Seelen wanderung~とある転生者~ (xurons)
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キャラ紹介

小説が進み次第更新してくので、偶には見てみて下さい


ども、作者のxuronsです。ここではウチの小説に登場するキャラ紹介をしてまいります。

 

キャラが登場する度にここに書かせて頂くので、新キャラが登場して‘‘どれどれ?’’という気になったら見てみて下さい。では、下記よりどうぞ。

 

 

 

★記述順

 

・名前

・性別

・年齢&誕生日

・一人称&二人称

・身長&体重(キャラによっては秘密)

・好物&嫌物

・特技

・備考

 

・キャラネーム

・取得スキル

・ステータス振り分け

・装備

・容姿

・備考

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

-奏魔 零–

 

 

性別:♂

 

年齢:16歳(2009年12月25日生O型)

 

一人称:俺(偶に私)

二人称:あんた(知らない人限定)、苗字呼び

 

身長:178cm

体重:52kg

血液型:AB

 

好物:二次元関係全般(オタクではないby本人談)、演歌以外の音楽全般(特にロック)、寝る事、ピザ、暗い場所、昼寝

 

嫌物:人間、綺麗事、瓜科の野菜、温度差が激しい場所、明るい場所、極端に味が偏った食べ物

 

特技:直ぐ寝れる事、記憶力

 

 

備考

 

本作の主人公にして、奏魔家の主。極度の人見知りに後ろ向きな思考の持ち主で、嘘でもお世辞が言えず、発言の5割が皮肉か悪口というネガティヴな少年…だったが、玲奈と出会い、少しづつではあるが変わりつつある。

人…もとい人間を嫌っており、初対面の人間とはまず話そうとしない(美弥、曰く『人見知りの究極系』)。1つ下に美弥という美人な妹がおり、家族である彼女には唯一、心を開いている様子。

また、外出をする際にはフードを季節関係無く常備しており、それ+細々しい体付きの所為か、時々女子に間違われるらしい(本人もその事は気にしているが、今更変えるのは今更との事)。因みにパーカーは黒と白の二着を着まわししている。だが、意外とコーディネートには気をつけている様で、それがモデル並みの容姿だという自覚は無い。

『彼女は二次元にいる』と称するレベルに二次元世界に心酔しており、リアルにはあまり関心が無い。だが根は真面目で優しい性格の持ち主で、玲奈の事は何かと気にかけていたが、とうとうSAOにて結ばれる。

黒髪で178の身長と何処にでも見かけそうな見た目だが、‘‘紅眼’’という呼ばれ方をされる事があり、実際に瞳が赤く(正確には白に近い明るめの赤)であるのも、とある事情で中学に通えていないのも、全ては過去に経験したとある悲劇が関係している。

また、16歳とは思えない程大人びている面があり、出会う人々からは『枯れている』と言われる程。

その正体はNARUTOに登場した架空の人物‘‘うちはサスケ’’の転生体であり、過去に犯した事態と彼の境遇から、薄々勘付いてはいたという。

20年以上前…転生する前、自身と妹を庇い亡くなった両親の仇を取るため、10人もの大人を一人で皆殺しにした過去を持つ。紅眼とは能力の副作用で血を写し出した様に真っ赤な眼から忌み嫌われる証となったあだ名で、それがキッカケで抑えきれない殺意と冷酷さを持つ様になる。

 

 

イメージcv:杉山 紀彰

 

 

 

SAOver.

 

 

-レイ(Rei)-

 

 

・取得スキル

 

・片手剣

・索敵

・隠蔽

・体術

・写輪眼(ユニークスキル)

・戦闘治癒

 

ステ振り

 

筋力値:3

敏捷値:7

 

 

装備

 

・ノーマルソード→灰燼

・片手剣を両手に装備(利き手は右)

・灰色寄りのレザー系統を上下。

・防具は無し

 

 

備考

 

 

SAO世界における次々にアインクラッドを攻略する‘‘攻略組み’’の一人であり、目に見えない程高速の斬撃を放つ事から、‘‘影閃の剣士’’の異名を持つトップ剣士。

アッシュというサイズを調整出来る《リトル・ウルフ》という狼を相棒とするSAO初のビーストテイマーでもある。

だが自由気ままにソロで動く事から、同時に攻略組みからは軽蔑視されているが、本人は全く気にしていない。

普段は飄々とモットーとしら何を考えているか読み取らせないが、イザという時は面倒くさがりながらも実行または強制される場合が殆どという苦労人の面も持ち合わせる。

ユニークスキルという僅か10の数しかない激レアスキルの一つ《写輪眼》を持ち、これにより高速で動く物体を視認・常時視力補正の能力を手に入れ、驚異的なスピード戦闘を可能にしている。

また、同時に固有技として強力無比な黒炎を発生させる《天照》と、アイテム所持制限がある代わり無制限転移を可能にした《神威》の能力を持ち、特に後者は頻繁に使用している。

また、スキル使用時には六芒星の紋様になる。

ソロで何百を相手にするSAO最強プレイヤー格の一人であるが、本人にその自覚は無く努力家の面も持ち合わせる。

 

ALOver.

 

 

名前:サスケ

 

種族:インプ

 

容姿:うちはサスケのイメージ(16歳時点)

 

武器:蒼ノ太刀(片手剣)

 

 

 

 

 

-アッシュ(Ash)-

 

 

能力:巨大化、各部位の強化&肥大化

 

体長:1.5m(最小0.4〜最大5m)

体重:不明

 

 

備考

 

 

2層の隠しダンジョン:木陰の洞窟でクエストの報酬として手に入れた子供の狼。

レイが初のテイムに成功(というより産まれた瞬間、偶々俺が初見だっただけbyレイ)して以来、相棒として連れ添っている。

戦闘時は巨大化したり、レイ達を乗せて移動するなど中々に多彩。またコンピューターに制御されてあるとは思えない程人間味があり、言葉を理解する事も出来る高度な知能も持ち合わせている。

好物はジャーマンギッシュ(黒胡椒を振りかけたナゲットの様な肉)で、狼らしく冬が好き。

 

 

 

☆☆☆

 

 

–奏魔 美弥–

 

 

性別:♀

 

年齢:16歳(2010年3月14日生B型)

 

 

一人称:私

二人称:名前呼び、親しい者にはあなた、歳上には敬語

 

身長:162cm

体重:42kg

 

好物:お菓子(主にチョコ)、食パン(特にひたパン)、買い物、学校、小説(主にミステリー系)、お風呂

 

嫌物:度の過ぎた○○コン(嫌いというよりは苦手)、お化け、虫類全般(特に百足)、暗い場所

 

特技:運動全般を熟せる事

 

 

備考

 

 

零の妹にして、兄とは正反対のポジティブ思考の持ち主。今時の女子ならではというか年齢相応の常に高いテンションで、尚且つそれが全く似合わない程の洋風系美人でもある。

朝は毎朝パンという程のパン派で、自作も熟す程のパン好き。また一つの事にハマると中々抜け出せないタイプで、兄の零曰く『最早廃人の域』らしい(本人は違うと言い張るが)。

だが意外にも純愛以外は受け付けないというピュアな一面も持ち合わせており、シスコンやブラコンに対しては違う生物の様な態度を取る事も(兄とのアレやコレはノーカウントby本人談)。

零とは一年違いの生まれであり、瞳の色を除けばよく似た容姿をしている為か、時々双子と間違われるらしい(実際一年違いの兄妹)。

普段から兄を慕っているが、時々些細な事(基本的には零の素っ気無さ過ぎが原因)で喧嘩する事も。

SAO世界へ行く決意をした二人に続き、試験は受けてはいないが自分を信じ、SAOへ行く決意を決めた。

かつての兄の歩くこれからを憂い、表面上での付き合いしかしていなかったが、過去も今も兄は兄という結論をつけ、心から零を尊敬する様になった。

実はONE PIECEに登場する架空の人物‘‘ナミ’’の転生体であり、密かに観察眼と冷静さも持ち合わせる。

 

 

イメージcv:柏山 奈々美

 

 

SAOver.

 

 

-ミリア(Miria)-

 

 

・取得スキル

 

・細剣

・料理

・索敵

・隠蔽

・裁縫

 

 

・ステータス振り分け

 

筋力値:6

敏捷値:4

 

 

装備

 

・レイピア→セティ・アサルタ

・レザー系統(白やオレンジ色が中心)

・スカート

・胸当て

 

 

備考

 

 

リアルでは零の妹であり、細剣使いでありながらパワーを主体とした‘‘剛麗剣’’の異名を持つ攻略組の一人。

普段はソロとして活動し、時々2層で兄を通し知り合ったシリカとパーティを組んでいる。

リアル同様に黒髪の洋風見た目ではあるのだが、細剣含めた細い見た目に反し、筋力値にものを言わせた豪快な剣裁きをする為、よく兄レイはらは‘‘バーサーカー’’と呼ばれている(言われて『バカ兄貴〜!』と叫びながら剣を追っ掛け回すのはお約束)。

また、見かけによらず落ち込み易い気質で、幼少期は泣き虫だった様子。

 

 

☆☆☆

 

 

-有宮 玲奈-

 

 

性別:♀

 

年齢:16歳(2009年6月12日生O型)

 

一人称:私

二人称:名前呼び、貴方

 

身長:170cm

体重:43kg

 

好物:コーヒー(無糖)、服選び、ショートケーキ、零君

 

嫌物:虫全般(甲虫と鍬形は平気)、お化け系全般

 

特技:他人を観察する事、明るく振る舞う事

 

 

備考

 

 

本作のヒロイン。

零とはアクタースクールの待ち合わせ場所にて出会った(彼に突っ込みながらだが)。

日本人とは思えない程の真っ白な長髪や170に迫るモデル体型の持ち主で、漫画で見かけそうなレベルの美少女。

明るくしっかりした性格で、零の事は君付けで呼ぶが、自身の情報に関しては何か謎めいた部分があり、まだ会った事の無かった人種の零には少なからず興味がある様子。

好物など個人情報は一切不明なミステリアスな面を持つが、それは単純に‘‘ミステリアスな女を演じているから’’。

シュルトの賭けに乗り、SAO世界へ行く決意をした零を追いかけ、初めてのゲームを体験する事となる。

普段は物腰が低く、誰にでも柔らかい態度を取るが、それは‘‘名家’’という重荷から来る演技であり、巣を見せる人物限られている。

零の事は出会った当初に一目惚れし、密かにアタックを続け…SAOにて結ばれた。

それからは本当の意味で別け隔て無く接しようと陰ながら努力している。

実はNARUTOに登場した架空の人物‘‘春野サクラ’’の転生体であり、密かに力量は並みの男を軽く上回るという。

 

 

イメージcv:日笠 陽子さん

 

 

SAOver.

 

 

 

-レイナ(Reina)-

 

 

取得スキル

 

・片手剣

・料理

・索敵

・短剣

・弓

・片手槍

 

 

ステータス振り分け

 

筋力値:5

敏捷値:5

 

 

装備

 

・ノーマルソード→シルヴァン→エトワール・クランテ(片手剣)・エスクダガー(短剣)・グラージュプール(弓)・セルディランス(片手槍)

・白と赤のレザーコート(Kob団服)

・胸当て

・ステンドヒール(白)

 

 

備考

 

 

攻略組みの一人であり、攻撃も防御もそつなく熟すことから‘‘白の遊撃手’’の異名を持つ。

レイの事はリアル同様君付けで呼んでいる。

SAOでは最強ギルドと名高いKob副団長の座に就いており、その日本人離れした白髪美麗な容姿からファンは多いらしい(あまり興味は無いby本人談)。

片手剣・短剣・弓・片手槍と四種の攻撃法を持つマルチプレイヤーであり、ステ振りもきっかり半分づつ分けている。お陰か突出した攻撃力は無いが、臨機応変な対応が得意。

アスナとは同期であり親友で、芯が強い彼女を支える良い友好関係にあり、同職として腕を争うライバル関係でもある。

基本的には腰が低く穏やかな性格だが、お化けが絡むと人が所変わって言動が激しくなる。

 

 

 

☆☆☆

 

 

シュルト・クライム

 

 

性別:♂

 

年齢:不詳

 

一人称:僕

二人称:君、君付け

 

身長:198cm

体重:77kg

 

好物:人間の感情

 

嫌物:特に無し

 

特技:時空間転移

 

 

備考

 

 

全てが謎に包まれた存在。

零と玲奈が通うアクタースクールの学園長であり、二人を空に浮かぶ島で‘‘入学試験’’と称した監禁紛いの行為を行った人物。

飄々としており、外国人にも関わらず日本語もペラペラなバイリンガルの持ち主。それ故か、会話にはよく英語を用いた喋り方をする。

零達を‘‘第二の人生’’と称し、ソードアート・オンラインの世界へ送った張本人であり、その目論みは謎に包まれている。

 

 

イメージcv:宮野真守さん

 

 

 

 



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不可思議の始まり
プロローグ


ども、xuronsです。本作は、私事やりたい放題のオリジナル作品です。見たいという器の広い人のみ、本作をオススメします…


 

 

 

…朝。

 

その単語で、連想するものは人によって違うだろう。日差し。太陽。明るい。怠い。学校。これ以外にもまだまだ考えれば出てくる。

 

俺は少なくとも全てが該当している。退屈で、刺激の無い朝が、今日もまたやって来たと。

 

 

「……はぁ」

 

 

俺…奏間 零はこの2LDKのリビングにドンと置かれた木製のテーブルに腰掛けながら思う。年季の入った椅子がギシギシと鈍い音を立てているのも、何処か遠く聞こえる。そして、目の前のコイツの声も。

 

 

「ちょっとお兄ちゃん!聞いてるの?」

 

 

そうまるでお母さんの如く、放心気味の俺に甲斐甲斐しく声をかける目の前のコイツは、俺の1つ下の妹こと奏間 美弥。パッチリとした日本人特有の茶色の瞳に、スラッと伸びた鼻筋。腰近くまである枝毛の一切無い黒髪。ボンキュッボンの体型。所謂美人のカテゴリーにある我が妹は、見れば誰しも惹かれるであろう魅麗な見た目をしている。実際にファンもいる様だし。…が、何かと兄の俺を弟の如く叱咤するオカン的要素のあるちょっと残念な奴なのだ(言うと怒るが)。

 

 

「…悪い、何か大事な話か?」

 

「もう…やっぱり聞いて無いんじゃん。」

 

「ちょっと考え事してたんだよ。」

 

 

またそれ?と、すっかり呆れた様子で朝の朝食ことトーストされたパンを齧る美弥。好きな物に‘‘食パン’’と答えるだけあり、頬張る時の顔はだらしなく緩んでいる。…まぁジッと視線を送ったら直ぐハッとした表情になったが。

 

 

「で、何の話だ?」

 

「高校だよこ・う・こ・う。お兄ちゃん、今日から高校生でしょ?」

 

 

でしょ?とキラキラした視線を送られても困るんだが…まぁコイツの言う通り、今日から俺は‘‘横浜私立アクタースクール’’に通う事になっている。因みに‘‘なっている’’と遠回しなのは、この高校が‘‘通信制’の高校で入学式も先日行ったからだ。普通、通信制の高校は自宅学習が基本だ。だが、この高校は全日制同様に月〜金と通う珍しい学校なのだ。俺がここを受けたのも、通える範囲であり、何より私服オンリーだからだ。だが、

 

 

「大袈裟だな…ガキじゃないんだぞ。」

 

「えー?ワクワクするじゃん!」

 

「俺をお前の思考回路と一緒にするな。」

 

 

ちぇ〜っと頬を膨らませて不貞腐れる美弥だが、実際ワクワクの様な‘‘期待感情’’は無い。これっぽっちも?と聞かれたら微妙な所だが。てか美弥。お前今その顔見せたらファンが腰抜かすぞ(可愛さ的意味で)。

 

 

「そういや美弥。時間は?」

 

「え?……げっ⁉︎もうこんな時間⁉︎」

 

 

恐らく男子ファンが全力で引くであろうびっくり表情の美弥の視線の先には、午前8時をキッチリ指す機械式の時計。それを見て妹はバタバタと世話なく髪を結んだり、バックに詰め込んだりと、何処の漫画だと突っ込みたくなる光景が俺の前で繰り広げられる。

 

 

「遅れる〜⁉︎行ってきまーす!」

 

「おー…行ってらっしゃ〜い…」

 

 

やがて慌ただしく繰り出して行った美弥に、恐らく聞こえていないであろう声量の行ってらっしゃいを添えてやる。そんな喧騒が消えた家は、一人減っただけだというのに随分と寂しく感じる。

 

 

「…ご馳走様」

 

 

そう無感情に手を合わせ、使った食器を食洗機へ突っ込む。後は‘‘自動洗浄’’のスイッチを押し、リビング奥の自室へと向かい、スライド式のドアを開ける。人間を感知すると開くソレはスッと音も無く開くと、見慣れた俺の部屋が現れる。二段ベッド(の上のベッドだけ)や資料が散らかった机など、何ら変わりない自室。

 

 

「……」

 

 

漫画やゲーム機が散乱し、散らかった部屋。だがそれに俺は特に何かの感情は抱かず、黙々と出かける準備を行う。着慣れた黒パーカーをTシャツの上から袖を通し、下をスウェットから灰色のジーンズに履き替え、十字のネックレスと鉄で出来た特徴のブレスレットを付ける。

 

 

「…行くか。」

 

 

そして締めに黒のスポーツリュックに左肩だけ通し、部屋にの電源を消して部屋を出る。出入り口のスライドドアが閉まったのを横目で確認し、玄関へと向かう。右側に丁寧にズラッと並べられた靴の中で、気に入っている白のスニーカーに足を通す。

 

 

「…行って来ます。」

 

 

爪先を地面に突いて履き具合を整え、俺は誰もいない家に向けて数分前に美弥が放った言葉をボソリと呟く。もちろん返答は無い。そんな事は分かっている。だが、どうしても想像してしまう。…家族が居たら良いな、と。

 

 

「…はぁ」

 

 

そんな夢そのものな自分の考えに、直ぐ自分自身で辟易した。そんなもの、来るはずが無いのに。

 

 

(…行くか)

 

 

その言葉を自分自身に投げかけ、俺は永遠にも思える一歩を、外へ繋がる道へと、小さく踏み出した。後々に心臓に悪い体験をする事も知らず…

 

 



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出会い

 

 

「……」

 

 

ドウモ。奏魔 零ニアリマス。読者諸君よ、今、俺は最高に不機嫌だ。それは何故かって?

 

 

(…人が多いな…)

 

 

それは今まさに俺がいるのが、横浜市全体に張り巡らされた地下にある広域地下街…‘‘ダイヤモンド地下街’’の通路ど真ん中にいるからだ。そしてそれは無論、人が死ぬ程多い訳で…

 

 

『見て、‘‘紅眼’’よ。』

 

『気味が悪いな…』

 

『無視無視。』

 

 

…と、こんな具合に、俺の前後ろを行く人間共の声が耳鳴りの様に先程から響きっぱなしなのだ。因みに、勘違いしない為言っておくが、このクソ大人共は‘‘一言も喋ってはいない’’。全て奴らの心の声。それを何故俺が聞き取れるのか。クソ共の言う‘‘紅眼’’とは何か?それはまぁ…いずれ説明しよう。にしても…

 

 

(随分露骨だな…そんなストレス・罵倒は聞きたくねーっつーの。)

 

 

正直、俺は人間は嫌いだ。『嘘つきは悪者の始まり』とか言うが、それならこの世は嘘塗れじゃないか。

中でも見た目は良い子ぶり、やがて本性を晒す人間が俺は一番腐った奴と思う。そういう人種程、過ちに気づいて奈落に落ちる時は余りにも惨めで醜いから。

もちろん、全ての人間がそんな悪人紛いの人種で無いとは解っている。だが…

 

 

(結局皆…自分の保身が一番なんだよな。)

 

 

かく言う俺だってそうだ。まだ16年の生を生きていない俺が、他人にとやかく言う立場も権利も無い。そんなのは百も承知している。

けど…それでも尚、‘‘’人間を嫌う矛盾を抱えた俺’がいる。自分自身に降りかかった不幸も含めて…だ。

 

 

(…急ぐか)

 

 

だが、俺は先へ進む。進まねばならない。そうしなければ、ゴミの様に社会の波に揉み消されるだけだから。俺が存在した証さえ…跡形も無く消えてしまうから。

そうなるなら、早かれ遅かれ行動すべきだ。そして今、俺がやるべき事は…

 

 

「…学校、遅れちまう」

 

 

その誰にも聞こえない声量で落ちた囁きの意味を、誰も気にする者などおらず、直ぐに人々の喧騒の中へと消えて行った。掻き消える様に消えた俺自身の姿と共に…

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

…ここ、横浜市はとても大きな街だ。日本における最先端に通ずる箇所が幾つもある所為もあるだろうが、ここから程近い渋谷と秋葉原。この大都会と名高い二つの街名を、日本に住んでいて知らない者はいないだろう。恐らく100人中100人が『知ってる』と答える確率で。

まぁ兎に角何が言いたいかというと、そんな大都会に通ずる街であるここに建つ学校だ。それはそれは高層ビル並にバカでかい建物…と思っていた。うん、確かに想像した。

 

 

「それがこのザマかよ…」

 

 

だがしかし、その実態は恐らく人々の…少なくとも見れば『は〜っと』溜息を吐きたくなるレベルに呆れるであろう程に、超絶期待外れな建物だったのだ。

簡単に言えば、『一軒家』だ。何処にでもありそうな、煉瓦敷きの屋根が特徴的な一般的なソレ(表札と入り口が柵という事を除けば)。

因みに、今俺がいるのは車がバンバン走る表通りで、名前は…忘れたが兎に角何たら町の中心地。更に言えば、ここは辺りにこの家以外に家屋は見当たらず、四方を道路に囲まれた孤島的な立ち位置にある。

だから当然道行く人間も全くおらず、しかも家紛いのこたの建物にも入れず、今現在俺は完全ぼっち状態にあった。

 

 

(おい…登校初日にいきなりぼっちとか笑えない冗談だぞ…まぁ俺にしちゃラッキーだが…)

 

 

俺から言わせれば、登校初日に仮にも後々生徒となるであろう人間を放ったらかすのは、運営として色々な問題依然に一発でアウトだ。

もしくは、運営に何か起きたなら。それはそれで話が変わってくるが、それにしたって何か連絡の一本でも俺がジーンズ右側のポケットに右手諸共突っ込んでいる端末に来て良い筈なのだ(学校の情報諸々はメールに添付されていたので、彼方は既にこっちの住所を知っている筈だから)。

因みに今は午前9時15分で指定時間は9時ジャスト。まだ正体は掴めないが、学校側から指定されたこの場所に対し微か抱いていた期待をぽっくり折られ、それでも変に律儀に待ち始めてから、丁度45分を迎えようとしていた。

 

 

(…帰ろうかな)

 

 

面倒だし。と内心付け足す程、俺の我慢の虫がそろそろ限界を迎えかけていた…その時だった。

 

 

「きゃああ!よ、避けてぇぇぇぇ!!」

 

「は?ふがっ⁉︎」

 

 

謎の絶叫に一早く反応した耳から順に後ろを振り返ろうとした瞬間、凄まじい勢いですっ飛んで来た何かが俺の顔面に綺麗にクリーンヒット。

結果、体が反応に追いつかず、そのままドジャッという鈍い音を立て背中から地面に不時着した。無論、俺が下敷きになる形で。

 

 

「いてて…」

 

「あうぅ…ってハッ⁉︎だ、大丈夫ですか⁉︎」

 

「これが大丈夫なモンかよ…大体何で初日から他人にタックルされなきゃいけねーんだ…」

 

 

そこから文句の一つでも言ってやろうと思ったが、目の前の謎の絶叫の元凶が女子…しかも俺より歳上らしい為、その考えは取り消した。

幾ら初対面とはいえ、言って良い事の区別は俺とてつく。何より悪気は無い様子なのだし、女子にあまりつべこべと怒鳴るのも意味が薄い気がした。

 

 

「あの…本当にすみませんでした。」

 

「良いよ別に。悪気は無いんだろ?」

 

「は、はい。ですが…」

 

「なら良いよ。それより、理由を聞かせろ。」

 

 

出来るかぎり威圧しない様、これでも配慮したつもりだったが、どうやら長年人に対して嫌悪し続けて来た所為か、少なからず嫌悪気味に聞こえてしまったらしい。

だが、思っていたよりも今の失態を深刻に考えているらしい彼女は、その蒼い双眼に俺を写し、話し始めた。

 

何でも、彼女もアクタースクールの入学者であり、指定されていた9時に遅刻しかけていたのだそうだ。で、歩いて来た俺とは対照的に信号を無視しまくって走っていた結果、一台の軽トラックと衝突しかけたという。まぁそれは間一髪で避けたのだが、その避ける際の回避が思い切り上へ跳躍をしての回避であり、そして偶々その先に立っていた俺に突っ込んみ、現在に至る…との事。

 

 

「…はぁ。」

 

「あ、あの本当にすみません!弁償でも何でもしますから「別に、良い。」…え?」

 

 

上記の事に必死な形相で頭を下げる彼女。それは普段の俺なら全力で引くか非難する所…なのだが、俺も、どうやら少し頭が可笑しくなったらしく、

 

 

「弁償とか、そんなのは要らない。それより、あんた無事か?」

 

「え?は、はい無事…ですけど…」

 

「なら、それで良い。」

 

 

正直、自分が何を言っているのか理解するのに5秒は要した。だが、少なくとも俺は彼女を許している。言葉の通り、別にもう気にしなくて良いと。そう心から思っている。なら、下手に嘘を吐くよりかは正直に言うのを‘‘俺自身’’が思った…そう思えば良い。

それは彼女も––困惑しながらだが––理解した様で、難しい思案顔になっている。まぁ当然だろう。彼女自身、自身の失態は事情を知らなかったとはいえ、許される事ではない、と。

だから彼女の俺を見る視線が『困惑』から『疑問』に変わったのも、納得が出来る。

 

 

「あの…」

 

「ん?」

 

「名前…教えて貰って良いですか?」

 

 

そうおずおずと…言うなら様子を伺う様発せられた言葉。多分、彼女の中では『俺』という人格に謎がある所為だろう。だが、人に質問されたら答えない訳にもいくまい。

 

 

「…奏魔 零。」

 

「奏魔 零君…だね。私は有宮 玲奈。」

 

 

そう俺が相変わらず小さく発した言葉を彼女…玲奈は子供が本の文章を読み上げる時のな、そんなふんわりした微笑を浮かべながら言った。

そして今しがたこんな出来事があったが、間近で見ると玲奈は結構な美人だ。日本人…というよりかはロシア系の血が入っている様に思える端正な顔立ち。更に肌は雪の如く白く、身長178ある俺とそう大差無い。黒…というより灰色に違い長髪は肩甲骨辺りまでのストレートで、出てる所と引っ込んでる所がかなり理想的であるなどなど…俗に言うかなりのモデル体型だ。しかもそんな理想体型に上が白一色のコート、下が灰色のズボンのコーディネートがびっくりする位似合っている。上下とも黒系統の服で締めた俺とはエライ違いだ。

そんな風に彼女を観察していた折、

 

 

「宜しくね。零君」

 

 

女性にしても高めなその声音と共に、これまた真っ白な右手が俺の前にラフに繰り出された。それの意味する理由は…色々鈍いと自負する俺でも解る。

 

 

「…宜しく、有宮」

 

 

そうボソボソ…では無く少し張った声で返しつつ、彼女の手を握った。この寒々しい外気に晒されていなかったのか、その手はやけに暖かく感じた。長い間感じなかった、‘‘人の温度’’も…

 



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入学試験

 

 

 

「…はぁ」

 

 

俺の…奏魔 零の、もう何度目とも知れない溜息がまた一つ、遥か果てまで続く雲海の彼方へ消えた。

今、俺の眼前には見渡す限り、何処までも…何処までも延々と広がっている青々しい大空の世界がある。

それは今までは当たり前だが、下から見上げる以外に確認する術など無かった。当然だ。空というのは下から見上げる事で『空』と呼ぶのだから。

…それがどうだ。今現在、俺…否俺達の居る場所を信じられる者など、相当に限られているに違いない。そう断言してやれる自信がある。

それは、無言で突っ立っている俺同様隣に立つ玲奈の混乱振りから良く解る。

 

 

「…どうしよう…」

 

「……」

 

 

彼女の誰へ向けてのものでも無い疑問は、波の様に空を凪ぐ雲海へと僅かな反響を残し、呆気なく消えていった。

そんな状況処理が追いついていない玲奈に対し、

俺は妙に平然としていた。理由は自分でも解らない。

ただ…何故学校へ通う筈の自分達がこんな‘‘雲の上に浮かぶ島’’にいるのか。そんな超絶あり得ない今の状況の筈なのにも関わらず…だ。

 

 

(…可笑しいんだが…妙に納得出来るんだよな…)

 

 

そもそもだ。今こんな事態になったのは…やはり数刻前の出来事以外あり得ない。

そう考えれば、本来ならこんなあり得ない光景を見るハメになった俺達が、地上から遥か上空の…こんな雲の上にいるのも辻褄が合うのだ–––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それは…大体一時間前に遡る。

今日から通う事に高校…アクタースクールを目指し、あの期待ハズレな一軒家紛いの学校に到着し、そんな俺に突っ込んで来た玲奈と一悶着あった…そこまでは良かった。問題はその後。

 

 

「…ん?」

 

 

彼女から手を差し出され、名を明かすと共に成り行きで握手を交わしていたその時。頭上から突然カササッという何かが風に靡く音が聞こえた。

ふと上を見ると、二通の黒い封筒が舞い降りてくる所だった。それは結構吹いている風を無視する様にヒラリヒラリと降りてきて、俺達の手に収まった。

 

 

「…封筒?」

 

「…あ!きっと学校からの通知じゃないかな?」

 

 

そう明るく発言する彼女は、既にバリッと封を解いていた。その表情には疑いの欠片も無い。

無用心だな…と内心思ったが、この数時間で俺も結構期待を裏切られて来ているので、中身が気になるのは仕方ない。そう、致し方ないのだ。因みに差し出し人名は見当たらないのもそうだ。

 

 

「……」

 

 

だが一応万が一の事態には警戒しつつ、彼女に遅れる事数秒、俺も封を解いた。

バリッという紙が破けた音と共に開かれた封筒は、見る限り全てが真っ黒な手紙が一通、これもまた真っ黒な手紙が丁寧に折られて入っていた。

その内容は、以下の通りだ。

 

 

 

 

『入学者さんへ』

 

 

Ya!この手紙を読んでいる入学者諸君へ。

僕の名はシュルト・クライム。君らの学校アクタースクールの学園長をしている者さ。

いきなりだけど、君達には今から‘‘入学試験’’を受けて貰うよ。あ、拒否権は無いからね?

内容はこれから直ぐに解るから、ちょっち待ってネ☆

 

 

学園長シュルトより

 

 

 

 

 

と、随分丸字で綴られた軽妙な口調の文字が、フワフワしたデザインの…具体的には女性向けの枠に収められて欄列していた。

文字や口調を見る限り、どうやら随分と軽い性格…もしくは遊び好きなのだろう。それで学園長とか大丈夫なのか?

そう会った事も無い人物へ早々に心配したくなったが、問題は別の所。

 

 

「…入学試験?」

 

「試験かぁ…きっと大変なんだろうなぁ…」

 

「いやいや、まず可笑しいだろ。」

 

「へ?」

 

 

思いっきり?を浮かべてる玲奈だが、冷静に考えてみれば色々と可笑しい。

まず、入学試験などは一切聞いてない。それならそれで事前通知が来て良い筈だし、今の全く学校らしくない一軒家の前が集合場所なのも含め、奇怪な点が多すぎる。

それに、この手紙の送り主、学園長…シュルト・クライムという名も聞いた事が無い。

世間に疎いのは自覚している俺だが、少なくとも漫画やアニメにその様なキャラなどはいなかった筈(ぶっちゃけ殆ど関係無いが)。

 

 

「そもそもだ。試験がどうとかを、こんな手紙で伝えるか?」

 

「あ…い、言われてみれば…」

 

 

…よし、今日からこいつは‘‘Ms天然’’と勝手に呼んでやろう。と、そう悪ふざけを俺が悶々と膨らましているのはさて置き…

 

 

「どうソレをやれって話なんだが…」

 

「うん。やっぱり、手順とかがある…のかな?」

 

「解らない。だが…」

 

 

だが、少なくとも一つ解っている事がある。

これから俺達の身に降りかかるであろう事は、けして軽く済む様な事態じゃないと。そう俺の感覚が…否、魂が感じている。

『アニメや漫画の見過ぎだ』。そう今の俺を笑う奴もいるだろう。いや、絶対にいる。それは、俺自身が一番そう思いたいし、そう信じたいさ。

だが、現実はそう上手くはいかない事だらけっていうのがお決まりの世界だ。そして、こんな俺が好きな言葉も、そんな夢見がちな…果てしなく広がる‘‘空想’’と‘‘現実’’の区別をつけるものだ。

 

 

「『現在(いま)より始めよ。それが其方の糧となる』…か。」

 

「ん?何の言葉?」

 

「いや、何でもない。それより…ほら。」

 

 

そんな譫言を発する俺の様子を玲奈は不思議そうに見つめていたが、それには敢えて触れずに、人差し指をピンと立てて空を指差す。

ソレに案の定食いついた彼女の視線は、俺同様に上空へと向けられ…

 

 

「…え⁉︎」

 

 

返って来たのは短い悲鳴に似た驚きの声。

‘‘ソレ’’は、二次元に依存症ではない俺でも一度は見たことのあるモノ。大体10mはある薄緑を色巨大な円に、内に線で描かれた剣やらの不思議な模様。

ソレは所謂、‘‘魔法陣’’と呼ばれるモノ。それが今まさに俺達から数百m上空の位置に当然の如く展開されていたのだ。

 

 

「ま、魔法陣⁉︎」

 

「あぁ…」

 

「な、何で⁉︎あんなのアニメとかだけのものじゃ…」

 

 

それ以上は続かなかった。朝だというのに不気味に見える魔法陣が光り輝き始めたからだ。と、同時に。

 

 

「なっ…!」

 

「きゃっ…⁉︎」

 

 

俺達の体を魔法陣同様に薄緑色の光が包み込んだとおもうと、ヴゥンという機械音に似た音と共に辺りの景色がグニャリと歪んだ。

その事態に、俺はある事に気がついた。

 

 

(…っテレポートか!)

 

 

そうこの光が物や人を‘‘転移’’させるモノだと気がついた時には、俺と玲奈が消え去った後だった…

 

 

 

 

 

 

そして、話は冒頭に戻る。

 

 

「やっぱり可笑しいよ…何でいきなりあんな…」

 

「さぁ?」

 

 

彼女の気持ちは解らなくも無いが、正直な所は謎だらけだ。考えられるなら…あの黒手紙の送り主だろう(転移の際落としてしまったが)。

 

 

「はぁ…無責任だね君。」

 

「否定はしない。」

 

「……」

 

 

そして何故か美少女の彼女からジッと見られたが。この時俺は長年に渡り鍛えられた‘‘女耐性’’に始めて感謝した…気がする。どうでも良いが。

すると、ジッと見ていた彼女がスタスタと歩き始め、

 

 

「…じゃっ、行きましょ。」

 

「行くって…どこに?」

 

「さぁ?」

 

「……」

 

 

ニコッと効果音がしそうな笑顔を向けられ(悪戯の気が混じっているが)、再び無言になる俺。どうやら彼女、やられたらやり返す性質らしい。妹の美弥といい、女とは解らない生き物だ。

 

 

「冗談よ冗談。ね?」

 

「どうだか…」

 

 

まぁとにかく進まない事には情報も掴めない。そう珍しく前向きに捉え、先行く玲奈を追い、島の内部へと歩き始めたのだった。

 



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避難

 

「何かないかなー」

 

「……」

 

 

数分前、俺と玲奈の二人は入学試験と言い渡され、地上から遥か上空にあった名も知らぬ島に転移させられた。

緑が鬱蒼と生い茂る密林や透明度の高い川など、見渡す限りの大自然が広がる島に。

で、今は好奇心に駆られた玲奈を先頭に––本人は探索と言い張っているが––ひとまずは情報を集める為、現在は密林内を散策中だ。

 

 

「…おい、何処に向かってるんだ?」

 

「え?そんなの気ままにだけど?」

 

「…はぁ」

 

 

…まぁ、現状はフラフラと当てもなく密林を行ったり来たりしているだけな訳で。更に先頭を行く彼女には方向感覚というモノが無いらしく、悪質な事この上ない。しかも…

 

 

「…無闇に動くのは良くないんじゃないか?」

 

「えーでもそれじゃ‘‘入学試験’’の事が解らないじゃん。零は知りたくないの?」

 

「…はぁ」

 

 

先程から俺なりに注意を呼びかけているが、何処か不機嫌気味な態度で悉く突っぱねられている。

どうやら彼女、天然だけでなく頑固な面も持ち合わせているらしい。本当、女というのは解らない生き物だ。

 

 

(だからって…子供かよ?)

 

 

恐らく、彼女は彼女なりにこの状況を理解しようとしているのだ。それは解るが…そのストレス(?)の捌け口が俺というのはあまり良い気はしない。

正直に言えば説教でもしてやりたいが…生憎俺に他人を諭す‘‘坊主’’の様な力や知識は無い。寧ろ、他人であるコイツと今こうして一緒にいる事を褒めて欲しい位だ。

 

 

「零?どうかしたの?」

 

「…何でも。それより、何か解ったのか?」

 

「ん〜…特には無いかなぁ。」

 

「…はぁ」

 

 

因みに、俺達がこうして森を歩いてから既に2時間は経っていたりする。にも関わらず、未だに何の手がかりも見つからない。

それはこの天然無自覚女に先頭を行かせた俺にも非があるのだが…にしたってコレは酷い。だが、その吐こうとした悪態を吐く事は至らなかった。何故なら…

 

 

「っ…はぁ…はぁ…」

 

「…?」

 

 

当然、前を行く彼女から荒い息遣いが聞こえて来たからだ。それは何処か押し殺す様な感じで、よくは聞こえない。だが特に問題は無く、俺の前を歩いている…筈だった。

 

 

「…っ…あ…!」

 

「っ⁉︎」

 

 

彼女の体がふらっと揺らいだかと思った瞬間、か細く声を上げ無防備に後ろへ崩れた。と、同時に反射的に動いていた腕で倒れる彼女を受け止める。

着ていた服(コート)のせいか体型が分かりにくかったが、改めて抱いてみるとかなり細々しく、女性特有の儚さが感じられた。

そして、何故今倒れたのかも直ぐに理解がいった。

 

 

「…!お前…風邪?」

 

 

そう。激しく息の入れ替えを行う彼女の体は、常温よりかなり熱かったのだ。

平均が36.5だとするなら、彼女の体温は38度前後といった具合だろう。もちろん、それは風邪や熱以外には考えられない。

 

 

「はぁ…だい…じょうぶ…はぁ…」

 

「何が大丈夫だよ?痩せ我慢しやがって…」

 

 

だが彼女は心配させたくないのか、無理に笑顔を作りだきかている腕を押し返そうとする。が、やはり力が入らないのか、その力は酷く弱々しかった。どうも、彼女は他人を心配させるのが好きな人種のようで。

 

 

「っとにかく、どっか行くぞ。」

 

「…うん。」

 

 

そんな彼女に皮肉を吐きたい気持ちを抑え、俺は徐々に熱を増していく彼女を背負うと、先程通り過ぎた洞穴らしき場所を目指し、今来た道を引き返すのだった。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

…風邪を引くなんて、いつ振りだろう?

自慢ではないが、私は幼少期から風邪を引いた事は殆どない、真っさらな健康体だと自負していた。

…が、今は何故?と思いながら、高速で後ろへ流れて行く景色を見ている。特に意味も無く、ただぼうっとした視界に収めて。

けど…聞こえる。僅かにだけど…はぁっと短く切られた誰かの息遣いが。

高くソプラノ系統である私の声…所謂女性の声帯とは真逆。低く、ずっしりとした…それでいて何処か少年らしさが残る青少年の息遣いが。

それは、私がつい最近…本当についさっき出会った青少年のもの。

 

 

(…あいつが…やってくれてるの…?)

 

 

‘‘あいつ’’。それは僅か数時間前に出会ったばかりの青年。黒系統の暗い服装が特徴の、自分が誤って打つかってしまった青小年。確か名前は…

 

 

(…零…君?)

 

 

奏魔 零。

素っ気なく、何処か人を見下した感情を込めたその態度でそう名乗った彼は、私がまだ出会った事のない人種だった。

暗くボソボソと小声で話し、神経質そうに長袖の服に身を包んだ彼は。オタクかな?とその姿容姿から一瞬思った。だが、彼の何処と無く発するオーラはオタク特有の熱が入った感じとは違う。

感情の読めない態度、飄々とした雰囲気が、連想するオタクやマニアと該当しなかったから。

そんな今まで出会った男子の誰とも異なる異性。それが今、私を背負い何処かへ走る彼だったのだ。

 

 

(何処に…あっ…そっか。私…熱を我慢し切れなくて…)

 

 

ぶっちゃけ、彼が私を気遣ったのは驚いた。出会ってまだ僅か…言うなら他人の私を、彼が助けても何のメリットも無いし、何より『放っておけない』などの理由で動く何処ぞのイケメンな性格の人間には失礼ながら見えなかったから。

だから‘‘天然のフリ’’をしてまで熱を我慢していた。もちろん、痩せ我慢だと解ってはいた。けど、そうしてでも観察してみたかった。‘’奏魔 零’’という人間を。

理由は明確には説明がつかないし、私自身驚いているのだ。今まで、他人にこんな感情を向けた事などなかったのだから。

 

 

(変なの…バカみたい。)

 

 

自分で自分が解らない。

小説や漫画で、主にヒロインが使う台詞。それは、こんなにもふわふわした気持ちを指すのだろうか?そもそも、何故私はこんな疑問を…?

 

 

(……)

 

 

そんな終わらない考えのループが嫌になって、彼に気がつかれない様捕まる足に少し力を込めると、意識をゆっくりと暗転させた…

 



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観察

今回は玲奈視点です。短めです


 

 

…頭がぼんやりする。

そう何処と無く、そう思った。

具体的に言うなら、視界が所々に歪んでいてハッキリしない感じ。無論、それは私が体調を崩している所為である。

まぁそれはまだ良い。それよりも…

 

 

(何で私が零君と⁉︎)

 

 

今は口には出てないが、本来ならば思い切り?を浮かべて抗議の一つでもぶつけてやりたい場面。だって、男子に看病して貰って、からの洞穴で異性二人きりなんて…何処ぞの恋愛ものみたいなシチュエーションじゃない!

…なんて私の心の叫びはどこ吹く風、当の零君は危険が無いかずっと洞穴の外に警戒の眼差しを向けている。その姿は、何者にも厳しさを与える紅い瞳は、同世代––確信は無いが––のものとは思えない程乾いていた。強いて言えば、警察官などの公務員に近い強い意思が汲み取れる眼。

 

 

(本当、只の高校生…なのよね?どうも読めないわね…)

 

 

だが何を思考しているのか。それがどうも目の前の青年からは読めなかった。今までの私の男子の印象というと、ざっくり分けて二つある。

一つ目はとにもかくにも元気で、クラスの中心的存在のタイプ。これは間違い無く彼は該当はしていないだろう。話す時は小声だし、何より男子らしい気迫がこれっぽっちも感じられないからだ。

二つ目は大人しくて余り目立たないタイプ。彼はパッと見はこれだと思った。今までの僅かな間に少し会話交わした限りでも目立つのが好きなタイプでは無いだろう。寧ろ嫌いな節も感じられたし。

 

 

「(つまり…人見知り?)「おい。」ひゃっ⁉︎」

 

「もう少し寝てろ。倒れられたら困る。」

 

「あ、う、うん…」

 

 

因みにだが、現在私と零君がいるこの洞穴は、私達が島を探索している最中にチラッと見かけた自然のもので––私はあまりよく憶えてはいなかったが––大の男三人がすっぽり入れる中々に快適な空間だったりする。

そこに私が奥←零君が手前と言った具合に入り、今し方私に看病(というより彼の液状の薬を飲まされたのみだが)を施し終わると、前記にもある様にずっと彼の観察をしている…という現在に至る。

だが、頭が徐々にクールダウンしていくのを感じると同時に、ある疑問が浮かぶ。

 

 

(それにしても…何で監視なんかしてるのかしら?警戒を怠らないのは悪い事じゃないけど…)

 

 

動物はリスや小鳥などの小生物は生息していた。だが、少なくとも私達に危険が及ぶ様な生き物はいなかった筈だ。

それを彼にも伝えたが、『熱を隠す奴にとやかく言われる筋合いは無い』という何ともストレートな正論?により、今も彼は外へ睨みを効かせている、という訳だ。

 

 

(まぁ確かにその通りだし、ここは素直に観察に徹せば良いんだわ。)

 

 

それのどこが素直だ。そう目の前の青年は言いそうな気がするが、この際病人権限で何とかする事にした。実際まだ激しく動くのは無理な訳だし。…にしても、

 

 

(さっき水を汲んで来たけど、何に使うのかしら?)

 

 

そう。何を隠そう、私の視界右側にいる零君…の反対側には水筒が2本あり(私の元にも1本ある)、中にはかなり透明度の高い純水が入っている。それだけならば、単純に水分補給の為という意味だろう。が、問題は水筒だ。

やたらとメカチックなソレは、白を基調としたパッと見円形の細長い筒。その中には言ったように水が入っている訳だが、この水筒、何と彼のポケットから出てきたのだ。

…あ、誤解の無いの様に言えば、彼の履いているカーゴパーツのポケット。そこから3つ見かけは白一色の掌サイズのチップ。それを徐に取り出したかとおもうと、カチッという音と共に3つのチップがあっという間に水筒の形を成したのだ。

それは2026年9月20日現在、機器が進歩した日本でつい先日とあるメーカーが公表した‘‘自立型水筒’’だった。ニュースの報道でチラッと目にした程度なので記憶は薄いが、確か『持ち運びに革命を!』とかいうキャッチフレーズと共に販売され、売り上げは上がり坂を辿っていた筈。

まぁそれはさておき…

 

 

(見かけによらず、サバイバルとかする人なのかしら?)

 

 

だったら見当違いも良いところだ。

水筒に関しては初めて実物を見たから驚いた。が、それを扱う彼の動作が随分と手馴れていたから。予想だが、普段から持ち運びをしているのかもしれない。

 

 

(まぁ、それは個人の自由だしね。)

 

 

その個人の素性がイマイチ掴めないのだが(私も人の事は言えないけど)、少なくとも話していて解ったのは、悪どい思考の持ち主ではないという事。歳や素性はイマイチ読みにくいが、意外と近しい年齢だろう。忘れそうになるが、私も彼も‘‘高校生’’として学校へ入学しにきて出会ったのだから。

 

 

「(まっ、とにかく…)零君。」

 

「ん?」

 

「これから宜しくね?」

 

 

そう若干良い子を意識して言ってみたが、遅かれ早かれいずれ素で話す事になるだろう。だから、今は予行練習だ。

そんな私の思考を読んだかは判らないが、

 

 

「…そうだな。」

 

 

少しの間を置き、返って来たのは短く切られた四文字の返答だった。

その声は相変わらずそっけなかったが、少なからず仲を深められていると解り、年甲斐もなくクスっと笑ってしまい、そんな私に彼はムッとした視線を送ってきた。

 

 

「…なんだよ?」

 

「ふふっ、別に?」

 

「…変な奴」

 

 

それは君だよ。…と、言うと更にムッとするのは目に見えていたので言わないでおいた。何時しか視界は元のクリアなものへ回復し、心なしか体が軽いと気がついたのはもう少し後の事…



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合格

 

 

 

俺と有宮。この二人が、突然この名も無き雲海に雲海に浮かぶ島へ飛ばされてから、もうすぐ5時間の時を迎えようとしている。

過去のある時、俺が柄じゃないが一目惚れし、今ではすっかり愛用となった黒iPhone5の画面を覗けば、大きくPM:14:00を指すデジタル時計と、右上にポツンと表示された55%の文字がある。当然ながら電波は圏外だが。

 

 

「そろそろ昼過ぎか…」

 

「うん…お腹減ったね…」

 

 

有宮の言う通りだ。

俺はここへ来てから、まだ先程通販で購入した収縮型水筒に汲んだ川水を3時間前位にぐびっと一気に飲み込んだのみだが、有宮は熱––恐らく高低差により発熱した––の影響で水分を沢山飲む…事はせず、俺がやった液状の薬を飲んだきりで、特に飲み物への欲求はしていない。

まぁ、イザとなればパシリでもやってやろう。そういうのはあの無垢な悪魔(美弥)に死ぬ程こき使われてるから嫌でも慣れてるし。そんなある程度余裕のある考えが浮かび始めていた…その時。

 

 

「…ん?」

 

 

突然、洞穴入り口付近に小さな影が出来た。それはヒラヒラと不規則な動きと共に大きくなっていき…

 

 

「零君?どうかした?」

 

「これ…」

 

「!」

 

 

やがて落ちて来たのは、数時間前…謎の魔法陣で転移させられる前に拾った、あの黒い封筒だった。それを見た瞬間、有宮の表情が引きつった…のは気のせいだろうか?

 

 

「それって私達が拾ったのと同じ封筒…よね?」

 

「あぁ…多分な。差し出し人は…」

 

 

彼女の言葉に頷きつつ、俺は差し出し人名を探す。もしこれが同じ差し出し人の封筒なら、何処かにシュルトとかいう学園長の名がある筈だからだ。が、名前は見当たらない。

 

 

「…書いてないな。やっぱり中身を…「ま、待って!」ん?」

 

「もし今開けたら…またあの魔法陣みたいな変な事が起きるのよね?」

 

「……」

 

「なら…見ないのも策なんじゃないかな?罠かもしれないんだし…」

 

 

確かに一理ある。事実俺達は高校へ通いに来たにも関わらず、突然あの訳がわからない超常現象にまんまと巻き込まれ、こんな名も無き空島にいるのだから。

有宮の言う通り、この封筒が罠の可能性だって捨てきれないし、今は無視して脱出の策を練る方が良いかもしれない。実際に普段の俺なら、真っ先に安全な方を選んでいるだろう。…だが、

 

 

「…確かにな。罠の可能性はある。」

 

「…!じゃあ!「でもだ」っえ?」

 

「脱出の可能性だってある。それを…みすみす逃す事を、俺はしたくない。」

 

 

俺だって助かりたい。

こんな訳のわからない状況から、一刻も早く抜け出したい。それは間違いない。だが…だからって助けられるのを待つのもゴメンだ。アニメの様に、ピンチの時にはヒーローが助けに来る…なんて都合の良いシチュエーションはリアルには無いんだ。…だったら、いっそ死ぬ覚悟を決めて足掻いてやる。醜くて無様なのは百も承知。笑いたければ笑いやがれ。こんな臭い台詞に、俺自身も反吐がでそうだからな。

でも、だからこそ俺は…

 

 

「…待ってる奴に、チャンスもクソも無いんだ。少しでもチャンスがあるなら…俺はかけてみたい。」

 

「……」

 

 

今、俺はどんな表情をしているだろう?ドヤ顔?呆れ顏?真剣な顏?まぁどれでもいい…隣にいる有宮が無言になる位なんだから、よっぽどな顏なんだろう。全く…俺って人間は、つくづく酷い男だな。

 

 

「そんな訳だ。あんたは…「わからない…」…え?」

 

「どうしてよ!こんな訳のわからない事に、なんで…なんで私達が命をかけなくちゃいけないの⁉︎」

 

「……」

 

「私達は只高校に通うだけだった筈よ⁉︎それが、何で命をかける様な事を…貴方だってそうでしょ?」

 

 

俺は封筒と有宮、両方を見比べていた。彼女の言う事に全く非は無い。寧ろ被害者として当然の意見だ。俺達が命をかける筋合いも義理も全く無い、デメリット丸出しの事柄なんだからな。それは俺だって解る。でも…

 

 

「…じゃあ、あんたは脱出したくないんだな?」

 

「…!そ、それは違…「なら、ここでお別れだな」っ⁉︎」

 

 

だからって脱出を諦める事は、今の俺には出来ない。それに彼女が賛同出来ないならば、俺一人でやればいいだけの話だ。

俺は封筒を左手に持ち替え、水筒の一つを右手に持ち立ち上がると、そのまま外へ歩き始めた。

 

 

「じゃあな。その水筒はあんたにやるよ。」

 

「待って!何処に行くの⁉︎」

 

「封筒を開ける。万が一の事があっても、それなら別に良いだろ?」

 

 

それだけを言い残し、俺は出来る限り彼女から離れる為足を動かした。もう未練なんざ一切無い。例え死んでも、俺を悲しむ奴はいないから。そう悟っていた。悟った気でいた。…有宮に後ろから抱きつかれるまでは。

 

 

「待ってよ…」

 

「…離せ。」

 

「嫌!どうして…どうして解らないの⁉︎その封筒の所為で、もしかしたら零君は死んじゃうかもしれないんだよ⁉︎」

 

 

行かないで。そう、彼女は何度も口にしていた。他人に抱きつかれるなんて、美弥以外にされた事は無かった。だが、それ以上に…

 

 

「…何でだ?」

 

「…え?」

 

「何で…あんたは俺を心配する?俺達は今日会ったばかりの他人じゃないか。俺が勝手に野たれ死んでも、何の問題もない筈だろ?」

 

 

温かい…人の温もりを感じた。こんなのは、今は亡き母からも感じた事は無かった。…でも。だからこそ、こんな俺が触れてはいけないんだ。優しさを認めてしまったら…もう二度、優しさから離れられなくなってしまうから。

 

 

「…だから、あんたとはもう…「っバカ!」…っ!」

 

「問題無い訳無いでしょ⁉︎貴方とは…もう十分に関係を持ってるのよ!」

 

「…!」

 

「お願いだから…勝手に行かないでよ…」

 

 

…そう。人は窮地に追い詰められた時、何をするか想像も出来なくなる。きっと、彼女も過去に何かしら不遇な眼に会ったのかもしれない。…そうだ。だから…錯覚するな。この行動は、この手は、全部…錯覚なんだ。勘違いするな俺…!

そう自分自身に必死に言い聞かせ、俺はほぼ同じ目線の蒼の双眼を見据える。心無しか、瞳は潤っている様に見える双眼を。

 

 

「…はぁ、解ったよ。封筒は開けない。」

 

「っ本当⁉︎」

 

「…だからとりあえず離れてくれないか?」

 

「え?」

 

 

とりあえず誤解は解けた様だが…問題はもう一つある。

今、有宮は俺に後ろから抱きついている状態であり、それは俗に言う‘‘あすなろ抱き’’という事位は、そっち系にはかなり鈍い自信がある俺でも知っている。

しかも彼女とは身長がほぼ変わらない為、当然ながら今も有宮の柔らかい部分が体の節々に当たっている訳で…

 

 

「〜〜〜〜っ!///」

 

「…はぁ」

 

 

それの意味に漸く気づいたのか、シュバッと効果音がしそうな勢いで背中から離れた。恐らく頬を赤らめているだろうから、敢えて後ろは向かないでおいた。

…え?何でそんな冷静かって?そりゃああの‘‘自称ブラコンじゃない妹’’に事ある毎に抱きつかれてみろ。嫌でも耐性なんか付く。…けしてやましい事は何も無い。

 

 

「…まぁ、でも…ありがとな。」

 

「…え?何か言った?」

 

「…何でもない。」

 

まぁ、封筒の中身が見れないのは少し気になるが…約束してしまったのだ。そのそばから破るのは俺でもやる気は無い。元々、そんな度胸も無いしな。

ここは素直に心に従い、手紙は地面に捨てた。動物の餌にでもなればいいと思いながら。

 

 

「でも、これで脱出の探索はやり直しだね。」

 

「そうだな。ひとまず…」

 

 

食料の調達にでも行くか。そう紡ごうとした俺の言葉は、あっさりと打ち切られた。何故なら…

 

 

『Ya!お二人さん!』

 

「「っ⁉︎」」

 

 

突然、捨てたばかりの封筒から高い声と共に男のホログラムが展開されたからだ。しかも等身大で、背は178ある俺よりも20㎝は高い。服装は葬式とかに着るカッチリしたスーツで、後特徴といえば…妙に鋭く尖った耳くらいか。

 

 

『あら?反応が薄いなぁ…ま、いっか。』

 

「あ、貴方は誰?」

 

『僕かい?え〜一応伝えたじゃないか〜。ねぇ、奏魔君?』

 

 

男にしてはアルトに近い高めの声。その妙に耳に残る粘ついた声と戯けた様な口調は聞き覚えが無かったが、文字で予め知らされた俺は直ぐピンと来た。

 

 

「シュルト…だろ?学園長の。」

 

『That's right!そう、僕が君達の通うアクタースクール…通称アークの学園長、シュルト・クライムさ。』

 

「っ貴方が…!」

 

 

男…シュルトは依然戯けた口調を崩さず、また妙に滑らかな英語で即答した。表情は嫌にニヤニヤしており、それが一段と有宮の怒りを滾らせているのだろう。

 

 

「今すぐここから出して!貴方なんでしょ?私達を飛ばしたのは!」

 

『おや、随分と直情だね。』

 

「当たり前よ!」

 

『ま、気持ちは解るよ?それより、君達には‘‘結果’’を教えてあげないとね。』

 

 

だが、当のシュルトは有宮の怒りなど何処吹く風、と言った態度だ。その飄々とした態度からはイマイチ考えが読み取れないが、少なくとも悪人ではないようだ。狂人ならあり得そうだが。

 

 

『Congratulations!君らは合格だよ!そして、君らを正式に我がアクタースクールに招待しよう!』

 

「は?何を言って…」

 

『じゃ、後は後日伝えるから!SeeYou agein!』

 

 

そう有宮の言葉を遮り早口で言い終えると、ジジッという音と共にホログラムが消滅した。…最後まで訳の解らない奴だったな…そんな呆れを通り越した感心すら抱きつつ隣を見ると、彼女も何処か拍子抜けした表情だ。

 

 

「…はぁ…何なのよ…」

 

「さぁな。だが、奴は‘‘合格’’と言った。そろそろ…」

 

 

直後、俺達の足元に数時間前空に展開されたモノと同じ魔法陣が音も無く広がり、数秒後には俺達の姿は忽然と消えていた…

 

 

 



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変化と驚愕

次回からいよいよSAOの要素をガンガン混ぜていきたいと思います。


 

 

…結論から言おう。

 

あの後、俺達は魔法陣により元のあの一軒家の前に帰って来た。結局、空島にいたのはたった6時間ぽっちの事だったが、それはそれは後々にドッと疲れを感じ、ひとまず今日は自宅へ帰る事にした。そこまでは良い。問題は…

 

 

「…何で俺がこんな事…」

 

「スー…スー…」

 

 

…何故、俺が有宮を背負っているのか?それを細かく説明するのは面倒なので、ザッと簡略化すると、

 

 

前記の通り疲れがドッと出た

興奮した影響の体温上昇

それにより熱がまた再発した

当然俺しかいないから選択の余地無し

 

 

…で、現在に至る。

流石にあのままコイツを放っておく程、俺は悪趣味持ちじゃないからな。…だが、人が冬の中汗垂らして運んでやってんやってるのに、こうも爆睡するのはズルいだろ。俺だって今直ぐ寝たいのに…

 

 

「…んんぅ…ん…」

 

「ったく…一々世話のかかる奴だな。」

 

 

まぁ、愚痴言っても当人はこの通りな訳で。ここは黙って帰省するのを優先しなければ。そうしてゆっくりながらも街道を歩く事数十分。いつも通る地下街を通らずに歩いたせいか時間はかかったが、ひとまずは戻ってくる事が出来た。

 

 

「はぁ…おい。起きろ」

 

「んっ…ん…」

 

「…ダメか。」

 

 

一応念の為彼女を揺すってみるが、起きる様子は無い。しかも、心なしか背中から伝わる体温が上がって来ている気がしたので、ひとまずは家に上がる事にした。

多分、今はまだ学校に行ってていない美弥が後々騒ぎそうだが…そこは適当に誤魔化せば良いだろう。それに、病人を放っておく訳にもいかないからワザワザ家まで連れて来たんだしな。

 

 

「1・3・7・3…っと」

 

 

玄関のドアをパスワードを入れ解錠し、靴を器用に足を捻って脱ぎ、直ぐさま左手前にある自室へ向かう。この間、体感5秒。

そして自室のスライドドアを開けた瞬間、パッと自動で点いた照明と同時に足で漫画やらをひとまずベッド近くから押し退け、振動を与え無い様ゆっくりと有宮をベッドに寝かせ、額に湿布を貼る。

 

 

「ふぅ…さて風邪薬は…よし。じゃあ後は…」

 

 

起きた時用の飲み物。軽く腹を満たす用に余ってたクッキー。そしてカプセルの風邪薬と、ひとまずは一式を揃える。気温は冬手前で少々寒々しいが、熱が出てるコイツには冷ますのに丁度良いだろう。そのため薄めの毛布をかけるだけに留めた。

 

 

「さて、何をするかな…」

 

 

そうして看病?を一応終えると、リンゴーン…リンゴーン…と午後5時を知らせる鐘の音が聞こえ、そろそろ帰って来るであろう美弥の為に飯でも作る事にした。

が、突然ギシ…というベッドの軋む音が聞こえて咄嗟に振り返る。が、

 

 

「んん…ん…」

 

(…はぁ…心臓に悪い奴だ)

 

 

だが寝てる奴に言っても伝わりはしないのは解りきっていたので、はぁ…と今日何度目ともしれない溜息を吐き、当初の考え通り夕飯を作る為、照明の明るさを下げて部屋を後にしたのだった。

 

 

 

★★★

 

 

 

 

……ここは…どこ……?

 

 

私が意識を取り戻したのは…この眼が再び開かれたのは、本当に突然の事だった。見渡す限り暗いが見慣れない部屋と熱を発する体。ソレだけで今、自身がどうなっているのかの理解がいったのだから、普段よりかは頭が回っているのだろう。

 

 

(そっか…私、また熱が出て…)

 

 

数十分前…いや、数時間前までいた空島から戻って来た際、学園長ことシュルトに怒鳴った所為か、体温が運悪く上昇し意識を失ってしまった。そして気がつくとこの薄暗く見知らない部屋にいた…という所までは朧げだが覚えている。

 

 

(で、確か…零君に運んで貰った…のよね。)

 

 

そう改めて体を起こすと、オモチャ箱をひっくり返した如く凄まじく散らかった部屋が広がっていた。床を侵食するように漫画やゲームで溢れ、 部屋のあちこちに大小様々な長さのコンセントが繋がれていたり、更に薄暗い明かりが部屋の汚さをそんな見た感じそのままに言えば、まるで何処ぞの研究所の様な雰囲気が感じられる不気味な部屋。

当然ながらどれがどんな機械かゲームかなんてこと、その方面に無知な私には全く解る筈も無かったけど、少なくともこの部屋の持ち主が俗に言う‘‘オタク’’と呼ばれるものというのは解った。そして…ここが誰の部屋なのかも。

 

 

(じゃあ…ここは零君の部屋?)

 

 

そう考えれば、今までの事の辻褄が合う。今日は彼以外に人とは会っていないし、何より元々朝から風邪気味で動ける範囲が狭いのだから。

だが熱くなっていた体温は睡眠のおかげか幾らかなりを潜め、ふと額から冷たさを感じておでこ付近に触れれば、紙特有のザラザラした質感の湿布が貼られている。そんな休息&治療のおかげか、気を失う前よりは随分と視界がクリアに感じられる。

 

 

「…また、助けられちゃったな…」

 

 

つくづく、自分はダメな人間だ。

確かに日常ではあり得ない出来事ではあったが、それでも冷静さを欠いてしまっていた自分に酷く…強く後悔の念を覚えて。最初は単に興味本意だった観察が、気がつけば自分で自分を傷つける結果になってしまったし、何よりまた彼に迷惑をかけてしまった。出会った時の衝突も然り、今日は恩を仇で返す様な…普段なら協調性を重視する私らしくない。

そんな自己嫌悪感を…まるで闇の様に薄暗い部屋の中で廻り続ける輪廻の如く考えていると、

 

 

「あ!起きたんだね!」

 

「ひゃっ⁉︎」

 

 

突然後ろから光が射し込み、同時に声が聞こえた。それは彼の様なテノールの声量では無く、女性特有の高いソプラノ。そんなW現象に、当然ながらビクッとなってしまう私は果たして健常者なのだろうか?

そんな疑問を脳の片隅で考えつつ振り返ると、廊下からの逆光で顔は解らないが、声通り女性のシルエットがスライドドアから一歩内に踏み込んだ位置に立っていた。

 

 

「あっ…ご、ごめん!驚かせちゃった?」

 

「へ?あ…ちょ、ちょっと…ね。」

 

「そっか…ごめんね?お兄ちゃんが女の人連れて来たっていうからつい…」

 

 

本当はちょっと所では無い位…それこそハンマーで頭を叩かれた位の衝撃だったが、目の前の女性は早々に反省している様なので追求はしないでおいた。

 

 

「あの…貴方は…?」

 

「あ、ごめん紹介が遅れたね。私は奏魔 美弥!お兄ちゃんの…奏魔 零の妹だよ!」

 

 

妹をやたら協調して言った彼女だが、言われてみれば光に反射して煌めく瞳は彼同様に紅く、顔のパーツも僅かに彼より小さい事を除けば殆ど同じ顔をしている。だがそんな似ている云々よりもまず先に…

 

 

(零君…妹いたんだ…)

 

「? どうかした?」

 

「あ、うぅん!何でもない。」

 

 

彼に妹がいた事に驚いた。素っ気なくて不気味とも取れるオーラを出した彼は、The・一匹狼の印象を受けたから。だがそんなものは第一印象でしかない訳で、今、改めて‘‘人は見かけによらない’’という事態は本当に起きるんだと思った。

 

 

「まぁいっか。ソレより、熱は大丈夫?」

 

「うん。おかげ様でかなり下がったよ。」

 

「そっか、良かったぁ…」

 

 

そしてそんな見かけによらない彼の妹である彼女。そんな彼女の第一印象は‘‘喜怒哀楽が豊か’’という事。兄である零君は前記通りぶっきら棒で素っ気ない印象だったけど、どうやら彼女は恒例の漫画の様な展開宜しく正反対の友好的な性格らしい。現に今、初対面にも関わらず私の額や手をペタペタと触っているし。

 

 

「あ!そういえばお兄ちゃんに連れて来てって言われてたんだ!」

 

「え?「来て!」うえぇっ⁉︎」

 

 

が、急にバッと立ち上がったかと思えば、右手を捕まれ連行される私。突然の事態に頭が追いつかず、?を頭上に増殖しながら向かった先は…

 

 

「…やっとか。」

 

「ご…ごめん…」

 

 

ズズズ…と同い年には到底思えない程の不機嫌オーラを頬杖を付いて放つ零君の姿があった。私からは背中しか見えないが、心にグサッと来るドスの効いた声を聞いた瞬間、彼女には悪いけど眼が合う位置にいなくて良かったと思った。

 

 

「…まぁ良い。座ってくれるか。」

 

「あ、う、うん…」

 

「はい…」

 

 

だが以前挙動不振に変わりは無く、若干ビクビクしながらも彼の前に並んだ椅子に仲良く腰掛ける。その時私は彼の正面に座ったが、既に彼に怒りの感情は見当たらない。真剣さは増しているが。

 

 

「で…お兄ちゃん。話って何?」

 

「…その前に、コレを見てくれ。」

 

 

そして、そんな真剣さに触発されたらしい美弥ちゃんが話を振るが、零君は答えの代わりにあるものをテーブルに置いた。

それは一言で言えば3枚の黒紙。それだけならなんの変哲も無いが、一つ違うのは…3つの内1枚に奇怪な円形の剣を模した模様が書かれている事。その模様自体に見覚えは無かったが、同じ様なものを見ている私には覚えがあった。

 

 

「これは…アイツの?」

 

「あぁ。奴が…シュルトが俺達宛に送って来たものだ。」

 

「じゃあ…これは魔法陣って事?」

 

 

その言葉に彼は無言で頷き、魔法陣が描かれた紙に被されていたもう一枚を差し出す。それも同じく黒く染められ、魔法陣とは違い丁寧二つ折りにされている。

それを開くと、白の文字でこう書かれていた。

 

 

『時空越者(じかいえつしゃ)達へ』

 

 

Ya!また会ったね。学園長のシュルトだよ☆

いやはや数刻前は随分な事態だったみたいじゃないか。

若かりし男女のアレやコレは僕も好きだけど…って話が逸れちゃった、てへ☆

まぁ冗談はさておき…君達には重大な発表がある。

先程、君達を試した入学試験…アレは実は時間を超越出来る者…通称‘‘時越者’’を決める試験だったんだ。

時を超えるから時空越者。覚えやすいだろう?

で、知ってるだろうけど僕は君らを‘‘合格’’とした。それは君達が‘‘時を超える資質’’があり、精神力もあると判断したからこそ。まぁ一般市民の君らには少々ぶっ飛び過ぎた話かもだけどね。

更に言えばアクタースクール…通称アークは時空越者を見つけて指定の時間軸へ飛ばす組織なんだ。

そんな訳で、いきなりだけど君達にはとある時間軸へと飛んで貰う。…あ、言っておくけど、飛んだ時間軸にはそのまま残って貰うから。それに元々、今いる時間軸に君らは未練なんかこれっぽっちも無いんじゃないかい?

 

 

…と、書かれた所で2枚目は終わっている。

 

 

「な…何よ…それ…」

 

 

はっきり言って、無茶苦茶だ。時間を超えるとか、時間軸がどうとか、最早ファンタジー世界のワードばかりがさも当然の如く使われている。いや、もう‘‘あり得ない’’という現象そのものを無視されている。

隣に座る美弥ちゃんも、私とは同様に驚愕の表情を浮かべている。だが、目の前に座る彼は…零君は、そんな驚きを凌駕する程、不気味な程落ち着いていた。

 

 

「…時越者?時空を超える資質?そんなの、ファンタジー世界だけの話だと、俺も何度も思った。馬鹿げてるし、何より信じられるわけない…ってな。」

 

 

そう淡々と並べられた言葉は、只の言葉の欄列だけの筈なのに、妙な戦慄を感じさせた。まるで…全てを悟った様な渇いた響きと共に。

 

 

「そ、そうよ!この…シュルト?って奴は頭が可笑しいのよ!そうに決まってる!」

 

「…あぁ。確かに、頭がイカれてるのは間違いないな。」

 

「じゃあ!「だが、」…え?」

 

「俺と有宮は実際、そんなイカれた事を身をもって体験した。それは全て、奴が…シュルトが仕組んだ事なんだ。イカれてても、奴には明確な目的がある筈だ。」

 

 

そして改めて、目の前の青少年はとんでもなく精神力が強いという事を思い知らされた。こんなぶっ飛び過ぎた事柄に真正面から向き合い、更には相手の考えを想像する余裕がある程、彼は強いのだと。

 

 

「…続きを読んでくれるか。」

 

「あ…う、うん…」

 

 

もう、何がなんだか訳が解らないのが本音だったが、気がつけば彼の言う通り二つ折りされた3枚目を開き、文字を追っていた。

 

 

 

…君達は考えた事は無いかい?

この世界…自分という‘‘存在’’を構築する世界に対して、『何故?』『どうして?』と。

人は皆、生きている限り様々な困難に衝突する生き物と僕は思っている。そしてその中で、誰しもが大小様々の疑問符を抱くんだ。

それはある人によっては自らで成し遂げられるかもしれない。でも、またある人によってはどうしようもない事かもしれない…といった確執、または疑問の様にね。

この世界は…そんな疑問が溢れ、そして君達も様に、未来を諦めた人々が多く存在している。

何も悪さなどしていない。何も成功などしていない。その筈の自分が、媚びた理由を付けられては人々から嫌われる事を、君達は自らの身を持って知っている筈だ。

だからこそ、僕は君達の様な未来への渇望を失った者達を、もう一度だけ…第二の人生を送る手伝いをしている。

もちろん、それは君達の意志を尊重するし、YesかNoは君達が決めるべき最終事項であるのは当然の事。

だが…君達がもし、この時間軸に未来を感じないのなら…第二の人生を歩んでみたいなら…明日の午後12時、命をかけた最高にスリリングな世界へ飛ばす事を約束するよ。

 

 

シュルト・クライムより

 

 

 

…手紙はそこで終わっていた。正直、訳が解らないのが一番だが…それ以前に、内容に思う部分もあった事が自分で衝撃だった。

 

 

「…意味、解んないよ…」

 

「あぁ。寧ろ発狂しなかった分、まだマシだな。」

 

「そう…かな…」

 

 

最早抜け殻の様に呆然としてしまった美弥。それだけ、彼女には衝撃的だったのだろう。もちろん、私自身も驚きは隠しきれてなどいないが、それでも幾らか…このぶっ飛び過ぎた事柄に彼程ではないが順応してる…と思う。

 

 

「…明日、奴は12時に家に来るだろう。俺達の意志を仰ぎな。」

 

「うん…」

 

「俺は…奴にかけてみたいと思う。正直、俺はこの世が嫌いだし、一生好きにはなれないだろうからな。だから…俺は行く。」

 

「…!」

 

 

声が出なかった。…いや、出せなかった。『どうして⁉︎』と叫びたかったけれど、もう…何処かで認めてしまっていた事…それを自覚してしまったから。‘‘この世に未練が無い自分’’を。

そして…それだけ気がつかずに目の前の少年に影響を受けていたんだ。この…全てを見透す紅い瞳を持つ彼に。

 

 

「…この事は、お前らには馬鹿げてると思うかもしれない。だが…俺はもう一度、そんな馬鹿げた事に乗っかってみたいんだ」

 

「「……」」

 

「だから…俺は行く。…最も、行き先の検討はついてるがな。それに奴も言ってたが、今すぐ答え出す必要は無いし、強制はしない。…話はそれだけだ。」

 

 

それだけ言い残すと、手紙を再び二つ折りにして取り出した封筒にしまい、テーブルを立ち去って行った。

やがて必然的に静寂が訪れ、私と美弥の二人が残される。

ちらっと彼女を見るが、その顔は俯いていて表情は解らない。だが、少なくとも楽しさはこれっぽっちも無い。

 

 

「…美弥ちゃん。」

 

「…何で…何でお兄ちゃんは…」

 

「……」

 

 

恐らく、何故彼は…兄、奏魔 零はああも容易く事柄を受け入れたのか。それが彼女には解らないのだろう。

今までの時を共に過ごし、お互い理解し合っていた彼が、混乱する自分とは違い簡単に事実を受け入れた。

それはまだ彼と1日足らずの時間しか過ごしていない私にも当然解らない。…でも、一つだけ解る事がある。

 

 

「…多分、彼は自分を見つけたいんだと思う。」

 

「え…?自分を…見つける?」

 

「うん。…彼とはまだ会って全然だから、偉そうに聞こえるかもしれない。けど…彼って人柄位は解るの。」

 

「…飄々としてて馬鹿みたいなクセに天才な所とか?」

 

 

…サラッと彼を馬鹿にしてる様な気がするが、今は敢えて気にしない。

 

 

「うん。だから…私も行くよ。彼が気になるのは…まぁその通りだけど、何より私自身がこんな馬鹿げた事に納得しちゃってるから。」

 

「……」

 

 

今、理由を明確に聞かれても答えるのは難しいだろう。けど…あの手紙に、シュルトの言う事に少なからず共感してしまった私がいる。それだけは間違い無いし、何よりかにより自分を偽るのが嫌いな自分の性に素直に従ったとも言えてしまうから。そう偽ってしまう位なら、私は進む道を選ぶ。

 

 

「…そっか。強いんだね…」

 

「ううん…私は強くなんかないよ。只…貴方のお兄ちゃんに影響されてるのは間違いないね。」

 

「ふふっ…そうだね。っよし!決めた!私も行くよ!」

 

「え、ホントに⁉︎」

 

「うん!私も正直…納得しちゃってるし、何よりお兄ちゃんだけじゃ不安だからね。」

 

 

そうふふっと笑う彼女の表情は、何処か吹っ切れた様なものに様変わりしていた。人間、常識の範疇を一歩超えてしまえばこうも様変わりするのだと、そう何処か他人事のように思った。

 

 

「あ、後貴方の事何て呼んだら良い?」

 

「え?あぁ私ね。普通に玲奈で良いよ。」

 

「玲奈…玲奈ね!うん、覚えた!」

 

「ふふっ…宜しくね、美弥。」

 

「うん!宜しくね玲奈!」

 

 

こうして、私は衝撃の事項を知ると同時に、数少ないの友達をまた一人、増やす事が出来たのだった。

 

 

「…フッ。やはり君達は面白い…」

 

 

…その様子を、外からスーツを着た男性が微笑ましげに見つめていたとも知らず。

 

 



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ソードアート・オンライン
第二の人生へ


今回からSAO編です。…と言っても本格開始は次回からですが。まぁともかくご覧ください。
あとキャラ紹介にシュルトを追加し、文を加えておきました。


 

…朝が来た。

何の変哲も無く昇って日差しを受け、グッと伸びをし早々にベッドから降りる。これが俺の…この世界で迎える最期の朝となるのをヒシヒシと感じながら。

 

今…俺達の家にはとある男がいる。黒スーツに身を包み、血管が見えそうな位白い肌から尖った耳や額からツノを生やした超絶不思議な男が。だが、俺は奴の事を知っている。いや、知らない筈は無かった。

 

 

「おや、随分と遅いGood morningだね。」

 

「煩いな…」

 

 

奴の名はシュルト。昨日、俺と有宮を空島へ飛ばし、‘‘世界を諦める代わりに、新たな世界へ連れて行く’’…というぶっ飛んだ提案をして来た最高最強にぶっ飛んだ変人。

因みに初めて姿を見たのはホログラムでだったので細かい姿は解らなかったが、まずかなり背が高い。今はソファに腰掛けているが、それでも間違い無く日本人よりは高い身長であるあたり、恐らくヨーロッパ系の人間なのだろう。そうでなくとも蒼眼で淀みの無い英語を喋るのだから、外国人に間違いはない筈だ。

そして前記した通り耳が鋭く尖っており、額からは鬼の様な鋭く上を向いた二本角が黒髪から顔を覗かせている。

まぁ簡素に言えば、‘‘悪魔の様な姿をした長身の男’’というのが俺が奴に抱いた第一印象だ。歳は不詳感は否めないが、恐らく30〜40代だろう。

 

 

「あ、零君!おはよう!」

 

「お兄ちゃん遅いよ〜!」

 

「あぁ、悪いな。」

 

「フフ…」

 

 

そして、そんな奴からニヤニヤと笑みをぶつけられたが、面倒なのでスルーしてテーブルの椅子に腰掛ける。

その間にも有宮と美弥はそれぞれ朝飯のひたパンと焼きパンを頬張っており、俺もイチゴジャムが塗られたパンを手に取りサクッと齧る。

 

 

「いや〜しかし…君達には驚かされたよ。まさか知らされた翌日には意志が固まってるとはね。」

 

「そりゃお前に強制されたようなもんだからな。」

 

「フフ…それもそうだね。」

 

 

大袈裟な仕草。妙に粘ついて聞こえる言葉。その一つ一つが、コイツに‘‘普通’’という言葉は存在しない事を明確に表している。

この余裕綽々とした態度も然り、本当に人間なのだろうか?違うなら違うで納得は出来るが。

 

 

「まぁそれはいい…本当に俺達を飛ばすんだろうな?」

 

「もちろんだとも。僕は仮にも紳士なのでね、約束は守るよ」

 

「…その紳士に俺達は散々な目に遭わされたけどな。」

 

「フフ…そうだね。アレは少し強引だったよ」

 

 

そう全く反省の色無く返って来た言葉に、俺は内心で警戒心を強める。

今はこうして一緒にいるが、別に気を許した訳じゃない。奴が手紙で伝えてきた言葉を未だに馬鹿馬鹿しいと思う俺がいるし、何よりコイツから信じられる要素が感じられないから。

だが、シュルトはそんな俺の内心を読んだ様にクスクス笑い、

 

 

「フフッ、そう警戒しないでよ。僕は君らみたいな純粋な青少年・青少女には優しいんだよ?」

 

「…それは私達が決める事よ。貴方に言われる筋合いは無いわ。」

 

「おやおや…随分と嫌われたものだねぇ…」

 

相手を確実に逆撫でする態度で語るシュルト。俺と美弥は顔を顰めるに留まった––それでも美弥は結構イラっとした様子だが––が、有宮は明らかに嫌悪の色を示している。やはり、まだ昨日の出来事が心にあるのだろう。

しかし、同時にこのヘラヘラ野郎がそんな事を気にする筈も無い訳で。

 

 

「まぁ良いさ。君らが僕を嫌おうとも、別段興味は無いしね。それより…そろそろ本題に入ろうか。」

 

「…あぁ。」

 

「「…(コクッ)」」

 

 

そしてそんなヘラヘラ野郎による最悪で最強にふざけた話の幕が今、切って落とされた。奴はすっくと立ち上がると、何も無い空中に突如ウィンドウ(MMORPGゲームにおいてステータスなどを表記するアレ)を出現させた。

そこには広大な空に浮かぶ巨城が映し出され、その内部と思われる雄大な自然風景が写っている。

 

 

「君達がこれから飛んで貰う世界は…ソードアート・オンラインと呼ばれる巨大な浮遊城を舞台とした世界だ。」

 

「ソードアート・オンライン…?剣を使うゲームか何かか?」

 

「お、鋭いね。そう、このソードアート・オンライン…通称:SAOと呼ばれる世界は、千を超える数の武器一つで戦うRPGゲームだ。」

 

 

時は2022年。

人類は遂に…完全なる仮想空間を実現した。

ヘルメット型のゲーム機:ナーヴギアを被り、現実世界から意識を切り離して仮想空間へ旅立ち、己の五感を駆使して自分自身でアバターを動かして戦う…というゲーマーにとっては夢の様なゲーム。

そんなSAOは当然、RPG系に心酔したコアゲーマーはもちろん、好奇心で惹かれた者など、述べ1万人がナーヴギアとソフトを手にし、あっという間にソフトは完売した。

そして日付は10月31日。1万人の内特別当選者––βテスターと呼ぶ––1000人によるβテストを踏まえたSAOは、遂に正式サービス開始したという。

…だが、それは同時に、長い長い悪夢の始まりだった。ログインした1万人のプレイヤーの誰一人として、ログアウトが…現実世界に戻る事が出来ない。そして…

 

 

「…SAOを創り上げた制作ディレクターであり、GMでもある茅場 晶彦は宣言した。『プレイヤーによる自発ログアウトは不可能であり、もしもルールを破れば…ナーヴギアが君達の脳を焼き切って殺す』…ってね。」

 

「なっ…こ、殺す⁉︎」

 

「…そんな…たかがゲームでしょ?な、何でそんな事…」

 

「その辺は君達が身を持って知れば良いよ。SAOが…ソードアート・オンラインがどんな世界なのかをね。」

 

 

そう長々と恐ろしい全貌を語ったシュルトだが、その表情は依然不敵な笑みを崩さずにいた。その姿は人の命を何とも思わない殺人鬼にも、正反対に善良な仏の様にも見えた。だが、それは一瞬の内に真剣そのものの表情に変わる。

 

 

「…さて、もう一度だけ聞くよ。君達は…本当に‘‘第二の生’’を受けたいかい?」

 

 

第二の生。

それはもう一度、文字通り最初から新たな人生を初めるという意味。当然、それは生命を冒涜する行為だし、誰しもが一度は夢みるであろう‘‘来世’’への片道切符。

その選択肢が今、俺達の眼前にぶら下がっている。決して届く事は叶わない鼻先の人参などではなく、右か左か。その道どちらかを選び進むに等しく決まる。

その意を低い声で俺達に求めたシュルトも、これは決して遊びなどではない。そう理解している筈だ。

現在(いま)を捨て、未来(さき)を選ぶ覚悟があるかどうかの心の底からの選択を。

…本当に長く、永遠にも思える時を…ほんの僅かな数秒の沈黙の後、俺は…俺達は、はっきりと告げた。

 

 

「…あぁ。もう、この世界に未練は無い。」

 

「…私も、もう迷わない。SAOの世界に行く事をね。」

 

「ちょっと不安だけど…もう大丈夫。私もSAOに行く!」

 

 

全員が全員、はっきりとYesの意を示した。現世を捨て、次の来世に進む覚悟を…命をかけたデスゲームへの片道切符を握る事を、今。

対し、シュルトはその黄色の眼を閉じ…再び数秒前の不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「…OK。今から君達を、SAO…ソードアート・オンラインの世界へ飛ばすよ。あ、容姿・名前はそのまま引き継ぐけど、文句はあるかい?」

 

「いや、それが良い。」

 

「うん。来世とはいえ、一生に一度の名前だもん。」

 

 

奏魔 零。

今までは何も感じなかった…それこそ只の‘‘俺’’という人格を表す文字の欄列としか考えた事はなかったが、やはり俺自身、気に入っているんだなと嫌でも自覚する。

すると、美弥が あ!と突然叫び、

 

 

「住んでる場所は?まさかこの場所のままとか…?」

 

「いや、君達兄妹は埼玉県の南部…そこに住む、桐ヶ谷家という一家の隣に住む住人という設定だよ。名前はそのまま奏魔。有宮君は、奏魔家の向かいに住む有宮家の娘だ。」

 

「なるほどな。じゃあそろそろ…」

 

「あぁ。…あ、その前に、君達にはある‘‘キーワード’’を教えておこう。」

 

「「「キーワード…?」」」

 

 

そう疑問符を浮かべる俺達に、シュルトが教えたのは……言うならば、魔法の呪文の様であり、絶望への引き返せない一方通行の言葉。が、今は敢えて伏せておこう。

そしてシュルトは俺達から一歩後退すると、人差し指をぴんと立て、

 

 

「uno…dos…tres!」

 

 

ウノ・ドス・トレス。スペイン語で123を意味する言葉を、滑らかな奴の口が吐き出した瞬間、ザッ!というライトが点灯した時の様な音を立てながら足元に黒と白の魔法陣が出現した。まぁ今更慌てふためくような驚きは無いが。

 

 

「いよいよだな…!」

 

「うぅ…緊張してきたなぁ…!」

 

「大丈夫。頑張ろう、零君!美弥!」

 

「あぁ!」「うん!」

 

「それでは君達に、時の加護があらん事を…Au・revoir!」

 

 

また会いましょう。そう意味するフランス語を最後に…俺と有宮、美弥の姿は光となってこの世から永久に消滅した。

 

 

「フフ…楽しみにしているよ零君。君があの世界でどんな日々を過ごすのかをね…」

 

 

そして、誰もいなくなった家の中で一人…シュルトのクスクスとした笑い声だけが反響していた……



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リンク・スタート

今回からSAO編です。オリキャラ達のステータスや特徴は後々に載せます。
基本的には零の目線で話が進みます。
ペースは原作準拠ですが、オリ設定を加える事もありますのでご了承下さい。


 

 

新たな世界。

それは自分が経験した事の無い世界を指す言葉であり、まだ知らぬ渇望や興奮、その全てが詰まっているものだと俺は思う。

そして今。俺は…奏魔 零は新たなる人生を謳歌している。

 

 

「ふぁぁ…おはようお兄ちゃん…」

 

「おう。おはよう美弥」

 

 

埼玉県。それは日本の首都:東京を隣に構える地区であり、現在、俺達奏魔兄妹はその南部に位置する区域、川越市の中心に聳え立つ…レベルでは無いが、しっかりとした構築の2階建ての一軒家に在住している。

で、今の日付は2022年10月31日の午前8時。そよそよと吹く冬風がにぶるっと身を震わせる我が妹、美弥は13歳。

前世もよく使用したものに非常に似ている木製のテーブルの長椅子に腰掛ける俺、零は14歳となっている。

俺は12月25日とギリギリ年内に誕生日だが、一年遅れの美弥は当然大抵の中学校の同級生より一つ歳下である。

 

 

 

「うぅ…寒い…」

 

「そんな薄着だからだろ…ホレ。」

 

「ありがと…はぁ〜…あったかぁ〜い…」

 

 

シュルトが前世で言っていた様に、俺達兄妹と向かいに住む玲奈––今ではすっかりゲームに夢中––の容姿と名前はそっくりそのまま受け継がれていた。

但し、親は俺達三人両親共に事故で死亡しており、歳は両親を失った10年前(俺は4歳、美弥は2歳の時)からのスタートとなっていた。

更に、俺達を驚かせたのは‘‘記憶と知識も受け継がれていた’’という事実。これにより、俺は4歳ながらパソコンを弄り回せるだけの知識と技術があり、美弥は2歳にして言葉をはっきり話せるなど、十分に二人で暮らしていけるスキルが備わっていた。

もちろん、知識はあっても体が追いつかない事は多々あった為、近所の住民や隣に住む桐ヶ谷家に助けて貰い––大人び過ぎていると疑問を常に保たれていたが––やっと前世に近い年齢まで戻る事が出来た。

そんな訳で今、俺が手渡した毛布に包まり、ホワッと表情が緩みまくったまま床に丸くなっている美弥は近くの公立中学校に。

テーブルに腰掛け、白Ipadでネットニュースを流し見る俺は進学はせず、とある会社組織の一員…元いアルバイトで金を稼ぎ、小遣いと生活費に注ぐ日々を送っている。

そんな新生活も今年早10年を迎え、俺達兄妹は今や埼玉に限らず、全国に‘‘天才兄妹’’として知られていた。無論、俺達は自分が天才などと思った事はないし、威張る気もサラサラない。

だって、ゲームにして例えるならば…俺達は遊んだデータを新たに引き継いだに等しい存在であり(もちろん誰にも話した事は無いが)、‘‘ある部分を除けば’’極々普通の人間なのだから。

まぁそれの事はさて置き…

 

 

「美弥、‘‘βテスト’’はどうだった?」

 

「最っ高!もう超大満足!」

 

「そうか。でも服には気をつけろよ?今の服じゃ絶対風邪引くから。」

 

「う…は、はい…」

 

 

βテスト。それは正式発売・配信前のソフトに対して投票などでプレイヤーを集め、規定人数でゲームの不具合・不満・不適切などをプレイヤーに身を持ってテストしてもらう事の総称であり、所謂βテスターと呼ばれる人々。

主に大掛かりなゲームなどによく見られるやり方で、かなりの確率で大小様々なβテストのやり口がある。が、基本的にβテスターはプレイヤーに嫌われる。もしくは軽蔑され易い傾向にある。

事前に得た情報を持ち、自分が強くなる事しか考えていない奴が殆どだからだ。寧ろ、その逆を実行する奴を数える方が圧倒的に早いだろう。

 

 

「けど良いよねお兄ちゃんは…同世代にゲーム好きがいてさ。私なんかいつも変な眼で見られるのに…」

 

「そりゃ女として生を受けさせた神様に言わないとな。大体、ゲームをやりたいって言ったのはお前だろ?」

 

「それはそうだけど…む〜お兄ちゃんの意地悪。」

 

「褒め言葉として受け取っておくぞ」

 

 

美弥の言う通り、あらゆるゲームのプレイヤー比率は今も昔も男性が多くを占めており、男でありながら女キャラでプレイするのは最早当然の事というか…言う方が野暮というレベルだ。

そしてそれはつまり、正真正銘女性の美弥には肩身がかなり狭い状況でもある。実際、以前とあるMMORPGをプレイしていた時、パーティを組んでいた10人内、9人が女としてログインしていた男だった事もあるらしい。

それ以来、女である事を不憫に感じる様になった我が妹は、度々俺に嫉妬と苛立ちの混じったキツイ視線を向けてくる様になったりする。

 

 

「まぁ良いけどさ…それより、お兄ちゃん今日は1時まで何してる?」

 

「家にいる。美弥は?」

 

「私も。あと軽く筋トレもね」

 

 

午後1時。それが‘‘あのゲーム’’の正式稼動時間だ。

俺達が前世を捨ててまでこの来世を選んだ原点であり、今までの人生の集大成でもあるゲーム。名を…

 

 

「ソードアート・オンライン…か。」

 

「ん?何か言った?」

 

「…なんでもない。」

 

 

ソードアート・オンライン。

人類初の現実世界からの完全離脱…フルダイブを実現した世界初のゲームであり、VRMMO(大規模ネットワークオンライン)の代名詞とも呼べる超大作。

既にβテストは行われ、今日の正に午後1時からが正式サービスが開始される。

かく言う俺、美弥、玲奈の三人もβテストに見事当選を果たし、数刻前迄テスターとしてログインしていたりする。勿論、新品のナーヴギアとSAOのソフトは自室にある。

そして今の時刻は午前8時14…いや15分。正式サービスまではまだ時間があり、今はログイン不可の為、今の内に体を鍛えるなり準備をするなりしなければならない。

 

 

「よし、んじゃ俺は用意するから、13時に俺の部屋に来い。」

 

「アイアイサー!」

 

 

そうビシッと敬礼する美弥に言い残すと、俺は前世同様相棒の黒いiPhone5を片手に2階階段を登っていき、階段すぐ突き当たりにある自室のドアを開ける。

まず目の前に見えたのは巨大なウィンドウテレビ。壁に張り付かせて設置されたそれは、俺にとっては見慣れたもの。

他にはズラッと左奥の本棚に並べられた参考書。いまどき珍しい木製の机…の上に端末としてもパソコン代わりとしても扱うWindows8が置かれ、後は黒い毛布が端に寄せられたダブルサイズのベッド。それが俺の暮らす第二の自室であり、理想を欲しいままにしている空間だ。

自分でも驚く程髪の毛一つ落ちていないフローリングの床は、俺の部屋に置いてはテレビに次ぐ自慢の一つだ。

そして…

 

 

「また…宜しくな。」

 

 

ベッドの端。木の台座が付いたそこに、俺があの世界へ旅立つ為の分身…ナーヴギアが静かに置かれている。

それは俺自身の命を危険に晒す事になる血も涙も無い機械の筈なのに、何故か…そうは思えなかった。きっと、いや間違いなくこれから訪れるデスゲームの事態を、まともに受け入れられる人間は少ないだろう。

俺や美弥、玲奈だって、予めそのを知っているから冷静でいられるのだから。

 

 

「…また、会いに行くからな。」

 

 

そして多分、俺は待ち焦がれていたんだ。

この現実世界(リアル)に存在しない大切なものが、力が、仮想世界なら実現出来る。これを通じ繋がる事になる人間は、確実に増えていくだろう。

だが…それでも、もう構わない。人間は依然好かないが、反面良い部分も沢山知れたから。

 

 

「…ひとまず、寝るか…」

 

 

そんな驚きと懐かしさがあり…後に殺伐とするであろう死の世界。そんな世界に備え、俺はふっ…と現実から意識を手放した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん!起ーきーて!」

 

 

そして、次に意識を浮上させたのは、この喧しさが篭った美弥の声だった。

ん。と適当に相槌を打ちつつ、いつ間に隣に腰掛けていた美弥に眼をやると、既にナーヴギアにカセットを入れ、数刻前までの寝巻きではなく、シンプルなTシャツ長ズボンに身を包んだ正に準備万端!といった美弥の姿があった。

 

 

「悪い…ちょっと寝すぎた。今何時だ?」

 

「12:55分!もう…お兄ちゃんってばぐっすり寝ちゃってるんだもん。」

 

「悪かったな。つい情報収集に白熱して夜更かししちまって…」

 

 

因みにだが、俺はかなり健康的な体質らしく、普段はそれにものを言わせ、『アルバイトに出かける時』か『買い物する時』以外ではあまり外に出ないインドア派である。

もちろん適度に運動はしているし、趣味で近くのプールで水泳をしているお陰か、太った事は今まで無い。

更に言えば、俺のゲームにおける強さは基本的に水泳の恩赦が大きいのだが…今は言わないでおこう。

 

 

「よし…じゃあせーのでいくぞ?」

 

「うん。」

 

「せーの…ほっ!」

 

「よっ!」

 

 

俺の掛け声に合わせ、遂にナーヴギアを頭に装着する。

この瞬間、もうコレを外す事はゲームをクリアするまで叶わなくなった。外そうものなら速攻…ボンッと脳がチンされるからな。

勿論、念のため外そうと目論む人間への対策として、家は完全に戸締りをしてある。入りたければ、FAXで玄関のパスワードを教える位に、徹底した状態で。

そして…俺達はナーヴギアを刺激しないよう仰向けに寝転がり、13時の時を待つ。

 

 

「…いよいよ、だね。」

 

「あぁ…キャラはβのままだったな?」

 

「うん。玲奈も和人兄もね。」

 

 

ゲームをプレイする時、大抵βテスト時代に造ったキャラを使用出来る場合が多い。

今頃、玲奈も隣に住む桐ヶ谷家の長男であり、お互いにとって数少ない友人である和人も、俺達と同じ様にナーヴギアを被り、その時を待っている筈。

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。」

 

「なんだ?」

 

「向こうに着いたら…最初にフレンドになろうね。」

 

「…あぁ。」

 

 

その間にも、チッ…チッ…と時計は動き続け…とうとう12時59分55秒まで時は進んだ。

5秒前…4…3…2…1…!

 

 

「「リンク・スタート!!」」

 

 

俺のテノールと美弥のソプラノ。二つの声が今、仮想世界へ続く魔法の言葉を唱え、同時に長い長い…リアルへの別れを告げた–––。

 



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剣の世界

キャラ紹介に、オリキャラのSAO要素を乗せました。


 

sword art online

 

リアルから意識を離脱させた俺の視界にその英語が浮かび、電子の世界への‘‘俺’’というキャラが組み込まれていく。

パスワードとIDが同時入力され、残っていたβ時代のデータがシステムにより自動セレクトされる。

そして長い様で短い初期作業が終わった瞬間…

 

 

「…来たな。」

 

俺…レイの名を持つ1キャラクターが一人、空に浮かぶ巨大な浮遊城アインクラッドの最下層…広大な第一層の地に降り立った。

その眼前に広がっているのは、現実と全く違い無いと良い(違うといえばプレイヤーの頭上に緑のアイコンが見える程度)クリアな視界。地を踏みしめる感覚。握り拳を作る感覚。

その全てが、何ら現実と変わりない世界。そう、ここは‘‘もう一つの現実’’なんだ。自身の意志でアバターを動かし楽しむ…そんな世界。

そう改めて、この世界に魅了されていると…

 

 

「レーイっ!」

 

「ん?…なんだ美弥か。」

 

「何だとはなによ?ってか本名で呼ぶなー!」

 

「ハイハイ。」

 

 

そうフレンドリーに後ろから声をかけて来たのは、腰近くまで黒髪を靡かせ、俺同様に初期装備の美少女…もとい我が妹、美弥。

美弥…いや、此処ではミリアと名乗るコイツも、俺同様βテスト時代と変わらないアバターを使っているらしい。

まぁ最も、俺達はリアルと違う点を数える方が早い程に、The・ソックリさんレベルに現実と同じ容姿をしているのだが。

現に俺達二人は髪も顔も背も、その全てがポリゴンの合成の為少々補正でキチッとはしているが…お互いにとっては現実でも見慣れた姿だ。

そして唯一違うのは…リアルでは紅い眼が黒い事。

 

 

「じゃ、行こっ!まずは武器屋に!」

 

「お、おい!」

 

 

ま、アバターの話はさて置き、俺はミリアに引っ張られて武器屋へと向かう事に。

この世界…ソードアート・オンラインは、武器を用いて敵を倒して楽しむ…というMMORPG(大規模ネットワークオンライン)ゲームだ。

但し、一つ今までとは違う点がある。それは‘‘コントローラーでアバターを動かす’’のではなく、‘‘プレイヤー自身が五感を用いて自ら動かす’’という点だ。

それこそがフルダイブ(完全隔離)を実現したならではのやり方であり、正にナーヴギア様々だ。

で、話を戻すが…本作では前記の通り‘‘武器を使い戦う’’のを主とする。

それは言い方を変えれば‘‘自分の半身’’探しに等しく、防具はいわば服なので割とパッと決まるが、武器は種類も初期とはいえ馬鹿にならない。

その為恐らく全プレイヤー選ぶのに苦戦するであろう中…

 

 

「やっぱ…コイツだな。」

 

「あ、やっぱり?私もコレだね。」

 

「やっぱりか。」

 

 

シシシと笑い合う俺達の手には、俺は片手直剣。ミリアは細剣を、それぞれ二人共に同じ物を両手に装備している。

何故両手?かといえば、単純に技含めた攻撃の幅が広がるから。それに、いざという時に備えての意味あいは無くもないが、明確な理由らしいのなら…ある。

 

 

「ふっ!ほっ」

 

「はっ!やっ!」

 

「…やっぱり良いな。」

 

「うん!やっぱり手に馴染むというか…ね?」

 

「あぁ。」

 

 

そう。只単純に、この剣が…片手直剣と細剣というカテゴリーの武器が、お互いの手にとても良く馴染むからだ。

それはけして‘‘βテストを経験したから’’とか、そんなそれっぽい理由じゃない。多分、俺達の‘‘人間としての本能’’が納得したんだ。

だって、この世界の剣士達は全て、自分の手で戦い抜くのを最高の至極としているのだから。もちろん人によっては違うだろうが、少なくとも俺達兄妹はその部類だ。

現に今、軽く振り回したにも関わらず笑いが込み上げて来る程、まるでずっと昔から手にしていた様に使いやすいのだから。

因みに今お互いが買ったのは…

 

 

Rei

 

・ノーマルソード+3 ×2

・レザーコート(黒色)

・レザーズボン(灰色)

 

Miria

 

・レイピア+3 ×2

・レザーコート(白色)

・レザースカート(白)

・胸当て

 

 

…と、いった具合だ。

因みに欲を言えば黒と白の混じった服が欲しかったのだが…流石に欲張り過ぎと少ない所持金(この世界では 〜コルという単価)にオーバー警告をかけられ、断念した。

おかげ様で、俺達の当初3000あったコルはあっという間に0に限りなく近くなった。無論金欠…いや、コル欠である。

 

 

「じゃ、そろそろ行くか?」

 

「うん!…あ、フレンド交換しない?」

 

「ん?あぁそうか。ほい」

 

「はーい!」

 

 

そんな暫くの相棒を俺は背中、美弥は腰に鞘を一つ吊ってしまい込み、ピンと立てた右人差指を頭上からバッと振り下ろし、窓(ウィンドウ)を出現させる。

そしてすかさずピッピッとコマンドを入力すると、何も無かったミリアの腰やや上の位置に『Reiからフレンドを申し込まれました。受諾しますか?』と書いてあるであろう可視状態(他人からも見える窓)の窓が出現する。

すかさずミリアは文章の下に表示された○×の内、○の方にサッと触れる。すると役目を終えた窓は音も無く消え、代わりに俺の視界左上に表示された『Rei:HP300』の文字の隣に、フレンド申請成立を表すFのアイコンが点滅する。

 

 

「よし。んじゃ次は…」

 

「うん!私がやるよー」

 

「了解」

 

 

気の抜けた返事を返し、ミリアは俺同様に人差指を振って窓を出現させると、ピッピッと操作をして『Miriaからパーティを申し込まれました。受諾しますか?』の文字をふふんっと勝ち誇った様な笑みを浮かべると同時に出現させる。

そんな仮想世界でも相変わらず喜怒哀楽が豊かな妹に苦笑しつつ、もちろん直ぐさま○をタップ。

すると、俺の視界左上に表記されていたReiの文字の下に『Miria:HP300』と目の前の彼女を表す名前とゲージが出現した。

このSAO世界では、歴代MMORPG同様にパーティ…言わば‘‘共に戦う仲間’’を組む事が出来る。ソレの仕様はゲームにより異なるが、このSAOでは視界左側に上から追加されていく様になっている。

これはどれだけ走ろうが喚こうが目を閉じようが、意識ある限りずっと表示され続ける。良くも悪くも‘‘繋がっている’’という事を認識させる…という狙いでもあるのだろうか?

 

 

「よっし!じゃあ行こ行こ!」

 

「お、おい引っ張るなって!」

 

「しーらないっ!」

 

 

まぁそれを考えるは後にして、俺達は全財産叩いた装備で早速街の外…モンスターがうじゃうじゃいるフィールドへと駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

浮遊城アインクラッド。

それは空に浮かぶ、鋼鉄を主とした巨城である。

そんなアインクラッドを、このSAO世界を、俺達が最初に見たのはもう遠い過去となりつつある前世…今から10年前のあの日。

もうあの世界に対して未練は無いが、やはり時々…妙にあの世界が懐かしくなる事がある。ある時、本当に突拍子も無く頭に浮かぶのだ。

それは俺が今、命をかけて戦いに臨んでいるから?

それは今、目の前のmobを切り刻んでいるから?

それは今、Lv.UP!のファンファーレが聞こえるから?

解らない…ワカラナイ…

 

 

「……ィ…?」

 

「俺は…」

 

「レイ君!」

 

「っ!」

 

 

その思考は、先程合流した玲奈––この世界でもまんまレイナという名前––の一声で理性を保った。

こうも形無き思想で考え込むのは俺自身、初めてかもしれない。

恐怖、嫉妬、異質、哀れみ。そのどれがこのドス黒い感情を指すのか…全くもって解らない。

それは幼馴染みとして転生した彼女ですら、疑問の表情を造らせる程に。

 

 

「どうしたの?ボーっとしてたけど…」

 

「いや…なんでもない。」

 

「そう?困ってたら言ってよ?」

 

「解ってる。」

 

 

だが、まさか『よく解らない邪な思考に取り憑かれかけた』…などと口に出来る筈もなく。

言ったところで小学生みたいな戯言と思われるのがオチだ。

 

 

「しかし…随分と狩ったなぁ…」

 

「うん。このフィールドの5割位は…ね。」

 

 

まぁそんな戯言はさて置き…俺達三人が第一層のフィールドに出てから、もう直ぐ3時間が経過しようとしている。

見渡す限り雄大に広がる草原は、良い昼寝スポットだなぁ…と柄にもなく思ってしまう程、人肌に合った心地良い風を感じる場所。

そんな草原にまた一つ、モンスターがポップした。

フレンジーボア。それが俺の目先5mの位置に出現した猪mobの名前だ。とある国民的ゲームと比べるならばスライム相当の…所謂雑魚キャラに相当する。

で、そんな猪野郎は早速俺を見つけたらしく、雄叫びを上げて突っ込んで来た。

 

 

『ブモモォォ!』

 

「煩いって…の!」

 

 

無論、Lv.2のそいつが先程Lv.7を迎えた俺に敵う訳もなく。

突っ込んで来る奴をギリギリまで待って左に躱し、すれ違い様にガラ空きの胴体に切り下げ上げのVの字斬りをお見舞いする。

特に何の変哲もない通常攻撃だが、ザクザクッという音と共にダメージの証として赤いエフェクトが刻まれ、奴のHPゲージはガクンガクンと減少していき…バリンッ!という神経を逆撫でする効果音と共に猪野郎はその身を散らせた。

 

 

「流石に猪は見飽きたな…もう何体狩ったか忘れたよ」

 

「うん。でもあの子は…」

 

 

「やぁぁっ!」

 

『ブモォォ⁉︎』

 

「次ぃ!はぁぁ!」

 

 

「…バーサーカーだな。」

 

「あはは…」

 

 

現在、俺達はフィールドにてひたすら今狩った猪野郎を含め、mob狩りまくっており、その通算は俺達三人を合わせれば冗談抜きで200は狩った(途中からは数えて無いが)。

その為左上に並ぶレベルはぐんぐん上昇し、俺は7。未だにmobを狩りまくってるミリアと、それに苦笑するレイナは6。

その数字は恐らく、現在の全プレイヤー中で一番高いレベルの持ち主だろう。

基本的に、mobを倒した経験値は当然倒した人のものだが、パーティを組んでいる場合は少々異なり『個人』と『均等』という振り分け方が存在する。

意味は読んで字の如くで、個人はソロ(一人のみで戦う人)同様倒した人に全経験値がはいり、均等はパーティの自分以外の誰かが倒してもメンバー全員にピッタリ振り分けられるという仕様。

因みに俺達は『均等』を選択していて、見ての通りmobを狩りまくるミリアや、少なからず闘争心を刺激された俺とレイナも剣を振りmobを全滅させ続けた結果…本来ならソロに比べ安全性はあるが成長が制限される筈の均等割りにも関わらず、β時代の平均レベル3を上回る馬鹿げたレベルに到達しているのだ。

…まぁ取りあえず、今も一心不乱にmobを狩りまくるミリアはこのままだとバーサーカーモードが止まらなそうなので…

 

 

「おーいミリアー。そろそろ休憩するぞー」

 

「あ、うん!」

 

 

ひとまず休憩と称して呼び寄せる事にし、俺とレイナもそれぞれの片手剣を鞘に収め、mobが出ない木の根元に腰を下ろす。

やがて遅れて来たミリアもレイピアを鞘に収め、ミリア→レイナ→俺の順に並ぶ。

心なしか鞘を握るミリアの表情は随分とイキイキしている気がする。いや絶対楽しんでるなコイツ。

 

 

「嬉しそうだなお前。流石はバーサーカーだ」

 

「凄い狩りっぷりだったもんねー。貴方…本当女の子?」

 

「も、もう!二人共からかわないでよ!」

 

「いやいや…実際半端なかったぞ?殺った数はお前が一番だなこりゃ。」

 

「う…」

 

 

どうやら心当たりはあるようで。まぁとりあえずそんなバーサーカー様な妹弄りはさて置き、俺は改めて…眼前に広がる世界を見つめる。

 

 

「凄いよね…これが全部ゲームなんだよ?」

 

「あぁ…これを考えたあの人は…間違いなく天才だな」

 

「うん…本当、茅場さん様々だね!」

 

 

見渡す限り果てしなく続く草原。夕焼けに染まり始めた空。今、俺達はもう一つの現実にいるんだ。

それはログインした場所…始まりの街でも感じた事だが、この世界を創り出した茅場 晶彦に、俺は全力のありがとうを言いたい気分だ。…例え、彼が大犯罪者となろうとも。

すると、徐にレイナが窓を見ているのが目に入り、

 

 

「ん?何してるんだレイナ?」

 

「あ、これ?ステータスの振り分けだよ。レイ君とミリアはやった?」

 

「そりゃな。」

 

「うん。」

 

 

ステータスの振り分け。

それはMMORPGはよく見られる機能であり、超簡潔に言えば‘‘自己強化’’。

このステータスの振り分け(以下:ステ振り)をどうするかによって、どんなキャラとして育成していくか。その大体の道筋が決まると言われている(基本、振った数値は振り直しが効かない)。

それはやはりゲームにより表記も結構左右されるが、ザックリ言えば攻撃力・防御力・スピードの三つが主だ。

他にも魔法攻撃力や魔法耐性など挙げれば様々だが、このSAOは世界像がファンタジー寄りにも関わらず、‘‘魔法’’という概念が一切排除されている。

その為、この世界におけるステ振りは=筋力値(重量のある武器を持つ力や攻撃力に作用)と敏捷値(武器を振る速度や足の速さに作用)。この二つを指している。

そして、プレイヤー達はこれを10で考えて筋力値に7。敏捷値に3といった感じの割合いで振り当てる。

因みに、この例は筋力に多く振っている為『筋力型のプレイヤー』と判断がつけられる。最も、ステ振りだけで全ての戦法は決まらないが、大事な過程である事に変わりはない。

そしてその振り分ける為に必要なポイントは、『プレイヤー自身がレベルアップする』か『何らかのサービスでポイントを受け取る』以外に入手する術は基本無い。

で、そんなステ振りを目の前のリアルと変わらぬ白髪の美少女が一所懸命に悩んでいる訳だが…

 

 

「う〜どうしようかなぁ…力も捨てがたいけど…速さも捨てがたいし…」

 

「まぁ…気持ちは解らなくもないな」

 

「うん。私達の場合はあっさり決まっちゃったけどね」

 

 

ご覧の通り中々決まらないらしく、不可視となっているステ振り画面であろう部分をジーッと見つめ、う〜と先程から唸っている。

まぁ時間はたっぷりあるし、今すぐやれとは誰も言わないが…やはり無振りよりかは自分のプレイスタイルを定めておくのが一番良いといえば良いので、いっそ思い切る事も大事なのかもしれない。

 

 

「う〜レイ君〜…」

 

「ったく仕方ない奴だな…じゃあ5:5で割るのはどうだ?」

 

「5:5?どっちも半々ってコト?」

 

「あぁ。確かレベル6の時点なら16ポイントある筈だ。どうだ?」

 

「…うん。じゃあ8ずつ割るって事?」

 

「あぁ。」

 

 

そもそも、何故彼女がこんなにステ振りに悩んでいるかというと、βテスト時代…当時はまだRPG系のゲームをやった事が無かった彼女は、とりあえず力を求め、全てのポイントを筋力値に全振りした脳筋プレイヤーとして戦っていた。

…が。それは言うまでも無く力は有るものの、色々と動きが遅いという事であり、そのせいで何度も死にかけているのだ(その度俺や美弥がフォローしたが)。

そして今悩んでいるのも、危うくにトラウマ成りかけた事から来ているのだろう。

 

 

「基本的に、ステ振りは筋力に振るパワータイプか、敏捷に振ってスピードタイプにするかの二択だ。5:5はその中間…所謂バランス型だな。」

 

「でも、それってやり方次第じゃ凄く中途半端になっちゃうんじゃないの?」

 

「それはプレイヤーの力量だな。あと、お前がやりたいなら…の話だ。」

 

「……」

 

 

このSAOでは、剣振るのも買い物するのも会話するのも自分自身。どんな人間だろうど、自分が納得のいく方が良いに決まっている。

すると、ステータスであろう部分を見つめて真剣な表情をしていたレイナの指が動き、ピッピッと効果音と共に数回クリックした後、×を押し窓を閉じる。

 

 

「決まったか?」

 

「うん。5:5で振り分けた。あとはプレイヤーの力量…でしょ?」

 

「あぁ」

 

 

まぁ意見やら概念はあるが、何はともあれ、本人が気に入ったならなによりだな…と満足げなレイナを見て思う。

そうして視界右上に表記されているデジタル時計が、丁度17:00に変わった…その時!

 

 

「…始まったか。」

 

「「(コクッ)」」

 

 

リンゴーン…リンゴーン…という重低音の鐘の音が、何処からともなく鳴り響く。

それはログインして来たプレイヤー達にとっては疑問符が付くだろうが…俺達は別だ。

 

 

「いよいよか…」

 

「うん…始まっちゃうんだね。」

 

「えぇ…けど、今更四の五の言うのは無しよ?」

 

「もちろん!」

 

 

やや挑戦気味な態度のレイナに、ミリアは威勢良く声をあげ、俺も無言で頷く。

そして次の瞬間、俺達を眩い光が包んだかと思うと、草原から俺達の姿は消えていた…

 



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デスゲーム

 

 

…鐘の音が、このアインクラッドに木霊した午後17時。何の脈絡も無く突然鳴ったソレは、プレイヤー達を光に包み強制転移させるものだった。

そんな訳で今、俺達三人含めたプレイヤー達が続々と強制転移の餌食として転移してきており、辺りは先程からチカチカと眩しい光が点滅を繰り返している。

 

 

「どんどん来てるね…」

 

「あぁ…」

 

「お兄ちゃん…大丈夫…だよね?」

 

「あぁ。だが…心の準備はしておけよ。」

 

「…うん。」

 

 

そしてそんな現象を、俺達は‘‘始まりの街’’中心部の広場…の更に人混みの中心にいる。

当然、集まって来る人々は疑問の色を浮かべ、中には仕切りに窓を確認する者もいるが…全て無駄なのだ。

何故なら今、このゲームから抜け出す事は叶わないからだ。多分、この広場の何処かにいる俺の数少ない友人も…隣にいるミリア同様にきっと動揺している筈だ。

そうして…幾ら時が流れたのだろう?

誰かがアレは何だ?と上空を指差したのは…

 

 

「…来たか」

 

 

突如、夕暮れの美しかった空が真っ赤なエフェクトで染まり、そこから血よりも暗いダークレッドの液体が俺達がいる地面よりも少なくとも20mは上の…ある一定の高度で集合し始めた。

ソレはどんどん集合して密度を増していき、やがてそれはそれは巨大なローブを着た人型のアバターとなった。

その巨人に肝心の顔は無い為誰かはパッと見解らないが…俺は、俺達は、それが誰かは直ぐ検討がついた。寧ろ一人しかいないだろう。

 

 

『…プレイヤー諸君。‘‘私の世界’’へようこそ。私の名は茅場 晶彦。…今や、この世界をコントロール出来る唯一の存在だ』

 

 

茅場 晶彦。

2022年10月31日の今日、世界初のVRMMMRPGとして正式サービスを開始した本作…ソードアート・オンラインの開発ディレクターであり、この世界を創り上げた天才。

彼はまだ20半ばと若いながらも、どのゲーム開発関係者をも凌駕する独創性と技術の持ち主であり、同時に世へ顔を出す事を極端に嫌っていた。

そして…俺と友人の和人はそんなミステリアスな彼へ強い憧れを感じていた。だからβテスターとなった時も、その願いが通じたんだと随分歓喜したものだ。

…だが。その憧れの人物が今、禁忌に手を染めようとしている事に、俺は『納得』と『驚き』。二つの感情をヒシヒシと感じていた。

 

 

『…プレイヤー諸君は、メインメニューから‘‘ログアウト’’のボタンが消失している事に既に気が付いていると思う。しかし、それは不具合ではない。繰り返す。それは不具合ではなく‘‘ソードアート・オンライン本来の仕様’’である。』

 

「仕様…ね。」

 

 

今更言わずもがなだが、‘‘ログアウト’’というのはあらゆるゲームやサイトにおいて=離脱を意味する。

その機能があるからこそ、人々は好きなタイミングでゲームへのINorOUTが出来るのであり、あって当然のもの。

だが、茅場は今はっきりと『不具合ではない』と言った。この時点で既に、感が良い読者諸君はもう気が付いているのではないか?

 

 

『…諸君らは今後、この城の頂を極めぬ以外にログアウトする術は無い。また…外部の人間による、ナーヴギアの停止・解除もあり得ない。もし、その行為が試みられた場合…ナーヴギアの信号素子によるマイクロウェーブが、諸君の脳を停止させ…生命活動を停止させる。』

 

 

長々とよく喋るローブ茅場だが、簡潔に言おう。

…奴はルールを破ったものを問答無用で…殺す。

お前達に逃げ場など無い。この私の世界で…ルール破りし者には本物の‘‘死’’という鉄槌を下す。概ねそんな所だろう。

 

 

「…無茶苦茶だろ。そんなん…瞬間停電でもあったらどうすんだよ⁉︎」

 

(確かに…その可能性は否定出来ないな。…でもな。)

 

 

そんな叫びなど、既に述べ1万人へ殺人ゲームを宣言した奴にとって、遠くで吠える獣の遠吠えの如くどうでも良いのだ。

すると、叫んだ奴の声を聞いたのか、再び淡々と語り出した。

 

 

『具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギアの停止・分解または破壊…このいずれかが該当した場合、本体に設定された脳破壊シークエンスが作動する。』

 

「な…なんだよ…それ…無茶苦茶じゃねぇかよ…」

 

 

そう疑問をぶつけたであろう野太い声は、同じ人間とは思えない程無機質な響きで語られた内容に、震えた声を発するのみだ。

つまり、その脳破壊シークエンスの条件に該当してしまえば、プレイヤーの意志は関係無く命を絶たれるという事。

もちろん疑問をぶつけた奴の意見には激しく同意するし、これはもう、ゲームという範疇をとうに超えている。

 

 

『また…以上の条件は既に外部世界にマスコミを通し伝えられているが、少なからずナーヴギアの破壊・分解を試みた例があり…残念ながら現在213名のプレイヤーがこの世界及び、現実世界からも永久退場している。』

 

「嘘…っ…?」

 

 

短い悲鳴が、隣のレイナから上がる。

もう、茅場は人を殺していたのだ。しかも、‘‘間接的に’’という最も悪質な手段を用いて、213名もの尊い命を…自ら創り出した世界で奪い去った。

だがそんな驚愕へ変わりつつある人々を無視し、茅場は続けた。人々を更に深い絶望へと叩き落す事実を…

 

 

『…現在、この事実を現在世界では繰り返し報道されており、既に諸君らが切断を味わう確率は既に低くなっていると言って良いだろう。諸君らには安心して‘‘ゲーム攻略’’に励んでほしい。』

 

「な…何を言ってるんだ…?ゲーム攻略だと⁉︎ログアウトも助けも来ない中で、呑気にゲームを攻略しろっていうのか⁉︎」

 

 

そう怒号を上げた奴の意見に、俺は内心良くやったと褒めてやりたい。

しかも、その怒声には聞き覚えがあった。

 

 

「和人…?」

 

 

アバターは全くの別物の端正なイケメンだし、声も補正がかかってるが、長年幼馴染みとして過ごして来た俺には解る。

アレは…あの目先にいる青年は、間違いなく俺の心友、桐ヶ谷和人。

大人しく自己主張はあまりしないタイプのあいつだが、あまりに横暴な茅場の態度に、流石に堪忍袋の尾が切れたのだろう。…当然だ。もう、これは‘‘ゲーム’’などという生易しい響きの代物ではない。そう、もうこれは…

 

 

(…デスゲーム。ゲームの死が、一瞬で本当の絶命に繋がる…)

 

『…では最後に、諸君らへ私から囁かなプレゼントを用意した。確認欲しい…』

 

「プレゼント…ですって?」

 

 

もう、ここに集められた者殆どがこのふざけた現象から現実逃避していると思う。それでも、やはり仮にも筋金入りのゲーマーである俺や和人が窓を開くと…それに便乗して次々と操作音が鳴り始める。

そうして俺が一番乗りで実体化させたのは…

 

 

「…鏡?」

 

「鏡だね…」

 

「鏡だよね…」

 

 

細々とした俺の手にも収まる掌サイズの手鏡だった。

何処からどうみてもThe・鏡のソレは、アバターの俺を写し出している以外、特に不可思議な点は見当たらない。

…が、それはほんの一瞬の事。

 

 

「きゃあっ⁉︎」

 

「わあっ⁉︎」

 

「レイナ⁉︎ミリア⁉︎…っう⁉︎」

 

 

突然、俺の両隣に立っていた二人を眩い光が包み込んだのだ。そして事態を把握する余裕も無く俺も数秒遅れて光に包まれた。やがてそれは収まった…が。

 

 

「な…⁉︎」

 

「な、なにこれ…」

 

 

眼を開けると、先程まで正に造られたの名に相応しいイケメン美女の集団であったプレイヤー達は何処へやら、女装した太った男や男装し女性などなど…明らかにリアルでよく見かけそうなものへ様変わりしていたのだ。

今更だが、MMOは男女の比率で言えば圧倒的に男性が多い。そして、中には女性として性別を変えてプレイする者もいる。それは別に間違いではないし、ゲームを楽しむという意味ではそれも一興だ。そして、そんなゲームならではの楽しみを、今も右手にある手鏡はあっさりと奪い去ってしまったのだ。

只、元々性別も顔も体型すらもリアルとほぼ変わらない俺と美弥は眼の色以外は同じだし、玲奈に至ってはリアルよりやや高かった鼻以外全く変わっていない。

 

 

「俺だ…」

 

「私だわ…」

 

「な、何で⁉︎何でいきなり…?」

 

「多分…アレのせいだろうな。」

 

 

俺の言うアレとは、ナーヴギアを使用する際に行ったある作業…キャリブレーションの事だ。

具体的にはナーヴギアに接続した皮の様なものでペタペタと自分を触るという…何の意味があるのか解らなかった動作だった。

そして万が一の危険性を考えて〜とかうんたらかんたら説明を聞いたりもして、内心は本当にどうでも良かった事だが…今は違うと言い切れる。

あの動作はけして意味が無い訳ではなく、寧ろ俺達に‘‘これは現実だ’’と改めて暗示させる超重要項目だったのだ。

 

 

「…確かに、あの動作なら、ナーヴギアに俺達の全身を記憶させられる…ね。」

 

「あぁ。だよな…茅場?」

 

 

もう完全に、奴はここにいる9769名の命を天秤にかけた。生きるか死ぬか、究極の選択を。

そして、そんな事態で複雑な渦巻く感情を察知した…のかは解らないが、茅場は続けた。

 

 

『…諸君らは今、何故?と思っているだろう。何故、SAOの開発者茅場 晶彦はこんな事をしたのか…と。…大規模なテロ、脅しや人質…そのどれでもない。何故なら…既に私の目的は達せられているからだ。この世界を創り出し、観賞する為にのみ…私はこのソードアート・オンラインを造った。』

 

 

その声は、先程同様全くの無機質な筈なのに、何処か抑えきれぬ渇望を満たした様な…彼の言葉通りの達成感を感じさせた。

 

 

『では最後だ。このゲーム…この世界において、今後あらゆる蘇生手段は機能しない。君達一人一人が持つHPゲージ、それが0となった瞬間…諸君らの脳はナーヴギアにより破壊され…絶命する。』

 

「…茅場。」

 

 

名前を呼ぶ。それはただ、彼の名だけを口にしただけなのに…ここはゲームの中なのに、最も彼を表せる言葉…

 

 

『では以上で…ソードアート・オンライン正式サービスチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る…』

 

 

…人間は、自分の中にある‘‘常識’’を破壊された時…自ずと生物的な恐怖を覚える。

だからこそ、人々はこの日を…2022年10月31日を一生忘れない恐怖として、己が胸に刻みつけるだろう。

そして、そんなデスゲームと化したこの瞬間を…俺はこう呼んだ。

 

 

「…全てが始まり…そして終わった。」

 

 

今、俺達の…生存者9769名の文字通り替えの効かない鎖を背負った戦いが…幕を開けた–––



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ナーシャの村

 

…ゲームが開始して、今日で丁度二ヶ月の時が過ぎた。

 

その間にプレイヤーは2000人も命を落とし、その大半が前もって情報を持っていた者…βテスターだった。

その凄惨な有様と現状に、多くの生存者達は恐怖におののいた。

だが、朗報はある。長らく時は過ぎたが…ようやく第一層のボスが倒され、先へ進める様になった事だ。

その勇気あるプレイヤー達の中には、俺のリアルでも数少ない友人…キリト(和人)もいた。…まぁそのキリトが後々引きずる闇を抱える事になったが…今は敢えて伏せよう。

因みに俺はボス攻略に参加していないが、後に同じく攻略を共にしていたレイナとミリアの中々に窶れた様子から、俺は改めて、一刻も早くβ時代と同等の…いやそれ以上の力を身につけなければ。そう強く思った。

そして、これは第一層が踏破された二日後…2022年12月6日火曜日の話である

 

 

「んっ…あー…よく寝た…」

 

 

気の抜けた声を発しながら、俺はベッドから上半身のみ起き上がりシャン…というすっかり聞き慣れた音と共にメインメニューを開く。で、そこから‘‘パーティ’’をタップし、有るべき名前がある事に軽く安堵する。

まぁそれはフレンドの欄で生存している事は知れるが、基本的に解るのは今何処にいるか。その程度の簡素な情報だけだ。

最も、本当に確認したかったのは‘‘今日パーティを組むメンバーの名前’’だが。

 

 

「はぁ…ん?」

 

 

が。直後、パーティの下に表記されているメールのカテゴリー欄にNew!のマークが付いている事に気付き、導かれる様にタップし開くと…

 

 

「…何?」

 

 

その内容は、俺にとっては関係無い…のだが遠回しに関係があるものだった。これだけじゃ意味不明だろうが、ひとまず説明は後々にしよう。

 

 

「ったく…こっちは寝起きだっての…っ!」

 

 

で、俺はメールの内容を趣味ではあるが水泳とゲームで培った反射神経をフルに使って読み終え、短く『了解』とだけ打ち込み送信する。

そして念の為、最近あるクエストでドロップで手に入れた名の通り刀身が灰色の片手剣『灰燼』を背中に実体化させ、多分背後で糸を引いているであろう奴に愚痴りながら駆け足で泊まった宿を後にした。

因みに、送られて来た内容は…

 

 

 

『お願いします』

 

朝早くにすみません。

実は今、レイさんの妹さんと会いまして…

これからクエストに挑戦するんですが、

もし宜しければ…手伝って貰えませんか?

 

Siiica

 

 

 

シリカ。それが数日前、妹を通した縁で知り合ったプレイヤーであり、偶然にも今日が実際の初対面となるパーティメンバー名前だった…

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

第二層…つい二日前に一層を踏破したプレイヤー達は、続々と主街区『ウルバス』へ登って来ていた。

その中には、私達….攻略に参加していないプレイヤーも含まれる。

 

 

「レイさん、見てくれたかな…?」

 

 

そして現在、私達はウルバスの街の西方…ナーシャと呼ばれるNPCの村に来ている。

因みに、今の呟きはとある少年へ向けたもの。まだしっかりと会った事は無いが、メールのやり取りなら今の様にした事はある。で、今はその人をある人物と一緒に村の入り口付近で待機しているところ。

 

 

「大丈夫よ!お兄ちゃんはああ見えてしっかりしてるから。ね?」

 

「う、うん。」

 

 

そう快活に言う右隣に立つたった一つ上とは思えない程、凛とした佇まいの美少女の名はミリア。これからここに来るプレイヤーの実の妹であり、‘‘攻略組み’’と呼ばれる迷宮区を攻略する高レベルプレイヤーである。

因みに彼女は私は歳は同じだけど、早生まれなだけで中学生なので––敬語は良いからと本人に強制されたが––お兄さんは2つ歳上…14歳という事になる。

でも、聞く限りでは近しくても彼が私のLv.3より11も上なのだから、やはり遠い人だなぁとしみじみ思ってしまう節はある。すると…

 

 

「あ、おーい!こっちこっちー!」

 

「あぁ…ったくこっちは寝起きなんだぞ?」

 

「そんなのお兄ちゃんの自業自得でしょ?昨日黙ってダンジョンに篭ってたのは誰かなぁ〜?」

 

「……」

 

 

ミリアの言葉、無言で髪をガシガシやるレイさんにとってどうやら図星らしい。で、私は改めて15㎝は高い彼を見上げ見る

やや長めの肩に垂れた黒髪。聞いていた歳より3歳は上乗せにして見える整った顔立ち。暗色寄りの皮装備を基調とした服装に、武器らしきものは背中に吊られた鞘一つ。

そんな全体的に透明感を漂わせた彼は、正直Lv程強そうには見えない。

そして更に言えば、私にとって兄と妹は仲が悪い印象があった。が、二人はどうやら違うらしく、お互いがお互いを信頼し合っている仲の良さが伝わってくる。

私はリアルでは一人っ子なので、そんな兄妹が仲睦まじく会話する光景が凄く羨ましい。

 

 

「…で、お前がシリカ…だな?」

 

「は、はい!始めまして!」

 

「大丈夫よシリカ?そんな緊張しなくても。」

 

「そ、そうだけど…」

 

 

確かに彼とはメールで会話した事はある。レベリングのやり方やフィールドでの戦い方なども、ミリアが忙しい彼を通して伝えてくれた。

…が、それは実際の対面で緊張しないという材料にはならない。それに元々、私自身目上の人間にはキチッとしてしまう性なのだ。

そんな緊張気味な私ん彼は血の様に紅い瞳をふっと緩め見ると、

 

 

「あぁ。俺はそんな偉くは無いし、別にこのバカ妹同様タメで良いぞ。」

 

「は、はぁ…」

 

「まぁ個人の自由だがな。」

 

 

そう諭す様に告げた彼の歳の割に低めな声量の言葉は、やや早口にも関わらず素直に頷いてしまう程…もう二カ月も会っていない父の様に優しい響きだった。

 

 

「誰がバカ妹よ!」

 

「事実だろ?あ、バーサーカーの間違いだったか?」

 

「うぐっ…こ、このバカ兄ー!」

 

「おっと、危ないぞー」

 

「うるさいうるさいうるさーい!」

 

 

…まぁ口は少々達者であるようだけど。

更に今はブンブン細剣を振り回すミリアを余裕たっぷりに揶揄いながら避けてるのもあってか、やはり年齢の相応さはしっかり持ち合わせているようだ。

まぁ何にしても…

 

 

「いやぁぁっ⁉︎れ、レイさんこっち来ないでー!」

 

 

第三者の私をばっちり巻き込むのはやめてほしい。

そのせいか、パーティを組んでる影響の防護システムが働いてるとはいえ、さっきからミリアの細剣から飛んで来る斬撃が恐ろしい事になってるし。

けど当のレイさんは、そんなの何処吹く風といった表情を崩さずで…

 

 

「いやー悪いな。恨むならあいつの揶揄いやすさを恨め。」

 

「えぇぇ⁉︎む、無茶言わないで下さい!」

 

「待ぁちぃなさぁぁぁい!」

 

「ひえぇぇっ⁉︎」

 

 

…その後このイタチごっこは30分近く続き、途中途中ポップしたMobは全て彼女の逆鱗の餌食になった為、結果として経験値均等割りとなっていた影響か、いつの間に私のレベルが1つ上がったのは余談である。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

第二層の主街区『ウルバス』の西にあるここ、ナーシャの村は、NPC…システムに設定された言葉や行動を行える力持つアバター達が住む村だ。

そして、そんな彼らはコンピューター制御を受けている…という点以外は俺達プレイヤーと何ら変わりはない。

若干無機質な喋り方や言葉に対応しない事の範疇での話だが。

まぁそれはそうと、俺達は当初の目的通りにとあるクエストを受けるシリカの手伝いをする為、村の最奥…この村の村長である如何にもな長髭を生やした姿のNPCに話しかける。

 

 

『おぉ勇敢なる戦士よ…其方達はこの老いぼれの頼みを聞く気はあるか?』

 

「はい。なんでも言って下さいお爺さん」

 

『おぉ頼もしい。では話すぞ…』

 

 

NPCの爺さんは、壮年らしく随分掠れた声で語り始めた。

何でも、この村から更に奥の森の中に、巨大な地下洞窟があるらしい。で、その地下洞窟の中にはモンスター達が貯めに貯め込んだ溢れんばかりの財宝と血肉があるらしく、村長はその肉の方を自分の代わりにとって来て欲しいという。

 

 

『あと、洞窟の中には恐ろしい主が住んでおる。十分に気をつけるのだぞ』

 

「あぁ。必ず血肉は持って帰る」

 

『うむ、頼んだぞ…』

 

 

そして会話が終わり、入れ替わりに爺さんの頭上にクエストスタートの文字が点滅する。

『白銀の戦慄』と名が付けられたソレは、固定のアイテムを依頼主の代わりに取り渡す…所謂お使いクエストにしてはやたらと物騒な名前だ。

まぁ過去、一度このクエストは受けていて内容は全部知っているので今更感も有るにはあるが。

 

 

「さて…準備は良いな?」

 

「はい!」「うん!」

 

「よし、じゃあ早速行くとするか。」

 

 

まぁ兎にも角にもクエストだ。少しでも気を緩めたらこの先死ぬのがオチだし、全く笑えない冗談になってしまう。

それを肝に命じ、俺→シリカ→ミリアの陣を組んだ俺達は血肉を求め、村から更に奥の森を目指して突き進むのだった。



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木陰の洞窟

 

 

 

「せやぁぁっ!」

 

『キキィッ!』

 

 

鋭い雄叫びを洞窟全体に轟かせながら、シリカは左上へ切り上げて、振り向きざまに右上から斬り下ろす短剣2連撃技《セイント・クロス》をもう何体目か数えるのも嫌な程見たコウモリ型Mob『シャドー・フライ』のHPを一発で全損させ、その身を爆散させた。

 

 

「やった!」

 

「凄いよシリカ!コウモリMobは攻撃を回避され易いのに、一発で決めるなんて!」

 

「えへへ…」

 

 

確かにその通りだ。もう潜ってから2時間は経つこの洞窟にポップするMobは、大体レベル5〜8のコウモリMobが大多数を占める。

つまり、先程レベル6になったシリカが自分より上のMobを一発で倒せるというのは、それだけの技量を彼女自身が身につけた証なのだ。

もちろん潜りたての時は俺とミリアでちまちまとサポートし、止めはシリカがといったやり方を主としていたが(そのお陰か俺はLv.15、ミリアは14となっていたりする)。

 

 

「二人共、そろそろボスが来るはずだ。準備は良いな?」

 

「っはい!」

 

「うん…!」

 

 

俺の真剣味を帯びたと俺自身解る声に、二人共改めて自分らの相棒を持ち直す。

今何故警戒を呼びかけたのかというと、俺が最早癖となっている戦闘後の‘‘索敵’’を発動したところ、丁度俺達の正面にモンスターの反応があったからだ。

β時代と何も変化が無ければこの先は行き止まりで、爺さんNPCの言った通り財宝と血肉がある筈。

…が、ソレをすんなり持ち帰らせて貰える程、この世界甘くは無い。

因みに通常…言うまでも無いが、この世界のモンスターは俺達プレイヤーがある程度接近して初めて場にジェネレート(出現)する。

だがそれはあくまで‘‘常識の範疇’’での話であり、フィールドボス(以外:FBoos)と呼ばれるMobは‘‘初めから一定の場所を住処・縄張りとしている’’という違いがある。

つまり何が言いたいのかというと、とどのつまりこの洞窟には今言った後者のボスタイプが該当するという訳で…

 

 

『グルルル…』

 

「フッ、また会ったな…」

 

 

ここのFBoosであり、170cm近い俺の少なくとも2倍はある巨大な白い毛を靡かせた白銀の狼…『シルバー・ウルフ』。それがそいつの名だ。

そいつは待ちくたびれたと言いたげに俺達を見下ろし、ギョロリと暗いここでも解る敵意の眼差しを向けている。

そんな奴の警戒心をヒシヒシと感じる度、戦う楽しみを感じる俺も大概戦闘狂だな…ま、やるからには負けるつもりは更々無いが。

 

 

「来るぞ!攻撃は爪の切り裂き攻撃と咆哮の連発だ!二人共、合図したら回避を頼む!」

 

「「了解/解りました!」」

 

『グルル…ガァァ!』

 

「散れ!」

 

 

すると早速奴は右手の爪を巨大化させ、三角の点の位置で並んでいた俺達めがけ振り下ろす。

それを俺とシリカは敏捷値を全開にして左右に回避、ミリアは爪が振り下ろされるよりも速く前足付近に転がり込み、

 

 

「はぁぁっ!」

 

『グルル…!』

 

 

細剣突技《アクセル・ミュラー》をドスドスと5連撃奴の右前足根元に見舞う。

その攻撃にモンスターいえども、奴とてやはり痛みは感じるのか少々呻き声を漏らすが、

 

 

「シリカ!」

 

「はい!」

 

 

そのミリアが奴のターゲット(以下:タゲ)となっている隙に、俺は右側。シリカは左側の横腹付近へ駆け、

 

 

「おおぁぁっ!」

 

「やぁぁっ!」

 

『グガッ…!』

 

 

俺は片手剣初期技《ホリゾンタル》を、シリカは短剣初期技《フィル・クレセント》をそれぞれ脇腹へブチ込む。

その攻撃に堪らず奴は明確な呻きを上げ、横腹には切り裂いた証の赤いエフェクトが刻まれる。

 

この攻撃こそ、俺達プレイヤーにシステムから与えられた必殺剣技…‘‘ソードスキル’’だ。

今はもう当たり前の様に使用されているが、発動するには初定のモーションが必要であり、発動後には代償として一定時間動きを強制固定される‘‘硬直’’が架せられる。

それには当然慣れが必要である事は言わずもがな、ハイリスクハイリターンな攻撃法に間違いはなく、一瞬の隙が命取りとなるこの世界では、正に諸刃の剣と言える。

現に今、数秒前奴にソードスキルでダメージを与えたミリアは代償として1.5秒程だが動きが止まっていた。

もちろん今、ミリア同様に発動した俺とシリカにも硬直は架せられているが、発動したのが硬直が1秒程度と短い初期技であった為、直ぐさま足を動かして後ろへと飛ぶ。

 

 

『グルル…!』

 

「チッ、まだ足りないか…!」

 

 

そして着地様に奴のHPバーを確認する。が、それ一本のみにも関わらず、まだ色は7割以上残っている事を示すグリーンのままだった。

流石はβテスト時代俺が無謀にも一人で挑戦し何度も死にかけただけはある。あの時はポーションを用い何とか撃破したが、今はあの時とはレベルも技の威力も違う。

手練れの細剣使いのミリアが持ち前の豪快な突きでHPをジワジワと削り、シリカはダメージ量こそ少ないものの、短剣の機動性の高さを生かした通常攻撃を見舞っている。俺自身も、『灰燼』を存分に振り回してダメージを与えているしな。

すると、攻撃を受け続けHPがイエローに突入した瞬間、突然爪を仕舞い、大きく息を吸い込む動作に入った。アレは…

 

 

「咆哮(ブレス)来るぞ!奴が叫んだら上に飛べ!」

 

「了解/はい!」

 

『ガァァァ!』

 

 

やがて奴は充填を終え、バカっと開かれた口から衝撃波…もとい音波が地面へ放たれ、360度全面を這う。

しかし、俺達はその衝撃波が到達するより速く上へ飛んでいたお陰で全くダメージを喰らわずに済んだ。そして音波という性質の所為か、開始も速ければ終了も速い。更に今使ったのは硬直が架せられる技。それはつまり…

 

 

「今だ!」

 

「うん!はぁぁっ!」

 

「せぁぁっ!」

 

「喰らいなさい!はぁっ!」

 

 

Yes・フルボッコタイムの到来である。

まず、ミリアが細剣初期技《リニアー》をドドドッと撃ちまくり、スキルが終わった瞬間後ろからシリカが飛び出して短剣突進技《レイジング・クロウ》をジャンプして奴の顔面に放ち、硬直が解けたミリアが再び前に出て細剣4連撃技《エクセル・ダンス》を首めがけ撃ちまくる。

その見事な技の連携攻撃に、奴のHPはぐんぐん減ってイエローゾーンを通り過ぎ2割以下…レッドに染まる。が、まだ倒しきれてはいない。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

「あぁ!」

 

「スイッチ!」

 

 

スイッチ。それは2人以上で戦うパーティでのみ有効な戦闘法であり、一方が攻撃し合図でもう一方に交代し攻撃するというもの。それがまるでスイッチを押す様に見える事から、βテスト時代この名が付けられた。

最も、今回はそんなカチカチとやる必要は無いが。

 

 

『グルオォ!』

 

「ぜぁぁぁ!」

 

 

兎に角、俺はミリアの合図で奴の正面に飛び出すと、切り下げ上げの片手剣単発技《ビクトリー・ウィル》を放つ。その一撃でHPはググッと減り…僅かに数ドット残る。

 

 

「っ嘘…⁉︎」

 

「お兄ちゃん!」

 

『グルガァァ!』

 

 

それは確実に奴から一発貰う事を意味しており、好機と見たらしいまだ数ドット残っている奴はその鋭利な爪を俺めがけて振り下ろす…事は無かった。

 

 

「喰ら…えっ!」

 

「「っ⁉︎」」

 

『グッ⁉︎…ガ…ァァ…!』

 

 

叫びと共に俺の‘‘左手’’が黄色の光を帯び、奴の喉仏付近に強烈なストレートをかました。

その一撃は、今度こそHPバーを削り切り…FBoosである『シルバー・ウルフ』は断末魔を上げその巨体を膨大なポリゴン片へと変えた。

やがて頭上にはBOSSを倒した証のcongratulations!の文字が浮かび、同時にドッと疲れを感じて地面に座り込む。

 

 

「…倒した…か。」

 

「や、やった!やったよシリカ!」

 

「は、はい!」

 

 

そう手を取り合いキャッキャと喜び合う二人は、とても今しがたまで真剣に戦っていた剣士と同一人物には見えない。まぁ14歳の俺が言うのもなんなんだが。

 

 

「ってあ!それよりお兄ちゃん!今の何⁉︎」

 

「そうですよ!ソードスキルの後にまたスキルを撃ってましたよね⁉︎」

 

「…言わなきゃダメか?」

 

「「当然!」」

 

 

仲良いなお前ら…そう姉妹の如くシンクロした動きでグッと俺に顔を近づける二人に、はぁ…と半ば予想していた反応に溜息を吐き、

 

 

「…エクストラスキル。『体術』って奴だ。」

 

「エクストラスキル…?」

 

「簡単に言うと、剣技以外のスキルだ。クエストとかで手に入れる以外無い。」

 

「へぇー…ってえぇ⁉︎」

 

 

大体は今簡略化して言った通りだが、実はこれを手に入れるには同じ第二層のこことは真逆の方角にある‘‘破壊不能オブジェクト一歩手前の岩を素手で割れ’’というなんとも鬼畜なクエストをクリアしなければならない。

俺は敏捷に7、筋力に3振ったスピードタイプの剣士なので、それはそれは手先の感覚が無くなる程岩を殴ったものだ。

そして戦利品である『体術』のスキルは、そんな鬼の様な試練を乗り越えた証であり、戦闘でも軽い初手から止めまで様々な面で役立っている。

そんな俺の体術スキル習得秘話を聞いた二人は、真っ青に…いや実際顔を限りなく青ざめて、

 

 

「「お、お疲れ様です…」」

 

 

とだけ震えながら口にした。そのSAO特有の少々オーバーな感情表現には、

このSAO始まって以来一番の鬼畜クエストを達成したのを労っているのと、理論上は三人の中で一番筋力の低い俺がやり遂げたクソ根性に呆れているの二つ込められている。

 

 

「ま、とりあえず…ん?」

 

「お兄ちゃん?」

 

 

まぁ何はともあれクエストの難関を突破し、爺さんに頼まれた『銀狼の血肉』も無事大量ドロップする事が出来た。そこまでは良かったのだ。

 

 

「なんだこれ…?」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや…なんか知らないアイテムがあるんだ。ホラ」

 

 

アイテムストレージは、文字通り入手したアイテムを保管するスペース。その中に俺が今装備している武器と防具&今しがた10もドロップした『銀狼の血肉』が入っている、それは当然だ。

だが問題はその下…そこに見知らぬアイテムの名があったのだ。それを可視モードにして二人にも見せると、

 

 

「…『銀の卵』?」

 

「なんでしょうこれ…何かの食材?」

 

「さぁ…だが食材なら調理に困るな…」

 

 

このSAO世界では、食欲と睡眠欲を除き、あらゆる欲求・が切り離されている。

何時間どんな体勢でいようと疲れは感じるが、動かそうと思えば無理矢理動かせるし、眠気を我慢すれば何日でも寝ずに過ごせる。

食欲も同じで、排泄が無いこの世界で俺は今まで質素な牛乳(みたいな白い飲み物)以外、食事らしい食事は一切とっていない。

それは俺の数少ない友人キリトも同じであり、彼とは‘‘The・バトルマニア’’という阿保染みた自称コンビであったりもする程、とことん食には縁が無いのだが…

 

 

「ま…とりあえず見てみるか。」

 

 

とりあえず食うか売るかは見てから。そう決め、銀の卵と名付けられたそいつを実体化させる。

すると卵はオブジェクトとして出現し、ぼすっと俺の腕に収まる。

 

 

「っわ⁉︎お、大きい…!」

 

「だな…よっこらせっと…!」

 

 

が、予想以上にデカくて重いそいつを、システムとはいえ刺激しない様にゆっくり地面に降ろす。

そして改めてその全貌を見てみると、身長170cmの俺の腰近くまであるデカさに、全体がキラキラと煌めく銀色をした超Bigサイズの卵だった。

 

 

「なぁミリア。流石にこいつは…」

 

「無理!」

 

「だよな」

 

「あはは…」

 

 

その規格外の大きさに、料理をスキルを上げているミリアが全力で首を横に振る程、この卵は高難易度なのは目に見えて解る。

それを理解した上で、これをどうしようか悩んでいた…その時!

 

 

「…⁉︎な、何…⁉︎」

 

「卵が…!」

 

 

突如、何の脈絡も無くいきなり卵に鋭く亀裂が走ったのだ。

その突然過ぎる光景に驚愕する俺達を無視する様に、卵はバキバキと亀裂音を轟かせてヒビを広げていき…カッと眼を開けてられない位の眩い光を放った。

…やがてそれは数秒後に収まり、俺は卵に眼をやると…!

 

 

「な…!」

 

「…クル?」

 

 

先程俺達が倒したシルバーウルフ。その全くのミニチュアver.が、クリクリの瞳で俺を見ているではないか。

しかも、そいつに敵意はこれっぽっちも感じられない、全くの純真無垢な赤ん坊だ。

 

 

「し、シルバーウルフ…よね…?」

 

「あぁ…けどどういう事だ?ドロップした卵からモンスターが生まれるなんて…」

 

「でもあの子…全然警戒してませんよ…?プレイヤーのあたし達がいるのに…」

 

 

シリカの言う通り、目の前に佇む…もとい座り込む赤ちゃんシルバーウルフは、生まれてから数秒が経っているにも関わらず、俺達を敵と認識していない。

それどころか俺の足元に覚束ない足取りで歩いて来て『クル♪』と癒される表情を浮かべている。

その爆弾クラスの可愛さは、俺の両サイドの女子をキュンとさせるには十分過ぎた。

 

 

「か、可愛いぃーー!!」

 

「上目遣いにニコッて…あぁん可愛過ぎぃー!」

 

「ク、クル⁉︎」

 

「コラコラ二人共。ビビッてるからやめてやれ」

 

 

そうして二人を引き剥がすと、若干ビクビクしながらもまた俺の元へやって来て、敵意が無いのを示す様にお座りした。

その真っ直ぐ俺を射抜く黒眼は、ミリアやレイナ達が向ける友好的なものと何ら変わりない。

 

 

「…お前、もしかして一緒に行きたいのか?」

 

「クル!」

 

「…それに後悔は無いな?」

 

「クル!」

 

 

俺の質問に、目の前のミニシルバーウルフはクル!としか言わないが、その態度は明らかに俺の質問に自分の意志で反応しており、それは並のモンスターよりも高度な知能を持っている証に他ならない。

 

 

「…よし、じゃあ付いて来い。俺の名はレイ。お前の…」

 

 

友達だ。そう告げた俺の言葉にももれなくクル!と返したそいつ。

この現象が、後に‘‘アインクラッドで初のモンスターテイミング’’の成功例となった事は言うまでもない…

 

 



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光と影

キャラ紹介更新しました


 

 

…この‘‘ソードアートオンライン’’という名のデスゲームが開始されてから、もうすぐ半年の時を迎えようとしている。

いつ来るか解らない‘‘本当の死’’を齎す極限状況の中、それでも人々は希望を捨てず、来る日も来る日も自らの命をかけ、アインクラッド攻略に精を出していた。

やがて、誰が言い出したのか、そんな攻略を行うプレイヤー達はいつしか‘‘攻略組み’’と呼ばれる様になり、今まで攻略された下層には降りて来ず、攻略された層で半ば楽しんで戦う中層プレイヤーとは真逆の…半ば伝説の様な存在と化しつつあった。

そんな風に、この浮遊城にも幾らかではあるが、安らぎと安心が現れ始めていたこの頃…2022年4月6日水曜日。

この何でもない数字の欄列日に、まさか私にあんな転機が訪れるなんて…想像もして無かったんだ–––––

 

 

「‘‘影閃の剣士’’…ですか?」

 

 

ここは第13層の街『グラージュ』。

あたり一面に季節外れの雪景色が広がる美しい街であり、いつ来ても白銀の世界を見る事が出来ることから、それを目当てに訪れる人々は多い。

そんな冬の街に、とあるギルドが街の中心地に居を構えている。そのギルドの名は…

 

 

「うむ。彼には私達にとって、攻略組みとして重要な戦力になり得る」

 

「それが…私達血盟騎士団にとっても新たな利益となると?」

 

「私が感じた通りならな。」

 

 

血盟騎士団。

現在のアインクラッドにおいて、最強の攻略ギルドと称される組織。

かく言う私…レイナや、第一層で知り合った日本人離れした榛色の長髪を靡かせた美少女…アスナ。

つい2ヶ月前そのメンバー入りとなったにも関わらず、今や副団長の座に就いていたりする。

そしてこの銀髪に均一の取れた整った顔、20台後半を思わせるこの男性こそ、血盟騎士団…通称Kobのリーダーである私とアスナをギルドへ引き入れた張本人でもある人物、ヒースクリフ団長だ。

彼はまだ‘‘攻略’’という意志がプレイヤー達に無い頃から皆の先頭に立ち、ここまで攻略を進めて来た英雄。

…が、反して攻略本番以外の会議などには私とアスナの二人に任せっきりで公の場には滅多に姿を現さない謎の男とも呼ばれている。その透明感を感じる雰囲気に惹かれた節は確かだろうけど。

 

 

「ですが…彼は招集命令にも応じませんし、何より攻略の意志が無いのでは?」

 

「うむ…だがレイナ君。君は確か…彼とは知り合いだったね?」

 

「…はい。リアルでも知り合ってます」

 

 

だが、今の議題は団長よりも‘‘謎の男’’と私達Kobがマークしている人物。

現状アインクラッドにおいて、影閃の剣士と呼ばれる彼の名は…レイ。

千はいる攻略組みの中でも特に強い力を持ちながら、フラフラと様々な階層に現れて困っているプレイヤーの力として動き、アイテムなどを取り引きして颯爽と去って行く…というまるで何処ぞのヒーローの様な存在。

そのせいか、いずれはアインクラッドを攻略してしまう影の功労者…眼では追えない程の高速連撃を繰り出し、更にはSAO初のビーストテイマー(モンスターを相棒として連れているプレイヤーの総称)でもある‘‘影閃の剣士’’という名を冠する彼を、団長は是非とも攻略組みの戦力としたいという。

 

 

「では、君達には彼と接触し、我々の同志となり得るかえないか…それを判断して欲しい。」

 

「はぁ…ですが、彼がそう簡単に指令に応じるでしょうか?」

 

 

それを疑問に思うアスナの言い分は正しい。

彼は確かに実力はあるし、団長も一目置いているのは私達も知っている。

が、何を付けても約束には遅刻するし、パーティも私やリアルでも妹のミリア、第一層で‘‘ビーター’’と呼ばれる様になったプレイヤー以外とは組もうとしない。

その一匹狼っぷりから、一部の攻略組みからは軽蔑視されている感は否めない。そんな彼が、私達の…ましてや攻略組みの中心メンバーの意見を今更聞くとは考えにくいのだ。

だが、団長その事実を知っているにも関わらず、依然考えの読みにくい微笑を浮かべ、

 

 

「心配には及ばない。彼は決して敵では無く、形は違えど我々の同志だ。その事は君らも解るだろう?」

 

「…はい。」

 

 

その滑らかなテノールに、実質攻略組みのリーダーといっても過言ではないアスナも、彼には素直に首を縦に振るしかない。

ホント、つくづく読めない人だ。

 

 

「では団長。決行は明日の朝で宜しいですか?」

 

「あぁ。宜しく頼むよ」

 

「はい。では…」

 

「「失礼します。」」

 

 

うむ、と団長帰って来たのを機にビシッとアスナ共々一礼し、ギルドリーダー室を後にした。

この血盟騎士団というギルドが発足し、こうして居を構える様になったのも、実はまだ1ヶ月足らずであったりする。が、それでも団長の解放に対する意志の強さは皆に十分伝わっていると思うし、私の隣を歩く第一層攻略会議で出会った彼女…アスナもそれは重々承知しているのだ。

先程、団長に意見したのだって、一刻も早い解放を望む気持ちが強いから故。だから少々危なげになってしまうのだ。

 

 

「…アスナ。」

 

「なに?」

 

「…私達、ずっと友達だからね。」

 

 

だからこそ。私が…彼女を支えてなければ。そうしなければ、彼女はきっと折れてしまうから。

その意味を理解してくれたかは解らないけど、彼はその榛色の瞳をふっと緩め、

 

 

「…えぇ。そうね」

 

 

短く。でも精一杯の気持ちを込めた言葉を聞いて、私は改めてあの時‘‘現世’’に来れて良かったと心から思えた。

だって…こんな極限状況でも、‘‘友達’’がいてくれるのだから。

そんな当たり前を、改めて幸せとして噛み締めるのだった…

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

「…理不尽だ。」

 

 

今、俺はその言葉しか思い浮かばない。

何故こんな事になるのか。何が如何してこうなったのか。その糸口が全く掴めない事態に今、俺は追いやられている。

そんな絶望?する俺を第二層の洞窟で出会った––後にアッシュと名付け、今は相棒としている子狼––こいつはクル?とベッドに腰掛けて小首を傾げている。

そんな呑気な相棒にはぁ…と吐いても吐いてもキリが無い溜息をまた吐き、再び溜息の原因を見やる。そこには…

 

 

 

『頼みたい事があります』

 

初めまして、血盟騎士団副団長のアスナです。

明日の午前9時、第22層の転移門へ来てください。

コレは指令です。貴方に攻略の意志があるならば、

明日、私と剣を交えると信じています。

 

Asuna

 

 

 

と、随分な命令形のメッセージが昨日の夜に飛んで来たのだ。もちろん送り主の名前に見覚えはある。いや、知らない筈はない。

 

 

「何でKobの副団長が俺なんかに…」

 

「クルル?」

 

「え?何でそんなに嫌な顔してるのかって?」

 

「クル。」

 

「そりゃあ…堅苦しいんだよあいつ。規則とか理念とか」

 

「ク〜?」

 

 

このアインクラッドで、‘‘最強’’を名乗るならば…それは通称Kob、血盟騎士団と10人中10人が答えるだろう。

それはギルドの名が知られ始め、ゲーム開始から半年の時が過ぎた今も増え続けている名声と言えるだろう。

だが…だからといっていきなり決闘(デュエル)しろとかいうか?それは今、俺の目の前で寝転ぶアッシュがコンピューターに制御されているとは思えないに等しくあり得ない事だ。

 

 

「はぁ…」

 

「クル?」

 

「あぁ。面倒だが、何せ副団長様だからな…」

 

 

が、だからといってこのまま無視してほっぽり出すのは頂けない。仮にも副団長からの依頼なのだし、それにこの件には恐らく同じレイナも絡んでいる。だからこそ、断ってとばっちりを喰らうのはごめんだ。

 

 

「ったく…どうして俺の周りはこんな奴らばかりなんだろうかね…」

 

「クル?」

 

「ハイハイ。解ってますよっ…と!」

 

 

そう愚痴を吐きながらも、俺は2層からのドロップ以来使い続けている片手剣『灰燼』を背中に実体化させ、《リトル・ウルフ》という種族ならではのサイズ調整能力使い小さくなったアッシュを肩に乗せ、俺は最近気に入って永住を決めた22層ホームを後にするのだった。

因みに、今パチパチと手早く打った返信内容は…

 

 

 

『約束しろ』

 

解った。今からそっちに行く。

ただし、俺が勝ったらギルド加入は諦めて貰うぞ。

 

 

Rei

 

 

 

 



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閃烈の剣

 

 

 

 

第22層の街『コラル』。

見渡す限り雄大な自然風景が広がっており、最前線から僅か3層下というにも関わらず多くのプレイヤーの癒しの場となっている自然風景の宝庫。

そして、そんな自然溢れる田舎町の中心部に…

 

 

「…遅い」

 

「あはは…」

 

 

只今絶賛不機嫌気味なアスナと、苦笑いで隣に立つ私…レイナの女子二人が転移門前で並んで佇んでいた。

もちろん待っているのは‘‘影閃の剣士’’ことレイ君なのだが、どういう訳か約束の午前9時に時刻が近づいても現れる気配が無いのだ。

私達が調べた––というよりミリアに聞いたのだが––情報によると、彼は今正にこの第22層をプレイヤーホームとしているらしく、情報源のミリアや、シリカという彼に続きビーストテイマーとなった少女も通い詰めているとの事である。

だからこそ、それを聞いたアスナはこの転移門前で落ち合う約束をしたのだが…やはり少々彼にはストレート過ぎたのだろうか?

 

 

(まぁ…確かにいきなり‘‘決闘して負けたららギルドへ加入して貰う’’って言われたら、そりゃ警戒するよね…)

 

「何で来ないのよ…!しっかりメッセージまで飛ばしたのに…!」

 

「あ、あはは…」

 

 

が、それは仕方ないのだ。何せ隣の彼女…目にも留まらぬ高速連撃を放つ事から、‘‘閃光’’の名を冠するアスナは、何より化により時間を重要視する。

約束には必ず10分前行動を心がけ、戦闘中も時間を気にした効率重視している事が殆ど。

その徹底的かつ時間厳守の精神はギルド内はもちろん、攻略会議を通してあらゆるプレイヤーにもよく知られており、裏ではその無謀過ぎる程攻略にのめり込むスタイルから‘‘狂戦士’’の二つ名を受け持つ程、それほど時間にはかなり手厳しい。

だからこそ。彼女の持論はおろか、意見すら聞き入れて無いようなレイ君の行動は少々…いやかなり苛立つのは最早当然なのだろう。

そして、再び苛立ちMaxの表情で、

 

 

「はぁ…全く速く来なさいよレ「呼んだか?」ひゃわっ⁉︎」

 

 

彼の名前を呼ぼうとした瞬間、いきなり音も無くその彼がアスナの真後ろに出現した。

その幽霊もびっくりな行動に、アスナは普段からは想像出来ない素っ頓狂な声を上げ、私も声こそ出さ無かったものの、心臓が跳ね上がる位驚きを感じたのは確か。

しかし、当の本人は髪をガシガシ掻きながらまるで平然とした表情をしていて、その少々整い過ぎな線の細い顔立ちには寝起きの後すら見られる。

 

 

「れ、レイ君⁉︎」

 

「悪い。ここに来る間にコイツの食い物探しててさ。でも時間は守ったろ?」

 

「クル!」

 

 

そう彼が言うコイツこと彼の右肩に乗っかる灰色の毛を靡かせた子供の狼…アッシュは、《リトル・ウルフ》という珍しいカテゴリの狼モンスターであり、鋭い爪をや牙を使った攻撃寄りの戦闘向き性能・ステータスを持つ彼の自慢の相棒。

しかも名前とは裏腹にもう立派な大人(システムなので歳を取らない)にも関わらず、今はレイ君の右肩に乗れている程小さい。更に鳴き声はクルと高めの声でしか鳴かない為、少々子供っぽい印象も受ける憎めない存在。

そんな何かの肉を貪るアッシュを乗せた彼もまた、同じ様に読めないキャラクターではあるけれど。本当、『飼い主に似る』とはよく言ったものだだと今しみじみ思った。

…が。

 

 

「レイ君…」

 

「逃げた方が…良いよ…?」

 

「は?……は⁉︎」

 

 

それは怒り(と羞恥)を強烈に含んだアスナにはそれ以前に時間を守らなかったレイ君が気に入らないみたいで…

 

 

「…レイ君。」

 

「は、はい…?」

 

「…覚悟は出来てるかしら?」

 

「…は、はい…ん?」

 

 

索敵スキルを持って無い私にもはっきりと見えるドス黒いオーラを漂わせたアスナが、今にも抜剣しそうな体勢で愛棒の細剣『アンフォルス』に左手をかけ、右手は右手で何かの操作––不可視の為推測だけど––をしていて、アスナが顰めっ面のまま目配せをレイ君に送ったかと思うと、彼は彼で斜め下辺りの位置を見て何か操作をし始めた。あれは…

 

 

(決闘の申請…だよね?全く、アスナったら気が早いんだから…)

 

 

決闘(デュエル)。それはこのSAO世界において、プレイヤー同士の対決を意味する用語。

PvPとも称されるこのシステムは、モンスターを倒すのとは違うプレイヤー同士の剣のやり取りが最大の売りであり、パターンは三つ存在する。

一つ目は、HPを一割減らすか急所にダメージを与えるかで決着する『初撃モード』。一番手っ取り早く、大きな危険も無く戦える一番ポピュラーな方法として人気がある。

二つ目は、HPを半分以上減らす事で決着の『半減損モード』。初撃に比べ、かなり真剣に剣のやり取りをする玄人向けのシステムであり、今アスナが申請したのもこのモードだろう。

三つ目は、文字通りHPを片方がゼロにするまで戦う『全損モード』。このSAOが、元より平和なRPGだったらあり得たが…それをタブーとする現在は最早禁止事項であり、一部を除きプレイヤー達の暗黙の了解となっている。

それを思考しているのか、レイ君は僅かに動きを止めたが…やがて潔く○に触れ、丁度10mの距離まで後退する。

そして二人の間には60秒のカウントダウンの数字が点滅し始め、カッ…カッ…と不気味にも思える静けさの中どんどんカウントされていく。すると、

 

 

「あ!いたいた!レイナー!」

 

「え?あ!ミリア!」

 

 

突然聞き覚えのある甲高い声が左後ろから聞こえ、反射的に振り返ると、そこには暗色寄り服装の兄とは対象的な明るい青色のレザーコートに身を包んだ女性…ミリアがいた。と、彼女の後ろからパタパタとツインテールを揺らしながら走って来た幼さの残る少女と、その隣を飛ぶふわふわの水色の体毛をした龍もいる。

 

 

「ひっさしぶりー!元気にしてた⁉︎」

 

「うん。ミリアこそ相変わらずだね。」

 

「えへへ〜そうでしょ?あ、紹介するね。この前知り合ったシリカだよ!」

 

「は、初めましてシリカって言います!」

 

 

相変わらずテンションアゲアゲなミリアはさておき、まんま歳下の彼女はシリカというらしく、隣の龍はピナといい《フェザーリドラ》と呼ばれるレアモンスターであり、彼女の相棒。

そんな彼女はアッシュをテイムする事になるクエストを通してレイ君と出会い、以来度ある毎に彼とミリアの自宅にお邪魔している仲らしい。更に、アッシュとピナは主人のレイ君とシリカの様に先輩後輩の間柄であるようで、現にいつの間に彼の肩から離れたらしいアッシュが、同じくシリカの隣から離れたピナと『クル?』『キュル!』とモンスター語で仲睦まじく会話している。

 

 

「宜しくね、シリカちゃん。私はレイナ。アスナとは、同じKob副団長なの。」

 

「ふ、副団長…」

 

 

で、私も礼儀と名乗ったはものの…やっぱり‘‘副団長’’という肩書きは言葉には言い表せられない威圧感というものがあるのかもしれない。

事実、私やアスナ、ミリアやレイ君の四人は攻略組みの中でも抜きん出た強さがあるのは紛れもない。その決定的な溝は彼女に重圧を感じさせるには充分だろう。

 

 

「あ、けど堅苦しくなくて全然良いよ。それより…今は二人を見届けましょう?」

 

「あ、は、はい…」

 

「そうそう!ここはアスナとお兄ちゃんを応援しよっ!ね?」

 

「…はい!」

 

 

が、今言った様に堅苦しいのは苦手だ。

それに、もうすぐアスナとレイ君…二つの閃光がぶつかるのだから、細かい事を気にする必要は無い。

だから…私達に今出来る事は…

 

 

(精一杯…戦い抜いて、二人共!)

 

 

只…応援する事。

只それだけしか、私には出来ないんだから…

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

 

カッ…カッ…と、只…時が過ぎる。

お互いがお互いに愛剣を抜剣し、私は剣尖を彼へ向け構え、彼は私に剣尖を向け構える。

その姿はゲームの中とはいえ、昔教育の一環として見たフェンシングのモノと酷似している。最も、今私達持っているものはあんなチンケなモノじゃないけれど。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

私と彼…お互い10mの距離を取り、その間に表示されたカウントが、予想不可な決闘へと誘って行く。

辺りの音という音が遠ざかり、視界には彼以外の姿は無くなる。

恐らく、今彼も似た様なものだろう。集中し…全身の気を研ぎ澄ましている筈。

その証拠に、彼の特徴的な紅い瞳が僅かにだが、真剣味を帯び、私を見据えている。無機質な…戦士の眼と化している。

 

 

「…手加減しないわ」

 

「…俺もだ」

 

 

やがて、永遠にも思えた60の時はついに5秒前となり……4……3……2……1……!

 

 

「…はぁっ!」

 

「……」

 

 

DUEL!と文字が表記した瞬間、私はその瞬間に飛び出していた。力強く勇ましい声を上げて、愛剣を真っ直ぐ彼の顔へ突き出し…

 

 

「…遅い…」

 

(っ…⁉︎)

 

 

ギィン!という鈍い音と共に剣が弾かれたかと思うと、彼の姿一瞬の内に視界から消え、いつの間に背後から斬りかかろうとしていた。その高速移動に何とか対応し鍔迫り合いに持ち込み、再び数歩距離を取るまでの間…僅か5秒前後。

そして再び持ち前のスピードを生かして突きを仕掛けるが…

 

「はぁっ!」

 

「……」

 

「(感情が読めな…)「はっ!」っあ⁉︎」

 

 

何物も写していない様な無機質極まりない紅眼に気を取られ、鍔迫り合いの末右腕に返り討ちを喰らい、ジリッと遂にHPが1割程減損する。

しかし追撃は喰らうものかとバク転して下がったお陰か、そのまま追加ダメージを受ける事は無かった。…が。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「……」

 

 

たったの数秒の斬り合いにも関わらず、既に私と彼の消耗度は歴然としていた。HPは私が1割程削られ、彼は全体の1割に届くか怪しいレベル。

これがもし、彼が筋力寄りのステータスだったなら…もしかしたら既にイエロー迄追い詰められ、勝敗は決していたかもしれない。

それほどまでに彼の剣技には隙が無く、頭・腕・膝・脇腹とあらゆる点を狙っても直ぐさま躱すか弾かれ、有効打が与えられ無い。何より…

 

 

(感情が読めない…今までこんなに人の眼を気にしたりはしなかったのに…何で?)

 

 

つい、意識無く彼の眼を見てしまうのだ。

そのせいで今も隙を創られ、一割とはいえダメージを負わされた。…血をそのまま写した様な、真っ赤な真紅色の瞳は、只…私だけを見据えている。只『戦え』と、そう告げている気がする。

 

 

「…どうした。もう終わりか?」

 

「っ…はぁっ!」

 

 

一撃、二撃、三撃。剣と剣が衝突し合い、火花を散らしてゆく。この衝突も、れっきとしたダメージ判定がある。

正確には、私と彼がそれぞれの隙を突き、衣服を傷つけた場合にだ。

その判定のお陰で、これと言ってかダメージが入らなくてもジリジリと…僅かだが私より高い彼のHPを減らせている。斬っては防ぎ、斬っては防ぎの繰り返しで、いよいよ勝利条件である残りHP6割間近まで両者後僅かとなった瞬間、

 

 

「チッ!」

 

「くっ…!」

 

 

ギンッと剣を打ち鳴らし、お互い開始時同様距離を取る。もう、お互いの剣技は見切れた。だから次に出すなら今以上のモノじゃないと届かない。

ソードスキルならば…と一瞬思ったが、ソードスキルはあくまで‘‘強力なスキル’’であり、万能じゃない。発動時の初手を潰されたら中断するし、どんな技か知っていれば先読みして回避する事も可能な諸刃の剣。

でも、だからこそ…

 

 

「…次が最後だな」

 

「えぇ…そのつもりよ」

 

「…なら…解るな?」

 

「…えぇ。」

 

 

ソードスキルで…私達が今持てる力全てを込め放つ。

それが…私が剣士として出した答えであり、アスナの決断。それは今、剣を構えた彼も同じ…だからこそ!

 

 

「はぁぁぁっ!」

 

「うぉぉぉっ!」

 

 

お互いにソードスキルの光を煌めかせ、私は細剣重突技《ブラッドランス》、彼は片手剣突進技《ソニックリープ》がそれぞれ衝突した…

 

 



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災難は続き

今回、今熱い彼女が登場します


 

 

バギィン…と鈍い音が鳴り響いた。

二つの剣がぶつかり、勝敗が決した証拠である…静かな戦の音色が。

その白熱の光景に、普段はお調子者なミリアも、シリカやアッシュ&ピナ共々ジッと息を呑んだ緊迫な表情で二人を見つめているのだが、

 

 

「ど…どうなったの…?」

 

「わ…分かりません…」

 

 

私達からはHPゲージは見えない為どれほど減っているのかは解らないが、確かモードは『半減損』だった筈。だからこそ、二人はすれ違ったまま固まっているのだろうが…やがて二人の間に出現した文字は…

 

 

《winner!Rei 2分03秒》

 

 

…と、はっきりと示していた。彼が…レイ君が勝ったと。

それを悟ったのか、二人は無言で剣を鞘に収めすっくと立ち上がったかと思うと、

 

 

「…流石だったな。が、今日は俺の勝ちだ」

 

「…えぇ。けど、次は私が勝つわよ」

 

「…フッ」

 

 

短く言葉を交わし、グッと握手を交わした。その表情はとても嬉しそうな笑顔で、とても今し方激しく剣を撃ち合っていた人物達には見えない。

それに…二人共言っては何だが、無愛想で他人と良く触れ合う様な人種ではない。だから、何というか…

 

 

(((すっごく新鮮…だよね…)だね…)ですね…)

 

 

…まぁ、それは今更だから言わないけども。ていうか凄いレアなシーンなんだし。

 

 

「さて…勝負は俺が勝ったし、アレは諦めてくれるか?」

 

「えぇ。団長には私から言っておくわ」

 

「そうか。…ん?どうした?」

 

「「「な、なんでもない!」から!」ですよ⁉︎」

 

「?」

 

こうして、SAO始まって以来の名勝負として後々に語られる事となる『閃光vs影閃』対戦カードは、偶然一部始終を眼にしていたプレイヤーにより一日足らずでアインクラッド中に広まる事になり、言わずもがな二人が更に有名になる事になったのはまたの話。そして…

 

 

「うわぁ…すっごいなぁ〜…!」

 

 

私達の目が届かない路地付近で、キラキラと眼を輝かせた少女が、文字通りジッとレイ君を観察していた事も。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

あの決闘が決着し、2日の時が過ぎた。

その間に誰が広めたのか『閃光vs影閃、驚異の剣劇で影閃黒星!』…と、随分早く記事され、今じゃ行く先々で『影閃さんですか⁉︎』やら『サイン下さい!』などなどまるでアイドルみたいな扱いである(ミリアには『女みたいだから寧ろアリじゃない?』とまさかの女扱い)

その所為で、今は昼にも関わらず自宅に引きこもってベッドをゴロゴロしている(一応この前レベル52には到達したが)。

 

 

 

「はぁ…何で単なる決闘がこうなるんだかな…」

 

「ク〜?」

 

 

そんな何処ぞのアイドルを扱うが如き大衆の都合の良さに、俺は今日何度目とも知れない溜息を吐く。

正直、人にアレやコレやと持ち上げられるのは嫌いだ。前の世界でもそうだが、人はこういった珍しい事に平気で首を突っ込んではやがて人に罪を擦りつける一面を持つ薄汚れた種族なのだ。

もちろんそうでない人種がいる事も知っているし、それが人間の全てでは無い事も解ってはいるが…やはり良い気はしない。

 

 

「はぁ…何か良い事ないかな…」

 

「クルル〜」

 

「え?『そのうち良い事あるよ』って?」

 

「クル」

 

「そうだと良いなぁ…」

 

 

アッシュとそんな気の抜けた会話を交わしつつ、最早癖と化したメインメニューを流し見る。何百と見たステータス・アイテム欄・メール・フレンドリストと見直して…

 

 

「…ん?」

 

「ク?」

 

 

その中で一つ、妙なモノがあった。何が?と聞かれるならば、俺はきっと、いや間違いなくこう答えるだろう。

 

 

「何じゃこりゃ…?」

 

「クル〜?」

 

 

その妙なモノ…見覚えの無い名前で飛ばされたメールの内容はこうだ。

 

 

 

『始めまして!』

 

 

あ、えと…始めまして!

レイさんだよね?僕はユウキ!

あの決闘見たよ!すっごいカッコ良かった!

でねでね!出来たら僕と戦って欲しいんだ!

場所は返信くれたら僕が迎えに行くよ!

宜しくね!

 

 

Yuuki

 

 

 

…と、恐らく12〜13歳の如何にも若々しい突っ走った文が今から丁度一時間前…9時25分に送られて来ていた。

それに因みだが、こうしたメールは『フレンドとして登録した者』か『フレンド越しに登録させて貰った者』にしか送る事が出来ない。

今回は送り主と文面から後者となる訳だが…そもそもだ。

 

 

「…何故に俺?」

 

 

まずそこが謎だ。あの決闘は確かに名が露見する事も考えてやり合ったが、元々名が売れている対戦者のアスナはそこまで大した影響は無い。…が、俺はこれで晴れて名がバッチリ売れてしまい、今正に防衛の如き引きこもり体制を敷いているのも全てはアレに起因している。

それにだ。送り主は俺と通じている面子(といっても5人しかいないが…)の誰かと何かしら通じている可能性がかなり高くなった。だからこそ、俺が面倒くさがりな性格なのは知っている筈…なのだが。

 

 

「…はぁ」

 

「クルル?」

 

「解ってるよ…放っておくのはマズイよな」

 

「クル」

 

 

そうだと言わんばかりにコックリと頷くアッシュ。もうコイツを相棒としてからもうすぐ1月の時が経つが、未だに本当にコンピューター制御されているのか不思議になる事がある。AI化されているなら納得は出来るが

 

 

「んじゃ早速…」

 

 

そうして俺が覚悟(面倒事その他諸々)を決め、パチパチとキーボードをタイプして打った文章が…

 

 

 

『解った』

 

 

了解した。場所はマップ追跡してくれ。

それと、あんたの身元もある程度教えてくれ。

教えてくれたら何でもやってやる。

 

 

Rei

 

 

 

…以上の文章をピッと送信し、ぐはっとベッドに背中から倒れる。特にやる事も無いし、何よりここは宿題や課題なぞも無いある意味最高の空間なのだから、今はそれをたっぷり堪能する事にした。

そうしてぐはー…とダラける事5分弱。

 

 

 

『ありがとう!』

 

 

ホント⁉︎ありがとう!

じゃあ今から向かうね!

 

 

Yuuki

 

 

 

と、ウキウキ感が滲み出た短文が返って来た。

まぁ12〜14なんてまだまだやんちゃ盛りだもんな…と、自分が15歳のガキなのはすっかり棚に上げてそう思った俺氏であった。

 



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ユウキ

 

 

 

「そろそろ…来るか…?」

 

 

俺が送り主…ユウキを自宅で待ってから数十分の時が経った。今も一心不乱に上げていたお陰か、最近900代に到達した《索敵》スキルを自宅含む全面20mまでの距離を視覚・聴覚をフルに発動して探知しているが…依然プレイヤーの反応は無い。

俺レベルの《索敵》を看破するなら、同じく900代…もしくは完全習得(コンプリート)した《隠蔽》を使わない限り気付かれないのな不可能。

それはつまり、もしいきなり襲撃して来ても対応出来る確率は高いという裏付けも取れているに等しい。まぁそんな大反れた事をするのはレッドギルド––プレイヤーを殺す事を目的とした犯罪者プレイヤー(以下:オレンジ)の集団––以外にはそうそういるものじゃないが…万が一の可能性を否定する材料が現状には無いのも事実。

何せ、そもそもこの世界自体があり得ない‘‘器’’を持って動き続ける、無限に砂が流れ落ちる砂時計の様な存在であるのだ。通常ならあり得ない事・行為があっても何ら不思議は無い。

 

 

(…ったく、つくづく心臓に悪い世界だなここは…)

 

「クー?」

 

「ん?あぁ。けどまぁ…悪くもないさ。」

 

「クー…」

 

 

ホント、この世界を創り出した茅場 晶彦はつくづく悪趣味の持ち主だ。1万人ものゲーマーやその他諸々の人物らを閉じ込め、自らの世界で奮闘する様をきっと今も何処かで観賞している。その神にでもなった気でいる行動は常人ならば当然許す事は出来ないだろう。だが…

 

 

『茅場は…何故こんな世界を創ったんだろうな…?』

 

『…解らない』

 

 

それを‘‘常識’’として受け止められ無かったのが俺…レイと、‘‘黒の剣士’’––全身黒一色の装備の為––の異名を持ち、同時に全プレイヤーの闇を引き受ける薄汚れた‘‘ビーター’’としての一面も持つ少年…キリトだった。

そして前記の会話は、第15層攻略会議で久しく顔を合わせた結果、この世界を創り出した茅場 晶彦を疑問に思った俺の言葉が始まりだ。

お互いに人付き合いが苦手なタチ故か、キリトとは気が合うし割とスムーズに話せるからついつい聞いてしまったのだろうと記憶している。

 

 

『…そうか。なぁキリト』

 

『ん?』

 

『お前は…向こうに心残りは無いか?』

 

『……』

 

 

そして質問を変え、こうも聞いた。

俺はもう前世を含めれば今年で30年の時を生きているが…見た目は精神年齢の半分…15歳の瞳が紅いタダのガキに過ぎない。

その事は理解しているつもりだし、変えようの無い事実なんだととうの昔に受け入れた。

だから天才だなんだ周りから言われようとも、その全てが自分を己のモノとしようとする薄汚い怨念に聴こえ…正直怖かったし嫌だった。

しかし、キリトは…桐ヶ谷家の面々は違っていた。今まで出会った他人とは明らかに違う‘‘優しさ’’を感じたし、ただ純粋に信頼しているという事実を…人の優しさを感じたから。

もちろん直ぐに受け入れる事は出来なかった。俺は‘‘人’’という存在自体に疑惑を感じていたし、美弥も俺程ではないが人間を内心良くは思っていなかったからだ。…が、それも含め、彼らから色々と教わったのも事実であり、俺達もまだまだと思い知った要因でもある。

だからこそ俺は…この時キリトが…初めて出来た友が放った言葉を忘れる事は無いだろう。

 

 

『…無いと言ったら嘘になるけど、今はまだ…帰りたいとは思えないな…なんというか、実感が無いんだ。』

 

『…そうか』

 

 

帰りたい。誰だって、一度はこの死と隣り合わせの世界に対してそう願った筈だ。

が、その祈りはこの電子世界では余りに無意味で…途轍もなく無価値なモノになってしまう。人情など何の役にも立たない…嫌でも実感した事実だ。

だが、それでも人々は夢を捨てずに解放を目指してKobを始め、死を覚悟した命がけの攻略を依然続けている。そのペースは、普通なら1週間で1つの所を3つ行くというハイペースなモノ。

そのお陰か、今の最前線は27層…僅か3日で二つも突破しており、この調子でいけば後1年…いや2年でこのゲームを極められると攻略組み達は意気込んでいる。

もちろん、それはキリトの様に嫌われ者や俺の様に自由人も含まれていて、形は違えど皆この世界から脱出する覚悟を決めているのは確か。

 

 

『レイは…この世界から帰りたいか?』

 

 

そして、こうキリトから質問が返って来た時には、思わず得意なポーカーフェイスを崩して…ニヤリと笑ったってしまった。何故?そんなもの…

 

 

『…いや、俺は茅場をこの手で殺すまで、このゲームから退場する気は無い。…俺の命一つで成せるなら軽いもんだ』

 

『…そうか』

 

 

これは現実。夢などではない、正真正銘真実の物語だ。この世界へやって来た瞬間から、俺は迷いなどとうに消し去った。いや、消え去ったというべきか。

ならば…奴をこの手で消す事こそが、俺がこの世界へやって来た最初にして最大の目的。それを成してこそ、俺は新たな‘‘俺’’となれる。善悪など綺麗事の論で片を付けられはしない、白と黒の…光と闇が交錯した‘‘魂’’に。

その歪み正された俺の感情を、キリトが組み取れたかは定かではないが、少なくとも論を唱える気は無い様だった。その後奴とは会っていないが、今もちゃんと生きているだろうか…

 

 

「まぁ心配ばかりしてても…か。…で、あんたは何だ?」

 

「っ!」

 

 

さて、現在に話を戻そう。

今、俺が視線を向ける出入り口にはプレイヤー一人の反応がある。一つは大体2mの扉の前で色々と先程から動いている。多分どうしたら中に入れるかを見ているのだろうが…システムにより中には声も聞こえなければ届かせる事も不可能。

 

 

「…入れよ。あんただろ?俺に用があるのは」

 

「あはは…バレちゃってたか…」

 

 

そうして入って来たのは、背丈の低い一人の幼さを残した少女。歳は…12歳程だろうか?限りなく黒に近い日本人とは思えない紫の長髪を靡かせ、大体150㎝弱のまだまだ幼さが残る白い肌の体を暗めの紫色のレザー系統の装備に身を包み、背中には片手剣と思われる鞘を一つ吊っている。

 

 

「警戒して悪かったな。コレはもう癖になってるからなさ」

 

「コレ?コレってなに?」

 

「…いや、なんでもない」

 

 

…そして少し抜けているらしい。まぁこの年代なら見た目相応に幼さが残っていても不思議でもないか…

演技か素か…それは見れば分かるだろう。

 

 

「で、早速だが…「うわぁ可愛い〜!」っておい?」

 

 

無論、後者だ。

《索敵》スキルを持っているかいないかは知らないが惚けた様な反応からして、間違い無く馬鹿の方のな。

こういうタイプは逆に考えが読めない事が多々だが…こいつもその部類らしく、眼をキラキラさせてアッシュに飛びつく無邪気な様は一見ストレートに感情表現しているが、意外と奥底に何かを抱えている様に視える。

 

 

「ク、クル⁉︎」

 

「可っ愛い〜!ねぇねぇ!これ君のペット⁉︎」

 

「まぁな。それとペットじゃない。そいつにはアッシュってちゃんと名前がある」

 

「へー…アッシュっていうんだ!可愛いなぁ〜」

 

 

が、今はこの馬鹿さ加減に免じて目を瞑ろう。

こういう奴が意外に頼れなくもない事だってあるのだし、何事も可能性が大事だと言うしな。

 

 

「まぁその辺にしてくれ。あんたとは約束があるだろ?」

 

「あっ!そーだった!じゃあ早速行こう!」

 

「ってお、おい!」

 

「クル〜!」

 

 

こうして奴と交わした約束は、俺がユウキに引っ張られる形で家を開始する事となった。

…それがあんな悪夢を目撃する事になるなど、今は知る由も無く…

 

 

 



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砂漠平原

ユウキの容姿はALOの顔立ちに、キリトの上下紫ver.の装備です。
あとキャラ紹介に後筆を加えました。


 

 

…結論から言うとしよう。

 

 

「せいっ!はっ!」

 

「グルォォォ!」

 

「ナイス!はぁぁっ!」

 

 

現在、俺は完全手ぶら状態にある。それは何故か?

それはユウキが目にも留まらぬ速さでワサワサと湧いてくるトカゲ型Mob共をズババーンと斬り裂き、そこに3m程度に巨大化したアッシュが固有スキルの一つ《戦吼(ハウリング・ウォー)》による超音波で傷を負った奴らに一時的なスタン(怯み)状態を付加して隙を作り、またユウキがザックザクと次々にHPを刈り取っていく…という見事な連携が出来上がっている為、完全に俺は蚊帳の外…もしくは第三者の立ち位置にある。…いや、俺‘‘達’’か。

 

 

「あはは…やる事無いね私達…」

 

「…そうだな。まっ、楽出来て良いけどな」

 

「もう…怠けは命取りになるのよ?」

 

「解ってるよ。…まぁ当分は平気そうだがな」

 

 

そうYes・ハンター化した二人から一歩引いた位置にいる俺の隣に立ち苦労顏を浮かべる彼女…レイナはすっかり有名になった血盟騎士団ことKobの副団長であり、普段は今の様にふんわりと柔らかい物腰なものの、戦闘時の気迫は女性とは思えない鬼気迫った気をを発する‘‘白の遊撃手’’の異名を持つSAOでも数少ない女性プレイヤー。

その力は片手剣・短剣・片手槍・弓の四種類の武器を操る臨機応変な戦闘方を得意とし、攻略組みとしても上位に名を連ねる実力者である。

 

実力に関しては今更言わなくても感はあるが、何せ彼女も俺と美弥同様1000人のβテスターの一人として先駆けてこの世界に入り浸った分、この死の世界を生き抜くに対する予備知識は豊富なのだ。相応の実力者であっても全く不思議は無い。

因みに、目の前で我が相棒とドッタンバッタンやってる少女に俺を現在絶賛敢行中のクエストに誘う様促したのは何を隠そうレイナであり、ユウキとはKobに以前誘う為に一悶着あった結果、現在は意気投合した姉妹の様な関係にあるらしい(因みにその際二人がKob勧誘をかけて決闘を繰り広げたが、僅差でユウキが勝利した模様)。

そして、今は俺をクエスト同行者に推薦させた詫びにこうしてギルドから離れ、ユウキも含めたパーティを組んでいるという訳だ。

 

 

「…いつもお前はこんな感じなのか?」

 

「え?あ、うん。人が増えたから各部隊の育成とかね。大体…一部隊6人が今は4つかなぁ?」

 

 

そして俺の問いかけに対しサラッとメンバーの大体を語った彼女だが、つまり現在Kobのメンバーは部下の6部隊×4=24人+アスナ・レイナ(副団長)・ヒースクリフ(団長)の合計27人という事になる。

その内団長のヒースクリフは正念場となる攻略以外は滅多に姿を現さず、実質的リーダー権限はアスナとレイナのW副団長に握られ交互に指導や訓練に臨んでいるらしい。

そんな以上の何処ぞの会社員染みた事を幼馴染みで同い年の彼女が成している、と思うと…

 

 

「…お疲れ様です」

 

 

それくらいの労いは言ってやりたくなる。で、

 

 

「え…あ、ありがとう…?」

 

 

返答は戸惑い気味のコレ。どうも指導者として力を付けても、巷で有名な‘‘女子力’’とやらが上がるわけでは無いらしい。

俺は男でその辺りの方面にはかなり疎い自信があるから解らないが。

 

 

「(まぁいいか…)おいユウキ。ノルマはまだか?」

 

「えーとね〜…うん、まだあと1残ってる。」

 

「一体…か」

 

 

まぁひとまずそれはさて置くとして、俺は手元付近に正方形の形で展開したマップを見やった。

現在、俺達3人と一匹の一行は先日踏破されたばかりの第25層主街区の北方…迷宮区の真反対に位置するフィールドダンジョン(以下:FD)『砂漠平原』に来ている。

名の通り辺り一面真っ平らな砂漠が広がるここは、先程のトカゲ型Mobも然り非常に強い日差しが照りつける灼熱のエリアであり、まだ踏破されたばかりでプレイヤーの姿は俺達以外無い。

そしてそんな激熱砂漠に何用かと申せば…あるクエストの報酬を狙っているからに他ならない。しかも、それは俺達プレイヤーにとって全員が全員恩赦があるエクストラスキル(以下:Eスキル)であり、俺が面倒ながら行く気を起こし、レイナが付いて来たのたもそれが理由なのだ(因みに情報源はユウキ…と通し俺に回したレイナ)。

で、そんなEスキルを報酬とする『灼熱の禁地』と名付いたこのクエストの内容は…

 

 

 

FDに湧くレッドリザードマン×29倒す

FDボスのサンドウェイバー×1を倒す

Eスキル《戦闘治癒(バトルヒーリング)》

 

 

 

…という段取りだ。

因み《戦闘治癒》とは、名の通り時間が経過する毎にHPが10秒間の感覚を開け回復し続ける補助スキルの一種。

これまたゲームによって変わるが、このSAOでは基本減ったHPはポーションやヒールクリスタルなどの回復アイテムを使わぬ限りHPゲージを戻す手段は無い。

そして今、デスゲームと化したこの世界においてHPは最重要の能力であり、無くなればそこでジ・エンドな理不尽極まりない場所。

だからこそ、ここで《戦闘治癒》を手に入れられれば後々命を引き延ばすにしろ戦闘にしろ兎に角大助かりするスキルなのだ。だからこそ…この戦い、負ける事は許されない。

 

 

「二人共。武器の耐久値やアイテムは大丈夫か?」

 

「うん!まだまだやれるよ!」

 

「クルッ!」

 

「大丈夫。しっかり準備したからね」

 

 

気合い十分な様子の二人とアッシュに、内心ホッと胸を撫で下ろす。が、緊張するのも解って欲しい。

ここは何度も言うが最前線の僅か2層下で、このFDの情報は前持って頼りにしてる情報屋に教えては貰ったものの…正直勝てるか怪しい所なのが本音だ。

 

 

「…よし。じゃあ行こう」

 

「うん!/えぇ!」

 

「クルッ!」

 

 

が、それは今更とやかく言う程俺は腰抜けちゃいないし、もう覚悟はとうに出来ている。万が一にも死ぬ事など想像もしていない正に諸刃の剣と言える今の俺達が連想すべき言葉は…

 

 

「…必ず、勝つ」

 

 

その呟きは、ボッボッと砂に音を立て決戦に向かう俺達の足踏みにより消し去られていった。やがてポーションによる回復を終え、更に北へ歩く事5分前後…もう層外周に近づいて来たある範囲へ踏み込んだ瞬間、何も無かった砂の地に突如赤く輝くラインが迸り、それは幾つも伸び繋がり一つのインドで見そうな模様となった。そして…

 

 

『ジュルル…』

 

 

次々と目の前に膨大な数のポリゴンが組み合わさっていき、それは軽く10mはありそうな赤い大蛇《サンドウェイバー》を形創った。

奴はジュルル…と蛇特有の舌舐めずりを鳴らし、10分の1程度のサイズしかない俺達をこことは無縁な海を連想させる青い瞳で見下ろし戦闘態勢を取っている。

 

 

「来た!」

 

「うん…!」

 

「グルル…!」

 

 

それに伴い前衛の俺とユウキはそれぞれ愛剣を、後衛のレイナはまだ使用者は少ない弓を実体化させ、アッシュの背に跨る。特に後衛のレイナには弓を射る間、僅かにだが動けない隙が存在する。もし、そこを狙われれば大ダメージは必死…だからこの戦闘法を考案した。動き回りながら戦えは、少しでも大ダメージのリスクを減らせると思ったからだ。

で、後のやり方は…まぁ戦いながらやるのみだ。

 

「さ…行くぞ!」

 

「「うん!」」

 

「グロロォ!」

 

 

俺とアッシュとユウキとレイナ。

攻略組みでもあり、未踏破の地に命かけ挑み続ける死闘がまた、こうして再び幕を開けたのだった。

 

 



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紅き瞳

 

 

砂漠。それは膨大な量の砂が成す、枯れ果ての都。

これはかつて、現実世界に居た頃…何かの機会に眼を通した文書にそう記述されていた説明文だ。

読んだ時はふーん程度にしか思わなかったが、その都にこのゲームの中とはいえ行く事になるとは想像していなかった。この…枯れ切った大地に。

 

「アッシュ、レイナの指示を良く聞け!レイナは離れてサポートを頼む!」

 

「了解!/グル!」

 

「さ…行くぞユウキ!」

 

「うん!」

 

二人の掛け声を合図に、俺とユウキの前衛組みが『サンドウェイバー』目掛けて左右から走り込んでいく。しかし、

 

『キシャアアーー!』

 

「っうわ⁉︎」

 

「チッ!」

 

それを許す程奴が甘い筈もなく、蛇特有の奇声をあげ濃い紫色の毒霧を吐き出した。が、ゆらゆらと地を這って来るそれをスピード型剣士の俺とユウキがおいそれと喰らう訳も無い。

ユウキは素早くバックステップで後退、俺は上に飛び上がって毒霧を回避し、

 

「喰ら…えっ!」

 

『ギシャアーッ!』

 

飛び上がった勢いで短剣投技《スローイングダガー》を使い、投剣を奴の急所である目玉目掛けて投げつける。

それは真っ直ぐ奴に向かい、やがて刺さった瞬間奴の悲鳴と共に2段あるHPバーがククッと明らかな減少を見せた。

 

「(目が弱点か…!)レイナ!」

 

「うん!…はっ!」

 

その瞬間を俺はもちろん、遠距離戦慣れしたレイナが見逃す筈などない。

直ぐさま左で弓を構え…バッと一気に3本の矢を再び目元に放つ。

それは動き回りながら放たれたとは思えないほどに正確無比に綺麗な放物線を描いていき、全弾が目元に目玉に突き刺さった。

 

『ギシャアァッ⁉︎』

 

「今だ!」

 

「うん!」

 

その光景は中々にグロテスクだが今は敢えて無視し、奴が怯んだのを見逃さずにユウキ共々特攻して…

 

「はぁぁっ!」

 

「せやぁぁっ!」

 

俺は片手剣4連撃技…正方形を描く様に切り上げ薙ぎ払う技《ホリゾンタル・スクエア》を。

ユウキは逆三角形を描く様に切り裂く片手剣3連撃技《トライブ・クロス》でザクザクッと赤いエフェクトを刻み付ける…が、

 

「な…⁉︎」

 

キラキラと派手に飛び散るエフェクトとは対照に、2段あるHPバーは全く減りを見せない。いや、正確には数ドット減ってはいる。が、それはとても‘‘ダメージ’’と呼べる代物ではない。

 

『キジャアァー!』

 

「っ…うわっ⁉︎」

 

「ユウキ⁉︎」

 

そんな俺達の動揺を好機と見たか、奴はガラ空きとなっていた尻尾でユウキをピンボールの如くバンッと弾き飛ばした。が、

 

「つつ…大丈夫!」

 

「…!」

 

只では吹っ飛ばず、不意打ちにもしっかり敏捷型らしく素早い反応で剣を構え、攻撃をガードしていたのだ。

と、いっても流石にフルアーマーの騎士の高ダメージカットのソレには遠く及ばないが…この受け身により直撃は免れている。だが…

 

(俺はまだ平気だが…ユウキは残り7割、レイナとアッシュはいつタゲが向くか解らないリスクがある。あまり余裕面は出来ないな…)

 

何かと奴の一撃一撃のダメージが大きいのが難点だ。

恐らく今ユウキに喰らわせた一撃も、直撃すれば全損まで持ってイカれていたかも知れない破壊力を持っていた。それは仮にも防御したにも関わらず、全体3割も削られている事実が物語っている。

そしてレイナとアッシュの二人も同様だ。今二人は俺達二人から5mばかり後方にいるが、奴の巨体を持ってすれば攻撃を届かせる事も容易い筈。そこらは流石クォーターポイント層のボスと言ったところか…当然手を抜いて倒せる様な甘ちゃんとは訳が違う。

 

「(つまり決着は短期じゃなきゃ俺達に勝ち目は…無い!)」

 

『シャアァー!』

 

そう思考を凝らす最中も、奴は許さんとばかりに巨体を揺らして突っ込んで来る。それを必死に後退して距離を取るが、蟻と人間に等しく必然的な体格差がそれを許してはくれない。…余裕振るのはもう辞めだ。

 

「ユウキ!レイナ!5秒だけ、奴を引きつけてくれ!」

 

「解った!」

 

「了解!」

 

俺が叫んで大きく後ろに飛ぶ、と同時にユウキと片手槍に持ち直したレイナが左右から走り込んで行く。もちろん効果的なダメージは入らない事を承知で、だ。

そうして二人が奴を引きつけている間、俺は一気に5mレベルの巨大化状態となったアッシュに筋力パラメータ全開で背中に飛び乗り、

 

「突っ込めアッシュ!」

 

「グルオォ!」

 

『キシャアアー!』

 

そのまま真正面からサンドウェイバーへ突っ込んで行き、巨大狼が大蛇に体当たりするという映画さながらの見応えのある構図が繰り広げられる。が、今は呑気に視ている余裕などない。直ぐさまアッシュから飛び降り…

 

「良いぞ二人共!下がれ!」

 

「うん!」

 

「頼んだよ!」

 

「あぁ!」

 

再び二人の間を通り抜け、アッシュが押さえつけている奴の体を駆け上がっていき、直ぐに奴の頭付近に到着する。そして…

 

「…!」

 

『ギシャアァッ⁉︎』

 

「「⁉︎」」

 

奴の瞳をギロリと睨みつける。すると一瞬、奴の巨体が停止した…と思った瞬間ドス黒い炎がゴオォッと音を立て燃え上がった。

これこそ数多あるスキルでただ一人、俺だけが持つエクストラスキル…《写輪眼》だ。この名を聞き、色々突っ込みたい読者の気持ちは解る…が、今は後にさせて貰う。

奴のHPバーを一本と半分一気に消し飛ばした事とか、俺のHPバーがきっちり半分になっている事とか。

 

「今だ!」

 

「う、うん!」

 

「うぉぉっ!」

 

「はぁあっ!」

 

まず、俺が六芒星を描く様に切り裂く片手剣上位技《アストラム・リベイン》で奴の顔を斬りつけ、続けてレイナがすれ違い様にズンッと一発突く片手槍突進技《レイニアス・ブラスト》で追撃。

この二撃を弱点の眼元に喰らい、奴のHPバーは残り1割弱まで減少。そして…

 

「はぁぁっ!」

 

『キジャアァ⁉︎』

 

硬直が襲う俺とレイナを追い越し、ユウキがズパン!と空気を打ち鳴らし飛び上がる。

 

「いっ…けぇぇ!」

 

そうして放たれた片手剣上位突進技《ストーム・マジェンティ》は奴の目玉にグサリと食い込み…奴は、第25層FB《サンドウェイバー》は断末魔を上げながらその身を青いポリゴン片へと変えた。

それは俺達が…攻略組み3人と一匹のたった4の数でしかない俺達が初めてFBを倒した歴史的瞬間だった。 その証拠に、技を撃って奥にスタッと着地したユウキが満面の笑顔を浮かべているのだから。

 

「ぃーやった!」

 

「クル〜!」

 

イェーイ!とハイタッチして勝利の余韻に浸る二人に微笑みつつ、ドッと湧き出して来た疲労に任せどすっと地面に座り込む。

ふと視界左上に眼をやれば、俺は文字通り半分、レイナは無傷、ユウキは前述と変わらず残り7割。アッシュも先程取っ組み合った際に若干削られたのか、俺のHPバーの下に細長く表示されたそれは残り8割。…全くトンデモな20分間だったな…

 

「はぁ…こりゃ後が大変だな…」

 

「はは…けど大丈夫だと思うよ?本来ならレイドで挑むパーティなんだし、最前線の手間なんだし。ね?」

 

「だと、良いけどな…」

 

確かにレイナの言う通り、ここは仮にも最前線からたった2下に位置し、強力なモンスターが登場するアインクラッドにおけるクォーターポイントの一つ。当然それに見合ったレベル…俺とユウキのレベル52や2つ下のレイナ程あって丁度良いラインなのだ。

もちろんそれが余裕に繋がる理由は無い。例え層の倍数値を持っていても、それが‘‘絶対安全’’ではなく‘‘二度と戻れない死’’に繋がるのがこのゲーム…理不尽極まりないデスゲームの法(ルール)だ。

 

「(ま、ひとまずはこの達成を喜ぶべきか…)「あーっ!」ん?」

 

「そういえばレイのアレ!HPすっごい減らしたよね⁉︎」

 

と、そんな改めてを思い返している最中ズイッと一気に20cm近くまで整ったユウキの端正な顔が寄せられ、

 

「あー…「そうだよレイ君!」って話遮るなよ」

 

何か取り繕う暇も無く、続けてレイナのこれまた整った顔も至近距離まで寄せられる。お前ら仮にも男に対してダメージ与え過ぎだろ…と、‘‘男”という性を切実に思ったが、実際こうなる事もある程度は予想していた。

ねぇねぇと言い寄る二人にはぁっと呆れ半分やっぱりなの半分の念を込め、

 

「…エクストラスキルだ。《写輪眼》っていうな」

 

「エクストラスキル⁉︎しゅ、出現方法は?」

 

「解ればとっくに公開してる。ある日突然パッと出た以外は謎なんだよ」

 

事実だ。エクストラスキル…直訳すると特殊能力と呼ぶそれは、何らかの条件を満たして初めて入手出来る所謂レアスキルであり、全体の本当に数割程度しか解明されていないのが現状。

そして、その中でも特に入手経路が不明とされているのが《ユニークスキル》と呼ばれ、たった10しか存在しない超激レアスキル。

俺の記憶が正しければ、かつてとある事情で拝見したスキル欄には《写輪眼》などというスキルは無かった。つまり、これはユニークスキルの可能性が限り無く高い。

が、同時に公表すれば大半が嫉妬深いネットゲーマーであるプレイヤー達に袋叩きにあう可能性がある。それを俺の言葉から理解したのか、?を浮かべるユウキに対しレイナは神妙な表情だ。

 

「…ま。いずれ知られる事になるんだ、そう重く考えるな」

 

しかし考え過ぎはかえって良くない。もし問題が起きたならば、それこそこの眼で必ず視つけてみせる。この覚悟は決して薄っぺらいものではないし、元より覚悟はこの世界に入ったその時より固めている。

 

「うん…困ったら言ってよ?いつでも力になるから」

 

「あぁ。ありがとな」

 

「よーし!じゃあ帰ろう〜!」

 

「ク〜♪」

 

俺達の第25層フィールドボス攻略は、こうして‘‘歴代最速攻略’’という快挙と共に終わりを告げ、俺達は無事エクストラスキル《戦闘治癒》を習得する事が出来た。

もちろん《写輪眼》の事が後々に広まった事は言うまでも無いが、

 

「えへへ〜ゴメンねLA(ラストアタックボーナス)貰っちゃって。」

 

「気にするな。

 

ユウキがLAでドロップした藍色の片手直剣『時雨』は純粋に良い剣だと思った。が、それだけじゃない。

 

「それより、気になってたんだが…」

 

「ん?なぁに?」

 

「…お前、どうやってこの世界に来た?」

 

彼女の…ユウキという‘‘プレイヤーの存在’’が気にかかったのだ。今の戦いを見て、彼女は攻略組みと頸損無い…もしくはそれ以上の実力の持ち主。なのに、今まで表舞台に一切姿を現さ無かった。ユウキという名を聞く事すら無かったのだ。

 

「…今は…知らない方が良いよ」

 

しかし、疑問に対して返って来たのは歳下とは思えない苦笑の表情と疑惑を深める発言。そして直ぐ、また眩しいまでの笑顔を見せていたので、それ以上は聞く事は無かった。いや、聞いてはいけない気がした。

 

(…お前は、一体…)

 

「レイ君?どうしたの?」

 

「…いや、なんでもない。」

 

この時、俺は聞いていれば良かったのかもしれない。そうしてたなら、‘‘真実’’を知れたかもしれない…そう後悔した事を、あの時の俺は知らない。

 

 



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あの日の背中

 

 

 

唐突だが、この‘‘ソードアート・オンライン’’という世界が始まってから、1年の時を迎えた。その間に合計2500近くものプレイヤーが命を落とし、生き残っている7000弱の内、1000人は第一層『始まりの街』で怯え助けを待ち震える日々だといい、日に日にその数は増え続けているらしい。

が、私達攻略組みの奮闘は先日第42層を通過してからも、決してその歩みを止めてはいない。寧ろ、日に日に加速していると言っていい。この朗報が下層のプレイヤーに伝わっているかは分からないが…そう前向きに願わなければこの先やって行けない。この確たる事実は、攻略という概念が生まれ始めた当時からプレイヤーの暗黙の了解となった。『下を向くな、前を向け』という‘‘解放の意志’’が。

…時は2023年12月25日。現実では聖なる夜を指すこの日が、まさか私にとってあんな転機になるなんて…気にも思ってなかったんだ–––。

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

時は二日前…2023年12月23日に遡る。

この日も私は変わらずソロで迷宮区攻略を気が済むまでやり終え、寒い所が苦手な私にとっては天国とも言える常にの温暖気候の街、第22層《コラル》のホームへ帰る為、日付が変わるまで後僅かな転移門への夜道を闊歩していた。このゲーム特有の後々纏めて襲って来る疲労をドッと感じながら。

 

「はぁ〜疲れたぁ…」

 

と、いうのも、実は最近攻略にはこうしてソロで出かける事が多くなったのが一番の要因だったりする。

もちろん複数でお互いを補い合うパーティも決して悪くは無いけど、ソロは複数では出来ない自由な立ち回りが出来経験値の総取り…という魅力に惹かれたのが理由としてはソレっぽいだろう。

まぁその分、アイテムの使い方一つや攻撃のタイミングの誤差があっという間に命取りになるんだけどね…それにソロプレイにはやはり‘‘一人’’という事実の分、相応の精神力が必要になってくる。特にこの世界では…

 

(そう考えると…やっぱり私の周りは化け物みたいな人ばっかりなんだよね〜…はぁ)

 

《写輪眼》使いの兄とか、ソロでは最強の黒剣士とか、KobのW副団長とか…揃いも揃って化け物クラスの連中ばかりだ。特に兄のレイ–––もう少し名前捻れば良いのに–––はKobの団長に続き2人目の《ユニークスキル》を会得し、今や彼の名を知らぬ者はいないだろう。当人は全く名声や露出を好まない気質なので、あくまで噂程度にだが。

そんな才能を持て余したアイドルの如く目立つ兄に、正直ムッとした事は一度や二度では無いし、常に平らで飄々とした物腰をしている彼の弱みを握ってやろうと思った事もあった(当然の如く勘づかれたが)。けどまぁ、意外と格好良い所があるのは認めてるし、それに結構美形で…って!

 

(何でお兄ちゃんの惚気話になってんの⁉︎これじゃまるで…こ、ここ…)

 

恋人…と口走りかけた我ながら初心なマイマウスに鞭打って黙らせ…

 

「よっ」

 

「きゃあああああ!!?」

 

ようとした瞬間再びMobもびっくりな大絶叫をカマしてしまった。何故?それは当然目の前の何もない空中が渦を描く様に歪み、そこからシュルッと愛しor嫉妬の対象…レイがなに食わぬ顔で現れたデース☆

 

「ってビックリさせんなぁぁ!」

 

「ほっ」

 

その飄々さに例によっては何とやらで怒りが爆発した私は、愛用の細剣『セティ・アサルタ』をブォンと空を切る音を立て突き立てる。が、ヒラリと避けられ、

 

「危ないぞー」

 

「うるさいうるさいうるさーい!」

 

お決まりの煽りから恒例の鬼ごっこが始まったのは言うまでも無い。それは10分近く続き…やがて私のスタミナ切れにより終わりを告げた。

因みに、今し方いきなり目の前現れた現象はユニークスキル《写輪眼》のスキルの一つである《神威》という移動専門の技によるものらしい。

効果は『使用するには転移アイテムの所持不可&回復アイテムの使用・所持がかなり制限される代わり、眼でピントを合わせた場所へ瞬間移動出来る様になる・物資(プレイヤーも可)の強制転移や一切ダメージを受けず幽霊の如くすり抜けが可能となる』…という、最早スキルという概念には収まり切って無いチートや改造呼ばわりも良いとこな便利過ぎる技。

そして効果にもある様に、今彼は転移結晶は全く所持していないし、回復アイテムは見かけじゃ解らないけど少ないのは確かだろう。そして、今はその能力を使い一気に彼の隣に建つマイホームまで移動して来ていたりする。

 

「…ズルすぎるよソレ」

 

「まぁな。だが習得には熟練度980まで上げなきゃならんし、何よりこのスキルはリスクが大きいんだよ」

 

確かにそれは言えてるだろう。回復アイテムはこの世界には言わずもがな必要になる生命線だし、何より彼の言う通り《写輪眼》のスキル全般が半端じゃない習得難易度とハイリスクハイリターンな物ばかりらしい。

 

「ま、恨むなら習得させた‘‘カーディナル’’を恨むんだな。」

 

「む〜…」

 

それもコレも全てがこの世界の自律型システム…カーディナルによって生み出されたモノと思えば、彼の意見も一理はある。

数千はある膨大なスキルの内、たった10しかないユニークスキルは習得条件・能力が謎に包まれている。

で、そんな謎スキルを習得出来たのは決まって突出した能力を持ったプレイヤーで、あと8残るソレもその様に選ばれた者だけが使える様になるのだろう。

 

「じゃ、俺は寝る」

 

が、私の葛藤なぞ露知らず、スキル発言以来黒目を中心に3つの勾玉を浮かべた様な模様になった紅眼で私を見据え、兄は背を向け自宅へ歩いて行った。

 

「あ、うん…おやすみ」

 

そしてそんな彼に届いたかは解らない声を漏らし、私も自宅のロックを解錠し、電気も付けず直ぐさまベッドに倒れ込んだ。何というか…疲れた。

 

「はぁ…」

 

このSAO世界において、疲労はある一定のラインを超えるとドッと襲ってくる。今こうしてグッタリしているのだって、二日間徹夜で迷宮区にいて一睡もしていないからこそ…だと。そう今の今はまでは思っていた。

…今日、兄の姿を見るその時までは。

 

(…遠いなぁ…)

 

ずっと…ずっと見てきた少年の背中。やがて少年は成長し、幼さから一皮剥けた青年となった。

前世からずっと人から軽蔑され続け…人の内に潜む闇を知っている彼の背中を…強くあろうとする兄の背中を…ずっと…

 

「…お兄ちゃん…私…」

 

弱くなっちゃったかな?そう言葉に出す事はしない。

だって、言葉にしちゃったら…もうお兄ちゃんに見てもらえなくなる。私を…見放してしまうかもしれないから…。

だから…この感情は抑えなきゃいけない。迷惑をかけたくないから。もう…二度あんな出来事は嫌だから…

 

(…忘れなきゃ…もう…)

 

そんな何時になく弱々しい‘‘’自分’が嫌になって、いつも強がってる‘‘私’’で抑えてきた。そう、もうこの気持ちをお兄ちゃんに知られてはいけないんだ。

そうだ、そうだと必死に‘‘自分’’に暗示をかけ、何時しか意識を手放した…

 

 

 



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闇と光、兄と妹

 

 

…これは、もう25年も前…まだ兄、零と私、美弥の奏魔兄妹が幼かった前世の頃のお話。

横浜市みなとみらい地区。海に面した横浜を代表すると言っても過言では無い港街。そんな海沿いの街に、ポツンと建つ一軒家があった。

奏魔の名を冠するその一軒家…何の変哲も無い家に、お兄ちゃんと私…奏魔の兄妹は一つ違いで生を受けた。

 

決して裕福ではなかったけど貧乏でも無い…極々普通の家庭だったけど、家族は幸せだった。お母さんは料理関係、お父さんは電子機器関係に携わっていて、なんでも無い日常の会話とか、出来心からのイタズラ…本当に当たり前を当たり前に感じる日々だったけど、それでも…幸せだった。…ある事件が起きるまでは。

 

ある日の休日、何時もの様に自宅で家族4人過ごしていると…突然謎の男達が理由も告げず襲って来たんだ。狙いは私達兄妹の‘‘眼’’。

私達の眼には生まれつき特殊な能力があるらしく、5歳の時に両親から聞かされた時は冗談に思っていた。何故なら…私達の眼は『何らかの転生者の証』だ、と。馬鹿馬鹿しい、漫画じゃあるまいしと当然信じなかったし、今も本当にそうなのかと疑っているのが本音といえば正しい。

 

でも、それが事実と知った時は…もう遅かったんだ。

父と母は襲って来た奴らを足止め、私はお兄ちゃんに手を引かれとにかく遠くへ…ただひたすら遠くへ走った。その結果、私達はまだ来た事も無かった東京の街へ逃げ込み、その後は東京を含む日本中を転々としながら逃げ隠れする日々だった。

この時、事実は時に無慈悲に襲い来るという事を、私達は僅か小学一年生と幼稚園年長の年齢で知った。後々に故郷より遠く離れた京都の地で知った…両親の死によって。

暗く…誰も救ってなどくれない深い闇を、私達はこれから抱えて生きなければならないのだと。テレビから無感情に聴き取れる声が、文字が、情報の全てが。そう語っていた気がした。

 

結果、私達は『他人の悪意を感じ取る』奇怪な能力を会得する事となった。耳を塞いでも拒絶しても血の様に流れ込んで来る‘‘悪意’’が、幼い私達の心を侵食するのは時間の問題だった。それを悟ったお兄ちゃんは、私だけに見せる優しい笑顔でこう言った。

 

 

「俺は闇…お前は光。俺は薄汚れた闇でいい…だから美弥、お前は光の様に明るく笑って生きてくれ。どんな目に会おうと…それだけは忘れるな」

 

 

この時の言葉の意味を、直ぐには理解出来無かったけど、今なら理解出来る。

あの時は意味も理解出来ず只首を縦に振る事しか出来無かったけど、今は違う。あの時、お兄ちゃんは–––––

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

 

「…決別した、でしょ…?」

 

そう、誰もいない部屋に一人…呟いた。久々に眠り込んでしまったらしく、もう時刻は午前8時と若干遅い朝を指していた。普段の私なら『寝坊したー⁉︎』とか叫んで攻略に乗り出す所だけど、今そんな事はどうでも良い。今考えている事に比べれば…

 

(…お兄ちゃんは、あの時…)

 

優しい笑顔で、お兄ちゃんは自分を闇、私を光と言った。決して交われない存在だと…その意味はそのまま言葉の通りだと、あの時からしばらくはそう思っていた。けど、実際は違ってたんだ。

 

(お兄ちゃんはもう、自分が死んでも私を‘‘光’’で居させたいんでしょ?だから…)

 

暗く…先の見えない道を先行して歩く事で、後を続く私が危なくない様に、両親と同じ道を辿らない様にしてくれているんだと。

飄々としてて面倒臭がりだけど、不器用ながら私を護ってくれている。自分は薄汚れた闇だと自ら先を譲って、大事な所は叱ってくれる愛情溢れる優しい人なんだ。唯一の肉親とか妹とか、私をそこまで構う理由の候補は幾つかあるけれど、

 

「‘‘私’’を…見てるんだよね…ホント、馬鹿なのは私じゃない…」

 

ちょっとした事で直ぐキレたり思い詰めたり、本当に馬鹿な自分が嫌になる。これじゃ立派な妹どころか情緒不安定な変態じゃない…ホント、馬鹿だ…

 

「けど、お兄ちゃんが思ってる程…私は立派に妹は出来てないんだよ…?」

 

寧ろ全然…普段らしからないネガティヴな妄想を展開させようとしていると、

 

「…ん?」

 

キンコーンとチャイム音が鳴り響き、予期していなかった為ビクッと肩を震わせ、同時に《索敵》を発動する。

最近熟練度900を超えたこのスキルは、この死の世界にやって来たその日から欠かさず上げている自慢できるスキルの一つだ。で、その能力の一つであり最近出来る様になった《透視》で玄関辺りを透かし見た…のだが、

 

「…へ?」

 

発動時特有–––例えるとサーモグラフィーの様な色合い–––の視界に収まったのは、思わず口から間抜けな声を溢してしまう程意外な物…いや、プレイヤーだった。

身長は縦2mピッタリのドアの半分よりは上、男性にしてはかなり長く腰近くまで伸びた右目を隠す程の長髪に、全体的に動きやすそうな薄生地の服装。

そんな一風変わったプレイヤーなど、私の知り合いには二人しかいない。その内髪が長いのは…

 

「…お兄ちゃん?」

 

今正に私の心中にある人物…お兄ちゃんその人だった。

男にしては細身なシルエットや長髪など、私が知り得る中で彼以外当てはまる人物はいない。

すると、彼も《透視》を発動したのか、壁越しでも伝わる威圧感を発しながらピッタリ眼を合わせパクパクと口を動かす。

 

「えと…『は・や・く・あ・け・ろ』早く開けろ?…って!」

 

が、やはり相変わらずな兄に内心『もう少しマシな言い方は無いの?』とツッコミとズッコケたい衝動に駆られかけたが、それより速く玄関のドアを内に引き開ける事で何とか抑えた。若干手足の端々がピクピクしてはいるが。

 

「どうした?また無茶な攻略で寝不足にでもなったか?」

 

で、早々にコレである。もちろん冗談なのはフッと僅かに緩められた眼を見れば解る…が、会って早々に皮肉を飛ばす辺りは変わっていない。寧ろ、変わったのは私か…

 

「…本当にどうした?お前らしくないぞ」

 

そんな覇気が無い私を疑問に思ったのか、態度を変え静かに質問する彼だが、

 

「…私らしく無い…か。」

 

今口を吐くのは、確かに覇気の無い言葉。普段の私が見たら叫びそうな位の後ろ向きな態度と表情。ソレを良く知るお兄ちゃんは何を感じ取ったのか、

 

「…ひとまず座れ」

 

「えっ、あっ…」

 

私よりも下な筈の筋力値でグッと右手引っ張り、ぽすっと奥のベッドへ座らせ、彼自身も隣に腰掛ける。

最近…というか今まで誰かに手を握られた事など無かった私にとって‘‘人の温もり’’というのはかなり衝撃的で、暫く軽い放心状態となっていた。

 

「…あの…お兄ちゃん…?」

 

しかしそれでも何とか言葉を口にするが、対する彼は全くの無表情…真剣味を帯びた表情を覗かせたまま無言で眼を閉じているだけ。毎度思うが、感情の読み取れなさは本当に同じ人間か?と疑いたくなる位、いっそ二次元の世界に居そうな何処ぞの冷徹なラスボス並みに読めない。すると、

 

「…お前、何か悩み事でもあったか?」

 

「…っ…⁉︎」

 

その一言に、短く少年にしては低めなテノールボイスに、思わずビクッと肩を震わせてしまった。だが彼はまた、

 

「お前が俯く時は、決まって何か悩んでる時。…まだ誰にも話して無い様な事だろ?」

 

「…!」

 

と、無感情な声で淡々と告げる彼の言葉を聞いて、漸く私は彼が家に来た理由が解った気がした。

只、純粋に私を心配して様子を見に来たんだ。他意は全く無しに、妹である私を心配して。しかし、私が依然反応を示さないのを見て何を思ったのか、

 

「ま、今言えとは言わない。…が、なんなら少し付き合え」

 

そうあっけらかんとした口調で言い、

 

「え?ど、何処…「行くぞ」ってちょ、ちょっと⁉︎」

 

「そらっ!」

 

ぐいっと私の右手を引っ張ってドアを開けたかと思えば、急に上に投げ飛ばされ、

 

「あ…アッシュ?」

 

「グル!」

 

巨大化したアッシュの背中に乗せられた。

正直何が何だか頭が追いついて無い私を他所に、お兄ちゃんも背中に飛び乗ると、

 

「さぁ…全力疾走だアッシュ!」

 

「ワァオォー!」

 

「え…ってひゃああああああ⁉︎」

 

アッシュの遠吠えと共に物凄い勢いで景色が横へ凪ぎ始めた。無論、それは相応に半端ない速度が出ているという訳で…

 

「止めてえぇぇ⁉︎」

 

「えー?聞こえないぞー!」

 

「えぇ⁉︎な、何でよぉぉぉ⁉︎」

 

その後数時間、私は駆け回るアッシュの背中で地獄のジェットコースター気分を味わったのは言うまでもない。…でも、

 

「…ぷっ…ふふふ…!あははははは!」

 

「…へっ、アッシュ!」

 

「グル♪」

 

何でかな?物凄い大声で叫んでたら…心にあったモヤモヤがいつの間にか何処かへ消えちゃって、途中からは大声で笑ってたんだ。それから数時間はずっと…楽しかった。まるで、家族で過ごしていた無邪気だったあの頃の様に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて日が暮れ、冬特有の肌を突き刺す様な寒さを回避する為、私はお兄ちゃんの家に来ていた。

その途中は無言だったけど、頭は妙にスッキリしてた。何故かは…私自身が一番良く解らなかったけど、何というか…

 

「スッキリした…のかな…?」

 

頭の中がスーッと軽くなって、嫌な事なんて冷水を浴びた時みたいに頭から消えてってた。朝は散々…それこそ夢に出てくる位悩んでたクセにね。ホント、‘‘私’’って女は馬鹿な人間だ。

 

「…そうか」

 

お兄ちゃんには、もう思い切って全部話した。

情緒不安定な話し方で、過去の事も…お兄ちゃんの期待する生き方が出来てるか不安な事も…途中からは楽しくなって高笑いしてた事も…全てをありのままに。

その中で彼は笑う事も無く、話を遮る事も無く無言で私の話を聞いていた。途中、頷いたり息を飲んだりはしてたけど。

 

「…以上が、私の悩み事…です」

 

で、吐き出せるだけ吐き出した後は言った分だけの羞恥心に襲われ、俯きながらチラチラと隣に座るお兄ちゃんの顔を探っていた。

そんな私を知って知らずか、そうか…と最早お決まりのタイミングで呟いたかと思えば、

 

「…すまなかった」

 

「…っ…!」

 

紅く…見るだけで相手にプレッシャーを与える血色の瞳に『後悔』と言葉通りの『謝罪』の表情を浮かべ、深々と頭を下げたのだ。

もちろん今までこうして謝られた事など無かった。いや、そもそも彼は人に礼を言う様な素直な人間では無かったと記憶している。が、

 

「…あの時、お前は今にも闇に飲まれてしまいそうだった。だから、少しで良いからそれを救ってやりたかったんだ。…最も、それは一番良くない方向に働いてしまったみたいだがな…」

 

後悔の色を濃くして語る彼の姿に、またもや何も言えなくなってしまった。それは兄としての責任感や、同じ奇怪な眼を持つ唯一の肉親である彼の感じた‘‘後悔の念’’を強く感じたからでもあるし…

 

「私を…救いたかった…?」

 

この一言が、私にとっては意外の一言だった。

今まで人々に疎遠され続け、それを隠す為明るく振る舞って来たのも、全ては兄の…お兄ちゃんのあの時の言葉を守りたかったから。

それは私が好きに生きて来た証でもあるし、その報いを感じ始めていた…と、そう思っていた。

 

「…あぁ。お前と俺は光と闇。それは腐っても変えられない…ある種の運命の様に感じ、受け入れていた。昔はな」

 

「……」

 

「…が、どうやら人間というのは面倒な生き物でな。どちらかを断ち切るなんて事は出来ないらしい。表があって裏がある様に、人間には光という‘‘表’’と闇という‘‘裏’’の両方が必要なんだと、最近ある奴に気付かされた」

 

でも、結構難しく考えた子供のお飯事だった。

当たり前な事を、当たり前に経験した事が無かった…ただそれだけ。

『出来ない事を悔しがり、ネガティヴになってしまう』という‘‘当たり前’’を、私は経験出来た。只…それだけなんだ。

 

「…はぁっ…やっぱり私、まだまだ子供だなぁ…」

 

道理で馬鹿馬鹿しく感じた筈だ。そもそも悩む必要の無い事で悩んでたんだから、これじゃまるっきり子供そのものじゃない…が、

 

「…良いんじゃないか?」

 

「え?」

 

「確かに今回、お前は悩む必要は無かったかもしれない。が、これでまた一つお前は学んだ。それでチャラで…良いんじゃないか?」

 

この一言である。…ホンット、

 

「…お兄ちゃんには敵わないよ」

 

「当たり前だ。そう簡単に超えられてたまるか」

 

「あはは…そっか」

 

お兄ちゃんは…やっぱり私の自慢のお兄ちゃんなんだね。…あ、決してブラコンじゃないよ?そっち系じゃないから。純粋に…ね?

 

「じゃ、明日から私とコンビ組まない⁉︎」

 

「断る。俺は自由にやりたい派なんだ」

 

「えー⁈…じゃあお兄ちゃんの‘‘アレ’’、バラすけど良いの?」

 

「好きにしろ。寧ろ恥ずかしいのはお前だぞ‘‘アレ’’は」

 

「うっ…」

 

その日、私は純粋にお兄ちゃんとの会話を楽しんでいた。

使命感からではなく、妹でもなく…只一人の人間として、純粋に。

私の周りは変な人ばかりでお兄ちゃんも漏れなく含まれるけど、何というか…強い人達だなぁと再認識させられた1日だった。そして…

 

「…あ、お兄ちゃん。明日誕生日だよね?」

 

「ん、そうだったか…?」

 

実は明日、兄、零は15歳となる。桐ヶ谷家の長男、キリト(和人)さんとは同い年である。が、当人はその事は記憶に無かったらしく、

 

「もう…自分の誕生日位覚えときなよ〜」

 

「ハイハイ…ま、俺も15か…老けたもんだな」

 

「お爺ちゃんみたいだよお兄ちゃん…ま、誕生日おめでとう」

 

「…ま、ありがとう」

 

…人は光と闇、言葉では表しきれない大きな大きなモノを抱えて生きている。

まだまだ私なんかは情緒不安定な部分はあるし、相当大人びた兄に助けられてばかりだけど…でも、

 

「絶対、この世界から抜け出そうね?」

 

「…あぁ。必ず」

 

少しは…前に進めたかな?

 



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恋する副団長

今回から数話はレイナ視点です。


 

2024年5月15日。

このゲームが始まってから、もう一年と半年過ぎもの長い時が過ぎ、依然行われ続けている‘‘攻略’’も、先日遂に60層台に突入した。依然、未知に対する皆の恐怖心を隠しはきれないのは事実だけど、それでも私達Kobを先頭に、確実に一歩一歩前へ進めていると思う。

そうして攻略に明け暮れる毎日の中、私…玲奈にとってある転機となる出来事が起きる事となるコトになるなど、知るよしも無かった–––

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「…インゴット?」

 

そう、たった今放たれた言葉を復唱するKobのW副団長の片割れこと私、レイナ。そんな私は今、久々に取れた休みを利用し、昔ながらのロシアチックな風情が特徴の第48層リンダースへ来ていた。で、その街の中心地に建っている知り合いが運営する鍛冶屋に、もう片割れのアスナ共々来店していた。

で、今は贔屓にさせて貰ってる女主人から、とある魔石––武器等を生成する専用の石––の話を聞かされている真っ最中である。

 

「そ。それが最近55層で見つかったらしいのよ」

 

そんな鍛冶屋の女主人こと、エプロン姿でピンク色の髪とそばかすが印象的な少女…リズベット––愛称はリズ––は、隣に座るアスナ共々第4層の街で知り合って以来、事ある毎に仲良くさせて貰ってるメイス使いの女の子。活発的な性格をしていて、所謂姉御系キャラの彼女は、私とアスナとは旧知の間柄。

で、そんな彼女に何を聞かされていたかというと、第55層にある山岳地帯で、強力な武器を生成出来る魔石…通称インゴットの上位種が見つかったらしいという情報。そこら辺は流石鍛冶屋というべきか、武器関連の情報収集には昔から余念が無い。

 

「ま、まだ確かな情報は入って無いから、挑戦した人も少ないんだろうけどね」

 

「そっか。でもインゴットかぁ…ちょっと憧れるなぁ…」

 

通常、プレイヤーの持つ武器は製作武器(鍛冶屋が生成した武器)とドロップ品(戦闘による景品などで入手した武器)の二種類に分類され、基本ドロップ品はプレイヤーメイドに比べて優秀な物が多い。…が、

 

「…何よ、あたしの剣は不服って言いたいの?」

 

「ち、違うよ⁉︎そういう意味じゃなくて!」

 

「あはは…」

 

この様に、ドロップ品に対して鍛冶屋はあまり良い印象を持って無いのが通例だ。

プレイヤーが創り出す剣より、戦闘で手に入る方が運に頼る分ステータスが高い事が殆どであるから。

しかし、世の中例外というモノもある。事実、私とアスナが今腰と背中にそれぞれ吊っている片手剣と細剣はリズが丹精込めて創り上げた力作。使い心地は勿論、ドロップ品にも決して引けはとっていないと断言出来る。まぁその話はさて置き…

 

「「ジーーッ……」」

 

「な、何?どうしたの二人共?」

 

ジーーッと文字通りアスナを見つめる私とリズ。その理由は実に単純。いや、賢い読者の皆様なら勘付いてる事だと思う。

 

「…アスナ、最近恋してるよね?」

 

「…え?」

 

「そうね。もう発せられるオーラが違うもの。あんた…何かあった?」

 

そう。アスナから感じられる雰囲気が、この僅か2〜3ヶ月で劇的に軟化しているのだ。以前までは何人も油断を許さず、それこそ剣の如き鋭さを持つ少女…だったけど、最近の彼女はそれがやたらフワフワした優しげなモノになっている気がしてならない。

その根源が何かとなれば…女性ならば‘‘誰かに恋をしている’’という可能性に辿り着くのは最早必然じゃないだろうか?それを聞いてアスナはボーッとたっぷり10秒間位放心して…

 

「えぇぇぇぇぇっ⁉︎///」

 

ボンッと頭からこの世界特有の少々オーバーな感情表現による湯気を、同じくらいオーバーな声量の絶叫と共に沸騰させた。

…まぁ実を言えば、私はアスナが誰に恋をしてるのか知っていたりするのだけれど、それを今言えば更に暴走するのは眼に見えているので止めておこう。

 

「だ、だだだっ誰がそんな事⁉︎」

 

「お?やっぱり図星ですかい?」

 

「う…///」

 

で、更にはアスナ自身がこの慌てっぷりなのもある意味一因といえばそう。頬を染めてモジモジしてるのも、耳に普段は付けもしないイヤリングを付けている事も。全く…恋する女とは同性ながら恐ろしい行動力だと彼女を見ているとしみじみ思う。

ま、アスナを恋の話題て弄るのはさておき、第55層のインゴットの件は今日偶々予定の空いていた私、言い出しっぺのリズ。そして…

 

「送信…っと」

 

今手が空いている知り合いで、真っ先に思い浮かんだプレイヤーにメッセージを送り、返信が来るのを待つ為ふぅっと木製の丸椅子に腰掛ける。が、

 

「ねぇ、ホントに良かったの?」

 

直後、リズが同じく丸椅子に座りポツリと言った。疑惑の色を強めて。

 

「ん?何が?」

 

「そのレイって人。信用出来るの?」

 

今メッセージ送ったプレイヤー…レイ君と会った事の無いリズは、少々警戒心を抱いている様だった。

当然といえば当然。幾らリアルの素顔がそのままアバターとなっているこの世界とはいえ、元はMMOという各自がバラバラの場所からネットの世界に集うという‘‘ゲーム’’なのだ。疑いや警戒の心構えもイザという時役にたつかもしれないのだから、あって困る事はない。

現に、私達三人はリアルでは一度も会った事の無い他人そのものだけど、今はこうして仲良く出来ているのだって‘‘情報’’を持っているからこそ。

 

「大丈夫だよ。彼とは付き合い長いし、少し変わってるけど良い人だから」

 

「ふーん…まぁレイナが言うんだから大丈夫か…ごめん」

 

「気にしないで。多分…」

 

「?」

 

また直ぐ疑いたくなると思う…と喉まで出かかった言葉を飲み込む。アスナやシリカちゃんとかなら笑って流してくれそうだけど、彼女にはちょっと…もしかしたらキツイキャラかもしれないから。すると、

 

「あっ、メッセージ来たよ」

 

ポン!という響きのある効果音と共に、メッセージが届いた事を知らせるNew!のマークが出現した。送り主はもちろん《Rei》。

 

「お?何て何て?」

 

「えーっとね…」

 

で、早速New!の文字がついた封筒をタップし、内容を読んでみると…

 

 

『解った』

 

今55層の転移門辺りにいるから、

そこで合流しよう。

アッシュは今日いないから

そのつもりで。

あと、これはいつかのお礼だ。

 

Rei

 

 

…と、書かれていた。

更には回復アイテムである《ハイポーション》がお礼という名目で2個添付されていて、このたった3分弱でどんな早打ちをしたのかなぁと、つい想像してしまう。

 

「何て?」

 

「大丈夫だって。アスナはどうする?」

 

「う〜ん…行きたいのは山々なんだけど…この後会議が入っちゃってて」

 

まぁひとまずは彼の合意に安心し、さりげなくアスナに問う。実を言えば、今彼女がこうしてのんびりしている事自体がかなりレアな瞬間だったりする。普段から副団長として皆を引っ張り、規模を増してきたKobを纏める総監督の様な位置であるから。

参加の賛否は発言の通りだけど。

 

「そっか…じゃ、研磨頼める?」

 

「よしきた!アスナもやっとく?」

 

「そうね、お願い」

 

さて、イザフィールドに行くとなれば、相応に準備を整えなければいけないのは必定。

そして‘‘研磨’’とは、その工程の中でも重要事項ベスト5に入るプレイヤーにとって大切な作業であり、具体的には『剣を磨き、耐久値をフル回復させる』というもの。

この世界に存在するありとあらゆる物・武器は耐久値(破損する迄の数値)があり、今私達が身に纏う服にだって勿論設定されている。その為、プレイヤー達は攻略へ行く前に鍛冶屋へ立ち寄り‘‘研磨’’をして貰うのが常識なのだ。

と、その間もリズは私の片手剣《エトワール・クランテ》とアスナの細剣《ランベントライト》をそれぞれ砥石に当て磨きあげていく。彼女曰く研磨の作業自体特に操作性は無く、剣を回転する砥石に当て続ければ良いらしいけど、黙々と作業を行う辺り、お座なりに使う気にはなれないみたい。と、

 

「よし!出来た!」

 

「ありがとリズ!」

 

「毎度あり!」

 

まず急ぎのアスナに細剣を手渡し、代わりに代金1000kを受け取るリズ。研磨は武器の質によって値段が変わり、中でも千kは上位に位置する。が、そこら辺の金策は予めギルドでキチンと振り分けてあるので問題は無い。

 

「じゃ、あまたねレイナ、リズ!」

 

「うん!アスナも頑張ってね!」

 

「えぇ!」

 

そうしてアスナは新品の如くピッカピカに磨き上げられた愛剣を腰の鞘に収め、‘‘閃光’’の名に恥じない速度で店を後にした。で、

 

「じゃ、私のもお願い」

 

「ほいきた!」

 

アスナの後ろ姿を見届け、私も鞘から愛剣を引き抜きリズに手渡す。実を言えば、まだあと3つ武器が私の手元にはあるのだけど、最近は前衛をやる事が多かったので片手剣以外は耐久値に余裕がある。余程の事が無い限り、武器は一発で消し飛んだりはしないし、そもそも私の戦法は《クイックチェンジ》により武器を使い回しするスタイルなので消費が少ないという利点がある。そうして待つ事5分弱…

 

「出来た!他の武器はどうする?やっとく?」

 

「いや、今は良いよ。また今度にする」

 

煌めきを取り戻した愛剣を受け取り、質問を返しながら念の為、腰に短剣も装備しておく。一撃の威力なら最下級の武器である短剣だけど、その分隙が小さく連撃に繋げやすいから。

 

「そっか。じゃ、行きますか!」

 

「うん!」

 

リズが運良く客がいないのを見計らい、休店の立て札をドアに吊るしたのを待って、私達は転移門へ歩き始めたのだった。…まさかあんな珍事になるとも知らずに。



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紙一重

 

 

「転移《グランザム》!」

 

転移門の淡い青色の光に包まれ、第55層の名を叫ぶ。

すると瞬間、転移時特有の浮遊感が身体を駆け抜け、やがて終わった…と同時に眼を開ける。そこは先程のリンダースの街とは一転、無骨な黒鉄が全体に張り巡らされた別名鉄の街と称される第55層の街《グランザム》に私達はいた。

因みに、ここは1月前我らが血盟騎士団の団長ヒースクリフが新たな拠点地と定めた街でもあり、現に転移門から見た視界右手には赤を基調に白の十字架が描かれたKobの旗が風に靡いている。

が、今はギルドに立ち寄る用は無い。

 

「よしっと。で、レイって奴はどこにいるの?」

 

「確か転移門の辺りにって…あ!」

 

早速《索敵》効果の一つである遠近補正をかけ辺りを見渡すと、その人物は直ぐに見つかった。

肩甲骨付近まで伸ばした黒の長髪に、背中に赤白の団扇の模様が描かれた灰色のコートを着用した少々背伸びした感がある小年の姿が。

 

「ん?おぉお前らか」

 

すると彼も私達の気配を感じ取ったらしく、仰け反りながらまだ幼さが残る逆さ見るレイ君。

 

「お待たせ!待った?」

 

「まぁ…10分位か?」

 

いつ見ても奇怪さを感じさせる紅眼を細め、私達に向き直った。本人曰く、彼の両眼に浮かんだ模様は、私達が産まれたての位の時代に白熱していた作品に登場した‘‘能力’’の表れらしく、茅場 晶彦はこの作品のファンか何かだったのかもしれないと彼は言っていた。

で、更に言えば発現以来、黒目を中心に浮かんだ3つの勾玉模様はそのまま残っているようで、本人は結構気に入ってるとの事。

 

「…で、あんたが噂の鍛冶屋か?」

 

「えぇそうよ。リズベット、リズで良いわ」

 

「そうか。俺はレイ」

 

そしてリズに眼をやり、友好的な雰囲気を漂わせている事に速くも気づいたのだろう。握手を交わす彼の眼は警戒心を緩めている様な気がした。気のせいかもしれないけど。

 

「…行くぞ」

 

と、思ってる間にレイ君はクルリと反転してスタスタと西の山へ歩き始めたので、

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

「待ってよレイ君!」

 

彼に続き、数歩分後ろから私とリズも続く。何か話すでもなく、只…黙々と西の山へ歩いて行く彼の後ろ姿は、やはり実年齢には明確に不釣り合いに備わった肝の据わり様がある様に見える気がする。それは転生してから長年一緒にいる私には分かるし、何より彼自身が歴史上の偉人達の様な気質、覇気を持ち合わせている。つまり…

 

「(貴方は…やっぱり‘‘あの人’’の?)「レイナ!」っ何?」

 

「どうしたのよ?さっきからアイツの事ジッと見て?」

 

「…!な、なんでもない!」

 

…いや、決めつけるのはまだ早い。

確かに私と彼、それからミリアは‘‘転生’’という奇怪な事象を経験した。それは享楽的とも言えるし、ある種の大馬鹿とも言えるだろう。

もしあの時、シュルトが話を持ちかけて来なかったのなら…私は今までと変わりなく有宮 玲奈として生を全うしていただろう。

それを打ち崩した元凶が目の前の彼であり、生まれて初めて自分から抱いた芽の様に小さな‘‘興味’’だった。やがてそれは光を浴びて大樹に成長していく様に、私の中でどんどん大きくなっていった。それはこの死の世界に来ても変わらない。だから…

 

(この気持ちの答えを見つけるまで…貴方の背中を追い続けてみせるよ。例え、貴方が‘‘あの人’’の生まれ変わりであったとしても…)

 

「ちょっと?本当に聞いてる?」

 

「…うん。行こう、リズ」

 

へ?と抜けた声を漏らすリズの手を握り、少し速度を上げて彼を追いかけたのだった。その一方〜

 

(…お前には視えるのか?俺の…自身でも解らぬ闇が…)

 

彼もまた…一時の思考に耽っていた事など、私は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「…ねぇ、レイナ」

 

「何?リズ…」

 

雪山に着いてから大体30分弱。私達一行は主街区《グランザム》から5キロ程西、季節外れの吹雪が激しく舞い散る山岳地帯にいた。

あまり知られてはいないが、中々にレベルが高い強力なモンスターが出現し、経験値がワンランク迷宮区より上に設定されているのが特徴である。事実私達のパーティの経験値振りを【均等】にしている為か、先程から攻め入っている内に私とリズはレベルが一つ上がった。

が、それだけならまだ良い。問題は…

 

「…何でアイツは一人で20体も相手にしてるのかしら…?」

 

何故、数m先の彼がまるで原始人の様に毛深い猿型Mob…マウンテッドエイプ×20に囲まれ、それで尚圧倒しているのかという事だ。

理由を挙げるとすれば、『動きが単調で読み易い』『彼の実力が圧倒的』の二つに絞られ、超高確率で後者が当てはまる以外は思いつかない。

具体的に言えば、恐らく《写輪眼》によるスキルなんだろうけど…だからって一瞬で猿達と立ち位置を入れ替えたり、いきなり黒い炎を発生させるのは流石にチート極まりないと思う。

 

「…多分、何かのスキル…じゃないかな?」

 

だから、こう口にする他無い。リズは彼がユニークスキル使いである事を知らないし、彼女を信頼してない訳ではないけど、言いふらす可能性も無きにしもあらずなのもマズイので黙っておいた。私を含む数人が知る発現条件含め、色々とチートが過ぎる技だから…

 

「どうした?」

 

「ひゃわっ⁉︎」

 

こうして隣に瞬時に転移して来る事含め、彼は色々他のプレイヤーとは違う。そう嫌でも実感してしまうのが彼と共にしていると常に感じる。

 

「…俺を幽霊か何かと勘違いしてないか?」

 

「ふぇっ⁉︎え、えーと、これは…その…」

 

今の様にテンパってしどろもどろになってしまうのだって、彼の前だけだ。本当にそう…であって欲しい。

そんな私を、血のように鈍い紅の眼を細め見ると、

 

「….まぁ良い。で、ドラゴンってのは何処にいるんだ?」

 

「あ、えーと…確かこの辺に…」

 

そこまで今まで黙っていたリズが言った時だった。

 

「…ん?」

 

突然、10m程前方の上空にバスケットボール程の大きさの透明なオブジェクトが出現したのだ。ゴツゴツと岩の様なそれはどんどん連結して規模を増していき…やがてソレは私達の十倍はある巨大な龍の姿となった。

 

『グオォォー‼︎』

 

「でっ出たー⁉︎」

 

で、ガンガンに殺気を感じる龍の咆哮に、戦闘経験が少ないリズは悲鳴を上げ、レイ君は背中の鞘から無言で愛剣を引き放ち自然体で構え、私も右手に片手剣、左手に投擲用のクナイを握りドラゴンを見上げる。

 

「リズ!後ろの岩に隠れて!戦闘は私とレイ君でやる!」

 

「わ、解った!」

 

「レイ君。序盤はブレスと踏みつけ攻撃だけだから、君はドラゴンを引きつけて。私は弱点を探るから」

 

そして説明の間、リズが運よく近くにあった岩…元い巨大な水晶に身を隠した事を横目で確認する。

普段なら戦う前に言うのが通例だが、今はKobの小隊を引き連れている時とは違い3人だけ。この人数なら隙あれば撤退も可能。もちろん相応のリスクも伴うが、それを瞬時に理解したらしく彼は無言で頷き、

 

『グルル…』

 

「…お前に恨みは無いが…許せ」

 

「(速い!)」

 

目にも留まらぬ助走からドラゴンめがけ斜め右…首の付け根辺りに雪を撒き散らしながら跳び、すれ違い様にズパンッ!と効果音を響かせながら切り裂く。が、

 

「チッ、手答えが無いか」

 

『グルル…ガァッ!』

 

「おっと!」

 

激しく飛び散った赤いエフェクトとは裏腹に、ドラゴンの1段のみのHPバーはあまり目に見えた減りは無い。が、それは想定内。

何せ彼は敏捷値に7、筋力に3振ったスピード型のプレイヤーであり、一発の威力というよりは手数の多さで攻めるタイプだからだ。今のは攻撃箇所が弱点では無かったのも含め、単にダメージが入らなかっただけの事。

でも、それは裏返せば比較的隙が少ないブレス攻撃をアッサリ避けられる反射速度の現れでもある。

 

「褒美だ。受け取れ!」

 

『ガァァッ!』

 

そうしてブレスをジャンプで回避したかと思えば、そのままドラゴンの体に飛び移りキュキューン!と空を裂く音を立てて顔→首→胸→膝→足と降下しながら次々に赤いエフェクトを刻んでいき、その度HPがガクンガクンと減少する。しかも…

 

「(見たところ胸が弱点みたいね…)レイ君!」

 

「おう!」

 

胸に攻撃を入れた時が特に減少が大きかった。つまり、弱点である胸に強力な攻撃を叩き込めば早期決着が出来るという事を表している。

 

「はっ!」

 

『グッ⁉︎グォォ…!』

 

ならばやる事は一つ。間隔6m強位置にある胸を集中攻撃する他ない。それを確かめる為私は左手のクナイ、レイ君は短剣を投擲したが、全弾とも見事命中しドラゴンは呻き声を漏らす。

しかも私のは只のクナイじゃない。アレは刺さっている限り、対象に《貫通ダメージ》を与える特殊品であり、現に視界右側のドラゴンの顔付近に浮かぶ一段のHPバーは、ジワジワとだが減少し始め、イエローゾーンに突入する。

 

「離れろ!」

 

「うん!」

 

そして彼の合図で、私と彼は一緒に素早く後ろに飛んだ…次の瞬間、

 

「…《天照》!」

 

『グルオォッ⁉︎』

 

凄まじい黒炎がドラゴンを包み込んだ。HPバーはその威力に比例して一瞬で消し飛び、ドラゴンの巨大は膨大な青いポリゴン片となって爆散した。それは戦闘開始から、体感で僅か5分前後といった時の事。

もちろんこの結果はレイ君のHP半分を犠牲にして放つ対Mob専用技《天照》の威力あってのモノであり、そうでなければ苦戦は必至であろう相手だった。

 

「…終わったか。さっきのクナイは流石だな」

 

「そう?殆どレイ君が倒した様なものじゃない」

 

まぁ実際はチョチョイとたったの数分で倒してしまった訳だけども。

 

「…すまん、つい戦闘狂の血が騒いでだな…」

 

「はぁ…まぁ今に始まった話じゃないけど、今度は私にやらせてよね?」

 

「ハイハイ…ん?どうした?」

 

「あ…あんた達半端無さ過ぎ…」

 

お陰かリズは本日何度目とも知れない驚きの表情を浮かべていたりして。まぁ気持ちは解らなくもないけど、やっぱりこうしたシビアな戦闘経験が少ないのが一番の要因なのかな?と、思わず苦笑を浮かべていた時だった。

 

「…なぁ、お前はインゴットとやらをドロップしたか?」

 

戦闘が終わったにも関わらず、感情が読みにくいが浮かない顔つきで私に問いかけて来たのだ。他人からは不可視となっていて解らないが、恐らくはアイテムストレージに当てた人差し指を何度も上へ下へ往復させながら。

が、質問の内容に私は小首を傾げる。

 

「え?でもLAはレイ君じゃ…?」

 

LAとは、その名のまま『最後に攻撃した者に与えられるボーナス』の事であり、《写輪眼》による反則級の攻撃で仕留めたとはいえ、彼が最後に攻撃をした事に変わりは無い…筈なのだが。

 

「それがな…ホレ」

 

すると私が疑問を持った事を察したらしく、不可視となっていたメニュー欄を可視状態にして私達に提示させ、私とリズに見せて来た。

よくRPG系ゲームで見かけるきっちりとした長方形のカテゴリには、皮系の素材や食材など特に変哲が見受けられない物、彼が今装備しているであろうアイテム名などが所狭しに横文字表示されている。

他人のアイテム欄をこうして覗くのは初めてなので、同じ仕様なのに少し新鮮味を覚えたが、それ以外見た所彼が疑問を抱きそうな物は無い。

 

「…特に変な所は無いみたいだけど?」

 

が、そう思った事は直ぐ掻き消される事になる。

 

「いや、LAが見当たらないんだよ」

 

「…!」

 

LAが無い。このたった5文字の言葉で、ようやく彼が言わんとしている事が解った気がする。『LAを取った筈の自分のアイテムストレージに何故それが無いのか』と。それはつまり、

 

「…あのドラゴンがボスって訳じゃないって事?」

 

「えぇ⁉︎あ、あんなデッカいのを倒したのに⁉︎」

 

「それなら辻褄が合う。という訳だ、今回は戻るぞ」

 

そう淡々と述べると、彼はまるで目的を達成したかの様にスタスタ歩いて行った。その後ろ姿を見たリズが、

 

「ねぇレイナ。あんた、あの人の何処が良いのよ?」

 

何の脈絡も無しにそう問いかけて来たのだ。心辺りは無くも無いが…

 

「な、何の事?」

 

認めるのが嫌なのが本音なので平静を装うに留めた。リズはふーん?と意味ありげな視線を送って来たが、それ以上追求はして来なかった。

それも納得出来る。だって…

 

 

–––レイ君を異性として見ているなんて。

 

 

(…ううん、そんな筈ない)

 

心の奥深く…確かに蠢く感情を、私はこの時僅かに感じた。が、それがどういったものかは解らなかった。

…否、解っていない‘‘フリ’をしたんだ。

 

「おーいレイナー?帰るわよー?」

 

「あ、はーい!」

 

ともあれ、こうして私達3人の雪山捜索はあっさりと終わりを告げた。一カ月後、この雪山でとある二人組が遭難する羽目になるのだが…それはまたのお話。

 

 



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噂のアイツ

 

ヒラヒラと、木の葉が…枯葉が散りゆく。

太く地に根を張り、大樹となった枝から葉が散っていく様は、大人になり子が親離れする様にも、役目を終え儚く消えていく老人の様にも見える。

 

「…秋か」

 

唐突だが、今は2024年9月13日金曜日。

そろそろ暑苦しい夏が終わり、木枯らしを始めとした秋のシーズンである今日この頃。

俺は自宅の庭で寛ぐ為に数日前《建築》のスキルで造ったベンチに腰掛け、赤や橙に染まり散っていく木の葉達を静かに見上げる…という、攻略組みらしからぬのんびりとした時間を過ごしていた。

 

「クキュー…」

 

「秋だな…」

 

もちろん足元で寝そべるアッシュも一緒に。そしてコイツてもコイツで秋を感じたらしく、2m弱と成長した見た目に不釣り合いな高い声を漏らした。

どうやら狼も人間と同じく季節の節目はしっかりと感じるようだ。そこら辺の再現度も、流石はカーディナルシステムと言えよう。

俺の《写輪眼》も、アッシュのアルゴリズムから外れまくったリアルな行動も、全てはカーディナルシステムにより与えられた物なのだから。正にカーディナル様様だ。ま、そんな妄想は今は良いだろう。

 

「久々にのんびりしてるんだしな…」

 

「クー…」

 

普段からデっカい蜥蜴やら蜘蛛やら蟷螂やらと戦っていて、しかも攻略側の面子には‘‘閃光’’の異名を冠する戦闘の鬼が––最近は大分丸くなったみたいだが––統括しているのだ。そうして毎日毎日、来る日も来る日も激戦を繰り返していれば疲れが溜まるのは最早必定。俺も一昨日までは睡眠無しのノンストップ攻略を1ヶ月やり切ったのだし、少しは白昼堂々の昼寝も許されて良いのではないだろうか?寧ろ休ませろ。

まあ日頃の愚痴はこの辺にして、

 

(さて、新聞でも読むか…)

 

久しく読んでいなかったコラル限定毎週末に発行の新聞を膝辺りに展開させる。とあるプレイヤーが始めたらしいこのサービスは、アインクラッドにおける最新情報が提示された正確には掲示板であり、人気の無い地に住む俺にとっては欠かせない情報源であり日課でもある。

で、肝心の内容はといえば、現在の攻略状況・オススメ狩場・人気プレイヤーランキングベスト20・最新ニュースの4つ。内、俺が見るのは攻略状況のみであとは基本流し見している…が。

 

「…何?」

 

今日は何時もと違い少々興味を惹かれた記事があった。血盟騎士団ことKobに関するキャッチコピーで始まるソレは、中々に衝撃的に書かれており、まるで熱湯をかけられてから冷水で一気に冷やされた様な…そんな感覚。

まぁそれだけだと訳が解らないので簡略化すると、『黒の剣士、ついにユニークスキル取得!』という部分がデカデカと記されたモノ。

 

「はぁ…随分と穏やかじゃないな。13日の金曜日はやっぱり不幸デーだな」

 

と、他人事の様に言うが、俺とて心無い者ではない。黒の剣士=アイツを心配する気持ちは有る。ユニークスキル取得時はいきなり有名になったり、決闘を申し込まれまくったりと大変だった事をよく覚えているから。が、今回はスケールが違う。

今まで必死にユニークスキルを隠してきたアイツ––俺含め一部にはバレていたが––がソレを露見したのは何と2日前決行された‘‘第74層ボス攻略’’で、なのだ。言わずもがな一瞬の隙が死に繋がる戦場では、スキルの駆け引きが非常に重要となる。

結果、倒す事は出来たものの、引き換えにアイツは名が露見し毎日毎日追っ掛け擬きに追われる日々らしい。…と、今までの所は昨日、アイツを介したレイナからの突拍子も無く届いたメッセージで知っている。そして、今も慣れない野次馬に付き纏われ、今もホームに籠りっきりに違いないと。

と、なればやる事は一つ。

 

「…行ってやるか。おい、行くぞアッシュ」

 

「クル〜」

 

寝そべるアッシュを起こし、アイテムストレージに格納する。寝起きの時はこうして縮小化機能を使うのがある意味決まりの様になっている。

 

「さて、行くとしよう…」

 

自宅の戸締まりを確認し、ある程度アイテムの整理をした後、俺は《神威》により渦状の歪みを右眼から発生させ、その場より姿を消した。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「…なるほど。中々に愉快な状況だな」

 

第50層の街《アルゲード》。

街全体が商店街の様に幾つもの通路で構成されたこの街は、あちらこちらに店が立ち並び、NPC店含め常にガヤガヤと騒がしい事で有名な別名《商人天国》。

確かに、ここならば目立たずに住まう事が出来るだろうな。最も、今はその専売特許とも言える隠蔽力が役立ってはいない様だが。

 

「お前、楽しんでるだろ?」

 

「クク…さぁ、どうだろうな?」

 

そんな他人行儀に考える俺を訝しげに見下ろす正面の男…正確にはアフリカ系アメリカ人にして生粋の江戸っ子であるスキンヘッド黒人。

彼の名はエギル。リアルネームはアンドリュー・ギルバート・ミルズで、リアルでも知り合いである数少ない人物であり、このSAOで数少ない戦闘もこなせる商人でもある。

因みに今話題のアイツ…キリトに上の一部屋を貸し、この店に匿ってやっているのも彼だ。

そもそもを言えば彼とはつい5ヶ月程前キリトを介し知り合ったばかりだが、儲けを優先した様な態度––キリト曰く阿漕な商売––が気に入り、何かと理由を付けては足を運んでいるという訳だ。

で、今はエギルと共に噂のキリトを話題にカウンターで寛いでいるのだが、

 

「《二刀流》で50連撃?よくもまぁそんな尾ヒレがつくもんだ。流石に驚いたぞ…クク」

 

二刀流。それが黒の剣士キリトが習得したユニークスキルだ。名の通り、このスキルを習得した者は‘‘武器を左右に装備してスキルを発動出来る’’。

俺もやっているが、基本的にスキルはどちらか左右一つの武器に限ってしか発動は出来ない。が、このスキルを持つキリトは剣二本を同時に操る事が出来、言わずもがなの驚異的な連撃を可能にした。

引き換えに攻撃が命中し難いという欠点があるが、それ抜きでも次元を超えた攻撃力と手数を有しているのは間違いなく、流石はユニークスキル(変異能力)と呼ばれるだけある。

Kobの団長や俺、キリト…まるで発現者の実力を明確に表している様に思えてならない。全く、カーディナルってのは随分と不公平なカミサマだ。

 

「あんま言ってやるなよ?あいつもあいつで気にしてんだからよ」

 

「解っている。で?外の野次馬は良いのか?」

 

「それなんだがな…どうもバレちまってるらしいな」

 

「…みたいだな」

 

まぁカーディナルに対する愚痴は言い出すと止まらないから置いておき、外の野次馬は本当に困った。

実を言えば《神威》で逃走する事は出来る。この能力を使えば、転移門に飛びそこから俺のホームへ逃げ込める3分も掛からないからだ。

が、それをやるには人数制限があり、キリト本人の了承もいる。

 

「だが四の五の言ってはられん。ひとまずアイツは俺が匿うとするよ」

 

「そうか。と、何か売り物とかあるか?」

 

「いや、特に無い」

 

それだけ言い残し、エギルに背を向け店奥に設置された木製の階段を登る。

基本、奴が所有する二階の一部屋はキリトの第二の塒だ。頻繁に来ているし、偶に俺も攻略の帰りがてら借りたりする。だから、だろうか?アンティークな仕様のドアの前に立った時、

 

「…ん?」

 

《索敵》の効果が、俺にある可能性を予見させた。

普段ならばあり得る事が今は無い‘’不自然さ’’が、そう遠回しに告げている気がした。

プレイヤーの反応が‘‘二人’’であったという事実が。一つは言わずもがなキリト。もう一つは…

 

「入るぞ」

 

「「っ⁉︎」」

 

「…やはりお前か…アスナ」

 

栗色の髪に白を基調とした団服を着た美少女…‘‘閃光’’のアスナであった。

エギルから聞かされこそしなかったものの、キリトが絡んだ事柄に彼女は惹かれ合うSM極の様に姿を見せると踏んでいた。だから敢えて先程の会話で詮索はしなかった。新鮮味を与えるつもりでな。

上手くいった様で、二人共心から!と?を盛大に表現した顔つきをしている。

 

「レイ君⁉︎な、何でここに?」

 

「何でもクソもあるか。その黒君に駆けつけてやれとレイナから通達があったからだ」

 

「レイナが…」

 

その本人は今ここにはいない。が、ああ見えて奴も副団長の片割れ。忙しい事は容易に察しがつく。

 

「まぁそれはそうとして…随分弱々しいな。普段の豪胆さはどうした?」

 

「お前…解るだろ?同じユニークスキル使いなら…」

 

「いいや、お前とは違い俺は隠したりはせん。顔が売れるのは気に食わないが、ただそれだけだ」

 

現に、俺はユニークスキル使いに…この眼を持った事に後悔はしていない。

支配も復讐ね念も、全くといって良いほどに興味が無い。俺の心にあるのはただ…暗くドロドロとした底知れぬ闇と、吐き捨てたくなるほど素直な光。善と悪の感情…ただそれだけがある。

 

「…相変わらず、ストレートた物言いだな」

 

「そう心がけているからな。さて…お前らに提案があるんだが、知っての通り外は野次馬でいっぱいだ。だから俺のホームに匿ってやる。…意見はあるか?」

 

早口で告げた俺の言葉に、二人は数秒思案顔になり、首を横に振った。

 

「いや、特に無い。アスナはどうする?」

 

「私も良いわ。今は貴方にも話があるし」

 

「ほう…それは楽しみだ。じゃ、二人共…俺に捕まれ」

 

二人の態度に笑みを浮かべつつ、俺は二人に手握る様促し、握ったのを確認して右眼にセットした能力《神威》を発動し、俺達三人は部屋から姿を消した。

 

 



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決意と欠意

 

 

 

…結論から言おう。

あの後、俺はキリトとアスナの二人を家に招き入れ、色々と聞かれた…というか絞られた。それはもうこの眼の事を特に徹底的にみっちりと。

が、それだけならまだ別に良い。問題は…

 

「…何で、お前と戦う事になった?」

 

レイナこと、血盟騎士団W副団長の片割れと‘‘Kobへの勧誘を条件に明日決闘をしてほしい’’と二人を返した直後にメッセージが来たからだ。

しかも俺と同じ条件をキリトにも提示している、という補佐力全開の根回しっぷりを発揮しながら。で、今はこうして俺の目の前にいる。

 

「し、仕方でしょ?団長に言われちゃったんだし…」

 

「…確かにアイツがやりそうな事だな。」

 

が、同時に決して彼女の本意ではない事は、幼馴染みの勘抜きに解る。

Kobの団長は、基本的に他勢力への協力は惜しまない。思想は違えど‘‘この浮遊城を攻略し現実世界に戻る’’という点は同じだからだと。

その意見には概ね賛成だ。俺やキリトの様なソロでも、脱出の意志は持っている事に変わりは無い。

…まぁ最近は脱出脱出と血眼になる奴自体が少なくなったのは否めないが。

だからこそ団長は…ヒースクリフの奴は、俺やキリト様な攻略のキーとなり得るプレイヤーを手元に置いておきたいのだろう。戦力としてだけでなく、いざという時の為の保管という意味で。人間、強い力は側に置きたいもの…ある意味最も弱肉強食を重要視した生き物なのだからな。

 

「…まぁ俺としてはお前と手合わせしたいと常々思っていたし、丁度良いかもな」

 

「…はぁ。それを聞いて安心したよ」

 

「が、やるからには本気で行く。天照は色々アウトで使えんから、神威だけでな」

 

「う…ま、負けないからね!」

 

が、そうした勧誘云々を差し置いても、こうして堂々と闘える事はそもそもが中々無い機会でもある。

現在俺のLvは94、レイナは91。現存するプレイヤーベスト5に入る強さを兼ね備えた俺とレイナは、戦闘スタイルは違えど、お互い死線を潜り抜けて来たハイレベルプレイヤーに変わりは無い。

更に言えば、俺とレイナが決闘するのは今回が初でもあり、手の内を知っているからこその激戦となり得る事の想像は容易に出来る。

 

「じゃ、良い決闘にしようね」

 

「あぁ。また明日な」

 

「うん!」

 

だがひとまず明日への期待はさておき、今日はもう遅いと《神威》で飛びレイナを転移門まで送り届け、再び飛んで自宅へ戻った。

そこまでは別段何も無かったのだが…

 

(…ん?)

 

自宅が…妙に広く感じられたのだ。今日訪れたキリトやアスナ、レイナの三人は当然今はいないし、今まで人がいない事に疑問を抱く事など無かった。

俺自身、淋しがり屋でもなければ一人が好きな訳でも無い…その筈なのに。

 

(…!いや、もしかしたら…そうなのか?)

 

だが思い当たる節はある。キリトとアスナといる時は何でもなく、アイツと…レイナが離れた直後のこの感情を…いやでもまさか…そのまさかなのか?本気で俺は…

 

「…恋、してるのか…?」

 

…悪い冗談だ。俺と奴は元々赤の他人、全く知らない人間同士だった。前世での事態が無ければ、顔も知らずにいた筈だ。

そんな一期一会そのままの感覚で出会った奴に…俺が恋い焦がれただと?

 

「…あり得てたまるか。…だが…」

 

こんなにも愛おしく思ってしまう?俺が恋愛ドラマの主人公の様に純情な気持ちを抱いているというのか?レイナに…ナゼだ…?

 

「…寝るか」

 

そんな疑問のループが嫌になって、俺は眼を閉じた。普段なら直ぐ落ちる闇への道も、何故か今日は遅く感じたのは余談だ…

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

決闘。それは人と人がぶつかり合い、お互いを高め合う神聖なる試合という意味から、単なる力の誇示し合いという意味まで様々な使い方がある。

だが、私は…レイナはそのどれでもない心構えで今…第75層の街《コリニア》の中心地にある闘技場控え室にいた。現在の最前線でもあるこの闘技場には、今回行われる二つの試合を観戦する為、多くのプレイヤーが集まっていると聞く。現に今、地下に位置するこの部屋に外からの歓声が肌を刺す様に良く伝わってくる。

でも、私の気持ちは…彼以外には向いてはない。

 

(…レイ君へ気持ち…この一戦で確かにしてみせる)

 

私は彼が…レイ君が好き。異性として、私は心から彼を好いている。

が、それを伝える事をずっと…心の何処かで認めず遠ざけて来た。

他人は所詮、私の血が欲しいだけ。信用するに値しない奴らなんだと。そう思い込んで、ずっとこの手で気づかない振りをして来た。

前世からの知り合いなのも、彼に付いて行きたいという本心が実は一目惚れから来ていたのも、全てを…否定し続けて来た。

…だけど、

 

「私…自分に嘘浸けられる程、強くないみたい…」

 

彼を想えば想う程…会えば会う程…この感情を抑えられなくなりそうになる。

否定し続けた感情を闘志に変えても、死と隣り合わせに相棒達を振るい力を付けても、更に想いが深まるばかりで変わりはしなかった。彼が好きなんだと…自覚するだけだったんだ。

普段はぶっきらぼうに見えて実は優しかったりとか、

 

「…だから、私…貴方と戦うよ。そうしたら、答が解る気がするから…」

 

想いの丈全てを剣に込め、彼に伝えてみせる。私の気持ちを。意志を。

チラッと時計を見ると、先程決着したキリト君とヒースクリフさんの戦いから一時間…私と彼が戦うまであと僅かとなっていた。

 

「よしっ…!」

 

もうここまで来れば退路は無い。全力で当たって砕けるだけだ。そう覚悟を改めて決め、メインメニューから友人渾身の一振りである相棒『エトワール・クランテ』を実体化させ、控え室を出る…と、

 

「あれ、アスナ?」

 

「レイナ…」

 

同じKobのW副団長として、切磋琢磨してきた友人…アスナの姿があった。

心配気な表情から察するに、長い付き合いがあるレイ君との決闘に何処か思いがあるのだろう。でも、だからこそ私は…

 

「…アスナ。私は…行くよ」

 

「……そっか」

 

立ち止まれない。私は…私が信じた光を‘‘道’’に進んで行く。彼と一緒に、見たい景色や人、想いが数え切れない位にこの胸にあるから。今こそ、引き出しを開ける時なんだ。

私の決意を、アスナは解ってくれた様で、止めるそぶりも無く彼女の横を通り過ぎる。目指すは…前方に差し込む光だけ。

 

「…レイナ!」

 

「…っ…!」

 

そこへの歩みは、一瞬だけ彼女に止められた。が、

 

「––––––––!」

 

「…!」

 

この時アスナから貰った言葉を、私は…きっと生涯忘れないだろう。大切な…初めて出来た心からの親友の言葉を。

 

「うん!行って来る!」

 

アスナからの言葉を受け、私は今…天から差す光の道を走った––。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

同刻…俺、レイは闘技場の控え室にいた。東と西で二つある円形の造りの内、俺は東。レイナは西でそれぞれの時を只待っていた…筈だったが、

 

(…父さん、母さん…)

 

…ずっと、俺は何処かで後悔していた。あの時…両親を見殺しにしたあの日の事を。幾らあの時子供で力も弱かったとはいえ、みすみす両親を殺した様なものだと…そう後悔し続けて来た。

だから幼かった美弥だけはどんな手を使おうとも守り抜くと誓った。もうあんな思いは…絶望は味わいたくないから。その筈だったのに、

 

(アイツに会ってからだ…)

 

アイツに…レイナに出会ってから、どうも俺は調子が狂い始めた。

普段は造作も無く行えるポーカーフェイスやクールな態度は悉く崩しかけ、安定しない口調もアイツの前では自然と正され、危うく‘‘表’’に出かけていた。

 

(何でだ?何でアイツとだけ…)

 

レイナ。この名を聞くだけで…体の細胞という細胞が反応する。

何をバカなと思うかもしれないが、彼女は転生してから最も近くにいた人間であり、俺が美弥以外で初めて最も親しくなった他人でもある。だから…かもしれない。

他人と触れ合う事を嫌い続けて来た今までがあるからこそ、こんなにも人の温もりが心地良く感じるのかもしれない。

 

「…よし」

 

なら…俺自身の手で確かめてやる。

俺が抱くこの感情、その答を。

…本当は素直に受け入れたい心があり、願いたいという‘‘意志の欠片’’がある。

だが、俺はそんなに器用な人間ではない。何より、ここは力次第でどうとでもなる実力主義な面を持つ世界だ。ならば、レイナと剣を交える事しか、馬鹿な俺には出来ないしそれ以外の術を思いつかない。

 

「…行くか」

 

そう、自分へ向けた言葉を呟きながら鉄製のドアを引き控え室を出ると、

左側から地上の光が差し込んで明るく通路を照らしていて、ガヤガヤと観戦が聞こえて来る。…いよいよだ。

 

(父さん…母さん…美弥…行って来る)

 

今は亡き父と母…そして妹への旅立ちの念を込め、俺は光差す地上への道を走った–––。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

所変わり、ここは会場の客席。

この闘技場ことコロシアムは、名の通り大々的に決闘を見て楽しむ為に造られた施設であり、強者が互いの力を高め合う神聖な場でもある。

私達攻略にとって、戦いとは生きる為必要な‘‘手段’’であり、現実世界で命に関わる事柄を経験する事と厳密には違うが変わりは無い…らしい(お兄ちゃん曰くだけど)。

凄い偏見だけど、私には理には叶ってると思う。だってこの考えは、現実世界において人間一人一人が心臓一つで一度きりの人生を過ごしている事と変わりは無いという事なのだから。

まぁ要するに何が言いたいのかというと、今から私達観戦客の視線が注目する所は文字通り‘‘命のぶつかり合い’’という戦いになるという事。

 

「お兄ちゃん…大丈夫かな?」

 

「気にすんなってミリアちゃん!野郎もレイナさんも心配いらねーよ!」

 

「ですけど…って、クラインさんギルドは?」

 

「今日は休みだ。ま、偶には良いだろ」

 

そんな思考に耽る私の左隣に座るこの男性の名はクライン。

本名はこの世界で聞くのは当然NGだから知らないけど、このSAOでは小規模ギルド《風林火山》を率いるリーダーである赤い毛髪にバンダナが特徴的なちょび髭の青年。歳は確実に上なので、私とアスナは敬語&さん付けで呼んでいる。

人見知り気味なお兄ちゃんやらクラインを挟んで更に左側に座るキリトと違いフレンドリーで社交的な人柄故か、お互い結構気が合うのは余談だ。

 

「けど、本当に良かったのかな…幾ら団長からの指示とはいえ、レイ君と戦うなんて」

 

「そこは何とも言えないな…アイツが何かの陰謀を企む様には見えないし、第一そうならそうでワザワザ人前で戦う理由が解らない」

 

話を戻すが、キリトの言うアイツ…Kob団長ヒースクリフは聖騎士と言われるだけあり、卑怯な手段を嫌う。

あくまで正々堂々のセオリーを貫く精神が、尚且つ人を惹きつける圧倒的カリスマ性に繋がっているのだろうし、だからこそアスナやレイナが付いていきたいと思ったのだろう。

が、反面謎という謎がが多い人物でもある為、キリトの様に疑問を抱かれやすいともいえるのだけれど。

 

「ま、そりゃ全部この戦いで解るこった。なぁキリの字?」

 

「そう…だと思いたいな…」

 

が、楽観的にキリトの肩をバシバシ叩くクラインさんに対しキリトは少し考え込んだ面持ちだった。決闘は二人のプレイヤーの真剣勝負であり、先程ヒースクリフさんの勝ちで終わった決闘含め、私達に出来る事は何も無い。

ただ見て応援する以外には。

 

(…大丈夫。二人はズルや八百長したりしない)

 

今…コツコツと、針が戦いの時を示そうとしていた。思いと想い、二つの意を知らせる様に…

 



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想いのチカラ

 

 

…声が聴こえた。

『頑張れ』って、幼い少年の声が聴こえた。それはとても遠く…遠くから響いて…でも、誰の声かが思い出せない。とても身近にいた気がするけど、何処か違和感がある声…アレは…誰だったのかな…?

 

「っていっけない…今は集中集中…」

 

危うくトリップしかけた意識を頬をペチペチ叩いて取り戻す。

最近は何というか…意識が飛ぶ事が結構あって、口では上手く言えない様な現実からの離脱を感じる。まるでナーヴギアでこの電子世界へ飛び立った時みたいに…

 

「…考えても仕方がないよね」

 

が、ひとまずこの事は忘れ、頭を切り替えてタタンと残りの段を駆け上がる。と、

 

「わ⁉︎す、凄い…」

 

凄まじい数の人人人。円形でやや下から見渡せる位置にいる私から見れば、正に人の波だ。千…いや、万の数はいるだろう。

それだけの数の人間が、歓声を送ってくれている。そんな感慨深さをを今、改めて体感していると…

 

「…!」

 

ワーッ!とまた大きな歓声が客席より湧き上がった。それに伴いヌッと一つの影が差し、一人のプレイヤーが姿を現わす。

上下灰色の皮服装備、歳が読めない独特の雰囲気を持ち、そして…昼間でも良く解る紅い瞳でこちらを見据える少…いや、青年の姿が。

 

「……」

 

私の中で存在がどんどん大きくなりつつある幼馴染みであり、最強の相棒にして最恐のライバル…レイ君その人。

武器は背中に一つ吊られた片手剣で、恐らく現存のプレイヤーで最速であろう驚異的なスピードを持つ。

同時に2人目のユニークスキル発現者でもあり、血の如く怪しい輝きを放つ紅眼がその証拠。

 

「…よう」

 

「うん。今日は敗けないから」

 

「…フッ、そうか…」

 

それはある意味、彼の実力を明確に表す象徴みたいなものかもしれない。

実際、4歳の時から彼とは一緒にいるけど、歳を重ねる事にどんどん大人っぽさが増していって…何時の間にか私の意中の‘‘男性’’になってた。聞けばアスナも同様にキリト君を好きになったとのことで、それからは観ているほうが恥ずかしくなる位彼に猛アタックし、あと少しで気づいて貰えそうなのだという。親友がそれ程まで頑張っているのだ。私も負けていられない。絶対に思いを伝えるんだ。

 

「…レイ君」

 

「何だ?」

 

「もし、私が勝ったら…一つお願いを聞いて欲しいの」

 

「…!」

 

絶対に勝って私の想いを聞いて貰う。そう体現する様に、背中の鞘から右手で愛剣を引き放ち、自然体で構える。

一方、レイ君はそんな私を見て、少し驚きの色を浮かべたかと思うと、

 

「…あぁ。だがその代わり、俺が勝ったら一つ、頼みを聞け」

 

「…!う、うん!」

 

フッと優しげな微笑を浮かべ、私同様に背中に吊られた鞘から片手剣を抜き放った。が、それは私が良く知る灰色の片手剣《灰燼》ではなく、細剣にも迫る程薄いの刀身を煌めかせた藍色の新たな片手剣。

一目で相当な業物と解るソレは、軽さと硬さを重視する彼の手に良く馴染み、使い慣れている様に見える。

元々、スピードで彼に勝てるとは思っていないが…ソレはそれを随分と明確にしてしまったらしい。

けど、やるからには全力でやるしかない。そうしなければ善戦すら怪しい。

 

「…モードは《半減》で良いね?」

 

「あぁ」

 

まず、彼の了承を得て決闘メニューを開き、彼に《半減》で決闘を申し込む。

で、やがて彼の腰位置辺りに出てきた窓に表示された○×の二択の内、迷わず彼が○を選択した瞬間、カカカ…と開始までの60秒のカウントダウンが始まり、私達はお互いに自然体のまま只…その時を待つ。

 

「……」

 

「……」

 

お互い無言になり、会場も心なしかシン…と歓声から一転静寂に包まれ、只…その時が刻々と近づく中、私はある事を思い返していた。

 

(もう、懐かしく思えるなぁ…)

 

もう16年も前…丁度今頃の時期に、私は彼と出会った。彼に私がタックルする形で。

 

『ごっごめんなさい!』

 

反射的にそう叫び、ガバッと頭を下げていた。幾ら学校へ急いでいたとはいえ–––まぁ結局は嘘だった訳だけど–––いきなり他人に勢い良く突っ込んでしまった事に変わりは無い。

それに、私自身が親にそういう風に教え込まれ、謝って当然の事をしたんだと思っていたから。が、

 

『…別に良い。気にするな』

 

『へっ?』

 

返って来たのはぶっきらぼうなこの言葉だったの。私は思わず抜けた声を出してしまい、彼からジッと見られたのはもう良い思い出。

そしてお互いに名前を教え合い、私から手を差し出す形で握手を交わした。その時、私は驚いた事がある。

 

(…っ…冷たい…)

 

絶対零度。この言葉が皮肉過ぎる程、彼の手には温かみの欠片も無かった。

いや、そもそも同じ人間なのか?と疑ってしまった。そう思ってしまうレベルに、人が出せる様な温度とは思えないモノだったんだ。

彼が手袋を付けていなかったのもあるかもだけど、それとは違うもっとこう…内面的な…

 

「…おい」

 

「ひゃいっ⁉︎」

 

と、そこまで考えてた瞬間ビクッと肩を震わせてしまい、ふとカウントを見れば、残り15秒を切っていた。どうやらまた私は妄想に耽ってしまったらしい。

 

「…考え事か?それじゃ俺には勝てないぞ」

 

「…!だ、大丈夫!何でもないよ⁉︎」

 

「…そうか」

 

(うぅ…信じてない顔…)

 

ジッと私を見つめる彼の眼が何処かむず痒くて、つい視線を逸らす私。

一応何でもない体を装ったはものの、彼が何を考えているかは相変わらず読めないし、ましてや今聞ける雰囲気でもない。

 

(も、もうやるしかない!こうなったら剣で伝えるしか…!)

 

5…

 

もうカウントはそこまで迫っている。

 

4…

 

腹を括らなきゃ瞬殺されるのがオチ。

 

3…

 

大丈夫。こっちに彼には無い力がある。

 

2…

 

…けど、やっぱり気になるなぁ

 

1…!

 

いや、今は…戦うんだ!

 

「ふっ!」

 

「…っ!」

 

DUEL!と、ポーンという長い様で短かった開始音が鳴り響いた瞬間、

私と彼の10m余りの距離はダッシュにより一気に詰められ、ギリギリと剣同士が鈍い音を鳴らす鍔迫り合いとなっていた。が、ほんの数cm先にある彼の顔は全くの無表情で、やはり何を考えているか読めない。

 

「はぁっ!」

 

「ん?…ほぅ」

 

ならば考えるより行動で。右手に持つ剣で突きを入れつつ、

左手で抜いた包丁2個分位の短剣を逆手に持ち、間髪入れずに攻撃を入れていくが、《写輪眼》の動体視力と反射神経がモノを言い、弾かれたり躱されたりでダメージが一切入らない。それどころか、

 

「消えた⁉︎「こっちだ」っ⁉︎」

 

「っ⁉︎くぅっ!」

 

《神威》で一瞬で背後に転移して斬りつけて来るのだ。それに何とか対応し急所を反らせているが、これでは二刀流であっても結局意味が無い。

が、それでも私と彼は‘‘防具らしい防具は服のみ’’という軽装備の剣士…所謂ダメージディーラー(前衛でダメージを稼ぐタイプ)に該当する。それは=防御は余り請け負えないという事。

 

「せやぁっ!」

 

「む…」

 

それに私の方が彼より力は上。高速で繰り出される一撃をパリィ(弾き)しつつ、細剣初期技《リニアー》を細剣で撃ち込み隙を無くす。

本来ならこの技は細剣カテゴリーの技なのだけれど、条件が合えば短剣でも使用出来る。もちろん本家には劣るけど。が、そうして《リニアー》を撃ち込み、キリト君から教えて貰ったスキルが終了する瞬間にもう片方の武器でスキルを発動させるシステム外スキル《スキルコネクト》で2、3と連続してソードスキルを繋げた所、

 

「くっ…」

 

「はぁ…はぁ…」

 

10発中3発という貧相な結果ではあるが、一割程彼のHPを減らせた。

が、それでも私が押されている現状に変わりはない。次から次へと襲い来る彼の剣撃を弾いて反撃し、躱されるか躱すかで回避されるの繰り返し。その所為でお互い中々決定打が入らず、ジリジリとHPが減り時間が刻々と過ぎていく。

 

「(一撃一撃が重い…躱しながら撃ち込むのは難しいかな…。でも、それじゃ勝てない!)せやぁっ!」

 

「っ!」

 

私と彼は一撃一撃のダメージは、お世辞にも高いとは言えない。

だからこそ一発の威力ではなく、急所を狙ったクリティカルでダメージを稼いで倒す戦闘スタイルで戦う。

だけどプレイヤー戦…それも目の彼との戦いでは訳が違う。

恐らく彼は、時間をこれ以上かけずに短期決着を望むだろう。今までの彼の戦い方からして、長期戦は分が悪い筈だから。

そして私も、長期戦はあまり向かないタイプであるので、

 

「次で…決める!」

 

「…フッ、行くぞ!」

 

次のソードスキル。これしか、勝利判定のイエローゾーンの突入…残りHP4割減まで持っていく威力の技は無い。私と彼のHPは残り共に3割弱。発動後の硬直が一瞬気になったけど、直ぐに辞めた。いや、掻き消えた。

例えるなら、一つの物事に集中し過ぎると周りが見えなくなるアレだ。

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

「うおぁぁぁぁ!」

 

赤と青。炎の様に真っ赤な彼の剣と、透き通った空の様な私の剣。

正反対の煌めきを帯びた二つの剣が今、交錯した。遅れてギィン…と鈍い音が聞こえ、

 

「…っ…う…」

 

左肩から右脇腹にかけて深く抉られた不快な感覚。痛みは使用上無いが、現実で刃物で体を削られた事などもちろんない為不快な事に変わりは無い。

だが何とかそれに耐え、ちらっと視線だけ上に向けると…

 

《Draw 2:06》

 

 

と、だけ記されたウィンドウが、何の情もなくポツンと浮かんでいた。

Draw。その意味は日本語に直すと…

 

「引き分け…」

 

「…だな」

 

決着は…引き分け。お互いのHPはキッカリ黄色に染まっている。

お互いの力を出し切れた…というのはイマイチ解らないのが本音だ。たった2分しか剣を交えていないというのもあるし、何より…

 

(気持ちの答え…解ら無かったし…)

 

彼にこの気持ちを伝える事は叶わないという事実。そう理解した瞬間、何とも形容しがたい喪失感を感じた。剣を収めると尚更…と、ボーッと突っ立っていると…

 

「…来い」

 

「へっ?「行くぞ」ちょっ…」

 

突然ガシッと右手を掴まれたかと思えば、いきなり景色が歪み始め…そうしたのが他でもないレイ君だと気づいた時、私はコロシアムから姿を消していた…

 

 

 



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高鳴り

 

「わっ、とと…」

 

コロシアムから忽然と姿を消し、《神威》で二回。転移門で一回。計3回の転移の中、彼に連れられて転々と移動を重ね、やがて辿り着いたのは…

 

「あっ…」

 

第22層《コラル》。のどかな自然が広がる温暖なこの層は、攻略とは無縁な低レベルプレイヤー達に人気な所謂‘‘田舎町’’と称され、民度は少ない。

が、何事にも例外というものはある。この層では丁度中心に位置する転移門から西方…鬱蒼と生い茂った木々に隠され、人知れず立つ一軒のプレイヤーホームがある。

全体に明るい茶色の木材を使用し、ひっそりと蜃気楼の様に静寂を纏う一軒家…レイ君の自宅。

正直来るのはかなり久しぶりで、今までの切羽詰まった真剣な攻略の状況とは相反する様にのどかな空気を纏い建つこの家を見た瞬間、

 

「…ただいま」

 

そう口に出ていた。後々ハッとなる事もなく、至って自然に、零していた。

 

「…入ってくれ。茶でも淹れる」

 

「あ、う、うん」

 

そんな懐かしむ私に何か思ったのか、掴んだままの私の手を離し中へ入って行ったので、私もパタパタと彼の後に続いてドアを開け中に入る。キィ…というリアルな音を立て開かれたドアの先には、デンと中心に置かれた木製のテーブルに左側に黒い横長のソファがあり、右奥手には寝室を隔てるドアが見える。

そう、これは所謂…

 

「適当に座っててくれ」

 

「お、お邪魔しまーす…」

 

ストイック。それが私が毎度ここに来ると浮かぶ言葉であり、彼に良く似合っているとこの家具が必要最低限しかないここに来ると、嫌でもそう思ってしまう。彼は‘‘孤独を望む人’’なんだと、定位置であるソファの左端に座るといつもそう思う。

家具が少ないのもあるけど、何より寂しさが第一に感じられるこの家は、気軽に足を運ぶ以外は特に来た覚えは無い第二のホームと呼べるだろう。…しかし、

 

(…?何をしてるのかな…)

 

無言で黙々とメニューを操作する彼は、そんな気軽な会話を交わす雰囲気で無い事は直ぐに解った。けど、今彼がやっているのはお茶を淹れてくれているだけ…と高を括っていた。が、それはある仮説で直ぐに掻き消える事となる。

 

(…!もしかして、私に何か言おうとしてる…?)

 

そうならば、わざわざ《神威》で逃げる様にあの場から転移した事も説明がつく。それにこの世界において‘‘情報’’は何よりの生命線であり、人目を気にしなくて良いここは絶好の情報提供場と言えよう。

けど、その‘‘情報’’が解らないことには…

 

「…茶、入ったぞ」

 

「あ、うん…」

 

一度始まった疑問の渦は、まるで今受け取った紅茶の様に深く…底知れずに広がっていくばかり。しかも、彼は無駄な事はしないという特性があり、冷静沈着・頭脳明晰・虎視眈々・大胆不敵…以上の4単語全てが当てはまる程、いつも想像斜め上の予想外な事態を巻き起こす人。

まぁそれは‘‘転生’’という一般にはあり得ない事態を体験した反動故かもしれないが、にしたって彼の所業には驚かされてばかりなのだ。今回も相当な事柄をぶつけて来るに違いない。

そう腹を決め、お茶を啜って必死に感情の起伏を悟られない様落ち着きを装いチラチラと様子を伺っていると、

 

「…レイナ」

 

ボソリと名を呼んだ。お互いが本名をそのまま使っている為か、時々区別がつかなくなる事もあるこの名。最近は‘‘名前を変えたい’’という願望に駆られ、第二のアバターネームは…と、実は密かに検討中であったりする。

 

「なに?」

 

そういえば、会って暫くは‘‘有宮’’と名前呼びされてたなー…と昔を懐かしみながらも、出来る限り自然体をと意識して返すと、

 

「……」

 

返事は無言だった。ぼうっと細められた黒眼を中心に3つの勾玉が三角を結ぶ様に浮かんだその独特の紅い眼は、先程の決闘で見せた猛き猛獣の様な狂気に満ちたモノではなく、ハイライトの無い何物も見ていない様な暗く沈んだ表情だった。

すると、一呼吸を置き…ポツポツと語り始めた。

 

「…かつて、俺には両親がいた。さも当然の様に優しく接してくれた母と、俺がこの世界に興味を示すきっかけとなった父だ」

 

「…うん。私の両親とも仲良くしてた…よね?」

 

その話は聞いた事がある。私と彼と美弥ちゃん、三人が転生して来る2日前、何者かに殺されており現在も犯人の行方は解っていない…と。私の言葉に頷き、続ける。

 

「母の名は奏魔 零羅。医療関係に尽力し、多大な成果をあげた人物で、俺と美弥にとっては第二の母。父の名は奏魔 祐一。機器関係、及びゲーム関係に強い関心を持ち、弱冠25歳という若さで異例の出世を遂げた秀才だ。両名はお前も知っての通り、既に他界している」

 

「…うん」

 

その事実は、今でもとても鮮明に覚えている。何せ転生した直後初めて立ち会った葬式であり、‘‘人の死’’という事柄を初めて間近に感じた貴重な体験でもあったから。

そして葬式の最中、美弥ちゃんが涙も流さず俯いていた事や、零君が文字通り無表情でいた事も、記憶が色褪せない要因だろう。そしてあの時、有宮家は奏魔家とは家族ぐるみの縁があるという事実を知れた機会でもあった。

 

「…前世、俺は両親が死んでから、ずっと…ずっとその事実から逃げて来た。認めたく無かったのもあるが、何より…教えて欲しい事が山ほどあったのに、もうそれが叶わない事を認めたく無かったからだ」

 

「……」

 

「…だが、今はこう思う。両親から知り得なかった事は、これからの道で学べば良いのだと。後世へ繋いでいく事も含め、これから知って行けば良いんだと」

 

「…!」

 

転生して来てから12年余り、漸く今の生活に慣れてきた今の私にとって、彼の言葉は正に冷水を浴びた様なショックじみたモノだった。精神年齢とか彼が大人びているとか、そんな次元じゃない。…そもそもの格が違う。

 

「…強いんだね、君は」

 

「いや、強くなんかない。父さんも母さんも守れなかった…」

 

「ううん…君は強い。私なんかよりずっと…」

 

紙メンタルとか硝子製の心など、精神力の脆さを表す単語が世の中にはあるが、彼の場合は鋼鉄の意志…鋼の心と言っても過言ではないだろう。そうでなければこんなにも冷静でいられる筈が無い。

きっと、彼は前世の記憶を引き継いだ魂として生きてきたこの30年間、何人をも寄せ付け無い‘‘人の冷酷さ’’を知ると同時に‘‘人の温かみ’’も知り得たのだろう。

『人間とは、善意も悪意、どちらも半々づつ持ち得て生きる者』と、とある哲学者が言っていたが、正に彼はソレに当てはまる人物だと思う。すると、

 

「…手、握って良いか?」

 

ポツリと何の脈絡も無くこう言った。私の座るソファの右隣に腰掛け、左手を差し出しながら。

 

「…!う、うん…」

 

もちろん断る事など出来る筈もなく、今すぐ叫びたい気持ちを抑えつつ了承し、出来る限り自然体を装い右手を軽く差し出す。

この行為自体が、『異性と手を繋ぐ』という行為をそもそも友達でやる事とは私自身微塵も思っていないが、頭で理解しているとは裏腹に緊張と内心の嬉しさでトクトクと鼓動が速まっているのが嫌でも解る。

このSAOにおいて、呼吸と鼓動は現実と何ら変わり無く常時行われている。違いといえば‘‘他人には感じられない’’という事位で、へー程度にしか当初は思わなかったが、今程そのシステムに感謝した事は無い。

が、そんな私の葛藤など露知らずに何度もまるで硝子を扱う様に手を握る…というより揉む彼の顔は至って真剣で、

 

「…ぷっ」

 

そのギャップに我慢の限界が来て、想い人相手というのも忘れついつい吹き出してしまった。

 

「……」

 

「あ…ご、ごめんね?でも…ふふっ」

 

そんな私を無言でジッと見る彼の眼は冷たい…というよりは羞恥といった感情が込められていて、今し方迄の無感情さは感じられない。

でも笑ってしまうのも無理はないと思う。幾らゲームの中とはいえ、女性の…それも10代後半の女子の手をこうもマジマジと少年の…しかも普段は余り笑わない少年が観察する様には。

 

「…何か変な事したか?」

 

「ふふっ…違う違う。でも意外だなぁ〜そんなに不思議?女の子の手」

 

確かに、彼と私の手は異性であるから違いはある。筋肉の付き方や柔らかさなんかは、男女でハッキリ変わってくるものだろう。

私は所謂細身に当てはまる分類で、女性の中でもかなり線は細い方と自負している。が、そんな私と同等、もしくはそれ以上に細っそりとした指をしていて、一瞬女性と間違えそうになる。

が、良く良く触れば骨張っていたり、女性には無い男性特有の力強さも感じさせる‘‘男’’の手。

 

「……」

 

しかし彼は自覚が無いらしく、私の顔と手を視線を何度も往復させている。無言の頷きで肯定の意を示しながら。…というか、

 

「そろそろ離して欲しいんだけど…」

 

ずっと異性に…しかも想い人に手を握り続けられるというのは心臓に悪くて仕方ない。もちろん嬉しい方で、だが。

 

「…!わ、悪い」

 

が、そんな私の内なる感情に気づか無かった彼はバッと手を離し、そこから再び長〜い沈黙…の、後に

 

「…レイナ」

 

「な、何?」

 

だ、大丈夫。挙動不振になって…ない事を願いつつ返す。心なしか、先程より彼の顔が赤い様な…

 

(…ま、まさかそんな筈は…無い…よね…?)

 

これはアレなのか?もしかして…もしかするとアレなの?

 

「…そ、その…だな…」

 

(挙動不振⁉︎あ、あのレイ君が⁉︎)

 

…間違い無い。彼は私に大事な話があるんだ。…ある程度察してはいるけど、ここは知らないフリを敢行した。後々盛大にからかってやると腹を決めて。

そう思わせるには十分な程、今の彼は落ち着きなく視線が泳いでいる。が、

 

「れ、レイナ!」

 

「は、はい⁉︎」

 

急に叫ぶと同時にギュッと手を握られ、ビクッと心臓が跳ね上がり、ドックンドックンと煩い位良く聴こえてくる。

 

「そ、その…い、一回しか言わないから…良く聞けよ?」

 

「う、うん…」

 

もうこうなってしまっては、私は只うんうんと頷くしか出来ない。冷静な普段とは違い途切れ途切れに紡がれても、彼の言葉には反応してしまう。

きっと…いや絶対今、私の顔は真っ赤になっているに違いないだろう。何故なら…彼も耳まで赤くなっているからに他ならない。鼓動も熱も伝わっては来ないのだけど、‘‘視覚という名の情報’’はそれすら超越して現実を認識させる。

 

「俺は…お前の事…」

 

 

–––好きに、なったみたいだ…

 

 

…この言葉を聞いてから、その後の記憶は無い…

 



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愛と憎しみ

キャラ紹介に変更を加えました。


 

 

 

 

…人は皆、無意識に感情に制御の意を唱えている。そんな言葉を昔、父さんが自宅に遺した書斎の数ある本の中の一冊で眼にし、強く共感した憶えがある。

‘‘暴走しない様に’’というのがその本では有力な考えと説明されていたが、俺は今はこう思う。‘‘恋情でも、同じ事は起こり得る’’のだと…

 

「大丈夫か?」

 

「ん…何とか….」

 

現在時刻はPM20:27。闇の帳は冬の特性か早々に訪れ、一歩外に出れば凍える様な寒さの風が吹く夜、俺は客人…もとい告白するに至った想い人でもある白髪碧眼の美少女、レイナを看病しているところだ。

…と、言っても看病とは所詮自称で、数時間前突然頭から湯気を噴き出して–––間違い無く恥ずかしさから–––も特に何も出来てはいないのが現状である。すると、

 

「…ごめんね」

 

「…え?」

 

突然、彼女が俺に頭を下げたのだ。申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にしながら。その行動に一瞬フリーズし、

 

「…何で、謝るんだ?」

 

そう優しく…刺激しない様に意識して言葉をかける。以前、美弥に『女の子は優しくしなきゃダメなんだからね!』と言われた事があり、確かに…と妙に納得したという覚えがあるからだ。

が、今は全面的に俺が悪い訳で、告白に関しての後悔は微塵も無いが…反省はしているし、どんな罰も受ける所存だ。…なのに、

 

「…私が、勝手に気絶しちゃったから…迷惑だったでしょ…?」

 

「…え?」

 

彼女は怒るどころか、寧ろ迷惑をかけたと普段の明るさとは違う沈んだ口調で語ったのだ。自分が全面的に悪いのだと、勘違いをしている事に勘違いをして。

…優し過ぎる。知り合ってから触れ合う回数は多くなったものの、彼女には所謂‘‘怒り’’という感情の沸点が高すぎ….いや、怒る怒らない依然にそもそも『え?今怒る所』なの?という感覚なのだろう。そこまでを漸くらしくない何度目のフリーズを処理し理解した時、

 

「れ、レイ君⁉︎」

 

「…何でもねぇよ」

 

気がつけば、眼から透明な雫が滴っていた。感情表現が中々にオーバーなこの世界とはいえ、だ。

…俺は泣いていたのだ。ガキの様に吹くことすらせず、落ち込む事を棚に上げオロオロするレイナの目の前で。

胸の内から泉の様に止めどなく込み上げて来る‘‘愛情’’の念は、闇を視て来た今の俺には些か眩し過ぎて…言い表せ無いむず痒さを感じる。優しく…包み込む様な力強さを感じるのだ。

 

(これが…恋愛って事なのか?この言い表せない位の嬉しさが…そうなのか?)

 

「レイ君?ほ、ホントに大丈夫?」

 

眼から溢れ、頬を伝い…消える。

一応誤解のない様言っておくが、決して俺は情緒不安定な人間ではない。この涙も、流したくて流してる訳でもない。

この止まらない雫は多分、今まで貯めに貯めて来た‘‘心の闇’’なのだと思う。…闇と光は相互の関係。一方が偏ればもう片方が独占を始める。そう、今‘‘俺’’という闇は、‘‘レイナ’’という光に照らされているのだ。全てを受け入れ、浄化させる優しい白の輝きに…

 

「…ありがとう」

 

俺と出会ってくれて。思わず出たこの言葉の意味を口にはしなかったものの、レイナには通じた様で、

 

「! …うん。私こそ…」

 

ありがとう。その言葉はもう何度も聞いている単語なのに、何故だろう…今までで一番大切で…とても愛おしく聞こえる。

そして天使の様に魅力的な微笑みを浮かべた彼女は、

 

「…で、返事は?」

 

「ふふっ、もう…解って言ってる?」

 

ふんわりとそよ風の様に優しいアルトボイスで笑い、ギュッと柔らかい女性特有の手で俺の右手を握る。

…もう、二度とこの手を見失わない様に。海の様に煌めく碧眼を見離さない様に。

 

「フッ…そうだな」

 

「…宜しくお願いします」

 

こうして、俺はレイナと晴れて恋人となった。告白らしい告白は…まぁ俺がヘタレだったって事で見逃して欲しい。色々不満かもしれない読者諸君には申し訳ないが、幸せになったって良いじゃないか。そうだろ?

 

「…好きだ。レイナ」

 

「…私も、大好き。愛してます…」

 

木枯らしが吹き…寒さが一層増すこの季節、俺とレイナは結ばれ、不器用に唇を重ねた。

クラクラする程甘い大人の感覚は、まだまだ子供なんだなという現実を思い知ると同時に、到底一人で埋めきれない底無しの幸福を感じさせた。

その時、俺の眼が…血色に染まった無慈悲な瞳が、黒く染まった事に気づくのは、もう少し先の話だ…

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

…ん…?

 

『ここは…何処だ…?』

 

気がつくと…俺は一人、辺り一面白が延々と広がる空間に立っていた。

上下左右共に白が広がる世界

 

『…そうか。これは夢だな…』

 

時の流れを感じないこの空間は、恐らくは夢…現実から飛び立った異世界で尚見ている夢の中なのだと、そう解釈する事にした。

普段は夢など見ない気質であると自負しているが、やはり俺とて人間。夢位は見るモノなのだ。…だが、

 

『一体…これはどういう夢なんだ?』

 

それはそうと、延々と白い空間を歩き続ける夢など聞いた事がないし見たことも今まで無い。

大体は某海賊の世界や某忍者の世界に入って〜という始まり方をすると高を括っていたが、どうも違うらしい。

 

『ま、現実じゃグッスリ寝てるんだし、のんびりと朝を待つか…』

 

夢ならば時期に覚める。そうしたらまた、俺はレイとして現実を生きていく。

今までは一人で何度も思い込みを繰り返し、復讐に取り憑かれそうになり…出来なかった。行動に移せなかったのだ。…弱い。どうしようもなく、そう思った。

俺は一人では親の仇を討つ覚悟さえ決められない、ただの青臭いガキなんだと、嫌でも実感した。同時にこの眼の能力に苦しめられ続け、血色に染まった瞳が写し出すモノはどんどん消えていった。…いや、消していった。そして…

 

『俺は…俺は貴様らクズの成れ果てとは違う!今は精々生きるがいい…俺は必ず、貴様ら全員を…皆殺しにしてやる!この眼は貴様を、逃がしはしねぇ…!貴様らだけは…俺の手で……殺す‼︎』

 

両親が殺されて2年…俺は独り、両親を殺した奴らに宣言した。必ずお前ら全員を殺し、親の仇を討つのだと。

当然、奴らにはガキの戯言と鼻で笑われたが、俺は構わずにただ、心臓の一つ一つを止めていった。

生憎、俺は生まれつき歳の割に釣り合わない身体能力を有していたので、並の大人は楽に対処出来た。後から聞いた話だが、奴らは各々が生物研究学界から追放された違法者達であり、‘‘化け物を始末する’’という身勝手極まりない独断で両親を手にかけたそうだ。

そして結果…俺は奴らを殺した。この手を真っ赤な血で濡らし、辺り一面を真紅に染め上げ、奴らの死体を見下ろした時、

 

『…はは…ははは……アハハハハハ!!!ハハハハハハハハ!!』

 

俺は不敵に高笑いしていた。当時12歳だった事など棚に上げて、ただ、血の雨にその身を濡らしながら。不思議と冷え切ったこの手に握ったナイフで人を…人間を10人刺し殺した快感を味わった。汚された両親の最期を晴らしてやれたと、本気でそう思っていた。

今思い返せばあの時…俺はもう人としては生きていなかったのかもしれない。その後、俺は未成年者という名目で警察に保護され、耳にタコが出来る程ウザい警官の怒号を聴き、危うく殺意を出して警官を敵に回しそうになったが、美弥という妹の…唯一の肉親が何とかソレを思い留まらせてくれた。

 

『…あの時は、随分泣かせたな…』

 

そして、俺は未成年…12歳という幼さに免じられ死刑か終身刑の選択を迫られずに済み、更生施設に半年ぶち込まれるに処され、年を越した翌年…13歳の誕生日を牢の中で迎えると同時に、中学校への入学を断念した。…もう、誰も信じられなかった。肉親の美弥の感情すら…目障りに思え、皆が皆…嘲りと蔑みの感情を嫌でも感じてしまう程に堕ちて堕ちて…暗く醒めない闇を見続けていた。月日が経ち、他に犯罪を犯した同年代を半殺しにして漸く出所しても、それは変わらなかった。…否、変わる気はなかった。もう俺の感情など、理解される事は無いと思っていたからだ。––なのに、

 

『あ、あの…大丈夫ですか?』

 

運命は俺を腐らすどころか、また新たな人間との関わりを持たせやがった。ウザったくて仕方ない…もう俺の事など気にかけるなと、そう何度も願い続けていた。…それなのに、

 

『私、有宮 玲奈!貴方は?』

 

『…奏魔 零』

 

彼女は俺の手を握った。何の警戒も差別もせず、真っ直ぐ俺の眼を澄んだ青い瞳で見つめて。

その時、俺は思い知ったのだ。闇は、光には勝てない。…必ず呑まれ、どんな人間でも見つめ直す事が出来るのだと。

直ぐには受け入れがたかったが、今ならハッキリ解る…

 

『お前は…‘‘俺’’を見てくれたんだよな』

 

光と闇…それは決して交わり理解する事は出来ない。行き着く先、それは永劫変わらない。…だが、‘‘痛みを知る事は出来る’’。

あの時、何の関係も無かった俺達は他人。それ以上でもそれ以下でもない所から始まり、気がつけばお互いを愛せる様になっていた。

不器用極まりない俺に、彼女はついて来てくれたのだ。

 

『…今度は俺が、命に代えても護り抜く』

 

決意は固い。が、それが有言実行となるかは俺次第である事は良く解っているつもりだ。そして…俺達の‘‘魂’’が誰であるかも。

 

 

––ずっと、見てるからね–––

 

 

『…解ってるっての、‘‘ウスラトンカチ’’』

 

そう何処と無く告げて立ち上がった瞬間、溢れんばかりの煌めきが俺を包んだ。…悪くない心地だ。

 

 

【…強くなったな、零…】

 

【貴方は…本当に優しい子…】

 

 

そして、もう何十年も聞いていなかった声が耳に届いた様な気がした。きっと、気のせいではないと信じたい…いや、信じなければ。

そして、忘れずずっと胸に閉まっておこう。

 

『…ありがとう。父さん、母さん…』

 

…俺は、確かに愛されていたという事を…

 

 



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隠された真実

 

 

 

…その話の発端は、彼女が言い放ったこの言葉から始まった。

 

「…何か、私に言うことあるんじゃない?」

 

一夜明けた2024年10月21日火曜日AM10:15。

昨日Kobの団長ことヒースクリフ(以下:ヒース)が持ちかけたタイマン勝負2連戦の決闘劇は、奴の勝ちと俺とレイナの引き分けという結果で幕を閉じた。

勝負に惜しくも敗れた我が友人キリトは、奴と男同士の約束していた通り血盟騎士団に加入し、今はアスナに面倒を見て貰っている–––というメッセージが届いた–––との事らしい。

で、同時に俺の右隣に座る愛しの彼女…レイナは、早朝にヒースから命令式休暇…要するに『休め』と団長の職権乱用にも等しい特権的命令を受け、緊急の招集以外は休んで良いという通達を受け、先程俺の家に同居を決めた。

初めは優しい様な命令系の様な奴の指示に⁇を浮かべ素直に喜べずにいたが、‘‘どうせならハネムーンの代わりとでも考えろ’’という俺の言葉に苦笑ながらも頷き、久々に攻略を忘れのんびりまったりしていたのだが、

 

「ねぇ、レイ君」

 

「何だ?」

 

ポツリと呟いた冒頭の一言で止む無く語る事となったのだ。

因みに今の服装はゆったりしたTシャツ(俺)とキャミソール(レイナ)を着ており、しかも今日は特に何の用事も入っていないので、極力このままでいるつもりでいたが…こりゃ外出に発展するかもしれないな…

 

「…やれやれ、レイナには敵わないな」

 

「で、何があったの?」

 

が、そんな俺の思想など露知らずにグイッとほんの数cmレベルまで顔を寄せた彼女の顔はやたらキラキラした輝きを帯びていて、元々整った顔立ちも加えれば超弩級の破壊力を誇る可愛さを備えている。

本人に自覚は無さげなので今は言わないが、どうも彼女には‘‘警戒’’という言葉を知らないらしい。後でからかってやろう。

 

「そうだな…それにはまず、今から丁度去年から話さないとな」

 

「去年?何かあったっけ…?」

 

「あぁ。ゴホン…えー確か…アレはまだ、第45層を攻略してる時だな」

 

では話を戻して…今から遡る事約一年–––その日も俺は攻略組みの端くれとして、ソロで迷宮区攻略に精を出していた。次々に湧いてくるMob共を狩り、集めたマップデータをギルドに提供する…という、何ら変わらない命のやり取りを淡々と。

話は変わるが、基本的に攻略という名の命をかけた行動は生命を延命する為に複数人で行われ、安全性を第一に慎重に少しつづ突破していくというのがセオリー。

だが、俺やキリトの様に突出した力を持ち、ソロ攻略を行う者は言わずもがな例外の分類に当たる。そして例外とは、本当に予期の予期を塗り替えた事象であり、このデスゲームにおいて‘‘あり得ない’’のハードルは相当に高い。

実際、この世界が絶え間無く生み出し続けるMobやクエストは現実世界にはまだ存在せず、この電子世界だから可能な技術であり、いずれ時を追えばネット技術もまだまだ進歩していくのだろうが、SAOはそれが待てない人へ近未来を体感させるゲームでもあるのだから。

実際は‘‘HPと命が直結している’’という危険な代物な訳だが、それは同時に現実世界がそれだけ危機感なく過ごせる世界だという意味があるからこそ『これは危険だと判断がつく』。

つまりは何が言いたいのかというと、

 

「この世界は‘‘茅場 晶彦の世界’’って訳だ。奴はこの世界を創り出し、今も何処かから俺達を観てる…そこまでは解るな?」

 

「うん。多分第100層にラスボスとして出るんじゃないかって見解みたいだしね」

 

「みたいだな」

 

彼女の意見は概ねその通りだ。BOSSというのは最深部、再奥、最下層、最上部など、上か下の一番奥の位置に待ち構えている存在であり、ゲームによって誤差はあるが大体は強力なステータスと膨大なHPを持っている。

第一層で巨大なアバターを使い、長々とチュートリアルを行った茅場の言い分通りならば、俺達のグランドクエスト(最終目標)は第100層を攻略し脱出する事。それは疑いようの無い事実であり、最早常識として定着している。…だが、

 

「…けどなレイナ。世の中には裏技って言葉がある。それは俺とお前が違う人種である様に、隠された道筋があるもだ」

 

「…なんか腑に落ちないけど、確かに…」

 

「そしてこの世界の常識は、‘‘茅場は100層で待ち構えている’’」という可能性だ。…だが、もしそれに‘‘裏’’があったとしたら?」

 

「? 裏って…っ⁉︎ ま、まさか…⁉︎」

 

…やはり、彼女は察しが良い。

 

「…そのまさかだ」

 

現実とは、それを認識出来るだけの‘‘情報’’があって初めて成り立つ。

可能性とは、それを認識してはいないが‘‘想像’’と‘‘予想’’で仮設を組み立てて予測する事。

だが…もしその情報に抜け道があり、新たな真実に繋がっていたとしたら?あり得ないという概念があり得てしまう、そんな抜け道が存在するとしたら?

 

「いいか?今から話す事を、誰にも他言するな。美弥やキリトやアスナにもだ」

 

「う、うん。絶対言わないよ」

 

情報と常識は常に対等な天秤にかけられている。常識が情報を上回る事は進歩した証であり、持て囃される要因にもなる。だが、ある情報が当然の常識を余りにも超えすぎた時、人はパニックに陥るもの。

だからこそ、今こうして脅す様な真似でも前もって伝えておけば少しはショックも緩和する。まるで親が子に言い聞かせるように、彼女はコクコクと健気に首を縦に振る。

 

「よし、じゃあ話すぞ…」

 

「うん…」

 

人は皆、ある一定の常識を持ち生きている。そのハードルが高いか低いかは人にもよるが、ほぼ全ての人間がある程度の判断が出来る頭脳は持ち合わせている。

俺は自らを世間知らずで余り常識は無いと思っているが、そんな俺ですら眼を見開いて驚いた事柄がある。

恐らく今後のVRMMO界を揺るがすであろう事柄が…

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

これは第45層攻略を終えた直後…今まで誰にも語らなかったある物語である。

第45層踏破後、到着した街で早々に数人で行われた次層攻略会議。

総監督として指揮をするKobW副団長の片割れのアスナを始め、代表各々の意見を纏めた作戦を参加者から各ギルドのリーダーや副リーダーに伝達する目的で開かれたこの集まり。

そんな小会議に、俺は総勢10人ぽっちの中のソロ代表として参加しており、キリト越しに知り合ったギルド《風林火山》を初め、攻略の意を持つプレイヤーに片っ端から情報を伝え終え、現在は疲労と単純な面倒臭さを癒す為に転移門に向かってのそのそと歩いていた。

 

『行くぞアッシュ。飯はどうする?』

 

『ク〜、キュ、クク?』

 

『ん、今日はステーキだな』

 

『ク〜♪』

 

アッシュと相変わらずなやり取りを交わし、さっさと飯を食って明日の攻略に備え早く寝る為に。

そう…まだこの時までは何時もと変わりは無かった。

 

『…!誰だ?』

 

常時微弱ではあるが発動し続けている《索敵》に、プレイヤーの反応があったのだ。位置は…俺の後ろ。

 

『…フッ』

 

『…!お前は…』

 

一見何も無い街道だが、やがてソイツはスー…とまるで初めから居たかの様に下半身から出現し、体感2秒も経てばソイツは不敵な笑みを浮かべ、振り返った俺の前に立っていた。

身体が成長しないこの世界では164cmの俺より10以上は上の高身長。ある程度引き締まった肉体は血の如く紅い団服に包まれ、服の端には白の十字を模したシンポルが確認出来る。現実では珍しい外人の様なセミロング銀髪を、軽く後ろで結った特徴的な髪型。以上の条件を持つプレイヤーを、俺は一人だけ知っている。

 

『久しぶりだね、レイ君』

 

『あぁ、出来れば二度と会いたく無かったがな。…ヒース』

 

血盟騎士団ことKobの団長にして、最初にユニークスキルを得たプレイヤー…ヒースクリフ張本人。

奴とは第10層で知り合った関係だが、人を喰った様な態度から余り好意は感じて無い人物であり、それ以来連絡も何も無い‘‘他人’’の関係にある(だから俺は皮肉の意味を込めヒースと呼んでいる)。

だが、俺やキリトを勧誘しようとした先の事態で久しく再会する事になり、後々続く因果に発展していくのだが…それはさて置くとして、

 

『何の用だ。お前が単身で出て来るからには相応の理由があるんだろうな?』

 

『…フッ、察しが速くて助かるよ』

 

『フン…(武装をしていない…?何が目的だ…)』

 

知り合った中では同時に最も俺に近しいものを感じる人物でもある。

‘‘人としての形を取るだけの、もっと別のナニカを’’奴からは感じる。天才と持て囃されている奴は、言うなら何処か浮世離れした雰囲気を纏っているのだ。眩い光と沈んだ闇…その狭間に立つ存在。ある種の境地に達した者だけが持つ覇気。

現に面と向かい会うだけで、もう既に肌が『危険ダ』と感じている。見かけは武装をしていない一プレイヤーの筈なのに、だ。

 

『で、何が目的だ?そう長くは待たんぞ』

 

『あぁ解っているよ。…ではまず、場所を変えよう』

 

するとヒースは徐に右手を挙げ、指を鳴らした。バンッという銃声に似た響きを持った音は、遮る物も無く広がり…消えた。

それの意味が掴めず、当然の如く疑問符を浮かべる俺だが、それはほんの一瞬の事。

 

『 …なっ…⁉︎』

 

何故なら、音が反響して体感5秒後に‘‘辺り一面が黒に染め上げられた’’からだ。

漆黒と呼ぶに相応しい空間は上下左右の間隔が無く、地に立っているのか浮いてるのかの区別もつかない。正に夢の中…とでも言えば良いだろうか?

そして先日、夢で見た辺り一面白の空間の世界と同じく時の流れを感じない辺り、

 

『…お前が創った空間…とでも言えば納得だな』

 

『理解が速いね君は。そう…ここは私が創り出した空間であり、外とは完全隔離されている』

 

『…フッ、何かの尋問か?俺はお前にとっちゃ面白いだろうが、これじゃフェアじゃないな。なぁ…ヒース。…いや、』

 

…薄々勘づいてはいた。この世界を観ているであろ存在…この世界の創造主たる茅場 晶彦が‘‘どの様な形で俺逹を監視している’’かのトリックに。

答えは極めて単純だ。俺やキリトの様な不確定要素は近くで見張り、育成しておくに限る。そして奴は、いずれ俺達が自らに刃向かう事を見越していた。そうするだけの理由は無いが、‘‘理念’’なら可能になる行動をする人物。それは…

 

『…茅場 晶彦。それがお前の正体であり、真の名だ』

 

奴…茅場を置いて他にはいない。この世界をコントロール出来る存在など、奴を置いて他は無い。

そうハッキリ言い切った俺に、

 

『…何故気づいたか、参考までに教えて貰えるかな?』

 

奴は不敵な笑みを崩さないまま言った。その表情に焦りの念は無く、どちらかと言えば‘‘良く気がついたな’’という悪戯をした種を子に嬉しそうに明かす父の様な態度。

 

『…認めるのか?』

 

『あぁ。完璧な隠蔽はこの世には無いものだからね…いずれは解ると思っていた。…君のその眼ならば、見透かすと、感じていた』

 

…やはり、コイツは他の人種とは違う。それをこの時、俺は一層ソレを強く肌で感じた。

GMたる奴と対面しているから、というプレッシャーではなく…単純に‘‘器’’の底知れ無さを計れたかもしれない。

 

『で、理由を教えてくれるかな?』

 

『あぁ…どうせなら疑問全てを言ってやるよ』

 

2023年10月21日午後9時。俺は…ゲームマスターと対話する機会を得たのだ。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

「––––––!そ、そんな…」

 

「…真実だ。奴は自分で認めた」

 

以上までの話を聞かせていると、彼女の顔が見る見る内に変化していくのが嫌という程解る。無理も無い。団長として皆の支えであった人物が、この死の世界そのものを創り出した元凶であったのだから。

 

「…今は信じられなくて良い。事実は逃げないからな」

 

「…うん。続けて」

 

短く切った言葉の意味を改めて理解したのか、彼女から感じられる気迫が薄れていっているのは良く解った。だが、それでもまだ彼女の光は消えていない。真相を知りたいと願っている。なら、俺がすべき事、それは…

 

「…解った」

 

彼女が絶望のどん底に落ちようと、真実を伝える事。この眼で見、この耳で聞いた全てを。

 

 



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この手を失わぬ様に

 

 

俺はまず、茅場の質問に答えた。『何故気づいたのか』という奴の問いに対して。

…正直に言えば、初対面した前々から怪しいとは思っていた。HP=命に直結している異常な現状の中、何時でも平然と涼しい顔をしていたから。

が、それも当然だ。この世界は奴が一から創り上げた理想郷…夢幻の世界であり、全ては奴の掌に収められているのだから。

 

『…なるほど。実に君らしい』

 

だからこそ、これ程までに冷静沈着でいられるのだろう。ある意味、俺がかつて研究者共を皆殺しにした時の様な冷酷さも持ち合わせているだろうからな。

…正に神に等しい存在だ。

 

『…やはり君は祐一さんの息子…』

 

『…! 父さんを知っているのか⁉︎』

 

『知っているとも。…彼と私は、共にこの世界を創り上げた同志なのだからね』

 

そして、神というモノは時に残酷な事実を教える事もある。今回はそれが父…祐一という名の鍵であり、避けては通れぬ道筋なのだろう。

父さんが遺した証…二人目の父親が示した道を、俺は知らなければいけない。そう心を決めた時、不思議と内に秘めた隠しきれなかった焦りの念は消え去っていた。

 

『…驚かないようだね』

 

『まぁな。父は…俺と美弥を守り死んだと聞いた。…アンタも、あの場に居たんだろ?』

 

『……』

 

あの場…葬式の最中に何度か強い‘‘失意’’の念を感じ取り、式中ずっと気を張っていたが、結局その正体は解らなかった。…今思い返せば、ソレは目の前の男が死んだ父さんに抱いた‘‘喪失の悲しみ’’だったのだと理解出来る。

見た目は当時4歳のガキだったが、中身は16歳という精神があった俺だからこそ、感じ取る事が出来たのかもしれない、と。

 

『…今度は俺が聴く側だ。質問の範囲に指定はあるか?』

 

『いや、それは無い。君が聞きたい事は解っているからね』

 

『…なら聴こう。…12年前、父さんの身にあった事件…いや、両親が殺された理由、それはなんだ?』

 

12年前…俺と美弥が二度目の生を受けた翌日、当時4歳の俺を新たな家の主とし、美弥と一緒に念の為に入っていたらという‘‘保険金の金を二人で分けろ’’という遺言を残して母零羅と共に死亡した。皮肉にも前世と同じ誰かに手をかけられるという形で。そこまでは親戚の人々の情報と、俺達三人なりに集めた情報で知っている。

問題はその先だ。すると、

 

『…君の父、祐一さんは私と同じ開発ディレクターだった。…いや、‘‘ディレクターとなる筈’’だった』

 

少し眼を伏せ、やや沈んだ声でそう告げた。まるで話したくない様な…古傷を抉られた様な、そんな雰囲気で。

 

『…だった?何故だ』

 

『彼は所謂落ちこぼれ…才能に恵まれない人間だった。だが弛まぬ努力を重ね、やがて凡ゆる機器関係のトップに当時僅か二十歳で就任した。私にとって、彼はこの世界を創り出すきっかけを強めた1人でもあり、尊敬する人物だった』

 

『……』

 

俺は黙って聞いていた。昔噺を聞かされている時の感覚を思い出しながら、淡々と語るヒースの言葉を。

 

『そして、それから12年後…僅か32歳で命を落とし、そこからは君の知る通りだ。…だが、これにはある真実が隠されている』

 

『…真実だと?』

 

そしてその言葉は、俺が前世で父に抱いていた‘‘尊敬の念’’に近しく感じられる。あの…優しく大きな背中に触れた時に感じた、溢れんばかりの輝きを。

 

『–––––––。––––––…––––だ。』

 

『……!』

 

そしてこの時…俺は父の偉大さの片鱗を垣間見た気がする。それ程に茅場の口から語られた先の言葉は、父の歩んだ壮大な人生を実感させる一言だったからだ…

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

「…で、その後は現実がどうなっているかを教えられ、残るユニークスキルの習得法も教えられた…ってところだな」

 

「……」

 

唖然。その言葉が、今彼女を表す最も有力な言葉だろう。余りに常識の枠を超えた情報を一度に沢山聞いたからというのも一因だろうが、俺の父と茅場が先後輩という間柄だった事実が大きいだろう。

 

「…さっきも言ったが、今すぐ信じなくても良い。ペラペラ語ったところで、ソレは微微たるものでしかないからな」

 

「…うん」

 

…昔、話は変わるがとある漫画で、あるキャラがこんな言葉を口にしていた。

 

––––光が当たる所には必ず影がある…勝者という概念がある以上、敗者は同じくして存在する…これらは因果関係にあり、切り離す事は出来ない。コインの表と裏の様に、決して断ち切れぬ理であるからだ–––––

 

…この言葉の意味、初めは良く解らなかったが…今ならばハッキリと解る。

人は弱い。どうしようもなく弱い生き物だ。だから心の弱さが生まれ、最悪自我を失う事に繋がる事態を招く。この世界では、ソレが露骨に浮き彫りになる。小さな溝がやがては大きな亀裂へと発展し……死ぬ。この言葉は、そんな染み付きった負のシステムを明確に表していると言える。

 

「…レイナ。俺は…」

 

お前を巻き込む気は無い。そう話すと決めた時から前もって言う気でいた。だが、

 

「…私は死なないよ」

 

「…っ…」

 

一言。たった一言の筈の言葉は、真っ直ぐ俺を写す確かな意志を宿した碧眼に呆気なく返された。

引く気は更々無い。離れる事は絶対にしないと、眼が本当に口程に物を言っていたのだ。

 

「…確かに、団長の話は半信半疑だし、現実でそんな事態になってるなんて…出来れば考えたくない。…でもね?だからってレイ君が全てを背負う必要は無いんだよ」

 

「……」

 

正論だ。確かに、俺は全てを背負う…もとい引き受ける気でいた。そもそも素直な気質でもない俺が、こうして打ち明けられる彼女は俺よりもずっと俺を理解している。…元より勝ち目は無い…か。

 

「…悪い、レイナ。俺は…」

 

「大丈夫だよ。…君は少し、荷物を抱え過ぎちゃうだけだから。」

 

「…ありがとう」

 

「…うん」

 

どんな闇も、包み込む優しさで緩和する彼女。俺には勿体無い位に良く出来た女性。

本当に、俺がこんな幸せを味わって良いのだろうか…?かつての前世で人を殺し、血で手を染めた俺が…

 

「いでででで⁈」

 

と、思っていたらいきなり頬に痛みが走り、それが彼女に引っ張られたモノだと気づくには3秒の時間を要した。

 

「な、何すんだ⁉︎」

 

ギューッと相当な力で引っ張られた頬の拘束から逃れ、そう反射的に素で叫んでいた。だが、

 

「…昔の事考えてたでしょ…?」

 

「…っ…そ、それは…」

 

何時になく低く発られた声にまたも言葉に詰まってしまい、

 

「…貴方の人生は、もう貴方だけのモノじゃない。今はまだ結婚もお付き合いも出来てないけど…でも、前世から紡いで来た君との証は、例えゲームでも本物なんだよ?」

 

次の瞬間、ふんわりと優しく後ろから抱き締められていた。

抱き締められるにも関わらず、力を込めればアッサリ折ってしまいそうな腕。触れ合う箇所からはじんわりと人肌が伝わって来て…内心硬く誓った思いに亀裂が入っているのが解る。

 

「…お、俺はっ…俺はっ…人殺しなんだぞ?お前も知ってるだろ?」

 

そして情けなく震えている声。普段から冷静を装ってはいるが、元の人柄は寧ろ真逆。自分のクセに一番認めなくない情に厚い封印し続けてきた俺がいる。

‘‘人殺しの癖に粋がるな’’と街を行く人々が己を嘲笑ってる錯覚に囚われ、一人では贖う事すら出来ない弱虫。

 

「俺の手は汚れてる…もう二度と落ちる事は無いし、巻き込まれる運命にあるんだ。…人殺しって十字架をな」

 

「……」

 

「お前の優しさを受け入れてしまったら…俺は…」

 

どうしようもなく弱い。俺という存在が…人を殺した死に損ないの俺が、のうのうと生きている。

今直ぐ牢へぶち込まれても文句など言えないだけの事を、俺は犯した。それはレイナというかけがえのない理解者が出来ても変わる事は無い。

 

「…うん。貴方は…確かに許されない事をした。…でも…少しなら償う事も出来るでしょ?」

 

が、そこまで解っていながら、彼女は尚も引き下がらない。

強い光に呑まれそうな感覚から懸命に遠ざかる俺を、彼女は真っ直ぐに見据えて言い切った。償うと。

その言葉の意味が解らない程、俺も彼女もバカではない。

 

「償うって…それじゃあお前も「大丈夫」っ⁈」

 

「…私は貴方無しじゃ生きてけない。もうこの命は、貴方に捧げると決めてるの。それにね?キリトやアスナ、シリカちゃんやリズ、エギルさんやクラインさん達出会わせてくれたのは貴方なんだよ?」

 

…前世、俺は自責の闇に囚われていた。‘‘人を殺した’’という事実の暗雲が脳を覆い尽くし、自害する覚悟も決められずにいる虚無の日々。

そんな俺が久しく瞳に写した光明、それがレイナだった。

 

「私は何があろうと貴方を信じる。私が居る限り、貴方に間違った道を歩かせたりしないから」

 

何時からかこの屈託のない笑顔に惹かれ、何時に恋心に変わったのかは俺自身が一番解らないが…気がつけば隣にいてお互いを助け合う…そんな友達以上恋人未満な関係になっていた。

 

「だから…もう信じる事を疑わないで」

 

「…!」

 

転生して数年経ったある日、俺と美弥の兄妹に保護施設へ入って欲しい…という俺達の存在を認知した保健所が措置を施そうと半ば強引に迫って来た事があった。

まだ10の数にも届いてない幼子二人に生活は早すぎる、と。

結果として保健所行きは免れた。が、今思えばまだ見ぬ無限の可能性の未来、鮮やかな夢を馳せる子供を護ろうとしたせめてもの対処だったのだと冷静に振り返る事が出来る。

しかし、当時は家族がバラバラにされるのだという言い表せない不安から只意味の無い反論をするしか無かった。子供だからと受け入れられない無力な反抗を。だが、

 

『この二人をここから離さないで下さい!ここは…彼らにとって思い出の場所なんです!お願いします!』

 

彼女はそんな弱虫な俺の前に立ち塞がり、必死に抗った。大人相手に臆する事なく、何度も頭を下げ懇願する事で。無論、それだけでは終わらずに後々の出来事を経て今の暮らしに行き着く訳だが…少なくともこの時、彼女に助けて貰った事に多分初めて人に感謝した気がする。

 

「…やれやれ、敵わないな…」

 

「そう?私は只レイ君が好きなだけだもの」

 

「…フッ」

 

愛は強し。女は強し。昔聞いたこの言葉も、強ち当てずっぽうではないんだなと、反省と共に今日、俺は知った。

教えてくれたのは最愛の人。背中を預けられる大切な…護りたい存在。

 

「じゃ、今日の飯は俺が作るか」

 

「えっ、そ、そんな悪いよ!」

 

「信じてくれるんじゃないのか〜?」

 

「うぅっ…もう!レイ君の意地悪!」

 

父さん…母さん…俺、護りたい人が出来たよ。まだまだな俺だけど、もう二度とこの手を離さない様に…俺なりに守り抜いてみせるから、空から見ててくれ。

 

「良いもん!意地悪言う人のご飯なんか…(ぐぐ〜〜ぅ…)あ…///」

 

「…腹って、ホントに鳴るんだな…「バカーーッ!」ふがぁっ⁉︎」

 

…まぁ少し天然属性はあるけども。ってか叩かれても全然痛くねぇ…

 

「バカバカバカバカバカ!もう知らないっ!」

 

「…可愛いなお前」

 

「かっ、可愛いなんて言っても効かないもん!」

 

更にぷんぷんと腕を組んでそっぽを向く仕草。それご褒美だって解って…無いな。

 

「…愛らしいな」

 

「はぅぅっ…///」

 

「悪かったな。只、今日は黙って飯を食え」

 

「は、はい…///」

 

まぁともかく、俺達は何やかんやで同居生活をスタートさせた。

一々仕草が可愛いらしい彼女の行動により、理性がブッツンする一歩手前までいったのは余談だが、

 

「そういえばだけど、今日は何する?」

 

「ん、そうだな…少し一層に用があるんだが、良いか?」

 

「うん。何かの確認?」

 

「まぁな…」

 

こんな会話から、朝食が終わり次第第一層へ向かう事となった。

一応明確な目的はあるが、正直可能性に賭けての部分が多い。ま、行ってからのお楽しみって事で。

 

 



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愛の形

 

この世界は個人的に、青系統の色が多いと思う。転移時の光やクリスタルの色、Mobなどから発生するポリゴンなど、プレイヤーが眼に収める大体に青がある。

そして俺達は何百とも知れない転移の青い光に包まれ、数秒後には地に足を付けていた。

 

「ふう…久々だな」

 

「ホントだね〜」

 

第一層に広がる巨大市街地《始まりの街》。その名前の通り、ここからソードアート・オンラインは始まった。プレイヤー達にとっては最初に訪れる街であり、円錐形であるアインクラッドの階層では一番の面積を誇っていたりする。

最も、今はその広大さに反し人影は無く、視界にプレイヤーの反応は全く見当たらない。すると、

 

「…随分静かだね…」

 

隣のレイナが思い出した様に呟いた。声を合図にチラリと横目で見た顔は何処か虚ろで、先程見た顔とは違った目つきだった。

悲しいけど懐かしい…そんな想いで街を見る彼女は、全く関係無いが不覚にも…

 

「…綺麗だ」

 

「えっ?何か言った?」

 

「あ、いや…と、とにかく行くぞ!」

 

「わわっ⁉︎」

 

…やっぱり俺もまだまだガキだな。不覚にも口に出した言葉を隠す為に手を引くなど小学生がやるんだろうな。そう来て早々に反省しつつ、俺は利き手である左手で彼女を引き久々の街をのんびりと歩く。…が、

 

「…ねぇ、レイ君…」

 

「あぁ…変だな」

 

こうして歩いていても、違和感が街道から…強いて言うなら街全体から、人気の無さが異常な程感じられてならないのだ。もちろんそれはNPCではなく、プレイヤー反応という意味合いで、だ。

その異変に歩いて街に入ってから5分経った辺りから疑問に感じ、レイナと共に《索敵》を発動して360度100m圏内の視界を探索してみたが…

 

「…やっぱり、誰もいないね」

 

「あぁ」

 

やはり視界に収まるプレイヤー反応は無く、見つけても建物内にチラホラと数人が居るのみで、当然俺達が今いる大通りは物の見事にがらんどう。

 

「ねぇ、今《始まりの街》にプレイヤーって何人位いるの?」

 

「確か…俺達が大体1000人弱で、中層の奴らが3000人ってとこだから…2000人位じゃないか?」

 

そう。俺達攻略組みと呼ばれるプレイヤーは生存者6000人弱からすればほんの一握りで、残りは危険が及ばない様厳重な安全マージンを取り、‘‘ゲームを楽しむ’’事を大まかな目的する中層プレイヤー。

外部からの助けを待ち、最も安全なここに留まるプレイヤー達に分類されている。

この三つの括りは互い出会う事がほぼ無く、情報の密度も天と地の差がある事はかなり前から明白となっている。

 

「…に、しては…人気無さすぎじゃない?何か可笑しいよここ…」

 

「あぁ…」

 

が、流れてくる噂はやはり現状には劣る。前々からプレイヤーが集まっている聞いていたが、来てみればこの通り人気は全く無いのだから。すると、

 

「……ん?」

 

不気味な街へ向けていた不安げな表情から一転、ある一点を訝しげに見つめた…かと思った瞬間、

 

「どうした?「っ!」お、おい!」

 

何処ぞの《閃光》顔負けな速度でタタタッと足音を掻き鳴らなから飛び出したのだ。

数秒遅れ、一体何が?と眼を彼女の目先を見やった瞬間、直ぐに解った。

 

(なるほど、なっ!)

 

前方50m弱やや右寄りの裏路地。そこにプレイヤーの反応があったのだ。

これは余談なので言わせて貰うが、《索敵》のスキルを発動した際、プレイヤーにはある外見と視界に変化が現れる。

一つ目は【目の色】。これは‘‘発動しましたよ’’という証に眼が薄緑色に染まり、発動中はずっと適応される。

二つ目は【視界の色】。発動した瞬間、俺達プレイヤーの視界は途端にプレイヤーやモンスターを表す白と壁や建物などの無機物を表す黒の色合い…所謂サーモグラフィー擬きの様な状態になる。そしてそれは、視界に写る物体の大きさを透視見る事が出来るという意味でもある。

つまり何が言いたいのかというと、今さっきレイナから数秒遅れに俺が見た景色は右側寄りに行き止まりとなっている通路に対し、手間の方に大きな白が2つ、行き止まりの方に小さめの白が2つの反応があった。それはつまり…

 

「貴方達!何してるの⁉︎」

 

大人が子供を追い詰めているという酷な状況という訳だ。

正確には奥には子供が二人…赤い短髪12歳位の男子が、同い年位の黒髪の女子を庇う形で立っており、対して大人は二人共に男で、手には買いたて感満載なブロンズソードを持ちヘラヘラとした態度をしてキモい笑みを浮かべている。しかも、その大人がギルドの証のエンブレム付きの鎧で、それがまさかの…

 

「貴方達…軍?」

 

軍。正式名称はアインクラッド解放軍。名前の通りこの浮遊城からの解放を目的に動く組織で、ギルドの中ではぶっちぎりにメンバーが多い巨大組織だ。

そしてこの組織もまた、攻略に参加するギルドであった。…数日前、第74層に久々に向かわせた攻略にて多大なる被害を負うまでは。

それ以来は姿を見せてはいなかったが…まさか裏でこんな恐喝紛いの行為を行っていたとは。

 

「…ま、いいか。レイナ、やれるか?」

 

「うん。…貴方達、その子達を離して」

 

その有様に咄嗟のアイコンタクトをし、しっかりと俺の意志を読んだ彼女が一応声をかける。が、

 

「あぁ⁉︎てめぇら…俺が質問してんだっつーの!」

 

「まぁ待てよ。おいあんたら…見ない顔だが、軍に逆らう事がどんな事か知っt「知るかバーカ」んごぁっ⁉︎」

 

「「⁉︎」」

 

結果はご覧の通り。だから軽く顔面に蹴りを叩き込んでやり、男は情けない声を出しながら吹っ飛んでいき…気絶した。やはり情けない。レベルは5…いや3辺りといった所か。

 

「き、貴様n「消えろ」な…ん…」

 

で、もう一人は対象者に一定時間‘‘幻’’を見せる写輪眼の初期スキルの一つ、《幻眼(ホロウ・アイ)》だ。

眼を合わせた相手を‘‘意識レベルの空間に閉じ込める’’この技は、簡単に言えば『夢を見させる技』で、レベル差があればある程に成功しやすい。

しかも、このループは【発動者が解除する】か【自力で解く】しか方法は無い。

ま、この調子じゃ永遠に解けなそうだがな。まぁそれはさて置き、

 

「大丈夫か?」

 

「何処も怪我は無い?」

 

ひとまずは軽く屈んで目線を合わせ、安否を心配した形式的な質問を二人の子供に問う。

 

「う、うん…」

 

その問いにまず男子の方が先に答え、女子の方は声こそ出さなかったもののコクリと頷いた。

どうやら見た目通り傷らしい傷は無く、まだ微かに震えているあたり、正に今気絶させた男二人に恐喝紛いの行為をされる直前だったことが解る。

その証拠に、まだ俺達を見る眼から完全に警戒心は消えてはいない。

 

「…ま、それも当然か…」

 

いきなり見ず知らずの人間…しかも歳が近そうな若い男女が、大人の男二人を蹴散らしたのだから、警戒されても正直仕方がない。

 

「レイ君、それ言わなきゃ解らないよ?」

 

「む、そうか?じゃあ改めて…」

 

ごほんっと咳払いをしつつ、俺は二人の子供に問うた。必死に内心を悟らせまいと警戒は強いままだったが、その対価は意外なモノで……

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

「保護…ですか?」

 

そう今聞いた単語を、私は疑問の声を混じえて繰り返した。

第一層《始まりの街》南西部。中世ヨーロッパ風の景色が広がるこの区域に、白を基調とした一軒の教会が聳え立っている。見かけは教会という神聖な空気を醸し出しているが、実際は20数人の少年少女が各自長椅子に座り、アレよコレよと激しい朝食の取り合いやり合いを繰り広げている。その騒がしさといったら…まるで何処ぞ学童保育所の様な雰囲気だ。

 

「えぇ。私はこのゲームが始まってから精神を病んでしまった子供達と、こうして一緒に暮らしているんです」

 

そして、そんな子供達の位置から一歩引いた位置に私は座り、サーシャと名乗った子供らの保護者をしているという20代辺りであろう女性から紅茶を飲みつつ話しを聞いていた。

見るからに穏やかそうな雰囲気の彼女は、良い母親代わりなんだなぁ…などと同性ながら思ってしまう程優しげな人で、子供に好かれるのも納得だ。

そしてそんな彼女に、自分らが攻略組みと告げた時の驚きっぷりはまだまだ記憶に新しい。

 

「そうなんですか…でも、大変ですよね?こんな大勢の子供の面倒を見るのは….」

 

「…はい。ですが、私は子供が好きなんです。向こうでは教職関係も学んでいたので、この世界で迷っている子供達が、どうにも放っておけなくて」

 

「優しいんですね…羨ましいです」

 

そう。幾ら子供を善意で20数人を保護したとはいえ、イザ守るとなれば相当な負荷がのしかかる。税金の縛りが無いこの世界でも、成し得る事は到底無理がある様に思えるが…

 

「そんな…とんでもないです。そう言って貰えるだけで…」

 

彼女は、それを子供達への愛で可能にしているのだろう。こんなお母さんがいたら…と、現実をついつい悲観してしまう私は甘いのだろうか?

親という存在は子供に立派な道を歩んで欲しい。そう強く願う親の想いを、この手で無にしている私は…愛されて良いのだろうか?

止め処なく廻る思考の渦は、合っているのか違うのか…明確な答えなど教えてはくれず、ただ渦巻くだけ。

 

(…レイ君)

 

その答えを、視界の先で子供達とアッシュ共々戯れる彼に問いたかった。

けど、今はグッ抑えた。現実の話はこの世界においてタブーだし、忘れたい自分も内心いたから。そして何より、

 

(…愛って、難しいな…)

 

彼を愛しているから。疑う余地なく彼を信じ切っているから、だから後々ちゃんと話す。それが何時になるかは…私自身解らないけど。

この愛の形が、両親にも伝われば良いのにな…そうしたら全部上手くいきそうなのに…

思い浮かぶ頑固な両親の顔は笑っていない。昔から…私は何も変われてはいないのかもしれない。偉そうに彼に言っておきながら、私は…

 

 



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何時だって私は

 

 

 

 

「じゃあ、そろそろ私達は行きますね」

 

「はい。また是非来て下さいね」

 

「もちろん!」

 

教会に立ち寄ってから3時間弱。丁度時刻がお昼時を指した頃、私とレイ君はサーシャさん達の居る教会から離れた。

まだまだ時間に余裕はあったけど、目的を達成して早く家に戻りたいという現実主義な彼の意見に苦笑いながらも賛同し、早々と行動を起こしたからだ。

教会に滞在したのはとても僅かな時間ではあったけど、私は彼女らとは相当に仲良くなれたと思う。

現に、レイ君は『人付き合いは苦手』と言ってたにも関わらず子供達から物凄く懐かれてたし、アッシュも狼という可愛さと格好良さから男女共に負けず劣らずの支持を集めていて、それはそれは微笑ましい光景だった(ちょっと羨ましいなぁと思ったのは余談)。

そんな訳で教会を離れた私達は今、とある建物の前に足を運び、その内部にいる。

黒…いや漆黒の底知れぬ暗い煌めきを宿した建物を、私達SAOプレイヤーはこう呼ぶ。

 

「…来たね」

 

「あぁ」

 

第一層の中心地に聳え、漆黒の鋼鉄で出来た神聖な宮…【黒鉄宮】と。

別名:生命の碑とも呼ばれるこの場所は、この世界に入り込んだ1万のプレイヤーの名前全てがAから順縦並びに刻まれており、私のReinaやレイ君のReiなど、現存するプレイヤー名全てが記憶された言わば巨大な黒い石板である。そして唯一、この世界に於いては‘‘死の確認が出来る’’墓地に近しい場所でもあり、そうそう何度も足を運ぶ場所でもない。なら何が目的か?それは…

 

「…あった」

 

名前が刻まれた巨石…の、真裏にある壁。一見、そこは単なる黒一色の石像造りの壁でしかないが、ただ一つ違う点が…

 

「行くぞ?」

 

「うん!」

 

‘‘真に通じ合いし光と影が揃いし時、神羅万象への歩みとなる’’。

これがKob団長ヒースクリフ…元い茅場 晶彦がレイ君に向け1年前言った言葉だといい、今目の前の壁に彫って刻まれている文面でもある。

彼は茅場からこの話を聞かされてからの1年間、その意味の意味の全貌を明らかにする為に動いて来たという。私達プレイヤーと違って現実へ自由に戻れる茅場と何度か密会し、集めた情報を様々な形の方法に構築し、幾度無く食い違いがあったと。

そして昨晩、ようやく彼は謎を突き止め、一つの結論へ至ったという。その方法とは、

 

『まず、黒鉄宮の石像に着いたら俺の右手とお前の左手で手を繋ぎ、余りの手を使って筋力パラメータ全開に壁を押す。そうすれば壁が割れ、先へ進める筈だ』

 

「くぅ…っ…!」

 

「んぅぅ…っ!」

 

彼の言葉通りに私は左手、レイ君は右手で手を繋ぎ、残ったお互いの利き手にありったけの力を込め、力みながらグッと掌を力強く押し付ける。

一見無意味に見えるこの行為だが、真に通じ合いし者=結婚のデータを持つ二人が揃ってやらなければ意味がなく、更には片方、又は両方のプレイヤーがユニークスキル持ちでなくても良けない。

が、一番の条件。それは…

 

『お互いを理解し合う事。それが最後の条件だ』

 

その意志にシステムが呼応したのか、レイ君の手からは青黒い光、私の手からは赤白い光が螺旋状に壁を広がっていき、それが混ざり合って赤と青の螺旋模様となった瞬間、ガゴゴゴ…!という重低音を轟かせて渦模様の中心から巻き戻しする形で消えていき、模様が全て消えた時には新たな空間へ繋がる入り口となっていた。

体力が減らないとはいえ、精神的な体力の浪費から速いペースで胸を上下させていた私達だったけど、やがてそれは落ち着き、空間へ足を踏み出す。

 

「これが…システムプログラム?」

 

「あぁ…間違いない」

 

中は白を基調とし、あちこちに黒い線が張り巡らせた天井が近い大体3mの正方形の空間だった。奥にパソコンのキーボードが埋め込まれた黒い正方形のオブジェがドンと構えてあり、右側には眩い光を表すであろう薄黄色の球形の物体。左側には正反対の暗い影を表すであろう黒に限りなく近い青色をした三日月形の物体が佇んでいる。

これらはこの世界をコントロールするカーディナル…その中でも‘‘肉体と力’’をシステムの力により制御する場だという。私は彼から聞いたまでの知識なので見るのはもちろん初めて。その筈なのだが…

 

「なんか、懐かしい感じがする…」

 

不思議と違和感は無く、まるで訪れる事を予期していたかの様に、家に帰る時の様な懐かしささえ感じるのだ。初めて来たのだから、そんな筈は無いのに…。と、

 

「よーし、早速作業するとするか」

 

そんな懐古に近しい念を抱いている間に、レイ君はキーボードに腰掛けてポキポキと指を鳴らし首を軽く回しての準備運動を行っていて、

 

「うん!あっ、でも作業出来るのって一人だけでしょ?」

 

「心配するな。任せておけ」

 

あ…と私が声を漏らすと同時に、彼は凄い勢いでキーボードを掻き鳴らし始めた。今回彼がやってくれるのは『SAOデータの隔離保存』。何故そんな事をやる必要があるのかはまたの機会に話すけど、簡単に言えば他所への移行出来る様データを構築し直すという事。

その必要性は今直ぐには出ないけど、やがては必要になると確信した故の私の同意あってのモノでもあり、現実で新たに巻き起こっている問題を解決する際の切り札となってくれると信じ、今は仕込みをしている(要するに引き継ぎの作業と同じbyレイ)

カタカタカタカタ…と‘‘データを一から書き換える’’という反則も良い所な利点反面、その過程立ち塞がるロック解除などの処理の結果途切れる事無く無機質な空間にタップ音が煩く鳴り響く。そしてその作業の最中、『任せておけ』といった言葉を信じた私は作業の阻害になるまいと、一歩下がった位置の床腰掛け無言で彼の後ろ姿を見ていた。

そうなると、嫌でも彼の背中は目に写る訳で…

 

(…レイ君の背中…か…。男の子なんだなぁ…)

 

筋骨隆々…とは決して言い難い灰色のコートを纏った細身の後ろ姿だが、女性であり恋人である私にとっては‘‘頼れる男の背中’’そのものの彼の背中。私が興味を抱き、やがて大好きになった初恋のヒトの背中。

女性は異性である男性に恋心を抱き、幸せを望む。それは叶わない事の方が多いけれど、極論はそうだ。

私はその中で見つけた幸せはずっとずっと死ぬまで紡いで生きたいと思っている。それが人を愛し愛されるという事の理想であり、最終地点と思っているから。

‘‘人を愛する’’意味、それは前世では解らなかったけど…転生し、精神が一皮向け大人となった今ならば良く解る。

 

(好き…愛してる。もう言葉じゃ足りない位、何時だって私は、ずっと貴方を見ていたい)

 

目の前の男の子、レイ=零という存在が、私は心から大好きなんだと。自惚れや自尊に見えても、これじゃあ仕方ないなと我ながら思ってしまう程、それ程までに彼が‘‘愛おしい’’。もう一人じゃない実感と、失いたくない愛情の二つが混ざり合って溶け合って…私は漸く心から愛する人を見つけられた。気持ちを伝えられたんだ。

 

(ありがとうって言葉じゃ足りない位、本当に沢山助けられて、沢山の想いを教えて貰った)

 

…かつて、私は独りきりだった。父と母がいて、祖父や祖母、従兄弟がいて、何一つ不自由無い生活を送って来た私は…孤独だった。

産まれた時から英才教育を叩きこまれ、所謂お嬢様となってビシバシ扱かれ、他人への礼儀から文献など幅広くあらゆる知識を学んだ。そこには決まって血縁者がいて、私の価値は‘‘知識と作法’’にしか向けられず、碌に褒めて貰えた記憶すら無い。

それは転生し、再び有宮の性を名乗る様になった現世へ来てからも、家族関係は変わらなかった。親の圧力に…母親の威圧に抗えなかった。現実へ帰れば、私はまず長期五感の隔離からのリハビリと共に、また両親との溝へ立ち向かっていく事になるだろう。

一週間…いや一月は碌な生活も出来ないかもしれない体で、私は現実を生きていかなければならない。もちろん楽しみはある。現実でキリト君やアスナ、シリカちゃんやリズとまた再会出来る。それに、元より覚悟は決めている。

 

(貴方となら、何でも出来そうな気がするから…!)

 

幾千の道があれど、私と彼が歩む道はどれも修羅の道に変わりは無い。なら…私は彼とどんな道だろうと突き進んでみせる。それが私の意志。それが私の決めた道なんだ。

すると、何時の間にキーボードを叩く音が止み、そちらに目をやると、レイ君は来る時は持っていなかった虹色の菱形のアイテムを手によっこらせと立ち上がった所だった。

 

「よーし、終わったぞ」

 

「あ、お疲れ様!それで…出来たの?」

 

「あぁ。後は現実に戻ってからだ」

 

そう言う彼の顔は変わらず無表情だったが、数時間前軍の連中から子供達を取り返した時の冷酷な雰囲気ではなく、不器用な彼なりに和やかな雰囲気で接してくれているのが解る。そんな彼の努力が端々に取れる行動が嬉しくて、ついニヤけてしまう。

 

「…何笑ってんだ」

 

「ふふっ、なんでもないっ!」

 

「?」

 

愛しい彼が隣にいる。この幸せは永遠には続かない…それは生き物であり、話せるだけの知能を持つ人間だからこそ、命持つ私達がまた新たに生まれ変われる様に、神様が時限のリミットを定めているんだ。

なら…私は何時だって貴方の味方でいたい。世界中全てが貴方を敵と見下げても、私はずっと…ずっと彼を信じ続けたい。

前は、そんな言葉は言った所で意味なんか無くて、単に恥ずかしい台詞だと正直思ってた。でも…そうじゃないんだ。

人は本当に護りたい人が出来たら、心から本気の愛を叫ぶモノなんだ。これが…大好きって感覚なんだ。温かくて、優しくて、胸がトクトクと高鳴ってるこの気持ちが。

 

「ねぇ…レイ君」

 

「ん?なんだ」

 

「…大好きっ!」

 

だから…これからは私も貴方を護る。女だからじゃなくて、綺麗事でもなくて、只純粋に…

 

 



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終わりは突然に

急ですが、今回でsao編は終了です。
次回からは少しオリ話を挟み、ALO編に続ける予定です


 

 

それは本当に、狙ったんじゃないかと言える位突然の事だったと断言出来る。

 

 

【––2024年11月7日、ゲームはクリアされました–––】

 

 

…この世界が、ソードアート・オンラインという名の電子世界が、文字通り終わりを告げた。

ゴーンゴーンと重低音を轟かせる鐘の音と共に、このゲームは2年という長期稼働に今宵、終止符が打たれたのだ。

その事実に、アインクラッド全土が歓喜に震えた。抱き合い喜ぶ者、グッと拳を突き上げる者、泣きじゃくり歓喜する者。形は違えど、生き地獄からの脱出を喜ばないプレイヤーは居なかった。

…が、問題がそれには一つあった。それが告げられた時刻と場所だ。第75層のボス部屋…第三クォーターポイントであり、正に今日ボス部屋攻略へ踏み込んでいた最前線。

後1年…いやもしかしたら半年かもしれない。日に日に天へ階層が近づく程、人々の興奮は隠しきれないモノになっていった。第100層を攻略し、現実に戻れる時も近いかもしれない、と。……が、

 

「…茅場 晶彦。それがお前の本当の名前だ」

 

その微かな希望は、黒尽くめのとある剣士が言い放った言葉によりいとも容易く握り潰された。

この世界…ソードアート・オンラインそのものを創り上げた人物、茅場 晶彦が=血盟騎士団団長ヒースクリフである事がその場のプレイヤーに曝され、非常な真実として彼等の…特に彼を慕っていた配下のプレイヤー達に多大なる震撼を与えた。

だがそれを知らぬ者…その場に居なかったプレイヤー達にこの事実が漏れる前に、茅場はその事実を隠蔽しようとプレイヤー達をGM権限による麻痺毒を与え縛り、記憶を奪い取ろうとした。だが、

 

「…フン。随分なザマだな貴様ら」

 

一人のプレイヤーの出現が、茅場の行動を寸前で止めた。そのプレイヤー…レイの出現は、永らく攻略から姿を消していた攻略組みにとっては久々のご無沙汰だった訳だが、そんな事は後回しだと彼は言い放ち、ヒースクリフこと茅場が繋がっているという真実を暴露したのだ。

そして彼は、更なる事実を聞かされ驚愕を通り越して最早呆然の一同を横目に、茅場にこう言い放った。

 

「…もうあんたの道は飽きた。これから先は俺達の手で切り開いていく。だから茅場、」

 

‘‘あんたを殺し、ここから出て行ってやるよ’’

言の葉が皆に伝えた響きはとても冷たく、尚且つ薄ら笑いを浮かべ狂乱の色を宿した紅い瞳を持つ青年を、弱冠16歳の少年とは誰も信じはしないだろう。

それは宣言を受けた茅場も同意義。何せ今から自らを殺すと宣言した少年が、持てる力全てで消しに来るからのだから、それはそれは心中穏やかでは無い筈だ。しかし、

 

「…フッ、良いだろう。私を倒せば、生存している全プレイヤーがログアウト出来る」

 

茅場はそんな感情など御首にも出さず、レイと同種の微笑すら浮かべ、文字通り命を賭けた殺し合いを行う事に同意したのだ。その瞬間、レイの眼が奇妙に鈍い赤と黒を放つ六芒星模様へ変貌した事に気がついた者は、その場に居なかった彼の最悪人を除けば、片手で数えられる程しかいまい。

 

「…決着の時だ。茅場 晶彦」

 

…茅場 晶彦は死んだ。壮絶なる激戦となったレイとの決闘に破れ、かつて尊敬していた先輩の倅である彼に看取られながら。そして話は冒頭に戻るという訳だが…

 

「……」

 

目の前で淡い硝子片へと散った彼を前に、レイは無言で立ち尽くしていた。泣く訳でも愚痴を言う訳でもなく、ただ…立ち尽くしていた。

その広いとは言えない後ろ姿を、その場にいたプレイヤー達は文字通り目に焼き付けた。虚無に浸るという計り知れない感覚を、今正に少年が味わっているという酷な事実から眼を背けぬ様に。

そして数分後、世界は眩い光に包まれた–––––

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

(……ここ…は……何…処…だ…?)

 

俺があの世界で光に包まれ気を失い、次に瞼を開けた時、初めに思い浮かんだ言葉ソレだ。

まだ微睡みから抜けない頭を動かそうと励むも、返って来たのは節々から伝わる痛みと、鼻から吸い込んだ鉄の匂い。そして…

 

「…あ……」

 

頭に被せられたナーヴギアと酷く掠れた小さな声。それが己のモノと気づくのは、力がまるで入らない体とは裏腹によく動く眼で視線を左右を行ったり来たりさせた後。

そしてそんな俺を見た近くの看護師が大丈夫かと俺の意識浮上を聞き、それに碌な返事も出来ないままコクコクと頷き肯定の意を示す。

 

(…帰って、来たんだな…)

 

2024年11月27日日曜日13時45分、レイの名を持った電子の青年は、主の奏魔 零の元へと還った。

そして後々、俺を含むSAOプレイヤーの帰還に各地の病院が騒がしくなるのは言うまでもない。

 

 



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アルヴヘイム・オンライン
番外編① 兄妹


 

 

 

孤独とは、人との関わりを避け、自らを独りの世界へ閉じ込めている様をそう呼ぶ。

かつて、‘‘彼等4人’’はその部類の人間達だった。境遇も育ちも見かけも歳も異なる彼等4人だが、唯一それだけは共通していた。

‘‘疎外され、独り孤立する寂しさを知る’’という点に関しては。だからこそ…か。彼等4人は、少々常人とはズレた感覚やセンスを持ち合わせていた。もちろんそれは立派な個性で誇るべき長所でもあるが、逆に言えばそれだけ短所が浮き彫りになるという意味もあるのだ。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「憂鬱だな、零…」

 

「奇遇だな。俺もだ和人」

 

2024年12月7日土曜日。現実の体から‘‘意識のみ’’を隔離し、初回ロット購入者述べ一万人を電子世界へ誘った新ジャンルVRMMO。その最新作として大々的に報道された《ソードアート・オンライン》。プレイヤー自身の五感を使い、自らの意思でアバターを動かすという魅力に、多くのプレイヤーが魅力され、世界初のゲームとなる…筈であった。

筈だった、というのはゲーム開始から5時間程経過した時、当ゲームの開発ディレクターである天才、茅場 晶彦が宣言した言葉にある。

 

『諸君らは、このゲームからログアウトする事は叶わない。この世界でHPが0になった瞬間、君らの脳をナーヴギアが破壊し…死に至らしめる』

 

ログアウト出来ず、しかもたった一度の死が現実のモノとなる。ゲームに於いての‘‘当たり前’’が、茅場の宣言により一瞬でそうで無くなった。世界初のゲームが、紛れも無いデスゲームと化した瞬間であった。会社員や学生などの総勢1万人が問答無用で捕らえられた死の世界。2年後に踏破され、結果として生身の人間が4000人近くが死亡したネットワークゲーム始まって以来の大事件となってしまった。

が、後々にSAO事件と称される今事件。それが先月11月に突然の終わりを告げてから、今日で丁度一月の時を迎えた。

第100層の頂きを極める前に途中踏破され、崩れ去った幻想の浮遊城アインクラッド。ゲームの死が現実のモノとなる世界から2年の時を経て解放された生存者達は、言わずもがな長期のダイブで体が動かない・動かせない者が殆どであり、現在ほぼ全ての帰還者が社会復帰の為リハビリを受けていた。それはここ、千代田区お茶の水にある病院で看護を受けている少年二人も同じ事なのだが、

 

「「はぁ…」」

 

今、この二人の脳裏に浮かぶ思いは事件とは程遠く、前記で最初に重々しく口を開いた黒短髪の少年…キリトこと桐ヶ谷 和人。と、心底鬱な様子で和人に続き口を開いた和人同様短髪ではあるが、もみあげの部分が長めな比較的薄い黒の長髪の少年…レイこと奏魔 零。

この二人、向こうではかつて‘‘黒の剣士’’、‘‘ビーター’’。‘‘影閃の剣士’’、‘‘写輪眼のレイ’’などと、二つ名までお互いに頂戴していた剣士であり、SAO生還者(サバイバー)と世間に呼称されるに当てはまる二人。

互いに幼少期からの旧友である二人は、見かけや趣味、好きな色などに似た部分が多く、同い年で重度のゲーマーという事もあってか、様々なゲームで極限を競い合う良きライバル関係を築いていた。そして、両名共に二つ名に恥な過ぎる程、あの世界では名が売れた正当なる実力者同士でもあった。

…が、やはり彼等も人間、何者にも弱点というモノが存在する。もちろん二人にもあり、実はお互い浮世離れした雰囲気の実感から他者との関わりを避けて来た二人にとって…いや、その立場ならば解るやも知れぬ問題。それは…

 

「スグが育ち過ぎててな…」

 

「俺は美弥が騒がしくて敵わん」

 

妹。この二人には、一つ歳下に妹が居るという共通点があるのだ。共に14と15歳の中学3年生で、しかも類は違えど二人共見栄えは良い美人。

その内零の妹である奏魔 美弥は、彼等と同じSAO事件の被害者であり、その影響から今は二人–––正確には零は後数日で退院するが高校には入学していない–––同様看護の為、通っていた中学を中退している。その為現状で正式な学生と言えるのは和人の妹、スグこと桐ヶ谷 直葉だけである。

因みに幼少期からの顔見知りであるこの四人は、同じ中学校に通学していた為か家が隣接しているという近さからかは定かではないが、兎にも角にも四人は仲が良い。

それだけならば、一体二人は何を悩んでいるのか?簡単に言うと…見た目と性格だ。

 

「気持ちは解るぜ和人。あれは…まぁびっくりしても仕方がない」

 

「だろ⁈まさかあんなに成ってるなんてさ…はぁ」

 

「男には無いものだしな」

 

和人の妹直葉は、和人をお兄ちゃん。零と美弥を呼び捨てで呼ぶショートボブの髪型が特徴の少女であり、中学剣道でベスト8に入る程の実力者の所謂スポーツマン。良く言えば真面目。悪く言えば頑固な気質で剣道真っしぐらな彼女は、最近‘‘ある部分’’がログイン時からアウトした今日までで急速な成長を遂げており、その変化に困惑した和人と思いれは違うものの、本人も気にしているという。その部分が何処か、それは前記の零の発言から察しの良い読者諸君ならば楽勝で推測可能ではないだろうか。

 

「だがな和人。俺のとこも大変だぜ?」

 

「そうか?結構良いヤツじゃないか」

 

「まさか。俺は毎度毎度尻に敷かれてるっつーの」

 

「ははは…」

 

対する零の妹、美弥は兄に良く似た黒髪を腰近くまで伸ばし、大体ポニーテールかツインテールで髪を纏めた正当な洋風系美人。が、性格はそれに反し零の悩みでもある騒がしさの一言で、何処でも中心的雰囲気を放つムードメーカー。零の事はお兄ちゃん、桐ヶ谷兄妹は呼び捨ての古来から居る見た目はクール中身はご察しの少女。

そんな彼女、直葉とは違い、スポーツはこれといった習慣は無い。が、その分の反動か否かはともかく、容姿・頭脳・能力の三拍子が全て高水準な万能タイプであり、事実兄の中学時代の成績をほぼ全て勝ち越していたりする(運動は兄に劣るが)。また常人には無い特殊能力を備えており、常人より治癒能力に優れている。これは兄の零程では無いが、昔から怪我からの回復が早く、零同様1週間以内には隣の病室から晴れて退院が決まっている。

 

「何とかならねぇかね?しかもアイツは無自覚なんだよな、あの女王気質は」

 

「大変だな…零。察するぜ」

 

「おう。解ってくれるのはお前だけだぜ、和人」

 

兄妹。それはある意味、最も近しい異性。幾ら極限状態から生還して来たとはいえ、女性に対する意識はやはり彼等も年相応なのだ。彼等の苦労はある意味羨ましいのだが、それは黙っておこう。

今日もまた、特別管制塔305番室は平和である。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

同刻…病室で兄達が妹苦労談義をしているなど露知らず、美弥と零と晴れて交際を始めたレイナこと有宮 玲奈(ありみや れな)のSAO生還者である二人は、見舞いに来た直葉と共に病院内に設置されているショップに来ていた。

 

「でね!お兄ちゃんってばまだカフェオレ飲んでるんだよ?子供だよね〜!」

 

「美弥…それ5回目」

 

「へ?そう?」

 

「あはは…」

 

相変わらず美弥はマイペースに兄を子供扱いし、それを嗜める直葉と、ソレを苦笑いする玲奈という構図が出来上がっていた。流石に声のボリュームは考えている様だが、タダでさえ容姿綺麗で美人な三人であるからか、結構視線が(主に男子の)集中している事に当人達は気がついていない。

が、美弥と玲奈の二人は既にほぼ元通りに復帰した零とは違い、手首に点滴を刺しそれをケーブルで繋いでおり、病院で生活する患者に良く見る支柱を傍らに置いて杖の代わりに使い看護服を着ている為か、病人と判断され視線だけに留まっている。

 

「でも凄いよね零って。他は未だ皆リハビリ中なのに、もうそろそろ退院出来るなんてさ」

 

「まぁ頑丈なのがお兄ちゃんの取り柄だし、私もそこは認めてあげてるし!」

 

「はは…でも美弥。余り味が強い食べ物はダメだよ?」

 

「え〜!チョコひたパン食べたいのに〜!」

 

まぁそれはさて置き、一行は食品選びに苦戦していた。直葉はリハビリも何も無いので、昆布や鮭などの各種おにぎり5個に留まった。

だが絶賛リハビリ中の美弥と玲奈は違い、濃い食べ物や栄養が偏った食べ物はジュースなどの液体でない限り、硬い固形物などは基本まだ口には出来ない。

玲奈は迷わずおにぎりに決めたのだが、美弥はパンを中心に甘いお菓子系が好物の彼女にとって、ある意味この食品選びは地獄である。

 

「はぁ…まぁ早く出られなくなるよりはマシかぁ…ちぇっ」

 

「まぁまぁそう言わずに。我慢すれば良いんだから」

 

「ホンット玲奈はサラッと簡単に言うよね…はぁ」

 

結果、美弥も愚痴りながらも無難におにぎり数個に決め、ショップから出て零と和人が居る病院…の、隣に位置する304号室へ戻って来た。

 

「はぁ〜…何かつまんないなぁ〜…はぐ」

 

「まぁまぁ…はぐ」

 

「何かこう、刺激的な事とかないかなぁ?…はぐ」

 

「う〜ん…私達ってゲーマーだからね。やる事は限られちゃってるよね…はぐ」

 

そして早速おにぎりをパクついているが、言葉の節には覇気が無く、何とも言えない虚無感が漂っている。

玲奈の言う通り、ゲーマーは‘‘ゲーム’’という概念に縛られた存在である為、日常でやる事は自ずとやる事は限られてくる。

しかも今はリハビリ中という状況も然り、一層やれる事の範囲が狭い。もちろんゲームなどは携帯機でない限り不可だ。すると、

 

「あっ、そういえば二人共知ってる?新しいVRMMOの事!」

 

そう沈みから一転、弾けた様に話す美弥。元々喜怒哀楽が激しい性格ではあるが、ゲームというジャンルに対しては特にその性格に拍車が掛かっている。

 

「まぁ…一応はね。直葉がやってるゲームなんでしょ?」

 

「あ、はい。《アルヴヘイム・オンライン》って言うんですよ」

 

「へぇ〜!」

 

アルヴヘイム・オンライン。それがソードアート・オンラインに続き、半年程前に発売したVRMMORPGゲームの名前だ。

先のSAO事件もあり、事実上自爆に近しい形で倒産した運営社【アーガス】。

それによりナーヴギアの仕組みを遺した零の父親の厚労は事実帳消しにされ、世間からはデスゲームを創り出した立役者として批判の波が絶えず、VRMMO自体も早々に終わりを告げるかと思われた…が、そこにアーガスに並び勢いのある会社【レクト】が後世に残す為にと運営を引き継ぎ、やがて誕生した新感覚RPGが前記の《アルヴヘイム・オンライン》。通称ALOと呼ばれるVRMMORPGであり、またそれ専用の安全性を重視したナーヴギアの後継機《アミュスフィア》も同時に売り出され、和人らSAO生還者達が帰還した半年前時点から今までで、既に多くのプレイヤーを魅了している。

 

「いいなぁ…あぁー早く遊びたい!」

 

「あはは…大丈夫だよ美弥。ゲームは逃げたりしないよ」

 

「む〜…」

 

が、今は二人共に絶賛リハビリ中な為、当然プレイは不可。恐らく生還者の中で一番に退院するであろう零がプレイする事は最早決まったも同様なのだが、それを言うと美弥の我儘を煽る事になるので、玲奈は口を噤んだ。理由は…

 

『あいつ(美弥)に言ったら面倒だからな』

 

と、零から念を押されたからに他ならない。基本彼から口を開く事は少ないものの、彼なりに妹を気遣っているのだ。今口を噤んでいるのも、その美しい兄妹愛に免じてのこと。

 

(…また、妙な事にならなきゃ良いんだけど…)

 

また賑やかな会話を始めた美弥と直葉を他所に、密かに玲奈はそう願った。が、この願いは後々に悪い形で破られる事を、この時の彼女達は知らない…

 

 



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飛翔、新たな世界へ

キャラ紹介に筆加えました


 

 

 

「《アルヴヘイム・オンライン》?」

 

「そ。それがSAOの後に発売されたソフトの名前なんだって」

 

2024年12月20日月曜日。冬の寒さが一層厳しくなり、場所によってはマイナスまで気温が下がる寒々しい今日この頃。

3日前に揃って退院した奏魔兄妹と有宮玲奈は、生還者の中では一番乗りで復帰し、今までの分を癒す様に学生という概念を忘れ、のんびりと時間に縛られない時間を過ごしていた。そして今、退院組みの一人こと奏魔 零は自宅正面に位置する豪邸、有宮家へ足を運んでおり、今は彼女の自室にて他愛のない話を交わしていた…という所で前記の発言に戻る。

 

「SAOの真似事か?懲りない奴らだな…」

 

フンと相変わらず鋭い紅眼で忌々しいとばかりにそう口にした零。が、このキツめの言葉は彼なりに他の生還者やそうでない人々が不幸になって欲しくは無い、という気づかいが現れているのだ。

やはりあっちと変わらないなと、玲奈は苦笑いと共に確かに実感した。彼も自分なりに変わろうとしていると。

 

「まぁそうなんだけど、何とびっくり!空が飛べるんだって!」

 

「なにっ」

 

その事を嬉しく思いつつ、‘‘空が飛べる’’という点に案の定食いついた零に、再びクスリと笑いながら玲奈は大まかな説明をした。

SAOの要素を多く含んでいる所や、SAOには無かった《魔法》という概念が存在する事。プレイヤーは9つの種族を選べ、今も言った様に自在に空を飛べるという事。そしてそれぞれの種族で誰が一番かの覇権争いを主軸とした中々にハードなソフトである事。プラス発売に伴い、アミュスフィアというナーヴギアの後継機が発売された事などを。と、いっても彼女もまだプレイヤーではない為、古参組みである直葉からの受け売りではあるのだが。

ともかく、零は玲奈の話をふむふむと聞き、

 

「…まさか、こんなに早く役に立つなんてな」

 

「ふふっ、ホントだね」

 

一言、微笑を浮かべながら呟いた。『役に立つ』とは、今は亡きあの浮遊城にて、脱出する1月程前に零が仕込んだある作業…所謂【引き継ぎ】と呼ばれるこの作業のお膳立てをしていた。今まで積み上げて来たデータをナーヴギアへ隔離・蓄積保存する事で、いつかまたの時に役立つ様にしておいたのだ。

そして…予期は現実のモノとなった。それは今二人の手元にある急ぎ購入した《アルヴヘイム・オンライン》のソフトが証明してくれたのだ。

 

「…また、俺と共に来てくれるか?」

 

「えぇ。もちろんよ」

 

「…ありがとう」

 

再び仮想世界へ行ける。それは本来、健常なゲーマーにとっては当然の喜びなのかもしれない。

だが、この二人は違う。ゲームはゲームでも、一つきりのホンモノの命をかけて仮想世界を…デスゲームを駆け巡った。あの世界で見聞きした全てが…この二人の今を更に強固なモノへ昇華たらしめたのだ。それをお互いに知り尽くしているから故の高揚感かもしれない。

そんな回想に似た感情を、零はナーヴギアを鞄から取り出しながらドッドッと徐々に高鳴り始めた鼓動と共に感じていた。もう一度仮想世界へ飛び立つ…あの心地良い浮遊感を。

 

「じゃあ…いくぞ」

 

「えぇ。向こうで会いましょう」

 

「あぁ…」

 

二人は何方かでもなくダブルベッドに寄り添って寝転び、2年も動き命を脅かした最恐の相棒こと、ナーヴギア。

バイクのヘルメットに近しいそれの電源スイッチを入れ、設定しておいたエアコンの風を肌で感じる。そして…

 

「「リンク・スタート!」」

 

デスゲームへ飛び立ったあの時と変わらぬ台詞を、夢の世界へ続く魔法の呪文を、二人は同時に叫んだ。

まさかあの様な目に会うとは知る由もなく…

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「…ここが《アルヴヘイム・オンライン》か」

 

次に眼を開けた時、俺は黒と黄色の電子パネルらしきものが張り巡った空間にいた。因みに姿はまだ現実の姿のままで、黒Tシャツに同色スウェットという黒尽くめの部屋着。すると、

 

《アルヴヘイム・オンラインへようこそ!ではまず、九つの種族から好きなキャラをお選び下さい。変更は出来ますが、ご慎重に!》

 

無機質かつテンション高めなナビゲーションの声が響き、ほぼ同時に九つの種族…赤・水色・黄緑・猫耳・黒・土色・鍛冶屋(仮)・音符・紫の色彩感溢れる9つのモデルが出てきた。

 

「ふむふむ…なるほど。しかし、どれも良いな…」

 

一度バラーッと種族ごとに特徴を流し見て、改めて悩んだ。玲奈の話通りなら、ログイン早々戦場へ駆り出される可能性がある。いや、あるだろう。

他領地と争い、殺しがOKなのが売りなのだから。が、俺達はそこいらの初心者ではない。データを引き継ぐ、という言うならば最高なチートを犯しているのだから。

 

「…よし、これだな」

 

で、結局俺が決めたのは紫を基調にしたヒョロ男をモデルにした闇妖精【インプ】。

パワー寄りな火妖精【サラマンダー】やスピードと聴覚に長けた【シルフ】の様に突出した特徴は無く、基本軽装というのが特徴らしいが、一番惹かれたのは‘‘暗視’’が出来るという蝙蝠の様な能力からだ。

それに、元々【魔法】が十分に扱えるとは思っていない。必然的にSAO時代と変わらず軽装なのは決まっているも同然なので、俺としては補助敵役割で寧ろ上等だ。

で、後の姿はランダム生成らしいので、引き継ぎデータが機能している事を祈りつつOK!を押す。

 

《では、次に貴方の名前をご入力下さい》

 

「名前か…」

 

正直、これは種族よりも悩んだ。今までのレイの名を知る者がいるかはさて置くとして、前と同じ名前で良いのだろうか?と妙な疑心感を抱いていたから。

その点は美弥や玲奈とも話していた。美弥は俺同様考えると言っていたが、玲奈はそのまま《レイナ》を名乗るつもりだとも言っていた。

そんなグルグルと渦巻く何とも言えない‘‘どうしようか…?’’という感情に縛られ、たっぷり考える事数分。

 

「…もう名乗っちまうか」

 

ある意味思いきった決断に踏み切り、からかわれそうだな(主にリズや美弥辺りに)と懸念しながらOKを押す。

 

《ありがとうございます!では、行ってらっしゃいませ!》

 

そうナビゲーターの激励を最後に、ふぅ…と一安心した所だった。

 

「…は?」

 

突然辺りのパネルがザッザッとノイズを発生させて崩れ去り、ジジジッ!という何かが燃える様な音と共に何かが俺の左腕に衝撃を与え、

 

「ぐっ⁉︎ っ⁉︎」

 

それを傷むまもなく床一面に亀裂が入り、次の瞬間、俺は宙へと投げ出されていた。愚痴を吐く間も無く。

 

「な…⁉︎」

 

こうして、俺の…【サスケ】と名を変えた新たな空の旅は、突然の自由落下により始まったのだった。

 

 



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災難と出会い

 

 

「一体何だってんだ…っ⁉︎」

 

ゴオオオ…!と耳元から凄まじい音量の風切り音が聞こえる。愚痴は吐けども直ぐさま風に攫われ消え、今の状況を明確により一層表すだけ。

そう…只今絶賛自由落下中という事実。そして、新たな世界はいきなり波乱で始まる、というお約束過ぎる展開という現状だ。

 

「痛…っ…クソ…っ!」

 

しかも、この突然の落下前、何処からとも無く左腕に受けた痛み。

それはまるで直に炎で皮膚を炙られている様な激痛で、当分は治る様子無くジクジクと鋭い痛みを訴えており、今も油断したら強引に意識を持っていかれそうだ。

そんな痛みの最中でも、自由落下のスピードはどんどん加速し、ふと視界左上に眼をやれば映る当たり前だが自分のHP(緑)は初期時のまんまで頼りなく貧相なモノ。

このまま衝突などすれば、間違い無く跡形も無く全損する事など目に見えているレベルだ。

 

(クッソ…いきなりゲーム開始から死落ちしてたまるか!何か…何か無いのか?)

 

ゲーム開始から数秒後に死亡など、笑えそうで笑えない冗談だ。

それに、今自由落下しているのも左腕に力が入らないのも、元はと言えばゲーム側の不備だ。文句言った所であしらわれる事は目に見えて解る。

 

(眼…はダメだな。アイテム…は使えないしな…)

 

とにかく今は死を免れる方法を教えねば。だが、浮かぶのは能力やアイテム頼りの案ばかりで、チートを使っているとはいえ仮にも今の俺は初心者。出来る事は限られている。

 

(っぐ⁉︎くそ…視界が…)

 

その間にも原因不明の激痛は収まらず、ビリビリと電力の様に全身を侵食し始め、力が手足から順に入らなくなり意識が遠のいていく。

嫌でも死を実感してしまう事の表れである様に…

 

(あぁ…俺、死ぬ…のか…)

 

まるで良い笑いモノだな…そう薄れゆく意識の中、全身の感覚が消え始め、とうとう意識を手放す……

 

「君⁉︎大丈夫⁉︎」

 

(…誰…だ…?)

 

と思った寸前。誰かに体を抱えられ落下が止まり、キーの高い女性の声が聞こえた気がしたが…直後俺は意識を手放した。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

【サスケ】ログインの数分前…

 

「はぁ…はぁ…!」

 

数時間前、現実で部活の無い水曜日である今日を狙い久々ログインした私は今、全力で空を駆けていた。普段なら心地良く感じる風や景色も、今は気にしている暇は無く、聞こえるのは自分の荒い息遣い。そして…

 

「待て!」

 

「逃がすな!【シルフ】の女だ!」

 

後ろから聞こえてくる野太い男達の声。チラリと後ろを振り返れば、体感20m程先に【サラマンダー】の武装した男が3名…内騎士染みた槍持ちが二人、メイジ型の杖を構えたのが一人、殺気を出して追いかけて来る様が。

それは昔、剣道の修行で眼にし亡くなった祖父の厳しさを称えた顔に酷似していて、逃走本能から無意識に飛行スピードを上げていた。

 

「はぁ…はぁ…!よし…!」

 

そしてその勢いで森の中へ突入し、木の影に《隠蔽魔法》で姿を透明にし身を潜めた。

【シルフ】の特徴でもある優れた聴覚から、発する声や立てる音を聴きわける事で、断定的ではあるもののある程度位置取りを確かめる事が出来る。

更に尚且つ、今此方は身を隠しているので、見破る事は脳筋寄りが多い【サラマンダー】では今の私は見破れない筈。

 

「クソッ!何処に行った⁉︎」

 

「チッ、逃がしたか…おい、戻るぞ」

 

案の定彼等には見破れ無かった様で、愚痴を漏らしながら飛び去って行った。

 

(ほっ…助かった…)

 

その事に内心安堵しつつ《隠蔽魔法》を解き、居場所を特定されない様再び【羽】を生やして飛びたった。

ゲームを始めた半年前まではぎこちない飛行だったが、今は体を撫でる風を感じる余裕もある程。人間、慣れれば意外と何でも熟せる様になるのだ。

…あ、いや、それよりも、

 

(最近はやたら襲われるわね…やっぱり【世界樹】攻略?でも…)

 

先程襲って来たサラマンダー連中といい、最近彼等は種族間の派閥争いが特に激しい様に思える。

元々そうやって争い前提に作られているALOでも、やはり‘‘常識の範囲’’というモノは存在し、やって良い事悪い事は大まかとはいえ、一応有るには有るのだ。

が、それでも最近のサラマンダーの行動は狩りに積極的な面が強く、必然的に仲が悪い私達シルフが中心に狩られる対象になる。

もちろんそんなモノは狩られる側にとって嫌以外の何物でもなく、良い気は全くしない。私が‘‘女’’であるからで狙われるという点に関してもだ。

私は私でいたいだけなのに…

 

「何時からこんな…」

 

はぁ…と解消されない形無き問題に対し、今日何度目とも知れない溜息を吐いた…その時、

 

「…ん?」

 

視界数十m先。その斜め上空から、煙上げ落ちて来る物体が眼に写った。微かにチリチリと音を上げるソレは、赤い閃光を瞬かせながら落下速度をどんどん加速させていて、

 

「っ⁉︎」

 

姿形がハッキリ目視出来る距離まで近づいた時、私は驚愕と共に飛行速度を限界まで上げていた。何故なら…火種を上げ、今にも地面と激突しそうなソレの正体が…プレイヤーであったから。

 

「くぅっ!」

 

やがて激突寸前で追いつき体を抱えた時には、既に気絶してピクリと動かない少年プレイヤーの姿が腕に収まっていた。

 

「君大丈夫⁉︎しっかりして!」

 

「……」

 

一応声をかけるが、完全に気絶しているのか、ピクリとも動かない。

腕に収まるプレイヤーは160弱の私よりは大きく、性別は…多分男。というのも、目元を覆う程長い髪と整った色白の顔立ちから、女性にも見えてしまうからだ。後、何処か知り合いに似ている様な気もする。

装備は初期装備特有の簡素なものなので、種族は暗色寄りの服装である事から、恐らく【スプリガン】か【インプ】で、今正に始めたばかりの初心者という事が伺える。だが、

 

「何これ?模様が…」

 

それとは別に、左腕…正確には手首付近に赤く輝く不可思議な紋章があり、先程見た光源はコレの光と解る。

が、その模様はサラマンダーの使う《火炎魔法》のモノとは全く違い、星柄の様な…正確には六芒星の形をした奇妙なモノ。試しに触ってみると、

 

「……」

 

別段熱くも無ければ状態異常も無く、単に模様が鈍く光るだけ。

ありとあらゆる痛覚が遮断されているALOにおいて、痛みを与える魔法は無い訳では無い。が、種類は少ない。

一応補助の役割として魔法を勉強した際、他種族の魔法も対策として目を通した覚えはあるが…こんな模様を植え付ける魔法などは無かった。

 

「…とにかく、運ばなきゃ」

 

だがひとまず、彼を看護しなければ。サラマンダーとシルフの領境に位置するこの場所にいれば、先程の様に攻撃を受けるかもしれない。

何で人助けなんか…と自分の行動に疑問を抱きながらも彼を抱え、私…リーファは、安全圏であるシルフ領にあるホームを目指し再び飛び立つのだった。

まさかの出会いとなる事も知らず…

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「…ん…?」

 

次に眼を開けた時、ボヤけた視界に初めに写ったのは天井だった。

かつてのSAOで住んでいたホームを思い出させる木製で、続いて今、自分は毛布を掛けられ寝かされている事に気付き、

 

「あっ、眼覚めた?」

 

右側から聞こえたソプラノボイスに眼をやれば、金髪を花柄の飾りでポニーテールにした翡翠色の瞳を持つ女が、安堵の表情で俺を見ていた…のだが、

 

「っ⁉︎な、な、な…」

 

「な?」

 

起き上がり眼を合わせた瞬間、気の抜けた表情から一転して急に狼狽し始めたのだ。

そんな彼女に何をしている?と聞こうとした時、

 

「……あ」

 

初めて《写輪眼》を発動しっぱなしになっていた事に気付き、即座に引っ込め通常の黒眼に戻すと、それに伴い彼女の表情ホッと安堵したモノになった。まぁ考えてみれば、いきなりあの模様はびっくりしても仕方ない。

それに良く良く見てみれば、金髪の髪といい緑色寄りの服装といい、種族選択時に見たモデルのシルフに歳が近そうな少女だ。もしかしたら….いや、もしかしなくても彼女が運んでくれたのだろう。

 

「…すまない、助かった」

 

「え?」

 

「お前が運んでくれたんだろ?ありがとな」

 

そう感謝の気持ちを実感した時、自然に口から感謝の言葉が出ていた。

幾らあの世界と違って現実の死となら無いとはいえ、危うく笑われ者になる所だったのだから。このALOは種族争いが激しいらしいが…救助に対して感謝する位は人間として当然だ。

 

「あ、う、うん。どういたしまして」

 

その意味を理解したのか、金髪の女は照れ臭そうに返した。さて…

 

「…続けて悪いが、お前は敵か?」

 

まずはそれの確認だ。派閥争いが激しいと聞くALOは、九つの種族があり絶えず一番を目指し争っていると聞いた。

当然、他種族には同盟でもない限り仲良くしたりはしない筈だ。イマイチ相関図は掴めてはいないし、嘘で隠す事も出来るのだから、あくまで参考までにだが。

 

「う〜ん…インプはあんまり私達と関係はあんまり無いし…まぁまぁの関係、かな?」

 

すると、彼女は右人差し指を立て思案顔になりながら、何処か歯切れ悪く告げた。疑問符を浮かべ俺を見つめる表情から、彼女もまた俺が不確定要素を持ち、それが己にとって安全かどうか決めあぐねているのだろう。

 

「まぁまぁの関係…か」

 

「うん。だってインプはシルフ領とは真逆の位置にあるし、会う機会も少ないしね」

 

「そうか…「ってそれより!」うわっ⁉︎」

 

「君は何者?空からいきなり降ってくるし、左腕には変な模様があるし…何よりその眼!」

 

…前言撤回。彼女は信用しても良さそうだ。そうでなければいきなりどアップに顔を近づけたりはしないし、もしそうなら鈍感以外の何者でもあるまい。

まぁそこは置いといて…

 

「模様?」

 

彼女発したこの単語が引っかかり、半ば反射的に左腕を見ると、前にSAO時代にふと気になり、手鏡で見た事のあった己の《写輪眼》発動時に眼球に現れる六芒星模様と瓜二つの模様がくっきりと刻まれていた。

そういえば、模様がある位置は気絶前に痛みを訴えてきた箇所だな…と他人事の様に思う。

 

「一応、応急処置はしといたけど…何なのそれ?」

 

まぁそれを彼女が知る由は無い。馴れ馴れしい態度から好印象ではある彼女だが、

 

「……不確定要素からだ」

 

念の為こう言った。見ず知らずの彼女にベラベラ話すのは得策ではないし、文字通り不確定要素が多いという意味も込め、俺としては最大限言葉を選んだつもりだった。が、

 

「…はい?」

 

言葉の意図は理解されず、更なる疑問を生み、結果として話してしまった。

左腕の模様や俺の眼、名前や素性も。そして引き換え条件に彼女の素性も教えて貰った。

 

「サスケ君…ね」

 

「あぁ。それと、改めてありがとうリーファ。危うくログイン早々笑い者になる所だった」

 

「あはは…まぁ、それに免じて色々聞けたし、もう十分」

 

「そうか」

 

それに伴い話を聞いていると、彼女はやはり危惧する様な人物ではない。遅ばせながら、そう改めて思った。

この世界においてはまだ右も左も解らない俺だが、どうやら運は完全に俺を見放していないようだ。でなければ金髪の女改め、和かに話すリーファが俺の前に現れる事もあるまい。

 

「で、これからどうするの?」

 

「この世界に慣れておきたいな。出来れば実践で」

 

「そっか。じゃあ飛行練習はどう?」

 

「飛行練習?」

 

この世界も悪くはない。あんな不運にあっておきながらだが、そう思い初めていた。

その薄々の思いが、数分後大爆発する事になるなど…彼女の単語に小首を傾げる今の俺に知る由は無い。

 

 



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翡翠の街

 

 

 

 

センスとは、個人が持つ生まれながらの才能の事だ。そして人間は、必ず短所と長所があり、間を取り持つのが才能。

これは人が生まれた時点から持ち合わせているものであり、例え醜い程の短所があろうと、めげずに根拠良く磨けば強く光る事も強い長所なのだ。

そして天才と秀才との違いは、誰しもが併せ持つ一長一短の差を‘‘センス’’か‘‘努力’’で埋める事の違いにある。

私はまだ、自分にとっての‘‘光るもの’’は見つけられてはいないし、そこまで深く真剣に考えた事も無かった。だから、

 

「ふっ!はっ!」

 

午後の5時を回り、薄暗くなり始めた数十m上空で彼が…サスケ君が、数時間前に初ログインした初心者とは思えない動きで随意飛行(肩甲骨の感覚での飛行方)をしている事は、私にとって天才以外の何者でもない。

そうでなければ、知り合いの様にコントローラーを使っての飛行から練習をする筈であって、

 

「はぁ…「どうした?」わっ⁉︎び、びっくりさせないでよ!」

 

「理不尽な奴だな…」

 

仮にも羽の使い方に慣れている私が、いきなり隣に音も無く降り立つ彼にびっくりする事は仕方ない。そう仕方ない事。

決して彼がリアルの知り合いに似ているとか、そんな筈は無い筈。

 

「(気のせい気のせい…)で、もう飛行は慣れた?」

 

「まぁな。お前の言い方が良かったんだ」

 

「そ、そんなこと無いよ」

 

只、MMO歴がそこまで長くない私でも、彼が私を超える経験を積んだ実力の持ち者である事は分かる。

そして今力を十分に引き出せていないのは、単にまだ始めたてでALOに慣れていないからなのか、それともまだ力を隠している未知数さからなのか…底を読ませないその飄々としたその態度からして、恐らく後者だろう。

 

「さて、ここから街は近いか?」

 

「え?ま、まぁ…でもどうして?」

 

話は変わるが、今私と彼がいるのはシルフ領の街《スイルベーン》の南西に位置する草原で、見渡す限り360度広大に緑が広がる大地。

そしてここは同時にシルフが所有するの領地の一角であり、同族及び知り合いにシルフの者がいれば安全な地帯と言えるし、何よりMobの出現が無いこの地は、他種族で謎の多い彼の実力を測る措置にはこれ以上無い場所と思えたから。

 

「知り合いがいる筈なんだ。今日ログインしたばかりのな」

 

「へぇ…リアルでの知り合いなの?」

 

「あぁ。種族までは解らないが…可能性として考えられるのがシルフだからな」

 

が、彼が言った言葉を聞き、それは改めて正解だったと思え、同時に不安がまた一つ募る。

それは‘‘彼の身の安全’’。スイルベーンはシルフ領…文字通りシルフ族の長を名乗るプレイヤーが統括する地帯であり、同じ事はどの領にも言える。

が、もう一つ、各領地には‘‘他種族に領名を冠する種族を攻撃する事は出来ない’’という絶対ルールが存在する。

つまり、今私と彼がシルフ領へ入ったとしても、他種族である彼はひょっとすると街の人々に攻撃されるが可能性がシステム上付き纏ってしまう。

そうなれば私は兎も角、彼や彼の知り合いも危険になるかもしれない。その知り合いが彼の予想通りシルフならば話は変わるけれど。

 

「そういう訳だ。お前はどうする?」

 

「私は…」

 

けど、それ以上に…何か面白くない。普段自分にべったりな同級生を相手にしている所為なのか、彼の言葉の節々に『興味が無い』という意志がはっきり伝わってくる。

別に寂しがり屋でも構ってちゃんでも無いのに、何故か素直に言葉が出せなくて、この湧き上がる‘‘ナニカ’’を抑え、只首を縦に振る事しか出来ない。

 

「行くぞ、リーファ」

 

「う、うん」

 

ふわり。と羽を生やし、彼と私は飛翔する。リアルでは本来あり得ない動きだからか、顔を叩き左右へ吹き抜けていく風は心地良く新鮮で、肌に深く浸透する。

‘‘ゲームなんだから所詮偽物’’。そう少し前までは思っていた。だから兄と疎遠になってしまったのだと気づけたし、SAO被害者となった兄を『どれだけ返して』と叫んだかも、涙を流したかも、今となっては無くしたくない記憶の一つ。

兄が、兄の親友が、心友がそこまで興味を抱いた世界とは一体何なんだろう?ポツリと落ちた疑問の雨は、やがて次々に私の心を潤していき、気づけば私も立派にゲーマーになっていた。お兄ちゃんが大好きだった世界が、偽物だと疑わず毛嫌いしていた世界が、振り返れば好奇心の尽きない夢の場所になっていたんだ。

 

「…ふふっ」

 

「…どうした?」

 

「あ、うぅん…ちょっと懐かしい事思い出してね」

 

「…そうか」

 

だから、何処までも飛んでいこう。だって、空はこんなにも青く晴れ渡っているんだから。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

シルフ領の首都《スイルベーン》。ALOの中心たる中枢地区《アルン》から南西に位置し、風情のある高層建築物が乱立するこの街には、9つの妖精の中でも一際長く尖った耳と翡翠色の瞳が特徴シルフ族こと風妖精が中心に支配している美しい街。

戦いに煩い傾向があり、敵対関係にある火妖精【サラマンダー】と、基本平和主義に交友関係を築き仲が良い猫妖精【ケットシー】の領地に左右から挟まれている為か、街の内部にはシルフを8の割合に1:1といった感じに両種族のプレイヤーを見かけ、比較的穏便な雰囲気の街構図が出来上がっている…のだが。

 

「……」

 

(うぅ…すっごい見られてる…)

 

そうでないのが約一名。それが今リーファの隣を歩く【インプ】の少年…サスケである。

数分前…飛行練習を切り上げこの街に到着した二人は、彼の言う友人を探しにやって来たのだが…何にしても淡い緑光の街で紫と黒の暗色系で締めた彼は色合い的に浮きまくり、言わずもがな他プレイヤーからの視線が痛い。

が、それに気づいているのか無視しているのか、サスケは無言で知らない筈の街をどんどん先に先に歩いて行くので、

 

「ま、待ってよ!」

 

元々ある男女の歩行ペースの差から置いて行かれるのは最早必然で、一応声をかける度に止まってはくれる。が、

 

「あぁ…悪い」

 

視線だけ振り向き、悪気無しのこの一言を発するのみで、特に会話を交わそうとしないまま再び歩き出す。先程からこれの繰り返しだ。

 

(はぁ…何か上手くいかないなぁ)

 

そんな素毛無い彼の態度に、リーファはすっかり飲まれて強く言う事が出来ず、内心溜息をまた一つ吐く。彼といると、何処か強く言えない自分がいて、それを自覚している自分もいるのが解ってしまうから。

まるで小学生時代、一つ上の兄と兄の親友に頼ってばかりで甘んじていた時の様な…ついつい頼ってしまう感覚。すると、

 

「お・兄・ちゃ〜ん!」

 

「ぐはっ⁈」

 

「さ、サスケ君⁉︎」

 

いきなり彼の背後から黒い物体…元いプレイヤーがアクセル全開で突っ込んで来て、不意を突かれた彼は受け止められずそのまま前のめりに吹っ飛び、覆い被さる形になった。

 

「もーうっ!探したよ〜♪」

 

「や、やめろ美弥!どけ!」

 

「む〜!だから美弥じゃな「…マヤ?」ひぃっ⁉︎」

 

「…何で彼を押し倒してるのかな?」

 

「ち、違うよ⁉︎ほ、ほらお兄ちゃん!」

 

「…お前の所為だろうが」

 

で、サスケ君をお兄ちゃん呼びする女の子がデレるわ、それに黒い笑みを浮かべる見た感じ歳上の女性が登場するわで最早しっちゃかめっちゃか。無論入り込む隙も無い。

けど本気でやり合っている訳じゃなくて、深く知り合った仲って事が良く分かるじゃれ合い。

その内彼にべったりくっ付く黒髪の少女はマヤといい、

 

「あ、あの〜…サスケ君?その人達は…」

 

「やっぱり気になる〜?じゃ「黙れ」ふむぐぐ⁉︎」

 

「コイツらは俺の知り合いだ。で、待ってたのは…」

 

「あ、初めまして。レイナっていいます」

 

隣に立つ白髪の女性はレイナというらしい。どちらもタイプは違うが凄まじい洋風美人で、しかも随分と動きが手慣れている。彼も含め、この一行は何とも謎が多いとリーファは思った。

 

「は、はいリーファっていいます。その…失礼ですがレイナさん」

 

「なんですか?」

 

「その…ふ、二人は…」

 

が、一つ確信もある。彼もそうだが、歳は17〜18辺りで、アバターとはいえ三人が年齢を偽る様には見えない。

恐らくリアルと同じか、もしくは少し手を加えた程度の容姿なのだろう。

アバターの容姿がランダムに決まるALOにおいて、彼等の様なタイプはかなり珍しい。それに、これ程精度の高い再現度から見て、もしかして彼等はあのゲームから…

 

「あ、あの!「悪い、リーファ」っえ?」

 

「俺はそろそろ戻る。リアルで用事があるんでな」

 

が、それを聞こうとしたのをさり気なく遮られ、

 

「後は任せた。レイナ」

 

「うん」

 

「え…あ、ちょっ!」

 

声をかけた時には、彼はログアウトの光に包まれ消えた後だった。

無論、この後マヤさんが色々諸々駄々を捏ね、それをレイナさんが無言の圧力で静めた事は言うまてもない。

 

 



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