企業戦士アクシズZZ (放置アフロ)
しおりを挟む

第一章 アクシズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!
1 マシュマー・セロ


 今書いてる、『ZZ×UC』の話。MS戦闘の話が書けない。前置きがダラダラ長い。ク○みたいな形容表現が多い。設定とか時代背景とか考えるのが面倒くさい。
 そう思って、TVシリーズのZZを文章に書き起こして練習することにしました。バブル期パートはおまけです。
 一話一話完結していけるように、書きたい。
 が、予定は未定です。




 第一次ネオ・ジオンの最中、勃発した内乱。

 反乱の首領・青年士官グレミー・トト。そして、ジオン復活を掲げるザビ家の摂政・ハマーン・カーン。ネオ・ジオンはグレミー派、ハマーン派に分かれ、同族殺しという、血で血を洗う潰し合いを演じていた。

 

 UC.0089、1月13日。コア3沖会戦。

 

 《クィン・マンサ》の全天周モニターに映る真っ黒な宇宙。

 闇の中から、それは湧き上がるようにグレミー軍パイロット・プルツーに迫る。敏感に『それ』を感じ取った彼女のニュータイプ能力は、額に鋭い痛みとして現れる。

 

「うっ、なんだ?なんてプレッシャーだ」

 

 その強大さにヘルメット前部を思わず手で抑える。

 

「どこから、・・・あれか!」

 

 視線を走らせるプルツーは、モニターに発光群を認める。それは、まだ小さく針の先のようにしか、映しだされていないが、明らかに接近するハマーン軍MS編隊が漏らすスラスター光であった。

 先頭は緑のモビルスーツ。かつてのジオン公国の主力機であり、象徴と言っても良いMSー06を彷彿とさせるシルエットの《ザクⅢ改》。

 その指揮官機に続く、マッシブなドム系MSの《ドライセン》、高機動型可変MA《ジャムル・フィン》、そしてミサイル・ポッドを多数装備した中距離支援MS《ズサ》。合計9機、混成3個MS・MA小隊が《クィン・マンサ》に攻撃体勢で迫っていた。

 《ザクⅢ改》のコクピット、リニア・シートに収まるマシュマー・セロは素早く部隊に指示を送る。

 

「《ズサ》隊は後方よりミサイル発射後、《ジャムル・フィン》と連携して敵ニュータイプ部隊を撹乱せよ。《ドライセン》隊は挟撃、接近戦で仕留めろ。

 私は《クィン・マンサ》をやる!!」

 

 彼の命令に部下達は間髪を入れず、従い散開した。

 モニターに映る《クィン・マンサ》の頭頂高40m近い巨体。ずんぐりむっくりと表現してよいシルエット。しかし、その見た目とは裏腹に俊敏な機動性と、戦艦クラスの火力を誇る。現存するMSの中で最強と言うにふさわしい機体であった。

 その《クィン・マンサ》に、単機マシュマーは特攻を敢行する。

 

「キャラ・スーンか?いや、違う!マシュマーだな!」

 

 確信するプルツーには、音を遮断する真空を突き破って、《ザクⅢ改》に搭乗しているであろうマシュマー・セロの高笑いが聞こえたような気がした。

 

「よくもまぁ、のこのこと!恐れる心がないのかいっ?」

 

 プルツーは蒼い瞳を左右に走らせる。戦闘機動を予測しながら、『ソラ飛ぶビーム砲台』のファンネルを背部バインダーから射出する。

 全装備数の3分の1、10基ものファンネルが《ザクⅢ改》に殺到し、空間を球形に取り囲む。

 

「うふふふ、・・・マシュマー、観念しなっ!」

 

 プルツーの殺意が《クィン・マンサ》のサイコミュ・システムにより拡大され、ファンネルに伝えられる。受け取ったファンネルはそれをビームという形で敵MSを焼き、貫こうとする。

 しかし、マシュマーも人の殺意を読み取る特殊能力、NT能力でプルツーとファンネルの攻撃を先読みしていた。亜光速で発せられるイエローの光軸をジグザグにかわす。いやそれどころか、《ザクⅢ改》の右マニピュレータにビームサーベルの光刃を形成すると、返す刀で1基のファンネルを切り墜とした。

 接近を危険と判断し、距離を取るファンネルは、左右フロントスカートから発射されるビームキャノンが追撃する。さらに、2基のファンネルが墜とされた。

 

「サイコミュも搭載してないのに、なんで・・・」

 

 鬼神のごとき戦いぶりに、ヘルメットの内、プルツーの顔に焦りが浮かぶ。さらに、《クィン・マンサ》に肉薄する《ザクⅢ改》。

 

「させないっ、ファンネル!」

 

 プルツーの命令に1基のファンネルが《ザクⅢ改》の進路に立ち塞がり、牽制のビームを放つ。しかし、マシュマーは最小限のロールでかわすと、逆にそのファンネルは振り下ろされた光刃に前の3基と同じ運命を辿った。

 

「もらったぁぁぁ!!」

 

 マシュマーの叫びがコクピットに木霊する。

 苦し紛れに発せられた《クィン・マンサ》の胸部・腕部の拡散メガ粒子砲をかいくぐり、《ザクⅢ改》は再度ビームサーベルを振り下ろす。

 ぎりぎりでかわした超高温の光刃が《クィンマンサ》をかすめる。その放射熱が装甲を焦がしていった。

 

「こ、こいつ、・・・並ではない!」

 

 呻くプルツーは反撃のため、《クィンマンサ》の右マニピュレータにサーベルを形成し、一太刀浴びせるが、軽々と返され、それ以上の格闘戦を演じるまでもなく、後退する。追撃のビーム攻撃を受けなかったのは、浮遊岩石を盾にできたためで、幸運と言える。

 

「あんな、大したことない《ザク》もどきに、・・・なんて奴、・・・」

 

 歯噛みするが、プルツーは一旦、アクシズへ撤退する意志を固めた。

 

「ふふ、追ってこい、マシュマー。ニュータイプ部隊が待ち伏せしているとも知らずに・・・」

 彼女は半数のニュータイプ部隊をアクシズに温存させていた。

 コクピットの内で呟くプルツーは10歳の少女とは思えぬ、残忍な嘲笑を浮かべた。

 

 

「このまま一気に攻め込むか・・・?」

 

 《ザクⅢ改》の全天周モニター正面には、石ころと表現するには、巨大過ぎるアクシズの姿が映し出されていた。まさに、岩石状移動要塞というにふさわしい。

 《クィン・マンサ》はまさにその要塞に潜り込もうとしている。小さく映るスラスター光は岩陰に隠れようとしていた。

 

「いや・・・。グレミーもまだ全軍を出していない。退いたと見せかけ、戦力を引きずり出すのが、上策か・・・?」

 

 逡巡しながら、マシュマーは胸にさした一輪のバラを口で咥える。これは彼が盲信する主、ハマーン・カーンから授けられたものだ。

 

「むっ!」

 

 新たに起きた殺意にマシュマーが反応する。彼方の戦闘の閃光を見た彼は、その方角から接近する2機の敵機、《ドーベン・ウルフ》を認める。

 一瞬、マシュマーはそれに注意を引きつけられた。

 次の瞬間、直上から急降下したもう1機が、サーベルを《ザクⅢ改》の頭部に叩き込もうとする。

 機体をスピンさせ、すんでのところでかわすが、反撃のビームキャノンは後手に回った。

 あっさりと回避されると、最初に発見した2機がいつの間にか、下方から回りこみ、《ザクⅢ改》の近傍を擦過する。そして、両機が交錯する瞬間に、有線アームで《ザクⅢ改》の両腕を掴み、拘束する。さらに、別の2機が両脚も同様に拘束する。

 有線アームによって、大きく四肢を広げられた《ザクⅢ改》の姿勢は宇宙に磔に処されているように見えた。

 

「引っかかったな、マシュマー!」

 

 隊の指揮官、ラカン・ダカランがやはり愛機の《ドーベン・ウルフ》と共に、浮遊岩石の影から現れる。

 

 《ドーベン・ウルフ》は有線アームを通して、《ザクⅢ改》に高圧電流攻撃を仕掛ける。これは、パイロットに対する攻撃でなく、MSに搭載されたコンピュータなど電子部品をショートさせ、使用不能にさせようというものである。

 操縦桿を握る手にも感じられる通電の痺れる感覚。しかし、マシュマーは意に介さず、

 

「子供だましがぁぁぁ!」

 

 むしろ、精神的高揚、気合とも呼ばれるそれが、マシュマーの戦意を極限まで高める。

 

「心配するな。ひと思いに楽にしてやる。やれっ!!」

 

 ラカンの合図と共に、撃ち込まれる四条の光軸、ビームライフル。

 しかし、

 

「てあああぁぁぁ!!」

 

 裂帛の気合。

 《ザクⅢ改》からにじみ出た緑の光が撃ち込まれた、《ドーベン・ウルフ》の光軸をすべて跳ね返した。

 

「な、何をしたのだっ?マシュマー!!」

 

 【アクシズの世紀末拳王】、【最後の武人】と評されるラカンほどの男が狼狽する。

 

「ハッハッハッハ!!!」

 

 マシュマーは常軌を逸した哄笑をしつつ、《ザクⅢ改》のマニピュレータを振り、有線アームごと1機の《ドーベン・ウルフ》を手繰り寄せる。パイロットが有線を切断して、逃れようとしたときには遅く、《ドーベン・ウルフ》は蜘蛛の巣に絡みとられた青い蝶がごとく、身動きが取れなくなった。

 緑のマニピュレータがその頭部を捻じ切る。

 

「私はやられぬぞ・・・。このマシュマー・セロ、己の肉が骨から削ぎとれるまで戦う!」

「り、離脱しろ!早く、・・・」

 

 それが無駄と分かっていながら、ラカンは拘束された《ドーベン・ウルフ》に通信を送る。

 後年のサイコフィールドの光。それをサイコフレームどころか、簡易サイコミュすら搭載しない《ザクⅢ改》が発している。

 

「ハマーン様・・・、バンザァァァイ!!」.

 

 目前に新たな太陽が現出したかと思われるような閃光が迸る。

 

「な、何の光ー、・・・!?」

 

 すべてを噴き飛ばす衝撃波が虚空に木魂した。

 

 

 

西暦1989年1月13日金曜日。日本。東京のとある建設会社。

 

「ばんざぁぁぁい!!」

 叫びつつ、背広に通した両腕を高々と頭上に挙げる。そして、安っぽい事務椅子に座ったまま後方へ盛大に倒れこんだ。

 

 ごっ!

 

 床に後頭部を強打した背広姿の男、真島(ましま)はごろごろ、と転がり悶絶する。

 

「せ、先輩、・・・何やってるんですか!?」

 

 慌てて、隣の都戸川(ととがわ)が助け起こす。事務机に向かい合わせの真島の先輩、後藤は驚いた様子で腰を浮かす。

 少し離れた窓際に座る若い女社長の浜子も目を丸くしていた。

 しかし、彼女の横、秘書然と立つミニスカートの入谷(いりや)はこべだけは、真島を一瞥するや、「ちっ!」と鋭く舌打ちを漏らし、視線を逸らした。その態度すべてが、『ドジ。使えない奴』と物語っていた。

 

「おいおい、真島。新年早々、おめでたい気持ちを引きずっているのは、分からんでもないが。

 万歳は不謹慎だろ、常識的に考えて」

 

 転がったまま見上げると、机の向こうで後藤が太い眉毛を『ハ』の字にして、苦笑していた。

 

(※この年、1月7日、昭和天皇が崩御され、国内は前年から自粛ムードに包まれていた)

 

 後頭部を手でかきつつ、椅子に掛け直す真島だが、どうも

 

(なーんか、しっくりこないなぁ・・・。今日は早めに・・・)

 

 定時退社時刻の5時30分になると、仕事を切り上げた。

 

真島世路(ましま・せろ)、お先に失礼します。お疲れさまでしたー」

 

 

 東京郊外、私鉄沿線のベッドタウン。

 アパートに帰ると、すぐにシャワーを浴び、通りに面した窓を開け放つ。1月の冷気を含んだ風が真島の肌をなめる。

 

(いい風だ。火照った身体に心地よい)

 

 ぼんやりしながら、真島はくわえたショートホープに火を点ける。2階から眼下を見やると、ちょうど大家である神根(じんね)の3Lサイズの特大皮ジャン姿が目に飛び込んできた。

 後ろに子犬のようにくっついて歩くのは自慢の愛娘の三つ子だろう。今年の4月には晴れて高校生と聞いている。

 

「ばんわー。神根さん、お出かけ?」

 

 紫煙を吐きながら、声をかける。

 鳥の巣のように、もしゃもしゃの伸び放題にした栗毛の娘、ーこれは末っ子の来栖麻里(くるす・まり)だーがうれしそうに手を振る。その隣、横髪を肩まで伸ばしたショートボブの栗毛の娘、ーこれは次女の来栖風美(くるす・ふうみ)ーは「フフン!」という感じのこまっしゃくれた笑みを送る。

 父親の神根と娘たちの姓が異なるのは、複雑な家庭環境に起因するが、今回の話には関係ないので、割愛する。

 父親の代わりに、次女・風美が真島に答える。

 

「牛丸。いいだろ?」

「いいねぇ。俺、肉なんか今週、食ってねえよ」

 

 有名焼肉チェーン店の名を聞き、カラカラ、と真島が笑い声を上げると、

 

「お前も来るか?たまにはおごってやるぞ」

 

 神根がそのもじゃもじゃの髭面から、ふさわしい野太い声をかける。

 

「マジっすか?行きます!今、行きます」

 

 40秒で支度した真島がジャージにサンダルを突っかけて、階下の3人の元へ走った。

 

「寒くないんですか?」

 

 真島の軽装を気遣うのは、紺のダッフルコートを着込んだ麻里だ。

 

「若いから平気。ていうか、俺のことより、麻里ちゃんも女の子なんだからさぁ。髪型ぐらい気にしようぜぇ。なにこの鳥の巣みたいの?お姉ちゃんみたいにしなよ」

 

 言いつつ、真島は185cmの長身を生かして麻里の栗毛に手をやり、くしゃくしゃ、とする。

 

「わー!!やめてくださいよぉ。余計おかしくなるぅ・・・」

「今でも十分おかしいっつうの」

 

 両手で抵抗する麻里だが、お構いなく散々、その栗毛をかき混ぜると、「おーい、置いてくぞー」という神根の声を受け、ようやく真島はその広い背を小走りに追った。

 

「お熱いねー、お二人さん」

「妬いてるのかい?」

「や、やめてよ!姉さん!!」

 

 風美のからかいを真島はさらっ、と受け流すが、麻里は顔面から火が出るのではないかと赤く染める。

 しばらく歩みつつ、風美が呆れたように口を開く。

 

「しかし、・・・よくもまぁ、のこのこと・・・。お父(おとう)のおごりって言われた途端に来るのかい?」

 

 なぜか聞いたことがあるようなそのセリフ。

 一瞬、ヒヤッと心臓を捕まれたような錯角を覚える真島だが、気を取り直して、

 

「いやー、風美ちゃん、今日もかわいいねぇ」

 

と猫撫で声で少女のご機嫌を取ろうとする。

 

「ノーテンキだねー」

 

 一転、風美は両手を頭の後ろで組んだ。タイトジーンズに包まれた年頃よりも長い美脚を真っ直ぐ蹴りだし、すました表情を見せる。

 

「あれ?そういえば、(ふう)ちゃんは・・・?」

 

 思い出したように、真島は三つ子の長女の名を挙げた。すると、麻里は小さな眉根にシワを寄せ困ったような表情を浮かべ、風美は嫌いな食べ物でも出されたような顔をした。

 父親の神根は口を『へ』の字にして、

 

「あいつはキャンプだ」

 

 苦々しい口調で言う。

 

「え・・・!?またっすか!?最近、多いっすね・・・」

 

 真島は理解した。『キャンプ』と言うのは、彼ら神根・来栖一家で『家出』という隠語だった。

 

「今度は何やったの?」

「あいつ、妹の・・・、麻里の大事に取っておいたアイスを勝手に食べちゃったんだよ」

「そ、そんなことで・・・。あ、ごめんね、麻里ちゃん」

 

 真島の言葉に麻里は、しゅん、と少し傷付いたような顔をしてうつむいた。

 

「『そんなこと』なんだけどね。あいつ・・・。(アイスを)あげるよ、気にしないって言った麻里にさ、『知ってる。麻里の物はあたしの物だから』って、当然だって言ったんだよね」

(ど、どこのガキ大将だよ・・・)

 

 真島は呻く。

 麻里は心優しい末っ子だったが、悔しかったわけではない。ただ、人のアイスを食べておいて、コタツで横になり、平然とその腹をさすっている姉の姿を見て、哀しくなった。不覚にもその時、麻里の頬を一筋の涙がこぼれてしまった。

 そして、たまたまその様子を見かけた風美がキレた。

 

「麻里に謝れ、って言ったんだけどね。あいつ、全然、反省してないんだよね。で、喧嘩」

 

 相手の平手打ちを先読みするという、『例のあの能力』を駆使した壮絶な姉妹喧嘩が繰り広げられる真っ只中に、神根が仕事から帰宅した。

 当然、三姉妹から事情を聞いたわけだが、

 

「姉に手を挙げる風美を厳しく見ても、あいつが悪い。俺も当然、麻里に謝るように言ったんだが、・・・」

 

 神根の髭面が苦々しいものに変わる。

 

「『誰も私を甘やかしてくれないんだー』とか言って出て行っちゃった。あいつ、最近ほんとに頭、おかしい」

「こら。姉さんのことをそんな風に悪く言うんじゃない」

 

 と神根がたしなめるが、伸ばした横髪に指を絡ませながら、「はいはい」と答える風美は全く意に介してない様子だ。

 

「でも、・・・風姉さん、このところ様子おかしいよね。去年の秋ぐらいからかな?」

 

 麻里は心配そうな口調と表情である。

 

「ああ。確かその頃だよ、教室で倒れたの」

「倒れた!?父さん、そんな話聞いてないぞ!!」

 

 風美の言葉を受け、神根は驚きで歩みを止め、その場に巨体を屹立させた。立ち上がった熊のようである。

 

「倒れた、って言ったって授業中に居眠りして椅子から転げ落ちたんだよ」

 

 神根は「なんだ、そんなことか・・・」と心配して損したような顔つきになり、また歩き出す。

 

「私は見てないんだけど、・・・」

 

と、前置きをしながら、風美が聞いたところによると、

 

「『あたしよ、死ねーーー!!』とか叫びながら、コケたもんだからクラス中で大ウケ。爆笑で授業にならなかったって、理奈が言ってたよ」

 

 先ほどの風美の『よくもまぁのこのこと、・・・』のセリフに続き、何やら身に覚えのありそうなことに、真島は背筋が若干寒くなった。

 

(いかん、いかん!早く店に行こう。湯冷めする)

 

 

 その後、4人は仲良く鉄板を囲むこととなった。

 神根は「ガハハ!!」と豪快に笑いながらマッコリをあおり、真島も生ビール大ジョッキを、ぐい、と傾け、「アッハッハッハ!!」と哄笑する。

 そんな大人を無視して、風美は

 

「この程度の量、赤子も同然だねっ!」

 

 などと白飯とカルビにがっつき、麻里も食後のレモンアイスを一口シャクって、

 

「生きててよかった・・・」

 

 などと悦に入っている。

 

 そして、焼肉店・牛丸の近くの喫茶・富士では。

 閉店間際に入店した栗毛の少女が、いちごパフェとチョコレートパフェを同時注文し、恐ろしい勢いで咀嚼していた。

 そして、食べ終わるや、

 

「プルプルプルプルーーー♪」

 

 と、意味不明の奇声を上げながら、駆け足で退店していった。ドアベルの、カランコロン、という乾いた金属音が消える頃になって、ようやく店主は気がついた。

 

「はっ!!あのク○ガキ・・・。食い逃げしやがった・・・」

 

 西暦の日本。バブル景気に浮かれるこの時代は、真島世路(マシュマー・セロ)神根(ジンネマン)、そして、来栖三姉妹(トリプルズ)にとって平和であった。

 しかし、その平和が徐々に変わっていこうとは、彼らには予想もできないことであった。

 

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「ついに俺、明日 修道(あした・しゅどう)の出番だ!
 地価上がりまくりの東京で建設会社で働いてる。
 ライバルは若い女社長・浜子さんのアクシズ建設。
 社長も変わってるけど、部下も変わってる~。
 次回、企業戦士アクシズZZ『ハマーン・カーン』
 これ、ロボットものなの?」



(登場人物紹介)

マシュマー・セロ → 真島世路(ましま・せろ)

イリア・パゾム → 入谷(いりや)はこべ

スベロア・ジンネマン → 神根(じんね)さん

エルピー・プル → 来栖風(くるす・ふう)

プルツー → 来栖風美(くるす・ふうみ)

マリーダ・クルス → 来栖麻里(くるす・まり)



 真島は酒とタバコをやらせたいんで、マシュマーさんより5歳ほど年、食わせてあります。
 トリプルズも10歳(11歳?)から、来栖姉妹では15歳(中学3年)にしてあります。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 ハマーン・カーン

 全国2000万人のジンネマン・ファンの皆さん。おはこんにちばんわ。
 残念ながら、今回はジンネマンさんは出てきません。次回に期待してください。




 西暦、日本。

 異変は翌週も起こっていた。

 

 1989年1月16日月曜日。

 

「わーーー!君にやられるー!?」

 

 叫びつつ、先週の真島世路(マシュマー・セロ)同様、隣の都外川暮巳(ととがわ・くれみ)は椅子からひっくり返った。職場で居眠りしていたらしい。

 

「何やってんだ?真島のバカが伝染ったか?」

 

 向かいの事務机から立ち上がり、暮巳を見下ろす四角い顔と太い眉毛が渋面を作っていた。先輩社員の後藤だ。

 暮巳を助け起こそうとしていた真島は一転、後藤に向き直り、「そりゃないでしょう」と情けない顔を作る。

 代わりに、暮巳に手を差し伸べたのは、通りがかった若い女性社長、浜子であった。

 

「大丈夫、暮巳君?昨日、お酒でも飲みすぎたの?」

 

 ボブ、というより昭和臭全開のおかっぱ髪。20代で上り詰めたトップという立場上、行き遅れてしまったハイミス(死語)。

 しかし、かわいい。

 猫っぽい癒し系の笑みから、『はまこ』をもじって『はにゃこ』なんて愛称も付けられている。

 その微笑を浮かべ、倒れた暮巳の手を取った浜子は、引き起こそうとした。

 

「あら・・・??」

 

 しかし、彼女の体重は軽く、力も足りなかった。逆に、暮巳の方へ倒れこんでしまった。

 柔らそうな薄桃色の頬が迫る。浜子の髪は暮巳の顔に掛かり、ストッキングに被われた彼女の膝が彼の股間に当てられる。

 それを見た、真島は、

 

「しゃ、社長!?・・・都外川暮巳ぃぃぃ、覚悟ぉぉぉ!!」

 

 キレた。

 

 そして、その異変はとうとう、社長である菅浜子(かん・はまこ)にまで訪れた。

 翌日の午後。その予兆とも言うべき現象が起きる。

 

 昼食を外で済まし、会社へ戻った真島は入り口のロビーで奇妙なものを見た。

 清掃業者で出入りしている、木矢良(きやら)すみれが掃除機をかけた状態で、ロビーの柱に頭突きをかましていた。

 カツーン、カツーンと掃除機のヘッドが柱と床の角に当たる度に、木矢良も柱へ頭をぶつけている。

 右半分の髪を金色に、 左半分は真っ赤に染色し、口紅とマニキュアも血のように赤く、はっきり言えばケバい女性だった。こぼれ落ちそうな巨乳の持ち主だが、きつい性格と前述の風貌も相まって、『おっぱいお化け』と評されていた。

 正直、真島はあまり彼女に関わりたくなかったが、そのあまりに異常な光景は捨て置けなかった。

 近付くと、真島の耳に、

 

「ハマーン様は、・・・ZZを・・・お美しいハマーン様・・・」

 

 呪詛か念仏のように呟く木矢良の声が響く。

 思い切って、真島は彼女の肩を揺すった。

 

「木矢良さん、大丈夫ですか?どうしたんですか?」

 

 まるで、白昼夢でも見たかのような、木矢良は、はっ、とした顔をしたが、次の瞬間、

 

「私は、・・・猫のキャラ・スーンなんだよっ!」

「え、ええぇぇ!?」

 

 その絶叫。驚愕の事実を告白された真島は、衝撃に空間に表情を張り付かせた。

 

(いきなり、人であることを否定されてもなぁ・・・。プロゴルファー猿かよ)

 

 テレビアニメの主人公の名言(迷言?)『わいは猿や』を思い出す真島であった。

 

 

 

 UC.0089、1月17日。サイド3のコロニー・コア3とアクシズの居住地区だった小惑星モウサが激突したその時の中。

 ネオ・ジオン摂政、ハマーン・カーンと《ZZガンダム》パイロット、ジュドー・アーシタは戦っていた。

 

 無重力、真空、宇宙空間。その死の領域との境界を定めるものは、二人が身につけたノーマルスーツしかない。

 では、絡み合うジュドーとハマーン、二人の境界を定めるものは?

 

「ジュドー、私と来い」

「あんたの存在そのものがうっとおしいんだよ!あんた独りで行けばいい」

 

 幾度目かになるハマーンの誘い。それをジュドーは彼女の人格を全否定することで返した。

 もしもこの時、女であるハマーン・カーンが倒れ、感情を露にしたのなら、結果は異なるものになっていたかもしれない。

 だが、ネオ・ジオンの摂政としてのハマーン・カーンが彼女を奮い立たせた。

 

「どう言われようと、・・・己れの運命は自分で開くのが私だっ!!」

 

 ジュドーの腹に前蹴りを入れ、その反作用で愛機《キュベレイ》の元へ泳ぐ。

 コクピットのリニア・シートに滑り込むや、機体が息を吹き返し、頭部デュアルアイ・センサーは不気味に光る。

 

「ジュドー・アーシタっ!お前の命、もらった!」

 

 出遅れたジュドーもランドムーバー(ノーマルスーツ用バーニア)を使って、自身の《コアファイター》戦闘機に戻るが、

 

「動け、動けったら!!」

 

 操縦桿を押し込むも、それはまったく反応しない。

 そうしている間にも、《キュベレイ》が肉薄する。

 ジュドーは死を覚悟した。

 その時!

 《コアファイター》から発せられた謎の発光が迫る《キュベレイ》を押しとどめ、それどころか弾き飛ばした。

 

「なんだ、このパワーは、・・・ああっ!?」

 

 ジュドーを守ろうと、ハマーンの否定を押し止めようとする力。《コアファイター》の中から多くの人の意志があふれ出てくるのを、ジュドーだけでなくハマーンも感じていた。

 

「な、何だ・・・あれはカミーユ・ビダン?」

 

 その意志の中に、かつてすれ違った青年の影を見たハマーンは怯える。顔面には無数の汗が浮き出て、バイザーの内に玉となって漂う。

 

 狼狽するハマーンをよそに、その光は動かない《コアファイター》の代わりとなって、虚空に漂う《ZZガンダム》のAパーツ(上半身)Bパーツ(下半身)を手繰り寄せる。

 

「う、動け・・・。なんで、私の手が、・・・!?」

 

 《ZZ》の合体を阻止しようと、コクピットの操縦桿を押し込もうにも、ハマーン自身の腕が、手が動かない。光は彼女の肉体すら呪縛した。

 

「人の想いが、・・・人の意志が力となって、私を苦しめているのか?縛っているのか?

 これが、・・・ニュータイプ・・・」

「あなたには見えているはずだ。戦いで無駄死にをした人の意志が」

 

 ハマーンはジュドーの言葉を嘲笑った。

 

「人は生きる限り独りだよ。人類そのものもそうだ。

 お前が見せたように、人類すべてがニュータイプになれるものかっ!!その前に人類は地球を食い尽くすよ」

 

 そう。道はすでに分かれた。お前がさきほど、拒絶した時に!

 

「そんなに人を信じられないのか!?」

「子供がっ!お前だって私のすべてを否定したくせにっ!!」

 

 ハマーンの激情に《ZZ》は頭部ヘキサゴン砲口に粒子を集束させることで答えた。

 

「憎しみは憎しみを呼ぶだけだって、分かれっ!!」

 

 ジュドーの叫びとともに、ヘキサゴン砲口よりハイメガキャノンが発射される。コロニーレーザーの出力20%にも及ぶ太い光軸は《キュベレイ》を一瞬で焼き尽くそうとする。

 だが、

 

「ぬうううぅぅおおお!!」

 

 両マニピュレータを前方で交差し、直撃に耐える《キュベレイ》とハマーン。機体を通して現出した彼女の意志が不可分の絶対領域を生みだし、バリヤーとして作用した。

 

「憎しみを生むもの。憎しみを育てる血を吐き出せ!!」

 

 ジュドーも自身の意志をぶつけながら、照射時間限界までトリガーを引きづめに引いた。

 

「吐き出すものなど、・・・無いっ!!」

「自分の頭だけで考えるなっ!!」

 

 ジュドーの強い意志が、ハイメガキャノンに憑依し、その威力を極限まで高める。ハマーンの絶対領域ごと《キュベレイ》を背後の巨大な外壁、コア3のそれへ押し込む。激突に《キュベレイ》が外壁内部にまでめり込み、消えた。

 《ZZ》の性能をスペック以上に引き出した精神作用は、反作用としてジュドーにひどく疲労を感じさせた。呼吸が荒い。

 

「今持っている肉体にだけ捉われるから、・・・あっ・・・!!」

 

 《ZZ》の全天周モニター下方。開いた穴の中で光る隻眼。右のマニピュレータを外壁につきながら、半壊した頭部を見せる。這い出てくる《キュベレイ》の姿はジュドーに想像の悪魔を思わせた。

 

「肉体があるから、・・・ふふふ、やれるのさ!!」

 

 《キュベレイ》は壊れゆくコロニーと小惑星の間を縫うように飛び去った。

 ジュドーは一瞬、追うのをためらった。

 危険もある。だが彼には、モニターに映る《キュベレイ》の背が寂しげに思えた。

 ひとつ首を振り、思いを捨て、《ZZ》は追撃に移った。

 

 

(どこだ・・・?どこに隠れた、ハマーン!)

 

 巨大なデブリと言うより、もはや巨大多層構造物となったコア3とモウサの残骸は、アンブッシュするには最適の場所といえる。

 その瓦礫の中から、ジュドーは俊敏な殺意を読み取った。

 

(前っ!!)

 

 コロニーの裂け目から2基のファンネルがビームを放つ。先読みした《ZZ》とジュドーは難なくかわして、ハイパービームサーベルで一閃。返す刀でもう1基も落とす。

 しかし、それは隙を作るための牽制攻撃であった。

 接近警報が鳴り響いたときには、直上からビームサーベル二刀流の《キュベレイ》が急降下で迫っていた。

 

「もらったぁぁぁ!!」

「おまえはぁぁぁ!!」

 

 2本のイエローの光軸と、太いピンクの光軸が交錯し、焼き切られた装甲片とパーツが虚空に舞った。

 《キュベレイ》のサーベルは《ZZ》の左半身とBパーツを大破させ、《ZZ》の一閃は《キュベレイ》の腰部をなぎ払った。

 《キュベレイ》は上・下半身に分断されたが、わずかにサーベルの軌道がそれ、コクピット下をギリギリでかすめたおかげで、ハマーンは蒸発されずにすんだ。

 ジュドーの攻撃にためらいが混じったものか・・・。

 

「ぐっ・・・!」

 

 その一撃を喰らった直後に、脱落し向かってきたモニターの破片がハマーンの左脇腹に突き刺さった。運悪く水平に挿入したそれは肋骨の隙間から、肺にまで達していた。

 

「ぐ、・・・ぬぬぬ・・・ぐああああぁぁぁ!!」

 

 渾身の力を込め、それを引き抜くハマーン。血沫がコクピットに漂う。

 

(保って、・・・数分か・・・)

 

 呼吸の苦しさから、ハマーンは自身の運命を悟った。

 だが、それでもあの少年、ジュドー・アーシタには言わねばならない。

 彼女はサバイバルキットから応急シートを脇腹のノーマルスーツに張り付けると、コクピットハッチを開放した。

 果たして、そこには、

 

「ハマーン・・・」

 

 同様にハッチを開けたジュドーが見下ろしていた。

 

「相討ちと言いたいが、・・・私の負けだな」

「なぜもっとファンネルを使わなかった!?」

 

 ジュドーの問いにハマーンは自嘲気味に笑う。

 

「一騎打ちと言ったろ?」

「その潔さを、・・・なんでもっと上手に使えなかったんだ?持てる能力を調和と協調に使えば、地球だって救えたのに!!」

「アステロイドベルトまで行った人間が地球に戻ってくるって言うのは、人間がまだ飛べないって、証拠だろ?」

「だからって、・・・こんなところで戦って・・・何にも・・・」

「そうさっ!賢しいお前たちのせいで、地球にしがみつく馬鹿どもを抹殺できなかったよ。

 うっ・・・・・・すべてお前たち子供が・・・」

「お、おい・・・」

 

 呼吸がいよいよ苦しくなる。そんなハマーンの様子を見かねて、ジュドーがハッチから身を乗りだし、手を伸ばすが、

 

(ふっ、・・・これだけ悪態をつければ、・・・もう満足だ・・・)

 

 ハマーンはもう一度自分を笑った。

 

「さがれっ!!」

 

 ジュドーを一喝し、《キュベレイ》上半身のバーニアを吹かし後退する。

 見る見るうちに背後に小惑星モウサの巨岩が迫る。

 

「帰ってきてよかった。

 強い子に会えて・・・」

 

 衝突の後、電子部品のショート、金属火花を引き起こし、・・・

 そして、残っていた推進剤に誘爆した。

 

 

 

 私は走馬灯というものを見たことが無い。

 それは旧世紀、中国で生まれ、海を渡って隣の国、日本に伝わった。

 そして、死ぬ間際に見る光景のことを、日本人は『走馬灯のような』と例えたらしい。

 それなら、今、私が見ているのは、まさに、・・・

 

 

(ありがとうございます。シャア大佐にほめていただけるなんて・・・)

 

 ツインテールにまとめた赤毛を揺らし、赤く染めた頬に手をやる少女。

 

(ハマーンって呼んでください)

 

 顔を輝かせて、あの人へ羨望の眼差しを送る。

 

 

 そうか、死ねば、・・・この身にまとっていた摂政という肩書きや、ジオンの再興というしがらみに縛られなくてすむ。それはきっと、ミネバ様やシャアに押し付けることになるだろう。無責任なことだ。

 

 でも、・・・

 それでも、・・・

 私は虹の向こうで、あの頃のあの人と思い出の中で一緒にいられる。

 今の私にはそれだけで、・・・

 

 

 

 リンリンと、仕事の電話が鳴り響いていた。

 浜子は窓際のデスクに突っ伏し、うなされていた。

 

「・・・シャア、・・・ずっと、・・・一緒に・・・居てくれるって、・・・」

「社長!大丈夫ですか!?」

 

 気が付けば、浜子の肩をゆする真島世路の心配顔が覗き込んでいた。

 

(ん、・・・マシュマー、か・・・?ふっ、・・・そうか。

 私もとうとう天国か、・・・いや、無論、ここは地獄であろうな。堕ちたか・・・)

「社長、ひとりの世界にひたっていらっしゃるところ、大変申し訳ないんですが、・・・」

 

 遠い目の浜子を真島がまだのぞきこんでいたが、その表情は先程と打って変わって、笑いをこらえてるようなものだった。頬と口の端が、ピクピク、と細かく痙攣している。

 

「大事な書類に北米大陸、描いてますよ」

 

 「ほえ?」と間抜けな声をあげ、手元を見ると、大事な書類、ー四半期決算報告書には逆三角形によだれを垂らした痕が、でかでかと残されていた。

 居眠りしているうちに、やらかしたらしい。

 もわっ、と蒸気でも立てんばかりに浜子の顔が赤くなる。

 真島が勢いよく笑い飛ばした。

 

「アッハッハッハっ!社長、まだ火曜っすよ!?疲れすぎじゃないすか?」

 

 恥辱にまみれ尽くした浜子は、慌てて出したハンカチで口元と書類を拭う。「ぬぬぬ・・・」と赤面一転、歯噛みしながら、浜子は真島を一瞥するが、

 

「後藤さん、外線2番に阿賀間(あがま)建設の流川(るかわ)さんからお電話ですよー」

 

 真島の背後、そのセリフを発した青年が視界に入り、彼女は驚愕する。

 

(なっ!グレミー・トト・・・、貴様っ!・・・・・・??)

 

 柔らかそうに波打つ髪は宇宙世紀の見知った金色ではなく、黒である。しかし、

 

(あの、ぼややん、とした雰囲気。間違いあるまい)

 

 浜子の『例のあの能力』が都外川暮巳が発するマザコン臭を敏感に察知し、確信する。

 「おう」と短く応えて、すぐに受話器を取ろうとする後藤を先んじて、暮巳が言う。

 

「後藤先輩、るうさんとはどういう関係なんですか?どこまでいったんですか?」

 

 彼の探るような口調と視線には、若干の険が含まれている。

 

「あのねぇ、・・・彼女とはいい同業者としてお付き合いさせてもらってるよ。

 お前こそ流川さんのこと『るう』だなんて、名前で呼ぶような親しい関係だったっけ?」

 

浜子は渋面を作って答える四角い顔、後藤豪(ごとう・ごう)を見て思う。

 

(あいつは確か、マシュマーの腹心で確か、ゴットン・ゴーとか言ったか・・・?

 いや!そんなことより。何より・・・)

 

 別の人物が廊下から入ってくる。「ちわー、今日もよろしくお願いしまーす」と、やる気があるんだか、無いんだか分からない一本調子の声音の木矢良(きやら)すみれは、いきなり掃除機を床にかけ始める。

 

(キャラ・スーン!お前まで・・・。)

 

 浜子は愕然とし、こめかみに浮き出た嫌な汗が流れ落ちる。

 

(なんだ、このアクシズ将兵の士気の低さは、・・・。

 というか、・・・・・・どこだ、ここは!?)

 

 若い女性が発する明るい談笑と、テレビから流れる音声が浜子の耳に入る。並べた事務用個人デスクの向こうには、簡単な応接間兼休憩所が設けられ、折しも、ブラウン管モニターには

 

〈レウルーラ事件!!政治家と企業を結ぶ黒い金脈〉

 

 とテロップが流れ、のらりくらりと野党議員の質問を、

 

『んー、なにぶん昔のことでしてー』

 

だの、

 

『記憶にございません』

 

と、かわす貧相な男の顔が映し出された。

 

『どうですかね、このレウルーラ社長の、ひる・どうそん、・・・

 えー、失礼!蛭田道三(ひるた・どうざん)氏の国会答弁は、全く一般国民を馬鹿にしているとしか、・・・』

 

 コメンテーターの解説に加え、蛭田のゴキブリのように黒光りするオールバックと、眼下の落ち窪んだ丸い目が、浜子の怒りに油を注ぐ。

 

(この・・・恥を知れっ!俗物がっ!!)

 

 浜子は心中で叫ぶ。

 さらにタイミングの悪いことに、テレビの前の女子社員たちは、茶をしばき、せんべいの割れる小気味よい音を立てながら、他愛の無い会話に花を咲かせている。

 

「やー、あと3日だねー、金曜まで」

「やよいちゃんは、金曜の夜のことばっかり考えてるよねー」

「やー、だって人生、飲むために生きてるっていうか。もうそれしかないっていうか!」

 

 浜子の怒りが限界を越えた。

 

 ガタッ!

 

 勢いよく立ち上がり、椅子は後ろへひっくり返った。

 

「うつけがっ!週初めから何を浮かれているかっ!人事部付けにするぞっ!!」

 

 『人事部付けにする』とは、遠まわしに辞めさせる、という意味である。浜子の一喝を受け、談笑していた厚生課の五十川(いかがわ)やよいと本郷(ほんごう)すみれは「ひゃっ!」だか、「ひっ!」とか言いながら、慌てて自分のデスクへと小走りに戻っていった。

 目を吊り上げ、口を引き結んだ浜子の表情。

 そう。まさにそれは宇宙世紀、地球圏をネオ・ジオンの恐怖政治に陥れた摂政、アクシズのハマーン・カーンそのものであった。

 そして、ここもアクシズには違いなかった。

 アクシズ建設。

 東京都内にある建設会社。従業員数50名の中小企業である。

 

 時に西暦1989年1月。

 彼らはこれから訪れるバブル崩壊を、生き延びることができるのだろうか?

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「アクシズ建設は一般企業だから、中にはできる人物がいます。
 休憩になっても演説して、自分の正当性をアピールするなんて、尊敬したいもんだ。
 しかし、それが飲み会の強制で、5軒もハシゴしろと言われたら、ごめんって言っちゃう。
 飲みすぎると、胃に穴を開けちまうんだぜ。
 次回、アクシズZZ『プルトゥエルブ』
 うわぁ、妹キャラ、かわいそう」



(登場人物紹介)

グレミー・トト → 都外川暮巳(ととがわ・くれみ)

ゴットン・ゴー → 後藤豪(ごとう・ごう)

キャラ・スーン → 木矢良(きやら)すみれ ※SPサンクス:KY@RGM-79R様

ヒル・ドーソン → 蛭田道三(ひるた・どうざん)

ヤヨイ・イカルガ → 五十川(いかがわ)やよい

スミレ・ホンゴウ → 本郷(ほんごう)すみれ

ハマーン・カーン → 菅浜子(かん・はまこ)



 失敗、すみれがカブった。まぁ、遊びで書いてるんで、おk牧場ってことで。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 プルトゥエルブ

 戦闘描写の練習で始めたのに、ドラマパートが多いなぁと思ってしまう。
 今回はエロにもチャレンジしてみました。さて、R-15でどこまでできるかな。

 今回は 菅 浜子(ハマーン・カーン) こんな感じでルビを打ちますが、『かん・はまこ』でも『ハマーン・カーン』でも読みやすい、頭に描きやすいほうで読んでください。






 第一次ネオ・ジオンの最中、勃発した内乱。

 反乱の首領・青年士官グレミー・トトは宇宙の塵と消えた。

 また、小惑星基地アクシズとコロニー・コア3の衝突、ラカン・ダカランなど現場士官の戦死により、グレミー軍の指揮系統は混乱を極めた。

 そんな中、少女兵士プルシリーズの開発責任者マガニー博士は、自身の保身、アクシズから脱出するため、残酷な命令を彼女たちに下す。

 ハマーン軍と《ガンダム》を撃破せよ。

 瓦解した反乱軍にとって、それは玉砕を意味する。

 だが刷り込みによって、『《ガンダム》は敵』、そして、服従と献身こそが唯一の美徳と教え込まれた彼女たちは、死という終わりに向かって突き進んだ。

 

 UC.0089、1月17日。破壊されたサイド3、コロニー・コア3近くの宙域。

 

『敵発見!12時、下方30。ハマーンの《キュベレイ》と《ZZ》!!』

 

 前方で索敵中のセヴンがとうとう見つけた。レーザー通信で敵座標が姉妹の量産型《キュベレイ》をリンクして最後尾のトゥエルブまでつながる。そして、バラバラになりかかっていた彼女たちの気持ちもつなぎ直した。

 旧世紀の急降下爆撃機や雷撃機のように連なって、眼下の敵機、白い《キュベレイ》と《ZZガンダム》へ殺到する。

 量産型《キュベレイ》の特徴的なシルエット、肩から大きく張り出したバインダー・バーニアと、背部の大型ファンネルコンテナが、蜂か羽虫が襲いかかってくるのを連想させた。

 姉妹の1機が背に屹立したアクティブカノンを可動させ、ハマーン機に対して発射態勢を取ったときだった。

 多数の光軸、連装メガ粒子砲のイエローのビームに貫かれて、その姉妹は宇宙に爆散した。

 

『ス、スリー!!プルスリーがやられた』

『マスターも死んだ。死んじゃったよぅ・・・』

『どうすればいいの、マスター?あたしたち、どうすれば』

 

 スリーの死が呼び水となって、皆の心がまたバラバラになった。マスターの死を知ったあの時と同じように。

 赤くマッシブなシルエットのMS《ゲーマルク》が迫る。全身に無数のメガ粒子砲を装備したこの第4世代MSはあらゆる方位に向けての砲撃が可能である。

 プルスリーを墜とした《ゲーマルク》が全方位攻撃を、追随するMS《ガズアル》はビームライフルを撃ちまくりながら接近する。姉妹が混乱している隙に、ハマーン機と《ZZ》はコア3方向へ飛び去った。

 

『皆落ち着いて。敵を倒すことを考えるんだ。ファンネルで一斉攻撃を!』

 

 回避機動を取りながら、プルフォウが必死に叫び、皆を辛うじてつなぎとめる。

 それぞれの《キュベレイ》から放射状に10基のファンネルが飛び出し、無数のビームを射ち出して《ガーマルク》と《ガズアル》に迫る。それは、まさに光軸の檻、逃れようがなかった。

 貫かれた《ガズアル》は爆散するが、《ゲーマルク》はそれを不可視のバリヤーのようなもので跳ね返した。

 

『Iフィールド!?そんな・・・。《ゲーマルク》は持っていな・・・』

 

 驚愕の言葉の途中で、フォウの《キュベレイ》は《ゲーマルク》のファンネルが仕掛けたオールランド攻撃を受け、四肢をバラバラにしながら、爆発した。

 ものすごい否定の意志を感じる。敵のパイロットは、

 

(・・・ざけんじゃないよっ、ガキっ!!)

 

 子供だと分かって、なお滅ぼそうとしている。12番目の末妹、トゥエルブはNT能力でそれを感じ取った。膝が震える。

 

(・・・子供は大嫌いだっ!!)

 

 まだ幼虫の私たちは知らない。私たちは命令だから殺す。

 でも、この人は違う。相手の存在を憎しみ尽くすという破壊の権化。これが成虫の姿。

 姉妹の1機が両肩のアクティブカノンを撃ちながら、特攻を仕掛ける。真空という絶対の境界を突き破っても、その衝撃音が伝わってきそうな激突をする《キュベレイ》と《ゲーマルク》。

 即座に右マニピュレータにビームサーベルを形成する《キュベレイ》。だが、それを振るわれるより早く、《ゲーマルク》はマニピュレータを拳形状に握り、コクピットへ叩き込む。衝撃に嘔吐した姉妹がなすすべも無く、拳から形成された握り懐剣状のビームサーベルの高温に焼き殺される。その肉体は蒸発した。

 

『今だっ!』

 

 何番目かの姉が叫ぶ。球形に取り囲んだ《キュベレイ》のファンネルが再度オールランド攻撃を仕掛け、《ゲーマルク》が全身のメガ粒子砲で全方位に反撃。交錯する光軸の渦。

 トゥエルブは姉妹の隊列から、ほんの少しだけ離れていた。それは、敵に対する恐れだったのか、それともマスターを失った動揺だったのか。

 いずれにせよ、直撃を逃れた。しかし、爆発に巻き込まれた彼女の機体は四肢をばらまき、きりもみし、限界に達したところでコクピットは射出され、脱出ポッドとなった。

 

 

 (寒い・・・。寂しい・・・)

 

 栗毛の少女、トゥエルブは脱いだヘルメットを抱えて縮こまっていた。脱出ポッドにエアーは満ちている。だが、バッテリーは限界に近い。あと2時間も宇宙を漂っていれば、小さな体は冷たくなり、それは棺桶に変わるだろう。しかし、天は彼女を見放さなかった。

 やがて、その脱出ポッドは近くのジャンク屋に回収された。

 ポッドの開閉口が、ドンドンと外から叩かれている。これから開けるという合図だ。

 トゥエルブは一瞬、ヘルメットを被るべきかどうか迷った。

 が、決める間もなく、それは開けられた。果たしてポッドの外は空気に満たされていた。

 差し込む照明が逆光になって表情は見えないが、ノーマルスーツが一体、こちらをのぞき込んでいる。ヘルメットのバイザーを上げた。

 

「なんだ、子供かよ」

 

 落胆したような男の声だった。トゥエルブは涙に濡れた蒼い瞳で男を上目遣いに見上げた。すべきでなかった。

 途端に男が嫌らしい笑いを口元に浮かべた。彼の黒っぽい思惟が、トゥエルブの中にも流れ込み、彼女の肌を粟立てる。

 

「はは、いいこと思いついちゃった」

 

 男が言いながら、ポッドの中に上半身を入れる。トゥエルブは後ずさろうとするが、背にぶつかるのはリニア・シートだけだ。逃げ場などない。

 

「いい子だ。こっちにきな」

 

 それは命令だ。それはつまり、この人は私の新しい、・・・マスター。

 服従と献身。

 恐る恐る伸ばした手を男は乱暴に掴み、トゥエルブをポッドから引きずり出した。

 彼女は生まれ変わった。少女兵士から奴隷へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんなことは関係なく、西暦の日本は平和だった。

 1989年1月20日金曜日。東京。

 三寒四温というが、この日はその言葉通り、冷え込みもきつくなかった。

 やや温い朝の大気を切り裂いて、真島(マシュマー)が走る。

 

「やべぇ、やべぇ、遅刻する」

 

 すると、その前方に同じ色の栗毛の少女3人の後ろ姿が見えた。

 1人は伸ばした横髪をなびかせながら、飛行機みたいにそこらを走り回っている。もう1人はその子と同じ髪型だが落ち着きがある。そして、最後の1人は栗毛が鳥の巣のようにあちこちに跳ねていた。

 大家・神根(ジンネマン)来栖三姉妹(トリプルズ)だ。

 

「おはよう。三つ子ちゃんたち」

「プルプルプルプルー♪」

「フフン、ああ」

「おはようございます!」

 

 顔は同じでも反応は三者三様である。

 真島は末妹の麻里(マリーダ)の横に並ぶと、いきなり手を伸ばした。

 

「にゃーー!もう朝から止めてくださいー!!」

「だから、その変なヘアスタイルを直してやろうって!」

 

 麻里が両手で抵抗するのも空しく、頭をくしゃくしゃとされる。

 

「真島さん、妹に倒錯的行為は止めていただけませんか?気持ち悪いので」

 

 慇懃無礼となって麻里の隣の風美(プルツー)が言う。

 

「倒錯って、お前ね・・・あれ、合宿か何かか?」

 

 真島は麻里が肩にかけた大きなスポーツバッグに気付いた。麻里が陸上部で『ありえない俊足』を誇っている話は聞いていたが、もう1月。中学3年の彼女は引退しているはずだ。

 

「ううん。理奈(りな)さんちにお泊まり」

「ほ。明日(あした)さんちか」

 

 その家のことを真島も知っていた。

 

「あそこの家の兄貴は気を付けろよ。手が早いから」

 

 理奈という妹のことはよく知らないが、兄の修道(しゅどう)はライバル、阿賀間(アーガマ)建設の社員である。営業の真島は契約の取り合いで火花を散らすことも多い。

 

「どの口で言ってるんだか」

「なんか言ったか?」

「別にぃ」

 

 風美がわざとらしくすまして、反対の壁へその顔を向けた。

 そこで、横並びになっていた3人は後ろから来た車にクラクションを鳴らされ、

 

「いけねっ!遅刻遅刻。じゃあな」

 

 真島は駅へと急いだ。

 麻里が優しげに微笑みながら手を振っていた。

 

 

 午前は雨がパラついていたが、午後には晴れ、季節外れの陽気に人々の気持ちも幾分緩んでいた。

 しかし、菅 浜子(ハマーン・カーン)は社員たちが『幾分』ではなく、弛緩しきっていると感じた。

 

「森木製作所の契約はどうなっている?先方の新工場建設の」

「え、・・・えーあれはですねー・・・」

 

 浜子の問いに、額に急に汗が浮き出た営業課の後藤 豪(ゴットン・ゴー)が立ち上がりつつ、歯切れの悪い口調で説明を始める。

 

都外川(ととがわ)、見積書の点検はまだか?・・・遅いっ!!」

 

 ぼややんとしていた都外川暮巳(グレミー・トト)が慌てて、分厚い書類をめくり出す。

 

「うつけがっ!自分だけ食べたケーキを茶菓子代の領収書に紛れさせる奴があるかっ!!」

 

 『例のあの能力』で見抜いた浜子がその領収書を、抜き取るや、笑顔でごまかそうとする五十川やよい(ヤヨイ・イカルガ)に投げつける。

 

(まったく、我がアクシズ建設のだらけぶりと言ったらなんだ。こんな状態では阿賀間建設に出し抜かれるぞ)

 

 浜子は闘志を新たにするが、

 

(しかし、・・・一体、この世界はなんなのだ・・・。それに私の年齢が・・・)

 

 苦い粉薬を口に含んだ表情で、浜子はスーツの内ポケットからカード入れを取り出す。運転免許証を確認すると、

 

『氏名:菅 浜子 昭和37年1月10日生』

 

(この私が27歳・・・!?私は死んだとき22歳だったはず。なぜ5歳もいきなり老ける?どんな設定だ・・・)

 

 浜子はまるで自身に課せられた理不尽な罰のようで、悔しさに歯噛みする。しかし、その顔は『37歳』といっても十分通用する、老け顔である。

 先週まで、『17歳』といっても頷けた『はにゃこ』の表情とえらいギャップである。

 

「あ、あの・・・社長・・・?」

 

 見れば、先ほど怒声を浴びせたやよいが、細身で小柄な体をますます縮こませて、たたずんでいた。

 

「なにか?」

 

 素っ気なく言うと、

 

「お茶です」

 

 コミカライズされた猫が描かれた湯飲みをデスクに置くと、やよいは顔の下半分をお盆で隠しながら、逃げるように去った。柱にかけられた時計を見れば、休憩の午後3時を回る少し前だった。

 気を遣って、やよいが早めに持ってきてくれたらしいことを浜子は察した。

 目前に並ぶ営業課のデスクを見回すと、後藤や真島らがピリピリした雰囲気の中で仕事に励んでいるが、浜子が檄を飛ばしてもさほど能率は上がっていない。

 

(はぁ、・・・やっぱり今週はまずいよね。誰か誘って飲みに行くなんて。部屋で独り飲みにするかなぁ・・・)

 

 フロアの端で肩を落とすやよいの思惟が『例のあの能力』で浜子の内に入ってきた。腕組みをして浜子は思案する。

 

(締め付けすぎるというのも、逆効果か。能率が悪くなっては本末転倒だ。ここはひとつ一席設けて皆の意思疎通を図るというのも一計か・・・。それに・・・)

 

 浜子は左手にタバコ、右手に鉛筆を握り締め、書類を猛然とめくる真島に視線を移す。休憩時間になればこの場から逃げるように、屋上へ行くのは必至だった。

 

(マシュマーには確かめねばならんこともある・・・)

 

 チャイムが鳴った。

 ガタッ!

 誰よりも先んじて、浜子は立ち上がった。

 

「聞けっ!アクシズ建設の企業戦士たちよ!!

 今日で陛下がお隠れになられて2週間となった。我らはかのお方の崩御を嘆き悲しみ、そして惜しみ、喪に服さねばならぬ。

 だが、今この時にも憎き敵である阿賀間建設は我らに対し、攻勢をかけている。

 今は悲しむときである。だが、同時に戦うときでもある。ともに戦おう。

 アクシズのために。アクシズの栄光のために!!」

 

 浜子は右の拳を固めて、天に突き上げた。何かを待つように間を置く。

 しかし、予想したような拍手や歓声は全く起こらなかった。周りを見渡せば、どの社員も

 

(どうしちゃったの、この人・・・)

 

 という、唖然とした表情である。

 バツの悪さに浜子はひとつ咳払いしつつ、

 

「そこで、日頃の皆の苦労をねぎらいたいと思い、酒の席を設けようと思う」

(そこで、って・・・どういう流れだよ・・・)

 

 やはり皆、浜子に付いていけない。

 

「五十川やよい!」

 

 いきなり、呼びかけられたやよいが「は、はいぃ!!」と応えて直立姿勢を取る。

 

「急なことですまぬが、店の選択と予約など諸々を貴様に一任する。励めよ」

 

 最敬礼でやよいが応えると、一目散に電話へと走った。

 

 

 会社から私鉄で10分ほどかけて新宿に出た。1軒目の店を1時間で追い出されると、2軒目、3軒目は大ガードを西へ東へ。さらに、4軒目は歌舞伎町をスルーして新大久保方面へと、アクシズ建設は民族大移動を繰り返した。

 その内にも、ひとり、ふたりと脱落者を出し、真島がカウンターで突っ伏した状態から「はっ!」と目覚めた時には、隣に座る浜子(ハマーン)しかいなかった。

 

(ここは・・・)

 

 と真島は店内を見回す。どこの街にもありそうな赤提灯の居酒屋である。

 何やら、背広の両ポケットが重い。右のポケットにはマヨネーズが入っている。これは1軒目のお好み焼き屋で、

 

『顔芸、やりまーす!!』

 

 酔っ払いつつ、自分の顔面にぶっかけようとしたやよいから奪ったものだ。

 左にはなぜかケチャップが入っている。これに関しては真島も記憶がない。

 

「気付いたか、マシュマー。ここは『はざま』という店だ。

 いや。

 店名でもあり、

 その名の通り、狭い隙間・・・という意味でもある」

 

 なにやら、詩人な感じの浜子である。

 

「あの、・・・社長?マシュマーって何です?」

「やはり、そうか」

 

 酔っ払いのとろんとした目で問いかける真島に、浜子は飲めば飲むほど、白くなるような不気味な能面を向けた。

 

「お前は死後、転生は遂げたようだが、その意識は完全に憑依したわけではないらしい」

 

 言いつつ、浜子は右手でお猪口を傾け、左手は出入り口を指し示した。

 

「信じられないかもしれないが、・・・あの扉は宇宙世紀につながっている。嘘だと思ったら行ってみるがよい。

 だが、心しておくことだ。向こうはこちら(西 暦)と時間の流れや空間が一定ではないようだ。

 実はもう昨日行ったのだが、なんとラプラスの間に放り込まれたよ。危うく爆弾で吹き飛ばされるところだった。ふふふ、連邦があんなものを作っていたとはな。今となっては滑稽だ」

 

 浜子は手酌でぐいぐい熱燗をあおりつつ、自嘲とも冷笑ともとれる奇妙な表情を浮かべているが、

 

「あの・・・社長が言ってること全然、意味わかんないんですけど。えっと、・・・宇宙性器?」

「宇宙世紀。ユニヴァーサル・センチュリーだ、馬鹿者。とりあえず、行ってみろ」

 

 真島は浜子に追い出されるようにして、店を後にした。

 しかし、外は目を閉じているのかと思うほどの、暗闇であった。

 唐突に、真島は急激に酔いが回ったかのような酩酊感に襲われた。世界がぐるぐると回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC.0089、1月20日。サイド4のとあるコロニー、淫売屋『Candy Girl』。

 

「キツキツ過ぎて、抜けなくなるかと思ったぜ。

 まぁ、しっかりヌかせてもらったんだけどよ」

 

 廊下から下品な男の笑い声が地下室まで響いてきた。

 

「まさか、俺のモノがはまるとは思わなかったな。まったくチビすけなのに、エロいったらないぜ」

 

 満足そうなその声は、室外の淫売屋の女主人に向けた「また来るぜ」という言葉を残して、去った。

 

(また・・・また、あんな・・・)

 

 地下室に閉じ込められた10歳ぐらいの栗毛の少女。彼女は汚濁にまみれた体をベッドに横たえる。室内は魚介に似た生臭さと、饐えた汗臭さに満ちていた。

 自分の体内に汚水を直接流し込まれるような感覚。それに伴う呼吸ができなくなるほど、体を押し広げられる痛み。

 

 唐突に、地下室の扉が開けられる。

 

「なにほおけているんだい!!次が待ってんだよ。そんな体じゃ客が嫌がるだろうが。さっさと拭いてきなっ!!」

 

 女主人が汚い雑巾を少女の体に投げつける。

 

「お前に浴びせるシャワーなんて無いよ。水代だって高いのに。

 ・・・それにベッドを汚すんじゃない!!終わったら、穴に入れておきなっ!!」

 

 女がベッドの惨状に目を瞠り、もう一本ねじった雑巾を投げる。

 「早くしなっ」という言葉を受け、少女はのろのろとトイレへと歩んだ。壁に手を着きながら、ようやく立っていられるその姿は、まるで生まれたての馬か牛の子供のようであった。

 そう、確かに彼女は生まれたてだった。

 エルピー・プルを始祖とするクローン。その12番目の末妹、プルトゥエルブ。今日は彼女が初めて客を取った日、娼婦として生まれた日であった。

 洗面台に溜めた水でトゥエルブは体を拭いた。

 泣いてもいい状況だった。でも泣かなかった。それは命令ではないから。

 

(そうだ。今度はまた別のマスターの命令に従わなきゃ・・・)

 

 地下室に戻ると、もう新たな客がベッドにいた。

 しかし、その背広の男はおかしなことに、仰向けになってすでに大きないびきをかいていた。

 

「あの、・・・」

「・・・ムニャ・・・もう飲めない。・・・ゲップ・・・」

 

 トゥエルブが肩を揺すった拍子に、男は盛大なげっぷをした。強烈な匂いがトゥエルブの鼻腔を刺激し、小さな眉間にシワが寄る。酔っ払いだ。

 トゥエルブは男を揺すり続けた。唐突に、男が目覚め、顔を青くして上半身を起こす。

 

「み、水、・・・水、くらはい」

 

 両手を口に当てながらで、判然としなかったが、トゥエルブはその命令を理解した。

 少女から受け取ったグラスの水を飲み干すと、とろん、としていた男の目に手入れもされぬ、くしゃくしゃの栗毛が映る。

 

「・・・あれ?麻里じゃん。こんなとこで何してんの?」

「えっと、・・・分かりません」

 

 それはマスターの命令だ。だが、トゥエルブはここでされる行為がどういうものなのか、ここがどこなのか分からなかったので、正直に答えた。

 

「お前、ずいぶん小っちゃくなったな?ここ、理奈さんち?」

「リ、ィナ?・・・・・・違います」

「違う?ふぅん。じゃ、帰ろう」

「・・・え」

 

 言うや、今のマスター、その背広姿の真島世路はトゥエルブの手を取った。

 

「ここは何だか臭いし、空気が悪い。こんなとこに麻里みたいな子供がいちゃいけないよ」

 

 ふらふらしながら、出入り口の鉄扉に向かう。

 その時、先ほどと同じ、時空の歪みが真島を襲う。

 世界が、ぐるぐる、と回って、

 

(きっと竜巻か渦潮に巻き込まれたら、こんなんだろう)

 

 と、真島は思う。しかし、握った小さな手は離してはいけないと、堅く握り締めた。

 

 

「あの、チビすけ・・・!!どこに・・・どうやって、逃げたんだい!?」

 

 淫売屋の女主人が客が出てこないのに業を煮やして鉄扉を開けると、地下室は無人であった。そこは窓もない。

 宇宙世紀で起きたその事件は、とても些細なことだった。

 しかし、少しずつその後の歴史に影響していくことになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体をぞくっ、とさせる冷気に真島は目覚めた。

 布団の中で体を縮こませる。どうも裸で寝ていたらしい。真冬の東京で、である。

 さらに窓の方から、チュンチュン、と雀の鳴き声が聞こえてくる。15cmほど開いているらしい。

 

(あー、寒い・・・。酔っ払って馬鹿なことしたんだなぁ・・・きっと)

 

 二日酔いの頭痛・胸やけと寒さのせいで、真島は掛け布団を頭からひっかぶった。

 その時、布団の中、真島の隣でごそごそと動く気配がする。

 

(ああ、なるほど。そういうことか・・・)

 

 真島は以前、この辺でエサをやっている猫が冬の寒さに耐えかね、開けっ放しにした窓から入ってきて、布団で寝ていたことを思い出した。

 顔の模様が漢字の『八』に見えることから、その名もハチという三毛猫である。

 昨晩、帰宅したときに窓際にハチが待っていたんだろう。開けてやったというわけだ。

 

「はにゃーん♪」

 

 他人にあまり聞かれたくない声で、隣に寝てるであろうハチに手を伸ばす。しかし、

 

(ふぁっ!?)

 

 その感触は猫の、もふっ、としたものではない。確かに、動物の持つ温もりであるが、絹のようなすべすべした手触りである。

 そして、真島も成人男子である。風俗に行くこともある。ゆえに、その肌触りも分かっていた。

 恐る恐る布団から顔を出し、めくってみる。現れる鳥の巣のようなもじゃもじゃの栗毛。

 

(うわぁ・・・どういうことなの・・・)

 

 真島はとりあえず、麻里(マリーダ)を起こさないように、そっと布団から這い出た。

 その時、

 

「ニャー」

「いっ!!」

 

 やはりどこかにいたハチが、立ち上がった真島のふくらはぎに、どーん、とぶつかってきた。焦った真島は後ずさった。

 

 どぴゅぴゅっ。

 

 真島の左足がケチャップを、右足がマヨネーズの容器を踏み付けた。

 飛び散る赤い液体。それは布団やシーツに鮮やかな染みを作る。

 迸る粘性の白い液体。それは麻里の安らかな寝顔に、栗毛にこびりついた。

 

「ひゃっ!?冷たっ!」

 

 驚き、麻里が飛び起きる。

 ふとんの上に、ぺたん、と座り込み顔に手をやると、ぬるぬるとし酸味を放つ気持ち悪いもの(マ ヨ ネ ー ズ)がかけられている。

 

「いやぁ・・・、なにこれ・・・。きゃっ!やだっ!」

 

 さらに、自分があられもない下着姿であることに気付き、麻里はベソをかく。体を震わせ、腕を交叉し自身の肩を抱く。

 すると、

 

「ま、麻里、・・・落ち着くんだ」

 

 声をかける目前の人物を見て、・・・

 

 麻里の頭の血が、ざぁー、と落ちていくような貧血を味わった。

 中腰で両手をこちらへ突っ張り、何かを押しとどめようとする真島の姿。

 

 そして、それは、フル・フロンタル(全  裸)

 

(ああ、・・・ダメ・・・。ここで、気絶したら、・・・)

 

 必死の思いで麻里は息を吸った。未熟な青い果実のような乳房が膨らみ、次の瞬間、

 

「いやあああぁぁぁーーー!!!」

 

 悲鳴があふれ出る。しかし、

 

「ぁーーー!!・・・んっ、むぐっ・・・!?」

 

 慌てて、麻里に飛びついた真島が彼女の口を片手でふさぎ、もう片方の手は彼の口元に当てられ、「しっー!」と人差し指が立てられていた。

 ぽろぽろと涙する麻里は、

 

(そんな、・・・真島さん、ひどい。・・・お兄さんとも思っていたのに。憧れていたのに)

 

 真島の仕打ちに絶望した。だが、その胸の内に違う思惟が囁く。

 

(違う。その人は私の新しいマスター。大切な人)

 

 彼女の体の内から、トゥエルブの想いが麻里に懇願する。彼を許せと。

 しかし、そのことをよく考える間もなく状況は変化していく。

 

 ガチャ。

 

「おーい、なんだ今の声」

「じ、神根(ジンネマン)さん!?」

 

 部屋のドアが開けられるなり、現れる髭面と飛び込んでくる野太い声。

 今日は土曜日。『週末の朝は皆でアパートを綺麗にしよう!!』という呼びかけを、娘の麻里がして、彼女は率先して、アパートの周囲の清掃をしていた。

 今朝は友達の家に泊まりに行っていないはずだが、・・・。

 すでに、アパートの下の駐車場には、住人と「なんで私も・・」と、文句を垂れる風美(プルツー)が集合していた。ちなみに、(プル)は『例のあの能力』を駆使して察知し、いち早く逃げた。

 そこに沸き起こった少女の悲鳴である。

 しかも、起きてこない真島の部屋からである。鍵もかかっていなかったので、すぐに神根が入室した。

 そして、飛び込んでくるすさまじい光景。

 真島がフル・フロンタル(全  裸)である。

 目に入れても痛くない愛娘も(ほとんど)フル・フロンタル(全  裸)である。

 その顔や髪に白濁したもの(マ ヨ ネ ー ズ)がぶっかけられている。

 その泣き顔。悲鳴を上げようにも口を塞がれている。

 そして、乱れた寝具についた赤い染み(ケチャップ)

 事後。中学生に対する倒錯行為。しかも、無理やり。

 数々の残酷な言葉が神根の頭を駆け抜け、彼の中で何かが音を立てて千切れた。

 

「うおおおぉぉぉーーー!!!」

 

 黒い破壊のケモノが部屋を駆けた。

 一挙動で距離を詰めると、低い姿勢の真島に、フルコンタクト空手で鍛えた前蹴りを放つ。

 顔面にそれを喰らった真島はごろごろと転がって、端の壁に後頭部を激突させた。

 麻里の悲鳴が再び空気を震わせる。階下の住人たちも「な、なんだ!?」と騒ぎ始めた。

 運良く(運悪く?)警ら中のパトカーが徐行して、アパートの前で止まる。「どうしました?」と声をかけながら、出てきた警官は日本人離れした筋骨隆々の体格をしていた。

 

 しばらくして。

 顔を盛大に腫らした真島が、

 

「いや、俺は何もしてないって、・・・」

「話は署で聞こう」

 

 ドラマなどで使い古されたセリフはモアイ像がしゃべったのかと思われた。その顔の持ち主、屈強な警官、田草(たぐさ)警部補に脇を固められ、真島はパトカーの後部座席へ押し込められた。

 その様子を見た次女の風美は鋭い目付きをますます尖らせて、人目をはばかることなく、真島へ中指を立てる。

 

「気持ち悪い変態。消えろよ」

 

 続いて、毛布に包まれた麻里が女性警察官に支えられ、外階段を降りてきた。

 

「・・・グスッ、・・・あの、・・・お兄さんに、・・・ひどいこと・・・グスッ・・・」

「いいのよ、もう大丈夫よ」

 

 憑依したトゥエルブは『ひどいことしないでください』と言いたかったのだが、皆まで言わせぬ女性警官が全く逆の意味として、その言葉を捉えてしまった。

 真島の隣に腕組みした田草はパトカーのフロントウィンドウ越しに、中学生ぐらいの少女を見る。

 

(こんな子供に、・・・)

 

 田草は冷徹な男である。警察という組織の中で、自分という個を殺し、どこまでも一警察官という最小単位になりきれる男だ。

 職務に打ち込みすぎた結果、今に至るまで女房なし、子なしである。いや、妻はいた。しかし、逃げられた。離婚である。

 そんな男の胸に熱く湧き上がるものがある。

 もし、田草にもう少し家庭を顧みる余裕があれば、できたかもしれない一粒種の娘。今の田草には神根の父親の気持ちも少しは分かるような気がした。

 麻里は救急車に乗せられ、神根と風美と共に病院(婦人科)へ向かった。遠ざかるその車両を見ながら、田草が言う。

 

「真島君。もし、あの子からよからぬ証拠が出てきたら・・・。

 ちょっと道場で汗、かいてもらうことになるだろう。覚悟しておくんだね」

 

 

 検査の結果、・・・

 

 麻里からは何もやましいことは出てこなかった。

 しかし、警察の取調べで真島は週末を潰すことになった。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

麻里(マリーダ)ちゃんが真島(マシュマー)と寝ていた事情?
 そんなの知りません。
 こちらはラッキースケベな絵が見れればいいの!
 っと、何だって?
 マシュマー・・・、じゃない、マシュマロ・セロリだって?
 冗談、浜子(ハマーン)さん飲み過ぎだよ。
 ちょっと何言ってるのか、分からないよ!
 次回アクシズZZ『地球降下作戦(前編)』
 酔っ払いの修羅場が見れるぞ!」



真島(マシュマー)に変態というレッテルが貼られました】


(登場人物紹介)

ダグザ・マックール → 田草(たぐさ)警部補


 女性警察官はマチルダさんにする予定だったけど、色んなもん詰め込みすぎると、大変だからやめました。

 しかし、早速このシリーズ、もうネタが切れという。むしろ、もう一つの駄文拙文の方を完成させねば。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 ちょっと一年戦争行ってくる!
4 地球降下作戦(前編)


 結局、前半のドラマパートが多くなって2話構成になってしまった。全体の構成を良く考えてなかった、力量不足。
 戦闘描写メインで始めたのになぁ。

 ネタがないから、もうタイムマシンに乗せるしかないと思った。
 勢いでやった。後悔はしてい、・・・。




 西暦1989年4月3日月曜日。

 春である。新生活のスタートである。そして、恋の季節でもある。

 

『次はぁ~、鳥ノ宮ぁ。鳥ノ宮ぁの次は高田馬場ぁ~・・・』

 

 朝から酔っ払っているのかと思う、独特の車内アナウンスを背に真島(マシュマー)は満員電車から這い出る。

 

(『たかだのばば』じゃなくて、『たかだのばばあ』って聞こえるよな)

 

 くだらないことを考えつつ、定期券を改札口にかざす。空は真島の心情を映したように曇り、ぽつぽつと小雨も降っていた。

 会社に向かいつつ、真島は後輩の後姿に声をかける。

 

「よっ、暮巳(グレミー)

「おはようございます、変態先輩」

「お前ねぇ、・・・先輩に向かって、事情もよく知らないお坊ちゃんがよくそんなこと言えるな!!」

 

 言いつつ、暮巳にアイアンクローを喰らわせる。

 

「よぉ、お前ら。朝から元気だなぁ!」

 

 新たなダミ声は後藤 豪(ゴットン・ゴー)だ。暮巳の顔を突き飛ばしつつ、真島がため息をつく。

 

「元気じゃないっすよ」

 

 1月に起きた『大家の娘(中 学 生)と一つ屋根の下事件』の噂は職場にまで広がっていた。後に、真島 世路(マシュマー・セロ)の未成年者略取、強姦といった容疑は晴れるのだが、時すでに遅し。

 社内では、『ロリコン』、『()変態』、『女の敵』とありがたくない悪名をほしいままにしていた。

 おまけに、当事者の女子中学生、来栖 麻里(マリーダ・クルス)の供述に曖昧な点があり(なぜ、真島の部屋にいたのか?)、不審に思った担当の田草(たぐさ)(ダグザ・マックール)警部補が職場にまで出没するにいたって、いよいよ真島のレッテルは説得力を持つものになった。

 

「まぁ元気出せ。俺はお前のことを信じてるからなっ!」

「はぁ・・・」

 

 ばんばん、と真島の背を叩きつつ威勢のいい後藤に、彼も曖昧な返事である。

 実は、真島が憂鬱なのは他にも原因があった。

 アクシズ建設の朝礼である。

 

 

 菅 浜子(ハマーン・カーン)が職場に現れるや、空気がピーンと張り詰める。その場にいる全社員が直立不動となった。

 隙を見て真島が隣の暮巳に囁く。

 

(うわぁ。・・・俺、最近社長が入ってくると、頭ん中でベーダー卿のテーマ曲が流れんだよなー。

 ♪ジャーン、ジャーン、ジャーン、ジャジャジャーン♪ってさ)

(先輩分かります、それ。僕もです)

 

 社長の後ろに付き従う入谷 はこべ(イリア・パゾム)が一瞥をくれたため、慌てて二人は口をつぐんだ。現場周りで日に焼けた入谷の黒い顔の中で、目だけが白く不気味に光る。

 そして、苦痛の時間が始まった。

 

「先日、我らが親会社である佐備(さび)グループの懇親会に出席した。連中は我がアクシズ建設が50人程度のちっぽけな『石ころ建設』などと陰口を叩いておる。

 困ったものだ。ヌケヌケとアウトソーシングだ、たかが下請けだとほざく。連中は仕事の頼み方を知らないようだ。

 私は言いたい。恥を知れ、俗物!と。このアクシズ建設、見くびっては困る!!

 だが、阿賀間(アーガマ)建設と低次元な契約の取り合いなど演じている時点で、・・・」

 

 長い、辛い。

 時々、拳を突き上げ、振り上げながら浜子の演説は続く。

 

(どうしてこうなった?社長、早く昔の『はにゃこ』さんに戻ってくれよ・・・)

 

 真島が心中で懇願している間にも、浜子は『時代は確実に動いている!』だの『我らはこんなところで朽ち果てるわけにはいかない!』だのと熱い、いや暑苦しい言葉を吐き続けている。

 永遠に続くかとも思われたそれは、始業開始のチャイムが鳴り、雰囲気が(・・・やれやれ、)といったものに変わる。しかし、

 

「待て!!今日は皆に新しい同志を紹介しよう。入れっ」

 

 初々しいリクルートスーツに身を包む二人の若い娘が浜子の眼前に並び、そして、・・・

 真島は固まった。

 自己紹介が始まる。

 

「宮崎短大住居デザイン専攻卒の中里 有紀(なかさと・ゆうき)です。早く仕事を覚えて戦力になれるように頑張ります!

 それと中里は『なかざと』じゃなくて『なかさと』です。濁りませんので、よろしくお願いします!」

 

 そこはなにやらこだわりがあるらしい有紀であった。

 しかし、そんなことは真島の耳には入らなかった。なぜならば、彼女の隣に例の栗毛の少女がいたからである。

 

「初めまして!来栖麻里です。まだ中学を卒業したばかりで、夜学に通いながらこちらで働かせて頂くことになりました。右も左も分かりませんが、頑張ります!」

 

 今日は鳥の巣頭をきっちり整髪して来たらしい。麻里がにこっと微笑み、礼をする。

 

「中里さんは設計課で、来栖さんは営業課に配属されます」

 

 辞令を伝える入谷の言葉に真島の片膝はがくりと崩れた。

 

「うおぉ!リアルに北の国からの純じゃねーか!なぁ、真島!

 おい、・・・真島??」

 

 興奮気味の後藤の呼びかけに、反応がない。

 

「そっ、そっ、そっ!」

 

 いきなりどもり始めた真島に周りの人間は度肝を抜かれた。

 

「外回り、行ってきます!!」

 

 逃げる真島。

 

「あ、お兄ちゃ、・・・じゃなくてマスタ、・・・ではなくて、・・・先輩っ!」

 

 その後を常人とは思えぬ俊足で麻里(マリーダ)が追った。

 

「いいなぁ、先輩。出会って5秒で懐かれてるなぁ・・・」

 

 非常にうらやましげな暮巳(グレミー)である。

 

 

 その夜は新入社員歓迎会、ようは飲み会となった。麻里は夕方から定時制高校へ向かった。

 元来、酒を浴びるように飲んで面白い事をするのは、厚生課所属の通称『肝臓強化人間』と呼ばれる五十川 やよい(ヤヨイ・イカルガ)の役割であるのだが、この日は真島がヤケを起こしたように飲んだ。

 そして、『はっ!』と気が付けば、真島はまた居酒屋はざまのカウンターで突っ伏していた。

 

真島(マシュマー)。お前、あの娘(マリーダ)に冷たすぎるのではないか?」

 

 やはり、隣で冷酒を手酌するのは、浜子(ハマーン)である。

 

「社長ぉぉぉ、聞いてくらはいおー(ださいよー)麻里(マリーダ)のやつ、酔っ払った俺に逆夜這いかけてきたんれすおー(ですよー)。濡れ衣れすおー(ですよー)

「分かってる、分かっている。今日のお前は飲み過ぎだ」

 

 飲むほどに白くなる顔色の浜子は無限の慈愛を見せる。

 

「聞け、真島。

 あの娘はプルシリーズの生き残りだ。そして、一度は苦界に落とされた身。哀れな娘だ。それをお前が救ってやった。あの子はお前を主人と仰ぎ服従するだろう。

 だからお前も麻里を裏切るな。分かったな?」

「えと、・・・プルなんとか・・・よく分かりゃ(分から)ないんれすけお(ですけど)・・・」

「ま、今は分からずともよい」

 

 浜子は席を立った。

 

「ふふ、今日は私が付いて行ってやろう。お前一人では宇宙世紀で何をやらかすか分からんからな」

 

 長身の真島の肩を持ち上げるようにして支え、店を後にする。

 のれんをくぐると、二人の時空は跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くから響く雷鳴のような砲撃音。戦争をやっている。

 

(それなのに、俺はなんなんだ。なにやっているんだよ・・・)

 

 乾いた砂を蹴って歩くその少年兵フラスト・スコールはひどく不機嫌だった。

 

「なんで俺たち水、運んでばっかりなんだ。こんな雑用するために挺身隊に入ったんじゃねーぞ」

 

 フラスト少年の文句を同意するかのように、両手で運ぶ木箱、その中に満載した水入りビンがガチャガチャとうるさく音を立てる。

 

「なぁ、お前もそう思うだろ、ギルボアぁ?」

 

 振り返ると、アフリカ大陸に降り注ぐ強い日差しを受け、フラストの輝く金髪から汗が飛び散った。その先にギルボアと呼ばれた同世代の黒人少年が空を見上げたまま、呆然とたたずんでいた。

 

「おい、・・・」

 

 再度、声をかけても反応がないことにただならぬことを感じたフラストはギルボア同様、雲ひとつない青空を見上げた。

 そして、

 

「うわあああぁぁぁ・・・!!」

 

 少年の絶叫は直後に沸き起こった轟音と衝撃にかき消された。落とした木箱内で水ビンが割れる音も聞こえない。立ち上る凄まじい砂埃。

 少年二人の直近の街路に20メートル級、全備重量50トン超のMSが2機墜落、いや不時着した。

 バランスを崩して片膝と、右マニピュレータを地面についた1機は、二人が見慣れたジオン公国軍主力MS《ザクⅡ》と同じ緑の塗装だ。

 だが、そのフォルムはまるで違う。

 汎用機動歩兵として様々な携行火器を扱う《ザク》は、人によく似た5本指を持っていたが、このMSはただの3本の鉤爪のみ。頭部からはニョキニョキと多数の角状アンテナ?が伸び、まるでハリネズミのようだ。大きく張り出した肩部は旧世紀のアメフト選手のそれ以上だ。異形の人型である。

 だが、異形さならばもう1機も負けてはいない。

 真っ直ぐ屹立した機体は白基調ながら、装甲各所に設けられたスリットと胸部装甲はピンクに塗られ、気品と同時に、兵器でありながら不思議と可愛らしさがうかがえる。

 このMSは《ザク》同様5本指だが、それは女性の付け爪のように長く尖っていた。頭部はモグラとヤギを掛け合わせ、前後に長く引き伸ばした不気味な面相である。

 そして、このMSは前述の1機よりもはるかに長く突き出す肩を持っていた。それは後年、スラスター・バインダーと呼ばれ、高機動を可能にする推力偏向装置であるのだが、そんなことを、10歳前後の()()()()の少年らが知る由もなかった。

 尻餅をついたフラストとギルボア。二人の少年が呆然としたまま、そのモグラもどきのMS、《キュベレイ》を見上げていると、その頭部でデュアルアイ・センサーが不気味に光り、人の目さながらに彼らを睨み付けた。

 

『・・・ウーイ、・・・なんりゃ(なんだ)そこな(そこの)子供・・・ヒック』

 

 《キュベレイ》の外部スピーカーから突如響く、女性の声。呂律が怪しい。

 

お前りゃ(お前ら)は・・・一体何をしようというのりゃっ(いうのだっ)!戦争ごっこなんかしていないでっ!排除するおっ(するぞっ)!!』

 

 質量を持ったかのようなそのプレッシャーに、金縛りにあっていたフラストとギルボアは、小便を漏らしながら来た道をダッシュで逃げ去った。

 ギルボア少年が落っことした小さな軍帽が、ぽつりと黄土の街路に取り残された。

 

 

『おい、マシュマロ・セロリ(真 島  世 路)!大丈夫かっ、マシュマロ(真 島)!』

 

 (いや、あんたの方こそ大丈夫か!?)と秘書兼総務課長の入谷 はこべ(イリア・パゾム)がいれば不安になっただろう。

 外部スピーカーで怒鳴る浜子(ハマーン)にアクシズ摂政の威厳はない。あるのは、ただ西暦の世に生きる企業人。スイッチが入れば、親会社・佐備(ザビ)グループに対する愚痴の嵐という酔っ払いである。

 応答のない《ハンマ・ハンマ》を見て、((らち)が明かぬ)と思った浜子は《キュベレイ》をよたよたと歩行させ、《ハンマ・ハンマ》の肩をマニピュレータで掴み、接触回線を開く。

 立ち上がったモニター別枠のウィンドウ、【SOUND ONLY】と注意書き付きのそこから、

 

『うげえええぇぇぇ!』

 

 盛大に真島(マシュマー)がコクピット内に撒き散らす音が聞こえる。

 

「ふふふ、お前も憎しみを生み出しゅ(生み出す)ゲ○を吐き出してしまにぇ(しまえ)。ぷ、ぷぷ、ゲ○って・・・、ニャハハハハっ!!」

 

 ひとりで言って、ひとりで受ける浜子。それが抑圧から開放された浜子の本性なのか、アルコールが見せる一時の偽りに過ぎないのかは分からない。

 2機のMSはアフリカ大陸の青天、高度5000メートルに突如出現した。すぐに重力に引っ張られた機体は10秒後には約500メートル落下、速度はすでに時速350キロに到達しなお加速した。

 手足を振り回してパニック状態の真島を助け、《ハンマ・ハンマ》のマニピュレータを掴んだ《キュベレイ》が逆噴射をかけた時には高度600メートル、時速は1000キロを超えていた。

 まさに墜落に近い不時着だった。地面への衝撃荷重で《キュベレイ》は下半身の関節各所をやられ、モニターに表示されたダメージ・コントロール・システムが、【歩行機能50%ダウン】と警告している。

 《キュベレイ》よりも20トン以上重い《ハンマ・ハンマ》はより重傷である。見れば、膝立ちの曲げた関節部から電気的な青白いスパークが時折爆ぜている。

 

『はぁ、・・・すっきりした』

 

 楽になった真島がようやく《ハンマ・ハンマ》の右マニピュレータで低い街路樹に鉤爪を食い込ませながら、機体を立て直す。一時的とはいえ、80トン近い巨体を支えた細い樹は中間の幹からぼっきりと折れた。

 

『社長、・・・また、ここは宇宙性器ですかぁ?』

そにょようだ(そのようだ)。上空からでぼっきり(はっきり)としないが・・・。(部隊)銭湯(戦闘)の煙が見えた」

 

 落下しながら《ハンマ・ハンマ》を捕まえることに必死だったが、二人が着陸した郊外の街、そこから南に展開している軍を浜子はモニターに捕らえていた。

 

(2個中隊、・・・いや、それ以上か)

 

 地上に置かれた卵形とも円錐形とも言える特徴的なシルエット。上空1000メートルからでも、垂直離着陸式の大量離昇機HLVが確認できた。相当な数から浜子は部隊規模を推測するが、

 

(あれほどの大部隊がまだアフリカにいることも驚きだが、あんな()()()()()()に使っていることもな・・・)

 

 浜子はモニター下方に写る街路に落ちた軍帽をズーミングさせる。そこには旧ジオン公国軍を示す紋章が入っていた。

 浜子は思い違いをしていた。それは今この時は『()』ではない。

 

みにゃみへ向きゃう(南へ向かう)マシュマロ(真島)、お前のハマン・ハマン(ハンマ・ハンマ)は脚が悪い。着地には、気を付けにょ(付けよ)

『ていうか社長!ちょっと何言ってるか分からない・・・』

 

 真島を無視して、《キュベレイ》はマニピュレータをバインダーに格納すると、ホバリングしつつ前傾姿勢を取り、次の瞬間、高速飛行を開始した。

 低空飛行を続ける《キュベレイ》のコクピットの内で、浜子はミノフスキー計を確認する。

 

(それにしても、・・・このミノフスキー戦闘濃度。まるで、大戦時並みではないか!?)

 

 凄まじい砂塵を巻き上げながら《キュベレイ》と遅れて追随する《ハンマ・ハンマ》は、南に展開するMS大隊に接触しようとしていた。

 

 浜子はここがアフリカ、第一次ネオ・ジオン戦争後のUC.0089、4月だと思っていた。確かに、アフリカではある。

 だが、(とき)は、

 

 

 UC.0079、4月4日。

 ジオン公国は地球侵攻作戦の最終段階として、第四次降下作戦を開始する。主たる目的としては、三次までに占領した地域の安定化、損耗した戦力の増強であった。

 しかし、ここアフリカにおいては状況が違う。

 戦域が広すぎて膠着した戦況を打開すべく、地球攻撃軍第五機動師団第3MS大隊は連邦軍アフリカ方面前線司令部が置かれる旧スーダンの大都市オムドゥルマンへ敵前降下を敢行した。

 ジオンは第一次降下作戦でのオデッサ攻略を成功させ、勢いのまま第一機動師団(ヨーロッパ方面軍)はカスピ海東岸を南下。連邦の中東方面軍を蹴散らし、スエズ運河を渡ってカイロに迫った。

 スーダンには本来、連邦軍の3個歩兵師団が駐留していたが、カイロ防衛のため2個師団が抽出されていた。

 オムドゥルマンの北約20キロに位置するワディサイーダ空軍基地。ここに残された連邦軍1個師団はナイル川西岸に沿って南下する敵MS大隊を食い止めようと孤軍奮闘。特に対MS特技兵はジオンの《ザク》に携行ミサイルを使用した接近戦を演じ、数機を撃破することに成功した。

 しかし、力及ばず、連邦軍司令部は南のナイロビへと撤退した。

 

 この時。

 半ば勝利を確信した第3MS大隊野戦司令部に不審な情報が入る。

 

「後方にIFFに反応しない不明機出現!数は2。モビルスーツと推定!」

 

 暗い移動司令部内。瞬くのは数多く設置されたモニターの光。MS運搬車両《サムソン》のトレーラー部を改造したそこで、通信兵が緊迫した声を上げる。

 それに応えたのは、大隊の参謀だった。

「原隊からはぐれた《ザク》か?・・・にしては、挙動が怪しいが。

 敵基地の制圧状況はどうか?」

「敵は散発的な応射のみです」

 

 即座に通信兵が呼応する。

 

「ほぼ制圧完了と見てよいな。では、《ルッグン》偵察機を不明機に差し向けろ」

「現在第1航空偵察隊が前線で敵残存を監視中。第2隊は補給中です」

 

 その報告は瞬間的に、余力で動かせる《ルッグン》が無い事を意味していた。

 

「む。では、機動偵察隊はどうか?」

 

 参謀はパーソナル・ホバー・バイク、通称《ワッパ》で構成された部隊名を挙げる。

 

「いけます!内線警戒中の第1小隊と連絡可能です」

「では、急行させろ・・・」

「《ザク》2機も、だ」

 

 参謀の命令を遮ったのは、ターバンを巻いた黒い肌の中年男だった。太い眉の下には猛禽のように鋭い眼。顔の真ん中に大きく鎮座する鼻は傲慢さを感じさせる。

 大隊長のロンメル少佐だった。彼の口にした意外な言葉に参謀が呻く。

 

「《ザク》を、でありますか?」

「万一ということもありえる。連邦に鹵獲された《ザク》の可能性も捨て切れん。おかしなタイミングだが、もしも敵ならば背後を脅かされる」

 

 ロンメルが言うことも、(もっともだ)と同意して頷く参謀。

 

「はっ!直ちに、《ワッパ》小隊と《ザク》2機を向かわせます」

「増援を送れるよう、他の部隊にも準備をさせておけ!それと、・・・念のため私の《ザク》も、な」

「了解!」

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「やっかいな事を抱え込んだら、決着をつけなくてはいけない。
 しかし、二人とも飲みすぎだよ。
 しかも、砂漠に逃げ場はないんだから!
 浜子(ハマーン)さんは昔、ザビ家のために頑張ったけど、間違った頑張り方はいけないんだよ。
 ストレス溜めすぎなんだって!
 次回アクシズZZ『地球降下作戦(後編)』
 浜子さん、無茶するなよ」



(登場人物&組織紹介)

ザビ家 → 佐備(さび)グループ

ユウキ・ナカサト → 中里 有紀(なかさと・ゆうき)


 
 ユウキさんはこの先使う予定あるのだろうか。モブで良かったような気がする。

 ていうか、浜子さん呑まれ過ぎ!ちょっと何言ってるのか分かんないよ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 地球降下作戦(後編)

 眼前に広がる砂漠とぽつりぽつりと点在する低木。

 退屈な野戦司令部周囲の内線警備から解放された機動偵察隊第1小隊の隊長、新任少尉は血が沸き踊っていた。

 先頭を駆るホバー・バイク《ワッパ》に乗る彼は、砂上高度5メートルを高速で飛ばした。ヘルメットバイザーを開放する。風切り音を上げてぶつかる前方の空気がいやがおうにも、彼の気持ちを高揚させる。

 

(そうだ!これこそ、戦場!これぞ、機動偵察!)

 

 新任少尉は後ろを振り返り、一列縦隊で続く部下を見やった。抑えがたい衝動が彼の腕を突き上げさせ、雄叫びが迸る。

 

「我に続けぇ!ジーク・・・・」

ドギャギャギャギャギャギャ!!!!

 

 続くすさまじい衝撃と同時に、世界が恐ろしい速さで回転した。いや、それは世界が回転しているのではなく、彼自身の肉体が回転しているのだが、そんなことを考える間もなく、彼の意識は彼方へと飛び立った。

 

 

 

 小隊の殿軍(しんがり)

 宇宙用ノーマルスーツにも似た、CWU-2/Gフライトスーツに身を包むスベロア・ジンネマン曹長は呆れていた。

 

(ああいう、先走る新米に限って、あっさり・・・)

『我に続けぇ!ジーク・・・・』

 

 咽喉マイクと骨伝導スピーカーを通したその声に(また、あいつお得意の例のアレか)と、ジンネマンが思った瞬間、真正面12時方向から急接近した《キュベレイ》が、スラスター噴射の余波で少尉のホバー・バイク《ワッパ》を弾き飛ばし、あっという間に墜落。

 《ワッパ》は縦回転しながら、乗り手を何処かに振り落とし、前後のファンや左右に張り出した昆虫の肢を思わせるサイドスタンドを撒き散らしながら、砂丘の土手に突き刺さった。

 次々と吹き飛ばされる《ワッパ》。間断なく追随していたため、他の小隊の面々も小隊長の少尉と同じ運命をたどる。

 なんとか、回避できたのはジンネマンだけだった。咄嗟の判断で、高速飛行中の《ワッパ》から飛び降りるや、体を球形に丸め、砂地へごろごろと転がった。

 軽い脳震盪から来る吐き気に、ヘルメットを振って立ったジンネマンは頭上を見上げる。

 その光景はスローモーションのようだった。

 巻き上げた砂塵の中から、ぬっ、と現れた尖る《ハンマ・ハンマ》の頭部。その中で不気味に光るモノアイ・センサー。

 ジンネマンは()()と眼が合った。

 しかし、実際には一瞬の出来事で、ジンネマンは《ハンマ・ハンマ》が引き起こした噴射に再度飛ばされ、尻餅をついた。

 緑の巨人は先行する主の白い貴婦人を猛追して去った。

 しばらく呆けたようなジンネマンは、煙幕のような砂塵が収まる頃に2機のMSが飛び去った方角を思い起こし、

 

(本隊がっ!)

 

 慌てて、腰の信号拳銃を抜くや、敵性を示す赤の信号弾を込め、上空に打ち上げた。

 

 

マシュマロ(真島)。カトンボか、何か引っ掛けたかにゃ()?』

「い、いや、大丈夫だと、・・・思います」

 

 吐いたことで、急激に酔いが醒めてきた真島は慌てて応える。

 彼は《キュベレイ》が《ワッパ》をざっと16機、交通事故的に弾き飛ばすところは見ていなかった。

 しかし、砂塵が切れる隙間から、地上に立つ宇宙服のようなものを着た姿を《ハンマ・ハンマ》のモノアイは捉えた。即座にセンサーがズーミングし、ヘルメットバイザー越しに見た髭面。一瞬だったがあれは、

 

(嫌なもの見たなぁ・・・。どう見たって)

 

 大家の神根(ジンネマン)だった。

 この前の一件以来、誤解はある程度晴れたはずなのに、二人はお互い顔を合わせても、口も利いていなかった。真島は家賃の支払いを、手間賃のパフェ代も含めて、長女の(プル)に手渡していた。

 

『ふふふ、ようにゃく(ようやく)、お客さんのお出ましのようにゃ(ようだ)

 

 浜子からの近傍通信が真島を宇宙世紀に引き戻す。

 高速飛行の《キュベレイ》は突如、逆噴射し急制動。わずかにホバリングした後、着陸した。

 モニター正面、距離はまだ大分あるが、陽炎(かげろう)の揺らめきをCGが補正したそのシルエットは浜子が忘れようもない、特徴的なものだった。

 MS-06《ザクⅡ》。ジオン独立戦争(後の一年戦争、単純に大戦とも呼ぶ)を戦った、ジオン公国の主力MSにして、その国家の象徴といっても良い存在である。

 2機の緑の巨人(グリーンジャイアント)が大地を揺らしながら、時速60キロで突進してきた。

 やがて距離2キロ、砂漠を隔てて両者は対峙する。

 

『ふ・・・不明機に告ぐっ!!こちらはジオン公国地球攻撃軍、ザーーーー、である!!そちらのかん、官姓名を名、ザザッ、所属を明らかにせよっ!!』

 

 オープン回線に飛び込んできた《ザク》のパイロットの呼びかけは、ミノフスキー高濃度下においても、上ずり、驚愕の様子が看て取れた。

 

(なるほど、そういうことか。さぞかし、連中も《キュベレイ》と《ハンマ・ハンマ》の姿に目を回しているだろう)

 

 ここに至って、浜子は今の時代が大戦時であることを理解した。

 

『社長、どうするんです?』

「そうだ、にゃ()・・・」

 

 真島の問いかけに、生返事しつつ浜子はモニターに最大望遠をかける。

 砂まじりの大気にかすむ《ザク》が右マニュピュレータに装備するマシンガン、その暗い砲口が映し出される。

 

(あんなものは、脅威にならん。やはり、この時代の人間と接触するのは色々と危険だな。退散するか・・・)

 

 思いを巡らす浜子の気持ちそのままに、ズーミング画像は《ザク》のあちこちを迷うように映す。

 

マシュマロ(真島)。この状況では同胞を撃ちかにぇん(撃ちかねん)。一旦、退いて・・・」

 

 言いかけた浜子の口が止まる。

 

『あの・・・社長?どうしました?』

 

 不審に思った真島の声も耳に入らない。

 彼女の目はモニターにうっすら映る文字列に釘付けとなった。

 

【SIEG ZEON】

 

 《ザク》頭部にペイントされたアルファベット。

 ジオン独立悲願の叫び。

 そして、菅 浜子(ハマーン・カーン)にとっては背負わされた呪いでもある。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浜子は西暦の世の佐備グループ(ザ ビ 家)懇親会を思い出した。

 親会社である佐備建設専務、九部 真(くべ・まこと)の粘りつくような声が脳裏に蘇る。

 

『下請けをまともにやろうとするからこういう目に遭うのですよ、菅社長。

 いい加減、石ころ建設など潰して、わが社の重役ポストに収まりませんか?

 私が手取り足取り教えて差し上げますよ』

 

 黄土色の暗い顔色。首筋まで波打つ黒髪。そして、落ち窪んだ切れ長の三白眼が不気味に光っていた。

 その表情、目付き、口元。卑屈でいやらしい笑いに満ちたそれが、重役ポストは『愛人ポスト』であることを如実に語っていた。

 

(けがわらしい俗物がっ!社長の(きし)に一々お伺い立てなければ、仕事もできないくせに・・・。

 佐備グループ(ザ ビ 家)の犬めっ!この私を囲おうなどと・・・)

 

 パーティの最中、愛想笑いを振りまき脂ぎった男どもに酒を注ぎながら、浜子は内心怒り心頭だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ザク》。ジオンの象徴。

 ジーク・ジオン。それは時にザビ家一党独裁を賛美する言葉になりかねない。

 

「お前たちが、・・・いけないのだぞ」

 

 酔いが醒めたのだろうか?それとも、何かに取り憑かれたのだろうか?宇宙世紀の浜子の口調は突然、以前のものに戻っていた。

 暗い《キュベレイ》のコクピットの内で、うつむき呪いのようにつぶやく。

 

「お前たちがザビ家の、・・・あのM字禿げにそそのかされて、独立戦争なんて始めたから・・・。できもしないことを私に押し付けて、勝手に期待して・・・」

 

 《ザク》の1機が《キュベレイ》が抵抗する意思無しと見て、前進を再開する。

 

「ジオン・ダイクンがニュータイプなんて言葉を作り出さなければ、・・・私はちょっと勘が強い程度の、猫好きな、ツインテールの可愛い女の子でいられたはずなのに・・・。

 それなのに、・・・」

 

 今の浜子は『可愛い女の子』からは程遠い。顔を上げ、モニターに映る《ザク》をにらみつけたその表情は醜く歪み、鬼女そのものである。

 

「そんなに、・・・。

 そんなに、私と《キュベレイ》の力を試したいのかっ!!」

 

 浜子はフットペダルを大きく踏み込んだ。『社長っ!?』と真島が制止の声を上げるのも構わず、《キュベレイ》のスラスター・バインダーが巨大な蒼い炎を咲かせ、ロケットさながらに、天空へ飛び上がる。

 

『ああっ、モ、モビルスーツが、と、飛んだ』

 

 驚き、狼狽する《ザク》パイロットの無線がスピーカーから漏れる。

 瞬くうちに《キュベレイ》は《ザク》の直上300メートルまで上昇。そこから真っ逆さまに落下した。

 衝撃から立ち直った《ザク》は後退機動しながら、腰部に最大俯角を取り、手にしたマシンガンを対空砲として発射する。

 《キュベレイ》は肩のバインダーを左右に振って、ジグザグ機動で射線を逃れる。まるで、敏捷な小型の猛禽類であった。

 やがて、全弾撃ち尽くしたマシンガン上部のドラムマガジンが、ボンッ、という音を立て自動排出され、砂漠に埋まる。

 その隙を見逃す浜子と《キュベレイ》ではない。

 一気に急降下すると、地上に激突するかと思われた直前で、バインダーが逆噴射全開。ホバリングする《キュベレイ》は《ザク》の目前、10数メートルに瞬間移動したかのように現れた。

 コクピットの浜子は全身の血を押し下げんばかりの強烈なGを感じた。貧血に暗くなる視界を、大映しになった《ザク》の姿をにらみつけ耐える。

 《ザク》は予備マガジンを取ろうと、左マニピュレータを後ろ腰部ハードポイントへ回したところだった。

 瞬間、《キュベレイ》の両袖口に格納された2本のビームサーベル・グリップが飛び出すと、コンマ数秒で超高温の光刃を形成する。

 

「アステロイドベルトに追われた恨み、喰らえっ!!」

 

 一挙動で二刀の刃渡り10メートルにも及ぶビームサーベルが上下左右に振るわれる。

 八つ当たり斬撃を喰らった《ザク》の四肢は切断され、機体は起き上がれぬダルマとなって、砂漠に倒れ伏した。マガジンを掴んだままの切れたマニピュレータが空しい。

 100メートル離れたもう1機の《ザク》もマシンガンを放つが、《キュベレイ》は右脚部を軸にし、バインダーを使ってスピンターン。直後に這うように低空飛行で迫る。

 120ミリ砲弾の火線を下にくぐりながら、サーベルをすくい上げる《キュベレイ》。宙に舞うマシンガンの砲身。

 続く突きに頭部モノアイを貫通された上、なぎ払われた一撃で脚部溶断。その《ザク》も僚機と同じ結果となる。

 仰向けに倒れた《ザク》のコクピットから脱出したパイロットが、丸みを帯びた胸部に足を滑らせ、熱砂の大地に落ちる。

 絶望に叫びながら、なんとか逃れようとするが、一歩進むごとに足首まで埋まるその砂地獄に足をとられまた転倒する。

 観念した彼は尻餅をついた状態で《キュベレイ》を見上げ、両手を挙げた。

 強い逆光を浴びた《キュベレイ》がそのシルエットを際立たせる。

 

「私は、・・・」

 

 外部スピーカーを使って名乗りを上げようとした浜子は一瞬、口ごもり、次にはいたずらっぽい笑みを口元に浮かべた。

 

「私は地球連邦軍特務部隊サダラーン所属のハマコ・カン大佐である!無線が無事なら、上官にも伝えるが良い。貴官らに降伏を勧告する、と。

 歯向かうものは斬る!!」

 

 二刀のビームサーベルを構える《キュベレイ》はさながら、時代劇の主役のようだった。

 

 

 

 第3MS大隊司令部は阿鼻叫喚の騒ぎに陥った。

「第13MS小隊壊滅!」

「敵MSは戦艦並みのビーム砲を装備しております!」

「ダメです!《ザク》のマシンガンでは敵の装甲に跳ね返されます」

 

 その報告を受け、ロンメルが怒鳴る。

 

「至急バズーカに弾込めぇ!弾種CKEM!ありったけのシュツルムファウストをかき集めろ!」

 

 不明機は真っ直ぐ南下していた。その進路から敵が電撃的に野戦司令部を襲撃しようという意図は明らかだった。

 

「第21と第22小隊を東西に展開。十字砲火で・・・」

「馬鹿モン!無駄だ!」

 

 参謀の命令をロンメルは一喝した。

 連邦のMSの進攻速度は《ザク》のそれをはるかに上回っていた。

 

(連邦軍め!とんでもない化け物を作りおった!)

 

 恐れの入り混じった怒りで顔を歪めつつ、ロンメルが命令を飛ばす。

 

「手近な《ザク》を全て周囲の砂丘の稜線に潜ませろ!全員退避。司令部を空にしろ。

 私は《ザク》で敵を誘い込む!」

 

 

 

 地上を這うような低空飛行。《キュベレイ》と《ハンマ・ハンマ》は無線通信量が多いジオン軍拠点と思われる地点へ猛進した。

 

「いまさらだがな、真島。なるべく、胸部、背部以外を破壊しろ」

『うーん。ま、やってみますよ、社長』

 

 先程、遭遇した別の1個小隊の《ザク》を《キュベレイ》と《ハンマ・ハンマ》は難なく撃破した。

 2機を《キュベレイ》のサーベルで無力化し、残る1機は背を見せて逃げようとしたところ、追随する《ハンマ・ハンマ》の腕部から光軸がきらめいた。

 後に連邦の『白い悪魔』と恐れられるRX-78-2《ガンダム》のビームライフル。その威力をはるかに上回る3連ビーム砲がまともにヴァイタル部位に命中した《ザク》は、文字通り蒸発した。

 

『うおぉ!すげぇ!スペースウォーズみたいですよ!』

 

 真島は悪気も殺意もなかったが、彼はいまだにここがリアルな戦争をやっていると認識していないようだった。

 だが、浜子のNT能力は断末の間際にパイロットが叫んだ、家族への想いを感じ取った。

 

(何をおセンチになっているのだ、私は。寝小便臭い小娘でもなかろうに)

 

 八つ当たりで戦端を開いてしまったことが、彼女を感傷的にさせていた。だからこそ、真島にもあのように言ったのだった。

 その浜子のわずかな迷いをセンサーが発した電子音が払いのけた。

 正面、浅い窪地の底に新たな《ザク》。頭部に屹立する隊長機を示す角があった。そして、その《ザク》が守るように足元には、屋根にパラボラアンテナを立てた《サムソン》トレーラー。

 

「移動司令部か!それぐらいはやらせてもらう!」

「やらせんぞぉ!」

 

 浜子とロンメルはコクピットの内で真っ向対立する叫びを上げていた。

 前傾姿勢、高速で迫る《キュベレイ》に、ロンメル機は右肩に担がせたバズーカの照準を合わせる。

 コクピット内に響く、pipipi、という連続的な電子音。段々間隔が詰まりほとんど、ピー、という尾を引くものに変わる。

 すでにロックオンしている。だが、ロンメルは引き付けた。

 《キュベレイ》が800メートルまで近付いたところで、ロンメルは右操縦桿のトリガーを引く。

 HEAT弾と異なる、運動エネルギーミサイル、CKEMが砲口を飛び出すやマッハ6まで一気に加速する。

 だが、ほぼ同時に撃ち出された《キュベレイ》のビームガンによって、針の一点とも言ってよいCKEM本体が貫通、蒸発した。

 

(な、・・・)

 

 ロンメルが何事か、思う前に《キュベレイ》が格闘戦の距離に肉迫していた。

 《ザク》が左マニピュレータに掴んだヒートホークを振り上げ、ロンメルが雄叫びを上げる。

 

「ジーク・・・・!!」

「その名を口にするなぁぁぁ!!」

 感じ取った浜子も怒鳴る。彼女の顔。それは牙を剥き出しにした闘争本能の塊、猿の表情である。

 振り下ろされた高熱の斧の下を《キュベレイ》がかいくぐり、二つのMSのシルエットが交錯した。

 そして、腰部のオレンジ色に溶解した断面を見せながら、ゆっくりと《ザク》が地に伏す。

 その傍らにビームサーベルを逆手に握った《キュベレイ》がホバリングしていた。

 

 

 

「ぐっ・・・!少佐・・・。あなたの死は無駄にはしません」

 

 1キロ離れた砂丘の尾根に腹這いの参謀は、ロンメル機が撃破された様子を見た。すぐさま手にした双眼鏡を無線機に持ち替える。

 

「敵、モビルスーツ!37(サンナナ) 00(マルマル) 15(ヒトゴウ) 17(ヒトナナ) 17(ヒトナナ) 02(マルニイ)!」

 

 砂丘の陰に隠れて包囲した2個小隊6機の《ザク》が指定座標に向けて、脚部ミサイル・ポッドを一斉射。白煙が青空に線を引いて、合計18発のミサイルが《キュベレイ》に迫る。

 

「むっ!ファンネル!」

 

 浜子の呼びかけにすぐさま応えて、リア・アーマーから全備数10基のファンネルが飛び出し、《キュベレイ》を守るように取り囲む。

 

「なぎ払えっ!」

 

 その命令に従い、空飛ぶ対空ビーム砲台となったファンネルが次々と、イエローの光軸でミサイルを迎撃する。しかし、ミサイルの数が多い。

 

(1,2発は喰らうか・・・?)

 

 しかし、ファンネルが撃ち漏らした残りは、別方角から撃ち出された3連ビームが破壊した。真島の《ハンマ・ハンマ》である。

 

(ふっ。平和ボケしている割には、やる!)

 

 浜子が、にやり、と口元を歪めた。真島の上ずった声の無線が入る。

 

『社長!すごい数ですよ。いつまで続けるんです!?逃げましょう!!』

「愚劣なことを言う。この《キュベレイ》を舐めてもらっては困る!」

 

 

 

 ものの数分もしないうちに、6機の《ザク》も砂漠に倒れることとなった。

 浜子は『歯向かうものは斬る!!』といった手前、ファンネルを使うことを少しためらったが、2個小隊では背に腹は代えられない。未来のオールラウンド攻撃を見せ付けることとなった。

 仕上げに無人の野戦司令部《サムソン》トレーラーにサーベルを突き立てる。情報処理中枢と大隊指揮官を失って、部隊は混乱の極みのはずだ。いまだ、ミノフスキー濃度も高い。

 

(ここらが潮時だな)

 

 傍らの《ハンマ・ハンマ》も不時着時の脚部損傷が思いのほか重く、戦闘中の離着陸を繰り返すうち余計悪くなっているようだった。今は片膝を砂漠に付いている。

 

(砂も大分、関節に噛み込んでるな)

 

 《キュベレイ》の動きも宇宙と比べてキレがない。

 浜子は太いため息を吐いて、オープン回線をオンにした。

 

「ジオンの戦士たちに告ぐ。この(いくさ)、長期戦になった時点で本当に勝てるかどうかよく考えよ。

 戦争の行く末なぞ、個人にとっては天災にも等しい。どう抗ってもどうしようも出来ぬものだ。

 その閉塞の中にザビ家のイデオロギーではない、己れ自身の戦いに意味を見出せ。そして、突き破れ!!」

 

 《キュベレイ》が砂塵を巻き上げ、飛び立った。《ハンマ・ハンマ》もそれに続く。

 目線をモニターの下にやれば、遠ざかる砂地の中に埋もれる無数の《ザク》の四散する装甲片や部品が見える。

 ふと、浜子はロンメルが見せた気迫を思い出した。

 

(奴の最後の言葉・・・)

 

 ジーク・ジオン。

 かつてはあの言葉にすがった。アクシズの指導者として、摂政として人々を動かすために。だが、それこそが、

 

(憎しみを生み出すもの。だったのか、・・・な)

 

 浜子はほろ苦く笑った。

 実は彼女はロンメル機のコクピットを焼き切る直前に、トリガーから指を離し、ビームサーベルの軌道もわずかに逸らしていた。

 

(ふっ、私も随分甘くなったことだ。ジュドー・アーシタに毒気を抜かれたか)

 

 その時、浜子の脳裏に『何かが開く』ような感覚が入り込んだ。

 

(時空を隔てる扉?それを感じ取ったか・・・)

 

 やがて、菅 浜子(ハマーン・カーン)真島 世路(マシュマー・セロ)はバブルに熱狂する日本に帰るのだろう。だが、

 

「真島、もう少しこっちの世界にいられるようだ。ハイビスカスティーでも飲んでいかないか?」

『デートっすか、社長?公私混同ですよ』

「ふふふ、変わったな。昔のお前なら小躍りして喜んだろうに」

『それより早くクリーニング屋に行きたいっす。ゲ○でスーツが最悪なことに。

 木矢良(キャラ)さんとこで、安くしてくれないかなぁ・・・』

 

 2機は南へ進路を取った。

 

 

 

 1時間後、《ルッグン》偵察機がオムドゥルマン市街地でMSの足跡を発見した。近くの喫茶屋台の話によると、東洋人の男女が降りてきて茶を飲んだという。

 

「グラスを取りに戻ったときには、何もかも消えてました」

 

 身震いしながら、屋台のオヤジは語った。

 

 

 

 宇宙世紀の正史ではありえなかったこの戦闘は、後に『オムドゥルマンの白昼悪夢』と呼ばれることとなった。

 そして、歴史のフレームシフトも引き起こしていた。

 奇跡的に救助されたロンメルだが、その負傷から戦線復帰は困難で、戦傷士官として退役。敗戦はサイド3本国で迎えることとなる。最終階級こそ中佐であったが、彼が『砂漠のロンメル』と呼ばれることはなかった。

 そして、彼が演じるはずだったジオン残党の役割は別の者が務めることとなる。

 大戦初期より地球各地を転戦した特殊実験部隊、通称『闇夜のフェンリル隊』。彼らは終戦後も解散することなく、アフリカに潜伏しゲリラ化した。

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「しょうもない変態ってのはいつでもいるもんだ。
 真島さんは大家の娘と寝てたんだぜ。
 なのにまだジンネハイツに居座ってる。
 居直りロリコン、気持ち悪いよ~。
 妹を持つ身としては、許せないね。
 次回、アクシズZZ『ジンネマン(前編)』
 かわいそうな神根(ジンネマン)さん」



【『闇夜のフェンリル隊』に全滅フラグが立ちました】



(登場人物紹介)

マ・クベ → 九部 真(くべ・まこと)



 今回の戦闘シーンは『MS IGLOO -1年戦争秘録-』の『遠吠えは落日に染まった』を参考にしました。 
 一年戦争の話ってめんどくさい。資料多すぎるし、時々矛盾するデータもあるし。OVAもゲームも人気がある時代だから、後付設定がボコボコ出てくるし。
 当方にはゆる~いZZ辺りがお似合いです。

 「CKEMってザクバズーカから撃てるの?」知らん。

 『なぎ払えっ!』て、あなたクシャナ殿下ですか?




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 ジンネマン(前編)

 やっぱり2話構成になっちゃいました。

 せっかく、他にもヤヨイとか、キャラ・スーンとか強力な人材がいるんだから、出してあげればいいと思うんですが、中々筆の力がなくて動かせません。特に、ヤヨイは好きなキャラです。酒好きだから!

 投稿済の話に次回予告を付けてみました。今後は後書きに入れてくつもりです。




 幼稚園の夏休み。最後の金曜日。

 念願かなって、妻と娘の三人で話題のオムライスとパフェを食べに出かけた。

 

「あー、こらこら、真里」

 

 食後、父親の手を振り払い、5歳になったばかりの娘が地下食堂から駆け上がる。

 片手に握るうさぎのぬいぐるみ。耳を掴まれたそれは幼女が階段を上がるごとに、左右に大きく揺れていた。

 妻の風衣(ふい)は髭面の夫を軽くたしなめつつ、娘の後を追った。

 後頭部をかきつつ、男は笑う。

 視界の先、上り階段の向こうに妻も消えていった。

 

 

 直後。

 

 

 轟音と爆発。

 衝撃に吹き飛ばされ、男は上りかけの階段の下まで落ちた。

 何が起きたのか分からなかった。

 照明が落ちた暗闇の中で、男は這うように崩れかけた階段を上がり、瓦礫にあふれる玄関ホールをくぐる。

 外は生き地獄だった。

 きらめく光と、灰色の瓦礫。それは割れたガラスと、破砕したコンクリート。

 通りに横たわるのは、頭上から降り注いだガラスのシャワーを浴びた通行人だ。

 呻き、苦痛、断末魔が呪詛のように男の耳朶をうつ。

 

「真里ぃぃぃ!風衣ぃぃぃ!」

 

 狂ったように家族の名を連呼する男はとうとう、娘のぬいぐるみを見つける。

 ほとんど瓦礫に埋まっていたが、うさぎの耳を握る小さな手が見えた。

 慌てて、掻きだし抱きしめる。

 

 

 

 それは腕だけだった。

 

「あ、あぁ、・・・あの子をどこにやったぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜に神根(ジンネマン)は目覚めた。

 布団を蹴飛ばしていた彼は、びっしょりと汗をかいていた。夏の暑さのせいだけでない。

 夢の中の怒りが醒めやらぬ神根は、やがて現実の空しさに襲われた。

 無意識に大声を出したかと思ったが、そうでもなかったらしい。隣の部屋では、養女の来栖三姉妹(トリプルズ)が健やかな寝息を立てている。

 あれから15年の月日が経った。

 今月は神根にとって、家族の命月(めいげつ)だった。

 

 

 

 西暦1989年8月25日金曜日。

 真島 世路(マシュマー・セロ)は先輩の後藤 豪(ゴットン・ゴー)と共に丸の内、高層建築現場の視察に来ていた。中間報告書作成のためである。

 もっとも、彼らアクシズ建設はこの大きな案件(ビッグプロジェクト)に関しては、二次下請けに過ぎない。

 二人は手にした図面をにらみながら、自社の担当箇所を確認してゆき、

 

「あとは、最上階の航空障害灯っすね。さっさと終わらせて、今日は直帰しましょう」

「だな」

 

 真島の言葉に後藤が短く応える。

 しかし、エレベーターで地上100メートルの屋上へ上ると、後藤の様子がおかしい。動きがぎこちない。

 

「あの、・・・ひょっとして、先輩・・・高所恐怖、」

「ここここ、高所現場なんて怖くなぁーい! 怖いのは格下げだけだーーぁぁ!!」

(無理すんなって!)

 

 後藤の裏返った声が彼のセリフを否定していた。

 

 

 

 一通りの視察が終わり、屋上に残った真島はつかの間、ショートホープへ火を付ける。後藤は速攻で地上に下りていた。

 変わりゆく東京の街並みをぼんやりと見回す真島。

 

(目の前の風景が、あと30年もしたら、全部変わっちまうなんて、夢みたいな話だよな)

 

 吐き出した紫煙は風に吹かれて、あっという間に雲散霧消となった。

 丸の内マンハッタン計画。

 高さ200メートル、超高層ビル群を建設し、丸の内地区を世界屈指の国際金融街に生まれ変えさせる一大プロジェクトである。

 真島のいるこのビルも小さなパズルピースのひとつに過ぎない。

 

(日本はどこに行こうとしているのかな)

 

 ぼんやりと取り留めもないことを考えつつ、真島は灰皿代わりにしている空きペール缶に、タバコを投げ捨てた。

 

(でも俺自身、どこに行こうとして、何がしたいのかな)

 

 地上に下りるエレベーターの中で真島は言い知れぬ、不安とも焦燥ともつかない若者の苦悩を抱いた。

 

 

 

「じゃ、お疲れしたっ」

 

 夕暮れに染まる現場の前で地下鉄に向かう後藤と別れて、真島は東京駅へ足を向けた。

 だが、3歩も行かぬうちに立ち止まる。

 視線の先、四菱(よつびし)重工業本社ビルの一角でよく知る人物が、その巨体を折り曲げるようにしてうずくまり、一心に祈るように、手を合わせているのが見えたからだ。足元には花が供えられている。

 真島は少し迷ったが、思い切って声をかけた。

 

「神根さん、ご無沙汰してます」

「・・・!?おう、真島か」

 

 アパートの大家に対して、ご無沙汰と言うのも変だが、例の事件以来二人はほとんど口をきいていない。

 色々な思いが真島の脳裏をかすめたが、言葉にはならなかった。

 

「あの、・・・それじゃ」

 

 神根を残して、駅へ歩みかけた。

 

「待て。ちょっとツラ貸せ」 

 

 二人は有楽町ガード下の赤ちょうちんまで連れ立った。

 

 

 

 居酒屋はざまにて。

 その後、神根と別れた真島はひとり、その暖簾(のれん)をくぐった。

 イチョウの葉のような髪型の浜子(ハマーン)が、すでにカウンターで冷酒のグラスを傾けていることは納得だが、

 

「いらっしゃいませー♪」

 

 甲高い声を出す栗毛の少女が、ねじり鉢巻をしているのは意外だった。

 真島が浜子の隣の席に着くや、

 

「はーい、ではご注文おうかがいしまーす」

生中(ビール)と枝豆でいいや・・・。それより、お前、(プル)じゃない・・・」

「はーい、承りましたー。ご一緒にチョコレートパフェはいかがですかー?」

「いらねーよ。ってゆーか、居酒屋でチョコレートパフェって何だよ?どう考えてもおかしいだろ」

「あっ、・・・そっか」

 

 栗毛の少女は、しゅん、とうなだれたが、次にはぱっと顔を輝かせ、

 

「じゃあ、いちごパフェはいかがですか?」

「いや、だから!ちげーだろ!なんで、パフェなんだよ!?」

「えっ?えっと、・・・分かった!」

 

 少女は両手を叩いて握り締めた。

 

「お兄ちゃん、ソフトクリームが食べたかったんだね!?」

「そうじゃなくて、・・・」

「すぐに持ってくるから、いっぺんに食べてね♪プルプルプルプルー♪」

 

 小さな店員さんは奇声を上げながら、厨房に駆け戻っていった。

 

「諦めろ、真島。ああいう馬鹿な子供もいる。世の中、捨てたものではないぞ」

(また社長は詩人モード入ってるし)

 

 やがて、泡立つ中ジョッキと枝豆、そしてなぜかバニラソフトが運ばれると、重々しい口調で真島が語り始めた。

 先ほど神根から聞いた、彼の家族のことだった。娘の真里(まり)と妻・風衣(ふい)は極左ゲリラの爆弾テロに巻き込まれ殺された。

 

 

 

 聞き終えた浜子は静かに問う。

 

「真島世路。お前は(ごう)について、考えることはあるか?」

 

 宇宙世紀で無実な人々を数千万単位で殺し、コロニーをダブリンへ落としたお前自身は。そして、それを命じた私のことを。

 

後藤(ゴットン)、・・・(ゴー)先輩ですか?なんかノリでやってるなーって感じしますけど、基本的にいい人だなって思います。

 どうしました、社長?」

「・・・いや、なんでもない」

(しんみりな話してたのに、社長も変なこと聞くなぁ)

(やはり強化しすぎたか・・・。お前に聞いた私がバカだった)

 

 二人はお互いに相手のことを残念に思った。

 真島はジョッキに3分の1ほど残っていた黄金色の液体を一気に流し込むと、早々に席を立つ。

 

「行くのか?」

「すいません、社長。今日はちょっと、楽しく飲めるような気分になれないんで」

「気に病むな。そういうときもある」

 

 一人、真島ははざまを後にし、一人残された浜子は黙々とグラスをあおった。

 

 

 

 ガラッ!

 

 出入り口がスライドする音に浜子がトロンとした目を向け、

 

「いらっしゃ・・・あっれーぇ!」

 

 (プル)が意外だが、うれしそうな声を上げる。

 それは浜子にとっても意外な人物だった。

 

「ほう、・・・あいつならいないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC.0080。ジオン共和国のとあるコロニー。

 夕暮れ。市街地の外れにある森林公園に集まった数百人の連邦軍兵士達は、異様な熱気に包まれていた。

 「総員乗車!」の合図と共に、我先に6輪トラックの荷台へと駆け上がる。

 訓練された精鋭とは異なる。しかし、それは動物の本能、たとえば性欲や食欲に突き動かされているような敏捷さであった。

 無蓋荷台の上で向かい合わせに座る、とある分隊の面々は、野獣のようにギラつく目線を交わしあう。

 

「ジオン女ってのは《ザク》みたいに一つ目なんてことはねえだろうな?」

 

 分隊長のつまらない冗談に儀礼的に隊員達が嗤った。

 

「一つ目だったとしても、口と下の二つの穴がしっかりしてりゃあ十分ですよ」

 

 副長の応答に、微妙な嗤いが爆笑へと変わった。

 

「違いねぇ!お前ら、全部の穴をきちっと使ってやれよ!ジオンの未亡人どもは男に飢えてるだろうからな。

 おい、アーロン!カメラの準備はいいか?」

「ばっちりですよ。散々いたぶり尽くしてくださいよ!」

 

 早くも兵たちの中には、ズボンにテントを張っている者が大勢いた。

 荷台から哄笑があふれる。

 

 ヒュウゥゥ・・・

 

 だから、彼らは僅かな風切り音を聞き逃した。もっとも、聞こえていたとしても回避できたものでもない。

 

 グチャ!

 

 直後に、頭上から落ちてきた全備重量70トンのMSに潰され、彼らは苦痛も感じることなく、トラックごと肉塊になった。

 

 

 

 背面からコロニー内壁に、つまりは森林公園にそのMSは墜落した。

 濃緑の機体色、スパイクを生やした左肩ショルダーアーマー、鉄兜とガスマスクを掛け合わせた一つ目の頭部。そのどれもが往年のジオン公国主力MS《ザクⅡ》を彷彿とさせる。

 しかし、膝下の脚部は大推力スラスター搭載により肥大、後ろ腰より下方に伸びるリア・アーマーも長く、下半身だけを見れば《ザク》よりもむしろ、連邦軍に『スカート付き』と呼ばれたMS-09《ドム》系を連想させる。

 バックパック上部にそびえ立つ円筒形プロペラントタンクによって、全高は25メートル超で80年代MSにしては、異常な巨大さであった。

 そのMS《ザクⅢ改》のコクピットでは、リニアシートのヘッドレストに盛大に後頭部を打ち付けた真島 世路(マシュマー・セロ)が呻き声を上げる。

 「ここは?」と上体を起こし、全天周モニターを見回すと、空があるはずの頭上には、夕方のオレンジ色にポツポツと明かりを灯す街並みが円周上に広がっていた。前方の彼方には黒い壁面、コロニーの端がうっすらと映る。

 

「まーた、『不思議の国の真島』かよ」

 

 なんとか、機体を起こしたときに、コンコン、カンカンと小さな金属音が伝わってきた。

 視線を下にやれば、《ザクⅢ改》の足元に集まった連邦兵たちは、あるものは指差し、あるものは怒声を上げ、そして、あるものは手にした自動小銃を撃っている。金属音は装甲への着弾音であった。

 

「や、やべぇ。怒ってるじゃん。何とか言い訳しなきゃ。拡声器はどれだ?」

 

 慌ててタッチパネルを操作する真島。

 

(FCS?CRACKER?わっかんねーよ・・・)

 

 テキトーに押す。

 

【リモートON、遅延信管、標準5秒セット、ARMED、OK】

(んー、これか?)

 

 右操縦桿の人差し指に当たるスイッチをカチカチと引いた。トリガーだった。

 武装はクラッカー、投擲榴弾が設定されていた。

 標的も定められぬまま、ドラム缶サイズのそれは、右肩オプションラックシールドの内側からリリースされる。コロニーの遠心力に従って、立て続けに轟音を上げながら地面に落ちた。

 足元にいた連邦兵が阿鼻叫喚となって逃げ惑った。

 

(違うなー。これか?)

 

 次にフットペダルを踏み込むと、巨体が推力21万キロのスラスターに持ち上げられる。

 あっ、と言う間に上空100メートルに到達した時だった。

 3発のクラッカーの遅延信管が作動した。

 爆発と共に、半径50メートル内にいた1個歩兵中隊が榴弾の破片によって、肉体をずたずたに切り裂かれる。

 しかし、やった当人の真島は

 

(なんか、下でドーンって音したな?)

 

 ぐらいに思い、早々に森を後にした。

 

「あそこにいると、人様(ひとさま)に迷惑かけそうだからな」

 

 離れた街路に着陸する。町の入り口の通りにかけられたアーチ状の看板。そこには、

 

『グローブへようこそ!』

 

 と、書かれていた。

 

 

 

 《ザクⅢ改》の足の下、コロニーの外壁のさらに向こうの宇宙空間。

 地球連邦宇宙軍第6艦隊所属、《ペガサス》級強襲揚陸艦《グレイファントム》。キャプテン・シートに収まったスチュアート少佐は思う。

 

(しかし、胸糞悪くなる作戦だ)

 

 彼は苛立たしげに右手が持つ指示棒代わりの鞭で、左の手の平をペチペチと叩く。

 コロニー内に暴動を警戒した戒厳令、外出禁止令をしいた上、市街区画グローブを完全封鎖。『懲罰部隊』と称した、性犯罪の前科持ちの兵どもで編成した部隊で暴力の限りを尽くすという。

 

(いや、これは作戦とは呼べん)

 

 鞭をもてあそぶのを止めたスチュアートは、禿頭を隠すベレー帽を深く被り直す。

 この行動は事前にジオン共和国とその筋のマスコミへ通達した上でのことだった。

 つまり、表面上はコロニー落としをやった鬼畜ジオンへの鬱憤ばらしにも見えるが、実際はそれを口実、餌にして旧公国軍残党を誘い出そうとしているのである。

 作戦を阻止ないし、妨害しようと残党が現れれば、スチュアートたちの部隊が迎え撃つ。出てこなければ、グローブの住人が陵辱・虐殺されていくだけである。兵たちのガス抜きが目的なのか、それとも残党のあぶり出しが主旨なのか、正直、スチュアートには計りかねた。

 

(上層部にとってはどうでもよい事なのかも知れんな)

 

 スチュアートはコロニーをはさんで反対側に配置された巡洋艦の艦長を思う。

 

(ヘンケンは何も知らんのだな。知っていれば、)

 

 僚艦《サラミス》級《ツシマ》の艦長ヘンケン・ベッケナー少佐がこんな蛮行を許すはずがない。

 彼は人間としては尊敬できるが、軍人としては囁いてくれる友人が少ないのかもしれない。

 

「艦長!」

 

 鋭いオペレーターの口調が、スチュアートの意識を持っていく。

 

「コロニー内の懲罰部隊が攻撃を受けています!」

「な、に・・・」

 

 意外な事態に、次の言葉が出ないスチュアートはキャプテンシートに立ち上がり呆然とたたずむ。

 

「集結地点を《ザク》が奇襲!シルエットからR型の改良タイプ(高 機 動 型)と思われます。現在、当該機はグローブ住宅街を微速移動中」

(残党どもっ!事前にMSをコロニー内へ持ち込んで隠していたか!)

 

 スチュアートは鞭を固く握り締めつつ、指令を飛ばす。

 

「ミノフスキー粒子戦闘濃度!敵をコロニーの外へ押し出す。《グレイファントム》を中へ入れろ!

 接近するようなら《ジム》と《ガンキャノン》で防衛ラインを張る!」

 

 直後に、スチュアートはひどいデジャブに襲われた。

 数ヶ月前。先の命令を下した後に、たった1機のMSによって、搭載されているMS部隊『スカーレット隊』は全滅させられた。

 

(しかし、今回は《ザク》だ。あのような失態は、・・・

 しかし、・・・また・・・《ザク》、か・・・)

 

 スチュアートはさらに嫌なものを思い出した。

 スカーレット隊全滅の5日後。今度は、たった1機の《ザク》によって、最新型の《ガンダム》が撃破されるという、最悪の憂き目にあったのだった。

 

 

 

「どうなってんの?」

 

 コクピットの真島は唖然とする。

 街路を歩行させる《ザクⅢ改》の周囲には、人々が群がり歓声を上げている。

 父親に肩車された銀髪の男の子は、手にした白いシーツを精一杯振っていた。

 またある母親が抱いた三つ編みの女の子も笑顔で顔を輝かせていた。

 

「ほあぁぁ!《ザク》じゃあぁぁ。ジオン公国バンザァァァイ!ジーク・・・・ほごもごおごぉ!」

 

 若干痴呆が入ったおじいさんでさえ、総入れ歯を路上に吐き出しながら喜んでいた。

 唐突に、真島の脳裏に鋭い感覚が入り込む。

 

「なんだ?」

 

 モニターの上方へ目を移すと、CGで補正された赤い人型シルエット、バイク用フルフェイスヘルメットのような頭部を持つそれは中距離支援用MS、RX-77D、通称量産型《ガンキャノン》である。

 《ザクⅢ改》のコクピットには【敵性、TARGET】という表示が看て取れた。コロニーの中心部、遠心力が作用しない空間に浮かぶ《ガンキャノン》は、地面の《ザクⅢ改》からは、ゆっくりと縦回転しているように見える。

 

(※実際には、コロニーの自転によって《ザクⅢ改》の方が回転している)。

 

 「敵なら、」と真島がレティクルを標的に合わせ、トリガーを引く。

 

 ビー!!【CRACKER EMPTY!!】

 

「なんで?弾とかレーザーとか出ないの?」

 

 カチカチと繰り返しても、コクピットに響くのは警告音だけである。

 そうこうしているうちに、眼下の群集も、頭上のMS《ガンキャノン》も互いの存在に気が付いたようである。

 《ザクⅢ改》の足元では混乱と悲鳴・怒号が入り混じり、《ガンキャノン》はバックパックに収納された両肩の240mmキャノン砲を伸縮した。

 砲口を《ザクⅢ改》へ向けるや、巨大な火球の花を咲かせる。着弾音と噴煙を上げる長方形の建物。

 

『がががが、学校が・・・!』

 

 通行人の悲鳴を《ザクⅢ改》のマイクがとらえる。 

 コロニーの自転を考慮しなかったその砲撃は狙いをそれ、無人の小学校の校舎を破壊した。

 真島が西暦で灰皿代わりに使ったペール缶。それと同等の直径の巨大な薬莢を吐き出し、次弾を装填した《ガンキャノン》が狙いを修正する。

 姿勢制御バーニアを小刻みに噴き、コロニーと自機の回転速度を同調させる。

 パイロットが再度、指をトリガーにかけた瞬間。

 周囲を球形に取り囲んだ極小の『何か』から発せられた無数の光軸に貫かれ、中心にいた《ガンキャノン》は爆散した。

 慌てて周囲を索敵する後続の同型機は、間髪を入れず背後から撃ち込まれたアクティブカノンが命中。僚機と運命を共にする。

 《ザクⅢ改》のモノアイがガイドレール上を左右に走る。

 『ゴアァァ!』と空気を震わすスラスターの轟音と青白い炎がコロニー内を大きく旋回して、こちらに接近してくるのが見えた。

 四肢が尖り、モグラのお化けのようなマスクのMSは、

 

(あれは社長が乗ってたロボットじゃないか?でも、色が・・・)

 

 色の違いだけではない。多数のオールレンジ攻撃用兵器を収めるリア・アーマーは浜子の《キュベレイ》と比しても、スズメバチの尾を思わせるほど巨大である。

 《ザクⅢ改》の直近で逆噴射のフレアをかけ、その黒い《キュベレイ》は着陸した。

 すぐに、通信用ワイヤーを飛ばし、接触回線を開く。

 

『何やってるの、お兄ちゃん(マスター)!?お父さんが帰ってきたのに、まだだから心配して来てみたら、やっぱりこっちに来てた!

 ・・・ここにいてはいけない。早く帰りましょう、マスター(お兄ちゃん)

「麻里、なの、・・・か?」

 

 コクピットに響く声は、会社の後輩であり、アパートの大家・神根(ジンネマン)の養女でもある来栖 麻里(マリーダ・クルス)のものだった。しかし、同時に真島の中には()()の少女の意識が流れ込み混乱した。

 

『そうだよ!早く!』

 

 言うや、量産型《キュベレイ》は《ザクⅢ改》のマニピュレータを強引に掴み、上空へと持ち上げていった。

 離れた街路まで地を這うスラスターの噴射が流れ込み、地面に落ちた白いシーツを波立たせる。

 その下に隠れていた銀髪の幼児は、ぱっ、とそれを手放すと遠ざかる二つの巨人を見送った。

 

「かっこいいー」

「アンジェロ!早くこっちに来なさい!」

 

 サバイバルバッグを背負った母親の金切り声が、男の子の意識を戻した。

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「サイド3のコロニーに《グレイファントム》が入ったのが運の尽きだ。
 あの()来栖 麻里(マリーダ・クルス)
 お兄ちゃん(マスター)を助けるって、コロニーの中で大暴れ。
 飛び交うビームに、吹っ飛ぶモビルスーツ。
 発情した兵隊さんたちは宇宙に飲み込まれちゃうし、どうなるの?
 次回、アクシズZZ『ジンネマン(後編)』
 酔っ払いの修羅場が見れるぞ!」



(あとがき)

 真島ぁぁぁ!!お前がやってるのは大量殺人だぞっ!分かってるのか!?
 ポケットの中の戦争を題材にするなら、『がががが、学校が・・・!』は外せないと思いました。びっくりし過ぎだろ、常識的に考えて。夜だし。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7 ジンネマン(後編)

 《グレイファントム》が侵入する、その反対の宇宙港では。

 

『ゲートがすべて閉まっている!《ツシマ》、主砲で穴を開けてくれ!』

 

 先行するMS隊・隊長機の《ジム》から、苛立たしげな口調が艦橋に響く。

 うんざりしながら、艦長のヘンケンは、キャプテン・シート肘掛けの通話ボタンを押した。

 

「ジャック・ベアード少尉、もう少し落ち着け。コロニー内で市街戦をやりたいのか?」

『呑気過ぎだ!スカーレット隊はすでに戦端を開いているんだぞ!!』

 

 「ちっ」と舌打ちしたヘンケンは、

 

「じきに、開くはずだから・・・」

 

 言いつつ、コロニーの管制官と無線のやり取りをしているオペレーターを見るが、手間取っている様子だ。

 

「しょうがない。主砲発射用意。ハロウィン隊、砲撃に気を付けろ」

 

 復唱した砲雷長が指示して、《サラミス》級巡洋艦《ツシマ》に装備された6門ある単装メガ粒子砲のひとつが、コロニー端面の宇宙港ゲートのハッチに狙いを定める。

 

「てぇー」

 

 MSのビームライフルよりもずっと太いピンクの光軸が、4つあるうちの左上のゲートを貫く。

 開いた穴がオレンジ色の融解した断面を見せ、それが黒く冷めるのも待たずに、3機の《ジム》が中へ潜り込む。

 

「なんだ、これ・・・」

 

 その時に、呆けたような声を上げたのは、センサー長だった。「メインに回します」という、彼の言葉と共に正面モニターが分割され、片方にレーダー画面が映される。

 《サラミス》級《ツシマ》の6時方向、後方10kmが黒く塗りつぶされ、何も表示されていなかった。

 

「ミノフスキー粒子の干渉?」

「いえ、違います・・・」

 

 続いて、後方の光学センサーの映像に切り替わる。

 

「なんだ、これは・・・。誰か説明してくれ」

 

 ヘンケンもセンサー長と同じ声音でつぶやく。

 映像は巨大な『無』の空間が広がっていた。真っ黒に塗りつぶされたそこだけ星の光がまったく見えない。

 

「レーザー測距!急げ」

「ダメです!測定不能」

(ブラックホールが生まれたとでも言うのか!?)

 

 正確な距離の測定ができないが、その『無』の直径は軽くスペースコロニーを飲み込めるぐらいのサイズと思われる。

 突然、その中心にまばゆい光が現れた。

 ヘンケンの指示を待たず、即座に光学センサーがズームをかける。

 それは暗闇に浮いた光の輪であった。

 他の光が飲み込まれていく中で、その光輪だけが煌々(こうこう)と輝きを発した。

 その光輪の枠に巨大な手をかけ、向こうの世界から這い出てくるモノがいる。

 

(なんだ。なんなんだ、こいつは・・・)

 

 ヤギとモグラを掛け合わせ前後に引き伸ばした悪魔のマスクに、ヘンケンは呻いた。

 

「大至急、ハロウィン隊を呼び戻せ!」

 

 叫ぶヘンケンは、敵性と思われるMSのデュアルアイ・センサーが不気味に光り、背筋を嫌な寒気が走った。

 

 

 

「今日は連邦の俗物共が相手か。お前らならば、おセンチにならなくてすむ・・・。ヒック」

 

 宇宙世紀に混沌をもたらす、最強にして最恐の酔っ払いの登場である。

 

 

 

 麻里はコロニーの中を突っ切って逃走するつもりだったが、《ザクⅢ改》を曳航して飛翔したのがまずかった。

 

「ダメ!追いつかれる」

 

 後方モニターの映像を正面の別枠に映すと、人工太陽が消えた闇の中をスマートなシルエット、4機の蒼い《ジム・スナイパーⅡ》が追撃する姿が見える。

 彼らがマニピュレータに装備するビームライフルは麻里たちだけでなく、コロニー住民にとっても危険極まりない代物である。狙撃仕様の頭部バイザーを下ろしているところから、すぐにでも攻撃される可能性がある。

 

(人がいないとこに、・・・)

 

 麻里は思いつつ、目を全天周モニターのあちこちに走らせる。

 

(あった!)

 

 視線の先に、植林された広大な敷地が見えた。

 

マスター(お兄ちゃん)、敵を森へ誘い込んで仕留めます。付いて来てください」

 

 《ザクⅢ改》と離れた《キュベレイ》が鮮やかな縦ロールで地表に迫る。

 

『お、おう。・・・ん?なんか見覚えある、か・・・?気のせいか・・・』

 

 そこは真島が先ほど墜落した森林公園であった。

 

 

 

 上空から追撃する《ジム・SPⅡ》は木々の切れ目に一瞬見えた《キュベレイ》のデュアルアイ・センサーをとらえる。

 間髪を入れず、右手が握る大型ビームライフルが連続的に光軸を放つ。

 だが、暗い常緑針葉樹林の中に潜むMSに当たるものでもない。

 本来、長距離狙撃にも使用可能なその出力は、コロニーの隔壁を貫通し宇宙空間にまで到達した。

 複数の開いた穴から急激に負圧が起こり、暴風ともいえるそれは懲罰部隊の負傷兵を、次々と虚空に飲み込んでゆく。

 

「中でそんなもの使うんじゃない!」

 

 激昂する麻里がサイコミュを通して攻撃を命じる。森の中からファンネルが飛び出し、《ジム・SPⅡ》の正面を3基がうるさく飛び回った。

 《ジム・SPⅡ》のパイロットは咄嗟に右側頭部追加装備(オプション)の60mmバルカン砲のトリガーを引く。

 しかし、そのファンネルは牽制に過ぎなかった。

 バルカンの火線が空飛ぶ移動砲台を追っているうちに、別のファンネルが《ジム・SPⅡ》の側面に回り込んだ。

 イエローの光軸に横から撃ち抜かれた機体は、コクピットが蒸発。融合炉を暴走させることなく、木偶人形となって空間に揺らめいた。

 「次っ!」と言いつつ、視線を移した麻里は《ザクⅢ改》と別の《ジム・SPⅡ》が組み付き、きりもみしながら、地表に向かうが見える。

 

お兄ちゃん!!(マスター!!)

 

 悲鳴に近い麻里の呼びかけに真島が応えるように叫ぶ。

 

「パイルドライバーぁぁぁ!」

 

 激突直前に《ジム・SPⅡ》から離れ、真っ逆さまに地面へ叩きつける。機体は頭部から柔らかい土に突き刺さった。

 麻里ほどの腕ではないが、真島も中々の縦ロールで《ザクⅢ改》を引き起こすと、地表近くにホバリングさせる。

 

「飛び道具がなくても、俺って結構やれるな!」

 

 兄、そしてマスターと慕う真島の勇姿に麻里は微笑む。その心を、ざわり、とさせる敵意がのしかかってきた。

 突っ込んできた3機目の《ジム・SPⅡ》が頭上から振り下ろすビームサーベルを、脊髄反射とも言える高速で形成した《キュベレイ》の同じ光刃が押し返す。

 Iフィールドという檻に閉じ込められたメガ粒子同士が干渉し、激しいつばぜり合いを演じる。

 

「まとわり付くなっ!!」

 

 罵りながら、麻里はもう片方のマニピュレータにもサーベルを形成するや、《ジム・SPⅡ》の腰部を横殴りに切り払う。

 《キュベレイ》が上方の安全圏に逃げたとき、木々を吹き飛ばして《ジム・SPⅡ》が誘爆した。その爆発は先ほどビームライフルによってコロニーに開いた穴をさらに拡大した。

 

 最後の《ジム・SPⅡ》が墜とされるのに、さほど時間はかからなかった。

 

 

 

「スカーレット隊、全滅!」

(なんてこった!敵を押し出すどころか、今、肉薄されたら・・・)

 

 オペレーターの悲痛な叫びに、スチュアートは肘掛けにのせた拳を握り締めた。

 メガ粒子砲や対空砲座を備えた《グレイファントム》とはいえ、高機動の敵MSに懐へ入られてしまえば、沈められるのは必至に思えた。

 

「敵の様子は!?」

「隔壁に穴が開いた模様。霧が発生してよく見えません!」

「至急《ツシマ》に支援要請!」

「ダメです!コロニー内の上、ミノフスキー粒子も干渉しています。一切通信できません!」

 

 今、すぐにでも《グレイファントム》の前に広がりつつある白い霧の中から、敵MSが姿を現してもおかしくない状況だった。

 

「180度急速回頭、機関増速!外へ退避する。後方監視、厳となせ!」

 

 スチュアートの命令は尻尾を巻いて、逃げ出すことを意味していた。

 

 

 

 狭い宇宙港を《キュベレイ》が先行し、《ザクⅢ改》が続く。

 常識的に考えれば、連邦軍のMS隊がやってきた方角の港に母艦がいる可能性が高く、麻里と真島は反対の港から脱出しようと急いだ。

 前方の視界に開け放たれたままのゲートがモニターに映る。

 

(でも、・・・罠かもしれない)

 

 麻里は思う。

 

マスター(お兄ちゃん)、私が先に行きます。この場で待機を。安全が確認できたら、出てきてください」

 

 『おう』と短く応えた真島を残し、増速しつつ《キュベレイ》はゲートをくぐった。

 宇宙に出るや、鳴り響く対物感知センサーの警告音。

 衝突の危険に麻里は慌てて急制動をかける。

 

「な、なんだ、これは!?」

 

 センサー・ディスプレイもデブリの多さに真っ白に染まっていた。

 それは沈められた宇宙艦船だった。推進剤か、武装にでも被弾したのか、バラバラにされており、原型をほとんど留めていない。

 サーマル・センサーはデブリがまだかなりの熱を保持していることを感知した。

 

(まだ沈められて間もない・・・誰が・・・)

 

 ふと、空間に留まる麻里の《キュベレイ》の背後、艦の装甲片の影から、白いシルエットが(はし)る!

 

(っ!・・・しまった!!)

 

 宇宙に隠蔽(いんぺい)掩蔽(えんぺい)もせず、停止するという愚行を犯した麻里。

 しかし、直後に殺気を感じ取った彼女は即座に、左袖口からビームサーベル・グリップを引き出す。

 左右のバインダーをそれぞれ前後逆方向に噴かして、急回転。

 勢いのままイエローの光刃を後方へ叩きつけた。

 その白いMSが同時に振るった、同色の光刃が干渉し合い、虚空を揺らめかせ弾けた。

 

『さすがだ、麻里』

「あ、・・・は、浜子社長」

 

 白い《キュベレイ》がビームサーベルの光刃を収めた。

 その姿とオープン回線の声に、麻里は次の攻撃を中止した。

 

『余興だ。許してほしい。真島は見つかったのか?』

 

 ちょうどその時、のんびりと《ザクⅢ改》がゲートから出てくる。

 

『うわぁ、社長、今回もまた派手にやった感じですね』

『連邦にかける情けなどない』

 

 のほほんとした真島に、憮然(ぶぜん)と言い放つ浜子(ハマーン)であったが、

 

『しかし、・・・MS隊と艦は容赦なく墜とさせてもらったが、』

 

 浜子の《キュベレイ》の前方に、デブリとなった装甲片が慣性で流れてきた。MSの肩部装甲らしく、ハロウィンのカボチャ頭をした《ジム》の絵がコミカライズに描かれている。

 《キュベレイ》は鬱陶(うっとう)しそうにそれを払いのけ、端正・精緻(せいち)な指が宇宙を指差す。

 

『裸足で逃げ出す相手まで殺すつもりはない』

 

 その先に、小さな内火艇(スペースランチ)が多数、確認できた。脱出した艦の乗員だろう。

 やや柔らかい口調になった浜子が続ける。

 

『しかし、お前たち二人がデキていたとは知らなかったぞ。例の事件でやっぱり何かあったのか?』

「い、いえ、そんなんじゃ・・・」

『おっさんぽいっすよ、社長。そういう冗談は面白くないですから』

 

 うわずった麻里の声と憮然とした真島のそれが対照的であった。

 やがて、開いた時空の扉に3人は吸い込まれていった。

 

 

 

 幸運にも、コロニー住民の人的被害は最小限だったが、他方連邦軍は戦死者・行方不明者642名、負傷者257名という大損害をこうむった。

(行方不明者が多いのは、大隊規模の懲罰部隊の大部分が宇宙に飲み込まれたためである)

 しかし、今作戦の性質上、全てを公にするわけにはいかない。情報統制と世論操作が行われ、この事件は公国軍残党によるコロニー襲撃、通称『グローブ事件』として喧伝されることとなった。

 一方で、この出来事はジオン残党討伐と一年戦争で疲弊した連邦軍を再建させるためのあらたな計画を加速させることにもなった。

 ガンダム開発計画。一連の開発予定の機体はイニシャルをとって、GP(Gundam Project)シリーズと呼ばれる。

 事件により、テストパイロット候補の筆頭を失った連邦軍とガンダム開発元のアナハイム・エレクトロニクス社は別の者にその役割を与える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2ヵ月後。

 UC.0080、10月31日。サイド6、リボーコロニー。

 半年もの間、無職を続けて両親と同居しているその女性の日課は、朝の新聞をポストから取ってくることだった。

 朝のさえた空気が、すらりと伸びた太ももをなでる。

 玄関から靴もサンダルも履かずに飛び出した彼女は、長いストレートの赤毛をなびかせて、ポストの開閉口をつかんだ。

 

「とーちゃくー」

 

 その口調と表情は22という年齢に似合わず、幼い。

 しかし、普段ポストにはない新聞以外の郵便物を見た彼女の顔は、急に兵士のように引き締まる。

 封筒の角に印刷された、『E.F.S.F.』のアルファベットと錨型のロゴ。裏の差出人は、『ジョン・コーウェン』。

 

「なにやってるの、クリス!?またそんな格好で出て!」

 

 玄関口に出た母親が、娘の痴態に目を剥く。

 振り返ったクリスチーナ・マッケンジーは、上はシャツ一枚、下はショーツだけのまま、ペロリと舌を出して家に舞い戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦。東京郊外のアパート・ジンネハイツ。

 外でスズメがチュンチュンさえずっている。

 目覚めた真島は勢いよく、上掛けのシーツを引きめくった。

 しかし、彼の隣には誰もいない。むしろ、ほっ、とする真島であった。

 「ふあ」とあくびしつつ、窓を開け、ショートホープに火を付ける。

 その時、アパートの外廊下を、ドタドタとした足音を響かせた後、部屋がノックされる。

 

「開いてるよ」

 

 と、言った直後に真島は今日が土曜であることを思い出し、舌打ちした。

 

(ちぇっ、アパート掃除かよ・・・)

 

 さしずめ、住人の誰かが下りてこない真島を起こしに来たに違いない。

 

 ガチャ・・・

「真島さーん、遅いよー。早く来てー」

 

 やはりそうだ、・・・が。

 真島の部屋の扉を開けたのは、腰に手を当てた若い女性だった。二十歳前ぐらいだろうか?明るい茶に染めた髪を、幼児がするように三つ編みにしている。ジーンズのオーバーオール姿と相まって、年齢よりも幼く見えるのではないかと思えた。

 いや、しかし、そんなことより・・・

 

「あの、失礼ですが、どちら様でしょう?」

 

 真島のかしこまった声に、きょとんと目を丸くした彼女は次の瞬間、吹き出した。

 

「・・・プッ!アッハハハハ!真島さん、面白すぎー」

「おい、何やってんだ」

 

 横から大家の神根も顔を見せる。

 

「真島さん、私のこと分からないんだってー!」

「お前、大丈夫か?シンナーでも食ってるのか?」

 

 問いかけられても、会話に食い込めない真島はマヌケな表情のままだ。

 ひとつため息をついて女性が言う。

 

「私は神根 真里(じんね・まり)。あなたが住んでるジンネハイツの大家・神根 統露(じんね・とうろ)の娘でございますが。思い出して頂けましたかね?」

 

 一瞬の沈黙の後、

 

「えええぇぇぇ!!??」

 

 真島の口から絶叫が迸った。

 

「ぜっんぜん、わかんねーよ!!神根さん、分かるよーに説明してくれ。来栖麻里がこの三つ編みの人になっちゃったんかい!?」

「おいおい、本気でヤバいぞ!頭でも打ったのか真島!!養女とはいえ、・・・来栖家の麻里(マリーダ・クルス)が、この子になるわけがないだろう!?」

「真島さん、昨日ちょっと飲みすぎたんじゃない?」

 

 三つ編みの真里は少し気味悪そうな、微妙な笑みを浮かべていた。

 一方、ひげ面の神根は眉間にシワをよせながら、部屋をぐるりと見回して言う。

 

「むしろ、この前みたいにあいつ(マリーダ)を部屋に連れ込んでいるんじゃないかと思って、・・・イテッ」

「だからっ!真島さんみたいな紳士がそんなことするわけないって、何度も言ってるでしょ!!あれは何かの手違いか、事故よ」

 

 例の事件を事故で済ますのは、どうかと思うが、・・・神根真里は父親のあごひげを引っ張った。

 ちょうどその時、

 

「いつまで遊んでいるんだよ!私たちに全部やらせるつもりかいっ!?」

 

 階下から苛立たしげな少女の声が部屋まで響く。

 

「ごめん、風美(プルツー)!今、行くー!真島さん早く来てね。

 あ、それと家賃の払いを(プル)に任せてたでしょ。あの子、金額ごまかしてたよ!きっつくお灸据えといたから、来月からあたしか、父さんに渡して。

 いいね、父さん?」

「ん、・・・・・・うむ。

 しかし、麻里(マリーダ)め。朝からどこ行ったんだか。アパートの掃除もサボって。(プル)じゃあるまいし」

 

 神根があごひげをさすりながら、三つ編みの娘に続いて階下へ去った。

 ひとり残された真島はのろのろとズボンを履いて、何度も首を傾げながら外に出た。

 

 

 

 無人のはずの真島の部屋でわずかな衣擦れの音が起きる。

 押入れの中からだった。

 そこに隠れた少女は、真島のシャツの胸に当たる部分を鼻にあて、その残り香を嗅いでいた。

 

「マスタ・・・。ううん、・・・お兄ちゃん」

 

 来栖 麻里(マリーダ・クルス)は頬が紅潮する熱を感じていた。

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

九部 真(マ・クベ)ってのは、俺たち建築業界で評判悪いんだよね。
 それが浜子(ハマーン)さんをモノにするため、アクシズの弱みを利用した!
 真島(マシュマー)だって、浜子(ハマーン)さんが元気ないから元気ない。
 結局、宇宙世紀に行くしかないって、麻里(マリーダ)ちゃんもついてくる。
 それが困る~。
 次回、アクシズZZ『ガルマ・ザビ(前編)』
 いい音色だろって、何がよ?」



【スカーレット隊は全滅するというジンクスが生まれました】
【ヘンケン・ベッケナーは艦を沈めるというジンクスが生まれました】
【ガンダム開発計画が一年前倒しになりました】
【真島に何となくフラグが立ちました】



(登場人物紹介)

マリィ・ジンネマン → 神根 真里(じんね・まり)

スベロア・ジンネマン → 神根(じんね)さん → 神根 統露(じんね・とうろ)



(あとがき)

 ダメだなぁ・・・・・・。折角、浜子がサラミスとやりあう土俵を用意しても書けない・・・・・・。
 そして、ダブルまりになっちゃったよ(汗。これは書いてても注意しないと、間違えそうなレベル。読者様は書き手より混乱しそうだから、ルビ振り必至ですな。
 統露と書いて、スベロアと読・・・・・・めねぇよ(汗。でも、そのまま変換すると、『術路亜』とか『須辺呂阿』とか。どこのキラキラネームだよ!いや、統露も十分、キラッ☆としてると思うけど(汗。こう見えて、結構大変なんです。だから、読者様が時々、感想でぽろっと出してくれると、「いただきっ!」となります。
 本来、マスターに依存するプルシリーズが、逆に主の方をぐいぐいリードするなんてことはありえないと思うんですが、そこは別の人格と融合してるってことで勘弁してください。
 というか、指示待ちの依存症だと、話が書きにくかったと言うのが、本音(汗。
 ラストシーン、読み直すと、むしろ怖い。押入れに潜んでいるとか、・・・・・・。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8 ガルマ・ザビ(前編)

 ちょっと辛くなってきたんで、文字数を一話7000~9000文字前後だったのを、一話5000文字前後に変更します。
 ひょっとしたら、元に戻すかもです。


 西暦1989年、東京。

 地下鉄有楽町線、月島駅から徒歩10分。隅田川河口と運河に囲まれた埋立地にその高層ビルはあった。

 佐備(ザビ)建設東京本社である。

 その高層階、九部 真(マ・クベ)専務の個室では秘書の浦賀(うらが)がせっせと壺やら皿を磨いていた。

 突如、室内に響く硬質な音。

 

「いい音色だろ?」

 

 豪華な革張りチェアーに腰掛けた九部が手にした白磁の壺、その首を指で弾いたのだった。

 

「はぁ。良い物なのですか?」と浦賀。

「北宋だな」と九部。

 

 その鑑定にも、太い眉を横一文字にした浦賀は、(ふーん)という感じである。

 

「私はな、浦賀。毎朝、このコレクションをあの娘に磨かせようと思う」

 

 それを聞いて浦賀は目尻を少し下げる。自分のくだらない仕事をその『娘』がやってくれるかもしれないからである。

 

(っていうか、職場に有田焼の大皿とか持ち込むなっ!邪魔でしょうがないわ!!)

 

 浦賀はポーカーフェイスで(割ってやりたいわっ!)と思う。だが、同時に新たな疑問も沸く。

 

「あの娘といいますと?」

菅 浜子(ハマーン・カーン)。気が強いところも・・・・・・良い」

 

 浦賀は、キスでもするかのように飛び出した九部の唇に、鳥肌が立った。

 

「いやむしろ、・・・・・・あの娘を『コレクション』に加えるといったほうが正しい、か」

 

 九部は始業開始時間まで、延々と手にした白磁を撫で回していた。

 そう。まるで女の肌を愛撫するかのように。

 

 

 

 10月4日。雨。

 鳥ノ宮駅に向かうタクシーの中で、アクシズ建設社長・菅 浜子(ハマーン・カーン)と総務課長兼秘書の入谷 はこべ(イリア・パゾム)は打ち合わせをする。

 親会社の佐備建設の重役ともなれば、私用同然で社有の黒塗り高級車を特権的に使用できた。一方、アクシズ建設の社用車は現場視察用の商用バンばかり。そのバンも今日は朝からフル稼働で出払っていた。

 

「・・・・・・新規プロジェクトの概要はそんなところです。どれだけウチが食い込めるかが鍵ですね。・・・・・・ただ、」

 

 珍しく入谷の歯切れが悪い。

 

「何か?」

 

 背を押すように浜子が促す。綺麗な入谷の眉が歪んだ。

 

「佐備が、・・・・・・単価下げろ、と」

「またか!」

 

 ここ数年、都内は高層マンションを筆頭に建築ラッシュが続いていた。地価はうなぎ上りに暴騰。将来的には、『庶民は東京に住めぬ』とまで囁かれていた。

 そんな状況であるから、他社では『建築単価を上げろ』とまで言わなくとも、『ああ、それでいい。やってくれ』とドンブリ勘定の見積もりでもすんなり通る案件が多い。

 にもかかわらず、佐備建設は下請けのアクシズ建設に対して、嫌がらせとも思えるほど厳しいコスト削減を求めてきた。

 さらに、浜子の頭を悩ましている問題がある。メインバンクとの関係。ようは金である。

 どうも裏で佐備の重役が銀行に圧力をかけている噂があった。その噂の影に見え隠れする男が・・・・・・、

 

「実は、・・・・・・あの男、佐備建設専務の九部 真(マ・クベ)が私に、・・・自分の、女になれ、と・・・言ってきました」

「なっ!?」

 

 ぐっ、とトーンを落とした入谷の声に、さすがの浜子も二の句が続かなかった。

 

(あの男、・・・・・・私のみならず、入谷にまで、・・・・・・)

 

「しかし!私は骨の髄まで菅 浜子社長とアクシズ建設に忠誠を誓った身。それを捨てることなどどうしてできましょう!」

「入谷・・・・・・」

「かくなる上は。・・・・・・社長、命令してください。ダンプで突っ込んで、佐備の奴等にカチ込みます!」

「ちょっ、ちょっと!落ち着くのだ入谷 はこべ(イリア・パゾム)!」

 

 浜子はさすがに、タクシー運転手を気にした。先ほどから彼は、チラチラとルームミラーでこちらをうかがっている。

 

「そんなことしたら、本当に捕まるか、死んじゃうでしょうが!」

 

 それは、・・・・・・昔は私だってアクシズをゼダンの門にぶつけたり、コロニーをダブリンに落としたりもしたけど、・・・・・・。それはシャアの言葉を借りて言えば、『若さゆえの過ちというもの』では済まされないし、『認めたくないもの』と言っても認めなければいけないと、最近は思っている。

 

「入谷。お前の気持ちは分かる。だが、まだその時ではない」

「しかし、このままでは資金繰りが、・・・・・・

 社員の首を切ってる時間なんてありません。アクシズそのものが、・・・・・・」

 

 その先の言葉を、ぐっといい淀む入谷。

 太いため息をつき、つぶやいた。

 

「せめて、駆馬さんがご存命でしたら、ここまで佐備グループ(ザ ビ 家)の仕打ちも酷くなかったでしょうに・・・・・・」

 

 佐備 駆馬(さび・かるま)。彼は佐備建設先代社長、佐備グループ現会長の佐備 定義(さび・さだよし)の四男にして、次期社長と目された男である。不幸にも彼は10年前、アメリカ、シアトルの飛行機事故で行方不明となった。

 彼の後を継いだのが、定義の次男・佐須郎(さすろう)である。しかし、建築業が好きではなかった彼は、就任間もなく極左ゲリラの爆弾テロに巻き込まれ死亡。現社長の岸 莉愛(きし・りあ)は佐須郎の元・配偶者である。

 彼女は低迷する佐備建設をグループ内で一、二を争う利益をたたき出す組織に建て直し、その手腕を認められて、あっという間にトップへと上り詰めた。

 次期政界入りも囁かれる女傑である。

 そして、この岸 莉愛(きし・りあ)の子飼いの部下が九部 真(マ・クベ)であった。

 

(私は・・・アクシズ建設を利用して佐備グループ(ザ ビ 家)を見返したいだけだ)

 

 浜子は表情を曇らせながら、流れる車外の風景に目をやる。

 

(そんな、アクシズでも、・・・私のために潰すわけにはいかない。社員たちを路頭に迷わせるわけにはいかない!)

 

 浜子の脳裏にふと、『かんぱーい!!』と威勢よくジョッキをぶつけ合う真島 世路(マシュマー・セロ)五十川 やよい(ヤヨイ・イガルガ)のダメ社員コンビの顔が浮かんだ。慌てて浜子は首を振り、それを追い出す。

 

(いやいや、あいつらは論外にしても、・・・・・・。

 中卒夜学勤労少女の来栖 麻里(マリーダ・クルス)。親元の九州から遠く離れて頑張る中里 有紀(ユウキ・ナカサト)。それに入谷(イリア)。それだけではない!

 頑張る社員たちの気持ちを裏切るわけにはいかない!

 ならば、私一人が全てを背負えば。それで済むのであれば、)

 

 浜子は決意する。

 

(私も姉さんと同じ道を行こう・・・・・・)

 

 宇宙世紀で浜子(ハマーン)の姉、マレーネ・カーンはドズル・ザビの妾にされた上、銀河の果てで死んでいった。

 浜子の瞳に映るサイドウインドウを滴る雨だれ。彼女にはそれが流れ落ちる涙のように見えた。

 

 

 

「いやー、やっぱ、やよいマジ面白いわっ!」

 

 ほろ酔い加減で一人呟きつつ、この日もアクシズ建設営業課の真島(マシュマー)は居酒屋はざまの暖簾(のれん)をくぐる。

 彼は先ほど厚生課のやよいと一緒に新宿、靖国通りの横断歩道を渡りながら、

 

「「コマネチ!コマネチ!コッ、マッ、ネッ、チッ!!」」

 

 と連発していた。すでに二人で2軒ほどハシゴした後である。

 

「いらっしゃいませー♪」

 

 はざまには例によって、どう見ても未成年の栗毛の店員さんと、冷酒のグラスを挨拶代わりに軽く上げる浜子がいた。

 真島は席に着き、

 

「えーと、じゃぁ・・・・・・ハイボールとキムチでいいや」

「はーい、ハイボールフロートとキムチパフェですねー」

「全然ちげー!気持ち悪いわっ!!」

 

 真島の「きみ、注文聞いてた?」というセリフを無視して、小さな店員さんは「プルプルプルプルー♪」と奇声を上げながら、厨房に駆け戻っていった。

 

「なんなんすかね、あの店員?大家んとこの自由すぎる三姉妹にそっくりなんですけど。アハハ・・・・・・」

 

 真島の乾いた笑いに反応がない。いつもの詩人モードの浜子であれば、

 

『こんな店に入った己の身を呪うがいい!』

 

 だとか、

 

『客の都合というものを洞察できない店員は、排除すべきだ! 』

 

 とか、半分意味不明ながら、頓知(とんち)の利いたセリフを言ってくれるはずだが・・・・・・。押し黙った浜子は、グラスの淵を指先でなでている。

 いや、何か口ずさんでいる。

 

「・・・・・・♪やさしいめをしたおとこに、あ~い~た~い~♪」

(男かよっ!社長も欲求不満、たまってるなぁ・・・・・・)

 

 真島は苦笑に顔を引きつらせたが、次の瞬間、

 

(えっ!!??)

 

 もの哀しい浜子の横顔。閉じた瞳から一筋の涙がこぼれ落ちるのを見た。

 

「どっ、どうしたんすか、社長!?何か、あったんすか?」

 

 思いのほか大きな声の真島に、浜子もやや驚きながら彼を見た。

 その瞳がまだ潤んでいた。今さっき以上に真島は、どきっ、とする。

 すぐに自分を取り戻した浜子はその表情を隠し、不思議な笑みを口元に浮かべて言う。

 

「いや、実は私は社長を辞めることになった」

「なっ、なんですってー!?」

 

 真島は椅子を蹴って立ち上がった。

 

「落ち着け、真島。辞めるといっても、・・・・・・配置転換のようなものだ」

 

 何とか腰を落ち着ける真島と、彼の方を見ない浜子。

 

「佐備建設の九部 真専務の・・・・・・。

 彼の・・・・・・、専属秘書として・・・・・・。

 出向することが内々定だが・・・・・・、決まった・・・・・・」

 

 そして、真島の方を向くや、今まで見たことがないような笑顔で言う。

 

「心配するな!私がいなくなっても、入谷がいる。新しい社長には浦賀辺りが来るだろうが、私からも彼によく・・・・・・」

 

 真島はもう何も聞こえてなかった。

 

 

 

 真島世路は唐突に小学生のときの思い出が蘇った。

 

「俺、もうこの町にいられないんだよ」

 

 親友だった友達が夕方、急に真島宅を訪れ世路に言う。彼の親はヤクザに莫大な借金を背負わされていた。夜逃げするつもりだ。最後の別れを言いに来たのだ。

 真島少年は何か力になってやりたかった。しかし、さよならの言葉しか少年の口からは出てこなかった。

 だが、今なら・・・・・・。

 

 

 

「絶対ダメっす!!そんな顔、俺許さねっす。俺らがいる限り社長がそんなことする必要ないっす!」

 

 あまりにも強い真島の口調に浜子は、ぼーっ、と彼の顔を眺めている。熱く語る真島は気付いていないが、飲んでも白くなるばかりの浜子の頬が薄桃色になっている。

 

「九部って、社長がしょっちゅう、『あの俗物がっ!』って言ってた男でしょ?そんな奴の下で社長が働くことねっす!!」

 

 聞いた浜子は、「ふっ!」と鼻で笑うような声を出し、うつむいて垂れた髪の中に心を隠した。

 次に、顔を上げた浜子はいつもの彼女に戻っていた。

 

「真島っ!今日は飲もう、とことん」

「付き合いますよ、社長っ!!」

 

 その日の二人は大いに飲み、かつ、空虚な馬鹿笑いを上げた。

 

 

 

 そして。

 

 隣には酔いつぶれた浜子がカウンターに突っ伏している。

 真島はつぶやく。

 

(何が変わるか、)

 

 いや、何も変わらないかもしれない。……でもっ!

 

「それでもっ!可能性があるならっ!」

 

 死んだはずの神根(ジンネマン)の実子・真里(マリィ)は生き返った。いや、死なない歴史に改変された。

 真島は目を覚ます気配のない浜子を抱え、はざまの暖簾(のれん)をくぐった。すぐに時空の扉が彼らを捕らえ、宇宙世紀へと旅立って行った。

 

 

 

 しばらくして、

 

 ガラッ!

 

「姉さん!真島さんは?」

 

 勢いよくはざまの出入り口を栗毛の少女が開ける。真島の会社の後輩であり、大家・神根の養女・来栖三姉妹(トリプルズ)の末っ子、麻里(マリーダ)である。

 

「帰ったよ。浜子さんと一緒に。肩、抱きながら~♪」

 

 姉・(プル)の言い様に険しくなる麻里(マリーダ)の表情。それを見た(プル)は一層いたずらっ子っぽい笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、いいもの、貸してあげよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月の夜。

 月よりも明るく廃墟を映し出す照明弾。

 戦争が生み出した瓦礫の山。そこからジャンプした巨人のシルエットを照らし出す。

 それはジオン公国軍主力MS《ザクⅡ》。頭部には隊長機および指揮官用(S 型)を示すブレードアンテナが天を指す。

 そして、月明かりと照明弾の光の受け、赤い機体色が夜の闇に鮮やかなコントラストを生み出す。

 

「背を見せて逃げる、だと・・・・・・?おかしい・・・・・・、陽動?ということは・・・・・・」つぶやく《ザクⅡS》のパイロット。

 

 先ほどまで地球連邦軍新型MS、通称『白い奴』を追っていたシャア・アズナブル少佐は跳躍しつつ、機体を回頭させ、6時方向の背後を確認する。

 ズーミングした高感度モニターに映し出されたのは、倒壊したビル群の先、ドーム球場の中に隠蔽する巨大な『木馬』、敵の強襲揚陸艦だった。

 

「伏兵して、背後からの奇襲・・・・・・。いい作戦だ。・・・・・・復讐に使わせてもらう」

 

 つぶやきつつ、通信ボタンを押す。

 別枠のモニターに端正な容姿の青年が映し出された途端、

 

『待っていた、シャア』と、青年。

「MSが逃げるぞ。その先に木馬がいるはずだ。追えるか?」とシャア。

『追うさ!!』

 

 即座に応えた青年の画像が消えると共に、《ザク》の上空を熱核ジェットエンジンの轟音が通り過ぎて行った。

 西暦ではありえないシルエットの航空機である。翼幅に比べて前後長は極端に短い。全備重量は980トンに達し肥大した胴体部は翼を広げたフクロウを連想させる。

 ジオン公国が開発した輸送/爆撃機《ガウ》である。2連装メガ粒子砲2門、大きなペイロードの爆弾倉をほこる。汎用機動兵器MSの搭載も可能で、まさに『攻撃空母』の二つ名にふさわしい。

 

 ビル影に機体を隠したシャアは『白い奴』を追う《ガウ》の飛行編隊をモニターに映す。

 

「さらばだ、友よ」

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「昔、アクシズで浜子(ハマーン)さんとシャアが何かあったらしいんだが、そりゃいいんだ。
 真島さんがすっかり本気で!
 あの《ザクⅢ改》でサイコフレームもないのに、また無理しちゃって。
 モビルスーツで殴り合い?柔道?何の光りー?
 意味不明だよぉ。
 次回、アクシズZZ『ガルマ・ザビ(中編)』
 真島さん、Gガンダムじゃないんだからね」



(登場人物紹介)

ウラガン → 浦賀(うらが)

キシリア・ザビ → 岸 莉愛(きし・りあ) ※SPサンクス:KY@RGM-79R様



(あとがき)

 次回はちゃんと戦闘シーンあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9 ガルマ・ザビ(中編)


 最近、思うんです。拙作の目次の上、あらすじのところが大分ごちゃごちゃしてきたなって。



『かなり前からだよ』

 そんな声は聞こえな~い。
 登場人物&組織で一話作ろうと思います。





 シャアが不敵に口元を歪めた、その時。

 《ザク》の頭上から瓦礫の破片が落ち、機体との衝突でコクピットまで音を伝える。不審に見上げたシャア。

 モニターに映し出されていたのは、満月を背後に、巨大な両肩を左右に展開させた異形の人型であった。ビルの屋上から上半身を乗り出すようにして、シャア機を見下ろしている。

 その無表情な能面の中で、デュアルアイ・センサーが不気味に光る。

 即座に、そのMSから発せられる『何か』を感じたシャアは考える前に、機体を後方へジャンプさせた。

 咄嗟の機動で右肩に担いでいたバズーカが置いていかれる。それは地上に落下するよりも早く三つに分断された。

 急降下した《キュベレイ》が両手にビームサーベルを形成し、ホバリングしていた。無論、バズーカの砲弾はあえて外して切断していた。

 

「ふふふ、こんなところでお前に出会うとは、な」

 

 夜風に打たれ、満月を眺めていた浜子は酔いも少し醒めていた。そして、今彼女の胸に吹き荒れているもの、それは、

 

「甲斐性なしっ!逃がさん!」

 

 怒気を含ませ叫ぶ浜子は、フットペダルを踏み込んだ。

 

 ビルを遮蔽物にして、巧みに逃げるシャアの《ザク》。追う浜子の《キュベレイ》。

 背を見せて逃げるシャア機が左マニピュレータから投擲榴弾を後方へ投げる。50メートル後方の《キュベレイ》の少し手前上方の空間でそれは弾けた。

 

「クラッカーなど、効かぬっ!」

 

 対人・対車両の榴弾は、《キュベレイ》を覆うガンダリウム合金にとっては水風船に等しい。乾いた音を立てて弾片は跳ね返された。

 

「お前のことが好きだった!狂おしいほどに!」

 

 続いて高さ20メートルほどのコンクリート片をシャア機は盾にする。

 

「いや違う!心が狂うほどにだっ!」

 

 浜子が怒鳴りつつ、刃渡り10メートルの光刃が叩きつけられる。二刀流のビームサーベルを次々と受け、瞬く間にそれは細かい瓦礫へと変わった。後方へジグザグにジャンプし逃れるシャア機。

 

「なぜ、私を受け入れなかった!?

 そう言えば、良かったのか?はっきりと口にせねば、・・・させねば、分からぬほど・・・。

 朴念仁か、お前はっ!!」

 

 追い回しつつ、口は閉じない浜子。まだ少し酔っているのだろうか?

 

「バスローブで抱きついたのに・・・・・・。私の・・・・・・。

 私のおっぱ○まで触らせてやったのに~!!」

 

 やはり酔っているらしい。

 

「貧乳がダメだったとでも言うのか、シャア!!貧乳は高貴なる品位(ス テ ー タ ス)ぞ!物の分からぬ俗物めがっ」

 

 怒れる(イカれた)女の猛追を何とかかわしたシャア機は、ビルに回りこみ屋上に跳躍した。《キュベレイ》からは死角で見えないが、NT能力で浜子は感じ取った。

 

「上に潜んでやり過ごすなど、小賢しい!」

 

 浜子はシャア機と逆方向に回りこんで、フットペダルを床まで抜けよと踏む。

 総推力6万キロの偏向式バインダー・スラスターが、《キュベレイ》をロケットのように打ち上げる。

 高みから屋上のシャア機が背を見せ、眼下を警戒している様子が高感度モニターに映る。

 

「ナタリーにお前を奪われるぐらいなら、いっそここで。・・・・・・さらばっ!!」

 

 肩のバインダーが斜め後方上部に向け、蒼い炎を咲かせる。月明かりを受けた赤いシルエットがみるみると迫る。

 と。

 先ほど同様、シャア機が後ろ向きのまま、《キュベレイ》に向け何かを投げた。

 

「効かぬと言った!」

 

 激情のまま浜子は操縦桿のトリガーを引き、空中でそれを切り払う。

 100分の数秒の中で250万カンデラの閃光がほとばしった。

 

「っ!スタン・・・・・・」

 

 全てを言う前に、《キュベレイ》の正面モニターは画面を真っ白に染めた次の瞬間、ブラックアウトした。

 怒りに駆られた浜子は判断を誤る。NT能力をフルに展開させ、シャアの気配がする方向へ《キュベレイ》を突進させたのだった。

 だが、目が見えぬそれは易々とかわされ、地上に墜落する。浜子は胃から込み上げてきたものを吐いた。

 のろのろと機体を立て直そうとした《キュベレイ》を再度衝撃が襲う。

 うつ伏せの《キュベレイ》。その左バインダーの付け根をシャア機が踏みつけていた。

 全天周モニターの後方はまだ生きている。屈辱に顔を歪め浜子は振り返った。

 赤熱した格闘戦用斧状兵器ヒートホークを両手持ちに高々と振り上げたシャア機が映し出されていた。

 

「ファンネ・・・・・・っ!!」

 

 だが、浜子がサイコミュを通して命じるより早く、ヒートホークは振り下ろされた。

 浜子の頭はリニアシートのヘッドレストに叩きつけられ、超高温の刃部が装甲を融解させながら、《キュベレイ》の背中を裂いていく。リア・アーマー内ファンネルコンテナのリンクが断ち切られた。

 苦痛に涙を浮かべ浜子は後方をにらむ。

 シャアは敵機にトドメを刺すべく、ヒートホークをもう一度振りかぶった。

 突如、浜子は時間が引き延ばされたかのような奇妙な感覚に陥った。

 

(そうか・・・・・・。また、か)

 

 浜子は何かを悟ったような穏やかな表情へと変わる。操縦桿を握る手の力が抜ける。

 

(まだ・・・・・・綺麗な体のまま。シャア・・・・・・)

 

 目を閉じる。ヒートホークが振り下ろされた。

 

 

 

 その時、強く浜子の心を揺さぶるものが入り込んだ。

 

(守る!!)

 

 同時に、シャア機は左方向からタックルを仕掛けたMSと激突する。シャア機と新たなMS、互いのスパイクを生やしたショルダーアーマーがぶつかり、激しく火花を飛ばし、シャア機は吹き飛ばされた。

 

『社長っ!大丈夫ですか、怪我ないっすか!?早く逃げて』

 

 外部スピーカーで叫ぶ真島の声。

 

 言うや、闇に沈む濃緑の《ザクⅢ改》はシャア機を追撃する。

 

 久しく彼女はその温かさを感じていなかった。

 

真島(マシュマー)、お前の想い・・・・・・)

 

 痛みで流したものとは違う種類の涙。それが浜子の瞳からこぼれ落ちていた。

 

 

 

「このヤロー!社長のロボットをよくもメチャクチャしやがったなっ!」

「私にプレッシャーをかけるパイロットとは、・・・・・・一体何者なんだ?」

 

 ひたすら激昂する真島と冷静の中にも焦りを見せるシャアは好対照だった。

 敵に鹵獲された《ザク》なのか。それにしては異常な性能。『木馬』に搭載された別のMSか。

 だが、そういった疑問を思考の間に入れる余地はない。

 見慣れぬその《ザク》は、推力を量産型(F 型)の30%増しにしたシャアの指揮官用(S 型)に易々と追随した。

 ビルを盾にフェイントをかけ逆方向に跳躍しても、やり過ごしたかと高架ハイウェイの橋脚に機体を潜めても追ってきた。

 MSの性能は明らかに敵が上だが、操縦技術ならシャアが上。

 

「しかし、なんなのだ。奴の執念とも思えるしつこさは」

 

 コクピットに警告音が響く。燃料切れ寸前を示していた。S型は推力を増した一方、燃料タンクの拡張はなく、相対的に稼働時間が短くなっていた。

 

「ちぃ!『白い奴』と『モグラ』の戦闘で使いすぎたか」

 

 敵機がひたすら格闘戦を求め、射撃してこないことから火器を持っていないらしい。シャアにとってせめてもの救いだった。

 撃破できずとも一撃を加えた上、追撃を諦めさせる。

 

「今この場で機を捨てるなど」

 

 シャアは自分でも気付かぬうちに、敵機の性能とパイロットの腕を過小評価しているところがあった。

 そして、気付かぬうちに『赤い彗星』という二つ名のプライドを胸に抱いていたのである。

 

「よし、やる」

 

 シャア機は足元、1メートル四方のコンクリート片を左マニピュレータで拾い、隠蔽していたビルの谷間から出る。

 すぐにシャア機のセンサーが敵機《ザクⅢ改》の足音を捕らえる。戦い慣れていないのか、パイロットは戦闘区域を無秩序に歩き回っているようだった。

 

「まるで、素人だな。やはり木馬のパイロットか」

 

 瓦礫に機体を伏せさせながら、シャアは攻撃のタイミングを計る。《ザクⅢ改》はシャア機に気付かぬまま近づいていた。

 シャア機のメインスラスターの一噴射で接近できる距離に、《ザクⅢ改》が近づいたとき。左マニピュレータに握るコンクリ片を9時方向へ投げる。

 大きな物音に、《ザクⅢ改》が回頭しシャアへ左側面を見せる。

 

「もらった!」

 

 言いつつ、フットペダルを踏み込む。

 瓦礫を乗り越えたシャア機。右マニピュレータが手にしたヒートホークを大上段に構えたまま、背部スラスター・ノズルは限界まで展開し、蒼い炎を吐く。

 気付いた《ザクⅢ改》が機体の方向を戻す。

 

「遅いっ!」

 

 振り下ろしたヒートホークは敵機の装甲を焼き切りながら、コクピットを叩き潰す、

 はずだった。

 シャアの予測より一段速い突進で間合いを潰され、手刀形状にした《ザクⅢ改》の左マニピュレータがシャア機の右のそれを受け止めていた。

 

「まだだっ!」

 

 即座にシャア機は左マニピュレータで拳を作り、《ザクⅢ改》の赤く塗られた胸部へ一撃を狙う。

 だが、それも《ザクⅢ改》の右手にブロックされた。

 攻撃の一瞬のスキをついて、《ザクⅢ改》が機体を密着させた。接触回線が開く。

 

『覚悟ぉぉぉ!!』

 

 怒声が聞こえたときには、モニターの映像が縦回転していた。

 それは柔道でいうところの一本背負い投げだった。

 背部から落ちる《ザクⅡS》。コクピットのシャアもしたたかにシートへ叩きつけられた。四点式シートベルトが体に食い込む。

 

「化け物めっ!」

 

 うめきつつ、シャアは機体をすぐに引き起こし、索敵する。モノアイ・センサーがガイドレールを左右に走るが、敵の姿がない。

 

「上かっ!」

 

 頭上には、《ザクⅢ改》が怪鳥のようにマニピュレータを大きくひろげ、跳躍していた。

 その装甲の隙間から月光とは違う、グリーンの発光がにじみ出ていた。

 

「じょ、冗談ではない!」

 

 戦闘中、単なる驚きではない、狼狽をシャアは見せた。彼の気持ちそのままに《ザクⅡS》が後ずさる。

 彼はこれより13年後、再度この現象を見ることになる。

 だが、今この時はサイコミュもサイコフレームもなく、ただ真島 世路(マシュマー・セロ)の内よりわき出る気合が、生み出した謎の光であった。

 背部メインスラスターを全開にして、《ザクⅢ改》は突っ込む。左脚部は綺麗に「く」の字に折畳まれ、右脚部はまっすぐシャア機の頭部へ向け伸びていた。

 

「ライダァァァ、キィィィック!!」ほとばしる必殺の叫び。

 

 《ザクⅢ改》の足底は正確にシャア機の頭にめり込んだ。

 間、髪を入れず足底から吹き出すスラスター噴射。華麗に宙返りし着地。

 蹴りとスラスターでシャア機の頭部は分離し、どこかへ飛んでいった。機体は思い出したかのように仰向けに、どうっ、と倒れる。

 すぐにコクピットハッチが解放されシャアは脱出した。

 振り返った彼の仮面が一瞬、《ザクⅢ改》のモニターに映る。

 

(ウルトラセブンみたいな奴だな・・・・・・)とは真島の感想。

 

 シャア・アズナブルの姿はその真っ赤なコスチュームも含めて、特撮ヒーローに似ていなくもなかった。

 すぐに彼の姿は瓦礫の街と闇にまぎれる。

 

「終わった、……か」

 

 真島が膝立ちの《ザクⅢ改》を立ち上がらせた、その時。

 

お兄ちゃん(マスター)、どこ?)

 

 その意識が入り込むと同時に、背後で砲撃の音と光が沸き起こった。

 

麻里(マリーダ)っ!!」

 

 真島の鋭い勘は上空で激しい対空砲火を受ける《ガウ》に向けられた。そこに少女の気配を感じる。

 真島はフットペダルを底まで踏み込んだ。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「真島さんがシャアをやっつけたけど、ガウの坊ちゃん指揮官が楽をさせてくれない。
 麻里ちゃんまで、えぇ~!?なんでそこに?
 しかも、なに、その格好?
 空気読まないホワイトベースはメガ粒子砲、ドーン!
 次回アクシズZZ『ガルマ・ザビ(後編)』
 麻里ちゃん、それはまずいって・・・・・・」



(あとがき)

 スタングレネード一発で、チーン、はないでしょ。いくら何でも。スイマセン。重ね重ねですが、筆の力が無いんですよ!《キュベレイ》だって対抗装置を備えていると思うんですが、うまく書けねっす。
 自分で書いててなんですが、いくら気持ち悪いからって、浜子さん泣かすなよ、シャア。ちょっと後悔。まあ、アプローチがねちっこく、粘りまくっているのは認めますが。
 まぁ、これも(自分が書く)シャアの包容力の無さということで。

アムロ「三冠王は伊達じゃない!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 ガルマ・ザビ(後編)

 連邦軍のMS『白い奴』を追跡していた《ガウ》と飛行編隊は突如、背後からの攻撃を受けた。

 最後のときに、『木馬』討伐作戦の責任者にして、地球攻撃軍司令官ガルマ・ザビは悟った。 

 敵を追い詰めていると思いながら、実はのど元にナイフを突きつけられていたのは、自分であった、と。

 

「180度回頭だ」

 

 被弾の衝撃で《ガウ》の艦橋に転がったガルマは、歯噛みしつつ立ち上がる。

 

「ガ、《ガウ》を木馬にぶつけてやる」

「やめてっ!」

 

 妙に甲高い少女の声がガルマの背後から起こった。振り返ると、

 

「なにっ!なぜ、子供が乗っている?

 それに、・・・・・・なんだその格好は!?」

 

 敵の強襲揚陸艦からメガ粒子砲も含めた激しい攻撃。その絶体絶命の状況にもかかわらず、ガルマはその栗毛の少女の姿にあらゆる注意を奪われた。

 それは緑と薄い黄色の服装だったが、内容に大変問題があった。

 トップスはへそ出しの半袖シャツ、腰の辺りをかろうじて隠している超ミニスカ、そして、・・・・・・太ももへ伸びるガーターベルトとオーバーニーソックス。

 しかも、サイズが合っていない。どれも15歳の来栖 麻里(マリーダ・クルス)にはいささか・・・・・・いや、だいぶ小さかった。

 肌もあらわな二の腕やウェストは、きゅっ、と締まった反面、胸やヒップはピチピチの質感があふれている。そして、太ももの絶対領域に食い込むガーターベルトは危険な香りをかもし出していた。

 兄たる存在(マスター)の真島を追って宇宙世紀にやってきた麻里はなぜか、《ガウ》の艦橋に飛ばされていた。

 

(ありえない。こんな子供が。こんな・・・・・・、

 いや、ありなのかも・・・・・・。むしろ、良いっ!)

 

 拳を、ぐっ、と握り締めたガルマは新たな可能性の扉を開けつつあった。

 ガルマの正面に回った麻里(マリーダ)は両手を広げ、操縦席を遮るように立つ。

 

「何言ってるの、こんな時に!この飛行機にだって、たくさんの人が乗っているんでしょ?その人たちを巻き込んで、意地のために死なせてしまっていいの?」

(い、いや、そんなことより君の格好が、目に焼きついて・・・・・・)とはガルマ・ザビ。

 

 その時。一条のメガ粒子の光軸が《ガウ》を貫通。激しい衝撃となってガルマにツッコミを入れる。彼はかろうじてジオン公国軍人とザビ家四男という誇りを取り戻した。

 

「・・・・・・私とてザビ家の男だ、無駄死にはしない。どくんだっ!」

「ふぁっ!?きゃぁぁっ!!」

 

 ガルマは麻里(マリーダ)を突き飛ばし、操縦桿を握る。

 しかし、少女のおっぱ○を押しては、『ザビ家の男』だとか『無駄死にはしない』などと言っても、まったく説得力がない。

 手が届きそうな視線の先に迫る白亜の巨体。『木馬』の姿。

 《ガウ》に特攻をかけながらガルマは高鳴る気持ちを抑えることができなかった。

 

「ジオン紳士に栄光あれぇぇぇ!」

 

 あ、・・・・・・あれぇ?

 叫び間違いに気付いたときは、すでに手遅れだった。

 メガ粒子砲の光軸が艦橋のすぐ下を貫く。

 去り行くガルマの脳裏に、金髪と緑の瞳を持つ女性の姿がよぎる。

 

(イセリナ、すまない・・・・・・いろんな意味で)

 

 このような状況においても、ガルマの下半身は荒ぶっていた。

 一際、大きな衝撃に機体高度は、ぐん、と下がる。

 

「お兄ちゃん!!」叫ぶ麻里(マリーダ)

(ああ、なんということだ・・・・・・。あの少女が私のことを身内同然に、・・・・・・。

 もう、思い残すことは、なにもない・・・・・・)

 

 続く、メリメリと何かを引き裂くような轟音の後、ガルマ・ザビの意識は昇天するかのように持ち上げられ、途切れた。

 

 

 

 《ザクⅢ改》は大推力のおかげで、なんとか撃墜間際の《ガウ》に追いついた。

 《ガウ》の上部へ強行着艦する。凄まじい衝撃荷重が一気に高度を押し下げた。

 メインスラスター噴射。一挙動で艦橋に迫る。

 急制動後、片膝を付きヒールクローと足底のマグネットを使い、機体を固定する。

 艦橋の天井に当たる装甲を《ザクⅢ改》のマニピュレータが引き剥がした。

 

『お兄ちゃん!!』

 

 外部マイクが眼下の麻里(マリーダ)の声を拾い、

 

『早くこの人を!』彼女はガルマを指差す。

 

 すぐに真島はガルマが腰掛けた操縦席ごとマニピュレータですくい上げた。シートの固定ボルトが引きちぎられる。

 

「お前もっ!」と真島。

 

 皆まで言う前に麻里もマニピュレータへ、その手の平へ飛び乗った。

 モニターでそれを確認しヒールクロー、マグネット解除。

 《ザクⅢ改》を立ち上がらせると同時に、背部スラスター・ノズルが火を噴く。

 全天周モニターの頭上には、ギリギリですれ違う白亜の巨体、強襲揚陸艦の底部が屋根のように覆い、後方へと流れていった。

 振り返ると、下方では墜落した《ガウ》の轟音と爆発が起こっていた。四散した《ガウ》なのか、弾かれた瓦礫なのか、上空まで飛び上がり黒煙の尾を引いている。

 

「これで本当に終わった、……な」

 

 真島が額を拭いながら、視線を正面に戻す。そして、飛翔する《ザクⅢ改》の手の平に乗せる麻里(マリーダ)を見下ろした。

 見返す麻里(マリーダ)は微笑みながら立ち上がった。

 

 風が吹く。強く。栗毛がなびいた。

 

 

 

 次の瞬間、少女がバランスを崩し転落した。

 

「麻里ぃぃぃ!!」

 

 高度がない。みるみる地上が迫る。

 

 少女の小さなシルエットが瓦礫に飲み込まれる。

 

 その直前。

 煙を吐きながら飛翔するMSが、麻里(マリーダ)の体を受け止めた。

 巧みにマニピュレータを操り、墜落の衝撃を減衰する。

 浜子の《キュベレイ》だった。

 役に立たなくなったファンネルコンテナを切り離し、半死半生の姿となって《キュベレイ》は飛んでいた。左バインダーの噴射具合も息継ぎするようで、見るからにおかしい。

 《ザクⅢ改》へ近づけるや、回線用ワイヤーを飛ばす。

 

『真島ぁ!何をやってるか!!』

(うわっ、めっちゃ怒ってる)とは真島の心情。

 

 慌てて、

 

「い、いや。ほんとに、……。焦った。麻里、助かって良かった。

 社長、ありがとうございます」

『何がありがとうだ、大うつけがっ!私がいなければ、麻里は今頃、地面の染みになってただろうに!

 まったくもって、使えない男だ。西暦でも宇宙世紀でも本当に・・・・・・』

 

 九死に一生を得た麻里。まだ死の恐怖に体が震える。しかし、彼女は不思議に思った。

 真島を切りつけるような浜子の口調。にもかかわらず、彼ら二人の間に流れる空気は柔らかく、温かく絡み合っていたから。ニュータイプの持つ洞察力で麻里は気が付いた。

 麻里が寝そべる《キュベレイ》のマニピュレータ(手 の 平)。装甲の下、サイコミュを通して増幅された浜子の淡い気持ち。

 麻里は感じ取って、どきっ、とした。

 南に向けて飛ぶ彼らの左側、地平線から太陽が姿を見せつつあった。

 

「お兄ちゃん・・・・・・」

 

 膝を付き合わせ、ぺたん、と座る麻里は不安に目を潤ませて、《ザクⅢ改》を見上げる。

 すると、風が彼女のミニスカをまくり上げ、ショーツを、そしてガーターベルトの上端もあらわにした。

 朝日を受けた、なまめかしい姿態と悩ましい表情をモノアイ・センサーが見返す。

 

『ちょっ、バカっ!麻里、なんて服着てるんだ!?ロリコンに襲われたいのか!!』

 

 真島の声は歳の離れた妹を叱咤する口調であった。

 それは麻里を愕然とさせ、大事なところを覆い隠すことを忘れさせた。

 

 

 

 時間を少し戻そう。

 連邦軍『木馬』と《ガウ》飛行編隊が交戦した地点より、南へ10キロ。

 『木馬』捜索命令を受けていた、ジオン公国軍特殊実験部隊『闇夜のフェンリル隊』の《ザク》1個小隊は、本隊の通信が途絶えた北へ急行していた。

 ところが、一列縦隊の最後尾、ニッキ・ロベルト少尉の乗る《ザク》が急停止する。

 

「警戒!熱源反応!3時の狭い路地」

 

 ニッキの急を告げる無線に、大通りを先行するル・ローア少尉、オースティン軍曹の《ザク》がきびすを返す。

 大通りへ通じる路地の出入り口を扇状に取り囲む3機。

 正面のニッキ機が高感度モニターにズーミングをかけ、奥に潜む熱源の正体をうかがう。

 

(なんだろ、これ)

 

 サーマルセンサーもそれが瓦礫とは異なる熱を持っていることを示している。

 

『なんなんだ、ニッキ。報告しろ』

 

 ル・ローアの一本調子な声がスピーカーから流れる。

 

「なんというか、・・・・・・不気味な、巨大な、オブジェみたいな・・・・・・」

 

 単色のモニターに映ったシルエットはチューリップにも似ているが、ハチの尾部にも似ていた。もっとも、宇宙で生まれ育ったニッキには、植物や虫に例えるのが難しい。

 

『オブジェぇ!?バカひよこが!そんなもんほっとけ!本隊が一大事なんだよ!』とオースティン軍曹。

「しかし、何か連邦の新兵器かもしれません!」反論するニッキ。

『俺たちの急務は本隊と合流することだ。そいつの回収も詮索も仕事じゃない。行くぞ』

 

 小隊長ル・ローアの決定にニッキは少し後ろ髪を引かれる思いだったが、その後、本隊の惨状を目にし、そんなことはどこかへ消えてしまった。

 

 

 

 その後、浜子が廃棄した《キュベレイ》のファンネルコンテナは再建されたシアトル市に回収され、戦前の芸術性を示す前衛的オブジェとして、人々の憩いの広場に飾られることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1989年10月5日木曜日。

 東京郊外、アパート『ジンネハイツ』。

 目覚めた真島は勢いよく布団をめくる。

 隣には誰もいない。

 

(だよな。さすがに、あの鬼太郎みたいな髪の男が寝てたら、俺も引くわ。

 ・・・・・・麻里(マリーダ)がいても焦るけど)

 

 シャワーを浴びて、早々に出勤する。

 

 真島はアクシズ建設社屋の前で、見知った先輩・後輩と顔を合わせた。

 

 「うーっす」と先輩・後藤 豪(ゴットン・ゴー)

 「おはようございます」と後輩・都外川 暮巳(グレミー・トト)

 

 真島も応えかけたところで、後藤がこちらを指差したまま、「あわ、あわ、あわ・・・・・・」と目を丸くしている。

 

「?」

 

 不審に思い、真島が自分のスーツのあちこちに手をやるがそうではないらしい。

 

「おはよう、みんな!」

 

 背後から明るい声がかけられ、真島は振り返り、・・・・・・。

 後藤同様、固まった。

 

 紺のショートスーツに身を包む浜子が微笑んでいた。その笑みはかつての癒し系、猫っぽい雰囲気の『はにゃこ』を思わせたが、少し恥じらいを含んだ顔は、より女らしさを際立たせた。

 

(うわっ、短けっ!)

 

 視線を落とした真島はそのスカートの丈に驚愕する。そして、美脚を強調する黒タイツ。

 

(うわっ、エロい!)

 

 後藤は鼻を手で押さえる。いわゆる柄タイでバラとリボン柄があしらわれた上、太ももの上部は透け透け仕様になっていた。

 

(しかも、かわいい・・・・・・)と真島。

 

 スーツの下には黒白チェックのフリル付きブラウス。首元から胸の中央にかけて、『フリフリフリー♪』と言ってもよいほど飛び出している。

 

(社長、かわいいよ、社長・・・・・・)と後藤。

 

 髪は幼女がするように二つ結びにされていた。垂らした髪の先が肩に届かないそれは、後年のツインテールの亜種ピッグテールである。

 

「もう少し髪が伸びてからの方が、いいのかと思うけど・・・・・・」

「いやいやいやいやー!めっちゃ似合いますよ!」と後藤。

「アクシズよ!はにゃこさんは帰ってきたーーー!」真島は猛っている。

「そ、そうか・・・・・・。ありがとう・・・・・・」

 

 ばら色に頬を染める浜子に真島はまた、どきっ、とした。

 浜子の後ろで入谷 はこべ(イリア・パゾム)は(ばかやろう・・・・・・)と拳を固める。

 

(ううう、・・・・・・社長の近くにいると、みんなよくはしゃぐ。でも・・・・・・

 社長は九部 真(マ・クベ)のいけにえに差し出されるのよ・・・・・・)

 

 入谷は顔をそむけ、一人悔し涙を隠した。

 

 興奮冷めやらぬ後藤と真島。

 

「いいなぁ、社長。いいなぁ・・・・・・。なぁ、暮巳(グレミー)?」と後藤。

「僕は15歳以上の人はお断りです」と暮巳。

「死ねぇぇぇ、ロリコン!!」

 

 真島の正拳突きが炸裂した。

 

 彼らの様子を50メートル離れた電柱の影から見ている者がいた。

 暗い表情の来栖 麻里(マリーダ・クルス)はつぶやく。

 

(ハイミスなのに。無理して・・・・・・)

 

 それを負け惜しみという。

 最強のエルピー・プル仕様で臨んでも太刀打ちできなかった麻里に、現状を打開するすべは無い。

 

(※ハイミス:年のいった未婚の女性。バブル期によく使用された。死語)

 

 

 

 事態はその日の午後に急展開する。

 3時休憩のチャイムがアクシズ建設のオフィスに鳴った。

 厚生課・五十川 やよい(ヤヨイ・イカルガ)が応接間兼休憩所のテレビのスイッチを入れる。

 

「さーて、緑茶割りでも飲みながら、世界情勢でも見るかい」

「割りじゃないよ、やよいちゃん!お酒ダメ、職場では!」と、同じ厚生課の本郷 すみれ(スミレ・ホンゴウ)

 

 「わかってるって」と投げやりに応えつつ、チャンネル選択のつまみを『ガチャッ!ガチャガチャ!』といじくっていたやよい。

 突如、画面を流れたワイドショーのテロップに驚愕する。

 

〈奇跡!生きていた佐備建設の御曹子(おんぞおし)!!〉

〈記憶喪失の十年間。佐備 駆馬(さび・かるま)の数奇な人生を追った!!〉

〈昭和を代表する建築界の帝王・佐備 定義(さび・さだよし)。その子息が今日、成田到着!!〉

 

「さ、佐備 駆馬は生きていたって、・・・・・・何コレ!?なんなのこの『ケネディは生きていた!?』みたいなノリは!ニュースソースは東スポじゃないよね?」

 

 やよいにツッコミを入れる余裕もなく、その場の社員全員が呆然としていた。

 

「入谷っ!」

 

 立ち上がった浜子はすぐに入谷と佐備建設本社に向かう。

 タクシー車中で。

 

(なるほど、死ぬはずの人間が生きていたり・・・、もしや、生きるはずの人間も死んでいるのか・・・?

 神か、仏の仕業か、それとも運命のいたずらか。いずれにしろ、ご都合主義なことだ。

 だが、・・・面白いな。ならば、)

 

 浜子は『はにゃこ』の容姿のまま、口元に邪悪な笑みを浮かべる。

 

(ふふふ、俗物どもめ。その首、よく洗っておくことだ)

 

 

 

 佐備建設本社は蜂の巣を突いたような騒ぎで、浜子の出向の話など吹き飛んでしまっていた。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「ついにアクシズZZ休載のお知らせだ。
 つまりね、飲みすぎたのよ。風邪引いたのよ。
 アイデアやプロットはメチャメチャ。
 高熱出したりで、なんか作者は阿賀間建設の社員じゃないのって錯覚してる。
 でもね、お酒の亡者、五十川やよい(ヤヨイ・イカルガ)さんがはりきっちゃてるの。
 次回、アクシズZZ『ヤヨイ出撃(仮)』
 酔っ払いの修羅場が見れる、・・・・・・のかなぁ~?」



真島 世路(マシュマー・セロ)菅 浜子(ハマーン・カーン)にフラグがビンビンです】
来栖 麻里(マリーダ・クルス)のフラグが半壊しました】
佐備 駆馬(ガルマ・ザビ)が紳士という名の可能性の扉を開きました】
九部 真(マ・クベ)菅 浜子(ハマーン・カーン)愛人フラグが半壊しました】



(登場人物紹介)

ガルマ・ザビ → 佐備 駆馬(さび・かるま)



 でも、Gガンダムは見たこと無いんです。今度見てみようかな。
 そして、ガルマに対するアンチ・ヘイト全開!

キシリア「残念です。あのガルマがJKのガーターベルトの前に倒れたと」
ドズル「あ、兄貴、俺はまだ信じられん。あいつがあんなロリコン弩変態だったなんて」

 来栖麻里、16歳。エルピー・プル地球降下時衣装。あひる座りで瞳うるうる。人によってはコロニーレーザー級の威力・・・・・・か?
 しかし悩殺失敗。分かってないね。パンツ丸見えにされても、ちょっと、・・・・・・ね。見えそうで見えないチラリズムというものを勉強したほうが良い。しかし、麻里のフラグは全壊じゃありません。もう少し真島のフラグを乱立させて話をややこしくさせたい。
 はにゃこは頑張った真島へのご褒美です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 ヤヨイ出撃(前編)

 

 伝統的和風の蔵。ほの暗い内側。そこは柱のひとつひとつ、壁のすみずみまで甘酸っぱい香りに満ちていた。鼻腔をくすぐるその正体は(こうじ)である。

 そして、そこでは今、二人の男が風景よりも暗い表情、表情よりも暗い声音で言葉を交わしていた。

 

阿賀間(アーガマ)建設に戻ってきてくれないか?」

 

 言いつつ、リーゼントヘアーの男が無意識にシャツの襟元を指で押し広げる。彼の癖らしい。

 

武光(たけみつ)、それはできない。私はまだ認められない。

 自分自身の、若さ故の過ちというものを」

 

 応える男は、かけたサングラスで顔と心を覆い隠していた。

 

「そんな、論戸(ろんど)さんの、いや、礼子(れいこ)とのことならもういいじゃないか」とリーゼント武光。

「彼女が去って、もう二年か。早いな」とサングラス。

「・・・・・・」

 

 男のつぶやきに武光はその先を言いかねた。

 

「礼子のことだけじゃない。浜子(はまこ)、そして寸子(やすこ)。私は子と名の付く女性を不幸にし続ける男だ。この先の何十年という人生。私はこの業を背負って、孤独に生きていくだけだ」

(こいつ・・・・・・)

 

 武光は男の宿業の深さに肝が冷えた。

 

(思いっきり奈田理(なたり)さんのこと忘れてるぞ! 妊娠までさせといて!!)

 

 そして、怒りに変わる。

 

「すまない、野阿(のあ)」とサングラス。

「わかった。今日は会ってくれてありがとう」と武光。

 

 儀礼的な挨拶をして、阿賀間建設社長・野阿 武光(のあ・たけみつ)は去った。

 

(二度と会うか、ボケ甲斐性なし!)

 

 武光は心で罵る。

 蔵を後にし、駅へと歩を進める武光の頭上、奥多摩の木々が色づき始めようとしていた。

 

 

 

 アクシズ建設に午後3時を告げるチャイムが鳴り響く。

 

「お疲れ様ですっ、お先に失礼しますっ! じゃ、お兄ちゃん。また明日!」

 

 栗毛の少女が元気よく声を上げ、去っていった。バイトを終え定時制高校へ向かう、来栖 麻里(マリーダ・クルス)である。真島がなにか言い返す間もない。

 

「ったく! いつから俺のこと『お兄ちゃん』なんて気安く呼ぶようになったんだろ。先輩と呼べ、先輩と!」

「見せ付けてくれるねー、お兄ちゃん」

 

 向かいのデスクから真島の先輩社員・後藤 豪(ゴットン・ゴー)がニヤニヤしながら言う。

 

「まったくです。半年であんな子供と関係を持つなんて、鬼畜です」

 

 隣では、後輩の都外川 暮巳(グレミー・トト)が口をとがらせている。

 

「お前に『関係』だの『鬼畜』だの言われたくねーよ! このロリコンがっ!!」

「あ。そういうこと言いますか。先輩だって、ロリコン弩変態でしょう? 麻里(マリーダ)ちゃんの顔に白いのぶっかけるのが大好きな!」

「テ、テメー、暮巳っ! またそれを蒸し返すかっ!? お前だって、『15歳以上はお断り』とか言ってたくせに、阿賀間(アーガマ)流川るう(ルー・ルカ)にお熱じゃねーか。あいつだって、とうに二十歳(はたち)越えてんぞ!」

「るうさんは特別です。何事にも例外というものはあるものです。話をそらさないでください。そもそも先輩は否定してますが、自分がロリコンであることを認め・・・・・・」

 

 不毛な言い争いが鬱陶(うっとう)しくなり、後藤は喫煙もかね屋上へ逃げた。

 

 

 

「なんだか、営業の人たち元気だねー」と厚生課の本郷 すみれ(スミレ・ホンゴウ)

 

 少し離れた応接間兼休憩室では、彼女と同じ課の五十川 やよい(ヤヨイ・イカルガ)が茶をしばいていた。

 

「元気って言うか、ただのバカだよ」とやよい。

「アハ、ハハ・・・・・・」

 

 めがねがずり落ちて、微妙な笑いのすみれ。

 

(やよいちゃんにバカって言われる人たちって、・・・・・・)

 

 厚生課でも抜群の能力の低さで、任されるのはゴミ捨てとお茶くみというやよい。いや、もうひとつの特技があった。飲み会のセッティングと一発芸だ。

 今は旅行・観光ガイドブック『ぶるる奥多摩』をにらんでいた。

 やよいの目が釘付けになっている。〈ちょっと()ってきな!赤乃井、秋の蔵開き〉の文字が躍っていた。

 

「行きたいな~。でも、あとのことを考えるとな~」

 

 複雑な気持ちは、笑いながら眉間にシワを寄せるその顔に表れていた。

 以前、飲み会終了後、公園の噴水に飛び込んだことのあるやよい。翌朝まで放置され風邪を引いた。

 赤乃井こと赤井酒造は都下を東西に流れる多摩川上流のほとりにある。10月下旬に酔った勢いで川に入れば、間違いなく命はない。蔵開きには誰かと一緒に行った方が良い。

 ぱりん、という小気味よい音。向かいのソファのすみれがせんべいをほおばっていた。

 

(すみれちゃんはお酒飲めないからなぁ~。人生のすべてを損してるよ、ウン)

 

 小柄な同僚を見て、やよいはひとりうなずく。

 その時、彼女の視界の端を男が行き過ぎる。

 

「マッシマー!」奇声を上げるやよい。

 

 暮巳との口喧嘩からイライラしながら、タバコでも吸いに行こうとしていた真島は、ぎょっ、となった。

 

「赤乃井の蔵開きに行こう! いや、行くべきだ! いやいや、行かねばならない!!」

「マッシマーはやめろ! 変形ロボっぽいから!! とりあえず、順序立てて説明しろや」

 

 言いつつ、やよいの提案を聞く。

 

「いいぜ。俺も今度の土曜は暇だしな」と快諾(かいだく)する真島。

 

 この場に偶然、社長の菅 浜子(ハマーン・カーン)、そして来栖 麻里(マリーダ・クルス)がいなかったことは、幸運だったのだろうか? それとも不運か?

 いずれにしろ、このやよいとの約束が真島の取り巻く事態をさらに混乱させることになるとは、予想していなかった。

 

 

 

 どきどきどきどきどきどき。

 自分の心臓が耳の横にあるのかと思う。

 

(もちつけ! い、いや、落ち着け。私は地球圏を恐怖させたアクシズの摂政だぞ!!)

 

 壁に背を預けたピッグテールの『はにゃこ(はにゃーん)』こと、菅 浜子(ハマーン・カーン)はひとつ深呼吸する。

 そして、『例のあの能力』を展開した。建物の壁や鉄骨を貫通してその気配を感じ取る。

 

(来た!)

 

 ちょうど真島は夕方、最後の小休止を終え、屋上からオフィスへ戻るところだった。待ち伏せていた浜子(ハマーン)が、階段の曲がり角から姿を現す。

 

「奇遇だな、真島 世路。タバコか?」と浜子。

「あ、ども、社長。会議、終わったんすか?」と真島。

「うむ。まあ、・・・・・・な」

 

 なにやら、歯切れの悪い浜子の様子に、真島は「?」となった。

 そして、浜子は前触れもなく叫ぶ。

 

「土足で店の座敷に上がるな!!」

「え、・・・・・・いや、上がらないでしょう。普通」

(む、いきなり過ぎて話が通じぬか。ならば)

 

 浜子は額に汗を浮かべながら続ける。

 

「も、もちろんだ。居酒屋の座敷ならば大問題だ。だが、仮にイタリアンレストランであればどうだ?」

「どうだって言われても、洋食屋に座敷はないでしょ。普通」

「さ、さすがだ、真島。その類まれな洞察力。私が見込んだだけのことはある」

「はぁ、どうも」

 

 完全に虚を突かれた雰囲気の真島。

 

(社長、どうしちゃったんだ? 随分、詩人モードだな)

 

 しかし、洞察力ってことは、裏に隠されたことを読み解けってことか? って何を!?

 そんな真島の思いを知ってか知らずか、浜子は胸に手を当て再度深呼吸する。

 

「そうだな、こんな芝居じみたことはレウルーラ(リク○ート)事件の蛭田 道三(ヒル・ドーソン)の領分だったな」

「??」

 

 なにか決意したらしい。きっ、と眉と唇を引き締める。

 

「真島っ!」

「はい?」

「わ、私と来てくれれば、そ、その」

 

 続きが出ない。『一緒にイタリアンレストラン「エル・ビアンノ」に食事へ』と。

 

「現場っすか? 行きますよ。どこすか?」

「ばばば、場所はまだ言えぬ。週末、土曜だ」

 

 菅 浜子、なぜこの程度のことでどもってしまうのか?

 

「えっ! 土曜っすか!?」

「不満か?」

 

 『はにゃこ』の姿で生前ネオ・ジオン摂政のプレッシャーを噴き出す浜子。

 

「いや、別に(休日出勤かよ。やよいとの約束もパーだな)」

「と、とりあえず、新宿アルタ前に午後6時集合ということとする」

「はぁ? 新宿アルタ? 午後6時?」

「なにか問題か?」

 

 再び噴出するプレッシャー。

 

「いえ、別に(あの辺にウチの案件あったっけ? しかも、6時から現場視察ってどういうことだよ)」

 

 真島は首をひねる。

 

(ま、いっか。6時ならやよいとの約束もなんとか守れそうだし。飲み過ぎないように気を付けないとな)

 

 二人の様子を廊下の端に隠れながら双眼鏡で見ていた秘書の入谷 はこべ(イリア・パゾム)。拳をぐっ、と握り持ち上げる。

 

(グッジョブです、社長)

 

 目尻をハンカチで拭う。娘を嫁に出す母親のようであった。

 

 

 

 週末。

 

「なんでスーツなんよ?」

 

 JR青梅線、奥多摩行きの電車内でやよいが尋ねる。

 

「いや、夕方から社長と現場周りでさぁ。まいったよ」応える真島に、

「ほぁー。できる男は辛いねー。その分、私が飲んどくから安心したまえ!」と、ない胸を張るやよい。

 

 それを見た真島は「ほどほどにな」と苦笑するが、一転ひどく渋い顔になった。

 

「しかし、今朝もまいったよ。なんか麻里(マリーダ)が付いて行きたいみたいなこと言ってたからさ」

「麻里ちゃんが? 意外ぃ。なんで連れてこなかったんよ?」

「あいつ未成年だろ。いくらなんでも酒蔵のイベントに連れて来るのはちょっと早いだろ?」

 

 それは半分は事実ではあるが、

 

(このごろ、あいつの視線や付きまといがちょっと、いや・・・・・・だいぶ気味悪いんだよなぁ)

 

 これが真島の本心である。

 職場のトイレから出てくれば、自分用とは別に真島のためのハンカチを用意して、待っているし、

 

「忠犬ハチ公か、お前はっ!」

 

 休憩時に屋上でショートホープをくわえれば、速攻で火を差し出す。

 

「ホントの、ホントに夜学に通ってんのか?おっ、コラ!歌舞伎町にあるんじゃねーだろーな!?」

 

 今朝も玄関を出ると、ジンネハイツの外階段の下に麻里は待ち伏せしていた。季節には早いチャコールのロングコート、大きなきのこを連想させる黒のキャスケット帽。帽子の下からは周囲へ鋭い視線が張り巡らされ、兄たる(マスターの)真島に悪い虫でも付かないよう、にらみを利かしていた。

 ここに至り真島は確信した。もうほとんど不審者である、と。

 

「絶っっっ対に付いてくんな!!」

 

 最寄り駅まで付いて来た麻里に厳しく言うと、彼女は泣き出しそうな顔になりながらうなずき、改札をくぐる真島の姿が見えなくなるまで立ちつくしていた。彼の言動が()()()()()であることを匂わせる服従ぶりであった。

 

 再び電車内。

 

「麻里ちゃん、けっこう飲めると思うけどなぁ」とやよい。

「いやだから! あいつまだ16だし」と真島。

「え? 『お酒は15(じゅうご)になってから』って」

「いうかー!!」

「またまたぁ♪ 私が小学生のときには、学校を休むのは二日酔いのときぐらいで」

「どんな女子児童だよっ! そんなもん、見たくねーわっ。普通に未成年の飲酒だろうが」

「ホントに~? おかしいなぁ地元(ローカル)ルールじゃ・・・・・・高知県じゃ酒は10歳から」

 

(※飲めません。お酒は二十歳になってから。未成年の飲酒ダメ、絶対)

 

 不思議な二人の会話は意外とはずみ、列車は青梅線赤井駅へと向かった。

 

 

 

 ところ変わって菅邸。浜子の自室。

 彼女は非常に悩んでいた。

 今日の真島との待ち合わせ。ブラジャーにパットを入れるかどうか、である。

 

「貧乳は高貴な品位(ステータス)だ。だが、それを解さない人間もいる。シャアだ。いまいましい」

 

 ブラジャーとショーツ一枚の浜子は拳を固める。

 いや、貧乳は関係ない。シャアは彼女のねばりつく一途さが嫌だったんだと推測できる。さらに、グリプス戦役で再会したときにはハマーンも歳を取り過ぎていた。ロリコンには耐えがたい。

 

「それに、」

 

 拳を解き、浜子は全身鏡の前に立つ。左手を腰に置き、曲げた肘と上半身のラインで綺麗な二等辺三角形を作る。右手は斜め下方にスラリと伸ばし、なにやらモデルのようなポーズを取った。

 視線の先に映る、小ぶりながらも綺麗な二つのふくらみ。

 

「そう、私は大きくないだけ。Bだ! むしろ、重要なのは形である」

 

 『貧乳は高貴』と言った主張はどこへいったのか?

 

「いずれにしろ、私は真島の好み・・・・・・せ、せ、せ、性癖というものをまだ分かっていない。うかつにこれ(パット)を使えば、後々の禍根(かこん)を残すことにもなりかねん」

 

 浜子の妄想は加速し、食事の後、真島とベッドに臨んだときの場合をシュミレーションし始めた。あわてて頭を振り、熱くなりかけた思考を戻す。

 

「と、とにかく、敵の目標がはっきりしない以上、うかつな作戦は取れん! ここは最低限成功する場合を想定し、体の線が出ないコーディネートで行くべきだな。うむ」

 

 以前のショートスーツの好反応を意識しつつ、違う戦法へ変えていく。これはこれでなかなか難しい。

 浜子'sセレクションは永遠とも思えるほど繰り返され、部屋中に衣類が散らばった。

 

 

 

 改札をくぐり、多摩川方向へゆるい坂をくだること数分。赤乃井(赤井酒造)に到着したやよいと真島は、まずは酒蔵見学に参加する。

 やがて、他の見学客ともなし崩し的に酒盛り、いや試飲会が始まった。逆富士山型の酒杯グラスになみなみと透明の液体をつぐや、ぐいっ、と一気にあおる。

 

「く~~♪ キクー」とやよい。

「姉ちゃん、いける口だねぇ」とは見知らぬオヤジ。

「おじさ~ん♪ 『しこみたて一番しぼり』がなくなっちゃったよ~。お・か・わ・り♪」

 

 早速、四合ビンをカラにしたやよいがそれを振りながら、自分ではかわいいと思っている声を出す。

 

「あれ? マッシマー? どこ行った?」

 

 気付けば真島の姿がない。赤乃井には美しい樹木が自慢の庭園が併設されていた。

 

「さては、花を見ながら一杯なんて思ってるな。にくいね、こんにゃろ」

 

 ふわっ、とした足取りで立ち上がる。「姉ちゃん、だいじょぶか?」というオヤジの声に片手で応え、外に出た。

 庭園の端はがけになっており、そこは雨後で水量を増した多摩川の濁流がうねっていた。

 

 

 

「まいったな」

 

 トイレに立った真島は軽く迷子になっていた。今、彼の目の前には古い酒蔵がそびえている。半開きになった引き戸が好奇心をわかせた。

 

「誰かいますかー?」

 

 しかし、誰もいないんじゃないかと思いながら戸に手をかけ、のぞきこんだ。だから、暗がりに目が慣れ、その内にいる人影に気が付くと、

 

「わっ!?」

 

 声を上げ驚いた。さらに、その人物は真島の方へと向かってきた。真島が後ずさり、蔵から何者かが出てこようとして、

 

 ズデン! ガシャ!

 

 引き戸の敷居(レール部)に足を引っ掛け、その男が盛大に転倒した。

 彼は端正な作りの顔を上げ、つぶやく。

 

「認めたくないものだな。ボソッ」

(何がだよっ!? ていうか、暗いとこでサングラスなんかかけてるからこけるんだろうが。バカなのっ)心で叫ぶ真島。

 

 先程の何かが割れるような音は、男がかけたサングラスが壊れた音だった。

 そこへ、また別の男がやってくる。

 

「坊ちゃん!? こんなところにいたんですか? 早く来てください。すごい酒豪のお客さんが来てて、手が回らんのです。あれ、お客さん?」

「いやー、迷っちゃって」と真島。

 

 食品白衣姿、少し腹の出た中年男は先程酒蔵見学で説明してくれた副杜氏(※次長クラス。部長の下)で名前は確か、

 

「『坊ちゃん』はやめてくれないか、戸連(とづれ)。死んだ駆馬(ガルマ)を思い出す」とサングラスだった男。

「いや、駆馬さん、生きてましたから。勝手に殺さないでください」と中年男、改め戸連。

「ふっ、冗談・・・・・・」

「ではないですよ、本当に」

 

 一瞬、奇妙な間があった。

 

戸連(とづれ)、私を誰だと思っている」

「はいはい、若旦那さま。とにかく! 申し訳ありませんがご足労いただけますか?」

 

 縮れた長いもみ上げを指で掻きながら、戸連の片目は器用に閉じられていた。

 

「ふっ、水臭いな、今更・・・・・・。私、赤井 粋清(あかい・すいせい)がその酒豪とやらを相手しようというのだ!」

(えええぇぇぇ!? なんだこいつ。会話がおかしいぞ。微妙におかしいぞ)

 

 ふたりのやり取りを聞きながら、真島は脇に嫌な汗をかいた。

 その後、戸連の案内で試飲会に戻るが、やよいの姿がない。

 

「ええいっ、情けない。酒豪を見失うとは!!」と粋清。

(いや、そこまで落胆する必要なくね!? バカなのっ)と真島。

「おう、兄ちゃん。連れの姉ちゃんならあんたを探しに出てったぞ。川の方にでも行ったんでないかい?」

 

 オヤジが真っ赤なすっかり出来上がった顔で答えた。それを聞いて、真島はあわててまた飛び出していった。

 

 

 

 やよいは庭園の一角にあるその店が、みやげ物屋かなにかだと思った。しかし、引き戸を開けると、

 

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

 

 ややつり目だが、落ち着きのある栗毛の少女がカウンターの椅子を引く。どう見ても、赤提灯風の居酒屋であった。

 真島を探していたやよいだが、ねじり鉢巻の少女に言われるまま、席に着きお品書きに目を通していた。

 

「やっぱり、ここは赤乃井さんのお酒しか出さないのかい?」

 

 やよいの問いに、少女は口の端をゆがめ、挑戦的とも言える笑みを浮かべた。

 

「フフ、ご希望であれば他のお酒も出せますよ。例えば土佐が誇る秘蔵古酒、『幻十(げんじゅう)』とかね」

「な、なんだってー!!」

 

 やよいが腰掛けていた椅子が床に転がった。

 

(ひや)でよろしいですか?」と栗毛の少女。

 

 不敵な笑みを浮かべたまま彼女は厨房に戻り、やよいは起こした椅子に呆然と腰を下ろした。

 やがて酒が出た。

 

「むっ! こ、これは、・・・・・・間違いない。このまろやかさ。舌に残る甘みとも旨みともいえる感触。400年の歴史を感じさせる香り。まさに『幻十』!!

 これなら、つまみはお塩をお願い♪」

 

 ところが、

 

「すみません。今、塩は切らしていて」

 

 申し訳なさそうな声を出したのは栗毛の少女、ではなく厨房から姿を見せた中年の板前だった。カウンター越しのやよいにも男の腹の恰幅(かっぷく)のよさが見て取れる。調理服の左胸には、『田村』という刺繍が白衣の中に黒く映えていた。

 

「えっ、塩が無いの?」

「この間の戦いで倉庫に直撃を食らってね。あん時、塩がやられたんですよ」と板前・田村。

「おじさん、意味不明だよ~! いつの戦い? 昭和初期生まれなの?」

「塩がないと戦力に影響するからなぁ」

「だから、なんの話~?」

 

 かみ合わない。深刻そうな顔で、全ての状況を無視する田村である。

 

(塩なんかスーパーでもコンビニでも、買ってくれば良いのに~。なんで、無いかな~・・・・・・はっ! まさか)

 

 なにかを悟ったようなやよい。

 

「お、おじさんっ! いや、大将っ!!」

「いえいえ、そんな! 私はただの中尉ですよ」

「いや、『大将』っていうのはね、板前さん全般に対する呼びかけで~、軍隊の階級の意味じゃなくてね。今回の用法では、・・・」

 

 うはっ! めんどくさっ!

 説明しながら、ひどくうんざりした。

 

「と、とにかく」

 

 やよいは両手で横に物をずらす動作をする。

 

「このお店のお塩は只モノじゃないね?」

「お客さん、(つう)だね。その通り! ウチの塩は中央アジアの塩湖ロブレイクの水から作った幻の塩なのさ」

「やっぱり!でも、もうないのか~。残念だな~」落胆するやよい。

「ちょうど今日辺りに時空の扉をくぐれば、シルクロードに行けると思うんだが、見ての通り、この体格だろ? モビルスーツのコクピットに腹が収まらなくてね。

 私は元々料理長だし。アハハ・・・・・・」と、遠い目の田村。

 

 やっぱり、意味不明だ。

 

「でも、お嬢さんは元パイロットだろ? なら、さまよえる湖ロブレイクを探し出せるんじゃないか?」

「ホントかい、大将?」

 

 田村が言っていることを半分も理解しているかどうか怪しい。トロンとした目つきだ。

 

「やるか、やらないかはお嬢さん次第。見つかるか、見つからないかは腕次第」

 

 田村は、ドンッ、と音を立て、やよいの左側に今日の支払い伝票、右側に『幻十』の四合ビンを置いた。

 やよいは少し考えた後、にやり、と口元をゆがめ、先程栗毛の少女と同じく不敵に笑った。ぐいのみの残りをあおるや手を伸ばす。

 

「約束だからねっ♪」

 

 

 

 やよいが居酒屋を去ってしばらくして、

 ガラッ!

 

「えっ。 ここ、はざま?」

「昼の営業は終わりだよ! 夕方、出直すんだね」

 

 戸口に立ち尽くす真島に、カウンターへ水拭きをかけていた栗毛の少女が言い放つ。

 

「あ、あれ? お前、(プル)?」

「わ、私は風美(プルツー)だ。私は風美(プルツー)だっ!」焦る少女。

「なんで2回言う? そんなに大事なことかよ」

 

 麻里(マリーダ)もアクシズ建設で働き始めてからは、毎朝きっちりと整髪してくるので、来栖三姉妹(トリプルズ)の外見はそっくり。

 

(額に数字でも書いとけ!)と思ってしまう。

 

 それはさておき、今はやよいだ。

 

「ここに極貧乳の酔っ払い女が来なかったか?」

「もう帰ったよ」

「まいったな。社長と待ち合わせに間に合わなくなる。ていうか、川に落ちたりとかしてないだろうな・・・・・・。

 わりぃ、風美。ちょっと探すの手伝ってくれ!」

「ちょっ、ちょっと、離せっ! 私はもう宇宙世紀に行きたくな・・・・・・」

 

 真島に後ろえりをつかまれた風美が抵抗する間もなく、ピシャッ、とはざまの出入り口が閉じられた。二人の体は時空の狭間(はざま)に引き込まれていった。

 

「・・・・・・あれ? 助っ人の子、連れてかれちゃったよ」と田村。

 

 ひとり、後頭部をかいた。

 

 





(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「無理やり宇宙世紀に連れ戻された風美(プルツー)
 昔の英雄さんと鉢合わせて大変なことに。
 おい、真島さん! 妹(キャラ)を危ない目に合わせないでくれよ!
 次回、アクシズZZ『ヤヨイ出撃(中編)』
 風美、頑張りすぎ!」



(登場人物紹介)

ブライト・ノア → 野阿 武光(のあ・たけみつ)

シャア・アブノーマル → 赤井 粋清(あかい・すいせい)

ドレン → 戸連(とづれ)

タムラ中尉 → 田村大将



(あとがき)
 拙作はフィクションです。実在のアズナブル氏とは関係ありませんので、ご了承ください。
 ブライトとシャアは出したかったから無理やり出した。おかげで無駄に文字数が増えるという。最近減らすように心がけているんですが、本末転倒。
 最近おかしい。三十路前なのに、がんばって真島の気を惹こうとしている浜子がなんだか、少しだけ、米粒ぐらい、かわいく思えてきた。病気だね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12 ヤヨイ出撃(中編)

 UC.0079、10月某日。

 

 中央アジア・タリム盆地に広がる砂漠。タクラマカン。

 それは『無限の死』、『どこまでも続く不毛』といった意味合いを持つ。

 その砂漠の上空に光輪が現れ、内側から黒い巨大な何かが降りてきた。

 頭頂高18メートル超の太くマッシブな人型。腰部にはスラスターを内蔵した大型スカートアーマー。末端が肥大した脚部には、熱核ロケットエンジンが内蔵されている。宇宙用の《リック・ドム》をベースに試作されたニュータイプ専用MS、《トゥッシェ・シュヴァルツ》と呼ばれる・・・・・・はずである。

 《トゥッシェ・シュヴァルツ》はスラスター噴射で砂塵を巻き上げながら、砂丘の斜面に足底を付けた。

 

「よっと。・・・・・・と、と、と、わぁぁぁ!」

 

 バランスを崩した《トゥッシェ・シュヴァルツ》とコクピットのやよいは背中から、転倒する。

 試作先行機である《シュネー・ヴァイス》はサイコミュ兵器ビットを機体に内蔵できず、ビット・キャリアーと呼ばれるユニットを背部に装備していた。これはMS本体よりも巨大で、《リック・ドム》が持っている機動歩兵としての運動性能は著しく低下された。

 その結果、ビットをより短小にしたショートビットの開発が加速。機体へ内臓できるようにしたのが、後継機《トゥッシェ・シュヴァルツ》である。

 しかし、《トゥッシェ・シュヴァルツ》もサイコミュ兵器の開発過渡期が生んだ試作機の上、宇宙戦を前提とした機体である。地球重力下での重量バランスを突き詰めて作られているわけではない。その重心は肥大化した肩部、上背部に偏っていた。

 トップヘヴィーの《トゥッシェ・シュヴァルツ》は、あっ、という間に砂丘の底へ転げ落ち、砂に半身を埋めた。仰向けのそれは、まるで逆さまにされた亀か、甲虫である。

 

「あいたた。まいったなぁ、も~」

 

 ハッチが開くと、マンガの登場人物よろしく、やよいは目を回していた。それでも殊勝に焼酎の空きペットボトルを両手に持っている。

 

「こんな暑くて砂っぽいとこ、さっさと引き上げて、飲み直そう」

 

 砂丘の向こうには塩湖ロブレイクが太陽の光をきらめきに変え、まぶしく反射していた。

 

 

 

「やっとかよ~」

 

 塩水を汲み終えたやよいが砂丘の頂上まで戻る。あとは転げ落ちようがなんだろうが下っていくだけだ。

 

 その時。

 周囲に巨大な音が轟いた。

 やよいは巨大なエアコン室外機の音に似ていると感じた。彼方の空を見上げる。

 それは、地球連邦軍の強襲揚陸艦、敵対するジオン公国軍からは『木馬』と呼ばれていた。

 しかし、人によって印象は異なる。

 

「な、なんだい、あの白いスフィンクス! てか、なんであんなバカでっかいモンが浮いてるんだい!? 飛行石でも積んでるの!?」

 

 やよいは腰を抜かして、砂漠にへたり込んだ。

 そうしている内にも、《ペガサス》級2番艦《ホワイトベース》は彼女に向けて、いや、ロブレイクに向けて、近付いていた。

 

 

 

 ロブレイクからかなり離れた上空にバインダー・スラスターの噴射音が轟く。モグラの頭を引き伸ばしたような特徴的なマスク。真紅に塗られた機体。それは彼女専用のMS、《キュベレイMk-Ⅱ》である。

 

「なんで私がこんなことを」

 

 真島にむりやり宇宙世紀に連れて来られて、気が付けば、風美(プルツー)は《キュベレイ》に搭乗してタクラマカン上空を飛んでいた。真島の姿は見えない。

 

「あのロリコン弩変態め。勝手に私を連れてきておいてどこに・・・・・・ん?」

 

 地上を探査(ルックダウン)するセンサーがなにかを感知し電子音を上げる。同時にモニターには新たな光点が表示された。即座に機首を向ける《キュベレイ》。

 探知した目標の頭上を小さな回転半径で飛ぶ風美は見た。

 

「あれは、確か旧ジオンの」

 

 岩陰に隠蔽のため砂漠迷彩シートをかけた小型陸戦艇の姿。それはちょうど後部に半球状のカーゴを接続作業中であった。 

 

 

 

「もしやあの機体! オムドゥルマンの!?」

 

 ジオン公国軍ランバ・ラル大尉は空に轟く聞きなれぬ噴射音を追ってうめく。黒い瞳が不明機のシルエットを捉えていた。

 彼は先程、『木馬』襲撃に失敗し、部下の《ザク》2機を失い、自身のMSも左腕シールド半壊、75ミリ5連装フィンガーバルカンも弾切れという有様であった。移動野戦基地たる陸戦艇に収容中に発見されるというのは、状況として面白くない。

 むしろ、敵がアフリカで《ザク》12機を短時間に撃破し、煙の如く姿を消した『オムドゥルマンの白昼悪夢』であれば最悪といえる。戦闘データから得られた進攻速度を考えれば、ジェットエンジン搭載、ホバー走行可能な高速陸戦艇とはいえ、『白昼悪夢』から逃げ切ることは難しいように思えた。

 

「カーゴを切り離せ! 私が食い止めるうちにお前たちは離脱しろ」

「あなた、ご無事で」

 

 怒鳴るラルに、戦場に似合わぬ金髪スレンダーな女性がヘルメットを手渡す。

 何度となくかけた言葉。投げかける度にラルの死を覚悟した。だが、どんな時でも彼は帰ってきた。

 彼女、ハモンはその言葉が今日最後になろうとは、思っていなかった。

 

 

 

(あれは確か、・・・・・・)

 

 眉間にシワを寄せ、風美は昔、研究所で受けた睡眠学習の古い記憶をたどる。

 

「陸戦艇《キャロット》? いや違うな。《チョロット》? もっと違う。えーと」

 

 つぶやく内に陸戦艇後部の主砲が仰角を付け、《キュベレイ》を追尾する。飛行速度を見越し、予測進路上に砲口を向けた途端、吐き出す轟音と現出する巨大な火球。青天に対空榴弾が弾ける。

 《キュベレイ》は急旋回して回避する。陸戦艇は砲身も焼けよ、とばかりに砲撃し続ける。

 もっとも、無誘導砲弾では高機動の《キュベレイ》に当たるものでもない。《キュベレイ》も大気圏重力下で推力任せに飛び続け、風美がモニターを見ているうちにも推進剤の残量ゲージを減少させていった。

 

「やめろっ! 私はもう戦いはやらない!」

 

 陸戦艇は無線に応えず、彼女の叫びを聞くものはコクピットしかいない。

 

 私が殺してしまったプルは言った。

 

『女の子に戦士なんてできないよ!』

 

 そうだ。偽りであったとしても、堕落していたとしても、平和であってなぜ悪い? 正義の戦争よりもずっとましだ!

 

「やりたきゃ、戦争屋同士でやってろ! 無関係な子供の私たちを巻き込むなっ!」

 

 その時、陸戦艇から発進したMSが撃つ対空散弾が《キュベレイ》の近傍で弾ける。装甲が跳ね返した着弾音はコクピットまで響いた。

 

「こいつっ! どうしても私と戦いたいのかいっ!」

 

 怒りに醜くゆがんだ風美の顔がMSに向けられた。敵機は右マニピュレータにザクマシンガンを装備している。

 

(あの青い機体は確か、・・・・・・)

 

 そうだっ! あれは陸戦型(J 型)の《ザク》の格闘性能を強化した旧ジオン公国MS!

 

「MS-07《フグ》! 魚みたいな名前してっ! 私に喧嘩売るなんて、10年早いんだよっ!」

 

 誤りである。MS-07ではなく、ランバ・ラルが駆る機体は正確にはYMS-07B、すなわち先行量産型である。

 ラル機は《キュベレイ》に自由行動させまいと、断続的に制圧射撃を加える。その隙に陸戦艇は全速で退却する。ザクマシンガンはすぐに弾切れを起こした。

 《キュベレイ》に旋回をかけながら、風美はモニターの端に青いMSがマシンガンを捨てるのを見た。

 

「小賢しい。あんな骨董品で《キュベレイ》をやれると思われたとはな」

 

 一度は捨てた殺意が目覚める。

 

「子供の、遊びじゃ、ないんだよっ!」

 

 風美の殺意を捉えたサイコミュがそれを拡大する。全備数10基のファンネルがリア・アーマーを兼ねたファンネルコンテナから発射される。すぐにそれはラル機を包囲した。

 

「こ、これは!?」

 

 反射的にラルは右マニピュレータに内蔵された電磁鞭(ヒートロッド)を伸ばし、振り回す。が、文字通り蝶のごとく舞うファンネルにはかすりもしない。

 

「そんな隠し芸で悪あがきしてっ!」

 

 かえって、風美の怒りに油を注ぐことになった。

 

「そこの青いの―――!」

 

 『ラル機を四方からオールラウンド攻撃のビームが串刺しにする』、そのイメージをサイコミュに伝達しようとした刹那。

 何か甘い匂いが風美の鼻腔をくすぐった。

 

ランバ・ラル(ブライト)……)

 

 それは叶わぬ淡い気持ちを抱きながら、戦いに身を置く男()()のことを想う(はかな)い女()()の想いであった。

 罪悪感に風美(プルツー)の鼻の奥が、つん、とした。モニターの視界が歪む。もっとも、それは一瞬だった。

 ぎりっ、と歯噛みして、

 

「戻れっ」

「なにっ? この状況で退く!?」

 

 主の命を受け、漏斗(ファンネル)たちがコンテナ内に収容される。意外な状況に戸惑うラルを尻目に、《キュベレイ》は急降下し、ラル機と100メートルの距離をとって着陸する。

 

「相手が飛び道具だったから負けました、なんて言われたらむかつくからな。

 《フグ》なら《フグ》らしく、ふぐ刺しにしてやるよっ!」

 

 《キュベレイ》の両袖口からビームガンの銃身が飛び出す。コンマ数秒で光刃を形成し、ビームサーベルへと姿を変える。

 対峙するラル機もヒートサーベルを抜き放つ。鞘の役目を果たしていたシールドの分離ボルトに点火、小爆発を起こして、それは砂漠に落下した。両手持ちに構えると、すでに電荷によって超高温、赤熱の刀身と化していた。

 砂色に映える真紅の《キュベレイ》。青天に同化する蒼いラル機。2機の間をつむじ風が横切った。

 

「死ぬには、良い日だ。ランバ・ラル、参る!」

 

 脇構えのラル機が大地を踏み鳴らして走る。

 だらりと、両方のビームサーベルを地上に向ける《キュベレイ》が迎え撃つ。

 

「てぇぁー!」

 

 ラルがトリガーを引き、赤熱刃が下からすくい上げる。

 その斬撃のさらに下。地表すれすれにかわしながら、《キュベレイ》の右手が振るわれる。

 握ったヒートサーベルもそのまま、ラル機の両肘が切断され、砂漠に転がった。

 流水の動きで、左の光刃が頭部モノアイを突き刺す。

 ラル機は突進の勢い殺さぬまま、苦し紛れのショルダータックルをかける。

 しかし、《キュベレイ》はバインダー・ノズルを前方に向け、瞬間的に全開噴射。

 ラル機はバランスを崩し転倒し、《キュベレイ》は後方に距離を取る。

 素早くランバ・ラルはコクピットから脱出し、巻き上がった砂塵にまぎれてくぼみに身を隠そうとするが、彼の頭上に大きな影がかかった。

 

「ぐっ!」

 

 ヘルメット・バイザーの内で奥歯をかむラルが見上げる。『白昼悪夢』にふさわしい無表情の細長いマスクが睥睨していた。すでに袖口にサーベルグリップを収納した《キュベレイ》が、ビームガンの暗い砲口をラルに向ける。

 

『勝負あったな、私の勝ちだ。観念しな』

「こ、子供!? それも少女の・・・・・・」

 

 外部スピーカーから響く声に驚きながらも、ラルはもはや自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。ヘルメットを脱ぎ捨てる。

 

「フフ、時代が変わったようだな」

 

 無造作に腰のポーチから手榴弾を取り出す。

 風美の頭皮に、ちくり、と針が刺さるような鋭い感覚があった。瞬間的に、ラルが何をしようとするのか察知し、すぐに《キュベレイ》のコクピットハッチを開放する。

 

「やめろぉぉぉ!」

 

 なんでもいい。そこらにあった何かを構わず下に向けて、ぶん投げた。

 

「さすが『オムドゥルマンの白昼悪夢』だっ! だが、兵士の定めがどういうものかっ! よく見ておく・・・・・・」

 

 ガシャッ。バタリッ。

 

 投げたお銚子が落差10メートルの勢いをつけて、ラルの眉間に直撃した。昏倒する。

 

「あ。さっき片付けで店から持ってきちゃった」

 

 見下ろすと、四肢をだらしなく開け広げたラルが砂漠に倒れていた。

 後頭部をかきながら、風美はコクピット、リニア・シートに戻る。

 そして、器用に《キュベレイ》の指で、ラルをすくい上げると、マニピュレータに乗せた。

 

「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだ」

 

 あいつだ。あの変態真島のせいだ!

 

(帰ったら、牛丸(ぎゅうまる)の特上肉食べ放題と喫茶富士のスペシャルサンデーじゃないと、絶対、許してやらない!)

 

 風美は心に誓う。

 

 

 

「あった、湖だ」

 

 《ホワイトベース》艦長のブライトはキャプテン・シートから下り、艦橋前方へ身を乗り出し、湖面のきらめきを見る。

 

「ほう、こんなに移動しとったのか。これで塩が取れるぞ」

 

 塩不足から塩湖の探索を依頼した料理長ことタムラ中尉も安堵する。

 が、そんな雰囲気を鋭い警告ががらりと変える。

 

「艦長、直下に強い磁気反応。サイズからおそらくMS」

「待ち伏せか!? なんで気付かなかった!」

「すみません。砂漠の岩と誤認しました」

「腹にもぐりこまれるとは」

 

 ブライトは歯がみしつつ、キャプテン・シートに駆け戻った。《ホワイトベース》の船底に装備された連装機関砲は少ない。

 艦橋にいた《ガンキャノン》パイロットのカイは走り出し、ブライトは肘掛の受話器をひったくるや怒鳴る。

 

「総員第一戦闘配置! MSデッキ、出撃できるか!?」

『アムロどうだ? 行けるか?』

 

 ブライトの呼びかけに連動して、艦橋正面上部モニターにリュウ・ホセイの横顔が映し出される。パイロットとしては、いささか大柄すぎるが、彼は搭載機のチームリーダー的な立場にあった。

 

『大丈夫です! たかがメインカメラをやられただけです!』

 

 画面の外から、まだ若い少年と思われる声とデッキを駆ける足音が響く。

 先程、ランバ・ラル隊の襲撃を撃退し《ザク》1機を鹵獲したが、味方の損耗も馬鹿にならない。主力MSの《ガンダム》はメインカメラだけでなく、右足部も損傷しオートバランサーも調子が悪い。

 

「しかし、力押しは避けろ。《ガンキャノン》と《ガンタンク》は弾薬の再装填急げ! 誰でもいい、機銃座につけ!」

 

 思い出したように、特徴的な警報が艦内に鳴り響いた。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「ハイミスと決着をつけるために、浜子さんが出てきた。
 潔い! 玉砕覚悟! 無理すんな、B・・・・・・。
 これ以上言ったら殺されちゃう。冗談やってんじゃないんだから。
 しっかし、執念すごい。どこのBB・・・・・・っていけねっ!
 つい言いたくなっちゃう。
 次回、アクシズZZ『ヤヨイ出撃(後編)』
 浜子さんに愛され、たくはないなぁ~」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 ヤヨイ出撃(後編)

 西暦。週末の新宿アルタ前は待ち合わせの人で混み合っていた。

 

「マー君、ごっめーん。待ったぁ?」

「うぅん、今来たとこ。じゃ、行こっか」

 

 そのアベック(※カップルのこと。死語)の様子を見た菅 浜子(ハマーン・カーン)は目をアーチ状に細め、うんうんとうなずき微笑した。

 清楚でありながら、肌もあらわな肩。若干季節外れだが、浜子(ハマーン)は白いノースリーブのワンピースだ。

 

(これでツインテであれば、その打撃力、圧倒的であったろうに。私の髪よ、今少し精進せよ!)

 

 長さが足りないことが残念でならない。しかし、今の大きめリボンで作ったショートポニーなど、

 

(フフ、真島にはきっと弩ストライクのはずだ)

 

 そこで邪悪な笑みを浮かべなければ、完璧であるのだが。

 浜子はショールを忘れてきてしまったが、そんなことは些細なことだ。

 

(さ、寒ければ、ま、真島に温めてもらえば良いのだ。あぁ、私もついに)

 

 ハイミスからの脱却。長かった。『その顔で21はないでしょう?』だの、『宇宙世紀随一の老け顔』だの、『年齢設定がおかしい』だのと罵られること幾年月。

 

(ジュドーにいたっては、『行き遅れのオバン』などと!)

 

 思い出すだけでも、腹立たしい。歯を食いしばる。

 

(『共に来い』と囁いた男どもは誰ひとり、ついて来なかった。だが、それも今日限り!

 ああ、真島 世路・・・・・・。迷える私を導いてくれ)

 

 両手を固く握り締め、祈るような形となった浜子は目を閉じると、穏やかな表情となった。奇妙なことに、それは宇宙世紀でマシュマーがハマーンを信奉していた現象に鏡映しのようであった。

 目を開けた浜子は腕時計を確認する。待ち合わせにはまだ一時間も余裕があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び宇宙世紀。

 砂丘を転げ落ちながら、《トゥッシェ・シュヴァルツ》のコクピットに飛び込んだやよい。

 ビシッ、ビシッと不気味な音がする。ハッチを閉じた直後に《ホワイトベース》が機関砲の射撃を開始していた。音は周囲への弾着である。

 

「あわわわ、なにするんだヨ! 私がなにしたって言うんだよぉ!」

 

 操縦桿をめちゃくちゃに動かしてみるが、半身が砂に埋まった《トゥッシェ・シュヴァルツ》はパイロットと同様マニピュレータをばたつかせるだけ。フットペダルを踏んでも、砂を吸ったのか、スラスターは息継ぎしガタガタとコクピットを揺らすのみ。

 突如、影がかかった。

 

「ひっ」

 

 モニターに映った姿を見たやよいは小さく息を飲む。

 頭上からV字状の角を額に生やす巨大な顔がのぞきこんでいた。白いマスクの中で不気味に光るデュアルアイ・センサー。マニピュレータを伸ばして、《トゥッシェ・シュヴァルツ》の頭部を鷲つかみにする。

 

「た、助けてぇー! すみれちゃーん! 間蟹(まがに)課長ぉ! 入谷(イリア)さーん! だ、誰か、タスケ・・・・・・」

 

 やよいは白いMSから陵辱されるような恐怖を感じ、瞳から涙があふれ出た。

 小さく縮こまり、自分を抱く彼女の脳裏に男の姿がよぎる。

 

「ま、真島―――!」

 

 

 

 白いMS《ガンダム》に乗るパイロット、アムロ・レイは黒いMSが砂漠に擱座した状態を見た。

 

「見たことない新型だ! さっきの《ザク》みたいに捕まえてやる!」

 

 ビームライフルを腰部後ろに懸下し、敵機のメインカメラを潰そうと頭部をつかむ。引きちぎろうと、操縦桿を押し込むアムロ。

 しかし、緊急を告げる接近警報が鳴る。ほぼ同時に『後ろだ、アムロっ!』と無線が急を告げる。

 即座に《トゥッシェ・シュヴァルツ》を放し、《ガンダム》を回頭させる。

 振り向いた《ガンダム》のサブカメラはMSの足底をモニター画面一杯に映し出していた。

 

 

 

「やよい!? どこだ?」真島 世路(マシュマー・セロ)は焦る。

 

 《ホワイトベース》を発見し、船尾下方まで接近した《ザクⅢ改》。彼女の叫び声を聞いたような気がした真島(マシュマー)は、フットペダルを踏む力を込める。

 船底から伸びる機関砲の火線をジグザクのホバー走行でかいくぐり、背部メインスラスターが炎を吐く。前方の小高い砂丘をジャンプした。真島は滑空状態の中で全天周モニターの足元に見た。

 仰向けに砂漠に埋まり、動けぬ《トゥッシェ・シュヴァルツ》。中にやよいの気配を感じる。

 そして、それを押さえ込もうとしている《ガンダム》。奇妙なことに人型のMSであるがゆえにか、あるいはやよいの悲鳴を感じたからか、真島には《ガンダム》が不純な行為に及んでいるかのように見えた。

 

「ヤロォー!」

 

 無意識に操縦桿とフットペダルを複雑に動かし、《ザクⅢ改》にマニュアルの機動をさせていた。AMBAC機動と同時に全身に配された多数のバーニアが噴射する。右脚部を前方へ真っ直ぐ、90度に突き出した状態でコマのごとき高速回転する。空中で回転運動を発生させるなど生身の人間には不可能な格闘動作である。

 

「竜巻旋風脚ぅぅぅ!」

 

 《ガンダム》の頭部は必殺の蹴りで千切れ飛ぶ。放物線を描いて落下した後、砂漠に転がる生首となった。ヘッドレス《ガンダム》は衝撃で脚部をもつれさせ、《トゥッシェ・シュヴァルツ》に折り重なって転倒する。

 

「テメー、誰を押し倒してると思ってんだ、コラ。俺の同僚だぞっ。立て、このヤロー!」

 

 激怒する真島に反応して、早くも《ザクⅢ改》は謎のグリーンの発光現象を起こしていた。両方のマニピュレータを貫手形状にし、《ガンダム》に突き込む。発光は《ザクⅢ改》の五指の物理強度を飛躍的に高めた。《ガンダム》の胸部廃熱ダクトへ深々と刺さる。

 アムロは反射的に近接戦闘用のバルカンのトリガーを絞る。しかし、撃発の振動も砲声もないことに気付いてから、ダメージコントロール画面で頭部がすでに損失していることを理解した。

 遅すぎた。

 

「失せろっ」

 

 映画の殺人拳か何かのようだが、両手が刺さったまま《ザクⅢ改》が《ガンダム》を引き上げる。《ザクⅢ改》の足が巨大な荷重に砂漠へ一層めり込む。

 そして、上半身の十分な回転運動を加えながら、後方へ《ガンダム》を投げ飛ばした。生身の人間がこんな動作をすれば肩が抜けるか、あるいはその前に指が折れているだろう。

 

「うわぁー!」

 

 絶叫のアムロは数十メートルほど飛ばされ、MSもろとも砂漠に激しく打ちつけられた。

 《ガンダム》を片付けた真島はやよいの救出に向かおうとした。

 

「危ない、マッシマーっ!」

 

 《ザクⅢ改》が回頭した瞬間、狙い済ましたように胸部へ120ミリ成形炸薬弾が命中する。ガンダリウム合金がコクピットの真島を防御したが、機体は着弾と爆轟(ばくごう)の衝撃で後ろに、ぐらり、と傾く。転倒しかけたところで、オートバランサーが作動する。2、3歩後ずさり、右膝を砂漠に突きながら踏みとどまった。

 

「っ・・・・・・よくも」

 

 目付きが鋭く変わったやよいは、急速に状況とMSの操作方法を知覚しつつあった。脳裏に鋭く電気の走るような感覚があった後、それを捉えたサイコミュシステムが彼女の攻撃の意図を拡大する。《トゥッシェ・シュヴァルツ》の肩部から1基の機動兵器ショートビットが射出される。

 ビットは《ホワイトベース》の直下に着陸した砲煙を上げる無限軌道式MS《ガンタンク》へ向けて、誘導弾のように飛翔した。

 

「ぶつかれぇ!」

 

 ビット本体が質量弾となって、《ガンタンク》の中心、コアブロック部に体当たりの特攻を仕掛ける。金属の衝突、そして電気回路の短絡。金属火花と電気火花がピック状の砲身をめり込ませたショートビットの推進剤を誘爆させる。

 

「ぐ、おおっ」

 

 《ガンタンク》操縦士リュウ・ホセイのわき腹に、爆発で脱落したパネルが飛んできた。運悪くその先端は鋭角に尖り、リュウの厚い皮下脂肪を貫通する。

 

「リュ、リュウさん! 大丈夫ですか!?」

 

 頭頂部、広いキャノピーを持つ砲手席に収まるハヤトが気遣う無線がヘルメットのスピーカーに響く。

 リュウは遠ざかる意識の中で必死につぶやく。

 

「う、撃ち続けろ。敵を《ホワイトベース》から・・・・・・」

 

 ハヤトのスピーカーには、もうその声は小さくなり聞こえなくなっていった。

 

 狂ったように砲撃を続ける《ガンタンク》と《ガンキャノン》。遠く近くに弾ける砲弾の嵐の中で、やよいは《ザクⅢ改》が立ち上がるのを見た。

 安堵したやよいは、緑の巨人に彼の匂いを嗅いだような気がした。

 

『やよい、怪我してないか? 動けないのか?』

「うん。大丈夫だけど。はまっちゃったみたいなんだよぉ。うぅ」

『ロボットの手を伸ばせ。こっちで引っ張り出してやる』

 

 《ザクⅢ改》はホバー走行で瞬時に接近した。《トゥッシェ・シュヴァルツ》と互いのマニピュレータをつかませると、おびただしい砂塵を上げながらスラスターが噴射する。

 だが、

 

「な、なんかやばそうだヨ。変な音がするよ」

 

 《ザクⅢ改》が地上5メートルまで飛翔したところで、片腕で全自重を支えようとする《トゥッシェ・シュヴァルツ》のマニピュレータが、ギシギシと悲鳴を上げる。関節部が被弾していた。弱い部位から損傷が始まり、伝導液が出血のように漏れ噴射によって吹き飛ばされる。

 そこへ再度、《ザクⅢ改》に砲弾が直撃する。モノアイ・センサーの保護バイザーが撃ち砕かれた。さらに数発が近傍で弾け、装甲を焦がし穿つ。

 砲声が鳴り止まない。

 

「このままじゃ。二人ともやられちゃうよ・・・・・・。私はいいから」

 

 やよいは視界が、ぐにゃっとゆがんでくるのを感じた。

 《ザクⅢ改》はダメージの累積で、モニターに映っている箇所を見るだけでも傷だらけになってきている。

 

「もういいょおぉ。マッシマー、手を離せぉ」

『バカヤロウっ、あきらめんなっ』

「ヤロウじゃないよっ。私だって女の子だよっ!」

 

 嗚咽を漏らし始めたやよいが叫んだのと同時だった。

 《ザクⅢ改》の謎の光にじゃれあうように、《トゥッシェ・シュヴァルツ》からも光がにじみ出してきた。両機のマニピュレータを伝って二つの光が交じり、絡み合う。

 それは《トゥッシェ・シュヴァルツ》マニピュレータを修復し、強度を増した。さらに生み出された反発力場が重力の呪縛を解いて、2機のMSを浮上させる。どんどんと加速し、瞬くうちに高度を上げていった。

 

「やった! 浮いてる。私たち浮いてるよ」

「ああ」真島も笑う。

 

 やよいと真島。二人とも分厚い装甲と各種モーターと電装品に囲まれて生身の姿は見えない。それなのに、全てを透過し生まれたままの姿を感じ合えたような、不思議な感覚を味わった。それは言うならば、異性の温もりを確かめ合う行為(セク○ス)に近い。

 

 ふと、恍惚とした表情のやよいに、黒っぽい人間の殺意が入り込み鳥肌にさせる。真島も同じものを感知し、モニター足元の眼下を見る。

 

(たかが《ザク》なんかに、・・・・・・《ガンダム》がやられるわけないんだ)

「なんだ? 少年、なのか?」

 

 右膝を砂漠に突く白いMSはもはや立つこともままならない。真島は《ガンダム》の中から、子供じみた嫉妬のような感情が湧き出しているように思えた。

 爆発や砲撃の煤とは違う、黒い何かが《ガンダム》につきまとっている。風が吹いて煙が飛ばされるように、黒が消失した途端、素早く右マニピュレータを高々と頭上へ掲げた。その手にビームライフルが握られていた。

 真島の脳深くに突然走った電気刺激。彼の動きも素早かった。武装のセレクターを即座に腰部ビームキャノンに切替。操縦桿を躊躇(ちゅうちょ)なく、操作すると砲口が《ガンダム》を捉えた。

 

 二人は一瞬も違わずトリガーを引いた。

 

「ザクめ――!」子供の癇癪(かんしゃく)に似たアムロの叫び。

「邪魔だ――!」大人の傲慢(ごうまん)さに満ちた真島の怒号。

 

 地上から伸びるピンクと、撃ち下ろすイエローの光軸。針の一点の狭い空間で、激突した二軸が干渉し、弾けた。衝撃波に震える大気。

 偏向したイエローのビームは《ガンダム》の足元に突き刺さる。超高温に熱された石英がガラス化し、きらめきを撒き散らしながら巨大な砂柱を立てる。

 ピンクのビームは紙一重で、《ザクⅢ改》のショルダーアーマーを掠める。放射熱が黒い一筋となって緑の装甲を溶解して消えた。

 《ガンダム》はバランスを崩し、オートバランサーも効かず、三度砂に倒れる。

 

(や、やられる)

 

 アムロは閉じた網膜のスクリーンに見た。空から降り注ぐビームに貫かれる《ガンダム》の姿を。

 だが、いつまでもそれは襲ってこない。

 不審に目を開け機体を起こす。ほとんど死に掛けたモニターの視界に最大仰角をかける。そこにいたはずの敵機は青天に溶け込んでしまったように、消滅していた。

 言い知れぬ不安が突如湧き上がったアムロは、ヘルメットバイザーを上げ、コクピットハッチも開放する。

 身を乗り出し、肉眼で上空を見上げる。返ってくるのは痛いほど強い日差しだけだった。

 

「僕はあの《ザク》に、・・・・・・勝ちたい」

 

 アムロの口が自然に言葉をつむいでいた。その瞳に力強さが戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦。夕暮れのオレンジ色に染まるジンネハイツ。

 

「いや、はは。やよいの奴、酔いつぶれちゃってさ。困ったな」

 

 宇宙世紀からなんとか脱出した真島だが、眠ったやよいは目を覚ます気配がなく、仕方なく背負ってアパートまで連れて来た。

 予想外だったのは、地階の駐車場でばったり来栖 麻里(マリーダ・クルス)に遭遇したことである。 

 

「で?」

 

 麻里(マリーダ)の声が冷たい。左手に持っているのは、20センチ四方、高さ10センチ、手提げ付きの白い紙箱だ。横に『富士家』の文字がある。

 

「いや、俺の部屋で寝かしてやろうと思って」

「・・・・・・寝かす?」

「あのなぁ。変な勘違いするなよ! 酔い覚ましに横にするだけで」

「お兄ちゃん。今日、なんの日か知ってる?」

「え? いきなりだな。えーと、あ」

 

 うっかりしていた。自分の、真島 世路(マシュマー・セロ)の誕生日だった。

 

「私、お兄ちゃんのためにケーキ用意してたんだよ。驚かそうと思って。一緒に食べようと思って。ほら、ちゃ~んと」

 

 手品のように現れた細長い金属が麻里の右手で、鋭い銀光を放つ。

 

「お前、どこからそんなもの」

 

 真島の足元から寒気が駆け上がってくる。それは文化包丁だった。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。一緒に、・・・・・・ケーキカットしようよぉ♪」

(うわぁ。やべぇ、やべぇよ。こいつ、なにカットするつもりだよ!)

 

 包丁の切っ先は眠るやよいの頭に向けられている。キャスケット帽の下からは麻里の不気味な眼光がぎらつく。

 真島は2、3歩後ずさるや、意を決して回れ右。ダッシュで遁走する。

 

「お兄ちゃん、ど~したのさ~♪ アハハ、なんで逃げるの~♪」

 

 不自然なほど乾いた笑い声を上げ、麻里が追う。

 真島もやよいを背負うハンデがあるが、麻里は麻里で片手にケーキを持ってるので、俊足は生かせない。

 もっとも、その姿は右手に包丁、綺麗な三日月状に歪んだ口。目を限界まで見開き、帽子が落ちるのも構わず栗毛を振り乱して追い駆ける様など、『かわいいナマハゲ』といって良い。

 

 

 

 10分後。

 

「ち、違う! 私はケーキを切ろうとしただけで」

「話は署で聞こう」

 

 幸い日本の所轄警察が優秀さを発揮する。付近住民の通報で駆けつけた、田草警部補(ダグザ・マックール)は今回、来栖麻里を取り押さえることとなる。真島たちも署へ同行した。

 

 

 

 そして、数時間後。

 

「寒い。ここにあと、どれだけ・・・・・・」

 

 むき出しの肩を冷たい風がなでていった。今更ながら、ショールがないことを後悔する。菅 浜子(ハマーン・カーン)は震えながら、自分の二の腕を抱いた。じわっ、と目に涙が浮かぶ。

 『エル・ビアンノ』の営業時間はとうに過ぎている。

 歓楽街の片隅に立ち続ける白いワンピース。その姿は、群れからはぐれた子羊のようだった。

 その夜は秋の底冷えがきつかった。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「真島さんたちは西暦に帰った。
 クルーもMSもボロボロの《ホワイトベース》はひたすら西へ進む。
 連邦軍の一大反抗作戦オデッサ作戦に参加するためだ。
 が、その前にマ・クベの鉱山基地が待っていた。
 次回、アクシズZZ『アムロ脱走?』
 え、なに、その気持ち悪いMS?」



【真島とやよいに何となくフラグが立ちました】
【色んな意味で真島に死亡フラグが立ちました】



(あとがき)
 ランバ・ラルのフグに右足を切られ、真島に頭を吹き飛ばされ、さらに、特徴的な胸のダクトまでぶっ壊されたガンダム。合掌。でも、大丈夫。TV版のガンダムは、ザクマシンガンの直撃を喰らっても、シャアザクに横蹴りされても、ヒートホークをコアブロックに叩きつけられても、ゼロ距離からランドセルに175ミリ・マゼラ砲を撃ち込まれても、数日で直して再出撃してるから。
 
 真島とやよいは生き延びることができるか?いや、無理かもな。特に真島。
 来週から「セクハラ戦士・九部 真」、始まるよっ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14 アムロ脱走?

 九部 真(マ・クベ)ヘイト絶賛発動中。


 新宿。夜。週末の靖国通り。

 

「はぁ~い、じゃ、マーくん、また来てね~♪」

 

 声音とは裏腹にクラブのママは九部 真(マ・クベ)をタクシー後部座席に無理やり押し込もうとしているように、はた目の浦賀(ウラガン)には見える。このタクシーも浦賀が諭吉を振り回して車道に飛び出し、ようやく止めたのだった。

 九部はというと、「ママ、チュ~。お別れのチュ~」とタコのように口を突き出している。

 浦賀はため息をつき、『歌舞伎町一番街』と赤字で書かれた不夜城の玄関口を振り返る。その看板の下に信じられないものを見た。

 口ひげを生やした会社員風の青年が、制服姿の―おそらく女子高生だろう―少女となにやら話し込んでいる。小柄な少女は背伸びしながら、会社員に胸をすりつけ、顔を寄せるようにしているのだ。

 歌舞伎町が持っている性格、日本屈指の一大ピンク産業拠点ということをかんがみれば、特別珍しい光景でもなんでもない。現役女子高生というのが背徳感をあおってはいるが、最近の性モラルの低下からしても、うなずけることである。

 驚愕の原因はそれが浦賀の知り合いでかつ、彼とも関係浅はかならぬ人物であったためだ。

 

「せ、専務! ちょっとあれ見てください。あそこに営業の」

「なにをしておるのだ、浦賀! 行くぞ。運ちゃん出して」

 

 

 

「まぁさ、コッチ(西暦)に来ちゃったもんはしょうがないんだからさ。おじさんも諦めて第二の人生、楽しんでよ。じゃあね♪」

 

 栗毛の少女は小悪魔的微笑を投げかけ、新宿の雑踏に消えた。

 男は呆然と立ち尽くす。

 

(ここは一体・・・・・・だが)

「お兄さ~ん、遊んでいかな~い♪」

 

 早速、ボディコンスタイルのお姉さんが声をかけてきた。

 

「いや、深くは考えまい! ここが私の新たな戦場、ということかっ!!」

 

 男は財布の中身を確認し、拳を固く握る。

 

「ふむ、では参る!!」

 

 佐備建設営業本部第一課・課長、羅留 嵐馬(らる・らんま)(35)は風俗街のネオンを浴びながら、スキップしていた。 

 

 

 

 

 翌々日の月曜。アクシズ建設の朝礼。

 

「おはようございます。今日は社長が病欠のため、私から業務連絡します」

 

 居並ぶ社員の視線を集めるのは、総務課長兼秘書・入谷 はこべ(イリア・パゾム)である。

 土曜の夜。社長・菅 浜子(ハマーン・カーン)との約束を不可抗力とはいえ、結果的にすっぽかした真島 世路(マシュマー・セロ)は生きた心地がしなかった。だから、浜子(ハマーン)の欠席はつかの間の安堵を真島(マシュマー)にもたらした。

 

 

「さ~て、午前の定期便に行くか」

「あ、あの、お兄ちゃ(マスタ)

「来んな、ナマハゲ」

 

 小休止の喫煙にデスクを立った真島は同じく、さっ、と立ち上がった栗毛の少女・来栖 麻里(マリーダ・クルス)に言い放つ。真島の目が冷たい。

 この二日で麻里(マリーダ)に対する好感度は急降下だった。最近のストーキング行動も遠因ではあるが、やはり一昨日の「かわいいナマハゲ通り魔未遂事件」がトドメを刺した。

 真島が事情聴取から解放されたのは、日付が変わった夜中。所轄の出口でも麻里の養母・神根 風衣(フィー・ジンネマン)が平身低頭だったため、色々とくすぶっている真島もしぶしぶ気持ちを治めた。

 真島と麻里は今年一月にも「一つ屋根の下事件」を起こしている。「これでおアイコ」と言えなくもないが、実際は両事件共、真島にとっては不可抗力である。鬱憤(うっぷん)が溜まるのも無理はない。

 早々にオフィスを抜け、スーツからショートホープを取り出す。一本くわえながら廊下の角を曲がったときだった。

 

 ゴッ!

 

 真島のみぞおちにめり込むボディアッパー。口からホープがこぼれた。それが床に到達する前に続いて膝蹴り。

 

「が、ぐぁ、か、か、か・・・・・・うぇっ」

 

 両膝が砕け、体を「く」の字に深く屈折した真島は額を床に擦りつけながら吐いた。今日は朝食を抜いてきて正解だった。

 その人物がしゃがみ、真島の髪をつかむ。すごい握力はまるで、万力に挟まれたようだった。何本かがブチブチと不気味な感触を残して頭皮から剥離した。

 乱暴に真島の顔を上へ向けさせる。

 

「調子に乗るな」

 

 日に焼けた褐色の顔貌。白い目だけが光っていた。何も表情がない「入谷(イリア)」という能面である。『ウラァ!』だの、『やんのかゴラァ!?』といった意味不明な呪詛ではない。静かだが、それは厳然とした意思であり、断定である。

 

「げえ、ぇぇぇっ! ・・・・・・―――ガクッ」

 

 トドメのサッカーボールキックを腹に入れ、入谷は去った。

 廊下に倒れたまま真島は、彼女の本性を文字通り身を持って知る。

 

(やべぇ。しゃ、社長にイチゴ大福でも買って詫びに行かないと、マジで命に関わる)

 

 不運にも、浜子行きつけの和菓子屋は月曜定休であった。シャッターが下りた店の前で真島は誓う。

 

(絶対に御祓(おはら)いに行こう!)

 

 今年は真島にとって本厄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC.0079、11月初旬。中央アジア。

 ジオンが《ガンダム》の性能を凌駕する、いわば《スーパーザク》を完成させていたことは驚愕であった。しかし、敵勢力圏内の《ホワイトベース》にはその事実を連邦軍上層部に伝達する手段を持たない。

 今はランバ・ラル隊や《スーパーザク》の襲撃がないことを祈りながら、西進するしかなかった。

 

 《ホワイトベース》ブリッジの一角にあるコンピューターを占有した、アムロは忙しい。端末を操作するや、続いて膝上の《ガンダム》操縦マニュアルをめくる。

 冷やかすような声をかけたのは、《ガンキャノン》パイロットのカイだ。

 

「えらくお熱じゃねえか。ほう、戦闘シュミレーションかい?」

「ええ。手に入れたザクのおかげで具体的な性能がわかったんです。数値と《ガンダム》の性能を組み合わせて、訓練用シュミレーターが作れそうなんです」

「けどよ、あの青いMS《グフ》って新型にはどうにもなるまい? それにあのバケモン《ザク》はよ?」

「あの《ザク》は、・・・・・・あれは、全然違うものだと思います。あんな小型のビーム兵器を備えて、しかも」

 

 アムロは押し黙った。

 あのとき、彼が放ったビームライフルの光軸は、敵のビームと正面から激突した。銃弾を銃弾で撃ち落とすような、そんな曲芸まがいのことが、果たして、

 

(ねらってできることなんだろうか・・・・・・。それにあの謎の光)

 

 戦闘の中で降り注いできたグリーンが《ガンダム》の装甲を透過した。それはノーマルスーツごしでも温かかったことを、アムロは覚えている。

 思案するアムロを見て、カイは急速に興味を失ったようだ。

 

「ほんで? イメージトレーニングは効果ありそうかい?」

「一応、《ザク》の性能の200パーセントでやってますけど」

「うひゃー! さすがアムロ君ね~。ま、がんばって。ミライさん、代わろうか?」

「ありがとう、カイ頼むわね。アムロも寝てちょうだい。聞いてるの?」

「え? あ、はい」

 

 ぼうっ、と親指の爪を噛んでいたアムロは我に返る。操舵士のミライに生返事しつつ立ち上がり、ブリッジを後にした。

 しかし、

 

(ダメだ。この程度じゃあの《ザク》には勝てない。どうすればいい・・・・・・)

 

 焦燥に駆られ、彼の足はMSデッキへと向かっていた。

 

 

 

 

 《ガンダム》頭部と右足部の修理が一段落したところで、チーフメカニックのオムルは声をかける。

 

「じゃ、アムロやってみてくれ」

 

 コクピットのアムロはその声を受け、ダメージコントロールシステムを立ち上げる。即、鳴り響く警告音。サブモニターに映るワイヤーフレームの《ガンダム》正面図は胸部廃熱ダクトが赤く表示されていた。

 

「ふ~、やっぱりか」

「しょうがないよ。アムロはよく戦ってたと思うよ。ちょっとでも、緊急停止が遅かったら爆発してたかもしれないよ。

 排気系統をどうにかしないと、現状じゃもって3分ってとこか? バクチだな。自分が出す熱でジェネレーターがもたんよ。炉にダメージも累積するかもしれないし」

 

 いつの間に上がったのか、キャットウォークからオムルが顔をのぞかせる。またアムロはため息をついた。

 

「とにかくダクトの修理をお願いします。僕も手伝いますから」

「ありがとよ、アムロ。しかし、単純にダクトっていっても、中まで手突っ込まれたからなぁ。前戯で済ませとけってんだ、エロ《ザク》が!」

 

 オムルの下ネタはアムロには微妙に早かったらしい。ツボに入らない。

 少したじろいだオムルは、背後で起きた物が倒れる金属音に振り返り、

 

「リュ、リュウさん!」

 

 あわてて、その巨漢に駆け寄る。アムロも続く。壁に寄りかかるリュウの足元には松葉杖が転がっていた。両脚は力なく床に伸び、額には脂汗が浮かんでいる。

 

「体、大丈夫なんですか?」

 

 言ってから、アムロは自分の馬鹿さ加減が嫌になった。大丈夫なわけがない。

 

「リハビリさ。な、お、お前がぶん捕った《ザク》。修理してなんとか、使えるようにならんか? 今、《ホワイトベース》の戦力は《ガンキャノン》と《コアファイター》ぐらいしかないのだろう?」

 

 無理ですよ、という脊髄反射的言葉をとっさに飲み込み、アムロはリュウの提案を考えてみる。

 

(修理はともかく、どうやってパイロットを)である。

 

 《ザク》に対抗するために開発された連邦軍のMS。OSも含めた操縦システムは、アムロは例外であるにしても、民間人であるカイや《ガンタンク》砲手を務めるハヤトにオペレートできるほど、簡略化されたものだ。これはコンピューターの補助に頼るところが大きい。

 《ザク》は汎用機動歩兵という新しい兵器概念を世に知らしめた好例である。だが、まだまだ人間工学的には―つまり、使い易さは―発展途上にある。一朝一夕でその操縦が素人同然の《ホワイトベース》クルーにできるとは考えにくい。

 しかし、

 

(対《ザク》用のシュミレーターを作れたんだ。操縦訓練プログラムもできるはずだ。そうすれば、・・・・・・)

 

「わかりました。とにかくやってみます」

「アムロ、期待しとるぞ。それとな、お前はブライトとじっくり話し合ったことないだろ。それじゃ信頼関係は生まれん。人間にはな、言葉があるんだ。あいつだって、お前が真剣ならちゃんと聞くはずだ。い、一度、腹割って、」

「わかりましたから! リュウさんは傷を治すことに専念してください。おーい、フラウ! 手伝ってくれ」

 

 

(リュウさんはもう戦えない。こんなになってまで《ホワイトベース》や僕たちのことを)

 

 アムロはまだ自分の精神的変化には気づいていなかった。

 リュウを医務室に送り届けると、口を開く。

 

「フラウ、大変だろうけどさ。今度・・・・・・」

 

 話し終えた直後。

 ホワイトベースを着弾の衝撃が大きく揺らした。

 

 

 

 

 荒涼とした砂の大地。地面から垂直に打ち上がった対空ミサイルは大きく弧を描いて水平飛行に転じ、『木馬』に肉迫した。

 

「ミサイル! 地上11時!」

「迎撃ミサイル発射!」

 

 ミサイル同士が命中し、夜空に凶暴な花火が咲いた。光の饗宴をすり抜け、一発が左舷に命中する。

 

「グッ。マ・クベの基地がこんな僻地にもあるとは。光学最大望遠、前方敵基地!」

 

 暗視装置が単色の世界をモニターに映す。

 小高い丘。頂上から掘り下げる典型的な露天型の採石場。周囲には砲台が設置され要塞化されていた。

 ときおり、画面が白くはじけるのは、砲塔性能を有するトーチカの発射炎だ。炎のパターンからして、メガ粒子砲やレールガンではなく、ただの火砲だろう。大・小口径混じった5基のトーチカが《ホワイトベース》前面に埋設されている。

 

(この程度なら、《ガンキャノン》と《ホワイトベース》の火力で突破できるか!?)

 

 ブライトは予測しうる敵戦力と味方のそれをすり合わせ、攻撃の仕方をめまぐるしく思い描いた。

 円陣防御を意識し、トーチカは採石場の全周にわたって設置されていた。が、そもそも絶対数が少なく、砲台同士の間隔が広い。《ホワイトベース》に相対する火力密度は過小に思える。対空ミサイルは最初の斉射だけで沈黙していた。

 のろい迂回機動で側面を見せて回避するぐらいなら、このまま増速しつつ艦の火力とMSの機動力で打撃を加え、一気に駆け抜けた方が上策と思えた。味方の予備戦力が望めぬ以上、敵の増援は来ないことを祈るしかない。

 キャプテン・シート肘掛の受話器を取る。

 

「アムロ出撃だ! 《ガンキャノン》に乗れ」

『待ってください、ブライトさん。《ガンキャノン》にはカイさんが乗ってください。僕とハヤトは《ガンタンク》で出ます』

「《ガンタンク》はキャタピラが故障中だ。動かないぞ」

『やってみたいことがあるんです! 戦力になるんです! お願いします、ブライトさん』

 

 ブリッジ正面上部のモニターに映るアムロ。やけに熱のこもった視線にブライトは打たれた。

 

「よし、簡潔に説明しろ」

 

 

 

 

 《ガンキャノン》がカタパルトに足底を固定させる。コクピットのカイは左モニターに映るキャットウォークを走るアムロの姿を捉えた。叫んでいる。

 

『急げ! コアブロックとBパーツの換装だっ!』

 

 ちぇっ、とカイはひとつ舌打ちした。

 

「おい、アムロ、ハヤト! お前らコソコソ隠れてんなよ。《ホワイトベース》がやられたら、元も子もないんだからな! 《ガンキャノン》、発進する」

 

 外部スピーカーに怒鳴った直後、強烈な加速がカイの背をシートに押し付け、《ガンキャノン》は砲火の中を滑空した。

 着地の直前に近傍で敵の榴弾がはじけた。よろめく。

 

「ヤロー、俺だって初陣じゃねぇんだよっ!」

 

 オートバランサーが作動し、転倒は免れた。すぐに、左10時方向へステップし回避。丘前面の砲塔は、戦艦副砲並みの威力で《ガンキャノン》を脅かす。

 

「そんな『尻尾生えたお椀』にゃ、やられねぇぞ。いけぇ!」

 

 両肩の240ミリ低反動キャノンが火を噴き、砲身が後退、巨大な薬莢が宙を踊る。

 

「やったか? ちっ、固ぇ」

 

 成形炸薬弾はわずかに狙いをそれた。お椀を伏せたような半球形状防護壁は新しいクレーターができたものの、火砲自体は健在であった。

 元来、中距離支援MSである《ガンキャノン》は今の戦況のような、激しい攻撃にさらされながら戦闘するようにコンセプトされている。そのための重装甲であるし、二脚歩行による整地・不整地を選ばぬ機動力である。だが、それもすべて《ガンダム》という最前線で敵陣に打撃する前衛があってこその性能だ。

 干上がった川底でもあれば、機体を沈め低姿勢からキャノンを射撃することも可能だ。正面投影面積を小さくし、被弾率を下げつつ撃ち出されるキャノン砲は、地上の敵にとって脅威であった。

 だが、今は平坦な砂地で掩ぺいできる状況ではない。

 

(アムロは動きながら、敵をやっつけてるのによ)

 

 カイは彼の天才的操縦センスを嫉妬しつつ、フットペダルを踏み、トリガーを強く押し込んだ。

 

『カイ、気をつけろ! 上空12時!』

 

 スピーカーを鳴らすブライトの無線。バブルキャノピーを有する特異なシルエットがダイブしてくる。ジオンの大気圏内用戦闘機《ドップ》だ。

 次々と発射されたミサイルが《ガンキャノン》を包囲するように命中した。直撃は左肩の一発だけだった。幸運以外の何物でもない。

 

「うわぁ! ちくしょー、アムロたち! ホントに早くしろよ。そんなにもたねぇぞ」

 

 トーチカが砲撃の追い討ちをかけた。

 

 

 

 

「まずい。ミライ、《ホワイトベース》を突撃させろ! 各砲座、《ガンキャノン》を支援する。正面に集中砲火」

 

 《ホワイトベース》両舷側から連装メガ粒子砲が四条の図太い光線を吐く。夜闇を切り裂くその一撃は瞬間的に要塞基地を沈黙させた。

 

「アムロ、発進まだか!?」

 

 受話器に怒鳴ったブライトに応えたのは、MSデッキのジョブ・ジョンだった。

 

『い、今、え、えーと、ガンダ・・・・・・タンクで出るところです』

「なんだ、よく聞こえないぞ。おい、左舷何してる!? 機銃座撃て!」

 

 直後に《ホワイトベース》周辺を《ドップ》が旋回し始め、混乱にうやむやとなった。

 

 

 

 

 戦艦クラスのメガ粒子の光線が分厚い岩盤を貫く。衝撃が司令指揮所まで激震となって伝わる。この場の最先任士官―すなわち、一番上の人―の少尉はいらついた雰囲気を隠しもせず、無線士に問う。

 

「マ・クベ大佐の増援は《ドップ》だけか?」

「はっ。ミノフスキー戦闘濃度のため、その後の連絡は・・・・・・」

 

 少尉は拳を固めてうめく。

 

「なぜこんな辺境にメガ砲装備の敵が現れる。まさか、噂の木馬か!?」

「少尉! 敵の新型MSです!」

 

 前方索敵中の伍長がうわずった声を出し、砲煙の中を飛び跳ねるようなシルエットがモニターに不気味な姿を映す。それは異形の人型であった。巨大な上半身はトップヘヴィーで見るからに重心バランスが悪そうだ。両腕らしきものはあるが、先端は五指のマニピュレータではなく、バルカンだか、ミサイルランチャーだか、4つの砲口を開けている。そして、両肩から伸びる長砲身と不釣合いなほど細い脚部。

 その姿に、

 

「なんだ、あの気持ち悪いMSは! 撃て撃て! 爆発しろぉぉぉ―――っ」

 

 少尉は口角泡を飛ばしていた。

 しかし、バランスの悪さをもろともせず、敵MSは上半身を大きくスイングしながら、迫る弾雨を縦横無尽にかいくぐっていた。 

 

 

 

 

『ヘへへ、聞こえるかー。アムロ、ハヤト。その格好、クレイジークールだぜ』

 

 カイがからかうような口調の無線を寄こす。敵の攻撃が分散した彼は、軽口を叩く余裕を取り戻していた。

 そのMSは《ガンダムタンク》と呼ぼうか、それとも二脚式《ガンタンク》か。いずれにせよ、正体は《ガンタンク》の上半身Aパーツと《ガンダム》の下半身Bパーツを組み合わせた異形であった。それぞれの正常部位を組み合わせた苦肉の策である。

 

「茶化すな、カイ!」

 

 反論しつつ、アムロは必死に操縦していた。起動直後から過積載警告表示は鳴りっぱなしだし、オートバランサーも正常に作動しない。そんな中でも、なんとか二脚式《ガンタンク》を巧みに乗りこなしているのは、ひとえにアムロの技量である。

 

「反撃するぞ! カイ、左に展開しろ! こっちは右に」

『へいへい、了解っと』

「一番左の奴からやるぞ! 《ホワイトベース》タイミングを合わせてくれ。

 3、2、1、てえええぇぇぇ―――!」

 

 120ミリ低反動キャノン、ビームライフル、メガ粒子砲の猛攻を受けたトーチカが爆発する。

 

「いいぞ、ハヤト。次、隣の」

『で、でも、アムロ。これ、上の砲手は最悪の乗り心地だぞ! こんなんでMSが出てこられたら』

「今は基地を黙らせることだけ考えろ! よく狙え」

 

 ハヤトにはそう言いつつ、アムロは真逆の思考に拘泥していた。

 

(出てこい、出てこい! 《スーパーザク》めぇっ!)

 

 アムロはまだ気づいていない。攻撃がされる前に、敵の意図を察知している自分自身の能力に。

 《ザクⅢ改》との戦闘で浴びた、緑の光。それが彼を覚醒させようとしていた。

 

 

 

 

 戦闘はものの十数分で終了した。即座に横陣展開した《ホワイトベース》隊は圧倒的火力集中を叩きつけ、鉱山基地は沈黙。《ドップ》隊は半数の3機が撃墜され、弾薬を消費した残存機は終幕を見ることなく早々に帰投した。

 《ホワイトベース》は連邦の一大反抗作戦オデッサ作戦に参加すべく、また西進を続けた。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「真島さん、ご愁傷様。でももっと悲惨な少年が登場する。
 お父さんはお金持ち。だけど後ろ暗~い財団の当主なんてやってるの。
 マネーロンダリングなんてしてるから、バキューン! 死んじゃった。
 敵の魔の手が迫る!
 次回、企業戦士アクシズZZ『トリプルズ+α』
 人ごとだから、笑っちゃう」



【アムロが脱走しません】



(登場人物紹介)

ランバ・ラル → 羅留 嵐馬(らる・らんま)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15 トリプルズ+α

 東京郊外の私鉄沿線。駅の近くに喫茶・富士はあった。

 

「お前は一体、何回この店で食い逃げしてるんだ!? 店長は聖人君子かと思うぞ!」

「う~ん、まだ3回ぐらい、かな?」

「普通に答えてんじゃない!」

「風美姉さんもおさえて」

 

 積もり積もった長女・(プル)のパフェ代を次女・風美(プルツー)が頭を下げながら払い、来栖三姉妹(トリプルズ)はようやく席に着いた。拳を振り上げた次女をいさめたのは、同じ顔をした末妹・麻里(マリーダ)である。いや、実は長女も同じ顔、三つ子なのである。

 土曜の今日は午前中から「話がある。おごるからちょっと来てくれ」と、風美が姉妹をこの喫茶店へ集めたのだった。

 

(それにしても)

 

 麻里は不思議に思う。

 風美はバイトをしている気配も無い。なのに、世話になっている神根(ジンネマン)家に月々の食費と家賃を、麻里同様ちゃんと入れている。ちなみに、風はまったくただの居候である。

 先程、払ったパフェ代といい、

 

(あのお金は一体どこから、・・・・・・?)

 

 そして、最近の風美は毎月特売日に下着を大量に仕入れてくる。家事を手伝う内、麻里は気づいた。いつからか、風美の下着を洗った記憶がない。そのくせ、着替えているところを見ると、毎回清潔な物、というより新品を着用している。

 では、

 

(あのはいたパンツは一体どこに、・・・・・・!?)

 

 嫌な汗が額に浮く。

 養母の風衣(フィー)がそのことを風美にただしても、「あれ? そうだっけ?」とすっとぼけるのである。強烈な癇癪(かんしゃく)持ちである次女。謎を直接確かめる勇気は末妹にはない。

 

 

「そういえば、今日の夜だよね? 例の男の子が来るの。その話なの?」

 

 マンゴーアイスをスプーンですくいながら麻里が言う。

 

鈴樟(すずしょう)とか言ったっけ? でも、関係ないよ。

 皆を集めたのはさ、わかってると思うけど、ここにいる3人とも憑依転生者、だろ? な、トゥエルブ」

 

 麻里は思わず塊のアイスを飲み下してしまった。むせる。

 

「わかりやすい奴。それでこれからどうするつもりだ? 私と風には従うべきマスターはいない。まぁ、()って奴はいるけど。そいつのことは考えないでおこう」

 

 スプーンを置いた風美は嫌なことでも思い出したのか、二の腕をなでた。鳥肌が立っている。バナナパフェをぱくついていた風が顔を上げた。

 

「風美はグレミーに抱っこしてもらったことあるんだよね~?」

「ち、違う! あれはあいつが無理やり」

「え、抱っこ? マスターが無理やり?」

 

 思わず、麻里も素のトゥエルブに戻る。記憶の中にある優しい金髪の面影が、ぐらりと歪んだ。

 

「あの、もしかして。その、・・・・・・なにか、されたの?」

「ちが~う! クィンマンサのコクピットに押し込まれただけだ! 麻里も変な聞き方するな」

「お、押し込まれた!?」

「そうそう。せま~いコクピットに閉じ込められてね、リニアシートを使ってね、『あぁ~♪ グレミー、このロリコン! もっと責めて~♪』ってね」

「言うか―――! 私は金にならない、あんな奴は相手にしな・・・・・・」

 

 からかう風に、立ち上がった風美は怒髪衝天となったが、(ちょっと、しゃべりすぎた)という顔をして、閉口した。

 

風美ぃ(プルツーぅ)、抹茶パフェもたのんでいぃ?」

 

 風の上目遣いは、(拒否すれば、お前の秘密をもっと・・・・・・)と語っていた。

 

「クッ。いいとも。好きなだけ注文するといい」

「わぁ~い、ありがとう♪ お姉ちゃん、風美のこと見直したよ。いい子、いい子」

 

 風は風美の下あごからのど元にかけてを、猫にするようになでてやった。白々しいことこの上ない。

 風美は風の手を払いつつ、腰を落ち着ける。

 

「・・・・・・話を戻そう。いまさら、連邦もネオ・ジオンもない。そもそも西暦には存在しないんだから。私たちと同じように転生者はいるだろうが、関わりを持たなければいいだろ? 私はこの平和な時代を勝手に生きるつもりだ」

「あたしも、あたしも~。たくさんパフェが食べれて、神根さんちでお風呂に入れるから幸せ~。あとはジュドーがいれば~、キャッキャ、ウフフな・・・・・・」

 

 続きは無視した。

 

「それで、麻里はどうするつもりなんだ? アクシズ建設なんかに入って! お前、分かってるだろ? あそこはハマーンの」

「は、浜子さんはいい人だよ! お兄ちゃん(マスター)だって、・・・・・・真島さんだっているんだし」

「自分が宇宙世紀でやったこと忘れたわけじゃないだろ? いくら転生したからって、時空を超えて恨んでいる人間だっているかも知れないだろ?」

 

 風美の言葉はトゥエルブに赤い巨大なMS《ゲーマルク》の姿を思い出させた。そして、パイロットの憎悪も。

 

(この猫目のキャラ・スーンに子供を相手させるなんてさっ。むかつくねぇ。みんな死になっ!)

 

 無言でうつむいたままの麻里に、風美はため息をついた。

 

「しょうがない奴だな」

 

 少し笑ったような雰囲気に変わっていた。

 

「麻里さぁ。最近、ふさぎ込んでるけど、原因は男だろ? 真島だろ?」にやにやとした風美(プルツー)

「え?」

「やっぱり破局? 包丁、振り回したらね~。で、実際どうなってんの?」にこにことした(プル)

「え、え、え。ま、待ってよ!」そして、おどおどとした麻里(マリーダ)

 

 同じ顔でも、表情は三者三様だ。

 

「破局っていうか、そもそも始まってなかっただろ? でもさ、真島専用妹はやめたほうがいい。いくらお前にとって大切なお兄ちゃん(マスター)だとしても。あ、それと会社に都外川って奴いるだろ? あいつは論外な」

「ひどい! ちょ、ちょっとは発展したんだからっ。それに『専用』とかやめてよ! なんだか、その」

「ねぇ、あたし思うんだけどさ。麻里の真島(マスター)を想う気持ちって、本当なのかな?」

「風姉さんまで! もっちろん、バリバリに、伝説的に本気だよ!」

「じゃあさ、真島(マスター)とアイス、どっちの方が好き?」

「・・・・・・ア、・・・・・・ァ、お兄ちゃん(マスター)

「なんだ、今の間はぁぁぁ―――!? そこは即答しろよっ! 悩む必要ないだろっ!」

 

 さらに風美が「さすがに、真島のことがかわいそうに思えたわ」と突っ込んでる隙に、風は「じゃあ、いただき~」と麻里のマンゴーアイスをパクつく。

 

「あ、ああぁぁぁ――――! アイス、私を幸せにしてくれるアイスを、よくも・・・・・・。

 姉よ、氏ねぇぇぇ―――!!!」

 

 収拾のつかぬ姉妹喧嘩が勃発した。結局、彼女たちの行動指針は棚上げとなった。

 

 三姉妹は『例の能力』をもってしても感知することができなかった。すぐそばまで、虚無という絶望が迫っていることを。

 

 

 

 

 話は変わる。

 一週間前。同じ店、喫茶・富士で三姉妹の養父・神根 統露(スベロア・ジンネマン)は男と会っていた。

 長身の男は屈強な肉体の上に、ちょこんとした小さな頭を乗せていた。スキンヘッドと刈りそろえられたひげ。いかつい風貌をしているが、物腰は柔らかい。やくざの顔をした軍人といったおもむきである。

 対面の神根(ジンネマン)はロングピースに火をつけた。紫煙と共に太いため息を吐き出す。

 

「なぁ、(かえる)ちゃんよ」

 

 神根は右耳の上を掻いた。さも迷惑というひげ面を隠そうともしない。

 

「なんで俺がその華路(かじ)って中坊(ちゅうぼう)の面倒を見なけりゃならない?」

 

 相手は智野 還(ともの・かん)という。

 

「今は頼れる筋があなたの他にいない。この通り」と、禿頭(とくとう)を下げる。

 

 その時、ドアベルを鳴らして別の客が入ってきた。

 ばね仕掛けのように、顔を上げた還。右手は早くもスーツ懐の固いグリップをつかんでいた。

 しかし、それは幼稚園児を連れた女性客であった。

 

「随分と切羽詰ってるみたいだな」

 

 神根の言葉を受け、ようやく、還はグリップから手を離す。

 今でこそ、伽藍(がらん)組というまっとうな工務店を経営している神根だが、過去には後ろ暗い商売にも手を出していた。還とはその頃の付き合いだ。

 

 発端は今年の初春に発覚した贈収賄事件、通称レウルーラ事件である。

 蛭田 道三(ヒル・ドーソン)レウルーラ社社長が政治的地位を高めるために、政治家および官僚にレウルーラ社の子会社、レウルーラ・コムサイ社の未公開株を譲渡した。

 事件の裏には、レウルーラと政治家を結びつける影の立役者が存在した。美術品売買・移送を業務とする組織、美須戸財団(みすどざいだん)の当主・美須戸 門明(みすど かどあき)である。美須戸財団はマネーロンダリングの黒い機関とも噂されていた。

 ところが、財団の関与がマスコミにまでリークしたこの秋。報道が過熱を帯び始めたある日、門明は白昼衆目の下、銃撃され死亡した。一部始終は居合わせたテレビ各局に中継されていた。「子供には見せないでください!」と慌ててアナウンスする国営放送には、門明の銃創を止血のため抑えている智野 還が映り込んでいた。彼は門明のボディガードだったのである。

 

「敵は巨大すぎる。華路さまを連れて、復讐におもむくなどできない」

「安っぽい感情だな」

 

 神根はばっさりと切り捨てた。だから、次に「仕方ない。預かろう」と承諾したことは、意外という他ない。

 

「すまない。この借りはいずれかならず」

「いいから早く、そいつを連れて来い」

 

 還の部下らしい黒服に連れてこられた少年は思いのほか好印象で、およそ黒い金脈にまみれた門明に育てられたようには見えなかった。

 そして、彼らは一週間後、少年を神根家に引き取る約束をして喫茶店を後にした。

 

 

 

 

「す、鈴樟 華路(すずしょう・かじ)です。よ、よろしくお願いしますっ」

 

 夕方、神根一家と三姉妹がちゃぶ台を囲む居間で、少年は深く頭を下げた。正座していたので、少し波打つ前髪が畳みに触れた。

 

「よろしくね、華路くん。こんな旦那(ひと)だけど、息子がいないものだからホントは小躍りしたいぐらいなんだから」

 

 風衣がやわらかく微笑み、実娘・真里(マリィ)も不自然なぐらいに何度もうなずいた。

 しかし三姉妹は、

 

「ふ~ん。あたし、弟キャラには興味ないんだよね~。プルプルプルプルー♪」

 

 さっさと脱衣場へかけていく(プル)

 

「えーと。お養父さんがそう言うなら仲良くする」

 

 微妙な言い回しの麻里(マリーダ)。「明日の準備があるから」と、すぐに居間を去る。

 そして、ひとり華路を凝視する風美(プルツー)。いきなり人差し指を突きつけるや、

 

「お前っ、私の奴隷だっ!」

 

 いきなりSM女王様のような宣言をした。神根一家はあっけに取られて、ものも言えない。

 

「いいな、これ。命令されるんじゃなくて、するのって最高だな。私は風と違って弟もかわいがってやるからな」

 

 人を物扱いの風美は華路の顎に指をかけ、つい、と上に向けさせる。風美のお尻には矢印()型の黒い尻尾でも生えているのだろうか?

 

「お前、なに変なこと考えてるんだ?」

「そ、そんなこと、考えてませんよっ」

「嘘つけっ! 私たち三姉妹には通用しないぞ。忠告しておいてやろう。私たちをオカズにして自家発電はやめておくことだ。

 でないと、お前の一角獣(ユニコーン)は・・・・・・」

 

 片手でチョキの形を作り、指を開閉させてなにかを切るような動作を見せた。華路は思わず生唾を飲み、のどを鳴らす。

 

(なんだよ、これ。なんなんだよ。こんなの、生き地獄じゃないか!)

 

 立ち上がるや、靴も履かずに飛び出した。

 

「待て、華路!」

「ちょっと、風美もいたずらが過ぎるよ!」

 

 統露(スベロア)真里(マリィ)の声も華路には届かなかった。

 

 

 日は落ちた。誰もいない公園。走れるだけ走った華路は所在無く、ブランコに腰掛けていた。11月の冷たい夜風が華路の心身を震えさせる。だが、戻るべき温かい家は、・・・・・・。

 と、激しい息づかいで駆ける神根統露が華路の姿を認めた。腰を浮かせた華路に、

 

「行くな!」

 

 大喝を浴びせる。夜の静寂にそれはうるさかった。息と思考を整えつつ統露は近づいた。うつむく少年を前にしたときには、彼ははっきりとかけるべき言葉を用意した。

 

「こんなはずじゃなかったと思うのはお前の想像力不足だ。ハーレムを制圧するというのはこういうことだ」

「おれは想像力豊かですよ! 美人の熟れたお母さんに、三つ編み童顔のお姉さん。それに現役(なま)女子高生、しかも三人! なのに『ドキッ♪ 女だらけの禁欲生活』? こんなのハーレムじゃない。ただの生殺しですよ!

 神根さんは喫茶店で『夢の暮らしが待ってるぞ』って言った。でも、こんなこと、平気じゃないはずです。やらせてください!」

「いきなりか! ものすごく卑猥に聞こえるぞ」

「笑ってごまかさないでください! これが夢の暮らしっていうなら、なんでエロ本を買ってくれたんです? なんでおれをのぞき部屋に連れてってくれたんです?

 三姉妹があなたをパパと呼ぶのは、扶養者だからじゃない。神根さんが隠れロリコンで無理やりそう言わしてるから――」

「黙れぇぇぇ―――!」

「ぐはっ、あああぁぁぁ―――っ!」

 

 不意に投げ飛ばされた。華路はジャングルジムに激突、背を打った上尻餅を突く。統露は鬼の形相に変わっていた。負けじと華路も統露をにらむ。

 

「俺はロリコンじゃねぇぇぇ―――! あいつらはパパとは呼ばんっ!

 お前を気にかけたのは美須戸財団当主の落とし種だからだ。なびかせておいた方が金を引っ張れると思っただけだ。こんなのはハーレムじゃないと言ったな。耳の穴かっぽじってよく聞け! 風俗街を抜けて寺に通う坊主のような生活、これがハーレムだ。

 主義も、名誉も、尊厳も、無いっ!

 三つ子が来てから、俺は風衣を抱けない。俺の夫婦生活はとっくに終わったんだ!」

「そんなの、・・・・・・親兄弟と同居だからって、部屋でオナれないプータロー(ニ ー ト)と同じ理屈じゃないですかっ!」

 

 それは壮絶な、そして、哀しい男たちの戦いであった。

 

「何にも知らない『やりたい(さか)り』の小僧がぁっ! 男の一生は死ぬまで欲望との戦いだっ!」

「そんなの間違ってる! 我慢しすぎて前立腺がんになりますよ。神根さんだって、神根さんだって、・・・・・・。

 まだっ、朝立ちするんでしょうがぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!!」

「このガキィィィ―――! いい加減に、その減らず口を閉じないと」

 

 パウゥゥゥ! ファンファンファン!

 

 住宅街の静寂をけたたましいサイレンが破る。同時に神根と華路に強烈なハイビーム・ヘッドライトの光線が浴びせられ、公園の遊具たちは回転灯に赤く染まる。

 

「今日はお父さんですか?」

 

 パトカーから降りてきた屈強な警官、モアイ像の顔を持つ田草警部補(ダグザ・マックール)はつぶやいた。

 

 

 

 

 暗い部屋。そこはスタンドライトとテレビモニターの明滅しかない。

 

「ご苦労でした。ではいつも通り、金は指定の口座に」

 

 女は手短に電話を切る。

 テレビでは緊急特番として、美須戸財団射殺事件が取り上げられていた。

 

「くだらん」

 

 一言つぶやき、リモコンを操作する。プッ、と短い音を立て、スクリーンは黒くなった。

 だが、彼女の心よりは黒くあるまい。

 

(あなたの昔のご友人も送ってさし上げました。天国で仲良く晩餐会でも開いてくださいまし)

 

 岸 莉愛(キシリア)はにこりともせず、壁にかけられた夫の遺影を見上げた。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「原因は明らかに華路にある。もっと我慢しなさいって!
 神根一家で元気溌溂、イキがいい男は華路だけなんだから!
 なーんて、危ない状況なんでしょ♪
 当然、すぐに仕掛けてくる奴がいるわけで。
 次回、アクシズZZ『死闘は憎しみ深く(前編)』
 これ、タイトル詐欺じゃないの?」



【神根一家にまたひとり養子が増えました】



(登場人物紹介)

ガエル・チャン → 智野 還(ともの・かん)

バナージ・リンクス → 鈴樟 華路(すずしょう・かじ)



(あとがき)
 勢いでやったキャラアンケート。ようやく、ひとり出せました。
 一応、まだやってます。活動報告の「企業戦士アクシズZZ キャラアンケートという名の墓場」という記事になります。すぐには作品反映できませんが。そも、できなければ、「それは無理」と言いますので。
 華路は西暦89年=UC89年だと、9歳(笑!)ということなので、三姉妹や浜子同様、5つ増やして、14歳、中学2年という設定です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16 死闘は憎しみ深く(前編)

「公園で漫才の練習をしている。うるさいから注意して欲しい」

 

 通報を受け、田草警部補(ダグザ・マックール)が駆けつけると、新年から幾度も顔を合わせた神根 統露(スベロア・ジンネマン)だった。今回は口頭で注意し、神根(ジンネマン)鈴樟 華路(バナージ・リンクス)はその場で放免された。

 しかし、華路(バナージ)の受難は続く。

 

 その晩の未明。

 トイレの水を流す音に、居間で寝る華路は目覚める。

 さすがに、夫婦部屋や女子だらけの子供部屋で、「穴があったら入れたい」中学生男子を寝かせるわけにはいかない。ちゃぶ台を片し、布団を敷き延べ、そこを華路の仮の寝屋としていた。

 夢うつつの合間を行き来していた華路は、不意に近づいてくる気配にうっすらと目を開ける。引いたカーテンの隙間から満月の光が差し込んでいた。

 

 ごそごそ。

 

(うわぁ~!)

 

 ぎょっ、と見開いた華路の目に、飛び込んでくる栗毛。月光を受け、普段よりもぬめっ、とした(つや)を放っていた。

 

「にゃ~、あったか~い♪」

 

 寝ぼけたらしい娘は布団にもぐりこんで来た。華路の頭を捕まえ、抱き枕のようにする。顔面に押し付けられる、やわらかい二つの丸いふくらみが、ぷにゅっ、と変形している。パジャマ越しでも十分、わかる。

 

(ダメだ、一角獣(ユニコーン)!  引っ張られるな、こらえろ!)

「んん~、もっとこっちにゃ~♪」

 

 さらに、娘は密着し、右脚は外側から絡め、左脚は股を割って入ってくる。質感たっぷりの太ももがビームマグナムに触れた。

 

(あぁ、・・・・・・父さん、母さん、ごめん。おれは・・・・・・イ、ィクよ」

 

 ズキュゥゥゥン。

 

 通常4発分のエネルギーが一気に発射された。暴発である。

 

 すると、

 

「ふふ、うふふふ」

 

 闇の中。肉を合わせるそこから、一転して不気味な含み(わら)いが聞こえてくる。

 

(あ、あ、ああぁ・・・・・・。やっぱり)

 

 華路は悟った。

 

「さてさて、どうしよう? 今ここで悲鳴を上げたら、さぞ困ることになるだろうな? ひとの家に来た初日に、そこの娘と床を一緒にするなんて、いやはや」

「か、かんべんしてください。お、おれは風美(プルツー)さんの」

 

 不意につねられた。直ちに排きょう、再装填されるビームマグナム。華路の口から嬌声がもれる。

 

「あ、あぁ♪ ・・・・・・う、ぅあ♪ ・・・・・・はぁっ!」

 

 しかし、第二射が暴発する直前、絶妙のタイミングで手が放された。

 

()()()()? まだ自分の立場を分かってないのか、このエロガキ。泣いてやろうか? 無理やり(おか)

「す、すいません。ふ、風美(プ、プルツー)お姉さま、ゆ、許してください。おれはお姉さまの、ど、奴隷ですから」

「ふ、ふふ。よかろう」

 

 こうして、風美は華路の心身を完全に支配した。まさに、操り人形である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC.0079、11月。中央アジア、ソドンの町近郊。

 

「やっぱり来た。《ザク》だ」

 

 《ホワイトベース》から緊急発進した《ガンダム》のコクピットでアムロはごちる。機体は砂丘の稜線に隠し、頭部のみを露出してうかがう。光学望遠のモニターに、砂煙を上げて歩行する3機の緑の巨人(ザ ク)が確認できた。真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 

「フラウ・ボゥがつけられたんだ」

 

 彼女は数時間前、リュウの手当てに必要な医薬品やその他の補充物資を得るためソドンの町に入っていた。

 

『大勢ジオン兵を見かけたわ。アムロの言うとおり変装していってよかったわ』

 

 おそらく、彼女は()()()()《ホワイトベース》の近くまで敵を引き連れてしまった。

 《ザク》小隊と《ガンダム》の距離はおよそ10キロ。宇宙ならともかく、大気中ではビームライフルのメガ粒子の拡散が早い。有効射程距離とは思えなかった。

 

「もっと近づかないと、・・・・・・。ん? なんだ?」

 

 砂が舞い上がり、陽炎が浮かんで《ザク》の後方はよく見えない。しかし、アムロは《ザク》の背後に別の敵意を感じ取った。

 《ガンダム》は右耳にあたる部分から、指向性集音装置を展開する。

 ヘッドフォンをヘルメットに接触させる。やがて、アムロの耳に《ザク》の足音に混じって、「キュルキュル」という金属音が聞こえてきた。《ガンタンク》同様、キャタピラの上げる音だ。

 

「せ、戦車だ! 《マゼラアタック》とかいう奴か? 多いぞ。4? いや、5台はいる!」

 

 全部で6両。《ザク》の後方300メートルを、両翼にそれぞれ3両の《マゼラアタック》が追随している。上空から見れば、3機の《ザク》を先頭にV字陣形を取っていることになる。

 

「まずいぞ。あの数で集中攻撃されると、《ガンダム》でも面倒だ。どうする・・・・・・」

『エースパイロットさんよ、なに考え込んでんだい?』

 

 その時、カイの茶化すレーザー通信が入る。同時に《ガンダム》後方モニターに彼の乗る《ガンキャノン》、さらにその後ろにハヤトとジョブ・ジョンの《ガンタンク》の姿が見えた。

 

『ば――っと突っ込んで、だ――っとやっつけちゃってよ。できるでしょ、アムロちゃん?』

「買いかぶりですよ。カイさんたちの助けが必要です」

『それでどうするんだい、アムロ? こっちはまだ足回りの調子が悪くて、スピードが出ないんだ』

「うん、ハヤト。ぼくは前進して偵察する。《ガンキャノン》と《ガンタンク》は・・・・・・」

 

 作戦を打ち合わせると、アムロは《ガンダム》に低い姿勢のまま砂丘を乗り越えさせた。

 

「行くぞっ!」

 

 

 

 

 砂漠を疾走する3機の《ザク》。

 先行する小隊長コーディ少尉は、斜め後方、5時と7時方向、2機の《ザク》に向け、自機の右手を上げ停止を示す。

 前方3キロには、ごつごつとした岩肌の丘が迫ってきていた。

 

「あれだな、木馬が潜んでいる遺跡があるのは?」

『そのようです。岩を切り崩した神殿の中に隠蔽しているようですね』

 

 右後方、5時方向の《ザク》に乗るヒュー軍曹が答える。

 

「となると、直接照準では砲撃でもいぶり出せんか?」

『掩蔽性も高そうです。《ザク》で接近して叩きますか?』

「いや、連邦のMSは接近戦が得意と聞く。マゼラ砲の曲射でゆさぶりをかけ、木馬が出てきたところを戦車隊と共同して、集中砲火を浴びせよう」

『ッ・・・・・・了解』

 

 部下の応答に一瞬の間があったことが、コーディを少しいらつかせた。

 

 例外はあるにせよ、連邦軍は軍規に厳しい。伝統を重んじる組織、悪く言えば官僚的である。

 他方、ジオン軍は全体的に軍規に甘い。たとえ、軍令違反を犯したとしても、戦果を上げさえすれば、命令を無視してもよいという風潮があった。戦争に勝っているときはそれも許されよう。事実、赤い彗星のシャアも戦場で結果を出して、出世したのである。

 しかし、往々にして陥りやすいことだが、戦争に負けているとき、当人はそれに気づかない。たとえ気づいたとしても、今度は負けを認めない。そして、完膚なきまでに叩きのめされ、徹底的な敗北を味わうのである。歴史が何度もそれを証明している。

 

 実は、コーディも独断専行をしていた。

 ソドンで休憩していたところ、バイクで偵察に出ていたゼイガンという兵から、『木馬発見』の暗号文が届いた。コーディは後方のランバ・ラル隊に知らせず、おのれの部隊のみで出撃する。

 

―さっさと木馬を墜として、ランバ・ラル隊には宇宙に帰ってもらおう!

 

 酒場で飯を食っていた部下たちは、それを聞くや気勢を上げた。

 コーディ以下その場の全員が、地球攻撃軍マ・クベ大佐から抽出され、ランバ・ラル隊クランプ中尉の指揮下に入れられていた。

 

 3機の《ザク》は手にする長大な獲物、175ミリ・マゼラトップ砲の弾倉を交換する。

 

「弾種HEAT。いくぞ、09(マルキュウ) 30(サンマル) 20(フタマル)・・・・・・」

 

 砲撃座標を言い終えぬ内に、ふとコーディは前方モニターを見た。1時方向の砂丘が

 

(光った!?)

 

 と同時に《ザク》のセンサーが不審な照射レーザーを感知し、警告音を発した。

 

 

 

 

 真ん中の《ザク》をビームが貫通し、大破・爆発した。直後に、タイミングを合わせた《ガンキャノン》、《ガンタンク》の砲弾が2機の《ザク》の近傍に弾着する。敵パイロットは畳み掛ける攻撃に混乱状態なのか、機体は棒立ちだった。

 

「いただきっ!」

 

 アムロはまたトリガーを引く。砂丘から膝撃ち姿勢の上半身をのぞかせる《ガンダム》。右手のビームライフルから光軸が伸びた。《ザク》がまた1機、頭部を貫かれ仰向けに倒れ伏した。

 すぐに、《ガンダム》は斜面を駆け下り、砂丘の谷間を走る。先ほどの《ガンダム》の狙撃地点には、狂ったような砲弾の嵐が撃ち込まれていた。後方の《マゼラアタック》の猛攻である。

 ビームライフルは重力による弾道の落差や、風の影響を受けにくい。直進性に優れ、大気による減衰はあるにせよ、威力も申し分ない。ただ欠点として、その強烈な光軸から狙撃位置を特定されやすく、移動を繰り返す必要があった。

 もっとも、ビームライフルに限らず、狙撃地点を頻繁に変更するのは、戦争の常識でもあるが。

 

 砂丘を背部メインスラスターを噴かして、飛び越える。《ガンダム》は支援砲撃した《ガンキャノン》の近くまで一旦後退した。()の悪い《ガンタンク》はさらに後方に下がっている。

 先ほどの支援砲撃は、先行する《ガンダム》が観測手となり、敵位置座標を後方の《ガンキャノン》へレーザー通信で知らせ、さらにそこから《ガンタンク》へ中継した。

 《ガンタンク》発砲の数秒後、《ガンキャノン》も発砲。《キャノン》の砲撃音が《ガンダム》に到達したところで、アムロはビームライフルのトリガーを引いた。結果、集中砲火を浴びせることができた。敵が止まっていたことも幸運だったが、流れるような連携がもたらした戦果といえる。

 

「2機撃破。カイさんたちのおかげですよ」

『ひゅ~~♪ おだてちゃって。で、次はどうするよ?』

「ぼくは東から回り込んで、敵の目をひきつけます。カイさんは」

『反対から挟み撃ちってわけね。あいよっ!』

 

 単純な作戦だったが、これも恐ろしいほど、うまくいった。

 砂丘から跳躍し、三次元機動を見せる《ガンダム》。最後の《ザク》はマゼラトップ砲を捨て、ザクマシンガンを手に回頭した。直後を死角から飛び込んだ《ガンキャノン》の240ミリ砲弾が命中。《ザク》は四肢をばら撒いて文字通り、木っ端微塵となった。

 

 この時点で《マゼラアタック》隊は退却し、アムロたちも敵の殲滅が目的ではないので、それ以上の追撃はしなかった。

 ようやく岩山の影から現れた《ホワイトベース》の全景が、振り返った《ガンダム》のモニターに映る。

 

 

 

 

 MS隊の緊急発進と同時に、《ホワイトベース》は修理作業を中止。すぐに発進準備に入ったが、隠蔽していた遺跡からようやく脱出、上昇したときには戦闘はすべて終わっていた。

 

「さすがに、アムロたちをほめないわけには、いかないのじゃなくて?」

 

 舵を握るミライが、背後のキャプテンシートに座る青年少尉へ笑いかける。

 

「ん、・・・・・・まぁ、な。しかし、だ! カイなんか、なにかと言えばすぐにつけあがる。あいつも、アムロやハヤトのように素直なら」

「何か接近します! 11時の方向、地上を3機」

 

 ブライトを、ブリッジ頭上のオペレータ・オスカの警告が遮る。

 

「ソドンの方角だな。敵の増援か?」

「おそらく。しかし機種不明! 動きが速いです。速度は《ギャロップ》並みですが、大きさはMSサイズ!」

「まさか、・・・・・・ジオンの新型MSか」

 

 うめくブライトに、もうひとりのオペレータ・マーカーが「ミノフスキー濃度急上昇!!」と続ける。

 

「ミライ、進路変更して敵を振り切れるか?」

「無理よ! エンジン出力がこれ以上、上がらなければ」

「グゥ、フラウ・ボゥ! 無線でアムロたちを呼び戻せ!!」

「りょ、了解! MS隊各機、至急《ホワイトベース》に戻ってください! 繰り返します・・・・・・」

 

 フラウは最近、セイラから教わったばかりの無線機を操作した。

 

「全砲門開けッ!」

 

 ブライト号令の元、第二ブリッジ直上から52センチ主砲がせり上がり、両舷側からは連装メガ粒子砲が現れる。手すきのクルーは対地機銃座へ走った。

 

 

 

 

 地上高20メートルからモニターに映す砂漠は、時速200キロで後方へ流れていった。

 高速移動するジオン公国軍・重モビルスーツ、《ドム》を駆るランバ・ラル隊タチ中尉の前方には、2機の同系機が展開していた。10時方向、100メートル先を行くステッチ伍長の《ドム》から通信が入る。

 

『タチ中尉! 《マゼラアタック》隊が退却しています。連中勝手に戦闘を始めといて尻尾巻いて逃げるつもりですよ!』

「フン、去るものは追うな」

 

 しょせんは、マ・クベの部隊。しかも、辺境の鉱山基地守備隊から抽出した、借り物の装備と兵である。錬度や士気においても、精鋭ランバ・ラル隊と比べるまでもない。

 

「この《ドム》とわれらの戦技があれば、木馬を落とせる。ステッチ、トルガン、気張れよ!」

『はっ! それにしても、中尉。意外であります』

「何がだ、ステッチ?」

『《ザンジバル》を取り上げたマ・クベ大佐がここにきて、これほど協力してくれるとは、意外でなりません』

「・・・・・・大佐も、行方知れずのラル大尉を気遣って、・・・・・・特別に計らってくれたのだろう」

『男気ありますね、マ・クベ大佐は! 自分は正直嫌な野郎だとっ! し、失礼しました!』

 

 もうひとりの部下・トルガンの明るい声がスピーカーから響く。

 

『特殊な性格の方かと思っておりましたが、最新のMSをわざわざ回して頂けるなど、・・・・・・』

 

 トルガンはまだ話し続けていたが、内容はタチの耳には入ってこなかった。

 

 

 数日前。

 タチとランバ・ラル隊の実質的指揮官であるハモンは、オデッサのマ・クベの元にいた。マ・クベに木馬討伐のための装備と人員の支援を乞うためである。

 

「込み入った話ゆえ、二人だけにしてもらえぬか?」

 

 疑問形でありながら、タチに向けるマ・クベの視線は有無を言わさぬ、傲慢さがあった。

 ハモンとマ・クベ、二人の密談は2時間にも及んだ。

 そして、いままで非協力的だったマ・クベが一転、《ドム》3機手配の上、自軍から支援部隊まで抽出したのである。

 

「あの人が帰ってきたら・・・・・・。タチ、今日のことは秘密にしてくれますか?」

 

 うつむき暗い表情のハモンを見て、タチは部屋で何があったか確信し、何をすべきか決意した。

 

(戦争が終わったら、・・・・・・。マ・クベ、貴様は消す)

 

 バイザーのうちでタチの眼光が危険な色を帯びていた。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「いつまで続くの、《ホワイトベース》の話? これ、原作・ZZでしょ。
 風美(プルツー)羅留(ラル)さんを連れて来ちゃったせいで、アムロさんはあの(ひと)と違った出会いをする。
 クラウレ・ハモン。女だって戦える・・・・・・ではない。女だから戦えるんだ!
 《ドム》が砂を滑り、《マゼラトップ》が宙を舞う。
 次回、アクシズZZ『死闘は憎しみ深く(後編)』
 涙雨よ、砂漠に降ってくれ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17 死闘は憎しみ深く(後編)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

風美(プルツー)華路(バナージ)は西暦でよろしく()ってるみたいだけど、宇宙世紀はそれどころじゃない。
 アムロさんたちが《ザク》を退けたのはいいけど、今度はランバ・ラル隊の生き残りが出てきた。
 しかも、相手はあの《ドム》。こりゃ手強いぜ」 




 MS隊のしんがりについた《ガンダム》。《ホワイトベース》へ戻る途上、突如雑音混じりの無線がコクピットを騒がす。

 

『MS・・・・・・、ザッ、至急、・・・・・・ください! 繰り・・・・・・ザ――』

(な、なんだ? こんな近くなのに・・・・・・、はっ!!)

 

 《マゼラ》隊が撤退した方向を警戒していたアムロは、そちらから湧き上がるような殺気を捉えた。

 

「まさか、・・・・・・奴か? 奴が来たのか!?」

 

 常軌を逸した格闘性能と謎の光をまとった、あの《ザク》。しかし、

 

「いや違う、か?」

 

 接近するスピードこそ異常な速さだが、アムロはなんといおうか、・・・・・・敵の()ともいえる感覚の、色や温度が《スーパーザク》とは違うように思えた。

 

 左手のシールドを突き出し、機体姿勢を可能な限り低くしながら、ビームライフルを構える《ガンダム》。モニターに映る巻き上げた砂嵐は、まるで巨大津波が押し寄せてくるように見えた。その前方を疾駆する三つのシルエットを捉える。

 

「あれかっ! 速い。させるか!」

 

 アムロは中央の1機に向け、ビームライフルのトリガーを引く。命中。

 しかし、狙いはわずかに逸れ、距離も見誤った。遠過ぎて大気と砂塵により減衰、その上、いままで遭遇したことがないほどのマッシブな機体は、存分に高い装甲防御力を示した。

 左わき腹辺りに被弾した《ドム》は、若干よろめきはしたものの、むしろ増速して《ガンダム》に肉迫した。両翼2機の《ドム》は使い捨てロケットランチャー・シュツルムファウストで牽制しつつ、《ガンダム》を大きく迂回するつもりらしい。

 

「レーシングカーじゃあるまいし!」

 

 近くに着弾したファウストが巻き上げる砂柱に、歯噛みしつつアムロはトリガーを引く。

 しかし、おびただしい砂煙に視界が遮られ、ピンクの光軸は《ドム》とは明後日(あさって)の方角を貫く。

 正面のモニターを覆うとする砂色に危険を感じたアムロは、素早くメインスラスターを焚き、後方へ低く短く飛翔した。

 果たして、着地の直後に()()()()を分けて、《ドム》が接近する。肩に担ぐ360ミリ・ジャイアントバズの巨大な砲口が《ガンダム》を照準した。

 間髪を入れず、アムロの脳裏を走る電気刺激。アムロの照準も《ドム》の中心を捉えていた。ビームライフルの初速はジャイアントバズよりも、はるかに速い。

 が、

 

「うわっ、このっ!」

 

 《ドム》の胸部拡散ビーム砲が鋭く発光し、瞬間的に《ガンダム》とアムロの目を潰す。それでもアムロはトリガーを引く。

 ビームライフルとジャイアントバズが同時に発射された。

 ビームは正面の《ドム》の左腕を引きちぎり、対するジャイアントバズは近接信管が《ガンダム》頭部近くで目標を検知し、炸裂。砲弾の破片がV字アンテナを破壊した。

 《ドム》は《ガンダム》の横を高速擦過。背部から目くらましのスモークおよびフレアを放出する。その白煙とオレンジの閃光を警戒し、シールドで《ガンダム》のヴァイタルを守りながら、アムロが回頭させたときには、

 

「抜かれたっ! 《ホワイトベース》、敵がそちらに・・・・・・。しまった、無線が!」

 

 《ドム》はすでにかなりの距離をとっていた。ミノフスキー計は高濃度を示し、その上、周囲には異常な電波により、ジャミングがかけられていた。アンテナが破損し、近距離無線も満足に使えない。

 《ガンダム》は()()をふさがれた状態となった。

 

 

 

 

 木馬の左舷側からステッチの《ドム》は接近した。

 

「ははっ、タンクもどきめ。動きはとろいと見える」

 

 その前に《ガンタンク》が立ち塞がる。木馬の機銃掃射と連携して、両腕から小型ミサイルで《ドム》を牽制する《ガンタンク》だが、足回りに不調を抱えているらしく、満足な砲塔旋回もできない。右に左に木の葉のように、回避運動する《ドム》にいいようにあしらわれた。

 ジャイアントバズの一撃が右のキャタピラを吹き飛ばした。

 

「これでとどめだ!」

 

 次弾の照準は、《ガンタンク》の両肩に担いだ長砲身、それにはさまれたキャノピーに定められた。

 ステッチがトリガーを引く寸前、

 

「なっ、バラけた!?」

 

 《ガンタンク》の上半身Aパーツが分離し、底面からスラスター噴射しながら、地面に着陸した。

 

「ややこしいことをしたって!」

 

 《ドム》は残った下半分に向け、発砲。しかし、それが命中する直前、今度は《ガンタンク》の中心部が勢いよく、真上に飛び出した。その直下を白煙を引いて、バズーカの砲弾が行き過ぎる。中心部・コアブロックは一瞬で小型戦闘機《コア・ファイター》へと空中変形した。

 再び発砲する《ドム》。しかし、その一撃は敏捷な《コア・ファイター》に易々とかわされた。

 そして、空中に注意を奪われた、一瞬の隙。

 《ドム》の近傍に着陸した《ガンタンク》のAパーツ。キャノピーに包まれた砲手席からハヤトは《ドム》をにらむ。

 

「油断したな」

 

 両腕ミサイルランチャーと120ミリ・キャノン砲の照準レティクルはすでに敵を捉えていた。

 

「まだ弾薬は十分あるんだぁぁぁ――――!!!」

 

 全砲門が火を噴く。それはまさに伝説のドラゴンの吐息であった。

 上半身が爆発した《ドム》の残った脚部が、ゆっくりと砂漠へ倒れた。

 

 

 

 

 爆発の閃光。そして、雑音だらけの無線が伝えたわずかな叫び。

 

「ステッチ! やられたか? ええぃ、うかつなやつめっ!」

 

 ミノフスキー粒子は濃く、敵味方識別装置(I F F)は役に立たない。しかし、タチは僚機の被撃破を確信し歯噛みした。めまぐるしく頭を回転させ、作戦を立て直す。

 その間にも、正面の敵機《ガンキャノン》はこちらに牽制射撃を加えてくる。

 かわしつつ、タチは《ドム》の肩部から真上へ発光信号を打ち上げた。

 同時に、フットペダルを踏み、操縦桿を右へ倒しこむ。左腕を失った《ドム》は重心バランスを欠き、オーヴァーステア気味に右急旋回して、《ガンキャノン》の左脇を駆ける。

 そのまま地面に倒れそうになる《ドム》をゆっくりと立て直す。

 

(いま、やらねばならん)

 

 木馬の右翼へ回り込んだトルガンの《ドム》が先ほどの信号弾を見ていれば、作戦通り、船底に潜り込み、エンジン部へ攻撃をしかけるはずだ。

 また、時間的・地理的にランバ・ラル隊の別働隊が木馬に対して、側面攻撃をかける手はずとなっている。軍人タチ中尉としては、それはよいタイミングであるし、木馬撃墜という目標からしても願ったりのはずだ。しかし、タチ個人としては、彼自身の力ですぐに木馬を墜とす必要に迫られていた。

 

(ハモン様・・・・・・。ここは危険です。私が終わらせます)

 

 別働隊には特攻も辞さぬ覚悟で、ハモンも参加していた。

 

 

 

 

「ああっ! ジオンめっ!」

 

 うめくアムロ。彼の目はモニターで黒煙を上げる《ホワイトベース》を映していた。エンジン付近に被弾したらしい。瞬く間に高度を下げ、砂漠に不時着する。

 全力で《ガンダム》を疾走させて引き返したが、間に合わなかった。

 戦場を埋める敵の殺意はいまだはびこっている。

 

「だめだ! ブリッジにいちゃ。逃げるんだ!」

 

 アムロが叫んでも、それをクルーへ伝える手立てがない。

 その時。

 地に足をつける《ホワイトベース》。その超高層ビル、最上階高さの艦橋へ向け、敵MSが飛翔する。遠く、小さなスラスター光をアムロは捉えた。

 瞬間、彼の脳内を流れる時間が引き伸ばされた。眼は猛禽類のそれとなって、《ドム》の背をはっきりと知覚する。操縦桿を握る両手は、コンピュータ制御された精密工作機械のように動いた。

 

(どうする? 敵のMSだけやれるか)

 

 不運なことに、《ガンダム》の構えるビームライフルの射線は、跳躍する《ドム》、《ホワイトベース》と一直線上になっていた。

 

(いや、やれる!)

 

 アムロはトリガーを引く。

 

 

 

 

 全弾撃ち尽くしたジャイアントバズを捨て、身軽となったタチの《ドム》。メインスラスターを焚き、ジャンプしながら、背のヒートサーベルを抜く。眼前に白亜の巨体、木馬の艦橋が見る見る近づいてきた。

 

「勝った!」

 

 確信し、トリガーを引いた刹那、コクピットを激しい衝撃と警告音が支配する。バランスを崩しながらの斬撃は空を切り、《ドム》はきりもみし、艦橋すれすれを擦過。横のレーダーアンテナを破壊しつつ、墜落した。

 

 

 

 

 《ガンダム》の放ったビームライフルは《ドム》の左脚部を吹き飛ばした。さらに、《ホワイトベース》のメインブリッジ下、数メートルを貫通後、光軸は大気に拡散して消える。

 

「フゥ、アムロめ。無茶をする」

 

 キャプテンシートのブライトは、額の汗を拭った。ほっとする間もなく、

 

「9時方向新たな機影! 高速接近! 数は1」と、マーカーの鋭い警告。

「左舷、弾幕を……」

 

 言いかけたブライトの脳裏を何かがかすめた。

 

「ブライトっ!」「ブ、ブライトさん、今っ……」

 

 ほぼ同時に、舵を握っていたミライ、そして通信席のフラウ・ボゥがブライトを振り返った。

 

 

 

 

「中尉がよくやってくれたようですね」

 

 《カーゴ》に《ギャロップ》の予備のエンジンを取り付けたホバークラフト。巨大な(ボール)を伏せたような半球の頂上に据え付けられた《マゼラトップ》が3機。その内の1機、コクピットに収まるハモンはつぶやく。

 

「タチ、本当に……ありがとう、最後まで。必ず、木馬を仕留めてみせます」

 

 ハモンは悲壮な決意をする。

 《マゼラトップ》のキャノピーの向こうには、無防備な横腹を見せる木馬の姿。あと少し近づけば、《カーゴ》内に満載した爆薬で目的を成就できるはずだ。

 

「わたしも、あなたの元へ行きます。あの人も、ラルもきっと、……許してくれるでしょう」

 

 一瞬、木馬からの弾幕が薄れたように思えた。次の瞬間、ハモンを激震が襲う。

 

「何っ!? 連邦の白いMSっ! 《ガンダム》か!」

 

 横から体当たりした《ガンダム》が、《カーゴ》の進行方向を逸らした上、押しとどめる。

 

「特攻をさせぬつもりか! こしゃくな!」

 

 即座に《カーゴ》から離陸したハモン以下3機の《マゼラトップ》は散開した。アムロの反応も素早く、左右の2機は頭部バルカンによって撃墜されたが、その隙にハモンの《マゼラトップ》は《ガンダム》の背後を奪っていた。

 

「いくら装甲の厚い《ガンダム》でも零距離では持ちはすまい。そして《ガンダム》と《カーゴ》の爆発力は木馬をも」

 

 

 

 

「しまった!」

 

 《ガンダム》の後部モニターに暗い砲口を見せつける《マゼラトップ》。さらに、その後ろには、

 

「《ザク》まで!? 一体どこから現れ」

 

 アムロの思考はそれ以上進まなかった。《ザク》は全力疾走でこちらへ肉迫し、一歩踏み出すごとに足元からすさまじい砂煙が巻き上がっていた。

 

「うわぁぁぁ、ちくしょー!!」

 

 絶体絶命。思わず、アムロの口から汚い言葉がほとばしる。

 《マゼラトップ》のパイロットがトリガーに指をかける殺意を感じ取る。

 《ザク》が両手を組み頭上へ振り上げる。間髪を入れず、ハンマーパンチが繰り出された。必殺の一撃は狙い誤らず、《マゼラトップ》の右エンジンを粉砕した。

 

「ええっ!? なんで」

 

 アムロの疑問を無視して、すぐに失速した《マゼラトップ》は上下逆さまに横転しながら、墜落する。

 《ホワイトベース》の方角からやってきた不自然な《ザク》が、マニピュレータを《ガンダム》の肩へ置き、接触回線が開いた。

 

『アムロ、よくって?』

「セ、セイラさん!? なんでっ?」

『なんでって、・・・・・・アムロが言い出したのでしょう? 《ザク》を動かせるように訓練してって』

 

 新たに肩が白く塗られたその《ザク》は、先のランバ・ラル隊との戦闘でアムロが鹵獲した機体であった。

 

 

『修理してなんとか、使えるようにならんか?』

 

 リュウの提案を受け、MSや《ホワイトベース》の修理の合間を縫って(実際には不眠不休に近かった)、メカニックたちは《ザク》も動かせられるような応急修理を施していた。そして、アムロも徹夜で《ザク》のシュミレータを完成させる。

 

『フラウ、大変だろうけどさ。今度、セイラさんに代わってオペレータをやってくれないか? セイラさんには《ザク》を動かしてもらおうと思う』

『セイラさんが、そ、そんなことできるの?』

『できると思うよ。《ガンダム》だって動かせたんだから。

 それに、……ぼくらは生き残るために手段を選んでいられないんだよ。やってくれるかい、フラウ?』

 

 

 しかし、まさか昨日シュミレータを一通りやっただけ、そのセイラが出撃してこようとは、さすがにアムロも予想だにしなかった。

 

「や、やれるんですか、セイラさん!」

『やるしかないのでしょう。アムロ、《ホワイトベース》後方から敵が来るわ!』

 

 無線を受けたらしいセイラに、

 

「こっちは何とかします。行ってください!」応えるアムロ。

 

 《カーゴ》に組み付いた《ガンダム》を残して、セイラの《ザク》は去った。

 

「そうか、エンジンの片方をやれば。ホバークラフトなんだから……」

 

 

 

 

(落ち着いて、落ち着いて。……なんとか動かすことはできたけど)

 

 セイラは自分自身を安心させるようにつぶやく。彼女の《ザク》に敵車両が近づきつつあった。

 

(無線で戦車と言っていたけれど)

 

 丸腰、主要火器を持たぬ《ザク》でどのように戦えというのか。

 セイラは慣れぬ手つき、手元を確認しながら、モニターにズームをかける。

 ジャパンの伝統玩具ヤジロベエに似た奇異な戦闘車両を映し出す。左右に大きく張り出した構造物はキャットウォークにも、アウトリガーにも見える。その上には、自動小銃を手に、背には飛行用パーソナルジェットを装備した歩兵が10名整列していた。

 

「は、白兵戦用の、戦車!?」

 

 そのあまりにも生々しい兵士の姿にセイラは狼狽する。

 

(どうするの? どうすればいいの? モビルスーツで人間を)

 

 踏み潰す、といった所業など、到底できるわけがなかった。

 

『……つけ、セイラ。……セイラっ! 応答しろっ! ハァハッ』

「リ、リュウ!? 平気なの?」

 

 苦しい息遣いと、絞り出すような叱咤の無線にセイラは我に返る。

 

『お、俺のことは、いい。後ろの銃座から見えてるぞ。いいか、合図する。敵を引きつけて、撃て』

「撃てって、……この《ザク》には武器がないのよ!」

『だ、大丈夫だ。もっと下がれ。《ホワイトベース》から離れるな。引きつけるんだ、もっと』

 

 

 

 

 ランバ・ラル隊の副隊長クランプ中尉は、挙動から一見してその《ザク》が味方でないことを看過した。

 

「しかし、手持ちの武器はないようだな。《ザク》は無視して木馬に取りつけっ! 低く飛べよ!」

 

 叫ぶや、パーソナルジェットを噴かし、機銃掃射をかわすため、砂上すれすれを飛ぶ。彼の後に、9名の部下が続いた。木馬の左後方から迫るクランプの右側には、別の突入分隊員が見える。《ホワイトベース》の後部甲板に取りつく腹積もりは明らかだった。

 《ザク》は、いまだ黒煙を上げる《ホワイトベース》のメインノズル後方で棒立ちである。

 

「火事場泥棒が。付け焼き刃で使えるものかよ」

 

 クランプが嘲笑い、《ザク》の側方を行き過ぎようとしたときだった。

 《ザク》の膝部から、また肩部から、ポン、という花火を打ち上げるような軽い発射音がした。しかし、花火ではなかった。砂に黄ばんだ空に射出されたのは、直径100ミリ、全長150ミリの金属円筒であった。

 わずかな白煙を引く光景を見て、一瞬の内に歴戦のクランプは理解した。

 

(コズンのJ型、Sマイ・・・・・・)

 

 続く乾いた破裂音。12個の対人跳躍グレネード・Sマインは合計4,800個の鉄球を高速でまき散らし、クランプ他、突入兵士らはことごとく即死。辛うじて息のある者も、四肢や内臓をずたずたにされ、地面でのたうちまわった。

 

 

『セイラっ! 応答しろっ、セイラ!』

「やった、全部。わたしが、やった……」

 

 足元をズーミングすると、敵兵がボロ雑巾のように千切れて横たわっていた。

 

『セイラ、だ、大丈夫か!?』

「ハッ……ハッ……」

 

 セイラはこみ上げてきたものを、ヘルメットの内に吐いた。溺れる。慌ててバイザーを開けて、また吐いた。

 

 

 

 

 エンジン片肺にした《カーゴ》を蹴り飛ばし、安全圏まで距離をとったところで、《ガンダム》のビームライフルが連続的に発射される。光軸に次々と貫かれ、《カーゴ》内部の爆薬が二次爆発を起こした。

 

(最後のスカート付きは!?)

 

 直後、アムロの背中を寒気が駆け抜けて行った。

 180度回頭した《ガンダム》のモニターが、地に倒れた《ガンキャノン》とジャイアントバズを構える《ドム》の姿を映す。その巨大な砲口は《ホワイトベース》に向けられていた。

 

(間に合え!)

 

 即座に照準を合わせトリガーを引くアムロ。速かった。常人とは比べ物にならないほど。

 だが、すでに撃ち出された砲弾を止めることはできなかった。

 機体のヴァイタルに直撃を喰らった《ドム》は爆発するが、それに半秒遅れて、《ホワイトベース》の艦橋に成型炸薬弾が飛び込む。アムロにはその光景がやけにゆっくり見えた。

 

「ああああぁぁぁあ、あぁ、うわ――――――――――――!!」

 

 ほとばしるアムロの絶叫。

 次の瞬間。添装填薬に火が走ったのだろう、衝撃波を発した後、特徴的なペガサスの頭頂部は吹き飛んだ。

 まるで、それが合図のように、戦いの終わりを告げる狼煙が上がったように、攻撃が止んだ。

 ランバ・ラル隊もすでに壊滅的損害を受けていた。

 砂丘に隠蔽しつつジャミングをかけていた《ギャロップ》、そして、2両の《キュイ》揚兵戦車は戦闘域を離脱する。

 

「あ、ああ、……ブライトさん、ミライさん、みんな」

 

 アムロの口から嗚咽が漏れる。

 

「フラウ、……フラウ・ボゥ―――!!」

 

 

 

 第二章 ちょっと一年戦争行ってくる! ~完~

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「ブライトさんご愁傷様(棒読み)。修正しすぎて、自分が歴史に修正されちゃった。
 けど、歴史は元に戻ろうとして、《ホワイトベース》隊の代わりの人たちを呼ぶことになる。
 当然、例の酔っ払い軍団なんだけどさ。他にも色々・・・・・・。
 さて、次回から新章『仁義なき戦い オデッサ激闘篇』始まるぜ!
 こっちのシャアはOP曲で叫んでるだけじゃないんだね?」



【《ホワイトベース》が中央アジアで中破しました】
【ランバ・ラル隊が壊滅しました】



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 仁義なき戦い オデッサ激闘篇
18 オデッサ(1)


(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

「ランバ・ラル隊の執念はすごかった。アムロさんたちもがんばったけど。
 タチ中尉とハモン、そして《ホワイトベース》クルーにとっても、悲しい結果にしかならなかった。
 しょうがないね、戦争だもの」


 UC.0079年11月。地球降下直前のジオン公国軍《ザンジバル》級機動巡洋艦にて。

 

『……繰り返しニュース速報をお伝えします! ガルマ・ザビ少将の仇討ち部隊が、地球連邦軍の新造戦艦を撃破しました!

 詳細はまだ明らかにされておりませんが、ドズル・ザビ将軍の命令で地球降下した宇宙攻撃軍所属ランバ・ラル大尉指揮の独立遊撃隊が、新型モビルスーツ(M S)をようする敵艦、通称『木馬』を激戦の末、これを破壊したとのことです。『木馬』は先月、北米シアトルにて戦死されたガルマ司令の仇敵で、この撃沈はジオン全国民の悲願でありました。

 ランバ・ラル隊のその後の安否は分かっておりませんが、・・・・・・』

 

 MSのコクピットに収まるシャア・アズナブル中佐はそこまで聞くと、艦内経由のラジオをオフにした。副官のマリガンが急いで知らせてくれたが、シャア自身は内容に心動かされるようなことはなかった。

 マイクが外のMSデッキの会話を拾う。

 

『この《ドム》のパワーはすごいぞ!』

 

 ひげ面団子鼻の大尉が気勢を上げている。エースパイロット通称『黒い三連星』が新兵を囲んで、愛機を自慢している様子だった。やがて、三連星は哄笑を上げながら、デッキを去った。

 なにかと、シャアとは折り合いがつかない連中である。だが、

 

「閣下、自分もガイア大尉殿らと同道させていただきたいのですが」

 

 再度の地球降下を司令官キシリア・ザビに進言したのは、他ならぬシャア自身であった。

 コクピットの電子音が鳴り、ランプが点灯する。まもなく大気圏突入だ。システムのシャットダウンの途中、シャアは仮面を脱ぎ、独り眺める。

 

(『赤い彗星』という肩書きや『ジオン・ダイクンの子』というしがらみを取り払った私には、一体なにが残るだろうか?)

 

 シャアは『木馬』撃沈の報にも驚かなかった。連邦の白いMS? 論外である。

 

「奴と再びめぐりあうことなど、できるだろうか・・・・・・」

 

 思いは言葉になり、拳は固く握られた。

 完膚なきまでの敗戦。《ザクⅢ改》との戦闘で浴びた緑の発光。肌に張り付いた熱い感覚がシャアには、まだ残っていた。

 

 その日、シャアと三連星はジオン公国が占領するオデッサ鉱山基地に、援軍として到着した。

 

 

 

 

 同時刻。旧ポーランド、ワルシャワ。地球連邦軍第3軍旗艦・《ビッグトレー》級陸戦艇《バターン》号にて。

 

 作戦指揮所は葉巻(シガー)が発する甘いかぐわしさが漂っていた。マチルダ中尉は3人の将官を前にしている。

 

「許可できん。危険すぎる」

 

 レビルはくゆらせていた葉巻を口から離すと、マチルダ立案の捜索・救出作戦を言下に断った。横のエルラン中将も同調して口を開く。

 

「それにジオンのプロパガンダ放送によると、《ホワイトベース》はランバ・ラル隊の攻撃を受けてすでに大破していると・・・・・・」

「いえ! たとえどれほどの傷であろうと、必ず直してみせます!」

「補給部隊のマチルダ中尉としては、そう言うしかあるまい。今の君は視野が狭くなっている」

 

 幾分、言葉をやわらかくするレビルだが、目は厳しい。

 

「カスピ海を渡っているならともかく、マ・クベの強固な縦深陣地を突き破って、中央アジアの、それも砂漠の真っ只中の、どこにいるかも分からぬ《ホワイトベース》をどうやって見つける?」

 

 マチルダは答えられない。直立し、唇を噛む。

 そんな彼女を無視して、エルランがまた言う。

 

「しかし、揚陸艦一隻とはいえ、後方かく乱の予備戦力を失ったことは惜しい」

「フフ。そこで、コーウェン准将の出番だ」

 

 空気と同化していたジョン・コーウェンが唐突に名を挙げられ、意外な表情をする。黒い肌の顔貌には深いシワが刻まれている。

 連邦軍ではMSは実戦に投入されたばかりである。コーウェンは海千山千ともつかない地上用MSの運用・経験蓄積のために設立された、特殊部隊の司令官であった。

 戸惑うコーウェンを尻目に、レビルが続ける。

 

宇宙(ソラ)での反攻作戦が始まるまで秘匿する計画だったのだが、そんなことを言っていられる戦況でもない。それにマチルダ中尉。君には《ホワイトベース》捜索とは別の重要任務を与える。これは間接的にせよ、《ホワイトベース》を助けることとなる」

「それでレビル将軍。私になにをせよ、と?」

 

 コーウェンが腰掛けたまま、膝をすすめた。

 

 

 

 

 数時間後。ジオン軍オデッサ基地司令部にて。

 

「よく知らせてくれた、ジュダック。それで、新設部隊の詳細は具体的にわからんのか?」

『残念ながら、空挺、そして大隊規模ということを除いてまったく・・・・・・』

「わかった。エルランに言っておけ、オデッサ作戦の攻撃は程々にな、と」

 

 そうして、マ・クベは暗号無線を切る。

 

「『木馬』を沈めてやれやれと思っていたがこれだ。レビルめ。戦争屋だけあってあざとい。しかし、こうなるとシャアと三連星だけでは不安が残るか……」

 

 連邦に潜り込ませたスパイを利用し新たな戦術計画を知りえた、マ・クベはしばし沈思する。何か思い至り、内線で副官に命じる。

 

「ウラガン! 外人部隊のローデン大佐と、フェンリル隊のシュマイザー少佐を呼べ!」

 

 特別義勇兵部隊、―通称、外人部隊。その部隊はサイド3の国籍を持たない外国人で編成された。使い捨て的に危険な任務に回され、実戦経験も豊富で練度は高い。

 また、もうひとつの特殊部隊、―闇夜のフェンリル隊。地球降下作戦時から地上に投入され、MSの汎用性を戦果をもって実証してきた部隊である。

 ワルシャワ方面から殺到する敵主力に対する戦力補強だった二つの部隊は、シャア、そして黒い三連星と共に、後方つまりは鉱山基地背後の守備に配置される。

 ゲラート・シュマイザー少佐、そしてダグラス・ローデン大佐は目が覚めるような見事な敬礼を見せ、マ・クベも返す。シュマイザー少佐はともかく、ローデン大佐はマ・クベと同じ階級。軍歴も長く年長者であるので、マ・クベの方が先に敬礼すべきである。

 この辺りが、マ・クベの方がよりザビ家に近しく、横車を押す力がはるかに強いことを意味する。

 二人は司令部を後にする。

 

「西へ行け東へ行けと、マ・クベ司令の深いお考えは小官のような未熟者には分かりません。ローデン大佐はどう思われます?」

「いや、私は与えられた任務を粛々とこなすだけだ。その先に勝ちがあると思うが」

 

 ローデンは当たり障りのない受け答えをし、シュマイザーと別れた。

 

 

 

 

 同時刻。オデッサから東南東、約2900キロ。旧ウズベキスタンの古都ヌラタ。

 

 空は赤と砂混じりの金に染まる。走る6輪バギーの助手席からフラウは、青いドームを見た。夕焼けの空と対照的な色合いだった。

 

(あれが、・・・・・・モスク?)

 

 しかし、美しい屋根は、あっ、という間に後方へ過ぎ去った。

 

 ガコッ!

「キャッ!」

 

 石を踏んだバギーが跳ね、フラウが小さく悲鳴を上げる。横の運転手、ジョブ・ジョンはまるでハンドルにしがみついているような、必死の形相をしていた。

 

「ちょっと、スピード落としてよ。危ないじゃない!」

「のん気すぎ。ここはジオンの支配地域ですよ! さっさと調達したら、街を出ないと、どこでジオン軍と鉢合わせるか」

「おちつけよ。そんなことにはならない」

 

 答えるのは後部貨物スペースに腰掛けるタムラだ。話し方まででっぷりとした体型そのもの、のんびりとしたものだった。

 

「このヌラタの街は中央アジアでも有名な巡礼地だよ。旧世紀の終わりには古代の水路も再生させてる。なるほどジオニストだって、ここを軍靴で踏みならすのは控えるよ。住民感情を逆なでるからね。もっとも、周りの都市は重要拠点として、基地があるみたいだがね」

「はぁ~~。タムラさん、詳しいね。なんで?」

「まぁ、そんなことより」

 

 不自然にはぐらかす。

 

「変装したジオン兵はいるかもしれない。行動には気をつけるんだよ」

 

 そういう、タムラたちも軍服は脱いでいた。

 前方に、色とりどりのテントで敷き詰められたバザールが近づいてくる。食料調達のため、タムラを降ろし、ジョブとフラウは薬局を探した。

 

 

 ランバ・ラル隊を激闘の末、退けた《ホワイトベース》隊であったが、母艦はメインブリッジを失い指揮能力は激減した。戦闘24時間後、応急修理を済ませた《ホワイトベース》は離陸する。

 すぐに、第二ブリッジへ艦内通信が届く。

 

『こちら機関室! エンジンが爆発する恐れ!』

「ブリッジ了解。オムル、なんとかもたせて頂戴。山間に着陸します!」

 

 これ以上の飛行は困難、と艦長代理ミライ・ヤシマは判断した。

 

「隠れて、連邦軍の救出を待ちましょう」

 

 現在《ホワイトベース》はヌラタから南西15キロほどの山岳地帯に隠蔽していた。

 

 

「この街の近くに降りれたのは、幸運ね」

「幸運といえばさぁ、フラウもホント、運がいいよなぁ。あれ一歩間違えば」

「あれは、・・・・・・ブライトさんがとっさにブリッジの皆を避難させたから・・・・・・」

 

 フラウの声は尻すぼみに小さくなる。日がどんどんと傾き始めていた。

 

 

 《ホワイトベース》がエンジンに被弾し不時着した後、ブライトはブリッジ要員全員を第二艦橋へ避難を命じた。

 最後までブリッジに残りコントロールをすべて移譲してから、ブライトは非常ハシゴに手をかけた。エレベーターシャフトは《ガンダム》のビームライフルに貫かれ、使用不能になっていた。

 その時、《ドム》が放った砲弾がメインブリッジに飛び込んだ。

 すんでのところで、ブライトは助かった。だが、とっさにかばった腕は大火傷を負い、左の鼓膜も破れた。

 

 

「さっき医務室のブライトさんに会ったけど、『だから左舷弾幕薄いぞって言ったんだ!』って怒ってた。自分の怪我と関係ないでしょ、ってツッコんだよ。あぶねっ!」

 

 フラウが暗い表情のままだったのでジョブは軽口を飛ばしたが、危うくラバが引く荷車に突っ込みそうになった。

 

「ねぇ、ジョブ。あの時、《ホワイトベース》が不時着した時、アム・・・・・・誰かの声が聞こえなかった?」

「え、・・・・・・いや」

「そ、そう」

「どうしたの?」

「う、ううん。なんでもないわ」

 

 何かを振り払うように、顔を大きく振った。

 

「けが人がふえちゃって、薬も包帯もいくらあっても足りないわ。早く済ませちゃいましょ」

「まったく、アムロの甘ちゃんがさぁ、捕虜なんか取るから。ジオンなんか野垂れ死にしちゃえばいいんだよ」

 

 ジョブがアクセルを踏み込み、モーターのうなる音が大きくなる。

 

「口が悪いわよ」

「へいへい、カイさんでも移ったかな?」

 

 ジョブの言い様に沈んだフラウの顔は怒りに変わった。

 やがて、薬局は見つかった。二人はリュウとブライト他負傷したクルーたち、そして、捕虜のタチ中尉とハモンのため、医薬品類を買い込むのだった。

 ランバ・ラル隊のふたりは、ひしゃげたコクピットから奇跡的に救出された。彼らが生きていることを知らせたの()アムロであった。

 

 結局、ジョブたち全員が必要物資をバギーに積み込めたのは、すっかり日が沈んでからだった。

 

「しかしさぁ、こんなところでのんびりしてたら、間違いなくオデッサには間に合わないよね」

 

 

 若干、宇宙世紀の正史とは異なるが、オデッサ作戦が始まろうとしていた。

 そして、西暦でも予兆があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1989年11月。東京都内、アクシズ建設にて。

 

「・・・・・・くしゅん。ズズ」

 

 菅 浜子(ハマーン・カーン)はデスクのティッシュに手を伸ばした。彼女の元へ湯飲みが置かれる。厚生課の五十川 やよい(ヤヨイ・イカルガ)である。

 

「社長~、もう一日ぐらい休んでも良かったんじゃないですか~?」

「愚劣なことを言う。小なりとはいえ、私も一国一城の主。社員を馬車馬のように働かせている間に、部屋で寝ているなど・・・・・・」

「ハ~イ、マッシマーお茶だよ~♪」

「だっから、マッシマーはやめろっ!」

「もう照れんなよ~♪」

「別に照れてねーよっ」

 

 すでに、社長席の前にやよいの姿はなく、営業課に行っていた。

 真島 世路(マシュマー・セロ)の姿は痴話喧嘩しているようにしか、浜子(ハマーン)には見えない。

 病み上がりをおして、出勤したのはこれが()()()の理由である。

 昨日の午後、どうしても目を通しておきたい案件があった。浜子が出社すると、休憩中のやよいと真島(マシュマー)のふたりがなにやら、『いい雰囲気』になっていたのである。得意の『例のあの能力』が感じ取った。

 

(捨て置けぬ! 真島と私は互いに惹き合うものがあるのだ。気安いぞ、やよい!)である。

 

 見れば、離れた壁の影から来栖 麻里(マリーダ・クルス)も暗い表情(とカッターナイフの切先(きっさき))をのぞかせている。

 しかし、ちょうど3時休憩のチャイムが鳴った。

 

「チッ。ぁ、あの、お先に失礼……」

 

 小さな舌打ちの後、麻里(マリーダ)が退社宣告しようとしたとき。

 

 ガタッ!

「聞けっ! アクシズの企業戦士たちよっ!」

(うわっ! 始まった!)

 

 社員たちは心中で叫ぶ。浜子が腕を振り上げ、立ち上がっていた。

 

「先日、四菱地所がアメリカのデイヴィソン・センター・ビルを買収したことは、皆の記憶に新しいと思う。まさに慶賀すべき偉業である。そこでこれを勝手に祝い、明日一席設けることにした」

(勝手に!? どういう流れだよ・・・・・・)

 

 四菱地所は国内不動産会社の最大手だが、アクシズ建設とは直接には関わり合いがない。社員の戸惑いももっともである。

 

「わが社としても、全力で祝賀会を開くつもりだ。よって、以下に名を挙げるものは絶対参加とする」

 

 浜子の語りが不穏当な色を帯び始めてきた。自作したリストを手にする。

 

「まず、総務課長・入谷はこべ(イリア・パゾム)っ!」

「は、・・・・・・はっ! よろしくおねがいします、がんばります!」

 

 浜子の勢いに飲まれた入谷(イリア)は、直立不動で自己紹介的に答える。周囲もそれに引っ張られて、なぜか拍手を送っていた。

 

「営業課長・後藤 豪(ゴットン・ゴー)、営業課・都外川 暮巳(グレミー・トト)、同・真島 世路(マシュマー・セロ)、同・馬場 利太(ばんば・とした)・・・・・・」

 

 まるで軍隊の指揮官が辞令を読み上げているようだ。

 

「アルバイト・来栖 麻里(マリーダ・クルス)、厚生課・・・・・・」

「ぁ、あの、社長。私、明日も夜学が」

「終了してから来ればよい。タクシー代を渡そう。領収書は『アクシズ建設』でな」

「ぇ、えと私、未成年ですし」

「ソフトドリンクもある」

「ぅ、で、でも、お養父(とう)さんが何て言うか・・・・・・ところで、……その、……アイスもあるんですか?」

「ある! パフェもな」

「来栖麻里、出ます!」

 

 さすがに早い。自称・アイスソムリエ麻里は『お疲れ様でした』と言い残して、疾風のように走り去った。

 

「・・・・・・設計課・上賀 陸(うえが・りく)。以上の者は戦線離脱することを禁ずる!」

 

 ようやく、自分たちの置かれた状況が分かってきたのか、もうまったくついていけず諦めたのか、社員たちはざわつき始めた。

 

(オイオイ、これは大変なことになった)

(何がどういう風に?)

()()やよいと一緒に飲んで潰れられないんだぞ)

(マジか! 財布より俺の肝臓が心配になってきた!)

(ひょっとしたら、これは新手のリストラじゃねーか?)

(なんだよ、それ! どういうことだよ!?)

(俺たちを急性アル中にして始末しちまおう、ってつもりじゃねーか、社長は?)

 

 バカ社員たちの動揺をよそに、浜子が締めに持っていこうとする。

 

「では、今日は残業もせず早めに休息を取り、体調を万全に整え、ゴホッゴホッ、グハッ」

 

 そこで盛大に咳き込む。説得力のないことおびただしい。やはり、風邪が抜けきってないらしい。

 だが、

 

(これはまさに千載一遇のチャンス。生かせなければ、早晩九部 真(マ・クベ)はまた私に愛人関係を強要するだろうし、会社は佐備建設の食い物にされる。

 アクシズ建設の命運はこの一席にあり!)

 

 思いつめた浜子は、ハンカチを口にあてひとつ咳払いすると、姿勢を正して社員を見回した。

 転生後初めて、宇宙世紀の歴史を()()()()改変するつもりだ。

 

「今回の店は、『飲んで歌えるカラオケ喫茶・オデッサ』である! 各員の健闘を期待する」

(なにをどう期待するんだよっ!?)

 

 終始、社員の心中を無視し続けた浜子は、そういって締める。大きなうなずきを返したのは、『肝臓強化人間』のやよいだけであった。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「どっきりなの、あの白目無し生きてるの? なんだよもう!
 ビーチャ正艦長の新約ZZが始まるモンだって、期待して損したじゃん。
 にしても、アクシズ建設総攻撃なの? 木矢良(キャラ)姉さんまで!?
 メンツが危ないんじゃない。特にロリコン弩変態の都外川 暮巳(グレミー・トト)
 でもって、あっちじゃ連邦が大部隊を動かし始めた。
 次回、アクシズZZ『オデッサ(2)』
 オデッサが始まる・・・・・・。 え、まだ?」



【連邦軍欧州方面軍において急きょ、大幅な部隊編成が行われました】
【ジオン軍地球資源採掘師団(マ・クべ隊)の戦力補強が行われました】
【アクシズ建設にて、オデッサ飲み会参加者に漢方胃腸薬が配給されました】



(あとがき)
 これは活動報告で反省会ですね(汗。
 予約投稿機能で「何時何分」まで指定できるようになったので、以後、土曜の17時30分更新を心がけます。原作の放送日時に合わせております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19 オデッサ(2)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

「刻一刻と近づくオデッサ作戦。連邦軍は新しい部隊を編成する。でもって、策略家のマ・クベはスパイを使って罠を張る。
 西暦じゃ、おっかな~いおば、ぇと・・・・・・お、ねえ、さんが歴史を変える気、満々でいるし。宇宙世紀はどうなっちゃうの?」 





 UC.0089年1月、第一次ネオ・ジオン戦争末期。コア3沖会戦。

 

「うおおおおおうぅぅぅ!!」

 

 パイロットのキャラ・スーンは裂帛の気合を放つ。重モビルスーツ(M S)《ゲーマルク》に迫るオールラウンド攻撃のビームは不可視のバリアによって跳ね返された。

 Iフィールドも持たぬMSが起こした怪現象に、ビームを放った機体、量産型《キュベレイ》のパイロットたちは恐れおののいた。

 

「お前ら、一人も生かしておかないよ!」

 

 キャラは手近の一機に反撃。《ゲーマルク》のファンネル攻撃が《キュベレイ》のヴァイタルを次々と貫き、宇宙に爆発した。

 だが、

 

(なんだ!?)

 

 キャラはその刹那、小さな何かが弾けるような感覚を覚えた。敵のパイロットを殺した瞬間、いや、殺す直前、呪いから解放された魂が上げた叫び。それは、

 

(泣き声!? 子供だと?)

 

 怖い、とも彼女には聞こえた。

 

「ふざけんじゃないよっ! この猫目のキャラ・スーンに子供を相手させるなんてさっ!」

 

 キャラは湧き上がる不快感を、馬鹿にされたと思う屈辱感で押し潰した。

 

「うるさいガキは大嫌いだっ!」

 

 《ゲーマルク》は肩に【12】とマーキングされた、逃げる《キュベレイ》を追う。

 

「お前も死ね────っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1989年11月。東京都内、カラオケ喫茶オデッサにて。

 

 まるでライオンのたてがみのような逆毛は、肩まで長く伸びている。髪は真ん中から左右別々の色に染め分けられている。真っ赤とキンキラ金に。

 

「ハッ! ・・・・・・夢か」

 

 派手なヘアースタイルの持ち主、木矢良 すみれ(キャラ・スーン)はテーブルに突っ伏した状態から目覚めた。いつの間にか飲んで眠ってしまったらしい。

 

「♪25時間、戦~えますかっ? 企業戦士~(ビジネスメ~ン)♪」

 

 ミニステージではアクシズ建設のバカその1、後藤(ゴットン)が流行コマーシャルをもじった替え歌を熱唱していた。

 

(やれやれ、のん気なやつだ)

 

 額を拭うと、びっしょりと汗をかいている。

 

(なにか冷たいものでも食べたいところだね)

 

 テーブルに目を戻すと、木矢良(キャラ)が注文したカンパリソーダに少し離れて、キャラメルバニラアイスがある。スプーンがアイスに突き刺さったまま放置されていた。

 不審に思い、隣の席を見ると、

 

「あ、ぁ、溶かされる・・・・・・ビームで・・・・・・ガクッ」

「ちょ、ちょっと、しっかりしな! どうしたんだい、麻里(マリーダ)ちゃん!?」

 

 栗毛の少女は白目をむき、カニのような泡を噴いて気絶した。どうも木矢良の夢の内容が()()()()()したらしい。

 

 

 ここで飲み会の参加者を紹介する。

 まずアクシズ建設社長の浜子(ハマーン)と秘書の入谷(イリア)

 『営業の3バカ』こと後藤(ゴットン)真島(マシュマー)暮巳(グレミー)と、『営業の嵐』こと馬場(ばんば)日安(ひあん)和井武(わいたけ)。なぜ彼らが嵐と呼ばれるのかは、社内でも謎とされていた。

 設計課からは赤堀(あかほり)上賀(うえが)、それに4月入社の中里 有紀(ユウキ・ナカサト)

 アルバイトの麻里(マリーダ)

 厚生課からは本郷 すみれ(スミレ・ホンゴウ)、そしてNTのやよいだ。

 ちなみに、NTとは日本酒の銘柄を飲み当てる特殊な才能、―Nihon-shu talent:利き酒能力―を意味する。やよいは同時に36の銘柄を認識することができ、唎酒師(ききざけし)『匠』の称号と日本酒検定特級の持ち主である。

 このアクシズ軍団に、半ば強引に連れて来られた『掃除のお・・・・・・ねえさん』こと木矢良(キャラ)を加え総勢15名であった。

 

 

 

 

 木矢良たちと別の席では、

 

「真島先輩、機動戦士ガンガル乙乙を知らないんですか?」と暮巳。

「知らん。どんな話なんだ?」

 

 真島はアニメに興味もなかったが、一応聞いている姿勢を見せる。

 

「サンレイズ製作のガンガルシリーズ最新作! 世界に誇るハードSM作品ですよ!」

(・・・・・・ハードSFのことか?)

 

 何か不適当なアルファベットのような気もしたが、真島は聞き流した。

 

「・・・・・・それで、この敵役のマシュマロ・セロリってやつがどうしようもないやつなんですよー」

「ほぅ?」

「こいつはホテルのチェックアウトを金塊でするんですよ」

「ちょっとなに言ってるか意味不明だな」

「ですよね! マシュマロは『キャッシュもクレジットも無いからこれで頼む』って、スーツから金の延べ板、取り出すんですよ。他にも自分のことを『救いを求める哀れな子羊』とか言っちゃたり、ツッコミどころ満載なんですよ!」

「アッハッハッハ! いろいろ痛いキャラだな、そいつ。一回、死んだほうがいい」

「大丈夫。死にますから! 『ハンマーさま、バンザァァァイ!!』とか言いながら」

 

 真島は急にデジャブを味わい、背筋を寒気が駆け抜けていった。

 その時拍手が起こり、場を笑いで盛り上げていた後藤が真島たちの方へ戻る。

 次にミニステージへ向かったのは、意外にも

 

都外川 暮巳(グレミー・トト)、参ります!」

 

 カラオケカセットを持参するほどの気合の入りようだ。それはアニメ『ガンガル乙乙』のオープニングテーマであった。暮巳の美声と思いのほかパンチあるシャウト。

 しかし、

 

「♪子供はだれも笑いながら、エロビの見すぎというけど、ボクは絶対に~絶対に~オナってなんかない~♪」

 

(中略)

 

「♪ア~○~×じゃな~い? ○~二~×じゃな~い? やらしい世界~♪

 ♪ア~ナ~○じゃな~い? ア~○~ルじゃな~い? 本番なのさ~♪」

 

 歌詞の意味不明さは頭部にハイメガ砲を装備した《某々ガンダム》に匹敵し、場は厳冬のシベリアのように凍りついた。

 特に女性陣はなにか気持ち悪いものでも見てしまったような、そんな目で暮巳を見ていた。

 パチ、という拍手のかけらもなく曲は終わった。

 空気を読んだ真島が、暮巳の腕を引ったくりステージから降ろし、速攻で席に着かせた。

 

(まったくこのバカなんで飲み会にこんなカセット持ってくんだよ!)

 

 カセットを叩き割ってやりたいと思いつつも、歌詞カードに書かれていたあらすじに目を通す。

 

『サイド1・1チョウメのコロニー・カブキチョウに住む少女ジュリエット・アイタタ。彼女は不良少年少女と共に、宇宙船《アーマガエル》を盗んで、宇宙海賊の道へ。追う恥○連邦軍(ちきゅうれんぽうぐん)。対立するロリ・オジン軍。彼女は宇宙の覇者になれるのか!?

「ジュリエット・アイタタ、《乙乙ガンガル》! ふぁ・・・・・・ぁぅ、ぃき・・・・・・イキま~す♪」

 ※当作品は成人向けアニメです』

 

「あ、エロアニメか。え? ・・・・・・アニメじゃないのか? どっちだよ! なんで誰もつっこまねぇんだよ!」

「いや先輩、作中ではちゃんと女の子に(♂を)突っ込んでま・・・・・・」

「お前に聞いてないわ―――っ!!」

 

 真島は逆水平チョップの強烈なツッコミを入れた。

 

 

 

 

 浜子(ハマーン)は、後悔していた。

 

(グレミーを強化した覚えはないのだがな)

 

 このままでは暮巳も謎の店『はざま』に連れて行くことになるだろう。

 本当は真島と同じテーブルにつきたいのだが、暮巳というロリコン・マザコン・アニオタ・弩変態という四重苦のせいで、そこはすっかり女っ気がなかった。あのやよいですら寄り付かない。

 別のテーブルでは、麻里が介抱されているが、一向に目覚める気配がない。

 

(麻里と木矢良の相性が悪いことは少し考えれば気づいたろうに、私としたことがうかつなことを・・・・・・それに)

 

 浜子は設計課の赤堀と上賀を見る。

 

(あの二人は確か、エゥーゴに潜り込ませた連中ではないか?)

 

 だいぶ昔のことなので記憶が曖昧だ。

 

(これでは、宇宙世紀に行った途端、また内乱を招きかねん)

 

 同族殺しはアクシズの十八番(おはこ)である。

 ふと、コロン、と氷が転がる音がした。入谷(イリア)がウォッカのグラスを傾けている。

 

「都外川君、ずいぶんはしゃいでましたね」

 

 入谷は目の下に幾分朱がさし、色艶やかになっていた。しかし、暮巳のテーブルへ行くつもりは、さらさらないらしい。

 

「入谷、やはり頼りになるのはお前しかないようだ。アクシズに尽くしてくれ」

「・・・・・・社長。私はアクシズのためならたとえ火の中、水の中でも飛び込む覚悟です」

「私は良い部下を持った」

 

 二人は互いのグラスを軽く当て乾杯した。

 

(いづれにしろ、私にとっては背水の陣だ。早くあの俗物の首をあげねば)

 

 浜子は決意を新たにした。

 

 やがて、アクシズ軍団はカラオケ喫茶オデッサを後にし、アルコールに導かれるまま時空の狭間(はざま)に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC.0079年11月。旧ルーマニア、ブカレストの西方約70キロ、ポエニの町。

 

 いたってのどかな雰囲気だった。

 色づいた木々はここ数日の風雨で葉を落としていたが、今は晴れ。見渡す限り緑の牧草、そして、兵士たちの頭上には青空が広がっていた。

 早朝パトロールの後、ジオン軍MS中隊々長・ボールドウィン少佐は牧場脇に駐機した《ザク》の足元、部下たちとブランチを楽しんでいたところだった。

 未舗装路の小石を飛ばして、伝令のバイクがやってくる。

 

「オルト川の連邦軍が火砲類のカモフラージュネットを外している」

 

 《ルッグン》、《ワッパ》をようする偵察部隊からの報告だった。中隊のパイロットを急ぎ集め、ボールドウィンは皆に伝えた。

 

「連邦軍が偽装を取り払い始めた。どういうことかは分からない、が」

 

 ボールドウィン本人はもちろん、部下たちも連邦の動きの意味することを敏感に感じ取った。

 ささやかれる連邦軍の一大反攻作戦。

 無論、いつものようにブラフの可能性もある。無線通信量を増やし、前線まで部隊進出をさせた後、後方へ退く。連邦軍はこのところ、繰り返していた。

 

「全機搭乗。丘まで前進する」

 

 だが、その途上で事態は動き出した。

 

『上空11時、敵機2!』

 

 ジグザグの千鳥縦隊を取っていた《ザク》中隊は一斉にザクマシンガンの対空射撃を開始する。現れた戦闘機《セイバーフィッシュ》は緊急回避、来た方角へと戻っていった。

 

「ずいぶんと早く退く。一発も撃ち返してこないとは、な」

 

 かえって不気味だった。

 5分ほどかけて西方を一望できる小高い丘まで移動する。オデッサを目指す連邦軍が東進すれば、かならず姿を現すはずだ。しかし、

 

「なんだ、この数は!?」

 

 眼下の丘陵を見回して、ボールドウィンは唖然とした。

 正面モニターの視界、水平およそ150度を小さな黒点が埋め尽くしている。牧草地の端から端まで見渡す限りびっしりと。

 地上の連邦軍の主力、《61式》戦車だ。

 

『よろしいですか、中隊長殿?』

「なんだ、プリラー?」

 

 副長の大尉が軽い口調のレーザー通信を送ってきた。

 

『連邦の大反攻に、栄光ある突撃重装甲兵大隊(※)の1個中隊ってのは、どうも・・・・・・。お寒いですな。十字勲章でも頂けるんですか?』

「戦傷章でももらっとけ」

 

 ふたりは笑い飛ばした。

 距離がある戦車は、ひとつひとつは豆粒のように小さい。が、密集・連携し大きな一団を作り、《ザク》中隊が立つ丘に迫ってきた。

 また、彼方の上空には渡り鳥の群れのように、航空機の大編隊が形成されていた。先ほどの2機はせいぜい斥候に過ぎなかった。

 

「深く考えるな。射程にはいったものから任意に撃て! 移動しろ!」

 

 部下に通達すると、ボールドウィンは自機の《ザク》を水平移動させつつ、もっとも近い《61式》にマシンガンを照準する。

 急制動、即発射。命中した《61式》は走行中ということもあって、キャタピラと転輪をばら撒きながら爆発する。

 次の瞬間、正面がかすんだ。

 《61式》が装備する150ミリ連装砲。無数の連装砲が吐き出す砲煙、発射炎、そして砲弾の嵐だった。

 右膝部に直撃をもらったボールドウィン機は、よろめきながら後ずさる。そして、泳いだ上体に向けて第二射の砲弾が殺到した。サンドバッグ打ちにされるボクサーさながら、千鳥足になった《ザク》は爆発、地に倒れた。

 指揮を受け継いだプリラーが無線に叫ぶ。

 

「こちら第一中隊。中隊長戦死! 敵の猛攻を受けている。至急、・・・・・・」

 

 ミノフスキー濃度は急速に高くなっていった。

 

(※実態はMS大隊だが、士気高揚などを狙って改称されたもの)

 

 

 

 

 地球連邦軍の反攻、オデッサ作戦が始まった。《ホワイトベース》が失われ、レビル将軍は急きょ後方かく乱を目的とした部隊を編成する。

 機械化空挺大隊。

 主戦場が宇宙に移行するまで、連邦内では量産型MSの存在は秘匿される計画であった。しかし、欧州方面軍には先行して30機の《ジム》が配備されていた。ここから2個中隊を抽出。ジョン・コーウェンようするMS特殊部隊第三小隊の3機を加え、合計27機。また、対MS特技兵2個中隊がこれを支援する。

 彼らをオデッサ基地の背後に輸送するのが、マチルダ中尉が所属する第136輸送航空連隊である。作戦に際し、マチルダ隊は《ミデア》戦術輸送機15機に増強。護衛として《セイバーフィッシュ》汎用戦闘機、および近接航空支援として《フライマンタ》戦闘爆撃機が随伴する。

 連邦軍の動きはスパイを通じてジオン軍マ・クベ大佐に知られることとなった。後方の警戒として、エースパイロット黒い三連星、赤い彗星のシャアに加え、二つのMS特殊部隊を投入。合計戦力はMS15機、1個中隊強(※2個中隊弱といおうか)である。

 決行日、《ミデア》編隊は日没と同時に飛び立った。

 連邦軍の圧倒的航空戦力の前にジオンの《ドップ》戦闘機は次々と落とされた。しかし、降下予定地に近づくにつれ、地上からの対空砲火は激しくなり、被弾する《ミデア》も出始めた。

 《フライマンタ》が応戦するも、赤外線すら干渉を受けるミノフスキー高濃度下の夜戦では効果が発揮できない。連邦軍航空機が装備する前方監視サーマル・センサーは、地下に偽装エレベータで隠ぺいするメガ砲台を感知できなかった。

 

 ここで意外な事態が発生する。

 

「バカな! 早すぎるぞ、降下待て!」

 

 マチルダ中尉の制止も聞かず、一部輸送隊が部隊を降下させ始めてしまった。対空砲を恐れた他の機も追従する。結果として、空挺大隊の大部分が黒海北岸の広い地域に、薄くばら撒かれることになった。

 練度の低い連邦軍MSパイロットは各個撃破される、と思われた。

 

 だが、地上のジオンでも軍隊らしからぬ状況に陥っていた。

 戦闘の前、

 

「俺たちは好きにやらせてもらう」

 

 黒い三連星のガイアはそう言って、自ら遊撃小隊となることを宣言した。

 本来であれば、外人部隊のダグラス・ローデン大佐がその場の最高階級として指揮するべきである。ところが、そも基地司令のマ・クベが「お膳立てはしてやった。あとは勝手にやれ」とばかりに放置しているため、現場は混乱した。この辺りマ・クベが文官肌だからか、権謀術数におぼれているからか、あるいはただの馬鹿なのかは不明である。

 『精鋭部隊による共同作戦』という言葉は薬にしたくとも爪のあかほどなく、結局、三連星とシャア、二つの特殊部隊は各個に戦うこととなった。

 戦況は五里霧中。時間だけがのろのろと進んでいた。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「とりあえず、宇宙世紀に行っちゃえば、大丈夫って考えたの、浜子さんは?
 が、真島はメロンクリームサワーの飲み過ぎで泥酔。
 三連星は(顔が)怖い、(見かけは)強そう!
 必殺! ジェット・スト(ry
 ならば対抗するのは、高○名人の16連射!
 次回、アクシズZZ『オデッサ(3)』
 酔っ払いの修羅場が見られる!」


(あとがき)
 『ハンマーさま、バンザァァァイ!!』で笑いを取れたか否か、それが問題だ。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20 オデッサ(3)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

「ついにオデッサ作戦が始まった。正面で激突する連邦軍とジオンの主力。後方かく乱にレビル将軍はモビルスーツ(M S)を投入したけど、なんだかうまくいかなかった。
 さらに、混ぜっ返そうとする酔っ払い軍団までやってくる。戦況はどうなっちゃうの?」 




 UC.0079年11月。旧ウクライナ、オデッサ東方、クリミア半島の付け根にて。

 

 《ジム》が手にする100ミリ・マシンガンが火を吹く。闇を照らすマズルフラッシュと曳光弾の火線をかわし、《ドム》が肉迫する。

 《ジム》のパイロットは右側を高速擦過する敵機を追尾しようと、機体を回頭。直後、一列縦隊で突撃してきた後続の《ドム》に襲われる。

 2機目が振るうヒートサーベルが首をはね、3機目がサーベルをコクピットに突き立てる。

 

「これで3機撃破だ。連邦のMSなんて恐れるほどじゃないな。なぁ、マッシュ、オルテガ」

 

 先頭の《ドム》を駆るガイアは、共同とは言え5機撃墜(エーススコア)も狙えそうだ、と嗤う。

 

 その時、夜空を閃光が切り裂いた。爆発ともサーチライトとも異なる、直線状の輝き。

 

「この辺りにマ・クベのメガ砲なんてあったか!?」

 

 近距離レーザー通信を僚機に送ると、マッシュ、オルテガが乗る《ドム》からは何も反応がない。彼らも戸惑っているらしい。

 穀倉地帯で周囲の見通しは悪くないが、このミノフスキー濃度では敵味方識別装置(I F F)は返ってこない。

 

「目視で確認する。ついて来い」

 

 ガイアの通信に、2機の《ドム》はモノアイを点滅させて『了解』を返す。すぐにマッシュ、オルテガは斜め後方につき、楔隊形をとる。

 

(なんだありゃあ・・・・・・煙突か?)

 

 浅い林、広い樹間の中で膝をつく人型、―おそらくモビルスーツ―のシルエットを目にし、ガイアは真っ先にそう思う。バックパックから伸びる巨大な二つの円筒形が、大容量のプロペラント(推 進 剤)タンクだとは想像もつかない。

 三連星は距離を取って旋回しつつ、映像をコンピュータが解析。データベースと機体照合させると、

 

(高機動型《ザク》、だと? なんでこんなとこに)

 

 ただし、機体の照合数値は低く、コンピュータは『似ている』としか判断できない。

 すると、その『高機動型不明機』が手にする、マゼラトップ砲ほども長い獲物が再度光軸を放つ。

 

(携行ビーム兵器、だと!)

 

 パイロットは何を考えているのか、その一撃も夜空を貫き、辺りを昼間のように照らした後、メガ粒子が拡散して消えた。

 

(連邦は鹵獲した《ザク》にビーム兵器を持たしているのか!?)

 

 ジオンのMS携行型ビームライフルは先月ようやく実用化したばかりで量産体制には入っていない。ビームライフルを装備した《ザク》などジオンには存在しない。

 

 

 

 

「ぐはぁ、酔っ払ったお」

 

 《ザクⅢ改》のコクピット内で真島(マシュマー)の呂律は怪しい。

 カラオケ喫茶オデッサから居酒屋はざまへハシゴしたアクシズ軍団。真島ははざまで最後に飲んだメロンクリームサワーが効いた。バニラアイスとメロンソーダと焼酎という謎の組み合わせ。注文した覚えはなかったが、例によって、「プ(ry」と奇声を上げる店員が持ってきたのである。

 ふと、全天周モニターの右側を見ると、

 

「なんだか長い鉄砲持ってるな。今日はシューティングゲームなんか?」

 

 ビームライフルを『鉄砲』と表現する辺り、いかにも西暦の真島らしい。だが、それはハマーン時代のアクシズ工廠が開発した最後期の長射程・高出力のビーム射撃兵器であった。

 先ほど、真島は不用意に二度、トリガーを引いていた。

 唐突にやかましい警告音がコクピットに響く。

 《ザクⅢ改》を立たせようとしていた真島は、思わずフットペダルを踏み違える。機体はつんのめるように地に倒れた。

 その頭上をジャイアントバズの砲弾が飛翔する。2発は彼方へ外れていったが、1発は近くの木に当たりメキメキと音を立て幹が折れた。

 

「うわっ! なんだお、弾避(たまよ)けゲーかおっ」

 

 

 

 

「避けた、だと! 俺の狙いを」

 

 絶好のタイミングで放ったガイアたちの射撃を、敵機は伏せるようにしてやり過ごした。ホバーで旋回しつつ、敵の潜んでいる林を包み込むように砲撃を続ける。

 が、《ザク》似のMSは即座に飛び起きると、中国武術・酔拳使いのようにフラフラとかわしていく。

 

「ただモンじゃないぞ! オルテガ、マッシュ、あの《ザク》にジェット・・・・・・」

 

 三連星の《ドム》は増速直進して戦線離脱する、と見せかけ、大きな旋回半径で再度アプローチをかけた。

 

 

 

 

「なめるなっ! 俺は地元でただ一人のゼビウス1000万点プレイヤーだお!」

 

 真島は目前の成形炸薬弾で焼け焦げた木をへし折り、《ザクⅢ改》は林から抜け出る。

 収穫された小麦畑に囲まれた一本道。そこを逃げたと思われた1()()の《ドム》が真っ直ぐに向かってきた。ナイトビジョン・モードのモニター正面に、豆粒ほどの小さい姿を認める。

 

「お前らのやろうとしていることは、すべてお見通しだ!」

 

 しかし、()()()()真島の目には2()()にも3()()にも映っていた。酔っ払って、焦点が合っていないだけだが。

 照準のレティクルも複数現れ、それぞれの《ドム》に収束していく。断続的な電子音が長く尾を引く連続的なものに変わり、ロックオンが完了したことを知らせる。

 

「喰らえェェェェェ――――――!!!」カチカチカチ!!

 

 雄叫びとともに、真島の指が秒間14連射でトリガーを叩く。某名人に匹敵する連打だが、実際には最初の一打で勝負は決していた。

 ビームは一瞬にして5キロの距離を飛び、《ドム》コクピット前面装甲を融解、ガイアの肉体を消滅させた。そのまま直後を疾駆していたマッシュ、オルテガの《ドム》を貫通する。三連星はあわれ、光の串に刺さった『黒い団子三兄弟』と化す。3機はほぼ同時に爆発、四散した。

 派手な散華をモニターに見た真島は、しかし、釈然としない様子だった。ややあって納得する。

 

「そうか、分かったお! この鉄砲、グラディウスのレーザーか。だから、連打じゃなくて、ボタン押しっぱの方がいいんだ!」

 

 メロンクリームサワーの悪酔いはいまだ醒めない。

 その《ザクⅢ改》の頭上を爆音が低空で通過していった。

 

「ぬおっ! 今度は戦闘機かっ!?」

 

 真島はビームライフルの砲口を空へ向けるが、同時に

 

『その声、真島か?』

 

 スピーカーから雑音混じりの声が発せられる。無線のスイッチを入れっぱなしにしてしまっていたらしい。

 

「って、そっちは馬場かお」

 

 『営業の嵐』の一人、馬場 利太(ばんば・とした)であった。

 

『おう! 日安(ひあん)和井武(わいたけ)も一緒だ』

 

 飛行する機体はタガメやゲンゴロウなどの水生昆虫に似たシルエットをしていた。それが可変MSのMA形態で《ガザD》という名を、真島も馬場たちも覚えていない。MSの操縦はなぜか体が記憶していた。

 3機の《ガザD》は急降下し地上すれすれで逆噴射をかけ、下肢部を地に着けた。

 

「なぁ、毎度だけど、ここはどうなってんだお?」

『こっちが聞きてーよ。真島、お前は何度もこんな怪現象に遭ってるんか?』

「最近、しょっちゅうだお。他の連中はどうしたんだ?」

『少し先の牧場に集まってる。行こう』

 

 和井武の言葉に同調し、《ガザD》が離陸する。真島が操る《ザクⅢ改》も流水枯葉のようにふらついたホバー走行で、後を追った。

 

 

 

 

 時空は少しさかのぼる。西暦、居酒屋はざまにて。

 

「ハッ! ここはどこ? 私は、・・・・・・トゥエルブだっけ、麻里(マリーダ)だっけ?」

 

 カウンターに突っ伏していた少女は目覚める。

 

「気が付いたか?」

 

 周りを見渡せば、隣の浜子(ハマーン)ほか、アクシズの面々がぐだぐだと飲み続けているようだった。麻里は『コ』の字型のカウンターの片隅にいるが、反対の端には、真島(マシュマー)木矢良(キャラ)の姿が見える。

 

「雰囲気に酔ったのだろう。もうすぐ店を出るから、夜風に当たれば少しは気分も晴れよう。すまなかった」

「い、いえ・・・・・・」

 

 浜子は素直に詫びを入れ、席を立った。

 

「麻里、大丈夫?」

「うん、もう平気。すこし気分悪いけど」

 

 ねじり鉢巻をした店員は心配顔の姉、(プル)だ。気遣いの言葉と共に、白茶色のグラスを持ってきた。

 

「これ、冷たくて甘いから気持ちも落ち着くよ」

「あ、ありがと」

 

 麻里は両手で受け取ったままの姿勢で、考える。

 

「・・・・・・お酒じゃないよね?」

「もっちろん!」

 

 恐る恐る、口をつけると、

 

「な、なんだホントにコーヒー牛乳か! 姉さんのことだからちょっと身構えちゃった。コクコク。うん、おいしい♪」

 

 妹が無防備にのどを鳴らす様子を見て、厨房に戻る姉の顔は邪悪な笑みに染まる。その懐にコーヒー・リキュールの小ビンが忍ばせてあったことは誰も知らない。

 ふわっ、とした感覚に麻里は天井を見上げ、

 

(あれ? なに・・・・・・、回ってる?)

 

 と思ったが最後、再び轟沈した。

 遠くから真島と風の声が聞こえる。

 

「・・・・・・まずいだろ。・・・・・・仮にもこいつの姉・・・・・・」

「・・・・・・るさいなぁ。いいのっ、・・・・・・♪さぁさぁ、お兄さんたち・・・・・・」

「・・・・・・先輩が辞退するなら」

 

 その声を聞いて、懐かしい匂いがした。

 

(もしかして、……マスタ?)

 

 思い出す。真島ではない、彼女を最初に目覚めさせた優しい青年士官のことを。

 

(生きてたんだ、マスタ……。起き、なきゃ……)

 

 自分を現実に引きとめようと麻里は思いを強くするが、それに反して混濁した意識に取り込まれてゆく。

 また姉の声がする。

 

「ロープやガムテープにろうそく・・・・・・おもちゃもあるよ♪

 かわいい栗毛少女をヤ・・・・・・放題で3万! いや、特売2万! ・・・・・・二階でお召し上がりでもお持ち帰りでも・・・・・・」

るう(ルー)さん、すまない・・・・・・この胸の高鳴りと下半身から湧き上がる衝動は止められ・・・・・・麻里……おしおきですからね~♪」

「恥を知れ、俗・・・・・・いや、変態!! ・・・・・・大事な・・・・・・ずけずけと・・・・・・子供がっ! 浴槽に沈めてくれる!」

「ひ、ひゃっ! お、怒るの嫌―・・・・・・」

 

 誰かの怒号や悲鳴が入り混じり、麻里の意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 UC.0079年11月。クリミア半島上空。

 

「ハッ! えっ、なに、・・・・・・落ちてる!?」

 

 栗毛が乱れながら舞っている。コクピットの麻里は訳も分からず、時空を跳躍したことに焦る。

 突如、空に現れた量産型《キュベレイ》はすぐに地球の重力につかまった。

 

(早く減速しないと!)

 

 モニターの表示を読み取ろうとするが、焦点が合わない。フットペダルに足を伸ばそうにも、田んぼに突っ込んだような感触で、どこがなんなのかさっぱり把握できない。

 

(ええぇ~!? なにこれ、どうなってるの!)

 

 目が回る。本来、高機動空間戦闘に遺伝子設計されたプルシリーズは、加減速Gや回転に対して、非常に高い抵抗力を持っているはずなのに。

 それが酒に酔っ払っている状態だとは分からない。高機動泥酔戦闘に慣れた浜子、真島ならいざしらず、未成年の麻里だから当然である。

 高度表示が読めないが、数字がどんどんと減っていることは明らかだ。

 

(このままじゃ・・・・・・)

 

 その時、一条のビームが《キュベレイ》のバインダー・バーニアを焦がしていった。地上からの攻撃だ。小破だが機内の振動は増した。

 

(地面に激突するか、撃ち落される!)

 

 自由落下のままでは、次射で撃墜される。

 

(間に合って!)

 

 麻里はリニアシートの下に手を伸ばし、赤色のレバーを引く。分離ボルトが点火し、《キュベレイ》の上・下半身が分かれる。

 直後、再びきらめいた光軸が上半身を貫いた。脱出ポッドと化したコクピットも巻き込まれる。爆発音に麻里は自分の悲鳴も聞こえなかった。

 だが、わずかなタイミングのずれで助かった。ポッドは吹き飛ばされたが、開いたパラシュートには大きな損傷もない。夜風も手伝って真島たちからはかなり流されてしまった。

 

「う、ぅ~ん。気持ち悪いよ~」

 

 幸運に恵まれた麻里は、着陸したポッドから這い出る。しばらく草原に寝転がっていると、気分も落ち着いてくる。波の音が規則正しく聞こえてきた。黒海北岸のどこかに降りたらしい。

 

「あぁ、でも戦争やっているんだ。早くお兄ちゃんたちのところへ・・・・・・」

 

 ガサガサッ!

 立ち上がった麻里の周囲で激しく草原が鳴った。そして、

 

「動くなッ! 武器を捨てて腹ばいになれッ!」

 

 茂みに潜んでいたのだろう。機関銃などで完全武装した兵士に包囲された。

 プルトゥエルブの時と同様、彼女の運はもう少しのところで足りない。再び男たちの虜にされてしまった。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「突然、空からばらまかれちゃったせいで、フェンリル隊の狂犬に出くわしちゃった連邦の皆さん。ご愁傷様。
 でも、レンチェフさんもとんでもない人と遭遇しちゃった。
 『体が魂っ! 宇宙は私っ!』だって? ちょっと何言ってるか分からないよ!
 次回、アクシズZZ『オデッサ(4)』
 ( ゚∀゚)o彡゚ おっぱ○! おっ○い!」



【麻里に『グフフ♪』フラグが立ちました】



(登場人物紹介)

パンパ・リダ → 馬場 利太(ばんば・とした)

ビアン → 日安(ひあん)

ワイム → 和井武(わいたけ)



(あとがき)
 大問題だよ、(プル)! お前・・・・・・二万は安すぎでしょ。俺だって買・・・・・・。

「社会の倫理というものを理解できない一物は排除、すなわち切り落とすべきだ!」

 子供の春は買うのも売るのもダメ、絶対。浜子さんとの約束だ。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21 オデッサ(4)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

「(酒で)強化されすぎた真島は、どこか混乱していた。浜子の飲み会がまたひとつの不幸を生んだんだ。そう、黒い三連星が超新星爆発して消えた。ま、ぶっちゃけ、『黒い星』って意味分かんないんだけど。
 そして、俺にとって偽妹キャラの麻里も、とっても危ない状況だった」 



 オデッサから東南東の方角約220キロ、アルムヤンスク郊外。

 

 月が雲に隠れ、辺りはますます闇に包まれた。

 深いところから沸くようなドーン、ドーンという地響きがする。それは畑の一本道を疾駆するMSの足音だ。

 闇夜のフェンリル隊所属の2機は街の外郭で減速し、膝撃ち姿勢を取る。

 《グフ》と《ザクⅠ》。それぞれのパイロットは各種センサーで一通り周囲を探索した後、前進を再開した。先ほどと違い可能な限り足音、駆動音を抑えた隠密行動である。

 アルムヤンスクは死んだ街だ。地球降下作戦時、激しい戦闘があった。

 かつての街の中心部に近づくにつれ、建物は密集してくる。旧世紀の共産圏にありがちな、マッチ箱のような長方形アパートメントが規則正しい間隔で置かれている。ことごとく、無人だ。

 

「ねずみが潜んでいそうな臭いがぷんぷんするぜ」

 

 ザクマシンガンの砲口で窓をなめるようにポイントする《グフ》のパイロット、レンチェフ少尉が後方の《ザク》へレーザー通信を送る。《ザク》に乗るマニング軍曹は街に入ってから、後退機動(後ろ歩き)で背後に目を光らせている。

 

『対MS歩兵ですか? しかし、市街で連中を相手するとMSではもてあまします。歩兵は歩兵同士。われわれは迂回して川岸を・・・・・・』

「断る。見ろ」

 

 レンチェフが前方の路上に付いた真新しいタイヤ痕の画像データを送る。ジオン軍のものではない。

 

「くるぜ・・・・・・」

 

 レンチェフがつぶやいた直後、タイヤが上げる、けたたましいスキール音がセンサーソナーに捉えられた。100メートル先のコーナーを軍用エレカが飛び出した。その荷台から連邦歩兵が《グフ》に向け、バズーカを放つ。

 

「当たるかよ、そんなもん」レンチェフがうそぶく。

 

 《グフ》は棒立ちだったが、コーナーリング中に発射された無誘導の砲弾は明後日の方向へ飛んでいった。

 そのまま全速で逃げるエレカを《グフ》が猛追する。

 

「待ってました、だ! マニング援護しろ」

『少尉! 罠です!』

 

 分かりきったことを言う。レンチェフはせせら笑った。

 エレカは交差点を猛スピードで左折。追う《グフ》のナイトビジョンは曲がった先300メートルに大きなラウンダバウト(円形交差点)を捉えた。

 減速せずラウンダバウトに突っ込んだエレカは、まるで旧世紀のB級映画並みに横転した。

 

「くく、こいつはますます本物だ!」

 

 《グフ》はラウンダバウトで急制動。間髪を入れず、ザクマシンガンが火を吹き、一発でエレカが粉砕された。

 その時!

 《グフ》の後方7時の方角、アパートの内部で閃光が発せられた。割れた窓から飛び出したのは、対MS重誘導弾リジーナ。ラウンダバウトを中心に半円形に取り囲むアパート群、対MS特技兵はその室内で待ち伏せしていた。

 しかし、

 

「甘ぇな」

 

 エレカを撃つや、フットペダルを踏み込んだレンチェフ。《グフ》は上空に飛翔し、3発の誘導弾は足元を行き過ぎた。リジーナのガンナーは《グフ》の姿を見失っていた。

 着地するや、そのまま横移動。すぐ脇を別のアパートから発射されたリジーナが擦過し、また外れた。

 レンチェフは機体をターンさせ、最初の攻撃があった廃墟アパートに照準。ザクマシンガンの3点バースト射撃を受け、3階建のそれは倒壊した。

 

「マニング!」

 

 援護はどうした!? と発する前に、回りこんだ《ザクⅠ》のシルエットがモニター正面に映りこむ。

 左手のクラッカーをアンダースロー後、ザクマシンガンを両手持ちで構える。クラッカーは《グフ》背後のアパートメントの2階ベランダから突入。発射直前の第三射目のリジーナに誘爆する。窓すべてから白煙と瓦礫が噴き出す。

 さらに、ザクマシンガンの水平射撃が畳み掛ける。

 《グフ》も横移動しつつ、行軍間射撃。十字砲火に晒されたアパートもすぐに崩壊した。

 連邦歩兵は攻撃後即リジーナを放棄、尻に帆をかけて遁走つもりだったのだろうが、そんな間もなく壊滅した。

 

(うぅ・・・・・・あぁ・・・・・・)

 

 見れば、モニターの下方、最初にレンチェフが攻撃したアパートの地階に瀕死の連邦兵がのたうっている。

 レンチェフは彼の目前まで《グフ》を進め、ザクマシンガンの砲口を向けた。トリガーを引こうとして、

 

「や~めた」

 

 《グフ》の足で踏み潰す。何か嫌な音を立てて、足底から染みが広がった。

 

「あ、汚れた。チッ! ま、いいかどうせ俺が洗うんじゃねぇし」

『ソナー感! 方位090!』

 

 落胆する間もなく、マニングの警告に即散開して建物の影に潜む。新たな敵はラウンダバウトの東から接近しつつある。その足音を《グフ》のソナーも感知した。音紋照合・・・・・・該当無し。

 

「来やがったな。連邦のブリキ野郎」

 

 レンチェフも友軍がアジアで実用化された連邦軍MSと、交戦したことを聞き及んでいた。もちろん、『白い奴』のことは言うまでもない。

 弾が残っていたが、あえてレンチェフはザクマシンガンを弾倉交換。音を立てぬスローな動作で左手に持ち替える。空いた右手は左腕シールドの裏からヒートサーベルを抜いた。

 敵機は先ほどの砲声を聞き、こちらに向かってきているだろう。だが、おそらくレンチェフたちの潜伏地点に気づいていない。無防備に近づいてきたところを、マニングの《ザク》で牽制し、別方向からレンチェフの《グフ》が急襲するつもりだ。

 《ザク》にレーザー通信で作戦を送ると、レンチェフは《グフ》を静かに暗い影を選んで進ませた。敵機を背後から襲える位置取りをする。

 敵パイロットは練度が低いのか、建物の死角などを確かめもせず、一定のペースでラウンダバウトに向かっていた。しかも、単機である。

 

(ただの大バカ野郎だな)

 

 《グフ》が潜むビルの向こう側を敵機が何事もないように歩いていく。わずかに機体を進めて、ビル影からうかがうとMSの後姿が見えた。斜め45度で天を突くスパイクが肩から生えている。

 

(なんだありゃ、《グフ》もどきか?)

 

 にしては、そのスパイクは両肩に1本ずつしかなく、しかも《グフ》のそれよりもはるかに長大だ。そして、後ろから確認できるほど細長い角が頭部から伸びていた。

 雲が切れ、月が姿を現す。サブ・モニター表示された高感度カメラの画像を見たレンチェフは失笑を禁じえなかった。

 

(赤い彗星のつもりかよ)

 

 唐突にその赤いMSは停止した。

 今だっ! と言うこともなく先ほどの連携同様、飛び出した《ザクⅠ》がマシンガンを・・・・・・。

 放つこともなく、一瞬で光軸に貫かれて爆発した。

 すでに、ビル影から回りこんでいた《グフ》もモニターにその散華を認める。

 

(マニングやられたか。だが!)

 

 赤いMSは半歩脚を後ろへ引くと、《グフ》に左側面を見せた。

 

「おせぇ!」

 

 レンチェフはトリガーを引く。

 しかし、ザクマシンガンは徹甲弾に換装したにも関わらず、肩部を回りこんできた可動式シールドに跳ね返された。まるで、雨粒がレインコートに弾かれているように易々と。

 逆三角形のそれはバリアブルシールドとでも言おうか。甲冑の騎士がマントをはためかせる動作に似ていた。

 《グフ》の突撃射撃で赤いMSが守勢に回った隙に、格闘戦の間合いに入った。赤熱のヒートサーベルを敵機に向け、振り下ろす。

 

(頭は潰せる!)

 

 レンチェフは確信する。

 しかし、赤いMSはかがむような低姿勢からメインスラスターを焚き、一挙動で接近、ヒートサーベルの間合いを潰す。そのまま、ショルダータックルを食らわせた。肩のスパイクは槍となって、《グフ》の頭部を突き刺した。

 頭が千切れ、吹き飛ぶ。機体は尻餅をつくようにビルへ突っ込み、完全に廃墟と化した。巻き上がった瓦礫で、辺りはヴェールがかかったようにかすむ。

 レンチェフは悪態をつき、ふてぶてしくモニターをにらむ。

 

「ぬおっ! この《グフ》が」

 

 白兵でやられるわけにはいかない。格闘能力を強化した《グフ》が!

 補助カメラの狭い視界に、ぼんやりと何かが映る。それは《グフ》が握るヒートサーベルと同じ、電熱兵器が発するオレンジの光だった。

 レンチェフがフットペダルを踏み、ヘッドレス《グフ》が立ち上がりかけたとき。

 敵機が高速の突きを繰り出した。

 

 

 

 

 ビームライフルの先端に取り付けられたヒートバヨネット(銃 剣)。その突きはビルに倒れ込んだ《グフ》のコクピットを貫き、瞬時にレンチェフを焼死させた。

 引いては突き、突いては引く。超高温の刃は、熱したナイフをバターに刺すがごとく、超硬スチール装甲をうがった。《グフ》を蜂の巣に変えて、ようやくバヨネットのめった刺しは止まった。融解面に接触した伝導液が一気に蒸発し、すさまじい量のもやが辺りに立ち込める。

 

(いいねぇ。楽しいだろ)

 

 真紅の西洋甲冑を思わせるMS。コクピットのパイロットは、囁く声を聞く。だが、それが彼女自身の脳裏から発せられたものだとは気づいていない。

 

「なんだか、こうしていると気分が乗ってくるねぇ。そう・・・・・・まるで魂が踊っているようだよ」

 

 霧がかかったような意識で別の自分、前世の彼女とでも言おうか、またその声がする。

 

(しかし、あんた射撃は下手だねぇ)

「なに言ってんだい! ちゃんと抜き撃ちで仕留めてやっただろ、さっき」

(でも、あのガキが乗ってる《キュベレイ》を外したじゃないか。情けないね)

 

 マニングの《ザク》と麻里(マリーダ)の《キュベレイ》を貫いた光軸は同じ。このビームライフルから発されたものだった。

 

(いつまでものんきに酔っ払ってるんじゃないよ。必ず生き残りを探し出して、打ち首にしてやりな!)

「分かってるって! 私を誰だと思ってるんだい。私は・・・・・・」

 

 

 

 

 真島(マシュマー)の《ザクⅢ改》と『営業の嵐』の《ガザD》が放棄された牧場に到着する。サイロと廃屋倉庫の裏手に、アクシズ軍団は集まっていた。

 

『おーおー、今度は誰を連れてきたんだ?』

 

 《ガ・ゾウム》の外部スピーカーから漏れるだみ声は後藤 豪(ゴットン・ゴー)だ。

 彼の機体は『嵐』の《ガザD》同様可変MSであるが、一見しただけでは両者は似ていない。共通点といえば、可変機であること。そして、類似点として《ガザ》シリーズのメイン兵装を発展させた、ハイパー・ナックル・バスターを装備していることぐらいだ。

 

「いやー、遅れてサーセン。駆けつけ三杯いきますかぁ?」

『あ、その声は先輩だ。でも僕のロボットの方がかっこいいや』

「おいおい、今日は暮巳(グレミー)もいるのかお!」

 

 赤い塗装、腰部装甲には大きく『龍飛』と漢字が書き込まれ、シルエットはスマートかつ直線で構成されている。都外川 暮巳(グレミー・トト)が言うように《バウ》は趣味的な外見をしていた。

 

(そういえば、こいつもはざまに来てた、か?)

 

 おぼろげな記憶であったが、暮巳が(プル)に万札を渡して、麻里(マリーダ)に手を伸ばそうとしていたような気がする。

 

『お~い、設計(ウチ)の中里知らないか?』

『そういや、厚生課のやよいもいないぞ』

 

 闇に沈む濃紺の2機。《リック・ディアス》からは赤堀 平一(あかほり・へいいち)上賀 陸(うえが・りく)の声がする。

 

「どうなってんだ? たくさんいるお」

『だから、こっちが聞きてーって!』

『先輩の銃、かっこいいなぁ。僕のと交換しません?』

「しねーお」

『・・・・・・うッ。げ~』

『お、おい! 日安(ビアン)、大丈夫か!?』

『酒飲んで空飛んだりしたから、酔ったんじゃないか? 芝生に吐いちゃえよ』

 

 エライ騒ぎである。

 

「あれ、麻里は?」

 

 傷害未遂事件以来、麻里を避けていたが、さすがに気になった。

(※真島自身は殺人未遂だと思っている)

 

『どこ行ったかなぁ? 心配だなぁ。あぁ、僕の麻里ちゃ~ん♪』暮巳が同調して言う。

(・・・・・・確かにものすごく心配だが、お前がここにいる点は安心だ)

 

 何かの時には、グラディウス・レーザーをぶち込んでやろう、と真島は決意した。

 

木矢良(キャラ)姉さんもいねーよ』と後藤。

入谷(イリア)さんも、本郷さんも見あたらないな。どうしたんだろ・・・・・・』

 

 上賀の語尾が闇夜に消え入り、皆の不安をあおる。

 

「ん、誰かもうひとりいたような・・・・・・」度忘れしたような真島。

『誰かって誰です?』と暮巳。

「アホ! それがわかりゃ苦労しねぇって!」

『他にいたか?』と後藤。

「う~ん」

『無理に思い出すことないだろ。どうせ大したことじゃないって!』気楽な調子の馬場(パンパ)

「そうかぁ? なんか大事な人、忘れてるような気がするんだが」

『大事な人? そんな奴いないよ』明るい声の赤堀。

「え、えぇ~! ほ、ほら、『俗物めが!』とか『生意気な!』とか、『小賢しい!』とか何かと小うるさいさぁ」

『そんな奴ウチの会社にいなかったよな、陸?』

『まったく記憶にございません!』

 

 赤堀の問いに、強く否定する上賀。そして、続けた。

 

菅 浜子(ハマーン・カーン)なんてプレッシャー女は』

 

 ギャハハハ!!!! と、全員が爆笑した。外部スピーカーから轟く大音響は、数キロ先まで飛んでいった。

 

『上賀さん、ちげーよ。それを言うなら、「365日年中無休24時間営業プレッシャー女」だって!』

 

 後藤の言い様に、爆笑は大爆笑へ変った。メートルを上げている社員たちは、普段の抑圧された不満を噴出させた。

 

『この前なんか会議でさー』と赤堀。

『「では聞くが、佐備グループ(ザ ビ 家)を倒し、阿賀間(アーガマ)建設を排除した建築業界で、お前は一体なにをしようと言うのだ?」だって。俺が知るかボケェ!』

 

 相方・陸の《リック・ディアス》は同意するようにモノアイを点滅させた。

 

『あのハイミス、自分がババァ化した完全形態の超高ビー女ということ、理解しているんですかね? 麻里ちゃんならともかく、三十路前で二つ結び(ツインテール)とか』と毒全開の暮巳。

『はは、無理しすぎだよなー。ひょっとしたら、昔はあれが似合う美少女だったりして』

『ありえない! 絶対にありえない! 幻想ですよ。ファイナルファンタジーですよ!』

(・・・・・・いや、髪形は別にいいじゃん)

 

 真島は心の奥で微妙にフォローする。

 いつの間にか、夜風がピューピューと不気味に唸っていた。

 

『なるほど良く分かった。……これで終わりか? それともまだ続けるか?』

 

 声は、唐突に背後から聞こえてきた。

 全員の背筋を悪寒と絶望が走った。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「グダグダ愚痴ってるもんだから、最悪の事態になった。きっと強化されすぎたんだね。
 《ガザ》の嵐どころか、粛清の嵐が始まる。
 けど、暮巳が再び目覚める。これは反乱なの!?
 しかし、そこに新たな闖入者が!
 次回、アクシズZZ『オデッサ(5)』
 《ガザ》の微妙な冒険が見れるぞ!」



【来栖麻里に死亡フラグが立ちました】
【真島たちにも死亡フラグが立ちました】



(登場人物紹介)

アポリー・ベイ → 赤堀 平一(あかほり・へいいち)

リカルド・ヴェガ → 上賀 陸(うえが・りく)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22 オデッサ(5)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

「陰口、悪口ってのはよくない。それが宇宙世紀最恐のあの人、菅 浜子(ハマーン・カーン)さんだったら、もう終わりだね。
 ボインの姐さんも怒り狂ってるし。あーあ、すぐに内ゲバが始まるモンだから、ジオンって嫌になっちゃう」 




 全機モビルスーツ(M S)のモノアイが交錯する。互いに牽制しあった視線が交わることはなく、最終的に《ザクⅢ改》の背後、崩れかけの廃屋に注がれた。

 真島(マシュマー)が振り返ると、廃屋の内部で不気味にピンク色の輝きが発している。それはMSのデュアルアイ・センサーの光。打ち付けられた板壁は隙間だらけで、不明瞭なシルエットからはもやのような揺らめきが見える。

 

(うわぁ、これは『死刑!』なの!? 首ちょんぱなの!?)

 

 その揺らめきはハイメガ砲すら跳ね返す浜子(ハマーン)の気迫である。

 

 バキバキッ!

 

 板を粉砕しながら、予想通りの悪鬼《キュベレイ》が出現した。社員の様子を今までひそかに見聞きしていた。

 

『弁解の余地がなければ、ここがお前たちの送別会場だ』

 

 先手必勝。ここは謝るに限る。真島は決意した。

 

「ア、アイムソーリー、ひげソーリー」

(お前、勇者だよっ!)

 

 周囲の予想通り、速攻で《キュベレイ》のビームガンの砲口が《ザクⅢ改》を照準した。コクピットを騒がすロックオン警告音。真島は焦る。

 

「う、う、う、・・・・・・うっそぴょーん♪」

 

 刹那、《キュベレイ》の背後から黒い何かが盛り上がった! 光速で感じ取った真島は反射的に回避機動を入力する。

 ほとばしったイエローのビームが《ザクⅢ改》の右肩シールドを焦がす。すんでのところでかわした光軸は、後藤(ゴットン)の《ガ・ゾウム》側方をすり抜け、向こうのサイロをぶち抜いた。

 

「はっ、ははっ! じょ、冗談は浜子さん♪」

『つまらん。もう少し()()()()言葉を吐け』

 

 一刀両断である。

 フォローが重要。ここはおだてるに限る。後藤は決意した。

 

『あはは! ですよねー、まったく真島ときたら。と、ところで社長の茶色いロボット、()()してますねぇ!』

『面白いことを言う。これは爆発のススとMSの伝導液だ。返り血と思えばよい。ここに来るまでに連邦と出会った。3機ほど逝か(イカ)してやった。私のプレッシャーに耐えかねたようだ。

 おっと、訂正しよう。後藤に言わせれば、「365日年中無休24時間営業」のプレッシャーだったな。お前も逝か(イカ)してやろうかぁ―っ!』

 

 墓穴を掘った。

 しかし、

 

『大変なことを忘れていた。今日、今このとき思い出したよ・・・・・・』

 

 突然、まるで何かに憑かれた様にしゃべりだす暮巳(グレミー)。周りのバカ社員たちは戸惑った。《バウ》は直立したまま微動だにしない。その手のビームライフルも地に向け垂れたままである。

 

 

 

 

 しかし、浜子(ハマーン)だけは身構えた。照準を《バウ》へと移す。

 

(やはり暮己、貴様も記憶を取り戻したか。大した役者だ! ならば、ここで始末するまで!)

 

 操縦桿を握る手は力がこもり、指はトリガーにかかる。

 

『ジャングル大帝、録画予約し忘れた!』轟く暮巳の絶叫。

『興味ねえんだお、そんなの! またアニメかお! ふざけんな、テメーいい加減空気読めっ!』

『そ、そんな先輩! 手塚先生の不朽の名作、レジェンドですよ!』

『お前の行動の方がよっぽど伝説的だわっ!』

『うああぁ―――――!!! 伝説といえば、しまったぁぁぁ・・・・・・。アイドル伝説えり子も録り忘れた。ああ、僕はこの先、いったいどうやって生きていったら・・・・・・。助けて、ママン』

『氏ね! バカも休み休み氏ね! 思い立ったが命日で氏ね!』

 

 暮巳と真島の漫才に浜子の鬼気は小さくなった。

 

(こいつらは昔から空気を読めないところがあったからな。妄想がひどかったり、敵にも関わらず女の尻を追ったり、な)

 

 怒りを抑えたというより、毒気を抜かれたようだ。

 

(それよりも)

 

 浜子は、宇宙世紀に跳躍する直前に感じた不安が的中していたことに、若干の焦りを覚えた。

 

入谷(イリア)がいない。やはり来れなかったのか。《ケンプファー》にしろ《リゲルグ》にしろ、戦力としてかなめに考えていたが)

 

 はざまに入店する直前、秘書の入谷 はこべ(イリア・パゾム)、そして厚生課の本郷 すみれ(スミレ・ホンゴウ)が『置いていかれた』ような感じがした。

 

(あれは、結界、のようなものを越えられなかったのか? では有紀は? 確かはざまにいたが)

 

 中里 有紀(ユウキ・ナカサト)は九州人らしく芋焼酎を飲んでいたのを覚えている。浜子は時空跳躍の法則性を理解しつつあった。

 

(もしや、こちらの世界で一度死んで、転生した人間しか来れない? では、来栖 麻里(マリーダ・クルス)はどうなる? 宇宙世紀から連れてきた人間も行き来できる、ということか?)

 

 謎は残るが、今はそのことを突き詰めているときではない。

 

「お前たちの悪口は聞かなかったことにしよう。その上で答えを聞く。私に同調してくれなければ……」

 

 間を置き、全員を見回す。彼らの息を飲む仕草まで装甲越しに感じ取った。

 

「厚生課送りでお茶汲みとゴミ捨てだ。出世はない」

(うわぁ、やよいと一緒かよ)

 

 その人事は宇宙世紀的に言えば、『密航船で木星送り』と同義だ。

 

「だが、私と来てくれれば、アクシズ建設の発展も間違いない。それが分かりやすく、給料をあげることになる」

 

 社員たちは戸惑い、互いを見やった。MSの頭部からは表情は読み取れない。当たり前だが。

 煮え切らない彼らの態度に浜子はジリジリとし、迫った。

 

「真島! お前はどうなのだ?」

『どうもこうも、社長……一体全体、なんの話です?』

「え」

 

 浜子が単に一人芝居をしていたことに気づき、呆然とする。

 

「私がはざまで話した計画を聞いてなかったのか!」

 

 再び《キュベレイ》から怒気が発せられ、バカ社員たちが不穏な空気に騒ぎ出す。

 

『あっ! いや途中まで聞いてたんですけど』

暮巳(グレミー)(プル)に、スケバンよろしく「おまんら許さんぜよ!」状態だったじゃないですか。全部持ってかれちゃって……』

『お前が悪いんだぞ、暮巳! 悪ふざけに乗っかって、麻里ちゃんに首輪なんてつけようとするから!』

『えええぇぇ、何すか!? 違いますよ、そんなことしてませんよ! 僕はただ、ロープで亀甲(しば)・・・・・・』

『やっぱりかこのロリオタ弩変態がぁぁぁ! 氏ね―――!』ビームライフルを構える《ザクⅢ改》。

『先輩だって、ぶっかけ大好きっ子でしょうがぁぁぁ!』同じく《バウ》。

 

 ライフルの砲口を突き合わせる新旧マスター。

 そして、爆発!

 対決の結末を見る前に、アクシズ軍団は激しい砲火に見舞われた。砲弾が《ザクⅢ改》のショルダーアーマーと、《バウ》のメガ粒子砲付きシールドにそれぞれ直撃する。

 

(敵に見つかるわけだ。このバカども、スピーカーで大声でしゃべっているからに!)

 

 自分も会話に入っているのに、浜子は棚上げして歯がみする。

 

(めくら撃ちではない。()()の良い奴がいるな。猶予ならん!)

 

 ソナーや光学センサー系の戦闘支援が優れているように思われる。

 

「遊びは終わりだ! 『営業の3バカ』と設計課は不明者の捜索。真島が全員を指揮れ!」

『お、俺ぇ!? クイズダービーすか! そんな「ハライタイさんに全部!」みたいな……』

「黙れ!!」

 

 反論を許さぬ勢いで、矢継ぎ早に指示する。

 

「『営業の嵐』隊は私と共に来い。敵をせん滅する!」

 

 

 

 

『敵MS、二手に散開します。機種識別不明!』

 

 支援ホバー・トラックからのオペレータの無線。口調は普段よりテンポが速い。優れた状況分析能力を持つ彼女が、想像もつかぬ敵との遭遇である。

 

(ノエル、焦ってるな。無理もない)

 

 だが、口にはしないもの、小隊長の彼、マット・ヒーリィ中尉自身、敵の異常ぶりにじりじりした思いを抱いた。

 平坦な小麦畑に立つ巨人。200メートルの間隔で一列横隊3機のMSは、手にする180ミリ・キャノンを撃ちつくし放棄する。代わりに地に置くウェポンラックから100ミリ・マシンガンを装備。

 

「援護する。デルタツー、スリー先に行け」

 

 敵に断続的な攻撃を加えつつ後退し、後方の《ジム》3個小隊が潜む川岸へ誘い込む算段だ。

 横陣の中央、マットが乗る陸戦型《ガンダム》が膝撃ち姿勢を取り、左右に展開した陸戦型《ジム》が後退機動に移る。スラスター噴射による後ろ飛びだが、ベテランの部下たちは難なくそれをこなした。

 と、

 

『VTOL機らしき熱源反応! 1時の方角、距離5000。数は・・・・・・3!』

「航空支援か。面倒だな。やり過ごせるか・・・・・・。各機その場で停止。撃つなよ」

 

 マットの思いとは裏腹に、上空の3機は前方で大きく旋回し一列縦隊を取った後、こちらへ進路を向けた。直線的機動は明らかに、

 

「チッ、見つかったか。射撃用意」

 

 砲撃音から位置特定されたものか。先制攻撃で指揮中枢にダメージを与えられなかったのか。

 不明機は亜音速で突っ込んでくる。猶予はない。

 

「全機フルオート、2機分手前を狙え」

 

 射撃モードと狙点の見越し量を伝えると、マットもレティクルを合わせた。

 

(ビームライフルであったら・・・・・・)

 

 初速が亜光速のビーム兵器ならば、砲弾飛翔によるタイムラグはないに等しい。

 そんな逡巡をしている間に、敵はこちらの射程に入り込んだ。右翼展開、ラリー少尉の《ジム》の正面だ。

 撃て! と叫ぶこともなく、阿吽(あうん)の呼吸で合わせられた斉射。3門のマシンガンから伸びる曵光弾の火線。

 だが、次の瞬間、それを圧倒する幾筋もの光軸が辺りを照らす。まともにその光が飛び込んだ《ガンダム》のモニターが瞬間的に明度調整する。

 断続的な3回の閃光が去ったとき、《ジム》は爆発し小麦畑には多数のクレーターができていた。

 

『ラ、ラリー!』

「おちつけ、アニッシュ。俺が引きつける。全力で川へ走れ!」

 

 火力も機動力も違いすぎる。相互援護や後退機動などしている場合ではない。マットは自身が捨石になり、左翼アニッシュ曹長の《ジム》を逃がすことを決意した。

 横移動しながら、マシンガンを空に乱射し弾倉の残りをばら撒く。弾切れ。空の弾倉が自動排出され、マットは次に対地/対空兼用榴弾を選択して再装填する。

 旋回する敵機は90度侵入角度を替え、最初の方角の3時方向、マットの右手から迫ってきた。

 

(逃げおおせてくれよ)

 

 マットが祈った直後、正面のモニターを何かがかすめた。暗く、しかも遠くの敵機を追っていた光学センサーは追いきれない。だが、そのシルエットは

 

(なんだ、この尖った漏斗みたいのは・・・・・・?)

 

 人間大ほどのサイズ。わずかな姿勢制御のスラスターの光を撒きながら、《ガンダム》の周囲を飛ぶ。まるで、羽虫が人にまとわり付くように。

 そして、光が走る。

 

(あっ・・・・・・)

 

 と、思うまもなく、ファンネルのビームは《ガンダム》頭部を貫く。続いて《ガザD》編隊のメガ砲とビームが機体を、マットの肉体を蒸発させた。

 

 

 

 

『俺は、もう無理だ。後は、頼む……ウッ』

「おい、しっかりしろ! 気を保て!」

 

 後続機から雑音まじりの無線を聞いた馬場(パンパ)は叫ぶ。

 しかし、それも虚しく、縦列真ん中の《ガザD》が螺旋を描いて高度を下げていった。被弾しているのか、まるで酔っ払っているようなフラフラした機動。逆噴射後、機首を小麦畑に突っ込むような姿勢で着陸した。

 すぐさま、日安(ビアン)が脱出する。

 

「ぐ、……うぇ~~~ゲロゲロ」

 

 激しく嘔吐した後、畑に倒れこみ、それきり動かなくなった。

 

「むむむ、日安よ。安らかに眠れ。お前の(かたき)は俺が取る!」

 

 確かに轟沈はしているが、一体何の仇を取ろうと言うのか。

 《ガザD》馬場機のモニター正面には、小さな青白い輝きが映る。浜子のファンネルが発するスラスター光である。敵を発見したらしいそれは急降下する。すると、《ガザD》のディスプレイ、射撃レティクルもファンネルを追った。

 馬場は操縦桿を倒しこみ、旋回する。後続の和井武(ワイム)機も倣った。はたして、ファンネルの行き着く先に3機目のMSがいた。

 背を見せて走る《ジム》は《ガザD》の接近に気づき、即180度回頭する。手にしたマシンガンの対空射撃で応じた。

 《ガザD》の馬場は《ジム》のシルエットがレティクルと重なるのを見た。

 

「ぬおぉぉぉ! 日安の仇ィィィ!」

 

 トリガーを引く。発射されることを予見していたかのように、《ジム》目前のファンネルは回避した。直後を、ハイパー・ナックル・バスター、連装ビーム砲、そして2門のメガ砲の光軸が走る。数秒遅れて和井武機も畳み掛けた。

 

 

 

 

「デ、デルタリーダー!? デルタツー、スリー聞こえますか? 誰か・・・・・・応答してください」

 

 しまいには、ノエルは震える声になってしまった。各種センサーからも味方機からの信号がロストしたことを示していた。

 ノエルはホバー・トラックを飛び出した。車両は幅20メートルほどの川にかかる橋、その橋脚の脇に隠蔽している。そこからでもセンサーマストを伸ばせば、支援は十分できる。

 川岸の急斜面を上り、味方が展開していた方角を見てノエルは息を飲んだ。予想はしていたが、そこには夜空をオレンジに染めるMSの残骸しかなかった。

 ノエルは呆然とし、草むらにぺたん、と座り込んだ。

 突如、爆音と衝撃波、スラスター噴射が沸き起こる。

 地面に転がり頭を抱えていたノエルだが、恐る恐る顔を上げると、

 

『邪魔だ! お前も焼かれたいかっ!』

 

 外部スピーカーから響く高慢な声と、モグラにもヤギにも似た巨顔。地上50メートルを超低空飛行で接近した《キュベレイ》が水上でホバリングしていた。

 ノエルが這うようにして逃げるのを、全天周モニターの下方に認めた浜子はビームガンのトリガーを引く。一撃でホバー・トラックはジャンクと化す。

 

『死にたくなければ、橋の下にでも隠れてろ』

 

 言い残して、《キュベレイ》のスラスター・ノズルが大きく開き、水しぶきを撒き散らして彼方へ飛び去る。

 ずぶ濡れになりながら、ノエルはその行方を目で追う。

 

「隊長を、・・・・・・仲間を殺しておいて、・・・・・・」

 

 目は恐怖の色に染まりながら、その歯は憎しみに食いしばられていた。

 

 

 

 

 圧勝にも浜子(ハマーン)に勝利の余韻はなく、心中に漂うのは焦り、そして一抹のいらだちだ。

 

(連邦軍に情けをかけるつもりは、ない。まして軍人ならば、戦死は(さが)と知れ)浜子は思う。

 

 それでも、圧倒的性能差、火力差による一方的殺戮は、彼女をセンチメンタルとまで言わずとも、いい気分にはさせない。だからこそ、連邦女性兵士にも、ああ言った。

 先ほどの戦闘、

 

「敵を探し出せ、ファンネル!」

 

 浜子に命じられたファンネルはすぐに、1機の《ジム》を発見。これを上空の《ガザD》編隊、先頭を飛ぶ馬場も知ることとなった。

 極小のファンネルは、正対する敵には探知されにくい。一方で、後方からはファンネル尾部のスラスター噴射の発光を容易に追跡できる。ファンネルはいわば、攻撃目標指示のマーカーを担っていた。

 目標察知した《ガザD》は、上空擦過しつつ装備するビーム/メガ砲合計5門の火力をぶつける。《ガザD》はMA形態において、前面に対し火力集中するよう設計されている。

 難点もある。いわゆる『弾倉』とも言えるエネルギーCAPに《ガザD》は対応していない。5門すべてが内臓ジェネレーターからの供給システムのため、同時発射すると、コンデンサー容量はゼロになり、瞬間的だが機動に支障をきたす恐れがある。また、再砲撃のチャージにも時間が必要だ。

 そのため、『営業の嵐』隊はジェット・ストリーム・アタックのようなトレイル隊形を取っていた。後続パイロットが未熟な腕であったとしても、比較的容易に同一地点に攻撃でき、かつ一撃離脱戦法を行いやすい。酔っ払いの不忠社員に高度な戦闘機動や夜間索敵など求めるだけ無駄であり、それを分かった上での用兵だった。

 同じ戦術で《ガンダム》タイプ1機、《ジム》をもう1機撃破せしめた。

 浜子はミノフスキー計を確認し、小さく嘆息する。

 出陣の前、居酒屋はざまにて、

 

「これより宇宙世紀正史に対して、攻勢を開始する。アクシズの命運、オデッサの一戦にあり! 敵はマ・クベただ一人! 奴の首を上げたものにはボーナス給与半年分を約束しよう!」

 

 高々と宣言する。

 だが、このミノフスキー高濃度下では、そもそもマ・クベがいるオデッサ司令本部の所在もつかみにくい。

 

(不要な血は流したくはない。憎しみの遺伝を残す。ジオンの部隊と遭遇できればよいが。捕虜でも取れれば、場所を聞き出せるかもしれぬ)

 

 それにしても、アクシズの社員たちが……、

 

(もとい! このバカ社員どもが私の意図も目標も、まったく理解していなかった!)

 

 浜子は歯ぎしりする。

 

(確かに、思えば作戦も何もなかった)

 

 大戦時のミノフスキー濃度も考慮せず、全員が酩酊していることも無視し、そしてMSの性能を過信した。アクシズのMSなら(今回はエゥーゴも混じっているが)、この時代の兵器に負けるはずがない、と。浜子と《キュベレイ》なら誰にも負けない、と。

 

(む……、シャアは、……まぁ、よい)

 

 屈辱的な敗北を味わった先月のことは考えないことにした。

 社員たちと浜子の間にきちんと意志疎通ができていれば、状況はマシだったろう。しかし、浜子の演説の途中、

 

「麻里ちゃぉぁぁん、寝ちゃダメですよ~♪ おしおきですからね~♪」

 

 まるで幼児に『おばけだぞー』と脅すような動作で両腕を広げ、両の指をイソギンチャクよろしく、ゆらゆらとさせながら来栖 麻里(マリーダ・クルス)に手を出そうとした暮己が、すべてを台無しにした。

 性的倒錯に及ぼうとした暮己(グレミー)とスプリングセールさせようとした(プル)に、浜子は大激怒。飛び交う罵声、怒号、そしてお銚子。

 気づけば、店を追い出されたらしい浜子も宇宙世紀に来ていた、というわけである。

 

(おそらく、夜明けがタイムリミット、か……)

 

 まだ脳裏には、時空を隔てる扉が動くような感覚はない。が、予感はあった。

 

『ザッ・・・・・・社長! 日安が撃沈しました。救助に向か・・・・・・―――プッ』

「任せる。持ち場を守ればよい」

 

 上空《ガザD》からの無線に応答する。内容は不明瞭だが、大体分かった。

 

(日安、やられたか。しかし、今は構っているわけにはいかぬ)

 

 浜子は『嵐』隊を残し、東に進路を取り別の川岸に出た。

 

「また連邦軍か! 数もそろっているな!」

 

 そこは9機の《ジム》と歩兵2個小隊が待ち伏せしていた。

 またも激しい消耗戦、潰し合いを演じることとなった。

 

「これではマ・クベを喜ばすだけではないか!」

 

 手近の《ジム》をファンネルで牽制しつつ、《キュベレイ》は超低空飛行で急接近。二刀のビームサーベルで十字に斬り捨てる。

 僚機がマシンガンで応射するが、地面に歩兵用の塹壕を作るのみ。《キュベレイ》は減速せず旋回し、一旦植林地帯へ後退する。

 

(現在地も分からずでは・・・・・・)

 

 浜子はオデッサ司令本部から遠ざかるように、《キュベレイ》を進ませてしまっていた。

 戦場を覆う殺意や怒り、憎悪の気配。彼女のNT能力は、濃厚な雰囲気に包まれたオデッサを見つけられずにいた。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「例の栗毛っ娘が見つからないから、木矢良さんは独り言が多くなったり、暴れたりで、ヒステリー気味だ。
 どっこい! とうとう見つけちゃった!!
 真島さん、早くしないと妹がホントに首ちょんぱされちゃうぜ。
 次回、アクシズZZ『さよならマリーダ』・・・・・・じゃなくて『オデッサ(6)』
 可哀相な麻里ちゃん、やっぱ()られちゃうの?」



(あとがき)
 バブルねたや死語を散りばめましたが、さてどれだけ気づいていただけたでしょうか(汗。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23 オデッサ(6)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

浜子(ハマーン)は怒り心頭だった。でも、バカ社員がやった捨て身の漫才で同士討ちという最悪の事態は免れた。
 《ガザ》の嵐が再び吹き荒れ、吹っ飛ぶモビルスーツ(M S)。あれ? ストーム・フォーメーションはどうしたの?
 その頃、とらわれた麻里(マリーダ)は・・・・・・!」 





 連邦軍MSパイロット、ベルナルド・モンシア曹長は単機、小隊からはぐれてしまった。

 彼のMS、陸戦型《ジム》は川の流れにそって下っていた。水深はMSの膝まで。モニターのステータス表示に浸水は現れていない。

 

「なんでこんなことになっちまったかなぁ。酒でも飲まなきゃやってらんねぇよ」

 

 なし崩し的に《ミデア》から降下が始まり、モンシアの小隊はバラバラになった。なぜ、川を下っているかというと、作戦実施の直前まで川岸に沿って待ち伏せするシミュレーションをやっていたためである。同じような結論に至った友軍と、どこかで合流できるかもしれない。

 予想は当たった。

 川岸の林に連邦軍で使われるケミカルライトをナイトビジョンが感知した。隠密機動でゆっくりと近づく。どうも対MS特技兵の分隊、5名ほどが車座になっているのが見えた。

 

「おいおい、緊張感ねーな。見張りも立てねーで何やってんだ?」

 

 ようやく、《ジム》の足音に気づいたのか、背を見せていた一人が振り向いた。

 

「あぁん?」

 

 兵士の肩越し、もう一人、小さな人影がいた。少女だ。輪の中心に座らされているようだ。

彼女の顔をズーミングしたモンシアは一瞬呆気に取られたが、徐々ににやついた笑いが広がっていった。

 《ジム》を停止させ、モンシアはコクピットハッチを開放した。下の特技兵に向け、口に手を当て、

 

「おいおい、楽しそうなことしてんじゃねぇか。条約違反、いやいや犯罪じゃねぇのか?」

 

 変な表現だが『小声で叫ぶ』。

 

「そんなんじゃねぇよ。ただのゲームさ」

「ま、何でもいいけどよ、上には黙っておいてやる。後で俺にもヤら・・・・・・」

 

 ザワザワとした風が木々の間を駆け抜けていった。だが、それは風ではなかった。

 側方から高速接近した巨人が赤熱の刃を《ジム》の腹に突きこむ。切っ先は反対の脇腹部から、にょきり、と顔を見せていた。

 落下したモンシアは「あつっ!」と言う間もなく、絶命していた。

 衝突で倒れる《ジム》。腹を打つ地響きと舞い上がる土ぼこり。

 その向こうに巨人のシルエットがうっすらと見え隠れしていた。肩から尖ったスパイクを見せている。

 

 

 

 

 少女は後ろ手に拘束された上、口に物を詰め込まれ悲鳴も上げられなかった。

 

(ち、違う。お兄ちゃん(マスター)じゃない)

 

 麻里(マリーダ)は戦慄する。MSは左肩からのびるスパイクに何かをぶら下げていた。理解してうめく。

 

「ん! ぅ・・・・・・」

 

 貫いた《グフ》の頭部だった。土ぼこりが去り、月明かりを受けた姿を確認できる。

 MSのドクロをたずさえた真紅の騎士。それは《R・ジャジャ》。

 ようやく姉・風美(プルツー)の言葉の意味を思い出す。

 

 

(自分が宇宙世紀でやったこと忘れたわけじゃないだろ? いくら転生したからって、時空を超えて恨んでいる人間だっているかも知れないだろ?)

 

 

(そ、そうだ。とうとう見つけられたんだ。私を、・・・・・・殺しに来たんだ!)

 

 

 

 

「とうとう見つけたよ。観念しな、うるさい子供めェ」

(さぁ、さっさと首をはねちまいなっ!)

 

 コクピットでつぶやく木矢良(きやら)すみれの脳内では、キャラ・スーンの意識がわめいていた。

 特技兵は逃げる者、腰を抜かす者で、反撃できない。

 木矢良はビームライフルの照準レティクルを生身の麻里に合わせる。唐突に、精神交感とでも言おうか、怪現象が起きた。全天周モニターの正面から宇宙が広がってくる。

 宙空に浮かぶ重MS《ゲーマルク》が見える。そして、その巨体にアクティブカノンが命中。激しい爆発が木矢良の目を焼く。周囲を飛び回る量産型《キュベレイ》の中で、砲身が焼けている一機を認めた。肩に【12】というマーキングが見て取れる。

 そして、木矢良はNT能力で嗅ぎ取った。似たような匂いをしているが、こいつらはひとりひとりが微妙に違う。

 

「こいつだ。やっぱりお前が」

 

 気づけば、木矢良は《R・ジャジャ》のコクピットに戻っており、モニター下方には両膝を、ぺたん、と地に着けた来栖麻里の姿が映し出されていた。

 

(なにをビビっているんだい。早く早……)

「うるさいんだよ、てめぇは!」

 

 けしかけるようにキャラが騒ぎ、動きを止めていた木矢良が一喝する。

 

「こいつは、楽な死に方はさせてやらない」

 

 暗い声音と共に、ヒートバヨネットの出力を最弱にする。刃は煌々(こうこう)と輝くオレンジから、ほの暗い赤へと変わる。だが、それでも熱量はすさまじい。近づけば衣服は燃え上がり、皮膚は焼けただれる。

 

「アタシにやったように、焼き殺してやる。ただし、……」

 

 木矢良は残忍に笑う。

 

「じわじわと、ね」

 

(逃げなきゃ!)

 

 恐怖で身動きできなかった麻里は、必死に立ち上がろうとした。しかし、とっさに足をひねり、転ぶ。結束バンドで後ろ手に縛られた彼女は、もがくばかりで起き上がれない。

 

「いい格好だねぇ。まるで幼虫じゃないかい」

 

 地面を這いつくばる麻里を見て木矢良は嘲笑う。殺人と復讐の羽化をした成虫の顔だった。

 いつの間にか、麻里の口をふさいでいた物はどこかに外れた。しかし、恐怖に顔を歪ませる彼女が発するのは、

 

「あ、あぁ、……」

 

 言語にならない音だった。

 ようやく、木に身をこするようにして上体を起す。振り向いたときには、ゆっくりとバヨネットの先端が迫っていた。おびただしい熱が麻里の顔面を、むわっと舐め回してゆく。思わず顔をそらし、後ずさるが背中に木がぶつかった。

 不意に、連邦兵が照明弾を打ち上げた。

 《R・ジャジャ》のモニターはナイトビジョンの単色から、色のある世界へと切り替わる。

 

「さぁ、おびえろ、泣き叫べ、命乞いしろ!」

 

 ズーミングした麻里の横顔を映し出す。ゆっくりとその顔が正面に向けられる。おびえていた。震えていた。涙していた。

 そして、頬や栗毛にはべっとりと白濁した欲望が付着していた。それを見た木矢良の中で、少しずつ化学変化が始まった。

 

「うるさいガキが……くそっ、こんな。畜生……子供を」

(殺せ殺せ、ハマーン様に楯突くものはすべて!)

 

 また前世の憎悪が脳のひだから、むくむくと頭をもたげる。

 葛藤の中で《R・ジャジャ》のバヨネットは揺れる。揺れながら、さらに麻里へ近づいた。

 そしてまた、精神交感が起こった。順不同に二人の記憶が交錯し始める。

 

 

 

 

(あ、あの、来栖麻里です。ア、アルバイトの。よ、よろしく、お願い、してください、ませ!)

(アハハ! なに緊張してんだい。アタシは木矢良すみれ。見ての通りただの掃除屋さ。ま、仲良くやろうじゃないか!)

 

(どうだい麻里ちゃん、洗い立てのタオルはいいだろっ! フワフワしてさぁ!)

(は、は、は、ははいぃぃぃ! とっても、フワフワして、天国まで逝けそう、です!)

 

(マスタ、死んじゃったの? なんで? どうすれば、……私たち、どうすればいいの?)

 

(言ったろうが! アタシはさ、キャラ・スー……)

 

(マスタ……、ううん、真島お兄ちゃん。……大好……)

 

(淫売屋の女将も掘り出し物見つけたなぁ。まったく、ちっちゃい体して、エロいねぇ。しっかりはめ込んじゃって、こんなにきつくちゃ……うッ……ふぅ、抜けなくなるかと思ったぜ。次は口だ)

(・・・・・・はい、マスタ)

 

 

 

 

 栗毛を焦がす直前で、バヨネットの動きは止まった。

 木矢良の脳内ではいまだ残りかすが騒いでいた。

 

(敵だ敵だ~! あははっ、早く殺せ~! アタシは猫目のキャラ……)

「うるさいって言ってんだろ!」

 

 木矢良は麻里の中を見た。同じことを麻里もしたはずだ。途切れ途切れにしか分からない記憶。だが、その情景を目にし、精神がリンクしたとき、お互いの気持ちを彼女たちは知った。

 

「アタシはそんなシケた名前じゃない! アタシは北多摩キャッツアイ、三代目クイーン、木矢良(きやら)すみれだぞっ!」

 

 元・レディースの木矢良が、ついにキャラ・スーンの魂を追い出した。

 外部スピーカーをオンにする。

 

「ざけんじゃないよっ! このクソヤローども、よくも麻里ちゃんに変なことしやがったな。お前ら、一人も生かしておかないよ!」

 

 

 

 

 至近距離からリジーナが発射された。コンマ数秒という刹那の中、下から突き上げるような弾頭を、《R・ジャジャ》は上体をそらす最小の動きでかわす。

 

「次弾装てん!」

 

 ガンナーは叫ぶが、装てん手は《R・ジャジャ》の足元で腰を抜かしていた。

 一瞬の出来事だった。

 《R・ジャジャ》は右脚を高々と上げ、腰を抜かした兵士を踏みつけた。

 

(ああああ!!)

 

 予想されうる大惨事に、麻里は思わず顔をそむけた。

 わずかに、目測を誤ったそれは装てん手の目前50センチの地面にめり込んだ。彼は着地の衝撃で(大を)お漏らししながら2メートルほど噴き飛び、気絶した。

 

「こんにゃろー!!」

 

 一人が機関銃を乱射する。頭部モノアイに当てるつもりなのだろうが、

 

(そんなことより、は、早く逃げて!)

 

 麻里の願いも虚しく、彼は《R・ジャジャ》のつま先で蹴飛ばされる。MSにとっては小石につまづくか、ちょこんと触れる程度だったが、ゆうに4メートルは飛んだだろうか。

 

(あわわ、だから言ったのに! そっちが悪いんだからねっ! 木矢良さんに楯突くから)

 

 経験者・麻里は語る。いや、語っていないが。

 木矢良は兵を踏み潰そうとするが、中々上手くいかない。

 

「ええぃ、まどろっこしいねぇ!」

 

 一旦は引いたヒートバヨネット付きビームライフル、その砲口を足元に向ける。

 麻里は人間がビームで蒸発されるという未来のビジョンを見たような気がした。

 

「き、木矢良さん! は、早く助けてくださ~い」

 

 そんな蒸発死なんて見たくもない! 必死で立ち上がった麻里は、走るハトのような不恰好な体勢で《R・ジャジャ》に近づく。

 

「チッ! 命拾いしたね、クソヤローども」

 

 ライフルのトリガーから指を離し、膝をついた《R・ジャジャ》が左手を地に下ろす。麻里を素早くコクピットへ招き入れた。

 

「気をつけな、この変な椅子動くよ! 挟まれないようにするんだよ!」

(この人、リニアシートのことを覚えていない? 記憶が完全じゃ・・・・・・)

 

 木矢良は《R・ジャジャ》を飛翔させ川を横断。ホバー走行で一気に駆け、砲火が少なそうな地帯まで進める。放棄された集落があり、エレカ用電気ステーションの裏手に機体を潜ませた。

 

「痛かったろうに」

 

 サバイバルキットを探し当て、ハサミで麻里の結束バンドを切ってやる。

 

「うぅ、ありがとうございます」

 

 小さな眉根が寄せられた麻里は、縛られていた指や手首をさすっていた。

 木矢良は突如、母性が湧き上がってきた。その大きな胸に抱いてやろうとして、いまだ麻里の顔が汚れていることを思い出す。

 

「ほら、麻里ちゃん、顔をお見せ。拭いてあげるから」

 

 ウェットティッシュを手に取る。しかし、

 

「う~ん、おいしぃ♪ ほぇ?」

 

 麻里は木矢良へ小首をかしげる。頬についた白い液体を指でからめとり、口にくわえていた。恍惚とした表情をしている。

 

「なっ、なにやってんだい! やめなっ!」

「え、えっ? これ、ボソボソ、ですよ」

「そうだろうとも! 嫌だったろうに、辛かったろうに……。あんな男たちの汚い精……え、なんだって?」

「えーと、ですから」

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

「わかった!」

 

 麻里が両手を叩きそうな勢いでうれしそうな声を上げる。実際には結束バンドで縛られているから、それは無理だが。

 

「演説中にあっち向いてホイするギレン・ザビ!」

「な、なに~!?」

「うわっ! その発想はなかった」

「で、答えはどうなんだ、ルイス!?」

 

 車座になってジェスチャーゲームに興じる麻里と連邦兵たち。麻里を捕らえた後、待ち伏せにリジーナを設置したが、一向に敵が現れず、退屈だったので暇つぶしをすることにした。

 

 

「なぁ、あの娘、仲間外れにしたら可哀想だから、入れてあげようぜ」

「そうだよな。この戦争だってそういう些細なことから、エスカレートしたんだよな。コロニー落としだって、最初はコロッケ落としだったのに・・・・・・」

「それにジェスチャーゲームでハブるのは南極条約違反だろ。俺たちは鬼畜ジオンとは違う。戦争でもルールは守らないとな」

「あの、……すみません。そんな気を使っていただいて。できれば、この拘束も取っていただけると、……」

「よーし! 始めるぞ。最初は俺だぁ!」

 

 黒人兵士は担いだ誘導弾を地面に置くと、立ち上がった。

 

 

 麻里の答えを聞き、ルイスは顔面蒼白となった。いや、黒人だからホントは顔色は分からないが。

 

「せ、正解だ……」

「うおおぉぉぉ!」

「す、すげぇ」

「この娘、超能力者かよ」

 

 兵士達が戦々恐々とする中、麻里は「えへへ」と少し得意気にはにかんだ。

 

「しょうがない。正解者には豪華プレゼント、俺のブラックマグナムを……」

「ル、ルイス! お前まさか」

 

 黒人兵士はズボンをごそごそとやりだした。麻里は嫌な予感がした。

 

「な、何する気!? や、やだ……すごく、大きい」

「いいからしゃぶれよ」

 

 呆然とする麻里の栗毛を鷲掴みにすると、取り出した黒く、長く、そして極太の棒を彼女の口に突き込む。

 

「きゃっ! んぐっ、んむ・・・・・・。 クチュヌチュ」

 

 第三者から見れば、後ろ手に拘束された少女が黒人兵士から口に無理やり突っ込まれているという、背徳感あふれる構図であった。

 棒の表面はグニュッとした反面、中は骨が入っているのかと思われるほど、カッチカチであった。

 息苦しさに麻里の瞳は涙にあふれる。

 

「アハハ! どうだ、こいつの味は? 旨いだろ?」

(ぬるぬるして……、生温かくて・・・・・・。激甘だよぉ)

 

 無論、それはチョコバー(※商品名:ブラックマグナム)である。

 

「硬かろう、太かろう! これはコーヒーでふやかしながら食うものなのだ!」

「ルイス。お前よくそんな長いモン、ポケットに入れておいたな。チョコが溶けたりしないの?」

「普通はそう思うだろ、スティーブ? けど(つう)は違う。周りがとろけてフニュッとしたぐらいが実は旨いんだよ。そりゃそりゃー!」

 

 ルイスは麻里の頭を押さえたまま、小刻みかつ激しくスライドさせる。

 

「んッ! ふぅっ、ひゃぅ」

 

 口腔の奥一杯にまで突き込まれる。そして、引かれる。舌をかき回され、アメリカンな甘味が麻里の理性を麻痺させた。

 

「ん゛―――っ! えっ、けほ! えほッ……っ! ハァハァ。あ、甘っ!」

「フハハ! 最高だろ? 舌を狂わせるマグナムは!」

「あ、甘すぎるよ・・・・・・グス」

「フンッ。その割には旨そうにくわえてたじゃないか。チョコのコーティングがしっかり舐め取られてるぞ」

 

 羞恥責めに麻里はまた泣きそうになった。

 

(泣いてはダメ! 命令じゃないんだから。あぁ、お兄ちゃん(マスター)、早く来て)

 

「よ~し! 第二問、俺が行くぜ」

 

 続いてスティーブと呼ばれた白人兵士が、機関銃を置いて立ち上がった。

 

 

 しばらくして、

 

「中国人が作った《グフ》? じゃなくて? え、急いでペンキを買って? はぁぁぁ! 分かった! 中国人が青いペンキで塗った《ザク》! どう?」

 

 スティーブは医者から余命宣告された患者のような顔をしていた。

 

「なんてこった! ファッキン・ジーザス・クライスト! 正解だぜ」

(な、なにをくれるんだろう……?)

 

 意外な才能を見せる麻里。彼女の胸中は期待と不安がないまぜになった。

 

「しょうがねぇな」

 

 ため息しつつ、スティーブが取り出したのは、

 

「れ、練 乳(コンデンスミルク)!? そ、そんな……(大好物です!)」

「たっぷりたっぷりかけてやるからな♪」

 

 チョコのコーティングが舐め取られたブラックマグナムに、練乳を三重四重とかけ回す。チューブから発した濃厚な白濁汁が、重力にしたがってチョコ棒の先端を、にゅ~、と垂れていた。

 

「お、お願いもう・・・・・・(は、はやく~、もったいない)」

 

 涙目で麻里は何かを訴えるが、

 

「うぐぅ、む―――! チュパクチュ」

 

 再度突っ込まれる。麻里の口角からは白いものがあふれ、こぼれ落ちる。

 

「ワハハ、嫌がってる割には吸い付いてくるなぁ。舌は素直と見える。・・・・・・うッ! 上手いぞ。ふ、ふぅ……。まるで(練乳が)搾り取られそうだ。たっぷり味わうが・・・・・・」

 

 そのときだった。ズーンという振動と重低音が大地を伝って響いてくる。近い!

 

「う、わっ!」どぴゅ~。

 

 驚いたスティーブは持っていたチューブを思いっきり握る。ほとばしった液体は麻里の栗毛に、そして顔に発射された。

 スティーブの背後、川から上陸した《ジム》がすぐそばまで近づいていた。

 

「おいおい、楽しそうなことしてんじゃねぇか。条約……」

 

 

 

 

「と、いうわけなんですよー」

「……」

 

 長い話を語り終えつつ、麻里は顔についていた最後の練乳をこすり取って舐めた。木矢良は黙して聞く。

 

「あーあ、チョコバーもったいなかったなぁ・・・・・・。半分も食べてなかったのに、どっかに落っことしちゃって・・・・・・あぁ」

(やっぱこいつむかつくわ! ブッ飛ばしてェ!)

 

 むくむくと脳裏からキャラ・スーンが帰ってきた。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「再登場の赤い彗星、フェンリル隊とタッグを組んだ。
 MSはやっぱり赤い《ズゴ・・・・・・えっ、それなの?
 やよいと合流したアクシズ軍団だけど、後がいけなかった。
 またまた登場、KYな連邦軍。
 次回、アクシズZZ『オデッサ(7)』
 いつまでオデッサ続くんだよ~!」



【来栖麻里の死亡フラグが折れました】



(あとがき)
 セ、セー……フトぉぉぉ!!
 アクシズZZは読者の予想を裏切り、期待も裏切る!!
 いや、だって今回は期待をかなえちゃったら、間違いなく、

R-15 → R-18

 行きですがな。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24 オデッサ(7)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

「おっぱいおばけ、なんて言われてたけど、なんだかんだで木矢良(キャラ)姐さんは子供に優しい。
 さっすがラジオ番組で「グラマーナンバーワン!」になるだけはあるじゃない。
 うるさいだけのprpr言ってるお子チャマとか、行き遅れのオバーン・カーンとは一味も二味も、血が、ウッ・・・・・・」 




 針葉潅木林の樹冠から、4つの巨大な頭部が飛び出している。四方へ監視の目を向けるジオン軍のモビルスーツ(M S)である。

 

『では我々はアズナブル中佐の指揮下に入ります』

「頼む」

 

 フェンリル隊の紅一点、シャルロッテ・ヘープナー少尉の通信にシャアは短く応答する。

 

 

 オデッサ基地後方に配置されたジオン軍エースパイロットと特殊部隊の混成。予想戦闘地域を適当に切り分け、それぞれが独立して担当区域としていた。

 連邦軍が思いのほか、早く降下したことはジオンにとっても想定外であった。

 そして、敵が分散したため降下した場所もあれば、そうでないところも出てくる。シャアの受け持ちは敵が現れなかった。

 すぐに隣接区域に移動、フェンリル隊のシャルロッテ小隊と合流したというわけである。

 

 

「小隊を分ける。ヘープナー少尉は私と、ロベルト少尉はスワガー曹長と組め。先頭はヘープナー。ロベルト分隊は後方で左右に展開」

 

 さすがに、彼らも訓練された軍人らしく、指揮がはっきりするときびきびと動いた。

 

『10時の方角、微弱ですがセンサーに反応あり』

 

 1キロ先行し斥候を務めるシャルロッテの《ザク》からレーザー通信が届く。

 モノアイが旋回し、光学センサーが前方やや左の深い森を探る。そこは、現在シャアたちが進行する潅木よりも木々が深かった。

 

「ヘープナー機、一時停止。各機の間隔をつめる」

 

 散開した小隊を集め、火力密度を上げる。無論、待ち伏せ攻撃で損害を大きくするほど、密集するわけではない。

 

(だが、しかし、・・・・・・。なんだ、この肌がじりじりする感覚は?)

 

 シャアは胸騒ぎがした。

 

 

 

 

 《リック・ディアス》頭部のハッチから、口ひげを生やした男が顔を見せている。『中年』と言っては哀しいし、『青年』と言うと首を傾げてしまう。微妙な年齢だ。

 その男、上賀 陸(リカルド・ヴェガ)は地上に向けて叫ぶ。

 

「やよいー、バカな真似はよせー。いい加減酔い覚ませー」

 

 この辺りは黒海に流れ込む河川によって大小の湖沼ができていた。

 そのひとつ、森の中の池。ほとりにはアクシズ軍団5機のMSが屹立していたが、眼下ではやよいが泳いでいる。服はどこで脱ぎ捨てたのか、まっぱ・・・・・・、一糸まとわぬ姿だ。

 

「気持ちイイ~♪ おっさんも来なヨ~♪」

 

 腰から上を水面に出したやよいが手を振っている。少し離れて、横転した黒いMS《トゥッシュ・シュバルツ》が岸に放置されていた。

 

「来なよって言ったって、なぁ。どうするよ?」目のやり場に困る(リカルド)

『いいんじゃな~い、行って来いよ~』と同僚の赤堀(アポリー)

『あ、僕泳ぎダメなんで』と速攻で拒絶する暮巳(グレミー)

 

 真島(マシュマー)後藤(ゴットン)にいたってはシカトだ。しかし、実は、

 

『この会話、他の連中には聞こえてないよな? おい、暮巳! 上賀さ~ん!』

 

 後藤の呼びかけに反応が無い。《ザクⅢ改》と《ガ・ゾウム》の秘話回線のようだ。

 

『真島よ。・・・・・・やよいってさ、全然胸ないな』

「ですね」

 

 ふたりはMSの光学センサーでズーミングする。だからといって、やよいの絶壁まな板が凹凸の丘陵になるわけではない。

 

「あいつ面白いし、酒も飲めるし、悪い奴じゃないんですけど」

『そうだよなー。しかし、いかんせんサイズがなぁ。やっぱ考えちゃうよな』

 

 「キャハハ♪」と嬌声を上げながら、水面を叩いていたやよい。唐突に、ぎろり、と三白眼となって《ザクⅢ改》をにらんだ。ガンダリウム装甲を貫き抉るような視線。

 

「今、変なこと考えたろ! 私の『例のあの能力』を甘く見るなよ」

 

 薬物投与された強化人間の目つきに戻っていた。

 

「私の胸はなぁ、大きくなくても陸のおっさんを魅了するぐらい高貴な存在(ステータス)なんだ」

「ちょっ! なにいきなり変なこと暴露してんだ! 俺は全然そんな気なんて・・・・・・」

「バカにしてぇ、・・・・・・ギャ―!」

 

 かわいくない悲鳴を発して、やよいが水没する。

 陸の《リック・ディアス》がやよいを捕まえようと慌てて池に飛び込んだため、大きな波に飲まれてしまった。結果的に、黙らせることはできたが。

 

 その時!

 

 真島は背後から迫る殺気を覚え、鳥肌が立った。

 反射的にトリガーへ指をかけながら機体を回頭する。モニター正面、深い森に揺らめく鬼火を見た。

 直後、

 

『ぐわぁっ!』

 

 爆発が直近の《ガ・ゾウム》で起こる。バズーカ砲弾の直撃だった。同時に、断続的な火線が《バウ》と赤堀の《リック・ディアス》を襲う。

 

「なろっ!」

 

 とっさに真島もビームライフルを応射する。敵位置も把握していないめくら撃ちだったが、反応はあった。強烈な光軸に銃撃が一時的に止む。

 

 不気味な静寂。

 それを破る高速の足音。モノアイの鬼火が迫る。

 

「速い! 木が避けてんのか!? あ、・・・・・・こいつは!」

 

 真島がうめいた時には《ザクⅢ改》の近接距離に入ったMS、赤い《グフ・カスタム》をモニターに捉えていた。

 

「私は神を信じたくなった。感謝せねばなるまい! この強敵に巡り会わせてくれたことを」

 

 シャアは狂喜した。

 

 

 

 

 不意打ちでザクマシンガンの点射が命中した《リック・ディアス》。しかし、ガンダリウム・ガンマの装甲にはあまり有効ではなかったようだ。赤堀機のダメージ・コントロール・システムは『損傷軽微』と告げている。

 とはいえ、この場に留まり続けて攻撃を受け続けるのは危険だ。すぐに、真島、暮巳、後藤の3機、そして、赤堀と陸の2機に散開した。

 幸い、シャアとフェンリル隊は真島たちへ引っ張られるように、離れていった。

 

「見つかったか!?」

『あぁぁ、ちくしょー、やよい、どこ行っちまったんだよー』

 

 陸の焦りまくった調子のレーザー通信が返ってくる。陸機は池に脚部まで浸かりながら、盛んに水中をマニピュレータでさらっている。しかし、月明かりに照らされた水面はうねっているばかり。

 

 と。

 

 赤堀機のコクピット内を警告音が響く。視線をやれば池の対岸には、

 

「べ、別働隊か!?」

 

 記憶を失った赤堀は覚えていないが、連邦軍の《ジム》であった。

 

 

 

 

『先行し過ぎだ! 回り込め!』

「ッ・・・・・・了解(ギャンギャンほえんな、隊長さん)」

 

 先頭の《ジム》はシールドも装備せず、突撃した。パイロットはヘルメットの内で獣のように歯を剥く。

 

「せっかく巡ってきた実戦の機会なんだ。俺を楽しませろよ!」

 

 一年戦争中、後方のテストパイロットで終わるはずだった男は壮絶な笑みを浮かべる。

 彼の生まれ持った対G特性は、強烈な加速に耐える。スラスター全開で水面を一気に駆け抜ける。

 《ジム》が背に回した左マニピュレータが閃いた。勢いもそのまま、《リック・ディアス》へ光刃を叩き付ける。

 

「おおぅ! 俺の抜き撃ちを防ぐとは・・・・・・やる!」

 

 男はうめく。必殺の一撃は、《リック・ディアス》が腰部から引き抜いたビームサーベルが受け止めていた。

 二撃三撃。流れるような《ジム》の斬撃を《リック・ディアス》は受け返した。それどころか、返す刀で袈裟斬りを仕掛ける。《ジム》の胸部装甲がわずかだが焼き切られた。

 

『ヤザン、退け!』

(余計なことしやがって!)

 

 ようやく追いついた隊長機の《ジム》が対岸から援護射撃する。味方機からの光軸に注意しつつ、ヤザン・ゲーブル曹長は自機を後方上空へジャンプさせた。

 

「バニング隊長、他の虫けらどもを頼む。こいつは俺が取る!」

 

 スラスター推力と重力が拮抗し、やがてヤザン機は自由落下を始める。落ちながら、ビームスプレーガンのトリガーを引く。

 

「当たれぃ!」

 

 

 

 

『敵を向こう岸へ押し返す! その隙にやよいを!』

 

 赤堀は《リック・ディアス》を突撃させながら叫んだ。着水したヤザンと対岸のバニングは赤堀機の勢いに飲まれ、《ジム》を後退させる。

 

「頼むからやよい、出てきてくれっ」

 

 陸は祈りながら、《リック・ディアス》はひたすら水面をすくう。激しいMS戦でいまや水の色は濁り切っていた。すると、

 

「あぁ! いた!」

 

 とうとう、マニピュレータが白い肉体を探り当てる。だが、やよいはぴくりともせず、ぐったりと肢体を横たえたままだ。

 陸機は、落とさぬよう両手でやよいを包み込み、即座に戦場を脱すべく跳躍した。

 

 

 対岸では脚部を池につけた状態で、赤堀の《リック・ディアス》、そしてヤザンの《ジム》がつばぜり合いを演じていた。バニング機もヤザンを援護すべく、回りこもうとするが、

 

「させるかっ!」

 

 赤堀は巧みに《リック・ディアス》の位置を入れ替える。ヤザン機を()にし、射線を取らせない。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 激昂するヤザンはつばぜり合いの状態から、スプレーガンを突き出し、発砲。ぎりぎりで《リック・ディアス》も手で払い照準を外すが、ピンクの光軸は湖畔の木々を貫通し燃え上がらせた。

 突然、《リック・ディアス》が意外な行動に出た。

 スプレーガンの短銃身を左手につかむや、強引に下へ向かせたのだ。

 

「何しやがる! くそっ、離せ!」

 

 その体勢のまま、ヤザンはトリガーを引いた。一瞬にして目前に巨大な水柱が生まれ、2機を分かつ。

 視界がふさがれ、ヤザンは次の動作がわずかに遅れた。

 水飛沫のカーテン、その向こうでは《リック・ディアス》のモノアイ上部ハッチが開放されていた。砲口をのぞかせる連装バルカン・ファランクス。『ヴォオオオ』と尾を引く砲撃音の後、ヤザン機は頭部を失って仰向けに倒れた。

 

「行かせんぞ!」

 

 そのまま後方上空へジャンプで逃げる《リック・ディアス》に、バニング機が肉迫する。

 《リック・ディアス》はビームサーベルを投げつけ牽制するや、背部からビームピストルを引き抜く。

 

「くらえぇぇぇ!」

 

 赤堀から裂帛の気合がほとばしった。二挺拳銃となって、銃身も焼けよとばかりに撃ちまくる。照準の甘さは手数でおぎなう。

 空対地の激しいビームの応酬となったが、絶対的火力に劣り、かつシールドでヤザン機をかばいながらのバニングは不利だった。

 《リック・ディアス》はビームピストルがエネルギー切れを起こすと、回頭。バーニアを全開にして陸機の後を追った。

 

「追撃は、・・・・・・無理か。ひどい有り様だな」

 

 2機の《ジム》は直撃こそなかったものの多数のビームがかすめた。装甲は放射熱で焦げ、飛沫した融解金属が無数の穴をうがっていた。

 バニングは対岸へ散発的な牽制射撃をしつつ、ヤザンの《ジム》を引き上げ森に後退した。

 

(畜生ゥ・・・・・・。完敗かよ。俺はビビッてたわけじゃないはずだ。冷静でいられなかった・・・・・・だから負けた、のか?)

 

 コクピットで逡巡するヤザンは、網膜に飛び込んできたモニターの光に我に返る。対岸の戦火だ。

 

「まだ、やれる! ・・・・・・が」

 

 ヤザン機は肩部リフティング・ポイントを引きずるバニング機のマニピュレータを払い、機体を起こした。

 

『ヤザン! 一旦・・・・・・』

「了解した」

 

 バニングがみなまで言う前に、ヤザンは後退機動を入力していた。スプレーガンの銃口を敵予想位置へポイントすることも忘れない。

 

(この借りはいつか返すぜぇ、謎のMS部隊よォ)

 

 

 

 

 跳躍する赤堀の《リック・ディアス》は下方センサーが同型機を捉えた。針葉樹の群れに潜んでいる陸機だ。距離を取って着陸する。

 

「うわぁぁぁ! やよい、俺が悪かった。死なないでくれぇっ!」

 

 陸機の足元では、男が涙と鼻水で口ひげをびしょびしょにしていた。

 

『泣いてる場合か! 心臓マッサージと人工呼吸だろっ!』外部スピーカーで叫ぶ赤堀。

 

 陸は見よう見まねで、おっぱ○を激しく()・・・・・・ではなく、心臓マッサージをする。続いて、舌を突き込み絡ませるディープキ・・・・・・ではなく、人工呼吸をする。

 しかし、

 

「ぐっ! うぇっ! 酒くせー!」

 

 陸はあまりの臭気に飛び上がった。

 すると、意識を失っていたやよいは、突然、腹筋運動よろしく上体を起こすや、

 

 ガッ!

 

「いってェェェ!」

 

 グーで殴る。彼女の目付きはまだ、とろんとしていた。 

 

「なにすんだよ!」

「それはコッチのセリフだヨ。私のファーストキスを奪っておいてさ」

「ひ、人聞きの悪いこと言うなよ。あれは・・・・・・えっ、初めて、だった、の?」

「責任取ってヨ! おっさんなんて第三希望だったんだからネッ!」

「な、なんだよ、それ。それにモウサのバーでも言ったろ。おっさんはやめろって。ん? ・・・・・・モウサって、なんだっけ?」

 

 陸は自身が発した言葉に戸惑った。

 

「じゃぁ、やめる。けど、・・・・・・ちゃんと責任取ってくれる?」

 

 やよいはうつむきながら、上目遣いに陸をうかがう。

 

「・・・・・・あ、あぁ」

「・・・・・・いいよ、陸。私のために泣いてくれたから。二回も」

「え?」

 

 夢うつつの中のやよい。彼女は前世で消滅する間際、リカルド・ヴェガが発した慟哭(どうこく)を思い出した。

 が、

 

「クシュン。・・・・・・え?」

 

 寒さに震え自分の肩を抱き、視線を落として、・・・・・・

 

「うそっ! はだか!?」

 

 正気を取り戻した。

 陸が背広を脱いだ。かけてやるつもりだったのだろう。しかし、やよいは陸がこれから『事に及ぼうとしている』のだと勘違いした。

 

「おいおい、やっと起き・・・・・・」

「やだぁっ!」

 

 ドゴゥッ!!

 

 もう一度全力で陸を殴った。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 理奈(あした・りな)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪
「調子に乗ってお兄ちゃんが怪我しちゃったから妹の私が代理で~す♪
 ついに、シャアさんと真島(マシュマー)さんの第二ラウンドが始まります!
 また、《GザクⅢ改》全開って感じなのかしら?
 それに、・・・・・・嫌っ! 暮巳(グレミー)さんとと後藤(ゴットン)さんまで絡んで!
 次回、アクシズZZ『オデッサ(8)』
 フェンリル隊の皆さんどう立ち向かうの?」



明日 修道(ジュドー・アーシタ)が負傷しました】
【真島とやよいのフラグが折れました】
【やよいと(リカルド)にフラグが立ちました】



(あとがき)
 活動報告のMSクイズ、正解は《グフ・カスタム》でした。ウーン、おしぃ。しかし、シャアの乗機はアイデア・プロット段階で二転三転しました。
 最初は、三連星と同じ《ドム》(赤仕様)。
 ↓
 次に、地上用《ヅダ》。ちょっと何言ってるか分からない!
 ↓
 さらに、《グフ》戦術強攻型。ここまで来ると、もうどーにでもなーれ、って感じですね。
 で、最終的にオーソドックスな《グフ・カス》に落ち着きました。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25 オデッサ(8)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 理奈(あした・りな)

「色々あったけど、結局やよいさんと(リカルド)さんがくっついたみたい。
 あぁ、私も素敵な人と出会いたいなぁ。でも暮巳(グレミー)さんは無しね。
 えっ! 今日はあの人が出てくるのっ!? やだな~」 




 シャアの《グフ・カスタム》と真島(マシュマー)の《ザクⅢ改》は互いに近すぎて、仲間の援護は受けにくい状況だ。

 また森は深く、見通しは悪い。推力に頼った高機動は望めない。

 高度に訓練されたフェンリル隊はともかく、

 

「あわわ! パパン、ママン、都外川家の名をもって暮巳をお守りくださ~い」

 

 《バウ》は逃げ回りながら、ビームライフルを散発的に撃ち返す。

 

「に、逃げたい! けど、逃げたら厚生課。こ、怖いのは左遷だけだぁぁぁ!!」

 

 《ガ・ゾウム》はデタラメにハイパー・ナックル・バスターを乱射する。仲間の援護どころか、自分の身も危うい状況だった。

 

「あいつら、動きは素人ね。仕掛けるわ」

 

 看過したシャルロッテがニッキとスワガーに通信する。

 はたして、《バウ》と《ガ・ゾウム》はおろかにも、同時にビームのエネルギー切れを起こした。

 

「今ッ!」

 

 シャルロッテ機は森を縫って突撃。援護の2機は左右に散開しながら、ニッキ機はマシンガンを、スワガー機はザクバズーカを発射する。

 

(そこの赤い奴!)

 

 シャルロッテは猛攻に棒立ちの《バウ》に狙い定めた。マシンガンのスラローム射撃は上下左右に分散し、ろくに当たらない。牽制だ。構わない。

 

「次、ヒートホーク!」

 

 マシンガンをリロードせず、思い切りよく投げ捨てる。腰部からヒートホークを抜くと、シャルロッテ機と《バウ》の距離は50メートルに迫っていた。

 

「わ、わ! 来る、来るな―――!」

 

 恐慌状態の暮巳(グレミー)は操縦桿を激しく揺すった。

 と、

 

 ボキッ。

 

「あ。あぁあ―――!・・・・・・外れた」

 

 手元に残った右スティックを呆然と眺める。

 《ザク》のメインスラスターから爆発的に青白い花が咲く。

 モニター正面から急速に近づくシルエット。斧を振り上げるその姿は、暮巳にはやけにゆっくり見えた。

 

(やられる)

 

 だが、体は本能的に反応していた。《バウ》の近接戦用バルカンが火を噴く。

 その攻撃はシャルロッテにも意外だった。偶然、モノアイに飛び込んだ砲弾が視界を奪う。サブカメラに切り替わる間もなかった。

 続くコクピット上部への弾着に揺さぶられ、《ザク》は《バウ》の足元へ倒れこんだ。かろうじてシャルロッテは脱出する。

 そのパイロットスーツ姿を認めた暮巳(グレミー)

 

「こいつめェ、踏み潰してやるっ」

 

 右スティックをテキトーに差し戻すと、《バウ》の脚を振り上げる。もちろん本気ではない。脅しだ。

 しかし、効果は十分だった。シャルロッテは転げるように逃げる。

 バルカンの火線が追いかける。

 

「待てぇ~。・・・・・・あれ、こんな光景をどこかで見たような・・・・・・アクシズ? え、アクシズって会社じゃなく??」

 

 その時、地響きを立てて猛追する《バウ》を振り返り見たシャルロッテは、つまずき農業用水池に落ちた。

 

「バイザーがっ、・・・・・・ゴポッ!」

 

 ヒビが入っていた。しかも、開閉装置が作動しない。

 もがき水面上に出ると、頭を引きちぎるようにして、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 

「んはぁ・・・・・・、えっ、けほ、けほ・・・・・・はぁはぁ」

 

 頭上に影がかかる。

 シャルロッテは、ハッ、と見上げた。濡れた赤毛を掻き分けたすぐ先、《バウ》が直立している。

 

「はは、あははは・・・・・・」

 

 人間恐ろしすぎると、笑うしかない。おまけに、シャルロッテは挨拶するように手まで振っていた。

 しかし、その行為は彼女にとって、非常に不幸だった。

 見下ろす《バウ》のビームライフルが地に落ち、土ぼこりを上げる。

 

「か、かわいい・・・・・・。なんだ、この胸の高鳴りは!? これが恋と言うものですか、ママン!」

 

 暮巳の脳内はお花畑が満開となった。あひる座りの乙女に()()()()()運命を感じてしまったのだ。

 分離ボルトが点火しシールドをパージする。即座に《バウ》の左手が伸びる。

 とっさに立ち上がりかけたシャルロッテだが、

 

「逃がしません!」

「きゃっ――、やめっ!」

 

 打って変わった《バウ》の敏捷さで、捕らえられてしまった。器用だ。逃げられぬようにしっかりと右手で包み込む。

 

「お、おい、暮巳! さっきから・・・・・・」

 

 異常を感じた後藤(ゴットン)がようやくレーザー通信を寄こしたが、遅すぎた。

 

「課長、先輩。運があったら生き延びてください」暮巳はつぶやく。

「シャルロッテぇぇぇ!」ニッキは叫ぶ。

「なにお持ち帰りしてんだ、暮巳ィィィ!」後藤も叫ぶ。

 

 ノズルから巨大な炎の大輪を咲かせた《バウ》は枝葉を吹き飛ばし、はるか上空へ遠ざかっていく。その後姿を、後藤(ゴットン)の《ガ・ゾウム》は呆然と見送る。

 が、長くはそうしていられなかった。

 

「シャルロッテを返せぇぇぇ!」

「ヘープナー少尉、必ず救出します!」

 

 怒れるニッキとスワガー曹長。フェンリル隊の猛攻を一身に受けることとなった。

 

 

 

 

 赤い《グフ・カスタム》は疾風となって闇を駆ける。

 

「必殺! グラディウス・レー・・・・・・」

 

 ビームライフルを照準するため《ザクⅢ改》は機体を旋回させる。が、近くの木に長銃身が引っかかり、わずかに動きが鈍った。

 

「そこっ!」

 

 見逃すシャアではない。《グフ》の35ミリ・ガトリングがビームライフルに命中、エネルギーが解放される。

 瞬間的に閃光と超高温の渦に巻き込まれた。モニターに飛び込む光は即座に明度調整されたが、熱はそうはいかない。緊急回避し右肩シールドで熱風を受ける。一挙に拡散したエネルギーは《ザクⅢ改》のシールドを半ばから溶断した。

 畳み掛けるように、正面から迫る殺気。真島(マシュマー)は装甲越しに感じた。無理な体勢のまま、後方回避を入力する。

 はたして、《ザクⅢ改》のあった空間を大質量の刃が切り裂く。

 《グフ》が手にするヒートサーベルは冷えた黒い刀身のままだった。オレンジの加熱状態であれば、太刀筋も予測しようがある。しかし、シャアの操縦技術も相まって、闇に溶けこむ刃は変幻自在だった。

 

「こいつ、できる!」

 

 プレッシャーと共に繰り出される斬撃に耐えかね、真島はさらに後退する。《ザクⅢ改》はスラスターを焚き低く飛翔した。

 が、【異常接近】の警告音の直後、激しい衝突。真島(マシュマー)はヘッドレストに後頭部を強打する。不用意にMSを飛ばしたため、背部から大木に激突したのだった。

 

「その推力が(あだ)だ。もらった!」

 

 《グフ》必殺の袈裟斬りが迫る。間合いも、刀身に乗った速度も、十分だ。《ザクⅢ改》の頭部を叩き潰す、

 

 ガンッ!

 

 直前、刃は二つのマニピュレータに挟まれ、押すも引くもできなくなった。

 

「奥義、真剣白刃取り!」

「チェックメイトには早い、か。だが!」

 

 シャアはヒートサーベルの電熱を稼動させる。電荷により、数瞬で赤熱する。《ザクⅢ改》のマニピュレータからは激しく煙を上げだした。表面が融解している。

 ところが、すぐに煙は消え、代わりに緑の燐光があふれ出した。

 

「そうだ、この光だ」

 

 シャアの肌に熱い感覚が蘇ってきた。

 ヒートサーベルを押し込もうとする《グフ》と押し返す《ザクⅢ改》。拮抗する電熱と怪光。

 そして、弾けた。耳障りな金属音が轟く。

 刀身を握ったまま《ザクⅢ改》が、ヒートサーベルをへし折ったのだ。

 

「よっしゃあぁぁぁ!」真島は勝ちを確信した。

「終わるかぁぁぁ!」シャアの心は折れていなかった。

 

 それは()()同時だった。

 《ザクⅢ改》が放った右回し蹴りは《グフ》の頭部に命中。だが、ワンテンポ遅れたために浅い。角状アンテナが噴き飛び、保護バイザーは砕けるが、《グフ》のモノアイは生きている。

 《グフ》は折れた刀身もそのままに、残ったヒートサーベルを《ザクⅢ改》に叩きつけていた。深々とグリップ部まで頭部に埋まる。

 真島は歯噛みするが、明らかに自分の慢心だった。

 

「まだまだぁ!」

 

 瞬時に補助カメラに切り替わった《ザクⅢ改》は両手で《グフ》を押し返す。

 《グフ》はよろめきながらも踏みとどまり、ガトリング砲を撃ち返した。

 コクピット・ハッチに伸びる火線は《ザクⅢ改》の右手が遮った。猛射を受け、手首から変な方向へねじ曲がったが、真島自身は健在だ。

 

「ならば!」

 

 間、髪をいれず《グフ》は右前腕を伸ばす。袖口からヒートワイヤーが飛ぶ。

 刹那、《ザクⅢ改》の膝が崩れた。いや違う! 膝が崩れたのではない!

 ワイヤー先端の鉤爪はコクピット・ハッチではなく、頭部の傾斜に命中し、後方に跳ねた。

 前に倒れこむように突進した《ザクⅢ改》は一転、伸び上がった。天を突く左アッパーが《グフ》の右肘関節を食いちぎる。

 さらに、《ザクⅢ改》は右腕を振り上げた。

 

「これが俺の本気だぁぁぁ!」

 

 ジャンクと化したマニピュレータを《グフ》に叩きつける。頭部が大きくひしゃげ、今度こそモノアイが潰された。

 

「もういっちょォ!」

 

 が、二撃目は《グフ》左腕が抜いた予備のヒートサーベルが食い止めた。邪魔になる3連ガトリングは排除(パージ)されていた。

 

「やる!」

「振り出しに戻るってか!」

 

 (おとこ)たちはコクピットで哄笑した。

 しかし、時ならぬ外野が割ってはいる。

 

「中佐、方位090、ジャンプ!」

 

 応答もせず、シャアの《グフ》は真横へ飛んだ。

 見越していたかのように、射線確保したフェンリル隊、2機の《ザク》からマシンガン、バズーカが殺到する。

 これには、《ザクⅢ改》も本当に膝が崩れた。

 

「ま、真島っ!? うおぉぉぉ!」

 

 ようやく、エネルギー・パックを交換した後藤(ゴットン)の《ガ・ゾウム》がハイパー・ナックル・バスターを撃ちまくる。

 

「これは・・・・・・チィ!」

 

 その火力を危険と感じたシャアはとっさに《グフ》を用水池に突っ込ませる。機体を半ば沈めやり過ごす。

 一時的にフェンリル隊も下がらせることに成功した後藤は、《ガ・ゾウム》をMA形態に変形させる。

 

「乗れ、真島っ!」

「でも、やよいがまだ」

「とっくに見つけて逃げたわ!」

 

 《ザクⅢ改》を機上に乗せた《ガ・ゾウム》はスラスター全開で垂直離陸する。

 森の樹冠を抜けたところで、直下にニッキの《ザク》が迫る。その手のマシンガンが真上に向けられた。

 

「行かせるかっ!」

「俺だってェ」

 

 後藤(ゴットン)は武装セレクターでミサイルを選択すると、一斉射撃を入力した。MA形態の下面から次々とミサイルが発射される。その数、18発。まさに、猛爆だった。

 ニッキは包み込むように迫る飽和攻撃に、死を覚悟した。

 直後に、激しい衝撃、轟音に襲われる。《ザク》は吹き飛び地面に転がるが、ニッキは気を失わなかった。

 

「ロベルト少尉、無事か?」

「中佐!? は、はい、自分は」

 

 ミサイルがまさに命中する刹那、ニッキ機を《グフ》がタックルしていた。しかし、もろに弾雨を浴びたスワガー機は爆散した。やよいが乗り捨てた《トゥッシェ・シュヴァルツ》も巻添えをくらい破壊される。

 

「しかし、シャルロッテが」

「今はやむをえん。武装も底をついた。後退する」

 

 樹冠には、真島ら2機が垂直上昇で開けた穴が出現していた。

 その向こうから、大質量の何かが回転しうなりを上げて、飛んでくる。

 

「む!」

 

 胸部コクピットを狙った投擲(とうてき)攻撃を、《グフ》はヒートサーベルでなぎ払った。跳ね返され、ニッキ機そばの地面に突き刺さる。先ほど折れたヒートサーベルの刀身だった。

 《グフ》の補助カメラが上空、一瞬とらえたシルエット。それは左手を投げ伸ばした《ザクⅢ改》だった。すぐに闇に溶け込み、消える。

 

「王手にゃまだ早ェ、ってか」真島のつぶやき。

 

 それを聞いたかのように、シャアは唇を不敵に歪めた。

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 理奈(あした・りな)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪
「外人部隊のお耳のお供、オペレータのユウキ・ナカサトさん!
 あれ、でも登場していきなりお亡くなりに?
 ピンチへ颯爽と現れる、アクシズ建設設計課の若きホープ! その名も(なか)・・・・・・。あ、あれぇ??
 次回、アクシズZZ『オデッサ(9)』
 あら、浜子さんも?」



【都外川家にメイドが増えました】





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26 オデッサ(9)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 理奈(あした・りな)

「やっぱり、・・・・・・暮巳(グレミー)さん、お持ち帰りしちゃったのね。私も嫌な思い出があります。真島(マシュマー)さんたちは決着がつかなかったみたい。再戦はジャブローかしら?
 それにしても、早くオデッサにたどり着かないと、時間切れで西暦に戻されちゃう! 浜子(ハマーン)さん、どうするの!?」 



 オデッサの東75キロ、国立公園内の湿地帯。

 

 黒海北に流れ込む河川。その河口に広がる湿原に、ジオン軍外人部隊の野戦指揮所が設けられていた。

 自己完結戦力として、支援部隊を引きずる外人部隊には前線整備要員が存在する。MS整備場、と言っても迷彩シートと支柱を利用した簡易テントである。

 そこへ片足を引きずるようにして一機の《ザク》が帰還する。MSに片膝をつかせ、ハッチを開放するや、

 

「ぬかった。連邦めェ、ビーム兵器を量産してきやがった」

「あぁ! 壊してきたー。下手っぴ、ジェイクぅ。何やってるのよ~」

 

 毒つくパイロットの眼下には、兵士と言うには幼すぎる少女が腰に手を当て、頬を膨らませていた。テクノクラートを思わせる白衣など、どうもMSのメカニックらしい。

 

「はいはい、どうもすいませんね。どうせ俺は隊長なんかより下手クソですよ。悪ぃ、メイ頼む」

 

 ジェイク・ガンス軍曹が声をかけたときには、早くもメイ・カーウィン嬢はリフトカーのステアリングを握っていた。ビームによって溶断された左脚動力パイプへ整備兵を上げる。

 

「さすがは、ジェーン姐さん仕込のドラテクだねぇ」

 

 などと呟きつつ、ドリンクパックに口を付けるジェイク。妹を思いやる兄のように目を細めた。

 

「メイちゃん、何やってるの!? そんなことまでしなくていいのよ」

 

 新たな闖入者の声に、再度視線を下げかけたジェイクだが、突如、コクピットを鳴らす警告音に操縦桿を握る。ドリンクパックが宙に飛んだ。

 テントの入り口からのぞく上空。モノアイ光学センサーが敵機を捉えていた。

 

「逃げろ!」

 

 ジェイクは叫ぶのが精一杯だった。

 

「危ない!」

 

 メイは誰かに運転席から引きずり出され、押し倒される。

 ニーリング姿勢のまま、《ザク》はマシンガンを空に放ち、連邦軍《フライマンタ》戦闘爆撃機は30ミリ・バルカン砲の掃射で応じた。

 すさまじい発射速度で繰り出される機銃弾が天幕を引き裂き、《ザク》の装甲に弾け凶悪な火花を散らす。が、それもすぐに止んだ。

 ザクマシンガンの120ミリ弾は真正面から《フライマンタ》に命中。機体は四散、大小の火球となって、湿原の闇に沈んでいく。

 

「大丈夫、メイちゃん?」

 

 堅くつむっていた目を開ける。見知った管制オペレータの笑顔が目の前にあった。

 

「ユウキぃ! うん、メイは平気だよ。ありがとぅ」

「良かったぁ」

 

 ユウキは安堵し、メイを抱きしめた。温もりを強く感じる。

 

「どうしたの?」

 

 彼女はぐったりと力なくメイに体を預けている。メイは起き上がりかけ、押し返したユウキの体が横に倒れるのを見た。

 

「いやぁ! しっかりし、・・・・・・誰かぁ!」

 

 そして、そのわき腹が跳弾に貫かれ、軍服が真っ赤に染まっているのも見た。

 

 

「私のことはいい! 君も負傷者の救助に行きなさい!」

「しかし、大佐もけがを・・・・・・」

 

 部隊司令ローデンに肩を押され、秘書官ジェーン・コンティは結んだ金髪を乱して走る。しかし、メイたちのもとへ駆けつけたときには手遅れだった。

 

「そんな・・・・・・」

 

 横たわるユウキにひざまずく衛生兵に、ジェーンは哀願の視線を送った。

 

「ご立派でした」

 

 彼は立ち上がり敬礼すると、別の負傷者を探して走り去った。

 すでに、二人の戦友を看取った衛生兵は、三人目ユウキ・ナカサト伍長の戦死を確認したところだった。

 

「えぐっ、・・・・・・うっ、ユウキ、一緒に・・・・・・ひくっ、宇宙に帰ろうって約束したじゃないかぁ。なんで、なんで・・・・・・」

 

 メイの口から嗚咽がとめどなくこぼれる。

 

 

 

 

(うわぁ・・・・・・。な、なんだろう。この、ものすごくシュールな光景は)

 

 《サムソン》トレーラーを改造した移動指揮車の物陰。自分が死にゆく姿を、時空跳躍した中里有紀はのぞき見た。現実感がないことおびただしい。

 

(確かに、この戦争で私は死んだけど。でも、オデッサではなかったような)

 

 有紀も記憶を取り戻しつつあった。

 ともかく、この場にとどまるのは色々都合が悪い。

 

(ごめんね、メイちゃん)

 

 後ろ髪を引かれる思いで、こっそりと立ち去る。何かにつまずき、

 

 ズテン! ジュッ!

「あつつつつつ!!」

 

 盛大に転倒しそうになって、とっさに手を着いたのは巨大な薬莢だった。

 

「ジェイクさぁぁぁん! こんなところでザクマシンガンなんて撃つからもう~。ふぅ~、ふぅ~」

 

 手の平に息を吹きかける彼女は、突如、ぶわっ、と額に汗が浮く。

 見れば、ユウキの亡骸を囲む外人部隊面々、彼らの視線を一気に集めていた。ビジネススーツ姿の有紀は、不審者以外なにものでもない。

 

「え、あ、と、その、・・・・・・よし!」

 

 強行突破。勢いに任せて乗り切る。有紀は決意した。

 

「私、ユウキの双子の妹、ユウカですっ!」

「・・・・・・」と、メイ。

「・・・・・・」そして、ジェーン。

 

(まずい)

 

 毛根が開き噴出した汗が、顔面をだらだらと流れ落ちるのを感じる。

 不退転。攻撃あるのみ。有紀は覚悟した。

 

「じ、実はユウキとは戦争で生き別れて・・・・・・、サイド3で生きてるって聞いて、こっそりお姉ちゃんを追いかけて。やっと再会できたんですが・・・・・・」とにかく、誤魔化す!

「うわぁぁぁぁん! ごめぇんなさい、せっかく、せっかく出会えたのに、・・・・・・うぅ、ユウキが、おねえさんが、死んじゃって」

(う、うそっ!? 騙せたの? ええぇぇぇ!? ジェーンさんまで! おかしいでしょ!)

 

 隊の実務を取り仕切るやり手のジェーンも、目尻から流れた熱いものを拭っている。

 

「ユウカさん」

 

 背後から近づいたローデンが、静かに声をかける。こめかみから流れ落ちる血もそのままだ。

 

「お姉さんの事は残念だった。今、私は哀しみよりも戦争の、運命の理不尽さに引き裂かれそうだ。

 サイド2出身の彼女は亡くした家族のことも語らず、独りだった。仇であるジオン軍の中で、自分を殺し、心を殺して、任務に忠実だった。

 だが、最後のとき、ユウキ・ナカサトは孤独ではなかった! メイの、コンティ大尉の涙は真実そのものだ!」

(大佐ぁぁぁ、なんですかその一方的に無茶すぎる解釈! 臭すぎます! ああ、もう。なんで誰も気が付かないかなー)

 

 無理言うな、である。この場の有紀以外が時空跳躍を理解できるわけも無い。

 作戦は成功だが、彼女の心中は複雑なものがあった。むしろ哀しくなり涙がこぼれた。

 その光をローデンは正視できなかった。

 

 

 

 

 連邦軍に戦線を押し込まれていると見たローデン大佐は、指揮所を後退させることを決断する。簡易テントは早々に撤去された。

 

「君も一緒に来なさい。ユウキは責任を持って搬送しよう」

 

 自分の遺体が死体袋に入れられ、運ばれていく様子は、

 

(たちの悪い冗談としか思えないのだけど・・・・・・)である。

 

「狭いところでごめんなさいね」

 

 有紀は装甲兵員輸送車(A P C)に乗せられるところ負傷者で満載とのことで、指揮車であるトレーラーに連れてこられた。内部は様々な機材が所狭しと並んでいる。

 

「その席はね・・・・・・、あなたのお姉さん、ユウキがオペレータとして、皆を・・・・・・ウッ」

 

 そこまで言って、ジェーンは表情を辛そうに歪ませ、うつむいた。

 

(いや、だ・か・らっ! もー、いいですって。私のこと気づかないんですよね。忘れた方がいいんじゃないですか? ていうか忘れろ、ユウキ・ナカサトのことは!)

 

 なんだかジェーンの仕草ですら、芝居がかっているように見え、有紀は捨て鉢な気分になってしまう。

 やがて、ジェーンは前方運転席へ移っていったが、

 

「エンジンがかからない? 悪いことは続くものね。別のトラクターを探してくるわ」

 

 ガスタービンの調子が悪いらしい。ドアの開閉する音に続いて、その足音は遠ざかっていった。

 

(なんでこんなことになっちゃったんだろう)

 

 地元の短大を卒業し、夢にまで見た上京。小なりとはいえ東京の建設会社で、バリバリのOL生活を満喫していたというのに。

 ここに来て、宇宙世紀、前世の記憶を(断片的だが)取り戻してしまった。

 

(こっちの世界に私は未練なんて、・・・・・・)

 

 突如、胸の奥がチクリ、と痛んだ。

 

(亡くした家族のこと? 違う? メイちゃんたち? うぅん、そうじゃない)

 

 もやもやと、不確かだった思いが形になりつつあった。

 

(そうか、そうだったんだ、私は・・・・・・。それなら)

 

 有紀は決意した。

 そして彼女の目的を達するためにも、まずアクシズ建設社員として浜子に知らせなければならない。

 

(オデッサの所在を!)

 

 有紀は端末を立ち上げるや、素早く防衛作戦骨子に目を通す。それによると、マ・クベはオデッサ中心部を離れ、西の敵主力方面に移動したと思われる。

 

(多分、陸戦艇《ダブデ》ね)

 

 有紀は祈る気持ちで、トレーラーの無線のマイクを取った。

 

「設計課より業務連絡申し上げます! 浜子社長、至急オープン回線をお取りください! 業務連絡、業務連絡~・・・・・・!」

 

 野戦指揮車の大出力で飛ばすが、ヘッドセットに返ってくるのはミノフスキー高濃度を思わせる雑音だ。

 

(だ、ダメなの? どうしたら)

 

 ふと、有紀の脳裏にひらめいた。地元九州は宮崎で夏の到来を告げる、恒例行事のアレである。

 

 

 

 

『業務連絡、業務連絡~・・・・・・』

 

 最初に異変に気づいたのは、ジェイクだった。不自然な無線内容を《ザク》が受信しなお、

 

「この声は・・・・・・ユウキ!? いや、妹の方か。何やってんだ!」

 

 騙されていた、というか、勘違いしていたというか。

 ミノフスキー高濃度下であっても戦場で強力な電波を出せば、敵に所在がバレる可能性がある。ちなみに、先ほどの《フライマンタ》はたまたま迷い込んだに過ぎない。

 《ザク》の外部スピーカーをオンにする。

 

「今すぐやめろ! そんなことをしたら、・・・・・・」

 

 そこでジェイクは、とある結論に行きかけ先の言葉を飲み込んだ。

 

「やめなさい、ユウカ! あなた、まさか連邦のスパイなの!?」

 

 ジェイクの言葉をジェーンが代弁していた。別のトラクターを運んできた彼女はトレーラー入り口の取っ手に張り付いている。中からロックされていた。

 すぐに腰の拳銃を抜くが、その程度では開錠することなど不可能ということを撃つ前に悟る。

 

「ジェイクっ!!」

 

 金髪を振り乱して、ジェーンは背後の《ザク》を見上げる。だが、それだけだ。

 何をしろというのか?

 ザクマシンガンで破壊しろ、とでも?

 ユウキの妹がスパイであれば、一刻を争う。すぐにでもやるべきだ。

 トリガーに指をかけるジェイクの脳裏に彼女の面影がよぎった。

 死の苦痛の最中、仲間の命を救った安堵の色を浮かべた瞳。必死に笑おうとして痙攣(けいれん)するだけの頬。

 迷った。ためらった。実際にはそれは一瞬だった。

 

「アンテナを破壊して!」

 

 ジェーンの冷静かつ強い口調が現実に引き戻す。トレーラーの屋根に設置された野戦用パラボラアンテナを《ザク》のマニピュレータで握りつぶす。

 

 と、

 

「う、わっ!」

 

 トレーラーが小爆発を起こした。

 

(や、やった・・・・・・)

 

 ジェイクはその行為を当然だろうと思う。同時に死んだユウキに対して、一気に申し訳ない気持ちになった。妹は手榴弾か何かで自決したのだ。

 

「これが戦争だ。許してく・・・・・・」

 

 ジェイクがすべてを呟く前に、夜空にたくさんの花が咲いた。それは信号弾という光の花。鮮やかな彩りは、殺し合いの中で刹那的な光の饗宴を作り出した。

 そう、まるで西暦日本の花火大会のような。

 それが今だ健在のトレーラーから一斉に打ち上げられたものだと、悟ったときにはジェイクの後悔は、逆に大きな怒りへ変っていた。

 

 

「いい加減出てこい! 信号弾の発射機も壊した。もう何もできないぞ!」

 

 《ザク》はトレーラーを激しく揺する。屋根もボディもベコベコにへこんでいた。すでに《ザク》に小突(こづ)かれ尽くしていた。

 

「捕虜にするだけだ。殺しはしない」

 

 ジェイクの声は、やや穏やかなものになる。戦友の妹が無事だったことに胸のつかえが取れたのか。

 

 その時!

 

 一陣の疾風が沸き起こり、爆音が辺りをつんざく。

 衝撃波にトレーラーは転がり、ジェーンは4メートルほど吹き飛んだ。

 《ザク》ですら、圧倒される。オートバランサーのおかげで転倒は免れた。

 

「な、な、な!」

 

 なにごとかを理解する前にコクピットに警告音が鳴った。センサーが上方の何かを捉える。

 機体を反らして仰角を取り、モノアイが空を見上げようとした。

 瞬間、急上昇から一転、急降下した(まだら)模様のMSが突如《ザク》の目の前に現れた。

 反応する間も無かった。

 地上すれすれにホバリングしたMSは、万歳するように直上に向けた両手から光の刃を形成した。

 上から下に唐竹割り。

 《ザク》の両マニピュレータが溶断され、ドウッ、と地を震わす。ザクマシンガンの砲口はピクリとも動かせなかった。

 続く回転斬りで腰から両断された。上・下半身もマニピュレータと同じ運命をたどる。

 溶断面から噴出した液体が、また《キュベレイ》を縞々(しましま)に染め上げる。

 

「殺しはしない。だが今の菅浜子、公国に忠誠を誓った身ではないのでな。許せよ」

 

 浜子(ハマーン)はばらばらになった《ザク》を醒めた目で見下ろした。

 

 




(次回予告)
(※BGM「アニ×じゃな~い?」、ナレーション:明日 理奈(あした・りな)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪
「マ・クベの所在を突き止めた浜子さん。
 恨みつらみは分かるけど、・・・・・・。
 でも、その凶弾が宇宙世紀の未来だけじゃなく、
 西暦も狂わせることになるなんて。
 次回アクシズZZ『オデッサ(10)』
 一体、これからどうなるの?」




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27 オデッサ(10)

(前回のあらすじ)
(※ナレーション:明日 理奈(あした・りな)

「ユウキ・ナカサトさんは戦死しちゃうし、ジェイクさんのザクはバラバラに。なんだか外人部隊の皆さん、災難続きですね。
 浜子さんは、照明弾を使った有紀さんの機転で合流できたみたい。でも、・・・・・・これからなにをするつもりなのかしら? ちょっと不安です」



 菅 浜子(ハマーン・カーン)は《キュベレイ》の手の平に中里 有紀(ユウキ・ナカサト)を乗せるや、その場を去った。

 

「しゃ、社長! 一旦あそこの橋に!」

 

 有紀(ユウキ)はあっと言う間に行過ぎた橋を示した。

 大きく滑らかな弧を描きターンすると、《キュベレイ》はアーチ橋のトラスに張り付く。

 コクピットハッチを開放した浜子(ハマーン)は、「体は大丈夫か?」と決まり文句を短く発すると、

 

「聞こう」

 

 早速、マ・クベの所在を聞き出した。

 

 

「社長とはここで別れましょう」

「こんなところでか、危険すぎる。共に来なさい」

「私、コッチでやらなきゃならないことがあるんです!」

 

 普段のおとなしい有紀からは思いもよらぬ、強い主張は意外という他ない。

 

「しかし、・・・・・・お前を手伝ってやることはできない。私は私でなさねばならないことがある。すまない」

「いいんです」

「首尾よくことを果せた後は、約束通りボーナスという形で、・・・・・・」

「ありがとうございます。ただ、・・・・・・私のことより、社長」

「なにか?」

 

 わずかに押し黙った後、コクピットを見上げる有紀の視線はいたずらっ()ぽい含みがあった。

 

「真島さんのこと好きだったら、もっとガツガツいかなきゃダメですよ」

「たたたたわけがっ! いきなりなななな何を言っているのか、さっぱりわわわわ訳が分からぬ!」

 

 いきなり挙動不審に陥った浜子を無視して続ける。

 

「じゃないと、麻里ちゃんとかやよいとか、他の娘に取られちゃいますよ。じゃ、がんばってください。遠くから応援してますから!」

 

 なにやら意味深なセリフだった。有紀は橋上に出るや一度振り返り手を振ると、闇に飲み込まれて消えた。

 コクピットに戻る浜子は考え込む。

 

(う、うむ。アッチ(西暦)に帰ったら、その、うん、なんだ・・・・・・思い切って、告、告、・・・・・・告別式でもするか!)

 

 老後まで先取りしすぎであろう。

 

(が、今は・・・・・・)

 

 冗談はさておき、浜子の目は本物の殺気が宿る。両手は操縦桿を、足はフットペダルを捉える。

 橋上の《キュベレイ》はスラスターを焚き少しづつ上昇、橋から離れる。一定距離を取るや、腕を肩部バインダーに格納し前傾姿勢を取った。直後、青白い炎の花弁が満開に咲く。

 浜子と《キュベレイ》は一気に距離をつめるべく飛行する。右モニターに映る東の低空が、紫に変りつつあった。

 

 

 

 

 有紀は走る。大河沿いの開けた一本道だ。夏になればこの辺りも、日光浴を楽しむ若い男女であふれるであろう。但し戦時下でなければ、だ。

 突如、胃をつかまれるかと錯覚するような爆音が、有紀の右手側から沸き起こる。河側の崖下からだった。メインスラスターを吹かし、一機の《ザク》が跳躍し有紀の直前に着地する。その姿を見た有紀は体力の限界だったのだろう、崩れるように倒れた。

 

「ハァハァ・・・・・・やっぱり、ここに」

 

 巨人を見上げた彼女の表情は苦しさの中にも、晴れ晴れとしたものがあった。トレーラーで入手した外人部隊の配置は間違っていなかったのだ。

 《ザク》のモノアイが彼女を認めるや、

 

「ユウキ!? いや、ナカサト伍長なぜここに?」

 

 コクピットハッチが開放され、《ザク》が片膝をついた。

 

「ハァハァ、隊長・・・・・・乗せてください」

 

 外人部隊MS小隊隊長であり、パイロットのケン・ビーダーシュタット少尉はすぐに有紀をコクピットへ招きいれた。

 ケンがヘルメット・バイザーを上げると、

 

「! な、何を・・・・・・ウッ!」

 

 飛びついた有紀、両腕を彼の後頭部に回し、そのままシートに押し付けた。ケンの口は有紀の唇によってふさがれていた。

 

 

 

 

 レビル将軍指揮の第3軍主力と対峙する、ジオン公国軍《ダブデ》級大型陸戦艇。

 

 その艦橋では、

 

「連邦軍は前進をやめないというのか?」

 

 水爆で恫喝をしたマ・クベは信じられぬ、といった面持ちで副官のウラガンを振り返った。

 

「は、はっ! 最終防衛線を突破されつつあります」

「こしゃくな・・・・・・。ならば望みどおり、報いを受けるがいい。ミサイル発・・・・・・」

 

 その時、マ・クベを遮ってオペレータが警告を発する。

 

「7時方向に熱源反応! 距離3000!」

「なぜこうも簡単に敵の接近を許す? シャアや三連星は何をやっていたのだ!」

 

 

* 

 

 

「ようやく見つけたぞ、俗物」

 

 《キュベレイ》を使い潰しても構わぬ、と全開飛行を続けたスラスター・ノズルは高温に白く焦げ、推進剤は使い尽くしていた。

 

「こんなところで終わるものか!」

 

 それでもなお《キュベレイ》から発する闘気はフレアのように揺らめいていた。

 

「ファンネルっ!」

 

 浜子の呼びかけに応じて、巣を守るスズメバチのように《キュベレイ》の周囲を4基のビーム砲台が飛び回った。

 陸の戦艦ともいうべき《ダブデ》はようやく主砲塔が回頭を始める。仰角を取っていた砲身が水平射に転じるため、下りてきた。

 護衛の《グフ》3機は大地を踏みならして《キュベレイ》に迫るが、距離はまだ遠い。

 

「私利私欲のためにアクシズを手に入れようなどと! 地獄の業火に焼かれるがいい!」

 

 浜子の殺意を拡大したサイコミュがファンネルに指示する。スズメバチはミサイルに転じて、《ダブデ》を目指した。

 1基のファンネルが《グフ》小隊を抜き飛び去ったとき、中央の隊長機はわずかに立ちすくんだ。パイロットが後方モニターを確認する最中、後続ファンネルのビームがコクピットを貫く。彼は何が起こったのか、理解する間もなく死んだ。

 両翼の《グフ》、二人の部下も隊長と同じ運命をたどる。

 

 目を閉じ、集中する浜子の意識は先行するファンネルと同化していた。脳裏に、お椀(ボール)を二つ合わせたような特徴的な艦橋が迫る。浜子は「誰かの恐怖」を感じ取って、その口角を小さく上げた。

 殺意を読み取ったファンネルがビームを発し、艦橋の窓を直撃する。さらに、そこにファンネル本体が突っ込んだ。

 サイコミュのリンクが切断され爆発音に目を開ければ、正面モニターには特攻を受けた《ダブデ》の艦橋が燃えていた。今また、追い打ちをかけるように小爆発を起こす。ファンネルの残っていた推進剤にでも引火したのだろう。

 

「ふふふ・・・・・・」

 

 小さな笑い声は段々と大きくなり、しまいには球形コクピットに反響する哄笑となった。

 

「ははッハッハ! 勝った。これで佐備(ザビ)建設の力も()がれよう!」

 

 ファンネルがビームを発する直前、恐怖に染まったマ・クベの表情を浜子は思い出す。さも愉快と笑い続けた。

 いつしかその狂喜は時空の狭間に飲み込まれていった。

 その狂気が西暦をも狂わせてしまったことを、浜子はまだ知らない。

 

 

 夜が明けた。この日、地平線上の空は普段よりも赤みがなかった。それはミノフスキー粒子の干渉のせいである。にもかかわらず、大地は濃く赤黒く染まっていた。

 

 

 

 

 夜明けの直前のこと。

 

木矢良(キャラ)さん、いい加減入れてくださいよぉ」

「・・・・・・」

 

 《R・ジャジャ》の足元では来栖 麻里(マリーダ・クルス)が見上げていた。

 例の「ドキッ☆兵隊さんとジェスチャーゲームでむふふ♪な罰ゲーム」の話を聞いてから、へそを曲げた木矢良 すみれ(キャラ・スーン)麻里(マリーダ)をコクピットから追い出し、無言を通していた。

 

「悪気はなかったんですよぉ。帰ったら木矢良さんにアイスおごりますから」

「いらないね」

「機嫌直してくださいよぉ。・・・・・・き、木矢良お姐さんったらっ♪」

 

 麻里は猫なで声を出してみる。

 が、

 

「あざといね」

 

 木矢良はあくまでそっけない。

 しかし、自分でも(大人気(おとなげ)ない)と木矢良は思う。

 

(十五、六の小娘相手に何、ムキになっているんだろうね)

 

 今の木矢良には麻里に対する憎悪はない。むしろ、あるのは贖罪の気持ちだ。

 正しい記憶ではない。前世の曖昧な記憶と、今の木矢良が混然一体となった「精神のシチュー」とも言うべき状態だ。

 

(辛いことしたね)

 

 と謝ってやりたいところ、訳のわからぬ怪しいゴッコ遊びをやっていた事態を知り頭に来た。

 

「はぁ、でも、・・・・・・もう~!」

 

 木矢良はライオンのたてがみよろしく、ど派手な髪をかきむしった。

 

「こういうのはアタシの(しょう)に合わない。すぱっ、とね」

 

 苦笑を浮かべ、コクピットから顔をのぞかせたとき、外が赤く染まり始めた。

 

「き、木矢良お姐さん!!」

 

 先ほどの猫なで声とは違う、悲鳴だった。木矢良は見た。

 

「私の体が・・・・・・」

 

 朝日を受けた麻里の体は、足元から溶けるように透けていった。

 

「ま、麻里!? そこにいるんだよ!」

 

 ほとんど落下するように木矢良は《R・ジャジャ》から飛び降りた。麻里が驚きの表情を張り付かせたまま、腕を伸ばし、木矢良がそれを取ってやろうとした。

 瞬間、

 

「どこ行ったんだい? 冗談はよしなよ。本気で怒るよ? おい、・・・・・・麻里ちゃぁぁぁん!!」

 

 すべてがなかったかのように消えうせた。

 木矢良は半狂乱となって探したが、やがて西暦の帰路へと引きずり込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1989年11月、東京。

 

「ありがとうございましたー」

 

 定型句を受け、鈴樟 華路(バナージ・リンクス)は夜のコンビニを後にする。

 

「はぁ~」

 

 まるで、残業後のサラリーマンのようなため息をつく。手にした特大のビニール袋には、アイスが満載されている。これは、

 

「あのキチガ○と小悪魔めェ!」

 

 (プル)風美(プルツー)に使いっぱしりにされているのである。

 

「くっそー、あの栗毛が2315円で、あっちの栗毛が5230円だ。今に見てろー」

 

 当然、代金など支払われたことはない。

 散々のフラストレーションを溜め込んだ華路(バナージ)は、脳内ペットとこんな会話をする。

 

麻里(マリーダ)さんも、男に乗ったりするんですか?)

(欲求不満のときにな)

 

 そこで当人のふたりでなく、三姉妹(トリプルズ)の末妹であるのがなんとも情けない。しかし、このストレス発散も神根(ジンネマン)家ですれば、すぐに風美(プルツー)が『例のあの能力』で嗅ぎつけて来る。

 

「お義父(とう)さ~ん! また華路が麻里をオカズにしてSMゴッコやってる~!」

 

 工務店経営の統露(スベロア)は、長年工事現場の騒音で難聴気味だった。『華路が麻里にSM』しか聞こえない。ぶっ飛ばされること度々であった。

 モンモンとした華路は学校のトイレが、もっぱらの処理場だ。

 

 

「ただいまー」

 

 言いつつ、華路(バナージ)統露(スベロア)に頼まれたロングピースを袋から取り出す。

 

「おう、悪いな。って、お前そのアイスはなんだぁぁぁ!?」

 

 居間で横臥していた統露は、ちらっ、と見えた袋の中身に驚愕する。

 

「あらあら、ホント。どうしたの、そんなにたくさん?」

 

 ちょうど洗い物を終えた統露の妻・風衣(フィー)も手を拭いつつ、袋をのぞく。

 

「え、・・・・・・えーと。あれ、何だっけ?」

 

 華路は突如、健忘症にかかったかのように考え込んだ。

 

「なになに、どうしたのよ? あ、アイスじゃん♪ やりー、もーらい」

 

 風呂上りの統露の実娘・真里(マリィ)が髪を拭き拭き、早速一本抜き取る。

 

「あ、あぁ! それは・・・・・・」

「なに? ひとつくらいイイじゃん」

「え、ええ。かまわないッスけど・・・・・・」

「けど、なに?」

「これ、『アイス買って来い』って真里(マリィ)さんが言いませんでしたっけ?」

「アハハ、アイス嫌いじゃないけどさ。そんなに食べたらお腹壊すでしょ、フツー」

「そ、そうですよね・・・・・・」

「おい、華路よ、大丈夫か? 変なモンでも食ったか?」

 

 統露が心配しているんだか、いないんだか、微妙な声をかける。風衣の眉間に小さくしわが寄る。

 

「またそんなこと言って! 私は華路くんやお父さんや真里、家族3()()の健康をしっかり考えてお料理してるつもりですよ。バカなこと言ってないで、みんな帰ってきたんだから、早く戸締りをしてください」

 

 統露は「はいはい、よいしょ」と立ち上がると、外で一服済ませ雨戸を閉め始めた。華路は何度も首を傾げつつ、大量のアイスをなんとか冷凍庫に納めることに成功した。

 

 

 

 

 翌日、東京郊外のアパート・ジンネハイツ。

 

 何度やっても、痛飲後の覚醒には慣れない。

 

「くそぅ、頭いてぇ」

 

 当然、胸焼けと胃痛も、である。

 手早くシャワーを浴び、真島 世路(マシュマー・セロ)は会社へと向かう。

 到着し、真島(マシュマー)は目をこする。どうもまだアルコールが抜けてないらしい。

 それとも降りる駅を間違えたのか? 背後を振り返る。そこには通りを挟んで、いつもの【木矢良クリーニングセンター】の看板がある。場所はあっているらしい。

 しかし、何もない。

 アクシズ建設があった敷地は、工事中の看板とフェンスに囲まれる更地(さらち)になっていた。

 看板にはこう書かれている。

 

【佐備建設・西東京支社社屋 完成:平成2年5月(予定)】

 

 真島はもう一度確認した。業界でいうところの「二度見」というやつだ。

「なんじゃこりゃあぁぁぁ!!」

 

 

 

 第三章 仁義なき戦い オデッサ激闘篇 ~完~

 

 

 




(次回予告)
(※BGM「Corporate Soldier」、ナレーション:天田 司郎(あまだ・しろう)

♪(ファンファーレっぽい何か)♪

「いよいよ新章『本当は怖い第08C.D.A.小隊』の始まりだ!
 俺は、第8(しげる)ビルの現場監督として着任した!
 初めての部下の名を覚える間もなく、ビルの解体命令が下った!
 多少不安がないではないが、監督としての無茶ぶりを示さねばと、発破を二倍に増量と張り切る俺ではあったが・・・・・・。
 次回、アクシズZZ『崩壊』」



来栖三姉妹(トリプルズ)が消滅しました】
【アクシズ建設が倒産しました】




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章 本当は怖い第08C.D.A.小隊
28 崩壊


(前回のあらすじ)
(※ナレーション:天田 司郎(あまだ・しろう)

(プル)・・・・・・風美(プルツー)・・・・・・麻里(マリーダ)・・・・・・()・・・・・・
 生きてまた会える、よな?」 




 

 

 闇に(うごめ)く男女がいる。彼らの会話に耳を傾けてみよう。

 

「ほぅ、アクシズ建設が消滅・・・・・・いや、倒産したのか? うふふ、菅浜子め。自滅したか」

「はい。あの女にはいい薬になりましょう」

「ふふ、言うな。元の鞘であろうに」

「元は元です。それに・・・・・・」

「言うなと言った。お前の事情も分かっている。しかし、マ・クベが正史より大分早く消えるとは、こちらにも意外であった。せっかく、集めた(きん)も水の泡。忌々しいことよ」

 

 女は吐き捨てるように言う。

 

「どうでしょう、密かに回収させては? 最近、美須戸(ビスト)財団の実権を握った蒲井 政子(かばい・まさこ)、あれを動かしてみては。こちらには十分貸しがあるはずです」

美須戸 門明(カーディアス・ビスト)の件か? まぁ、な。だが、あの女は力を持っていようと、いまだ転生者ではない。こちらの事情など知りえぬ。やはり、お前に今一度、宇宙世紀に行ってもらうほかないようだ」

「よいのですか、私怨ゆえに血の雨を降らすやもしれません」

「勘違いをするな。お前はある女を動かせばよい」

「また女ですか」

「そうさ、私だって女だろう?」

「あなたは、・・・・・・怖い方です」

「わかってるじゃないか。だが、怖いのは私やハマーンだけじゃない。お前は知らないかもしれないが、昔は強くて、怖くて・・・・・・」

 

 女はわずかに言いよどみ、男に流し目を送る。

 神経質そうな細い眉と、切れ長の暗い目を持つ男。女は思った。この男の面影もどこかマ・クベに似ている、と。

 

「愚かな女がいたのさ」

 

 

 

 

「なんじゃこりゃあぁぁぁ!!」

 

 真島 世路(マシュマー・セロ)は叫んだ。朝の忙しい東京にそれはうるさい。

 

 ガラッ!

「真島ッ!」

 

 大通りをはさんだ向こうから、喧騒を突き破って大喝が響く。クリーニング店のシャッターを開けた店主・木矢良 すみれ(キャラ・スーン)だった。

 クラクションと急ブレーキでタイヤが鳴く音、「このオッパイオバケ!」だの、「死にてぇのかシンディ・老婆(ローヴァー)ァ!」と言った罵声をものともせず、木矢良(キャラ)が突っ切って真島の元へ駆け寄る。

 

「どうなってんだい、アクシズ建設がなくなってるじゃないか!」

「なんだ、木矢良さんも酔っ払ってるだけか。いや、これは夢が続いているのか」

 

 バチン! バチン!

 

 威勢のいい往復ビンタが炸裂した。真島はシャツの襟をつかまれ、ガクガクと揺すられる。

 

「寝ぼけてんじゃないよ! 説明しなッ」

「お、俺にも何がなんだかさっぱり! もうすぐ他の連中が来るんじゃないすか?」

 

 だが、真島と木矢良の期待に反して、始業開始時刻になっても社長・菅 浜子(ハマーン・カーン)はおろか、社員の一人も現れない。

 

「なぁ、その大家の神根さんちに麻里ちゃんもいるんだろう?」

「そのはずだけど。そういや、見てないな。まぁ、そもそも会社が消えちゃったからなぁ・・・・・・」

 

 真島の言葉は木矢良をますます不安にさせた。

 

「アタシも大した仕事はないんだ。店は臨時休業にするから、ちょいとその大家さんとこへ連れてっておくれよ」

 

 

 

 

「真島さん、ウチには養子は華路くんしかいないけれど・・・・・・。その、来栖さんって、どなたかしら?」

 

 大家・神根 統露(スベロア・ジンネマン)はすでに現場に出勤していたため、家の表を掃いていた彼の妻・風衣(フィー)に出会った。

 真島と木矢良は呆然とするしかない。

 

「あの、真島さん? 大丈夫?」

「え、・・・・・・ええ。核兵器ばりに、平気、です」

 

 ふたりはまたアクシズ建設があった敷地に戻った。しかし、昼を過ぎ、夕方になっても真島たちが知りうる人物は現れなかった。

 

「はぁ~」

 

 正体不明の太いため息を吐いた真島の背中が、威勢よく叩かれた。

 

「木矢良さん」

「落ち込んだってしょうがない。とにかく、作戦会議だ。行くよッ!」

「行くよって、どこ・・・・・・」

 ぐぅ~~~。

 

 真島の腹がなった。

 

 

 ふたりは近所の中華屋で腹ごなしをしながら、取るべき行動を話し合った。が、まったく何がなんだか分からぬ状況である。せいぜい、アクシズ建設の関係者を見かけたら、連絡を取り合うという程度のことしかできない。

 

 ふと、真島が目線を上げると、店に置かれたテレビがヨーロッパのニュースを伝えていた。大勢が壁によじ登り、ひとりの男が手にしたツルハシを振り上げていた。

 勢いよく壁に振り下ろす。何度も何度も。

 それは西暦が大きく動き出した出来事であるが、今の真島には不安をあおるものでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC.0079年11月。連邦軍は多大な犠牲を払いつつも、オデッサで勝利を収めた。

 オデッサ作戦後、クリミア半島の付け根、旧アルムヤンスク市街。

 

 夕暮れに染まる廃墟をジオンは行軍した。徒歩の兵も、《マゼラアタック》自走砲の車体に乗せられた負傷兵も一様に表情は暗い。まさに葬送行進と言ってよい。

 損傷した真紅の《グフ・カスタム》が行軍の列から離れ、路肩に駐機する。コクピットハッチが開放され、仮面の内で男がうめく。

 

「ひどいものだな。統率者がいないばかりに、こうも好き勝手にやられるとは・・・・・・」

 

 シャアは眼下の敗軍を見やって呟いた。と、

 

「アズナブル中佐!」

「おお、貴様も生きていたか」

 

 地面から見上げるのは、副官のマリガンだった。ミノフスキー粒子が舞う戦場の混乱で、シャアとマリガンは分断されていた。

 

「ガラハウ中佐に会われましたか?」

「すまんが、・・・・・・誰かな?」

 

 シャアはキシリア・ザビを司令官とするジオン公国突撃機動軍の所属であるが、先月までドズル・ザビを長とする宇宙攻撃軍の飯を食っていた。つまり、突撃機動軍の人事に疎い。

 

「海兵艦隊司令の! すれ違いですか?」

「まいったな・・・・・・。地上に降りられていたのか?」

 

 昇降用ワイヤーに足をかけながら、シャアは脳のひだから固有名詞を引き出す。

 MS実用化に伴って、その戦術・運用が求められた。そのためUC.0075年、公国軍に教導機動大隊が設立される。シャアもパイロット候補生として所属していた。そして、当時の教官の一人が、

 

「シーマ教官を忘れるとは、殺されかねん」である。

 

 シーマ・ガラハウは開戦の前年に設立された海兵艦隊司令代行に転任された。その後、国軍が分割した際には突撃機動軍に組み込まれている。貧しい家の出である彼女が佐官の上、巡洋艦5隻の長というのは異例の大抜擢であり出世街道をひた走っていた、というべきであろう。

 過去形、である。

 最近の海兵艦隊には黒い疑惑が付いてまわり、将兵の間で悪い噂がされていた。

 

「それで、・・・・・・ガラハウ中佐はなんと?」

 

 地上に降りたシャアの声音(トーン)も上がりかけ、「噂」を思い出し低く抑えられた。

 

「なんでも、キシリア少将直々の命令を伝えにいらっしゃった、と。内容は極秘ゆえ直接でなければ伝えられない、と」

「ますます、まいった。それで教官・・・・・・いや、中佐はどちらへ?」

「フェンリル隊と共に北へ行かれましたが」

「ええぇ!? 置いてきぼりかぁ・・・・・・トホホ」

 

 突如、沸き起こった声にマリガンは慌てて振り返る。がっくりと肩を落としたフェンリル隊隊員ニッキ・ロベルト少尉の姿があった。

 

「くさるな。命があるだけでも儲けモノだと思うのだな」

 

 シャアはニッキを見て屈託なく笑う。彼の《ザク》はその後の戦闘で破壊され、放棄されていた。

 歩兵に混じって意気消沈したニッキの背中がとぼとぼと遠ざかっていった。

 

「しかし、北ということはドニエプル川辺りで連邦の追撃部隊と鉢合わせるな」

 

 シャアは逡巡し、片手をあごに当てた。

 シャアたちの残存戦力はクリミア半島を南下していた。目指す先に現状の最高指揮官ユーリ・ケラーネ少将が指定する集結ポイントがあった。

 

「北上というのは妙な。脱出する友軍を支援するにしても、本隊と離れすぎては合流を果たせなくなる。玉砕? まさかな・・・・・・」

「兵から聞き及んだのですが、脱出のために潜水艦が来ている、と。川を遡上してくる、とか」

「ほぅ、それは豪気だな。確かな情報か?」

「いえ、あくまで噂です。ケラーネ少将からも撤退命令がありましたので」

「そうか」

 

 情報は錯綜(さくそう)していた。だが、たとえ潜水艦の到来が事実であっても、

 

(あの女が友軍の脱出支援のためだけに行動している?)

 

 とは、シャアは思えない。

 

(どうする? 北か、南か。シーマか、ユーリか・・・・・・)

 

 その迷いの中で、

 

「アズナブル中佐!」

 

 また声がかかる。

 

「これは義勇兵部隊のローデン大佐! 怪我を?」

「いや、大したことはない」

 

 敬礼するシャアに外人部隊司令ダグラス・ローデンの答礼は弱々しい。右顔面に巻かれた包帯は痛々しく赤黒く染みが沸き、顔色もすぐれない。

 

「この場の最高指揮官は誰か?」

「はっ! 混乱から小官が臨時に指揮を取っていましたが、・・・・・・今はローデン大佐かと」

「では、・・・・・・君に私の部隊を任せたい」

「は、はっ?」

 

 あまりに自然な言いようだったのでシャアは一瞬呆気に取られた。

 

「大したことはない、と言っておきながら情けない話だが、前線に立つどころか、指揮に立つこともおぼつかん具合で、な。

 それに、君は我々の部隊を『外人部隊』といわず、『義勇兵』と呼んでくれたろう?」

「それは・・・・・・」

 

 外人部隊は俗称に過ぎない。が、時に侮蔑を込めて吐き捨られることもあった。

 

「MS隊の小隊長も未帰還でな。君の階級には不釣合いだとは思うのだが」

「いえ、そんな、しかし・・・・・・了解しました」

 

 ダグラスは苦痛の中にも満足そうな表情を浮かべ、軍用エレカへ運ばれていった。

 

 

「どこも大変そうですね」

 

 セリフとは裏腹にマリガンの視線はダグラスに寄り添う女性秘書官の後姿を追っているのだが。

 そんなマリガンを無視して、シャアは路傍で祈りを捧げる集団に向かう。

 

「灰は灰に、塵は塵に。主は彼を祝福し、・・・・・・あの中佐殿、葬儀の途中です」

「手間は取らせない」

 

 シャアは神父役の准尉をやんわりと押しのけ、その大尉の骸にかがみこむ。そして、面を隠すようにかけられていた彼の軍帽を取り、また自身の仮面も脱いだ。

 

「すまんな、君にはもう必要ないだろう? これは私には重すぎる。代わりに君がガルマの元に届けてくれると助かる。

 そして、大尉の遺志は私が受け継ごう」

 

 仮面を骸の合わされた両手の元に置き、軍帽を深く被った。

 その瞬間シャアは、何か長い夢から醒めたような感覚を味わった。仮面を捨て、軍帽を得るという単純な行為であるのに。

 

「マリガンっ!」

 

 一転したシャアの大喝に彼は直立不動となる。

 

「敵を食い止める。手練れの兵士をとにかく集めろ。周辺に抵抗線を構築し本隊の脱出を支援する。 走れッ!」

 

 

 追撃する連邦軍は大損害をこうむった。

 アルムヤンスク市街に待ち伏せあり、と見た連邦指揮官は迂回を命じる。平坦部を進むMS部隊が集中砲撃を受けたのはこのときだった。まさか、《マゼラアタック》自走砲が数をそろえているとは、予想外だった。

 水平射撃から守るためアルムヤンスクに逃げ込めば、そこにはシャアがいた。生き残った連邦兵は、つぎはぎだらけの《グフ・カスタム》が次々と《ジム》の頭をはねていく姿を見て、「首刈りのデュラハン(首なし)」と恐れた。

 追撃隊隊長の大佐が戦死し、連邦軍は壊走する。上層部は作戦を改め、航空戦力によりアルムヤンスクを灰じんに帰す猛爆撃で応じる。

 しかし、すでにユーリ・ケラーネ少将率いる本隊をはじめ、シャアらジオン残存戦力はクリミア半島を脱出した後のことであった。

 

 

 

 

 アルムヤンスクから北西約120キロ、ドニエプル川北岸近く。

 あたり一面はひまわり畑だった。ただ残念なことに、美しい黄色の絨毯(じゅうたん)は夜の濃紺に包まれ見えない。

 

 今、ひまわりを80トン近い重量で踏み潰しながら、巨人が疾駆していた。ジオン公国軍MS《グフ》である。7機は一列縦隊でドニエプル川を目指す。

 《グフ》は昼夜を問わずの強行軍により、脚部関節は限界に近い。怪しげな駆動音を響かせていた。

 コクピットのモニターには警告のステータス表示がされているはずだが、パイロットたちは一向に気にかけない。

 

 1機の《グフ》が脚でも()()()かのように倒れた。膝関節部が過度の駆動により限界を超えたのだ。

 だが、仲間の機体はパイロットを回収することもなく、それどころか、後続機は次々と擱座(かくざ)した《グフ》のバックパックを踏み潰しながら先へ進む。

 MSを持たぬパイロットなど、仲間とも思わない。そういう連中なのだ。キシリア・ザビ直属の正規軍であるが、事実上は私兵である。部隊名称はない。

 が、彼らは「死肉を喰らう者」、屍食鬼(グール)隊と自称していた。

 

 

 先頭の《グフ》が地上を移動する不明機をセンサーに捉える。

 

「クロード兄ちゃん、何か来るよ!」

 

 パイロットはまだ幼さの残る美少女である。

 

「クローディア少尉、何かじゃ分からない。いつも言っているだろ。論理立てて説明しろ、と」

 

 レーザー通信に応える後続の《グフ》パイロット、こちらの少年も整った顔立ちをしている。だが、ふたりとも目の奥に粗野で凶暴な光を宿していた。

 

「は、はい、クロード中尉。12時の方角、距離(ヒト)(ハチ)(マル)(マル)、数は3。高速接近中!」

 

 言うが、敵味方識別装置(I F F)が反応する。表示は《MS-09 DOM》x2と《UNKNOWN》x1。両翼の《ドム》が先行し、中央の不明機(アンノン)が追う凹型隊形だ。ホバーによる高速移動と思われる。

 

「1機よく分からないのが混じってるけど、一緒になってるから、多分ジオン軍じゃないかな」

 

 決して友軍などとは呼ばない、クローディアである。彼女の口調はコロコロと変り、多重人格のようだ。

 

「それは都合がいい。連中の《ドム》を奪って、さっさと潜水艦のところまで・・・・・・」

 

 突然のことだった。

 クロード中尉のセリフを激しい爆発音が遮った。

 彼が見たのは、左右から回り込むように迫るバズーカ砲弾の噴射光、そして、被弾し焼けた装甲をぶち撒けたクローディア機だった。

 

「ちくしょおぉぉぉ! 妹をやりやがったなあぁぁぁ!!」

 

 すでにクロードに美少年の面影はなく、醜く牙をむく野良犬のそれであった。

 

 

 先行する《ドム》を追い抜いた不明機(アンノン)は一旦迂回し、最後尾の屍食鬼(グール)隊、エイダ曹長の《グフ》に迫る。

 ナイトビジョンに映る不明機の姿は《ドム》に似ているが、右手に10メートルはあろうかという棒状のものを装備しており、通常携行するはずのジャイアントバズは持っていない。その他の射撃兵装も見る限りない。

 

「《ドム》で格闘戦? じゃ、フクロにしてやるよ」

 

 エイダ機の左マニピュレータが上がり、内蔵式フィンガーバルカンが火線を伸ばす。

 ヒラリ、ヒラリとかわしつつ《ドム》()()()は近づくが、その間にも2機の《グフ》が取り囲むように散開していた。

 ろくな通信もしていないのに、この連携は見事である。が、それは屍食鬼(グール)隊が昔から常にしている「一人を多数で囲んで袋叩きにする」という習性に過ぎなかった。

 いよいよ、その包囲が閉じられようとした、

 

 刹那!

 ふたつの《グフ》の首が宙を舞う。

 死角から飛翔した回転物体が、その頭部を刈り取ったのだ。正体は円盤から3本の(ブレード)を生やした巨大ブーメランであった。

 

「くっそがぁ!」

 

 なにがなんだか分からぬまま味方がやられ、恐慌状態に陥ったエイダは《グフ》を突撃させる。

 無造作に《ドム》もどきが左腕を伸ばし、エイダ機へ向けた。そのマニピュレータは何も持っていない。

 

「?」

 

 不審に思いつつもエイダは、自機にヒートサーベルを振り上げさせた。

 直後、《ドム》もどきの左袖が大きく分割した。

 

「な、隠し武器!?」

 

 中からのぞく三連装砲身。

 

「ガトリング!!」

 

 違う。それは回転砲身ではなく、ビームガンであった。ぶつ切りのメガ粒子光弾が次々と、撃ちこまれる。エイダ機はボロくずのように地面を転がった。

 ようやく、首を取られた《グフ》も動き出したが、サブカメラの狭い視界のためかぎこちない。

 それでも一機は果敢にフィンガーバルカンを放つ。が、《ドム》もどきのガンダリウム装甲にはさほど効果なく、跳ね返された。

 右腕を小脇に構えた《ドム》もどきはホバー走行で一気に間合いをつめる。長い獲物の先端から斧状のビームが形成された。

 すれ違いざま、胴を払った一撃は《グフ》のコクピット周辺だけを焼き切った。

 《ドム》もどきの女パイロットはほくそ笑む。

 

「わき腹ってのは人間もMSも柔らかいものなのさ」

 

 続いて、背を見せ逃げるもう一機を追う。

 不運なことに、その《グフ》はつんのめるように転倒した。この機体も膝関節が限界だったのだ。

 うつ伏せにもがくような《グフ》に向け、再度光弾を吐く三連装ビームガン。至近距離からバックパックへの点射は、まさに処刑と言ってよい。

 

「終わったかい? お前たち」

 

 女パイロットが呼びかけたとき、ちょうど僚機の《ドム》もそれぞれの獲物を仕留めていた。

 

 

「ただで済むと思うなよ! 俺たちはキシリア様の屍食鬼(グール)隊だぞ! 分かっているんだろうなっ!?」

 

 コクピットを脱出したクロードは頭から流れ落ちるものも構わず怒鳴り散らした。出血と同じく、視界は怒りの赤に染まっていた。

 

「知ってるさ。同業者じゃないか。あたしらだって突機に所属してるんだからさぁ」

 

 頭上の《ドム》もどきから響く女の声。なめ切った口調にクロードは発狂寸前だった。

 

「連邦から取り返したM資金、屍食鬼(グール)隊に任せておくんじゃ心配だ、って少将がおっしゃってねぇ」

「嘘つけッ! お前ら、キシリア様の命を受けていないな! 知ってるぞ! 毒ガスを使った弩腐れ海兵! 悪魔のシー・・・・・・」

 

 ズシン。

 《ドム》もどきがクロードを踏み潰し、肉塊へ変えた。

 

「ご名答。だけど、あたしゃ気が短い上に、おしゃべりな奴が大嫌いさ。特に、お前みたいなクソガキはね」

『中佐、ありましたぜ』

「今行く」

 

 生身の殺人の忌避感を少しも見せず、副官に応じる。

 目当てのコンテナ、ふたつの内一方は核爆発にも耐えられるほど厳重にシールドされていた。

 しかし、それを見た女は、

 

「こんな換金不能の特殊(レア)アイテムなんて、いらないねぇ。連邦にでもくれてやりな。あたしらはおまけの方が目当てさ」

 

 吐き捨てると、もう一方へ光学センサーのズーミングをかける。

 彼女の部下、クルト軍曹がちょうどコンテナの開錠に成功したところだった。

 

『こりゃぁ、すげぇ! たまんねぇ、天にも昇る輝きでさぁ!』

 

 狂喜に満ちたクルトの通信が女の耳にも入る。

 

『しかし、中佐。よくこんな極秘情報知り得ましたね? マ・クベ隊に()を潜ましていたんで?』

 

 傍らに立つ《ドム》からのレーザー通信。長らく女の右腕として副官を務める男の探るような声である。

 

「そんなんじゃないよ。ま、言っても信じないだろうね」

『中佐らしくないですね。あっしらの間で隠し事はやめにしましょうや!』

「よく言うよ。実を言うとね。この話はね……」

 

 女はもったいぶるかのように間を取った。《ドム》のコクピットで副官は身を乗り出した。

 

「未来からタイムスリップしてきた奴から聞いたのさ」

『プッ! ぶっわはっはっは! 嘘つくなら、もちっとましな作り話にしましょうや!』

「・・・・・・ジョークのセンスがなくて悪かったね。さぁさぁ、おしゃべりは終わりさ! ナパームを撒いて盛大に火葬しちまいな。バスクにゃいい目印になるだろうよ」

『え、・・・・・・誰ですって?』

「コッセル、あんた耳が遠いほうが長生きするよ。お節介はやめておきな。このMSも処分するよ」

『え、・・・・・・それは、しかし、軍の新型で・・・・・・』

 

 そこまで言って、副官コッセルは気づいた。上官の乗るMSの異常な性能に。

 

(本当にただの《ドム》の新型なのか? いや、まさか・・・・・・)

 

 彼女の激昂を受けても、動じない彼の額に嫌な汗が浮く。

 

 

 この時代、オーバーテクノロジーであるAMX-009《ドライセン》を破壊するのは、いささか骨が折れた。

 冷却材を抜いた上で核融合炉をオーバーロード、さらに背面から2機の《ドム》でジャイアントバズの集中砲撃を加えようやく成し遂げた。

 その甲斐あって、屍食鬼(グール)隊の死体やジャンク化した《グフ》も巻き込んだ火葬は盛大だった。

 しかし、天を焼く火柱に照らされた女、シーマ・ガラハウの瞳は火炎すら凍えさせる蛇のそれであった。

 

 

 





(あとがき)
 次回予告がありませんね。はい、そういうことになります。前に「ROMる」宣言をしても1ヶ月ほどしか休めてなかったので、

「半年ROMれ!」

 はい、積読もだいぶ溜まっているのです(汗。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29 凋落のアクシズ

 もうアホな前回のあらすじとか、くだらない次回予告とかやってる余裕はないです。ま、本文が一番アホでくだらないですが。



「予定通りシーマが動いたようだな」

「はい。しかし、シャアは取り逃がしました。シーマとフェンリル隊の生き残りを扇動して始末させるつもりでしたが、まさかユーリ・ケラーネと」

「まぁ、よい。奴がアジア戦線に行っただけでも宇宙(ソラ)が遠のく」

 

 そこで、

 

「ご自分の死が遠のいたことにご安心ですか?」

 

 闇に蠢く男女に、新たな女が割り込んだ。

 

「そうな・・・・・・。飼い犬に咬まれるというのは面白くない。もっとも、お前はそのシャアにかまっても、もらえなかったんだろう?」

「少なくとも私を女として扱ってくれたわ、あの(ひと)は」

「ふふ、言うこと。それは利用された、あるいは辱められたの間違いではないのか?」

 

 二人の間に激しい憎悪と怒りが渦巻いた。

 

「ユーリとシャアが共闘するのは、危険です。後処理に参ります」

 

 男はその場を逃げるように、()()に向かっていった。

 女たちはまた対峙する。

 

「お前はどうするのだ? あやつに男の(タマ)を取られてしまうかも知れぬぞ」

「身の程もわきまえない野心家にやられるほど、赤い彗星は落ちていません」

「ほぅ」

「あの自己中心的な男に引導を渡すのは、私です」

 

 

 

 

 西暦1989年、11月。東京、佐備建設・西東京支社の建設予定地。 

 

「おーし、真島! 今日も()()()にするぞー!」

「へーい!」

 

 神根 統露(スベロア・ジンネマン)の野太い声に負けじと真島 世路(マシュマー・セロ)も声を張り上げるが、さすがに疲労の色が濃い。肩に担いだコンクリ袋を下ろした。

 

「じゃ、これ今日の日当な」

 

 神根(ジンネマン)から封筒を渡される。

 アクシズ建設が消滅した今、真島(マシュマー)は神根が経営する工務店、伽藍組(ガランシェール)に日雇いとして汗を流していた。

 『飲んで歌えるカラオケ喫茶・オデッサ』での飲み会の後、そして、宇宙世紀における激闘のオデッサ作戦の後、西暦に帰ってくれば、アクシズ建設は倒産し来栖三姉妹(トリプルズ)は消滅していた。

 三姉妹の養父・神根は、今春の真島と麻里(マリーダ)の間に起きた『一つ屋根の事件』はおろか、

 

「あぁ? 女は風衣(よめ)真里(むすめ)だけでももてあましてるのに、三つ子の姉妹なんているわけないだろう。

 養子? あのなぁ・・・・・・、養子ならもう足りてるわ! 『俺は穴の鍵だっ!』なんて豪語してる中坊がいるのに、ピチピチの女子高生がウチにいるわけないだろう!」

 

 彼女たちの存在自体が神根の記憶から消し去られていた。

 

(歴史が変った!)

 

 真島は愕然としたが、覚えがないことではない。

 夏には、爆弾テロで殺されたはずの神根の妻子は、死なない歴史に改変された。

 だが、

 

(なんでアクシズ建設が倒産して、あいつら(来栖三姉妹)が消えたんだ?)

 

 分からない。

 一連の渦中(かちゅう)にある人物、アクシズ建設の代表取締役・・・・・・、もとい、元・社長の行方も全く知れなかった。

 

 が、再会も突然であった。

 

 

 

 

 夕日に染まる帰路の途中、足元に目を落としていた真島は、バサリ、という物音に気づく。見れば、向かってきた人物が落としたビニール袋から、おからとパン耳がはみ出していた。

 さらに、視線を上げ、

 

「しゃ、社長!?」

「ま、真島・・・・・・世路」

 

 菅 浜子(ハマーン・カーン)だった。

 見違えた。

 以前の彼女は昭和臭全開のおかっぱ、もしくは(真島)を意識した二つ結び(ツインテール)だったのに、今は手入れもされずボサボサ頭、アホ毛があちこちに跳ねていた。よれよれの小豆色ジャージは野暮ったいを通り越して、貧相だった。

 

「あ、あの」

「・・・・・・ッ!」

 

 真島が何か言いかける前に、唇を噛み締めた浜子(ハマーン)が背を向けるや、走り出す。

 が、即座に真島はその手をつかんだ。

 

「古いドラマみたいな展開は止めましょうよ。何があったか知りませんけど」

 

 真島は木矢良 すみれ(キャラ・スーン)に連絡を取り近場の赤提灯に集合した。

 

 

 素面(しらふ)では舌の回りも悪かろうと、真島と木矢良(キャラ)は酒をすすめる。初めは、黙秘を貫いていた浜子も1升(※1.8リットル)の日本酒を空けると、

 

「あれから宇宙世紀に行っていない」

 

 ポツポツと語り始めた。

 

「私は・・・・・・歴史を変えたことが怖い。

 西暦の菅家は、借金のために一家離散した。父も、母も、貧困の末に首を吊った。姉は、金平党(こんぺいとう)とか言う、ヤクザの組長の、妾にされた。・・・・・・妹の末路も、聞きたいか?

 向こうの、アクシズだって、どうなっているか・・・・・・」

 

 浜子はカウンターに突っ伏した。

 かつてダブリンにコロニーを落とし、マシュマーを強化した上、戦死しても『手駒が減ったか』と冷笑を浮かべた女帝も、毒気を抜かれすっかり臆病になっていた。

 真島と木矢良は困惑し顔を見合わせる。

 

「社長、よく言ってましたよね? 『自分の仕事に誇りを持て、責任を持て!』って。まだバンザイしちまうには、早すぎるでしょ」

「そうですよ! あの自信とプライドにあふれていた菅社長はどこ行ったんです!」

 

 ふたりのセリフが浜子の胸に染み渡る。

 そうだ、マシュマー・セロはなんと言った? 私もその言葉を感じたはずだ。

 

『己の肉が骨から削ぎとれるまで戦う』と。

 

 キャラ・スーンは!?

 

『それでいいのです、お美しいハマーン様』と。

 

 潤んでいた浜子の瞳は急速に乾き、潮が引くように酔いが醒めていった。すくり、と上体を起こす。

 

「そうだな、真島、木矢良。ならば私も戦おう。そして、今行くべきは・・・・・・アクシズ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC.0081年11月。地球圏から遠く離れた小惑星帯(アステロイドベルト)のアクシズ。居住区画モウサにて。

 

 そこは電力供給もままならず、永遠の夜だった。空気は冷え、通りに人影はない。

 いや、いた。

 

「ここが、アクシズ、……なのか?」

「なんだか、寂しいところだねぇ」

 

 時空跳躍した浜子は愕然とし、木矢良はのんきな感想をもらす。

 

「寒いっす! 雪でも降るんですかね? あっ、あそこに飲み屋があるみたいですよ」

 

 真島が一軒のバーを見つける。頼りなく点滅する看板の照明は、今のアクシズを象徴しているようだった。

 3人は店の扉を開ける。

 

「よぉ。新顔だな。何にする? って言っても、アクシズ(こ こ)にゃこれしかないがな」

 

 マスターが自動的動作でショットに透明な液体を注ぐ。真島たちの前に置かれた。

 

「ウゲェ! なんじゃこりゃぁ!」

 

 口をつけた真島がコンマ数秒で舌を出す。喉が焼けるどころか、口が燃えるほどのアルコール度数であった。

 

「んだよっ、るせぇなぁ」

 

 カウンターに潰れていた男が顔を上げる。ぼさぼさの髪と口ひげ。

 

上賀(うえが)さんじゃないすか! なにやってんすか、こんなとこで?」

 

 それはこの世界ではまだ生存しているリカルド・ヴェガ(※後のロベルト)であった。

 

「みんな死んじまったのに、酒でもやらなきゃやってられるかってんだ!」

「みんな死んだ、とはどういう意味だ?」

「あんたら木星帰りか何かかい?」

 

 浜子のセリフにマスターがせせら笑う。リカルドはまた轟沈した。

 

「しかし、連邦のコロニー潰しぐらい知ってるよな?」呆れるマスターに、「コロニー、潰し、・・・・・・?」戸惑う浜子。

 

 不吉な単語の並びだった。

 

「おいおい、本土決戦を忘れちまったのか!」

「本土決戦? あんたいつの人? 太平洋戦争の話なの?」

「真島、少し静かにしていろ。ア・バオア・クーの後に戦闘があったのか?」

 

 真島は捨て子犬のような目をしてうつむき、マスターは盛大にため息をつく。

 おもむろに、マスターは口を開いた。

 

「……80年1月10日、連邦が奪取したマハル・コロニーがサイド3に突っ込んできた。本国防衛軍は獅子奮迅。連邦軍に猛攻を浴びせ、ズム・シティへの直撃コースをなんとか回避する、にはした。が」

「が・・・・・・?」

 

 浜子は唾を飲み込んだ。

 

「ズム・シティに最接近したマハルは積まれていた核弾頭を爆発させた。まるでビリヤードさ。吹っ飛んだマハルの隔壁がズム・シティを引き裂き、ちぎれたズム・シティが隣のコロニーまでぶっ飛んでく」

「バカな! 条約違反ではないか!」

 

 思わず、手にした合成火酒(スピリット)のショットをあおる。

 ブライト・ノアが聞けば、「ダブリンにコロニーを落とした女が何を言うのか!」と憤慨しそうではある。

 

「しかし、先に条約を無視して、リーア(サイド6)を核で潰しちまったのはジオン(コッチ)だからなぁ。やったやられたお互い様でしょう、戦争なんだから」

(サイド6への核攻撃!?)

 

 アルコールで燃える浜子の脳内で疑問が渦巻く。だが、

 

「では、月のグラナダ艦隊は何をしていた!」

「ハッ! 裏切り者のキシリアなんか! ギレン総帥に全部罪を押し付けて、連邦に寝返りやがったのさ。今じゃ月面連合の女帝さ」

(そもそも、なぜ奴はア・バオア・クーで死んでいない!?)

 

 ふとよぎった「死」が聞きたくない問いを浜子に言わせる。

 

「・・・・・・何人くらい死んだ?」

「さぁねぇ。コロニー10基壊滅だから、ざっと5億ぐらいか?」

 

 生き残ったコロニーは別のサイドに移送され、この世界の旧サイド3は第二暗礁宙域という無間の魔が広がっていた。

 

「私がオデッサで、あんなことを、したせいで、……」

 

 だが、その後の歴史の過程が分からない。(なぜ……)の嵐が吹く浜子は、重要人物たちの行方が気になった。

 

「シャアは、……シャアは一体何をしていた!? それにゼナさまやミネバさまは!」

「死んだよ。アズナブル()()は地球で。ドズル中将の妻子はソロモンの後、行方知れずだが、多分宇宙の藻屑(デブリ)だろうな」

 

 ガタッ!

 

 リカルドが椅子を蹴って立ち上がる。

 

「おう! そうか、あんたらそんなに『シャアの十六機斬り』を聞きたいか! よしよし」

 

 ひとり、しきりに頷いて声を張り上げる。

 

「ところはチベット、ラサ! 味方の《ザンジバル》を逃がすため、岩山をまさに『赤い彗星』となって駆け下りるゲルググ!」

赤井 粋清(あかい・すいせい)!? 酒屋の若旦那の?」

「真島、静かにしてろ」

 

 プレッシャーで黙らせる。

 

「麓に雲霞(うんか)のように広がるは、連邦の木っ端MSども! 《ビッグトレー》の狂ったような砲撃! 硝煙弾雨をすり抜け、赤い《ゲルググ》は群がる蛆虫(うジムし)をバッタバッタと斬り捨て~♪」

 

 身振り手振りを交えたリカルドは足をもつれて倒れた。グラスからこぼれた液体が、よれよれのスーツをぬらす。それまでの威勢もどこかへ失い、しゃがみこんだ。

 

「俺は見た・・・・・・。

 シャア少将がMS1個中隊をひとりで全滅させて、連邦は後退していった。俺は《ザク》で別働隊で戦ってたけど、少将と合流できた。でも、『先に《ザンジバル》へ行け』と言われて。嫌な予感がして、振り返ったんだ」

「・・・・・・何を見たというのだ?」

「《ゲルググ》の後ろの森から光が走った。それに貫かれて、・・・・・・あっという間に爆発した。狙撃のMSがいたんだ。赤い彗星があんなにもあっけなく」

 

 その後は鼻水を啜り上げる音で聞き取れなくなった。

 

(な、なんだか、とんでもないところに来ちゃったみたいだね)

(え、えぇ。まるでお通夜ですよ)

 

 事態がイマイチ、というよりまったく理解できない木矢良と真島は居心地が悪い。

 と、また店の扉が開閉する。

 目のやり場に困っていたふたりは幸いと、そちらへ顔を向け、

 

「あ、あんたは!」と木矢良。

「厚生課の間蟹(まがに)課長じゃないっすか!」と真島。

 

 その男は、西暦では五十川 やよい(ヤヨイ・イカルガ)の上司である。

 浜子はよれよれの白衣を着たその初老の男を見やり、閃いた。禿頭、貧相な顔つき。

 

(こやつ! もしや、グレミーのところにいた)

 

 この場の彼はニュータイプ研究所のマガニー博士であった。

 マガニーはすでに酔った目で浜子たちを一瞥(いちべつ)すると、カウンターに着いた。早速、火酒をやり始める。

 

「研究者がこんなところで油を売るどころか、()()を巻いていていいのか?」

 

 浜子の問いに、マガニーは前歯のない自嘲を見せた。

 

「すべて凍結された私が何をしようというのだ。クローン兵士の研究はもう終わりだ」

 

 マガニーが語るには、資金不足からニュータイプ研究所自体が閉鎖されることになったらしい。

 

(かね)がない? 確かアクシズには豊富な(きん)があったはず。それが、共和国との裏貿易を支えていたが・・・・・・! そうか、マ・クベか!)

 

 浜子の中でひとつのパズルピースがはまった。

 正史のオデッサの後、マ・クベが宇宙(ソラ)に上げたM資金こと、大量の金塊はシャア・アズナブルが受け継ぎ、ア・バオア・クーを脱出したミネバ・ザビと共にアクシズにもたらされた。脆弱な経済基盤、大した資源を持たぬ小惑星にとってはまさに福音であった。

 

(今、その金塊はどこにあるのか?)

 

 ふと浮かんだ「どこ」という単語が、ある子供たちを思い出させた。

 

「聞くが、プルシリーズには初期ロットがいたはずだ。あの双子たちはどこだ?」

「ふふ、あの子ら、か。人工子宮器の中だ」

「すでに3、4才の幼女であろう? 子宮器が必要なものか。・・・・・・成長を早めてなにをするつもりだ?」

 

 マガニーは無言でグラスを見つめた。一息にあおり、またいう。

 

「本土決戦の生存者もこのアクシズにはいる。あの娘らは・・・・・・宇宙放射線患者の臓器パーツにされるだろうな。

 わしは最後に見たあの蒼い目が、一生、ウッ、忘れられ・・・・・・」

 

 マガニーの口から、すすり泣きがもれた。

 意外だった。

 

(こやつのこと、冷血漢だと思っていたが。

 それにしても、(しゃく)だ。しかし、・・・・・・あの甲斐性なしを助け、ゼナさまそしてミネバさまをお救いする。これしかあるまい)

 

 ショットを空けた浜子の目には、生気と闘気が戻っていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。