立った。

 

 「ーーおい、さっきまでの威勢はどうした?」

 

 呆然とダンテを見る生徒達にそう挑発するが、誰も動こうとはしない。ダンテはそんな生徒達を鼻で笑うと、生徒達から背を向けてていのりの後ろに続いた。

 

 あまりにも突然そして理解し難い出来事が次々と起こり、谷尋と亜里沙を除いた壇上の綾瀬達も他の生徒達同様、その光景をただ見守ることしか出来なかった。

 

 

 

********ーーーーーーーーーー

 

 

 

 生徒会室は沈黙に包まれていた。

 ルシアも亜里沙もそれぞれ割り振られた寮に戻った所だ。

 

 「聞いているのか?ーー楪」

 

 「ーーなに?」

 

 いのりはソファに座ったまま、谷尋に振り返る事なく無感情に返事をする。

 

 「颯太の事だ。ーーいくらなんでもやり過ぎだ。目の前で暴行を見逃すなんて…一度はお前の案に乗ったが、私情を挟むのなら抜けさせてもらう」

 

 「……気になるのなら、あなたが彼らを罰すればいい…」

 

 変わらず冷たく無感情に答えを返した。

 

 「…もう颯太は限界だ。早くワクチンを投与しないと、第二ステージまで症状が進行する」

 

 「………」

 

 いのりが颯太を恨む気持ちも分かる。だがこんな事が続けば、颯太は本当に命を落としかねない。

 “見せしめ”としての役割ならもう十分だ。

 

 「楪…もう颯太をーー」

 

 許してやれーーと言おうとした。

 

 

 

 

 

 「ーー死んじゃえばいいのよ」

 

 

 

 

 

 そんな歌うようにも、囁くようにも聞こえる声がいのりの口から聞こえた。まるで別の人格に切り替わったような悪意に満ちた笑みと口調に、谷尋は一瞬凍り付く。

 しかし、すぐに我に返りいのりに詰め寄った。

 

 「なっ!…何を言っているんだ!!」

 

 「………」

 

 谷尋がいのりの計画に乗ったのは、自分と同じものを感じたからだ。

 大切な人を守る為ならどんな罪でも被ってもいい。谷尋は自分が弟を救おうとしていた時と今のいのりの姿を重ねていた。

 そこまで集に想いを寄せていた事に驚いたのも、手を貸す気になった理由の一つだ。

 

 だが、その個人的な恨みや感情を颯太一人に晴らそうとしているのなら、これ以上共犯者になる気は無い。

 

 「お前…こんな事を集が望むと思うのか?」

 

 「……そんなこと、ーーあなたに言われたくない」

 

 いのりが初めて谷尋を見ながら、立ち上がる。

 

 「あなたはシュウを裏切った…」

 

 「ーーっ!!」

 

 「シュウはあなたの事を信じていた…友達だと言っていたのに……。ーーあなたにシュウの気持ちが分かる?裏切られて、GHQに売られたシュウの気持ちが…」

 

 「それは……」

 

 「あなたにどんな理由があったかなんて知らない…!シュウがどうしてあなたを許したのかなんて分からない…!」

 

 いのりは目を見開く谷尋の腕を掴み、万力のような力で骨を締め上げた。

 

 「ーーだけど、私はあなたをシュウには触れさせない…絶対に!」

 

 「……ーーぐっ!!」

 

 ミシミシと骨が軋み、谷尋が呻くと同時にいのりは谷尋を解放した。

 谷尋は掴んだ跡がくっきり残るアザをさすりながら、後ろによろめく。

 

 「ーーっ俺を側近に選んだのは、俺を見張るためか…?」

 

 「………」

 

 「たしかに、俺に友情を語る資格は無いかもしれないな……」

 

 谷尋は痛みと、悔しさ、後悔など様々な感情に顔を歪ませる。

 

 「だが、それはさっきのお前の発言を見逃す理由にはならない!!」

 

 「…なんのこと?」

 

 「とぼけるな!!“死ねばいい”だなんて、間違ってもーー」

 

 「…そんな事、言ってない」

 

 「ーー……っ!?」

 

 いのりがとぼけているようにも、嘘を言っているようにも見えなかった。逆に谷尋が急に妙な事を言い出したと言うように、不審げな顔で谷尋を見ている。

 

  (……聞き間違い…か?)

 

 なら、あの悪意に満ちた笑みも見間違いなのだろうか…。

 

 本当に心当たりが無さそうないのりに、谷尋は困惑した。

 あの一瞬見えたいのりは今とその直前と比べると、別人のようだった。

 

 もっと追求すべきだという考えがある反面、尋常じゃない胸騒ぎを感じ、谷尋は判断に迷った。

 

 「……これだけは聞きたい。あの日、颯太と一緒に外に出た生徒達数人が襲われている。本人たちは口が聞けない状態で…何か知らないか?」

 

 「?…知らない…」

 

 「……そうか…」

 

 いのりは顔色を変えず、あっさり答える。

 そんな話初めて聞いたという態度のいのりに、谷尋はそれ以上追求しなかった。

 谷尋は話を切り替える意味も込めて、深く息をはいた。

 

 「…集の願いは、全員が生きてここを出る事だ。もういいだろう…颯太の事、許してやれ」

 

 「………………っ」

 

 いのりは長い沈黙の後にようやく頷く。谷尋がそれを見て肩の力を抜くと同時に、谷尋の携帯から着信音が流れた。

 

 「寒川だ」

 

 『申し訳ありません!!捕らえていた葬儀社が逃げ出しました!!』

 

 生徒の焦った声が受話器から聞こえる。いのりを見るが、彼女はいつもの無表情で何をするでも無く窓から外を眺めていた。

 

 いつもの事だ。

 彼女にとって優先すべき事項は集を守ることーーそれだけだ。

 谷尋自身もそれを理解した上で、彼女に協力している。

 生徒の取り仕切り彼らを守るのは、谷尋の役目だ。

 

 「全生徒会親衛隊に通達、捕虜が逃亡した。至急拘束せよ」

 

 受話器の向こうの生徒は、冷静な指示に二つ返事で返した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「供奉院の寮はこの先なんだな!」

 

 『ええ。も〜動くなら前もって言ってよ!』

 

 ふゅ〜ねるとの別れ際に渡された無線機を耳に着け、アルゴはSクラスの寮を目指していた。

 

 「敵を騙すなら味方からって言うだろ?」

 

 『私達騙してどうすんのよ!ーーそんな事より、今から供奉院のとこ行ってどうすんの?脱出、断られたんじゃないの?』

 

 「そうなんだが…本心から言っているようには見えなかった。もう一度会って聞いてみてえ、一人の時にな…」

 

 『ーー勘?』

 

 「そんなところだ」

 

 無線機の向こうから、ため息をつくのが聞こえた。

 

 「ツグミ、お前はどうする?脱出するならーー」

 

 『遠慮しとく…綾ねえほっとけないし。今のいのりん刺激したく無いし』

 

 「そうか……」

 

 会話して気が抜けていたのか、アルゴが曲がり角に差し掛かった時、 目の前に懐中電灯を持った二人の女子生徒と鉢合わせしてしまった。

 

 「しまっーー!」

 

 「きっーーきゃあああああ!!」

 

 アルゴはその悲鳴から逃げるように近くの体育館に転がり込んだ。

 隠れる場所の無い一階は避け、二階の観覧席で身を隠そうと考えた。

 

 「誰だ!!」

 

 「まさか、例の逃亡者!?」

 

 しかし、そこにも生徒達がいた。二人の生徒がヴォイドを構えてアルゴを威嚇する。その二人に守られるように校条祭もそこにいた。

 

 「アルゴさん…」

 

 祭はアルゴがここに居る事に驚いたように目を大きく開いていた。彼女の手元を見ると、車か何かのエンジンや医療機器からするりと包帯のヴォイドが解けるところだった。

 

 「そこを動くな!!」

 

 二人の生徒はアルゴの逃げ道を塞ごうと素早く階段を回り込んだ。

 

 「…ヴォイドを持ってるからって、調子乗んなよ?」

 

 アルゴは袖口に隠していたナイフを抜き、両側を塞ぐ生徒達を牽制する。銃は取り上げられてしまっているが、もとより使うつもりは無かった。

 

 「うーーうおおおお!!」

 

 前の男子生徒がハンマーのヴォイドを振り上げて、迫って来た。

 アルゴは生徒の懐に飛び込むフェイントをかける。

 

 「ーーっらあぁ!!」

 

 それに見事にはまり男子生徒はハンマーを振り下ろす。アルゴは即座にバックステップして鼻先ギリギリで躱すと、腹に蹴りを叩き込んだ。

 

 「やぁああ!!」

 

 背後から女子生徒が裁縫の針のヴォイドを、槍のように構えて突進する。アルゴはナイフでそれを逸らすと、女子生徒の背後にまわり絞め落とした。

 

 失神して倒れる女子生徒を座席に座らせると、すぐに反対側の出入り口に向かおうとした。

 

 「動かないで下さい!!」

 

 「ーーっ!」

 

 階段上の祭の声に振り返る。

 彼女の手には銃が握られており、銃口は真っ直ぐアルゴに向けられていた。

 

 「………」

 

 驚きこそすれ、動揺自体はあまり無かった。

 しかし、気弱そうで心優しそうな少女が、銃を握る光景にアルゴは僅かに心痛める。

 腰が引けた構え方だったが、握り方も狙い方も素人臭さを除けば、欠点らしい欠点が見えない。

 

 「私のヴォイドなら即死でさえ無かったら、致命傷でも治癒出来ます。……でも出来れば傷付けたく無いです」

 

 「誰から使い方習った?」

 

 「……レディさんから…。みんなには言ってません」

 

 心配かけると思ったから…と小さな声で漏らす。

 

 「通してくれ」

 

 「出来ません……」

 

 彼女の決意の固さを測るのは、銃をしっかり握る手を見れば十分だった。

 

 「集が…あんな風になってしまってから、考えたんです…どうすれば集を、いのりちゃんを…みんなを…守れるか…」

 

 「…お前は、いのりがやってる事が正しいと思うのか?」

 

 「思いません…。でも私に何を言う資格はありません」

 

 祭は震える声で、僅かに目に涙を溜める。

 しかし、それでも視線と銃口はしっかりとアルゴをとらえている。

 

 「私は気付けなかった…止められなかった…。いのりちゃんが何で皆に酷いことをするのか…今まで全然分かんなかった」

 

 「今まで…?」

 

 「お願いです!戻ってください!!ーーもう、いのりちゃんを苦しめないで!!」

 

 「校条!!」

 

 祭の叫びと同時に、アルゴの後ろから銃を持った谷尋が現れた。

 

 「ーー谷尋くん?」

 

 祭の意識が谷尋にそれた瞬間、アルゴは弾かれるように祭に向かって階段を駆け上がる。

 

 「ーーちっ!」

 

 谷尋はアルゴを狙うが、角度のせいで祭に流れ弾が当たると判断して、銃を下げて走り出す。

 

 「ーーぁっ!」

 

 祭が気付いた時には、アルゴは目の前にいた。

 銃を構え直そうとする祭の手から銃を払い落とし、細い首に腕を回して抑え込んだ。

 

 「アルゴ…さん」

 

 「…わりぃな…、やっぱアンタはこんな事に向いたタイプじゃねえよ」

 

 チョークスリーパーを掛けられた祭だったが、苦しさは感じずアルゴを見ようとする。

 力は込めず本当にただ捕まえているだけだ。

 

 「校条を離せ!!」

 

 「テメエこそ銃を下げな。そんで外の奴らにも道を空けるように言うんだ」

 

 「…出来ない相談だ」

 

 そのまま永遠に続くような睨み合いが続くかと思われた。しかし、そうはならなかった。

 

 ドォオンッ!!

 爆発音がそんな予測を引き裂いた。

 

 「なんだ?」

 

 爆発音はそう離れていない。実際僅かに胃を突き上げるような振動を感じる。

 

 「正校門から…?」

 

ゥゥゥウウウウウウウウウウ

 

 「……このサイレンは…」

 

 けたたましいサイレンが響き渡る。

 谷尋は眉をひそませる。銃口と視線を油断なくアルゴに向けながら、携帯を何処かに掛けてスピーカーをオンにすると携帯をアルゴに向ける。

 

 「花音。何が起きた…?」

 

 『谷尋!その…避難者が何人も校門前に来てて…それで、ーー』

 

 「結論を言ってくれ…」

 

 『悪魔よ!!レディさんが仕掛けた結界を門ごと壊して襲ってきたの!!』

 

 「…分かった。すぐに対応する。安全を確保しつつ敵の捕捉を続けてくれ」

 

 花音の返事を聞き終わる前に谷尋は電話を切ると、銃をホルスターにしまう。

 それを見てアルゴも祭を解放する。

 

 「…聞いての通りだ」

 

 そう言って、ホルスターのベルトを外すと、銃が収まったままアルゴに差し出した。

 

 「……気持ち悪いくらいの気の変わりようだな…」

 

 「最善だと思う判断をしているだけだ。それにこの状況で、悪魔共をすり抜けて逃げ切れると思ってるのか?アイツらは鼻がいい…ここを出た瞬間に見つかるぞ。脱走するにせよ、俺たちに捕まるにせよ、生き残れなければ話にならない」

 

 遠くから、銃声と爆発音が何度も響き渡る。

 

 「ひとつ取引だ……。事が済んだら“供奉院亜里沙”ともう一度、二人きりで話をさせろ。それでもしまた断られたら、俺もここに残る。だが、供奉院のお嬢様が脱出を望んだらーーー」

 

 「お前の働き次第で、考えてやってもいい……」

 

 嫌味な奴だと吐き捨てながら、アルゴは差し出された銃とホルスターを受け取った。

 

 

 

 

 




※修正
ダンテパートを数カ所追加。
他、少々の修正


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#46女王-②〜the farcical kingdom〜

ーーーーーーーーー

 

 

 「もう少しだ。頑張れ…」

 

 荒れ果てた街を歩く集団の中から、そう励ます声が聞こえて来た。

 その半数以上がすでにキャンサーを発症し、ステージ2まで余談を許さない状況だ。

 

 大人も老人も子供も無い。すでに彼らが居た避難所は食料もワクチンも底をつき、他から譲ってもらおうにも他所でも全く同じ状況だ。

 既に壊滅した避難所もいくつも見て来た。

 

 そんな時、一人の人物が天王洲第一高校に行ってワクチンを分けてもらって来たと言ったのだ。

 

 「ーー“他にもワクチンが必要な人達が居たら連れて来てください”と言われた」

 

 その人物はそう言った。

 すぐに彼らは他の避難所でワクチンを必要とする人々にも声を掛け、天王洲第一高校に向かう事になった。

 

 喜ぶ者も居たが、そうでない者のも少なからず居た。

 キャンサーが一度発症すれば進行を止める事はできても、良くなる事は決して無いのだ。

 

 それでも彼らには希望が必要だった。

 

 ようやく天王洲第一高校の校門にたどり着くと、他にも数十人規模の集団が校門の前に集まっていた。

 まだこんなに生き残りが居たのかと、彼らは驚いた。

 

 校門には学生たちでどうやって運ばれていたか想像出来ない程、大きなブロック塀が並べられており、来る者を拒む圧迫感があった。

 

 「さがれ!門に触るな!」

 

 門の向こう側に足場が組まれているのか、塀の上に生徒達が銃を構えて来た。

 

 「俺たちに戦う意思は無い!ワクチンを分けて欲しいんだ!」

 

 「ワクチンだと?」

 

 「ここに来れば、分けて貰えると聞いた!」

 

 集団の言葉に生徒達が怪訝な表情になる。

 

 「どこで聞いたか知らないが、ここには俺たちの分のワクチンしかない、今すぐ戻れ」

 

 「そんな!俺たちを見殺しにするのか!」

 「お願いよ!せめてこの子だけでも!」

 「今回だけでいい!頼む!」

 

 有刺鉄線で傷付くことも気にせず、人々は懸命に門にしがみ付く。

 

 「天王洲第一高校の生徒は最近、この辺りからワクチンを奪って来ているそうじゃないか!」

 

 その者の言葉に助けを求めて来た人々からどよめきが起こる。

 

 「きっと病院や避難所からワクチンを盗んで来て、独占しているんだ!」

 

 「なんだって!?ふざけるな人でなし!」

 「こっちは全員発症してるってのに!」

 「それで自分達だけが生き残るなんて、許されると思ってんのか!」

 

 ある人物の続く言葉を皮切りに、懇願は罵声に変わる。

 もし彼らが冷静なら、煽った者が天王洲第一高校でワクチンを貰ったと言った人物である事に気付いた者が居たかもしれない。

 だが、目の前で希望を失った人々は、怒りでそんな些細な事に気付く者など誰もいない。

 当然、「仮にもワクチンを分けて貰えた人物が、真っ先に生徒達を罵倒するのはおかしい」などと気付く者が現れるはずも無く、パニックはあっという間に集団全体に広がった。

 

 見張りの生徒達は集団の怒りに気圧され、焦りを感じていた。

 

 「おい、どうする!」

 

 「このままじゃ収拾つかないわ!」

 

 「と、とにかく寒川班長に連絡をーー」

 

 そう話し合う生徒達の間を青白い光が凄まじい勢いですり抜け、群衆の中に飛び込んだ。

 

 「ぐぎっ!!?」

 

 魔力のオーラで形作られた腕は、ワクチンを分けて貰えると触れ回っていた男の首根っこを掴み上げる。

 

 「夜中に騒がしいと思えば、また随分と変わったお客様だ」

 

 『ぐぐグギギゲゲ!ギーーッギーギーギー!!』

 

 ネロが男の首をへし折る勢いで締め上げると、男は泡を吐きながら人間が出せないような奇声を上げて苦しみ出す。

 

 さらに男の顔もバタバタ羽ばたくように開閉を繰り返す。

 その異様な光景に周囲の人々は先程までのパニックが嘘のように静まり返り、呆気に取られながらネロと男から後退りする。

 

 グシャッ!

 

 ネロは門越しで掴み上げた男の頭を、容赦なく悪魔の右腕(デビルブリンガー)で握り潰した。

 その瞬間、ズルリとなんの抵抗も無く胴体から頭が抜けた。

 

 人の形をした者から首が抜けるショッキングな出来事に、人々から悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。

 

 しかし、頭の無い身体は倒れる事なく、門に向かって全力疾走して来た。

 

 「二体くっついてやがったのか…仲のいいこった!」

 

 ブルーローズを構え数発撃ち込むが、僅かに怯むのみで走る速さは全く緩まない。

 

 「…っ!?」

 

 その時、ネロは銃弾が命中した箇所から漂って来る臭いに気付いた。

 

 『ミミミナゴロシシシシシシ』

 

 「逃げろ、爆弾だ!!」

 

 「ーーたっ、退避ーーっ!!」

 

 生徒達の顔色が一瞬で変わり、門の前から一目散に撤退する。

 頭の無い胴体が、門を両手でガッチリ掴む。同時にその腹部がボコッと風船の様に膨らんだ。

 

 「ちぃっ!」

 

 ネロは咄嗟に悪魔の右腕で殴り飛ばそうとしたが、ここまで助けを求めて来た群衆はパニックになり、十分な距離まで逃げられているとは言えない。門から引き剥がせば彼らを巻き込む事になる。

 

 「最悪だ…伏せろ!!」

 

 奴の爆弾を被害が出ない形に処理するのは不可能だと結論し、ネロは生徒達の前に立つと、悪魔の右腕(デビルブリンガー)が燃えているかのように大きく光を放つ。

 

 「オラアァっ!!」

 

 巨大な魔力の腕が出現した瞬間、門にしがみついた悪魔は轟音と閃光を発して炸裂した。

 

 ーーーゴオオオォォォォォォォォォォン

 

 熱風と爆煙が生徒達に襲い掛かるが、魔力の腕が壁となって爆風を防ぐ。まるでモーゼの十戒のように爆炎がネロ達を避け、二つに割れる。

 

 衝撃で吹き飛んだ窓ガラスを被りはしたが、生徒達には大した怪我はない。

 

 しかし、爆発の跡を見て全員が言葉を失った。

 

 「…門が…」

 

 「まずい!入って来るぞ!!」

 

 生徒が言い終わる前に立ち昇る煙を突き破り、二体の悪魔が飛び込んできた。よく見ると二体の身体はボロボロに破れた衣服がぶら下がっている。

 

 「ーーたくっ、人騒がせなノックだぜ」

 

 ネロは右手の指を鉤爪のように構え、左手でレッドクイーンのグリップを捻りながら悪魔達に突進する。

 さらに煙の奥から数体の悪魔が飛び出して来る。

 

 しかし、煙から現れたのは悪魔達だけでは無かった。

 

 「いやああああ!!」

 「た助けてくれえええ!!」

 

 逃げて行ったはずの市民達が悲鳴を上げながら、校門を越えて敷地内に入って来た。

 何かから逃げようとするその様子に、ネロは何が起きたかすぐに悟った。

 

 「ブッ飛べぇ!!」

 

 まずネロは前の二体を同時に炎の軌跡を描き薙ぎ払い、その後から牙を剥き出しにする悪魔の脳天に刃を叩き込むと真横の悪魔を掴み上げる。

 

 「ノックダウン!!」

 

 そのまま地面に頭から叩き付ける。ネロを無視して生徒達を狙って行った悪魔もいたが、他の悪魔を蹴散らしたネロのブルーローズと生徒達から集中砲火を喰らい、動きが止まったところをネロが両断した。

 

 敷地内の悪魔が倒された事をきっかけに、入るのを躊躇っていた市民達がなだれ込んできた。まだ悪魔が紛れ込んでいるだろうが、最初の奴と違って巧妙に隠れているのか気配は感じるが、特定が難しい。

 

 「中に紛れ込んだ奴はダンテに任せるしかねえな…」

 

 ネロは校内に逃げ込んで来る市民をかき分け、煙を越えて学校の外へと向かう。

 人々が何から逃げようとしているのか、それはすぐに分かった。

 いやネロはほぼ分かっていた。分かったからこそ、中に入り込んだ連中より優先すべきだと判断した。

 

 それは大群や軍勢などと言う表現すら、なまぬるい光景だった。

 例えるなら、それは異形の影で出来た黒い絨毯だ。

 

 今まで孔から現れては姿を隠していた悪魔たちは、結界に穴が空くのを待ってたと言わんばかりに押し寄せていた。

 地鳴りのような音を響かせ、地面とビルの壁面を覆い尽くす影にネロは鼻で笑う。

 

 「ーー逃がさねえってか?いいさ、来な。逃げ回るのはどっちか教えてやるよ」

 

 ネロはレッドクイーンを肩に担ぎ、悪魔の群に躊躇いなく突進して行った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『コオオオオォオォ!!』

 「うわあああああ!!」

 

 ズガンッ!

 生徒に襲い掛かる悪魔の脳天をレディの弾丸がぶち抜く。

 さらに周囲を取り囲む悪魔には、カリーナ=アンの小型ミサイルが粉砕する。

 

 『ギュアッ!』

 

 「ふんっ!!」

 

 撃ち漏らした悪魔がレディに飛び掛かるが、レディはカリーナ=アンの刃で首を切断した。

 

 「お待たせ」

 

 その時、雷鳴と共に雷を纏ったトリッシュが人間に化けた奴も含め、その場に居たほぼ全ての悪魔に雷を浴びせた。

 

 「遅いわよ」

 

 「ごめんなさい?ーー外も大忙しでね」

 

 閃光で目が眩んだ生徒達をよそに、そんなやり取りが二人の間で交わされる。

 そこに数人の生徒とアルゴを連れた谷尋が二人に駆け寄る。

 

 「レディさん!校門前だけじゃない!この学校全体が連中に取り囲まれてる!」

 

 「知ってるわ。今見て来たもの」

 

 「心配しなくても、結界の穴は正面校門だけよ。ほっといても問題は……ーー」

 

 「…何か気になるのか?」

 

 「あぁ…クソ。何でこんな事に早く気付かなかったんだろう」

 

 アルゴが突然、何かを思い出したかのように口を閉ざしたレディを訝しむ。

 レディは頭を掻きながら舌打ちをする。

 

 「ところで…アナタは?」

 

 「俺は月島アルゴ、…葬儀社だ」

 

 トリッシュの問い掛けにアルゴは答えた。レディもアルゴの顔を見て「あー」と思い当たり声を漏らす。

 

 「トリッシュよ。よろしくね?」

 

 「そういえばビーチで見た顔ね。とっ、そんな事より奴らの狙い、結界の“起点”かもしれないわ」

 

 「なんだそれは?」

 

 「結界を発生させる心臓部よ。これだけの広い敷地じゃ並の規模じゃカバーし切れなくてね…ちょっと特別な物を作ったのよ」

 

 「つまり、そこを潰されたら…」

 

 「全方位から悪魔が押し寄せる事になる」

 

 校門側から襲い来る大群はネロが喰い止めている。

 だが、もし学校の周囲を取り囲んでいる悪魔達が一斉に攻撃して来たら、いったいどれだけの犠牲が出るのだろうか。

 

 「急いで地下に向かうぞ!」

 

 「地下?」

 

 「ええ、地下の貯水槽と発電機に起点が置いたのよ。電気線や水道ならこの敷地中全体に張り巡らされてるし、せっかくだから利用させて貰ったの」

 

 「おい月島、来るなら急げ!」

 

 「行くさ。行くに決まってんだろ」

 

 “起点”へ向かって行く谷尋とアルゴ達の背中を見ながら、レディは僅かな間に思案する。

 

 「トリッシュ、あなたがついて行ってあげて。私は校門の結界を張り直すわ」

 

 「ええ…そっちは任せたわね」

 

 短い会話を済ませると、二人はすぐに行動を始めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 谷尋は地下へ続く扉に挿した鍵をゆっくり回す。

 アルゴに目で合図すると、アルゴはゆっくり頷く。

 谷尋が扉のノブを回し、ゆっくり押し開くと隙間から錆とカビの臭いが漂う。

 

 「ーー行くぞ」

 

 谷尋の号令でアルゴ達は扉をくぐり、階段を湿った音を僅かに立てながら降りる。

 アルゴはチラッとトリッシュに視線を向ける。

 モデル顔負けのボディラインと同時に線の太い力強さもあわせ持つ女性。風貌から察するにダンテの仲間であるのは確実だ。

 

 アルゴに見られている事に気付いたトリッシュは、緊張感無くヒラヒラと手を振った。

 アルゴは気の抜けるような仕草をするトリッシュに、半分呆れながら視線を前に戻す。

 

 「…!、止まれ」

 

 「どうした」

 

 谷尋は前方の壁を指し示す。

 アルゴは目を見開いた。ライトで照らされた目の前の壁には、何かが飛び出したかのように崩れて大きな穴が空いていた。

 

 「ーーまさか、誘い込まれたか…?」

 

 「…いいえ、奥から奴らの気配と結界の揺らぎを感じるわ。“先を越された”って言う方が正しいでしょうね」

 

 アルゴはしゃがみ込み地面に落ちた土に触れる。

 全く乾いていない。おそらく門が破られた直後に、真っ直ぐ此処を目指して穴を掘ったのだろう。

 そうなると最初から生徒達を襲う『襲撃』と『潜入』で役割を分けていた事になる。

 

 「…計画的だな。さっさと片をつけねえと」

 

 「急ぐぞ、気を抜くなよ。奴らに俺たちの存在を悟られないように、慎重に行け」

 

 谷尋の号令で全員足音を殺して、奥へと踏み入れようとしたその時、突然トリッシュが猛スピードで駆け出した。

 谷尋やアルゴ達も慌ててその後を追う。

 

 「ーーハッ!ーーヤアァッ!」

 

 貯水タンクの設置された広い空間に抜けると、既にトリッシュが数体の悪魔を蹴散らした後だった。

 

 「ここは私一人で十分よ。発電機の方は貴方達に任せたわ」

 

 炎の籠手とブーツ『イフリート』に雷を纏わせ、悪魔を粉砕しながらトリッシュは言った。

 

 「それでも奥は電波状況が悪い。中継地点はお前に任せた」

 

 「は、はい」

 

 谷尋は一人の生徒に無線機を渡し、トリッシュの側にいるように指示を出した。

 その生徒以外が発電機を目指して進み続ける。

 ふたつに分かれた通路にさしかかった時、突然アルゴが発電機へ続く通路とは逆方向の通路に発砲した。ほぼ接触する位置まで迫っていた悪魔はアルゴの銃撃で怯んだ。

 

 「撃て!撃てぇ!」

 

 生徒達がそう叫び一斉に悪魔に集中砲火する。

 

 『ギエエェエェェェ』

 

 銃弾を浴びた悪魔が絶叫する後ろから、さらに二体の悪魔が迫っていた。

 

 「振り返るな、行け!」

 

 「ーーっ!宝田っ、来い!」

 

 「りょ、了解!」

 

  ボウガンのヴォイドを持った女子生徒を連れて谷尋は再び走り出す。

 

 「寒川副会長!」

 

 目的地が目前に迫った時、ヤマアラシに似た悪魔が暗闇から躍り出た。宝田は咄嗟にボウガンのヴォイドを向けるが、谷尋はその見た目でどんな方法で攻撃するのか瞬時に察した。

 

 「ダメだ!」

 

 ボウガンの矢が射出され、同時に射出されたヤマアラシの針をすり抜け悪魔の頭を撃ち抜き、爆ぜた。

 

 「ーーうっ…」

 

 「宝田!」

 

 谷尋は倒れた女子生徒を受け止める。

 彼女の肩を針が貫き、苦しそうに顔を歪ませていた。しかしそれ以外に目立った外傷は無い。

 

 「大丈夫だ!これぐらいの傷ならーー」

 

 そこまで言った時、彼女の腕からこぼれ落ちたボウガンが視界に入る。

 そのボウガンに宝田の肩を貫いているのと同じ針が突き刺さっている事に気付いた。

 

 それと同時にバシッと音を立ててボウガンに亀裂が入った。

 

 「い、いやあああ!」

 

 突如、女子生徒が悲鳴を上げた。

 谷尋はその身体が結晶に覆われて行く光景に、思わず息を飲んだ。

 

 (ーー結晶化!?)

 

 女子生徒は紫色の結晶に喰われるように、細胞組織ごと結晶に変わっていく。

 

 「う、嘘よ…なんで……私まだ…」

 

 ボロと肘から先が落ちた自分の腕を見て、女子生徒は歪んだ笑顔を浮かべながら谷尋を見る。

 両目から涙を流し、助けを求めるように谷尋に手を伸ばす。

 

 「夢よ…こんなの!だってこんな…こんな……いや…いやよ!わたしまだ死にたくない!こんな死に方、いーー」

 

 その指先が谷尋に届く前に彼女の身体は乾いた音を響かせ、砕け散った。谷尋はただ呆然と女子生徒を受け止めた体勢のまま固まっていた。

 

 なぜ突然彼女は死んだ?

 

 (あの死に方は、ウイルスの発症によるものとしか考えられない。だが、キャンサーの発症も無かった。ーーなぜ、なんの前触れも無く……ーー前触れ?)

 

 ヴォイドが転がった地面を見る。

 そこにはボウガンを貫いていた針が転がっているだけだ。

 

 (まさか、ーーヴォイドが壊れたから?)

 

 冷たい汗が背筋を流れる。

 もしこの推測が当たっているなら、この恐ろしい事実は決して誰にも知られてはいけない。ーーせめて『エクソダス』決行直前までは…。

 

 「…寒川、どうした!」

 

 背後からの声に反射的に振り返る。

 走り寄るアルゴは谷尋が連れて行った女子生徒が居ない事に気付いた。

 

 「おい、あのボウガンを持った女子はどこ行った?」

 

 「……死んだ」

 

 「なに?いったいーー」

 

 「おそらく…新型のウイルス兵器だろう。敵の攻撃を受けた瞬間に、急速に発症して死んだ」

 

 アルゴの後ろにいた生徒達は青い顔でその話を聞いていた。

 谷尋は無線機を取り出し、中継地に置いた生徒に繋いだ。

 

 「寒川だ。これから伝える事を一字一句間違えず、地上に伝えてくれ。新型のウイルス兵器が使用された。現時点でヴォイドを持つ者、高ランクに位置される生徒は前線から撤退せよ。繰り返すーー」

 

 その様子をアルゴは険しい表情で見守っていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 これは好都合な命令が出た。

 

 脱出計画『エクソダス』において高ランクはいわば要だ。

 人間の中に化け物が混じっているなどという訳の分からない所で、貴重な戦力を失うわけにはいかないだろう。

 どこかのヴォイド会長が呑気に眠っているおかげで、計画はいつまで経っても進む希望すらないのだ。

 

 だが、そんな事も分からない馬鹿どもには参ったよ。難波は眼鏡をいじりながらそんな意味を込めたため息をついた。

 

 「だから命令だからだっつてんだろ!」

 

 「だ、だけど俺たちはどうなってもいいってのかよ!」

 

 「知るかよ!そもそも低ランクのお前らの役目は、俺たちを守る事だろうが!だったら大人しく盾にでもなりやがれ!」

 

 「なんだと、この野郎!」

 

 「俺たちはお前達の奴隷じゃねえ!」

 

 「なんだやるのか?怪我しねえと分からねえようだな?」

 

 「落ち着けよ数籐。そう熱くなるな」

 

 難波は男子生徒の胸ぐらを掴む数籐の肩に手を置く。

 数籐は難波の顔を一度見ると、ニヤニヤ笑いながら男子生徒から手を離した。

 

 「すまなかったね。大丈夫かい?」

 

 「あ…ああ」

 

 「大変だね…君らの気持ちも良くわかるよ。君らはこんなに必死に働いているのに、肝心の桜満会長はのんびりいびきをかいてるんだから」

 

 「え?」

 

 「君たちが汗水流して働いても、ランクが低いって理由だけで食事のワクチンも減らされるてのに、会長様は働きもせずただ寝てるだけ…少なくともワクチンはこの学校の誰よりも多く貰ってる。ーー不公平だと思わないかい?」

 

 「ーーなっ」

 

 「それは本当か!?」

 

 「高ランクだって君達がして来たように化け物の間を抜けて物資を探して来なきゃいけないし、時が来たら一番危険な場所に立たなきゃいけない。今だって夜中にしょっちゅう起こされてまともに寝れていないし」

 

 「………」

 

 難波はわざとらしく肩をすくめると、

 

 「君達はどう思う?彼はリーダーにふさわしいと思うかな?俺達が命をかけて働いて来ても、桜満集はみんなが必死な想いで集めて来た物資を、我が物顔でほとんど独占する…強欲で意地汚い。奴はそういう男だ」

 

 落胆と疑念、失望、そして恨み。それらが彼らの中で密かにうねり始めていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 水の泡や砂などに変わって消えていく悪魔達の屍の山に、また新たな屍が追加される。

 それを踏み付けて、ネロはため息をはく。

 

 「おい、もっと骨がある奴は居ねえのか?いい加減、数が多いだけのゴミ掃除にも飽きて来たぜ」

 

 未だ押し寄せて来る悪魔の群に、呆れ顔でそう挑発する。

 

 「思ったよりも早く済みそうだな。片付いたらハイスクールの周りの連中をーー」

 

 

「助けて!死にたくない」「いやああ」「クソったれが、気持ち悪りいんだよ!離せやコラ!」「ママァ!」「大丈夫よ。大丈夫だから!そばに居るわ!」「うあああ、死ぬんだ!もう終わりだぁ!」

 

 そこまで考えた時、奇妙な事に悪魔の群れの中から多くの人々の悲鳴や罵倒に励ます声など様々な声が聞こえた。

 年齢も性別もバラバラの大人数が助けを求めて絶叫している。

 普通の人間があの悪魔の軍勢に遭遇すれば、命は無い。

 

 「ああ…そういう事か」

 

 人間の皮を被った悪魔の侵入。あからさまぬ生徒達を狙って襲うような動きする悪魔達。ーーそして、極め付けは“コレ”だ。

 

 何故、悪魔達が今まで市民にほとんど手を出さなかったのか、その理由は“コレ”に利用するためだったのだ。力では敵わないダンテやネロ達の動きを最大限に縛る悪魔達の戦略。

 いや、これも裏で操っている人間がいるのかもしれない。

 

 「ヤロウ、どこまで性根が腐ってやがる…」

 

 悲鳴や絶望の叫びを上げる人々は、生きている。発症している者も居るが、なんなら無傷と言ってもいい。

 

 そう、多くの人々が無傷のまま虫に似た悪魔の背中に手足や身体を埋めた状態で拘束され、肉壁にされていた。

 

 「悪知恵だけは働くみてえだな……クソ虫共が!」

 

 ネロは怒りで歯を食い縛り、指先を手の平に食い込ませる。

 

 人質が磔られている悪魔達は羽根を広げ、一斉に羽音を響かせ飛び立った。自分の銃を封じる策である事にネロはすぐに気付いた。

 

 「舐めてんじゃねえぞ!」

 

 ネロはそう叫ぶと、力強く地面を蹴りつけた。

 空中に飛び上がったネロを撃ち落とさんと、電気や炎の弾丸を一斉に放った。しかし、ネロのスピードには追い付けず服の端を(かす)めるだけだった。

 

 「届いたぜ!!」

 

 一体の悪魔に肉薄したネロはレッドクイーンを振り下ろし、羽根を切断した。

 

 『グゲエエエェェ!?』

 

 そのまま右腕で人質をベリベリと引き剥がすと、頭部に刃先を突き刺し悪魔を地上に蹴り落とした。

 

 嫌な予感とは当たるものだ。地上に落ちた悪魔は激しい轟音と共に爆発を起こした。門を壊した悪魔のように腹の辺りに爆弾を抱えているようだ。

 

 「ひ…ひいぃぃ!?」

 

 「おい、暴れんな。次々行くぞ!」

 

 ネロは街灯を踏み付けて、照明を砕きながら再び上空に飛び上がった。

 

 「オラッ!」

 

 猛スピードでもう一体の悪魔を肉薄すると、顎に強烈な蹴りを叩き付けた。ベキッミシミシと破砕音を響かせ、ネロの足先が悪魔の顎に食い込む。

 その悪魔に磔られている子供を引き剥がすと、悪魔を蹴り落とし銃弾で頭部を弾き飛ばした。その悪魔も地面に落ちると同時に爆発する。

 

 「ほら、さっさと行け!」

 

 地面に降りたネロは救出した二人を降ろし、校門に走らせる。

 

 「ママが!」

 

 「心配しなくても助けてやる。行け」

 

 校門をくぐる二人から背を向け、悪魔達に向き直る。

 空中の人質救出の隙に何体かの悪魔の侵入を許してしまった。

 

 それにまだ人質も十数人近くいる。

 再び結界が張り直されるまで、どれくらいの時間が掛かるかも定かではない。

 

 「思ったより骨が折れそうだな…」

 

 時間を経るごとに悪化していく状況にネロは思わず舌打ちした。

 

 

 

 

 

 




暗い展開続くな…まあこの辺りはしゃあない気もする。
次は出来るだけ早く投稿します。


私も参加させていただいたギルクラ合同誌がboothで販売しています。
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#46女王-③〜the farcical kingdom〜

リバガンゴブセデログギパベバギ。
ゴブセデゴギデバンザグ、ラザブサブベガディヅバザバギパヅズブ。
バブゴギデゾギギ。ババサズダンバギグスバサ、ガンギンギデゾギギ。

ゴンバパベゼジョドドロンザンギデブス





ーーーーーーー

 

 「ーーっ」

 

 ルシアは身体中に刻まれた傷に思わず苦痛の声が漏れそうになる。

 だが、目の前の敵に隙を晒すわけにはいかない。

 

 『ーーホウ。ホウ。ホウ』

 

 呼吸とも鳴き声ともつかない声を定期的に出しながら、悪魔は梟のように首を傾げてルシアを見る。

 仕草だけ見るなら愛嬌すら感じさせられそうだったが、さんざんルシアを刻んだ長く伸びる爪がそれを否定する。

 爪の先端は釣り針のように折れ曲がり、手足や首もヒョロヒョロと細長い上に関節を感じない不定形な印象を受ける。二つの顔が一つの頭部にあり、それぞれに両目か口のどちらかが縫い付けられた仮面を着け、ボロボロの布のような衣服のように身に付けて、古来の部族を連想させるような装飾品を身体の至るところを飾り付けている。

 四メートルを超える巨躯でその異彩を放つ出立ちを、まるで体重を感じさせないヒラヒラした動きが不気味さに拍車を掛けていた。

 

 その悪魔の後ろには他にも多くの悪魔が居るが、ルシアとその悪魔の戦いに干渉する様子も、生徒達が避難する寮に手を出す様子もない。

 ルシア達の戦いを静かに見守っている。

 

 群で行動する悪魔の長は一対一で敵に挑み、部下に自分の力を誇示する者も居るという話を集から聞いた事がある。

 しかし、この悪魔を倒した所で、後ろから次々に部下の悪魔達が襲いくるだけだ。なら、ここは出来るだけ時間を稼ぐ為にーー

 

 「ーー違う…!」

 

 倒すんだ。ここを襲って来た悪魔は全て自分の手で退治するんだ。

 ーー思い出せ。殺戮人形だった頃の自分を、大切な人達を奪おうとする敵を討つために、自分の全てを込めろ。

 

 「ーーやあああああぁぁぁ!!」

 

 短刀を強く握りしめ、雄叫びを上げながら目の前の敵に飛び込もうとする。

 相手も待っていたと言わんばかりに、十本の針刃を持って返礼する。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 ツグミは車椅子を押しながら、全力で校舎内を駆けていた。

 人間に化けられる悪魔など、いつ曲がり角から飛び出してもおかしくない。もはや校舎全体でまともに機能している所などない事など明白だ。

 急いで隠れ家に身を隠さなければならない。

 

 「ーーん゛〜〜っぶはぁ!ちょっとツグミ!コレ外しなさいよ!」

 

 綾瀬が首を振って口に詰められた布を吐き出して、ツグミに抗議した。その両手も車椅子の左右それぞれ肘掛けに縛り付けられている。

 

 「だって綾ねえこうでもしないと、敵と戦いに飛び出すでしょ!」

 「そこまで考え無しじゃないわよ!」

 「絶対、嘘っ!どれだけの付き合いだと思ってるの。綾ねえの考えくらい分かるって!」

 

 密かに見つけた隠れ場所。悪魔にも生徒にも見つけるには難しいだろう。あそこなら他の場所より安全なはずだ。

 

 『ーーツグミ…』

 

 その時、ザッピング音と共に右耳のインカムから声が聞こえた。その声にツグミは目を丸くする。

 

 「いのりん?」

 「え?」

 

 綾瀬もツグミのインカムに視線を向けた。

 ツグミはノイズ混じりのいのりの声に耳を傾ける。

 

 『ーーよかった無事なのね。綾瀬も無事?』

 「え…」

 

 インカムから聞こえるいのりの声に綾瀬もツグミも言葉が出なかった。生徒会長代理に就任してからの彼女からは想像できない程、刺々しさは無く彼女の声は思いやりに満ちていた。

 

 『お願い…シュウを助けて』

 「いのーー」

 「勝手な事言わないで!今まで散々好き放題しておいて、困った時は利用すんの!?私達だって大変なの、他をあたってくれる!?」

 「ちょっと、ツグミ!」

 

 いのりの声が違う雰囲気を纏っている事くらい、ツグミにも分かっているはずだ。しかし、ツグミも綾瀬も他の生徒同様に尊厳を奪われ、侮辱されたのもまた事実なのだ。

 感情としていのりを許せない気持ちがあるのは分からない訳では無い。

 

 『…二人にしか頼めない』

 「自分で行けばいいでしょ!?」

 『私は行けない…行っちゃダメなの』

 「意味分かんない!愛しの集くんはアンタが助けろって言ってんのよ!私や綾ねえを巻き込むな!」

 

 鬱憤を晴らすかのように怒りをぶつけるツグミにいのりは悲しそうな声で答えた。

 

 綾瀬は怒りに任せて感情を剥き出しにするツグミと、彼女に縋るいのりの声を聞いている内に、ようやく分かった。

 いのりが何をしたかったのか、何をしようとしていたのか。

 

 「ーー……っ」

 

 歯を食い縛る。悔しかった。

 いのりの本当の意図に気付いてあげられなかった自分に憤りを覚える。同時に何故相談してくれなかったんだという想いが込み上げて来た。

 いのりと揉めているツグミの隙を突き、綾瀬は肘掛けに拘束されていた両手を力づくで引き抜いた。

 

 「ツグミっ、ごめん!」

 

 「ーーえっ 」

 

 ツグミが綾瀬の言葉に反応するのと同時に、彼女の小さな身体は空中に投げ出された。

 

 「あぎゅうっ!?」

 

 ぎゅるっと回転し地面にぶつかったツグミは鈍い悲鳴を上げた。

 咄嗟に受け身は取ったがすぐに立ち直す事は出来ず、その隙に綾瀬の車椅子はもと来た方向へ猛スピードで戻っていく。

 

 「綾ねえ、まって!」

 

 呼び止めるツグミの声を振り切り、綾瀬は無我夢中で車椅子を走らせた。脇目も振らず集のいる治療室へ向かう。

 

 (集、ごめん。私…気付けなかった)

 

 ーー集といのりへの罪悪感を胸に秘めながら。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ツグミが綾瀬を呼び止めようとする声を最後に通信が切れる。

 いのりは唇を噛んだ。

 

 彼女達が自分の行いに異議を出せば、容赦なく罰して来た。恨まれて当然だという事は分かってる。

 しかし今は彼女達しか頼れる人物はいない。

 

 自分は集の所には行けない。もし助けようとすれば、今までして来た事が全て無駄になる。

 いのりはそう必死に自分に言い聞かせ、走り出したい衝動を抑える。

 

 「…私は…」

 

 ーーどうすれば良いのだろう。

 ーーどうすれば良かったのだろう。

 

 涯は居ない。集も居ない。教えてくれる人も導いてくれる人もここには居ない。

 逆に今その立場に自分自身が立ってしまっている。

 

 「だめ…考えなきゃ」

 

 ここまで来て、何も出来ないなんて許される筈がない。集が戻るまで代わりに皆を守ると決めた。

 その時、頭上からガラガラと瓦礫が落ちる音が聞こえ、上を見上げる。

 

 「あっ」

 

 落下する瓦礫を目で追って行ったその先に女生徒が立っている事に気付き、いのりは弾かれるように駆け出した。

 

 「きゃっ!」

 

 女子生徒に体当たりするように抱きしめ、地面に倒れ込んだ。

 「大丈夫?」と出かけた言葉をいのりは寸前にその言葉を呑み込んで、唇で力づくで口を閉ざした。

 

 「え…?楪会ちょーー」

 

 助けた女子生徒は信じられないものを見るかのように、いのりを見上げる。

 いのりは女子生徒の体から身を起こし、会長代理の楪いのりとして何か言うべきだと思った。

 しかし何も思い浮かばない。

 女子生徒は自分達を散々虐げて来た独裁者に助けられたという事実にしばらく呆然とした。訳が分からないという顔でいのりを警戒しながら立ち上がる。

 

 「ひっ」

 

 女子生徒はいのりの背後に視線を向けて、恐怖に引き攣った顔になった。いのりは素早く自分の背後を振り返る。

 歪なシルエットの敵がいのりの視界に収まり切る前に、襲いかかって来た。いのりは女子生徒を遠くに突き飛ばした。小さく悲鳴を上げ、女子生徒は再び地面に倒れ込んだ。

 

 「っーー!」

 

 いのりは悪魔に組み付かれ、壁に叩きつけられる。

 

 「ーー邪魔!行って!」

 「だ…だれか!」

 

 苦痛で顔を歪ませながら、いのりは取り繕うのも忘れて叫んだ。女子生徒は、戸惑いながら助けを呼びながら走り去る。

 いのりはそれには目もくれず…というより気にしてる余裕はなく、組みついて来る悪魔に抵抗する。

 しかし人並み外れたいのりの身体能力でも、悪魔の腕力を引き剥がす事は不可能だった。

 

 『ゴォオッ!』

 「ああ!」

 

 悪魔は苛立つようにいのりの身体を軽々放り投げ、瓦礫に叩き付けた。

 

 「う…」

 

 激痛に意識が朦朧とする中、コートの下に隠れていた銃をホルスターから引き抜いた。そのまま悪魔に照準を向けるが視界が歪んで、まともに狙いが定まらない。

 気を失う一歩手前の意識を戻すため、血が滲むほど唇を噛む。

 しかし悪魔が悠長にそんな事を待つ筈が無い。髑髏と昆虫の顔を混ぜたような素顔を晒し、カマキリの鎌に似た鋭利な腕を振り上げて襲って来た。

 鎌の先端がいのりの目の前まで迫った時、まるで見えない壁に阻まれたように鎌の動きが止まった。

 

 (……なに?)

 

 鎌だけではなく悪魔の動きそのものも、凍りついたかのように動かなくなった。

 次の瞬間ズダンッ!と銃声が空気を切り裂いた。

 悪魔は頭部から体液を噴き出し、横向きにグラッと大きく身体が傾いた。

 

  「ーーハレっ…?」

 

 銃を握る少女の姿を見て、いのりは目を見開いた。

 祭が再び銃の引き金引く。

 

 『グギュアアア!』

 

 悪魔の身体から鮮血が弾け飛び、悲鳴と怒りが混ざった叫び声を上げた。それに怯む事なく祭は銃を向け、何度も引き金を引く。

 

 ーー撃つ。ーー撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。

 

 悪魔は飛び掛かろうとして、銃弾を受けて怯むを何度も繰り返す。

 しかし、銃には避けられない時が遂に来た。

 カチンッと弾切れを知らせるように乾いた金属音が鳴る。

 祭の表情に露骨に焦りが浮かぶ。

 

 『ーーフウウゥゥ』

 

 次の弾が来ない事に気付いた悪魔は、身体中に空いた小さい穴から体液を流しながら怒るように低く唸った。

 しかしそれも新たな横やりで中断される。祭の方に気が取られた悪魔の首にいのりが鋭い蹴りを突き刺した。並外れた身体能力で放たれた蹴りを受けた悪魔の首は、ゴキッと不吉な音を立ててへし折れた。口から体液を吐き出し、あらぬ方向に曲がった頭のままいのりの方を見ようとした。

 いのりは素早く銃を向け、祭は震える指で弾をリロードするといのりと同時に悪魔に向けて発砲した。

 

 『キイィィィイイ!』

 

 別々の方向の二人から何発も銃弾を浴び、悪魔は絶叫する。

 二人は弾倉が空になるまで撃ち続けると、ようやく悪魔は動かなくなった。

 

 「ーー…」

 「はー、はー、はー……うっ!」

 

 いのりは祭を見る。銃を構えたまま固く目を閉じて荒い呼吸をする。

 顔色が悪いといのりが思った時、突然嘔吐した。

 

 「っーーハレ!?」

 「…だ…大丈夫だよ。気が抜けたら、ちょっと立ちくらみ…あはは」

 「……」

 

 力無く笑う祭。青白い顔色で水をかぶったかのような汗を浮かべていては、とても平気そうには見えなかった。

 

 「……よかった」

 「え?」

 「いのりちゃん。私の知ってるいのりちゃんのままだ」

 「あっ……」

 「…あの時は“話し掛けるな”って言われちゃったし」

 「ーーそれは」

 「あっ、ごめんね?責めてる訳じゃないの。いのりちゃんは集のために頑張ってたんだよね?」

 

 いのりはグッとこぶしを握る。

 

 「いのりちゃん?」

 

 急に祭から背を向けて立ち去ろうとするいのりを、祭は慌てて追いかけようとする。

 

 「来ないで!!」

 「ーーっ!」

 「私と一緒にいたら…ハレまで私の仲間だと思われる。もし誰かに見られたら…」

 

 次の瞬間、心地の良い暖かさがいのりの手の平を包んだ。

 

 「ーーやめて」

 

 振り解くが、再び祭が両手でいのりの手を包み込む。

 

 「離して!」

 「ーー離さない…」

 

 静かに、力強く祭は言った。

 

 「なんで…何も言ってくれなかったの?」

 「………」

 「私にいのりちゃんの事嫌いになってもらうため?」

 「ーーでも、何も意味が無かった。シュウが守ろうとした物を、私は何も…」

 「ーーどうして…?」

 

 祭はいのりの手を強く握り締め、両目から流れる涙の雫が祭といのりの繋いだ手を濡らした。

 

 「ハレ……」

 「どうして…どうして一人で背負い込むの?どうしていのりちゃん一人が悪者にならなきゃいけないの?……どうしていのりちゃんが苦しまなきゃいけないの?」

 「ごめん……」

 

 「ーー許さないよ」

 

 「ーーぇっ」

 「絶対許さない。集と同じだよ…自分だけ苦しめばそれでいいと思ってる。どうして独りになろうとするの?」

 「……ごめん」

 

 嗚咽を漏らしながら涙を拭う祭をいのりは直視出来なかった。

 どんな結果になろうとも、いのりの決断は祭には苦しみしか与えない。それも分かった上でいのりは行動に移した。

 

 「……でも、誰かがやらなきゃ…」

 

 集には誰にとっても、彼自身にとっても優しい王様でいて欲しかった。自分勝手で自己満足なのかもしれない。結局は集を傷付けてしまうのかもしれない。

 だけど、彼が多くの人から恨まれたり憎まれたりする所をただ見ているよりはずっといい。そう思った。

 

 「ーー優しいね…いのりちゃんは」

 「ハレ…」

 「優しいし強いね。私もいのりちゃんが間違ってるとは思わない。誰かの為にここまで出来る人なんてそうは居ないよ。……だからーー」

 「ーー、………っ!」

 

 いのりは敵の気配を感じ、祭の手を握ると駆け出した。

 祭もいのりの手をしっかり握ってすぐ後ろを走る。

 

 「私、いのりちゃんの事嫌いになったりなんかしない!ーー他の…誰かが、どう思っても。他の誰かが敵になっても。絶対に独りになんかしないから!」

 

 敵の足音はすぐ後ろまで迫って来る。そんな中でも、いのりの心は満たされた気分だった。胸にたくさんの物が入ってくるとても心地の良い感覚を感じていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 悪魔達の間を潜って集が眠る特別隔離病室にたどり着いた綾瀬は、重く感じる腕でなんとかノブを回した。

 

 「ーーあっ」

 

 疲労でドアを開けた拍子にバランスを崩し車椅子から転げ落ちそうになった時、追い付いたツグミの腕が綾瀬の身体を捕まえた。

 

 「ーーおぉっと!」

 「ツグミ…」

 「全く綾ねえは無茶ばかりして…。ここまで来たんだから、最後まで付き合うしか無いじゃない」

 

 その時、バリンッとガラスが割れる音が聞こえた。廊下の奥を見ると、数体の悪魔が窓を突き破って飛び込んで来ている様子が見えた。

 こちらの存在に気付くと、悪魔達は大挙して押し寄せて来た。

 

 「ーー綾ねえ!」

 「くっ!」

 

 二人は飛び込むように病室に入り鍵を掛けるが、隔離された部屋に他の出入り口などあるはずがない。扉や分厚い特殊ガラスがはまった窓も瞬く間にズタズタにされていく。

 数秒ももたず完全に破壊されるだろう。

 

 「これ、マジでヤバいじゃん。ど…どうしよう綾ねえ」

 「ーー部屋の奥に!」

 

 ここの医療器具を工夫しようにも、圧倒的に時間が足りない。

 万事休すと諦め掛けた時、真横から飛んで来た剣が、窓とドアに張り付いていた悪魔をまとめて貫いてふっ飛ばした。

 

 「ーーメシの時間と病室では静かにしろって、ママから教わらなかったか?」

 

 廊下の端からダンテの声が響いて来た。

 悪魔達は歯を剥き出しにして咆哮と唸り声を上げながら、ゆっくり歩いて来るダンテに殺到する。

 

 「ーーおいっ、俺を超えるんじゃなかったのか?お前の苦労なんざ興味もねえ。ーーさっさと戻って来きな!馬鹿ガキ」

 

 誰に向けた言葉か…考えるまでも無い。

 

 「ーー集っ!お願い目を覚まして!」

 

 集が寝るベッドに近付き、肩を揺らす。こんな状況でも、いつもと変わらずまるで反応が無い。

 

 「ねぇ!みんなを守ってくれるんじゃなかったの!このままじゃ何もかも無くなっちゃう。集が立ち上がらないで、誰がやるのよ…!」

 「綾ねえ……。ーーバカ集!皆待ってるのよ!いい加減起きて、カッコよくアタシ達を守ってよ!」

 

 綾瀬とツグミは半ばパニック状態のように、次々に激励と僅かに罵倒の言葉を浴びせる。

 それでも集は眠り続けている。安らかでもなければ、苦悶の表情も浮かべてもいない。意識が抜け落ちた命だけがそこにあるかのように横たわっている。

 

 「ねえ…集、ここまで来るのにみんな大変だったんだから。後は集だけなの…このままじゃーー」

 

 胸ぐらを掴んで揺すっていたのが、徐々に縋るように集の胸に顔をうずめていく。

 集の患者服が破れるのでは無いかと思うほど、握り締める。

 

 「ーーあの子、アナタの為に何もかも捨てる気なのよ。あんた平気なの?このままでいいの?ーーねぇ…起きて。いのりが可哀想よ…」

 

 

 すっーーと髪に何かが触れた感覚がした。

 指先で触れるような、そよ風の柔らかな感触。顔を見上げて集を見るがさっきと変わった様子は無いように見える。

 

 「?…綾ねえ?」

 

 綾瀬の挙動にツグミは眉を寄せる。

 

 同時にバチッと激しい火花が散る。ダンテが背負う一振りの魔剣が何かに反応するように青い稲妻が奔っていく。

 

 「ーーハッ…」

 

 ダンテはそれを見て口端を裂くように笑った。

 

 「ーーアラストル、()()()()()()()()()()()

 

 ダンテがそう告げた瞬間、アラストルは弾かれるようにダンテの背中から離れ、重力を無視して病室の窓を破るとグルンと切先を集の方向へ向けた。

 

 「な、何これ!いったい何をーー」

 「契約だ。ーー賭けではあるがな。巻き添え喰らいたくなけりゃ離れな」

 

 切先を集の胸に向けるアラストルを見て、綾瀬は肝が冷える感覚を覚えるが、ツグミも一緒にダンテの言葉に従い集から距離を取った。

 

 「契約って…まさか!」

 

 何が起こるか、容易に想像出来た。だが綾瀬には止める手立ては無い。剣から放たれる異様は気配は、綾瀬を見えない何かに縛るには十分な物だった。

 やがて剣は集の心臓に引き寄せられるように、まばたきする間もなくその切先を集の胸に突き立てた。

 集の胸を貫く骨や肉を断つ音は、雷の轟音に掻き消された。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 走っても走っても、足音は全く引き離せない。まだ戦闘音と悲鳴や怒号は聞こえている。

 祭の声にはっと顔を上げる。頭上から一体の悪魔が飛び掛かって来ていた。

 

 「いのりちゃん!」

 「っ!!」

 「きゃっ!」

 

 いのりは祭を突き飛ばし、祭が倒れたのと逆の方向に転がりながら銃を抜くと飛び掛かって来た悪魔に発砲した。

 しかし、悪魔の硬い外皮に銃弾が阻まれまるで効果が見られない。

 悪魔はいのりを一瞥しただけでまるで興味を示さず、祭の方を見た。

 

 「だめっ!」

 

 いのりは銃を放り投げ、ナイフを抜いて悪魔に飛び掛かった。両脚で挟むように組み付きナイフを突き立てた。

 しかし、ナイフは硬い外皮と拮抗すらせず、いのりの腕力がそのまま全て刀身に伝い半ばから折れた。

 

 「なっ!!」

 

 悪魔はいのりをあっさり振り落とし、そのまま何事も無かったかのように祭に迫る。

 

 「ーー待って…お願い狙うなら私を……」

 

 さらに背後からいのり達を追っていた悪魔達も、とうとう追い付いてしまった。だが、いのりに気を向ける個体はただの一体も居ない。全ていのりを無視して祭に殺到する。

 

 (…なぜ私は襲わないの?)

 

 理不尽な光景に祭もいのりも頭が真っ白になった。

 

 「ハレ逃げてぇ!!ハレ!!」

 

 祭を助けようと悪魔の群の中に飛び込もうとするが、何度も悪魔に軽くあしらわれる。

 ダンテもトリッシュもレディもネロも助けに来れる者は居ない、ルシアだって生徒達が避難する寮を守護するのに精一杯だ。

 誰も祭を助けてくれる人は居ない。いのりの頭から流血した血が地面を赤黒く染める。

 

 「ーーシュウ…」

 

 懺悔なのか懇願なのか、守りたかった愛おしい人の名前を呟く。

 その声も悪魔達のおぞましい咆哮に掻き消された。

 しかし同時にビュオッという風切る音がが突風と共にいのりの頬を叩き、いのりは顔を上げた。

 

 悪魔の牙が目の前に迫ったと思った時、祭の身体が宙に浮いた。

 まるで羽根にでもなったかのような、こそばゆい感触に祭は目を開けた。

 

 「ーー綾瀬…ちゃん」

 「ふう、間に合って良かった。ギリギリだったわね」

 

 目の前の綾瀬の顔が自信に満ちた表情で片目を閉じてウインクする。

 祭は状況を整理し切れず何度かまばたきをしてから、辺りを見渡してようやく自分が校舎よりも上空に居る事に気付いた。

 

 「飛んで…えぇ!?飛んでる!」

 「コレが私のヴォイド。なかなかいいでしょ」

 「ーーヴォイド…、綾瀬ちゃんの?」

 

 視線を下ろすと、綾瀬の両脚には鉛色で銀色の輝きを放つ靴があった。飛行機の翼にも妖精の羽根の様にも見える、小さな翼が踵についた《ロングブーツ》のような外見だ。

 

 「まさか…」

 

 屋上に降ろされた祭はフェンスに走り寄る。

 その視界の端に青白い稲妻が奔った。

 

 「ーー集っ!!」

 

 

 轟音と共に目の前に落ちた閃光に、いのりは思わず手をかざした。そして稲妻が落ちた場所から、ゆっくりと立つ集の後ろ姿に息をのんだ。

 

 「シュウ…」

 「ーー待たせてごめん。すぐに終わらせるから」

 

 振り返らずそれだけ言うと、右手に握るアラストルを地面に刃先を向けるように構え、ほんの一歩力強く地面を蹴った。

 稲妻のような速さで前列にいる悪魔達の胴体を切り払い、アラストルを宙高く放り投げる。

 

 「ーーアラストル!!」

 

 アラストルに手を掲げ、力強く握り拳を作ると叫んだ。

 バリバリと轟音を響かせ、その叫びに応えるようにアラストルの刀身から稲妻が広がり、ひとつの漏れなくその場にいた悪魔に降り注ぎ焼死させた。

 放電が止まりアラストルは集の手の平に吸い付くように落下する。集は絶命した悪魔の亡骸を、油断なく見渡しながらアラストルを受け止め、一度血払いの動作をすると背中に納めいのりに振り返った。

 

 「ーー……っ」

 「…………」

 

 お互いに言葉を交わす事は無かった。

 話したい事はお互い山とあるはずだが、ただ無言で視界を混じ合わせた。

 ふと集の姿に違和感を覚えた。

 髪が銀色に染まっているから、半魔人の状態になっているのかと思ったが、銀髪になっているのは全体の六割程だ。それに紅く変わるはずの瞳の色は黒目のままだ。いつもなら少なからず疲労の色が見えるはずなのにその様子も見られない。

 何かがいつもと違う。

 

 「……行くよ。いのり」

 

 いのりは何か覚悟を決めるかのように頷くと、胸を差し出すように両手を広げる。

 集の手が身体の中に差し込まれる。

 

 「んっーーあ」

 

 切なげな声が漏れる。懐かしさを感じるその感覚にいのりはようやく、桜満集が戻って来たのだという実感が持てた。

 

 (シュウ、ごめんなさい……)

 

 同時にこれまで自分が犯した所業、そしてこれから彼に背負わせてしまう重荷を想い、僅かな後悔と共に密かに涙を流した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ルシア…さん」

 

 亜里沙が寮の玄関を出た先で見た光景は、凄惨なものだった。

 血にまみれた少女が短刀で、切り落とされた悪魔の頭を串刺していた。さらに明らかに人間のものより大きい手首だけが、鋭く伸びる爪で彼女の右肩を貫いている。

 地面に転がった悪魔の腕の先が切断されている事を見るに、彼女の肩を刺し貫いている腕の持ち主なのはすぐに分かった。

 

 「ーーァ……リサ…」

 「ルシアさん!」

 

 亜里沙に気付いたルシアが立ち上がろうとして、力無く地面に崩れ落ちた。

 

 「少し…疲れた…だけっ、くっ!ぐぅぅ!」

 

 言いながら肩に刺さった爪を抜こうとするが、釣り針のように返しが付いた刃は簡単には抜けそうにない。抜こうとすれば傷を広げる結果になるのは想像に難くない。

 

 「ーーーっ!」

 

 亜里沙は苦痛に呻くルシアを亜里沙はただ見ている事しか出来なかった。無理に動くなと、言って上げたかった。

 だが、今はルシア以外に頼れる人物は居ない。彼女が戦えなければ、この寮は全滅する。

 

 「あ゛あぁ!!」

 

 ルシアが一気に刃を引き抜く、大量の血がバタバタと地面に落ちる。

 

 「ーー血が、」

 「……触らないで、…血を固まらなくする毒がある…みたい。私にはあまり意味無いけど、…人間は違う」

 

 息を激しく乱しながらも、みるみる傷が傷が塞がっていく様子に亜里沙は言葉を失った。

 彼女が人間では無いという事は、集の言動と悪魔達と繰り広げる苛烈な戦いで薄々勘付いてはいた。

 ずっと集やダンテのように悪魔の力を持つ者達が羨ましかった。「自分もこの力があればと、何度思ったことだろう。だがこうしてルシアの戦いを目の当たりにし、目の前の小さな少女からは胸を締め付けるような献身さと痛々しさを強く感じてしまう。

 

 (わたくしは…何をしているの…)

 

 自分よりずっと小さな身体で、重すぎる責任を背負わせるだけで無く、こんな苦痛を与え続けられるなんて。

 臆病な自分が恥ずかしい。

 たとえ悪魔の力のような超常的な能力を持ったとして、果たして彼らのように苦痛にたえて誰かも分からない他人のために戦えただろうか。転んで出来た擦り傷が激痛の世界しか知らない身で、確かな強さを持てたか断言出来るだろうか。

 ルシアもいのりだってそうだ。自分の全てを投げ打ってでも、誰かを助けようとしているのに、ひきかえ供奉院亜里沙はどうだ。

 

 まともに指揮も取れず、大きな波を恐れてさらに生徒達から反感買い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、挙げ句の果てに幼い少女の後ろで丸くなって。

 ーー恥ずかしいことこの上ない。

 

 「アリサは…中で隠れて……」

 

 傷が塞がっても、失った体力は戻らない。ルシアはおぼつかない足運びで、折れた片割れの短剣を拾おうとしてまた転倒する。

 その光景を悪魔達は嘲るように笑う。

 

 ーーその笑い声に亜里沙は、髪が逆立つような怒りを覚えた。

 

 「ーー何がおかしいのですか、この下衆共(げすども)!!」

 

 気付けばドスを抜いて悪魔達に啖呵を切っていた。

 悪魔達の嘲笑はさらに大きくなる。矮小な小枝を差し出して喚く木端が滑稽でしょうがないと笑う。

 

 「……リサ、死ん…じゃう」

 「もう怯えるのはたくさんです…」

 

 立ち上がろうとする度にもつれて倒れるルシアを背中で庇い、震えそうになる体を奮い立たせる。

 

 「私は供奉院亜里沙!貴方達のような下賤な者達に背を向けるくらいなら、最期の瞬間まで牙を突き立てます!」

 『ギゲエエエエ!!』

 

 一体の悪魔が我慢の限界だとばかりに、亜里沙に牙を剥き出して襲いかかって来た。

 頭どころか腰まで丸齧りに出来そうな大口を前にしても、亜里沙は目はギュッと閉じる事はあっても逃げようとはしなかった。

 

 

 「ーー(くせ)え息を、年端もいかないお嬢ちゃんに吐きかけるもんじゃねぇぜ」

 

 その声が聞こえた瞬間、悪魔の頭は上から押し潰され、体液と肉片が飛び散った。

 

 「ーーダンテさん……」

 「ハッ…、これだから飽きねえんだよ。ーー人間ってのは」

 「……?」

 

 いつもの不敵な笑みで言うダンテの言葉に、亜里沙はどこか父親のような温かさを僅かに感じた。

 悪魔の群れに向かって歩いていたダンテだったが、突然立ち止まって大きなため息をついた。

 

 「しくじったな…、シュウの野郎に俺の分を残しておくように言うのを忘れてたぜ」

 

 ダンテの視線を追って見上げると、いつの間にか学校全体を分厚い雲が覆っていた。そして、雲の中を縫うように雷が閃光を瞬かせーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 悪魔の襲撃を避けながら、校舎を移動していた花音は突然、空から目の前に現れた集に一瞬思考が固まった。

 

 「お…桜満君!?」

 「ーー委員長ごめん、ちょっと借りるよ」

 

 言うが早いか、集は花音が顔に掛けていた《メガネ》のヴォイドを奪うと、屋上に跳び上がった。

 屋上に設置された貯水タンクよりも上、アンテナの頂上まで登ると、《メガネ》を起動した。

 集の視界に白と赤の無数の光点が点滅しながら表示される。白は人間で、赤は悪魔だ。ダンテ達は黄色で表示される。

 さらに集はグラウンドを見て、人間の皮を被った悪魔を識別しようとする。集の想いにヴォイドと集の中にある魔力が互いに感応し、皮を被った招かれざる客の姿を浮かび上がらせた。

 膝を抱える者もいれば、彷徨い歩く者もいた。人間に紛れ込む彼らは恐ろしい程静かだった。

 

 「ーーこれで全部かな……?じゃあ、やるぞ」

 

 手元の相棒に静かに言うと、その刃先を空に掲げる。アラストルは魔力を解放し、青い雷と同じ色のオーラを纏う。

 雷雲がアラストルを中心に集まり始め、あちこちから雷が瞬く。

 

 「ーー……づっ!」

 

 急速に力が抜けていく感覚が集を襲う。長い時間眠っていて衰えた体力にはかなり負担がかかる。

 立ち眩みしながらも、なんとか耐えながらさらにアラストルを掲げ続ける。

 雷雲が限界まで膨れ上がったのを見て、集はレーダーに写る敵の全ての反応に意識を集中させた。

 

 「はああああ!」

 

 それ一つ一つに狙いを定め、雷雲を解き放つ。

 ゴロゴロと轟音を響かせ、無数の雷が校内の悪魔達に目掛けて、ピンポイントで降り注いだ。避難した人々に紛れた悪魔にも、周囲の人々を傷付ける事なくその悪魔を撃ち抜いた。

 

 「ーーこれがアラストルの本当の力…」

 

 実行した本人である集ですら、その光景に唖然とした。

 

 「あっ……」

 

 しかし同時にアラストルの中身が空になる感触が、柄から伝わって来た。今ので殆どの力を使い果たしてしまった事がすぐに分かった。

 今の規模で攻撃を行おうとすれば、数日間は休ませなければならないだろう。

 

 「……お疲れ様…」

 

 集はアラストルを背中に納めると、全校放送に繋がるインカムのスイッチを入れた。

 

 「ーーみんな、今雷に撃たれたのは悪魔だ!出来るだけ距離を空けて、戦える人はすぐに避難所に対処に向かって。まだ生き残りがいるかもしれない!前線に近い人は群を見張ってくれ!」

 

 最低限必要な命令を済ますと、集は一度大きく息をはいた。

 

 「ーー谷尋、校庭に来くれ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「今の声って……」

 「ーー桜満会長だ」

 「戻って来たんだ!」

 

 集の全校放送に生徒達が高揚する中、難波は心の中で舌打ちした。

 

 「ちょっと待てよ。君たち何を喜んでるんだ?さっきも言ったろだろ。ノンビリ眠りこけてた奴が、今更リーダー面するなんておかしい。ーー俺達のために戦うのは当然だろ?」

 「……たしかに」

 「俺は難波に賛成だ。アイツは気に喰わない」

 「遅れて来といて、ヒーローづらかよ…」

 

 「なんだよお前ら、俺は手伝いに行くぞ」

 「私も」

 

 難波の言葉に思う事がある生徒達が大半のようで、グラウンドに向かう生徒も迷いがある者が多い印象だ。

 

 (あと一歩追い込みが必要だな…)

 

 特別な力を持っていても、所詮は役者不足な子供に過ぎない。綻びを突つけばボロが出るはずだ。せっかく鬱陶しい供奉院を引きずり下ろせたんだ。あんな訳の分からない奴に横取りされてたまるか。

 

 「ーー俺が一番上じゃなきゃいけないんだ。全部…」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 谷尋が集の姿を見た時、心の底から驚いたような顔をした。突然目覚めた事もそうだと思うが、集の見た目に変化が表れた事も大きいだろう。

 手の中の《ハサミ》を見ながら、集は校門の外まで向かっていた。

 すぐ後ろには綾瀬が地面をスケートのリングのように、滑るように移動している。

 

 校門から外に出た集は“もう一人の剣士”によって助けられた、数人の市民とすれ違う。彼がいる事は屋上でレーダーを見た時に気付いていたが、正直言って半信半疑だった。助けを求めた訳でもないのに、日本に来るはずが無いと思っていたからだ。集の無意識の願望がダンテの分身か何かを、誤ってキャッチしてしまったのだとばかり思っていた。

 

 しかし実際に視線の先で戦う見覚えのある青年を見て、集は懐かしさに思わず顔を綻ばせた。

 

 「ーーネロ!」

 「っ!ーーシュウか?」

 「久しぶり。最後に一緒に仕事して以来だね」

 「……ああ。身体におかしな事は無いか?」

 「全然平気、ちょっと身体が重い気はするけど…どうかした?」

 「別に…寝起きのとこ悪いが、ちと手を貸せ」

 

 少しネロの様子がよそよそしく感じたが集は頷くと、チラッと校門の方を振り返る。

 校門は祭がヴォイドで直したが、門を閉じなければ結界は不完全のままだとレディは言っていた。いつまでも開けたままにはして置けない。

 そしてネロが一人一人地道に助け出していた市民だったが、ネロは問題なくとも悪魔に囚われている人々は刻一刻と衰弱していっている。

 やはり時間的猶予は無いと思った方がいい。

 

 「…考えててもしょうがないか。ーーネロ、僕があの空中の悪魔達をなんとかするから、地上の悪魔をお願い。綾瀬はあの人達を助けて」

 「分かった」

 「……お前が仕切るのかよ。まっ、別に構わねえが…」

 

 集は二人より前に歩み出ると、地上の悪魔と空中で身体に人質を磔ている悪魔を見据え、静かに目を閉じた。

 自分自身の外見と能力が著しく変化している事を、集は理解している。

 

 『ーーシュウ、あなたの魔力にはあなたの心を写すチカラがある』

 

 少し前にレディから言われた言葉を思い出す。“魔具”を作れと言われたのも随分と昔の事に感じる。

 

 そしてとうとう集はその領域に踏み込んだ。

 

 

 

 「集…あんた、ソレ」

 「…………」

 

 綾瀬は集が持つ《ハサミ》のヴォイドに起きた変化に言葉を失った。

 校門から様子を見ていた谷尋達も、唖然としてその光景に目を奪われていた。

 

 「ーーっ!谷尋、ヴォイドがあんなになって身体はなんとも無いの?」

 「あ…ああ、俺はなんとも無い」

 

 花音が心配そうに言うので、谷尋もはっとして身体のあちこちを触ってみる。あの変化はヴォイドにだけ起こり、谷尋には何一つとして異変は起きていない。

 

 「ーーなんだ…ヴォイドのあの姿は…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 集がヴォイドを強く握ると同時に《ハサミ》は獣の(あぎと)のような姿に変わっていた。

 元の形はかろうじて残しつつも、血のように赤い模様は血管のように非法則的に放射状に広がり、刃も持ち手の部分もほぼ大部分を爬虫類の鱗に似た物で覆われた異様というより、禍々しいとも言えるような形に変貌した。

 

 「………」

 

 集は姿の変わったヴォイドを水平に払うと、静かに敵を睨む。そして合図をした訳でも無いのに、三人はほぼ同時に駆け出した。

 

 「ーーっ!」

 「ハッハーー!!」

 

 集が空中に跳び上がると、その下をくぐってネロが悪魔の群に突進した。

 その光景を見届けたりはしない。集と綾瀬は悪魔達を飛び越え、さらに上昇する。人質を掲げるようにする悪魔を真っ直ぐ見ながら、集は一分の躊躇いも見せず人質ごと悪魔を切り払った。

 

 「うわああ!?」

 

 悲鳴を上げる人質だったが、すぐに痛みも何も無い事に気付き呆然とする。悪魔にも傷ひとつ着いていない。その瞬間、悪魔の身体は浮力を失い落下する。

 

 「大丈夫ですか?すぐ助けるから暴れないで」

 

 人質がまた悲鳴を上げそうになった時、綾瀬が悪魔の身体から人質を助け出した。大の大人がいくら暴れてもびくともしなかった拘束が、何の抵抗も無く手足が自由になった。

 そのまま、かすり傷ひとつ無く絶命した悪魔だけが地上に落下する。

 

 「集、もっとペース上げて大丈夫よ!」

 「分かった!」

 

 そう言うが早いか、集は次から次へと悪魔を切り付けていきその悪魔に拘束されていた人質を、綾瀬が次々に救出していく。

 先程までと違い、地上に落ちても爆発する悪魔は居ない。

 

 するとまだ人質がいる全ての悪魔が次々に人質を手放し始めた。

 

 「くっ!」

 

 集と綾瀬が落下する人質の救出する中、悪魔達が退却を始めた。地上の悪魔達も、人質が解放されると同時に背を向け退却する。

 ネロもあえてそれを追うような真似はしない。

 

 そして戦場は嘘のように静寂に包まれた。

 

 

**************

 

 悪魔の襲撃による被害は決して小さくなかった。

 死者も生徒達よりも、市民の方が多くパニックになって取り押さえられている者も居た。

 

 「……僕が眠っていたばっかりに…」

 「……っ」

 

 集の呟きに谷尋は唇を噛む。悔しいのは谷尋も同じだが、集の気持ちは谷尋の想像の及ぶ所ではないだろう。

 

 「……谷尋は本当に平気?身体はーー」

 「ああ、前より良いくらいだ。ところでアレは何だったんだ?」

 「…えっと、実は僕もよく分かってないんだけど…。ヴォイドを“魔具化”したって事だと思う」

 「魔具?」

 「悪魔達の使う武器や道具の事だよ。このアラストルもダンテの剣みたいなね」

 

 集は背中で休んでいるアラストルを見ながら言う。

 

 「元のままじゃダメだったのか?」

 「戦うだけならそれでも良かったんだけど、悪魔相手だと素のままのヴォイドの能力はほとんど効かなくて」

 「”命を奪う能力“が……か?」

 「うん…悪魔の生命力は魔力も関係あって、谷尋のヴォイドの場合だとその魔力を直接断つ事が出来なかったんだ」

 「それで奴らを殺せる武器に変えたって訳か」

 

 集は頷く。

 谷尋のヴォイドをただ剣のように物を切断する用途で使っては、人質を救出する効率はネロが一人で行うのとほぼ変わらないだろう。

 人間を傷付けず、悪魔を倒す為には能力の発動が必須だった。

 

 しかし、前に集が悪魔相手に谷尋のヴォイドを使っても、“命の糸”を守るように漂う悪魔の魔力に阻まれた。

 例え“命の糸”に届いたのだとしても、切断出来るか微妙だった。

 それもそのはず谷尋のヴォイドは弟の寒川潤を殺すという、暗い欲求が作り出した力だ。言い方は悪いが他のヴォイド含めあくまで人間の範疇を出ない物でしか無いのだ。

 だから、一瞬でも奴らの土台に立つ必要があった。

 

 集は改めて半分以上銀色に変わった自分の髪を引っ張ったりして弄っていた。

 

 「ーー確認させてくれ。お前は昏睡する前の事をどの程度覚えてる?」

 「ん?ーーファングシャドウと戦って、綾瀬に助けられて、視界が真っ白になってからは、暗闇に浮かぶような感覚がしたのを覚えてる」

 「意識を失ってた事は分かるのか?」

 「うん…なんとなく、長い時間眠ってたって感覚があるよ」

 「……そうか」

 

 集があの蛇を出して、颯太やいのりを襲った記憶が無い事は分った。

 だがそれでいいあの事を思い出せば、集は悪魔の能力を使う事はおろか、戦う事も出来なくなるかもしれない。

 

 しかし懸念材料であるのは確かだ。蛇を完全に抑えているのなら良いが、本人が覚えていなければ確認のしようが無い。

 ”魔具化“時のあの爬虫類の鱗に似た物に覆われた《ハサミ》の姿も気になる。

 ーー本当に集はあの蛇に打ち勝ったのか?

 

 ともかくこの事実は集の精神的に強い負担が掛かるのは、明らかだ。

 隠しておくべきだ。

 これから起こる事を考えれば、その方がいい。

 

 わざわざ集を苦しめる事を、増やすような真似はしたくない。

 

 

**************

 

 

 

 集の姿を見て、すぐに駆け寄りたかった。

 

 ーーだが、それは許されない。

 それは自分の役回りでは無い。自分で決めた事なのに、今大事な時に後悔の念が押し寄せて歩みが重くなる。

 生徒達は畏怖の表情でいのりに道を譲る。

 

 視界の隅に、ダンテの後ろ姿が目に入る。

 

 「ーーいのり?」

 

 その声が聞こえた瞬間、何かを振り払うようにいのりは駆け出した。そして自分の《剣》のヴォイドで集の首を水平に切ーーー

 

 

 

 「ーーえ?」

 

 何が起きたか分からなかった。

 ーー気付いたら、へたり込む様に倒れて放心していた。

 首筋に違和感を感じ、ほぼ無意識に手がその違和感に触れてみる。ドロリとした生温かい感触と鋭い痛みに、バッと触れた手を見る。

 赤い液体が手の平を真っ赤に染めていた。それが自分の血だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 

 ーー怪我をしたのか?ーー何故?

 

 呆然と手の平を見ていたすぐ真上で、張り裂けるような金属音がした。その音の方を見る。

 そこにはダンテの剣がいのりの《剣》と組み合い、火花を散らしているという、理解しがたい光景が広がっていた。

 

 「ーーは、反逆だ!!」

 

 その声を聞いても、集はまだ状況を理解出来なかった。

 

 (反逆?…誰が?…誰を?)

 

 ダンテがいのりの《剣》を弾き飛ばす音で、集は我に返った。

 止める間も無く、ダンテの拳がいのり腹部を貫いた。いのりは「かっ」と息とも声とも言えない音を吐き出し、そのままグッタリと気を失った。

 

 「ーーま……待って…」

 

 騒然とする中、集は誰にも届かないようなか細い声を出しながら、いのりの手が後ろに縛られる様子をただ見ていた。

 

 「集っ!ダメだ」

 「谷尋…なんで止めるんだ。いのりがーー」

 「これは計画なんだ。全部、楪の計画通りなんだよ!」

 「……は?」

 

 谷尋の顔を見ようとするが、上手く行かない。周りの音も遠くに聞こえる。

 

 「どういうこーーー……」

 

 

 

 

 ーーーそのまま、沈むように集の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




↑はグロンギ語の翻訳サイトで今回のあいさつをグロンギ語に訳したものです。
なんか面白くて、色々遊んでます。

みなさんは翻訳サイトは使わず解読してくださいね?


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#47囚人-①〜Sacrifice〜

今回は会話と会議が主です。

次回から話を一気に進めるつもりです。
たぶんエクソダスまで行けると思います。
お楽しみに


【挿絵表示】


Twitterに上げた絵


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 茎道はプールの前に立ち、底に沈む人物を見守っていた。

 

 「ーーいよいよか…」

 

 目を閉じて感慨深そうに呟く。

 春夏は恐ろしい気持ちでその様子を見ていた。

 

 「ーー何か言いたい事がありそうだな…春夏」

 

 突然、茎道は背後を振り返る事なくそう言った。

 異様な感覚だった。春夏が『ボーンクリスマスツリー』に訪れた時から、茎道の中の何かが変わってる事を感じ取っていた。

 元から感情を表に出す人物では無かったが、ここ最近は明らかに異常だ。

 顔の半分を隠す仮面も、隠していない生身の顔も大差無いように感じてしまう。兄の姿をした蝋人形を前にした気分になり、息が詰まりそうになる。

 

 「……無いわ。でも…そうね、あえてもう一度確認させてもらうわ。兄さん達に協力してくれれば、集を見逃してくれるのよね」

 

 春夏はぐっと指を握り締め、必死に感情を抑える。

 

 「最初にも話した通りだ。お前が我々に手を貸すなら息子は生きて帰そう」

 「……」

 

 嘘だっ!と叫びそうになる衝動を必死に呑み込んだ。壁の向こうの状況は全てトリッシュから聞いている。兄は集を生かして置く気など無い。だが集の現状を知っている事を兄に悟られる訳には行かない。

 

 それに、どちらにしても春夏は集を裏切ることになる。

 

 きっと集は自分を許さないだろう。

 神だって許さない。それ以上に身近でーー大事な人達は自分の所業を怨み、許してはくれないはずだ。

 今はそれが畏ろしく感じてならない。

 

 「さぁ…目覚めよ」

 

 ゴボゴボとポンプが音を立てると、プールを満たして水がみるみる引いていく。

 プールに沈んでいた男がその姿を現す。

 

 「ーー我が息子よ…私のアダム」

 

 男の首に掛かるロザリオのペンダントが、チャリと鎖を鳴らして揺れた。

 

 

 

 

**************

 

 供奉院の屋敷の一室で屋敷の主人である翁は、机に向かって指を組んで座っていた。

 向かい合ってるモニターには〈sound only〉の表示だけが浮かび、そこから淡々とした声が沈黙を破った。

 

 『ーー約束は果たされなかった。今回の約束は無かったことでよろしいですね?』

 「致しかた無い…」

 

 翁が誰にも聞かれない程、小さく短い息をはいたように見えた。

 

 『友人のよしみでひとつご忠告を』

 「……?」

 『太平洋側が何やら騒がしくなっています』

 

 モニターに何枚かの写真と日本列島周辺の地図が表示される。

 写真には多くの軍艦や空母が写っている。

 

 『一刻も早く日本を離れてください』

 

 それだけ言うとモニターに地図と写真を残して、通信を伝える表示が消えた。

 翁の後ろに控えていた倉知はモニターに写った物を見て、僅かに顔を顰めた。写真に写された空母は完全に日本を封鎖し、蟻一匹見逃さないという圧力が小さい写真からも感じる。

 

 「戦争でも始めるつもりでしょうか……」

 「ーー戦争になどならんさ」

 

 翁は立ち上がり杖を手に持つと、険しい表情で窓の外を見る。

 倉知にはその様子が何かを探しているように見えた。

 

 「国が弱るとはどういう事か、この身を持って知る事になるとはな…」

 

 翁の言葉に今まで見た事の無かった弱音が見え、倉知は唇を噛んだ。

 

 「……おそらくこれが、最後の仕事になるだろう」

 「はい」

 

 翁の言葉に倉知はいつものように淀みなく答えた。

 

 

******************

 

 

 悪魔の襲撃により受けた被害は甚大だった。

 バリケードは見るも無残に破られ、校舎の大半が大きな被害を受けた。

 『エクソダス』のための備えていた武器や弾薬も相当な量が消費されたばかりか、市民も生徒も多くの犠牲者が出た。

 そしてその影響で生徒達にも深刻な精神的影響も出始めている。

 多くの生徒や市民が物音や他人に過敏に反応し、流血沙汰になる小競り合いも数え切れない程あった。

 そのせいでかなり治安維持に手を焼く事になったが、集が目覚めたおかげで脱出のための光明が見えて来た事もあり、次第に生徒達の状態も安定する様子が見られるようになった。

 ここ数日はそれに加え、校舎とバリケードの修繕と物資の補完におわれていた。

 

 脱出作戦を最終段階に移行できるとふんだ谷尋は、ずっと規制していたワクチンと食糧の配給を全面的に開放する事にした。ギリギリのラインをなぞっているため多くは無いが、新たに来た市民を含めて誰かが飢え死ぬ心配は無い。

 そして谷尋の狙い通り、それが士気の向上と集への支持率を上げる事に繋がった。

 

 

 

 襲撃から数日…ようやく生徒達に落ち着きが見えて頃を見計らって、こうして現状と今後について話し合いの場を設ける事が出来た。

 しかし脱出の希望を見い出す生徒達とは対照的に、生徒会室は重々しい空気に包まれていた。

 

 街全体の地図とマーカーが映し出されたスクリーンの前に、集や谷尋や亜里沙、そして祭が座る。

 ダンテやネロとトリッシュが壁にもたれ掛かり、レディはソファの上に腰掛けている。

 集達が座る脇に綾瀬と車椅子の後ろにツグミが立っている。

 ルシアはいまだ療養中。そして以前、致命的なトラブルを起こした颯太はいのりが生徒会長代理を務めた時点から生徒会から永久追放となり、今現在も生徒会室への出入りは禁止されている。

 

 「………」

 

 生徒会室に入ってから集はスクリーンには目を向けず、ただ無言で手に握られた白いリボンを見ていた。

 そしてそれから目線を外したかと思えばボケーと何かを考え込んでいる。それを交互に何度も繰り返していた。

 

 「…集」

 「聞いてるよ。大丈夫」

 

 近付き難い沈黙と、同情が混じった空気の中ようやく谷尋が声を掛けた。

 集は握っていたリボンをコートのポケットにしまい、視線を上げる。

 

 「ーー見つかったんだね。ファングシャドウの『核』が……」

 「そうだ…」

 

 「それも、ひと月くらい前に……」

 「………」

 

 集がまた目を伏せ沈黙する。

 そこに居る全員が彼が何を考えているかはすぐに分かる。何故なら、彼はほぼ毎日のように同じ言葉を繰り返していた。

 

 「ーー『僕がもっと早く目覚めていれば…』か?」

 

 谷尋の言葉に集はさらに顔をうつむかせた。責められているように感じたのだろう。

 そんな集の様子に谷尋は深くため息をついた。

 

 「…ここで改めて言わせてもらうが、それは違う。お前が昏睡状態にならなくても作戦決行の時期に大きなズレは無かった」

 

 谷尋の言葉に集は戸惑いの表情を浮かべた。

 

 「どういう事?ファングシャドウの心臓部の在処が分かったのは昨日今日の話じゃないんだろ?」

 「正確には、“当たりを付けた”と言った所だ」

 「当たり…?確実には分かって無いって事?」

 「ーー私から説明するわ」

 

 トリッシュが集の近くに歩み寄り、机の上に優雅な仕草で腰掛けた。

 

 「街全体に出来た“孔”の事は覚えてるかしら」

 「は…はいもちろん」

 「単刀直入に言うと、あれはファングシャドウが作り出してたの」

 「え?」

 「ーー盲点だったわ。でも考えてみれば一番最適な素材だったわね。シャドウの影の身体も実体のある“結界”みたいな物だもの」

 「アリウスって人がファングシャドウにそんな仕掛けを?」

 

 トリッシュは「そう」と頷く。

 

 「ーーファングシャドウは見つかりそうになる度に、孔を通して“核”を別の場所に移動させていたのよ」

 「そんな…」

 

 それではいくら追いかけようが別の場所にテレポートされるイタチごっこになってしまう。しかもテレポート先の候補は無数にある。

 永久に追い付かない鬼ごっこをするようなものだ。

 

 「重要なのはここからだ」

 

 すると谷尋がスクリーンの地図を指し示す。

 

 「知っての通り、レッドラインの縮小と共に壁は徐々に街の内側にその範囲を狭めつつある。だが、同時に“孔”の数も一定のペースでその数を減らしているらしい」

 

 谷尋がパソコンを操作すると、スクリーンの地図に映る壁を表す曲線がその範囲を縮め、孔を表すバツ印の数がみるみる減っていく。

 視線を動かしてレディを見ると、彼女は深く頷く。

 

 「……それじゃあ作戦決行の日は」

 「一週間後…この日以外考えられない。この日を逃せば壁はこの学校に到達する」

 

 地図のバツ印はとうとう、三つだけとなった。

 東京タワーに一つと、二つそれぞれ左右正反対に分かれた位置。

 

 「この三箇所が残る根拠は?」

 

 「ーー奴は今『東京タワー』を根城にしているのよ」

 

 レディが谷尋の言葉に続いて核心とも言える部分を告げる。

 最大の障害であるファングシャドウはそれこそ番人のように、今も自分達を見張っているのだろうか。

 

 「他の二箇所は?」

 「ーー女の勘ってとこかしら?」

 「………」

 

 飄々とするトリッシュを集は色々言いたげな目で睨む。

 話が脱線する前に谷尋が咳払いして、無理矢理軌道を戻す。

 

 「ーー作戦はこうだ。まずは東京タワー以外の二つの孔をダンテさんとネロさんがそれぞれ叩く。集、お前は孔が再出現する前に何としても『東京タワー』上階のファングシャドウを倒してくれ。タワー周辺に現れる悪魔は俺たちが抑えておく」

 

 「ーーそういえば無人機は?あれの対処はどうする?」

 

 壁の近くにはパイロットの存在しないゴーチェがズラリと並んでいたはずだ。悪魔のせいで感覚麻痺してしまいそうだが、決して無視は出来ない存在だ。

 

 「ああ、無人機は…」

 

 その場に居た全員の視線が一人の男に向けられた。

 

 「ん?ーーハッ。全部叩き潰すつもりだったんだがなぁ?何体がぶった斬ったら残りはサッサと消えちまったよ。たくっ、退屈凌ぎにもならねぇ腰抜け共だ」

 

 つまらなそうにあくびをしていたダンテは、鼻で笑ってそう言った。

 

 「大変だったわよ?ダンテったら、とにかく虫の居処が悪くてね」

 「ーートリッシュ」

 「はいはい、お口チャックね」

 

 トリッシュはクスクス笑いながらダンテの隣に立った。

 

 「まぁ、そんな訳で現状は外には無人機は一機も無い。目下の所、俺たちの脅威は悪魔だけだ」

 

 谷尋はまた弛緩しかける空気を元に戻そうと、咳払いをした。

 

 「だけど……やっぱり皆も戦う事になるんだね」

 「俺たちが行かないと、お前が一人で悪魔の群勢とファングシャドウを同時に相手をする事になる。それに…この時の為に俺たちは今まで訓練を積んで来たんだ」

 「………」

 「ーー俺たちを信じて、お前は慌てず冷静に相手を倒す事だけに集中してくれ」

 「そうだね…そうだった」

 

 集が力強く頷くのを見て、谷尋は次々に配置と行動について作戦の説明をする。主に集が昏睡してる間に生徒会メンバー間で組まれた作戦を聞かされるだけだった。

 あくまで提案という体だったが、葬儀社メンバーに加えて対悪魔戦のプロが手を加えた作戦は、欠点らしい欠点を集には見つけられ無かった。

 

 「…きっと奴は一度戦えばヴォイドの攻撃も覚える」

 

 その意味でも、ファングシャドウと戦えるチャンスは一度だけだろう。

 もし敗北すれば永久に倒せ無くなる。そうなれば今学校に居る人々は皆殺しにされる最悪な結果になるだろう。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 会議は結局、谷尋からの作戦説明だけでほぼ締め括られた。

 

 「ーー集、校条。それから葬儀社の二人も残ってくれ」

 

 一旦解散となり各々が自分の寮に戻ろうとした時、谷尋が集と祭、そして綾瀬とツグミを呼び止めた。

 生徒会室に残った四人に谷尋は向かい合って座った。

 

 「……疲れている所を残ってもらってすまない」

 「谷尋…そろそろ聞かせてくれないか?いのりと何があったの?」

 

 谷尋は一呼吸間を置く。

 

 「ーー最初に提案したのは楪だった。“シュウの代わりになる“と…集がやるはずだった事を自分がやると言い出したんだ」

 「その事を知ってるのは…?」

 「俺と供奉院さん、それとルシアとダンテさん達だ」

 

 「ーーそんな事どうだっていいの」

 

 ツグミが怒りを抑えフーフー息を吐きながら、谷尋に詰め寄る。

 

 「いのりんは何で集を襲ったりしたの!何であんな目に合わなきゃいけないの!」

 「ーーそれは、俺のせいだ…」

 「なっ!」

 「どういう事?」

 「楪が生徒会長の代行を務める以上、彼女が『ヴォイドランク制』を施行する事になる。生徒からの批判を受ける事は分かりきっていた」

 

 谷尋は俯きながら指を組み、祈るように額に押し付けた。

 その光景は罪の懺悔のようだった。

 

 「俺が何気なく漏らしたんだ。“眠っている集を生徒達からはどう見えるだろうか”と…」

 「………何もしてないのに、自分達が使うはずだったワクチンを横から掠め取る無能な生徒会長。そう言い出す連中も少なからず出るでしょうね…」

 

 綾瀬の言葉に谷尋は頷いた。

 

 「ーー俺もまさしくそこが気掛かりだった。集が目覚めた後、素直に従うだろうかと…」

 「じゃあ何?いのりんを集の生け贄にしたって事!?」

 「ツグミ、落ち着いて!」

 

 ツグミの言葉が集の胸を抉る。集も喚き散らしたい気分だった。

 彼女にとんでもない役を押し付けてしまった自分が許せなかった。

 

 「それを聞いて楪はこう言った」

 『ーー私がシュウを裏切った事にすれば、シュウが目覚める事が私にとって不都合だとあの人達に思わせれば良い』

 

 「ーーそんな」

 「そのために僕を襲うふりをしたんだね。最初からダンテに止めてもらうつもりで…」

 「何で!何でそこまでして…何の意味があるのよ!」

 

 ツグミが感情を抑え切れず、涙を流して取り乱す。

 しかし彼女の言い分の方が筋が通っている。

 厳しく抑圧された状況から、多くの人間にとっての待遇が改善されれば、反感を持つ者はそう多く無いはずだ。

 

 

 「……“やさしい王様”」

 

 

 するとそれまで黙って聞いていた祭がポツリと呟いた。

 

 「ーーは?」

 「祭。何か分かるの?」

 

 ツグミと彼女を宥めていた綾瀬が祭を見る。

 祭は僅かに唇を噛み肩を震わせ、目に涙を浮かべる。彼女なりの確信を得ている事は、それを見た瞬間全員が分かった。

 

 「きっと、いのりちゃんは集に優しい王様でいて欲しかったんだと思うの。ーー他の多くの人にとっても…」 

 「……いのり」

 

 いのりはずっと集の願いを尊重していた。そして集と物語の『王様』を重ねる祭を見て来た彼女は、それがいつ目覚めるかも分からない大切な人のために出来ることだと考えた。

 祭はそんないのりの真意に気付き、泣いていた。

 

 「……なによそれ。あのボンクラ達に集の事嫌いになって欲しくないからあんなマネしたって事?」

 

 ツグミはいのりの真意に気付いても、到底納得出来なかった。

 本当に必要かどうか分からない事のために、いのりが必要以上に悪役にされた事が腹わたが煮えくり返る程の怒りを覚えさせた。

 

 「楪が生徒達に厳しい圧制を強いていた事が、結果として今の好転に繋がっている事は疑いようの無い事実だ」

 

 淡々と言う谷尋をツグミは睨み付ける。

 

 「ーーだが、多くの生徒にとって反感の対象である楪を、そのまま生徒会メンバーのままに置けないのも事実だ」

 「さっきから聞いてれば、勝手な理屈ばっかり…。そんなに集が批判の的にされるのが怖ければ、アンタが代わりにやれば良かったでしょ?親友をGHQに売った裏切り者のくせに!!」

 「……」

 

 「もういい、こんな頭のイカれた連中に付き合ってられないわ!」

 「ーーツグミ!」

 

 ツグミは踵を返し、生徒会室から駆け出して行ってしまった。

 綾瀬はツグミの後を追い、車椅子を走らせ生徒会室から出ようとした。

 

 「集…」

 「なに?」

 

 部屋の外からドアを閉める手を止めた綾瀬と目が合う。

 

 「いのりはアナタなら何とか出来るって信じてるから、自分の全てをアナタに託せたのよ」

 「うん。分かってる」

 「私も信じてる。あの子の為にも…頑張りましょう」

 「……ありがとう綾瀬」

 

 綾瀬は優しい微笑みを浮かべながら生徒会室のドアを閉めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ーーハレもありがとう」

 「?」

 「お礼言う暇が無かったから。その…色々と大変だったと思う」

 「ううん。いのりちゃんが頑張ってくれたから…」

 

 祭は自分の髪に結ばれたリボンに触れながら、そう言った。

 その時、冷たい夜風が勢いよく吹き抜けて行った。集は自分の身体を風除けになる位置に移動し、なんとなく空の方へ目を向けた。

 

 「…ダンテさん達って良い人達だね」

 「急にどうしたの?」

 

 ふいに祭がそう話を切り出した。

 なぜダンテの名前が急に出たのか分からず、疑問符を浮かべる。

 

 「ダンテさんを探したんじゃないの?」

 

 そこまで聞いて、自分が屋上で見張りをするダンテを探して上空を見上げたと、祭に思われたのだと気付いた。

 

 「…そんなにダンテばっか見てる?」

 「自分で気付いてなかったの?集ったら、いつも悩み事があるたびにダンテさんの方を見てるよ?」

 

 祭にそう言われて、集は自分の顔が赤くなるのを感じた。

 まさか自分でも気付かないような無意識下の行動を見られてたとは思わなかった。

 正直言ってかなり恥ずかしい。親離れ出来ていない所を見られた心地だ。

 

 「直接相談したら良いのに」

 「この間…大見得切っちゃったし、それにきっと聞いても答えてくれないよ」

 

 「どうして?」

 「僕に選択させようとしてるんだ…大事な事は僕が決めなきゃいけない。……いのりを止めようとしなかったのも同じ理由だと思う」

 「そういえば、ここに来たばかりの頃もそんな事言ってたような…」

 「何が正しいのか、何が最善なのかはきっとダンテ達にだって分からない。何をどうするかは僕達が決めなきゃ。それならダンテ達もきっと協力してくれる…」

 「……そうだね」

 

 そこで話が途切れ、沈黙が流れた。

 灯りの消えた街をしばらく眺める。

 一週間後に全てをかけた戦いが待ってるとは思えない程、静寂に包まれている。嵐の前の静けさと言うべきだろうか。

 祭が自分の手を重ね合わせてさすった。

 

 「ーー…この前、初めて銃を撃ったの…」

 

 少し震える声でそう吐露する祭は銃の反動で擦れた皮の痛みを思い出し指を摘む。

 

 「……どうだった?」

 

 青白い顔色の祭に集はそう尋ねる。

 祭はしばらく黙っていた。思い出すのが嫌というより、どう言葉にするか悩んでいるようだった。

 

 「集もいのりちゃん達も凄いね…。私なんか弾撃ち切った後に吐いちゃったもん。生き物を撃つってこんな気持ちなんだ…って凄く嫌な気持ちになった…」

 「………」

 

 黙った集をどう思ったのか、祭はうろたえだした。

 

 「あ…私、そういうつもりで言ったわけじゃ…ーー!」

 「分かってるから、気にしないで?」

 

 アワアワと慌てふためく祭が可笑しくなり、思わずクスッと笑みが溢れる。

 

 「集達はずっと、あんな気持ちとも戦ってたんだね…」

 「それは……」

 

 ーーどうなのだろうか。

 

 記憶を失ってまっさらだった集が最初に見たのは、悪魔によりもたらされた惨劇だった。

 そしてダンテ達と出会い、悪魔と戦う道を進む決意をした。

 それこそが最初に見た集の世界で、全てだった。

 

 自らの手で人の命奪い、深い悲しみに沈んだ事はある。

 だがそもそも集は祭とはもちろん、葬儀社の面々ともスタートラインがまるっきり違う。

 生き物の命を奪う事に対しての、とりかえしの付かない事をしたという感覚と罪悪感。そんな感情を真っ当に抱いた事があると言えるだろうか。

 

 悪魔は人を脅かす倒すべき敵。殺し合って当然。

 

 桜満集は命と死に対して正しい向き合い方が出来ているだろうか。

 

 

 ーーいのりはどうだったのだろうか。

 彼女は最初何を思って銃を握ったのだろう。何も思わずただ涯に言われるがまま、敵と戦ったのだろうか。

 

 ーー人間の兵士達と……。

 

 

 「何で…悪魔は人を襲うんだろう。ルシアちゃんやダンテさんみたいな人がもっと居てもいいのに……」

 

 ーーそんな事、考えた事も無かった。

 

 「それならこんな争いをしなくて良くなるのにね」

 「………」

 「ーー……いつかそんな日が来るといいね?」

 

 祭のそんな無邪気な問い掛けに、集は答える事が出来なかった。

 

 ーーこの子にはこのままでいて欲しい。そんな他人事にも似た感情が湧いて来ただけだった。

 

 

 

 

****************** 

 

 

 

 あれから何日経ったかな…?

 

 時間の感覚は最初の1日で無くなった。口を塞ぐ息苦しさも、視界を覆う暗さにも慣れて来たが、身体を拘束されるのはいつまで経っても慣れそうにない。

 

 両手首と膝の辺りを固く縛られ、ほとんど動けない。

 裏切り者の役を演じる事を選んだ自分自身とはいえ、その苦痛は想像を遥かに超えていた。

 

 だが、それはどうでも良い。

 大切なのは彼にこの先を託す事。

 

 上手く出来ただろうか?

 出来る全ての事はやった。後は彼がきっとなんとかしてくれる。

 

 …出来れば自分の事を気負って欲しく無い。悪いのはこんな選択肢しか選べなかったいのりであって、集では無い。

 集や大切な人達、それを上回る多くの人を苦しめた。

 だからこれは相応しい罰だ。

 

 もっと他にいい方法はあったかも知れない。

 でも、もう始めてしまった。やり切ってしまった。

 ーーやらなくてはならない、必要な事だったのだから…。

 だから後悔は無い。受け入れる覚悟はとっくに出来ていた。

 

 

 再び泥に沈むように深い眠りに意識が落ちていく。

 それ以外に今のいのりに出来る事は無かった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 




会話が長いと、どうテンポを取るべきか悩むなぁ…
戦闘シーンは何をどの程度描写すべきか分からないし。

難しいのお


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#47囚人-②〜Sacrifice〜

色々詰め込んでたらまた二話分くらいの文字数になってしまった。







 医務室で集はベットに腰掛け、トリッシュに服の上から手の平を押し当てられていた。

 ぱっと見触診のように見えるだろうが、実際は聴診やソナーの類に近い。

 触れられるたびにビリビリとした刺激と少々熱すぎるくらいの熱が伝わって来る。弱めに魔力で刺激を与えて体内の反応を見ているのだ。

 

 「……問題なさそうね」

 「………」

 「何?もしかして疑ってる?」

 「そうじゃなくて」

 

 集は大部分が雪のような白銀に変わった自分の髪に触れる。

 

 「たしかに貴方の身体の構造はダンテ達半魔に近付いてるわ。でも貴方の命を脅かす事は無いから安心なさい」

 「それってやっぱり悪魔の核…心臓が僕の身体の中にあるって事ですか?」

 

 不安と期待どちらとも取れない声色で集がそう言う。

 いやきっと両方なのだろうとトリッシュは結論付けた。

 

 自分にとっての憧れの存在に近づくのは願ってもない事だろう。

 まだ自分には彼の隣に立てる可能性が残されているのだと、そんな希望が集の中にあっても何も不思議は無い。

 

 反面ダンテのような半魔に近付きつつあるという事は、その存在が限りなく悪魔と同質のものに変わろうとしているに他ならない。

 長年ダンテと付き添っていたと言っても、その不安感は計り知れないのは分かる。なんせ半魔という宙ぶらりんな存在がこの先の未来どうなるか前例が少な過ぎてまるで見えて来ない。

 

 寿命はどれくらいなのかすら不明確ばかりか、悪魔と人間というまるで次元が異なる存在同士の混ぜ合わせがどんな変化を遂げるか全くの未知数なのだ。

 

 「ーーダンテや悪魔達の核が発電も貯蓄も出来る《発電所》なら、貴方のはただの《タンク》と言ったところね。溜め込むだけで、自分で魔力を精製したりはほとんど出来ないと思っておいた方がいいわ」

 「今までと同じで使い過ぎるなって事ですね」

 

 集は壁に立て掛けてあったアラストルを背中に背負う。

 

 「これからもアラストルに頼り切りになるのか…」

 「そうね相棒は大切にしなさい」

 

 アラストルはこうしている今も空気中の微弱な電気を集め、魔力に変換している。その魔力を魔力機関が未発達な集が分けて貰っている状態だ。

 

 「分かってます」

 

 集は自重気味な笑みをトリッシュに返した。

 ダンテは自分の魔力をアラストルに分け与え、アラストルの力に上乗せしていた。これでは全くの逆、どっちが主人か分かったもんじゃない。

 悔しさと恥ずかしさを今はグッと堪える。そんな事は後で考えればいい。

 

 今は自分のやるべき事に集中すればいい。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 後三日で『エクソダス』が開始される。

 学校内にはピリピリとした空気が張り詰め、生徒達は互いに無駄の無い行動を気にしながら三日後の最後の準備を進めていた。

 来るべきその日、彼らは命を賭して戦うことになる。その事に恐怖を抱かない者は居ない。

 

 しかし皮肉にも数日前の悪魔による大襲撃が彼らに、戦いに向ける心持ちを植え付ける事になった。

 『誰かに助けられるのを待っていたら生き残れない』『自分を守れるのは自分だけ』

 集達からの説得もあり人それぞれ差はあれど、生徒達や一部の市民は待ち受ける戦いへの覚悟を持ち始めていた。

 

 しかしそんな者ばかりでは無かった。

 

 

 

 

 「…死にたくない。死にたくねえよぉ」

 

 その生徒が自室に篭ってからどれだけの日数が経っただろうか。

 あの日から完全に心を砕かれた。涎を垂らしながら迫って来る顎。噛み砕かれ、切り落とされ、消し炭にされて行く学友達。

 後数日であんな地獄に今度は自分から飛び込まなければならないだって?冗談じゃない!

 

 それにここを出たところで何になる。

 自分達はもう死んだ事になっているんだ。何処にも居場所なんか無い。

 

 「……ちくしょう」

 

 全部あの女…楪いのりのせいだ。

 あの女が学校のトップになってから何もかも狂い始めた。

 他の生徒達と一緒にFランクの烙印を押され、さんざん虐げられて来た。発症したのだってそのせいだ。

 

 「おい、いるか?」

 

 ドアをノックする音に顔を上げる。数秒置いて同じFランクの生徒の声だと気付いた。

 開けるとやつれた顔が作り笑いみたいな笑みを浮かべて、部屋を覗き込んだ。その顔にはキャンサーの結晶がフジツボのようにこびりついている。

 

 「相変わらずみたいだな…」

 「ーーお前もな。後ろの奴らは?」

 

 部屋を覗き込む顔の後ろには、同じく軽度に発症した数人の生徒達がいた。女子生徒の姿もある。

 何事かと戸惑う生徒を無視して、その友人は身体を部屋の中に押し込んで来た。

 

 「入れてくれないか?外じゃ話せない」

 「………」

 

 とても誰かと話せる気分では無かったが、友人の後ろにいる他の生徒達からの視線もあり友人の行動に抗議しようとは思わなかった。

 

 「ーー何だよこんな大人数で押し掛けてきて」

 

 「………お前さ、許せるか?」

 「は?」

 「ーー俺達をこんな目に合わせて、人間以下の扱いをした生徒会…楪いのりを許せるかって聞いてんだよ」

 

 「…そんなの」

 

 自分の結晶が芽吹いた腕を見つめる。

 アポカリプスウイルスは発症すればもう助からない。ここを出れても、ワクチンをどれだけの量を使ってもいずれ死ぬ。

 実の両親でさえ自分を遠ざけようとするだろう。

 

 「ーー許せるもんか…」

 「俺達も一緒さ。だからーー」

 

 自然と声が怒りと絶望に震える。

 この場に居るのは全員同じ絶望に陥った者達ばかりだ。希望も未来も自分の命をも失おうとしている彼らの憎悪はーーー

 

 

 「復讐してやるんだ。俺達から何もかも奪ったあの女に…!」

 

 

 ーーたった一人の少女に向けられた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 「ーーまえ達、何のつもりーー!」

 

 抵抗する見張りを三人で押さえ付けている間に、生徒の一人が首筋に当てたスタンガンのスイッチを入れると、見張りは「うっ!」と声を上げ失神した。 

 そのまま見張りのポケットを探るが、すぐ舌打ちして手を引っ込めた。牢の鍵を持っているのはもう一人の方のようだ。

 

 二人組の見張りを引き離し、それぞれ離れた場所で気絶させるだけの計画だが、ここまで上手く行くとは誰も思っていなかった。

 

 「おい。鍵あったぞ」

 「誰かにも見られてないな?」

 「ああ」

 

 別の見張りを担当した生徒達が戻って来た。その指先に鍵束を挟んでチャリチャリ揺らしている。

 リーダー格の生徒はその鍵を受け取ると、三つの鍵穴を上から順番に回していった。

 最後の鍵を開き分厚い扉をくぐると、元々感染者を隔離するための部屋が奥まで並んでいた。

 

 もしこれがバレたら自分達もここにずっと入れられる事になる。

 その事が頭をよぎり、生徒達の足が一瞬止まるがここまでこの集団を率いて来た先頭の生徒が躊躇いなく重々しく空気の懲罰房に足を踏み込んだ。

 全員慌ててその後を追う。

 

 空の部屋が並ぶ中、奥のたった一つ使用されている部屋に楪いのりがいた。

 

 手足を拘束された状態で床に座りベッドにもたれかかっていた。目隠しと猿轡のせいで起きているのか寝ているのか分からないがぐったりして動かない。

 その光景を見て生徒達に再び躊躇いの感情が浮かんで来た。

 さっきまでの勢いは何処へ行ったのか、今いのりが置かれてる現状に同情すら向けていた。

 

 「ーー騙されるな」

 

 先頭を歩いていたリーダー格の生徒が牢を開けると、ズカズカといのりに歩み寄ると彼女の髪を思い切り引っ張り上げた。

 

 「ーーん゛ん!?」

 

 いのりは猿轡で塞がれた口からくぐもった悲鳴を上げる。

 生徒はいのりの顔が後ろによく見えるように乱暴に引っ張る。

 

 「よく見ろよ。コイツが発症してるように見えるか?何日も風呂入って無いような臭いがするか?」

 

 言われて他の生徒達も気付いた。

 楪いのりは拘束こそされているが、彼女自身は綺麗で清潔感があった。衰弱していても頬が痩けていたりやつれている様子は無い。

 発症抜きに見ても今の自分達の方がよほど不健康に見えるくらいだ。

 

 「見せかけさっ!!Fランクの命なんかより裏切り者のSランクの方がアイツらにはよっぽど大切だって事だよ!」

 

 ふざけるな。

 発症したら少しでも多くワクチンを摂取しないと症状が進行するのに、この扱いの差はなんだ。

 真面目に働いていたのに、この女は何かと言い掛かりをつけてワクチンを貰える機会を奪って行ったのだ。

 俺達から未来と希望を奪った。

 

 誰もこの女を裁く気が無いならーーー

 

 

 

 誰かの手がブラウスを乱暴に引き千切った。

 

 「ん!?」

 

 「償え。俺達にして来た事をーー」

 「ーーお前はこうなって当然の人間だ」

 「ーー俺達がお前に罰を与えてやる」

 「こんな顔じゃもう女優なんかなれない…!ママにもパパにももう二度と会えない!」

 

 女子生徒も同様に嘆きと憎悪に満ちた表情でいのりに向けた。

 

 「許さない!アンタなんか穢されればいいのよ。そうすれば私達の気持ちも少しはわかるわよ!」

 「ーーぐぅっ!」

 

 そう叫び、女子生徒はいのりの首に両手の爪を食い込ませた。

 締め上げられたいのりは窒息し意識を失いかける。

 

 「おい、意識失ったらロクな仕返しも出来ねえだろ」

 「…ーーっ」

 

 リーダー格の生徒にそう諌められ女子生徒は唇を噛みながら、いのりの首から手を離した。

 生徒は咳き込むいのりの猿轡を外した。彼女の事を気遣った訳では無い。苦しむ悲鳴の一つでも聞かなければ、気が収まらない気がしただけだった。

 その時、もがいた拍子でズレた目隠しの隙間から目が見える事に気付いた。

 

 自分達を見下ろし、恐怖すら感じていたあの鋭い目と同じ目とはとても思えない。

 涙を浮かべたその目を見た瞬間、先程までの復讐心や憤りとは全く違う嗜虐心が湧いて来た。

 

 生徒は抑えきれない劣情にゴクリと生唾を呑み込み、その手がスカートに伸びようとした時、ーーー

 

 

 「 ーーいのりいいいいぃ!! 」

 

 少女の絶叫と共に懲罰房へ飛び込んだ疾風が、生徒達の身体を宙へ吹き飛ばした。

 

 突然の衝撃に生徒達はなす術なく壁や地面に叩き付けられる。

 何人かは腹を、ある者は顔を抑えて呻き出した。攻撃されたのだと、遅れてやって来た鈍痛で生徒達はようやく理解出来た。

 

 「ーーいのり!」

 「ルシア…」

 

 ルシアはいのりに駆け寄る。いのりはルシアを見て弱々しく笑い掛ける。

 

 「ーーーっ」

 

 ルシアは一瞬言葉を失った。

 いのりの身体には至る所にアザがあり、服もボロボロに破られた惨たらしい姿になっていた。

 

 「ーーお前たちが…やったの?」

 

 「ーー…っ!」

 

 せいぜい自分達の腹くらいの背丈しかない少女だと言うのに、睨まれた瞬間、かつていのりに対して抱いていた以上の恐怖心に襲われた。

 生物的な本能から来るような、強いて言うなら悪魔達と遭遇した時と似た感情だった。

 

 「ーー許さない」

 

 人間から発せられてるとは思えない異様な気配に悲鳴すらも出なかった。

 

 「うっ…うおおおお」

 

 一人の生徒がヤケになったのか、闇雲にルシアに向かって突進して行った。しかし、ルシアはその生徒の突進をかわすと脇腹に拳を叩き込んだ。

 

 「う゛っーーぐぷ!」

 

 生徒は嘔吐しながら壁まで吹き飛び、そのまま意識を失った。

 

 「怯むんじゃねえ!相手はガキ一人だ!」

 

 リーダー格の生徒がそう叫ぶ。

 気絶させられる仲間の光景に躊躇いながら、別の生徒がスタンガンを持ってルシアに突撃する。

 

 「オラぁ!」

 「…ーーっ!」

 

 電流がバチバチと迸るスタンガンをルシアは正面から受け止めた。

 

 「ーーなあっ!?」

 

 スタンガンを持った生徒は予想外の出来事に目を剥く。

 手の平を焼き、身体中に奔る電流の激痛もルシアは僅かに顔を歪ませるだけだった。

 そのままルシアはスタンガンをバキバキと破砕音を立てて握り潰した。そのまま生徒の腕を掴み上げ、肘と膝で挟むように叩き折った。

 

 「ぎゃああああああ!?」

 

 曲げられない部分があらぬ方向に垂れ下がる腕を見て、生徒は悲鳴を上げる。そのまま間髪入れずその顔面に拳を叩き込んだ。

 血を噴き出し倒れる生徒を尻目に、鉄パイプを振り上げ突進する生徒をルシアは回し蹴りを浴びせた。ナイフを持つ生徒も、素手で組みつこうとする生徒も、何かのヴォイドで襲いかかる生徒も例外なくいとも簡単にねじ伏せられた。

 

 「ふ〜〜っふ〜〜!」

 

 地面に倒れる生徒達の上でルシアは獣の様に荒い息を吐く。

 

 「っ!!」

 

 しかし再び背後に気配を感じ、ルシアは素早く振り返り拳を振り上げーー

 

 「ーーいやっ!」

 

 ルシアが振り返った瞬間、女子生徒が自分の身体を守るように縮こまる。その姿を見てルシアは慌てて振り下ろしかけた腕を止めた。

 

 「………っ」

 

 ルシアは頭を抱えてガタガタ震える女子生徒を見て、握っていた手を開いた。そして一度、血を流し痛みで呻く生徒達を見渡すと、いのりに走り寄る。

 

 「いのり…」

 「ーールシアっ…後ろ!!」

 

 いのりの言葉で背後に振り返った時、空気を裂くような銃声が鳴り響いた。

 

 

 ーーその瞬間、ルシアの右目が爆ぜた。

 

 

 「ーーーぁ」

 

 小柄な少女の身体が地面に倒れ、その場をトマトがぶち撒けられたかのような真っ赤な血溜まりが広がった。

 目の前まで広がる血の絨毯にいのりの頭の中が真っ白になった。

 

 「ーーひっははははッハハハハ」

 

 リーダー格の生徒が狂ったように笑いながら、銃を不安定に構えながらフラフラと立ち上がる。

 

 「クヒヒッ……クソが…ガキだと思ったが、やっぱりマトモじゃ無かったか。保険を用意して良かったぜ」

 「お前…何やってんだよ。こんな事したら…ーー」

 「あー?何だよ。ここまで来といて善人面か?」

 

 友人の行動に呆然とする生徒を心底可笑しそうに笑いながら、リーダー格の生徒はルシアの身体を何度も蹴り始めた。

 

 「ーークソガキがよォ!!痛えじゃねえか!!」

 

 ルシアは生徒からそんな暴行を受けても無反応だった。微動だにせず、ルシアを蹴り付ける音と共にビチャビチャと水音が静寂の中で響き渡る。

 

 「や……め」

 

 その光景にその音を聞く度に、いのりの中に激しい感情が湧き上がる。

 怒りなのか哀しみなのかすら分からない、痛みすら伴うそれは渦を巻き起こし、いのりの思考と理性をまとめて掻き乱してゆく。

 やがてその奥から、自分の物では無い感情がーーー

 

 

 

 

 

 

  「 ーー“バカな子“ 」

 

 

 ーー唄うように()()()が言った

 

 

 

 

 

ーーーーーーー指先に何かが絡まっている。

 

 それが煩わしくなり払い落とそうとして、自分の両手が真っ赤に染まっている事に気付いた。

 

 「ーー……え…?」

 

 血の海の中心にいのりは立ち尽くしていた。

 鉄臭い臭いとヌルッとした粘液の感触が手に…、いや体全体に纏わりつく。

 足元を見ると何かの肉塊が転がっていた。

 

 「いやっ」

 

 それが何かはすぐに分かった。その肉塊に自分を襲った生徒達の衣服が絡み付いていたのだから。

 

 その瞬間、なにかの記憶がフラッシュバックした。

 

 

 

 

 『ーー来るな!やめろ…やめてくれ!』『いたい!!いたいいたい痛いよぉ!!』『ーー死にたくない死にたくない死にたくない…しにたくーーー』『お願いしますお願いします!!この事は誰にも言わない。言わないからぁ』『許してください!』

 

 自分が誰かの顔を骨が折れても殴る記憶。自分が人間を残酷に殺す記憶。

 腕から結晶の刃が生えて、笑いながらその剣で生徒達を切り刻む。悪夢のような光景が広がる。

 

 

 

 

 

 『ーーあの日、颯太と一緒に外に出た生徒達数人が襲われている。本人たちは口が聞けない状態で…何か知らないか?』

 

 『?…知らない…』

 

 

 

 

 ーー私は…私が?

 

 最初は朧げだった記憶が一秒ごとに、より鮮明な物になっていく。一人一人の顔もその声もはっきり思い出せる。

 自分が何をしたか思い出し始める。

 

 傷付けた。

 シュウが守ろうとした人達をーー

 シュウに助けられながら、シュウに悪口を言う人達をーー

 

 

 殺した。

 自分を襲いに来た生徒達をみんな殺した。意識を失っていた生徒達も、部屋の隅で震えていた女子生徒も…全員。

 ルシアを撃った生徒はもはや誰かも分からないくらい、原形も残さず引き裂いた。

 

 なぜ直前まで思い出せなかったか不思議なくらい、凄絶で恐ろしい記憶。

 

 

 『化け…物…!』

 

 そう言った女子生徒の肉塊はすぐ目の前に転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「 いやあああああああああああああああああああ 」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「ーー集っ、こっちだ!」

 

 先に懲罰房に来ていた谷尋が焦りを隠し切れない声で、必死に集を呼ぶ。

 懲罰房に入った時点から鼻に刺さるような血生臭さを感じていたが、いのりが収監されている部屋に近付くにつれてその臭いが強くなっていく。

 最悪な想像が頭をよぎり、焦る気持ちがどんどん強くなる。

 

 「ーーっ!」

 

 部屋を見た集は言葉を失った。

 壁も床もベッドも真っ赤に染まり、切り裂かれた遺体と肉塊が散乱した悲惨な光景が広がっていた。

 

 「ーーいのりは!」

 「分からない。ここまで酷いと誰が誰かなんて…」

 

 あまりの光景に谷尋すら口を抑えている。

 集は必死にいのりを探す。そして見知った人物が生徒達の中に紛れている事に気付いた。

 

 「ーールシア!」

 「なんだと!?」

 

 血の海に沈む少女の身体を抱き上げる。

 微かではあるが息はあった。他の遺体と違いルシアの身体には切り傷の類は無い。しかし右目から耳まで抉れたような深い傷痕があった。

 悪魔であるルシアですら瀕死の重傷だ。

 ふと床の上に銃を握ったままの腕が手首から切断され転がっている事に気付いた。弾が尽きるまで撃ったのか、スライドが開き空っぽの銃身が開放されている。

 

 「これは…まさか悪魔が?」

 「ーー違う。悪魔の気配は無い。アラストルも何も感じないみたいだ。ルシアを撃ったのは…この生徒の内の誰かだ」

 「じゃあ、生徒達を殺したのは…」

 「……ルシアをハレのところに連れて行く」

 

 返事を待たず、集はルシアを抱きかかえて猛スピードで駆け出した。

 

 「ーー集っ!」

 「ハレっ、ルシアを早く!」

 「っ!!ーーうん!」

 

 懲罰房を出てすぐにこちらへ向かって走る祭と会った。

 祭は一瞬ルシアの傷を見て息を呑んだが、地面にルシアを寝かせると、素早く包帯のヴォイドでルシアの身体を柔らかい光と共に包み込んだ。

 

 指先が僅かに動いた事に気付き、集はルシアの顔を覗き込む。

 

 「ルシア!」

 「ーーシュ…ゥ…」

 

 蚊の鳴くような声で必死に何かを伝えようとしている事に気付き、集はルシアの口元に耳を近づける。

 

 「……ぃ…りを、早く」

 

 意識と呼吸をなんとか繋ぎ止めながら、ルシアは懸命に言葉を紡いだ。

 

 「ルシア…」

 「い…のりの所へ…」

 「ーーだけど!」 

 

 いのりの事はもちろん心配だ。だが命に関わる重傷を受けたルシアの事も放って行く事など出来るはずも無い。

 しかし祭はそんな集の迷いをすぐに察した。

 

 「ルシアちゃんは私が見てるから、だから行って。いのりちゃんを助けて」

 「………」

 

 祭の言葉に集は二人の顔をもう一度見る。そして頷いた。

 

 「委員長!いのりがどこに居るか探して!」

 

 無線機で花音に叫びながら、集は懲罰房から続いていた血の足跡を追って走る。

 足跡が塀とバリケードを登っているのを見て、塀を飛び越え学校の外へ飛び出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 学校を出てどれだけ歩いただろ、どれだけ時間が経っただろうか。

 疲れ切った身体は有刺鉄線で傷付き、ずっと裸足だったせいで足の裏は傷だらけになり、歩く度に地面に噛み付かれているような感覚になる。

 きっとまだそこまで距離は離れていない。そもそもこの壁の中では遠くまで行きようが無い。ただでさえ衰弱していた身体には少々の出血でも相当にこたえる。やはりどこかで身を隠すべきだ。

 

 「おいっ、君!」

 「ーーっ!」

 

 そこまで考えていた時、背後から中年くらいの男に声を掛けられた。

 学校からの追って来たようには見えない。

 まだ外に市民が残っていたのだ。

 

 (そんな…まだ人が居たなんて)

 

 誰も傷付けない、誰も傷付かないと思ったから学校の外まで逃げて来たというのに。

 

 「うわっ、すごい怪我じゃないか!おい、救急キットにまだ薬と包帯が残ってたはずだ!」

 「酷い…今まで大変だったわね?」

 「もう大丈夫だよ」

 

 いのりを本気で心配して人々が声を掛ける。

 全員発症しキャンサーの結晶が顔や腕から噴き出している。

 

 「ダメ…来ないで」

 「大丈夫。こう見えて私は医者だ。何処を怪我しているか見せてーー」

 

 

 

 「ーー優しいのね」

 

 

 「…え?」

 

 医師と言った男性は妖しく微笑むいのりの口から出た言葉に困惑した顔を浮かべる。

 

 「違うーーやめて!もう誰も傷付けないで!」

 

 我に返ったいのりは心臓が凍るような恐怖心に囚われた。伸ばされた手を振り払い背を向けて逃げ出した。

 驚いて呼び止める声を振り払い、いのりはただ逃げる。

 

 だが、その内また自分の意思ではどうしようもない程の疲労が足を重くした、歩く事しか出来なくなった。

 

 

 

 

 

 『ーー今更なにを怖がるの?今までさんざん殺して来たじゃない』

 

 「違う!」

 

 『違わないわよ。だって、あれだけ兵士を殺して来たじゃない。なにも疑問に持たずに、ただ命令されて…』

 

 「違う違う、ちがう…私は」

 

 歩く気力も無くなり膝から崩れ落ち、肩を抱いて呼吸すら上手く出来ない程しゃくりあげて泣いた。

 苦しくてたまらない。涙の雫が後から後から地面に落ちる。

 

 

 

 「ーーいのり!」

 

 

 「っ!!」

 

 遠くから集の声が聞こえた。

 ずっと恋しかった大切な人の声、だが今は恐ろしくてたまらない。這うように瓦礫の隙間に入り込んで身を隠す。

 

 「いのり返事をしてくれ!!」

 「ーーーっ゛!」

 

 叫び出したくなるのを口を両手で無理矢理おさえる。

 このまま通り過ぎてと、いのりは必死に願った。

 集のそばに居たらきっともっと傷つける。もしかしたら集の事さえ手にかけるかもしれない。そんなの嫌だ。

 

 「……」

 

 その時ある物が目に入った。

 鋭く刃物の様な大きなガラスの破片。瞬間、どうするべきか決断は悲劇的な方向へ向かって行った。

 しかし今のいのりにはそれが救いようにさえ感じた。

 音を立てないように慎重に手を伸ばし、ガラスの破片を握った。その先端を自分の喉笛に突き立て、目を閉じてゆっくり天を仰いだ。

 きっと自分の事に気付いた時、集を悲しませてしまうだろう。

 もう自分には死を恐怖する権利は無いというのに、手が震える。だけどルシアのように、大切な人達をこれ以上傷付けるよりはずっといいーー

 

 覚悟を決め息を深くゆっくり吸い込み、そしてガラスの破片を思い切り首に突き刺した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 電波はもう入らない。花音からいのりの位置を聞くためにはまた学校の近くまで戻らなければならない。だがそんな悠長な事はしてられない。

 まだ市民が残っているとは予想外だったが、おかげで電波外に出ても追跡を続ける事が出来た。

 彼らの事は回収班に任せればいい。

 しかし、彼らからの情報も時間と共にその価値が失われてゆく。

 

 「いのりどこなんだ!!」

 

 その時、ガラスが砕ける音が聞こえた。

 音のした方を見ると、建物と瓦礫の隙間が目に入った。

 その空間に誰かが立っていた。

 

 「…いのり!」

 

 ボロボロの服を纏った血まみれのいのりが立っていた。

 思わず安堵のため息をつくと同時に、あの惨状は彼女の手によるものだと確信した。

 

 「いのーー」

 「ーー集、会いたかった」

 

 いのりに手を伸ばそうとした時、いのりは集の胸に飛び込んだ。

 両手で集の腰をしっかり抱きしめ、集の胸に顔をうずめ深く息を吸い込んだ。

 

 「いのり…?」

 「ーーこうするのも凄く久しぶり。いい匂い…集のいい匂い」

 「え…?何言ってるの?」

 

 違和感を感じ、いのりの顔を覗き込む。

 

 「ーーっ!?ダメ!!」

 

 突然いのりは集を突き飛ばした。

 集は困惑したまま半歩後ろに下がり、いのりの変化をただ呆然と見ていた。さっきとは別人…否、さっきまでがまるで別人のようだった。

 

 「いのり…君に何が起きたの?」

 「来ないで!!今のは私じゃないの!」

 

 はっきりとした拒絶の言葉を受け、集の足が止まった。

 

 「お願い…私を一人にして…」

 「いのり」

 「ーーきっと私はまたシュウを傷付ける。もう誰も傷付けたくないの!!」

 

 いのりは集に背を向け駆け出そうとするが、すぐに瓦礫に躓いて転んでしまった。身体に上手く力が入らない様子なのは集にはすぐ分かった。

 すぐ起き上がるが立ち上がる事は出来ず、座り込んだまま嗚咽を漏らす。

 

 「………」

 

 集が歩みを進めても、もう逃げ出そうとも拒絶しようともしなかった。

 

 「ーー誰も何も傷付けないで生きていられる人間なんか居ないよ。生きるっていうのはさ、きっとそういう事なんだ」

 

 いのりは地面を見たまま嗚咽を漏らし続ける。集はただそのうずくまる背中に語り掛けた。

 

 「でもね傷付ける力があるなら、誰かを救える力もあると思うんだ。…君はずっとみんなを守って来た。それだけは胸を張るべきだと思う」

 

 いのりは背を向けたまま自分の肩にグッと爪を立てた。

 

 「………救いたいと思った訳じゃない。私はきっとただ恨んでだけ。自分勝手な理由でシュウをあんな目に合わせたあの人達を、シュウの苦しみを分かろうとしない人達を…私は許せなかった」

 

 「…それでも君は守り抜いてくれた。僕の大切な人達を…そのせいで君が本来背負うべきじゃ無かった罪を、僕は背負わせてしまった。君のした事は確かに許されないかもしれない。だから…今度は僕の番だ」

 

 「……シュウ?」

 

 「生きるんだ。苦しくても、悲しくても、例えこの先も罪を重ね続ける事になっても、僕たちはそれを背負わなくちゃならない。償わなくちゃならない。僕たちが傷付けて来た人達の事を忘れちゃいけないんだ」

 

 「でも…!またあの人が、ーー」

 

 「僕が止める。ーー大丈夫、君には僕がついてる。他の誰かから君を守るし、君から他の誰かを守る。君を殺す事になったとしても…君の罪を僕も背負う。もう一人で戦わなくていいんだ。君が報いを受けるというなら、僕も受ける」

 

 いのり顔がようやく集を見た。血と泥と涙と鼻水で汚れ切った顔で集を見上げている。

 

 「…だから生きて欲しい。僕やみんなと一緒に……」

 

 いのりの目線に合わせてしゃがみ込み、いつもと変わらない笑顔で、ニコリと微笑む集にいのりはブンブンと首を振った。

 集はそんないのりの身体を両腕でちからいっぱい抱き締める。

 ただでさえ細かった彼女の身体が、さらに痩せ細っているように感じられた。

 

 「生き続けるんだ。君自身のために…!」

 

 また胸に刺すような痛みを感じた。こんな細くて小さい身体に本当になんてとんでもない重荷を背負わせたのだろうか。

 

 「ぅーーっう」

 

 集の腕で肩を震わせるいのりの髪を優しく撫でる。

 

 「よく頑張ったね。…ありがとう」

 「ぁぁあああっああうあああーーっうくああああああ!」

 

 彼女が泣き止むまで、集は大声で泣くいのりを腕の中に強く優しく抱き締めたまま見守る。

 少女に一人では無い事を強く伝えるように、二度と離さないと誓いを刻みながら少女の涙を胸に受け止め続けた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「いいの?」

 

 銃をおさめたダンテにトリッシュが尋ねる。

 ダンテは答えず、背を向け歩き出した。

 

 「シュウを信用するって事でいいのね?」

 

 「あいつがやりたいって言うんだ。必要なら、俺が始末すりゃあいい」

 

 「もしシュウがまた悪魔化したら…あなたは同じようにできる?」

 

 「…………」

 

 トリッシュの言葉にダンテは足を止めた。振り返らず、いまだ抱き合う二人に僅かな時間意識を向け。

 沈黙はそう長くは続かなかった。

 

 「当然だろ」

 

 短く答え、ダンテは再び学校への帰路を歩む。

 トリッシュもそれ以上追求することなく後に続いた。

 

 

 

************ーーーー

 

 

 

 何やら騒動があったそうだ。あいにくと自分が動く前に事態は収まったそうだが、色々と腑に落ちない。

 難波は苛立たしげに爪を噛む。

 

 生徒会メンバーなど名ばかりで、重要な情報の共有もほぼ無ければ、生徒会室の出入りも自由では無い。

 これなら供奉院が生徒会長だった時の方がマシなくらいだ。

 どうもあの時、供奉院に対する不信任案を出した事で、場に混乱をもたらしかねないと目され、こんなパシリみたいな役割を与えられたようだ。

 いや、もしかしたらあの時桜満生徒会長に対しての言葉が誰かから伝わったのかもしれない。だとしたら少々早計だったと思わなくもない。

 

 「どこまでも舐めやがって…」

 

 あの女がトップなのはまだ仕方ないと譲歩出来る。彼女の方が成績も良く定める役職も、様々な分野で先を行っていた。

 だがそれと比べてあの桜満はどうだ?

 下級生だというのに奇妙な能力が扱えるというだけで、トップに躍り出た。

 目障りなガキ。

 

 今回の懲罰房での騒動も情報規制がされているのか、ロクな情報が入って来ない。

 嘘くさい無難な騒動の詳細がネットワークに流される事はあった。

 叩けばいくらでも何か出て来そうなのに、『エクソダス』手前であるせいか生徒同士の監視がやたら厳しいように感じる。

 そう時間はもう無い。蟻の一穴など探してられない。

 

 どうするべきか考えていた時、携帯が震えた。

 舌打ちして画面を見る。

 

 何者かから送られたメッセージの内容を見て、難波は驚いて目を見開いたが、すぐに頬を裂いたような笑みを浮かべた。

 

 

****************

 

 

 ついにエクソダス決行の日が来た。

 

 最後のチェックを済ませると、集は正門前に出た。

 既に武装した生徒達と一部市民と、ありったけ掻き集めた軍用車両や装甲に改造を施した大型車が整列していた。

 集は黙って生徒達の列を抜け、先頭の軍用車両に乗り込んだ。

 

 その後に手錠と目隠しで拘束されたいのりが、両側の生徒に連れられ同じ車両に乗り込んだ。

 集は車両の天窓の上に立つと、生徒達を見渡した。

 全員が集からの命令を待っていた。

 

 同じ車両に乗っていた祭、そして一瞬目隠しされたいのりを見る。そして最後に谷尋と目を合わせ小さく頷いた。

 

 「出発」

 

 「車両進行!」

 

 集の号令と共に谷尋が無線機に向けて叫ぶ。

 

 車がいっせいにエンジンを動かし集が乗る車両を先頭として、バリケードが退かされた校門を超え、街の中を突き進む。

 やがて列が止まり、先頭から二番目の車から二人の男が降りた。

 

 「やれやれ、ようやく別行動か?」

 「やっと出番かよ。ジジィになると思ったぜ」

 「待った甲斐があると良いがな」

 

 後ろの車両からダンテとネロが降りると、そんな会話をしながらそれぞれ別方向へ向かっていく。

 

 「ダンテ!ネロ!」

 

 集がその背中を呼び止めると、二人共ほぼ同時に足を止めた。

 

 「ーー気を付けて」

 

 「…………」

 「…………」

 

 集の言葉に二人は呆れたように顔をして、顔を見合わせる。

 

 「ハッ、おいおい誰に向かって言ってんだよガキ。気が散って勝てませんでしたとか言ったら承知しねえからな」

 

 ダンテは鼻で笑って付き合ってられないと言いたげに、背を向けると手をヒラヒラ振って目的地に向かって歩き出す。

 

 「こっちの事はオレとダンテに任せな。お前らは自分達の心配だけしてりゃいい」

 

 ネロはダンテと比べると優しげな言い方で集達にそう言い、ダンテの後を少し遅れて正反対の方向へ向かって行く。

 

 ダンテ達が魔界の孔を潰しファングシャドウの核の逃走を封じ、孔が再出現する十分以内に全ての障害であるファングシャドウを撃退する。

 単純な作戦だがファングシャドウにはいまだに不可解な部分が多い。

 戦いに持って行くヴォイドは慎重に選ぶ必要がある。

 

 東京タワーに到着した集達は部隊を円状に展開した。

 中央に祭や重症者に子供などの非戦闘員、一つ外に司令塔となる谷尋や花音と亜里沙、その外にはルシアやアルゴと各ランクから射撃で優秀な成績を残した生徒が厳選され、飛行能力や地面に潜る敵に対する対応や前線部隊の援護を担当する。その前線部隊が外円部でS〜Bの戦闘に向いたヴォイドを持つ人員で構成されている。

 攻めより守りを目的とした配置だ。

 トリッシュとレディは生徒達が苦戦するであろう強力な悪魔を優先して撃退する事以外は彼女達の判断に任せる事にしてある。

 

 集はいのりの手錠と目隠しを外すと、彼女の“剣”のヴォイドを引き出し手渡した。

 

 「もしもの事があったら、いのりに皆の逃げ道を切り開いて欲しい」

 

 自分の剣のヴォイドを驚いた様子で見るいのりに集が言った。

 

 正直いのりの扱いに関してはかなり議論した。

 彼女は生徒達から畏怖と憎しみの対象になっている。そのまま戦闘に参加しても生徒達の混乱を招く可能性がある。なので彼女はあくまで囚人として同行させ、危機が迫ったら投入する最終手段的な扱いにする事に決まった。

 

 「いのりを出すタイミングも谷尋の判断に任せていいんだよね?」

 「ああ、こちらの事は当初の予定通り基本的に俺が判断する。それは置いといて持って行くヴォイドは決めたのか?」

 「うん」

 

 集は車から降りると陣形の中央に向かってゆく。そして一人の人物の前で止まった。

 

 「颯太。君のヴォイドを使わせてもらうよ」

 「ーーえ…」

 

 カメラのヴォイドは持ち主である颯太が使うと缶切りを開ける程度の能力しか無いが、集が使うばレンズに収まる範囲が丸ごと抉れてしまう程の威力を発揮する。

 それに例えヴォイドによる攻撃でも、斬撃や銃撃などの物理的な攻撃や電撃などの攻撃もファングシャドウの無効化の対象に入ってしまう危険がある。

 だが颯太のヴォイドはそのヴォイド固有の能力だ。ファングシャドウに通用する可能性は十分にある。

 

 谷尋はある程度予想してたのか、何も言わない。

 集は颯太からヴォイドを抜き取ると、それをショルダーバックに入れ、背中からアラストルを抜き取る。生徒や人々の視線が集まる中、陣形の中を抜け先頭に立った。

 目の前にはそびえ立つ東京タワーと、その根元で集達をギラギラした眼で睨む無数の悪魔が見える。

 

 「トリッシュさん、レディさん、お願いします!」

 

 「ええ。任せなさい」

 「報酬は出世払いにしとくわね」

 

 「カウント!ーー10(テン)!」

 

 生徒達は全員緊張の面持ちで10のカウントが終わるまで、自分の武器を構えその時を待った。

 

 「……ーー7、ーー6、ーー」

 

 集は深く息を吸い込み止める、身体を深く沈め力を蓄えた。

 

 「ーー2、ーー1、ーー作戦開始!」

 

 「吹っ飛べ!!」

 「ーーヤアアァ!!」

 

 谷尋の叫びと同時にトリッシュとレディが雷撃とミサイルランチャーを同時に発射した。その後を追うように集も駆け出す。

 そして助走をつけ一気に蓄えていたバネを解放し、地面を蹴って上空に高く跳び上がった。

 ロケットランチャーの弾とトリッシュの雷はほぼ同時に着弾点に接触し、爆風と雷が混じり合った爆発を起こした。

 

 その爆発が真上にいた集をさらに上空へと押し上げる。

 集はスピードを落とさないように何度か鉄骨蹴って、上階の展望台まで向かう。ファングシャドウの核があるのもおそらくその辺りだろう。

 

 ファングシャドウの気配は動かない。下の戦闘音も集の存在にも気付いているはずだ。おそらく迎え撃つ気でいるのだろう。

 すでにダンテ達は戦い始めているだろう、一秒だって無駄には出来ない。

 

 突然ものすごい勢いの突風が吹いた。

 強力な突風に煽られスピードが鈍りそうになり、もう一度鉄骨を蹴った。

 

 その時、風が吹き抜けた先から何かが飛んで来た。

 

 「ーーがっ!?」

 

 何も無い空間から突然現れた物体は集の腹部を貫き、その身体を東京タワーの中に押し込んだ。集は階段部分に落下し腹を貫通した(もり)のような物体は、階段と集の身体を縫い止めた。

 

 「ーーあ゛…くっ、何だよこれっ!」

 

 吐血しながら集は自分の腹に突き刺さった銛を引き抜こうと掴む。

 銛に触れた瞬間、集は目を見開いた。

 

 「これはアポカリプスの…結晶?」

 

 「ーーあれ、当たっちゃた?」

 

 結晶で作られた銛から視線を上げると、一人の人間が歩いて来るのが分かった。逆光でよく見えないがこの人物が結晶の銛を放ったのが口ぶりからも分かった。

 

 「ギリギリ外すつもりだったんだけどな〜〜。やっぱ慣れない事はするもんじゃないね」

 「ーーっ!!」

 

 太陽が厚い雲に覆われた時その人物の顔が見えた。

 

 「オレの事覚えてる?」

 「城戸…研二」

 

 かつて葬儀社の一員として一緒に戦った事もある構成員の一人。

 

 「おーよかったよかった覚えててくれて、印象薄いと思ってたからさぁ名前覚えられてるか心配だったんだよね」

 「なんでここに…」

 「()()が見えない?敵だよ敵、君を邪魔しに来たんだよ集くん」

 

 研二は自分の着る白い制服を引っ張り、ケタケタと笑う。

 見間違えるはずも無いその制服はアンチボディズの制服だ。

 

 「アンチ…ボディズ」

 「せいか〜い、っと」

 「ーーかぁ!?…あがっ」

 

 そのまま集の腹部を貫く銛を掴み、あっさり引く抜いた。

 痛みで悶える集をよそに研二は血払いをすると、石打ちで鉄骨をコツコツ叩きながら集の様子を楽しげに見守っている。

 

 「お前その武器はどうした…」

 「うん?」

 「その結晶の銛はなんだ!」

 「なんだも何も…ーーこういう事だよ」

 

 研二はケラケラ笑いながら上着を脱いで上半身を見せる。

 

 「っ!!」

 

 集は困惑と驚愕に同時に襲われ、目を見開いた。

 研二の左胸だけがキャンサーの結晶に覆われ、心臓がある位置に研二のヴォイドである重力銃の銃口部分だけが顔を覗かしていた。

 

 「“コレ”の力のせいかな?ある程度なら結晶の形を操る事も出来るみたいなんだよね」

 

 研二が手に持つ銛が二重螺旋と銀色の光を発して、薙刀のような形に変わった。ヴォイドが引き出されたのと同じ現象のようにしか見えない。

 異様な光景に集は言葉を失った。

 

 「驚いた?ーーでもまだまだ驚くのは早いよ」

 

 研二は心底楽しそうに笑いながら、腕を顔の前に交差する。

 それが合図かのように身体からドス黒いオーラが溢れ出る。それと共に焦げたように真っ黒な結晶が研二の身体を包み込んで行く。

 

 「城戸研二…お前」

 

 キャンサー発症者が砕け散って死亡する瞬間を連想させるような光景に集は吐き気を覚えると同時に、悪魔の気配を研二から強く感じ取った。完全に漆黒の結晶に身体が覆われ、次の瞬間砕け散った。

 そこには甲虫に似た人型の悪魔が立っていた。

 

 「ーーお前は…!」

 『どうだい?ヴォイドと悪魔のハイブリッドさ』

 

 研二は歪に開いた二重顎からギチギチと不快な音を立てて笑う。

 

 「自分が何をしたか分かってるのか!!」

 『さぁ、楽しもうか』

 

 悪魔の姿となった研二は肩を叩いていた槍を、真っ直ぐ集に向けて構えた。

 

 

 

 

 檻から逃げ出すための戦い、

 その波乱はまだ始まったばかりーー。

 

 

 

 




普通にファングシャドウと戦わせる予定だったんですけど、絵面が以前と同じで考えてる段階からあまり面白く感じなかったので今回こんな感じになりました。



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#48革命①〜exodus〜


ギルクラ 10周年!!
だけど今回はDMC回です。

※間を空けてしまい申し訳ございませんでした。決して創作活動をサボってた訳ではなく、10周年の非公式同人企画に参加したり、漫画賞に投稿するための漫画を現在進行形で制作中だったりと、仕事込みではなかなかssまで手が回りませんでした。

これから少しは余裕が出ると思うので、ペースはたいして縮められないと思いますが、懲りずに付き合って頂けると嬉しいです。



 

 

 「学生達が戦闘を開始しました」

 

 ボーンクリスマスツリーのエンドレイヴ指揮所でローワンは、衛星で捕捉していた生徒達の様子をモニターに映る茎道にそう報告した。

 

 『リークされた報告の通りか』

 

 茎道の言葉にローワンは、「はい」と短く答えた。

 モニターの向こうには茎道の後ろで嘘界が熱心に端末を見ている。

 

 東京タワーの襲撃ーー生徒の中からもたらされた情報だった。桜満集が昏睡状態に陥ったという情報が入ると同時に、嘘界は潜伏させていたゴースト部隊を全て引き上げさせた。理由を聞くとーー

 「ーー飽きたので」

 そう答えが返ってきた。しかし、引き上げさせた無人機の所在をローワンは知らなかった。嘘界に尋ねても誤魔化されてウヤムヤにされたまま今に至る。

 

 『大尉。彼らは変異したアポカリプスウィルスの感染者だ。壁の外に出すことだけは何があっても絶対に許してはならない。この国だけでなく、世界の危機となる。新たなアンチボディズ局長が臨場するまで、その場で待機だ』

 

 ローワンは思わず、「え」と聞き返してしまった。

 

 『言っていないのかね?嘘界長官』

 

 茎道は背後の嘘界を振り向いて言った。

 

 『失念しておりました。何しろ引き継ぎに忙しかったもので。とはいえ、ローワン大尉。突き詰めれば私が君の上司であることには変わりないので、よろしく』

 

 「はあ」

 

 茎道の肩越しにウインクをする嘘界に、ローワンはそう返すしかなかった。長官ーーこれまで茎道が兼任していたGHQ長官の地位に嘘界がついたのだ。

 どちらにせよそれはローワンが気にする事ではない。誰が上に居ようと軍人は命令に従うだけだ。変異したウィルスを世に放つことだけは決して許してはならない。種の存続のためにも僅かな犠牲は仕方ないと割り切るしかない。

 

 『大尉。作戦開始だ』

 

 「は!」

 

 ローワンは踵を揃えてモニターに向けて敬礼し、映像が消えるまで姿勢を保った。

 

 「新たな局長って?」

 

 「おかえり、ダリル少尉。検査の結果はそうだった?」

 

 「問題ないよ。変異ウィルスの感染もなかった」

 

 心なしかダリルの表情が柔らかく見えた。父親とその愛人の秘書を銃殺した直後と比べればまるで別人だ。任務だったとはいえ同年代の少年少女と接したおかげなのだとしたら彼らに感謝すべきかもしれない。

 

 「そうか、よかった」

 

 「……で?僕も出るんだろ?」

 

 ダリルはドリンクを飲み干すと、エンドレイヴのコックピットであるコクーンを見ながらそう言った。

 その顔は引き締まった兵士の顔になっていた。

 

 

 ーーーーーーー

 

 「……これで、真の王が降臨する条件は整った」

 

 喜びを隠し切れない茎道の声を、春夏は身が引き裂かれるような思いで聞いていた。これから起こることを考えると気が狂いそうになる。

 だが、これも集を救うためだ。

 

 「ええ…これで、あとは桜満集が集めた彼女の欠片と器を回収すれば全ての準備が整います」

 

 金髪の太い眉が特徴的な少年が現れる。ユウと茎道は呼んでいた。

 春夏が彼について知る事は少ない。ダァトと呼ばれる秘密結社の使者という事くらいだ。そして結社についても特異な科学技術で、世界に強い影響力があるという事以外謎だった。

 

 「さぁ、貴方の願望、役目を果たしてください」

 

 ユウが真っ黒な石碑の陰に立つ青年にそう言葉をかけると、微笑んで腕を伸ばす。青年は何も答えず、かざされた腕にも無反応だった。

 するとユウの腕に銀色の二重螺旋が光を放ち、そのまま青年の胸を撫でるように触れた。そして彼の胸元もまた、銀色の光が現れ遺伝子が解放された。

 青年の胸に触れていた二重螺旋はそのまま彼に差し込まれ、ゆっくりとヴォイドが引き出された。

 彼も3本制作されたヴォイドゲノムの内、1本を使用し《王の力》を手に入れた人物なのかと春夏は一瞬思ったが、集が扱う力と比べるとどこか異質だった。

 集がヴォイドゲノムを扱う様子は記録映像でしか確認できていなかったが、それでも春夏は目の前でヴォイドを引き抜くユウに強烈な違和感を感じていた。

 

 引き出されたヴォイドは空中で静止する。黒光りする大型の銃だった。あれが彼の心なのだとしたら、ーーなんて深い闇なのだろう。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ダンテが孔に近付くにつれ辺りに漂う悪魔と鉄が焼ける臭いがさらに強くなっていく。

 相当な暴れ者がいるのだろう。

 車も建物もそして悪魔すらも関係無く丸焦げにされ、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのように出鱈目に破壊されていた。

 

 集達と別れてからほんの数分歩いて、ようやくダンテの視界に魔界の孔が入った。孔はビルとビルの谷間の空間にポッカリと口を空け、見上げるほど巨大だった。間違いなく今まで潰して来た物の中で最大級の物だろう。

 

 そして魔界の孔の前にこの惨状の犯人であろう悪魔が居た。

 紅蓮の炎を身に纏った巨大な悪魔だ。筋肉が膨れたように強靭な身体に太い四肢が伸び、絶え間無く火の粉が舞っている。

 

 悪魔は孔の前でその巨体を瓦礫の山に腰を下ろしているが、門番というより待ち惚けているように見える。

 燃えるような目でダンテの姿を目にしても、身動きひとつしようとせず、じっとダンテに視線を向けるだけだ。

 

 「バカみたいに好き勝手暴れ回ってると思ったが……大人しいな人見知りか?」

 

 ダンテの言葉に悪魔はくぐもった低い悪魔特有のエコーがかかった声で応えた。

 

 『来たか』

 「ほう?俺を待ってたってのか」

 『待っていれば、いずれ来るだろうと思っていた。俺を狩るために力を持った者がな』

 

 言いながら悪魔は一歩また一歩と地を踏み鳴らしダンテと距離をつめる。余裕を崩さないダンテの様子を見て悪魔は目の前の敵が只者では無いと確信した。

 

 『魔帝が封印され、俺は戦うべき相手を一度見失った。いつかヤツを超える……それだけを胸に力を付けて来たものを』

 「そりゃあお気の毒に」

 『我が名は“バルログ“、名を名乗れ人間!!そして俺を愉しませろ!!』

 「ーーダンテだ。電話帳にメモしてもいいぜ?」

 

 バルログの身体を包む炎が一際大きくなり、拳が松明の様に燃え上がる。そしてダンテに向かって突進し、炎の拳を振り上げた。

 ダンテも数歩遅れてバルログに向かって跳躍する。

 ダンテのリベリオンとバルログの拳がぶつかり合い、凄まじい熱風と閃光が周囲へ広がった。

 

 『ぬう!?』

 

 リベリオンを受けたバルログの拳から腕にバックリ裂けるような傷が入り、燃える血液が火の粉になって噴き出した。

 バルログは咄嗟にその場から飛び退き、自分の腕を見つめる。

 

 「どうした、こんなもんか?まだ小手調べだぜ」

 

 『まさか、これほど早く魔界の悪魔どもより俺を滾らせる敵と巡り会おうとは…なんたる幸運か!!』

 

 「悪魔に褒められても嬉しかねぇよ」

 

 『これは手加減などしていられん』

 

 バルログは咆哮を上げると、大きく前方に身を屈める。同時にビリビリと大気が震え、火の粉と周囲の炎がバルログに向かって集まって行く。

 

 『フヌアァーー!!』

 

 雄叫びと共に縮めていた身体を大きく解き放つと、バルログはさらに巨大な炎を纏った。

 飛び散った炎は周囲の木々、車を巻き込み、廃墟となった建物の窓を溶かした。

 ダンテは熱気で引火したコートの裾を払うと、フンッと鼻を鳴らした。

 

 「最初から本気出せよ。俺も舐められたもんだ」

 

 周囲が火の海になってもダンテは平然としている。

 

 「悪いが炎は見飽きてるんだ。馬鹿のひとつ覚えみてぇに嬉しげに炎撒き散らす奴が、大抵どこ行っても一匹はいるんでね」

 

 手をうちわの様に顔をあおぎながら、ダンテは呑気に言う。

 

 『確かに、炎を操る者は多い。だが俺をそこらの連中と同じだとは思わない事だ』

 

 バルログは燃え盛る拳を固く握り眼前に掲げた。

 

 『この灼熱の拳を受けてみよ……!』

 

 ドンッと地面が丸ごとひっくり返るかのような衝撃が広がった時には、既にバルログはダンテの眼前で拳を振り上げていた。

 

 『死ねぃ!!』

 

 雄叫びを上げ、先程とは比べ物にならない猛スピードでダンテ目掛けて拳を振り下ろした。

 ダンテは金属も飴細工のように溶かす灼熱の拳が眼前に迫っても、眉ひとつ動かない。

 ダンテはおもむろにリベリオンを両手で強く握ると、刃先を天に掲げる。そのまま釘を金槌で打つかのように、リベリオンをバルログの拳に振り下ろした。

 拳とリベリオンが接触した瞬間、灼熱の拳は大きく狙いが外れて地中に深く突き刺さる。小規模の爆発と閃光が辺りに巻き起こる。

 

 『なにぃ!!』

 

 渾身の力を込めた攻撃を呆気なく防がれ、バルログは目を大きく見開いた。

 

 「悪いが暑苦しいのは苦手なんでね」

 

 溶けた鉄とコンクリートが混ざった土砂が巻き上がる中、そこから覗くダンテの眼はバルログに明確な死のイメージを刷り込ませた。

 だがバルログは死の恐怖では無く身体を震わす程の歓喜で感情が満たされた。

 

 『グゥアハハハハハ!!』

 

 バルログは豪快に笑いながら次々に拳を撃ち込んだ。凄まじい破壊力を秘めた拳が左から右からダンテに襲い掛かる。

 

 『俺の拳がただ灼熱を産み出すだけだと思うな!!この拳は撃ち出す度にその力を増す!!砕き、砕かれ、その度に俺は己の限界を超える!!』

 

 「ーーそうかい、なら試すか」

 

 軽い調子でダンテが返した直後、バルログの右手が大きく後方に弾け飛んだ。

 反撃を受けた。それは分かった。だがそこまでしか分からなかった。斬られたのか、叩き返されたのかすら分からない。殴打のラッシュからどう反撃に転じたのかも分からなかった。バルログの身体は大きく後方へ仰け反り、呆然と辛うじて原形を留める右腕を見つめた。

 

 『フン、ヌァっ!!』

 

 しかしそれも刹那の間のこと。バルログは右腕に魔力を集中させ、形が捻れて歪んだ指と腕の形を強引に戻した。それと同時に赤く燃える体液を流しながら、先程とは比にならない激しい炎が一瞬青白くバルログの右腕を包む。

 

 「ハッ、デタラメ言ってた訳じゃなさそうだな。面白え…ほんの少しだけ本気を出すか」

 

 ダンテの気配がより強大に膨れ上がった事をバルログは敏感に感知した。バルログが後ろに飛び退く。

 その瞬間、紅い雷のオーラがダンテを中心に爆発的に広がった。

 

 『ーーよもや悪魔との混血とはな』

 

 魔人化したダンテの姿を見てバルログは目を細める。

 

 『その上、その姿は魔剣士スパーダの面影がある…。そうか「魔帝」を討った人間とは貴様の事か!』

 

 『いい勘してるじゃねえか。だったら覚悟は出来てんだよな?』

 

 ダンテは魔人の姿で笑みを浮かべると、リベリオンの刃先をバルログに真っ直ぐ向けて構える。

 バルログは愚問だと言いたげに鼻で笑うと、自分の拳を火打ち石のように何度も打ち合い激しく火を纏った。

 その炎は全身へと拡がり、バルログの外殻すらもジリジリと焦がし始めその表面を塵に変えていった。

 

 『これが、俺が出せる炎の限界だ。ここまで来ればもう俺自身も炎を操り切れん!俺の命を賭けてお前を打ち砕いてくれよう!!』

 

 『御託はいい。さっさと来な…逃げやしねえよ』

 

 魔人の姿のダンテがエコーがかった声でそう告げると、バルログも口を閉ざし燃え上がる両拳をゆっくり構えた。

 刹那、バルログは地面に巨大な穴を作る程のパワーで蹴り付けると、ジェット機じみた凄まじいスピードでダンテに迫った。

 

 『ーーカアアアアアアアアアアァアァァ!!』

 『ーーイィッヤハアアアアアァァ!!』

 

 バルログの雄叫びとダンテの歓声に似た叫びが、お互いの剣と拳と共に衝突し合い、まるで突然そこに台風でも出来たかのように熱風と衝撃波が辺りをめちゃくちゃに破壊し尽くした。

 

 

 

 やがて嵐のような破壊の波は突然ピタリと止んだ。

 

 「……まだやるかい?そんな有り様じゃロクな事も出来ねえだろうが」

 

 砂塵が舞う中ダンテは剥き出しになった地面を歩く。ところどころ溶けたアスファルトと地面が混ざり合い、奇妙な流体を形作っていた。

 その中心に両腕を失ったバルログが立っていた。身体の炎は消え彫像のように立つその身体は燻り煙を上げている。

 

 『ーーふっ、そうだな。残念だが今の俺では貴様に勝てまい。だが……ッ!』

 

 直後、再び炎が爆発的にバルログの全身を包み込み燃え上がった。

 

 『俺はまだ死ねん!俺はまだ戦いたいのだ!もっともっと多くの強者達と!だが殺されてしまえばそれが叶わん!』

 

 叫び己の身体を塵に変えながら、やがて灰と塵を巻き上げて巨大な炎の渦に姿を変えたバルログは、そのままダンテの身体を包み込んだ。

 

 『ダンテ!スパーダの息子よ!魔具となった俺を使え!そうすれば俺はまだ戦える!その戦いの中、俺はもっと強くなる!そしていずれお前と再び戦い屠ってやろう!』

 

 その言葉と共に、ダンテを覆っていた炎の渦は彼の手足に向かって小さくなっていく。炎が消えるとダンテの手足には見慣れぬ魔具が装着されていた。

 

 「やれやれ……返事くらい待てよ。自分勝手な野郎だ」

 

 ダンテは手足の魔具ーー“バルログ”を眺めながら溜め息混じりにそうぼやいた。しかし、目線を孔に移すと新しい玩具を手に入れた子供と同じ心境でニッと笑みを浮かべた。

 ダンテはその場で軽いステップを踏むと、深く身体を沈め拳を構えた。

 

 「まっ、お言葉に甘えて。試運転と行くか」

 

 直後、ダンテは空中に飛び上がり目にも止まらぬ速さで拳を次々に打ち出した。炎を纏った拳は巨大な孔を形成する肉塊に小規模な爆発を起こし穴ぼこにしていく。

 

 『カアアアァァァ!』

 

 突如、孔から焦るように悪魔達が這い出し、着地したダンテに殺到する。

 ダンテはボクサーの様な構えをすると殺到する爪や鎌を紙一重で躱し、カウンターに腹と顔面に炎のパンチをお見舞いする。

 

 ダンテが脚に力を込めると同時に両脚が炎を纏い、今度は脚にバルログが装着された。

 

 「へぇ…」

 

 ダンテは両脚のバルログ眺めると、目の前の悪魔を足払いし中に浮かせた。

 

 「ハッ、乗って来たぜ!」

 

 そのまま身体を回転させて後続の悪魔も同じように空中に蹴り上げ、激しく炎を纏った鉄靴をブレイクダンスを踊るように回転し、落下する悪魔達を何度も空中に蹴り上げる。

 炎は激しさを増し空中の悪魔は薪のように燃え上がる。

 

 「ハッアアアァ!!」

 

 再びバルログを両腕に装着し熱く焼けた突風を纏うと、それを炎の竜巻に変えて撃ち出した。

 竜巻は燃える悪魔を巻き込んで孔に命中すると、激しい爆発を起こし孔を跡形も無く吹き飛ばした。

 

 『ふむ…さすが俺を打ち破っただけの事はーー』

 

 塵となった孔の残骸を服の裾から払っていたダンテは腕の籠手を睨み付けた。

 

 「おい、俺に使われたいならお喋りは無しだ」

 

 ペットにでも言い聞かせるような言い草で、ダンテは命令を忠実に守るか睨みをきかせている。

 

 「……よし」

 

 沈黙を保つバルログにダンテはそう言葉をかけると、東京タワーに目線を移した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ダンテや集達と別れてから十数分経った。歩みを進めていたネロはふと足を止めた。

 その周囲はいつからか降り始めた雪が周囲に積もっていた。

 今の季節なら雪くらい降ってもなんら不思議ではない。しかしこの雪そのものに微弱ながら魔力が込められている。

 

 ネロの顔にたちまち引き攣った表情が浮かぶ。

 この魔力には覚えがあった。まだダンテと出会って間もない頃、教皇を暗殺したダンテを追っていた時に氷を操る悪魔と遭遇した。

 カエルに似た悪魔だったが、その臭いがもう酷い物だった事だけは強烈に記憶に残っている。

 あそこまで酷い悪臭に出会ったのは後にも先にもあれが最後だった。

 

 またあのクソったれな臭いに付き合わなきゃいけないのか。

 

 「俺の方は()()()だな」

 

 ネロはいかにも気が進まないといった様子でため息を吐きながら、先へと歩みを進めて行った。

 

 



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#48革命②〜exodus〜

遅くなりました。
待っていた方、申し訳ございません。

仕事しながら色々手を出し過ぎたもんで、ssの執筆にシワ寄せが来てしまいました。




 

 会って早々につまみ出したい衝動にかられた。

 ただでさえ異形の右腕のせいでさらに街の人間たちから白い目で見られていると言うのに、幼いとも見られかねない少年が店先で土下座している光景を見られたら、どんな噂を流されるか分かったものでは無い。

 周りの人間がどう思おうが興味も無いが、それでキリエに嫌な想いをさせるような事は避けたい。

 ネロは初めて自分の店が人通りの少ない裏路地にある事に感謝した。

 

 「まあっ、彼の家族なの?」

 

 「なっーーおいキリエ!」

 

 ネロが何か言う前にキリエが少年の手を引いて、店の中に連れて行ってしまった。呼び止めようとしても、すでに二人は店の奥にあるリビングに向かった行った後だった。

 キリエは一度言い出したらテコでも動かない頑固な所がある。ネロは頭を掻きながら二人の後をついて行った。

 

 テーブルを挟んでキリエと少年が話をする様子を見ていて、ネロは正直拍子抜けだった。この歳でダンテと暮らし、悪魔退治の仕事も手伝っていると言うからどんなイカれたガキだと思ったが、彼は驚くほど普通の少年だった。普通すぎると言ってもいい

 が、それは別に不思議な話ではない。

 一般人から悪魔退治の道に足を踏み入れるのは珍しくないと聞く。それに魔剣教団を解体してから切り離す形で再結成された騎士団も、最近では元信者でも無かった一般市民も騎士団に加わるようになっている。

 ネロが違和感を感じたのは、彼の年齢だ。

 あまりにも若過ぎる。幼いと言ってもいい。

 

 見たところ10歳前後といった所だろうか。

 しかし、彼からはそんな幼さは感じない。大人びてるというより“枯れている”という印象だ。

 

 それだけ彼も相応に地獄を味わって来たかもしれない。正気を失わないだけ、たいしたものだ。ダンテが側に置くというのは、つまりはそういう事だろう。

 ネロはダンテの弟子だというこの少年に少なからず興味を抱いた。

 

 その最初の印象が間違いだった事に気付くのは、このすぐ後の事だった。

 

 

 

****************

 

 

 

 「ーー冗談だろ?」

 

 視線の先にある光景に、ネロは眉の皺をさらに深めて思わずそんな言葉が出た。眼前には不気味なほど静かに建ち並ぶビル群が広がる。

 そんな異様な光景の中でも、さらに浮く物体が公園をかねた広場中心辺りにあった。

 今まで見た中で最も巨大な“孔“だ。

 外縁なのか内側から溢れ出たのか、肉塊で形成された“孔”は湿った音を立てながら蠢いている。

 

 「……勘弁しろよ」

 

 しかしネロが顔を顰めたのはその手前の光景。そこには二体の大型悪魔が取っ組み合っていた。

 蛙に似た外見に、背中には氷山かと見まごうような氷塊に覆われ、頭部から人間の女性を模した擬似餌が下がっている。

 ネロの嫌な予想の通り、ダンテと出会った時にフォルトゥナ城で遭遇した大型悪魔だ。しかもどう見ても2体いる。漂う悪臭も輪にかけて酷くなっている気がしてならない。

 

『去ねや、ボゲがぁ!!』『ここを先に見つけたのはワシじゃ、ダボがぁ!!』

 

 二体は巨大な口で互いを罵りながら、気色の悪い光沢を放つ身体をぶつけ合っている。それぞれ擬似餌が青い方を「バエル」、擬似餌が赤い方を「ダゴン」という名の悪魔だ。二体に擬似餌の色が違う以外の外見上の差異は無い。

 どう仕掛けようかネロが思案していた時、どちらかが背中から射出した氷柱がネロの立つ通路目掛けて飛んで来た。

 ネロは高く跳躍し氷柱を避けると、氷柱は建物の階段や壁ごとネロのいた場所を瓦礫の山に変えた。

 広場に着地したネロが顔を上げると、二体の悪魔は先程まで喧嘩していた事を忘れたかのように仲良く並んで見下ろしていた。

 

 『なんじゃア、このチビは!』

 

 バエルが心底見下した目でネロを見下ろし、鼻息を荒くする。

 ネロはバエルが喋った拍子に飛んだ唾液を、コートの裾で払い舌打ちをした。

 

 「なんだもう喧嘩は終わりか?俺の事は気にしなくていいんだぜ」

 

 『ガハハハ。わざわざ自分から縄張りに飛び込んで来た馬鹿な獲物を、見逃すわけないじゃろうボケが!!』

 

 「先を急いでんだ。食うならさっさと来なカエル野郎」

 

 ダゴンの言葉を気怠げに返しながら、ネロは背中のレッドクイーンに手を伸ばし柄を握る。

 

 『『誰がカエルじゃボケぇ!!』』

 

 バエルとダゴンはネロの挑発に怒号を上げ、凍てつくような吐息を氷の塊と一緒に吐き出しネロを攻撃した。

 ネロはレッドクイーンを背中に背負ったままグリップを捻ると、剣は唸りを上げて推進剤を燃やし、ネロは力任せに周囲を薙ぎ払った。

 

 熱を伴う剣風と氷の息吹がぶつかり合い、水蒸気爆発を起こし辺りの雪を吹き飛ばす。

 

 『舐めた事ほざき散らすな、チビスケ!!丸呑みにしてくれる!!』

 

 「ーーさぁて、お片付けの時間だ」

 

 怒り狂うバエルとダゴンをネロは鼻で笑った。

 そんなネロの挑発めいた仕草に反応してか、バエルとダゴンはほぼ同時に高く跳ね上がり、ネロを押し潰そうと空中で大きく身体を広げて落下して来た。

 ネロは後方に大きく跳躍し、滞空しながら真上の建物に垂れ下がった氷柱を撃ち落とす。そして着地と同時にネロは落下して来た氷柱を手前のダゴンに蹴り付けた。

 

 『しゃらくさいわ!!』

 

 ダゴンは自分の顔面ど真ん中を狙って飛んで来た氷柱を、巨大な口で粉々に噛み砕いた。

 ネロは一瞬で距離を詰め、その鼻っ柱にバッターよろしくレッドクイーンを思い切り叩き込んだ。

 

 『ごばぁ!!?』

 

 これまたベースボールの球よろしく宙に舞うダゴンは、バエルを巻き込みながらビルの壁に大穴を作り止まった。

 

 『さっさとどかんかい、このアホんだら!!』

 

 ひっくり返ってジタバタ暴れるバエルとダゴン。もはやどちらがどちらを罵っているのか分からない。

 

 「ぎゃーぎゃーうるせえ奴らだ」

 

 気持ち悪い粘液を撒き散らしながら絡み合うカエルに、軽い嘔吐感を覚えながらネロはトドメを刺すべく、二体に歩み寄る。

 

 『どこまでも舐めよってカスが!!この技で死に晒せ!!』

 

 バエルの喉が風船のように膨らむ。口の隙間から冷気ではなく黒い煙のような物が漏れるのをネロは見逃さなかった。

 その煙で暗闇を作り出し、バエルはその中に隠れ潜もうとする。

 暗闇に逃れたバエルは暗闇から擬似餌を垂らし、その触角で攻撃しながらネロを丸呑みする隙を窺おうとしている。

 しかし、ネロにとっては一度経験した技。

 そんな事に付き合う義理も、ちまちまと触角を攻撃していられる時間も無い。

 

 「誰が逃すかよ!!」

 

 そう叫ぶと同時にネロの悪魔の右腕(デビルブリンガー)が強い光を放ち、オーラで形成された巨大な腕が伸び、ほぼ身体が隠れたバエルの触角を掴んだ。

 

 『離さんかい!!このクソガキゃ!!』

 

 綱引きのように闇から引き摺り出されたバエルは、喚きながらバタバタ暴れる。

 

 『隙ありじゃあ!!』

 

 背後に回ったダゴンが背中から無数の氷柱を弾丸のように発射した。

 しかしネロは表情ひとつ変えずに、腰のホルスターから銃を抜き自分に命中する氷柱だけを撃ち落とした。

 

 「目障りだ!!大人しくオネンネしてな!!」

 

 咆哮しネロは触角を掴んだままバエルを振り回す。オモチャのように振り回されたバエルはもがきながら、ネロに対して絶叫混じりの罵声を浴びせるがもはやネロの耳には届かない。

 

 「ぶっ潰れろ!!」

 

 バエルを振り回しながらネロは空中に飛び上がり、バエルの身体をダゴンに叩き付けた。

 バエルとダゴンの背中がぶつかり合い、互いの背中を覆う氷塊が巨大なガラス細工のように派手に砕け散った。

 

 『おのれ…いい気になるな。ガキ、ワシらの兄弟が…仇…』

 

 「知ってるよ。兄弟が来るんだろ?」

 

 最後まで言い切れず、背中の氷塊を失った二体は重なり合ったまま、グッタリと動かなくなった。死んだのか気を失ったのか、はっきりとは分からないが、とにかくこれで勝負はついた。

 

 「さて…。あいつらの兄弟が出て来る前に、早いとこコイツぶっ壊すか」

 

 ネロは両手をパンパンと払うと、“孔”を見上げた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 打ち合うたびに身体が重くなる。それが城戸研二のヴォイドである重力操作だけのせいではない事は集には分かっていた。

 自分が時間をかければ、それだけ悪魔の大群と戦闘する生徒達に死が近付く。その焦りが、集から余裕と精度と力強さを少しずつ奪っていた。

 

 『こんなもん?もうちょっと楽しめると思ったのに!』

 

 悪魔の姿に変わった研二は吐き捨てるように言いながら、上から叩き潰すように槍を振り下ろした。

 集がその場を飛び退くと、鉄骨や鉄板に槍のサイズとは不釣り合いなクレーターが作り上げられる。

 

 『いいかげん逃げられないって学びな!』

 

 研二は笑いながら集を追い、槍の刃先を突き出した。

 勢いも何もなく突き出された槍は、集には届かず空を切るはずだった。

 

 「っーー!!」

 

 しかし重力操作により集の身体はその刃先に吸い込まれる。第三者からの目では、集が自分から串刺しになろうと飛び込んだように見えるだろう。

 集は身体を捻って槍の刃先を避けるとそのまま後ろ手に槍を掴み、逆手に持ち替えたアラストルで研二を斬りつけた。研二はその剣を手の甲でガードする。そして僅かに勢いが鈍った瞬間、重力操作で集の身体を弾き飛ばした。

 

 「ぐっ!!」

 

 集は吹き飛ばされながら、体勢を立て直し着地する。

 研二は深く裂けた傷をしげしげ眺め、ダラダラ流れる血を舐め取った。

 

 『こんな姿になったのに、まだ赤い血が流れるんだ』

 

 研二はクククと喉を鳴らして笑いながら、見せびらかすかのように上に掲げる。傷口からこぼれる血の雫がフワフワと浮き上がる。

 

 「!!」

 

 それを見た集がハッと上を見上げた。

 真上に球状に歪む空間があった。重力の歪みが見せる光の屈折だ。

 集がそれの存在に気付いた瞬間、重力の球が弾け飛び雨のように降り注いだ。

 

 『ーーんなっ!?』

 

 しかし驚愕の声を漏らしたのは研二の方だった。

 突然、研二が足場にしていた鉄材がひっくり返ったのだ。大きくバランスを崩し状況の理解が追いつく前に、研二は頭上から大きく剣を振りかぶる集に気付いた。

 

 『ちっ!』

 

 重力操作も間に合わずも、研二は苦し紛れに槍を突き出した。しかし集は剣を振り下ろす事はなく、そのまま背面を見せると剣の刀身で槍を滑らせ、その勢いを利用し強烈な回し蹴りを研二に見舞った。

 

 『ぐぁっ!?』

 

 頭部に回し蹴りを受けた研二は、立っていた場所から一階分下の鉄骨に落下し、間髪入れずにアラストルから放たれた落雷が研二を襲う。

 太陽の光を奪うかのような強力な雷光は、一時世界の光源を支配した。

 

 『ーーぐっ、やってくれるね』

 

 オゾンの臭いが漂うなか、研二はおぼつかない足取りで立ち上がる。

 重力球を発生させ防御したがギリギリ間に合わず、咄嗟に左腕で頭部をかばい、そこにほぼ直撃してしまった。

 それも含めてとても無事とは言えないほどの負傷を全身に受けたが、悪魔の治癒能力を手に入れた研二には関係なかった。

 傷付いた体は瞬く間に再生し、すっかりダメージは回復してしまう。

 

 側には自分を振り落とすように外れた鉄材が落ちていた。研二の攻撃の影響でも、自然に外れた訳でもない。桜満集があの雷の剣の力で電磁力を操り鉄材を引き剥がしたのだ。

 上を見上げると、遥か遠くに上階を目指す桜満集の姿が見えた。

 

 『無視は傷付くーーなっ!!』

 

 研二の周りに強力な重力が取り巻き、研二の身体をロケットのように空中に飛ばした。

 

 

 研二の背後で魔力の奔流が止まるのが()()()。あの二人の仕事が終わったのを瞬時に悟った。『しっかりしろ』と背中を叩かれた気がした。

 

 「ありがとう」

 

 集は“カメラ”のヴォイドを構え、ファングシャドウの居る展望階に狙いを定めシャッターを引いた。僅かに金属音を含んだシャッター音が空気を振動させると同時に、展望台の床が円状にくり抜かれた。

 外した。手応えが無かった。

 その瞬間、鋭い敵意がこちらに向くのを集は感じ取った。

 

 『オオオオオオオオオォォォォォ!!』

 

 獣の怒りと殺意がこもった咆哮が響き渡ると同時に、展望階周辺の影が暴れ狂う。ファングシャドウが攻撃体勢に移ったのだと瞬時に感じ取った。

 

 ダメだ。

 いくら能力が強化された”カメラ“のヴォイドでも、今のままでは奴の結界を貫けない。谷尋の“ハサミ”にやったように魔具化させなければ、ファングシャドウには通用しないだろう。

 迷っている暇はない。集が魔力を込めようとした時、突然引っ張られるような感覚と共に身体が落下し始めた。

 

 『あははっ!!逃げられないって言ったよな!!集くん!!』

 

 研二は集を捕らえようと、さらに重力を強めた。

 

 「ーーくっ!?」

 

 ヴォイドエフェクトを足場にしようにも、そのエフェクトも研二の重力球に引き寄せられてしまう。自力での脱出は不可能だ。

 ほとんど抵抗出来ずにいる集に、研二は今度こそ槍でひと突きにしようと、刃先に光すら歪める強力な重力球を作り出す。

 

 『バイバイ。集くん?』

 

 重力球に捕われ、身動きが取れなくてなった集の姿を見て違和感に気付いた。あの雷の剣はどこに消えた?

 集はアラストルをどこにも持っていなかったのだ。

 

 研二がそれに気付いた瞬間、鈍い衝突音と共に集の身体が真横に吹っ飛んだ。

 

 「ーーごあっ」

 

 ぶつかった衝撃がよほどのものだったのか、集は顔を歪め血を吐き出した。

 いつ投げたのか、どこからともなく主の元に戻って来たアラストルが集の身体を重力球から弾き飛ばしたのだ。

 

 まさか逃げられるとは思っていなかった研二は、呆然と吹き飛んで行く集を目で追いーーー。

 罠に嵌められたと気付いてのは、槍が握っていた手首ごと粉々になった時だった。空から、いや展望階から影で形造られた銃弾が雨のように降り注ぐ。

 

 『アガァっーーゴぷッ!!?』

 

 腕を脚を腹を鈍い音を立てて、次々と弾丸が貫く。

 ただでさえ鉄筋コンクリートのビルを貫通する威力を持った弾丸が、重力球を集光レンズのごとく通過し、研二に殺到する。

 

 吐血し体の一部を欠損しながら、一階まで落下する研二を集は僅かな間目で追うと、すぐカメラに魔力を集中させた。

 変化はすぐに訪れた。

みるみるヴォイドはその輪郭を変え、より生物的な特徴を持つ外見へと変化した。

 

 言葉にするとすれば、単眼の蜻蛉(トンボ)と表現すべきだろう。

 翅脈がはしる透明な羽根には血のように赤い模様が入っている。その羽根が本物のように強く羽ばたき、赤い模様がさらに幾何学的な模様を浮かび上がらせる。

 その模様がそれこそカメラレンズのように回転し、展望階に標準を絞る。

 

 ファングシャドウの銃弾は集が意識する前に、アラストルが集の身体を勝手に動かし避けていく。

 集はただファングシャドウに集中し、黒い獣の気配が意識の中心に収まったのと同時にシャッターを力んだ指で思い切り引いた。

 瞬間、途方もない光量の柱がスコープから放たれた。

 閃光が収まるとぽっかり穴が空いたように空が見える。展望階付近から東京タワーの頂点までが跡形もなく消失した。

 

 その中で動く物がある事を集は見逃さなかった。

 

 不気味な色の光を放つ、2つの球体。

 ファングシャドウの心臓部。あれを2つ同時に破壊できれば、この戦いは終わる。

 集は鉄骨を蹴って核に向かって跳び上がった。

 すでに二つの核の周りを影が集まり始めている。

 早く!早く!ーー奴が新たに身体を作り直す前に!

 だが構築されたのは獣の身体ではなかった。

 

 ーールーカサイト。

 ファングシャドウが優先したのは回復でも、防御でも、逃走でもなく、相手を殺すための攻撃だった。

 以前見たものより小さく見えるが、この至近距離でまともに受ければ無事では済まない。

 砲身の光が徐々に眩く強まっていく。少し近付いただけで焼けるほど熱気を感じる。

 

 「おおおオオオオオオオ!!」

 

 集はアラストルの刃先に雷を集中させ、砲身に渾身の力を込めた突きを叩き込んだ。稲光と閃光に集の視界が覆われた直後、衝撃が集の身体全体に伝わる。

 確信的な手応えがあった。

 

 「ーー悪いけど僕らの勝ちだ」

 

 もっと気の利いたセリフのひとつでも言うべきかもしれないが、あいにくそんな物がすぐに浮かぶほどの余裕はない。

 

 顔を上げた集の目の前で二つの核が粉々に砕け散った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 残骸の山となった一階部分に着地した集は周囲を見渡す。研二の姿は無い。死んで悪魔として消滅したのか、運良く生き延び逃げたのか、どちらにせよ近くにはもういないだろう。

 周囲の確認が終わると、すっかり上階が消滅した東京タワーを見上げた。

 自分が産まれるよりもずっと前から東京のシンボルとして都市を見守ってたタワーを、まさか自分の手で破壊する事になるとは想像もしていなかった。

 

 思う事が無い訳ではない。

 なんとも言えない哀愁と感情が胸の中に満ちていく感覚がある。

 

 「……お疲れ様……」

 

 自然とそんな言葉がため息と一緒に口から漏れた。

 

 その時、難波と彼の取り巻きの生徒達が歩み寄ってくる事に気付き、そちらに向き直った。

 

 「会長。ご無事ですか?」

 

 「ああ。これで外に出られるはず。けど念のためダンテ達と合流してーー」

 

 「ご苦労様でした、会長さん。あなたの役目は終わりました」

 

 はっ?と集は言葉に詰まる。

 難波と取り巻きと、さらに彼らの背後にいる生徒達までもが、集にヴォイドと銃を向けていた。

 

 「難波!これはどういう事だ!!」

 

 生徒達に行く手を阻まれた谷尋は、集団の向こう側に叫んだ。

 

 「見ての通りですよ寒川親衛隊隊長。我々は桜満会長の…いや、そこにいる悪魔の正体をあばいたんですよ!」

 

 「え」

 

 難波はなおも間抜けな顔で固まる集に、呆れたとでも言いたげな顔で首を振った。

 

 「あなたは楪いのりを洗脳し悪魔の手先に変え、汚れ仕事を全て彼女になすり付けた。あなたならそれくらい出来るのでは?」

 

 「何を…」

 

 「まだシラを切るおつもりで?」

 

 難波が手で何か合図した瞬間、集が立っていた場所が突然爆発した。

 爆発の衝撃に吹き飛ばされる集に祭が悲鳴を上げる。爆発の規模は大きくなかったが、体力を消耗していた集にとっては十分大きなダメージになった。

 顔を上げた集はエンドレイヴに周りを取り囲まれている事に気付いた。

 

 「エンドレイヴ!?」

 

 「あんたを差し出せば、今度こそ本当に助けてもらえるって言うんでね」

 

 難波はニヤニヤ笑いながら言う。

 

 「それを信じたのか、この国のトップはもう君達の知ってる組織とは違うぞ!!」

 

 「俺たちにお前の嘘は通じない。見ろ。攻撃して来ない。もうネタは上がってるんだよ悪魔野郎。最初の取り引きはお前の自作自演だ。偽の音声を流して、GHQと取り引きしたように見せ掛けたんだ。お前はあたかもGHQが約束を破ったかのように俺たちに思い込ませた!あんなちっぽけな世界の王になるために!」

 

 「何ふざけた事言ってんの!頭沸いてんじゃない!?」

 

 ツグミの罵声もどこ吹く風とばかりに、難波は懐から小型モニターを取り出した。

 

 「ここに決定的な証拠があるんだよ。動かぬ証拠がな!」

 

 軽蔑の笑みを隠そうともせず、難波は集の目の前にその小型モニターを放り投げた。

 

 「ーーな…んだ、これは」

 

 そこに映っていたのは紛れもなく自分だった。しかし、その姿は自身が知る様相と大きくかけ離れたものだった。

 顔や手足は鱗で覆われ、体から溢れる赤いオーラが大蛇の姿を形作っている。ゲタゲタ下品に笑いながら歪な剣でネロと戦い、カメラに向かって襲いかかる映像ではっきり顔が見えた。

 

 あいつの眼だ。闇にさらに墨を流したような黒に亀裂に似た黄色の蛇眼。その眼だけでこの映像がフェイクでない事は確信出来た。

 

 「嘘だ…こんな…」

 

 鋭く伸びた爪で颯太に襲い掛かり、蛇の尾でいのりの腹をーー。

 その先は見られなかった。思わず目を逸らした集の耳に無慈悲にも肉を裂く生々しい音が響く。

 同じ映像がエンドレイヴから投射され、どよめきが方々で巻き起こり、それはやがて怒号に変わり始めた。

 

 「あんたは楪いのりを治療するふりをして、彼女を意のまま操る魔法かなにかを仕込んだんだろ!?」

 

 難波の言葉を皮切りに、ヴォイドと銃を手にした生徒達は恐ろしい形相で迫って来る。

 

 「よくも俺たちを騙したな!」

 「人の心を覗き見して!」

 「屑!」

 「死ね!お前なんか死ね!」

 「ふざけんな、この化け物!」

 「いのりさんを解放しろ!」

 

 一連の様子を見ていたいのりがたまらず車外へ飛び出した。

 

 「いのりん!」

 

 「いのりダメよ、堪えて!」

 

 集のもとへ駆け出そうとするいのりを、綾瀬とツグミが抑え込む。

 

 「シュウ、逃げて!逃げてぇ!」

 

 目に涙を浮かべて叫ぶいのりを見て、綾瀬は唇を噛んだ。これじゃあ何の為に、いのりが自らの身を犠牲にしようとしたのか分からないじゃないか。

 

 「もう…やめてよ!」

 

 暴徒と化した生徒は全員では無いにせよ、数の上では圧倒的だ。

 幸いトリッシュとレディがいのり達達の近くにいるのと、生徒会メンバーは全員強力なヴォイドを持っている為、迂闊に襲い掛かろうとはしない。だが、それもいつ切れてもおかしくない。

 言葉がナイフとなって集を抉る。

 

 「ーーなにが“君を守る”だよ」

 

 目からボロボロ溢れた涙が、土を握り締める手に落ちる。

 まるで笑えない喜劇だ。殺しかけた上に呑気に眠って、その上に彼女を悪役にしようとしただなんて、一番いのりを傷付けているのは桜満集自身じゃないか。

 本当に笑えない屑だ。

 

 

 

 「ーー哀れだな、集」

 

 一気に意識が現実に引き戻された。しかし夢でも見ているのではないかと思うほかなかった。

 絶対に聞こえるはずの無い。ありえない人物の声だったからだ。

 集は顔を上げ、声の主を探した。

 

 そこに彼は居た。

 倒壊した東京タワーの傍に、力強く独特な存在感を纏う男の姿。

 かつての友の姿に集は混乱した。

 

 「ーー涯…?」

 

 「久しぶりだな」

 

 涯は呆然とする集に無感情な表情で、しかし不敵に言った。

 

 

 




それと新人賞落ちたので、webで好きにオリジナル漫画連載します。
いずれTwitterで詳細を載せますん


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