超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION (投稿参謀)
しおりを挟む

テックスペック(女神候補生追加)

キャラクター紹介に変えて女神たちのテックスペックを想像してみました。
なお、これらのテックスペックは、ゲーム、アニメ上のステータスを反映したものではありません。
ちょっとしたお遊びなので、お許しください。


プラネテューヌ女神 ネプテューヌ(パープルハート)

体力・・・8

知力・・・5

速度・・・8

耐久力・・6

地位・・・10

勇気・・・10

火力・・・7

技能・・・7

(数値は女神化状態準拠)

未来的な技術国、プラネテューヌの女神。

常に明るく元気でグータラ、空気を読まない彼女は、しかし人を惹きつける不思議な魅力の持ち主だ。

友情をなにより大切にする彼女は、強い絆で結ばれた仲間たちに囲まれている

女神化すると一転、冷静沈着な性格になるが、実のところ根っこの部分は変わっていない。

バランスの取れた高い戦闘力を有しており、自分の何倍もあるディセプティコンにも臆さず立ち向かう。

オートボットとの同盟の立役者であり、総司令官オプティマス・プライムのパートナー。

 

プラネテューヌ女神候補生 ネプギア

体力・・・7

知力・・・8

速度・・・7

耐久力・・5

地位・・・9

勇気・・・8

火力・・・9

技能・・・8

(数値は女神化状態準拠)

プラネテューヌの女神候補生であるネプギアは、他人からはしっかり者と見られている。

しかし実際には姉であるネプテューヌに依存している部分があり、そこからの脱却が彼女のさらなる可能性を広げる鍵となるだろう。

バンブルビーのパートナーであり、彼を弟のように思っているが、オートボットたちに学術的な興味を抱いており、故あらば彼らの分解調査を目論む一面がある。

 

ラステーション女神 ノワール(ブラックハート)

体力・・・8

知力・・・8

速度・・・7

耐久力・・6

地位・・・10

勇気・・・9

火力・・・6

技能・・・6

(数値は女神化状態準拠)

工業大国ラステイションの女神。

彼女は女神たちのなかでも自らの立場への責任感と誇りが強く、自他に求める理想も高い。それが彼女の長所であり短所でもある。

誇り高いがゆえに頑固で素直になれないことも。

高い水準でバランスの取れたアタッカーであり、剣技と体術を駆使して戦う。

アイアンハイドのパートナーだが、お互いに我の強い者同士、喧嘩が絶えない。

 

ラステーション女神候補生 ユニ

体力・・・6

知力・・・6

速度・・・5

耐久力・・4

地位・・・9

勇気・・・8

火力・・・9

技能・・・7

(数値は女神化状態準拠)

ラステーションの女神候補生であり、ノワールの妹でもあるユニ。

姉に似て素直でない性格をしているが、反面姉に比べると社交的であり、ネプギアとは親友同士。

彼女は銃の名手で、公私に渡って的確に姉をサポートする良く出来た妹である。

サイドスワイプのパートナーであり、強く信頼している。

 

ルウィー女神 ブラン(ホワイトハート)

体力・・・9

知力・・・7

速度・・・4

耐久力・・8

地位・・・10

勇気・・・9

火力・・・9

技能・・・4

(数値は女神化状態準拠)

雪深い魔法の国ルウィーを治める女神。

女神のなかで最もあどけない容姿を持つが、ルウィーの歴史は古く彼女も四女神のなかでは年長。

激怒したり、女神化すると口調が荒くなり、威圧感が増す。

その戦斧から放たれる重い一撃は、ディセプティコンにさえ深刻なダメージを与えうる。

ミラージュのパートナー。

 

ルウィー女神候補生 ロム

体力・・・6

知力・・・6

速度・・・5

耐久力・・4

地位・・・8

勇気・・・4

火力・・・5

技能・・・6

(数値は女神化状態準拠)

ルウィーの女神候補生の双子の片割れ。

その弱気な態度から妹と思われがちだが、彼女のほうが姉である。

女神候補生のなかでも一際幼い彼女たちであるが、使いこなす氷の魔法は金属生命体に対し有効であり、無力なわけではない。

マッドフラップのパートナー。

 

ルウィー女神候補生 ラム

体力・・・6

知力・・・6

速度・・・5

耐久力・・4

地位・・・8

勇気・・・7

火力・・・5

技能・・・4

(数値は女神化状態準拠)

ルウィーの女神候補生であり、三姉妹の末妹。

妹ながら強気な性格で姉のロムを牽引する。

腕白なイタズラッ子であるが、二人そろって姉のことが大好きである。

ロム同様、氷の魔法の使い手であり、ディセプティコンとの戦いでは重要な戦力。

スキッズのパートナー。

双子たちは互いに保護者意識を持っており、自分たちのほうが年長者だと考えている。

 

リーンボックス女神 ベール

体力・・・6

知力・・・9

速度・・・9

耐久力・・5

地位・・・10

勇気・・・8

火力・・・5

技能・・・9

(数値は女神化状態準拠)

海に囲まれた国、リーンボックスの女神。

女神たちのなかで一番大人びた容姿の彼女は、それに見合うだけの知性を持ち、突如現れたオートボットたちのことを完全には信用していない。

趣味にのめり込むタイプだが、公私はしっかり分けるよう心がけている。

スピードを生かした鋭い攻撃が持ち味であり、舞うようなその動きは見る者を魅了する。

ジャズのパートナーだが、お互いに腹の探り合いを演じることもある。

 

 




いかかがでしたでしょうか?
数値を見ていただければ分かるとおり、女神たちのスペックはトランスフォーマーたちのそれに、なんら劣るモノではありません。
繰り返すようですが、これらの数値はアニメ、ゲームのステータスとは全く関係ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミニシリーズ Unexpected encounter(予期せぬ出会い)
第1話 落下は伝統芸


色々あって、全面改稿。


 

 暗く淀んだ灰色の空と、荒れ果てた大地とが果てしなく続く、何処とも知れぬ場所。

 

 その地面は堅い鋼板で、転がる岩はゴツゴツとした鉄塊。

 

 吹き荒ぶ風に舞う砂埃は、微細な鉄や鉛の粒子だ。

 

 遠くに霞んで見える山々でさえ、よくよく見れば、様々な金属が幾重にも重なって形作られている。

 

 

 

 

 

 

 

 この世界の何もかもが、金属によって構成されているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 金属の荒野のど真ん中に、高い塔が建てられていた。

 無数の機械を複雑かつ精緻に組み上げられた、この塔の頂上からは計り知れないエネルギーが柱のように立ち昇っている。

 そして上空の空間にポッカリと開いた黒い穴へと、パワーを供給していた。

 

 

 突然、塔の周囲で爆発が起こり、怒号が上がった。

 

 

 幾人もの戦士達が銃や剣を手に争い合い、そのいずれもが金属の肉体を有していた。

 戦士達は二派に別れていて、片方は赤い色をした柔和そうな顔を模した紋章を体のどこかに帯び、もう一方は紫色の鋭い顔を象った紋章を刻み付けていた。

 

 四つん這いになって歩くとてつもない大怪物に、黄色い小柄な戦士が飛びつき、右腕のブラスターでゼロ距離射撃を敢行する。

 

 黒い戦士が両腕に装備した銃火器を乱射し、バイザーで眼を覆った戦士が撃ち返す。

 

 飛来した戦闘機がミサイルと機銃を眼下の敵に向けて発射し、多数の敵と多数の味方を、もろともに薙ぎ払う。

 

 突如として途方もなく長大な環形動物、あるいは大蛇を思わせる機械が鋼板の地面を突き破って出現したかと思うと、その大口で敵を飲み込んでいく。

 

 双子と思しきオレンジとグリーンの戦士が砲火の中を逃げ惑う。

 

 実弾と光弾、ミサイルが飛び交い、爆音が辺りを支配する。

 

 阿鼻叫喚。まさしく、その言葉がふさわしい戦場だ。

 

 その地獄絵図の真ん中で、大柄な赤と青の体色の戦士と、さらに大柄な灰銀色の戦士が一騎打ちを繰り広げていた。

 赤と青の戦士が剣を振るえば、灰銀の戦士が砲を撃つ。

 二体の戦いは正に死闘と言って良い激しさで、両者の間に浅からぬ因縁があるのは明らかだった。

 

 しかし突如として上空で起こった轟音と大気を震わす衝撃に、赤青の戦士も、灰銀の戦士も、戦場にいた全ての者達が空を見上げた。

 

 塔の頂上から発せられる光が脈打つように不安定に揺らいでいる。

 

 それと同時に中空に開いた黒い穴から凄まじい引力の渦が発生した。

 

 戦場で戦い合っていた戦士達も、

 

 ブースターを全力で吹かして引力から逃れようともがく戦闘機も、

 

 戦士たちが問題にならないほどの巨体を持つ四足の大怪物や環形動物型の機械さえも、

 

 抗うことさえできずに引力の渦に飲み込まれ、黒い穴へと吸い込まれていく。

 

 それはもちろん、あの赤青の戦士と、灰銀の戦士も例外ではない。

 

 二体の戦士は空中に浮かび上がりながらも、恐るべき執念で相手を倒そうと武器を展開する。

 

 しかしそれは功を奏すことはなかった。

 

 二者は渦巻くエネルギーに翻弄されて、組み付き合いながら空中に開いた穴へと消えていった。

 

 全ての戦士たちが穴に飲み込まれると同時に塔は大爆発をおこし、それと同時に穴も消えていく。

 

 爆発が治まった時、空間に開いた穴は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に残されたのは戦いの跡と静寂だけだった。

 

  *  *  *

 

 

「ゲイムギョウ界に遍く生を受けし皆さん」

 

 女神と呼ばれる超常の存在によって統治される神秘の世界、ゲイムギョウ界。

 そこに存在する四つの国の一つ、紫の国プラネテューヌ。

 その中枢であるプラネタワーの前庭にて、大々的な式典が行われていた。

 折しも空は青く澄み渡り、風は優しく吹き抜け、この式典を祝福しているかのようだった。

 

「新しき時代に、その第一歩を記すこの日を、皆さんとともに迎えられることを喜びたいと思います」

 

 濃紫のドレスを着て長い紫の髪を二つに分けて三つ編みにした、妙齢の凛とした美女が言葉を続けながら歩き出す。

 

「ご承知の通り、近年、世界から争いの絶えることはありませんでした」

 

 女神は人々の信仰をシェアエナジーと呼ばれる力として得ることで、絶大な力を振るう。

 

 シェアこそ女神の力、シェアこそ国力。

 

 故にゲイムギョウ界の歴史はシェアの奪い合いの歴史と言っていい。

 

 だが、それも今日までだ。

 

「女神ブラックハートの治める、ラステイション」

 

 黒いドレスに銀色の髪を長く伸ばした、勝気そうな女性が一歩前に進み出る。

 

「女神ホワイトハートの治める、ルウィー」

 

 白いドレスに水色の短い髪の、あどけない面立ちの少女が歩き出す。

 

「女神グリーンハートの治める、リーンボックス」

 

 緑のドレスに薄緑の長髪を頭の後ろで結った、穏やかな雰囲気の美女が微笑む。

 

「そして私、女神パープルハートの治める、プラネテューヌ」

 

 そして最後に紫の美女、パープルハートが歩みを止める。

 四人の女性たちは、いずれも並はずれた……ある意味、人間離れしたと形容してもいい美貌を持っていた。

 

「四つの国が、国力の源であるシェアエナジーを競い、時には女神同士が戦って奪い合うことさえしてきた歴史は、過去のものとなります」

 

 その言葉とともに四人の女性の足元に光る足場が出現し、それに持ち上げられて、四人は宙へと浮かんでいく。

 

「本日結ばれる友好条約で、武力によるシェアの奪い合いは禁じられます。

これからは、国をより良くすることでシェアエナジーを増加させ、世界全体の発展に繋げていくのです」

 

 やがて足場の上昇が止まり、四人の女性……女神たちが空中へと踏み出すと、その足元に新たな足場が出現する。

 そうして、四人は歩み寄っていく。

 やがてそれぞれが触れ合えるほどの距離に近づくと、お互いに手を合わせて輪を作った。

 

 そして、四人同時に宣誓する。

 

『私たちは、過去を乗り越え、希望溢れる世界を創ることをここに誓います』

 

 こうして、四つの国による友好条約は締結され、平和が訪れたのである。

 

 四人の女神はお互いに微笑みあい、周辺には花火が撃ち上がり、盛大な拍手と歓声があたりを包む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ああああ

 

 

「……?」

 

 上から何か聞こえた気がして紫の女神パープルハートは空を見上げる。

 

「ちょっと、ネプテューヌ?」

「大事な場面だぞ」

「どうしましたの?」

 

 黒、白、緑の女神たちが口々にそれを咎める。

 しかし紫の女神は空を仰いだまま口をポカンと開けて固まっていた。

 その姿に他の女神たちも、同じように上を見る。

 

 ――ほああぁぁぁぁぁッ!!

 

『ええッ!?』

 

 何と、はるか上空から巨大な何かが叫び声を上げながら落ちてくるではないか。

 間一髪、生来の飛行能力によってそれを避ける女神たちだが、その物体はそのまま地上へと落下していく。

 

「ッ! みんな逃げて!」

 

 正気に戻ったパープルハートが声を上げる。

 言われるまでも無く下にいた者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

 そして……。

 

「ほわあああぁぁぁぁぁッ!!」

 

 それは轟音と土煙をたてて、地面に激突した。

 

「みんな! 大丈夫!?」

 

 パープルハートを始めとした女神たちは慌てて自分の国民の下へと飛んでゆく。

 

「……はい大丈夫です。怪我人とかはいないようです」

 

 人混みの中から本に乗った小さな妖精のような少女が飛び出してきて、パープルハートに報告する。

 

 彼女はイストワール。

 

 プラネテューヌにおいて、実質的に国を統治する『教会』の責任者『教祖』であり、パープルハートの補佐だ。

 他の見知った顔も大事はなかったらしく、声をかけ合い、助け起こしあっている。

 ホッと息を吐くパープルハート。

 見回せば、他の女神たちもそれぞれの国の教祖と話している。

 騒ぐ様子がない所を見ると、他の国の人々にも大した被害は出なかったらしい。

 

 ならばやることは一つと、式典会場のちょうど中央に出来た大きなクレーターに近づいていく。

 その手の中には、大振りの太刀が出現していた。

 

 立ち込めていた土煙が晴れていく。

 

 そしてそこにいたのは……

 

「ろ、ロボット?」

 

 クレーターの中央、そこには大きな人型のロボットが仰向けに倒れていた。

 赤と青で鮮烈に色づけされた目算10m近くはある無骨な体躯は落下の衝撃によるものか、あちこち凹み傷だらけだ。

 

「壊れているのかしら?」

 

 パープルハートはその異様な姿にも臆することなく近づき、ロボットの顔に当たる部分を覗き込む。

その顔は精悍な男性を思わせる造形で目は閉じられていた。

 

「…………」

 

 パープルハートは慎重にロボットの顔の、人間で言えば右頬に当たる部分に触れる。

 すると突然、ロボットの目がカッと開きパープルハートの方に向けられた。

 

「#$%&*※!?」

 

 その口から出てきたのはパープルハートのまったく知らない言語だ。

 しかし、落下によるダメージが大きすぎるのか、動くことはできず体のあちこちがギシギシと軋み火花が散っている。

 驚いて手を引っ込めたパープルハートは、しかしその目を覗き込む。

 青い色の機械的な、しかし確かな意思と知性を感じさせる目だった。

 

 その淡青に光る目には、酷く驚いたような色があった。

 

「落ち着いてちょうだい。私はパープルハート……ネプテューヌとも、呼ばれているわ。あなたは誰なの?」

 

 だからだろうか、こんなことをパープルハート……またの名をネプテューヌが言ったのは。

 普通に考えれば、ロボットにこんなことを聞くのはおかしなことだ。

 しかし、なぜだかネプテューヌはそんな自分の行動に微塵も疑問を感じていなかった。

 

「…………」

 

 ロボットはジッとネプテューヌのほうに視線を向けたまま沈黙する。

 ここにきてネプテューヌは自分の言葉が相手に通じているのか不安になるが、しばらくしてロボットは口を開いた。

 

「私は……」

 

 それは、ネプテューヌにも分かる言語だった。

 深みを帯びた、壮年の男性を思わせる声だ。

 

「オプティマス・プライム」

 

 それだけ言うとロボット……オプティマス・プライムは眠るように目を閉じた。

 

  *  *  *

 

 こうして、異なる二つの世界に生まれた存在が巡り合った。

 

 女神達の治めるゲイムギョウ界に、戦うために生まれたと称される金属の戦士達がやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう、戦士『たち』がやって来たのだ。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ近郊の山道を一人の女性が歩いていた。

 長い薄青の髪に角縁眼鏡、そして頭の左側にある角のような飾りが特徴的な、そこそこの美人と言っていい容貌の女性だ。

 だが、その表情は底なしに暗い。

 

「ああ、今日もうまくいかなかった……」

 

 彼女は名をキセイジョウ・レイといい、女神を必要としない社会を創るべく市民活動をしている。

 しかしながら、その成果は芳しくない。

 今日もわざわざ山向こうの集落まで出向いて女神が不必要であると説いたのに、半ば追い返されるような目にあった。

 その上、財布をなくしてしまい交通機関を利用することもできず、こうして歩いて帰ることになってしまったのだ。

 

「ついてないなぁ。はあ……幸運とか落ちてないかなぁ……うわあッ!!」

 

 ブツブツと独り言を言いながら歩いていると、突然道が途切れ、地面が陥没して大きなすり鉢状の穴になっていた。

 まるで何かが落ちてきて出来たクレーターのようだ。

 

「な、なにこれ……きゃあッ!」

 

 その穴を覗き込んでいたレイは、足を滑らして穴の底へと転がり落ちていく。

 

「うごッ、がはッ、ぐえッ!」

 

 転がり落ちて、穴の底の何か硬い物にぶつかり止まった。

 金属質の音があたりに響く。

 

「いたたた……。グスッ、どうして私ばっかりこんな目に……」

 

 涙目になりながら、それでも怪我をした様子もなく立ち上がり、衣服についた土をはらう。

 さて、どうやって上に戻ろうかと考えていると……。

 

「ググググ……」

 

 唸り声が聞こえた。

 地獄から響いてくるかのような、本能的な恐怖を感じさせる声だ。

 もちろんレイのものではない。

 恐る恐る、声の聞こえた方へと視線を向ける。

 背筋は凍りつき、心臓が早鐘のように鳴るのを感じながらも、見ずにはいられなかった。

 

 そこには何か、巨大な灰銀色の物体があった。

 

 レイがぶつかったのはこれだろう。

 よくよく見れば、それは人型をした巨大なロボットが蹲っている姿だった。

 傷だらけではあるものの、攻撃的な意趣に包まれた巨躯は見る者を畏怖させるには十分だ。

 

 瞬間、レイはロボットと目が合ってしまった。

 

 悪鬼羅刹を思わせる恐ろしい顔の、見開かれた目は赤く輝き、底知れない怒りと憎しみに満ちていた。

 

 体の芯までも凍りつきそうな恐怖に、レイの意識が遠のいていく。

 

 だと言うのに、レイはロボットの目から視線を外すことができなかった。

 

 その真紅に燃える目には、酷く驚いたような色があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を失う寸前にレイが見たのは、自分に向かって伸ばされる金属の手だった。

 

 




TF的お約束その1 司令官は落ちるもの。

懲りずに始めたこの作品。
拙作ですがお付き合いいただければ幸いです。

2015年12月11日、全面改稿。

前のほうがいいなら、元に戻します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 目覚めたら異世界はお約束

 ラステイション沿岸部。

 

 プラネテューヌとの国境に近いここに、ゲイムギョウ界では珍しい海底油田がある。 海上道路で本土と連絡されたB-106と呼ばれるこの油田は、勤務内容の過酷さと福利生の劣悪さで知られ、作業員がみんなゾンビに見えるほど生気がないことで有名である。

 そのかいあって、近々国による手入れが入る予定だ。

 

 そんな油田のヘリポートに一機のヘリが近づいて来ていた。

 

 かなり大型のヘリで、真っ黒に塗装されている。

 

 油田の作業員たちはそれを無気力に見上げた。

 彼らには知る由もなかったが、このヘリはリーンボックスの軍用大型輸送ヘリである。

 作業員たちはどうせお偉方の気まぐれか何かだろうと、疲労のあまりゾンビ並になった思考を巡らして、興味を失い持ち場に戻る。

 だがヘリポートを持ち場にしている者たちはそうはいかない。

 このヘリが現れることは完全に予定になく、なおかつ明らかにヘリポートに着陸しようとしているからだ。

 

「そこのヘリ、アー、そちらの着陸は予定にない。できれば事情を、ウー、説明してほしい」

 

 ヘリポートの管制官はヘリに通信を繋げて呼びかけるがヘリからの応答はない。

 

「そこのヘリ! 応答しろ! さもなくば無断侵入で通報するぞ!」

 

 少し語気を強めてもう一度通信する。今度は返事があった。

 

「黙れ! 下等生物め! ここは我らディセプティコンの物となるのだ!」

 

 その言葉を管制官が聞いた直後、ヘリがギゴガゴと異音を立てまったく違う姿へと変形していく。

 ゾンビ状態の作業員たちもこれにはさすがに驚く。管制官が、正気に戻り油田の責任者に指示を仰ぐべく電話を手にしたとき、ふと窓の外が見えた。

 そこには海上をこちらに接近する二つの飛行物体が見えた……ゾンビと揶揄されても目は良いのだ。

 一つはあのヘリと同型の大型輸送ヘリ、もう一つはリーンボックスの最新鋭戦闘機だ。

 動きを止めた管制官の背後では、ヘリが巨大で歪な人型へと変形を終えていた。

 

  *  *  *

 

 暗い通路を四つの人影が歩き、その前を宙に浮かぶ本に乗った妖精のような姿の少女が先導している。人影はいずれも女性だ。

 

「みなさん、こちらです」

 

 先頭を行く妖精少女……プラネテューヌの教祖イストワールがそう言って、四つの人影に先を促す。

 

「しかし驚いたわね。いきなり空から落ちてくるんだもの」

 

 四人のうちの一人、長い黒髪をツインテールにした少女がどこか呆れたように言う。

 キツメの容貌だが、目鼻立ちのはっきりした美少女だ。

 

「たしかに…… おかげで式典がメチャクチャだわ」

 

 短めの茶髪に大きな帽子が特徴的な、あどけない雰囲気の少女が低いテンションで息を吐く。

 無表情だが、それを差し引いても可愛らしい容姿だ。

 

「それで、あのロボットは何者でしょうか?」

 

 金色のロングヘアーの穏やかな雰囲気の美女が首を傾げた。

 彼女は四人の中でも大人びた美貌の持ち主で、その胸は豊満だった。

 

「オプティマス・プライムって言うらしいよ~。本人が言ってたもん」

 

 薄紫色の髪をショートカットにして十字の飾りを付けた活発そうな少女が、呑気な調子で答える。

 まだ幼げな容姿だが、全身から発散される元気とコロコロと変わる表情が魅力的な少女だ。

 

 彼女たちは四か国の女神たち、その人間としての姿である。

 女神は普段、人間の姿と名前で生活し、必要に応じて女神へと変身するのだ。

 

 ラステイションの女神ブラックハートが、ツインテールの少女、ノワールに。

 

 ルウィーの女神ホワイトハートが、帽子の少女、ブランに。

 

 リーンボックスの女神グリーンハートが、金髪の女性、ベールに。

 

 そしてプラネテューヌの女神パープルハートが、薄紫の髪の少女、ネプテューヌへと、それぞれ姿と名を変えている。

 

 あの式典から数日がたった。

 式典の最中に、突如空から落ちてきた巨大な人型ロボット、オプティマス・プライムはあの騒動の後、まったく動かなくなり、プラネテューヌ某所の地下倉庫へと輸送された。

 この地下倉庫は元々、大型の機械を格納するためのものであり、オプティマスの巨体を収めて余りあるほどの広さがある。

 なぜ空から落ちてきたのか、造ったのは誰か、危険はないのか。もろもろのことを調べるために、ここへと移された。

 女神たちは、その正体を確かめるために、ここを訪れたのだ。

 

「わたしはさあ、きっと宇宙警察のエネルギー生命体がロボットの姿を取ってるんだと思うんだ。それかあ、超AI搭載の警察ロボットだよ、きっと」

「そんな妄想、よくポンポンでてくるものね……」

 

 当事者、しかも自分の国が被害にあったにも関わらず、ネプテューヌは呑気によく分からないことを言い、それにノワールがツッコミを入れる。

 

「あの、みなさん。そのオプティマス・プライムについてですが、たった今連絡がありまして……」

 

 と、イストワールが控えめに発言する。どこか困ったような表情だ。

 

「どうしたの? いーすん」

 

 ネプテューヌが代表して彼女の愛称を呼びつつ質問する。

 

「……起きたそうです」

 

  *  *  *

 

 地下倉庫は騒然としていた。

 

 防護服の研究員たちが右往左往し、その中央で巨大な人型のロボットが座っていた。

 正確には、さっきまで仰向けに寝かされていたのだが、突然目を開けたかと思うと、上体を起こしたのだ。

 ロボット、自称オプティマス・プライムは首を回して辺りを観察し、現状を把握しようとしているらしかった。

 

「おお~! ほんとに目を覚ましたんだ!」

 

 地下倉庫に場違いなほど能天気な声が響き渡る。その声に反応したのかオプティマスが顔を向けると、五人の女性が部屋に入ってくるところだった。

 先ほどの声の主であろう先頭の少女以外は、警戒心が表情に出ている。

 オプティマスはネプテューヌに視線をやると声を発した。

 

「君は…… さっきの女性……パープルハート、だったか?」 

 

 その声は深く理知的で、思慮深さを感じさせるものだった。

 

「分かるんだ!?」

 

 軽く驚くネプテューヌ。

 女神は変身すると外見や性格が変化するが、その中でも彼女は変身前と変身後のギャップが激しく、そうと知らなければ同一人物として認識することは難しい。

 オプティマスはその金属製の顔に笑みを浮かべる。

 

「ああ、君たちからは特殊なエネルギー反応を感じた。他の有機生命体からは感じられないエネルギーだ。それにしても驚いた、君たちも姿を変えることができるのか」

「うん、そうだよ! なんたってわたしたちは女神だからね! あッ! わたしのことはネプテューヌでいいよ!」

「ネプテューヌ……メガミか。すまないが理解の及ばない概念だ。一応検索してみたのだが……」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

 

 話続けるオプティマスとネプテューヌだが、ノワールが聞き捨てならない物を感じ待ったをかける。

 

「ちょっと気になったんだけど……」

「おお、そうだ! ナ~イス、ノワール! 君たちも、ってことは、あなたも変身できるの?」

「そこかい!」

 

 ネプテューヌの言ったことは、ノワールの言いたいことと大幅に違った。

 土台、ネプテューヌにまともな疑問を期待したのが馬鹿だったとノワールは自戒する。

 

「そうじゃなくて、女神のことが理解できないってとこ!」

「ああ、そういえばそうだね」

 

 ゲイムギョウ界に生きる者なら女神について知らないはずはない。

 いよいよもって、このロボットが怪しい存在であると言える。

 

「そもそも、あなたは誰に造られたロボットなのよ!?」

 

 ノワールは核心とも言える問を放つ。

 それに対するオプティマスの答えは、一同の想像を絶するものだった。

 

「我々は造られたロボットではない。生まれてきた金属生命体だ」

 

 ノワールはその言葉の意味を飲み込むに少し時間がかかった。

 

「つまり……あなたは自分がロボットじゃなくて、生き物だって言いたいの?」

 

 オプティマスは頷いた。

 唖然とするノワールをよそにベールもまた、会話の中から気になるフレーズを見つける。

 

「それに我々の種族と言うからには、あなたのような存在が他にもいるということですの?」

「そのとおりだ。我々はここから遠く離れた違う世界……惑星サイバトロンで生まれた種族だ。君たちの言葉で表現するならば、『サイバトロニアン』『超ロボット生命体』あるいは……」

 

 金属の巨人は少し考えて言葉にした。

 

「トランスフォーマー」

 

 ネプテューヌはオプティマスを見上げて目を輝かせていた。

 

「あ、そうだ! そういえばどうしてわたしたちの言葉がわかるの?」

「そうよ、おかしいじゃないの! アンタは他の世界から来たって言ったけど、それなら言葉が分かるわけないじゃない!」

 

 ネプテューヌが今気づいたとばかりに声を上げ、ノワールも大声をだす。

 騒がしい二人に対して、オプティマスはあくまでも穏やかに答える。

 

「インターネットから情報をダウンロードしたのだ」

「ほへ~」

 

 呑気な調子のネプテューヌだが、イストワールと三人の女神は戦慄いていた。

 あんな短時間で、本人の言葉を信じるなら、まったく未知の文明のインターネットに接続し、言語を習得したと言うのか? 

 そんな教祖と女神たちに気付いたのか否か、オプティマスは一度立ち上がる。

 その大きさは地下倉庫の天井には届かないものの、女神たちがちっぽけに見えるほどだ。

 

 この巨体で暴れれば一体どれほどの被害が出るだろうか?

 

 あの太く長い腕を振り回せば、どれだけの破壊をもたらせるのだろうか?

 

 自然と女神たちが一歩下がる。

 

 

 

 ……ネプテューヌを除いて。

 

 彼女は恐れることなくキラキラと目を輝かせていた。

 

 そしてオプティマスは次の動作に移った。

 

 片膝をつき、手を胸に当て、頭を垂れたのだ。

 

「そして、私は知った。あの場が……私が落ちてきたあの場が、君たちが平和を誓い合う場であったと言うことを……。私は取り返しのつかないことをしてしまった。せっかく訪れた平和を破壊してしまったのだ」

 

 イストワールと女神たちは唖然と機械の巨人を見上げる。

 その金属の顔には、明らかに悔恨の色が浮かんでいる。

 

「私の身をどうしようと構わない。だからどうかお願いだ。戦争をするようなことはやめてほしい……このとおりだ」

 

 そう言って、オプティマスはもう一度、頭を深く下げる。

 その姿を見て、イストワールは酷く現実感に欠ける絵画のような光景だと思った。女神の前に跪く、鋼の巨人。

 

 しかも、今巨人が跪いているのは、ネプテューヌなのだ。

 

 そして、紫の女神は宣託を告げるかのように口を開いた。

 

「うん、いいよ~! 戦争はしないから! だからもう気にしないでね!」

 

『軽ッ!?』

 

 あっさりと、本当にあっさりと機械の巨人は許された。

 思わずイストワールと女神たちが声を上げる。

 一同を代表するが如く、ノワールがツッコミを入れる。

 

「ちょっとネプテューヌ! アンタそんな勝手に……」

「ええ~、だって式典の大事なとこはもう終わってたからいいじゃん!」

 

 余りに軽い。

 

 そんなことでいいのかとイストワールは頭を抱えた。

 

「まあ、わたしも戦争する気なんてないけど……」

「わたくしも同感ですわ。オプティマスさんも紳士的な方のようですし、とりあえず、この話はこれで終わり……と言うことで」

 

 ブランとベールも一応は同意する。

 ノワールは少し考え、そして遂に折れた。

 

「はあッ、もういいわよ。あなたの好きにしなさい」

「うん、ありがとう! よかったね! オプっち!」

 

 黙って事の行く末を見守っていたオプティマスは、それを聞いて頭をもう一度下げ感謝の意を示した。

 

「寛大な処置に感謝する……オプっち?」

 

 自分のものと思しい呼び名だが、聞き慣れない響きだ。

 さすがに気になったらしい。

 

「うん! オプティマス・プライムじゃ長くて言いにくいから、オプっち! どう? 気に入った?」

 

 ニコニコと笑うネプテューヌにオプティマスはこちらも薄く微笑んだ。

 それは金属のパーツが作ったとは思えない、柔らかな笑みだった。

 

「そんなふうに呼ばれたのは初めてだ。気に入ったよ」

「でしょでしょ! 本当はコンボイのほうがいいかな~って思ったんだけど、第四の壁の向こうにいる皆さんがやめとけって言ってる気がしたから、こっちにしたんだ!」

「……? とにかくありがとう」

「これでわたしたち、もう友達だよね!」

「ああ、友だ」

 

 微笑み合う紫の女神と鋼の巨人。

 そんな光景を見ていると、ノワールはさっきまで肩肘を張っていた自分が馬鹿らしくなってくる。

 誰とでもいつの間にか仲良くなる。それがネプテューヌの不思議なところだ。

 と、オプティマスが思い出したように言った。

 

「そうだ。私を修理してくれたことにも感謝しなくては。おかげで強制スリープモードから回復することができた。礼を言わせてくれ」

「……修理?」

 

 イストワールは首を傾げる。

 研究員たちにはあくまでオプティマスの解析を命じただけで、そんな命令は出していないはず。

 そう思ってさっきから何か作業している白衣と防護服の一団を見る。

 そこには研究員一同が特大のフリップを大勢で掲げていた。

 

『おもしろそうなんでつい、直しちゃった。テヘペロ♡ ……まじ、すいませんでした』

 

 フリップにはそう書かれていた。

 ……プラネテューヌはこんなんばっかりか。……こんなんばっかりかも知れない。

 イストワールは本格的に頭痛を感じていた。

 

 そんなイストワールたちを痛ましげに見ていたノワールだったが、突然鳴り出した自分のスマホを取り出し、通話ボタンを押す。

 

「私だけど。なんだケイか、どうしたの……ッ! 分かった! それならこっちから行ったほうが早いわね」

「どうしたのさノワール? マナー違反だよ」

 

 ネプテューヌは呑気に話かけるが、ノワールは真面目な表情でオプティマスを睨みつける。

 

「ついさっきのことよ、私の国の油田が何者かに襲撃されたわ。……現場から逃げてきた人たちの話だと、巨大なロボットに襲われたそうよ」

 

 それを聞いた瞬間、オプティマスを包む空気が変わる。

 

「詳しく聞かせてほしい」

 




 お気づきのかたもいらっしゃるでしょうが、オプティマスはいまだプロトフォームのまま、所謂サイバトロンモードです。
 公式ではプロトフォームのオプティマスは白っぽいんですが、それでは誰だかわからないんじゃないかということで赤と青のカラーリングと表現しています。
 どうしても納得いかない方は、作画ミスだとお思いください。

2015年12月25日、改稿。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 姿が変わるのが売り

 ラステイションの油田が、突如巨大ロボットに襲撃された。

 

 それを聞いた瞬間、オプティマス・プライムの纏う雰囲気が変わった。

 

「詳しく聞かせてほしい」

「それはこっちの台詞よ! あなたの仲間なんじゃないの!? なんでもデ、ディ、デスト……ディセプティコンとか名乗ったらしいけど!」

「ディセプティコンだと!」

 

 その瞬間、オプティマスの顔が驚愕と、それから怒りに染まった。

 ノワールは気押されて一歩後ずさる。

 

「な、なによ……」

「私が行こう」

 

 オプティマスの声は奇妙なほど静かだった。

 何か爆発しそうな感情を抑えていると言う風に。

 

「ディセプティコンは私の……私たちの敵だ」

「どういうこと?」

「詳しく話している時間はない。奴らは邪悪で強力な軍団だ。女神の強さはインターネットを通じて知ったつもりだが、それでも奴らに勝てるかはわからない」

 

 それは、オプティマスにその気はなくとも、ノワールのプライドを刺激する言葉だった。

 ノワールは四人の女神のなかで最も真面目に女神としての職務をこなし、故に女神としての矜持も高い。

 ブランとベールも、同じような思いなのか厳しい顔になる。

 ネプテューヌだけが変わらず笑顔だった。

 

「よし! じゃ、ここで言い争っててもしかたないし、行こっか!」

 

 自然に、まるで、いっしょに遊びに行こうと言うように、ネプテューヌは言った。

 

「な、なんでそうなるのよ!? あなたには関係ないでしょ!」

 

 面食らうノワール。

 襲われている油田はラステイションの国内にある。

 同国の女神であるノワールが行くのは当然としても、他国の女神であるネプテューヌが戦う道理はない。

 

「ええ~、関係なくないよ~!」

「関係ないでしょ! あなたはプラネテューヌの女神で……」

「だって」

 

 ネプテューヌは笑う。

 

「わたしたち仲間だもん」

 

 当然とばかりに、あたりまえのように、ネプテューヌは言い放った。

 ノワールは一瞬ポカンとした後、顔を赤くする。

 

「かか、勝手にしなさいよ! どど、どうなっても知らないんだからね!」

 

 ブランとベールもしてやられたと言うように微笑む。

 イストワールはやれやれとため息を吐くが、止める様子はない。

 

「友好条約の証として、他の国の女神と共闘……。悪くないわね」

「ふふふ、こう言うのを燃え展開って言うんですわよね」

「はあっ、まったく……。無理はしないでくださいね、ネプテューヌさん」

 

 オプティマスは、そんな女神たちを見て微笑みを浮かべる。

 しかし、それも一瞬のこと、すぐに表情を引き締める。

 なんとかして彼女たちを説得せねばと口を開こうとしたその時だ。

 

「じゃあ、オプっちもいっしょに行こう」

「ネプテューヌ!? あなた本気!?」

 

 またも当然とばかりのネプテューヌ。

 それに神速でツッコむのはノワールだ。

 オプティマスとそのディセプティコンの関係はまだ分かっていないのだ。

 敵だと言っているが、それが本当だという証拠はない。

 

「本気だよ! ようするに悪者ロボットが暴れてて、オプっちはそいつらをやっつけに来たヒーローなんでしょ!」

 

 女神たちや、イストワール、オプティマスまでもが唖然とする。

 さすがにそれは、自分にとって都合の良い解釈ではないか?

 

「それに~、どうせなら大勢で戦ったほうが早く終わるじゃん」

 

 一応理には適っている。

 女神たちは自分の実力に絶対の自信を持っているが、これから戦うのが未知の相手であることには違いない。味方は多いにこしたことはない。

 

 足を引っ張らなければ、だが。

 

 ノワールはまだなにか言いたそうだが、オプティマスを回収したのはプラネテューヌであり、彼の身柄の決定権はこの国の女神、ネプテューヌにあるのだ。

 

「……足だけは引っ張らないでよ」

 

 ノワールはそれだけ言うとオプティマスから視線をはずした。

 

「善処しよう」

 

 オプティマスは簡潔に答えた。

 

  *  *  *

 

 一同は地下倉庫から地上へと出た。

 イストワールは情報収集のため、一端プラネタワーへと帰って行った。

 

「そうだ、ネプテューヌ。君はたしか、私が変身できるのかと聞いていたな」

 

 オプティマスが不意にそう言ってきた。

 ネプテューヌはオプティマスを見上げ、少し困った顔になる。

 

「うん! でも急いでるからまた今度……」

「いや、急いでいるからこそ今、姿を変えるべきなのだ」

 

 そう言うやいなやオプティマスの目から光が放たれた。

 光は出口の傍に停車していた大型トレーラートラックを包み込む。

 するとオプティマスの体に変化が起こった。

 タイヤ、フロントガラス、煙突マフラー、体全体にトレーラーの一部のようなパーツが組み上がり、その全体をより無骨な物にする。

 赤と青の体色は変わらないが炎を思わせる模様へと変化した。

 そして、変化が終わった時、オプティマスは変化前の意匠を受け継ぎながらも、どこかゲイムギョウ界的な姿になっていた。

 屈強な男性を思わせるその姿は機械で構成されていながら、神話に語られる英雄のような勇壮な趣があった。

 

「トランスフォーム!」

 

 オプティマスが叫ぶと、彼の体に再び変化が起きた。

 体中が細かく寸断され、移動し、組み変わる。

 そうして現れたのは、青地に赤のファイアーパターンが塗装されたトレーラートラックだ。

 

「これが私の変形能力(トランスフォーム)だ。これなら目立たず、かつ速やかに目的地に到着できるだろう? さあ、乗るといい」

 

 この巨人は、いったい何度自分たちを驚かせれば気が済むのだろうか。

 しかし、そろそろ慣れてきたのか強がりか、ノワールがフフンッと鼻を鳴らす。

 

「お生憎様。あなたに乗らなくても私たちのほうが早く動けるわ」

 

 そう言うとノワールの体が光に包まれる。

 光が治まった時そこにいたのは、髪が黒いツインテールから真っ白なロングヘアーになり、赤い瞳が青になり、少女だった姿が成人に近い姿へと変わり、黒いレオタード状の衣装に身を包んだノワールだった。

 

 これこそノワールの女神としての姿、ラステイションの守護女神ブラックハートである。

 

 さらに背中に光の翼を発生させ。地面から浮かび上がってみせる。

 

「どう? これが私の変身よ!」

 

 自慢げに胸を張るノワール。

 一方オプティマスは素直に関心したようだった。

 

「なるほど、エネルギーの絶対量が爆発的に増加している。しかも飛行できるのか。これは心強い」

「……フンッ!」

 

 期待していた反応と違ったらしく、ノワールは少し不満げだ。

 

「それじゃあ、わたしも」

 

 ブランがそう言うと、彼女もまた光に包まれ姿が変わる。

 薄茶の髪は水色へ、青の瞳は赤へ、衣装は白いレオタード状へと。

 

 ルウィーの女神ホワイトハートとは彼女のこと。

 

「では、わたくしもいきますか」

 

 そしてベールが光に包まれる。

 金色の長髪は薄緑のポニーテールへ、蒼玉の瞳は紫水晶に、衣装は露出の高いビキニ風。

 

 リーンボックスの女神グリーンハートここにあり。

 

「それじゃあ、最後はわたしだね! 見ててねオプっち。驚くから!」

 

 最後にネプテューヌが光を纏う。

 薄紫の髪はより濃い紫の長髪を三つ編みにしたものへ、髪と同色の瞳は目の覚める青へ、衣装はノワールとは異なる黒と紫のレオタードへと。

 プラネテューヌの女神ネプテューヌのもう一つの姿、パープルハートである。

 幼さの残る少女だった人間の姿と違い、この姿の時は凛とした雰囲気の妙齢の美女である。

 

 こうして四人の守護女神が居並んだ。

 全員、瞳の中に円と線で描かれた図形が光っている。

 国民の祈りを受け、それを力として人々を守る人ならざる者たち。それが女神である。

 

「じゃあ私たちは先に行ってるわ。あなたは後から来てちょうだい」

 

 ネプテューヌは、人間の姿の時と明らかに異なる、落ち着いた凛々しい声でオプティマスに指示を出す。

 

「了解だネプテューヌ。いや、パープルハートか」

「ネプテューヌで良いわ。それよりも場所は分かるの?」

「ではネプテューヌ、問題はない。場所はすでにインターネットで把握した。少し時間はかかるかも知れないが必ず合流する」

「じゃあ、期待して待ってるわ。オプっち」

 

 ネプテューヌが微笑みながらオプティマスに声をかける。

 オプティマスは了解とばかりにエンジンを吹かす。

 

「行くわよネプテューヌ! そっちのトラック便が到着するより前に終わらせてやるわ!」

 

 ノワールはそう宣言すると、プロセッサユニットを輝かせて飛び去り、ブランとベールも続けて飛び立つ。

 最後に、少し困ったような顔をオプティマスに向けつつ、ネプテューヌも飛び立ち、トレーラートラックが残された。

 オプティマスもまた全力でエンジンを回転させ、女神の後を追う。

 

  *  *  *

 

「急いで、ネプテューヌ! あのトラック野郎に一泡吹かせてやるんだから!」

「ちょっと落ち着きなさい、ノワール。あなた少し変よ」

 

 大空を高速で飛行しながら、女神たちは会話する。

 今日のノワールは少しおかしいとネプテューヌは感じていた。

 元々負けず嫌いな娘だが、ここまでだっただろうか。

 

「まず、あいつの得体が知れないっていうのが一つ、それに……ムカつくのよ、アイツ」

「確かにな。わたしたちがそのデなんとか言う奴らに負けるって、そういうふうに言ってるみたいだったぜ」

「まあ、わたくしたちを心配してのこと、と言うのは分かりましたけれど……」

 

 ノワールに続き、ブラン、ベールもそれぞれオプティマスに否定的な意見を出す。

 

「ああ、もう! やめやめ! あんなトラック野郎のことを考えてても始まらないわ。それより、私たち四人のなかで、だれが一番先にそのデなんとかって奴らを倒せるか、競争しましょう!」

 

 そう言って、ノワールはさらにスピードを上げる。

 

「よし乗った! 一番はいただくぜ!」

「ふふふ、負けませんわよ」

 

 ブラン、ベールも加速していく。

 女神は基本的にプライドが高く負けず嫌いだ。

 友好条約で互いに武力を振るい合うことは禁じられているが、こういう競争なら構うまい。

 

「大丈夫かしら……」

 

 唯一人、ネプテューヌだけが不気味な不安を感じていた。

 




あかん、改めてみると(作者はある程度、書き貯めしてから投稿してます)、ノワールがツンツンしすぎ……
あと、ネプテューヌが良い娘すぎたでしょうか?
各キャラの一人称は大丈夫なはずだけど、口調とか、二人称とか、雰囲気とか、大丈夫でしょうか?
不安を払拭できないまま、突っ走る当作品。

次回はいよいよ戦闘開始……の前に、人気者の彼の登場です。

2015年12月12日、改稿。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 カワイイは正義

 今回、初登場の『彼』の、独特の会話方法をなんとか再現しようとした結果、作者の未熟ゆえ、読みにくくなってしまったかも知れません。
 もうしわけありません。

2015年12月13日、改稿。
結果、ほぼ別物に。


 女神候補生とは、現在の女神の妹であり、読んで字のごとく女神になるべく修行中の少女達である。

 彼女たちは姉である女神に時に教えを乞い、時にその背から学び、時に孤独になりがちな姉を支えて、日夜、女神を目指すのだ。

 

  *  *  *

 

 そんな女神候補生たちも今日は暇だった。

 どんな存在にも休息は必要であり、あれば嬉しいものだ。

 

 それが友達といっしょならなおさら。

 

 それぞれの姉である女神達に着いてきた候補生達であったが、姉達は自らの仕事に出向いてしまい、その間、姉に比べて仲の良い彼女達は、一緒に買い物に出掛ける事と相成った。

 

「……なんだけど」

 

 ラステイションの女神候補生、姉であるノワールに良く似た面立ちの黒い髪をツーサイドアップにした小柄な少女ユニは、思わず嘆息する。

 姉と同じくキツメな印象を与えるが、小柄で、どこか背伸びをしているような微笑ましさがあった。

 自分たちは、たしか買い物に出たはずなのだ。

 

 なのにである。

 

「わあ、この車カワイイ♡」

 

 目の前では親友であるプラネテューヌの女神候補生、ネプギアが古い車を前に目を輝かせていた。

 彼女の顔立ちは姉によく似ているが、長く髪を伸ばしていることや清楚な雰囲気と相まって大人びて見える。

 

「お、嬢ちゃんお目が高いねえ、その車はセミクラシックだよ、セミクラシック!」

 

 やたら陽気そうな色黒の男がネプギアと車を褒めちぎる。

 

 ここは中古車店。男は店主である。

 

「わ~い、ハリネズミだ、ハリネズミだ!」

「ハリネズミ……(ワクワク)」

 

 一方、ルウィーの女神候補生であるラムとロムはの双子、店のマスコットと思しき青いハリネズミの着ぐるみ(?)の周りを高いテンションでグルグルと走り回っていた。

 茶色の髪を長く伸ばし胸元にピンク色のタイを結んだ方がラムで、髪を短く切りそろえ水色のタイを結んだ方がロムだ

 二人は候補生の中でも一際幼い容姿をしており、子供らしく無邪気で愛らしいが、ハリネズミは少し迷惑そうである。

 

 ――どうしてこうなった。

 

 ユニは自問する。

 たしか、途中までは候補生四人で買い物を楽しんでいたはずだ。

 しかし、突然ネプギアが引き寄せられるようにしてフラフラとこの店に入ってしまい、慌てて追いかけて今に至る。

 

「いやあ、お嬢ちゃん綺麗だし、今日は特別価格で……」

「う~ん、この車も良いなあ」

 

 何とか車を買わせようとおべっかを使いまくる店主と、店主を完全に無視して車を物色する親友に、ユニは再度溜め息を吐く。

 

 ネプギアは、グータラ、趣味人、駄女神の名をほしいままにする姉と違って、真面目な娘だ。

 

 しかし、そんなネプギアにも変わった趣味があり、それが機械好き(メカマニア)であると言うこと。

 

 本人曰くカワイイ(あくまで本人基準)機械を目の前にすると目の色が変わるのだ。

 しかし、今日はいつも以上だ。

 

 ――そう言えば最近、車の免許取ったって自慢してたっけ。

 

 と、ネプギアの視線が、止まる。

 ユニもその視線を追うと、そこには一台の車が止まっていた。

 古く黄色いスポーツカーで、この店でも特にオンボロに見える。

 ネプギアはまるで吸い寄せられるように、その車に近づいていった。

 

「あの、この車はおいくらですか?」

「え? お嬢ちゃん……買うの? この車」

 

 店主の態度が目に見えて変わった。

 笑顔は消え、目の輝きが失せる。

 

「……いいよ、この車なら、タダで」

「え!? 本当ですか?」

 

 店主とは反対に、ネプギアの顔には喜色が満ちる。

 

「ちょっと待ちなさい! なんでタダなわけ!? なにか理由があるんでしょう!」

 

 ユニが慌てて止める。

 いくらなんでも怪しい。

 ユニに問い詰められて、店主は少し困った顔になった。

 そしてユニの睨みが奇跡的に効いたのか、根は人が良かったのか正直に話し出す。

 

「……これ、うちのじゃないんだよ。今朝いつの間にかおいてあったんだ。で、

どうしようか困ってた」

「な!? そんな怪しいものを売りつけようとするなんて!」

「売りつけるんじゃない。そっちのお嬢ちゃんが欲しいっていうから持ってってもらうのさ」

 

 そんな二人の会話の間も、ネプギアは黄色い車をあちこち触っている。

 その手つきは優しく、そしてどこか艶やかだ。

 やがて、思い立ったかのようにボンネットを開けると驚いた顔になる。

 

「……あの、これ本当に貰っちゃっていいんですか?」

 

 困り顔で振り向き、ボンネットの中を指差す。

 どうしたのかと、ユニと店主がボンネットの中を覗き込むと……。

 

「えっと……なに、これ?」

「何だあこりゃあ!?」

 

 そこには新品同様のピカピカのエンジンが詰まっていた。

 ユニはその意味を理解しかねたが、店主の驚きは凄まじかった。

 

「こいつは最新式……いや、それよりはるか先を行く代物だ! どうしたってこんなボロ車に?」

 

 ボロ車、の言葉が出た瞬間、黄色い車のクラクションが勝手に音を立てる。

 ユニはなんだか気味が悪くなってきた。

 

「ねえ、ネプギア。やっぱりやめとこう」

 

 しかしネプギアはすっかりこの車に魅せられてしまったらしい。

 

「あの、やっぱりお金を払います。この車、売ってくれませんか?」

「いや、金はいいよ」

「いいんですか!?」

「ああ、男に二言はない。それに……」

 

 店主の顔が神妙な物になる。

 

「こんな言葉がある。人が車を選ぶんじゃあない。車が人を選ぶんだ……ってな。ひょっとしたらお嬢ちゃんは、その車に選ばれたのかもな。大切にしてやんな」

 

  * *  *

 

「はあ、まったくもう……」

 

 ユニは、思わず嘆息する。

 結局、件の車を手に入れたネプギアは、その車に意気揚揚と乗り込むとユニたちを乗せて自分のプライベートなガレージに直行し、そのまま車のボンネットを開き、工具やらなんやら引っ張り出してきて車のエンジンを弄りだした。

 残りの三人は、ガレージの中の思い思いの場所に腰かけている。

 

「ネプギアったら、車いじってばっかりで、つまんな~い!」

「つまんない……(シクシク)」

 

 ユニはもちろん、さすがにロムとラムも呆れた様子だ。

 一方、ネプギアは一段落ついたのかボンネットを閉じる。

 

「ごめんね、三人とも。もう終わりだから」

「……はあ、ネプギアはなんかおかしいし、お姉ちゃんはロボットを見に行っちゃうし、今日はついてないわ」

「そうそう、ロボットなんか、ほっとけばいいのに!」

「ロボット……つまんない」

 

 ユニが嘆息し、ラムとロムがつまんないと言った瞬間、何故か車の周りの空気がズ~ンと重くなるが、気づく者はいない。

 しかし、ユニは友好条約の式典に突如乱入してきたロボットのことが、気にはなっていたので、楽しそうに車をいじくっているネプギアに問う。

 

「それでなんだっけ、そのロボットの名前」

「えっと、たしか、……オプティマス! オプティマス・プライムだよ!」

 

「『……!? 』『ほんとに!?』『その話マジかよ!?』」

 

 ネプギアがオプティマスの名を出した途端、車からラジオの音声が聞こえてきた。

 

「な、なに!? ネプギア、アンタ変なところいじったんじゃ?」

「ううん! 私なにもさわってないよ!」

「じゃ、じゃあ今のはなに!?」

「こわい……(ビクビク)」

 

 驚いて車から距離を取る四人の前で、車はギゴガゴと音を立て、姿を変えていく。

 パーツが細かく寸断され、組み変わり、まったく違う姿へと変形する。

 あのオプティマス・プライムと同じ金属の巨人へと。

 身を屈めた状態でガレージに収まるほどだが、それでも十分大きい。

 

「な、なんなの一体!?」

「アンタなに? モンスターなの?」

「モンスター……?」

 

 ユニ、ラム、ロムが突然出現した機械巨人に警戒する。

 すでに各々の手は得物が呼び出されていた。

 ユニは長銃、ラムとロムはお揃いの杖だ。

 しかしロボットは両手を上げて膝をついて、所謂降参のポーズを取った。

 

「『まってくれベイベー!』『当方に戦闘の用意なし、覚 悟 不 完 了 !!』『話を聞いてくれ!』」

 

 ラジオ番組から拾ってきたらしい音声と身振り手振りで必死に自分に敵意がないことを伝えようとしているらしいロボット。

 しかし、女神候補生達は警戒を解かない。

 

 

 ……ただ一人を除いて。

 

「ネプギア、隙を見て攻撃するわよ! ラムとロムは援護をお願い!……ネプギア?」

 

 ユニがこの巨大な敵に立ち向かうべく、仲間たちに指示を飛ばすが、相方役である親友の様子がおかしい。

 怪しい踊りの如き動きを見せる(オロオロしている)巨大ロボットを前にして、その目をキラキラと輝かせている。

 

「……かわいい」

 

『……へっ?』

 

 そして口からボソッと出た一言はロボットを含めた一同を驚愕させるには十分だった。

 

「かわいい! このロボット、すごくかわいいよ!! ユニちゃん!」

「え~っと、そ、そうかな?」

 

 ユニはロボットを見上げる。

 どこか丸っこい造形と青く円らな目、背中に配置されたドアが翼のようにパタパタと動いている。

 オロオロとする姿はどこか子供っぽく、かわいいと言えなくもない。

 しかし最初に出てくる感想がそれと言うのは違うんじゃなかろうか。

 

「うん! このロボットはきっと悪いロボットじゃないよ! だって、こんなにかわいいんだもん!!」

 

 満面の笑みを浮かべ、断言するネプギア。

 その様子にユニはもちろん、双子も呆気にとられる。

 

 一方、ロボットの方はと言うと、やれやれ、これで取りあえず話ができそうだと軽く排気していた。

 

「『それじゃあ』『ベイビーたち』『改めまして……』『初めまして』『僕の名前は』バ…ン…ブ…ル…ビー」

 

 たどたどしく、ノイズまじりの声だったが、なんとか伝わった。

 

「バンブルビー……、それがあなたの名前なんだ」

 

 ネプギアはすっかり、この不思議なロボットに魅せられていた。

 バンブルビーの足元に近づき、その顔を見上げる。

 ユニはまだ警戒しているものの、毒気を抜かれてしまった。

 一方のラムとロムは警戒を解き、ネプギアの後ろに隠れてではあるものの興味津々でバンブルビーを見ている。

 バンブルビーは頷き、しゃがみこんでネプギアに視線を合わせた。

 

「プ…ラ…イ…ム…『知っているのか?』『俺の仲間だ』『知っているなら』『会わせてくれ』」

 

  *  *  *

 

こうして、ネプギアとバンブルビーは出会った。

 

二人は力を合わせて数々の困難を乗り越えることになるのだが、それはまだ先の話だ。

 




 ネプギアはかわいい機械が好き。→バンブルビーはかわいい。→ネプギアはバンブルビーと仲良くなる。

 という発想により決まった、この組み合わせ。準主人公コンビでもあります。

 しかし、ビーの会話方法について、もっといい表現はないものか……
 良い方法があったら、どうぞお教えください。

※前半の中古車ショップでのくだりは、改稿前にはありませんでした。
元々、こういう流れになるはずだったのに、なぜか削った当時の自分。

……本当、何で削ったんだろう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 自信過剰は敗北フラグ

今回、女神たちの敗北描写があります。お嫌いなかたはご注意ください。

※2015年12月13日、改稿。


 海底油田B-106は、いまや巨大な鉄の骸と化そうとしていた。破壊の爪痕がそこかしこに残され炎と煙が立ち昇る。愛社精神など欠片もない従業員たちはすでに逃げ出していた。

 彼らは賢い選択をして命が助かったと思っているが実際には運が良かっただけだ。

 もし、ここを襲撃した者たちが気まぐれの一つでも起こせば橋の上を、あるいは海上を逃げる従業員たちを皆殺しにすることなど容易いことだ。

 彼らからすれば、人間などと言う下等な生き物の生死に興味が無いのだから。

 それをしないのは、彼ら……ディセプティコンたちにとってもっと重要なことがあるからに過ぎなかった。

 

 油田の特に高い位置に、赤い(オプティック)を持つ異形の人型が陣取っていた。

 背中に翼を備え、逆三角形のフォルムと猛禽を思わせる逆関節の脚を持つ、そのトランスフォーマーは、不機嫌そうに辺りを見回していた。

 

「まったくなんだってこの俺様が見張りなんぞしなきゃいけねえんだ。それもこんなちんけなエネルギープラントなんぞのよぉ」

 

 不満を口にしながらも一応、各種センサーを研ぎ澄ませるが、そんな彼の不満を聞いている者がいた。

 

「スタースクリーム! 貴様、真面目にやらんか! このプラントの制圧はメガトロン様のご命令なのだぞ! 我らディセプティコンにはエネルギーが必要なのだ!」

 

 そう声を張り上げるのは、ヘリポートに陣取る、翼を持ったディセプティコンを大きく上回る巨体を持つ黒い色のディセプティコンだ。

 人型ではあるが、どこか歪な姿をして、背中にたたまれたローターを背負っている。

 このディセプティコンこそ、あの大型ヘリの真の姿である。

 

「うるせえよ、ブラックアウト! こんな幼稚な造りのプラントからじゃ、碌なエネルギーが採れねえのは分かりきってるだろうが! メガトロンは何を考えてやがるんだ!」

「なんだと! メガトロン様のご命令は全てに優先されるのだぞ!」

「ケッ! メガトロン様のご命令だから~、メガトロン様がおっしゃったから~……メガトロンがいねえと何もできない腰巾着が、俺様に意見してんじゃねえよ!」

「なんだと、貴様……」

 

 ブラックアウトと呼ばれた巨体の異形は両腕に備え付けられた機銃をスタースクリームと呼ばれた翼を持った異形に向ける。

 

「ええい! もう、我慢できん!!」

「やるか?」

 

 スタースクリームの方も両腕の機銃を向ける。

 しかし、両者の武器が発砲されることはなかった。

 

「待て、兄者。武器を収めよ」

 

 今にも発砲しそうなブラックアウトを諌めたのは、彼と全く同じ姿をした、しかし全身灰色のディセプティコンだ。

 

「何故止めるのだ、グラインダー!」

「今は我らも数が少ない、こんな奴でも貴重な戦力だ。メガトロン様も奴を殺すのをお望みにならない」

 

 実はブラックアウトがスタースクリームに挑んでも勝ち目がないと思うから、というのも理由なのだが、兄と慕う同型機のプライドを傷つけないために言いはしない。

 

「くッ……」

 

 灰色のブラックアウトは黒い同型機に諌められ、渋々ながらも機銃を引っ込める。

 メガトロンの名を出されては、聞かざるを得ない。

 

「……あん?」

 

 スタースクリームはオプティックをしばたたかせ、もう一度ヘリ型ディセプティコンを見た。ブラックアウトが灰、グラインダーが黒だ。

 

「……なんだ、スタースクリーム。じろじろ見て」

 

 グラインダーが訝しげにスタースクリームを見る。

 

「……お前ら今、色が入れ替わってなかったか?」

「なにを言っているのだ」

「ついにオプティックがどうかしたか?」

 

 グラインダーとブラックアウトが呆れた声をだす。その色は両方黒だ。

 

「……お前ら、今度はおんなじ色になってねえ?」

「馬鹿を言ってないで見張りに戻れ!」

 

 ブラックアウトがたまらず怒鳴る。

 その横ではグラインダーがやれやれと首を横に振っていた。

 今度は黒と灰で正しい色だ。

 スタースクリームは首を捻りながらも視線を遠く水平線の向こうへ向ける。

 その時、スタースクリームのセンサーは水平線の彼方から飛行して近づいて来る存在を捕らえた。

 

「この反応は……エネルゴンか? いや、似てるが違うな。なんだこりゃあ?」

 

 数は四つ、まるで感じたことのない大きなエネルギー反応だ。

 

 しかし相手が何者だろうとやることは一つ。

 

「おい、ヘリ兄弟! お客さんだぜ。数は四つ、9時の方角だ」

「なに! オートボットか!」

「あ~、多分違うな。だが何者だろうが俺たちの邪魔をするなら……分かってるな?」

 

 スタースクリームが凶悪に笑う。

 ブラックアウトが無言で愛用のプラズマキャノンを展開して答えとし、グラインダーもそれに倣う。

 これから起こる戦い、あるいは殺戮の予感に、三者は体内のエネルゴンが滾るのを感じていた。

 それは彼らディセプティコンにとって、なによりの喜びなのだから。

 

  *  *  *

 

「酷い……」

 

 油田上空へと到着したネプテューヌは、破壊に包まれた油田の様子に思わず声を漏らす。

 

「……死者がでなかったのが、せめてもの救いね」

 

 ノワールの声は少し震えていた。

 自分の国を愛する彼女は、この惨状を見て改めて怒りがわいてきたらしく、手に持った大剣を握りしめる

 

「で、あいつらがその、ディセプティコンだがデストロンだかか。さっさと片付けようぜ」

 

 油田の上に陣取る異形のロボットたちを睨みながら、手元に得物である巨大な戦斧を呼び出す。

 

「見るからに悪者といった風情ですわね。……優美さの欠片もありませんわ」

 

 ベールもまた、槍を呼び出しつつ顔をしかめる。

 彼女からするとディセプティコンの異様な姿は美意識から外れた物であるらしかった。

 

「みんな油断しないで!」

 

 ネプテューヌの手に大振りの太刀が現れる。四人の女神は、油田に向けて降下していく。

 

「そこの、鉄くずども! 私の国で好き勝手するなんて、良い度胸してるじゃない!」

 

 ノワールが手にした大剣を一番体の小さなディセプティコンに向け吼える。

 そのディセプティコン、スタースクリームは女神たちをつまらなそうに見回す。

 

「なんでえ、デカいエネルギーが近づいてくると思ったら、有機生命体のチビじゃねえか。 期待して損したぜ」

 

 ヘリポートに陣取るブラックアウトも、不機嫌そうにフンと排気する。

 

「下等生物が! 貴様らになんぞ用はない。死にたくなければ、とっとと失せろ!」

 

 唯一、ブラックアウトの隣に控えるグラインダーだけが冷静に四人の女神たちを観察していた。

 

「兄者、あまり油断しない方が良い。あの生物たちの戦闘力は未知数だ」

 

 その言葉に反応したのは、ブラックアウトではなくスタースクリームだった。

 

「ケッ! こんなチッポケで下等な原住生物に、俺様が遅れを取るわけがねえだろう!」

 

 完全にこちらのことを見下した言葉の数々に、女神たちの怒りのボルテージが上がっていく。

 

「舐めたこと言ってくれるじゃねえか。おい!一番槍は貰うぞ!」

 

 女神のなかでも短気なブランはそう言うと、戦斧を大きく振りかぶりスタースクリームへと斬りかかる。

 

 凄まじい重さと鋭さの一撃だ。

 

 しかしスタースクリームはその巨体に見合わぬ素早さで後ろに跳んでそれをかわした。

 

「なんだと!?」

 

 ブランがその予想外に軽快な動きに驚きの声を上げる。

 

「くたばれ」

 

 スタースクリームは後ろに跳びながら腕の機銃をブランに向け撃つ。無数の銃弾がブランに降り注ぐ。

 しかし、その体の前に障壁が現れ銃弾を防いだ。

 

「なにィ!?」

 

 スタースクリームはオプティックを見開いた。

 トランスフォーマーたちにとって、有機生命体がこんな能力を持っているのは想定外だ。

 

「チッ、デカいナリしてるわりには、すばやいじゃねえか」

「……攻撃を物理的に弾くバリアだと?」

 

 トランスフォーマーからしてみても、飛んでくる銃弾を完全に防ぐバリアというのは非常識な物だ。

 お互いに、この未知の敵が油断ならない相手であることを察し、睨み合う。

 一拍置いて、ブランが今度は横薙ぎに戦斧を振るう。

 

「テンツェリントロンぺ!」

「しゃらくせえ!」

 

 スタースクリームは今度は避けず、右手を丸鋸状に変形させてブランの一撃を受け止める。

 硬い音が鳴り響き、戦斧と丸鋸がぶつかり合う。

 両者の力は最初こそ拮抗していたが、徐々にブランが押され出し、ジリジリと後ろへ下がりだす。

 ブランは女神のなかでも一撃の重さなら並ぶ者がいない。

 その一撃を易々と受け止め、あまつさえ押し返す相手の力に改めて戦慄を感じるブラン。

 一方、スタースクリームも、ブランの力と斧の硬度に驚き苛立っていた。

 予定では、このチビは武器ごと真っ二つになっていたはずなのである。

 しかし、実際にはそうはならず、自分が押しているとはいえ拮抗状態になっている。

 突如、真上からスタースクリームめがけ、巨大な槍が飛んできた。

 槍はスタースクリームの背に命中するが、その体を貫くまでには至らず、細かく砕け散る。

 しかしダメージを受けたスタースクリームはすぐさま飛び退き体勢を立て直す。

 

「これは…… ベールか!」

 

 ブランが上空をみると緑の女神が、新たな槍を手の中に出現させているところだった。

 

「余計なマネしやがって……」

「あら? 押されていたように見えましたけど?」

 

 不機嫌な声を出すブランの隣に降り立ち、ベールは悪戯っぽく微笑む。

 そんな二人を見てスタースクリームはさらなる怒りを覚えた。

 

「ムシケラの分際で…… よくも俺様のボディに傷をつけてくれやがったな! 許さねえ、てめえら二匹ともジワジワと嬲り殺しにしてやる!」

 

 飛びかかってくるスタースクリームをヒラリと躱し、二人は空中高くへと飛び上がる。

 

「あら、随分と品のないことですの」

「ああ、程度が知れるぜ」

「言いやがったな!」

 

 スタースクリームは背中のジェットを吹かして空へと舞い上げる。

 

「飛べんのかよ、アイツ!」

「あんな不恰好な姿で空を飛ぶだなんて」

「聞こえてんだよ、チビどもが! 俺様を誰だと思ってやがる!」

 

 女神二人の物言いに、スタースクリームは激昂する。

 

「知らねえな」

「知りませんわ」

 

 だが女神達は、興味なさげだった。

 スタースクリームはワナワナと体を震わせていたが、やがて顔を伏せ深く排気した。

 

「……なら、死ぬ前に教えてやるよ」

 

 そしてスタースクリームはギゴガゴと音を立て変形した。

 

 ロボットから、航空力学の粋を集めて作られた、最高の機動性とステルス性を兼ね備えたジェット戦闘機の姿へと。

 

 

「……俺様の名はスタースクリーム。ディセプティコン航空参謀、スタースクリーム様だ!! 空を飛べることを、後悔させてやる!!」

 

  *  *  *

 

 一方、ネプテューヌとノワールは、ヘリポート上でブラックアウトとグラインダーと対峙していた。

 両腕の機銃を乱射していたブラックアウトはそれを中断し空を飛び回るスタースクリームを見てフンッと排気音を鳴らす。

 

「あの馬鹿者め、油断しおって」

「しかし兄者、空中において、あの二体にスタースクリームほどの戦闘力があるとは思えない。これまでだろう」

 

 プラズマキャノンによる攻撃を行おうとしていたグラインダーの声はあくまで平静だ。

 

「ずいぶんと軽く言ってくれるじゃない」

 

 ノワールが大剣を握り締め、ネプテューヌは無言で太刀を構え直す。

 二人とも目立った傷こそないものの肩で息をしている。

 

 この二体、思っていた以上の強敵だ。

 

 多彩な火器による弾幕を前に、さしもの女神と言えど回避重視の戦いになってしまった。

 機銃を障壁で防御し、飛んでくるプラズマ弾を回避していた紫と黒の女神だったが、接近することが出来ず攻撃を当てることができない。

 

「フンッ! スタースクリームはいけ好かない奴だが空中戦での実力は確かだ! 貴様らの仲間も終わりだな」

 

 ブラックアウトは相変わらず不機嫌そうだ。だがスタースクリームの実力は認めているらしかった。

 

「どうかしら? 仮にあのスターなんとかと言う奴が二人より強かったとしても、あなたたちをすぐに倒して助けに行けば、四対一。十分に勝ち目はあると思うけど?」

 

 ネプテューヌは不敵に笑う。強がりな部分はあるが、それでも自信があるのだ。

 

「そうね、こんな奴ら私ひとりでも十分よ。なんならあなた、二人を助けに行ったら?」

 

 ノワールも自信満々に笑みを浮かべる。

 

「あなたたちの弱点も見えてきたしね」

「……なんだと?」

 

 ブラックアウトは眉根をひそめた。

 

「あなたたち、さっきから私たちを近づけまいとしてるわよね? それは、どうしても私たちを近づけたくない……攻撃を受けたくない理由があるから、じゃないかしら?」

 

 ブラックアウトはチィッと舌打ちのような音を鳴らし、グラインダーもオプティックを鋭く細める。実際、二体の装甲はその巨体と厳つい外観に反し薄い。

 空飛ぶヘリに変形できるが故の弊害だ。

 だからこそ二体で死角を補いあい、弾幕を張ることで敵の接近を防いでいたのだ。

 それを見て、ノワールは笑みを大きくする。

 

「どうやら図星みたいね! それさえ分かればこっちのものだわ」

「それが分かったとしてどうなる! 貴様らを近づけなければいいだけのこと!」

「こうするのよ!」

 

 ネプテューヌが大きく腕を掲げると、その手にエネルギーが集中し、巨大な剣を形作る。

 

「32式エクスブレイド!」

 

 その声とともに腕を振り下ろすと、剣は凄まじい速さで飛んでいく。

 ブラックアウトとグラインダーは避けようとするが間に合わない。

 剣は狙い違わずブラックアウトに命中する。しかしブラックアウトはとっさに左腕で防御していた。

 

「この程度!」

「甘いわ! レイシーズダンス!」

 

 いつの間にかその懐へと潜りこんでいたノワールが、鋭い剣技と蹴りを連続で浴びせかける。

 その姿はまさにダンスのようだ。

 

「ぐおおお!!」

「兄者!」

 

 グラインダーがすぐさま手首のローターブレイドを起動させ、ノワールを切り裂こうと腕を振るが、ノワールは身を翻してそれをすり抜け、そのまま飛び去る。

 

「兄者! 大丈夫か!」

「ぬううう、この程度ぉ」

 

 ダメージは通ったものの、戦闘不能にまでは至らず体勢を立て直すブラックアウト。

 ノワールはネプテューヌの隣に移動する。

 

「さすがに一撃では倒れてくれないか、でもこの調子ならいけそうね」

「油断しないでノワール。まだなにかしてくるみたいよ」

 

 ネプテューヌの言葉のとおり、ブラックアウトは右腕のプラズマキャノンにエネルギーを集中させた。

 

「いい気になるなよ…… こうなればコイツの最大出力で……」

「!? 兄者、ここで最大出力のプラズマキャノンはまずい! せっかく制圧したプラントを破壊してしまう!」

 

 それを見て慌てて止めたのはグラインダーだ。

 

「だとしても! 下等生物に舐められっぱなしでいられるか!」

「落ち着け兄者! ……そろそろ来るだろう」

「……そうか! そうだったな」

 

 二体でなにやらツーカーの会話を繰り広げるブラックアウトとグラインダー。伊達に兄弟は名乗っていないということか。

 ヘリロボット達はネプテューヌとノワールに向き直る。

 

「ククク、我ら二人を相手に良く戦った。下等生物にしては上出来と褒めてやる!」

 

 ブラックアウトはあくまでも尊大に言い放つ。

 ネプテューヌとノワールは二体から目を離さずに武器を構え直す。

 

「何よそれ? 言っとくけどそういう台詞はこの世界では負け犬の遠吠えって言うのよ」

「ノワール、気を抜かないで」

「実際のところ、貴様らの戦闘力は驚くべきものだ。俺と兄者の二人だけでは分が悪いかも知れぬ」

 

 グラインダーは冷静だ。

 あくまでも事実を言っていると言いたげた。

 しかし、ブラックアウトはニヤリと笑った。

 

「俺たち二人だけならな! スコルポノック、やれ!」

 

 その瞬間、ネプテューヌとノワールの真下の床を突き破って、突如新たなロボットが姿を現しネプテューヌとノワールを両腕の爪で捕まえる。

 

「きゃあッ!」

「きゃっ! 放しなさいよ!」

 

 それは先端が槍の穂先のごとく鋭く尖った長い尾と数対の節足、腕の先に三本の爪を備えたその姿は巨大なサソリを思わせるロボットだ。

 

「ふははは! でかしたぞスコルポノック! それでこそ我が分身!」

 

 サソリロボ、スコルポノックは『どうだすごいだろう!』と言わんばかりに両手に掴んだ得物を高く掲げ、主人にして共生者たるブラックアウトのもとへと這い寄って行く。

 二人の女神は体をよじり、全身に力を込めて、なんとか爪から逃れようとするがうまくいかない。

 そもそも、このメカサソリの力で握られて、潰されないのが異常なくらいなのだ。

 女神であるが故の体の頑丈さだった。

 

「うあああ!!」

「きゃああ!!」

 

 と、上空で爆発が起こり、何かが二つ、ブラックアウトとスコルポノックの前に落ちてくる。

 

「ブラン! ベール!」

 

 それは、上空でスタースクリームと交戦していたはずの白と緑の女神だ。

 二人は落下中になんとか体勢を立て直し、油田の床に着地する。

 

「くそッ…… あのスターなんとかって言う奴、言うだけのことはありやがる!」

 

「女神が二人がかりで、遅れをとるとは……」

 

 二人とも大きな傷こそないものの、かなりのダメージを受けてしまったらしく、肩で息をしている。

 ブランとベールはスタースクリームに空中戦を挑んだものの、変形を繰り返し異常な軌道で飛び回るスタースクリームに翻弄され、ついにミサイルを撃ち込まれて落ちてきたのだ。

 そしてスコルポノックの背後に、スタースクリームがゆっくりと降りてきた。

 

「ひゃははは!! どうだ! これが俺様の……スタースクリーム様の実力よ!!」

「フンッ! いい気になるなよスタースクリーム! 貴様が手間取っている間に、我らはこやつらを二匹捕らえたぞ!」

「ああん? ブラックアウトよお、捕まえたってのはどういうことだ? ま~だぶっ殺してなかったのかよ。ホントにのろまだなぁ」

「クッ、これからやるところだ! さあ、スコルポノックよ、お前の自慢の爪でそいつらを握り潰して……いやプラズマキャノンで粉々のほうがいいか? それとも尾で突き刺すか?」

 

 次々と出てくる恐ろしい言葉に、さしものネプテューヌも冷や汗を垂らす。

 しかしスコルポノックは女神たちを掴んだままオロオロとするばかりで、一向に二人に止めを刺そうとしない。

 

「……兄者、一つに絞ってやれ。スコルポノックが混乱している」

 

 グラインダーが冷静に、しかしどこか呆れた声を出す。

 実はこのスコルポノックというサソリメカ、トランスフォーマーではなく知能の低い別種の金属生命体だ。

 普段は主であるブラックアウトと共生し、場合によって切り離され命令をこなす。

 だが動物並の知能しかなく、主に従順であるがゆえに複雑な命令には対処できない。

 今回も、油田の内部を探る命令を受けて、ここの奥深くに侵入し、その後新たな命令を通信で受けてネプテューヌたちの真下に移動してきた。

 『二体の敵を捕らえよ』と言う命令を受けて忠実にそれを実行し、それ以上のことはしない。

 スコルポノックの爪の内側にはプラズマキャノンが仕込まれているにも関わらず、女神を掴むだけに止まっているのはそういうワケだ。

 

「おお、すまんスコルポノック! それでは……」

「させるかよ!」

「させませんわ!」

 

 ブラックアウトが自分の共生体にとどめの指示を出そうとした瞬間、ブランとベールが弾かれたようにスコルポノックに飛びかかる。

 しかし、スタースクリームが左腕をミサイル砲に変形させてそれを撃ち、ブランとベールを撃墜する。

 

「うああああッッ!!」

「きゃあああッッ!!」

「ブラン!! ベール!!」

 

 ネプテューヌが叫ぶ。

 とっさに障壁を展開し直撃こそ防いだものの、白と緑の女神はそのまま吹き飛ばされヘリポートの床に叩き付けられた。

 ネプテューヌとノワールの顔がいよいよ青くなる。

 

「ヒャハハハハ!! どうした、そんなもんか? 大したこたなかったなぁ!!」

「おい、スタースクリーム! 貴様、スコルポノックに当たるところだったぞ!!」

「落ち着け兄者、とりあえず後にしよう」

「むう…… そうだな、まずはこの下等生物どもに止めを……」

 

 しかし、その時ディセプティコンたちは気が付いた。

 彼らの鋭敏なセンサー各種は、いつのまにかこの油田のなかをなにかが移動していることを察知した。

 

 それが、自分たちのよく知る存在であることも。

 

 少し遅れて女神たちも気が付いた。

 床が振動し、なにかが壁を突き破るような音が何回も聞こえてくる。

 勝ち誇っていたディセプティコンたちの表情が剣呑なものになり、慌てているような気配さえある。

 そして突然、ヘリポートの横の構造物を突き破って、赤と青のファイヤーパターンのトレーラートラックが現れた。

 

 面食らったのも無理はない。

 

 トラックはそのままスコルポノックを弾き飛ばす。

 サソリメカはたまらず両腕に掴んでいた女神たちを放してしまった。

 狼狽した様子のスタースクリームが、トラックを指差しながら発声回路から言葉を絞り出す。

 

「て、てめえは、てめえはまさか!?」

 

 トラックは、倒れ伏すブランとベール、彼女たちを助け起こすネプテューヌとノワールと、騒然とするディセプティコンたち、その間に止まる。

 

 まるで女神たちを守るように。

 

 ネプテューヌの見ている前で、トラックは変形してゆく。

 

「オプティマス・プライム!!」

「オプっち……」

 

 スタースクリームが吼え、ネプテューヌが呟く。

 その間にもトラック……オプティマス・プライムは変形を終え、赤と青のカラーリングを持つ金属の戦士が立ち上がった。

 オプティマスが無言で拳を握り構えをとると、その顔がバトルマスクと呼ばれる装甲に包まれる。

 

 さあ、第二ラウンドの始まりだ!

 




TF的お約束その2 作画ミス。
グラインダーが、ブラックアウトを兄と慕っているというのは、もちろん作者の捏造です。せっかくの名有りの同型機、兄弟だったらおもしろいかな? と思いまして……
スパークを分けた本当の兄弟ではなく、あくまでも義兄弟と設定しています。
また、スタースクリームの実写版における肩書きは、『航空宇宙司令官』となっておりますが、しっくりこないので、おなじみの『航空参謀』といたしました。

それにしても、まともな戦闘を書いたのは初めてですが、やっぱり難しいですね。

※グラインダーの色を『銀』から『灰』に変更。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 友達は大切に

気が付けばUAが1,500を超えてました。
お気に入り登録していただきました。
初めて感想をいただきました。
自分は夢でも見てるんでしょうか? 嬉しくしてたまりません!

しかし今回も、女神たちの敗北描写があります。
そういうのが嫌いな方は、引き続きご注意ください。

※2015年12月16日、改稿。


 オプティマス・プライムは赤と青のファイヤーパターンのトレーラートラックの姿、所謂ビークルモードで、何もない平原を走っていた。

 走りながら、自分の状態を改めて自己診断していく。

 

 運動機能・・・・・・・・・通常の70%ほどだが、問題なし

 

 各種センサー・・・・・・・問題なし

 

 トランスフォーム機能・・・問題なし

 

 イオンブラスター・・・・・使用不能。プラネテューヌで確認済み。

 

 両腕部エナジーブレード・・使用不能

 

 他、各種武装・・・・・・・使用不能

 

 状態は最悪と言っていい。

 さしものプラネテューヌの科学者たちも未知のロボットの武装を直すほど、お気楽ではなかったようだ。

 仲間に召集をかけることも考えたが、時間がない。

 何よりこれから起こる戦いは、言ってしまえばオプティマスの私闘のようなものだ。

 総司令官として軽率な行いであることは理解していた。

 責務を優先するなら、どこかに身を隠し、自身の回復と仲間の捜索に努めるべきだ。

 

 だが、そうはしない。

 

 許すことのできない敵たちが、この世界でも破壊と略奪を繰り返しているのだから。

 本来なら許されない罪を許してくれた、自分を友と呼んでくれた少女が、戦っているのだから。

 

  *  *  *

 

 本土と油田を繋ぐ海上道路にさしかかり、オプティマスは各種センサーを働かせて油田の状況を探る。すでに戦闘は始まっているようだ。

 女神たちの特殊なエネルギー反応が、自分の良く知る反応とぶつかり合っているのが分かった。

 オプティックに映る映像を最大限拡大し、女神たちと、それと戦っているディセプティコンを視認した。

 

 ディセプティコンは全部で三体。

 

 いずれも故郷では名を知られた猛者ばかりだ。

 

 ブラックアウトとグラインダーは、自分の宿敵、その忠臣として知られる義兄弟。

 多彩な重火器で武装した危険なハンターだ。

 

 ブラックアウトがいるということは、どこかにスコルポノックもいるはずだ。

 あの怪物は低級の金属生命体だが、ブラックアウトの部下として幾多の戦士を葬ってきた油断ならない相手だ。

 

 そしてスタースクリーム。

 

 オプティマスは油田のはるか上空にセンサーを向ける。

 彼のセンサーは超高速でブランとベールと呼ばれていた二人の女神が、スタースクリームと空中戦を繰り広げているのを捉えていた。

 ベールが目にも止まらぬ速さで槍を投擲し、ブランが無数の光弾を放っているが、スタースクリームはジェット戦闘機の姿で、攻撃を全てかわし、そのまま女神二人の横をかすめて飛ぶ。

 巻き起こる衝撃波に翻弄される女神たちに、瞬時にロボットモードに変形したスタースクリームが銃撃を浴びせる。

 

 こと空中と言う戦場に置いて、スタースクリームは女神達を圧倒していた。

 

 女神たちが弱いわけでは断じてない。

 もし彼女たちの攻撃がまともに入れば、いかな金属生命体と言えども無視できないダメージを負うはずだ。

 だが、空ではスタースクリームのほうが一枚も二枚も上手なのだ。

 

 奴は空を飛ぶために生まれ、空で戦い続けてきたのだから。

 

 ネプテューヌとノワールは、ブラックアウトとグラインダーを相手に互角の戦いを演じているが、姿の見えないスコルポノックの存在が気がかりだ。

 その時、オプティマスは前方の道路が途切れていることに気が付いた。

 故意か偶然か、おそらくは前者だろう、ディセプティコンが破壊したに違いない。

 しかしオプティマスはさらにスピードを上げていく。

 そして最高速のまま破壊された箇所に突っ込み、そのまま飛び越える。

 

 油田の入り口に到着したオプティマスは、ロボットには戻らず、そのまま油田に突入する。

 手抜き工事に加え、ディセプティコンによる破壊のせいで脆くなっている壁や天井をぶち抜き、戦場となっている上層部を目指す。

 やがて主戦場であるヘリポート脇の構造物へと近づいてきた。

 各種センサーはスコルポノックにネプテューヌとノワールが捕らえられていることを示していた。

 もはや一刻の猶予もないと感じたオプティマスは、ビークルモードのまま突撃を慣行する。

 構造物の壁を突き破り、サソリメカが自己防衛に入る前に跳ね飛ばす。

 スコルポノックは衝撃と痛みに、うまいこと女神たちは放してくれた。

 解放されるや紫と黒の女神は、スタースクリームに攻撃され倒れ伏している白と緑の女神たちを助け起こす。

 その行動を見て、オプティマスは内心感動していた。

 彼女たちは自らが危険にさらされたにも関わらず、他者を思いやっている。女神とは、自分たちトランスフォーマーと同じく博愛の精神を持っているのだ。守らねばならない。

 女神たちとディセプティコンたちの間に止まり、ロボットモードへと変形する。

 

「オプティマス・プライム!!」

「オプっち……」

 

 敵と、守るべき相手の声が自分の前後から聞こえてくる。

 チラリと後ろを見やると、ネプテューヌがブランを支えながらこちらを見ている。

 ノワールも少し離れた所でベールとともにこちらを見ていた。

 皆、ダメージはあれど生命活動に支障をきたすほどではなかったようで安堵した。

 武器は使用不能だが、やるしかない。

 

  *  *  *

 

「て、テメエもこっちに来てやがったのか!」

 

 スタースクリームは驚愕していた。

 オプティマスが突然現れたことはもちろん、それ以上に彼が女神とか言う妙な奴らを助けたことにだ。

 奴は惑星サイバトロンでは、知らぬ者のいない戦士であり、オートボットの英雄だ。

 敵ではあるが、大物には違いない。

 そのオプティマスが、ムシケラに毛が生えたようなチビどもを守っている。

 スタースクリームからすれば、訳の分からない状況だった。

 

「ずいぶんと、好き勝手やってくれたようだな。スタースクリーム」

 

 オプティマスは拳を構え、こちらを睨みつけてくる。

 正直な話、勝てる相手ではない。

 馬鹿正直に正面から戦えば、オプティマスのほうが戦闘力は上だ。

 撤退も視野に入れ、ブレインサーキットを回転させるスタースクリームだが、後ろに立つヘリ型ロボ(兄)が殺気立っているのを感知した。

 

「オプティマァァス。 貴様よくもスコルポノックを……」

 

 オプティマスに気をやりつつ後ろをうかがえば、ブラックアウトの足元にペットのドローンがキィキィと鳴きながらすり寄っていた。

 地味に横のヘリ型ロボ(弟)もやる気満々だ。

 

 ――たかがドローンになんでそこまで入れ込んでんだよ。

  実力差くらい分かってんだろうが。

  空気読めよ。

 

 スタースクリームのブレインサーキット内をそんな言葉が駆け巡るが、とりあえずおいておく。

 この上は、とりあえずこの馬鹿ヘリ兄弟をオプティマスにぶつけて、自分は隙をうかがおう。

 

 ……戦うにせよ、逃げるにせよ。

 

 そう決めたスタースクリームは、遠距離戦が得意なのに突っ込んでいくブラックアウトと、それを援護するべく火器を展開するグラインダーを無視して、ジェットを吹かし少し離れた場所に移動する。

 仮にも仲間と言えるヘリ兄弟たちがどうなろうが、知ったことではなかった。

 

  *  *  *

 

 ローターブレードを起動し、オプティマスに斬りかかるブラックアウトだったが、それを紙一重でかわしたオプティマスは、すれ違いざま黒い機体の顔面に拳を叩き込む。

 

「このガラクタが!」

 

 銀色の同型機がプラズマキャノンを発射するが、オプティマスは避けようとせず、そのまま突っ込む。

 飛来するプラズマ弾をギリギリのところでかわし、面食らい急いでローターブレードを展開するグラインダーの胴体に飛び蹴りをかます。

 

「貴様などスクラップがお似合いだ!」

 

 そこで共生者を助けようと背後に忍び寄っていたスコルポノックを振り向きざま蹴り上げ、その尻尾を掴んで振り回し、起き上がろうとしていたブラックアウトに投げつけてやる。

 

「醜い怪物め! 主人とともに眠っていろ!!」

 

 だが所詮は徒手空拳。

 二体のトランスフォーマーと一体のドローンはふらつきながらも大したダメージもなく立ち上がり、オプティマスに襲いかかる。

 オプティマスは大きく咆哮し、それを迎え撃つ。

 

  *  *  *

 

「なんなんだよ、ありゃあ……」

 

 ブランがネプテューヌに支えられながら茫然と言った。

ネプテューヌも同感だった。

 アニメや漫画で見るロボットバトルとは全然違う、激しく、荒々しい戦い。

 金属と金属がぶつかり合い、轟音が響き、大気が震える。

 何よりも驚くべきは、オプティマスの戦いだ。

 一対三でもまったく問題にならないばかりか、対峙して話していた時とは印象が大きく異なる暴れっぷり。

 あれが本来の彼なのだろうか?

 

「口悪すぎだろ、アイツ」

「……それを、あなたが言う?」

 

 ブランがポツリと言った一言に、思わずちょっと笑ってしまった。

 その時、気がついた。

 戦い続けるオプティマスの背後に、近づいていく者がいる。

 あのアイスクリームだか何だかという奴だ。

 オプティマスは気づいていない。

 

「ブラン、立てる?」

「舐めんな、もう大丈夫だ」

 

 ならば、彼を助けなければ。

 自分たちを助けてくれたのだから。

 友達になったのだから。

 

  *  *  *

 

 スタースクリームは顔に笑みが浮かぶのを止められなかった。

 

 オプティマス・プライム、奴は弱っている。

 

 代名詞のエナジーブレードもイオンブラスターも使わない。いや、使えないのだ。

 加えてブラックアウトとグラインダーが気を引いてくれている。

 

 ――これならいける!

 

 腕をミサイル砲に変形させ、狙いをつける。

 自分が宿敵を討ち取ったと知ったらメガトロンはどんな顔をするだろうか?

 勝利を確信し、スタースクリームはミサイルを撃とうとして……撃てなかった。

 あの女神どもの一匹、紫の奴が斬りかかってきたからだ。

 

「クロスコンビネーション!!」

 

 咄嗟に腕で防いだが、鋭い連撃が装甲の薄い関節部に叩きこまれる。

 気づけば、自分の腕が宙を舞っていた。

 

「……ぐわああああああッ!?」

「ブランとベールの分よ。まとめてお返しするわ」

「腕がッ!! 俺の腕がああ!! よくもぉぉ!!」

 

 のたうちまわり、それでも痛覚センサーを切り、紫のチビを殺してやろうと残った腕をミサイル砲に変形させる。

 

 その瞬間、通信が入った。

 

 この状況では一番聞きたくない声だった。

 

『何をしておる、スタースクリーム。この愚か者めが!』

 

  *  *  *

 

 ブラックアウトの胴に拳をめり込ませた瞬間、背後でミサイルを撃とうとしていたスタースクリームの腕をネプテューヌが斬り落としたことを感知した。

 

 ――また助けられてしまったな。

 

 そう、思っていると、ディセプティコンたちの様子がおかしいと気付いた。

 何か浮き足だっている。

 その視線の先を追うと、水平線の彼方から何かが飛んでくるが見えた。

 

 この状況では一番見たくない姿だった。

 

  *  *  *

 

 突然、トランスフォーマーたちの動きが止まった。

 ネプテューヌが彼らの視線を追うと、灰銀色のジェット機がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

見たこともない形だ。

 ジェット機は油田の上に到着すると、ギゴガゴと音を立てて人型に変形する。

 そして、戦場を見下ろせる場所……最初にスタースクリームがいた場所だ……に着地した。

 全身が灰銀色の、オプティマスより一回りは大きく攻撃的な巨体。

 あちこち細かい傷だらけだが、それが逆に凶悪なイメージを助長している。

 悪鬼羅刹を思わせる顔には、赤くギラギラと輝く双眼。

 何よりも、物理的な圧力さえ感じるほどの覇気。

 

「まずは自己紹介といこう。……俺は破壊大帝メガトロン。ディセプティコンのリーダーだ」

 

 灰銀のロボットは牙だらけの口を開き、そう言って戦場と、そこに立つ全ての者たちを睥睨する。

スタースクリームは、その一段下に素早く移動し、首を垂れた。

 

「申し訳ありません、メガトロン様。わたくしめは必死にエネルギープラントを守ろうと努力したのですが、思わぬ邪魔が入り碌にエネルギーを回収できておりません。それと言うのも、あのヘリ兄弟が不甲斐ないからで……」

「もうよいわ、スタースクリーム。貴様の不甲斐なさは嫌というほど理解しておったつもりだが、こんな簡単な任務一つこなせないとは、まったく、貴様は俺の予想を超える愚か者だな」

 

 メガトロンはピシャリとスタースクリームの言い訳をさえぎる。

スタースクリームは黙りこみ、屈辱のあまり握りこぶしをワナワナと震わせた。

 近くに移動してきたブラックアウトが忍び笑いのような音を漏らし、グラインダーがやれやれと首を横に振る。

 

「うわあ…… 情けない」

「わたしは、あんなのにやられたのかよ……」

「自分が情けなくなりますわね……」

「あなたたち、それ以上はやめてあげなさい。ああいうのに限って、プライドは高かったりするんだから……」

 

 その様子を見て女神たちが複雑な顔になった。

 特に直接対決して敗れたブランとベールの視線と声音は、底抜けに冷たい。

 

「聞こえてんだよ、テメエら!!」

 

 案の定、プライドの高かったらしいスタースクリームが反応するが、メガトロンに睨まれて再び黙り込む。

 メガトロンは女神達を見下ろし、再度口を開いた。

 

「まあ、当初の予定どおり、女神どもをおびき寄せることには成功したようだがな」

「私たちを……おびき寄せるですって!?」

 

 その言葉を聞いて女神たちが驚く。

 特にノワールは自分の国でのことだけに衝撃が大きい。

 

「その通り。貴様ら女神とやらと話がしたくてな」

「えっと、聞いて……ないんですが?」

 

 スタースクリームはメガトロンの言葉を聞いて驚いた素振りを見せる。

 どうやら、作戦の目的を伏せられていたらしい。

 

「言ってなかったからな。それにしても……」

 

 メガトロンは、非難がましい顔のスタースクリームを無視して言葉を続ける。

 

「まさか、全員釣れるとは思っていなかったぞ。ここラステイションとやら、それにせいぜい、ここから近いプラネテューヌの女神だけだろうと思っておったのに。さらに、思わぬオマケつきだ」

 

 その視線が、メガトロンを見上げるオプティマス・プライムへと注がれる。

 オプティマスのオプティックは鋭く細められ、視線には女神たちが感じたことがないほどの怒りで満ちていた。

 

「メガトロン、貴様は……」

「オプティマス・プライム、貴様の相手は後だ。……さて、女神ども。話し合いといこうではないか」

「話し合い……ですって?」

 

 ネプテューヌが訝しげにメガトロンを見上げる。

 これだけのことをしておいて、いまさら話し合おうと言うのか?

 メガトロンは発声回路から深く響くような笑いを漏らした。

 

「なに、簡単な話だ。貴様らの持つあらゆるエネルギーと資源。それを全て我々に譲渡してもらおう。そうすれば貴様らと、貴様らの国民の生命を保障しよう」

 

 ネプテューヌたち女神は唖然とする。

 これは話し合いなどと言うものでは断じてない。

 

「ふざけないで!」

 

 ノワールが怒りを込めて叫ぶ。

 自分の国を荒らされた上に、この物言い。怒らないほうがおかしい。

 

「悪い話ではあるまい? 寄越さないと言うのなら、貴様らの国を襲い、奪うだけだ。貴様らを倒したあとで、ゆっくりとな……」

 

 どこまでも傲慢に、メガトロンは言い放つ。

 そこには女神たちに対する敬意など微塵も無い。

 

「……どうやら、答えは決まったわね」

 

 ノワールは屹然とメガトロンを睨みつけた。

 

「ああ、コイツには話し合いの意味をたっぷり、教育してやらねえとな」

 

 ブランが手の中に戦斧を再構成させる。

 

「ああいう傲慢なかたには、一度痛い目を見てもらわないといけませんわね」

 

 ベールが槍をクルリと回す。

 

「ほう……、では交渉は決裂、ということで良いのだな?」

 

 メガトロンは、女神たちの敵意を浴びているにも関わらず、むしろ面白そうな声をだす。

 

「ええ、あなたに私たちの国に手出しはさせない。ここであなたを倒す!」

 

 ネプテューヌが太刀を正眼に構え、言い切る。

 こんな奴に、これ以上好き勝手はさせない。

 確かにその迫力と覇気には圧倒されるが、四対一……いや、オプティマスを含めれば五対一なら十分勝てるはずだ。

 

「愚かなことよ。彼我の実力差すら測れんとはな。貴様らのような愚か者どもが支配しているのでは、民が可哀そうというものだ」

 

 メガトロンは楽しくて仕方がない、と言う風に嗤って見せる。

 どこまでも女神たちを馬鹿にした、あきらかな嘲笑を浮かべて。

 

「メガトロン、貴様の相手は、私だ!」

 

 それまで黙って事を見守っていたオプティマスが女神たちを庇うように移動する。

 

「ククク、無理をするなプラァイム。本調子ではないのだろう? そんな状態で俺と戦おうというのか? そんなムシケラどもを守るために?」

「貴様がこの世界に、我々の世界にしたような暴虐を振るうというのなら、私はこの世界に生きる者たちを守るために戦う!!」

 

 オプティマスは雄々しく言い放つとともに拳を構える。

 

「そっちで勝手に話を進めないでくれるかしら?」

「わたしたちを忘れてんじゃねえぞ」

「とりあえず戦えるくらいには、回復しましたわ」

「オプっち、いっしょに戦いましょう!」

 

 ノワール、ブラン、ベール、そしてネプテューヌ。

 四人の女神が金属の巨人の周りに居並ぶ。

 

「いや、君たちは下がっていてくれ。これは私とメガトロンの戦いだ」

 

 しかしオプティマスは、そんな女神たちを制す。

 

「ふざけないで! これはラステイションの問題よ!!」

 

 ノワールがオプティマス、次いでメガトロンを睨みつけた。

 他の三人も武器を手にメガトロンを睨む。

 

「フハハハ! 頼もしい仲間ではないかプラァイム! いいだろう、興が乗った!」

 

 メガトロンは背後に降りてきた部下達に顔を向ける。

 

「お前たちは、このプラントからエネルギーを搾り取ってこい!」

「はっ? しかし、こ奴らの相手は……」

 

 スタースクリームが思わず聞くが、メガトロンはニヤリと笑う。

 見る者の背筋を凍りつかせる笑みだった。

 

「俺様が、まとめて相手をしてやる」

「はっ、かしこまりました。……おい、ブラックアウト! テメエのドローンがマッピングした情報を寄越せ!」

 

 スタースクリームがブラックアウトに横柄に言うと、黒いディセプティコンは、渋々ながらも自分のドローンとリンクして情報をダウンロードし、それをスタースクリームに転送する。

 航空参謀は送られてきた情報を基に、この油田で最も石油が蓄えられている場所を探り当てる。

 

「行くぞ、ヘリ兄弟!!」

 

 そう言って、二体のヘリ型ディセプティコンとサソリメカを伴い、さっきオプティマスが開けた穴を広げ、油田の奥へと侵入していく。

 途中でネプテューヌに斬り落とされた腕を拾うことも忘れない。

 それを確認してから、メガトロンは大きく腕を広げて見せた。

 

「さて…… くるがいい」

「うおおおッ!!」

 

 オプティマスが大きく吼え、メガトロンに殴りかかるが、メガトロンは素早く右手をチェーンメイスに変形させ、それをオプティマスの顔面に叩き込む。

 たまらずよろけるオプティマスの横をすり抜け、ネプテューヌが右から、ノワールが左から斬りかかる。

 

「クロスコンビネーション!!」

「レイシーズダンス!!」

 

 しかし、メガトロンは右手を砲に変形させ、自分のすぐ前の床を撃った。

 衝撃と舞い上がる無数の破片に、紫と黒の女神は思わず動きを止めてしまう。

 

「小賢しい」

 

 次の瞬間、横薙ぎに振るわれたチェーンメイスがネプテューヌとノワールに襲い掛かった。

 

『きゃああッ!!』

 

 二人が弾き飛ばされたその瞬間、ブランがメガトロンの直上から、その頭部めがけ凄まじい勢いで戦斧を振り下ろした。

 

「ゲッターラビィーネ!!」

 

 轟音が鳴り響く……。だが戦斧はメガトロンの頭部ではなく、頭部を庇った左腕に僅かに食い込んだだけだ。

 

「はずれだ」

「そんな……」

「もらいましたわ!」

 

 いつの間にかメガトロンの足元に移動していたベールが、連続で破壊大帝の体を突く。

 

「レイニーラトナビュラ!!」

 

 しかし、槍による刺突の雨はことごとくメガトロンの装甲に弾かれた。

 

「かゆいな」

「嘘……」

 

 メガトロンは左手を振るってブランを払いのけ、返す刀で彼女に拳を打ち込み、さらに回し蹴りでベールを蹴り上げる。

 その衝撃に、彼女たちの身体は大きく弾き飛ばされた。

 

「うわああッ!!」

「きゃああッ!!」

 

 ネプテューヌとノワールは油田の床に倒れ、ブランとベールは油田の構造物の壁にめり込んでいる。

 女神たちは皆、かろうじて意識はあるがダメージが大きく、ネプテューヌ以外の三人は変身が解けている。

 一人も海に落ちなかったのがせめてもの幸運だ。

 オプティマスは体勢を立て直し、メガトロンに突っ込む。

 

「くッ……! メガトロン!!」

「フハハハ、なんだそれは? 俺を失望させるなオプティマス」

 

 もはや武器を使うことすら不要と見たのか、メガトロンはオプティマスと格闘を繰り広げる。

しかし、赤と青の巨人の拳も蹴りも、全て虚しく空を切るか防がれた。

 かわりに灰銀の破壊者の攻撃は面白いようにオプティマスに食い込んでいく。

 そして右腕をチェーンメイスに変形させる。

 今度は鎖を伸ばさず、鉄球が腕から直接生えた形に変形させ、それをオプティマスの胸に叩き込んだ。

 

「ぐわあああッ!!」

 

 轟音とともにオプティマスの体が宙を舞い、油田の床に仰向けに倒れ込む。

 

「オプっち!!」

「この程度か……。肩慣らしにもならんな」

 

 メガトロンは首を回しながら、大きく排気して見せる。

 

「こ、こんな……、女神四人とオプっちが束になっても、まるで歯が立たないなんて……」

 

 ネプテューヌは信じられなかった。

 たしかに、自分たち女神はさっきの戦いで大きなダメージを受けている。

 オプティマスが本調子ではないのも分かる。

 だからと言って、こんなにもあっさりと負けるものなのか?

 倒れたきりピクリとも動かないオプティマスを見て、女神たちの顔に恐怖が浮かぶ。

敗北を知らないわけではない。

 女神同士戦いあっていた時には、勝ったり負けたりを繰り返していた。

 強大なモンスターとの戦いでは死にかけたことだってある。

 しかし、こんな大敗は初めてだ。

 

 突如、オプティマスとメガトロンの間の床が爆発し、その爆炎の中からスタースクリームが飛び出してきた。

スタースクリームはネプテューヌに斬られた腕を持ったまま、メガトロンの前に移動すると恭しくお辞儀をする。

 

「メガトロン様! ご言いつけの通り、エネルギーを回収いたしました。質、量ともにアレですが、まあ無いよりましでしょう」

「……まあ、今回は女神どもを誘き出すのが目的だったからな。良しとしておこう。……本命がまだあることだしな」

 

 メガトロンはスタースクリームが開けた穴を見やる。

 そこからは巨大ヘリに変形したブラックアウトとグラインダーが浮上してくるところだった。

 輸送ヘリである二体の中には、オイルを入れたタンクを満載しているのだろう。

 スコルポノックはすでにブラックアウトに回収されたようだ。

 

「では、行くとするか」

「よろしいので?」

「かまわん。飽きた」

 

 そう言うと、メガトロンはオプティマスと女神たちに背を向ける。

 

「メガトロン……」

 

 オプティマスはなんとか立ち上がり、爆炎の向こうのメガトロンに向けて絞り出すように声を出した。

 

「兄弟よ……。世界を違え、次元を超えてなお、同じ過ちを繰り返そうというのか?」

「今度は上手くやるとも。今度こそはな」

 

 そう言うと、メガトロンはギゴガゴと音を立てて異形のジェット機……エイリアンジェットへと変形し飛び立った。

 

 ……真上へと。

 

「いったい何を? ……まさか!」

 

 スタースクリームはなにやら慌てた様子でジェット機に変形して飛び去り、ヘリ兄弟も油田から離れていく。

 

「……いかん!」

 

 オプティマスも何かに気づいたらしく、緊迫した声を出し、女神たちの方へ走り出した。

 

  *  *  *

 

 油田の遥か上空に到達したメガトロンは、そこでロボットモードに変形する。

 足裏のブースターを吹かすものの、その巨体は重力に引きずられ落下していく。

 しかしメガトロンは一切慌てず、両腕を組み合わせて変形させ、巨大な砲を作り上げる。

 

 これこそ、メガトロンの必殺武器、フュージョンカノン砲である。

 

 メガトロンはフュージョンカノンを真下に……油田に向け構える。

 

「飽きたが、止めは刺しておかなければな」

 

  *  *  *

 

 オプティマスは冷静に……少なくとも、そうしようと努めて……思考を巡らす。

 メガトロンのフュージョンカノンに自分はともかくネプテューヌたちが耐えられるとは思えない。

 しかし、ネプテューヌたちは飛行して逃げられる状態ではない。

 仮に直撃を免れたとしても、この油田自体が、すでに限界のはずだ。

 おそらく崩壊は免れないだろう。

 

 ならば見捨てて逃げる? 有り得ない!

 

 オプティマスは女神四人を手で急いで、しかし細心の注意を払って掴み上げる。

 自分が力を込めれば、彼女達の体を潰してしまいかねない。

 女神達は無抵抗だった。抵抗する体力も気力もないだけかもしれない。

 ネプテューヌが何か言おうとしたが時間が無い。

 オプティマスは、四人を抱えたまま、油田の端に向かって走っていく。

 ビークルモードに変形する時間すら惜しかった。

 

  *  *  *

 

 メガトロンのオプティックは、遥か下で女神たちを掴んで退避しようとするオプティマスを正確に捉えていた。

 

 ――愚かなことだ。百歩譲って同じトランスフォーマーなら理解できる。しかし相手は有機生命体。意思を持たないドローンにも劣るムシケラ。奇妙なエネルギーを持っているようだが、それだけだ。何故護ろうとする?

 

「いや、お前は昔から、そういう奴だったな」

 

 いらない仏心を出し、厄介事を背負いこむ愚か者。

 あらゆる生命に価値が有ると信じる哀れな理想主義者。

 それがオプティマス・プライムだ。

 

「だが、それも終わりだ」

 

 メガトロンはフュージョンカノンで発射した。

 紫色の光弾が砲口から放たれ、油田に向け一直線に飛んでいき着弾。

 その瞬間、着弾点で爆発が起こり、さらに油田の各所で連鎖的に爆発が起こる。

 油田は遂に耐えきれることが出来ず、全体が傾き、崩れ、海に沈んでいく。

 最後に大爆発が起こり、海底油田B‐106は完全に炎に包まれた。

 

「さらばだ。……兄弟」

 

 エイリアンジェットに変形する間際に放たれたメガトロンの呟きは、爆発音にかき消され、誰にも届くことはなかった。

 




TF的伝統その3 口の悪い司令官。
やっぱりバトルって難しいですね。もっと精進しなければ……
メガトロンが強すぎるように感じられたかもしれませんが、メガトロンがほぼ全盛に近い状態なのに対し、作中でも書いたとおりオプティマスは本調子ではない上に武器が使用できない、女神勢は直前の戦闘のダメージが蓄積しているという状態なので、こういう結果になりました。
それはそうと、書きためていた分は今回で全部になります。ですので、これからは、いままでに比べ、ゆっくり投稿していくことになると思います。

しかし、トランスフォーマーたちに馬鹿をやらせるのがテーマなのに、なかなかその段階まで進めませんね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 責任からは逃げられない

今回の話は、前半はオプティマスと女神たちに、後半はディセプティコンにスポットを当てた話になっています。

※11月13日 重大なミスを発見し、一部改訂いたしました。申し訳ございません。

※2015年12月20日 改稿


 時間は少しさかのぼる。

 

 オプティマスは女神たちを両腕に抱えて走っていた。

 仮にビークルモードに変形しても、女神たちが乗り込んでいる時間がない。

 正直かなり揺れるが背に腹は代えられない。

 直上から飛来した紫色の光弾がオプティマスの背後、さっきスタースクリームが開けた大穴に飛び込む。

 すると爆音とともに油田が大きく揺れ、次いであちこちから爆発音が聞こえてくる。

 ディセプティコンたちが大量に奪っていったとはいえ、油田のそこかしこには、まだオイルが残っているはずだ。

 フュージョンカノンの起こした爆発が、油田中でそれに引火して誘爆を引き起こしているのだ。

 オプティマスは、傾き、崩れ、沈み込んでいく足場を、それでも女神たちを放すことなく走って行き、そのまま油田の端から大きくジャンプした。

 

 その後ろで一際大きな爆発が起こり、油田は完全に炎に包まれた。

 

 ジャンプしたオプティマスは、空中で体を捻り海面に対して背を向ける。

 しかし、落ちていく先にあるのは海面ではない。

 

 油田と本土を連絡する海上道路の上だ。

 

 轟音とともに彼の金属の巨体とアスファルトの路面が衝突し、火花が散る。

 だがなんとか着地できた。

 オプティマスが自らの腕の中の女神たちを見ると、いつの間にかネプテューヌの変身も解けている。

 軽くスキャンしてみたが、命に別状はないようだ。

 無論のこと、彼女たちが無事なのは強靭な肉体を持つ女神だからこそで、普通の人間なら、これほどのアクションには耐えられないだろう。

 オプティマスは四人の女神をそっと路面に降ろし、ホッと排気する。

 そして目元を引き締め、周囲を警戒する。

 

 ……ディセプティコンは去ったようだ。

 

 メガトロンにしては詰めの甘いことだ。

 あるいは、ディセプティコンはディセプティコンで勝手の違うこの世界に戸惑っているのかも知れない。

 とにかく助かった。正直、今攻撃されたら打つ手がなかったのだ。

 

「当面の危機は去ったようだ。大丈夫か、みんな?」

 

 オプティマスが改めて女神たちを見ると、彼女たちは全員が目を回していた。

 無理もない。戦闘でのダメージに加え、オプティマスに抱えられての移動は心身に負担をかけるものだったろうから。

 

 ――さて、どうやってプラネテューヌに戻ろうか。

 

 まさか、また彼女たちを抱えて歩いていくわけにもいかない。

 しかし自分では介抱することもできない。

 

「どうしたものか…… ん? あれは……」

 

 悩んでいたオプティマスは、海上道路の上を何かが走ってくるのをセンサーで探知し、そちらを見る。

 それは黄色いスポーツカーだった。

 

  *  *  * 

 

「『うわ~ん!』『司令かぁぁん!!』『会いたかったよ~!!』」

 

 黄色いスポーツカーはオプティマスの正面に止まるやいなや、乗って来たらしい少女を降ろすと、変形して小柄な……オプティマスに比べてだが……ロボットに変形した。

 

 どこか丸っこい造形と、円らなオプティック。そして背中に配置されたドアが羽のようにパタパタと揺れている。

 

 ネプテューヌの妹、ネプギアが中古車ショップで出会ったロボット、バンブルビーである。

 

 オプティマスと旧知の間柄であるこのトランスフォーマーは、オプティックからウォッシャー液を流しながら、赤と青のボディに泣きついた。

 オプティマスはその頭を軽く撫でてやる。

 

「バンブルビー、よく無事でいてくれた」

「『司令官』『こそ』『よくぞご無事で……』」

 

 再会を喜ぶ二名のトランスフォーマー。

 その足元では、さっきバンブルビーから降りてきた少女……ネプギアが、姉を助け起こしていた。

 

「お姉ちゃん! 大丈夫!? お姉ぇぇぇちゃぁぁん!!」

「だ、大丈夫だよ、ネプギア。少し気持ち悪いだけ……」

 

 ネプテューヌは意識を取り戻したようだが、まだ顔が青い。

 だがネプテューヌはだんだん元気を取り戻してきたらしく、立ち上がった。

 

「あちこち痛いけど、とりあえず大丈夫。ところでネプギア、そのロボットはどちらさま? ネプギアの友達? なんか、オプっちと仲良さそうだけど」

「ああ、そうだった。お姉ちゃん、この子はバンブルビーって言うの。友達……でいいのかな? オプティマスさんの仲間なんだって」

 

 ネプギアが、やたらキラキラとした目でバンブルビーを紹介する。

 ネプテューヌ以外の三人も何とか起き上がったが、気分が悪そうだ。

 

「す、すごいアクションでしたわね……」

「正直、二度としたくないわ……」

 

 ベールとブランが、それぞれ呟く。

 ノワールは黙ったままだ。

 

「…………」

 

 そんなノワールの前に、いつの間にかネプテューヌが回り込み、明るくたずねる。

 

「あれ~、ノワール? どうしたの?」

「……まるで歯が立たなかった」

 

 ノワールはギュッと拳を握りしめる。

 

「なんなのよ! あのメガトロンとかいう奴!」

 

 黒の女神は誰にともなく吼える。

 ネプテューヌはそれでも、明るく話しかけた。

 

「まあ、助かったんだし、あんまり気にしないで……」

「気にするわよ! 私たちは女神、国を護るのが私たちの使命なのよ! それなのに……」

 

 ノワールは、ほとんど海に沈み、焼け焦げた鉄くずと化した海底油田を見やる。

 

「護れなかった! 私の国の一部だったのに! なのに、こんな…… これじゃあ私、女神失格よ……」

 

 その目元からポロポロと涙がこぼれ、大きかった声はだんだんとしぼんでいく。

 

「ノワール……」

 

 ネプテューヌは言葉を失った。

 

 こんなノワールは初めてだ。

 

 勝気で自信満々な彼女が、力無くすすり泣いている。

 いつもなら、からかうところだが、そんな気にはなれなかった。

 ベールとブラン、ネプギアもどう言っていいのか分からない。

 だが、それでも言葉をかける者がいた。

 

「敗北してなお、命永らえたものは幸運だ」

 

 それは、知己との思いがけない再会を喜んでいた、赤と青の機械巨人、オプティマス・プライムだった。

 

「なぜなら、敗北は勝利よりも多くのことを学ぶことができる。そしてそれは、次の戦いと、その先にある勝利の糧となるのだ」

 

 ノワールが、キッとオプティマスを睨みつける。

 オプティマスは黙ってそれを受け止めた。

 

「……あなたに、なにが分かるの? 私が…… 女神が、どれだけの責任を背負っているか」

「分からないとも。だが君が立ち直らなければならないのは、分かる。君が背負う、女神としての責任のために」

 

 ノワールは少しの間、オプティマスを睨んでいたが、やがてフッと薄く笑った。

 

「そうね。いつまでも落ち込んでいるなんて、私らしくないわ! 次は、必ずあいつらに目にもの見せてやるわ!」

 

 涙を拭い、努めて元気な声を出す。

 そんなノワールを見て、ネプテューヌも笑みを浮かべた。

 

「いや~、いつものノワールに戻って良かったよ! 正直、シリアス度数が高すぎて息苦しかったんだよね! ほら、そういうのって、わたしのキャラじゃないし!」

 

 彼女もまた、いつもの調子を取り戻してきたようだ。

 

「じゃあ、わたしは、あのアイスクリームだかなんだかって奴な。アイツにはわたしの屈辱を百倍返しにしてやる」

 

 ブランも少し荒い口調で宣言する。

 

「あら、それはわたくしの仕事ですわ」

 

 ベールも悪戯っぽく微笑む。

 

「お姉ちゃん、皆さん、良かった……」

 

 ネプギアはホッとしていた。

バンブルビーを伴ってプラネタワーに帰ってみれば、姉たちはオプティマスとともに戦いに行ったと言うではないか。

 それを聞いた瞬間、飛び出して行こうとするバンブルビーに半ば無理やり乗り込み、ここまで付いて来たのだ。

 そして目的地に着いてみれば、酷い有様の油田と、ボロボロの姉たち。

 しかし、みんな無事であり、ノワールも立ち直ってくれたようだ。

 バンブルビーもオプティマスと再会できて喜んでいるようだし、本当に良かった。

 

「ここでこうしてるのもナンだし、とりあえず、一度プラネテューヌに行かない? みんなの怪我の手当てもしたいし」

 

 ネプテューヌが、珍しくまともな提案をしてきた。

 

「まあ、ここからだと一番近いわね…… それに、正直体中痛くてしかたがないわ」

 

 ブランがやんわりと賛成する。

 

「そうですわね。それに、どうやらオプティマスさんからは、いろいろと聞かなければならないようですし」

 

「そうね、ディセプティコンのこと、あなたたちのこと、洗いざらい全部ね……」

 

 ベールとノワールはオプティマスを見上げた。

 ネプテューヌとブラン、ネプギアも釣られて見上げた。

 バンブルビーは「どうする?」と視線で尋ねる。

 

「そうだな。全て話したほうが良いだろう」

 

 オプティマスは破壊された油田の方を見た。

 

「すでに、君たちも当事者なのだから」

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌの某所、人の立ち入らぬ山中に、もう誰も住んでいない廃村があった。

 深い山と森に囲まれ、朽ちかけた家々が並ぶ。

 かつては栄えていたであろうが、今となっては不釣り合いに巨大な聖堂だけが、かつての栄光を忍ばせた。

 そんな幽霊か魔物以外に用のなさそうなこの村に、最近奇妙なものたちが住み着いていた。

 

 それを示すがごとく、村の各所に配置された奇妙な機械。

 

 何故か礼拝堂の横に不自然に停められた、ブルドーザー。

 

 そう、この廃村こそがゲイムギョウ界に置ける、ディセプティコンの臨時基地なのである。

 

  *  *  *

 

 廃村の上空に全部で四つの影が飛来した。

 うち二つは巨大なヘリ、一つはステルス戦闘機、最後の一つはのこの世界で造られたとは思えない異様なジェット機である。

 言う間でもなく、ブラックアウトとグラインダー、スタースクリーム、そしてメガトロンである。

 ブラックアウトとグラインダーは、ヘリの姿のまま村の中央広場に着陸し、メガトロンとスタースクリームはロボットモードに変形して着地した。

 いつの間にかブラックアウトから分離したスコルポノックが、主人の貨物スペースからせっせとオイル入りのタンクを降ろしていく。

 広場は、いまやそこかしこに機械が設置され、電子の要塞と化していた。

 

「帰ったぞ」

 

 メガトロンの言葉があたりに響くと、用途不明の機械の上に置かれたCDラジカセと顕微鏡が動きだす。

 それらはギゴガゴと音を立て、それぞれ人間の子供ほどの、青い四つのオプティックに異様に細長い体躯のトランスフォーマーと、それよりもさらに小さい昆虫のようなトランスフォーマーに変形する。

 

「お帰りなさいませ! メガトロン様!」

「お帰りなさいませ! お怪我はございませんか?」

 

 二体の小型ディセプティコン。フレンジーとドクター・スカルペルは口々に言う。

 メガトロンは無言で、自分の後ろにいるスタースクリームを顎で指した。

 するとドクターがそちらにカサカサと走って行き、航空参謀の体によじ登りだした。

 

「ほうほう、こいつは重傷だ。特に頭! ブレインサーキットが使い物になりませんな! ちゃっちゃと交換しましょう!」

「馬鹿言ってないで、俺の腕を直せ! 叩き潰されてえのか!」

 

 スタースクリームががなり立てるが、ドクターは意に介さず、黙ってスタースクリームの腕に移動する。

 

「おいおい、こんなに無理やりくっつけやがって! これじゃあ、なにもしなかった方がマシってもんだぜ!」

 

 腕の接合部分に纏わりつき、なにやら作業をするドクター。

 スタースクリームは、時折走る痛みに顔を顰める。

 

「……ちゃんと直せよ」

「あたりまえだろうが! 俺を誰だと思ってやがる! 前より調子良くしてやらぁ!」

 

 そんなやり取りをするスタースクリームとドクターを置いておいて、メガトロンはフレンジーの方に視線をやる。

 

「留守中、なにか不具合はあったか?」

「いえいえ、万事平穏そのもの! 退屈でしかたありませんでしたぜ!」

「あの女は、どうだ?」

「レイちゃんですか? それなら……」

 

 大袈裟な身振りを交えて報告していたフレンジーが機械類の隙間を見ると、そこには青みがかった長い髪と、角のような飾り、眼鏡の女性が膝を抱えて座り込んでいた。

 すすり泣きながら、意味のわからない言葉を呟いている。

 それは、反女神を掲げる市民運動家、キセイジョウ・レイだった。

 

「ずっと、あの調子なんで」

「フンッ! いつまでもウジウジと、情けの無い」

 

 不機嫌そうにメガトロンが言えば、レイはビクッと肩を震わせる。

そして小さな声で反論する。

 

「あ、あんな、あんなことされたら、誰だって……。うぅ、もうお嫁に行けない……」

 

 思い出しただけでも身震いする。

 彼女はメガトロンと遭遇したあと、彼によって拉致されたのだ。

 メガトロンは彼女をエイリアンジェットの僅かな隙間に押し込み、大空を超高速で飛び回ったあと、部下の発する信号を感知してこの村に降り立った。

 そこで待っていたのが、このフレンジーとドクターだ。

 先んじて合流していた二体は臨時基地として使えそうな場所を見繕い、そこで信号を発して仲間を集めていたのだ。

 

 まさか最初にやってきたのが、主君であるメガトロンだとは思いもよらなかったが。

 

 そこでレイを待っていたのは、解放ではなくさらなる責め苦だった。

 この見知らぬ世界の情報を欲したメガトロンは、ドクターに命じてレイから情報を絞り取らせた。

 ドクターは半有機の軟体動物のような器具をレイの口に突っ込み、レイの脳から直接情報を得ようとした。

 だがここで問題が生じた。レイの記憶には不自然なロックがかかっており、碌な情報を引出せなかったのである。

 そこでドクターは趣味と実益を兼ねて彼女を解剖しようとしたが、メガトロンが待ったをかけた。

 何故、有機生命体を蔑視するメガトロンがレイの命を奪わなかったのか。

 それはフレンジーとドクターには分からない。

 だが、なにか考えがあるのだろうと思い、あまり口は挟まなかった。

 

「ほう、いっちょまえに反論か」

 

 メガトロンはレイを睨みつけた。

 その迫力にレイは涙を流しながら後ずさる。

 

「ひいっ!? ごご、ごめんなさい!」

「まあ、良い。今日は機嫌がいいからな」

 

 しかしメガトロンは楽しげに笑ってみせた。

 フレンジーは、はて?と首を傾げる。

 いくら機嫌が良いとはいえ、メガトロンが自分に逆らうものを許すとは、珍しいこともあるものだ。

 そう思ったのはフレンジーだけではなかったらしい。

 

「珍しいですね。メガトロン様が無礼な言葉をお許しになるなど」

 

 ドクターによる治療の終わったスタースクリームが、手を握ったり開いたりしながらメガトロンに尋ねる。

 

「ムシケラの言葉に、いちいち反応していたのでは身が持たんからな」

「さようで」

 

 メガトロンの言葉は、レイの人権を無視するものだった。

 それを聞いたレイはさらに涙目になる。

 

「ムシケラ……」

「元気だしなって、レイちゃん! ムシケラでも殺されないだけマシじゃん!」

 

 フレンジーが陽気に言う。

 彼はレイをムシケラ扱いするディセプティコンたちのなかにあっては比較的、わずかに、本当にわずかにレイに優しい。

 

「ウウ……ありがとうございます、フレンジーさん」

 

 良く考えればまったくフォローになっていないのだが、レイは気づかず、フレンジーに礼を言う。

 と、ブラックアウトとグラインダー、スコルポノックがオイルタンクを抱えて歩いてきた。

 

「メガトロン様! エネルギーを運んでまいりました!」

「おお! それじゃ、さっそく……」

 

 スタースクリームが、そのタンクに手を伸ばす。

 

「がっつくな! この馬鹿者が!」

 

 だがメガトロンが一喝すると、スタースクリームは慌てて手を引っ込める。

 

「……アレが先だ」

 

 そう言うと、メガトロンは広場の奥にある聖堂へと歩いていく。

 メガトロンの巨体でも、少し身を屈めれば入れるほど大きな扉をくぐり、聖堂のなかに入っていき、スタースクリームとブラックアウトたちもそれに続く。

 フレンジーとドクターも急いで駆け出す。

 

「あ……。ま、待ってください!」

 

 レイもよく分かっていないが、つられて駆け出した。

 

 あれほど酷いことをされたのに、一人にされるのは嫌だった。

 

  *  *  *

 

 礼拝堂の内部は、機械で埋め尽くされていた。

 壁にはモニターが取り付けられ、床にはコードが縦横無尽に伸びている。

 その中央に、メガトロンの腰までくらいの大きさのカプセルが鎮座していた。

 台座に支えられた球体状のそれは、細かい幾何学模様に覆われている。

 メガトロンは、ブラックアウトからオイルタンクを受け取ると、それを球体の手前のピラミッド型の機械の前に置いた。

 スタースクリームがコンソールを操作すると、機械から無数の触手が伸び、それの先端がタンクに突き刺さる。

 レイは、それを見上げるフレンジーにたずねた。

 

「あ、あれは、なにをしてるんですか?」

「あれは、エネルギー変換器さ。トランスフォーマーの消化器官を模した物で、あれでオイルから、より純粋なエネルギーを取り出してるんだ。 そうすることで、俺たちに適応できるエネルギーにするんだ」

「は、はあ……」

「レイちゃん、分かってないだろ」

 

 そんな二人の会話をよそに、ピラミッド状機械から伸ばされたコードを通じて、球体へとエネルギーが供給される。

 球体の幾何学模様から青い光が漏れてきた。

 光は鼓動するかのように明滅を繰り返している。

 

「よしよし、いいぞ」

 

 メガトロンは満足げに球体を見て頷く。

 やがて青い光が治まり、空になったオイルタンクがガタンと倒れた。

 球体を見たまま、メガトロンが言う。

 

「どうだ?」 

 

 その言葉に応えたのは機械を操作していたスタースクリームだ。

 

「だめですね。まだエネルギーが足りないようです」

「そうか……」

 

 メガトロンの言葉には、やや失望が混じっていた。

 しかし、すぐにニヤリと笑い、フレンジーの傍にいたレイの方を見る。

 

「ならば、また奪ってくるまでだ。貴様が教えてくれた、もう一つのエネルギー源をな」

 

 レイは顔を青くする。

 

「……そ、そんな、あ、あれを奪おうだなんて……。そんなことしたら、どれだけの人が傷つくか……。あ、あなたたちは何とも思わないんですか!?」

「思わんな。ムシケラがどれだけ死のうが。それに、何を他人事のように言っている」

 

 メガトロンは身を屈め、その指の先端で、レイの胸を器用に小突く。

 ほんの僅かに力を込められただけで、レイは倒れて尻餅を突いてしまった。

 その態を見て、メガトロンは小馬鹿にしたように笑う。

 

「情報を提供したのは、貴様だ。つまり、これから起こることは、貴様にも責任の一端があるということだ」

 

 その言葉に、レイは驚き、声を荒げた。

 

「そんな!? わ、私のせいじゃありません! 私は悪くありません! あ、あなたが情報を言わなければ、こ、殺すって言うから!!」

「愚かだな。どのような理由があれ、行動には責任が伴うのだ。例え、無理強いされた物だとしてもな。それからは、だれも逃れられん」

 

 レイの必死の反論に、メガトロンはなおも低く嗤う。

 耳を塞いで目を瞑り、その場に蹲るレイ。

 聞きたくないと、全身で体現していた。

 そんなレイを見て、周りのディセプティコンたちは見下したように嗤うだけだ。

 メガトロンは興味を失ったかのように、悠然と聖堂から出ていき、他のディセプティコンもそれに続く。

 唯一、フレンジーだけが気遣わしげな挙動をしたが、歩み去るメガトロンとすすり泣くレイを交互に見た後、メガトロンを追っていった。

 

 あとには嗚咽を漏らすレイと、無機質な機械群。

 

 そして、幾何学模様に覆われた球体だけが残された。

 

  *  *  *

 

「なぜ、あの女を生かしておくんです? もう、あのムシケラから搾り取れる情報もないでしょう。いっそ、ドクターに解剖させてはいかがですか?」

 

 スタースクリームが、先を歩くメガトロンにたずねた。

 

「愚か者め。我々には人間どもの中で自由に動ける駒が必要なのだ」

 

 メガトロンは間髪入れずに言い返した。

 奸智に長けたスタースクリームのブレインサーキットは、それだけはないと直感的に察したものの、深くは言及しない。

 破壊大帝が、己の真意を他者に明かさないのはいつものことだ。

 

「フレンジー!」

「はい! メガトロン様!」

 

 呼ばれて、フレンジーが駆け足で寄ってくる。

 

「何でしょうか!」

「お前に任務を与える。重要な任務だ。詳細は後で伝える。……あの女を上手く使え」

「了解! このフレンジーに、お任せあれ!」

 

 フレンジーはその場でクルリと体を回してから深々とお辞儀をする。

 メガトロンは大きく頷くと振り返り、部下たちに向かって声を上げる。

 

「全員、修理と補給を済ませておけ! 近いうちに、もう一度出撃するぞ! ……プラネテューヌへな」

 

 




TF的お約束その4 とりあえず臨時基地を造るディセプティコン。
次回はオプティマスによる説明回の予定。
しかし今回、オプティマスとメガトロンが、お互いに責任について語っていますが、実はこれ、作者の意図したわけではなく、書いていたら勝手に対になるようなことを言ってました。
これがキャラの一人歩きというやつでしょうか。あるいは、もう何十年もライバルやってるオプティマスとメガトロンのキャラ性ゆえでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 時には夜更かしを

今回は説明回だと言ったな? あれは嘘だ! な、今回。
山もオチもない、話となっております。

※2015年12月20日、改稿。


 遠い遠い昔、かつて、トランスフォーマーたちの暮らす世界、惑星サイバトロンは豊かな場所だった。

 サイバトロニアンを治めるプライム王朝は強大な帝国を築き上げ、平和が保たれていた。

 だがある時、プライム王朝の一人、名前も失われた堕落せし者(ザ・フォールン)が眷属を率いて反乱を起こしたのだ。

 

 ディセプティコンの始まりである。

 

 これに対し、プライム王朝を中心に民間人によって組織されたのが、オートボットであった。

 

 ザ・フォールンは彼の兄弟であるプライムたちによって倒され、一応の平和が訪れたかに見えた。

 しかし、この頃からサイバトロンはエネルギー不足に悩ませられるようになり、エネルギーを巡って争いが起こるようになった。

 そして、メガトロンが現れたのである。

 彼は圧倒的な力で、ディセプティコンを傘下に収めると、オートボットに対して戦争を始めた。

 

 永い、永い戦争だった。

 

 戦いの末、サイバトロンは荒廃し、星そのものが死に瀕していた。

 さらにトランスフォーマーに命を与え、世界を創り出す大いなる存在、オールスパークが宇宙へと失われた。

 しかし、それでも戦いは終わらなかった。

 

 メガトロンは、種の命脈を保つため、他の世界への侵略を目論んだのである。

 

 オートボットはそれを阻止するために戦った。自分たちの世界の問題を他の世界に持ち込む訳にはいかない。

 ディセプティコンによって建造された、時間と空間を越えるための装置、『スペースブリッジ』の下で決戦が行われた。

 

 しかしスペースブリッジは不完全だったのだ。

 

 それは、その第一人者が健在だった頃から、不安定で危険な技術だった。

 スペースブリッジは暴走を起こし、その場にいた者たちを全て転送してしまった。

 戦い合っていた、オートボットとディセプティコン。その両者を。

 

 この、ゲイムギョウ界へと。

 

  *  *  *

 

「これが、我々がゲイムギョウ界へと来た理由だ」

 

 オプティマスは語り終えると、オプティックから投射していた立体映像を消した。

 プラネテューヌの某所、オプティマスが運び込まれていた地下倉庫。

 ここに、四人の女神とその妹たち、教祖イストワール。そして二体のトランスフォーマーが集まっていた。

 あの後、ネプテューヌがビークルモードのオプティマスに、それ以外の面々がバンブルビーにそれぞれ乗り、プラネテューヌへと帰りついた。

 プラネタワーで取りあえずの治療を受けた一同は、オプティマスから話を聞くため、彼らが修理を受けているここへ、改めてやって来たのである。

 そこでオプティマスが語った話は、一同の想像を遥かに絶するものだった。

 最初は「帝国って、悪者みたい」と、茶化していたネプテューヌも、途中から絶句していた。

 世界を滅ぼすほどの戦争も、それでもなお戦い続けるトランスフォーマーたちも、理解を超えている。

 

「なんて言うか、すごい話だったわね……」

「うん、星が滅んじゃうような戦いだなんて……」

 

 ユニが、なんとか声を絞りだし、ネプギアも茫然と呟く。

 その後ろでは、ロムとラムが肩を寄せ合って震えていた。

 話の内容もそうだが、オプティマスが話が分かりやすいようにと投射した立体映像の迫力もこたえたらしい。

 

「……いろいろと、言いたいことはあるわ。でも、それは後にする。問題は、ディセプティコンは今後どういう行動に出るか、ということよ」

 

 ノワールが静かに言い、ブランが頷く。

 

「それから、それに対してどういった対策を取るか……」

「そうですわね。敵の戦力が未知数である以上、下手な手は打てませんわ」

 

 ベールもそれに同意する。

 

「う~ん、どうしたもんかなあ」

 

 ネプテューヌも珍しく腕を組んで考えこんでいる。

 と、オプティマスが発言した。

 

「そのことなんだが、私の仲間を集めようと思う」

「仲間って、ビーみたいな?」

 

 ネプテューヌがたずねると、オプティマスは頷いた。

 ちなみにビーとはネプテューヌが付けた、バンブルビーのあだ名だ。

 彼女にしてはマトモだと一同が驚き、グータラ女神が怒る場面があったのだが、それは置いておく。

 

「そうだ。ディセプティコンに対抗するためには、こちらも戦力を増強する必要がある。そのために、おそらくはゲイムギョウ界の各地に転送されたはずの、部下たちに召集をかける。何人集まるかはわからないが……」

 

 オプティマスは力強く言った。

 

「そうなんだ。部下を……へ? 部下?」

「そう言えば、バンブルビーさんも、『司令官』と呼んでいますね」

 

 ネプテューヌはオプティマスの発言に驚き、イストワールはむしろ納得がいった様子だ。

 立ち振る舞いや、理知的な言動からただ者ではないだろうと踏んでいたからだ。

 

「『そうだよ』『ここにおわすお方を、どなたと心得る』『我らが』『総司令官!』」

 

 バンブルビーがラジオ音声と身振り手振りで、オプティマスを称える。その姿は本当に誇らしげだ。

 

「総司令官、と言うことは、あなたがその、オートボットの代表……と考えていいのかしら」

 

 ブランが静かにたずねる。オプティマスは大きく頷いた。

 

「そうなる。ちょうど良い機会だ。改めて自己紹介しておこう。私はオートボット総司令官オプティマス・プライム。そして彼は、我が軍の情報員バンブルビーだ」

「『よろしく!』」

 

 バンブルビーは、ラジオからノリの良い音楽を流しながら、踊るように動いて見せる。それにつられて、ロムとラムも元気を取り戻した。

 

「へ~、そうなんだ。……でも情報員ってなに?」

 

 ラムがそう聞けば、バンブルビーは嬉しそうにラジオを鳴らし出した。

 

「『よくぞ聞いてくれました!』『情報員とは!』『味方に』『先行して』『敵陣に切り込み!』『蝶のように舞い、蜂のように刺す!』『すごい奴なんDA☆』」

「つまり、斥候ね」

 

 ノワールが総括した。

 

「せっこうって……?」

 

 ロムが聞けば、バンブルビーは再び嬉しそうにラジオを鳴らし出した。

 

「『よくぞ聞いてくれました!』『斥候とは……』」

「それはもういいから! 話を進めてちょうだい!」

 

 ノワールの剣幕に、バンブルビーがラジオ音声を引っ込める。

 

「え~と、それじゃあ、私に質問があるんですが……」

 

 ネプギアが、控えめに発言する。オプティマスは先を促した。

 

「ビーについてなんですけど、なんで喋れないのかなって」

 

「確かに、オプティマスは普通に喋ってるのにね」

 

 ユニも、ネプギアの言葉に同意する。オプティマスは流暢に言葉を紡いでいるのに対し、バンブルビーは、ラジオ音声か、ノイズのようなたどたどしい言葉でしか話せない。疑問に思うのは当然だった。

 その疑問に対するオプティマスの言葉は、衝撃的なものだった。

 

「バンブルビーの発声回路は、かつての戦いで破壊されたのだ。……メガトロンに」

「そんな、酷い……」

 

 ネプギアは後悔した。酷いことを聞いてしまった。

 

「『気にしない、気にしない』『もう慣れたし』」

 

 しかし、バンブルビーの反応は軽いものだった。

 

「ごめんなさい、ビー……」

 

 それでは気が治まらず、ユニも謝る。

 

「『だから』『気にしないでって』『オイラも』『気にしてないから』」

 

 バンブルビーがおどけてみせた。

 

「ありがとう……ビー」

 

 ネプギアが微笑むと、バンブルビーは照れたように電子音を一つ鳴らした。

 

  *  *  *

 

 今後のことについては、ディセプティコンが攻めてきた場合、女神、およびオートボットが速やかに救援に向かうということで、ひとまず落ち着き、オプティマスは引き続き、この倉庫で修理を受け、バンブルビーはそれに付き添うそうだ。

 女神たちと候補生たちは、プラネテューヌのアーパー女神の「どうせなら、泊まってきなよ!」と言う言葉に日も暮れてきたし、ということで、それぞれの教祖に連絡を入れ、今夜はプラネタワーにお世話になることになった。

 

 そして夜遅く、プラネタワーのバルコニーに、ノワールの姿があった。黒の女神は寝間着のまま、どこか物憂げにプラネテューヌの街並みを眺めている。

 そこに近づいていく者がいた。

 

「なにしてるの~? ノワール~?」

 

 ネプテューヌである。彼女の声に、ノワールは振り向いた。

 

「ネプテューヌ……」

「眠れないの?」

 

 ネプテューヌの言葉に、ノワールは薄く微笑んで頷いた。

 

「ちょっとね。……ねえ、ネプテューヌ」

「なに?」

「オプティマスの話、どう思った?」

 

 ネプテューヌは少し考えてから答えた。

 

「長かったな~、って思ったかな。オプっちって、絶対話長いタイプだよね」

「いや、そうじゃなくて……、はあっ、もういいわ」

 

 帰ってきた答えは、ある意味ネプテューヌらしいものだった。

 しかし、ここでネプテューヌのペースに飲まれるわけにはいかない。

 

「あいつらは……、トランスフォーマーは危険だと、私は思うわ」

 

 ノワールのその言葉に、ネプテューヌは珍しく眉をひそめる。

 

「どうして? オプっちは、わたしたちを助けてくれたよ」

「そのことについては、私も感謝してる。でもね、オートボットにせよ、ディセプティコンにせよ、あいつらはゲイムギョウ界に戦いを持ち込もうとしてる。私たちには、戦争をやめろって言ってきたクセにね」

「…………」

 

 ネプテューヌは、ノワールの言葉を聞いて、少し考え込む素振りを見せる。

 珍しい反応だと思いながらも、ノワールは話を続けた。

 

「それに、言ったらナンだけど、世界が滅ぶほどの戦いも、その後も戦い続けるのも異常だと思う。正気の沙汰とは思えないわ」

「そうかな?」

 

 ネプテューヌが言葉を挟む。

 その声色は、どこか真剣みを帯びていた。

 ある意味において彼女らしくない。

 

「わたしたちだって、ずっと続けてきたじゃん。……戦いを」

「ッ! それは! シェアの奪い合いは、国を発展させるためのものよ! あいつらの戦いとは違うわ!」

「同じだと思うよ。少なくともわたしは」

 

 ネプテューヌは、バルコニーの手すりに寄りかかる。

 プラネテューヌの夜景を見る彼女の目は、物憂げだ。

 

「よく分かんないけどさ、女神同士でシェアの奪い合いをしてた頃って、楽しくなかったんだよ。みんな凄い必死で、他を潰してやるって感じでさ。どうせなら、みんなで話したり、ゲームしたりするほうが楽しいって思ってたから、だから友好条約を結ぶって話が出たとき、ホントに嬉しかったんだ」

「ネプテューヌ……」

 

 ノワールは戸惑っていた。いつも呑気でグータラ、あっけらかんとしたこの女神が、こんなことを考えていたなんて、思いもよらなかった。

 

「きっと、オプっちも同じなんだよ」

 

 ネプテューヌは続ける。いつのまにかその顔は優しい笑顔になっていた。

 

「オプっちだって、ずっと戦ってきたからこそ、平和を大切にしたいんだと思う」

 

 そこまで言って、ネプテューヌは少しおどけた表情になる。

 

「な~んてね! ちょっと真面目すぎたかな? わたしのキャラじゃないよね~!」

「まったく、あなたって娘は」

 

 真面目さが長続きしない。だが、こういうところが、ネプテューヌの魅力の一つだろう。

 ノワールも肩の力が抜けた。

 正直オートボットたちの事を受け入れられたわけではないが、ディセプティコンに対抗するためには、彼らの力が必要なのも確かだ。

 

「ねえ、ネプテューヌ」

 

 だからこそ。

 

「なにかあったら、私を頼りなさいよ」

 

 そこまで言って、ノワールはそっぽを向く。しかし、その顔は暗くてもわかるほど赤く染まっていた。

 

「な、仲間、なんだから」

 

 ネプテューヌは満面の笑みを浮かべた。

 

「うん!」

 

  *  *  *

 

「まったく、素直ではないわね……」

「まあ、それがノワールの魅力ですわ」

 

 そんな二人を物陰から覗き見る影があった。

 

 ブランとベールである。

 

 二人も眠れずにバルコニーで涼もうとしたところ、話している二人を見つけ、様子を伺っていたのである。

 後日、このことをネタに二人してノワールをからかい、彼女を大いに照れさせることになるのだが、それはまた、別の話だ。

 

 プラネテューヌの夜は更けていく。

 

  *  *  *

 

 真夜中を過ぎた頃、プラネテューヌ某所の地下倉庫、その入り口。

 オプティマス・プライムは、ここに立って何かを待っていた。傍らには、バンブルビーもいる。

 この場所は都市部から少し離れた森の中にあり、人目にはつかない。

 やがて、自動車のエンジン音が聞こえてきた。

 それとともに車のライトと思しき光がこちらに近づいて来る。

 三台の自動車が走ってくるのを、オプティマスのオプティックが捉えた。

 

 一台は、リアウイングのついた銀色のスポーツカー。

 

 一台は、無骨な黒いピックアップトラック。

 

 最後の一台は、真っ赤なスポーツカーだった。

 

 三台の車は、まるで訓練された兵士のように、オプティマスの前に整列する。

 オプティマスは親しげに一台一台に話しかける。

 

「ジャズ、古き友よ」

「オプティマス! 無事でよかった!」

 

 銀色のスポーツカーは、バンブルビーよりも、なお小柄だが流麗な体と、オプティックを覆うバイザーが特徴的な戦士へと変形する。

 若々しい雰囲気だが、同時に油断ならない『何か』を感じさせる戦士だった。

 

「アイアンハイド」

「いつ呼んでくれるかと思ってたぜ、オプティマス」

 

 黒いピックアップトラックは、大柄で筋肉質な男性を思わせる無骨な体躯と、右目の傷跡、両腕に備え付けられたガトリング・キャノンが特徴的な戦士へ。

 彼は正しく歴戦の猛者然とした、戦う男の空気を纏っていた。

 

「ミラージュ」

「まったく、有機生命体だらけで、おかしくなるところだった」

 

 真っ赤なスポーツカーは細く引き締まった体躯と、両腕の湾曲したブレードが特徴的な戦士へと姿を変える。

 曲線で構成されたボディと鋭い視線が、他の二人に比べて『若い』印象を与える。

 

 オプティマスは、柔らかい笑みを浮かべた。

 

「皆、無事で良かった」

「『おお、仲間たちよ!』『再会を喜ぼうぞ!』」

 

 バンブルビーも、ノリの良い音楽を鳴らして喜びを表現する。

 

「俺たちも嬉しいよ。オプティマス、バンブルビー」

 

 ジャズが代表して言う。彼はオプティマスの副官であり、気心の知れた友人だ。

 

「しかし、これで全員か……」

 

 オプティマスは、難しい顔になる。思っていたよりも少ない。

 アイアンハイドも、厳しい顔だ。

 

「サイドスワイプとは連絡が取れたが、自分がどこにいるのか、把握できてないらしい」

「アイツは迷子癖があるからな」

 

 ミラージュが茶化すように言うが、アイアンハイドに睨まれ、やれやれと肩を竦める。

 

「双子とレッカーズとも連絡がついたが、場所が遠すぎてこれないようだ。……残りの連中とは、連絡がつかない。なんらかの理由で通信ができないのか、あるいは……」

 

 ジャズが報告すると、オプティマスは途中で手を上げてそれを遮る。

 

「わかった。今は仲間たちの無事を信じよう」

 

 オプティマスは、集まった仲間たちを見回す。数こそ少ないが頼れる戦士たちだ。

 と、ジャズが発言する。

 

「オプティマス。まずは仲間たちを集めるべきだ」

「もちろんだ、ジャズ。しかし、その前に皆に話しておきたいことがある」

 

 オプティマスは、オートボットたちにこれまでの経緯を話しだした。

 

  *  *  *

 

「それじゃあ、もうディセプティコンと一戦やらかしたのか!? どうして俺を呼んでくれなかったんだ! その場に俺がいれば、ディセプティコンの奴らを細切れにしてやったってのに!」

「まあ、落ち着けって」

 

 アイアンハイドが怒ったような声を出し、それをジャズが諌める。

 

「しかし、たしかに無茶をしたな。ボロボロじゃないか」

 

 そう言ってジャズは上官の全身をスキャンした。

 

「ああ、ここの人々の修理のおかげで、だいぶ良くなったが、それでも本調子とは言い難いな」

 

 イオンブラスターは使えるようになったものの……プラネテューヌの技術者たちが、イストワールに無断で修理していたのだ……エナジーブレードは右腕しか使えないし、運動機能は80%ほどといったところだ。

 

 本調子には程遠い。

 

「せめて、ラチェットがいればな……」

 

 ジャズが、ここにはいない仲間の名を口に出す。

 ラチェットとは、オートボットの軍医であり、オプティマスにとっては古い仲間の一人だ。

 彼がいれば、オプティマスの怪我も治せるはずだ。

 しかし、オプティマスは首を横に振る。

 

「今いない者のことを言ってもしかたがない。問題は、今いるメンバーで、どうディセプティコンに対抗するかだ」

「ちょっと待ってくれ。ディセプティコンのクソどもを始末するのは良いとして、有機生命体と協力するってのは、納得がいかない」

 

 ミラージュが口を挟むと、アイアンハイドも頷く。

 

「俺たちだけで十分じゃないか?」

「しかしな、アイアンハイド、ミラージュ。俺たちにとってこの世界は未知もいいとこだ。この世界の住人の協力を得られるなら、願ってもないことだぜ」

 

 ジャズが冷静に言う。

 それに対し、アイアンハイドは不承不承頷いたが、ミラージュは納得がいかないといった様子だ。

 オプティマスは一つ排気すると、静かに話だした。

 

「私はこの世界で、取り返しのつかない過ちを犯してしまうかもしれなかった。この世界にようやく訪れた平和を破壊してしまうところだったのだ。しかし、私は幸運にも許しを得た」

 

 オプティマスは仲間たちを見回し、続ける。

 

「そして知った。この世界に生きるものたちにも、我々と同じく慈しみの心があり、友情があるのだ。私は、私の信じる正義において、彼女たちを守らなければならない。……皆が反対したとしても、私一人でも」

 

 その言葉に、オートボットたちがざわつく。

 やがて、ジャズが一歩前に出た。

 

「やれやれ、こうなったらプラズマ嵐が来ようと意思を曲げないのがアンタだ。俺は付き合うぜ。どこまでもな」

 

 そう言って、その場で踊るようにクルリと回ってみせる。

 

「それに、この世界も悪かない。特に音楽が最高だ!」

 

 陽気なジャズに、オプティマスは思わず笑みを浮かべる。

 彼には助けられてばかりだ。

 続いてアイアンハイドが一歩進み出る。

 

「今まで俺は、アンタの命令に従ってきた。……これからもだ」

 

 アイアンハイドは、自慢のキャノン砲を回転させる。

 

「早いとこ命令をくれ。俺のキャノン砲が火を噴きたがってるぜ」

 

 オプティマスは力強く頷く。

 アイアンハイドはいつだって頼りになる戦士だ。

 そして、ミラージュが先に進み出た二人の横に並んだ。

 

「……言っとくが俺は、有機生命体と仲良しこよしなんて、できないね」

 

 どこかふてくされたように言う。

 

「だが、ディセプティコンをスクラップに変えてやるのに必要なら、まあ、歩調を合わせてやるくらいはするさ。……アンタの命令だからな」

 

 ミラージュのぶっきらぼうな言葉にオプティマスは笑みで応える。

 

「それで十分だとも」

 

 ミラージュはまだ若い。

 だからこそ、可能性を強く感じる。

 最後にバンブルビーが、オプティマスの前に進み出た。

 

「『いまさら』『オイラの』『答えが必要かい?』」

 

 オプティマスは首を横に振る。

 バンブルビーは年少だが、だれよりもオプティマスを信頼しているのだ。逆もまたしかり。

 オプティマスは、静かに頭を下げる。

 

「皆、ありがとう」

 

 ジャズが慌ててそれを止める。

 

「おいおい! よしてくれよ、オプティマス! 司令官がそんなふうに頭を下げるもんじゃない!」

 

 アイアンハイドも少し呆れたように排気してから、話題を振る。

 

「それで? その奥には俺たちの分のスペースは有るんだろうな?」

「あと、もちろんエネルギーもな。腹がペコペコだ」

 

 ミラージュがそれに付け加える。

 

「そうだな、ではオートボット、中に入ってくれ」

 

 オプティマスが軽く笑い、地下倉庫の中に入るよう促した。

 

 地下倉庫に勤務する警備員や技術者たちは、突如現れた新たなロボットたちを前にして、

 

「ロボットが増えたぞ!」

「やったねタ○ちゃん!」

「やwめwれw」

 

 という会話を繰り広げつつ、大いに喜び、オートボットたちを困惑させたのだった。

 

 夜はまだ続く。

 

  *  *  *

 

 ここは、ディセプティコンが臨時基地としている廃村。

 

 その一角にある一軒家。

 朽ちた家々が並ぶなか、なんとか原型をとどめているここで、ディセプティコンに捕らえられたキセイジョウ・レイは生活していた。

 なにせ、ディセプティコンたちにレイの世話をすると言う発想はない。

 自分の面倒は自分で見るしかなかった。

 幸か不幸か、レイは一人暮らしの長い身だ。掃除洗濯自炊くらいはできる。

 加えて、井戸は枯れていなかったし、食糧はフレンジーが山林から小動物や野草を採って来てくれた。

 なぜか、そう言ったものを口にするのに抵抗を感じなかったし、廃村に残された時代遅れの生活用品も使い方が分かった。

 着替えも、廃村のあちこちから使えそうなのを見つけてきた。

 彼女は快適とは言えないながらも、なんとか生活できているのであった。

 

「ふわぁ……」

 

 レイは欠伸を一つしつつベッドを抜け出す。眠れないので、軽く散歩をすることにしたのだ。

 民家の居間に置かれたソファーに陣取り、どうやって持ち込んだのかテレビを夢中で見ているフレンジーに一言断り、家を出ると、舗装されていない道を歩いていく。

 ブラックアウトかグラインダーと思しい影が道の向こうを歩いているのが見えた。

 途中、共生主もしくはその同型機と同じく警備任務についているらしいスコルポノックとすれ違った。

 軽く手を振ると、鋏を振り返してくれた。

 彼らはレイに手出しをしないようにメガトロンから命じられているが、無論、この村を逃げ出そうとすれば話は別だ。

 村の中央広場につくと、礼拝堂から光が漏れているのが見えた。

 

「……?」

 

 レイは、その光に吸い寄せられていく。

 中を覗いて見ると、メガトロンが幾何学模様の球体の前に立っていた。

 

「もうすぐ、もうすぐだ。待っていろ……」

 

 レイの気のせいだろうか。

 ありえないと言っていい、どこか不器用な優しさを感じさせる声色だった。

 レイはメガトロンに近づき、巨体を見上げると声をかけた。

 

「……いったい、それは何なんですか?」

 

 そこで初めて、メガトロンは足元に近づいてきたレイに気が付いたようだった。

 

「貴様か。何の用だ?」

 

 メガトロンの声色は、いつもの地獄から響いてくるような低いものになっていた。

 質問に答える気などまったくないことが分かる。

 

「……ね、眠れなくて」

 

 レイは自問する。

 なんで、この恐ろしい怪物に話しかけてしまったのか。

 この破壊大帝なる存在が、一片でも優しさを見せるはずがない。

 

「とっとと眠れ、貴様にも仕事をしてもらうのだからな」

 

 それだけ言うと、メガトロンは球体に視線を戻す。

 何やらフレンジーに仕事を言いつけ、それに自分を巻き込もうとしているのは知っていた。

 

 無論、拒否権などないことも。

 

 レイは何も言わず、その場を走り去ろうとしたが、メガトロンが球体から視線をそらさずに声を出した。

 

「これが、何か? と、聞いたな」

 

 レイは振り返り、メガトロンを見上げた。

 破壊大帝は、顔だけをレイの方に向けるとニヤリと笑う。

 

「これは……、希望だ」

「希望……」

 

 レイは首を傾げる。

 メガトロンには、あまりに似つかわしくない言葉だった。

 しかし、そんなレイに気付かないのか、無視しているのかメガトロンは再び球体の方を向いて、もうレイの方を見なかった。

 

「さあ、さっさと眠るがいい。夜明けとともに、仕事に取り掛かるぞ」

 

 レイは足早にその場を去る。

 寝床への帰り道、またスコルポノックとすれ違った。

 今度は向こうから鋏を振ってくれたが、振り返す余裕はなかった。

 民家に帰りつき、まだテレビを見ているフレンジーにただいまを言うと、すばやくベッドにもぐりこむ。

 

 ベッドの中で、レイは悩む。

 

 メガトロンの命じる仕事をするということは、ディセプティコンに協力すると言うことだ。

 それは嫌だったが、命は惜しいのだ。他にどうしろというのだ。

 考えているうちに睡魔に襲われ、レイは眠りに落ちた。

 

 夜明けが近づいていた。

 




TF的お約束 その5 言動が物騒なアイアンハイド。
と言うわけで、嵐の前の静けさな回でした。
作者的には、誰特なレイパート(=ディセプティコンパート)が受け入れてもらえているかが心配です。
次回こそ、さあ、戦いだ!(多分……)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 昔と今と

第9話です。
前回の設定ミスですが、そのまま突っ走ることにしました。
この話は、あくまでもパラレルです。そういうことにしておいてください。

※2015年12月23日、改稿。


「よう!」

 

 在りし日の惑星サイバトロンは首都アイアコンの中央議事堂。

 その通路を歩いていた若きオプティマスは、急に後ろから声をかけられた。振り返ると見たことのない灰銀色のトランスフォーマーが、柱の影に腕を組んで立っていた。

 

「おまえが、オプティマスか?」

 

 そのトランスフォーマーはニヤリと笑いながら、オプティマスに近づいてきた。

 こうして近くに立つと、その大きさが分かる。

 大柄な部類のオプティマスよりも頭一つ分は上回る巨体だ。真っ赤なオプティックが印象的だった。

 オプティマスはその顔を見上げ、たずねる。

 

「そうですが、なにか御用ですか?」

「なに、一介の司書から現プライムの従士に抜擢されたラッキーボーイの顔を見ておきたくてな」

 

 ああ、またか、とオプティマスは思った。こういう手合いは最近多い。

 

 好奇、羨望、そして嫉妬。

 

 現プライムの弟子になることになってから、嫌と言うほど味あわされた、トランスフォーマーの一面。

 この男もそうなのだろうと、オプティマスは思考する。

 しかし、その灰銀のトランスフォーマーは、ニッと気さくな笑みを浮かべた。

 

「なにせ、初めての弟弟子だからな」

 

 その言葉に、オプティマスは打って変わって明るい表情になる。

 

「それじゃあ、あなたがメガトロン? あの有名な!」

 

 オプティマスの言葉に、メガトロンは照れくさそうな顔になる。

 

「まあ、そうなるな」

「あなたの噂は聞いています! 鉱山労働者から剣闘士を経て、ついにプライムの従士にまでなった、ヒーローだと!」

 

 興奮して捲し立てるオプティマスを、メガトロンが手で制す。

 

「まあ待て、兄弟、歩きながら話そうじゃないか」

「はい! ……兄弟?」

「同じ炉のエネルゴンを食うんだ、兄弟みたいなものだろう? 敬語もいらん!」

 

 そう言ってメガトロンは、笑顔でオプティマスの背を力強く叩く。

 

「さあ、おまえの話を聞かせてくれ! オプティマス!」

「は……ああ! 君の話も聞きたいな! メガトロン!」

 

 二人は顔を見合わせて笑い合いながら、通路を歩いていった。

 

 こうして兄弟弟子は親友になった。

 二人は互いに強い信頼で結ばれ、向かう所敵なし、サイバトロン最強のタッグと呼ばれるようになるのに、時間はかからなかった。

 

 オートボット総司令官オプティマス・プライムと、

 

 ディセプティコン破壊大帝メガトロン。

 

 後にそう呼ばれることになる二人の若き日の姿だった。

 

  *  *  *

 

「ふわぁぁ…… おはよ~う」

 

 ネプテューヌが欠伸をしながら寝室からリビングに出てくると、そこにはすでに彼女を除く女神と女神候補生、そしてイストワールが勢ぞろいしていた。

 さらに、大きめの上着を着て茶色い髪を長く伸ばした小柄な少女と、毛糸のニットを着てフワフワとした長い髪の柔らかい雰囲気の少女がいた。

 

「あいちゃん、こんぱ! 来てたんだ!」

 

 ネプテューヌが、元気に声をかけると、あいちゃんと呼ばれた少女とコンパと呼ばれた少女がそちらを向く。

 彼女たちは、茶髪の少女がアイエフ、ふわふわ長髪の少女がコンパといい、アイエフはプラネテューヌの諜報部員として、コンパは看護員として、それぞれ働いており、ともにネプテューヌの親友だ。

 

「ねぷねぷ、おはようです!」

「遅いわよ、ネプ子! もう、ご飯できてるわよ」

 

 コンパとアイエフがそれぞれ返事をした。

 一国の統治者たる女神に対して、あまりに親しげな態度であるが、それを無礼ととがめる無粋な輩は、この場にはいない。

 何よりネプテューヌ自身がそれを望まない。

 

「お姉ちゃん、おはよう!」

 

 ネプギアも姉に朝の挨拶をする。

 

「おはよう、ネプギア! みんなもおはよう!」

 

 ネプテューヌも挨拶すると、皆もそれぞれ朝の挨拶を返してくる。

 見れば、長テーブルの上には、すでに朝食が並べられている。

 ネプテューヌはそそくさと、自分にあてがわれた席に着く。

 なにはともあれ、朝ご飯だ。

 

  *  *  *

 

 しばらくは皆で談笑しながら朝食に舌鼓をうっていたが、ネプテューヌがリモコンを取り、テレビのチャンネルを変える。

 

「いや~、やっぱりこの時間は、鼻緒と餡だよね!」

 

 鼻緒と餡とは、この時間にプラネテューヌ国営テレビで放送している連続テレビ小話だ。

 

「私、見たことないのよね」

 

 ノワールが興味なさげに言う。

 

「アタシは見てる。結構、面白いよ!」

 

 ノワールの隣に座っているユニが、テレビの方を向く。

 

「確かになかなか良く出来てますわね、我がリーンボックスのドラマには及びませんけれど」

 

 ベールは、褒めつつも自分の国の自慢は欠かさない。

 

「あなたの国のドラマは、『キリのいいところでやめる』という言葉を知るべき……」

 

 ブランが、ベールに突っ込みを入れつつ、テレビに視線を向ける。

 

「おもしろそうね! 見てみよう、ロムちゃん!」

「うん、ラムちゃん(わくわく)」

 

 ロムとラムも興味津々だ。

 ネプギア、イストワール、アイエフ、コンパも画面を見る。

 ニュースが終わり、鼻緒と餡のオープニングが映った瞬間、画面にノイズが走り、次に映ったのは、悪鬼羅刹のごとき恐ろしい顔のアップだった。

 そしてそれは、女神たちにとって、忘れたくても忘れられない顔だった。

 

『メガトロン!?』

 

 四女神の声が重なる。

 

「ねぷぅ!? なんでメガトロンの顔がアップで!? 放送事故ってレベルじゃないよ! 全国の小さいお子様やご高齢のかた、または心臓の弱いかたが卒倒しちゃうよ!? というか、鼻緒と餡は!? 鼻緒と餡はどうなってるの!?」

「落ち着いて、ネプ子」

 

 早口で喚くネプテューヌをアイエフがなだめた。

 

「この人が…… メガトロン」

「こいつが、お姉ちゃんたちを倒した……」

 

 ネプギアとユニがメガトロンの恐ろしい顔を見て、震えた声をだす。

 ロムとラムも、その迫力に震えている。

 女神化した姉たちの強さを知っている女神候補生たちにしてみれば、メガトロンは衝撃的な存在だった。

 

「これは……」

「電波ジャックね……」

 

 ノワールとブランは冷静だ……少なくとも表面上は。

 

「今、連絡してみましたが、プラネテューヌ国営テレビの方ではこの映像を消せないそうです。それだけでなく、他の局も同じ状態だとか……」

 

 イストワールは、小さな体で器用にチャンネルを変えながら、緊迫した面持ちで言った。他のチャンネルも全てメガトロンのアップだ。

 画面の中のメガトロンは重々しく言葉を発した。

 

「初めまして、ムシケラどもよ。我こそは破壊大帝メガトロン、ディセプティコンのリーダーだ」

 

  *  *  *

 

 家庭の、職場の、街頭の、あらゆるところのテレビにメガトロンが映っていた。

 

「我らディセプティコンは、エネルギーを求めている。莫大なエネルギーをだ」

 

 その声には、恐ろしげで侮蔑的にもかかわらず、人々の注目を集める力があり、プラネテューヌの国民たちはテレビに釘付けになっていた。

 

「先日、ラステイションの海底油田を襲撃したのも我々だ。結果は知ってのとおり、油田には破壊が降りかかった。なぜか? 我々の要求を拒む者がいたからだ」

 

 メガトロンはニヤリと嗤って見せる。

 

「そう、貴様らが頼りにする女神どもだ。だが、奴らはディセプティコンの前に敗北したのだ!」

 

 テレビの前の国民たちに動揺が走る。

 

「さて、ここで我らからの要求だ」

 

 メガトロンは国民の間に動揺が十分に広がったのを見計らうかのように、間を開けてから言葉を続ける。

 

「先も言ったとおり、我々ディセプティコンはエネルギーを求めている。そこで、貴様らの持つ最大のエネルギーであるシェアエナジー。それをプールしておくことのできるシェアクリスタルを渡してもらおう!」

 

  *  *  *

 

「女神どもが無力であると分かった今、我々に対抗できる戦力は残されてはいまい!」

「野郎! 好き勝手抜かしやがって!」

 

 アイアンハイドは、地下倉庫の壁に掛けられた巨大なモニター、そこに映るメガトロンに向かって罵声を飛ばす。

 

「オプティマス、すぐに出撃しよう! 奴を叩き潰してやる!」

「落ち着けって、アイアンハイド」

 

 逸るアイアンハイドをジャズが諌める。

 ミラージュは壁に寄りかかってそんな二人を見ている。

 バンブルビーは、オプティマスの横で困ったように電子音を鳴らした。

 

「これが落ち着いていられるかよ! 我が物顔のメガトロンを見るだけで回路がショートしちまいそうだぜ! 一体、いつになったらあのクソッタレを始末しろって命令をくれるんだ!」

「待つんだ、アイアンハイド。まずはネプテューヌたちと合流しよう」

 

 なおも言い募るアイアンハイドだが、オプティマスは首を横に振った。

 不満そうなアイアンハイドに加え、ミラージュも無言で不満を訴えている。

 

 なぜ、わざわざそんなことをするのかと。

 

 オプティマスがなにか言うよりも早く、バンブルビーがラジオ音声を流した。

 

「『郷に入っては郷に従え』」

 

「そのとおりだぜ。ここは俺たちの世界じゃない。ここの住人に義理を立てておくのが、筋ってもんだ」

 

 ジャズもその言葉に頷く。

 異文化交流の第一人者でもある副官の言葉に、ようやく二人も納得したらしい。

 オプティマスは、これは先が思いやられるな。と内心で呟いていた。

 

  *  *  *

 

「我らの要求に対し、愚かにもノーと答えた場合、プラネテューヌの街は破壊で埋め尽くされることになるだろう。逆にイエスと答えた場合、貴様らの生命を保障してやろう」

「ふざけないで! このガラクタ野郎!」

「落ち着きなさいな、ノワール」

「でも、たしかにふざけてやがる……」

 

 ノワールが、画面の向こうのメガトロンに怒り心頭で怒鳴りつけ、ベールがそれを諌める。そしてブランは怒りを内燃させながらも画面を見ていた。

 シェアクリスタルは、国民の信仰心から得たシェアを集め、女神へと中継する大切な物だ。

 よこせと言われて、はいどうぞと渡せるものでは、断じてない。

 第一、メガトロンがシェアクリスタルを手に入れたとしても、シェアエナジーを引出せるとは思えない。

 

「正午まで待ってやる! それまでに答えを決めるがいい!……フフフ、フハハハ、ハァーハッハッハッハッ!!」

 

 笑い声が途切れるとともに、メガトロンの映像が消え、放送事故特有の『しばらくお待ちください』の画面になる。

 ノワールはまだその画面を睨みつけている。

 

「答えなんか、決まってるわ! そうよね、ネプテューヌ!」

 

 ネプテューヌは力強く頷いた。

 

「うん! 鼻緒と餡を潰すような奴に、シェアクリスタルを渡すわけにはいかないよ!」

「いや、あなた…… どれだけそのドラマ好きなのよ……」

 

 ネプテューヌのやる気はあれど呑気な台詞に、ノワールは脱力せざるをえなかった。

 と、電話の音が鳴り響き、イストワールがそれに出た。

 

「はい、こちらイストワール……えッ!? はい、はい! 分かりました。こちらで対処しますので、そのまま抑えておいてください」

 

 イストワールは電話を切ると、ネプテューヌたちのほうを向き、焦った声をだした。

 

「たいへんです、皆さん!」

 

  *  *  *

 

「おい! あの映像はどういうことだ!?」

「女神様が負けたって本当なの!?」

「なにかコメントをください! この件に対する教会の対策は!?」

 

 プラネタワーの前は、いまや先ほどの映像の正否を問う国民たちと、マスコミ関係者でごった返していた。

 警備兵が抑えているものの、今にも教会の敷地に押し入らんばかりだ。

 ゲイムギョウ界の住人にとって、女神の敗北とは、それほど衝撃的なことなのだ。

 

「女神様がやられただなんて!」

「もうだめだぁ…… おしまいだぁ……」

「死にたくない、死にたくなぁぁい!」

 

 国民たちはパニックになりかけている。

 いやすでに一部はパニックを起こしている。

 警備兵だけでは収拾がつかない。

 

「みんな、落ち着きなさい!」

 

 突然、その場に凛とした声が響き渡った。

 国民も、マスコミも、警備兵もその声の主を探す。

 やがて誰かがプラネタワーの上のほうを指差した。

 そこには、二つの長い三つ編みにされた明るい紫の髪、レオタードの如き衣装、そして背中には光の翼。

 

 プラネテューヌの女神、パープルハートことネプテューヌがそこにいた。

 

「あれはネプテューヌ様だ!」

「無事だったんだ!」

「降りてくる!」

 

 国民たちから安堵の声が上がる。

 マスコミたちも、いっせいにカメラを女神たちに向ける。

 

「私たちはこのとおり、無事よ! だからみんな、いったん落ち着いてちょうだい!」

 

 ネプテューヌは呼びかけながら、国民たちの前に降りてくる。

 イストワールから話を聞いたネプテューヌは、聞き終わるやいなやバルコニーに走って行き、そこから飛び降りると同時に変身、こうして空から降りてきたのだ。

 信仰する女神の無事な姿を見て、国民たちは一応の冷静さを取り戻した。

 だが一部の国民やマスコミは、いまだ混乱しているようだ。

 

「ネプテューヌ様! あのメガトロンとか言うのは何なんです!?」

「今回の騒動に対する対策はどうなってるんです!? シェアクリスタルを渡してしまうんですか!?」

「私たちはどうすれば良いんですか!?」

 

 矢継ぎ早に飛び出てくる質問に、ネプテューヌはできるだけ穏やかに答えていく。

 

「みんな、落ち着いてちょうだい。……あのメガトロンは、このプラネテューヌを脅かす悪党よ。そして、そんな奴にシェアクリスタルは渡さない。対策は……」

 

 そこまで言ったところで、ネプテューヌたちと民衆を挟んで反対側に、数台の自動車が走って来たのに気が付いた。

 その先頭は赤と青のファイヤーパターンの大型トラック。オプティマス・プライムだ。

 その後ろには黄色いスポーツカーの姿のバンブルビーもいる。

 ということは、後ろにいる車たちは、彼らの仲間に違いない。

 ネプテューヌは国民たちの頭上を飛び越え、オプティマスのそばに飛び、笑顔で大きく腕を広げる。

 

「対策は! 彼らと同盟を結ぶことよ! さあ、オプっち! みんなに紹介するわ。変形してちょうだい!」

 

 しかし、オプティマスはうんともすんとも言わない。

 

「………どうしたの?」

 

 なんの反応も示さないオプティマスを訝しむうちに、国民たちがザワつきだす。

 なぜ、ネプテューヌは誰も乗っていないトラックに話しかけているのだろうかと。

 

「ちょっとオプっち! いったいどうしたというの?」

 

 そんな空気を感じ、さすがにマズイと思ったネプテューヌは、トラックに顔を近づける。

 すると、ネプテューヌにしか聞こえないような小さな声で、彼女に話かけて来た。

 

「……ネプテューヌ、ここではまずい」

「まずいって…… なにが?」

 

 オプティマスの言葉はネプテューヌには理解不能だった。

トラック姿のロボットは小声で続ける。

 

「我々は、この世界の住人にみだりに正体を明かさないことにしたのだ」

「はあッ!? なんで!」

「混乱を避けるためだ」

 

 それは今更だろう。というか、タイミングが悪すぎる。

 

 ――これでは、自分が無人のトラックに話しかける痛い人ではないか。

 

 ネプテューヌの思考をよそにオプティマスは動かないままだ。

 国民の間の動揺も大きくなっていく。

 ひょっとして自国の女神は頭がおかしくなってしまったのでは?

 オプティマスは静かに続ける。

 

「不必要な接触は、災いを呼びかねない」

「私たちは!? 私たちには変形するところを見せてくれたじゃない」

「君たちは特別だ。私を助けてくれたし、私たちのことを秘密にしておいてくれるだろうと思ったのだが……」

 

 ネプテューヌは、一つ大きく息を吐き、オプティマスの車体に額を当てて静かに言葉を紡ぐ。

 

「……ねえ、オプっち、聞いて」

 

 オプティマスの車体は冷たく硬い。

 しかし、中身はそうではないことをネプテューヌは知っている。

 

「国民たちは怯えているわ。このままでは満足に避難もできない。……私だって本当は怖い。必要なのよ、不安を吹き飛ばして、恐怖を乗り越えさせる。……ヒーローが」

 

 オプティマスは答えない。しかし、葛藤しているのではないかと、ネプテューヌは思った。

 

「それに、このままだと私、トラックに話しかける変な人になっちゃうわ。……私を助けてくれない?」

 

 ネプテューヌの言葉に、オプティマスは根負けしたように、大きく息を吐くような音を出す。

 

「少し、離れていてくれ」

 

 今度は小さな声ではなく、はっきりと聞こえる声だった。

 ネプテューヌは頷くと少し距離を取る。

 オプティマスは覚悟を決め、大きく声を出す。

 

「オートボット戦士、トランスフォーム!!」

 

 その声とともに、ギゴガゴとトレーラートラックが細かく寸断され、パーツが移動し組み変わり、巨大な人型へとその姿を変える。

 そうしてオートボット総司令官オプティマス・プライムが姿を現した。

 

 続いて黄色いスポーツカーが丸っこくて小柄なバンブルビーへと姿を変える。

 

 銀色のスポーツカーも、黒いピックアップトラックも、真っ赤なスポーツカーも、次々と人型へ変形していく。

 

 国民もマスコミも呆気にとられ静まりかえった。

 ネプテューヌは今度こそ笑顔を浮かべ、大きく息を吸い込むと、あたりに聞こえる大きな声で話し始める。

 

「みんな聞いて! 彼らはオートボット、私たちの味方よ!」

 

 ネプテューヌの言葉に国民たちが再びざわつく。

 しかし、否定的な空気ではなかった。

 

「あのロボットたちが味方になってくれるのか?」

「それなら、大丈夫なんじゃないか?」

「たしかに、見た目もヒーローっぽいしな!」

 

 国民から好評を得て、ネプテューヌの笑みが大きくなる。

 

「彼らが私といっしょにディセプティコンと戦うわ!」

 

 居並ぶオートボットたちの先頭に立つオプティマスは大きく頷くと、右拳を高く掲げ、堂々たる声で宣言する。

 

「我らオートボットは、女神とともに戦おう!」

 

 その言葉に国民たちが歓声を上げる。

 巨大で見るからに強そうなロボットたちが味方になってくれたのだ。これほど頼もしいことはない。

 ネプテューヌはホッと一息吐くと表情を引き締める。

 

 ここからが本番なのだ。

 

「みんな! そう言うことだから、今は警備兵の指示にしたがって避難してちょうだい!」

 

 彼女の言葉に、警備兵が国民を誘導するために動きだす。

 メガトロンが予告した時間が近づいていた。

 

  *  *  *

 

 プラネタワー前に集まっていた国民たちは、警備兵に誘導されてすでに避難していた。

 今残っているのは、人間の姿に戻った女神と女神候補生、アイエフとコンパ、イストワール、そしてオートボットたちだ。

 

「時間はないが、皆を紹介しておこう。バンブルビーはもう知っているな。では、彼はジャズ。私の副官だ」

「なんだいなんだい、オプティマス! 女神ってのが、こんな美人さんぞろいなら、もっと早く言ってくれよ!」

 

 オプティマスの言葉に、ジャズがおおよそ副官らしくない、茶化すような声を出す。

 

「あら、お世辞がお上手ですわね」

 

 ベールが、上品に笑う。

 女神たちの中でも、特に美貌に自信のある彼女だ。悪い気はしないらしい。

 

「お世辞じゃないぜ、特にアンタなんか実にイカス」

「まあ」

「どうだい? ディセプティコンを片付いたら、俺と海辺をドライブってのは?」

「考えておきますわ」

 

 ベールはあくまで上品に返す。

 ジャズはヒュウと口笛のような音をだした。

 

「……アイアンハイド、武器のスペシャリストだ」

「まっ、よろしくな、お嬢ちゃんたち」

 

 アイアンハイドはぶっきらぼうに言った。

 

「お、お嬢ちゃん!?」

 

 ノワールは驚いた。

 ラステイションでは彼女のことを、そんなふうに呼ぶものはいない。

 

「お嬢ちゃんでなけりゃ、小娘だな」

「はいぃっ!? あなたねえ、私を誰だと思ってるの!」

「誰だって関係ないさ。俺にとっちゃな」

「……もういいわ。あなたみたいな無礼な奴は初めてよ」

 

 ノワールは鼻を鳴らす。

 アイアンハイドもフンッと排気して終わりだった。

 

「…………そしてミラージュ。まだ若いが、接近戦のプロだ」

「オプティマス、俺は有機生命体と歩調を合わせるとは言ったが、ガキの面倒を見るとはいってない」

 

 オプティマスが紹介するとミラージュは憮然と言い放った。

 

「ミラージュ」

 

 オプティマスが低い声を出す。

 ミラージュは女神たちと視線を合わせようとせずに言葉を出した。

 

「……俺の邪魔だけはするなよ。特にそこのチビガキ」

「…………って、わたしのことか!?」

 

 ブランがミラージュを睨む。

 

「てめえ! だれがチビガキだ! だれが!」

「おまえ以外に誰がいる」

「……OK、どうやら叩き潰されたいらしいな」

「…………」

「無視すんなあッ!!」

 

 ブランが怒鳴り散らすが、ミラージュはそっぽを向いたままだ。

 オプティマスは大きく排気せざるをえなかった。

 一方、ネプテューヌは元気な声をだす。

 

「え~っと、ジャズに、アイアンハイド、それにミラージュだね! それじゃ今度はわたしたちが自己紹介するね! まずはわたし、ネプテューヌ! プラネテューヌの女神なんだ!」

 

 他のメンバーも、ある者は笑みを浮かべて、ある者は溜め息混じりに自己紹介を始める。

 

  *  *  *

 

「では、自己紹介も済んだことだし、そろそろ行動に移ろう」

 

 オプティマスが厳かに言った。

 それを聞いて、オートボットたちの表情が、戦士のそれに変わる。

 

「なにか、ディセプティコンの動きについての情報を知っているものはいないか? どんな小さなことでもいい」

「あの……」

 

 オプティマスの言葉に、イストワールが控えめに手を上げる。

 

「プラネテューヌ近郊の森に、大量のモンスターが集結し、プラネテューヌに向かっているとの報告が入っています。そのなかに、巨大なサソリがいたとも」

 

 その言葉に女神たち、とりわけノワールの表情が硬いものになる。

 無理もない、そのサソリとは、おそらくディセプティコンのスコルポノックだろう。

 彼女とネプテューヌは奴に殺されかけたのだ。

 

「モンスターたちの位置を教えてくれ」

 

 オプティマスの言葉に、イストワールが頷き、彼のブレインサーキットに直接情報をアップデートする。

 かつての女神が作り出した人工生命体である、イストワールならではの技だ。

 

「……ありがとう。これで敵がどこから来るか、おおよその見当がついた」

 

 オプティマスはオートボットたちを見回し、これからの行動について説明する。

 

「敵はシェアクリスタルへの、すなわちプラネタワーへの最短ルートである、メインストリートを行軍してくるはずだ! そこで奴らを迎え撃つ!」

「陽動の可能性は?」

 

 ジャズのその言葉に、オプティマスは首を横に振る。

 

「メガトロンは、プラネテューヌの戦力を過小評価している。自分たちの力を見せつけるように進んでくるはずだ」

 

 ジャズも、その言葉に納得する。

 確かにメガトロンは女神が生存していることも、オートボットと同盟を結んだことも知らないはずだ。

 残った人間などムシケラとしか思わぬ破壊大帝は、危機感を持っていないだろう。

 

「それじゃあ、わたしたちは避難所を護るわ」

「わたしもいっしょに行くです!」

「うん、頼んだよ! あいちゃん! こんぱ!」

 

 アイエフとコンパの言葉に、ネプテューヌも頷く。

 避難所は、プラネタワーの他に何か所かある。

 そこをディセプティコンやモンスターが襲わないとは限らない。

 アイエフがバイクに跨り、コンパを後ろに乗せて走り去ると、ネプギアがおずおずと姉に声をかけた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 不安そうなネプギア。その後ろには他の候補生たちも不安そうな顔で並んでいる。

 

「ユニ、そんな顔しないの、私の妹なんだから」

「ロム、ラム、しっかりするのよ……」

「ネプギアも、プラネタワーをしっかり護ってね!」

 

 ノワール、ブラン、ネプテューヌが、それぞれの妹に声をかけた。

 妹たちは力強くとはいかないものの頷く。

 女神候補生たちには、本丸であるプラネタワーを護るという仕事が与えられたのだ。

 

「うん、お姉ちゃんもがんばってね」

「大丈夫だって、ネプギア! 負けイベントなんて、そんな二回も三回も続くもんじゃないから!」

「う、うん、そうだね」

 

 よくわからない自信を漲らせ、ネプテューヌは笑って見せる。

 オプティマスはそんなネプテューヌに苦い顔で声をかけた。

 

「ネプテューヌ、君たちも下がっているべきだ。戦いは我々に任せてもらってかまわない」

 

 ネプテューヌは、驚いてオプティマスのほうを見上げると、次いでムッとした顔になる。

 

「もう、オプっち! 冗談キツイよ! わたしにだって、この国を護る責任があるんだからね!」

 

 この言葉を聞いて、イストワールが、「どうしていつもこれくらいの責任感をもってくれないのでしょう……」と嘆いていた。

 

「しかし……」

「それに!」

 

 なおも、ネプテューヌを止めようとするオプティマスに、紫の女神はハッキリと言う。

 

「わたしたち、友達でしょう。友達は助け合うものだよ!」

 

 オプティマスは一瞬、驚いたように目を見開き、そして力強い笑みを浮かべる。

「そうだったな。友よ」

 

そう言うオプティマスを見て、ジャズはニヤッと笑う。

 

「なるほど、惚れ込むわけだぜ」

 

 もちろん、恋愛的な意味ではなく、人間性に対してだ。

 ジャズは嬉しくなってきた。

 なにせ、この総司令官を本当の意味で理解している者は、オートボットの中にさえ少ないのだ。

 彼女には、それを期待しても良いかもしれない。

 

「では、行こうか」

「うん!」

 

 オプティマスとネプテューヌは頷き合う。

 そして、オプティマスは整列した四体のオートボットに号令をかける。

 

「オートボット戦士、出動(ロールアウト)!!」

 

 メガトロンの指定した正午が目前に迫っていた。

 




前回のあとがきで、次回は戦いだとか言っておいて、まだ始まらないという……

今回の冒頭における、オプティマスとメガトロンの出会いは完全な妄想です。平和だった時代には、兄貴分のメガトロンが、オプティマスの世話を焼いてたんじゃないかな、と思いまして。
もし、公式設定と違っていても、あくまでもパラレルということで、ご容赦ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 作戦と、その外

今回は短めです。
やっと戦闘に突入(?)

※12月1日 改めて読み直したら、あまりにも酷かったので、あちこち改訂。
 本当に申し訳ございません。

※2015年12月27日、改訂。


 未来的な建物が立ち並ぶプラネテューヌの街中を、何体もの多種多様なモンスターたちが我が物顔で進んでいた。

 その先には、この国の中枢であるプラネタワーがそびえ立っている。

 モンスターたちは車や露店を破壊し、街路樹をへし折りながらメインストリートを進んでいく。

 

 それを街の上空から見下ろす機影があった。

 内二つは、黒と灰の大型軍用ヘリ、内一つはステルス戦闘機、最後の一つは灰銀のエイリアンジェット。

 そう、ディセプティコンのブラックアウトとグラインダー、スタースクリーム、そしてメガトロンである。

 

「メガトロン様! 身の程知らずにも臨時基地を襲ってきた奴らを、返り討ちにして配下に加えましたが、思っていたよりも使えそうですな!」

「うむ! 進め! 我がディセプティコン軍団の兵士たちよ!」

 

 ブラックアウトの言葉にメガトロンは上機嫌で答え檄を飛ばす。

 

「この軍団の威容を見れば、この国の下等生物どもは泣き喚き、命乞いをしながらシェアクリスタルを差し出すことでしょう!」

「無論よ! フハハハ!」

 

 ブラックアウトはさらに言葉を並べ、メガトロンは機嫌良く笑う。

 しかし、スタースクリームが苦い声を出した。

 

「どうやら、そう上手くはいかないみたいですよ……」

「なんだと?」

「あれを」

 

 その言葉を受けて、メガトロンはセンサーを凝らし、ビルの合間をこちらに向かって飛んでくる四つの人影と、その下のメインストリートを疾走する四台の車を捉えた。

 四つの人影と四台の車……四女神とオートボットはモンスター軍団と数十メートルの距離を挟んで止まる。

 

「そこまでよ!」

 

 先頭で浮遊するネプテューヌの凛とした声がビルの谷間に響き渡り、それに呼応するように、トレーラートラックが、ピックアップトラックが、銀と真紅のスポーツカーがギゴガゴと音を立ててロボットモードへと変形していく。

 その姿に驚いたのか、モンスター軍団が動きを止めた。

 

「生きていたのか、女神ども! ……オプティマス、貴様もか」

 

 メガトロンは自らも変形し、モンスター軍団の前に降り立った。

 部下たちもそれに続き、主君の周囲に並ぶ。

 

「おあいにく様ね、このとおりピンピンしているわ!」

 

 ネプテューヌは不敵に笑って見せた。

 メガトロンの後ろに立つブラックアウトが不機嫌な声を出す。

 

「ぐぬぬ…… まさか、メガトロン様のフュージョンキャノンを喰らって生きているとは」

「残念だったな。おまえの攻撃も大したことなかったぜ」

「あの程度では、女神は倒せませんわ!」

 

 ブランが戦斧を振り回しながら、ベールは槍をクルリと回しながら、ネプテューヌと同じく不適に笑う。

 

「なんだと! 貴様、メガトロン様を侮辱する気か!!」

 

 その笑みを主君に対する侮辱と受け取り、ブラックアウトが吼える。

 

「落ち着け兄者」

 

 グラインダーが以前と同じように兄貴分の同型機を諌めた。

 

「ハンッ! 生きていたのなら、今度こそ殺してやる!」

 

 スタースクリームが、左腕をミサイル砲に変形させるが、メガトロンが手を上げてそれを制し、女神たちを睥睨する。

 

「まあ待て、スタースクリーム。……それで? そろって降伏に来たわけか? シェアクリスタルを大人しく渡すと?」

 

 メガトロンは、その悪鬼羅刹のごとき顔に嘲笑を滲ませながら言う。

 

「冗談を言わないでちょうだい。プラネテューヌの出した答えは一言、NOよ! シェアクリスタルは、あなたなんかには渡さないわ!」

 

 ネプテューヌの宣言に、ディセプティコンが殺気立つ。

 しかし、メガトロンはニヤリと嗤った。

 

「相変わらず愚かだな。力の差は分かったはず、それに加えて今回は数にも差がある。勝ち目がないのは明らかだ。にも拘わらず貴様は俺たちに逆らい、国民を危険にさらすと言うわけだ」

「耳を貸すな、ネプテューヌ!」

「貴様は黙っておれ、オプティマス! 俺は女神様と話しているのだ」

 

 オプティマスが厳しい声を出し、メガトロンも低い声で言う。

 ネプテューヌは鋭い目つきでメガトロンを睨んだ。

 

「国民は不安と恐怖でいっぱいだわ。あなたは暴力で私の国を脅かしている。そんな奴らを許してはおけない!」

 

 オプティマスは少しだけホッとした。心配は無用だったようだ。

 しかし、紫の女神のその言葉と表情に、メガトロンもまた不敵な笑みを浮かべる。

 

「ほう……だが良いのか? ここでこうしている間にも、貴様の帰る場所が無くなってしまうかもしれんぞ」

「! それはどういうこと!?」

 

 メガトロンの言葉にネプテューヌは驚愕する。

 その顔を見て、破壊大帝はさらに笑みを大きくして、大袈裟に両腕を広げて見せる。

 

「なに、ここにいるのがディセプティコンの全兵力だと思ってもらっては困ると言う話だ」

「なんですって!」

 

 ネプテューヌが驚愕する横で、オプティマスがオプティックを細める。

 

「伏兵か」

 

  *  *  *

 

 プラネタワー前庭、ネプギアを始めとする四人の女神候補生は、国民の避難所を兼ねるここを護っていた。周りには警備兵たちもいる。

 護ると言っても、敵は全て四女神とオートボットたちが食い止めているはずなので、ほとんど立っているだけだ。

万が一モンスターが現れても、候補生たちと警備兵だけで十分対処可能なはずだ。

 

「そろそろ始まるころかな……」

 

 ネプギアが不安そうな声を出す。

 モンスターの討伐をしたことはあるが、そのときは姉である女神がいっしょだったし、四女神が互いに争っていた時代であっても、候補生たちはもっぱら留守番だった。

 妹たちのみでの実戦はこれが初めてなのだ。

 

「そんな顔しないでよ、ネプギア!」

「アタシのお姉ちゃんがいっしょなんだから、負けるわけないわ!」

「うん……」

 

 ユニが努めて明るい声を出すが、それでも、ネプギアの不安は消えない。ユニだって本当は不安なはずだ。

 ディセプティコンは、かつてゲイムギョウ界の女神たちが経験したことのない強大な敵だ。

 事実、四女神も一度は敗れている。

 

「しっかりしなさいよ、ネプギア! わたしたちがついてるんだから!」

「わたしも、がんばる。……ネプギアちゃんも、がんばろ?」

 

 ラムとロムも、不安を吹き飛ばすように声を出す。

 

「……うん! がんばろう」

 

 ネプギアも笑顔を作る。

 大切な友人たちが、はげましてくれたのだ。

 自分もしっかりしなければと、気合を入れなおす。

 

「その意気よ! ……?」

「どうしたの? ユニちゃん」

 

 笑顔だったユニが、怪訝そうな顔になったので、ネプギアがたずねる。

 

「いや、なんか変な音しない?」

「変な音?」

 

 言われて、ネプギア、ロム、ラムも耳を澄ませる。

 

「ほんとだ!」

「聞こえる……」

「確かに、なんて言うか、なにかが跳ねるような……」

 

 ラムとロムにも聞こえたようだ。ネプギアにも聞こえた。

 ビョーンビョーンという、バネ仕掛けの玩具が飛び跳ねるときのような音がする。

 それは、だんだん大きくなっていく。

 

「ッ! こっちに、近づいてくる!」

 

 ネプギアがそう言うのと、ビルの向こう側から何かがビョーンという音とともに勢いよく飛び出してくるのは、ほぼ同時だった。

 

「みんな、なにか来るよ! 気を付けて!」

 

 ネプギアの言葉に、女神候補生たちは各々の得物を、警備兵たちは銃を構える。

 その物体は、派手な音と土埃を立てて、プラネタワーの前に落下した。

 

「なに!? 何が落ちてきたの!」

 

 ユニが困惑した様子で叫ぶ。

 土煙が晴れるとそこにいたのは、やはりと言うべきか歪な人型をした金属製のロボットだった。

 赤い体は全体的に猫背で、腕に鞭のようなベルト状のパーツが付いており、何より特徴的なのがエビのそれを思わせる下半身だった。

 

「ワシが……」

 

 そのロボットは、鞭で地面を叩くと大声で吼えた。

 

「ランページじゃあぁぁ!!」

 

 なぜかランページ違いという言葉が、ネプギアの頭によぎった。

 

「今いっぺん言いおる! ワシが、ランページじゃあぁぁ! スキップジャックじゃなああい!!」

 

 怪ロボット、ランページは今一度大きく吼えた。

 

 ……なぜか哀愁の感じられる叫びだった。

 

「な、なんなのコイツ!」

「この人も、ディセプティコン!?」

 

 ユニとネプギアが声を上げた。

 怪ロボット、ランページは、その声で初めてネプギアたちの存在に気付いたように首を巡らす。

 

「なんじゃろか、嬢ちゃんたち? みんなしてワシをお出迎えじゃろか? じゃけどワシは今から、シェアクリスタル言うんをパクるけん、嬢ちゃんたちの相手をしておる時間はあらん」

 

 独特の言語で言うと、ネプギアを睨みつける。

 

「どいてくれんか?」

「どきません! 」 

 

 無論、ネプギアの答えは否だ。

 

「ほうか、そんなら……死んでくれえ」

 

 ランページは、大きく腕を振り上げ、鞭をネプギアに振り下ろした。

 

  *  *  *

 

「フハハ! 貴様らの護るべきプラネタワーには今頃、我がディセプティコンの兵士が攻撃をかけておるわ!」

「そんな……」

 

 メガトロンの言葉に、ネプテューヌの顔が青くなる。

 

 だが、オプティマスは違った。

 

「貴様らしい手だな、メガトロン!」

 

 そう言って、フッと笑う。

 

「オプっち?」

「貴様…… なにがおかしい!」

 

 ネプテューヌとメガトロンが訝しむと、オプティマスは言い放つ。

 

「なに、ここにいるのが全戦力でないのは、我らオートボットも同じ、と言う話だ」

 

  *  *  *

 

 突然振り下ろされたランページの鞭だったが、それがネプギアに届くよりも早く、ランページは後ろから突如として突っ込んできた車に跳ね飛ばされた。

 黄色に黒のストライプが目立つ最新鋭のスポーツカーだ。

 

「なんの! カニ脚モードじゃ!」

 

 しかしランページは、下半身を四本の節足のような形状に変形させ、体勢を立て直しつつ着地する。

 

「なにもんじゃ!」

「『見たか!』『司令官』『直伝!』『ひき逃げ』『アターック!!』」

 

 ランページの言葉への返事は、ラジオ音声を繋げたものだった。

 

「あ、あなたはまさか!」

 

 ネプギアは、すぐに車の正体に思い当たった。

 

「バンブルビー!!」

「『せいか~い!』」

 

 黄色の最新スポーツカーは、ギゴガゴと音を立ててロボットモードへと変形する。

 

「『どう?』『オイラの』『ニューボディ!』」

 

 バンブルビーはネプギアたちに向かってサムズアップして見せる。

 

「カッコいいよ、ビー!」

「カッコいい……」

 

 ラムとロムが口々に褒める。

 

「そうね、前のオンボロよりもずっと素敵よ、ね! ネプギア!」

 

 ユニも褒めるが、ネプギアはなんとも言えない顔だ。

 

「私は、前の姿もクラシックで良いと思うんだけど……」

「『えー……』」

 

 せっかく、新しいザ・ニュー情報員のお披露目で張り切っていたと言うのに、ネプギアのあんまりな言葉に、思わずガックリと肩を落としてしまうバンブルビーだった。

 

「あ、もちろん今の姿もカッコいいよ!」

 

 あわあわとフォローするネプギア。

 しかしバンブルビーはよほどショックだったのかズーンという擬音つきで落ち込んでいる。

 

「ほう、オートボットじゃな。ちょうどええ、雑魚ばかりで張り合いがないと思うとったけん、相手してもらおる」

 

 ランページはニヤリと笑い、バンブルビーを見据える。

 バンブルビーは気を取り直して握り拳を構え、バトルマスクを下す。

 

「ワシの獲物はオートボットで十分じゃけん、おまえらの相手は、コイツらじゃ!」

 

 ランページはそう言うとともに、地面を鞭で叩く。

 すると、地面から、金属のサソリが姿を現した。

 

 スコルポノックである。

 

 さらに、スコルポノックが地面に開けた穴から、次々とモンスターが現れる。

 スコルポノックの掘った穴を抜けて、ここまで移動してきたのだ。

 その軍勢を前に、実戦経験のない女神候補生たちは気押される。

 

「大……丈……夫」

 

 バンブルビーが候補生たちをモンスターからかばう位置に移動し、本来の声で静かに言った。

 

「『オイラが』『ついてる!』」

 

 金属製の大きな背を見て、ネプギアを始めとした候補生たちは表情を引き締めた。

 

「ビー! 私たちもいっしょに戦うよ!」

「あんな奴なんかに、負けないんだから!」

 

 ネプギアがビームソードを、ユニが長銃エクス・マルチ・ブラスターを構える。

 

「ロムちゃん! がんばろう!!」

「うん、……がんばる!」

 

 ラムとロムも、おそろいの杖を握りしめる。

 

「ビー、モンスターは私たちにまかせて! あなたはディセプティコンを!」

 

 ネプギアのその言葉に、バンブルビーは電子音で答える。

 それをゴングに、戦いが始まった。

 

  *  *  *

 

「貴様の考えそうなことなど、お見通しと言うわけだ」

「むうう」

 

 オプティマスの不敵な笑みを浮かべながらの言葉に、メガトロンが低く唸る。

 

「オプっち、……私たちは」

 

 ネプテューヌは迷っていた。

 バンブルビーがいるとはいえ、ネプギアたちのことが心配だ。

 しかし、ここをオートボットたちだけに任せてしまうのも無責任ではないか?

 

「ネプテューヌ」

 

 オプティマスは静かに言った。

 

「信じてくれ。私の部下を、この国の兵士たちを。なにより、君の妹を」

 

 その言葉は一種の冷酷とも取れるだろう。

 だが、ネプテューヌにとっては違った。

 

「……そうね。ありがとう、オプっち」

 

 ネプテューヌは決意を固めた。

 どの道、ここでメガトロンを止めなければプラネテューヌに明日はない。

 それに、ネプギアもこの国の警備兵も優秀だ。

 姉であり女神である自分が信じなくてどうするのか。

 

「なるほどな、答は変わらないと言うわけか」

 

 メガトロンがネプテューヌとオプティマスを睨みながら言葉を出した。

 

「ならば、茶番は終わりだ! シェアクリスタルを寄越さないと言うのなら、奪い取るまでよ!」

 

 メガトロンの言葉に、周りのディセプティコンもモンスター軍団も戦闘態勢を取る。

 

「みんな! 来るわよ、気をつけて!」

 

 ネプテューヌが太刀を構え、他の女神たちも敵を見据える。

 その言葉を受け、オプティマスが皆に号令をかける。

 それに呼応して、メガトロンも配下に命ずる。

 

「オートボット戦士!」

 

「ディセプティコン軍団!」

 

「「攻撃(アタック)!!」」

 

 その言葉とともに、オートボットが、女神が、ディセプティコンが、モンスターが、一斉に敵に向かっていく。

 

 さあ、戦いの始まりだ!

 

  *  *  *

 

 戦闘が始まった。

 

 プラネテューヌ市街のメインストリートで。

 

 プラネタワーの前庭で。

 

 そしてもう一か所、オプティマス、メガトロン、そして四女神のあずかり知らぬところで、戦いが起ころうとしていた。

 

  *  *  *

 

 プランテューヌ中央部から少し離れた場所にある自然公園。

 普段は家族連れで賑わうここは、避難場所の一つとなっていた。

 家を離れた人々は、身を寄せ合っている。その顔は、一様に不安に満ちていた。

 そんな人々をバイクに跨った状態で、アイエフは見回していた。

 

「とりあえず、ここも大丈夫そうね」

「はいです! ……でも、みんな不安そうですぅ」

 

 この避難所を見回ってきたコンパは、顔を曇らせる。

 心優しい彼女は、震える人々の姿に心を痛めていた。

 そしてなにより、ここにいない親友のことを思いやる。

 

「ねぷねぷたちは、大丈夫でしょうか……」

「ネプ子のことですもの、大丈夫よ!」

 

 アイエフは、笑顔で言って見せる。

 

「他の女神様たちや、オートボットとか言う連中もついてるんだし、心配はいらないわ!」

「……そうですね」

 

 親友が自分を気遣ってくれていることに気づき、コンパは笑顔を作った。

 アイエフだって本当は不安でしかたないはずだ。

 しかし、気丈に振る舞って見せる。

 この少女は、昔からそういう子だった。

 

「あいちゃん」

「なに? コンパ」

「ありがとうです」

 

 コンパのお礼に、アイエフは照れ笑いを見せた。

 二人の間に和やかな空気が流れる。

 

「さ! 次の避難所に移動しましょ!」

 

 しかし、いつまでも和やかではいられない。

 彼女たちはいくつかある避難所を巡回しているのだ。

 

「はいです!」

 

 コンパが、アイエフの後ろに跨ろうとしたその時だ。

 公園の林の向こうから、なにかが木々をバリバリとへし折る音がする。

 

「ッ! コンパ、下がって!」

 

 アイエフがバイクから飛び降り、コンパを後ろに庇う。

 

「も、モンスターさん、ですか?」

「今回に限っては、そうであってほしいわね」

 

 コンパの不安そうな声に、アイエフは緊迫した声で返した。

 モンスターならば、アイエフと警備兵で対処できるはずだ。

 

 だが、それ以外だとしたら……

 

 そして、公園の太くはない木々をへし折り、いや轢き潰しながら現れたのは、巨大な、緑色のダンプカーだった。

 ゲイムギョウ界で使われる機種の中でも、かなり大型の物だ。

 

「ダンプカー……ですか?」

 

 停車したダンプカーを見上げ、コンパが呟いた。

 なぜ、こんな巨大なダンプカーがここに?

 

「まさか、こいつも……」

 

 アイエフの声はさらに緊迫する。

 オートボットたちが、車から変形するところは見た。

 ネプテューヌたちの話によると、ディセプティコンはヘリやジェット機に変形したと言う。

 ならば、このダンプカーも……。

 そして二人の疑問の答えはすぐに得られた。

 

「有機物をぶっ壊してたら、変な所に出たんダナ。ムシケラがたくさんいるんダナ」

 

 ダンプカーから声が聞こえてきたかと思うと、その車体が震え、寸断され、組み変わる。

 

「警備兵! みんなを避難させて! 早く!!」

 

 アイエフのその声とダンプカーの異変に警備兵たちが反応し、すばやく人々を逃がしていく。

 そうしている合間にもダンプカーは人型へと姿を変える。

 元々のダンプカーの大きさに比例して、あのオプティマスをも上回るずんぐりとした巨体だ。

 

「一応、聞いておくわ、あんたはディセプティコン?」

 

 アイエフの声に巨体のロボットは、その赤いオプティックをギロリと彼女のほうへ向ける。

 

「そうなんダナ。ボクの名前はロングハウルなんダナ」

「なるほどね、あのメガトロンって奴の手下ってわけ」

 

 アイエフが緊張で冷や汗を垂らしながら言うと、そのロボット、ロングハウルは不機嫌そうに体を揺らした。

 

「メガトロンなんか関係ないんダナ!」

「なんですって?」

 

 ロングハウルの言葉にアイエフは驚く。

 ディセプティコンは、平たく言ってしまえばメガトロンの手下たちのはず。しかし、このロングハウルは違うと言う。

 

「ディセプティコンの奴らは、どいつもこいつもボクのことを運び屋扱いして…… 本当はすごくムカついてたんダナ!」

「そ、そうなんですか……」

 

 なにやら勝手にヒートアップしていくロングハウルに、コンパは引き気味だ。

 

「く、苦労してるのね」

 

 アイエフはなおも警戒を解かず、コンパとともにジリジリと後ろへ下がって行く。

 その視線は腕の装甲の内側のミサイルに注がれていた。

 

「いつもボクは運搬役ばっかりなんダナ! 泣けてくるんダナ!」

 

 ――じゃあ、運搬車両(ダンプカー)の姿になんかなるなよ!

 

 アイエフの頭をそんな言葉がよぎるが、黙っておく。

 総括すると、このダンプカーはディセプティコンでの自分の立場に不満があるらしい。

 ひょっとして、今回の襲撃とは無関係なんだろうか?

 

「ボクだって、暴れたいんダナ!」

 

 ロングハウルはそう叫ぶ。

 無関係かもしれないが、危険なことに変わりないようだ。

 

「だけど、ここにはオートボットも、ディセプティコンもいないんダナ! 暴れ放題の壊し放題なんダナ!! 手始めに……」

 

 その赤いオプティックが、アイエフとコンパに向けられる。

 

「ここにいるムシケラどもをぶっ潰すんダナ!」

 

 ロングハウルの両腕の装甲から、斧が飛び出す。

 アイエフは焦った声を出した。

 

「コンパ! アンタも早く逃げなさい!!」

「あいちゃんはどうするですか!?」

「わたしは……」

 

 アイエフは、キッと緑のディセプティコンを睨みつける。

 

「こいつを食い止めるわ!!」

 

 そう言うとアイエフは両手にカタールを呼び出し、ロングハウルに飛びかかっていった……。

 




まずは、ビーストウォーズファンのみなさん、全力でごめんなさい!!
そうです、ランページつながりでキャラ付けした瞬間、残りのコンストラクティコンの運命も決まりました。
彼らはビーストウォーズにおけるデストロンのメンバーを基にキャラ付けしています。(ダナダナ言うのはデストロンだっけ? というかたは禁断の作品ビーストウォーズリターンズをどうぞ)
あくまでも基にしているだけなのでイコールではありません。

そしてネプテューヌ側は、総選挙が行われていますが、個人的に中間結果の時点でキセイジョウ・レイがあんな人やこんな人より順位が上であることに驚いていたり……
逆に上位は、それほど意外ではないかと。

※謝らなけれければいけないのは、コンストラクティコンのファンの方々に対してもでした。
本当に、申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 乱入、また乱入

前回のあとがきでは、色々不用意な発言をしてしまい申し訳ありませんでした。
また、作中でランページの使う広島弁は、かなり適当です。
広島在住の方がご覧いなったら、気分を害されるかもしれません。

こんな作者の作品ですが、どうぞお付き合いいただければ幸いです。

※2016年1月5日、改稿。


 ディセプティコンの襲撃により、戦場と化したプラネテューヌ。

 現在、プラネテューヌ市街では三か所で戦闘が行われている。

 

 メインストリートにて、両陣営の本隊同士の激突。

 

 自然公園にて、諜報員と輸送兵の予期せぬ遭遇戦。

 

 そして、プラネタワー前庭にて、プラネタワー防衛隊対ディセプティコン奇襲部隊。

 

 まずは、プラネタワー前庭の戦いから見ていこう……

 

  *  *  *

 

「喰らえや、ワレええぇぇぇ!!」

「『あたらないよ~だ!!』」

 

 ランページが雄叫びを上げながら、両腕の鞭を縦横無尽に振るうが、バンブルビーが軽やかな動きでそれを躱し続ける。

 

「『今度は』『こっちの番だ!』『駆逐してやる!』」

 

 物騒なラジオ音声を流しながら、ランページに殴りかかるバンブルビー。

 その拳は的確にランページの顔面に突き刺さった。

 

「グオッ!」

 

 呻き声を上げよろめくランページだが、ダメージは軽かったらしく、すぐにバンブルビーを睨みつけた。

 

「ワシを舐めんな! エビモード!!」

 

 黄色いディセプティコンは叫ぶと脚を再び一つにまとめ、大きく飛び上がるとバンブルビーに勢いよく飛び蹴りを繰り出した。

 

「『なんの!』」

 

 凄まじい速さの蹴りだが、紙一重で躱す。

 

「甘いんじゃ!」

 

 ランページはそのまま一本足を軸に体ごと横回転し、鞭をバンブルビーの体に叩き込む。

 小柄なオートボットの体は大きく吹き飛ばされた。

 

「どうじゃ! ワシャ赤いのとは違うんじゃ、赤いのとは!」

 

 わけの分からないことを叫びながら、再び飛び上がり、今度は縦回転も加えて飛び蹴りを放つ。

 バンブルビーは寸でのところでこれを転がって避け、その勢いで立ち上がる。

 しかしランページは片手を地面に着けるとそれを軸にして、強烈な蹴りを繰り出し、その一本足をバンブルビーの体に叩き付けようとする。

 

「これで終いじゃあ!!」

「『そう簡単に』『終わるか!』」

 

 なんとバンブルビーは、ランページの一本足を避けることなく受け止め、そのままジャイアントスイングの要領でランページの体を振り回し、投げ飛ばす。

 

「なんとおぉぉッ!?」

 

 叫び声を上げて投げ飛ばされたランページは、警備兵と戦っていたモンスター数体に激突して止まる。

 

「このガキャア! やってくれたのお!!」

 

 ダメージは有るはずだがそれを感じさせず、すぐさま立ち上がり、今度は両腕を銃に変形させる。

 

「『いいね』『徹底的にやろう!』」

 

 バンブルビーも、右腕をブラスターに変形させる。。

 二体のトランスフォーマーは、銃撃戦へと突入した。

 

 戦いは始まったばかりである。

 

  *  *  *

 

 バンブルビーとランページが激闘を繰り広げている周りでは、警備兵とモンスターが戦っていた。

 警備兵たちは、もちろん女神には劣るものの、治安維持を任されるだけあって戦闘力はソコソコだ。

 中には女神が相争っていた時代に従軍していた古強者も混じっており、危うげなくモンスターを駆逐していく。

 その戦場の一角では、女神候補生たちとスコルポノックが戦っていた。

 最初こそモンスターを相手にしていた候補生たちだが、機械サソリのほうから砲火を持って戦いを挑んできた。

 

「当たれえ!」

 

 ユニが長銃でスコルポノックの顔面を狙い撃つ。撃ちだされたビームは顔面に命中した。

 しかし、ダメージはさして通っていないようで、機械サソリは怒りの咆哮を上げると、ユニに向かって両腕のプラズマキャノンを発射するが、ユニは走り回ってそれを躱す。

 

「そこです!」

 

 そして、ユニの動きを追うスコルポノックの死角から、ネプギアが斬りかかる。

 しかし、その動きに気付いた機械サソリは長い尾を振り、ネプギアを打ち据えようとする。

 ネプギアは素早くそれをよけ、尾の半ばの装甲の薄い部分を斬りつける。

 痛みに悶え、のた打ち回るスコルポノックから離れると、ネプギアは声を上げる。

 

「今だよ! ロムちゃん! ラムちゃん!」

『アイスコフィン!』

 

 少し離れたところで隙をうかがっていたロムとラムが得意の魔法を繰り出す。

 二人の声と同時に、その頭上に大きな氷塊が出現し、スコルポノックに向けて飛んでいく。そして命中。当たった部分が凍りつく。

 しかし氷塊はスコルポノックの巨体に対し、あまりに小さい。

 だがスコルポノックは、苦しみを訴えるように鳴き声を上げる。

 トランスフォーマーを始めとする金属生命体は凍結に極端に弱いのだ。

 

「やったね、ロムちゃん!」

「うん、ラムちゃん!」

 

 ラムとロムはハイタッチを交わす。

 二人の使う魔法は生まれ故郷の北国ルウィーの風土が関係しているのか、氷結属性に特化している。

 女神候補生の中でも最も幼く、普段は皆から守られる立場にいるラムとロム。

 しかし、この姉妹は金属生命体にとっては、一種の天敵と言えるのだ。

 

「よーし、このちょうしでがんばろう!」

「うん、……がんばろう!」

 

『エターナルフォースブリザード!』

 

 ラムとロムは、さらに魔法を唱え、巨大な氷塊がスコルポノックに降りかかる。

 女神候補生たちは、初陣としては規格外の戦果を上げていた。

 なぜかバンブルビーと共に戦っていると、力と勇気が湧いてくる気がするのだ。

 その意味に気付くのはもう少し先の話だ。

 

 ディセプティコン奇襲部隊の誤算は、バンブルビーの参戦だけではない。

女神候補生たちと警備兵たち、プラネタワーに残された戦力を過小評価していたことこそが最大の失敗だった。

 

 まずいな、とランページはモンスターを盾にしてエネルギー弾を防ぎ、ブレインサーキットを回転させる。

 戦況は確実にこちらが不利に傾いてきている。

 ここらが潮時かもしれない。

 

「じゃが、われのタマだけはもろぉていくけんのぉ!」

 

 そう吼えるとまたしても大きく跳躍し、バンブルビーに踊りかかる。

 

「『同じことを』『何度も!』『馬鹿な奴め!』」

 

 バンブルビーは、もう一度ランページの一本足を掴もうとする。だが……。

 

「馬鹿は貴様じゃ! カニ脚モード!」

 

 ランページは空中で四本足を展開する。

 バンブルビーは避けようとするが間に合わず、ランページに組み敷かれる。

 

「これで終いじゃあ!」

 

 ランページは両腕の銃口をバンブルビーの顔面に向けた。

 

 絶体絶命の危機だ。

 

 だが赤いディセプティコンが、銃を撃とうとした瞬間、その背に斬撃を浴びせる者がいた。

 

 ネプギアである。

 

「させません!」

 

 バンブルビーのピンチを察知した彼女が、背後からビームソードで斬りつけたのだ。

 エネルギー刃は十分とは言えないもののディセプティコンの肉体に食む。

 痛みに悶えるランページを、バンブルビーは渾身の力で跳ね飛ばした。

 

「大丈夫!? ビー!」

「『ありがとう! そして、ありがとう!』」

「がああぁ! こんのムシケラがあぁぁ!!」

 

 それでも体勢を立て直したランページはネプギアに銃を向けるが、今度はバンブルビーがブラスターを撃ちこむ。

 さらに体勢を崩したランページにタックルを仕掛ける。

 そのタックルをもろに受けてしまい後ろに吹き飛ばされたランページは、手近にいた者に飛びかかり鞭を振るう。

 

 この破壊の申し子が何者の命も奪わず撤退するなど有り得ない。

 

「こうなりゃあ、誰でもええ!」

 

 そこにいたのはユニだった。

 

「え?」

 

 眼前の機械サソリに集中していてランページを気にしていなかった彼女は、一瞬硬直してしまう。

 無理もない、彼女は『油断大敵』という戦場の不文律を知らなかったのだ。

 

「きゃああ!」

 

 ランページの鞭がユニに迫る。しかし、その鞭がユニを潰すことはなかった。

 なぜなら直前で閃光が走り、鞭が切り落とされたからだ。

 

「……え?」

 

 閃光の正体は、何者かの剣閃だった。

 その主は、目にも止まらぬ速さでユニとランページの間に割り込むと、一刀の下にランページの鞭を斬って見せたのだ。

 その何者かは、はたして金属の肉体を持ち、足がタイヤになっていて、両の腕に硬質ブレードを備えた銀色のトランスフォーマーだった。

 表情や立ち振る舞いは、若者を思わせる。

 

「危ないな。そんな乱暴じゃあ、モテないぜ」

 

 そのトランスフォーマーは、そう言って両腕のブレードを構え直す。

 バンブルビーが軽快な電子音を鳴らすことで喜びを表現した。

 

「オートボットの増援じゃと!?」

 

 ランページが焦った声を出す。

 

「大丈夫かい、お嬢さん」

 

 銀色のトランスフォーマーは、ユニに声をかけた。

 ユニはコクコクと頷く。

 銀色のトランスフォーマーはフッと笑い、それからランページに向き直る。

 

「どうする? まだ続けるかい」

「『無駄な抵抗』『だぜ』」

 

 銀と黄のオートボットに挟まれ、ランページはあたりを見回す。

 モンスターたちはあらかた掃討され、凍りかけのスコルポノックはオートボットがもう一体参戦するに至って、 自らの命の危機に迷わず逃走を選び……そう、共生主から命令されていた……地下へと姿を消した。

 一転、絶体絶命の危機にあるのはランページだった。

 

「もう、あなたに勝ち目はありません! 投降してください!」

 

 ネプギアがビームソードをランページに向けながら宣言する。

 それに対し、ランページは低く笑う。

 

「ふ、ふっふっふ……。このワシが投降? するわけないじゃろ、こういうときにすることは一つ!」

 

 まだ何かする気かと、一同が身構えた次の瞬間である。

 

「逃げるんじゃよおお! さいならああ!!」

 

 ビョオーンと大きく、とんでもなく大きく跳ねて、ランページはその場を離脱する。

 呆気に取られる一同が正気に戻ったときには、ランページの姿はビルの向こう側へと消えていた。

 

「やれやれ、拍子抜けだな」

 

 最初に言葉を発したのは銀色のオートボットだった。

 物足りなげにブレードを収納する彼に、バンブルビーがラジオ音声で話しかける。

 

「『友よ』『遅かったじゃないか……』」

 

 その言葉に銀色の戦士は快活に笑って見せた。

 

「なに、ヒーローは遅れてやってくるもんだろ?」

「『また』『迷子だろう』『知ってるぞ』」

「あ~…… それで? 奴を追うか?」

 

 バンブルビーが呆れたようにオプティックを細めると、銀色の戦士は誤魔化すように話題を変える。だが、妥当なその問に、バンブルビーはその言葉に頷いて返事とする。

 

「それじゃ、俺が行くから、おまえはここの護りを頼む」

「『まっかされよ!』『また』『迷子に』『なるなよ』」

「なんねえよ!」

 

 サイドスワイプの提案に、バンブルビーはラジオ音声で肯定を示した。

 

「あ、あの!」

 

 と、いままで黙っていたユニが声を上げた。気のせいか顔が少し赤い。

 

「あ、アナタの名前は……」

「俺かい? 俺の名は……」

 

 銀色の戦士はクルリとその場で一回転し、ポーズを決めた。

 

「サイドスワイプ! オートボットの戦士、サイドスワイプさ!」

 

  *  *  *

 

 かくして、プラネタワーへのディセプティコンの奇襲作戦はプラネテューヌ側の快勝で終わった。

 では今度は、自然公園で突如勃発したプラネテューヌの諜報員と、ディセプティコンの輸送兵の戦い。

 その顛末を見てゆこう。

 

  *  *  *

 

 眼前の巨大なディセプティコンに斬りかかったアイエフだったが、そのカタールの刃は金属の装甲に虚しく弾かれる。

 だが、これは想定の内だ。

 

「効かないんダナ!」

 

 ロングハウルが腕の斧を振るうが、アイエフはそれをヒラリと躱して見せる。

 思った通り、この大柄なディセプティコンの攻撃は大振りであり、狙いも雑だ。

 アイエフは、駆け出す。

 

「こっちよ! この不細工なズングリムックリ野郎!」

「な…… 言いやがったんダナ! このムシケラ!」

 

 ――そうよ、付いて来なさい。

 

 内心で思いながら、ロングハウルを引き付け、その場を離れる。

 この巨大なトランスフォーマーに、あの場で暴れられるわけにはいかなかった。

 もしミサイルでも撃たれたら目も当てられない。

 避難が完了するまで自分が時間を稼ぐ必要があったのだ。

 

「待つんダナ!」

 

 ロングハウルは地響きを立ててアイエフを追う。

 アイエフは、着かず離れずの距離を保ちながら走って行く。

 バイクに乗る暇はなかったし、乗れたとしても変形されたら追いつかれる可能性がある。逆に距離を取りすぎるとミサイルを使われる可能性がある。

 幸いにも、このズングリとしたディセプティコンは素早いとは言い難い。

 適当なところで街に入り、奴を撒く。綱渡りだがやるしかない。

 親友のグータラ女神だって戦っているのだ。自分だって頑張らなければならない。

 

 ――足には自信がある。あんな奴に追いつかれるものか。

 

 唯一の懸念はミサイルを使われることだが、この至近距離で撃つとは思えなかった。

 

 ロングハウルは激昂していた。

 自分を見失っていると言ってもいい。

 スペースブリッジの暴走に巻き込まれ、有機生命体だらけのこの世界に飛ばされ気が付くと自分一人、味方も敵もいない。

 さらに転送の余波による通信機器の故障のせいで、仲間と合流することもできない。

 途方に暮れるも、とりあえず手近なビークルをスキャンし……忌々しいことに輸送機械だった……有機生命体から身を隠していたとき、ロングハウルは『それ』に出会った。

 芳しい香りと芳醇な味、エネルゴンほどではないが自分の身に活力を与えてくれる。

 

 オイルの一種であった。

 

 それを飲むたび、気分が高揚し下等生物から逃げ回る屈辱が紛れた。

 それを飲んでいる間は気が大きくなり、自分が無敵であると言う自信が生まれる。

 

 人、それを酔っ払いと言う。

 

 今日も朝から、オイル集積所のオイルを盗み、飲んだくれていたのだ。

 そうすると気づけば有機生命体の気配が消えていた。

 これはきっと自分に恐れをなしたに違いない。

 気分の良くなったロングハウルは無人の街をビークルモードで爆走しだした。無敵かつ偉大な自分には当然の権利だ。

 そうして走っていると有機物(木)がたくさん自生している場所を見つけた。

 

 気に食わない。このロングハウル様の領土に有機物など不要だ。

 

 そんなわけで、この不届きな有機物を踏み潰していたところ、姿を消したはずの有機生命体が大量にいた。

 気に食わない、どうしてやろうかと考えていると、その中の二匹が自分に声をかけて来た。

 寛大にもその言葉に答えてやると、自分のことをメガトロンの手下だと言い出した。

 まったくもって苛立たしい。

 いまや自分はメガトロンとは関係ない。

 自分を運び屋扱いするディセプティコンともだ。

 

 そう、ここにはオートボットもディセプティコンもいない。自分こそがボスなのだ。

 

 ……断っておくと、ロングハウルが普段からこんな誇大妄想めいた考えに憑りつかれているわけではない。

 オイルを飲んで、気が無限大に大きくなっているだけである。

 でなければ、ディセプティコンにとって絶対の存在であるメガトロンを侮辱するようなことは絶対に言わない。

 それを口にしてしまうほどに、今のロングハウルは自分を見失っていた。

 そして、そのことが、逃走者アイエフと追跡者ロングハウルの両方にとって不幸な事態を呼ぶことになった。

 

「ちょこまかと、鬱陶しいムシケラなんダナ!」

 

 巨体のディセプティコンはそう叫ぶと、なんとミサイルをアイエフに向け、そして発射した。

 アイエフにとって幸運だったのは、やはりロングハウルが酔っぱらっていたことだ。

 この至近距離にも関わらずミサイルは、アイエフを大きく外れた。

 

「きゃあああ!!」

「どわあああ!!」

 

 それでも、爆風に煽られ、アイエフの体が宙を舞った。

 さらにロングハウル自身も爆風に巻き込まれ、ひっくり返る。

 むしろ彼のほうがアイエフよりも爆発が近かった。

 

 

  *  *  *

 

「は~い、これで大丈夫です~」

 

 コンパは怪我をした子供の治療を終え、ニッコリと微笑む。

 

「これで元気になったですね!」

「うん、じゃあね、お姉ちゃん!」

 

 その女の子は元気よく歩いていった。

 コンパがしたことは、怪我の治療と言うよりは、不安そうな子供を元気づけただけだ。

 しかし、それが今は重要だった。

 周りの人々にとっても、コンパ自身にとっても。

 避難所からさらに避難した先ほどとは別の公園で、コンパは自分にできる限りのことをしていた。

 そうすれば、自分の無力感を誤魔化すことができた。

 

 親友たちが戦っている今は特に。

 

 ネプテューヌも、ネプギアも、そしてアイエフも、みんな自分の大切な親友だ。

 なのに、自分にできるのは、みんなの無事を祈ることだけだ。

 涙が溢れてきそうになる。

 

「だ、ダメです。泣いちゃダメですぅ……」

 

 自分に言い聞かせるが、次から次から涙が出てくる。

 

「お嬢さん、医療に携わるものが、人前で簡単に泣くもんじゃない」

 

 そこに、声が聞こえてきた。

 それは、壮年の男性のものと思しき落ち着いた声だった。

 

「え……?」

「医の道に携わる者は、たとえ何があっても患者の前で不安を見せてはいけない……ごらん」

 

 その声にコンパが顔を上げると、さっきの女の子が不安そうな顔でコンパを見ていた。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です!」

 

 コンパは慌てて笑って見せるが、女の子はやはり不安そうだ。

 

「え~と、わ、わたしになにかご用ですか?」

「うん、お母さんがお礼を言ってきなさいって……」

 

 誤魔化すように話題を変えると、女の子は正直に答えてくれた。

 

「あの、それでお姉ちゃん、元気ないみたいだから、心配で……」

「……ありがとうです」

 

 コンパは、ギュっと女の子を抱きしめる。

 

「でも、私は大丈夫です。心配をかけて、ごめんなさいです」

 

 そう言って、静かに女の子を放す。

 

 --そうだ、自分が落ち込んでどうするのだ。こんな小さな子に心配をかけるなんて看護師失格だ。

 

「うん、それじゃああたし行くね、お姉ちゃん、ありがとう!」

 

 女の子は笑顔を浮かべ、今度こそ母のもとへ走って行った。

 それを笑顔で見送り、さっきの壮年の声がしたほうへ振り返る。お礼を言わなくては。

 

「あの、ありがとうございました!」

 

 そこにいたのは、壮年の男性……ではなく、薄いグリーンで塗装されたUSVのレスキュー車だ。

 

「なに、礼には及ばないさ。私は、医者として後進に言葉をかけただけなのだから」

 

 レスキュー車からの声は落ち着いたものだった。

 

「いえ、わたし、色々あってすごく不安で、だから泣いちゃって、そのせいであの子を不安にさせて……」

「そして、あの子を安心させた。それはとても尊いことだよ。自信を持ちなさい」

「は、はいです!」

 

 なんだか、この声を聞いていると気分が落ち着く。きっと歴戦の名医に違いない。そう考えたコンパは、レスキュー車の運転席を見て驚いた。

 

 誰も乗っていない。

 

 そして、思い当たった。

 

「もしかして…… オートボットさんですか?」

「おや、ばれてしまったか」

 

 レスキュー車は呑気に言う。

 だが周囲の人間を混乱させないためか、変形はしない。

 コンパの中に希望が湧いてきた。

 

「あ、あの、オートボットさん!」

「ふむ、なにかな?」

 

 コンパは、イチかバチか頼んでみることにした。

 

「わたしの友達を……助けてくださいです!」

 

  *  *  *

 

「痛ううッ……」

 

 倒れていたアイエフは呻き声を上げて立ち上がろうとする。

 奇跡的に骨は折れていないらしい。

 しかし、その目の前ではロングハウルが何事もなかったかのように起き上がった。

 強固な装甲に包まれた巨体を持つディセプティコンと、鍛えているとはいえ小柄な少女に過ぎないアイエフとでは、ダメージに大きな差があった。

 

「痛たた……。よくも避けてくれたんダナ」

 

 アイエフは、なんとか体を起こそうとするが、うまくいかない。

 なんとか這って逃げようとするが、すぐにロングハウルに追いつかれてしまった。

 

「生意気なムシケラなんダナ!」

 

 自分でミサイルを撃ったことを棚に上げ、緑のディセプティコンはアイエフの小柄な体をつまみ上げる。

 ちょうど、子供が人形を掴み上げるような構図になった。

 

「どうした? 命乞いでもするんダナ!」

 

 相手の生命を文字通り握ったことで気をよくしたのか、そんなことを言ってきた。

 しかし、アイエフは不敵な笑みを浮かべる。

 

「すると思う、このデブメカ野郎!」

 

 諜報員になったときから、死ぬ覚悟はできている。

 ネプテューヌやネプギア、コンパはきっと怒るだろうが。

 

「そうか…… そんなに死にたいんダナ! なら望み通り、潰してやるんダナ!」

 

 ロングハウルは、手の中のアイエフを握り潰そうとする。

 その瞬間、その手首に光弾が突き刺さった。

 

 そう突き刺さったと言う表現が正しい。

 エネルギーで構成された矢のような物が、ロングハウルの強固な装甲を貫通し、内部機構を傷つけていた。

 

「ぎ、ぎゃあああ!」

 

 ロングハウルが絶叫を上げ、アイエフを手から落とす。

 その下に滑り込んできた何者かが、アイエフの体を優しく抱き留めた。

 

「危なかったわね」

 

 それは紫のロボットだった。

 これまでアイエフが見てきたどのトランスフォーマーより小柄で、細身のその身体は、驚くべきことに女性的なラインを描いている。

 

「あ、あなたは!?」

 

 アイエフは思わず声を上げた。

 

「私はアーシー。とりあえず、あなたの味方かしら?」

 

 青いオプティックを細めて微笑んで見せる、アーシーの顔は、やはり女性的な特徴を備えていた。

 アーシーはアイエフを抱きかえたまま、痛みに悶えるロングハウルから離れる。

 

「ぐおお! オートボットのクソアマが! 女の分際で男に逆らう気か!」

 

 ロングハウルは、怒りでオプティックを輝かせながら、アーシーとアイエフを睨みつける。

 

「あら、差別的」

 

 アーシーが冷めた口調で言う。

 

「あたりまえなんダナ! 女なんざ男に媚びるしか能のない生き物なんダナ!」

 

 その言葉にアーシーよりも、むしろアイエフがムッとする。

 

「なによ! 女一人殺せない無能デブが、息巻いてんじゃないわよ!」

 

 アイエフの啖呵に、ロングハウルが比喩でなく頭から湯気を噴き出す。

 

「む、む、無能デブ!? お、おまえ言って良いことと悪いことが……」

「無能が嫌ならガラクタダルマよ!」

 

 アイエフの攻撃ならぬ、口撃に少なからぬダメージを受けるロングハウルに対し、アーシーは快活に笑い、アイエフを優しく降ろす。

 

「アハハ! あなた根性があるわね、気に入ったわ! でも、今は下がっていてちょうだい。ここからは私の仕事よ」

 

 アイエフは素直に頷いた。怪我人の自分は、足手まといにしかならないだろう。

 痛む体を引きずって、手近な建物に身を隠す。

 アーシーはロングハウルと向き合い、左腕に装着した弓矢のような武器、エナジーボウを構える。

 

「さあ、女の子をいじめる悪い子は、おしおきよ!」

 

 アーシーの言葉が終わるより早く、ロングハウルは腕の装甲から斧を展開し、それをアーシーめがけて振るう。

 しかしアーシーは難なくそれを躱し、舞うように動きながらエナジーボウからエネルギーの矢を発射する。

 その矢、エナジーアローは、ロングハウルの装甲に突き刺さる。

 ロングハウルはこれまでにないスピードで斧を何度も振るうが、全てかわされ、かわりに体に突き刺さった矢の数が増えていく。

 

「お、ま、えええええ!!」

 

 ロングハウルは絶叫とともに両腕のミサイルを発射しようとするが、それより早くアーシーが矢をミサイルに撃ちこむ。

 

「ごあああああ!!」

 

 ミサイルに次々と誘爆し、爆炎に包まれるロングハウル。

 

「これでお終いね」

 

 アイエフは、ホッと息を吐き、身を隠していた商店から出ようとする。

 すると、それをアーシーが制した。

 

「まだよ!」

「ぐぐぐ、よくもよくも……」

 

 火と煙の中から、ロングハウルが姿を現した。

 傷だらけだが、致命傷には至っていないらしく、アーシーをギラギラと光るオプティックで睨みつける。

 

「そんな、あれだけやって、まだ動けるだなんて……」

「ホント、嫌になるくらいタフね」

 

 アイエフは、ディセプティコンの強靭さに戦慄するが、アーシーは呆れた様子だ。

 ロングハウルは怒り心頭で吼える。

 

「舐めんな! これからが本当の……」

 

「どいてくれえええ!!」

 

 と、その時どこからともなく絶叫が響いてきた。

 思わず、敵味方問わず叫びの聞こえた方向、上のほうを見ると、なにかが上空から落ちてくるところだった。

 誰かが何か反応するより早く、その怪物体はロングハウルに激突した。

 金属と金属の衝突する轟音があたりに響き、土煙が立ち昇る。

 

「痛いんダナ……。何なんダナいったい? って、ランページ!?」

「ぐおお、じゃからどけと……おお!? ロングハウル!」

 

 ロングハウルの上に落ちてきた物体。

 それはプラネタワーから逃走してきたディセプティコンのランページだった。

 

「おまえさん、どこでなにしとったんじゃ! 心配したぞ!」

 

 喜ばしげな声を上げてランページはロングハウルの上から退く。

 

「あ~…… まあ、それはどうでも良いんダナ。それより、手伝ってほしいんダナ」

 

 ロングハウルはバツの悪そうな顔をしつつ、目線でアーシーを指す。

 ランページは理解したとばかりに頷き、凶暴な笑みを浮かべる。

 ちょうどイライラしていたのだ。

 

「これはちょっとマズイかしら?」

 

 アーシーはそう言いつつもエナジーボウを構え直す。

 と、一台のレスキュー車が、ロボット三体が睨み合う戦場に突っ込んできた。

 

 薄いグリーンのUSVレスキュー車だ。

 

 そのレスキュー車はアーシーのすぐ横に停車する。

 

「ずいぶんと遅い到着ね、お医者さま?」

「なに、少し寄り道をしていてね」

 

 アーシーが、レスキュー車に向かって悪戯っぽく話しかけると、レスキュー車から壮年の男性を思わせる穏やかな声が返ってきた。

 そして、レスキュー車は他の同類たちと同じく、人型ロボットへと変形した。

 薄いグリーンのボディに、穏やかそうな顔立ち。

 

 彼こそはオートボットの軍医ラチェットである。

 

「ラチェット、無事で良かったわ」

「君もな、アーシー」

 

 再会した戦友同士は、微笑み合った。

 ディセプティコンたちは、顔を見合わせる。二人ともすでに結構なダメージを負っているのに対し、オートボット側はほぼ無傷。

 加えて。

 

「実はのう、ロングハウル。ワシ今、オートボットに追われとるんよ」

「へー」

 

 つまり、遠からず3対2になると言うことだ。

 そして、二体は頷き合う。こういうとき取るべき手は一つだ。

 

「本日二度目の、逃げるんじゃよおおお!」

「右に同じなんダナあああ!」

 

 一瞬にしてダンプカーに変形したロングハウルの荷台に、ランページが素早く飛び乗ると、緑の巨大ダンプは凄まじい速さで走り出した。

 

「待ちなさい!」

「いや、やめておこうアーシー」

 

 すぐさまディセプティコンを追おうとするアーシーを、ラチェットが止め、痛む体を引きずりながら、隠れていた商店から出てきたアイエフを指す。

 

「今は、彼女を安全な場所に連れて行くほうが先だ」

「……そうね」

 

 アーシーも、それに頷いた。

 

  *  *  *

 

「あいちゃああん!」

 

 二体のオートボットとアイエフが、避難所となった公園に辿り着くと、そこにはコンパがまっていた。

 彼女はアイエフの姿を認めると全速力で走ってきて、その小柄な体に抱きつく。

 

「心配したですよお!」

「ちょっ、コンパ、痛い! 痛いって!」

 

 しかし、全身傷だらけのアイエフには、今のコンパの抱擁は痛みをもたらすものだった。コンパは慌てて離れる。

 

「ご、ごめんです!」

「痛たた。……でもありがとう、心配してくれて」

 

 アイエフは照れたように微笑み、コンパも笑い返した。

 

「あ、そうです! あの、あいちゃんを助けてくれて、ありがとうございました」

「礼ならアーシーに言ってくれ。君の友達を助けたのは、彼女なんだ」

 

 コンパは、レスキュー車の姿のラチェットに頭を下げた。

 ラチェットは穏やかに言うが、コンパは首を横に振った。

 

「もちろん、アーシーさんにもお礼を言うです。でも、あなたがあいちゃんを助けに行ってくれたのにもお礼が言いたいんです!」

「ふむ」

 

 ラチェットは小さく苦笑するような声を出した。

 

「良い娘ね、あなたのお友達」

 

 アーシーはビークルモードであるバイクの姿でアイエフの傍に近づくと、そう言った。

 

「ええ! 自慢の親友ですもの!」

 

 アイエフは、ニッコリと微笑む。

 

「ふむ、不思議だな……」

 

 いつのまにか近づいてきたラチェットが怪訝な声を出した。

 コンパは少し離れた所でアーシーにお礼を言っている。

 

「君はコンパ君と話をしているときにホルモンバランスの異常がみられるのだが」

 

 ラチェットの言葉にアイエフは猛烈に嫌な予感がした。

 

「それが指し示すことは、つまり君はコンパ君との交尾を望んで……」

「魔界粧・轟炎!」

「熱う!!」

 

 そんな二人を見て、コンパは首を傾げていた。

 

「二人とも何をしてるんでしょうか?」

「あなたは聞かなくてもいいことよ……」

 

 アーシーの聴覚センサーは二人の会話をしっかり捉えていたが、言わないでおいてあげたのだった。

 

  *  *  *

 

 こうして、諜報員と輸送兵の戦いは、オートボットたちの助力によって諜報員の勝利とあいなった。

 そして、残す舞台はメインストリート。

 女神とモンスター、オートボットとディセプティコン、その主力同士がぶつかり合う最も激しい戦場のみである。

 

 だがその前に、ランページを追いかけ姿の見えなくなったサイドスワイプはと言うと……。

 

「ここ、どこだ……」

 

 迷子になっていた。

 




書いていたらなぜか、女神候補生たちの戦いよりもアイエフ関連の話のほうが長くなってしまった。そんな第11話でした。

今回初登場のアーシーは、実写第一作の玩具をもとに、プライムのアーシーを参考にしてキャラ付しています。

また、ロングハウルの使う斧や、ランページの四脚モードも玩具に仕込まれているギミックがもとになっています。

ところで、コンストラクティコンのキャラ付けは、残りのメンバーは自重しようと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 歩調を合わせて

今回は全編バトル回です。


プラテューヌ市街、メインストリート。

ここではついに、オートボットと女神の同盟軍対ディセプティコンとモンスターの混成軍による決戦が行われていた。

 

「クロスコンビネーション!」

 

先陣を切るのはネプテューヌだ。その鋭い剣技で次々とモンスターを屠っていく。

 

「うおおおお!」

 

その次にオプティマスが続く。押し寄せるモンスターを右腕から展開したエナジーブレードで斬り捨て、左手に持ったイオンブラスターで狙い撃つ。

 

「メガトロン!!」

 

オプティマスが吼える。だがメガトロンはモンスターの群れの向こう側で超然とこちらを見ていた。他のディセプティコンが各々動いたのに対し、メガトロンは最初の場所から動こうとしない。まるで、ここまでたどり着いて見ろと言う風に。

 

「オプっち! 私が!」

 

そのメガトロンに向け、ネプテューヌが飛んでいくがメガトロンは片腕を砲に変え撃つ。

それを避けたネプテューヌに、次々と飛行型のモンスターが襲い掛かる。

 

「トルネードソード!」

 

しかし、ノワールの振るう大剣がそれを切り裂いた。

 

「だらしないわよ! ネプテューヌ!」

 

「ふふ、ありがとう。ノワール!」

 

 ネプテューヌがノワールに微笑みかけると、黒の女神はプイっとそっぽを向く。

 

「! ノワール! 気を付けて!」

 

 そこへ、巨大なヘリが覆いかぶさるように上空から飛来してきた。ブラックアウトだ。

 

「フハハハ! 貴様らなどメガトロン様が相手をするまでもない! この俺が屠ってくれる!」

 

 そのまま、押し潰そうとするが如く二人の上に降下するブラックアウト。そこへ砲撃がどこからか撃ち込まれ、ブラックアウトはそれを避けて二人から遠ざかる。

 

「よう、俺の相手をしてくれよ」

 

 アイアンハイドがモンスターの死骸を踏みつけニヒルに笑っていた。その両腕のキャノン砲から煙が上がっている。

 

「アイアンハイドか! よかろう、このブラックアウトに勝てると思うな!」

 

 ブラックアウトがロボットモードに変形して地響きを立てて地面に降り立つ。そしてプラズマキャノンをアイアンハイドに向け撃つ。アイアンハイドはそれを、その無骨な外観に似合わない軽快な動きで避けつつ、左右から飛びかかってきたモンスターにキャノンをお見舞いする。

 

「へっ、当たんねえよ!」

 

「そうか! なら、これはどうだ!」

 

 ブラックアウトは、さらにプラズマキャノンを発射した。だが今度はプラズマが放射状に広がっていく。

 

「うおっと!」

 

 アイアンハイドは咄嗟に横道に飛び込んでそれを躱す。プラズマ波はアイアンハイドの代わりに路上のモンスターたちを飲み込んだ。

 

「おいおい、味方を巻き込んでんじゃねえか」

 

 アイアンハイドが呆れたように言うと、ヘリ型ディセプティコンはフンと音を立てて排気した。

 

「どうせこいつらは使い捨ての駒だ! いくらでも代わりは効くわ!」

 

 そして、さらなる大威力でプラズマキャノンを放とうとした。

 

「そう、それがディセプティコンのやり方ってわけね!」

 

 そのときである。ブラックアウトの背後から、ノワールが大剣で斬りかかった。

 

「なに!?」

 

 ブラックアウトは間一髪でそれをかわし、手首のローターブレードを振るう。

 しかしノワールは華麗にそれを躱すと身を翻し、路地から出てきたアイアンハイドの横に移動する。

 

「余計なことしやがって」

 

 アイアンハイドはぶっきらぼうに言った。

 ノワールはムッとして言い返す。

 

「なによ! 助けに来てあげたんでしょ!」

 

「別に頼んでねえだろ! それになんだ、あのへっぴり腰の技は! 女のダンスみたいな動きだったぞ!」

 

「私は女よ!」

 

 ギャーギャーと言い合うアイアンハイドとノワールを見て、ブラックアウトは怒声を上げる。

 

「ふざけてるのか、貴様ら!」

 

 そう言って、プラズマキャノンと機銃を乱射し弾幕を張る。

 二人は、再び路地に入り込み、プラズマ弾と機銃の弾を防ぐ。

 

「しょうがねえ! おい、お嬢ちゃん! 俺が突っ込むから、援護してくれ!」

 

「冗談でしょ! 突っ込むのは私、援護はあなた!」

 

 言うや否やノワールは路地を飛び出し、ブラックアウトに向かっていく。

 

「お、おい! まったく、なんてじゃじゃ馬だ!」

 

 文句を言いつつも、ノワールを援護するために路地を出てキャノンを撃ちまくる。

 

 ノワールはプラズマ弾を躱し機銃の弾を障壁で防ぎながら、ヘリ型ディセプティコンに向かい飛んでいく。

 ブラックアウトの弱点は分かっている。その装甲が見た目に反し薄いことは、前回戦ったときに証明済みだ。

 途中、路地や瓦礫の影からモンスターが飛びかかってきたが、その爪牙がノワールに届く前に、残らずあの口の悪いオートボットの砲撃によって粉砕される。

 無礼だが、頼もしい味方には違いなかった。

 もう少しでブラックアウトが技の射程に入る。ノワールはさらに加速した。

 だが……

 

「あぶねえ! 高く飛べ、お嬢ちゃん!!」

 

 その声が聞こえた瞬間、ブラックアウトの周囲に巨大なプラズマの大波が出現する。

 とっさに、声の指示に従い高度を上げる。

 プラズマの波はノワールの僅か下を通過し、モンスターも周りの建物も飲み込みながら、さっきの声の主であるアイアンハイドに迫る。

 黒いオートボットは道に横転していた車を掴み上げ盾にしたが、防ぎきれず後ろに大きく吹き飛ばされ、道路に倒れた。

 

「フハハハ! 見たか! これが最大出力のプラズマキャノンだ!」

 

 ブラックアウトは高笑いとともに、オートボットに止めを刺すべく再度プラズマキャノンに充填する。

 

「ちょっと、あなた! 大丈夫なの!?」

 

 ノワールは、アイアンハイドに向かって飛んで行こうとする。

 だが、アイアンハイドは黒の女神をチラリと見て首を横に振る。見た黒の女神は一瞬頷くと、ブラックアウトを見据える。

 

「ヴォルケーノダイブ!」

 

 ノワールの剣に炎が宿り、黒の女神はそれをブラックアウトに向け一直線に急降下していく。

 

「馬鹿め! 狙い撃ちだ!」

 

 ブラックアウトは狙いを変え、プラズマキャノンをノワールに向ける。

 

「お前がな!」

 

 その身体に、キャノン砲の砲弾が直撃する。

 

「がッ……」

 

 それは道の向こうで倒れていたアイアンハイドだ。

 そしてよろめくブラックアウトにノワールの大剣が襲い掛かる。

 

「お、おのれえええッ!!」

 

 とっさに飛び退き直撃を逃れたものの、大剣はブラックアウトの右胸を切り裂きその装甲に大きな傷をつける。

 

「くっ、浅い! もう一発!」

 

「させるか!」

 

 ノワールはさらに追い打ちをかけようとするが、ブラックアウトは胸の中央から砲塔がせり上がってくる。

 

「喰らえ!」

 

 そのまま無念お砲塔……もとい胸の砲塔を発射する。

 ノワールは距離を取って砲弾を避けた。そして立ち上がったアイアンハイドの横に降り立つ。

 

「どうかしら、これでも私はお嬢ちゃんかしら?」

 

「まあ、お嬢ちゃんにしちゃ上出来だな。レッスン1『まずは敵を倒すべし』は、ぎりぎり合格ってとこか」

 

「むうう」

 

 あくまでもノワールを子供扱いするアイアンハイドに、ノワールは思わず……それこそ子供っぽく……むくれる。

 

「さあて、レッスン2! 『ディセプティコンの上手なぶちのめし方』だ!」

 

 それを見たアイアンハイドはキャノン砲をグルグルと回して見せながら笑った。

 

「じゃあ、私もレッスンをつけてあげるわ! 名付けて『ディセプティコンを三枚におろす方法』よ!」

 

 ノワールは大剣をブンブンと振り回しながら言う。

 

「ふざけるな! 勝負はこれからだ!」

 

 ブラックアウトが吼える。

 黒いオートボットと黒い女神はお互いに好戦的な笑みを浮かべているのを確認すると、黒いディセプティコンに向かっていった。

 

  *  *  *

 

 そこと別の路地で、ジャズは八方から迫るモンスターに回し蹴りを叩き込み、そのまま愛用の盾と一体化したエネルギー砲、クレッセントキャノンを撃ち、ベールの後ろから不届きにも襲い掛かろうとしたモンスターを撃破する。

 

「あら、ありがとうですわ」

 

 ベールは長槍で、モンスターを串刺しにしながら柔らかく笑う。

 

「どういたしまして。どうだい? 俺とドライブしてくれる気になったかい?」

 

「ポイント1、と言ったところですわ」

 

 辛口な評価のベールに、ジャズはヒュウと口笛のような音を出した。

 

「つれないねえ、だが、そこがいい!」

 

 ジャズはクルクルと回りながらクレッセントキャノンを撃ち、モンスターを薙ぎ払う。

 と、ベールが槍を投擲しジャズの頭上から迫っていた飛行系モンスターを撃墜した。

 

「いまのでポイント-1ですわ。差し引き0点ですわね」

 

「……ほんっとにつれないねえ」

 

 言葉とは裏腹に、緑の女神と銀のオートボットは微笑み合う。

 そこへ、プラズマ弾が撃ち込まれるが、二人は難なくかわした。

 

「おいおい、空気の読めない奴もいたもんだな」

 

「無粋ですわね」

 

 女神とオートボットの軽口に、さらなる砲火で答えたのはグラインダーだ。数十メートルの距離を挟んで、機銃とプラズマキャノンを構えている。

 

「それじゃ、一曲ダンスといくかい?」

 

 ジャズは軽快なステップを踏みながら言った。

 

「いいですわね。あなたワルツは踊れて?」

 

 ベールは宙返りをしてプラズマ弾を躱しながら答えた。

 

「好きなだけ踊るがいい、……死の舞踏をな」

 

 グラインダーは言葉とともに機銃とプラズマキャノンで弾幕を張る。

 女神と二体のトランスフォーマーが銃声と砲撃音をもって奏でる音楽が路地を満たす。

 

「いや、なかなかどうして、ノれるじゃないの!」

 

 銀のオートボットは踊るような動きで迫る弾幕を躱し続ける。

 

「ええ、素敵ですわね!」

 

 緑の女神が長槍を投擲しながら笑う。

 

「理解不能だ」

 

 銀のディセプティコンが冷静に槍を躱しながら機銃を撃つ。

 

「あら? ノリの悪い男性はモテませんわよ?」

 

「言っていろ」

 

 グラインダーはプラズマキャノンを放射状に発射する。ジャズはビルの合間に逃げ込み、ベールは高く飛んでこれを避けた。

 

「ヘイ! 約束より少し早いがドライブといこう!」

 

「ふふ、お受けしますわ」

 

 ビルの合間から飛び出してきたジャズはスタイリッシュなスポーツカーに変形し、その屋根にベールが片膝をついて乗る。

 

「しっかりつかまってな! 全速で飛ばすぜ!」

 

「月までお願いしますわ!」

 

 急発進したジャズ目掛け、モンスターの群れが四方から殺到する。

 しかし、ジャズは華麗なハンドル捌きでそれらをことごとく躱して走って行く。

 グラインダーは、冷静にプラズマキャノンを放射状に撃つ。あのスピードでは避けられまい。

 しかしプラズマ波が届く寸前、ジャズは道端の車をジャンプ台代わりにして高く跳んだ。

 

「イィヤッハアアアッ!!」

 

 そのまま、プラズマ波を飛び越える。

 しかし、グラインダーは冷静に、あくまで冷静にプラズマキャノンでジャズを狙い撃とうとするが、銀のスポーツカーの上から弾丸の如く飛んで来た、緑の女神に一瞬驚愕する。

 とっさに狙いをそちらに変えるが、間に合わない。

 

「キネストラダンス!!」

 

 すれ違いざまに、グラインダーの全身をベールの長槍が切り刻む。

 

「だが、浅いな!」

 

 それでも大きなダメージを受けてはいないグラインダーは、逆にベールを切り裂くべく手首のローターブレードを振るおうとする。

 

「俺を忘れてもらっちゃ困るな!」

 

 その瞬間、ジャズがロボットモードに戻り突っ込んできた。その右腕をレイピアの如き細く長い剣、テレスコーピングソードに変形させている。

 銀のディセプティコンは間一髪で飛び退いたが、ジャズのソードは容赦なくその腹部を横一文字に傷つけた。

 

「ぐおおおッ!!」

 

 グラインダーはたまらず叫び声を上げ、瞬時に巨大ヘリに変形して飛び去った。

 

「イエイ! ザッとこんなもんさ!」

 

 ジャズはベールに向け、甘く微笑みかける。

 

「どうだい? 俺たち、相性は悪くないと思うんだけど?」

 

「そうですわね」

 

 ベールは上品に微笑み返した。

 

「イエス! それじゃ、改めて俺とドライブの約束を」

 

「それも、悪くありませんわね。でも……」

 

 そのとき路地裏から、建物の屋上から、次々とモンスターが現れアッと言う間に二人を取り囲む。

 

「この方々を躾けるほうが、先ですわ」

 

「そうだな、それじゃあ……」

 

 二人は不敵に笑った。

 

「「let's rock n roll!!」」

 

 声を揃えると緑の女神と銀のオートボットは、モンスターの群れに突っ込んで行った。

 

  *  *  *

 

「待ちやがれ! この逆三角形野郎!」

 

 プラネテューヌ市街上空、ブランはジェット戦闘機形態のスタースクリームに空中戦を挑んでいた。無数の光弾を発射する。

 

「ひゃははは! 待つわけねえだろ! このノロマ!」

 

 スタースクリームはそれを全て避けて見せる。そして空中でロボットモードに変形すると機銃をブランに向け発砲する。

 

「たんと味わえや、ムシケラ!」

 

「クソッ!」

 

 ブランは体の正面に障壁を張り、銃弾の雨を防ぐ。

 その次の瞬間にはスタースクリームは白の女神の背後に回り込んでいた。右手をブラン目掛け振り下ろす。

 

「うわあッ!」

 

 避ける間さえなく、それこそムシケラのように叩かれ、とてつもない衝撃を受けたブランは気を失って変身が解け、あっけなく地面に向かって落ちていった。

 

  *  *  *

 

 ビルの屋上で四方から飛びかかってきたモンスターを両腕のブレードで切り刻んでいたミラージュは、視界の端に白の女神が落下してくるのを捉えた。

 それに気付いていて、なおかつ助けに行く余裕のあるのは自分だけのようだ。

 

「チッ!」

 

 舌打ちのような音を出しながらも、ミラージュはブランの落下予測地点に向かって走り出した。

 

  *  *  *

 

 ビルの谷間に向けて落ちていく白の女神を、スタースクリームはジェット戦闘機の姿で追いかける。もちろん、止めを刺すために。

 スピードを抑え機体下部からミサイルを展開し、それでブランを狙い撃とうとする。

 しかしブランの小柄な身体がビルの谷間に入り込む寸前、赤い影が一瞬横切りブランの姿が消える。

 

「なに!?」

 

 スタースクリームは機体を起こしてロボットモードに変形し、地面に着地した。そしてミサイル砲と機銃をいつでも撃てる状態にして、ビルの合間に入って行く。

 

「鬼ごっこか、いいぜ、付き合ってやる」

 

 獲物を今一歩のところで取り逃がしたにも関わらず、ディセプティコンの声は機嫌良さげだった。

 弱いものを追い詰めることほど、楽しいことはないからだ。

 

  *  *  *

 

「んッ……」

 

 ブランが目を覚ますと、薄暗い場所にいた。

 霞む目を凝らすと、そこは狭い路地だった。日影になっていて目の前の壁には「女神反対!」などと書かれた訳の分からないポスターが一面にベタベタと張られている。

 なぜ自分はこんな所にいるのだろうか?

 最後に覚えているのは、自分に向かって振り下ろされる金属の腕だ。

 そうだ! 自分は、あのアイスクリーム野郎に叩き落とされたのだ!

 霞がかった頭でそこまで思考し体に力を入れるが、動かない。

 慌てて自分の姿を確認すると、ようやく自分が赤いオートボット、ミラージュの腕に抱えられていることに気が付いた。

 

「て、テメエ! なにしやが……」

 

 慌てて逃れようと身をよじり、声を上げるブランだったが、次の瞬間、路地の外から声が聞こえてきた。忌々しい、スタースクリームの声だ。

 

「ムシケラちゃんや~い、出ておいで~、痛くしないから~、……嘘だけど」

 

 楽しそうな声でこちらを探している。

 ミラージュは口に人差指を当ててシィーッと小さく排気音を出した。ブランはコクコクと無言で頷く。

 赤いオートボットはブランを片腕で抱えたまま、路地をスタースクリームがいるのとは反対側へと抜ける。金属の巨体は驚くべきことに、まったく音を立てなかった。

 しばらく、移動すると最初と同じような薄暗い路地裏で、ミラージュはブランを降ろした。どうやら敵の気配はない。

 

「……一応、お礼を言っておくわ。……ありがとう」

 

 ブランが低いテンションで言うが、ミラージュは答えない。

 白の女神がムッとした顔になっても、赤いオートボットは知らん顔だ。

 

「おい! なんとか言ったらどうなんだ! こっちがせっかく……」

 

「黙れ」

 

 思わず怒鳴り声を上げるブランを、ミラージュは低い声で遮る。

 

「こっちは、どうやってスタースクリームを倒すか考えてるんだ」

 

 ミラージュは、イライラとしている様子で言った。ブランはその言葉に、腹立たしげに黙り込む。

 と、そのすぐ横にミサイルが着弾し、轟音と爆炎が路地を満たす。ミラージュはとっさに屈んでブランを庇い、爆炎と舞い上がる粉塵をその背に浴びた。

 

「見~つけた!」

 

 スタースクリームだ! ビルの上からこちらを覗いている。

 

「おやおや、オートボットのクズも一緒か。二人そろって逃げ隠れしか出来ないたあ、情けのない奴らだぜ」

 

 そう言ってミサイル砲を二人に向ける。

 本人は気付いていないが、ブランの顔は真っ青になっていた。

 絶望が、その心に浸食していく。

 その瞬間ミラージュが叫んだ。

 

「走れ!」

 

 ブランは弾かれたように走り出す。

 その頭上からミサイルが降り注いだ。

 ミラージュは走りながら再びブランを抱き上げ、そのまま逃げた。

 

「ひゃはは、ひゃは、ひゃあっはっはっはっは!!」

 

 スタースクリームはそんな二人を見て、腹を抱えて大笑いしていた。

 

  *  *  *

 

 なんとかスタースクリームの気配のないところまで逃れた二人だったが、すぐに追いつかれるだろう。ミラージュはブレインサーキットを最大限回転させて打開策を練っていた。

 

「……悪かったわ」

 

 ブランは、顔を伏せつつ言った。

 

「たしかにあなたの言うとおり、わたしはアイツに正面から挑んで二度も負けたわ……」

 

 ミラージュは答えない。黙って辺りをうかがうだけだ。

 

「……頭に血が昇っちゃって、アイツに仕返しすることしか考えられなくなってた」

 

 ミラージュは無言だ。

 

「……わたしがいても足手まといだわ」

 

 ミラージュは黙っている。

 

「だから、わたしが囮になる。その間にアイツに……」

 

「黙れ」

 

 ミラージュは低い声で遮った。

 

「俺を舐めるな。有機生命体は気に食わないが、見捨てるほど落ちぶれてもいない」

 

 その声は決然としていた。

 

「ごめんなさい……」

 

 ブランは涙声で顔を伏せたままだ。二度までもスタースクリームに敗れ、不様に逃げ回り、そのプライドはズタズタに傷つけられていた。

 

「……手を思いついた。おまえの力がいる」

 

 ミラージュは唐突に言った。

 

「……え?」

 

 ブランは顔を上げる。ミラージュは片膝を突いて白の女神の顔を真っ直ぐ見る。

 

「俺だけじゃ勝てない、おまえだけでも勝てない。なら、方法は一つ、“歩調を合わせる”んだ」

 

  *  *  *

 

「お~い、出てこいよ~」

 

 スタースクリームはコキコキと首のジョイントを鳴らした。

 そろそろ、このゲームにも飽きた。いい加減、オートボットとムシケラを始末することにしよう。

 と、ビルの陰からあのムシケラが顔を出し、こちらの様子をうかがっているのが見えた。なんてお粗末な隠れ方だろうか。

 こちらに気付いたムシケラは慌てて顔を引っ込める。

 

「さ~て、今から潰してやるから待ってなあ」

 

 スタースクリームは、ムシケラが隠れた路地を覗き込む。

 そこは行き止まりになっていて、ムシケラはその奥で震えていた。あのオートボットの姿はない。おそらくムシケラを置いて逃げたのだろう。自分だって迷わずそうする。

 

「さ~て、ムシケラちゃ~ん! あ そ ぼ う ぜ ! !」

 

 オートボットをここで倒せないのは面倒だが、それはそれ。まずはこのムシケラを叩き潰すべくワザとゆっくりと、近づいていく。

 

「い、いや、こないで……」

 

 涙目で座り込むムシケラ。もちろんそんな姿はスタースクリームにとっては憐みではなく、嗜虐心を刺激するだけだ。

 

「ひゃははは! そう言われてもな~、どうしよっかな~。……やっぱり殺しとこっと!」

 

 スタースクリームは右手を丸鋸に変えてムシケラに斬りつける。

 

 その瞬間、ムシケラ……ブランはニヤリと笑った。

 

 スタースクリームの丸鋸はブランをすり抜け、地面を削る。

 

「なにぃ!?」

 

 驚愕するスタースクリームの前で、ブランの姿が霧散する。

 

「ホログラムだと!?」

 

 そのとき、誰もいなかったはずのスタースクリームの背後に突如ミラージュが現れ、その背に斬りかかった。

 これこそがミラージュの特殊能力、ホログラム発生能力と透明化能力だ。ミラージュはブランのホログラムを作り出すことでスタースクリームを誘い出し、自身は透明化能力で姿を消して隙をうかがっていたのだ。

 まさしく、その名(ミラージュ)にふさわしい戦法と言えた。

 だがスタースクリームは瞬時に反応し、振り向きざまミラージュのブレードを丸鋸で受け止める。

 

「残念だったな!」

 

 スタースクリームは嘲笑い、左腕を振り上げる。

 ミラージュはそれを見て不敵な笑みを浮かべた。

 

「ああ、残念だよ。……おまえに一撃入れるのが、俺じゃなくてな!」

 

 スタースクリームが訝しげな表情になった瞬間、ブランの声が響き渡った。

 

「ツェアシュテールング!!」

 

「な!? ごっばああああ!!」

 

 真横からの一撃がその胴体を捉え、スタースクリームは真横に吹き飛ばされビルの壁面を破りその中に消えた。

 

「作戦通りだったな!」

 

 女神化しているブランはニッコリとミラージュに笑いかける。

 

「……ああ、そうだな」

 

 ミラージュはそっぽを向き、ぶっきらぼうに言った。

 スタースクリームは、ブランのことを弱者として見ている。だから、ブラン一人なら必ず油断する筈だ。ここでミラージュが一緒だと警戒されるから彼は隠れておく。不意打ちが防がれるのも計画の内、本命はブランの一撃だったのだ。

 

「ったく、愛想のない奴だな。……けど、ありがとな」

 

 ブランは素直に礼を言った。ミラージュなしでは、スタースクリームに勝つことは難しかっただろう。

 ミラージュは答えず、スタースクリームが突っ込んだ壁面を睨みつけた。ブランも文句を言わずそれに倣う。

 スタースクリームはジェットを吹かして、ビルから飛び出してきたからだ。

 

「き、貴様らあああッ!!」

 

 怒り心頭のスタースクリームは、両腕をミサイル砲に変形させる。

 ミラージュは両腕のブレードを、ブランは戦斧をそれぞれ構えた。

 白の女神と赤いオートボットは、ディセプティコン航空参謀に挑んでいった。




そんなわけで、いかがだったでしょうか。
バトルって本当に難しいですね。
次回は、そしてボス同士+1の対決。
一応、次回で一区切りつく予定です。

ご意見、ご感想お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 目に見える以上の……

今回で(とりあえず)一区切りになります。

文章力、構成力、表現力、演出力、すべてにおいて未熟なこの作品におつきあいいただき、本当にありがとうございます。


 そして、再びメインストリート。

 

「メガトロン!!」

 

 オプティマス・プライムだ。立ちはだかるモンスターを全て血祭にあげ、ついに宿敵メガトロンに眼前に辿り着いたのだ。

 

「ほう、前より力を取り戻したようだな」

 

 メガトロンは、そんなオプティマスを見てニヤリと笑った。

 

「だが、余計なオマケまで付いて来たようだ」

 

 そう言って、オプティマスの後ろを見る。

 そこにはネプテューヌがいた。ブラックアウトに向かって行ったノワールと別れた後は、オプティマスの後でモンスターを相手にしていたのだ。

 

「オマケとは言ってくれるわね」

 

 ネプテューヌはオプティマスの横に並ぶ。

 ついにこの場に、オートボット、ディセプティコン、そしてプラネテューヌの代表者たちがそろった。

 張りつめた様子のオプティマスとネプテューヌ。余裕の笑みを崩さないメガトロン。

 三者は無言で睨み合う。

 

「メガトロン、一つ聞かせて!」

 

 最初に声を上げたのはネプテューヌだった。

 

「なぜシェアクリスタルを狙うの? アレは女神が持ってこそ意味のあるものよ!」

 

 ネプテューヌのその言葉に、メガトロンは嘲笑混じりに答えた。

 

「愚か者めが、それを決めるのはこの俺よ! 貴様は黙ってシェアクリスタルを渡せば良いのだ」

 

 とりつく島もないとは、このことか。メガトロンはネプテューヌの疑問に答える気はないらしい。それとも本気で、シェアエナジーを自分の物に出来ると思っているのだろうか。

 だがどちらにしても、やはりメガトロンにシェアクリスタルを渡すわけにはいかない。

 ネプテューヌは太刀をメガトロンに向け構える。

 

「……メガトロン」

 

 オプティマスは低く静かに声を出した。

 

「どこまで繰り返せば気が済むのだ。どれほどの破壊をもたらせば満たされる? 何を求めているというのだ?」

 

 その言葉には、とてつもない悲しみと苦悩が詰まっているように、ネプテューヌは感じた。

 しかし、それに対するメガトロンの答えは、やはり嘲笑混じりだった。

 

「破壊こそ我が喜び。俺が求めるのは宇宙を支配する力だ!」

 

 その言葉に、オプティマスの顔が怒りに満ちたモノになる。

 

「メガトロン…… 貴様は長く生き過ぎた愚かなロボットだ! スクラップがお似合いだぞ!」

 

 これまでにない怒りを漲らせ、オプティマスは右腕からエナジーブレードを展開する。

 メガトロンはそれを見て笑みを大きくし、自身も右腕をチェーンメイスに変形させた。

 ついにボス同士の対決だ。

 二体のトランスフォーマーは雄叫びを上げ、走り出す。

 オプティマスが左腕に持ったイオンブラスターを宿敵に向け撃つ。だが、それはメガトロンの装甲に弾かれダメージを与えることができない。

 メガトロンが走りながらチェーンメイスを大きく振り上げ、オプティマスに向け振り下ろす。それをオプティマスは躱したが、すかさず繰り出された破壊大帝の左拳が総司令官の左腕を捉え、衝撃でオプティマスはイオンブラスターを手から落としてしまった。

 それでも怯むことなく右腕のエナジーブレードを斬り上げるオプティマス。しかし、メガトロンは上体を反らしてそれを躱すと、オプティマスの胴体に回し蹴りを放つ。

 それを受け止めたオプティマスは、そのままメガトロンの体を投げ飛ばす。

 ビルの壁面に叩き付けられたメガトロンに向け、エナジーブレードを振り下ろす。

 その瞬間メガトロンはなんとエナジーブレードを真剣白刃取りで受け、掌が焼け付くのもかまわず、そのままブレードをへし折る。

 オプティマスはすかさず左拳をメガトロンの顔面に叩き込もうとするが、メガトロンは片腕を砲に変え、オプティマスの胸に撃ち込む。

 轟音とともにオプティマスは大通りの反対側まで吹き飛ばされ、今度はこちらがビルの壁面に叩き付けられ、そのままズルズルと道路に座り込む。

 メガトロンは両腕を組み合わせ長大な砲身を作り上げた。フュージョンカノン砲だ。

 エネルギーを充填し、狙いをつけるメガトロン。

 だがそこへネプテューヌが斬りかかる。

 

「クリティカルエッジ!!」

 

 その攻撃はフュージョンキャノンの砲身に命中するも、大したダメージを与えたようには見えない。だが、狙いはオプティマスから逸れ、発射されたエネルギー弾はオプティマスの脇に当たる。

 大爆発が起きてビルが崩れ、オプティマスは瓦礫に埋もれた。

 メガトロンは咆哮を上げ、ネプテューヌにチェーンメイスを振るう。

 ネプテューヌはそれを避けるが、次の瞬間突き出された左手が、その身体を捕まえる。

 

「この、ムシケラがッ!!」

 

 メガトロンに握られ、その恐ろしい声を真正面で聞くことになったネプテューヌ。

 そこから抜け出すべく全身に力をこめるがビクともせず、金属の指は容赦なく紫の女神の身体を締め付ける。

 

「このまま、捻り潰してくれる!」

 

 メガトロンは左手に力を入れてネプテューヌを潰そうとするが、その瞬間、瓦礫を跳ね除けオプティマスが飛び出してきた。

 

「彼女に手出しはさせんぞ、メガトロン!」

 

 オプティマスはメガトロンに飛びかかり、その胴にタックルした。衝撃でメガトロンはネプテューヌを手放す。

 ネプテューヌはすぐさま空中で体勢を立て直すと、胴に組み付いたオプティマスを振り解こうとしている破壊大帝の顔面に向け飛んでいく。

 

「クロスコンビネーション!」

 

 そしてメガトロンの顔面に剣技を叩き込む。

 

「ぐおおおッ!」

 

 とっさに右腕で顔面を庇ったメガトロンだが、右腕の装甲が大きく傷ついた。

 

「なんだと!?」

 

 その傷にメガトロンは驚愕する。油田での戦いでは白の女神の必殺技をもってしても僅かにしか傷つけることの出来なかった装甲だ。明らかに技の威力が上がっている。

 メガトロンは渾身の力でオプティマスを投げ飛ばす。

 オプティマスはなんとか立ち上がろうとするがうまくいかない。

 

「オプっち!」

 

 そのそばに、ネプテューヌが降り立つ。

 

「オプっち! 大丈夫?」

 

「ああ…… 大丈夫だ」

 

 ネプテューヌがそばに来たら不思議と体に力が入り、立ち上がることができた。

 

「仲の良いことだな! ならば二人まとめて、消え去るがいい!!」

 

 メガトロンは今一度両手を組み合わせ、フュージョンカノンの発射体勢に入る。今度は、エネルギー充填が不十分だがすぐさま発射した。

 オプティマスはとっさにネプテューヌを後ろに庇い、さっき落としたイオンブラスターを拾うと、メガトロンに向け撃つ。

 フュージョンカノンとイオンブラスターから放たれたエネルギー弾がぶつかり合い、空中で爆発する。

またもメガトロンは驚愕した。

 

「相殺しただと!?」

 

 オプティマスのイオンブラスターには、充填が不十分だったとはいえフュージョンカノンを相殺するような威力はなかったはず。

 驚いているのはオプティマスも同じだった。一瞬、自分の身にエネルギーが満ちたかと思うと、イオンブラスターの威力が信じられないほど増大したのだ。

 ただし、イオンブラスターそのものは過負荷に耐え切れず、銃口が融けかかっている。これではもう撃つことが出来ない。

 先に驚愕から回復したのはメガトロンだった。破壊大帝はオプティマスに向け、再度フュージョンカノンを発射する。

 だがオプティマスはビークルモードになることで、ネプテューヌは高く飛び上がることでそれを躱す。

 オプティマスはそのままメガトロンに向かって走り、体当たりした。

 

「ぬおおおッ!」

 

 メガトロンは大きく後ろに吹き飛ばされるも倒れるには至らず、オプティマスはすぐさまロボットモードに戻り、両者はまたしても激突する。

 四つに組み合った状態で拮抗状態になる、オプティマスとメガトロン。本来なら力で上回るはずのメガトロンに対し、オプティマスは互角だった。

 

「何故だ!?」

 

 メガトロンが吼える。

 

「何故そうまでして、あのムシケラを助けようとする!?」

 

 全ての武器を失い、ボロボロに傷ついてまで何故ネプテューヌを助けようとするのか。有機生命体を下等と断じるメガトロンにとっては、どうしても理解不能だった。

 対するオプティマスは静かに、だが決然と答えた。

 

「彼女が友と呼んでくれたからだ。……昔、あなたが兄弟と呼んでくれたように」

 

 その言葉に一瞬、ほんの一瞬、メガトロンの顔に動揺が浮かんだ。

 だがすぐさま怒りと憎しみに満ちた顔に戻ると、さらに力を込めてオプティマスを押し出す。

 そのとき、オプティマスを飛び越えてネプテューヌが現れた。

 

「クリティカルエッジ!」

 

 そしてオプティマスと組み合い防御も回避もできないメガトロンの顔面に剣技が炸裂した。

 

「ぐ、ぐおおおおッッ!!」

 

 思わず手を放し、仰け反るメガトロン。その顔には、斜めに大きな傷ができていた。

 

「ネプテューヌ!」

 

「なに、オプっち? いまさら下がってろって言うのは、なしよ!」

 

「勝負をかける! 援護してくれ!」

 

「いいわ! 決めましょう!」

 

 オプティマスは不思議な気分だった。ネプテューヌと共に戦っていると力が湧いてくる。スパークから、活力が全身に供給されていくのが分かった。

 それはネプテューヌも同じだった。シェアエナジーがどんどん活性化していく。力が溢れてくる。

 

 二人なら、どんな敵にも負けはしない!

 

「ふざ、けるなああッ!」

 

 メガトロンは吼え、チェーンメイスを伸ばし、反対の腕を砲に変える。

 

「死ぬがいい、オプティマアアス!! ムシケラアア!!」

 

 砲を乱射しながら、メガトロンは二人に向け走り出す。

 ネプテューヌはエネルギー弾をよけながら、メガトロンに向け突っ込んでいく。

 

「ネプテューンブレイク!!」

 

 縦横無尽に飛び回りながら、メガトロンを無数に斬りつける。

 大きくはないものの、それは確実にメガトロンにダメージを与え。動きを封じる。

 そして、一拍遅れてオプティマスが突っ込んできた。

 

「うおおおおおッッ!!」

 

 右の握り拳を、渾身の力をこめ、メガトロンの胸の中央に叩き込む。一瞬、その拳が虹色に光った。

 

「ぐ…おおおおおおおッッ!!」

 

 メガトロンは、破壊大帝は、後ろに何十メートルも飛んでいく。

 

「なぁめぇるぅなあああッ!!」

 

 それでも倒れることなく地面に踏ん張り、ギラギラとしたオプティックでオプティマスとネプテューヌを睨みつける。

 

「どうしたッ! それで終わりかあッ!」

 

 メガトロンは咆哮する。顔面を始め体中に傷がつき、胸がへこみエネルゴンが垂れているにも関わらず、その戦意は全く衰えていない。

 

「なんて奴なの!」

 

「メガトロン……」

 

 その姿にネプテューヌは改めて戦慄し、オプティマスは厳しい顔でもう一度拳を構える。

 

 だが、

 

『メガトロン様!』

 

 突如、メガトロンに通信が入った。それはプラネタワー奇襲を任せていたランページからだった。

 

「ランページか! プラネタワー奇襲は成功したのだろうな!」

 

『いえ、それなんじゃが……』

 

 妙に歯切れの悪いランページに、メガトロンはイライラとする。

 

「はっきり言え!」

 

『へ、へえッ! 失敗してしもぉたあ!』

 

 最悪の答えに、メガトロンは怒りが込み上げてきた。だが、さらに悪い知らせは続く。

 

『そ、それだけじゃのおて、オートボットの増援まで出てきたけん!』

 

「オートボットの増援だと!?」

 

『へえッ! 数は確認しただけで3体! メガトロン様! ワシらどうしたらいいんじゃ!?』

 

 メガトロンはブレインサーキットを回転させる。

 ここで、いたずらに徹底抗戦を命じて貴重な戦力を失うのは得策ではない。

 

「もうよい! 貴様はそのまま撤退しろ!」

 

 それだけ言うとランページとの通信を切り、他の全ディセプティコンに向け、通信を発する。

 

「ディセプティコン軍団! 退却ッ!!」

 

  *  *  *

 

 戦場で、ノワールの斬撃を躱しながらアイアンハイドと壮絶な撃ち合いを繰り広げていたブラックアウトが、

 ベールとジャズの攻撃で痛手を負い、身を隠していたグラインダーが、

 共生主の下へ向かって地中を進んでいたスコルポノックが、

 そして、ブランとミラージュを相手に一歩も引かぬ戦いを見せていたスタースクリームが、その通信を聞き戦場から逃れていく。

 女神とオートボットは、ある者は正直命拾いしたと一息吐き、ある者はまだ戦い足りないと、逃げゆくディセプティコンに罵声を浴びせた。

 ディセプティコンたちは、ほとんどの者は己のダメージを鑑みて退却は妥当だと考え、ある航空参謀は内心で指揮官の臆病さを罵っていた。

 モンスターたちは戦意を完全に失い、我先にと逃げ出していった。

 

  *  *  *

 

 メガトロンは退却命令が全軍に伝わったのを確認し、オプティマスとネプテューヌに視線を戻す。

 

「これは終わりではないぞ、オプティマス! これは始まりに過ぎん!」

 

 オプティマスはさらに表情を厳しくする。

 

「まだ続けるつもりか、メガトロン! 偶然導かれたこの世界を巻き込んでまで!」

 

 その言葉に、メガトロンは一瞬、虚を突かれたような顔をする。

 そして、大声で笑いだした。

 

「フハハ、ハァーハッハッハッハッ! 偶然!? 偶然だと! まさかここまで愚かだったとはな!」

 

 その言葉にオプティマスは驚愕する。

 

「どういう意味だ! 我々は意図せぬスペースブリッジの暴走に巻き込まれて、この世界に……」

 

「確かに、スペースブリッジに飲み込まれたのは計画外だ! だがそれは“早すぎた”と言う意味だ!」

 

 メガトロンは、おかしくてたまらないと言う風に言葉を続ける。

 

「行先は、俺の望んだとおりだったのだよ! 本来なら綿密な調査の後に大軍団で侵攻する予定だったのだがな!」

 

「そんな…… それじゃあ、あなたは最初から、ゲイムギョウ界を狙っていたというの!?」

 

 ネプテューヌはそれきり言葉を失う。

 メガトロンは笑うのをやめ、宿敵の、いや宿敵たちの方を真っ直ぐ見た。

 

「その意味を、よく考えるがいい! そして、ムシケラ……いや、プラネテューヌの女神、パープルハートよ!」

 

 その言葉に、ネプテューヌはビクッとなるが、メガトロンは構わず言葉を続ける。

 

「我らディセプティコンは、必ずシェアクリスタルを手に入れる。あらゆる邪魔者を排除してな! そのときを楽しみにしているがいい!」

 

 そう言うとギゴガゴと音を立ててエイリアンジェットに変形すると、瞬く間に飛び去って行った。

 

「メガトロン……」

 

 オプティマスは、エイリアンジェットが空に描いた軌跡を、じっと見つめていた。

 

「ねえ、オプっち」

 

 その足元に、ネプテューヌが変身を解いて立つ。

 

「ひょっとしてさ、オプっちとメガトロンって、昔は仲が良かったの?」

 

「何故、そう思う?」

 

「オプっちがメガトロンのこと、兄弟って言ってたから。あとは、なんとなくかな……」

 

 オプティマスはバトルマスクを解き、悲しげに微笑んだ。

 

「そうだ、我々は昔…… 遠い昔、親友であり兄弟だった」

 

「だったらさ!」

 

 ネプテューヌは努めて明るく言った。

 

「いつか、仲直りできたりして……」

 

 その言葉に、オプティマスは目を伏せる。

 

「いや、ネプテューヌ。それは有り得ない。……有り得ないんだ」

 

 それは、オートボット総司令官オプティマス・プライムらしくない弱々しい声だった。

 

 こうして、ゲイムギョウ界におけるオートボットとディセプティコンの戦い。その初戦はオートボットの勝利で終わったのだった。

 

  *  *  *

 

 他のオートボットと女神たちと合流したオプティマスとネプテューヌが、プラネタワーに帰り着くと、そこにはネプギアを始めとする女神候補生たちと、バンブルビーを筆頭とするオートボットたちが待っていた。

 候補生たちは、姉に飛びついて無事を喜び、オートボットたちは再会を喜んだ。

 

「ラチェット、アーシー、サイドスワイプ。皆、無事で良かった」

 

 オプティマスは笑顔で戦友たちに言葉をかける。

 ラチェットが一歩進み出た。

 

「オプティマス、合流が遅れてすまなかった。通信装置に不具合が出ていてね」

 

 その後ろでアーシーが残念そうに言う。

 

「おかげでパーティーに遅刻しちゃったわ」

 

 ラチェットとアーシーは転送された先で、それぞれプラネテューヌの他の町に潜伏していたのだが、通信装置が故障しており連絡が取れず、オプティマスの招集にも答えることができなかった。

 しかし、今朝のメガトロン電波ジャックを見て、メガトロンあるところオプティマス・プライムありと考えプラネテューヌ市街まで移動してきたのだ。

 ちなみにサイドスワイプは、プラネテューヌ近隣の山の中をグルグル回っていたが、なんとか、偶然、奇跡的にプラネテューヌに辿り着いたのである。

 当の本人はアイアンハイドに説教をくらい、項垂れていた。

 

「まったく、道に迷って敵を取り逃がすとは…… 情けねえ」

 

「面目ない……」

 

「まあいい、……無事で良かった」

 

 アイアンハイドは笑顔になり、サイドスワイプの肩に手を乗せる。

 そんな二人を、黒の女神とその妹が見ていた。

 

「まったく、男って不器用よね」

 

「うん、そうだね……」

 

 呆れたようなノワールに対し、ユニは微妙な表情だ。

 

「カッコいいかと、思ったんだけどなあ……」

 

 そんなことを呟くユニだった。

 

「それで、俺とドライブに行く気になってくれたかい?」

 

 ジャズは冗談めかしてベールに言った。

 

「そうですわね。お友達としてなら、行ってもいいですわ」

 

 その答えに、ヒュウと排気音を鳴らすジャズだった。

 一方、赤いオートボットは、みんなの輪から離れて一人立っていた。

 そこに、抱きついていた妹たちに少し待つように言って白の女神が近づいてきた。

 

「あなたはいいの? 仲間なんでしょ」

 

「ガラじゃないんでね」

 

 相変わらずぶっきらぼうに言うミラージュに、ブランは薄く微笑んだ。

 

「……なんだ」

 

「あなたのことが少しわかった気がしたわ」

 

 ミラージュが何か言い返すより早く、ラムとロムの声がした。

 

「お姉ちゃーん! いつまで待てばいいのー?」

 

「さみしい……(うるうる)」

 

「いま行くわ」

 

 その声にブランは赤いオートボットに軽く頭を下げると、妹たちの方へ小走りに駆けて行く。

 ミラージュはフンッと排気し、仲間たちの方へ歩いて行った。

 

「うわあ、ロボットがいっぱいだあ。うわあ……」

 

 ネプギアは、目をキラキラさせながらオートボットたちを見回していた。

 

「『みんな』『オイラの』『自慢の』『仲間たちさ!』」

 

 その横で、バンブルビーが誇らしげに胸を張る。

 

「頼んだら、分解させてくれるかな?」

 

「…………」

 

 紫の女神候補生がボソッと呟いた一言を、黄色いオートボットは聞かなかったことにした。

 

「うわッ! あいちゃん、傷だらけじゃん! 大丈夫!?」

 

「とりあえず大丈夫よ、あいたたた……」

 

 紫の女神は親友の思わぬ姿に本気で心配そうな声を出し、アイエフは大丈夫と言いつつも体が痛むらしかった。

 

「無理しちゃダメですよ、あいちゃん!」

 

 もう一人の親友、コンパがその身体を支えながらたしなめる。

 親友の言葉に、アイエフはごめんと頭を下げた。

 

「みなさ~ん! ご無事でなによりです!」

 

 と、プラネタワーのほうからイストワールが飛んで来た。

 

「お! いーすん! そっちはダイジョブだった?」

 

 補佐役の姿を認め、ネプテューヌが明るい声を出す。……彼女はいつでも明るいが。

 イストワールはネプテューヌのそばまでやってくると、ちょっと困った顔をした。

 

「私は大丈夫ですが……」

 

 そう言って後ろを見やる。そこには、プラネテューヌの国民たちが不安を拭いきれない様子で並んでいた。

 無理もない、昨日まで普通に暮らしていた人々が、急に戦乱に巻き込まれたのである。すぐには立ち直れないのも道理であった。

 しかし、ネプテューヌは笑顔で国民たちの前に進み出る。

 

 

「もう、みんな! な~に暗い顔してるの! わたしたち勝ったんだよ! オートボット、女神連合大勝利! 希望の未来へレッツゴー!! なんだよ!」

 

 ネプテューヌの声はどこまでも明るかった。

 

「他の国の女神のみんなや、オートボットのみんなが戦ってくれたから勝てたんだよ!」

 

 その言葉に国民たちがザワザワと騒がしくなる。

 そして最初に駆け出して来たのは、子供たちだった。

 続いて男たちが、女たちが、遅れて老人たちが、駆けて来た。

 

「わー! オートボット、カッコいいー!」

 

「ありがとう! 本当にありがとう!」

 

「かわいい! かわいいよ、ネプテューヌ様!」

 

「他の国の女神様も、ありがとうございました!」

 

 口々に礼を言い、褒め称える。

 歓声が、プラネタワー前庭を満たした。

 女神たちは慣れた様子で手を振り、候補生たちは慣れない様子ながらも笑顔になり、そしてオートボットたちは戸惑っていた。

 彼らはもっと、冷たい対応を想定していた。まったくの異種族なのだ、受け入れられないことも十分に有り得た。それどころか、戦乱の原因の一つであるとして憎まれることも覚悟していた。

 

「ネプテューヌ、これは……」

 

 オプティマスは自分の足元で目を輝かせながらこちらを見上げる子供たちに、どうしていいのか分からず、ネプテューヌに助けを求める。

 

「どう? オプっち!」

 

 紫の女神は満面の笑みだった。

 

「これが、オプっちたちの護ったものだよ!」

 

 満ち満ちる喜びの声、人々の生命。そして女神たちの笑顔。

 オプティマスは肩の力を抜き、フッと笑みを浮かべた。

 そして人々に向かって大きく腕を掲げる。

 バンブルビー、ジャズ、サイドスワイプの三人は人々の輪の中でダンスを披露する。

 ラチェットとアーシーは照れたように小さく手を振った。

 アイアンハイドは勇ましいポーズをとり、周囲を沸かせる。

 ミラージュは相変わらずそっぽを向きつつも、そばで見上げる人々を追い払うことはなかった。

 そんなオートボットたちを見て、女神たちとその妹たちは朗らかに笑い合う。

 人間と、女神と、トランスフォーマーと。

 異なる三つの種族は笑い合い、称え合った。

 いつまでも、いつまでも……

 

  *  *  *

 

 偶然か必然か、我々はこのゲイムギョウ界に導かれた。

 メガトロンの言葉の通り、これは始まりに過ぎない。

 ディセプティコンは必ずまたやってくるだろう。

 仲間たちは散り散りになり、故郷サイバトロンに戻る方法はようとして知れない。

 メガトロンの真意も分からぬままだ。

 それでも、希望はある。大きな希望が。

 この世界で、新たに得た友だ。

 彼女たちは我々と同様、目に見える以上の力を秘めているのだ。

 

 私の名は、オプティマス・プライム。

 女神とともに、この世界を護る!

 

 

 

 ~ミニシリーズ unexpected encounter~ 了

 




そんなわけで、今回で当作品の最初の章を書ききることができました。
ロストエイジでオートボットたちが迫害されるのを見て、どこかオートボットたちが受け入れてもらえる世界はないかと考え、ある意味なんでもありのゲイムギョウ界なら大丈夫なんじゃないかと思い妄想しだした、この作品。
じゃあ、ついでに前々から考えていた、ディセプティコン側にもキャラ付けするのもいっしょにやっちまおうということで、こういう感じになりました。
ここまで続けられたのも、本当に読者のみなさんのおかげです。
長くなりましたが、まだまだ、トランスフォーマーたちと女神たちの物語は続きますので、よろしければお付き合いください。

次回は次章の前に閑話になります。
ご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 欺瞞の民

今回は四女神も、女神候補生も、メーカーキャラも、オートボットもまったく出番がありません。


 ディセプティコンが臨時基地としている山中の廃村。

 プラネテューヌの戦いに敗走したディセプティコンたちは、なんとかここに帰り着いていた。

 日も暮れはじめ、あたりは夕焼けに包まれている。

 

「まったく、どいつもこいつも情けのねえ!」

 

 スタースクリームは、広場の中央で喚いていた。

 

「あんな、下等生物どもと組まれたくらいで、オートボットどもに良いようにヤラレやがて!」

 

 その周囲では、ブラックアウト、グラインダー、ランページ、ロングハウルが煩わしそうにしている。

 

「フンッ! そう言う貴様はどうなのだ? スタースクリーム!」

 

 兄弟で向かい合い修理し合っていたブラックアウトが、スタースクリームに反論する。その視線は航空参謀の脇腹の傷に注がれている。白の女神の不意打ちによりつけられたモノだ。

 

「俺様は別だ! あそこで退却命令がでてなきゃ勝てたんだよ!」

 

 喚くスタースクリームを白い目で見る一同。

 

「どうじゃかのう」

 

「負け犬の遠吠えなんダナ」

 

 こちらも互いに修理し合っていたランページとロングハウルがボソリと言った。

 

「ああんッ! テメエらが言えた義理かッ! テメエらの相手は女神でさえなかったんだろうが!」

 

 スタースクリームはそれに耳聡く反応し、二体に詰め寄る。二体はバツの悪そうに黙り込んだ。

 

「……いいかげんにしておけ、スタースクリーム」

 

 グラインダーが低い声を出す。

 それに対し、スタースクリームは嘲笑する。

 

「はあ? 敵に碌なダメージを与えられなかった、役立たず君は黙っててくれませんかねえ」

 

 その言葉にグラインダーではなく兄貴分の同型機が激昂する。

 

「貴様! 俺の弟を侮辱する気か!」

 

「はんッ! また兄弟ごっこか! 正直、うぜえんだよ!」

 

「貴様…… そんなに死にたいのか……!」

 

 スタースクリームとブラックアウトはお互いに武器を展開し睨み合う。黒いヘリ型ディセプティコンの足元では、スコルポノックが両の爪を振り上げスタースクリームを威嚇している。

 

「兄者、俺は大丈夫だから。スタースクリームも傷に響くぞ」

 

 平静な声でなだめるグラインダーに、ブラックアウトはフンッと排気音を鳴らし、スタースクリームはケッと吐き捨て、それぞれ修理に戻る。

 廃村はギスギスとした空気に包まれていた。

 だが、これこそがディセプティコンと言うモノなのである。

 

  *  *  *

 

 礼拝堂の内部、メガトロンは外での喧騒に一切興味を抱かずに、幾何学模様の球体の前に佇んでいた。

 

「あの力…… ではシェアエナジーとは…… ならば、あの女…… やはり拾い物だったか……」

 

 全身を治療のため這いまわるドクター・スカルペルを気にせず、破壊大帝はブツブツと呟きながら何事か思索している。

 真面目に仕事をこなすドクターは、主君の顔の傷の治療に取り掛かろうとした。

 

「その傷はよい」

 

 すると破壊大帝は静かにそう言った。

 

「はッ!? よ、よい、とは?」

 

「その傷は残しておく、己への戒めとしてな。エネルゴン漏れだけ止めておけ」

 

 動揺するドクターにそう告げると、幾何学模様の球体を軽く撫でる。

 

「すまんな、与えてやれるエネルギーが少なくて」

 

 そう、普段の彼からは考えられない穏やかな声色で言うと、顔の傷口から流れ出るエネルゴンを指先で拭い、それを球体に垂らしていく。

 

「今は、これで我慢してくれ」

 

 エネルゴンが球体の表面を覆う幾何学模様を描く切れ目に吸い込まれ、球体は鼓動のように青く明滅する。

 

「あの…… メガトロン様」

 

 顔の傷のエネルゴン漏れを止めていたドクターが、オズオズと言葉を出した。

 

「医者の立場から言わせていただきますと、そのようなことを繰り返しますと、お体にさわる場合がございます」

 

「分かっておる」

 

 心配を滲ませるドクターの声に、メガトロンはにべもなく言った。

 トランスフォーマーにとって、自分のエネルゴンを与えると言うことは、命を分け与えるに等しい。ドクターの言うとおり、繰り返せば自らの力を減じ、命を縮めかねない方法であり何回もはできない。

 

「分かっておるとも……」

 

 だからこそ必要なのだ。莫大なエネルギーが、どんな手段を使ってでも。

 メガトロンはブレインサーキットのなかで考えを巡らす。

 今回の敗因は、女神たちを侮っていたことが大きい。もちろん、油田でオプティマスと女神たちに止めを刺しそこなったことは自分の責任だ。

 しかし、二度目に戦ったとき、自分を含めたディセプティコンは女神を物の数とは考えていなかった。そして、この結果だ。

 認めなければならない。女神たちは侮りがたい強敵であり、それがオートボットと組んだ以上、こちらも対策を練らねばならない。

 さしあたっては戦力の増強と、本拠地の設営だ。

 戦力についてはすでに手を回し、この世界に散ったディセプティコンたちを集めている。

 あの女……キセイジョウ・レイとフレンジーが上手くやることを期待しよう。

 本拠地については、レイから得た情報をもとに適当なところを見繕ってある。この場にとどまり続けるのは、あまり得策とは言えない。今はまだいいが、部下たちが集まってくれば発見される危険性がある。

 準備が整いしだい、移動するとしよう。

 

「ゲイムギョウ界か……」

 

 メガトロンは、自分の口元に笑みが浮かんでいることに気が付いた。

 

「なかなかどうして、楽しませてくれるではないか」

 

 さらなる戦いの予感に、メガトロンは自らのスパークが燃え上がるのを感じていた。

 そんな破壊大帝を、無駄口を封じて治療を続けるドクター・スカルペルと、青く明滅する幾何学模様の球体だけが見ていた。

 

  *  *  *

 

 同じ日の深夜。

 プラネテューヌのとある地方都市

 その片隅にある、廃車置き場。ここを場違いな人影が歩いていた。

 そこそこ美人と言える顔立ちに、頭には角のような飾り。おおよそ、深夜に出歩くとは思えない気の弱そうな女性だ。

 だがなによりも奇妙なのは、CDラジカセを抱えていることであろう。

 女性は何かを探すように廃車の間を進み、やがて一台のパトカーの前で止まった。

 その黒いパトカーは、廃車置き場に置いてあるだけあってあちこちに錆が浮き、塗装が剥げていた。その車体後部にはTo punish and enslave(罪人を罰し服従させる)の一文がペイントされている。

 ちなみにゲイムギョウ界におけるパトカーとは、警備兵が乗る物である。

 

「こ、このパトカーみたいです、フレンジーさん」

 

 女性が気弱げに声を出し、抱えていたCDラジカセを地面に置く。

 

「おう、そうみたいだな!」

 

 するとCDラジカセはギゴガゴと音を立てて変形し、四つの青い目と細長い体を持った、人間の子供ほどの大きさのロボットへと姿を変える。

 ディセプティコンの特殊破壊兵フレンジーである。

 そして女性のほうは反女神の市民活動家、今はいやいやながらディセプティコンの協力者となったキセイジョウ・レイだ。

 フレンジーはパトカーのボンネットを勢い良く開ける。するとそこには、おおよそ廃車らしくない最新式の、いや最新式の数世代先を行くエンジンが詰まっていた。

 

「あ~あ、こりゃエネルゴン切れだな。レイちゃん、礼の物を!」

 

「は、はい!」

 

 フレンジーのその言葉とともに、レイは懐からなにやら金属製の容器を取り出し、そのフタを開け、フレンジーのほうへ差し出す。

 

「ど、どうぞ!」

 

「サンキュー!」

 

 フレンジーは、容器の中に入っている青く光る小さなキューブ状の結晶を指でつまみ上げると、それをパトカーの給油口を開いて放り込む。

 フレンジーはパトカーから少し離れ、レイもそれに倣う。

 しばらくは何も起きなかったが、突然パトカーから咳き込むような音が聞こえ、ギゴガゴと音を立ててパーツが組み変わり歪な人型のロボットへと変わっていく。

 黒い全身に長い腕と逆関節の脚、肩にはPOLICEの文字が皮肉っぽく存在感を発揮している。面長の顔のオプティックは赤だ。

 フレンジーはパトカーから変身した人型に陽気に話しかける。

 

「いよう! 起きたかい、相棒?」

 

「……フレンジーか?」

 

 パトカーロボは低い声で返す。

 

「おう! しばらくぶりだな! 助けに来たぜ!」

 

「助け、だと?」

 

 フレンジーの陽気な声に、パトカーロボは訝しげな調子で返す。

 

「どう言う風の吹き回しだ? ディセプティコンが仲間を助けにくるなど」

 

 その言葉が、ディセプティコンの仲間意識と言う物を如実に物語っていた。

 

「メガトロン様のご命令さ! オマエを見つけるのは苦労したんだぜえ、バリケード!」

 

  *  *  *

 

 フレンジーに与えられた任務、それはゲイムギョウ界に散ったディセプティコンたちの情報を集め、できるならば直接迎えに行くことだった。

 フレンジーは直接的な戦闘力こそ低いが、ハッキングを得意とする諜報のエキスパートである。この任務にはうってつけと言えた。

 しかし、人目をさけなければならない彼だけだと情報収集に限界がある。インターネットを利用することは簡単だが、それだけでは足りない。

 いつの世も、もっともセキュリティの脆い情報源は人間の噂なのだ。

 そこをカバーするためにレイは存在する。もちろん拒否権はない。

 

  *  *  *

 

「ま、そんなワケで最初は一番近くにいたオマエを迎えにきたってわけさ!」

 

「やはり解せんな、あのメガトロン様がそこまでして部下を助けようとするなど……」

 

 フレンジーは体をブラブラと揺らしながら言った。それに対しパトカーロボ……バリケードの声は変わらず訝しげだった。

 

「今はサイバトロンに居たころとは状況が違うんだぜ! ここじゃディセプティコンは、あの時スペースブリッジに巻き込まれた奴らだけだ。戦力は貴重なんだよ」

 

 呆れたようなフレンジーの言葉に、バリケードはようやく納得したらしい。

 

「なるほどな、……それで、そこのムシケラは何のためにいるんだ?」

 

 バリケードの発したその言葉に、レイはビクッと体を震わせる。

 

「おいおい、オマエを見つけたのは、このレイちゃんなんだぞ! もう少し感謝したらどうだい?」

 

「……なんだと?」

 

 フレンジーの話の内容に、バリケードは驚いたらしかった。

 

  *  *  *

 

 なんのことはない、レイがしたことはフレンジーが最近増えた巨人の目撃例と不審なパトカーの目撃例を照らし合わせ、だいたいの場所を割り出しと後に聞き込みをしただけだ。

 老若男女、特に警戒せずに聞かれたことを教えてくれた。レイの見るからに気弱で人畜無害な姿が警戒心を感じさせないらしい。そしてある警官から、ある日のことパトカーの数が増えていて気味が悪かったので廃車にしたことを突き止めたのだ。

 

  *  *  *

 

「それで? 俺がそのムシケラに感謝するとでも?」

 

 冷たい声でバリケードは言った。その言葉にレイは涙目になる。

 しかしフレンジーはあくまで陽気だ。

 

「ま、そう言うなって! これから俺たち三人、組んで仕事することになんだからよ!」

 

「……なんだと?」

 

 その言葉にまたしても驚くバリケード。

 

「いや、俺とレイちゃんだけだと他の国とか行くの大変だろ? だから足がいるんだよ」

 

 フレンジーのその言葉で自分が必要とされた理由を理解し、バリケードは深いため息のような排気音をだした。

 

「たっぷり寝た後は、美人とドライブか。泣けるね」

 

「美人だなんて、そんな……」

 

 バリケードの言葉にレイは一転顔を赤らめる。

 皮肉効かねえのかよコイツ! とバリケードが内心でツッコミ、フレンジーは笑い出しそうになるのを堪えている。

 

「はあッ…… まあいい、乗れ。まずはメガトロン様の下まで案内しろ」

 

 バリケードは再びパトカーの姿に変形するとドアを開け、フレンジーとレイに乗るよう促した。

 

「おうよ! さ、レイちゃんも乗った乗った!」

 

「は、はい!」

 

 フレンジーは助手席に乗り込み、レイはそれに続いて後部座席に座った。

 

「じゃ、行くぞ」

 

 バリケードはぶっきらぼうに言うとドアを閉め、エンジンを吹かして走り出す。突然、運転席に無表情な警官姿の男性が現れた。

 

「うえッ!? だ、誰ですかこの人!」

 

「誰でもないさ、ただのホログラム」

 

 驚くレイにフレンジーが呑気に返した。そしてバリケードに話しかける。

 

「しっかしバリケード、このボロっぷりじゃ逆に目立つぜ! どっかで適当なビークルをスキャンしろよ!」

 

「ああ、そうだな」

 

 しばらく走っているとフレンジーはレイが座席に身を預け、静かに寝息を立てていることに気が付いた。この状況でも眠れるとは、意外と肝が据わっている。……鈍いだけかもしれない。

 

「ありゃりゃ、寝ちまったか。ま、朝から聞き込みしてたし当然か」

 

「……ずいぶん、その下等生物を気にするんだな」

 

 バリケードはフレンジーに問う。

 

「なぜだ?」

 

「なぜって、別に理由なんかねえよ。ただ、嫌悪感を感じないってだけさ」

 

 その言葉にバリケードは怪訝そうな声を出した。

 

「嫌悪感を感じない?」

 

「そッ! 普通は有機生命体に対して俺ら金属生命体が感じる一種の嫌悪感。でも、なんでだかレイちゃんにはそれを感じない。おもしろいだろ?」

 

「……本当にそれだけか?」

 

 訝しげなバリケードの声に、フレンジーはヤレヤレと首を振る。

 

「後は、メガトロン様に言われたんだよ、レイちゃんを見張れってな」

 

「なに? それはなぜだ?」

 

「さあな、あのヒトの考えることは俺らにゃ分からねえからな。だけど、おもしろいことになりそうじゃねえか」

 

 フレンジーは忍び笑いを漏らし、振り返って後部座席で眠るレイの方を見た。

 

「ま、せっかくだからな。これからも仲良くやろうぜ、レイちゃん!」

 

 一人の女性とディセプティコンを乗せたパトカー型ディセプティコンは、街の明かりを離れ夜の闇の中へ消えていった。

 




ディセプティコン、訳するならば欺瞞の民。
そんなわけで、今回はミニシリーズにおけるディセプティコン側のエピローグ的な話でした。
次回からは新章突入! まずは日常回(?)の予定です。

ご意見、ご感想、本当にお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Robots in Gamindustri(ロボット イン ゲイムギョウ界)
第14話 オートボット基地


まえがき
ロストエイジと三部作を見て改めて思ったこと。
……サム、君はやっぱり、すごい奴だったんだな。


 さて今日の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、プラネテューヌ某所、オプティマスが最初に運び込まれた、あの地下倉庫から物語を始めよう。

 オートボットはここを臨時基地とし、活動していた。

 この地下倉庫、やたらと広い上に部屋数があり、基地にはちょうど良かったのだ。

 そのなかの一室、機械が所狭しと設置された部屋。

 

「ふむ…… 興味深いな」

 

 そこでは、一体のオートボットが台の上に置かれた、女神の瞳に浮かぶ模様と同じ形をした、小さな結晶……シェアクリスタルを眺めていた。

 そのオートボットは暗めの青い色のボディに老人を思わせる顔をしていて丸眼鏡のような物をかけている。周りにはオプティマスとラチェットもいた。

 

「あの、そろそろよろしいですか?」

 

 そこに声をかけたのは、プラネテューヌの教祖イストワールだ。

 

「ああ、かまわんよ」

 

 老人オートボットは、そう言ってシェアクリスタルをイストワールに返す。

 

「それでどうだった? ホイルジャック」

 

 ホイルジャックと呼ばれた老人オートボットはオプティマスの方を向き、首を横に振った。彼はあの戦いのあと合流したオートボットの一体で、機械技師であり科学者だ。

 今は女神と教祖の許可をもらい……教祖はともかく女神は二つ返事でOKを出した……シェアクリスタルを調べていたのだった。

 

「確かに、このシェアクリスタルからはオールスパークとよく似たエネルギー波形が発せられている。だがこれがオールスパークか、と聞かれればノーだ」

 

「……そうか、メガトロンがあそこまで執着していたので、もしやと思ったのだが……」

 

 オプティマスは目を伏せる。せっかく掴んだ希望が水泡と帰してしまった。

 

「まあ、前向きに考えよう。これで少なくともこの世界の人々と揉めずに済む」

 

「……そうだな」

 

 ラチェットが努めて明るく言い、オプティマスもそれに頷く。ものは考えようだ。もし仮に、シェアクリスタルがオールスパークと関係があった場合、この世界の住人、特に女神と争いになった可能性があったのだ。

 

「しかし実に興味深い、シェアエナジーだったかね、そのエネルギーと我々トランスフォーマーのスパークは共鳴し合い、お互いに強化できるようだ」

 

 ホイルジャックが、ややマイペースに自分の考えを述べる。

 オプティマスも、その言葉に心当たりがあった。メガトロンとの戦いの最中、オプティマスとネプテューヌ、双方が自身の限界を超える力を発揮したのだ。

 それもシェアエナジーとスパークの共鳴により強化されたのだとしたら納得がいく。

 

「しかし、不思議だな。あの場で女神とともに戦っていたのはオプティマスだけじゃない、アイアンハイドにジャズ、ミラージュもだ。だが彼ら、そして一緒に戦っていた女神たちは、そこまで強化されたわけではなかった……」

 

 ラチェットが疑問を口にした。

 

「そのことですが、仮説を立ててみました」

 

 イストワールが横から口を挟んだ。三人のオートボットは本に乗った小さな妖精のような教祖に注目する。

 彼女は控えめながら、しっかりとした口調で話しだす。

 

「おそらくですが、オプティマスさんとネプテューヌさん。お二人の信頼関係が重要なのではないかと」

 

「信頼関係?」

 

 ホイルジャックが首を傾げる。イストワールは大きく頷いた。

 

「はい、シェアエナジーは国民の信仰がその源、言い換えるなら“信頼”の力なのです。ですから、お二人に芽生えた信頼関係がシェアエナジーとスパークの共鳴を呼んだのではないかと」

 

 その言葉に、三人のオートボットは顔を見合わせる。オプティマス以外の二人は納得できないらしいのが表情から分かる。科学者でもある二人からすると、荒唐無稽な仮説なのだろう。

 イストワールは言葉を続ける。

 

「信じられないのは分かります。しかし、シェアエナジーは私たちでさえ、その全貌を知り得ない神秘の力。そういうことも起こり得るのです」

 

「我々にとってのオールスパークのような物か」

 

 オプティマスが納得したように言葉を出した。

 オールスパーク、かつて宇宙に失われたトランスフォーマーたちの生命の源。なぜ、いつから、なんのために存在するのかさえ知れない神秘の存在。

 オプティマスはシェアエナジーをそれと似た存在であると解釈した。

 

「まあ、シェアエナジーについては、いずれじっくり調べさせてもらうとして……」

 

 四人は少しの間、それぞれ黙考していたがホイルジャックが言葉を出した。

 

「イストワール君、技術提携の件、感謝するよ」

 

「あ、いいえ、お互い様ですから」

 

 ホイルジャックの感謝の言葉に、イストワールも頭をペコリと下げる。女神たちとオートボットの同盟に伴い、彼らとゲイムギョウ界の国々との間で技術提携がなされることになったのだ。

 

「しかし、正直に言わせてもらって意味はあるのか?」

 

 ラチェットが渋い顔で言う。

 イストワールの手前、言葉を選んだが、それは“我々にとって”意味があるのかという意味だ。

 

「いやいや、この世界、特にプラネテューヌの科学技術は部分部分では我々を凌駕していると言っていい。お互いに実りある取決めだよ」

 

 微妙に空気を読まずにホイルジャックが明るい調子で言う。

 イストワールはラチェットの言葉の意味を正確に察し、なおかつそれを意にも介さないホイルジャックに苦笑する。

 オプティマスも頷いた。

 

「ああ、我々は協力しなければならない」

 

 ディセプティコンの再度の襲撃に備えて、そしてオートボットがこのゲイムギョウ界で生きていくために、この世界の住人たちとの協力は欠かせない。

 と、

 

「こんちわー! ここがオプっちたちのハウスね!」

 

 明るい声を響かせて、誰かが部屋に入って来た。

 オプティマスが振り返る。

 

「ネプテューヌか」

 

「うん、そうだよー! オプっち、今日は基地を案内してくれるんでしょ?」

 

 そう言いながらオプティマスの足元までやって来たのは、もちろんプラネテューヌのグータラ女神、ネプテューヌである。

 

「ああ、そうだったな」

 

 オプティマスは微笑むと屈みこんでネプテューヌの前に手のひらを差し出す。するとネプテューヌはその掌に腰掛けた。

 

「ではラチェット、ホイルジャック、後を頼んだ」

 

 オプティマスがそう言うとラチェットとホイルジャックは頷き返事をする。

 

「ああ、分かった」

 

「また後でな、オプティマス」

 

 二人の返事を聞き、オプティマスは手のひらの上のネプテューヌに話しかける。

 

「待たせてすまない」

 

「別にいいって! しかしあれだよね、私主人公なのに出番遅くない? もう今回2,500文字超えてるよ」

 

 二人は談笑しながら部屋から出て行った。

 

「しかし…… オプっちか」

 

 ラチェットが苦笑しながら言った。

 

「ああ、なかなか個性的なあだ名だな」

 

 ホイルジャックも少しおどけた感じで言う。

 しかし、二人とも否定的な響きはない。

 

「我らが総司令官には、少し息抜きが必要だからな。いい機会だ」

 

 ラチェットがそう言うと、二人は少し笑い合う。なにせオプティマス・プライムは真面目で使命感が強く、それゆえに心労が絶えない。

 そんなわけで、オートボットたちはネプテューヌのことをガス抜き役として期待していた。

 

「……お休みも良いのですけど」

 

 イストワールが硬い声を出した。

 

「ネプテューヌさんには、お仕事をしていただかないと……」

 

 その疲れたような声に、ラチェットもホイルジャックも肩をすくめて苦笑するのだった。

 

  *  *  *

 

 オプティマスがネプテューヌを手のひらに乗せて最初にやって来たのは、壁一面にディスプレイが設置された部屋だった。オートボットサイズのコンソールと椅子が置かれ、モニターと反対側の壁にはオートボットのエンブレムである柔和なロボットの顔が描かれていた。

 

「まず、ここが司令室だ」

 

 部屋の中央に立ったオプティマスは厳かに言った。

 

「ここでは、世界中のオートボットとタイムラグなしで会話できる」

 

「へー、なんて言うか、ザ・基地って感じだね!」

 

 ネプテューヌが陽気に言うとオプティマスは彼女を乗せている方とは反対の手で器用にコンソールを操作する。

 するとディスプレイに三つのウインドウが現れ、それぞれに映像を映す。

 それには右からジャズ、アイアンハイド、ミラージュの顔が映っていた。

 

「オートボット、定期報告の時間だ」

 

 オプティマスが厳かにそう言うと、映像の向こうの三人は小さく頷く。

 

「まずはジャズ、そっちはどうだ」

 

「ヤッホー! ジャズー!」

 

 オプティマスが厳かに、ネプテューヌが元気に声をかけると、ジャズは陽気な笑みを浮かべた。

 

「ああ、オプティマス。それとネプテューヌも、こっちは問題なしだ。とりあえずはな……」

 

 ジャズは若干含みを持たせて言う。

 

「? なにかあったのか?」

 

 オプティマスが聞くとジャズは微妙な顔になる。

 

「なに、女ってのは色んな顔があるもんだって話さ。気にしないでくれ」

 

「……そうか、ではアイアンハイド」

 

 長い付き合いのオプティマスはそれ以上追及せず、アイアンハイドに視線を移す。

 

「アイアンハイドー! 元気してるー?」

 

 ネプテューヌが手を振るが、黒いオートボットは「おう」と答えるも仏頂面だ。

 

「相変わらずだよ、お嬢ちゃんたちは俺たちのことを、害獣駆除の業者かナンかと勘違いしてるみてえだ」

 

 不機嫌そうなアイアンハイドの言葉に、ネプテューヌは苦笑する。

 

「あ~、ノワールって人使い荒そうだもんねー」

 

「アイアンハイド、それも必要なことなのだ」

 

 オプティマスは真面目な顔と声だ。

 

「我々を受け入れてくれた、恩返しだと思えば良い」

 

「へえへえ」

 

 アイアンハイドは納得いかなげだが、他ならぬオプティマスの言葉には従う。

 

「では最後に、ミラージュ」

 

「おーい! ミラージュー!」

 

 オプティマスとネプテューヌが最後のウインドウに映った赤いオートボットを見る。

 

「……オプティマス」

 

 ミラージュはネプテューヌを無視し、オプティマスに対して疲れたような声を出した。

 

「有機生命体と歩調を合わせると言ったのは俺だ、あのチビと組むことも百歩譲って許容する。……だが、なんで、よりにもよって双子と組まなきゃならないんだ!?」

 

 彼らしくない悲痛とさえ言える声を上げるミラージュに、オプティマスはあくまで真面目な顔で返す。

 

「ミラージュ、年下の者を育てるのも戦士の仕事だ」

 

「だとしても! 明らかに俺向きの仕事じゃないだろう!」

 

 叫ぶミラージュの姿に、ジャズとネプテューヌは笑いをこらえている。一方、アイアンハイドは神妙な態度だ。

 

「まあ、それも良い経験だ。スタンドプレーばかりじゃ一流の戦士とは言えないぜ」

 

 黒いオートボットの言葉に、ミラージュはブスッとして黙り込む。

 

「まあ、皆変わりないようだな。引き続きディセプティコンの動きに警戒しつつ、女神たちの仕事を手伝ってくれ」

 

「了解」

 

「おう」

 

「……ああ」

 

 オプティマスの言葉に三人のオートボットはそれぞれ返事をして通信を切る。

 

「いやー、みんなとりあえず馴染んだみたいで、良かったね!」

 

「ああ、そうだな」

 

 ネプテューヌの呑気な言葉に、オプティマスが小さく笑う。

 オートボットたちは現在、各国に常駐し有事に備えつつ、女神の仕事を手伝っている。

 女神の仕事を手伝うのは、住む場所とエネルギーを提供してくれる恩を返すためでもあるし、オートボットのイメージアップ戦略の一環でもある。

 この前の戦いで民衆に受け入れられたとはいえ、オートボットを歓迎しない人々もいるのだ。

 ちなみに各国へ誰を派遣するかは各員からの意見をもとに、オプティマスが決めた。

 結果、アイアンハイドとサイドスワイプがラステーションに、ミラージュと最近発見された双子のオートボットがルウィーに、そしてジャズが本人のたっての希望によりリーンボックスに厄介になることになった。

 オプティマスとしては、これで部下たちが女神との間に信頼関係を結んでくれればと思っている。

 だが、先はまだまだ長そうだ。

 

  *  *  *

 

 次に二人が訪れたのは、巨大な格納庫だった。

 オプティマスでさえ普通の人間の大きさに見えるような途方もない広さがあり、ここの奥の坂は地上へ通じていて、カタパルトも兼ねていた。中央には数台のこれまた巨大な輸送機が鎮座している。

 

「ここは輸送機の格納庫だ」

 

「おおー!」

 

 ネプテューヌが辺りを見回すと、何十人もの作業員たちが仕事をしている。

 

「有事の際には我々はこれに乗り、世界中に駆けつけることが出来る」

 

「ふえー、でっかーい!」

 

 オプティマスとネプテューヌは輸送機を見上げる。

 

「最大77トンまで載せられ、理屈の上ではゲイムギョウ界の反対側に5時間で移動する速度を持つ。まさに我々のためにあるかのような輸送機だ」

 

「おおー、すごい!……でも」

 

 ネプテューヌは首を傾げる。

 

「わたし、こんなの造ってたなんて聞いてないよー? なんでー?」

 

 いくらなんでも、これだけの物を造れば女神である自分の耳に入るはず。資金だって必要なはずだ。

 ネプテューヌの言葉が響いた瞬間、作業員たちが居心地悪そうになる。

 実はこの異様な広さの地下倉庫と巨大な輸送機、プラネテューヌの科学者たちが資金を押領し教会に秘密で造ったのだ。

 別に国家転覆とか世界征服とか企んでのことではない。主犯者は「必要だから造ったんじゃない。造りたいから造ったのだ。芸術に理由などない」と悪びれずに言ったそうな。

 それを聞いたときのイストワールはすばらしい笑顔でこう言った。

 

「そうですか、では裁判を楽シミニシテイテクダサイネ」

 

 実はここの作業員たちはその時の関係者がほとんどで、減刑と引き換えに無償で働いているのである。それでもどこか楽しそうなあたり、業が深い。

 

「まあ、後でイストワールにでも聞くといい」

 

 オプティマスはこの場所を借りている手前、困ったように言うのだった。

 

  *  *  *

 

「そして、ここが開発室だ」

 

 最後に二人がやってきたのは、無数の機械が所狭しと並んでいる部屋だった。

 

「その名の通り、我々の武器や道具を開発する場所だ」

 

「へー!」

 

 ネプテューヌが呟いた瞬間、大声が室内に響く。

 

「このグズが! こんな簡単なことも分からねえのか!」

 

「おら、テメエらさっさと作業しねえとノロマなやつから、その役立たずのタマを引っこ抜くぞ!」

 

「ちげえっつってんだろが! その頭にはクソが詰まってんのか! さっきと工程が違う? 口答えすんじゃねえ!」

 

 とてつもない罵詈雑言の列挙。ネプテューヌでさえ目が点になる。

 そこでは三体のオートボットの指揮の下、人間の技術者たちが作業していた。

 オプティマスがオプティックを鋭く細めた。

 

「レッカーズ。手荒にならないようにと言っただろう」

 

 大きくはないが良く響くその声に、三体のオートボットたちが振り返る。

 そのなかの一体、緑の身体をもったオートボットが一歩進み出て反論してくる。

 

「そうは言うけどよ、オプティマス! こいつら、てんで使い物にならねえんだぜ」

 

 その後ろに立つ、赤い太った男性を思わせる姿のオートボットは大袈裟に肩をすくめる。

 

「まあ、プラネテューヌの奴らは、まだマシだけどな。他の国の連中ときたら、タマなし野郎ばっかりだ!」

 

 最後の青い一体も頷いて見せる。

 

 最初、技術提携はプラネテューヌのみと行われる予定だったが、他の国の女神たちが黙っているはずもなく、友好条約を結んでいるのを理由に技術の開示を要求してきた。

 それに対する国家の最高責任者たる女神の「いいよー!」の一言により、オートボットの科学技術は各国に惜しみなく開示されることとなった。

 ここらへんが、プラネテューヌの女神が国家運営のセンスの無いと言われる所以だろうか。

 そんなわけで各国の技術者たちが、この基地に集ったのだが……

 オートボットの優秀な技術者集団の熱烈な歓迎に耐えられたのは結局のところプラネテューヌの技術者たちだけだった。

 彼らは、どれだけ口に出すのを憚れるような罵詈雑言をぶつけられようが、武器を突きつけられようが目を輝かせて技術を吸収しようとするのである。

 他の国の技術者たちはオートボットに教えを乞うより、後々プラネテューヌの変態的な技術者たちに頭を下げるほうが得策と判断し、その約束をとりつけると、それでも技術をモノにしたいと言う奇特な者たちを除いては早々に帰国していった。

 

 オプティマスは、軽く排気すると頭痛を抑えるようにコメカミに指を当てる。

 

「そうは言うがな、我々は協力しあうことになったのだ。もう少し友好的に……」

 

「甘いぜ、オプティマス!」

 

 緑のオートボットは言葉を返した。

 

「宇宙じゃ、完璧か、まったく役に立たねえかの二択だ! グズに用はねえんだよ!」

 

「そうだぜ! 役立たずはぶっ殺せ!」

 

 後ろの赤のオートボットもそれに同調し、青いオートボットも無言で頷く。

 

「しかしだな、程度と言うものが……」

 

「ねえ、オプっち!」

 

 過激なことを言う三体のオートボットを諌めようとするオプティマスに、その手のひらに乗ったネプテューヌが声をかけた。

 

「この三人のこと紹介してよ! わたし、初対面だからさー」

 

 空気など読まぬ呑気な言葉に、毒気を抜かれたオプティマスは苦笑する。

 

「ああ、そうだったな、ネプテューヌ。彼らはレッカーズ、我がオートボット最高の技術者たちだ。……多少、乱暴な部分はあるが、信頼できる腕前の持ち主たちだ」

 

 手のひらに座る紫の女神にそう言うと、レッカーズに向き直る。

 

「緑のボディの彼が指揮官のロードバスター、赤が戦略家で武器デザイナーのレッドフット、最後に改造の達人トップスピン」

 

「おう」

 

「まあな」

 

 緑のロードバスターと赤のレッドフットは横柄に答え、青いトップスピンは無言で手を上げる。

 オプティマスは、空いているほうの手でネプテューヌを示す。

 

「レッカーズ、彼女はネプテューヌ。この国の守護者であり統治者、女神だ」

 

「いやー、いまさらながらそうやって紹介されると照れるねー」

 

 ネプテューヌはまんざらでもなさそうだ。

 

「ロードバスターにレッドフット、トップスピンだね! よろしくー!」

 

 しかしレッカーズは興味なさげである。

 その横柄な態度にオプティマスは一瞬顔が強張り、ネプテューヌも少しムッとする。

 

「むー! そう言う態度だと、ボッチになっちゃうよー!」

 

 まったく迫力を感じさせない声と顔で言うネプテューヌと、無言で迫力を滲ませるオプティマス。……このとき、執務をしていた黒い女神がクシャミをしたが、別に関係ない。

 ロードバスターは、チッと隠しもせず舌打ちのような音を出し、レッドフットは鼻をほじくる。

 

「女神だかなんだか知らねえが、俺たちの仕事には口を出すなよ!」

 

 ロードバスターが吐き捨てるように言う。基本的に彼らは権力者が嫌いなのである。オプティマスだけがギリギリ例外だ。

 

「別に口なんか出さないってー! あ! でも作ってほしい物ならあるかな」

 

 その言葉にレッドフットが侮蔑的な視線を送った。権力者の欲しがる物などたかが知れている。

 

「へえ、何をでえ! 自家用ジェット機か? それとも豪華客船かなんかか?」

 

「ちがうよ! あのねえ、造ってほしいのは、ゲーム機!」

 

 ネプテューヌは真剣な表情で言い放った。レッカーズは三人そろって唖然とする。

 

「ゲーム機……だと?」

 

「そうだよ! オートボットの技術を使ったゲームなんて面白そうでしょ!」

 

 ロードバスターがようやっと発生回路から声を絞り出すと、ネプテューヌは笑顔で肯定した。

 これはレッカーズにとって完全に予想外だったらしい。

 

「てめッ…… ふざけてんのか!?」

 

 レッドフットはどうにか混乱から回復し、言葉を出した。

 

「ええー、ふざけてなんかないよー!」

 

 ネプテューヌは口をへの字にしつつ軽い調子で言う。

 

「くッ…… ふふふ」

 

 誰かが忍び笑いをもらした。それは、ネプテューヌの頭上から聞こえてくる。

 オプティマスが笑っている。

 レッカーズは信じられないモノを見る目で総司令官を見た。

 

「くっくっく…… いや失礼した、続けてくれ!」

 

 オプティマスは慌てて笑いを引っ込め、取り繕う。

 その姿も、レッカーズにとっては見たこともない姿だった。

 ロードバスターは自分のバイザー状のオプティックを何回もこすり、トップスピンはブレインサーキットの不調ではないかと自己スキャンし、レッドフットに至っては大口を開けたまま固まっている。

 

「もう、オプっちまで! ゲームは楽しいんだからね!」

 

 ネプテューヌはその姿をどう受け取ったのか、両腕を振り上げてオプティマスに抗議する。

 

「いや、すまない。別にゲームがどうというわけではなくて、ただ、それをレッカーズに頼むのがだな……」

 

「んもう! わたしにとっては大事なことなんだから、笑わないでよ!」

 

 噛み合っているのか、いないのか、呑気な会話を続けるオプティマスとネプテューヌ。

と、仕事を続けていた作業員たちのなかから、だれかがオートボットたちの足元に駆けて来た。

 

「あ! お姉ちゃーん!」

 

 それはプラネテューヌの女神候補生、ネプギアだった。

 いつものセーラーワンピではなく、作業用のツナギを着て長い髪を結い上げている。

 メカ好きである彼女は、折を見ては基地を訪れレッカーズやホイルジャックに教えを請うているのだ。

 

「おお! ネプギアー!」

 

 ネプテューヌはオプティマスの手のひらから飛び降りると妹に駆け寄る。

 

「大丈夫、ネプギア? 変なこと言われたりしてない?」

 

 ネプテューヌは妹を心配する言葉を出す。まあ、当然だ。レッカーズの口の悪さは今しがた見聞きしたばかりだ。

 

「うん! 大丈夫だよ。レッカーズの皆さんもホイルジャックさんも優しいもん!」

 

 ネプギアは満面の笑みだ。

 

「や、優しい?」

 

 ネプテューヌは目が点になる。ホイルジャックはともかくレッカーズにその形容詞は不適当ではなかろうか?

 

「だってとっても厳しく、技術を教えてくれるんだもん!」

 

「い、いや、さっき言ってたことと矛盾してるような……」

 

「甘いよ、お姉ちゃん! 機械技術の道は厳しいんだよ! 生半可な覚悟で来た人間を追い返す厳しさも、優しさなんだよ!」

 

 優しいのではなかったのか? という疑問が表情に現れている姉に、ネプギアは両手を握りしめて力説する。

 固まっていたレッカーズの面々は、気まずそうにしていた。

 オプティマスは合点がいったという風にレッカーズを見る。

 

「そうだったのか」

 

「ほ、本気にしちゃったよ…… ひょっとしてオプっちって天然?」

 

 そんなオプティマスの姿に冷や汗を垂らすネプテューヌ。

 天然ボケ女神に天然呼ばわりされたオプティマス・プライムは、気にせず話を続ける。

 

「そういう事情があったのなら、仕方がない。これからもその調子で頼む」

 

「お、おう……」

 

「そうだな……」

 

 ロードバスターとレッドフットはオプティマスと目線を合わせようとせず、適当に答える。トップスピンも同様、無言のまま視線を逸らす。

 その様子にさすがのネプテューヌも苦笑する。

 

「あはは……」

 

「そんなわけだから、お姉ちゃん! オートボットとの技術提携を決めてくれてありがとう!」

 

「あ、うん……」

 

 引き気味の姉を気にも留めず、ネプギアは瞳を輝かせる。擬音にするならキラキラなんてカワイイものではない、ビカビカというのがふさわしい危険な光を目に宿らせて、オートボットたちの方を見る。

 その手には、いつのまにかレンチと電動ドライバーが握られている。

 

「これであとは、だれか分解させてくれたらなあ……」

 

 その発言と妖しい眼の輝き、手の中で鈍く光る工具の醸し出す不気味な迫力に、レッカーズは全員ネプギアから一歩遠ざかり、オプティマスは寒気をおぼえ、ネプテューヌは最愛の妹の危険な一面に戦慄するのだった。

 

  *  *  *

 

 その後、ネプテューヌはやんわりとネプギアを聡し、ネプギアも一様はそれに応じた。

 

「いやー! いろいろカオスだったけど楽しかったよ!」

 

 基地の出入り口で、ネプテューヌは朗らかに笑う。

 

「ああ、私も楽しかった」

 

 オプティマスも笑う。今日は本当に楽しかった。悩み多き総司令官だが、ネプテューヌとともにいると心が安らぐ。

 彼女は本当に不思議な魅力の持ち主だ。

 ネプテューヌの身体が光に包まれ女神化する。

 

「それじゃあ、オプっち! また明日!」

 

「ああ、また明日」

 

 飛び去るネプテューヌにオプティマスは手を振る。

 

「また明日、か……」

 

 明日をも知れぬ戦いのなかを生き抜いてきたオプティマスにとって、その言葉は酷く新鮮だった。

 

  *  *  *

 

 どこか暗いところに全部で五台の機械が集まっていた。

 ホイールローダー、ダンプトラック、クレーン車、とてつもなく巨大なパワーショベル、そしてミキサー車。

 俗に建設機械と呼ばれる無骨な姿の乗り物たちが円陣を組むように並ぶ姿は、見る者がいれば圧倒的な威圧感を感じただろう。

 その中の一体、黒いミキサー車が円陣の中央に進み出る。そのドラム部分には鋭角的なロボットの顔……ディセプティコンのエンブレムが描かれていた。

 ミキサー車はギゴガゴと音を立てて細長い腕にドラムが分解した四枚の盾を備えた歪な人型へと変形する。そのオプティックが赤く輝いた。

 

「そいじゃあ……」

 

 盾を備えた人型は、静かに言葉を発した。

 

「始めるか」

 

 その言葉とともに、周りの建機たちはギゴガゴと音をたてて、変形しはじめた……

 




日常回ってこんな感じでよかったんでしょうか? 分かりません。
プラネテューヌの科学者とか技術者は、良い意味でも悪い意味でも変態です。
次回はラステーション組の主役回の予定。

では、ご意見ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 黒の家族 part1

祝! 神次次元ゲイム ネプテューヌRe;Birth3 V CENTURY発売!
思えばネプテューヌも、大きなシリーズになったもんです。



 女神に親はいない。

 シェアが一つの所に集まって生まれてくる女神に、親と呼べる存在は、いはしない。

 まれに次代の女神となる候補生が生まれてくることもあるが、彼女たちはあくまで妹、自分たちが庇護すべき存在だ。

 プラネテューヌの教祖のような親代わりと言える存在がいることさえ望外の幸運であり、多くの女神は頼るべき先達もなく、たった一人で四苦八苦しながら国を運営していく。

 だからこそ、女神は誰にも弱みを見せず、生きていく。

 少なくとも自分はそうして、いままで生きてきたのだ。

 それでも時々、考えることがある。

 親がいるとは、無条件に頼れる年長者がいるとは、いったいどんな気分なんだろうか?

  *  *  *

 

 工業大国ラステイション、その夜は遅い。

 だが、機械のようにカッチリと決まった時間に眠りにつく。明日の仕事に備えるために。

 そして今は深夜、多くの人々が夢の中にいる時刻だ。

 しかし、そうでない者もいる。

 例えば、深夜営業のオイルスタンドの店員のように。

 しかし、この時間だと客はほとんどいない。バイトである店員は欠伸をかみ殺しながらも真面目に仕事をしていた。

 と、地鳴りのような音が聞こえてきた。

 何事かと音のする方を見れば、数台の車がオイルスタンドに入って来るではないか。

 それもただの車ではない。先頭は黒いミキサー車、その後ろは黄色のホイールローダー、さらに、首長竜の如きクレーン車と、赤いダンプトラックが続く。止めとばかりに最後尾はとてつもなく巨大なパワーショベルだ。

 次々と現れる建設車両に、圧倒される店員。だが何はともあれ客は客、営業スマイルで出迎える。

 

「いらっしゃいませ! どうなさいますか?」

 

 すると、先頭のミキサー車から声が聞こえてきた。

 

「そうだな…… このスタンドのオイル、全部もらおうか」

 

「は?」

 

 それはどう言う意味かと店員が問う前に、ミキサー車はギゴガゴと音を立てて歪な人型に変形する。

 細長い手足に、腕に備えた四枚の盾、そして赤いオプティック。

 

「アイエエエ! ロボット、ロボットナンデ!?」

 

 急性トランスフォーマー・リアリティ・ショックを起こす店員を無視して、ミキサー車ロボは背後の重機たちに声をかける。

 

「野郎ども! やっちまえ! まずはスカベンジャー! 地下のオイルタンクを掘り出せ!」

 

「おう! 穴掘りならオラに任せるべ!」

 

 最後尾にいた巨大パワーショベルが前に進みでて、その巨大なバケットを地面に突きたてる。それは簡単にアスファルトの地面を突き破り、土とコンクリートを掻きだし、見る間に大穴を開けていく。

 瓦礫と土はホイールローダーが退けた。

 そして、地下のタンクが完全に露出する。

 

「よし! 次はハイタワー! タンクを持ち上げろ! 慎重にな!」

 

「はいはい。任せてください」

 

 クレーン車が、ワイヤーを垂らす。

 

「こう、私の長い竿(クレーン)と穴の組み合わせって、なにかセクシャルな感じしません?」

 

「しねえよ! ちゃっちゃかやれ!」

 

 クレーン車が妙な事を言うと、ミキサー車ロボが怒鳴りつける。

 いつの間にかホイールローダーがロボットに変形して、タンクにワイヤーを固定していた。

 ワイヤーに引っ張られ、かなりの重量があるはずのタンクは簡単に持ち上がる。

 

「いいぞ! そいつをオーバーロードに乗せな! オーバーロード! 出番だ!」

 

「おう! 運ぶのだーい好き! オーバーロードだ!」

 

 クレーン車がタンクをダンプトラックの荷台に降ろす。ホイールローダーロボが、それをしっかりと固定した。

 

「そして、スクラップメタル! ……地味な仕事、地味にやってくれて、いつもあんがとね。いや助かってるよ、地味に」

 

「地味地味いうな! そして僕の名前はスクラッパーです!」

 

 ミキサー車ロボの言葉に、ホイールローダーロボが突っ込みを入れる。そのロボットモードはあんまり特徴のない人型だ。はっきり言って地味である。

 

「おいいい! 地の文まで地味言うんじゃねえええ!」

 

「まあ、スクラッパーが地味なのはいつものことだからいいとして…… 野郎ども! 撤収だ!」

 

 ミキサー車ロボの号令に、重機たちは動き出す。

 

「仕上げだ! ミックスマスター様の特製ブレンド! たんと味わいな!」

 

 そう言うとミキサー車ロボ、ミックスマスターはどこからか、カプセルを取り出し、それを地面に投げつける。

 すると、そこから凄まじい勢いで煙が広がり、いまだショックから立ち直れない店員の視界から重機軍団を完全に隠す。

 しばらくして煙が晴れたとき、そこには地面に大穴の開いたオイルスタンドと、茫然としたまま失禁しているバイトの店員だけが残された。

 

 このような事件が、すでに何件も続いていた。

 

  *  *  *

 

「ん……」

 

 パソコンからのコール音でノワールが目を覚ますと、執務机に突っ伏していた。どうやら仕事中に寝てしまったらしい。

 ここ最近のトランスフォーマー関連の仕事の処理で疲れていたのだろうか。

 目をこすり、パソコンを操作して通信に出る。

 

「やあ、起きたかい? ノワール」

 

 パソコンのディスプレイに映ったのは、銀色の髪をベリーショートにした小柄な少年……のような見た目の少女だ。

 

「ええ、ケイ。今は何時?」

 

 ケイと呼ばれた少女はクスリと笑い、答える。

 

「もう朝の9時さ。すぐに身支度を整えたほうが良い、それから朝食もね」

 

 彼女の名は神宮寺ケイ、ラステイションの教祖でありノワールの補佐だ。

 

「それと例の彼が、話があるそうだ。予定の前に寄ってくれ」

 

「……そう、分かったわ」

 

「ノワール、最近少し、疲れてないかい?」

 

 画面の向こうのケイが、言う。

 

「大丈夫よ、問題なし」

 

 ノワールは気だるげに答えると、シャワーを浴びるべく椅子から立ち上がった。

 

  *  *  *

 

 ラステイションの教会からほど近い場所にある、赤レンガで造られた倉庫。ここが、ラステイションにおけるオートボットの拠点であり、すなわちこの国の担当であるアイアンハイドとサイドスワイプの住まいだ。

 

「邪魔するわよ!」

 

 開かれたシャッターの前に立つノワールはそう言うと、住人の了承を得ずに建物の中に入る。

 倉庫の中には無数の武器とそれを整備するための器具と思しいものが壁一面に飾られ、さながら武器展示室の様相を成していた。奥にはプラネテューヌの本部と連絡するための機材が置かれている。

 

「おう、お嬢ちゃん!」

 

 そこの真ん中に立っていたアイアンハイドが、ぶっきらぼうに挨拶した。

 

「その呼び方、やめてって言ってるでしょう」

 

 半眼で黒いオートボットを睨むノワール。だが当の本人はどこ吹く風だ。

 

「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんだからな…… それで、例のオイル強盗の件だけどよ」

 

「なに? 協力してディセプティコンを倒すってことで、話はついたでしょう」

 

 いきなり本題に入るアイアンハイドに、子供扱いされたことも含めて不機嫌そうにノワールは答える。

 それに対する黒いオートボットの言葉はノワールの予想外のものだった。

 

「お嬢ちゃん、ディセプティコンのことは俺たちに任せて、お嬢ちゃんは出てくるな」

 

 その言葉にノワールは顔をしかめる。

 

「はあ? 馬鹿言わないで! 私が出ないでどうするって言うのよ!」

 

 それだけ言うと目を吊り上げアイアンハイドに詰め寄ろうとする。

 が、

 

「……あれ?」

 

 ノワールの身体がふらりと体が揺れ、足がもつれる。そのまま倒れ込む。

 アイアンハイドがとっさに手を差し出し、その身体を受け止めた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……!?」

 

 アイアンハイドが心配そうな声を出すが、ノワールはすぐさま、その大きな手のひらから離れる。

 

「あ、ありがとう、心配はいらないわ」

 

「……オーバーワークか」

 

 アイアンハイドが難しい顔をする。ノワールは手をヒラヒラと振った。

 

「問題ないわ。体調管理ぐらい、自分で出来るもの」

 

「ガキはみんなそう言うんだ。そして無理をして潰れる」

 

 厳しい声を出すアイアンハイド。その言葉にノワールはムッとする。

 

「子ども扱いしないでちょうだい。私はずっと、自分の面倒は自分でみてきた。これからもよ」

 

 ノワールはそのまま足早に倉庫を出て行こうとするが、その背に黒いオートボットが声をかける。

 

「待ちな!」

 

「……今度はなに!」

 

 振り返りキッとアイアンハイドを睨むノワール。

 アイアンハイドは深く排気した。

 

「行くなら、おまえさんの妹を連れて帰りな」

 

  *  *  *

 

 ユニは焦っていた。命中率に自信があった自分の銃撃は、対峙している相手には全て躱され、あるいは防がれた。

 

「おいおい、どうしたんだ? そんな攻撃じゃ俺を捉えることはできないぜ?」

 

 どこか小馬鹿にした様子で、目の前の銀色の人型が言う。

 頭にきたので戦法を切り替え、ビーム弾をばらまく方法に移る。

 

「はっはー! ハズレー!」

 

 だが、相手はタイヤになっている足で軽快に動き回り、飛来する弾を躱して見せる。

 

「おいおい、アイアンハイドにも言われただろ? もっと集中しろって。そんなんじゃディセプティコンどころか、案山子にだって当たらないぜ!」

 

「うるさーいッ!!」

 

 ユニの大声が演習場にしているレンガ倉庫裏の空き地に響き渡る。

 

「もう、なによ、サイドスワイプったら! 集中したいんだから、黙っててよ!」

 

 プクッと頬を膨らませるユニに、相手……サイドスワイプは頬をカリカリと掻く。

 

「そんなこと言ってもな、このくらいの軽口で集中を乱すようじゃ、実戦ではキツイぜ」

 

「そりゃ、そうだけど……」

 

 ユニは愛用の長銃をいったん粒子に分解する。

 

「でも、ふざけすぎよ! アイアンハイドさんにだって、そう言われてたじゃない!」

 

「そりゃそうだが…… ん?」

 

 向かい合ったユニに痛いところを突かれて腕を組んでいたサイドスワイプは、そのアイアンハイドが近づいてくるのを見つけた。

 その足元を歩いてくる人物も。

 

「ユニ……?」

 

 その人物の言葉にユニはビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 そこにはノワールが驚いた顔をして立っていた。

 

  *  *  *

 

 ユニの話によると、姉の役に立ちたい一心で自分を鍛えようと思い立ったのだが、忙しい姉の邪魔はしたくない、そこで時折こうしてオートボットたちとの訓練に参加していたのだと言う。

 

「ユニ、その気持ちは嬉しいわ」

 

 ノワールは言葉と裏腹の少し厳しい表情で言った。

 

「でもね、あなたは女神候補生なのよ。コイツらに教えてもらうことなんかないわ」

 

「で、でも、アイアンハイドさん、教え方上手だし……」

 

 オズオズと言葉を出すユニ。それに対するノワールの言葉は有無を言わさぬ響きがあった。

 

「いいから、今は教会に帰りなさい。後で話をしましょう」

 

「はい……」

 

 ユニはしょんぼりと頷き、トボトボと演習場を後にした。

 それを見届けたノワールは、黙って姉妹の会話を聞いていたオートボットたちを睨む。

 

「余計なことしないで!」

 

 アイアンハイドはオプティックを丸くする。

 

「余計なこと? 強くなりたいって言う妹さんに、戦い方を教えてやることがか? まあ、黙ってたとは思ってなかったがな」

 

「そうよ! 誰の許しを得て……」

 

「まあ、聞け」

 

 がなり立てるノワールをアイアンハイドは手と言葉で制し、話を続ける。

 

「お嬢ちゃんの妹さんは、俺の見立てじゃ未熟も良いとこだが、銃の才能がある。ピカイチの才能がな。だけど使命感つうのか? そう言うのが重すぎる」

 

 そう言って、今度は後ろに立つサイドスワイプに視線を送る。

 

「コイツは接近戦についちゃなかなかだが、まだ『軽い』 体重の話じゃねえぞ、覚悟の話だ」

 

「おい!」

 

 その言葉にサイドスワイプは不満そうな声を出す。だがアイアンハイドは気にせず続ける。

 

「事実だろうが。とにかく、まだまだ未熟な二人だが、組ませればお互いの欠点を補える、いいコンビになると思うんだがな」

 

「……それが余計だって言ってるのよ」

 

 ノワールは静かに低い声を出した。

 

「女神にコンビは必要ないわ。一人で戦えるくらいでないといけないの」

 

「もちろん、一人で戦えるなら、それもいいだろう。だが、それじゃいつか潰れちまう」

 

 アイアンハイドの言葉に、ノワールは首を横に振って身をひるがえす。

 

「平行線ね…… 一つ言っておくわ」

 

 黒の女神の声は冷たかった。

 

「私はネプテューヌほど無邪気に、あなたたちのことを信用できない」

 

 それだけ言うと、ノワールは女神に変身し、オートボットたちが声をかける間もなく飛び去っていった。

 

  *  *  *

 

「……なんなんだよ! あの態度!」

 

 ノワールが飛び去ったあと、サイドスワイプは怒りで顔を歪めた。

 

「そう言ってやんな。国を預かる者としちゃ、当然のことさ」

 

 穏やかに言うアイアンハイドに、サイドスワイプは驚いた顔をする。

 

「正気か? てっきり『もう我慢できん! 引きずり降ろして細切れにしてやる!』くらい言うかと思ったのに」

 

「おまえは俺をなんだと思ってるんだ」

 

 アイアンハイドが呆れた顔でサイドスワイプの頭を叩く。

 

「いてッ! しかし、アイアンハイド。いつになく優しいじゃないか。どうしたって言うんだ?」

 

 叩かれた頭をさする銀色の戦士の言葉に、アイアンハイドは顎に手を当てて考え込む。

 

「……どうしてだろうな?」

 

 自分でもよく分かってないらしく、ウンウンと唸りながら首を捻る。

 

「それで? これからどうする?」

 

 サイドスワイプの声に、アイアンハイドは考えるのをやめ、それに答えた。

 

「今日はもう休みだ。好きにしな」

 

 その言葉に銀のオートボットは顔を輝かせる。

 

「やりぃ! じゃあ俺、ちょっと出かけてくるぜ!」

 

 そう言うやいなやサイドスワイプはギゴガゴと音を立てて変形する。現れたのは四連マフラーが特徴的で、未来的なフォルムをした銀色のスポーツカーだ

 これこそ、サイドスワイプのビークルモードである。

 

「いってきまーす!」

 

「晩飯までには帰ってこいよ。……その後出かけるぞ」

 

 その言葉に答えず、未来的なスポーツカーはエンジン音を響かせ走り去った。

 

  *  *  *

 

 ユニはトボトボとラステーションの街を歩いていた。

 ハアッ……と溜め息を吐き、教会へと向かう道を行く。

 

「へい! そこの美人のお嬢さん!」

 

 そこに軽い調子で声がかけられた。

 振り返るとそこには未来的な銀色のスポーツカーが停車していた。ビークルモードのサイドスワイプだ。

 

「サイドスワイプ?」

 

「おう!」

 

 思わず声を出すユニに、サイドスワイプは威勢よく答えた。

 

  *  *  *

 

「お姉ちゃんはね、一人でなんでもできるの」

 

 ラステイションの教会の敷地内にある自然公園。

 そこの池に張り出した東屋のベンチにユニは腰かけていた。ここは彼女にとってお気に入りの場所であり、落ち込んだりするとここに来るのである。

 

「女神としての仕事も、戦いも、なんでも……」

 

 サイドスワイプは東屋のそばにビークルモードで停車し、ユニの話を黙って聞いていた。

 

「アタシはお姉ちゃんみたいになりたくて、それでアイアンハイドさんに戦い方を教えてもらおうと思ったんだけど……」

 

 ユニは顔を伏せる。

 

「でもアイアンハイドさんは、あんたと組まないと、教えてくれないって……」

 

「俺と組むの、嫌か?」

 

 サイドスワイプは優しく聞いた。

 

「ううん! あんたといっしょに訓練するの、すごく楽しかった! ……でも」

 

 ユニは辛そうな声を出した。

 

「それじゃあ、お姉ちゃんみたいにはなれないの。お姉ちゃんみたいに、なんでも一人で出来るようには……」

 

「いいんじゃねえの? 別に姉さんそっくりにならなくても」

 

 サイドスワイプの言葉に、ユニは顔を上げる。

 

「俺にとってさ、アイアンハイドは師匠みたいなもんでさ。だから俺も、アイアンハイドみたいになりたいって思ってたんだ」

 

「サイドスワイプも……」

 

 サイドスワイプは頷いた。

 

「それで、アイアンハイドの戦い方を真似たりしてさ。だけど、あるとき言われたんだ。『オートボットに俺は二人もいらねえ、おまえはおまえのやり方を見つけな』ってさ。……だから!」

 

 銀のオートボットはロボットモードに変形すると、右腕に硬質ブレードを展開し、左手で背中から拳銃を抜く。

 

「俺はこの剣と銃で、いつかアイアンハイドに認めてもらう! 戦士サイドスワイプ、ここにありってな!」

 

「ふふっ」

 

 その姿を見て、ユニは思わず笑ってしまった。

 

「なんだよ! 真面目に話してるんだぜ!」

 

「だって…… なんだか子供っぽくて! あはは!」

 

 コロコロと笑うユ二を見て、サイドスワイプは後頭部を掻きながら言葉を続ける。

 

「あー、だからさ、そんなに思い詰めんなって話だ。ユニにはユニの、やり方が有るんだからよ」

 

「……うん、ありがとう。少し楽になった」

 

 笑いのあまり出た涙を拭いながら、ユニは礼を言った。その顔は花のような明るい笑顔だ。

 サイドスワイプはそれを、まじまじと見る。

 

「ん? なに?」

 

 ユニが聞くと、サイドスワイプは慌てて顔をそらした。

 

「な、なんでもない!」

 

「? 変なサイドスワイプ!」

 

 ユニはそれ以上追及しなかった。

 笑顔でこちらを見上げてくるユニを見て、サイドスワイプは、彼女には笑顔のほうが似合うな、などと考えていた。

 

  *  *  *

 

 女神の仕事は多岐にわたる。ノワールが基本であると考える書類仕事、新しい娯楽を国民に提供すること、国民の生命と財産を脅かす存在と戦うこと。

 そして、これもその一つ。

 

「みなさん、今日は女神さまがいらっしゃってくれましたよ」

 

 穏やかな老婦人である園長がそう言うと、園児たちは「はーい!」と元気よく答えた。

 そう、ここは幼稚園の講堂である。

 

「ハーイ、みんな! 私がこの国の女神、ブラックハートよ!」

 

 ノワールが女神の姿で段下の園児たちに微笑みかけると、園児たちは「おおーッ!」と声を上げた。

 園児たちは知識としては女神のことを知っていても実際に見るのは初めてなのだ。

 とりあえず掴みはオッケーと、ノワールは内心でガッツポーズをとった。

 

  *  *  *

 

「今日は、ありがとうございました」

 

「いいんです。これも女神としての仕事ですから」

 

 幼稚園の応接間で園長先生の入れるお茶を飲み、ノワールは言った。すでに変身は解いている。

 

「みんな、とても喜んでいましたよ。女神様を見るのは初めてだって」

 

「ふふふ、私にとっても、楽しい時間でした」

 

 園長の言葉に、ノワールは照れたように微笑んだ。

 ノワールを招いたのは、この園長だ。信心深い彼女は、一度自分が信仰する女神に子供たちを会わせたいと考えていた。

 そして、ついにその機会を得たのである。

 とりあえず、お互い満足のいく結果だったようである。

 

「えんちょうせんせい!」

 

 と、あどけない声が窓の外から聞こえてきた。

 ノワールと園長が窓の外を見ると数人の園児がこちらを見上げていた。

 

「さようなら!」

 

「はい、さようなら」

 

 園長が穏やかに微笑むと、園児たちは手を振り門のほうへ走っていく。そこには、園児たちの親が待っていた。

 親たちは我が子を抱き上げ、あるいは頭を撫でて今日はどうだったかと聞いている。微笑ましい光景だった。

 

「……やっぱり、子供たちには親が一番なんですね」

 

 しかしノワールはそれを、どこか寂しげな笑みを浮かべて見ていた。

 

「そうですわね、親と言うのは子供たちにとって、言うなれば女神様のようなものなんです」

 

 園長はそれに気づかずに穏やかに笑いながら言った。

 

「だれよりも頼りになって、なんでも知っていて」

 

「なるほど」

 

「でもですね」

 

 園長は悪戯っぽく笑んでノワールを見た。

 

「親だって本当は人間なんですよ。悩んで苦しんで、でもそれでも子供のことを一番に考えてるんです。……ね? 女神様みたいでしょう?」

 

「……そうかも知れませんね」

 

 ノワールはなにか、見透かされているような気分になり、曖昧に微笑むのだった。

 

  *  *  *

 

 その日の深夜、昨日、ディセプティコンに襲われたのとは別のオイルスタンド。

 そこに数台の重機が地響きを立てて乗り込んで来た。

 

「野郎ども! 今日も一仕事だ!」

 

 先頭を行くミキサー車から声が響く。

 

「おい、店員! この店のオイル、全部もらおうか!」

 

 しかし、その声に答えたのは店員ではなかった。

 

「残念だが、閉店だぜ。お客さん」

 

 その言葉とともに物陰から現れたのは無骨な黒いピックアップトラックと、銀色の未来的なスポーツカーだ。

 二台の車は、ギゴガゴと音を立ててロボットに変形する。言うまでもなく、アイアンハイドとサイドスワイプだ。

 

「貴様! アイアンハイド!」

 

 先頭の黒いミキサー車が、細長い腕に四枚の盾を備えた歪な人型へと変形する。

 

「しばらくだな、ミックスマスター!」

 

 黒いオートボットとディセプティコンは睨み合う。先に口を開いたのはミックスマスターの方だった。

 

「なぜ貴様がここに……」

 

「なに、今は害獣駆除の真似事をしてるのさ。最近オイルを盗むでっかい害獣がいるって聞いてな、退治してやろうと先回りさせてもらったぜ」

 

「な!? どうして、僕たちが来るって分かったんだ!? 毎回10km離れたところを襲っていたのに!」

 

 ホイールローダーから人型に変形したスクラッパーが驚愕の声を上げる。

 サイドスワイプが小馬鹿にした笑みを浮かべた。

 

「おまえら、毎回ほとんどピッタリ、10km離れたところを襲ってたからな。そして前回襲われた所から10km離れているオイルスタンドはここだけだ。これなら馬鹿でも分かるぜ」

 

「なにぃ!?」

 

 その言葉にミックスマスターは驚愕した。

 

「くそう! 俺の考えた完璧な襲撃計画に、そんな落とし穴があったとは! まったく気づかなかった!」

 

「いや、気付きましょうよ! そりゃバレますって!」

 

 大袈裟に驚くミックスマスターに、スクラッパーが突っ込みを入れる。

 

「なにをぉッ! おまえだって気付かなかっただろうが! この地味キャラがあッ!」

 

「おいいい! 地味は今関係ないだろおおッ!!」

 

 ミックスマスターの暴言にスクラッパーは全力で怒鳴る。

 

「……つまらない漫才はそれくらいにしな」

 

 アイアンハイドが低い声を出した。

 

「テメエらディセプティコンには、オイルじゃなくて俺のキャノンを味あわせてやるぜ!」

 

「カーッペッ! やれるもんならやって味噌漬け!」

 

 痰のような粘液を吐き、ミックスマスターが吼える。

 

「野郎ども! トランスフォームだ!」

 

「「「アラホラサッサー!」」」

 

 ミックスマスターの妙な掛け声とともに、ダンプトラック、クレーン車、巨大パワーショベルがギゴガゴと音を立てて変形する。

 

「運ぶのだーい好き! だけど壊すのもだーい好き! オーバーロードだ!」

 

 ダンプトラックは、多脚多腕、オプティックは三つ、そして背中にサソリの尾の如き鉤爪を備えた甲殻類を思わせるロボットへ、

 

「ふふふ、この私、ハイタワーの美しい戦いを魅せてあげましょう!」

 

 クレーン車は、その車体から手足と頭が直接生えたような不恰好な姿へ、

 

「オラ、デモリッシャーじゃないべ! スカベンジャーだべ! そこんとこヨロシク!」

 

 巨大パワーショベルはキャタピラが変形した巨大なタイヤが上下に、ショベルアームが変形した腕が両脇に配置され、その真ん中に頭があるという、異形の巨体へと姿を変えた。

 

「はッ! 面白れぇ! まとめてスクラップにしてやる!」

 

 キャノン砲を構えるアイアンハイド。その横でサイドスワイプも硬質ブレードを展開する。

 二人のオートボットと五体のディセプティコンが睨み合う。

 そのときである。

 

「あら? 私抜きで始める気?」

 

 どこからか凛とした声が聞こえてきた。

 その場にいた全員が、思わず声のした方……上空を見上げる。

 そこにいたのは黒いレオタード姿に長く美しい白の髪、背には光の翼。

 そう、女神姿のノワールだ。

 大剣を手に、厳しい表情で両軍を見下ろしている。

 

「なんだ!? あのセクシーな恰好の姉ちゃんは!? コスプレか? コスプレなのか!?」

 

「ミックスマスター! あれ女神ですよ!」

 

 驚くミックスマスターにスクラッパーが告げる。

 そんな二体を無視して、ノワールは二体のオートボットの間に降りてくる。

 

「お嬢ちゃん、なんでここに……」

 

 アイアンハイドは驚いた顔だ。

 

「あなたたちと同じよ。こいつらの動きくらい私だって読めるわ」

 

 そう言って、ノワールは薄く笑った。

 

「なんのつもりか知らないけど、私を出し抜こうたってそうはいかないんだから」

 

「別に出し抜くつもりはねえよ。……なあ、お嬢ちゃん」

 

 アイアンハイドは厳しい顔でノワールを見て、言葉を続ける。

 

「無理はするなよ」

 

「無理なんかしてないわよ」

 

 ノワールはアイアンハイドと視線を合わせず、ディセプティコンを見据えている。

 

「……そうか」

 

 黒いオートボットはそれ以上追及せず、武器を構え直す。

 

「お話は終わったか?」

 

 ミックスマスターは、今までとは違う低い声を出した。

 

「女神はこの国の最強戦力! つまり、奴を倒せばこの国に俺たちに逆らう奴はいなくなる! オイル奪い放題だ!」

 

「「「「おお~ッ!!」」」」

 

 首魁であるミキサー車ロボの言葉に、重機軍団が盛り上がる。

 

「そう簡単にいくわけないでしょう! スクラップにしてあげるから、かかってきなさい!」

 

「カーッぺッ! やれるもんならやって味噌漬け! ……これさっきも言ったな」

 

 黒い女神の高らかな言葉に、ミックスマスターが吼え返す。

 

「コンストラクティコン! 攻撃しろい!」

 

 その号令とともに、重機型ディセプティコンたちが突っ込んでくる。

 

「いくわよ! あなたたち援護して!」」

 

 ノワールが叫び、異形のロボットの群れへと飛び込んでいく。なかでも巨大なスカベンジャーに狙いを定めた。

 アイアンハイドが、それを援護すべく両腕のキャノンをパワーショベルロボの顔面に向け撃つ。

 スカベンジャーは両腕を上げてそれを防ぎ、続けて目の前を飛ぶノワールに向けその巨大な腕を振るう。

 

「当たらないわ!」

 

 しかしノワールは華麗な動きでそれを避け、顔面に向け、剣技を叩き込む。

 スカベンジャーは巨体からは想像もつかない速さで後ろに下がってそれをかわす。

 続けてスカベンジャーに斬りかかっていくノワールを援護するべくキャノンを撃とうとするが、何かに気づきその場を飛び退く。

 その瞬間、轟音を立ててチェーンメイスがアイアンハイドの立っていた場所に振り下ろされた。

 スクラッパーだ。

 

「ちッ、かわされたか!」

 

「狙いが甘いんだよ」

 

 悔しそうなホイールローダーロボに、アイアンハイドは冷めた言葉を返し、ついでに砲弾もお見舞いしてやる。

 

「甘いのは貴様だ!」

 

 その瞬間、ミックスマスターがスクラッパーの前に飛び出し、四枚の盾で砲撃を防ぐ。

 

「わははは! どーだ、俺の盾は! 貴様なんぞの攻撃は全く効かんわ!」

 

 勝ち誇るミキサー車ロボの脇からスクラッパーが走り抜けてきて横薙ぎにチェーンメイスを振るう。

 アイアンハイドは後ろに飛んでそれを躱しつつ砲撃するが、すばやく進み出たミックスマスターの盾にまたも弾かれる。

 

「チッ! 相変わらず硬えな!」

 

 二体のディセプティコンの連携に苦しめられつつもダメージは避け、アイアンハイドは砲撃を続ける。

 

  *  *  *

 

「アイアンハイド!」

 

 二体のディセプティコンを相手にしていたサイドスワイプが相方の危機に気付き助けに行こうとする。

 だが、

 

「おまえの相手は俺だろうが! 青二才が!」

 

 四本の腕と背中の鉤爪を振りかざし、オーバーロードが銀の戦士に迫る。

 突き出される鋏を備えた腕を、サイドスワイプは両腕のブレードで防いだ。

 オーバーロードはすかさず残りの腕と背中の鉤爪、さらにスパイクになっている前足を振り回し攻撃してくる。

 

「そりゃそりゃそりゃそりゃ!!」

 

 サイドスワイプはそれを後ろに宙返りしてかわし、さらに背中に背負った四連キャノンを撃つ。

 

「うっだわあああ!」

 

 狙い違わず四連キャノンはオーバーロードに命中し、ダンプトラックロボは悲鳴を上げて後ずさる。

 

「へッ! どんなもんだ! ……おっと!」

 

 勝ち誇ってポーズをつけるサイドスワイプが一瞬にして飛び退くと、轟音とともに巨大な鉄球がアスファルトにめり込んだ。

 

「あらら、よけちゃいましたか」

 

 ワイヤーを巻いて鉄球を引き寄せるのはハイタワーだ。

 

「あなたのようなイケメンには、ぜひ私のタマを味わってもらいたいのに」

 

「わけの分からないことを!」

 

 いやらしく笑うハイタワーに、サイドスワイプは横一線に剣を振るう。

 

「ふふふ、あたりませんよ」

 

 それを足のキャタピラを回転させバックしてかわし、クレーン車ロボはもう一度左腕の先についた鉄球をフレイルのように振りまわす。

 

「さあ、味わいなさい! 私のタマを! 鋼鉄のタマを! 金属のタマをおおおッ!」

 

「味わうか、そんなもん!」

 

 銀色のオートボットに向け何度も鉄球を叩きつけようとするハイタワーだが、サイドスワイプは足のタイヤを回してローラースケートのように動き回ってそれを避け続ける。

 

「うおおおッ! 俺を忘れんじゃねえええッ!」

 

 そのときいつのまにか後ろに回り込んでいたオーバーロードがサイドスワイプに飛びかかる。

 しかし、銀の戦士は大きく跳躍し、オーバーロードはその下を素通りし、そしてそのままハイタワーに激突した。

 

「ノオオオッ」

 

「あうんッ♡」

 

 絡み合いながら倒れる、オーバーロードとハイタワー。

 サイドスワイプは空中で背中から二丁拳銃を抜き、立ち上がろうともがくディセプティコン二体に向け撃つ。

 狙い違わず命中。

 

「ぐおおおッ!」

 

「アーーーッ!」

 

 二体は激痛にうめく。

 サイドスワイプは着地とともに銃をさらに撃った。

 

  *  *  *

 

「この、ちょこまかと逃げるんじゃないべ!」

 

 スカベンジャーは飛びまわるノワールを叩き落とそうと腕を振り回し、さらに上のタイヤを振り下ろす。

 しかし、あまりに巨大なパワーショベルロボは、その大きさが災いして小さな黒の女神を捉えることができない。

 一方、ノワールはノワールで焦っていた。見上げるほど巨大なこのディセプティコンは、その巨体に見合うだけの破壊力を持ち合わせている。

 スカベンジャーが腕を振るうたび、周りの建物に被害が出るのだ。

 早く倒さねばならない。

 そのために巨体を何度か斬りつけているが、破壊力だけでなく耐久力も体格相応であるらしく、なかなか倒れない。

 

「早く倒れなさいよ、このデカブツ! トリコロールオーダー!」

 

 鋭い剣技が、スカベンジャーの巨体に降りかかる。

 

「ふんッ! そんなの痛くもかゆくもないだべ! いい加減落ちるだ、カトンボ!」

 

「まだよ! トルネードソード!」

 

 大してダメージを受けずにいたディセプティコンに、さらにエネルギーを纏った大剣が襲いかかった。

 

「だから効かないべ…… ぐおッ!?」

 

 スカベンジャーが痛みにうめく。見ればノワールに攻撃された箇所に大きな亀裂が入っている。

 

「バカな! オラのボデエに傷をつけるなんて!」

 

「いくら頑丈な体でも、一点を攻撃され続けたら効いたでしょ!」

 

 そう、ノワールはさっきから一か所を狙って攻撃していたのだ。その作戦は功を奏したらしく、スカベンジャーは痛みに苦しんでいる。

 いける! そうノワールは確信する。

 だが……

 

「……え?」

 

 一瞬、体の力が抜け、その手から大剣が滑り落ちる。

 

「ッ! しまった!」

 

 この局面で武器を失うことは致命的だ。ノワールはすぐさま地面に向かって落ちていく大剣を追いかけた。

 

  *  *  *

 

 ほんの少し時間を遡る。

 アイアンハイド、ミックスマスター、スクラッパー、三者は膠着状態に落ち込んでいた。

 アイアンハイドの砲撃はミックスマスターの盾に尽く防がれているが、二体のディセプティコンの攻撃もアイアンハイドには当たっていなかった。

 なにせミックスマスターは防御に専念していている上に、スクラッパーにはチェーンメイスしか攻撃手段がない。

 あきらかな火力不足。

 むしろ二対一にも関わらず、軽快に動き回るアイアンハイドのほうが余裕すら感じさせる。

 

「まずいな……」

 

 ミックスマスターは焦りを漏らす。

 このままではジリ貧だ。もし仮にオートボットの増援でも現れたらどうしようもない。

 撤退したいところだが、相手がそれを許してくれない。なんとか状況を打開しなくては。

 盾で砲弾を防ぎながら、ブレインサーキットを回転させ辺りをうかがう。

 オーバーロードとハイタワーは、あの若いオートボット相手に苦戦している。

 スカベンジャーに至っては、自分よりはるかに小さな女神に翻弄されていた。

 と、なにが起こったのか女神が武器を落とし、それを拾おうとしている。

 

「チャ~ンス! スクラッパー! ほんの少し時間をかせいでちょ!」

 

「え!? ちょっと、ミックスマスター!?」

 

 そう言うと、ミックスマスターは敵に背を向ける。後ろではスクラッパーが半ばヤケになって突撃していったが地味に吹っ飛ばされただけなので別にいい。

 

「シャチホコモード!」

 

 ミックスマスターはエビ反りのような姿勢でロボットモード、ビークルモードに続く第三の形態、移動砲台(バトルモード)へと変形する。

 この姿になったミックスマスターは強力な砲撃を放つことができるのだ。

 

「死んどけや! 女神!」

 

  *  *  *

 

 ノワールは空中で武器を掴み、体勢を立て直そうとする。

 だがその瞬間、ミックスマスターの放った砲撃が、その身体に命中する。

 

「きゃああああッッ!!」

 

 黒の女神は爆発に吹き飛ばされ、やがて重力に引かれて地面に向かって落ちて行った。

 

  *  *  *

 

「お嬢ちゃん!!」

 

 アイアンハイドは撃墜されたノワールを見た瞬間、ピックアップトラックに変形して走り出す。

 全速力でミックスマスターとスクラッパーの間を走り抜け、愕然とするサイドスワイプの脇を過ぎ去り、振り降ろされるスカベンジャーの腕を躱し、その勢いでロボットモードに変形して、落下してきたノワールの身体を受け止める。

 

「お嬢ちゃん! 大丈夫か! お嬢ちゃん!」

 

 アイアンハイドの手の中でノワールは気を失っていた。人間の姿に戻っている。

 身体にスキャンをかけて見たが、危険な状態だ。

 

「今だ! 野郎ども、撤退だ!」

 

 ミックスマスターは、その号令とともに、どこからか取り出したカプセルを地面に投げつける。カプセルが割れた瞬間、煙が広がり辺りを包んだ。

 

「だ~はっはっはっ! ラステイションの女神は、このミックスマスターが討ち取った! これでこの国のオイルはぜ~んぶ! 俺たちのもんだ!」

 

 オートボットたちに、その言葉に反応する余裕はなかった。

 サイドスワイプはハッとしてアイアンハイドのもとへ駆け寄る。

 

「アイアンハイド! ノワールは大丈夫なのか!?」

 

「わからん! とにかく、急いで教会に戻るぞ!」

 

 ノワールの身体をビークルモードのアイアンハイドの座席に乗せ、二人のオートボットは走り出した。

 




念願の調整平均がついたぞ!
……って、高過ぎません!?
思わずパソコンの前で固まりました。
評価してくださった皆さん、ありがとうございます!

しかし、今回はノワールファン、ユニファン、サイドスワイプファン、コンストラクティコンファンの皆さんに土下座せねばなりませんね……
言い訳がましいですが、作者はノワールに対してアンチ・ヘイトする気は全くありません。
あくまでも、ノワールというキャラクターを自分なりに解釈した結果なんです。
あと、サイドスワイプとユニがこういう感じに仲良くなるのは構想段階から決まっていたことです。

ご意見、ご感想、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 黒の家族 part2

今回は過去最長となっております。
正直、難産でした。



 ラステイション都市部の端にある廃工場地帯、建ち並ぶ廃墟の一つ、特に大きな廃工場の窓から光が漏れている。

 

「「「「「カンパーイ!!」」」」」

 

 そこでは異形のロボットたちが宴を繰り広げていた。

 見事女神を倒し、意気揚揚とアジトに戻ってきたコンストラクティコンたちである。

 そう、この廃工場こそが彼らの根城なのだ。

 一際巨大なスカベンジャーまでもがギリギリ入れる広大な室内で、輪になって座り、杯代わりのドラム缶に奪ってきたオイルを一杯まで注ぎ、一気に呷る。

 酒盛りならぬオイル盛りと言ったところか。

 

「だ~っはっはっはっはっ!! 女神も倒したし、これでこの国のオイルは俺たちのもんだ! 野郎ども! 飲めや! 歌えやあ~!」

 

「「「「おお~ッ!」」」」

 

 ミックスマスターの音頭に一同上機嫌で答える。

 

「ウフッ♡ 少し飲み過ぎたでしょうか、おかしな気分になってきました♡」

 

「ぬおおお!! コンストラクティコンの力は宇宙一ィィイイィッ!!」

 

 ハイタワーが隣のオーバーロードに身を寄せ、それに気づかずオーバーロードが無意味に叫ぶ。

 

「グスッ、オラはスカベンジャーなんだべ! 初代のころからの伝統ある名前なんだべ。なのになんでデモリッシャーばっかり有名に……」

 

「どいつもこいつも地味地味言いやがって! 僕は映画にもちゃんと出てるんだぞ! 誰だ『ああ、あのバラバラにされた奴?』とか言ってるのは! そりゃスクラップメタルだっつうの! 畜生、玩具さえ発売されてれば……」

 

 スカベンジャーとスクラッパーがオイルを呷り、誰にともなく愚痴る。

 まさにカオス。

 酔っ払い以外の何者でもない。

 

「いや、やっぱり一仕事終えた後のオイルは最高だな!」

 

 そんな部下たちの惨状を見回しミックスマスターは上機嫌に言った。そして自分の後ろに並ぶ影に声をかける。

 

「あんたらもどうだい?」

 

「いえ、私たちは……」

 

 そのなかの一人、キセイジョウ・レイはやんわりとお断りする。そもそも人間である彼女はオイルを飲めない。

 残りの影……フレンジーとバリケードは冷たい視線を送るばかりで、ミックスマスターの声に答えようともしない。

 

「なんだよ! 付き合い悪いな~」

 

 ミックスマスターはそう言ってオイルをあおる。

 そこに隣で愚痴っていったスクラッパーが話しかけてきた。

 

「しかし、ミックスマスター」

 

「バカやろ! 女神を倒した今、俺はこの国の支配者も同然だぞ! ミックスマスター大王陛下と呼べい! だ~っはっはっはっ!」

 

 高笑いとともに、さらにオイルをあおるミックスマスター。

 その姿に、スクラッパーは多少酔いが冷めたのか、不安げに話かける。

 

「これからどうするんです? この人たち、メガトロン様の使いらしいですし……」

 

「バカやろ! メガトロンがなんぼのもんでい! 俺たちはこのコンストラクティコン王国の大王と、その部下たちだぞ!」

 

 上機嫌にオイルをもう一杯呷るミキサー車ロボ。

 

「こ、こんすとらくてぃこんおうこく?」

 

 後ろで困った顔をしていたレイが、驚愕と困惑と、少しの呆れを滲ませてすっとんきょうな声を出す。

 

「だ~めだコリャ、完全に正気を失ってやがる」

 

 フレンジーがある意味彼らしくない、深い深い排気を吐いて、腕を組んでいるバリケードを見上げる。

 

「コイツらときたら、もう何時間もぶっ続けでオイル飲んでんだぜ」

 

「まったく、どうしようもないな」

 

 バリケードも呆れ果てたように首を横に振る。

 

 彼ら一人と二体は、各地に散ったディセプティコンの情報を求めて、このラステイションを訪れていた。

 そこでエネルゴンの反応と、レイが聞き込みで得た情報を基にここまでやってきたのである。

 しかし、コンストラクティコンたちはレイたちが到着した時にはすでに酔っぱらっており、まともに話が通じない。正直、困っていた。

 

「あ、あの、それで女神を倒したって言うのは、本当ですか!?」

 

 レイは目の前で飲んだくれるミックスマスターを見上げ、気になっていることを聞いた。

 

「お? おうよ! 俺様の砲で撃ち落としてやったぜ!」

 

 ミックスマスターが自慢気に胸を張り、オイルをさらに呷る。

 横でスクラッパーが、「僕を囮にしてですけどね……」とブツブツ言うが、無視する。

 

「そ、そうですか……」

 

 レイは複雑な気分だった。

 女神のことは嫌いだが死んで欲しいと思うほどではなかった。

 

「ふ~ん…… レイちゃんって、そういう顔も出来るんだ」

 

 いつの間にか隣に来ていたフレンジーが、レイの顔を見上げて言った。

 少し不愉快だった。

 

「そ、そりゃあ、私だって人が死ねば悲しく……」

 

「なんだ、気付いてないのか」

 

 表情など変わりようもない顔に確かに笑みを浮かべて、フレンジーは続ける。

 

「レイちゃん、笑ってるぜ?」

 

「!?」

 

 その言葉にハッとして顔を抑える。

 

「わ、私、笑ってなんか……」

 

「ん~? 嫌いな相手が死んだんだろ? なら喜ぶのは当然だと思うけどな~」

 

 フレンジーは首を傾げた。

 

「ち、違います! そんな酷いこと……」

 

「おい」

 

 レイは必死になって否定しようとするが、そこに後ろからバリケードが話かけてくる。

 

「このままじゃ埒が明かん。一旦引き揚げるぞ」

 

「ん~…… 確かに、酔っ払いの相手をしててもなあ……」

 

「あ、あのフレンジーさん? 話を聞いて…… はあっ…… もういいです……」

 

 フレンジーがバリケードの言葉に頷き、レイも反対はしない。

 

「「「「「カンパ~イ!!」」」」」

 

「……こりゃ、『助っ人』がいるな」

 

 いまだカオスな酒宴(?)を続ける重機軍団を見て、フレンジーが呟く。

 二体のディセプティコンと一人の女性は、その場を退出した。

 

「よ~し! それじゃあ、俺様の十八番! 『ミックスマスター音頭』! 歌いま~す!」

 

 コンストラクティコンたちは気にせずオイルを飲み続ける。

 

  *  *  *

 

「……まあ、そんな感じだ」

 

『そうか、そんなことが……』

 

ラステイションにおけるオートボットの拠点である、赤レンガ倉庫。

アイアンハイドはそこで、プラネテューヌの本部にいるオプティマス・プライムと話していた。

ミックスマスターの砲弾に倒れたノワールは、あの後教会に運び込まれた。教祖である神宮寺ケイの話だと命に別状はないらしいが、少なくとも今は安静が必要だ。

 

『分かった。我々もそちらに向かおう』

 

オプティマスが力強く言った。この事件には協力することが必要だ。

しかし、アイアンハイドは首を横に振る。

 

「そのことだが…… 今回のことは『俺たち』に任せてくれないか?」

 

『何か、考えがあるのか?』

 

「考えってほどのもんじゃない。けど、頼む」

 

アイアンハイドは深々と頭を下げた。

その態度にオプティマスは何かを察したらしかった。

 

『……分かった、だが無理はするなよ』

 

「ああ、それじゃあな」

 

通信を切り、アイアンハイドは、先ほどのことを反芻する。

 

  *  *  *

 

「オプティマスに協力を頼むなだあ!?」

 

 ラステイションの教会の裏手で、アイアンハイドが大声を上げる。

 目の前の小柄な少年のような容姿の少女、ラステイションの教祖、神宮寺ケイは大きく頷いた。

 

「そう、今回の件はなんとしてもラステイションで…… ノワールの力で解決しなくちゃいけない」

 

「ふざけるなッ!!」

 

 ケイの言葉に、アイアンハイドは思わず怒鳴り声を上げる。

 

「いいか! 敵の力は思っていたよりも強かった! だったら味方に応援を頼むのがあたりまえだろうが!」

 

「いや、それは違う」

 

 自分の何倍もある黒いオートボットの怒りに、ケイはまったく動じずに言葉を返す。

 

「『ラステイション』としては、これ以上『プラネテューヌ』に借りを作るわけにはいかない。君たち、『オートボット』にもだ」

 

「ああッ!? そりゃどう言う意味だ!」

 

「それなら、はっきり言おう。ここのところ、ラステイションのシェアが落ちているんだ」

 

 その言葉に、アイアンハイドは訝しげな表情になる。

 

「シェアってのは、国民の信仰が基になってるんだろ? だったらなんで減るんだ?」

 

「そうだね…… 君から見て、ノワールの『女神としての』魅力って何だと思う?」

 

「さあな……」

 

 アイアンハイドは質問の意味を測りかねた。もともと問答は得意ではない。

 ケイはアイアンハイドが答えに困っているのを見て、ポーカーフェイスを崩さずに言葉を出す。

 

「それはね、『完璧であること』さ」

 

「……なんだよそりゃあ」

 

 アイアンハイドはケイの言葉が理解出来なかった。

 構わずケイは続ける。

 

「言った通りの意味だよ。美しく賢く、勤勉で努力を惜しまず、そして何者にも負けない。それが、国民が求める『ブラックハート』だよ」

 

 その言葉に、アイアンハイドはやっと理解が行き届き、同時に怒りに顔を歪めた。

 

「だから、メガトロンに負けて『完璧』じゃなくなったお嬢ちゃんは、魅力半減ってことか。そして、その魅力を取り戻すには、ディセプティコンを倒して『完璧な女神』になるしかないと。……だからお嬢ちゃんは無理してたのか」

 

「そう言うことだよ」

 

「それこそ、ふざけんなって話だ」

 

 アイアンハイドは怒鳴り声ではない、限りなく低い声を発生回路から絞り出す。

 その声に、ケイは初めて一歩後ずさった。

 

「必死こいて戦ってる奴に、完璧じゃないから魅力がないだ? ふざけんなよ、おい」

 

 両腕の砲を回転させ、アイアンハイドはケイに近づく。

 

「それで、おまえさんはお嬢ちゃんが無理するのを、黙って見てたわけか」

 

「一応、進言はしたけど、聞かなくてね。……それ以上は契約にないよ」

 

 その言葉に、アイアンハイドの砲口が危険に光った。黒いオートボットと教祖の間に、緊迫した空気が流れる。

 

「言っておくけど」

 

 ケイは少し表情を硬くする。

 

「国民にそう見てほしいと願ったのも、僕に『こう』あれと願ったのもノワール自身だ。その責任は自分で負わなくてはいけない。『僕たち』にはそれをどうこう言うことは出来ない」

 

「……なるほどな。なんとなくだが、おまえさんの言いたいことが分かってきたぜ」

 

 アイアンハイドはしかめっ面のまま、ケイに背を向ける。

 

「……素直じゃないのは、お嬢ちゃんだけじゃなかったみたいだな」

 

 その言葉にケイは困ったような笑みを浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

「ん……」

 

 窓から差し込む朝日の眩しさに、ノワールは目を覚ました。

 そこはラステイションの教会、自室のベッドだった。

 なぜここで寝ているのか…… たしか武器を手から落としてそれを追いかけ、そして……

 思い出した。

 ディセプティコンに撃ち落とされたのだ。

 

「また…… 負けちゃったか」

 

 起き上がろうとすると、体のあちこちが痛む。

 砲撃されたのだ、これくらいで済んで幸運と見るべきか。女神の身体の頑丈さに感謝である。

 それでも上体を起こし、ふと横を見ると妹であるユニがベッドに突っ伏し寝息を立てていた。

 枕元に置いてあった通信端末で確認したら、あれから三日たっていた。

 ノワールは薄く微笑み、ユニの頭を撫でてやる。

 おそらく付きっきりで看病してくれたのだろう、深く寝入っていた。

 彼女を起こさないように、ひっそりとベッドから立ち上がり、部屋を出る。

 

「ごめんね、ユニ ……弱いお姉ちゃんで」

 

  *  *  *

 

 ノワールが廊下を歩いていると反対側から教会の職員が二人、歩いてくるのが見えた。

 思わず柱の影に身を隠す。

 

「おい、聞いたか? この前のオイルスタンドが襲われたときの話」

 

「ああ、ブラックハート様が負けたっていう……」

 

 職員たちの会話の内容に、ノワールは我知らず体を震わせる。

 

「なんでも、そのせいでシェアも下降してるらしいぞ。国民からの問い合わせもひっきりなしだし……」

 

「まあ、二回も負けちゃあな……」

 

 ノワールは、職員たちが通り過ぎるのを待ってから足早に廊下を駆けていった。

 だから、その後の二人の職員の会話も耳に入らなかった。

 

「だからこそ、俺たちがしっかりブラックハート様を支えないとな」

 

「ああ! こういう時こそ、我々の信仰心の見せどころだ!」

 

  *  *  *

 

 ノワールは教会の裏口から、人目をさけてそっと外へ出る。

 そこには、無骨な黒いピックアップトラックが停車していた。

 

「あなた……」

 

 ノワールが声を出すと、黒いピックアップトラックは無言でドアを開ける。

 乗れ、ということだろうか。

 ノワールは、こちらも無言で乗り込んだ。

 なぜか、そんな気分だったのだ。

 

  *  *  *

 

 サイドスワイプはロボットモードで教会の裏手に腰かけていた。

 その顔は思いつめたように険しい。

 そこへ、裏口から飛び出してくる者がいた。

 ユニだ。

 その顔は青ざめ、肩で息をしている。

 

「サイドスワイプ! お姉ちゃんが…… お姉ちゃんがいないの!」

 

「……ああ」

 

 ユニの必死の言葉に、サイドスワイプは小さく返す。

 

「ああって…… お願い! いっしょに探して! ケイに聞いてもほっとけって……」

 

「ユニ」

 

 サイドスワイプはユニの言葉を遮り、絞り出すように声を出す。

 

「頼む! ここはアイアンハイドに任せてくれないか!」

 

 そう言って、サイドスワイプはユニに向き直る。

 

「なに言ってるの!? ふざけてないで乗せてちょうだい!」

 

「ふざけてなんかいない! アイアンハイドには何か考えがあるんだ! ……だからどうか、お願いだ。このとおり!」

 

 地面にこすり合わせんばかりに頭を下げ、サイドスワイプは言葉を続ける。

 

「ユニの姉さんを守れなかった俺に、こんなこと言う資格がないのは分かってる! でもアイアンハイドは違う! きっと大丈夫だ!」

 

「…………わかったわ」

 

 ユニは、涙を拭いながらサイドスワイプを真っ直ぐ見つめる。

 

「アイアンハイドさんに免じて、信じてあげる」

 

「すまん」

 

 銀のオートボットは深々と頭を垂れるのだった。

 

  *  *  *

 

 ピックアップトラックが走り出してしばらくは、お互いに無言だったが、やがてノワールがポツポツと口を開いた。

 

「私のこと、馬鹿だと思ってるでしょ?」

 

 その言葉には、どうしようもない自嘲が込められていた。

 

「んなこと、思ってねえよ」

 

 アイアンハイドは、ぶっきらぼうに言った。

 

「嘘! 結局、あなたの言うとおり、無理をして、結果がこの不様な敗北……」

 

「事情は、ケイのお嬢ちゃんから聞いた。最近、シェアが落ちてんだって?」

 

 その言葉に、ノワールは複雑そうな顔になる。

 

「そうよ…… 原因は……」

 

「メガトロンに負けたから、か」

 

 ノワールは小さく頷く。

 

「当然よね、女神は国民を護る者、だから敗北すれば信用を失いシェアも下降する」

 

「つくづく、ふざけた話だ」

 

 アイアンハイドは不機嫌そうな声を出した。

 

「色々な仕事をしてシェアを回復させようとしたけど、どうしても元には戻らなかった。だから、今回の件はなにがなんでも私の力で解決したかったの。シェアを、国民の信頼を取り戻すためにね。……でも、結果はこれ」

 

 ノワールは自嘲を込めて笑顔を作る。今にも泣きだしそうな笑みだった。

 しかし泣かない。それが、ノワールに残された最後のプライドだった。

 

「もうお終いね。こんな愚かで弱い女神、だれも信仰なんてしてくれないわ」

 

「……今、俺が何を言ったところで、気休めにしかならん。だから言わない」

 

「あら、厳しいのね」

 

 その態度がなんだかおかしくして、ノワールの笑みが少しだけ柔らかいものになる。

 

「オプティマスなら、気の利いたことの一つでも言えるんだろうが、俺はそういうのは得意じゃなくてな。……着いたぜ」

 

 その言葉とともに、ピックアップトラックは停車した。

 

「? 着いたってどこに……」

 

 ノワールが車窓から外を見るとそこは、

 

「幼稚園?」

 

 以前、ノワールが訪れた幼稚園だった。

 

「なんで、こんなところに?」

 

「まあ、いいから降りな」

 

 アイアンハイドに促され、ノワールは車を降りる。

 幼稚園のなかに入ると、園児たちと数人の教師がみんなで歌を歌っているところだった。

 園児たちの真ん中で歌を歌っているのは、穏やかそうな老婦人、園長先生だ。

 ノワールは、それを遠巻きに見つめる。

 声をかけることなんて出来ない。自分にはもうその資格はないとノワールは考えていた。

 

「あ! めがみさまだ!」

 

 しかし、園児の一人が目ざとくノワールを見つける。

 

「ほんとだ!」

 

「あそびにきたのかな?」

 

 他の園児たちも気づき、歌そっちのけでノワールの下へ駆けてくる。

 

「めがみさまー? きょうはどうしたのー?」

 

「またおはなししにきたの?」

 

 園児たちの声に、ノワールは困惑する。園児たちの情報は、ノワールが前回話をしたときから更新されていないのだ。

 

「え、えっと、私は……」

 

「はい、はい、女神さまが困ってらっしゃいますよ。みんなは先生たちとお歌を続けてください。女神さまとは園長先生がお話しますからね~」

 

 園長が柔らかい調子で言うと、園児たちは「は~い!」と返事をする。いくらか、「えんちょうせんせいばっかりずるい!」とか「わたしもおはなしした~い!」とか聞こえて来たのはご愛嬌だ。

 

  *  *  *

 

 応接間に通されたノワールは、以前と同じようにお茶を出された。

 

「前回来ていただいたときは、子供たちの親御さんからも好評だったんですよ。そうそう、機会が有れば、これをお見せしたかったんです」

 

 園長は穏やかに微笑みにながら、ノワールに何か紙の束を渡す。

 受け取ると、それは画用紙にクレヨンで描かれた絵だった。園児たちが書いた物だろう。

 どの絵にも、女神化したノワールと思しい人物が描かれている。空を飛びまわる物、モンスターと戦う物、子供と手をつなぐ物、様々だ。

 

「みんな、ブラックハート様にもう一度お会いしたいって、もう大変で……」

 

「私は!」

 

 ノワールは園長の言葉を遮り、強い声を出す。

 

「私は、そんなすごい女神じゃないんです! 子供たちが思い描いているような、完璧な女神じゃ……」

 

 顔を伏せ、ギュッとスカートを握りしめ、絞るように言葉を出す。

 普段なら喜ばしい言葉も、期待も、今のノワールにとっては苦痛だった。

 

「……ブラックハートさま、いえ、ノワールさま。よく聞いてください」

 

 園長は膝をついてノワールに目線を合わせると、言葉を続ける。

 

「私が信仰しているのは、完璧な女神のブラックハートなんかじゃありません」

 

 その言葉にノワールはゆっくりと顔を上げる。

 

「私が信じているのは、悩んでも、苦しんでも、それでも私たちのことを考えてくれる頑張り屋さんの素敵な女神さま」

 

 そこで園長は、園児たちの描いた絵を見る。

 

「それに、子供たちが好きなのは、自分たちと笑いあった女神さま、……あなたです」

 

 園長は真っ直ぐにノワールの瞳を見つめた。

 

「だからどうか、そんなに自分を卑下しないでください。あなたを、みんな信じているんですから」

 

 その言葉に、ノワールは言い知れない気持ちになった。

 シェアを回復するため? 完璧な女神でいるため?

 違う、自分が女神として戦い、生きていくのは……

 自分を信じてくれる人たちのためだ。そのために、戦うのだ。

 ノワールの心が熱を取り戻す。

 落ち込んでいる暇などなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 ノワールは力強い笑みを浮かべ、園長に礼を言う。

 園長は少し悪戯っぽく微笑んだ。

 

「お礼なら、アイアンハイドさんという方に言ってあげてください」

 

「へ?」

 

 その言葉にノワールは驚く。

 

「その方が私に連絡をくれたんですよ。『お嬢さんが悩んでるだろうから、力になってやってほしい』って」

 

「アイアンハイドが……」

 

 だから自分をここに連れて来たのかと、納得する。

 

「あいつ、余計なことしてくれちゃって」

 

 言葉とは裏腹に、ノワールの顔は満面の笑みだった。

 

  *  *  *

 

 園長と先生、園児たちに挨拶を済ませ、園の門に戻ると、来た時と変わらず無骨な黒いピックアップトラックが停車していた。

 

「おう、話は済んだかい」

 

 ピックアップトラックから聞こえてきた声は、やはりぶっきらぼうだった。

 ノワールは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ええ、有意義な時間だったわ」

 

「……その調子だと、もう大丈夫みたいだな」

 

 そう言って、アイアンハイドはドアを開ける。

 当然とばかりにノワールはそれに乗り込んだ。

 

  *  *  *

 

 走り出してしばらくは、お互いに無言だった。

 

「お嬢ちゃん」

 

 アイアンハイドが突然言った。

 

「俺はこう見えて防音性だ、それに口も堅い。だからよ、我慢しなくて、いいんだぜ?」

 

「う、う…… うわああああんッッ」

 

 ノワールは小さく嗚咽を漏らす。それはだんだん大きくなり、ついには大声で泣き出した。

 悲しくてではない。自分を信じてくれる人がいると言うのが、ただただ嬉しくて涙が溢れてくるのだ。

 アイアンハイドは黙ってノワールの気の済むまで。泣かせてやるのだった。

 そして、自分のなかで答えを見つける。

 なぜ、こうまで自分はこの少女に構うのか。

 似ているからだ。姿かたちがではない、人格でもない、本当は人一倍繊細なくせに何もかも自分一人で背負い込もうとする、その姿勢が、

 

 ……総司令官オプティマス・プライムに。

 

 まったく、どいつもこいつも一人で抱え込みやがって、少しは支えさせろってんだ。

 

「なあ、お嬢ちゃん。余計のことだってのは分かってるんだが……」

 

 アイアンハイドが声を出した。その声には、不器用な優しさがあった。

 

「あんたはもう少し、周りを頼ったほうがいい。教会の職員たちは、こんな時こそお嬢ちゃんを支えようと張り切ってるそうだ。ケイのお嬢ちゃんも、だいぶ遠回しにだが、あんたのことを心配してた。もちろん妹さんもな」

 

 ノワールは黙って嗚咽を漏らしながら、それを聞いている。

 

「なあ、こんなに味方がいるんだ。全部一人で背負い込もうとするなよ」

 

 そして、最後に一言付け加えた。

 

「俺だって、あんたの味方のつもりだ」

 

  *  *  *

 

「グスッ…… ねえ、あなた……」

 

 ノワールはしばらく泣いていたが、やがて涙を拭って言葉を発した。

 

「一つ分からないんだけど、どうして園長先生のこと知ってたの?」

 

「あ~…… それはだな……」

 

 なんだかバツの悪そうな声で、アイアンハイドは答えた。

 

「……聞いてたからだよ、お嬢ちゃんの仕事を」

 

 その言葉にノワールは一瞬、虚を突かれたような顔になる。

 

「はい? はいぃッ!? 聞いてたってどういうこと!?」

 

「ああ~、あれだ、俺はトランスフォーマーだからな、センサーの感度を上げれば、あの幼稚園の外からでも、おまえさんの演説を聞き取れるんだよ」

 

 アイアンハイドの答えは、ノワールを驚愕させるには十分だった。

 

「な、な、な! なんで!?」

 

「なんでって、お嬢ちゃんがどんな仕事をしてるのか、気になってな」

 

 黒いピックアップトラックは、なんでもないように言う。

 

「しっかしお嬢ちゃん、話がつまらなくていけねえぜ。ガキども何人か退屈してたぞ。その後のアクションは好評だったみたいだけどな」

 

「うう……」

 

 そうなのだ、実はあの講演のとき、自分の話があんまり園児たちの興味を引いていないことを悟ったノワールは、戦法を切り替え、外に出て空中を飛び回って見せたり、大剣を振るって見せたりしたのだ。

 つまり、女神のことを正確に伝えたとは言いづらかったりする。

 

「う、うるさいうるさいうるさい! なによ! せっかく少し見直したのに、そんなストーカーじみたことして!」

 

 ノワールは顔を真っ赤にして、ピックアップトラックのダッシュボードをポカポカと殴った。

 

「なんだよ! ストーカーって! 俺はただ女神のことを理解しようとしてだな……」

 

「うるさいわよ! この~!」

 

「お、おい危ねえって!」

 

 無骨な黒いピックアップトラックは、フラフラとしながら走っていった。

 

  *  *  *

 

「やあ、お帰り それで? 家出はもう終わりかい?」

 

 ラステイションの教会に着くと、ケイが出迎えた。

 

「……ただいま。ええ、心配かけたわね」

 

 ピックアップトラックから降りたノワールは、少し照れたような表情で言う。

 

「心配? ああ、そうだね、契約主がいなくちゃ契約が不履行になるところだったよ。それだけが心配だったよ」

 

「はいはい」

 

 ケイの言葉にノワールは苦笑する。

 

「まったく、素直じゃない奴ばっかりだぜ」

 

 アイアンハイドが呆れたような声を出した。

 と、教会の中から誰か駆け出て来る。

 

「お姉ちゃーん!!」

 

 それはユニだった。

 全力で走って来てノワールに抱きつく。

 

「お姉ちゃん! 心配したのよ! 急にいなくなるんだもの!」

 

「うん、ごめんなさいねユニ。 もう大丈夫よ、まだ体は痛いけどね」

 

 ノワールは優しく笑い、妹の頭を撫でてやる。

 

「どうやら、うまくいったみたいだな」

 

 停車しているアイアンハイドの横に、ビークルモードのサイドスワイプが停車する。

 

「ああ、とりあえずな。おまえこそどうだったんだ?」

 

「……まあ大変だったよ」

 

 サイドスワイプは静かな声を出した。

 

「ま、がんばんな」

 

 アイアンハイドは、あえて何も聞かずに言った。

 

「ああ、そのつもりさ」

 

 サイドスワイプの声には、静かだが確かな決意が宿っていた。

 

  *  *  *

 

 深夜、ラステイション沿岸部にあるオイルコンビナート。

 ゲイムギョウ界でも屈指の規模を誇り、工場とオイルタンクが立ち並ぶここは、ラステイション中にオイルを供給する大切な場所である。

 もう夜遅いにも関わらず、ここでは多くの職員が働き、機械群が稼働していた。

 そんなコンビナートの運河に隣接した入口に、突然五台の重機が乗り込んで来た。

 黄色いホイールローダー、赤いダンプトラック、首長竜の如きクレーン車、巨大なパワーショベル、そして黒いミキサー車。

 その威圧的な姿に職員たちは何事かと首を傾げる。

 

「野郎ども! トランスフォームだ!」

 

 先頭のミキサー車から声が聞こえたかと思うと、ギゴガゴと音を立てて、五台の重機が変形していく。

 そして現れる異形のロボット軍団は、言うまでもなくコンストラクティコンだ。

 コンストラクティコンたちは、武器を作業員たちに向ける。

 

「だ~っはっはっはっ!! ここを抑えれば、すなわちラステイションの大半のエネルギーは俺たちの物、つまり、この国は俺たちの物だ!!」

 

 ミックスマスターは高笑いとともに宣言する。

 もはやディセプティコンの暴挙を止める者はいないのか?

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 

 そこに凛とした声が響いて来た。

 

「なにぃッ!? ……あれ? この展開前にも……」

 

 ミックスマスターを始めとしたコンストラクティコンたちが声のした方…… 上空を見上げる。

 そこには、黒いレオタード、美しく長い白の髪、手には大剣、背には光の翼。

 ラステイションの女神、ブラックハートことノワールが不敵な笑顔を浮かべて、そこにいた。

 

「き、貴様! 生きてたのか!?」

 

 ミックスマスターが驚愕していると、ノワールは心の底から馬鹿にしたように笑う。

 

「ええ、詰めが甘かったわね。……エネルギーを抑えれば国の支配者だなんて、ずいぶん馬鹿なこと言ってくれるじゃない?」

 

 その言葉にミックスマスターが激昂する。

 

「なにをう! 生きてたのなら、今度こそ殺して、この国をコンストラクティコン王国にしてくれるわ!」

 

「ふ~ん、そう」

 

 ミキサー車ロボの宣言に、黒の女神は小馬鹿にしたようにハアッと息を吐く。

 

「それで? その国の支配者って誰なのかしら? まさか、あなたじゃないわよねえ?」

 

「俺に決まってるだろうがッ! 俺様はミックスマスター大王様だぞ!!」

 

「あなたが? 国のなんたるかも分かってない、こそこそオイルを盗むくらいしか能のない、あげく、いい気になってすることがオイル独り占めとか言うケチ臭いあなたが?」

 

 黒い女神は、オイル泥棒の誇大妄想をバッサリと斬り捨てる。

 

「ふざけるのも大概にしなさい! あなたなんかが、国の支配者の器なわけないでしょう! あんたみたいな小悪党、倒す価値もないから、とっとと尻尾を巻いて逃げるといいわ!!」

 

 コンストラクティコンたちは、黒い女神の啖呵に圧倒され、思わず一歩後ろに下がった。

 唯一、首魁ミックスマスターだけが、ワナワナと体を震わせ、上空の女神を睨みつける。

 

「カーッペッ! いくら吠えたところで、貴様一人で何ができる!」

 

「一人じゃないぜ」

 

 突然聞こえてきた第三者の声に、コンストラクティコンたちは驚いてそちらを見る。

 当然ながら、そこにはアイアンハイドとサイドスワイプが立っていた。

 

「よう、お客さん」

 

 アイアンハイドがニヒルに笑う。

 

「お、オートボット、なんでここを襲うって分かったんだ……」

 

 スクラッパーが、さらに一歩後ずさる。

 サイドスワイプが笑って見せた。

 

「簡単さ、おまえら目立つんだよ、いい加減。怪しい重機の群れが、コンビナートに向かってるって情報が入ったから来てみたら案の定だ」

 

 コンストラクティコンたちがざわつく。

 ミックスマスターは部下の情けない姿に怒鳴り声を出す。

 

「うろたえんじゃねえ! この前と同じ状況じゃねえか、今度も俺たちの勝ちだ!」

 

「同じじゃないわ!」

 

 そう言って、ノワールはアイアンハイドの横に降り、力強い笑みを浮かべた。

 

「今度は、……一人じゃない」

 

 アイアンハイドは力強く頷く。

 ノワールは全身のシェアエナジーが活性化するのを感じていた。

 自分たちは共に戦う限り無敵だ!

 

「ええいッ! わけの分からんことを! 野郎ども! たたんじまえ!」

 

 ミックスマスターの号令とともに、異形のロボットたちが動きだす。

 

「あなたたちは早く非難して!」

 

 ノワールは作業員に指示を出すと大剣を正眼に構える。

 

「行くわよ! アイアンハイド! サイドスワイプ!」

 

「「おうッ!!」」

 

 黒の女神の掛け声の下、オートボットたちは一丸となって走り出す。

 

「喰らうだ!」

 

 先陣を切ったスカベンジャーが、巨大な両腕をオートボット目がけて振り下ろす。

 アイアンハイドとサイドスワイプは左右に飛んでそれを避けつつ、十字砲火を浴びせてやる。さらにその顔面に、ノワールが鋭い剣技を叩き込んだ。

 

「いぎゃあああッ!」

 

 悲鳴を上げるスカベンジャーにさらに砲弾を撃ち込もうとするアイアンハイド。

 

「味わいなさい、私のタマをおおおッ!!」

 

 そこへハイタワーが鉄球を振り回して突っ込んでくる。

 しかし、鉄球が黒いオートボット目掛けて振るわれた瞬間、突然現れたノワールの剣閃が、鉄球とハイタワーの腕を繋ぐワイヤーを切断する。

 

「ぎいゃあああッ! 私のタマがあああッ!!」

 

 切断された鉄球は明後日の方向へ飛んで行き…… サイドスワイプと再戦していたオーバーロードに命中する。

 

「うっだばああッ!」

 

 鐘の音のような轟音が鳴り響き、オーバーロードは痛みに悲鳴を上げる。

 それを無視して、サイドスワイプは振り向きざまノワールに近づこうとしていたスクラッパーに銃撃を浴びせた。

 

「があああッ!」

 

 悲鳴を上げるスクラッパーに構わず、ノワールはエネルギーを纏った大剣で痛みにうめくスカベンジャーに斬りかかる。

 

「トルネードソード!」

 

「ぐっはあああッ!」

 

 またしても顔面に炸裂。

 巨大パワーショベルロボは悲鳴とともに後ろに倒れ込む。

 

「おわあああッ!」

 

「え? ちょっ!?」

 

 その際、鉄球に潰されたオーバーロードと、気になったのは仲間か鉄球か、そばにいたハイタワーを巻き込んだ。

 

「く、くそうッ!」

 

 アイアンハイドが絶えず砲弾を浴びせてくるおかげで、盾を構えたまま動けないミックスマスターは思わず声を出す。

 その瞬間、ノワールがミックスマスター目掛けて突っ込んできた。

 

「馬鹿め! 俺の盾を突破できるものかッ!」

 

 アイアンハイドの砲撃でもビクともしない盾だ。小娘の剣で切り裂けるわけがない。

 そして、剣を弾いた瞬間に女神を捕まえ人質にすれば、まだ勝ち目はある!

 

「トルネードチェイン!!」

 

 ノワールの剣技が、ミックスマスターの盾に炸裂し、四枚の盾は残らず叩き斬られた。

 

「ば、ばかなあああッッ!? 俺の盾があああッッ!!」

 

「あんな馬鹿みたいに砲弾受けてれば、脆くもなるでしょ!」

 

 そして最後に、黒の女神の蹴りがミックスマスターの腹に叩き込まれ、その身体を宙に浮かせる。

 

「こいつはオマケだ! たんと味わいな!!」

 

 そこにアイアンハイドが砲撃を浴びせる。

 

「ぐおわあああああッッ!!」

 

 もはや身を守る盾もなく砲弾を喰らったミックスマスターは悲鳴とともに吹っ飛び、地面に墜落した。

 

「くッ、こ、こんな馬鹿な…… お、俺の盾が……」

 

 それでも致命には至らずヨロヨロと立ち上がる。

 まさか自分の盾が砕かれるとは。

 黒の女神の攻撃だけでなく、アイアンハイドの砲撃の威力も明らかに上がっていた。

 

「み、ミックスマスター! 撤退しましょう!」

 

 サイドスワイプと戦っていたスクラッパーが、声を上げる。

 銃弾を受けた上にチェーンメイスしか武器のないスクラッパーは明らかに劣勢だ。

 他のメンバーも少なからぬダメージを受けている。

 

「ち、ち、ち、ちくしょおおおおうッッ!!」

 

 ミックスマスターが大声を上げて大きくジャンプする。

 ノワールたちが面食らった一瞬を突いて、地面に向け何かを投げる。

 それはカプセルだった。

 カプセルが地面に当たった瞬間、前にも増して大量の煙が立ち込め、オートボットとノワールの視界を完全に隠した。

 ご丁寧にトランスフォーマーのセンサーを誤魔化す成分も含まれているらしく、二体のオートボットの各種センサーも敵の姿を捉えることができなかった。

 煙が晴れると当然と言うべきか、コンストラクティコンたちの姿はない。

 

「逃げたか」

 

 アイアンハイドが冷静に言う。

 

「まだ遠くには行ってないはずだ! 追いかけよう!」

 

「深追いはやめとけ。それよりも」

 

 血気盛んなサイドスワイプを諌め、黒いオートボットは同色の女神に向き直る。

 

「大丈夫か? お嬢ちゃん」

 

「……そうね、正直疲れたわ。まだ体も痛いし」

 

 アイアンハイドの言葉に、ノワールは軽く笑う。その身体がフラリと揺れた。

 

「おっと!」

 

 アイアンハイドは素早く手を差し出し、その女神の身体を受け止めた。

 

「おいおい、ほんとに大丈夫かよ?」

 

「うん、ちょっと頑張りすぎたわ。少し…… 眠るから、後よろしく」

 

 それだけ言ってノワールは意識を手放し、アイアンハイドの手の中で寝息を立てはじめる。

 無理もない、元々の過労に加え、前回のダメージを引きずったまま今回の大立ち回りだ。

 

「やれやれ、まったく大したじゃじゃ馬だぜ」

 

 サイドスワイプが苦笑しながら言う。

 

「ああ、だが最高のじゃじゃ馬だ。今は寝かせてやろう」

 

 アイアンハイドは優しくノワールの身体を持ち上げる。

 後のことは警備兵に任せれば十分だろう。

 

「よくがんばったな。……ノワール」

 

 アイアンハイドは優しく微笑みながら、確かにそう言ったのだった。

 

  *  *  *

 

 なんとかオートボットから逃れたコンストラクティコンたちは、アジトにしている廃工場の近くまで、なんとか帰りついていた。

 全員ダメージだらけの身体を引きずり、首魁ミックスマスターに至っては変形することさえままならない。

 

「カーッペッ! 畜生!」

 

 ミックスマスターは痰のような粘液を吐き捨て毒づく。

 

「あと少し、あと少しで、俺はこの国の支配者になれたんだ! それなのに……」

 

「まあ、命あっての物種ですって。また頑張りましょう。アジトには今までに奪ったオイルがまだ有りますし」

 

 体を震わせるミックスマスターに、スクラッパーが努めて元気に声をかける。

 

「……そうだな」

 

 ミックスマスターは深く深く排気し、背後の部下たちのほうに振り返く。

 

「野郎ども! これで終わりじゃねえぞ! 俺たちは、必ずこの国を乗っ取るのだ! そしてメガトロンの野郎を超える支配者として……」

 

「ほう? 俺を超える支配者として…… なんだ?」

 

 部下たちを鼓舞するミックスマスターの背後から、地獄から響いてくるかのような、低い低い声が聞こえてきた。

 コンストラクティコンたちの表情が固まる。

 ミックスマスターは比喩でなくギギギ……と音を立てて、ゆっくりと首を後ろに向けた。

 

「め、メガトロン、様」

 

 そこに立っていたのは灰銀の巨体、不機嫌そうな悪鬼羅刹の如き顔には斜めに傷が走り、より凄味を増していた。

 ディセプティコン破壊大帝メガトロン、そのヒトである。

 その後ろにはレイ、フレンジー、バリケードが並んでいる。レイは困ったような顔だが、残りの二体はニヤニヤと笑っている。

 彼らが『助っ人』としてメガトロンを呼んだのだ。

 

「しばらくだな、ミックスマスター、いや……」

 

 メガトロンは赤いオプティックを鋭く細め、ミックスマスターを睨む。

 

「コンストラクティコン王国のミックスマスター大王陛下と呼ぶべきかな?」

 

 その言葉にミックスマスターの顔からエネルゴンが引いていく。

 

「お、終わった…… 僕の命……」

 

「連帯責任ですよね、やっぱり……」

 

「ははは、笑うしかねえ……」

 

「オラ、オールスパークに還ってもみんなのこと忘れないだ……」

 

 コンストラクティコンたちは絶望のあまり死を覚悟する。

 メガトロンが命令無視を許すなど有り得ない。

 

「さて、貴様らの処遇だが」

 

 メガトロンはミックスマスターを見下ろし、宣告する。

 

「今回は不問とする」

 

「……へ?」

 

 メガトロンのその言葉に、ミックスマスターは呆気に取られる。

 冷酷非情な破壊大帝が命令違反を許すとは、どう言うことだろうか?

 

「貴様らには、やってもらうことがある」

 

 そう言うと、そこらの廃倉庫の外壁に顔を向け、目から映像を投射する。

 廃倉庫の外壁に浮かび上がったのは、どこか海の上の島だ。

 

「この島は火山島で、今は使われていない海底トンネルによって大陸と連絡されている。ここの地下に基地を造れるか?」

 

「へえ…… スクラッパー、ちょっと来い」

 

 メガトロンの言葉に、ミックスマスターは副官である設計担当を呼ぶ。

 映像は緑豊かな島の外観から3Dを使った内部の透視映像になった。

 

「島の地下には、すでに構造物が造られていますね、原始的ですが利用出来そうです。うまくいけば短期間で建設できますよ」

 

 スクラッパーの言葉にメガトロンは満足げに頷き、さらに質問する。

 

「トンネルはどうだ? 広げられるか?」

 

「問題ないだ。島と周辺の地形と地質デエタを見る限り、オラの掘削技術なら十分トンネルを拡張できるべ。」

 

 掘削担当のスカベンジャーの答えは、破壊大帝を満足させるものだった。

 

「では、火山からエネルギーを得ることはできるか?」

 

「おそらくは可能です。エネルギー変換機といくつかの機材があれば……」

 

 メガトロンのさらなる質問にミックスマスターが答える。

 

「問題ない。では、おまえたちは傷を癒し次第、ランページとロングハウルに合流して島へのトンネル工事にかかれ」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 コンストラクティコンたちは一斉に声を出す。

 内心ではとりあえずホッとしていた。

 自分たちの命もそうだが、ため込んだオイルを奪われずに済んだことに。

 だが、そううまくはいかなかった。

 

「それと貴様らのアジトにため込んであったオイルは接収するぞ」

 

「ええッ!?」

 

 ミックスマスターは大口を開けた。

 

「何か文句でも?」

 

「いえ、ありません!」

 

 メガトロンが凄んで見せると、ミックスマスターは慌てて答える。

 そしてミックスマスターをはじめとしたコンストラクティコンたちは、低いテンションでノロノロと動き出した。

 

「……これで取りあえず本拠地の目途はたった」

 

 メガトロンは誰にともなく呟き、後ろに並ぶレイたちに声をかける。

 

「貴様らも御苦労だったな。大義である」

 

 レイ、フレンジー、バリケードの一人と二体は直立不動の姿勢でそれぞれ声を出す。

 

「は、はい!」

 

「当然ですって!」

 

「光栄の極み」

 

 そしてメガトロンは手振りで休んでよしと示した瞬間、メガトロンの通信装置に通信が入った。

 

「……俺だ」

 

『もしも~し、メガトロン様? ア、タ、シ♡』

 

「貴様か、何の用だ」

 

 通信を入れて来たのは、メガトロンの協力者だった。

 『おもしろそうだから』という理由で、自分からディセプティコンに接触してきた変わり種で、使えそうだから雇うことにしたのだ。

 えり好みできる状況ではないし、もし裏切ったら消せばいい。

 

『あ~ん、もう! そう言うときは、なんだい、愛しのハニー? でしょ?』

 

「すぐ要件を言え、さもなくば解約だ」

 

『んもう、冷たいんだから。……実は面白い情報を手に入れたの』

 

「ほう」

 

 ふざけた男だが、情報屋としての腕は確かであるし、分も弁えている。

 優秀な手駒だった。

 

『最近、ある人物が女神ちゃんたちを倒す計画を立てているみたいなのよね~。それもかなり具体的なのを。どう? おもしろそうでしょ?』

 

 その言葉にメガトロンはブレインサーキットをすばやく回転させる。

 この協力者は人どころかトランスフォーマーをも煙に巻く男だが……主な被害者は某航空参謀……裏の取れない情報を言うタイプではない。

 取りあえず、その女神打倒を目指しているという輩と接触してみるとしよう。使えそうになければ消せばいいだけだ。

 

「では、接触してみるか」

 

『そうこなくちゃ!』

 

 智謀を巡らす破壊大帝を見つめ、レイはボ~っとしていた。

 

「レイちゃん? どうしたのさ?」

 

 フレンジーが訝しげにたずねると、レイは茫然としたまま言った。

 

「私、誰かに褒められたの、生まれて初めてかもしれません……」

 

「そ、そうかい……」

 

 さすがにドン引きするフレンジーだった。

 

  *  *  *

 

「みなさん、今日は女神様が来てくださいましたよ」

 

 園長先生が、言うと園児たちは「おおーッ!」と声を出す。

 何人かは「またか」とか「めがみさまってひまなのかな?」とか言っているのはご愛嬌だ。

 今日の講演はなぜか園庭で行われている。

 

「ハーイ、みんな! ブラックハートよ! 今日は私の仲間を紹介するわ!」

 

 その言葉とともに、園庭に無骨な黒いピックアップトラックと、銀色の未来的なスポーツカーが入って来た。

 何事かと見ている園児たちの前で、二台の車はギゴガゴと音を立てて変形し、人型のロボットへと姿を変える。

 

「紹介するわ! オートボットのアイアンハイドとサイドスワイプよ!」

 

 子供たち、特に男の子は目を輝かせて歓声を上げる。

 

「俺はオートボットのアイアンハイドだ! みんなよろしくな!」

 

「サイドスワイプだ! よろしく!」

 

 二人は勇ましいポーズをとり、足元に駆けよってくる子供たちに挨拶する。

 

「私たちは、力を合わせて、このラステイションを護っているの!」

 

 ノワールはアイアンハイドの横に飛んできて、園児たちに声をかける。

 

「だからみんな、応援してね!」

 

 園児たちは「はーい!」と元気よく答えた。

 園長はそんな様子を見てニコニコと微笑む。

 

「ふふふ、元気になられたようで、良かったですね」

 

「ええ、本当に」

 

 園長の隣に立ち、その言葉に答えたのは女神候補生ユニだ。

 姉の仕事の見学のため、ついて来たのである。

 かく言う彼女も、だいぶ上機嫌だ。

 ノワールがオートボットたちとの訓練を許してくれたからである。

 どういう心変わりかはユニには計りかねるが、ノワールはノワールでオートボットたちと仲良くなったようで良かった。

 女神姿で、子供たちと戯れるノワールは心からの笑みを浮かべていた。

 

  *  *  *

 

 女神に親はいない。

 だがどうやら、女神が一人であると言うことはなかったらしい。

 信じてくれる人たちが、支えてくれる人たちがいる。

 だから、女神は国をより良くしていくために、頑張ることができる。

 どうやら私は、そう言う人々に恵まれた幸運な女神のようだ。

 そしてアイアンハイド。

 彼は、ぶっきらぼうで厳しく、そのくせお節介だが、優しくて心強い味方だ。

 これからも頼りにさせてもらうとしよう。

 

 

 もし、『お父さん』と言うのが私にいたら、彼のような感じなのかもしれない。

 

 




ええー、今回の展開に対する解説と言うか、言い訳を少々。
正直、ノワールに必要なのは恋人ポジションの人間ではなく、厳しくも優しい保護者ポジションの存在ではないかという思いで、今回の話を書きました。
そのわりにノワールを立ち直らせたのは脇キャラの園長ですが、これはノワールが立ち直るのに必要なのは国民の声だろうと思いまして、それをアイアンハイドも察したわけです。

さて次回は、ようやっと原作に合流。
がんばれば、年内に投稿できるかな?
信じられるか? この小説まだ原作の開始3分の所なんだぜ?

ご意見、ご感想、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 グータラもほどほどに

今年最後の投稿になります。
ギリギリ年内に間に合いました。



 四か国による友好条約が結ばれて一か月が経った。

 同時にそれは、トランスフォーマーたちがゲイムギョウ界に現れてから一か月が経過したと言うことだ。

 突然のファーストコンタクトに始まり、ディセプティコンの出現と宣戦布告、そしてオートボットと女神による同盟の締結、激しい戦闘。

 ゲイムギョウ界は今まさに、革新の時代を迎えようとしていた。

 

 そんな中、オートボットと女神の同盟、その立役者とも言うべきプラネテューヌの女神、我らがネプテューヌはと言うと……

 

  *  *  *

 

「ネプテューヌさーん! 全然女神のお仕事、してないじゃないですか!」

 

 イストワールの声がプラネタワーの女神の私室にコダマする。

 

「高速ジャーンプ! ああ! ムキー!」

 

 一方当のネプテューヌは寝っ転がってゲームのコントローラーを握り、画面の中のキャラの動きに一喜一憂していた。

 

「聞いてるんですか!」

 

 声を荒げるイストワールだが、ネプテューヌは悪びれずに笑う。

 

「ん~…… いわゆる一つの平和ボケ? ほら、最近はディセプティコンも姿を見せないし」

 

 ネプテューヌのその態度にイストワールは厳しい顔になる。

 

「ネプテューヌさん! 平和だからこそ、女神にはいろいろお仕事が……」

 

「お姉ちゃーん! お茶入ったよー」

 

 そこへ呑気な声が聞こえてきた。

 ネプテューヌの妹、プラネテューヌの女神候補生ネプギアである。

 

「ネプギア、サンキュー! 対戦プレイやろっか?」

 

「うん!」

 

 お茶を運んできたネプギアを、ネプテューヌがゲームに誘い、ネプギアもそれに乗る。

 普通なら微笑ましい姉妹の会話である。

 だが、彼女たちは女神と女神候補生、責任と仕事のある身なのである。

 

「ネプギアさんまで……」

 

 イストワールの怒りが頂点を迎える。

 

「いいかげんに、してくださあああいッ!!」

 

 そう叫び、ゲーム機のコードを引っ張り、コンセントから電源アダプターを無理やり引き抜いた。

 

「ねぷう!? それだめって説明書に書いてあるのに!」

 

 ネプテューヌも叫ぶが、イストワールはそれどころではなかった。電源コードを引き抜いた勢いで、逆に電源アダプターの重量と遠心力に振り回されている。

 

『ネプテューヌ、イストワール、今度の仕事についてちょっと話があるんだが……』

 

 そこへ部屋の隅に置いてあった、金属の球体に人工衛星のソーラーパネルのような翼と、下部にカメラを付けた物体が空中に浮かび上がり、それから深く渋いオプティマス・プライムの声が聞こえてきた。

 

「あ、オプっち! 危なーい!」

 

 その瞬間、イストワールの振り回していた電源アダプターが、球体に激突する。

 

『ん? ほわあああッ!』

 

 球体は大きく弾き飛ばされ、壁に激突し、煙を上げて動かなくなった。

 

「あ~あ……」

 

 ネプテューヌが非難がましい声を出し、イストワールはバツが悪そうに視線を逸らすのだた。

 

  *  *  *

 

 場所は変わってここはシェアクリスタルが安置されている部屋。

 

「見てください、これを!」

 

 イストワールが声を上げる。

 すると、ネプテューヌとネプギア、それにさっきの球体がジッとその小さな体を見つめる。

 ちなみにこの球体は、オプティマス考案の通信装置で、速やかに連絡をとるための、いわゆる直通回線の役割を果たす。だが今は、もっぱらネプテューヌたちとオートボットたちの雑談に使われている。

 さっき破壊されたが、損傷軽微だったらしく、ネプギアが直したのだ。

 それはともかく……

 

「シェアクリスタルを見てください!」

 

 イストワールが大声を出した。

 その声にネプテューヌとネプギアは慌てて姿勢を正し、通信装置は二人の頭上で静止する。

 

「シェアクリスタルがどうかしたんですか?」

 

「クリスタルに集まる我が国のシェアエナジーが、最近下降傾向にあるんです!」

 

 ネプギアの疑問に、イストワールは厳しい声で答えた。

 しかし、一番焦るべきネプテューヌは呑気な態度を崩さない。

 

「まだたくさんあるんでしょー、心配することなくなーい?」

 

「なくないです!! シェアの源が何かご存知でしょう!」

 

 その態度に、イストワールは腹を立てる。

 

『確か、国民が女神を信じる心、だったか』

 

 通信装置から、オプティマスの顔の映像が投射される。

 映像のオプティマスの言葉にイストワールは大きく頷いた。

 

「そうです! この下降傾向は、国民の心がネプテューヌさんから少しずつ離れている、と言うことなんです!」

 

『なるほど、確かにそれは一大事だ』

 

 オプティマスは事態を察し、深刻な顔になる。

 

「ええー、嫌われるようなことした覚えないよ~」

 

 ネプテューヌが不満そうに言うと、隣のネプギアがボソッと呟く。

 

「最近、オプティマスさんたちに頼りっきりだから……」

 

 その言葉に、ネプテューヌが「うっ……」と言葉を失い、当のオプティマスは意味が分からないらしく首を傾げている。

 

「そう! そうなんです!」

 

 イストワールが力説を始めた。

 

「いいですか! 女神のお仕事を手伝ってくれると言うオプティマスさんの申し出は非常にありがたいものでした! しかし! しかしです!」

 

 小さな拳をプルプルと震わせ言葉を続ける。

 

「ネプテューヌさんときたら、オプティマスさんにほとんどの仕事を押し付けて、自分は遊んでばっかり! おかげで、国民の信頼はいまやオプティマスさんに寄せられているんです!」

 

 その言葉に、ネプテューヌは「アチャ~」と後頭部を掻き、ネプギアは苦笑し、オプティマスはオプティックを丸くする。

 そうなのである。住む場所とエネルギーの対価として女神の仕事を手伝い始めたオプティマスたちオートボット。彼らは優秀だった。

 特にオプティマスはこの仕事に乗り気であり、生来真面目で正義感が強いこともあって、東にモンスターが現れば退治しに行き、西に困っている人があれば不満一つこぼさず助けに行く。

 これに味を占めたのが、グータラ世界チャンピョンことネプテューヌだ。

 最初は少しずつ自分の仕事をオプティマスにやってもらっていたのだが、気付けば大部分の仕事を、この優秀で人のいい司令官に押し付けていたのである。

 かくして、人々はオートボット総司令官オプティマス・プライムに尊敬と感謝……そして信仰に似た感情を寄せるようになったのだ。

 結果としてネプテューヌのシェアが目減りしているわけである。

 

「しかたないよねー。オプっちがプラネテューヌに受け入れられた結果だもんねー」

 

 悪びれもせずネプテューヌは言ってのける。

 

「しかたないわけないでしょう! もう少し危機感を持ってください!」

 

「うん、少しのんびりしすぎかも……」

 

 イストワールが腕を振り上げ、ネプギアもさすがに厳しい言葉を出す。

 シェアエナジーは女神の力の源、減り続ければいつか女神は力を失ってしまう。

 イストワールの剣幕とネプギアの言葉にたじろぐネプテューヌ。

 

「二人の言うとおりでしょ」

 

 と、後ろから声がかかった。

 

「すいませんイストワール様、話が聞こえたもので」

 

 それはネプテューヌの親友、諜報員のアイエフだ。隣にはコンパもいる。

 

「アイエフさんとコンパさんなら別に……」

 

「あいちゃんまで~、いーすんの味方すんのー?」

 

 イストワールは歓迎するが、ネプテューヌは不満そうな声だ。

 

「こんぱは違うよねー?」

 

 そしてもう一人の親友に助けを求める。

 

「ねぷねぷ、これ見るです」

 

 しかし、コンパはそう言って一枚のチラシを差し出した。

 ネプテューヌはそれに書かれた一番大きな文字を読む。

 

「え? 女神、いらない?」

 

「な!?」

 

 イストワールがショックを受ける。

 そのチラシには反女神思想とでも言うべき言葉が列挙されていた。

 

「こういう人たちにねぷねぷのこと分かってもらうためには…… もっとお仕事がんばらないとです」

 

 コンパの笑顔と言葉は静かだが、妙な迫力があった。

 

『まあ、このビラを配ってた団体は、リーダーが失踪したとかで問題にならないでしょうけどね』

 

『だが、こういう意見が多くなるのは危険な兆候だな』

 

 通信装置がオプティマスの映像の両脇に、別のトランスフォーマーの映像を映す。

 それは偵察員のアーシーと、軍医ラチェットだ。

 馬が合うのか二人はアイエフ、コンパと行動を共にしていることが多い。

 さらにもう一つ別の映像が現れる。バンブルビーだ。

 

『『真面目が』『一番』』

 

 オートボットまでもが自分に敵となった状況で、ネプテューヌは声を上げる。

 

「おお!? これぞ四面楚歌! 私大ピンチ!」

 

「ピンチなのはこの国です!」

 

 イストワールの怒りは収まらない。

 まずい、このままではお説教コースだと察したネプテューヌは、味方はいないかと辺りを見回す。

 そしてさっきから黙っているオプティマスが目に入った。

 

『なんということだ……』

 

 オプティマスの様子がおかしい。

 

「お、オプっち?」

 

『まさか、私のせいでこんなことになっていたとは……』

 

 オプティマスは弱々しい声を出す。

 その様子に何事かと一同の注目が集まる。

 

『私が良かれと思ってやったことが、結果的にネプテューヌを苦しめることになるとは…… すまないネプテューヌ!』

 

 オプティマスは思いつめた様子で言葉を出す。

 その姿にネプテューヌは冷や汗を垂らした。

 

「え、ええと、オプっち? そんなマジにならなくても……」

 

『いや! これでは恩を仇で返したようなものだ! こんなことでは総司令官失格だ……』

 

 落ち込むオプティマスを見て、さすがにネプテューヌにも罪悪感が芽生える。

 

『ああ~、オプティマス? こういう場合、君に責任はないと思うんだが』

 

『そうね、責任はネプテューヌにあるわ』

 

『『酷い女!』『ネプテューヌ』『って最低のクズよ!』』

 

 ラチェットとアーシー、バンブルビーが、自分たちの司令官を慰める。

 

「あ、あの、さすがに最低のクズは言い過ぎなんじゃないかな~って……」

 

 ネプテューヌが、罪悪感に苛まれつつも小さく突っ込むが、

 

「否定できないでしょ」

 

「ねぷねぷ…… ひどいです……」

 

「ごめんお姉ちゃん、フォローしきれない……」

 

 アイエフは半眼でネプテューヌを睨み、コンパは涙目になり、妹までもが首をゆっくりと横に振る。

 気が付けばオプティマスを除く全員が非難の視線を浴びせてくる。

 ネプテューヌは四面楚歌(笑)からガチ四面楚歌に追い込まれていた。

 

「ええっと……」

 

「ネプテューヌさん?」

 

 イストワールがネプテューヌに話しかける。

 その声は異様に優しかった。

 

「お仕事、しましょうね?」

 

「……………はい」

 

 かくして、正義は勝ったのである。

 

  *  *  *

 

「ねえ、よく分からないんだけど」

 

 そしてここがモンダイノ谷……じゃなかった、ラステイションの教会の執務室である。

 

「どうして、お隣の国の女神が私のところの教会にいるのかしら!?」

 

 ラステイションの女神、ノワールは顔を引きつらせる。

 

「いやー、それがさ」

 

 それに対し、ネプテューヌは困ったような顔で答えた。

 つまるところ、マジギレしたイストワールがネプテューヌの根性を叩き直すべく、いっぺん他国の女神に女神としての心得を聞いてこい! と命令したのである。

 お願いではない、命令だ。

 そんなわけでネプギアと、監視役としてアイエフとコンパが同行し、このラステイションを訪れたのである。

 さらには、「他の国を見学するいい機会だから」ということで、オプティマスらオートボットたちも付いて来た。もちろん、オートボット基地ラステイション支部である赤レンガ倉庫で待機している。

 

「ごめんなさい、ノワールさん……」

 

 ノワールに対して悪びれない姉に代わり、ネプギアが謝る。

 

「悪いけど、お断りよ。私、敵に塩を送る気はないから」

 

 バッサリとノワールは言い切る。

 

「ああ~! 敵は違うでしょー、友好条約結んだんだしー、前に『なにかあったら、私を頼りなさいよ』って言ってたじゃん」

 

「あ、あれは、あくまでも緊急事態的なあれで、ふ、普段はシェアを奪いあうことに変わりはないんだから、敵よ!」

 

 かつてのことを掘り返すネプテューヌに、ノワールは顔を赤くして反論する。

 

「んもう、そういう可愛くない……こともないけど、捻くれたこと言うから、『友達いなーい』とか言われちゃうんだよー」

 

「なッ!? と、友達ならいるわよ!」

 

 ネプテューヌの言葉に、ノワールは声を荒げる。

 

「へえー、誰? どこの何さん?」

 

「え!? そ、それは…… えと……」

 

 さらなるネプテューヌの追撃に、ノワールは言葉に詰まる。

 アイアンハイドとは和解したが、友達というよりは仲間だ。

 あの幼稚園の園長とは、あれ以来時々お茶を飲む仲だが、友達とは言いづらい。

 園児たちには懐かれてると思うが、いかんせん幼すぎる。

 

「お姉ちゃん、この書類終わったよ」

 

 そこにノワールの妹、ユニが執務室に入って来た。書類の束を抱えている。

 その横には、プラネタワーにあったのと同じ、羽とカメラを備えた球体状の通信装置が浮遊している。ただし、色は黒だ。

 

「あ、ユニ。お疲れ様、そこに置いといて」

 

 ノワールが言うとユニは頬を染める。

 

「あ、あのね、今回早かったでしょう? アタシ、結構がんばって……」

 

「そうね、いつも助かるわ。ありがとう、ユニ」

 

 ノワールは微笑みを浮かべて妹をねぎらう。

 ユニは照れた様子で「えへへ」と笑うのだった。

 そんな姉妹を見て微妙に空気の読めないネプテューヌが声を上げる。

 

「あー! もしかして友達ってユニちゃんのこと!? 妹は友達って言わないんじゃないかなー?」

 

 その言葉にノワールは顔をしかめる。

 

「違うわよ! ちゃんと、他に……」

 

「ホントかなー? とか言って、ボッチなんじゃないのー?」

 

「そんなことないから!」

 

 言い合う紫と黒の女神。

 

『よく、分かんねえんだけどよ』

 

 と、通信装置からアイアンハイドの画像が投射される。

 

『ノワールとネプテューヌの嬢ちゃんは友達じゃないのか?』

 

 その言葉に、当人たちは顔を見合わせる。

 

「えっと、そう……かな?」

 

「そ、そう言う見方もあるかもね」

 

 ネプテューヌとノワールはお互いに顔を赤くした。ズバリ言われると恥ずかしいものなのだ。

 

『もし、そうじゃないならだ。ネプテューヌの嬢ちゃん、良ければノワールの友達になってやってくんねえか?』

 

「はいぃ!? アイアンハイド! あなた何言って……」

 

 黒いオートボットの突然の言葉に、ノワールは声が裏返る。

 

『いやなに、なんせノワールときたら、息の抜き方ってもんを知らねえ。前よりマシにはなったが、心配でな』

 

 アイアンハイドは少し苦笑しながら言葉を続ける。

 

『そんなわけでだ、良ければこれからも、ちょくちょく遊びに来たりノワールを誘ってやってくれや』

 

「あ、アイアンハイドおおお……!」

 

 ノワールが低く唸るような声を出す。気のせいか涙目である。

 

「あなた、よくもそんなお節介を……」

 

『なんだよ、俺はおまえさんのことを思って言ってんだぞ。おまえさんときたら寝言で、友達ほしい、友達ほしいって……』

 

「それを言うなああッ!」

 

 余計なお節介を焼かれた上、ボッチ確定までされてノワールは真っ赤になり、もはや涙を隠そうともせず通信装置に掴みかかる。

 

『お、おい! 壊れちまうだろ!』

 

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

 ノワールは無理やり通信装置の電源を切った。

 

「ハアッ…… ハアッ…… あなたたち!」

 

 そしてなりゆきを唖然と見守っていた一同(実妹含む)を睨む。

 

「このことは忘れなさい! お願い、忘れて!」

 

 その必死な態度に、一同はコクコクと頷くしかないのであった。

 

「あはは……」

 

「ねえ、ネプギア」

 

 苦笑していたネプギアの横に、ユニがやって来た。

 

「少し、付き合ってくれない?」

 

  *  *  *

 

「あ~あ、まったく乱暴な奴だぜ」

 

 アイアンハイドは突然切れた通信に、一つ排気する。

 

「いや、君も悪いと思うよ」

 

 そんな同僚にラチェットが突っ込みを入れる。

 ここはオートボットのラステイション基地。赤レンガ倉庫である。

 

「デリカシーに欠ける言葉だったのは確かね」

 

 アーシーもやれやれと首を横に振る。

 

「しかし、随分打ち解けたようじゃないか」

 

 オプティマスは腕を組みながら言った。

 その言葉にラチェットとアーシーも頷く。

 

「まあ、いろいろとあったからな」

 

「なるほどな」

 

 アイアンハイドは照れたように小さく笑い、オートボットたちは笑いあった。

 バンブルビーも電子音を出し笑っていたが、そんな中で険しい顔をしてその場を離れる男に気が付いた。

 それは、サイドスワイプだった。

 

  *  *  *

 

 取りあえず、姉のことはアイエフとコンパに任せて、ネプギアはユニに付き合うことにした。

 二人は教会を出て、歩きながら会話する。

 

「サイドスワイプさんの様子がおかしい?」

 

 ネプギアの言葉にユニは頷く。

 

「このまえの騒動以来、なんだかよそよそしいって言うか……」

 

「うーん…… どうしたんだろう?」

 

 そのまま話ながら、ユニのお気に入りの場所である自然公園の東屋に近づいてきた。

 だがそこにはすでに先客がいた。

 それは……

 

「サイドスワイプ?」

 

「ビーも?」

 

 それは二人の若きオートボットだった。

 

「ビ……」

 

「ネプギア、シィッ!」

 

 駆け寄ろうとするネプギアを、ユニが制した。

 オートボット二人は東屋の横に立ち、なにやら話している。

 

「『それで』『どうしたのさ?』ユ…ニ『と何かあった?』」

 

「……『アイアンハイドに免じて』なんだと」

 

「『はあ?』」

 

 バンブルビーの問いに、サイドスワイプは曖昧に答え、言葉を続ける。

 

「この前の一件で、ユニに信じてほしいって言ってな。その時あいつが言ったのが、それさ。ユニが信用してるのは、俺じゃなくてアイアンハイドだって話だ」

 

「『あ~……』『でも』『考えすぎでない?』」

 

「もちろん、ユニにそんなつもりはなかったんだろう。だから、これは俺の気持ちの問題だ」

 

 サイドスワイプは真面目な顔でバンブルビーを見た。

 

「俺は、あいつに信頼されるに足る戦士になりたい」

 

 静かだがはっきりと、若き戦士は宣言する。

 二人のオートボットは二人の女神候補生がそっとその場を離れたことには気づかなかった。

 

「『しかし』『君』『あれだね』」

 

 バンブルビーは、何かイタズラを思いついたような顔でサイドスワイプを見た。

 

「ユ…ニ『に惚れてんの?』」

 

「…………なッ!?」

 

 サイドスワイプは一瞬ポカンとした後、慌てて声を出す。

 

「なに馬鹿なこと言ってんだ!? 有り得ねえだろ!」

 

「『え~』『だって』」

 

「あのな、バンブルビー」

 

 年下の黄色い情報員に、銀の戦士は諭すよう口調で言う。

 

「いいか? 俺は金属生命体、ユニは有機生命体だ。惚れるなんておかしいだろ」

 

 一応、第四の壁の向こうの皆さま方に断っておくと、金属生命体が有機生命体に惚れると言うのは、例えば人間がトランスフォーマーに恋愛感情を抱くようなもので、トランスフォーマーの価値観的にかなり異常なことなのである。

 

「『そうかな~』『割といそうだけど』」

 

「とにかく、ないんだよ!」

 

「『フラグ』『ですね、分かります』」

 

 バンブルビーとサイドスワイプはギャーギャーと大人げなく言い合う。

 二人は(トランスフォーマー的には)まだ若者なのであった。

 

  *  *  *

 

「今回のモンスター退治は二ヶ所、ナスーネ高原と近くのトゥルーネ洞窟、どっちも難易度はそう高くはない……」

 

 どこかの森の中、ノワールは国民から寄せられた依頼の内容を説明しながら歩いていく。

 あの後ネプテューヌに女神の心得その一として、書類整理をネプテューヌにやらせてみたのだが、彼女は書類を片づけるどころか散らかす始末だった。

 結局、アイエフの提案により、モンスター退治の依頼をこなしながら女神の心得を教えていく、ということになったのである。

 プラネテューヌとの国境付近なので、そのままお帰りいただく腹なのは明らかだ。

 だが、

 

「お姉ちゃん……」

 

 ユニがオズオズと声を出す。

 

「なに?」

 

「誰も聞いてない……」

 

「えッ!?」

 

 ノワールはその言葉に後ろを振り返る。

 

「疲れたですぅ」

 

「コンパ、大丈夫?」

 

 コンパは倒木に腰かけて休憩し、アイエフはそれを気遣う。

 

「ふむ、水分を補給したほうが良さそうだな」

 

「そうね、私ならビークルモードになれそうだから、乗ってく?」

 

 ラチェットが医者としてコンパを診断し、アーシーは自分に乗るように促す。

 

「大丈夫ですよ! ちょっと疲れただけです」

 

「そう、無理はしないでね」

 

 笑うコンパに、アイエフは少し心配そうだ。

 一方、アーシーは悪戯っぽく笑う。

 

「残念だったわね、アイエフ。せっかく二人乗りで密着するチャンスだったのに」

 

「うえッ!? アーシー、何言ってるの!」

 

「?」

 

 からかわれて、顔を赤くするアイエフに、コンパは首を傾げる。

 そんなコンパを見てラチェットは、自覚がないのも大変だな、などと考えるのだった。

 

「おおー! これは有名な裏から見ると読めない看板!」

 

「ほう、そんなに珍しい物なのか」

 

 そして何の変哲もない野立て看板に大袈裟に驚いてみせるネプテューヌと、それを真面目に受け取るオプティマス。

 

「お姉ちゃん、看板って基本そうだよ……」

 

「『司令官』『も』『真に受けないで……』」

 

 それに突っ込むネプギアとバンブルビー。

 見事に誰もノワールの話を聞いていなかった。

 ちなみにオートボットたちは森の中ということもあって、全員ロボットモードである。

 

 

「ああー…… 俺は聞いてるぜ」

 

「俺も」

 

 アイアンハイドとサイドスワイプが声を出すが、焼け石に水である。

 

「ちょっとおッ!!」

 

 ノワールは怒り心頭で大声を出すのだった。

 

  *  *  *

 

「いいッ!?」

 

「ペース落ちてる!」

 

 そんなこんなで、ネプテューヌはノワールに木の枝で突っつかれながら歩くハメになったのである。

 

「もう、ノワールったら真面目なんだからー」

 

「悪い?」

 

 あくまで茶化すようななネプテューヌに、ノワールは真面目に返す。

 

「いっつもそれだと、疲れちゃわない?」

 

「疲れるくらいなんてことないわ、私はもっともっといい国をつくりたいの。私を信じてくれる人たちのためにもね」

 

 ノワールの言葉は、それこそ真面目なものだった。

 

「そりゃあ、わたしもいい国つくりたいけど…… 楽しいほうがいいかな?」

 

「あなたは楽しみ過ぎなの!」

 

 ネプテューヌの言葉にノワールは呆れたように言った。

 そんな二人を見て、ラチェットが声を出す。

 

「ふむ、不真面目なネプテューヌに、真面目過ぎるノワールと言ったところか」

 

「二人を足して二で割ったら調度いいかもね」

 

 アーシーも苦笑しながら返す。

 

「だからこそ俺としちゃ、ノワールの友達になってほしいんだけどな」

 

 アイアンハイドがヤレヤレと首を横に振る。

 

「まあ、心配はいらないだろう。二人はもう友のようだからな」

 

 オプティマスはあくまでも真面目に言った。

 総司令官のその言葉に、オートボット一同は苦笑する。

 最近気づいたことだが、この総司令官、平時はかなりの天然である。

 果てしない戦いに身を置いていたころは分からなかった、オプティマス・プライムの意外(?)な一面だ。

 

 と、すぐ先で森が途切れ、そちらから歓声のような声が聞こえてくる。

 それを聞いて、ノワールが先頭に進み出た。

 森の外には、集落が広がっていた。

 

「キャー、女神様よ!」

 

「ブラックハート様だわ!」

 

 村人たちは歓喜の声を上げ、手を振っている。

 それに混じって、

 

「すごい! オプティマス総司令官だ!」

 

「バンブルビー、かわいいよバンブルビー!」

 

 と言った声が、主に子供を中心に聞こえてくる。

 ノワールはそれに手を振りかえしていたが、ハッとする。

 

「いけない! アクセス!」

 

 するとノワールの身体が光に包まれ、女神の姿へと変わる。

 

「ええー!? 変身今やっちゃうー!?」

 

 その姿を見てネプテューヌが驚きの声を上げた。

 

「女神の心得その二、国民には威厳を感じさせることよ」

 

「ま、ほどほどにな」

 

 ノワールの言葉に、アイアンハイドが付け加える。

 

「はいはい。……みなさん、モンスターについて聞かせてくれるかしら」

 

 穏やかな声でそう言うと、ノワールは集落に向かって飛んで行った。

 

「目の前で変身しても威厳とかなくね?」

 

 ネプテューヌは少し呆れたように言うのだった。

 

  *  *  *

 

「ここがナスーネ高原ね」

 

「ええ、スライヌが大量発生して困っているのですわ」

 

 ノワールは村人から説明を受けていた。

 その言葉のとおり、のどかな高原地帯といった風情の景色のあちこちに水色の国民的なあのキャラクターと犬をミックスしたようなモンスター、スライヌの姿が見える。

 

「では、さっそく仕事にかかろう」

 

「へッ! キャノン砲を味わわせてやるぜ!」

 

「ぶちのめしてやるのは気分がいいからな!」

 

「『ヒャッハー!』『討伐』『だー!』」

 

「ふふふ、おしおきよ!」

 

「何匹か、サンプルとして持って帰っていいかね?」

 

 やる気というか、殺る気満々で各々の武器を展開するオートボットたち。

 気のせいかスライヌたちがビビッている。村人たちも少しビビってる。子供たちは目を輝かせている。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 それを止めたのはノワールだ。

 

「今回はあなたたちは見学! 手を出さないでちょうだい!」

 

 その言葉に、オートボットたちと子供たちから「ええー!?」という声が上がる。

 それを諌めたのはアイアンハイドだ。

 

「まあ、ここはノワールに任せてくれや」

 

「チェッ! アイアンハイドはノワールには甘いよなー……ぐはッ!」

 

 サイドスワイプが不平を漏らし、アイアンハイドにぶん殴られる。

 ノワールは咳払いをしてしきりなおす。

 

「コホン! ……分かりました。お隣の国のネプテューヌさんとネプギアさんが対処してくれるそうです」

 

「ねぷう!? この流れでいきなり振る!?」

 

「私たちがやるんですか?」

 

 紫の姉妹が驚きの声を上げる。

 それに対し、黒の女神はニッと笑う。

 

「心得その三、活躍をアピールすべし」

 

「ふむ、そうだな、ここは二人に任せよう」

 

 そんな様子を見てオプティマスは何かを察したらしく、まだ不満げな部下たちを諌める。

 ネプテューヌもようやく観念したらしい。

 

「オプっちが言うんなら分かったよ…… ま、スライヌくらいヒノキの棒でも倒せるもんね!」

 

 そう言って、軽快な動きでスライヌの群れの前に降り立ち、自分の武器である刀を呼び出す。

 

「やっちゃおうか! ネプギア!」

 

「うん! お姉ちゃん!」

 

 姉に呼ばれ、ネプギアもビームソードを呼び出す。

 二人はスライヌに向け駆け出していく。

 先陣を切ったのはネプテューヌだ。

 

「てえええ!」

 

 刀を縦一閃、スライヌを切り裂く。

 続いてネプギアが切り上げる。

 

「はあああ!」

 

 真っ二つになり、スライヌは粒子へと還った。

 

「さすがネプギア、我が妹よ!」

 

 二人の前にスライヌは次々と倒されていく。

 そんな二人を、ユニはネプギアのエヌギアで広報用に写真撮影していた。

 これなら…… と姉のほうを見るが、ノワールは険しい顔だ。

 

「数が多すぎるわね……」

 

「わたしたちも手伝うです、あいちゃん!」

 

「……そうね!」

 

 そこで、アイエフとコンパも武器を呼び出し駆け出す。

 アイエフの武器はカタール。コンパの武器は巨大な注射器だ。

 

「あいちゃん! こんぱ!」

 

 親友の参戦にネプテューヌが喜ぶ横で、アイエフがカタールでスライヌを切り裂き、コンパが注射器を突き刺す。

 

「まさに百人力、勝ったも同然!」

 

 ネプテューヌがそう叫んだ瞬間、どこからか大量のスライヌが現れ四人を取り囲む。

 それを見て、不安げな声を出すユニ。

 

「お姉ちゃん、アタシたちも助けてあげたほうが……」

 

「ダメよ」

 

 ノワールはピシャリと言った。

 

「ここはあの娘たちだけでやることに意味があるの」

 

 そんな会話をしている間にも、スライヌはネプテューヌたちに群がる。

 

「ひゃあ!? 変なとこさわるな!」

 

「気持ち悪いです~!」

 

 アイエフとコンパが思わず声を上げる。

 

「そんなとこ入ってきちゃダメえ!」

 

「あははは! くすぐったい! 笑い死ぬ! 助けて~!」

 

 ネプギアとネプテューヌが悲鳴を上げた。

 何を思ったのかスライヌたちは、服の中に入り込み、その身体をペロペロと舐めている。

 結果、その、何と言うか、非常に教育上よろしくない光景が展開されていた。

 

「見てられないわね!」

 

「『ヒャッハー』『皆殺しだー!』」

 

 アーシーとバンブルビーが、武器を展開して飛び出していく。

 

「お、おい」

 

 サイドスワイプが呼び止めるが二人は聞かない。

 ブラスターとエナジーボウで、スライヌを駆逐していく。

 そんな若い衆を見てラチェットが苦笑する。

 

「ふむ、若いね、オプティマス、ここは彼らを許してやろう」

 

「……まあ、仕方がないか」

 

 オプティマスも小さく排気してそれを認める。

 

「なら…… サイドスワイプ、おまえも行っていいぞ」

 

「まじで!」

 

 アイアンハイドの言葉にサイドスワイプが喜び、答えを聞く前にスライヌの群れ……もう半分以下に減っていた……に突っ込んでいった。

 

「まったく」

 

 アイアンハイドはしみじみと呟いた。

 

「若いね」

 

 それは、苦々しげなノワールにも向けられた言葉だったが、当のノワールは気づかなかった。

 

  *  *  *

 

 そんなわけでオートボットの参戦と、途中でアイエフがキレたこともあって、スライヌの群れはあっさりと壊滅した。

 ネプテューヌ、ネプギア、コンパの三人は疲労困憊といった様子で倒れ込み、アイエフも肩で息をしている。

 

「『大丈夫?』『セクハラ野郎は』『駆逐』『したよ』」

 

 息も絶え絶えなネプギアに、バンブルビーが声をかける。

 

「うん、大丈夫。ありがとう、ビー」

 

 なんとか笑って答えるネプギアだった。

 

「やれやれ、みんな怪我はないようだね」

 

 ラチェットが、一同をスキャンして報告する。

 

「ううう、しばらくゼリーとか肉まんは見たくない……」

 

 ネプテューヌが上半身を起こすと、ノワールが近くにやって来た。明らかに不機嫌そうだ。

 

「どうして女神化しないの! 変身すればスライヌくらい!」

 

「まあ、ほら、なんとかなったし……」

 

 呑気なネプテューヌに、ノワールは眉を吊り上げる。

 

「他の人になんとかしてもらったんでしょう! 自分でできることは自分でする! そんなんだからシェアが……」

 

 ノワールの厳しい言葉に、ネプテューヌは居心地が悪そうに視線を逸らした。

 

「精々休んどきなさい! 後は私たちでやるから!」

 

 そう言うと、ノワールは村人の一人のほうを向いた。

 

「トゥルーネ洞窟に案内して! アイアンハイド、あなたも来て!」

 

「おう、それなんだがよ」

 

 アイアンハイドは気楽そうに言葉を返す。

 

「そのトゥルーネ洞窟ってのは『洞窟』なんだろ。俺の砲撃で崩れたらいけねえ、ここは接近戦が得意な奴を連れてけよ」

 

「それもそうか。それじゃあ……」

 

 ノワールはアイアンハイドの意見をあっさりと受け入れ、オートボットを見回す。

 

「では、私が行こう」

 

 名乗り出たのはオプティマスだ。

 彼の実力は折り紙つき、ノワールとしても不満はない。

 

「まあ、いいわ。ユニはネプギアたちを介抱してあげて」

 

「う、うん」

 

 姉の言葉に、ユニは頷く。

 オートボットの総司令官とラステイションの女神は、並んで歩いていった。

 

  *  *  *

 

 そしてトゥルーネ洞窟。

 鉱石の結晶があちこちに露出した美しい景観の洞窟で、天井は高くオプティマスの巨体でも楽々入ることができた。

 二人はモンスターを退治しながら洞窟を進んでいく。

 

「……君は優しいな」

 

 一息ついたところでオプティマスはフッと微笑んだ。

 

「なんのことよ」

 

 ノワールは視線を合わせず、そっぽを向く。

 

「この辺りでネプテューヌが活躍すれば、噂は国境越しにプラネテューヌに伝わる。そうすれば彼女はシェアを回復できる。違うかな?」

 

「……そう言うあなたは、ネプテューヌのことを甘やかし過ぎよ」

 

 オプティマスの言葉に答えず、ノワールは自分の考えを述べる。

 

「ああいうタイプは、ほっとくと怠け続けるんだから、注意なさい」

 

「善処しよう」

 

 オプティマスは微笑んで、ノワールはツンとして洞窟を進んでいく。

 しかしすぐに行き止まりにぶち当たった。

 

「行き止まりか…… 打ち止めね」

 

「いや、そうでもないようだ」

 

 引き返そうとするノワールを何者かの気配に気が付いたオプティマスが止める。

 そしてそこには低いうなり声を上げる巨大な竜が出現していた。

 

「エンシェントドラゴン……」

 

「ここの主か、……どうやら一体だけではないようだ」

 

 オプティマスの音場のとおり、二人の後方にも同じエンシェントドラゴンが現れる。

 

「挟み撃ちってわけね。そっちは任せたわ!」

 

「無理はするなよ」

 

 オプティマスとノワールはそれぞれ巨竜に向き合い、武器を構える。

 そして、ノワールが相対した竜が太い腕をノワール目掛けて振り下ろしたのを合図に戦いが始まった。

 オプティマスはエンシェントドラゴンが腕を振るうより早く、エナジーブレードを振るい巨竜の腕を斬り落とす。

 さらに激痛に咆哮する竜の首を素早く片腕でホールドし、口腔にエナジーブレードを突っ込む。

 超高温の刃がエンシェントドラゴンの上顎を、頭蓋を、脳髄を貫き破壊する。

 巨竜は一瞬にして絶命し、粒子に分解された。

 一方のノワールは振るわれる巨竜の腕をかわし、その懐へと飛び込み頭に斬りかかる。

 

「もらった!」

 

 だが、その瞬間別の小さなモンスターがノワールの不意を突きタックルした。

 

「ぐはッ!」

 

 小さいながらもパワフルなその一撃はノワールの身体を吹き飛ばし、地面に叩き付ける。

 それでもすぐさま立ち上がろうとするが、その時である!

 ノワールが体から力が抜けるのを感じたのも束の間、女神化が解けてしまった。

 

「え、あ……」

 

 ノワールの頭を疑問が支配し、体が硬直する。

 それを巨竜が見逃すはずもなく、ノワールに止めを刺すべく腕を振るう。

 しかし、だが竜の腕がノワールに届くことはなかった。

 後ろからオプティマスがエナジーブレードで斬りかかり、エンシェントドラゴンの頭蓋を両断する。

 エンシェントドラゴンは断末魔の声を響かせる間もなく粒子に分解された。

 そのとき、やけになったのか仲間の敵討ちなのか、ノワール目掛けてさっきの小モンスターが突っ込んできた。

 虚を突かれたノワールは反応が遅れるが、

 

「どっせええいッ!!」

 

 声とともに小モンスターに飛び蹴りを喰らわせる者がいた。

 ネプテューヌである。

 

「やっほーい!」

 

「あ、あなた……」

 

 綺麗に着地したネプテューヌは、吹き飛ばされて地面に転がるモンスターから目を離さずに、ノワールに声をかける。

 

「あれ? なんで変身戻ってんの?」

 

「分かんないけど、突然……ネプテューヌ!」

 

 小モンスターはネプテューヌに突進してくる。

 

「ノワール、変身ってのはここぞって時に使う物なんだよ……って」

 

 しかしネプテューヌは呑気な態度を崩さない。

 なぜなら、小モンスターの運命はもう、決定しているから。

 小モンスターは横合いから現れたオプティマスの拳に弾き飛ばされ粒子に分解する。

 

「変身する前に終わっちゃってるし」

 

 ネプテューヌはちょっと困ったように笑みを浮かべた。

 

「やっぱ出し惜しみはダメかー。今回いいとこなかったもんねー」

 

 その言葉にオプティマスは頷く。

 

「そうだな、常に全力を出すよう心掛けるのも大事だ」

 

「でもそれだと、エンターテイメント性がなー」

 

 呑気な会話をするオプティマスとネプテューヌに、自然と苦笑が漏れるノワールだった。

 

  *  *  *

 

「ブラックハート様とパープルハート様が!」

 

「ハイパー合体魔法で、モンスターを倒してくださったわ!」

 

「「「「「ばんざーい! ばんざーい!」」」」」

 

 洞窟の外に出た一同を待っていたのは、こんな歓声だった。

 

「なんか、話作られちゃってね?」

 

 ネプテューヌは苦笑混じりに言うが、これに乗ってきたのが、なんとオプティマスだ。

 

「うむ、あれは見事だった。私など何もする暇がなかったほどだ」

 

「ねぷう!?」

 

 当然とばかりに村人たちの歓声に同意するオプティマスにネプテューヌは驚く。

 オプティマスは口に人差し指をあて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 その姿にネプテューヌは苦笑を大きくする。

 一方ノワールは、どうして変身が解けたのかを考えていたが、答えは出なかった。

 

 ちなみにこの後、プラネテューヌのシェアは回復を見せるのだが、それはネプギアのきわどい写真のおかげだと判明し、オートボット一同何とも言えない顔をすることになるのだった。

 

  *  *  *

 

 そんなネプテューヌたちとオートボットの姿を遠目に盗み見ている影があった。

 

「フッフッフッ、洞窟のモンスターを一掃してくれたか」

 

 一つはローブで顔を隠した黒衣の女性。

 

「これで、例のブツを心置きなく探せるっちゅね、ちゅっちゅっちゅっ」

 

 もう一つは、ネズミの姿をした小型モンスターだった。

 二つの影は不気味に笑い合う。

 

「あ、あの……」

 

 そこへ声をかける者がいた。

 青い髪を長く伸ばし、頭の角のような飾りと眼鏡が特徴的な気弱そうな女性だ。

 なぜかCDラジカセを抱えている。

 そしてその後ろにはいつの間にかパトカーが停車していた。

 

「貴様、警備兵か!」

 

 黒衣の女性が警戒心を露わにする。

 

「あ、あのですね、その、ええと……」

 

 眼鏡の女性はオズオズと口を開いた。

 

「ええい! はっきり言わんか!」

 

 その姿が気に障ったのか、黒衣の女性が語気を荒げる。

 

「ひいッ!? ごめんなさいごめんなさい!」

 

 その声に眼鏡の女性は畏縮してしまい、言葉を続けることが出来ない。

 

「年増がか弱いキャラアピールしたって、鬱陶しいだけっちゅねえ」

 

 さらに、ネズミも心無い言葉を浴びせる。

 黒衣の女性は不機嫌そうに息を吐いた。

 

「警備兵だとすれば、悪いがここで消えて……」

 

「おっと、そう言うわけにはいかねえな」

 

 さらに別の声が聞こえた。

 眼鏡の女性のものとは違う、明らかに男性の声だ。

 その声に黒衣の女性は警戒心を強くする。

 

「誰だ! どこにいる!」

 

「どこって、ここだよここ、アンタの目の前」

 

 そのとき、眼鏡の女性が抱えていたCDラジカセがギゴガゴと音を立てて、歪な人型に変形した。

 四つのオプティックと骨組みのような細長い体をしている。

 

「ぢゅッ!?」

 

「貴様、あのオートボットとか言う奴らの仲間か!?」

 

 その異形にネズミと黒衣の女性は驚くが、四つ目の異形はヤレヤレと首を振る。

 

「違えよ、その逆。ここまで言えば分かるだろ」

 

 黒衣の女性は思い当たったらしく、警戒を解かずに言葉を出した。

 

「そうか、あのディセプティコンとやらか」

 

「そう言うこと」

 

 四つ目の異形……フレンジーは表情など有り得ない顔でケタケタと笑って見せる。

 その異様な姿に、ネズミは体をブルッと震わせた。

 

「……それで? そのディセプティコンが私に何の用だ?」

 

 黒衣の女性はいつのまにか手に杖を呼び出し、フレンジーに突きつける。

 

「ひいッ!?」

 

 フレンジーではなく、眼鏡の女性……キセイジョウ・レイが青ざめた。

 異形の小型ディセプティコンは、さりげなくレイの前に立ち言葉を紡ぐ。

 

「なに、俺らのリーダーがアンタに、正確にはアンタの計画に興味がお有りなのさ。一緒に来てくんない?」

 

 その言葉に黒衣の女性はしばらく考える素振りを見せたが、やがて口を開いた。

 

「いいだろう」

 

 かくて悪は集う。

 




そんなわけで、やっと原作一話分を消化。
……本気で異種間恋愛、もしくはロボ×美少女っていうタグを入れようか悩んでたりします。
なんにせよ、まだまだ先は長いので、来年もよろしくお願いします。

では皆さん、良いお年を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 白と赤のシブリングス part1

新年、あけましておめでとうございます!
思ったより早く書けました。
そんなわけで新年一発目、いきます。



 唐突だが、ミラージュは有機生命体が苦手である。

 生温かいし、やけにプ二プ二してて脆いし、なにか勝手に増えるしで生理的に受け付けないのだ。

 断っておくと金属生命体的な価値観において、ミラージュのような意見はそう珍しいものではない。

 むしろ、有機生命体と何の抵抗もなく仲良しこよしなオプティマス以下、他のオートボットたちのほうが、ある意味においては異端だと言っていい。

 繰り返そう、ミラージュは有機生命体が苦手である。

 

 まあ、このルウィーとやらの女神は、そこまで嫌いではない。

 怒らせない限り静かだからだ。

 問題は今の仕事仲間のほうだ。

 

  *  *  *

 

 この日もミラージュは雪深いなかモンスターを半ダースほど切り刻む仕事を終えて、城塞の如きルウィー教会の門を潜ろうとしていた。

 

「よーし! スキッズ全速力だー!」

 

「オーケー、ラム! 俺様の華麗なドライビングテクニックを見せてやる!」

 

 そのとき緑のコンパクトカーが、ミラージュの目の前を横切る。その運転席にはピンク色の服を着た長い髪の女の子が乗っていた。

 

「待ちやがれ! 俺たちを置いてくなー! なあロム!」

 

「安全運転でね、マッドフラップ……」

 

 さらにオレンジのコンパクトカーが、水色の服の女の子を乗せて横切った。

 

「ロム様! ラム様! お待ちなさーい!」

 

 それを追って数名のメイドが走ってくる、先頭にいるのはフィナンシェとか言ったか。

 ある者はなぜかずぶ濡れで、別の者は絵具で顔に模様が描かれていた。

 ミラージュはまたかと思い、深く排気した。

 

  *  *  *

 

 スキッズとマッドフラップ、この一際小柄な二体のトランスフォーマーは一つのスパークが二つに分裂することで生まれた双子だ。

 ゲイムギョウ界にいるオートボットのなかで最年少であり、それに比例して小生意気である。

 問題は、ここルウィーにも幼い双子がいたことだ。

 どういうわけか二組の双子はお互いをいたく気に入り、組んで行動しているのである。

 その結果、ロムとラムの悪戯は協力者を得て加速し、しかもスキッズとマッドフラップは、オートボットとしては体が小さく、やたらと広いルウィー教会の中を自由に動き回っている。

 そんなわけでルウィー教会の職員たちは頭を悩ませることになったのだ。

 さらに、ミラージュにとって悪いことに、オートボットのほうの双子は頻繁に訓練をサボる。

 ミラージュにとって、ある意味この双子のほうが有機生命体よりも厄介だった。

 

  *  *  *

 

 ルウィー教会の執務室。

 ここの奥に配置された机を挟んで二人の女性が座っていた。

 一人はルウィーの女神ブラン、もう一人はリーンボックスの女神ベールだ。

 さらに、ブランの後ろには両腕の湾曲したブレードが特徴的な赤いオートボット、ミラージュが、ベールの後ろにはバイザーでオプティックを隠した銀色のオートボット、ジャズがそれぞれ立っている。

 その姿は二人がともに流麗な体躯であることもあって、どこか騎士然とした雰囲気を醸し出していた。

 

「逃げろー!」

 

「わーい!」

 

 部屋の外では、ラムとロム、

 

「よーし、逃げろ逃げろ!」

 

「早くしろよ!」

 

 そしてマッドフラップとスキッズが何かやらかしたのかメイドに追いかけられていた。

 その声は容赦なく室内にも響いてくる。

 

「……オートボットを止めるのはあなたの仕事ではないの?」

 

 ブランが背後に立つミラージュを非難がましく見上げる。

 ミラージュは興味なさげに肩をすくめて見せた。

 

「相手がオートボットならな。だが、あんなのはオートボットとは言えん」

 

「おいおい、そりゃ言い過ぎだろ」

 

 ジャズがその態度を咎める。

 

「訓練をサボって遊び回ってるようなのを、俺はオートボットとは認めん」

 

 冷たく言うミラージュに、ジャズはやれやれとバイザーの下で目をつむり排気する。

 とりあえずそれを置いておいて、ベールは話を切り出す。

 

「それはともかく…… よろしいですのね? この計画を実行すれば世界に革命的な変化がもたらされますわよ?」

 

「承知しているわ。実行までは絶対ばれないようにしないと」

 

 ブランは真面目な顔でベールの問いに答えた。

 ……しかし、外の廊下では双子二組がメイドに追いかけられて騒いでいる。

 その喧騒に、ブランの機嫌が急降下していく。

 この女神、沸点がかなり低いのだ。

 おもむろに立ち上がると、執務室のやたら大きな扉に向かって大股に歩いていく。

 そして、大きな音を立てて扉を開いた。

 

「おまえらぁ…… 仕事中は静かにしろって言ってんだろ!」

 

 女神化時を思わせる荒い口調で大声を出すブラン。

 メイドのほうは、「申し訳ございません!」と頭を深く下げるが、肝心の双子二組はブランの剣幕にも恐れることなく彼女に近づいてくる。

 

「お姉ちゃん!」

 

「見て見て~!」

 

 ロムとラムはそう言って姉に何かを差し出す。

 

「これは……」

 

 それはブランのお気に入りの本だった。

 ただし、あらゆるページにクレヨンで落書きがしてある。

 特に目立つのは牙だらけの口と赤い目をした、あたかも破壊大帝の如き女性である。

 大きな帽子をかぶったこれは……

 

「お姉ちゃんだよ~!」

 

「ラムちゃんと描いたの」

 

 妹たちは無邪気に笑う。

 さらに、オレンジとグリーンのズングリした双子の言葉が火に油を注いだ。

 

「俺たちも描くの手伝ったんだぜ。なあ、スキッズ」

 

「ああ、マッドフラップ。なかなか芸術的に仕上がったぜ。」

 

 その言葉が止めとなり、ブランが怒髪天を突く。

 

「わたしの大事な本にぃぃ、おまえらあぁぁッッ!!」

 

 まさしく落書きの通りに目を赤く輝かせて怒るブランに、双子二組は歓声を上げて逃げ出した。

 

「まちやがれぇッ!!」

 

 それを追いかけるブラン。

 そんな喧騒をよそに、ベールは優雅に紅茶を飲み、ミラージュは呆れたように排気し、ジャズは苦笑するのだった。

 

  *  *  *

 

 場所は変わってルウィー教会の中庭。

 ブランは雪が退けられテーブルと椅子が置かれた即席のカフェテリアで本人曰く「来ちゃった、テヘッ♡」なネプテューヌ以下、他国の女神と女神候補生をもてなしていた。

 候補生たちはスキッズとマッドフラップ、バンブルビーを交えて雪ダルマを作っている。

 

「まあ、そんなわけでね、ルウィーに新しいテーマパークが出来たって聞いたから、みんなで遊びに来たのー」

 

「イストワールからは、女神の心得を教えてやってほしいって、連絡をもらっているけれど?」

 

 軽い調子で言うネプテューヌに、ブランが突っ込む。

 

「あ~…… うん、そっちのほうもあるけど、とりあえず後でね」

 

「相変わらずね、ネプテューヌ」

 

 嫌なことを後回しにするネプテューヌに、ノワールが嘆息する。

 もっとも、心得を教えてもらう気があるだけ進歩であり、イストワールが聞いたら感涙に咽ぶことだろう。

 そこらへんさすがに前回の一件が堪えたらしかった。

 

「テーマパークの噂はわたくしも聞いていますわ」

 

 と、ベールが穏やかに話題に乗って来た。

 

「みんなで遊びに行くのも、楽しいのではないかしら?」

 

 緑の女神の言葉に、ブランを模した雪ダルマをこさえていた候補生たち、特に幼い双子が反応する。

 

「スーパーニテールランド!? 行きたい行きたい!」

 

 ラムがブランに駆け寄って来た。

 

「連れてって! (わくわく)」

 

 ロムも目を輝かせる。

 ネプギア、ユニ、さらにはバンブルビーとオートボット・ツインズも女神たちが囲んでいるテーブルの近くにやってくる。

 妹たちの期待に満ちた視線を受けて、しかしブランの反応は芳しくなかった。

 

「……妹たちを連れていってもらえるかしら?」

 

 その言葉に一同が驚く。

 

「え? ブランは?」

 

「お姉ちゃん、行かないの?」

 

 ネプテューヌとロムの言葉に、ブランは少し顔を伏せる。

 

「わたしは…… 行けない」

 

「ええー、仕事ー? やめなよー」

 

 不満たらたらと言った様子でネプテューヌが言う。

 

「昔の偉い人も言ってるよ、働いたら負けかなと思ってるって」

 

「それ、偉い人じゃないから。適当なこと言ってると、またオプティマスが本気にするわよ」

 

 ノワールの突っ込みに、一瞬、真に受けて職務放棄するオートボット総司令官を想像してしまい、ウッと言葉に詰まる。

 オプティマス・プライム、結構なボケ殺しであった。

 そんな呑気なやりとりに腹が立ったのか、ブランはテーブルを両手で叩いて立ち上がる。

 

「とにかく、わたしは無理」

 

 それだけ言うと、踵を返して立ち去る。

 一同はその背を唖然と見ていた。

 

「やっぱカルシウム足んないのかね?」

 

「いや、きっとストレスの溜め過ぎさ」

 

 空気の読めないマッドフラップとスキッズの双子を除いては。

 

  *  *  *

 

「……ああ、分かった。後でな」

 

 オプティマスはネプテューヌとの通信を切った。

 ここはルウィー教会の敷地内にある礼拝堂跡。

 ミラージュとツインズはここを拠点に活動している。

 もっとも三人とも、ここにいないことが多く、内部はほとんど手付かずのままである。

 オプティマス、バンブルビー、アイアンハイド、サイドスワイプ、ジャズの五名に加え、ミラージュの計六名のオートボットがここに集結していた。

 ツインズはロムとラムにくっ付いて遊園地に遊びに行っている。

 

「ネプテューヌたちは遅くなるそうだ。とりあえず我々はここで待機していよう」

 

「おう」

 

「了解」

 

「ああ」

 

 オプティマスの言葉にアイアンハイドとサイドスワイプ、ジャズが答える。

 

「しかし、遊園地か。いいね、楽しそうで」

 

 サイドスワイプが笑いながら言うと、ジャズも頷く。

 

「まあ、シックス・レーザーズには及ばないだろうけどな」

 

「ああ、しかし……」

 

 アイアンハイドは、礼拝堂の端に座り込む黄色いオートボットに視線をやる。

 

「『遊園地』『いいな~……』」

 

 床にのの字を書いて、落ち込んだ様子のバンブルビーにアインハイドとサイドスワイプはどうしたもんかと黙考する。

 さっきからずっとこの調子なのだ。

 

「バンブルビー、しかたないだろう。双子ならともかく、おまえでは体が大き過ぎて、遊園地では遊べないのだから」

 

 オプティマスが優しく諭すが、バンブルビーは沈んだままだ。

 サイドスワイプとジャズが元気を出せよと、その背を叩く。

 

「オプティマス」

 

 バンブルビーの姿に苦笑を浮かべていた総司令官に、ミラージュが声をかけた。

 

「話がある」

 

「配置換えの件なら、ナシだと言ったはずだ」

 

 オプティマスは年若いオートボットの言葉を先読みして遮る。

 ミラージュは不満そうな表情を浮かべた。

 

「なぜだ」

 

「前にも言ったはずだ。若い者を育てるのも戦士の仕事だと」

 

「あんな奴らが、一端の戦士になるか! はっきり言って見込みはゼロだ!」

 

 ミラージュが声を荒げるが、オプティマスは表情こそ厳しいが穏やかな声を崩さず返した。

 

「ゼロではない。私がそうであり、おまえがそうであるように、あの双子もまた目に見える以上のものを秘めているはずだ」

 

「信じられないね」

 

 そう言って、ミラージュはオプティマスに背を向ける。

 

「ミラージュ!」

 

 オプティマスはその背に声をかけた。

 

「これは、おまえのためでもある」

 

 ミラージュは答えなかった。

 

  *  *  *

 

 スーパーニテールランド。

 『二番手だって主役になれる!』がキャッチフレーズのこの遊園地は、今日が平日であることもあって、そんなに混んではいない。

 これが休日ともなれば、家族連れにカップルで賑わっていたはずだ。

 そんな遊園地を女神たちが訪れていた。

 特にはしゃいでいるのが、やはり一番幼いルウィーの双子だ。

 トロッココースターに、パイプダンジョン、テレヤサンのホラーハウスなどのアトラクションをぞんぶんに楽しむ。

 ネプギアとユニも負けじと楽しみ、それにも増してスキッズとマッドフラップがアトラクションに乗れないながらもはしゃぎまわっていた。

 

 さて、この遊園地には変わった趣向があり、空中に浮かんでいるコインを取るとそれを自分の物にできるのだ。

 

「スライヌ模様のコイン!」

 

「こっちはアエルーだ!」

 

 ユニとネプギアは、それぞれ可愛らしいモンスターの描かれたコインを手に入れ、ホクホク顔だ。

 

「テリトス……」

 

「こっちはテスリト、つまんな~い!」

 

 一方、ロムとラムはお気に召さなかったらしく、不満そうな声を上げる。

 

「へっへー、こっちはデッテリュー模様だぜ!」

 

「激レアだぜ!」

 

 スキッズとマッドフラップが、大人げなくコインを見せびらかす。

 

「む~、負けないんだから! 行こ、ロムちゃん!」

 

「あっ! 待って、ラムちゃん!」

 

 双子はもう一組の双子に負けまいと、コインを求めて駆け出した。

 

  *  *  *

 

 遊園地の上空、冷たい空気の中を黒い戦闘機が旋回していた。

 その戦闘機は各種センサーによって得た情報を、仲間たちのもとへとリアルタイムで送信していた。

 

  *  *  *

 

 女神候補生たちが遊んでいるなか、女神たちはベンチに腰かけて一休みしていた。

 

「くーださいなー」

 

 ネプテューヌがベンチに隣接する売店で、なぜか売られている桃を買い込む。

 

「他国の女神がわざわざ来てるんだから、ブランも付き合うべきじゃない? ほんと、何考えてるかわかんないわ」

 

 ノワールの苦言を、ベールが穏やかに聞いている。

 

「確かに、彼女はもう少し、大人になるべきですわね。わたくしのように」

 

 そう言って、自分の胸を強調して見せる。

 その胸は豊満だった。

 ノワールは反応に困ったが、少しして口を開く。

 

「ねえ、そう言えばベールは、どうしてルウィーに……」

 

「ねぷう!?」

 

 と、突然ネプテューヌの悲鳴が聞こえてきた。

 何事かと見てみれば、何故かネプテューヌが大きな亀にのしかかられている。

 

「この亀、わたしのピーチを狙ってるよー!? いやあ! オプっち、助けてー!」

 

  *  *  *

 

「!?」

 

 オートボットのルウィー基地である礼拝堂で、オートボット総司令官オプティマス・プライムは突然、仲間との会話を中断して明後日の方向を向く。

 

「どうしたんだ、オプティマス?」

 

 それにジャズが声をかけた。

 

「いや、今ネプテューヌに呼ばれた気がして……」

 

「……そうか?」

 

 オプティマスの言葉に、副官ジャズは首を傾げるのだった。

 

  *  *  *

 

 そんなやり取りが行われているとはつゆ知らず、ロムとラムはコイン集めを楽しんでいた。

 

「ロムちゃん! デッテリュー模様! レアアイテムだよ!」

 

 喜ぶラムに、ロムが別の方向を指す。

 

「あれもデッテリュー」

 

 そこにはデッテリュー模様のコインが大量に浮かんでいた。

 ありがたみの薄れる光景に、喜んでいたラムもちょっと困ったような顔になる。

 

「……さすがに、もういいかな?」

 

「お姉ちゃんにも持っていってあげる」

 

 ロムが笑みを浮かべながら言うと、ラムがむくれた。

 

「ええ~!? お姉ちゃん、いっしょに来てくんなかったんだよ」

 

 そう言われて、ロムは悲しそうに顔を伏せる。

 

「そうだけど……」

 

「……分かった、お姉ちゃんの分も、たくさん取って帰ろう!」

 

 双子の姉のその姿に、ラムは考えを改め明るく言った。

 ロムが笑顔になる。

 

「うん!」

 

 二人はコインのあるほうへとかけて行った。

 そのコインが、意図をもって配置された物だと気付かずに。

 二人の後ろを、脇道から現れた黒塗りのセダンがゆっくりと追いかけて行った。

 

  *  *  *

 

「ロムちゃんとラムちゃん、どこ行ったのかな?」

 

「こっちには来てないけど……」

 

 ネプギアとユニは双子の姿が見えないことに気づき、あちこち探しまわっていた。

 とりあえず、もう一組の双子に聞いてみることにする。

 

「スキッズさん! マッドフラップさん! ロムちゃんとラムちゃんを見ませんでしたか!?」

 

「アンタたち、いつもいっしょにいるでしょう!」

 

 ユニの言葉にオートボットの双子は顔を見合わせる。

 

「いや、見てないぜ。なあ、マッドフラップ」

 

「ああ、きっとトイレじゃねえの?」

 

「デリカシーのねえこと言ってんじゃねえよ!」

 

 マッドフラップの頭をスキッズが叩く。

 ネプギアとユニは、こりゃダメだと、踵を返そうとする。

 

「あ、そういや……」

 

 そこでマッドフラップが思い出したように声を出した。

 

「さっき、あっちのほうに行ったのを見たな」

 

「テメッ! なんでそれを先に言わねえんだ!」

 

「忘れてたんだよ~」

 

 殴り合いと言うか、じゃれ合う双子に一つ嘆息しネプギアとユニはマッドフラップの指したほうへ向かう。

 

「ロムちゃ~ん? ラムちゃ~ん? ……あッ!?」

 

 ネプギアがルウィーの双子の名を呼びながら建物の影に入ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「アックックックッ」

 

 悪趣味な黄色いカメレオンを思わせる巨体のモンスターが、ロムとラムを両腕に抱えているのだ。

 双子は気持ち悪そうに身もだえしている。

 そのそばには三白眼のガラの悪そうな女性が立ち、なぜか、巨大カメレオンの後ろには黒塗りのバンとセダンが停車していた。

 

「ロムちゃん! ラムちゃん!」

 

「アンタ! 何やってんのよ!」

 

 ネプギアとユニが巨大カメレオンに向かって叫ぶが、その返事は長く伸びた舌による殴打だった。

 

「「きゃあああッ!?」」

 

「幼女以外に興味はない!」

 

 悲鳴を上げて地面に転がるネプギアとユニに巨大カメレオンはそう吐き捨てる。

 

「上手くいきましたね、トリック様」

 

 そばのガラの悪い下っ端が、巨大カメレオンにそう声をかけた。

 

「アックックックッ! お楽しみはこれからだ!」

 

 トリックと呼ばれた巨大カメレオンはそのまま方向転換して去ろうとする。

 

「おい、待てや!」

 

「ロムとラムに何しやがる、この変態!」

 

 そこにスキッズとマッドフラップが、異常事態を察して駆けつけた。

 スキッズが右腕、マッドフラップが左腕にブラスターを展開し、トリックと下っ端を睨みつける。

 

「テメエら、ボッコボコにしてやんよ!」

 

「俺のブラスターを舐めな!」

 

 おちゃらけた外観の二人だが、少なくとも武器は本物である。

 しかし、トリックたちは余裕の態度を崩さない。

 

「アックックックッ、重ねて言うが、幼女以外に興味はない。やれ!」

 

「おまえら、出番だ!」

 

 下っ端がそう言うと、停車していたバンとセダンがギゴガゴと音を立てて変形し、立ち上がる。

 共に歪な人型で良く似た姿をしていて、四つの赤いオプティックと牙の飛び出した顎、そして後頭部から伸びたドレットヘアーのような触手が特徴的だった。

 その姿を見て、ネプギアが声を漏らす。

 

「ディセプティコン……!?」

 

「そのとおりだYO」

 

 バンから変形したほう、肩の湾曲した大きな突起が目立つほうが答える。

 

「一応、自己紹介だZE。俺はクランクケース。そっちはクロウバーだYO」

 

 その悪魔的な容姿からは想像もつかないほど軽い調子でクランクケースが言う。

 

「ヒト呼んでドレッズとは俺たちのことだ」

 

 クロウバーと呼ばれた自身の身の丈より長いドレット触手をうねらせる方が頷く。

 

「へッ! ディセプティコンがなんだい! まとめて片付けてやるぜ!」

 

「ああ! ツインズ殺法を見せてやる!」

 

 スキッズが勇ましく武器を構え、マッドフラップがそれにならう。

 だが、その二人の後ろにいきなり黒い戦闘機が飛来したかと思うと、巨大な四足歩行の肉食獣を思わせる姿に変形して着地した。

 やはり四つのオプティックとドレットヘアーのようなパーツを備えている。

 

「そいつはハチェットだZE」

 

 クランクケースが最後の仲間を紹介する。

 双子は都合三体のディセプティコンに囲まれた形になった。

 スキッズが雄叫びを上げてクランクケースにブラスターを撃つ。

 だがクランクケースはそれより早くスキッズの近くに駆け寄り、拳をスキッズの顔面に叩き込む。

 

「ぐあああッ!?」

 

 悲鳴を上げて転がるスキッズ。

 マッドフラップが片割れを助けようとクランクケースに飛びかかろうとするが、飛び込んできたクロウバーに組み伏せられ地面に押し付けられる。

 ハチェットは何もせず唸り声を上げながら仲間二人を見守っている。

 スキッズは何とか立ち上がり反撃しようとするが、その腹にクランクケースの蹴りが食い込む。

 自らを組み伏せるクロウバーを跳ね除けようとマッドフラップはもがくが、一つ動くたびにクロウバーの拳が容赦なく顔面に浴びせられた。

 

「まるでO☆HA☆NA☆SHIにならないYO」

 

 クランクケースは冷たく言って、ヨロヨロと起き上がるスキッズに止めを刺すべく太腿から拳銃を抜く。

 

「まて」

 

 そのとき、ことを傍観していたトリックが声を出した。

 

「ロボットのリョナなど見ていても誰得だ。そんな奴らほっておいて、さっさと帰るぞ」

 

 その言葉に、クランクケースはチッと舌打ちのような音を出しつつも、黙って従い拳銃をしまう。

 

「命拾いしたな。弱っちいオートボット君たち」

 

 クロウバーは嘲笑を隠そうとせずに言うと、マッドフラップを解放する。

 マッドフラップは屈辱に顔を伏せた。

 

「アックックックッ、アックックックッ!」

 

 トリックは上機嫌で獲物であるロムとラムを抱えてその場を去る。頭の中は幼女との逢瀬でいっぱいだった。

 下っ端とドレッズもそれに続く。

 

「ロムちゃん…… ラムちゃん……」

 

 倒れ伏したネプギアが手を伸ばすが、虚しく空を切る。

 

「ちくしょう……」

 

 スキッズが拳を握りしめ声を漏らした。

 

「ちくしょぉぉぉうッッ!!」

 

 その咆哮は、誰にも届く事なく、ルウィーの冷たい空気に溶けていった。

 




そんなわけでルウィー編その一でした。
思ったより長くなったので分割。
なにはともあれ、今年もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 白と赤のシブリングス part2

 どうも、新年に入っていろいろ忙しかったり、体壊して寝込んだりしてました。
 おかげで少し遅くなってしまいました。
 そして気が付けば、通算UA10,000越え!?


 さて今日の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、身の毛のよだつ変態トリックから、ロムとラムの幼い姉妹が救い出されたところから始めよう!

 

「「お姉ちゃん……」」

 

「ロム…… ラム……」

 

 白の女神ブランは感涙を流し、二人を抱きしめる。

 しかし、愛する妹たちの身体は霞のように掻き消えてしまった。

 

「ロム? ラム?」

 

「くくく、妹たちが貴様のもとに戻ることはないわ!」

 

 その瞬間、山のように巨大な灰銀のロボットが出現する。

 ディセプティコン破壊大帝、メガトロンだ!

 

「なぜなら、二人は我がディセプティコン軍団の一員となったからだ! さあ、二人とも挨拶するがいい!」

 

 天を突くほどの巨体のメガトロンが手を開くと、そこにはラムとロムが立っていた。

 その恰好は、やたら露出度が高くあちこちトゲトゲと尖った、見るからに悪役風の衣装で、胸にはディセプティコンのエンブレムがこれ見よがしに描かれている。

 ……クレヨンで。

 

「お姉ちゃ~ん! 見て見て~!」

 

「……似合う?」

 

 誇らしげなロムとラムにブランは困惑する。

 

「あなたたち、どうして……?」

 

「ディセプティコンに入ればいくら悪戯してもいいんだって~!」

 

「お菓子も食べ放題♪」

 

 双子は無邪気に笑い合う。

 愕然とするブランを見下ろしメガトロンは嗤う。

 

「フハハ! そういうわけだ! これからはディセプティコン悪戯参謀ロム&ラムをよろしく頼むぞ! いずれはB社から玩具も発売だ!」

 

 ひとしきり嗤った破壊大帝は、踵を返して去って行く。

 

「まって、まって……」

 

 ブランは必死に手を伸ばすが体が動かない。

 

「メガトロン様! 玩具、い~っぱい買ってね!」

 

「お菓子も……」

 

「フハハハ、良いだろう! いくらでも買ってやるわい!」

 

 仲良さげに話しながら、メガトロンと双子は闇に消えていった。

 後には慟哭するブランだけが残されたのだった。

 

「いや…… いやぁぁぁぁッッ!!」

 

  *  *  *

 

「いやぁ…… ッは!?」

 

 そこで目が覚めた。

 ブランが辺りを見回すと、自室のベッドだった。

 もう夕刻だ。

 ブランは涙を拭ってベッドから起き上がる。

 最愛の妹たちを探し出すために。

 

  *  *  *

 

 時間は遡る。

 ロムとラムの誘拐事件が発生して、すでに数時間が経っていた。

 警備兵を総動員しているにも関わらず、その行方はようとして知れなかった。

 当然ながら、ネプテューヌたちは協力を申し出たのだが……

 

「そう言われましても…… 誰も通すなと、ブラン様に申しつけられているんです……」

 

 ルウィー教会の執務室の扉の前でメイドは困ったように、そう言った。

 

「ええ~!? わたしたち女神仲間なんだからいいでしょ!」

 

「あ、いえ、女神様と言えども……」

 

 ネプテューヌの非難に、メイドは自分では判断しかねるようで、困り顔が大きくなっていく。

 

「せめて、謝らせてください!」

 

「ロムとラムが誘拐されたのは、アタシたちのせいなの!」

 

 ネプギアとユニが必死に頼み込む。

 誘拐現場にいながら何もできなかったことに、二人は強い自責の念を感じていた。

 

「我々も協力したい。子供をさらうとは許せない行為だ!」

 

 オプティマスも怒りを滲ませて言う。

 ルウィー教会が広いこともあって、今回は映像ではなく本物である。

 その迫力に、メイドは若干引いている。

 

「『ロリコンは』『消毒だぁ!!』」

 

 バンブルビーをはじめとしたオートボットたちも仲間たちを傷つけられて怒り心頭の様子だ。

 オートボットたちの後ろで、恥じ入るように縮こまっている双子と、少し離れたところで壁に背を預けて腕を組んでいるミラージュを除いては。

 

「帰って……」

 

 と、扉の向こうからブランの声が聞こえてきた。

 その声は弱々しく、かなり参っているのが窺える。

 

「あなたたちはいつも迷惑よ……」

 

 その言葉に、スキッズとマッドフラップは顔を伏せる。

 女神たちも、オートボットたちもどうしたらいいか分からず、オプティマスの、

 

「今はそっとしておこう」

 

 と言う言葉に、とりあえずその場を離れる。

 

「……おい」

 

「ああ」

 

 そんなオートボットたちの中から、双子はそっと離れていった。

 バンブルビーがそれに気付き連れ戻そうとするが、オプティマスがその肩に手を置き、ゆっくりと首を横に振る。

 ミラージュは何も言わず通り過ぎて行く双子を見送り、自らはオートボットに合流せずにその場に佇み続けるのだった。

 

  *  *  *

 

 女神たちとオートボットたちを追い払ったブランは、広大でどこか寒々とした執務室の中を歩いていた。

 

「ロム…… ラム……」

 

 その足取りはおぼつかず、体はフラフラと揺れている。

 

「わたしのせい…… わたしが、姉として、もっと、ちゃんとしていれば……」

 

 もちろん誘拐事件は彼女の責任などでは断じてない。

 だが、せめて一緒にいれば、結果は違ったのではないかと言う考えが、ブランの意識を苛んでいた。

 

「なんとかしなくちゃ、なんとか……」

 

 それでも涙を拭い、状況を打開するべく思考を巡らす。

 

「そうだ! あれを……」

 

 そのときである!

 

「ガラッ! ガラッ!! ガラッ!!!」

 

 自分の口で効果音をつけながら、扉を横に開き……この扉、開き戸のはずである……小柄な少女が部屋に入って来た。

 ピンク色のあちこちにフリルとデフォルメされたドクロだらけの派手な服を着て、金髪を長く伸ばしている。

 後ろには黒子のような恰好の男性を二人引きつれていた。

 

「みい~つけたッ!!」

 

 その少女は素早くブランのもとへと駆け寄って来た。

 

「……誰?」

 

 ブランの疑問に少女は胸を張る。

 

「わたしはアブネス! 幼年幼女の味方よ!!」

 

「……え?」

 

 意味が分からず茫然とするブランに、アブネスは一方的に捲し立てる。

 

「大人気ネット番組、『アブネスちゃんねる』の看板レポーターじゃない! 知らないの!?」

 

 戸惑うブランを気にせずに、アブネスなる少女は黒子の持ったテレビカメラに向き合う。

 

「さあ、今日も中継スタートよ!!」

 

「……中継?」

 

 ブランの疑問に答えることなくカメラが回り出し、白の女神の肢体を舐めるように映していく。

 

「全世界のみんな~、幼年幼女のアイドル! アブネスちゃんで~す!」

 

 アブネスはカメラの前に立ち、媚びたような声を出す。

 

「今日はルウィーの幼女女神、ブランちゃんのところに来てるぞ☆」

 

 その人を食ったような態度に、ただでさえ良いとは言えないブランの機嫌がさらに悪くなった。

 

「おい、テメエいい加減に……」

 

「ところで! 妹のロムちゃんとラムちゃんが誘拐されたって噂は、ホントなのかな? ブランちゃん!」

 

 ブランの言葉を遮り、アブネスは手に持ったマイクをブランに突きつける。

 

「どうして、それを……!?」

 

 驚きのあまり硬直するブラン。

 ロムとラムが誘拐されたことは、極秘とされているはず。

 いったいどこから情報を得たというのだろうか?

 

「ホントなんだ!? アブネス、心配……」

 

 アブネスはわざとらしく心配して見せる。

 だが、次に出た言葉は心配などとは無縁のものだった。

 

「で! かわいい妹を誘拐された気分はどうですか? ブランちゃん!」

 

  *  *  *

 

 それからのことは、ブランはよくおぼえていない。

 疲弊した頭脳は思考を放棄し、アブネスの質問に小さな声で答えることしかできない。

 

「つまり、妹が誘拐されたのはあなたの責任ってことですね? ブランちゃん!」

 

「そ、それは……」

 

 妹たちのことで疲弊した心に、アブネスの言葉が突き刺さる。

 

「見てください! 幼女女神はな~んにも釈明できません!」

 

 次々と発せられる言葉は、酷く一方的なものだ。

 

「やっぱり、幼女に女神は無理なんです!」

 

 そうアブネスは結論づける。今までの流れは結局ここに着地するためのものであったらしい。

 

「幼女は、お遊戯とかしてノビノビ生活するべきなんです!」

 

 ブランが反論しないのをいいことに、アブネスは強い調子で言葉を続ける。

 

「アブネスちゃんねるは幼女女神に断固ノー……」

 

 その瞬間、金属質の音が響きテレビカメラをはじめとした取材機器が真っ二つになる。

 

「な、な、な」

 

 驚愕するアブネスの前に透明化を解いたミラージュが厳めしく姿を現した。

 彼がアブネスたちの取材機器を切り裂いたのだ。アブネスたちにまったく傷つけずにそれを行うのとは、凄まじい技量だ。

 

「中継は終わりだ。失せろ」

 

 ミラージュは低い声を出した。

 対するアブネスは驚愕から回復し、自分の何倍もある巨体を睨み返す。

 

「……そう、あなたがオートボットね! 幼年幼女に悪影響を与える危険なロボットよ!」

 

「俺は失せろと言ったぞ」

 

 赤いオートボットの声が危険な響きを帯びる。

 

「ミラージュ、それぐらいにしておけ」

 

 それを諌める者がいた。

 騒ぎを聞き付け部屋に入って来たオプティマス・プライムである。

 その周りにはオートボットたちが、足元にはネプテューヌたちが集まっていた。

 みな、厳しい顔でアブネスたちの方を見ている。

 六人もの巨大ロボットに睨まれては、いかに強引なアブネスとて退散するしかない。

 

「いい! わたしの目の黒い内は、アンタたちみたいな有害なエイリアンにはデカい顔はさせないわよ! 規制して追い出してやるんだからね!」

 

 それでも、アブネスは憎まれ口を欠かさない。

 

「今日はこのへんにしといてあげるわ!! こっちには『報道の自由』があるんだからね!!」

 

 アブネスは捨て台詞とともに、部屋を出て行こうとする。

 その背に、オプティマスが声をかけた。

 

「私は『報道の自由』は『誰かを傷つける自由』ではないと思うぞ」

 

「…………フンッ!」

 

 それを最後に、アブネスは去って行った。

 

「一昨日来やがれー! 誰か塩まいて、塩!」

 

 ネプテューヌが嫌悪感を露わにして言う。

 

「まったく、なんなの今の?」

 

「どうやって入りこんだのかしらね?」

 

 ノワールとベールも不機嫌そうであり、オートボットたちも有害呼ばわりされて難しい顔だ。

 と、ブランの華奢な身体がよろけ、倒れそうになる。

 それを受け止めたのは、近くにいたミラージュだった。

 

「ブランさん!」

 

 そこにネプギアをはじめ女神たちが心配そうに駆け寄る。

 

「しっかりして! ブランさん!」

 

 ネプギアがブランに呼びかけるが、反応がない。

 

「どうしたんだろう……」

 

「今の中継をルウィーの国民が見て、一気にシェアが下がったとか……?」

 

 ユニが曇り顔で言う。

 

「シェアが失われると、女神の力も失われる、か……」

 

 重々しく言葉を出すオプティマスに、ノワールは首を横に振った。

 

「シェアのせいじゃないと思うわ。いくらなんでも影響が出るのが早すぎよ」

 

 ならば、それほどまでに心労が溜まっていたと言うのか?

 

「みなさん……」

 

 そう一同が考えていると、ベールが声を出した。

 みなの視線がベールのほうに集中する。

 

「方法がありますの。……ロムちゃんとラムちゃんの居場所を突き止める」

 

  *  *  *

 

「ん……」

 

 どこか暗い場所でロムは目を覚ました。倉庫だろうか?

 身体は縛られていて自由に動かせない。

 

「レ~ロレロレロ♡」

 

 妙な声にそちらを向けば、そこにはあの巨大カメレオン、トリックが長い舌で舌なめずりしていた。

 

「い、いや!」

 

「……ロムちゃん? ……あ!」

 

 思わず悲鳴を上げるロム、その声にラムも目を覚ます。

 

「アックックックッ、寝起きの幼女キターーーーッ!! 舐めまわしてもいいかな?」

 

 トリックは奇声を上げると、答えは聞いてないとばかりに舌を伸ばしロムの身体を舐めまわす。

 

「いやぁぁぁッ!!」

 

「ちょっと! ロムちゃんになにすんのよ! やめなさい!!」

 

 ラムに怒鳴られてもトリックはニヤケ顔を崩さない。それどころか今度はラムの身体を舐めだす。

 

「い、いやぁ! やめてぇ!」

 

 ロムとラムの声を気にすることなく、その身体を舐め続けるトリック。

 その行為、ハアハアと荒い息、締りのない顔、どれをとってもまごうことなき変態である。

 

「トリック様~、身代金要求の電話してきました~」

 

 そこへ緑の髪にネズミを模したパーカーを着た少女が入って来る。

 ロムとラムを誘拐したときにトリックのそばにいた、あの下っ端である。

 

「って、なにやってるんすか!?」

 

 面食らったのも無理はない。

 誘拐してきた幼子二人を満面の笑みで舐めまわすトリックと、よだれで体中ベトベトのロムとラム。

 部屋の中で繰り広げられる異様な光景(控えめな表現)に下っ端は唖然とする。

 

「見てのとおり、癒しているのだ。俺のペロペロには治癒効果があるからな」

 

 かなり疑わしいことを言うトリック。

 

「そ、そうすか……」

 

 下っ端は呆れたように溜め息を吐くと、部屋を出て行く。

 こうなったトリックが手に負えないのは経験上明らかだ。

 トリックは何事もなかったようにロムとラムを舐めまわす。

 部屋にはロムとラムの悲鳴がコダマする。無論そこには嫌悪以外の感情などあるはずがなかった。

 

  *  *  *

 

 下っ端、本名をリンダが隣の部屋に移動すると、巨大な影が三つ待ち構えていた。

 なぜかトリックに協力するディセプティコンたち、クランクケース、クロウバー、ハチェット。

 ドレッズだ。

 

「ボスはお楽しみかYO?」

 

 先頭のクランクケースが言うと、リンダは頷く。

 

「ああ、えらく楽しそうだったぜ」

 

「まったく、理解できん趣味だな」

 

 クロウバーは呆れ果てた様子で腕を組んでいる。

 

「ガウ! ガウガウガウ!」

 

「そうだな、ハチェット。たしかについていけねえよ」

 

 ハチェットが唸り声を上げると、リンダはヤレヤレと肩をすくめる。

 

「……つーか、分かんねえんだけど」

 

 そこにリンダでもドレッズでもない、別の声がかけられた。

 一人と三体が声のした方を向くと、そこには木箱に腰かける小型トランスフォーマーがいた。

 細い体躯に四つのオプティック。もはや毎度おなじみ、フレンジーである。

 その隣には長い腕に肩にはPOLICEの文字が印象的な、バリケードが立っている。

 

「なんでおまえら、あの変態に従ってるわけ?」

 

「……これも浮世の義理だYO」

 

 フレンジーの言葉に、クランクケースが嘆息まじりに答えた。

 

「この世界に跳ばされたとき、出た場所が雪原のど真ん中でな。三人そろって氷漬けになりかけていたところを、この……」

 

 リーダーの言葉を継ぎながら、クロウバーがリンダのほうを見る。

 

「リンダに拾われてな」

 

 その言葉に、リンダは照れたように笑う。

 

「いや、まあ偶然っつうか、コイツらがいたのが取引に使う場所でさ。驚いたぜ、見たこともねえロボットがガタガタ震えてたんだから」

 

「それで恩返しのために、リンダちゃんの仕事を手伝ってるんだYO」

 

 クランクケースの締めに、バリケードはイライラとした様子だ。

 

「それで? メガトロン様の招集を蹴って、あの変態野郎に従うと?」

 

「心配しなくても、この仕事が終わったら合流する予定だZE」

 

 クランクケースはあくまで軽い調子で言う。

 

「俺たちはプロだ。プロってのは仕事を途中で投げ出さないもんだ」

 

 したり顔のクロウバーに、バリケードは顔を不愉快そうに歪めた。

 ディセプティコンにとって絶対的なメガトロンの命令よりも有機生命体との義理を優先する姿勢が気に食わないのだろう。

 

「それはそうと、そっちのヒトは大丈夫なのかYO?」

 

 クランクケースはそう言って、フレンジーとバリケードの後ろを見る。

 そこには案の定、キセイジョウ・レイが蹲っていた。

 

「ウフフフ…… 幼児の拉致監禁とか、ガチの犯罪だわ」

 

「なにを今更、あのアブネスとかいうのに情報を流したのは貴様だろう」

 

 ブツブツと呟くレイを、バリケードは白いオプティックで見る。

 そうなのである。あの自称幼年幼女の味方、アブネスにロムとラムが誘拐されたことを告げたのはレイなのだ。

 両者は反女神思想の持ち主ということもあって面識があり、特に幼女が女神をやってるルウィーに思う所があるアブネスは、偶然出会ったレイがうっかり漏らした情報を鵜呑みにして深く考えず教会に潜り込んだ、というのが事の真相である。

 

「そーですよー。つまりその気がなかったとはいえ、私も片棒を担いだことに…… もうモドレナーイ」

 

 レイは心ここにあらずと言った様子で言う。

 

「ま、いつものことだから気にすんな。それより早めに合流しろよ! ほら、レイちゃん立って!」

 

 フレンジーは木箱から飛び降りレイを立たせると、バリケードを伴って部屋から出て行った。

 ドレッズとリンダはそれを見送りつつ、隣から聞こえてくる雇い主の声に辟易するのだった。

 

  *  *  *

 

 ブランとベールは友好条約締結のおりから、秘密裡にある計画を進めていた。

 それはかつてルウィーが行っていた人工衛星を使った『お寺ビュー』というサービス。

 10年ほど前にサービスは終了したが、衛星そのものは今も稼働しており、低解像度ながら地上写真のデータを送ることが出来るのだ。

 それを解析して高解像度にするソフトウェアをリーンボックスの研究所が開発した。

 そこでベールはブランに持ちかけた、ルウィーが衛星写真を提供してくれるのなら、リーンボックスはそのソフトを提供すると。

 それは必然的に、全世界の情報をこの二国が独占することを示していた。

 しかし両国の女神はそれをよしとせず、その情報を四ヵ国全てで共有することにしたのだ。

 それを言い出したのは、誰あろう白の女神ブランだった。

 友好条約を結んだのだから、四つの国で等しく利用すべきだと。

 まして今はディセプティコンという共通の敵もいる。

 衛星を上手く利用すれば、彼らの動向を掴むことができる。

 故に両女神は公開のタイミングを見計らっていた。

 全世界に向けてのサプライズプレゼントとして……

 

  *  *  *

 

 そして、ベールの提案により衛星写真から得た情報をもとに突き止めた誘拐犯のアジト。

 それは意外な場所だった。

 

「建設中のアトラクションに隠れてたとわね……」

 

 ノワールが緊迫した様子で言った。

 

「灯台下暗しとは、このことだな」

 

 アイアンハイドもその言葉に頷く。

 一同は倒れたブランを自室に寝かせ、再び誘拐現場であるスーパーニテールランドを訪れていた。

 この場所こそが、誘拐犯たちのアジトだったのである。

 

「よーし、今すぐ殴り込みだー!」

 

「待つんだネプテューヌ」

 

 ネプテューヌが拳を握りしめて意気込むが、それをオプティマスが制した。

 それにベールも頷く。

 

「こういうときは、人質の救出が最優先ですわ」

 

「その通りだ」

 

 オプティマスは同意した。

 ましてディセプティコンが誘拐犯と組んでいる以上、慎重に行かねばならない。

 

「ミラージュ、先に行って偵察してきてくれ」

 

「了解」

 

 ミラージュは短く肯定すると、透明化して姿を消した。

 

  *  *  *

 

 再び、アトラクション内の倉庫、トリックは飽きもせず幼い少女たちを弄んでいた。

 

「い、いやぁ……」

 

「や、やだ! やめて! やめなさいってば」

 

 息も絶え絶えのロムとラム。

 しかしそれでやめるトリックではない。

 むしろ幼女の悲鳴をおかずにご飯三杯いける。そんな変態である。

 

「ボス、お楽しみ中に失礼するZE」

 

 そこにクランクケースが部屋に入ってきた。その後ろにはクロウバー、ハチェット、リンダもいる。

 

「なんだ? 俺は今、幼女をペロペロすることで忙しいのだ」

 

 対するトリックの声はラムとロムに向けられる興奮したものとは明らかに違う、冷めたものだった。

 

「ここに長居しすぎだ。そろそろ移動したほうがいいYO」

 

 軽い調子で、しかし冷静に言うクランクケース。

 その言葉をクロウバーが継ぐ。

 

「いつまでもここにいると発見されるリスクが高くなるからな。安全な場所を見繕っておいたから、そこに移ろう」

 

「ガウ! ガウガウ! ガウ!」

 

「ハチェットもそのほうがいいって言ってます」

 

 ハチェットの唸り声をリンダが訳す。

 トリックは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「何度も言わせるな! 俺様は忙しいのだ! 邪魔者が来たらそれを片づけるのが貴様らの仕事だろう!」

 

「そのガキどもを助けに来るとなると、女神かオートボットが出張ってくる可能性が高いYO」

 

「そうなると、俺たちだけでは戦力が足りない」

 

 彼我の戦力差を考えて冷静に言うクランクケースとクロウバーに、トリックはようやく納得したらしい。

 

「……いいだろう。準備を始めろ、終わるまで俺は幼女との時間を楽しんでるから」

 

 それだけ言うと、再びロムとラムに舌を伸ばす。

 

「「やめろ!!」」

 

 と、突然扉が勢いよく開かれた。

 

「お姉ちゃん……?」

 

 ラムは思わず希望を込めて言った。

 しかしそこにいたのは、彼女たちの姉ではなかった。

 

「野郎、やっと見つけたぜ!」

 

「さあ、覚悟しな! この変態!」

 

 それは、オートボットの双子、スキッズとマッドフラップだった。

 仲間たちのもとを離れ、ルウィー教会を飛び出した二人は、自力でロムとラムの行方を捜していたのだ。

 

「どうやってここが分かったんだYO?」

 

 クランクケースがトリックの前に進み出て問う。

 

「簡単さ! 犯人は現場に戻ってくるっていうだろう!」

 

「それ、俺が考えたんだろうが! ……それであとは、この遊園地のアトラクションしらみつぶしに探したんだよ!」

 

 マッドフラップとスキッズが交互に言う。

 

「んな単純な方法で……」

 

 リンダが呆れたように言うが、ドレッズは感心したようにホウッと排気した。

 

「さあ! ロムとラムを返しやがれ!」

 

「ついでに神妙にお縄につきな!」

 

 スキッズとマッドフラップは勇ましく武器を構えるが、トリックは以前と同じく余裕を崩さない。

 

「ふん! 小生意気なガキめ! おまえら! さっさと片付けろ!」

 

 その言葉に答えるまでもなく、クランクケースとクロウバーがツインズに飛びかかる。

 しかし、二人は素早い動きでそれを躱すと、トリックに向かって突撃していく。

 

「ッ! ハチェット!」

 

 クランクケースの声に反応し、ハチェットが双子の前に立ちはだかり、低いうなり声を上げて威嚇する。

 

「「うおぉぉぉッッ!!」」

 

 だが、ツインズは構わず突っ込んでいく。

 マッドフラップに狙いを定め襲い掛かるハチェット。

 防御する間もなく、獣型ディセプティコンの牙がマッドフラップの身体に食い込む。

 

「ぐおぉぉッ!」

 

「マッドフラップ!」

 

「構うな! 二人を助けろ!」

 

 片割れのその声に、スキッズは眼前の戦いを興味なさげに見ているトリックに突撃を再開しようとする。

 だがクランクケースは自分の背中から棘だらけの棍棒を引き抜くとスキッズ目掛けて投げつけた。

 

「ぐわあぁぁッッ!」

 

 それは狙い違わず、スキッズの肩に突き刺さった。

 思わず倒れ込むスキッズに、クランクケースとクロウバーが近づき無理やり立たせる。

 

「これで分かっただろ? おまえらじゃ俺らにゃ勝てないYO」

 

「命が惜しければ答えろ。仲間と一緒なんだろ? どこにいる?」

 

 ドレッズは双子から情報を引出そうとする。

 当然だ。この戦闘力の低い双子が、二人だけで敵地に乗り込んでくるとは考え辛かった。

 

「……いねえよ」

 

「あ?」

 

「仲間は連れてきてねえ、俺たちだけだ」

 

 スキッズはドレッズではなく、トリックを睨みつけて言う。

 マッドフラップも、いまだハチェットに噛みつかれているが、闘志を漲らせている。

 

「嘘をつくなYO!」

 

 クランクケースはスキッズの肩から無理やり棍棒を引き抜く。

 

「がぁ……」

 

 激痛にうめくスキッズ。

 クロウバーがその顔に聴覚センサーを近づける。

 

「これで吐く気になっただろう? さあ、仲間はどこにいる!」

 

「……せ」

 

「あん?」

 

「返せよ…… ロムとラム……」

 

 クランクケースとクロウバーは顔を見合わせ、それからスキッズの腹に二体そろって拳を叩き込み、壁に向かって放り投げる。

 

「じゃあ、もう一人に聞くYO! ハチェット!」

 

 リーダーの声に、ハチェットはマッドフラップを噛む力を強める。

 

「ぐがあぁぁ!」

 

「さあ、吐け! 仲間はどこにいる!」

 

 クランクケースが低い声で聞くが、マッドフラップはトリックを睨むのをやめない。

 

「ふ、二人を、返せ……!」

 

 その言葉にクランクケースはハチェットに仕草で合図する。

 するとハチェットはマッドフラップの身体を振り回しはじめた。

 マッドフラップの小柄な身体が壁や床に何度も叩き付けられる。

 やがてハチェットは飽きたのかマッドフラップをスキッズが倒れているほうへと投げ出した。

 二人のオートボットは、折り重なるように床に倒れた。

 

「……この調子だとホントに仲間はいないようだYO」

 

 クランクケースがいつもと変わらぬ軽い調子で認めた。

 しかし手に握った棍棒が暴力的な雰囲気を醸し出している。

 

「の、ようだな」

 

 クロウバーも同意する。

 と、

 

「か、返せって、言ってん、だろ」

 

「こ、後悔、す、るぜ」

 

 スキッズとマッドフラップだ。

 二人はヨロヨロと立ち上がる。

 

「スキッズ! マッドフラップ!」

 

「もういい、もういいよ……」

 

 トリックの手の中のロムとラムが涙混じりに声を上げる。

 しかし、オートボットの二人は雄叫びとともにドレッズに殴りかかった。

 

「なあ、返せよ! そいつらの姉ちゃん…… つらそうなんだよ!!」

 

「すっごいすっごい心配してんだよ! かわいそうじゃねえかよぉぉぉッッ!!」

 

 もはやドレッズにダメージを与えることも出来ず、弱々しくそのボディを叩くことしか出来ないスキッズとマッドフラップ。

 クロウバーとクランクケースはどうしたものかと、一様のボスであるトリックのほうを見る。

 トリックにとってはツインズの奮戦にも慟哭にも興味ないらしく、冷たく言った。

 

「前にも言ったぞ、俺様は幼女以外に興味はない。とっとと止めを刺せ」

 

「え……? トリック様、それはやり過ぎなんじゃ……」

 

 リンダが控えめに異を唱える。

 

「なにも殺すことないんじゃないすか」

 

「殺す? 壊すの間違いだろう。俺様は幼女以外に興味はない。ましてそんなガラクタ、見てるだけで吐き気がするわ!」

 

 その物言いに、ドレッズが微妙に顔をしかめるが、トリックは気づかない。

 

「さあ、さっさとぶち壊してしまえ!」

 

「やめて! やめてよ!」

 

「お願い!」

 

 ロムとラムが必死に懇願するが、トリックは聞き入れない。

 変態紳士であっても本来の意味での紳士ではなかったらしい。

 クランクケースとクロウバーはツインズを跳ね飛ばすと、太腿から銃を抜く。

 

「大した根性だったYO」

 

「ああ、オートボットにしとくには惜しい奴らだった」

 

 そして銃の狙いを二人の頭につける。

 

「まあ、オートボットに生まれたことを不幸と思え」

 

「悲しいけど、これ仕事なのよね」

 

 二体の指が引き金を引こうとした、そのときである。

 

「動くな」

 

 低い声が響いた。

 そしていつの間にか出現した赤いロボットが、トリックの首筋にブレードを突きつけている。

 スキッズとマッドフラップが息も絶え絶えにその名を呼ぶ。

 

「み……」

 

「ミラージュ……?」

 

 一方のトリックは突然の事態に動揺する。

 

「き、貴様いつのまに!?」

 

「俺は動くなと言ったぞ。次は首を落とす」

 

 ミラージュのブレードの切っ先がわずかにトリックの喉に食い込む。

 ドレッズは動きを止めた。

 

「よし、その二人を降ろせ」

 

「なんだと!? ……アダダダ」

 

 ミラージュの要求に、拒否するそぶりを見せたトリックだったが、喉元に少しずつ刺さってくる刃物の感触はいかんともしがたい。

 

「くッ、幼女のためなら死ねるのが俺様だが…… 命あっての物種だし…… 悩みどころだ」

 

「言っとくが俺は、あまり気の長いほうじゃないぞ」

 

 ミラージュの殺気を滲ませた声に、トリックは嫌々、本当に嫌々ロムとラムを降ろす。

 

「スキッズ!」

 

「マッドフラップ!」

 

 解放された二人は座り込んでいるもう一組の双子に駆け寄ろうとする。

 

「行くな!」

 

 しかし、それをミラージュが制した。

 

「どうしてよ!」

 

 ラムが非難を訴え、ロムも涙目でミラージュを見上げる。

 

「あの二人は、おまえらを助けるために傷ついた。だから、おまえらは絶対に無事に帰らなきゃならない。あの二人のためにも、おまえたちの姉のためにも」

 

 ミラージュは静かに、だが強い調子で言い聞かせる。

 

「外に仲間が来てる。そこまで走れ」

 

 ロムとラムはしばらく渋っていたが、やがて頷くと扉から出て行った。

 

「ああ…… 幼女が、幼女が行ってしまう……」

 

 トリックが情けの無いの声でしょうもないことを言う。

 首に刃物が当てられた状態でこんなことが言えるのだから、ある意味大物かもしれない。

 

「それで? おまえらはどうするんだYO。俺らから逃げられると思うのか?」

 

「仲間が来るまでこのままでいればいい」

 

 クランクケースが言うとミラージュはぶっきらぼうに返す。

 笑いを漏らすクロウバー。

 そしてもう一本拳銃を目にも止まらぬ速さで抜くと、それをツインズに向ける。

 

「これで五分と五分だ」

 

「……なにが望みだ」

 

「高望みはしない。なに、俺たちを見逃すだけでいい」

 

「……いいだろう」

 

 ドレッズはリンダを伴い、ロムとラムが出て行ったのとは反対の方向にある扉から出て行こうとする。

 

「お、おい、おまえら! 俺を置いていく気か!?」

 

 トリックが悲鳴を上げた。

 

「……忘れるとこだったZE。おい、オートボット! その変態を放すYO!」

 

「貴様らが出て行ったらな」

 

 一瞬、ミラージュとクランクケースの視線が交錯する。

 だがクランクケースとクロウバーはアッサリと部屋から出て行った。

 リンダだけが戸惑いがちだったが、ハチェットに背中を小突かれて歩いていった。

 完全にドレッズの気配が遠退くのを待って、ミラージュはトリックからブレードを放す。

 

「くッ、あいつらめ! ……おっと、こうしている場合ではなかった! 幼女を追いかけなければ!」

 

 トリックは解放された瞬間ロムとラムを追っていってしまった。この期に及んで幼女優先とは、ある意味驚嘆である。

 それを無視して、ミラージュはツインズのそばに歩いていく。

 

「あの変態…… 懲りずにロムたちを…… なんで逃がしたんだよ……」

 

 マッドフラップが非難がましく言うが、ミラージュは無視して双子の傷を確認する。

 

「さっき言っただろう。外にはオプティマスたちが待ち構えてる。あいつは詰みだ」

 

「……いつから見てたのさ」

 

 スキッズが憮然として言った。

 

「おまえらがディセプティコンに殴りかかった辺りからだな」

 

 ミラージュは速やかにオートボット的応急処置を双子に施しつつ答える。

 

「二人で独断専行の上、返り討ち。褒められたもんじゃないな」

 

 冷たく言うミラージュに、双子は何も言い返すことが出来ない。事実だと言うことは、本人たちが一番よく分かっていた。

 

「だが」

 

 ミラージュは一拍置いて続けた。

 

「根性は大したもんだった。まさにオートボット戦士の戦いだった」

 

 ぶっきらぼうに言う赤いオートボットに、双子は顔を見合わせ力無く笑った。

 

  *  *  *

 

 ロムとラムは通路を走り、非常口を潜ってアトラクションの外へと出る。

 そこにはネプテューヌとネプギア、オプティマスとバンブルビーが待っていた。

 

「ロムちゃん! ラムちゃん!」

 

 ネプギアが二人に駆け寄り抱き留める。

 

「ネプギア!」

 

「ネプギアちゃん……!」

 

 ロムとラムがネプギアを抱き返す。

 その瞬間オプティマスが叫んだ。

 

「ッ! 三人とも、そこを離れるんだ!」

 

 突然、非常口の扉が吹き飛び、そこから黄色い物体が飛び出してきた。

 

「アックックックッ! 幼女はっけ~ん!!」

 

 それはトリックだった。

 巨体に見合わぬ速さと執念でロムとラムを追って来たのだ。

 地響きを立てて着地すると、ネプギアに連れられてオプティマスたちの後ろに避難したロムとラムをいやらしい目つきで見る。

 先ほどまでのことを思い出し、双子はトリックを嫌悪と怒りのこもった目で睨み返した。

 そして怒りを感じていたのは、双子だけではなかった。

 

「……おまえが誘拐犯か」

 

 オプティマスが底なしに低い声でいった。

 

「そのとおり! さあ、俺様の幼女を返せ!」

 

「私の部下を傷つけてくれたようだな……」

 

 トリックの言葉には答えず、オプティマスは両腕のエナジーブレードを展開する。

 

「おお…… オプっちが本気と書いてマジだ……」

 

 ネプテューヌがちょっと怖がりながら言った。

 

「というか、この場面でのわたしの最初のセリフがこれって酷くない?」

 

 よく分からないことを言い出すネプテューヌだが、いつものことなので、みんな気にしない。

 

「しかし今回は私の仕事ではないようだ」

 

 オプティマスはなぜか、エナジーブレードをしまう。

 その姿に、トリックを含めた一同は怪訝な顔をする。

 

「『先約』がいるからな」

 

 オプティマスの言葉に呼応するが如く、横合いから人影が現れた。

 

「わたしの大切な妹に何してくれた…… 許さねえぞ……」

 

 低い声を荒い口調で響かせながら現れたのは、誰あろう、白の女神ブランその人である。

 

「……この変態が!」

 

「変態? 幼女に言ってもらえるなら、それは褒め言葉だ!」

 

 トリックは堂々と言い張る。

 

「そうかよ…… じゃあ、褒め殺しにしてやるぜ!!」

 

 言葉とともにブランの身体が光に包まれ、その姿が女神ホワイトハートへと変身した。

 それを見てオプティマスはネプテューヌたちを下がらせる。

 

「ここは彼女に任せよう」

 

「ええ~!? わたし主人公なのに見せ場なし!?」

 

 ネプテューヌが騒ぐが、トランスフォーマーではよくあることである。しょうがない。

 

「『ネプテューヌでも』『わりと』『そんなもん』」

 

 バンブルビーがしたり顔で言った。

 ごちゃごちゃ言ってる一同を後目に、ブランはトリックへと斬りかかっていく。

 

「覚悟しやがれ! このド変態!!」

 

「アククク! だからそれは褒め言葉だ!」

 

 トリックはブランに向かって跳躍すると、舌を勢いよく伸ばす。

 だがブランは縦横無尽に飛び回ってそれをかわし、戦斧をトリックに叩き込む。

 

「この、超絶変態!!」

 

 さらに息つく間もなく追い打ちをかけるブラン。

 

「激甚変態!!」

 

 トランスフォーマーの装甲にさえダメージを与える白の女神の攻撃が、怒涛の勢いでトリックを襲う。

 

「テンツェリントランぺ!!」

 

 そして渾身の一撃がトリックの巨体を吹き飛ばす。。

 

「幼女ばんざぁぁぁぁいッッ!!」

 

 トリックはあくまでも『らしい』悲鳴とともに空の彼方に消えたのだった。

 

「女神に喧嘩売ったんだ。文句はねえよな」

 

 低い声で言うとブランは変身を解き、オプティマスの足元から顔を覗かせる妹たちの方を向く。

 

「ロム…… ラム…… ごめんなさい、こんな目にあわせて……」

 

 その言葉には深い悔恨があった。

 

「わたし、姉失格ね……」

 

「お姉ちゃん」

 

 しかしロムとラムは姉のもとへ駆け寄り、懐から何かを取り出した。

 

「おみあげ!」

 

「デッテリュー!」

 

 それはデッテリュー模様のコインだった。

 姉へのおみあげにと、二人が集めていた物だ。

 妹たちに微笑み返し、ブランは二人を抱きしめるのだった。

 

「終わったみたいね」

 

 そこへノワールとユニがアトラクションの中から出て来た。

 アイアンハイドとサイドスワイプも一緒だ。

 

「お、ノワール~! そっちはどうだった?」

 

 ネプテューヌが元気に声をかけるが、ノワールは首を横に振った。

 

「……逃げられたわ。と言うより、躱されたと言うほうがいいかしら」

 

「ああ、抜け穴があったらしい」

 

 アイアンハイドも苦い顔で言う。

 

「そうか、御苦労だった」

 

 オプティマスは黒の女神とオートボットを労う。

 とりあえず仲間も人質も無事だった。

 今日はそれでよしとしておこう。

 

  *  *  *

 

 雪の降り積もるルウィーの街並みの中を、一人の女性が歩いていた。

 それはルウィー教会に務めるメイドだった。

 そのメイドが人目のない所に来ると、その姿が突然変わった。

 魔女を思わせるトンガリ帽子と黒衣の女性だ。

 黒衣の女性は手に持っていた箱を開くと、ほくそ笑む。

 箱には禍々しい赤い光を放つ、十字型の結晶が入っていた。

 

「上手くいったみたいだな」

 

 そこへ、影から声がかけられる。

 黒衣の女性がそちらを向くと、そこにはフレンジー、バリケード、レイが立っていた。

 声を出したのはフレンジーだ。

 

「ふん、当たり前だ。私の計画なのだからな」

 

 恐ろしい姿のフレンジーとバリケードに臆することなく、黒衣の女は傲然と返す。

 

「まあ、あの変態を使ってオートボットどもと女神どもを引きつけて、その隙に目当ての物を手に入れるっていう単純な作戦だがな。これで失敗したら能力を疑うところだ」

 

 バリケードが皮肉っぽく笑いながら言った。

 黒衣の女性は顔をしかめる。

 

「なるほど、そう言うことだったのかYO」

 

 と、フレンジーたちの後ろから軽い調子の声が聞こえた。

 クランクケースだ。

 部下のドレッズたちとリンダもいる。

 

「よう、無事に逃げおうせたな」

 

 フレンジーも軽い調子で言う。

 クランクケースは頷いた。

 

「ああ、こんなこともあろうかと、秘密の脱出路を用意しておいたのSA☆ あの変態には言ってなかったけどな!」

 

「抜け目がねえなあ……」

 

 フレンジーが呆れたように言うと、ドレッズはそろって薄く笑う。

 

「プロは仕事を投げ出さないんじゃなかったのか?」

 

「時と場合によるさ」

 

 バリケードの言葉に、クロウバーがいけしゃあしゃあと言ってのける。

 

「まあ、いい。それじゃあ、そろそろ基地に戻るぞ」

 

 クロウバーの言葉に呆れつつもバリケードが冷静に言うと、ドレッズとレイ、フレンジーは頷き、黒衣の女性は鼻を鳴らしつつも逆らわない。

 

「あ、あのさ……」

 

 そこでリンダが声を出した。

 

「あ、アタイも一緒に行っていいかな? 他に行くあてもないし……」

 

「うえ!?」

 

 これに驚いたのがここまで黙っていたレイである。

 

「ほ、本気ですか!?」

 

 無理やりディセプティコンに協力させられている彼女からすれば、有り得ない話である。

 

「本気だって! メガトロン様ってのはすげえワルなんだろ? 憧れるじゃねえか!」

 

「ワルなんてもんじゃありません! 邪悪です! 凶悪です! 極悪です!!」

 

 レイは身振り手振りを交えて、メガトロンの恐ろしさを伝えて、どうにかリンダの間違いを正そうとする。

 しかし、ワルに焦がれる不良少女にとって、その言葉はメガトロンを称えるものでしかない。

 

「レイちゃん…… さすがにTPOを考えようぜ……」

 

 さすがにフレンジーが微妙な声を出す。

 ディセプティコンに囲まれた状況でこんなことを言い出すあたり、図太いのかもしれない。

 

「で、どうなんだコイツ? 使えるのか?」

 

 バリケードがドレッズにたずねる。

 

「能力はあるYO。上司がアレだっただけで」

 

「それに洗車が上手い。リンダに洗ってもらうと、すごく具合がいい」

 

「ガウガウガウ!」

 

 ドレッズの言葉は概ね肯定的だ。

 

「どうする?」

 

 傍らの相棒に意見を求めるバリケード。

 

「いいんじゃねえの? 人間の中で動ける駒は多いに越したことないし。ま、結局はメガトロン様次第だけどな」

 

「やりぃ!」

 

 フレンジーはとりあえずこの下っ端を連れて行くことにした。

 リンダは喜ぶがレイは嘆息せざるをえない。

 

「メガトロン様の恐ろしさを知らないから、そんなに喜べるんですよ……」

 

 彼女に待ち受ける運命を思って、レイは暗澹たる気分になった。

 

「そんなわけで姐さんたち! これからよろしくお願いしやす!」

 

 何を思ったのか、リンダはレイと黒衣の女性に頭を下げる。

 

「はい、こちらこそよろしく……って、うえぇ!?」

 

「変な声を出すな、鬱陶しい」

 

 驚くレイに、黒衣の女性は興味がないのか冷めた態度だ。

 

「あ、姐さんって、私が!?」

 

「うっす! アタイより先にディセプティコンに入ってたんすから、お二人とも姐さんっす!」

 

 リンダのその言葉に、黒衣の女性は眉を吊り上げる。

 

「私は別にディセプティコンに入ったわけではないぞ」

 

「わ、私だって……」

 

 レイも反論するが、横からフレンジーが口を挟む。

 

「いいじゃん、レイちゃんより下っ端ができてさ。これまでレイちゃん、ヒエラルキーぶっちぎり最下位だったんだしさ!」

 

「そういう問題じゃ…… って、最下位? ぶっちぎり最下位だったんですか私!?」

 

「そりゃそうさ」

 

 何を当たり前の事をと言わんばかりのフレンジーに、レイは涙を流さずにはいられなかった。

 そんなレイを見て、黒衣の女性は不機嫌そうに顔を歪める。

 彼女には、あのメガトロンがなぜレイを始末しないのかが分からない。

 どう考えても、能が有るようには思えなかった。

 首を捻る黒衣の女性をよそにディセプティコン一同は騒がしく移動を始めるのだった。

 

  *  *  *

 

「とりあえず、修理は済んだ。だが念の為、今日はこちらに泊まってもらうよ」

 

「分かった」

 

「あんがと」

 

 ラチェットの言葉に、リペア台に乗せられたスキッズとマッドフラップは彼ららしくないことに、殊勝に礼を言った。

 双子のオートボットは、あの後ラチェットのリペアを受けるべく、プラネテューヌのオートボット本部に移送されていた。

 

「まあ、明日にはルウィーに帰れるから、それまでは静かにしていなさい」

 

 ラチェットはそれだけ言うと、部屋から出て行った。

 ツインズはしばらく無言だったが、マッドフラップの方から声を出した。

 

「なあ」

 

「んだよ」

 

「俺らってさ」

 

「ああ」

 

「情けねえよな」

 

 その言葉にスキッズは押し黙る。

 結局、今回の事件では何も出来なかった。

 そのことを考えると、酷く辛かった。

 二人はいつもの明るさを失って沈み込む。

 と、

 

「失礼、二人とも」

 

 ラチェットが一言断ってから部屋に入って来た。

 何かとツインズがそちらを見ると、ラチェットは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「お見舞いだ」

 

 すると、その足元からひょっこり顔を出す者たちがいた。

 それは、ラムとロムだった。

 

「やっほー! スキッズ!」

 

「マッドフラップ、大丈夫?」

 

 二人はスキッズとマッドフラップの寝ているリペア台のそばまで歩いてきた。

 スキッズは訝しげにたずねる。

 

「二人とも、なんでここに?」

 

「なによー! お見舞いに来てあげたんでしょ!」

 

 それをどう受け取ったのかラムがプリプリと抗議した。

 

「それと、お礼」

 

「お礼って……」

 

 ロムの言葉に、マッドフラップは気まずそうに視線をそらす。

 

「そうそう! 助けに来てくれて、ありがとう!」

 

「ありがとう! かっこよかったよ」

 

 ラムとロムは笑顔でお礼を言ってくる。

 スキッズとマッドフラップは顔を見合わせ、それから明るく笑う。

 

「礼なんか言う必要ねえって!」

 

「そうそう! 当然のことをしただけ、ってやつだ!」

 

 四人は笑い合い、話始めるのだった。

 

『なあ、兄弟』

 

 笑いながらマッドフラップはスキッズに通信を飛ばす。

 

『なんだよ、兄弟』

 

 スキッズもロムとラムにばれないよう、通信で答えた。

 

『強く、なりてえな』

 

『なりてえ、じゃねえだろ』

 

 片割れの言葉に、スキッズは強い決意を込めて答える。

 

『強くなるんだ』

 

  *  *  *

 

 ミラージュは今日もモンスターを半ダースほどなます切りにする作業を終え、基地である礼拝堂で武器の手入れをしていた。

 うるさい双子はいまごろ軍医のリペアを受けているころだ。

 ひさしぶりに心安らぐ時間と言えた。

 

「ミラージュ? 入るわよ」

 

 その静寂を破る者がいた。

 ブランである。

 ミラージュはブランの言葉に答えず、ブレードを磨き続ける。

 

「沈黙は許可と受け取るわ」

 

「好きにしろ」

 

 ブランはミラージュのそばまで歩いてきて、その顔を見上げる。

 

「……もう、体は大丈夫そうだな」

 

「ええ」

 

 ぶっきらぼうなミラージュの言葉に、ブランは少し照れたような顔をする。

 結局ブランが倒れたのは、単なる寝不足が原因だった。

 それも公務ではなく趣味の同人誌を書いていて徹夜したそうな。

 ミラージュからすれば、実にバカバカしいオチだ。

 

「それで、何の用だ?」

 

 またぞろ苦情か何かかと思い聞いてみれば、返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「まだお礼を言ってなかったと思って」

 

「礼を言われるようなことをした覚えはない」

 

 ぶっきらぼうに返す。

 

「あのアブネスとかいうのから、かばってくれたわ」

 

「アイツの態度が気に食わなかっただけだ」

 

「ロムとラムを助けてくれた」

 

「オプティマスの命令だったからな」

 

 どこまでもつれないミラージュに、ブランは何故か小さく笑う。

 

「……何がおかしい?」

 

「別に。あなたって素直になれないタイプなのね」

 

 フンと一つ排気し、赤いオートボットは武器を磨き続ける。

 

「あなたが望まずとも、わたしはあなたに感謝しているわ。ありがとうミラージュ」

 

 ブランは満面の笑みを浮かべてミラージュに礼を言う。

 その瞬間、ミラージュはチラリとブランのほうを見て、何故か動きを止めた。

 

「……? どうしたの?」

 

「………………なんでもない」

 

 間は有ったものの、変わらずブスッと言って、ミラージュは武器磨きを再開する。

 気のせいか、ブレードを磨く手が早くなっていた。

 

  *  *  *

 

 ミラージュは有機生命体が苦手である。

 生暖かいし、脆いし、勝手に増えるし。

 

 それに、笑顔を見ると、どうにもブレインサーキットが落ち着かない。

 

 オートボット仲間の双子はもっと苦手だ。

 訓練サボるし、悪戯三昧だし。

 

 だが、根性だけは認めてやってもいい。

 鍛えてやれば、化けるかもしれない。

 

 ……まあ、こんな任務も悪くはない。

 

 最近のミラージュは、そう思考するようになっていた。

 




 シブリングス、兄弟姉妹の意。
 ミラージュ、見下してた兄弟たちを少し見直す。
 野郎は女の子のためなら頑張るもの。
 そんな感じの19話でした。
 前回書き忘れてましたが、ドレッズのビークルモードがバラバラなのは玩具準拠だからです。
 次回はリーンボックス編の前に、閑話になります。
 皆さんお待ちかね(?) ディセプティコンの人気者が登場する予定となっております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 音と歌

今回は予告どおり、ディセプティコンの人気者と愉快な仲間たちが主役です。
女神も女神候補生もオートボットもでないけど、メーカーキャラはでる。
そんなお話となっております。



 その音楽と出会ったのは偶然だった。

 転送の際のダメージで殆ど体も動かせず、通信機の故障で仲間と連絡を取ることも出来ず、自己修復する中で、他にやることもないので、この世界の 原始的なコンピューターネットワークに接続して情報を収集する。

 長年の習慣と、主君に合流したときに何か手土産はないかと言う考えで電子の海を探るが、結果は芳しくない。

 すでに四ヵ国の中枢部はオートボットの技術によりアップグレードされており、いかな情報参謀と言えど易々と接続は出来ない。

 逆探知されれば発見される可能性があるからだ。

 満足に動けない状態では、それはさけるべきリスクだった。

 そんなおり、ふと接続したラジオから、その歌は流れてきた。

 彼からしてみれば原始的な、しかしパワーに満ち溢れた歌だった。

 気が付けば情報収集の合間に、その歌の主の情報を集めていた。

 5pb.と言うらしい、この有機生命体は、このリーンボックスという国を代表する歌手らしい。

 もちろん偉大なる破壊大帝に仕える身としては、そんなことは取るに足らないことであり、歌い手も金属生命体から見れば下等生物に過ぎない。

 それでも、彼は自分の記憶回路の一部に彼女専用のフォルダを作成したのだった。

 まあ、いい暇つぶしだ。そう思考しながら。

 

  *  *  *

 

「お休み、ですか?」

 

 青い長髪と泣きボクロ、露出度が高めの服が特徴的な少女、5pb.は呆気に取られてたずねた。

 

「うむ」

 

 目の前の人物、5pb.が所属する芸能プロダクション7610プロの社長……なぜか顔が影になって見えない……は鷹揚に頷く。

 

「最近頑張ったからね。そのご褒美だよ」

 

「……はあ」

 

 5pb.は、そう返事するしかなかった。

 

  *  *  *

 

 休日の件は置いておいて、とりあえず帰宅する。

 

「ただいま~」

 

 ドアを開け挨拶しても一人暮らしの身に返事をしてくれる相手はいない。

 だが出迎えてくれる相手はいた。

 拾って飼うことになった『猫』である。

 甘えた声を出しながらすり寄ってくる猫の頭をなでてやり、上着を脱いでクローゼットにしまい、ソファーに腰かける。

 

「ねえ、お休みもらったんだけど、どうしようか?」

 

 何気なく猫にたずねてみると、猫はテーブルの上に置かれていたテレビのリモコンを器用に操作する。

 そこには、近所にできたショッピングモールのCMが流れていた。

 

「買い物かあ、そうだね、行ってみるよ!」

 

 5pb.の言葉に猫はゴロゴロと喉を鳴らすのだった。

 本当にお利口でかわいい子だ。

 この子を『修理』してくれた親戚などは、

 

「これを猫と呼ぶのは、ちょっとな……」

 

 などと言っていたが、理解できない。

 

  *  *  *

 

 そして休みの日。

 5pb.は近所のショッピングモールに買い物に来ていた。

 もちろん、有名人であるため軽く変装してだが。

 衣服に、アクセサリー、CDと、いろんな売場を見て回る

 久し振りの休日だ。楽しまねば。

 しかし、そう簡単にいかないのが現実である。

 

「ねえ、5pb.ちゃんだよね?」

 

 声をかけられて振り向くと、そこには若い男が立っていた。

 5pb.はその男に見覚えがある。

 主に悪い意味で。

 

「いや、奇遇だな~。まさか、たまたま訪れたモールで5pb.ちゃんと出会えるなんて!」

 

 軽薄に笑いながら、男は言う。

 5pb.は無言で後ずさるが、男はニヤニヤと本人はさわやかと信じている笑顔で近寄る。

 

「逃げないでよ~、俺と5pb.ちゃんの仲じゃないの~」

 

 この男、実は5pb.の熱狂的なファンであるのだが、その性格は何と言うか、歪んでいる。

 5pb.を独り占めしたいと言う短絡的な思考のもと、ストーカーじみた追っかけを繰り返しているのである。

 しかも、たちの悪いことにこの男、大企業の御曹司であり、親に溺愛され、その権力と財力を笠に着て5pb.を 無理矢理自分のものにしようとしているのだ。

 無論、5pb.の所属する7610プロや真っ当な彼女のファンがそれを許すはずもない。

 強引に5pb.に迫っては追い返されての繰り返しだった。

 

「今日は邪魔者もいないし、二人だけで楽しもうよ~」

 

 公衆の面前で馴れ馴れしくしてくる男。

 5pb.は元々人見知りが激しいのもあり、男に対し恐怖しか感じず小刻みに震えている。

 

「さ、行こう」

 

 しかし男は軽薄な笑みを浮かべたまま、5pb.の肩に手を伸ばす。

 

「い、いやッ!」

 

 5pb.はその手を払いのけると、踵を返して走り去る。

 男は驚いた顔で5pb.にはたかれた手を見ていたが、やがてニヤリと笑うと彼女を追って歩いていった。

 

  *  *  *

 

「ハアッ…… ハアッ……」

 

 5pb.は無我夢中で走るうち、駐車場に出ていた。

 なんでこんな所に来たのか自分でも分からない。

 

「5pb.ちゃ~ん! 待ってよ~!」

 

 ストーカー男は恐るべき嗅覚で5pb.に追いついてきた。

 

「ひッ……!」

 

 思わず近場の車に寄りかかる。高級車ブランドから発売されているガルウイングドアのスーパーカーだ。

 すると、突然その車のドアが開いた。

 

「乗レ」

 

 機械音声のような異様な声が車から聞こえた。

 5pb.はストーカーから逃れたいあまり、思わず乗り込む。

 

「あ! ちょっと5pb.ちゃん!?」

 

 車はエンジン音を立てて動き出し、驚くストーカーをよそに、走り去るのだった。

 

  *  *  *

 

 スーパーカーの助手席に行儀よくシートベルトを締めて座っている5pb.は、しかしガチガチに緊張していた。

 なぜなら、運転席に誰も座っていないからだ。

 5pb.も最近話題の他の世界から来たというロボットたちのことは知っていた。

 だから、この車もそれなんだろうとは思い至ったが、問題はこの車が善玉か悪玉かということだ。

 

「あ、あの……」

 

「おいおいおい!」

 

 それでも何とか絞り出した声を、甲高い声が遮った。

 運転席になぜか黒いエレキギターが置いてあり、それから声が聞こえた。

 5pb.がそれに手を伸ばすと、エレキギターは突然ギゴガゴと音を立てて細かくパーツが寸断され、組み変わり、姿を変える。

 そして現れたのは鳥だった。

 いや、鳥の姿をした機械だ。

 大きな翼を器用に折りたたみ、蛇のような長い首をうねらせ、ギョロッとした目を赤く光らせている。

 

「せっかく動けるようになったってのに、こんな有機生命体を連れ込んでどうすんだよ」

 

 言葉を失っている5pbを無視して、呆れたように機械鳥は言った。

 それに対し、機械音声のような声がどこからか聞こえてきた。

 

「思ワズ」

 

「思わずって、なんだよそれ! らしくねえなあ」

 

「自覚ハシテイル」

 

 機械音声は平坦な調子でしれっと言った。

 

「で、どうするんだよ、コイツ!」

 

「ドコカデ降ロス」

 

「殺しちまったほうが早いって!」

 

 機械鳥の放った言葉は助手席で震える5pb.にさらなる戦慄をもたらすものだった。

 しかし、それに異を唱えたのは、やはり機械音声だ。

 

「ダメダ。彼女ハ、著名人ダ。殺スト騒ギ二ナル」

 

「大丈夫だって! 上手く偽装するから! 事故とか」

 

 機械鳥はケタケタと笑う。

 5pb.は恐ろしさのあまり、泣き出したかった。

 

「ダメダト言ッテイル!」

 

 機械音声は突然強い調子になった。

 それに5pb.も機械鳥もビクッと体を震わす。

 

「わ、分かったよ…… まあ、コイツになんぞ出来るとは思わないしな」

 

 根負けしたように機械鳥が言うと、5pb.はホッと息を吐いた。

 

「まったく、それでコイツ何者だよ」

 

「彼女ハ5pb.ダ。イワユル『アイドル』デ、ノビヤカナ歌声デ人気ヲ博シテイル。コノ国ノ女神グリーンハートノオボエモメデタイ。代表曲ハ、『きりひらけ!グレイシー☆スター!』『Dimension tripper!!!!』ナドダ」

 

「詳しいな、おい」

 

 呆れたような機械鳥に、機械音声は平坦な調子でやたら詳しく答えた。

 

「常識ダ」

 

「さいですか……」

 

 シレッと言ってのける機械音声に機械鳥はいよいよ嘆息(嘆排気?)する。

 

「あ、あの……」

 

 機械音声と機械鳥の会話が途切れたところで、5pb.が小さくと声を出す。

 

「なんだよ?」

 

 機械鳥が不機嫌そうに聞くと、5pb.はオズオズと言った。

 

「た、助けてくれて、ありがとうございます」

 

「ああ…… サウンドウェーブに感謝しろよ」

 

 ケッと吐き捨てながら機械鳥は腕を組むように、器用に翼を交差させる。

 

「礼ナド不要ダ」

 

「それでも、ありがとうございます…… アッ! そうだ!」

 

 5pbは何か思い出したらしく声を上げる。

 

「ひょっとしたら、あの子もあなたたちも仲間なのかな?」

 

 その言葉に、機械鳥は鳩が豆鉄砲くらったような顔になるのだった。

 

  *  *  *

 

 そして5pb.の自宅であるマンション近くの空き地。

 なぜか彼女は飼っている猫と戯れていた。

 器用に後ろ足で立ち、じゃれてくる猫の頭を撫でてやる。

 

「……っていうか」

 

 その後ろに停車しているサウンドウェーブの横に立ち、機械鳥……その名もレーザービークは呆気に取られていた。

 

「ラヴィッジぃぃぃ!? おまえ何やってんのぉぉぉ!?」

 

 その猫が、自分の仲間だったから。

 いや正確には猫ではない。

 姿こそ四足歩行の猫科の生き物を思わせるが、金属で構成された刺々しい体に、なにより真っ赤に光る単眼。おまけに大きさも豹ぐらいはある。

 明らかに猫の範疇に収まらない。

 そう、彼もまた金属生命体、名をラヴィッジと言う、ディセプティコンの一員なのだ。

 

「心配したんだぞ、おい!」

 

 レーザービークはラヴィッジの近くまで飛んでくると彼に声をかけるが、ラヴィッジは5pb.に撫でてもらうのに夢中だ。

 

「無視すんなや!」

 

「そうか、君はラヴィッジっていうのか」

 

 5pb.はラヴィッジの喉を掻いてやりながら言った。

 まだ名前をつけてなかったのだが、ちょうど良かったようだ。

 

「ラヴィッジ、来イ」

 

 と、サウンドウェーブが相変わらずの平坦な声でラヴィッジを呼んだ。

 ラヴィッジは名残惜しそうに5pb.から離れ、サウンドウェーブのもとへ歩いていく。

 するとサウンドウェーブの車体から、金属製の触手が一本伸び、ラヴィッジの後頭部に刺さった。

 だがラヴィッジは痛がる素振りも見せない。

 

「あれはだな、データを交換してんだよ。俺とラヴィッジは、サウンドウェーブの子機みたいなもんだが、ラヴィッジはしばらく接続が切れてたからな」

 

 心配そうに見守る5pb.にレーザービークが聞いていないのにそう言う。

 

「ありがとう、優しいんだね」

 

 レーザービークは5pb.の言葉に答えず、仲間たちのところへ飛んで行く。

 少ししてデータ交換が終わったらしく、ラヴィッジの後頭部から触手が抜かれてサウンドウェーブの内部に収納された。

 

「しかし、まさかラヴィッジがこんなトコにいたとはな」

 

 レーザービークが呆れた声で言うと、ラヴィッジが前足をチョコンと上げる。

 

「雨ノ降ルナカ、壊レカケテイタトコロヲ、5pb.二拾ワレタソウダ」

 

「なに、そのホントに猫みたいな出会い方……」

 

 抑揚のない声で言うサウンドウェーブの言葉に、レーザービークは力なく突っ込む。

 だが、気を取り直して言葉を出す。

 

「それじゃあ、ラヴィッジも回収したし、いよいよメガトロン様と合流だな!」

 

「アア」

 

 その言葉にサウンドウェーブは短く答え、ラヴィッジも頷くことで肯定の意を示す。

 

「そっか、お別れなんだね……」

 

 5pb.はラヴィッジに近づき頭をもう一度撫でてやる。

 一人暮らしが長いこともあってラヴィッジには本当に癒されていたのだ。

 ラヴィッジも寂しげに喉……発声回路を鳴らす。

 

「ほら! 早くしな!」

 

 レーザービークに急かされ、ラヴィッジはサウンドウェーブに乗り込む。

 

「じゃあな、お嬢さん」

 

 そのレーザービークもサウンドウェーブに乗り込み、ドアが閉まった。

 5pb.は走り去るサウンドウェーブに向かって手を振る。

 やがてガルウイングドアのスーパーカーが見えなくなると、5pb.はいつのまにか流れていた涙を拭い、家に帰ろうと歩き出す。

 だが、突然音を立てて車が目の前に止まった。

 サウンドウェーブではない。高級そうなリムジンだ。

 何事かと固まる5pb.の前でリムジンのドアが開き、そこから何人もの黒服の男たちが降りて来て、5pb.の周りを取り囲む。

 やたら動きがカクカクしていて、全員まったく同じ顔と体格だ。

 最後に降りて来たのは軽薄な笑みを張り付けた若い男だった。

 5pb.が驚愕の声を上げる

 

「あ、あなたは……!?」

 

「ふふふ、やっと会えたねえ、5pb.ちゃん」

 

 それは、あのストーカーだった

 

「な、なんでここに……」

 

「やだなあ、僕の力を使えば、君の住所を突き止めるぐらい、わけないんだよ。これまでそれをしなかったのは、紳士である僕の流儀に反するからさ」

 

 前髪をかきあげながら、ストーカー男は言葉を続ける。

 

「でも、どうやら5pb.ちゃんは強引なほうが好きみたいだからね」

 

 どういう理屈でその答えに達したのか、それは本人にしか分からない。

 

「だから、ちょ~っと乱暴にいこうかなってね」

 

 伸ばされる手を今度は払いのけることができなかった。

 

  *  *  *

 

「あ~あ、それにしてもよ」

 

 サウンドウェーブの体内に組み込まれたレーザービークは、通信で主や仲間と会話する。

 

「サウンドウェーブといい、ラヴィッジといい、なんであの有機生命体の小娘を気にするんだよ?」

 

「なんでって、拾って修理してもらったし」

 

 それに同じくサウンドウェーブと一体化しているラヴィッジが答えた。

 ラヴィッジの発声回路は人語を喋るようには出来ていないが、今は通信で会話しているので関係ない。

 

「まあ、それはいいさ。問題はサウンドウェーブだ」

 

「そうなの?」

 

 レーザービークの言葉に、ラヴィッジは疑問符を浮かべる。

 

「そうなの! で、何でなんだよサウンドウェーブ!」

 

「ソウダナ……」

 

 サウンドウェーブは不言実行を旨とする彼にしては珍しく、少し考える素振りを見せる。

 

「歌ガ美シイカラ、ダロウカ」

 

「歌ぁ?」

 

 サウンドウェーブはそれきり何も答えなかった。

 レーザービークは可能なら大きく排気しているところだ。

 

「そうだよ! 5pb.の歌はすごいんだ! ボクも大好き!」

 

 明るい声でラヴィッジが言う。

 それにレーザービークはヤレヤレと思わざるをえない。

 その時、サウンドウェーブの横をリムジンが無理やり追い抜いていった。

 レーザービークが文句を言う

 

「なんだよ! 危ないな!」

 

 と、ラヴィッジが何かに気が付いた。

 

「あれ? あの車に乗ってるの、5pb.じゃない?」

 

 車の窓にはスモークフィルムが貼られているが、トランスフォーマーのセンサーには関係ない。

 さらに、三者のセンサーは車に乗っている他の人物たちのことも正確に捉えていた。

 

「コノ男ハ……」

 

「ああ、あのとき、お嬢さんを追っかけてた奴だな」

 

 サウンドウェーブとレーザービークはその男に見覚えがあった。

 

「まあ、俺たちには関係ないな。さっさと行こうぜ」

 

 レーザービークは軽く言うが、サウンドウェーブはリムジンを追い掛けだす。

 

「お、おい!? サウンドウェーブ!?」

 

「乗リカカッタ船ダ」

 

 それだけ言うとサウンドウェーブは着かず離れずの位置でリムジンを追跡する。

 

「そうこなくっちゃ! 5pb.を助けよう!」

 

「ええい! 好きにしろ! 俺は知らんからな!!」

 

 ラヴィッジとレーザービークが口々に言う。

 リムジンに乗っている者たちにはまったく気付かれず、スーパーカーは走って行く。

 

  *  *  *

 

 大人数が相手ではろくな抵抗も出来ずに車に連れ込まれた5pb.がリムジンに揺られて着いた先はどこかの倉庫だった。

 

「ここは僕のパパが所有している倉庫でね。ここなら誰も来ないよ」

 

 ストーカー男は自分の持ち物でもあるまいに自慢げに言う。

 

「ふふふ、この瞬間をどれほど楽しみにしていたか……」

 

 5pb. を強引に立たせて歩かせ、工場の奥へと引きずっていくストーカー男。

 ことここに至って5pb.はその手を振りほどこうとするが、すごい力で握られていてできない。

 

「はなして! はなしてください!」

 

「ダメだよ。これから君は僕の物になるんだからね」

 

 そう言うとストーカー男は5pb.を抱き寄せる。

 あまりのおぞましさに5pb.が身震いしているとストーカー男はいやらしく笑った。

 

「じゃあ、まずはキスからだね」

 

 そう言って、5pb.に顔を近づけてくる。

 

「いや、いやだ! 誰か……」

 

 5pbは必死に身をよじるが、ストーカー男は力ずくで5pb.の顔を自分のほうへ向けた。

 

「ふふふ、助けを呼んでも誰もこないよ。さあ、おとなしく……」

 

 その瞬間、銀色のスーパーカーが倉庫の入り口を破って侵入してきた。

 

「な、なんだ!?」

 

 ストーカー男が驚愕し、黒服たちがそれを守るようにスーパーカーの前に立ちふさがる。

 

「さ……」

 

 5pb.は驚きと喜びの声を上げた。

 

「サウンドウェーブさん……!」

 

 スーパーカーはギゴガゴと音を立てて姿を変えていく。

 現れたのは、ディセプティコンとしては珍しい均整のとれた人型だ。

 腕についた円盤状のレドームと、オプティックを覆うバイザーが特徴的な姿をしている。

 これぞディセプティコンの情報参謀、サウンドウェーブだ。

 

「な、なんだおまえは!?」

 

 ストーカー男は、露骨に怯えながら5pb.を引っ張って後ろに下がる。

 

「5pb.ヲハナセ」

 

 サウンドェーブとしてはこれでストーカー男は泣き喚きながら5pb.を手放すものと踏んでいたが、ストーカー男は意外にも余裕を取り戻しニヤリと笑って見せた。

 

「馬鹿め! 彼女は僕の物だ! おまえみたいなポンコツ、パパの会社の製品で片付けてやる!!」

 

 そしてなぜか黒服たちに指示を飛ばす。

 

「おまえたち! このガラクタを本物のガラクタにしてやれ!!」

 

 すると黒服たちは、命知らずにもサウンドウェーブに飛びかかっていく。

 

「レーザービーク、ラヴィッジ。イジェークト!」

 

 サウンドウェーブの抑揚のない声とともに、その胸部分が開き、中から二体のロボットが飛び出してきた。

 それは鳥型のレーザービーク、そして豹型のラヴィッジだ。

 

「レーザービーク、ラヴィッジ。敵ヲ殲滅セヨ」

 

「ああ、もう! こうなったらヤケだ! おまえらで憂さ晴らししてやる!」

 

 レーザービークは胴体に備えた二丁のアサルトライフルで、ラヴィッジは背中に生えた機銃で黒服たちを攻撃する。

 銃弾を浴びた黒服たちは、もんどりうって倒れ込んだ。

 その傷からは血が流れず火花が散っていた。

 

「ロボット?」

 

「そうさ! パパの会社の新製品! オートボットから提供された技術をフィードバックしてるんだ!」

 

 5pb.が思わず呟くと、傍らのストーカー男は自慢げに言った。

 しかし黒服ロボたちはサウンドウェーブに叩き潰され、レーザービークとラヴィッジの銃撃に倒れ、見る間に数を減らしていく。

 

「この程度かよ! やっぱり、有機生命体の作るもんなんざ大したことねえな!」

 

 レーザービークはストーカー男を嘲笑する。

 

「僕を馬鹿にするな! パパの会社の新製品はこれだけじゃないぞ!」

 

 ストーカー男ポケットからリモコンのような物を取り出し操作すると、工場の奥からズシンズシンと足音を響かせ、巨大なロボットが進んできた。

 威圧的な姿はしかし、鉄の塊に無理に手足をくっつけたようで、均整のとれたサウンドウェーブに比べると不恰好さが目立つ。

 

「なんだよ、またガラクタか」

 

 レーザービークが呆れて言うと、巨大ロボはサウンドウェーブに突撃する。

 だがサウンドウェーブは大きくジャンプしてこれを躱すと、その背にとりつき腕から金属製の触手を伸ばしてロボットの頭部に当たる部分を締め上げる。

 さらに金属触手はロボットの装甲の隙間から内部に侵入し、その電子回路にハッキングを開始した。

 一瞬の間にロボットはコンピューターを乗っ取られ、サウンドウェーブの従順なペットと化す。

 

 

「なんだ? どうしたんだ!?」

 

 それに気づかないストーカー男は思わず5pb.をはなしてリモコンを無茶苦茶に操作する。だがすでにロボットはリモコンからの信号を受け付けない。

 サウンドウェーブが離れるとロボットはストーカー男に向かって歩き出す。

 狼狽するストーカー男は、みじめにもロボットの万力のような手に摘み上げられた。

 そこでロボットは電源が切れたように動きを止める。

 

「終ワッタ」

 

 サウンドウェーブが静かに言った。

 5pb.は目まぐるしく変わる状況についていけなかったが、すり寄ってくるラヴィッジの唸り声に、ようやく正気を取り戻した。

 

「あ、あの、また助けてくれたんですね! ありがとうございます!」

 

 5pb.はサウンドウェーブたちに物怖じせずお礼を言った。

 実の所、これはサウンドウェーブとレーザービークを軽く驚かせていた。

 自分たちの力を見せつけたのだから、もっと怯えられると思っていたのだ。

 

「礼ハイラナイ。ラヴェッジノ恩返シダ」

 

「いえ、なにかお礼をさせてください!」

 

 どうにも助けられっぱなしというのは、5pb.の気が済まなかった。

 

「ナラ」

 

 サウンドウェーブは抑揚のない声に、ほんのわずかに興奮を滲ませて言った。

 

「歌ヲ、歌ッテホシイ」

 

  *  *  *

 

 倉庫の外は波止場だった。

 すでに夕日が水平線に落ちようとしている。

 5pb.は大きく息を吸い込み、エレキギター……レーザービークが変形した物だ……を鳴らして、たった三体の観客のために歌い始める。

 曲目は『Rave:tech(^_^)New;world』

 まだ世間には発表していない新曲だ。

 美しい歌声が、大気に溶けていく。

 エレキギターはアンプもないのに完璧な音を出す。

 歌い終わったとき、5pb.の耳にパチパチという音が聞こえた。

 サウンドウェーブが、手を叩いているのだ。

 

「素晴ラシイ、音楽ダッタ」

 

 サウンドウェーブは簡潔に5pb.を賛辞する。

 なんとなく5pb.には、それが彼にとっての最大限の褒め言葉なのだと分かった。

 腕の中のエレキギターが、ギゴガゴと音を立てて機械鳥の姿に戻る。

 レーザービークは伸ばされたサウンドウェーブの腕にとまり、5pb.のほうをジッと見つめる。

 

「なんつうかさ……」

 

 レーザービークは少し照れくさそうに声を出した。

 

「すごかったよ。言葉にできないぐらい」

 

 それは、この捻くれた機械鳥とは思えない素直な言葉だった。

 ラヴィッジも後ろ足で立ち、喜びを表現している。

 

「ありがとう!」

 

 5pb.は満面の笑みだった。

 人間だろうが、金属生命体だろうが、例えディセプティコンだろうと、自分の歌で感動してくれることが嬉しくてたまらないのだ。

 まさに生粋の歌い手の姿だった。

 

  *  *  *

 

 5pb.を家まで送り届け、ここは危険だから引っ越すように助言して彼女と別れたサウンドウェーブは、波止場の倉庫に戻って来た。

 倉庫の中では相変わらずストーカー男がロボットに摘み上げられたままでいた。

 サウンドウェーブたちに気付き必死にもがくが、ビクともしない。

 

「さて、と」

 

 レーザービークはワザとネットリとした声を出した。

 

「こいつどうする?」

 

 アサルトライフルを展開しながら先ほどまでとは違う残虐な笑みを浮かべる。

 

「殺すか?」

 

「イヤ」

 

 サウンドウェーブは感情をまったく感じさせない声を出しながら、ゆっくりとストーカー男に近づく。

 

「コイツニハ、利用価値ガ有ル」

 

「ははあ、なるほど……」

 

 レーザービークは合点がいったとばかりに、ストーカー男を捕まえているロボットの腕にとまる。

 

「なあ、おい」

 

 そして恐怖に怯えるストーカー男の耳に排気を当てる。

 

「おまえ、死にたくないだろう? 実のところ、俺も今日は殺しをする気分じゃあない」

 

 ストーカー男はコクコクと頷く。

 

「だったら、俺たちに協力しな」

 

 レーザービークの言葉に、ストーカー男は顔を青くした。

 

「どの道、おまえに拒否権はないぜ」

 

 そう言うと、レーザービークはロボットの腕から飛び去り、ラヴィッジの前に着地する。

 ラヴィッジは胸の装甲を開いて、そこから手乗りサイズのムカデのような金属生命体を吐き出した。

 

「へへ、ありがとよラヴィッジ」

 

 レーザービークはそれを片足で摘むと、再びストーカー男の前に飛んで行く。

 

「さあ、プレゼントだ!」

 

 レーザービークの足から離れた金属ムカデはストーカー男の身体を這いまわり、やがて右腕に行き着く。

 そこで金属ムカデは腕時計に変形して、ストーカー男の腕に巻きついた。

 

「そいつはおまえの神経系に食い込んでる。おまえの見ている物は俺たちにも見える。おまえの聞いている物は俺たちにも聞こえる。この意味、分かるよな?」

 

 レーザービークはニヤニヤと笑いながら言い、ストーカー男は言葉の意味を理解して顔色を青から白へと変える。

 

「ちなみに、逆らうと電流が流れる」

 

 つまり逃げることはできないのだ。

 ストーカー男はガックリとうなだれた。

 サウンドウェーブは一連の流れを無感情に、だがほんの微かに満足げに眺めていた。

 このストーカー男の父親の会社はリーンボックスでも指折りの大企業で、特に兵器に強い会社だ。

 この世界の原始的な兵器は役に立たないだろうが、使われている資材は別だ。

 さらにこの男の会社は、政財界や芸能界に太いパイプを持っている。そのつてで5pb.の住所を突き止めたのだろう。

 いい手土産が出来たと内心で考えていた。

 と、

 

『サ……ドウェ……応答…よ』

 

 治りきっていなかった通信機に音声を送ってくる者がいた。

 その声は、サウンドウェーブにとって、何よりも優先すべきものだった。

 

『コチラ、サウンドウェーブ。メガトロン様、聞コエテイル』

 

 全力で通信機の周波数を合わせ、すぐに通信に返答する。

 

『おお、サウンドウェーブ! 無事であったか!』

 

 それはサウンドウェーブが宇宙で唯一忠誠を誓う存在、ディセプティコン破壊大帝メガトロンだった。

 

『ハイ、転送時ノ負傷ガ大キク、自己修復二徹シテイタ。ソノセイデ合流ガ遅レ、申シ訳ナイ』

 

『気にせずとも良いわ!』

 

 メガトロンは豪放に言う。

 彼ら二人は古い付き合いであり、メガトロンが本当の意味で信を置くのは、サウンドウェーブを除けば一体しかいない。

 それくらい、強い信頼関係で結ばれているのだ。

 

『さて、さっそくで悪いがサウンドウェーブよ! おまえに仕事を頼みたい』

 

 メガトロンはさっそく仕事を言いつけてくる。

 それは情報参謀にとって不快ではない。むしろ大いなる喜びだった。

 

『喜ンデ』

 

『うむ。ではサウンドウェーブ、宇宙に上がりルウィーの人工衛星を乗っ取るのだ。我々が発見されるリスクを完全に消すためにな』

 

 メガトロンの命令は、それほど意外なものではなかった。

 むしろ命じられずとも自分から進言していただろう。

 ルウィーの人工衛星は、地上の映像を撮影している。

 下手をすれば、ディセプティコンの潜伏先を発見される恐れがあった。

 だがサウンドウェーブにかかれば、その情報を改竄するくらい簡単だ。

 

『ああ、おまえの小さな暗殺者たちは地上に残しておけよ。今は手が足りん』

 

『了解』

 

 メガトロンの言葉にサウンドウェーブは短く答えた。

 

『では、通信を終わるぞ。……っと、その前に』

 

『?』

 

『よく無事でいてくれた。嬉しいぞ』

 

 それは平時のメガトロンからは考えられない穏やかな声であり、サウンドウェーブにとっても意外な言葉だった。

 どう答えたものか考えているうちに、通信は切れてしまう。

 しばしメガトロンの言葉の意味について黙考していたが、さて、と思考を切り替え、部下たち、むしろ一心同体の家族とでも言うべき二体のほうを向く。

 レーザービークとラヴィッジは、サウンドウェーブとある程度の情報を共有している。言葉は不要だった。

 

「しばらく、離れることになりそうだな」

 

 それでも、レーザービークは少し寂しげに声にした。

 

『大丈夫、離れていてもボクたちはいつもいっしょ』

 

 ラヴィッジも通信で言う。

 サウンドウェーブは無言で頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 それからサウンドウェーブはサイバトロンモードに戻り、この状態でのビークルモードであるエイリアンジェットに変形すると大気圏を楽々突破して、ルウィーの衛星に取り付いた。

 衛星が撮影している地上の映像を改竄し、ディセプティコンに繋がりそうなものは残らずその痕跡を消す。

 高度な情報処理能力を持つ情報参謀からすれば、単調な作業だった。

 ついでにいつもの癖で、あらゆる情報を収集する。

 新たにディセプティコンに加わったという新参者に、この分野で遅れを取るわけにはいかなかった。

 データが増えゆくにつれ、ふと不要なデータを消去することにした。

 膨大な容量を誇るサウンドウェーブにとって、それは別に必要に駆られてのことではなかったが、長年の習慣で定期的にしていることだった。

 いくつもの不要なデータを消していくうち、5pb.の専用フォルダに行き当る。

 数々の音楽と映像、画像、文字列。そして、あの日の歌と映像。

 所詮暇つぶし、これも不要なデータだな。

 そう考え、そのフォルダを消去しようとして、

 

 しなかった。

 

 何故だかは、自分でも分からない。

 どれほど素晴らしくとも、下等な有機生命体の奏でる原始的な音楽に過ぎないのに。

 まあ、永遠に近い時を生きる金属生命体の、その中でも感情の希薄な自分にとっても、無限に続く虚空にたった一人で浮かんでいるのは、なかなかに堪えるからな。音楽くらいはいいだろう。

 そう結論付け、5pb.の歌を再生する。

 美しい歌声が、サウンドウェーブのブレインサーキットの内部を駆け巡る。

 眼下の青い星を見下ろしながら、サウンドウェーブは不要データの消去作業を再開する。

 やはり、生は違ったな。機会があれば、もう一度聴きたいものだ。そう思考しながら。

 




そんなわけでサウンドウェーブと部下たち、誰が呼んだか音波一家と、作者のお気に入りのメーカーキャラ、5pb.ちゃんのお話でした。
曲名までならセーフ……でしたよね?

音波さんことサウンドウェーブのデザインは、またしても玩具準拠(ちゃんとバイザーしてます)、声は独特のエフェクトヴォイス(吹き替えだとカッチョイイ声で喋ってますが、言語版だと、声優さんがエフェクトがかかってるっぽい声を出しています)。
また、イジェークトギミックは、ついに出しちまった当作品オリジナルのギミックとなっております。

ついでに、コンドルさんことレーザービークがギターに変形するのはアニメイテッドネタ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 緑と銀の共犯者

時間があったのと筆が乗ったのとで、すばやく書けました。
そして全てのベールさんファンへ、ごめんなさい(ジャンピング土下座)


「う~ん、今日は働きましたわねえ」

 

 リーンボックスの女神ベールは、衛星写真を鮮明化するソフトをルウィー側に受け渡す準備を終え、パソコンの前でコキコキと首を鳴らす。

 

「十分働きましたし、ちょっとくらい……」

 

 そう言ってネットゲームを起動しようとする。

 

『おいおい、それはやめとけってチカに言われてるだろう』

 

 そこへ通信装置越しに、ジャズが声をかける。

 

『まだ今日は予定が詰まってるんだぜ』

 

 厳しい声を出すジャズに、ベールは拗ねたような顔をする。

 

「いいじゃありませんの。ほんの30分くらい……」

 

『いつも、30分じゃすまないだろう?』

 

 少し口調を柔らかくするジャズに、ベールは何か思いついたような顔をする。

 

「そう言えば、あなたにわたくしがゲームをするのを止める権限はなかったと思いましたけど?」

 

 柔らかく微笑むベールにジャズはしてやられたという顔をする。

 

『やれやれ、後で怒られても知らないぞ』

 

「大丈夫ですわ。公私はきちんと分けるよう努力してますもの」

 

 努力が実を結んではいないけどな…… と思考しつつ、口には出さないジャズだった。

 

  *  *  *

 

「そう、お姉さまったら……」

 

 ジャズの報告を聞いて、薄緑の髪を後ろで結った色白の少女、リーンボックス教会の教祖箱崎チカは頭痛を抑えるようにコメカミに指を当てる。

 

『で、どうする? 許可さえもらえれば強引にでも連れ出すが?』

 

 ジャズがおどけて言ってみる。無論本気ではない。

 しかしチカは映像のジャズを鋭く睨んだ。

 

「あなたにその権限はないわ。そっちのほうはアタクシが何とかするから、あなたは会見会場の護衛をお願い」

 

 そして、厳しい口調で言葉を続ける。

 

「最初に決めた取決めの通りに動いてちょうだい」

 

 ジャズは苦笑しながらも頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 オートボット副官ジャズのリーンボックスにおける立場を一言で表すと『外様』と言うのが一番しっくりくる。

 戦力としてあてにされてはいても、完全には信用されていない。そんなポジションだ。

 ジャズがリーンボックスに常駐することが決まったとき、彼にある程度の権限を与える取決めがリーンボックス教会との間で成された。

 逆説的に権限外の行動を制限するそれは、ベールやチカがジャズのことを完全には信用していないことを指していた。

 ジャズは別にそれでも構わなかった。

 なぜなら、こちらも信用していないから。

 

  *  *  *

 

「……そんなわけで、この計画は両国、ひいては世界全体にとって有益であるわけです」

 

 衛星写真とそれを鮮明化するソフトについての会見の場。

 ベールは矢継ぎ早に繰り出される質問に、淀みなく答えていく。

 結局あの後、チカに部屋から引きずり出されたベールは、そのまま会見会場まで引きずられて来た。

 しかし、そんな情けない事情は今の堂々と、それでいてたおやかに言葉を紡ぐ彼女からは想像もできない。

 

「うまいこと、化けるもんだねえ」

 

 ジャズは会見に使われている建物の外に、ビークルモードで停車した状態でひとりごちた。

 生中継される会見を見る限り、ベールは仕事をそつなくこなしている。

 あるいは、眉目秀麗な彼女には、こういう派手な場のほうが向いているのかも知れない。

 

  *  *  *

 

「それが、仕事してないときはこうだもんな……」

 

 ジャズは、彼らしくもなくハアッと排気する。

 ここはリーンボックス教会からほど近い所にあるガレージで、この場所はジャズに与えられた空間である。

 ジャズの好みに合わせて、壁にはポスターが貼られ、音響機器が置かれている。

 今は通信装置を使って……もちろん許可をもらって……ベールを観察しているのだが、映像の向こうでベールは、コントローラーを握りテレビ画面を凝視している。気のせいか息も荒い。

 彼女がしているゲームの内容は、男性同士でアレやコレやソレなことをするという、ジャズには理解しがたい物だった。

 生粋のゲーマーであるベールが嗜むゲームの中には、そういうゲームがかなり含まれている。

 彼女がそれとなく、金属生命体にも同性愛の概念はあるのか……と聞いてきたときなどは、どうしたもんかと途方にくれてしまった。

 ちなみに、トランスフォーマーにもそういう性癖は存在するが、少なくともジャズにはその気はない。

 しかし、本当に楽しそうである。

 その姿から、会見での立派な姿はうかがい知ることは出来ない。

 良く言えば切り替えが出来ている。悪く言えば……よく分からない。

 

「どっちが本当なんだか」

 

 女神として美しく振る舞うベールと、ゲーマーとしてだらけきっているベール。

 はたして、どちらが本当の姿なのか。

 それとも、両方とも本当なのか。

 

「あるいは、どっちも嘘か……」

 

 画面の向こうで鼻血を垂らすベールを見つつ、そんな疑念を口にするジャズだった。

 

  *  *  *

 

 ジャズがリーンボックスへの赴任を望んだのは、もちろんベールが気に入ったのもあるが、女神たちの中でオートボットに対してなにがしか仕掛けてくるとしたら彼女だろうと考えたからだ。

 確かな根拠はないが、ジャズの勘がそう告げている。

 だから、ジャズはベールの傍でその動向を探ることにした。

 オートボットのために。

 

  *  *  *

 

 そんなある日のこと。

 ジャズはガレージの中で音楽を聞いていた。

 今日は仕事もなく非番である。

 椅子代わりのコンテナに腰かけ、人気アイドル5pb.の曲をかける。

 

「ごめんくださいな。ジャズ、いらっしゃいまして?」

 

 と、そこにたずねてくる者がいた。

 ジャズがそちらを向くと、そこにはベールが逆光を背負って立っていた。

 

「ベールか、どうしたんだい?」

 

 軽い調子でたずねると、緑の女神はニッコリと笑った。

 

「いえ、いつぞやに約束したドライブの件ですが……」

 

「ああ、それならいつでもいいぜ」

 

 以前、冗談めかして彼女をドライブに誘ったのだが、忙しいベールのこと、なかなか実現はしていない。

 このまま時間とともに忘れられるのもやむなしとジャズは考えていたのだが、ベールの方から切り出してくるとは思わなかった。

 

「それでしたら」

 

 ベールは完璧な笑みえを崩さずに言う。

 

「今から、というのはどうでしょう?」

 

  *  *  *

 

 何を考えているんだか……

 

 そう思考するビークルモードのジャズの助手席には、ベールが涼しい顔で腰かけている。

 ジャズは彼女の真意が測りかねていた。

 完全には信用していない自分に、なぜその身を預けるのか。

 ひょっとして単なる気まぐれだろうか。自分が考え過ぎなだけかもしれない。

 本来ジャズは頭脳派ながらシンプルな考えを好み、人を疑う性質ではないのだが、なにぶんオートボットには単細胞が多すぎる。

 出来る奴が出来ることやっておかないと、総司令官の心労が溜まるばかりだ。

 ジャズはそう考え、今の状況とは関係ないなと思考を切り替える。

 

「それで、どこに行くんだい?」

 

 たずねるとベールは笑みを浮かべたままで言った。

 

「そうですわね、まずは……」

 

  *  *  *

 

 大通りにて幾人もの若者たちが軽快な音楽に合わせて踊っている。

 そう、ここはストリートダンス大会の会場である。

 しかし、今や観客の視線は一組の男女に集中していた。

 女性のほうは美しい金の髪に緑の瞳、その胸は豊満だった。

 言わずと知れたベールである。

 自らの国の女神が飛び入り参加したとあって、会場は軽くパニックだ。

 それでも、例え女神相手であってもダンスで負けるわけにはいかないという、根性のあるダンサーたちが、当の女神が接待プレイを禁止してきたこともあって真面目にダンスに取り組んでいるが、やはりと言うか緑の女神の輝きには及ばない。

 だが、それ以上に目立っているのが女神の後ろで軽快なダンスを披露している銀色のオートボットだ。

 何を思ったのかストリートダンス大会に飛び入り参加した二人は息の合ったダンスを披露していた。

 

「いや、ゲイムギョウ界のダンスもなかなか楽しいね!」

 

「そうですわね。思い切り体を動かすのも悪くないですわ!」

 

 結局のところ、二人は優勝こそ逃したものの……変形まで組み込んだジャズのサイバトロン式ダンスの評価に審査員が困ったのが原因……思い切りダンスを楽しんだのだった。

 

  *  *  *

 

 日が傾いてきたころ、カフェのオシャレなオープンテラスにて、ベールは早めの食事を楽しんでいた。

 サンドウィッチを上品にかじり、紅茶を優雅に飲む。

 

「ここの紅茶はなかなかですわね」

 

「へ~、そんなもんかい」

 

 カップをソーサーに戻すベールに、ジャズは語りかける。

 ……テラスの外から。

 他の客たちが驚いているが、ジャズもベールもどこ吹く風だ。

 

「あなた方トランスフォーマーには、こういう嗜好品はなくて?」

 

 ベールがたずねると、ジャズは少しだけ考える素振りを見せる。

 

「そうだな。オイルなんかがそれにあたるかな?」

 

「そうなんですの?」

 

「ああ、でもどっちかっていうと酒のほうが近いかな」

 

 取り留めない会話を続けるベールとジャズ。

 その姿は、ともすれば仲の良い恋人どうしのようにも見える。

 片方が金属の巨人、もう片方が女神でなければだが。

 

  *  *  *

 

 日も暮れて夜。

 リーンボックス市街地の郊外の原っぱに車が何列も並んでいた。

 いったい何が始まるというのか?

 車が一様に向いている方向には、大きなスクリーンが設置されていて、そこに映像が映り出す。ここはドライブインシアターなのだ。

 他の国では廃れたそれも、このリーンボックスでは愛する人がいるのだ。

 本日の上映はラブロマンスの古典であり、身分違いの男女が恋に落ち、共に苦難を乗り越え最後に結ばれるという物だ。

 古いながらも多くの人に愛される珠玉の名作だった。

 並んでいる車の中に、リアウイングが特徴的な銀色のスポーツカーがいた。

 もちろんビークルモードのジャズである。

 その助手席ではベールが感動のあまり涙を流していた。

 

  *  *  *

 

 そして深夜、リーンボックス某所の海岸で、ベールとジャズは星空を眺めていた。

 一日の最後に星を見たいと言うのがベールのリクエストだった。

 

「やっぱり、あの映画は最高でしたわね。わたくし、何度観ても泣いてしまいますわ」

 

 ベールは夜風にたなびく髪を押さえながら、静かに声を出した。

 

「そうだな。俺は観るの初めてだったけど、いい映画だったよ」

 

 ロボットモードでベールの隣に座るジャズも同意する。

 ジャズの感性からしても、あの映画はすばらしい出来栄えだった。

 まったく音楽といい人間の芸術性には驚かされてばかりだ。

 ディセプティコンをはじめ、金属生命体は有機生命体というだけで人間を見下しがちだが、ジャズは逆に一種の敬意さえ抱いていた。

 

「あんな、素敵な恋をしてみたいものですわね……」

 

 ベールはそう呟く。薄く微笑むその顔に、しかしジャズは寂しさが浮かんでいるのを見逃さなかった。

 

「すればいいじゃないか」

 

 ジャズはあえて軽い調子で言う。

 

「あんたなら、どんな相手だって選びたい放題だろう。まあ、恋ってのは映画とかゲームみたいにはいかないもんだが、そこが面白い」

 

「あら、経験豊かなんですのね」

 

 金属の巨人を見上げ、ベールも軽く返した。

 

「まあな。これでも故郷じゃモテたんだぜ」

 

「目に浮かぶようですわね」

 

 ベールの笑みから寂しさが減る。だが完全には消えない。

 

「それで、恋、してみるかい?」

 

「わたくしは……」

 

 あくまで軽い口調で言うジャズに、ベールは少し言葉に詰まったが、やがて海のほうを向くと口を開いた。

 

「わたくしは恋をすることは出来ません」

 

 ジャズには、その意味が理解できなかった。

 だが、すぐに思い至る。

 

「わたくしは女神、国の統治者にして象徴。国民全員の恋人であり母であり娘であり姉妹、それがわたくしですわ」

 

 ジャズは黙ってベールの独白を聞く。

 

「ですから、特定の方とお付き合いする、ということは出来ませんの。そんなことをすれば多くのシェアを失ってしまいますから」

 

 そう言って笑う緑の女神は酷く儚げだった。

 一瞬、星空に彼女が溶けて消えてしまうのではと思ったほどだ。

 

「そういう意味では、女神とは孤独な存在と言えるかもしれせんわね」

 

「……チカはどうした。あんたを姉と慕ってるだろう」

 

 ジャズの言葉に緑の女神はゆっくりと首を横に振る。

 

「チカのことは、大切な妹のように思っていますわ。でも、あの娘は人間…… いつかは死に別れますわ」

 

 ジャズは言葉を失う。

 確かにそのとおりだ。シェアさえあれば半永久的に存在できる女神と、わずかに百年ほどで寿命を迎える人間とでは、根本的に生きる時間が異なる。

 

「わたくしはチカの先代の教祖も、その先代も、さらにその先代のことも、子供のころから知っていましてよ。……その最後まで」

 

 そう言って遠くを見るベール。

 その目には懐かしさと悲しみが浮かんでいた。

 

「まして、わたくしには他の国の女神と違って、妹がいませんわ」

 

「……そうだったな」

 

 それはベールがリーンボックスの国民から強く信仰されている証であるが、裏を返せば喜びを分かち合う家族もなく、次代を担うべき後継者もなく、全ての重圧が彼女の細い双肩にのしかかってくることを意味する。

 

「なあ、ベール……」

 

 ジャズは意を決したように言った。

 

「そろそろ、腹を割って話そう」

 

 その言葉に、ベールは驚いたようにジャズを見上げる。

 銀のオートボットの顔は戦場に立っているかのように厳しく油断のないものだった。

 

「なんで急にドライブに行こうなんて言い出した? なぜ俺に自分の孤独を語る? よりにもよって余所者の俺に」

 

 詰問するかのようなジャズの厳しい言葉に、ベールはヤレヤレと肩の力を抜く。

 

「あなたとわたくしの仲を深めるため、と言ったら信じまして?」

 

「信じる。もっとも、仲良くなりたいだけ、とは思わんがな」

 

 これまでの軽い笑いが嘘のようなニヒルな笑みを浮かべて、ジャズはベールの顔を見る。その顔もまた、不敵な笑みになっていた。

 

「そうですわね。正直に言いますと、わたくし、あなた方オートボットのことを完全には信用していませんの」

「道理だな。俺だって仮に自分の何倍もある光の巨人が現れて、『心配することはない』とか言われても、それを鵜呑みにはできない」

 

 ジャズはオートボットの異文化交流の第一人者である。

 故にこそ、それがどれだけ難しいことか誰よりも知っている。

 今現在、オートボットと女神が同盟を結んでいるのは友情の他に、利害関係の一致という部分がある。

 総司令官オプティマスの理想を支えるために得た、現実的な考え方だ。

 その考え方が、おのずとベールが自分と仲を深めようとする理由を推察させる。

 

「今、各国に散っているオートボットは、ラステイションに二人、ルウィーに三人、そしてプラネテューヌに六人。比べて、リーンボックスには俺一人」

 

「そうですわ。それはリーンボックスが四ヵ国中最大の軍事力を誇るため、ということでしたけれど、別の側面から見ればオートボットからの恩恵……戦力だけでなく、科学技術を得る機会が少ないということですわ」

 

 ジャズとベールはお互いに示し合わせたように言葉を発する。

 

「技術を得るために派遣した我が国の技術者が、ノコノコと帰って来たときには頭を抱えましたわ」

 

「レッカーズの歓迎は強烈だからな」

 

 その時のことを思い出したのか、頭痛をおぼえたような顔になるベールに、ジャズは苦笑した。

 

「これからは、オートボットから得た技術が世界を変えていきます。我が国がそれに乗り遅れることだけは、何としても避けなければなりませんわ」

 

「それで俺の同情を買って、オートボットの情報を集めつつ味方に引き込もうとしたわけだな。今回のドライブも、自分語りもそのための伏線か」

 

「ええ、効果的でしたでしょう?」

 

「ああ、もう少しで術中にハマるところだったぜ」

 

 二人は笑い合う。それは好敵手どうしで称えあう戦士のような笑みだ。

 

「そしてこれは、最後の一手」

 

 そう言ってベールは、体の力を抜きふらりと倒れ込んで見せた。

 ジャズはオートボットとしての習慣で……あるいは別の理由で……手を伸ばしてそれを支える。

 

「女神に並び立つ力を持ち、女神と同じく永遠に等しい時を生きる、勇者ジャズ。わたくしの孤独を埋めてくれるのは、あなただけ……」

 

 ジャズの手の中で、ベールは泣きそうな笑顔をして静かに言葉を発した。

 

「あなたは、わたくしを護ってくれますか?」

 

 その声は夜空の月光よりも儚く、夜の闇よりも蠱惑的な響きでジャズのスパークに染み込んでいく。

 その姿の、声の、全てが種族の壁さえ超えてしまうほどの魅力で誘惑してくる。

 今の彼女を見れば、あらゆる男がその守護を魂に誓うだろう。

 葛藤するかのような間をおいて、ジャズは発声回路から声を絞り出した。

 

「………………もちろん、喜んで」

 

 ベールの笑みが大きくなる。

 それは酷く、悲しそうな笑みだった。

 対するジャズは突然陽気な笑顔になる。

 

「ただし、オートボットの使命に反さない限りな」

 

「……あらら?」

 

 ジャズのその言葉に、ベールはキョトンとする。

 

「生憎と、こっちはどっかのお人よしの理想主義者に、フレームの芯まで惚れ込んでてね」

 

「あらあら、あなた方、やっぱりそう言う関係でしたのね」

 

「同性愛的な意味じゃないぜ?」

 

 ジャズの軽口に、ベールも軽い調子で答える。

 銀の副官と緑の女神は今度こそ、心から楽しそうに笑い合う。

 お互い口に出さずとも理解していた。

 ベールがジャズを利用しようと画策したのも、ジャズがそれを見透かし警戒していたのも本当だ。

 同時に、二人で笑い合い、互いに仲良くなりたいと思ったのもまた、本当なのだ。

 そしてそれを無視することが出来るほど、ベールもジャズも達観してはいなかった。

 ベールは少女のように邪気のない笑みを見せる。

 

「それで、ジャズ? わたくしを護ってはくれませんの?」

 

「護るとも。それが俺たちオートボットの偽らざる使命であり、俺自身の望みなのだから」

 

 ジャズには分かっていた。

 ベールが語った孤独、あれは間違いなくベールの本心だ。

 女神として優雅に振る舞うベールも、ゲームに夢中になるベールも、恋に恋するベールも、孤独に震えるベールも、それさえ利用する狡猾なベールも、誘惑してくるベールも、子供っぽく無邪気に笑うベールも、全てが彼女の一面であり、間違いなく本物なのだ。

 

 ああ、まったく…… 本気で惚れそうだ。

 

 月と星が見下ろす海岸で、二人はそれこそ映画のワンシーンのように見つめ合う。

 あるいはこれもまた、自分を利用しようとするベールの術なのかもしれない。

 

 まあ、それもいいさ。

 

 利用し合いながら笑い合い、探り合いながら思い合う、そんな関係があってもいい。

 そう、例えば共犯者のような。

 計らずしてベールもまた同じ思いであることは、さしものジャズも見抜けなかった。

 

 ちなみにジャズを誘惑するのは、本人的にもさすがに葛藤と羞恥があったらしく、そのことでベールは後々までジャズにからかわれ続けるのだが、それはまた別の話だ。

 

  *  *  *

 

 その後はまあ、夜も遅いので教会に帰ったのだが、待っていたのは頭から角を生やした箱崎チカだった。

 どうも今回の件はベールの独断だったらしく、今日一日の二人の行動とベールの思惑を説明されたチカは顔を青くして、楽しそうに笑うジャズを見上げ、

 

「よく分かったわ! アナタは今からアタクシのライバルと言うことね!! 負けないわよ!!」

 

 と、宣言したのだった。

 

  *  *  *

 

 同時刻、リーンボックス某所の軍事基地。

 一台の戦車の前に青い髪と眼鏡、角のような飾りが特徴的な女性が、CDラジカセを抱えて立っていた。

 その戦車は通常の戦車と違い、副砲やミサイルポッドがゴテゴテととりつけられ、異様な雰囲気を纏っていた。

 

  *  *  *

 

 そして翌日。

 

「う~ん、今日は働きましたわねえ」

 

 リーンボックスの女神ベールは、近日に控えた人気アイドル5pb.のコンサートの打ち合わせを終え、パソコンの前でコキコキと首を鳴らす。

 

「十分働きましたし、ちょっとくらい……」

 

 そう言ってネットゲームを起動しようとする。

 

『おいおい、それはやめとけって言っただろう』

 

 そこへ通信装置越しに、ジャズが声をかける。

 

『今日も予定が詰まってるんだぜ』

 

 厳しい声を出すジャズに、ベールは拗ねたような顔をする。

 

「いいじゃありませんの。ほんの30分くらい……」

 

『だから、30分じゃすまないだろう?』

 

 少し口調を柔らかくするジャズに、ベールは何か思いついたような顔をする。

 

「あなたに、わたくしがゲームをするのを止める権限はなかったと思いましたけど?」

 

『権限はないさ。パートナーとして意見してるだけだよ。今日はゲームより、外でランチのほうがいいんじゃないかな?』

 

「そうですわね」

 

 ベールは名残惜しげながらもネットゲームの起動を諦めたのだった。

 

「それじゃあ、あなたは外で待っていてくださいまし。準備が出来たら参りますわ」

 

『オーライ』

 

 短い返事とともにジャズの映像が消える。

 

「お姉さま、よろしいですか」

 

 そこへ、チカが入室を求めてきた。

 

「チカ? どうしましたの?」

 

 ベールが小首を傾げると、ドアの向こうから呆れたような気配がした。

 

「お忘れですか? 今日は新しくアタクシの補佐になる娘を紹介するって、今朝言ったでしょう?」

 

「そうでしたわね」

 

 思い出したのかベールはポンと手を叩く。

 たしか、リーンボックス屈指の大企業の推薦で教祖補佐を起用したと言っていた気がする。

 まあ、時間はかからないだろうし、ジャズには後で謝ろう。

 

「どうぞ、お入りになって」

 

「失礼しますわ」

 

 ベールの言葉に、チカはドアを開いて部屋に入って来た。

 その後ろには金髪の少女が続く。

 

「その娘がチカの補佐ですの?」

 

「はい、能力は確かなようですので採用しました。お姉さまの補佐も手伝ってもらおうと思っていますわ」

 

 チカがそこまで言うのだから、確かに有能な子なのだろうとベールは思った。

 彼女を推薦した企業は、兵器系の最大手でリーンボックス軍とも関係が深い。

 難点は御曹司の素行の悪さだが、最近は大人しくなったと聞いた。

 

「さあ、自己紹介なさい」

 

 チカがそう言うと少女はベールの前に進み出る。

 金髪を肩のあたりで切りそろえた、垂れ目で青い瞳が印象的な美しい少女だ。

 なんとなく、ベールに似ているかもしれない。

 

「初めまして、ベール様」

 

 その少女は微笑むと穏やかな口調で声を出した。

 

「アリス、と申します」

 




「ラステイション編とルウィー編が前後編なのに、リーンボックス編だけ一話完結とか舐めてんの!?」
「こんなのベールさんじゃない! 馬鹿なの? 死ぬの?」
「ジャズはこんな女に惚れたりしねえよ、バーカ!!」
「死ね! 死んで償え!!」
そんな声が方々から聞こえてくる……
どうも、投稿参謀です。

ええと、言い訳させていただくと他の組の話が、なんか事件が起きてディセプティコンが暴れて、それをやっつけてと言う流れだったので、自分なりに話にバリエーションを付けたくてこういうことに……
他の編に比べ短いのは登場人物が少ないから、というのもあります。

次回は、うん、「また」ディセプティコン側の話なんだ。済まない。
さらに、主役はメガトロンなんだ。
オートボットや女神の活躍を期待しているかたがたには、本当に申し訳ない。

ご意見、ご感想、切にお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 暗闇の中で part1

例によって、思ってたより長くなったので分割。
閑話が前後編って、どうなんでしょう?


 来る日も来る日も、暗闇の中で穴を掘り続ける。

 もう、どれだけこうしているのかも分からない。

 友達だった奴は、坑道の崩落に巻き込まれて潰れた。

 長老格はエネルギー切れで、動かなくなってリサイクルされた。

 自分より年下の新入りは、劣悪な採掘機器が暴走してバラバラになった。

 いつも喧嘩していたアイツは、暴動に参加して銃で撃たれた。

 仲間と呼べる者は皆、死に絶えた。

 自分も、もうすぐ彼らの後を追うだろう。

 きっとこれが自分に定められた、運命なのだ。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコン破壊兵ボーンクラッシャー。彼の性格を一言で表すなら『方向性無き破壊衝動』という言葉がふさわしい。

 彼は理由などなく、オートボットも、ディセプティコンも、それ以外も、全てを等しく憎んでいるのだ。

その憎悪の向く先は破壊大帝メガトロンでさえ例外ではなく、しかしメガトロンへの恐怖がディセプティコンに彼を繋ぎ止めていた。

 だから、ゲイムギョウ界に跳ばされた今回も彼は変わらず周囲の全てを破壊したかったが、転送時のダメージがそれを阻んだ。

 ボーンクラッシャーは僅かな理性を最大限働かせ、手近な軍事基地にもぐりこみ、そこにあった兵器をスキャンした。

 ここで問題が生じた。彼のエネルギー不足と機能不全は深刻で、動くことは愚か通信も変形さえできなくなってしまったのだ。

 さらに、彼にとって不運だったのは彼がスキャンしたのが地雷処理車だったことだ。

 このゲイムギョウ界に置いて、地雷とは非常に珍しい兵器だ。

 かつて女神が争い合っていた時代、地雷は実戦に投入されるや、その有用性と同時に非道さも証明した。

 しかし地雷の作り出す地獄絵図を誰よりも忌避したのは、国の統治者たる女神たちだった。

 かくして地雷の開発、製造、使用は全世界規模で禁止され、徹底的に根絶された。

 地雷への対策として開発された地雷処理車もまたわずかな期間で無用の長物と化し、忌むべき地雷の記憶とともに忘れ去られた。

 軍事大国リーンボックスの、僻地の小規模な軍事基地に稼働しない状態で置かれているのを除いては。

 それこそがボーンクラッシャーがスキャンした地雷処理車である。

 この基地はリーンボックスでも僻地も僻地に位置しており、配置された兵もほんのわずかで、やる気も緊張感もない。

 ボーンクラッシャーが本物の地雷処理車と入れ替わっても、気づく者はいなかった。

 サイバトロンにいたころと変わらず全てを憎み、オートボットとディセプティコンとメガトロンに対する恨み言をため込みながら、ボーンクラッシャーはじっと救援が来るのを待っていた。

 彼は、己のディセプティコンにとって欠かせない戦力だと理解していたから。

 やがて基地に務める警備兵たちが、オートボットとディセプティコンの戦いについて噂し始めた。

 だが、助けはこない。

 ボーンクラッシャーは無能な仲間たちを憎んだ。

 プラネテューヌという所でオプティマスとメガトロンが激突したらしいという噂を聞いた。

 だが、助けはこない。

 ボーンクラッシャーは愚かなオートボットたちを憎んだ。

 ラステイションでコンストラクティコンたちが暴れていると言う噂を聞いた。

 だが、助けはこない。

 ボーンクラッシャーは呑気な有機生命体を憎んだが、同時に減りゆくエネルギー残量と上手くいかない自己修復が不安になってきた。

 ルウィーでドレッズが誘拐騒動を起こしたという噂を聞いた。

 だが、助けはこない。

 ボーンクラッシャーはひょっとして自分は見捨てられたのでは? と考え始めていた。

 有機生命体がオートボットとディセプティコンのことを噂しなくなった。

 だが、助けはこない。

 もう間違いない。自分は見限られたのだ。

 エネルギー残量はもう限界であり、自己修復は進まず、通信も変形も声を出すこともできない。

 身体が仮死状態(ステイシス・ロック)に入ろうとしている。

 ボーンクラッシャーは戦場で死ぬのは怖くなかった。むしろ、そういう死に方がいいと思っていた。

 だがこのままでは自分の運命は、誰にも気づかれず忘れ去られ、埃と錆にまみれてゆっくりと朽ちてゆく……

 

 嫌だ! そんなのは嫌だ! 誰か、誰か助けてくれぇええぇええッッ!!

 

 ボーンクラッシャーはステイシス・ロックに入る瞬間、生まれて初めてスパークから助けを求めて声にならない叫びを上げたが、それを聞く者はいなかった。

 

  *  *  *

 

 突然、ステイシス・ロックが解除された。

 エネルギーが補給され、最低限だが修理されたのだ。

 なんとかロボットモードに戻るが、姿勢制御が上手くいかずうつ伏せに倒れ込んでしまう。

 オプティックが機能を回復し、視界に映像がうっすらと映る。

 最初に飛び込んできたのは光だった。

 その中に、有機生命体の影が浮かんでいる。

 ボーンクラッシャーは有機生命体のことも憎悪していたが、なぜか今はまったく憎悪を感じなかった。

 それどころか、その有機生命体を『美しい』とさえ感じていた。

 頭部の何か長くて青い物が、光を反射してキラキラと輝き、オプティックから流れる透明な液体が上質なクリスタルのような光を放つ……少なくとも彼にはそう見えた。

 ボーンクラッシャーは生まれて初めて『美しい』という概念を理解した。

 

 一方その有機生命体、青い髪に眼鏡、頭に角のような飾りの女性、キセイジョウ・レイは不安で涙を流していた。

 後ろに立つフレンジーとバリケードの話によると、目の前のこのディセプティコンはとてつもない乱暴者だという。

 事実、長く太い腕と、特徴的な背中の三本目の腕に鋭い爪を備えた砂色の巨体は見るからにして恐ろしい。自分など、簡単に叩き潰せそうではないか。

 なぜかマジマジと自分を見つめていたボーンクラッシャーなるディセプティコンは、ゆっくりと立ち上がると、バリケードとフレンジーのほうを見た。

 そして、

 

「う、う、う、うおおおぉぉぉん!」

 

 大声を上げて泣き始めた。真っ赤なオプティックからウォッシャー液が流れ出す。

 

「うおおおん!! うおおおん!! 助げに来でぐれだのがぁ!」

 

 その姿をレイは唖然と見上げ、フレンジーとバリケードは顔を見合わせる。

 

「ありがどお! ほんどにありがどぉー!!」

 

「お、おう、礼にゃ及ばねえ……」

 

 泣きながら礼を言ってくるボーンクラッシャーに、フレンジーはなんとか声を出した。

 

「見捨てられだがどおぼったどー!!」

 

「いや、まあ、そのつもりだったんだが……」

 

 バリケードが気まずげに言った。

 メガトロンから、ゲイムギョウ界中に散ったディセプティコンの捜索を命じられたフレンジー、バリケード、レイの二体と一人だが、なにやら大規模な作戦の決行が近づいているらしく、そろそろ仲間の捜索を打ち切るようにと命令されたのだ。

 現状ではこれ以上探しても無駄かとフレンジーとバリケードは考えたのだが、

 

「この、レイちゃんが、ここに基地があったのを思い出してさ。最後に寄ってみることにしたんだけど、そしたらドンピシャリだ」

 

 フレンジーは少しいつもの調子を取戻し、軽い調子で言う。

 

「……そいつが?」

 

 ボーンクラッシャーはようやく泣きやむと、ウォッシャー液を拭い、身を屈めて硬直しているレイの顔をもう一度マジマジと見る。

 

「あんたが…… そうか、そうか!」

 

 そしてなぜか嬉しそうに言うと、姿勢を正す。

 

「あんたは俺の恩人だ! 俺は有機生命体が大嫌いだが、あんたは別だ!」

 

「は、はあ……」

 

 突然の宣言についていくことができず、レイは曖昧な声を漏らす。

 フレンジーとバリケードは再び顔を見合わせ、無言で同じ言葉を交わした。

 

 こいつ、こんなキャラだっけ?

 

 戸惑うレイを前にしても、ボーンクラッシャーの言葉は続く。

 

「何か、邪魔な物はないか? 嫌いな奴は? 恩返しに俺がぶっ潰してやるよ!」

 

 ボーンクラッシャーの言う『恩返し』の内容は多分に暴力的だった。

 

「あは、あははは……」

 

 レイは困って曖昧に笑うことしかできなかった。

 

  *  *  *

 

 ゲイムギョウ界の海のどこかに浮かぶ島、その地下深く、ここにディセプティコンの秘密基地が建造されていた。

 元々そこにあった地下遺跡を利用したそれは、臨時基地ながら規模、機能、ともに廃村に築いた基地とは比べものにならない。基地建設に従事したコンストラクティコンたちの技術力のほどがうかがえた。

 その基地の中枢に存在する司令部。

 宗教的な施設だったと思しい円形の部屋の中央に、トランスフォーマーサイズの円卓と、それに一体化したホログラム発生装置が設置され、扉から見て奥にはメガトロンのための椅子が据えられている。その後ろには壁に直接、ディセプティコンのエンブレムが彫り込まれていた。

 あるいはかつて神聖な場所だったのかも知れないそこは、今や破壊大帝の玉座の間と化していた。

 メガトロンは玉座に腰かけてオプティックをつぶり、その正面にはトンガリ帽子に黒衣の女性が誰もが恐れる破壊大帝を物怖じせず見上げていた。

 

「それで、戦力は整ったのだな」

 

 黒衣の女性が言葉を発すると、メガトロンは閉じていたオプティックを開ける。

 

「うむ、今度フレンジーたちが回収してくるので、とりあえずはな」

 

 実際には、まだ見つかっていないディセプティコンはいる。

 メガトロンの腹心の一体である科学参謀と、斥候が一体。

 特に科学参謀が見つからなかったのは痛いが、仕方がない。

 

「……貴様の策、上手くゆくのだろうな?」

 

 メガトロンは黒衣の女性を睨みつける。

 対して女性は不敵に答えた。

 

「もちろんだ。この作戦で女神どもはもちろん、目障りなオートボットどもも一網打尽にしてくれる!」

 

 自信満々でほくそ笑む黒衣の女性だが、メガトロンは視線を合わせず黙考する。

 この女の策は、たしかに女神に対して有効な手だ。

 それにディセプティコンの技術を合わせれば、オートボットをも打倒し得る。

 加えて、この女の女神を倒し自分こそが世界の頂点に立とうと言う、その気概は気に入っている。だが、それゆえに彼女が自分の下につくことはないということも理解していた。

 現在も彼女はディセプティコンに従っているわけではなく、対等な同盟者ということになっているのだ。遠くない未来には敵同士になるだろう。

 

 油断は禁物だな……

 

 そう思考したところで、通信が入った。

 

『メガトロン様! フレンジー、バリケード、ただいま戻りました! 無事ボーンクラッシャーを回収しましたぜ!』

 

 フレンジーからだった。

 

「入れ」

 

 メガトロンは鷹揚が言うと司令部のトランスフォーマーサイズの自動扉が開き、フレンジーとバリケード、ボーンクラッシャーが入室してきた。

 どういうわけか、ボーンクラッシャーはキセイジョウ・レイを恭しく腕に抱えている。

 

「あ、あの降ろしてください……」

 

「おう!」

 

 レイが控えめに声を出すと、ボーンクラッシャーはそっと彼女を降ろした。

 バリケードはどこ吹く風だが、なぜかフレンジーは微妙に不機嫌そうだ。

 一連の流れを訝しげに見ていたメガトロンだったが、整列した兵士たちに声をかける。

 

「フレンジー、バリケード、御苦労だった。ボーンクラッシャーも無事だったようだな」

 

「「「ははッ!」」」

 

 三体のディセプティコンは跪き、頭を垂れる。

 

「おまえたちは待機しておれ。命令は追って伝える」

 

「「「了解!」」」

 

 メガトロンの言葉に、兵士たちは合意する。

 破壊大帝の言葉に逆らうなど、あるはずがない。

 

「あ、あの~」

 

 と、オズオズと声を出す者がいた。

 レイだ。

 

「………………なんだ?」

 

 たっぷりと間を置いてから、メガトロンは顔を動かさず視線だけレイに向ける。

 

「ひッ! ……あ、あの、私ってもう、お役に立ちませんよね?」

 

 その言葉に、メガトロンは顔をしかめ、フレンジーとバリケード、ボーンクラッシャーは固まった。

 ディセプティコンにおいて役に立たないとは、死を意味するからだ。

 

「そうだな。おまえがいても、なんの役にも立つまい」

 

 レイの言葉に答えたのは玉座に座る破壊大帝ではなく、いつのまにかレイのそばまで来ていた黒衣の女性だ。

 

「はっきり言って、いないほうがマシだな」

 

「で、ですよねー」

 

 見下したような顔の黒衣の女性に、レイは愛想笑いで返す。

 その横ではボーンクラッシャーが立ち上がったのを、バリケードが抑えている。

 メガトロンはレイから視線を外さないまま、黙っていた。

 

「つ、つまりですね、私もう、ここにいる意味ありませんし、家に帰っても……」

 

「ダメだ」

 

 レイの言葉を突然メガトロンがさえぎった。

 

「な、なんでですか!?」

 

「なんででもだ。……逃げれば殺す」

 

 それだけ言うと、話は終わりだとばかりにオプティックを閉じる。

 

「そんな……」

 

 レイは糸が切れたように床にへたり込む。

 ディセプティコンを全て集めれば、解放される。この恐ろしい怪物から逃れられるだろうという儚い望みだけがレイを支えていたのだ。

 そんな彼女を、黒衣の女性は汚い物を見る目で見下ろしていた。

 

「まあいいじゃん! 俺たち、結構レイちゃんのこと好きだぜ!」

 

 フレンジーが両腕を広げて陽気に言うが、バリケードは皮肉っぽく嗤う。

 

「そうだな。ペットとしては、まあまあな」

 

「ペット……」

 

 レイは虚ろな表情で呟く。

 

「なんだと! バリケードてめえ! 俺の恩人に向かって……!」

 

「おいおいバリケード! そりゃ言い過ぎだろ! レイちゃん気にすんなって! こいつ仲間にはいつもこの調子なんだよ!」

 

 ボーンクラッシャーがバリケードに掴みかかり、フレンジーが軽い調子で言う。

 しかし、バリケードは皮肉な笑みを消さない。

 

「何か間違ったこと言ったか? まさかおまえら、そいつのこと本当に仲間だの恩人だのって言ってるわけじゃないよな? ……ディセプティコンのくせに」

 

 その言葉に、ボーンクラッシャーは振り上げた右腕を止め、フレンジーはバツが悪そうに黙りこむ。

 そして、興味なさげにオプティックを閉じたままのメガトロンを盗み見た。

 金属生命体にとって、ことさらディセプティコンとその支配者にとって、有機生命体は下等なムシケラに過ぎない。

 それを軍団が、すなわち破壊大帝が必要とする以上に構うのは、この冷酷な支配者の気に障りかねない。それはディセプティコンに属する者にとって、最大の恐怖だ。

 ボーンクラッシャーはバリケードから手を放し、フレンジーは気まずげにレイを見る。

 レイの顔からは、いっさいの表情がなくなっていた。

 そしてゆっくりと立ち上がると、フラフラとした足取りで部屋の出入り口に向かって歩いて行く。

 

「……逃げるなよ?」

 

 メガトロンは、オプティックを片方だけ開けて言った。

 

「逃げませんよぉ」

 

 レイは振り返らず妙に明るい声を出した。

 

「あ、あのレイちゃん……」

 

 フレンジーが意を決したようにレイに声をかけるが、レイは歩みを止めない。

 

「……少し、一人にしてください」

 

 部屋を出る直前にようやく出したその声は、やはり無理をしているかのように明るいものだった。

 

「ペットにも、お休みは必要ですから」

 

 そして、部屋から退出した。

 黒衣の女性は嘲笑を浮かべ、バリケードは皮肉っぽく肩をすくめ、ボーンクラッシャーは自問自答するように頭を掻き、フレンジーは茫然と扉のほうを見つめていた。

 鋭く細められたメガトロンのオプティックが、レイのことをジッと見ていたことに気が付いた者はいなかった。

 

  *  *  *

 

 レイはおぼつかない足取りで広大な基地の中を歩き、自分にあてがわれた部屋に戻った。

そこは金属とコンクリートの壁がむき出しになり、家具の一つもない殺風景を通り越して人間の生活する場所とは思えない部屋だ。

 辛うじて粗末な水道と薄い毛布の存在が、ここに『生き物』がいるということを示していた。

 毛布を拾い上げると、それを頭からかぶり照明も点けずに壁にもたれて座り込む。

 表情は虚ろで、目は何も映していない。

 しばらくそうしていたが、やがて誰にともなく感情のこもっていない声で呟いた。

 

「…………逃げよう」

 

 それは決意をしてと言うよりは、他にすることがないからとでも言うような、空虚な言葉だった。

 

  *  *  *

 

 逃げることにしたのはいいが、どうすればいいかは分からない。

 基地の中を彷徨うレイに計画などなかった。

 いくつめかの角を曲がろうとしたところで、その先からトランスフォーマー特有の重く大きい足音が聞こえて来た。

 レイは立ち止まり、影に身を隠す。

 

「メガトロン様、よろしいでしょうか?」

 

 声が聞こえてきたかと思うと、足音が止まる。

 その声はレイの記憶が確かなら、コンストラクティコンのリーダー、ミックスマスターのものだ。

 

「ミックスマスターか、どうした?」

 

 メガトロンの地獄から響いてくるかのような低い声がした。

 

「へえ、御報告しておきたいことが……」

 

「申せ」

 

 へつらうようなミックスマスターの声に、メガトロンは短く言った。

 

「へえ、第5区画の拡張工事をしていたところ、別の人口的な空間と繋がっちまいまして、どうやら古い坑道跡みたいなんです」

 

「それがどうした」

 

 メガトロンの声は冷たい。

 

「へ、へえ! それが、その坑道、どうやら『上』に続いてるらしく…… へたすると人間どもが入り込んでくる可能性が……」

 

「ならば、埋めてしまえばよかろう。つまらんことで俺に時間を割かせるな」

 

 それだけ言うと、メガトロンは再び歩き出したらしく、重い足音が聞こえはじめ、そして遠ざかって行った。

 

「カーッペッ!」

 

 足音が完全に聞こえなくなったところで、ミックスマスターの不機嫌そうな声が聞こえた。

 

「まったく、威張り腐りやがって! 誰がこの基地を造ってやったと思ってんだ! 穴埋めんのだって大変なんだぞ! これだから苦労知らずの戦闘馬鹿は……」

 

 グチグチと呟きながら、ミックスマスターの声も遠ざかって行った。

 レイは壁の影に身を隠したまま、今の会話について考える。

 今のが本当なら、外に通じる道がある。

 この場所は元々、レイの知っている場所だ。

 外にさえ出られば人間がいるはず。

 

「出られる…… 逃げられる……!」

 

 レイは心にわいてきた希望のままに、考えもなく駆け出した。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコン基地の長い通路を、フレンジーとバリケード、ボーンクラッシャーの三体が歩いていた。

 三体とも布に包まれた荷物を抱えている。

 

「ま~ったく! メガトロン様もあんなに脅しちゃ、レイちゃんだって引いちまうのが分かりそうなもんだよな!」

 

「……おう」

 

 先頭を行くフレンジーの言葉に、ボーンクラッシャーはボソボソと答える。

 

「おまえもおまえだぜ、バリケード! ペットはねえだろ、ペットは!」

 

「フン」

 

 相方の言葉に対し、バリケードは小さく鼻を鳴らすような音を出した。

 

「しかし、ボーンクラッシャーが手伝ってくれるとはな~。おまえもっと協調性のない奴だと思ってたぜ!」

 

「……間違っちゃいないな」

 

 意外そうなフレンジーに対し特に否定はしないボーンクラッシャー。

 三体のディセプティコンは、荷物を抱えたまま進んでいく。

 そして、ある部屋の前で止まった。

 そこはキセイジョウ・レイにあてがわれた部屋だった。

 

「へへッ、レイちゃんもこれ見りゃ少しは機嫌治すだろ!」

 

「……そうだと、いいなあ」

 

「どうだかな」

 

 陽気にフレンジーが言うと、ボーンクラッシャーとバリケードはそれぞれ返す。

 どうやら手にした荷物はレイへの贈り物であるらしい。

 どういう風の吹き回しか、ディセプティコンらしからぬことだ。

 

「レ~イちゃん! 入るぜ~! ……あれ?」

 

 フレンジーが陽気に声を出して部屋に入るが、そこにレイの姿はなかった。

 部屋の中には隠れるような場所もない。

 

「あれ~? どこ行ったのさ~? ………まさか!?」

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの基地にはメガトロン以外には限られた者しか入ることを許されない部屋がある。

 かなり広いドーム状の空間になっていて、外周にそって機械が設置され、中央にはあの幾何学模様の球体が安置されている。

 球体の下部には何本ものチューブが接続され、地熱から得たエネルギーを絶えず球体に供給していた。

 球体はまるで鼓動するように青く明滅を繰り返している。

 その球体の前にメガトロンが立っていた。

 

「……これでも、まだ駄目か」

 

 メガトロンは、球体の表面を撫でながら、どこか残念そうに言った。

 

「エネルギー変換機で作った疑似エネルゴンだと、エネルギー効率があまり良くないみたいですからね……」

 

 機械を操作していたスタースクリームが、こちらも嘆息混じりに声を出した。

 

「まあいい。今度の計画が上手くいけば、『コイツら』にもたらふくエネルギーを与えてやれるわ」

 

 メガトロンは一つ排気すると、傲然とした言葉を発した。

 

「上手くいけば、だけどな……」

 

 スタースクリームはメガトロンに聞こえないように小さく言うと、機械を自動維持モードにする。

 

「チームリーダーを集めろ。作戦に向けてミーティングをするぞ」

 

 副官である航空参謀に向けそう言うとメガトロンは球体に背を向けて歩き出す。

 

『めめめ、メガトロン様! た、大変です!』

 

 そこへ、フレンジーから緊急通信が入って来た。

 飄々とした彼らしくない慌てた声だ。

 

「フレンジーか、どうした」

 

『レイちゃんが! レイちゃんがいないんです!!』

 

「なんだと!?」

 

 声を荒げるメガトロン。

 ただでさえ恐ろしいその声が、さらに危険な響きを帯びる。

 

『基地の中はあらかた探しましたけど、見当たりません!』 

 

「あの女を見張るのが、貴様の任務だろうが! 何をしておった!!」

 

『ももも、申し訳ございませぇぇぇんん!!』

 

 破壊大帝の怒号に、必死で謝るフレンジー。

 

「もうよいわ! 貴様はそのまま基地の中を探せ!!」

 

 通信を切り、メガトロンは怒り心頭ながらもブレインサーキットを回転させる。

 この基地の出入り口は固く閉じられている上に、見張りもいる。

 通風孔や上下水道も、侵入も脱走もできないようになっている。

 ならば、あの女の行く先は……

 

「あの坑道か!」

 

 思い当ったメガトロンは、怒りのままに大股に歩いていく

 その背にスタースクリームが声をかけた。

 

「あ! ちょっと、メガトロン様! ミーティングはどうするんですか!?」

 

「後だ! あの女め! 俺が直接捕らえてくれる!!」

 

 部屋を出て行くメガトロン。

 一体残されたスタースクリームは、何事かを思いついたかのようにニヤリと顔を歪める。

 

「坑道、ね」

 

 その笑みは、酷く楽しそうだった。

 

  *  *  *

 

 そしてここが問題の坑道。

 かなりの広さのあり、あちこちに飛び出た鉱石が光り輝いていて地下にも関わらずある程度の明るさがある。

 

「はあッ…… はあッ……」

 

 レイはここを夢中で進んでいた。

 坑道の入り口で見張りをしていたロングハウルはオイルの飲み過ぎでスリープモードに入っていた。望外の幸運だ。

 しかし坑道の床は土がむき出しでデコボコとしており、なかなか思う様に歩けない。

 増してどんくさいレイのこと、すでに結構な時間坑道内を進んでいるにも関わらず、出口に辿り着けていなかった。

 一本道で迷うことはないのが、せめてもの救いだ。

 

「もうすぐ…… もうすぐよ……」

 

 泥だらけになり肩で息をしながらも、顔に笑みが浮かぶ。

 これでメガトロン、あの恐ろしい怪物ともオサラバだ。

 だが、ズシンズシンと重い足音が背後から響いてきた。

 レイが顔を真っ青にして振り返ると、遥か後ろの暗闇に赤い光が見える。

 ディセプティコンのオプティックだ。

 慌てて走り出すが、足音はどんどん近づいて来る。

 生存本能の命ずるまま、両足に力を込めてレイは全力疾走する。

 

「あうッ!」

 

 だが床から飛び出した鉱石につまずき、転んでしまう。

 必死に立ち上がろうとするが、重い足音がすぐ後ろまで来て止まった。

 レイがゆっくり後ろを向くと、そこには斜めに傷の走った悪鬼羅刹の如き恐ろしい顔があった。

 

「女ぁ、 命令に背いたなぁぁ!」

 

 地獄の底から響いてくかのような重低音の声が、レイの鼓膜を叩く。

 怒りに満ちたメガトロンの手がレイに伸ばされる。

 

 その時である!

 

 突如としてどこからか爆発音が聞こえて来た。

 レイの身体に指先が触れる寸前、メガトロンの動きが止まった。

 

「いかん!」

 

 メガトロンの声には余裕がなかった。

 坑道全体が揺れ、崩れ始める。

 恐怖と絶望のあまり意識を失いかけているレイの頭上に大量の土砂が落ちてくる。

 

「あ……」

 

 意識を失う瞬間、レイが最後に見たのは自分に覆いかぶさるようにして土砂を受け止める、灰銀の巨体だった。

 




メガトロンの話のはずが、なぜかボーンクラッシャーとレイが目立ってますね。
おかげでメガトロンのエピソードがマルっと次回に。

さて次回の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、

『いつものスタースクリーム』
『そのころのメガトロン』
『そして、このザマである』

で、お送りいたします。
ご意見、ご感想、マジでお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 暗闇の中で part2

今回の内容を簡単に表すと

オール・ハイル・メガトロン!! に尽きます。

いつにも増して捏造だらけ。


 ディセプティコン下級兵リンダ、通称下っ端の一日は、その多くを洗車に費やされる。

 ただの洗車ではない。ビークルモードのディセプティコンたちを洗うのである。

 幸か不幸かリンダは洗車が上手かった。

 その他、おおよそ雑用と言える仕事は一通りこなす。

 夢見ていた悪の花道とはずいぶん違うが、特に文句はなかった。

 と言うか文句なぞ出ようはずもない。

 ドレッズに連れられてメガトロンに引き合わされた瞬間、リンダは破壊大帝に絶対の忠誠を誓った。

 命の危険を感じたというのもあるが、メガトロンがかつて遭遇したことのない強烈な存在感を放っていたからだ。

 彼こそは、リンダが憧れる大悪人そのものである。

 そんなわけで彼女は今日も一人前のディセプティコン目指して精進するのだった。

 

「ほ~ら、ハチェット! 気持ちいいか~?」

 

「ガウ! ガウガウ!」

 

「そうかそうか~、気持ちいいか~!」

 

 戦闘機姿のハチェットの背に乗り、ブラシで機体を擦ってやる。

 やはりと言うか、リンダがディセプティコンのなかでもっとも仲がいいのはドレッズの面々だ。

 彼らはリンダの洗車の腕を特に気に入っていた。

 ハチェットの身体を隅々まで洗ってやり、よしよしと頷く。

 そこに、巨大な戦車が部屋に入ってきた。

 俗に言う第三世代戦車で、緑色を基調とした迷彩柄であり、副砲やらミサイルポッドやらがゴテゴテととりつけられている。

 もちろん、このディセプティコン基地にいるからには、ただの戦車のはずがない。

 

「うっす、ブロウルさん! お疲れ様です!」

 

 リンダが戦車に向かって頭を下げると、戦車はギゴガゴと音を立ててロボットモードに変形する。

 背中に副砲、両腕にガトリング、肩にミサイルポッド、そして右腕に主砲。全身武器の塊とでも言うべきそのディセプティコン、ブロウルはリンダに向かって豪快に笑った。

 

「おう! 新入り! なかなか頑張ってるみたいじゃねぇか!」

 

 ディセプティコンとしては優しくリンダに声をかける。

 

「はい! 頑張らせていただいてます!」

 

 リンダが直角にお辞儀をすると、ブロウルは頷く。

 

「よしよし! 新兵たる者、礼儀が大事だ! クソみてえな頭でも、そこは分かってるらしいな!」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 このブロウルなるディセプティコン、かなり軍人的に暑苦しく口が悪いのだが、元々裏社会育ちのリンダからすれば、別にどうと言うことはない。

 

「よし! じゃあ俺の車体も洗ってもらおうか!」

 

「うっす! 洗わしてもらいます!」

 

 再び戦車の姿に戻ったブロウルに、リンダが水をかけようとした時である。

 

『あッあ~ッ! ディセプティコン総員集合せよ! 繰り返す、ディセプティコン総員集合せよ! 緊急事態である!』

 

 基地内放送で、こんな声が聞こえてきた。

 

「この声は……」

 

「スタースクリームの野郎だな」

 

 首を傾げるリンダの言葉を、ブロウルがロボットモードに変形して継ぐ。

 

「ガウガウ?」

 

 ハチェットもロボットモードである四足獣の姿になり首を傾げる。

 

「ああ、そうだなハチェット。……いったいなんなんでしょう、ブロウルさん」

 

「さあな。どうせ碌でもないことだろうよ」

 

 リンダとブロウル、そしてハチェットは疑問に思いつつも移動し始める。

 スタースクリームはあんなんでもナンバーツーであり、その命令に従うべき上官なのだ。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコン基地内の集会室、かつて遺跡の主たちが健在だったころにも、同じように大人数が集まるために使われたのだろう広大な空間に、ディセプティコンが集結していた。

 大小合わせて21体もの金属の異形が居並ぶ光景は、圧巻としか言いようがない。

 そして集会室の奥の一段高くなっている場所に、航空参謀スタースクリームが陣取り軍団を睥睨していた。

 全ての兵士が集まったのを確認したスタースクリームは重々しく言葉を発する。

 

「諸君! 由々しき事態だ! 我らの指導者、破壊大帝メガトロン様が崩御されたのだ…… つまり死んだ!」

 

 その言葉に、ディセプティコンたちがざわつく。

 

「メガトロン様は、逃亡した有機生命体……名前はなんつったけか? まあ、どうでもいいか……とにかく! 逃亡者を自ら追われ、そしてそこで思わぬ事故に遭われたのだ!」

 

 スタースクリームは自分の言葉が兵士たちに浸透するのを見計らって言葉を続ける。

 

「せまく、脆い坑道に考えもなしにお進みになり、そこで突然起きた崩落に巻き込まれてペシャンコになったのだ…… だが諸君! 嘆くことはない! これからは、このスタースクリームが新たな指導者としてディセプティコンを率いて……」

 

「待て! スタースクリーム!」

 

 だんだんと自分の言葉に酔ってきたスタースクリームを遮る者がいた。

 

「なんだ! ブラックアウト!」

 

「貴様! 正気で言っているのか!」

 

 それはディセプティコン空挺軌道兵ブラックアウトだ。

 メガトロンの忠臣たるヘリ型ディセプティコンが、この事態に黙っているはずがない。

 

「本当にメガトロン様が事故に遭われたというのなら、すぐにお救いせねばなるまい! こんな所で油を売っている場合か!」

 

 ブラックアウトの言葉に、周囲のディセプティコンたちも同意を示す。

 だが、これもスタースクリームにとっては想定の内だ。

 

「あ~、テメエの言うことはもっともだ。だが、ここはまず専門家の意見を聞いてみようじゃねえか。……ミックスマスター!」

 

「おう!」

 

 スタースクリームの呼び出しに、ディセプティコンたちの中からコンストラクティコンのチームリーダーが進み出る。

 

「ああ~、メガトロン様が事故に遭われた坑道は非常に危険であり、いかなる手段をもってしても救出は不可能なものであ~る!」

 

 芝居がかった口調のミックスマスターに、ブラックアウトは逆上した。

 

「貴様! それでも栄えあるディセプティコンの一員か! 不可能でもなんでもメガトロン様を救い出すのだ!」

 

「兄者の言うとおりだ。メガトロン様の救出計画を練るべきだろう」

 

 ブラックアウトの隣に立っているグラインダーも、義兄の言葉に同調する。

 だが、スタースクリームは小馬鹿にしたように嗤う。

 

「残念だが、それは無理だ。なぜなら、俺が無理だと判断したんだからな」

 

「スタースクリーム、貴様……! 何の権限があって……!」

 

「権限ならあるんだよ! メガトロン『先』破壊大帝の不在の際には、全軍の指揮権はナンバートゥーである俺様にあるんだからな!!」

 

 スタースクリームの言葉に、ブラックアウトは両腕の武器を展開する。

 だが、黒いヘリ型ロボがプラズマキャノンを発射するより早く、一瞬にしてブラックアウトの懐へ接近したスタースクリームは丸鋸と化した右腕を振るう。

 

「ぐわぁあああッッ!!」

 

 胸の装甲を大きくえぐられ、ブラックアウトはのけ反る。

 

「兄者!!」

 

 グラインダーがローターブレードを起動するが、一瞬早くスタースクリームの放ったミサイルが銀のヘリ型ロボに襲い掛かる。

 

「がぁあああッッ!!」

 

 爆発とともに後ろに倒れるグラインダー。

 弟の危機にブラックアウトがスタースクリームに掴み掛ろうとするが、スタースクリームは背中のブースターを吹かし一瞬にして宙に舞いあがりそれをかわすと、回し蹴りを放って自分より大きなヘリ型ディセプティコンを転倒させ、その身体を踏みつける。

 その瞬間、背後からスコルポノックが飛びかかったが、スタースクリームは余裕で叩き落とした。

 

「他に、俺様の決定に逆らう奴はいるか?」

 

 もがくブラックアウトの背をグリグリと踏みつけ、スタースクリームは酷薄な笑みを浮かべる。

 腐っても航空参謀、ディセプティコンでも屈指の実力者なのだ。

 スタースクリームの問いに答える者はいなかった。

 一瞬、ほくそ笑むミックスマスターとオプティックが合い、互いにニヤリと笑う。

 お分かりのことと思うが、坑道を崩したのは他ならぬスタースクリームだ。

 メガトロンに不満を持っていたミックスマスターを抱き込み、共謀して破壊大帝を葬り去ろうと言うのである。

 兵士たちの沈黙を自分への文句がないと判断し、スタースクリームは高笑いする。

 ヘリ兄弟を片づけた今、他に文句を言いそうな情報参謀は空の上、科学参謀は行方不明。

 仮にメガトロンが生きていたとしても、あそこから生還するのは不可能だ。

 もはや自分に逆らう者はいはしないのだ!

 

「ひゃはは、ひゃは、ひゃ~っはっはっはっはっはっ!!」

 

 完全勝利に酔いしれるスタースクリームはこれから始まる栄光の日々を夢想し、それゆえに小柄なフレンジーと戦闘にしか興味がないはずのボーンクラッシャー、皮肉屋だが日和見的な部分のあるバリケード、有機生命体の下級兵などがいなくなっていることに気付かず、後で気付いても大したことではないと考えた。

 

  *  *  *

 

「う……ん」

 

 レイがゆっくり目を開けると、そこは暗闇の中だった。

 鉱石が光っていてある程度の明るさはあるが、それでも暗い。

 そう言えば、この光る鉱石が発する特殊な磁気がオートボットからの発見を阻むという話だったと思い出した。閑話休題。

 突然坑道が崩れ出したところまではおぼえている。

 あの時、何か有り得ないものを見た気がする。

 違和感を感じて顔に手をやると、眼鏡がなかった。伊達とはいえ気に入っていたのに……

 頭を振って意識をはっきりさせると、そこがある程度の広さのある空間だと分かった。だが出口はない。

 崩落で埋まってしまったのだ。ここは奇跡的に崩れずにすんだ空間に違いない。

 そして、レイの目に灰銀色の巨体、その背中が飛び込んできた。

 

「め……!」

 

 メガトロン!

 

 恐怖のあまり体が固まる。

 だがメガトロンは意にも介さず、土砂の壁に向かって何か作業を続ける。

 土をかき分け、石をどけ、鉱石を砕く。穴を掘っているのだ。

 

「…………気がついたか」

 

 メガトロンは振り返らずに声を発した。

 それが自分に向けられたものであることを理解するのに、少し時間がかかった。

 

「なぜ、逃げた?」

 

 レイが返事を絞り出すより早く、やはりこちらを見ずにメガトロンは疑問を口にした。

 

「逃げれば殺すと言ったはずだぞ」

 

 本気で分かっていないらしい破壊大帝に、レイは怒りがフツフツとわきあがるのを感じる。

 どうせもう助からないのだ。

 このまま、空気がつきて窒息するか、また崩落して潰れるか、メガトロンに殺されるか、それが自分の運命だ。

 

 ならば、死ぬ前に言いたいことぶちまけてから死んでやる!

 

 レイの中で、かつてないくらいの怒りが渦巻いていた。ヤケを起こしているとも言う。

 

「なんで逃げたかって? 逃げますよそりゃ!!」

 

 大声を出すレイに、メガトロンは一瞬動きを止めるが、すぐに穴掘りを再開する。

 こちらも構わず、レイは大声を出し続ける。

 

「私は市民運動家なんですよ! しーみーんーうーんーどーうーかー!! 分かってますか!? そりゃ大したことはしてなかったかもしれないけど、自分なりに頑張ってたのよ!!」

 

 途中から敬語がなくなっていることに気付かず、レイは腹の底から叫ぶ。

 

「なのに、アンタに捕まってからこっち、変なモノ口に突っ込まれるわ、廃墟ライフ送る破目になるわ、世界中引きずり回されるわ、犯罪の片棒担がされるわ、もうさんざん!!」

 

 目じりを限界まで吊り上げ、メガトロンを睨みつける。

 いつのまにかメガトロンはレイのほうに振り返り、興味深げにこちらを眺めていた。

 それが気に食わず、レイの怒りがさらに高まる。

 

「挙句の果てに、ムシケラ!? ペット!? ふざけんな!! 聞いてんのか、このスクラップ! ガラクタ! くず鉄ーーー!!」

 

 思えば、誰かに怒鳴り散らすなんて初めてだった。

 言いたいことを全て言って、レイは目を閉じる。

 ここまで言ったのだ。メガトロンは怒りをあらわにしてレイに襲い掛かり、彼女の身体を一瞬にして挽肉(ミンチ)に変えてしまうだろう。

 だが覚悟していた最後はいつまでたってもこなかった。

 訝しく思ったレイが目を開けると、メガトロンは楽しそうにニヤニヤと顔を歪めていた。

 

「それだけ喚く元気があれば、まだ当分は大丈夫そうだな」

 

 それだけ言うと、再び土砂を掘り始める。

 その姿がなんだかムカついて、レイはムッとしてしまう。

 

「……だいたい、あなた故郷を滅ぼしちゃったんでしょう? フレンジーさんから聞いたわよ」

 

 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、レイは侮蔑を込めて言う。

 世界を滅ぼすほど戦争を繰り広げ、挙句別世界に来てまで戦い続けるなんて馬鹿げてる。

 

「なのに、なんで戦い続けるわけ?」

 

 もはや恐怖から解放されたレイがたずねると、メガトロンは答えた。

 

「運命を変えるためだ」

 

「運命……?」

 

 レイには理解できなかった。

 

「変えられないから、運命でしょう?」

 

 当然とばかりに、レイは言った。

 例えば女神、彼女たちは国を統治することを決められている。

 それが女神の運命であり、どうあがいても逃れることはできない。

 たとえ本人に、その覚悟と資質がなかったとしても。

 だから昔も……

 

「ッ!?」

 

 そこまで思考したところで、強烈な頭痛がレイを襲った。

 地面に蹲り、頭を押さえる。

 

「どうした?」

 

 メガトロンが振り返らずに聞いてきた。

 

「な、なんでもない。それで、運命を変えることなんてできると思ってるの? そんなこと不可能だわ」

 

 頭痛の原因は自分でも分からなかったが、立ち上がり酷く冷めた調子で、レイは言った。

 

「変えて見せるとも。不可能など、超えてくれる。さしあったては、このまま地の底で死ぬなどという運命からだ」

 

 メガトロンの言葉には、ただ『するべきだからする』とでも言うような響きがあった。

 話にならない。レイは話題を変えることにした。話し続けていないと気が狂いそうだったから。

 

「ずいぶんと、穴掘りが上手いのね」

 

 メガトロンは黙々と穴を掘り続ける。かき分けられた土砂に埋もれないよう、レイはその背を追って移動する。

 破壊を専門とするはずのメガトロンの穴掘りは、妙に手慣れた感じだった。

 

「……昔」

 

 メガトロンは手を止めずに話し始めた。

 いかな破壊大帝と言えど、気を紛らわしたかったのかもしれない

 

「我々の基準から見ても、遠い遠い昔、俺は鉱山で労働していたのだ」

 

 一瞬、レイは耳を疑った。

 漠然と、この怪物は生まれた時から戦い続けているのだと思っていたからだ。

 

「だから穴掘りは得意だ」

 

 メガトロンは少しだけ得意そうだった。

 

「……なるほど、古き良き過去の思い出ってわけね」

 

 少しだけレイは羨ましかった。レイにはそんなものないから。

 しかし、メガトロンの纏う雰囲気が不機嫌な物に変わった。

 

「フン! 古き良き……だと? そんな良い物じゃなかったな」

 

 メガトロンは何か、激情を抑えるかのように体を振るわせた。

 

「毎日毎日、トランスフォーマーのセンサーでも見通せないような暗闇のなかで、硬い岩盤を掘り進むのだ。坑道のあちこちから前触れなく高熱のガスが噴き出して、俺たちの身体を容赦なく焼いた」

 

 その声には、激しい怒りと憎しみがこもっていた。

 

「採掘に使う器具は劣悪で、しょっちゅう暴走を起こしては死者を出していた。無理な採掘のせいで、いつもどこかで崩落が起こり誰かが潰されていた。……だが、器具の交換も救助活動もなかった。鉱山の持ち主たちにとっては、俺たちを死なせておいたほうが、最新の機器を導入したり救助に時間と人手を割くよりも安上がりだからだ」

 

 メガトロンの言葉に、レイは自分がその鉱山にいるような錯覚に襲われた。

 どれだけ苦労しても報われず、最後にはゴミのように死んでいく、希望など見いだせない地獄のような日々。

 

「エネルギーも碌に与えられず、エネルギー切れや負傷で動けなくなった奴は『リサイクル』された…… 分かるか? 俺の仲間たちは発電機だの、変圧器だのにされたんだ!」

 

 メガトロンの声にだんだんと熱がこもってくる。

 おそらく、彼にとって鉱山での日々は忘れたくても忘れられないものなのだ。

 

「仲間たちが集まって、暴動を起こしたこともあった。だがいつも失敗だった。暴動に参加した奴らは残らず殺され、代わりにあちこちのはみ出し者が送られてきた」

 

 この言葉を聞いた時、レイはメガトロンもその暴動に参加したのだろうと思った。

 屈強な鉱夫たちの先頭に立ち、暴れ回る若き日の破壊大帝の姿がありありと浮かんでくる。

 だがメガトロンが次に出した言葉はレイの想像を裏切る物だった。

 

「……しかし、俺は、俺は暴動に加わったことはなかった」

 

「……なんで?」

 

 レイは思わず口に出してしまった。

 そんなの全然、破壊大帝メガトロンらしくない。

 

「俺は、いつも思っていたのだ。これが、俺の運命だと」

 

「運命……」

 

 メガトロンの土砂を掘り進んでいく早さが早くなっていく。

 

「暗い地下で、誰に認められるでもなく穴を掘り続け、そして死んでいく。それは変えることができないのだと。定められた運命なのだと。そう自分に言い聞かせていたのだ」

 

 土をかき分け、

 

「ある時、またしても坑道が崩落した。それに巻き込まれたのは……俺だった」

 

 石をのけ、

 

「しかし、奇跡的に俺は生き延びた。僅かな隙間に入り込んでいたのだ」

 

 岩を砕く。

 

「それって……」

 

 レイは茫然と声を出した。

 

「まるで今のよう、だな。だが今と違い、僅かな光さえない完全な暗黒。いつもの如く救助はこないし、とても掘り抜けるような量と硬さの土砂ではない。俺はスパークが絶望に囚われるのを感じた、ここで死ぬのが俺の運命なのだとな」

 

 しかしメガトロンの表情はいつしか純粋な笑みになっていた。

 

「だが、俺の中の何かが、生存本能だかブレインサーキットのバグだか知らんが、何かが俺を突き動かしたのだ。俺は必死になって穴を掘った。何度も何度も諦めそうになった。だが諦めなかった!!」

 

 レイは自分が、いつの間にかメガトロンの物語に魅了されていることに気が付いた。

 

「そして、ついに! 俺は最後の岩盤を砕いて地上に出た!」

 

 メガトロンのオプティックが爛々と輝く。

 

「あの時見た星空の美しさは今でも記憶回路に保存してある。あの時、俺は知った!」

 

 今のメガトロンのオプティックは土砂でも暗闇でもなく、その星空を映している。

 なぜかレイにはそう思えた。

 

「空の高さを! 世界の広さを! そして運命とは、自分自身の力で切り開くものなのだということを!! 誰が、何と言おうと、俺にとってはそれこそが真実だ!!」

 

 心から、彼ら流に言うならスパークから誇らしそうにメガトロンは笑う。

 だが次の瞬間、メガトロンはしまったというような素振りを見せる。

 

「……フン、少し無駄話が過ぎてしまったわ! おい、貴様!」

 

 その言葉にレイの意識も、異星の星空からゲイムギョウ界の地中へと引き戻される。

 

「レイです」

 

「では、レイ! このことは誰にも言うなよ! 言ったら……」

 

「殺すんでしょう? はいはい」

 

 どこか軽いレイの言葉に、メガトロンはフンと排気して再び土砂と向き合う。

 先はまだ長そうだ。

 

  *  *  *

 

 ボーンクラッシャーはひたすらに穴を掘っていた。

 ディセプティコン基地の外へいったん出て、崩落した坑道の入り口から掘り進んでいく。

 基地側から掘れば、ニューリーダー気取りにとがめられかねない。

 だから一か八か出口側から掘っていく。

 なんでこんなことをしているのか、自分でも分からない。

 ただ、レイに死んでほしくなかった。

 その一念で穴を掘り続ける。

 彼は遠い昔は工事用のトランスフォーマーだったが、その有り余る破壊衝動を買われて戦闘用に改造されたのだ。

 採掘は、彼が工事用時代に得意としていた仕事だった。

 周りではバリケードとフレンジー、リンダ、さらにはレーザービークとラヴィッジが土砂を運び出している。

 

「しっかしあれだよな! おまえらそんなにメガトロン様が心配なわけ? 特にバリケード! おまえいつもなら、スタースクリームの肩を持つところだろ!」

 

 フレンジーの軽口に、バリケードは手を止めずに返す。

 

「フン! メガトロン様を敵に回すのはゴメンなんでね! それに……」

 

 バリケードは少し言いよどんだが、やがて皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。

 

「ペットに死なれちゃ、寝覚めが悪いからな!」

 

「へッ! 言ってろ!」

 

 いつもの調子のバリケードに、フレンジーもいつもの軽い調子で返す。

 二体は作業を続ける。

 

「おいおい、下っ端よう! 随分気張るじゃないか!」

 

 レーザービークが新入りの下級兵に話しかける。

 

「へッ! アタイはメガトロン様に惚れ込んでんだ! スタースクリームの野郎なんかにヘコヘコできっかよ!」

 

「そうかい」

 

 実力差を考えぬ、ある意味下っ端らしい物言いのリンダに、レーザービークは少し呆れる。

 同じ有機生命体でも、あの歌い手とはずいぶん違うと思っていた。

 サウンドウェーブも、すでにコチラに向かって来ているはずだ。

 スタースクリームの天下も終わりが近かい。

 ボーンクラッシャーは、周りのそんな会話を気にせず穴を掘り続ける。

 

  *  *  *

 

 しばらく黙って穴を掘り進めていた破壊大帝だが、ふとレイに声をかけた。

 

「そう言えば、貴様はなぜ女神を憎むのだ?」

 

 レイは首を傾げた。

 

「なぜって……」

 

「あの女が女神を嫌う理屈は分かる。奴は野心家だからな」

 

 メガトロンにとって、あの同盟者である黒衣の女性の女神に対する感情は手に取るように分かった。

 しかし、この見るからに気弱な……今はそうでもないが……女性がなぜ統治者を嫌うのかは測りかねた。

 

「そりゃあ、もちろん……」

 

 そこまで言って、レイは言葉に詰まった。

 なぜ、自分は脱女神を目指して活動を続けていたのか?

 いろいろ辛いこともあったのに、なぜ活動をやめる気にならなかったのか?

 

 分からなかった。

 

「え? え?」

 

 必死に記憶をたどる。

 大事なことなのだ。思い出さなくては。必ず理由はあるはずだ。

 

「あれ? え? 嘘……」

 

 ない、まったく思いせない。

 いや、そもそも脱女神運動を始める前、自分は何をしていた?

 自分はどこで生まれた?

 親はどんな人間だった?

 自分は『誰』だ?

 

 ……何も思い出せない。

 

 いや、今はいい! それよりも女神だ! 女神を嫌う理由だ!

 しかし、まったく出てこない。

 ただ、『女神』に対しての嫌悪……いや、憎しみだけがある。

 

 明らかに異常だった。

 

「なんなの、これ……」

 

 こんな、得体の知れないものに従って、動き続けてきたのか。

 レイは頭を押さえてその場に蹲る。

 

「じゃあ、私のしてきたことって、なんなの……?」

 

 太陽の照りつける熱い日も北風の吹き荒ぶ寒い日も、街頭に立ってビラを配り続けてきた。

 人から無視され、野次を飛ばされ、石をぶつけられたことさえある。

 友達も恋人もいない。

 それでも全ては、女神のいない世界が正しいと信じて。

 だが今のレイには、その全てが酷く空虚なものに思えた。

 ディセプティコンに囚われた時よりも、深く暗く、絶望がレイの心を浸食していく。

 

「よく分からんが……」

 

 メガトロンは顔だけレイのほうに向け静かに声を出した。

 

「理由が分からないということか?」

 

 レイは小さく頷く。

 

「……良かったではないか」

 

 その言葉の意味が、レイには分からなかった。

 反射的にメガトロンを見上げるレイに向け、メガトロンは当然のことのように言った。

 

「理由が分からないということを自覚したのなら、一歩前進だろう。理由など、分からないのなら探せばいい。ないのなら見つければいい。それだけの話だ」

 メガトロンにレイを慰める気など、もちろんないだろう。

 ただ、思ったことを口にしただけなのだろう。

 それでも、レイは励まされたような気分になった。

 

 我ながら単純だな。

 

 そう思いながらも、レイの目線はメガトロンに向けられていた。

 と、メガトロンが何かに気付く。

 

「どうやら……」

 

 そしてレイのほうを見て不敵な笑みを浮かべる。

 

「二人そろって地面の下で死ぬ、という運命は回避できたぞ。イチかバチか地上に向かって掘り進んで正解だったようだ」

 

 そう言うやいなや、目の前の岩盤に向かってパンチする。

 すると岩盤は崩れ、淡い光がレイの目に飛び込んできた。

 

「メガトロン様! ご無事ですか!?」

 

 最初に聞こえてきたのはレーザービークの甲高い声だ。

 

「レイちゃん! いるかい!?」

 

 続いてフレンジーの声も聞こえる。

 少し苦笑しながらメガトロンは言葉を発した。

 

「御苦労、俺は無事だ。……レイもな」

 

  *  *  *

 

 フレンジーに手を取られ穴の外に出ると、もう夜だった。

 坑道の出口は高台の上で、景色が良く見えた。

 南国の植物が生い茂るジャングルの上に、満点の星空が広がっている。

 レイにとって、これほど美しい光景を見たのは初めてかもしれなかった。

 かつてメガトロンが見た星空も、こんな感じだったのだろうか?

 

「うおおおん! うおおおん! レイが生きてたよぉぉ!! よがっだぁああ!!」

 

 ボーンクラッシャーはウォッシャー液をまき散らしながら泣いている。

 その横ではバリケードが呆れたように佇んでいた。

 

「いや、しかし生きてて良かったよ、レイちゃん」

 

 レイの横にやって来たフレンジーが陽気に言った。

 

「フフフ、ありがとうございます。フレンジーさん」

 

 柔らかく微笑みながら、レイは感謝を示した。

 その様子に、フレンジーはハテ? と首を傾げる。

 

「レイちゃん、雰囲気変わった?」

 

「う~ん、どうでしょう? 自分ではそんな気がしないんですが…… そうですね、自分が空っぽだったって、気づいたからかも知れません」

 

「空っぽ?」

 

「ええ、だから中身はこれから見つけます」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うレイに、フレンジーはやっぱり変わったと、妙に落ち着かない気分になった。

 少し離れた所では、メガトロンがレーザービークから報告を受けていた。

 

「サウンドウェーブはもうじき合流できるはずです。スタースクリームは……」

 

「よい。だいたい分かった」

 

 メガトロンは腹心の部下、その分身の短い報告を聞かずとも事態を把握する。

 そしてレイのすぐ後ろまで歩いてきた。

 泣いていたボーンクラッシャーも、無言で立っていたバリケードもすぐさま道を開ける。

 その場から離れようとするフレンジーに手振りで必要ないと示し、自分を見上げるレイを見た。

 

「どうだ?」

 

 メガトロンは、口角を上げた。

 

「運命は、変わったぞ」

 

 レイは無言で微笑み返して答えとした

 

  *  *  *

 

 スタースクリームは集会室で、ディセプティコンの兵士たちに演説をしていた。

 金属の異形たちはすでに同じ内容が繰り返される演説にうんざりしていたが、新たな指導者はそのことをまったく気にしていなかった。

 

「今、俺様は宣言する! 今日から俺がディセプティコンのニューリーダーだ!!」

 

 その瞬間、集会室の扉が開き、そこから巨大な影が入って来た。

 

「貴様がリーダーだと? 笑わせるな!」

 

 その声が響いた瞬間、ディセプティコンたちを包む空気が変わる。

 畏怖と安堵へと。

 見よ!

 灰銀の攻撃的な威容!

 赤く輝くオプティック!

 悪鬼羅刹の如き顔に斜めに走る傷跡!

 

 ディセプティコン破壊大帝メガトロンの帰還である!!

 

 その後ろにはバリケードが、ボーンクラッシャーが、フレンジーが、レーザービークが、ラヴィッジが、いずれも土に塗れていながらも堂々とした態度で続く。

 最後に、誇らしげに胸を張るリンダと、異常なほど冷たい視線をスタースクリームに向けるキセイジョウ・レイが部屋に入って来た。

 

「お、おまえは、メガトロン! そんな、死んだはずじゃあ……」

 

 目に見えて狼狽するスタースクリーム。

 コンストラクティコンたちの中央にいたミックスマスターも同様で、ガタガタと震えている。

 

「な、何をしてる! 今の支配者は俺だ! さっさとメガトロンを倒せ!!」

 

 スタースクリームが喚くが、当然の如くディセプティコンたちは動かない。

 それどころか、メガトロンの怒りに巻き込まれないように退避していく。

 さながらとある世界の神話のように、ディセプティコンの群れが二つに割れ、破壊大帝とリーダーを僭称する者との間に道を作った。

 

「ニューリーダーの命令だぞ! メガトロンを殺してしまえ!!」

 

「まだ分からぬか、スタースクリーム。貴様は破壊大帝の器ではないのだ」

 

 スタースクリームは反射的に背中のブースターを噴射して飛びあがろうとするが、メガトロンはその巨体からは想像もできない速さで航空参謀に接近すると、チェーンメイスを振るってスタースクリームを叩き落とし、その頭を鷲掴みにする。

 

「ぎ、ぎゃぁあああッ!!」

 

 悲鳴を上げるスタースクリーム。

 メガトロンの手の中で、航空参謀の頭がミシミシと音を立てる。

 

「お、お許しを! お許しください! め、メガトロン様ぁあああ!!」

 

 スタースクリームは堪らず情けない声を上げて許しを請う。

 

「お、俺が大馬鹿でした! 二度としません、お許しをぉおお!!」

 

「ん~? 何を二度としないと言うのだ?」

 

「そりゃ、坑道を崩すような真似を…… あ」

 

 自分の言葉に、スタースクリームは固まる。

 いままで彼が坑道を崩したと言う証拠はなかったのだが、今ので自白してしまった。

 メガトロンはスタースクリームを床に叩き付けると、逃れるべくバタバタともがくその背を踏みつけ足裏からのジェット噴射で炙ってやる。

 

「ぎゃうおああああッッ!!」

 

「まったく、このスタースクリームめ!!」

 

 激痛に喚くスタースクリームをメガトロンは容赦なくいたぶる。

 その姿にディセプティコンたちは震え、あるいは嘲笑を浮かべた。

 

「今日のところはこれで勘弁してやる」

 

 ひとしきり痛めつけて満足したらしく、息も絶え絶えのスタースクリームを放り出すと、メガトロンはディセプティコン一同に向けて声を上げる。

 

「ディセプティコンよ! おまえたちの支配者は誰だ!」

 

『メガトロン! メガトロン!』

 

 真の支配者の声に、ディセプティコンは一斉にその名を呼ぶ。

 

「おまえたちに勝利をもたらす者は!」

 

『メガトロン! メガトロン!』

 

 熱狂が集会場を支配し、メガトロンはその中心で大きく腕を広げた。

 

「そうだ! さあ、叫べ!!」

 

『オール・ハイル・メガトロン!! オール・ハイル・メガトロン!!』

 

 メガトロンを称え、あがめる声が地下遺跡の集会室を満たす。

 ラヴィッジやハチェットら言葉を発することができない者も、鳴き声で支配者を称え、いつの間にかドレッズに合流したリンダも熱に浮かされるように大声を上げ、ミックスマスターはヤケクソになって、その言葉を繰り返し叫ぶ。

 いまやこの場所の絶対者は、遺跡を築き上げた古の大国の民が信仰していた女神ではなく、破壊大帝メガトロンだった。

 

「ドクター!! ハイタワー!!」

 

「はい!」

 

「ここに」

 

 轟く主の声に、昆虫のような姿の軍医と不恰好な衛生兵が素早く進み出る。

その姿を確認したメガトロンは、すぐに指示を飛ばした。

 

「この愚か者を修理してやれ! たっぷりと可愛がったうえでな……」

 

「了解。ヒッヒッヒッ! 楽しもうぜ、スタースクリーム!」

 

「ウフフ♡ 普段傲慢ちきな航空参謀がか弱く震えている…… タマンネ~♡」

 

 軍医と衛生兵は、それぞれ違った意味で背筋の凍る笑みを浮かべて動けない航空参謀ににじり寄っていく。

 それを見たスタースクリームは声にならない叫びを上げた。

 

「生かしておくんですか?」

 

 そう言ったのは、この部屋の中でスタースクリームを除けば唯一、メガトロンコールに参加していなかったレイだ。

 

「裏切り者なんか、始末しちゃえばいいのに」

 

 ハイタワーに引きずられていくニューリーダー(笑)を見るレイの目は、まさに汚い物を見る目だった。

 

「あれでも貴重な戦力だからな。大規模な作戦が近づいている今、奴を欠くわけにはいかん。奴にしかできん仕事も多いしな」

 

 メガトロンは、そこまで言ってニヤリと顔を歪めた。

 

「それに、この俺に面と向かって刃向うのも、もうアヤツぐらいだからな」

 

 レイは、メガトロンの言葉が理解できず肩をすくめる。

 それを見たメガトロンはフム、と首を傾げる。

 

「……それにしても貴様、随分と棘のある言葉を吐きよるな。裏切り者は嫌いか?」

 

「ええ。やっぱり、なんでかは分からないんですけどね」

 

 レイは裏切りという行為に、酷い嫌悪を感じていたが、その理由は思い当たらなかった。

 

「あの、メガトロン様!」

 

 と、フレンジーが主君たるメガトロンに奏上した。

 メガトロンはそちらを向いた。

 

「なんだ?」

 

「レイちゃんを、お借りしてよろしいでしょうか?」

 

 そう言うフレンジーに、メガトロンは手振りで好きにしろと示す。

 

「ありがとうございます! ……さッ! 行こうぜ、レイちゃん!」

 

 フレンジーは頭を下げると、レイに手を差し出す。

 その姿がなんだか可笑しくて、レイは微笑みながらその手を取る。

 メガトロンはフレンジーに手を引かれていくレイに向けて声をかけた。

 

「だが、後で話がある。レイよ、後で第一区画の『希望の間』まで来い」

 

「あ、はい!」

 

 メガトロンはレイとフレンジーが集会室から出て行くのを確認してから、ディセプティコン全員に聞こえるように声を出した。

 

「では、各自命令があるまで待機! ……ミックスマスターは司令部まで来るように」

 

 その言葉にコンストラクティコンのリーダーは、顔にいよいよ絶望を浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

 フレンジーに連れられて着いた先は、レイの部屋だった。

 

「ここが、どうかしたんですか?」

 

「へへッ! まあ、入ってみなって!」

 

 促されるままに、レイは扉を開けて部屋に入る。

 そこには、コンクリートと金属の壁がむき出しになった家具の一つもない部屋……

ではなく、壁はそのままだがベッドやタンス、テーブルと椅子が置かれた普通に生活することはできそうな部屋だった。

 レイは言葉を失った。

 

「これは……」

 

「へへへ、『上』で使われなくなった家具を取ってきたのさ! まったくもったいねえよな! まだ使えるのに捨てちまうなんてさ! 近い内に水回りとかも、コンストラクティコンの奴らになんとかさせるからさ!」

 

 フレンジーは得意げに笑う。

 いつのまにか部屋の外から、ボーンクラッシャーが覗き込んでいる。

 レイからは見えないが外の通路にはバリケードも立っていた。

 

「…………」

 

「レイちゃん?」

 

 自分の言葉にまったく反応しないレイに、フレンジーは訝しげにその顔を覗き込む。

 レイは涙を流していた。

 

「れ、レイちゃん!? ど、どうしたのさ!?」

 

 予想していなかった反応にフレンジーは慌てる。

 

「や、やっぱり捨ててあったじゃイヤなのか!?」

 

「俺が知るか……」

 

 ボーンクラッシャーもオロオロと巨体を揺らし、バリケードは大きく排気する。

 三者三様のディセプティコンたちに、レイは顔を上げて首を横に振る。

 

「違うんです…… 嫌じゃないんです。嫌じゃないけど、涙が出てくるんです。私、こんなに優しくしてもらったの初めてで……」

 

 恐ろしい目、酷い目にはいろいろと遭わされた。

 だが優しくしてもらうと、なぜだか涙がこぼれてくる。

 フレンジーたちは、レイの言葉の意味がよく分からず……彼らにとっても、人に優しくするというのは、ほとんどない経験なのだ……彼女が泣きやむまで狼狽え続けるのだった。

 

  *  *  *

 

 『希望の間』そこはディセプティコン基地の最深部に位置する、メガトロンを除けば僅かな者しか入れる者のいない部屋だ。

 そう、あの幾何学の球体が安置されている場所である。

 

「レイです。来ましたよ」

 

 フレンジーに案内されてやって来たレイが、遺跡に残されていたそれをそのまま利用した彫像だらけの巨大な扉……レイは何となく地獄の門みたいだな、と呑気に思った……の前で言うと、扉は音を立てて開いた。

 入れと言うことだろうとレイが判断して部屋の中に進むと、そこにはやはり球体が青く明滅し、その前にメガトロンがレイに背を向ける形で佇んでいた。

 その背に向かって、しっかりした歩みで進むレイと、おっかなびっくり続くフレンジー。

 

「来たか」

 

 メガトロンは振り返らずに言った。

 

「はい、それで何の御用ですか?」

 

 物怖じしない様子のレイの声に、メガトロンは少し笑うと顔だけそちらに向ける。

 

「なに、貴様に命令違反の罰を与えようと思ってな」

 

「ああ~、やっぱりですか」

 

 レイは苦笑する。

 その呑気な様子に慌てたのがフレンジーだ。

 

「なんでそんなに呑気なのさ! 命令違反の罰つったら……」

 

 言葉に詰まるフレンジーに、レイは優しく笑む。

 

「大丈夫ですよ、フレンジーさん。殺すつもりなら、さっき見せしめに殺してるはずですからね」

 

 命令違反者を粛清するなら、さっき裏切り者を折檻するついでに捻り潰せば、軍団の結束を高めることができたはず。

 それに殺すだけなら今までに何回もできたはずだ。

 坑道の崩落から守ってくれることもなかったはず。

 なぜ殺さないのかまでは分からなかったが、殺されることはないだろうとレイは考えていた。

 しかし、あるいは自分の想像を絶するような、死よりも恐ろしい罰が下るのでは? という考えも同時にあったが。

 メガトロンはそんなレイを見て、ニヤリと笑う。

 少なくともメソメソ泣いているよりは、こっちのほうが好感度は上らしい。

 

「フン! 無駄に度胸をつけおって。まあいい、まずはこれを見ろ」

 

 メガトロンが幾何学の球体の表面にある人間の目には見えないコンソールを操作すると、ギゴガゴと音を立てて球体が細かく分解していき、内部に隠されていた物が露わになる。

 そこには青く輝く球体がいくつも積み重なって球体状になっていた。

 球体は半透明になっており、内部には何か生物の胎児のような影がうっすらと見えている。

 その一つ一つがレイと同じくらいの大きさがあった。 

 

「これは…… 卵?」

 

 圧倒されていたレイがようやく声を出すと、メガトロンは大きく頷く。

 

「貴様らの言葉で言うなら、それが一番近いな」

 

「これが希望……」

 

「そうだ、我らの故郷サイバトロンから失われし命の源オールスパーク。それが産み落とした最後の子供たちだ」

 

 どこか優しかったメガトロンの顔が厳しいものになる。

 

「しかしコイツらは、このままではエネルギーが足りずに孵化できずに死にゆく運命にある。それだけはなんとしてもさけたい。だが孵化するためには、大量のエネルギーが必要だ。そのために我らはエネルギーを集めているのだ」

 

 メガトロンは厳しい調子で言葉を続ける。

 

「確かに、『俺たち』は長い戦いの果てに故郷を滅ぼした…… だからこそ、その責任のためにコイツらを生かしてやらなければならん」

 

 レイはようやく納得した。

 メガトロンの果てない野心や憎悪は本物だろうが、それだけではなかったのだ。

 しかし、レイの中で新たな疑問が生まれた。

 

「で、でも、雛を孵すのが目的なら、オートボットと協力すればいいじゃないですか! この子たちは、最後のトランスフォーマーかも知れないんでしょう!?」

 

 いくら敵対しているとは言え、子供を殺すような真似はしないはず。まして滅びゆく故郷が生み出した最後の命なのだ。

 ならば素直にオートボットに助けを求めたほうが良いのではないか?

 対するメガトロンは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「ここにあるのは、全てディセプティコンの卵だ。オートボットどもに見つかれば『駆除』されるのがオチよ」

 

「そんな……」

 

「それがオートボットだ。ずっとずっと昔から変わらず、な」

 

 メガトロンは今ではないいつかを見て断言した。

 そしてレイにゆっくりと向き直る。

 

「貴様への罰は、俺たちが作戦で留守にする間、コイツらを見ていることだ」

 

 こともなげに言ってのける破壊大帝に、レイはさすがに驚愕する。

 

「うぇ!? そ、そんなこと言っても私、トランスフォーマーの卵の世話なんてできませんよ!?」

 

「だいたいはコンピューターがやってくれる。それに孵化するのは、まだ先の話だ。貴様は何かあったら俺たちに連絡するだけでいい」

 

 さすがに、全ての仕事を丸投げしてくるようなことはなかった。

 それでもレイには自信がない。

 

「で、でも……」

 

「デモもストもあるか。命令に背いたことをこの程度で許してやろうと言うのだ。感謝するがいい!」

 

「そりゃあ、おっしゃるとおりですけどね……」

 

 嘆息するレイを放っておいて、メガトロンは事と次第を黙って見守っていたフレンジーのほうを向く。

 

「そしてフレンジー! 貴様にも罰を与える! 貴様は今度の作戦での出撃を禁ずる! レイが卵を見ているのを見ているのだ! よいな!」

 

「は、はい! かしこまりました!!」

 

 フレンジーはコクコクと頷く。

 サイバトロンにいたころの、気まぐれで冷酷非情なメガトロンを知っている彼からすれば、これは罰とさえ言えない。

 なんとなしに卵を見上げるレイとフレンジーを見ながら、メガトロンは心なし満足そうだった。

 

「メガトロン様、失礼スル」

 

 そこへ扉が開き、新たなディセプティコンが入室してきた。

 均整の取れた銀色のボディに、オプティックを覆うバイザー。機械音のような声。

 分身であるラヴィッジとレーザービークを引きつれた情報参謀サウンドウェーブだ。

 

「おお、サウンドウェーブ! 直接会うのは久しぶりだな!」

 

 メガトロンは上機嫌で腹心の部下に声をかける。

 サウンドウェーブは恭しくお辞儀をした。

 

「メガトロン様ノ危機二参上デキズ、痛恨ノ極ミ」

 

「よいわ! これからの作戦で結果を出してくれればな!」

 

 豪放に言うメガトロンに、サウンドウェーブは改めて頭を下げ報告を始める。

 

「衛星ニハ、細工ヲシテオイタ。鉱石ノ特性ト合ワセテ、コノ場所ガ発見サレル可能性ハ極メテ低イ」

 

「うむ! さすがだな!」

 

「光栄ノ至リ。ソレト、例ノ同盟者カラ連絡ガアッタ」

 

 サウンドウェーブの胸のあたりから、あの黒衣の女性の声が聞こえてきた。

 

『例の物の在り処が分かった。人員を貸せ』

 

 女性の声は傲然と言った。どうやら録音らしいが、メガトロン相手によくこんな態度ができるものだと、レイは少し感心する。

 

「相変わらず、生意気な女だ。まあよい、あの女の探している『例の物』は作戦の要だ。

協力してやるとしよう」

 

 メガトロンの笑みが残忍で好戦的なものに変わる。

 その姿に、レイはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 いよいよ近づいてきたのだ。……女神の最後が。

 

「さあ、ミーティングをするぞ。サウンドウェーブ! チームリーダーを集めろ!」

 

「了解」

 

 メガトロンは忠実な腹心を引きつれ、レイに背を向ける。

 

「この作戦で永かった戦いに終止符を打つのだ! フフフ、フハハハ、ハァーッハッハッハ!!」

 

 件の作戦が成功すれば、女神とオートボットは滅ぼされ、ディセプティコンはゲイムギョウ界に大規模な混乱と破壊をもたらすだろう。

 

 それでもレイはもう、メガトロンを恐ろしい怪物とは思わなかった。

 




そんなわけで、ディセプティコン尽くしの話でした。
幾何学の球体の正体は、予想されていたかたも多いんじゃないでしょうか。
メガトロンの過去は、プライムとアメコミ版トランスフォーマーの影響を受けた、作者の完全な妄想。
言わば、自分流メガトロン・オリジンでございます。

さて、次回からいよいよ第二部も終盤に向かって行きます。
オートボットと女神に降りかかる、かつてない危機!
そのとき、候補生たちは!? 残されたオートボットたちは!?
作者はこの物語をまとめることができるのか!?(おい)

しかしリアルのほうがバタバタしてきているので、不定期っぷりが酷いことになりそうです。のんびりお待ちください。

それでは、ご意見、ご感想、本当に本当にお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 楽しい時間

原作アニメ、第一の山場に突入です。

ついに、ここまで来ました。


 リーンボックス、海に囲まれたこの国に人であれ、物であれ、入るためには必然的に船か飛行機を使うことになる。

 だから、都市からすぐ沖を他国から輸入した物資を運ぶコンテナ船が航行しているのはありふれた光景だ。

 軍事に長けた大企業の所有する、この大型コンテナ船の甲板上には何台かの建設車両が積まれていた。

 ホイールローダー、ブルドーザー、ダンプカー、そしてミキサー車。

 動くことがなくとも威圧感を放つ建機たちの影から、奇妙なモノが姿を現した。

 猫科の猛獣を思わせる姿をした、単眼の機械。ディセプティコン諜報破壊兵ラヴィッジだ。

 黒い金属の豹が一つ吼えると、建機たちはギゴガゴと音を立てて歪な人型へと変形していく。

 スクラッパー、ランページ、ロングハウル、そしてミックスマスター。コンストラクティコン部隊の面々だ。

 ラヴィッジは四体のディセプティコンがロボットモードになったのを確認すると、勢いよく甲板から海へ飛び込み、コンストラクティコンたちもそれに続いて次々と海に身を投じる。

 海に飛び込んだディセプティコンたちは重力に従って沈んでいき、やがて海底に到達した。

 機械の異形たちの真ん中に降り立ったラヴィッジは、胸の装甲を開き何かを排出しようとする。

 だが、かなり無理に詰め込まれているらしいそれは、引っかかってなかなか出てこない。

 ラヴェッジが気持ち悪そうに身をよじると、やっと押し出されたそれは潜水服を着たネズミだった。

 無理やりラヴィッジの内部に詰められていたせいか、すでにグロッキーである。

 ラヴィッジが前足でペチペチと叩くと、ネズミはなんとか立ち上がった。

 

「ふう、酷い目にあったっちゅ……」

 

 ネズミが大きく息を吐きつつ言うと、ラヴィッジがその背をさらにペシペシと叩く。

 

「わ、分かってるっちゅ! 例のブツを探すっちゅよ!」

 

 急かされたネズミは慌てて腕に装着した機械を起動した。

 何となく七つ集めると竜が出てくる球を探せそうなその装置の示す限り、目的の物は少し離れた地点にあるようだ。

 

「さあ、こっちっちゅ! おまえら、着いて来るっちゅ!」

 

 ネズミはまるでリーダーのように目的の物のある方向を指差すが、ラヴィッジは命令するなとばかりに低く唸る。

 猫科とげっ歯類、アニメや漫画のようにはいかず、力関係はラヴィッジのほうが上である。

 

「ぢゅっ!? す、すいませんっちゅラヴィッジさん! こちらですっちゅ!」

 

 その迫力に怯えながらも、ネズミはディセプティコンたちを先導して海底を歩いていく。

 ラヴィッジはどこか不機嫌そうにそれを追いかけ、コンストラクティコンたちは顔を見合わせつつも後に続くのだった。

 

  *  *  *

 

 海に隣接するリーンボックスの大スタジアム。

 数多くのアーティストが目指すここで今、あるアイドルのライブが行われていた。

 輝くライトの照らす中央で踊りも交えて歌っているのは、鮮やかな青い髪に、露出の高めの黒い服。特徴的なヘッドフォン。

 リーンボックスが世界に誇るアーティスト、5pb.だ。

 その美しく明るい歌声がスタジアムを越えて広がっていく。

 七色の光が輝き、空では戦闘機が航空ショーを展開している。

 だが、その全ては主役である5pb.を引き立てるものでしかない。

 まさに彼女こそ、偶像の頂点(アイドルマスター)だった。

 

「おおー!!」

 

 それを賓客用の特別席で立ち見していたネプテューヌが感嘆の声を上げる。

 

「さっすがリーンボックスの歌姫、5pb.ちゃんよね」

 

「です~!」

 

 アイエフとコンパも、それに同調する。

 周りにはノワールとユニ、ブランとロム、ラム、そしてネプギアもいる。

 リーンボックスに招待された各国の女神たちと女神候補生、コンパとアイエフは、特別席からこのライブを楽しんでいるのだ。

 

  *  *  *

 

 スタジアムの外にも巨大なモニターが設置され、ライブを生中継している。

 そのモニターの周りでは、オプティマスをはじめとするオートボットたちがライブを見物していた。

 彼らもこの国に招待されたのだ。

 

「う~む、素晴らしい音楽だ」

 

「だろ! この国一番の歌い手なんだぜ!」

 

 感心しているオプティマスの右横でジャズが得意げに言う。

 

「まあ、悪かないが俺としちゃ、もっと静かなほうが……」

 

 左側に立つアイアンハイドは、好みに合わないのか少し難しい顔だ。

 

「ったく、アイアンハイド! そんなんだからノワールに年寄り臭いとか言われるんだよ!」

 

「……関係ねえだろ」

 

 弟子であるサイドスワイプの言葉に、アイアンハイドはムッツリと黙り込む。少し、痛い所を突かれたらしい。

 

「なるほど、彼女の衣装は男性のフェロモンレベルを……」

 

「それはいいから」

 

 空気の読めないことを言い出しそうなラチェットを、アーシーがピシャリと制した。

 バンブルビー、スキッズ、マッドフラップの年少組は5pb.の歌に合わせて体を揺らしている。

 ミラージュは仲間たちから少し離れて黙っているが、よく見れば足でリズムを取っている。

 オートボットたちも、この一大ライブを大いに楽しんでいるのだった。

 

 ちなみに、スタジアムを挟んで反対側でやたらハイテンションに車体を揺らす銀色のスーパーカーが目撃されたが、今は関係ない。

 

  *  *  *

 

 一方、リーンボックス近海の海底。

 潜水服のネズミとラヴィッジ、四体のコンストラクティコンはここで何かを探していた。

 

「ったくよ~、なんで俺がこんなことしなくちゃいけねえんだ」

 

 海底の砂をさらっていたミックスマスターが愚痴っぽく呟いた。

 

「しょうがないでしょう。この前の件のペナルティなんですから」

 

 近くで同じように海底を掘り返すスクラッパーが呆れたように言う。

 

「どっちかゆうたら、こんぐらいで済んでえかったゆうとこじゃろう」

 

「そうなんダナ。普通なら八つ裂きにされてるトコなんダナ」

 

 岩に開いた穴を覗き込むランページが言うと、石を持ち上げてその下を探っていたロングハウルも同意する。

 

「ヘイヘイ、分かりましたよ! あ~あ、メガトロン様は慈悲深い方でござんすねえ! おかげで塩水漬けの錆だらけだぜ、コンチクショウ!」

 

 愚痴をこぼし続けるリーダーを放っておいて、コンストラクティコンたちは探し物を続ける。

 こんな海底にもスタジアムでライブ中の5pb.の歌声が響いている。

 それが耳に入り、思わずネズミがこぼす。

 

「ライブだか何だか知らないっちゅけど、うるさいっちゅね~、労働している身にもなってほしいっちゅ」

 

 その瞬間、ネズミの後ろにいたラヴィッジの単眼がギラリと光り、発声回路から不機嫌そうな唸りを発する。

 

「ぢゅっ!? じ、冗談っちゅよ! 本気にしないでほしいっちゅ!」

 

 ネズミの必死な言葉に、ラヴェッジは鼻を鳴らすような音を出して離れていく。

 ホッと一息吐くネズミ。潜水服の内側はすでに冷や汗でビッショリしていた。

 なんでこんなことになったのかと自問自答していると、前方に禍々しい赤い光が海底から漏れているのを見つけた。

 とりあえず、これで陸に上がれそうだ。

 陸上のスタジアムでは5pb.のライブが最高潮に達していた。

 

  *  *  *

 

 ライブも大盛況のうちに終了し、女神とオートボット一行はリーンボックス教会、つまり緑の女神ベールの住まいに招かれていた。

 毎度のことながらオートボットは別の場所に待機しており、ここにいるのは通信装置の投射する映像である。

 しかし、招待した側のベールの姿は見えない。

 

「それであなた、アリスだっけ? 招待してくれたのはいいけど、なんでベールが姿を見せないのかしら?」

 

 ノワールが一団を先導する少女に声をかける。

 出張中の教祖チカに代わってベールを補佐するのが仕事だという、どこかベールと似た美少女アリスは、微妙に冷や汗をかきながら答えた。

 

「ええと、それはですね、とても難しい問と申しますか……」

 

「きっと、何か事情があるのよ」

 

 ブランが静かに言うと、アリスはホッと息を吐いた。

 ノワールは納得いかないらしく、さらに問う。

 

「で、どこなの? ベールの部屋は?」

 

「皆さまには、まず応接間にてお待ちいただきます」

 

 アリスの答えは、四角四面なものだった。

 不満そうなノワールに立体映像のジャズが声をかける。

 

『すまないな、みんな。まだ主催者の準備ができてなくてさ』

 

『いや、そちらにも都合があるのだろう。持て成してもらう立場で文句は言うまい』

 

 それに穏やかに答えたのはノワールではなくオプティマスだ。

 ノワールは一つため息を吐く。

 他方、ネプテューヌとロム、ラムは目についた扉を片っ端から開けようとしていた。

 どの扉にも鍵がかかっているのだが、三人は気にしない。

 

「あ、開いてる!」

 

 と、ネプテューヌが鍵のかかっていない扉を発見した。

 

「あああ!? そ、その部屋は! 鍵かけてなかったの!?」

 

『待て、待つんだ! 入るなネプテューヌ!』

 

 それを見て慌てるアリスとジャズ。

 しかし、時すでに遅しである。

 

「おおー!」

 

 ネプテューヌは部屋の中を覗いてしまった。

 さらに何事かと他のメンバーも次々と部屋を覗き込む。

 そこにあったのは、部屋中に散乱する雑誌、フィギュア、ゲーム、壁にはポスター。

 問題はその中に明らかに18歳未満お断りな物や、男性同士が絡んでいる物があることだ。

 

「何が…… あったです?」

 

「荒された跡みたい」

 

「と言うより、片付いてないだけじゃ……」

 

 コンパとブランが驚くが、ノワールは苦笑混じりだ。

 一同は興味津々で部屋へと入っていった。

 

「何で鍵を閉めてないのよぉ……」

 

『ベールの奴……』

 

 その後ろでは、アリスとジャズが頭を抱えている。

 女神たちとは対照的にオートボットたちは部屋の中の異様な雰囲気に引いていた。

 

『オォウ…ジャァズ…』

 

 オプティマスが複雑な感情を込めて、友人でもある副官に声をかける。

 

 なんなのコレ?

 

 オートボット全員がそんな顔をしていた。

 

『言っただろ? 女には色んな面があるって』

 

 大きく、それはもう大きく排気しながらジャズがぼやくように言うと、オートボット一同から……ミラージュやツインズでさえ……同情的な視線が寄せられる。

 それはともかく、ネプテューヌを始めとした面々はベールのものと思しき部屋を探索していく。

 

「おおー! これは18歳にならないと買えないゲーム!」

 

「やめなさいよ、小っちゃい子もいるんだから……」

 

 何が楽しいのかハイテンションなネプテューヌをアイエフが常識的に止める。

 一方、同じく常識人のはずのネプギアは、壁に飾られた美形の男同士で絡んでいるポスターを、顔を赤らめながらも笑顔で眺めていた。

 

『ギ…ア…? 『そういうのが好みなのね……』』

 

「へ? ち、違うよビー! ただ絵が綺麗だなーって思って……」

 

 バンブルビーが訝しげな顔をすると、ネプギアは慌てて言い繕う。

 

「後方の部隊は何をしていますの!」

 

 と、そんな声がさらに奥の部屋から聞こえてきた。

 

「わたくしが援護いたしますわ!」

 

 ネプギアが覗いて見ると、そこにいたのはパソコンの前でコントローラーを握りしめるリーンボックスの女神だった。

 

「ああ!? それは早過ぎますわ!」

 

 ネプギアや、何だ何だと集まってきた一同に気付かず、ベールはコントローラーをカチャカチャと操作し続ける。

 

「何やってんのよ、ベール……」

 

「どう見てもネトゲね……」

 

 そんなベールを見て呆れるノワールとブラン。

 

『おい、ベール!』

 

 ジャズの立体映像がベールの横に現れた。

 

「ひゃッ! じ、ジャズ、どうしましたの?」

 

『どうしましたのじゃないぞ! 俺、言ったよな! オプティマスたちが来るからゲームはやめとけって!』

 

「私も言いましたよね! 時間を稼ぎますから、その間に片付けてくださいって!」

 

 怒るジャズとアリスに、ベールは誤魔化すように笑う。

 

「えっと、ほんの少しやってやめようと思ったのですけれど、攻城戦が始まってしまいまして……  抜けられなくなったのですわ。あ、皆さんいらっしゃいませ」

 

 たおやかに微笑みながら、一同に会釈するベール。

 反省の色の見えないその態度に、ジャズとアリスはそろって嘆息する。

 

「ライブの後はホームパーティーで持て成してくれるんじゃなかったかしら?」

 

 ブランが呆れたように言うと、ベールはアッという顔をした。

 

「もう少しで攻城戦が終わりますから、その後で……」

 

 そこで視線を逸らし画面を見る。

 明らかに少しで終わりそうにない。

 その横ではジャズが申し訳なさそうに頭を下げている。

 

「こういう人だったのね」

 

「ま、まあ、趣味はいろいろだから」

 

 ブランが呆れを滲ませると、なぜかノワールが苦笑混じりにフォローを入れた。

 

「ダメ女神だねー、もしかしたらわたしよりダメかも?」

 

「「それはない」」

 

「ねぷう!? こんな時だけ気が合ってる!?」

 

 調子に乗ったネプテューヌに、ノワールとブランが冷ややかにツッコむと言う漫才めいたやり取りをしていると、アイエフが横から声をかける。

 

「どうします? もうしばらくかかりそうですけど」

 

 それにノワールは少し考え込むそぶりを見せた。

 

  *  *  *

 

 そして、しばらく後、何を思ったのかノワールはメイド服に着替えていた。

 

「さあ、みんなで準備するわよ!」

 

 フリフリだらけでミニスカートの、可愛らしいが微妙に勘違い感の漂うメイドさんはモップ片手に号令をかける。

 

「ええ~!? なんでわたしたちが準備~?」

 

「文句言わない! せっかくリーンボックスまで来たんだから、キッチリ、パーティーして帰るわ!」

 

 すかさずグータラに定評のあるネプテューヌが反論するが、ノワールは妙に張り切って次々と指示を出した。

 

「まず、ネプギア、アイエフ、コンパの三人は食糧の買い出し! アリスも案内してあげて!」

 

「「「「は、はい!」」」」

 

 四人はノワールの剣幕に二つ返事で了解するしかない。

 ノワールはさらに指示を続ける。

 

「他の人達は部屋の掃除よ! はい、今すぐ始めて!」

 

「で、でたー、こういう時妙に張り切る奴」

 

「変なスイッチ入ったわね……」

 

 ネプテューヌとブランが呆れたように言うが、黒の女神は二人をギロリと睨む。

 

「うるさい! ちゃっちゃと働く!!」

 

『すまねえな、みんな。家のノワールが……』

 

『いや、もとはと言えばベールの奴が……』

 

『清掃は大事だ。しかし手伝えなくて申し訳ない』

 

 アイアンハイドとジャズがヤレヤレと排気すると、オプティマスが少しズレた言葉を発するのだった。

 

  *  *  *

 

 食糧を買いに出たネプギアたち。彼女たちはアリスの案内で、近場のショッピングモールへ来ていた。

 

「ぎあちゃんたちはまだみたいですね~」

 

 自分の担当の買い物を済ませたコンパは、待ち合わせの場所へやって来たが、他のメンバーの姿はまだない。

 

「あ~、急がないとっちゅ!」

 

 そこへネズミ型モンスターが駆けてきた。

 海底で何かを探していた、あのネズミである。

 ネズミの心中は焦りと恐怖で一杯だった。

 本来の雇い主である黒衣の女性はまだいい。せいぜい小言を言われる程度だ。だが、その同盟者である破壊大帝とその手下たちは……

 身体を震わせ、ネズミは走る。

 

「おわッ!」

 

 しかし焦りからか何もない所で転んでしまう。

 そのうえ転倒したはずみで、鞄から『赤く光る十字型の結晶』を落としてしまった。

 

「うう…… 痛かったっちゅ……」

 

 地面にぶつけた鼻を抑えるネズミ、それを見たコンパはネズミの前でしゃがみこむ。

 心配そうなコンパに、ネズミはウットリとした顔になるが……

 

「な、何っちゅか! ネズミが転ぶのがそんなに面白いっちゅか!?」

 

 思わず憎まれ口を叩くネズミ。しかし、それでめげるコンパではない。

 優しくニッコリと微笑んで見せる。

 

「大丈夫そうで、良かったです!」

 

 その笑みを見た瞬間、ネズミの脳天から尻尾の先まで電流が駆け巡る。

 別に時計型ディセプティコンに取りつかれているわけではない。比喩表現である。

 

「あ、でも擦りむいてるですね。これ、貼ってあげるですね」

 

 そう言ってネズミの手を取り、擦り傷に絆創膏を貼ってやるコンパ。

 ネズミのハートにフュージョンカノンで撃ち抜かれたような衝撃が走る。

 だがコンパのターンは終わらない。

 

「もう、大丈夫ですよ♪」

 

 満面の笑みである。

 オートボットの総攻撃を喰らったが如く、ネズミは完全に堕ちた。

 

「気を付けてくださいね、ネズミさん♪」

 

「は、はいっちゅ……」

 

「じゃあ、わたしはこれで」

 

「ま、まってくださいっちゅ!」

 

 去ろうとするコンパを、ネズミは呼び止めた。

 

「? なんですか?」

 

「あ、あの…… お名前は、何と言うっちゅか……」

 

 顔を赤くするネズミに、コンパはその意味は分からないものの、笑顔で答える。

 

「コンパですぅ!」

 

「こ、コンパちゃん…… 可憐なお名……」

 

「ふむ、このモンスターはフェロモンレベルから察するに交尾を望んでいる」

 

「ぢゅぅうううッッ!?」

 

 いつの間にか現れた薄いグリーンのレスキュー車と、それから聞こえた言葉にネズミは飛びあがった。

 

「あ、ラチェットさん」

 

「やあコンパ。迎えに来たよ」

 

 コンパは笑顔でレスキュー車型オートボットの名を呼ぶ。

 各員のパートナーたちも、買い物に付き合っていたのだ。

 

「しかし不思議だな、君とこのネズミは完全な異種族だ。にもかかわらず、このネズミは君と交尾を……」

 

「ななな、ナニを言ってるっちゅか!? こ、コンパちゃんの前でそんな、ふ、ふしだらな!!」

 

 空気読めないってレベルじゃないことを言い出すラチェットにネズミは顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「?」

 

 だがコンパはまったく意味が分からず首を傾げている。さすがに交尾の意味が分からないわけではないが、それが自分と結びつかないのである。

 罪深きは自覚のなさ。コンパは魔性の女の素質があるのかもしれない。

 

  *  *  *

 

 そんな一人と一匹と一オートボットから少し離れた所を、ネプギアとアリスが買い物を抱えて歩いていた。

 

「それじゃあ、アリスさんは最近リーンボックスへ?」

 

「はい、私のような新参者を受け入れてくださるなんて、ベール様は素晴らしいかたです。……少し、困ったところもありますけど」

 

 年齢が近いこともあり、ネプギアとアリスは親しげに話し合う。

 

「あれ?」

 

 と、ネプギアが足元に落ちていた赤い十字型の結晶を何気なく拾い上げた。

 横にいたアリスの目が一瞬驚愕に見開かれる。

 その瞬間、ネプギアの全身から力が抜け、座り込んでしまう。

 

「……ね、ネプギア様!」

 

 ハッと我に返ったアリスがネプギアの肩を掴んでゆすり、その揺れでネプギアは手に持っていた結晶を落とした。

 一瞬、ほんの一瞬、アリスがホッとしたように息を吐いたのを見た者はいない。

 

「ぎあちゃん?」

 

 コンパが異変に気付いた。

 

「さ、触るんじゃないっちゅ!」

 

 それはネズミも同じだった。

 すぐさま結晶を拾うと、走り去る。

 

「ギ…ア…?『ダイジョブかい?』」

 

 いつの間にか黄色いスポーツカーがネプギアの近くに寄って来た。彼女たちを迎えに来たバンブルビーだ。

 

「ぎあちゃん? どうしたですか?」

 

 コンパとラチェットもネプギアの傍にやってくる。

 

「分かりません、急に力が抜けて……」

 

「ふむ、貧血の症状に似ているね」

 

「でも女神さんが貧血なんて聞いたことないです」

 

 医療担当の二人が意見を出すが、答えは分からない。

 一方、走り去るネズミは待ち合わせ場所にやってきたアイエフとすれ違っていた。

 

「……?」

 

 アイエフはネズミを見て、少しだけどこかで見たような気がしたのだった。

 

  *  *  *

 

 ネズミは全力疾走でひとけのない路地に入ると、一息吐く。

 

「危なかったっちゅ。まさか女神の妹が……」

 

 危なかったが、どうにか切り抜けられた。

 

「それはともかく…… コンパちゃん天使、マジ天使! っちゅ!」

 

 顔を赤らめ出会いの思い出に浸るネズミ。

 

「おいおいおい、ネズ公よう」

 

 そこに甲高い声がかけられた。ネズミの全身の毛が逆立つ。

 

「っぢゅ!?」

 

 声のしたほうをネズミが見ると、機械の鳥が退路を塞ぐように舞い降りたところだった。

 

「何やってんだよ、おまえ……」

 

 レーザービークだ。

 さらにラヴィッジも影から姿を見せる。

 ネズミは二匹の金属の獣に挟まれた格好だ。

 

「なあおい、おまえ、こんな餓鬼の使いみたいな仕事も満足にできないわけ?」

 

 ネットリした声でレーザービークが問うが、ネズミは恐怖のあまり固まっている。

 

「今も、『アイツ』がフォローしてくれなかったら、ヤバかったよなあ……」

 

 相方の言葉に、ラヴィッジも低い唸り声で応じた。

 機械の鳥はさらに言葉を続ける。

 

「もういっそ、俺たちに『それ』を渡しちまいな。そうすりゃ……」

 

「……用済みで消すっちゅか! そうはいかないっちゅ! こいつはオイラが届けるっちゅ!」

 

 ネズミはなけなしの勇気を振り絞り、レーザービークの脇をすり抜けて大通りへと出て行った。

 

「……はん!」

 

 その姿が見えなくなった後、レーザービークは唾のような液体を路面に吐き捨てる。

 

「まったく、使えねえ。あんなので上手くいくのかね?」

 

 その疑問に、ラヴィッジが低く唸って答えた。

 

「ああそうだな、捨て駒にゃ、ちょうどいいさ」

 

 そう言って機械鳥は酷薄に笑う。

 

「それはそうとラヴィッジ」

 

 しかし、何か思い出したように機械豹に向き直った。

 

「5pb.のライブのデータ、ほしいだろ?」

 

 レーザービークの顔は弟分をからかうかのようなものに変わっていた。

 ラヴィッジがブンブンと尻尾を振る。

 

「しっかし、やっぱり生は良かったぜ! 迫力が違うよな!」

 

 後足で立って、いいからよこせと全身で示すラヴィッジに、レーザービークはニヤニヤと笑う。

 

「どうしよっかな~?」

 

 ワザとらしく顔を背けるレーザービークに、ラヴィッジは今にも飛びかからんばかりだ。

 

「はいはい、分かったよ! ほれデータ」

 

 短い通信で、数時間に渡るライブのデータをラヴィッジに渡す。

 ラヴィッジはすぐさま、ブレインサーキット内で映像を再生し、歌姫の歌声に浸かる。

 

「んじゃ、俺は次の仕事に行くから。おまえは待機な」

 

 どこか恍惚とした様子のラヴィッジを横目で見ながら、レーザービークは翼を羽ばたかせて飛び立っていった。

 

  *  *  *

 

 日も暮れはじめ、夕方。

 リーンボックス教会のベールの部屋は、すっかり片付き、テーブルには料理と飲み物が並んでいた。

 

「お待たせしました! 我が家のホームパーティーに、ようこそ!」

 

 ベールが腕を広げ笑顔で言う。

 しかし、持て成されるはずの一同の表情は冷めたものだ。

 アリスは用があるとかで席を外している。

 

「っていうかベール、ほとんど何もしてない……」

 

「やめましょう、いっても虚しいだけよ」

 

 ブランとノワールは呆れ果てた様子だ。

 一方、ネプテューヌはネプギアに心配げな視線を向ける。

 

「さっき、立ちくらみしたんだって?」

 

「うん、もう平気だよ」

 

 そんな一同の空気を気にせず、ベールはパーティー開始の音頭を取った。

 

「さあ、みなさん! 遠慮なく食べて、飲んで、騒ぎましょう! 今日のために飛びっきりのゲームも用意しておりますわ!」

 

「おおー! なになに?」

 

 ゲームという言葉にネプテューヌが反応する。

 

「説明するより見せたほうが早いですわね。ネプテューヌとノワール、少し後ろに立ってくださいな」

 

「ほいなー!」

 

「え、なに?」

 

 ベールの言葉に二人はとりあえず後ろに行く。

 するとベールは机の上に置いてあったコントローラーを手に持つ。

 

「ジャズ、そちらの準備はよろしくて?」

 

『ああ、こっちはOKだ。いつでも始めてくれ!』

 

 どこからかジャズの声が聞こえてきた。

 

「では、いきますわよ」

 

 そしてコントローラーを操作すると、床に置かれた球体状の機械から光が放たれ、部屋の景色が変わっていく。

 そこは広大な密林だった。木々も地面も飛び交う蝶も本物にしか見えない。

 しかし、なんだか縮尺がおかしい。妙に小さいのだ。いや見ているほうが巨大になっていると言うべきか。

 

「あ! ねぷねぷたちが!」

 

 コンパの声に一同が二人のほうを向くと、そこには少女たちの姿はなく、代わりに紫と黒のロボットが一機ずつ立っていた。

 それぞれ何となくネプテューヌとノワールを思わせる造形をしている。

 

「ねぷう!? ロボットになってる!?」

 

「こ、これ、私なの!?」

 

 ロボット二機からは、やはりネプテューヌとノワールの声を出した。

 ベールは薄く微笑む。

 

「二人の動きを特殊なカメラで読み取って立体投影していますの。オートボットの技術を応用したのですわ」

 

「なるほどー」

 

「むう、さすがはベール……」

 

 ネプテューヌロボは素直に感心し、ノワールロボは少し悔しそうだ。

 だがベールは、さらに悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「そして、ここからが本番ですわ!」

 

 新たなロボットたちが転送されてきたようなエフェクトとともに現れた。

 

「おお! これは!」

 

「『わーい!』ギ…ア『と同じサイズだー』」

 

「やれやれ、この歳でゲームか……」

 

「また年寄臭いことを」

 

「…………」

 

「おおー! すげー!」

 

「でも俺らはあんま変わんねえな」

 

「ふむ、なかなか面白いな」

 

「このゲームでも一番小柄なのね、私」

 

 それは、人間サイズのオートボットの面々だった。

 皆サイズ差が出過ぎないように調整されており、少し戸惑っているようだ。

 ネプテューヌが気にせず先頭の総司令官に駆け寄り、それでも自分よりだいぶ大きな体を見上げ、さらにその胸板をペチペチと叩く。

 

「おおー! オプっちがなんかちっちゃーい! それに触れるんだー!」

 

「う~む、何とも不思議な感覚だ……」

 

 オプティマスが一同を代表するように声を出すと、横に立っていたジャズがニカッと笑って見せる。

 

「どうだい? なかなかのサプライズだろ。これならみんなで遊べるぜ!」

 

 そのそばにベールが寄り添うように並び、柔らかい微笑みを浮かべる。

 

「オートボットのみなさんが、ゲイムギョウ界にいらっしゃってからしばらく経ちますし、この機会により親交を深めていきましょう」

 

 もちろん、オートボットたちはこの場にいるわけではなく、離れた場所で待機している。

 彼らはゲーム機に自分の回路を繋ぐことで、この場にその似姿を投射しているのだ。この姿でなら、ゲーム機の作り出す仮想空間限定ではあるが、女神たちと触れ合うこともできる。

 オートボットの技術が平和利用された一つの結果であった。

 ロムとラムがもう一組の双子に駆け寄り、そっぽを向いているミラージュの顔をブランが覗き込む。

 アイアンハイドが照れ隠しに渋い顔をすればノワールが苦笑し、サイドスワイプとユニは何となくお互い照れたように微笑み合う。

 ラチェットとコンパは素直に笑い合い、アーシーとアイエフは特に理由なく背比べしている。

 一同は楽しいひと時を過ごすのだった。

 

  *  *  *

 

 リーンボックスの港、水平線に沈みゆく夕日が海を赤く染める。

 そんな一角で黒衣の女性が何者かを待っていた。

 

「……っぢゅう ……っぢゅう」

 

 そこへ走ってきたのは、あのネズミだ。

 黒衣の女性は厳しい声を出す。

 

「遅い! 計画を台無しにするつもりか!!」

 

「これでも精一杯急いだっちゅよ! 余裕のないスケジュール組んだオバハンが悪いっちゅ!」

 

 ゼエゼエと息を吐きながら反論するネズミ。

 オバハン呼ばわりに黒衣の女性は額に青筋を浮かべる。

 

「雇い主をそう呼ぶのをやめろと何度言えば……」

 

 しかし黒衣の女性は怒っている場合ではないと仕切りなおす。

 

「ま、まあいい、ネズミふぜいにいちいち腹を立ててはいられん。例の物を早くよこせ!」

 

「分かってるっちゅよ……」

 

 ネズミは鞄からあの赤く光る結晶を取り出し、黒衣の女性に差し出した。

 不敵に笑いながら、女性は結晶を手に取る。

 

「フフフ、これで四つそろった」

 

「……ホントにやるっちゅか?」

 

 対するネズミはどこか不安げだ。

 女性は顔をしかめる。

 

「何だ? いまさら怖気づいたのか?」

 

「そういうわけじゃないっちゅけど…… 正直、ディセプティコンと組んでるのは生きた心地がしないっちゅ……」

 

「……まあな」

 

 黒衣の女性とて、メガトロンの恐ろしさは分かっているつもりだ。

 同盟という形で黒衣の女性とディセプティコンが手を組んでいるのは、女神とオートボットという共通の敵がいるからに過ぎない。

 用が済めば、ほぼ確実にメガトロンは女性を消すつもりだろう。

 だがそうはさせない。

 

「手はあるさ……」

 

 ほくそ笑む黒衣の女性。

 

「今夜、世界というゲイムのルールが塗り替えられる」

 

 ただ利用されるつもりはない。

 むしろ、利用するのはこちらのほうだ。

 昏い決意を込めて黒衣の女性は笑う。

 

 二人のことをレーザービークが監視していることには、気付かずに。

 

 夜が、来ようとしていた。

 




楽しい時間の裏で暗躍する者たち、迫りくる危機、そんな回。

それにしてもトランスフォーマーはアドベンチャー放送、ネプテューヌはVⅡ発売が近づいてきましたね。
アドベンチャー、プライム(海外版)の続編らしいけど、いろいろとどうするんだろう?
ギャラクシーフォースみたく、まったく関係ない新作ってことにして放送する気でしょうか?
VⅡはゴールドサァドにダークメガミ、ネクストフォームと面白そうな要素が多いけど、この作品に設定取り込むかは未定で。
ああでも、ネクストフォームのネプテューヌ、いままでとイメージ違ってていいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 悪意の巣

第二次決戦、開幕。


 リーンボックスの日は暮れて宵の口。

 女神とオートボットとのパーティーは続いていた。

 各々ロボットの姿へと変じた女神たちは、人間大オートボットたちと楽しく遊んでいる。

 そこへ、パーティー会場となっているベールの部屋の扉を誰かが叩く。

 

「ベール様、失礼いたします」

 

 部屋の主であるベールが扉を開くと、教祖補佐のアリスがいた。

 

「なんですの? パーティーの最中に……」

 

「はい、実は……」

 

 緊迫した様子でアリスはベールに耳打ちする。

 その内容を聞いたベールは真面目な顔になった。

 ただならぬ様子のベールたちに気づいたノワールはコントローラーを操作してゲームを止める。

 女神たちは人間に戻り、オートボットたちは通信装置の投射する映像に切り替わった。

 

「ねぷッ? もう終わりー?」

 

 不満そうなネプテューヌをよそに、ノワールはベールに近づく。

 

「何かあったの? ベール」

 

「いえ、ズーネ地区にある廃棄物処理場に、多数のモンスターが出現したという報せがあったのですわ」

 

 その言葉に、女神たち……約一名除く……のみならず、オートボットたちの表情も真剣みを帯びる。

 ベールは執務机に着いてノートパソコンを起動すると、ズーネ地区についての情報をディスプレイに出した。

 

「ズーネ地区…… 離れ小島ね。引き潮の時だけ、地続きになると言う……」

 

 確認するようなブランの言葉にベールは画面を見たまま頷く。

 

「モンスターぐらい、どこでも普通に出るっしょ?」

 

「国が管理している地区ですから、そんなことは有り得ませんわ」

 

 能天気なネプテューヌに、ベールは至極真面目に返した。

 その姿は遊んでいた時とは別人の様に凛々しい。

 

「でも…… 事実のようですわね……」

 

 画面にはズーネ地区の衛星映像と、そこにいる無数のモンスターが映されていた。

 ベールはノートパソコンを閉じて立ち上がる。

 

「わたくし、今から行ってきますわ」

 

「あ! わたしも行くよー!」

 

 そこでネプテューヌが元気よく言うが、ベールは少し困った顔を見せる。

 

「けれど、これはわたくしの国のことですから……」

 

『いや、我々がここにこうしているのも何かの縁だ。私も行こう』

 

 映像のオプティマスが厳かに発言した。

 

「わたしも手伝う。誘拐事件のときにはみんなに助けてもらったから……」

 

 静かなブランの声に、ミラージュは無言で頷く。

 

『どうする? 今行くって言わないと置いてかれるぞ』

 

「分かってるわよ! 私も行くわ! あなたたちだけだと心配だからね!」

 

『ったく、素直じゃねえなぁ』

 

 からかうようなアイアンハイドに、ノワールは腕を組んで答える。

 

「みなさん……」

 

『おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!』

 

 最後にジャズが軽い調子で言い添えた。

 ベールの表情は少し戸惑ったようだったが、やがて微笑みに変わる。

 

「分かりました。ではみんなでまいりましょう!」

 

「あ、あの!」

 

 そこでネプギアが声を上げた。

 

「私も、行きます!」

 

「え? あ、アタシも!」

 

「わたしも!」

 

「……わたしも」

 

 ネプギアの言葉に、ユニ、ラム、ロムも同行を進言する。

 だが、ブランは首を横に振った。

 

「あなたたちはダメ。遊びじゃないの」

 

「ええ~? わたしたち、ディセプティコンとだって戦えるんだよ!」

 

 すぐさまラムが文句を言うが、ブランにうんと言う気はない。

 誘拐騒動の一件で、少し過保護になっている部分もあるのかもしれないが、ロムとラムにまだ戦いは無理というのがブランの考えだ。

 

「ユニも今回は留守番よ。あなた、まだ変身もできないんだから」

 

「……はい」

 

 言い聞かせるようなノワールに、ユニはショボンとして同意する。

 

「ネプギア! ここはお姉ちゃんたちに任せてよ! 主人公としての活躍、見せないとね!」

 

「……うん」

 

 ネプテューヌは明るく言い、ネプギアも微笑み返す。

 胸の中の言い知れぬ胸騒ぎを、拭い去ろうというように。

 

  *  *  *

 

 リーンボックス教会近くの広場にて、女神たちとオートボットたちが一端合流していた。

 見送りにきた候補生たちや残りのオートボットもいっしょだ。

 

「では、今回は私とジャズ、アイアンハイド、そしてミラージュの四名が行く」

 

 総司令官オプティマス・プライムの厳かな声に、戦士たちは了解の意を示す。

 

「っちぇ! 俺も留守番かよ!」

 

「今回は俺たちだけで十分だからな」

 

 サイドスワイプが不満げに言えば、アイアンハイドは弟子に渋く笑って見せた。

 

「なあおいミラージュ! なんか土産頼むよ、土産!」

 

「エネルゴンチップとか、ルビークリスタルとかさ!」

 

「あったらな」

 

 無邪気で少し空気の読めていないスキッズとマッドフラップに、ミラージュはそっけなく答える。

 オプティマスとジャズは並んで立ち、出撃の準備をする戦士たちを見回していた。

 そこにラチェットが声をかける。

 

「本当に四人だけで大丈夫なのか?」

 

 ジャズは頷いた。

 

「ああ、俺たち四人とベールたちでけで十分…… と言うより、これ以上戦力を割きたくない」

 

「それって?」

 

 ラチェットの隣に立つアーシーが訝しげな声を出す。

 

「……どうにも嫌な予感がする」

 

 声を小さくする副官に、ラチェットとアーシーは顔を見合わせる。

 

「今回の一件、ディセプティコンが絡んでいるかもしれない。念の為皆は待機していてくれ」

 

 オプティマスは厳しい声で言った。

 と、バンブルビーがその正面に進み出る。

 

「『司令官!』『オイラも』『いっしょに』『連れてってください!』」

 

「バンブルビー、おまえは私たちの留守を守ってほしい」

 

 若き情報員の肩に手を置き、総司令官は優しく諭す。

 

「留守を守るのも、大切な仕事だ」

 

 バンブルビーは渋々ながら電子音で了解を示した。

 そんな情報員に、ジャズは軽く笑って見せる。

 

「まったく、バンブルビーはオプティマスのことが大好きだな!」

 

「そうだな」

 

 オプティマスも少し微笑みながら同意した。

 この時、とある腐女神が目を輝かせていたのを、ジャズはあえて無視した。

 全員集まったのを確認し、オプティマスが口を開こうとする。

 

「では……」

 

「あ、オプっち! 今日はそれ、わたしにやらせてよ!」

 

 ネプテューヌが声を上げた。

 

「ふむ、まあいいか」

 

 あっさりそれを認めるオプティマス。

 ノワールとアイアンハイドがズッコケるが、ネプテューヌは意に介さず元気に号令をかける。

 

「よーし! みんなー、出動(ロールアウト)!!」

 

 プラネテューヌの女神の声とともに、女神たちは変身して飛び立ち、オートボットたちはビークルモードに変形して走り出す。

 

「……お姉ちゃん」

 

 遠ざかって行く姉たちを、ネプギアはどこか不安そうに見ていた。

 バンブルビーはそんなパートナーに気遣わしげな視線を送るのだった。

 

  *  *  *

 

 飛んで行く女神の飛跡を見つめているのは、ネプギアたちだけではなかった。

 少し離れた所で、リーンボックス教祖補佐アリスが空を見上げていた。

 

「……こちらアリス」

 

 アリスは通信機を付けているわけでもないのに、声を出す。

 その表情は冷たく機械的だ。

 

「予定通り、オートボットと女神が出撃しました。……はい、……はい、では私はこのまま、残ったオートボットと女神候補生を監視します」

 

 そして最後に、こう付け加えた。

 

「オール・ハイル・メガトロン」

 

  *  *  *

 

 海に浮かぶズーネ地区、その廃棄物処理場。

 そこには無数の機械型モンスターが蔓延っていた。

 うごめくモンスターの群れを高台から見下ろす者たちがいる。

 あの黒衣の女性とネズミ、そしてディセプティコン破壊大帝メガトロンだ。

 さらに、メガトロンの後ろには航空参謀スタースクリームと情報参謀サウンドウェーブが控えていた。

 

「メガトロン様、アリスカラ連絡ガアッタ。オートボットト女神ガコチラ二向カッテ来テイル」

 

「御苦労、サウンドウェーブ。おまえの部下は使える者ばかりだな」

 

 機械音の如き異様な声でサウンドウェーブが報告すると、メガトロンは満足げに頷き、同盟者に視線をやる。

 

「奴らが来たぞ」

 

「フフフ、予定通りだな」

 

 不敵な笑みを浮かべる黒衣の女性。

 ネズミは近距離で見るメガトロンが恐ろしいのか、女性の足にしがみつかんばかりに震えている。

 

「スタースクリーム、貴様のほうも準備はできているな?」

 

「はい、メガトロン様。この、スタースクリームめにお任せを!」

 

 スタースクリームは少し前に裏切ったことを棚に上げて調子良く答える。

 そこぬけに冷たい視線のメガトロンだが、あえてそれ以上触れず、視線を海の彼方、今はまだ見えない宿敵たちに移した。

 

「他ノ者モ、配置二着イタ」

 

「結構、では作戦を開始する!」

 

 サウンドウェーブの簡潔な追加報告に、メガトロンはニヤリと笑って号令をかける。

 黒衣の女性もまた、邪悪な笑いを浮かべた。

 

「早くこい…… 女神ども、そしてオートボットどもよ」

 

  *  *  *

 

 ネプギアはリーンボックス教会のテラスから夜空を見上げていた。

 その表情はどこか不安げだ。

 

『ギ…ア『大丈夫?』』

 

 近くに飛んで来た通信装置が、バンブルビーの顔を投射する。彼もまた不安そうだった。

 

「ビー…… うん、私は大丈夫。でも、なんだかお姉ちゃんのことが心配で……」

 

『『大丈夫だよ!』『司令官』『といっしょ!』『司令官』『は最強なんだ!』』

 

「そうだね。ありがとう」

 

 どこか無邪気にオプティマスを称えるバンブルビーに、ネプギアは笑顔になる。

 この若き情報員は本当に総司令官のことが好きなのだ。

 立体映像のバンブルビーを伴って屋内に入ると、そこは皆が待機しているベールの部屋だ。

 

「……ありがとう、オトメちゃん」

 

 ふとネプギアが視線を巡らすと、アイエフが携帯電話を切るところだった。

 

「何か分かったんですか?」

 

「昼間、買い物に行ったときに見たネズミ、見覚えある気がして諜報部の仲間に調べてもらったの」

 

 ネプギアがたずねると、アイエフは厳しい顔を覗かせる。

 

「そしたら案の定。各国のブラックリストに載ってたわ。要注意人物、と言うか要注意ネズミとしてね」

 

「え!? あのネズミさん、悪い人だったですか! 悲しいです……」

 

 親友の言葉に、コンパは悲しげな顔になる。

 

『何と言うか、見かけによらないな』

 

 立体映像のラチェットは純粋に驚いた様子だ。

 今はそれに構わず、アイエフは言葉を続ける。

 

「しかも、数時間前にズーネ地区に船で向かったのが目撃されているの」

 

「それって……」

 

 ネプギアのみならず、その場の全員が緊迫した空気に包まれる。

 

「推測でしかないけど、廃棄物処理場にモンスターが現れたのは……」

 

『やっぱり、裏があるかも知れないってことね』

 

 アイエフの言葉を、こちらも厳しい表情のアーシーが継ぐ。

 

「今なら、まだ引き潮に間に合う。私とアーシーで様子を見に行ってくるわ!」

 

 そう言ってアイエフは扉に向かって身を翻す。

 

「あ、あの!」

 

 その時、ネプギアがアイエフを引き留めた。

 

「私も連れていってください!」

 

『ギ…ア…?』

 

「え? ダメよ、ネプギアまで危険な目に遭わせるわけには……」

 

 紫の女神候補生の突然の言葉に、バンブルビーは戸惑い、アイエフはやんわりと拒否する。

 

「どうしても気になるんです! お願い、アイエフさん!」

 

 しかし、ネプギアの決意は変わらない。

 アイエフは根負けしたように、一つ息を吐き、ネプギアの目を真っ直ぐ見つめる。

 

「絶対に無茶はしないこと。少しでも危険を感じたら、すぐに撤退だからね」

 

「うん、ありがとう!」

 

 至極真面目な顔で、ネプギアは礼を言う。

 

『『オイラも』『いっしょに』『行くぜベイビー!』』

 

 バンブルビーも同行を希望する。

 

『いいけど、アナタも無茶はしないでね』

 

 それをアーシーが許可した。

 これで、ズーネ地区に向かうメンバーが決まったのだった。

 

  *  *  *

 

 空を行く女神たちは、ズーネ地区に近づきつつあった。

 その下の引き潮によって海から現れた道を、オプティマス率いるビークルモードのオートボットたちが走っている。

 

「見えてきましたわよ!」

 

 ベールの言葉のとおり、一同の視界にズーネ地区が入って来た。

 大きくはない島に廃棄物処理のための施設と、モンスターが無数にひしめいているのが見える。

 

「ゲッ、うじゃうじゃいやがる!」

 

 それを見てブランが嫌悪感を露わにする。

 

「何よ、数は多いけど、大したことない奴ばかりじゃない!」

 

『油断すんなよ、数は力なりだ』

 

「はいはい」

 

 自信ありげなノワールに、アイアンハイドが通信で注意を促す。

 

「そうね、万が一、街に渡ったりしたら大変よ! ここで早めに……」

 

『ッ! 様子がおかしい!』

 

 冷静なネプテューヌの声を、オプティマスがさえぎった。

 見れば、地面を破って砲台のような大型モンスターが姿を見せた。

 砲塔を回転させ、モンスターは女神たちに狙いをつける。

 

『来るぞ! 皆気をつけろ!』

 

 女神たちは飛来するビームをよけ、あるいは防ぐ。

 オートボットたちも降り注ぐビーム弾をさけながら敵に向かっていく。

 

「このデカブツが真打ってわけか! 着いて来いミラージュ!」

 

『了解』

 

「敵にとって不足なしですわね! ジャズ、サポートをお願いします!」

 

『イエスマム、ってな!』

 

「よし、行くわよ! アイアンハイド、援護してちょうだい!」

 

『無茶はすんなよ!』

 

 ブラン、ベール、ノワールが砲撃をかいくぐってモンスターへと突っ込んでいき、ミラージュ、ジャズ、アイアンハイドがそれに続く。

 

「オプっち、そっちは大丈夫?」

 

『問題ない、このまま島へ上陸する!』

 

「なら、私も遅れてはいられないわね!」

 

 ネプテューヌとオプティマスも敵陣に向かう。

 雨あられと砲撃を浴びせるモンスターだが、瞬く間に女神の接近を許してしまった。

 一方、オートボットたちも道なりに島に上陸してモンスターに向かって行こうとする。

 

「これは……!」

 

 だが、オプティマスたちの行く手を阻むように瓦礫や廃棄物を積み重ねた壁が広がっていた。

 高さからとても乗り越えることはできない。迂回するにせよ、壊して直進するにせよ時間がかかってしまう。

 

 オプティマスはすぐさまネプテューヌに連絡を入れる。

 

「ネプテューヌ! こちらオプティマス! 道が塞がれている!」

 

『なんですって!?』

 

「明らかに人為的な物だ、嫌な予感がする! 我々が合流するまで無理は控えて……」

 

 その瞬間、目の前の壁が爆発した。

 あらかじめ爆発物を仕込んであったのだろう。爆炎と降り注ぐ瓦礫から身を守りながら、オートボットたちは身構える。

 はたして噴煙の向こうから飛び出してくる者たちがいた。

 

「ぶっ潰れろぉおおッ!!」

 

 それは砂色のディセプティコン、ボーンクラッシャーだった。

 その後ろから黒い体に長い腕のバリケード、黒と銀の巨体のブラックアウトとグラインダー、さらに全身を武装したブロウルが続く。

 ボーンクラッシャーは雄叫びを上げてオプティマスに突撃するが、オプティマスは唸りを上げて迫る拳を紙一重でかわし、カウンターの要領で敵の顔面に拳を叩き込む。

 もんどりうって倒れるボーンクラッシャーだが、すぐさま立ち上がり背中の腕を勢いよく伸ばしてオプティマスを攻撃する。

 

「おっ死ね!!」

 

 だがオプティマスは素早くこれをよけるとエナジーブレードを展開し、そのままボーンクラッシャーに斬りかかる。

 その時、ブロウルが右腕の主砲を両者の真ん中に撃ってきて、オプティマスとボーンクラッシャーはそれをよける形でお互いに距離を取った。

 バリケードが腕のタイヤを刃だらけのブレードホイール・アームへと変形させミラージュ目がけて投擲すると、この恐るべき殺戮兵器は猛スピードで赤いオートボットへと飛んで行く。

 ミラージュは瞬時に軽やかに大ジャンプしてそれをかわし、バリケードへと斬りかかる。

 帰ってきたブレードホイール・アームを回収したバリケードは、それをすかさず空中のミラージュに投げつける。

 空中ではよけることはできない、ミラージュ危うし。

 だがミラージュは飛んでくる殺戮ディスクを腕のブレードで受け、その軌道を変えさせる。

 ブラックアウトはいつぞやのお返しとばかりにアイアンハイド目がけて砲撃を繰り出す。

 アイアンハイドは軽快に砲撃をよけ、お返しに両腕のガトリング・キャノンをお見舞いする。

 だが兄貴分の隣に立つグラインダーがそれを撃ち落とし、二体はさらなる砲撃の雨を黒いオートボットに浴びせかける。

 右腕の主砲と左腕のガトリングを発射するブロウルだが、ジャズは素早い動きでこれをよけ続ける。

 さらにジャンプしてブロウルの背に組み付くと、ゼロ距離でクレッセントキャノンをお見舞いしてやる。

 激痛にうめくブロウルだが、大したダメージもなくジャズを振り払う。

 

「ネプテューヌ、ディセプティコンが現れた! これは罠だ! 応答してくれ、ネプテューヌ!」

 

 しかし、オプティマスの呼びかけにネプテューヌは答えない。

 通信機器からはノイズしか聞こえてこない。

 この状態にはおぼえがあった。

 妨害電波による通信障害だ。

 オプティマスは焦りと怒りに顔を歪め、目の前のディセプティコンを睨みつける。

  

 戦いは続く。

 

  *  *  *

 

「オプっち! オプっち、どうしたの!?」

 

 ネプテューヌはインカム型の通信機でオプティマスに呼びかけるが応答がない。

 そんな間にも砲台モンスターの攻撃は続き、女神たちはそれをかわし、防ぐ。

 

「オプっちたちとの連絡がつかなくなったわ!」

 

「みたいね! これは……ハメられたか」

 

 ノワールは悔しげに大剣を振るい続ける。

 

「なら、ちゃっちゃとコイツらを倒して助けに行くぞ! テンツェリントランぺ!」

 

「ええ、そういたしましょう! レイニーラトナピュラ!」

 

 ブランの横薙ぎの戦斧が、ベールの長槍の突きが、砲台モンスターに命中し、モンスターは粒子に還った。

 

「二人に負けてられないわね! レイシーズダンス!」

 

「早くオプっちたちの所へ行かないと…… クロスコンビネーション!」

 

 ノワールに蹴り上げられ斬り裂かれ、ネプテューヌの太刀の連撃に襲われ、モンスターたちは消え去る。

 

「これで一段落ね……」

 

 少し息を吐くノワールに、ネプテューヌは厳しい顔で頷いた。

 

「さあ、早くオートボットと合流しましょう!」

 

 その言葉に皆同意し、女神たちは飛び立とうとする。

 

 まさに、そのとき!

 

 地面からコードのような物が勢いよく伸び、女神たちの肢体に絡みつく。

 だが、女神たちの力を持ってすれば、こんな物は拘束の内に入らない。

 四肢に力を込め、コードを引きちぎろうとする。

 

 そんな女神たちを少し離れた高台から見て、黒衣の女性は不敵な笑みを浮かべた。

 

「フフフ、そろそろか」

 

 黒衣の女性は懐から赤く光る十字の結晶を取り出し、傍らに置かれた楕円体状の機械にそれをセットすると、機械を女神たち目がけて投げつけた。

 

「女神たちよ、我がサンクチュアリに堕ちるがいい!!」

 

 その機械は女神たちの頭上で静止すると、紫の禍々しい光を放ち始める。

 さらに地面からも楕円体状の機械が女神たちを取り囲むように三つ出現し、機械はそれぞれ光線によって結ばれ、三角錐型の結界を作り上げる。

 そしてその内側を紫の光が満たしていく。

 

「こ、この光は!?」

 

 驚愕した声を上げるブラン。その身体から力が抜ける。

 

「くっ……」

 

「力が!? どうして!」

 

 ベールとノワールの身体からも力が抜けていく。

 

「あの機械、あれさえ壊せば!」

 

 刻一刻と力が奪われていくなか、ネプテューヌは力を振り絞って太刀を頭上の円盤状の機械に投げつける。

 だが太刀は機械に到達する前に、粒子に分解されてしまった。

 驚愕するネプテューヌ。

 そこへ、声が響く。

 

「シェアエナジーを力の源にしているものは、その機械に近づくことはできん。それが武器であろうと、女神自身であろうがな!」

 

 黒衣の女性が高らかに声を上げる。

 

「どういうことですの……?」

 

 力が抜けゆくなか、それでも疑問を口にするベールに、黒衣の女性は満足げに答えた。

 

「その機械にはアンチクリスタルと言う石が仕込んであってな。シェアクリスタルとおまえたちのリンクを遮断し、力を失わせる石だ!」

 

「アンチクリスタル……?」

 

 ネプテューヌの疑問は突然のシャッター音にさえぎられる。

 見れば、ネズミ型の小型モンスターがカメラで捕らえられた女神たちを撮影していた。

 

「う~ん、いい写真っちゅね~! これは世間に大旋風を巻き起こすっちゅよ!」

 

 響くシャッター音に、女神たちは悔しげに顔を歪める。

 

「こんなこと…… ただじゃ済まさないわよ! すぐにぶっ飛ばしてやるんだから! アイアンハイドたちさえ来ればあなたなんか……」

 

「さて、それはどうだろうな?」

 

 怒れるノワールの言葉に答えたのは黒衣の女性でもネズミでもなく、地獄の底から響くような低い声だ。

 女神たちにとって、それは敗北の苦い経験とともに忘れがたい声だった。

 高台の向こう側から現れたのは、灰銀の巨体に、悪鬼羅刹の如き顔とそこに斜めに走る傷跡のロボット。

 愕然として、ネプテューヌはその名を口にする。

 

「メガトロン……!」

 

「しばらくぶりだな、女神どもよ」

 

 ディセプティコン破壊大帝、メガトロンが嘲笑を浮かべていた。

 

「あなたが黒幕だったのね……!」

 

 突然現れた大敵を、ネプテューヌは鋭い目つきで睨む。

 対してメガトロンは冷たく嗤う。

 

「黒幕、と言うのは語弊があるな。俺はこやつの計画に乗っただけだ」

 

「そのとおり、我々は対等な同盟者なのだ!」

 

 黒衣の女性が高らかに宣言する。

 それを見たノワールは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「同盟者? 手下の間違いじゃないの」

 

「減らず口を…… まあいい、アンチクリスタルの結界の中では女神は力を失っていく。じきに生意気な口もきけなくなるさ。フフフ、ハーハッハッハッハ!!」

 

 高笑いをする黒衣の女性。

 一方、メガトロンは片腕を砲に変えると、真上に向かって撃った。

 その意味が分からず、困惑する女神たちにメガトロンはニヤリと笑って見せた。

 

「そして、ここから第二幕だ。 貴様らの絶望のな」

 

  *  *  *

 

 ボーンクラッシャーは背中の腕を何度も突き出して攻撃するが、オプティマスはそれをことごとくよけ、イオンブラスターを撃つ。

 だがそれを巨体にみやわぬ軽やかさでよけたボーンクラッシャーは、オプティマスと距離を取った。

 オプティマスの知るボーンクラッシャーらしからぬ、慎重な戦いかただ。

 他のオートボットとディセプティコンも、一進一退の戦いを繰り広げている。

 明らかに時間を稼がれていた。

 と、ネプテューヌたちが降りていったほうから、エネルギー弾らしき光が空に昇るのが見えた。

 

「……頃合いか! 総員、いったん撤退だ!」

 

 アイアンハイドと撃ち合いブラックアウトがそれを見て号令をかける。

 

 それを聞いて、バリケードが組み合っていたミラージュを蹴飛ばして引きはがすと、黒いパトカーに変形する。

 さらに、オプティマスと睨み合っていたボーンクラッシャーも大型アームの特徴的な大型地雷除去車に、ブロウルはゴテゴテと武装の追加された戦車に、当のブラックアウトとグラインダーも巨大な輸送ヘリに変形して退避していく。

 

「先へ進んでみなオートボットども! サプライズが待ってるぜ!!」

 

 走り去るバリケードが皮肉っぽい調子で言葉を吐く。

 

「待て! 逃げる気か!」

 

 砲を撃ちながらアイアンハイドが吼えるが、ディセプティコンたちは意に介さず去って行った。

 

「オプティマス、奴らを追うか?」

 

 ミラージュが言うが、オプティマスは首を横に振る。

 

「いや、それよりもネプテューヌたちが心配だ。彼女たちと合流することを優先しよう」

 

 オートボットたちはそれに頷いた。

 

「それじゃ、お姫様たちを助けにいくとしますかね」

 

 あえて軽い調子でジャズが言ったが、誰もクスリともしない。

 

「家のじゃじゃ馬女神様は姫ってタマじゃないな」

 

「同感だ」

 

 ムッツリとアイアンハイドとミラージュが呟き、ジャズはやれやれと肩をすくめる。

 

「では、オートボット、前進!」

 

 オートボットたちはオプティマスの号令に合わせ、ビークルモードに変形して女神たちの降下地点を目指して廃棄物処理場を進んでいく。

 道程にはディセプティコンの影も形も見えず、センサーにも反応がない。

 不気味なくらい静かな道をオートボットは用心しながらも急ぎ、やがて女神たちの降下した場所へと出た。

 そこは高台に囲まれた窪地の底で、中央に三角錐状の結界のような物がある。

 その中に女神たちが囚われていた。

 

「ネプテューヌ!」

 

 オートボットたちは思わずその結界に駆け寄る。

 それを見てネプテューヌが叫ぶ。

 

「オプっち、来ちゃダメ! これは罠よ!」

 

 その瞬間、オプティマスの聴覚センサーに、忘れたくとも忘れられない声が聞こえてきた。

 

「フハハハ! 我々からのサプライズは気に入ってもらえたかな?」

 

 オプティマスが声のした方向を向くと、そこには灰銀の巨体のディセプティコン破壊大帝が立っていた。

 足元には黒衣の女性とネズミが、後ろにはスタースクリームとサウンドウェーブが立っていた。

 

「また会ったな、プラァァイム!」

 

「メガトロン! これは貴様の仕業か!」

 

「先ほども同じ質問をされたな。残念だが違う。『ここまで』は、我が同盟者の仕事よ」

 

 宿敵オプティマスの言葉にメガトロンは嗤いながら答えた。

 

「そして『ここから』が俺の策だ! ディセプティコン軍団、現れよ!」

 

 破壊大帝の声に呼応し、周りの高台にも次々とディセプティコンが姿を現す。

 先ほど戦ったメガトロンの直属部隊、それぞれが個性的な姿のコンストラクティコン、ドレッド触手をうねらせるドレッズ。

 ゲイムギョウ界に置けるディセプティコンの戦力がほぼ集結していた。

 圧倒的な戦力差を前に、しかしオートボットたちは戦意を失わない。

 

「メガトロン! この程度で我々は貴様には屈しない! 必ずネプテューヌたちを助け出すぞ!」

 

 堂々たるオプティマスの言葉に、しかしメガトロンはまったく余裕を崩さない。

 

「であろうな。俺とてこれで貴様が屈服するとは思っていない。ゆえに!」

 

 メガトロンは後ろに立つスタースクリームに視線をやる。

 

「スタースクリーム! やれ!」

 

「了解です、メガトロン様!」

 

 するとスタースクリームは手元のリモコンのような機械を操作する。

 

「アンチスパークフィールド作動! スタースクリーム様の大発明を味わいな!!」

 

 その言葉とともに結界を構成している楕円体状の機械が突起だらけの形状に変形し、突起から紫色の電撃状のエネルギーが放たれ、逃れる間もなくオートボットたちを飲み込んでいく。

 やがて紫の電撃はアンチクリスタルの結界を包み込むように、ドーム状のフィールドを形成する。

 

「ぐおおおおッ!?」

 

「オプティマス! ぐ、ぐううううッ!!」

 

「バカな……!」

 

「こ、これは、力が抜けていく……!?」

 

 オプティマスが、アイアンハイドが、ミラージュが、ジャズが、歴戦のオートボット戦士たちが地面に膝をついて動けなくなる。

 

「オプっち!!」

 

「アイアンハイド! しっかりして!」

 

「大丈夫か、ミラージュ!!」

 

「ジャズ……!」

 

 女神たちは各々のパートナーに手を伸ばすが、その手は虚しく空を切り、オートボットたちは地面に倒れ伏した。

 

「ひゃーっはっはっはっ!! どうだ! アンチスパークフィールドの味は!! アンチクリスタルの発するエネルギーを、トランスフォーマーのスパークを弱めるものに変換しているのだ!!」

 

「なん……だと?」

 

 得意げに高笑いするスタースクリームに、オプティマスは驚愕の声を絞り出す。

 それに答えたのは、宿敵たる破壊大帝だった。

 

「トランスフォーマーのスパークと女神ども持つシェアエナジーが共鳴することで、大きな力を生むことは分かっていた。それは言い換えるなら、スパークとシェアエナジーとの間には、高い親和性があるということだ」

 

 メガトロンは地に伏した宿敵を睥睨しながら言葉を続ける。

 

「親和性……?」

 

「そうだ。つまり良く似た特性を持っているのだ。ゆえに、女神の力を奪う物は、同時にトランスフォーマーの力を奪う物にもなりうる、というわけだ」

 

 満足げに語りながら、メガトロンは嗤う。

 

「本当ならオートボットを全員一網打尽にできれば言うことなかったのだがな。今回はオプティマス、貴様を掌中に収めたことで良しとしておこう。……貴様のいないオートボットなど、案山子の群れと同じだからな!!」

 

 そして心の底から愉快だとばかりに哄笑する。

 

「女神もオートボットも、仲良く息絶えるがいい!!」

 

 なぜか、黒衣の女性も負けじと高笑いを始めた。

 

「「フフフ、フハハハ、ハーハッハッハッハ!!」」

 

 二者の哄笑に呼応するように、ディセプティコンたちも大きな声で嗤う。

 女神もオートボットも、屈辱に震えることしかできなかった。

 

  *  *  *

 

 ネプギアとバンブルビー、アイエフとアーシーはズーネ地区に上陸したところだった。

 

「やけに静かね……」

 

「もう、退治し終わちゃったのかな?」

 

 ビークルモードのアーシーに跨ったアイエフが呟くと、並走する同じくビークルモードのバンブルビーに乗ったネプギアが答えた。

 

「アイエフ、油断しないで。オプティマスたちと連絡が取れないわ」

 

 パートナーに警告するアーシーの声が、いつになく緊迫している。

 そのとき、バンブルビーのセンサーが何かを捉えた。

 

「『みんな!』『アレを!』」

 

 山の向こうから禍々しい紫色の光が漏れている。

 その光を見た瞬間、一同の胸に言い知れない不安が押し寄せた。

 

「行ってみよう!」

 

 ネプギアの声に、紫のバイクと黄色いスポーツカーは動き出す。

 光りの発生源を目指して坂道を上る間、誰も口を開かなかった。

 山の上に辿り着りつくと、

 

「そんな……」

 

「なんてこと……!」

 

 アイエフとアーシーが息を飲む。

 そこに広がっていた光景は、窪地を取り囲むディセプティコンの軍勢と、

 

「お姉……ちゃん?」

 

「オ…プ…ティ…マ…ス…?」

 

 囚われた女神たち、そして倒れて動かないオートボットたちだった。

 

 




そんなわけで、敵の罠にはまってしまった女神とオートボット。
女神候補生だけでなく、残されたオートボットたちにも試練の時となります。
総司令官オプティマス・プライムなしで戦わなければいけないのですから。

※追記、そういえばUAがついに15,000越えてました。
    これも一重に読者のみなさんのおかげです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 朝日が昇るまで

今、試練の時(前回のあとがきと同じフレーズ)


 ディセプティコンと謎の黒衣の女性の罠にはまり、捕らえられた女神とオートボット。

 その態を満足そうに眺める女性に、ネプテューヌは疑問をぶつける。

 

「あなた、いったい何者!? どうしてメガトロンとなんか手を組んだの!」

 

「私の名はマジェコンヌ、四人の小娘が支配する世界に、混沌という福音をもたらす者さ! その目的のため利害の一致から同盟を結んだのだ!」

 

 黒衣の女性、マジェコンヌの言葉に、ネプテューヌは耳を疑う。

 

「あなた、正気!?」

 

「正気だとも! 実際のところ、やっかいなオートボットどもも片付けることができたしな! フフフ、ハーッハ……」

 

「そして、オイラはワレチュー! ネズミ界ナンバースリーのマスコットっちゅ!」

 

 マジェコンヌの大時代な高笑いをさえぎって、ネズミが自己紹介した。

 

「ネズミ…… いいところで、邪魔をするな!」

 

「何を言うっちゅか! ラステーションの洞窟と、リーンボックスの海底からアンチクリスタルを掘り出したのはオイラっちゅよ!」

 

「フン! 私がプラネテューヌの森で一つ目を見つけたときに全ては始まったのだ! ルウィーの教会から盗むという大仕事をやったのも私ではないか!」

 

 言い合うマジェコンヌとワレチュー。

 その内容から、ベールは気になる部分を見つけた。

 

「教会……? ブラン、アンチクリスタルのことを……」

 

「……ああ、知ってた厳重に保管してたが、誘拐騒ぎのあと、行方不明になってた」

 

 苦々しげにブランは質問に答える。

 ベールはこちらも苦しげな笑みを浮かべた。

 

「教えてくださっていれば……」

 

「しょうがねえだろ! こんな何個もあるなんて知らなかったんだよ!」

 

 悔しげな顔のブラン。

 そしてノワールもまた、ワレチューの言葉に思い当たることがあった。

 

「洞窟って……」

 

 以前、オプティマスとともにモンスター退治に出向いた、あのトゥルーネ洞窟。

 あそこで突然力が抜け変身が解けたのは、もしや……

 

「ノワール、なに!? ……!?」

 

 そこまで言ったところで、ネプテューヌの身体が光に包まれ、人間の姿に戻ってしまった。

 

「変身が……」

 

 茫然とするネプテューヌ。

 他の女神たちも次々と光に包まれ、変身が解けていく。

 それを見て、マジェコンヌは得意げにほくそ笑む。

 

「フフフ、言ったはずだぞ。結界の中にいる限り、おまえたちは力を失っていくと」

 

 そこで、マジェコンヌの横に立つメガトロンがオプティマスとネプテューヌに声をかけた。

 

「ククク、オプティマス、そしてパープルハートよ。貴様らもここの廃棄物となるがいい」

 

  *  *  *

 

「お姉ちゃん……」

 

 ネプギアは茫然自失として、目の前の光景を見ていた。

 最愛の姉が、成す術なく恐ろしいディセプティコンに囚われ、オートボットたちが力無く地に伏している。

 まるで悪夢のような眺めだった。

 普段は冷静なアイエフも、ロボットモードのアーシーとバンブルビーも、ただただ立ち尽くしていた。

 

「お姉ちゃぁあああん!!」

 

 もはや何も考えられず、地面に座り込んでネプギアは叫んだ。

 

「ネプギア!?」

 

 妹の声にネプテューヌが気付いた。

 だが気付いたのは彼女だけではない。

 窪地を取り囲むディセプティコンたちも、一斉にネプギアたちのほうを向く。

 

「オートボットだ! 叩き潰せ!!」

 

 主の後ろに控えたスタースクリームが命令すると、ディセプティコンたちはネプギアたちのいる山の上に向けて我先にと武器を発射し、ボーンクラッシャーやバリケード、コンストラクティコンの何体かといった火器を持たない者たちは、敵を直接捻り潰すべく移動を始めた。

 

「ッ! ネプギア! 撤退するわよ!」

 

 真っ先に我に返ったアイエフが、ネプギアの手を引いて立たせようとする。

 

「でも、お姉ちゃんが……」

 

「ネプギア!!」

 

 このままでは、自分たちも危ない。どう考えても、あの数を相手にするのは無理だ。ここで倒れたらネプテューヌたちを助けることもできなくなる。

 撤退するしかないのだ。

 アイエフはネプギアを無理やり立たせる。

 

「アーシー、急いで!」

 

「ええ!」

 

「バンブルビーも早く! ……バンブルビー?」

 

 オートボットたちにも指示を出すが、バンブルビーの様子がおかしい。

 金属の体が小刻みに震えている。

 やがて、その発声回路から叫びが発せられた。

 

「―――――――!!!!」

 

 それは電子音とノイズのような彼の肉声の混じった、怒りと悲しみに満ちたものだった。

 

「!? ビー!」

 

 その異常な様子にネプギアが静止するが、バンブルビーは聞かず弾かれたようにオートボットと女神が囚われているフィールドへ向かって飛び出し、山の斜面を駆けおりていく。

 その前にここまで到達したバリケードが立ちふさがりバンブルビーに殴りかかる。

 

「おまえも廃棄物になりな!」

 

 だがバンブルビーはそれを大きく跳んでかわし、さらにバリケード、その後ろに続くボーンクラッシャーとスクラッパーにブラスターの連射を浴びせる。

 悲鳴を上げるディセプティコンたちは、大きなダメージを受けた様子はないものの、体勢を崩し後続のハチェットとハイタワー、オーバーロードを巻き込んで斜面を転げ落ちていく。

 それに構わず、バンブルビーは山のふもとに着地すると、フィールド目指してひた走る。

 

「ネプギア、逃げるわよ!」

 

 それを唖然として見ていたネプギアの手をアイエフが引っ張る。

 

「で、でもビーは!?」

 

「……全滅だけは、さけなきゃいけないの」

 

 悲鳴に近いネプギアの言葉に、感情を押し殺すように静かにアーシーが答えた。

 

「そんな! お姉ちゃん! ビー!!」

 

 叫び続けるネプギアをアーシーが抱き上げ、走って逃げていく。

 

「いやああああッ!!」

 

 ネプギアの叫びを聴覚センサーに捕らえながらも、それを振り切るようにバンブルビーは走り続ける。

 

 今お助けします! 司令官!!

 

 決意を込めてラジオ音声ではなくオープンチャンネルの通信でオプティマスに呼びかける。

 だがオプティマスは、残された力を振り絞って叫んだ。

 

「ダメだ!! 来るな、バンブルビー!!」

 

 その言葉に、バンブルビーは一瞬固まる。

 

「逃げるんだ!! 今すぐに!!」

 

 バンブルビーの周囲に、この哀れな情報員をバラバラにすべくディセプティコンたちが集まってきた。

 山を転がり落ちた者たちも、立ち上がってこちらに向かってくる。

 

 オプティマスを、ネプテューヌを、仲間たちを置いて逃げる?

 できるはずがない!!

 

 後ろから襲い掛かってきたクロウバーに裏拳を叩き込み、こちらを狙撃しようとしていたランページにブラスターをお見舞いする。

 

「皆と合流すれば、我々を助け出す作戦も立てられる! ここで死ねばそれもできなくなるんだぞ!!」

 

 格闘技の師たる副官が、いつもの軽い調子をまったく感じさせず声を上げる

 

「おまえの任務は留守を守ることだろうが! 任務放棄してんじゃねえ!!」

 

 火器の扱いを教えてくれた古参兵が、いつも以上に厳しい怒号を飛ばす。

 

「早く行け……! このままじゃ犬死だ!!」

 

 いつもはスカした戦友が、必死に逃げるように言ってくる。

 

 周りから浴びせかけられる弾が、振るわれる凶器が、よけていても装甲を削り、抉り、融かしていく。

 

「おまえの友達を守るんだ!!」

 

 心から尊敬する司令官が、弱っていても決然と言葉を発した。

 

「ビー!!」

 

 パートナーが最も愛している姉の声がした。

 オプティックを最大感度で彼女に向ける。

 彼女は、笑っていた。

 

「わたしは大丈夫、だから、ネプギアを、お願い」

 

 一言一言、言い聞かせるように、紫の女神は確かにそう言葉にした。

 

「ユニを頼んだわよ」

 

 平時は素直ではない黒い女神は素直にそう言った。

 

「ロムとラムを、守ってあげて……」

 

 白い女神は彼女の特性たる怒りとは無縁の声だった。

 

「……………」

 

 優雅に優しく微笑む緑の女神は、何も言わなかった。

 

「―――――――!!!!」

 

 敵の砲火に晒されるバンブルビーは、スパークの底から咆哮する。

 そして黄色いスポーツカーに変ずると、車体の限界を超えたスピードでその場を離脱した。

 群がるディセプティコンの合間をすり抜け、フルパワーで山の斜面を登る。

 

「逃げるか! 臆病者め!!」

 

「我が身かわいさに仲間を見捨てやがったな! 腰抜けが!!」

 

 ブラックアウトが逃げゆくスポーツカーにプラズマ弾を撃ち、スタースクリームが自分のことを棚に上げ唾のような粘液とともに罵倒を吐く。

 ディセプティコンたちは、すぐさま臆病者を背中から引き裂きついでにさっき逃げ出した奴らも殺してしまうべく、ビークルモードへ変形しようとする。

 

「待て!」

 

 だが、それをマジェコンヌが止めた。

 ディセプティコンたちは一斉に、『一応』破壊大帝と同格『ということになっている』黒衣の女性のほうを向く。

 その表情は一様に不満タラタラだ。

 だがマジェコンヌは一切恐怖を見せず嘲笑を浮かべながら言い放った。

 

「まだ変身さえできない女神の妹と、頭を失った不様な敗残兵など、追わずともよかろう」

 

 余裕の表情のマジェコンヌに、大半のディセプティコンはそれもそうかと納得する。

 だが、そうでない者もいた。

 

「甘いな」

 

 ここまで黙って、興味なさげにバンブルビーの奮戦を見ていた破壊大帝メガトロンである。

 

「あれらは必ず、仲間を取戻しに来るぞ。できる限りの戦力を集め、死にもの狂いでな。そういう手合いは死ぬにしても大暴れしてから死ぬ。こちらに少なからぬ損害をよこして、な」

 

 淡々と事実を、彼が永い永い戦いの中で学習した事実を述べるメガトロン。

 そこで彼は、ディセプティコン全軍に聞こえるように声を上げる。

 

「ゆえに、残ったオートボットどもを始末するぞ! スタースクリーム、追撃部隊を組織してリーンボックスを襲撃しろ!!」

 

「了解です、メガトロン様!」

 

 調子よく答えるスタースクリームは、追撃に参加しようと俺が俺がと押しかける兵士たちのほうを向く。

 

「待て!」

 

 だが、またしてもマジェコンヌがそれを止めた。

 

「……今度は何だ。貴様には、すでに最大限譲渡しているはずだ」

 

 いい加減不機嫌そうなメガトロンの声には、不穏な響きが滲み始めていた。

 マジェコンヌの進言により、捕らえたオートボットを殺すのを先送りしているのだ。

 それは、断じてマジェコンヌの慈悲などではなく、ジワジワと死にゆくオートボットどもを見たいと言う建前であり、いざというとき『女神とオートボットを解放する』と言う交渉カードを得るためである。

 それが分からぬメガトロンではないが、それでも建前でも同盟を組んだのだ。その案を飲んでやった。だからこそ、これ以上の邪魔立ては許しがたい。

 それでも、マジェコンヌはアンチクリスタルの専門家だ。忍耐強く意見を聞いてやる。

 対するマジェコンヌは不敵に笑んで見せた。

 

「残ったオートボットどもの始末は、私の部下にまかせてもらいたい」

 

「部下だと? さすがに、ネズミとモンスターどもにオートボットをどうにかできるとは思えんが?」

 

「まあ、見ていろ」

 

 怪訝そうなメガトロンに、自信満々に答えるマジェコンヌ。

 彼女はいったい何をしようというのか?

 

  *  *  *

 

 モンスターの追撃をかわし、アイエフとネプギアは紫のバイクに跨って、すでに海に沈み始めている道を疾走していた。

 ネプギアが後ろ髪を引かれる思いで島のほうを見ると、黄色いスポーツカーが全速でこちらに向かってきた。

 やがてスポーツカーはバイクに追いつき並走する。

 

「ビー……」

 

 ネプギアが声をかけても、いつものラジオ音声も電子音も返ってこなかった。

 紫のバイク、ビークルモードのアーシーは冷たい声を出した。

 

「バンブルビー、帰ったらおしおきよ。……理由は、分かってるわね?」

 

 黄色いスポーツカーは、やはりラジオ音声でも電子音でもなく、エンジンを吹かして肯定の意を示した。

 

  *  *  *

 

『いったい、どういうことなんですか? アイエフさん』

 

 立体映像のイストワールは心配そうにたずねる。

 ここはリーンボックス教会、ベールの部屋。

 帰還したアイエフとネプギア、女神候補生たちとコンパは変わらずこの部屋で待機していた。

 アイエフはイストワールの問いに冷静に答える。

 

「よくは分からないんですが、アンチクリスタルがどうとか。多分、それがネプ子たちとオプティマスたちの力を奪っているんだと思います」

 

『アンチクリスタル?』

 

「イストワール様、調べていただけますか?」

 

 かつての女神が創り出した人工生命体であり、膨大な情報を持つ教祖は部下の言葉にしっかりと頷いた。

 

『もちろんです。でも、みっかかかりますよ?』

 

 いつも調べものに『みっか』かかってしまう上司の言葉に、アイエフは苦笑する。

 

「こころもち、巻きでお願いします」

 

『やってみます。ではネプギアさんたちはプラネテューヌに戻ってきてください。ユニさんたちも、後のことはオートボットのみなさんに任せてお国にお帰りになったほうがいいと思います。それでは』

 

 それは女神候補生たちを気遣っての言葉だったが、それで納得できるほど彼女たちは成熟していなかった。

 

「そう言うわけだから……」

 

「待って!」

 

 一同に指示を出そうとしたアイエフに、ユニが言い募る。

 

「帰れって言われて、おとなしく帰れるわけないでしょう! もっとちゃんと説明して!」

 

 それにラムとロムも続く。

 

「お姉ちゃんなら、悪者なんて一発なのに! ミラージュだっていっしょだったんでしょ!」

 

「お姉ちゃんたち、死んじゃうの……?」

 

 不安そうな双子を安心させようと、少し無理をして笑顔を作ったコンパが声を出す。

 

「き、きっと大丈夫です! 女神様がそう簡単にやられるはずないです」

 

 しかし、ユニはなおも不安そうだ。

 

「でも! 力が奪われたってさっき……」

 

「ごめんなさい」

 

 唐突にユニの言葉をさえぎって、そう言ったのはずっと無言で顔を伏せていたネプギアだった。

 一同の視線がそちらに集中する。

 

「ぎあちゃんが悪いわけじゃあ……」

 

 コンパがそう言うが、ネプギアは首を横に振った。

 

「ううん」

 

 ネプギアは昨日の昼を思い出していた。

 

「買い物の時拾った石…… あれがきっと、アンチクリスタルだったんです」

 

「やめましょう、そんなこと今考えたって……」

 

 自分を傷つけるようなネプギアの言葉を、アイエフがさえぎる。

 

「どうして」

 

 だが、自責の念に囚われたネプギアは止まらない。

 

「どうしてあの時めまいがしたのか、ちゃんと考えてれば、お姉ちゃんたちに知らせてれば……」

 

「ネプギアの馬鹿!」

 

 突然、ユニが声を上げた。

 

「お姉ちゃんは…… アタシのお姉ちゃんは、すごく強いのに…… アイアンハイドさんだっていっしょにいたのに…… アンタのせいで……」

 

 ユニの目から涙がこぼれ落ちる。

 

「ネプギアが変わりに捕まっちゃえば良かったのよ!!」

 

 それだけ言うと、ユニは走って部屋を出て行った。

 ネプギアは何も言えず、嗚咽を漏らす。

 誰も、何も言えなかった。

 

  *  *  *

 

 ジャズの使っているガレージの周りに集結したオートボットたちは重い空気に包まれていた。

 普段はふざけている双子でさえ、軽口一つ叩かない。

 振るわれた拳がバンブルビーを殴り飛ばした。

 

「なんで殴られたかは、分かってるな?」

 

 殴った本人、ラチェットがそう言うと、バンブルビーは弱々しい電子音で答えた。

 

「そうだ、おまえは暴走して仲間を危険にさらした。もう少しでネプギアやアイエフまでもやられるところだったそうだな」

 

 いつもの穏やかな声とは違う厳しい言葉に、バンブルビーは恥じ入るように顔を伏せる。

 

「……反省しているようだな」

 

 看護員の言葉に、バンブルビーはラジオ音声ではなく通信で答える。是、と。

 

「なら、お仕置きはここまでだ。……つらかったな、バンブルビー」

 

 ラチェットは縮こまった年若い情報員の身体を優しく抱きしめてやる。

 これ以上、彼を追い詰めることはない。

 

「う…あ…あ…あああああ」

 

 ノイズのような肉声で、バンブルビーは思いきり泣いた。

 年若いオートボットが泣きやむのを待って、アーシーが言葉を発する。

 

「それで、これからどうするの?」

 

 総司令官オプティマス・プライムも、副官ジャズも、それに次ぐ地位のアイアンハイドも囚われた今、古参の兵士ラチェットこそが最も階級が高いのだ。

 

「言うまでもないだろう。オプティマスたちを救出するんだ」

 

「このメンツで?」

 

 アーシーの言葉はもっともだった。

 こちらはたったの6人、連絡を受けてこちらに向かっているレッカーズとホイルジャックを入れても10人。

 対してディセプティコンは、確認できた限り18体。加えてモンスターで軍勢を水増ししている。

 とてもじゃないが勝ち目が見えない。

 

「では、君は仲間たちを見捨てろと?」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 厳しいラチェットの言葉にアーシーは排気混じりに答えた。

 不安がないと言えばウソになるが、彼女とて仲間たちを見捨てる気などサラサラない。

 増して、オプティマス・プライムは全オートボットの精神的な支えなのだ。

 厳しい戦いになるだろうが、やるしかない。

 一方、バンブルビーはラチェットから離れて、ことを見守っていたサイドスワイプに近づいていった。

 

「ご…め…ん…な…さ…い」

 

 肉声でそう言い、頭を下げる。

 

「なんで謝るんだよ?」

 

 どこか憮然とした調子で、サイドスワイプは問う。

 通信でバンブルビーは答えた。

 

 アイアンハイドを助けられなくて、ごめんなさい。

 

 その答えに、サイドスワイプは顔をしかめる。

 

「おまえが謝ることじゃないだろう。言いたいことがないわけじゃないが、おまえに当たってどうこうなることじゃないしな」

 

 内心では複雑なものを感じながらも、理性でそれを封じる。

 ショボンとしたバンブルビーと、イライラしているサイドスワイプ。

 そんな二人を見かねたのか、あるいはまったく気にしていないのか、スキッズとマッドフラップが陽気に声をかけた。

 

「まあ、怒られたくらい気にすんなって! バンブルビー!」

 

「そうそう、俺らなんか訓練のたびにミラージュに怒られてんだぜ!」

 

 そういうことじゃないと言おうとするサイドスワイプだが、やめたと銀色の未来的なスポーツカーに変形して走り出す。

 

「お、おい! どこ行くんだよ!」

 

「すまん、少し一人にしてくれ!」

 

 後ろから聞こえてくるスキッズの声を無視して、サイドスワイプは走り去った。

 

  *  *  *

 

 一方こちらは、女神とオートボットが囚われているズーネ地区。

 

「あーもう、退屈ー! ゲームやりたーい!」

 

 ネプテューヌが喚いていた。

 その内容は囚われの身とは思えない呑気なものだ。

 バンブルビーへの言葉はなんだったのか。

 

「ネプテューヌ、あなたねえ……」

 

「わたしたち、捕まっているのよ……」

 

 ノワールとブランも呆れている。

 

「でも、せめて四女神オンラインのチャットだけでも…… ギルドの人たちと待ち合わせしていますのに……」

 

 そんなことを呟くベールだが、呑気なのは何も女神たちだけではない。

 

「そうだな、ゲームはともかく音楽の一つもないのはさみしいとこだ。おーい、サウンドウェーブのだんなー! 何か一つ、ゴキゲンな音楽でもかけてくれよ!」

 

 地に伏したジャズが、陽気な声を出す。

 

「なら俺は、渋いのを頼む。演歌とかないのか?」

 

「……クラシック」

 

「ふむ、私は特に好みはないが……」

 

 アイアンハイド、ミラージュ、さらにはオプティマスまでもがそれに乗ってくる。

 

「じゃかわしい! テメエら自分たちの立場分かってんのか!?」

 

 不遜な態度のオートボットと女神たちに、スタースクリームが怒声を上げた。

 そこで横のサウンドウェーブが言う。

 

「5pb.ちゃんオールソング特集デヨケレバ」

 

「おまえも乗ってんじゃねえよ! なんでおまえら、そんな呑気なの!? なんなの!? 馬鹿なの!?」

 

 すかさずツッコミをいれるスタースクリーム。

 周りのディセプティコンたちも、やることがないのでだらけ気味だ。

 なおも呑気にネプテューヌは大声を出す

 

「それじゃあ、思い切って主催者に要求してみようー! おーい! マザコングー!」

 

「誰がマザコングか!」

 

 名前は酷い感じに間違えられて、マザ……マジェコンヌは不機嫌そうだ。

 

「えっと、マジック・ザ・ハードだっけ?」

 

「マジしか合ってない!」

 

「じゃあ、マジエモン! 暇つぶししたいから、なんか出してよー。退屈で死んじゃうー!」

 

 どこまでも人を食った態度のネプテューヌを、マジエ……マジェコンヌは無視することにして嘲笑する。

 

「フン! どの道、おまえたちの命はすでに終焉に向かっている」

 

 それに対し、ネプテューヌはノワールのほうを向いて首を傾げた。

 

「あれ、否定しなかったよー? あの人の名前、マジエモンでいいのかな?」

 

「知らないわよ……」

 

 その態度に、マジェコンヌの我慢の限界を超えた。

 

「おい、こらあッ! 聞いてるのか! 人がせっかく死刑宣告してやったのに!」

 

 そんな緊張感のないやり取りをしている女神とマジェコンヌに興味を示さず、メガトロンは倒れている宿敵に話しかける。

 

「ずいぶんと余裕そうだな、オプティマス」

 

「まだまだ余力たっぷりだとも、メガトロン」

 

 地に伏してなお不敵なオプティマス。

 現在の彼はとてつもなく危険な状態だ。

 だが、ディセプティコンを喜ばせるような態度、泣き喚いたり、命乞いをしたりということは決してしない。

 そんな宿敵を見て、メガトロンは一つ排気音を鳴らした。

 彼にしてみれば、長年の宿願を前にしてお預けを食らわされていることになる。

 その不機嫌さを顔に滲ませて、ネプテューヌたちのペースに巻き込まれて青筋を浮かべるマジェコンヌのほうに顔を向けた。

 

「いつになったら、部下とやらをリーンボックスに差し向けるのだ?」

 

「……そろそろだ。女神どもの足元を見るがいい」

 

 その言葉に、メガトロンや周りのディセプティコンだけでなく、当の女神たちも自分の足元、結界の下部を見やる。

 そこには、ドス黒い液体のような物がたまっていた。

 それはネプテューヌたちの身体から少しずつ染み出て、雫になって足元へと落ちていた。

 

「あれはやがて、奴らを苦しめ、死に至らしめるだろう」

 

 マジェコンヌのその言葉を聞いて、メガトロンはあれが事前に説明された物なのだろうと理解する。

 

「そして、あれにはこういう使い方もある」

 

 そう言ったマジェコンヌは手に杖を出現させ、何度か振るう。

 すると結界の底にたまっていた黒い液体が渦を巻き、いくらかが空中に浮かび上がると霧状に変化する。

 黒い霧は結界をすり抜け一塊になって飛んで行く。

 地に倒れるオプティマス・プライムのもとへと。

 

「ぐ、ぐわぁあああッ!?」

 

「オプっち!!」

 

 渦巻く黒い霧はオプティマスの身体を包み、その内部へと浸食していく。

 苦しげなオプティマスを見て、ネプテューヌが声を上げた。

 

「オプっちに何をするの!?」

 

「ククク、私の力とアンチクリスタルの力を合わせれば、このとおり……」

 

 ネプテューヌの言葉を無視してマジェコンヌは背筋の凍るような笑みを浮かべた。

 やがて一つの影が立ち上がる。

 目の前に繰り広げられる光景に、女神たちが、オートボットたちが、ディセプティコンたちまでもが言葉を失う。

 

「……なるほどな」

 

 やがてメガトロンが納得したように呟いた。

 

「確かにこれは、最高の刺客だ」

 

 そして、ディセプティコンのなかのある一団を呼ぶ。

 

「クランクケース! クロウバー! ハチェット! あと下っ端!」

 

 その呼び声に、ドレッズの面々とついでに誰も気にしてなかったが実はいたリンダが進み出て、主君の前に跪く。

 メガトロンは視線で『それ』を指しながら命令を下す。

 

「『コイツ』を手伝ってやれ!」

 

「「ははッ!」」

 

「がう」

 

「はい! メガトロン様!」

 

 ドレッズとリンダはそれぞれ了解を示した。

 

  *  *  *

 

 オートボットたちのもとを飛び出したサイドスワイプは、いつしかリーンボックス教会近くのとある公園に来ていた。

 大きな池とそこに張り出した東屋、どこかラステイション教会の近くにある公園と似ている。

 その東屋で池を眺めている影に、サイドスワイプは見覚えがあった。

 

「ユニ……?」

 

 ロボットモードに戻ったサイドスワイプに気付いたユニは、ゆっくりとそちらを向いた。

 その目には涙が光っていた。

 

「サイドスワイプ?」

 

  *  *  *

 

 東屋の横に腰かけたサイドスワイプの脚に背中を預け、ユニはポツポツと語り出した。

 

「アタシ、酷いこと言っちゃった…… ネプギアが悪くないって分かってるのに、友達なのに」

 

 そんなユニに、サイドスワイプは何も言葉をかけることができない。

 

「アタシ、どうしたらいいの……?」

 

 自分を見上げる少女の問いに、自分は答えを持たない。

 師と慕う者を助けられず、助けを求める少女を前に何もできない。

 何と言う無力。

 

「ユニ……」

 

 それでも、発声回路から言葉を絞り出す。

 

「すまない、俺は……」

 

「ああー! いたー!」

 

 大きな声が夜の公園に響き渡った。

 

「ユニちゃん、探したんだよー!」

 

「よかった……」

 

 それはラムとロムだった。傍らにはスキッズとマッドフラップもいる。

 

「ロムにラム? どうしてこんな所に……」

 

「それはこっちのセリフだよ! ユニちゃんったら急に飛び出してっちゃうんだもん」

 

「心配した……」

 

 戸惑うユニに、ラムとロムは手を差し出す。

 

「さッ! 帰ろう!」

 

「ネプギアちゃんも心配してる」

 

「で、でもアタシ、ネプギアに酷いこと……」

 

 ユニは目を伏せて躊躇う。

 だがラムとロムはその手を少し強引に握った。

 

「だったら謝ればいいのよ! わたしたちもお姉ちゃんとケンカしたら、ちゃんと謝るもん!」

 

「仲直りしよう」

 

「……うん」

 

 ユニは少しだけ微笑んだ。胸のつかえがとれたような笑みだった。

 

  *  *  *

 

 再びリーンボックス教会、ネプギアはテラスから星空を眺めていた。

 その顔には、不安と悲しさが浮かんでいる。

 

「ネプギアちゃん!」

 

 その声に振り向くと、そこにはロムが笑顔で立っていた。さらに後ろ、テラスの出入り口からはラムがユニの手を引いて出てくるところだった。

 

「ほら、早く!」

 

「わ、分かってるわよ……」

 

「ユニちゃん……」

 

 驚くネプギアの前にロムが歩いて来て、手を差し出す。

 

「仲直り、しよ?」

 

 ネプギアにそれを拒む理由はなかった。

 ロムの手を取ったネプギアの手に、ユニとラムの手が重ねられる。

 

「言い過ぎ……ちゃった」

 

 涙混じりに、ユニは言う。

 

「……ごめんね」

 

 心からの悔恨とともに、ネプギアを真っ直ぐ見て謝る。

 

「ううん」

 

 そんな親友の姿に、ネプギアは優しい笑みで応えた。

 

「分かってる…… 分かってるの」

 

 涙を流しながら、ユニは心の内を語る。

 

「ネプギアのせいじゃないって…… 分かってるのに!」

 

 ネプギアに当たってしまった。酷いことを言ってしまった。

 嗚咽を漏らすユニの手を胸に抱き、ネプギアは柔らかく微笑んだ。

 

「うん、気持ち、分かるから」

 

 誰よりも愛する姉の危機に、何もできない焦燥感と無力感。悔恨と自責。

 やっと訪れた朝日の中で、親友二人は抱き合った。

 

  *  *  *

 

 四人の女神候補生は昇りゆく太陽が大地を照らしてゆくのを並んで見ていた。

 やがて、ユニが静かに口を開いた。

 

「お姉ちゃんより強い人なんて、いないと思ってた。ディセプティコンが現れてからも、アイアンハイドさんと力を合わせれば、どんな敵にも負けないって思ってた」

 

「おんなじだよ」

 

 ユニの胸の内に、ネプギアも同意する。

 

「私だって、お姉ちゃんがいないとなんにもできない。今だって、どうしたらいいのか全然分からなくて……」

 

「そんなの、簡単じゃない!」

 

 不安げなネプギアに、ラムが元気よく言った。

 

「わたしたちが助ければいいのよ!」

 

「わたしも……」

 

 双子の妹の言葉をロムが継ぐ。

 

「お姉ちゃんたち、助けたい……!」

 

 無邪気だが、確かな決意を感じさせる幼い双子。

 それでも、ネプギアは簡単にうんとは言えない。

 

「でも、私たち変身できないし……」

 

 女神たちを助けるための戦いは、これまでにない激しいものになるだろう。

 変身できなければ、オートボットの足を引っ張るだけだ。

 

「できるようになればいいのよ!」

 

「やりかた、おぼえる」

 

 何を当然のことを、と言わんばかりにラムとロムが声を出した。

 

「そんなこと…… できるのかな?」

 

 女神候補生にとって女神の姿への変身は、いつかは得なければならない力だ。

 しかし、その具体的な方法は分からない。

 ネプギアの姉などは、いつか自然にできるようになると言っていた。

 

「……お姉ちゃんが言ってた」

 

 静かな調子でユニが語る。

 

「アタシが変身できないのは、自分の心にリミッターをかけてるからだって……」

 

「心の、リミッター……」

 

「例えば、何かを怖がってるとか、そういうことよ……」

 

 その言葉に、ロムも反応した。

 

「わたし、ディセプティコン、怖い……」

 

「うん、私も……」

 

 バンブルビーとともにスコルポノックやランページと戦ったとはいえ、やはりディセプティコンは恐ろしい敵だ。

 不安げなネプギアとロムの言葉を受けて、ラムが元気に声を出す。

 

「じゃあ、みんなで特訓してディセプティコンが怖くなくなればいいのよ!」

 

 その言葉にユニとネプギアも笑顔になって頷く。

 

「……そうかも!」

 

「うん!」

 

 かくして、女神候補生たちは動き出した。

 最愛の姉を助けるために、かけがえのない友達とともに。

 

  *  *  *

 

「いや、まいったぜ! ラムとロムがユニを探しに行くって聞かなくてさ!」

 

「でも、夜中に女の子だけってのは危ないからな! 俺たちも着いてくことにしたのさ!」

 

 基地に帰る途中、スキッズとマッドフラップは絶えずサイドスワイプに話ていた。

 普段はうっとおしいと思うこともある双子だが、こんな時は助かる。

 

「……なあ、おまえたち」

 

 サイドスワイプはふと、言葉を出した。

 

「ユニたちは、きっと姉さんたちを助けに行くぞ。ディセプティコンが、わんさか待ち構えてる中にな。ロムとラムもだ。そのとき、おまえらはどうする?」

 

 双子は質問の意味が理解できないといった様子で、顔を見合わせる。

 聞いても無駄だったかとサイドスワイプが頭を振ると、スキッズがとぼけた声を出した。

 

「そりゃ、行かせてやるさ」

 

 一瞬、サイドスワイプは聴覚センサーを疑った。

 

「正気か? 死なせるようなもんだ」

 

「確かに、ディセプティコンはおっかねえ。それにラムとロムはまだちっこい」

 

「だから、俺らがいっしょに行って、守ってやればいいのさ!」

 

 スキッズとマッドフラップは、普段はふざけてばかりの双子は、胸を張ってそう答える。

 

「だって俺ら……」

 

「なんたって俺ら……」

 

 そこまで言って、双子は戦士の顔で声を合わせた。

 

「「オートボットだからな!」」

 

 サイドスワイプは虚を突かれたような顔になり、それから笑顔を浮かべる。

 

「そうか…… そうだよな。俺たちが守ればいいんだよな!」

 

 それから、大きく笑う。

 泣きごとばかりなんて、性にあわない。

 危機が訪れたのなら、戦うのみ。大切なものを守るために。

 それがオートボットなのだ。

 

「なあスキッズ、なんでサイドスワイプは笑ってんだ?」

 

「まあ、あれだ。いろいろ難しい年頃なのさ」

 

 素朴な疑問を浮かべるマッドフラップに、スキッズはしたり顔で答えたのだった。

 

  *  *  *

 

 朝日の中、バンブルビーはオートボットリーンボックス基地の前で、一人佇んでいた。

 ラチェットとアーシーは空港にレッカーズとホイルジャックを迎えに行き、サイドスワイプはまだ戻ってこない。スキッズとマッドフラップはロムとラムに呼ばれて行ってしまった。

 だが、ちょうどいい。一人になりたかったのだ。

 ネプギアに会いに行く気にはなれなかった。どの面下げて会えというのだ。

 バンブルビーには、もうどうしたらいいのか、分からない。

 道はいつだって、オプティマス・プライムが示してくれたのだ。

 

 司令官、オイラはどうすればいいんですか? 教えてください司令官……

 

 声なき声に答える者はいない。

 と、何か物音がした。

 そちらを振り向くと、そこに信じられない人物がいた。

 

 オートボット総司令官オプティマス・プライムが、そこに立っていた。

 

 トラックのパーツが組み込まれた大柄で逞しい体も、赤と青のファイアーパターンも、青く輝くオプティックも、変わらずに。

 

「オ…プ…ティ…マ…ス…?」

 

 バンブルビーのブレインサーキットであらゆる疑問がグチャグチャと入り乱れる。

 どうやって逃げてきたのか?

 怪我はないのか?

 ネプテューヌや他の仲間たちはどうしたのか?

 だが、今はどうでもよかった。

 オプティマスが、無事だったのだから。

 

「オ…プ…ティ…マ…ス…!」

 

 溢れるウォッシャー液を拭い、総司令官に駆け寄ろうとする。

 その瞬間、オプティマスは見慣れた笑顔を浮かべ、

 

 イオンブラスターを背中から抜き、バンブルビーに向けて撃った。

 

 




次回は、原作にないオリジナルの展開になります。
オプティマスはいったいどうしてしまったのか?
バンブルビーは立ち直ることができるのか?

それはそうと、実は作者、就職しました。
来週の月曜から出勤です。
仕事に慣れるまでは、今度こそマジで投稿が遅れるかもしれません。
執筆をやめるということはないので、無理せず書いていこうと思っています。

ご意見、ご感想、変わらずお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 影を払う

ある若者の再起。


「ユニ様ー! ロム様、ラム様ー!」

 

 教祖補佐アリスはアイエフを伴ってベールの部屋の扉を開け、中にいるはずの女神候補生たちを呼ぶ。

 

「お迎えのかたが……」

 

「きゃあああ!」

 

「「へ!?」」

 

 二人は突然聞こえてきた悲鳴と、目の前の光景に面食らう。

 そこでは部屋の奥に広がる一面の草原のなかで、ルウィーの女神候補生ラムが杖で植物型モンスターを殴り飛ばしていたのだ。

 モンスターは草原が途切れて部屋になっている所まで飛んでくると、人の姿に変わり尻餅を突く。

 

「むきゅ~、結構痛いですぅ……」

 

 それはコンパだった。

 すぐさまアイエフが駆け寄る。

 

「コンパ! 大丈夫?」

 

「大丈夫です! 訓練なのです!」

 

 笑顔のコンパに、アイエフとアリスは草原に立つ四人の女神候補生を見た。

 皆、自分の得物を持っている。

 

「これは、ベール様のゲームですか?」

 

 驚くアリスに、ネプギアが頷いた。

 

「戦闘の特訓をしようと思って!」

 

 その言葉をユニが継ぐ。

 

「ほら、このゲーム実戦モードもあるみたいだし」

 

「敵の役をわたしが引き受けたです。これでギアちゃんたちが変身できたら、わたしも嬉しいです!」

 

 笑顔でコンパが締めた。

 痛かったらしいのに、まったく苦にする様子はない。

 

「変身?」

 

 アイエフの問いに、まずユニが、次いでネプギアが答えた。

 

「アタシたち、みんなでお姉ちゃんたちを助けにいくことに決めたの!」

 

「だから、強くなりたいんです! オートボットのみなさんの足を引っ張らないくらいに!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 女神様たちやオプティマス様でさえ負けたんですよ!? なのに……」

 

 強い決意を感じさせる言葉に、反論したのはアリスだ。

 しかし、ネプギアはその目を真っ直ぐに見る。

 

「それでも、やらなくちゃいけないんです! 私たちも、女神の力を受け継いでるから!」

 

 その言葉と表情に、アリスは気圧されたのか押し黙る。

 一方、アイエフは一つ息を吐いた。

 

「こうなる気がしてたわ」

 

 そして、笑顔を作り親友コンパに顔を向ける。

 

「でも、コンパが敵の役なんてダメ。それは私がやるから!」

 

「あいちゃん……」

 

「アイエフ様!?」

 

 コンパとアリスが同時に声を上げた。

 片一方は感謝を込めて、もう一方は理解できないという風に。

 それに対し、アイエフはウインクで返す。

 

「いいのよ! さ、始めましょう!」

 

「ガラッ! ガラッ!! ガラッ!!! 見ぃつけた!」

 

 その瞬間、自分で効果音をつけながら、部屋の扉を勢いよく横に開ける者がいた。

 長い金髪にフリフリとしたピンクの衣装の小柄な少女だ。

 ちなみにこの部屋の扉は開き戸である。

 

「へ?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出すネプギア。

 面食らったのも無理はない。

 少女はそんな一同を気にせずズカズカと部屋に上がり込む。

 

「ふ~ん、見たとこ妹たちだけで女神は四人ともいないっと。やっぱり何かあったのね!」

 

「ええと…… あなたは確か、アブネスさん……?」

 

 捲し立てる少女、アブネスのことをネプギアはおぼえていた。

 確かルウィーでの誘拐騒ぎのときに、いつのまにか教会に潜りこんでいた自称幼年幼女の味方だが、酷く一方的な物言いの上、オートボットたちのことを侮辱した人物だ。

 正直、あまり印象は良くない。

 

「ちょっと! アタシたちは忙しいの、邪魔しないで!!」

 

 ユニが苛立たしげに声を上げる。

 

「誰です?」

 

「ほら、ルウィーでネプ子たちを怒らせたっていう、幼女好きでオートボット嫌いの人よ」

 

 首を傾げたコンパがたずねれば、アイエフが身も蓋もない答えを返す。

 それでも、ネプギアはできる限り丁寧に応対する。

 

「あの、アブネスさん? 私たち、今それどころじゃ……」

 

「シャラーップ!!」

 

 それをさえぎり、アブネスは一方的に捲し立てる。

 

「中途半端に発達した非幼女なんて、不要女よ! ふん、女神のいない今こそ、ロムちゃんラムちゃんを普通の幼女に戻してあげるチャンスだわ! 我ながらナ~イスアイディア!! まるで草原の輝きね!」

 

 自分の考えを、全部自分で言ってしまったアブネスは対応に困る一同を気にせず、さらに続ける。

 

「さあ~、かわいい幼女たち~! いっしょにお手々つないで……」

 

『ユニ! 応答してくれユニ! こちらサイドスワイプ!』

 

 だが、アブネスが言葉を終えるよりはやく、部屋にサイドスワイプの声が響いてきた。

 部屋の隅に置かれていた通信装置が起動し、そこからサイドスワイプの顔が投影される。

 だがその映像は荒く、声もノイズ混じりだ。

 

「サイドスワイプ? どうしたの!?」

 

 パートナーの声に、すばやくユニが応じた。

 一同は、アブネスも含めて何事かと注目する。

 

『大変なんだ! オプティマスが……』

 

 その言葉に一同が驚愕に包まれる。

 

「なによ? あのデカブツがどうしたってのよ?」

 

 唯一、事情を知らないアブネスだけが、不機嫌そうに言った。

 それに構わず、サイドスワイプが放った言葉は一同をさらに困惑させるものだった。

 

『オプティマスが、バンブルビーを殺そうとしてるんだ!!』

 

  *  *  *

 

 時間は遡る。

 

 イオンブラスターのエネルギー弾を、バンブルビーはほとんど本能的に屈んでかわした。

 

 撃たれた?

 誰に?

 司令官に?

 なんで?

 

 そのブレインサーキットは混乱の極致にあり、意味のある思考を成しえない。

 

「……はずしたか」

 

 撃った張本人、オートボット総司令官オプティマス・プライムは残念そうに言う。

 そこに仲間を不意打ちした罪悪感は感じられない。

 

 なぜなんです、司令官!?

 

 通信でそう聞くとオプティマスは、バンブルビーがかつて見たことのない表情をした。

 侮蔑に満ちた明確な嘲笑。

 

「気付いたからだ、バンブルビー。私が、いやオートボットがいかに愚かであったかということをな」

 

 違う、聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。

 

「自由だの平和だののために、いつまでも勝ち目のない戦いを続けることが、どれだけ無駄であったことか。素直にメガトロンの支配を受け入れ、彼の奴隷となっていれば良かったのだ」

 

 聞きたくない聞きたくない聞きたくない!

 

「増して、下等生物のために戦うなど何の意味もない。それが分かったから、私はあの無価値な女神どもと、愚かな抵抗を続けることを選んだ、役立たずの手下どもをメガトロンに差出し、代わりに命を救ってもらったのだよ……」

 

 やめてやめてヤメテ……

 

「だからバンブルビー、いつだって愚図で足を引っ張ってばかりのかわいい部下よ…… 大人しく死んでおくれ、この私のために」

 

「―――――!!!!」

 

 オプティックをつぶり聴覚センサーを抑え、声にならない叫びを上げてその場に蹲る。

 そんなバンブルビーを見て、オプティマスはさらに大きな侮蔑を顔に浮かべ、ゆっくりと近づいていく。

 そしてイオンブラスターの銃口を、バンブルビーの頭に押し付ける。

 

「お別れだ、友よ」

 

 皮肉っぽく言って、イオンブラスターの引き金を引く……その瞬間!

 

「うおおおおッ!!」

 

 どこからか現れたサイドスワイプがオプティマスの腕に組みついた。

 その衝撃でイオンブラスターの銃口はバンブルビーの頭を逸れ、エネルギー弾は明後日の方向に飛んでいく。

 

「バンブルビー!」

 

「ダイジョブか!?」

 

 項垂れたバンブルビーに、スキッズとマッドフラップが駆け寄ってきた。

 オプティマスは凄まじい怪力で腕を振り回し、サイドスワイプを振りほどく。

 その勢いで吹き飛ばされたサイドスワイプは、綺麗に受け身をとってバンブルビーたちの横に着地した。

 

「おいおい、これはどうなってるんだ!?」

 

 サイドスワイプはバンブルビーにたずねるが、彼は力なく蹲ったまま動かない。

 

「なんで、オプティマスがバンブルビーを襲ってんだよ!?」

 

「なんか怒らせるようなことしたのか!?」

 

 緑とオレンジの双子が交互に言うが、バンブルビーに反応はない。

 代わりに、オプティマスが答えた。

 

「皆、ちょうど良かった。バンブルビーは我々を裏切ってディセプティコンと内通していた。それで処刑しようとしていたのだ。さあ、オートボットたちよ、バンブルビーを破壊してしまえい!!」

 

 その言葉に、バンブルビーを除くオートボットたちは聴覚センサーを疑う。

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「有り得ないぜ! バンブルビーに限って!!」

 

「本気で言ってんのか!?」

 

 サイドスワイプ、スキッズ、マッドフラップが口々に異論を唱えるが、オプティマスは冷徹な表情を変えない。

 

「これは命令だ! 私の命令に逆らう気か!!」

 

 威圧的な声に、オートボットたちは顔を見合わせる。

 

「し、しかし……」

 

「もういい! もうたくさんだ! バンブルビーを破壊する!!」

 

 なおも反論しようとしたサイドスワイプをヒステリックに喚いて黙らせ、オプティマスは左腕のエナジーブレードを展開すると、大きく振りかぶる。

 オートボットたちが止める間もなく、それをバンブルビー目がけて振り下ろすオプティマス。

 しかし、その腕にビーム弾が撃ち込まれ、痛みと衝撃にオプティマスは腕を引っ込めると、ビーム弾の飛来した方向を睨みつける。

 

「……あんた、何してんのよ」

 

 そこにいたのは長銃を構えたユニだった。

 怒りに満ちた視線でオプティマスを刺す。

 周りには、ネプギア、ロム、ラム、アリス、そしてなぜかアブネスもいる。

 それを見て、サイドスワイプが驚いた。

 

「ユニ! 危ないから来るなって言っただろう!」

 

「あんな通信受けて、こないわけないでしょうが!!」

 

 バンブルビーを撃とうとするオプティマスに突っ込む直前、サイドスワイプは危険だから近づくなとユニに連絡していたのだが、逆効果だったらしい。

 

「オプティマスさん! なんでこんなこと……!」

 

 ネプギアが困惑した表情で進み出る。

 その時、オプティマスは一同の予想を超える行動に出た。

 イオンブラスターを無造作にネプギアに向けると、あたりまえのように引き金を引いたのだ。

 突然のことで誰も反応できない。

 

 黄色い情報員を除いては。

 

 バンブルビーは弾かれたようにネプギアとオプティマスの間に飛び出し、エネルギー弾をその身で受け、その衝撃で真後ろに吹き飛びネプギアの眼前に倒れ込む。

 

「ビー!!」

 

 悲痛なネプギアの声に答えず、バンブルビーはゆっくりと立ち上がった。

 そのブレインサーキットに、過去の映像が再生される。

 

「おまえの友達を守るんだ!!」

 

「わたしは大丈夫、だから、ネプギアを、お願い」

 

 それは捕まったオプティマスとネプテューヌが、自分に向け言った言葉。

 

 そうだった。それがオプティマスの、ネプテューヌの、オイラとネプギアが、一番尊敬している人たちの願い。

 

 さらに、記憶は過去へ飛び、バンブルビーにとって大切な言葉を思い出させる。

 

「『自由とは、全ての生命の権利である』」

 

 それを、バンブルビーはみんなに聞こえるように翻訳して再生する。

 オプティマスの声だった。

 だが、ここにいるオプティマスはそれをせせら笑う。

 

「いい台詞だったな、感動的だ。だが、無意味……」

 

「『だから、我らオートボットはそれを脅かす者から、あらゆる生命を守るために戦うのだ』」

 

 嘲笑を無視して、かつてのオプティマスの声を再生し続ける。

 

「『それが、例え何百万年たっても変わらない我々の使命なんだ、バンブルビー』」

 

 それはかつて、戦う意義に悩んだバンブルビーに、オプティマスがかけた言葉だった。

 この言葉は、ずっとバンブルビーが保存してきた支えとなる指標だった。

 そして皆に聞こえるように、囚われたオートボットと女神の言葉を再生する。

 

「『おまえの友達を守るんだ!!』『わたしは大丈夫、だから、ネプギアを、お願い』」

 

 その声に、ネプギアが口を押える。

 

「『おまえの任務は留守を守ることだろうが! 任務放棄してんじゃねえ!!』『ユニを頼んだわよ』」

 

 サイドスワイプが意を決したようにブレードを展開し、ユニが流れ出た涙を拭う。

 

「『早く行け……! このままじゃ犬死だ!!』『ロムとラムを、守ってあげて……』」

 

 スキッズとマッドフラップがそれぞれのブラスターをオプティマスに向け、ロムとラムがお互いの手を握る。

 

「『皆と合流すれば、我々を助け出す作戦も立てられる! ここで死ねばそれもできなくなるんだぞ!!』『…………』」

 

 副官の声と緑の女神の薄い笑みを聞いて、アリスが困惑したような表情になった。

 バンブルビーは、かつてオプティマスに習った構えで、オプティマスに相対する。

 

 オイラの友達を傷つけるなら司令官、例えあなたでも!

 

「『倒してみせる!!』」

 

 ラジオ音声で力強く宣言し、ブラスターをオプティマスに向け撃ちだす。

 

「この屑鉄がぁああああ!!」

 

 怒声を上げ、オプティマスはイオンブラスターを乱射する。

 

 スキッズ、マッドフラップ! みんなを守るんだ!

 

「「了解!!」」

 

 エネルギー弾をよけながらのバンブルビーからの通信に威勢良く答え、スキッズとマッドフラップは女神候補生の前で彼女たちを守る。

 

「おまえら、ここは俺らに任せてくれ!」

 

「そうそう! オートボットの問題はオートボットでってな!」

 

 スキッズとマッドフラップの声に、女神候補生たちは頷く。

 

 サイドスワイプ、司令官の銃を無力化できるかい?

 

「まかせとけ!」

 

 同じく通信を受けたサイドスワイプは、ブレードを構えてオプティマスへと突っ込む。

 

「ガラクタめが!!」

 

 怒りに任せて左腕のエナジーブレードを振るうオプティマスだが、サイドスワイプは素早く動いてそれをかいくぐり、右腕のイオンブラスターをブレードで斬りつける。

 

「そらよっと!」

 

「ぐおお!?」

 

 硬質ブレードの威力の前に、イオンブラスターは中ほどから真っ二つになった。

 

「やったぜ! 銃さえなけりゃ、こっちのもんだ!」

 

「そういうこと! さあ、俺たちも行くぜ!」

 

 イオンブラスターが無力化されたのを見て、スキッズとマッドフラップもブラスターを撃ちこみながらオプティマスへ向かっていく。

 

「おのれぇええ! ならば直接切り刻んでくれる!!」

 

 両腕のエナジーブレードを展開し、オプティマスはオートボットに斬りかかってる。

 しかし、スキッズとマッドフラップは小柄な身体を生かした軽快な動きで、それをさけて見せ、ブラスターをオプティマスの巨体に叩き込む。

 

「ぐおおお!? クソめッ!」

 

 オプティマスはさらにエナジーブレードを振るうが、それがスキッズを捕らえる直前、バンブルビーに背中に組み付かれた。

 それを振り払おうとするオプティマスだが、バンブルビーはあらん限りの力で組み付いていて離れない。

 さらに、すかさず右腕をブラスターに変え、それをオプティマスの背中にゼロ距離で叩き込む。

 

「ぐわああああ!?」

 

 たまらず倒れるオプティマス。

 

「『司令官』『しばらく』『眠っていてください』『必ず治します』」

 

 ダメージで動けなくなったオプティマスに、バンブルビーはそう言った。

 きっとオプティマスは、敵に洗脳されているのだ。バンブルビーは、いやオートボットたちはそう考えた。

 これほど強力な洗脳だと、解くのに時間がかかるだろうが必ず解いて見せる。

 そう、バンブルビーが心の内で決心していると、近づいて来る人影に気付いた。

 

 アブネスだ。

 

 なにを思ったのか動けないオプティマスの顔に近づく。

 

「やっぱり、アンタたちは有害なロボットだったのね! このことを全世界に訴えてやるんだから、覚悟しなさい!!」

 

 そんなことを人差し指まで突き出してのたまうアブネス。

 どうしたもんかとバンブルビーが考えていると、突如オプティマスのオプティックがギラリと光った。

 一同が反応する間もなく、オプティマスの手がアブネスの身体を握る。

 

「きゃああああ!?」

 

「フハハハ! 形勢逆転だな! 誰だか知らんが助かったぞ! さあ、こいつを殺されたくなければ言うことを聞け!!」

 

 哄笑するオプティマス。

 アブネスはいろいろと問題のある人物だが、さすがに見捨てるわけにはいかない。

 

「くッ…… そこまで堕ちたのかよオプティマス!!」

 

 サイドスワイプが叫ぶが、オプティマスは勝ち誇って立ち上がる。

 

「フハハハ、勝てばよかろうなのだ!!」

 

 だが、バンブルビーは先ほどのオプティマスのセリフに何か違和感を感じていた。

 

「誰だか知らないのはおかしいです! オプティマスさんは、アブネスさんと会ったことがあるはずなのに!」

 

 同じく違和感を感じていたネプギアが声を上げる。

 そうなのだ。ルウィーでの誘拐事件の折、オプティマスとアブネスは顔を合わせている。

 

「な、なに……!? そ、そう……だったかな!?」

 

 何やら慌てた様子のオプティマス。

 その手の中のアブネスも騒ぎ出す。

 

「そうよ! あんたわたしに、『報道の自由は誰かを傷つける自由ではない』とか、偉そうに言ってたじゃないの!!」

 

「な!? い、いや忘れていただけだ! 下等生物のことなどいちいちおぼえて……」

 

 言い訳がましいオプティマス。

 ゲームだったら名前の後に?が付くところだ。

 一同の目が懐疑に染まる。

 

「ふむ、これはいったいどういうことかな?」

 

 後ずさるオプティマスの後ろから声がかけられた。

 振り向くとそこには、薄いグリーンの身体のオートボット、看護員ラチェットが立っていた。

 その隣にはアーシーもいる。

 さらに後ろに立つアイエフとコンパに呼ばれて空港から帰ってきたのだ。

 厳しい表情のラチェットに、オプティマスはすぐさま声をかけた。

 

「ら、ラチェットか、ちょうど良かった! こいつらは皆裏切り者だ! すぐに片付けてくれ!!」

 

「ふむ、そうだな」

 

 嘘と分かるオプティマスの言葉を、ラチェットはなぜか肯定して銃を構える。

 

「ラ…チェ…ット…!『そいつの言うことを聞いちゃだめだ!』」

 

「少し黙っていてくれ、バンブルビー」

 

 ピシャリとバンブルビーの言葉をさえぎり、ラチェットは銃を一同に向ける。

 後ろの面々もそれを止めようとしない。

 オプティマスはバンブルビーに向き直り勝ち誇る。

 

「フハハハ、さあ撃てラチェット!!」

 

「ああ、もちろんだとも」

 

 その瞬間、ラチェットはオプティマスの背中を撃った。

 

「ぼわぁあああ!?」

 

 悲鳴を上げて吹き飛ぶオプティマス。

 その衝撃でアブネスは空中に放り出された。

 

「へ? きゃあああ!!」

 

「おっと、あぶない!」

 

 それをすかさずアーシーが走って受け止める。

 

「危なかったわね、お嬢さん」

 

「な! わたしはお嬢さんじゃないわよ!」

 

「はいはい」

 

 それでも憎まれ口を叩くアブネスを、アーシーはなだめた。

 そんなやり取りを置いておいて、ラチェットは倒れ伏すオプティマスに近づいていく。

 

「な、なぜ……」

 

「医者を舐めるな。おまえがオプティマスじゃないことくらい、スパークの反応がない時点で分かるんだよ」

 

 問うオプティマス……の姿をした何かに底抜けに冷たい声でラチェットは答える。

 

「スパークが、ない?」

 

 茫然と、サイドスワイプが呟いた。

 トランスフォーマーなら、必ずスパークがあるはず。

 それがないのなら、コイツはいったいなんだ?

 

「あ~あ、もうグダグダじゃねえか」

 

 そのとき、どこからか声がした。

 一同が声のしたほうを見ると、そこにはいつの間にか三体のディセプティコンと、一人のネズミを模したパーカーを着た少女が立っていた。

 

「あー! あんた!」

 

「誘拐犯……!」

 

 少女を見てラムが大声を上げ、ロムが嫌悪感を顔に出す。

 

「テメエら……!」

 

「あの時の……!」

 

 スキッズとマッドフラップも憎々しげに声を出す。

 彼らにとっても、その三体のディセプティコン……クランクケース、クロウバー、ハチェットは忘れられない相手なのだ。

 

「しばらくだYO、オートボットども」

 

 相変わらず悪魔的な容姿に似合わない軽い調子でクランクケースが言った。

 

「誘拐犯か…… そんな時代もあったなあ」

 

 少女、リンダは懐かしげな顔をした後でニヤリと笑う。

 

「だが、今のアタイは違う! ディセプティコン軍団が誇るマジパねえ下級兵、リンダ様たぁ……」

 

「下級兵? ようするに下っ端ってことね」

 

 リンダの述べる口上を、ユニがバッサリと斬り捨てた。

 

「下っ端さんですね」

 

「下っ端ってことね!」

 

「下っ端……」

 

 ネプギア、ラム、ロムもそれに同調する。

 下っ端下っ端連呼され、リンダは青筋を浮かべた。

 

「テメエら、いい加減に……」

 

「それで? こいつはいったいなんなんだ?」

 

 そんなリンダの怒りを無視して、サイドスワイプがブレードを構えたまま問いかける。

 

「ん? ああ、そいつな。アンチクリスタルの力で作ったパチモンさ。トランスフォーマーの姿をしちゃいるが中身は機械系モンスターと変わらねえ。ブートレグ・プライムとかいう御大層な名前があるわりにゃ、情けのない奴だぜ」

 

海賊版(ブートレグ)…… なるほど、(スパーク)なき模造品というわけか」

 

 納得がいったという風に、ラチェットが頷く。

 

「た、助けてくれ……」

 

 オプティマス、いやブートレグ・プライムはドレッズとリンダのほうに力なく手を伸ばす。

 それに対し、クロウバーが嗤って答えた。

 

「ああ、いいぞ。今解放してやる!」

 

 そして目にも止まらぬ速さで拳銃を抜くと、正確にブートレグ・プライムの眉間を打ち抜いた。

 一同が驚いている前で、ブートレグ・プライムはモンスターの死に様のように粒子に分解されて消える。

 まるで、最初からいなかったかのように。

 

 いや、最初からいなかったんだ。

 

 バンブルビーはそう考えた。

 魂なき幻が自分たちを混乱させるべく口をきいていた。

 それがブートレグ・プライムだったのだ。

 

「味方じゃなかったの!?」

 

 それでもユニは、声を上げずにいられなかった。

 一応とはいえ、味方をこうもあっさりと……

 それに対し、ドレッズもリンダも酷薄な笑みを浮かべる。

 

「味方? いいや俺たちはいざってとき、そいつを始末するために来たのSA」

 

 それだけ言うと、クランクケースは球体のような物を地面に向かって投げた。

 すると、球体から煙が吹き出し、一同の視界を覆い尽くす。

 

「これは! ミックスマスターの煙幕か!」

 

 同じ物を受けたことのあるサイドスワイプが声を出す。

 これはトランスフォーマーのセンサーさえ無効化する物だ。

 

「ここでおまえらとやり合う気はないYO!」

 

「ズーネ地区で、待ってるぞ!」

 

「ガウガウガウ!」

 

「ハチェットも楽しみにしてるってよ!!」

 

 捨て台詞を吐くドレッズとリンダ。煙が晴れた時には、彼らの姿はなかった。

 バンブルビーは、さっきまでブートレグ・プライムが転がっていた地面を見る。

 このままでは、本物のオプティマスも同じ末路を迎えることになる。

 

 それに、最初からいなかったとしても、やっぱり哀れだ……

 

 おそらくはオートボットを倒すためだけに作られ、消えていった魂なき模造品。

 その態に憐みをおぼえるのは、きっと間違いではないはずだ。

 横にきたネプギアが、そっとバンブルビーの金属の脚に寄り添う。

 

 ひとまずの脅威は去った。だが、ここからが本番なのだ。

 

  *  *  *

 

「『臨時指揮官』!? 『オイラが』!?」

 

「そうだ」

 

 武装がアレ過ぎてなかなか空港を出れなかったレッカーズとそれをなだめるホイルジャックに合流したところで、ラチェットがバンブルビーに話を切り出した。

 その内容はバンブルビーの想像を大きく超えるもので、指揮権をバンブルビーに譲渡したいというものだった。

 

「すごいよ、ビー!」

 

 そばにいるネプギアが歓声を上げるが、当のバンブルビーは理解が追いついていない。

 

「『でもなんで?』」

 

「なに、私は元々医者で、指揮には向いていないんだよ。それで君に頼みたい」

 

 お使いでも頼むかのような気軽さで、ラチェットは笑って見せる。

 

「『いや、でも……』」

 

「俺はかまわないぜ」

 

 当然ながら戸惑うバンブルビーに、サイドスワイプが笑顔でいった。

 

「他の奴に任せるよりは、だいぶマシだしな」

 

 その言葉にバンブルビーはオロオロとする。

 スキッズとマッドフラップを見れば、ニヤニヤとしていた。

 

「そうそう、他よりマシさ」

 

「そうさ、少なくとも……」

 

 そこで二人は声を合わせ、片割れを指差す。

 

「「こいつよりはずっとマシ…… なんだと!?」」

 

 そして殴り合いの喧嘩を始めるが、サイドスワイプがその頭に拳固を落として止める。

 アーシーもヤレヤレと肩をすくめた後で、バンブルビーのほうを見た。

 

「ま、そうよね。少なくともレッカーズに任せるよりはいいわ」

 

 そう言って向こうでホイルジャックと揉めているレッカーズを見る。

 

「だからよ! 今からいってディセプティコンのクソどもをクソの山に変えちまえばいいんだろ!?」

 

「そうだぜ! なのにデストロイヤージャンボガンもジェノサイド熱線砲もなしなんてあんまりだぜ!!」

 

「いや、そういうわけには…… さすがにあれは周囲への被害と汚染が酷すぎるから……」

 

 口から泡を吐くロードバスターとレッドフットをホイルジャックがなだめていた。

 横ではトップスピンが黙々と武器やらなんやらを運んでいる。

 

「よーし! がんばれ臨時指揮官バンブルビー!」

 

「がんばれ~……!」

 

「がんばってね!」

 

 ラム、ロム、ユニも笑顔で応援してくる。

 横を見れば、パートナーであるネプギアが笑顔で見上げていた。

 

「がんばろう、バンブルビー! いっしょにお姉ちゃんたちを助けよう!!」

 

 その笑顔を見ていると、なんだかやる気がわいてくる。

 バンブルビーはラチェットに向き直り、その顔を真っ直ぐに見た。

 

「……『お引き受けします!』」

 

「ありがとう。何、そう難しく考えなくても、臨時指揮官なんてのは号令係みたいなもんさ!」

 

 ラチェットは笑顔を大きくした。

 ここに、オートボット臨時指揮官バンブルビーが誕生したのである。

 

 救出作戦に向け盛り上がる女神候補生とオートボットたちを見ながら、アリスはゆっくりと首を横に振った。

 

「理解不能だわ……」

 

 それは掛け値なしの本音だった。

 

 

  *  *  *

 

 ズーネ地区廃棄物処理場、女神とオートボットが囚われているフィールドを前にメガトロンは腕を腰に当てて立っていた。

 視線は、フィールドの中で変わらず倒れ伏しているオプティマスに向けられている。

 その後ろにはドレッズの三体とリンダが跪いていた。

 

「どうやら……」

 

 メガトロンは無感情な声を出す。

 

「貴様のブートレグ・『プライム』は碌な成果をだせないまま、消えたようだな」

 

 視線はそのままにプライムの部分をやや強調して、メガトロンは同盟者たるマジェコンヌに言った。

 

「くッ……」

 

 周りのディセプティコンたちからの侮蔑と嘲笑にマジェコンヌは屈辱に震える。

 本来なら、アンチクリスタルの力でコピートランスフォーマーを量産し、その力でメガトロンさえ打倒するのがマジェコンヌの計画だった。

 しかし、この体たらくでは数をそろえても使えるかどうか。

 そばのワレチューが不安げに見上げてくる。

 だが、まだ手はある。

 

「しかし、こうなったからには」

 

 そこでメガトロンは声を出した。

 

「奴らが乗り込んでくるのも時間の問題だ。その前に……」

 

 両腕を組み合わせてフュージョンカノンを組み上げると、オプティマス・プライムに狙いを定める。

 

「こやつだけは、確実に葬っておかねばならん!」

 

「お、おい! 約束が違うぞ!」

 

 大事な交渉カードであるオートボットのリーダーを殺されては大変と慌てるマジェコンヌだが、メガトロンは取り合わずフュージョンカノンにエネルギーを充填していく。

 

「ち、ちょっと! いきなりなんて余裕なさすぎでしょ!」

 

「待って! 待ちなさいったら!」

 

「テメエ! ちったあ余裕を見せやがれ!」

 

「おやめなさい、メガトロン!」

 

 女神たちも口々に止めようとするが、メガトロンは取り合わない。

 砲口に最大現のエネルギーが集まり、そして……

 

 その瞬間、メガトロンのブレインサーキットに特殊回線での通信が入った。

 何重にも秘匿され、メガトロン以外には決して、例え側近中の側近にして通信傍受のプロであるサウンドウェーブを持ってしても盗聴されることのないそれは、言うなればテレパシーで頭に直接話しかけているようなものだ。

 通信はメガトロンをある地点に誘っていた。そしてそれは、破壊大帝たるメガトロンを持ってしても抗うことのできないものだった。

 

「メガトロン様!!」

 

 突如、強烈な頭痛を抑えるように頭を抱えるメガトロンに、サウンドウェーブが心配そうに近づく。

 

「だ、大丈夫だ…… お、俺は少しこの場を離れる。この場はスタースクリームに任せるぞ!」

 

 そう言うやメガトロンはギゴガゴと音を立ててエイリアンジェットに変形すると飛び立っていく。

 ディセプティコンたちは唖然としてメガトロンの残した航跡を見ていた。

 その視線が、やがてスタースクリームに集中していく。

 言葉に出さずとも一様に「どうする?」と表情が聞いていた。

 

「ええと、ああ……」

 

 いきなりのことに仕切りたがりのスタースクリームも思考が追いついていない。

 

「ゴホン! では、まずは女神どもの不様な姿をネット上にアップするのだ! サウンドウェーブ! 妨害電波をいったん切れ!」

 

 一番先に立ち直ったのはマジェコンヌだった。

 得意な顔でサウンドウェーブに指示を出す。

 

「シカシ、妨害電波ヲ切ルト オートボット ガ通信スル可能性ガアル」

 

「少しくらい大丈夫だろう! さっさとやれ!」

 

 冷静に反論するサウンドウェーブだが、マジェコンヌは聞き入れない。

 サウンドウェーブはこの場の一応の指揮官であるスタースクリームに視線をやる。

 

「ああ~…… いいんじゃねえの? やってやれサウンドウェーブ」

 

 こういう場合、先に行ったもん勝ちという部分がある。

 スタースクリームはマジェコンヌの提案を受け入れることにした。

 航空参謀の言葉に情報参謀は無感情に、しかしかすかに憮然として少し離れた場所に建てた小振りな電波塔に歩いていく。

 これが妨害電波の発生源なのだ。

 妨害電波が出ている限り、外から中からも通信は一切できない。

 そのせいで、マジェコンヌが計画していた女神の不様な姿をインターネット上に晒し、シェアを削ぐということができなくなっていた。

 サウンドウェーブが腕から伸ばした機械触手で電波塔を操作すると、一時的にズーネ地区を覆っていた妨害電波が消える。

 

「ワレチュー、デジタルカメラヲ寄越セ」

 

「はいはいっちゅ!」

 

 ワレチューがデジタルカメラを持って駆け寄ると、サウンドウェーブは片手から機械触手を伸ばしてデジタルカメラからデータを吸い上げる。

 さらにそれを、大型掲示板、動画投稿サイト、有名ブログ、インターネット上のあらゆる場所にばらまいていく。

 彼からすれば子供のお使いより簡単な仕事だ。

 それが終わると速やかに妨害電波を発信させる。

 全てを終わらせるには、ほんのわずかな時間で十分だった。

 

 そしてそれは、オプティマスが司令官だけが使える秘匿回線でリーンボックスにいる仲間たちに連絡するのにも、十分な時間だった。

 

 すなわち「メガトロン離脱せり、好機到来。なんとしても女神を救出すべし」という短いメッセージを送るには。

 




操られたかと思った? 残念、偽物でした!

そんなわけで仕事を始める前の最後の投稿です。
今回登場&退場のアミバ……もといブートレグ・プライムは見た目とカタログスペックはオプティマスと同等だが、経験値とか精神性とかが伴ってないのでこのザマです。
本物が操られてたら、オートボットも全滅必至だったでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 一筋の光

ある少女の成長。


 女神たちを捕らえているアンチクリスタルの結界。

 その下部には、どす黒い液体が徐々に溜まってきていた。

 

「ずいぶん、たまってきたわね……」

 

「あれに飲み込まれたら、どうなってしまうのでしょうか?」

 

 ノワールとベールが不安げに言う。

 

「こんなことなら、対策を研究しておくんだったわ…… わたしは自分から遠ざけることしか……」

 

 ブランが悔恨を口にする。

 

「まあまあ、みんな元気出そうよ!」

 

 こんな時でも元気なのは、やはりネプテューヌだ。

 

「今んとこ無事なわけだし、まだまだ希望はあるって!」

 その言葉にブランとノワールが少し複雑そうな顔になる。

 

「残ったオートボットたちが、助けてくれるのを期待するしかないわね……」

 

「その可能性にかけるしかない、か……」

 

「可能性なら他にもありますわ」

 

 二人の言葉に静かに反論したのはベールだ。

 女神たちは、一斉にベールのほうに視線を向ける。

 他にいったい、どんな希望があると言うのか。

 ベールは柔らかく微笑んだ。

 

「いるじゃありませんか、あなたがたの妹が」

 

 その言葉に、残る三人の女神は虚を突かれたような顔になった。

 

「……ユニ? 確かに最近は少し頼れるようになってきたけど…… それでもあの子には荷が重いわ」

「ロムもラムも、まだわたしが守ってあげなきゃいけない歳だわ」

 

「ネプギアも、しっかりしてるように見えて甘えん坊だし、無理じゃないかな?」

 

 ノワール、ブラン、ネプテューヌはそれぞれ妹に対する自分の主観を述べる。

 だが、ベールは笑顔で、しかしキッパリとそれを否定する。

 

「それは、あなたがたのエゴではなくて?」

 

 三人は、何を言われたのか理解できず黙りこくる。

 静かに、ベールは言葉を続けた。

 

「確かに、あの子たちはかわいらしい。わたくしだって、いつまでもそのままでいてほしいと思いますわ。でもそんな思いが、あの子たちを変身できないかわいい妹のままでいさせているのかもしれない。……そうは思いませんこと?」

 

 穏やかだが厳しいベールの言に、妹を持つ三人の女神は考え込む。

 その言葉を聞いて、オプティマスも考えていた。

 いざというときには、女神たちだけでも助けなければと。

 男子、三日合わざるば括目して見よ。

 頼りにしているぞ、バンブルビー。

 

「来タ」

 

 と、高台に立つサウンドウェーブが平坦な調子で一言。

 それに女神、オートボット、ディセプティコンが一斉に反応する。

 

「オートボット ト 女神ノ妹 ガコチラ二近ヅイテイル」

 

「残った奴全員で、特攻をかけて来たか」

 

 隣に立つスタースクリームは好戦的な笑みを浮かべた。

 他に手などあるまい。

 

「スデ二 モンスター ガ迎撃二向カッタ。アリス カラノ情報二ヨルト、敵ハ オートボット10、女神候補生4、人間2」

 

「寡兵だな。そんな者たちに何ができる」

 

 腕を組んだマジェコンヌはせせら笑う。

 スタースクリームは残虐な笑みを浮かべて号令をかけた。

 

「よ~し、ディセプティコン! オートボットどもを八つ裂きにしに行くぞ!」

 

『おおー!!』

 

 ディセプティコンたちは鬨の声を上げ、移動を開始した。

 

  *  *  *

 

 そして、ズーネ地区入口。

 女神候補生とパートナーのオートボットは一列に並んで、山の向こうから漏れてくる光を見据えていた。

 あそこに大切な者たちが囚われているのだ。絶対に取り返さなくてはならない。

 オートボットたちは新たな武器で武装し、候補生たちも武器を対ディセプティコン用に新調していた。

 

「ぎあちゃんたち、まだ変身できないのに……」

 

 女神候補生たちの後ろに立つコンパが不安げな声を出す。

 

「女神が失敗しても、女神の妹が頑張れば国民は納得するはず。そのほうがシェアへのダメージは少ないはずよ」

 

「それはそうですけど……」

 

 冷静なアイエフの言葉でも、コンパは納得しきれない。

 女神の囚われた姿が全世界に晒されたことで、シェアが急激に低下する可能性が出て来た。

 そうなればシェアクリスタルから候補生たちに送られるシェアエナジーが少なくなり、彼女たちの力は減ずる。

 それに、オプティマスからオートボットに「メガトロン離脱せり、好機到来。なんとしても女神を救出すべし」との連絡もあった。

 この機を逃せば次はない。これが最後のチャンスなのだ。

 

「それにね」

 

 アイエフは銃を取り出し、対ディセプティコン用特殊弾を込めながら静かに答えた。

 この弾丸と、特殊合金製のカタールなら、少なくとも足を引っ張ることはないはず。

 

「私も信じたいの。ネプギアたちなら、ってね」

 

「あいちゃん……」

 

 コンパも意を決して自分の武器を構える。

 それは、巨大注射器に似た形の、ビームガンだ。

 ホイルジャックに無理を言って作ってもらった物で、撃ちだされるビームはトランスフォーマーにもダメージを与えうるはずだ。

 

「大丈夫だコンパ、我々が全力で戦う」

 

「そのために、ここに来たんですものね」

 

 二人の後ろに立つラチェットとアーシーが安心させようと力強い言葉を発した。

 ラチェットは新しい銃、EMPブラスターを右腕に直接装着し、アーシーがエナジーボウと、銃剣一体型の新武器ソニックブレードを装備している。

 さらに後ろには、ホイルジャックが肩に新開発したマグネット砲を乗せ、槍のような物を手に佇み、レッカーズの面々がとてつもなく物騒な武器を構えて出撃の時を待っていた。

 

 やがて、ネプギアが傍らのパートナーに声をかけた。

 

「ビー…… 行こう!」

 

 バンブルビーは力強く頷き、オプティマスの声を再生して号令をかける。

 臨時指揮官としての、初仕事だ。

 

「『オートボット、出動(ロールアウト)!!』」

 

 女神候補生が、オートボットが、アイエフとコンパが、各々の役目を果たすべく動き出す。

 敵はディセプティコンが19体にマジェコンヌとリンダ、ワレチュー、それに数えきれないモンスター。

 

 絶望的な戦いが始まろうとしていた。

 

  *  *  *

 

 並み居る機械型モンスターの群れに、バンブルビーが両手持ちのエネルギー砲プラズマブラスターカノンを撃ち込んでやり、戦陣をかき乱す。

 

「はあああッ!」

 

 そこにネプギアが高出力に強化したビームソードを手に突貫し、残ったモンスターを切り裂いていく。

 

 サイドスワイプが大型ショットガンを撃ちながら違うモンスターの一団の中央に飛び込み、ショットガンから大剣サイバトロニウムソードを展開し大型モンスターを真っ二つにする。

 

「そこ!」

 

 その背に近づいたモンスターをユニの長銃から放たれたビーム弾が残らず撃ち落とす。

 

 スキッズが二連装エネルギー銃プラズマダブルバレットを連射して小型モンスターを掃討すれば、マッドフラップが手に持った銃を大斧サイバトロニアンバトルアックスに変形させて中型モンスターを薙ぎ払う。

 

「「アイスコフィン!!」」

 

 二人が取りこぼしたモンスターたちには、ロムとラムの魔法が容赦なく降り注いだ。

 

 ビークルモードのレッカーズが暴れ回っている場所は、もう地獄絵図だった。

 

「死ね! オラ、死ねぇ! のた打ち回って死ねぇええ!!」

 

「クソより価値のねえ、クソどもが!! ○○○吹っ飛ばしてやらぁ!!」

 

 ロードバスターとレッドフット、とても正義の味方とは思えない酷い暴言を吐きながら、モンスターを追い回している。トップスピンは無言でやはりモンスターを追い回していた。

 彼らのビークルモードはレース用のスポーツカーなのだが、その車体はゴテゴテと銃火器がとりつけられており、非常にヒャッハーで世紀末な外観をしている。

 全身の火器を乱射して混乱し逃げ惑うモンスターを撃ち殺していくさまは、どっちが悪役か分からない。

 それでも敵じゃなくて良かったとネプギアは考えた。

 

 モンスターたちは順調にその数を減らしていく。

 だが、戦場のど真ん中に突如砲弾が撃ち込まれた。

 

「来やがったか……!」

 

 眼前のモンスターを脳天唐竹割りにしたサイドスワイプが漏らした。

 その視線の先には、森林迷彩模様で武装だらけの戦車が、主砲の砲口から煙を上げていた。

 周りにはメガトロン直属部隊とコンストラクティコンが居並んでいる。

 先頭に立つスタースクリームが腕を振り上げ、ネプギアたちまで聞こえる声で指令を出す。

 

「ディセプティコン、攻撃を開始せよ!!」

 

 その声にディセプティコンがこちらに突っ込んでくる。

 

「『オートボット』『迎え撃て!』」

 

 バンブルビーが一同に号令をかける。

 

「さあ来いや、バラバラのスクラップにしてやるぜ!!」

 

「タマかち割ってから、ケツの穴に銃弾ぶち込んでやる!!」

 

 ロボットモードに変形したロードバスターとレッドフットは、もう酷過ぎることを言って武器を取り出す。横ではトップスピンが無言で銃を構えた。

 

「サイドスワイプ!」

 

「なんだよユニ!」

 

「信頼してるらね!」

 

 ユニの言葉に、サイドスワイプは力強い笑顔で答える。

 

「そりゃあ百人力だぜ!!」

 

 武器を構え、二人は走り出した。

 

「スキッズ、頑張ってね!」

 

「マッドフラップ、頼りにしてるよ」

 

 そう言って先に走り出すラムとロム。双子は顔を見合わせてからニッと笑い合った。

 

「頑張ってねってさ、マッドフラップ。こいつで気張らにゃ……」

 

「頼りにしてるってよ、スキッズ。これで燃えなきゃ……」

 

 双子は敵を見据えて声を合わせる。

 

「「男じゃねえよなぁあああ!!」」

 

 走り出した双子はすぐにもう一組の双子に追いついた。

 二組の双子は並んで疾走していく。

 

 さあ、戦いだ!

 

  *  *  *

 

 女神候補生とオートボットがディセプティコンと激突している場所とは、女神が囚われているフィールドを挟んで島の反対側の道。

 アイエフ、コンパ、ラチェット、アーシー、ホイルジャックは身を隠しながらここを進んでいた。

 

「始まったみたいね……」

 

 遠くから聞こえてくる爆音に、アイエフは表情を緊迫させる。

 

「ぎあちゃんたち、大丈夫でしょうか?」

 

 コンパも不安げな声を出す。

 

「信じてあげなさい。友達なのだろう」

 

 穏やかな声でラチェットが言った。

 

「今は、自分にできることをしましょう」

 

 反対にアーシーは厳しい声だ。

 コンパはその両方に頷いた。

 と、ホイルジャックが口を開いた。

 

「それじゃあ、もう一度確認しよう。そのアンチスパークフィールドはアンチクリスタルなる石の力を、機械を使って変換および拡散することで形勢されていると推察される。だからその機械を破壊すれば、少なくともフィールドを、上手くいけば女神を捕縛している結界をも無効化できるはずだ」

 

 その言葉に一同は厳しい表情になる。

 一同はオプティマスたちと女神たちが囚われているフィールドを目指していた。

 目立つ女神候補生とバンブルビーたち、隠密行動が致命的に苦手なレッカーズが敵を引きつけているうちに、アイエフら別動隊が女神たちを救出する。

 それが臨時指揮官バンブルビーの立てた作戦だった。

 

「私が発明した携帯式小型ロケットランチャーなら、フィールドに干渉されず機械を攻撃できる……はずだ」

 

 そう言ってホイルジャックは自分にとっては鉛筆大の単発ロケットランチャーを軽く振る。

 同じ物をアイエフとコンパも背負っていた。

 彼女たちでも軽々と背負えるくらいの大きさと重さで、なおかつ威力もあるのだから、ホイルジャックの技術力や押して知るべしだ。

 

「後は誰かが、結界までたどり着き、機械を無効化すればいい。それで万事解決、ハッピーエンドというわけだ! ……さあ、この先のはずだ」

 

 明るかったホイルジャックの声が緊張を帯びる。

 絶えずどこからか漏れている紫の光が強くなってきた。

 フィールドはすぐそこだ。

 ラチェットとアーシーが先に進み、その後をアイエフとコンパ、しんがりをホイルジャックが慎重に進んでいく。

 

「良ク来タナ。オートボット」

 

 その時、声がした。

 一同がそちらを向くと、一同を見下ろせる場所に、オプティックを覆うバイザーと腕のレドームが特徴的な、銀 色のディセプティコンが立っていた。

 ラチェットはその名を憎々しげに口にする。

 

「サウンドウェーブ……!」

 

「オマエタチガ、コチラカラ来ルノハ分カッテイタ」

 

 機械音声のような異様な声を響かせるサウンドウェーブ。

 さらにその周りにドレッドヘアー状の触手をうねらせるドレッズの面々と、大量の機械型モンスターが現れる。

 

「またあったYO!」

 

「これで最後だがな」

 

「ガウ、ガウガウ!」

 

 モンスターとともにオートボットたちを取り囲み、勝ち誇るドレッズ。

 さらに、

 

「へへッ! ここで終わりだぜ!」

 

 ついでにリンダもいたが、誰も反応しない。

 

「おい! なんとか言えよ!」

 

 無視されて怒るリンダを置いといて、オートボットたちは戦闘態勢に入る。

 

「ふふふ、ちょうど良かった……」

 

 絶体絶命のピンチにも関わらず、ラチェットは低く笑った。

 その声に何事かとアイエフとコンパが見上げると、ラチェットはこれまで見たこともない恐ろしい顔をしていた。

 

「オプティマスたちを捕まえてくれたうえに、偽物まで用意してくれたんだ。私もいい加減、頭に来ていてね……」

 

 そう言って右腕を回転カッターに変形させ、ディセプティコンたちに飛びかかっていく。

 

「さあ! 無料で手術してやる!! 検体になりたいのはどいつだ!!」

 

 ラチェットはEMPブラスターを乱射しながらモンスターの群れに突進し、回転カッターでモンスターたちを切り刻み、またハンマーに変形させて殴り倒していく。

 その暴れっぷりは普段の穏やかさとは裏腹に凄まじいものだ。

 だがサウンドウェーブは無感情さを崩さない。

 

「ドレッズ、攻撃開始」

 

「「おお!」」

 

「ガウ!」

 

 情報参謀の指示に、クランクケースとクロウバーは銃撃を開始し、ハチェットはオートボットに飛びかかっていく。

 それをヒラリとかわしたアーシーはエナジーボウをハチェットに撃ち込む。

 だが、ハチェットも素早い動きでエネルギーの矢をよけて見せる。

 

「しつけのなってないワンちゃんね! 今日のおしおきはスペシャルよ!」

 

 ドスの効いた声とともに、ソニックブレードの刃を展開しディセプティコンに斬りかかるアーシー。

 ホイルジャックは肩のマグネット砲を撃ちまくり、アイエフとコンパはその陰に隠れて、各々の銃でモンスターやドレッズを狙い撃つ。

 

「痛いのいくですよ!」

 

「邪魔よ!」

 

 二人の放った銃弾はモンスターたちを軽々撃破してゆく。

 さらに、アイエフの銃弾がクランクケースの肩に当たり、その装甲を抉る。

 クロウバーはコンパのビーム弾を浴びて、熱そうに身悶えする。

 強固な金属で構成されたディセプティコンの肉体に致命まで至らずともダメージを与えてくるのを見て、リンダが困惑した声を上げた。

 

「な、なんでだ!? なんで人間の攻撃がこいつらに効くんだよ!?」

 

 その声が聞こえたアイエフとコンパは大声で返してやる。

 

「いつまでも女神様やオートボットに、一方的に頼りっぱなしってのは性に合わないのよ!」

 

「わたしたちも、女神さんやオートボットさんたちをお助けするです!」

 

 二人は声を合わせる。

 

「「人間舐めんな、ディセプティコン!!」」

 

 です! とコンパが付け加えたところで、二人を守ってくれているホイルジャックが声を出した。

 

「君たち、ここは私たちに任せてフィールドを目指したまえ!」

 

 アイエフとコンパは頷くと、銃弾の嵐の中をかけていく。

 友を信じて後を任せ、友を救うために。

 

 高台から戦場を一望していたサウンドウェーブは、その動きを察知していた。

 

「クランクケース、コノ場ハ任セタ」

 

 そう言うと、両の手に振動ブラスターを構えアイエフとコンパを歩いて追い始める。

 あの二人だけなら、サウンドウェーブが慌てるまでもない敵だった。

 

「レーザービーク、ラヴィッジ、イジェークト!」

 

 だから、胸の装甲を開いて分身たちを先に送り出した。

 

  *  *  *

 

 少し時間を遡る。

 バンブルビー率いるオートボット本隊と女神候補生たちは、スタースクリーム率いるディセプティコンと壮絶な死闘を繰り広げていた。

 

 ロードバスターがチェーンソーでミックスマスターに斬りかかるが、四枚の盾に阻まれる。

 

「テメエの首を落として、壁飾りにしてやるぜ!!」

 

「カーッペッ! やれるもんならやってみろい、この空き缶野郎が!」

 

 暴言の応酬をするロードバスターとミックスマスター。

 ミックスマスターは渾身の力で腕を振るい、ロードバスターを振り払うとバトルタンクモードに変形して砲撃を開始する。

 瞬時にビークルモードになり、走り回ってよけるロードバスター。

 

 レッドフットとトップスピンは、全身の火器を発射して、ブラックアウト、グラインダーの兄弟と撃ち合っていた。

 

「我ら兄弟の力、今度こそ思い知らせてくれる!!」

 

「そうだな、兄者」

 

 ブラックアウトが大出力でプラズマキャノンを発射し、グラインダーがその間隔を埋めるように機銃をばらまく。

 

「クソが! あのホモ野郎ども、黙ってクソの山になりゃいいってのによ!」

 

「…………」

 

 レッドフットとトップスピンは動き回ってプラズマ弾と銃弾をかわしながら、全身に装備した銃火器で撃ち返す

 プラズマの波が地面を抉り、銃弾が嵐のように飛び交う。壮絶な火力の応酬に、他の者は近づくこともできない。

 

 スキッズとマッドフラップはビークルモードで、それぞれラムとロムを乗せ戦場を疾走していた。

 それを同じくビークルモードのバリケードとボーンクラッシャーが追う。

 ボーンクラッシャーはロボットモードに戻ると、脚部のタイヤでローラースケートのように滑りだし、長く太い腕を振るって双子のオートボットを粉砕しようとする。

 

「死ねや、チビどもが!!」

 

 だが、小柄な身体に合わせてビークルモードも小振りなコンパクトカーである双子は小回りを利かせてそれをよけてみせる。

 

「あたんねえよ! そんなもん!」

 

「やーいやーい! デクノボー!!」

 

 スキッズとマッドフラップはいつもの調子で小馬鹿にする。

 

「おっ死ね! ぶっ潰れろ!! 砕け散れぇえええ!!」

 

 ボーンクラッシャーは怒り狂ってさらに両腕を振るい、体当たりを試み、背中の腕を伸ばすが、全てかわされる。

 それを追い越し、バリケードがスキッズとマッドフラップに追いすがる。

 

「「アイスコフィン!」」

 

 だが、そこに窓から身を乗り出したラムとロムが氷塊を浴びせかける。

 バリケードはそれをよけるが、そのせいでスキッズとマッドフラップから離れて止まってしまう。

 そこにボーンクラッシャーが心配そうに寄ってきた。

 

「大丈夫か、バリケード!」

 

「スピード違反の上に公務執行妨害とは、良い度胸だ!」

 

 しかしすぐにエンジンを回転させて双子二組を追う。

 ボーンクラッシャーもそれを追って走り出した。

 

 並み居るコンストラクティコンの間をタイヤになっている足で潜り抜けながら、サイドスワイプはサイバトロニウムソードをショットガンにして散弾を敵の身体に叩き込んでやる。

 

「どわあああ!?」

 

「ぐおあああ!!」

 

 散弾を撃ち込まれたランページとスクラッパーが悲鳴を上げてもんどりうつ。

 

「喰らうんダナ、このスカし野郎が!!」

 

 さらに続けてロングハウルの斧をかわしながら、その顔面に狙いをつける。

 

「今度こそ味わいなさい、私のタマをぉおおお!!」

 

 ハイタワーが横薙ぎに振るう鉄球をジャンプしてかわすと、空中で回転しながら背中の四連キャノンでロングハウルとハイタワーを攻撃した。

 

「ぼぎゃあああ!?」

 

「アーーーーッ!!」

 

 痛みに悶える両者。

 綺麗に着地したサイドスワイプだが、その背にオーバーロードが飛びかかる。

 

「こんの若造ぐぁあああ!! 今度こそぉおお!!」

 

 しかし、その鋏が若き戦士の背を貫くより早く、横合いから飛来したビーム弾がオーバーロードを撃墜する。

 

「ノォオオオ!? 痛あああ!!」

 

 やかましい悲鳴を上げながら地面に転がるオーバーロード。

 サイドスワイプがそちらをチラリと見ると、ユニが銃口から煙の昇る長銃を構えていた。

 二人は言葉を交わさずに軽く笑いあった。

 

 スカベンジャーの振るう腕から、バンブルビーは逃げ回っていた。

 時にロボットモードで、時にはビークルモードで走って音を立てて迫る腕をかわす。

 

「ははは! どうだべ、オラの攻撃は! 反撃することもできないべ!」

 

 得意になって黄色いチビ助を追い回すスカベンジャーは、足元から聞こえてくる「何なんダナ……なあああ!?」「ちょ!? 何やっとるんじゃ……ぎょえええ!!」「私のタマがぁああ!」などの声に気が付かない。

 ひとしきり走り回ったところでバンブルビーはすれ違いさま振るわれる腕に取りつくと、器用によじ登っていく。

 

「なんだべ! この……!」

 

 もちろんスカベンジャーは振り落とそうと腕を振り回す。

 するとバンブルビーは腕からジャンプして、巨体のディセプティコンの顔に取りつく。

 

「うお!?」

 

 さらに腰にマウントしていたプラズマブラスターカノンでスカベンジャーの顔にゼロ距離射撃を叩き込む。

 

「ぐおわぁあああ!!」

 

 スカベンジャー痛みに足元でネプギアが引きつけてきたスコルポノックを巻き込んで思い切り倒れ込み、動かなくなった。

 一人、サソリ型メカを相手にしていたネプギアは倒れたスカベンジャーの上で電子音の勝鬨を上げるバンブルビーの勇姿を見て、確信する。

 

 いける! みんなで力を合わせれば、きっとお姉ちゃんたちを助けだせる!

 

 そう考えるのも、無理もないことだった。

 

 推移する戦場を安全な上空から見下ろし、スタースクリームは呆れた排気を出す。

 

「あ~あ、まったくどいつもこいつも情けのねえ。特にコンストラクティコンなんかいいとこねえじゃねえか」

 

 部下たちの必死の戦いをそう扱き下ろし、自分のことは際限なく棚に上げてスタースクリームは眼下で戦車の姿のままボケーっとしているブロウルに通信で指示を飛ばす。

 

『おい、ブロウル! テメエの最大火力でオートボットと下等生物どもを吹っ飛ばしてやれ!』

 

 すぐさま反論があった。

 

『馬鹿言ってんじゃねえや! んなことしたら味方を巻き込むだろうが!!』

 

 ヤレヤレとスタースクリームは首を振る。

 

『味方に当たんねえように撃ちゃいいだろ。……さあ、とっととやれ! 命令だぞ!!』

 

『……どうなっても知らねえぞ!!』

 

 ロボットモードへと変じたブロウルは、腰だめの主砲、肩のミサイル、右腕の四連バルカン、左腕のガトリング、あらゆる火器を乱射する。

 降り注ぐ砲弾と弾丸、ミサイルは、地形さえ変える威力の爆発を巻き起こす。

 さらにスタースクリームも、両腕をミサイル砲に変形させて眼下の戦場に向け発射する。

 降り注ぐ砲火からディセプティコンもオートボットも戦いを中断して逃げ惑い、ビークルモードで走り回っていたスキッズ、マッドフラップ、バリケードらは直撃こそさけたが爆風に煽られて横転する。

 サイドスワイプとバンブルビーはネプギアとユニをかばって傷を負ってしまった。

 戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。

 

「ビー! ビー、大丈夫!?」

 

「サイドスワイプ! しっかりして!」

 

 砲撃がやんだところでネプギアとユニが自分のパートナーに必死に呼びかける。

 

「『大丈夫!』『こんなのへっちゃらさ!』」

 

 軽快なラジオ音声とは裏腹に、バンブルビーは脇腹に深い傷がつき、青く光るエネルゴンが漏れ出している。

 

「問題……ないぜ」

 

 サイドスワイプは背中を爆炎に炙られてダメージを負っていた。

 横転したスキッズはロボットモードに変形すると、腕の中のラムに必死に声をかける。

 

「ラム! 大丈夫か!?」

 

「う、うん。ビックリした~」

 

 ホッとするスキッズ。失礼を承知でスキャンしたが怪我はなかった。

 シートベルトとエアバックに感謝だ。

 自分は少し頭がへこんで左脇に傷がつき右足のフレームが歪んでいる程度だ。問題ない。

 横ではマッドフラップも同じように立ち上がる。

 

「マッドフラップ! そっちは無事か!?」

 

「ああ、俺大丈夫、俺大丈夫……」

 

「おまえじゃねえよ! ロムは大丈夫かって聞いてんだ!」

 

 スキッズの声に、ロムはマッドフラップの影から顔を出す。

 見た所怪我はないが、怖かったのか泣き顔だ。

 

「ラムちゃん、スキッズ…… マッドフラップが…… マッドフラップが……!」

 

 その声にハッとなってマッドフラップの身体をスキャンし、大声を出した。

 

「おめえ! どこが大丈夫だ!」

 

 マッドフラップの背中には、廃棄物の欠片らしき大きな鉄片が刺さっていた。

 トランスフォーマーにとっては致命傷ではないが大怪我だ。

 

「だから大丈夫だって…… ほら、ロムは無事だろ?」

 

「ッ! 馬鹿野郎……!」

 

 何でもないように言うマッドフラップを思い切り殴りたかったが、それどころではない。

 ボーンクラッシャーとバリケードが、すぐそこに迫っていた。

 

 地獄と化した戦場をただ一人無傷で睥睨するスタースクリームはしかし不満げな表情だった。

 

『危ねえじゃねえか! 何考えてやがる!!』

 

『スタースクリーム、貴様……!』

 

『おまえ、俺たちを殺す気か!!』

 

 部下たちは通信で矢継ぎ早に罵詈雑言をぶつけてくる。

 それよりもオートボットだ。全員無視できない程度の損傷を負っているがくたばってはおらず、下等生物を後生大事に守っている。

 

『おい、ブロウル! オートボットがくたばってねえじゃねえか! どうなってやがる!』

 

『仲間に当たらないように撃ったんだ! だから近くにいたオートボットにも当たらなかったんだろうよ!』

 

 その答えにスタースクリームは不機嫌に舌打ちのような音を出す。

 ならばオートボットどもにさらなる絶望を与えてやらなければ。

 スタースクリームのセンサーは、オートボットの一匹、黄色いチビ助とそのペットを捕らえていた。

 

  *  *  *

 

 女神たちの囚われているフィールドを目指すアイエフとコンパ。

 ついにフィールドが見える場所まで辿り着いた。

 

「……ここからだと、メッセージを伝えることはできないわね」

 

 アイエフはイストワールからネプテューヌへのメッセージを預かっていたが、ここからだと遠過ぎてメッセージが聞こえないだろう。

 だが、ロケットランチャーなら届くはずだ。

 すぐさま三角錐状の結界の頂点に位置する機械に狙いを定める。

 

「お願い、効いて!!」

 

 祈るような言葉とともにトリガーを引くアイエフ。

 ロケット弾は一直線に機械目がけて飛んで行き、命中した。

 轟く爆音に女神たちとオプティマスたちが何事かと顔を上げる。

 

「やったです!」

 

 コンパが歓声を上げた。

 しかし……

 

「な!?」

 

 結界は健在だった。

 機械の周りにバリアーのような物が張られているのが、遠くからでも見えた。

 もちろん、それで諦める二人ではない。

 

「一発でダメなら、二発です!!」

 

 すかさず自分が背負ったロケットランチャーを構えようとするコンパ。

 だが、アイエフは後ろから迫る気配に気が付いた。

 

「! コンパ、伏せて!」

 

「ヘ?」

 

 一瞬呆けるコンパを押し倒すアイエフ。その頭上を銃弾が通り過ぎて行った。

 見るとそこには、二人を挟むように左右に陣取った機械の豹と鳥が体から直接突き出た銃口をこちらに向けている。

 

「残念だったなあ…… さあ、お嬢ちゃんたち大人しくしな!」

 

 甲高い声でレーザービークが警告するが、アイエフもコンパも大人しくする気はない。

 銃を構える二人だが、二体の動物型ディセプティコンは油断する様子はない。

 

「レーザービーク、ラヴィッジ、良クヤッタ」

 

 さらに、銀色のボディのディセプティコン、サウンドウェーブも姿を現す。

 これは、万事休すか。

 アイエフの頬をイヤな汗が流れ落ちた。

 

  *  *  *

 

 オートボットの有利は瞬く間に覆された。

 

『バンブルビー、バンブルビー! マッドフラップがやられた!』

 

『こちらレッカーズ! クソったれどもに囲まれた!』

 

 この場にいるオートボットの全てが危機に見舞われていた。

 まさか乱戦状態のときに火力で攻めてくるとは思っていなかった。

 だが、悔いている暇はない。

 

「ビー!!」

 

 何か打開策はないかというバンブルビーの思考は、ネプギアの悲鳴じみた声にさえぎられた。

 スタースクリームが、目の前に降りてきたのだ。

 

「残念だったなあ、オートボットども。これでゲームオーバーだ!」

 

 そう言うと腕の機銃をこちらに向け、容赦なく弾丸を浴びせかける。

 バンブルビーはネプギアを抱きかかえるようにして弾丸から守った。

 スタースクリームの機銃に、一撃でトランスフォーマーを戦闘不能にする威力はない。

 この冷酷なディセプティコン航空参謀は、若きオートボット臨時指揮官をなぶって楽しもうというのだ。

 

「ひゃはは、ひゃーっはっはっはっ!!」

 

 高笑いとともに機銃を撃ち続けるスタースクリーム。

 バンブルビーの装甲が砕かれ、致命打となるのも時間の問題だった。

 それでも、せめてネプギアだけは守ろうと決してその場を離れない。

 

「ネプギア!!」

 

「バンブルビー!!」

 

 ユニとサイドスワイプが、それを助けようとするが、群がるコンストラクティコンに阻まれて身動きが取れない。

 スキッズは、マッドフラップに肩を貸しながらボーンクラッシャーとバリケードから逃げるので精一杯だ。

 ロムとラムは必死に魔法を撃つが、恐怖と混乱で上手く当たらない。

 レッカーズでさえ三方から浴びせられる砲火に、少なからぬダメージを負っていた。

 

 もはや、誰もバンブルビーとネプギアを助けることはできない。

 

 ――どうしよう、私、間違ってた……

 

 ネプギアはバンブルビーに守られながら、悔恨に沈んでいた。

 

 ――やっぱり、ビーたちの足を引っ張ってる。私のせいで、ビーが、みんながやられちゃう……

 

 絶望が心を浸食し、思考が闇に閉ざされていく。

 

 ――なんにもできないよ…… 助けて、お姉ちゃん……!

 

 その瞬間、ネプギアは気付いた。

 

 ――また、お姉ちゃんを頼ってる……! でも、だけど私、やっぱりお姉ちゃんがいなきゃ……

 

 不意に、かつて聞いた言葉が脳意をよぎった。

 

『お姉ちゃんが言ってた…… アタシが変身できないのは、自分の心にリミッターをかけてるからだって……』

 

 ――心の、リミッター……

 

『何かを怖がってるとか、そういうことよ……』

 

 それは、誰よりも頑張り屋の親友の言葉。

 

 ――私が怖がってることって…… お姉ちゃんやビーがいなくなること? お姉ちゃんの妹じゃいられなくなること?

 

 それはどちらも恐ろしいことだ。だが、違う。

 

 ――私がお姉ちゃんよりも強くなることだ!

 

 いつまでも、子供のままでいたかった。

 自分より強い者に守られていたかった。

 

 ――私、ずっとずっとお姉ちゃんに憧れていたかったんだ!

 

 姉の背中を追いかけていたかった。

 姉の背中に追いつきたくなかった。

 それは依存にも似た、姉への全幅の愛。

 

 ――だけど、お姉ちゃん取り返すためなら!

 

 しかし、ことここに至っては、愛する姉の危機を助けられるのは自分しかいないのだ。

 

 ――ビーを助けるためなら!

 

 自分を支えてくれた、友の窮地を救えるのは自分しかいないのだ。

 

「私、誰よりも強くなる!!」

 

 その現実が、少女を一つ、大人にさせる。

 柔らかくも鮮やかな光りがその肢体を包み込み、ネプギアを変身(トランスフォーム)させてゆく。

 バンブルビーは、目の前で姿を変えゆくパートナーにオプティックを奪われる。

 姉とお揃いの薄紫の髪は、淡い桜色を帯び。

 衣服は清純なる白いレオタードへと変じ、

 瞳には女神の証たる紋章が輝き。

 そして、背には光の翼が開く。

 

 プラネテューヌの新たなる女神、パープルシスターが、ここに羽化した。

 

 スタースクリームは思わず銃撃を止め、彼から見て突然の、しかし必然の帰結である出来事に驚愕する。

 

「なッ! 新しい女神だと!?」

 

 パープルシスター、ネプギアはその手に新たな武器、ビームガンブレード「マルチプルビームランチャー(M.P.B.L)」を召喚する。

 そして銃身にエネルギーをため、友を痛めつける敵めがけて撃つ。

 

「ぐおおお!?」

 

 顔面にビームを受け、スタースクリームはたまらず顔を押さえて後ずさる。

 ネプギアは高く飛びあがると、眼下の敵全てに向けて銃撃を開始する。

 

 空からのビームにコンストラクティコンたちは悲鳴を上げてのた打ち回る。

 ユニは空を見上げて破顔した。

 

「ネプギア!」

 

 降り注ぐ光線に、ボーンクラッシャーは命中した場所を押さえ、バリケードは距離を取ってそれをよける。

 ロムとラムの顔が希望に輝いた。

 

「ネプギアちゃん!」

 

「すごーい!!」

 

 ネプギアの撃ちだすビームは狙い違わず命中し、ディセプティコンを怯ませていく。

 パートナーの勇姿に見とれていたバンブルビーだが、すぐに自分の身体の異変に気が付いた。

 傷が、治っていく。

 脇腹の大きな傷も、機銃を浴びてできた傷も、見る間に癒えていく。

 それだけではない。

 スパークから力がわき上がる。全身に溢れそうなほど活力がみなぎる。

 

 これなら、まだ戦える!!

 

「小娘がぁ、よくも……ッ!?」

 

 バンブルビーは体勢を立て直そうとするスタースクリームに素早く近づくと、右腕のブラスターを胴体目がけて撃ち放つ。

 

「ぐわああああ!!」

 

 悲鳴を上げて吹き飛び、仰向けに倒れるスタースクリーム。

 

「『オートボット』『走れ!』『続け!!』」

 

 臨時指揮官の号令に、オートボットたちは我に返った。

 痛む体を押してビークルモードに変形し、混乱するディセプティコンを置いて走り出す。

 女神を捕らえているフィールドに向かって。

 オートボットの作戦目的はディセプティコンを倒すことではない。

 あくまでも捕らえられた女神と仲間の救出なのだ。

 

「……ッッ! 何してる、追え! 追えぇえええ!!」

 

 激痛の中から立ち上がったスタースクリームが喚き散らす。

 その声にディセプティコンたちも正気に戻り、ビークルモードに変じて旧敵たちを追いかける。

 

 ネプギアは、まだ遠い、三角錐の結界とそれを取り巻くドーム状のフィールドを凛として睨む。

 

「引くことだけはできません! ……だから!」

 

 不退転の決意を、改めて言葉にする。

 

「やるしかないの!!」

 

 一筋の閃光となってネプギアは姉のもとを目指す。

 

 今、戦いは新たな局面を迎えた。

 




今回オートボットたちが使った武器はメックテックと呼ばれる、玩具の付属品が元です。(ホイルジャックのみG1モチーフのオリジナル武器)

次回、現れるさらなる強敵。
女神の力を簒奪せし魔女。天災の名を冠した怪物。
女神候補生たちとオートボットは大切なものを取り返すことができるのか?

そろそろ遅くなる詐欺とか言われそうだけど、正直、早くなるか遅くなるかは作者にも分からない。

……ところで当作品オリジナルのギミックというか能力というかはアリでしょうか?
主にスキッズとマッドフラップの。

では、ご意見、ご感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 花は開き、産声は上がる

吹き荒れる嵐の中、若者たちの戦い。


 ゲイムギョウ界某所、とある火山。

 山頂から絶えず噴煙を吐き出すここに、突如異形のジェット機が飛来した。

 ジェット機は噴火口に飛び込むと、ギゴガゴと音を立てて変形し、長い縦穴の中ほどに突き出た岩の上に着地する。

 内部を満たす高熱も気にせず銀色の異形、破壊大帝メガトロンは驚くべきことに頭を垂れた。

 

「師よ、参りました」

 

 メガトロンが恭しく言うと、突然火口の底から立ち昇る噴煙が渦巻き、巨大な顔を作り上げた。

 太古の部族の仮面を思わせる縦長な顔で、輪郭を縁取る羽飾りのようなパーツが生き物のようにうごめいている。

 その表情にはメガトロンさえ超える果てない狂気に彩られ、オプティックは底なしの憎しみにより輝いていた。

 火口の底のマグマにより下から照らされる姿は、途方もなくオドロオドロしい。

 その顔の輪郭はある物を思わせた。ディセプティコンのエンブレムだ。

 あるいは、エンブレムがこの顔に似ているのか。

 煙でできた顔は、おじぎをするメガトロンを見て重々しく口を開いた。

 

「御苦労、弟子よ。まずは褒めてやる。無限に連なる次元世界の中から、よくぞ目的の世界に辿り着いた」

 

 声は静かだが、遠い遠い闇の中から轟いて来るようにおぞましい響きだった。

 

「これも、師がお導きくださったからにございます」

 

 ある程度の敬意を込めて、破壊大帝は慎重に言葉を選んだ。

 その思考は母星での戦い、オールスパークが失われたタイガーパックスでの戦いを反芻していた。

オールスパークが宇宙に放逐されたあの時、メガトロンはすぐさまオールスパークを追いかけるべく宇宙へ飛び出した。

 だが、サイバトロンが見えなくなる寸前、師から啓示を受けたのだ。

 

 すなわち、「ゲイムギョウ界を目指せ」と。

 

 煙でできた顔は、メガトロンの言葉にオプティックを鋭くした。

 

「しかし、辿り着いてから先は、上手くはいっていないようだな」

 

 危険の響きを帯びる声に、メガトロンは偽ることなく事実を述べる。

 

「スペースブリッジの暴走は不可抗力でした。結果、少数の手勢とともにこの世界に転送され、さらにオートボットどもの介入を許してしまいました。奴らは小賢しくも、この世界の住人を味方に着けたのです。……すなわち、女神を」

 

 女神という単語が出た瞬間、顔はくぐもった笑いを漏らした。

 

「女神、だと? 愚かな者どもめ、身の程知らずにも神を僭称するか」

 

 嘲笑を浮かべ、オプティックをさらに危険に光らせる。

 

「だが、それもあと僅かの間だ。あるべきものが、あるべき場所、あるべき姿へと戻る日は必ず来る」

 

「無論」

 

 メガトロンは短く同意した。

 

「して、師よ。どういったご用件で私を呼びつけたのです? 作戦行動中だったのですが……」

 

 弟子の言葉に師は、鼻で笑うような音を出す。

 

「愚かな弟子よ。おまえのくだらん策よりも、俺の声のほうが幾倍もの重さを持つのだ」

 

「…………もちろんですとも」

 

 深々と頭を下げたメガトロンが一瞬、歯を強く喰いしばったのを見た者はいない。

 

「まあいい、呼んだのは他でもない。例の物が見つかったのだ」

 

 その言葉にメガトロンは頭を上げた。

 

「なんですと!? それは真ですか!」

 

「真だ。近い内にそちらの次元に送る。上手く使え」

 

「ははッ!!」

 

 弟子の態度に満足したのか、顔は低く唸るように笑う。

 

「我らの栄光を取り戻す時は近い。そのときメガトロン、おまえはプライムの力と称号を得るのだ」

 

 それだけ言うと、顔は文字通り雲散霧消した。

 しばらく炎と熱気が渦巻く噴火口に佇んでいたメガトロンはやがて誰にともなく口を開いた。

 

「その言葉、とりあえずは信じましょう」

 

 だが、言葉とは裏腹にオプティックは鋭く細められていた。

 

「しかし、俺の策が上手くいけば、例の物は必要なくなるかもしれんがな」

 

 どこか皮肉っぽく言うと、メガトロンは戦場に帰るべくエイリアンジェットに変形して飛び去った。

 

  *  *  *

 

 アイエフとコンパは、いままさに絶体絶命の危機に陥っていた。

 銃器で武装した機械鳥と機械豹に挟まれ、さらに機械巨人が銃を手に睨んでいる。

 

「さあ、お嬢さんたち! まずは銃を捨ててもらおうか! そのロケットランチャーもだ!」

 

 レーザービークが甲高い声で言った。

 ラヴィッジが単眼をギラリと輝かせて唸る。

 

「……仕方ないわね」

 

 なす術なく、アイエフは銃を捨てざるを得なかった。コンパも悔しげにビーム銃を捨てる。

 二人の頭上を旋回するレーザービークは満足げにニヤつく。

 

「よしよし、それにしても健気な奴らじゃねえか。自分の無力さを顧みず親友を助けにくるなんてそうそうできることじゃない」

 

 アイエフは目を鋭くして睨みつけるが、レーザービークは嘲笑を大きくして主を仰ぎ見る。

 

「捕虜にするかい?」

 

 それに対しサウンドウェーブはめったに見せない、それだけに血の気も凍る笑みを浮かべて冷酷に言い放つ。

 

「捕虜ハ取ラナイ。コイツラハ『戦利品』ダ」

 

「だってよ。可哀そうに、おまえたちは人間扱いしてくれないってさ」

 

 ワザとらしく悲しそうな顔をした後、レーザービークは再び酷薄に笑う。

 

「まあ、すぐには殺さないから安心しな。おまえたちはオートボットに対する人質として……」

 

「おっと、そうはさせないよ」

 

 振動ブラスターを構えるサウンドウェーブの後ろから声がした。

 情報参謀が振り向くとそこにはオートボット看護員ラチェットがEMPブラスターを構えて立っていた。

 後ろにはアーシーとホイルジャックもいる。

 

「さあ、頭を吹っ飛ばされたくなければ大人しくするんだ。そっちのペット君たちもね」

 

 声は静かで顔は穏やかだったが、ラチェットの纏う雰囲気は酷く剣呑だった。

 

「ドレッズ ハ、ドウシタ」

 

「奴らならフィールドに叩き込んでやったよ」

 

「ソウカ」

 

 サウンドウェーブがまったく動揺を見せずたずねると、ラチェットはなんてことないように答えた。

 それに対してバイザーのディセプティコンはやはり動揺しないものの、振動ブラスターを捨てた。

 ディセプティコンがオートボットを捕らえるために造りだしたアンチスパークフィールドだが、当然オートボットだけに効いてディセプティコンには効果がない、なんて都合の良い物ではない。

 フィールドに落とされたドレッズたちは今頃、折り重なって動けなくなっているだろう。

 

「コンパ、さあフィールドを破壊してくれ!」

 

「はいです!」

 

 ラチェットが言うと、コンパは主の危機に動けないレーザービークとラヴィッジを後目にロケットランチャーを拾い上げてフィールドを発生させている機械目がけて構えるが……

 

「させるかよ!!」

 

 岩陰から突然飛び出してきた影が、コンパに殴りかかった。それは下っ端ことリンダだった。

 

「きゃあ!」

 

 コンパは間一髪よけるが、尻餅を搗いてしまい誤ってロケットランチャーの引き金を引いてしまった。

 発射されたロケット弾は真上に向かって飛んで行った……

 

「コンパ!」

 

 アイエフが慌てて駆け寄る。

 

「わたしはだいじょぶです。それよりロケットが……」

 

 茫然とコンパは呟いた。アイエフは得意げなリンダを睨む。

 

「あんた、なんてことを!」

 

「へへッ! どうだ! これがリンダ様の実力よ!」

 

 だがリンダは笑うばかりだ。手柄を立てたのがよほど嬉しかったらしい。

 ラチェットをはじめとしたオートボットも一瞬意識が明後日の方向へ飛んでいったロケットに向いた。

 その瞬間、サウンドウェーブが素早く振動ブラスターを拾い上げオートボットに向け発砲する。

 放たれたエネルギー弾はラチェットたちの装甲を抉る。

 ホイルジャックの持っていたスペアのロケットランチャーも破壊されてしまった。

 たちまち壮絶な撃ち合いが始まる。

 

「さすがはサウンドウェーブだぜ! 俺たちも小娘を片づけるぞ!」

 

 レーザービークとラヴィッジもそれを援護すべく、すでに戦線に復帰したアイエフとコンパに向かって行こうとするが……

 その背後にロケット弾が降って来た。

 さっき真上に飛んで行った物が、やがて推進力を失い重力に負けて落ちてきたのだ。

 

「どわぁあああ!!」

 

 爆発がおこり二体は大きく吹き飛ばされる。

 その先は、アンチスパークフィールドだ。

 

「あが、あがががが!!」

 

 二体はフィールド内の電撃状のエネルギーに囚われ、身動きが取れなくなる。

 

「レーザービーク! ラヴィッジ!!」

 

 それを見て、初めてサウンドウェーブが動揺を見せ、部下たちのほうへ向かって走って行く。

 ラチェットはその隙を見逃さなかった。

 

「オートボット、本隊に合流するぞ!!」

 

 そう言ってラチェットはUSVレスキュー車へと変形した。同様にアーシーはバイク、ホイルジャックは青い高級セダンへと姿を変える。

 作戦が失敗した以上、残された手段は総力戦しかない。

 アイエフとコンパがそれぞれのパートナーに素早く乗ると、オートボットは発進する。

 サウンドウェーブは分身たちを助けるのが現状では無理と判断すると怒りを露わにした。

 そして自らもスパーカーに変形してそれを追うのだった。

 

 ちなみにリンダは捨て置かれた。

 

  *  *  *

 

 ついに変身を果たしたネプギア。

 彼女はビークルモードのバンブルビーに並んで飛び、同じくビークルモードのサイドスワイプに乗り込んでいる ユニとインカム型通信機で話していた。

 

「私、気付いたの。お姉ちゃんにずっと守られていたい。だから弱い私でいい。そう思ってたって」

 

 飛行するネプギアの横顔は、どこか大人びていた。

 

「でも、それじゃダメだって、強くなりたいって願ったら……」

 

「変身できたっていうの? 参考にならないわね」

 

 ユニはどこか憮然とした調子だ。

 

「弱くていいなんて思ったことないもん!」

 

「そ、そうだよね」

 

 その声に、ネプギアは困ったように笑う。

 そこでサイドスワイプが緊迫した声を出した。

 

「……そろそろだな」

 

 女神たちを捕らえている結界とオートボットの力を奪っているフィールドが近づいてきた。

 そのときラチェットから連絡が入った。

 

『バンブルビー、こちらラチェット。すまない、作戦は失敗だ! そちらに合流する!』

 

 了解、みんな気をつけて!

 

 こうなった以上は自分たちの力で囚われた司令官たちを救い出すのみだ。

 彼らのセンサーは、後方からディセプティコンが追ってきていることを察知していた。

 いざというときは女神候補生たちのことを、なんとしても守らねば。

 時に空気の読めないツインズも、戦闘凶のレッカーズも、言葉を交わさず通信せずとも思いは同じだった。

 彼らも、問題を抱えてはいてもオートボットなのだ。

 

 そしてついに、フィールドの前に到達した。

 中央の三角錐型の結界の中に、女神たちが、ネプギアたちの姉がコードに絡め取られて空中に吊り上げられていた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

「ネプギア!?」

 

 思わず声を上げるネプギアに、ネプテューヌは驚く。

 

「「「お姉ちゃん!!」」」

 

 ユニ、ロム、ラムも自分の姉を呼ぶ。

 

「ロム……! ラム……!」

 

「ユニ……!」

 

 女神たちは愛する妹たちの姿を見て感動する。

 ほんの一日なのに、もう何年もあっていなかったように感じた。

 事実、まだ幼い妹たちは仲間と力を合わせてここに辿り着くまでに成長したのだ。

 特にネプギアは姉を驚かせた。

 

「ネプギア、変身できたんだ!」

 

 その声に、ネプギアは力強く答える。

 

「うん! すぐに助けてあげるからね!!」

 

 フィールドの中で倒れ伏すオートボットたちも、傷だらけの仲間たちを見て誇らしい気分だった。

 

「バンブルビー…… よく来てくれた……」

 

「『司令官!』『今度こそ』『お助けします!!』」

 

 若き情報員は決意を口にする。

 今度こそ大切な者たちを取り返す。

 この場にいる全員の共通の思いだった。

 

「さて、そう上手くいくかな?」

 

 そこに声が響いた。

 高台に女が立っていた。

 黒衣に身を包み、頭にはトンガリ帽子。魔女のような異様な風体の女性だ。

 

「よく来たな妹たち、そしてオートボットたちよ」

 

 女性は不敵な笑みを浮かべて名を名乗る。

 

「私の名はマジェコンヌ、四人の小娘が支配する世界に、混沌という福音を……」

 

「コンパちゅぁ~ん! コンパちゃんはいないっちゅか!?」

 

 大仰なマジェコンヌの名乗り上げを、またしてもワレチューが邪魔をした。

 

「おいこらぁ! 邪魔をするな!!」

 

「……いないみたいっちゅね」

 

 怒るマジェコンヌに対し、意気消沈するワレチュー。

 息が合っているのかいないのか。

 

『呼んだですか~?』

 

 通信機からコンパの声が聞こえてきた。

 見ればラチェット率いる別動隊がこちらに向かってくるところだった。

 ラチェットたちはアイエフとコンパを降ろすとすぐにロボットモードに戻る。

 

「アイエフさん! コンパさん」

 

「コンパちゅぁああん!! 会いたかったっちゅ!」

 

 ネプギアとワレチューがそれぞれ声を上げた。

 当惑するコンパのことはとりあえず置いておいて、アイエフはネプギアに謝る。

 

「ごめんなさい。作戦に失敗したわ……」

 

「いいんです! みなさんが無事なら!」

 

 対するネプギアは笑顔で答えた。

 アイエフは申し訳なくてしょうがなかった。

 そして、親友の新たな姿に微笑む。

 

「変身、できたのね」

 

「はい!」

 

 笑顔のネプギアはそこで顔を引き締め、マジェコンヌに向き直る。

 

「どうして、こんなことをするんですか! ディセプティコンと手を組んでまで!!」

 

 マジェコンヌは女神姿のネプギアに対して不敵に笑う。

 

「教えてやろう。私が求めているのは女神を必要としない新しい秩序、誰もが支配者になり得る世界だ」

 

 静かに自らの野望を語らうマジェコンヌ。

 その内容は、ネプギアたちには到底受け入れられないものだった。

 

「それって、あなたが支配者になろうとしてるだけじゃないですか!」

 

「私より強い者が現れれば、その者が支配者になる。これぞ平等な世界だ!」

 

 なおも自らの思想とでも言うべきものを語るマジェコンヌ。

 

 一方、ラチェットたちを追ってきたサウンドウェーブもまた、オートボットに追いついてきたディセプティコン本隊に合流していた。

 

「ドレッズ ト レーザービーク、ラヴィッジ ガ戦闘不能二ナッタ。スグニ奴ラノ殲滅ヲ提案スル」

 

 無感情な調子にあらん限りの怒りを滲ませ、一応の指揮官であるスタースクリームに提案、するが、スタースクリームはニヤリと笑って見せた。

 

「まあ、待ちな。どうやらあの女が何かするみたいだぜ。ここは高見の見物としゃれ込もう」

 

 この期に及んで呑気なスタースクリームに、サウンドウェーブは珍しくあらかさまに顔をしかめる。

だが、一応は従っておく。

 

 マジェコンヌに対し、怒りを漲らせる一同。

 口火を切ったのはユニだ。

 

「ふざけないで! ようするにあんたは女神の力が羨ましいんでしょう! それにあんたの理屈で言ったら支配者はメガトロンになるでしょうが!」

 

 その言葉に、マジェコンヌはそれでも邪悪に笑ってみせた。

 

「まあ、その通りだ。メガトロンが支配者というのなら、それも悪くはない」

 

 一同は驚く。マジェコンヌはマジェコンヌなりに、自らの思想に覚悟を背負っているらしかった。

 

「だが無論、ただでは支配者の座は譲らん。……見るがいい、これが私の新たなる力だ!」

 

 マジェコンヌが吼えると、その身体が光に包まれる。

 だがその光は女神たちが変身するときに放つ神々しいものとは違う、見る者を不安にさせる禍々しい光だった。

 光りが収まったとき、マジェコンヌは露出度の高い衣装に、手には槍のような物を持ち、背中には刺々しい翼を背負った姿へと変身していた。

 

「見よ! これが女神の力を宿した支配者の姿だ!」

 

「変身!?」

 

「あの人は女神じゃないのに!?」

 

 ユニとネプギアが驚愕の声を上げる。

 変身は女神にしかできないはず。だが、マジェコンヌから感じる力は女神に準ずる物だ。

 マジェコンヌは凶悪な笑みを浮かべると手にした槍を太刀に変化させてネプギアへと斬りかかる。

 

「クロスコンビネーション!!」

 

 鋭い連撃がネプギアを襲う。防御したものの、ネプギアは大きく吹き飛ばさされて地面に倒れる。

 それを見て、ネプテューヌが声を上げた。

 

「嘘! わたしの技!?」

 

 ネプギアは起き上がって聞く。

 

「どうして、その技を……!」

 

 マジェコンヌは嘲笑を浮かべると答えてやる。

 

「フフフ、私には他人をコピーする能力があってなぁ。遂には女神の技さえも我が物にしたというわけだ!」

 

「そんなこと、できるわけない!」

 

「だが、そうなのさ!」

 

 さらなる技をマジェコンヌは放つ。

 

「テンツェリントロンぺ!!」

 

 今度は戦斧を手にブランの技、横薙ぎの重たい一撃をぶつけてくる。

 

「きゃぁああ!!」

 

 またしてもネプギアは吹き飛ばされる。

 だが、すぐに体勢を立て直し、空中へ飛びあがる。

 マジェコンヌもそれを追った。

 

 その戦いを静観していたスタースクリームとオートボットと睨み合っていたディセプティコン。

 

「なるほど。あの力なら、メガトロンともいい勝負ができるかもな……」

 

 スタースクリームは感心して呟いた。

 同時にあの女をどう利用すれば、自分がディセプティコンのトップに立てるか皮算用を始める。

 

「スタースクリーム」

 

 脇に立つサウンドウェーブが押し殺した声を発した。

 他のメンバーを見渡せば、皆痺れを切らしそうになっている。

 

「あ~、分かった分かった! 俺らはオートボットを片づけるぞ!」

 

 兵士たちから歓声が上がる。

 スタースクリームはさらに一手打つことにした。

 

「コンストラクティコン、『あれ』をやれ!!」

 

 その通信にミックスマスターが反応する。

 

「チッ! スタースクリームの野郎、偉そうに! ……だが、しかたねえか!」

 

 意を決したように仲間たちに指示を飛ばす。

 

「野郎ども! 合体、デバステーターだ!!」

 

 リーダーの言葉にコンストラクティコンたちは口々に声を上げ、ミックスマスターの周りに集結した。

 

「みんな息を合わせてください!」

 

「ついにこのときが来たんダナ!」

 

「うおおお! やったるんじゃぁああ!!」

 

「ウフフフ、さあ、や ら な い か !」

 

「よっしゃぁああ!! 見せ場だぜぇええ!!」

 

「いよいよオラが名誉返上するときが…… あれ、汚名挽回だったべか?」

 

「よし! コンストラクティコン部隊、トランスフォーム、フェーズ1!!」

 

 ミックスマスターが高らかに号令すると、コンストラクティコンたちは建機へと姿を変える。

 ホイールローダー、ダンプカー、ブルドーザー、クレーン車、ダンプトラック、パワーショベル、そしてミキサー車。

 

「アゲイン、トランスフォーム、フェーズ2!!」

 

 七体の建設車両が、轟音を立てて寸断され折れ曲がり移動し、悪夢の立体パズルのように組み上げられていく。

 ロングハウルとランページが屈強な両脚に。

 スクラッパーとハイタワーが破壊的な両腕に。

 オーバーロードが堅牢な腰回りに。

 スカベンジャーが強固な上半身に。

 そしてミックスマスターが、神話の怪物のような頭部に。

 全ての行程を終えたとき、そこにコンストラクティコンの姿はなく、代わりに山のように巨大な機械の怪物が立っていた。

 四つんばいで、無数の金属パーツが絡み合ったそれは、子供じみた悪夢の顕現だ。

 

 これぞ、七体のコンストラクティコンが合体することで誕生する、合体兵士デバステーターである!!

 

 その馬鹿馬鹿しいなまでの巨体を、女神候補生も、若きオートボットたちも、歴戦のレッカーズまでもが茫然と見上げた。

 デバステーターは大気を震わす恐ろしい咆哮を上げると、敵をまとめて叩き潰すべく地響きを立てて移動を始める。

 他のディセプティコンたちは巻き込まれないように退避していった。

 

「……ッ! 『オートボット!』『攻撃せよ!!』」

 

 いち早く正気に戻ったバンブルビーのラジオ音声に、まずレッカーズが各々の重火器で攻撃するが、デバステーターの圧倒的な巨体の前には自慢の武器も豆鉄砲同然だ。

 続いてサイドスワイプが果敢に怪物ロボットの足元に潜り込もうとするが、デバステーターは全身から機銃をばらまいてそれを阻む。

 さらに建築物が動いているかのような腕を振り回してサイドスワイプを叩き潰そうとするが、銀色の戦士は素早く退避してその爪先をかわした。

 だが、この恐るべき合体兵士の攻撃は終わらない。振り回された腕は廃棄物の小山に当たり、小山はたやすく吹き飛ばされバラバラになってオートボットたちの頭上に降り注いだ。

 

「な、なんて奴なの!?」

 

 バンブルビーの影に退避したユニは、悲鳴を上げる。

 何もかも規模が違い過ぎる。

 デバステーターは一気にかたをつけるべく、大口を開いて内部の機構を回転させ、空気を吸い込み始めた。

 

「『まずい!』『みんな、退避だ!』」

 

 勇猛果敢なサイドスワイプも、怖い物知らずのツインズも、女神候補生たちを抱えて全力でデバステーターから遠ざかろうと痛みを無視して走り出す。

 戦闘凶のレッカーズでさえビークルモードになるとエンジン全開で逃げ出す。

 デバステーターの吸い込む力は徐々に強くなり、土や小石を、転がっている廃棄物を、生き残ったモンスターたちを巻き込んでいく。

 大口に飲み込まれた物は、喉の奥の何重にも連なったミキサーで粒子にまで粉砕されて背中から排出される。

 生き物が飲まれれば、それが有機生命体であれ金属生命体であれ生き残れる道理はなかった。

 ヴォルテックス・グラインダーと呼ばれるそれは、トランスフォーマーたちの故郷、惑星サイバトロンの大型台風に由来する名を持つデバステーターにふさわしい技だ。

 

「ディセプティコンの奴らめ、こんな奥の手を隠していたとはな……」

 

 空中で、ネプギアと戦っていたマジェコンヌも、感嘆の声を出した。

 あれを相手にするのは骨が折れそうだ。

 

「ミラージュダンス!!」

 

 それを隙と見たネプギアが高速で舞うように斬りつけるが、マジェコンヌはそれを軽くいなす。

 

「クリティカルエッジ!」

 

 そしてカウンターの要領で斬撃を叩き込んでやる。

 

「きゃあああ!」

 

 悲鳴を上げて、ネプギアは地面へと落ちていく。

 

「ギ…ア…!!」

 

 それをバンブルビーがすかさずキャッチする。

 だが、その後ろにはデバステーターの巨大な影がのっそりと近づいて来ていた。

 大口を開き、全てを飲み込む大風を吹かせたまま。

 

「バンブルビー!」

 

「危ねえ!!」

 

 そこにスキッズとマッドフラップがデバステーターの左右から銃撃を浴びせる。

 豆鉄砲もいいとこだが、それでも煩わしかったらしくヴォルテックス・グラインダーを中断し腕を振るって双子を追い払おうとする。

 スキッズは問題なくかわせたが、ダメージの大きかったマッドフラップはかわし切れず、巨大な腕にぶつかり、悲鳴とともに飛んで行った。

 

「マッドフラップ!!」

 

 それを追おうとするスキッズにも、デバステーターの背中から発射されたミサイルが襲い掛かる。

 それを掻い潜り、片割れのもとへ辿り着いたときスキッズは全身が焼け焦げていた。

 倒れたマッドフラップは傷口からエネルゴンを漏らしヒューヒューと排気しながら、片割れを見た。

 

「ひでえ面だな、おい」

 

「馬鹿野郎! おまえこそ……!」

 

 こんなときでも軽口をかかさない片割れに、スキッズは言い返しながらも微笑む。

 デバステーターはその知能の低さゆえに標的を双子へと変えたらしく、ゆっくりと迫ってきていた。

 スキッズはマッドフラップを抱き起し、右腕のブラスターを構える。

 もはや、双子のオートボットの命運は尽きたかに思われた。

 

 ロムとラムはラチェットの影でネプギアの戦いを、スキッズとマッドフラップの危機を見ていた。

 再び空中に舞いあがったネプギアはマジェコンヌに押され、地上ではデバステーターが双子のオートボットを踏み潰そうとしている。

 しかし自分たちにはここでこうして震えていること以外、何もできない。

 

 本当に?

 

 本当に自分たちには何もできないのか?

 

「ラムちゃん……」

 

「何? ロムちゃん」

 

 引っ込み思案な姉は、いつもなら自分を引っ張ってくれる妹に声をかける。

 

「わたし、みんなを助けたい……!」

 

「うん、わたしも助けたい!」

 

 いつまでも、無力な自分でいるのはイヤだ。

 愛する姉を、大好きな友達を助けたい。

 

「助けよう!」

 

「うん、わたしたち、二人で!」

 

 不断の決意が、二人の力を引き出していく。

 煌めく光が、幼い姉妹を包んでいく。

 

「ロム…… ラム……」

 

 幼い妹たちの成長に、ブランは胸を打たれる。

 

 幼い姿態を包むのは、白いレオタード。

 姉は青い髪、妹は桃の髪。

 瞳には同じ女神の証を持ち。

 手にはお揃いの長杖。

 

 ルウィーの双輪の女神、二人のホワイトシスターがここに開花した。

 

 強い光に何事かと歩みを止めたデバステーターに、二人のホワイトシスター、ロムとラムはより強化された魔法を放つ。

 

「「アイスコフィン!!」」

 

 人間の姿のときよりも大きな氷塊が、デバステーターの頭に命中する。

 合体兵士は大きく吼えて悶えるが、大きなダメージがあるようには見えない。

 女神化してなお、二人は無力なのか?

 否。

 なぜなら……

 

「よくもやってくれやがったな、このデカブツが!!」

 

「ロム、ラム! こいつは俺たちに任せておまえらは、あのオバサンを!!」

 

「「うん!!」」

 

 二人には強い味方がいるのだから。

 シェアエナジーとスパークの共鳴により傷が治ったスキッズとマッドフラップは、デバステーターの巨体によじ登りゼロ距離での射撃を敢行する。

 小柄な双子に取りつかれ、強化されたブラスターであちこちを傷つけられて、デバステーターは痛みに咆哮する。

 それでも倒れる様子はなく、全身から火器を放ち、身をよじって双子を振り落とそうとする。

 双子は、師となったミラージュが唯一褒めてくれた武器、何者にも負けぬ根性で、巨大な怪物に食らい付き続ける。

 

 そして空。

 

「レイシーズダンス!!」

 

 蹴りと大剣の連続攻撃がネプギアを襲う。

 マジェコンヌは、その強大な力でネプギアを追い詰めていた。

 

「「アイスコフィン!」」

 

 そこへロムとラムの放った氷塊がマジェコンヌ目がけて飛んで来た。

 

「シレットスピアー!」

 

 しかし、軽くかわされ、お返しとばかりに槍を投擲される。

 さらに翼の突起からビーム弾を撃ちだして候補生たちを攻撃してくる。

 そこへ戦闘機姿のスタースクリームが候補生たちとマジェコンヌの間に飛び込んできた。

 

「ひゃ~ははは! なんだなんだ、それで空中戦のつもりか? 俺が本当の飛び方を教えてやるぜ!!」

 

 巻き起こされる強風に、女神候補生たちは体勢を崩してしまう。

 マジェコンヌもまったくの無事ではいられない。体勢を立て直し、乱入者を睨みつける。

 

「スタースクリーム! 貴様余計なことを……!」

 

「なんだよ! ちんたらやってるから、俺様が空での戦いかたを教えてやろうてのによ!」

 

 不満げに言えば、スタースクリームはロボットモードに戻って滞空し、マジェコンヌをせせら笑う。

 

「スタースクリームまで出てくるなんて!」

 

 ネプギアが叫んだ。

 スタースクリームは言動こそあれだが、実力は確かな空中戦の雄だ。

 彼にまで参戦されては、勝ち目は無いに等しい。

 

 ネプギアたちを翻弄するマジェコンヌとスタースクリームを交互にスコープに治めながら、ユニは手の震えを止めることができなかった。

 

 ――アタシ一人だけ、変身できないなんて……

 

 強烈な劣等感が、宿痾のようにユニの心を苛む。

 

 ――お姉ちゃんだって見てるのに……

 

 姉に認めてもらいたい。

 姉に褒めてもらいたい。

 

 ――! どうしてアタシ、お姉ちゃんのことばっかり……

 

 親友が危機なのに。

 

「今は!!」

 

 それどころではないのだ。

 ユニは空の敵目がけて長銃からビーム弾を撃ちだす。

 しかし、ビーム弾はマジェコンヌにもスタースクリームにも当たらない。

 

「当たれ、当たれぇ!!」

 

 危機感が集中力を奪っているうえに、周りではオートボットとディセプティコンが壮絶な戦いを繰り広げているのだ。

 そう簡単に集中などできるものではない。

 

「ユニ……」

 

 必死に戦う妹を見て、ノワールは呟いた。

 いまだ悩めるユニの背中に、いつの間にか接近してきたバリケードがブレードホイール・アームを投げつける。

 だが、それがユニに到達するより早くサイドスワイプが間に割って入り、腕のブレードで殺人ディスクを弾き飛ばす。

 

「ユニ! 何やってる、集中しろ!」

 

 サイドスワイプはあえて厳しい声を出した。

 

「俺が、おまえを守ってやる! どんな攻撃からだろうと! どんな敵からだろうと!!」

 

 若きオートボットの戦士は、そう宣誓する。

 決めたのだ。あらゆる危機から、自分がこの少女を守るのだと。

 

「だから、おまえはおまえのやるべきことをやれ!!」

 

「……ええ!」

 

 黒い女神候補生は力強く頷いた。

 そして、再び長銃を構えてスコープを覗き込む。

 

 ――そうよ、ユニ、標的のことだけ考えるの。

 

 誰よりも勇敢な戦士が守ってくれているのだから。

 不思議な感覚だった。

 集中力は極限まで高まり、敵影へと意識が注がれていくのに、背後で戦うサイドスワイプの気配を鮮明に感じることができた。

 サイドスワイプは、襲い掛かるバリケードとボーンクラッシャーを一歩も通さず、飛来するミサイルを撃墜し、銃弾から身を持ってユニを守る。

 なんて心強いのだろうか。

 頭は冷静なのに、心は燃え上がる。

 背中を守ってくれる戦士の存在が、ユニを一つ上の段階へと押し上げる。

 

 ――見える!

 

 引き金が引かれ、放たれたビーム弾は狙い違わずマジェコンヌの翼の突起を破壊する。

 一発、二発、三発。

 次々と命中させる。

 気付けばユニは光を纏っていく。

 その髪が、渦を描くようなツインテールへとまとまり、姉と同じ美しい銀へと変わる。

 衣服は黒いレオタードへと変化する。

 

 新たなる女神、ラステイションのブラックシスターが、今殻を破って産声を上げた。

 

「この小娘がッ!!」

 

 スタースクリームが異変に気づき、ユニのほうへと向かってくる。

 ジェットブースターによる超高速の突進は、しかし今のユニには呆れるくらい単調だった。

 

「エクスマルチブラスター!!」

 

 緑の光線が、より巨大に新生した長銃から発射され、スタースクリームの顔面に直撃する。

 

「ぐおわぁあああッッ!?」

 

 悲鳴を上げ顔面を押さえて、スタースクリームは無茶苦茶に飛び回る。

 

「方向指示器がおかしくなった! 方角が分からない!!」

 

 情けない声で叫び、スタースクリームは飛んで行く。

 自らが創り出した、アンチスパークフィールドへと。

 

「ぎょうえぇええええ!!」

 

 フィールドに突っ込んだスタースクリームは、たちまち電撃状エネルギーに囚われみっともない恰好で地面に墜落し、そのまま動けなくなった。

 

「迷いはないわ」

 

 そんな航空参謀を無視してユニは高らかに宣言する。

 

「あるのは覚悟だけ!!」

 

「ユニちゃん、カッコいい!」

 

 その姿を見てネプギアが歓声を上げる。

 

「えッ!? ……変身してる?」

 

 自分が女神化していることにやっと気付いたらしい。

 

「やったね! ユニちゃん!!」

 

「すごーい!!」

 

 ラムとロムも褒め称える。

 

「ま、まあ、当然ね! 主役は最後に登場するんだから!」

 

 照れ隠しに自慢して見せるユニ。

 

「うん、そうだね!」

 

 ネプギアは素直に大きく笑う。

 ユニは自分を守ってくれた勇者に向き直り、大輪の笑みを浮かべた。

 

「どう、サイドスワイプ! アタシの女神化した姿、素敵でしょ!」

 

 サイドスワイプは、なぜかユニの姿をポケーッと見つめていたが……その間もバリケードの攻撃をいなしながら……やがてハッとなって答える。

 

「お、おう。イカシてるぜ!」

 

「あたりまえよ!」

 

 その答えに満足したのか、ユニは胸を張るとマジェコンヌに向かって飛んで行く。

 

「ユニ……!」

 

「みんな、素晴らしいですわ!」

 

 見事女神化した自分の妹に、ノワールは涙混じりの笑みを浮かべ、ベールは明るい声を出した。

 ブランも、ネプテューヌも、希望を顔に浮かべる。

 しかし、結界にたまった黒い液体は、すでに女神たちの足元まで迫っていた。

 

 突然、黒い液体が音を立てて脈打ち、無数の人間の手のように形を変えて女神たちの体に纏わりつきだした。

 

「きゃあ!」

 

「なんなの!?」

 

「こ、これは!」

 

 女神たちは悲鳴を上げる。

 怨嗟の声のような不気味な唸り声とともに女神たちに絡みついていくその手は氷のように冷たく、女神たちの体温と体力を奪っていくかのようだった。

 

「ネプテューヌ!」

 

「ノワール! 大丈夫なのか!?」

 

「…………ブラン!」

 

「ベール!」

 

 突然の異変にフィールドの中で倒れ伏すオプティマス、アイアンハイド、ミラージュ、ジャズの四人は残された力を振り絞って、パートナーの名を呼ぶ。

 いったい、これは何なのか。

 

 状況を整理する暇もなく、さらなる事態の変化が女神とオートボットを襲う。

 

「アレハ!」

 

 フィールドの外、ラチェットと撃ち合っていたサウンドウェーブが空の彼方から飛来する何かを察知した。

 ブラックアウトも、グラインダーも、ブロウルも、バリケードもボーンクラッシャーも、デバステーターでさえも、顔に畏怖を浮かべる。

 結界の中で動けなくなっているスタースクリームは、恐怖に身をすくませた。

 空中で女神候補生たちと戦闘を展開していたマジェコンヌは口角を吊り上げ、フィールドのそばにいたワレチューは体を震わせる。

 それらの視線の先では、灰銀色のエイリアンジェットがこちらに向かって飛んでくる。

 

 メガトロンが、帰ってきたのだ。

 

 ついに全員が変身を果たした女神候補生たち。

 女神の力を得たマジェコンヌ。

 突如、異変を見せるアンチクリスタルの結界。

 いまだ健在のデバステーター。

 そして帰参した破壊大帝。

 

 長かったズーネ地区での戦いも、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。

 




ネプテューヌVⅡのOPが公開されましたね。すごく良いけど主役が完全に新キャラな件。
トランスフォーマーアドベンチャーは放映まであと少し。楽しみです。

しかし、上司によると仕事が大変なのはここかららしい……

(色んな意味で)頑張らねば。

ご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 希望

第二次決戦、終幕。


 ついに全ての女神候補生が女神へと変身し、状況が好転するかに思われた。

 だが、その矢先、女神を捕らえているアンチクリスタルの結界が異変を起こし、黒い液体が女神たちを飲み込もうとしていた。

 

 さらに。

 

 戦場にエイリアンジェットの姿で飛来したメガトロンは空中でロボットモードに戻ると瞬時にフュージョンカノンを組み上げ、戦場のど真ん中目がけて発射する。

 その場で戦っていたオートボットもディセプティコンも蜘蛛の子を散らすように退避した。

 エネルギー弾は地面に着弾すると大爆発を起こし、地上のトランスフォーマーたちも空中のマジェコンヌや女神候補生たちも爆風に煽られる。

 その態をまったく気に留めず、メガトロンは炎が燻る爆心地に悠々と降り立った。

 

「このザマはなんだ? スタースクリーム、そして我が同盟者よ……」

 

 周りを睥睨してメガトロンは唸るような声を出す。

 炎の作り出す煙と陽炎の向こう側にいる破壊大帝は、とてつもなく恐ろしげだった。

 彼が現れただけで、戦場の空気が一変する。メガトロンはそういう力の持ち主だった。

 

「……見ての通り、敵を迎え撃っている。何か不満でも?」

 

 マジェコンヌが不敵に言うと、メガトロンは鼻を一つ鳴らすように排気した。

 

「まあ、よかろう。スタースクリームは……」

 

 女神の力を得たマジェコンヌを見ても、大した反応も見せずにそう言って結界の中、みっともない姿で固まっているスタースクリームに視線をやる。

 

「しばらく、そこで沙汰を待っておれ」

 

 冷たく言うと、恐怖と屈辱に震えるスタースクリームを無視してオートボットたちに向き直る。

 

「さて、オートボットどもよ、俺の留守中、好き勝手やってくれたようだがここまでだ」

 

 その周囲に、戦闘不能になったメンバーと、いまだ双子に悪戦苦闘しているデバステーターを除くディセプティコンが集結してきた。

 

「ディセプティコン軍団、攻撃(アタック)!!」

 

 指揮官の帰還に戦意の高まった兵士たちは、仇敵を倒すべく前進を開始した。

 他ならぬメガトロンが、その先頭に立って敵陣に突っ込んでいく。

 

「『オートボット、迎え撃て!!』」

 

 バンブルビーがオートボットたちを鼓舞するように号令をかけ、先陣を切ってメガトロンに突っ込んでいく。

 もはや、メガトロンを倒さねば生きて帰ることはできないのだ。

 今の自分たちには女神の加護が付いている。

 きっと大丈夫だ。

 

 最後の戦いが、始まった。

 

  *  *  *

 

「まあ、予定通りっちゅね……」

 

 激戦が繰り広げられる中、ワレチューは一匹でフィールドを見張っていた。

 正直すぐにでも逃げ出したいが、メガトロンへの恐怖がそれを阻んでいる。

 最終的な勝者はメガトロンになるだろう。マジェコンヌには悪いが、役者が違う。

 それにしても、こんな恐ろしい戦場に愛しのコンパがやって来るとは思わなかった。

 できることならば、コンパには安全な場所にいてほしかったのに……

 

「あ、あの~…… ネズミさん?」

 

 ワレチューが悶々としていると、当のコンパの声が聞こえてきた。

 ついに幻聴が聞こえるようになったのだろうか?

 

 否!

 

「ちゅ? ぢゅぅうう!!」

 

 愛しの天使、コンパがワレチューの近くに立っていた。

 

「あ、あの…… いっしょにいっぱいお話しないですか? ……あっちで」

 

 しかも恥ずかしいのか若干棒読みながらも自分を誘ってくるではないか。

 

「おっぱ!? おっぱいい話っちゅか!」

 

 なにをどうしたらそうなるのか。

 耳は正常か。

 むしろ、頭は大丈夫か。

 第三者がいれば、そんなツッコミが殺到するであろう言動で、目を輝かせるワレチュー。

 普通ならドン引きだろう。

 だが、天然なコンパは第三者がいるなら予想しえない斜め上を行く行動を取った。

 

「はいです!」

 

 満面の笑みである。

 

「こ、こ、コンパちゅあぁああああんんッッ!!」

 

 かくしてワレチューはメガトロンへの恐怖を忘却の彼方に追いやり、コンパにホイホイとついていったのだった。

 そこへワレチューの死角を通ってアイエフがフィールドへと近づいていった。

 

「ジャズ! 聞こえてる?」

 

 彼女が声をかけたのはフィールドの中で倒れているオートボットの副官ジャズだ。

 

「アイエフか! 聞こえてるぜ!」

 

 ジャズは倒れ伏しながらも、軽快に答えた。

 しかし、その声は平時に比べ無理をしている感じがする。

 アイエフは少し遠くにいるジャズにも聞こえるように声を出す。

 

「イストワール様からメッセージがあるの! ネプ子たちに聞こえるように再生できる?」

 

「任せときな! データを送信してくれ!」

 

 一つ頷き、アイエフは携帯電話でジャズにデータを送る。

 するとジャズは自身に内蔵したサウンドシステムで、イストワールからのメッセージを再生する。

 

『みなさん、大変なことが分かりました……』

 

  *  *  *

 

 戦場は今やメガトロンとマジェコンヌの庭と化していた。

 

 オートボット戦士たちの銃弾やエネルギー弾をもろともせず突っ込んできたメガトロンは、手始めにバンブルビーを横薙ぎのチェーンメイスで吹き飛ばす。

 続いて、斬りかかってきたサイドスワイプとロードバスターの腕を掴んで二人を振り回し、はるか遠くに放り投げた。

 そして、突進してきたレッドフットの腹に回し蹴りを叩き込む。

 歴戦の、あるいは見違えるような成長を遂げたオートボットの戦士たちが、いいように翻弄されていた。

 唯一なんとか勝負に持ち込めているのがラチェットで、EMPブラスターを的確に急所に当て、接近するとメガトロンの振り回すチェーンメイスをかわして、回転カッターで関節部を切りつける。

 だが、ラチェットのあらゆる攻撃は効果がないか、あったとしても微々たるものだった。

 さらに戦士たちが死にもの狂いで与えたダメージは、僅かな間に癒えていく。

 これが、底知れない破壊力と桁違いの怪力、さらには並はずれた自己再生能力までも備えた、ディセプティコン破壊大帝メガトロンなのだ。

 

 最初こそ押していた女神候補生たちは、マジェコンヌに次第に逆転されていった。

 ネプギアとユニの放つビーム弾はことごとく防がれ、かわされる。

 ロムとラムの魔法も、その足を止めるには至らない。

 切り結ぼうとするネプギアには、太刀による斬撃を撃ち込み。

 狙い撃ってくるユニには、それを掻い潜り接近して蹴りと大剣の連撃を喰らわせ。

 魔法を使うロムとラムには、横薙ぎの戦斧の一撃でまとめて薙ぎ払い。

 怯んだ候補生たちに、容赦なく長槍で怒涛の刺突を浴びせる。

 マジェコンヌの使う技は、女神たちのそれと寸分違わず、あるいはそれ以上の威力とキレを持っていた。

 強さに対してどこまでも貪欲なマジェコンヌは、女神たちの技を徹底的に研究しつくし、さらには自分なりの改良までも加えているのである。

 彼女の最大の武器は、野望のため自らを鍛え上げたその向上心なのである。

 

 主君の攻撃の合間を縫うように、サウンドウェーブが振動ブラスターで倒れるオートボットたちを狙う。

 ブラックアウトとグラインダー、そしてブロウルがあらゆる火器で弾幕を張り反撃を封じる。

 それでも反撃を試みるレッカーズに、バリケードとボーンクラッシャーが飛び出してきて、格闘攻撃を繰り出す。

 

 スキッズとマッドフラップはいまだデバステーターに食いついているが、この巨大な怪物は体を揺らし全身の火器を発射して、自分の体にへばりつくノミのようなオートボットを振り落とそうとしてくる。

 この戦況でデバステーターまでもが他のオートボットたちを狙いだしたら全滅は必至だ。

 その一念で死力を尽くして怪物にしがみつく双子のオートボットの限界も、ジリジリと近づいていた。

 

  *  *  *

 

『アンチクリスタルの力は、シェアクリスタルとみなさんのリンクを邪魔するだけではないようなんです』

 

 イストワールのメッセージが語る内容は衝撃的だった。

 女神たちを絡み取ろうとする手は次第にその数を増し、ベールやブランはすでに体が麻痺しはじめている

 

『行き場を失ったシェアエナジーを、アンチエナジーという物に変える働きもあるみたいで……』

 

 それが、この黒い液体の正体であり、マジェコンヌの力の源でもあるのだろう。

 

『密度の濃いアンチエナジーは、女神の命を奪うと言われています……』

 

「で、どうすればいいの!?」

 

 ネプテューヌが普段の呑気さを感じさせない必死な声を上げる。

 もはや一刻の猶予もない。

 

『今の所、対処法は分かりません。せめて『みっか』あれば……』

 

「ベール!!」

 

 イストワールのメッセージをさえぎって、ネプテューヌが悲鳴じみた声を上げた。

 黒い液体、高密度のアンチエナジーにベールが沈みかけていた。

 

「ネ、ネプテューヌ……」

 

 ベールはネプテューヌに向け、できる限り手を伸ばす。ネプテューヌは必死になってその手を掴んだ。

 だが、そこでベールは力を使い果たし、目をつぶってアンチエナジーに沈んでいく。

 

「ジャズ……」

 

 最後に、パートナーの名を口にしながら。

 

「だめぇえええ!!」

 

 ネプテューヌの必死の声も虚しく、緑の女神はアンチエナジーの中に消えた。

 

「ベール……」

 

 オートボットの副官の顔が絶望に染まる。

 

「ノワール……!」

 

 同じようにアンチエナジーに沈みゆくブランは、ノワールの手を掴もうと力を振り絞る。

 そして、やっと手が届いたそのとき、

 

「……ミラージュ」

 

 素直でない赤いオートボットの名を呟き、白の女神は力尽きた。

 

「……おぉおおおお!!」

 

 ミラージュが声にならない叫びを上げ、体を動かそうともがく。

 だが、無駄なことだった。

 

「あッ……!」

 

「え? お姉ちゃん!?」

 

 ロムとラムも異変に気付くが、マジェコンヌの激しい攻撃を前に助けに向かうことができない。

 アイエフは、銃で結界を発生させている機械を狙い撃つが、機械にはまるで効かない。

 コンパもワレチューのもとを離れ、涙を流しながらビーム弾を結界に浴びせるが意味はなかった。

 

「コンパちゃん…… 悲しいけどそれ無駄なのよねっちゅ……」

 

 そんな二人を見て、ワレチューが嘆息とともにつぶやく。

 

「なんなのアレ!?」

 

「わ、分かんない……」

 

 並んで戦うユニとネプギアが、茫然と疑問を口にする。

 その答えはすぐに得られた。

 

「アンチエナジーはああやって女神を殺すのだ!」

 

 狂気じみた笑みを浮かべたマジェコンヌが言う。

 その身には、アンチエナジーが極限まで満ちている。

 

「ネプテューンブレイク!!」

 

 マジェコンヌは、かつてメガトロンにさえ大きなダメージを与えたネプテューヌの必殺技を放つ。

 縦横無尽に飛び回り、一塊になった女神候補生たちを無数に斬りつける。

 

「「「「きゃああああッ!!」」」」

 

 四人の妹たちは悲鳴とともに地面に叩き落とされた。

 

「そんな……」

 

「嘘だろ!?」

 

 唖然とするスキッズとマッドフラップは、ついにデバステーターの巨体から振り落とされた。

 デバステーターは大きく咆哮すると鬱陶しい思いをさせてくれた双子のオートボットの上に両の手を振り下ろす。

 逃げる間もなく、悲鳴を上げることさえできずにスキッズとマッドフラップは潰された。

 

 オートボット戦士たちはディセプティコンの猛攻の前にほとんどが倒れていた。

 サイドスワイプは、残る力を振り絞ってメガトロンに斬りかかる。

 だがメガトロンは片手を砲に変えると、サイドスワイプに撃ち込む。

 ブレードを交差させて防いだものの、大きく吹き飛ばされたサイドスワイプは地面に落ちた。

 地面に激突する寸前、その見開かれたままのオプティックが絶望に打ちひしがれるユニを映していた。

 

「ネプ……テューヌ……」

 

「ノワー……ル……」

 

 もはや液体を超えて固体になるほどの密度に至り、無数の蛇のような実体を持ったアンチエナジーに飲み込まれ、紫の女神と黒の女神は姿を消した。

 それでもお互いに手を伸ばし、しっかりと握り合いながら。

 

「アイアン……ハイド……」

 

「オプっち……」

 

 パートナーの名を呼びながら。

 

「ノワール! ノワールぅうう!! うおおおお!!」

 

 アイアンハイドはウォッシャー液を流して吼える。

 

「ネプテューヌ……」

 

 そしてオプティマスは、茫然とアンチエナジーの結界を見ていた。

 何が起こったのか理解できないと言わんばかりに。

 

「お、お姉ちゃん……!」

 

 廃棄物処理場の荒れた大地に墜とされたネプギアは、息も絶え絶えに姉を呼ぶ。

 だがその目の前で、三角錐の結界から光が失われる。

 まるで、女神たちの命の火が消えてしまったかのように。

 

「いやぁああああああッ!!」

 

 あらん限りの声で、ネプギアが啼く。

 

「―――――!!!!」

 

 その声に呼応するように、バンブルビーが咆哮しメガトロンに最後の攻撃を試みる。

 だがメガトロンはよけようともしない。

 力無く胸板を叩くに終わった拳のお返しに、右腕のチェーンメイスの鉄球部分を直接手首から生やす形にして、小柄な情報員の顔に渾身の力で叩き込む。

 バンブルビーは爆発したかのような音を立てて十数メートルも吹き飛ばされ、仰向けに倒れてピクリとも動かなくなった。

 

「……実際の所」

 

 メガトロンは動かないバンブルビーを見て静かな声を出した。

 

「貴様たちは頑張ったよ。賞賛に値する。俺がいなかったことを差し引いてもな……」

 

 そこに、いつものような嘲笑は一切なかった。

 

「だが、希望は尽きた」

 

  *  *  *

 

 果てしない闇の中。

 ネプテューヌの意識は夢の中のような酩酊感に包まれていた。

 

 ――どこだろう、ここ……

 

 生き物のように蠢く暗黒が辺りを取り巻いている。

 

 ――わたし、死んじゃったのかな……

 

 そうおぼろげに思考したとき、どこからか心臓の鼓動が聞こえてきた。

 

 ――ううん、違う。

 

 その鼓動は、自分の胸の中から聞こえているのだ。

 ネプテューヌの命は、いまだ息づいていた。

 

 ――でも、どうして? シェアエナジーはもう、とどかないはずなのに……

 

 そのとき、気が付いた。

 両の手のひらに流れ込んでくる、シェアの熱に。

 

 ――あったかい……

 

 それは、ノワールだ。

 反対側にはベールもいる

 二人の先にはブランの存在を感じた。

 自分も含めた四人の女神が、無明の闇の中で輪を描くように手を繋いでいる。

 

 かつてプラネテューヌの教祖イストワールは言った。

 シェアエナジーとは信頼の力だと。

 

 四人の女神はお互いが強く信じていた。

 それが、シェアとなって四人を支える。

 いや、彼女たちだけではない。

 少し遠くに、大きなシェアを感じる。

 

 しなやかだが強かさを併せ持つジャズ。

 冷たく見えて、本当は暖かいミラージュ。

 大きく包み込むような感じのアイアンハイド。

 そして、だれよりも強く輝いているのはオプティマス・プライム。

 女神たちと強い信頼で結ばれたオートボットたちだ。

 

 彼らの存在が、彼らの信頼(シェア)が、女神たちを守っているのだ。

 

 ――そっか…… そうなんだね……

 

 互いの強い絆が、互いを支え合い、助け合う。

 

 ――わたしたち……!

 

  *  *  *

 

 嗚咽を漏らすネプギアを前にして、マジェコンヌは邪悪にほくそ笑み、勝ち誇る。

 

「何もかも遅すぎたなぁ、だがそう悲観するな。すぐに同じ所へ逝かせてやる」

 

 そして武器を大きく振り上げた。

 

「どす黒い絶望の縁へなぁ!」

 

 そのとき、結界内部の闇の中で光が輝いた。

 

 一つ、二つ、三つ、……四つ!

 

 同時に、アンチスパークフィールドに倒れるオートボットたちの体から虹色の光が発せられた。

 

 マジェコンヌの武器が大上段から振り下ろされる。

 だが立ち上がったネプギアは、再び手にM.P.B.Lを再構成しそれを受け止めた。

 ネプギアの女神の力とマジェコンヌのアンチエナジーがぶつかり合い、電撃となって二人を包む。

 

「お姉ちゃんは…… お姉ちゃんたちは!」

 

 ネプギアは吼える。

 ユニも、ロムも、ラムも気が付いた。

 姉たちはまだ死んではいないことに。

 

「はああああ!!」

 

 地面に踏ん張ったネプギアは、翼を再発生させてマジェコンヌを押し返す。

 

「お姉ちゃんたちはまだ戦ってる……!」

 

 決然とネプギアは言った。

 

「アタシたちだって……!」

 

 ユニが立ち上がり、長銃を手に取る。

 

「絶対に……!」

 

「負けない……!」

 

 ロムとラムも支え合って立ち上がる。

 四人の体が虹色の輝きだす。

 

「あなたたちを倒します……!」

 

 ネプギアはマジェコンヌを真っ直ぐに見据える。

 

「全身全霊を…… 私たちの全てをかけて!!」

 

 虹色の光は四人を中心に渦を巻き、やがて広がって行く。

 減衰することなく、どこまでもどこまでも。

 

「こ、これは、シェアエナジーの共鳴!?」

 

 マジェコンヌがその光景を見て驚愕の声を上げる。

 突然の異変に、メガトロンをはじめとしたディセプティコンたちも戸惑いを隠せない。

 デバステーターは辺りを包む光の発生源を叩き潰すべく、移動を始めようとする。

 

「まてよ、デカブツ……!」

 

「おまえの相手は俺らだろうが……!」

 

 その両の手を押し上げる者たちがいた。

 誰あろう、踏み潰されたはずのスキッズとマッドフラップだ。

 女神候補生たちが戦おうというのに自分たちが寝ているわけにはいかない。

 その身体は虹色に輝いている。

 二人は自分の何十倍もあるはずのデバステーターを持ち上げる。

 デバステーターが両手に体重をかけて押し潰そうとしてもビクともしない。

 

 有り得ない!

 

 デバステーターの単純なブレインサーキットを混乱が支配する。

 さらに全ての重量と力を両腕に込める。

 これなら生意気な双子は一たまりもないはず。

 

 だが、飛来したもう一組の双子がその自信を打ち砕く。

 

 先手を切ったロムが杖を大きく掲げる。

 

「ノーザンクロス!!」

 

 遥か上空から、四つの巨大なエネルギー球がデバステーター目がけて降り注ぐ。

 エネルギー球同士は強力な光線で結ばれ、それが絶大な破壊力をもたらす。

 無敵のはずの合体兵士は、大きな悲鳴を上げてのけ反る。

 その隙にスキッズとマッドフラップは掌の下から抜け出した。

 それでもデバスターターは倒れることなく、この異常な事態になんとしても双子たちを抹殺すべく大口を開けて ヴォルテックス・グラインダーを起動する。

 全てを飲み込む台風が、スキッズとマッドフラップの体を引き寄せる。

 可能ならデバステーターはほくそ笑んでいたであろう。

 

「アブソリュートゼロ!!」

 

 だがラムの極大氷結魔法が、巨躯の怪物に襲い掛かる。

 絶対零度の凍結エネルギーのその前に無数の機械の集合体であるデバステーターが凍結していく。

 当然ヴォルテックス・グラインダーを発生させている機構も例外ではない。

 無数のミキサーは回転を止め、風が止んでいく。

 その正面にオートボットの双子が雄々しく立っていた。

 

「気張れよマッドフラップ! 正念場だぞ!!」

 

「ああ、スキッズ! これで決めてやる!!」

 

 スキッズは右腕を、マッドフラップは左腕を掲げ、それをクロスさせる。

 すると掲げられた腕がギゴガゴと音を立てて組み合わさり、巨大な砲身を形作る。

 まるでメガトロンのフュージョンカノンのように。

 その異様な迫力に、デバステーターはオプティックを大きく見開く。

 だが、氷漬けになった巨獣は逃げることはおろか、開いた大口を閉じることもできない。

 

「「これで止めだぁあああ!!」」

 

 その砲身から電気がほとばしり、電磁誘導によって加速した砲弾が合体砲から発射され、デバステーターの大口に飛び込み、内部機構を破壊しながら直進し、背中を突き抜けてそれでも止まらずに飛んで行った。

 その代償とばかりに、合体砲は自身のエネルギーに耐え切れず爆発を起こし、片腕を失ったスキッズとマッドフラップはその場に倒れ込む。

 だがデバステーターの被害の被害はそれどころではない。

 体内をメチャクチャに破壊された合体兵士は断末魔を上げることもできずに崩れるように前のめりに倒れた。

 いや、比喩ではなくデバステーターは八つのパーツに崩れ、元のコンストラクティコンに戻った。

 あまりのダメージに合体を保てなくなったのだ。

 特に頭部を構成していたミックスマスターと、上半身を担当していたスカベンジャーのダメージは甚大で、二体はほとんど半身を失っていた。

 最強最大の合体兵士、デバステーターはここに敗れた。

 

「ば、馬鹿な…… デバステーターが!?」

 

 ブラックアウトが茫然と声を出した。

 崩れ落ちるデバステーターの姿はディセプティコンに少なからぬ動揺が走る。

 

「落ち着け兄者。もはや我らの勝利は目前……」

 

 義兄を諌めようとするグラインダーは、そこまでしか言葉を出せなかった。

 

「M.G.P!!」

 

 頭上に現れたユニが、とてつもない数の実弾とエネルギー弾を撃ってきたからだ。

 ブロウルの最大火力をも上回る、とてつもない爆発が巻き起こる。

 その中を凄まじいスピードでサイドスワイプが動き回り、虹色の軌跡を残してディセプティコンたちを切り裂いていく。

 バリケードのホイールブレード・アームも、ボーンクラッシャーの三本目の腕も、ブロウルの重火器も、ブラックアウトのプラズマキャノンもかすりもしない。

 グラインダーが普段の冷静さをかなぐり捨てて驚愕の極致で声を上げた。

 

「なぜだ! なぜこの弾幕の中をあんな速さで動き回って弾が当たらない!?」

 

 雨のように降り注ぐ、実弾とエネルギー弾。

 その中を動き回れば、被弾は免れないはずなのに!

 

 サイドスワイプは、自分は限界を超えて動いていることを理解していた。

 ジョイントが軋み、油圧パイプが悲鳴を上げる。

 回路が焼け付き、エンジンがオーバーフローを起こしている。

 だが、それでも止まるわけにはいかない。

 そして彼には、弾がどこに落ちてくるのか分かっていた。

 いや、違う。

 言葉では言い表せない感覚で繋がった黒い女神候補生が教えてくれているのだ。

 同時にサイドスワイプも、どう動くかを彼女に伝える。

 二人の攻撃は完璧な連携を描き、それは、舞踏にも似た一種優雅さえ兼ね備えた光景だった。

 弾幕と剣劇の壮絶なダンスの合間で、ディセプティコンたちは痛みと恐怖、混乱に悶え狂う。

 

 マジェコンヌは茫然と瓦解しゆく戦況を、広がっていく虹色の光を見ていた。

 その手の武器が、背中の翼が、ボロボロと崩れてゆく。

 

「アンチエナジーが…… 私の奇跡が、打ち消されていく……」

 

 あまりのことに我を忘れたマジェコンヌは敵に背を向けて飛び去ろうとする。

 恐怖だけが、頭の中を満たしていた。

 だが、それを紫の女神候補生が追う。

 

「絶対に逃がしません!!」

 

 姉を、仲間を、友達を傷つけたこの女を許すわけにはいかなかった。

 

「プラネティックディーバ!!」

 

 ネプギアの持つM.P.B.Lが凄まじい力を放出する。

 その斬撃が、容赦なくマジェコンヌに襲い掛かった。

 

「ぐわあああ!!」

 

 吹き飛ばされるマジェコンヌに、さらにM.P.B.Lから放たれたエネルギー弾が次々と命中し、武器が、翼が、女神から奪った力が砕けていく。

 そしてマジェコンヌの行き着く先はアンチスパークフィールドの中、彼女の野望の根源、アンチクリスタルの結界だ。

 結界に叩き付けられたマジェコンヌの目に、最大を超えてエネルギーをチャージしたM.P.B.Lの引き金を引く、ネプギアの姿が映る。

 

「……消えて!!」

 

 とてつもないエネルギーの奔流がマジェコンヌを結界ごと飲み込み、結界は大爆発のなかに砕け散った。

 

 メガトロンは冷静さを保とうとしていたが、それでも己の理解を超えたことが起こっているのを認めざるをえなかった。

 この戦況もそうだが、完全に打倒したはずの小柄な情報員が四肢に力を込めて立ち上がったことがだ。

 その全身から虹色のエネルギーが噴き出している。

 

「有り得ん……」

 

 その姿に、宿敵の姿が重なる。

 かつて声を奪ってやった若者が、何倍も大きく見える。

 

「有り得んぞ! こんなことは!!」

 

 破壊大帝メガトロンが、恐怖を感じるなど!

 両腕を組み上げてフュージョンカノンを、眼前の得体の知れない存在に向け発射する。

 

 おおおおおお!!

 

 バンブルビーは咆哮を上げて右腕のブラスターを撃ち放つ。

 二つのエネルギー弾が衝突し、とてつもない爆発が生まれる。

 バンブルビーとメガトロンは、その爆炎の中を突っ切っていく。

 両者の拳がぶつかりあい、そして……

 

 二人の右腕が砕け散った。

 

「おお! おぉお!? おおおおおッッ!!」

 

 有り得ない事態に、メガトロンが叫ぶ。

 だが、バンブルビーは怯まない。

 残った拳を、メガトロンの顔面に叩き込む。

 

 破壊大帝は二、三歩後ずさり、

 

 そして片膝をついた。

 

「おのれぇえええ!! 俺に膝をつかせおったなぁあああ!!」

 

 咆哮を上げるメガトロンは、それでも戦意を失わず残った腕を武器に変形させる。

 

「メガトロン様!!」

 

 そこに自身もダメージを負ったサウンドウェーブが駆け盛る。

 

「メガトロン様! 撤退ヲ!」

 

「撤退だと!!」

 

「コノママデハ全滅モ、アリ得ル! 撤退ヲ!!」

 

 オートボットを降したとしてもまだ女神候補生たちがいる。

 常時の冷静さをかなぐり捨てて叫ぶサウンドウェーブに、メガトロンはついに撤退を決意した。

 

「ディセプティコン、撤退! 撤退だあ!!」

 

「マジェコンヌ ハ、ドウスル?」

 

「放っておけ!」

 

 ディセプティコンたちはオートボットに背を向けて我先にと逃げていく。

 サウンドウェーブが信号を送ると、妨害電波を出していた電波塔が爆発し、その下に大きな穴が現れた。

 念の為用意しておいた抜け穴だ。

 

「ひ、ひぃいいい!!」

 

 フィールドに囚われていたスタースクリームは、フィールドが消滅するや真っ先に変形して飛び去った。

 

「運ぶのは嫌い……とか言ってる場合じゃないんダナ!」

 

 ダンプカーに変形したロングハウルが半身を失いながらも、まだスパークが消えていないミックスマスターを乗せ、残る四体がスカベンジャーを引きずっていく。

 

「兄者…… 置いていってくれ…… これ以上は迷惑をかけたくない……」

 

「何を言うか! 弟を助けるのが兄貴の努めだ!」

 

「……すまん」

 

 ブラックアウトはよりダメージの大きいグラインダーに肩を貸して脱出口に向かう。

 その足元をスコルポノックが心配そうに見上げながら追っていた。

 

「おーい! アタイも連れてってくれぇええ!!」

 

 敵のど真ん中に置いていかれては大変とリンダが声を上げるが、誰も目もくれない。

 だが、フィールドから解放されたクランクケースが黒塗りのバンの姿で、その前に駆けつけた。

 

「リンダちゃん、早く乗るYO!!」

 

「すまん、恩に着るぜ!」

 

 リンダが素早く乗り込むとクランクケースは走り出す。

 次々と穴に消えていくディセプティコンたちを、オートボットは見送る。

 もはや、オートボットにもほとんど余力はなかったのだ。

 

「おのれオートボットどもに女神ども! この借りはいずれ返すぞ……!」

 

 最後にサウンドウェーブがフィールドから解放された部下たちを回収して抜け穴に入るのを確認してからメガトロンは捨て台詞とともにエイリアンジェットに変形して飛び去っていった。

 

 戦いは終わった。

 だがそこに歓声はなかった。

 勝利の雄叫びも、祝砲もありはしなかった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 地上に降り立ったネプギアは茫然と呟いた。

 

「どこなの?」

 

 アンチスパークフィールドが存在していた場所には、巨大なクレーターができていた。

 そこに、女神たちの姿はない。

 オプティマスたちもいない。

 支えあうオートボットたちは顔を伏せ、女神候補生たちの表情が沈んでいく。

 

「ねえ、お姉ちゃん……」

 

 希望は果てたのか?

 全ては遅すぎたとでも言うのか?

 

「ここよ、ネプギア」

 

 だが、そうではなかった。

 ネプテューヌが、ノワールが、ブランが、ベールが。

 山の向こうから顔を出した朝日に照らされて、四人の女神がそこにいた。

 皆、変身した姿で宙に浮かんでいる。

 その下には、オプティマス、アイアンハイド、ミラージュ、ジャズ。

 解放されたオートボットの勇士たちが並んでいた。

 女神候補生の、オートボットの決死の戦いは無駄ではなかったのだ。

 

「「お姉ちゃん!」」

 

 最初にラムとロムがこらえきれず、二人揃って飛びあがる。

 

「会いたかったよぉ!」

 

「良かった……」

 

 二人は姉に抱きついて泣きじゃくる。

 

「子供みたいに泣くなって。……ごめんな、心配かけて」

 

 ブランは優しく、二人を抱き返した。

 

「ごめんね、お姉ちゃん…… 遅くなって……」

 

 ユニはどうしたらいいか分からずに、感情を押さえて声を出した。

 そんな妹に、ノワールは柔らかく微笑む。

 

「なに謝ってるのよ。だいぶ成長したじゃない。……ありがとう」

 

「お姉ちゃん……!」

 

 姉の言葉に溢れる感情を抑えきれずユニはノワールに抱きつく。

 そして、ネプギアとネプテューヌは空中で見つめ合う。

 

「お姉ちゃん、あのね! 私、私……」

 

「うん。頑張ったわね、ネプギア。……これからはずっと、いっしょにいるから」

 

 プラネテューヌの姉妹は涙を流し思いのたけを込めて抱擁を交わした。

 その苦難も、心痛も、今報われたのだ。

 抱きしめ合う姉妹たちを、ベールは微笑みながらもどこか寂しそうに見ていた。

 それに気付いたネプギアは、いったん姉の下を離れて緑の女神へ近づく。

 

「ベールさん!」

 

「え?」

 

 ネプギアは優しくベールを抱きしめる。

 

「お疲れ様でした」

 

「…………ありがとう」

 

 涙をこらえるように笑うベールを、ネプテューヌが一つ息を吐いて見ていた。

 

「まったく、今日だけだからね! ベール!」

 

 その顔はどこまでも晴れやかだった。

 

「どうだよミラージュ!」

 

「俺らのこと、ちったあ見直したか?」

 

 共に片腕のスキッズとマッドフラップは、得意げにミラージュに問う。

 ミラージュは何も言わずに、黙って二人の頭をグシグシと撫でた。

 双子のオートボットは照れくさそうに笑うのだった。

 

「まったく、随分と遅かったじゃねえか」

 

「おいおい、助けてもらっといてそれかよ!」

 

 アイアンハイドとサイドスワイプの師弟は憎まれ口を叩き合う。

 だが、黒いオートボットはフッと相好を崩した。

 

「だが、ありがとうな。……もう、一人前の戦士だな」

 

 頑固な師匠の思いがけない言葉に、若き戦士はオプティックからウォッシャー液が流れてくるのを止められなかった。

 ニカッと笑うアイアンハイドは弟子の背中をバシバシと叩くのだった。

 

「バンブルビー、我々が危機を脱せたのは、みなおまえのおかげだ」

 

「『司令官』……」

 

 オプティマスは優しい笑みを浮かべてバンブルビーをねぎらう。

 

「あ、あ、うあああああ!!」

 

 自身の声で泣きながら若き臨時指揮官は、本当の司令官に抱きついた。

 

「やれやれ、やっと大人になったと思ったら、まだまだ甘えん坊だな!」

 

 ジャズがからかうような声をだして、バンブルビーの頭を撫でてやる。

 ラチェットも、アーシーも、レッカーズも皆それを見て笑い合うのだった。

 

 女神たちも、女神候補生も、コンパとアイエフも、そしてオートボットたちも、みな満身創痍だ。

 それでも、全員満足そうに笑い合い、称え合う。

 長い夜は明けたのだ。

 

 かくして、ズーネ地区における戦いは女神とオートボットの大勝利に終わったのだった。

 

  *  *  *

 

 時として、若者は周りの者が予想もつかないような成長を見せる。

 今回がまさにそれだった。

 一つの戦いが終わり、若者たちは一つ大人になった。

 そしてマジェコンヌの野望は私たちにかつてない危機をもたらしたが、同時に我々と女神の信頼を再確認させてくれた。

 若者の成長と、女神との信頼。

 この二つがある限り、我々は希望を失うことはない。

 

 私の名はオプティマス・プライム。

 

 ゲイムギョウ界での女神と我々との日々は、まだ始まったばかりだ。

 

 ~Robots in Gamindustri~ 了

 




ある日のこと、いつもどおりハーメルンの日間ランキングを覗いていたら、やたら見慣れたタイトルが……

( ゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚)

マジでこんな状態になりました。
これも読者の皆さんのおかげです!
本当にありがとうございます!

次回はディセプティコン側の短い話になり、そして次章になります。
ご意見、ご感想、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 命

本当に短いお話。
敗者にも残されていた希望。


 紫の女神候補生が初めて女神化を果たしたころ。

 メガトロンが師と呼ぶ何者かに呼び出されていたころ。

 

 ここはディセプティコンの秘密基地。希望の間と呼ばれる幼生の孵化室。

 ドーム状の空間の中央に鎮座するトランスフォーマーの卵の塊は、相も変わらず青く明滅を繰り返している。

 天井に描かれた壁画には、この遺跡、名をガトレットン遺跡の先住民が描いた物らしい女神の壁画が卵を見下ろしていた。大きな翼を背負い、頭からは二本の角が生えた恐ろしげな姿の女神だった。

 メガトロンに卵を見ているように言われたキセイジョウ・レイだが、本当に見ている以外にやることがない。

 だいたいのことはコンピューターがやってくれるし、何かあってもドクターとフレンジーが対処する手はずで、 レイはいるだけと言うのが正直なところだった。

 それでも、メガトロンの命令だからということもあって、真面目に卵を見守っている。

 

「あの、フレンジーさん」

 

 機械を操作しているフレンジーに、レイはふと思ったことを聞いてみた。

 

「メガトロン様が卵を孵そうとしてるのって……」

 

「そりゃ、軍団を強化するためだろ。こんだけの数がいれば、大きな戦力になるからな」

 

 フレンジーの答えはシビアなものだった。

 

「ああ、やっぱり……」

 

 だが、レイは理に適っていると納得したものの、それだけではないとも思った。

 でなければ、あの優しい表情の説明がつかない。

 

「あ~あ、それにしても俺も出撃したかったぜ。なんせこれだけの大作戦、なかなかあるもんじゃないや」

 

「あはは……」

 

 残念そうなフレンジーに苦笑しつつ、卵に視線を戻す。

 

「しかし、レイちゃんも真面目に卵見てるよな。飽きないの?」

 

「飽きませんね。結構楽しいですよ」

 

「ふ~ん」

 

 興味を失ったのか、フレンジーは機械に向き直る。

 

「まあ、コンピューターが管理してるし、何かあることなんてないだろ。のんびりやろうや」

 

 軽く言うフレンジーに頷いて答えとする。

 レイの見ている前で半透明の卵の中の幼体たちがモゾモゾと動いていた。

 見る者によっては嫌悪感をおぼえるかもしれない光景だが、レイはそんなことはまったくなかった。

 こうして見ると、ディセプティコンも幼い時代は可愛いものだ。

 と、レイは卵の塊の上のほうへ視線を移したとき、気が付いた。

 

 卵の一つにヒビが入っている。

 

「フレンジーさん! フレンジーさん!!」

 

「なんだよレイちゃん? 大声出して」

 

「あそこ! あの卵を見てください!」

 

 必死なレイの様子に、訝しげに卵の塊を見上げたフレンジーが固まった。

 

「げえッ! 卵が割れかけてる!」

 

 声を上げると、急いで機械を操作してさらに声を上げた。

 

「孵化しかけてる!」

 

「ええ!? で、でもまだ先のはずじゃあ!」

 

 レイは慌てる。

 メガトロンは確かに言っていたのだ。

 卵が孵るのはまだ当分先の話だと。

 しかし、卵のヒビはだんだんと広がっていく。今にも割れそうだ。

 まさかの事態にレイとフレンジーはオロオロとするしかない。

 こういうとき頼れそうな医療担当のドクターは別の部屋に待機している。

 

「と、とにかく俺、ドクターを呼んでくる! レイちゃんは卵を見ててくれ!」

 

「ちょ、ちょっとフレンジーさん!?」

 

 フレンジーはレイが止めるのも聞かず、走って部屋の外に出て行く。

 通信で呼べばいいということも失念しているらしい。

 

「一人にしないでくださいよぉ……」

 

 不安げな声を出すレイ。

 だが、そんなこととは関係なく卵は彼女の見ている前で、割れた。

 その中から金属製の未熟な胎児が、人間にとっての羊水にあたる液体エネルゴンを纏って現れる。

 トランスフォーマーの幼体は、初めて触れる外の世界に戸惑うように一つ鳴くと卵から這い出す。

 そして、重力に従い兄弟である他の卵の上を滑って下へと落ちていく。

 硬直しているレイの眼前へと。

 床に落ちた幼体はキュルキュルと声を出し、眩しげに小さなオプティックを瞬かせて、手足をパタパタと動かす。

 だが、どの動きも酷くぎこちない。

 体も、他の胎児たちがすでにレイと同じくらいの大きさなのに、この幼体はその半分ほどしかない。体色もくすんだような鈍色だ。

 明らかに未熟児だ。孵るのが早すぎたのだ。

 

「……ッ!」

 

 茫然としていたレイは思わず幼体に駆け寄り、その体をオズオズと撫でる。

 幼体の表面はヌルヌルとした液体エネルゴンに覆われ、その下にどこか金属でできた、だがどこか有機的で不思議に温かい肌があった。

 レイの見ている前で、幼体は苦しげにキィキィと鳴き、その身体から急速に熱が失われていく。

 未熟な状態で外界に出たことで、その命は儚く失われようとしていた。

 

「そんな!」

 

 声を上げるレイの脳裏に、メガトロンの言葉が蘇ってきた。

 

 ――これは…… 希望だ

 

 ――我らの故郷サイバトロンから失われし命の源オールスパーク。それが産み落とした最後の子供たちだ

 

 ――確かに、『俺たち』は長い戦いの果てに故郷を滅ぼした…… だからこそ、その責任のためにコイツらを生かしてやらなければならん

 

 破壊の権化として振る舞うメガトロンが、不器用ながらも優しさを垣間見せた。

 野望よりも、憎悪よりも、優先していた。

 その希望の一つが、ついえようとしている。

 無垢な命が消えてしまう。

 

 何か、何かないのか!? この子を救う方法は!

 

 考えても分からない。

 己の無力さに涙が流れてくる。

 

 何かあるはずだ。何か……!

 

 ズクリと、頭が痛んだ。

 どこか、体の内側に得体の知れない力が渦巻いているのをレイは感じた。

 

 あるじゃないか……

 

 この力を使えば、雛を助けることができるはず。

 そのとき、レイは奇妙な感覚に囚われた。

 自分の中にもう一人自分がいて、自分同士で言い合っている

 そのもう一人のレイは奇妙なことに、この部屋の壁画に描かれた角のある女神によく似ていた。

 

 『やめろ、その力を使うな! それは来る日のために温存しておいたんだぞ!』

 

 ――関係ないわ。この子を助けるほうが先よ!

 

 『そいつを? この、醜い、金属の塊を? 馬鹿馬鹿しい!』

 

 ――だって、そうしなければ死んでしまうもの!

 

 『関係ないね』

 

 ――この子は、希望なのよ!

 

 『メガトロンのな! こいつだって大きくなれば、メガトロンみたいな恐ろしい怪物になるんだ!』

 

 レイを見つめる幼体のオプティックが、ゆっくりと閉じていく。

 

 ――でも、今はまだ無力な子供なのよ!

 

 『だめだ! この力は復讐のために…… 私がどれだけ長い時間待ったと……』

 

 幼体は小さく排気して、冷たくなっていく。

 

 ――だめ! 死なないで!

 

 それだけが、頭の中を、胸の内を、魂を満たす。その瞬間もう一人のレイは消え去った。レイは自分の中に渦巻く力を幼体に押し込める。

 意識が真っ白になり、レイはパタリと倒れた。

 

  *  *  *

 

 女神候補生とオートボットの奇跡のような大反撃に打ち負かされたディセプティコンたちは、どうにか基地のある島まで辿り着くことに成功した。

 基地に続くトンネルの中を全員で歩く。

 コンストラクティコンたちは瀕死のミックスマスターとスカベンジャーを何とか運び、ダメージの少ないドレッズも意気消沈している。

 メガトロン直属部隊も体は動くものの、ダメージは大きい。

 道中は全員、終始無言だった。

 だがその全員が、スタースクリームに非難がましい視線を送っている。

 さすがのスタースクリームも喚く気にならないらしく、黙って歩き続ける。

 片腕を失ったメガトロンは、一団の先頭を歩きながら黙考を続けていた。

 

 今回、オートボットと女神を九分九里、追い詰めていたのだ。

 自分が指揮を離れたのもある。

 マジェコンヌが調子に乗ったのもある。

 スタースクリームが盛大にやらかしたのもある。

 それでも、女神候補生と残されたオートボットに勝ち目はなかったはずなのだ。

 だが、女神候補生たちはその潜在能力を発揮し、オートボットたちまでもが限界を超える力を見せた。

 そしてこの結果である。

 数の上では、ディセプティコンはオートボットに勝っている。総合的な戦力でもしかり。

 共鳴によってシェアエナジーをもたらす女神の存在だけが、あちらにあって、こちらにないものだ。

 

「やはり、必要ということか ……我々の女神が」

 

 誰にともなくメガトロンは呟く。

 元々、そのつもりだったのだ。

 マジェコンヌの計画に乗ったのも、オートボットを倒せるのならそれで良かったというだけの話。

 本来の策に立ち返るとしよう。

 まずは師がもたらすはずの『例の物』を手に入れなくては……

 

 今後の方針をとりあえず胸中にて決め、硬く閉ざされた鋼鉄の門扉を開けて、メガトロンは基地の中へと入った。

 

「めめめ、メガトロン様ぁあああ!!」

 

 すると奥からフレンジーが飛び出してきた。

 

「たたた、大変なんです!!」

 

「まあ、待て。こちらも大変なのだ。……ドクター!!」

 

 騒ぐフレンジーをなだめ、医療担当を呼びつける。

 

「ははは、はいぃいい!!」

 

 通路の奥からドクターが、カサカサと走ってきた。なぜか声がうわずっている。

 

「見てのとおり、怪我人だらけだ。重症者から優先的に直せ」

 

 そして、さすがに小さくなっているスタースクリームに視線をやる。

 

「そこの馬鹿は、一番最後にしろ!」

 

 怒りを滲ませるメガトロンに、航空参謀は身を縮こまらせる。

 

「はい、分かりました! ではまずメガトロン様から……」

 

「聞こえなかったのか? 重症者から直せと言ったぞ」

 

 メガトロンは自分の体によじ登ろうとするドクターにピシャリと言い放つ。

 一瞬、ドクターはビクリと体を震わせ、それからメガトロンの破壊された腕と不機嫌そうな顔を交互に見る。

 そしてミックスマスターとスカベンジャーのほうへ向かって行った。

 ステイシス・ロック状態の二人をチェックするドクターと、それを補佐するハイタワーを見ながら、メガトロンはもう一人か二人くらいトランスフォーマーを修理できる奴が欲しいなと考えていた。

 ドクターとハイタワーは、問題はあれど優秀だが、いかんせん二人だけだと今回のような事態に対応しきれていない。

 やはり、行方不明の科学参謀を探さねばならないか。

 あと、この際人間でもいいから優秀な奴を見繕おう。

 そこまで考えて、待っている間も落ち着きなく体を動かしてたフレンジーに向き直る。

 

「それで? 何が大変なのだ?」

 

「そそそ、そうなんです! レイちゃんが! レイちゃんが!」

 

「レイがどうかしたのか!?」

 

 そう声を上げたのはメガトロンではなくボーンクラッシャーだ。

 メガトロンはそれを視線で黙らせ、フレンジーに先を促す。

 

「レイちゃんが! って言うか卵が! 雛が!!」

 

 要領を得ない言葉からでも、何となく事態が察せた。

 孵化室に置かれた卵に、異変が起きたのだ。

 メガトロンは弾かれたように走り出した。

 それをフレンジーと消沈していたスタースクリーム、平時よりさらに無口だったサウンドウェーブ、とりあえず レイが心配なボーンクラッシャーとついでにバリケードが追う。

 

「なんで通信切ってたんですかぁあああ!?」

 

 走りながら泣き叫ぶフレンジー。

 そう言えば戦闘中は通信を切っていたと思いだし、メガトロンは己の迂闊さを呪う。

 あの女を卵に付けたのは、卵になんらかの影響を与えると考えたからだ。

 だが、こうも早く結果が出るとは……

 

 まったく、今日は厄日だ。

 

 そう思っていたところで、孵化室の前に到着し、その地獄門のような扉を蹴破るようにして開ける。

 そこには変わらず佇む卵の塊と、機械群。

 

「あはは、顔舐めないで! くすぐったい!」

 

 そして幼体と戯れるレイの姿があった。

 

 面食らったのも無理はない。

 

 揃って鳩が豆鉄砲喰らったような顔になるディセプティコン破壊大帝と部下たち。

 そんな一同に気が付いて、レイは顔をそちらに向ける。

 

「あ、お帰りなさいメガトロン様…… って、腕がないじゃないですか! 大丈夫なんですか!?」

 

「あ、ああ、問題ない。それよりこれは……」

 

「ああ、そうでした! 生まれましたよ、メガトロン様! 元気な子供です!」

 

 そう言ってレイは、かたわらの雛を示す。

 雛の体はレイの半分ほどしかなく、銀を中心に青と黒からなる美しい体色をしていて、頭には未発達ながら二本の角がある。円らなオプティックは鮮やかな赤だ。

 この時期に孵化したのなら未熟児のはず。生命活動さえままなるまい。

 なのに、実に元気そうである。

 大きさはともかく、肌の色つやは健康的だし動きも滑らかだ。

 自分が留守の間に、いったい何が起こったというのか。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 

「生まれたか……」

 

 破壊大帝メガトロンの口をついて出たのはそんな言葉だった。

 

「生まれたか……! そうか、そうか……! 頑張ったな……!」

 

 そのブレインサーキットが、よく分からない感情に満たされ、メガトロンは普段の傲慢不遜な彼を感じさせないオズオズとした手つきで、幼体に残った腕を伸ばす。

 しかし自分の指では、小さく脆い雛を傷つけてしまうのではないかと、触るべきかどうか迷ってしまった。

 そんな破壊大帝にレイはニッコリと笑うと、雛をメガトロンの傍に押す。

 首を傾げていた雛は、やがてメガトロンの伸ばされた指先を甘噛みしだした。

 メガトロンの顔が泣いているようにも笑っているようにも見える複雑な表情に歪む。

 居並ぶディセプティコンも、同じような表情をしていた。

 

「良かった、良かったなぁ……」

 

 自分本位で口の立つ航空参謀はそんな言葉しか出せなかった。

 

「…………」

 

 無口無感情な情報参謀は普段とは、まったく違う意味で言葉に詰まっていた。

 

「うおぉおおおん! うぉおおおおん!」

 

 戦場では暴れ者のボーンクラッシャーも、今は脇目も振らずに大泣きしている。

 

「いや、何と言うか…… その、うん……」

 

 バリケードは得意の皮肉を言うことができなくなっていた。

 

「ううう……」

 

 何も言えずにフレンジーはウォッシャー液を流していた。

 

 普段は戦闘と破壊を何よりの喜びとし、今は宿敵に敗北して心身が傷ついている異形の金属生命体たちは、ただただ新しい命の温もりに打ち震えていた。

 そんな欺瞞の民たちを、レイは何も言わず見守っている。

 その顔には、慈愛に満ちた笑みが広がっていた。

 

 しかし、ふと気付いたようにたずねる。

 

「それで、作戦はどうなったんですか?」

 

 微妙に空気の読めない問に、ディセプティコンたちはそろって微妙な顔になるのだった。

 

  *  *  *

 

 どこか雪深い高山。

 吹雪が吹き荒れ、気温は常に氷点下という厳しい環境の中に、一つ有り得ない物があった。

 巨大な人型の像だ。

 周りを呆れるほど巨大な蛇のような物に取り巻かれ、筋骨隆々とした男性を思わせるその像は、奇妙なことに単眼だった。

 その姿は禍々しくもあり、またある種の神々しさも備えていた。

 いったい、いかなる文明がこんなところにこんな壮大な像を造ったのか。

 

 否。

 

 これは決して、ただの像などではない。

 中枢までも凍りついてこそいるが、この像も周りの蛇もとてつもない力を秘めているのだ。

 金属の像は何も語らず、ただじっと目覚めの時を待ち続ける……

 




そんなわけで第二章、Robots in Gamindustri(ロボット イン ゲイムギョウ界)完結です。

次章は、トランスフォーマー的なエピソード集のような感じで思いついたネタを好きなようにやってく章になり、原作アニメの本筋はしばらく進みません。
トランスフォーマー側だけでなくネプテューヌ側からも新キャラとゲストキャラが出る予定となっています。

実はこの物語、全五章(場合によってはもっと)を予定しています。
まだまだ先は長いので、お付き合いいただければ幸いです。

ご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Golden sleep(金色の眠り)
第28話 ゲイム・プレイ


~WARNING!!~

今回はネタ回にしてバカ回でありメタ回、そしてキャラ大☆崩☆回。
そんな回です。
カッコいいオートボットが好きな方はご注意ください。


 さて今日の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、プラネテューヌのオートボット基地、そのリペアルームから物語を始めよう。

 

 ズーネ地区での戦いを潜り抜けたオートボットたちは誰一人欠けることなく帰還することに成功したが、やはりと言うかその代償は大きく、損傷を直すために全員がリペアルームに入院することと相成った。

 特に、片腕を失ったバンブルビー、スキッズ、マッドフラップ、かなり無理をしたサイドスワイプには本格的なオーバーホールが必要だ。

 アンチスパークフィールドに囚われていた面々も、どんな悪影響があるか分からないので、やはり精密検査が必要ということである。

 ちゃっかり軽傷だったラチェットは早々に自分の修理を終えると、人間の技術者たちとともに、実にイキイキと修理にいそしむのだった。

 ホイルジャックとレッカーズ、アーシーも比較的ダメージが軽く、すでに退院済みである。

 

 そこで問題が生じた。

 トランスフォーマーも人間と同様、入院患者はとにかく暇なのである。

 女神たちが定期的にお見舞いに来てくれるとはいえ、やはり何もせずにいるのは辛い。

 

  *  *  *

 

「そんなわけで、第一回オートボット大ゲーム大会を開催する運びとなったわけだ」

 

『イエェエエエエイ!!』

 

 オプティマスが無駄に厳かな雰囲気を滲ませて言うと、主に若い面々+ジャズが盛り上がる。

 逆にアイアンハイドやミラージュはちょっと冷めた感じである。

 

「それで? なんのゲームをするんだい?」

 

 副官が聞くと、スキッズとマッドフラップが片方しかない腕を勢いよく上げた。

 

「はいは~い! 俺スーパーマーリョパーティがいいと思いま~す!」

 

「馬鹿言え、誰がそんな友情破壊ゲーやるか! F‐ZOROに決まってんだろ!」

 

 たちまち片腕で器用に殴り合い出す双子に、ミラージュが無言で拳固を落として黙らせる。

 バンブルビーも手を上げた。

 

「『イボンコの謎』『が良いと思います!』」

 

「いや、だめだろそれ。あれ開始三秒で死ぬんだぞ……」

 

 冷静にサイドスワイプが突っ込みを入れる。

 

「『じゃあ』『スベランカー』『か』『ドラゴンズアレ』『で……』」

 

「死にゲーばっかじゃねえか! なんなのそのラインナップ!?」

 

 歴史的迷作を次々と挙げるバンブルビーに、サイドスワイプは思わず声を荒げる。

 何が悲しくて、永遠とステージ1でミスらなきゃならんのか?

 ちなみに彼らがゲームに詳しいのはパートナーの影響である。

 

「好きにやってろよ。俺は休んでるから」

 

「同じく」

 

 アイアンハイドとミラージュが我解せずとリペア台に横になる。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「いや、二人にも参加してもらう」

 

 オプティマスが厳しい声で言った。

 

「は!? いやしかし……」

 

「命令だ!」

 

「「アッハイ……」」

 

 なおも反論しようとするアイアンハイドに、オプティマスは命令まで繰り出してゲームをさせようとする。

 二人はそう言われると素直に頷くしかなかった。

 

「……それで? 何のゲームをやるんだよ?」

 

 嘆息混じりにアイアンハイドが聞くと、オプティマスは平静に声を出す。

 

「それについてだが……」

 

 オプティマスは自信に満ちた声を出す。

 

「私 に い い 考 え が あ る !」

 

 その言葉に、付き合いの長いアイアンハイドとジャズは、これダメなやつだと思考するのだった。

 

  *  *  *

 

「超次元ゲイム ネプテューヌ?」

 

 副官の声に、オプティマスはウムと頷く。

 

「なんでも、ネプテューヌたち女神をモチーフにしたゲームで、ネプテューヌが主人公のRPGらしい」

 

 聞きかじった知識を披露するオプティマス。

 

「これを期に、より彼女たちのことを理解するためにも、このゲームを皆でやってみようじゃないか!」

 

 そう言われれば、オートボットたちはなるほどと思う。

 取りあえず、ゲーム機にディスクをセットして起動させる。

 ここで読者諸兄は疑問に思うだろう。

 はたして、長い時間のかかるRPGを、ゲーム大会という限られた時間の中でできるものなのかと。

 だが、その心配は無用である。

 なぜならトランスフォーマーたちは、自分の回路にゲーム機を直結することで、通常では有り得ない超高速でのゲームプレイが可能になるのだ。

 もちろん、この能力は当作品のオリジナルである。

 

 閑話休題。

 

 そんなワケで、オートボット一同はネプテューヌシリーズの記念すべき第一作、『超次元ゲイム ネプテューヌ』をプレイし始めるのであった。

 

「おお、オープニングは5pbなのか!」

 

「『流星のビヴロスト』、無名時代の曲だが、彼女の代表曲とも言われる名曲だ」

 

 興奮するサイドスワイプに、ジャズが説明する。

 今のオートボットたちの状態を説明するなら、同じ視界を共有しながらチャットで会話しているような感じだろうか。

 オープニングの後、代表してオプティマスがトップバッターでニューゲームを開始する。

 女性の重々しい声が、世界観の説明を始めた。

 それを聞いていてスキッズが首を傾げた。

 

「あれ? この声いーすんか?」

 

「いや、プロの声優だそうだ。なんでも、声優は本人とよく似た声の持ち主をゲイムギョウ界中から探し出して起用したらしい」

 

 オプティマスが説明すると、双子はホーッと感心する。

 本当にイストワールの声にそっくりだ。

 しかし、語られる世界観は、何と言うか違和感のあるものだった。

 

「国じゃなくて大陸なんだな」

 

「っていうか話、重くねえ?」

 

 スキッズとマッドフラップが、それぞれ言う。

 

「まあ、あくまでもモチーフにしたゲームだからな……」

 

 自身を納得させるように総司令官が呟くが、その後も違和感は続く。

 妙に仲が悪く、ギスギスとした空気を漂わせる女神たち。

 なんか真面目で責任感のあるネプテューヌ。

 ツンデレどころじゃなく、ツンオンリー状態のノワール。

 むしろこっちがツンデレなブラン。

 ダメ度が本物よりかなり高いベール。

 ぶっちゃけてしまうと、コレジャナイ感がすごいのである。

 

「なぜだろう、違和感が酷い……」

 

「家のノワールはこんなんじゃねえぞ!」

 

「……誰だコイツ」

 

「ベールは、仕事はキチンとこなすんだが……」

 

 それぞれのパートナーの描かれ方に、文句の一つも出てくるオプティマス、アイアンハイド、ミラージュ、ジャズの四人。

 さらにはゲームシステムでも、モッサリした戦闘に鬼のようなエンカウント率。システムの要であるシェアがコンテニューすると絶対量が減るという謎の仕様。

 やっとゲームのトゥルーエンドに辿り着いたころには、歴戦のオートボットたちはグッタリとしていた。

 

「なんというか…… 不思議な魅力はあるんだが、他人には勧められない。そんなゲームだったな」

 

 ジャズの総括に、とりあえずみんな同意した。

 

「『他に』『どんなゲームが』『あるんです?』」

 

 バンブルビーが聞くと、オプティマスは平時の彼らしからぬ、少しオズオズとした様子で口を開いた。

 

「いや、このゲームの二作目なんだが……」

 

「でたの!? 二作目!」

 

「マジで!?」

 

「『いろいろ大丈夫!?』」

 

 スキッズ、マッドフラップ、バンブルビーがツッコミを入れる。

 正直、二作目が有るとは思ってなかった。

 しかし、あるもんはしょうがない。

 皆、顔を見合わせた。

 そして、せっかくだからとシリーズ第二作、『超次元ゲイム ネプテューヌmk2』を起動させる。

 

「オープニングはやっぱり5pb.なんだな!」

 

「これ、確かリーンボックスのライブで聞いた曲だな。『きりひらけ!グレイシー☆スター!』だっけか!」

 

 始まる軽快なオープニングテーマにスキッズとマッドフラップがウキウキと体を揺らす。

 そして本編。

 

「いきなり捕まってんのか。なんかこの前の事件を思い出すな……」

 

 女神が敗れ囚われるという衝撃の展開に、アイアンハイドはズーネ地区での戦いを思い出したらしく複雑な顔になる。

 

「『わーい!』ギ…ア『が主役なんだ~!』」

 

「ユニはいつ出てくるんだ?」

 

「ロム早く仲間になんないかな~」

 

「ラムは仲間になるときモメそうだな……」

 

 女神候補生が主役ということで、盛り上がるバンブルビーたち。

 システム周りも荒削りながらだいぶ改善されており、ストレスなくプレイできた。

 キャラクターもオートボットが知っているノリに近く、今回はみんなでワイワイとしながら楽しく遊んでいたのだが……

 

 現実時間にして数分後、オートボットの体感時間にして十数時間後。

 

「…………」

 

 オートボットたちは全員が沈み込んでいた。

 

 彼らに一体、何が起きたというのか!?

 

 その答えは、プレイしていたネプテューヌmk2にあった。

 オートボットたちは代わる代わる順番にプレイし、いくつかのエンディングまで辿り着いたのだが、その一つが問題だった。

 シェアがプラネテューヌに集中することで突入する、特殊エンディング。

 

 その名を支配エンドという。

 

 もう、名前の段階でイヤな予感しかしてこないこのエンディングとそこに至るまでの内容は、とてつもなく衝撃的だった。

 完全復活してしまった大ボスには、もはや女神たちでは勝つことは不可能。

 そこで、女神たちがすがったのは大ボスさえ倒せるという伝説の剣。

 だが、この剣は女神の命を奪うことで強くなっていくという魔剣だった。

 それゆえに、いままで仲の良かった女神たちは、最後の一人になるまで殺し合う……

 

「『ひどいよ、あんまりだよ、こんなのってないよ……』」

 

 茫然としたバンブルビーの呟きが、何もかもを現していた。

 

「クソが……」

 

「ユニ……」

 

 アイアンハイドとサイドスワイプが、パートナーの無残な最期に項垂れる。

 

「…………」

 

 ミラージュは何も言わず、顔を伏せていた。

 

「畜生…… ロムもラムも、まだちっけえんだぞ……」

 

「どうしてこんなことに…… 酷えよ……」

 

 スキッズとマッドフラップも、いつもの無邪気さを失っている。

 

「ベール…… 君は本当にそれで良かったのか? ベール……」

 

 ジャズはここにはいないパートナーに呼びかける。

 そして止めとばかりに、『ワザと』負けた大ボスが語る、この世界の末路。

 それは女神が一人となり競争のなくなった世界は、やがて腐敗して滅ぶということ。

 愕然とするオプティマス。

 

「なんてことだ…… これでは残された者たちも救われないではないか……」

 

 誰も何も言えなかった。

 楽しいゲームの場が一転、お通夜の如く重く沈んだ空気に満たされた。

 しばらく呆然としていたオートボットたちだが、最初に声を出したのはオプティマスだった。

 

「すまない皆…… 私がゲームをしようとか言い出したばっかりに……」

 

「いや、誰もこんな展開予想もできないさ……」

 

「どいつがこんなシナリオ考えたんだよ……」

 

 フォローを入れるジャズとアイアンハイドだが、暗い空気はいかんともしがたい。

 

「『とりあえず』『他にどんな』『ゲームがあるんです?』」

 

 それでも、バンブルビーが声を絞り出した。

 

「実は、あと一本あるんだが……」

 

 消沈した様子のオプティマスが言うが、ほとんどの者たちは反応する余力がない。

 

「これは、また後日にしよう……」

 

 総司令官のその言葉に皆同意するのだった。

 

  *  *  *

 

 そして後日。

 まだ入院状態のオートボットたちは、なんとかバッドエンド症候群から回復した。

 バンブルビーがお見舞いにきたネプギアを見てマジ泣きしたり、スキッズとマッドフラップが元気なロムとラムを見てやっぱりマジ泣きしたり、アイアンハイドが辛いことがあったら何でも相談してほしいとノワールに念を押したり、ジャズが俺は最後まで君の味方だからとベールに宣言したり、オプティマスがネプテューヌにひたすら謝ったり、通常通りに見えるミラージュもしきりにブランのことを気にしていたりしていたが、とにかく回復した。

そして皆、毒食わば皿までという決死の思いでこの日を迎えたのである。(ゲームするだけです)

 

「それで……」

 

 前回が前回だけにやたら緊張した面持ちで、アイアンハイドが口を開いた。

 

「今回はどんなゲームなんだ?」

 

 その問にオプティマスは厳かに答える。変なノリだが気にしないでほしい。

 

「ああ、懲りずにネプテューヌシリーズだが、今回は外伝のような物だ」

 

「外伝?」

 

 ジャズの言葉に、オプティマスはウムと頷く。

 

「なんでも、今回はアクションゲームらしい。たくさんの敵を相手に、一騎当千の強さで暴れ回るそうだ」

 

 それを聞いて、オートボットたちはホッと排気する。

 とりあえず、前回のような不意打ちはなさそうだ。

 

「いわゆる無双系か……」

 

「『楽しそう♪』」

 

 サイドスワイプが呟くと、バンブルビーが期待を表現する。

 

「うむ、今回は人数分用意しておいたから、皆で遊ぼう!」

 

『おお~!!』

 

「よし、では起動!」

 

 部下たちの好ましい反応に、少しテンションの上がったオプティマスは勢いよくゲームを起動させた。

 

 そのゲーム、『超次元アクション ネプテューヌU』を。

 

「おお、今度のオープニングはノワールの声優さんか!」

 

「は~ん、上手いもんだな。ノワールの奴、歌は歌えたっけかな?」

 

 例によってオープニングテーマで盛り上がる一同。

 ジャズとアイアンハイドが感心した声を出す。

 

「なんか、今回は軽い感じのストーリーだな」

 

「まあ、外伝で無双系だしな。重いストーリーやられても困んだろ」

 

 首を傾げるマッドフラップに、したり顔でスキッズが答える。

 最初は女神たちを、続いて女神候補生を操作してとりあえず、操作の感覚を掴み、より難しいクエストへと挑んでいく。

 この段階でオートボットたちは、自分のパートナーを操作キャラに選らんだ。

 楽しくプレイしていた一同だが、スキッズが何かに気付いた。

 

「なあ、この左端のマークなんだ? だんだん赤くなってんだけど」

 

「ホントだ。体力ゲージじゃない、SPでもないし、エグゼドライブゲージでもねえなぁ」

 

 マッドフラップも疑問を口に出す。

 一同は疑問に思いつつもプレイを続ける。

 

 そして、その時はやってきた。

 

 オプティマスの操作するネプテューヌが、モンスターの一撃をよけそこなってしまいダメージを受けた、そのときである。

 

『見えちゃうー!!』

 

 ネプテューヌの服が破れて、その柔肌と下着が露わになったのである!!

 

 思わず唖然とするオプティマスは操作を放棄してしまい、ゲーム内のネプテューヌはモンスターにボコスカに攻撃されて哀れゲームオーバーになった。

 

「……ほ、ほわぁあああ!?」

 

 しばらくしてからようやくオートボット総司令官の口をついて出たのは、意味のない叫びだった。

 

『やめてぇえええ!!』

 

「ギ…ア…!?『くぁwせdrftgyふじこlp』!?」

 

 それだけでなく、他のオートボットが操作する女神や候補生たちも次々と服が破れていく。

 弾ける肌色、眩しい白(何とは言わない)声にならない叫びを上げるオートボットたち。

 阿鼻叫喚とはこのことか。

 

「おい! おまえらノワールではやるなよ! 絶対やるなよ!!」

 

「ふざけんな! ロムとラムはまだ子供だぞ! それをこんな……!」

 

 アイアンハイドとスキッズが怒りの咆哮を上げる。

 断っておくと、これは一般販売されているゲームソフトである。

 つまり不特定多数が女神たちのあられもない姿を目撃しているわけで……

 

「ちょっとこのゲーム買った奴、斬ってくる」

 

「おおお、落ち着けって! な、な!」

 

 物騒なことを言い出すミラージュをマッドフラップが必死になだめる。

 そんななか、沈黙を保っている男がいた。

 オートボットの戦士、サイドスワイプだ。

 

「おい、サイドスワイプ! おまえも何とか言えって!」

 

「『どったの?』『冷静か?』『俺は冷静だ。熱く燃え盛るほどにな』」

 

 怒り冷めやらぬスキッズと、混乱から回復しきっていないバンブルビーがサイドスワイプにたずねるが、サイドスワイプはウンともスンとも言わない。

 

「サイドスワイプ……?」

 

 さすがに妙に思ったスキッズが心配そうな声を出す。

 だが。

 

「……ガハァ!!」

 

「サイドスワイプが(鼻から)エネルゴンを噴いた!」

 

「謝れ! 右○さんに謝れ!!」

 

 よく分からないことを言い出すスキッズとマッドフラップ。

 

「ち、違うんだ! これは違うんだ!」

 

 それを後目に、サイドスワイプは鼻からエネルゴンをダクダクと流しながら言葉を続ける。

 

「誤解しないでくれ、これは決してユニの半裸に興奮した的なアレではないんだ。露出度低めなところが逆にエロいとか思ったわけでは断じてないんだ!」

 

「『説得力ゼロなんですが、それは……』」

 

 バンブルビーが呆れて言うと、サイドスワイプは必死になって否定する。

 

「ち、違うし! これはこないだのダメージが鼻に出ただけだし!」

 

「いやもう、ぶっちゃけっちまえよ…… 男らしくないぜ……」

 

「多分読者の皆さんも、薄々感づいてるだろうから。な?」

 

 完全にジト目のスキッズとマッドフラップの言葉にも、サイドスワイプはうんとは言わない。

 そんな弟子を何とも言えない表情で見ているアイアンハイドに、ジャズが声をかける。

 

「で、実際のところどうなんだ? サイドスワイプとユニは」

 

「ん~? まあ、惚れた腫れたに首突っ込むほど野暮でもねえよ。そういうのは本人らが解決する問題だろ…… どんな結果に終わるにしてもな」

 

「違いない」

 

 恋愛はあくまで本人たちの問題である。

 第三者が過度に干渉していい問題ではない。

 というか、いまさらだけどトランスフォーマーと人間(女神だけど)の恋愛ってどうなんだろうか?

 ちなみに作者は大いにありだと思っている。

 いいじゃないか、巨大ロボ×美少女。

 

 閑話休題(ごめんなさい)

 

「つうか、おまえはどうなんだよ? 相方がゲームで脱いでることに、なんか思うところはないのか?」

 

 アイアンハイドの言葉にジャズは苦笑する。

 

「ま、所詮ゲームだからな。魅力っていう意味じゃ本物には遠く及ばないし」

 

 余裕綽々のジャズに、アイアンハイドはそんなもんかと頷く。

 さて、ショックから回復したオプティマスはと言うと。

 

「すまない、皆。またしても失敗だった……」

 

 非常に落ち込んでいた。

 

 結局この後、ラチェットに見つかり、しこたま説教された上でゲームは没収されたのだった。

 

  *  *  *

 

 同じころ、オートボットたちがそんな馬鹿なことをやっているとは露知らず、ネプテューヌ、ネプギア、アイエフ、コンパの四人はプラネテューヌ市街を見下ろせる丘にピクニックに来ていた。

 捕まっている姿が全世界に晒されたことで、シェアの急速な下降もあり得ると思われたのだが、実際にはそこまで酷いことにはならずシェアはあまり下がらなかった。

 ただし、プラネテューヌに限って言うなら、相変わらずゆるやかな低下傾向にはあるのだが……

 オプティマスに言わせれば、女神と国民との間にある信頼は、女神たちが思う以上に強固な物だったということなのだそうだ。

 僅かに失われたシェアを取り戻すことも女神たちは忘れない。

 ベールはオートボットの技術を利用した例の体感型ゲームを一般向けに販売して大きな支持を受け。

 ルウィーではブランが販売したブラン&ミラージュ饅頭が大ヒットを飛ばし。

 ノワールはユニとともにモンスター退治に精を出し、失われた以上のシェアを軽く稼いだ。

 かくして、ゲイムギョウ界は概ね元通りになったのであった。

 

「しかし……」

 

 アイエフは、コンパ特製のサンドイッチを美味しそうにパクつくネプテューヌを半眼で見ていた。

 

「ネプ子も変わらないわよね……」

 

「ん~?」

 

 その言葉に、ネプテューヌは口の中の物を飲み込む。

 

「あんな目にあって、少しは気合入るかと思ったら、ピクニック?」

 

「逆だよ、逆! あんな目にあったからこそ、毎日がエブリディなのー!」

 

「意味がわからないわ……」

 

 呆れたようなアイエフに、平常運転で答えるネプテューヌ。

 まあ、そんなところも彼女の魅力なのは、アイエフも認めているのだが。

 と、そこへ近づいて来る者がいた。

 さらにその後ろを小さなラジコンのモンスタートラックが付いて来る。

 

「お、おい、お嬢ちゃん! じっとしてなきゃダメだろう! おいってば! おい、このリトルモンスター! 聞いてんのか!?」

 

 奇妙なことに、そのラジコントラックからは何者かが喚き散らす声が聞こえてくる。

 しかし、前を行く『お嬢ちゃん』は止まらない。

 やがて、その『お嬢ちゃん』はネプテューヌたちの座っている場所の近くにやって来た。

 

「あーーーー!!」

 

 そしてネプテューヌを指差し大声を出した。

 その声に、ネプテューヌたちが何事かと振り向く。

 声の主である『お嬢ちゃん』は5~6歳くらいの女の子だった。

 金髪に青い目の整った容姿だが、可愛さよりも元気さのほうが目立つ雰囲気をしていた。

 黄色と黒の縞模様の子供服を着ている。

 

「な、なに、この娘?」

 

「さ、さあ?」

 

 面食らうネプテューヌとネプギア。

 しかし、その女の子は満面の笑みで指差すのをやめない。

 

「こんぱ! あいえふ!」

 

 女の子の言葉にアイエフとコンパは戸惑う。

 

「って、ええ?」

 

「誰……です?」

 

 なぜなら、二人ともこの女の子とは初対面で、名前を知っているはずがないからだ。

 困惑する一同をよそに、女の子は天真爛漫に笑う。

 その足元ではラジコントラックがギゴガゴと音を立てて小さな小さなロボットになると、この世の終わりのような顔をするのだった。

 




もはや、言うべきはこれのみ。

本当にごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 ショックウェーブの再生

祝・トランスフォーマーアドベンチャー放送開始!!
……しかし、自分はアニ○ックスと契約してないので、ネット配信待ちです。
早く見たい!


 ある登山隊が、その雪山アイツクルマウンテンの山頂付近でそれを発見したのは偶然だった。

 足元を滑らせ、少し本隊を離れてしまった隊員が、山影に佇むその像を発見したのだ。

 こんな場所に、こんな物が有り得るはずはない。

 アイツクルマウンテンは万年雪に覆われ気温は常時氷点下、頻繁に吹雪が吹き荒れるゲイムギョウ界でも指折りの高山なのだ。

 文明の跡など有り得ようはずがない。

 しかしとにかく、大発見だ。

 無事合流した隊員たちはこの偶然を喜び合い、登頂に先駆けてその像の前で写真を取るのだった。

 その写真が、ある種の存在の強い興味を引くとは知らずに。

 

  *  *  *

 

 メガトロンは司令部の玉座に腰かけ、これからの策を練っていた。

 雛が生まれてきた以上、彼らのためにもより多くのエネルギーが必要だ。

 シェアクリスタルを得られればそれに越したことはないが、当面は無理だろう。

 『例の物』を手に入れたいが、師がどこに送ったのか分からない。伝えてくることもないだろう。師はそういう方だ。

 

「は~い、ごはんよ~♪」

 

 玉座の傍らではこのたび育児担当に任命されたレイが雛に液体エネルゴンをスプーンにすくって与えている。

 雛はキュルキュルと未熟な発声回路を鳴らし、おいしそうに液体エネルゴンを飲みはじめた。

 この雛、やたらレイに懐いており、彼女が長時間離れると大声で泣き出すのだ。

 レイはレイで雛に愛着があるらしく、この任命を快く受けた。

 このことについて卵の育成を担当していた某航空参謀が地味に傷ついていたが、それはまあどうでもいい。

 さてどうしたものかと、修理を後回しにしている……さすがにエネルゴン漏れは止めたが……右腕の断面をさわりながら思考する。

 

「失礼スル」

 

 そこへ、情報参謀サウンドウェーブが司令部に入ってきた。

 

「サウンドウェーブか、どうした?」

 

 主君の問いに、サウンドウェーブは簡潔に答えた。

 

「ショックウェーブ ガ発見サレタ」

 

「なんだと!?」

 

 その言葉にメガトロンは声を上げる。

 大声に驚いて、雛が泣きだした。

 

「ああ! 泣かないで~!」

 

 それをなだめるレイが非難がましい目つきで見上げてくる。

 メガトロンは一つ咳払いのような音を出すと、サウンドウェーブに近づいていく。

 

「それで、本当だろうな?」

 

 声を小さくしてたずねるメガトロンに、サウンドウェーブは部屋の中央の円卓に組み込まれたホログラム発生装置を起動させる。

 そこには、防寒装備に身を包んだ数人の人間が笑顔で並んでいる写真が映しだされた。

 だが重要なのはそこではない。その後ろにそびえる巨大な金属の人型がメガトロンの興味を引いた。

 単眼に水牛のような角、そして周囲を取り巻く長大な何か。

 

「間違いないぞ! ショックウェーブだ!!」

 

 凍りついているとはいえ、久々に見る科学参謀の姿にメガトロンは喜ばしい声を上げた。

 しかしやっと泣き止んだ雛がまた泣き出し、レイは顔をしかめる。

 しょうがないとメガトロンはサウンドウェーブを伴って司令部を出た。

 

「それで、今は誰が動ける?」

 

「ドレッズ ハ問題ナク。直属部隊ノ、バリケード、フレンジー。コンストラクティコン ノランページ ハ、動ケル。……後、スタースクリーム モ、スデ二回復シタ」

 

 腹心の部下の答えに、メガトロンは難しい顔になった。

 ズーネ地区の戦いでいろいろと盛大にやらかしたスタースクリームを連れていくのは不安だ。

 しかし前回の戦いのおりにダメージが大きい者は、大半はまだリペア中だ。

 オートボットもすでに動き出しているだろう。

 奴らに先を越されれば、科学参謀の回収は非常に難しいものになるはずだ。

 

「……背に腹は代えられん。動ける者全員で、ショックウェーブを回収に向かうぞ」

 

「了解」

 

 主君の決断に、忠実なる情報参謀は一つ頷くと兵士たちに招集をかけるべく歩き出す。

 だが、ふと振り返った。

 

「メガトロン様」

 

「なんだ?」

 

「育児スペース ノ増設ヲ提案スル」

 

「……そうだな」

 

 司令室で育てるのは限界がある。

 少し名残惜しいが、しょうがない。

 

  *  *  *

 

 アイツクルマウンテン。

 北国ルウィーのそのさらに北方の海のそばにそびえ立ち、万年雪に覆われ、山頂付近は常に氷点下、おまけに頻繁に吹雪くという険しいことこの上ない高山である。

 女神たちとオートボットたちはこの山の麓に来ていた。

 今は天気も良く、太陽が針葉樹林を照らしている。

 

「それでは、これから我々はショックウェーブを確保するため、山頂を目指す」

 

「おお~!!」

 

 オプティマスの宣言に、ネプテューヌが元気よく答えた。

 今回のメンバーは、四女神とパートナーのオートボット。

 そして他のメンバーに先駆けて退院したスキッズとマッドフラップ、それにくっ付いてきたロムとラムだ。

 もちろん幼いロムとラムがついて来ることは、みんな反対したのだが、他ならぬ姉のブランがOKをだしたのだ。

 曰く、「大丈夫。ある意味地元だから」だそうだ。

 当然ながら、女神たちは防寒具に身を包んでいる。

 

『腕の調子はどうだ? 二人とも』

 

 居残り組の一人、ラチェットが通信してきた。

 その言葉に、スキッズとマッドフラップは新しい腕をブンブンと振り回す。

 

「おうよ! 前より調子がいいみたいだ!」

 

「へへ、早く試してみたいぜ!」

 

 双子の腕はリペアついでに強化されており、本来イレギュラーな合体砲を正式な機能として組み込んでいる。

 これで威力は落ちるものの負荷で爆発するようなことはなくなった。

 

『しかし、あまり無理はしないように』

 

 はしゃぐ二人をラチェットが制する。

 と、通信にまだリペア中のバンブルビーが割り込んできた。

 

『『司令官!』『気をつけてくださいね!』『また』『捕まらないでくださいよ!』』

 

「ああ、バンブルビー。そのときはまたよろしく頼む」

 

『『もう』『臨時指揮官は』『こりごりだよ』』

 

 軽口を言い合うオプティマスとバンブルビー。

 ズーネ地区での戦いは、二人の関係にも少し変化をもたらしたようだ。

 

「ネプギアも、お留守番お願いね!」

 

 ネプテューヌが自身のインカム型通信機でネプギアたちに声をかける。

 

『うん! でも気をつけて……』

 

『ねぷてぬー!!』

 

 突然、ネプギアの声をさえぎって幼い声が聞こえてきた。

 

「こーら、ぴーこ! ねぷてぬじゃなくてネプテューヌだって言ってるでしょ!」

 

『ねぷてぬ、ねぷてぬー!』

 

 言い間違えられて訂正を求めるネプテューヌだが、幼い声の主は一向に直す気配はない。

 

『はやくかえってきて! あそんで!』

 

「はいはい。何か、お土産持って帰るから、おとなしくしててね!」

 

『わーい! おみやげ、おみやげー!』

 

 嬉しそうな幼い声。

 単純なその思考にネプテューヌはヤレヤレと苦笑するのだった。

 

  *  *  *

 

「しかし、ピーシェだっけか? 何者なんだ?」

 

 山道を歩き出してしばらくたったころ、アイアンハイドがオプティマスに件の幼い声の主について聞いてきた。

 

「ああ、そろそろあの子が来てから二週間たつというのに、一向に手がかりなしとはな……」

 

 ジャズも少し難しい顔になる。

 ピクニックに出かけたネプテューヌたちが連れ帰った、幼い女の子。

 あの女の子がどこから来たのか、なぜアイエフやコンパのことを知っていたのか、そしてどうして小さなディセプティコンを連れていたのか。

 本人が幼いこともあって、皆目見当もつかなかった。

 唯一分かったのが、下着に書かれていたピーシェという名前だけ。

 連れていたディセプティコン、名をホィーリーにしても上役にピーシェに張り付いているよう命令されただけで実際のところは何も知らないらしい。

 その上役にしても、さらに上の者から命じられ、さらにその上司も…… と、ようするに永遠とたらい回しにされた仕事が最終的に一番下っ端、つまりホィーリーに押し付けられたということのようだ。

 いと悲し、縦割り社会。

 

「オプティマス、なぜあのディセプティコンを生かしておくんだ?」

 

 ミラージュが怪訝そうに、小ディセプティコンを殺さないと決めた総司令官にたずねる。

 オプティマスは部下の疑問に決然と答えた。

 

「我々はディセプティコンではないからだ。戦う力も意思もない者の命を奪うのは、オートボットのやりかたではない」

 

 あのホィーリーなるディセプティコンは、見ためによらない力があるでもなく、何か特殊な能力や技能があるでもなく、オートボットを出し抜く知恵もなく、さらには自分の何倍もあるような相手に噛みつく度胸もない。ついでに自爆装置や盗聴装置もない。

 ないない尽くしのザ・下っ端だった。

 そんな相手を破壊するのは、オートボット的ではないとオプティマスは考え、彼を捕虜として扱うことにした。

 もっとも、好戦的なレッカーズや割と容赦のないラチェットとアーシー、隙あらば分解調査を目論むネプギアに囲まれているのが、ホィーリーにとって幸運なことかは別だが。

 一応納得したらしいミラージュは、パートナーであるブランの隣を歩いていく。

 ふと、オプティマスは空を見上げた。

 そのセンサーが気圧の変化を敏感に捉える。

 

「雪が降りそうだな……」

 

  *  *  *

 

 女神とオートボットが登っているのとは、ちょうど反対の斜面。

 雪がしんしんと降るなか、一匹の白熊が得物を求めて歩いていた。

 何で白熊が雪山にいるのかとか、しかも海パンはいてサングラスしているのは何でかとかツッコんではいけない。

 とにかく、巨体の白熊は生まれつき体が大きく力も強かったので、いまやこの辺りの生態系の頂点に君臨し怖い物など飢え以外に有りようもない。

 そして見つけたのはアザラシだ。

 だから何で雪山にアザラシがいるのかとか考えてはいけない。

 不幸にも生態系の王に見つかってしまったアザラシは、必死になって逃げる。

 それを余裕に満ちた態度で追う白熊。

 やがてアザラシは、切り立った崖の上に追い詰められてしまった。

 白熊はよだれを垂らしてアザラシに迫る。

 と、その動きが止まった。

 崖の下から、異様な存在が顔を出したからである。

 それは灰銀色で金属製の悪鬼羅刹の如き恐ろしい顔だった。

 白熊とアザラシは弱肉強食的関係も忘れて唖然とする。

 顔が低く唸ると、白熊とアザラシは全速力で逃げていくのだった。

 

「まったく、忌々しい天候だわい!」

 

 メガトロンは隻腕にも関わらず軽々と崖をよじ登る。

 さらに、スタースクリームとサウンドウェーブをはじめとしたディセプティコンたちも崖の下から姿を現す。

 ついでにリンダもクランクケースに抱えられて現れた。

 

「しかし何で、飛んで行かないんですかい?」

 

 スタースクリームが当然の疑問を口にする。

 この場には、メガトロン、スタースクリーム、ハチェット、飛行可能な者が三体もいるのだ。

 

「コノ山ノ上空ハ、強イ磁場二覆ワレテイテ、我々ノ センサー ヲ狂ワセテシマウ。加エテ、吹雪ガ非常二発生シヤスイ。飛行スルノハ、危険」

 

 それに答えたのは不機嫌そうに体に纏わりつく雪を払うメガトロンではなく、サウンドウェーブだった。

 

「そういうことだ。分かったら黙って歩け」

 

 山頂の方角を見るメガトロンがピシャリと言い放つ。

 

「へいへい、分かりましたよ」

 

 不満げながらもスタースクリームは従う。

 

「よし、ではディセプティコン軍団(登山的な意味で)アタック!」

 メガトロンの号令にディセプティコンたちは登山を開始した。

 

 *  *  *

 

「すっすめ~! すっすめ~!」

 

「のぼっれ~! のぼっれ~!」

 

 ロムとラムは元気よく歌いながら、だんだんと傾斜がきつくなってきた山道を進んでいく。

 すでに辺りは雪で覆われていた。

 

「元気ね、あなたの妹たち」

 

 モコモコとした防寒具に身を包んだノワールが、同じく防寒具を着こんだブランに話しかける。

 空を飛んでいければ早いのだが、とにかく寒く吹雪が起きやすいこの山を、女神化状態の薄着で飛ぶのは自殺行為だ。

 

「言ったでしょ? ここはある意味、ロムとラムのホームグラウンドなのよ」

 

 ブランのその答えに、ノワールは苦笑する。

 

「ああ、それにしてもいいですわねえ。ブランには二人も妹がいて。どうでしょう、一人くださいませんこと?」

 

 ロムとラムのことを羨ましそうに見つめながら、ベールがとんでもないことを言い出した。

 

「断固、拒否するわ」

 

 ブランは素敵な笑顔で断言するのだった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンたちが山を登り始めてからしばらくたつと、本格的に吹雪いてきた。

 

「寒い……」

 

「このままじゃ、俺ら冷凍ディセプティコンになっちまうぜ……」

 

 口々に弱音を吐くバリケードとフレンジー。

 すでに気温は零度を下回っていた。

 そもそも金属生命体は、寒さには弱いのである。

 

「ガウ、ガウガウ?」

 

「ありがとなハチェット。アタイはダイジョブさ」

 

 防寒具姿のリンダにハチェットが心配そう鳴き声を出す。

 リンダはまだ平気そうだ。

 体を震わすスタースクリームはさっそくメガトロンに進言する・。

 

「メガトロン様、帰りましょうよ…… ショックウェーブなんか、ほっときゃいいじゃないですか……」

 

「そう言うわけにはいかん。今の我らにはショックウェーブの頭脳と力が必要なのだ。それなくして我らの勝利はない」

 

 メガトロンは航空参謀の不満を封じる。

 ショックウェーブにはそれだけの価値がある。

 強力な戦士であると同時に優秀な科学者でもある科学参謀の存在は、これからの戦いに必要不可欠だとメガトロンは考えていた。

 しかし、これ以上自分の地位を脅かされる……と、本人は思い込んでいる……のが気に食わないスタースクリームはさらに文句を続ける。

 

「ショックウェーブならああだ、ショックウェーブならこーだ、ショックウェーブがご立派なのはよぉく分かりましたよぉ……」

 

「ショックウェーブこそは理想的な兵士だ。勇敢でしかも忠実、第一出しゃばらん。……誰かと違ってな」

 

 冷たいメガトロンの言葉にカチンときたスタースクリームは、腕をミサイル砲に変えて即時発砲しようかと思ったが、やめた。

 今はサウンドウェーブがそばにいる。

 さすがに二対一はキツイ。

 

 吹雪は、さらに強くなってきていた。

 

  *  *  *

 

「さーむーいー!!」

 

 吹雪が吹き荒れるなか、ネプテューヌが叫んだ。

 防寒着にも限界という物がある。

 加えて、傾斜もかなりきつくなってきており、すでに女神たちはオートボットたちに抱えられて山を登っていた。

 

「みんな、これくらいの寒さで情けないわね~!」

 

「うん、全然寒くないよ……(にこにこ)」

 

 ロムとラムを除いて。

 双子の女神候補生は寒さに震える女神たちや雪が張り付いているオートボットたちとは違って、すごく元気である。

 

「いやこれやばいよ! すでにギャグで済むレベルを通り越して寒いよ!」

 

 わりと真剣に騒ぐネプテューヌに、オプティマスは真面目に頷く。

 

「そうだな。寒さをしのげそうな所は……」

 

 オプティマスが各種センサーを働かせる。

 

「この先に洞窟があるようだ。そこで吹雪をやり過ごそう」

 

 その場の全員、誰も反対するはずもなかった。

 ロムとラムも元気いっぱいに歩き出す。

 

「おまえら、いくらなんでも元気過ぎだろ……」

 

「寒くないのかよ……」

 

 人間臭く肩を抱いたスキッズとマッドフラップが、力無くツッコムとロムとラムはやはり元気に答える。

 

「ぜんぜん! なんていうか、むしろ元気がわいてくるっていうか!」

 

「実家のような安心感っていうか!」

 

 女神候補生の双子の言葉に、オートボットの双子は顔を見合わせる。

 そして、スキッズが呆れた声を出した。

 

「まったく、二人は生粋の雪山登山家(アイスクライマー)だな」

 

 つまりそういうことである。

 

  *  *  *

 

 洞窟の中は案外広く、オートボットたちも入ることができた。

 オートボットたちは近くで拾ってきた木の枝を積み上げて火をつけ、女神たちのために暖を取ってやる。

 金属生命体にとっては、この程度の熱は何の慰めにもならないが、女神たちにとっては貴重な命の火だ。

 とりあえず火の周りに円陣を組むようにして座る女神たち、その周りでオートボットたちも少し休憩する。

 やがて少しウトウトしてきた女神たちを、オートボットたちは火の番は自分たちがしているからと眠らせてやるのだった。

 

「しかしあれだな……」

 

 女神たちが全員寝静まったのを確認してからアイアンハイドが小さく声を出した。

 

「こうしてると、普通のガキにしか見えないんだがな……」

 

 寝息を立てるノワールに、そっと毛布を掛けてやる。

 

「どうしたんだよ、アイアンハイド?」

 

 彼らしくないしんみりした声に、ジャズが訝しげな顔をする。

 アイアンハイドは深い排気を吐いた。

 

「いやなに、子供なのに国なんてデカいもん背負うことになるなんて、どうかと思ってな」

 

「彼女たちは女神だからな」

 

 オプティマスが厳かに言う。

 ゲイムギョウ界に生きる者なら、この一言で納得しただろう。

 だが、幾多の戦場を潜り抜けてきた兵士であるアイアンハイドはそうはいかない。

 

「そこだよ、俺が気になるのは。……なあ、女神ってのは、いったい何なんだ?」

 

 その疑問に、金属の巨人たちは訝しげな顔になる。

 

「シェアエナジーが一つの所に集まって生まれてくる存在で、シェアを力の源としている国の統治者…… そこまでは分かる。じゃあ、シェアってのは何だ?」

 

 アイアンハイドがそう言うとジャズが難しい声を出した。

 

「確かに、信仰や信頼みたいな感情が、具体的な力として現れるってのは、俺たちの常識を超えてるな」

 

 人知を超えた力を持つのは、トランスフォーマーとて同じだが、彼らは彼らなりの現実に則した力しか持っていない。

 しかし、女神の持つシェアエナジーと共鳴することでそれを超える力を発揮できる。

 

「それにズーネ地区での一件からするに、俺たちもシェアエナジーを持ってたことになるな」

 

 ジャズは顎に手を当てて考え込む。

 マジェコンヌとの戦いでは自分たちのシェアがアンチエナジーに飲み込まれた女神たちを守った。

 つまりそれは、トランスフォーマーもシェアを発しているということだ。

 

「……女神は、国民から得たシェアを国……この場合は環境だろうか?……に加護という形で還元する。それが無ければ土地は荒廃し、人心は荒む」

 

 オプティマスはイストワールから聞いた言葉を反芻する。

 女神なき場所はそもそも人が住む環境として成り立たない。例えばこのルウィーなら、もっと寒さが厳しくなり全てが雪と氷で閉ざされる。

 だから、人々は加護をもたらす女神を信仰し、女神はシェアエナジーを発する人間を守る。

 それがゲイムギョウ界における、国の有りかただ。

 

「そしてなぜ、トランスフォーマー(我々)女神(彼女たち)は似ているのか……」

 

「似ている?」

 

 その言葉にジャズが首を傾げると、オプティマスは頷いた。

 

「ともに姿を変える能力を持つ。環境に適した擬態と、戦闘に適した真の姿と」

 

 アイアンハイドとジャズは顔を見合わせた。

 それは考え過ぎではないか?

 だが、オプティマスは言葉を続ける。

 

「私は、女神たちの出会ったことに、どこか運命的なものを感じる。彼女たちと信頼を結ぶことはとても重要なことなのだと……」

 

 その言葉に、オートボットたちは頷く。

 話の内容を理解できていないスキッズとマッドフラップも、それは分かったらしい。

 だが、ミラージュはどこか憮然としている。

 

「俺は、ディセプティコンを倒すために女神と組んでいるだけだ」

 

「ミラージュ、意地を張るのはよせ。おまえもすでに気づいているはずだ。おまえ自身がすでにパートナーのことを大切に思っていることに」

 

 でなければ、ズーネ地区での戦いであれほどのシェアを生み出すことはできなかったはず。

 それに答えず、ミラージュは立ち上がると洞窟の外へ歩いて行った。

 

「どこへいく?」

 

「少し外を見てくる」

 

 総司令官にそれだけ言って、ミラージュは洞窟を出て行った。

 

「……素直じゃないね。あいつも」

 

「照れてるだけさ」

 

 アイアンハイドがヤレヤレと排気すると、ジャズも苦笑した。

 ミラージュの背を見送りながらオプティマスはブレインサーキットの内で思考を続ける。

 メガトロンのシェアクリスタルに対する執着。

 共鳴する女神とトランスフォーマー。

 結果的に世界に生命をもたらすシェアエナジー。

 それらは、ある一つの可能性を示していた。

 

 この世界に、オールスパークが存在するのではないか?

 

 いや、オールスパークが失われた時期と、ゲイムギョウ界に初めて女神が現れた時期は重ならない。記録に残る女神の出現のほうが、あのタイガーパックスの戦いより前だ。

 だがそれでも、この奇妙な符合を無視することはできない。

 

 いずれは調べねばならないな……

 

 できればそれが、オートボットと女神の関係に悪い結果にならないことを、オプティマスはオールスパークに祈らずにはいられなかった。

 

  *  *  *

 

 一面白い景観の中に立つと、真っ赤なミラージュは凄まじく目立った。だが本人は気にしない。

 各種センサーは近くにディセプティコンやモンスター、注意すべき存在の気配を感じなかった。

 さらにセンサーの感度を上げ、近くに怪しい影がないか調べる。

 そして、洞窟の中から出てくる者に気が付いた。振り返らずに声をかける。

 

「何の用だ?」

 

「目が覚めちゃって……」

 

 それはブランだった。

 

「……中にいろ。この寒さはおまえら有機生命体には危険だ」

 

「大丈夫よ…… わたしも妹たちほどではないけど寒さには強いの。……隣、いいかしら?」

 

 ミラージュの隣に立ち、その顔を見上げるブラン。

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と受け取るわ」

 

「好きにしろ」

 

 ミラージュはそっけなく言うと索敵に戻った。

 しばらくお互いに黙っていたがブランの方から口を開いた。

 

「そう言えばあのとき、初めて名前で呼んでくれたわね」

 

「……あのとき?」

 

「わたしが、アンチクリスタルの結界に捕まったとき」

 

 訝しげなミラージュにブランは微笑む。

 

「緊急事態だったけど、少し嬉しかったわ。あなたときたら、わたしのことを名前で呼んでくれたこと、なかったから」

 

「なんだそんなことか……」

 

 ミラージュは深く排気した。

 その態度に、ブランは一転カチンときたらしく口調を荒げる。

 

「なんだよ! 人が素直に嬉しいってんだから、何か他に反応があるだろ!」

 

「……例えば?」

 

 言葉に詰まるブラン。

 

「た、例えばだな、その……」

 

「ブラン」

 

 出し抜けに、ミラージュが白の女神の名前を呼んだ。

 ハッとしてブランが赤いオートボットの顔を見ると、彼は顔を背けていた。

 

「……これでいいのか?」

 

「……ええ、満足よ」

 

 再びニッコリと笑うブラン。

 少しだけ落ち着かなげに、ミラージュは一つ排気するのだった。

 

  *  *  *

 

 吹雪もやみ、女神とオートボットが登山を再開したころ、別の斜面では。

 こんもりと積もった雪の小山が、突然爆発する。

 その中から体に着いた雪を振り払いながら出て来たのは、ディセプティコンの面々だ。

 吹雪のなか登山を敢行した彼らは、雪に埋もれていたのである。

 

「も~やだ! とても耐えられねえ!!」

 

 スタースクリームが絶叫するが、メガトロンは意にも介さない。

 

「馬鹿言ってないで歩け」

 

 それだけ言うと、山頂に向かって山肌を登り始める。

 バンの姿のクランクケースの中からは、リンダが姿を見せた。

 彼女はクランクケースに乗り込むことで急場をしのいだのである。

 

「ありがとなクランクケース、助かったぜ」

 

「別にどうってことないYO!」

 

 礼を言うリンダに、軽い調子で返すクランクケース。

 一方、スタースクリームは我慢の限界を超えたらしく喚き散らす。

 

「やいメガトロン! テメエに従ってたら皆氷漬けだ! ショックウェーブがそんなに大事か!?」

 

 スタースクリームの言葉に、メガトロンはゆっくりと振り向き、オプティックを危険に細める。

 

「登るのが嫌ならここに残れ。他の者もスタースクリームに賛同するなら残るがいい」

 

 それだけだった。

 怒声も暴力もナシである。

 黙って登山を再開する、その背が、むしょうにスタースクリームの勘にさわる。

 まるで、自分など眼中にないかのようではないか。

 

 借りにも、ナンバーツーたる自分を!

 

 スタースクリームの中でドロリとした感情が渦巻くが、それを封印しておく。

 今はまだそのときではない。

 ディセプティコンたちは次々とメガトロンに続く。スタースクリームに賛同してその場に残る者は誰もいなかった。

 だからスタースクリームもそれに続いた。

 

  *  *  *

 

 そして山頂付近。

 氷漬けのディセプティコン科学参謀は、変わらずそこにいた。

 長大な蛇のような物に取り巻かれ、この極寒の地で眠りの中にいる。

 それはまさしく古代の神像のような風情を醸し出し、ちょうど山腹の台のようになった部分に乗っていた。

 そこへ先に辿り着いたのは女神たちとオートボットたちだった。

 ネプテューヌが、氷漬けのディセプティコンを見てはしゃぐ。

 

「おおー! これが、ディセプティコンの幹部なんだね! あれだね、モノアイだと雑魚メカっぽい風情もあるね!」

 

「雑魚だなんてとんでもない。ショックウェーブは幾多のオートボットを葬り去ってきた恐るべき兵士であり、いくつもの危険な発明をしてきた危険な科学者だ」

 

 ネプテューヌのおふざけに、真面目に返すオプティマス。

 

「どうやら、ディセプティコンはまだ現れてないみたいね」

 

 ノワールは冷静に辺りを見回している。

 

「そのようですわね。それでこのアイスマンをどうしますの? 破壊します?」

 

「ええ~! それはやり過ぎじゃないかな! 眠ってる相手を攻撃するなんて、正義の味方のやることじゃないよ! ねー、オプっち!」

 

 どこか冷淡なベールの言葉にも、ネプテューヌは明るく呑気な調子だ。

 この前、あれだけの目にあったのにディセプティコンを憎んではいないらしい。

 その言葉にオプティマスは考える素振りを見せる。

 

「確かにそれはさけたい手段だ。だが、どうするにせよ、いったんコイツを山の下まで降ろさないとな」

 

 とりあえず皆それに同意する。

 

「では、ショックウェーブだけ基地に運ぼう。……そっちの『ペット』は残念だが破壊するより他にない」

 

 オプティマスは厳かに言うと、ショックウェーブを氷から削り出し、周りのペットを始末するべくエナジーブレードを展開する。

 だが。

 

「そうはさせんぞ、オプティマス!」

 

 地獄から響くかのような声が聞こえてきた。

 一同がそちらを向くと、女神とオートボットが登ってきたのとは反対側から、メガトロンが姿を現した。

 しかし、片腕は無残に破壊されたままだ。

 ディセプティコンの兵士たちも次々と登ってくる。

 

「メガトロン!」

 

「ショックウェーブは渡さんぞ、プラァァイム!!」

 

 吼えるメガトロンに、なぜか一瞬目を輝かせるベール。

 だが、そんなふざけている場合ではないのは明らかだ。

 

「ディセプティコン軍団、攻撃(アタック)!! ショックウェーブを守るのだ!!」

 

「オートボット迎え撃て!」

 

 突っ込んでくるディセプティコンに、オートボットが応戦する。

 

「この場で重火器を使えば雪崩が起こる可能性がある! みんな格闘と軽火器で戦うんだ!」

 

『了解!』

 

 オプティマスの号令に、オートボットたちは発砲を控える。

 

「そういやテメエにゃ、借りがあったYO!」

 

「見逃してやった借りなら、その首で払え」

 

 両手で棍棒を振りかざすクランクケースに、ミラージュが対峙する。

 振るわれる棍棒をよけ、クランクケースの腹を一閃で切り裂こうとするが、飛びのいてそれをかわしたクランクケースが、ミラージュの頭をかち割ろうと棍棒を縦に振るう。

 だがミラージュはブレードでそれを受け止めた。

 

「懲りずに潰されにきたか、チビども!」

 

「あのときとは違うぜ!」

 

「今度はオマエが痛い目見る番だ!」

 

 二丁拳銃を乱射してくるクロウバーに、スキッズとマッドフラップは正確に射撃をよけて向かって行く。

 ハチェットが咆哮とともに二人に飛びかかるが、問題なくヒラリとかわしつつ、ブラスターを撃ちこんでやる。

 

「わたしたちも行こう! ロムちゃん!」

 

「うん! ラムちゃん!」

 

 双子の女神候補生はそろって女神化すると、双子のオートボットを援護するべく飛んで行った。

 

「全身砲台みたいなわれじゃ、ここじゃ戦いずらいじゃろう!」

 

 ランページが飛びかかってきたが、アイアンハイドは冷静にそこらへんの石を拾い上げ、投げつけてやる。

 石は見事にランページの顔面に命中した。

 

「がッ!」

 

「重火器が使えなくても、戦いかたはいくらでもあるんだよ!」

 

 アイアンハイドは、さらに足の装甲からナイフを引き抜くと、ランページに向かって行く。

 一方、ジャズとサウンドウェーブは睨み合っていた。

 

「サウンドウェーブか、相手にとって不足はないな」

 

「黙レ、コノ口ダケノ、イカレ副官ガ!」

 

 先手を取ったのはサウンドウェーブだ。

 振動ブラスターでジャズを狙い撃つ。

 だがジャズは怯まずに素早く相手の懐に潜り込み、その胴に回し蹴りを叩き込む。

 

「グッ!」

 

「さあ、レッツダンス!」

 

 女神たちも、この状況で寒いとは言っていられない。

 すぐさま女神化してオートボットを援護しようとする。

 だが、その前に立ちはだかる者たちがいた。

 

「ここで通行止めだ」

 

「へへ、この世界での初陣だ! 派手にいくぜ!」

 

 それはバリケードとフレンジー。

 

「この前の借りを返してやる!」

 

 そしてリンダだった。

 

「あなた、まだメガトロンの手下をしてたのね……」

 

「あたぼうよ! こちとらディセプティコン下級兵だぜ!」

 

 呆れたようなネプテューヌに、リンダは得意げに返す。

 リンダはどこからか、マシンガンを取り出すと女神に向けて発砲する。

 だが、女神たちに障壁に阻まれてダメージを与えることはまったくできない。

 

「それでお終い?」

 

「もちろん違うさ」

 

 小馬鹿にしたようなノワールに答えたのは、リンダではなくバリケードだ。

 その腕のタイヤをブレードホイール・アームに変形させてノワール目がけて投擲する。

 飛び回ってそれをかわすノワールだが、そこにさらに手裏剣のような刃物が飛んで来た。

 間一髪かわすノワール。

 手裏剣のような刃物の出どころは、いつのまにか女神たちの下に潜り込んでいたフレンジーだ。

 

「へへへ、これでも食らいな!」

 

 さらに両腕を小型機関銃に変形させると、それと胸部から発射するカッターで女神たちを攻撃する。

 バリケード、フレンジー、リンダの攻撃は女神を倒すほど激しいものではないが、彼らの目的は女神の足止め。

 オートボットを援護させなければそれでいい。

 

「このリンダ様の攻撃で死にやがれ~!!」

 

 理解していないのもいるが。

 しかし、この下っ端とディセプティコン二体の攻撃はなかなかに厄介で確実に女神たちの足を止める。

 そして、メガトロンの相手をするのは、もちろんオプティマス・プライムだ。

 

「ここで部下とともに眠るがいい、メガトロン!!」

 

「ほざけ!!」

 

 メガトロンの回し蹴りをかわし、エナジーブレードで斬りつけるオプティマス。

 だが、その腕を掴んで斬撃を防いだメガトロンはオプティマスの体を万力の力で引き寄せ、強烈な頭突きをオプティマスの顔面に食らわせる。

 さらに膝蹴りを連続して総司令官の腹に撃ち込む。

 オプティマスはメガトロンの腕を振り払い、逆にその腕を両手で掴むと、一本背負いの要領で投げ飛ばす。

 巨体が宙を舞が、受け身をとってスピーディーに立ち上がる。

 奮戦するメガトロンだが、いかに破壊大帝といえども片手でオプティマス・プライムの相手は分が悪い。

 

「スタースクリーム! 何をしておる、手伝わんか!!」

 

 唯一戦闘に参加していない部下に、メガトロンが怒鳴りつけるがスタースクリームは答えない。

 

「へいへい、分かりやしたよお!」

 

 スタースクリームは背中のブースターを吹かして勢いよく飛び上がると、両腕をミサイル砲に変形させる。

 

「スタースクリーム! 貴様何を……」

 

「うるせえ! 大好きなショックウェーブごとお陀仏しやがれ!!」

 

 叫ぶと、氷漬けの科学参謀に向けてミサイルを一斉発射する。

 この場でミサイルが爆発すれば、雪崩が起きて両軍が壊滅することもあり得る。

 

「よせぇえええ!!」

 

 メガトロンが絶叫するが時すでに遅し、単眼のディセプティコンにミサイルが命中し轟音が響き渡る。

 

「ひゃ~はっはっはっは!! これでショックウェーブも永遠にグッドナイトォ!!」

 

 高笑いするスタースクリーム。

 女神も、オートボットも、ディセプティコンも、誰もが一瞬固まる。

 そして地鳴りが起こり出した。

 

 すわ雪崩か?

 

 誰もがそう思ったが次に起こった出来事は全員の予想を超えることだった。

 

「動いてる……」

 

 そう茫然と呟いたのは誰だったか。

 皆の見ている前で、科学参謀の周りを取り巻く蛇……巨大なドローンがゆっくりと蠢いていた。

 さらに、当の科学参謀も左手の指をゆっくりと動かし、その単眼に光が宿る。

 爆発による熱と衝撃で覚醒したのだ。

 

「ははは……」

 

 茫然としていたメガトロンの発声回路から、笑いが漏れてきた。その笑いは科学参謀の覚醒と呼応するようにだんだんと大きくなり、やがて哄笑へと変わった。

 

「フハハハ、ハァーッハッハッハッハ!! でかしたぞスタースクリーム!!」

 

 メガトロンの言葉に、当のスタースクリーム自身が唖然としている。

 破壊大帝は残された腕を大きく広げて、腹心の覚醒を喜ぶ。

 

「さあ、目覚めるがいい! 我が片腕、ディセプティコン科学参謀ショックウェーブよ!!」

 

 その声に応えるが如く、残った氷を割ってショックウェーブは完全に復活した。

 濃紫の筋骨隆々とした男性を思わせるボディに右腕の巨大な粒子波動砲。

 水牛のような角と、そして赤く光る単眼。

 その大きさはメガトロンに並ぶほどの巨体だ。

 威容な迫力を滲ませ、ショックウェーブは主君を見やる。

 

「メガトロン様。状況はどうなっているのですか?」

 

 その声は意外にも穏やかなものであり、前評判のような危険人物には思えない。

 

「ここはゲイムギョウ界だ! 我らは目的の次元に辿り着いたのだよ!」

 

 メガトロンが嬉しそうに言うと、ショックウェーブはその動向に警戒するオートボットたちと、空を飛ぶ女神たちを見回す。

 

「状況把握。メガトロン様、私めは今は本調子ではありません。論理的に考えてここはいったん退却するのが得策かと」

 

 穏やかに、平静に、撤退を進言するショックウェーブ。

 そしてそれにメガトロンは頷いた。

 

「そうだな。おまえがそう言うなら、そうしよう」

 

「英断に感謝いたします。……ドリラー」

 

 ショックウェーブは穏やかな声で主君を称えると、自分のドローンに指示を出す。

 こちらも完全に覚醒した巨大なドローン、ドリラー。

 その全貌は、巨大な環形動物(ミミズ)を思わせる金属生命体だ。

 大口の中には幾重にも円形シュレッダーが重なり、巨大な本体からは何本もの触手が伸びている。その先端は丸鋸状になっていた。

 ドリラーは巨大な頭を地面に突っ込むと、そこに穴を掘り始めた。この巨大なドローンはその姿から想像できるとおり、穴掘りを得意とし地下を超高速で移動できるのだ。

 長大な身体がメガトロンとショックウェーブを巻き込み、もろとも地面の下へと消えてゆく。

 

「また会おう、オプティマス、そして女神どもよ!」

 

 メガトロンは機嫌よさげに声を上げた。

 ドリラーの触手が伸ばされ、ついでとばかりにスタースクリームらディセプティコンたちを巻き取って回収してゆく。

 そしてドリラーは、ディセプティコンごと地下へと完全に姿を消した。

 

「なんということだ。ショックウェーブが蘇ってしまった……」

 

 警戒を解いたオプティマスは愕然として呟いた。

 

「これで、ディセプティコンが大幅に強化される可能性も出てきたな……」

 

 ジャズが珍しく深刻な様子で言う。

 ショックウェーブの科学力があればそれも十分可能だろう。

 

「大丈夫よ。私たちがいる限り、ディセプティコンの好きにはさせないわ。そうでしょ、オプっち」

 

 努めて明るく、ネプテューヌがオプティマスに声をかける。

 

「……そうだな」

 

 オプティマスはそう答えた。そう答えるより他になかった。

 思えばゲイムギョウ界を訪れてから初めての敗北だ。

 これからの戦いはより厳しくなっていくだろう。

 だが、女神とともにある限り、自分たちは負けるわけにはいかない。

 

 女神たちとオートボットたちを雲の切れ間から覗く太陽が照らしていた。

 




ついに復活したショックウェーブ。
しかし彼の初陣は次々回の予定です。
次回はノワールのストーカーが登場。
そして新たな女神が……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 ターゲットはノワール part1

例によって長くなったので分割。

追記:って気が付いたらUA20,000超えとったー!?


 夜のラステイション教会。

 

 ノワールは執務室の鍵を厳重に閉め、さらに通信機の電源を切る。

 これで誰も執務室に入ることができないだけでなく、アイアンハイドも通信してくることはできない。

 鼻歌を歌いながら踊るように歩き、姿見の前で止まる。

 

「やっと始められるわ♪」

 

 そう独り言を言うと、服を脱ぎ始める。

 

 いったい、何が始まるのか?

 

  *  *  *

 

 アイツクルマウンテンの戦いからしばらくして。

 ディセプティコンが不気味に沈黙を保っている今日このごろのこと。

 

「おおっと! 危ない、間一髪!」

 

 ネプテューヌは相変わらず、ゲームにいそしんでいた。

 オプティマスの影響で前より仕事するようになったネプテューヌはであるが、それで他の女神と同じ水準に達しているかと言うと、そうではない。

 極端な話、0が1になったからと言って、10には及ばないのである。

 つまり、相変わらずグータラ遊び呆けているのであった。

 

「ぴぃ、たいくつ! あそんで!」

 

 そこへ、金髪碧眼の5~6歳くらいの女の子が声をかける。

 ピクニックの最中に突然現れた、あの女の子ピーシェだ。

 しかし、ネプテューヌはゲーム画面から目を逸らさない。

 

「ねーぷーてーぬー!」

 

「だからぴーこ、何度も言ってるでしょ! ねぷてぬじゃなくてネプテューヌ!」

 

「ねぷてぬ、ねぷてぬ!!」

 

 ピーシェの呼びかけよりもゲームを優先するネプテューヌに、ピーシェは頬を膨らませる。

そして。

 

「てい!」

 

 ゲーム画面がいきなり消えた。

 

「ちょっとぉ! いきなり電源抜いちゃダメだってば!」

 

 ネプテューヌはコードを確かめるが、ゲーム機の電源はコンセントに刺さったままだ。

 

「あれ?」

 

 不信に思ってピーシェのほうを見ると、彼女は千切れたコード片手に笑っていた。

 ネプテューヌが慌てて確認すると、ゲーム機のコードが根本から千切れている。

 これはもう修復できそうにない。

 

「ねぷてぬ! あそんで!」

 

 そして、ピーシェはネプテューヌに飛びかかった。

 いやそんな生易しいものではない。

 角度、速度ともに十分であり、全体重を乗せたタックルだ。

 

「ねぷぅおおお!」

 

 それを腹で受けて悲鳴を上げるネプテューヌ。

 へたすると、いろいろリバースしかねない強烈な一撃だった。

 

 じゃれ合う(?)二人を見て、紅茶を飲むコンパは微笑んだ。

 

「ねぷねぷ、すっかり仲良しさんですね」

 

「というか、完全に翻弄されてるわね」

 

 一方隣に座るアイエフは少し呆れていた。

 

『まあ、仲が良いのはいいことだ』

 

 そのそばに投射された立体映像のオプティマスは少し重々しい声をだす。

 

「おい、ピーシェ! 踏むな、踏むなって!!」

 

 一方、ピーシェにくっ付いてきた小ディセプティコン、ホィーリーは今、その足元で右往左往している。

 無害だろうという判断に加え、ピーシェがペットのような感覚で気に入っているためこの場に入ることを許可されたのだ。

 もちろん、何かしたら分かってるなと含んだうえで、だが。

 

『だが、ディセプティコンが見張っていたからには何かあるかも知れない。気をつけておこう』

 

 厳かにオプティマスが言うと、一同は同意を示す。

 

「ピィパーンチ!!」

 

「ねぷぅううう!?」

 

 その後ろでは、ピーシェがネプテューヌに速さ、角度ともに完璧なうえに捻りまで加えたアッパーカットをクリティカルヒットさせている。

 

「青の縞か。色気ねえな」

 

 そして吹っ飛ぶネプテューヌを見てホィーリーがしたり顔で言うのだった。

 

  *  *  *

 

 プラネタワー、テラス。

 そこでは今まさに百合の花が咲き乱れていた。

 

「うふふ、どうです? ネプギアちゃん。柔らかいでしょう?」

 

「はい、ベールさん」

 

 なぜか置かれた長椅子の上で、ネプギアとベールが寄り添っていた。

 ベールの豊満な胸に、ネプギアが抱かれている形だ。

 その柔らかさはまさに夢見心地、すごく気持ちよさそうである。

 

「いいんですのよ、お姉ちゃんって呼んでくれても……」

 

「でも、私のお姉ちゃんは……」

 

 慈母のような顔でとんでもないことを言い出すベール。

 その誘惑の前にネプギアは屈しそうに……

 

「ああもう、なんかベールさんがお姉ちゃんでいいかも」

 

 屈した。

 

「そうでしょう?」

 

 二人は仲睦まじげに抱き合う。

 ネプギアよ、前章での活躍っぷりはどこへ行った。

 

「ベール様……」

 

 その長椅子の隣では、アリスが心底冷たい三白眼でベールを見ていた。

 反対側には立体映像のジャズが嘆息している。

 

「こっちはこんなことになってるし……」

 

「リリィランクが爆上げですぅ……」

 

 それを見たアイエフとコンパが苦笑する。

 

『ふむ、姉妹愛、いや同性愛かな? これを医学的見地から言うとフェロモンが……』

 

『あなたはちょっと黙ってなさいな』

 

 平常運転のラチェットに、アーシーがツッコミを入れる。

 何が何でもフェロモンネタにつなげたいらしい。

 

「こらぁ、ベール!」

 

 そこにネプテューヌがテラスに出て来た。

 

「家の妹に、何してくれとんじゃあ!!」

 

 妹を誘惑するベールに、ネプテューヌは怒り心頭だ。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 その様子にネプギアは慌てる。

 だが、ベールはネプギアの頭を胸に抱きかかえる。

 するとネプギアは恍惚とした表情でその胸に溺れるのだった。

 

「いいじゃありませんの。たまに親睦を深めるぐらい」

 

「って! ここんとこ毎日じゃない! ネプギアはわたしの妹なんだからね!!」

 

 怒りの冷めないネプテューヌにもベールは余裕を崩さない。

 

「すみませんすみません! よく言って聞かせますから!! ほら、ベール様も謝ってください!」

 

 隣のアリスが必死に頭を下げる。

 しかし何を考えたのやらベールはアリスに向かって微笑んだ。

 

「よろしかったら、アリスちゃんもこっちに来ませんこと?」

 

「は!? い、行きません!」

 

 困惑するアリスは顔を赤くした。

 あの百合フィールドに突入する勇気はないらしい

 

「あら、残念。右にネプギアちゃん、左にアリスちゃんなんて素敵なシチュエーションでしたのに……」

 

『ベール、ふざけるのはそれくらいにして、そろそろ本題に……』

 

 マイペースなベールに、ジャズが話を促す。

 頷いたベールはようやくここに来た理由を話始めた。

 

「実は、あなたを誘いに来たんですのよ、ネプテューヌ」

 

「ええ! わたしも攻略対象!? 姉妹ドンぶりなの!?」

 

 ベールの言葉にネプテューヌは身をクネらせる。

 

「やっぱり、色気がねえなあ……」

 

 いつのまにかテラスに出ていたホィーリーが、呆れたように呟く。

 

「違いますわよ」

 

 そしてベールはクネクネと動くネプテューヌにバッサリと言ってのけた。

 

「ブランから連絡が行ってますわよね?」

 

「あれ? そうだっけ?」

 

 首を傾げるネプテューヌ。

 その疑問には、立体映像のオプティマスが答えた。

 

『確か、GDCについて話があるからラステイションの教会まで来てほしい、ということだったな』

 

  *  *  *

 

 GDC、正式名称Gamindustri Defence Commandとは、ズーネ地区での反省とショックウェーブの復活によるディセプティコンの戦力増強を見越して、四ヵ国合同で結成されることとなった対ディセプティコン特殊部隊のことである。

 オートボットの技術を使った装備で武装し、各国から集った志願者、もしくは推薦された者を中心に構成される予定だ。

 アイエフも戦闘員として、またコンパも医療員として参加することになっている。

 

  *  *  *

 

 そして、ここがラステイション教会。

 ここにラステイションとルウィーの女神と妹たちが集っていた。

 執務室のテラスで、耳の長くなぜかズボンを履いた小動物が駆けている。それをユニが抱き上げた。

 

「どう? 耳長バンディクートのクラたんよ! 最近飼い始めたの!」

 

 それを見たロムとラムは目を輝かせた。

 

「かわいい……!」

 

「抱っこさせて、させてー!」

 

 妹たちは無邪気に笑い合う。

 一方姉たちは真面目な話をしていた。

 

「それで? いったい何の話なのよ?」

 

 ノワールが呼び出した張本人、ブランに問う。

 

「GDCのネットワークセキュリティは、ラステイションの担当だったわね。そのことよ」

 

 それにブランが答えると、ノワールは得意げな笑みを浮かべた。

 

「ええ、なんといってもウチのセキュリティは世界一ですもの!」

 

『だが、どうやら問題があったらしいな』

 

 二人のそばに通信装置が飛んできて、アイアンハイドの立体映像を投射する。

 黒いオートボットの言葉に、ブランは頷く。

 

「ラステイションのサーバーから、GDCのコンピューターにハッキングされた形跡がある。武器の製造データが盗まれた可能性があるわ」

 

 静かな言葉に、ノワールは驚愕した。

 

「はぃい!? 有り得ないわ! あのセキュリティはオートボットの技術でアップグレードしてるのよ! 破られるのは空から人が落ちてきて当たっちゃうくらいの確立よ!」

 

『そうとも言い切れねえ。ディセプティコンにはサウンドウェーブがいるからな』

 

 捲し立てるノワールをアイアンハイドが冷静に諭す。

 

「サウンドウェーブ…… ズーネ地区やアイツクルマウンテンでメガトロンの横にいた奴ね」

 

 ブランが記憶を辿るように言った。

 

『そうだ。メガトロンの懐刀で、スパイマスター。情報参謀と呼ばれてるハッキングのスペシャリスト。俺たちオートボットの機密情報をいくつも盗み出した奴だ』

 

 そうだった。敵はディセプティコンなのだ。こちらの半端な想定や常識など軽々と超えていく奴らだ。

アイアンハイドの忠言に、ノワールは同意する。

 

「じゃあ、今回のことも?」

 

『そこまでは分からん。だが警戒するに越したことはないと思う』

 

 女神たちは顔を見合わせ頷き合う。

 

 その時である!

 

「ねぷぅううう!! どいてどいてどいてぇえええ!!」

 

 空から声が聞こえてきたかと思うと、空から人が落ちてくるではないか。

 それは間違いなく、プラネテューヌの女神、ネプテューヌだ。

 

「のわぁああああ!?」

 

 そして、その落ちる先はノワールの頭上。

 二人は轟音を立てて衝突した。

 土煙を立てて落下した紫の女神に、その場にいた一同は呆気に取られる。

 

「いやー、助かったー」

 

 特に怪我もなく立ち上がり呑気に声を出すネプテューヌ。

 その下ではノワールが目を回していた。

 

 さらに。

 

「ほわぁああああ!!」

 

 少し離れた場所、オートボットのラステイション支部である赤レンガ倉庫の辺りに、オートボット総司令官オプティマス・プライムが落下していった。

 

  *  *  *

 

「まったく……」

 

 自分の執務室で、ノワールは不機嫌な声を出した。

 この場に、四女神と女神候補生、そして立体映像のオートボットたちが集まっていた。

 アリスは、『休暇』に入るためにプラネテューヌで一同と別れた。

 

「いきなり人の上に落ちてくるなんて、非常識にもほどがあるわよ!」

 

「ごめんごめーん!」

 

 ネプテューヌは悪びれずに謝る。

 実は最近の女神たちは国家間を移動するさい、オートボットといっしょに輸送機を使うことが多いのだが、なんとその輸送機の後部ハッチが勝手に開いてしまい、ネプテューヌとビークルモードだったオプティマスが落ちてしまったのだ。

 これについては、単にその輸送機の整備が終わってなかったのをネプテューヌが無理を押して発進させたのである。

 

『う~む、素直にネプテューヌたちだけで先に行ってもらい、我々は整備が終わるのを待っていればよかったな』

 

 立体映像のオプティマスが唸る。

 その言葉のとおり、当初はオートボットたちは輸送機の整備が終わってからラステイションを訪れる予定だったのだが、ネプテューヌがみんないっしょがいいと言い出したためにこうなった。

 

「まあ、結果オーライってことで!」

 

「全然オーライじゃないわよ!!」

 

 反省の色が見えないネプテューヌに、ノワールが怒鳴る。当然だ。

 

「すいません……」

 

 姉に代わってネプギアが謝る。

 

「それじゃあ、ぴーこ、御挨拶!」

 

 そこでネプテューヌが、みんなにピーシェのことを紹介した。

 

「ぴぃだよ!」

 

 無邪気に笑いながら、ピーシェが自己紹介する。

 

「ネプテューヌ…… こんな大きな子供がいたのね……」

 

 ブランが静かにとんでもないことを言い出した。

 

「そうそう、初めてお腹を痛めた子だから可愛くって!」

 

 そのボケにネプテューヌも乗り、ピーシェに頬ずりする。

 よく分かっていないピーシェだが、嬉しいのか笑顔だ。

 

『ううむ、ネプテューヌにとってピーシェは娘のような物というわけか……』

 

『『いや』『その理屈はおかしい』』

 

 さらにマジボケしだすオプティマスとそれにツッコミをいれるバンブルビー。

 

「……って、違ーう! 教会で預かってる迷子だから! オプっちまで何を言い出すのさ!」

 

 さしものネプテューヌも、ブランとオプティマスのボケにはツッコまざるをえない。

 

「まあ、知ってたけど……」

 

「ブランがまさかの誘いボケ!?」

 

 静かにぶっちゃけるブランと驚くネプテューヌ。

 一方のオプティマスはというと。

 

『いや、だが家族的な存在であるのは事実なわけで、まったくの的外れとも……』

 

「オプっち!? ひょっとしてわたしに母親属性を求めてるの!?」

 

 まだボケ続けるオプティマスに、ネプテューヌはボケ返上してツッコむのだった。

 ブランは付き合っていられないとばかりに、妹たちのほうを向く。

 

「ロム、ラム、仲良くしてあげて」

 

 優しい声色で言われて、双子の妹は元気に答えた。

 

「はーい!」

 

「いっしょに遊ぼ」

 

「うん、ぴぃあそぶ!」

 

 三人は仲良くクラたんを追いかけはじめる。

 

「で、さっきの話だけど……」

 

 ブランはボケるのはこれぐらいにして、真面目な話に移ろうとうする。

 だが、執務室には年少者三人の元気な声が響いていた。

 ノワールが一つ息を吐く。

 

「場所を変えましょ。ユニ、しばらくここをお願いね」

 

「あ、うん」

 

 ユニが頷くと、ノワールは女神と通信装置を伴い執務室に備え付けられたエレベーターで階下に降りていった。

 それを見送ったユニは、隣で同じく姉を送り出したネプギアに少しオズオズとした調子で声をかける。

 

「あのね、ネプギア……」

 

「なに?」

 

「ちょっと、相談があるんだけど……」

 

  *  *  *

 

「ノワールさんの様子がおかしい?」

 

 執務室のテラスに出たネプギアは、ユニにそう聞き返した。

 

「うん…… 最近夜になると、ずっと執務室にこもって何かやってるの……」

 

『『仕事でないの?』』

 

 心配そうなユニに、予備の通信装置から投射される立体映像のバンブルビーは有り得そうなことを言う。

 だがユニは首を横に振った。

 

「仕事なら鍵かけたりしないわ。それにときどき変な笑い声みたいのも聞こえてくるし……」

 

 確かにそれはおかしい。

 

「なんだか心配なのよ……」

 

 不安げなユニの姿に、ネプギアとバンブルビーは顔を見合わせる。

 そこへ、サイドスワイプの立体映像も投射された。

 

『すまないな、二人とも。俺は心配いらないって言ったんだが…… まあ、何かいい知恵があったら教えてくれ』

 

 頭を下げるサイドスワイプに、バンブルビーは後頭部をカリカリと掻く。

 一方ネプギアは、こんなことを言い出した。

 

「つまり、ノワールさんが一人で何してるか知りたいの?」

 

 その問に、ユニは少し自信なさげに答える。

 

「まあ、そういうこと……かな」

 

「じゃあ、いい物があるよ! たまたま持ってきたんだけど!」

 

 そう言ってネプギアは服のポケットから小さな機械を取り出した。

 

「これって……」

 

「映像を遠隔地に送る、目立たない大きさの機械だよ!」

 

 嬉しそうなネプギア。

 だが、その機械とはつまり……

 

『盗撮用カメラじゃねえか!!』

 

 思わずサイドスワイプが声を上げる。

 

「違うよ! これはオートボットの技術を応用して作った、非常に高度な機械なんだよ! これを使えば、気付かれないで相手のプライベートを丸裸にできるんだよ! 一度ちゃんとセットアップしてみたかったんだ!!」

 

 瞳にビカビカと危険な光を宿して力説するネプギア。

 そこに常識人の面影はない。

 

『『アカン』ギ…ア…『それアカン奴や!!』』

 

 パートナーの暴挙を止めるべく、バンブルビーはラジオ音声を出す。

 

「いやビー、これもユニちゃんのためなんだよ!」

 

『『盗撮』『ダメ、絶対』『盗撮』『は犯罪です!』』

 

 言い合うネプギアとバンブルビー。

 

「じゃあ、見せてあげるね! この機械がいかに素晴らしい画像解析度を持っているかを!」

 

『『そう言う問題じゃない!!』』

 

 ヒートアップしたネプギアはエヌギアを起動して映像を映し出す。

 だが、その映像にノイズが走り色々な角度から見たノワールの執務室が映り込む。

 

「何、これ?」

 

 それを覗き込んだユニが思わず声を出す。

 

「混線してる? あれ、でも混線するってことは!」

 

 ネプギアが何かに気付いた。

 

「あの部屋、隠しカメラがある!」

 

 その言葉の意味が、一瞬ユニには分からなかった。

 しかし、少ししてその意味を飲み込み声を上げた。

 

「え? ふえええええ!?」

 

  *  *  *

 

 ラステイション教会のコンピュータールームでは、ネプテューヌたち女神と、通信装置の投射するオートボットたちが話し合っていた。

 ノワールがさんざん自慢したセキュリティが破られたとあっては、ネプテューヌあたりが笑い出しそうなものであるが、さしもの彼女もディセプティコン絡みの話になると、若干だが真面目になる。

 

「それで今回のことは、そのサウンドウェーブの仕業というわけですの?」

 

『いや、正直そうは思えない』

 

 ベールの疑問に、ジャズが答えた。

 

「どうしてですか?」

 

『奴ならそもそも、痕跡を発見されるようなヘマは侵さないからさ』

 

 冷静な副官の言葉に、オプティマスも頷く。

 

『そうだな。今回のことは人間の犯行である可能性が高い。だが、その人間がディセプティコンと繋がっていないとも言い切れない』

 

「マジェコンヌみたいに…… ね」

 

 総司令官の懸念にブランが同意した。

 ディセプティコンの協力者が、マジェコンヌの他にいないとは限らないのだ。

 

「どの道、犯人を捕まえてみればハッキリするわ」

 

 ノワールも怒りを滲ませながらも冷静に意見を言う。

 

「おおー、ノワールが本気だー!」

 

 ネプテューヌが少し驚くと、ベールも自分の意見を言う。

 

「実は、こんなこともあろうかと、ある方を呼んでおきましたの。……お入りになって」

 

 その言葉とともにコンピュータールームの扉が開き、一人の女性が入ってきた。

 隙のないスーツ姿で、四角い眼鏡と綺麗に切りそろえられた黒髪が生真面目そうな印象を与える若い女性だ。

 その女性をベールが紹介する。

 

「リーンボックスが誇る超天才プログラマー、ツイーゲちゃんですわ」

 

 するとツイーゲは礼儀正しく自己紹介を始めた。

 

「初めまして、ツイーゲですビル。よろしくお願いしますビル」

 

 そのなんとも言えない語尾に、一瞬全員固まる。

 

「……び、ビル?」

 

「今時有り得ない語尾でキャラ付け!? このキャラ絶対失敗だよ!」

 

 呆気に取られたブランが言うと、ネプテューヌが騒ぎ出す。

 しかしツイーゲは慌てず騒がず平静に言葉を返す。

 

「ご安心くださいビル。このシーン限りの使い捨てキャラ……」

 

「ではありませんわ。彼女にはGDCにも、コンピューター部門として所属していただく予定ですの」

 

 ツイーゲの言葉をさえぎってベールが説明する。

 

「つまり、能力は折り紙付きってわけね…… あなたなら犯人を突き止められる?」

 

 ノワールの疑問に、ツイーゲは肯定する。

 

「お任せくださいビル」

 

 そう言うと脇に抱えていたノートパソコンを起動し操作しはじめる。

 一同はそれをジッと見つめていた。

 

  *  *  *

 

「この辺りだと思うんだけど……」

 

 黄色いスポーツカーから降りたネプギアが言うと、銀色の未来的なスポーツカーから降りたユニは怒り心頭で声を上げる。

 

「もう、ムカつく! お姉ちゃんを盗み撮りするような馬鹿は、アタシがメッタメタにしてやるわ!!」

 

「うう…… なんだか私に言われてるみたい……」

 

 ネプギアがショボンとすると、黄色いスポーツカーがバンブルビーに変形してラジオ音声を出す。

 

「『反省しろよ!』」

 

 銀色のスポーツカーもサイドスワイプに変形して、嘆息するように排気する。

 

「そうだな…… 盗撮はいけないな……」

 

 一同に注意されて、ネプギアは縮こまる。

 

「それで? どの建物なの!」

 

 ユニがそう言って睨むのは、ネプギアではなくパートナーであるサイドスワイプだ。

 最初はネプギアが、『女子の必須アイテム』としてなぜか持っていた電波逆探知機で探そうとしたのだが、だったらオートボットたちにやってもらったほうが早くない? ということになりサイドスワイプが逆探知したのである。

 

「ああ…… 多分この先だ」

 

 サイドスワイプが指差すと、ユニはキッとそちらを見据える。

 

「さあ、行くわよ!」

 

 その号令に、一同は歩き出そうとするが、そこでいっしょに来ていたピーシェがネプギアの腰にしがみついた。

 

「ねぷぎゃー! ぴぃ、おなかすいた!」

 

「へ! そうなの?」

 

「おなかすいたー! すいたー!」

 

 騒ぐピーシェに、ネプギアは困ってしまう。

 

「ふーん? ピーシェったら子供ね!」

 

 そこに声をかけたのは、緑のコンパクトカーから降りて来たラムだ。

 

「わたしはもうお姉さんだから、お腹空いても我慢できるよ!」

 

 ロムもオレンジのコンパクトカーから出てきて微笑む。

 

「わたしも、お姉さん♪」

 

 笑いかける双子の女神候補生を見て、ピーシェは頬を膨らませてネプギアから離れた。

 

「……ぴぃもおねえさん!」

 

 どうやら、負けん気を刺激されたらしい。

 

「じゃあ、我慢できる?」

 

「……うん、がまんする」

 

 ラムの問いに、ちょっと無理しながらも頷くピーシェ。

 

「なでなで♪」

 

 ロムはそんなピーシェの頭を撫でてあげるのだった。

 幼いピーシェに年長者として振る舞う双子の姿に、ネプギアとユニは感心した。

 

「ラムちゃんもロムちゃんもすごーい!」

 

「自分よりちっちゃい子がいると、がぜん大人びるのね……」

 

 一方、ロボットモードになったスキッズは大げさに肩をすくめて見せる。

 

「誰かさんもそうだといいんだけどな!」

 

 その視線の先には、同じくロボットモードに変形したマッドフラップ。

 

「おいおい、それじゃ俺が子供みたいじゃねえか!」

 

「そう言ってんだよ、ターコ!」

 

 反論するマッドフラップだが、スキッズはふざけた態度だ。

 たちまち殴り合いの喧嘩になるも、バンブルビーにゲンコツを落とされて静かになる。

 同じ年少者でも、男と女だとだいぶ違うものである。

 そんなこんなでしばらく道を進むと、廃工場が見えてきた。

 

「あそこだな」

 

 サイドスワイプがそう言うと、ピーシェを除く一同が身構える。

 しかし、その廃工場の前には赤と青のファイヤーパターンが特徴的なボンネットタイプのトレーラートラック、無骨な黒いピックアップトラック、赤い流麗なスポーツカー、リアウィングが付いた銀色のスポーツカーが停まっていた。

 正直、目立つことこの上ない。

 

「アイアンハイドさん? みんなも、どうしたの?」

 

「ユニか? それに他の連中も…… おまえらこそどうした?」

 

 ユニが怪訝そうな顔で聞くと、アイアンハイドはビークルモードのまま聞き返した。

 女神候補生たちとそのパートナー・オートボットたちは顔を見合わせる。

 秘密にすることではないし、協力してくれるならそれに越したことはない。ユニは事実を話すことにした。

 

「実は……」

 




そんなわけで、あのオカマの登場とノワールのトランスフォームは次回にお預け。

GDFは実写におけるNESTポジションの組織であり、番外編にも深くかかわってくる予定。

それはそうと、やっとトランスフォーマーアドベンチャーを見ました。
ストロングアームが思ってたよりかわいくて意外。
プライムとのつながりは匂わせる程度だろうなあ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 ターゲットはノワール part2

思ったより早く書けたので更新。
なんで語ることがありません。


 ツイーゲが突き止めたハッカーのアジトと思しき廃工場に、オートボットを建物の外に残してもぐりこんだ女神たちは、その奥、人の気配のする部屋の前にいた。

 先頭のノワールが少しだけ扉を開けて部屋を覗き込むと、そこには人影がコンピューターのディスプレイの前に座っている。

 あれこそ犯人に違いない。

 即時決断したノワールは、扉を蹴破るように開けて部屋の中に踏み込んだ。

 他の女神たちもそれに続く。

 

「動かないで!」

 

 ノワールをはじめとする女神たちは各々の武器を構えて犯人を睨みつける。

 

「手を上げて! ゆっくりこっちを向きなさい!」

 

 その声に従い、人影は手を上げ、椅子を回転させて座ったまま女神たちのほうを向いた。

 人影の全容は人間大のショッキングピンク色をしたメカだ。

 まさかディセプティコンの一員か?

 

「あなたね? ハッキングした犯人は! やっぱりディセプティコンだったのね!」

 

 そう声を上げるノワールに対し、ピンクのメカは嘆息するような音を出した。

 

「さっさと答えなさい!」

 

 強い調子で詰問するノワール。

 だが、ピンクのメカは突如立ち上がってシナを作るとクネクネと体を動かしだした。

 

「あは~ん♡ そんな他人行儀な喋りかたしないで~♡ アタシのことはアノネデスちゃんって呼んで♡」

 

 面 食 ら っ た の も 無 理 は な い ! !

 

 いきなり女のような口調で喋り出したメカ、アノネデス。

 しかし、その声はまぎれもなく男のものだ。

 

「オカマさん!? その見た目で!? ディセプティコンなのに!? いや、いままでにもガチホモのヒトとかいたけどさ!」

 

 ネプテューヌも思わず声を上げる。

 

「あ~ら、失礼ね! 心は誰よりも、乙女よ~♡ それにディセプティコンでもないわ。これでもれっきとした人間よ~♡」

 

 軽い調子で反論してくるアノネデス。どうやら、このメカニカルな外観はスーツか何からしい。

 

「ホント、分かりやすくオカマね……」

 

「しかも、ちょっと毒舌だったりするんですわよね。きっと」

 

 どこか呆れたようにブランが言うと、ベールがやんわりと意見を言った。

 

「あったり~! 胸だけデカい馬鹿女神かと思ったら、違うのね~!」

 

 その通りに辛辣な物言いのアノネデスに、ベールは顔をしかめる。

 

「あなたの性別なんて、どうでもいいわよ! 犯行を認めるの! 認めないの!」

 

 不機嫌なノワールに対し、アノネデスはこらえきれないように笑い声を漏らす。

 

「生で見るノワールちゃん…… やっぱかわいいわ。想像以上よ」

 

 アノネデスが呟いた内容に、ノワールは顔を赤くする。

 

「な!? 気をそらそうったって、そうは……」

 

「やだ、本気よ。ホ、ン、キ♡」

 

 言葉とともに、アノネデスは指をパチンと鳴らす。

 すると、暗闇にいくつものディスプレイが浮かび上がった。

 

「こんな写真とか撮っちゃって、ごめんなさ~い♡」

 

 問題は、その全てにノワールの姿が写っていることだ。

 

「なああああ!?」

 

「うわあ、あっちもノワール、こっちもノワール、ぜーんぶノワールだー!?」

 

 ノワールとネプテューヌが声を張り上げるのも無理はない。

 仕事中や、食事中のものはもちろん、就寝中、さらには着替え中や入浴中といった際どい物まである。

 明らかに盗撮写真だ。

 

「アタシ、ノワールちゃんの大ファンなの! ノワールちゃんのことならなんでも知りたくてつい出来心で~!」

 

 言いつつ自分の頭をポカポカと叩くアノネデス。

 女の子がやればまだかわいいのだろうが、やっているのはメカニカルなオカマである。

 現実は非情だ。

 このオカマに怒りつつも、ノワールは本題を忘れずに追及する。

 

「写真なんてどうでもいいのよ! 私が言ってるのはハッキングのことで……」

 

「あら、どうでもいいの? じゃあ、これも?」

 

 ノワールの言葉をさえぎりつつ、さらに指を鳴らすアノネデス。

 すると新たな写真がディスプレイに現れた。

 そこには、何かの衣装を編んでいるノワールの姿があった。

 それを見て、ノワールは目を見開く。

 

「ノワールがお裁縫してる!」

 

「そういうことする人だったかしら?」

 

 ネプテューヌとブランが疑問を呈すると、ノワールは慌てた様子で言い繕うように声を出した。

 

「そうなの! 私、案外家庭的なタイプでね! あは、あははは……」

 

「あの服、どこかで見たような?」

 

「気のせい! 100%気のせいだから!」

 

 誤魔化すように笑うノワールだが、ベールが写真に写った衣装を見て首を傾げると、さらに急いで否定した。

 

「ちょっとお!! それじゃないって言ってるでしょう!!」

 

「ふーん、それじゃないなら…… これのこと?」

 

 怒りの矛先を自分に向けるノワールに、アノネデスは今一度指を鳴らす。

 またしても新たな写真が現れた。

 そこに写っていたのは……

 

「ああああ!!」

 

「おお! これは!」

 

 青い鳥とか歌いそうなアイドルなノワール。

 白い軍服のような服に身を包んだ格闘ゲームなノワール。

 改造制服を纏った眼鏡で助手な感じのノワール。

 長刀を構えた忍(くノ一に非ず)なノワール。

 他にも様々なアニメやゲームのキャラクターの恰好をしたノワールだった。

 それぞれのキャラクターに合ったポーズを決め実にイキイキとしているのが写真からも伝わってくる。

 

「明らかにコスプレ写真ね……」

 

「あの服、四女神オンラインのコスプレだったんですわね」

 

 ブランとベールは納得がいったという風に声を漏らすが、当のノワールはそれどころではない。

 

「見ないでぇえええ!!」

 

 心の底から叫び、羞恥のあまり武器を落とす。

 そんなノワールを、アノネデスは興奮した様子で見つめる。

 

「やだ! 取り乱すノワールちゃんも、カーワーイーイー♡」

 

 そして、頬を押さえて頭を振るノワールをどこからか取り出したカメラで写真に収めた。

 インスタントカメラからはすぐさま羞恥に悶えるノワールの写真が吐き出される。

 

「こ、この……! いいわ、とりあえず盗撮の罪で牢屋に放りこんでやる!!」

 

 怒り狂うノワールだが、涙目で顔を赤らめ迫力はまったくなく、アノネデスは余裕を崩さなかった。

 

「あら、アタシがこの場を離れると…… この写真ぜーんぶ公開される手はずになってるけど、それでもいいかしら?」

 

「ふえ!?」

 

 アノネデスの言葉に、ノワールは目を点にする。

 そんな黒の女神を見て、アノネデスは満足そうに言葉を続けた。

 

「最初は独り占めって思ってたけど…… 世界中をノワールちゃんで埋め尽くすのも、楽しそうじゃない?」

 

 愕然とするノワール。

 

「悩みどころですわねー。こんな写真が公開されたら……」

 

「恥ずかしくて表を歩けないわね……」

 

 どこか呑気に言う、ブランとベール。

 

「大丈夫じゃないかなー? このノワール超かわいいしー」

 

 そう述べるネプテューヌだが、見事な棒読みだった。

 

「いいわよ…… やってみなさいよ!!」

 

 もはや怒りが頂点を迎えたノワールはこらえきれずに吼える。

 

「そのかわり、あなたの命はないわ!!」

 

 一瞬にして女神化したノワールは、大剣を振りかざして憎き盗撮犯に飛びかかった。

 だが、アノネデスはなおも楽しそうだ。

 

「そうこなっくっちゃ♡」

 

 もう一回指をパチンと鳴らすと、暗闇に浮かんだディスプレイがモンスターに変化して、ノワールたちに襲い掛かる。

 女神たちは問題なくこれを蹴散らすも、数が多い。

 その間に、アノネデスは部屋を出て行こうとする。

 

「うふふ、楽しかったわあノワールちゃん。あ、写真を公開するっていうのは嘘だから、安心してね♡」

 

「そうかい…… それが聞きたかったんだ……」

 

 その瞬間、アノネデスが手をかけた扉が、部屋の外側から爆発した。

 

「きゃああああ!!」

 

 悲鳴を上げて吹き飛ばされるアノネデス。

 繰り返すが彼は男である。

 

「な、なんなのよ、いったい?」

 

 上体を起こして爆発したほうを見れば、その煙の向こうに巨大な影が立っていた。

 女神たちも突然の爆発に何事かとそちらへ視線を向ける。

 

「あ……」

 

 ノワール思わずその名を呼んだ。

 

「アイアンハイド……」

 

 黒い無骨な体躯に両腕のキャノン。

 ノワールのパートナーであるオートボットの戦士がそこにいた。

 アイアンハイドは鋭い目つきでアノネデスを睨みつける。

 そのオプティックには凄まじい怒りが浮かんでいた。

 

「家のノワールのことを盗撮してくれたクズやろうが…… 覚悟はできてんだろうな……」

 

「ど、どうしてそれを……」

 

 そう漏らしたのはアノネデスではなくノワールのほうだ。

 

「あ、ごめーん! 通信繋いだままだったー!」

 

 さらにそれに悪びれずに答えたのは、アーパー女神ことネプテューヌである。

 

「……はい? はぃいいい!?」

 

 その意味に気付いたノワールは愕然とした。

 ネプテューヌたちの使うインカム型通信機は以前よりバージョンアップされており、音声のみならず映像までもリアルタイムでオートボットたちに伝えることができる。

 つまり……

 

「ああああ!?」

 

 ノワールが、なにがなんでも隠したかったコスプレ写真が、余すことなくオートボットたちに見られたということだ。

 あまりのことに奇声を上げ続けるノワール。

 一方、アノネデスは多少ショックから回復したらしく、殺気を滲ませる黒いオートボットを睨み返した。

 

「何よ、あんた! 家のノワールってなによ! 家のって!!」

 

 アノネデス的にそこが大事らしい。

 巨大ロボットに見下ろされているにも関わらず、ふてぶてしいこの態度。ある意味豪胆だ。

 

「あんた、ノワールちゃんのなんなのよ! まさか、恋人とか言う気じゃないでしょうね!!」

 

 ノワールの大ファンを自称するアノネデスにとって、彼女の傍にいる鋼の巨人は気に入らないのだろう。恐怖を感じさせない声色で問い詰める。

 

「……別に俺は、ノワールの恋人だとか言い出すつもりはねえよ。あくまで任務上の相棒ってだけだ」

 

 静かに、しかし砲口を危険に光らせながらアイアンハイドは口を開いた。

 その言葉に、ノワールは少しだけショックを受けたように表情を曇らせる。

 

「なら、あんたにどうこう言う資格は……」

 

「だがなあ!」

 

 我が意を得たりとばかりに、まだ何か言おうとするアノネデスをさえぎって、アイアンハイドは大声を出した。

 

「頑張り屋で、誰よりこの国のことを思ってる、そんなコイツが大切になっちまってな!! 俺にとってノワールはもう他人じゃねえ! 娘みたいなもんだ!!」

 

「は、はい?」

 

 衝撃的な発言に固まるアノネデス。

 一方ノワールはと言うと……

 

「アイアンハイド……」

 

 なんかニヤけてた。

 

「ノワールが満更でもなさそうな件」

 

「殿方に父性を求めるタイプでしたのね……」

 

 それに対し呆気に取られるネプテューヌとベール。

 ブランも同様だ。

 

「な、なによ! 父親気取りってわけ? ロボットの癖に何の権利があって……」

 

「じゃかわしい!!」

 

 気に食わないのか難癖をつけてくるアノネデスに向けて、アイアンハイドは発砲した。

 

 もう一度言う、発砲した。

 

 爆音とともにアノネデスの前の床に大きな穴が開く。

 

「ヒッ……」

 

「そんなわけでだ。大事な娘を盗撮したストーカー野郎は……」

 

 まだ硝煙が上がる両腕のキャノン砲を、ストーカーに向ける。

 

「死ねやゴラァアアアア!!」

 

 アイアンハイドはアノネデスに向けてキャノン砲を乱射しはじめた。

 

「いやぁああああ!!」

 

 悲鳴を上げ、爆発の合間を逃げ回るアノネデス。

 とりあえずアイアンハイドの砲撃をよけられるのがすごいが、黒いオートボットのほうも怒りのあまり照準装置がうまく作動していない。

 メチャクチャに放たれる砲撃は床を抉り、柱を砕き、壁を破っていく。

 

「ちょ、これやばいって!」

 

 切羽詰まったネプテューヌの言葉のとおり、度重なる爆発に耐え切れず建物そのものが崩れはじめている。

 女神たちは落ちてくる瓦礫をよけて外へと退避していった。

 

「いやあああ!!」

 

「待てやゴラァ!! 腸ぶちまけて死にくされぇえええ!!」

 

 その間にも、地獄の鬼ごっこは続く。

 オカマとオートボットは、瓦礫と爆炎の向こうに消えていくのだった。

 

  *  *  *

 

 やがて廃工場は完全に崩れ去り、瓦礫の山と化した。

 その中央に、息も絶え絶えでスーツも焼け焦げ破損しているアノネデスと、殺気を漲らせたアイアンハイドが立っていた。

 見た目だけだと完全にどっちが悪者か分からない。

 

「や、やめて……」

 

「ダメだ」

 

 飄々とした態度はどこへやら。ズタボロのアノネデスは助命を願うが、怒りに我を忘れているアイアンハイドは聞き入れない。

 止めを刺すべくキャノンを撃とうとするが……

 

「アイアンハイド、そこまでにしておけ」

 

 寸でのところで肩に手を置かれて止められた。

 もちろん、総司令官オプティマス・プライムにだ。

 

「止めるなオプティマス! このクズ野郎をくず肉の山に……」

 

 反論するアイアンハイドだが、オプティマスは首を横に振った。

 

「彼を裁くのは我々の仕事ではない。それは、この世界の司法の役割だ」

 

 総司令官の静かな言葉に、アイアンハイドはチッと舌打ちのような音を出しつつキャノンを引っ込めた。

 ホーッと息を吐くアノネデス。

 だがアイアンハイドはそんなアノネデスをギロリと睨む。

 

「いいか? 今度同じようなことをしてみろ。そのときは法も秩序も知ったこっちゃねえ。俺がおまえを殺す!」

 

 アノネデスは何も言えずに震えあがった。

 

  *  *  *

 

 瓦礫の山と化した廃工場の敷地の外。

 

「結局、ハッキングは認めずじまいだったわね……」

 

 警備兵に引っ立てられるアノネデスを見ながら、ブランが嘆息混じりに言った。

 

「まあ、途中からそれどころじゃありませんでしたし……」

 

 ベールは苦笑する。

 

「特にノワールは……」

 

 その視線の先では、ノワールが妹とそのパートナー、そして自分のパートナーを問い詰めていた。

 オプティマスが中継したノワールのコスプレ写真を、妹たち、そしてオートボットたちも見ていたらしかった。

 

「見たの? あの写真、見たの!?」

 

「ええと……」

 

「ああ、見たぜ!」

 

 言葉に詰まるユニに対しサイドスワイプはあっけらかんと答える。

 

「ちょっと、サイドスワイプ……」

 

「いいじゃねえか。コスプレって、よーするにアニメとかゲームの登場人物にあやかろうってんだろ? どこが恥ずかしいんだ?」

 

 なにを当然のことを、と言わんばかりのサイドスワイプ。

 

「うむ、我々オートボットも、歴史上の偉人や物語の英雄にあやかり、彼らの恰好を真似たりすることはよくあることだ!」

 

 そこにオプティマスも乗っかってきた。

 

「コスプレってなあに?」

 

 首を傾げるのはロムだ。

 

「まあ、あれだ。人気のアイドルやモデルの恰好をみんな真似するだろ? あれと似たようなもんなんだろ、コスプレって」

 

「分かる分かる! とりあえず形から、みたいな!」

 

 スキッズとマッドフラップが陽気に答えた。

 どうやら、オートボットたちはコスプレとは、『憧れの人物になり切るためにその恰好を真似ること』だと思っているらしい。

 当たらずとも遠からず。

 しかし、それで納得しないのがノワールである。

 

「うわああああ!!」

 

 羞恥に顔を押さえて、声を上げるノワール。

 どう言われようと恥ずかしいもんは恥ずかしいのである。

 

「って言うか、どうしてあなたたちがここにいるのよ! ああー! もう嫌ぁ!! あなたたち、今日見たことはぜーんぶ忘れなさいよ!!」

 

 喚くノワールに、一同は面食らう。

 そんな輪から離れて、ピーシェは一人膝を抱えていた。

 大人たちの話にはついていけないし、お腹は空いた。

 

「ぴーこ!」

 

 それを目ざとく見つけたのはネプテューヌだ。

 彼女は懐から、一つのプリンを取り出した。

 蓋には大きく『ねぷの』と書かれている。

 

「これ食べる? こっそり持ってきたんだ!」

 

「うん! ぴぃたべる!」

 

 たちまち笑顔になるピーシェ。

 プリンをもらったこともそうだが、ネプテューヌからもらったことが何より嬉しいらしい。

 

「あ、でも半分こね!」

 

「うん! ねぷてぬと、たべる!」

 

  *  *  *

 

 かくして、ラステイションの刑務所に収監されたアノネデス。

 牢屋の中で、彼は一人思考していた。

 彼は依頼を受けて動く、雇われハッカーだ。

 今回はラステイションのとある大企業が依頼主で、オートボットの技術を得たいと言うことだった。

 だがアノネデスの考えでは、本当の理由は嫉妬だ。

 積み重ねてきた自分たちの技術より、突然現れたオートボットの技術のほうがもてはやされるのが気に食わないのだろう。だから何とかその足を引っ張りたい。

 つまらない理由だが、自分としてもオートボットには一度挑戦してみたかったし、依頼を受けた。

 結果はこのざまだが……

 まあ、生でノワールに会えたことを思えばお釣りがくる。

 適当なところで脱獄して、ほとぼりが冷めるのを待とう。

 

「おい」

 

 そこまで思考したところで、看守から声がかけられた。

 

「面会だぞ」

 

  *  *  *

 

 連れていかれたのは、面会室ではなく刑務所の中庭だった。

 そこで待っていたのは、あの忌々しいオートボットの内の二人、オプティマス・プライムと、その副官ジャズだった。

 なるほど、これでは面会室では話ができない。彼らの巨体は刑務所の中には入らないからだ。

 

「それで?」

 

 アノネデスは少しでもイニシアチブを握るべく、自分から切り出した。

 

「アタシに何の用かしら? オートボットさんたち」

 

 彼本来の飄々とした調子を取戻し、アノネデスは薄く笑う。

 

「おまえにいくつか質問があって来た」

 

 オプティマスは重々しい声を発した。

 そのオプティックが探るような光を帯びる。

 

「おまえはディセプティコンと繋がっているな?」

 

「悪いけど、契約上の守秘義務があるの。その質問には答えられないわ」

 

 ヤレヤレと首を振るアノネデス。

 

「だろうな。アノネデス、本名不明、年齢不明、国籍不明の凄腕雇われハッカー。享楽主義者ではあるが、契約には至って忠実。情報のとおりだ」

 

 スラスラとそう言うのは、オプティマスの傍らに立つジャズだ。

 

「調べたのね。そのとおりよ、アタシは契約者を売らないわ。この世界、なんだかんだで信用が第一だしね」

 

 ふてぶてしい態度のアノネデスに、オプティマスはオプティックを細めた。

 

「相手がディセプティコンでもか? 奴らは女神を傷つけたというのに。おまえの執着するノワールのこともな」

 

「例え相手が何者であろうと関係ないわ。それにノワールちゃんなら乗り越えられるって信じているの。……あなたたちの力を借りずとも、ね」

 

 いけしゃあしゃあと言ってのけるアノネデス。さすがに自称大ファンは伊達ではないということか。

 

「はっきり言ってアタシ、あなたたちみたいな正義の味方面した奴らって大嫌いなの。正義なんて、子供向けのフィクションの中にしか存在しないわ」

 

 アノネデスは辛辣な言葉を吐く。

 それは彼なりの信条なのかもしれない。

 

「私は正義の味方を名乗ったおぼえはない。ただ、自分なりの正義を信じているだけだ」

 

「加えて、少なくとも女神の味方ではある…… だが、まあ今はどうでもいい」

 

 総司令官の言葉に一言付け加え、ジャズは本題に入った。

 

「どうだ? 司法取引に応じる気はないか?」

 

「司法取引?」

 

 訝しげなアノネデスに、ジャズは頷く。

 

「そうだ。俺たちが女神に進言すれば、おまえの罪を軽くできる。ノワールだって他の三人から言われればノーとは言えない」

 

「だから、顧客の情報を教えろと? 冗談!」

 

 鼻で笑うオカマハッカーに、ジャズはニヤリと人の悪い笑みで返した。

 

「いやそれはいい。もう今回の主犯は掴んだからな」

 

 アノネデスは今度こそ驚愕した。

 

「な!? いったい、どうやって……」

 

「何、ここらへん一帯の通信を傍受したのさ。その中からおまえさんの声を探り出すなんざ、俺にとっては簡単なことだ」

 

 笑うジャズ。

 確かに、アノネデスは牢獄のなかで依頼主と連絡を取った。しかしそれは秘匿された回線を使ってのことだ。

 

「俺にあの程度の秘匿は通じないぜ。しかしまさか、ラステイション内の企業だとは思わなかったがな」

 

 陽気に言ってのけるジャズに、わずかに嘆息するような気配を見せるオプティマス。

 自信があっただけにアノネデスは悔しげに唸る。

 

「ぐッ…… じゃあ、何を取引しようってのよ!」

 

「なに、俺たちに雇われないか、って話さ」

 

 またしても、アノネデスは驚く。

 

「……ホンキ?」

 

「本気さ! おまえさん、ハッカーとしてだけじゃなく、研究者、科学者としても有能みたいだからな」

 

 だから、仮にディセプティコンと組まれると厄介なので、いっそ味方に引き込もうというのがオプティマスとジャズの思惑だった。

 その言葉に、アノネデスは少し考え込むそぶりを見せる。

 だが、やがて首を横に振った。

 

「やめとくわ。正義の味方なんて、それこそ性に合わないし」

 

 ジャズは、さらに何か言おうとするが、それを手振りで止めてオプティマスが言い放った。

 

「アノネデス、君は優秀なハッカーであり、科学者だ」

 

「あらどうも」

 

「だが、『最高の』ではない」

 

 静かなオプティマスの言葉に、アノネデスを包む空気がわずかに不機嫌なものになる。

 

「最高のハッカーはサウンドウェーブだ。我々と組めば、サウンドウェーブと張り合う機会があるかもしれない」

 

 ディセプティコンにつけば、どんなにあがいても二番手扱いだぞ、と言外にそう滲ませるオプティマス。

 アノネデスは内心で悩む。

 実の所、彼は一時期ディセプティコンに接触していたことがある。

 マジェコンヌの計画を探り当て、メガトロンに伝えたのもアノネデスだ。

 理由は単に、面白そうだったから。

 享楽主義者たるアノネデスにとって、倫理道義は二の次三の次だ。

 だが、すぐにやめてしまった。

 ディセプティコンは『真面目』な奴らだったからだ。

 破壊大帝メガトロンを頂点とし、規律と統制を是とする軍隊。

 メガトロン本人はともかく、他の連中はアノネデスにもそれを強いようとした。

 さらに、アノネデスはあくまでも『サウンドウェーブの代わり』であり、それも気に入らなかった。

 

「仮の話だが、君がディセプティコンに接触したことがあるとしよう。さらに、何らかの理由で離反したとしよう。すると、ディセプティコンにとって君は裏切り者だ。ビジネスなどというのは、奴らにとって言い訳にはならない。必ず君を殺しにやってくる。いつかはな。……すべからく、仮の話だが」

 

「だが俺らと組めば、少なくともディセプティコンからは守られる。……『それ以外』からは自己責任だけどな」

 

 たたみかけるようなオプティマスとジャズの言葉に、アノネデスは揺れる。

 

「……これは私の考えだが、最高のハッカーの下につくよりは、最高のハッカーと戦ったほうが、『楽しい』と思うのだがな」

 

 オプティマスのその言葉が止めだった。

 

「……いいわ。その取引に応じる。ただし、これまでの客の情報は一切、言わないわ」

 

「それでいいさ」

 

 ジャズは快活に笑い、オプティマスは厳かに頷いた。

 

「……あんたたち、意外とくわせものね」

 

 溜め息とともに出たアノネデスの言葉に答えず、オプティマスは不本意であることを示すが如くオプティックを閉じるのだった。

 

  *  *  *

 

 ラステイション教会。

 夕日のなかノワールはテラスでたそがれていた。そばにはユニと立体映像のアイアンハイドとサイドスワイプもいる。

 

「ねえ、ユニ……」

 

 ノワールは不安げにきりだした。

 

「コスプレやってる私なんて、嫌よね……」

 

 実の姉が、コスプレにうつつを抜かしているなんて、嫌に決まってる。

 

「もし、ユニが嫌なら私、やめても……」

 

「ううん、やめないで」

 

 しかしユニは姉の言葉をさえぎって微笑む。

 

「え?」

 

「そういうことができるのって、お仕事に余裕があるからでしょ?」

 

 少しはにかむユニに、ノワールは微笑み返す。

 

「……そうね。最近時間ができたから」

 

「それって、アタシもちょっと役に立てるようになったからかな? な~んて思って」

 

 控えめなその言葉に、ノワールは少し悪戯っぽい表情を浮かべる。

 

「う~ん、それはどうかしら?」

 

「え?」

 

「ちょっとどころじゃないわ。すごく頼りにしてる!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 感極まるユニ。

 姉妹はニッコリと微笑み合う。

 

『これで一件落着、かな?』

 

 それを見てサイドスワイプが声を漏らした。

 

『よかったな、『お父さん』』

 

 そしてからかうように師を見やる。

 当のアイアンハイドはブスッとしていた。

 振り返ったノワールは、そんな黒いオートボットを見て照れたように顔を赤くする。

 

「その…… アイアンハイドとサイドスワイプもありがとう。二人のことも頼りにしてるから」

 

『おう!』

 

 陽気に答えるサイドスワイプに対し、アイアンハイドはムッツリとしたままだ。

 

『……なあ、ノワール』

 

「なに?」

 

『俺はおまえさんのコスプレについてとやかく言うつもりはない。そもそも、何が恥ずかしいのか俺には分からんしな』

 

 何か真面目な様子のアイアンハイドに、ノワールは少し気圧される。

 

『だけど…… だけどなあ』

 

 何かを堪えるように、立体映像のアイアンハイドは震える。

 

『前々から思ってたが、おまえの恰好、少し露出度が高すぎるだろ!?』

 

 その言葉に、ノワールは一瞬キョトンとする。

 

「はい?」

 

『あのコスプレにしてもそうだ! 足だの肩だの胸元だの! 惜しげもなく晒しおってからに! そんなんだからあのオカマ野郎みたいな変態を呼び寄せるんだろうが!』

 

「はぃいいい!?」

 

 だんだんとヒートアップするアイアンハイドに、ノワールは面食らう。

 

「私がどんな格好しようと、関係ないでしょう!」

 

『あるわ! 俺はおまえを心配してだなあ……』

 

「うるさいうるさいうるさーい!!」

 

 喧嘩をはじめるノワールとアイアンハイド。

 それを見て、ユニとサイドスワイプは顔を見合わせて苦笑する。

 

 その姿は、本当の家族のようだった。

 

 しかし、今回の話はここでは終わらない。

 

「どいてどいて~!」

 

 突然、どこからかそんな声が聞こえてきた。

 一同は辺りを見回すが、声の主の姿はない。

 

「どいて~!!」

 

 なんか既視感を感じる展開だ。

 

 その声は上空からだった。

 ノワールが見上げると少女が空から落ちてくるところだった。

 

「のわぁあああ!?」

 

 驚くノワールは高速で落下してくる少女をかわすこともできず、轟音をたてて衝突した。

 その大きな音に、何事かと部屋の中にいた女神たちと立体映像のオートボットたちも駆けつける。

 

「何今の音! ねぷぷぅう!?」

 

 場の惨状を見て、ネプテューヌが素っ頓狂な声を上げる。

 何者かが倒れ伏して呻くノワールを尻にひいていた。

 

「あ、いた~い……」

 

 唖然とする一同をよそに、その何者か、空から落ちてきた少女は言葉とは裏腹に呑気そうな様子だ。

 クシャクシャとした薄紫の髪を三つ編みにした、柔らかい雰囲気の少女だった。

 その場にいる誰も、見たこともない少女だ。

 

「だ、だれ?」

 

「ん~?」

 

 ネプテューヌが思わず声に出すと、少女はのんびりとした調子で答えた。

 

「あたし~? あたしは~、プルルートっていうの~」

 

 そして次に少女……プルルートが言い放った一言は、一同を驚愕させた。

 

「プラネテューヌの~、女神なんだよ~」

 

「へ?」

 

『ええええ!?』

 

 女神もオートボットも、等しく声を上げた。

 突如現れたプラネテューヌの女神を自称する少女、プルルート。

 彼女はいったい、何者なのだろうか?

 謎を残したまま、プルルートはニッコリと微笑むのだった。

 




ついに降臨した、プラネテューヌ残虐大帝。

その活躍は次回……

ところで番外編ですが、『オリキャラとアニメ版にでてこないメーカーキャラと玩具組が活躍する外伝』か、『両軍がゲイムギョウ界を訪れるまでの過去話』のどちらかにしようと思っています。

※追記
アノネデスはもともと、ディセプティコンに合流する予定でした。そのための伏線もいくつか張ってありました。
しかし、書いてる途中でいっそオートボット側についたほうが面白いのでは? と思いこういうことになりました。(ハッカー枠はすでにサウンドウェーブがいるし、科学者枠はショックウェーブが、レイの相方にはフレンジーたちがすでいるのでディセプティコンだと活躍できない)
このように作者は、その場の思いつきで伏線を投げ捨てるいい加減な奴です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編① タイガーパックスの戦い

念願のAHM日本語版を手に入れたぞ!

面白いけど、いろいろキツイ……

それはともかく、本編より早く、番外編が書きあがったので投稿。


 惑星サイバトロン、金属の月輝く大地。

 ここは、金属の肉体と高い知性、そして変形能力を備えた超ロボット生命体、『トランスフォーマー』たちの世界である。

 彼らは高度な文明を築き上げ、何代にも渡って平和と繁栄を享受してきた。

 しかし、トランスフォーマーたちはいつしか平和と秩序を愛する『オートボット』と戦闘と破壊を尊ぶディセプティコンの二派に分かれて、果てしない戦いを繰り広げていた。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコン破壊大帝メガトロン。

 力を正義とし、弱肉強食を旨とするがゆえに統率に欠けていたディセプティコンを平定し、軍団としてまとめ上げた張本人。

 彼が歴史に初めて登場したのは、ケイオンの闘技場だった。

 当時のサイバトロンでは各地で積極的に剣闘大会が開かれ、ケイオンもそうした都市の一つだった。

 後に歴史に名を残す多くの者がそうであるように、メガトロンもまた、最初は無名の新人剣闘士に過ぎなかった。

 最初に彼と対戦することになったのは、当時百戦錬磨で知られたベテランの剣闘士であり、誰もが無名の若者の敗北を疑わなかった。

 そして伝説は始まった。

 試合開始直後、ベテラン剣闘士の攻撃を全てかわしたメガトロンは一瞬の隙を突いて相手を昏倒させた。全ては僅かな間の出来事だった。

 こうして鮮烈なデビューを飾ったメガトロンは、瞬く間にケイオン闘技場のチャンピョンにまで成り上がった。

 誰もが彼の戦いに魅了され、相手となる剣闘士たちは彼と戦えることを誇りに思うようになった。

 やがて、転機が訪れる。

 当時のオートボット軍の最高司令官にして惑星サイバトロンの統治者、すなわちセンチネル・プライムの御前試合が行われることとなり、優勝者には彼に謁見する名誉が与えられることになったのだ。

 実は、これこそがメガトロンが望んでいたことだった。

 御前試合にはサイバトロン中の猛者がそろい、熾烈な戦いが行われたが、最後に勝ったのはやはりメガトロンだった。

 この大会でメガトロンと優勝を争ったのが、サウンドウェーブという名の技巧派の剣闘士であったことは周知の事実である。

 そして、プライムに謁見し直接会話する栄誉を授かったメガトロン。

 センチネル・プライムを前にして彼が語った自らの生い立ちは壮絶だった。

 下層階級の生まれである彼は、剣闘士になる前はある鉱山で働いていたが、そこは労働者を家畜のように扱っていたのだ。

 メガトロンはそこで自分と仲間たちがどのように扱われてきたかを詳細に語り、センチネルに仲間の解放を訴えた。

 言うまでもなく公正にして賢明なるセンチネルはその願いを聞き入れ、奴隷として扱われていた労働者は解放され、下層階級に対する扱いは大きく改善された。

 この偉業の立役者であるメガトロンに、センチネルはすばらしい褒美を与えた。自分の弟子、つまり次期プライム候補として召し抱えたのである。

 こうしてメガトロンは虐げられた者たちの解放者として、また一労働者からプライムの従士にまでに成った下層民の希望の星として、大きな支持を集めたのである。

 ここまでなら、メガトロンは英雄譚の主役であっただろう。

 しかし、運命は彼の前にもう一人の英雄を用意した。

 後のオートボット総司令官、オプティマスである。

 以外にも、オプティマスは最初プライムの従士に召し抱えられたさい、兄弟子であるメガトロンと意気投合したという。

 オプティマスはメガトロンを兄、師たるセンチネルを父と慕う朴訥な若者だった。

 しかし、オプティマスがその才覚を発揮しだすとメガトロンは次第に彼を妬むようになっていった。

 そして、センチネルが自分の後継者、次期プライムにオプティマスを指名したことで、その嫉妬は爆発しメガトロンは師のもとを出奔。しばらく行方をくらましていた。

 そして歴史に残る限り、次にメガトロンが姿を見せたとき、彼はすでに剣闘士時代のあだ名、『破壊大帝』の称号で呼ばれるディセプティコンのリーダーだった。

 メガトロン率いるディセプティコン軍団はオートボットに対し宣戦布告。

 かくして永い永い戦争が始まった……

 

 ここまでが、一般に知られ、多くのオートボットとディセプティコンが信じているメガトロンの来歴である。

 これがはたして真実なのかは分からない。

 それでも、多くの者たちはこれを真実であると考えているのだ。

 

  *  *  *

 

 果てしなく続いた戦争は、やがてサイバトロンを取り返しがつかないほど荒廃させていった。

 かつては澄み切った青だった空は排煙に覆われ、文字通り輝いていた金属の大地はくすんで色を失った。

 数で勝り、力でまさり、いまや統率でも勝るディセプティコンの猛攻を前に、オートボットはジリジリと追い詰められていた。

 そしてメガトロンの軍団は今、オールスパークの安置された『オールスパークの泉』に向かって進軍していた……

 

  *  *  *

 

 オールスパークの泉。

 地下深くまで穿たれた巨大な縦穴。

 その底に、オールスパークは鎮座していた。

 サイバトロンの言語が刻まれた巨大なキューブ。

 これこそがオールスパークである。

 それの前に、赤と青の体色の大柄なトランスフォーマーが佇んでいた。

 オートボットの総司令官オプティマス・プライム、その人だ。

 

「オプティマス」

 

 そこに、銀色の小柄なオートボットが声をかける。

 オプティマスの副官ジャズだ。

 

「ジャズか。作業工程はどうだ?」

 

「だいたい80%ってところだ。この調子だと、あと30サイクルってとこだろう」

 

 その答えに、オプティマスは頷くと、視線をオールスパークに戻す。

 しかし、ジャズは不安げだった。

 

「なあ、オプティマス。本当にやるのか?」

 

 不安はもっともだ。

 このオールスパークは、全ての金属生命体の命の源。あらゆるトランスフォーマーはこのオールスパークの力により誕生する。

 

 そのオールスパークを宇宙に打ち上げるなど、不安をおぼえないほうがおかしい。

 

 しかしそれでも、そうしなければならなかった。

 メガトロンがオールスパークを手に入れれば、その力で自分に忠実な軍団を創り上げ、このサイバトロンだけでなく周辺の星々、やがては銀河の隅々にいたるまで侵略の魔の手を伸ばすだろう。

 それだけは、なんとしてでも阻止しなければならない。

 自由と平和のために。

 

 しかし、オプティマスに不安がないわけではない。本当は不安でいっぱいだ。

 それでも総司令官として、部下の前では彼らを不安にさせないよう強く振る舞わねばならない。

 だから今回も、自身たっぷりに見えるよう、厳かに頷いた。

 

「もちろんだ、ジャズ。そうすることが、最良の選択なのだ」

 

 しかし、オールスパークを打ち上げるためにはまだしばしの時間が必要だ。

 そのために手は打った。

 

 頼むぞ。オートボットの戦士たちよ……

 

  *  *  *

 

 戦場へと向かう降下船の中で、若きオートボットの情報員バンブルビーは落ち着かなかった。戦場にでるのはいつものことだが、これほどの大役を仰せつかるのは始めてだからだ。

 オールスパークを打ち上げるまでの間、メガトロンの進軍に対し時間を稼ぐこと。

 それが、バンブルビーたちがオプティマス・プライムから命じられた任務である。

 任務を受けるさい、バンブルビーは初めてオプティマスと直接対面した。

 実の所、バンブルビーはオプティマスに憧れていて、彼と会える日をいつも想像していた。

 オプティマスに任務を仰せつかる自分。

 オプティマスの隣で戦う自分。

 オプティマスに勲章をもらう自分。

 みな入念にシミュレートを重ねてきた。

 しかし、想像するのと実際に合うのとでは大違いだった。

 オプティマス・プライムの存在感はまさに圧倒的だった。

 彼に「友よ」と声をかけられたときなどは、冗談でなくオイルを失禁するかと思った。

 そのオプティマスからの直接の任命である。

 なんとしても成功させなくては……

 しかし、相手はあのメガトロンである。

 緊張しない方が無理だった。

 

「そう気張るなよ、バンブルビー」

 

 隣の席に座る赤い同型、クリフジャンパーが声をかけてきた。

 

「なにも怖いことなんかないさ。いつもどおり、ディセプティコンを血祭に上げてやりゃいいんだ」

 

 軽い調子のクリフジャンパー。

 彼はベテランの戦闘員で、格闘戦のプロだ。

 バンブルビーは緊張を悟られないように自信に満ちた声を出した。

 

「別に怖いことなんかないさ」

 

「そうともバンブルビー。ようは俺らがメガトロンの野郎をぶっ殺してやればいいだけなんだからな」

 

 対面に座る、赤い体色と胸の砲が特徴的な大柄なオートボット、ワーパスもニヤリと笑いながら言う。

 

「そうすれば、オールスパークを宇宙に放り出す必要もなくなって、万々歳ってわけだ」

 

 同じく赤い体色のオートボット、インフェルノが言葉を継ぐ。

 

「じゃあ、いっちょかつてはメガトロンの首だったはずの金属の塊を、蹴っ飛ばしてサッカーでもして遊ぼうじゃないの!」

 

「「「HA☆HA☆HA☆HA☆HA☆」」」

 

 バイザーをした赤いオートボット、ウインドチャージャーの締めに、バンブルビーを除く四人は大笑いする。

 バンブルビーは少し笑いながらも、ちょっとこのノリついていけないと思考するのだった。

 

  *  *  *

 

 チーム・レッド。

 それが彼らの名だ。

 オートボットの中でも歴戦の勇士というにふさわしい功績と、特に好戦的な性格の持ち主が集まった最強の攻撃部隊である。

 バンブルビーは彼らに斥候としてついていくようになってしばらくたつが、いまだにこのノリには慣れなかった。

 それでも、頼りになる仲間たちなのは確かだった。

 

  *  *  *

 

 戦場であるタイガーパックスの原野は、すでに地獄絵図の様相を呈していた。

 進軍するディセプティコンの前に戦列は突破され、大火力の前に兵士たちが蹂躙される。

 ディセプティコンの一員スカルグリンは、全身に装備した火器と自信のパワーを生かして次々とオートボットを物言わぬ鉄屑に変えていた。

 そのセンサーが新たな獲物を捉える。

 降下してくる船から降りてきた連中だ。

 スカルグリンの放ったミサイルで、降下船は爆炎に包まれたが、その寸前に五人のオートボットが地上に降り立ったのをスカルグリンは見逃さなかった。

 そのオートボットたちを屑鉄に変えてやるべく、スカルグリンは全身の火器を放つ。

 

「チーム・レッド! ぶっ壊しレーススタートだ!」

 

 だが、赤いチビ……クリフジャンパーの号令によりチーム・レッドはすぐさまビークルモードに変形して砲火をかわしてみせる。

 唯一かわさなかったのがワーパスだが、彼はこの程度の攻撃はそよ風とでも言わんばかりに動じない。

 

「オラ! 追いついてみなノロマ!」

 

 ウインドチャージャーがスカルグレンの周りをグルグルと走り挑発する。

 スカルグレンは怒り狂って手に持ったつるはし状の武器を振るおうとするが、その瞬間インフェルノの狙撃がスカルグリンの腕を打ち抜き、ディセプティコンは武器を取り落としてしまう。

 

「クズ野郎が! テメエには過ぎた玩具だぜ!」

 

 一瞬驚くスカルグリンだが、すぐに火器攻撃に切り替えようとする。

 だが、ときすでに遅し。

 

「イェアア! おっ死ね!」

 

 ワーパスの胸の砲が火を噴き、スカルグリンの半身を吹き飛ばした。

 それでも反撃しようとするディセプティコンだったが、いつのまにか接近していたクリフジャンパーがその頭にブラスターを突きつける。

 

「安心しな。生きてる屑鉄が、本物の屑鉄になるだけだ」

 

 そう言って容赦なくスカルグリンの頭を撃ちぬく。

 半身のみならず頭部も失ったディセプティコンは力なく倒れる。

 その死体をつまらなそうに蹴っ飛ばすクリフジャンパー。

 騒ぎに気付いて他のディセプティコンたちも集まってきた。

 

「やってきやがったぜディセプティコンのクズどもが。俺らに殺されによぉ」

 

 クリフジャンパーが好戦的な笑みを浮かべ改めてブラスターを構える。

 一連の流れを半ば茫然と見ていたバンブルビーだったが、正気を取り戻し射撃をはじめた。

 

 チーム・レッドはまさに一騎当千の強さを見せるだけでなくチームワークに置いても完璧だった。

 彼らの前に敵はないかに思われた。

 

 だが、そうではなかった。

 

  *  *  *

 

 メガトロンは空中戦艦の舳先から戦場を睥睨していた。

 

『メガトロン様、戦況ハ順調二推移シテイル』

 

 腹心の部下サウンドウェーブからの報告にも、メガトロンは満足しているとは言い難かった。

 オールスパークを手に入れるまで満足することはないだろう。

 メガトロンのセンサーは戦場の隅々まで把握していた。

 東で航空部隊を率いるスタースクリームが、敵の航空戦力を蹴散らしているも、西でショックウェーブが単体で一個中隊を殲滅するのも分かっていた。

 そのセンサーが、正面に異変を捉えた。戦列が乱れている。

 何体かのオートボットが暴れているのがオプティックでも見えた。

 

「サウンドウェーブ、ここは任せたぞ!」

 

『メガトロン様?』

 

「少しは骨のある奴らがいたようだ。狩ってくる」

 

 それだけ言うと、メガトロンは戦艦から飛び降りた。

 

  *  *  *

 

 それが自分たちの正面に着地したとき、戦場の空気が変わった。

 誰もが口にせずとも理解した。

 灰銀の巨体。

 悪鬼羅刹の如き顔。

 真っ赤なオプティック。

 何よりも、圧倒的な、物理的な衝撃さえ伴いそうなほどの覇気。

 あれこそが闘技場の英雄、ディセプティコン破壊大帝メガトロンだと。

 メガトロンは視界にチーム・レッドを捉えると、獲物を前にした猛獣のように笑い、ゆっくりと歩き出した。

 

「……ッ! みんな! いつものフォーメーションでいくぞ!」

 

 メガトロンの覇気に飲まれていたチーム・レッドだったが、いち早く正気に戻ったクリフジャンパーの号令に弾かれたように動き出す。

 

「メガトロン! デカブツめ、俺の動きを捉えられるか!」

 

 いち早くビークルモードで飛び出したウインドチャージャーが、挑発しながらメガトロンの周りを走り出す。

 短距離なら最速を誇るウインドチャージャーの走りに、メガトロンは困惑する……はずだった。

 メガトロンは無造作に腕を突き出した。

 すると、その腕にウインドチャージャーが囚われていた。

 

「な!? 馬鹿な……」

 

 瞬時にウインドチャージャーはロボットモードに戻り反撃を試みるが、時すでに遅し。

 メガトロンは両手でウインドチャージャーの足と胴を掴み、軽く捻る。

 それだけで、ウインドチャージャーの胴はブチリとねじ切られ、彼は命を失った。

 

「ウインドチャージャー!!」

 

 バンブルビーは叫んだが、他のメンバーは悲しんだり取り乱したりはしない。速やかに次の攻撃に移った。

 インフェルノがライフルでメガトロンの頭部を狙い撃ち、クリフジャンパーがブラスターを乱射し、ワーパスが胸の主砲を発射する。

 しかしメガトロンは殺到する砲撃の中でも微動だにしない。回避も防御もしない。

 ただ、両腕を合わせて変形させ、巨大なフュージョンカノンを組み上げただけだ。

 

「散れ!!」

 

 クリフジャンパーの叫びに、オートボットたちはバラバラに飛びのく。

 唯一、ワーパスを除いては。

 ワーパスがどうして逃げなかったのか、自分の装甲に自信があったからなのか、それともどのような形であれ敵に背を見せるのが嫌だったからか、それは分からない。

 確かなのはワーパスが飛来するフュージョンカノンのエネルギー弾を受け止め……

 

「ワーパス!!」

 

 そして、その上半身を粉々に爆破されたということだけだ。

 倒れ伏すワーパスの下半身。

 巻き起こる噴煙に紛れ、残る三人は構造物の影に身を隠した。

 

  *  *  *

 

「くそう!」

 

 物陰に身をひそめながら、インフェルノは毒づいた。

 無敵を誇るチーム・レッドがこうもアッサリと!

 だが、まだ反撃の芽はある。残る二人と合流して……

 思考していたインフェルノに、影が覆いかぶさった。

 

「……!」

 

 最後にインフェルノが見たのは、自分の顔を掴む手と、その隙間から覗く真っ赤なオプティックだった。

 

  *  *  *

 

 恐ろしい悲鳴が響き渡り、インフェルノの最後を物陰に隠れたバンブルビーとクリフジャンパーに知らせた。

 

「インフェルノまで……」

 

 バンブルビーは全身の震えが止まらなかった。

 仲間が三人、まるでゴミのように殺された。

 メガトロンは格が違いすぎる。まるで別次元のモンスターだ。

 

「バンブルビー」

 

 クリフジャンパーが、彼らしからぬ静かな声を出した。

 その声にバンブルビーが顔を上げると、赤い同型は真っ直ぐにそのオプティックを見た。

 

「奴には勝てない。俺が時間を稼ぐから、その間におまえは逃げろ」

 

「ッ! そんなこと!」

 

「いいか、おまえはまだ若い。俺らに付き合って死ぬこたない」

 

 その言葉にバンブルビーは必至に反論しようとする。

 だが、クリフジャンパーはバンブルビーが何か言うより早く、物陰から飛び出していってしまった。

 

「メガトロン!!」

 

 クリフジャンパーはメガトロンの正面に立ち、ブラスターを構える。

 

「貴様か、チビ助。もう一人はどうした?」

 

 メガトロンはインフェルノの首を投げ捨てると、クリフジャンパーに向き直った。

 

「……逃がした」

 

「なるほど、賢明だな。だが、貴様はここで終わりだ」

 

「確かにな。だけど一人で逝くのは寂しいんでね、メガトロン!」

 

 それだけ言うとクリフジャンパーはメガトロンに飛びかかった。

 無論メガトロンはすぐさま反応し、チェーンメイスを展開するとクリフジャンパーを打ち据えようとする。

 だがクリフジャンパーはそれを素早くかわし、メガトロンに組み付いた。

 

「おまえも道連れだぁああああッ!!」

 

 その瞬間、クリフジャンパーがもしものときのために、体内に仕込んでおいた爆弾が起動、瞬時にメガトロンもろとも大爆発を起こした。

 

  *  *  *

 

「クリフジャンパー……」

 

 一人残されたバンブルビーは恐る恐る、物陰から顔を覗かせた。辺りは噴煙に包まれている。

 結局、自分は何もできなかった。

 あまりの無力さに、絶望がスパークを支配しそうになる。

 せめて、仲間たちの遺体を回収したかった。

 彼らのおかげで、メガトロンは倒されサイバトロンは救われたのだから。

 物陰から這い出して、散らばった金属パーツを集めようとする。

 だが、バンブルビーは気付いた。噴煙の中に屹立している影に。

 

「あ、あ、あ」

 

 メガトロンがそこに立っていた。

 

 ダメージは受けているようだが、大した傷には見えない。

 今度こそ、バンブルビーのブレインサーキットを絶望が支配した。

 

 仲間たちの死はまったくの無駄だったのだ。

 

「……小僧、貴様の仲間たちは勇敢だったぞ」

 

 オプティックを光らせ、メガトロンがバンブルビーに近づいて来る。

 

「勇敢で、そして愚かだった」

 

「あ、あ、うあああああ!!」

 

 気がついたら、バンブルビーはブラスターを撃ちながらメガトロンに向かって走っていた。

 もう、何が何だか分からなかった。

 メガトロンはバンブルビーの射撃をその身に受けて一切かわさず、突撃してきたバンブルビーの首を掴んで持ち上げる。

 

「愚か者めが。仲間が救った命を無駄にしおって……」

 

 その言葉には少しだけ悲しそうな調子が含まれていたが、バンブルビーは気付かなかった。

 手足をバタバタと動かし、何とかメガトロンにダメージを与えようともがく。

 しかし、メガトロンの大怪力の前には徒労に終わった。

 

「……これも戦いの常、貴様も仲間の後を追うがいい」

 

 メガトロンが腕に力を込める。

 致命的な損傷を与えるべく、メガトロンの指がバンブルビーの喉に食い込んでいく。

 まず破壊されたのは、バンブルビーの発声回路だった。

 さらに力を込めれば、もっと重要なパーツが破壊されるだろう。

 そしてそれは、もう間もなくだった。

 

  *  *  *

 

 今、オプティマス・プライムの眼の前には、一つのコンソールが置かれていた。そのコンソールにはスイッチが一つあるだけだ。

 だが、そのスイッチを押せば全てが変わる。

 全てのシークエンスは終了した。後はスイッチを押せばオールスパークは宇宙に打ち上げられ、メガトロンの手に落ちることはなくなるだろう。

 

 そして、サイバトロンに新たな命は生まれなくなる。

 

 はたして、これが最良の選択なのだろうか?

 自分は、傷ついた星に止めを刺そうとしているのではないか?

 

『オプティマス! エアリアルボット部隊はすでに壊滅状態だ! 制空権を維持できない!』

 

『オプティマス! 最終防衛ラインが突破されたぞ!!』

 

『オプティマス! こっちは怪我人であふれかえってる! スペアパーツもエネルゴン輸液も足りていない!!』

 

 ジャズの、アイアンハイドの、ラチェットの、仲間たちの悲鳴じみた報告が、四方から飛びこんで来る。

 もはや、戦線を維持できない。これしか手はないのだ。

 オプティマスはスイッチに手を伸ばし、そして……

 

 震えながらも、そのスイッチを押した。

 

「すまない……」

 

 オプティマスは、オートボットの英雄は、力無く頭垂れ、悔恨と罪悪感に震えていた。

 

「どうか、私を許してくれ……」

 

 そしてオールスパークを宇宙に上げるための巨大なコイルガンが動きだした。

 砲身は長い縦穴、砲弾はオールスパークそのものだ。

 無数の機械が起動し、電磁的な力により巨大なキューブは瞬く間に加速して、オールスパークの泉を飛び出し、第二宇宙速度を突破。サイバトロンの大気の外へと飛び出していった……

 

  *  *  *

 

 一直線に軌跡を描いて、一つの光が空へと昇っていった。

 それを、全てのオートボットが、全てのディセプティコンが見上げていた。

 破壊大帝メガトロンも、例外ではなく。

 

「……馬鹿な」

 

 手の中の黄色いオートボットに止めを刺すのも忘れて、メガトロンは茫然と呟いた。

 

「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な! 馬鹿なぁああああ!! オプティマス! あの愚か者めが!!」

 

 絶叫するとオートボット……バンブルビーを放り出し、メガトロンはギゴガゴと音を立ててエイリアンジェットに変形する。

 そして、もう間に合わないと分かっていながらも消えゆく光を追いかけて、空の彼方へと飛び去った。

 バンブルビーは薄れゆく意識の中で、それを見ていた。

 

 ざまあみろ!

 

 そう声に出そうとして、出せなかった。

 

 もう二度と。

 

  *  *  *

 

 宇宙空間に飛び出したメガトロンは、オールスパークのエネルギーの痕跡を追って飛び続ける。

 奇跡でも起こって、オールスパークがどこかの惑星に墜落でもしない限り、追いつけないのは分かっていた。

 だが、それでも追わずにはいられなかった。

 そのままいけば、メガトロンはサイバトロンの属する恒星系を抜け、無限の虚空へと飛び出していっただろう。

 あるいは、どこかの星の墜落したオールスパークの痕跡を見つけ、そこに辿り着くも氷に突っ込んで凍結し、何千年もそのまま眠り、やがてその星の原住民に発見されて……

 そんな未来もあったのかもしれない。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 恒星系の最も外側の星の傍を通過しようとしたところで、メガトロンのブレインサーキットに直接通信が送られてきた。

 特殊な専用回線を使い何重にも秘匿されたそれは、とある惑星に蔓延る有機生命体の言葉を借りるならテレパシーで直接頭に話しかけられているようなものだ。

 

【待つのだ、メガトロン】

 

 遥か彼方の暗闇から響いてくるような悍ましさを感じさせる、昏く静かな声。

 その声をメガトロン知っていた。忘れようはずもない。

 メガトロンはロボットモードに戻ると、虚空に向けて吼えた。

 

「師よ! 何故です!?」

 

【オールスパークの行先は分かっている。おまえはそこへ向かえ】

 

 静かな師の声。だがメガトロンは納得できなかった。

 

「今、手に入れればよいではありませんか! 必ず追いついてご覧にいれます!!」

 

【愚か者め!】

 

 師の声の調子が低く危険なものへと変わる。

 

【オールスパークは、その超常の力により時空を越えて別の宇宙へと堕ちていったのだ。その中のチッポケな星へとな……】

 

「時空を越えて…… それはいったいどこなのです!?」

 

 メガトロンの言葉に対する答えは、言葉ではなかった。

 無数の映像がメガトロンのブレインサーキットに直接送られてくる。

 無限の虚空の中、恒星に照らされて浮かぶ水と呼ばれる液体に包まれた青い星。

 地にも海にも空にも有機生命体が蔓延っている。

 なかでも原始的な知的生命体が原始的な社会体制、『国』を創り上げていた。

 その頂点に君臨する存在、女神。

 そして、女神を支えるのは国民の祈りと信仰。すなわち……

 

「シェア……エナジー……」

 

【そうだ、それを奪い取るのだ】

 

 唐突にメガトロンは理解した。

 なぜ、師がその世界に拘るのか。

 その世界とオールスパークがどのような関係なのか。

 シェアエナジーと呼ばれるそれが、何なのか。

 

【目指せ、『ゲイムギョウ界』を】

 

 その言葉が終わるより早く、メガトロンは振り返ってビークルモードに変形すると、元来た航路を戻りだした。

 生まれ故郷、惑星サイバトロンへ向かって。

 

  *  *  *

 

 戻って来たサイバトロンは色あせて見えた。

 永遠と続いた戦争によって、かつては輝く銀色だった大地は黒ずみ、大気はくすんでいた。

 それでも、ついこの間まではこの星は『生きて』いた。今はそうではない。

 いまやサイバトロンは、寿命が尽きて枯れゆく巨木も同然だった。

 オートボットはその責任の全てがディセプティコンに、ひいてはメガトロンにあると言うだろう。

 だが、メガトロンには分かっていた。

 確かに、ディセプティコンの攻撃は故郷をボロボロに破壊した。

 

 しかし、決定的な止めを刺したのはオートボット総司令官、オプティマス・プライムなのだ。

 

 どう言い繕っても、否定しようがなく。

 

  *  *  *

 

 再び、タイガーパックス。

 もはやオートボットもディセプティコンも引き払い、金属の原野には静寂と戦闘の跡だけが残されていた。

 兵器と兵士の残骸が野晒しのまま捨て置かれ、燻る残り火から煙が上がる。

 死が、どこまでも広がっていた。

 メガトロンは無人の荒野の上空を飛び、やがて大地にポッカリと開いた縦穴の上にやってきた。

 そのまま穴に飛び込み、下へと降りていき、ロボットモードに変形して穴の底に着地した。

 

 そこには、何もなかった。

 

 今さっきまでは、ここにオールスパークが、命の源があったのだ。

 オールスパークさえあれば、サイバトロンの再建は可能だった。

 途方もない労力と時間が必要だとしても、できることだったのだ。

 しかし、いまやそれは不可能なことへと変わった。

 

――オプティマス、あの愚か者め……

 

 地面をそっと撫でながら、メガトロンは思考を続ける。

 そうまでして、自分にオールスパークを渡したくなかったのか。

 なるほど、確かに自分がオールスパークを手に入れれば、オートボットにとって好ましくない使い方をしただろう。

 だとしても、奪われたのなら、奪い返せばよかったではないか。

 そんな道理も分からないのか。

 昔からアイツは肝心なところが抜けて……

 

 そこまで思考したところで、メガトロンは撫でた地面の感触が他と違うことに気が付いた。

 

「ッ!」

 

 全てのセンサーを使って、その下を探る。

 センサーは、巨大な空洞の存在を示していた。

 突き動かせるようにして、地面を構成する金属板を無理やり引っぺがす。

 案の定、その下は空洞になっていた。中から青い光が漏れてくる。

 迷わず、降りていく。

 そこは不思議な青い光に満たされた空間だった。

 メガトロンの巨体がギリギリ入れるくらいの広さだ。

 

「これは……」

 

 思わず、メガトロンは声を上げた。

 

 卵だ。

 

 トランスフォーマーの卵が壁と同化している。

 この空間を照らす青い光は、この卵から発せられていたのだ。

 壊さないようにそっと、卵に触れてみる。

 暖かかった。

 小さく弱く、ドクンドクンと脈打っている。

 

「…………」

 

 メガトロンは自分がオプティックから液体を流していることに気が付いた。

 

――まだ、こんな機能が残っていたか……

 

 とっくの昔に、枯れ果てたと思っていた。

 同時に、スパークから力が漲る。

 それは、新たな決意からくるものだった。

 

――守らねばならない。コイツらだけは、何としてでも! ……例え、師に背いてでも! そのためにも……

 

「行かねばならない! ゲイムギョウ界へ……!」




トランスフォーマーアドベンチャーは面白いですね。

ネプテューヌは新作がいろいろ発表されました。

……正直、今回の展開は袋叩きに合うのも覚悟の上です。

ご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 アイリスハートの攻撃

ついに、あの女神が本格参戦。
科学参謀も本格参戦。


 プラネタワー最上階、ネプテューヌたちの生活スペース。

 ここでは今、新たに現れた女神プルルートの歓迎会が慎ましいながらも開かれていた。

 オートボットたちも立体映像で参加している。

 テーブルにはおいしそうな料理が並べられ、グラスには飲み物が注がれている。

 

「あたし~、プルルート~。よろしくね~」

 

 主賓ののんびりとした自己紹介が終わると、一同はパチパチと拍手した。

 

「プラネテューヌの新しい女神さん、ぷるちゃんに乾杯するです」

 

 グラスを取ったコンパが、代表して乾杯の音頭を取る。

 

「ちょっとまったぁー!!」

 

 だがその言葉に異を唱える者がいた。

 ネプテューヌだ。

 

「こんぱぁ、それじゃあわたしがぷるるんに女神の座を奪われたみたいじゃない!」

 

「え? でもぷるちゃんもプラネテューヌの女神さんです……」

 

 事態が飲み込めないのか困惑するコンパに、ネプテューヌはさらに言葉を続ける。

 

「プラネテューヌはプラネテューヌでも、別のプラネテューヌなんだからね!」

 

「えっと、つまりプルルートさんは別の次元からやってきたみたいなんです」

 

『そして別の次元にもプラネテューヌが存在し、プルルートはそこの女神というわけだ』

 

 まだ頭の上に?を浮かべるコンパに、ネプギアとオプティマスが補足する。

 

「まあ、別の次元とかサラッと言われても反応に困りますけどね」

 

『『まったくだぜ』』

 

 少し困った感じのイストワールに、バンブルビーも同意する。

 

「変身もできるんですか?」

 

 ふと思った疑問をアイエフが口にする。

 対するプルルートは、穏やかに答えた。

 

「できるよ~。でも~、あんまり変身しないようにって、みんなから言われてるんだ~」

 

「ええ、どうしてー?」

 

 そう声を出したのはネプテューヌだ。

 女神化は、女神の最大の力であり象徴だ。

 むしろ積極的に女神化していこうとするものでは?

 

「う~ん? どうしてかな~?」

 

 首を傾げるプルルート。自分でもよく分からないらしい。

 ネプテューヌは次の質問を思いついた。

 

「あ! そう言えば、ぷるるんのいた次元にもトランスフォーマーっていたの?」

 

「ううん~。オプっちみたいな人たちは~、いなかったよ~」

 

『そうなのか』

 

 のんびりとしたプルルートの答えに、オプティマスは納得する。

 そもそも、自分たちトランスフォーマーがいるというほうがイレギュラーなのだろう。

 会話を気にせず一人食事を続けていたピーシェは早々にお肉を食べ終わってしまった。

 まだお腹が空いているのか表情を曇らせるが、すぐに『隣』の皿にまだあることに気づき、それを食べようとする。

 

「あー! ちょっとぴーこ!」

 

 自分の皿から肉が奪われたことに気が付いたネプテューヌは、それを阻止せんとする。

 

「ぴぃ、おにくたべるー!」

 

 だが、阻止ならずお肉はピーシェの口の中に消えた。

 

「ああ……」

 

「ねぷてぬには、これあげる!」

 

 絶望するネプテューヌに対しピーシェが差し出したのは、付け合せのナスである。

 それが眼前に現れた瞬間、ネプテューヌの顔色が青くなった。

 

「き、きゃああ! 近づけないでー! わたしナス嫌いなのー!!」

 

『しかしネプテューヌ。好き嫌いは良くないぞ』

 

 喚き散らすネプテューヌに対し、オプティマスがやんわりと諌める。

 

「そうよ、今日は我ながらおいしくできたんだから」

 

 調理した張本人であるアイエフも穏やかにナスをすすめてみる。

 だが、ネプテューヌはナスに拒否反応を示していた。

 

「やだよー…… ナスなんてぇ。あの臭いを嗅いだだけで、力が抜けちゃうんだから」

 

 それを聞いてアイエフは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「まったく、ナスが嫌いなんて人生の三分の一は損してるわね」

 

『『そこまで言っちゃう?』』

 

 からかうようなアイエフに、バンブルビーがツッコみを入れる。

 

「なんて言われたって嫌ーい!!」

 

 ネプテューヌは、意見を変える様子はない。

 そんな女神に、イストワールは苦笑する。

 

「ネプテューヌさん、女神が好き嫌いをしていては国民に示しが……あば、あばばばばば!?」

 

 突然、イストワールが細かく振動しだした。

 明らかに異常な震え方だ。

 その姿にみんな心配そうな声を出す。

 

「イストワール様! 大丈夫ですか!?」

 

「祟り! ナスの祟りだよー!」

 

『なにかの動作不良か?』

 

 混乱する場のなかで、ピーシェはナスを頬張ってみる。

 そしてその美味しさに笑顔になる。

 

「プルルートねえ、また色気のないのが増えたなおい」

 

 一人食卓から離れてソファーに腰かけたホィーリーは、少しシニカルに呟くのだった。

 

  *  *  *

 

 その窓の外、何者かがそこでネプテューヌたちの会話を聞いていた。

 その何者かは邪悪な笑みを浮かべるのだった……

 

  *  *  *

 

 所かわって、ここはディセプティコンの秘密基地。その一室である。

 訓練場として使われているここの中央に、メガトロンが佇んでいた。

 と、突然周囲に機械系のモンスターが現れ、メガトロンに攻撃を始める。

 カッとオプティックを見開いたメガトロンはその攻撃を全てさけて見せ、さらに『右腕』一本で叩き伏せていく。

 その腕は肩に装甲が追加され、指は人間の物に形状が近づいていた。

 新たに中型のモンスターが現れるが、メガトロンは剣状の武器デスロックピンサーを展開すると、モンスターを切り裂く。

 その背に砲撃を浴びせる者がいた。四足歩行の戦車のようなモンスターだ。

 だがメガトロンは振り向きざま身を反らして砲撃をかわし、右腕を変形させたフュージョンカノンを無造作に撃つ。

 着弾とともにモンスターは跡形もなく消し飛んだ。

 

「……お見事です。メガトロン様」

 

 そう言いつつ部屋の中に現れたショックウェーブは、恭しく頭を下げる。

 

「うむ。おまえの作ってくれた、この腕。なかなか調子が良いぞ」

 

「光栄の至り」

 

 ショックウェーブが作成したメガトロンの新たな右腕は、以前よりも強化されており、片手でもフュージョンカノンが撃てるようになった。

 また一発一発の威力こそおちるものの連射すら可能になっており、メガトロンの破壊力を助長していた。

 

「その腕は以前の御身の腕よりも、より威圧的、より攻撃的、そしてより破壊的な物に仕上がったと自負しております」

 

「フハハ、気に入ったぞ! これでオプティマスを捻り潰してやれるわい!」

 

 ついでに雛を撫でやすい形状なので言うことなしだ。

 

「メガトロン! メガトロン、いるか!」

 

 そこへメガトロンを呼ぶ声がした。

 ディセプティコンの兵士ではない。彼らならメガトロンを呼び捨てしたりはしない。

 メガトロンが視線を巡らすと、黒衣の女性マジェコンヌがこちらに歩いてくるところだった。

 

「……貴様か」

 

 メガトロンの声は酷く冷めたものだった。視線もまたしかり。

 それに気づいていないのか、あるいは気にしていないのかマジェコンヌは一方的に要件をきりだした。

 

「作戦を思いついた! 兵隊を貸せ!」

 

「馬鹿を言え」

 

 メガトロンはにべもなく断った。

 この女、厚かましいにもほどがある。

 あれほどの失敗をしておいて、さらに助力を乞いにきたとは。

 

「この作戦なら、女神を倒すことができる! 貴様だって女神は邪魔だろうが!」

 

 なおも言い募るマジェコンヌを、さてどうしてやろうかと思考していると……

 

「メガトロン様! メガトロン様、こちらですか!」

 

 もう一つ、メガトロンを呼ぶ声が聞こえてきた。

 それはキセイジョウ・レイだった。

 浮遊する台座のような機械に乗ってメガトロンのもとへ飛んで来たレイは、機械を彼の前に着陸させる。

 この機械は基地内での移動が楽になるようにとフレンジーたちが用意した物だ。

 

「レイか。何用だ?」

 

 メガトロンはマジェコンヌに対するより少しだけ柔らかい声でたずねた。

 レイは一つお辞儀をすると、奏上をはじめた。

 

「はい、ガルヴァちゃんの育成状況について報告とご意見が……」

 

「申せ」

 

 短い答えに、レイはもう一度頭を下げる。

 ガルヴァとは先日生まれたあの雛のことだ。リーダー、ボスを意味するその名はメガトロン自らの命名である。

 

「では。現在のところ、ガルヴァちゃんは順調に育っています。体長、体重ともに健康そのもの。ですが、みなさんがエネルゴンチップや金属片をあげるせいで、少し体内のエネルゴン濃度と金属バランスが崩れがちです。ですので……」

 

「おい! 私の話のほうが先だぞ! 私は女神を倒す策を提案しにきたのだ! 貴様の話は後にしろ!」

 

 レイの報告をさえぎってマジェコンヌが声を上げた。

 しばらく見ないうちにレイの雰囲気が変わっていることには気付いたが、興味はない。

 そこでレイははじめてマジェコンヌに気付いたらしく、そちらに顔を向ける。

 

「えっと、マジェコンヌさん? それならお先にどうぞ」

 

 素直にマジェコンヌに譲るレイ。

 二人は気づいていないが、メガトロンは少し不機嫌そうである。

 それでもさっさと言えと手振りで示す。

 

「んん! では……」

 

 マジェコンヌは一つ咳払いすると、自分の作戦を語り出した。

 その内容が進行するにつれて、メガトロンの顔が剣呑な色に染まり、やがて呆れたように脱力していった。

 レイまでもが目を点にしている。

 表情が変わっていないのはショックウェーブだけだ。

 

「どうだ、完璧な計画だろう?」

 

 自信満々のマジェコンヌ。

 メガトロンは大きく、それはもう大きく排気した。

 

「そんな作戦に兵隊を貸せるわけがなかろう。馬鹿も休み休み言え」

 

「なんだと!」

 

 怒るマジェコンヌが、いい加減鬱陶しくなってきたメガトロンはそろそろ本気で、この黒衣の女を始末しようかと思考する。

 しかし、そこで意外な人物が発言した。

 

「メガトロン様」

 

 それは今まで沈黙を守っていたショックウェーブだった。

 メガトロンが視線をやると、科学参謀は言葉を続ける。

 

「よろしければ彼女の作戦、私めが協力いたしましょう」

 

「……なんだと?」

 

 思わず変な声が出た。

 ショックウェーブは慇懃に頷く。

 

「そろそろ、女神とやらの実戦データがほしかったところです」

 

「むう……」

 

 顎に手をやり、メガトロンは唸る。

 しばらく黙考していたメガトロンだったが、やがて口を開いた。

 

「よかろう。このショックウェーブと、ついでにドレッズも貸してやる」

 

 その言葉に満足そうなマジェコンヌ。

 レイは訝しげな視線をメガトロンに送るが、メガトロンはそれ以上何も言わなかった。

 

  *  *  *

 

 場所はプラネテューヌに戻り、シェアクリスタルの間。

 この場ではシェアクリスタルを挟んで二人の人物が会話していた。

 

「分かりました。こちらでも注意してみます」

 

 その一方、イストワールが丁寧な調子で言うともう一方も丁寧に返す。

 その人物は立体映像を使っていずこからか通信してきていた。

 

『お願いしますm(__)m プルルートさんだけだと頼りないですから』

 

 立体映像の人物も……イストワールだった。

 しかし、立体映像のほうは体がより小さく、容姿や声も幼い感じだ。

 この場では二人のイストワールが会話していることになる。

 これはいったいどうゆうことなのか?

 実はこの小さなイストワールはプルルートの元いた次元に存在するもう一人のイストワール。いわば平行存在のイストワールなのである。

 仮称として『あちらのイストワール』とでもしておこうか。

 あちらのイストワールの話を要約すると、プルルートの元いた次元からこちらの次元へ、正体不明の大きな力が転移したことが分かった。その影響があちらの次元に現れることもあり得るので、その力を元の次元に戻すためにプルルートを送り込んだ…… ということであった。

 

「ただ、こちら今はいろいろと忙しいので、最優先でとはいきませんが……」

 

『トランスフォーマーでしたっけ? そっちも大変ですね(;´Д`)』

 

 あちらのイストワールの言葉に、こちらのイストワールは少し苦笑する。

 

「ええ、でも悪いことばかりではありませんよ。オプティマスさんたちからの技術提供は魅力的ですし、なによりネプテューヌさん……こちらの女神様が少しでも仕事してくれるようになったのが……」

 

『な、なんですってー!!Σ(`Д´ )マヂデスカ!?』

 

 心の底から驚愕するあちらのイストワール。

 

『と、トランスフォーマーといっしょにいるとそんな素晴らしいことに……』

 

――ああ、そういう反応ということは、そちらも似たようなものなんですね。

 

 あちらのイストワールの反応に、思わず温かい笑みを浮かべるこちらのイストワール。

 イストワール、その名を持つ者は、どの次元でも苦労人らしかった。

 

  *  *  *

 

「……というわけで、何か変わったことがあったら、早めに報告をお願いします」

 

『分かった。仲間たちにも言ってパトロールを強化しよう』

 

 イストワールの言葉に、立体映像のオプティマスは厳かに頷き、アイエフとコンパも同意を示す。

 しかし、他の者はと言うとネプギアのエヌギアを奪いホィーリーを抱えて走り回るピーシェ。

 そのピーシェを追いかけまわすネプギア。

 なぜか裁縫をしているプルルート。

 そして例によってゲームに夢中のネプテューヌ。

 

「……あの、みなさん聞いてます?」

 

 そう言いたくなるも仕方がない。

 

「あ、すいません、いーすんさん! 聞いてます!」

 

 そう答えたのは真面目なネプギアだ。

 だが、彼女もすぐにピーシェ追跡に戻ってしまう。

 

「変わったことがあったらでしょー? 今んとこないよー!」

 

 ゲーム画面から目を逸らさずに、ネプテューヌは言う。

 

「って! 何も見に行ってないじゃないですか!」

 

「ええー、オプっちたちがやってくれるんなら、いいじゃーん!」

 

 ゲームにポーズをかけて文句を言うネプテューヌに、イストワールはまだ懲りてないのかと目を三角にし、オプティマスは苦笑した。

 

『そう言うな、ネプテューヌ。これも女神の仕事だろう?』

 

「うう…… オプっちまで……」

 

 さすがのネプテューヌも、色々な貸しからオプティマスに言われると少し弱かったりする。

 

「分かったよ…… 後で行く……」

 

『うむ。偉いぞ』

 

 観念したネプテューヌを見て、満足げに頷くオプティマス。

 そんな女神と総司令官にちょっと苦笑気味のアイエフが発言した。

 

「イストワール様、私もアーシーといっしょにパトロールに行ってきます」

 

「いつもすいません…… アーシーさんにもよろしく伝えてください」

 

「はい、それでは」

 

 丁寧にお辞儀をして退室しようとするアイエフだったが、ふと思い出してコンパのほうを向く。

 

「あ、コンパ。これから仕事でしょ。後ろに乗ってく?」

 

「わ~い! ありがとうです~!」

 

 アイエフの申し出に、嬉しそうなコンパ。本当に仲の良い二人である。

 二人が退室したところで、プルルートが嬉しそうに声を上げた。

 

「できた~!」

 

 そう言って掲げるのは小さなぬいぐるみだ。

 

「あれ? ぷるるんそれって……」

 

 思わず嬉しそうな声を出すネプテューヌ。

 

「ねぷてぬー!」

 

「あったり~♪」

 

 ピーシェの歓声のとおり、それはネプテューヌの姿を模した物だった。うまい具合に特徴をとらえてデフォルメされており、とても可愛らしい。

 ネプギアも黄色い声を出す。

 

「わあ、可愛い!」

 

「ホントー! わたしの持つ萌え要素が、ギュっと凝縮されてるよー!」

 

 自分のぬいぐるみをプルルートから受け取り、ギュっと抱きしめるネプテューヌ。

 

『うむ。よくできているな』

 

 オプティマスも感心している。

 

「いや、自分で萌えとか言っちゃうのかよ……」

 

 と、漏らすのはピーシェに放り出されたホィーリーである。

 それを無視してプルルートはニッコリと笑う。

 

「わたし~、お友達のぬいぐるみを作るの~、好きなんだ~」

 

 のんびりほんわかとした様子のプルルート。

 見ているほうもほんわかした気分になる笑顔だ。

 

「ぴぃも! ぴぃもつくって!」

 

「じゃあ、次はピーシェちゃんで~、その次はぎあちゃんね~」

 

 その言葉に、ピーシェとネプギアは笑顔を大きくして拳を合わせる。

 

「わーい♪」

 

「やったね!」

 

「それじゃあ~、さっそく~!」

 

 プルルートはそう言って裁縫台の上に布を広げ、鋏を握って考え込む。

 

「もしかすると、今からすごい職人芸が見られるのかなー」

 

「うん、型紙なしで、作っちゃったりして」

 

『楽しみだな』

 

 期待を込めた視線をプルルートに送る一同。

 だが、

 

「……く~」

 

 突然、プルルートは裁縫台に突っ伏す。

 

「あ、あれ?」

 

「寝てる……」

 

 プルルートの眠りにつく速さに、唖然とする一同だった。

 

  *  *  *

 

 偵察がてらコンパを送り届けることにしたアイエフ。

 今コンパはGDCに出向中の身であり、仕事場もそちらになる。

 ちなみにラチェットはオートボット基地のほうにいて別行動である。

 バイク姿のアーシーに二人乗りして、道路を進む。

 しかし行く手に工事中の看板が現れた。

 

「なんだか、今日は工事が多いわねえ」

 

 アイエフのぼやきのとおり、先ほどから何回も工事に出くわし、そのたびに遠回りしていいるのだ。

 

「遅くなってゴメンね、コンパ」

 

「大丈夫ですぅ、あいちゃんといっしょだから、楽しいです」

 

 詫びるアイエフに、笑顔で返すコンパ。

 そんな二人にアーシーがからかうように声をかける。

 

「楽しいんですって。良かったわね、アイエフ。両想いよ」

 

「うえ!? アーシー、あんたはまた……」

 

「?」

 

 顔を赤くするアイエフだが、理解できていないコンパは首を傾げる。

 

「も、もう! 行くわよ!」

 

 アイエフは誤魔化すように声を出し、アーシーのエンジンを吹かす。

 そうして路地を走っていると突然紫の煙が辺りを包んだ。

 

「これは…… アイエフ! まずいわ!」

 

「何!?」

 

 急停車したアーシーはアイエフに警告する。

 

「催眠ガスよ! 吸っちゃダメ!」

 

「ッ! コンパ!」

 

 すぐさま口を押さえ振り向くアイエフだが、コンパはすでに意識を失い、彼女の背中によりかかって寝息を立てていた。

 

「あっさり引っかかったな……」

 

 そこへ、誰かが歩いてきた。

 傍らに小さなモンスターを連れている。

 

「あんた、まさか!」

 

 その姿にアイエフは見覚えがあった。

 忘れようもない、マジェコンヌとワレチューだ。

 

「私をお忘れ!」

 

 アイエフとコンパを降ろしたアーシーは、すぐさまロボットモードに変形してエナジーボウを構える。

 だが、そのとき頭上から網のような物がアーシーに覆いかぶさった。

 

「これは……」

 

 払いのけようとするアーシーだが、上手くいかない。

 

「無駄だZE! その網は特別製だYO!」

 

 ビルの上から道路に着地したのは、ドレッズのクランクケースだ。クロウバーとハチェットもビルの上から降りてくる。

 彼らが網を投げたのだろう。

 

「あんたたち……」

 

 悔しげに声を出すアイエフだったが、それを最後に意識を失った。

 

  *  *  *

 

 プルルートは相変わらず裁縫台に突っ伏して眠っていた。

 さらにネプテューヌとピーシェも、ソファーで肩を寄せ合って昼寝している。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん、起きて!」

 

 そこへネプギアが慌てた様子で駆けてきた。

 

「むにゃむにゃ、もう食べられない……」

 

「もう、ベタな夢見てないで! お姉ちゃんったらあ!」

 

 寝言を言うネプテューヌの身体をゆするネプギア。

 目を擦りながらネプテューヌはピーシェを起こさないように体を起こす。

 

「んん~…… なあにー、ネプギアー……」

 

 ネプギアはエヌギアを取り出すと姉に映像を見せた。

 そこには、木の柱に縛り付けられたアイエフの姿が写っていた。

 

「あ!? なにこれ!」

 

「ひど~い!」

 

 その姿にネプテューヌとプルルートも緊迫した顔になる。

 

「知らないアドレスから送られてきて、地図も添付されてたの」

 

 ネプギアの説明に、ネプテューヌはすぐさま立ち上がった。

 

「すぐに助けに行かないと! オプっちたちにも声かけよう!」

 

「うん!」

 

 頷くネプギア。

 しかし彼女の脳意には一つの疑問があった。

 

 いったい、何者がこんなことをしたのか?

 

  *  *  *

 

「ううん……」

 

 アイエフが目を覚ますと、そこはどこか屋外だった。

 自分は木の柱に縛り付けられている。

 その前に黒衣の女性が立っていた。

 

「復讐の時はきた……!」

 

 それはマジェコンヌだった。

 ほくそ笑むマジェコンヌをアイエフはキッと睨みつける。

 

「マジェコンヌ…… やっぱりあんただったのね! コンパとアーシーはどこ!」

 

「ふん! 他人の心配などしてる場合か?」

 

「こんなことしても無駄よ! ネプ子やネプギア、オプティマスたちがあんたを倒すわ!!」

 

 囚われの状況でも怯まないアイエフだが、マジェコンヌは余裕を崩さない。

 

「前回のようにはいかんぞ! 私には秘策があるのだ!」

 

 そう言ってマジェコンヌは自分の背後を示した。

 

「それは、このナスだ!!」

 

 そこには一面のナス畑が広がっていた。

 どこまでもナス、ナス、ナス……

 しかしこれのどこが秘策なのか?

 

「ナスが女神の弱点だということは調査済みだ! このナス畑でこの世の地獄を見せてやる!!」

 

 あまりのことに絶句するアイエフ。

 しかし、冷静に考えてみれば少なくともネプテューヌにとっては有効な手段かもしれない。あくまでもネプテューヌに対してのみだが。

 

「なにやったって勝ち目はないわよ! あんたみたいなオバサンに!」

 

 アイエフの言葉に、マジェコンヌは眉を吊り上げる。

 

「黙れ、小娘が!」

 

 そして、ニヤリと笑うとナスを取り出した。

 繰り返す、ナスである。

 マジェコンヌはアイエフの顔を掴み、無理やりその口にナスをねじり込みはじめた!

 食べ物とはいえ、一個丸々生のままは苦しい。

 

「全部食え、残さず食え。人生の三分の一を損するぞ」

 

 何とかナスを食べたアイエフは、マジェコンヌに向かって吼える。

 

「何すんのよ、この年増!」

 

「うるさい!」

 

 その言葉にマジェコンヌはさらにナスを取り出し、アイエフの口にグリグリと押し付ける。

 

「ほ~れ、ナスの皮にはポリフェノールもいっぱいだぞぉ」

 

 抵抗できずにナスを頬張るアイエフを見て嗜虐心が刺激されたのか、舌なめずりまでして嗤うマジェコンヌ。

 アイエフは必死に抵抗するも、ナスは容赦なく口内を蹂躙するのだった。

 

  *  *  *

 

「なあ……」

 

「ん~?」

 

「この作戦どう思う?」

 

「……馬鹿みてえだYO」

 

「だよなあ……」

 

 縛られたアーシーを見張るリンダは、溜め息をつきながらアイエフとマジェコンヌを眺めていた。相槌を打ったのはクランクケースだ。

 クロウバーとハチェットも呆れ顔だ。

 

「…………」

 

 縛られてナス畑の中の空き地に転がされたアーシーは、憎々しげなオプティックでドレッズとリンダを睨みつける。

 しかし、ドレッズはどこ吹く風だ。

 

「マジェコンヌの姐さん、すごい人だと思ったんだけどなあ……」

 

 もう一度溜め息を吐くリンダ。

 あのメガトロン相手にも物怖じしないし、女神を倒そうという気概は本物だ。

 だが、前回に比べてもこの作戦、お粗末過ぎやしないか?

 

「何だよナスって……」

 

 ガックリとするリンダと、それに釣られて項垂れるクランクケース。

 

「ガウ! ガウガウ!」

 

「来たぞ。オートボットと女神だ」

 

 と、ハチェットとクロウバーが敵の襲来を知らせた。

 その報告に、クランクケースとリンダは顔を見合わせる。

 来たならしょうがない。

 ドレッズとリンダは戦闘態勢に入るのだった。

 

  *  *  *

 

 女神とオートボットの接近はマジェコンヌも視認していた。

 女神化したプラネテューヌの女神と、憎きその妹がもう一人……プルルートの手を掴んで飛んでくる。

 あのもう一人の実力は未知数だが問題あるまい。

 必勝の策に加えて奥の手もある。

 

「よく来たな女神! 今日こそ貴様たちを葬ってくれる!!」

 

「お望みなら、いくらでも相手をしてあげるわ! とにかくあいちゃんを放し……ウプッ!」

 

 マジェコンヌの口上に律儀に答えるネプテューヌだったが、突然鼻と口を押さえる。

 

「お姉ちゃん! 大丈夫?」

 

 心配そうに聞くネプギア。

 いったいどうしたというのか?

 答えは周りのナス畑にあった。

 

「だ、大丈夫よ…… ナスの臭いがちょっと……」

 

「フッ、今頃気付いたか」

 

 気分が悪そうなネプテューヌを見て、マジェコンヌはほくそ笑む。

 

「おまえの弱点を突くために、この農園を買い占めたのだ! ここがおまえの墓場となる!!」

 

「馬鹿言わないで! いくらナスが嫌いでも、それでやられるわけないでしょ!!」

 

 いくらなんでもあんまりな作戦に、ネプテューヌは思わずツッコミを入れる。

 確かにいやがらせ以上のものはなさそうな策だが……

 マジェコンヌは自信満々に笑う。

 

「それはどうかな? いでよ! 我が紫のしもべたちよ!!」

 

 言葉とともにマジェコンヌは大量のナスを空中に向かって放り投げる。

 するとナスはポンと間抜けな音を立ててモンスターへと変わった。

 その外観は、ナスに手足が生えて落書きのような顔を付けたし、鳥馬に跨りキュウリ製の槍を持った……ようするにナスである。

 なんとも奇抜な見た目だが、ネプテューヌには威嚇効果抜群だった。

 

「ああ……」

 

 なんと、ネプテューヌの変身が解けてしまう。

 ネプギア一人ではプルルートとネプテューヌ、二人分の体重を支え切れない。

 必死に二人を持ち上げようとするネプギアだったが、耐え切れず二人を落としてしまう。

 轟音とともに地面に衝突したネプテューヌとプルルート。

 それでも、女神の頑丈さで大したダメージもなく上体を起こすが、二人にナスモンスターたちが群がっていく。

 

「きゃあああああ!!」

 

 恐怖のあまり、絶叫するネプテューヌ。

 

 危うし、ネプテューヌ!

 

 だがその時、爆音を立てて一台のトレーラートラックが突っ込んできた。

 それを見て、ネプテューヌから恐怖の表情が消え、代わりの希望が浮かぶ。

 

「ネプテューヌ!」

 

 トレーラートラックから聞こえてきた声は間違えようもない。

 ギゴガゴと音を立ててトラックはオプティマス・プライムへと変形した。

 

「大丈夫か?」

 

「オプっちぃ…… 怖かったよぉ……」

 

 珍しくしおらしい態度のネプテューヌ。よほどナスが怖かったらしい。

 ネプテューヌとプルルートの無事を確認したオプティマスは怒りを漲らせ、マジェコンヌを睨みつける。

 

「貴様…… 一度ならず二度までも、ネプテューヌたちを苦しめるとは…… もはや許せん!!」

 

 両腕のエナジーブレードを展開するオプティマスは、手始めとばかりに周りのナスモンスターを切り裂く。

 その気迫に、マジェコンヌは一瞬気圧される。

 だがすぐに余裕を取り戻した。

 

「フッ、忘れたのか! こちらには人質がいるのだぞ!」

 

 マジェコンヌが指を鳴らすと、どこからかドレッズとリンダが、縛られたアーシーを連れて現れた。

 

「あ、あなたたちは!」

 

 ネプテューヌが声を上げた。

 ドレッズとリンダは、その反応が少し心地良さそうだった。

 

「みんなまとめて、シタッパーズ!!」

 

 しかし、ネプテューヌのボケっぷりは予想以上だった。

 

「「ドレッズだ!!」」

 

「リンダだっつうの!!」

 

「ガウガウ!!」

 

 思わず大声で訂正するドレッズwithリンダ。

 そうこうしてる間にも、クランクケースが銃をアーシーに突きつける。

 

「動くなYOオプティマス! この女がどうなってもいいのかYO!」

 

「まさか、こうも上手くいくたあ…… イケんじゃね? これイケんじゃね!」

 

 リンダも下卑た笑みを浮かべる。

 

「フフフ、これでどちらが上の立場か良く分かっただろう! さあ、武器を捨てるがいい!」

 

 ニヤリとするマジェコンヌ。

 だが、オプティマスはギロリとディセプティコンとその協力者たちを睨みつける。

 

「……貴様らこそ、何か忘れていないか?」

 

 その言葉に、マジェコンヌは怪訝そうな顔をする。

 一方、クランクケースははたと何かに気付いた。

 

「他のオートボットはどうしたYO!?」

 

 その時である!

 

 ドレッズの後ろから黄色いスポーツカーが突撃してきた。

 もちろん、ビークルモードのバンブルビーだ。

 そのままクランクケースをはねるとロボットモードに戻り、回し蹴りでクロウバーとハチェットを弾き飛ばす。

 

「『お待たせ!』」

 

 そして狼狽えるリンダをよそに、アーシーを助け起こすとその拘束を解く。

 アーシーは自由になるとすぐに声を上げた。

 

「私より、アイエフとコンパを!」

 

 その声にオプティマスは厳かに頷き、改めてマジェコンヌのほうを向く。

 しかし、ことここに至ってもマジェコンヌは余裕を崩さない。

 

「ふ…… こうなれば奥の手を使うしかなさそうだな。来い! ショックウェーブ!!」

 

  *  *  *

 

「う、ううん……」

 

 一方、そんな戦いとは関係のない所で、コンパは遅まきながら目を覚ました。

 そこは建物の屋根の上だった。

 

「あれ? ここはどこです?」

 

 辺りを見回していると、声がかけられた。

 

「オイラとコンパちゃん、二人だけの場所っちゅ……」

 

 そこには、ワレチューがモジモジとしていた。

 

「ネズミさん?」

 

「コンパちゃんに会いたい一心で、地獄の底から這いあがってきたっちゅ……!」

 

 全ては胸の内を打ち明けるために。

 

 だがその瞬間、地面が揺れ始めた。

 

  *  *  *

 

 オプティマスは驚愕にオプティックを見開いた。

 

「ショックウェーブだと!?」

 

「それって、この前の雪山の!?」

 

 ネプテューヌが声を上げると、バンブルビーが電子音で肯定する。ネプギアも慌てた様子だ。

 

「あの、メガトロンと同じくらい強いっていう!?」

 

「……ふえ~?」

 

 プルルートだけが、状況を飲み込めずに首を傾げている。

 激しくなる揺れとともにナス畑の中央が盛り上がり、土を押しのけて呆れるほど巨大な機械ミミズが姿を現した。ドリラーだ。

 そしてその胴体に存在する操縦席から悠々と降りてくる者がいる。

 紫の逞しい体躯に右腕と一体化した巨大な粒子波動砲。水牛のような角に、何より目立つ真っ赤な単眼。

 

 ディセプティコン科学参謀、ショックウェーブである!

 

「状況把握。実に論理的でない」

 

 ショックウェーブは穏やかな声でそう発すると、警戒する女神とオートボットを無視して近くを飛んでいたナスモンスターを左手で摘む。

 

「しかし、この生物は興味深い。植物でありながら動物的であり、また極めて低レベルだが知性と呼べるものを有している。驚くべきはこの生物が人工的に生み出された者であることだ。この世界では、多種多様な生命体に対し一括りにモンスターと実に論理的でない分類がされているが……」

 

「ショックウェーブ! 何してる、敵を倒せ!!」

 

 敵を無視して独り言(?)を続けるショックウェーブに、マジェコンヌがたまらずに声を上げた。

 それに対し、ショックウェーブはナスモンスターをドリラーの操縦席にしまうと、敵に向き直る。

 オプティマス・プライムに向かって。そして無言で右腕の粒子波動砲を発射する。

 

「ッ!」

 

 オプティマスは咄嗟に、ネプテューヌとプルルートをかばい、散弾のように散らばるエネルギー弾を受けてしまった。

 

「オプっち!」

 

「ほえ~!?」

 

 心配そうな声を上げる二人に、オプティマスは力強く微笑む。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「それはダイジョブじゃないフラグだよ……」

 

「まったくもって論理的ではないな、オプティマス」

 

 ショックウェーブが、粒子波動砲を構えながら変わらず穏やかな調子で言った。

 

「その女神は現在戦力外だ、つまり論理的に考えて女神を守るより自信の防御に徹するべきだった」

 

 淡々と述べるショックウェーブ。

 その姿に尋常ではないものを感じ、マジェコンヌは冷や汗をかく。

 対するオプティマスは、立ちあがるとショックウェーブを睨む。

 

「それは違う。友を守るのは当然のことだ!」

 

「相変わらず論理性の欠片もないな。なぜ、貴様のような論理を欠いた者がオートボットを率いることができるのか、理解に苦しむ」

 

 ショックウェーブの言葉に、嘲笑の響きはない。ただ、どこまでも穏やかなだけだ。

 それが逆に、空恐ろしさを感じさせた。

 

「『よくも』『司令官を!』」

 

「おしおきよ!!」

 

 その背後からバンブルビーとアーシーがショックウェーブに飛びかかる。

 だが突然、ドリラーが動き出しその触手の一本でオートボット二体を叩き落とす。

 さらにドリラーは無数の触手を動かしてオプティマスに迫る。

 

「ドリラー、ランチの時間だ」

 

 ショックウェーブがそう言うと、ドリラーは触手を凄まじいスピードで伸ばす。

 

「二人とも、つかまっていろ!」

 

 そう言うとオプティマスはネプテューヌとプルルートを抱き上げ、ドリラーの触手から逃れるべく走り出す。

 

「うわわわ!」

 

「ほえ~!」

 

 オプティマスに抱えられて声を上げる二人。

 背後では何本もの触手が次々と地面に突き刺さる。

 その背にさらに砲撃するショックウェーブ。文字通り機械的に撃つ態はいっそ作業のようですらある。

 

「オプっち、わたしも戦うよ! ナスが怖いって言ってる場合じゃないもんね!」

 

「ああ、頼む!」

 

 オプティマスの腕の中で女神化したネプテューヌは、腕の中を飛び出し太刀を構える。

 

「なるほど、それが女神化か。興味深い。……ぜひとも研究したいな」

 

 一瞬、ショックウェーブの単眼がギラリと妖しく光った。

 その視線にネプテューヌは体を震わせる。

 

「そうはさせんぞ、ショックウェーブ!」

 

 だが、ネプテューヌとプルルートを守るようにしてオプティマスが立ちはだかる。

 それに対しショックウェーブは実に論理的な行動に出た。

 すなわち、いまだ女神化していないプルルートを狙い粒子波動砲を発射したのだ。

 

「ほえ?」

 

「危ない!!」

 

 だがまたしてもオプティマスが、それをかばって砲撃を受ける。

 

「オプっち! ぷるるん!」

 

「今助けます!」

 

 当然、ネプテューヌとネプギアが助けに向かおうとするが、ナスモンスターに阻まれて身動きが取れない。

 その間にも、ショックウェーブは容赦なく作業的にオプティマスに砲撃を浴びせる。

 

「邪魔よ!」

 

 ネプテューヌは苦手意識を忘れてナスモンスターを切り裂くが、ナスモンスターは次々とわいてくる。

 

「『司令官!!』」

 

 オートボットたちも、ドリラーの触手をよけるので精一杯だ。

 さらにドレッズもオートボットへの攻撃に加わる。

 

「ふ…… あーはっはっは!!」

 

 一連の流れを半ば茫然と見ていたマジェコンヌだったが、圧倒的な戦局に余裕を取戻し高笑いする。

 

「どうだ見たか、女神ども! どうやらここまでのようだな!! あーはっはっは!!」

 

 この状況はほとんどショックウェーブの手柄で、自身はナスをばらまいたくらいなのだが、そのことは都合よく忘れているらしく勝利を確信して笑うマジェコンヌ。

 

「ネプ子! オプティマス! そんな奴らなんかに負けないで!!」

 

 縛られていて動くことができないアイエフは、せめて応援しようとする。

 だが、それが気に食わないらしいマジェコンヌは、アイエフの口にさらにナスをねじり込む。

 

「おまえは黙っていろ! せっかくだからナスを食わせ続けてやる!」

 

 次々とナスをアイエフの口に入れるマジェコンヌ。本人はいたって真面目である。

 そうしている間にもオプティマスに砲撃が浴びせかけられる。

 

 もはやこれまでなのか?

 

「……なんか~、むかつく~」

 

 そのとき、オプティマスに庇われていたプルルートが小さく呟いた。

 小さな声なのに、様々な音に溢れる戦場でもよく響く。

 そして手に持っていたネプテューヌのぬいぐるみを地面に叩きつけた。

 

「ッ!?」

 

 とてもぬいぐるみが出すとは思えない轟音が鳴り地面が陥没する。

 マジェコンヌも、女神たちも、オートボットたちも、ディセプティコンたちさえも何事かと動きが止まる。

 唯一、ショックウェーブだけが大して驚いた様子もなく、むしろ興味深げにプルルートのことを見ている。

 

「どうして~、オプっちやアイエフちゃんを~、そこまで~、苛めるのかな~?」

 

 ぬいぐるみをグリグリと踏みつけるプルルート。

 その姿からは尋常でない迫力が滲み出ていた。

 

「ひ、人質をどうしようが私の勝手だろうが!」

 

 プルルートの迫力に圧倒されながらも、そんなことをのたまうマジェコンヌ。

 一方、ショックウェーブはプルルートの豹変にも動揺する素振りを見せない。

 

「その質問は論理的ではないな。論理的に考えてオプティマスを集中攻撃するのは当然の……」

 

「むかつく~!!」

 

 懇切丁寧に説明しようとするショックウェーブをさえぎり、プルルートが大声を上げた。

 その身体が光に包まれる。女神化しているのだ。

 光りが治まった時、そこにいたのは……

 

「あなたたちぃ、すごく気に入らないわぁ」

 

 薄紫の髪は、長い紫へと。

 幼い肢体は、艶めかしい大人の女へと。

 瞳の色は変わらず深い紫で、女神の証たる文様が浮かびつつも妖しく輝き。

 衣装は黒く露出度の高い、まるでボンテージのような姿へと変わる。

 

「だからぁ、苛めてあげるぅ」

 

 女神化したプルルートのその声は、のんびりとした調子を残しながらも大人っぽく妖艶なものへと変貌していた。その顔にはサディスティックな笑みが浮かんでいる。

 

「ぷ、ぷるるん!?」

 

「お姉ちゃん以上の変貌ぶり……」

 

 変身前とのあまりのギャップに、ネプテューヌとネプギアは唖然とする。

 

「き、貴様何者だ!!」

 

 マジェコンヌも、思わずアイエフの口にナスを入れるのを中断して声を上げる。

 

「あたしぃ? アイリスハートよぉ」

 

 それに答えて名乗りを上げるアイリスハートことプルルート。

 

「でも、おぼえなくていいわぁ。……体に刻み込んであげるからぁ!!」

 

 手のなかに大振りの蛇腹剣を召喚し、ショックウェーブさえ反応しきれない速度でマジェコンヌに近づくと、その身体を上空へと弾き飛ばす。

 

「ぐわあああ!!」

 

 たまらず空に舞い上がるマジェコンヌ。だがプルルートの攻撃は終わらない。

 

「もしかしてぇ、見た目のわりに淡泊なタイプぅ?」

 

 先回りしたプルルートは嘲笑とともにさらなる斬撃を繰り出す。

 その攻撃をまともに食らい、マジェコンヌは地面に叩き付けられた。

 プルルートは何とか上体を起こしたマジェコンヌの前にゆっくりと降りてくる。

 

「ひぃッ!」

 

「どうしたのぉ、無駄に歳くってないところ、見せてよ……ね!!」

 

 怯むマジェコンヌに容赦なく攻撃を浴びせるプルルート。

 その顔には実に楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 

「楽しんでるみたい……」

 

 その姿を見てネプギアが茫然と呟いた。

 

「し、ショックウェーブぅ! なにしてる、助けろぉ!」

 

 息も絶え絶えのマジェコンヌは、彼女がいたぶられる様を興味深げに見ていたショックウェーブに助けを求める。

 だが、ショックウェーブは微動だにしない。

 

「興味深い、形態の変化やパワーの上昇もそうだが人格の変容が面白いな。あるいは潜在意識の発露か? 形態の変化についてはまさに肉体の再構成といっていい。我々の変形との類似点、あるいは相違点について考証する必要があるな」

 

 仮にも仲間が助けを求めているにも関わらず、穏やかに、あくまでも穏やかに淡々と独り言を続けるショックウェーブ。

 その言葉にマジェコンヌは愕然とし、女神たちは戦慄する。

 

「な、何なんだよあのヒト……」

 

「ああいうヒトなんだYO……」

 

 リンダはその一種異様な姿に震え、隣に立つクランクケースは多分に諦めの入った排気を出す。

 そして、プルルートはというと……

 

「気に入らないわぁ」

 

 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「オプっちを苛めてくれたこともだけどぉ、その澄ました顔がムカつくわねぇ。……泣かせてみたいわぁ」

 

 もう、色んな意味で味方側の人物が言ってはいけないセリフを吐くプルルートは、マジェコンヌを捨て置き、ショックウェーブに狙いを定める。

 一方、ショックウェーブは無言でプルルートに……ではなく、放っておかれたアイエフに狙いを定める。

 だが、間一髪のところでオプティマスが、アイエフが縛られている柱を地面から引っこ抜くことで救い出した。

 

「あなたねぇ…… あなたの相手はあたしでしょうがぁ!!」

 

 プルルートが笑みを消して怒声を上げる。

 だが、ショックウェーブは穏やかに答えた。

 

「弱い者から倒すのは論理的な戦法だ。まして論理的でないことに、最大の強敵が自らダメージを受けに来てくれるのだ。論理的に考えてこれが正しい……」

 

「もういいわぁ…… 絶対泣かす!!」

 

 プルルートは怒りのあまり凄絶な笑みを浮かべてショックウェーブに斬りかかる。

 ショックウェーブはすかさず粒子波動砲をプルルート目がけて撃つが、それは全てかわされた。

 左腕のブレードを展開し、斬撃を受け止めるショックウェーブ。拮抗する両者。

 だがプルルートは凶暴にニヤリと笑う。その手首のスナップ一つで、蛇腹剣は長く伸びてショックウェーブの体を打ち据える。

 

「ファイティングヴァイパー!!」

 

 その声とともに、蛇腹剣に電流が流れショックウェーブの体を焼く。

 だが、ショックウェーブは相変わらず穏やかな調子を崩さない。

 

「生体電流…… いや違うな。これが魔法か、興味深い」

 

「痛くないのぉ?」

 

 その様子にさすがに首を傾げるプルルート。

 

「痛みに声を上げるなど、実に論理的でない行為だよ。痛みなど、肉体的ダメージを示す指標に過ぎないのだから」

 

 どこまでも平静なショックウェーブの言葉に、プルルートは顔をしかめ、……それから笑い出した。

 

「あ~はっはっはっは!! あなた最高よぉ!!」

 

 その行動はさすがにショックウェーブの虚を突くものだったらしく、少し単眼を細める。

 

「最っ高に腹が立つわぁ!! 必ず屈服させてあげるぅ!! 泣かせてぇ、許しを請わせてぇ、それから潰してあ、げ、る!!」

 

 狂気じみてすらいるプルルートの宣言に、女神もオートボットもディセプティコンも寒気をおぼえる。

 

 唯一、ショックウェーブを除いては。

 

「ふむ、私も君のように論理の欠片もない存在は正直、嫌悪の対象だよ」

 

 冷静に平静に、プルルートとは別ベクトルの狂気を滲ませてショックウェーブも宣言する。

 しばし睨み合う両者。

 だがそれも束の間のことだった。

 突然、ショックウェーブはプルルートに背を向ける。

 

「ドリラー、撤退するぞ」

 

「あら、逃げる気ぃ?」

 

 プルルートの挑発にもショックウェーブは動じない。

 

「データは十分に取れた。これ以上戦う意味はない」

 

 それだけ言うとドリラーの操縦席に乗り込む。

 ドリラーの触手でマジェコンヌを含めた友軍を回収するのも忘れない。

 巨大ドローンが地中に消えると、プルルートは消化不良気味に蛇腹剣を振るのだった。

 

  *  *  *

 

 一方、そんな戦場を少し遠くから眺めていたワレチューとコンパ。

 

「恐ろしい、戦いだったっちゅ……」

 

 思わずそんな言葉を漏らすワレチュー。

 新たな女神とディセプティコンの科学参謀は、方向性は違えど狂気すら感じさせる存在だった。

 もうこれ以上、あんな奴らと付き合っていられない。

 一大決心して、ワレチューはコンパに向き直る。

 

「コンパちゃん! おいらといっしょに逃げるっちゅ!!」

 

「へッ!?」

 

 突然のワレチューの言葉に、コンパは戸惑う。

 

「どこか遠く…… オートボットもディセプティコンもいない所へ行くっちゅ! 二人でそこで暮らすっちゅ!!」

 

 それはワレチューなりに真摯な思いを込めた言葉だった。

 ディセプティコンは自分のような小悪党が関わり続けるにはあまりにも恐ろしい連中だ。それと戦うオートボットも正直な話、同類に見える。

 だから、戦いから離れた場所へ……

 

「それはできないです」

 

 しかし、コンパはハッキリと拒否する。

 

「な、なんでっちゅ!?」

 

「わたしのお友達は女神さんです。それにオートボットさんたちとも、もうお友達です。みんなを置いて逃げるわけにはいかないです」

 

 強い決意を感じさせる笑顔で、コンパは言う。

 しばらく、その顔を黙って見ていたワレチューだが、やがて根負けしたように息を吐いた。

 

「分かったっちゅ…… でもコンパちゃん」

 

「なんですか?」

 

「もし、何かあったらおいらを頼ってほしいっちゅ。全力で助けるっちゅ!」

 

 その言葉に、コンパは笑顔で頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 かくしてアイエフとアーシー、コンパを救出しプラネタワーと帰ってきた一同。

 三人に怪我はなく、損害と言えばアイエフがナスに強烈なトラウマを持ってしまったくらいだろうか。

 

「ちくちく~♪」

 

 ソファーに腰かけ、プルルートはぬいぐるみを作っていた。

 それは……

 

「わあ! オプっちだー!」

 

 プルルートの手元を覗き込んだネプテューヌが歓声を上げる。

 それは可愛らしくデフォルメされたオプティマスのぬいぐるみだった。

 

「えへへ~」

 

 穏やかに微笑むプルルート、とても女神化しているときと同一人物とは思えない。

 

「ぎあちゃんと~、ピーシェちゃんのも~、今度作るから待ってってね~」

 

「うん! でもなんでオプっちを?」

 

 ネプテューヌが聞くと、プルルートは頬に手を当て二ヘラと相好を崩した。

 

「だって~、助けてくれたし~」

 

 それを見て同じように微笑むネプテューヌ。だがそのときプルルートの傍らにもう一つぬいぐるみが有るのに気が付いた。

 

「あれ、ぷるるんそれって……」

 

 紫の体に赤い単眼。

 それはまさに……

 

「ショックウェーブ?」

 

 しかしなぜ、あの恐ろしいディセプティコンのぬいぐるみを作ったのか?

 

「えへへ~、そうだよ~、ショッくんだよ~」

 

 そのぬいぐるみを手に取って見せるプルルート。

 次の瞬間、プルルートはショックウェーブのぬいぐるみに拳をめり込ませる。

 

「決めたんだ~、ショッっくんは~、あたしの獲物だよ~」

 

 変わらずニコヤカに宣言するプルルート。

 グリグリとぬいぐるみに拳をめり込ませるその姿に、ネプテューヌは寒気をおぼえずにはいられないのだった。

 

  *  *  *

 

 輝く太陽が照らすなか、マジェコンヌはナスを収穫していた。近くにはワレチューもいる。

 この作戦に有り金を使い果たし、色々と疲れたマジェコンヌは、ここでナス農家をしていくことに決めたのだった。

 戦いでかなり荒されたが、それでも挽回は可能だ。

 農作業に勤しんでいると、なんだか癒される気がする。

 

「ちわーっす!」

 

 そこへリンダが訪ねてきた。

 

「おまえか、何の用だ?」

 

「いえ、メガトロン様からこの手紙を預かってきたもんで……」

 

「メガトロンから?」

 

 マジェコンヌはリンダが差し出した手紙……なぜか手書き……を受け取る。

 それを開き読むマジェコンヌの顔が青ざめていく。

 手紙にはこう書かれていた。

 

『タダで兵士を貸してやると思ったの? 馬鹿なの? 死ぬの? ついては現金10,000,000クレジットを要求するものなり。支払えない場合は労働でもって対価とする。貴殿の生活も鑑み週3日、当軍団にて労働されたし。

                                       メガトロン

PS:サウンドウェーブに調べてもらって手紙を書いてみたけど、書き方はこれであってただろうか?』

 

 10,000,000なんて、この農場を売り払っても払える額ではない。かといって無視すれば後が怖い。

 

「まあ、なんつーか……」

 

 ワナワナと震えるマジェコンヌに、リンダは少し痛ましげに声をかける。

 

「これからもよろしくお願いします」

 

 そんな二人を見て、ワレチューは深いため息をついた。

 まあ、しょうがない。

 これも義理だ。付き合ってやるとしよう。

 

 そんな人間たちとは関係なく、太陽は輝き、ナスは今日もたわわに実っていた。

 




なんか、書いてるとぷるるんとショックウェーブがどんどん怖いヒトになっていく……

ネプテューヌ、はろーにゅーわーるどっていうマンガを手に入れたけど、さてこれをどうやって本編に組み込んだものか……

ちなみに、右腕を修復したメガトロンは、勝手に『リベンジアーム・メガトロン』なんて呼んでいたりします。(腕だけリベンジ仕様だから)

ご意見、ご感想、お待ちしいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 人造トランスフォーマーの誕生 part1

最初のゲスト回。
結局、本編のほうが番外編より先に出来上がりました。


 ある夜のオートボット基地。そのホイルジャックのラボにて。

 

「フフフ、上手くいったねネプギア君」

 

「はい! ホイルジャックさん!」

 

 なぜか照明の点いていない暗い部屋で、オートボットの技術者ホイルジャックと、プラネテューヌの女神候補生ネプギアが何事か作業していた。

 その前の作業台には『何か』が横たわっている。

 二人とも目をビカビカと危険に光らせ、尋常でない雰囲気をかもしだしていた。

 

「……ねえ、ホントにやるの?」

 

 あまりにも危険な様子にたまりかねたのか、第三の人物が声を出す。

 ピンク色のメカニカルなスーツにオカマ口調。

 オートボットとの取引で彼らに協力することになったアノネデスだ。

 優秀なメカニックである彼もホイルジャックに協力しているのだ。

 

「いまさら何を言い出すのかね、アノネデス君!」

 

「そうですよ! 『これ』は科学が生み出した奇跡なんですよ!」

 

 泡を吹きかねない勢いのホイルジャックとネプギア。アノネデスはその勢いに若干引き気味だ。

 さらに横にいたラチェットが無駄だとばかりに首を横に振る。

 

「わ、分かったわよ…… どうなってもアタシ知らないからね」

 

 嫌々ながらも作業に戻るアノネデス。

 

「よ~し、では確認だ。エネルゴン濃度……良好。トランスフォームコグ……問題なし。そして頭脳回路であるメモリーヘアバンド……極めてよし! 全機能オールグリーン! これより起動実験に移る!」

 

 ホイルジャックの宣言に、ネプギアは目をより強く輝かせ、アノネデスは落ち着かなげな様子だ。

 機械に備え着けられたレバーに手をかけ、ホイルジャックは緊張した面持ちでカウントダウンを始める。

 

「3、2、1……起動!」

 

 レバーがガシャンと降ろされると、作業台に横たわる『何か』に接続されたコードに電気が走り、バチバチとそこら中でスパークする。

 強い光がラボを満たし、その『何か』はゆっくりと動きだした。

 

「はーはっはっは! 生きてるぞぉー!!」

 

 実験が成功したのを見てホイルジャックは満足げに高笑いするのだった。

 

  *  *  *

 

 そして翌日の昼。

 オートボット基地の集会室に、各国の女神たちとそのパートナーであるオートボットが集められていた。

 バンブルビーもいるが、ネプギアの姿は見えない。

 

「それで、いったい何の用で私たちを集めたのよ!」

 

 そう言ったのはノワールだ。

 対するネプテューヌは呑気に答えた。

 

「ん~? なんでもホイルジャックが何か作ったんだってさー」

 

 あんまり興味がないのか、ネプテューヌは少し投げやりだった。

 一方、オートボットたちはなにやら不安そうだ。

 

「ホイルジャックの発明品か……」

 

「またぞろ、厄介事にならなきゃいいんだが……」

 

 ミラージュとアイアンハイドが、それぞれ苦々しい顔をしている。

 戦闘凶のレッカーズに比べ、オートボット技術陣の中では良識派のような印象のあるホイルジャック。

 だが彼は、昔からいろいろ作ってはトラブルを起こしているのである。

 

「イモビライザーの時とか酷かったもんな……」

 

 なにやら遠いオプティックをするジャズ。

 オプティマスまでもが、難しい顔している。

 オートボットたちのただならぬ様子に女神たちも緊張する。

 

「いや~、みなさんお待たせ~!」

 

 そんな一同の心配をよそに、本人が実に明るく登場した。傍らにはネプギアとアノネデス、ラチェットを伴っている。

 

「あれ? ネプギアじゃん!」

 

「げッ……」

 

 それを見て不思議そうな顔をするネプテューヌと、あからさまに嫌悪感を見せるノワール。

 

「あ、お姉ちゃーん!」

 

「……はぁい、ノワールちゃん」

 

 一方、ネプギアは元気に手を振るものの、アノネデスは力なく項垂れている。

 その様子に、ノワールは違和感をおぼえた。前回会ったときはウザいくらいに騒がしかったのに。

 

「どうしたのよ? らしくないわね」

 

「ちょっと、ここにいると自分がマトモな奴のような気がしてきてね……」

 

「何よそれ?」

 

 しかし、アノネデスは力なく首を横に振るだけで、それ以上何も言わなかった。

 

「え~、それではさっそく私の新発明の発表に移りたいと思いますが、その前に今回手伝ってくれたラチェット君、ネプギア君、アノネデス君に感謝を!」

 

 上機嫌で口上を述べるホイルジャック。

 

「そして、この発明ができたことにより、我がオートボット、ひいてはゲイムギョウ界に革命的な進歩を……」

 

「演説はいいからー、そろそろ発明品を見せてよー!」

 

 まだまだ喋くるホイルジャックに、ネプテューヌが文句を言う。

 それを受けて、ホイルジャックはいよいよ新発明の紹介に入った。

 

「では、ご紹介しよう! 我が傑作! スティンガーだ!!」

 

 すると部屋の中央の床が開き、下から何かがせり上がってくる。いつの間にこんな仕掛けを作ったのか?

 出てきたのは人型のロボットだった。

 赤い全身に、蜂を思わせるバトルマスクを装着した姿をしている。大きさはバンブルビーと同じくらいだ。

 

「さあ、スティンガー君、みんなにご挨拶しなさい」

 

 ホイルジャックが言うと、そのロボット、スティンガーは手を胸に当ててお辞儀をした。

 

『初めまして。私はスティンガーです』

 

 機械的な音声で挨拶するスティンガー。

 その姿を見て、困惑気味のオプティマスがホイルジャックに問う。

 

「ホイルジャック、彼はいったい……?」

 

「それはですな司令官。彼は我々が創り出したトランスフォーマー、いわば人造トランスフォーマーなのです!」

 

 自慢げなその言葉に、オートボットたちはさらに困惑する。

 

「人造トランスフォーマーだって?」

 

「そんなことができるのか?」

 

 懐疑的な声を出すジャズとアイアンハイド。ミラージュも疑わしげだ。

 

「もちろん、スパークは持っていないがね。だが重要なのはだ。これにより我々が新戦力を作り出せるということであって……」

 

「しかし、ホイルジャック。それは道義に反することなのでは?」

 

 オプティマスはやんわりと、咎めるようなことを言う。

 一方、バンブルビーは興味深げにスティンガーを見ていた。

 

「どう、ビー? この子はあなたのデータを元にしたんだよ!」

 

 ネプギアが笑顔を見せると、つられてバンブルビーも電子音で少し笑う。

 なるほど、そう言われれば似ている気がする。

 スティンガーはそれをジッと見ていた。

 

「ほら、スティンガー! 彼がバンブルビーだよ!」

 

『初めまして、バンブルビー』

 

 そう言ってスティンガーは右手を差し出す。

 バンブルビーは笑ってそれを握り返した。

 なごやかに握手する一人と一体。

 

「『痛い!』」

 

 だがスティンガーの握る力は異常に強く、バンブルビーの手を潰さんばかりだ。

 思わず振り払ったバンブルビーは、何をするのかと赤い人造トランスフォーマーを睨む。

 

『申し訳ありません。パワーユニットの不具合です』

 

 変わらず合成音声で答えるスティンガー。

 

「あ、あれ? そんなはずは…… ごめんねバンブルビー」

 

 代わりにネプギアがショボンとしてしまう。

 

「ギ…ア…『が謝ることじゃ……』」

 

『ネプギアが謝ることはありません。私の責任です』

 

 バンブルビーの言葉をさえぎって謝罪するスティンガー。

 

「ありがとう、優しいんだね」

 

『はい、スティンガーはネプギアに優しい』

 

 笑顔になるネプギアと、それに腕を広げて答えるスティンガー。

 

 ……なんだか気に食わない。

 

 そう胸の内で思うバンブルビーだが、あえて言葉にはしなかった。

 

「……まあ、しばらくは様子見だな」

 

 オプティマスが排気とともに厳かに言うと、オートボットたちも女神たちも頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 翌日。

 バンブルビーは気分よくオートボット基地の廊下を歩いていた。

 今日はネプギアといっしょにドライブに行く約束なのだ。

 廊下の先にネプギアの姿を見つけ駆け寄るバンブルビー。

 

「ギ…ア…『やあ!』『ドライブとしゃれ込もうぜ!!』」

 

 しかし、ネプギアは申し訳なさそうな顔をした。

 

「ビー、ごめん」

 

 その言葉にバンブルビーが怪訝そうな顔をすると、赤いロボットが影から現れた。

 

「今日はスティンガーに街を案内することになって……」

 

『どうもすいません。しかし、スティンガーは人間の住まいに興味があります』

 

 感情を感じさせない合成音声に、バンブルビーは顔をしかめる。

 

「『なんでさ?』『約束しただろ!』」

 

『スティンガーは人間を守るのが使命です。そのためには街の情報を得なければなりません』

 

「そういうわけだから……」

 

 スティンガーの説明に、ネプギアがすまなそうに頭を下げる。

 バンブルビーは名残惜しげに排気する。だが彼女のこういう顔は苦手だ。

 

「『分かった』『ドライブはまた今度で』」

 

「うん、またね」

 

 ネプギアはそう言うとスティンガーを伴ってバンブルビーの前を横切る。

 

『……ネプギアは、バンブルビーよりスティンガーを選びました』

 

 すれちがいさま、小さな、人間には聞こえないような小さな声でスティンガーはそう言った。

 バンブルビーは驚いてそちらを向くが、スティンガーは何事もなかったかのように歩き去るのだった。

 

  *  *  *

 

 それからというものの、スティンガーはバンブルビーの行く先々に先回りするように現れた。

 ある時はリペアルーム。

 

「ラ…チェ…ット『なんか手伝うことある?』」

 

「いや、バンブルビー。今は大丈夫だ。……スティンガーが手伝ってくれてるからな」

 

『スティンガーには、リペアのための108通りの方法がインプットされています』

 

 またある時は訓練場。

 

「『司令官』『いっしょに訓練を……』」

 

「すまないなバンブルビー。今日はスティンガーに訓練をつけてやることになった」

 

『司令官と訓練できて、光栄の至りです』

 

 さらにはプラネテューヌの教会までも。

 

「いー…す…ん『クエストするよ~』」

 

「すいませんバンブルビーさん、今さっきスティンガーさんが引き受けてくださったところで……」

 

『スティンガーはクエストを通じて人々を助けます』

 

 とにかくバンブルビーの行動を邪魔するように現れるのである。

 偶然かもしれない。それでもバンブルビーはその行動に何らかの意思を感じるのだった。

 

  *  *  *

 

 そして今日も、オートボット基地の一角で遊びに来たネプギアとスティンガーがテレビゲームをしている。

 

「わあ、スティンガーうまーい!」

 

『いいえ、ネプギアのほうが上手ですよ』

 

 二人はそれは楽しそうだ。

 

「なんて言うか、最近のネプギア。スティンガーに掛り切りだよねー」

 

 そんな二人を見て、同じく遊びに来たネプテューヌが笑顔で言う。

 横に立つオプティマスも厳かに頷いた。

 

「不安もあったが皆と打ち解けたようで何よりだ」

 

「うん、そうだねー。……若干一名、馴染めてないヒトがいるけど」

 

「うむ……」

 

 二人が振り向くと、そこには柱の影からネプギアとスティンガーを見つめているバンブルビーがいた。

 

「ギ…ア…『今日は』『オイラと』『出かける予定だったのに』……」

 

 柱に指をめり込ませ、妬ましげな視線を送るバンブルビー。

 

「『畜生』『あの泥棒猫!』」

 

「あはは、だ、大丈夫だよビー、ネプギアは間違っても『サラマンダーよりはやーい!』とか言い出す子じゃないから……」

 

 苦笑気味のネプテューヌの言葉に、しかしバンブルビーは納得いかなげだ。

 

「バンブルビー」

 

 そこでオプティマスが静かに声をかけた。

 

「彼は生まれたばかりなのだ。多少の我が儘は勘弁してあげなさい」

 

 その言葉に、バンブルビーは憮然とした様子で電子音を鳴らし、その場を後にするのだった。

 

『すいません、ネプギア。少し席を外します』

 

「え? うん」

 

 それをセンサーで察知したスティンガーはゲームを中断すると席を立った。

 目的を果たすために。

 

  *  *  *

 

 バンブルビーは一人、森の中をビークルモードで走っていた。

 オプティマスやネプテューヌはああ言っていたが、やはり納得がいかない。

 ネプギアは、自分のパートナーなのに。みんなもみんなだ、スティンガーの肩を持って……

 森の中の泉のほとりまで来ると、そこでロボットモードに戻り地面に腰かける。

 自分でも大人げないのは理解しているが、自分の中で落ち着かせるには時間が要りそうだった。

 

 そのときである!

 

 バンブルビーに向かって何者かがブラスターを撃ちこんできた。

 それに気づきとっさにかわすバンブルビー。

 

『……かわしましたか』

 

 それは赤い体に蜂を思わせるバトルマスク。

 スティンガーだ。

 

「『なんのつもりだ!』」

 

 当然の問いに、スティンガーは今まで見せたことのない、嘲笑するような音を出す。

 

『スティンガーはバンブルビーよりあらゆる面で優れています。バンブルビーはもう必要ありません』

 

 それだけ言うとさらにブラスターを発射するスティンガー。

 

『ネプギアはスティンガーが守ります。ネプギアはスティンガーのものです』

 

 こいつ、ネプギアに懸想してやがるのか!?

 

 バンブルビーのブレインサーキット内に、驚愕とともに嫌悪がわきあがる。

 さらにブラスターを撃つスティンガーだが、バンブルビーはそれを素早くよけるとスティンガーに飛びかかった。

 スティンガーを押し倒し馬乗りになって殴るバンブルビーだったが、なぜか反撃せずに殴られるに任せている。

 

「ビー!」

 

 そこへ声が響いた。

 ビクリとしてバンブルビーは動きを止める。

 

「……何をしてるの?」

 

 それはネプギアだった。

 出て行ったバンブルビーとスティンガーを追ってきたのだ。

 バンブルビーはこの人造トランスフォーマーがなぜ反撃しなかったのか気付いた。

 

「ギ…ア…!『違うんだ!』『これはこいつが!』」

 

『バンブルビーが、いきなり暴力を振るってきました』

 

 いけしゃあしゃあと言ってのけるスティンガーの頭を、バンブルビーは思わず掴んで引き寄せる。

 

「『このガラクタめが!』『よくもそんなウソを!』」

 

「ビー!」

 

 その顔を殴ろうとするバンブルビーを、ネプギアが制止する。

 

「……なんでそんなことするの?」

 

 怒りを滲ませて、バンブルビーを睨むネプギア。

 一瞬、スティンガーがバトルマスクの下で嗤ったような気がした。

 バンブルビーは両者に交互に見た後、ガックリと項垂れてスティンガーの上をどく。

 

「帰ろう。……スティンガー」

 

 ネプギアは黄色い情報員ではなく、赤い人造トランスフォーマーにそう言うと、踵を返して歩き出した。

 

『これでバンブルビーは、もう不要ですね』

 

 またしてもネプギアには聞こえないような小さな声で、スティンガーは嘲笑する。

 バンブルビーは、ギラリとそれを睨むが、何もせずに歩きだした。

 

 その近くの木に一匹の鳥が止まっていた。その鳥は甲高い声を一つ上げると空へ飛び立った。

 

 その鳥は金属でできていた。

 

  *  *  *

 

「……つまり、バンブルビーがスティンガーに一方的に殴りかかったと」

 

「……はい」

 

 オプティマスが問うと、ネプギアは頷いた。

 オートボット基地の司令室。

 今ここに、オプティマスをはじめとしたこの基地に常駐するオートボットと、プラネテューヌの女神姉妹、そしてスティンガーが集まっていた。

 オプティマスの正面にバンブルビーとスティンガーが立ち、その間にネプギアが立っている。

 場に雰囲気は一同の厳しい顔もあり、さながら軍事法廷を彷彿とさせた。

 

「しかし、バンブルビーが言うにはスティンガーから攻撃してきたそうだが?」

 

「…………」

 

 総司令官の問いにネプギアは沈黙する。

 

「では、どちらかが嘘をついていることになるな。ホイルジャック、スティンガーは嘘をつくことができるのか?」

 

「あー、まあ、事実を意図的に隠し、誤情報を伝えることぐらいはできるかな? しかしこの場合ある程度の知能を持たせた結果の当然の帰結で……」

 

「つまり、つけるんだな」

 

 長々と語るホイルジャックの言葉を要約した後で、オプティマスは並んでいる三人を見る。

 

「君の意見を聞こう、ネプギア。二人の内、どちらが嘘をついていると思う?」

 

「私は……」

 

 どこか厳しい響きのオプティマスの言葉に、ネプギアはどこか躊躇いがちに言葉を出した。

 

「……分かりません」

 

 その言葉に、バンブルビーとスティンガー、両方が驚いたような動きを見せる。

 

「スティンガーが嘘をついたとは思えません。……でも、ビーが嘘を言う気もしないんです」

 

「…………分かった」

 

 オプティマスは大きく排気すると、決断を下した。

 

「バンブルビー、スティンガー。二名にはこの件の真相が判明するまでの間、謹慎を命ずる。反対意見のある者は?」

 

 誰も何も言わなかった。ネプテューヌさえも。

 だが、一人だけ手を上げる者がいた。

 

「……何かな、バンブルビー」

 

 オプティマスに促され、手を上げた黄色い情報員はラジオ音声ではなく通信で言葉を出した。

 

 オイラは、そいつに『サイバトロンの掟』を則った決闘を申込みます!

 

「……本気か?」

 

「え、え? なに、どうしたの!?」

 

 厳しい顔のオプティマスに、ざわつくオートボットたち。一方、バンブルビーの通信を聞けないネプテューヌは状況を把握できずに困惑する。

 

「……バンブルビーはスティンガーに決闘を申し込んだのだ。……そして掟により、その決闘に負けた者はオートボットを去らねばならない」

 

 オプティマスの説明に、ネプテューヌとネプギアは目を見開く。

 

「そんな! そんなの酷いです!」

 

「そうだよ! 追放だなんて、そんな大事にしなくてもいいじゃん! もっと穏便に……」

 

 口々に異議を申し立てる女神姉妹だが、オプティマスは頑として受け入れない。

 

「駄目だ。これはオートボット戦士の誇りある掟なのだ。そしてスティンガーよ、この申し出を受けるか?」

 

 強く厳しいオプティマスの問いに、スティンガーは一瞬体をビクッと震わせる。

 

「答えよ、スティンガー! おまえはバンブルビーと決闘するのか!」

 

 動揺して答えられないスティンガーにバンブルビーが通信を飛ばす。

 

 逃げるなよ、臆病者。

 

 その声なき声に、スティンガーはバトルマスクの下で憎々しげに顔を歪める。

 

『……いいでしょう。お受けします!』

 

 そしてバンブルビーとスティンガーは向き合った。

 

『スティンガーがバンブルビーより優れていると証明して見せましょう!』

 

  *  *  *

 

「ま~ったく、さあ! オプっちも頭固いよね! 『これはオートボット戦士の誇りある掟なのだ』なんて言っちゃってさー!」

 

 基地の廊下を歩きながら、ネプテューヌは不満を漏らしていた。その後ろを、ネプギアとスティンガーが歩いている。

 と、ネプギアがスティンガーを見上げて声をかけた。

 

「……あのね、スティンガー。バンブルビーのこと、怒らないであげてね。きっと何か誤解があるんだよ」

 

 その言葉に、スティンガーは驚愕する。

 

 あれだけやって、まだあのバンブルビーのことを信じているのか?

 

「バンブルビーもスティンガーも出て行かなくてすむよう、オプティマスさんに言ってみるから……」

 

 絞り出すようなネプギアの言葉を、スティンガーはもう聞いていなかった。

 

 この機会に、ネプギアに近づくあの旧式を叩き潰してやる!

 

  *  *  *

 

 そして、決闘当日。

 基地近くの平原に、オートボットたちと女神たちが集まっていた。

 

「……それで、なんでこんなことになったわけ?」

 

「いや、わたしにもよく分からないんだよね……」

 

 ノワールが少し不機嫌そうにたずねると、ネプテューヌは戸惑いがちに答えた。

 

「……わたしはネプギアをめぐって、二人の男が激突するって聞いたけど?」

 

「まあ、ネプギアちゃんも隅に置けませんわね」

 

 ブランとベールはどこか呑気に話していた。

 

「では、『サイバトロンの掟』について説明する」

 

 対面するバンブルビーとスティンガーを見回し、オプティマスが厳かに口を開く。

 

「両者は、持てる力の限りを尽くして戦うこと! そして何者の力も借りず自分自身の力で戦い抜くこと! そして敗れた者は潔くオートボットを去るのだ!」

 

 その言葉にバンブルビーとスティンガーは頷く。

 

「バンブルビー、スティンガー……」

 

 そんな二人を見て心揺れるネプギア。

 結局、自分の願いが聞き入れられることはなかった。

 オプティマスは総司令官としての厳しい顔を見せたのだ。

 それが、どういう結末を呼ぶか、ネプギアには見当もつかなかった。

 

「では二人とも、……はじめ!」

 

 オプティマスの合図とともに、二人は右腕をブラスターに変えて撃ち合う。

 飛び交う光弾。だが二人とも素早く動いてそれをかわす。

 鏡写しのように同じ動作で岩陰に隠れると、同じように顔を出して再度撃ち合う。

 

「『当たらなければどうということはない!』」

 

『それはどうでしょうか?』

 

 バンブルビーの肩にスティンガーの放った光弾が命中した。

 

「『グッ……』」

 

『スティンガーには、よりよい照準装置が搭載されています!』

 

 ほくそ笑むスティンガーに、バンブルビーは状況を打開するべく岩陰を飛び出し走り寄っていく。スティンガーは射撃をやめそれを迎え撃つ。

 

「『うおおおお!』」

 

『フッ!』

 

 四つに組み合う両者。最初は拮抗していたが、やがてスティンガーが押し始める。

 

『スティンガーのパワーユニットはより優秀です! バンブルビーは、もう旧式です!』

 

「『黙れ!』『このパチモノが!』」

 

『聞き捨てなりませんね! この時代遅れのガラクタ!』

 

「『言ってろ!』『模造品!』」

 

 口汚く罵り合う二人は、いったん距離を取ってから殴り合いに以降する。

 

『スティンガーにはカラテ・プログラムがインストールされています! バンブルビーでは勝てません!』

 

 鋭いパンチを繰り出すスティンガー。

 だがバンブルビーはそのパンチを潜り抜け、スティンガーの顎にフックを入れる。

 

『ぐおうッ……!』

 

「『性能の差が勝敗を決めるわけではないことを教えてやる!』」

 

 反撃しようと、バンブルビーに拳を振るうスティンガーだったが、それを屈んでかわしたバンブルビーはさらに足払いをかける。

 

『うぐッ!』

 

「『どうした? 新型!』『もう息が上がったのか?』」

 

『まだだ!』

 

 バンブルビーの挑発に激昂したスティンガーは素早く立ち上がり、さらなる攻撃をかけようとするが、それよりも早くバンブルビーの回し蹴りがスティンガーの胴に叩き込まれる。

 

『がッ! な、なぜだ? スティンガーのほうが性能は上のはず……』

 

「『こちとら』『お師匠様』『たちに』『みっちり仕込まれてるんでね!』」

 

 バンブルビーはただの斥候ではない。歴戦のオートボット戦士たちから戦いの妙義を叩き込まれたエリートなのである。

 加えて、彼はすでに幾多の激闘を潜り抜けている。

 その経験値の差が、ここに来て如実に出ているのだ。

 

「『どうやら』『不用品は』『おまえのほうみたいだな』」

 

『ま、まだだ…… まだ!』

 

 それでもスティンガーはバンブルビーに飛びかかる。

 だが、バンブルビーは冷静だった。

 その捨て身の攻撃にカウンターの要領で右拳を当てると同時にブラスターを発射、スティンガーの体を吹き飛ばす。

 

『ぐわぁあああッ!』

 

「『終わりだ!』」

 

 さらにダメ押しとばかりにもう一発、ブラスターの弾をスティンガーの体に命中させる。

 宙を舞ったスティンガーは地面に仰向けに落ちて動かなくなった。

 

「『コピー商品は嫌いでね!』」

 

 少し気障にブラスターの硝煙を吹き消すような動作をし、倒れたスティンガーに背を向ける。

 だが……

 

『ま…… まだだ、まだまだまだぁ!』

 

 スティンガーはヨロヨロとしながらも立ち上がり、バンブルビーに殴りかかってくる。

 そのガッツに、バンブルビーは驚く。

 

「『しつこいぞ』」

 

 だがその弱々しい攻撃にバンブルビーを傷つける威力はなく、反対にバンブルビーが放った回し蹴りで、スティンガーはまたも倒される。

 

「『今度こそ』『終わりだ』」

 

 だが、スティンガーはまたしても立ち上がろうとする。

 

『ま……だ。ま、だ』

 

 もう見てられないとネプギアをはじめとした女神が駆けよろうとするが、それをオプティマスが手を上げて制した。

 

「なんでですか! それも掟だからですか!」

 

「そうだ。二人は己の力のみで戦うと誓った」

 

 ネプギアがいつにない怒りを見せてオプティマスを見上げるが、オプティマスは冷厳とすら言える態度を崩さない。

 ネプギアのみならず、他の女神たちも非難するようにオプティマスを見る。

 だが、オプティマスはそれ以上何も言わず、またオートボットたちもそれに不満を言う様子はない。

 

 まだ立ち上がるスティンガーに、バンブルビーは複雑な気分だった。

 たしかにいけ好かない奴だが、必要以上に痛めつける趣味はない。

 

『い…やだ… いや…だ。ネプ…ギ…アと…い…っしょ…にいた…い…!』

 

 必死なその叫びに、バンブルビーはハアッと大きく排気する。

 

「『そんなに』ギ…ア…『のことが好きなのか』」

 

『好き……です…よ…! なの…に、ネプ……ギア…は、バ…ンブル…ビー…の、こと…ばかり』

 

 いっしょにドライブに行っても、ゲームをしていても、必ずバンブルビーの話題が出てくる。そして、そのときのネプギアは、とても楽しそうな顔をするのだ。

 悔しかった、悲しかった。

 

「『本当に』ギ…ア…『が好きなんだな』」

 

『あたりまえだ! ネプギアはスティンガーの、スティンガーの!』

 

 

 

 

 

『スティンガーのママなんだから!!』

 

 

 

 

「…………………は…い…?」

 

 思わず地声で聞いてしまった。

 一同も面食らって目が点になっている。

 

「『ママ』『ですか?』」

 

『作ってくれたヒトなんだから、ママでしょう?』

 

 何を当然のことをばかりに首を傾げるスティンガー。まともな口がきけるくらいには回復してきたようだ。

 どうしようかと当のネプギアを見れば……

 

「え、ええと…… わ、私はスティンガーのママ? ママ? 結婚もしてないのに?」

 

 混乱していた。あたりまえである。

 そしてなぜかホイルジャックが照れていた。

 

「いや~、ということは私がパパか! しかしこの歳でパパというのも……」

 

『あ、なぜかホイルジャックはパパという感じがしません。ごめんなさい』

 

「あ~、うん。分かってたよ……」

 

 スティンガーのバッサリした言葉に、ホイルジャックは酷く落ち込むが、誰も何も言えない。

 というか、これ以上ややこしくしないでほしかったのでほっとかれた。

 

「ね、ネプギアがママ!? ということはわたしはオバサンに……」

 

 ネプテューヌもショックを受けていた。さすがこの状況でボケることはできないようだ。

 混乱する一同。

 当のスティンガーは、何で皆が当惑しているのか分からないようだ。

 

「『で、』『オイラに』『いやがらせしたと』」

 

『だって、ネプギアときたらいつもバンブルビーの話ばっかり!』

 

 地団太を踏むスティンガーを見て、バンブルビーは遅まきながら理解した。

 ようするにコイツ、幼いのだ。

 色々なデータを詰め込んであっても肝心の精神は幼児並み。

 だから母親であるネプギアを独り占めしたいと考え、邪魔者である自分を追い出そうとした、ということらしい。

 

 なんだかな~……

 

 やったことは簡単に許せないが、張り合っていたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 

「『あの』『司令官』」

 

 しょうがないとバンブルビーは審判役のオプティマス・プライムに声をかけた。

 

「なんだ? バンブルビー」

 

「『この決闘』『放棄してもよろしいでしょうか?』」

 

「それはできない。何者も決着がつくまで戦い続けるのが掟だ」

 

 その答えに、場外の女神たちからブーイングが上がるが、オプティマスは厳しい表情を崩さない。

 

「だが、中断することはできる。……いつ再開するかは本人たちの自由だ」

 

 シレッと、オプティマスは言った。

 

「それでどうする、二人とも?」

 

「『中断します』」

 

『不本意ですが、同意します。今のスティンガーでは、バンブルビーに勝てないことが分かりました』

 

 二人の言葉にオプティマスは頷く。

 

「それがいい。不要な争いなど、しないにこしたことはない。……まして二人は兄弟のようなものなのだから」

 

「『兄弟?』」

 

『バンブルビーとスティンガーが?』

 

 オプティマスのその言葉に、顔を見合わせる二人。

 

「そのつもりでスティンガーを作ったのだろう?」

 

 ネプギアのほうを見て、そう問うオプティマス。

 

「は、はい! そうです! スティンガーはバンブルビーの弟っていうつもりで作りました! だ、だから、戦ってほしくないって……」

 

 急に話題を振られて慌てて答えるネプギア。その答えに満足そうに頷くオプティマス。

 

「……『分かりました』『まだ』『納得はいかないけど……』」

 

『他ならぬネプギアがそう言うなら……』

 

 バンブルビーとスティンガーは顔を見合わせる。

 納得はいかない。相手を許せたわけではない。それでも、ネプギアの願いなら仕方がない。

 どちらともなく、手を差し出し握り合う。

 

「それでいい。とりあえずは」

 

 厳かに言うオプティマスはそこでスティンガーを見やる。

 

「お互いに高め合うために、競い合うのはいい。だが、卑怯な手段を使うことはオートボットの流儀に反する。よくおぼえておくように」

 

『……はい』

 

 お見通しだったオプティマスに、スティンガーは素直に返事をする。

 なるほど、このヒトには敵わない。バンブルビーが尊敬するのも頷ける。

 

「バンブルビー! スティンガー!」

 

 そこへ、ことと次第を見守っていたネプギアが駆け寄ってきた。

 

「もう、二人とも! 喧嘩しちゃダメだよ! 心配したんだからね!」

 

 ネプギアは怒っているのだが、涙目で両腕を振り上げる姿に迫力は皆無である。

 しかし、バンブルビーとスティンガーには効果覿面だった。

 二人はペコペコと頭を下げている。

 

「いや~、一時はどうなることかと思ったけど、とりあえずどっちも出ていかずに済んでなによりだねー」

 

 と、オプティマスの足元にやってきたネプテューヌは、総司令官を見上げて声をかける。

 

「でもオプっち? もし、決着がついて、どっちかを追い出すことになったらどうするの?」

 

「そのときは、追放したうえで、改めてオートボットに迎え入れればいい。入団しなおしてはいけないという掟はないからな」

 

 またも、シレッと言うオプティマスに、ネプテューヌは苦笑するのだった。

 

  *  *  *

 

 どこか、暗い空間。

 バイザーが特徴的な銀色のトランスフォーマーと、単眼で紫色のトランスフォーマーが対峙していた。

 その一方、紫のほうが赤い単眼を輝かせる。

 

「人造トランスフォーマーか、実に興味深い」

 




そんなわけでゲスト第一号は人造トランスフォーマー代表、スティンガーです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 人造トランスフォーマーの誕生 part2

ついにお気に入りが100件を超えたぞぉおお!!

お気に入り登録してくださった皆さん、本当にありがとうございます!


 ホイルジャックとネプギアの手によって誕生した人造トランスフォーマー、スティンガー。

 バンブルビーへの嫉妬からくる衝突など、紆余曲折あったものの、スティンガーはオートボットの仲間となったのだった。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ市街の公道。

 何台もの車が走るここを、二台のスポーツカーが他の車を追い抜きながら疾走していた。

 一台は黄色に黒のストライプ模様のスポーツカー、もう一台は赤いスーパーカーだ。

 言う間でもなく、ビークルモードのバンブルビーとスティンガーである。

 二台、いや二人は競い合うように猛スピードで走っていく。

 

『どうですか! スティンガーはバンブルビーより速い!』

 

「『甘いな坊や!』『大事なのはテクニックさ!』」

 

 張り合うバンブルビーとスティンガー。

 前回の決闘を経て一応は和解した二人だったが、こうして他人の迷惑にならない範囲で競い合っているのである。

 と、二人の通信機に連絡が入った。

 

『こちらオプティマス、プラネテューヌ郊外の発電所にディセプティコンが現れた! 近くのオートボットはただちに急行せよ! 繰り返す……』

 

「『どうやら』『レースは』『終了のお知らせ』『だな』」

 

 総司令官からの通信を受けて、バンブルビーは真剣な(ラジオ音声だけど)声を出す。

 

『分かりました。スティンガーは初陣というものにワクワクしています』

 

 スティンガーは少し浮かれた調子だ(電子音声だけど)。

 

「『戦場はゲームとは違うぜ?』」

 

 そんな暫定弟分を諌めつつ、オプティマスに自分たちが向かう旨の通信を飛ばすバンブルビー。二人は現場に向けて走り出した。

 

 常に張り合っているバンブルビーとスティンガー。保護者役のネプギアなどはもっと仲良くなってほしいと考えているのだが、オプティマスやアイアンハイドに曰く、男兄弟なんてそんなもんなのだそうな。

 

  *  *  *

 

 そして、ここがプラネテューヌ郊外の発電所である。

 それほどの規模ではないものの、結構な発電量を誇るここに、ディセプティコンのブラックアウトとグラインダーが襲撃してきていた。

 職員たちはこういうときのためのガイドラインに従い速やかに避難済みである。

 ヘリ型の兄弟は、箱型の機械を並んだ発電機にとりつけ電力を奪う。

 この箱型の機械こそ、科学参謀ショックウェーブが開発したエネルギー吸収装置である。見た目より遥かに大きな、それもあらゆる種類のエネルギーをトランスフォーマーに接種できる物に変換した上で貯蔵できる優れものである。

 手早くエネルギーを奪うブラックアウトとグラインダーだったが、何かに気付いて武器を構える。

 

「来たか…… グラインダー、今回の作戦は分かってるな?」

 

「ああ、兄者」

 

 二体が建物の外へ出ると、発電所の敷地にビークルモードのバンブルビーとスティンガーが走り込んできたところだった。

 二人はディセプティコンの姿を認めると、それぞれロボットモードに戻る。

 スティンガーの変形方法は特殊で、いったん粒子状に分解してから体を再構成するというものだった。これにはブラックアウトとグラインダーも驚いた様子だ。

 

「『何度見ても慣れないな』」

 

『そう言われましても……』

 

 何回か見たバンブルビーだったが、この変形だけはどうもシックリこない。

 ホイルジャックとネプギアが、女神の変身から着想を得て開発したらしいが、女神たちは驚くと同時に微妙な顔になったものだ。

 

「『まあいいや』『いくぜ!』『油断するなよ若造!』」

 

 その声とともに、バンブルビーはブラスターを発射する。

 

「応戦だ! モンスターども、来い!」

 

 ブラックアウトとグラインダーも撃ち返し、さらに機械系モンスターを呼び寄せた。

 スティンガーは果敢にモンスターをブラスターで撃ち、さらに迫りくるモンスターを回し蹴りで叩き落とす。

 そこに地中から飛び出したスコルポノックが飛びかかってきたが、スティンガーは体を粒子に分解することで突進をかわす。

 スティンガーは粒子の姿のまま空中を飛びまわり、ブラックアウトとグラインダーの後ろに回り込むとロボットモードに戻り回し蹴りを二体に叩き込む。

 

「ぐお!」

 

「ガッ……!」

 

 たまらずよろけるブラックアウトとグラインダーだが、素早く体勢を立て直しスティンガーにローターブレードで斬りかかる。

 だが、スティンガーはまたしても粒子に分解してバンブルビーの隣に飛んでくる。

 

『どうです?』

 

「……『やるじゃん』」

 

 モンスターをひたすら打ち倒していたバンブルビーは舌を巻く。

 

「『だが』『まだまだ甘いな』」

 

 そう言ってスティンガーの背後に迫っていたスコルポノックをブラスターで撃つ。

 

「『最後まで』『油断しないのは』『鉄則だぜ?』」

 

『……むう』

 

 唸るスティンガー。

 なんだかんだでバンブルビーは歴戦の勇士。悔しいが学ぶべきことは多い。

 二人は再度ディセプティコンと向き合う。

 

「『どうだ見たか!』」

 

『あなたちなど敵じゃありません!』

 

 勝ち誇る二人。

 

「クッ! 舐めるなよ! 我ら兄弟の力を……」

 

 怒るブラックアウトだが、オプティマスをはじめとしたオートボット戦士たちが到着してきた。これはとても敵わない。

 

「兄者、ここは引こう。……作戦は成功した」

 

「……そうだな」

 

 弟の進言に兄は不承不承ながら頷き、スコルポノックを回収して大型ヘリに変形して飛び去る。

 

「……『逃がしたか』」

 

『ディセプティコンはスティンガーに恐れをなして逃げ出しました!』

 

 残念そうなバンブルビーに対し、スティンガーは初陣での勝利にはしゃいでいる。

 

「やれやれ、どうやらタッチの差で活躍しそこねたようだな」

 

「バンブルビーにスティンガー、御苦労だった。二人とも大活躍だったようだな」

 

 到着したラチェットがビークルモードのままぼやくと、オプティマスはロボットモードに戻ってバンブルビーとスティンガーを労う。

 

『はい、司令官! スティンガーは大活躍でした!』

 

「『まあ』『ルーキーにしては』『なかなかかな』『調子にはのるなよ』」

 

 素直に喜ぶスティンガーと、それをたしなめるバンブルビー。その姿は本当に兄弟のようだ。

 そんな二人を見て、オプティマスはどこか感慨深げに頷くのだった。

 

 スコルポノックが突撃してきたとき、小さな虫のような物が飛び出して、スティンガーに取りついたことには誰も気づかなかった。

 

  *  *  *

 

 毎度おなじみオートボット基地は、ホイルジャックのラボ。

 ネプギアはリペア台に横になったスティンガーの整備をしていた。

 

「う~ん…… やっぱり粒子変形は体の構造に負担がかかるのかな?」

 

 内部回路を調整しながら、ネプギアは声を出す。

 

「そうね。でも通常通りの変形だと、今の技術じゃ不可能だし……」

 

 それに応じたのはいまやオートボットの協力者となったアノネデスだ。

 

「これからの課題だな」

 

 ホイルジャックもそれに頷く。

 三人してああでもないこうでもないと話し合う。種族も年齢も異なる三人だが、なんだかんだで技術者同士波長が合うのだろう。

 その時、スティンガーの装甲の隙間から小さな虫のような物が姿を現し、三人がよそ見をしている内に赤いロボットの体から離れる。

 話を終えたネプギアは横になっているスティンガーに微笑みかけた。

 

「スティンガー、今日の戦いはどうだった?」

 

『大活躍でした! ネプギアにも見せたかったです!』

 

 子供のようにはしゃぐスティンガーにニッコリするネプギア。

 

「ギアちゃんたら、なんだか本格的にママが板に着いてきたわね」

 

「ああ、微笑ましい限りだ」

 

 それを見て、アノネデスとホイルジャックも笑う。スティンガーからは親と見られていない二人だが、二人のほうからは親心に近いものがあった。

 

「よし、これで整備は終わりだ! どこも異常無しだよ! あとはスリープモードになって体を休めるといい」

 

 そうこうしているうちにホイルジャックがスティンガーの整備を終えた。

 

「それじゃあ、スティンガーちゃん、お休みなさいね」

 

「スティンガー、また明日!」

 

 アノネデスとネプギアもスティンガーに手を振る。

 

『はい、ホイルジャック、アノネデス、ネプギア、……また明日』

 

 ラボを退出する三人に挨拶をして、スティンガーはスリープモードに入る。

 それを確認したネプギアは、ラボの明かりを消すのだった。

 

 三人が完全に去ったあと、小さな虫のような物……金属製の昆虫が、一つしかない目を怪しく光らせながらスティンガーの頭部に止まり、そして装甲の隙間から内部に入り込んでいった……

 

  *  *  *

 

 深夜のオートボット基地の出入り口。

 夜勤の警備兵の横を素通りし、止める間もなく赤いスーパーカーが走り去って行った。

 

  *  *  *

 

 スリープモードから覚めた時、スティンガーは自分が眠りにつく前と変わらず横たわっていることに気が付いた。

 だが、あらゆるセンサーはここがオートボットの基地ではなく自分の知らない別の場所だと告げている。

 

 ここはいったい?

 

 発生回路を作動させるが、上手く作動しない。アイセンサーも不調らしく周りが良く見えない。

 

「ふむ、実に興味深い構造だ」

 

 と、声が聞こえた。とても穏やかな声だ。

 上手く動かない体でなんとかそちらを向くと、そこには紫の体と赤い単眼のトランスフォーマーが立っていた。

 ディセプティコンの科学参謀ショックウェーブだ。

 データ上でしか見たことのない敵の大幹部の姿に驚くスティンガー。

 だが、ショックウェーブはスティンガーに構わず、右腕の器具を機械に接続して何か作業を続ける。

 気付いていないのだろうか? だとしたら好都合だ。

 体を動かそうとするスティンガーだったが、動かない。全身にコードが繋がれているのだ。無論、頭にもコードが繋がれている。

 

「しかし、このロボットの構造は素晴らしいが、頭脳回路はこの上なく論理的ではないな」

 

 そう言って左手でコンソールを操作する。

 嫌な感じがする。

 

「信じがたいほど無駄が多い。不必要な機能と記録を削除してしまおう」

 

 ……!? 何を言っているんだ!?

 

 不穏な言葉に、スティンガーは身をよじって拘束をはずそうとする。だがパワーユニットを切られているらしくビクともしない。

 

「記録、削除開始」

 

 その言葉とともに、スティンガーの記憶回路の中身が消されていく。

 仲間たちの顔が、思い出が、消えていく。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ!!

 

 必死に叫ぼうとするが声さえ出ない。

 最後まで残っていたのは、ネプギアとバンブルビーの……

 

 嫌だぁああああ!!

 

「このような無駄な情報で記憶容量を圧迫するなど、まったくもって理解しがたいな」

 

 ショックウェーブは穏やかな声で言うと、作業を再開する。

 この無駄だらけの『兵器』を完璧な物にするために。

 

  *  *  *

 

 スティンガーが失踪してからすでに三日がたっていた。

 オートボットたちの必死の捜索にも関わらず、その行方はようとして知れない。

 ネプギアはすっかり落ち込んでしまい、バンブルビーも沈んでいる。

 

「しっかりしなよネプギア! そのうち帰ってくるって!」

 

「そうだよ~。あきらめちゃダメだって~」

 

「ありがとう、お姉ちゃん、プルルートさん……」

 

 捜索の最中もネプギアをなぐさめるネプテューヌとプルルートだが、ネプギアは浮かない顔のままだ。

 それもしかたがない、スティンガーがネプギアを母と慕うように、ネプギアもスティンガーを子供のように思っているのだ。

 三人はプラネテューヌの街を捜索し続ける。

 

  *  *  *

 

 バンブルビーはプラネテューヌの町並みを一人、ビークルモードで走っていた。無論、突然消えた弟分を探して。

 

 あいつ、ネプギアに心配をかけやがって…… 絶対に見つけ出して殴ってやる!

 

 バンブルビーは思考しながらセンサーを働かせる。

 だが、求める相手は見つからない。

 と、そこへオプティマスから通信が入った。

 

『オートボット、応答せよ!』

 

 こちらバンブルビー、どうしました司令官?

 

『バンブルビーか。すまない、スティンガーの捜索はいったん中止だ。発電所がディセプティコに襲撃されている。すぐにネプギアたちと合流してくれ』

 

 これもオートボットの務めだ。仕方がない、と思考し了解の旨を伝えネプギアたちを拾うために走り出した。

 

  *  *  *

 

 再び発電所、ここは今、懲りずに現れたブラックアウトとグラインダーに襲われていた。

 前回と同じようにキューブ型機械でエネルギーを奪う二体のヘリ型ディセプティコン。

 そしてやはり同じように、オートボットが駆けつけてきた。

 しかし今回はバンブルビーだけでなく、オプティマス、ネプテューヌ、ネプギア、プルルートもいっしょだ。

 さらに珍しいことにホイルジャックが出撃してきている。その運転席にはアノネデスまでもがいる。二人もまた スティンガーを探していて、その途中で駆けつけたのだ。

 オートボットたちは女神を降ろすと、ロボットモードに変形する。

 

「そこまでだ、ディセプティコン! おとなしく降伏しろ!!」

 

 オプティマスがイオンブラスターを手に、警告した。もちろんそれで大人しく降参するディセプティコンではない。

 

「あーもう! 空気の読めないヒトたちだね!」

 

 ネプテューヌも大事なスティンガー探しを中断させられておかんむりだ。ネプギアに至っては言わずもがな、すでに女神化し武器を構えている。

 

「来たなオートボットに女神ども! 今回は前とは違うぞ!!」

 

 ブラックアウトのその言葉とともに、どこからかバンブルビーに向かってエネルギー弾が飛んできた。バンブルビーはすんでのところでそれをかわすが……

 

「『この攻撃は……!?』」

 

 バンブルビーは驚愕していた。攻撃されたことにではなく、その攻撃のエネルギーパターンにおぼえがあったからだ。

 

 そんな馬鹿な!?

 

 慌てて弾の飛来した方向を見ると、案の定そこには立っていた。

 

 バンブルビーと同サイズのボディ。

 赤いカラーリング。

 蜂を思わせるバトルマスク。

 バンブルビーの弟分、そしてネプギアの子供である人造トランスフォーマー。

 スティンガーがそこにいた。

 

「スティンガー!」

 

 ネプギアが心配そうな声を上げてスティンガーのもとへ飛んで行こうとする。

 

「ギ…ア…!『駄目だ!』『様子がおかしい!』」

 

 だがそれをバンブルビーが制止した。

 いきなり攻撃してきたのもそうだが、雰囲気が以前とまるで違う。

 

 何なんだ、この空虚さは!? まるで人形だ!

 

 対峙したスティンガーの体からは意思と言うものが、まったく感じられなかった。

 不気味に思うバンブルビーをよそに、スティンガーは再びブラスターを発射する。

 ネプギアに向けて。

 

「やめて! スティンガー!」

 

 それを障壁で防ぎ、悲痛な声を上げるネプギアだが、スティンガーはかまわずに攻撃を続ける。

 そこへ、バンブルビーが殴りかかった。その拳を苦も無く受け止めるスティンガー。

 

「『てめえ!』『何してやがる!』」

 

 ネプギアはおまえの大切な存在じゃないのか!

 

 ラジオ音声と通信で呼びかけるが、スティンガーは反応しない。

 

「無駄なことだ」

 

 組み合うバンブルビーとスティンガーに、どこからか穏やかな声がかけられた。

 赤い単眼に紫の体、いつの間にか近くにショックウェーブが現れていた。

 

「ショックウェーブ……!」

 

 ドレッズと撃ち合っていたオプティマスが憎々しげにその名を呼ぶ。

 

「無駄って…… どういうことですか!?」

 

 科学参謀の聞き捨てならない言葉に、ネプギアが声を張り上げる。

 それに対し、ショックウェーブは穏やかに答える。

 

「言ったとおりの意味だ。スティンガーの記録回路から無駄なデータを削除した。感情回路もだ。スティンガーは論理的な兵器に生まれ変わったのだ」

 

 その言葉に、オートボットと女神たちは絶句する。ブラックアウトとグラインダーも少し顔をしかめている。

 

「あなたは…… あなたは何てことを!」

 

 ネプギアは震える声を出しながらショックウェーブを睨みつける。だがショックウェーブは身じろぎ一つしない。

 

「君たちの設計は実に無駄が多かったからな。コミュニケーション能力は必要最低限を残して排除。余った容量は全て戦闘機能に割り振った。論理的に考えて、兵器とは合理的でなければな」

 

「そんな! スティンガーは、スティンガーは兵器なんかじゃありません! 私の…… 私の子供です!!」

 

 怒りに震えるネプギアの声に、ショックウェーブは変わらず穏やかに声をかける。まるで出来の悪い生徒に教える教師のように。

 

「子供とは、親の遺伝情報を引き継いだ個体のことだ。スティンガーは君の遺伝情報を持っているわけではない。よって、スティンガーは君の子供ではない。単なる兵器だ」

 

「そんなの! 心で繋がっていれば、立派な家族です!!」

 

「心、精神とは脳内における電気信号と化学反応の結果おこる現象に過ぎない。それに物理的な拘束力などない」

 

 狂気的なまでに穏やかなショックウェーブに、ネプギアは言葉を失う。

 

「どうやらぁ、ショッ君にはナニを言っても無駄みたいねぇ……」

 

 いつのまにやら女神化したプルルートが不機嫌そうに蛇腹剣を振るった。

 

「やっぱりぃ、体に刻み込んであげないといけないわねぇ!」

 

 自らの獲物と睨むショックウェーブに、スティンガーへの非道も相まって凄惨な笑みを浮かべて突撃していくプルルート。

 それに砲撃を撃ち込むショックウェーブ。

 

「スティンガー! スティンガー! 忘れちゃったの! ネプギアだよ!」

 

 バンブルビーと戦うスティンガーに必死に呼びかけるネプギアだが、スティンガーは意に介さず拳をバンブルビーの腹に叩き込む。

 地下から出現したドリラーに邪魔され、オプティマスたちは近づくことができない。

 振るわれる拳を必死にかわし防ぐバンブルビーだが、徐々に押され始めている。

 前回よりもスティンガーがパワーアップしているのもあるが、バンブルビーが本気を出せないのだ。

 

 やめろ! オイラはおまえを壊したくない!

 

 バンブルビーも通信で呼びかけ続けるが答えはない。

 二人とも頭では分かっていた。もう、スティンガーの記憶と人格が戻ることはないということは。

 それでも、呼びかけずにはいられなかった。

 

「論理的思考の放棄だな。愚かしい」

 

 それをプルルートと鍔迫り合いをしながら見ていたショックウェーブは変わらず穏やかに言う。だがわずかに、ほんのわずかに唾棄するような響きが混じっている。

 

「愚かなのはあんたのほうよ!!」

 

 そんなショックウェーブに向かって怒鳴り声を上げる者がいた。

 誰あろう、何とアノネデスだ。

 

「あんたねえ! スティンガーには心があったのよ! 偶然に偶然を重ねて生まれた本物の心って奴がね! それを……!」

 

 普段の飄々とした仮面を脱ぎ捨て、怒鳴り散らすアノネデス。

 

「感情は化学反応に過ぎない。それを神聖視するなど、論理性の欠片もない」

 

「やかましい! ふざけんじゃねえぞ、この論理厨が! 世の中にはなあ、論理じゃ測れないもんがあるんだよ」

 

 怒りのあまりついにオカマ口調までも返上し、アノネデスは吼える。

 それを見て、ショックウェーブは初めて明確な嘲笑らしき声を出した。

 

「有り得ない。全ての宇宙に置いて、論理を超越するのはただお一人、……メガトロン様のみだ。それ以外は全て、論理の奴隷に過ぎない」

 

「……もういいわ。ぷるちゃん、そいつギッタギタのボッコボコにしてやってちょうだい!!」

 

 少しだけ頭を冷やしたアノネデスは、プルルートに全てをまかせることにした。

 その言葉を受けて、プルルートは不敵に笑う。

 

「言われなくても、そのつもりよぉ!!」

 

 ショックウェーブの巨体を押し返し、弾き飛ばすプルルート。

 戦いは続く。

 

 一方、何とかスティンガーを無力化しようとするバンブルビーだが、上手くいかない。ネプギアも手を出しかねている。

 

「ビー! ネプギア君!」

 

 そこへドリラーの体の向こうからホイルジャックの声が聞こえてきた。

 

「スティンガーの頭脳回路に直結して、バックアップメモリーを起動するんだ! バックアップ自体は一種のブラックボックスになっていて弄れないはずだ!!」

 

「……!『了解!』」

 

 それを聞いたバンブルビーはすぐさまスティンガーに飛びかかる。だがスティンガーはヒラリヒラリとそれをかわし、組み付かせない。

 しかしそこで意を決したネプギアが援護射撃を開始した。

 

「お願い! ビー!」

 

 その隙を突いて、バンブルビーがスティンガーに組み付く。

 ネプギアは二人に素早く近づくと、スティンガーの後頭部から備え付けのコードを引っ張り出し、バンブルビーの後頭部へと接続する。

 そのままスティンガーの頭脳回路からバックアップメモリーを起動した。

 

「お願い!!」

 

 目を覚ませぇえええ!!

 

『……………バックアップは完全に削除されています』

 

 無情なメッセージが流れた。

 バンブルビーの、ネプギアの、ホイルジャックの、アノネデスの、その表情が絶望に染まる。

 スティンガーは一瞬にして体を粒子に分解して拘束を逃れた。

 

「その程度のシステムを改ざんするなど容易いことだ」

 

 皮肉なほど穏やかな声が、バンブルビーたちの絶望を煽るように響いた。

 ショックウェーブはプルルートの振るう鞭のような蛇腹剣を掴むと、そのまま振り回してプルルートの体を地面に叩き付ける。

 

「さあ、スティンガー、止めを刺せ」

 

 今や操り人形と化したスティンガーは項垂れるバンブルビーと、それに寄り添い涙を流すネプギアにブラスターの狙いを定める。

 

「も…う…ダ…メ…か…」

 

 バンブルビーは力なく呟いた。せっかくできた味方に殺されるだなんて、なんて最後だろうか。

 

「きょ…う…だ…い…」

 

 その時、スティンガーの動きがピタリと止まった。

 

『バンブルビー? ネプギア?』

 

 何が起こったのか分からないというふうに、ブラスターを下ろし戸惑った声を出す。

 

「スティンガー?」

 

 ネプギアがおずおずと声をかける。

 記憶が戻ったというのか? バックアップは完全に消されていたはずなのに……

 

 ショックウェーブは一瞬にして状況を把握した。

 論理的に有り得ないことだが、スティンガーの人格が復活したようだ。

 興味深い事例だが、論理的思考のもと敵の撃破を優先すべきと判断。

 地面に叩き付けられ意識が朦朧としているらしいアイリスハートよりも、動きを止めているバンブルビーとパープルシスターを抹殺したほうが効率がいい。

 瞬間的に右腕の粒子波動砲を二人に向け発射した。

 

『危ない!』

 

 とっさにスティンガーは二人の前へと飛び出し、飛来するエネルギー弾をその身で受けた。

 バンブルビーとネプギアには、スローモーションのように見えた。

 胸に大きな穴が開いたスティンガーが、二人の前に仰向けに倒れ込んだ。

 

「スティンガー!! いやぁああああ!!」

 

 ネプギアが悲鳴を上げ、バンブルビーがその上体を支えて起こす。

 スティンガーのバトルマスクが割れていて、中の素顔と目が合った。

 バンブルビーとよく似た顔で、同じ青いオプティックをしていた。

 

『ネ…プギ…ア…マ…マ。ママ……』

 

 もういい、喋るな!

 

 必死に通信で呼びかけるバンブルビーだが、スティンガーは最後の力を振り絞るようにして声を出し続けた。

 

『バン…ブル…ビー… 兄弟…… キョウ…ダ……イ………』

 

 腕の中のスティンガーの体から力が抜け、オプティックから光が消える。

 

「スティンガー…… いや、いやぁ……」

 

 涙を流しながら、スティンガーにすがりつくネプギア。

 もはや何も言えぬスティンガーの体をゆっくりと横たえ、バンブルビーは大きく吼えた。それは喪失からくる魂の慟哭だった。

 

「データは取れた。引き上げるぞ」

 

 ショックウェーブは興味を失ったように冷たく言うと、踵を返してドリラーの操縦席へと向かう。

 

「待ちなさい!!」

 

 フラフラと立ち上がったプルルートはその背に怒鳴る。

 

「これだけのことして、ただで済むと思ってんのぉ!!」

 

 蛇腹剣を構えなおし、危険に目を光らせるプルルート。

 だがショックウェーブは一顧だにしない。

 何も言わずに操縦席に乗り込み、ドリラーごと地中に姿を消す。

 プルルートはギリリと歯を食いしばるのだった。

 

「……兄者、俺たちも」

 

「……ああ」

 

 オプティマスと撃ち合っていたブラックアウトとグラインダーも撤退していく。

 去り際に、ブラックアウトはバンブルビーのほうを振り向いた。

 

「……すまなかったな」

 

 それは敵同士ではあるものの、同じ『兄』としての彼なりの謝罪だったのかもしれない。

 二体は大型ヘリに変形して飛び去っていった。

 

「スティンガー……」

 

 横たわるスティンガーと、その前で嗚咽をもらすネプギアとバンブルビーの周りに、オプティマス、ネプテューヌ、プルルート、ホイルジャック、アノネデスが集まってきた。皆、沈痛な面持ちだった。

 

「ねえ、スティンガー、直るよね! もともとはネプギアたちが作ったんだもん!」

 

 ネプテューヌが傍らのオプティマスに努めて明るく声をかける。

 しかし、オプティマスは目を伏せ答えない。

 

「ねえ、大丈夫だよね!」

 

 今度はホイルジャックとアノネデスのほうを見るが、二人は首を横に振った。

 

「……分からないわ。スティンガーちゃんの頭脳回路はいろんな偶然が奇跡みたいな確立で重なって成り立っていたの。だから……」

 

「仮に直せるたとしても、人格や記憶が戻るかは……」

 

 その言葉に、ネプテューヌは涙を浮かべる。

 

「……直すよ」

 

 うつむいていたネプギアは、顔を上げた。

 

「スティンガーは私が直す! 今は無理でも、いつか必ず!」

 

 強い決意を込めて、ネプギアは宣言する。バンブルビーも頷いた。

 

「『それまでは』『ゆっくり』『眠れ』きょ…う…だ…い…」

 

 きっとそれは大変な道のりだ。

 それでも、ネプギアとバンブルビーは決意を新たにするのだった。

 

 いつか、大切な家族と再会するために……

 

 




ネプテューヌVⅡの発売が近づいてきました。
なんか、色々えらいことになるようですね。

アドベンチャーはバンブルビーがリーダーとして悩む回。
オプティマスも、かつては新米リーダーとして悩んだりしたんでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編② クリスタルシティの滅亡 part1

思いっきり趣味に走ってみた話。

前の話と同時進行で書いてたので、早く書きあがりました。

そして、やっぱり分割。


 惑星サイバトロンの南方に位置する都市、ケイオン。

 かつては剣闘で賑わったこの都市は今やディセプティコンの首都だった。

 無数の砲台と高い壁、兵器工場と兵舎が並ぶここの中央に、異様な建造物が存在した。

 その形状を有機生命体に例えるなら『キノコ』が一番近いだろうか。

 いくつものウイングを備えた円柱の上に、傘のような本体が乗っている。

 だがその笠の大きさは都市全体を覆うほどだ。

 これこそがコルキュラー、破壊大帝メガトロンの居城である。

 

  *  *  *

 

 その司令部で、航空参謀スタースクリームが大声で喚き散らしていた。

 

「メガトロンはオールスパークを追って宇宙に消えた! これからは俺様が指揮を取る!! 異論はないな!!」

 

 それに対し残る参謀二人、サウンドウェーブとショックウェーブは何とも言えない表情をしていた。二体とも分かりづらいが。

 しかしとりあえず、異論はない。

 こんなんでもナンバーツーであり、不在時に指揮を取るように指示を出したのはメガトロンそのヒトだ。

 反対意見を出さない同僚に、スタースクリームは満足げに頷く。

 だが。

 

「この愚か者めが!」

 

 言葉とともに司令部へ入ってくる者がいた。

 灰銀の巨体に、悪鬼羅刹の如き顔。

 破壊大帝メガトロンだ。

 片腕に円筒状の容器を抱えている。

 タイガーパックスの戦いにおいて宇宙に放逐されたオールスパークを追い、姿を消した彼が帰って来たのだ。

 

「「「メガトロン様!!」」」

 

 三体の参謀は一様にその名を呼ぶ。

 二体は畏怖を込めて、もう一人は僅かな無念さを込めて。

 代表してスタースクリームが質問する。

 

「いったい、どうされたのです? てっきり、オールスパークを探しに行かれたのだと……」

 

「少し黙っておれ!」

 

 それをピシャリと封じ、メガトロンは自分の席である司令席の前に立つ。そして、腹心三体に向かって言葉を発した。

 

「我がディセプティコンよ! 我らはこれより、ゲイムギョウ界を目指す!!」

 

「げ、げいむぎょうかい? それはいったい、何なんですかい?」

 

 主君の突然の宣言に素っ頓狂な声を出すスタースクリーム。

 サウンドウェーブとショックウェーブも顔を見合わせている。

 だが、メガトロンは気にしていない。

 

「ゲイムギョウ界とは、こことは違う次元に存在する天体の呼び名だ。豊かなエネルギー資源に溢れ、有機生命体が蔓延っている」

 

「は、はあ……。で、何でそこを目指すんです?」

 

 当然の質問をするスタースクリーム。

 だがメガトロンはナンバーツーの質問に取り合わず言葉を続ける。

 

「そのためには、時間と空間を越えることのできるスペースブリッジが必要だ」

 

「い、いやだから何で……」

 

 そこまで言って、スタースクリームは諦めた。

 こういう時のメガトロンには何を言っても無駄だ。

 

「シカシ メガトロン様、スペースブリッジ ハ、現在デハ失ワレタ技術。専門家ダッタ センチネル・プライム モ、スデ二イナイ」

 

 側近中の側近であるサウンドウェーブが、無感情な調子のなかに僅かに動揺を滲ませながら進言すると、メガトロンは顔を不機嫌そうにしかめる。

 先代のオートボット総司令官センチネル・プライム。忌々しい名だ。

 かつては師と仰いだこともあったが、様々な出来事を経てメガトロンにとって最大の敵の一人となった。

 超一流の戦士であり、思想家。同時に天才的な科学者でもあった彼は、スペースブリッジと呼ばれる時間と空間を超越して移動できる技術、スペースブリッジを開発した。正確には、以前からあった物をより良く改良したのだ。

 だが、奴は宇宙の藻屑と消えた。

 無い物ねだりをしてもしようがない。

 そこで、これまで黙っていたショックウェーブが発言した。

 

「あるとすれば、そう……、『あそこ』しかないでしょうな」

 

 科学参謀の言葉に、メガトロンのオプティックがギラリと光る。

 主君が何も言わずとも、ショックウェーブは言葉を続ける。

 

「クリスタルシティ」

 

「……やはりか」

 

 そこに有るような気がしていた。

 

「よし、すぐにクリスタルシティに向かうぞ! 軍勢を集めよ!!」

 

 即決したメガトロンは三参謀に指示を飛ばす。

 

「お待ちください、メガトロン様!」

 

 しかし、スタースクリームは納得いかないとばかりに声を上げる。

 

「クリスタルシティはオメガスプリームの護る土地! そう簡単にはいきませんぜ!」

 

「ソレニ、アノ都市ハ強固ナ外壁二守ラレテイル」

 

 スタースクリームとサウンドウェーブは口々に反対する。

 

「二人の言う通り、論理的に考えますと、不可能かと」

 

 他の二人ほどではないものの、ショックウェーブも穏やかに反対した。

 メガトロンは参謀たちを見回し、そして間を置き抱えていた容器の中から、ある物を取り出した。

 それは、青い半透明の球体だった。しかし中の液体が淀んでいる。

 

「こ、これは……!」

 

「トランスフォーマー ノ、卵……!」

 

 スタースクリームとサウンドウェーブが驚きの声を上げる。

 もう二度と見ることはないと思っていた。

 オールスパークが失われた今、この星に新たな生命が生まれることはないのだから。

 

「しかし、すでに生命活動を停止しているようですね」

 

 動揺する航空、情報、両参謀とは対照的に科学参謀は平静にそれの状況を説明する。

 それに対し、メガトロンは大きな声を上げた。

 

「そうだ! だがコイツは少し前まで生きていた! ついさっきまでだ!!」

 

 さすがに少し気圧されるショックウェーブに構わず、メガトロンは言葉を続ける。

 

「オールスパークの泉でこれを見つけた! これ以外にもいくつもの卵もだ! だが、コイツは死んだ! 他も死にかけている! 分かるか、この意味が!」

 

 その声には、いつになく必死な感情が込められていた。

 

「エネルギーだ! 我々にはエネルギーが必要なのだ!!」

 

 トランスフォーマーの卵が孵化するためには、大量のエネルギーが必要だ。

 だが、もはやサイバトロンにそれをまかなう余力は残されていない。

 目指すしかないのだ。エネルギーに溢れた別の世界を。

 

 もう、誰も反対はしなかった。

 

  *  *  *

 

 クリスタルシティ。

 科学と文化の聖地。惑星サイバトロンに残された、最後の安住の地。

 高く分厚い外壁に囲まれ、その上には無数の対空砲台。

 それを越えると、その名の通りクリスタルで構成された美しい建造物が立ち並び、幻想的な光景を作り出している。

 ここは鉄壁の防御システム、オメガスプリームによって守られている。

 さらに、この都市の地下にはプラズマエネルギーが蓄えられ、そのおかげで死にゆくサイバトロンの中でも都市機能が維持できていた。

 今ここをオートボット総司令官オプティマス・プライムが訪れていた。

 ビークルモードのまま、光り輝く街並みを進んでいく。

 非戦闘員たちが、そこかしこで穏やかに暮らしているのが、走っていても分かった。

 

「なんて言うか、ここは平和だな」

 

 アイアンハイドがしみじみと呟いた。

 身を寄せ合って生活している非戦闘員たちを見ていると、いままさに星が死にかけているだなんて思えない。

 

「まさに最後の楽園だな。オメガスプリームさまさまだ」

 

 ジャズも同意する。

 二人の会話に加わらず、オプティマスはクリスタル製のハイウェイを進む。

 やがて、ハイウェイの先、高い塔のような建物が見えてきた。

 まるでロケットのようなデザインの塔で今にも宇宙に飛び立ちそうだ。中部にはオートボットのエンブレムが刻まれている。

 これこそがクリスタルシティの中心部、メインタワーである。

 オプティマスたちはその塔の前で止まると、ロボットモードに戻り、クリスタル製の彫像の間を通って内部へと進んだ。

 そのままロビーにジャズとアイアンハイドを待たせ、廊下を渡り、エレベーターで上へと上がる。

 最上階につくと、そこは都市を一望できる展望台になっていた。

 部屋の中央には、透明な半球状の物体が鎮座していて、その横には赤い色で細身の年老いたトランスフォーマーが立っていた。

 

「アルファトライオン」

 

 オプティマスが頭を垂れると、そのトランスフォーマー、アルファトライオンは穏やかに微笑んだ。

 

「オプティマス、若き勇者よ。よくぞ来た、オメガスプリームも歓迎しているぞ」

 

 するとアルファトライオンの横の半球体の中に、顔が浮かび上がった。

 

『オプティマス司令官。ゆっくりしてゆくといい』

 

 低い声でオプティマスの来訪を歓迎するこの顔こそ、クリスタルシティを統括する都市防衛システム、オメガスプリームの外部コミュニケーション装置である。

 しかし、オプティマスはゆっくりと首を横に振った。

 

「残念ですがノンビリはしていられません。アルファトライオン、今日は避難民の安全を確認に来たのです」

 

「分かっておる。……しかし、お主の中に悩みが見える」

 

 見透かすようなアルファトライオンの言葉に、オプティマスは一瞬目をそらす。

 

「……オールスパークの件か」

 

「……はい」

 

 根負けしたように、オプティマスは語り出した。

 

「オールスパークを宇宙に放逐することは、あの場では最善だと私は考えていました。……しかし、終わってみれば、果たしてあれが本当に正しかったのか、自身がなくなってきたのです」

 

 その言葉はオプティマスが滅多に見せない弱音だった。

 仲間たちの前でなく、アルファトライオンの前ならばこそ吐露することができた。

 アルファトライオンは、オプティマスにとって育ての親に当たるのだから。

 

「私は、……私は、この世界に致命的な傷を与えただけなのではないかと……」

 

 弱々しい声のオプティマスに、アルファトライオンは優しくその肩に手を置く。

 

「オプティマス。メガトロンがオールスパークを手に入れれば、必ずよからぬことに使っただろう。おまえは侵略の危機から、あらゆる生命を守ったのだ」

 

「……そうなのでしょうか? これは正しい選択だったのでしょうか?」

 

「それは儂には分からん。お主自身が答えを見つけねばならんのだ」

 

 優しくも厳しい言葉に、オプティマスは項垂れる。

 

「まあ、ここにいる間くらいは、肩の荷を下ろしてゆっくりするといい。ここにはお主にとって懐かしい顔ぶれもおる」

 

「……はい」

 

  *  *  *

 

 先にも述べた通り、ここクリスタルシティは非戦闘員の避難場所でもある。

 高く分厚い外壁に加え、オメガスプリームの操る戦車やガードロボットに守られたこの地は、鉄壁の防御を誇り避難民に安全を約束していた。

 それでも有事に備え、いくらかの戦闘員が常駐している。彼らは日夜、このクリスタルシティを守るために働いているのである。

 しかし、彼らにも休息は必要だ。

 そんなワケで、クリスタルシティ防衛隊の隊長、エリータ・ワンは休日を取っているのである。

 

「……ふう」

 

 エリータ・ワンは紫のボディが特徴的な細身の女性型オートボットで、真面目な性格をしている。

 それゆえに、部下からは根を詰め過ぎないかと心配されているのだ。

 

「無用な心配だと思うんだけどな……」

 

 自分は仕事が趣味みたいなものだし。

 それでも、部下が気遣ってくれるのは嬉しい。

 なので、お言葉に甘えて休むことにした。

 少しだけセンサーの感度を落とし、周りからの情報を最低限にしてリラックス。ブレインサーキットを休める。

 しばらくそうしていたが、ふと自分の横に立つ影に気が付いた。

 部下が呼びにきたのだろうか?

 そう思いそちらにセンサーを向けると、そこには赤と青のカラーリングの大柄なオートボットが立っていた。

 エリータはそのオートボットの存在に驚くと同時に嬉しくなった。

 

「オプティマス」

 

「やあ、エリータ」

 

 二人はどちらともなく、照れたように微笑み合う。

 親密な空気が二人の間に漂っていた。

 

  *  *  *

 

「久し振りね。最後にあったのはいつだったかしら?」

 

「確か、ターンの戦いの後だから…、だいたい3デカサイクルくらいかな」

 

 オプティマスとエリータは並んでクリスタルシティの小道を歩いていた。

 やがて二人は、ある建物の前に到着した。

 

「さあ、入って。ここが私の部屋よ」

 

「ああ、では遠慮なく」

 

 部屋に入ると、そこは片付いたこざっぱりとした部屋だった。

 女性の一人暮らしにしては、物が少なすぎるとも言える。特に娯楽と言える物が何もない。

 

「相変わらず娯楽の類は苦手かい?」

 

「ええ、それより仕事をしてるほうが楽しいわ」

 

 快活に笑うエリータに、オプティマスは苦笑する。

 昔から彼女はそうだ。自分に輪をかけた真面目ぶりで周囲から一目置かれる努力のヒト。

 

「はっはっは、さすがはエリータだ」

 

「ふふ、そう言うあなたこそ……」

 

 エリータは、オプティマスの目をじっと見る。

 

「疲れてるでしょ?」

 

「……ああ、最近いろいろとあったからな」

 

 図星を突かれ、言葉を濁すオプティマス。

 そんな彼に、エリータは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「それなら、少し休んでいきなさいな。ここにならあなたを傷つける者はいないわ」

 

 その言葉に、オプティマスは困ったような顔になるが、やがて根負けしたようにフッと微笑んだ。

 

「……そうだな。そうさせてもらおう」

 

 そう言って、椅子に腰かけるオプティマス。

 

「何か作るわ。あなたは少しノンビリしていて」

 

 エリータは、軽い料理でも作ろうと台所に立とうとするが、その背にオプティマスが声をかけた。

 

「ああ、エリータ。気を遣わせてすまない。君は私にとって最高の……」

 

 その言葉に、エリータのオプティックが微かに期待するような輝きを帯びる。

 

「最高の『親友』だ」

 

 堂々と言い放つオプティマス。

 エリータは少しガックリと肩を下げた。

 たまには言い返してやろうかと振り向くと、オプティマスはスリープモードに入っていた。

 

「……はあッ」

 

 大きく排気して座ったまま動かないオプティマスに近づき、その顔をそっと撫でる。

 深く眠っている。本当に疲れていたのだろう。

 サイバトロンとオートボットの未来。あらゆる生命の自由と平和。

 彼が背負う責任はあまりにも大きすぎる。

 一見すると、オプティマスはその重圧に見事耐え抜いているように見える。

 だが、エリータは知っている。

 彼が本当はディセプティコンを傷つけることさえ躊躇うほど、繊細で優しく……、そして、孤独だということを。

 

  *  *  *

 

 オートボット総司令官オプティマス・プライム。

 その出自は謎に満ちている。

 

 なぜなら、彼は『孤児』なのだから。

 

 かつてのある日、宇宙から一つのポッドが惑星サイバトロンに降ってきた。

 その中に入っていた者こそ、幼少のみぎりのオプティマスだった。

 このことは、彼が通常のサイバトロニアンのようにオールスパークの力によって生まれたのではなく、まったく別の方法で誕生したことを示していた。

 最初に彼を発見したのは、歴史学者アルファトライオンだった。オプティマスにとって幸運なことに、彼はこの異星の孤児を自分の養子として育てることにしたのだった。

 幼少のころから多彩な才覚を示し、アルファトライオンから愛情を注がれてすくすくと育ったオプティマスだったが、他の皆と違う出生であるという事実は、彼の心に暗い影を落としていた。

 それでも、歪むことなく真っ直ぐに育ったオプティマスが養父と同じ歴史に関わる仕事を選んだのは必然だった。

 首都アイアコンの公文書館で働き出したオプティマスだったが、ここで転機が訪れる。

 彼に、プライム王朝のCNAが流れていることが判明したのだ。

 プライム王朝の子孫はセンチネル・プライム以外に残っていないはずだったのだから、オートボット首脳陣は上へ下への大騒ぎだった。

 結局、オプティマスをセンチネルの弟子として迎え入れるということで話は落ち着き、オプティマスは次期プライム候補としての道を歩み出したのである。

 ここで出会ったのが、親友にして後の最大の宿敵である若き日の破壊大帝メガトロンであり、後に部下として彼を支えることになる友人たちであった。

 他ならぬエリータ・ワンもその一人だ。

 

  *  *  *

 

 あの頃から、オプティマスの苦悩は膨らむ一方だ。

 一度は兄弟と思い合ったメガトロンの裏切り。

 師であるセンチネル・プライムとの死別。

 そして周りからの過度な期待が、彼に果てしない苦悩と孤独をもたらしている。

 

「親友、か……」

 

 エリータはスリープモードのオプティマスの横に腰かけ、一人ごちる。

 

 ――どうして気付いてくれないかな。私は、こんなにあなたを愛しているのに。

 

 彼と初めて出会ったころ、その優しさに惹かれた。

 彼のことをよく知るにつれ、その孤独と苦悩を癒したいと思うようになった。

 しかし、きっと自分ではダメなのだ。

 彼の心を癒せるのは、きっと底抜けに明るく元気で、どんな困難も笑って蹴っ飛ばしてしまうような、そんな人物なのだろう。

 自分は彼を、あだ名で呼ぶこともできないのだから。

 ……もし仮に、彼をあだ名で呼ぶとしたら、何と呼ぼうか?

 

「おぷおぷ? なんか違うなあ。おぷりん? さすがにねぇ。 オプ、オプっ……」

 

「う~ん……」

 

 急にオプティマスが寝言を言い、エリータはビクッと体を震わす。

 慌ててオプティマスのスリープモードが解けていないことを確認し、ホッと排気するエリータ。

 やはり自分には、オプティマスをあだ名で呼ぶのは敷居が高いようだ。

 

  *  *  *

 

 クリスタルシティを目指すディセプティコン軍団。

 大型の空中戦艦を中心に、無数の戦闘機と飛行能力を持った者たちが空を行き、ビークルモードのディセプティコンたちが地上を進む。

 その中枢たる空中戦艦の艦橋にて、メガトロンはモニターに映る荒廃した地表を見ながら物思いに耽っていた。

 

「メガトロン様」

 

 そこへ、ショックウェーブが声をかけた。

 

「ミックスマスターを連れてまいりました」

 

 その言葉にメガトロンが振り向くと、ショックウェーブの隣に細長い手足に四枚の盾を備えたコンストラクティコンのリーダーが立っていた。

 

「ミックスマスター、参上いたしやした」

 

 鷹揚に頷くメガトロン。

 

「よろしい。ではミックスマスターよ。此度のクリスタルシティ攻略において、有益な情報を持っているとのことだったな」

 

「へい。ではまずこれをご覧くだせえ」

 

 ミックスマスターが艦橋の大型モニターの制御盤に近づきそれを操作すると、モニターにクリスタルシティの見取り図が浮かび上がった。

 

「知っての通りクリスタルシティは高い壁に囲まれ、さらにその防衛システムは強固そのもの。対空砲台、戦車、防衛ロボットらに守られていやす」

 

「そんなことは分かっておる。その攻略法はないかと言うんだ」

 

 既知の情報を長々と説明するミックスマスターに、メガトロンはイライラとした声を出した。

 破壊大帝の怒りに、しかしミックスマスターはニヤリと笑ってみせた。

 

「これからが本番ですよ。あの都市の防衛システムは、ある種の酸に酷く弱いんです。そう、都市と壁を構成する超硬質クリスタルもね……」

 

 その言葉にメガトロンのオプティックがギラリと光った。

 

「その酸は、すぐに用意できるか?」

 

「普通なら無理でしょうがねえ、しかしアッシは薬品調合のプロ! クリスタルシティに着くまでには準備できますぜ!」

 

 自身たっぷりのミックスマスターに、メガトロンは満足げに笑いかけた。

 

「よろしい。しかし、ミックスマスターよ。あの都市を造り上げたのは、おまえらコンストラクティコンのはず。誤情報を流して奴らを庇おうという算段ではあるまいな?」

 

 メガトロンの疑問はもっともだった。

 かつて、サイバトロンでもっとも美しいと言われる都市クリスタルシティを建造したのは、誰あろう、ミックスマスターと仲間たちなのだ。

 対するミックスマスターは、どこか暗い笑みを浮かべた。

 

「お言葉ですが、メガトロン様。あの都市を造るために、俺らがどれだけ酷使されたか……。そして、どれだけの仲間が使い潰されたか、御存じで?」

 

 その声にはどこまでも暗い情念が込められていた。

 

「ぶっ壊れちまえばいいんだ。あんな町……」

 

 それを聞いて、メガトロンは納得した。

 クリスタルシティ、科学と文化の聖地。

 だが、その栄光は多数の労働者の血肉の上に成り立っている。

 

「よかろう。後は……、スタースクリーム!」

 

「はい、メガトロン様!」

 

 主君の呼びかけに、脇に待機していた航空参謀が進み出る。

 

「レインメーカーズを使え」

 

「奴らをですかい? 確かに奴らなら今回の作戦にピッタリですが……」

 

 口ごもるスタースクリーム。

 レインメーカーズはスタースクリーム率いる航空部隊の中の一部隊で、腕はいいのだが人格のほうに大いに問題のある者ばかりなのだ。

 しかし、メガトロンは口角を吊り上げる。

 

「レインメーカーズなら、この『汚れ仕事』でも嬉々として実行するだろう?」

 

「まあ、そりゃあ……」

 

 いかにディセプティコンが戦闘と破壊を至上とする軍団であっても、非戦闘員を攻撃するのに抵抗のある者は多い。

 しかし、人格破綻者揃いのレインメーカーズならむしろ喜んで引き受けるだろう。

 

「加えまして、メガトロン様」

 

 そこでショックウェーブが発言した。

 

「コンストラクティコンには、試験的にある特殊な機能が組み込んであります。論理的に考えて、それを上手く利用すればクリスタルシティ攻略はより容易になるかと」

 

「うむ」

 

 科学参謀の意見に、メガトロンは同意する。

 

「これで、スペースブリッジは我が手に入ったも同然だわい」

 

 危険に笑むメガトロン。

 クリスタルシティに破壊が迫っていた。

 




あとがきに代えてゲストの皆さん紹介

アルファートライオン
歴史学者。日本名アルファートリン。実写映画未登場だが、サイバーミッションというCGアニメで存在に触れられている。

オメガ・スプリーム
クリスタルシティの守護神。初代アニメでは巨大なトランスフォーマーだったが、ここでは都市を護る防衛システムとして登場。実写映画未登場。

エリータ・ワン
クリスタルシティ防衛隊の隊長である女性型オートボット。実写映画では、アーシー三姉妹の一人として登場したが、ここでは一人のトランスフォーマーであり、体の大きさも結構なもの。
初代アニメではオプティマスことコンボイ司令官の恋人だったが……

続きは近日中に更新予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編③ クリスタルシティの滅亡 part2

祝! 神次元ゲイム ネプテューヌ Vⅱ発売!!

……なのに、今回もネプテューヌたちの出番がない過去編という。


 ここはクリスタルシティ防衛隊の本部。

 アイアンハイドは、隊長のエリータ・ワンから留守を任された副隊長クロミアと話をしていた。

 クロミアはタイヤになった脚を持つ、青い女性型オートボットだ。

 

「……そんなわけで、いざと言うときの避難経路はこのとおりよ。問題があって?」

 

「いや、それで大丈夫だろう。後は対空砲台の位置だが……」

 

 二人は真面目に話しているのだが、一方の副官ジャズはというと……

 

「やあ君たち、今度デートでもどうだい?」

 

 防衛隊の女性隊員を片っ端から口説いていた。

 相手の女性たちも満更でもなさげだ。

 その姿に近くにいた男は少し顔をしかめる。

 

「貴殿も話に加わったらどうか? オプティマス・プライムの副官殿? ……フレアアップ、ファイヤースター、ムーンレーサー、すぐに仕事に戻りなされ」

 

 その男、鎧武者のような姿の青いオートボット、ドリフトに厳しいことを言われて女性隊員は散っていく。

 

「やれやれ、俺はただ女の子たちと情報交換していただけなんだがね」

 

 肩をすくめるジャズに、ドリフトは苦い顔をする。

 

「なぜ貴殿のような軽い男を、センセイは傍に置くのか……」

 

「軽いからさ。真面目な奴ばかり集めても、それはそれで上手くいかないからな」

 

 ドリフトはフンと排気して、ジャズから離れていった。

 苦笑いをするジャズ。

 ドリフトは元ディセプティコンという異色の経歴を持つオートボットなのだが、いろいろあってオプティマスのことを崇拝しているのだ。

 

 ――まあ、崇拝と理解は微妙に違うけどね。

 

 そう内心で思いながらも、おくびにも出さない。

 二人の会話を見ていたアイアンハイドとクロミアもヤレヤレと排気する。

 

「……まったく、どっちもどっちだな」

 

「うちのドリフトも、真面目なのはいいんだけど短気でねぇ」

 

 そんな二人に気付いたのか、ジャズが二人のそばにやってきた。

 

「やあやあ、お二人さん。恋人同士の甘い語らいは終わったかい?」

 

「からかうんじゃねえやい」

 

 しかし、そう言うアイアンハイドはニヤッとしていた。

 何を隠そう、アイアンハイドとクロミアは本当に恋人同士なのである。

 

「まあ、このヒトが甘い語らいなんかするわけないけど」

 

 どこか嘆息するようなクロミア。

 恋人の態度に不満があるらしい。

 

「おいおい、クロミア……」

 

「何よ? 文句ある?」

 

「……ありません」

 

 勝気なクロミアにアイアンハイドはタジタジだ。

 夫婦漫才を繰り広げる二人を見て、ジャズはニヤニヤと笑う。

 

「二人が有機生命体で子供でもできたら、アイアンハイドの血の気にクロミアの強気……、とんでもないじゃじゃ馬ができそうだな」

 

「なんだよ、そりゃあ」

 

「知らないのか? 有機生命体ってのは、雌雄の間に自分たちの遺伝子を継いだ子供を作れるんだぜ」

 

「はーん」

 

 異文化交流の第一人者らしく知識を披露するジャズだが、アイアンハイドは興味なさげだ。

 しかし、クロミアはこの話題に食いついた。

 

「ああ、いいわね子供。可能なら私もほしいわ……。そうね、女の子がいいわ」

 

 恋人の意外な言葉に、オプティックを白黒させるアイアンハイド。

 

「おいおい、俺はガキなんざいらないからな」

 

「おや、それは照れ隠しかい?」

 

「……そういうおまえはどうなんだ? ジャズ」

 

 アイアンハイドは反撃に転じた。

 

「おまえは誰かと子供つくろうって気にゃならんのかい」

 

「ならないね。第一相手がいない」

 

 快活に笑いながら、ジャズは断言する。

 オートボット一の伊達男らしからぬセリフに、アイアンハイドは意外に思う。

 

「おまえさんなら、選り取りみどりだろう?」

 

「あんなのは一種のゲームさ。お互い本気じゃない」

 

「女の敵な発言ね……」

 

 呆れたような声を出すクロミア。

 何とも言えない空気が、三人を包む。

 

「それはそうと、オプティマスとエリータはよろしくやってるかな?」

 

 空気を換えるためにジャズが努めて明るい声を出した。

 

「そうね、今頃仲良くしてるんじゃないかしら?」

 

「だといいんだが」

 

 楽観的なクロミアに、少し心配そうなアイアンハイド。

 せっかく、オプティマスに安らいでもらおうと少し無理を言って連れてきたのだ。

 どうせなら、このまま恋人にでもなってほしいが……

 何せ自分への好意に鈍い部分のあるオプティマスだ。どうなることやら。

 

 結局、部屋で寝てた(性的な意味でなく)だけだと知って、二人が呆れられたのは別の話。

 

  *  *  *

 

 やがて時間は過ぎ、オプティマスたちは無事クリスタルシティを後にした。

 

 エリータ・ワンはメインタワーの展望台から、町並みを見ていた。

 思うのはただ一つ、オプティマス・プライムのことだ。

 彼はこれからも辛い戦いを続けるだろう。

 そのとき、自分にどれだけのことができるのか……

 

「心配事かね? エリータ」

 

 そこへアルファトライオンが声をかけてきた。

 

「……はい。オプティマスのことです」

 

 この老人に嘘は通用しない。エリータは正直に答えることにした。

 

「心配はもっともだ。彼は厳しい運命を受け入れなければならないのだから」

 

「……はい」

 

 穏やかな声のアルファトライオンに、エリータは静かに頷く。

 

「しかし、真に彼を支えることができるのは愛を持つ者だけじゃ」

 

 ニッコリと微笑むアルファトライオン。

 

「自分を卑下せず、胸を張ってオプティマスを支えてやってくれ。あの子の父親としてのお願いじゃ」

 

「……はい」

 

 できるかどうかは分からないが、できうる限りのことはしよう。

 決意を新たにするエリータに、アルファトライオンは大きく頷くのだった。

 

 しかし。

 

 突然警報が鳴り響いた。

 

「むう!?」

 

「この警報は……、オメガ・スプリーム!」

 

『クリスタルシティに接近する機影多数、ディセプティコンだと思われる』

 

 エリータの呼びかけに、防衛システムはすぐに答えた。

 その答えに、エリータはオプティックを見開いた。

 

「ディセプティコンですって!? あいつら、ついにここに……」

 

「…………」

 

 一方、アルファトライオンは何か痛みを感じたかのように胸を押さえた。

 

「私はすぐに防衛隊と合流します! アルファトライオンはここにいてください!」

 

「うむ、分かった。……気をつけてな」

 

 威勢のいい言葉とともに、エリータは展望室を飛び出していった。

 残されたアルファトライオンは虚空を見てポツリと呟いた。

 

「戦いがやってくる。何者も抗えぬ破壊の嵐が……。兄弟たちよ、どうか若者たちを守ってくれ……」

 

  *  *  *

 

『ディセプティコン接近。ディセプティコン接近。非戦闘員は、緊急時ガイドラインに従って速やかに避難せよ。繰り返す、非戦闘員は非難せよ』

 

 オメガ・スプリームの低く良く通る声が都市中に響き渡るなか、フューチャーカーに変形したエリータは仲間たちの元へ走っていた。

 

『全対空砲、発射準備。全戦車、全ガードロボット出動』

 

 非戦闘員たちが、避難場所に向かって移動し、そこかしこからコンピューター制御の戦車や巨大なガードロボットが出撃している。

 クリスタルシティの町中の広場に、防衛隊は展開していた。

 走ってくるエリータの姿を認めて、クロミアは敬礼する。

 

「エリータ!」

 

「クロミア、状況は?」

 

「ディセプティコンは南から接近しています。数はおよそ三千! 距離は30ヒック!」

 

「市民の避難は?」

 

「現在急ピッチで進めていますが、まだ時間がかかります!」

 

「急がせなさい! それから友軍に救援要請を! 急いで!!」

 

 防衛隊は速やかに行動を開始する。

 そのそばにドリフトがやってきた。

 

「こんな時こそ、センセイがいてくだされば心強かったのですが……」

 

「いないヒトのことを言ってもしかたがないわ。頼りにしてるわよドリフト」

 

 エリータに肩を叩かれ、ドリフトは表情を引き締める。

 クロミアも務めて陽気な声を出した。

 

「心配はいらないわ。このクリスタルシティの防衛システムは無敵よ!」

 

 隊員たちからも同意する声が上がる。

 しかし、エリータは安心できなかった。

 あのメガトロンのことである。なんらかの勝機を見出しているに違いなかった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの本隊に先行して、三体のジェット機型ディセプティコンがクリスタルシティ目がけて飛行していた。

 黄色、青緑、青紫の三色の三角錐型のジェット機だ。

 彼らこそがディセプティコン航空部隊の中の問題児集団、レインメーカーズである。

 

「キャハハハ! 見なよ二人とも。あれがクリスタルシティだってさ! おっかしいのー!」

 

 子供のように甲高い声を上がるのは青緑のビットストリームだ。

 

「イヒヒヒ……、クリスタルシティ……、科学と芸術の都……」

 

 青紫のホットリンクはボソボソと陰鬱な声を出す。

 

「ふん! 超超偉大なる太陽の化身の俺様様のほうが、輝くばかりに美しいぞ!」

 

 そして尊大な態度なのが黄色のサンストームである。

 三体は発射された対空砲の弾幕を潜り抜け、クリスタルシティへ近づいていく。

 

「それじゃあ、早くやろうよ! あの綺麗な都市をグチャグチャにしたらきっと楽しいよ!」

 

「記録されているテクノロジーには興味がある……。だから奪う……、ヒヒッ!」

 

「この世でもっとも偉大で強大で壮大な俺様様よりも輝くことなど許さん! 酸の雨を降らせてやる!!」

 

 三体は、弾幕をかわしながら機体下部からミサイルを発射した。

 それはクリスタルシティの上空で爆発すると、大量の煙を残した。

 

「ヘタクソめ! ハズレだ!!」

 

 それを見ていたドリフトが口汚く敵を罵るが、そこからが問題だった。

 拡散することなく滞留した煙はやがて渦を巻き、黒雲に変じると大きくなり始めた。

 やがて都市の上空をスッポリ覆うほどにまで成長した黒雲から雨が降り始めた。

 

「こ、これは……」

 

 エリータが驚愕の声を上げる。

 その雨はただの雨ではなかった。

 クリスタルシティの弱点である酸の雨だ。

 それが絶え間なく降り注いでくる。

 酸の雨に打たれた砲台が、戦車が、ガードロボットが、バチバチと漏電を起こして動かなくなる。

 さらに異変はそれだけに止まらない。

 クリスタルシティの建造物が、酸に汚染され黒ずんでいく。

 

「なんてことを!!」

 

 怒りに任せて絶叫するクロミアだが、彼も、いや防衛隊の誰もが酸の雨に晒され体に異常をきたしている。

 

「ぐうう……、し、しかし、この程度でこの都市の外壁は破れんぞ……」

 

 刀を杖に膝をつきながらも、ドリフトが言う。

 酸の雨で弱体化したとはいえ、クリスタルシティの外壁は分厚く高い。そう簡単に破壊はできないはずだ。

 

 だが。

 

 外壁の向こうから轟音が響き渡った

 何かを叩くような音だ。

 何度も、何度も、まるで特大の太鼓のリズムのように。

 そして、壁が砕けた。

 積み木の壁を崩すように、あっさりと。

 

「そんな……」

 

 防衛隊の面々は、それを茫然と見ていた。

 瓦礫と噴煙の向こうから『それ』が姿を現す。

 

 それは怪物だった。天災だった。破壊だった。

 

……それは(デバステーター)だった。

 

 公的に残る限り合体兵士デバステーターが姿を見せたのは、これが初めてである。

 その圧倒的な威容に、防衛隊の誰もが絶句していた。

 デバステーターの崩した箇所から、ディセプティコンが次々と侵入してくる。

 

 ――オプティマス……

 

 正気を取り戻し仲間に指示を飛ばす寸前、エリータのブレインサーキットに浮かんだのは、思い人の面影だった。

 

  *  *  *

 

 首都アイアコンへ向け降下船に乗って移動していたオプティマスは、ふと誰かに呼ばれた気がした。

 

「どうした、オプティマス?」

 

 ジャズの声にオプティマスはそちらを向く。

 

「いや……、エリータに呼ばれた気がしてな……」

 

「ははは、どうやら総司令官は、名残惜しいと見える」

 

 陽気に笑うジャズだが、オプティマスの顔は浮かない。

 その様子に、ジャズも真面目な顔になる。

 

『オートボット、応答せよ! 誰でもいい! この通信が聞こえたら、答えてくれ!!』

 

 アイアンハイドの座る操縦席の通信機に通信が入った。アイアンハイドはオプティマスとジャズに聞こえるようオープンチャンネルにして応答する。

 

「こちら、降下船4500Xだ。どうした?」

 

『こちらクリスタルシティ防衛隊! ディセプティコンの大軍に襲撃されている、至急救援を……ぐわぁあああ!!』

 

「おい、どうした! 応答しろ! おい!!」

 

 しかし、返事はそれきりなかった。

 アイアンハイドは総司令官のほうを見やる。

 対するオプティマス・プライムの決断は早かった。

 

「ジャズ、すぐにアイアコンに救援を要請だ」

 

「了解! それで俺たちはどうする?」

 

「決まっている。アイアンハイド、即時反転! クリスタルシティに戻るぞ!」

 

「了解! 飛ばすぜ!」

 

 ただちに行動に移る部下たちを見ながら、オプティマスの思考は焦りを感じていた。

 

 ――エリータ、アルファトライオン、皆、どうか無事でいてくれ……

 

  *  *  *

 

 かくしてクリスタルシティにとんぼ返りしたオプティマスたちの見たもの。

 それは無残に破壊されたクリスタルシティだった。

 すでに酸の雨は止んでいるものの、美しかったクリスタル製の建造物は黒ずんで輝きを失い、都市のあちこちから黒煙が上がる。

 

「なんてことだ……」

 

 茫然とオプティマスが口にした。アイアンハイドもジャズも言葉を失っている。

 サイバトロンで一番美しいと言われた都市が、見る影もない。

 メインタワーの直上にはディセプティコンの空中戦艦が鎮座し、周囲を威圧している。

 

「すぐに着陸だ!」

 

「了解!」

 

 しかしいつまでも茫然としているわけにはいかない。

 オプティマスの指示を受けて、アイアンハイドは降下船を着陸させようとする。

 だが、それをディセプティコンの航空部隊が目ざとく見つけ、撃ち落とすべく攻撃を仕掛けてきた。

 最低限の武装しかない降下船では航空部隊……そしてそれを率いるスタースクリームには歯が立たない。

 振り切ろうとスピードを上げ変則的な軌道を取るが、たちまち後方に張り付かれ、ミサイルを撃ち込まれる。

 

「脱出だ!!」

 

 三人は着弾寸前に降下船から飛び降りた。

 直後に降下船が爆発に包まれる。

 パラシュートなしの落下だが、三人のオートボットは問題なくクリスタルシティの町中に着地した。

 あたりにディセプティコンの姿はない。

 こうして間近に見ると、破壊の悲惨さが明確に分かった。

 

「……行こう」

 

 内心の激情を抑えるように、オプティマスは静かに号令をかけた。

 移動を始めると、すぐに彫像のように動かなくなったガードロボットや戦車に出くわした。

 頼もしかった守護者たちも、こうなっては無残なものだった。

 しばらく進むと、開けた場所に出た。

 いや、『無理やり開かれた』場所というべきか。

 元は建物が密集していたようだが、何かとてつもなく巨大なものが通ったように建物が破壊されていた。

 あたりにはクリスタルシティ防衛隊の死体が無残な姿で転がっている。

 全員何も言えなかった。

 

「……センセイ?」

 

 横転している戦車の影から、オプティマスに誰かが声をかけた。

 青い鎧武者風のオートボット、ドリフトだ。全身に被弾しボロボロなことが激闘の跡を感じさせる。

 

「ドリフト! 無事だったか!」

 

「何とか、ですが……。私のことより彼女を……」

 

 そう言ってドリフトは戦車の影を示すドリフト。

 戦車の車体によりかかるようにして、クロミアが座っていた。腹部に傷を負っている。

 傍には、フレアアップ、ファイアースター、ムーンレーサーの三人もいた。

 

「クロミア!」

 

 負傷した恋人の姿に、アイアンハイドが声を上げて駆け寄る。

 

「クロミア! 大丈夫か!?」

 

「大丈夫、……じゃないけど、……生きてるわ」

 

 咳き込みながらも声を出すクロミアに、アイアンハイドはホッと排気する。

 それを見て、オプティマスは冷静に……少なくともそうであろうと努めて……ドリフトにたずねた。

 

「ドリフト、エリータ・ワンとアルファトライオンがどこにいるか分かるか?」

 

「アルファトライオン様はメインタワーにいらっしゃったようです……。エリータ殿はシェルターの一つがディセプティコンに襲われているという連絡を受けそちらに……」

 

「そのシェルターはどこだ?」

 

「第三区画のポイントXXです……。行かれるのですね……? 私もともに……」

 

 だが、そこまで言ってドリフトは激しくせき込み、体をふらつかせる。

 オプティマスは穏やかにドリフトを制した。

 

「いや、おまえはここで待っていろ。ジャズ、アイアンハイド、皆を頼む。それと他に生存者がいないか探してくれ」

 

「了解。……気をつけろよ、オプティマス」

 

 ジャズが心配げな声を出すが、オプティマスはそれ以上何も言わずに駆け出した。

 

  *  *  *

 

 ポイントXXについた時、そこにはすでに生きている者の姿はなかった。

 シェルターの分厚い防爆扉は打ち破られ、炎が中から噴き出している。

 生存者がいたとしても、救出は不可能だった。

 

 そして……

 

「エリータ……」

 

 紫色の女性型オートボットが、防爆扉の前に倒れていた。

 

「エリータ!!」

 

 オプティマスは冷静さを失い、手に持っていたイオンブラスターを取り落として動かないエリータのもとへ走る。

 エリータは拷問されたように全身を傷つけられ、痛々しい姿になっていた。

 

「オプティ……マス……?」

 

 それでも、スパークは消えてはおらず何とかオプティマスのほうに顔を向ける。

 

「ああエリータ、私だ! オプティマスだ! 助けに来た!」

 

「オプティマス……、来て……くれたのね……」

 

 エリータは一言話すにも力を振り絞らなければならないようだった。

 

「すぐに救援が来る! それまで……」

 

「オプティマス……」

 

 オプティマスの必死な声に、エリータは右腕を伸ばしてその顔を撫でる。

 

「ねえ、オプティマス……、私……、あなたのことが……、好き……」

 

「ああ、私も好きだ! 君は私にとって最高の親友で……」

 

 だがエリータは薄く微笑むと、首を少しだけ横に振った。

 

「違うわ……、愛してるの……、あなたのことを……」

 

 その意味が、オプティマスには一瞬理解できなかった。

 

「え、エリータ……?」

 

「オプティマス……、あなたは…本当は……とても優しいヒト……、あなたの苦悩を……、孤独を……、癒してあげたかった……」

 

 浮かべる笑みは、しかし寂しげだった。

 

「あなたが……、愛してくれなくても構わなかった……。あなたと出会えただけで……、幸せだった……!」

 

 幸せ? ディセプティコンとの果てのない戦いに身を投じ、ボロボロに傷つくことが?

 全てはオプティマスのせいだというに?

 

「愛してるわ……、生まれ変わってもきっと……」

 

 最後まで言うことはできなかった。

 エリータの最後の表情は、思い人の腕の中で逝けた喜びで満たされていた。

 

「エリー……タ? エリータ!! エリータぁああああ!! あぁあああああああ!!」

 

 オートボットの英雄、総司令官オプティマス・プライムは事切れたエリータの体を抱き寄せ泣き叫ぶ。

 その後ろに三つの影が舞い降りた。黄色、青紫、そして青緑。レインメーカーズだ。

 

「あれえ? あれってオプティマスじゃなーい? キャハハ! 泣いてやんの!」

 

 思いきり嘲笑するのはビットストリームだ。

 

「っていうか、『それ』俺らがいたぶってやった女じゃん! キャハハ!!」

 

 その声に、エリータを抱きしめたままのオプティマスがピクリと反応する。

 

「馬鹿な女だったよなあ! ホットリンクがシェルターに火ぃぶち込んだら、泣き叫んでたっけ!」

 

「超超超偉大にして唯一絶対の太陽の化身である俺様様よりも、クソ下らない戦えもしない奴らを優先するから罰があったんだ!」

 

 サンストームも嘲笑する。

 

「イヒヒ、武器奪った……。女は用済み……」

 

 ボソボソと陰気なホットリンク。

 

「貴様ら……」

 

 オプティマスはエリータを静かに横たえると、ゆらりと立ち上がる。

 

「なぜこんなことをした? ここには戦えない者たちがいたんだぞ」

 

 エネルゴンを吐くかのような声にレインメーカーズの面々は馬鹿にしたように嗤う。

 

「なんでって、楽しいからに決まってんじゃん! 馬鹿でよわっちい奴を、いたぶって殺してやるのが楽しいんじゃん!」

 

「超絶唯一絶対永世最強無敵の俺様様が殺してやったんだから、むしろ土下座して感謝するべきだ!!」

 

「オートボットの武器を奪う……。そのために殺す……、イヒヒヒ!」

 

 自分勝手な考えを垂れ流し、戦えない者を喜んで殺し、親しいヒトの死に涙する者を嘲笑う。その姿は醜怪の一言につきた。

 彼らは気付いていない。自分たちが地獄の蓋を開いたことに!

 

「ちょうどいい……、新兵器……、おまえで試す……」

 

 ボソボソと呟いたホットリンクは、腕を変形させて砲を作り出し、おもむろにオプティマスの背に向け発射した。砲口から激しい火炎が放射される。

 

「パイロパシックフレイムスロワー!! どうだ、1万度の炎に襲われる気分は!! 俺の兵器最強ぅうううう!!」

 

 今までの調子が嘘のようなハイテンションで叫ぶホットリンク。

 口から液体を垂れ流し、オプティックをグリグリと動かすその姿から正気は感じられない。

 

「俺の兵器は最強なのだぁああ!! 俺こそがホイルジャックよりも、ショックウェーブよりも天才なのだぁああ!! イヒヒヒヒヒ!!」

 

 哄笑するホットリンク。

 だが、燃え盛る炎の中をオプティマスがゆっくりと進んでくる。

 それにホットリンクは驚愕した。

 

「な……!?」

 

 慌ててさらに火力を上げようとするが、時すでに遅し。

 目と鼻の先まで接近したオプティマスは、無造作にエナジーブレードを突き出した。

 オプティックを見開くホットリンクが間抜けに開いた大口に、エナジーブレードの赤熱した刀身が飲み込まれる。刀身はそのまま頭部を貫通して後頭部から飛び出る。

 何が起こったのか分からないという表情のホットリンクから、無造作にエナジーブレードを引き抜くオプティマス。

 スパークを失い崩れ落ちるホットリンクだった物をよそに、オプティマスは首を巡らす。

 それは次なる獲物を求める獣を想起させた。

 しかし、レインメーカーズの残る二人は仲間の死にもニヤニヤとするばかりだ。

 

「キャハハ! ホットリンクの奴死んでやんの! カッコわりい!」

 

「所詮は奴も、俺様様と言う太陽の化身を引き立てるその他大勢に過ぎなかったということだ! さあ、オプティマス! 貴様も俺様様の未来永劫に続く武勇伝の一ページとなるがいい!!」

 

 妄想を垂れ流しながら全身から高熱を発するサンストーム。

 その姿は自称の通り太陽の如く光輝いている。

 サンストームは、熱エネルギーを自在に操ることができるのだ。

 唯一無二のその能力が彼の正気を奪い、自身を超常の存在と勘違いさせるに至ったのは、皮肉であるが。

 

「死ね! オプティマァァス!!」

 

 そのまま突っ込むサンストーム。

 対するオプティマスはまるで虫を払うように腕を振るう。

 顔に裏拳を叩き込まれたサンストームは、あっさりと輝きを失い地面に落ちた。

 

「ば、馬鹿な……! 太陽の化身である俺様様が……!? ぐ、がぁああ!!」

 

 現実が理解できないサンストームの顔をオプティマスが両手で掴む。

 

「ぎいやぁああああ!!」

 

 そしてそのままグシャリと握り潰した。

 頭部を失ったサンストームの残骸を蹴飛ばして、オプティマスは最後の一人、ビットストリームを感情のこもっていないオプティックで見る。

 

「き、キャハハ! や、やるじゃん!」

 

 さすがに恐怖を感じ、後ずさるビットストリーム。

 オプティマスはレインメーカーズの生き残りに向かってゆっくりと歩き出した。

 

「ひ、ひい!? き、今日のところはおまえの勝ちにしといてやるよ!」

 

 捨て台詞とともに背中のブースターを吹かして飛び去ろうとするビットストリーム。

 だが、オプティマスはそれを許さなかった。

 足元に落ちていたイオンブラスターを拾い上げると、狙いを定め、撃った。

 

「ぎゃあ!」

 

 悲鳴とともに、地に落ちるビットストリーム。

 何とか起き上がるが、そのそばにはすでにオプティマスが立っていた。

 

「き、キャハハ……、な、なあ、待ってよ……、こ、殺さないで……」

 

 必死に命乞いをするビットストリーム。

 だがオプティマスは、氷点下の視線で見下し、イオンブラスターをその額に突きつける。

 

「た、助けて……、死にたくないよぉおおお!!」

 

 ドンと音がして、ビットストリームは倒れた。

 オプティマスはそれに気を止めず、ゆっくりと歩き出す。

 

 ……次なる敵を求めて。

 

  *  *  *

 

 クリスタルシティの中枢、メインタワーの展望室の中央に二体のトランスフォーマーがいた。

 一体は灰銀の巨体。

 もう一人は赤い細身の老人。

 破壊大帝メガトロンと、歴史学者アルファトライオンだ。

 アルファトライオンは跪かされている。

 一方、オメガ・スプリームのコミュニケーション用端末の前ではサウンドウェーブが、機械触手を伸ばして情報を引出そうとしている。ショックウェーブは周りを興味深げに観察していた。

 アルファトライオンは、跪かされても威厳を失わずに言葉を発する。

 

「……メガトロン、何を焦っておる?」

 

「焦ってなどいないわ。愚かなジジイめ」

 

 危険な声色になるメガトロン。

 だが、アルファトライオンは黙らない。

 

「なぜスペースブリッジについて知りたがる? それには何か理由が……」

 

「余計なことを聞くな!!」

 

「何か助けがいるのか? だったら、この戦いを終わらせ講和すれば我々が力に……」

 

 その瞬間、メガトロンはアルファトライオンの首を掴んでその体を持ち上げる。

 

「誰が貴様らオートボットなどに助けを求めるか!!」

 

「ぐ、ぐうぅ……! な、なぜ分からんのだメガトロン……!」

 

 それでも、アルファトライオンは口を閉じない。

 

「その強すぎる憎しみが、おまえのオプティックを曇らせ、真実から遠ざけていることに……!」

 

「もうよいわ! 昔馴染みなれば生かしておいてやろうかと思ったが、スペースブリッジの貴様をスクラップに変えた後で、ゆっくりと探してくれるわ!!」

 

 メガトロンは腕に力を込め、この哀れな老人の首をへし折ろうとする。

 

 だが。

 

 タワーの外から爆音と怒声、そして悲鳴が聞こえてきた。

 何事かとメガトロンがアルファトライオンを放り出して下を見ると、そこには何体ものディセプティコンのど真ん中で何者かが暴れているのが見えた。

 エナジーブレードを振るって兵士の首を刎ね、イオンブラスターで顔面を吹き飛ばしている。

 

「オプティマス、現れたか」

 

 宿敵の登場にニヤリと笑ったメガトロンは、窓を叩き割るとそのまま飛び降りた。

 轟音を立てて地面に着地し、散乱したディセプティコンの残骸の中央に立つ者を睨み、そこでオプティックを細めた。

 そこにはオプティマスが立っていた。

 だが、彼の知るオプティマスではない。

 全身から、目に見えそうなほどの殺気を放っている。

 

「メガトロン……、戻って来たのか……!」

 

 メガトロンは面白そうにニヤリとした。

 

「どうしたのだオプティマス。それではまるで、我らディセプティコンのようだぞ。またぞろ仲間が死にでも……」

 

「エリータが死んだ」

 

 オプティマスの声には、抑えきれない悲しみが滲んでいた。

 

「エリータが死んだんだ……」

 

「…………そうか」

 

 対するメガトロンの声は平静そのものだった。

 カッとなってオプティマスは怒声を上げる。

 

「そうか!? そうかだと! エリータが死んだんだぞ!! おまえにとっても友だっただろう!!」

 

「だからどうした? オプティマス、これは戦争だ。戦争はヒトが死ぬ物だ。そんなことも忘れたか?」

 

 その言葉に答えず、オプティマスは疑問をぶつける。

 

「教えてくれ、メガトロン……! なぜクリスタルシティを襲ったのだ……!」

 

 悲痛な声に、しかしメガトロンは表情を動かさない。

 

「……簡単なことだ。ここにスペースブリッジの情報があったからだ」

 

「何だと!? なぜそんな物を求める?」

 

 メガトロンの言葉が、オプティマスには理解できなかった。

 

「分からんか? この星は死にかけている。おまえのせいでな、オプティマス。故に! 我が種の命脈を保つためには、他の世界を目指すしかないのだよ。エネルギーに溢れた世界をな!」

 

 破壊大帝の堂々たる宣言に、ディセプティコンたちは歓声を上げ、オプティマスは戦慄した。

 他の世界にまで、侵略の魔の手を伸ばそうというのか?

 

「そうは、……させんぞ! メガトロン!!」

 

 オプティマスは両腕のエナジーブレードを展開し吼える。

 これ以上の暴虐を許すわけにはいかない。

 

「食い止めて見せる! エリータのためにも!」

 

 その宣言を聞いて、メガトロンはせせら笑った。

 

「エリータのために、か……」

 

 どこか含むようなメガトロンの言葉に、オプティマスは殺気を強くする。

 憎しみを向き出しにして睨み合う、総司令官と破壊大帝。

 互いの殺気がどこまでも高まり、まさに一触即発。激突は必至だ。

 しかし、そこでメガトロンにサウンドウェーブから通信が入った。

 

『メガトロン様。オートボット ノ、軍勢ガ近ヅイテイル』

 

「……そうか。スペースブリッジの情報は?」

 

『取得デキタ。アルファトライオン ハ、ドウスル?』

 

「…………放っておけ」

 

 メガトロンはそれだけ言うと、通信を切りオプティマスを見やる。

 

「今日のところは引くとしよう。この後の予定が詰まっているのでな。……ディセプティコン! 引き上げだ!!」

 

 破壊大帝の号令に、ディセプティコンたちは次々とあちこちに着陸していた降下船に乗り込み、あるいは変形して飛び立っていく。

 上空の航空部隊もこの空域を離脱し、空中戦艦も情報、科学、両参謀を回収してメインタワーの上から離れていった。

 それを見届けたメガトロンは、オプティマスに背を向ける。

 

「待て! 逃げるのか!」

 

「……言っただろう。予定が詰まっているのだ。これから未知の世界を目指すのだからな。貴様らに構っている暇はないのだよ」

 

 オプティマスの静止に構わず、メガトロンはギゴガゴと音を立ててジェット機に変形し手飛び去るのだった。

 

  *  *  *

 

 クリスタルシティから飛び去る空中戦艦の舳先に降り立ち、メガトロンは黙考する。

 これでゲイムギョウ界に向かう目途が立った。

 そこから問題だ。

 彼の世界においてシェアエナジーを奪う……いや、『取り返す』ためには、それを集めるシェアクリスタルなる石と、扱うことのできる存在、女神が必要不可欠だ。

 女神のほうは、師が調達するという。

 ならば、自分はシェアクリスタルを手に入れなければ……。

 

「…………存外、枯れん物だな」

 

 呟くメガトロンのオプティックから液体が流れていた。

 メガトロンとオプティマスと、そしてエリータ・ワン。

 昔、遠い昔、三人は友達だった。

 三人で遊び、勉学に励み、鍛錬し、未来について語り合った。

 静かに、ただ静かに、メガトロンは泣いていた。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの撤退から約1ソーラーサイクルの後。

 生き残った者たちは、アイアコンに移ることになった。

 酸の雨と、サウンドウェーブのハッキングに対する抵抗の末、オメガ・スプリームは休眠しなければならなくなり、もはや都市機能を維持できなくなったのだ。

 惑星サイバトロンに残された最後の楽園、科学と文化の聖地クリスタルシティはこうして滅んだ。

 そしてクリスタルシティ近郊の小高い丘にて。

 金属板を地面に立てただけの簡素な墓が立ち並んでいる。この襲撃で死亡した者たちは、ここに埋葬されていた。

 その中の一つの前に、オプティマスが立っていた。

 これは、エリータ・ワンの墓なのだ。

 

「エリータ……」

 

 オプティマスは墓の表面を撫でる。

 墓碑銘もなく、英霊が眠るにはあまりにも粗末な墓だ。

 

「すまない……。すまない……!」

 

 ひたすらにオプティマスはオプティックから液体を流し、謝ることしかできなかった。

 彼女を守ることができなかった。彼女が守ろうとした物を守ることができなかった。彼女の愛に応えることができなかった。

 最後の最後まで……。

 

 その場に蹲り、オプティマスは悔恨と絶望に囚われて慟哭し続けた。

 

 いつまでも、いつまでも……。

 




あとがきに代えてゲスト解説

レインメーカーズ
サンストーム、ビットストリーム、ホットリンクからなる三人のジェットロン。
元は、初代アニメのモブで、ボットコンで玩具が発売されたさいに名前と設定を与えられた。
ここでは人格破綻者の外道だが、もちろんここだけの設定なので、よそで見かけても嫌わないであげてください。

クロミア
クリスタルシティ防衛隊の副隊長。
アイアンハイドの恋人。
アーシーの色替え。

ドリフト
クリスタルシティ防衛隊の一員。
元ディセプティコン。
ロストエイジ三人組の他の二人に先駆けて登場。

フレアアップ、ファイヤースター、ムーンレーサー
クリスタルシティ防衛隊の女性隊員。
ファイアースターとムーンレーサーは、初代アニメに登場。
フレアアップは……、ボットコンの玩具らしいが、くわしい設定は知らなかったり……
三人ともモブ扱い。リベンジアーシー三姉妹の色替え。

さて、次回こそ、ゆるい話を書くぞ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 スタースクリームはヒーロー!?

重苦しい話が続いたので、今回はスタースクリームがやらかす、ゆるい話。


 さて、今日の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、プラネテューヌの中枢プラネタワー。ここから物語をはじめよう。

 

 プラネタワーの女神の生活区画、そのリビングルーム。

 ここでは謎の女の子ピーシェがテレビの前にかじりついていた。

 

『スーパーヒーローは、とっても強いんだ! 大きな物も軽々持ち上げて、すごい速さで空を飛ぶぞ!』

 

 テレビでやっている子供向けヒーローアニメでは、主人公のヒーローが人助けをしたり敵と戦ったりしている。

 

「わー、がんばれー!」

 

「あだだだ、首絞めんなって!」

 

 ピーシェはヒーローを応援しているが、そのさなかにも小型ディセプティコン、ホィーリーの首を握りしめている。

 一方、それを横目で見ながら、ネプテューヌとイストワール、立体映像のオプティマスが話し合っていた。

 

「やっぱり、ピーシェも一度町に出てみたほうがいいと思うんだよねー」

 

「ずっと教会の中というのも不健康ですしね」

 

『それでピーシェにお使いを?』

 

 オプティマスの声に頷くネプテューヌとイストワール。

 基本的にピーシェはネプテューヌにくっ付いていく以外は、活発な印象に反してあまり教会の外へ出ない。

 それではいけないと、三人はピーシェに初めてのお使いを頼んでみることにしたのだ。

 

『しかし、大丈夫だろうか?』

 

「う~ん、ピーシェはおバカだからねー」

 

 心配そうな声を出すオプティマスに、ネプテューヌは身も蓋もないことを言う。と言うか、ネプテューヌには言われたくないだろう。

 

「……でも、どうせなら、お外で遊んでみてほしいですからね」

 

 イストワールが頬に手を当てて意見を述べる。

 

『確かに、ピーシェにはこのプラネタワーも狭すぎるようだしな』

 

 オプティマスの厳かな声に、ネプテューヌとイストワールも頷く。

 健康で元気なピーシェには、プラネタワーに引きこもっているより外で遊びまわるほうが似合うだろう。

 

 かくして、『ピーシェの初めてのお使い計画』がスタートしたのであった。

 

  *  *  *

 

 プラネタワーの正門前にて、ピーシェは買い物のためにリュックを背負っていた。

 買った物を中に詰めるためだが、ピーシェがどうしても持っていくと言って聞かなかった、お菓子とお絵かきセットが中に入っている。

 

「いい、ぴーこ? この紙に書いてある物を買ってくるんだよ?」

 

「うん……」

 

 正面に立つネプテューヌの声にも、ピーシェは少し元気がなさげだ。はじめてのお使いに不安なのだろう。

 そんなピーシェに、ネプテューヌは優しく微笑みかける。

 

「お釣りでプリン買ってもいいから、がんばろ。ね?」

 

「ぷりん! うん、ぴぃがんばる!」

 

 一転、元気になるピーシェにネプテューヌは苦笑する。

 

「あ! プリン、わたしの分も買ってきてね!」

 

「うん!」

 

 そして、ちゃっかり自分の分のプリンの確保も忘れないネプテューヌだった。

 

  *  *  *

 

「ぷりん、ぷりん、ぷ、り、ん♪」

 

 陽気にプリンの歌を歌いながら、大きく腕を振って歩くピーシェ。その後をモンスタートラック型のラジコンカーが付いていく。ピーシェを見守るようにと、オプティマスから仰せつかったホィーリーである。

 

「おいおいおい、プリンはお釣りで買うんだろ? まずはカレーの材料な」

 

「うん!」

 

 すでにプリンのことで頭がいっぱいなピーシェに、ホィーリーは注意する。

 なんだかんだで、ホィーリーはピーシェに対し面倒見の良い一面を見せていた。

 ……途中、道行く女性のスカートの中を下から見ているのは、この際置いとこう。

 

 やがて、小さな女の子と小ディセプティコンの奇妙な二人組は、プラネテューヌ市街のショッピングモールに到着した。

 

「これください!」

 

「はい、カレールーにジャガイモ、ニンジンね」

 

 店員にネプテューヌから貰ったメモを見せ、無事に買い物を終えたピーシェは、リュックの中にカレーの材料を詰め込んだ。材料といっても、カレールーに野菜の類の一部だけなので、軽いものだ。もちろん、プリンも忘れない。

 後は帰るだけだ。

 

「ぷりん、ぷりん、ぷ、り、ん♪」

 

 来た時と同じようにプリンの歌を口ずさみながら歩くピーシェ。

 ホィーリーはどうやら無事に終わりそうだと安心していた。

 

 だが、世の中そうは問屋が卸さないものである。

 何事も行きよりも帰りが大変なのだ。

 順調に帰路を歩くピーシェの目の前を横切る影があった。

 

 猫である!

 

 それを見た瞬間、ピーシェの目が輝く。

 

「にゃんこだ!」

 

 路地に入り込んだ猫を追いかけていくピーシェ。

 

「お、おい! どこ行くんだよ!?」

 

 慌ててそれを制止しようとするホィーリーだが、悲しいかな彼にピーシェを止める力はない。ひたすら後を追うしかなかった。

 

  *  *  *

 

 猫を追いかけるピーシェとそれを追いかけるホィーリーは、いつの間にか荒廃した無人区画に入り込んでいた。 幸い周りにゴロツキやモンスターの影はない。

 周りの荒れた空気にいっさい構わず、ピーシェは猫を追いかけ続ける。

 やがて猫は大きな廃ガレージの敷地へと入り、閉ざされた入口の脇に開いた穴の中へと潜りこんでいった。

 その穴は、小柄なピーシェなら入れそうだ。

 ピーシェは、よし! と気合を入れ、その穴へと入っていく。

 

「まずいって! おいピーシェ!」

 

 制止しきれずホィーリーもそれに続く。

 

 ガレージの中はかなり広くなっていて天井も高い。

 ……トランスフォーマーぐらいなら、すっぽり入ってしまいそうなほどに。

 

「あれ~? にゃんこ~?」

 

 そこで猫を見失ってしまい、ピーシェは残念そうな顔になる。

 一方、ホィーリーはそれどころではなかった。

 ガレージのあちこちに置かれた用途不明の機械の数々は、明らかにまだ動いており、さらにはホィーリーにとってなじみ深い技術で作られた物であるのは明らかだった。

 

「こ、こりゃあ、どう見てもディセプティコンの……」

 

 そのときである。

 ガレージの奥の扉が開き、そこから大きな影が姿を現した。

 逆三角形のフォルムに背中に翼、逆関節の脚。そして赤いオプティック。

 ディセプティコンの航空参謀、スタースクリームだ。

 突然現れたスタースクリームは風変りに侵入者二人を見下ろした。

 

「あ~ん? 何だおまえらは?」

 

「ぴぃは、ピーシェだよ!」

 

 当然の質問に、元気に自己紹介するピーシェ。その姿には恐怖のきの字もない。

 

「おい、ピーシェ! やばい! やばいって! 早くずらかろうぜ!」

 

 そんなピーシェの服の端を引っ張り、必死に逃げようと促す。さすがに一人で逃げることはできないらしい。

 だが、ピーシェはびくともしない。

 そんな二人を見て、スタースクリームは何かに気が付いた。

 

「おまえ、あれか? ホィーリーか? サウンドウェーブの部下の部下の部下の……とにかく一番下っ端の」

 

 スタースクリームがそんな下っ端のことをおぼえていたのは単なる偶然に過ぎない。

 あまりにも役に立たない部下がいるとして、サウンドウェーブの取り巻きのレーザービークが愚痴っていたのを耳聡く聞いたことがあるだけだ。

 

「そそそ、そうだぜ! ディセプティコンにこのヒト有りとうたわれたホィーリー様たぁ、俺のことよ!」

 

 せめて威勢よく胸を張るホィーリーだったが、足がガクガクと震えている。

 

「?」

 

 一方、そんな二体の会話を理解できず、ピーシェはスタースクリームの巨体を見上げていた。

 

「それで? 何でテメエがこのチビなムシケラといっしょにいるんだ?」

 

 小さな有機生命体のことを視界の隅に入れつつ、スタースクリームはホィーリーに質問する。

 

「な、何でって、上からの命令だよ! 上の上の上の……、とにかくスッゲエ上から命令が来たんだってさ! ピーシェに張り付いとけって!」

 

 それを聞いて、スタースクリームは黙考する。

 ホィーリーはペースブリッジの転送には巻き込まれてはいないはず。

 さらに、この小ディセプティコンはこんなナリだが、一応はサウンドウェーブの配下。意味のない指令がくることは有り得ない。

 とすると、その『スッゲエ上』とやらは次元を超えてホィーリーを転送する力を持ち、なおかつ、それほどの存在が監視を命じた有機生命体とは、つまり……

 

「なるほどな。そういうことか」

 

 ブレインサーキットの中で答えを出し、スタースクリームはニヤリとほくそ笑む。

 今までの二度に渡る造反と、度重なる失態に、ついにメガトロンから処分が下ったスタースクリーム。

 しかしその処遇は、彼が極めて貴重な戦力であること、ズーネ地区での敗戦の責任はメガトロンの現場放棄にもあること、結果的にだがショックウェーブの覚醒に貢献したことで減刑され、しばらくの謹慎で済んだのである。

 だが、それで大人しくしているスタースクリームではない。

 折を見て基地を抜け出してはここにアジトを築き、自分にとって有利になる物を探していたのである。

 そして今、ついにそれを見つけたのだ。

 このムシケラこそ、メガトロンが探している『例の物』に違いない。

 素早く冷静な思考と獣じみた勘から確信し、自分を見上げる頭のトロそうなムシケラを睥睨する。

 

「おい、そこのムシケラ」

 

「? ぴぃはピーシェだよ!」

 

「ああ、はいはい。じゃあピーシェ!」

 

 スタースクリームは恫喝するように大きな声を出した。

 

「おまえには、俺様に協力してもらうぞ! 嫌とは言わせねえからな!」

 

 しかし、ピーシェは首を傾げるばかりで怖がる様子はない。

 むしろ、興味深げにスタースクリームの体を見ている。

 

「きょうりょく?」

 

「手伝うってことだよ」

 

 言葉の意味を理解していなかったピーシェに、ホィーリーが意味を教えてやる。

 

「いいよー! なにをてつだえばいいの?」

 

 ようやっと、自分がこの金属の異形から、手伝いを要求されていることを理解したピーシェはニパッと笑顔になる。

 

「お、おう! それじゃあまずはだ……」

 

 まったく恐怖を感じていないらしいピーシェに若干ペースを狂わされつつも、スタースクリームは調子よく命じた。

 

「俺様に、力をよこしやがれ!!」

 

 これで、メガトロンの求める力は自分の物だ!

 その力でメガトロンを倒し、ディセプティコンのニューリーダーになるのだ!

 そうだ、名前も変えよう。さしずめスーパースタースクリームなんかどうだろうか。

 果てない妄想に浸るスタースクリームだったが……。

 

「…………ほえ?」

 

 ピーシェは何のことだか分からず混乱している。

 その足元ではホィーリーが痛ましい物を見る目でスタースクリームを見上げていた。

 

「いや、ほえ? じゃなくて」

 

 思わずツッコむスタースクリーム。

 

「オマエの持ってる! 力を! 俺に! 寄越せって! 言ってるんだよ!」

 

 一言ずつ区切って力をこめ、さっきと同じ内容を繰り返すスタースクリーム。

 それでピーシェはやっと理解したらしい。

 

「いいよー! じゃあ、ぱわーあーっぷ!!」

 

 何やら両の手のひらをスタースクリームに向かって突き出し、気合いを入れるピーシェ。

 ひょっとして、これで自分の元気をスタースクリームに与えているつもりなのだろうか?

 

「…………」

 

 とりあえず、そこらの大き目な機材を持ち上げてみるスタースクリーム。

 軽々と持ち上がった。

 

「おおー!!」

 

 それを見て目を輝かせるピーシェ。

 ちなみにこれは、平時のスタースクリームでもできることである。って言うか、平時と何も変わらない。

 力が漲る感じとか、必殺技が閃いたとかもない。

 

「……なんも変わってねえじゃねえか! どうなってんだ!」

 

 ピーシェに向かい、大人げなく怒鳴るスタースクリーム。

 だが、ピーシェは首を傾げるばかりだ。

 

「ちゃんと、ぱわーあっぷしたよー?」

 

「嘘つくんじゃねえやい!」

 

 もちろん、ピーシェに嘘を吐いているつもりなど毛頭ない。

 パワーアップとは、彼女の好きなヒーローアニメにおいて、ヒロインが主人公に力を与えるときの決め台詞なのだ。

 

「テメエ! さては俺様に力を渡すのが嫌で誤魔化してやがるな!」

 

「いや、なんでそうなるんだよ……」

 

 とんでもないことを言い出すスタースクリームに、ホィーリーは力なくツッコム。幼子相手に何を言っているのか。

 一応、スタースクリームにとってピーシェは、『彼の存在』が目を付けた相手なのだからただの子供ではないと考えているのだが……

 

「こうなったら、どっちが上かハッキリさせてやる!!」

 

 そう言うやいなや、スタースクリームはピーシェを摘み上げ、自分の胸の部分、ジェット機のコクピットに当たる部分に彼女を放り込む。その拍子に買った物を詰めたリュックが、床に落ちた。

 

「きゃわー!」

 

「おわわわ!?」

 

 ついでにホィーリーもピーシェの服を掴んでいたので巻き込まれた。

 

「へへへ、地獄を見せてやるぜ!」

 

 するとスタースクリームは改造したガレージの天井を開き、ジェット戦闘機に変形すると、そこから飛び出していった。

 

  *  *  *

 

 超音速で大空を飛ぶスタースクリーム。

 そのコクピットにはピーシェが操縦席にベルトで固定された状態で座っていた。ちなみにホィーリーはピーシェの膝の上でもろとも固定されている。

 

「ひゃははは! どうだ、俺様のこのスピード! 有機生命体には辛いだろう!!」

 

 哄笑するスタースクリーム。

 これだけの速度で飛行すれば、当然搭乗者にはとてつもないGがかかる。

 体が潰され、呼吸ができなくなるはずだ。

 高い飛行能力を有するスタースクリームならではの、簡易な拷問であった。

 

 だが。

 

「きゃははは! はやーい!」

 

 ピーシェは喜んでいた。

 Gが堪えている様子はない。

 

「な、なんだと? そんな馬鹿な……」

 

 驚くスタースクリーム。

 有機生命体の脆い体で、この加速に耐えられるはずがない。

 

「ねえ、もっとはやくー!」

 

「ッ! まだまだこんなもんじゃねえぞ! ほえ面かかせてやるから覚悟しやがれ!」

 

 ピーシェのリクエストに、スタースクリームはムキになってさらに加速していく。

 雲を突き抜け、閃光のような速さでジェット戦闘機が飛ぶ。

 

「うわー! すごい、すごーい!!」

 

 だが、ピーシェは喜ぶばかりだ。

 なんという頑丈さ。

 

「くそッ! これならどうだ!!」

 

 錐もみ回転、連続宙返り、そして急降下と急上昇。

 見る者がいれば感嘆し惜しみない賞賛を送るだろうアクロバット飛行を披露するスタースクリーム。

 コクピット内部は凄まじく揺れ動き、回転する。

 

 これなら一たまりもあるまい!

 

「きゃははは! すごいすごーい!!」

 

 しかし、やはりピーシェは嬉しそうに笑顔を大きくする。

 

「……ちょ、おま……、揺らさないで……」

 

 むしろ、膝の上のホィーリーのほうが、気が遠くなっているようだった。

 

「な、なんてガキだ! こうなりゃとっておきだ!」

 

 小さな子供一人、泣かすこともできないとあってはディセプティコンの名折れ。

 当初の目的を半ば忘れ、スタースクリームはブースターを吹かして急上昇していく。

 雲を越え、空を越え、さらにその上へと。

 

「うわー……!」

 

 上昇が止まったとき、コクピットの外には星空が広がっていた。

 ここは大気圏と宇宙空間の狭間。ここから先はゲイムギョウ界の外だ。

 しばし、その光景に瞳をキラキラと輝かせて見入っていたピーシェ。一方、スタースクリームは可能ならニヤリとほくそ笑んだだろう。

 

「さあ! こっからが本番! 天国から地獄だぜ!!」

 

「え!? ちょ、ちょっと待って!!」

 

 ホィーリーが悲鳴を上げるが、もちろん無視し、スタースクリームは機首を下げて、重力に従って落下をはじめた。

 さらにブースターを噴射して加速までつける。

 凄まじいスピードで、スタースクリームは地表に向かって落ちていった。

 

「ぎぃゃぁあああぁああああ!? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! 死んじゃうぅううう!!」

 

 オプティックからウォッシャー液をまき散らし、泣き叫ぶホィーリー。さすがのピーシェも言葉を失っている。

 

「へへへ、さ~て最後の仕上げだ!」

 

 見る見る迫る地上に、しかしスタースクリームはまったく動じない。

 

 もはや地面は目の前、墜落はさけられない!

 

「イィッヤッハァアアア!!」

 

 だが地面に衝突する寸前、スタースクリームは機首を上げ、地面スレスレをかすめて再び上昇していった。

 何と言う神業だろうか。

 

「ひゃ~っはっはっはっ!! どうだスタースクリーム様のテクニックは!」

 

 スタースクリームはしばらくぶりに大空を思い切り飛んだことに、内心で満足と高揚を得ていた。

 やはり、空を飛ぶのは気持ちいい。

 そしてピーシェはと言うと、今までのやかましさが嘘のように黙り、小刻みに体を震わしている。ちなみにホィーリーは泡を吹いて気絶していた。

 その様子をセンサーで捉え、スタースクリームは満足していた。さすがにこれで、この有機生命体も言うことを聞くだろう。

 

 だが、またしてもスタースクリームの予想は裏切られた。

 

「す……、すっごーい!! ねえ、もういっかい! もういっかーい!!」

 

「な、なんだと!?」

 

 満面の笑みで瞳を輝かせるピーシェに、スタースクリームは面食らう。

 あの技は、極限の集中力を必要とするスタースクリームの自慢の技だったのに。

 

「ねえ、もういっかーい!」

 

 無邪気にねだるピーシェ。

 

「ええい! こうなりゃ根競べだ!」

 

 スタースクリームはムキになって曲芸飛行を再開する。

 

「きゃっほー!!」

 

 かくして、ジェット戦闘機は飛んで行くのだった。

 

  *  *  *

 

 一時間ほどして。

 スタースクリームのアジトであるガレージ。

 

「く、屈辱だ……」

 

 そこではロボットモードのスタースクリームが項垂れていた。

 結局、大気圏急降下を何回繰り返しても、どんなアクロバット飛行をしてもピーシェは楽しそうに笑うばかりで、スタースクリームのほうが先にまいってしまったのだ。

 当のピーシェは、リュックからお絵かきセットを取り出し、呑気にお絵かきをしている。

 

「ははは、生きてる……。俺、生きてる」

 

 そのそばではホィーリーが大の字になって寝っ転がり、生の実感を噛みしめていた。

 元気なのはピーシェばかり。

 トランスフォーマーよりタフな幼児とか、末恐ろしい限りである。

 

「くっそ……。やっぱりただ者じゃねえ……」

 

 スタースクリームはあらためて確信する。

 この小娘には何かある。

 何とか利用する手段を考えなければ……。

 

「はい! できたよ!」

 

「……あん?」

 

 と、ピーシェが絵を描き終えて、その絵をスタースクリームに向け掲げる。

 そこには、スタースクリームと思しきトランスフォーマーとピーシェらしき人物が手を繋いでいる様子が描かれていた。

 

「……なんだよコリャ」

 

「あげる! ぴぃから、ええと、ええと……」

 

 そう言えば名乗ってなかったと気付き、スタースクリームはぶっきらぼうに名を名乗る。

 

「俺様はスタースクリームだ」

 

「す、すたー……、すたすく!」

 

「スタースクリーム!」

 

「すたすく! すたすく!」

 

「だから……、はあッ、もういいよそれで……」

 

 スタースクリームが何度訂正しても、ピーシェの言い間違いが直らない。もうどう言っても無駄だと悟り、嘆息して諦める。

 

「で? なんだよこれ?」

 

「すたすく! スーパーヒーローの、すたすく!」

 

「…………………はあッ?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げるスタースクリーム。

 スーパーヒーロー? 誰が? 自分が?

 

「だって、スーパーヒーローはおもいものをもちあげて、そらをとぶんだよ! だから、すたすくはスーパーヒーローなんだよね!」

 

 ニコニコと笑いながら、スタースクリームを見上げるピーシェ。

 その瞳はディセプティコンの航空参謀をスーパーヒーローだと確信してキラキラと輝いている。

 

「何を馬鹿なこと……」

 

 有機生命体の馬鹿な勘違いを嘲笑ってやろうとして、スタースクリームはふと思った。

 この有機生命体から、力を引出す方法はまだ分からない。この調子だと本当に自分では分からないのだろう。

 じっくり調べるためにも、ここはこいつを手懐けておいたほうが得策では?

 そこまで思考し、スタースクリームはニヤリとほくそ笑む。

 そして、腰に両手に当て胸を張る。

 

「その通り! 何を隠そう俺様は悪と戦う正義のスーパーヒーローなのだ!」

 

「おお~!」

 

 突然の宣言に、ピーシェは歓声を上げる。

 

「……何言ってんの?」

 

 困惑したのはホィーリーだ。

 

「あのな、ピーシェ。こいつは……」

 

 純真な幼児の間違いを訂正しようとするホィーリーだが、そこへスタースクリームから通信が入った。

 

『余計なことを言うなよ! 叩き潰すぞ!』

 

 その通信にアッサリと引き下がるホィーリー。勝てない戦いはしない主義だ。

 

「わーい! すたすくはスーパーヒーローなんだー!」

 

 自分の予想が当たっていて、大喜びするピーシェ。

 それを見て狡猾な航空参謀はニヤリと笑う。

 

「じゃあ、ピーシェ! 俺といっしょに来て……」

 

 その時である。

 

 ガレージの中に置かれた機械が、アラーム音を発した。

 

「びっくりしたぁ! すたすく、それなに!?」

 

「ああ、これは通信傍受のための機械だ」

 

 大きな音に驚くピーシェをよそに、スタースクリームは話を中断して機械のスイッチを入れる。

 すると、機械から助けを求める声が聞こえてきた。

 

『バスが崖から落ちそうになってるんです!! 誰か、タスケテー!!』

 

 どうやら一般の無線らしい。何だツマランと装置のスイッチを切ろうとするスタースクリームだったが、ふと見るとピーシェが期待に満ちた顔で見上げていた。

 

「……なんだよ?」

 

「たすけにいくんだね! すたすく!」

 

「…………はあッ?」

 

 何を言い出すんだこの小娘は?

 

「スーパーヒーローは、ひとだすけがおしごとなんだよね!」

 

 ああそうだった。自分は今、スーパーヒーローということになっているのだった。

 しかし、なぜ自分がそんな一エネルゴンチップの得にもならないことをしなければならないのか。

 

「あぁとだな、こういうのは救助隊とかそこらへんに任せて……」

 

「たすけにいかないの?」

 

 少し不安げな顔になるピーシェ。

 まずい、このままではせっかくの懐柔策がパーになる! それは困るのだ!

 

「も、もちろん行くとも!」

 

 すぐさま態度を変えるスタースクリーム。

 何だかホィーリーが呆れたような顔をしているが、気にしないことにした。

 まあ、ガレージを出てどこかで時間を潰し、何食わぬ顔で戻ってくれば……

 

「じゃあ、ぴぃもいっしょにいくね!」

 

 駄目だった。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ近郊の山道。

 崖の直ぐそばに通ったこの道から、一台のバスが崖に車体を半分ほど乗り出し、今にも落ちそうになっている。

 乗降口は車体前部にあり、後部からは降りることはできない。

 非常口もあるのだが、乗っている面々は混乱してそのことに思い至らなかった。

 それも無理のないこと。

 バスに乗っているのは子供ばかりなのだから。

 このバスは山向こうの集落とプラネテューヌ市街を結ぶ通学バスなのだ。

 唯一の大人である運転手は頭をぶつけて意識を失っている。

 突然飛び出してきた動物をよけようとしてこうなったのだ。

 何とか年長の子供が備え付けの無線で助けを呼んだが、誰かに届いたかは分からない。

 やがて、バスはバランスを崩して崖下へと滑り落ちそうになる。

 悲鳴を上げる子供たち。もうこれまでなのか!?

 

 しかし!

 

 どこからかジェット戦闘機が飛んで来たかと思うとロボットに変形し、バスを下から押し上げたではないか。

 

「ああ、どっこいしょっと……」

 

 山道までバスを軽々と押し戻したロボット、スタースクリームは排気しつつ胸のコクピットからピーシェを降ろす。

 

「だいじょうぶ!?」

 

 降りたピーシェは、すぐさまホィーリーを引きずってバスに駆け寄った。

 正体を隠しているつもりなのか、目の部分に穴を開けた布を巻いている。

 バスからは子供たちが次々降りてきた。

 

「助かったの?」

 

「僕見てたよ! あのロボットが助けてくれたんだ!」

 

「そうなんだ! 見た目はカッコ悪いけど、いいロボットなんだね!」

 

「ありがとー、カッコ悪いロボットさーん!」

 

「素敵ー! 見た目は悪いけどー!」

 

 感謝はすれど、色々と容赦のない子供たち。

 

「うんそうだよ! すたすくはね、スーパーヒーローなんだよ!」

 

 ピーシェは自慢げに胸を張る。

 子供たちは歓声を上げた。

 

「ったく……、じゃあ行くぞ」

 

 一方のスタースクリームは、さっきから酷い子供たちに内心ムカつきながらも、ピーシェの手前怒鳴るわけにもいかないので、さっさとこの場を離れようとする。

 

「うん! ヒーローはさっそうとさるんだもんね! じゃあみんな、バイバーイ!」

 

 アニメの受け売りの知識から納得し、ピーシェは子供たちに手を振りながらジェット戦闘機に変形したスタースクリームに乗り込んだ。

 ピーシェがベルトで体を固定したのを確認すると、スタースクリームはすぐさまジェットを噴射して飛び立つ。

 子供たちは自分たちを助けてくれた不思議な二人に手を振り続けるのだった。

 

 この後、意識を取り戻した運転手が無線で助けを求め、彼らは速やかに救出された。

 また、このころから子供たちの間で謎の子連れスーパーヒーローが噂されるようになるが、それはまた別の話。

 

  *  *  *

 

 アジトに戻ったスタースクリームは、ピーシェを降ろすと速やかに通信傍受装置の電源を切った。

 これ以上余計な手間が増えるのはゴメンである。

 

「まあ、とりあえずこれで用事は済んだな! よっし、ピーシェ! 今度こそ俺といっしょに……」

 

「あー!」

 

 ピーシェから力を引出す算段を立てるべく、彼女を連れ去ろうとするスタースクリームだったが、彼女は突然声を上げる。

 

「今度は何!?」

 

「もうかえらないと!」

 

「はあぁああ!?」

 

 いきなりの帰宅宣言に驚愕するスタースクリーム。

 ピーシェの視線の先を追えば、そこには時計があった。

 時間は午後5時を回っている。

 

「ねぷてぬにおこられるー!」

 

 出発する前に言われたのだ。

 5時までに帰ってきてね、と。

 急いで荷物とホィーリーを拾い上げ、急いでガレージを出ようとする。

 

「お、おい!」

 

 それを呼び止めようとするスタースクリームだが、ふと思い直す。

 とりあえず、今回はこいつへの懐柔策の第一歩だ。

 こいつは自分を信用している。

 今はそれでよしとしておこう。

 

「……分かった。じゃあ、ピーシェ一つ約束してくれ」

 

「やくそく?」

 

「ああ、ここでのことは俺たちだけの秘密だ。誰にも言わないでほしい」

 

「わかった! ヒーローはしょうたいをかくすものだもんね!!」

 

 またもアニメの知識で納得するピーシェ。

 

「じゃあ、すたすく! またここにきてもいい?」

 

「ああ、いいぞ。俺も色々と忙しいから、いつもいるとは限らんがな」

 

「うん、わかった!」

 

 笑顔で頷くピーシェ。

 それを見ながらも、スタースクリームはもう一人に釘を刺すのを忘れない。

 

『テメエもだぞ。俺のことをオートボットにチクッたらタダじゃおかねえからな!』

 

『はいはい、分かってますよ! ……ところでスタースクリーム。あんた気付いてる?』

 

 何のことかと訝しがる遥か格上の航空参謀に、小さな下っ端はニヒルに笑って見せた。

 

『さっき子供たちに礼を言われてた時のアンタ、随分と嬉しそうだったぜ?』

 

 ――嬉しそう? 俺が?

 

 有り得ないと一笑に伏そうとして、はたと思い当たる。

 

 あんな風に、手放しで感謝されたことはなかったかもしれない。

 

 今まで戦うのは自分のため、策謀は自分だけのためと割り切ってきたスタースクリームである。

 そしてその考えはディセプティコンの中では、決して珍しいものではない。

 だから、感謝もない。賞賛もない。尊敬もない。

 

「……フッ」

 

 それで良いのだ。恐怖と憎悪、嫉妬と羨望を受け、敗者を踏みにじって喜ぶのがディセプティコンなのだから。

 今度こそ気の迷いを一笑に伏し、スタースクリームはピーシェに向き直る。

 

「まあ、暇な時にでもこい。……親御さんに心配をかけない時間にでもな」

 

 オートボットや女神に、怪しまれないために。

 

「うん! ……あ! そうだ! これあげるね!」

 

 満面の笑みのピーシェはリュックを一度降ろして何かを取り出した。

 それは、さっき描いていたスタースクリームとピーシェが手を繋いでいる絵だ。

 

「…………ああ、ありがとう」

 

 礼を言うのも、随分と久し振りだった。

 差し出された絵をつまむ。

 

「えへへ、あのね、すたすく!」

 

「……なんだ?」

 

「また、いっしょにとぼう! やくそく!」

 

「……………分かったよ。またいつかいっしょに飛ぼうぜ。約束だ」

 

 口約束だ。守る気などない。ないはずだ。

 その答えに満足したらしいピーシェは、手を振りながらガレージから出て行くのだった。

 

 ピーシェがいなくなったあと、スタースクリームは手の中の絵を見る。

 

 ――……馬鹿な餓鬼だ。

 

 自分はスーパーヒーローなんかじゃない。

 力も知恵も全ては自分のため。自分だけのため。

 メガトロンに代わって自分が宇宙の支配者となる野望のためだ。

 そこに他者を助けるためなんて馬鹿な選択肢は存在しない。

 

 ――何だ、こんな物!

 

 スタースクリームはその絵を握り潰そうとして……

 

 胸のコクピットにしまいこんだのだった。

 

  *  *  *

 

 無事プラネタワーに帰り着いたピーシェとホィーリーだったが、待っていたのは当然と言うべきか、ネプテューヌやイストワール、オプティマスによるお説教だった。

 帰りの遅さに心配していた一同から怒られに怒られても、ピーシェはどこで何をしていたのか言おうとしない。

 

「……やくそくした。ひみつだって」

 

「……分かった」

 

 涙目になっても口を割らないピーシェを見て、ネプテューヌは根負けしたようにフッと微笑んだ。

 

「なら、もうそれはいいよ。でもねピーシェ、みんな心配してたんだよ。だから、言わなきゃいけないことがあるでしょ? ね?」

 

 優しい笑みのネプテューヌに、ピーシェはうつむいたまま言葉を発した。

 

「……しんぱいかけて、ごめんなさい」

 

「はい、よくできました! じゃあお説教はこれでお終い! カレー食べよ!」

 

 今までとは打って変わって、いつもの調子に戻ったネプテューヌはピーシェを連れてリビングルームへ向かうのだった。

 

『それで? 実際の所はどうなんだ?』

 

 オプティマスが問うと、ホィーリーは少しだけ皮肉っぽく笑った。

 

「ああ何、ピーシェに友達ができたってだけさ」

 

 嘘は言っていない。

 少なくともピーシェは、あの航空参謀のことを友達だと思っているはずだから。

 

  *  *  *

 

 カレーをお腹いっぱい食べ、デザートにプリンまで食べたピーシェは速やかにおねむになり、お風呂に入って歯を磨きベッドに入った。

 

 その日見た夢は、スタースクリームと手を繋いで空を飛ぶ夢だった。

 




そんなわけで、スタースクリームがやらかす話でした。(嘘は言ってない)

トランスフォーマーアドベンチャーのサイドスワイプは、いつになく軽いというか何と言うか……
サンダーフーフは準レギュラーかな?

次回はお待ちかね! あの賞金稼ぎが登場する予定!
……自分の中で彼はアメコミより、アニメイテッドのイメージが強いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 狩人

あるいは、地獄軍医ラチェット。


 昔のことだ。

 私は、女神が嫌いだった。

 周りの人間は口々に「女神様のために!」と叫んでいた。

 でも私は、なぜ会ったこともない奴のために命をかけなきゃならないんだろうって思っていた。

 私の育った孤児院が借金で潰れそうになっても、私が諜報員として死にそうになっても助けてもくれない女神様なんかのために。

 諜報員として働いていたのも、あくまでもお金のためで、国や女神様のためなんかじゃなかった。

 そうして、何もかも嫌いだったころ、私はあの娘と出会った。

 

 昔のことです。

 わたしは、女神様のことをよく知りませんでした。

 戦争も女神様も、遠い遠い世界の話で、自分とは一生縁がないと考えていたからです。

 看護師を目指していましたが、おじいちゃんとお父さんはお医者様で、お母さんは看護師だったので、わたしも看護師になるんだろう、くらいの考えで、わたし自身はその意味をよく分かっていませんでした。

 そうして、何も知ろうとしなかったころ、わたしはあの娘と出会いました。

 

 私の、わたしたちの、大切な親友(めがみさま)に。

 

  *  *  *

 

「せい! ……これで最後ね」

 

 プラネテューヌ近郊の工場跡にて。

 アイエフは最後のモンスターを斬り倒し、ホッと一息ついた。

 

「お疲れ様です! あいちゃん!」

 

「どうやら、そっちも終わったみたいね」

 

 コンパとアーシーもモンスターを倒し、こちらに向かってくる。

 彼女たちはモンスター討伐のクエストで、ここを訪れたのだ。

 ちなみに、ネプテューヌはたまっていた書類仕事を消化すべく、オプティマスとイストワールの監視の中デスマーチ状態であり、ネプギアはバンブルビーといっしょにラステイションに遊びに行っている。

 

「ふむ、どうやら片付いたようだね」

 

 同様にモンスターを討伐したラチェットもやってきた。

 しかし、手に古びた段ボールの箱を持っている。

 

「あらラチェット、それは?」

 

「ああ、そこで拾ったんだ。興味深いから持って帰ろうと思ってね」

 

 アーシーがたずねると、ラチェットは嬉しそうに箱を床に置き、開けてみせる。

 何なのかと箱の中を覗き込んだ三人は、一様に硬直した。

 

「こ、これは!?」

 

「は、破廉恥ですぅ!」

 

「ラチェット、あなた……」

 

 声を上げるアイエフとコンパ、呆れた様子のアーシー。

 箱の中には、18歳以上にならないと買えない本が満載されていた。

 おそらく、中学生あたりがここなら見つからないと思って隠したのだろう。

 

「いや、前から有機生命体の交尾には興味があってね。ぜひ資料にさせてもらおうと……」

 

「「「置いてきなさい!!」」」

 

 女性陣に怒鳴られ、ラチェットは不思議そうな顔をするのだった。

 

  *  *  *

 

「ああ、まったく……。いつもこうなんだから……」

 

「これさえなければ、理想のお医者様なんですけど……」

 

 廃工場の外で、アイエフは頭を抱え、コンパは嘆息していた。

 オートボットの軍医ラチェットは、優秀な医療従事者であり、二人だって頼りにしている。

 だが、どうにもデリカシーに欠ける部分があるのだ。それも故意ではなく天然で。

 うら若い少女に対して、なんでエロ本をドヤ顔で見せることができるのか。

 下手すればセクハラで訴えられるところである。

 

「ごめんなさいね。彼も悪気があるわけじゃないのよ」

 

 オプティマスと通信している本人にかわり、アーシーが二人に詫びる。

 

「まあ、それは分かってるんだけどね」

 

「ラチェットさんは天然さんですぅ」

 

 苦笑するアイエフとコンパに、アーシーは本当にすまなそうな顔をしていた。

 

「……あれでも、いざと言う時はすごく頼りになるんだけどね」

 

 ハアッと排気しながら言うアーシーに、ドンマイとその足を軽く叩くアイエフ。

 と、通信を終えたラチェットがこちらに歩いてきた。

 

「やあ、待たせたね。それじゃあ、基地に帰ろう……ッ!」

 

 突如、和やかだったラチェットが厳しい顔になったかと思うと、アーシーを突き飛ばした。

 

「な……」

 

 何をするのかとアイエフが声を出すより早く、どこからか飛来した砲弾がラチェットの脇腹に命中する。

 そのままラチェットの体を貫通した弾は、さっきまでアーシーが立っていた場所を通り過ぎていった。

 

「ぐわぁあああ!!」

 

「「ラチェット!」」

 

「ラチェットさん!」

 

 たまらず倒れ込むラチェットに、駆け寄る三人。

 一方のラチェットは、脇腹を押さえながらも、砲弾の飛んで来た方向を睨む。

 そちらからは一体の金属の人型がこちらに向けて歩いて来るところだった。

 色は黒く、均整のとれた細身だ。

 顔面からニョッキリと伸びた砲塔を収納すると、顔はマスクに覆われていた。

 その人型を睨み、ラチェットは憎々しげにその名を呼んだ。

 

「ロックダウン……!」

 

「久し振りだな、ラチェット」

 

 マスクを展開して髑髏を思わせる素顔を見せ、そのトランスフォーマー……ロックダウンは無感情にラチェットとそれを守ろうと武器を構える女性たちを睥睨した。

 

「何者なの、あんた! ディセプティコンの仲間!?」

 

「ディセプティコン? あんなロクデナシどもといっしょにするな」

 

 警戒するアイエフの言葉を無感情に否定するロックダウン。

 訝しげな顔になるアイエフ。

 

「じゃあ、いったい……」

 

「そいつはロックダウン。報酬しだいで誰にでも付く賞金稼ぎだ」

 

 アイエフの疑問に答えたのは、アーシーに支えられて立ち上がったラチェットだった。

 

「なぜ貴様がここに……」

 

「……いっしょに来てもらうぞ、ラチェット。そっちの小娘どももな。逆らえばどうなるか、分かってるな?」

 

 ラチェットの疑問に答えず指をパチリと鳴らすロックダウン。すると四人の周りをロックダウンに良く似た姿の金属の人型が取り囲んだ。

 

「……みんな、ここは言うことを聞くんだ」

 

「……くそ!」

 

 ラチェットの言葉に、アイエフは悔しげに武器を捨て、コンパとアーシーもそれに倣う。

 

「行くぞ。引き上げだ」

 

 無感情に言い放ち、ロックダウンは踵を返す。

 その歩く先には、サイバトロンの降下船が降りてきていた。

 

  *  *  *

 

 降下船に乗せられ、オートボットとアイエフ、コンパはロックダウンの手下の傭兵たちに取り囲まれていた。

 降下船はどこかに向かって飛行している。

 

「あんた、賞金稼ぎらしいわね。それってつまり、私たちに賞金がかかってるってこと?」

 

 アイエフの声に、ロックダウンはゆらりと振り返ってそちらを見た。

 

「そうだ。オートボット、その協力者、そして女神に莫大な懸賞金をかけた奴らがいてな。そいつらは生け捕りを望んでいる。感謝するんだな」

 

「……ディセプティコンね」

 

 当然の解を出すアーシーだが、ロックダウンはそんな彼女をせせら笑った。

 

「違うな。奴らにも懸賞金がかかってる。オートボットどもをあらかた捕らえたら次は奴らだ。……この意味が分かるな?」

 

「そんな……、それじゃあゲイムギョウ界の住人が、私たちに賞金をかけたって言うの?」

 

 ショックを受けるアーシー。

 ゲイムギョウ界に来てから、それなりの日にちが立ち、受け入れられたと思っていたのに……。

 ロックダウンは無感情ながら嘲笑らしき表情を浮かべる。

 

「馬鹿な奴らだ……。オートボットも、ディセプティコンも、まるで餓鬼のように争っては世界を滅茶苦茶にしている。そんな厄介者を受け入れる馬鹿がどこにいる?」

 

 周りのロックダウンの部下たちは忍び笑いを漏らす。

 愕然とするアーシーだが、アイエフとコンパは不機嫌に声を出した。

 

「ここにいるわ!」

 

「オートボットさんたちは仲間です!」

 

 だがロックダウンには小さな有機生命体の怒りなどどこ吹く風だ。

 

「今に後悔するぞ。……まあ、当然の結果か。女神なんて輩に頼り切りで、そのくせ文句ばかり言う下らん生き物には」

 

「……なんですって?」

 

 声を低くするアイエフだが、ロックダウンは嘲笑を大きくする。

 

「どこが違う? この世界の住人ときたら、自分では何もしない癖に、いざ女神が何かすれば不満ばかり……」

 

 そこで、ロックダウンはフンと鼻を鳴らすような音を出した。

 

「しかも、その女神も碌でもない奴ばかりだ……。特にこの国の女神は最悪だな」

 

「なんですって!」

 

「ねぷねぷを酷く言うと許さないです!」

 

 瞬間、アイエフとコンパは怒鳴り声を上げた。

 だが、ロックダウンは取り合わずに淡々と言葉を続ける。

 

「銀河を旅して様々な生き物を見てきたが皆同じだ。自分たちが宇宙の中心だと思っている。……何にも知らない癖にな。女神どもも同じだ。ここの女神は自分を主人公などと言いながら自分は遊んでばかり。上に立つ覚悟も誇りもないクズのような奴だな」

 

「少し、黙りなさいよあんた……!」

 

 かつてない怒りを滲ませ、アイエフはロックダウンを睨みつける。

 コンパもまなじりに涙をためながらも、ロックダウンを怒りに満ちた視線で見ていた。

 だが、ロックダウンには少女たちの怒りを一笑に伏し、ラチェットと向き合った。

 

「貴様には今までさんざん仕事を邪魔されたが、それもここまでだ。依頼主に引き渡すまで、せいぜい残りの時間を楽しめ」

 

「……さんざん、偉そうなことを言っておいて、ようするに人間の使い走りか。賞金稼ぎが聞いて呆れるな」

 

 シニカルに笑って見せるラチェットに、ロックダウンは一瞬ピクリと眉根を動かした。

 

「こっちは手下どもを養わなきゃいけないんでな。道楽で戦う貴様らオートボットとは違うんだよ」

 

「……道楽、だと?」

 

「あらゆる生き物は生きるために戦う。生きるためだけにな。それから外れて戦い続けるオートボットとディセプティコン。これを道楽と言わず何と言う。……さしずめ、オプティマスは道化の王と言ったところか」

 

 その瞬間、ラチェットはゾッとするような笑みを浮かべた。

 そばにいるアーシー、アイエフ、コンパが怒りを忘れて寒気をおぼえるほどの笑みだ。

 

「前々から思っていたがロックダウン。君とは心底話が合わないようだな」

 

 ロックダウンはその笑みにも恐怖を感じた様子はない。

 だが、おもむろにラチェットの右腕に装着されたEMPブラスターを無理やりもぎ取る。

 

「ぐッ……!」

 

「形見がわりにこれは貰っておくぞ」

 

 言うやいなや、自分の右腕にEMPブラスターを装着するロックダウン。

 

「いい武器だな」

 

「……ああ、特に医療用に使えるところがいいんだ。君には無用の長物だよ」

 

 それでも口を閉じないラチェットに、ロックダウンは不機嫌そうにオプティックを鋭くする。

 

「オヤビン、アジトについたッス!」

 

 手下の一人が、そう報告してきた。

 

「そうか、御苦労。……だが、オヤビンはやめろといつも言っているだろうが!」

 

「すいやせん、オヤビン!」

 

 ロックダウンは報告してきた部下の頭を叩くのだった。

 

  *  *  *

 

 四人が連れてこられたのは、プラネテューヌの山奥にある遺跡だった。

 昔のプラネテューヌの女神を称えて建てられたものだが、いつの間にか忘れられてしまったのだ。

 ロックダウンと手下たちはここを臨時基地として使っているのだった。

 ピラミッド状の遺跡の頂上に着陸した降下船から降ろされ、遺跡の中の女神像が安置された広間を抜ける。

 

「……罰当たりだな」

 

 基地増設に邪魔らしく巨大な女神像を退かそうとしている傭兵たちを横目で見ながら、銃を突きつけられて歩くラチェットは呟いた。

 

「神にヒトを罰する力などないからな」

 

 先頭を歩くロックダウンは無感情に言うと、さらに歩いていく。

 どうやら、ゲイムギョウ界の宗教観には興味がないらしい。

 

「そして死者にも、かね? ……貴様、クリスタルシティを荒らしたな」

 

「よく分かったな」

 

 厳しい顔のラチェットに、ロックダウンはシレッと答える。

 その答えに、ラチェットはオプティックを危険に光らせた。

 

「なに、簡単だよ。サイバトロンのある宇宙から、このゲイムギョウ界に来るにはスペースブリッジを使うしかない。だとするとそれが有りそうなのは、クリスタルシティだけだ」

 

「その通りだ。とある筋からスペースブリッジが欲しいと依頼されてな。探してクリスタルシティの地下を掘り返したら、スペースブリッジの試作品が出てきた。……しかし誤って起動してしまい、この世界にまで飛ばされたというわけだ」

 

「そんな!」

 

 淡々とした言葉に声を上げたのはアーシーだ。

 

「あの都市には、たくさんの戦死者が眠っているのよ! それを……」

 

「無駄だよアーシー。……こいつは何も信じちゃいないんだ」

 

 冷めた声でアーシーを諌めるラチェットだが、そのオプティックは怒りに満ちていた。

 しかし、ロックダウンは仏頂面を崩さない。

 

「人聞きの悪いことを言うな。俺は形のある物は信じてる。武器に契約書、自分自身。形のない物を信じないだけだ。オートボットの理想とか、死者の怨念とか、それからシェアエナジーとかな」

 

 言外にオートボットと女神たちを馬鹿にしているロックダウンに、一同は顔をしかめる。

 だが、まったく気にしていないロックダウンは遺跡内の一室の前に立つと、電子的に強化された扉を開く。

 

「ここは、オートボットの中でも特に危険な奴のための特別な監獄だ。……つまりおまえのような奴だ、ラチェット。」

 

 ロックダウンが身振りで指示すると、傭兵たちはラチェットを部屋の中に連れ込み、中にある十字架のような物に繋ぐ。

 さらに、ビームでできた檻がラチェットを包んだ。

 

「残りは檻に放り込んでおけ!」

 

 自分は特に危険ではないのかと心外そうなアーシーと、ラチェットを心配そうに見るアイエフとコンパを歩かせ、傭兵たちは出ていった。

 ロックダウンは動けないラチェットの顔を覗き込む。

 

「そのダメージに、この拘束。おまえとは長い付き合いだったが、それもお終いだ」

 

 少しだけ楽しそうにニヤリと笑うロックダウンだが、ラチェットはニヤリと笑い返して見せた。

 

「……どうかな?」

 

 不敵なラチェットに、しかしロックダウンは嘲笑する。

 

「おい、こいつをちゃんと見張っておけ! 決して目を離すんじゃないぞ!」

 

 一人その場に残った傭兵に指示を出し、ロックダウンは部屋の外に出て行く。

 

「へい、オヤビン!」

 

「…………」

 

 ついでに呼び方を直さない部下を叩くのも忘れずに。

 残された傭兵は叩かれた頭をさすりながらラチェットに近づいてきた。

 

「へへへ、オヤビンの宿敵も、こうなっちまったら形無しだな。有機生命体なんぞに肩入れするからだ!」

 

 侮蔑を隠さない傭兵に、ラチェットは不敵な態度を崩さない。

 

「……君、すまないがこの拘束を解いてくれないかね」

 

「はあ? テメエ、ヒューズがぶっ飛んでんのか?」

 

「いや何、私はこの通りの傷だ。正直、体力が持ちそうにないんだよ。……私が死んだら、ロックダウンが怒るんじゃないかね?」

 

 確かに、と傭兵は思考する。

 だが拘束を解くわけにはいかない。

 

「な~に、檻はそのままでいい。拘束さえ解いてくれれば、自分で治療するよ」

 

 その言葉に、傭兵はならいいかと納得する。

 この檻は触れれば金属生命体を麻痺させる、マグネチックディスファンクションビームで構成されている。これさえ解かなければ大丈夫だろう。

 

「……分かった。拘束を解いてやるからちょっと待ってな」

 

 すると傭兵は手元のリモコンのような機械を操作してラチェットの拘束を解いた。

 次の瞬間、ラチェットはビームの間に手を入れ、傭兵の体を掴むと自分に向かって引き寄せた。

 

「な……!?」

 

 抵抗する間もなく、傭兵はビームに降れてしまい機能が麻痺して動けなくなった。

 

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 

 丁寧にお礼を言いながら、傭兵の手からリモコンを奪い取りビーム檻を解除する。

 意識のない傭兵から武器一式を剥ぎ取り、さらに監獄の中にあった道具を手早く身に着け、自分の体の応急処置も済ませるラチェット。

 嘘を吐いたわけではない。

 本当にこのまま傷を放っておけば命にかかわっただろう。

 だが、今すぐというわけではなかっただけのことだ。

 

「さて、みんなを迎えにいくとするかね」

 

 その意識は、すでに仲間の救出に向いていた。

 

  *  *  *

 

 アイエフとコンパ、アーシーは遺跡の一室にある檻に武器を奪われた上でまとめて放り込まれていた。

 動物でも入れるような箱型の檻は、しかし頑丈な作りで壊せそうにない。

 

「ふん……! だめね、私の力じゃどうしようもないわ」

 

 アーシーが力を込めて檻をこじ開けようとするが、ビクともしなかった。

 

「こうなると、ネプ子たちが気付いてくれるのが希望か……」

 

 檻の中を調べて、打つ手なしと判断したアイエフが少し悔しげに言う。

 対するコンパは明るく声を出す。

 

「大丈夫です! ねぷねぷたちなら、きっと気付いてくれるです!」

 

「コンパ……、ええ、なんだかんだでこういう時は頼りになるからね」

 

 アイエフも少しだけ笑顔になる。

 それを見て、アーシーは柔らかく微笑んだ。

 

「ネプテューヌのこと、信頼してるのね」

 

「わたしとあいちゃんとねぷねぷは、昔からの親友だから当然です!」

 

「まあ、手はかかるけどね」

 

 元気なコンパと、苦笑気味のアイエフ。

 二人からはネプテューヌに対する強い信頼が感じられた。

 ふと、アーシーは前々からの疑問を口にした。

 

「少し気になってたんだけど、二人はどうやってネプテューヌと知り合ったの?」

 

 底抜けにフレンドリーだが、ネプテューヌは仮にも国の頂点。

 そう簡単に友達になれるものだろうか?

 その問に、アイエフとコンパは顔を見合わせて笑い合った。まるで、楽しいことを想い出したというように。

 そしてアイエフは口を開いた。

 

「そうね。何もしないのもなんだし、いい機会だから話してあげる。私とコンパと、それからネプ子の出会いをね……」

 

  *  *  *

 

 昔、まだ女神同士が争い合っていた頃のことよ。

 あの頃は国同士も仲が悪くて、お互いに小競り合いや工作を繰り返していてね。全面戦争も時間の問題だったわ。

 ……驚いたみたいね。私だって、国同士がこんなに仲良くなれるなんて思ってなかったわ。

 ともかく、その頃の私はすでに諜報員として働いていたの。

 ……もっとも、あの頃の私は国にも女神にも忠誠なんか誓ってなかった。育った孤児院が経営難で潰れかけてて、それでお金を稼ぐのに必死だった。自分の能力と当時の世相から、一番稼げるのが諜報員だっただけ。

 逆に女神のことは……正直、嫌いだった。

 何で、女神様は私が苦しんでるのに、助けてくれないんだろうって思ってた。今にすると、子供だったのね。

 それに、諜報員なんかしてると、見たくもないものを見ることになったりして、私はどんどん荒んでいったわ。

 そんなころ、国内の不穏分子を探る任務の最中……、出会ったの。コンパとネプ子にね。

 

 わたしからもちょっと説明するですね。

 その頃のわたしは、看護師見習いとして勉強してたです。

 あいちゃんに比べると、すごく平和に生きていたんです。

 ある夜、空を見るとお星さまが近くの森に落ちてくるのが見えたんです。

 気になってその森に行ってみると、そこには一人の女の子が倒れていたです。

 その女の子は自分の名前以外の全ての記憶を失くしていました。

 それがねぷねぷでした!

 だからわたしは、ねぷねぷの記憶を探すために、いっしょに旅に出ることにしたんです!

 ……え? 何でって……、人が困ってたら助けるのは当然じゃないですか!

 とにかく、旅に出たわたしたちは、旅費を稼ぐためにクエストをするようになったです。そんなクエストの最中、わたしたちはあいちゃんと出会いました。

 あいちゃんと会った時、とっても嬉しかったです!

 実は、わたしとあいちゃんはご近所に住んでいて、子供の頃はいっしょによく遊んだお友達だったのです!

 ……でも、再会したあいちゃんは、別人のように荒んだ性格になっていました。

 わたしはどうしていいか分からなくて、とっても悲しかったです。

 そんな時、ねぷねぷがこう言ったんです。

 

「じゃあ、あいちゃんもいっしょに行こう! きっと楽しいよ!」

 

 ……というわけで。

 かなり強引に、私は二人の旅に巻き込まれたわ。

 最初はちょっと嫌だったのよ。私、一応公務員だし。

 なぜか教会からは何も言ってこなかったけどね。……これにも理由があったんだけど、それは後で話すわ。

 それからは、あの娘に引きずり回されて世界中旅した。

 ラステイションでは、街中の機械にネプ子が大騒ぎしたり、ルウィーでは雪景色にネプ子が大騒ぎしたり、リーンボックスへの船旅でネプ子が大騒ぎしたりね。

 ……大騒ぎしてばかりだったわね、あの娘。

 でも、どこ行っても戦争の影がチラついてた。

 ネプ子は、戦争を止めたい、みんなが悲しむのは嫌だっていつも言ってた。

 私は正直、現実の見えてないたわごとだって思ってた。

 でも、あの娘は本気だった。

 いつだって自然体で人助けができる、他人の幸せを願える娘だった。

 そんなあの娘が、いつのまにか私は大切になっていた。

 あの娘の作る未来が見てみたくなったの。

 そして、久し振りにプラネテューヌに帰って来た時、私たちを出迎えたのはイストワール様とネプギアたちだった。

 驚いたわ、ネプ子が女神様だって言うんだから! 一番驚いてたのは、ネプ子だったけど。

 イストワール様が私たちの動向を知っていながら、放置しておいたのはネプ娘に世界を知ってもらうためだった。

 ネプ子が記憶を失ったのは、女神同士の直接対決で他の三人にフルボッコにされたのが原因なんですって。…… 今では想像もつかないけど、あの頃は本当に仲が悪かったのよ、あの四人。

 それからの展開は早かったわ。

 イストワール様がちょちょいのちょいとネプ子の記憶を戻しちゃったんですもの。

 記憶を取り戻したネプ子は、私たちに謝ってきたわ。

 ……自分のせいでみんなを苦しめてごめんなさい。自分には二人の友達でいる資格なんかないってね。

 

 ふざけんな!って言ってやったわ。

 

 ねぷねぷがどう言おうと、わたしたちはねぷねぷの親友です!

 わたしは、ねぷねぷがプラネテューヌの女神様で良かったです!

 明るくて、元気で、誰かを助けるために頑張れるねぷねぷがわたしは大好きです!

 

 私は、見たこともない女神様を信じる気には、最後までなれなかったけど……。

 ネプ子は私にとって知らない女神様なんかじゃない。

 大切な親友よ。

 あの娘のためになら、命くらい懸けてもいいわ。本人は怒るでしょうけどね。

 ……その後も大変だったわ。戦争を回避するために大忙し。

 後にも先にも、ネプ子があんなに頑張ったのはあの時くらいでしょうね。

 各国の女神様を説得するのも大変だったし、どの国にも根強い主戦派がいたりしてね。

 長くなったけど、後はアーシーも知っての通り、四ヵ国は友好条約を結び今に至る……、というわけ。

 

  *  *  *

 

「なるほどね……」

 

 アイエフとコンパの話を聞いてアーシーは納得が言ったという風に頷いた。

 やはり、この二人とネプテューヌの友情は確かな物だ。

 なればこそ、ロックダウンの態度が許せないのだろう。

 

「さて、昔話はこれくらいにして、そろそろここを脱出する方法を考えないとね」

 

 気分を切り替えるようにアイエフが明るい声を出す。

 

「そうですね! でも、どうするですか? 檻はやっぱり開けられませんし……」

 

「色仕掛けでもしてみる? 美人が三人もいるんだし、きっと効果があるわよ」

 

「ふえぇ!?」

 

 首を傾げるコンパに、アーシーがからかうように言うとコンパは顔を赤くする。

 

「こらアーシー! コンパは初心なんだから、からかわないの!」

 

 それを見てケラケラと笑うアーシーだったが、アイエフが少し怒った声を出す。その顔はちょっと赤かった。

 

「はいはい……、まあ色仕掛は冗談としても、多分何とかなるわよ。……ラチェットがいるからね」

 

 アーシーは一転して穏やかな顔と声になった。

 女性オートボットのその言葉に、顔を見合わせるアイエフとコンパ。

 

「ラチェットがいるから?」

 

「確かに、ラチェットさんは頼りになるですが、今は捕まってるですよ?」

 

 ラチェットは自分たちよりも厳重に拘束されている。

 だからこそ、ここを脱出して助けに行かなければならないのに。

 

「まあ、何とかしちゃうのよ。あのヒト」

 

 悪戯っぽく笑うアーシー。

 と、外が騒がしくなる。

 

「な、何だ貴様は……ガッ!」

 

 見張りの声が聞こえたと思うとバタバタと音がし、やがて聞こえなくなった。

 そして、部屋の扉が開くと入ってくる者がいた。

 

「ふむ、遅くなったね三人とも。何せ数が多くてね」

 

 淡いグリーンのボディに、穏やかそうな顔。

 オートボットの軍医、ラチェットだ。

 

「ほらね」

 

 驚くアイエフとコンパに、アーシーはニッと笑って見せるのだった。

 

  *  *  *

 

 ロックダウンは、遺跡の一室で機械の前に立っていた。

 

「……ああ、獲物を捕らえた。オートボットが二人と、その協力者の人間が二匹だ」

 

 どうやら誰かと通信しているらしい。

 

「では、そちらで引き渡すから報酬を……」

 

『オヤビン! オヤビン! 大変です!』

 

 と、部下から別回線で通信が入ってきた。ロックダウンは通信相手に一言断ってから部下からの通信に出る。

 

「何だ!」

 

『へ、へえラチェットの奴が脱走しました!』

 

「何だと!?」

 

 部下からの報告に、ロックダウンは大声を上げる。

 

『交代の時間なんで監獄に行ったら、見張りが倒れてて……』

 

「……もういい! すぐに警報を鳴らせ!」

 

 どうやってあの拘束を抜け出したのか、そんなことはどうでもいい。

 逃げ出したのなら、再度捕まえるだけだ。

 

  *  *  *

 

 ラチェットが取り戻していた武器を身に着け部屋を出ると、そこには見張りが床に転がされていた。

 

「し、死んでる、ですか?」

 

「いや、首のパイプとケーブルを締めて、強制的にスリープモードにしてやっただけさ。いわゆる『落とした』と言うやつだな」

 

 怖がるコンパに、シレッと言ってのけるラチェット。

 

「……驚いた。意外と器用なのね、あなた」

 

「まあ、医者だからね。……トランスフォーマーの体の壊し方はよく知っているのさ。あまり自慢できることではないがね」

 

 アイエフの言葉に、ラチェットはどこか自嘲気味に答えた。そして厳しい顔をする。

 

「さて、後はこの施設からの脱出だな。あの降下船を奪うか」

 

 物騒なことを言い出すラチェットだが、誰も反対はしない。

 その時、けたたましく警報が鳴り響いた。

 気付かれたらしい。

 

「こうなったら強硬手段しかないな。君たち、走れるかい?」

 

 その言葉に武器を構えて答えとする一同。

 うむと頷いたラチェットは、傭兵から奪った武器を構えて走り出し、残る三人もそれに続いて駆け出した。

 

  *  *  *

 

 次々と現れる傭兵を打ち倒し、四人は走る。

 目指すは遺跡の頂上、降下船が停泊している場所だ。

 そして、ついに遺跡の中を抜け、女神像のある広間まで来たのだが……。

 

「待っていたぞ……、オートボットども!」

 

 広場を抜けるための出入り口の前に、ロックダウンが仁王立ちしていた。

 

「ロックダウン……!」

 

「俺の手下どもを、よくもかわいがってくれたなラチェット!」

 

 言うやいなや、ロックダウンは右腕のEMPブラスターでラチェットに攻撃しながら殺到する。

 だがラチェットは素早く動いてそれをかわそうとするが。

 

「ぐうッ……!」

 

 狙撃された脇腹が痛んで、かわしきることができない。

 さらに素早く突っ込んできたロックダウンは、右腕をフックに変形させてラチェットの脇腹の傷にひっかけ、そのままその体を振り回して壁に叩き付ける。

 

「ぐおお……!」

 

「今度こそここまでだ! 死ね!」

 

 止めを刺そうと左腕をブレードに変形させるロックダウンだが、その背後からアーシーがエナジーボウを浴びせながら飛びかかる。

 しかし、ロックダウンはすかさず回し蹴りを放ち、的確にアーシーの腹を打ち据える。

 

「ガッ……!」

 

「小娘が! 俺の邪魔をするんじゃない!」

 

 すぐさま体勢を立て直しロックダウンに向けてエナジーボウを放とうとするアーシーだが、ロックダウンはそれより早く、小柄なアーシーの首を掴んで持ち上げる。

 そしてそのまま、立ち上がろうとするラチェットの腹を思い切り踏みつけた。

 

「どこまでも手こずらせやがって……!」

 

「ぐうう……! な、何せ友人たちを守るためだからね!」

 

「友人、だと?」

 

 その状態でも減らず口を叩くラチェットの腹をグリグリと踏みながら、ロックダウンはせせら嗤う。

 

「その友人たちは、おまえたちを置いて逃げ出したぞ! 大した友情だな!」

 

 その言葉の通り、いつのまにかアイエフとコンパの姿が見えなくなっていた。

 しかし、ラチェットは不敵に笑って見せる。

 

「……どうかな!」

 

 ラチェットの言葉に、一瞬怪訝な表情を浮かべるロックダウンだが、次の瞬間どこからか左腕を狙撃されてアーシーを取り落としてしまう。

 さらにその一瞬の隙を突いて、ラチェットはロックダウンの足を掴み、思い切り投げ飛ばす。

 

「余計なお世話だったかしら、アーシー?」

 

「いえ、ナイスタイミングよ! アイエフ!」

 

 ラチェットとアーシー、そして狙撃したアイエフは並んでロックダウンと相対する。

 立ち上がったロックダウンは、ギラリとオプティックを光らせた。

 

「貴様ら……! 生きて帰れると思うなよ……!」

 

「生きて帰るわよ。ほっとけない女神様が待ってるからね。……ところであんた、さっき神にヒトを罰する力なんかないって言ってたわよね?」

 

 ニヤリと笑うアイエフに、ロックダウンは怪訝そうな顔になる。

 そして、アイエフは言葉を続けた。

 

「あんたたちの故郷じゃどうだか知らないけど、ここの女神様は、おいたをする奴にはきちんと罰を当ててくれるのよ。……今みたいにね!」

 

 その瞬間、ロックダウンの背後で爆音が起こり、そこに立っていた女神像がロックダウン目がけて倒れ込んできた。

 

「ぐおおおおお!?」

 

 よける間もなく、ロックダウンは女神像の下敷きになる。

 

「上手くいったです!」

 

 女神像が立っていた場所で、コンパがガッツポーズを取っていた。

 彼女が注射器型ビームガンを爆発させて女神像を倒したのだ。

 アイエフが即興で立てた作戦だったが上手くいった。

 

「き、貴様らぁ……!」

 

「人間を舐めんじゃないわよ。女神様におんぶにだっこな奴ばっかりじゃなんだからね」

 

 身動きが取れず唸るロックダウンに、アイエフが勝気に笑って見せる。

 

「さて、ロックダウン。これは返してもらうよ」

 

 ラチェットは動けないロックダウンの前で屈むと、その右腕のEMPブラスターに手を伸ばす。

 

「残念だったな。そいつはしっかり接合してある。そう簡単には取れんぞ」

 

「……そのようだな。これは腕ごと切断しなければ」

 

 自分から奪った武器が腕に固定されているのを確認して、ラチェットは一つ排気すると右腕を回転カッターに変形させる。

 

「すまないが痛くなるぞ。何せ麻酔に使うEMPは誰かが盗んでしまってね」

 

 さしものロックダウンもこの言葉には顔を引きつらせる。

 

「ま、待て!」

 

「いいや、待たない。……まあ、ヒトの友人を危険な目に合わせたり、道化だのクズだのと言った罰だと思うんだな」

 

 冷たい声音で吐き捨てると、ラチェットはロックダウンの前腕に回転カッターを押し当てる。

 

「ぐ、ぐおおおおおおお!!」

 

「ひい……!」

 

 響く金属音とロックダウンの悲鳴に、コンパが耳を塞ぐ。アイエフも顔を引きつらせていた。

 

「手術終了。確かに返してもらったよ」

 

「この借りは高く付くぞ……! ラチェットぉ!」

 

 怨嗟の声を出すロックダウンを、ラチェットはEMPブラスターを装着しながら鼻で笑った。

 

「せめてもの情けだ。眠ってろ」

 

 EMPブラスターを麻酔モードにして、ロックダウンに発射するラチェット。

 電子系を強制的に麻痺させられたロックダウンは、ガックリとして動かなくなった。

 

「……過激ね」

 

「意外な一面ですぅ」

 

 半ば茫然とするアイエフとコンパに、ラチェットは平時と変わらぬ穏やかな顔をして見せる

 

「では、逃げるとしようか」

 

  *  *  *

 

 その後は大した抵抗もなく降下船を奪うことに成功した一同は、一路プラネテューヌを目指していた。

 

「何と言うか、今回はラチェットがいいとこ全部持っていったわね」

 

 適当な箱に腰かけたアイエフが呟く。

 

「本当、このヒトったら、普段は昼行燈気取ってるくせに、美味しい所は持ってくんだから、たまらないわ」

 

 アーシーもロックダウンに蹴られた腹部をさすりながらぼやく。だが、その顔は笑顔だった。

 

「はっはっは! たまにはいい所を見せないとね!」

 

 降下船を操縦しながら豪快に笑うラチェット。

 と、降下船の通信装置に連絡が入った。

 

『こちらに接近中の降下船、応答せよ! 繰り返す、応答せよ! こちらはオートボット総司令官オプティマス・プライムだ!』

 

「やあ、オプティマス。こちらラチェット」

 

『ラチェット? 行方が分からなくて心配していたぞ! 他の皆もいっしょなのか? それにその降下船は?』

 

「うん、まあ、長くなるから基地についてからゆっくり話すよ。アーシー、コンパ、アイエフ、みんな無事だ」

 

『そうか……、無事で良かった。ネプテューヌも心配していたんだ』

 

 その総司令官の言葉に呼応するように、通信機の向こうからプラネテューヌの女神の声が聞こえてきた。

 

『あいちゃーん! こんぱー! もう、探したんだよー!』

 

 いつも通りの緊張感に欠ける声に、一同は自然と笑顔になる。

 

「ねぷねぷ、心配かけてごめんです! 帰ったらプリンを作ってあげるですね!」

 

『わーい! わたしこんぱの作ってくれるプリン大好き!』

 

「まったく、変わらないわね。ネプ子は」

 

 無邪気に喜んでるネプテューヌに、アイエフは苦笑した。

 だが、こんな彼女だからこそ自分たちは親友になれたのだとも思う。

 

『二人とも帰ってきたら、お話聞かせてねー!』

 

「はいはい」

 

 慣れた調子で相槌を打つアイエフ。

 さて、どこから話してやろうかと考えながら、ふとアイエフは思った。

 

 結局、ロックダウンに依頼した人間は誰なのだろうと……。

 




Q:ラチェット強過ぎね?

A:だってこの軍医、「メガトロン(全盛期)と真っ向勝負ができる」だの「オプティマスやアイアンハイドを引きずってって治療を受けさせる」だのって公式設定があるんですもの……

ロックダウンは今回いいとこがなかったけど、出番はまだあるので勘弁してください。
アウトローを格好よく書くのは難しい。

アイエフとコンパの過去は、例によって捏造全開。
アニメではこの二人の出自はよく分からないんですよね。

次回は、リーンボックスに潜入してるあの娘が主役の外伝的な話になります。
……なんかディセプティコン側の話はポンポン出てくる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 アリス・イン・ワンダーランド

あるいは、潜入兵アリスの文化考察記。


 リーンボックス教会教祖補佐。

 それが、突然現れた少女アリスに与えられた肩書きだ。

 簡単に言ってしまえば、教祖箱崎チカの秘書に近い立場だ。

 突然の、そして異例としか言えない抜擢に、教会内で一悶着なかったと言えば嘘になる。

 国軍との関係も深い大企業から推薦とはいえ、彼女は何の実績もない年若い少女なのだから当然だ。

 これには当然理由があり、ディセプティコンの出現を受けて軍備を強化するために、件の大企業との繋がりをより強固な物にしたいという思惑が、チカ以下教会の重鎮たちにはあった。

 チカとしては、最低限の能力さえあれば……もっとも、彼女の求める最低限は世間一般での一流に相当するが……最悪いるだけのお飾りでも構わなかったのだが、幸いと言うべきか、アリスは優秀だった。

 何より、女神ベールに気に入られているため、自然と教会内での立ち位置を確立していった。

 

 しかし、彼女には教会の人間に知られていない裏の顔がある。

 ディセプティコンの送り込んだスパイという顔が……。

 

  *  *  *

 

 必要最低限の家具しかない部屋にて、スリープモードから覚醒したアリスは、パチリと目を開けベッドから起きあがった。

 自分に自己スキャンをかけ、不具合がないかどうかをチェック。……問題なし。

 そして、朝の挨拶を声に出す。

 

「オール・ハイル・メガトロン」

 

 全ては偉大なるメガトロン様の御為に。

 

 情報参謀サウンドウェーブ配下、特殊潜入兵。それがアリスの真の姿だ。

 

 プリテンダーと呼ばれる有機生命体に擬態する能力を持つ種族である彼女は、異種族の中に潜りこみ、その生態や文化を調査する任務が与えられている。

 今回の任務は、このゲイムギョウ界の国の一つであるリーンボックス、その国政を司る教会に潜入し、その動きを、ひいてはオートボットの動きを探るというものだ。

 色々と幸運があったとはいえ、こうも簡単に教会の中枢に潜入できるとは拍子抜けも良い所だ。

 『休暇』の間にショックウェーブに更なる改造を施された彼女の正体を見抜くことは、もはやオートボットにも不可能だろう。

 事実、最近行われた健康診断では、完璧に誤魔化した。

 少なくともキスしたらディーゼルの臭いがする、なんてことはないはずだ。

 

 だが、彼女を悩ませる者がいないかと言うと、そうではなかった。

 

  *  *  *

 

 書類の束を手に、リーンボックス教会の廊下を歩きながらアリスはイライラとしていた。

 もう、予定の時間まで差し迫っているのに、主役が現れないのである。

 またかと怒りながらも慣れた様子の教祖チカは、自分の側近を差し向けたのだ。

 こういうのはジャズの仕事だろうと内心憤りながらも、乱暴に扉を開いてベールの私室へと入る。

 案の定、ベールはパソコンに向かっていた。

 

「ベール様!」

 

「あら、アリスちゃん」

 

 振り返ったベールは、たおやかな笑顔をアリスに向ける。

 

「ちょうど良かった。どうです? アリスちゃんもいっしょにゲームしません?」

 

「しません! もう予定の時間は迫ってるんですから、早く準備してください!」

 

「あら、もうそんな時間でしたのね」

 

 のんびりと小首を傾げるベールに、アリスはイライラがさらに上がるのを感じた。周りのカオス極まる内装もそれを助長する。

 何で男同士が裸で抱き合っているのか。いや、理屈は分かるが意味が分からない。

 ブレインサーキットに痛みを感じ、アリスは不機嫌に排気する。

 最初は猫を被っていたのだが、それではこの駄女神の相手はできないと、素に近い強い態度で臨むことにしたのだ。

 スパイの鉄則、潜入先の仕事に手を抜かない。

 

  *  *  *

 

 アリスの主な仕事は、この国の女神ベールの付き人、簡単に言ってしまえば、何かと問題のある彼女の面倒を見ることだ。

 病弱な上に多忙なチカ、オートボットの副官として働いているジャズ。彼女にこの必要だが困難極まる仕事が回ってくるのは必然だった。

 最初は、まさに渡りに舟と喜んだ。

 国のトップの傍にいれば、自然と情報は収集しやすくなる。

 彼女に気に入られるのも想定の内。そういう容姿を選んだ。女神ベールの年齢を引き下げた姿を。

 後は、オートボットの中でも切れ者で通っているジャズにさえ注意すればいい。

 簡単な仕事のはずだった。

 

  *  *  *

 

 少しして、リーンボックスのとある場所。

 新作映画の試写会を終え、ベールは惜しみない拍手を送る。

 アクション大作だが、ラブロマンス要素もあり、ベールの好みの映画だった。

 

「いかがでしたか、グリーンハート様? 今回の映画のご感想は?」

 

「ええ、素晴らしい出来栄えでしたわ。さすがは我がリーンボックスの誇る名監督ですわね」

 

 映画の監督は、信仰する女神の好意的な感想にホッと胸をなでおろす。

 

『俺からもちょっといいかい?』

 

 そこで立体映像のジャズがベールと監督に声をかけた。

 

『今回の映画、確かに映像は素晴らしかったが、少々CGに頼り過ぎじゃないかね? 役者の芝居と演出がかみ合ってない部分があるのも気になったな。』

 

 辛口なジャズに、監督は口元を引きつらせ、ベールは苦笑する。

 一方、ベールにくっ付いて来たアリスは映画の内容を興味深く吟味していた。

 人間の娯楽は色々と理解しがたい。

 ディセプティコンにとって娯楽とは、自分の武器を他者に自慢することや、その武器をどうやって奪うかを考えることなのだから。

 反面興味深くもある。

 なぜ、人間は仮想現実をこうも楽しめるのか?

 

「どうやら、アリスちゃんは気に入ったようですわね?」

 

「え? あ、はい」

 

 難しい顔をして考え込んでいたアリスに、ベールが微笑みかけてきた。

 適当に答えるアリス。

 

「ふふふ、それでアリスちゃん、次のお仕事はなんだったかしら?」

 

「はい、次は5pbさんの番組に特別ゲストとして出演することになっています」

 

 ベールの問いに、鞄からメモ帳を取り出し次の予定を確認するアリス。

 

「ありがとう。それでは、参りましょうか」

 

 たおやかに頷き、ベールは移動を始める。

 それを追うアリスを立体映像のジャズが訝しげに見ていることには、誰も気づかなかった。

 

  *  *  *

 

「みんなー! それじゃあ新曲、『きりひらけ!ロープレ☆スターガール』いっくよー!」

 

 ベールを特別ゲストに迎えた5pb.が司会進行を務める番組は滞りなく進み、最後に5pb.が新曲を発表することで締めとなった。

 鳴り響く歌声をスタジオの端で聞きながら、アリスは思考する。

 なるほど、人間の音楽は面白い。

 表現方法こそ原始的だが、音階は複雑で歌詞にはいくつもの意味がある。

 そこに様々な意味を乗せる人間の発想力は、サウンドウェーブをして入れ込むのも何となく分かる気がする。

 

  *  *  *

 

 とある大企業の応接室に通されたアリスは、上等なソファーに腰かけながら冷笑を浮かべる。

 ここは、サウンドウェーブによって弱みを握られディセプティコンの協力者と成り果てた、あの企業なのだ。

 今は自分を推薦した大企業との打ち合わせということで、ベールたちと別行動を取っている。

 

 ――ゲイムギョウ界の文化は我々ディセプティコンにとって理解しがたい。

 

 ディセプティコンにとって、文化とは奪い取る物だと生まれた時から教え込まれる。何代も何代も前から。

 科学者たちの思考も兵器、軍事関連に片寄り、例えばゲーム機のような娯楽に労力と時間を割くことはほとんどない。

 これは、支配者たる破壊大帝メガトロンが、そういった娯楽をエネルギーの無駄だと考えていることもある。

 そして『彼の存在』もまた。

 ディセプティコンにとって、『戦闘と生活のために不必要な物』はすべからく悪と断じられるのだ。

 サウンドウェーブの音楽好きにしても、情報参謀という高い地位にいて、なおかつ自分の有用性を証明し続けているからこそ許されているのである。

 

「いやいや、お待たせいたしました」

 

 と、恰幅のいい壮年の男性がニコニコと人の好さそうな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。

 後ろには若い男も続く。だがこちらは心労が滲み出ている。頬はこけ、髪には白髪が混じっている。

 

「いいえ、問題ありませんよ」

 

 立ち上がって社交辞令を交わしつつ握手をするアリスと壮年の男。

 この男こそ、この大企業の経営者、社長なのである。

 そして後ろの若い男こそが、5pb.をストーキングした挙句サウンドウェーブの奴隷となった、あの男なのだ。

 

「それではさっそく、ビジネスの話に入りましょう」

 

 お互い席に着くと、社長がさっそく本題を切り出してきた。

 

「とりあえず、今回の物資はこれくらいで……」

 

 社長の息子が、ディセプティコンに差し出す物資の書かれたメモをアリスに差し出す。

 アリスはそれを一瞬で読み、記録し、こちらの要求と齟齬がないかと確認する。問題なし。

 

「確かに。しかし、意外でしたね。あなたがたが、こうも我々との取引に乗り気とは」

 

 いくばくかの皮肉を込めたアリスの言葉にも、社長は好々爺然とした笑みを崩さない。

 

「何、最初は戸惑いましたが、考えてみればこれは大きなビジネスチャンス。むしろ感謝さえしていますよ」

 

「……これは女神に対する反逆に等しいですよ」

 

 アリスの言葉に社長の息子がビクリと体を震わせた。

 最初は息子の命を盾に脅されていたとしても、今やこの企業はディセプティコンと通じている。

 物資を提供する代わりに科学技術を提供してもらい、いずれディセプティコンがゲイムギョウ界を制圧した暁には、そこでの安全と地位を約束する。ありきたりな取引だ。

 意外なのは社長以下幹部陣は、この取引にむしろ喜んで応じたことだ。

 

「ホッホッホ、アリス殿。我々企業にとって、信仰する神とは女神ではありません」

 

「? では?」

 

「……金ですよ。金こそが我々の上に絶対的に君臨する神なのです」

 

 この世の真理を語るが如く、社長は笑う。

 まったく変わらずニコニコと笑っているのに、その笑顔は得体の知れない怪物のようにも見える。

 

「金を稼がせてくれるのなら、相手が神でも悪魔でも商売する。それが商売人ですよ。国や女神など、金をもうける道具に過ぎないのです」

 

 人、それを売国奴と呼ぶ。

 

「……なるほど」

 

 ――つまり、ディセプティコンも金にならないなら縁を切ると。

 

 一切、納得できないが一応頷いておく。

 ゲイムギョウ界の人間は大半が女神を絶対視する反面、この男のように女神を軽んじる者もいる。

 メガトロンという絶対的なカリスマに支配されたディセプティコンでは考えられないことだ。

 スタースクリームのようにメガトロンに反感を持っている者でさえ、その影響力から逃れることはできない。

 

 ――まあいい、売国奴がいかなる末路を迎えるか、精々見させてもらおう。

 

「……ところでミスター、ロックダウンと言う名に聞き覚えは?」

 

 アリスがたずねると、社長は変わらず答えた。

 

「ロックダウン? 誰ですかな、それは?」

 

「報酬次第で、どんな仕事でもする賞金稼ぎですよ。……最近、オートボットと接触したそうです」

 

「ほう、それはそれは……。あいにくと存じませんな」

 

 ――ボロは出さない、か。

 

 先日、オートボットのラチェットとアーシー、それと組む人間二人がロックダウンに襲われるという事件が起こった。

 アリスはその依頼主が、この社長ではないかと考えている。

 カマをかけてみたのだが、さすがは海千山千の実業家。そう簡単に尻尾を掴ませてくれそうにない。

 

「……そうですか。失礼いたしました」

 

「いやいや、構いませんよ」

 

 表面上は穏やかに、あくまでも穏やかに会見は終了した。

 

  *  *  *

 

「はあっ……」

 

 全ての仕事を終え寝床にしているアパートの一室に帰り着いたアリスは大きく排気した。

 肉体的にはともかく、精神的な疲労が半端ではない。

 その疲労を回復するべく、帰り道で買ってきたケーキをテーブルの上に広げる。

 プリテンダーは有機生命体と同様の食物を摂取することができるのだ。

 甘い物は疲労を癒してくれるし、エネルギー効率もいい。

 決して、断じて、絶対に! アリスが食べたかったわけではない。贔屓の店の新作だから楽しみにしてたとか、そんなことはない。

 ムグムグとケーキを頬張りながら、アリスは考える。

 巷にあふれる娯楽の数々、ゲーム、映画、音楽、食事にしても単なる栄養の補給というよりは舌で味わう娯楽というほうがしっくりくる。

 何もかもがディセプティコンには無い物だ。

 それに溢れるこの世界は、さしずめ不思議の国(ワンダーランド)か。

 

 ――いけないな。本来の任務から思考が離れている。

 

 自分の任務は、あくまでもディセプティコンにとって有利になる情報を得ること。

 人間の文化について考察することではない。

 初心を思い出すために、決意の言葉を口に出す。

 

「オール・ハイル・メガトロン」

 

 全ては、偉大なるメガトロン様のために。

 

  *  *  *

 

 数日後、プラネテューヌにて。

 対ディセプティコンの対策を話し合うために、各国の女神が集まることになっていた。

 まあ、どうせまともな会議にはならないだろう。それでも、これは貴重な情報が得られるかもしれない。アリスはそう思ったのだが……。

 

「どうしてこうなった」

 

 アリスはそうこぼさずにはいられなかった。

 

「クレープ美味しいね! ロムちゃん」

 

「うん、ラムちゃん(パクパク)」

 

 目の前では、ルウィーの双子が屋台で買ったクレープをパクついている。

 

「ああもう、こぼれてる! 二人ともお行儀よく食べなさい!」

 

 そんな双子の世話を焼くのは、ラステイションの女神候補生だ。

 

「美味しいですね! アリスさん!」

 

 そして隣で自分に笑いかけてくるのはプラネテューヌの妹女神。

 本当にどうしてこうなった。

 きっかけは、姉たちが話し合っている間、暇だからと妹たちで遊びに出掛けることになったことだ。

 無論、自分は残って話し合いに参加するつもりだったのだが……。

 

「ちょうどいいですわ。アリスちゃんも、ネプギアちゃんたちと遊んできてくださいな」

 

 と言う、ベールの一声により、なぜか妹たちと同行することになったのだ。

 

「美味しくありませんでしたか?」

 

「あ、いえ、美味しいです……」

 

 小首を傾げるネプギアに、率直な感想を返しつつ、こうなったら折を見てこの妹たちから情報を引出そうと決める。

 幸い、姉に比べて警戒心は低く見える。

 いや姉たちも高いようには見えないが。

 

「良かった! アリスさんにはリーンボックスでお世話になったから、一度ちゃんとお礼をしたくて!」

 

 そう言って喜ぶネプギア。確かに女神たちが囚われた際、ネプギアたちの身の回りの世話をしたのはアリスだ。

 だがそれは、あくまでも彼女たちを監視するためだ。

 

「それで、ネプギア。今日はどこにいくのよ?」

 

 ユニが相方たるネプギアにそうたずねてきた。

 それはアリスも気になるところだ。

 

「そうだね、じゃあ……」

 

  *  *  *

 

 そして、一行が訪れたのはプラネテューヌのゲームセンターだった。

 いくつものゲームがキラキラと輝いている。

 

「ここ、新しくできたゲームセンターなんだよ! 最新のゲームを色々導入してるから、一度来たかったんだ!」

 

「ふーん、なかなか楽しそうね! どれから遊びましょうか?」

 

「ダンスゲームしよ! ロムちゃん!」

 

「うん! ラムちゃん!」

 

 ネプギアの案内に、戸惑うアリス以外のメンバーは目を輝かせている。

 そんなアリスに、ネプギアが手を差し出した。

 

「アリスさんも、いっしょに遊びましょう!」

 

 少し考えたアリスだったが、これも仕事と割り切ることにしたのだった。

 まずはダンスゲームからだ。

 

「よ~し! 踊るわよー!」

 

「まずは、ポシェモンの歌から」

 

 すっかり展開も水戸○門状態に突入して久しい大人気アニメの主題歌に合わせ、ロムとラムが息の合った動きで踊って見せる。

 ここらへん、さすがは双子である。

 曲が終了すると、二人はアリスの前にやってきた。

 

「次はアリスちゃんね!」

 

「楽しみ(わくわく)」

 

「……私に踊れと?」

 

「「うん!」」

 

 目を輝かせる双子。

 プ二プ二ほっぺにクリクリおめめ。

 

 ――畜生、かわいいなあ……。

 

 いかん、思考があらぬ方向へ走っている。

 何とか、この窮地を乗り越えなければ。

 メガトロン様、私に力をお貸しください。

 

「分かりました。踊りますよ、踊ってやろうじゃないですか!」

 

 半ばヤケを起こして音楽に合わせて踊り出すアリス。

 しかし、上手くいかず妙にカクカクした動きになってしまう。

 

「変なのー」

 

「ロボットみたい」

 

 益体のない言葉を発するラムとロム。

 子供って残酷である。

 

「し、しかたないじゃないですか! こういうのは初体験で……」

 

「じゃあ、私といっしょに踊りましょう。私がリードしますから、アリスさんは合わせてください」

 

 ネプギアが隣に立ち、いっしょに踊り出す。

 その動きは中々堂に入ったものだ。

 

「上手いですね」

 

「お姉ちゃんが、気まぐれにダンスPVを撮ろうって言い出したことがあって、その時にちょっと」

 

「なるほど」

 

 今回はネプギアのリードもあって、さっきよりは上手に踊れた。

 

  *  *  *

 

「シューティングですか」

 

「そう! このゲームすごっく面白いから、アリスもやってみて!」

 

 ユニに勧められて作り物の銃を手に取る。

 

「でも、これ少し難しいからまずは私といっしょに……」

 

「必要ありません」

 

 ユニの申し出をはっきりと断るアリス。

 自分は本物の兵士である。

 こんな遊びに後れを取るはずもない。

 

  *  *  *

 

「こ、こんなはずは……」

 

 思いきり後れを取った。

 具体的には一面で持ち金3000クレジットほど融けた。

 

「ううう、そりゃ、射撃は専門外だけど……」

 

 潜入が専門とはいえ仮にもプロなのに、兵士なのに。

 

「ま、まあ落ち込まないで。このゲーム難易度が高い上に、この店、難易度をHARDにしてるみたいだから……」

 

「い、いえ! このままではディ……リーンボックス教祖補佐の名折れ! もう一度、もう一度です!」

 

 苦笑するユニに一言断り、もう一度100クレジット硬貨を二枚、筐体に投入する。

 ここで引いてはディセプティコンの沽券に係わる。

 

 ――メガトロン様、なにとぞ力をお貸しください!

 

 何やら、燃え盛るアリスを見て、ユニはフッと微笑んだ。

 

「……よし! じゃあ、アタシが援護してあげる!」

 

 自分も100クレジット硬貨をゲーム機に入れ、2P参加するユニ。

 

「え、でも……」

 

「いいからいいから、このゲーム、二人でやったほうが面白いのよ!」

 

 そう言ってユニは慣れた手つきで銃を握る。

 その姿は自身の得物が銃であることもあって、とても様になっていた。

 

「それじゃあ、ゲームスタート!」

 

 今度は、何とか全面クリアができた。

 

  *  *  *

 

「ロム~、ラム~、そろそろ行くわよ~」

 

 ユニが、クレーンゲームの前に張り付いているルウィーの双子を呼ぶ。

 何か、ぬいぐるみが中々取れなくて粘っているらしい。

 

「ええ~? もうちょっとでワンちゃんが取れるんだから待ってよー」

 

「あと、少し」

 

 文句を言い出すラムとロム。

 もうすでに結構な額がクレーンゲームの腹へと消えている。

 それを見てネプギアは苦笑しつつもう一人に声をかける。

 

「アリスさんも、行きますよー」

 

 双子の横ではアリスも粘っていた。

 

「ま、待ってください! もう少し、もう少しで猫が……」

 

 彼女のほうは、猫のぬいぐるみ目当てであった。

 これも怪しまれないための演技である。……多分。

 

  *  *  *

 

 ゲームセンターを出ると、もう夕刻だった。

 

「楽しかったね、ロムちゃん!」

 

「うん、また来ようね、ラムちゃん」

 

 笑い合う双子。

 結局、この妹たちから情報を引出すことはできなかった。

 

「あの、アリスさん。今日は付き合ってくれて、ありがとうございました」

 

 と、ネプギアが話しかけてきた。

 

「ご迷惑じゃありませんでしたか?」

 

「あ、いいえ、私も楽しかったですから」

 

 適当に合わせた返答だ。

 しかし、ネプギアは笑顔になる。

 

「良かった! 正直、アリスさんって周りに壁を作ってるたみたいだったから……」

 

「壁……、ですか?」

 

「はい、その……、なんて言うか、違和感があったって言うか。笑ってるけど笑ってない感じがしたって言うか」

 

 確かに、スパイとして今のキャラを演じている以上、どうしても違和感が出るだろう。

 だが、それに気づくとは……。

 ネプギア、ポヤッとした娘だと思っていたが、意外と勘が鋭いのかもしれない。

 

「でも、今日は楽しんでくれたみたいで、私もホッとしました!」

 

「ええ、今日はありがとう」

 

 笑顔のネプギアに合わせて、こちらも笑顔を作る。

 まあ、自然に見える笑みはできたはずだ。

 

  *  *  *

 

 リーンボックスへの帰国の途。

 オートボットの輸送機の客席に、アリスとベールは対面して座っていた。

 

「それで、どこの国のゲーム機が一番かで揉めに揉めまして……」

 

「結局、碌な進展がなかったと……」

 

 ベールから聞く会議の様子は、やはりと言うか、あんまり中身のないものだった。

 溜め息の一つも出てくると言うものだ。

 

「分かってますか、ベール様! 今は明確な敵が迫っているんです! もうちょっと真面目にやってください!」

 

「それは分かっているのですが、まあ、ねえ……」

 

「ねえ、じゃありません! まったく、そんなだからチカ様のご病気も治らないんです! いい加減自覚してください!」

 

 頭から湯気を出しそうなアリスの剣幕に、ベールは穏やかに微笑むばかりだ。

 

「それよりもアリスちゃん。……今日は楽しかった?」

 

 少しだけ、ベールの纏う空気が変わった。

 それを敏感に察知し、アリスは言葉を選ぶ。

 

「ええ、まあ、楽しかったですよ。とてもとても……」

 

「アリスちゃん」

 

 アリスの言葉を途中で遮り、ベールはアリスの瞳を覗き込むように見つめた。

 

「ねえ、アリスちゃん。本当に楽しかった?」

 

 その視線に、なんだか見透かされているような気分になり、アリスは思わず目を逸らす。

 

「…………楽しかった、と思います」

 

 しかたなく、ある程度は本当のことを言うことにした。

 

「思います、と言うのは?」

 

「正直、よく分からないんです。……楽しかったんです。でも、何で楽しいのかが分からないんです」

 

「ふふふ、それはね」

 

 悪戯っぽく微笑み、ベールは続ける。

 

「『友達といっしょに遊んだ』からですわ」

 

 その言葉を理解できず、アリスは口をポカンと開けた。

 

「物にもよりますが、娯楽とは、誰かと共有することで、もっと楽しくなるものなの。だからあなたは、今日ネプギアちゃんたちといっしょに遊んで『楽しい』と感じたのではなくって?」

 

「いっしょに遊ぶと楽しい……?」

 

 その言葉は、アリスにとって、いやディセプティコンにとって理解しがたいものだった。

 ディセプティコンにとって、例外は有れど他人はどこまで行っても他人だ。

 何かを共有するのではなく、奪い合う相手だ。

 『彼の存在』が、他を蹴落せと、より強く在れと、そう定めたが故に。

 

 それでも、確かにアリスは楽しいと感じたのだ。

 

「だからアリスちゃん……」

 

 難しい顔をして考え込むアリスに、ベールは大きな笑みを向けた。

 

「この機にぜひ、傑作BLゲー、『救急員と保安員~ヤンデレ編~』をプレイして、楽しさを分かち合いましょう!」

 

「分かち合いません! そんなもん!!」

 

 世迷い事をほざくベールを怒鳴りつけ、アリスは勢いよく立ち上がる。

 

「あら、どちらへ?」

 

「パイロットに後どれくらいで着くか聞いてきます!」

 

 そう言って、アリスはズカズカと歩いていってしまった。

 

「…………」

 

 それをニコニコと見ていたベールだったが、ふと真面目な顔になった。

 

『いいのかい、ベール』

 

 そこへ、ジャズの立体映像が投影される。

 立体映像のジャズは、どこか訝しげな表情をしていた。

 

「……何がですか」

 

『彼女はクサい。これだって証拠があるわけじゃないが、彼女が現れた後にマジェコンヌがことを起こした。その後もこっちの行動が読まれてる節がある』

 

 いつになく真面目な態度のジャズに、ベールは目を伏せる。

 

「彼女が、ディセプティコンと繋がっている……。そう申されたいのですわね」

 

『可能性の話だがな。だが、用心するにこしたことはない』

 

 だから、ピーシェを彼女に会わせないようにしたのだ。

 ディセプティコンに狙われている可能性があるピーシェを、アリスに会わせるのは得策ではない。

 

「それでも、彼女は『あの計画』の適合者、その可能性が最も高い……」

 

 静かにベールは言葉を発した。

 健康診断と偽って教会の全女性職員に敢行した適性検査、その結果、適合者になりそうなのは彼女だけだった。

 

『…………その計画にしても、俺は反対だがな』

 

 やんわりと、しかし確かな非難を滲ませるジャズに、ベールは薄く微笑む。

 

「いくらあなたの言葉でも、こればかりは譲れませんわ。……リーンボックスのために」

 

『ベール……』

 

 座席に深く座り、ベールは瞑目する。

 

 ――全ては、愛するリーンボックスのために。

 

 しかし、それが結局は自分のエゴでしかないこともまた、彼女には理解できてしまっていた。

 

  *  *  *

 

 その後、諸々の処理を終えて寝床にしているアパートに帰り着き、着替えるでもなく、ベッドに横になる。

 

「…………」

 

 今日は疲れた。

 改造の弊害により、健全な機能を保つためにはいくらかスリープモードで体を休める……睡眠が必要になった。

 

 ――楽しんでなどいられない。

 

 これは、あくまで任務なのだから。

 だから、迷いを断ち切るために、その言葉を口に出す。

 

「オール・ハイル・メガトロン」

 

 全ては、偉大なるメガトロン様の御為に。

 

 プリテンダー、有機生命体に変化する異端のトランスフォーマー。

 ディセプティコンの中にあってさえ、否、ディセプティコンだからこそ迫害される、有機と無機の半端者。

 そんな彼女たちの価値を認めてくれたのは、メガトロンただ一人。

 だからアリスは、メガトロンのために働き続ける。

 そこに、余計な感情など不要。

 

「…………」

 

 しかし、それでも、だとしても、やっぱり、

 

「今日は、楽しかったなあ……」

 

 我知らずそう呟き、アリスは眠りの中へ落ちていった。




ネプテューヌVⅡ、あるイベントを見て、ふと思いついた場面。

オプティマス「ニンジャ、殺すべし。慈悲はない」

それはともかく……、お待たせしました、次回はついにリベンジ真の主役と影の主役が登場。
もう、影が薄いとか言わせない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 医療員と斥候

短いのに時間かかった……。

そして最近、ネプテューヌたちの出番がない……。


 トランスフォーマーたちがゲイムギョウ界に現れて、すでに数か月。

 オートボット、ディセプティコン、両軍ともにゲイムギョウ界での地盤を固め、あちこちに散った仲間をほぼ集め終わったのだが……。

 

  *  *  *

 

「仲間の捜索を打ち切る?」

 

「ああ、残念だが」

 

 ラチェットの言葉に、オプティマスは厳かに答えた。

 

「しかしオプティマス、まだジョルトが見つかってないぞ」

 

 ジョルトとは未だ行方不明のオートボットで、ラチェットの助手として働いていた医療員だ。

 

「だがあれから数か月、これだけ探していないとなると、もう希望はない」

 

 非難するようなラチェットの言葉に、オプティマスは厳然と言い放つ。

 スペースブリッジの転送は酷く不安定だった。ここではなく別の次元に跳ばされた可能性もあるし、最悪の場合、超空間に取り残されてしまったのかもしれない。

 まだ不満げなラチェットに、オプティマスは首を横に振る。

 

「これ以上はネプテューヌたちにも迷惑をかけられない」

 

 仲間の捜索は、女神たちと教会の力を借りて行っているが、彼女たちにも他に仕事がある。

 ラチェットにも分かっている。オプティマスだって辛いのだ。

 彼は、仲間のことを何より大切にしているのだから。

 

「……分かった。君の決定なら従うよ」

 

「……すまん、ラチェット」

 

 せめて笑って見せるラチェットに、オプティマスはすまなそうに頭を下げるのだった。

 

  *  *  *

 

 一方、こちらはディセプティコンの秘密基地。

 その幼生の育成室。

 

「そう言えば」

 

 眠ってしまったガルヴァの頭を撫でながら、レイはふと思い出した。

 

「だいぶ前に、お仲間さんの捜索やめちゃいましたけど、良かったんですか?」

 

 アイツクルマウンテンで科学参謀を回収して以来、ディセプティコンたちが仲間を探している様子はない。

 

「ん~? いいんじゃないの。合流できなかったサイドウェイズは運がなかったのさ。……やっぱり金属バランスが片寄ってるな。誰だよ銅線を食わせてんのは」

 

 機械でガルヴァの体をスキャンしながら、フレンジーが呑気に答えた。

 

「そんなんでいいんですか?」

 

「いいのいいの。……エネルゴンもやりすぎ、デブるっての」

 

 少し戸惑うレイにも、フレンジーは呑気さを崩さない。

 いない仲間より、目の前の仕事らしい。

 レイのほうも、いい加減ディセプティコンのやりかたに慣れてきたこともあって、それ以上は追及しない。

 

「それなら、それでいいです。……今度から、ご飯のエネルゴン濃度を下げて、アルミを混ぜましょう」

 

  *  *  *

 

 かくして、捜索を打ち切られ、オートボットの医療員ジョルト、ディセプティコンの斥候サイドウェイズは行方不明(MIA)として扱われることになった……。

 

  *  *  *

 

 ここで話は数か月前に戻る。

 ルウィーのとある山中にて。

 

「ここどこだよ……」

 

 青い体のオートボットが木々の合間を彷徨っていた。

 

「確か、スペースブリッジの暴走に巻き込まれて、それで……」

 

 気が付いたら、ここにいた。

 

「クソッ! 迷子はサイドスワイプのキャラだろうが……!」

 

 誰にともなく毒づきながら、あてもなく歩き続ける。

 転送の余波か、体のダメージが大きい。

 通信装置は特に酷く、他のオートボットと連絡を取ることも叶わない。

 応急手当はしたが、手持ちの機材ではこれが限界だ。

 ステイシスまではいかないが、強制スリープモードは免れそうにない。

 

「せめて、この世界の機械をスキャンしなけりゃ……」

 

 目立たないビークルモードになれば、少なくとも敵の目はごまかせるはずだ。

 

「文明がありゃいいんだが……」

 

 機械なんか望めない、まったく未開の地だったらどうしよう。そもそも、知的生命体がいるのだろうか?

 歩きながら思考していると、突然目の前が開けた。

 森が途切れ、辺りにはのどかな田園風景が広がっている。

 だが、このオートボット……ジョルトにとって重要なのはそこではない。

 

「あれは、機械か?」

 

 道路の脇に一台の電気自動車が打ち捨てられていた。

 かなりガタが来ているようだが、背に腹は代えられない。

 電気自動車をスキャンし、残された力を振り絞って変形する。

 それを最後に、ジョルトの意識はスリープモードへと落ちていった。

 

  *  *  *

 

 しばらくして、田舎道を一台のレッカー車が走ってきた。

 運転席に中年の男が乗っている。

 

「ふふんふ~ん♪ 今日の仕事は~、廃車回収~♪」

 

 鼻歌を歌いながら上機嫌で運転する男。

 やがて捨てられた電気自動車の横でレッカー車を停めると、車から降りて慣れた手つきでフックを電気自動車に引っ掻けようとしたが……。

 

「あれ? 二台?」

 

 そこで回収しようとしていた電気自動車が、なぜか二台に増えていることに気が付いた。

 少し考えた男だったが、すぐに両方持って帰ることにした。

 持ってくのに時間はかかるが、一台が二台に増えたのだから幸運だ、と笑顔になる。

 

 第三者がいれば、楽観的にもほどのある思考にツッコミを入れるところだろう。

 

  *  *  *

 

 この田舎の村、名をアニマルクロッシングは、外界とほとんど隔絶された状態の場所だ。

 木々は生い茂り、河は澄み渡り、田畑には実りが満ちている。

 だが、住んでいる者たちが皆、ここに不満はないかと言うと、そうではない。

 若者は都会に憧れるものだ。

 例えば、父の経営する骨董品買い取りセンターの商品である黒いスポーツカーを何とも言えない顔で見る、この少年コーリー・ヴィレッジャーのように。

 それも仕方のないこと。何せこの村はテレビもない、ネットもない、電車も走ってないという本当のド田舎なのだから。

 

  *  *  *

 

 学校から帰ってきたコーリーは木造ガレージの中で父が青い電気自動車をいじっているのを見て、またかと溜め息を吐く。

 父、クリス・ヴィレッジャーの収集癖はどうにかならないものか……。

 

「ただいま、パパ。またガラクタを拾ってきて……」

 

「おお、コーリー、お帰り! これはガラクタなんかじゃないぞ!」

 

 呆れた声のコーリーに、当のクリスは嬉しそうに答えた。

 

「見ろ! このエンジンはゲイムギョウ界の最新式のさらに三世代は先を行ってる! つまり……」

 

 そこでエンジンに電極を繋げるクリス。

 すると、電気自動車から声が聞こえてきた。

 

「オートボット、応答せよ……」

 

 それを聞いて、クリスは子供のように目を輝かせる。

 

「この車は……、トランスフォーマーだ!」

 

「トランスフォーマーって、あの都会のほうで女神様といっしょに戦ってるっていうロボット?」

 

 目を丸くするコーリー。このアニマルクロッシングに伝わっているトランスフォーマーの情報はそれくらいである。

 

「そうだ! そして今修理が終わった!」

 

 クリスは宣言とともに、電流を電気自動車のエンジンに流す。

 すると、自動車はギゴガゴと音を立てて変形し始めた。

 少し下がってコーリーをかばうような位置に移動するクリス。

 変形を終えた電気自動車……ジョルトは咳き込むような音を出して膝を突く。

 

「こ、ここは……?」

 

「ここは、僕の店さ。君を修理したんだ」

 

「俺を修理? あんたが?」

 

 ジョルトは意外に思った。有機生命体が金属生命体を治療とは。周りの機材を見ても、そんな高度な技術を有しているとは思えない。

 しかし、こうして動けるようになったことが、何よりの証左だろう。

 

「……そうか、ありがとう」

 

「何の何の! 困った時はお互い様さ!」

 

 巨大な金属生命体に対しても、快活に笑うクリス。

 つられてジョルトも少し微笑む。

 父親の影に隠れていたコーリーも興味深げに青いオートボットを見上げていた。

 

「うっわあ。本当にロボットだ……」

 

「ロボットって言うのはちょっと違うな。俺たちはトランスフォーマー。金属生命体だ」

 

 親子の様子を見て緊張を解いたジョルトは気さくに自分のことを説明する。

 

「そして俺はジョルト、オートボットの戦士さ! ……ムッ!」

 

 胸を張るジョルトだが、突然真面目な顔になり、木造ガレージの外に歩いていく。

 

「どうしたの、ジョルト?」

 

 それを追いかけるコーリーがたずねると、ジョルトは好戦的な笑みを浮かべた。

 

「なあに、ちょっとディセプティコンの臭いがしたのさ」

 

「ディセプティコンって?」

 

 息子の後に続くクリスの言葉に、ジョルトは黒いスポーツカーの前に立つと答えた。

 

「ディセプティコンってのは宇宙のダニみたいな奴らだよ。だから早めに駆除しないとな。……こんな風に!」

 

 するとジョルトは両腕から鞭を伸ばし、目にも止まらない速さで黒いスポーツカーを打ち据えた。

 

「ああ! 何てことを! うちの商品なのに!」

 

 叫ぶクリスをよそに、黒いスポーツカーもまたギゴガゴと音を立てて変形していく。

 黒と赤のボディに、肩から背中にかけて生えた翅のようなパーツ、そして赤いオプティック。

 その姿を見て、ジョルトが声を上げる。

 

「サイドウェイズか! ダメージのせいでステルス性能が落ちていたようだな!」

 

 スポーツカーの変形したディセプティコン、サイドウェイズは何とか立ち上がって逃げようとする。

 だが、ジョルトは腕を振るってサイドウェイズの体に鞭を巻きつけた。

 もんどりうって倒れ込むサイドウェイズは、ジョルトに向かって声を出した。

 

「ま、待て! 俺に戦う意思はない!」

 

「嘘を言うな!」

 

 ジョルトは鞭に電気を流して、サイドウェイズを攻める。

 

「ぐおおお! ほ、本当だ! 信じてくれ……」

 

「黙れ! ディセプティコンの言うことなんざ、信用できるか!」

 

 悲痛な声を上げるサイドウェイズを、さらに容赦なく責め立てるジョルト。

 だが、思わぬ所からストップが入った。

 

「待った待った! 戦いたくないって言ってるんだからいいじゃないか!」

 

「そうだよ! かわいそうだよ!」

 

 それは唖然となりゆきを見ていたクリスとコーリーだ。

 だが、ジョルトは聞き入れようとしない。

 

「ディセプティコンってのは平気で嘘を吐くんだ! こいつだって今はダメージがあるから塩らしいことを言ってるが、治ったらどんな悪事を働くか……」

 

「悪事なんかしない! 本当だ!」

 

「ここで悪事をしなくても、他のディセプティコンと合流したらする気だろうが!」

 

「そ、それは……」

 

 言いよどむサイドウェイズ。

 それを見てジョルトは再度鞭に電流を流そうとする。

 

「だから待ちなって!」

 

 少し強い声で、クリスが止めた。

 

「ここで暴力はナシだ!」

 

「いやしかし……」

 

「ここは僕の店だ! 僕に従ってもらう!」

 

 色々と滅茶苦茶だが、治してもらった手前強くは出れない。

 しかたなく、拘束を解いた。

 

「すまない……」

 

「おまえがここのヒトたちを傷つけるようなら、容赦しないからな!」

 

 ホッとしているサイドウェイズに、睨みを利かせるジョルト。

 敵対勢力に属しているのだから当然だ。

 

「さて、二人のこれからだけど……」

 

 クリスは一呼吸置いてから言葉を続けた。

 

「この村は、慢性的に人手が足りない。二人には村のいろんな仕事を手伝ってほしい」

 

 その言葉に、ジョルトは顔をしかめる。

 通信装置が壊れていて仲間と連絡が取れないとはいえ、自分は戦士だ。そんな何でも屋みたいなことはできない。

 

「分かった」

 

 一方、サイドウェイズはアッサリと頷いた。

 ジョルトは訝しげな顔になる。いったい、何を考えているのか?

 

「……それなら、俺も働く」

 

 憮然とジョルトも言った。

 こうなったからには、サイドウェイズが仕事中に悪さをしないように見張っている必要がある。

 

「よしよし! じゃあ、まずは……」

 

 喜色満面のクリス。

 

「大きなロボットが、二体もいて仕事って……」

 

 納得いかなげに首を捻るコーリー。

 

「まあ、慣れてないからお手柔らかに頼むよ」

 

 特にプライドを感じさせず人間たちに頭を下げるサイドウェイズ。

 

 ――何をたくらんでいるのか知らないが、必ず化けの皮を剥いでやる!

 

 そして、そんなサイドウェイズを一切信用していないジョルト。

 

 とにもかくにも、こうして人間とオートボットとディセプティコンの奇妙な共同生活が始まったのであった……。

 

  *  *  *

 

 それから、いくらかたって。

 

 田舎道を、コーリーが走っていた。

 その先には突風で壊れた納屋の修理をしているサイドウェイズがいた。

 

「おーい! サイドウェイズー!」

 

「よう、コーリー!」

 

 駆け寄りながらコーリーが手を振ると、サイドウェイズは修理を中断して答えた。

 

「学校はもう終わったのか?」

 

「うん! サイドウェイズはまだ仕事?」

 

「ああ、これからトムさんとこの店の屋根を掃除することになってる」

 

 仲良さげに話すディセプティコンと少年。

 意外にも、サイドウェイズは真面目に仕事をこなしてアニマルクロッシングに馴染んでいた。

 村人たちも、働き者のこのディセプティコンを仲間として受け入れていた。

 都会からの情報があまりこないが故でもあった。

 

「ジョルトは?」

 

 コーリーが聞くと、サイドウェイズは視線で納屋の横を示す。

 そこではジョルトが寝そべっていた。

 

「ジョルト、また仕事サボってたの?」

 

 コーリーが呆れた声を出すと、ジョルトはゆっくりと首をそちらに向けた。

 

「俺は戦士だ。雑用係じゃない」

 

 ふてくされたような態度のジョルトに、コーリーは溜め息を吐く。

 

「いつもそう言って、サイドウェイズに仕事押し付けてばっかり!」

 

 集落に馴染み過ぎているサイドウェイズに対し、ジョルトは何かにつけて仕事をサボる。

 これもオートボット戦士としての矜持と、トラブルと闘いを愛する本人の性格ゆえではあるが、村人たちの間では働かないほうのロボットとして、微妙に白い目で見られている。

 

「俺の仕事はディセプティコンと戦うことなの! 雑貨屋の荷物を運んだりだの、壊れた納屋を直したりだの、広場の掃除をしたりだのってのは、別の奴がやりゃいいの!」

 

「……あのな、ジョルト。俺たちは住む所を用意してもらった上に、エネルギーまで分けてもらってるんだから、働いて返すのは当然だろ」

 

 仕事もせず文句をブー垂れるオートボットに、納屋の修理を続けていたディセプティコンが諭す。

 

「なんだか、サイドウェイズの方が正義の味方みたい」

 

「な!?」

 

 益体のないコーリーの言葉に、ジョルトが絶句しサイドウェイズは苦笑する。

 コーリーとしては、ジョルトのことだって好きだ。

 色々と教えてくれるし、なんだかんだで優しい。

 子供たちの間ではジョルトだって人気者なのだ。

 

「ここで暮らしてくんだから、仕事はしないとな」

 

 苦笑混じりのサイドウェイズに、ジョルトはムッとして返す。

 

「いつまでもじゃない。いずれはオートボットに合流する。そのときゃ、おまえも最後だがな」

 

「…………」

 

 ジョルトの言葉に、サイドウェイズは黙りこくる。

 見張りという名目で共同生活を始めてしばらく経つが、今だにジョルトはサイドウェイズのことを信用していなかった。

 

「ねえ、なんでジョルトはサイドウェイズに辛く当たるのさ?」

 

「そいつがディセプティコンだからだよ」

 

 コーリーの問いに、ジョルトは当然とばかりに答えた。サイドウェイズも仕方がないと言わんばかりの顔だ。

 

「そんなのおかしいよ。サイドウェイズは、いい奴じゃない」

 

 不満げなコーリーに、ジョルトは厳しい顔を向ける。

 

「そういう問題じゃないんだ。オートボットとディセプティコンってのは、戦う宿命にあるんだよ」

 

「……まあな」

 

 サイドウェイズも肯定する。

 

「でも俺は、できることならこの村で暮らしていきたい。……戦いばかりの日々に戻るのは、気が進まない」

 

 しかし、ディセプティコンの斥候はそう吐露した。

 

「…………」

 

 ジョルトは何も言わない。ただ、疑わしげな視線をディセプティコンに送るだけだ。

 そんな二人を見て、コーリーはヤレヤレと肩をすくめる。

 

 どうやら、二人の間の溝は予想以上に深いらしい。

 

  *  *  *

 

 さらに、いくらか経って。

 

 文句ばかりだったジョルトも、いい加減仕事をするようになり、サイドウェイズは相変わらず真面目で、両者は互いに距離を置きつつも村に馴染んでいた。

 そんなある日のこと……。

 

 どうにも天気が怪しい。嵐の気配がする。そう、村の老人たちが話し合っていた。

 彼らの感覚は下手な天気予報よりよっぽど的中率が高い。村人たちは当然、嵐に備えはじめた。

 少しすると天気予報でも、酷い嵐の到来を告げ始めた。

 やがて嵐が到来すると、それは予想を上回る酷いものだった。

 

  *  *  *

 

 大雨が降り風が吹き荒れるなか、木造の古いが頑丈な校舎に、村人たちが集まって来ていた。ここはいざという時の避難場所なのだ。

 そこへビークルモードのジョルトとサイドウェイズが、離れた場所に住む村人を乗せて走ってきた。

 村人を降ろしながら、ジョルトが避難誘導をしていたクリスにたずねる。

 

「これで全員か?」

 

「ああ、取りあえずは……」

 

「てえへんだー!」

 

 クリスの言葉をさえぎり、何となくモグラっぽい工事員、リセッターが大声を出しながら走ってきた。

 

「どうしたんだい、リセッターさん」

 

「どうしたもこうしたもねえよ! 土砂崩れが起きたんだよ!」

 

 クリスの問いに、リセッターは泡を吹きながら答えた。

 

「しかもだ! 落ち着いて聞けよヴィレッジャーさん! コーリーが下敷きになっちまったんだよ!」

 

「何だって!」

 

 その言葉にクリスは目を見開く。

 

「カッピイさんとこが人手が足りないってんで、手伝いに行ってたらしい! その帰りに……」

 

 リセッターの話を最後まで聞かずにクリスは走り出した。

 

「待ちな! 今行くのは危険だ!」

 

 それをジョルトが止める。

 当然、クリスは青いオートボットに不満げな視線を送る。

 

「止めないでくれ! コーリーを助けに行かないと!」

 

「それなら俺が行くぜ! 危険な場所なら任せな!」

 

 胸を張ってジョルトが宣言すると、サイドウェイズもそれに続く。

 

「俺も行く」

 

「……ディセプティコンの手は借りねえ」

 

「そんなこと言ってる場合か!」

 

 この後に及んで、サイドウェイズの協力を拒むジョルトをクリスが一喝した。

 それを受けて、ジョルトはサイドウェイズを睨みつける。

 

「……足は引っ張るなよ」

 

「もちろんだ」

 

 それだけ言うと、二体のトランスフォーマーは並んで走り出した。

 

  *  *  *

 

 二体が現場に着くと、そこは悲惨な有様だった。

 道路脇の崖が崩れ、道が完全に土砂に埋もれている。

 ジョルトはただちに各種センサーを最大感度で働かせ、コーリーの居場所を探る。

 

「…………いた!」

 

 土砂の下にコーリーの生体反応を確認、上手いこと隙間に入り込んでいて潰されずにすんだらしい。

 後はこの土砂をどけるだけだ。

 二体はそれぞれ土砂を掘り始める。

 しかし、量があまりにも多い。

 バラバラに掘っていては、先にコーリーの体力が尽きてしまう。

 

「このままじゃダメだ。協力して掘ろう!」

 

「……誰がディセプティコンなんかと」

 

 サイドウェイズの提案を、ジョルトは突っぱねる。

 

「そんな場合じゃないだろ! コーリーが死にかけてるんだぞ!」

 

 頑迷なジョルトに、サイドウェイズは詰め寄った。

 

「……分かってるよ。分かってんだよ! 俺が間違ってるってことぐらい!」

 

 血を吐くような声で、ジョルトは叫んだ。

 その剣幕に、サイドウェイズは一歩引く。

 

「でも俺たちは今までずっと戦争してんだぞ! 今更協力なんかできるわけないだろう!」

 

 もう長いこと、本当に長いこと、オートボットとディセプティコンは戦っている。

 ジョルトの戦友も多くが戦いの中で死んでいった。

 今更、どうしろと言うのだ?

 

「…………」

 

 サイドウェイズは黙ってそれを聞いていた。

 

「おまえもおまえだ! ディセプティコンの癖に、村の連中と仲良くなりやがって! 何でそんななんだよ! そんなだから、そんなだから……」

 

 地面に膝を突き、ジョルトは首を垂れる。

 

「嫌いになれねえだろうが……」

 

 泣きそうな声で、ジョルトはこぼす。

 オートボットの戦士はディセプティコンと戦うのが宿命、ずっとそう思ってきたのに。

 それを聞いて、サイドウェイズも静かに言葉を発した。

 

「……最初は芝居だったんだ。ああいう態度を取れば、油断を誘いやすいだろうって、そう思った」

 

 ジョルトは頭を上げた。

 サイドウェイズは泣きそうな顔で言葉を続ける。

 

「……でも、いつのまにか、本当にこの村の人たちが好きになってた。……おかしいよな、俺はディセプティコンなのに」

 

 ジョルトは何も言うことができなかった。

 戦闘と破壊をばらまくはずのディセプティコンの一員であるサイドウェイズにとって、それは許されないことなのだ。

 

「…………何やってるんだろうな」

 

 ふと、ジョルトが漏らした。

 

「こんな時に自分語りして……。そんな場合じゃないのにな。さあ、コーリーを助け出すぞ! 手伝え!」

 

 そう言うとジョルトは土砂に向かい合う。

 サイドウェイズは泣き笑い、ジョルトの隣で土砂をかき分け始めた。

 

  *  *  *

 

「…………」

 

 雨風の吹き荒れる中、学校の出入り口の前でクリスは落ち着か投げに立ち尽くしていた。

 

「落ち着けって、ヴィレッジャーさん」

 

 リセッターが声をかけるが、クリスはやはり落ち着かない。

 

「……やっぱり、僕も行ってくる!」

 

「いや、待てって! 今行っても邪魔になるだけだ!」

 

「だからって、ここでこうしていられない! コーリーは僕の息子なんだ! ……!」

 

 駆け出そうとするクリスは、その時気が付いた。

 校門からこちらに向かって来る二つの影に。

 

「あれは……、ジョルト! サイドウェイズ!」

 

 それは肩を並べて歩く二体のトランスフォーマーだった。

 

「コーリー……!」

 

 青いオートボットが腕に抱えている小さな影を見つけて、クリスは堪らず走り出した。

 二体の足元まで駆けて行くと、何よりも大事な息子の安否を確かめる。

 

「コーリー! 大丈夫か、コーリー!」

 

「大した怪我はないが、酸欠と精神的ショックで気絶してる。すぐに医者に見せたほうがいい」

 

「ああ、分かった!」

 

 医療員たるジョルトの言葉に、クリスではなく後ろに付いてきたリセッターが答え、踵を返して校舎のほうへ駆けて行く。

 

「コーリー……、無事で良かった……」

 

 クリスは安堵のあまり地面に崩れながら、涙を流す。

 二体のトランスフォーマーも柔らかい笑顔を浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

 コーリーに大事はなく、他に大した怪我人も出なかった。

 しかし、ここで思わぬ問題が浮上した。

 

 土砂崩れでアニマルクロッシングが孤立したため、ルウィー首都から救急隊が送られて来たのだ。

 

 そこでジョルトは思わぬ再会をすることになった。

 

  *  *  *

 

「いや~、まさかここでジョルトと会えるとはな~」

 

「ホントホント! まさに運命のいたずらだぜ!」

 

 相変わらず呑気ながら、どこか逞しくなったスキッズとマッドフラップに、ジョルトは苦笑する。

 とりあえず喧嘩しつつもちゃんと仕事を手伝っているあたりに成長を感じる。

 災害救助に協力するために救助隊にくっ付いて来た彼らと再会したジョルトは、だいたいの現状を双子から聞かされることになった。

 色々と驚くべきことだらけだが、自分はまあいい。無事オートボットと合流できそうだ。

 問題は……。

 

「それで、あいつはどうするんだい?」

 

 スキッズが、ヴィレッジャー親子を始めとした村人が村の畑や建物を直しているのを眺めているサイドウェイズを見やる。

 

「……少し待っていてくれ」

 

 ジョルトがそう言うと、双子は頷く。

 そんな双子を置いて、ジョルトはサイドウェイズのほうへ歩いていった。

 そしてサイドウェイズの隣に立つと、少しためらいながらも声をかけた。

 

「……これからどうするんだ? ディセプティコンに合流するのか?」

 

 その問いに、サイドウェイズは首を横に振る。

 

「言っただろう。もう、戦いには戻りたくないって。……旅に出ようと思う」

 

「ここにいりゃいいだろう。上手くやってるんだし」

 

 だが、サイドウェイズは再び首を横に振った。

 

「メガトロンは裏切りを許さない。ここにいたら、みんなを巻き込むかもしれないからな」

 

「……なあ、良かったらオートボットに来ないか?」

 

「残念だが、ディセプティコンは俺にとってやっぱり仲間だ。オートボットに鞍替えする気にはならない。それに、風の吹くまま気の向くままってのも面白そうだ」

 

 それならば、もはや何も言うまい。

 

「そうか、……まあ、達者でな」

 

 ジョルトはそう言うと、憮然とした、しかし照れたような顔で右手を差し出す。

 一瞬、サイドウェイズは虚を突かれたような顔になるも、すぐに笑顔になってその手を握り返すのだった。

 




二週間ぶりのトランスフォーマーアドベンチャーは、グリムロック回。
そんな軽い罪だったのかグリムロック。
ストロングアームはこれからの成長に期待。
あのダニ型は、是が非でも手元に置いとけよスチールジョー。

あと、今回のゲストについて、ちょっと説明。

アニマルクロッシング
ど○ぶつの森の英語名。住人もそのパロディ。実は、作者はやったことがない。

クリス・ヴィレッジャー、コーリー・ヴィレッジャー
言うまでもなく、モデルはトランスフォーマーアドベンチャーのあの親子。
名前は初代アニメのウィトウィッキー親子の声優さんから。
苗字は村人の意。

リセッターさん
ええ、もうそのまんま。

他に多分、タヌキっぽい商人とか、カメっぽい村長とか、カッパっぽい船頭さんとかがいる。

次回は、閑話的な話。……作者がこう言う時は、つまりディセプティコンとレイちゃんの話です。

そしてその次は、いよいよ、騎士たちの物語。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 レイの一日

なぜか、こういう話だと早く書ける気がする。


 ゲイムギョウ界を侵略しようと目論む悪の軍団ディセプティコン。彼らはエネルギーを求めてオートボットや女神と日夜争いを繰り広げていた。

 今日は、そんなディセプティコンたちの行動を、ひょんなことから彼らの協力者となった、キセイジョウ・レイの一日を追うことで見ていこう。

 

 午前6時、起床。キセイジョウ・レイの朝は、まず自分の朝食を作ることから始まる。

 かつてはむき出しのコンクリートの壁に囲まれていた彼女の部屋も、今は一通りの家具とインフラを備えた生活空間へと変わっていた。

 簡単な朝食を作って食べ、その日一日の活力の基とする。

 その後、整容や着替えを済ませ、『職場』へと向かう。

 

 午前7時、仕事開始。

 レイの部屋の隣に増設されたディセプティコンの幼生の育成室が、今のレイの職場だ。

 育成室は『後』のことも考えて広々としており、清潔に保たれていた。

 

「フレンジーさん、おはようございます!」

 

「おう、レイちゃん。おはようさん!」

 

 同僚と言うか面倒見役にして監視役のフレンジーに朝の挨拶をし、もう一人とも挨拶する。

 

「おはよう、ガルヴァちゃん」

 

 寝ぼけ眼の幼生ディセプティコンに柔らかい笑顔とともに声をかける。

 日に日に大きくなっているが、それでもまだレイより小さな幼生はキュルキュルと嬉しそうに未熟な発声回路を鳴らす。

 その頭を撫でてから、フレンジーから渡された資料を確認する。

 

「夜間の生育状態は良好、シグナル伝達速度、生体パルスに問題なし、エネルゴン濃度と金属バランスは……、ああ、やっぱりちょっと崩れてる……。未消化物も多いですね」

 

「ああ、何度言っても誰かが金属片食わしてるみたいだな。でも誰だろう?」

 

 首を傾げるフレンジー。

 この育成室はパッと見はそう見えないが、この基地でも特に警戒が厳重な場所だ。誰かが勝手に餌をやれば分かるはず。

 

「まあ、それはともかく、ガルヴァちゃんのご飯を作りますね」

 

 そう言うとレイはガルヴァをフレンジーに任せ、部屋の隅にある機械へと向かう。

 機械の操作盤を慣れた手つきで操作するレイ。

 

「エネルゴン濃度は60%くらいかな。後はリチウムとナトリウムはこのくらい……、ベリリウムとマグネシウムを混ぜて……、仕上げにほんの少しの鉄と硫黄を……」

 

 全ての操作を終えて決定ボタンを押すと、チンという音がして容器に入った青い溶液が機械から出てくる。

 これはエネルゴン溶液に各種金属を顆粒状になるまで細かく砕いた物を混ぜた幼生トランスフォーマーのための食事である。

 専用のゴム手袋を身に着け、それを機械から取り出し、食事の臭いにキュルキュルと喉を鳴らすガルヴァの基へ持っていく。

 

「は~い、ガルヴァちゃん。ご飯よ~♪」

 

 容器の中の食事をスプーンで混ぜた後にすくい、ガルヴァの口元へと運ぶ。

 美味しそうに、金属顆粒入りエネルゴンを飲むガルヴァ。それを見てレイは笑顔を大きくし、フレンジーも釣られて微笑む。

 と、育成室の扉が開き巨大な影が入室してきた。

 

「フハハハ! ガルヴァよ! おまえの主、破壊大帝メガトロンが来たぞ!」

 

 それはメガトロンだった。

 上機嫌に笑いながらレイたちの基へ歩いてくる。

 

「「おはようございます、メガトロン様!」」

 

 位を正して異口同音に挨拶する、レイとフレンジー。

 それを手振りで不要と示し、ガルヴァの前に屈みこんでその頭を軽く撫でる。

 

「どうだ? ガルヴァは元気か?」

 

「はい、すごく元気です。ただやっぱり誰か金属片をあげてるみたいですね。せっかくメガトロン様から皆さんに言っていただいたのに……」

 

 最初の頃は、我も我もと皆が餌をやろうとして大変だったのだが、メガトロンが一喝して収めたのだ。

 レイの言葉にメガトロンは一瞬だけオプティックを泳がすが、すぐにニヤリと笑う。

 

「何、こいつはいずれ軍団の戦力になってもらわねばならんからな。たくさん食べるに越したことはない」

 

「そりゃ、そうですけどね。あんまり食べさせ過ぎるとおデブになっちゃいます」

 

 嘆息混じりのレイに、メガトロンは豪放に笑う。

 取りあえず、これがいつもの朝の光景だ。

 

 ちなみにメガトロンは、暇な時はこの育成室に入りびたり、暇でない時も日に三回は訪れるようにしている。

 他の多くのディセプティコンたちも暇を見てはこの部屋を訪れているのだった。

 

  *  *  *

 

 午前11時、午前中の間はガルヴァの面倒を見ていたレイだが、昼が近づいて来たのでまた別の仕事をするべく、いったん育成室を後にする。

 

「また後でね、ガルヴァちゃん」

 

 名残惜しげに泣くガルヴァに手を振り、彼をフレンジーに任せて部屋を出ると、すぐ近くにある部屋に入る。

 ここは有機生命体たち……、つまりレイやリンダ、マジェコンヌのための食堂である。

 空き部屋を利用したので飾りっ気がないが、業務用のキッチンが増設してある。

 キッチンに向かったレイは四人分の食事の準備を始めた。リンダ、マジェコンヌ、ワレチュー、そしてレイ自身の分だ。

 今日はパスタにした。後はサラダと簡単なスープだ。

 

 正午、食堂に集まり食卓に着いたリンダ、マジェコンヌ、ワレチューの前に料理を並べていく。

 

「は~い、今日のご飯はパスタですよ~♪」

 

「やりい! アタイ、姐さんの作ってくれる料理大好きッス!」

 

 嬉しそうにパスタを食べだすリンダ。

 路地裏育ちの彼女にとって、まともな食事ができる現状はかなり嬉しいらしい。

 

「酒はないのか」

 

「昼間から飲むと体に毒ですよ」

 

「……チッ!」

 

 酒がないのが不満そうなマジェコンヌ。

 彼女はショックウェーブの助手として働いているが、あの科学参謀に付き合うのはストレスがかかるらしく、最近酒量が増えている。

 

「相変わらず、年増は料理だけは上手いっちゅね」

 

「はいはい」

 

 相変わらず、口の減らないのはワレチューである。しかし、まあ年増なのは事実なので腹は立たない。

 彼の仕事はリンダと共に基地の雑用だ。本人としては、自分の能力を生かせない仕事だと考えているようだが。

 

 こうして、三人に昼食を振る舞ったレイは、自分も食事を済ませリンダに手伝ってもらって後片付けをする。

 

「いつもありがとうございます、リンダさん」

 

「いえ! いつも美味い飯を食わしてもらってんだから、これぐらい当然ッス!」

 

 基本的にリンダは基地内の様々な雑用をこなしており、ガルヴァの世話を始めとしたレイの仕事の手伝いをしてくれることも多い。レイとしてもそのことに感謝していた。

 生まれも育ちも違う二人だが、不思議と仲は良かった。

 

 あるいは、路地裏育ち故に無自覚に愛情に飢えていたリンダにとって、優しくしてくれるレイは、本当に姉のような存在なのかもしれない。

 

  *  *  *

 

 午後1時、再びガルヴァの世話に戻るべく育成室に戻ったレイだったが……。

 

「レレレ、レイちゃ~ん! 大変だ~!!」

 

 育成室の中からフレンジーが泡を吹かんばかりの勢いで飛び出してきた。

 

「どうしたんですか、フレンジーさん?」

 

「が、ガルヴァが! ガルヴァがいなくなっちまったんだよう!」

 

「何ですって!?」

 

 驚愕に目を見開くレイ。

 ガルヴァはまだハイハイ程度しかできないはずだ。それなのにいなくなるなんて……。

 

「ちょっと目を離したら、いなくなってたんだよう!」

 

 泣きそうな声を出すフレンジー。

 もし、ガルヴァに何かあったらと心配でしょうがない。そして、そうなればメガトロンの逆鱗に触れることのなるのは間違いない。

 

「……探しましょう。私は基地の中を探してきますので、フレンジーさんは育成室の中を、もう一度よく探してみてください」

 

「う、うん……」

 

 すぐさま、やるべきことを判断したレイは踵を返すのだった。

 基地の中には危険な場所も多い。一刻も早くガルヴァを見つけなければ!

 

  *  *  *

 

「……ガルヴァがいなくなった?」

 

 基地全体の警備システムを統括する警備室、その責任者たるバリケードはトランスフォーマーサイズの椅子に腰かけ、有り得ないことを言うレイに聞き返した。

 

「はい、少し目を離した隙に……」

 

「致命的な失態だな。いよいよおまえも最後か」

 

 フレンジーのミスであることをボカして伝えるレイに、バリケードは皮肉っぽく嗤う。

 その顔を無数のモニターの光が照らしていた。

 

「……はい。責任は取ります。だから、先にガルヴァちゃんを見つけないと」

 

 それを真面目に受け取るレイに、バリケードはバツが悪げにチッと舌打ちのような音を出す。

 そして、コンソールを操作してモニターの一つに映像を出した。

 

「……これは少し前の警備カメラの映像だ。第2区画の訓練場近くに設置してある物だ」

 

 そこには、物資を輸送する無人の台車の隅にガルヴァが乗っかっているのが映っていた。

 

「これは……」

 

「あの台車は基地内を一定のルートで回ってる。その進路上を虱潰しにすれば見つかるかもな」

 

 レイの顔がパアッと明るくなった。

 

「ありがとうございます! バリケードさん!」

 

「……ふん」

 

 不機嫌そうに排気しながら、バリケードはレイに椅子ごと背を向けてモニターに向き直る。

 もう一度頭を下げてから、レイはその場を後にするのだった。

 

  *  *  *

 

「いや、ガルヴァはここには来てないぜ」

 

 訓練室で新たに腕部に装備した砲の射撃訓練をしていたボーンクラッシャーは、いったん訓練をやめてレイに向き合う。

 

「そうですか……」

 

「俺もいっしょに探すよ。今日は非番だし」

 

「お願いします」

 

 ボーンクラッシャーの申し出に、素直に助力を願うレイ。

 サイバトロン時代の、敵味方を等しく憎んでいたころのボーンクラッシャーを知っている者がこの場にいたら驚くことだろう。

 

「じゃあ、俺はエネルギー炉のほうを探す。あそこはレイだと危ないからな」

 

 エネルギー炉とは、この地熱を基地全体のエネルギーに変換している場所で、やはりというか人間が入るには危ない場所だ。

 

「ありがとうございます、ボーンクラッシャーさん!」

 

「なんのなんの! ガルヴァは大切な子供だからな!」

 

 リーンボックス僻地の基地で孤独の中に置かれたことと、レイとの出会い、そして幼生の存在は、かつては全てを憎んでいた破壊兵に確実に変化をもたらした。

 それがディセプティコンとして良いことかどうかは分からないが、少なくとも本人は悪い気はしていなかった。

 

  *  *  *

 

「ガルヴァ? いや見てないが」

 

 兵器庫にて、兵器の手入れをしているブロウルにたずねるも、知らないという。

 彼は基本的にこの兵器庫で兵器の管理を担当している。

 無数の兵器や弾丸が、物々しい空気を醸し出している兵器庫は彼の城だ。

 さらにその場には、ブラックアウトとグラインダーもいた。

 

「ふん! 大事なガルヴァを見失うとは、これだから有機生命体は……」

 

「そう言うな、兄者。こうして探しているんだから」

 

 レイに文句をつける義兄を、義弟がやんわりと制する。実に良く出来た弟である。

 キューキューと鳴きながら尻尾を振るスコルポノックの頭を撫でながら、レイは申し訳なさそうな顔になった。

 

「そうですか……、ありがとうございます」

 

「おう、しっかり探してくれよ。俺も見かけたら知らせるぜ!」

 

 レイが頭を下げると、ブロウルは手を振って送り出すのだった。

 

  *  *  *

 

「ガルヴァッスか? アタイは見てないッス。お~い、おまえらはどうだ~?」

 

 休憩中に倉庫の中でドレッズとカードゲームに興じていたリンダは、仲間たちに聞いてみた。

 派手な娯楽はメガトロンの意向に反するとされるディセプティコンだが、こうして休憩中に簡単なゲームに興じるくらいは許されている。

 ちなみにポーカーのようなルールのサイバトロン式カードゲームである。

 

「いや、俺らも見てないYO」

 

「見逃してなければな」

 

 クランクケースとクロウバーが次々に口を開いたが、あまり芳しくない答えだった。

 

「ガウガウガウ!」

 

「ハチェットも見てないそうです」

 

 最後に、ハチェットの言葉をリンダが訳した。

 

「そうですか……。じゃあ、見かけたら知らせてください」

 

「アタイらもいっしょに探しましょうか?」

 

 助力を申し出るリンダだったが、ボーンクラッシャーの時とは違いレイはやんわりと断った。

 

「いえ、いいんです。リンダさんたちにはお仕事があるでしょう?」

 

 休憩が終われば、リンダとドレッズは仕事に戻らねばならない。

 例によって各種雑用ではあるが、それも立派な仕事。サボらせてはいけない。

 

「すんません……」

 

 リンダはレイの配慮に頭を下げるのだった。

 

  *  *  *

 

「ここには来てないぞ」

 

 リペアルームで、リペア台の上をチョコチョコと動き回るザ・ドクターはそれだけ言うと作業に戻った。

 小柄なドクターは様々な機械を操作することで、ディセプティコンたちを修理するが、その機械の点検中なのだ。邪魔しては悪い。

 

「そうですか。どうもすいませんでした」

 

 一つ謝ると、レイは足早にリペアルームを後にする。

 かつて解剖されかかったこともあり、ドクターには少しだけ苦手意識があるのだった。

 

  *  *  *

 

「ガルヴァ~? 見てねえよ」

 

 全員で次の仕事の打ち合わせをしていたコンストラクティコンたちに聞いてみても、ガルヴァの行方は知らないと言う。

 

「ったく、自分の仕事は自分で何とかしろっての」

 

「……はい、すいません」

 

 不機嫌そうに言うミックスマスターに、レイは首を垂れてから、他の場所へ向かった。

 

「ちょっと、ミックスマスター! 手伝ってあげればいいじゃないですか!」

 

「そうなんダナ! 子供は大切なんダナ!」

 

「別に減るもんじゃないじゃろう」

 

「まあ、美しくありませんね」

 

「うおおおお! 俺は探すぜぇえええ!!」

 

「オラも行くっぺよ!」

 

 ガルヴァを探すのを手伝おうとするコンストラクティコンの面々だが……。

 

「じゃかわしい!! 俺らは仕事があんだからそっちに集中する!!」

 

『ええ~!?』

 

「ええ~!? じゃない!!」

 

 騒ぎ立てる部下たちを一喝し、ミックスマスターは部屋の中央に投射された立体映像に向き直る。

 そこには、どこかこことは違う島が映し出されていた……。

 

  *  *  *

 

「あ~ん? 見てねえなぁ」

 

 希望の間とも呼ばれる卵の孵化室にて、卵の状態をチェックしていたスタースクリームはそっけなく答えた。

 彼は孵化室で卵の育成を担当している。意外にも野心家の航空参謀は、この仕事を真面目にこなしていた。

 

「……そうですか。すいませんでした」

 

 頭を下げて、すぐに別の場所に移動していくレイ。

 それを見送った後で、スタースクリームはふと漏らした。

 

「しかし、何たってメガトロンは、あの女を重用するんだ?」

 

 有機生命体を下等と断じているはずの破壊大帝が、レイに対しては……ディセプティコン的な基準で……甘い対応だ。

 そこには何か理由があるはずだ。何となく見当はつくが、確証はない。

 

「まあいいさ。切り札はこっちにあるんだからな」

 

 あの小娘の存在を自分が握っている限り、メガトロンが何を考えていても関係ない。

 

 ――最後に笑うのは俺だ!

 

  *  *  *

 

「論理的に考えて、見ていないな」

 

「……そうですか」

 

 自分のラボでコンピューターを前にしていたショックウェーブは、まったくレイのほうを見ずに穏やかに答えた。

 正直、レイはここでだけはガルヴァが見つからなくてホッとしていた。

 薄暗いショックウェーブのラボの中には何体ものモンスターが、よく分からない液体に浸されて容器の中に入れられている。そのどれもが、切り刻まれ縫合され金属を埋め込まれていた。恐るべきことに何体かはまだ生きているらしく、液体の中で蠢いていた。

 あのマジェコンヌがまいってしまうのも頷ける、教育上あまりにも良くない光景だ。

 それに……。

 

「論理的に考えて、いなくなっても問題あるまい。あの個体は発育状態が良くない。代わりはまだいる。むしろ、まずは不完全なあの個体を徹底的に調査すべきだ」

 

 それにもし、この基地でガルヴァの死を願っている者がいるとすれば、このショックウェーブを置いて他にいない。

 淡々と語るショックウェーブに、レイはそう思わずにはいられなかった。

 

  *  *  *

 

「どこにいっちゃったんだろう……」

 

 台座型の機械に乗ったレイは、基地内の通路をいなくなったガルヴァを探して飛び回っていた。

 探せる場所はあらかた探した。フレンジーやボーンクラッシャーも、探していた場所にはいなかったという連絡が入った。

 後いっていない場所と言えば……。

 

「キセイジョウ・レイ」

 

 ガルヴァの行方について思考していたレイに突然声をかける者がいた。

 機械音声を思わせる、異様な声。こんな声の持ち主は一体しかいない。

 

「サウンドウェーブさん……」

 

 案の定、そこには情報参謀が立っていた。

 しかし、彼はこの時間は自分の部屋で得た情報をまとめているはず、

 

「ガルヴァ 二、ツイテノ情報ヲ、提供シタイ」

 

「本当ですか!?」

 

 淡々とした言葉の内容に驚くレイ。サウンドウェーブは一つ頷くと言葉を続ける。

 

「先ホド、司令部ノ、近クデ見タ」

 

「あ、ありがとうございます! 行ってみます!」

 

 レイは変わらず無感情な情報参謀に丁寧にお礼を言うと、司令部に向かって機械を飛行させた。

 

  *  *  *

 

 そして司令部の前。

 

「結局、ここですか……」

 

 ある意味に置いて、予想通りというか何と言うか。

 敵味方から恐れられるメガトロンだが、ガルヴァのことは非常にかわいがっている。

 

「メガトロン様、失礼します」

 

 一言断ってから部屋の中に入るレイ。

 そこには、予想外の光景が広がっていた。

 

「うわあ……!」

 

 それは星空だった。

 司令室の中いっぱいに美しい星々が煌めいている。

 星々は立体的に宙に浮かんでおり、どんなプラネタリウムもこの前では霞むだろう。

 しかし、これはいったい?

 

「……あれがヴェロシトロンだ。伝説によると、あの星では何よりも速さが尊ばれ、住人はいつもレースばかりしているという」

 

 あまりに美しい光景に見惚れるとともに面食らっていたレイは、玉座に腰かけているメガトロンに気が付いた。

 その膝の上には、探し求めていたガルヴァがお行儀よく座っていた。

 ホッと息を吐いたレイは、部屋中央のホログラム発生装置から投射された立体映像らしい星空の中を、玉座に向かって歩いていく。

 

「メガトロン様」

 

「あっちはギガンティオンだ。住人は皆、山のように巨大だそうだ。……レイか。何用だ?」

 

 レイの接近に気付いたメガトロンは、星の説明を中断してレイにたずねた。

 

「ガルヴァちゃんを探しに来たんです。……連絡くらい入れてください」

 

「ふん。なぜ貴様にお伺いを立てる必要がある? 俺はこの基地の支配者なのだぞ」

 

 当然とばかりに言い放つメガトロンに、レイは一つ息を吐いた後、キッと睨みつける。

 

「そう言う問題じゃありません! みんな心配したんですよ!」

 

 その怒気を受けて、メガトロンはむしろ面白そうにニヤリと笑う。

 

「まあいい。それよりどうだ? 貴様も見ていくがいい、この星図を。ガルヴァも貴様と共に見るほうがいいらしい」

 

 メガトロンのその言葉の通り、ガルヴァはメガトロンの膝の上から器用に降りてくると、レイの足元で丸くなった。これはしばらく動きそうにない。加えて、いくら小さいとはいえ金属の塊であるガルヴァを自力で連れていくことは、レイにはできない。

 

「……そうですね。じゃあ少しだけ」

 

 フウと息を吐き、体の力を抜いて床に座り込むレイ。

 その横にメガトロンも胡坐をかいてドッカと座り込んだ。

 

「これは我らの元いた場所、惑星サイバトロンのある銀河を再現した星図だ」

 

 どうやら、レイのために最初から説明し直してくれているらしい。

 らしくない配慮に、レイは薄く微笑む。

 

「そしてあれが惑星サイバトロン、我らの故郷だ」

 

 その言葉を発した時、星に照らさらたメガトロンの顔が何とも言えない哀愁を帯びていることに、レイは気が付いた。

 

「金属の月輝く故郷。大地は一点の曇りもない銀色に輝き、空はどこまでも透き通った青だった……」

 

 メガトロンがそう言うとともに、星図の星の一つが大きく拡大される。

 それは、金属で構成された輝く球体だった。

 表面は幾何学模様に覆われ、都市と思しい場所は光輝いていた。

 

「ガルヴァよ。おまえにもいずれ、この大地を踏ませてやる。あの美しい夜空の輝きを取り戻してな。必ず、必ずだ……!」

 

 ふと、レイは思う。

 かつて、メガトロンは永い戦いの末に故郷を破壊しつくした。

 だがそれは、彼の本意だったのだろうか?

 

 ――そんなはずがない。だって、故郷のことを口にする時、こんなに悲しい声になるんだもの。

 

 オートボットからもディセプティコンからも恐れられる野望の男、破壊大帝メガトロン。しかし、それは彼の一面にすぎないのではないか?

 ディセプティコンでは、本来優しさや慈悲の心は弱さと同義とされるという。ならば、メガトロンは意図してそれらを暴力の鎧で覆い隠しているのではないか?

 野望や憎しみのために、それらを捨て去ったと思い込もうとしているのではないか?

 

――だとしたら、何て辛い生き方だろう。

 

 なぜだか分からないが、レイは胸が締め付けられるように痛んだ。

 もちろん、全てはレイの推測に過ぎない。

 だけど、故郷を語る声の悲しさが、ガルヴァを見つめる視線の優しさが、メガトロンを単なる暴君とは思わせなかった。

 

「……何だ?」

 

 惑星サイバトロンのことを語り続けていたメガトロンは、レイが自分のほうを見上げていることに気付き、低い声を出す。

 

「……何でもありません」

 

 破壊大帝の内面に疑問を抱いたレイだったが、それを確認するようなことはしない。

 メガトロンは誇り高い男だから。

 きっと、合っているにせよ、間違っているにせよ、そんなことを言われるのは彼のプライドを傷つけるだろう。

 だから、今は内心に留めておく。

 

「……ふん、続けるぞ。では、次はサイバトロニアンの全盛期において、入植したとされる惑星だ。まず、あれがアセニア。かつては宇宙オリンピックが開催されていたそうだ……」

 

 と、大人しくメガトロンの話を聞いていたガルヴァがキュルキュルと喉を鳴らしだした。

 

「あら、ガルヴァちゃん、お腹空いたの?」

 

 レイの問に肯定の意を示す鳴き声を出すガルヴァ。

 

「すいません、メガトロン様。ガルヴァちゃん、お腹が空いたみたいなので……」

 

「ふん、ならば仕方がないな」

 

 少し残念そうに星図の立体映像を消すメガトロンと、頭を下げるレイ。

 と、ガルヴァはハイハイの動きで玉座の後ろに回り込もうとしていた。

 

「あ! ガルヴァちゃん、どうしたの?」

 

 それを追うレイだが、ガルヴァは玉座の後ろから何かを引っ張り出した。

 

「こ、これは……!」

 

 それは袋だった。だが、問題はこぼれるその中身だ。

 鉄板、銅線、他の金属。

 それにエネルゴンチップもある。

 ガルヴァは袋の中に頭を突っ込みそれらをカリカリと齧る。

 

「……メガトロン様?」

 

 ものっそい素敵な笑みを浮かべて、レイはメガトロンを見た。メガトロンはバツが悪そうに視線を逸らす。

 

「ガルヴァにはいずれ立派な兵士に育ってもらわなければならん。そのためには歯ごたえのある物をモリモリと……」

 

「そう言う問題じゃありません!! 金属バランスが崩れたり未消化物が増えると体を壊しやすくなるんですから、自重してください!!」

 

 珍しく言い訳がましいメガトロンに、珍しく目を三角にして怒るレイ。

 そんな二人にお構いなしに、お腹いっぱい食べたガルヴァはスヤスヤとお昼寝を始めるのだった。

 

  *  *  *

 

 その後、駆けつけたボーンクラッシャーにガルヴァを育成室まで運んでもらい、起きてきたガルヴァと遊んだりご本を読んだりしてあげながら午後を過ごした。

 午後9時ごろ、子守唄を歌ってガルヴァを寝かしつけ、今日回った場所をもう一度回って皆にお礼を言った。

 フレンジーはレイとメガトロンに平身低頭で謝り倒していた。

 

 午後10時ごろ、昼間と同様、リンダたちの食事の用意をして、有機生命体組で食卓を囲む。

 今度は少しのお酒もつけてあげる。

 

「ええい、クソ! ショックウェーブの奴め! このままでは、いい加減こっちの精神が持たん!」

 

「今度、メガトロン様に配置を変えてくれるよう言ってみますね……」

 

 マジェコンヌの愚痴を聞きながら、お酒を注いでやる。

 彼女は彼女で、色々たいへんらしい。

 

 午後11時、問題がなければ入浴や歯磨き、着替えを済ませて寝るだけだ。

 

 午後12時、やっと就寝である。

 ベッドに入り、目を瞑る。

 長かった一日もやっと終わりだ。

 ガルヴァがいなくなったことを除けば、最近のレイの一日はこんな感じである。

 ゲイムギョウ界の住人として見れば、裏切りにも等しいかもしれないが、それでもレイは今の日々に充実感を感じていた。

 それを胸に、明日も頑張れるのである。

 

 

 だが、今日はこれでは終わらない。

 

 

 午前1時、突然通信端末が鳴り出し、その音でレイは目を覚ました。

 緊急事態を告げるアラーム音に、何事かと通信に出る。

 

「はい、レイです」

 

『れれれ、レイちゃん! 大変だぁあ!!』

 

 通信機の向こうからは、フレンジーの慌てた声が聞こえてきた。

 

「フレンジーさん? どうしたんですか、そんなに慌てて……」

 

『どうしたもこうしたもないよ! 卵が、卵が孵化しそうなんだ!』

 

「なんですって!? 分かりました。すぐに行きます!」

 

 冷静に考えれば、フレンジーがレイに報告する必要性も、レイが孵化に立ち合う義務もないのだが、そんなことは二人とも考えない。

 レイは寝間着のまま孵化室へと向かうのだった。

 

  *  *  *

 

 孵化室にはすでにほとんどのディセプティコンが集まっていた。

 いないのはマジェコンヌとワレチューくらいだろうか。

 

「フレンジーさん!」

 

 巨大なディセプティコンたちの足元を潜り抜け、最前列にいるフレンジーの下に駆け寄る。

 卵の塊の前にはメガトロンと三大参謀も陣取っていた。

 

「レイちゃん! 見なよ、もうすぐ生まれるぜ!」

 

 フレンジーが卵の一つを指差すとそれはもう、ひび割れている。

 そしてディセプティコンたちが固唾を飲んで見守る前で、ついにその時がやってきた。

 殻を破り、一匹の雛が外界に姿を見せ、産声をあげた。

 そして雛はかつてガルヴァがそうだったように、他の卵の上を滑って床の上に落ちかける。

 だがそれを他ならぬメガトロンが受け止めた。

 

「…………」

 

 何とも言えぬ表情で新たに生まれた雛を見つめるメガトロン。

 その雛は紫のボディを持ち頭頂部が二股に割れている。オプティックはやはり鮮やかな赤だった。

 雛は嬉しそうに鳴き声を上げる。

 

「……ふふふ、今度の子も元気そうだな」

 

 無邪気に自分の指を齧る雛を見て、メガトロンは破顔した。

 そしてディセプティコンたちに向き直り、雛を高く掲げる。

 

「生まれたぞ!! 新たな命だ!!」

 

『おおおおおおぉぉ!!』

 

 主君の宣言に歓声を上げるディセプティコンたち。

 レイはそれを、泣き笑いながら見つめていた。

 新たに生まれ落ちた幼子と、笑い合い肩を叩き合う金属生命体たちとを。

 そして、心から嬉しそうに笑うメガトロンのことを。

 

 やっぱり、メガトロンは慈愛の心を持っている。

 敵も味方も、ひょっとしたら本人さえも気付いていないかもしれないが、周囲には分かりづらく自分では否定するだろうが、それでも確かに。

 

 ――何だろう? 胸がドキドキする。

 

 不思議な痛みを伴って、それでも決して不快ではなく。

 レイには、その感情の名は分からなかった。

 

 ゲイムギョウ界征服を狙う悪の軍団ディセプティコンの秘密基地は、一晩中喜びの声に包まれていたのだった……。

 




別 に い い じ ゃ な い か ! ! 

年 増 が ヒ ロ イ ン で も ! !

っていうかレイちゃん見た目29歳らしいけど、とてもそうは見えない……。
アニメ版なんて、下手すりゃベールさんあたりより若く見えるんですが。

それはともかく、小ネタ解説

ヴェロシトオン、ギガンティオン
ギャラクシーフォースに出てきたスピーディアと、ギガロニアの英語名。
だいたいメガトロンが説明してる通りの惑星。
最近はトランスフォーマーの入植地として扱われることが多い。

アセニア
2010の第一話で、ロディマス主催の宇宙オリンピックが開催された惑星。
その内容は、やっぱりカオス。

そして、次回はいよいよダイノボット編突入!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中編 Kingdom of Dinobots(竜騎士の王国)
第40話 ダイノボットの伝説


始まりました、ダイノボット編。

独自設定のオンパレードですが、ご容赦ください。

※章追加、この章はあくまで第三章の一部とご考え下さい。


 遠い遠い、昔のお話。

 

 南の海のとある島に、とても豊かな王国がありました。

 人々は大地と風と水と、そして炎の竜に祈りを捧げながら、平和に暮らしていました。

 しかしある時、大陸からとても大きな別の国の兵隊たちが攻めてきました。

 王国の人々は果敢に抵抗しましたが、兵隊たちはとてもたくさんいて、剣と槍と弓を振りかざしていました。

 豊だった国は焼かれ、たくさんの人が傷つきました。

 人々は祈りました。大地に、風に、水に、そして炎に。

 

 そして、祈りは届いたのです。

 

 祈りに答え、竜の力をその身に宿した戦士たちが現れました。

 別の国の兵士たちの剣も槍も弓も戦士たちの鎧に弾かれ、戦士たちが暴れると炎が巻き起こり、大地が揺れ、大気が逆巻きます。

 たまらず、別の国の兵隊たちは逃げ出しました。

 しかし、戦士たちは止まりません。

 もっと戦いたい、もっと壊したいと、戦士たちは暴れ続けます。

 もういい、もうたくさんだ! と人々が叫んでも、戦士たちは聞く耳を持ちません。

 人々が困り果てたその時、ある姉妹が進み出て、歌を歌い始めました。

 

 するとどうでしょう。

 

 暴れていた戦士たちが大人しくなったではありませんか。

 戦士たちは姉妹に忠誠を誓い、王国を護ることにしました。

 こうして王国に平和が戻り、戦士たちは王国と姉妹を守る騎士となって、いつまでも幸せに暮らしたそうです。

 

【古代プラネ民話 四人の騎士と姉妹姫】より一部抜粋

 

  *  *  *

 

 太陽の輝く南洋、その上空を一機の輸送機が飛んでいた。

 このゲイムギョウ界に存在する中でも最大級の巨体を誇る機種だ。

 その両翼には、柔和なロボットの顔……オートボットのエンブレムがペイントされている。

 これこそ、オートボットの所有する輸送機だ。

 やがて、洋上を飛ぶ輸送機の前方に島が見えてきた。

 ジャングルに覆われた大きな島だ。

 輸送機は島の上空に到達すると、後部ハッチを開く。

 するとそこから人影が飛び出してきた。

 

「イヤッホー!! 全国1000億人のファンのみんなー! この作品の主人公、ネプテューヌだよー!」

 

 それはネプテューヌだった。自己主張も激しく落下していく。

 ネプギア、ノワール、ブラン、ベールもそれに続く。最後にプルルートが飛び出してきた。

 島目がけて降下していく一同だが、プルルートを除いた五人は女神化し彼女を捕まえて、ゆっくりと島の砂浜に降り立った。

 続いて、オプティマスをはじめとしたオートボットたちも、後部ハッチから飛び降りて来た。女神たちのパートナーとジョルトだ。彼らはさすがにパラシュートをしている。

 オートボットたちは女神たちの降りた場所から少し離れた場所に着地すると、パラシュートを切り離して女神たちの傍に歩いてきた。

 

「やー、どうだ、この主人公力! 何者も太刀打ちできまい!」

 

 着地するやいなや女神化を解いたネプテューヌは元気いっぱいにポーズを取る。

 それに対し、同じく女神化を解除したノワールがツッコミを入れた。

 

「何やってるのよ、ネプテューヌ」

 

「いやほら、わたしここんとこ活躍らしい活躍がなかったし、ここらで誰がこの物語の主人公なのか、ハッキリさせとこうと思って!」

 

 よく分からないことを言うネプテューヌ。

 

「まあ、ネプテューヌは、いつもの調子ですわね」

 

「……ここまでくると感心する」

 

 同じく人間体に戻ったベールとブランも苦笑する。

 

「それじゃあ、ここに来た目的を再確認しておきましょう」

 

 ノワールが真面目に声を出した。

 それに対し、プルルートが呑気に答える。

 

「え~と、南の島に~、遊びに来たんだよね~」

 

 素早くツッコミを入れるノワール。

 

「違うでしょ! 変な島が発見されて、そこから妙なエネルギー波が出てるからでしょ!」

 

 無論、彼女たちはバカンスにしゃれ込もうと言うわけではない。

 先日のこと、ルウィーの人工衛星が、いままで未発見だった島を捉えたのだが、その島から未知のエネルギーが感知されたのである。

 そのエネルギー波が島を覆い、発見を防いでいたらしい。

 

「ひょっとしたら、そのエネルギーの発生源が、プルルートさんのいた次元から転送された力なのかも」

 

 ネプギアが補足する。

 普段があまりに呑気なので忘れがちだが、プルルートは元々、彼女のいた次元からこちらの次元に転送された大きな力を探すためにやってきたのだ。

 そのため、今回の調査に同行することになったのである。

 

「ほえ~、そうだったんだ~」

 

 どこまでも呑気なプルルート。それでいいのか。

 さすがのネプテューヌでさえ苦笑している。

 

「ではこの島の調査を始める前に、物資を回収するぞ。少し離れた場所に輸送機から投下されたはずだ」

 

『了解!』

 

「おおー!」

 

 場を引き締めるオプティマスの言葉に、オートボットたちが答え、ネプテューヌも声を上げる。

 女神とオートボットたちは、移動を開始したのだった。

 

 それをジャングルの中から見ている者たちがいた。

 生気を感じさせず、しかしどこか生物的に蠢く者たち。

 それらはジャングルの奥へと消えていった……。

 

  *  *  *

 

「あ~あ、こんなことなら水着持ってくれば良かったなー」

 

 歩き出してからしばらくすると、ネプテューヌがこんなことを言い出した。

 しかし、今回はそれも無理のないこと。

 空と海は透き通るように青く、島の砂浜は抜けるように白い。

 しかも人のいない孤島という、バカンスには絶好のロケーションだ。

 

「馬鹿言ってないで、真面目に歩く!」

 

「ええ~!? いいじゃん、きっとみんな水着回を期待してるよー!」

 

 言い合うノワールとネプテューヌ。

 周りはオートボットも含めて、いつもの光景に笑顔を浮かべる。

 しばらく歩くと物資の入ったコンテナが投下されていた。

 それを開けようとした所でオプティマスが動きを止める。ネプテューヌが訝しげにたずねた。

 

「オプっち、どうしたの?」

 

「……中に生命反応がある」

 

「え?」

 

 予想外の答えが返ってきた。

 

「つまり、誰かが中にいるってことですか?」

 

 ネプギアの言葉に、オプティマスは頷く。

 一同に緊張が走る。……ネプテューヌとプルルート以外に。

 

「よーし! じゃあとりあえず開けてみよー!」

 

「おお~!」

 

 呑気な二人は一同の警戒も気にせずコンテナの蓋を開ける。

 するとそこには……。

 

「すぴ~……」

 

「あれ、ピーシェ?」

 

 そこにはピーシェが物資の隙間に入り込み、丸くなって眠っていた。

 

「う~ん……、ついたの~?」

 

 一同が目を丸くしていると、ピーシェは目を覚ました。まだ眠いのか眼を擦っている。

 

「……って! 何でここにいるのさ、ピーシェ!!」

 

「ついて来ちゃったの!?」

 

 さすがにネプテューヌとネプギアが声を張り上げた。

 するとピーシェはそれに気付いてむくれて見せる。

 

「だって、ねぷてぬたちばっかりおそとにあそびにいって、ずるい! ぴぃもいっしょにあそびいく!」

 

 どうやらピーシェは、ネプテューヌたちが遊びに行くものと思って、勝手に潜りこんだらしい。恐るべき行動力だ。

 

「あのね、ぴーこ、わたしたちは遊びに来たんじゃないんだよ。危ないかも知れないんだよ」

 

 厳しい声で諭すように言うネプテューヌ。

 

「……さっきまで水着がどうたら言ってたのは、誰だったかしら?」

 

「まあ、言わない約束よ」

 

 その姿を見て、ノワールとブランは呆れた声を出す。

 一方、オプティマスは厳かに声を発した。

 

「まあ、来てしまったものは仕方がない。……ホィーリー、いるのは分かっているぞ。出てこい」

 

「……うぃっす」

 

 物資の隙間から、青いトラック型のラジコンカーが姿を現した。

 

「なぜ止めなかった?」

 

「止めて止まると思うか?」

 

 オプティマスの疑問に、ホィーリーは力なく答えた。

 その態に、これは少しピーシェを止める手段を考えなければなと考えるオプティマスだった。

 

  *  *  *

 

 その日の午後は、キャンプの設営に時間を費やされた。

 設営が終わるころには日が暮れはじめ、本格的な調査は明日からになった。

 例のエネルギー波の影響で、通信が上手くできないため、迎えの船が来るまでは島にとどまることになる。

 一同は明日からに備え、まずは食事を取ることにしたのだった。

 女神たちはお鍋。オートボットたちはエネルゴンである。

 

「はーい、ごはんですよー♪」

 

「わーい、ごはんだ、ごはんだー!」

 

 食事を用意したネプギアがテーブルの上にお鍋を置くと、ピーシェが歓声を上げる。

 

「ありがと、ネプギア。やっぱりネプギアはよく働くわね」

 

 ノワールは働き者のネプギアにお礼を言う。本当に彼女は頑張り屋さんだ。

 

「しかし、こう言っちゃなんだが、ネプテューヌとネプギアは、姉妹なのにそこまで似てないな」

 

 エネルゴンチップを齧るジャズが冗談めかして言った。

 鍋を行儀よくつつくベールも同意する。

 

「そう言われれば、そうですわね。ノワールとユニちゃん、ブランとロムちゃんラムちゃんは雰囲気が良く似ていますのに」

 

「まあ、姉妹ってのにも、色々あんだろ」

 

 金属片をつまみにオイルを飲んでいたアイアンハイドが、そっけなく意見を言う。

 

「『でも』『性能は』『上位互換』」

 

 なぜだかドヤ顔で胸を張るバンブルビー。

 

「そ、そんなことないよ! 私なんかお姉ちゃんに比べたらまだまだ……」

 

 謙遜するネプギアだが、それは彼女の本心である。

 

「なんて言うか、お姉ちゃんには人を引っ張っていく力があるんです。皆さんも、そういうおぼえありませんか?」

 

「……そうね。そういう部分があるのは認めるわ」

 

「それ以外、大いに欠けてるのが問題だけどね……」

 

 ネプギアの言葉にブランが頷き、ノワールはどこか困り顔だ。

 オートボット、特にオプティマスはネプギアたちの会話に深く同意しているらしく苦笑しながらも頷く。

 

「そうだな。どんな困難にも挫けず周りを引きつけるのが、ネプテューヌの大きな魅力だ」

 

「それはそうと、そのネプテューヌの姿が見えませんけど……」

 

「何?」

 

 ベールの発言に、オプティマスはじめ一同が驚く。

 

「そう言えば、いないね~……」

 

「といれかな~?」

 

 首を傾げるプルルートとピーシェ。

 オプティマスは難しい顔をする。

 

「夜のジャングルは危険だ……。私は少し、ネプテューヌを探してくる。ジャズ、この場は任せたぞ」

 

「了解」

 

 副官に後を任せ、オプティマスはジャングルへと歩を進める。

 

「あ、私も行きます!」

 

「『オイラも』『お供しますぜ!』」

 

 その背を追って、ネプギアとバンブルビーもまたジャンゲルへと入って行くのだった。

 

「俺、セリフなかったな……」

 

 なんとなく黄昏ているジョルトを残して。

 

  *  *  *

 

 ジャングルの中は植物が鬱蒼と生い茂り、強い湿気に覆われている。

 もう夜であることもあって、あたりにはオプティマスとバンブルビーのライト以外に光源はない。

 ネプギアはバンブルビーから離れないようにして進む。

 

「お姉ちゃーん!」

 

「ネプテューヌー!」

 

 ネプギアとオプティマスの呼びかけにも、応答はない。

 オートボット二体はセンサーの感度を上げてネプテューヌの生命反応を探るが、見つからない。

 と、ネプギアが何かに気が付いた。

 

「あ! お姉ちゃん?」

 

 ジャングルの向こう側に人影らしきものを見たのだ。

 ネプギアはそれに向かって駆けていくが……。

 

「あれ? これは……」

 

 それはネプテューヌではなかった。それ以前に生き物ですらなかった。

 それは人の姿を模した石像だった。

 女性を象ったその像の反対側にもう一つ、向かい合う形で女性の石像がある。

 さらに周りには、向かい合う女性像を囲むように四つの大きな石像が立っていた。それらは武器を持ち、鎧に身を包んだ戦士像だ。

 

「これは、遺跡か……」

 

 思わず、オプティマスが感嘆の声を出す。

 長らく放置されていたであろうそれらは、長い時を経てなお、神秘的な魅力を放っていた。

 

「お姉ちゃんじゃなかった……」

 

 遺跡には驚いたが、少しガッカリしてしまったネプギアは踵を返すが、その時何かカチッと音がした。

 次の瞬間、ネプギアたちの足元がパックリと開いた。

 

「へ? えええええ!?」

 

「ほわあああああ!?」

 

「『唐突すぎるだろ、常考!?』」

 

 三人は、なす術もなく穴の中へ落ちていった……。

 

  *  *  *

 

「う、うん……?」

 

 ネプギアが目を覚ますと、そこは石造りの建造物の中だった。

 窓はないが、光を放つ鉱石が壁に埋め込まれていて光源になっている。

 

「ここは、いったい?」

 

 まったく見覚えがない場所のうえ、オプティマスとバンブルビーの姿も見えない。はぐれてしまったのだろうか?

 

「ううう、変な所に迷いこんじゃったー」

 

 泣き言を言うネプギアだが、いつまでもこうしてはいられない。バンブルビーたちと合流すべく、立ち上がって歩き出す。

 その時、通路の先に人影が見えた。その姿は見間違えようもなく……。

 

「ッ! お姉ちゃん! 無事だったんだね!」

 

 思わずその人影に抱きつくネプギア。

 

「……おい、人違いだぞ」

 

 しかし、それはまたしてもネプテューヌではなかった。

 

「え? キャア! ごめんなさーい!」

 

 慌ててその人物から離れるネプギア。

 落ち着いて見れば、その人物はとてもネプテューヌに似た少女だった。

 顔の作りや体型はそれこそ瓜二つだが肌の色は浅黒く、衣服は南国情緒に溢れた露出度が高く、しかしどこか時代錯誤な物だ。蛇を模した髪飾りを着けており、表情もネプテューヌに比べて勝気そうである。

 

「私はヴイ・セターンという。おまえは?」

 

「あ、はい! 私は……」

 

  *  *  *

 

 ネプギアはネプテューヌ似の少女、ヴイ・セターンに自己紹介と、ここに来た経緯を話した。

 

「ほう……、おまえも姉や仲間と離れてしまったのか。偶然だな、私も妹とはぐれてしまったんだ」

 

「え? そうなんですか!?」

 

 ヴイの話は、ネプギアのそれと似通ったものだった。

 

「よし! 協力してくれ、ネプギア! 仲間たちを探すぞ!」

 

「は、はい!」

 

 快く申し出に応じるネプギアに、気分を良くしたのかヴイは元気よく歩き出す。

 

 だが。

 

「危ない!」

 

「うお!?」

 

 ネプギアがヴイの手を掴んで止めると、ヴイの一歩先の床から鋭く尖った槍が飛び出してきた。

 

「ふう……。助かったよ、ネプギア」

 

 間一髪だ。

 ネプギアはヴイから姉同様、どこか放っておけないものを感じるのだった。

 

 こうして、先は不安ながら二人は遺跡探索を始めたのだった。

 

  *  *  *

 

 一方、オプティマスとバンブルビーも遺跡の中を探索していた。

 

「ここはかなり古い遺跡だな。少なくとも数千年は前の物だ」

 

 遺跡の壁を触り、その組成をスキャンしながらオプティマスが言った。

 

「しかし、興味深い遺跡だ。見ろバンブルビー、これはこの壁画から察っするに、ここの住人たち自然界のエレメントを神とする、原始的な自然崇拝を行っていたようだ。大地、風、水、そして炎を偉大な幻獣『竜』に見立てて、それを神としていたのだ。この場合の竜とは、モンスターのドラゴンとは違う、もっと観念的な存在だ」

 

 どこか興奮した調子で語るオプティマス。

 

「そして王国は、竜の化身である四人の『騎士』と呼ばれる戦士により守られていた。この騎士を操れるのは王族だけであり、すなわち王族は四属性の竜を祭る神官でもあったのだ。さらに、この遺跡の構成は古代プラネ様式に良く似ている。おそらく古代のプラネテューヌと何かしらの関係が……」

 

「『司令官』『今は……』」

 

「むう、すまん。ついな……」

 

 長く語る司令官を、バンブルビーは状況を鑑みてやんわりと止めた。

 元々オプティマスは歴史学者アルファトライオンのもとで育ち、司書として働いていた身。神秘的な遺跡を前に、歴史家だったころのエネルゴンが騒ぐのも道理というものだった。

 バンブルビーにとっては古代の遺跡より今の友。紫の女神姉妹を探すほうが先決だった。

 

  *  *  *

 

 遺跡探索を続けるネプギアとヴイ。

 どんどんと先行して片っ端から罠にかかるヴイをネプギアがフォローし、一歩一歩出口に向かっていく。

 怖い物知らずでグイグイと自分を引っ張っていくヴイに、ネプギアはいつしか姉を重ねていた。

 

「そういえば、ネプギアの仲間というのはどういう者たちなのだ」

 

 ふと、ヴイがたずねてきた。

 

「うーん、そうですね。私のパートナーは、甘えんぼで少し子供っぽいけど、すごく頼りになるんです!」

 

 驚かせないようトランスフォーマーであることはボカしつつ笑顔で語るネプギア。

 色々なことがあったが、そのたびに力を合わせて乗り越えてきた。

 

「そうか……、その者はネプギアにとっての『騎士』なのだな……」

 

 そう言うヴイの声には、わずかに寂しさが滲んでいた。

 

「おまえたちなら、『彼ら』と共にこの島を救えるかもしれないな……」

 

 ネプギアに聞こえないように呟くと、柔らかく微笑む。

 

「なあ、ネプギア。ここでこうして会ったのも何かの縁だ。これを、おまえに贈らせてほしい」

 

 ヴイがネプギアに差し出したのは二枚のカードだった。

 そのカードには二足歩行で歩く巨大な竜と、翼を広げる双頭の竜が、象形的に描かれていた。

 

「え? これは?」

 

「今は何も言わず受け取ってくれ。いずれ分かる時がくる」

 

「わ、分かりました。ありがとうございます」

 

 その言葉の意味は理解できないながらも、ネプギアはカードを受け取る。

 

「ネプギア~!」

 

 と、通路の先から声が聞こえてきた。

 聞きなれたこの声、今度こそ間違いない。

 

「お姉ちゃーん! こっちこっちー!」

 

 愛する姉のもとへと、ネプギアは駆けていく。

 

「頼んだぞ、『今の』女神たち……」

 

 その後ろでは、ヴイの姿がゆっくりと透けていった……。

 

  *  *  *

 

「ネプギアー!」

 

「お姉ちゃーん!」

 

 再会した姉妹はお互いに抱きつき、無事を確かめ合う。

 ネプテューヌに怪我はなく、元気そうだ。

 

「やっぱり助けに来てくれたんだー! 信じてたよー!」

 

「うん、ここにいるヴイさんといっしょにこの遺跡を……」

 

 姉に新しくできた友達を紹介しようと振り向くが、そこにはヴイ・セターンの姿はなかった。

 

「あれ? ヴイさーん! おかしいな、さっきまでここにいたのに」

 

「わたしもハイ・セターンちゃんといっしょに来たのに、いつのまにかいなくなってる!」

 

 ネプテューヌも驚いている。

 名前からして、ハイ・セターンと言うのは、はぐれたというヴイの妹だろう。合流できたので先に帰ったのだろうか?

 

「あ、そうだ。お姉ちゃん、私、ヴイさんからこれをもらったんだ」

 

 ふとネプギアは、さっきもらったカードを姉に見せた。

 

「ネプギアも? わたしもハイちゃんからこれもらったんだよ。いやー、ハイちゃんは礼儀正しくてカワイイ娘だったなー。ネプギアによく似てたよー」

 

 そう言ってネプテューヌも二枚のカードを取り出す。

 こちらには四足歩行の角の生えた竜と、背中に大きなヒレのある竜の絵が描かれている。

 これで計四枚のカードがあることになるが、これの意味は何なのだろうか。

 ヴイとハイは、いずれ分かるとしか言わなかった。

 

「ネプテューヌ、ネプギア! 無事だったか!」

 

「ギ…ア…『心の友よー!』『無事でなによりー!』」

 

 そこへ、通路の先からオプティマスとバンブルビーが歩いて来た。

 

「おー! オプっち、ビー! ちょっと、そこらを探検しようと思ったら、穴に落ちちゃってさー! 心配かけてゴメンねー!」

 

 あんまり反省の色の見えないネプテューヌだが、そんな彼女を見てオプティマスは安堵の表情を見せる。

 

「あまり無茶はしないでくれ。皆、心配する」

 

「はーい! ……そうだ、オプっち! わたしたち、さっきこの島の人たちに会ったんだ!」

 

 ネプテューヌのその言葉に、オプティマスとバンブルビーは顔を見合わせる。

 

「それはおかしい。この島は無人島のはずだ」

 

「それが違ったんだよ! ネプギアはヴイ・セターンちゃんと、わたしはハイ・セターンちゃんといっしょにここまで来たんだよ!」

 

 笑顔のネプテューヌの言葉を聞いた瞬間、オプティマスが驚いたようにオプティックを見開く。

 

「セターン、だと?」

 

「どうしたの、オプっち?」

 

 いくばくか緊迫しているオプティマスにネプテューヌがたずねると、総司令官は口を開いた。

 

「……いや、なんでもない。それよりも、早く地上に出て皆と合流しよう」

 

「え? あ、うん……」

 

 珍しく言葉を濁すオプティマスを訝しく思いつつも、意見には従う。そして気分を切り替え、元気よく声を出した。

 

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

  *  *  *

 

 遺跡を脱出したネプテューヌたちはキャンプを目指して歩いていた。

 

「いやー、これでやっと、ご飯にありつけるよ! もうお腹ペコペコ!」

 

 さっきまで遺跡を彷徨っていたのにやたら元気なネプテューヌにオプティマスは苦笑する。

 しかし、不意に厳しい表情になると背中からイオンブラスターを抜いた。

 

「オプっち?」

 

「バンブルビー、戦闘態勢を取れ! 囲まれている……!」

 

 訝しげなネプテューヌに、部下への命令で答えとする。

 すぐさま、バンブルビーは武器を展開してネプテューヌたちを守るように進み出て、ネプテューヌたちも各々の武器を構える。

 

「しかし……、何だ? この反応は……」

 

 オプティマスが緊迫した面持ちで言う。

 モンスターに近いが、どこかおかしいのだ。

 

「『殺気がない』『敵意がない』『でも』『悪意を感じる』……」

 

 ラジオ音声を流すバンブルビーも、表情は硬い。

 

「……来るぞ!」

 

 オプティマスの言葉の一瞬後に、周囲のジャングルから『それら』は飛び出してきた。

 

「こ、これは……!」

 

「な、何、コレ!」

 

 自身の武器を構えながら思わず声を上げるネプギアとネプテューヌ。

 それらは、やはりモンスターだった。獣型、爬虫型、鳥型、昆虫型、様々な種類が一同に会している。

 だが、いずれも体のあちこちが金属に覆われ、武器を体に埋め込まれていた。

 口は開かれて唾液を垂れ流し、目は生気を失っている。

 

「こ、このモンスターたちはいったい?」

 

「わーはっはっは! そいつらはトランスオーガニックさ!!」

 

 機械化されたドラゴンを打ち倒したオプティマスまでもが戸惑う中、どこからか声が響いた。

 一同が声のしたほうに顔を向けると、空き地を見下ろせる高台に、複数の影が立っていた。

 二つは巨大な異形の人型、一つは巨大な異形の四足、そしてネズミパーカーを羽織った少女。

 ドレッズとリンダだ。

 その姿を見てネプテューヌが声を上げる。

 

「あなたたちは……、シタッパーズ!!」

 

「「ドレッズだ!!」」

 

「リンダだっつの!」

 

「ガウガウ!」

 

 当然抗議の声を上げるシタッパーズとリンダ。

 

「って言うかこのネタ二回目だYO! なに、定着してんの!? 定着させたいの!?」

 

「俺とクランクケースは、テックスペックでは地位8なのに……」

 

 怒り冷めやらぬクランクケースとクロウバー。

 そんなドレッズを無視して、オプティマスが聞く。

 

「そんなことより、トランスオーガニックだと?」

 

「そんなことって……。ま、まあいいぜ、教えてやる! トランスオーガニックってのは、ショックウェーブ様がモンスターと機械を掛け合わせて創った新戦力さ」

 

 オプティマスの物言いにムカつきながらも律儀に答えるリンダ。

 その手には、笛のような楽器が握られている。

 

「掛け合わせたって、そんな……」

 

「さすがのわたしもドン引きだよ……」

 

 命を軽視する所業に、ネプギアは口を押さえ、ネプテューヌでさえ、冷や汗を垂らしている。

 

「へへへ、そしてアタイはショックウェーブ様からコイツらを操る方法を教えてもらったんだ! さあ、おまえらやっちまいな!!」

 

 そう言うとリンダは手に持った笛に口をつけ思い切り吹き鳴らす。

 それとともに機械化モンスター……トランスオーガニックたちが襲い掛かってきた。

 

「キリがないよ! 何これ、無限沸き!?」

 

 機械化されたモンスターを切り伏せるネプテューヌだが、倒しても倒してもジャングルからさらに姿を見せる敵に声を上げる。

 

「仕方がない、いったん退却だ! 仲間と合流するぞ!」

 

「『了解!』」

 

 オートボットたちはすぐさまビークルモードになると、それぞれのパートナーを乗せアクセル全開で走り出す。

 

「アハハハ! 見ろよ、あいつら逃げてくぜ!」

 

「大勝利だYO! むしろ初勝利だYO!」

 

「ガウガウ!」

 

 撤退するオートボットたちを見て歓声を上げるリンダとクランクケース、ハチェット。

 冷静なのはクロウバーくらいだ。

 

「よし、追い詰めて止めを刺すぞ!」

 

「「おおー!!」」

 

「ガウガウ!」

 

 ドレッズとリンダは声を上げて、オートボットを追うのだった。

 

  *  *  *

 

 ジャングルの中を逃げるオートボットたちだが、どこに行ってもトランスオーガニックたちが湧き出してくる。

 何とか仲間と合流したいが、通信ができない現状ではそれも難しい。

 

 ――最悪でもネプテューヌたちの安全だけは確保しなければ……

 

 オプティマスがそう考えていた時である。そのネプテューヌが声を上げる。

 

「オプっち! 前、前!」

 

「ッ!」

 

 目の前でジャングルが途切れ、代わりに垂直に近い岩肌が広がっていた。とても登れる高さではない。

 岩肌には巨大な戦士像が彫られている。こんな場合でなければ、感心する所だ。

 

「なんてことだ……!」

 

 しかし今は逃げ道をふさぐ物でしかない。

 どうしたものかと思考する暇もなく、背後のジャングルから無数のトランスオーガニックが現れる。

 さらにはドレッズとリンダがトランスオーガニックの群れを割って現れた。

 

「へへへ、みっともなく逃げ回りやがって! 今度の今度こそ、最後だぜ!」

 

 勝利を確信して下卑た笑みを見せるリンダ。

 

「やむをえない! 皆、戦うぞ!!」

 

 パートナーを降ろしたオプティマスとバンブルビーは、ロボットモードに戻ると武器を構える。

 ネプテューヌとネプギアも女神化する。

 

「やる気か……。なら、死にやがれ!!」

 

 今一度リンダが笛を鳴らすと、オートボットと女神に向けトランスオーガニックたちが飛びかかっていく。

 オプティマスがイオンブラスターで機銃を撃ってくる鳥型を撃ち落とし、エナジーブレードで金属に身を包んだドラゴンを切り裂く。

 バンブルビーが四方から襲いくる砲を背負った獣型をジャズ直伝の回し蹴りで蹴散らす。

 

「クロスコンビネーション!」

 

「スラッシュウェーブ!」

 

 ネプテューヌが剣技でミサイルを発射しようとした昆虫型を斬り捨てれば、ネプギアがエネルギー波を飛ばして腕に銃を埋め込んだ爬虫類型を真っ二つにする。

 

「なんだ! 戦ってみれば大したことないじゃない!」

 

 呆気なくやられていくトランスオーガニックに、ネプテューヌは勝気な声を上げた。

 不気味な外観と数の多さに圧倒されていたが、戦ってみれば何のことはない。普通のモンスターよりは強いが、それだけだ。

 

「あーっはっはっは! これで終わりだと思ったか! ここからが本番だぜ!」

 

 しかしリンダは余裕を崩さず、さらに笛を鳴らす。

 すると、倒されたはずのトランスオーガニックたちが次々と立ち上がってくるではないか。

 それだけではない。上半身を失った獣型と爬虫類型が合体して双頭の異形になる。

 ドラゴン型が胸に開いた銃創を塞ぐように、落ちていた鳥形の頭部を拾って埋め込む。

 複数の昆虫型が失った部分を補うように集まって一つの合成昆虫と化す。

 その態は、あらゆる命を冒涜するが如き悍ましいものだった。

 あまりの光景に言葉を失う女神とオートボット。

 この状態を引き起こしたリンダとドレッズでさえ、顔を引きつらせ後ずさっている。

 

「なんということを……」

 

 やっと声を絞り出したのは、オプティマスだった。

 

「な、なんとでも言いやがれ! お、おまえら! いけ!!」

 

 震えながらも、笛を鳴らして攻撃を促すリンダ。

 それに応えて、さしずめ金属合成獣のゾンビと化したトランスオーガニックたちは獲物目がけて進軍を開始する。

 さらにジャングルから次々とトランスオーガニックたちが現れる。

 その異様さと圧倒的な数に気圧され、ジリジリと後ずさる女神とオートボット。

 

「このままじゃ……」

 

 ネプギアはMPBLを構えながら考える。

 いかな女神とオートボットと言えども、このままではジリ貧だ。

 何か、戦況をひっくり返す何かがなければ、ここで終わりになってしまう!

 

 その時、ネプギアは気が付いた。

 

 岩肌に刻まれた戦士像の足元に、ある物があることに。

 それは……。

 

「筐体?」

 

 カードゲームの筐体だった。

 ゲームセンターとか、玩具屋さんにあるあれである。

 この場には、あまりにも場違いだ。

 

 ――今は何も言わず受け取ってくれ。いずれ分かる時がくる。

 

 その時なぜか、ヴイの言葉が脳意によぎった。

 

「イチかバチか……!」

 

 ネプギアは手の中にヴイからもらったカードを呼び出す。

 突然奇妙な行動に出たネプギアに、ネプテューヌは怪訝そうな顔になる。

 

「ネプギア? 何をしているの?」

 

「もしかしたら……」

 

 そしてネプギアは、そのカードを筐体のスキャナに当たる部分に通した。

 

 ……しかし、何も起こらない。

 

「あーはっはっは! 何だそりゃあ! 馬鹿じゃねえの!!」

 

 拙い希望にすがるネプギアを容赦なく嘲笑い、リンダは改めてトランスオーガニックに攻撃命令を出すべく笛に口をつける。

 

 その時である!

 

 地面がグラグラと揺れ出した。

 突然の揺れに、地上にいる者たちは残らず動きを止める。オートボットもディセプティコンも、それ以外も例外なく。

 やがて異変が起きた。

 戦士像の表面がひび割れ、そこから炎が吹き出し表面の岩が崩れ落ちてくる。

 

 そして……。

 

「おおおおおおお!!」

 

 戦士像が内側から炎を巻き起こして爆発した。

 揺れと爆炎が治まった時、戦士像のあった場所には巨大な人影が立っていた。

 それは勇壮な戦士を思わせる金属の巨体だった。

 両肩に竜の頭の意趣を持ち、その大きさはオプティマスのゆうに二倍以上はある。

 額に角が生え、目の色は赤だ。

 手にはとてつもなく巨大なメイスを持っている。

 

「これは……、トランスフォーマー、なの?」

 

 突然のことにネプテューヌが唖然として言った。

 それに答えるわけではないだろうが、その巨体の戦士は咆哮するように言葉を発した。

 

「我、グリムロック! セターン王国を護る騎士! ダイノボットの長なり!!」

 

「ダイノボット……、『竜の騎士』か!」

 

 オプティマスが、どこか興奮した調子で騎士を見上げる。

 竜の騎士……グリムロックはオプティマスに構わず、ギロリとトランスオーガニックを睨みつける。

 

「我、グリムロック! 王国を荒らす者、滅ぼす!!」

 

 言うや否や、グリムロックは轟音を立ててトランスオーガニックの群れに突撃する。

 唸りを上げて振るわれるメイスが一瞬にして数体の機械合成獣を挽肉と屑鉄の山へと変え、右手をモーニングスターに変形させて振り回されれば、頑強なはずのドラゴン型があっけなくバラバラになる。

 横薙ぎにメイスが振るわれれば何体ものモンスターが遥か彼方に吹き飛んで行き、足元では昆虫型が踏み潰されて為す術なく地面のシミと化す

 それは正に一方的な戦い、いや戦いとさえ言い難い暴力だ。

 トランスオーガニックは巨獣に踏み潰される蟻も同じだった。

 だとしても、蟻は数を持って巨獣に挑む。巨大な騎士の周りを取り囲み、途切れることなく殺到する。この世に数の暴力に屈せぬ者のあるものか。

 

 ……否。

 

「しゃらくさい! グリムロック、トランスフォーム!!」

 

 ここに、数の暴力を、さらなる暴力で蹂躙する者がいる。

 グリムロックは原始的な咆哮とともに変形していく。金属のパーツが寸断され組み替えられる。

 そして現れたのは、破壊の化身。

 

「竜、か……」

 

 茫然として呟くオプティマス。

 それは二足歩行の巨大な古代の竜だった。

 長い尾に強靭な後足、短い前足と二本の角、何本もの鋭い牙を備えた口を持つ、恐るべき竜……恐竜。

 

「グォオオオオオ!!」

 

 大気を震わす咆哮と共に、その口から凄まじい勢いで炎が吐き出された。

 猛炎はアッと言う間にトランスオーガニックたちを飲み込み、生体部分を一瞬で消し炭にし、機械部分を融解させる。

 瞬く間にトランスオーガニックの群れは再生も不可能な残骸と姿を変えていった。

 

「リンダちゃん、逃げるYO!! こりゃとても敵わない!!」

 

「早くしろ!!」

 

「ガウガウガウ!!」

 

「……え? あ、あ……」

 

 クランクケースとクロウバーは圧倒的な、ただただ圧倒的な暴力を前に自失茫然としていたリンダを無理やりビークルモードのハチェットに押し込み、自身もビークルモードになって撤退する。

 グリムロックはそれを追うような真似はしない。

 

「臆病者、倒す価値、ない」

 

 吐き捨てたグリムロックが騎士の姿に戻った時、揺らめく炎以外に動くものはなかった。

 

「すごい……」

 

「確かにすごい、けど……」

 

 茫然とするネプテューヌとネプギア。

 今まで見てきた、どのトランスフォーマーとも違う、天災の如き圧倒的な力。

 命を救われたにも関わらず、二人は恐怖さえ感じていた。

 しかし、助けてもらっておいて礼を言わないのは礼儀に反する。

 

「やあまあ、とにかく助かったよー!」

 

 女神化を解き、彼女特有の物怖じしない態度で巨大な騎士に話しかけるネプテューヌ。

 その隣に同じく女神化を解いたネプギアも並ぶ。

 騎士はゆっくりとネプテューヌたちのほうを向いた。その迫力に、さしものネプテューヌも少したじろぐ。

 そして、グリムロックは次の行動に出た。

 

 片膝を突いて頭を垂れ、胸に片手を当てたのだ。

 

「姫様たち、久し振り。本当に久し振り」

 

 そう言ってグリムロックはさらに頭を下げる。

 

「え、え? お姫様って……、わたしが? って言うか、この光景、前にもどっかで……」

 

 既視感に襲われるネプテューヌを余所に、グリムロックは言葉を続ける。

 

「ヴイ姫様、ハイ姫様。我、グリムロック、お二人に永遠の忠誠、誓った」

 

「あー……、私たちを、ヴイさんたちと間違えてるのかな?」

 

 ネプギアは合点がいったとばかりに頷く。

 地下遺跡で出会った、ネプテューヌとネプギアによく似た姉妹。

 

「あ、あのさ、悪いけど人違い……」

 

「さあ、姫様、皆を目覚めさせに行く」

 

 ネプテューヌが間違いを正そうとした瞬間、グリムロックはネプテューヌとネプギアの体を片手で掴んで持ち上げた。

 

「きゃ!」

 

「ちょ、ちょっと! 話聞いてってば!」

 

 握り潰すようなことはないが、それでも抜け出せそうにはないくらいの力加減だ。

 

「待て、竜の騎士よ! その二人はおまえの主ではない!」

 

 いい加減、オプティマスがグリムロックを制止しようと声をかける。

 だが次の瞬間、オプティマスの体は宙を舞っていた。

 横薙ぎに振るわれたメイスに弾き飛ばされたのだ。

 地面に落下するオプティマスを見て、ネプテューヌが悲鳴を上げる。

 

「オプっち! ちょっと、何するのさ!!」

 

「石の中であいつの戦い、見てた。あいつ弱い。弱い奴に、姫様、守る資格、ない」

 

 冷たく吐き捨てると、グリムロックは踵を返す。

 その背にバンブルビーが組みつくが、あっさりと投げ飛ばされる。

 

「おまえ、もっと弱い」

 

 そして興味を失ったように、歩き出す。

 グリムロックの一撃は強烈で、オプティマスはただの一撃で強制スリープモードに落ちそうになっていた。バンブルビーも同様だ。

 

「ね、ネプテューヌ……」

 

 意識を失う寸前、オプティマスが最後に見たのは。

 

「ちょっと放してよ! オプっち! オプっち! オプっちぃいいい!!」

 

「ビー! ビー! いやぁあああ!!」

 

 必死に自分たちの名を呼ぶネプテューヌたちと、彼女たちを握ったままジャングルへと消えるグリムロックだった。

 




トランスフォーマーアドベンチャーは、ストロングアーム回。
堅物でマニュアルっ子なのに功名心は強いとは、中々困ったちゃんですな。
というか、いつもなら問題児枠のはずのグリムロックが一番協調性があるという恐怖。
ビーの胃(的な何か)が心配です。

そして今回の小ネタ解説。

ヴイ・セターン、ハイ・セターン
当作品のオリキャラ……ではなく、超次元ゲイム ネプテューヌ~めがみつうしん~というマンガに出てくるキャラ。
姉のヴイはネプテューヌに、妹のハイはネプギアによく似ている。
その正体は……。

グリムロックを復活させたカードと筐体
恐竜キ○グ、何の因果かS○GAのゲーム。
このほかにもSE○Aはジュラシッ○パークのゲーム作ってたり、ダイ○アイランなるギャルゲーを出してたりと、恐竜とやたら縁がある。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 ダイノボットの集結

ダイノボット編、第二話です。


 昇る朝日が、南海の孤島のジャングルを照らす。

 ネプテューヌたちがキャンプを築いたのとは山を挟んで島の反対側。

 そこは様々な植物が生い茂り、鳥や虫や獣が生命を謳歌する、まさに楽園だ。

 だが、その楽園に不釣り合いな物があった。

 ジャングルの木々を切り倒して建造された巨大な建造物である。

 島に点在する古代の遺跡とは違う、明らかに近代的な物だ。

 あちこちから生えたパイプから毒々しい色の廃液を地面や川に垂れ流し、天に向かって伸びる煙突からは排煙をまき散らす。

 美しい大自然の中にあって、あまりにも攻撃的な雰囲気に満ちている。

 さらに建物は増設中であり、クレーン車が物資を吊り上げ、ホイールローダーとブルドーザーが土を退け、ミキサー車がコンクリートを流し込む。

 建物の横では地面が大きく掘り返され、その穴の底では巨大なパワーショベルが地面を掘り返し、それを脇に控えたダンプカーとダンプトラックに積み込んでいた。

 作業を続ける重機群は、まごうことなくコンストラクティコンだ。

 そう、この建造物こそが、ディセプティコンの臨時基地なのである。

 

  *  *  *

 

「ダイノボットだと?」

 

 その基地の司令室では、ドレッズとリンダが昨晩のことをメガトロンに報告していた。

 

「は、はい……。おっそろしい強さで、連れてったトランスオーガニックは全滅、アタイたちだけが命からがら逃げてきたわけでして……」

 

 跪いて奏上するリンダだが、不機嫌に表情を歪めていくメガトロンに体を震わせる。

 

「と、とにかく我々だけでは戦力が足らないと判断し、撤退したわけです。次こそはオートボット共々倒してご覧に入れます」

 

 すかさずクランクケースがフォローを入れるが、破壊大帝の表情は変わらない。

 

「どう思う?」

 

 メガトロンは頭を上げないドレッズとリンダを睥睨したまま、後ろに並ぶ二つの影にそう言った。

 

「興味深いですね。トランスオーガニックの再生能力を上回るとは、絶大な破壊力を持つことは間違いありません」

 

 影の一つ、紫の巨体に赤い単眼のショックウェーブが、穏やかに発言する。

 自身の作品を倒されたにも関わらず、悔しさをまったく感じていないようだ。

 

「……メガトロン様、俺はどうも気乗りしません。こんな得体の知れない島、さっさと引き上げましょうよ。エネルギーの採掘なんざ他でもできるじゃないですか」

 

 一方、もう一つの逆三角形のフォルムの影、もちろんスタースクリームは、消極的な意見を述べる。

 それを聞いたメガトロンはオプティックをさらに鋭くする。

 

「黙れ、この臆病者めが! この島にはこれが大量に眠っておるのだ! この、エネルゴンクリスタルがな!」

 

 ピシャリと反論を封じ、机に上に置かれた容器から紫色の結晶を摘み上げた。結晶は花のように艶やかで、脈打つように光りを発している。

 

「不安定だが莫大なエネルギーを秘めた結晶だ。この島に埋蔵されている全てを手に入れればゲイムギョウ界どころか、宇宙の全てを支配できる」

 

 そして、部下たちを見回して宣言する。

 

「それを阻む者は、それが誰だろうと打ち倒すのみだ! そのダイノボットとやらもな!!」

 

 もちろん破壊大帝の言葉に異を唱える者はこの場にはいない。

 

「ちょいとお待ちを、メガトロン様。俺からもご意見を」

 

 いや、どうやら命知らずがいたようだ。

 メガトロンが声のしたほうへ剣呑な視線を向けると、そこには小さなトランスフォーマーがいた。

 猫背で眼の大きさが左右非対称のズングリした小型トランスフォーマーで、背丈は人間の膝より低い。

 頭に無数のコードを接続していて、それがまるで髪の毛のように見える。

 

「ブレインズ、御前であるぞ。口を慎め」

 

「いやいや、これは必要なことですぜ」

 

 ショックウェーブが穏やかに制するが、その小型トランスフォーマー、ブレインズは黙らない。

 

「知っての通り、この基地ではショックウェーブの研究成果であるトランスオーガニックを量産してるわけですけどね。その製造にはエネルゴンクリスタルが必要不可欠なわけですわ」

 

「ブレインズ」

 

 声を低くするショックウェーブに、メガトロンは手振りで止めなくていいと示す。

 

「トランスオーガニックってのは、単純にモンスターをサイボーグにしたもんじゃありやせん。有機生物と機械を細胞レベルで融合させたまったく新しい生き物なわけです。もちろん普通ならお互いに拒否反応を起こして生き物として機能しないはずなんですがね」

 

 ブレインズの話に、リンダは意味不明な念仏でも聞いているかのような顔になり、ドレッズの面々も着いていけてないらしいく首を傾げている。

 意外にもスタースクリームはフムフムと頷いていた。

 

「で、それを可能にするのがこのエネルゴンクリスタル! こいつの持つ独自のエネルギーは有機と無機を結びつける力がある。問題はそのエネルギーにゃ未知の部分が多く、しかも波長が酷く不安定なこってす」

 

「つまり、不確定要素が多くて、何が起こるか分からないと」

 

 長いブレインズの話を要約するスタースクリーム。

 小型トランスフォーマーはそれに頷く。

 

「でもってその影響をモロに受けるトランスオーガニックも、不安定なもんなわけで。事実、トランスオーガニックは計算してたより、10%も増殖率が高いんでさあ。それにコントロールするための高周波もだんだん効かなくなってきてやす」

 

「問題ない、想定の範囲内だ」

 

 懸念を述べるブレインズに、ショックウェーブがその意見を封殺する。

 

「そもそも、それを制御するのがおまえの役目だろう」

 

「そりゃそうですけどね。限界ってもんがあります」

 

 言い合うショックウェーブとブレインズ。

 どうやらトランスオーガニックについての危機感は、両者の間で隔たりがあるらしい。

 

「トランスオーガニックについては、おまえたちに任せる。それよりクリスタルだ。最も埋蔵量の多い場所はどこだ?」

 

 メガトロンは話はさせたものの、あまり興味はないらしく本来の目的を聞く。

 

「はいはい、それでしたら……」

 

 頭のコード越しにブレインズはモニターを操作し、島の地図を出す。

 

「ここですね。この島の中央部、山のほうでさ」

 

  *  *  *

 

 ――オ…ティマ…、オプ……ス。

 

 オプティマスは夢を見ていた。

 ある日、この島の太古の民が地面を掘り返したら美しい石が出て来た。

 紫色の半透明で、脈打つように光る美しくも不思議な石だ。

 その石がもっと出てこないかとさらに地面を掘ると、今度は大きな骨が出て来た。全部掘り出してみると、それは全部で四匹分あった。

 見たこともない動物の骨を民は竜の骨だと考え、御神体として祭り、豊穣と息災を祈った。

 やがて、海の向こうから別の国の兵士たちがやってきた。

 島の民は兵士たちを快く歓迎したが、兵士たちはそれに火と武器で応えた。

 人々は抵抗したが、兵士たちは情け容赦なく家々焼き人々を傷つけた。あの美しい石を欲するがゆえだ。

 ならばくれてやるから去れと人々が石を差し出すと、兵士たちはもっともっとあるはずだ。全部よこせ。土地も実りも俺たちの物だ。おまえらは死ねとさらに攻撃してきた。

 万策尽きた人々は、王家の姉妹姫を中心に竜の骨にあの美しい石を捧げ、祈った。

 どうか、お守りくださいと……。

 

 そして、祈りは通じた。

 

 四つの竜の骨は石を取り込んで巨大な戦士の姿になった。

 戦士の力の前には兵士たちはとても敵わない。

 吐き出される炎の前に、剣も槍も融け落ち。

 大地を揺るがす突進に、鎧も盾も紙のよう。

 巻き起こる風の前に矢は無力で。

 水中から現れた影によって、船が沈められ。

 恐怖と悔恨に満ちた命乞いは聞き入れられず。

 兵士たちは多くの仲間を失いながら逃げ帰ることしかできなかった。

 

 人々はこれで戦いは終わった、平和が戻ったと歓声を上げ、竜の戦士たちに感謝したが、戦士たちはさらなる戦いを望んだ。そのために生まれたのだと。

 

 行き場を失った力を持て余し、暴れ続ける竜の戦士たちに人々はほとほと困り果ててしまった。

 しかし、王家の姉妹姫が自分たちが何とかしてみせると言い出した。

 止める周囲を振り払い。姉妹姫は暴れる戦士たちの前に臆さず立つと、こう言った。

 

 私たちと勝負しよう、と。

 

「オプティマス! オプティマス!!」

 

 意識が再起動し、オプティマスは夢から現実に引き戻された。

 ゆっくりとオプティックを開くと、そこには青いオートボット、ジョルトがいた。

 

「よかった! 俺の技術じゃ治しきれるか心配で……」

 

 ホッと安堵の息を吐くジョルト。医療員がそれでいいのかというツッコミはこの際なしだ。

 首を巡らして周囲を見ると、女神とオートボットたちが集まっていた。

 アイアンハイド、ミラージュ、バンブルビーはジャズに支えられている。

 ノワールにブラン、ベール。そしてプルルートとピーシェ。ついでにホィーリーもいる。皆心配そうな顔でオプティマスを見ていた。

 だが、紫の姉妹の姿はない。

 急速に記憶映像がフラッシュバックする。

 ジャングル、古代遺跡、トランスオーガニック、そしてダイノボット。

 

「……ネプテューヌ!」

 

 ガバッと上体を起こしたオプティマスはパートナーの姿を探す。

 

「ビーから聞いたわ。どうやら、とんでもないのが現れたらしいわね」

 

 少し攻めるような調子で、腕を組んだノワールが声を出した。

 

「面目ない……。ジャズ、状況は?」

 

「ああ、オプティマスたちがネプテューヌを探しに行ってから、しばらしてもみんな帰ってこないもんだから、俺たちも探しに行こうかと考えてたんだが、そしたら機械仕掛けのゾンビみたいなのが団体さんで襲ってきてな」

 

「トランスオーガニックだ……。ショックウェーブが創り出したらしい……」

 

 副官の報告に、オプティマスは顔をより厳しくする。

 高い生命力と圧倒的な質量を備えた難敵。

 昨晩の戦いでも、もう少しでやられるところだった。

 ジャズは報告を続ける。

 

「それで戦ったが多勢に無勢、キャンプを放棄してジャングルに逃げ込むのが精一杯でさ。何とか奴らを撒いて、ジャングルを探索してたら倒れてる二人を見つけた……、と言うわけ。ちなみにこっちは何とか全員無事だぜ」

 

「そうか……、皆無事で良かった。しかし、こうしてはいられんな。ネプテューヌたちを助けに向かわねば」

 

 立ち上がろうとするオプティマスだが、少しふらついてしまい、ジョルトがすぐさまそれを支える。

 

「無理しないほうがいい!」

 

「いや大丈夫だ……。さて、ネプテューヌ救出のためにはまず……」

 

「オプティマス、本当に無理はやめといたほうが……」

 

「大丈夫だと言ってるだろうが!!」

 

 不機嫌そうに声を張り上げるオプティマスに、ジョルトがビクリと体を震わせ、他の女神やオートボットも目を丸くする。

 

「おいおい、どうしたんだよ、オプティマス? らしくもない」

 

 あえて軽い調子で問うジャズだが、しかしそれでも動揺を隠しきれていない。

 

「『あ、あの』『司令官』『本当にダイジョブですか?』」

 

「なんか~、今日のオプっち、感じ悪い~」

 

 バンブルビーが心配げに、プルルートが不満げにそれぞれ声を出す。

 それを聞いて、オプティマスはハッとなって仲間たちを見回した。

 誰もが訝しげな顔をしている。代表してアイアンハイドが聞いてきた。

 

「オプティマス、どうしちまったんだ? おまえ、どっかおかしいぞ」

 

「……ああ、そうだな。すまない……」

 

 本当にらしくない。

 なぜだか、胸の内で激情が渦巻いている。

 その理由はまったく分からなかった。

 

 …………否。

 

 本当は分かっている。

 

『あいつ、弱い。弱い奴に、姫様、守る資格、ない』

 

 昨晩、グリムロックが言った言葉だ。

 自分にはネプテューヌを守ることはできないと、あの騎士はそう言ったのだ。

 それが、オプティマス自身にさえ予想外なほど心に突き刺さり、怒りを引き起こしている。

 

 ――いかんな、オートボットの総司令官たるもの、常に冷静であらねば……。

 

 大きく排気して、意識を整え、ブレインサーキットをクールダウンさせる。

 それでもスパークから沸きあがる激情は消えないが、ずいぶんマシになった。

 

「……すまない。しかし、急いだほうがいいのは確かだ。グリムロックは残る仲間を復活させる気だ。そうなればネプテューヌたちを助け出すのが困難になる」

 

「そんなにヤバい相手なのか? その、ダイノボットっていうのは」

 

 ミラージュが控えめにたずねると、オプティマスは緊迫した顔で頷いた。

 

「彼らは伝説の戦士だ。たった一人でも一つの軍隊に匹敵する破壊力を持っている。それが、全部で四人だ」

 

「確かにマズイわね……」

 

 固い表情のブラン。オプティマスとバンブルビーを一蹴するほどの存在が全部で四人。確かに危険だ。

 

「しかし、なぜそのグリムロックは二人をさらったのでしょう?」

 

 当然の疑問を浮かべるベールに答えたのも、やはりオプティマスだ。

 

「グリムロックはネプテューヌたちを自分が忠誠を誓った姫君だと思い込んでいるのだ」

 

「つまり……、勘違い!?」

 

 あんまりな答えに驚くベールに、オプティマスは厳しい顔で頷く。

 

「ゆえに真実に気付いた時、グリムロックがどうでるか分からない。……急ごう。この島にはディセプティコンもいる」

 

「しかし……、どこへ?」

 

 アイアンハイドがたずねると、オプティマスは鋭くオプティックを細める。

 

「残りの騎士を復活させることができる場所……、山の上にあるセターン王国の王宮だ」

 

  *  *  *

 

 島の中央部に存在する山を、巨大な金属の人型が登っていた。

 それはセターン王国の騎士だと名乗るトランスフォーマー、グリムロックだ。

 霧に包まれた山道を勝手知ったる様子で歩くグリムロック。その手には、相変わらずネプテューヌとネプギアが握られていた。

 

「ねえ、ちょっと! だからわたしたちはハイちゃんたちじゃないんだってば!!」

 

「降ろしてください! お願い、降ろして!!」

 

 なんとか勘違いを正し、解放してもらおうと訴える姉妹だが、グリムロックは聞き入れない。

 

「ハイ姫様、また適当なこと言って、仕事から逃げる気。ちっとも変わらない」

 

 そう言いつつも、どこか楽しげな雰囲気さえ滲ませるグリムロック。

 どうやら彼の本来の主であるハイ・セターンも、ネプテューヌと似た気質の持ち主らしい。

 

「違うんだってえ……」

 

 力なく否定するネプテューヌ。ネプギアの表情も沈んでいる。

 オプティマスは、バンブルビーは、他のみんなは無事だろうか。

 と、グリムロックが声を出した。

 

「見えてきた」

 

「「え?」」

 

 その声に顔を上げると、そこには石造りの巨大な建物が鎮座していた。

 苔とシダに覆われ、異国情緒あふれる彫刻があちこちに刻まれている。

 

「何ここ? コッパ城? それともガノソ城?」

 

「違う……。ここ、セターン王国の王宮。姫様たちと、我らの、家」

 

 ネプテューヌの質問に、懐かしそうに答えるグリムロック。

 彼は巨大な城門を潜り、王宮の中を進んでいく。

 やがてグリムロックは、四隅に戦士の像が彫刻され、祭壇のある部屋で止まった。

 戦士の像の一つは明らかにグリムロックを模した物だ。そして祭壇の上にはネプギアが昨晩見た向かい合う女性像と、あの筐体が置かれている。

 

「仲間たち、島のあちこちで眠ってる。でも、ここからなら、全員呼べる」

 

 聞かずとも説明してくれるグリムロック。

 つまり、この筐体で他のダイノボットを甦らせろと、そういうことか。

 グリムロックは祭壇の上に姉妹を優しく降ろし、期待に満ちた視線を送る。

 

「どうしよう、お姉ちゃん……」

 

「うーん、さすがにこの怪獣モドキが増えるのはちょっと困るかなー……」

 

 ネプテューヌとネプギアは顔を寄せ合ってヒソヒソと話す。

 

「どうした? 早くする」

 

 せっつくように、グリムロックが声を上げる。

 

「あ、あのさ、グリムロック! わたしたち実は昨日から何も食べてなくてさ! 良ければ何か食べてからでもいいかなあ? なんて……」

 

 せめて時間を稼ぐべく、食事を提案するネプテューヌ。

 お腹が減っているのは本当である。昨晩は色々あって夕飯を食べられなかった。

 

「分かった、腹が減っては戦はできない。我、グリムロック、食べる物探してくる」

 

 グリムロックは素直に頷くと、足音を響かせて部屋を出て行った。

 ホッと一息つくネプテューヌとネプギア。

 

「今の内にみんなと合流しよう!」

 

 そう言うやネプテューヌは女神化する。

 ネプギアもそれに倣う。

 

「うん!」

 

 二人は、王宮の壁の崩れた箇所から飛び出していった。

 

  *  *  *

 

 王宮の前庭に当たる場所。

 ここはグリムロックが入ってきた正門の他に、島の東西に通じる二つの門がある。

 その東門付近で、オプティマスたちは息を潜めていた。

 ジョルトはピーシェとついでにホィーリーを守るため、少し離れた所に待機している。

 

「では、これよりネプテューヌたちの救出作戦を開始する。まずは内部の構造が知りたい。バンブルビー、ミラージュ、偵察を頼む」

 

「『合点!』」

 

 二つ返事で了解するバンブルビーだが、ミラージュは王宮跡の本殿のほうを見上げた。

 

「どうやら……、その必要はないようだぞ」

 

「何?」

 

 つられてオプティマスも見上げると、まさに紫の女神姉妹がこちらに向かって飛んでくるところだった。

 

「ネプテューヌ!」

 

「オプっち! みんな!」

 

 降りて来たネプテューヌとネプギアは、女神化を解いて地面に着地すると、仲間たちに駆け寄ろうとする。

 

 だが、その時!

 

 どこからかエネルギー弾が飛来し、ネプテューヌとオプティマスの間に着弾、爆発を起こす。

 

「きゃあ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 爆風に煽られて倒れるネプテューヌだが、ネプギアに支えられて立ち上がる。

 

「ネプテューヌ! ……この攻撃は!」

 

 ネプテューヌを心配しつつも、イオンブラスターを背中から抜き、油断なくエネルギー弾の飛来した方向を睨む。

 

「フハハハ! これはこれは、こんな所で出会うとは奇遇だなプラァァイム!」

 

 果たしてそこには、灰銀の巨体に傷の走った悪鬼羅刹の如き顔、ディプティコン破壊大帝メガトロンが右腕のフュージョンカノンから煙を上げて立っていた。

 

「メガトロン……!」

 

 憎々しげにオプティックを鋭く細めるオプティマス。

 メガトロンはそれを見てニヤリと笑った。

 

「それにパープルハートと情報員の小僧もいっしょか。貴様らにはこの顔の傷と右腕の借りをたっぷり返してやる。……ディセプティコン軍団、攻撃(アタック)!!」

 

 号令とともに、霧の中から次々とディセプティコンが姿を現す。

 コンストラクティコンとドレッズ、そしてスタースクリームとショックウェーブだ。

 さらには無数のトランスオーガニックもいる。

 

「ッ! オートボット戦士、迎え撃て!!」

 

 オプティマスは素早く仲間たちに指示を飛ばすと、メガトロンに向かって突撃していく。

 オートボットの戦士たちもそれに続き、女神たちも援護すべく女神化する。

 

 そして。

 

「えへへ~、やっと会えたね~、ショッ君~」

 

 いつのまにか戦場のど真ん中にいるプルルートは、紫の巨体を前にニヘラと笑う。その笑みは、獲物を見つけた肉食獣の如し。

 その体が光に包まれ女神化する。

 恐怖の女神、アイリスハートへと。

 

「今日こそ、あなたを這いつくばらせてぇ、私の靴を舐めさせてあげるわぁ♡」

 

 嗜虐心に溢れた薄ら笑いを浮かべ、手に持った蛇腹剣を妖艶に舐める。

 その普段とギャップのある姿に、女神とオートボットは面食らう。

 

「あ、あれがプルルートなの?」

 

「聞いてた以上の変貌ぶりだな……」

 

 ただならぬ気配にノワールとブランが冷や汗を流す。

 そんな周囲を気にせず、プルルートは己の獲物に斬りかかる。

 

「サンダーブレード!!」

 

 雷を纏った斬撃を、左腕のブレードで受け止めるショックウェーブ。

 

「君か。相変わらず論理性のない」

 

「ウフフフ、論理を気にしてちゃぁ、絶頂できないのよぉ?」

 

 ペロリと舌なめずりをし、プルルートは次なる攻撃に移る。

 それを砲撃するショックウェーブ。

 一方、エナジーブレードを展開したオプティマスと、デスロックピンサーを展開したメガトロンは鍔迫り合いを演じていた。

 

「フハハハ! この腕はな、オプティマス。貴様らを捻り潰すためにショックウェーブに作らせた特別製よ! ここが貴様の墓場だ!!」

 

「クッ……! そうはいかんぞメガトロン!」

 

 凄まじいパワーでオプティマスを押し切ろうとするメガトロン。

 オプティマスはその腹を蹴っていったん距離を置くと、イオンブラスターでメガトロンを銃撃する。

 だがメガトロンは堪えた様子はない。

 

「相変わらずの豆鉄砲よな、オプティマス! 本当の攻撃というものを思い出させてやる!」

 

 高笑いとともに右腕をフュージョンカノンに変え、乱射する。

 素早くよけるオプティマスだが、降り注ぐエネルギー弾は前庭の地面や装飾を破壊していく。

 そこへメガトロンの背後からネプテューヌが飛んできて、背中に斬撃を浴びせる。

 

「クリティカルエッジ!!」

 

「ぐお!?」

 

 斬撃を受けてよろめくメガトロンだが、すぐさま体勢を立て直し振り向きざまネプテューヌに向かってフュージョンカノンを撃つ。

 

「こうるさい、羽虫めが! 叩き落としてくれる!」

 

「させん!」

 

 オプティマスがビークルモードになってメガトロンに突撃する。

 さすがに耐え切れず、倒れるメガトロン。その体にすぐさまロボットモードに戻ったオプティマスが馬乗りになる。

 

「これで終わりだ! メガトロン!」

 

「終わりにしてよいのは俺だけよ!」

 

 エナジーブレードを構えたオプティマスを渾身の力で投げ飛ばすメガトロン。

 両者は即座に立ち上がり、睨み合う。

 オプティマスの横に、ネプテューヌが降り立つ。

 

「ネプテューヌ、決めるぞ! 援護してくれ!」

 

「分かったわ!」

 

 並び立つ二人のスパークとシェアエナジーが共鳴し、絶大な力を生み出す。

 

「ふざけるな! 今度こそ貴様らを葬り去ってくれる!!」

 

 メガトロンもまた自身の力の源パワーコアとダークマターを震わせる。

 そして、どちらともなく相手に向け駆け出す。

 

 だが。

 

「ぐおおおおおお!!」

 

「!?」

 

「何だ!?」

 

 突如響く天地を揺るがすが如き咆哮に、オプティマスとメガトロン、そして戦場にいた全ての者がそちらを向く。

 咆哮の発生源は前庭の正門、そこに立つ存在だ。

 金属に覆われた、オプティマスの二倍はある巨大な人型。

 

「何だ、アレは……!?」

 

「来たか……、グリムロック!」

 

 それを見て呟くメガトロンとオプティマス。

 グリムロックはもう一度咆哮する。

 

「王宮を荒らす不届き者! グリムロック、容赦しない!!」

 

 そしてギゴガゴと音を立てて二足歩行の竜へと姿を変え、地響きを立てて両軍のど真ん中に突っ込んでくる。

 その威容と質量に、オートボットもディセプティコンも女神たちも後退する。

 

「戦わんか、この臆病者どもめが!!」

 

 しかしメガトロンは臆することなくグリムロックに向けてフュージョンカノンを発射する。

 見事命中し、大きな爆発を起こすも、グリムロックは大したダメージを受けていない。

 

「何だと!?」

 

 爆炎を突っ切り大口を開けて迫るグリムロック。

 メガトロンは咄嗟に横に跳んで牙だらけの大顎をかわすも、すかさずグリムロックが振った尻尾に打ち据えられる。

 

「ぬおおおお!?」

 

 破壊大帝の体は何十mも飛んで王宮の石像に激突して止まった。

 

「メガトロン様!」

 

 そこに珍しく声を震わせてショックウェーブが駆けよる。

 

「メガトロン様! ご無事ですか!?」

 

「ぬううう……。何と言うパワーだ……」

 

 頭を振って呻くメガトロン。

 一方、女神たちは戦慄していた。あの破壊大帝をこうもあっさり降すとは、とてつもない強さだ。

 

「ぐおおおおお!!」

 

「調子に乗るでないベ! オラのパワアなら……ぎゃあああ!」

 

 大きさが同じくらいのスカベンジャーは対抗意識を燃やしてグリムロックに掴みかかるが、逆に腕を噛みつかれ振り回された。

 他のディセプティコンたちが四方から銃撃を浴びせるも物ともせず、グリムロックは口から猛炎を吐き、あたりを薙ぎ払う。

 その炎の勢いを前に、女神もトランスフォーマーも近づくことができない。

 まるで暴君の如き暴れっぷり。さしずめ暴君竜とでも言おうか。

 

 だが、メガトロンの闘志は衰えない。

 

「かくなるうえは……、コンストラクティコン、合体せよ! デバステーターで叩き潰せ!!」

 

 その命令に、コンストラクティコンたちが集結する。

 

「カーッペッ! 仕方がねえ、行くぞ野郎ども! コンストラクティコン部隊、トランフォーム、フェーズ1!」

 

 コンストラクティコンたちはリーダーであるミックスマスターの指示の下、いったんビークルモードに戻る。

 

「アゲイン、トランスフォーム、フェーズ2!!」

 

 そして7体が変形し、組み合わさり、積み重なって誕生するのがグリムロックの巨体さえ遥かに超える巨大な合体兵士、デバステーターである!

 

「グルルルゥゥ…、我、グリムロック! 大きい敵にも、恐れ為さない!」

 

 自分以上の大きさの敵にも、グリムロックは怯まず向かっていく。

 天災にも例えられる巨大トランスフォーマー同士の戦いだ。

 

 まずはデバステーターが先手だ。

 全身の火器をばらまき、グリムロックを牽制する。しかしグリムロックは気にせずデバステーターに突撃し、その腕に噛みつく。

 痛みに咆哮を上げるデバステーターは噛まれていないほうの腕でグリムロックを引きはがそうとするが、グリムロックはビクともしない。

 グリムロックはさらに顎の力を強めて、この巨大な怪物の機械でできた肉を食い千切ろうとするが、いかに暴君竜とて頑丈なデバステーターの肉体にこれ以上のダメージを与えることはできない。

 デバステーターはグリムロックごと腕を振り回し出した。

 見た目にはネズミあたりに噛まれた子供のようだが、何せ噛まれてるほうも噛んでるほうも大きさが半端ではない。

 腕を振るうだけで、周りの遺跡の一部が吹き飛び、両陣営の上にバラバラと降り注ぐのだ。

 それから逃れるべく両陣営は戦い合う二体の怪物ロボットから距離を置く。

 やがて5回目に建物に叩き付けられて、グリムロックはようやくデバステーターの腕を放した。

 騎士の姿に戻って頭を振るグリムロックに、デバステーターの巨体がのしかかる。

 咄嗟に両腕でそれを受け止めるグリムロックだが、いかにダイノボットとて単純なパワーと重量の差をいかんともしがたく、地面に踏ん張ったまま動くことができなくなる。

 

「ぐぐぐ……!」

 

 グリムロックの大怪力を持ってしても跳ね返すことができず地面に両足がめり込んでいく。

 

「今の内だ! あの木偶の坊とオートボットどもをスクラップにしてしまえ!」

 

 さらに、メガトロンをはじめとしたディセプティコンたちが攻撃を再開する。

 

 危うし、グリムロック!

 

 数の差の前に、オートボットたちも女神たちもジリジリと押されている。

 状況を逆転する『何か』が必要だ。

 

 そう、昨晩のように!

 

「……しかたがない」

 

 ネプテューヌは息を吐き、王宮を目指して飛んで行った。

 

「お姉ちゃん? ……まさか!?」

 

 姉の意図に気付き、ネプギアも後を追う。

 思っている通りだとしたら、余りにも危険だ!

 

  *  *  *

 

 王宮の奥、あの祭壇の部屋。

 祭壇の上に降りたネプテューヌは、女神化を解き懐からハイ・セターンにもらったカードを取り出した。

 

「お姉ちゃーん!!」

 

 そこにネプギアも飛んできた。

 

「ネプギア?」

 

「お姉ちゃん、まって! グリムロックさんの仲間を起こす気なんでしょ、危ないよ!」

 

 必死に姉を止めるネプギア。

 姉は残りの騎士たちを復活させる気なのだ。

 グリムロック一体だけでも嵐のように危険なのに、他までやってきたら……。

 しかし、ネプテューヌは静かに言う。

 

「うん、分かってる。でも、こうしないとみんなやられちゃう」

 

「でも……」

 

「それにさ、グリムロックも乱暴だけど、悪い奴じゃないと思うんだよね。昨日は助けてもらったし、その恩は返さないと」

 

 そしていつもの調子で笑顔を見せる。

 

「ま、いざとなったら、逃げちゃえばいいんだし! 悩むより行動だよ!」

 

 そんな姉に、ネプギアも薄く微笑む。

 確かに、危険だとしても仲間たちを助けるために打てる手はそれしかない。

 

「だったら、これも使って」

 

 ネプギアは覚悟を決め、自分がハイ・セターンからもらったもう一枚のカードを差し出す。

 無言で、しかし決意を込めた表情でそれを受け取り、ネプテューヌは筐体と向き合う。

 そして、三枚のカードを続けて筐体に通す。

 少しの間、何も起きなかった。

 しかし、やがて地面が振動を始めた。

 

  *  *  *

 

 王宮のある山の西側に広がる湖、その湖底に戦士像が眠っていた。その巨体が振動を始め、湖の水が泡立ち始めた。

 

 島の北にある岩山の頂上に置かれた戦士像。その目に当たる部分が光り輝いた。

 

 南の谷の岩壁に、内側から破られたように大穴が開いていた。

 

  *  *  *

 

 王宮の前庭の戦いは、なおも続いていた。

 

「もう、ネプテューヌのやつ! どこに行ったのよ!」

 

「文句を言っても、しょうがありませんわ!」

 

 ノワールとベールが何体目かも分からないトランスオーガニックを斬り捨て突き刺しながら言い合う。

 

「フハハハ! そのままくたばるがいい! ハーッハッハッハ!!」

 

「我々は決して屈しない!」

 

 宿敵たちを前に勝利を確信し高笑いしながらフュージョンカノンを撃つメガトロンと、岩陰に隠れながらそれに撃ちかえすオプティマス。

 

 壮絶な戦いを繰り広げる両陣営。

 

 そして、デバステーターのパワーと重量に動くことができないグリムロックだったが、デバステーターもまたグリムロックの予想以上の怪力に押し潰しきれず、両者は膠着状態に陥っていた。

 と、どこからか地響きが聞こえてきた。

 それは最初は小さかったが、だんだんと大きくなっていく。

 始めの異変に気付いたのはグリムロックだった。

 

「……! 来てくれたか……!」

 

 続いて上空の敵を撃ち落としていたバンブルビーが、太陽を背に大きな影が飛んでいることを察知した。

 

「『……鳥?』」

 

 一見するとそれは鳥に見えた。だが違う、鳥のように翼のある竜、翼竜だ。

 巨大な翼と長い二本の尾を備えているが、それ以上に目立つのは頭が二つあることだ。

 双頭の翼竜は、見上げるバンブルビーを一瞥すると急降下してくる。

 途中にいた鳥形や昆虫型のトランスオーガニックを蹴散らしながら、デバステーター向けて一直線に。

 

「ヒョオオオオ!!」

 

 甲高い鳴き声を上げて降りて来た翼竜は、デバステーターの顔面を脚の爪で攻撃する。

 たまらず力をゆるめてしまったデバステーターをグリムロックが凄まじい力で跳ね飛ばす。

 

「風の騎士ストレイフ! 姫君のお呼びにより参上!」

 

「おお! ストレイフ!」

 

 少年的な響きを持つ声を出す翼竜、ストレイフの姿にグリムロックが嬉しそうな声を上げる。

 

「よう、グリムロック、久し振り! どれぐらいぶりだっけ? ええと……」

 

「ストレイフ、話、後! 王国を荒らす者、倒す、先!」

 

「リョーカイ!」

 

 グリムロックの横で羽ばたいて滞空し、懐かしげな様子のストレイフだが、グリムロックが一喝すると再び飛び上がると急降下してトランスオーガニックを掴み上げ、遥か上空まで運ぶとおもむろに放して落とす。

 グリムロックは再び暴君竜の姿になり、デバステーターに向かって吼える。

 デバステーターもまた大きく咆哮し、暴君竜に襲い掛かろうとする。

 だが、どこからか聞こえる地響きはいよいよ大きくなり、さらに怒声まで聞こえてきた。

 

「ウオオオオオオ!!」

 

 土煙を立て、トランスオーガニックを文字通り蹴散らしながら何かが突進してくる。

 それは四足で走る重戦車のような竜だ。

 首の周りをフリルのような物が覆っており、頭からは三本の角が生えている。

 その角で獣型トランスオーガニックを串刺しにし、巨体で踏み潰している。

 グリムロックがその名を呼ぶ。

 

「スラッグ!!」

 

「俺、スラッグ! 喧嘩大好き! 俺も混ぜる!!」

 

 とても元気な声でそう叫ぶと、デバステーターの前足に突進する。

 驚くべきことに、その体当たりはデバステーターの大木のような前足を弾き飛ばし、巨大な合体兵士を転倒させる。

 何とか起き上がろうとするデバステーターだが、何かがその背後で大きくジャンプした。

 それは背中に長い棘を三列、生やした竜だ。グリムロックの変形した暴君竜よりも細身で尾が長く、赤みがかっている。

 

「粉砕!!」

 

 そして、そのまま背中からデバステーターの背に落ちてきた。

 重量と勢いが乗っかり、絶大な衝撃となってデバステーターを襲う。

 たまらず、デバステーターは叫びを上げて倒れ込む。

 その背から降りてきた棘竜は、グリムロックの隣に並ぶ。

 棘竜にグリムロックは声をかける。

 

「スコーン」

 

「再会」

 

 棘竜、スコーンは短く応じた。

 反対側に角竜スラッグが並び、その背に翼竜ストレイフが降り立つ。

 四匹の竜が並び立つ姿は、壮大さすら感じさせる。

 

「大地の騎士スラッグ、風の騎士ストレイフ、水の騎士スコーン……、そして、我、炎の騎士グリムロック。セターン王国の四騎士、ダイノボット、ここにそろった!」

 

 喜ばしげにグリムロックは宣言した。

 ストレイフが声を出す。

 

「おいおい、グリムロック! こいつらを追い出すほうが先だろ! 積もる話は後々!」

 

「おお、そうだった! ダイノボット! 王国を荒らす『敵』全部、滅ぼす!」

 

「「「おおー!!」」」

 

 雄叫びを上げるダイノボットたち。

 

「……いかん!」

 

 オプティマスは気付いた。ダイノボットたちの言う『敵』はディセプティコンだけではない、自分たちも含まれているのだと。

 

「撃滅!!」

 

 案の定、棘竜がトランスオーガニックを蹴散らしながら、こちらに向かって迫ってくる。

 

「オプティマス、撤退しよう! これでは勝てない!」

 

 ジャズが、獣型トランスオーガニックをテレスコーピングソードで斬り伏せながら意見を言う。

 皮肉にも理性なく竜騎士たちに襲い掛かるトランスオーガニックたちが、オプティマスが判断に迷う時間を稼いでくれた。

 

「……やむをえない。ここはいったん退却だ!」

 

 ネプテューヌたちと残る仲間たちの安全を天秤にかけ、仲間たちを取る。

 司令官として正しい判断のはずだが、いつも以上にスパークがギシギシと軋む。

 それでも、その痛みを顔に出さず、オプティマスは仲間たちともに退いていった。

 

「なんという化け物だ!」

 

 メガトロンはデバステーターに炎を浴びせるグリムロックとスラッグを見て叫びに近い声を上げる。

 

「メガトロン様! 逃げましょう! こんなの勝てっこないですって!!」

 

 ストレイフに追いかけ回されながら、金切り声を出すスタースクリーム。

 

「論理的に考えて、私も賛成です」

 

 穏やかな中に若干興奮を滲ませながらも、ショックウェーブが冷静に進言する。

 僅かな時間だけ黙考していたメガトロンだが、スラッグの再度の突進を受けデバステーターが合体解除するのを見て考えを決める。

 

「ディセプティコン、退却! 退却だぁああ!!」

 

 その声を受け、ドレッズが、コンストラクティコンが、トランスオーガニックたちでさえただちに退却していく。

 スタースクリームは一番先に逃げ出した。

 

「くそう……! この屈辱、忘れんぞ……!」

 

 破壊大帝を名乗る自分が、破壊力で負けるなどと。

 だが、同時に冷静な部分がこうも囁く。

 あの力を上手く利用すれば、オートボットと女神を一掃できるのではないかと。

 竜の一体はオートボットを攻撃しようとしていた。つまり少なくとも、オートボットとダイノボットは味方同士ではない。

 

「……試してみる価値はあるか」

 

 次になる策を練りながら、メガトロンはエイリアンジェットに変形してその場を後にする。

 

「あの力、論理を超えているのか……?」

 

 最後に残ったショックウェーブは、穏やかに平静に、しかしかすかに声を震わせていた。

 

「興味深い。ぜひとも研究したいものだ」

 

 しかし、今は撤退が先だ。

 ショックウェーブはギゴガゴと音を立てて四輪のエイリアンタンクに変形すると、霧の中へ消えて行った。

 

 全ての敵が去ったのを感じ、ようやくダイノボットたちは戦闘態勢を解いて騎士の姿に戻る。

 ストレイフは翼竜の姿から、仲間内では小柄な、それでもオプティマスと同じくらいはある、マントを背負った騎士へ。

 スコーンは棘竜の姿から、長い尻尾がそのまま右腕になった巨躯の騎士へ。

 スラッグは角竜の姿から、肩に突起の生えた重武装の騎士へ。

 そしてグリムロックは、暴君竜の姿から、両肩に竜の意趣を持つ騎士の長へと。

 グリムロック以外の三人の頭部は騎士兜を思わせる形状をしている。

 

「俺、まだ戦い足りない。グリムロック、追っかけてっていいか?」

 

「だめだ、スラッグ。我ら、姫様たち、護るのが使命」

 

 鼻から火を噴きながら戦意を燻らせるスラッグをグリムロックが制する。

 その言葉に、スラッグは不満げながらも従う。

 

「グリムロック、姫様、何処?」

 

 スコーンが問うと、グリムロックは宮殿のほうを向く。

 宮殿の出入り口からは、ネプテューヌとネプギアが顔を出していた。

 どさくさに紛れて逃れようとしていたのだが、あまりの戦闘の激しさに、それも叶わなかったのだ。

 

「おお~、姫様たち久し振り! どれぐらいぶりかな、ええと……」

 

「姫様、再会、歓喜」

 

「俺、スラッグ! 姫様たち、また会えて、とっても嬉しい!」

 

 口々に再会を喜ぶダイノボットたち。

 その姿に半ば恐れながらも、ネプテューヌが口を開く。

 

「ええと、盛り上がってるところ悪いんだけどさ。わたしたち、お姫様じゃないんだよねー……」

 

 一瞬、場が凍った。

 これはしくじったか?

 しかし、次の瞬間。

 

「……ぶっ! アッハッハッハ! 姫様は相変わらず面白いこと言い出すなあ!」

 

「爆笑!!」

 

「俺、スラッグ! とっても面白い!」

 

 大笑いしだすダイノボットたち。

 どうやらネプテューヌの言葉は冗談と取られたらしい。

 ネプギアも必死に訴える。

 

「本当なんです! 信じてください!」

 

「ハッハッハッハ!! さあ、姫様たち、これから宴! 王国の復活祝い!!」

 

 楽しそうに笑うグリムロックは、逃げようとするネプテューヌとネプギアを摘み上げ、王宮の中へと入っていき、他のダイノボットたちも肩や背中を叩き合いながらそれに続く。

 

 ……と、その姿を岩陰から覗き見る者がいた。

 金の髪に青い目、黄色と黒の子供服。

 

 ピーシェである。

 

 その肩にはホィーリーも張り付いている。

 彼女は護衛役のジョルトが少し目を離した隙に、抜け出してここまでやって来たのだ。

 戦闘に巻き込まれなかったのは幸運としか言いようがない。

 ピーシェはジッとダイノボットたちの消えていった王宮の入り口を見つめていたが、やがて意を決したように走り出し、入り口へと飛び込んでいった……。

 




トランスフォーマーアドベンチャーはジャズ登場回。
ジャズはスマートでカッコいいですね。
でもちょっとアドリブが過ぎたかも……。
いや、好きなんですけどね、ビーストウォーズ。

それはともかく、小ネタ解説。

トランスオーガニック
もともとはトランスフォーマー2010に出てきた、クインテッサ星人が作り上げた生物と機械の融合体。
クインテッサ星人にも制御できず、セイバートロン星の地下に封印されていた。
ドリラーさんの元ネタになった奴の他、イボン…ゴリラに似たものなど複数が登場。

エネルゴンクリスタル
ビーストウォーズに登場した、強力なエネルギー物質。
これを巡って、ビーストウォーズのサイバトロンとデストロンが激突した。
何でこんなもんが、この島に大量に埋まっているかというと……。

さて次回は、ついにオプティマスとグリムロックが殴り合い宇宙(ソラ)する予定です。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 ダイノボットの対決

ダイノボット編、三話め。

今更ながら原作ダイノボットだと、絶対ありえない描写がでてきます。


 セターン王宮跡から撤退した女神とオートボットたちはキャンプに戻って来ていた。

 トランスオーガニックに破壊された中から使える物を引っ張り出し、寝泊りできる環境を作る。

 

「あれ? オプティマスは?」

 

 取りあえず作業が一段落つき皆で休憩していた時、総司令官の姿が見えないことにノワールが気付いた。

 

「さっきまでそこにいたけど……」

 

「わたくしは見ていませんわ」

 

 ブランとベールも、どこに行ったか知らないようだ。

 

「ほっといてやれ。今は一人になりたんだろう」

 

「なによ、それ?」

 

 したり顔でアイアンハイドが言うと、ノワールは首を傾げる。

 

「いろいろあるのさ。男ってやつには」

 

 ジャズもどこか達観した様子で言葉を出し、ミラージュも無言で頷く。

 

「『司令官……』」

 

 バンブルビーは心配そうにラジオ音声を流す。

 だが、追うようなことはしない。

 きっと乗り越えてくれると信じているからだ。

 

 その場にプルルートの姿もないことに皆が気付いたのは、すぐ後のことだった。

 

  *  *  *

 

 ジャングルの中、オプティマスは立ったままオプティックをつぶり瞑想していた。

 大きく排気を繰り返し、意識を透明(クリア)にしようとする。

 

『あいつ、弱い。弱い奴に、姫様、守る資格、ない』

 

 だがグリムロックの放った言葉が、突然心に浮かび上がった。

 

 ――いかんな。平静を保たねば。

 

 胸の内に渦巻く激情を抑え、冷静さを取り戻そうとするオプティマス。

 

『あいつ、弱い』

 

 ――黙れ。

 

『姫様、守る資格、ない』

 

 ――黙れ!

 

『守る資格、ない』

 

「黙れぇええ!!」

 

 激昂したオプティマスは近場の樹木に拳を叩き込む。

 樹木は中ほどから折れ、メキメキと音を立てながら倒れた。

 

「ッ! 何てことだ……」

 

 ネプテューヌを今一歩の所で救えなかったことが、撃ち込まれた楔のようにオプティマスの心を苛み、怒りが意識を支配している。とても逃れられそうにない。

 

「こんなことでは、総司令官失格だ……」

 

 いつも笑顔の紫の女神が近くにいないだけで、歴戦の戦士であるはずのオプティマスの精神は千々に乱れる。

 冷静さを欠いた者が指揮をしても、悪戯に犠牲を増やすだけだ。

 

「何してるの~? オプっち~」

 

 と、項垂れるオプティマスに呑気な声がかけられる。

 それは、もう一人のプラネテューヌの女神、プルルートだった。いつの間にかオプティマスの後ろに立っている。

 

「……プルルートか。どうしたのだ」

 

 平静な声をなんとか発声回路から絞り出すオプティマス。

 

「あのね~、オプっちに~、お話があってきたんだよ~」

 

「話とはなんだ?」

 

 どこまでも呑気なプルルートに、オプティマスは辛抱強く問う。

 

「うん。オプっちが~、無理してるような気がして~」

 

「……無理などしていない」

 

 意識せず、その言葉には憮然とした響きが出てしまった。

 

「ううん~、無理してるよ~。だって~、ねぷちゃんのこと~、助けに行きたいんでしょ~?」

 

「……もちろんだ」

 

「だったら~、助けにいけばいいんじゃないかな~?」

 

 プルルートの言葉に、オプティマスは首を横に振る。

 

「ダイノボットは強大だ。総司令官としては仲間たちの安全を考え、策を練ってから……」

 

「そういうのより~、オプっちがどうしたいかが~、大事なんじゃないかな~」

 

 オプティマスの発言をさえぎって、プルルートはいつも通りノンビリと、しかしどこか決然と言った。

 

「……………」

 

 その言葉に考え込む素振りを見せるオプティマス。

 そんなオプティマスを見て、プルルートはさらに言葉を続ける。

 

「ねえ~、総司令官としてって~。そんなに大事~?」

 

「大事だとも。総司令官としての責任は私の命よりも遥かに重い」

 

「ネプちゃんよりも~?」

 

「それは……」

 

 言葉に詰まるオプティマス。

 するとプルルートは微笑みを大きくする。

 

「オプっちは~、本当にねぷちゃんのことが大事なんだね~」

 

「……ああ」

 

 少なくとも、危険な状態にあると思うと、心が乱れるくらいには。

 

「あのね~、オプっちはね~、少しわがままになったほうが~、いいと思うな~」

 

「わがままに、か……」

 

 真面目に考え込むオプティマスを微笑みを浮かべて見つめるプルルート。

 やがて、小さな声で呟いた。

 

「……少しだけ~、ねぷちゃんが羨ましいな~」

 

「ん? 何か言っただろうか?」

 

「ううん~、何でもないよ~」

 

  *  *  *

 

 島の中央部の山の上。

 かつては栄華を誇ったセターン王国の王宮跡。

 その玉座の間では、この国を守護する騎士たち……巨躯のトランスフォーマー、ダイノボットたちが宴を開いていた。

 輪になって床に直接座り込み、笑い合いながら地下から取ってきたエネルゴンクリスタルを齧り、島に湧くタールを自分たちにあったサイズの杯にそそいで飲む。

 

「その時、我、グリムロック、言った! 『この島を荒らす不届き者! 滅ぼす!』」

 

 片手に勇ましいポーズを取って、自らの武勇伝を語るグリムロック。

 

「またその話かよグリムロック!」

 

「俺、スラッグ! その話、何回も聞いた!」

 

「退屈」

 

 しかし、他のダイノボットたちの反応はいまいちだ。

 彼らはグリムロックの話を長い付き合いの中で何回も聞かされているのだから仕方がない。

 

「わー! すごいすごーい!!」

 

 だが、ダイノボットの輪の中央ではしゃいでいるピーシェはその限りではない。

 ネプテューヌたちを追って単身、王宮に潜入した彼女だが、アッと言う間に見つかってしまい捕らえられた。

 しかしダイノボットたちは誇り高き騎士。か弱い(?)幼子を傷つけるような真似はせず、またピーシェが姫君たちの知人であるということもあって、彼らなりに客人として持て成しているのである。

 

「なんだかなー……」

 

 和気藹々としているピーシェとダイノボットを見て、ネプテューヌは溜め息を吐く。

 横に座るネプギアも苦笑気味だ。

 彼女たちは高い位置にある二つの玉座に座って、いや座らされていた。

 相変わらず、ダイノボットたちは紫の女神姉妹をセターンの姉妹姫と勘違いしたままだ。

 目の前にはテーブルが置かれ、その上に色とりどりの果物が並んでいる。

 他に肉や魚もあったのだが、ダイノボットが調理すると消し炭になってしまった。

 とにかく、久し振りの食べ物だ。美味しくいただいている。

 

「まったく、どうしてこうなっちまったんだか……」

 

 ピーシェに巻き込まれて捕まったホィーリーは、果物ジュース……ダイノボットが大きめの果物を指先で潰して作った……をネプテューヌの杯にそそぎながら愚痴る。

 彼は騎士たちに客人扱いしてもらえず、女神姉妹の給仕としてこき使われているのだ。

 

「ねえねえ、ぐりみー!」

 

 ピーシェが声を上げる。『ぐりみー』とはグリムロックのことだ。

 呼ばれた騎士の長はキラキラと目を輝かせる幼子を見下ろす。

 

「ん? 何だ、ピーシェ」

 

「もっとおはなしきかせて!」

 

「いいだろう。グリムロック、話する」

 

 ピーシェのおねだりに快く頷くグリムロック。

 ドッカリと座ると、タールをグイッとあおり、語り始めた。

 

「じゃあ、今度は、姫様たちと初めてあったころのこと、話す」

 

  *  *  *

 

 侵略者を蹴散らし、なおも衝動のままに暴れ回るダイノボット。

 そんな彼らの前に現れたのは、たった二人の少女だった。

 彼女たちは言った。

 

「私たちと勝負しよう!」

 

「勝負だと! 笑わせるな、チビめ!」

 

 当然ながら、グリムロックは一笑に伏した。

 最強の力を持つ自分たちが、なぜこんなチッポケな生き物と勝負しなければならないのか?

 嗤う暴君竜の化身に、しかし姉姫ヴイ・セターンは不敵に笑い返してみせた。

 

「おまえたちは、最強なのだろう?」

 

「当たり前だ! 我、グリムロック! 誰よりも、何よりも、強い!!」

 

 高らかに吼えるグリムロック。彼は自らこそが、何者よりも強いと信じて疑わなかった。

 

「そうですね。私たちはあなたがたより遥かに弱い。そんな私たちの挑戦が受けられませんか?」

 

 姉姫の隣に立つ妹姫ハイ・セターンが冷静に声を出した。

 

「それとも負けるのが怖いか?」

 

 妹の言葉を継いでヴイは挑発的に微笑む。

 それを見てグリムロックは激昂した。

 

「グリムロック、負けるの怖くない! 負けることない! おまえら、弱い! 戦う価値、ない!!」

 

 咆哮し、メイスを姉妹の僅かに横に振り下ろす。

 轟音と砂埃が巻き起こる。

 何も本当に叩き潰そうというわけではない。

 弱々しい人間など、これで怯えて逃げ出すはずだ。

 だが、姉妹姫は逃げなかった。

 それどころか、真っ直ぐにグリムロックを見つめている。

 

「……なぜ逃げない?」

 

「私たちが、この国の姫だからだ」

 

「この国を護るために、死力を尽くすのが、私たちの役目なのです」

 

 そう言う二人の顔は誇らしげだった。

 本気でこの国を愛し、国のためにダイノボットと戦おうというのだ。

 その行為は愚かだ。愚かだが、尊く誇り高い。

 

「……いいだろう。その挑戦、受けて立つ!!」

 

 グリムロックは姉妹と戦うことにした。

 覚悟は見せてもらった。次は力だ。

 ヴイはニッと笑う。

 

「その前に……、私たちが勝ったら、私たちの言うことを聞くんだ! いいな!」

 

「分かった! 負けたら、言うこと聞く! でもグリムロック、負けない!」

 

 グリムロックの言葉にハイが念を押す。

 

「二言はありませんね!」

 

「ない! 誇りに賭けて、誓う!!」

 

 そして、戦いが始まった。

 その内容は……。

 

「よし、竜の戦士よ! 私たち姉妹と、『歌勝負』だ!!」

 

  *  *  *

 

「ちょ~っとまったあー!」

 

 語られるグリムロックの過去に、ネプテューヌがツッコミを入れる。

 

「歌勝負!? なんかさんざん盛り上げといて、歌で勝負!? 明らかにグリムロックたちのキャラじゃないよ!!」

 

「? ヴイ姫様、何言ってる? ダイノボット、歌得意!」

 

 不思議そうに首を傾げるグリムロック。

 

「いやいや、そんなトランスフォーマーにない設定出されても、読者が困惑するよ!」

 

「お姉ちゃん、ここは押さえて……」

 

 立ち上がってメタなことを言い出すネプテューヌをネプギアが止める。

 この状況で自分たちがセターンの姉妹姫でないことに気付かれたら、自分たちはもちろんピーシェの身が危ない。

 

「じゃあさ、おうたきかせて!」

 

 そのピーシェは憮然として座り込むネプテューヌを余所に、無邪気な様子だ。

 グリムロックをはじめとしたダイノボットたちは、酒(タール)が入っていることもあって快諾する。

 

「分かった。ダイノボットの歌、聞かせる」

 

「何がいいかな? なんせ久し振りだからな……」

 

「俺、スラッグ! 『故郷の歌』がいい!」

 

「同意」

 

 ダイノボットたちが、どの歌にするか決めるとグリムロックが立ち上がり、まずは自分が歌いだす。

 

 それは、故郷を想う歌だった。

 

 高い山の上から、あるいは深い森の奥から聞こえてくるような、不思議な響きに満ちていた。

 

 続いてストレイフが歌に加わった。

 

 大地の豊かさと、水の清らかさを。風の優しさと、炎の暖かさを。

 

 座ったままスコーンも歌う。

 

 気まぐれな自然の厳しさを、それでも懸命に生きる人々の尊さを。

 

 最後にスラッグも歌い出した。

 

 一人の人間が生まれ落ちて、大人になり、愛し、子を成し、老いて安らかに眠るまでを。

 

『我らこの地に、永久に、永久に……』

 

 四人の騎士が歌い終えた時、辺りはシンと静まり返った。

 そして。

 

「す、すごーい! すごーい!!」

 

 最初に歓声を上げたのはピーシェだった。

 続いてネプテューヌも声を上げる。

 

「いや、ホントにすごかったよ! 作者の音楽センスがゼロなのが悔やまれるよ!」

 

 ネプギアは何も言えなかった。

 それぐらい、本当にすごい歌だった。

 ダイノボットたちは照れくさげに一礼すると杯を掲げグイッと中身を飲み干す。

 

「我ら、この国、好き」

 

 そしてグリムロックがポツリと呟いた。

 

「この国が好きな、姫様たちが好き」

 

 その言葉には、どこか懐かしさが込められていた。

 他のダイノボットたちもしみじみと頷く。

 

「だから、我ら決めた。この国、護る! ずっとずっと、永遠に!」

 

 もう一度、杯を煽り力強く宣言する。

 

「姫様たち、戻って来た! きっと、民も戻ってくる! 姫様たちが治め、ダイノボットが護る! セターン王国、不滅なり!!」

 

「「「セターン王国、不滅なり!!」」」

 

 斉唱するダイノボット。

 ネプギアは何と言っていいか分からなかった。

 ダイノボットたちの狂おしいなまでの愛国心を理解してしまった。

 それでも、自分たちはセターンの姫ではない。治めるべき国はここではなく、愛する国はプラネテューヌだ。

 しかし、それを言ってしまったら、この騎士たちはどれだけ傷つくだろうか。

 

「……ふわあ」

 

 と、ピーシェが大きく欠伸をした。どうやら、お眠らしい。

 

「ああ、ピーシェ、そこで寝ちゃだめだよ!」

 

 ネプテューヌが声を出しつつ駆け寄る。

 しかし、ピーシェはもう眠気が限界に来ているらしく大あくびをする。

 

「しょうがないあー、奥に部屋があったからそこで寝よう。ネプギア、ホィーリー、いっしょに来て」

 

「あ、うん!」

 

「はいはいっと」

 

 ピーシェを抱き上げ、奥の部屋へと向かうネプテューヌと、それを追うネプギアとホィーリー。

 三人と一体が奥に消えた後、ふとストレイフが漏らした。

 

「なあ、なんか姫様たち、おかしくないか?」

 

「同意」

 

 それにスコーンも頷くが、スラッグは首を傾げる。

 

「俺、スラッグ。別に、変、思わない」

 

「スラッグはおバカだからなあ……」

 

「なんだと!」

 

 ストレイフがからかうように言うと、すぐさまスラッグが怒りだした。スコーンも笑う。

 

「スラッグ、馬鹿。事実」

 

「グルルルゥ! 喧嘩、買った! かかってこい!」

 

「承知!」

 

 たちまち殴りあうスラッグとスコーン。

 

「やれやれ~!」

 

 それを煽るストレイフ。

 彼らにとって喧嘩は一種のレクリエーションである。

 だが、長たるグリムロックが殴りあう両者の首根っこを摑まえて止める。

 

「二人とも、今は喧嘩、やめる! ……確かに、姫様たち、何かおかしい。変なことばかり言う」

 

 さすがのグリムロックも、記憶にある姉妹姫と、今の二人の違いに違和感を感じていたらしい。

 

「う~ん、でもどうしてだろう?」

 

「不明……」

 

「俺、スラッグ。全然分からない」

 

 全員して首を捻りウンウンと唸るが、答えは出てこない。

 そもそも彼らは考えるのはあまり得意ではないのだ。

 

「ならば、その答え、俺が教えてやろう」

 

 突然、どこからか重低音の声が聞こえてきた。

 ダイノボットのものではなく、もちろんネプテューヌたちの声でもない。

 警戒心を向き出しにして、ダイノボットたちが声のほうを向くとそこには灰銀のトランスフォーマーが立っていた。ディセプティコン破壊大帝、メガトロンだ。

 その後ろにはスタースクリームとショックウェーブもいる。

 

「貴様!」

 

 グリムロックが傍らに置いたメイスを拾い上げ、他のメンバーも武器を構えるがメガトロンは動じない。

 

「まあ、待て。今日は話し合いにきたのだ」

 

「俺、スラッグ! 話し合い嫌い! 戦い好き!!」

 

 二本の剣を構え一歩進み出るスラッグ。

 スタースクリームは逆に一歩下がり、ショックウェーブは表情を変えないが、どこか単眼の輝きが妖しい。

 そしてメガトロンは余裕の笑みを崩さない。

 

「そう言うな。姫君たちが、なぜおかしくなったのか知りたくないのか?」

 

「グルルルゥ……、詳しく話せ」

 

 スラッグの肩を掴んで黙らせたグリムロックは先を促す。

 メガトロンは口角を吊り上げた。

 

「姫君たちがおかしくなった理由。それはオートボットとそのボス、オプティマス・プライムにある」

 

「オプティマス・プライム?」

 

「おまえも見たはずだ。赤と青の炎の模様の奴だ」

 

 疑問符を浮かべるグリムロックに、メガトロンは説明してやる。

 

「……あいつか」

 

 一昨日のことを思い出し、グリムロックは顔を歪める。

 弱い癖に、姫様たちの傍にいた奴。

 

「奴は残虐非道な大悪人で、この島を支配しようと企んでいる。そのために姫君たちを浚い、洗脳したのだ」

 

「……なんだと!?」

 

 驚愕するグリムロック。

 そこまで邪悪には見えなかったが……。

 メガトロンの話がよく分からないらしく、スラッグはポリポリと頬を掻く。

 

「俺、スラッグ。せんのうって、何?」

 

「洗脳と言うのは、自分の思う様に操ることだ。オプティマスは自分こそが正義の味方だと嘯き、姫君たちに『ネプテューヌ』と『ネプギア』という偽りの名前を与えて自分たちのパートナーに仕立て上げたのだ」

 

 もちろん、嘘である。

 だが、メガトロンの言葉は自信に満ち、体を不自然に触ったり視線を逸らしたりといった嘘を言う者特有の動作もなく、むしろ堂々としていた。

 その姿に自然と注目が集まる。

 そしてダイノボットたちが注目している隙に、小さな羽虫のようなものが彼らの身体に取り付いていった……。

 

「だが、オプティマス、姫様たち、守っていた」

 

 グリムロックが問うと、メガトロンは狼狽えるどころか、大きく笑って見せる。

 

「それが奴らの手なのだ! 友好と平和を謳いながら、守ると見せかけて懐に入り込み、何もかも奪い去る……。まさに外道の所業よ!!」

 

 身振り手振りを交え、迫真の演技を見せるメガトロン。

 

「そんなのウソだよ!」

 

 と、少女らしい高い声が響いた。

 それは、ピーシェを寝かしつけたネプテューヌだった。隣にはネプギアもいる。

 

「まったく、そんな分かりやすいウソ、今時小学生だって吐かないよ!」

 

 怒り心頭でメガトロンを睨むネプテューヌ。

 だがメガトロンは笑みを消さない。

 

「見よ、この有様を! まるで別人のようではないか! この洗脳を解くためにはオプティマスとオートボットを倒すしかないのだ!!」

 

 その堂々たる宣言に、ダイノボットたちもその気になる。

 

「グルルルゥ、許せん! 我、グリムロック! オプティマスとオートボット、叩き潰す!!」

 

 雄叫びを上げるグリムロックをさらにメガトロンが煽る。

 

「そうだ! セターン王国に仇なす者に死を!!」

 

『セターン王国に仇なす者に死を!!』

 

 武器を掲げ、鬨の声を上げるダイノボットたち。

 完全にオートボットへの敵意に染まったその姿を見て、ネプテューヌとネプギアが声を上げる。

 

「待って! メガトロンの言うことなんて聞かないでよ!」

 

「オートボットは私たちの味方なんです! ディセプティコンこそゲイムギョウ界を侵略しようとしてる悪者なの!」

 

「この通り、姫君たちは正気を失っておられる。この方々は我らが見ているから、貴殿らは心置きなく、オートボットを捻り潰すといい」

 

 だが、姉妹の必死の呼びかけさえも、狡猾な破壊大帝は利用して見せた。

 欺瞞の民(ディセプティコン)の長に相応しく、心安らぐような優しい声を出す。

 

「グルオオォォ!! ダイノボット、出陣!!」

 

『うおおおおお!!』

 

 長たるグリムロックを先頭に咆哮を上げてダイノボットたちは部屋を出て行った。

 

「待ってよ! 君たち絶対、通知表に『人の話をよく聞きましょう』って書かれてたでしょ!」

 

 こうなったらと、ネプテューヌは女神化しようとするが。

 

「やめておいたほうが賢明だぞ。俺たちと、ダイノボット(あいつら)から逃げられるわけがないからな」

 

 メガトロンはダイノボットと語りかけた時とは違い、いつもの地獄から響くような重低音で警告してきた。

 ネプテューヌとネプギアはウッと女神化するのをやめる。勝てないのもそうだが、奥にいるピーシェとついでにホィーリーを巻き込むわけにはいかない。

 抵抗を諦めた女神姉妹を見て、メガトロンは皮肉っぽくニヤリと笑う。

 

「……さてと、だ。それでは我々と共に来ていただきましょうか、姫君ぃ?」

 

 ワザとらしく猫なで声を出すメガトロン。

 

「むー! こんなことして、今にやっつけてやるんだからね!」

 

「ククク、楽しみにしておこう」

 

 憎々しげに睨みつけてくるネプテューヌとネプギアをメガトロンは嗤いながらいっしょに来るよう促し、後ろに立つ参謀二人に指示を飛ばす。

 

「ショックウェーブ、二人を連れてこい! スタースクリーム、おまえはここを探索しておけ」

 

「へ? 何で俺が……」

 

「他におらんだろうが。つべこべ言わずにやっておけ!」

 

 文句を言うスタースクリームにピシャリと言い放ち、ショックウェーブと女神姉妹を伴って去るメガトロン。

 それを見送ってから、スタースクリームは嫌々ながら王宮を探索することにした。

 

「……ったく、こんなのは下っ端の仕事だろうが。メガトロンの野郎、今に見てやがれ」

 

 グチグチと呟きながら移動しようとした、その時である。

 

「ふわあ……、ねぷてぬ~?」

 

 奥の部屋から、ピーシェが欠伸をしながら出て来た。どうやら起きてきてしまったらしい。

 その足元ではホィーリーが航空参謀を見上げ固まっている。

 

「す、スタースクリーム……!」

 

「あ! すたすくだー!」

 

 唖然とするスタースクリームの存在に気付き、ピーシェが声を上げる。

 

「お、おま!? 何でこんなとこにいるんだ!?」

 

 動揺して変な声を出すスタースクリーム。

 対するピーシェはあっけらかんと答えた。

 

「ねぷてぬがしんぱいだから、おっかけてきた!」

 

「あー……、そうなの」

 

 大きく排気するスタースクリームだが、すぐさま思考を切り替える。

 よく分からないが、いるんならしょうがない。

 万が一メガトロンに見つかったら、自分のニューリーダー就任計画はオジャンだ。

 かと言って、ここに一人にしておくのは危険だ……いやホィーリーもいっしょだが、ボディガードとしては役に立つまい。

 

 ――なら仕方ないか。

 

「その『ねぷてぬ』とやらだが、俺ん家にいるぜ」

 

「ほんとう!」

 

「ああ、本当だとも。だからいっしょに来てくれ」

 

「うん、いくー!」

 

 こんな時ばかり頭の回転の速いニューリーダー志望は、とりあえずピーシェを連れ帰ることにした。

 それも、メガトロンに見つからないようにだ。

 ホィーリーは、またぞろ厄介なことになったと深く嘆息するのだった。

 

  *  *  *

 

 キャンプで一夜を明かした女神とオートボットは、突如聞こえてきた地響きに面食らう。

 ジャングルの向こうから、咆哮が聞こえてきた時、理解した。ダイノボットがやってきたのだ。

 オプティマスの決断は早かった。

 

「このキャンプを放棄する! 全員退却だ!」

 

 すぐさま全員、それに従う。

 プライドの高いノワールやブランは悔しげに顔を歪め、バンブルビーは電子音声で怒りを表現するも、ダイノボットの恐ろしさは理解している。

 まともにやりあって勝てる相手ではない。

 

「全員準備できたぞ! さあ、オプティマスも早く!」

 

 ジャズが報告とともに避難を促すが、オプティマスはその場に仁王立ちになって微動だにしない。

 

「オプティマス?」

 

「……すまん、ジャズ。指揮を任せるから先に行っていてくれ」

 

「何を言ってるんだ!?」

 

 ジャズにはオプティマスの言っていることが理解できなかった。

 皆も何事かと足を止める。

 そうこうしているうちに、ジャングルの木々をかき分け、恐竜形態のダイノボットたちが姿を現した。

 

「オプティマス・プライム! セターンの敵、滅ぼす!」

 

「悪者どもめ! 覚悟しな!」

 

「撃滅!」

 

「俺、スラッグ! オートボット、ぶっ壊す!」

 

 開口一番物騒なことを言い出すダイノボット。

 しかし、オプティマスは冷静だった。

 冷静に、有り得ない発言をした。

 

「セターン王国の名高き騎士、グリムロックよ! 貴殿に一対一の決闘を申し込む!!」

 

 その瞬間、周囲の全ての女神とトランスフォーマーの動きが止まった。

 

「な、なに言ってるのよ!?」

 

 最初に正気に戻ったノワールが思わず悲鳴じみた声を出す。

 あの恐ろしいダイノボットと戦うなんて、正気の沙汰とは思えない。

 しかし、オプティマスはかまわず言葉を続ける。

 

「どうした、私の挑戦を受けるのか! まさか臆したとでも言うのか!」

 

「……なぜ、戦う?」

 

 対するグリムロックの声は、意外にも平静だった。

 オプティマスは静かに答える。

 

「理由はいろいろある。オートボット総司令官として仲間を守るため、ネプテューヌを守れなかった自分への戒め、そして……」

 

「そして?」

 

「男としての意地だ」

 

 それを聞いて、女神とオートボットは驚愕する。

 責任感が強く冷静であろうと心掛けている、オプティマス・プライムらしからぬ言葉に。

 一方、グリムロックは一つ咆哮を上げると騎士の姿に戻る。

 

「我、グリムロック! セターン王国が炎の騎士にしてダイノボットの長! 決闘、受けて立つ! 何者も手出し無用!!」

 

 後ろに居並ぶ三騎士を含めたその場にいる全員に宣誓し、グリムロックはメイスを構えた。

 オプティマスも両腕のエナジーブレードを展開し、構える。

 

「オートボット総司令官、オプティマス・プライム! 参る!!」

 

「来い!!」

 

 さあ、戦いの始まりだ!

 

 エナジーブレードを振るい、自分の二倍はあるグリムロックに斬りかかるオプティマス。

 メイスを大上段に振るってそれを迎え撃つグリムロック。

 間一髪の所で横っ飛びでそれをかわし、オプティマスは敵の懐へ飛び込む。

 だがグリムロックは速やかに右腕をモーニングスターに変形させ、それでオプティマスを打ち据えようとする。

 これもスレスレでかわして見せるオプティマス。

 グリムロックのどの攻撃も一撃必殺の威力を持つ。命中すれば頑強な装甲を誇るオプティマスであってもただではすまない。

 

「ねえ! 止めましょう!」

 

「……そうね。勝ち目があるようには見えないわ」

 

 ノワールが剣を呼び出したまらず飛び出していこうとし、ブランもそれに同調してハンマーを召喚する。

 

「まちな、二人とも。これは男の意地を賭けた戦いだ」

 

「邪魔するのは野暮だ」

 

 だが、アイアンハイドとミラージュがそれを制した。

 ノワールがパートナーを見上げ抗議する。

 

「な!? それ本気!」

 

「もちろん本気さ。男ってのは、そういう生き物なんだよ。多分、トランスフォーマーでも人間でもな」

 

 アイアンハイドの言葉に残りのオートボットたちも頷く。

 さらに、ジャズが口を開いた。

 

「それにな。少しだけ……、ほんの少しだけだが、俺は嬉しいんだ」

 

「嬉しい?」

 

 疑問に思ったベールが、小首を傾げるとジャズは頷く。

 

「ああ、いつもオートボット全体のことを優先して、自分のことを後回しにしがちなオプティマスが、今回は自分の意地のために戦っている。俺はそれが嬉しいんだ」

 

「男同士の友情、ですわね……」

 

 納得しきれないながらも、オートボットに倣って手出しは控えるベール。

 ノワールとブランも武器を下ろす。

 

「……男って、分からないわ」

 

 ゆっくりと首を振りながら、ノワールは嘆息とともに呟き、プルルートだけが平時と変わらず呑気な笑みを浮かべるのだった。

 

 そうしている間にもオプティマスとグリムロックの戦いは続いていた。

 

 振るわれるメイスを紙一重でかわし、巨体のダイノボットの足を斬りつけるオプティマス。

 だが、超高熱の刃を持ってしてもグリムロックの鎧には僅かな傷しかつかない。

 

「ハハハハ! その程度か! やはり、おまえ、弱い!」

 

「なんの! 戦いはこれからだ!」

 

 しかし、オプティマスの闘志は折れない。

 さらに轟音を立てて迫るメイスとモーニングスターをかわしながら、オプティマスはさらに何度も何度も斬りつけ続ける。

 その姿は風車に立ち向かう老騎士のようのも見える。

 

「何度やっても無駄! なぜ、それが分からない!」

 

「それはどうかな!」

 

 いかに堅牢な鎧でも、何度も同じ所を攻撃されれば、やがて砕ける。

 それがオプティマスの狙いなのだ。

 そして、横薙ぎに振るわれるメイスをビークルモードに変形してかわし、すぐさま

 ロボットモードに戻ってグリムロックの右足に最後の一撃を入れる。

 だが。

 

「!? 刃が……通らない!」

 

「小賢しい!!」

 

 凄まじいパワーでオプティマスを蹴り飛ばすグリムロック。

 あらゆる策を力でもってねじ伏せるのがダイノボットの流儀なのだ。

 

「これで、終わりだ!!」

 

 大上段にメイスを振りかぶり、倒れ伏したオプティマス目がけて振り降ろす。

 もはや逃れることはできない。

 

 もはやこれでまでなのか!?

 

「まだだああああ!!」

 

 しかしオプティマスは両腕のエナジーブレードを交差させてメイスを受け止めたではないか。

 地面に足がめり込み全身の関節から火花が散りギシギシと嫌な音を立てるが、それでも耐えて見せた。

 

「!? なんだと?」

 

「うおおおお!!」

 

 雄叫びを上げ、万力を込めてメイスを跳ね飛ばす。

 だが代償に、エナジーブレードは二本とも砕け散った。

 まさかの事態に動揺するグリムロックだが、すぐさま正気を取戻し、再度メイスを振るおうとする。

 だが、それよりもオプティマスの行動のほうが早かった。大きくジャンプして、グリムロックの顔に勢いよく拳を叩き込む。

 

「グ…グ…グ!」

 

 そして、グリムロックは片膝を着いた。

 いままで無敵を誇っていたダイノボットの長がである。

 

「グ、グルオオオオオオ!!」

 

 だが、それがグリムロックの怒りに火を点けた。

 恐ろしい咆哮を上げ、グリムロックは暴君竜の姿へと変形する。

 

「死ね! オプティマス!」

 

 牙だらけの口がオプティマスに迫る。

 しかし牙が届くよりも一瞬早く、オプティマスは右へと飛ぶ。さらになんと暴君竜の体にしがみつき、よじ登ったではないか。

 

「グルオオオオ!! 降りる! 離れる!!」

 

 体を大きく振りオプティマスを振り落とそうとするグリムロックだが、オプティマスは離れない。

 やがて頭部の二本角に手をかけ、首元に取りつくと背中からイオンブラスターを抜き、暴君竜の後頭部にゼロ距離で撃ち込む。

 

「グオオオ!!」

 

 さしものグリムロックもこれにはたまらず叫び声を出す。

 さらに身を振り、走り回り、口から炎を吐いてオプティマスを落とそうとするが、オプティマスは離れずゼロ距離射撃を続ける。

 その姿はまるでロデオだ。

 巻き込まれないようにと、女神もオートボットもダイノボットも、いったん距離を取る。

 

「いい加減に、しろ!!」

 

「ぐおおお!?」

 

 凄まじいロデオの末、グリムロックはジャンプしてから体を回転させて、背にしがみつくオプティマスを地面に叩き付けた。

 グリムロックが身をよじって立ち上がった時、その下ではオプティマス・プライムが大の字になっていた。生きてはいるが、大きなダメージを受けたようだ。

 

「ぐ……、ぐううう!」

 

 それでも何とか立ち上がるが、グリムロックは、その目の前でオプティマスの取り落としたイオンブラスターを見せつけるように噛み砕く。

 

「これで、我の勝ち」

 

 勝ち誇るグリムロック。

 全ての武器を失い、傷だらけになったオプティマスにもはや勝ち目はない。

 

 だが、それでも、なおも、オプティマスの闘志は折れない!

 

 そのブレインサーキットを満たすのは、紫の女神の笑顔。

 

 ――ああ、ネプテューヌ……。君は嫌がるかもしれないが、私は自分で思っていたよりも、遥かに君に執着しているようだ。

 

 両の拳を握り、構えを取る。

 

「いいや、グリムロック……! 私はまだ戦えるぞ……!」

 

「……!」

 

 その不屈の闘志に、グリムロックは驚くとともに感心した。

 これほどの相手はかつて会いまみえたことがない。

 

「弱い、言ったこと、訂正する。おまえの、技、力、闘志、見事だ。おまえ、姫様たち、洗脳した悪人には、とても見えない」

 

 騎士形態に戻ったグリムロックは沸きあがってきた疑念を口にする。

 

 これほどの戦士が、メガトロンが言うような卑劣漢なのか?

 

 当然、オプティマスは訝しげな顔になる。

 

「……何のことだ? 私がネプテューヌたちを洗脳しているだと? 誰がそんなことを……」

 

「メガトロン」

 

「! そう言うことか……!」

 

 グリムロックの短い答えに、オプティマスはオプティックを鋭く細める。

 

「グリムロック! メガトロンこそ、この島だけでなくゲイムギョウ界を侵略しようとしているのだ! 頼む、信じてくれ!」

 

 オプティマスはグリムロックの目を真っ直ぐに見て、訴える。

 しばらく黙っていたグリムロックだったが、やがて口を開いた。

 

「……信じよう。おまえの言葉、信じるに、値する」

 

 何よりも力を信奉するがゆえに、どういう形であれ、それを示した者を信じる。

 それがダイノボットなのだ。

 

「……なんだかよく分からないけど、とりあえず敵対関係ではなくなったってことでいいのかしら」

 

 半ば茫然とオートボットの総司令官とダイノボットの長の戦いを見守っていたノワールが、ホウッと息を吐きながら言った。

 

「殴りあって認め合うなんて、まるでスポ根漫画ね……」

 

 ブランも、戦いのあまりの迫力に少し顔を青くしながら呟く。

 

「殴り合いから芽生える男同士の友情……。素晴らしいですわ!」

 

 そして、ベールはなぜか目を輝かせていた。

 それをあえて無視してジャズが口を開く。

 

「いやまあ、とりあえず良かったよ。さすがにあれ以上戦うようなら助っ人に入ろうと思ってたところさ」

 

 軽い口調だが、割と本気である。

 

「あら? 嬉しかったのではなくて?」

 

「それとこれとは、話が別さ」

 

 茶化すようなベールに、ニッと笑うジャズ。

 そんな二人を見て苦笑しつつ、オプティマスは本来の目的を遂げるべくグリムロックに向き直る。

 

「グリムロック、ネプテューヌたちはどこだ。二人が危ない」

 

「その質問には俺が答えてやろう!」

 

 どこからか、地獄から響くような重低音の声が聞こえてきた。

 聞き間違えようはずもない。メガトロンの声だ。

 見回すと、高台にメガトロンがショックウェーブを伴って立っていた。

 

「メガトロン!」

 

「卑怯者、降りてこい!!」

 

 オプティマスとグリムロックが怒声を上げるが、メガトロンは動じない。

 

「あの二人なら、ディセプティコンの基地で丁重に持て成しておるわ!」

 

「メガトロン! いい加減卑怯な策も打ち止めだろう! 大人しく二人を返せ!!」

 

「グルルルゥ! 嘘吐きめ! 罰を受けろ!!」

 

 怒髪衝天のオプティマスと殺気立つグリムロックだが、メガトロンは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「フハハハ! グリムロックよ、伝説の騎士と言ってもオツムのほうは子供並みもいいとこだな! どうせならその力、俺が有意義に利用してくれるわ! ……ショックウェーブ!」

 

「御意。セレブロシェル、起動」

 

 メガトロンの指示を受け、ショックウェーブは手元の機械を操作しはじめる。

 すると……。

 

「ぐッ、ぐおおおお!?」

 

 突然、グリムロックが苦しみだした。

 

「う、うわあああ!!」

 

「苦……痛……!?」

 

「ぐううう!?」

 

 さらに他のダイノボットたちも頭を抱えて苦しみだす。

 困惑するオプティマスはメガトロンを睨みつける。

 

「グリムロック!? メガトロン、貴様何をした!!」

 

「次善の策を用意しておいたのだよ! そいつらと接触したときに細工をしておいたのだ!」

 

 邪悪に笑うメガトロンの横で、ショックウェーブが科学者としての性か注釈する。

 

「ただしダイノボットの闘争本能と自我が強すぎて、暴走状態にすることしかできませんが……」

 

「フハハハ、それで十分よ! さあ、ダイノボットたちよ、オプティマスを叩き潰すのだ!!」

 

 メガトロンの哄笑とともに、ダイノボットたちがゆっくりとオプティマスのほうを向く。

 その目から正気が失われ、単純な暴力衝動だけが残っていた。

 

「メガトロン……! 貴様……!」

 

 沸きあがる怒りを隠しきれないオプティマスだが、今はそれどころではない。

 目の前には、正気を失ったダイノボットが四体。

 

「グルオオオオ!!」

 

 ダイノボットたちは雄叫びを上げると、オプティマスに向け殺到してくるのだった……。

 




今週のTFADVは。

あのハリネズミは、革命家気取ってたけど、メガトロンみたいなガチの革命思想はなさそう。偉い奴が嫌いなだけっぽい。
幼児化バンブルビー、なんとなく初代バンブルを思いだしたのは自分だけじゃないはず。

それはともかく、今回の小ネタ解説。

歌うダイノボット
元ネタ特になし(おい)ゆえに原作ダイノボットでは絶対にありえないシーン。
イメージとしては我が魂の映画の一つ、ホビットの第一作でドワーフたちが歌う離れ山の歌。
美女美少女が歌うのも大好きだけれど、無骨な戦士たちが哀愁込めて歌うからこそ意味がある。

セレブロシェル
初代アニメにおいて、インセクトロンの一人ボンブシェルが使った能力。
同名の物体をトランスフォーマーの頭に打ち込むことで操ることができる。
洗脳ネタは他にもいくつかあるが、他がシャレにならないのでコレをチョイス。

上手くいけば次回でダイノボット編も完結。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 ダイノボットの暴走

ダイノボット編、4話目。

今回で終わるはずが、まとめきれずに長くなったので分割。


「グルオオオオ!!」

 

 ショックウェーブによってセレブロシェルを取りつけられたダイノボットたちは竜の姿に変形し、咆哮を上げて決闘のダメージで碌に動けないオプティマスに迫る。

 巨大な咢が、唸りを上げて襲い掛かってきた。

 

「見てられんな! 助太刀ごめん!」

 

 その時、横合いからの砲撃が顔面に命中し、グリムロックはたまらず攻撃を中断する。

 ジャズのクレッセント・キャノンだ!

 

「そっちがルール無用なら、こっちだって容赦しねえ!」

 

「伝説の騎士か……、相手にとって不足はない!」

 

 アイアンハイドも両腕のキャノンで砲撃を開始し、ミラージュもブレードでスコーンに斬りかかる。

 

「ああもう! 結局こうなるんだから!」

 

「文句言ってる場合か! まずはこのデカトカゲどもを黙らせるぞ!!」

 

 ノワールとブランも女神化して攻撃に参加する。

 

「みなさん! ダイノボットの攻撃を絶対に受けないように! とても耐えられませんわ!」

 

 ジャズの横で指示を飛ばすのはベールだ。

 

「大丈夫か、オプティマス! 今応急処置をする!」

 

 仲間たちがダイノボットを引きつけている間に、ジョルトが手早くオプティマスに駆け寄りその傷をスキャンする。

 

「おいおい、全身の関節に負荷がかかり過ぎだ! それだけじゃなくパワーユニットにも不具合がでてるし、フレームもあちこち歪んで……」

 

「『いいから』『はよせい!』」

 

 あまりのダメージに戦慄するジョルトを、オプティマスを庇うように前に進み出たバンブルビーが急かす。

 

「分かってるよ! くそ、こんな時にラチェットがいてくれりゃ……」

 

「ジョルト」

 

 弱音を吐くジョルトに、オプティマスは静かに言葉をかけた。

 

「頼りにしてるぞ」

 

「ッ! ったく、ラチェットがあんたをほっとけない理由が分かったぜ!」

 

 短い激励を受けたジョルトは手早く応急処置を施していく。

 エネルゴン漏れを塞ぎ、ショートした回線をつなぎ直してエネルギーパックでエネルギーを補給する。

 

「……どうだ?」

 

「ああ、だいぶ良くなった」

 

 オプティマスは立ち上がり、女神三人と戦うグリムロックを睨む。

 

「グリムロック……」

 

 先ほどまで、お互いの意地を賭けて戦った相手が、今や暴れるだけの野獣と化している。

 ダイノボットたちは粗暴であっても誇り高かった。野蛮であっても弱者を襲うような真似はしなかった。

 それが今はどうだ。ひたすらに暴れ回る態はトランスオーガニックと何も変わらない。

 断じて許されることではない。彼ら自身のためにも。

 

「今、止めてやる!」

 

 オプティマスはまだ痛む体に鞭を打って、グリムロックに飛びかかっていった。

 

  *  *  *

 

「フハハハ! あの状態で竜どもに挑むとは、オプティマスめ、ついに正気を失いおったか!」

 

 心底楽しそうに嗤うメガトロン。

 そこにショックウェーブが忠言する。

 

「ここは危険です、お下がりください、メガトロン様。ダイノボットたちには敵味方の区別もついておりません。目に入った者を攻撃するだけなのです。我々も例外ではありません」

 

「まあ、まて。これほどのショーは中々見れるものではないぞ」

 

 しかし、メガトロンは口角を吊り上げるばかりだ。

 ショックウェーブもそれ以上は何も言わず、黙って主君の傍に控えるのだった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの臨時基地。その一室。

 ここにネプテューヌとネプギアが囚われていた。

 

「ねえちょっとー! お茶くらいないのー! ねえってばー!」

 

 鳥籠のような檻に入れられたネプテューヌは、見張り役のリンダに大声で文句を言うが、当然聞き入れられない。

 

「おーい! 下っ端ー! 下っ端ってばー!」

 

「だーもう! うるせえー!!」

 

 しつこいネプテューヌに、リンダのあまり頑丈でない堪忍袋の緒が切れた。

 

「おまえら現状分かってんのか!? もうちょっと他に反応があるだろうが!」

 

「えー! わたし、ウジウジするの嫌いだしー」

 

「あのなあ……」

 

 あまりにも呑気なネプテューヌに、調子を崩されたリンダは大きく嘆息する。

 

「これでプラネテューヌの女神ってんだからなあ……」

 

 紫の国の国民も、何が良くてこんなアーパー女神を信仰しているのだろうか。

 しかし、すぐに余裕を取り戻してニヤッと下卑た笑みを浮かべるリンダ。

 

「けど……、へへへ、その能天気がいつまで続くかな? その檻は女神の力でも壊せない特別製だぜ。さらに……」

 

 リンダはテーブルの上に置かれたリモコンを操作し、壁に備え付けられたモニターを点ける。するとそこには、巨大な機械が映っていた。

 巨大な円柱状の機械で、上部に開いた投入口には何かクリスタルのような物がベルトコンベアで運ばれ、下部から蠢く影が次々と吐き出される。

 

「あれは……、トランスオーガニック!?」

 

 驚愕するネプギア。

 その反応にリンダは満足げに胸を張る。

 

「そうさ! あのテクノオーガニックフュージョナイザーがエネルゴンクリスタルのパワーを利用してトランスオーガニックを量産してんのさ! その数はすっげえ勢いで増えてる! つまり、おまえらに勝ち目なんざないんだよ! アーッハッハッハ!!」

 

 哄笑するリンダ。

 唖然としてネプテューヌとネプギアが見ている中、モニターの向こうのテクノオーガニックフュージョナイザーは、無数のトランスオーガニックを生み出し続けていた。

 

「って言うかさ」

 

 ネプテューヌが半ば茫然としながらも声を出した。

 

「いくらなんでも多くない?」

 

「あん? 何言って……」

 

 つられてリンダもモニターを見るが、何だか様子がおかしい。

 フュージョナイザーからはトランスオーガニックが吐き出され続けているが、その数はもはや部屋を埋め尽くし溢れんばかりだ。

 

「あ、あれ? 確かに多いような……」

 

「でしょー?」

 

 呑気な調子を取戻したネプテューヌがドヤ顔をしていると、突然ドンドンと扉が叩かれた。

 何かとリンダが扉のほうに顔を向けると、扉が破られ無数のトランスオーガニックたちがなだれ込んでくる。

 

「ななな、何だおまえたち! ……そうだ!」

 

 リンダが慌てて笛を吹き鳴らすが、トランスオーガニックたちは大人しくならず、にじり寄ってくる。

 

「ど、どうなってんだ!? 言うことを聞かねえぞ!?」

 

「「ええ~!?」」

 

 突然のことに動揺する女神姉妹とリンダに、トランスオーガニックが殺到してくるのだった……。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌたちが囚われているのとは別の一室。

 そこにはスタースクリームがいた。ここは基地の中に勝手にこしらえた秘密の部屋だ。

 センサーを最大限働かせ、自分以外に誰もいないことを確認してから胸のキャノピーを開ける。

 するとそこからピーシェとホィーリーが転がり落ちた。

 

「とう!」

 

「ぐえッ!」

 

 ピーシェは綺麗に着地し、ホィーリーは頭から床に激突する。

 それを確認してから、スタースクリームはコンソールに向き合う。

 

「さて、ピーシェを連れてきたのはいいが、これからどうするか……」

 

「逃げるってのはどうだい?」

 

「つってもどこに……ん!?」

 

 独り言に返事をされたことに気が付き、スタースクリームは慌てて声のほうを向く。

 そこには、ズングリとした小さなディセプティコンがいた。

 

「てめえ、ブレインズ! 何でここに!? 誰もここを知らないはずだぞ!」

 

「おいおい、俺はこの基地の制御システムそのものだぜ。建物の構造は一から十まで把握してんだ。不自然な空間があれば気付くっての」

 

 皮肉っぽい笑みを浮かべるブレインズに、スタースクリームはチッと舌打ちのような音を出す。

 

「チビめ! 余計なことしやがったら、ここで叩き潰してやる!」

 

「やってみな。おまえが何をするより早く、メガトロンにここのことを教えてやるよ」

 

 グッと言葉に詰まるスタースクリーム。

 ここには、勝手に『チョロまかした』エネルゴンクリスタルが貯蔵してある。バレたらどうなるかは火を見るより明らかだ。

 思考を切り替え、交渉することにした。

 

「……何が目的だ?」

 

「まあ、あれさ。俺は逃げる。この基地からもディセプティコンからもな。そのためにアンタが作った秘密の抜け道を使わせてくれよ。そしてら俺も黙っててやる。ここのことも、そこのロリっ子のこともな」

 

「……いいだろう」

 

 少し考えた上で、スタースクリームはブレインズの要求を呑むことにした。

 この小ディセプティコンが脱走して、その後どうなろうと知ったことではない。

 それよりもピーシェのことがメガトロンに知られることのほうが問題だ。

 

「で、だ。この基地はもうお終いだ。テクノオーガニックフュージョナイザーは、もう俺の指示を受け付けずに勝手にトランスオーガニックを増産してる。トランスオーガニック自体も、高周波の効果がなくなってる。逃げるなら今がチャンスさね」

 

「な!? そんな酷いことになってんのかよ!」

 

 ブレインズの語る基地の惨状に、スタースクリームは言葉を失う。予想を超えた事態が起こっているようだ。

 そんな航空参謀を捨て置き、ブレインズはヒョコヒョコと歩いて行くと、コンピューターから秘蔵画像をプリントアウトする。

 

「おおー! それは!」

 

 と、後ろから歓声が聞こえた。

 何事かと振り返ると、ホィーリーがブレインズ越しに写真を覗き込んでいた。

 

「すっげえイケてるな、その女!」

 

 ニヤケ面で、写真に写った金髪巨乳の女性を注視しハアハアと排気を荒くするホィーリー。

 その姿にブレインズは驚く。

 

「分かるのか!?」

 

「おう! やっぱ金髪巨乳は最高だぜ!」

 

 ニカッと笑ってサムズアップするホィーリーに、ブレインズは我知らず感動していた。

 有機生命体を下等と断じるディセプティコンにあって、ブレインズの性癖はまさに変態的と蔑まれるものであった。

 しかし、生まれついての性はどうしようもない。理解者はいなくとも斜に構えて孤高を気取ることで自分の心を守ってきた。

 しかし、今ここに初めての同志が現れた。

 

「……ああ、女はやっぱり」

 

「金!」

 

「髪!」

 

「「巨乳!!」」

 

 初対面にも関わらず、息ピッタリにフュー○ョンのポーズを取るブレインズとホィーリー。

 それを氷点下のジト目で見ていたスタースクリームは、変態どもは放っておいて、とっとと脱出することにした。

 これ以上はブレインズにもショックウェーブにも付き合い切れない。

 

「ああー! ねぷてぬだー! ねぷぎゃーもいるー!」

 

 と、部屋の中を興味深げに眺めていたピーシェがモニターを見て声を上げた。

 釣られて見ると、そこには檻に入れられたネプテューヌとネプギアが、暴走したトランスオーガニックに囲まれていた。ついでにリンダも、檻の上に避難している。

 

「そうか。ねぷてぬってのは、あの女神のことだったのか」

 

 ようやく合点がいったとばかりに頷くスタースクリーム。

 しかし女神が身内とは、これはいよいよただ者ではない。

 内心で大当たりを確信し、ほくそ笑むスタースクリーム。

 

「じゃあ、ピーシェ。ここは危険みたいだから、俺といっしょに……」

 

「おねがい、すたすく! ねぷてぬとねぷぎゃーをたすけて!」

 

「はあ!?」

 

いきなり何を言い出すのか、この幼子は。

 

「このままだと、ふたりともあぶないよ!」

 

 どうやら幼いなりに、ネプテューヌとネプギアが危機的状況だと察知したらしい。

 

「いや、しかし……」

 

「おねがい!」

 

 もう結構な間敵対している相手だ。助けるのを渋るスタースクリームを、ピーシェは泣きそうな顔で見上げる。

 しばらくバツが悪そうに黙っていたスタースクリームだったが、やがて根負けしたように大きく排気すると、コンソールをいじりだした。

 

「ここのコンピューターからなら、あの檻の電子錠にアクセスできる。……これでよし。鍵は開けておいたから、後は自分たちで何とかするだろ」

 

 下っ端は知らんがな、とは口に出さない。

 

「ほんと!」

 

「ああ、あいつらはシャクだが強いからな。保障してやるよ」

 

 それは、実際に戦ってよく分かっている。

 

「わーい!」

 

 意味は分からずとも喜ぶピーシェに、つられて少しだけ、本当に少しだけ口角を上げる。

 ブレインズはそれを心底意外そうに見ていた。

 

「あれ、本当にスタースクリームか?」

 

「まあ、色々あんだよ。偽物のブランド服でも、着てるとその気になんだろさ」

 

 傍らの同志にたずねられ、ホィーリーはニヤリと笑って返すのだった。

 

  *  *  *

 

「こないでよー! あっちいけー!」

 

「下っ端さん! あの笛で言うことを聞かせられないんですか!?」

 

「さっきからやってるっつの! こいつらもう笛の音じゃ操れねえ!」

 

 檻の中のネプテューヌとネプギア。そして檻の上に乗っかったリンダは悲鳴を上げながら何とかトランスオーガニックから逃れようとしていた。

 だが、女神姉妹は檻の中では碌な抵抗もできず、仮に女神化しても意味はない。

 リンダのほうは機関銃を撃ってはいたが、撃っても撃ってもトランスオーガニックは沸いてくる。

 万事休すか?

 

「もう! 開けー!!」

 

 ネプテューヌはダメ元で檻の扉を揺らす。

 すると、頑丈な造りで電子的に施錠されていた扉が、あっけなく開いた。

 

「「「え?」」」

 

 思わず異口同音に言ってしまうネプテューヌたち。

 だが固まっていたのも束の間、すぐにネプテューヌは妹に号令をかける。

 

「ネプギア! 反撃開始だよ!」

 

「うん!」

 

 二人の姿が光に包まれ、女神の姿へと変身する。

 

「クロスコンビネーション!!」

 

「ミラージュダンス!!」

 

 紫の剣閃が舞い、光線が降り注ぐと、トランスオーガニックたちは次々と倒れていく。

 ほどなくして、部屋内のトランスオーガニックは全て沈黙した。

 

「さあ、オプっちたちと合流するわよ」

 

「うん、そうだね! ……あ!」

 

 さっそく脱出しようとする二人だが、ネプギアがリンダの存在を思い出した。

 ディセプティコンの下級兵は、憮然とした様子で檻の上に座っていた。

 

「それでどうするの? 私たちを止める?」

 

「ケッ! アタイだって、んなこと無理なこたあ分かってんだよ! とっとと行っちまいな!」

 

 ネプテューヌが問うと、リンダは吐き捨てるように答える。

 悔しいが女神二人に勝てると思うほど、リンダも能天気ではない。

 二人としてもこれ以上リンダに構っている暇はなく、仲間たちのもとへ向かうべく部屋を後にする。

 それを見送り、しばらく座り込んでいたリンダだったが、不意に近づいてくる何者かの気配に気付き、銃を構える。

 

「リンダちゃん! 大丈夫かYO!!」

 

 だが、部屋に飛び込んできた影はクランクケースだった。

 ホッと息を吐き、リンダは銃を降ろしてから笑顔で声を上げる。

 

「おせえよ! 何してたんだ!」

 

「ヒドイYO! これでも急いだだZE! それはともかく、スタースクリームの野郎がこの基地を捨てるってよ!」

 

 抗議もソコソコに素早く状況を説明するクランクケース。対するリンダは不満げだ。

 

「なんだよ、逃げんのか」

 

「まあ、今回は妥当な判断だYO。そこもかしこもトランスオーガニックだらけ! もう言うことなんか聞きゃしない!」

 

 ドレッズのリーダーの言葉に、それもそうかとリンダは頷く。

 

「仕方ねえか。じゃあ、『例のアレ』を使うのか?」

 

「ああ、他の連中はもう乗り込み始めてるYO」

 

 短い会話の後、一人と一体は仲間たちと合流するべく、武器を構えて動き出した。

 

  *  *  *

 

 女神、オートボット対ダイノボットの戦いは続いていた。

 だが当然と言うべきか、ダイノボットの力の前にオプティマスたちは圧倒的劣勢に立たされていた。

 刃は通らず、弾は防がれ、逆にダイノボットの攻撃はその余波だけでもダメージを与えてくる。

 

「くッ……!」

 

 やはり先ほどの決闘のダメージもあって、オプティマスは片膝をついてしまう。

 その周りで円陣を組む女神とオートボットを、さらに取り囲んでいるダイノボット。

 もはや、絶体絶命だ。

 それを高台から見ているメガトロンは、いよいよ迫る宿敵の最後にニヤリと笑みを浮かべる。

 

『メガトロン様! 応答してください、メガトロン様!!』

 

 その時、メガトロンの体に内蔵されている通信装置にスタースクリームから連絡が入った。

 

「なんだ! 今、いいところなのだぞ!」

 

『それどころじゃありませんって! フュージョナイザーとトランスオーガニックが暴走してこっちの操作を受け付けません! ブレインズの奴も行方不明ですし、この基地はもう終わりです!』

 

「なんだと!?」

 

 スタースクリームの報告に、驚愕するメガトロン。

 傍らのショックウェーブに視線をやると、科学参謀は少しだけ考える素振りを見せた後で口を開いた。

 

「どうやら、エネルゴンクリスタルの影響は私の予想を超えていたようですね。ブレインズが行方不明となると、もはや暴走は止められません。基地を放棄するのは論理的に正しい選択かと。私はこの場に残りますので、メガトロン様は脱出を」

 

 予想を超えていたと言うわりにはどこまでも穏やかなショックウェーブに、メガトロンは僅かに黙考する。

 

「分かった。この場は任せたぞ」

 

 そしてスタースクリームに脱出の指揮を任せて『アレ』まで台無しにされることだけはさけたいので、いったん部下たちと合流することに決めた。

 恭しくお辞儀をするショックウェーブを後目に、メガトロンはエイリアンジェットに変形して飛び去る。

 

「待て、メガトロン!!」

 

 叫ぶオプティマスだが、叩きつけられるグリムロックの尻尾をよけるので精一杯で、とても追いかけることはできない。他の女神やオートボットも同様だ。

 そんな女神とオートボットを何の感情もこもっていない目で見下ろしているショックウェーブ目がけて飛んでくる影があった。

 

「ショッ君~! あ~そ~び~ま~しょ~♡」

 

 凄絶な笑みを浮かべたプルルートだ。

 ショックウェーブは彼にしては冷ややかな声を出す。

 

「また君か。この状況で、私に向かってくるとは論理的ではないな」

 

 だがプルルートは笑みを大きくする。

 

「論理的に考えてぇ、あなたが竜さんたちに何か細工したんでしょぉ? だったらぁ、元を絶つのがいいかなぁって思って……、ねぇ!」

 

 そのまま斬りかかってきたプルルートの蛇腹剣を左腕のブレードで受け止めながら、ショックウェーブはほんの少し驚いた声を出す。

 

「ほう、少しは論理的思考ができるようになったか。感心したよ」

 

「まったく褒められてる気がしないわねぇ!」

 

 いったん距離を取ったプルルートは蛇腹剣の連結を解いて鞭のように振り回し、ショックウェーブはプルルート目がけて砲撃する。

 ダイノボットたちを操っているショックウェーブを無力化しようと試みるプルルートだったが、その間にもダイノボットの攻撃は続く。

 

「オプティマス! こっちはもうもたないぞ!」

 

 ジャズが暴れるスコーンの背にしがみつきながら言った。

 

「こっちも限界ですわ!」

 

 空中でストレイフを相手にしていたベールも、すれ違いざま爪先が少し腕の肌を裂き、声を上げる。

 次の瞬間、グリムロックが大口を開けてオプティマスに噛みついてきた。

 その牙を何とか受け止め、無理やり口を開かせて噛みつかれるのを防ぐ。

 だがグリムロックの喉の奥が赤熱し始める。炎を吐こうというのだ。

 

「くッ……」

 

 ――これまでか……。

 

 一瞬、諦めがブレインサーキット内をよぎる。

 

「オプっち!!」

 

 その時、声が聞こえてきた。

 少し離れていただけなのに、酷く懐かしく聞こえる。

 

「クリティカルエッジ!!」

 

 女神化した状態で飛来したネプテューヌは、グリムロックの横っ面に攻撃した。

 痛みに咆哮を上げるグリムロックは、オプティマスから離れる。

 

「ネプテューヌ! 無事だったのか!」

 

「ギ…ア…!」

 

 二人の姿を見て、思わず安堵の声を出すオプティマスとバンブルビー。

 もちろんネプテューヌとネプギアも仲間と再会できて嬉しいが、喜んでいる暇はない。

 

「オプっち、これは何がどうなってるの!? どうして、みんなとグリムロックさんたちが戦ってるの!」

 

「ダイノボットのみなさん、何だかおかしいです!」

 

 異様な様子のダイノボットたちに、ネプテューヌたちも警戒心を煽られる。

 

「グリムロックたちは、メガトロンによって正気を失わされ、暴走させられているのだ!」

 

「なんですって?」

 

「なんてことを……」

 

 あまりの仕打ちに言葉を失う紫の女神姉妹。特にネプギアは、嫌がおうにもスティンガーのことが思い出され、厳しい顔になる。

 

「でも、ひょっとしたら……!」

 

 ネプテューヌは女神化を解いて地面に降り立ち、ネプギアもそれにならう。

 

「何を……、そうか! まだ姫君たちの言うことなら聞くかも知れない!」

 

 二人の思惑を理解したオプティマスに、ネプテューヌは頷き、そして声を出した。

 

「グリムロック! ストレイフ! スコーン! スラッグ! みんなやめて!」

 

「もう、戦わなくていいんだよ!」

 

 猛け狂う竜の化身たちに、臆することなく必死に語りかける二人の女神。その姿は、まさに伝説の再現だ。

 

「グ、グ……」

 

 それを聞いて、ダイノボットたちの動きが鈍くなる。

 だが今回は、前回と違う点がある。

 

「愚かな。セレブロシェル、出力最大」

 

 それが高台でプルルートと戦うショックウェーブの存在である。

 

「グ、グ、グルオオオオ!!」

 

 科学参謀が、深紫の女神の一瞬の隙を突いて機械を操作すると、グリムロックは咆哮を上げてネプテューヌたちに向かってくる。

 もはや一片の理性すら感じられない。

 

「「きゃあああ!!」」

 

 抱き合い悲鳴を上げるネプテューヌとネプギア。

 二人に大口を開けて迫るグリムロック。

 

「うおおおお!!」

 

 オプティマスは両者の間に割り込み、思い切りグリムロックの鼻先に拳を叩き込んだ。

 グリムロックは激痛にのけ反って鳴く。

 

「オプっち!」

 

 いつもの如く自分を守ってくれた鋼鉄の戦士に、笑いかけるネプテューヌだが、その横顔が憤怒に溢れていることに気付き驚く。

 

「……グリムロック!」

 

 オプティマスは溢れる怒りを抑えきれず叫んだ。

 

「貴様、主君と定めた姫君に牙をむくとは、それでも騎士か!!」

 

 そのままグリムロックに向かってジャンプし、さらなる一撃をあたえる。

 

「おまえたちの忠義とは、その程度の者だったのか!」

 

 さらに横合いから噛みつこうとしてきたスコーンを裏拳で殴り飛ばし、突進してきたスラッグの角を掴んで投げ飛ばす。

 

「誇りとは、その程度だったのかぁああ!!」

 

 そして上空から襲い掛かってきたストレイフをかわし、カウンターの要領で叩き落とす。

 

「お、オプっち、どうしたの……?」

 

「まあ、男の世界らしいわ」

 

 あまりの怒りっぷりに目を丸くするネプテューヌの横に、ノワールが降りてきて肩をすくめる。

 

「え? なにそれ?」

 

「色々あったのよ」

 

 首を傾げるネプテューヌに、さっきまで実質あなたを取り合ってたのよ、とは言わないでおくノワールだった。

 

「どこまでも論理性のない。オプティマスの限界だな」

 

 プルルートと鍔迫り合いを演じながら、ほんの僅かに嫌悪を滲ませるショックウェーブ。

 

「どこまでもぉ……、腹の立つ奴ねぇ!」

 

 メガトロンと互角とさえ言われるショックウェーブと対等の勝負を繰り広げるプルルートだが、その内心は隠しようもない……隠す気もないが……怒りに満ちていた。

 スティンガーのことといい、トランスオーガニックのことといい、どこまでも命と精神を軽視するショックウェーブに怒りを抱くなと言うほうが無理だった。

 

「あなたねぇ、命ってやつをぉ、何だと思ってるわけぇ!」

 

「生命とは『現象』だ。それに価値があるなどと言うのは非論理的な幻なのだよ」

 

 不出来な弟子に真理を説く賢者のように、穏やかな声のショックウェーブ。

 

「ふ~ん、ディセプナンとかお得意のぉ。有機なんちゃらは無価値っていうあれかしらぁ」

 

 そろそろ聞き飽きてきた妄言に、プルルートは半ば呆れる。

 だが、次にショックウェーブが語ったのは、そんなプルルートをして戦慄させるには十分だった。

 

「それは違うな。有機生命体が無価値なのではない。……金属生命体も含めたあらゆる生命に価値などないのだ。無論、私も含めて」

 

「……は?」

 

 プルルートには眼前の相手が何を言っているのか理解できなかった。

 そんなプルルートに、ショックウェーブはさらに語る。

 

「言ったはずだ。生命とは現象に過ぎないと。生命だけではない。世界も、宇宙も、次元も、単なる現象とその結果に過ぎず、付加価値などありはしない」

 

 穏やかな、どこまでも穏やかな声音の科学参謀。

 プルルートは一瞬、対峙している相手が金属生命体の形を取った虚無なのではないかと錯覚した。

 

「例外は唯お一人、メガトロン様のみ。メガトロン様だけが、この現象の総体に過ぎない無価値な世界で価値がおありなのだ……!」

 

 どこか興奮しているショックウェーブ。

 そして語られるのは狂気の忠誠心。

 

「ゆえにあらゆる生命はメガトロン様のためにその全存在を捧げることが義務である。宇宙のあまねく、物質、現象はメガトロン様のためにのみ存在することが真理である。なぜ、こんな簡単な方程式が理解できないのか、まったくもって理解に苦しむな」

 

 そこに彼の信条とする論理はない。あるのは、どこまでも盲目的な狂信だけだ。

 しかし、彼にとってはそれこそが真理なのだ。

 プルルートは今更ながらにとんでもない相手と戦っていることを理解した。

 

「あのダイノボットたちも、メガトロン様のお役に立つことで、ようやく道具となることができたのだ。喜ばしい……」

 

「フフフフフ♡」

 

「?」

 

 なおも語り続けるショックウェーブに、プルルートは笑う。

 

「素敵よぉ……。その狂気、ゾクゾクするわぁ」

 

 悪鬼のように凄惨に、毒婦のように妖艶に、そして乙女のように純粋に。

 

「ますます屈服させたくなったわぁ!」

 

「……やれやれ」

 

 珍しく深く排気するショックウェーブ。

 

 戦いは続く。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌとネプギアが現れても、なお好転しない状況。

 暴走を始めたトランスオーガニック。

 物語は終息に向けて走り出す。

 

 そして、別の場所でもまた。

 

  *  *  *

 

 ジャングルの奥。

 四体の戦士像に囲まれ、向かい合う二体の女性像。

 すなわち、セターン王国を護る四騎士と、彼らが忠誠を誓う姉妹姫を現した像だ。

 ネプギアたちが地下遺跡に迷い込むことになった、あの場所である。

 ここには女神、オートボット、ディセプティコン、ダイノボットが繰り広げる死闘の音も、暴走と増殖を続けるトランスオーガニックたちの唸り声も届かない。

 今だに喧騒から離れたこの場所は、一種の聖域めいた静謐さを保っていた。

 と、不意に向かい合う姉妹像が発光を始めた。

 白く清浄な光がだんだんと強くなっていき、そして光球となって像から離れる。

 二つの光球は、尾を引いて飛んで行く。

 

 混沌の戦場へ向かって……。

 




今回のトランスフォーマーアドベンチャーは!

待望のドリフト回。
うん、何というか問題はあれど実写よりは侍してた。
次回でTFADVもいったんお休み。
括目して見よう。

今回の小ネタ(?)解説。

テクノオーガニックフュージョナイザー
実は元ネタなし。それっぽい単語を並べた造語。
あえて訳すなら、『科学と有機物の合成機』だろうか。
よく分かんないネーミングの機械はTFではお馴染みなので……。

では、次回こそダイノボット編も終わり……の、はず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 ダイノボットの王国 

作者の見積もり以上に長くなったダイノボット編も、これで完結です。
なんとかまとめることができました。


 姫君と王国を護る騎士として、幸せに暮らしていた竜の騎士たちでしたが、あるとき空の彼方から『黒い神』が巨人たちを率いてやってきました。

 黒い神と巨人たちはとてつもなく強く、さすがの竜の騎士たちも苦戦を強いられました。

 それでもあきらめることなく竜の騎士たちは戦い続けました。

 あまりの戦いの激しさに大地は震え、山は火を吐きます。

 島の民は船にのって巨人たちから逃れましたが、姫君たちだけは最後まで残りました。

 長い戦いの末、ついに騎士たちは黒い神と巨人たちを追い返しました。

 だけど、騎士たちは深く傷つき、永い眠りにつかなければなりません。

 姫様たちは言います。

 

 いままでありがとう、と。

 

 騎士たちは言います。

 

 自分たちは、好きでやったのだ、と。この島が、王国が好きだからだと。

 

 こうして騎士たちは眠りにつき、姫君たちは自分たちを守ってくれた騎士たちを祭る巫女として生涯を通して祈り続けました。

 

 船に乗って島を脱出した人々は、長い航海の末に新しい土地を見つけ、そこに住むようになったそうです。

 その人たちこそが、今プラネテューヌに住んでいる人々の遠い遠いご先祖様だということです。

 

【古代プラネ民話 四人の騎士と姉妹姫】より一部抜粋。

 

  *  *  *

 

 戦いはなおも続いていた。

 ダイノボットたちの咆哮に、オートボットたちの雄叫びが重なる。

 普段から本能のままに戦うダイノボットだが、本能的なのと暴走しているのは違う。だからこそ驚異的な粘りを 見せる女神とオートボットだが、限界は当の昔に超えている。

 

「グリムロック! いい加減、目を覚ませぇえええ!」

 

 巨大な暴君竜に殴りかかるオプティマスだが、その金属の竜にはもう通用しない。

 セレブロシェルの効力が痛覚さえ麻痺させているのだ。

 

「このままじゃ……」

 

 ネプギアは魂に絶望がヒタヒタと忍び寄るのを感じた。

 だが、前回トランスオーガニックに襲われた時のような援軍はもう望めない。

 

「そうだ! 私に、いい考えがあるわ!」

 

 その時、ネプテューヌが何かを思いついた。

 

「ハイちゃんとヴイちゃんを、連れて来ればいいのよ!」

 

「そうか、本物の二人の言葉なら、届くかも!」

 

 ネプギアも笑顔になる。

 

「いや、それは不可能なんだ……」

 

 しかしオプティマスはどこか悲しそうに首を横に振った。

 

「最初にネプテューヌたちがセターン姉妹と会ったと言う、あの地下遺跡は、もう何千年も前の物だった……」

 

「それが何か……」

 

「そこには、あったんだ。……ヴイ・セターンと、ハイ・セターンの、墓が」

 

「「え?」」

 

 ネプテューヌとネプギアには、オプティマスが何を言っているのか理解できなかった。オプティマスは沈痛な面持ちで言葉を続ける。

 

「セターンの姉妹姫は、死んでいるんだ。……もう、何千年も前に。セターン王国は、遠い昔に滅亡しているんだ」

 

「そ、そんな……、じゃあ、私たちが出会った二人は……」

 

 まさか、幽霊だったとでも言うのか?

 言葉を失うネプテューヌとネプギア。

 全ての望みは虚しく絶たれた。

 もはやダイノボットを救う手だてはない。

 

「お願い、だれか……」

 

 ネプギアは祈った。誰かに祈るのは、女神として間違ったことだろう。

 それでも、祈らずにはいられない。

 だが、その祈りは虚しく大気に溶け……。

 

 そして、届いたのである。

 

『遅くなってすまない!』

 

 どこからか声が聞こえた。

 それはネプギアの脳内に直接響いてくる。聞き覚えのある声だ。

 

「ヴイさん!」

 

 地下遺跡で出会った不思議な少女、ダイノボットたちの真の主の一人。

 ヴイ・セターンの声が聞こえてきたのだ。

 

「ネプギア、どうしたの!?」

 

 突然動きを止めた妹に戸惑うネプテューヌだが、彼女の頭の中にも声が聞こえてきた。

 

『やっと動けるだけのシェアエナジーを得ることができました!』

 

「え、ハイちゃん!?」

 

 ヴイ・セターンの妹、ダイノボットのもう一人の主、ハイ・セターンの声だ。

 しかし、これはいったいどういうことか?

 

「どうしたんだ、ネプテューヌ!」

 

 戦いのさなか静止しているネプテューヌとネプギアに、グリムロックの尻尾をさけながらオプティマスが声をかける。

 

「オプっち! ハイちゃんの声がするの!」

 

「ヴイさんの声もです!」

 

「何だって!?」

 

 ありえないことを言い出す紫の姉妹に、オプティマスは戸惑う。

 さらに、どこからか二つの光球が飛来するに至り、さすがに混乱する。

 

『ネプテューヌ、ネプギア、今は時間がない』

 

『説明は後でします。お二人の体を貸してはいただけませんか?』

 

 今度はネプテューヌたち以外にも聞こえた。

 

「うん、いいよ!」

 

「私たちの体、使ってください!」

 

 間を置かずに紫の姉妹は変身を解き、頷く。

 

「ネプテューヌ、危険だ! 何が起こるか分からないのだぞ!」

 

「ギ…ア…『危ないよ~!』」

 

 それに驚き、心配そうな声を出したのはオプティマスとバンブルビーだ。

 しかし、ネプテューヌとネプギアの表情は、ある種の確信に満ちたものだった。

 

「大丈夫だよ、オプっち。……そんな気がするんだ」

 

「ビーも。心配しないで」

 

 そして二人は手を広げ、目を瞑る。

 二つの光球がネプテューヌとネプギアの体に重なり、溶け込んでいく。

 まばゆい光が辺りを見たし、その光の中に紫の女神たちの姿が消えた。

 

「え? 何!?」

 

「何なんだよ、この光は!」

 

「ネプギアちゃん、ネプテューヌ……?」

 

 ストレイフと空中戦を演じていたノワール、ブラン、ベールも異様な事態に面食らう。

 女神も、オートボットも、理性を失ったはずのダイノボットたちも動きを止める。

 

「何なのだ? この現象は……」

 

 そして、プルルートを砲撃していたショックウェーブもまた、自分の理解を超えた現象に微かに戸惑った声を出す。

 

 光りが治まった時、そこにネプテューヌとネプギアの姿はなかった。

 その代わりに立っていたのは、浅黒い肌に白い髪、南国風の衣服を纏い、蛇を模した髪飾りを着けた、ネプテューヌとネプギアによく似た少女たちだった。

 心配そうなオプティマスに、ネプテューヌに似たほうの少女……ヴイ・セターンが微笑みかける。

 

「鋼鉄の騎士よ、心配しないでくれ。貴公の姫君は無事にお返しする」

 

 そして、どこか葛藤するかのように震えるダイノボットたちに向き合うと、口を開いた。

 だが紡ぎだされるのはただの言葉ではない。

 

 ……歌だ。

 

 最初はハイの独奏(ソロ)だ。

 

 清水のように清らかな声で、母の優しさを、父の温もりを謳う。

 

 続いてヴイの独奏(ソロ)

 

 そよ風のような優しい声で、大地の雄大さを、大海の広大さを奏でる。

 

 女神も、オートボットたちも、ダイノボットたちさえ聞き入っている。

 

 そして、二人の歌声が重なる。

 

 歌が広がっていく。炎のように暖かに、風のように柔らかに、水のように清らかに、そして大地のように雄大に。

 それは生命の歌だ。あらゆる命を賛美する、生命賛歌だ。

 

 グリムロックは、自分の頭の中で過去の映像が激流のように流れていくのを感じていた。

 

 ――この歌だ。この歌に自分たちは敗れたのだ。

 

 そして、姉妹姫の部下となって様々なことをした。

 皆のために家を造り、河に橋を架けた。

 畑を耕し、木々を植えた。

 最初は嫌々だった。

 戦うために生まれた。それが存在意義だったのだ。

 でも姫君たちは、王国の人々は、それ以外のことを教えてくれた。

 いつしか、ダイノボットたちにとって、それはかけがえのないものになった。

 だから誓ったのだ。

 この国を、そこに住む人々を護っていこうと……。

 

「グ、グ、グ……!」

 

 荒ぶる闘争心に逆らい、グリムロックは無理やり騎士の姿へと戻る。

 そして、(スパーク)の底から咆哮を上げる。

 

「我……、我、グリムロック! セターン王国の騎士なり! 姫君以外の、何者の……、何者の指図も受けない!!」

 

 その瞬間、炎の騎士の体内を凄まじいエネルギーが駆け巡り、体内奥深くでグリムロックの神経系に取りついていたインセクティコンたちが跡形もなく消し飛んだ。

 他のダイノボットたちも同様に。

 それを察知し、ショックウェーブは彼らしくもなく動揺した声を上げる。

 

「論理的にありえない……。ありえないぞ、こんなことは……!」

 

「でも、彼らは目覚めたわぁ。あなたの論理とやらもぉ、そこが知れるわねぇ」

 

 そこへ容赦のない言葉を浴びせるプルルート。

 ショックウェーブは彼女を一瞬ギラリと睨むが、すぐさま身を翻しエイリアンタンクに変形して逃亡していった。

 歌を終えたヴイとハイは、ダイノボットたちを見回し優しくも厳しい笑みを浮かべた。

 

「騎士たちよ! 目を覚ましたか!」

 

 ヴイの声に、理性を取り戻したダイノボットたちは並んで跪く。

 

「姫様たち、面目ない……」

 

「すまない、俺としたことが……」

 

「反省……」

 

「俺、スラッグ。ごめんなさい……」

 

 全員で謝罪するダイノボットたちに、優しく笑うヴイとハイ。

 

「まったく、相変わらず手のかかる奴らだ」

 

「フフフ、そうですね」

 

 そして、今度はオプティマスに向かい合う。

 

「待たせたな、鋼鉄の騎士よ。貴公らの姫君を返すぞ」

 

「お二人の女神の力を少しだけ分けてもらいました。これで姿を保てるはずです」

 

 そう言って目を瞑ると、二人の体から光球が抜け出し、ネプテューヌとネプギアの姿に戻った。

 光球はやがて人の形になり、透けてはいるがヴイとハイの姿を取った。

 

「やー、人に体を貸すのって初めての体験だけど、思ってたより悪くなかったねー」

 

「うん。でもちょっと変な気分かも……」

 

 ネプテューヌは変わらず呑気に言い、ネプギアが苦笑する。

 異常のなさそうな二人を見て、オプティマスとバンブルビーはホッとした。

 

「姫様たち、その姿は……?」

 

 一方、グリムロックをはじめとしたダイノボットたちは混乱しているようだ。

 

「ダイノボット、我が騎士たちよ。我ら姉妹は、すでに死んだ身。この姿は皆とネプギアのシェアを使い、ネプテューヌたちの女神の力をほんの少し借りて作った仮の物に過ぎないのだ」

 

「姫様たちが……、死んだ!?」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「……」

 

「俺、スラッグ! そんなの有り得ない!」

 

 驚愕するダイノボットたち。

 だが、ハイは目を伏せる。

 

「本当です。私たちだけではありません。セターン王国は、遠い昔に滅びたのです」

 

「そんな……」

 

 あまりのことに、頭を垂れるダイノボットたち。

 ヴイとハイは再びダイノボットを見る。

 どこか涙をこらえているようにも見える騎士たちに柔らかい笑みを浮かべる姉妹姫だが、すぐに真面目な顔になる。

 

「騎士たちよ! 今、この島に危機が迫っている! 命の理を外れた者たちが、島を覆い尽くさんばかりに数を増やしているのだ!」

 

 ヴイの上げる朗々たる声に、ネプテューヌも思い出した。

 

「そうだ! 大変なんだよ、オプっち! 木偶の虎お酢浮遊城サイザーから、トランスオーガニックがいっぱい出てきてるんだよ!」

 

「お姉ちゃん、それじゃ分かんないよ……。あの、テクノオーガニックフュージョナイザーっていうのは、トランスオーガニックを作り出す機械なんです。それが暴走して、どんどんトランスオーガニックたちを作ってるんです! もうディセプティコンの言うことも聞かないみたいで、このままだと大変なことになるかも!!」

 

 姉の言葉を補足するネプギア。

 セターンの姉妹姫は大きく頷いた。

 

「その通り、放っておけばこの島は愚か、ゲイムギョウ界に災いをもたらしかねない。……騎士たちよ、もう一度だけ、戦ってはくれまいか」

 

「虫のいい話だとは、分かっています。自由を愛するあなたがたを何千年も縛りつけて……」

 

「それ、違う!」

 

 ハイの言葉をさえぎり、グリムロックは声を上げた。

 

「我ら、この国が、この島が好きだから、護った! 我らの意思で、護った! これからも、護り続ける!!」

 

 堂々たるグリムロックの宣言に、他のダイノボットたちもそうだそうだと同意する。

 

「皆……、ありがとう」

 

「ありがとうございます。本当に……」

 

 涙ぐむ姫君たちに、ダイノボットたちは力強い笑顔を見せる。

 

「その言葉、前にも聞いた。だから、同じ言葉、返す。我ら、好きでやっている!!」

 

「俺たちはさ、この島が大好きなんだ! だから姫様たちが気にすることじゃないよ!」

 

「同意!」

 

「俺、スラッグ! 難しいこと分からないけど、姫様たち、大好き!」

 

 どこまでも純粋に、それでいて誇り高いダイノボットたちの姿に、姉妹姫は破顔した。

 グリムロックは改めて宣誓する。

 

「ダイノボット、出陣する! セターンを脅かす者に、滅びを!!」

 

「「「応」」」

 

 武器を掲げ、鬨の声を上げるダイノボットたち。

 そこに声をかける者がいた。

 

「待ってくれ! 私も共に行かせてはくれないか!」

 

 セターンの姉妹姫と騎士団の再会に、今まで口を挟まなかったオプティマス・プライムだ。

 しかし、グリムロックはゆっくりと首を横に振る。

 

「オプティマスたちには、迷惑かけた。ここからは、我らの戦い!」

 

「ディセプティコンが相手なら、私にとっても他人事ではない!」

 

 頑としてゆずらないオプティマス。

 ネプテューヌは苦笑する。

 

「連れてったほうがいいと思うよー。こうなると、オプっちは絶対に曲がらないからねー」

 

「まったくだ。困ったヒトだよ、ホント」

 

 ジャズもそれに同意する。

 他の女神もオートボットもウンウンと頷きながら、武器を構える。自分たちも参戦する気満々だ。

 しばらくオプティマスの顔を真っ直ぐ見ていたグリムロックだったが、やがて重々しく口を開いた。

 

「……分かった。でも、丸腰で戦う、危険。ついて来る」

 

 それだけ言って、グリムロックは歩き出した。

 顔を見合わせる女神とオートボットだが、オプティマスは迷わずついていく。

 ネプテューヌはヤレヤレと肩をすくめながらも、それを追うのだった。

 

  *  *  *

 

 やがてグリムロックは、滝の流れ込む泉の前で止まった。

 滝の飛沫が虹を作り出し何とも美しい泉だが、その中に不思議な物がある。

 泉の中央に岩が突き出て、そこに一本の剣が刺さっているのだ。

 

「グリムロック、これは……?」

 

「これぞ、勇者の剣。人呼んで、テメノスソード」

 

「おおー! 伝説の剣的なアレ、キターッ!!」

 

 オプティマスの問いに厳かに答えるグリムロックとはしゃぐネプテューヌ。

 

「この剣は、かつて英雄が使っていた剣だ。貴殿になら使いこなせるだろう」

 

「さあ、鋼鉄の騎士よ。剣を抜くのです」

 

 ヴイとハイが剣の左右に並び、オプティマスに剣を抜くよう促す。

 一つ頷いたオプティマスは泉の中へと入り、剣の前に立った。

 そして剣の握りに手をかけ力を込める。

 すると、ゆっくりと剣は岩から抜けた。

 誰もが括目する中で、オプティマスはテメノスソードを顔の前に掲げる。

 示し合わせたようにオプティマスの手に調度いい大きさで、無地だった柄には彼と同じ赤と青のファイアーパターンが浮かび上がる。時を経ているにも関わらず錆一つなく輝く刀身には古代の文字が刻まれていた。

 

「おおー! 何か凄いねー!」

 

 最初に声を上げたのはネプテューヌだ。

 確かにテメノスソードは、神秘的ながらも言い知れぬ凄みを放っている。

 二、三度剣を振ってみると、太古の剣はリンと空気を切った。

 

「やー、確かに立派なもんだ!」

 

 と、どこからか知らない声が聞こえた。

 全員がそちらを向くと、木々の合間からヒョコヒョコと小さなトランスフォーマーが姿を現した。

 ディセプティコンを脱走してきたブレインズだ。

 

「貴様、ディセプティコンだな」

 

「まてって! 俺はもう、ディセプティコンは抜けたんだよ!」

 

 ブレードを構えるミラージュに、ブレインズは慌てて両手を上げて戦う意思がないことを伝える。

 訝しげな視線を向ける一同に、ブレインズは次の手を打った。

 

「まじだって! ほら、こうしてアンタらのお友達も連れてきたんだぜ!」

 

 そう言って示す先には、小さな影が二つ。

 

「ああー! ねぷてぬだー!」

 

「ああ、ホントにいたよ……」

 

 それはピーシェとホィーリーだった。

 基地に置いておくのは危険というスタースクリームの判断により、ブレインズとともに逃がされたのだ。

 

「ぴーこ!」

 

「ピーシェちゃん!」

 

 ネプテューヌとネプギアは笑顔のピーシェに駆け寄り、抱き寄せる。

 意味はよく分からずとも無邪気に笑うピーシェに、ネプテューヌは厳しい顔になった。

 

「ぴーこ! 悪い奴らやモンスターに見つからなかった? この島は今危険なんだよ!」

 

「うーうん、わるいやつとはあってないよ!」

 

 ニコニコとして答えるピーシェ。

 オプティマスは誰からも心配されていなくてふてくされているホィーリーに真偽をたずねる。

 

「本当か?」

 

「ああ、うん。まあピーシェを傷つけようとするようなのには、合わなかったな」

 

 利用しようとしてるのは会ったけど。とは言わず適当に誤魔化すホィーリー。

 これ以上、この話を続けるのはマズイと判断し、ブレインズは話題を変える。

 

「それはともかく……、あんたら、ディセプティコンの基地を襲うんだろ? だったら、俺の情報が必要なんじゃねえか? 俺はこう見えて、基地の制御をしていたんだ」

 

「何が目的だ?」

 

 ジャズが警戒した調子で問うと、ブレインズはニヒルに笑う。

 

「自由と安全。それさえくれりゃ言うことねえや」

 

「……いいだろう。情報を話してくれ」

 

 オプティマスはそれを承諾した。

 敵の情報はあるに越したことはない。

 ブレインズはニヤリと笑うと話し出した。

 

「トランスオーガニックは、テクノオーガニックフュージョナイザーで生産されてんのは知ってんな。実は、そのフュージョナイザーこそがトランスオーガニックの弱点でもあるのさ。トランスオーガニックは、フュージョナイザーから発せられるエネルギー波を浴びていないと、その生命を維持できない。つまり、フュージョナイザーを破壊しちまえば、全てのトランスオーガニックは死に絶えるってわけ」

 

「話は決まったな。じゃあ、そろそろ行こうや。俺のキャノン砲が、ディセプティコンを吹っ飛ばしたくてウズウズしてるぜ!」

 

「そうね。今日こそディセプティコンの奴らを三枚に下ろしてやるわ!」

 

 物騒なことを言い出すアイアンハイドとノワール。

 苦笑する一同だが、ダイノボットたちは歓声を上げ、オプティマスは厳かに頷いた。

 

「ああ、では行こう。……オートボット、出動(ロールアウト)!!」

 

 さあ、戦いだ!!

 

  *  *  *

 

 場所は変わってディセプティコン臨時基地の地下。

 何重もの隔壁で閉鎖されたここには、トランスオーガニックもまだ近づいていない。

 広大な空間が構えられているここで、メガトロンは脱出の指揮を取っていた。

 と、閉鎖されていた扉が開き、そこからエイリアンタンクの姿のショックウェーブが現れ、メガトロンの前で変形すると恭しく跪く。

 

「申し上げます、ダイノボットがセレブロシェルの影響を逃れました。論理的に考えて、彼奴らはオートボットと組んで、この基地を襲撃してくるものと思われます」

 

「何だと! ショックウェーブ、貴様、あの洗脳から覚めることはないって言ったじゃねえか!」

 

 ショックウェーブの報告を聞いて声を上げたのは、メガトロンではなく傍らに控えていたスタースクリームだ。

 メガトロンは跪くショックウェーブを見下ろしながら、スタースクリームに問う。

 

「後、どれくらいで発進できる?」

 

「へ? あ、はい、まだ少しかかります。何せ急なことだったんで……」

 

「急がせろ。それと……」

 

 短く指示を出し、ショックウェーブを見るメガトロン。

 

「失態だな、ショックウェーブ」

 

「はッ、咎は何なりと……」

 

「では、ついてこい。発進までの時間を稼ぐぞ。……スタースクリーム、貴様はここで指揮を取れ」

 

 それだけ言うと、メガトロンは半ば唖然とするスタースクリームを後目に、立ち上がったショックウェーブを引きつれて、戦場へと向かうのだった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコン臨時基地、正門前。

 すでに基地の地上部分はトランスオーガニックであふれかえっている。

 敵の攻撃を防ぐための高く分厚い壁が、大部分の飛行能力を持たないトランスオーガニックを閉じ込めることになったのは、皮肉である。

 無限の暴力衝動に突き動かされるトランスオーガニックたちは、獲物を求めて正門を破ろうとしている。

 もちろん知恵などないので、体当たりや引っ掻きが関の山だが。

 と、地響きが聞こえてきた。

 ほんの僅かに動きを止めるトランスオーガニックたちだが、すぐに門への攻撃を再開しようとする。

 

 次の瞬間、正門が外側から吹き飛んだ。

 

 倒れてくる門扉の下敷きになって、何体ものトランスオーガニックが潰れる。

 その上を駆けていく者たちがいる。

 巨大な金属の竜が四体。ダイノボットだ。

 角竜スラッグがアイアンハイドを、翼竜ストレイフがジャズを、棘竜スコーンがミラージュを、そして暴君竜グリムロックがオプティマスをその背に乗せ、それぞれの横に大剣を振るうノワール、光弾を次々撃ちだすブラン、長槍を投擲するベール、太刀を構えるネプテューヌと、蛇腹剣を舐めるプルルートが女神化した状態で並んで飛ぶ。

 ネプギアとバンブルビー、ジョルトは、今度こそピーシェたちがついてこないように見張っている。

 ドラゴン型がスラッグの突進に跳ね飛ばされ、さらにアイアンハイドの砲撃とノワールの斬撃で粉みじんになる。

 ミラージュが素早く背から降りるとスコーンは高く跳び、背中から落下して長い棘でトランスオーガニックたちを串刺しにする。

 空を往くストレイフに跨ったジャズは、鳥形や虫型のトランスオーガニックをまるでシューティングゲームのように次々と撃墜していく。

 そして、グリムロックの背から降りたオプティマスはテメノスソードを振るって並み居るトランスオーガニックを斬り伏せていく。

 その姿は、まさに伝説の一場面から抜け出てきたようだ。

 女神たちも負けてはいない。

 ノワールの大剣が、ブランの戦斧が、ベールの長槍が、ネプテューヌの太刀が、機械仕掛けのゾンビたちを切り裂き、粉砕し、貫き、薙ぎ払う。

 それでも、なおも、トランスオーガニックは無限に湧き出してくる。

 

 やはり、大本を潰さねばならないのだ。

 

「ゆえに、このまま突き破るのみ! 基地を破壊するのだ!」

 

「応! ダイノボット、突撃!!」

 

 ダイノボットたちはオプティマスの号令にさらなる進撃を続ける。

 壁をぶち破り、トランスオーガニックを蹴散らして、奥へ奥へと。

 それを阻める者はいない。

 いくつめかの隔壁を打ち破ったところで、オプティマスたちは巨大な機械を見つけた。

 ネプテューヌが声を上げる。

 

「オプっち、グリムロック、これよ!」

 

「よし! グリムロック、破壊しろ!!」

 

 女神と総司令官の声に応え、グリムロックは咆哮とともに轟炎を吐く。

 超高温が機械の中枢を破壊し、テクノオーガニックフュージョナイザーは、あっけなくその機能を停止したのだった。

 全てのトランスオーガニックも、もろともに。

 ゼンマイの切れた玩具のように動きを止めたトランスオーガニックたちは、それこそ日光に当たった吸血鬼のように、粒子に還るのだった……。

 

「……終わったか」

 

「こうしてみると、あっけない物ですわね」

 

 ブランとベールはホッと息を吐く。

 この島に来てからと言うもの、息つく間もない戦いの連続だった。

 しかし、アイアンハイドは、まだ砲を降ろさない。ノワールは訝しげに彼を見た。

 

「アイアンハイド?」

 

「気をつけろ! 何か来るぞ!」

 

 ダイノボットたちも、グルルと喉を鳴らして警戒している。

 やがて地響きが起こり、だんだんと大きくなっていく。

 そして、床を突き破って巨大な機械ミミズが姿を現した。

 ドリラーだ。

 

 さらに。

 

「オプティマァァス!!」

 

 横合いからエイリアンジェット姿のメガトロンが飛来したかと思うと、グリムロックの背に跨っていたオプティマスに体当たりをかまし、彼を浚っていった。

 二人はもみあいながら床に転げ落ちる。

 

「オプっち!」

 

 慌ててそれを追おうとするネプテューヌだが、ドリラーの触手がそれを阻む。

 

「君たちには、少し付き合ってもらおう」

 

 そう言いつつドリラーの操縦席から降りてくるのは、ショックウェーブだ。

 

「あらあらぁ、いくらあなたとミミズちゃんが強くてもぉ、この全員を相手にするのはぁ、論理的とは言えないわねぇ」

 

 ネプテューヌの隣に並んだプルルートが、『論理的』の部分を強調して嗤う。

この数の差に加えてダイノボットまでいるのだ。ショックウェーブに勝ち目があるとは思えない。

 

「心配は無用だ。君たちの相手は用意してある」

 

 そう言ってショックウェーブがパチリと指を鳴らすと、部屋の壁や床、天井を破壊して全部で五つの影が現れた。

 一つは巨大な類人猿。だが腕と頭部が金属で補強されていて、騎士の姿のグリムロックにも並ぶ巨体だ。

 二つ目はジャズと同じくらい影。豹を思わせる容姿だが二足歩行で、機械仕掛けの両手には剣を握っている。

 三つ、金属で補強された巨大な猛禽。

 そして最後に、蔓や根っこが絡まりあって女性を模している存在だ。下半身からは何本もの蔓や根が触手のように伸び、蠢いている。

 

「な、なんなのよ、こいつらは!」

 

 その不気味な姿にノワールが声を上げると、ショックウェーブが頼んでもいないのに説明を始める。

 

「彼らは、トランスオーガニックの第二世代だ。これまでのトランスオーガニックはフュージョナイザーからのエネルギー波を浴びていないと生命を維持できないという特性上、この島から出られないという弱点を抱えていた。だが体内にエネルゴンクリスタルを埋め込むことでこの弱点を克服したのだ。名付けて、ビーストマシーンズ」

 

 淡々と語るショックウェーブに、一同は改めて怒りを感じる。

 どうやらこの怪物たちも、ショックウェーブの狂気の被害者らしい。

 

「王国を荒らす者! 叩き潰す!!」

 

「援護するわ!」

 

 グリムロックが咆哮とともに類人猿型に向かって行き、ネプテューヌもそれに続く。

 

 いよいよ、最後の戦いだ!

 

「俺、スラッグ! こいつら嫌い!」

 

「同感だぜ! ぶっ潰してやる!」

 

「遠慮は無用ね!」

 

 スラッグが植物型に突撃していき。その上のアイアンハイドが容赦なく砲撃し、殺到する蔓をノワールが切り裂く。

 だが、与えたダメージはアッと言う間に回復された。

 突撃と砲撃で開いた穴は塞がり、新たな蔓が生えてくる。

 

「これじゃキリが無い!」

 

「俺、スラッグ! 回復するなら、回復しなくなるまで、攻撃すればいい!」

 

 声を上げるノワールに脳筋全開なことを言うスラッグ。

 

「まあ、それしかないわな! 全力でいくぞ!」

 

 アイアンハイドの声に、スラッグは歓声を上げて突撃を再開しつつ、口から炎を吐いていく。

 

「ああ、もう! 脳筋ばっかりなんだから!」

 

 愚痴りつつも、ノワールもまた剣に炎を纏わせる。

 スラッグの炎に蔓と根が焼かれ、砲撃が体積を削っていく。

 

「ヴォルケーノダイブ!!」

 

 最後に、ノワールの剣が大上段から植物型を真っ二つにする。

 叫び声を上げて、植物型は炎の中に消えた。

 

「早いな」

 

「クソッ! 攻撃が当たらねえ!」

 

「小癪!」

 

 目にも止まらぬ速さで動き回る豹型に、ミラージュとブラン、そしてスコーンは翻弄されていた。

 色つきの風のようですらある豹型のスピードに三人は追いつくことはできない。

 

「どうする?」

 

「こういう時は決まってんだろ。『歩調を合わせる』んだよ」

 

 ブランの言葉に、ミラージュは一つ頷くと透明化して姿を消す。

 一瞬混乱した様子の豹型だったが、すぐさまブランへと斬りかかってきた。

 しかし、現れたミラージュに後ろから斬られる。

 それを華麗にかわす豹型だが、さらに『もう一人』現れたミラージュが、その背後から斬りつける。

 最初のミラージュは、立体映像だったのだ。

 

「ツェアシュテールング!!」

 

 豹型が動きを止めた瞬間、ブランの戦斧が横薙ぎに振るわれ、豹型はとっさに両手の剣を交差させて防御するも、壁まで吹っ飛ばされる。

 何とか立ち上がろうとする豹型だったが。

 

「必殺!!」

 

 背中から落ちてきたスコーンに串刺しにされ、あえなく息絶えるのだった。

 

 基地を飛び出し猛禽型に空中戦を挑むのは、ストレイフに跨ったジャズと、それに随伴飛行するベールだ。

 猛禽型が機銃やミサイルをばらまき、双頭の翼竜と緑の女神を撃ち落とそうとする。その姿はさながら生きた戦闘機だ。

 しかし、ストレイフはその全てを回避して見せる。

 

「どうだい、俺の飛行テクニックは!」

 

「イヤッハー! 最高だぜ!」

 

 戦闘中だというのに気楽なストレイフとジャズ。

 

「まったく、二人とも呑気なんですから……」

 

 呆れた様子のベールだが、苦笑を浮かべる余裕があるあたり彼女も大概だ。

 その態度を馬鹿にされたと取ったのか、さらなる弾幕を張る猛禽型。

 

「しかし、このままじゃジリ貧だな。いっちょ、派手にいくか!」

 

 そう言うやストレイフは騎士の姿に戻る。

 

「イヤッホーーー!!」

 

 当然空中に放り出されるジャズだが、むしろこのスカイダイビングを楽しんでいる。

 ベールもいったんトランスフォーマーたちから離れる。

 突然三つに分かれた標的に混乱する猛禽型だが、次の瞬間ストレイフのボウガン、ジャズのクレッセント・キャノン、ベールのシレットスピアーの集中砲火を喰らい、針ネズミのようになって地上に落ちていった。

 それを確認したストレイフは翼竜に変形するとジャズを回収するのだった。

 

 そしてグリムロックは、暴君竜の姿で類人猿型と戦っていた。

 噛みつこうとするグリムロックだが、類人猿型は素早く上下の顎を掴み、口を無理やり閉じさせる。

 お互いの大怪力ゆえに膠着状態に陥る暴君竜と大猿人。

 

「クロスコンビネーション!」

 

 だが類人猿型の背中に向けて、ネプテューヌが剣技を放った。

 たまらずグリムロックを放してしまう類人猿型だが、すぐに体勢を立て直す。

 

「グルオオオ!! 我、グリムロック! もう怒った!」

 

 怒りの咆哮を上げ、騎士の姿に戻るグリムロック。しかし、その手にメイスはない。

 

「おまえ、素手で叩き潰す!」

 

 なんとグリムロックはこの機械仕掛けの大猿人と殴り合おうと言うのだ。

 類人猿型は胸板をドラミングしてからグリムロックに殴りかかる。

 顔面に拳を叩き込まれるグリムロックだが、ひるまず殴り返す。

 ストレート、フック、アッパーカット、ボディブロー。

 金属の拳と拳がぶつかり合い火花を散らす。

 お互いよけも防御もしない純粋な殴り合い。これぞ原始の戦いだ。

 あまりのことにネプテューヌは割って入ることができない。

 やがて地力の違いからか、先に膝を着いたのは大猿人だった。

 

「グルルルゥ! これで、止め!!」

 

 そして最後の一撃が、類人猿型の胸板に突き刺さる。断末魔の悲鳴を上げ、仰向けに倒れる大猿人。

 

「おまえ、中々強かった。……できることなら、違う形で、会いたかった」

 

 しかし、グリムロックに勝利の余韻はなかった。

 騎士として戦士として、また男として、狂気の犠牲になった強敵に哀悼を示すのみだった。

 

 蛇腹剣を振り回すプルルートに対し、ショックウェーブの乗り込んだドリラーの触手が迫る。

 

「あら、触手プレイがお好み? ショッ君たら大胆ねぇ」

 

『いったい何を言っているんだ、君は』

 

 戦闘中でも蠱惑的に笑むプルルートに、ショックウェーブは若干呆れたような声を出す。

 

「もう、つれないわねぇ……、ファイティングヴァイパー!」

 

 無数の触手を潜り抜け、雷を纏った蛇腹剣を繰り出すプルルート。

 しかし、巨体のドリラーは攻撃が直撃しても、大したダメージを受けた様子はなく、大口を開けて深紫の女神を飲み込もうとする。

 ヒラリとかわすプルルートだが、巨大ドローンを前に攻めあぐねていた。

 

『攻撃は無駄なことだよ。論理的に考えて、君の攻撃はドリラーに致命的なダメージを与えることはできない』

 

「どこまでも論理、論理ってうるさいわねぇ。それならその論理……」

 

 プルルートは凄惨な笑みを作った。自信と怒りに満ちた笑みだ。

 

「私が超えてやるわぁ……!」

 

『…………!』

 

 その言葉が発せられた瞬間、ドリラーが動きを止める。

 ハテと首を傾げるプルルートだが、すぐにドリラーからショックウェーブの声が聞こえてきた。

 

『ふざけたことを言う……!!』

 

 それはこれまでとは違い、明らかな怒りを滲ませた声だ。

 

『論理を超えるのはメガトロン様のみ。君にできるものか……!』

 

 ショックウェーブと一体化したドリラーは、さらに触手を振り回す。

 

「……ッ! ショッ君ったら激しいわねぇ!」

 

 これまでよりも激しい攻撃をプルルートはかわし続けるが、一本の触手がその妖艶な体に叩き付けられた。

 弾き飛ばされたプルルートは、床に落下する。

 

「くッ……!」

 

『どうやら口だけだったようだな……!』

 

 立ち上がろうとするプルルートに止めを刺すべく、ショックウェーブに操られたドリラーは触手を振るう。

 だがプルルートは触手が突き刺さるより先に高く飛び上がった。

 そしてそのまま、ドリラーを飛び越えて上昇していく。

 

『何を……』

 

「言ったでしょう? 論理なんか超えてみせるってぇ!」

 

 そして、蹴りの姿勢でドリラーに向けて急降下を始めた。

 

「とっておきよぉ! サンダーブレードキイィィック!!」

 

 雷を全身に纏い、ドリラーに向け突撃するプルルート。

 ドリラーは大口を開けて迎え撃つが、プルルートはよけるどころか大口に飛び来んだ。

 

『!?』

 

 さすがに驚くショックウェーブ。

 プルルートの体は雷のエネルギーに守られ、ドリラーの回転シュレッダーは彼女を傷つけることができず破壊されていく。

 そのまま体内の機構を破壊しながら直進したプルルートは、ドリラーの背部を破って飛び出してきた。

 床に無事着地するも、さしもにふらつく。

 

「はあっ……、はあっ……、どうかしらぁ!」

 

『ば、馬鹿な……!?』

 

 ショックウェーブは驚愕しながらも操縦席のコンソールからドリラーの中枢部……パーソナルコンポーネントを抜き取って脱出する。

 音を立てて着地したショックウェーブの後ろで、ドリラーは火花を散らしながら倒れ伏すのだった。

 

 オプティマスはメガトロンのフュージョンカノンをかわしながら突っ込んでいく。

 デスロックピンサーを展開しそれを受け止めるメガトロン。

 

「フハハハ! 何だそのボロ剣は!」

 

「これは、騎士の剣! 誇り高き戦士の武器だ!」

 

 鍔迫り合いを繰り広げながら吼えるオプティマスを、メガトロンは嗤う。

 

「そんな物が何の役に立つ! そんな剣は貴様の誇りもろともへし折ってくれるわ!」

 

 いったん距離を取り、横薙ぎに斬りかかるメガトロン。

 オプティマスもそれを受け止める。

 幾度となく切り結ぶ二人だが、徐々にメガトロンが圧倒しはじめた。

 あたりまえだ。メガトロンは元剣闘の王者なのだから。

 それでも、オプティマスの闘志は折れない。

 

「死ねい、オプティマス!!」

 

「私は死なんぞ、メガトロン!!」

 

 大上段から斬撃を繰り出してくるメガトロンに、こちらも大上段で迎え撃つオプティマス。

 二人の剣が交差し、そして……、デスロックピンサーが砕けた。対するテメノスソードは刃こぼれ一つない。

 

「なんだと!?」

 

 驚愕するメガトロンだがすぐに立ち直り、フュージョンカノンに変形させてオプティマスを撃つ。

 だが、放たれた光弾はオプティマスの振るうテメノスソードに弾かれた。

 だとしても、メガトロンの闘志は折れない。

 再度フュージョンカノンを発射しようとするメガトロンだが、そこへスタースクリームから通信が入った。

 

『発進準備ができましたぜ!』

 

 怒りを向き出しにして、まだふらついているプルルートに粒子波動砲の照準を合わせるショックウェーブ。

 

「……よくも!」

 

 それを見て、プルルートはニヤリと笑う。

 

「あらぁ、ようやくマトモな感情を見せてくれたわねぇ」

 

「死ねえ!!」

 

 だが、粒子波動砲を発射するより早く、メガトロンの声が響いた。

 

「準備ができた! 撤退するぞ!」

 

 主君の呼びかけに、科学参謀は怨嗟を込めた視線で深紫の女神を睨みつつ撤退するのだった。

 オプティマスと睨み合いながら、メガトロンは言う。

 

「ククク、貴様らも早く逃げたほうがいいぞ。今しがたこの基地の自爆装置を作動させたのだ」

 

「何だと!? そんな情報はないぞ!」

 

 驚愕するオプティマス。

 ブレインズはそんなこと一言も言っていなかった。

 ニヤリとメガトロンは顔を歪める。

 

「ふん! どうせブレインズから得た情報だろが、奴が知らないのも当たり前だ。自爆装置を仕込んでおいたのは、基地を建造する前だからな。時間の経過とともに地下のエネルゴンクリスタルに過負荷がかかり、爆発する仕掛けなのだ!」

 

 メガトロンはそれだけ言うと、エイリアンジェットに変形して飛び去った。

 

 ――仮に今の話が本当だとするならここにいるのは危険だ!

 

 オプティマスの決断は早かった。

 

「総員、撤退だ! 基地が爆発する!!」

 

  *  *  *

 

 急いで脱出した女神とオートボット、そしてダイノボット。

 一同が基地から離れた瞬間、基地の基底部から爆発を始め、崩れていく。

 そして大爆発が起こり、基地は完全に爆炎の中に消えた。

 だが炎の中から浮上してくる物がある。

 それは深海の古代魚を思わせる姿をした巨大な何かだ。

 

「あれは……、ディセプティコンの戦艦か! なぜこんな所に……?」

 

 オプティマスの疑問に答えることなく、戦艦はバーニアを吹かせて飛び去る。

 ディセプティコンたちを乗せて……。

 

  *  *  *

 

 ともあれ、トランスオーガニックは滅び、ディセプティコンは去った。

 島に平和が戻ったのだ。

 迎えの船が来るまで、まだ少しある。

 

「やーだー! 金髪巨乳がいい! 金髪巨乳といっしょに行くー!!」

 

 オートボットに連行、もとい保護されることになったブレインズが、ベールの足にしがみついて喚いているのが見えた。

 当のベールは困った顔をしている。

 

 薄く微笑むとオプティマスは、ネプテューヌとネプギアと話しているヴイ・セターンとハイ・セターンのほうへ歩いていく。

 ヴイとハイもそれに気づき、鋼鉄の騎士に向き直る。

 オプティマスは跪くと、背中からテメノスソードを抜き、恭しく掲げた。

 

「姫君たちよ、剣をお返しする」

 

 姉妹姫は微笑んだ。

 

「鋼鉄の騎士よ、それは貸したのではない。剣は貴公の物だ」

 

「剣は、岩から引き抜いた者の物。遠い昔からの決まりです」

 

「しかし……」

 

 こんな立派な剣をホイホイともらって良いものか?

 渋るオプティマスを見て、ネプテューヌが声を上げた。

 

「もう、オプっちったら! くれるって言ってるんだからもらえばいいじゃん!」

 

「そうだ、オプティマス。立派な戦士には、立派な剣が必要」

 

 後ろについて来たグリムロックも同意する。

 オプティマスは剣を受け取ることにした。

 

「……分かった。セターンの姫君たちよ、確かに剣は拝領した」

 

 厳かに礼をして、オプティマスは剣を背中にしまう。

 それを見て、笑むヴイとハイ。そしてネプテューヌとネプギア。

 オートボットとダイノボットの長は、そこから少し離れて高台に登り、仲間たちが仲良くしているのを並んで眺めた。

 

「色々、迷惑をかけた」

 

「もういいさ」

 

 潔く頭を下げるグリムロック。オプティマスは笑って許した。

 しばらく、黙っていた二人だったがオプティマスのほうから口を開いた。

 

「……我々とともに行かないか? 皆が来てくれれば、心強い」

 

 しかし、グリムロックは首を横に振る。

 

「言葉は、嬉しい。でも、やっぱり、ここが我らの、故郷。ずっとずっと、護ると決めた」

 

「そうか……」

 

 ならば、もう何も言うまい。

 グリムロックはオプティマスのほうを向いた。

 

「オプティマス、友よ。この借りは、いつか返す。ゲイムギョウ界に危機が訪れた時、共に戦おう」

 

 厳かな言葉に、オプティマスもまた厳かに頷く。

 

「我らはずっと、ここにいる。この島に、姫君たちと共に……」

 

「……ダイノボットの護る島。ダイノボット・アイランドか」

 

 何気なく言ったオプティマスの言葉に、グリムロックは破顔した。

 

「ダイノボット・アイランドか。……いいな。気に入った」

 

 二人の騎士は、笑い合うのだった。

 

「オプティマス。おまえの姫君、必ず守れよ」

 

「ああ、もちろんだとも」

 

  *  *  *

 

 こうして島は平和を取戻し、騎士たちと姫君たちは、また楽しく暮らすようになったそうです。

 

 めでたし、めでたし……。

 

~中編 Kingdom of Dinobots~ 了




今週のTFADVは。
ゲスいぞサイドスワイプ。カワイイぞストロングアーム。
こっちもノリは軽いけど、猛者ばっかりのD軍。
そのD軍相手に互角に戦えるまでに成長したA軍。
これで、いったんTFADVもお休みか。
秋が楽しみだ。QTF二期もね。

今回の小ネタ

テメノスソード
予想されてるかたもいらっしゃいましたが、ここで入手。
しかし、オプティマスをパワーアップする力はありません。
その代わり、メガトロンの武器を上回るトンでも武器に。
※テメノスソードが正式名称とのご指摘があり、そちらに名称変更いたしました。

ビーストマシーンズ
ビーストウォーズリターンズの海外名。
内約は、イボンコ、校長先生志望、パタパタ犬(元)、葉っぱ夫人。
……違うんです、リターンズが嫌いなんじゃないんです。
ただ、敵役クリーチャーとして出してみたら、異様にハマっただけなんです。

ディセプティコンの戦艦
ダークサイド・ムーンでワンサカ出てきたアレ。

ヴイ・セターン、ハイ・セターン
その正体は、かつて滅んだセターン王国の王女姉妹の幽霊(?)。
原作では明言されていないが、おそらく女神。

次回は、(作者の)息抜き的な話になる予定。

……そろそろ登場人物とか、用語とかまとめたほうがいいでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 超短編を三つほど

今回は、息抜き的な話を三つほど。
作者がやりたいことやってみただけなので、どうぞ肩の力を抜いてお楽しみいただければ幸いです。

その前に、前回の感想覧にて、ご不快に思われるだろう傲慢な表現をしてしまいました。
ご気分を害された皆様に、この場を借りてお詫び申し上げます。

※オプティマスの新武器の描写を多くしました。
※新登場のキャラの描写を直しました。


 ‐part1:無人島と言えば、個人的にこのイベント‐

 

 

 セターン王国改め、ダイノボット・アイランドからディセプティコンを追い払った女神とオートボット。

 迎えの船が来るまでは時間があり皆でノンビリしていた時に、ネプテューヌがこんなことを言い出した。

 

「お風呂入りたーい!」

 

 すでに数日近く、ダイノボットに連れ回されたり戦ったりで、お風呂に入っている暇がなかったのだ。

 女の子にとって、整容は一大事。他の女神たちも体を洗いたいと思っていたのだ。

 もちろん、オートボットたちは困ってしまう。

 だが、姉妹姫の姉、ヴイ・セターンが笑顔で言った。

 

「なら、いい所がある」

 

  *  *  *

 

 所変わってジャングルの中にある泉。

 テメノスソードが岩に刺さっていた、あの滝のある泉である。

 

 そう、女神たちはここで水浴びをしているのだ!!

 

 余計な前置きは抜きにして、彼女たちの水浴びしている姿をとくとご堪能いただこう!!

 

「なるほど、無人島と言えば水浴び! 昔からのお約束だね!」

 

 ネプテューヌが久し振りに体を洗えて、嬉しそうに言う。

 普段元気に動き回っているイメージに反し、彼女の体つきは華奢で、手足は折れてしまいそうなほど細い。

 しかし、胸はまったくないわけではなく、むしろ膨らみかけの蕾と言った風情である。

 さらに彼女自身が自慢にしている尻は丸く白く引き締まった美尻だ。

 羞恥心を感じさせず体を隠さない所が彼女らしい。

 その姿はある種の人種には堪らないものがある。

 

「でも、こんな所で裸になるなんて恥ずかしいかも……」

 

 姉と対照的に、手で体を隠しているネプギア。

 しかし、そのポーズが彼女の美乳を際立たせている。

 体のラインも非常に女性的であり、それでいて清楚な雰囲気を醸し出している。

 大人へと開花しかける少女特有の美しさがそこにはあった。

 地味? 否、正統派だ!

 

「まったくね。確かに水浴びは気持ちいいけど……」

 

 少し顔を赤らめているノワール。

 彼女はトレードマークのツインテールを解いているが、それだけで普段と雰囲気が大きく異なる

 長い黒髪が水に濡れて、形のいい胸やくびれた腰、白く長い足に張り付くさまは実に官能的である。

 なるほど、どこかオカマがストーカーと化し、黒いオートボットが親バカ化するのも当然のことだ。

 

「…………」

 

 恥ずかしいのか無言で水に浸かっているのはブランだ。

 彼女の体は細く薄い。しかし、腰の括れや僅かに膨らんだ胸が女性的なラインを描き、その肌は、まさにルウィーの処女雪のように白くシミ一つない。

 あどけないながらも神秘的。ブランは小っちゃいもの好きなルウィー国民のニーズに完璧に答えていた。

 

「ふふふ、こういうのも、開放的でいいですわね」

 

 ベールは自慢の肢体を惜しげもなく晒して滝に打たれている。

 その巨乳は見事な大きさにも関わらず、形も張りも完璧だ。

 そればかりか、その裸体のどこにも文句のつけようがない。

 それでいて嫌らしい感じより清楚さのほうが際立つ辺り、彼女が国民から慕われるのも納得だ。

 

「ほえ~、みんな綺麗だね~」

 

 プルルートはニコニコと笑っている。

 彼女の体は酷く薄く手足は細いが、ネプテューヌと違って健康的な感じはしない。

 肌の白さも、日に当たらない植物のように、どこか病的な雰囲気がする。

 だが、それが儚くも背徳的な魅力を彼女に与えていた。

 

「わあ! ぷにゅぷにゅー!」

 

 ベールの裸体を見て歓声を上げるのはピーシェだ。

 彼女について語ることは、さすがにはばかられる。

 

「あら、ピーシェちゃん。何がプニュプニュなのかしら?」

 

 屈んでピーシェに目線を合わせるベール。

 そうすることで、彼女の豊満な胸がより強調された。

 ネプテューヌとブランは、思わず己の胸を撫でる。

 

「べるべるのおむね、ぷにゅぷにゅー!」

 

 そんな二人を気にせず、ピーシェは元気よく答えた。

 

「べ……、べるべる……」

 

 何やらショックを受けている様子のベール。

 ひょっとして怒ったのか?

 だが、そうではなかった。

 

「わ、わたくし、あだ名で呼んでもらったの、初めて……」

 

 なんと、ベールは涙ぐんでいる。

 

「え、え? ベールってそう言うのに弱い人?」

 

 戸惑うネプテューヌの声に、ベールは頷く。

 唖然とする一同に構わず、ピーシェは何とベールのたわわな胸に手を伸ばし、これを揉みはじめた!

 

「きゃッ!」

 

「ぷにゅぷにゅ~♪」

 

 揉み心地が気に入ったのか、激しく揉むピーシェ。

 幼子の小さな手で、ムニムニと形を変えるベールの胸。

 何かに気付いたようにハッとなったベールは、急にピーシェを抱きしめた。

 

「むぎゅ!」

 

「いいですわよ~♪ いくらでもプニュプニュしてくださいな♪ そのかわり、わたくしの妹に……」

 

「ストーップ! なにとんでもないこと言い出してんのさ!」

 

 妹への飽くなき執着を見せるベールに、ネプテューヌはツッコまざるをえない。

 

「あら? 胸の大きさは母性の象徴でしてよ。ピーシェちゃんもネプテューヌよりわたくしの胸のほうが気持ちいいですわよね~?」

 

「むうう……」

 

「くッ! 関係ないけどムカつくぜ……!」

 

 胸を強調しつつギュウっとピーシェを抱きしめるベールに、ネプテューヌのみならずブランも顔をしかめる。

 と、ネプテューヌの身体が光に包まれた。

 

「……どうかしら? これなら、私の胸もなかなかの物になったと思うけど?」

 

 光りが晴れると、そこには女神化したネプテューヌが立っていた。

 三つ編みの髪は解かれて、水に濡れて光を反射している。

 

 もちろん、裸である!

 

 その体つきたるや、出るところは出ていながら締まるところは締まり、それでいて輝くばかりの白磁の肌には傷一つなく、神々しさを感じさせる。

 美の一つの極致といってもいいのではなかろうか?

 それが惜しげもなく肢体をさらしているのだから、この場に男でもいたら発情する前に見惚れてかしずいてしまうだろう。

 

「ねぷてぬ?」

 

「そうよぴーこ。さあ、いらっしゃい」

 

 首を傾げるピーシェに笑顔で両腕を広げるネプテューヌ。

 ピーシェは一瞬考えた後、ベールの手の内を飛び出してネプテューヌに飛び付いた。

 

「わーい! ねぷてぬかっこいいー!」

 

「うふふ。ありがとう、ぴーこ」

 

 仲睦まじげにグルグルと回るネプテューヌとピーシェ。

 

「あら、残念……」

 

「お姉ちゃん……。なんだろう、この気持ち……」

 

 それを見て、ちょっと妬ましげな視線を送るベールとネプギア。

 

「あなたたちね……。ちょっと静かにしなさいよ」

 

「まったく、コイツラは……」

 

 呆れ果てた様子のノワールとブラン。

 世は並べてこともなし。

 時間は穏やかに過ぎていった。

 

  *  *  *

 

 そこから少し離れた草むらから、女神たちの水浴びを覗く者たちがいた。

 

「いや、まさかネプテューヌがあんなナイスバディの姉ちゃんになるとはな。眼福、眼福」

 

「へへへ、やっぱり金髪巨乳は最高だぜ!」

 

 皆さんもうお分かりであろう。

 トランスフォーマーの紳士代表、ホィーリーとブレインズである。

 ハアハアと排気も荒く、腰をカクカクと動かす態はまさに変態。

 しかし、そんな変態にも天罰が下る時がきた。

 

「なにしてるのかな~?」

 

 変態二人が突然聞こえた声にギクリとして後ろを振り向くと、そこには案の定プルルートが裸体を隠そうともせずに立っていた。

 顔は、笑顔のままで。

 

「げ!? いや、これは……」

 

「あくまでも学術的興味から!」

 

 言い訳を始めるホィーリーとブレインズだが、もちろんプルルートが聞き入れるわけがない。

 

「言い訳~……」

 

 プルルートの体が光に包まれ、その体が成熟した大人の物へと変わる。

 

「無用よぉ♡」

 

 普段から露出度の高い、恰好に身を包むアイリスハートだが、こうして裸になると、よりその体が肉感的であり、誘惑するが如く妖艶であることが分かる。

 あらゆる男を虜にしてしまうだろう魔性の美しさを女神化したプルルートは持っていた。

 

「うふふ♡ お痛をする悪い子には、オ、シ、オ、キ、よぉ♡」

 

 妖しい笑みを浮かべホィーリーとブレインズに近づいていくプルルート。

 

「「ひぃいいい!」」

 

 覗き魔二人は抱き合ってガタガタと震えるが、なぜかホィーリーは少し興奮しているようだ。

 

 ジャングルに恐ろしい悲鳴と雷鳴が響き渡り、覗き魔の末路を知らしめるのだった……。

 

 そしてホィーリーはこの後、ことあるごとにプルルートに「女神様ぁあああ! どうぞ俺を苛めてくださいいいい!」と迫り、周囲を大いにドン引きさせることになるのだが、それはまた別の話。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ‐part2:武器選びは慎重に‐

 

 

 ダイノボット・アイランドでの戦いで、全ての手持ち武器を失ったオプティマス。

 いい機会なので、彼は自身の武器を見直すことにした。

 近接武器については問題ない。

 修復したエナジーブレードに加え、新たに得たテメノスソードがある。

 特にテメノスソードは、単なる剣とは思えない凄まじい切れ味と頑強さを誇っている。

 調べてみたところ、アダマンハルコン合金なる、超金属で作られた物であることが分かった。

 残るは射撃武器、つまり銃である。

 メガトロン相手には、やはり今までのイオンブラスターだと火力不足であることを痛感したオプティマスは、新たな武器の開発をオートボットが誇る技術者集団レッカーズの武器デザイナー、レッドフットに依頼したのである。

 

 そして今日は、そのテストの日。

 

  *  *  *

 

『それじゃあ、オプティマス。始めるぜ!』

 

 オートボット基地内の実験場。

 ここは何もないだだっ広い空間に、立体映像をかぶせることであらゆる環境を再現できる。

 分かりづらいかたは、ス○ブラXのポケ○ンスタジアムを思い浮かべていただきたい。

 そこにレッドフットの声が響き、オプティマスが頷く。

 

「分かった。始めよう」

 

『よし! まずは、18連大経口ガトリング砲、『スクラップメーカー』だ!!』

 

 オプティマスは台の上に並べられた剣呑な武器の中から、二連装の銃身が特徴的なガトリング砲を装着する。

 

『じゃあ、的を出すから、それを撃ってみな!』

 

 すると現れたのは、なんとメガトロンだ。

 だがこれは練習用の的に立体映像をかぶせた物だ。

 立体映像のメガトロンに向け、容赦なく引き金を引くオプティマス。

 二連装の銃身が回転し、一秒間に200発を超える銃弾が発射され、メガトロンを粉々に粉砕する。

 

『どうだ、オプティマス! なかなかのもんだろう!』

 

「ああ、破壊力については申し分ない。だが、初速が遅いな」

 

 素晴らしい破壊力を示したスクラップメーカーだが、オプティマスのお眼鏡には敵わなかったようだ。

 

  *  *  *

 

『じゃあ次は、取り回し重点! 二丁拳銃『エボニー&アイボリー』だ!』

 

 次にオプティマスが装備したのは、黒と白の拳銃だ。

 拳銃といってもそれなりのサイズがあり、破壊力もありそうだ。

 左右に現れたメガトロン型の的を次々と撃っていくオプティマス。

 何となく、スタイリッシュな感じがする。

 しかし。

 

「少し軽すぎるな」

 

 オプティマスには物足らなかったようだ。

 

  *  *  *

 

『弾幕はパワーだぜ! ということで、広範囲殲滅兵器『インフィニティ』だ!!』

 

 オプティマスは全身にアーマーを装備していた。

 だがそのアーマーは、肩、腕、腰、足、全身のいたるところにミサイル砲が取り付けられている。

 と言うより、アーマーそのものがミサイル砲なのだ。

 ……そしてなぜか、頭にバンダナを巻いていた。

 

『ファイヤー!!』

 

 全身のロケット砲が発射され、全方位に無数に出現した立体映像のディセプティコンを跡形もなく吹き飛ばす。

 無人の野に立つオプティマスは重々しく口を開いた。

 

「……これでは友軍にまで、被害が及びかねないな」

 

  *  *  *

 

『今度はロマン優先! 男のロマン! ロケットパンチだ!』

 

 オプティマスの右腕には今、手甲が装着されていた。

 ただの手甲ではない。非常に大きく、オプティマスの右腕が左に比べ長く太く大きく見える。

 戸惑いながらもオプティマスが右腕を突き出すと、肘のあたりからバーニアが噴射され、まさにロケットのように手甲は飛んで行く。

 そして、その先にいたメガトロン(立体映像)を貫通すると、元の位置に戻ってきた。

 

「…………」

 

 オプティマスは、無言で手甲をはずすのだった。

 

  *  *  *

 

『それならとっておきだ! 携帯式波動砲『R‐TYPE』だ!!』

 

 巨大な砲身を備えた武器を構えるオプティマス。

 その眼前には、ディセプティコンの合体兵士、デバステーターのホログラムがそびえ立っていた。

 今回は基地の外でのテストだ。

 

『波動砲発射用意。エネルギー弁閉鎖。エネルギー充填開始』

 

 レッドフットの声と共に、砲口に凄まじいエネルギーが収束していく。

 

『セイフティーロック、解除。ターゲットスコープ、オープン』

 

 オプティマスの右目を覆うようにターゲットスコープが装着される。

 

『電影クロスゲージ明度20。エネルギー充填120%』

 

 そして、エネルギーが臨界を迎えた。

 

『総員、対ショック、対閃光防御。最終セイフティー、解除』

 

 オプティマスは冷静に狙いをつける。

 

『発射、10秒前、9、8、7、6、5、4、3、2、1……、波動砲、発射!!』

 

 その瞬間、砲口から凄まじいエネルギーの奔流が溢れ出し、デバステーターを容赦なく飲み込む。

 それだけに終わらず凄まじい爆発を起こし、土砂を巻き上げ巨大なクレーターを創り上げた。

 

『ヒャッハー! どうだいオプティマス! このハードさ!!』

 

 何やら興奮した様子のレッドフット。心なしか正気を失っているようにも聞こえる。

 唖然とクレーターを見ていたオプティマスは、しばらくして声を絞り出した。

 

「……レッドフット」

 

『お! これに決めたかい』

 

「もう少しマイルドなのを頼む」

 

  *  *  *

 

 再び訓練場。

 

『う~ん、これでダメとなると……』

 

 中々決まらない武器選びに、レッドフットはどうしたもんかと唸る。

 オプティマスは大きく排気した。

 レッドフットは確かに優秀なのだが、どうにも脱線が過ぎる。

 と、オプティマスは並べられた武器の中の一つに目を止めた。

 

 それは片手持ちのライフルだ。二つの銃口が上下に並んでいるのが特徴的だ。

 

「これは?」

 

『ん? ああ、それか。『レーザーライフル』だな』

 

 オプティマスの問いに、レッドフットはつまらなそうに答えた。

 

『プラネテューヌの光学兵器を参考に作ってみたんだ。ジリオニウムっていう鉱石を核に使ってて、威力はイオンブラスターよりゃ上だな。あと、ラステイションの女神の妹のほうが使ってる銃を参考に、エネルギー弾と実体弾を撃ち分けられるようにした。のまあ、それだけのつまらん武器さ』

 

 しかしオプティマスは、レーザーライフルを手に取る。

 

「……いい感じだ。レッドフット、訓練用ホログラムを出してくれ」

 

 オプティマスに対する返事は言葉ではなく立体映像のメガトロンの出現だった。

 レーザーライフルを構え、連続して撃つオプティマス。

 発射された光線は違わずメガトロンに命中。

 メガトロンは巨体のあちこちを吹き飛ばされる。

 さらにオプティマスは実体弾をその顔面へとお見舞いする。

 破壊大帝のホログラムは、頭部を粉砕されて消えた。

 

「気に入った。これにしよう」

 

『え!? そんなんでいいのか!?』

 

「ああ」

 

 レッドフットが不満げに排気するのが通信越しでも分かった。

 少しだけ苦笑したオプティマスだが、ふと別の要望を口にした。

 

「後は、盾が欲しいな」

 

『盾ぇ?』

 

「ああ、盾だ。頼む」

 

『……分かったよ。とっときのを用意してやる』

 

 あんまり乗り気でなさげながらも、レッドフッドは承諾する。

 

 こうして、オプティマスの新しい武器が決まったのだった。

 

『盾に銃でも付けっかな』

 

「……ほどほどに頼む」

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 ‐part3:科学参謀の女神考‐

 

 

 ゲイムギョウ界。偉大なるメガトロン様の下、我らディセプティコンが辿り着いた未知なる世界。

 この世界は有機と無機とが混在し、実に論理的ではない。

 反面、いくつかの事象は科学者としての知的好奇心を大いに刺激する。

 この文章は、その事象の一つ、『女神』とその関連事項に対し、私、ディセプティコン科学参謀ショックウェーブの考察を記した物である。

 

 このゲイムギョウ界に置いて、もっとも知的レベルの高いとされる有機生命体、人間。

 その人間を支配するのが、女神である。

 

 女神は国と呼ばれる原始的な社会体制の頂点に君臨し、人間から信仰という形でシェアエナジーを搾取する。(シェアエナジーについては後述)

 そのシェアエナジーで、我々には知覚不能な何らかの方法で自然環境に影響を与え、人間が生存しやすい環境を整える。

 このことから女神と人間はある種の共存関係にあり、また女神とは一種の環境改造、維持のための装置であることがうかがえる。

 一見すると女神は外見、生態としては人間となんら変わらないように見えるが、実態としてはまったく違う生物である。

 まず、彼女たちには一般的な有機生命体にあるような生殖機能は存在しないと推察され、シェアエナジーが一点に集中することで誕生するとされる。

 これが本当なら、女神とは有機生命体と言うよりはエネルギー生命体に近いことになるが、前述のように多分に有機生命体的な特徴を備えており、一概には分類できない。より深い研究が必要であろう。

 

 さて、女神の最大の特徴が状況に合わせて姿を変える能力である。

 女神は非戦闘時に置いては人間の姿で活動する。これを仮に人間体と呼ぶ。

 この形態はある種の省力形態(セーブモード)と考えられ、人間体の女神は、睡眠、食事、排泄などの有機生命体的な活動をしている。

 この状態でも、平均的な人間よりは運動機能、防御機能は高い。

 

 次に戦闘時などに見せる戦闘形態、これを女神体と呼ぶ。

 この姿が女神としての本体的な形態であるとされ、つまり人間体は擬態の意味も持つのだろう。

 運動機能、防御機能、移動機能、全てにおいて爆発的に能力が上がり、またその能力はシェアエナジーの絶対量に左右される。

 興味深いのは女神体と人間体とでは人格に変化が見られることだ。

 例として、プラネテューヌの女神(姉)を上げる。

 人間体に置いては衝動的で意味不明な行動が多く見られるが、女神体になるとその行動は比較的、論理的なものになる。

 形態の変化による人格の変化は個体差があり、妹のほうはほとんど変化が見られない。

 これが潜在意識の発露なのか、自己暗示の類なのか、形態変化により頭脳組織の構造も変化するのか、それはこれからの研究課題である。

 なお、その人間体から女神体への形態変化あるいはその逆は、いったん肉体を粒子にまで分解、そののち再構成というプロセスを経ることが、記録映像を一万倍までスローにすることで判明した。

 これに着想を得て、オートボットの技術者ホイルジャックは粒子変形の技術を確立したわけである。

 おそらく女神たちに自分を分解、再構成している自覚はない。

 一つ気になるのは、確認されている女神の中に一体、変身プロセスが異なる者がいることだ。

 この個体、アイリスハートの場合は粒子化するとコアと思われる菱形のパーツを中心に肉体を再構成することが確認された。

 もしや、彼女は女神の中でも特殊個体に当たるのか?

 疑問は尽きない。

 

 もう一つ、女神について仮説を立てた。

 それは、『女神の存在がトランスフォーマーの精神に影響を与える』ということだ。

 これは単にコミュニケーションの結果、心理的な変化がある、と言うことではない。

 例として、植物と呼ばれる有機生命体の発するフィトンチットと呼ばれる物質を上げよう。

 これは植物が外敵から身を守るために放出する物質であるが、これは人間にとっては心理的安息を誘発する効果がある。

 同じことが、女神とトランスフォーマーの間にも起きているのではないか? そう言う仮説だ。

 これならば、オートボットと女神という、まったく異なる異種族が極めて速やかに同盟を結べたことに説明がつく。

 もちろん、オートボットのまったくもって非論理的な理念も影響しているだろうが、それでもオートボットと女神の結びつきは極めて迅速に行われ、かつ強固な物になった。

 そして我がディセプティコンの中に置ける個体Bと個体Fの有機生命体Rに対する態度にも説明がつくのだ。

 でなければ、有機生命体は下等だと言う思想が蔓延するディセプティコンが、有機生命体Rを受け入れるとは考えがたい。

 

 話がそれた。

 

 とにかく、女神の発する何某か(※それが物質として存在するのか、なんらかのエネルギー波なのかは、まだ分からない)がトランスフォーマーに影響を与えることは、十分にあり得ることだ。

 

 では、ここからは、女神に多大な影響を与えるシェアエナジーについて記していこう。

 一種の精神エネルギーであると考えられるコレは、このゲイムギョウ界なる世界の根幹を成すエネルギーである。

 問題はこれが、実に非論理的なエネルギーであり、シェアクリスタルと呼ばれる物質を介してでないと使用できない物であることだ。

 シェアエナジーの代表的な特性として、まず不可視であることが挙げられる。

 これを視認できるようにするためには、いったんシェアクリスタルにプールしなくてはならないようだ。

 シェアクリスタルを介して、シェアエナジーは女神に供給される。

 では、シェアエネルギーとは何か? それは人間の祈りや信仰であるという。

 そんなことがありえるのだろうか?

 事実であるとして受け止めるにしても、人間の精神が実際的なエネルギーとして存在する、その根底の理屈は何だ?

 この世界の住人は、なぜそんな、未知かつ不安定なエネルギーを受け入れることができるのだ?

 そもそも、なぜ人間が、そしてトランスフォーマーがシェアエネルギーを生み出すことができるのだ?

 考察するには材料が足りない。さらなる研究が必要だ。

 

 最後にシェアクリスタルについて付記しておく。

 シェアクリスタルは、特殊な素材にシェアを集中させ、さらに専門技能的な特殊な製法によって作られる。

その特殊な素材は地方によって呼び方が違う。

 プラネテューヌではカボスエメラルド、ラスティションではムテリア、ルウィーではスタービーズなどである(リーンボックスでは確認できなかった)

 だが、これらは呼び方が違うだけで同一の物質だ。

 すなわち、エネルゴンクリスタルである。

 このゲイムギョウ界において、エネルゴンクリスタルは極めて希少ながら、各地で採掘されることが確認された。さすがにあの島のように大量に埋蔵されていることはないようだが。

 なぜ、エネルゴンクリスタルがゲイムギョウ界に存在するのだろうか?

 我々が日ごろエネルギー源として接種しているのは、エネルギー変換機で作った純度の低い物だ。

 エネルゴンクリスタルほどの純度の高い物は、恒星のエネルギーを専用の機械で取り出すことでしか生成できない。

 にも関わらず、エネルゴンクリスタルはこのゲイムギョウ界で古くから採掘されている。

 これが何を意味するのかは、さらなる研究と考察が必要だ。

 

  *  *  *

 

「……こんなところか」

 

 自身のラボで、頭部から記録装置のコードを引き抜き、ショックウェーブは独りごちた。

 軽く分かっている情報をまとめてみたが、やはり不明な点が多すぎる。

 より研究が必要だ。

 ディセプティコンのために、そしてメガトロンさまのためにも、論理をより完璧な物にしなくては。

 そのための実験の成果の一つが、目の前にある。

 

 思考するショックウェーブの眼前には、照明に照らされて異形の影が佇んでいた。

 ショックウェーブとよく似た姿をしているが、頭が二つあり左の頭に太い一本の角が、右には二本の角がそれぞれ生えている。

 これこそ、スティンガーの一件で得た、人造トランスフォーマーのデータ、それを基に作り上げた人造ディセプティコンの第一号だ。

 コア部分を作るのに手間取ってしまったが、まさかそれがエネルゴンクリスタルにシェアをある程度集めた物だとは。

 不可視の起動キーを押し、それに声をかける科学参謀。

 

「目覚めよ。……ドリラー」

 

「…………」

 

 人造ディセプティコンの赤いオプティックに光が宿り、ショックウェーブのほうを向く。

 

「マスター? 私はどうなったのですか?」

 

 二つの首を両方傾げる人造ディセプティコン。

 

「撃破されたおまえのパーソナルコンポーネントを、人造トランスフォーマーのボディに移植したのだ。これからはおまえを、そのボディの呼称を取ってトゥーヘッドと呼ぶ」

 

「はい、マスター。ありがとうございます」

 

 素直に喜ぶドリラー改めトゥーヘッド。

 ショックウェーブは心なし満足げに頷く。

 

「よし、ではこれからおまえには、私の助手として働いてもらう。知能も向上させたので、可能なはずだ」

 

「分かりました! マスターのお役に立てると思うと、嬉しいです!」

 

 全身で喜びを表現するトゥーヘッドに、ショックウェーブは分かりづらいが薄く笑む。

 本来トランスフォーマーより生物学的に下等なドローンのパーソナルコンポーネントを人造トランスフォーマーに組み込むのは中々に大変な作業だったのだが、上手くいって良かった。

 ドリラー……、今はトゥーヘッドは、ショックウェーブのたった一人の『トモダチ』なのだから……。

 

 

 




ちょっと、各エピソードの解説。

『個人的に無人島と言えばこのイベント』
ちょっとエロい物に挑戦してみた実験的な話。
自分じゃこれが限界だった。
はたして、女神たちの魅力を伝えることができたでしょうか?

『武器選びは慎重に』
米国のプライムの玩具のCMを見て思いついた、思いっきりゲームネタに走ってみた話。
全部わかる人はいるのでしょうか?
ちなみに最後にオプティマスが選んだ武器は、栄光の初代コンボイガン。
でも微妙にゲームネタが入ってます。

『科学参謀の女神考』
ショックウェーブの口を借りて永延とオリ設定を語る話。
あくまでショックウェーブの考えなので、全部が正しいわけではありません。
ちなみにトゥーヘッドのビークルモードはドリル戦車。ドリラーだけに。

次回は、ある意味TFらしいカオス回か、レイが休暇もらってマジェコンヌがキレる回のどっちかの予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 悪夢の三日間

あるいは、作者、畜生道に堕ちる。


 さて、今日の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、ディセプティコンの秘密基地から物語を始めよう。

 

『幹部会議の時間です。各参謀、及びチームリーダーは司令部に集合してください』

 

 ショックウェーブのコピーであるトゥーヘッドの声が、基地の中に響き渡る。

 それに伴い、グラインダーと訓練をしていたブラックアウトが、工事の監督をしていたミックスマスターが、仲 間たちと雑用をしていたクランクケースが、司令部に向かって動きだす。

 そしてもう一人、マジェコンヌも会議に出席しようと廊下を歩く。

 司令部の巨大な門の左右には、バリケードとボーンクラッシャーが門番のように立っていた。

 次々と門を潜っていくディセプティコンたち。

 マジェコンヌはそれに続こうとするが。

 

「おっと、おまえはダメだ」

 

 ボーンクラッシャーが立ちはだかった。

 当然、マジェコンヌは怒って声を上げる。

 

「何だと! 貴様、誰に向かって口をきいている!」

 

「さてな」

 

 だがその怒りにも破壊兵は動じない。

 バリケードも首を横に振る。

 

「残念だが、ここに入れるのはチームリーダー以上の権限を持つ者だけだ」

 

「貴様ら……! 私はメガトロンの同盟者だぞ……!」

 

「元、な。今はただのアルバイターだ」

 

 どこか馬鹿にしたようにバリケードは笑う。

 と、そこに台座型の浮遊機械に乗って、レイがやってきた。

 

「すいません、遅れました! みなさん、もういらっしゃってますか?」

 

「おう! もうみんな中だぜ。早く入んな!」

 

 一転、ボーンクラッシャーは和やかな調子で言うと、扉を開く。

 

「ありがとうございます」

 

 一つ礼を言うと、レイは司令部に入っていった。……ディセプティコンたちに視線を合わせていたために、マジェコンヌに気付きもせずに。

 

「おい! あいつはいいのか!」

 

「当たり前だろ。レイは雛たちの育成担当だぞ」

 

 怒りに顔を歪めながら問うマジェコンヌに、ボーンクラッシャーは当然とばかりに答える。

 

「雛たちの育成状態は、今後の作戦を決める重要な情報だからな」

 

 さらにバリケードも同意する。

 マジェコンヌは悔しげに唇を噛むのだった。

 

  *  *  *

 

「納得がいかん!」

 

 食堂にて、マジェコンヌはテーブルを拳で叩く。

 その場に集まったリンダとワレチューは、目を丸くした。

 

「いきなりどうしたんすか? マジェコンヌの姐さん」

 

「更年期障害っちゅか? 歳は取りたくないっちゅね」

 

「やかましい! ……なぜ、レイの奴が幹部扱いなんだ!」

 

 眼を血走らせながら続けるマジェコンヌ。

 

「奴が何をした! ただ日がな一日、餓鬼どもと遊んでるだけだろうが! それが……」

 

「ようするに僻みっちゅか。何で年増が幹部扱いなのかは分からないっちゅけど、オバハンの扱いが悪いのは、失敗した上に借金があるからっちゅよ」

 

 ワレチューの容赦のない言葉に、クッと言葉を詰まらせるマジェコンヌ。

 ズーネ地区とナス畑での失敗で、ディセプティコンたちのマジェコンヌに対する信用は地に落ちている。

 さらに、今だ返し切れない多額の借金。

 もはやマジェコンヌの立場はないも同然だった。

 

「って言うか、ショックウェーブ様のとこで仕事したくないってマジェコンヌの姐さんが言った時、レイの姐さんがメガトロン様に口きいてくれたんじゃないすか。それなのに文句を言うって……」

 

 リンダも非難がましい口調で言う。

 上昇志向が強いのはいいが、それと恩知らずは別問題だろう。

 

「じゃあ、アタイはもう行きますよ。この後も仕事があるんで……」

 

 これ以上付き合いきれないとばかりに、リンダは席を立つ。

 

「待て! おい!」

 

 それを引き留めるマジェコンヌだが、リンダは取り合わずに去っていった。

 

「ぐぬぬぬ! どいつもこいつも馬鹿にしおって……! こうなったら私の手で女神とオートボットを倒し、私の価値を証明してやる!」

 

「またっちゅか。どうやって倒すっちゅ?」

 

 息巻くマジェコンヌに、ワレチューは呆れた声で問うた。

 マジェコンヌは少し冷静さを取戻し、ニヤリと笑う。

 

「まあ任せておけ。私にいい考えがある」

 

  *  *  *

 

 そして、数日後。

 とあるエネルギープラントにて。

 

「今日こそは貴様を灰燼に帰してくれるわ、プラァァイム!!」

 

「それはこっちのセリフだメガトロン。このメタルの屑めが!!」

 

 吼えあうメガトロンとオプティマス。

 今日も今日とて、エネルギーを求めるディセプティコンと、それを阻止せんとする女神、オートボットが戦いを繰り広げていた。

 金属の巨体同士がぶつかり合い、その間を光弾と実弾が飛び交い、そして女神たちが戦場を駆ける。

 その戦いを、岩陰からマジェコンヌとワレチューが覗いていた。

 

「いいか! 私が発明したこの『願望増幅機』で撃たれた者は、その者の持つ隠された願望や欲望が増幅されるのだ! そうすれば、奴らは醜い仲間割れを起こし、共倒れになるという寸法だ!」

 

「また行き当たりバッタリっちゅね」

 

 マジェコンヌの作戦とは、自分の発明品を使うものだった。

 その時点で不安しかない上に、発明品の名前もどうかと思う。

 

「まあ、見ていろ……」

 

 ライフルのような発明品『願望増幅器』を構えるマジェコンヌ。

 その銃口の先には、スタースクリームと戦うブラン!

 

「まずは貴様からだ……!」

 

 狙いをつけ、発射。

 銃口から虹色の光線が飛び出し、狙い違わず戦斧を振りかざすブランに命中する。

 

「うわあああ!」

 

「! ブラン!」

 

 バリケードと切り結んでいたミラージュが、力無く落下していくブラン目がけてジャンプし、その小さな体を受け止める。

 

「!? どうしましたの……!!」

 

 さらにブロウルと戦うジャズを援護していたベールに。

 

「何がおこったの!? いやああ!!」

 

 ボーンクラッシャーに斬りかかっていたノワールに。

 

「ブランさん! ベールさん! きゃああ!!」

 

 バンブルビーと共にブラックアウトの相手をしていたネプギアに。次々と光線が命中していく。

 オートボットはもちろん、ディセプティコンも何が起こったか分からず、戦場は混乱に包まれた。

 

「みんな! これはどういうことなの!?」

 

 動きを止めてしまうネプテューヌ。

 

「次は貴様だ! ネプテューヌ! その澄ました面をグシャグシャにしてやる!」

 

 そして、ネプテューヌに狙いをつけ、マジェコンヌは引き金を引く。

 虹色の光線が願望増幅器から発射された。

 しかし、その動きに気付いた者がいた。

 

「! ネプテューヌ!」

 

 オプティマスである。

 総司令官はとっさに、組み合っていたメガトロンともども、ネプテューヌとマジェコンヌの間に割って入る。

 

「オプティマス、貴様……ぐおおおお!?」

 

「ぐわあああ!!」

 

 光線はオプティマスに命中。さらにそのエネルギーはメガトロンにまで伝播していく。二人は同時に膝を着いた。

 それを見て慌てたのが、マジェコンヌとワレチューである。

 

「お、オバハン! これヤバいっちゅよ!」

 

「く、クソ! この場は退くぞ!」

 

 メガトロンを巻き込んだことが知られれば命に係わる。

 二人はスタコラサッサと逃げ出すのだった。

 

「オプっち!!」

 

「メガトロン様!!」

 

 ネプテューヌとサウンドウェーブが、それぞれのパートナーと主君に駆け寄る。

 心配そうな声を上げる二人だが、オプティマスとメガトロンは双方ともに、ふらつきながらも立ちあがった。

 

「だ、大丈夫だ。しかし今の攻撃はいったい……?」

 

 心配そうなネプテューヌを安心させるように声を出すオプティマス。

 

「この程度! さあ、続きといこうか……!?」

 

 メガトロンは変わらず闘志をむき出しにする。だがその胸の内に不思議な衝動が満ちる。

 

「何だ、これは……?」

 

 その衝動はだんだんと強くなっていく。

 もう、ここでこうしている場合ではない!

 

「……ディセプティコン軍団! 退却だぁああ!! 早く、早く帰らねば!!」

 

「メ、メガトロン様!?」

 

 サウンドウェーブをはじめ、まだまだ余力を残していた兵士たちは突然の撤退命令に首を傾げる。

 だが命令は命令。素直に従う。

 すぐさまサウンドウェーブがダイノボット・アイランドで発掘した戦艦を呼び寄せる。

 自動操縦のそれは、下部からトラクタービームを発射し、ディセプティコンたちを回収していく。

 

「メガトロン様モ、オ早ク」

 

「よいわ! 俺は先に帰っておるぞ!!」

 

 主君を促すサウンドウェーブに言い放つと、メガトロンはエイリアンジェットに変形して飛び去った。

 バイザーの後ろから動揺を滲ませるサウンドウェーブだが、すぐに自分もトラクタービームの中に入る。

 後に残されたオートボットたちだが、勝利の余韻に浸ることはできなかった。

 

「いったい、何がどうなって……」

 

「それより、みんなは!?」

 

 突然の展開に疑問を口にするオプティマスと、仲間たちを心配するネプテューヌ。

 しかし、女神たちは大したダメージはないらしく、すでに立ち上がっていた。

 

「ああ、私たちなら大丈夫よ……」

 

「いったいなんだったんだ。あの光線は……」

 

 ノワールとブランは訝しげな顔をしている。その身体に目立った外傷はない。ベールとネプギアもしかり。

 

「とにかく、いったん基地に帰ってくわしく調べてみよう」

 

 オプティマスの号令に、一同は首を傾げつつもいったんオートボット基地に帰ることにした。

 

  *  *  *

 

 そしてオートボット基地。

 一同はリペアルームに集まっていた。

 

「ふうむ。これはマズイことになった」

 

 ラチェットはオプティマスの体から回収した粒子……あの光線に含まれていた物だ……を解析して、声を出した。

 

「これは、生き物の精神に左様して願望を増幅し、心のリミッターをはずす働きがあるようだ」

 

「どういう事だ?」

 

 いまいち分からないラチェットの説明に、オプティマスが要約を求める。

 

「つまり、自分に正直になるってことだね」

 

「それのどこがいけないの?」

 

 人間体のネプテューヌが首を傾げる。

 正直なのは良いことでは?

 だが、ラチェットは難しい顔をする。

 

「現実はそう簡単にはいかないよ……。とにかくだ。この粒子の効力は三日ほどで切れるはずだから、それまでは各自、自宅から外に出ないように」

 

「そんな、私たちには女神の仕事があるのよ!」

 

 抗議するノワールだが、ラチェットは厳しい顔になる。

 

「これでも君たちの生活を鑑みたんだ。本当なら、この基地に隔離しておきたい所なんだからね」

 

 その言葉に、オートボットも女神も顔を見合わせる。

 取りあえずオプティマスは締めの言葉を言うことにした。

 

「では、ラチェットの指示通り、各自教会でジッとしていてくれ。……それからネプテューヌは私の傍にいるんだ。どこにも行かないでほしい」

 

 一瞬、ネプテューヌは何を言われたのか理解できなかった。

 

「え? お、オプっち……?」

 

 戸惑うネプテューヌを見て、オプティマスはハッとなる。

 

「い、いや、……ハハハ、冗談だよ」

 

「いやいや~、何だ冗談かー。わたしはてっきり、この溢れんばかりの魅力でオプっちを誘惑しちゃったのかと思ったよー。なーんてね!」

 

 らしくもない冗談を言うオプティマスに、こちらも冗談で返すネプテューヌ。

 皆は笑ったり呆れたりしていた。

 

 ただ一人、ラチェットだけが厳しい顔を崩さなかった。

 

  *  *  *

 

 さて、そんなワケで願望が増幅された状態で教会に閉じこもることになった女神たち。

 ここからはそれぞれどんな状態になったかを見ていこう。

 

 ケース1:ノワールの場合

 

「ユニ~、ユ~ニ~! 本当にあなたは可愛いわねー!」

 

 ノワールはユニをギュウっと抱きしめる。

 

「可愛くて、優秀で、頑張り屋さんで、ちょっぴり素直じゃなくて、でもそんなところがもっと可愛くて……、あなたは本当に、私の自慢の妹よー!」

 

 ユニをべた褒めしながら、さらに抱きしめるノワール。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 当のユニはかなり戸惑っている。

 厳しい姉が、こうして自分を猫っ可愛がりするのが信じられないのだ。

 

「…………何だい、コレ」

 

 それを横で見る、ラステイションの教祖神宮寺ケイは、彼女としては珍しく唖然とした様子だ。

 

『だから言っただろう。コレがノワールの願望らしい』

 

 通信機から投射された立体映像のアイアンハイドは、ぶっきらぼうに答えた。

 

「い、いや、その話は聞いたし、理解もしているんだが、あまりにも普段とのギャップが酷すぎて……」

 

『正直、別人レベルだよな。コレ』

 

 ケイだけでなく、サイドスワイプも驚いている。

 深く排気するアイアンハイド。

 

『ああ、俺もてっきり、友達を欲しがる方向に行くかと思ったらコレだ』

 

「つまり、正直に感情を表したいということかな?」

 

 あまりにもユニを可愛がるノワールに、若干引きながらもケイは考察する。

 普段から素直じゃないこと(ツンデレ)に定評のあるノワールである。

 アイアンハイドやネプテューヌの影響で多少緩和されたが、それでも正直に感情を表しているとは言いづらい。

 それが、例の光線の影響で素直になったということだろうが……。

 

「ユニ、可愛いわ、ユニ!」

 

「何だろう、このお姉ちゃん、ちょっとウザい……」

 

 聞こえないようにボソッと呟くユニ。

 姉に認められることを目標とするユニであるが、これは何か違う気がする……。

 

「ま、まあ、ともかくだ。ノワール、それくらいにして、そろそろ仕事の話をしよう。教会から出られないなら、出られないなりにやることはある」

 

 何とか普段の調子に持っていこうとするケイ。

 だが彼女の見積もりは甘かった。

 

「うん、分かったわ。……ケイ、あなたには感謝してるわ」

 

 素直に応じるノワールだが、ケイに向けて恥ずかしげに上目使いを送る。

 

「へ?」

 

「あなたのような優秀な教祖がいてくれる私は幸せ者よ。あなたは契約だからだって言うけど、私はあなたがいつも私たちのことを思いやってくれていることを知ってる。だから、私はあなたことが好きよ」

 

「ななな、何を言って……」

 

 いつもの冷静さを完全に失うケイ。

 ビジネスライクを是とするがゆえに、ノワールとは別の意味で感情を露わにするのが苦手な彼女は、この告白に面食らう。

 だが、ノワールの攻撃は終了しない。

 

「これからもよろしくね!」

 

 ケイの手を両手で包み込み、満面の笑みを浮かべるノワール。

 それを見て、ケイは我知らず頬を染める。

 

「は、はい……」

 

 力無く返事をするケイだった。

 教祖が陥落(?)したのを確認したノワールはさらなる獲物(?)を求める。

 その視線の先には、立体映像のアイアンハイドだ。

 

「それから、もちろんアイアンハイドにも、感謝してるわ!」

 

『おいおい、勘弁してくれよ……!』

 

 少しウンザリしつつも満更でもなさげなアイアンハイド。

 

 まだまだノワールの戦闘終了(エンドフェイズ)は見えない。

 

  *  *  *

 

 ケース2:ベールの場合

 

「どうしてこうなった」

 

 そう、アリスは漏らさずにはいられなかった。

 眼前にはニパッと笑うベール。

 

「アリスお姉ちゃん、遊んでください!」

 

 いつもよりも、明らかに幼い声のベール。

 声だけでなく仕草も幼さを感じさせる。

 だが姿はそのままだ。

 女神の中でも最も大人びているベールが、幼い子供のようにアリスに甘えてくる。

 横目でそれを見ていた箱崎チカに視線でSOSを送るが、無視される。畜生。

 チカは、何とか感情を抑えた声でジャズにたずねた。

 

「……つまりどういうことなんですの?」

 

『どうもこうも、コレがベールの願望ってことさね』

 

「そんな馬鹿な! お姉さまの願望と言えば、妹を欲しがるのが鉄板のはずよ!」

 

 思わず声を大きくするチカに、ジャズは苦笑する。

 確かに、ベールと言えばそういうイメージだ。

 

『俺が思うにだな。誰もが大人びたイメージでベールを見るわけだ。加えてこの国の女神という立場。だから彼女は中々人に甘えられない。しかし彼女だって人に甘えたくなることくらいあるはずだ。そんな押さえていた感情が増幅されて……』

 

「幼児退行として現れたと。……そんなことって」

 

 ジャズの言葉に頭を抱えるチカ。

 

「何よりも……、何でアリスがお姉ちゃんなのよ! 普通わたくしじゃないの!?」

 

「そんなん、こっちのセリフですよ!」

 

 何が悲しゅうて、自分より年上の女性……少なくとも外見上は……に、お姉ちゃんと呼ばれなきゃならないのか。

 いや、これはこれで可愛いのは認めるが。

 作り笑いを張り付けてアリスはベールと遊ぶ。

 今はオママゴトである。

 

「えへへ、それじゃあ私がお母さんね! お母さんはお料理をするんですよ!」

 

 無邪気に食器を並べていくベール。

 ニコニコと笑って本当に楽しそうである。

 あるいは本当に、幼児退行願望があったのかも知れない。

 ハアッと息を吐くアリス。

 どうせ三日の辛抱だ。こうなったらとことん付き合おう。

 

「はいはい。それじゃあ、ベール。私は何をすればいいのかしら?」

 

「うん、そしたらアリスお姉ちゃんは私の娘なの! 娘は受験で疲れてノイローゼ気味なのよ」

 

「嫌な設定ね……」

 

 幼いんだか大人なんだか分からない内容のオママゴトだ。

 

「それでジャズは私の旦那様で、チカちゃんはおばあちゃんなの!」

 

「ハッハッハ! こいつはまいったな」

 

「わ、わたくしがおばあちゃん? それにジャズが旦那様って……」

 

 苦笑するジャズと、何やらショックを受けているチカ。

 

 ――あるいは、これも願望か。

 

 アリスはふと思う。

 ベールは妹を欲しがっているが、本当に欲しいのは妹に限らず、家族というものなのかも知れない。

 

「えへへ、それじゃあ始めるよー」

 

 無邪気なベールの声に、一同は配置につく。

 

「……まあ、こういうのも悪くはないか」

 

 周りに聞こえないように一人ごちながら、アリスはベールの入れてくれたお茶を受け取るのだった。

 

 と、どこからかブレインズがヒョコヒョコと歩いてきた。

 

「へへへ、ベール奥さん、回診のお時間ですぜ。やっぱ、子供のお遊びと言えばお医者さんゴッコだよなあ。なんならチカおばあちゃんか、娘さんのアリスでも……」

 

 嫌らしく手をワキワキと動かすブレインズ。

 アリスはそんな小トランスフォーマーの首根っこをムンズと掴むと、窓の外へ放り投げる。ちなみにこの部屋は三階だ。

 

「おわあああぁぁぁ……」

 

 悲鳴を上げながら落ちていくブレインズ。

 あれで頑丈な奴だし、死にはしないだろう。

 ジャズとチカを見れば、無言でサムズアップをしていた。

 ベールだけが、よく分からないらしく笑顔で首を傾げるのだった。

 

  *  *  *

 

 ケース3:ブランの場合

 

 ここはルウィー教会。そのブランの執務室。

 今ここでは、教祖の西沢ミナとロム、ラムが丸テーブルを囲んでお茶をしていた。

 

「……と言うわけで、ブラン様は三日ほど教会の外に出られませんので、ロム様とラム様はブラン様にご迷惑をかけないようにしてくださいね」

 

「「は~い!」」

 

 長い青い髪に眼鏡、赤いアカデミックドレスを着た女性、西沢ミナの説明に、幼い双子は元気よく応じた。

 

「で、問題はあれか」

 

「だな」

 

 二人の後ろに立つスキッズとマッドフラップは、胡乱な物を見る目で部屋の奥を見やる。

 そこには、ミラージュとブランが座っていた。

 だが近い、具体的にはブランがミラージュの足に寄り添っているのだが、表情が蕩け切っている。

 

「えへへ♪ ミラージュ~♪」

 

 普段の彼女からは考えられない甘ったるい声で傍らのオートボットを呼ぶブラン。

 ミラージュは普段と変わらず、ぶっきらぼうに問う

 

「……何だ」

 

「えへへ、何でもな~い♪ 呼んでみただ~け♡」

 

 そう言って、ミラージュの装甲に頬ずりを始める。

 完全にキャラ崩壊している。

 深く深く排気するミラージュ。

 それを見て、一同は何とも言えない表情になる。

 

「あのお姉ちゃん、何て言うか、変」

 

「……っていうか、むしろ気持ち悪い」

 

 子供らしい、ある意味残酷な言葉を吐くロムとラム。

 スキッズとマッドフラップも、からかう気にさえならないらしい。

 

「……これで三日ですか。これは何が何でも国民の前に出すわけにはいきませんね」

 

 ミナが溜め息を吐く。

 この状態が国民の目に触れたら、シェア暴落は免れないだろう。

 元々、ブランがミラージュに惹かれているのは、彼女に親しい者たちの間では何となく察せられていた。

 それでもブラン自身が自分とミラージュの立場を慮って、あまり表に出そうとしないことも分かっていたので、指摘したりしないのが暗黙の了解だった。

 どうやらブランは、そのことをかなりため込んでいたらしい。それが今回のことで噴出してしまったのだろう。

 

「えへへ~♪ ミラージュ~♡」

 

「…………これなら、普段のほうがマシだな」

 

 再度、それはもう深く排気するミラージュ。

 そして、三日後に効力が切れた時のことを考えて、頭痛さえ感じるのだった。

 

  *  *  *

 

 ケース4:ネプギアの場合

 

 どこか暗い地下室。

 

「えへへへ♡ ビィ~イ♡」

 

 蕩けるような笑顔でパートナーの名を呼ぶネプギア。

 その声にはあらゆる男が腰砕けになるだろう甘い響きある。

 バンブルビーだってこんな状況じゃなければ、嬉しかったかもしれない。

 ……ネプギアが大型レンチと電動ドライバーを手にしていなければ。

 眼からウォッシャー液を流しながら後ずさるバンブルビー。

 それにネプギアは一歩一歩近づいていく。

 

「えへへ。ビーが可愛すぎるのがいけないんだよ♡ もう私、我慢できないんだ♡」

 

 どうしてこうなってしまったのか?

 バンブルビーの記憶では教会にこもりきりでは寂しいだろうと、ネプギアの下を訪ね、そこで彼女に後をついてくるように言われたのだが……。

 

「この部屋はね、私の研究室♡ お姉ちゃんやいーすんさんだって知らない、秘密の部屋なんだ♡ 通信だって外には届かないから、邪魔は入らないよ♡」

 

 レンチを妖艶にペロリと舐めながら、迫るネプギア。

 壁際に追い詰められ、尻餅を突き、体を小刻みに震わせるバンブルビー。

 

「さあ、ビー♡ 私にあなたの全てを見せて♡」

 

 電子音の悲鳴が地下室に響き渡った。

 

 ※ここからは音声のみでお楽しみください。

 

「もう、暴れないの♡ 暴れると痛くなるだけだよ♡」

 

「へ~、ここ(エンジン)ってこうなってるんだ~♡ 可愛い~♡」

 

「気持ちいいの? 気持ちいいんだねビー!」

 

「ビーのここ(シャフト)こんなになってるよぉ~♡」

 

「ああ、もうビーったら悪い子だね♡ こんなにいっぱい出して(オイルを)♡」

 

「あははは! ビー、あなたは思った通り素敵だよぉおお!!」

 

 これ以上は、とても描写できない。

 バンブルビーはこの時の記憶を固く封印したのは言うまでもない。

 

  *  *  *

 

 ケース5:オプティマスの場合

 

 オートボット基地の中、オプティマスの私室。

 

「くッ……! うう……!」

 

 体を休めるためにスリープモードに入ったオプティマスだが、悪い夢でも見ているのか、うなされている。

 やがて、オプティマスは飛び起きた。

 

「は! はあ……、はあ……」

 

 排気を整え、熱くなったブレインサーキットを冷却する。

 

「これは、いったい……、どういうことなんだ……」

 

 自分を悩ませる夢の理由は分かっている。あの光線のせいだ。

 だが、なぜこんな夢を見る?

 

「これが、こんなことが、私の願望だというのか……!」

 

 オプティマスは再びスリープモードに入ることもできず、果てない懊悩に沈むのだった。

 

  *  *  *

 

 そして三日後。

 

 光線の効力が消えた一同は、ラチェットに診てもらうためにオートボット基地に集まっていた。

 

「ほい、診察完了! もう、問題ないようだね!」

 

「みなさん、良かったですね!」

 

「これで元通りってわけだ!」

 

 ラチェットと助手役のコンパ、ジョルトが陽気な声で言うが、反対に患者たちの表情は一様に暗い。

 椅子に一列に並んだ女神たちは、ガックリと項垂れていた。

 

「……私、思ったんだけど」

 

 左端に座るノワールがげんなりと声を出した。

 

「この三日のことは夢よ……。夢だったのよ……」

 

「……そうだな。夢だったんだ。全部、悪い夢だったんだ」

 

 隣に座るブランも力なく言う。

 

「そうですわね、ウフフフ……」

 

 さらに隣のベールは焦点の合っていない目でうす笑いを浮かべた。

 

「夢、夢だったら、どんなに良かったか……、ううう……」

 

 そして右端のネプギアは、顔を覆って涙を流す。

 なんとかバンブルビーは許してくれたものの、自分の所業を考えると泣くしかない。

 つきそいのネプテューヌはそんな妹の肩をそっと抱く。

 

「まあ、とにかくさ、効力が消えてよかったよ。ねえ、オプっち」

 

 空気を換えるために、近くに立つオプティマスに声をかけるネプテューヌ。

 

「……そうだな」

 

 だが、オプティマスもまた、重たい空気を纏っていた。

 なぜか、ネプテューヌと目を合わせようとしない。

 

「オプっち? どうしたのさ、何か変だよ」

 

「……すまない。その、私も少しあの光線の影響で変になっていたんだ。そのせいで気分がすぐれなくてな」

 

「ああ、そっか……」

 

 さしものネプテューヌもそれ以上は聞かない。

 本人なりに、超えてはならない一線は理解していた。

 オプティマスは曖昧に微笑むのだった。

 

「まあ、願望というのは、あくまでも心のどこかでしたいと思っていることであって、イコール本心ではない。それに光線のせいで不自然な状態だったのだから、あまり気にしないことだね」

 

 ラチェットは慰めるように言葉を発する。

 一同は力なく頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 オプティマスの夢の内容は、オプティマスが人間になってネプテューヌと過ごすというものだった。

 ネプテューヌ『たち』とではない、ネプテューヌ『一人』とだ。

 それも単なると友達としてではなく、恋人として……。

 ラチェットと話した結果、オプティマスは強固な理性と感情をコントロールする術によって増幅された願望を無意識に抑えていたので、願望が夢となって表れたのだろうとのことだ。

 

 馬鹿な話だ。

 

 自分は金属生命体、彼女は有機生命体なのだ。

 ダイノボット・アイランドの一件で、自分がネプテューヌに執着しているのは理解していたが、それは友情の延長線上だと思っていた。

 自らの浅はかさに、怒りを通り越して呆れかえる。

 それ以前に……。

 

 自分に、誰かを愛する資格などない。

 

 かつて自分を愛してくれたヒトの思いを、受け止められなかった自分に、その資格などありはしないのだ……。

 

 翌日からオプティマスは普段通りにネプテューヌに接した。

 あの日の願望を理性によって胸の奥に固く固く、封じ込めて。

 

  *  *  *

 

 結局のところ、この事件は各々なんか大切な物を失いつつも、収束したのだった。

 

 そして、願望増幅機の光線を浴びた『もう一人』はと言うと……。

 

  *  *  *

 

「ひいいい!!」

 

 ディセプティコンの秘密基地。マジェコンヌはサウンドウェーブの機械触手に締め上げられていた。

 

「ぢゅううう! なんでオイラまでぇえええ!?」

 

 近くではワレチューがラヴィッジとレーザービークにボールのように転がされている。

 あの後、基地をいったん離れたマジェコンヌとワレチューだったが、リンダから話を聞いてサウンドウェーブに捕まったのである。

 

「貴様ハ、三日ガ過ギレバ、光線ノ効力ハ、切レルト言ッテイタナ。……デハ、ナゼ メガトロン様 ハ、元ニ戻ラナイ」

 

「き、効き方には個人差があるんだ! 三日以上、効果が持続することもある! だ、だが必ず切れる。本当だ!!」

 

 必死な声を出すマジェコンヌ。

 チッと舌打ちのような音を出し、サウンドウェーブはマジェコンヌを床に落とす。

 

「今度、勝手ナコトヲ、シテ見ロ。必ズ、殺ス」

 

 手に持った願望増幅機を握り潰し、それだけ言うと咳き込むマジェコンヌを無視して視線を主君に向ける。

 

 そこには……。

 

「フハハハ! よ~し、次は何をして遊ぶ?」

 

 雛たちと戯れているメガトロンがいた。

 

「かくれんぼがいいそうです。メガトロン様!」

 

 幼生たちのピイピイという鳴き声を、笑顔のレイが訳す。

 

「そうかそうか! ではまずは俺が鬼だ!」

 

 後ろを向き、いーち、にぃー、さーんと数えだすメガトロン。

 その間に雛たちは逃げていく。

 

「きゅうー、じゅう! よーし、ガルヴァとサイクロナスはどこかな~?」

 

 そして、メガトロンは心から嬉しそうに雛を探し出す。

 ちなみにサイクロナスというのは、この前生まれた雛のことで、命名は壮絶な戦い(くじ引き)の末に命名権を勝ち取ったスタースクリームである。

 レイからは、サーちゃんと呼ばれて、可愛がられている。

 

 三日前の戦いから帰って以来、ずっとこの調子だ。

 

 何をしようにも、雛たちと遊ぶので忙しいから後にしろと言う。

 おかげでディセプティコンはその機能を完全にマヒさせていた。

 ……ちなみにスタースクリームは、「こんな状態のメガトロンに指揮なんかできねえ! 今日から俺がニューリーダー……」とまで言ったところで顔面にフュージョンキャノン(弱)を叩き込まれてリペア中である。

 

「どうしたものか……」

 

 ショックウェーブも困った様子だ。

 さすがの彼も、主君のこの姿には何も言えないらしい。

 

 ――後、どれくらいこのままなのか?

 

 どうしてもそう思わずにはいられないサウンドウェーブだが、同時にもう少しなら、このままでいいとも思っていた。

 

 あんまりにも、メガトロンが楽しそうだから。

 

「よーし、ガルヴァを見つけたぞ! 次はサイクロナスだ!」

 

 物陰に隠れていたガルヴァを見つけ、手に抱くメガトロン。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 




カオスな回を書いたはずだが、オプティマスパートだけ妙にシリアスになってしまった。
ついに、こういう描写しちまったよ……。全オプティマスファンから怒られれるなコリャ。

オプティマスパート抜きのパターンも途中まで書いたけど、どうしてもしっくりこなかったんです。

次回は、短編集の時に没った警備兵の話のリファインか、レイの休暇話かのどっちか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 脇役の話

今回は表題の通り脇役たちの話であり、いわゆる一人称小説に挑戦してみた実験回。
そして、死に設定になる前に設定を拾っとく回。


 やあ、俺の名はモーブ・ソノタ。

 生まれも育ちもプラネテューヌはハネダシティで、もちろん、パープルハート様を信仰しているんだ。

 警備兵として働いていたけれど、今はオートボットの協力組織GDCで兵士している。

 今日は俺と一緒に、GDCの仕事を見ていこう!

 

  *  *  *

 

 GDC、正式名称Gamindustri Defence Command(ゲイムギョウ界防衛軍)は、四ヵ国が戦力を出し合って創設された特殊部隊だ。

 その仕事は、ディセプティコンが出現した時の速やかな避難誘導や、モンスターの駆逐、言ってしまえばオートボットと女神様たちのお手伝いだ。

 地味ながら大切な仕事として俺は認識している。

 

  *  *  *

 

 GDCの本部はプラネテューヌ内のオートボット基地の近くに作られている。

 と言うか、近くにあったプラネ軍の基地をそのまま利用している形だ。

 基地の内部、コンピュータールームでは、二人の人物が喧嘩をしていた。

 

「だーかーらー! いちいち人のプログラムにケチつけんなビル!」

 

 片一方は眼鏡と隙のないスーツ姿が『出来る』印象を与える女性。

 だが、今は顔を真っ赤にしている。

 

「だってしょうがないでしょ? ツイーゲちゃんの作るプロテクト、穴だらけだし」

 

 もう一方はオカマ口調で喋る、ピンクのメカニカルな姿の男(?)だ。

 GDCにコンピューター部門として参加しているプログラマーのツイーゲと、超法規的な措置によりオートボットの協力者となった、雇われハッカーのアノネデスだ。

 

「穴だらけとは何ビルか! このなんちゃってオカマ!」

 

「なんちゃってって何よ、なんちゃってって!」

 

「女性をストーキングするようなのは、なんちゃってで充分ビル!」

 

 二人はともにGDCのコンピューターセキュリティを担当しているのだが、何せプログラマーとハッカー。

 作る者と乱す者は、オートボットとディセプティコンばりに相性が悪く、よくささいなことで喧嘩しているのだ。

 まあ、二人の切磋琢磨が、結果的によい方向に働いているのも確かだ。

 

「酷いわねえ……。そんなんだから、いい年こいて恋人もできないのよ」

 

「な!? ひ、人が一番気にしていることを……」

 

 だからって、俺の目の前で喧嘩せんでも……。

 ちなみに何で俺がこの場にいるかというと、単なる手伝いである。

 なんせ、この二人に付いていけるコンピューターの腕を持った人間は稀だ。

 幸か不幸か、俺は多少なら付いていける。

 しかし、そろそろ別の仕事の時間だ。

 

「恋人がいないのが何だってんだビル! 私は仕事一筋に生きるビル!」

 

「はいはい、後で後悔しないようにね。合コン(安売り)する時は誘ってちょうだい」

 

「キイィー!!」

 

 言い合う二人を残して、俺はその場を後にするのだった。

 

  *  *  *

 

 さて次に俺が訪れたのは、武器やら何やらを開発する開発室である。

 

「お! 来たでありますね!」

 

「やれやれ、待ちくたびれたぞ。影薄き戦人(ステルスソルジャー)よ」

 

 そこで俺を出迎えたのは、軍服っぽい服に身を包んだ四角眼鏡とクシャクシャの金髪が特徴的な少女と、トンガリ帽子と白衣に青い髪と泣きボクロの少女だ。

 

「どうも、ジェネリアさんにMAGES.さん。遅くなりました」

 

 これが、この二人の名だ。

 二人とも一見そうは見えないが、優秀な技術者であり開発室のエース的存在だ。

 オートボットのホイルジャックやレッカーズにも気に入られていると言うのだから、その技術力は推して知るべしだろう。

 ……ただし、自制心はない。つまりマッドサイエンティストなのがたまに傷。

 

「さあ、ソノタ殿! さっそく実験に付き合ってもらうでありますよー!」

 

「くくく、貴様という哀れな生贄のために、特別な趣向を考えたのだ」

 

 目をギラギラと輝かせて俺に迫ってくるジェネリアとMAGES.。

 可愛い女の子二人に迫られているにも関わらず、まったく嬉しくない。

 

  *  *  *

 

 そして医務室。

 

「それで結局、いつもの爆発オチですか」

 

「はい……」

 

 あの後、結局、ジェネリアとMAGES.の作った新兵器が爆発してこのザマである。

 たった一つの幸運は、こうして看護員のコンパさんに手当してもらえることだろう。

 何かと変人ぞろいのこの部隊で、心優しいコンパさんは数少ない癒しである。

 

「それにしても、ソノタさんも大変ですね」

 

「まあ、慣れっこです」

 

 苦笑し合う俺とコンパさん。

 

「はい、おしまいです!」

 

 これっていい感じじゃね? と自惚れてしまいかねない笑みのコンパさんだが、彼女は、まあ何と言うか、そういうのに妙に疎い。

 と言うか、アイエフ隊長とのレズ説がまことしやかにささやかれていますが、そこらへんどうなんですか?

 俺の内心の疑問に答えてくれるはずもなく、コンパさんはニコニコと微笑むのだった。

 

 その時だ。突然警報が鳴り出した。

 

 俺とコンパさんは同時に立ち上がる。

 警報が何を意味するかは、お互い言わずとも分かっていた。

 

  *  *  *

 

「総員整列!」

 

 演習場に、凛とした声が響き渡る。

 GDC攻撃部隊の隊長、アイエフの声だ。

 彼女はディセプティコンとの戦闘経験を買われて隊長に任命された。

 最初は、彼女が年端もいかない女の子であることと、元々は畑違いの諜報員に過ぎないことで周囲から舐められ、さらには教祖イストワールの側近であることと、女神パープルハートの親友として知られていることから、縁故採用などと陰口を叩かれたものだった。

 しかし、アイエフはそんな男どもを叩き伏せて見せ、さらには高い指揮能力を見せたことで、周囲に自分を認めさせた。

 今では軍隊の荒くれどもを従える女傑である。……本人に言うと怒るが。

 

「今しがた、太陽光発電所にディセプティコンが出現したわ。すでにオートボットの攻撃部隊と女神様たちが展開している。私たちの任務は、避難誘導と周囲に展開しているモンスターの撃破! 10分でしたくなさい。残りはここで待機よ!」

 

 居並ぶ男たちは敬礼で答えとし、速やかに行動を開始する。

 

  *  *  *

 

 輸送ヘリの中で、完全装備の兵士たちは、しかし落ち着かない部分がある。

 

「やれやれ、ディセップの野郎ども、少しは休ませてほしいもんだ」

 

 班長の雨宮リントが、冗談めかして愚痴った。

 彼は元々ラステイションの兵士で、女神戦争時代にも従軍していたベテランだ。

 指揮能力と判断力に秀で、剣を使いこなす傑物だが、なぜか銃を使うと誤射率が高く剣だけ振るっててくれともっぱらの評判である。

 

「まったくね。これじゃショッピングにも行けないわ」

 

 俺の班で唯一の女性隊員、肩になんかよく分からない怪物のぬいぐるみを乗せた女性、ビオも愚痴り気味だ。

 余裕のある大人の女と言った風情の彼女だが、実は腐女子らしく、男性隊員同士の絡みを妄想するという困った癖がある。

 

「…………」

 

 隅に座った全身をアーマーで覆った男、本名不詳、通称ミスターチーフは、ただただ黙っていた。

 彼のことはよく分からない。無口な上に、人とあまり関わろうとしないからだ。

 分かっているのは、リーンボックスの治安を維持する特命課のOBで、凄まじい実力の持ち主だということくらい。

 他のメンバーも海千山千の強者揃いである。

 

 ……俺? 俺はこう見えて狙撃兵。仲間を影ながら支援する、そのイメージ以上に重要な役職だ。……ちなみに階級は俺が一番下である。

 

「さて、一同よく聞け。命令は三つ! 死ぬな! 死にそうになったら逃げろ。そいで隠れろ。運が良ければ不意をついてぶっ殺せ! ……これじゃ四つか」

 

 任地に近づくと、リントさんがいつもの調子で訓示を言う。

 人、それを死亡フラグとも言うが、いつも生還するのがこの人だ。

 

  *  *  *

 

 任地である町につくと、そこはすでに戦場だった。

 遠くで爆音が響いている。女神様たちが戦っているのだろうか。

 すでに警備兵の指示に従い、住人は避難していた。

 

「第一班から三班までは町の東に展開! 四班から六班は西、残りは私といっしょに正面よ! モンスターを掃討するわ!」

 

 俺たちは、アイエフ隊長の指示に従い速やかに行動を開始する。

 手に持ったアサルトライフルの重みを確かめながら破壊の跡の残る町並みを注意深く進んでいく。

 物陰から、球体にモノアイをはっ付けたような、いわゆるビット型のモンスターが飛び出してくるが、冷静にこれを撃ち落とす。

 向こうではミスターチーフが四足戦車型のモンスターを的確に弱点を撃ちぬくことで倒していた。

 ビオも得意の拳銃で、ビット型を次々撃ち落としていく。

 リントさんは剣で中型を切り裂いていく。

 俺たちの得物は理屈の上では、ディセプティコンにもダメージを与えうるのだから当然だ。

 そもそも、このゲイムギョウ界では剣一本でモンスターと戦うよう奴は、珍しくもなんともない。

 忍者もいる、魔術師もいる、超能力者だっている。

 それでも、ディセプティコンはそんなゲイムギョウ界の猛者を圧倒するほど強いのだ。

 まあ、俺たちGDCの兵隊がディセプティコンと直接戦う機会は中々ない。今回もそうだろう。

 

 ……人、それをフラグという。

 

 どこからか砲弾が飛来し轟音とともに爆発が起こった。

 隊員たちはすぐさま物陰に隠れる。

 物陰から少しだけ顔を出すと、砲弾の飛来した方には、緑を中心とした迷彩柄の戦車が、砲口から煙を上げていた。

 リーンボックスの第三世代戦車だが、通常の物と違いゴテゴテと武装が追加されている。

 

「くそ! ついてないぜ! また俺は人間どもの相手かよ!」

 

 果たして戦車はギゴガゴと音を立てて立ち上がり、巨大で歪な人型に変形した。

 ディセプティコンの砲撃兵、ブロウルだ。

 実の所、コイツと遭遇するのは初めてではない。むしろ顔なじみの域だ。

 

「しかも、またおまえらか! まったく、俺はいつも貧乏くじだぜ!」

 

 愚痴りながらも、全身の火器を発射してくるブロウル。

 その大火力の前に、俺たちはいつも為す術がない……、なんてことはなく。

 いつのまにかブロウルの背後に回り込んだミスターチーフが、その後頭部に正確な銃撃を与える。

 

「ぐお! てめえか、ゴツイの!」

 

 ブロウルはそれに気付き、右腕のガトリングをミスターチーフに向ける。

 だがミスターはそれより早く身を隠した。

 それを見てリントさんが素早く指示を出す。

 

「ビオ! 火力支援だ!」

 

「了解! 生憎、チマチマやるのは趣味じゃないの! これでも食らいなさい!」

 

 ビオがどこからかロケットランチャーを取り出し、それをブロウルに向けて発射する。

 ロケット弾は狙い違わずブロウルに命中。

 ブロウルは大きくのけ反る。だが、致命には遠く及ばない。

 

「テメエら! 今日こそ覚悟しやがれ!」

 

 反撃すべく、両肩のミサイルポッドをこちらに向けるブロウル。

 

「やれ! ソノタ!」

 

 リントさんの声が聞こえた瞬間、俺はアサルトライフルを構え、狙い、引き金を引く。

 銃口から飛び出した弾丸が、発射寸前のミサイルの弾頭に当たった。

 

「ぐわあああ!!」

 

 爆発を起こすミサイル。

 だが、これで倒れる相手ではないのは全員が分かっている。

 

「貴様らあ! 調子にのんじゃねえ!!」

 

 案の定、ブロウルは倒れておらず、腰だめの主砲を撃とうとしていた。

 反射的に、こちらも次の動きに移ろうとした瞬間、どこからか地獄から響くような声が聞こえてきた。

 

「ディセプティコン軍団! 退却だ!」

 

 それはディセプティコンの親玉、破壊大帝メガトロンの声だった。

 どうやら、オートボットとディセプティコンの戦いは、こちらに軍配が上がったらしい。

 

「……チッ、この決着はいずれ付けるぜ!」

 

 それだけ言うと、ブロウルは素早く戦車に変形して去っていった。

 

「追う?」

 

「いや、これ以上は無意味だ」

 

 なおも好戦的に銃を構えるビオを、リントさんが制する。

 長期戦になれば、タフネスの差からこちらが不利になる。

 短期で仕留めきれなかった時点で、勝機は薄くなっていたのだ。

 それが分かっているからこそ、ビオも少し悔しげだった。

 

  *  *  *

 

 その後、町の各所に散らばったモンスターを掃討し、輸送ヘリの着陸している広場に戻って来た俺たち。

 そこでは、女神様たちとオートボットたちが住民から賞賛されていた。

 

「女神様、ありがとうございました!」

 

「わー、オートボット、カッコいい!!」

 

 ……正直、少し妬ましく思うことはある。

 俺たちだって、必死に戦っているのに、ってさ。

 もちろん、オートボットの連中が嫌いなわけじゃないんだ。

 ただ、やっぱり女神様の隣にいたいって願望はある。

 

「ねえ、兵隊さん」

 

 そんな益体もないことを考えていると、急に服の裾が引っ張られた。

 見るとそこには、幼い少女がいた。

 少女は、はにかんだように笑う。

 つられて、こちらも微笑んだ。

 

「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」

 

「あのね、兵隊さんたちに、お礼が言いたくて……。わたしたちの町を護ってくれて、ありがとう!」

 

 それは、屈託のない笑みだった。

 

「……俺たちは、そんな大したことはしてないよ。女神様やオートボットたちにお礼を言ってあげたらどうだい?」

 

「でも、兵隊さんたちも戦ったんでしょ? だから、ありがとう!」

 

 思わず出てしまった捻くれた言葉にも、少女は笑っていた。

 その瞬間、俺は心の中の何かがストンと楽になるのを感じた。

 

 ――ああ、そうだよな。

 

 女神様に仕えたいのは本当だ。

 賞賛だって欲しい。

 でも、一番したいのは、人々を護ることだ。

 だから警備兵になり、GDCに参加したんだった。

 確かに俺たちは脇役だ。

 画面外で色々やってる、その他大勢さ。

 でも、そんな俺たちでも守れるものはある。

 だから戦える。

 

「なにニヤついてんだよ。帰るぞ」

 

「はい! 今行きます!」

 

 リントさんにツッコまれた俺は、少女に手を振りながら、輸送ヘリに乗り込むのだった。

 

  *  *  *

 

 とまあ、こんな感じがGDCのお仕事風景さ!

 俺たちGDCは、これからも女神様やオートボットの手伝いを続けていくことになるだろう。

 もし、この作品のどこかで俺たちを見かけたら、応援してくれよ!

 

 じゃあ、またどこかで!




ざっと、簡単なゲスト解説。

ツイーゲ
アニメ版より登場。使い捨てじゃなかった。

アノネデス
ご存じ、オカマハッカー。

ジェネリア
本名ジェネリア・G。激神ブラックハートより、Gジェネレーションシリーズの擬人化キャラ。

MAGES.
シリーズ常連のメーカーキャラ。5pb.の親戚。
かつてラヴィッジを直したのも彼女。

雨宮リント
シリーズ常連のモブキャラ。
ゴッドイーターシリーズの登場キャラ、雨宮リンドウのパロディキャラ。

ビオ
激震ブラックハートより、バイオハザードシリーズの擬人化キャラ。

ミスターチーフ
めがみつうしんより、HALOシリーズの主人公、マスターチーフのパロディキャラ。

……まあ、画面外ではモブも頑張ってんだよ。というお話でした。

次回はロックダウン再登場回(と言う名のキョウダイ活躍回)を予定しています。
ちなみに予定は予告なく変更される場合がございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 ハイドラの魔の手

ロックダウン再登場&ヘリ兄弟とルウィー年少組が主役回を書く
→途中まで書いて、この前に一つ話を入れたほうがいいかも?と思う
→できたのが今回。


 女神が統治する不思議な世界、ゲイムギョウ界。

 今この世界では、異世界から現れた金属生命体、トランスフォーマーたちが、女神に味方してゲイムギョウ界を護ろうとするオートボットと、ゲイムギョウ界を侵略しシェアクリスタルを奪おうとするディセプティコンの二派に分かれて戦いを繰り広げている。

 

 だが、ゲイムギョウ界の平和を乱す者が、ディセプティコンだけとは限らない……。

 

  *  *  *

 

 深夜のプラネテューヌ首都。

 その路上を異様な集団が爆走していた。

 改造した車やバイクに乗り、自らも刺々しい衣装や装飾品を身に着けた、いわゆる暴走族だ。

 だが彼らは、騒音をまき散らし走り回るだけの暴走族ではない。

 手に持った金属バットや鉄パイプ、棍棒に斧、蛮刀で目に着いた物を片っ端から破壊し、さらには銃火器を乱射している者までもがいる。

 深夜営業のコンビニやエネルギースタンドを見つけると、乗り込んで行って破壊と略奪の限りを尽くすという、世紀末から抜け出てきたかのような極悪非道の集団なのである。

 彼らの名はメダルマックス。

 壊したいから壊し、奪いたいから奪う。理性や良心など、母の胎に置いてきた無法者たちだ。

 彼らの先頭を走るのは、突起だらけの改造バイクに跨った筋骨隆々の男で、真っ赤なモヒカンを逆立て、顔を白塗りにし、目と口の周りを赤く塗った異様な姿をしている。

 

「ガガガー!! 汚物は消毒だー!!」

 

 このモヒカン男はなんと魔法で炎の弾を作り出し、それを次々と投げている。

 火炎弾が、あらゆる物を破壊し、町のあちこちで火の手が上がる。

 だが、そんな無法がいつまでも許されるわけがない。

 脇道から一台のトレーラートラックが現れ、武装改造車の集団に並走を始める。

 車体に赤と青のファイヤーパターンが描かれた、大きなトラックだ。

 

「おい見ろ、例のトラックだぜ!」

 

「何だって構わねえ! 俺らの横に並ぶなんざ、生意気な野郎だぜ!」

 

「ぶっ壊しちまえ!!」

 

 メダルマックスの荒くれ者どもは、すぐさまトラックに向かって武器を振りかざす。

 だが、鉄パイプや斧はトラックに当たってもまったく効かず、銃弾ですら弾かれる。

 この事態に至って、荒くれ者たちもさすがに驚く。

 

「ええーい、この化け物トラックめ! これでも食らいやがれ!!」

 

 暴走族の一人が、手榴弾を取り出して投げつける。

 爆発が起こるがそれでもトラックは止まらない。

 

「この役立たずどもめ! 俺様が手本を見せてやる!!」

 

 その態に業を煮やし、首魁のモヒカン男が巨大な炎の塊を頭上に作り上げ、それをトラック目がけて投げつける。

 たちまちトラックは激しい炎に包まれた。

 

「どうだ、破壊とはこうやるのだー! ガガガー!!」

 

 首魁の見事な攻撃に興奮し、メダルマックスたちは炎上するトラックの周りをグルグルと回り出す。

 

 だが。

 

「オプティマス・プライム、トランスフォーム!」

 

 炎を振り払いながらトラックがその姿を変えていく。

 無骨な人型、背には剣と盾、ライフルを背負ったオートボット総司令官オプティマス・プライムだ。

 

「諸君に警告する。諸君の暴走行為と破壊行為は、プラネテューヌ憲法に反することだ。素直に武装を解除し、自首するなら手荒な真似はしない」

 

 無法集団に対しても、まずは警告から入るオプティマス。

 だが、無法者たちにその言葉は逆効果だ。

 

「俺たちは決まり事と、命令が何より嫌いなんだー!!」

 

「金! 暴力! S○X!!」

 

「びゃあ゛あ゛あ゛!! この支配からの解放、イエェエエイ!!」

 

 怒りと興奮のままに、重火器でオプティマスを撃つ、ならず者たち。

 まったくダメージを受けていないオプティマスはハアッと一つ排気すると、背中から剣を抜く。

 

「警告はしたぞ」

 

「ヒャッハー!! 死ねやぁああ!!」

 

 ならず者の一人が、武装バギーで体当たりを仕掛ける。

 だがオプティマスはテメノスソードを唐竹割りの要領で振ると、武装バギーは真っ二つに斬られ、オプティマスの両脇を通り過ぎながら倒れた。

 

「う、うおおお!!」

 

 四方から金属の巨人に突撃してくるメダルマックスの武装改造車群。

 オプティマスは背中からレーザーライフルを抜き、連続して改造車の僅かに横を狙い撃つ。

 光線が地面に着弾し爆発を起こすと、改造車は次々と横転した。

 

「ガガガー! 情けのない奴らめ!!」

 

 首魁であるモヒカン男は、醜態をさらす部下たちに見切りをつけ、自ら攻撃に移る。

 

「火炎弾は効かずとも、これならどうだ!!」

 

 両の手から高熱の炎を噴き出し、絶えずオプティマスに浴びせるモヒカン男。

 オプティマスはレーザーライフルをしまい盾を前に突き出すと、火炎放射を受けながらもゆっくりとモヒカン男に向かって歩いていく。

 さすがに焦るモヒカン男だが、時すでに遅し。オプティマスはモヒカン男の眼前にまで迫っていた。

 動揺するモヒカン男の首根っこを指先で摘まんで持ち上げるオプティマス。

 

「まだやるか?」

 

 今度こそモヒカン男は負けを悟り、ガックリと項垂れるのだった。

 

  *  *  *

 

 警備兵にメダルマックスの連中を引き渡し、オプティマスは一排気吐いた。

 

「お疲れー、オプっち!」

 

 そう言いながら駆け寄ってきたのは、ネプテューヌだ。

 オプティマスは微笑む。

 

「ネプテューヌ。ああ、お疲れ様」

 

「いやあー、オプっちのおかげで楽できちゃったよー!」

 

 二人は微笑み合う。

 プラネテューヌに突然現れたメダルマックスなる暴走集団を逮捕することが、今回の二人の仕事だった。

 結局、先行したオプティマス一人で片付けてしまったが。

 

「それにしても、なぜあのような集団が現れたのだろうか?」

 

「暖かくなってきたからね。変な人も沸くよ」

 

 当然の疑問を浮かべるオプティマスに、ネプテューヌは呑気に答える。

 しかし、オプティマスの表情は晴れない。

 あれだけの規模の暴走族というだけでも普通ではないのに、理性と自制に著しく欠ける言動からして、何らかの薬物を摂取していた可能性がある。

 さらに、銃火器で武装していたという異常性。

 

「……ん?」

 

 と、思案していたオプティマスが何かに気付いたように虚空を睨んだ。

 ネプテューヌは首を傾げる。

 

「どうしたの、オプっち?」

 

「いや……、誰かに見られていたような気がしたんだが……、気のせいだったようだ。さあ、夜も遅いし帰るとしよう」

 

 しばらく辺りを見回していたオプティマスだが、やがてネプテューヌに微笑みかけた。

 

「うん! 寝不足はお肌の大敵だもんねー! わたしのお肌が荒れたら、全プラネ民が悲しみを背負っちゃうよ!」

 

「そうだな」

 

 語気壮大なことを言い出すネプテューヌに、オプティマスは笑ってしまう。

 二人は何事もなく帰路につくのだった。

 

  *  *  *

 

 だが、オプティマスの感じた視線は気のせいではなかった。

 

「ふむ、この距離からスパイカメラに気付くとは、さすがと言うべきかな?」

 

 どこか、暗い場所。

 無数のモニターにオプティマスの姿が写っていた。

 メダルマックスを叩きのめす様子が、様々な角度から撮影されていたのだ。

 複数の人間がコンソールを操作し、映像から様々なデータを取る。

 攻撃力、防御力、反応速度。

 モニターに映し出されるデータを、一人の男が見ていた。

「しかし、これではデータが足りないな。やはり、武器を与えただけの無法者では役者不足か」

 

 一人ごちる男。その声は機械的に変声されている。

 

「これは、もう少しデータ収集が必要だな。……できれば彼自身も確保したいものだ」

 

 男は後ろに視線をやる。

 そこには、マントで首から下を覆った痩身のトランスフォーマーが立っていた。

 

「君にも仕事をしてもらうよ。ロックダウン」

 

「かまわんが、追加料金を払ってもらうぞ。オプティマスを捕らえるのは骨だからな」

 

 痩身のトランスフォーマー、ロックダウンは、無感情に言うのだった。

  *  *  *

 

 数日後、オプティマスとネプテューヌは教会に寄せられた依頼により、ある場所を訪れていた。

 プラネテューヌの人里離れた山中に、奇妙な建造物が出現したと言うので、その調査に訪れたのだ。

 他の仲間たちは予定があって出動できなかったため、総司令官直々のお出ましとなった。

 

「あれか……」

 

 ネプテューヌを降ろしてトラックの姿から、ロボットモードに戻ったオプティマスは、山間に建つその建物を眺めた。

 あちこちに蛇の絵が描かれた、禍々しい意趣の巨大なビルか塔のような建造物だ。

 

「なんて言うか、見るからに悪者がいそうだね! あいちゃんに見せたら喜びそう!」

 

 塔のあからさまな外観に、ネプテューヌは興奮気味だ。

 そんな彼女を諌めるようにオプティマスは声を出す。

 

「今回はあくまでも偵察だ。何もないようならそれでいいし、何かあるようならいったん戻って、仲間たちを連れてこよう」

 

「オッケー! でも、その発言自体が一種のフラグだよね」

 

 よく分からないことを言うネプテューヌ。

 オプティマスとしては、これ以上塔に近づくつもりはない。

 ここからでも、センサー類を最大限働かせれば、塔の様子を探ることができる。

 だが、そうしようとオプティマスが試みると、塔の周りを電磁波が覆っていて不可能なことが分かった。

 これはいよいよ怪しい。

 

「やはり、いったん戻ろう。あの塔の中に入ったら、通信もできなくなってしまうはずだ」

 

「そうだね。ダンジョン攻略前にはパーティーの編成と装備の確認が大事だもん」

 

 慎重論を出すオプティマスに、ネプテューヌも頷く。

 二人が塔に背を向けようとした、その時である。

 

「た、助けてください……」

 

 近くの茂みの中から、一人の女性が現れた。

 赤い髪を長く伸ばした、スタイルのいい女性だ。服は引き裂かれ、白い肌が露わになっている。

 

「おおー!? 唐突に困ってる人発見! イベント強制突入?」

 

 相変わらずよく分からないことを言うネプテューヌ。

 一方、オプティマスは紳士的に対応する。

 

「いったい何があったのかね? 落ち着いて話してくれ」

 

「は、はい……。私はこの近くの村に住むアオイと言う者ですが、あの塔を建てた奴らが、村の者を連れ去ってしまったのです。私だけが、命からがら逃げだしてきました」

 

「我々はプラネテューヌ教会から来た者だ。とりあえず貴女は、我々が保護しよう。教会で詳しい話を聞かせてくれ」

 

 順当な対応をするオプティマスに、しかしアオイは安堵ではなく悲嘆を顔に浮かべた。

 

「そ、それが……、奴らは村の人たちを恐ろしい兵器の実験台にしようとしているらしいんです。このままだと、村の人たちが……」

 

 それを聞いて、義憤をたぎらせたのがネプテューヌだ。

 

「任せといて! わたしとオプっちが力を合わせれば、全戦全勝間違いなし! オプっち、ここはわたしたちだけでも行こう!」

 

「…………そうだな」

 

 短く同意したオプティマスに、ネプテューヌは疑問符を浮かべる。

 何か、乗り気でなさそうな感じだ。警戒しているようにも見える。

 

「それで、お嬢さん。村の人々を浚った奴らは、何者なんだ?」

 

 ネプテューヌが疑問に答えを出すより早く、オプティマスはアオイに聞いた。

 アオイは緊迫した表情で答える。

 

「はい、奴らはこう名乗っていました。『ハイドラ』と……」

 

  *  *  *

 

「たのもー!!」

 

 塔の正面扉が勢いよく開かれ、ネプテューヌの声が響き渡る。

 隠れる気などサラサラないネプテューヌは正面からの突破を提案し、なぜかオプティマスもこれに応じたため、 両者はアオイを近くの町に送ってから塔までやってきたのだ。

 しかし、ここまで迎撃はなかった。

 塔の中も静かだ。

 

「……あれ?」

 

 てっきり、敵の大軍が現れると思っていたネプテューヌは拍子抜けしてしまう。

 オプティマスは背負ったレーザーライフルとバトルシールドを手に持つと、油断なく進んでいく。

 

「……ネプテューヌ、私の傍を離れるなよ」

 

「うん!」

 

 ネプテューヌも刀を召喚し構えたまま歩いて行く。

 と、二人の後ろで扉が音を立てて閉じた。

 しかし、二人とも想定の内でありいちいち騒がない。

 

『フフフ。オートボットの司令官、オプティマス・プライムとプラネテューヌの女神パープルハートよ。ようこそ、ハイドラタワーへ。まさか君たちが来てくれるとは思わなかったよ』

 

 どこからか声が聞こえてきた。機械的に変声された、感情の読めない声だ。

 ネプテューヌはいち早く反応する。

 

「むうー! あなたが悪者だね! 大人しく村の人たちを返しなさい! そうすれば痛い目見ないで済むよ!!」

 

『威勢のいいことだ。だが、そういかん。返してほしくば、このハイドラタワーの最上階まで来るがいい。ただし、この塔には三体の守護者がいる。彼らを全て撃破して、最上階まで来ることができるかな?』

 

「ようするに格ゲー的なアレだね! 受けて立つよ!」

 

 挑発的な言葉に、ネプテューヌは眉根を吊り上げる。

 一方のオプティマスは無言だった。

 

『では、さっそく第一の守護者だ』

 

 すると部屋の奥がライトアップされ、そこに巨大な影が佇んでいた。

 巨大なブルドーザーのようなメカだ。

 

『紹介しよう。彼は『キルドーザー』だ。超重量級の建設機械だが、その力を破壊に使えば、恐ろしいことになるのは言うまでもない』

 

「コンストラクティコンの親戚みたいな奴だね! よーし、一面ボスなんかさっさと片付けるよ!」

 

 敵の姿に闘志を燃やし、元気よく女神化しようとするネプテューヌだが。

 

『言い忘れていたが、守護者と戦うのはオプティマス。君だけだ』

 

「な!? 何言ってんの!」

 

 アンフェアな条件で戦わせようと言う声の主に、ネプテューヌが怒りの声を上げる。

 だがオプティマスは前に進み出た。

 

「いいだろう。どうせ、言うことを聞かなければ村人を殺すとでも言う気だろう」

 

『フフフ、御想像にお任せしよう』

 

 ギラリとオプティックを光らせるオプティマスだが、何も言わずキルドーザーと向き合う。

 

『では、第一ステージ。オプティマス・プライム対キルドーザー。死合い開始だ』

 

 唸りを上げて、キルドーザーがオプティマスに突っ込む。

 なんとオプティマスはそれを正面から受け止めた。

 後方へと、押されていくオプティマス。

 このままでは壁とキルドーザーに挟まれて押し潰されてしまう。

 だが、途中でキルドーザーの動きが止まった。

 いや止まったのではない、止められたのだ。

 床に両足を着けて踏ん張るオプティマスによって、超重量級建機キルドーザーの突進は押し止められているのだ。

 何と言う怪力だろうか。

 キルドーザーの単純なAIは、さらにパワーを上げてオプティマスを押し潰そうとするが、それでもビクともしない。

 

「……おおおおお!!」

 

 そしてオプティマスは、全身に思い切り力を込め、キルドーザーを押し返した。

 一瞬、両者が離れる。

 その一瞬で、オプティマスは高く跳ぶと同時に背中からテメノスソードを抜き、キルドーザーのAIが搭載された、普通のブルドーザーで言うなら搭乗席の所を切りつける。

 沈黙するキルドーザー。

 着地したオプティマスは、剣を背にしまいながら口を開いた。

 

「グリムロックの一撃のほうが、はるかに怖かったな。さあ、行こうネプテューヌ」

 

「うん! さすがオプっち、楽勝だったね!」

 

 もちろん、オプティマスの勝利を微塵も疑っていなかった紫の女神は、会心の笑みを浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

 部屋の奥にあるエレベーターに乗り、二階へと辿り着いたオプティマス。

 そこは無数の鉄骨がジャングルジムのように張り巡らされていた。

 

『第二ステージへ、ようこそ。さっそく次の相手だ』

 

 声が聞こえてくると同時に、鉄骨の間を何かが凄まじいスピードで跳び回っているのが見えた。

 それはオプティマスの眼前に飛び降りてくる。

 華麗に着地を決めたそれは、異形の人型だった。

 緑色の爬虫類を思わせるが、リザードマン型のモンスターよりも遥かに禍々しい。

 両の手は鋭く長い爪を備えていた。

 

『『ネックチョッパー』 一種の生物兵器で、遺伝子操作によって誕生した、生まれながらの殺し屋。君のセンサーを持ってしても、捉えきれない素早さを持っているぞ』

 

「御託はいい。さっさと始めよう」

 

 ピシャリとオプティマスが言い放つと、声はくぐもった笑いを漏らした。

 

『ククク、良いだろう。では、オプティマス・プライム対ネックチョッパー。死合い開始』

 

 ネックチョッパーはキルドーザーのように突撃はしてこない。

 高く跳び上がると鉄骨の間を跳び回り始める。

 驚くべきはそのスピードだ。

 謎の声の言う通り、オプティマスのセンサーでも感知しきれない。

 しかも、そのスピードはだんだん上がっていく。

 トップスピードに達した時、ネックチョッパーはオプティマス目がけて飛びかかった。

 このスピードを持ってして、一撃で敵の首を刎ねるのがネックチョッパーの必勝法なのだ。

 だが、オプティマスには分かっていた。

 自分の弱い場所がどこであり、ゆえにどこが狙われるかを。

 だから後は、そこに剣を置いておくだけだ。

 超スピードのネックチョッパーは、空中で止まる手段を持たず、テメノスソードに突撃して自らのスピードと勢いで真っ二つになった。

 オプティマスの両脇を通り過ぎ、肉塊となって地面に激突したネックチョッパーだった物には目もくれず、剣を振って血糊を払い総司令官は虚空を睨む。

 

「いつまで、こんな茶番を続けるつもりだ」

 

『安心するといい、次で最後だ』

 

「村の人達も帰してくれるんだね!」

 

 ネプテューヌの当然の問いに、謎の声はくぐもった笑い声を漏らした。

 

『村人?……ああ、そうだったな。そう言う約束だった。では先に進め。……待っているぞ』

 

「むうー!」

 

 はぐらかすような謎の声に、ネプテューヌが頬を膨らませ、オプティマスは難しい顔をしていた。

 

  *  *  *

 

 またしてもエレベーターに乗り、次の階へと向かう。

 今度は何階も通り過ぎて、最上階へと昇ることができた。

 エレベーターを降りると、そこは闘技場のようになっていた。

 

「ようこそ、我がハイドラの誇る闘技場へ!!」

 

 今まで何度も聞こえてきた声が、闘技場の奥の天覧席から聞こえてきた。

 そこにいた男は異様だった。

 青い軍服に青い鉄兜、黒いマントを羽織り、蛇を象った握りの付いたステッキを持っている。

 だが、その男には顔がなかった。

 銀色の仮面で顔をスッポリ覆っているのだ。

 仮面には目も口も鼻もなく、一切の表情をうかがいしれない。

 

「おまえが、ハイドラとやらのリーダーか」

 

「その通り、人呼んでハイドラヘッド。以後お見知りおきを」

 

「なんか、顔も名前も手抜きっぽい奴だね!」

 

 オプティマスの言葉に慇懃なお辞儀で返すハイドラヘッド。ネプテューヌはいつもの調子だ。

 

「さあ、さっさとこの茶番を終わらせよう」

 

 不機嫌そうなオプティマスに、ハイドラヘッドは小さく笑う。

 

「もちろんだとも。だが、ファイナルステージの前に特別ゲストを用意した。楽しんでくれ」

 

「特別ゲスト?」

 

 謎の声の含むような言葉にネプテューヌが首を傾げると、部屋の中央の床が開き、下から人影がせり上がってきた。

 

「アオイ!?」

 

 ネプテューヌが思わず声を上げる。

 人影はネプテューヌたちに助けを求めてきた女性、アオイだった。

 鎖につながれ、グッタリとしている。

 

「アオイ、大丈夫!?」

 

 慌てて駆け寄り、彼女を助け起こそうとするネプテューヌ。

 

「駄目だ、ネプテューヌ! 彼女に近づくんじゃない!!」

 

 だが、オプティマスがそれを止めようとする。

 

「え?」

 

 何事かとネプテューヌが振り向いた瞬間、突然アオイが立ち上がり、ネプテューヌに駆け寄る。

 

 そして手に持ったナイフでネプテューヌを刺した。

 

「……え?」

 

 軽く肌に刺さっただけだが毒でも塗ってあったのか、グラリと体を揺らし、倒れるネプテューヌ。

 

「ネプテューヌ!」

 

「おっと、動かないでちょうだい!」

 

 アオイは倒れたネプテューヌの顔にナイフを突きつける。

 ネプテューヌには何が起こったのか分からなかった。

 

「あ、アオイ……?」

 

 朦朧とする意識の中で、その名を呼ぶが、返ってきたのは嘲笑だった。

 

「アオイ? 誰かしら、それは。私の名前はマルヴァっていうの」

 

 それだけ言うとアオイ、いやマルヴァは懐から眼鏡を取り出してかけ、オプティマスに嘲笑を向ける。

 

「動かないでね。これくらいじゃ女神を殺すことはできないけど、それでも酷い傷を付けることくらいはできる。顔に傷をつけたら、この娘のシェアはどうなるかしら?」

 

「貴様……!」

 

 殺気を乗せてマルヴァを睨むオプティマスだが、彼女は鼻で笑うとネプテューヌの身体を抱えて、さっき自分が囚われているふりをしていた場所に戻る。すると二人を乗せた床が下がり、二人は姿を消した。

 そしてどういう仕掛けなのか、少ししてからハイドラヘッドの後ろに現れた。

 

「フフフ、ではオプティマス。ファイナルステージの相手を紹介しよう! ……ロックダウン!!」

 

 ハイドラヘッドがその名を呼ぶと、どこからか現れた首から下をマントで覆った痩身のトランスフォーマー、ロックダウンがオプティマスの目の前に着地した。

 その姿にオプティックを剥くオプティマス。

 

「ロックダウン、貴様を雇っていたのはこいつらだったのか……!」

 

「こいつらは金払いがいいんでね」

 

 ロックダウンは首をゴキリと鳴らす。

 居並ぶ二者を心なし満足げに見ていたハイドラヘッドは、右手を挙げて声を出した。

 

「では、最終ステージ! オプティマス・プライム対ロックダウン!! 死合い開始!!」

 

 声が響いた瞬間、思考を切り替えたオプティマスは先手必勝とばかりに、ロックダウンに突っ込む。

 

 ――一刻も早くネプテューヌを助け出さねば!

 

 対するロックダウンは、何もしない。そこに立っているだけだ。

 そのことにオプティマスの警戒心が引き起こされた時には、遅かった。

 オプティマスの足が何かを踏み、その瞬間、その何かが爆発する。

 

 地雷だ!

 

「ぐわあああ!!」

 

「ああ、言い忘れていたが、この闘技場にはあちこちに罠が仕掛けてある」

 

 倒れるオプティマスを見下ろしながら、いけしゃあしゃあと言ってのけるロックダウン。

 そしてマントの内側から、見せつけるように右腕を露出させると、その手首から先が、湾曲した大きな鉤爪になっていた。

 

「おまえの部下のヤブ医者のおかげで、右腕の変形機構の調子が悪くてな。何とかこの形に固定したが……、部下のしでかしたことの責任は、上司が負わないとなあ」

 

 振り下ろされた鉤爪をかわし、立ち上がったオプティマスはセンサーを最大限働かせて罠の位置を探る。

 だが、このハイドラタワー全体を覆う電磁波の影響で上手くいかない。

 

「罠の位置を探ろうとしても無駄だぞ。ちなみに俺は、全部頭に叩き込んである」

 

 自身の額をコツコツと指で叩きながら、ニヤリと笑うロックダウン。

 

「分かるか、オプティマス? これは戦いじゃあない。これは、狩りだ」

 

「ぐ……、うおおおお!!」

 

 傍に立つロックダウン目がけて、レーザーライフルを撃つオプティマス。

 ロックダウンはヒラリとそれをかわす。

 さらにオプティマスはロックダウンの立っていた場所へとジャンプする。

 少なくともロックダウンの立つ場所に罠はないはず。

 

 だが、オプティマスが立った瞬間、左右から円盤状の刃物が飛んできて、体のあちこちを切り裂く。

 

「ぐわあ!!」

 

「もう一つ言い忘れていた。設置ある罠は地雷だけじゃなくて、赤外線に触れると作動する物もあるから、気をつけるんだな」

 

 そう言いつつ、左手をブラスターに変形させ撃つロックダウン。

 賞金稼ぎの辞書に、情け容赦の文字はない。

 

「ふむ……。一方的な展開、といったところか」

 

 一応にも自陣の側であるロックダウンが優勢であるにも関わらず、ハイドラヘッドは不満げだ。

 

「ど、どうして……」

 

 と、マルヴァに無理やり立たされているネプテューヌが朦朧としつつも声を出す。

 

「どうして、こんな……ことするのさ? 騙……したり、罠……。卑……怯、だよ……」

 

「卑怯?」

 

 ハイドラヘッドは、首を傾げる。

 その姿にネプテューヌの身内に怒りが満ちた。

 

「そう……だよ! こんな……」

 

「甘いな」

 

 ネプテューヌの言葉をさえぎったハイドラヘッドの声色は、底なしに冷たい物だった。

 

「これは戦いだ。戦いに卑怯などない。死んだ者が、悪いのだよ」

 

 仮面を被ったハイドラヘッドの表情は、全く読めない。

 

「それに、これはオプティマス自身が招いたことだ。いや、正確には彼と君が招いた、だな」

 

「どういう……こと?」

 

「簡単よ。彼、私がスパイだって気づいていたもの」

 

 ネプテューヌの疑問に答えたのは、ハイドラヘッドではなく艶然と微笑むマルヴァだった。

 

「その上で、誘いに乗ったのよ」

 

「そんな……、どうして……?」

 

「あなたを傷つけないためよ、あなたったら、すっかり私のことを可哀そうな村娘だと思っていたもの。だから、そんなあなたが私の正体を知らないで済むように、一人で抱え込もうとしてたみたいね」

 

「そんな、そんな……」

 

 ネプテューヌの顔が、悲しみに染まる。

 自分がオプティマスの足を引っ張ってしまったことが、ネプテューヌの心を苛む。

 そんな紫の女神を見て、マルヴァはサディスティックな笑みを浮かべる。

 

「こんな馬鹿な娘が女神だなんて、まったくゲイムギョウ界はどうかしてるわ」

 

「マルヴァ」

 

 いい加減、鬱陶しくなってきたのかハイドラヘッドはマルヴァを諌めるが、自分でもなじるような言葉を出す。

 

「だが、これで分かっただろう。君のような輩が、兵士を死に追いやるのだ。これがいかに罪深い……」

 

「それは違う!!」

 

 ネプテューヌをなじるハイドラヘッドをさえぎったのは、すでに罠によって痛めつけられたオプティマスだった。

 

「騙されるほうが悪いなどという理屈がまかり通ってなるものか! ネプテューヌは、その優しさと善意ゆえに人を信じたのだ! それを裏切った、貴様らが偉そうな口を叩くんじゃない!!」

 

 立ち昇るオーラが見えそうなほどの怒りを漲らせ、吼えるオプティマス。

 その迫力にマルヴァは冷や汗を一筋流したが、ハイドラヘッドはどこか面白そうな雰囲気を出し、ロックダウンは興味なさげだった。

 

「怒りがなんになる。いくら吠えても、貴様はこのトラップフィールドからは逃れられんぞ」

 

 無感情に言うと、オプティマスに止めを刺すべくブラスターを撃とうとする。

 だがオプティマスは、ロックダウンに向かって突っ込んできた。

 一歩進むたびにあらゆる罠が作動する。

 地雷が爆発し、回転する刃が飛び、レーザー光線がオプティマスの装甲を焼く。

 対するロックダウンはなおも冷静だった。

 マントを翻し、肩に装着したミサイルを発射する。

 計八発の小型ミサイルがオプティマスに襲いかかる。

 体を捻り、二発はかわす。

 盾を突き出し、二発は防ぐ。

 剣を振り、さらに二発を切り払う。

 二発が命中。爆発が起こる。

 それでもオプティマスは止まらない。

 上段から剣を振るう。

 ロックダウンはそれを鉤爪で受け止めた。

 

「グ……、そんなにあの女神が大事か?」

 

 オプティマスの力の前に押されるロックダウンだが、何とか踏みとどまる。

 超重量級建機さえ押し返すオプティマスの力に耐えられるのはテクニックの差だろう。

 

「ああ、大事だとも! だから彼女を傷つけた貴様らを許さん!!」

 

「たった一人で何ができる!」

 

「一人ではない!」

 

 その言葉にロックダウンではなく、ハイドラヘッドがピクリと反応する。

 そしてどこからか声が聞こえてきた。

 

『ハイドラヘッド様! GDCと思しき部隊がこちらに接近しています! オートボットの姿も確認できます!』

 

 ハイドラヘッドは、その放送でオプティマスの行動に納得する。

 おそらく、最初にマルヴァと会った時点で、手を打っておいたのだろう。

 

「あらかじめ仲間を呼んでおいたな。抜け目のない奴だ。……マルヴァ、撤収だ。全兵士を避難させろ。ここを放棄するぞ」

 

「了解!」

 

 命令を受けたマルヴァはネプテューヌを横たえると、部下たちに指示を出すべく駆けていく。

 それを見送ったハイドラヘッドは、今だ戦う二体のトランスフォーマーに向かって声を張り上げる。

 

「ロックダウン! 今回はここまでだ。引き上げるぞ!」

 

 それを聞いたロックダウンはチッと舌打ちのような音を出した。

 

「命拾いしたな。プライム」

 

「…………」

 

 無言でギラリとロックダウン、そしてハイドラヘッドを睨むオプティマスだが、今はネプテューヌを助けるほうが先と怒りをこらえる。

 

「ふふふ、また会おう、オプティマス・プライム。……ああ、罠は解除しておいたから、安心したまえ」

 

 ハイドラヘッドはそう言って、影の中へと消えていった。

 いつのまにかロックダウンもいない。

 

「ネプテューヌ!!」

 

 危険が去ったのを確認したオプティマスは、すぐさまネプテューヌに駆け寄り、彼女の身体にスキャンをかける。

 紫の女神はグッタリとしていたが、命に別状はなさそうだ。

 

「ごめん……、オプっち……。足……引っ張っちゃったね……」

 

 最初にネプテューヌが発したのは、安堵や苦痛を訴える言葉ではなく、謝罪だった。

 その瞬間、不意にオプティマスのブレインサーキットに過去の映像が再生された。

 遠い故郷、クリスタルで構成された都市、降り注ぐ酸の雨、そして……。

 恐怖と悔恨が、オプティマスのスパークから沸きあがる。

 

「すまない、私がもっと早く、マルヴァの正体を君に言っていれば……」

 

 彼女の現れたタイミングはあまりにも出来過ぎていたし、命からがら逃げてきたと言うわりには外傷らしい外傷もなかった。村人が捕らえられていると言うのも嘘だろう。

 だが、それでも確証はなかったのだ。

 だから、純粋に彼女を心配するネプテューヌのことを見て、指摘するのを躊躇ってしまった。

 それが、この結果を招いたのだ。

 

 何と言う甘さ!

 

「違うよ……、わたしが……、馬鹿だから……」

 

「ネプテューヌ……」

 

 何と言って良いのか分からず、オプティマスが次の言葉を出しあぐねていると、どこからか機械音声が聞こえてきた。

『基地の自爆装置が作動しました。基地内のハイドラ構成員は、速やかに避難してください。繰り返します。基地の自爆装置が作動しました……』

 

「っ! ネプテューヌ、話は後だ! 今は逃げよう!」

 

「うん……」

 

 ネプテューヌを抱きかかえ、オプティマスは出口に向かって走る。

 そのさなかにも、オプティマスの脳意には一つの考えがあった。

 今回のことは自分の甘さが招いたことだ。

 こんなことではいけない。戦士として、もっと厳しく、もっと冷静に。

 

 ……大切なものを、守るために。

 

  *  *  *

 

 爆発し崩壊していくハイドラタワーから、一台のヘリが脱出していた。

 それはハイドラ幹部用のヘリだ。

 豪華な内装が施された客席で、ハイドラヘッドはくつろいでいた。

 そこへ別ルートで避難しているロックダウンから通信が入った。

 

『おい、これで良かったのか?』

 

「ああ、データは十分に取れた」

 

 今回のことは、オプティマスのデータを取るために行ったこと。

 タワーも兵器も、そのための捨て駒に過ぎない。

 

「やはり素晴らしいな、オプティマス・プライムは。すっかりファンになってしまったよ」

 

 上機嫌な声を出すハイドラヘッドだが、ふと声色が冷たくなる。

 

「しかし、あの女神はいただけないな。彼女の存在が、オプティマスの良さを殺してしまっている」

 

『と言うと?』

 

 ロックダウンには理解できないようだった。

 財力、権力、そして戦力。女神が味方についたことによるオートボットへの恩恵は計り知れない。

 

「私の見立てでは彼は生粋の戦士だ。戦いに生き、戦いに死ぬ。そして、戦いを心から楽しむ。それを、女神とともにあることで忘れてしまっている。それではいけない。……私と戦争をするには」

 

 こらえきれないように、ハイドラヘッドが笑いだす。

 

『理解しがたいな』

 

「理解など求めていないからね。私が求めるのは唯一つ、戦争だよ」

 

 呆れたような声を出すロックダウンに構わず、ハイドラヘッドはくぐもった笑い声を出し続けるのだった。

 




そんなわけで第三勢力登場回。

TFに詳しいかたならお気づきでしょう。彼らはTFの親戚であるG.Iジョーの悪の組織、コブラがモデルになっています。
GDCが、意図したわけではないけどG.Iジョーっぽくなったので、いいかなと思いまして。

他、小ネタ解説。

メダルマックス
世紀末な世界を戦車で冒険するゲーム、メタルマックスより。
モヒカン男のモデルは二作目のボスキャラ、テッド・ブロイラー。

キルドーザー
アーマードコアの登場機体の一つより。

ネックチョッパー
バイオハザードの敵キャラ、ハンターより。
ハンターは首狩りという攻撃をしてくる。

マルヴァ/アオイ
ポケモンXYの登場キャラ、パキラより。
マルヴァはパキラの海外名で、パキラというのはアオイ科の植物。

では、次回こそ、ヘリ兄弟とルウィー年少組主役回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 キョウダイ

QTF、それをツッコンじゃあかんよ……。
というかロックダウンよ、TFファン的にはあんたも結構なツッコミどころなんですが……。


 あのヒトと初めてあったのは、まだ幼体のころだ。

 オールスパークから生まれ落ちて、縦穴を這い出た時、最初に傍にいたのがあのヒトだった。

 同型であることもあって、ただ何となくその後もつるんでいた。

 何のことない、それだけの関係だ。

 やがてディセプティコンとして、何となくオートボットと戦うようになった。

 当時はまだメガトロン様が台頭してきておらず、ディセプティコンはいくつもの小集団に分かれていて、俺もその一つに属して、あのヒトと共に戦っていた。

 自慢するわけじゃないが、俺たちは一帯では最強のチームだった。だからだろう、増長していた。慢心していた。

 ある時、強力なオートボットの部隊が俺たちを襲った。

 その圧倒的な戦力の前に俺たちはなす術もなく、俺は足に被弾して動けなくなってしまった。

 誰もが俺を見捨てて逃げていった。

 ディセプティコンとして、それは当然のことだったし、俺もそれを恨んだりはしなかった。

 ただ、「ああ、やっぱり」と思っただけだ。

 

 その時だ。

 

 手が、差し伸べられた。あのヒトだった。

 

 何で?と聞くと、あのヒトは笑って答えた。

 

「おまえは俺の弟みたいなものだからな! 弟を守るのは兄貴として当然のことだ!」

 

 それからだ。俺があのヒトを『兄者』と呼ぶようになったのは。

 

 俺たちがメガトロン様と出会う、少し前の話だ。

 

  *  *  *

 

 さて、今日の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、ルウィーとプラネテューヌを結ぶ街道から物語を始めよう。

 雪原の真ん中に作られた街道を、数台の車が走っていた。

 一台の装甲トラックを中心に、装甲車が並んで走る物々しい一団だ。

 しかしそれに混じって、グリーンとオレンジのコンパクトカーという場違いな車が走っていた。

 

「なあ、スキッズ。まったく、ミラージュの奴もあれだよな。俺たちにこんな子供の使いみたいな仕事させるなんてさ!」

 

「あのな、マッドフラップ。そう言うこと言うのは、ちゃんと仕事を終えてからにしろよ!」

 

 言う間でもなく、オートボットのスキッズとマッドフラップである。

 その運転席にはルウィーの双子の女神候補生、ロムとラムの姿があった。

 

「お姉ちゃんったら、やたら心配してたけど、わたしたちだってこれくらいのお使い、わけないんだから! ねえ、ロムちゃん!」

 

「うん、がんばろうね、ラムちゃん」

 

 この一団は、ルウィーで開発された魔法の力を詰めた爆弾をプラネテューヌのGDC本部まで運ぶことを任務としていて、四人はこの一団の護衛任務の最中なのである。

 ミラージュは今のオートボットの双子なら、これくらいの任務ならこなせるだろうと考えて、あえて自分は同行しなかった。

 さすがに候補生の双子のほうは出発するまで姉に心配されていたが。

 

「まあ、何事もなさそうだし、ノンビリ行こうぜ」

 

「そうだな。少し遠出のドライブだと思って……」

 

 スキッズの軽口にマッドフラップが軽口で返そうとした瞬間、どこからかバラバラとプロペラ音が聞こえてきた。

 可能ならば、オートボットの双子は表情を緊迫させるだろう。

 ロムとラムが窓から顔を出して上空を見ると、そこには巨大な軍用輸送ヘリが二機、こちらに向かって飛来してくるところだった。

 二機の内、一機は黒、もう一機は銀。見間違えようもない、ディセプティコンのブラックアウトとグラインダーの義兄弟だ。

 

「フハハハ、これは僥倖! まさか偵察任務の最中にオートボットの輸送部隊を発見するとはな! しかも護衛はチビどもだ!」

 

 ブラックアウトは望外の幸運に高笑いする。

 

「兄者、油断するな。相手はオートボットと女神だ」

 

 義兄を諌めるグラインダー。

 スキッズとマッドフラップは強力な合体砲を有しているし、ロムとラムの扱う氷の魔法は金属生命体に驚異的な威力を見せる。

 

「分かっている! 俺とおまえならば問題あるまい! さっさと片付けるぞ!」

 

 輸送部隊の前に回り込んだブラックアウトは、ロボットモードに変形して部隊の前に立ちはだかった。

 すぐさま、装甲車に乗った兵士たちが銃で応戦する。

 対ディセプティコン用に強化された銃である、さしもにダメージを受けるブラックアウトだが、プラズマキャノンを発射しようとする。

 その時、素早くロボットモードに変形したマッドフラップがブラックアウトに飛びかかった。

 

「このディセプティコンめ! 俺のカンフーグリップを喰らいやがれ!」

 

 黒いヘリ型ディセプティコンの背中に組み付き、果敢に格闘攻撃を繰り出すマッドフラップ。

 

「おまえみたいなデカブツには、近づくのが逆にいいって習ったんだ!」

 

「ほう、いい教えだな。……だが、まだまだ甘い!」

 

 言葉とともに、ブラックアウトは背中からスコルポノックを分離させ、マッドフラップもろとも地面に落とす。

 スコルポノックはそのままマッドフラップの上で身を捻ると、その爪と尻尾の針で双子の片割れを引き裂こうとする。

 

「アイスコフィン!」

 

 しかし、いつのまにか女神化したロムが氷の魔法を機械サソリに浴びせかけた。

 たまらず、スコルポノックはマッドフラップの上から落ちてしまう。

 

「サンキュー、ロム!」

 

「油断しないで、マッドフラップ!」

 

 声をかけあいながら、並んで敵を睨むロムとマッドフラップ。

 

「ふん、餓鬼どもが! 戦場の厳しさをレクチャーしてやる!」

 

 ブラックアウトはそれを両腕の武器を展開して迎え撃つ。

 

「兄者!」

 

「させるか!」

 

 義兄を援護すべく、変形して降り立つグラインダーだが、そこへすかさずスキッズが組みついた。

 

「貴様、このチビ助が!」

 

「へへへ、この距離だと、自慢の砲も意味ないみたいだな! やれ、ラム!」

 

 その瞬間、こちらも女神化してラムが魔法を放つ。

 

「アイスコフィン!」

 

 氷塊がグラインダーの胸に命中し、その体が凍っていく。

 

「ぐおおお! なんのぉ!!」

 

「うお!?」

 

 しかしグラインダーはすぐさま変形することでスキッズを振り払い、さらに巨大ヘリの姿のままラムへ突撃する。よける暇もない。

 

「きゃああ!!」

 

「ラム!」

 

 だがその時、どこからか飛んで来た砲弾が、グラインダーの側面に命中する。

 

「ぐおおお!?」

 

「グラインダー!!」

 

 耐え切れず墜落しそうになりながらも、変形して何とか着地するグラインダー。

 すぐさま戦いを中断し、弟分に駆け寄ろうとするブラックアウト。

 だがその上空で何かが爆発した。

 すると、ブラックアウトのセンサー類がノイズに塗れる。

 

「こ、これは、EMPボムか!」

 

 驚くブラックアウト。

 EMPボムとは、その名の通り強い電磁波でトランスフォーマーのセンサーを狂わせる武器だ。

 その被害はディセプティコンのみならず、オートボットとその協力者たちにも及ぶ。

 スキッズとマッドフラップに内蔵された通信装置も、ロムとラムの装着したインカム型通信機も、GDCの隊員たちの通信機器も使用不能になる。

 

「こ、こりゃいったい?」

 

 思わず声を出すスキッズだが、その答えは突然降り注ぐエネルギー弾という形でやってきた。

 ディセプティコンの物ではない、もちろん、オートボットやGDCの物でもない、ならば……。

 

「オートボット、ディセプティコン、それに今度は女神と人間……。どいつもこいつも同じ穴のムジナばっかりだ」

 

 エネルギー弾の発射元に立っていたのは、髑髏を思わせる顔をして、首から下をマントで覆ったトランスフォーマーだった。

 左手をブラスターに変形させ、右腕は手首から先が湾曲した大きな鉤になっている。

 

「おまえは……」

 

「ロックダウン、メガトロン様に従わぬ裏切り者が! 何をしにきた!」

 

 被弾した箇所を押さえながら茫然とした声を出すグラインダーと、怒声を上げるブラックアウト。

 メガトロンに絶対の忠誠を誓うブラックアウトにとって、ディセプティコンに生まれながら軍団に加わらないロックダウンのような輩は、裏切り者に等しいのだ。

 だが、ロックダウンは鼻で笑う。

 

「相変わらず、メガトロンの犬だな、ブラックアウト。いっそブラックドックにでも改名したらどうだ?」

 

 そして、ニヤリと嘲笑を浮かべる。

 

「それと俺は裏切り者じゃない。常に周りを裏切っている、メガトロンやオプティマスと違ってな」

 

「貴様……、メガトロン様を愚弄するか……! この、身の程知らずが……!!」

 

 とてつもない怒りを滲ませるブラックアウトだが、ロックダウンは動じない。

 

「どこが違う。メガトロンもオプティマスも、結局は耳障りの良いことを言って、戦争を長引かせているだけだ」

 

 その言葉にブラックアウトのみならず、オートボットの双子も顔をしかめる。

 だが彼らが何か口にするよりも早く、ブラックアウトがプラズマキャノンを発射した。

 ロックダウンは側転の要領でプラズマ弾をよけると、右腕のブラスターを撃ちかえす。

 命中、しかしブラックアウトはさしたるダメージもなく、さらにプラズマキャノンを乱射する。

 左右に素早く動き、マントをはためかせてそれをかわし続けるロックダウン。

 

「ええい! 小癪な!」

 

 業を煮やしたブラックアウトは、プラズマ波を発射した。

 波状のプラズマがロックダウンに迫る。

 だがロックダウンは冷静に手榴弾を取り出し、すぐそばまで迫ったプラズマ波に向けて放る。

 手榴弾はプラズマ波に接触すると同時に爆発を起こし、大量の煙をまき散らした。

 

「く! 煙幕か! 出てこい、卑怯者め!」

 

 大量の煙とさっきのEMPボムのせいで、ブラックアウトはロックダウンを見失ってしまう。

 それで怯むブラックアウトではないが、この煙の中だ。グラインダーへの誤射を恐れ、射撃をためらう。

 次の瞬間、ブラックアウトの背中にロックダウンの鉤が突き刺さる。

 

「ぐおおおお!!」

 

「兄者!!」

 

 倒れ伏すブラックアウトと、叫ぶグラインダー。

 一方、一連の流れを茫然と見ていたマッドフラップの横腹をスキッズが小突いた。

 

「おい、逃げるぞマッドフラップ!」

 

「え? でも……」

 

「馬鹿野郎、俺らの任務は新兵器を運ぶことだろうが! ディセプティコンが仲間割れしてくれんなら、それに越したことはないだろ」

 

 諭すように言うスキッズに、マッドフラップも頷く。

 

「ロム、ラム、行くぞ! GDCの奴らは動けるか?」

 

 ロムとラムを呼び寄せ、GDCの兵士たちにも声をかける。

 だが。

 

「さて、俺の仕事は二つ。まず、その輸送車の中身をいただくこと。……そして『おまえら』を捕らえることだ。『全員』な」

 

 ロックダウンが冷厳とした声を出した。

 

「ッ! 走れ!」

 

 賞金稼ぎの思惑を察知したスキッズの声にオートボットと女神、兵士たちは走り出す。

 同時にどこからか何かが降り注ぐ。

 いやそうではない、ロケットで空中に撃ち上げられた金属ネットだ。

 見れば、高台に陣取ったロックダウン配下の傭兵たちが金属ネットを撃ち出している。

 次々と降ってくる金属ネットに、GDCの隊員たちは身動きが取れなくなっていく。

 さらに、どこからか現れた犬のような金属生命体、スチールジョーの群れが、動けない隊員たちを取り囲む。

 

「くそ! 早いとこ安全なところまで逃げて、仲間に連絡を……、うお!?」

 

 そして、スキッズまでもが地面に落ちた金属ネットに足を取られ、転倒してしまう。

 

「スキッズ!」

 

「来るな、ラム!」

 

 倒れたスキッズの下に飛んで行くラムだが、彼女にも容赦なく金属の網が被さってくる。

 

「きゃああ!!」

 

「ラムちゃん!」

 

 片割れの危機に、ロムともちろんマッドフラップは助け起こそうとするが、スキッズは手を上げてそれを制した。

 

「ロムを連れて逃げろ! 早く!」

 

「でもよ!」

 

「早くしろ、この馬鹿!」

 

 必死に叫ぶスキッズに、マッドフラップはためらいながらコンパクトカーに変形する。

 

「乗るんだ、ロム!」

 

「そんな、ラムちゃんとスキッズは!? GDCの人たちはどうするの!?」

 

 仲間たちを置いて逃げようとはしないロムを、ロボットモードに戻ったマッドフラップは無理やり抱きかかえ走り出した。

 

「だめだよ、戻って! 戻って、マッドフラップ!」

 

 マッドフラップの体を叩くロムだが、マッドフラップは構わず、近くの針葉樹林の中に走り込んだ。

 ロックダウンはそれを追うべく、ゆっくりと動き出す。

 いつのまにか、グラインダーは姿を消していた。

 逃げたのだろうとロックダウンは考え、そちらは捨て置いて変形しようとする。

 

『まて、ロックダウン』

 

 と、通信装置に連絡が入った。

 それは彼の『雇い主』からだ。

 

「……なんだ。俺は残りの雑魚どもを捕まえるので忙しいんだが?」

 

『そいつらは、後でいい。先に捕まえた奴らを連れてこい』

 

 無愛想に問うと、雇い主はこちらも感情を感じさせない声で答えた。

 ロックダウンはチッと一つ舌打ちのような音を出すと、部下たちに号令をかけた。

 

「例の場所へ向かうぞ! 全員連れてこい!」

 

 そして、足元で呻くブラックアウトに声をかける。

 

「グラインダーは逃げたようだな。兄貴を見捨てて逃げるとは、大した弟だ」

 

 嘲るようなロックダウンに、ブラックアウトはニヤリと笑った。

 

「あいつは頭のいい奴だからな」

 

 倒れてなお不敵なブラックアウトが気に食わないのか、ロックダウンはフンと鼻を鳴らすのだった。

 

  *  *  *

 

「はあッ……、はあッ……」

 

 針葉樹林の中の開けた場所。

 排気を整えたマッドフラップは敵の気配がないのを確認して、抱きかかえていたロムを降ろす。

 

「……どうしてラムちゃんたちを置いてきたの?」

 

 ロムが雪の降り積もった地面に降りて、最初に言ったのはそれだった。

 目じりに涙をため、頬を紅潮させて放ったその言葉には、明確な非難の響きがあった。

 マッドフラップは何も弁明しない。

 

「どうしてラムちゃんたちを置いてきたの!!」

 

 マッドフラップの金属の胸を小さな拳で叩くロム。

 だが、マッドフラップは何も返さない。

 

「どうして、ラムちゃんたちを……」

 

「それは、あのままだと全員やられていた可能性が高いからだ」

 

 突然聞こえてきた第三者の声に、ロムとマッドフラップはハッと声のしたほうに顔を向ける。

 背の高い針葉樹の影に、銀色の歪な人型が佇んでいた。

 いつのまにか姿を消していたグラインダーだ。

 

「全員やられるよりは、少しでも多くの者が生き残る選択を。戦場の鉄則だ」

 

「何しに現れやがった、テメエ……!」

 

 ロムを庇うように進み出たマッドフラップは、ブラスターを構える。ロムも不安げながら杖を呼び出す。

 緊迫する三者。やがて最初に口を開いたのはグラインダーだった。

 

「……提案がある。ここは一時休戦しないか?」

 

「何だと!?」

 

 あまりにも意外な言葉に、マッドフラップは面食らう。

 そして怒りに顔を歪ませた。

 

「ふざけんな! だれがディセプティコンなんかと!」

 

「手を組んだほうがいいと思うぞ。ロックダウンから仲間たちを取り戻すためには、戦力が必要だろう」

 

 平静な声のグラインダーに、マッドフラップはますます怒りと不信を強める。

 

「ヘッ! おまえなんかの手を借りなくたって、仲間が助けに来てくれるさ!」

 

「それは無理だな。さっきのEMPボムのせいで、通信機は使用不能のはずだ」

 

 図星を突かれて黙り込むマッドフラップと、警戒しつつもこちらを不思議そうに見ているロムを眺めながら、グラインダーは言葉を続ける。

 

「仮に連絡がついたとしても、救援が来たころにはロックダウンは遠くに逃げおおせているだろう。そうなれば、仲間が無事なうちに見つけるのは困難になるぞ」

 

 無事なうちに、という言葉にマッドフラップは顔をしかめ、ロムはビクリと体を震わせる。

 どちらも、あまり好ましくない想像をしたようだ。

 

「俺なら、兄者のいる場所を探りあてられる。そこには、おまえ達の仲間もいるはずだ」

 

「本当に? 本当にラムちゃんたちの所に連れってってくれるの?」

 

 グラインダーに聞いてきたのは、マッドフラップではなく、今まで黙っていたロムだった。

 しかし、マッドフラップは訝しげな声を出す。

 

「……探せるんなら、何で、おまえ一人でいかねえ? 戦力が足りないっつうんなら、それこそお仲間を呼べばいいだろう」

 

「言っただろう、それでは遅すぎる。それにメガトロン様は厳しいお方だ。兄者の救出を許してはくれないだろう」

 

 睨み合うマッドフラップとグラインダー。

 

「……マッドフラップ、このヒトに着いて行こう」

 

 静かに、ロムが言った。

 マッドフラップは目を見開く。

 

「正気かよ! 相手はディセプティコンなんだぜ!」

 

「でも、このヒトもお兄さんを助けたいんだよ。それにわたし、ラムちゃんたちを助けたい」

 

 真っ直ぐにジッと、マッドフラップの目を見るロム。

 バツが悪そうにマッドフラップは目を逸らすが、ロムはその先に回り込んでさらに目を覗き込む。

 

「じ~……」

 

「……ああ、もう! 分かったよ、今回だけだぞ!」

 

 根負けしたマッドフラップは諦めたように排気する。

 そして、キッとグラインダーを睨みつけた。

 

「ただし、おまえを信用したわけじゃねえ! 変なマネしやがったらタダじゃおかねえからな!」

 

「好きにしろ」

 

 義兄を助けたいと言いながらも、無感情なグラインダーにイライラしながらも、マッドフラップは確信的な問いを放った。

 

「それで? どうやって仲間たちを見つけんだ?」

 

「こいつを使う」

 

 グラインダーが口笛のような音を出すと、地面の下からスコルポノックが顔を出した。この機械サソリもまた、いつのまにか戦場から逃れていたのだ。

 

「こいつは兄者とスパークを共有している。だから、離れていても超感覚的にお互いの場所を把握できるのだ。……スコルポノック、俺たちを兄者の下へ連れて行ってくれ」

 

 はたしてグラインダーの言葉が通じたのかはロムとマッドフラップには分からない。

 だが機械サソリはキューと鳴くと、地面から這いだし歩き始めた。

 

「行くぞ」

 

 それだけ言うと、グラインダーはその後を追う。

 ロムとマッドフラップは顔を見合わせ、歩き出すのだった。

 

  *  *  *

 

 ロックダウンが輸送部隊を襲撃した地点から、そう離れていない場所。

 針葉樹林に囲まれた場所に、今は使われていないルウィー軍の基地があった。

 敷地内は閑散としていて屋根には雪が降り積もりツララが伸びている。

 その基地内部の一室で、ロックダウンが何者かと話していた。

 

「なぜ、追うのをやめさせた? 援軍を呼ばれるぞ」

 

「それが狙いだ。我々はより多くのトランスフォーマーを捕らえたいのだよ」

 

 自身の何倍もあるロックダウンにも、その何者かは臆しない。

 青い軍服に黒いマント、顔を覆う仮面と機械的に変えられた声、謎の組織ハイドラの首魁、ハイドラヘッドだ。

 ロックダウンは不機嫌そうに排気した。

 

「業突く張りなことだ」

 

「生きたトランスフォーマーと、GDC隊員の頭の中身には、それだけの価値があるのだ」

 

 それだけ言うと、ハイドラヘッドは足音を響かせて部屋から出て行った。

 

「好きにすりゃいいさ。甘く見て、痛い目見るのはおまえらだ」

 

 残されたロックダウンは、皮肉っぽく顔を歪めるのだった。

 

  *  *  *

 

 基地の別の場所にある広い一室に、スキッズとラム、そしてブラックアウトがまとめて囚われていた。

 三者ともに手足を拘束され身動きが取れない。

 部屋は吹き抜けになっていて、二階部分からは何人かの覆面で顔を隠した人間がこちらを見下ろしていた。

 

「くそ、これを外しやがれ! このクソ野郎どもが!!」

 

「おやつくらい、でないわけ! わたしを誰だと思ってるのよ!!」

 

 悔しそうに喚くスキッズとラム。

 しばらくそうしていた二人だが、覆面の男たちは反応せず、やがて騒ぎ疲れて頭を垂れた。

 

「ロムちゃん、大丈夫かな……」

 

「分かんないな、マッドフラップの奴は間が抜けてるし……」

 

「ロムちゃんも、わたしがついてないと……」

 

 逃れた片割れのことを想い、途方にくれるラムとマッドフラップ。

 すると、今まで黙っていたブラックアウトが口を開いた。

 

「ふん! なんだ貴様ら、自分のキョウダイのことが信じれないのか。情けのない奴らめ」

 

 その言葉に、ラムはキッとヘリ型ディセプティコンを睨む。

 

「何よ、偉そうなこと言って! 姉妹なんだから心配に決まってるでしょ!」

 

「そうだぜ! 俺とマッドフラップはスパークを分け合ってんだ! おまえにそんな感覚は分かんないだろ!!」

 

 口々に言う幼い敵に、ブラックアウトは余裕の様子だ。

 

「俺は兄貴だからな。弟を信頼するのは、兄として当然だ」

 

 当然とばかりに言う、ブラックアウトにスキッズはムッとする。

 

「へっ! 知ってるぞ、おまえたち別にホントの兄弟じゃないんだろ!」

 

「確かに俺たちは、ただの義兄弟だ。スパークを分けたわけではなく、C.N.Aを共有してもいない。だがそうだとしても、俺にとってグラインダーは、やはり弟なのだ」

 

 あまりと言えばあまりなスキッズの言葉にも、ブラックアウトは怒るどころか諭すように語る。

 大敵ディセプティコンに諭され、スキッズはブスッと黙り込んだ。

 一方、ラムは多少ながらブラックアウトの言葉に納得したらしく、神妙な顔で頷いた。

 と、二階部分にある扉が開き、部屋に何者かが入ってきた。

 顔のない軍服の男、ハイドラヘッドだ。

 

「初めまして、オートボット、ディセプティコン、そして女神よ。私はハイドラヘッドだ」

 

「テメエが親玉か! このノッペラボウ! 俺とラムを放しやがれ!!」

 

 開口一番、スキッズが吼える。

 それに対する答えは嘲笑だった。

 

「それはできない。君たちはこれから我々の研究材料になってもらう」

 

「どういうことよ!」

 

 同じく吼えるラムにも、嘲笑でもって返すハイドラヘッド。

 

「簡単なことだよ。君たちの肉体を切り刻み、切り開いて、その構造を調べ上げるのだよ。……まずは君からだ、幼い女神」

 

 いつのまにかスキッズたちを取り囲んでいた白衣の男たちが、剣呑な道具を手ににじりよってくる。

 ようやく事態が飲み込めたらしく、ラムは青ざめて唾を飲み込んだ。

 

「おい、やるなら俺からやりやがれ!! ラムはまだ子供だぞ!!」

 

「甘いな。子供と言えど、戦場に出たからには兵士。死ぬ覚悟はしていなければね」

 

 スキッズの必死の抗議に、冷たい声色で吐き捨てるハイドラヘッド。

 

「おい、やめろ! このロリコンども!!」

 

 死にもの狂いで体を動かそうとするスキッズだが、拘束はビクともしない。

 白衣の男の持った、回転メスがラムに迫る。

 目を瞑るラム。

 その時である。

 

「おい、待て」

 

 ハイドラヘッドの登場以降、黙っていたブラックアウトが口を開いた。

 

「どうせ研究するなら、そのチビどもより、俺のほうが研究しがいがあるだろう」

 

 その言葉に驚いたのはスキッズだ。

 

「ブラックアウト、おまえ……」

 

「ふん、勘違いするな。敵とはいえ、子供がいたぶられるを見て喜ぶ趣味がないだけだ」

 

 ぶっきらぼうに吐き捨てた黒いヘリ型ディセプティコンに、ハイドラヘッドはくぐもった笑い声を漏らした。

 

「いいだろう。ならば、最初は君からだ」

 

 ハイドラヘッドがそう言うと、白衣の男たちは標的を変え、ブラックアウトに群がる。

 その姿は獲物に集る蟻を思わせた。

 回転カッターやドリルがブラックアウトの装甲を抉り、ガスバーナーが溶断していく。

 

「ぐおおおお!!」

 

 たまらず悲鳴を上げるブラックアウトの姿に、スキッズが研究員たちギロリと睨み、ラムが思わず目を背けるも興奮した様子の研究員たちは、意に介さず作業を続けるのだった。

 

  *  *  *

 

 ハイドラ基地の近くの林の中、そこからスコルポノックの案内でここまで辿り着いたロム、マッドフラップ、そしてグラインダーが様子をうかがっていた。

 

「警戒が厳重だな。こりゃとても入り込めそうにないぜ……」

 

「うん……」

 

 マッドフラップが、思わず悲観的な意見を出し、ロムもそれに頷く。

 それもそのはず、基地には完全武装のハイドラ兵士と彼らの乗り回す装甲車や小型戦闘ヘリ、機械の塊に手足をつけたような無人兵器に加え、ロックダウン配下の傭兵やスチールジョーまでも徘徊しているのだ。

 だがスコルポノックの背をさすっていたグラインダーは自信ありげだった。

 

「そこで、こいつにもう一働きしてもらう。スコルポノックに地下を掘らせるのだ。俺では狭くて入れないが、おまえたちならスコルポノックの掘ったトンネルを進めるはずだ」

 

「それで? 俺らを囮にして自分はトンズラか?」

 

 厳しい声のマッドフラップ。

 どうしても、グラインダーを信用できないようだ。

 一方のグラインダーも、そんなことで動じはしない。

 

「いや、囮には俺がなろう」

 

「なんだと!?」

 

「俺は目立つからな。適当に暴れ回るから、おまえらはまず、GDCの連中を助けろ」

 

 何でもないことのように、グラインダーは言った。

 

「スキッズたちが先じゃないのか?」

 

「トランスフォーマーは人間より頑丈だ。……体も精神もな。あとは解放した連中に騒ぎを起こしてもらって、その隙に兄弟を救助すればいい」

 

「……信じて、いいんだよね?」

 

 ラムが念を押すように緊迫した声を出す。

 妹を助けるために大きな決断をした彼女であるが、それでも、敵同士なのだ。

 

「兄者を助け出すまではな」

 

 ぶっきらぼうに、グラインダーは返した。

 ロムとマッドフラップ、グラインダーの三者は、ほんの少しの間睨み合っていたが、スコルポノックがキューキューと鳴き声を上げる。

 

「……ここでこうしている場合ではないな。スコルポノック、さっそく仕事に取り掛かってくれ」

 

 グラインダーの指令に、スコルポノックはキュウと鳴いて返事とし、地面を掘り始めた。

 

「では、俺もいく。武運を祈るぞ」

 

「ディセプティコンがか?」

 

「今回だけだ」

 

 それだけ言うと、グラインダーはヘリに変形して飛び立った。

 

「……武運を祈る、か」

 

 マッドフラップは、どこか複雑な表情を浮かべた。

 グラインダーに気を許したわけでは断じてないが、少なくとも兵士としての実力は信頼に値する。

 そこにロムが声をかけた。

 

「……わたしたちも行こう、マッドフラップ」

 

 いつのまにかスコルポノックは完全に地面の下に消え、彼の掘った穴だけが残されていた。

 

「おう!」

 

 マッドフラップはあえて陽気に答え、ロムとともに穴へと入っていった。

 

  *  *  *

 

「ぐぬおおお!!」

 

 ブラックアウトに対する研究と言う名の解体は続いていた。

 すでにあちこちの内部機構がむき出しにされている。

 

「ぐ、ふは、フハハハ! く、くすぐったくてマッサージかと思ったぞ……!」

 

 この状態になっても負けん気を見せるブラックアウト。

 だが、研究員たちは何ら反応を見せない。

 スキッズとマッドフラップはとても直視できず、顔を伏せていた。

 二階部分では、ハイドラヘッドが研究員のリーダーから報告を受けている。

 

「まったくもって、この機械は素晴らしいですな! 何もかもが既存のロボットの数世代以上先を行っています!」

 

「何せ、異星の金属生命体だからな」

 

「そのような荒唐無稽な話を信じておられるので?」

 

 当然とばかりに返したハイドラヘッドに、研究員は笑う。

 

「教会の発表している話など、非科学的で信用に値しません! あのロボットは四ヵ国のいずれかが極秘裏に開発した秘密兵器に違いありませんよ!」

 

「……叫んでいるが?」

 

「あんなのは、ダメージに反応して録音された音声が再生されているに過ぎませんよ」

 

「……なるほど」

 

 ハイドラヘッドは大して興味なさげに頷いた。

 どうやらこの研究者、優秀とは言い難いらしい。

 あるいは一定の能力があるがゆえに、自分の常識外のことを認められないのか。

 

「ご安心ください、ヘッド! 私たちが必ず……」

 

 そこまで言ったところで、どこからか爆発音が聞こえてきた。

 

「何事だ」

 

「基地が攻撃されています! 例のもう一体のヘリ型です!」

 

 ハイドラヘッドの問いに、近くの兵士が素早く答えた。

 

「どうやら、仲間を助けにきたようだな。こちらの思うつぼだ」

 

 どこか、ほくそ笑むような雰囲気を見せるハイドラヘッドは、手持ちの通信機でどこかに連絡する。

 

「ロックダウン、聞こえるかね? 出番だ」

 

『了解、ボーナスゲームのお時間だ』

 

  *  *  *

 

 プラズマキャノンで装甲車や無人兵器を吹き飛ばし、群がるスチールジョーを蹴散らす。

 ディセプティコンでも屈指の破壊力を誇るグラインダーの面目躍如だ。

 遠目からロックダウン配下の傭兵たちが撃ってくるが、これぐらいなら問題はない。

 自分の役目は、とにかく敵の目を引きつけることだ。

 その間に、あの子供二人とスコルポノックが上手くやってくれることを期待しよう。

 そう思考していた時、どこからかエネルギー弾が飛来した。

 撃った相手はセンサーを働かせずとも分かる。

 ダメージを確認してからオプティックを巡らすと、案の定マントを羽織った賞金稼ぎが立っていた。

 

「兄貴を助けに来たわけか」

 

「そういうことだ。兄者はどこにいる」

 

「さてな。今頃、この世界の連中が言うところの地獄とやらにでも堕ちてるんじゃないかね」

 

 挑発してくるロックダウンだが、グラインダーは動じない。

 むしろ、最大の難敵であるロックダウンを引きつけることができて御の字だ。

 

「では、力ずくで地獄から引き上げさせてもらおう」

 

「やってみろ! 貴様も同じ所に送ってやる!!」

 

 グラインダーがプラズマ弾を乱射し、ロックダウンが鉤を振りかざして飛びかかる。

 戦いが始まった。

 

  *  *  *

 

「どうやら、始まったようだな」

 

 外から爆音が聞こえてくると、ハイドラヘッドは冷静に呟いた。

 

「しかし、先にやってきたのがディセプティコンとは。意外ではあったな」

 

「…………」

 

 ブラックアウトは何も言わない。

 

「まあ、ロックダウンに任せれば心配あるまい。とりあえず、このまま……」

 

「ヘッド! 緊急事態です! 拘束していたGDCの奴らが脱走して、基地のあちこちで暴れています!」

 

「……ほう」

 

 兵士が報告すると、さすがに少し驚いた様子を見せるハイドラヘッド。

 

「陽動か。となると、後は……」

 

 彼がそう呟くのと、一階部分の壁が破壊されてサソリ型の金属生命体が飛び込んできたのは同時だった。

 スコルポノックに続いて、マッドフラップと女神態のロムも入ってきた。

 

「ロムちゃん!」 

 

「マッドフラップ!」

 

「ラムちゃん! 大丈夫!?」

 

「スキッズ! 無事か!?」

 

 ロムとマッドフラップは、自分の片割れに近づき拘束をはずす。

 

「二人とも、来てくれたんだね! ……でも、どうしてディセプティコンといっしょなの?」

 

「くわしい話は後だ! とっとと脱出するぞ!」

 

 首を傾げるラムに、マッドフラップはついて来るように促す。

 

「待って!」

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

 そこでロムとスキッズが声を上げた。

 

「「逃げるならブラックアウトもいっしょに……え?」」

 

 異口同音に喋った女神候補生と緑のオートボットは、顔を見合わせる。

 

「「どういうこと?」」

 

「話は後にしようぜ。とりあえず……、立てるか? ブラックアウト」

 

 マッドフラップが、ブラックアウトの拘束をはずす。

 研究員たちはスコルポノックに威嚇されて、すでに逃げ出していた。

 

「ぐ……、き、貴様らオートボットの情けは受けん!」

 

 ダメージでふらつきながらも、ブラックアウトは立ち上がり、差し出されたマッドフラップの手を払いのける。

 

「そうはいかねえんだよ。あんたの弟と約束しちまったんでな。兄貴を助けるって」

 

「……グラインダーと?」

 

 ブラックアウトは訝しげな声を出す。

 義弟が、オートボットと手を組んだと言うのか?

 

「信じられないだろうが、事実だよ。だからとにかく……」

 

「残念だがね。ここから、逃がすわけにはいかんよ」

 

 同行を渋るヘリ型ディセプティコンを説得しようとするマッドフラップをさえぎったのは、ハイドラヘッドだった。

 

「ちょうどいい、全員捕らえさせてもらう」

 

「ヘッ! そうはいくかってんだ!」

 

 スキッズはこれまでのお返しとばかりに、ブラスターをハイドラヘッドに向けて撃つ。

 だが、エネルギー弾は不可視の壁に当たって弾けた。

 

「なに!?」

 

「バリアフィールドだ。君たちオートボットと女神の力を研究して得た新技術だよ」

 

 驚く、一同に不敵に笑いを漏らすハイドラヘッド。

 さらに彼が手で合図すると、何体もの無人兵器が現れ一同を取り囲む。

 スキッズは、マッドフラップに小声で話しかけた。

 

「……おい」

 

「あん?」

 

「アレ使うぞ」

 

「……アレか! よし!」

 

 一方のブラックアウトとスコルポノックはやる気満々で、武器を展開する。

 

「ふん! 自由になりさえすればこっちの物! 貴様ら如き雑兵、物の数では……」

 

「おい、ブラックアウトのオッサン! 盛り上がってるトコ悪いけど、少しオプティックつぶってろ!」

 

 スキッズが叫ぶとともに、マッドフラップと腕を交差させる。

 すると、一瞬にして双子のオートボットの腕は巨大な合体砲に組み替えられた。

 そしてそれを真上に向かって発射する。

 撃ち出されたエネルギー弾は空中で弾け、強烈な閃光が部屋の中を満たした。

 あまりに強い光に、兵士たちの目も機動兵器の光学センサーも役に立たなくなる。

 

「目が~、目が~!!」

 

 叫ぶ兵士たち。

 ハイドラヘッドでさえも、顔をそらす。

 閃光が治まると、そこにはもう女神候補生とトランスフォーマーたちはいなかった。

 壁にもう一つ穴が開き、外気が流れ込んでいる。そこから逃げたのだろう。

 

「……やるじゃないか」

 

 ハイドラヘッドは、どこか呑気に呟くのだった。

 

  *  *  *

 

 グラインダーとロックダウンの戦いは続いていた。

 だが、素早く動くロックダウンをグラインダーは捉えきれない。

 ただでさえ最初の襲撃の時に狙撃されたダメージがある上に、相性が悪いのだ。

 

「凄まじい粘りだな。そこは褒めてやる」

 

 ロックダウンはグラインダーのしぶとさを素直に賞賛する。

 

「だが、ここまでだ」

 

 それでも、止めを躊躇うような弱さはない。

 ヘリ型ディセプティコンの攻撃を潜り抜け、その背に鉤を突き刺す。

 もう少し力を込めるだけで、鉤はスパークにまで達し、グラインダーの生命を停止させるだろう。

 

「ぐ……!」

 

「死ね」

 

 そして最後の一押しをしようとしたその時、基地のほうからプラズマ弾が飛んで来た。

 咄嗟に鉤を引き抜いてそれをかわすロックダウン。

 首を巡らすと、そこには黒いほうのヘリ型ディセプティコンが立っていた。

 

「俺の弟から離れろ、下郎!」

 

「あ、兄者……!」

 

 グラインダーが微かに微笑む。

 

「奴め、逃がしたか。仕方がない、もう一度捕まえてくれる!」

 

 ロックダウンは、煩わしげに首を回し、ギラリと鉤を光らせる。

 

「できるかな?」

 

 ニヤリと笑うブラックアウトに、ロックダウンが攻撃しようとした瞬間、その頭上を影が覆った。

 

「「エターナルフォースブリザード!!」」

 

「「アンド、ツインズキャノン!!」」

 

 ロムとラム、そしてスキッズとマッドフラップの声が響き渡る。

 双子の女神候補生が作り上げた巨大な氷塊を、双子のオートボットの合体砲から放たれたエネルギー弾が撃ち砕く。

 氷の塊が蒸発し、あたりに霧が立ち込めた。

 

「この程度!」

 

 無論それで怯むようなロックダウンではない。

 しかし霧が晴れると、オートボットもディセプティコンも女神候補生も姿を消していた。

 

「……チッ!」

 

 舌打ちのような音を出し、ロックダウンは武装を収納する。

 これ以上は報酬以上の仕事になり、割に合わないからだ。

 

  *  *  *

 

「そうか……。じゃあ、後で合流しようぜ」

 

 基地から離れた針葉樹林の中、スキッズはGDCの隊員と通信していた。

 ちなみに通信機器はハイドラの物を奪い、周波数を変えた上で使用している。

 

「どうやら、全員無事に逃げれたみたいだな」

 

 マッドフラップもホッと一息吐く。

 これで残された問題は……。

 

「兄者、大丈夫か?」

 

「このくらい平気だ。後一時間は耐えられたぞ」

 

 オートボットの双子から少し離れた所で、ブラックアウトがグラインダーから応急手当を受けていた。そばではスコルポノックが尻尾を振っている。

 献身的に義兄を治療するグラインダーだが、ブラックアウトは不機嫌そうに鼻を鳴らすような音を出す。

 

「あのまま逃げて、メガトロン様のために情報を持ち帰るのがセオリーのはず。なぜ、俺を助けにきたのだ。それもオートボットなんぞと手を組んでまで……」

 

「おい、オッサン! そりゃ言い過ぎだろ! グラインダーはアンタを助けようとしたんだぞ!!」

 

「そうだよ。グラインダーさん、がんばったんだよ」 

 

 あんまりな物言いのブラックアウトに、マッドフラップとロムが抗議する。

 だが、ブラックアウトはそっぽを向く。

 オートボットと話す口は持っていないと言うことらしいが、いまさらである。

 

「おいおい、オッサンよ。弟を信頼すんのが兄貴の務めなんじゃなかったのかよ」

 

 その姿に呆れたような声を出すスキッズ。

 しばらくブスッとしていたブラックアウトだが、ようやく口を開いた。

 

「それとこれとは、話が別だ。俺はディセプティコンの軍人として……」

 

「もう! グチャグチャ言っちゃって! こういう時は、素直に『ありがとう』って言えばいいんだよ!」

 

 両腕を振り上げて、ブラックアウトを咎めるラム。

 少しの間、困ったような素振りを見せたブラックアウトだったが、やがて大きく排気した。

 

「まあ、助けてくれたことには感謝している。……貴様らにもな」

 

 ぶっきらぼうに付け加えるブラックアウトに、双子たちは苦笑する。

 

「まあ、こっちも助かったよ。……それで、これからどうする? 延長戦でもするか?」

 

「……ふん! このダメージでそれをする気にはならん。……言っておくが、今回だけだ。次に戦場であったら容赦はせん」

 

 それはつまり、だからおまえたちも容赦はするなと言っているように双子たちには聞こえた。

 ブラックアウトはそれ以上は何も言わず、スコルポノックを回収するとヘリに変形して飛び立った。

 

「……兄者を助けてくれて、感謝する。さらばだ」

 

 グラインダーも少しだけ頭を下げると、義兄に続いて飛び立つ。

 双子たちは、それを黙って見送るのだった。

 

「さて、これで一件落着……。ま、任務は失敗しちまったけどな」

 

「ミラージュにこっぴどく怒られるだろうな」

 

 ヘリ兄弟を見送ったスキッズとマッドフラップは、ヤレヤレと排気する。

 仲間たちは全員無事に助け出したが、新兵器はハイドラに奪われてしまった。

 任務として見れば大失敗であると言える。

 それでも、二人に後悔はなかった。

 

「新兵器なんか、どうでもいいわよ! みんなが無事だったんだもん!」

 

「うん、よかった!」

 

 ニッコリと笑い合うラムとロム。

 双子たちにとっては全員無事でいたことこそが、何者にも代えがたい最大の戦果だ。

 

「さて、それじゃあミラージュとブランに怒られに帰るとしますかねえ」

 

「そうそう、こんな所にいたら、またロックダウンの奴が出てくるかも知れないからな」

 

「わたしお腹ペコペコ、フィナンシェの作ってくれるクッキーが食べたい!」

 

「うん! ミナちゃんの入れてくれるお茶も飲もう!」

 

 スキッズとマッドフラップ、ラムとロムは笑い合い、帰路に着くのだった。

 




そんなわけでヘリ兄弟と年少組の主役回でした。
実質的にブラックアウトとグラインダーの回でしたね。

次回は、ミラージュ&ブランの回か、ゲスト回を含めた中編に突入する予定。

というか、貯めといたアイディアが、ほとんどディセプティコン回な件。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中編 Call of the Cybertron(サイバトロンの呼び声)
第50話 過去の呼び声


今回から中編に突入。
導入編なので短め。


 プラネテューヌのとある山中。

 ここでは、ある考古学者の一団が古代の遺跡を発掘していた。

 この遺跡は中央に巨大な石柱が置かれ、その周りに円を描くように石柱が配置されているいわゆるストーンサークルだ。

 

「教授! このストーンサークルはすごく神秘的ですね!」

 

「ああ、そうだな。これこそ古の大国、タリの遺跡に違いない!」

 

 発掘隊のリーダーであるシルクハットの教授が、助手の言葉に興奮気味に返す。

 タリとはプラネテューヌが興るより、遥か前に滅んだ国だ。

 かつてはこのゲイムギョウ界のほとんどを支配していたと言われていて、それゆえに様々な場所で遺跡が発見されるのである。

 

「この遺跡を調べれば、タリの謎解明!となるかも知れない! 皆注意して作業をしてくれ!」

 

 興奮しながらも発掘の指示を出す教授。

 

「教授! 教授! こっちに来てください!」

 

 と、中央の石柱の表面から土を落としていた発掘員が何かに気付いて教授を呼ぶ。

 

「なんだ、どうしたのかね?」

 

「これを見てください!」

 

「ん? ……おお、これは!?」

 

 呼ばれてきた教授も驚く。

 発掘員の示す、石柱の表面。そこには『柔和そうなロボットの顔を象ったエンブレム』が刻まれていた……。

 

  *  *  *

 

 ゲイムギョウ界のどこかにあるディセプティコンの秘密基地。

 その有機生命体たちのための食堂で、マジェコンヌとワレチューはテレビを見ていた。

 

『……今も発掘作業が進められている、この遺跡は今から数千年は前の物で……』

 

「遺跡っちゅか、まるで興味がわかないっちゅね。んなカビの生えたもん泥だらけになって掘り返して、何が面白いっちゅかね?」

 

「まったくだ。食えもしない物に、何の価値がある」

 

 テレビの内容に対して、好き勝手言うワレチューとマジェコンヌ。

 そこにキッチンで料理をしていたレイとリンダが、食事を持ってやってきた。

 

「どうしたんすか? マジェコンヌの姐さん」

 

「ふん、なんでもない。それより腹が減ったぞ、飯をよこせ!」

 

 リンダの疑問には答えず、食事を要求するマジェコンヌ。

 やれやれと首を振ったリンダは、食事をテーブルに並べる。

 レイは苦笑しつつ自分も料理を置いていたが、ふとテレビが目に入った。

 

『この遺跡は古の大国、『タリ』の物とされており……』

 

「ッ!?」

 

 瞬間、頭に激痛が走った。

 そして映像が垣間見えた。

 たくさんの人々が巨石を運んでいる。並べられていく巨石。そして石柱の前に立つ自分。

 

 ――知っている。私は、この遺跡を知っている。

 

 レイは食い入るようにテレビを見る。

 その異様な様子に、周りの者たちは訝しげな表情になった。

 

「ど、どうしたんですか姐さん?」

 

「……メガトロン様!」

 

 心配そうなリンダを無視して、レイは駆けだした。

 後には唖然とする三人が残された。

 

  *  *  *

 

 秘密基地の司令部。

 玉座に座ったメガトロンの前に、サウンドウェーブがかしずいていた。

 

「……ではやはり?」

 

「ハイ、レーザービーク ノ情報ガ確カナラ、アノ遺跡ハ……」

 

 情報参謀がそこまで言ったところで、司令部の扉が開かれレイが飛び込んできた。

 

「メガトロン様!」

 

「……何事だ。騒々しい」

 

 メガトロンが視線をそちらにやると、レイは肩で息をしていた。

 

「め、メガトロン様、お、折り入ってご相談が、あ、あります!」

 

「申せ」

 

 幼体たちのことかと思い、メガトロンは短く先を促した。

 

「す、少しの間、お、お暇をいただきたく……」

 

 しかし、レイの話の内容はメガトロンの意に沿うものではなかった。

 即座にメガトロンは言い放つ。

 

「だめだ」

 

 もちろん、レイだってこう返されることは分かっていた。その上で食い下がる。

 

「お願いします! ここのことは誰にも言いません! 絶対に帰ってきます! だから……」

 

「だめだ。おまえは色々と知り過ぎた。今更外へなど出せるか。……雛たちのためにもな」

 

 レイが万が一オートボットに捕まって、ここのことを話してしまったら、雛たちはどうなる? メガトロンはそう言っているのだ。

 少しの間メガトロンを見つめていたレイだったが、やがて諦めた。破壊大帝メガトロンに、自分の我が儘が通るわけなどないのだ。

 

「……すいませんでした。仕事に戻ります」

 

 一つ頭を下げ、踵を返すレイの背にメガトロンが何気なく声をかけた。

 

「そうしておけ。我らはプラネテューヌの遺跡を襲撃する計画を立てねばならないからな」

 

 その言葉に、レイはピタリと歩みを止め、振り返る。

 

「プラネテューヌの遺跡!? それって、ストーンサークルですか!」

 

「あ、ああ。そうだが」

 

 突然のレイの剣幕に、メガトロンは少しだけ面食らう。

 そして次にレイが放った言葉で、今度こそ驚愕した。

 

「お願いします! その作戦、私もいっしょに出撃させてください!」

 

「…………何だと!?」

 

  *  *  *

 

 数日後、再びプラネテューヌ山中のタリ遺跡。

 現在は発掘隊は退避し、異様なメンバーがここに集結していた。

 ゲイムギョウ界四ヵ国の女神と、彼女たちをパートナーとするオートボットである。

 

「で、オプティマスに呼ばれてここに集まったわけだけど……」

 

 最初にノワールが口を開いた。

 

「いったいどういうことなわけ?」

 

「……正直なところ、私にも理解しきれているわけではない」

 

 オプティマスも重々しく言葉を出す。

 

「ただ、この遺跡からオートボットのエンブレムが発見された。つまり……」

 

「ここへ来たトランスフォーマーは、あなたたちが最初ではなかった、ということね……」

 

 ブランの解に、オプティマスは頷く。

 今まで、オートボットも女神たちも、オプティマス率いるオートボットとメガトロン率いるディセプティコンが、ゲイムギョウ界に初めて現れたトランスフォーマーだと思っていたのだ。

 ダイノボットの例もあるが、彼らは極めて特殊な存在だ。

 だが、この遺跡の存在は、その考えを覆すものだ。

 ジャズも自分の意見を言う。

 

「問題は、このストーンサークルだな」

 

「どういうこと?」

 

 ネプテューヌが首を傾げると、オプティマスが難しい顔で答える。

 

「さっきスキャンをかけて見たんだが、このストーンサークルを構成している巨石は、石なのは見た目だけで、内部は機械の塊だ」

 

「え、そうなの!? それって大発見じゃん!」

 

 何が大変なのかはよく分かっていないものの、ネプテューヌが声を上げる。

 

「そう、そしてこの機械は恐らく……」

 

「ッ! オプティマス、6時の方向に機影。ディセプティコンの空中戦艦だ!」

 

 オプティマスの言葉をさえぎって、アイアンハイドが警告する。

 その場にいる全員に緊張が走った。

 

「来たか。皆、話は後だ。とりあえずこの場をしのぐぞ!」

 

『了解!』

 

 オプティマスの号令にオートボットたちと女神化したネプテューヌたちは戦闘態勢を取る。

 そうしている間にも、空中戦艦が遺跡上空に到達し、そこから次々とディセプティコンが降下してくる。

 

 首魁たる破壊大帝メガトロン。

 スタースクリーム、サウンドウェーブ、ショックウェーブの三大参謀。

 直属部隊の面々。

 

 そして……。

 

「? あれは……?」

 

 バリケードの足元にいるフレンジーの隣に、見慣れない姿があるのをネプテューヌが見つけた。

 全身を黒い外套で覆いフードを深く被っている。

 おそらくはマジェコンヌやリンダのような、ディセプティコンの協力者だろう。

 

「……カラス?」

 

 そしてその人物は、カラスを思わせる仮面を被っていた。

 樹脂製らしく艶やかな光沢を放つ黒い仮面。

 その口元は嘴のように前に突き出して尖っている。

 

「また、仮面ね。流行ってるのかしら?」

 

 最近、何かと仮面の人物に縁がある。

 

「メガトロン! やはり現れたな!」

 

「フハハハ! この遺跡にはそれだけの価値があるからな!!」

 

 吼え合うオプティマスとメガトロン。

 オプティマスは宿敵を睨む。

 

「戦っても無意味だぞ! すでに救援がこちらに向かっている!」

 

 その言葉の通り、すでにオプティマスはバンブルビーをはじめとした仲間たちに急行するよう連絡を取っていた。

 

「ククク、抜け目のないことよ。だが、救援に来た奴らが見るのは、貴様の骸だ! ディセプティコン軍団、攻撃(アタック)!!」

 

「そうはいかんぞ! オートボット、迎え撃て!!」

 

 両雄の号令とともに戦いが始まった。

 メガトロンとオプティマスが先頭に立って激突し、スタースクリームのミサイルをネプテューヌの剣技が切り払う。

 サウンドウェーブにジャズが飛び蹴りを喰らわせ、ブラックアウトの弾幕をベールがかいくぐる。

 アイアンハイドとブロウルが壮絶に撃ち合い、ノワールの剣技がグラインダーに襲い掛かる。

 ミラージュのブレードをバリケードがブレードホイール・アームで受け止め、ブランの戦斧をよけてボーンクラッシャーがカウンターを繰り出す。

 ショックウェーブは戦いに加わらず、メガトロンの命令で近くの石碑から情報を読み取っていた。

 静謐な太古の遺跡を爆音と金属のぶつかり合う音が満たす。

 

「さすがに数が多いですわね!」

 

「耐えるんだベール! もうすぐ増援が来る!」

 

 うんざりとした声を出すベールを、ジャズが励ます。

 ディセプティコンの猛攻に、女神とオートボットはストーンサークルの内側へと追い詰められていく。

 

「フハハハ! どうやらここまでのようだな、オプティマァァス! パープルハートもろとも地獄に堕ちるがいい!!」

 

「地獄に堕ちるのは貴様だ、メガトロン!!」

 

 メガトロンはオプティマス目がけて突進し、ストーンサークルの内側に飛び込むが、オプティマスはそれを受け止める。

 いったん距離を置いた両者だが、オプティマスはテメノスソードを抜き、メガトロンはデスロックピンサーを展開して、雄叫びを上げて斬り合う。

 

 そんな中、カラス面の人物はフレンジーとともに戦闘を迂回してストーンサークル中心の巨石に近づいていた。

 

「あわわわ……、これが戦場……!」

 

 オッカナビックリ進むカラス面の下から、少し情けない声が漏れる。

 フレンジーはそんなカラス面に怒ったような声をかける。

 

「レイちゃん、だから言っただろう! レイちゃんに戦闘は無理だって!」

 

「ううう……、だって……」

 

 反論しようとしたカラス面……無理を言って出撃についてきたキセイジョウ・レイの頭上を、砲弾が通り過ぎる。

 

「ひぃいいい!!」

 

「ちょ! 危ないよレイちゃん、もっと頭下げて!」

 

 フレンジーの声に、レイは慌てて姿勢を低くする。

 何でこんな所に来てしまったのだろうかと、レイは自問する。

 過去の記憶を求めてメガトロンたちに着いて来たはいいけれど、戦闘は彼女の予想以上に過酷だった。

 ディセプティコンたちに囲まれて生活し、それなりに度胸もついたつもりだったが、やはり轟く爆音と怒号は恐ろしい。

 それでもレイが前へと進めるのは、不自然に失われた過去の記憶の手がかりが、この遺跡にある気がしたからだ。

 メガトロンに着けさせられたカラスの顔のような仮面は、万が一にも身元がばれないようにという配慮であるらしい。奇妙な形だが、視界や呼吸の妨げにはならない。

 外套の下の、このけったいな服は、一種の強化服で生半可な攻撃は防げると言うが……。

 そうこうしているうちに、ストーンサークル中央の石柱の前に辿り着いた。

 恐る恐る石柱の表面に触れる。

 すると、レイの脳裏に強烈な痛みとともに映像が流れ込んできた。

 どこか、広い場所でたくさんの人に囲まれている自分。

 酷く時代錯誤で閑散とした集落のような場所で、誰の恰好もやはり時代錯誤だ。

 老若男女、皆、笑顔でこちらを見ている。

 

 ――もしかして、この人たちが私の……。

 

「待ちなさい!」

 

 突然、意識が現実に引き戻された。

 声のしたほうを向くと、そこにはスタースクリームの攻撃を振り切ってきたネプテューヌがいた。

 

「何をしているのか知らないけど、ディセプティコンの好きにさせるわけにはいかないわ! そこから離れなさい!!」

 

「め、女神……」

 

 凛としてこちらを睨むその姿を見た瞬間、声を聞いた瞬間、レイの身内に強い嫌悪が沸き起こり、やがてそれは怒りを経て憎しみへと至った。

 相変わらず理由は不明で、ゆえに虚しい憎しみだが、レイは抵抗する暇もなく、それに飲み込まれる。

 

「女神ぃいい!!」

 

「え?」

 

 次の瞬間レイは、外套を脱ぎ捨てネプテューヌに飛びかかった。

 

 ネプテューヌは戸惑う。

 

 外套の下から出てきたのは、ライダースーツのような服を纏った女性だった。

 長い薄青の髪が風になびいている。

 

「ッ!」

 

 しかし、驚いたのも一瞬のこと。

 ネプテューヌはがむしゃらに振るわれる腕をかわし、すぐさま反撃に移る。

 さすがに殺す気にはならないので、太刀の峰でその身体を叩く。

 立ち振る舞いからして相手は戦いの素人。それで終わるはずだ。

 

「がッ!」

 

 案の定、レイは太刀によって弾き飛ばされ、近くの出土品の並べてある棚に倒れ込んだ。

 

「なにしやがる! このアマ!」

 

 それを見たフレンジーも、ネプテューヌに向けてディスクカッターを発射する。

 身を反らして飛来するディスクカッターをかわしたネプテューヌは、小柄なディセプティコンに斬りかかった。

 しかし小さい上に素早いフレンジーには当たらない。

 

「うぅ……」

 

 一方のレイは、体は痛むものの何とか立ち上がろうともがく。

 その手が何かを掴んだ。

 出土品の一つである『杖』だ。

 それに触れた瞬間、またしても頭痛とともに映像が流れる。

 

 炎に包まれる町、崩れる建物、響く怒りと怨嗟の声、そして何もかもが壊れて……。

 

「これで終わりよ! ディセプティコン!」

 

 瞬間、憎き女神の声でレイは白昼夢から覚めた。

 フレンジーに紫の女神の太刀が迫っている。

 

「ッ! フレンジーさん!!」

 

 弾かれたようにレイは駆けだした。

 思わず手に握った杖を振りかざして。

 

「うおおおおお!!」

 

「え!?」

 

 驚いたもののヒョイと退くネプテューヌ。

 叫びとともに突き出された杖は、あっさりとかわされ、ネプテューヌの後ろにあった石柱を叩いた。

 ネプテューヌは少し呆れる。

 このカラス面の女性はへっぴり腰で、狙いも甘い。

 

「あなた、何を……」

 

「ッ! 女神ぃいい……!」

 

 女性は振り返った瞬間、カラス面の奥の目と視線がぶつかった気がした。

 一瞬、ほんの一瞬、ネプテューヌはゾッとした。

 その、あまりにも強く深い憎悪に。

 マジェコンヌやハイドラヘッド、そしてメガトロンのような悪意に晒されたことはある。

 女神同士でいがみ合っていた時代もあった。

 だが、これほど強い憎悪を向けられるのは、初めてかも知れない。

 冷や汗が一筋垂れ、太刀を握りしめる力が強くなる。

 睨み合う、ネプテューヌとレイ。

 

 期せずして、オプティマスとメガトロン、オートボットとディセプティコンのリーダーたちがこのゲイムギョウ界に来て最初に出会った者同士が、オートボットとディセプティコンの衝突する戦場で初めて対面した。

 

 しかし、両者がお互いのことを詮索する暇もなく、異変は起きた。

 

 最初に気付いたのはネプテューヌだった。

 ほぼ同時にレイも気づく。

 

 石柱の表面の割れ目から、光が漏れている。

 青い光が脈打つように明滅を繰り返している。

 突如、石柱の頂点から上空に向かって光の柱が立ち昇った。

 

「こ、これは?」

 

「いったい……?」

 

 異様な事態に、ネプテューヌとレイは声を漏らす。

 それに呼応するように、周りの石柱からも光が天に伸びる。

 異変に気付き、ストーンサークルの内側にいた女神とオートボットも、外側にいたディセプティコンたちも戦闘を中断する。

 鍔迫り合いをしていたオプティマスとメガトロンは同時に声を上げた。

 

「ッ! 起動してしまったか!!」

 

「このストーンサークルに隠された、『スペースブリッジ』が!!」

 

 オプティマスは、すぐさま仲間たちに指示を飛ばそうとする。

 

「みんな、早くこの場から……」

 

「駄目だ! もう間に合わん!!」

 

 宿敵の言葉をさえぎってメガトロンが叫んだ瞬間、光が溢れてストーンサークルの内側にいた全てを飲み込んだ。

 

「なに!? 何がどうなってるの!?」

 

「分かりませんわ!」

 

「どうなってんだよ、これは!!」

 

 ノワール、ベール、ブラン。

 

「ノワール! 掴まれ!」

 

「くそ! せめてマトモなとこに跳ばされてくれよ!」

 

「……ッ!」

 

 アイアンハイド、ジャズ、ミラージュ。

 

「レイちゃん、俺から離れんなよ!」

 

 フレンジー。

 

「ネプテューヌ! ネプテューヌぅうう!!」

 

「おのれぇええ! またしてもぉおお!!」

 

 オプティマスとメガトロン。

 そして対面していた、ネプテューヌとレイ。

 その全員を。

 

「……これは?」

 

「……声?」

 

 光りに飲み込まれる瞬間、ネプテューヌとレイは、誰かが呼ぶ声を聞いた気がした。

 

  *  *  *

 

「あれは……?」

 

 仲間たちともにストーンサークルに向かって急行していたネプギアは、突然立ち昇った光の柱に驚愕する。

 

「お姉ちゃん?」

 

 その光を見た瞬間、なぜか最愛の姉の顔が、頭をよぎった。

 

  *  *  *

 

「放せ! レイたちを助けにいく!」

 

「俺も行くぞ! メガトロン様をお救いせねば!」

 

 飛び出そうとするボーンクラッシャーとブラックアウトを、バリケードどグラインダーがそれぞれ抑えていた。

 

「待て! もう手遅れだ!」

 

「兄者も落ち着け!」

 

 混乱するディセプティコンたち。

 メガトロンがいなければ、統率に欠けるのがディセプティコンなのだ。

 そして、その中にあって自発的に行動できる者は稀である。

 

「ッチ! オートボットの別動隊が近づいて来やがるな。ディセプティコン、この場は退き上げるぞ!」

 

 ゆえに、その稀な『自発的に動けるディセプティコン』である航空参謀スタースクリームは、すぐさま指示を飛ばした。

 

「スタースクリーム、貴様! メガトロン様を見捨てる気か!!」

 

 ブラックアウトがすぐさま激昂する。ボーンクラッシャーも不満げな顔だ。

 面倒くさそうに口を開こうとした航空参謀だが、その前に意外な人物から声が上がった。

 

「いや、論理的に考えて、この場は退却するのが無難だ」

 

 ショックウェーブだ。

 狂気的なまでの忠誠心を持つ科学参謀が発したとは思えぬ言葉に、当のスタースクリームをはじめ全員が面食らう。

 

「ショックウェーブ殿、どういうことだ?」

 

 ブラックアウトが当惑しつつもたずねた。

 それに対し、ショックウェーブは淡々と答える。

 

「メガトロン様がどこに跳ばされたかは分かっている。加えて、あのスペースブリッジは転送一回分しかパワーが蓄えられていなかったようだ。現状でメガトロン様を救出するのは、論理的に考えて不可能だ。いったん撤退して対策を考えるべきだ」

 

「ソレデ」

 

 そこで発言したのは今まで黙っていた、もう一人の忠臣サウンドウェーブだ。

 

「ソレデ、メガトロン様ハ、何処ニ跳バサレタ?」

 

 その問いに、ショックウェーブはやはり穏やかに答える。

 

「スペースブリッジに残されていたデータからして……、行きつく先は唯一つ」

 

 そこでわずかに、ほんのわずかに、ショックウェーブの声が震えた。

 

「我らの故郷、惑星サイバトロンだ」

 




そんなわけで、トランスフォーマー恒例イベント、『惑星サイバトロン訪問』編、始まりました。

今週のQTF、まさかのディセプティコン回。まさかの三大参謀揃い踏み。
そしてあのエンディングは、笑えばいいのか泣けばいいのか……。

今回の小ネタ。

シルクハットの教授
レイ○ン先生。

カラスの仮面のレイ。
言うまでもなく、フィルチさんモチーフ。

ご意見、ご感想、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 帰郷

短いけど、区切りがいい(と思う)ので投稿。


 たゆう、たゆう。

 夢幻にたゆう。

 

 『全なる魂』は夢幻にたゆいながら、嘆く。

 

 我、在りしは二つの世界。

 一つには金属の体に可視の魂。

 一つには有機の体に不可視の魂。

 

 二つの世界に子らは満ち、しかして迷い、違い、争う。

 大地には怨嗟、海には悲嘆、空には絶望。

 

 このままでは、二つの世界に蔓延るは争いのみ。

 このままでは、子供たちの未来に残るは滅びのみ。

 

 『導き手』が必要だ。

 

 幻想の神ではなく、曖昧な救い手ではなく、争いを呼ぶ王でもなく。

 

 子を慈しむ母のような。

 

 夫と支え合う妻のような。

 

 親を癒す娘のような。

 

 戦士に寄り添う恋人のような。

 

 迷い、違い、争い、それでも最後には正道に回帰する、そんな導き手が。

 

 子らは祈る。真摯に祈る。

 どうか私たちをお導きくださいと。

 

 『全なる魂』の力と、子らの祈りが一つに結実し、生まれし人の姿をした、人にあらざる、ヒトの導き手。

 

 これを女の姿をした神、すなわち『女神』と呼ぼう。

 

 ……あれから長い月日が流れた。

 

 子らは変わらず迷い、違い、争っているけれど、少しずつ良い方向へ向かおうとしている。

 

 もし、全てが終わったその時は。

 

 この金属の星の、子供たちのために。

 

 力を貸しておくれ、女神たち。

 

 愛しき、我が娘らよ。

 

  *  *  *

 

「ネ……ューヌ、ネプテューヌ……」

 

 誰かが自分を呼んでいる。

 聞いたことがないのに、なぜか懐かしい声。

 

「ネプテューヌ!」

 

「う~ん、後10分~」

 

「ベタな寝言言ってないで、起きなさい!!」

 

「ねぷっ!?」

 

 いきなり怒鳴られて、ネプテューヌは目を覚ました。

 目の前には揺れるツインテール。

 

「もー、ノワールったらー。どうしたのさ、そんなに血相変えて?」

 

「あなたねえ……。状況、分かってる?」

 

「状況?」

 

 ゆっくりと上体を起こして欠伸をかみ殺しながら呑気に言うネプテューヌに、ノワールは呆れた声を出す。

 それでようやく思い出した。

 ストーンサークル、襲ってきたディセプティコン、カラスの女、そして突然光に包まれて……。

 

「そうだったー! ディセプティコンは!? オプっちたちは!? って言うかわたしたちどうなったの!?」

 

「ああ、もう! いっぺんに質問しない! ……まずは落ち着いて周りを見てみなさい」

 

 ノワールの言葉に、ネプテューヌは一度呼吸を整えてから周囲を見渡す。

 そこはどこかドーム状の建物の中だ。

 壁も天井も床も、全てが金属で構成され、柱にはやはり金属製の像があしらわれている。

 どこか神秘的なそれらは、しかし長い年月を経て錆びて朽ちかけていた。

 しかし妙に広く、天井が高い。まるで、巨人のための家のように。

 よくよく見れば、周りにはベールとブランもいる。

 

「……ここ、どこ?」

 

 不安げにネプテューヌはたずねた。

 彼女をしてただならぬ事態だと思わせる何かが。この場にはあった。

 まず、空気がおかしい。普通に呼吸しているはずなのに、妙な違和感がある。

 それに、どこからか流れ込んでくる風には、得体の知れない臭いが感じられた。

 

「……外に行けば分かるわ。そこにオプティマスたちもいる」

 

 ノワールは厳しい顔で言った。

 ネプテューヌは一つ頷くと立ち上がって、歩き出す。

 その背を、残る三人の女神が緊迫した面持ちで追う。

 

 開けっ放しになっていた扉を抜けて、部屋の外に出ると、そこはどこか高台の上だった。

 オプティマス、アイアンハイド、ジャズ、ミラージュ。

 女神のパートナーのオートボットたちが、並んで景色を眺めていた。女神たちは、それぞれのパートナーの横に立つ。

 

「これは……」

 

 ネプテューヌは言葉を失った。

 いつも底抜けに明るく、マイペースで、空気を読まない彼女をして絶句する光景が、そこには広がっていた。

 

 地平線の彼方まで広がる、高層建築からなる壮麗な都市。

 かつてはそうだったのだろう。

 しかし今は、破壊され焼かれ朽ち果てて、まるで墓場のような……、いや墓場その物と成り果てた都市が、どこまでも広がっていた。

 空は、淀んだ灰色だ。

 空気の臭いは、錆と腐った油の混じったそれ。

 死が、世界を包んでいた。

 

「ここは、いったい……?」

 

「惑星サイバトロン」

 

 ネプテューヌが誰にともなく放った問いに、隣に立つオプティマスが答えた。

 見上げると、オプティマスは無表情だったが、ネプテューヌにはそれが果てしない悲しみを押さえているように感じられた。

 

「我々の故郷だ。……戻ってきた」

 

 その言葉には、重い重い響きがあった。

 

「帰ってきちまったな……」

 

「ああ……」

 

「……」

 

 アイアンハイドも、ジャズも、普段は無表情のミラージュでさえも、どこか泣きそうな顔で景色を見続けている。

 

「ここが、オプっちたちの故郷……」

 

 茫然とネプテューヌは呟いた。

 かつて、オプティマスの立体映像で垣間見たことはある。

 この星をオプティマスととともに歩くことを想像したこともある。

 だが、実際に見たサイバトロンの姿は、あまりにも無残なものだった。

 いや、無残と言う言葉ですら生ぬるい。

 いかなる言葉が、この破壊の跡を表現できると言うのか。

 女神たちは、皆思い知った。

 自分たちが、いかに恵まれた世界に生きてきたかを。

 

 全員、何も言えなかった。

 

「……オプティマス」

 

 しかし、その中でアイアンハイドが言葉を発した。

 

「三時の方向に機影。小型艦が一、戦闘艇が四。識別信号は、ディセプティコンだ」

 

 淡々と、努めて淡々とアイアンハイドは報告する。

 

「戦うか?」

 

 ミラージュが問う。

 それを受けて、オプティマスは表情を引き締める。

 

「いや、いったん隠れてやり過ごそう。皆、さっきの建物の中へ戻るんだ」

 

 その言葉に、女神とオートボットは素直に従うのだった。

 

  *  *  *

 

「…………」

 

 ディセプティコンの部隊が上空を通過する間、女神とオートボットは息を潜めていた。

 

「そう言えば」

 

 ふと、ネプテューヌが小さく声を出した。

 

「メガトロンは? あと、小さいのとカラスの仮面の女の人もいっしょに光に飲み込まれたと思ったけど」

 

 オプティマスは小さく首を横に振った。

 

「分からない。別の場所に出たか、あるいは亜空間に取り残されたか……」

 

「それよりも、今はこれからどうするべき考えましょう」

 

 アイアンハイドの傍に立つノワールが何ともいえない表情で言う。

 腕を組んで立つミラージュの近くで座り込んでいたブランも頷く。

 

「そして、わたしたちはどうしたらゲイムギョウ界に帰れるのか……」

 

 その言葉に答える者はいない。

 ハアッとノワールは溜め息を吐いた。

 

「そもそも、この場所ではシェアをほとんど感じない。これじゃあ変身もできないわね」

 

 この世界に、女神たちを信仰する民はいない。

 シェアを供給するシェアクリスタルもない。

 つまり、ゲイムギョウ界では圧倒的強者である女神たちは、ここでは普通の人間となんら変わらないということだ。

 

「それだけではありません。どの道、食糧や水を手に入れることができなければ、いずれは……」

 

 ベールも顔を伏せる。

 八方ふさがりとはこのことか。

 場の空気が重くなっていく。

 だが、そんな空気を読まない者がいた。

 

「もう! みんな暗いよー! 大丈夫、何とかなるって!!」

 

 ネプテューヌだ。

 

 ノワールは当惑した声を出す。

 

「大丈夫って、何を根拠に……」

 

「根拠なんかないけどさ! ほら、わたし主人公だし! 主人公補正でなんとかなるって!」

 

 明るく元気に、ネプテューヌは宣言する。

 それを見て女神もオートボットも目を丸くするが、女神たちはやがて溜め息を吐いてから淡い笑みを作る。

 

「まったく、あなたって娘は……。でも、確かに、あなたが簡単に死ぬなんて思えないわね」

 

「そうね。不思議と、大丈夫な気がしてきたわ」

 

「まあ、まずはやれるだけやってみましょう。諦めるのは、それからでも遅くはありませんわ」

 

 ノワールもブランもベールも、ネプテューヌの底なしの明るさに感化されて調子を取り戻す。

 クヨクヨしてなんかいられない。帰るべき場所があるのだから。持っている人々がいるのだから。

 

「元気を取り戻したようなだな」

 

 笑い合う四人の女神たちを見てオプティマスはフッと微笑んだ。

 まったくネプテューヌのバイタリティには驚かされてばかりだ。

 

「で、実際これからどうする?」

 

 ジャズがオプティマスに問う。

 女神たちが立ち直ったのは、もちろん嬉しいが、現実的にこれからのことを決めなくてはならない。

 

「ひとまず、アイアコンを目指そう。オートボットが生き残っているとすれば、もうあそこしかない」

 

「アイアコン?」

 

 聞きなれない単語に、ネプテューヌは首を傾げる。

 

「我々、オートボットの首都だ。位置情報からすると、ここからそう遠くはない」

 

  *  *  *

 

 最初に跳ばされてきた場所から移動すること数時間。

 荒れ果てた大地を進むトレーラートラックを中心とした一団。

 どこまで行っても廃墟しかない。

 金属製の建造物からはまったく気配を感じない。

 トランスフォーマーは愚か、あらゆる生き物の息吹が感じられなかった。

 

「それで、アイアコンはどんな所なの?」

 

 ビークルモードのオプティマスの運転席に座るネプテューヌは、たずねた。

 沈黙しているのは自分らしくないし、何か話したかった。

 

「先にも言った通り、オートボットの首都だ。この星に残るオートボットの戦士と、非戦闘員は全てそこに集まっている」

 

「非戦闘員?」

 

「ああ、我々トランスフォーマーだって、全てが戦士や兵士なわけじゃない」

 

「そうなんだ」

 

 少し驚くネプテューヌ。

 これまで出会ったトランスフォーマーは皆、戦闘員だったが、考えてみれば当たり前のことだ。

 

「そしてアイアコンには、アルファトライオンがいらっしゃる」

 

 続けられたオプティマスの言葉には、懐かしさが滲んでいた。

 

「あの方なら、きっと良い知恵を授けてくださるだろう。……さあ、この丘を越えればアイアコンだ」

 

「わーい! やっと休めるよー!」

 

 自分は歩いていないくせに調子のいいことを言い出すネプテューヌ。

 しかし、その無邪気さにオプティマスは可能なら薄く微笑んだだろう。

 

  *  *  *

 

 アイアコン。

 そこは巨大なセンタードームを中心としたオートボットの都市だ。

 かつてはサイバトロンの政治と文化の中心地であり、戦争が激化してからは要塞化され難攻不落を誇った。

 

 だが今は。

 

 高層建築は倒壊し。

 

 それらを結ぶ高架橋は崩れ落ち。

 

 そして全ての中心、センタードームは半分が崩れていた。

 

 もはやアイアコンは廃墟と化していた。

 

 その外延部に立つビルの一つ。倒壊を免れたビルの屋上で、一人のオートボットが周辺を索敵していた。

 緑がかった肥満体の男性を思わせるボディに、髭のようなパーツで覆われた顔。そして全身に武器を装備して、実包を葉巻のように加えている。

 名をハウンドという、そのオートボットは、センサー類を最大限働かせる。

 もちろん、ディセプティコンの影がないか探るためだ。もし、敵影を見つけたら思い知らせるのみ。

 しかし、今日センサーが捉えたのは、ディセプティコンではなかった。

 

「そんな、まさか……!?」

 

 思わず口に出すハウンド。

 走ってくる六輪の輸送機械は、姿こそ違うが間違いない。

 

「オーイエー! 戻ってきた! オプティマスが戻ってきたぞ!!」

 

 他のビルの上。

 同じく索敵していた青い体の鎧武者を思わせるオートボット、ドリフトは、感極まったように口角を吊り上げた。

 

「ついに、希望の光が、灯ったか」

 

 そして、ビルから飛び降りると同時に戦闘ヘリに変形し、オプティマスの下へと飛ぶ。

 

「ハッハー! 宇宙の自由を守るリーダーが戻ってきたか!」

 

 道路を走るオプティマスの横を、鮮やかな緑のコートを羽織ったような姿のオートボット、クロスヘアーズがロボットモードで走る。

 クロスヘアーズはオプティマスの前に立つと気さくに話しかけた。

 

「生きてると思ってた、信じてたぜ!」

 

 その横に変形しながら着陸したドリフトも、クロスヘアーズの肩を叩きながら礼をする。

 

「絶対に帰ってきてくださると、信じておりました」

 

 少し離れた所で壁によりかかったハウンドは、ニヤリと笑った。

 

「さあ、いっちょ派手にいくか! 軍団の再結成だ!」

 

 オプティマスはネプテューヌを降ろすとロボットモードに戻り、居並んだオートボット戦士たちに向かって声を発した。

 

「ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズ。皆、よく無事でいてくれた」

 

「もったいない、お言葉です」

 

 主君とあがめるオートボット総司令官の言葉に、もう一度礼をするドリフト。

 他のオートボットたちも女神を降ろしてロボットに戻り、再会した仲間たちと話始める。

 

「生きてたか! この錆塗れのデブ野郎が!」

 

「テメエこそな! 死にぞこないのガラクタがよ!」

 

 アイアンハイドとハウンドは言っている言葉は汚いが、笑顔で肩を叩きあっている。

 

「相変わらずしぶといな、どうせまたコソコソ隠れてたんだろ」

 

「…………」

 

「無視すんじゃねえ!!」

 

 ミラージュに突っかかるクロスヘアーズだが、無視されてさらに怒る。

 

「……で、この生ものどもは何だ!」

 

 少しの間、苦虫を噛み潰したような顔をしていたクロスヘアーズだが、突然コートの裏から銃を抜くとネプテューヌたちに向ける。

 

「わ! 何さいきなり!」

 

「ちょっと! 急に銃なんか抜いて、危ないじゃない!」

 

 しかし、それで臆する女神たちではなく、ネプテューヌとノワールは食って掛かり、ブランとベールも緑コートのオートボットに武器を向ける。

 

「……何のつもりだ?」

 

 クロスヘアーズがそう問うのは、女神たちではなく、自分の首にブレードを突きつけるミラージュに対してだ。

 

「銃を下ろせ」

 

「何で、テメエの言うことを聞く必要がある?」

 

 いつの間にかクロスヘアーズには女神たちに向けているのとは反対の手で銃を抜き、ミラージュの胴に向けていた。

 

 一触即発。

 

「よさないか二人とも! クロスヘアーズ、彼女たちは味方だ!」

 

 だが、オプティマスが二人を止めた。

 総司令官の制止に、赤と緑のオートボットは渋々ながら武器を引っ込める。

 

「お味方? しかし、何とも面妖な……」

 

「確かに。見たこともない生き物だぜ」

 

 ドリフトとハウンドは懐疑的な声を出す。

 それも無理もないこと。すでにゲイムギョウ界に慣れ親しんだオプティマスたちと違い、サイバトロンに残った者たちにとって、女神は単なる異星の有機生命体に過ぎないのだから。

 

「そう言うなよ。実際、頼りになる味方さ」

 

「素直じゃない上に、じゃじゃ馬だがな」

 

 明るい声を出すジャズとアイアンハイドだが、その言葉の内容にベールは苦笑しノワールは頬を膨らませる。

 

「とにかくだ。紹介しよう、彼女たちはネプテューヌ、ノワール、ブラン、そしてベールだ。彼女たちは女神と呼ばれる存在で、我々の協力者なのだ」

 

 オプティマスがとりあえず、オートボットたちに女神のことを紹介する。

 

「そして、彼らはハウンド、ドリフト、クロスヘアーズ。皆、オートボットの戦士だ」

 

「よろしくねー!」

 

 元気よく声を上げるネプテューヌ。

 しかし、三人組のオートボットの反応はやはり芳しくない。

 どこか戸惑っている様子のドリフト。

 興味なさげなハウンド。

 そして、不機嫌そうに鼻を鳴らすような音を出すクロスヘアーズ。

 その反応に、ネプテューヌは何となく既視感を憶えた。

 確か、アイアンハイドたちも最初に会ったころはこんな感じだった。

 オプティマスは一つ排気すると、話を進める。

 

「それで他の仲間たちはどこにいる? あれから何があった?」

 

 総司令官の問いに、三人を代表してドリフトが答える。

 

「センセイ、歩きながら話しましょう。我らの基地にご案内しますゆえ」

 

「頼む」

 

 オプティマスが頷くのを確認してから、ドリフトは残る二人を伴って歩き出す。

 女神とオートボットたちは、その後を追って移動を開始し始めるのだった。

 

  *  *  *

 

「オプティマス殿たちが姿を消されてからというもの、なぜかディセプティコンの攻撃も止みました。今は時折、偵察部隊が現れる程度です。」

 

 ドリフトに先導されて廃墟の中を進む一同は、やがて地下へ通じる通路に入る。

 女神たちはそれぞれのパートナーに抱えられていた。

 

「しかし、アイアコンの都市機能はもはや維持できず、我らオートボットは地下に基地を造り、そこに潜むことにしました。アルファトライオン様を中心に、無事な者が集まって共同生活を始めたのです」

 

「全員じゃねえがな。結構な数のオートボットがこの星を出て行ったよ。新天地ってやつを求めてな」

 

 どこか遠い目をして補足するハウンド。

 その間にも一同は、地下へと続く階段を下へ下へと降りていく。そして巨大な扉の前に辿り着いた。

 

「……着きました。こちらです」

 

 ドリフトは扉の前の端末を操作し、扉を開く。

 左右に開きゆく扉の正面に立つオプティマスは、顔には出さないが不安を感じていた。

 自分は、事故が原因とは言え長らくサイバトロンを留守にしていた身だ。その自分が今更受け入れてもらえるだろうか?

 扉が開き、オプティマスのオプティックに飛び込んできた光景は……。

 

「総司令官! お帰りなさい!」

 

「だから言っただろう! 必ず生きてるって!」

 

「オプティマス、万歳!」

 

 歓声を上げる、たくさんのオートボットたちだった。

 体の大きさも形状も色も様々なオートボットが、オプティマスたちの帰還を喜んでいる。

 そこは、大きな部屋だった。雑然としているが、天井からの照明は明るく賑やかな雰囲気だ。

 アイアンハイドやジャズ、ミラージュの周りにもオートボットたちが集まってくる。

 その中に、足が一輪になった女性型オートボットがいた。

 

「久し振りね」

 

 その女性オートボット、クロミアはアイアンハイドに親しげに話しかける。アイアンハイドも笑顔で返した。

 

「ああ、久し振り。……会いたかったぜ」

 

 そう言ってクロミアを抱き寄せる。

 周囲のオートボットたちがはやし立てるのも構わず、再会した恋人の腕の中で笑顔を大きくするクロミア。

 ジャズとミラージュの周りには、女性型オートボットが集まっていた。

 

「ジャズ! 帰ってきてくれたのね!」

 

「ミラージュ様~♡ こっち向いて~♡」

 

 黄色い声を上げるウーマンオートボット。

 中でもの赤いカラーのファイヤースターと水色のムーンレーサーは、にこやかに手を上げるジャズと、そっぽを向くミラージュに熱視線を送っている。

 笑い合うオートボットたち。

 と、騒いでいたオートボットたちが急に静まりかえり、その人波が二つに割れて奥から背の高いオートボットが歩いてきた。

 痩身の体は赤いカラーリングをしていて、金属繊維のマントを羽織っている。手には長い杖を持ち、金属製の長い髭が特徴的な顔は、穏やかで高い知性を感じさせた。

 まるで、昔話の魔法使いの老人がそのままロボットになったようだ。

 老人ロボットは、柔和に微笑む。

 するとオプティマスは頭を下げた。

 

「アルファトライオン」

 

「オプティマス、若き勇者よ。よくぞ帰ってきてくれた」

 

 そして、アルファトライオンは杖を投げ捨てオプティマスを抱きしめた。

 

「息子よ。おまえが無事でいてくれて、こんなに嬉しいことはない!」

 

「……私もです、父上。無事で良かった」

 

 不器用に微笑むオプティマス。

 オートボットの地下基地は、一際大きな歓声に包まれるのだった。

 

 ネプテューヌを始めとした女神たちは、その輪から少し離れた所に立っていた。

 どのオートボットも、彼女たちのほうには見向きもしない。

 こんな時、真っ先に何か言いそうなネプテューヌは、彼女らしくない複雑な表情でオプティマスを見つめていた。

 ノワールは、寂しげにアイアンハイドの笑顔を見ている。

 ベールは曖昧に微笑み、ブランは少しだけ涙をこらえているように見える。

 気付いてしまったからだ。

 

 この場所こそが、自分たちのパートナー(オートボット)の帰るべき場所なのだと。

 

 ……自分たちの、傍ではなく。

 




今週のQTFに誤解を恐れず、あえて言いたい。
全世界規模で見た場合、むしろ人気にあやかっているのはBASARAのほうだと。

今回の冒頭の電波なモノローグは、地味にこの物語の根幹に触れるものだったり。

そして、何で言葉が通じるの?とか、何で呼吸できてるの?とか思った方は鋭い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 アイアコンにて

時間がかかったわりには話が進んでない。
そんな52話。


「ところでオプティマス。そろそろ、おまえの新しい友人たちを紹介してくれんかの」

 

 しばらく抱擁していたオプティマスとアルファトライオンだったが、やがて老オートボットは優しく微笑みながら言った。

 オプティマスはそれで気付いて、掌で女神たちのほうを示した。

 

「はい、アルファトライオン。彼女たちは、ネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベール。彼女たちは異世界ゲイムギョウ界を統治する女神と呼ばれる存在で……女神のことを説明するのは、非常に難しいのですが……」

 

「ふふふ、ならば、女神の説明を受けるのは後にしよう。今は、おまえの友人たちに挨拶をさせておくれ」

 

「はい」

 

 素直に頷いたオプティマスは、一歩脇によける。

 アルファトライオンは女神たちの近くまで歩いてくると深々と頭を下げた。

 

「初めまして、異星の方々。儂の名はアルファトライオン。しがない歴史学者ですじゃ」

 

「初めましてー! わたし、ネプテューヌ! オプっちの友達だよー!」

 

 異星人相手でも礼儀正しい老オートボットに、ネプテューヌはいつもの調子を取り戻して挨拶する。

 

「こら! 失礼でしょ。……初めまして、私はノワール。ゲイムギョウ界のラステイションという国の女神です」

 

 ネプテューヌに注意し、こちらは礼儀正しくお辞儀するノワール。

 

「同じく、ルウィーの女神ブラン」

 

 短く簡潔に挨拶するブラン。

 

「わたくしはベール。リーンボックスの女神をしております。以後お見知りおきを」

 

 そしてたおやかに礼をするベール。

 

「ようこそ、女神様方。何もない所じゃが、ゆっくりしていくといい」

 

 アルファトライオンはニッコリと微笑んで女神たちを歓迎する。

 一方、居並ぶオートボットたちの中には、あからさまに顔をしかめる者たちがいた。

 その中でも一際不機嫌そうなのがドリフトだ。彼は仲間の輪を離れてネプテューヌの近くまで歩いてくる。

 

「……オプっちだと? よもやそれは、オプティマス殿のことではあるまいな?」

 

「うん、そうだよー! いやほらオプティマス・プライムじゃ長いし、あだ名を付けるのがわたし的恒例行事で……」

 

「ふざけるな!」

 

 当然の如く笑顔で説明するネプテューヌだったが、ドリフトは突然激昂したかと思うと、背中から刀を抜いてネプテューヌに突きつける。

 

「貴様! メガミだか何だか知らんが、オートボットのリーダーをそのような無礼な呼び名で……」

 

「ちょ、ちょっと危ないじゃない! って言うかこの展開、前回もあったよね!?」

 

 よく分からないことを言い出すネプテューヌに、ドリフトはより殺気立つ。

 

「ドリフト、刀を下ろせ。彼女は私の友人だ」

 

 そして、今回もオプティマスがそれを制する。

 

「しかし!」

 

「ドリフト」

 

 不満げなドリフトに、オプティマスの声色が低くなる。ようやくドリフトは刀をしまった。

 オプティマスはすまなそうにネプテューヌのほうを向く。

 

「すまない、ネプテューヌ」

 

「ああ、うん! 大丈夫だよ、少し驚いただけ!」

 

 大して気にした様子のないネプテューヌに、オプティマスは相好を崩す。

 屈託なく笑い合う二人を、青い侍は苦々しげに見ていた。

 

「しかし、これで俺たちの大勝利だな!」

 

 そこで大声を上げたのは、クロスヘアーズだ。

 何事かとその場にいた者たちの視線が緑のオートボットに集まる。

 

「だってそうだろ? メガトロンの野郎は消えたままで、オプティマスは戻ってきた! つまり、俺たちの勝ちだ! 勝ちだ!!」

 

 嬉しそうに叫ぶクロスヘアーズ。

 そうだそうだと再びオートボットたちから歓声が上がる。

 しかし、オプティマスは何ともバツの悪そうな顔になる。

 

「いや、皆聞いてくれ。我々はもう一度ゲイムギョウ界に戻らねばならない」

 

 その言葉にオートボットたちに動揺が走る。

 特に驚いたのがドリフトだ。

 

「な、何故です!? ワケをお聞かせください!」

 

「メガトロンは死んではいない。それにまだゲイムギョウ界にはディセプティコンが残っている。奴らを野放しにはできない」

 

「そんなものは放っておけばよいではありませぬか!!」

 

 『そんなもの』ドリフトは確かにそう言った。

 さすがにネプテューヌをはじめとした女神たちも顔をしかめる。

 さらにクロスヘアーズも声を上げる。

 

「そうだぜ! メガトロンの野郎が他の世界に逃げるってんなら、行かせときゃいいんだ! んで、今の内にこの星に残ったクソディセプティコンどもを皆殺しにすりゃいい!」

 

 物騒なことを言い出すクロスヘアーズに、何人かのオートボットが同調する。

 

「そう言うわけにはいかない」

 

 オプティマスは冷厳に言い放った。

 それにドリフトもクロスヘアーズも不満そうな顔をする。

 

「せめて理由を聞かせてくれ。……俺たちの納得のいく理由を」

 

 そこで、事と次第を見守っていたハウンドが溜め息とともにそう言った。

 少し悩むような素振りを見せたオプティマスだが、アルファトライオンから試すような視線を感じ、やがて決意したように口を開く。

 

「……分かった」

 

 そして、少し間を置いてからその場にいる全員に伝わるように声を出す。

 

「私は、このサイバトロンから失われし命の源、オールスパーク。それがゲイムギョウ界にあるのではないかと、そう考えているのだ!」

 

 瞬間、ざわついていたオートボットたちが静まり返る。

 

「オールスパーク……」

 

 彼女にしては珍しく黙っていたネプテューヌはふと過去を思い出す。

 オールスパーク。それは金属生命体を生み出す奇跡の存在。惑星サイバトロンの生命の根源。

 

「……なるほどな。なら仕方ねえ」

 

 静かに、ハウンドは声を絞り出した。ドリフトとクロスヘアーズら他のオートボットたちも一応は納得したらしい。

 死にゆくサイバトロンを再建するためには、何としてもオールスパークを取り戻す必要があるからだ。

 

「では皆の者、オプティマスたちは長旅で疲れておる。積もる話は後にして、いったん解散としよう」

 

 良く響くアルファトライオンの言葉に、オートボットたちはオプティマスたちに声をかけ、それぞれの持ち場に戻っていく。

 その場にいるオートボットたちが数を減らしたのを見計らって、オプティマスはアルファトライオンに話しかけた。

 

「アルファトライオン。実はお話が……」

 

「分かっておる。場所を変えよう、着いてきなさい」

 

 そう言って、アルファトライオンは踵を返して歩き出す。

 オプティマスたちと女神たちは、顔を見合わせながらもそれに続こうとする。

 しかし、彼らに向かってアルファトライオンは振り返った。

 

「すまぬが、オプティマスと二人きりで話をさせておくれ。基地の中は自由に歩いてよい。地上もしばらくは安全じゃろう」

 

 それだけ言うと老歴史学者はオプティマスを伴って奥へと歩いていった。

 

  *  *  *

 

 オプティマスが通されたのは、アルファトライオンの執務室だった。

 四方の棚にはあらゆる記録媒体が並べられていて、なんと鋼板に文字を刻み込んだ物まである。

 その他には執務机とそれを挟んで椅子があるだけだ。

 

「さて、オプティマス。話を聞こう」

 

 アルファトライオンは、棚からオイルの入った瓶とグラスを二つ取り出しながら少しだけ声を低くする。

 頷いたオプティマスは、話を切り出した。

 

「アルファトライオン。私たちはゲイムギョウ界に戻らねばならないのです。どうか、良い知恵をお貸しください」

 

「戻る、か……」

 

 どこか含むような調子で言いながら、執務机の上にグラスを置きオイルを注ぐアルファトライオン。

 

「まずはオプティマス。その剣を見せてはくれないか?」

 

 オプティマスはその言葉の意味が理解できなかったが素直に背中のテメノスソードを抜き、恭しく差し出した。

 剣を受け取ったアルファトライオンは、その腹を撫でながらマジマジと刀身を覗き込む。

 

「これはテメノスソード。伝説に語られる『最初の十三人』の一人、偉大なる勇者プライマが振るった剣だ。これをどこで?」

 

「ゲイムギョウ界のセターンという王国です。そこを守護するダイノボットと呼ばれる騎士たちから譲り受けました」

 

「そうか……」

 

 セターン、そしてダイノボットの名を聞いた瞬間、アルファトライオンのオプティックに懐かしげな光が浮かぶが、オプティマスはそれに気付かなかった。

 

「それでアルファトライオン。我々はどうすれば……」

 

「まあ待て。物事には時間をかけた方が良いこともある。特に連れが疲れている時はな」

 

 そう言ってオプティマスに座るよう促すアルファトライオン。

 オプティマスは不満げながらも素直に座る。

 

「ではオプティマス。おまえの物語を聞かせておくれ。ゲイムギョウ界を訪れてから、こちらに戻ってくるまでの物語を」

 

  *  *  *

 

 一方、取り残された女神とオートボットたちはと言うと。

 しばらくは全員でいっしょにいたのだが、元々好奇心旺盛なネプテューヌがいつの間にかいなくなっていた。

 基地の中ならまあ問題ないだろうと言うことで、残りのメンバーもいったん解散したのだった。

 

 アイアンハイドはクロミアと改めて話をしていた。

 やはり積もる話と言う物がある。

 向かい合うに二人のオートボットの少し横では、ノワールが所在なさげに立っていた。

 

「それで話って何? そっちの娘と関係あるのかしら?」

 

 腰に手を当て、少し不機嫌そうなクロミア。

 一方のアイアンハイドは彼女から目を逸らしている。

 

「まあ、あれだ。こいつのことを紹介したくてな……」

 

「その娘を? まさか、アンタの新しい恋人とか言い出すんじゃないでしょうね?」

 

「そういうんじゃねえよ! ……その、なんつうか、コイツは俺にとって娘みたいなもんなんだ」

 

「……………娘?」

 

 呆気に取られるクロミア。

 金属生命体の中でも特に頭が固いアイアンハイドに、有機生命体の娘?

 

「ああ、色々とあってな。じゃあ挨拶しな、ノワール」

 

「あ、あの初めまして。私、ノワールって言います。アイアンハイドさんにはいつもお世話になっていて……」

 

 オズオズと自己紹介するノワール。

 強気な彼女らしくはないが、仕方がない。

 金属生命体にとって、有機生命体を家族扱いするのは非常に稀な例であるということが分からないノワールではない。

 自分が受け入れてもらえるか、とても不安だった。

 アイアンハイドの恋人だというから、できれば仲良くしたいが……。

 そんなノワールの思考とは別に、クロミアは黒の女神を上から下まで眺め回す。

 そして突然言った。

 

「エ……」

 

「え?」

 

「エクセレント! 何、この可愛い娘!」

 

 目を丸くするノワールとアイアンハイド。

 そんな二人を無視してクロミアはヒートアップする。

 

「こうなったら結婚しかないわ! アイアンハイド、結婚しましょう! それで私がお母さんよ!」

 

「落ち着け! こういうのはまずよく話し合ってからだな!」

 

「そうですよ! 私だっていきなりそんな……」

 

 何とか恋人をなだめようとするアイアンハイドと、極めて常識的に戸惑うノワール。

 それを見て、さすがにブレインサーキットを冷やすクロミア。

 

「そ、そうね……、ごめんなさい。私、昔から娘が欲しくてつい興奮しちゃったわ」

 

 落ち着いたらしいクロミアを見てホッとするノワールとアインハイド。

 まさか、こんなことになるとは思わなかった……。

 

「まあ、それじゃあゆっくり話ましょう。ここには何もないけど、時間だけはあるわ」

 

「それも限られてるけどな。まあ俺たちの話をする時間くらいはあるさ」

 

「うん。それじゃあ、まずは……」

 

 この三人が本当の家族になれるかは分からない。

 それはお互いによく知りよく話し合い、幸運にも全員生き残ってからの話だろう。

 

「私にはユニっていう妹がいるんだけど……」

 

「まさかの二人目!? やっぱり結婚しかないわね!」

 

「だから落ち着けって……」

 

  *  *  *

 

 ジャズとベールは、基地を出て元は繁華街だった場所を訪れていた。

 店だった場所の一つ、往時には特に華やかだったのだろう店の中に入る。

 内部はかなり広く、天井も高い。

 端にはトランスフォーマーサイズのカウンターバーがあり、その向こうの棚には、空の瓶が並べられていた。

 

「ここは?」

 

「ダンシトロン! サイバトロン一番いかした店さ! ……昔の話だけど」

 

 ベールの問いにジャズは陽気ながら、どこかシンミリと答えた。

 

「昔はここでよく踊ったもんさ。懐かしいなあ」

 

 ステージ跡と思しい場所で、ジャズはクルリと体を回す。

 それを見て、ベールは少し寂しげに微笑むのだった。

 

  *  *  *

 

 公園跡をミラージュとブランが歩いていた。

 サイズの巨大な遊具とみられる物が散見している。

 

「ここは公園ね。……あなたたちにも子供のころがあったのね」

 

「当たり前だ」

 

 ブランの問いにぶっきらぼうに答えるミラージュ。

 

「あなたも、ここで遊んだの?」

 

「……さあな。物心ついたころには戦闘訓練をしていたし、そういう性格でもなかった気がする」

 

 変わらず無愛想にミラージュは言う。

 しかし、声色に僅かに悲しそうな響きがあることにブランは気付いていた。

 だからそれ以上何も言わず、遊具によりかかるのだった。

 

  *  *  *

 

「……と言うわけで、我々はサイバトロンに戻ってきたのです」

 

 アルファトライオンに説明を終えたオプティマスは、今一度この数か月のことを反芻する。

 思えば僅かに数か月。永遠にも等しい寿命を持つトランスフォーマーからすれば瞬きする間だ。

 だが、何と濃密な時間だったろうか。女神と共にあった日々は只々戦い続けた何百年に匹敵する価値があった。

 

「色々と得る物があったようだな、オプティマス」

 

 穏やかに微笑むアルファトライオン。

 オプティマスは頷く。

 

「はい。ゲイムギョウ界での生活は、私に平和と自由の素晴らしさを再確認させてくれました」

 

 その言葉に満足げな様子の老歴史学者は、しかし急に厳しい顔になった。

 

「さて、これからどうするかだな」

 

「はい。ネプテューヌたちはゲイムギョウ界に帰らねばなりません。……でなければ生命にかかわる」

 

 オプティマスも深刻な顔で頷く。

 女神たちにはシェアが必要だ。

 せめて女神たちだけでも元の世界に帰さなければならない。

 

「アルファトライオン、なにとぞお知恵をお貸しください」

 

「その答えは、すでにお主の中にあるはずじゃ」

 

 老歴史学者の言葉に、オプティマスは渋い顔になる。

 

「……クリスタルシティ、ですか」

 

「左様」

 

 かつて、オートボットの軍医ラチェットが賞金稼ぎロックダウンに遭遇した時、こんな話を聞かされた。

 クリスタルシティの地下を掘り返し、そこでスペースブリッジの試作品を発見。それを誤って起動させてしまいゲイムギョウ界に転送されてしまったと。

 ならば、上手くいけばその試作品を自分たちも利用できるのではないか?

 

「お主にとっては、辛い思い出の地であろう。しかしスペースブリッジが残されているだろう場所は、もはやそこしかない」

 

「……はい」

 

 暗い表情の二人。

 クリスタルシティ、かつての科学と文化の聖地。

 ディセプティコンの攻撃により、今はもう滅んだ都市。

 

 そして、エリータ・ワンが死んだ土地。

 

 アイアコンからクリスタルシティまでの道のりは長く、サイバトロンはかつてのように安全な場所ではない。

 それでも、行くしかない。

 

 新たに得た、大切な者たちのために。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌは基地の中を探索していた。

 

 普段グータラである彼女だが好奇心は人一倍あり、異邦の地でもまったく物怖じも遠慮もせずに歩き回っていた。

 

「う~ん、この基地広いなー。……わたし、ひょっとして迷子?」

 

 当然の如く、彼女は道に迷っていた。

 しかし、それでめげるネプテューヌではない。さっそく道を聞くべく、中にヒトのいそうな部屋に入ろうとする。

 調度いいことにその扉は僅かに……ネプテューヌが入れそうなくらいに……開いていた。

 

 すると、中から話し声が聞こえてきた。

 

「なあおい、オプティマスたちが連れてきた、あの連中、おまえらどう思う?」

 

 それはあの大柄な髭のオートボット、ハウンドの声だった。

 

「……正直、気に食わねえ」

 

 次に聞こえた声は、緑コートのクロスヘアーズのものだ。

 

「オプティマス殿のことだ。何か考えがあるのだろう」

 

 もう一つ、青い侍のドリフトの声もする。

 ドリフトの声は、言葉とは裏腹に渋いものだった。

 普通なら、聞かなかったことにしてその場を去るだろう。あるいは、さらに聞き耳を立てるか。

 

 しかしそこはネプテューヌである。

 

「陰口は良くないなー! 聞き捨てならないよ!」

 

 彼女はあろうことか、部屋の中に突入したのである。

 突然現れた女神に、三人のオートボットは面食らう。

 どうやら皆して武器の手入れをしていたらしい。

 

「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなよ!」

 

 腰に手を当てプンスカと怒るネプテューヌ。

 

「……ハッキリ言えだあ? じゃあハッキリ言ってやる、言ってやるよ。おまえらは気に食わねえ」

 

 最初こそ戸惑っていたクロスヘアーズだが、やがて顔をしかめて言い放つ。

 それを受けて、さすがのネプテューヌも不機嫌に問う。

 

「何でさ! わたしたちが有機生命体だから!?」

 

「それもある。だがそれ以上におまえらからは戦争の臭いがしやがらねえ! 平和がいいって、そう言う顔をしてやがる! それが何より気に食わん!」

 

 ギラリとネプテューヌを睨みつけるクロスヘアーズ。

 一瞬、ネプテューヌは何を言われているのか分からなかった。

 

「な、何さそれ! 平和の何が悪いのさ! オプっちだって、平和のために戦ってるんだよ! あなたたちだってそうでしょ!」

 

「ケッ! 俺は平和のためになんか戦ってねえよ!」

 

「じゃあ何で戦うのさ! ディセプティコンが憎いから!?」

 

「ああ憎いね! 俺は連中に思い知らせるために戦ってんだ! それ以外は知ったことか!」

 

 それは血を吐くような声だった。

 ネプテューヌには、クロスヘアーズの過去に何があったのかは分からない。

 それでも、尋常ならざる怒りと憎しみを感じた。

 

「……悪いな嬢ちゃん」

 

 クロスヘアーズと睨み合うネプテューヌに静かに声をかけたのは、ハウンドだった。

 

「こいつは何人もの戦友を失っててな。だが正直、こいつはマシなほうさ。オプティマスの言うことすら聞かず、無抵抗の敵兵を惨殺する奴なんざザラだ。非戦闘員だろうがお構いなしでディセプティコンを殺すことしか頭にない奴もいる」

 

 理解できないという顔で、ネプテューヌはハウンドを見た。

 すまなそうにハウンドは首を振る。

 

「こいつは戦争なんだよ。どっちかが絶滅するしかないって類のな」

 

「そんな……」

 

 絶句するネプテューヌを見て、鼻を鳴らすような音を出すのは刀を研ぐドリフトだ。

 

「この程度のことで臆するか。それでセンセイの友達などと、よく名乗れたものだ。……センセイは、相応しくない者を周りに置き過ぎる」

 

「む、むー! 何さそれ!」

 

 自分のことばかりか、暗にジャズたちのことまで馬鹿にされたことに気付き、ネプテューヌの怒りが再燃する。

 しかしドリフトは動じない。

 

「本当のことだ。オプティマス殿は並ぶ者なき英雄だ。優しさと勇猛さが同居する二人といない傑物だ。……ゆえに、傍に立てる者は稀なのだ」

 

 少しだけ、ドリフトは寂しげだった。

 

「私では駄目だ、私はあの方をどうしても特別視してしまう。他のオートボットたちも似たようなものだ。センセイと並べるのはただお一人。……エリータ・ワンだけだ」

 

「エリータ・ワン?」

 

 聞きなれない名前に、首を傾げるネプテューヌ。

 対するドリフトはオプティックを瞑る。

 

「あの方こそオプティマス殿の傍にあって、彼を支えるにふさわしい方だった。強く賢く美しいヒトだった」

 

 どこか懐かしむようにドリフトは続ける。

 しかし、声に悲しさが滲んでいることにネプテューヌは気付いた。

 

「そして誰よりも、オプティマス殿のことを愛している方だった。オプティマス殿もエリータのことを愛していたはずだ」

 

 ズキリと。

 その言葉を聞いた瞬間、ネプテューヌのどこか奥深い所がズキリと痛んだ。

 

 ――おかしい。こんなの全然、わたしらしくない。

 

 オプティマスに愛するヒトがいた。それはすごく喜ばしいことだ。

 彼は、ネプテューヌにとってかけがえのない友人なのだから。

 

 ――なのに、なんでこんなに苦しいの?

 

 苦しそうなネプテューヌに構わず、ドリフトは話し続ける。

 

「しかし、あのヒトはもういない」

 

「……いない?」

 

「逝ってしまわれた。ディセプティコンの手にかかって……。オプティマスの隣に立てる者は、もういない」

 

 深く瞑目して故人を悼むドリフト。

 ハウンドも、クロスヘアーズもそれに倣う。

 一方のネプテューヌは酷く動揺していた。

 

 エリータ・ワンがもういないと知った時、心のどこかで安堵している自分に気付いたから。

 

「ッ!」

 

 弾かれたように、ネプテューヌは踵を返して足早に部屋を出ていった。

 それを見てクロスヘアーズは無駄な時間を使ったとばかりに不機嫌そうに銃の整備を再開し、ドリフトは刀を研ぎはじめ、ハウンドはヤレヤレとばかりに排気するのだった。

 

  *  *  *

 

 走る、走る、基地の中をネプテューヌは走る。

 胸の内を訳の分からない感情が渦巻いている。

 

 ――いやだ! こんなの全然楽しくない!

 

 楽しいこと、嬉しいことが大好きなネプテューヌにとって、うずくような痛みをもたらすその感情は完全に未知のものだった。

 しばらく走った所で止まったネプテューヌは、荒くなった呼吸を整えようとする。

 

 ――苦しい、苦しいよ……。

 

 頭の中がグチャグチャして意味のある思考をなさず、激しい動機が治まらない。

 戦争に対するクロスヘアーズたちの考え方も衝撃的だったが、それ以上に他人の死を喜ぶなんて、自分はそんなに悪辣な女神だったのだろうか?

 

「ネプテューヌ!」

 

 荒く呼吸するネプテューヌに、声をかける者がいた。

 

「こんな所にいたのね。まったくあなたは目を離すとすぐにいなくなっちゃうんだから」

 

 それはノワールだった。

 ネプテューヌは、力無くそちらを向く。

 

「ノワール?」

 

「オプティマスが、ちょっと話があるから集まってって……ちょっと、大丈夫? 酷い顔してるわよ」

 

「へ?」

 

 ノワールに心配そうな声で言われて、ネプテューヌは手近な柱を覗き込む。

 金属製の柱は鏡のように自分の顔を映し出してくれた。

 確かに酷い顔だ。

 とても不安そうでオドオドしている。

 こんなのは、自分らしくない。

 得体の知れない感情に振り回されて、あげくに他人の死を喜ぶなんて。

 

 ――そんな醜い感情、いらない。

 

「ん、ごめん! わたしらしくなかった!」

 

 だから、こんな感情(もの)は無視してしまえばいい。忘れてしまえばいい。それで、何もかも元通りだ。

 

 これからも、みんなと、オプティマスと笑い合うために。

 

「じゃあ、行こっか! オプっちが待ってるんでしょ!」

 

「……ネプテューヌ、あなた、本当に大丈夫?」

 

 ノワールがなおも心配そうに顔を覗き込んでくるが、ネプテューヌは満面の笑みを浮かべる。

 

「え、何が?」

 

「…………」

 

「もう、ノワールったら馬鹿なこと言ってないで行くよ!」

 

 ニコニコと、いつもの調子でネプテューヌは笑い、歩いていってしまった。

 

「…………」

 

 ノワールはそんなネプテューヌを渋い顔で追うのだった。

 

 何せ、ネプテューヌは道を知らないのだから。

 

  *  *  *

 

 基地内の会議などに使われる広間。

 そこにオプティマスを始めとしたオートボットたちが集まっていた。

 アイアンハイド、ジャズ、ミラージュら女神のパートナーたち。

 ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズの三人組。

 クロミアを始めとしたウーマンオートボット。

 そして、アルファトライオン。

 この基地の主だったオートボットが全員集まっていた。

 女神も全員揃っている。

 それを確認してから一歩進み出たオプティマスは、朗々たる声を発した。

 

「一同、良く聞いてほしい。私とジャズ、アイアンハイド、ミラージュは女神たちとともにクリスタルシティを目指す! そこにならスペースブリッジがあるはずだ!」

 

 ザワザワとオートボットたちが騒がしくなる。

 やがてハウンドが声を張り上げた。

 

「しかしオプティマス! 地上はディセプティコンの偵察部隊が巡回してる。とてもクリスタルシティまではたどり着けないぜ!」

 

 当然の疑問を呈するハウンド。

 ドリフトとクロスヘアーズも、それに同意するように頷く。

 しかし、オプティマスはそれに対する答えも用意していた。

 

「その通りだハウンド。だから、我々は地下を通って行く。カプセルトレインの廃線と、水路を利用すれば早くに着けるはずだ」

 

 総司令官の言葉に、ハウンドは首を捻る。

 その隣に立つドリフトも不満げな声を上げる。

 

「サイバトロンの地下は迷路のように入り組んでいます。その上、最近は胡乱な者どもがうろついているという話も聞きます」

 

「それでも、行かねばならないのだ。分かってくれ」

 

「ならば! 私も共に連れて行ってください! クリスタルシティまでの護衛と相成りまする!」

 

 これは説得するのは無理と悟ったドリフトは、同行を進言した。

 

「俺も行くぜ。頭数は多いほうがいいだろう」

 

「それなら俺もだ。俺も行く」

 

 さらに、ハウンドとクロスヘアーズも進み出る。

 それを見てオプティマスは一つ頷いた。

 

「いいだろう。他に同行したい者は?」

 

 総司令官の問いに、オートボットたちは無言を持って答えとする。

 しかし、居並ぶオートボットたちの中から一人が進み出た。

 

「儂も行こう」

 

「アルファトライオン!?」

 

 それは老歴史学者アルファトライオンだった。

 父の思わぬ言葉にオプティマスは驚く。

 

「危険ですアルファトライオン! あなたは残ったオートボットの中心なのですから……」

 

「馬鹿者。スペースブリッジを動かせる者がいなければ、クリスタルシティに辿り着いても無駄足じゃろう。幸い儂は、スペースブリッジを動かすことができる」

 

 そこでアルファトライオンは、ハウンドたちのほうを見る。

 

「それにここまでの猛者が同行するのだ。心配はいらんじゃろう」

 

「はあ……」

 

 そう言われてしまっては、オプティマスも同意せざるを得ない。

 一方、アイアンハイドは恋人であるクロミアに話しかけた。

 

「おまえらはこないのか?」

 

「私たちまでいなくなったら、誰がここを守るのよ」

 

「そりゃそうだ」

 

 もっともな弁に、アイアンハイドは同意する。

 留守を守るのも立派な任務なのだ。

 オプティマスは気を取り直して締めの言葉を発する。

 

「では、明日の朝に出発だ。それまで一同、体を休めてくれ」

 

 総司令官の号令に、オートボットたちは解散していく。

 仲間たちの数が減ったところで、オプティマスは女神たちに近づいていく。

 気になることがあったからだ。

 

「ネプテューヌ、皆も体に大事はないか?」

 

 サイバトロン(こちら)に来てからすでに丸一日たつ。

 その間水や食料を口にしていない。

 体に限界が来てもおかしくはない。

 オプティマスの言葉に答えたのはノワールだった。

 

「心配はいらないわ。こっちに来てからなぜだか空腹も喉の渇きも感じない」

 

「……明らかにおかしいけど、助かってはいるわね」

 

 ブランが言葉を引き継ぎつつ嘆息する。

 それを受けて考え込むオプティマス。

 空腹や喉の渇きだけではない。

 例えば空気。サイバトロンの大気は有機生命体には有害なはずだが彼女たちは普通に息をしている。

 あるいは言語。ゲイムギョウ界とサイバトロンでは使用している言語が違う。オプティマスたちと残留オートボットたちはサイバトロンの標準言語で話している。にもかかわらず女神たちはオートボット同士の会話を理解している。

 これはいったいどういうことなのだろうか?

 

「何はともあれ、今は帰るほうが先決ですわね」

 

 ベールも意見を出す。

 それに女神たちは頷く。

 確かにこの現象は不思議だが、じっくり検証している暇はない。

 例え空腹がなく呼吸ができても、シェアが供給されなければいずれ女神の命は尽きる。

 そして女神が不在では国は荒れる。

 特にリーンボックスには女神候補生がいない。ベールの焦燥感は推して知るべしだ。

 と、オプティマスはネプテューヌがここまでまったく発言していないことに気付いた。

 

「ネプテューヌ、大丈夫か?」

 

 彼女に声をかけるがネプテューヌは上の空だ。

 

「え?」

 

「ネプテューヌ?」

 

 心配そうに声をかけるオプティマス。

 ネプテューヌはポケッとオプティマスの顔を見返したが、やがて慌てたように笑顔を作った。

 

「え、あ、ああ! うん、大丈夫だよ! ちょっとプリンを食べてないから禁断症状が出てさ!!」

 

「そうなのか? だが安心してくれネプテューヌ。君たちは私が必ずゲイムギョウ界に送り返す」

 

 ――そしたら、あなたはどうするの? ここに残るの? わたしたちより、この星を選ぶの?

 

「うん! 頼りにしてるよ! いや~。オプっちは優しいなー!」

 

 ――エリータ・ワンってヒトにも、優しかったの?

 

 いけない、思考が変な方向に行っている。

 無視しなければ、忘れなければ。

 自分が自分らしくあるために。

 でなければオプティマスの隣にいられない。

 

 笑い合う総司令官と紫の女神。

 

 しかし、オプティマスはネプテューヌの様子がおかしいことには気付いていた。

 気付いていて、言及するのを躊躇ってしまった。

 それに触れたら、何かが変わってしまいそうだということを、半ば直観的に感じたから。

 

 二人から少し離れた所で残る女神たちとアルファトライオンが厳しい顔で二人を見ていた。

 




今週のQTF。
うん、今回のツッコミは当然だよ、ロックダウン。

今回のネプテューヌの言動ですが、彼女はこういう負の感情を『自分が』感じるのは慣れてないんじゃないかなーと思いまして。

次回はディセプティコン側のお話の予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 コルキュラー

ジェットロンは出さないと言ったな! アレは嘘だ! な今回。

短いのもあるけど、やっぱりディセプティコン側の話のほうが筆が乗ります。



 時間は遡る。

 オプティマスたちがアイアコンに到着したころのこと。

 

 アイアコンから遠く離れた地。

 金属の荒野の上空を一機のエイリアンジェットが飛行していた。

 灰銀色の攻撃的なシルエットを持つその機体は、ディセプティコン破壊大帝メガトロンのビークルモードに他ならない。

 その機械と機械の僅かな隙間に、二つの影が乗り込んでいた。

 

「それで、ケイオンってどんな所なんです?」

 

 一つは薄青の長い髪をたなびかせたライダースーツのような恰好の女性。

 スペースブリッジの転送に巻き込まれて惑星サイバトロン(ここ)まで跳ばされてきたキセイジョウ・レイだ。

 

「そいつはま、着いてみてのお楽しみだ!」

 

 もう一つは細く小柄な青い四ツ目のディセプティコン、フレンジーである。

 普通ならディセプティコンの支配者たるメガトロンに乗り込むなど不敬もいいとこであるが、レイもフレンジーも移動能力が低いため、メガトロン本人が特別に許可したのである。

 三者はスペースブリッジの転送に巻き込まれた後、女神やオートボットが出たのとは別の場所に跳ばされた。

 すぐさま状況を把握したメガトロンは、サイバトロンに残った友軍に合流することにしたのである。

 メガトロンはフンと鼻を鳴らすような音を出した。

 

「ついたぞ」

 

 その言葉にレイが機械の隙間から外を覗いてみれば、そこには凄まじい光景が広がっていた。

 ディセプティコンの首都ケイオンは、なだらかな傾斜からなる盆地に造られていた。

 何重にも連なった高く分厚い壁の間に、無数の兵舎や武器工場と思しき建物が並ぶ。

 さらに数限りない戦艦が停泊しているのが見える。

 ゲイムギョウ界でメガトロンたちが乗り回しているのと同型の艦もあれば、さらに大型な物や小型の物もある。

 そして地上ではディセプティコンらしき影が、それこそ雲霞の如く蠢いていた。

 

「こ、これがケイオン……!」

 

 何と言う戦力だろうか。

 もし、これだけの数のディセプティコンがゲイムギョウ界に攻め込んできたら、どれだけの被害が出るか……。

 言葉を失っているレイを満足げに見ていたフレンジーは、調子っぱずれの歌を歌いだした。

 

「おおケイオン、懐かしの我が家。悪党どもの楽園よ……っと。驚くのはまだ早いぜ! あれを見なよ!」

 

 レイがフレンジーの指差す方を見ると、そこには巨大な建築物が建っていた。

 無数のウイングを備えた主柱の上に傘のような本体が乗っかっており、全体的なシルエットは巨大なキノコのように見える。

 だが驚くべきはその大きさだ。

 傘だけでも都市全体を覆ってしまいそうなほど大きい。

 

「あ、あれはいったい?」

 

「あれこそコルキュラー! メガトロン様の城さ!」

 

 フレンジーは胸を張る。

 メガトロンが呆れたように溜め息のような音を出したのがレイには分かった。

 やがて数機の戦闘機がどこからか飛んできて、メガトロンの周りを並んで飛行し始めた。

 

『そこの奴! ここはデイセプティコンの都市だぞ! 所属と階級を……』

 

「黙れ! この大間抜けめが! 俺を誰だと思っておる!」

 

 通信してきた隊長機と思しい機体からの通信を、メガトロンはピシャリとさえぎった。

 

『め、メガトロン様!? い、いやそんなまさか……』

 

 まさかの破壊大帝の怒声に、隊長はしどろもどろになる。

 それに構わず、メガトロンはコルキュラーの正面に造られたポートに降り立ち、レイとフレンジーを降ろすと、自分は素早くロボットモードに戻る。

 そこへさっきの隊長機が追いかけてきた。

 

「メガトロン様! お待ちください!」

 

 隊長機は自身もまた素早く変形してロボットモードになった。

 それはスタースクリームと同型のジェットィコンと呼ばれるタイプのディセプティコンで 青と水色のカラーリングの個体だ。

 そのディセプティコン、サンダークラッカーのことを一切気にせずメガトロンはフレンジーとレイを伴って歩いていく。

 

「お待ちください、メガトロン様! どうか正規の手続きを踏んでから……」

 

「愚か者め! 俺が俺の城に入るのに手続きなどいるか!」

 

 追いすがるサンダークラッカーをメガトロンはギロリと睨んだ。

 すると、どこからか現れた無数のディセプティコンが整列してメガトロンを迎えた。

 

『メガトロン様! お帰りなさいませ!!』

 

「うむ、御苦労」

 

 それだけ言うと、メガトロンは整列した兵士たちの間を抜け、コルキュラーへと進んでいく。

 兵士たちはメガトロンを讃える言葉を斉唱する。

 

『オールハイル・メガトロン! オールハイル・メガトロン!!』

 

 悠々と進むメガトロンの後をフレンジーが駆け足で追い、さらにレイも続く。

 だがレイの前に突如として立ちはだかる影があった。

 それはカメラレンズのような単眼が特徴的な三体のディセプティコンだ。

 

「見ろよ、ドレッドウイング。ムシケラがいるぜ」

 

「ああ、スィンドル。おかしいよな。こんな所にムシケラがいるなんて。おまえもそう思うだろペイロード」

 

「そうだな……」

 

 どうやら、赤の体色の者がスィンドル、背中に翼のある者がドレッドウイング、そして大柄な青い者がペイロードという名らしい。

 三体とも嗜虐的な視線でレイの体を舐めまわしながらジリジリとレイに詰め寄る。

 

「ヒッ……!」

 

 当然、他のディセプティコンたちはレイを助けるなんていう時間とエネルギーの無駄はしない。

 ただ二人、メガトロンとフレンジーを除いては。

 レイと単眼三体の間に割り込むようにフレンジーが現れた。

 

「このクソが! レイちゃんに指一本触れんじゃねえやい!」

 

「んだと、このチビ! 有機生命体なんぞを庇う気かよ!」

 

 吐き捨てるようにスィンドルは言うと、フレンジーに掴みかかろうとする。

 残る二体は嘲笑を浮かべながらこの愚かなチビをどうしてやろうかと考えていた。

 

「この馬鹿者め。俺の所有物に勝手に触れるでないわ」

 

 しかし、いつのまにかスィンドルの後ろに立っていたメガトロンが、その頭部を掴んで持ち上げる。

 破壊大帝の大怪力の前に単眼のディセプティコンは為す術なく宙吊りになった。

 

「ひッ……! メ、メガトロン様!?」

 

 なぜ有機生命体を庇うのか?とオプティックで問うスィンドルにメガトロンは耳元で答えてやる。

 

「俺とて有機生命体に情けをかける気などさらさらないわ。だが『これ』は俺の所有物なのだよ。そして俺の嫌いなことは、自分の所有物を許可なく壊されることなのだ」

 

 そしてスィンドルを乱暴に降ろすと、周囲のディセプティコンを見回し大音量で宣言する。

 

「他の者もよく覚えておけ! この女は俺の所有物であり、ゆえに許可なくコレを害した者はメガトロンの極限の怒りに触れるとな!!」

 

 破壊大帝の宣言に、ディセプティコンたちは震えあがり同時に疑問に思った。

 このチッポケな有機生命体は、いったい何者なのかと。

 

「め、メガトロン様! ご許しを!」

 

「俺たちはあなた様の忠実なる下僕!」

 

「決して逆らいません! オールスパークに誓って!」

 

 メガトロンの足元にひれ伏し、異様なほど卑屈な態度で忠誠を誓うスィンドル、ドレッドウイング、ペイロードの三体。

 一瞬つまらなそうに三体を眺めたメガトロンは、一言も発せずコルキュラーの中へと入っていった。

 身を寄せ合って体を震わす単眼三体にドヤ顔を向けるフレンジーと、ここに残るのは危険だと感じたレイがそれに続き、サンダークラッカーも現在の任務と忠誠心を測りにかけて忠誠心を選んで三者を追っていった。

 

  *  *  *

 

 メガトロン一行は巨大な展望エレベーターに乗り込み、上層を目指していた。

 

「それでアレが造船所さ! 小型から中型の戦艦を大量生産できるんだ!」

 

「へえ~、すごいですね~!」

 

 レイは展望エレベーターの外を興味深げに眺め、その横でフレンジーが得意げに説明している。

 

「それで状況はどうなっておる? 今は誰がここを仕切っているのだ?」

 

「ハッ……。そのことですが……」

 

 メガトロンは傍らに控えたサンダークラッカーに問う。

 サンダークラッカーはオズオズと答えた。

 

「メガトロン様が行方不明になられて以降、ディセプティコンは混乱の中にありました。今はブラジオン様が軍を取り仕切っています」

 

「ブラジオン! 奴か……!」

 

 苦々しげに顔を歪めるメガトロン。

 どうやらメガトロンとブラジオンなるディセプティコンはただならぬ間柄であるらしい。

 

「しかしさ、レイちゃん」

 

「何ですかフレンジーさん?」

 

「結構、スタイルいいんだね」

 

「……へ?」

 

 フレンジーの突然の言葉に、レイは面食らう。

 今レイが身に着けているのはライダースーツのような強化服だ。体に密着しているそれのおかげで体の線がハッキリ出ている。

 普段の服では分かりづらいが、彼女は胸こそ小振りだが中々にスタイルが良かった。

 

「ッ!? ななな、何を言ってるんですか!」

 

 遅ればせながら言葉の意味に気付き、レイは顔を赤くして自分の両肩を抱く。

 

「ああ、変な意味じゃないよ。ただ着やせすんだなあって……」

 

「それでも! 女性にいきなりそんなこと言っちゃいけません!」

 

 言い合うフレンジーとレイだが、それをメガトロンが止めた。

 

「ええい、やかましいわ! ヒトが話しをしている横でギャーギャーと喚くでない!!」

 

「「す、すいません……」」

 

 破壊大帝の怒りの声に、慌てて謝る二人。

 そうこうしている内に目的の階に到着したらしい。

 メガトロンはサンダークラッカーに声をかけることなくエレベーターを降りていき、フレンジーとレイも続く。

 

「あ、あの、メガトロン様!」

 

 しかし、サンダークラッカーは勇気を振り絞って問いを発した。

 

「す、スタースクリームは、無事でしょうか!?」

 

「……奴なら無事だ。今頃ニューリーダー風を吹かせていることだろうよ」

 

 感情のないその答えに、サンダークラッカーは安堵の排気を吐く。

 

「ああ、良かった……。スカイワープも安心します」

 

 メガトロンが一つ鼻を鳴らすような音を出すと、スカイワープの乗ったエレベーターの扉は閉まるのだった。

 

  *  *  *

 

 コルキュラーの最上階に存在する司令室。

 そこはゲイムギョウ界に存在するディセプティコンの秘密基地の司令部によく似た構造をしていた。いや、ゲイムギョウ界のほうがこちらに似せたのだろう。

 その奥にある本来なら破壊大帝が座るのだろう玉座の前に、一体のディセプティコンが立っていた。

 緑とオレンジのカラーリングをしていて、腰に長刀と脇差を差し全体的な印象は鎧武者のようだが、その顔と胴体は人間の髑髏のように見える。

 

「ブラジオン!」

 

 と、司令部の扉が開き灰銀の巨体が入室してきた。もちろん破壊大帝メガトロンである。

 髑髏顔のディセプティコン、ブラジオンはゆったりとそちらを向いた。

 

「これはこれはメガトロン様。ご無事なようで何より」

 

「下らん世辞はよいわ! それよりもブラジオン、貴様に聞きたいことがある!」

 

 あらゆる者が震えあがるメガトロンの鋭い視線にもブラジオンは動じない。

 

「はて、何でしょうか?」

 

「とぼけるな。なぜオートボットに総攻撃をかけない?」

 

 地獄から響くような重低音の声にもブラジオンは表情を変えずに答えた。

 

「彼奴らは地下に潜り、我らの索敵をかわしております。大局的に見て、我らの勝利は確定的なれば、無駄に戦力を割くことはないと……」

 

「もっともらしい答えだな。……だが、それだけではあるまい」

 

 ブラジオンの真意を探るようにメガトロンはさらに声を低くする。

 しばらく黙って睨み合うメガトロンとブラジオン。

 メガトロンの足元ではレイが所在なさげに立ちすくみ、フレンジーは腕を組んでブラジオンを睨む。

 しばらく沈黙していたブラジオンだが、やがてヤレヤレとばかりに口を開いた。

 

「……分かりました、お答えしましょう。此度のことは、『あの方』のご命令にございます」

 

「あの方? ……ッ! 師か……!」

 

 合点がいったメガトロンであったが、その顔はさらに不機嫌そうに歪む。

 ブラジオンは澄ました顔で言葉を続けた。

 

「はい。あの方からの私への直接のご命令があったのです。来る大事に備え、戦力を温存せよと」

 

 ギリリと歯を軋ませるメガトロン。

 ディセプティコンにおいて、破壊大帝メガトロンの命令より優先されるべきことなどない。

 唯一、『かの存在』の言葉を除いて。

 そしてブラジオンは一介のディセプティコンではない。

 『かの存在』に師事し、その言葉を代弁する使徒なのだ。

 しばらくブラジオンを睨みつけていたメガトロンだが、やがて低い声を出した。

 

「……ならば、よいわ。それより俺はこれからクリスタルシティを目指す。そのための軍勢を編成しろ」

 

「と、申されますと?」

 

「決まっておる。スペースブリッジがあるとすれば、あそこしかないからな。……それに気付かぬオプティマスでもあるまい」

 

 冷静な判断を下すメガトロンに、ブラジオンは内心で感心する。

 この即断即決っぷりは間違いなく、破壊大帝のカリスマの一助を担っているのだろう。

 

「は、では手配しましょう。それまでメガトロン様とそちらの……」

 

 そこでブラジオンは所在なさげに立つレイを見た。

 

「ご婦人も、ごゆるりと」

 

 それだけ言うと、ブラジオンは司令室から出て行った。

 

「……フン!」

 

 一つ鼻を鳴らしたメガトロンは、司令席にドッカリと座りこむ。

 取りあえずこれでゲイムギョウ界に戻る目途は立った。

 

「あの、メガトロン様、一つ質問があるんですが、よろしいでしょうか?」

 

 と、これまで黙っていたレイが、怖い教師に質問する生徒のようにオズオズと手を挙げた。

 メガトロンはジロリとレイを見る。

 

「何だ?」

 

「……メガトロン様、あなたは何のために戦っているんですか?」

 

 真面目な声色で発せられたその問いに、フレンジーは元々丸いオプティックをさらに丸くし、メガトロンはホウッと感心したように排気した。

 

「レイちゃん? 何を言って……」

 

「よい。続けよ」

 

 レイの言葉の意図が分からずたずねようとするフレンジーをメガトロンが制し、レイに先を促した。

 一つ頷いてから、レイは言葉を出す。

 

「実際に見て分かりました。この星がこんなになるまで戦い続けて、他の世界に来てまでまだ戦うなんて、私には理解できません」

 

 大地は残らず廃墟と化し、空は濁って、生命は死に絶えかけている。

 それでも戦う理由とは?

 

「あなたは前に言いましたよね? 自分が戦うのは運命を変えるためだって。でも、ここまでして変えたい運命って何なんですか?」

 

 レイの非難がましい物言いにフレンジーは戦慄する。ここまで言って、無事で済むはずがない!

 

「ククク……、小娘が、いっちょ前の口をききよるわ」

 

 しかしメガトロンは楽しそうな笑みを崩さなかった。

 

「しかし、なぜそんなことを問う?」

 

 レイの疑問には答えず、問い返すメガトロン。

 はぐらかされたことは分かっていたが、それでもレイは答えた。

 

「……私には、記憶がありません」

 

「ああ、そうだったな」

 

 以前、ドクターに検査された時から分かっていた。レイの記憶には不自然な欠落がある。

 淡々とレイは続ける。

 

「女神は憎いけど、その理由は分からない。今があって過去がない。子供のころの記憶も、両親の顔も、故郷がどこかも分からない。つまり、私には『中身』がないんです」

 

 それが、レイに言い知れぬ虚無感をもたらしている。

 今回のことの発端であるストーンサークルにレイが同行したのも、彼女の記憶……『中身』を見つけることができるかもしれないと考えたからだ。

 

「だから知りたいんです。あなたの中身を……」

 

 そう言って、レイはジッと破壊大帝の顔を見据える。

 ここに至ってようやく、メガトロンは眉根を吊り上げた。

 

「愚か者め。貴様如きに俺の中身が分かってたまるものか」

 

 あらゆる理解と共感を跳ね除け、メガトロンは傲然と言ってのけた。

 しばらくの間、二人は睨み合っていた。フレンジーはハラハラとそれを見守っている。

 やがて先に息を吐いたのはメガトロンだった。

 

「フン! 無駄な時間を喰ったわ!」

 

 この話はこれで終わりとばかりにメガトロンはレイから顔を逸らし、空中に無数のディスプレイを呼び出して情報の収集を始める。

 

「何だか疲れましたね……」

 

 これはもう何を言っても無駄だと悟ったレイは、ハアッと息を吐く。

 サイバトロン(こちら)に来てから休む暇がなかった。

 ここのディセプティコンたちは、ゲイムギョウ界にいる者たちと違ってレイを下等なムシケラとしか見ていない。

 空腹や喉の渇きは『なぜか』感じないが、精神的な疲労が半端ではない。

 

「まあ、ここにいりゃ安心だと思うぜ。さっきメガトロン様が俺の物宣言してたしな!」

 

「うう、ついに物扱い……」

 

 フレンジーの陽気な声に、少し涙ぐむレイ。

 いや、『俺の物』って所に反応しようぜ……、と内心呆れるフレンジー。

 

「まあどうせ、クリスタルシティに出撃するまでは時間があるし、ゆっくり休みなよ」

 

「はい、それじゃあ……、ふああ……」

 

 よほど疲れていたのか、欠伸をするレイ。

 空腹などは感じずとも眠気は感じるらしく、そのまま適当な所に寝転ぶと、すぐに寝息を立てはじめた。

 

「あらら、こんなトコで寝ちゃって……。まったく、図太いやら鈍いやら……」

 

 フレンジーは呆れつつも優しい声色で言って、拾っておいた外套をかけてやる。

 そして、メガトロンのほうを向く。

 

「それでですね、メガトロン様」

 

 その声色はいつになく真面目だった。

 

「そろそろ教えちゃくれませんか? ……レイちゃんは何者なんです?」

 

「何の話だ?」

 

「とぼけないでくださいよ。この星の空気は有機生命体には有害なはず、なのにレイちゃんは普通に呼吸してる。それだけじゃない、言葉だって普通に通じてる。これで、タダの有機生命体だってほうが無理がありますぜ」

 

 ジッと、メガトロンを見上げるフレンジー。

 だが破壊大帝は意にも介さない。

 それどころか面白い物を見たという顔で小ディセプティコンを見下ろす。

 

「ほぉ~う? この俺に詰問とは、随分と偉くなったものだな?」

 

「ッ! も、申し訳ございません! そんなつもりは……」

 

 どうやら首を突っ込み過ぎたと慌てて頭を下げるフレンジー。

 しかしメガトロンに不機嫌な様子はない。

 

「まあ、良かろう。少しだけ教えてやる。こやつはな、『拾い物』よ」

 

「ひ、拾い物?」

 

 主君の言葉の意味が分からず、フレンジーは首を傾げた。

 メガトロンはニヤリと笑った。

 

「そうだ。労せずして我が手の中に飛び込んできた、俺の目的に必要不可欠な欠片(ピース)。それがレイと言うわけだ。……もっとも、俺の期待通りの働きをするかは、まだ分からんがな」

 

 つまり、期待に添わなければレイの命は……。

 

「安心せい。すでにある程度の役には立っておるからな。今更捨てもせんわ」

 

 不安げなフレンジーに、メガトロンは笑って言った。

 エネルゴンも凍結するような笑みだったが、言葉の内容はフレンジーを安堵させた。

 

「少しは安心したか?」

 

「ええ、まあ。……レイちゃんに何かあったら、雛たちが泣きますから」

 

 気が付けば、雛たちは随分とレイに懐いている。

 いずれはディセプティコン軍団の一翼を担うべき次世代が有機生命体に懐くなど許されるのかという疑問はあるが、フレンジーとしてはレイがいてくれてよかったと思っている。

 この弱気な有機生命体のおかげで、幼体たちは楽しく暮らしているのだ。

 

「まあ、よいわ。おまえも休め。準備ができしだいの出立だからな」

 

 話しを打ち切り、メガトロンは情報収集を再開する。

 ディスプレイに浮かび上がる無数の情報を速読しているメガトロンは、もうフレンジーと眠れるレイへの興味を失ったらしかった。

 

「……まあさ、レイちゃん」

 

 フレンジーは寝息を立てるレイに、メガトロンに聞こえないように声をかけた。

 

「俺はさ、正直レイちゃんが何者かなんて、割とどうでもいいんだよ」

 

 その声色はディセプティコンらしからぬ優しいものだった。

 

「レイちゃんといっしょに雛たちを育ててるとさ、何か楽しいんだ。ボーンクラッシャーの奴も楽しんでるし、バリケードも口には出さないけどレイちゃんのこと、相当気に入ってるぜ」

 

 フレンジーは表情のないはずの顔で器用に微笑んでみせる。

 

「だからさ。『自分の中身』ってやつが見つからなくても、俺らといっしょにいようぜ」

 

 気まぐれで冷酷なメガトロンだってオートボットに勝利した先の世界に、小さな有機生命体の居場所くらい、きっと用意してくれるだろうから。

 そこには多分、あの下っ端も無い胸を張って立っているだろう。

 オバハンとネズミは文句を言いつつ居座っているかもしれない。

 それは中々、楽しい想像だった。

 

 メガトロンの聴覚を持ってすれば、フレンジーの独り言を拾い上げるくらい簡単なことには、フレンジーは気付かなかった。

 




QTF、個人的に和製も好きですよ。

あとがきに代えてゲスト(?)解説。

サンダークラッカー
ご存じ、初代ジェットロンの一角。
実写ユニバースではスタスクの忠実な部下らしい。
最初はこの役は別のモブだったけど、書いててサンダークラッカーでいいやとなって急遽登場。
ちなみにジェッティコンというのは、ジェットロンを原語版風に言い換えた造語。

スィンドル、ドレッドウイング、ペイロード
ご存じコンバットロンの一員と爆撃参謀とロングハウルの色違い……ではなく。
実写初期の玩具からのキャラクターで、誰が呼んだか 無 念 三 兄 弟 !!
そもそもはスィンドルの箱裏の説明の『胸の砲塔』という文字が、『無念お砲塔』と誤記されたのが、妙に受けて彼のあだ名となってしまったのが始まり。
そして良く似た見た目のドレッドウイングとペイロードも一括りにされてしまったのである。
最初はこの役はオリキャラにやらせる予定だったけど、だったらこの三人でいいかと考え直して急遽登場。

ブラジオン
元々はプリテンダーの一人で、骸骨武者のアウターシェル(外殻)を被った戦車に変形するデストロンという、よう分からんキャラ。アニメ未登場。
なぜかアメコミでは優遇され、一時期はメガトロンに代わってデストロンを支配していたりした。
リベンジ期に出た彼の玩具は傑作で、それゆえに何度も何度もリカラー&リデコされている。
上記の面々と違い、最初から登場が決まっていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 サイバトロンを往く

あるいは、アルファトライオンかく語りき。

……知人に息抜きにFateの二次やってみたいって言ったら、「そっちのほうを連載したら?」と言われました。


 時は流れて、オプティマス一行の出立の時刻。

 アイアコン地下基地の出口は、彼らを見送る者たちでごった返していた。

 

「それでは皆、達者でな」

 

「オプティマス、本当に行ってしまうのですか?」

 

 オートボットの一人が別れを告げるオプティマスに名残惜しげに問う。他の者たちも口には出さないが似たような顔だった。

 

「ああ、私の使命を果たさなければ」

 

 しかしオプティマスは決断的に言った。

 渋々ながら、オートボットたちは頷く。

 彼らを安心させるように、オプティマスは薄く微笑んだ。

 

「大丈夫だ。我々は必ずオールスパークを見つけて戻ってくる。それまでは皆、この星を護っていてくれ」

 

 横でその言葉を聞いたネプテューヌは一瞬だけ複雑な表情になったが、すぐに元の顔に戻った。

 一方、アイアンハイドとクロミア、ノワールも別れを惜しんでいた。

 

「それじゃあ元気でね、ノワール。今度はそのユニって娘も連れていらっしゃい」

 

「うん。あなたも元気でね、クロミア」

 

 笑い合うクロミアとノワール。黒の女神の横に立つアイアンハイドは、ニヤリと笑ってみせた。

 

「おいおい、俺の心配はなしかよ」

 

「アンタの心配なんかしてもしょうがないでしょ。……まあ武運なら祈っといてあげるわ」

 

「ありがとよ」

 

 気の置けない会話を楽しむ恋人たちを見て、ノワールは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。

 

「ジャズ……、行っちゃうの……」

 

「そんな~、私のことを愛してるって言ってくれたじゃな~い」

 

「悪いなみんな! ゲイムギョウ界にも俺を好きだっていう女の子がいてね!」

 

 ジャズはファイヤースターとムーンレーサーを中心としたウーマンオートボットに囲まれていた。

 オートボットの副官は基本的に女性と遊ぶのが大好きである。

 彼女たちがくれる声援は、ジャズを戦場のストレスから救い上げてくれる。

 しかしジャズは本気で女性たちを愛しているわけではなく、女性たちのほうも本気でジャズに惚れているわけではない。

 これは言ってしまえばゲームなのだ。

 ストレス解消のための、面白くてスリルのあるゲーム。

 デメリットは女誑しと言う、甚だ身に覚えのない呼び名で呼ばれるくらいだろうか。

 しかしそれを気にするジャズではない。

 他者のやっかみや僻みでさえも、ユーモアの種にするのがジャズ流だ。

 

 しかし、ある意味に置いてジャズは恋愛の恐ろしさを知らなかったと言える。

 

 特に、嫉妬に燃える女の恐ろしさを。

 

 ヒュンと何かが空気を切り裂いて、ジャズの鼻先をかすめて飛んでいった。

 視線だけでそれが飛んで行った先を見ると、壁に何か長い物が刺さっていた。

 

 槍だ。

 

 ジャズも周りの女性たちも凍りついた。

 笑顔を張り付けたまま、ギギギと比喩でなく首を軋ませながら槍が刺さっている壁と反対側、つまり槍が飛んで来た方向を見るジャズ。

 そこには案の定、槍の持ち主であるベールが立っていた。

 笑顔である。

 満面の笑みである。

 しかし、瞳に光がない。

 所謂レ○プ目である。

 ジャズは全身のエネルゴンと潤滑油が冷えていくのを感じた。

 

「べ、ベール……。どうしたんだい?」

 

 それでもにこやかにたずねるジャズ。

 ベールは素晴らしい笑顔を浮かべたまま答える。

 

「ジャズ。わたくし、あなたが女性を口説く趣味には、今まで目をつむってまいりました」

 

 言葉を紡ぎながら、ベールは手の中に槍を再構成する。

 

「でも、今回は、今回ばかりは許せそうにありません」

 

 人間相手なら笑って見ていられたが、同じトランスフォーマーの女性と仲良くしているのを見ると、ベールの中に得体の知れない感情が湧きあがってきた。

 

「わたくし、驚いていましてよ。……自分の嫉妬深さに」

 

 笑顔のまま槍を手にジャズに向かってゆっくり歩いてくるベール。

 その迫力にウーマンオートボットたちは蜘蛛の子を散らすように退いていく。

 ジャズは分子凍結ガスを浴びたかのように動くことができない。

 

「べ、ベール! 落ち着くんだ! 話し合おう!」

 

「うふふふ」

 

「え!? あ、ちょっ……うわああああ!!」

 

 何が起こっているのかは、あえてお見せすることはできない。

 確かなのはこれ以降、ジャズが女性を口説くことが減ったということだけだ。

 

「……理解しがたい」

 

 副官の惨状をドリフトが白いオプティックで眺めていた。

 

「…………」

 

「……ミラージュ、あなたは誰かとお別れの挨拶をしなくていいの?」

 

「必要ない」

 

 ブランの問いに、仲間たちの輪から少し離れて一人立つミラージュはそっけなく答えた。

 すると脇からクロスヘアーズが顔を出した。

 

「まったく、おまえは一人が好きだからな。ええおい?」

 

 小馬鹿にするような声色のクロスヘアーズだが、ミラージュは何も答えない。

 しかし、ブランは違った。

 

「……そう言うあなたも、別れを惜しむヒトはいないみたいね」

 

 グッと言葉に詰まるクロスヘアーズ。

 別に彼がボッチなわけではなく、今はオプティマスとの別れを優先しているだけなのだが、そう言われると傷つくのがロボ情である。

 クロスヘアーズからは見えないが、ミラージュは少しだけ笑みを浮かべていた。

 

「さて皆の者、別れを惜しむのはそれぐらいにして出かけるとしよう。先は長いのだから」

 

 一同を見守っていたアルファトライオンが声を発する。

 オプティマスは一つ頷き、一同に号令をかけた。

 

「では、オートボット出発だ! 目指すはクリスタルシティだ!」

 

  *  *  *

 

 かくして、アイアコンを出発したオプティマス一行。

 しかし地上を行くとディセプティコンの偵察部隊に発見される可能性が高いため、地下を進むことになった。

 暗い地下道をオートボットたちに搭載された証明を頼りに進んでいく。

 

「しかし、コソコソ隠れて進むなんて性に合わないわね」

 

「まあそう言うな。無駄な戦いをさけるのも戦いの内さ」

 

 ノワールが思わず愚痴を言い、アイアンハイドがそれを諌める。

 最近のラステイションでは比較的よく見る光景だ。

 

「おいおいアイアンハイド。こんなお嬢ちゃんが本当に頼りになるのか?」

 

 茶化すような調子で、アイアンハイドの隣を歩くハウンドが質問した。

 彼からしてみれば、この小さな有機生命体にディセプティコンと戦えるだけの力はあるようには思えない。

 

「ハウンド。こんなお嬢ちゃんはだな、ブラックアウトに一泡吹かせ、ミックスマスターをぶっ飛ばしたりしてんだよ。頼りにするにゃ、十分な戦績だと思うぜ」

 

「……マジか?」

 

「大マジだ」

 

 アイアンハイドの口から出た戦果に、ハウンドがオプティックを丸くする。

 対してノワールは照れくさそうな顔になった。

 

「アイアンハイドが助けてくれたからだけどね。それに今は変身できないから、あんまり頼りにならないと思うし……」

 

「その分は俺とコイツで戦うさ」

 

 力強く笑うアイアンハイド。

 そんな二人を見てハウンドは、弟子どもに対するのとはずいぶんと態度が違うな、などと考えていた。

 

「それで、わたくしたちはどこに向かっていますの?」

 

 ベールが隣を歩く若干傷だらけのジャズに問う。

 するとジャズは快活に笑って見せた。

 

「水路さ。このサイバトロン中を有機生命体で言う所の血管のように走っている液体の流れる管。その中を通っていけば、かなりの距離を短時間で移動できる」

 

「泳いで、ですか?」

 

「まさか! 定期検査用の潜水艇があるから、それに乗るのさ!」

 

 先頭のオプティマスの隣を歩くアルファトライオンも頷く。

 

「うむ、いざという時はこの経路を通って地下基地の非戦闘員を逃す手はずになっておるのだ」

 

「危険には、備えてなんぼ、留意せよ」

 

 その言葉を受けて、近くにいたドリフトが謎の言葉を吐いた。

 意味が分からず、ベールが怪訝そうな顔をする。

 

「それは?」

 

「ハイクだ」

 

 ドリフトの答えに目を丸くするベール。

 そうこうしている内に開けた場所に出た。

 広大な四角い空間で中央には大きな穴があり液体で満たされていた。液体は不思議と淡く発光している。

 そしてそこには流線型の乗り物らしき物体が浮いていた。

 オプティマスが一同に聞こえるように説明する。

 

「あれが潜水艇だ。ここと同じような場所はいくつかあって、そこにも潜水艇が停泊している」

 

「へえー。ネプギアがいたら喜んだろうなー……」

 

 ここにはいない妹を想い、少しだけシンミリした様子になるネプテューヌ。

 それを見たオプティマスは、彼女たちをゲイムギョウ界に送り返す決意を固めるのだった。

 

  *  *  *

 

「わー! すごーい! きれーい!」

 

 潜水艇の窓から外を見てネプテューヌははしゃぐ。

 一同を乗せた潜水艇は自動操縦で水路の中を進んでいた。

 水路は巨大なパイプになっていて、淡く発光する不思議な液体が流れていた。

 驚くべきは液体の中を泳ぐ影がいることだ。それらは魚介類によく似た金属生命体だ。

 死にゆく星の中で、ここはまだ『生きて』いた。

 

「この水路を流れる液体には微量ながらエネルゴンが含まれておる。そのおかげでここの生態系は未だ破壊されずにいるのだ」

 

 奥の席に腰かけたアルファトライオンが女神たちに説明する。

 

「この星にも地下深くにはまだエネルゴンが残されており、ゆえにあらゆる生命は地下深くに潜っておる。生きようとするために活路を見出す。生命の本質じゃな」

 

 含蓄のある言葉に、女神たちは頷く。

 ベールの近くにいるジャズもしたり顔で頷く。

 

「ああ、神秘的だな。ついで二人きりならいいデートコースになると思わないかいベール?」

 

「そうですわねジャズ。でもそれは次の機会に……」

 

「下らん!」

 

 二人の会話をさえぎって、ドリフトが苛立たしげな声を上げた。

 

「貴様、前々から思っていたが、センセイの副官でありながらその軽薄な態度! 正直鼻につく!」

 

「そうかい。生憎と俺はおまえに好かれたいわけじゃないんでね」

 

 顔を歪めるドリフトに、余裕綽々といった態度のジャズ。

 

「貴様には軍人としての自覚が足りん」

 

「前にも言ったっけ? 固い奴ばかりじゃ上手くいかないのさ」

 

「ふん! やはり有機生命体なんぞとつるむようなのは駄目だな」

 

「おうおう差別的だねえ。やっぱり生まれ持った価値観は変えられないかな?」

 

「……貴様。言ってはならないことを言ってしまったな」

 

 ゆっくりと、背中の刀に手を伸ばすドリフト。

 ジャズは薄く笑いながらもバイザーの下のオプティックを鋭く細め、腕をテレスコーピングソードに変形させる。

 彼は彼で、遠回しに女神たちを馬鹿にされて怒りを感じているらしい。

 

 さて、そんな二人を見たベールはと言うと……。

 

「オプティマスを取り合う二人の男。オプ×ジャズ、オプ×ドリの三角関係……いえいっそジャズ×ドリで。その場合きっとジャズが攻めですわね」

 

 何か、眩しい笑顔でよく分からないことを言っていた。

 雰囲気ブレイカーってレベルじゃない。

 ドリフトとジャズは何とも言えない顔になった。

 

「…………この女人はいったい、何を言っているのだ?」

 

「聞かないほうがいいぜ。世の中には知らないほうがいいこともある」

 

 何だか毒気を抜かれてしまったジャズは、剣を収めた。

 

「まあ、今回は助かったかな? こんなとこでドンパチやらかすのもどうかと思うし」

 

「……貴様はなぜ、このような女人を傍に置くのだ?」

 

 怪訝そうな顔で、ドリフトはジャズにたずねた。

 見た感じジャズに輪をかけていい加減と言うか何と言うか……。

 対するジャズは快活に笑った。

 

「そりゃあ、ベールは良い女だからな。欠点もあるが、そこがいい。それと俺が彼女を傍に置いてるんじゃない。俺が好きで彼女の傍にいるのさ」

 

 ドリフトはそんなジャズを見て、吐き捨てるように言った。

 

「理解できん」

 

  *  *  *

 

 潜水艇の航行すること半日。

 その間、シャークティコンなるサメのような金属生命体に襲われたりもしたけれど、とりあえず目的地に着いた。

 

 出発した時と同じような場所に浮上した潜水艇から降りたネプテューヌは、オプティマスにたずねる。

 

「ここがクリスタルシティ?」

 

「いや、まだ中間地点だ」

 

「ええ~」

 

 その答えにネプテューヌは少しガッカリしてしまう。

 そんな彼女に、オプティマスは優しく語りかける。

 

「少しだけ歩こう。そうしたら、少し楽になるはずだ」

 

「うん! オプっちが言うなら頑張るよ!」

 

 明るく返事をするネプテューヌを見て、オプティマスも相好を崩す。

 

「ではオートボット、改めて出発だ!」

 

 オプティマスの号令に一同は動き出す。

 アイアコンを出発したころとあまり変わり映えしない光景をしばらく進むと、広い通路に出た。

 

「これはカプセルトレインの線路だ」

 

「カプセルトレイン?」

 

「ああ。カプセルトレインというのは、その名の通りカプセル状の列車に乗ってサイバトロン中に張り巡らされたトンネルの中を旅する、サイバトロンではポピュラーな移動手段だ」

 

「おおー! 列車に乗れるんだ! これで楽できるねー!」

 

 喜びの声を上げるネプテューヌ。

 楽できると思った途端これである。

 しかし、そう楽にはいかないのが世の常だ。

 

「いや、残念ながらカプセルトレインは運転を停止している」

 

「ええー!?」

 

 首を横に振るオプティマスに、ネプテューヌは残念そうな声を上げる。

 

「例え動いていたとしても、カプセルトレインは音速を超えて走る。ネプテューヌたちには体の負担が大き過ぎるな」

 

 オプティマスの説明に女神たちは渋い顔になった。

 彼女たちの肉体は頑丈だが、変身していない状態で音速を超えるのは確かにキツイ。

 しかし、そうなるとなぜここに来たのか?

 その疑問に答えたのは、オプティマスの隣に立つアルファトライオンだった。

 

「しかし、その線路網を通って行けばクリスタルシティに辿り着ける。それにこの広さなら……」

 

 そこまで老歴史学者が言ったところで、オプティマスがビークルモードに変形する。

 

「ビークルモードで走ることができる、という訳だ」

 

「おおー! なるほどー!」

 

  *  *  *

 

 かつてはカプセル状の車両を連ねた列車の走っていたトンネルを、今は計七台の自動車が走っていた。

 先頭を行くのは、やはり赤と青のファイヤーパターンが特徴的なトレーラートラックだ。

 だがその荷台部分には、痩身の老トランスフォーマーが乗っかっていた。

 煙突マフラーを両手で掴み、器用にバランスを取っている。

 

「すまんな、オプティマス。儂は変形能力を持っておらんでな」

 

「気にしないでください。たまの親孝行です」

 

 オプティマスの答えに、アルファトライオンは微笑む。

 

「わたし、トランスフォーマーってみんな変形できるんだと思ってたよ」

 

「儂は随分と古い型でな。動いているのが不思議なくらいじゃよ」

 

 運転席に座るネプテューヌの疑問に、アルファトライオンは丁寧に答える。

 

「時にお嬢さん。オプティマスが何か迷惑をかけていないかな? この子は昔からズレた所があってな」

 

「アルファトライオン!」

 

「本当のことじゃろう? 幼いころ、『妖精さんと約束した!』と言い出して剣を習いたがって儂を困らせたこと、忘れたとは言わせんぞ」

 

「あ、あれは……、お、幼いころにはよくあることでしょう!」

 

 親子らしい気の置けない会話を繰り広げるオートボットの総司令官と老歴史学者。

 それを聞いて笑顔を浮かべるネプテューヌだが、同時に胸の内にこんな考えが浮かんでいた。

 

 ――ああ、わたしオプっちのこと、何にも知らないんだ……。

 

 と。

 

「他にもだな。この子はプレダコンという古代生物が大好きでな。いつか背中に乗せてもらいたいと……」

 

「アルファトライオン。もう勘弁してください……」

 

 赤裸々に語られる己の過去に、オプティマスは恥ずかしげだ。

 

「まだまだ他にも……、むッ!」

 

 と、アルファトライオンが何かに気付いた。

 オプティマスをはじめとする一団も急停止する。

 

「どうしたの?」

 

「道が塞がっている。どうやら落盤があったようだな」

 

 何事かとネプテューヌが聞くと、難しい声でオプティマスが答えた。

 その言葉の通り、トンネルの天井が落ちていて先に進めそうにない。

 

「しかし、これぐらいは予想通り。少し迂回すれば問題ない」

 

「なんだろー。変なフラグがたったような……」

 

 自信満々のオプティマスに、妙な予感を感じるネプテューヌ。

 そしてそれは彼の義父も同じだったらしい。

 

「おまえは自信満々な時ほどポカをやらかすというジンクスがあるのだから、慎重にいけよ」

 

「大丈夫ですよ、アルファトライオン。さすがに今回はそういうことは……」

 

 次の瞬間。

 ビークルモードのオートボットたちの乗った床が抜けた。

 

「ほわああああ!?」

 

「ああやっぱりぃいい! っていうかフラグ回収はやぁあああ!!」

 

「ああ……、お主は昔からよく高い所から落ちる子じゃったの……」

 

 一同は割と呑気に、暗闇に落ちていくのだった。

 

  *  *  *

 

「う、ううん……」

 

 次にネプテューヌが目を覚ますと、そこはずいぶんと暗い所だった。

 

「ネプテューヌ! 大丈夫か!」

 

 目の前にはオプティマスの顔があった。

 金属のパーツで構成されているのに、とても表情豊かな顔。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 返事をすると、その顔が安心したように緩む。

 

「良かった……。他の皆も無事か!」

 

 オプティマスは立ち上がって皆に声をかけて回る。

 

「こっちは大丈夫よ……。毎回のことながら唐突ね……」

 

「イテテ……。少しバランサーの調子がおかしいが、まあ問題はねえな」

 

 ノワールとアイアンハイドの声が聞こえた。

 

「……こっちも大丈夫」

 

「問題ない」

 

 短くブランとミラージュが返事をした。

 

「とりあえず無事、ですわ」

 

「同じく。しかし随分な構造上の欠陥だな」

 

 どうやらベールとジャズも無事なようだ。

 

「俺らも無事だぜ!」

 

「大事ありませぬ」

 

「まったくツイてねえ! ツイてねえ!!」

 

 ハウンドたちの声も聞こえてきた。

 

「アルファトライオン! ご無事ですか!? アルファトライオン!!」

 

「無事じゃ。そう騒ぐでない」

 

 冷静な声を出す老歴史学者。

 オプティマスがホッと息を吐くのが暗闇でも分かった。

 

「さて、我々はどこに落ちたか……、それが問題じゃな」

 

 アルファトライオンは平静に言うと、近くの瓦礫の欠片を拾い上げる。

 

「この構造物の構成、そして壁のレリーフの様式から見て、ここは第3期の層じゃな。このサイバトロンは上へ上と増築を繰り返し、地盤が積み重なって層状になっておるのじゃ」

 

 後半は女神たちへの説明も兼ねていることにネプテューヌが気付くのに、少しかかった。

 

「ここからは儂が先に立って案内しよう。この時代の儂は今より若く頑強で、星の上を歩き回っておった」

 

 そう言うとアルファトライオンはどこからか長杖を取り出し、それを突いて歩き出した。

 迷うことなくオプティマスがそれを追い、女神とオートボットは顔を見合わせて歩き出すのだった。

 

  *  *  *

 

 第3期なる時代の光景は、上層とはだいぶ異なっていた。

 巨大なブロックを積み重ねた建物が立ち並び、あちこちにトランスフォーマーの顔を模した飾りが施されている。

 高層建築はそのまま巨大な柱となって上層を支えていた。

 その光景に誰よりも心惹かれているのは、他ならぬオプティマス・プライムであることは明らかだった。彼は興味深げに遺跡群を眺めている。

 

「このあたりは、往時には大きな市であったのだ。ここで取引されておったのはこの星より生み出された物だけではない。数々の異星よりもたらされた物も売り買いされておったのじゃよ」

 

「なるほど、その時代といえば俗に『大航宙時代』と呼ばれていましたね」

 

 年齢を感じさせないしっかりとした歩みで進みながら説明するアルファトライオンと、興奮した様子でしきりに頷いているオプティマス。

 歴史家二人の会話に、他のメンバーはついていけてない。

 

 ――こういうオプっちって、見るの初めてだな……。

 

 そしてネプテューヌは、オプティマスの見せる色々な一面に驚いていた。

 当然ではある。彼と組むようになってそれなりに経つが彼の過ごしてきた時間から見れば、瞬く間だ。

 

 ――もっと知りたい。彼のことが……。

 

 あのよく分からない感情と共に、そんな考えが頭をよぎった。

 

 ――ああ、まただ……。

 

 余計な事なんか考えなくてもいいのに。

 いらない感情なんか忘れたいのに。

 

「さて諸君」

 

 と、建物の間の広場に出たところで、先頭を行くアルファトライオンが振り返った。

 

「まだまだ先は長いが、今日はここらで休むとしよう」

 

「どうしてだよ? 俺らはまだまだ動けるぜ」

 

 クロスヘアーズが文句を言い、ドリフトも頷く。

 

「たわけ。儂らはよくとも女神様がたが疲れておる。少しは周りのことも考えい」

 

 アルファトライオンの一喝に、クロスヘアーズとドリフトは渋々従う。

 老歴史学者はオプティマスに視線をやる。

 それを受けて、オプティマスは一同に指示を出し始めた。

 

「よし。ではアイアンハイドとミラージュは近くを偵察。それからジャズは私について来てくれ。残りは、ここで女神たちの護衛だ」

 

「はあーッ!?」

 

 その指示にクロスヘアーズはあからさまに不満そうな声を出す。

 

「これは命令だ、クロスヘアーズ」

 

「グッ……、分かったよ……」

 

 厳しい顔と声のオプティマスに、クロスヘアーズも渋々ながら従う。

 

「さて、お嬢さんがたをただ待たせるのもナンじゃな。ここは一つ、儂が何か話しをするとしよう。何か聞きたいことはあるかな?」

 

 オプティマスを見送ると手頃な瓦礫に腰かけ笑顔で女神たちを見回すアルファトライオン。

 女神たちはどうしようか考える。

 彼には悪いが、この手の老人の話しは長い上に難しいと相場が決まっている。

 

「えっと……、それじゃあわたし、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 そこでネプテューヌがオズオズと手を挙げた。

 

「ネプテューヌ?」

 

 その彼女らしくない仕草に、ノワールが首を傾げる。

 どうもアイアコンを出発する前から様子がおかしい気がする。

 一方、アルファトライオンはベテランの教師のような笑みで先を促した。

 

「何かな?」

 

「あのさ、エリータ・ワンってヒトのことを聞きたいんだけど……」

 

 その瞬間、アルファトライオンの表情が厳しいものに変わった。

 

「……どこでその名を?」

 

「ちょっと、いろいろ……」

 

 これまた、らしくもなく言葉を濁すネプテューヌ。

 一瞬、アルファトライオンはドリフトたちのほうを睨むが、すぐにネプテューヌを見下ろした。

 

「……最初に言っておく。聞くと、辛くなるぞ」

 

 厳しい顔のまま、アルファトライオンは警告する。

 

「俺たちは席を外すぞ」

 

「ああ……」

 

「……ケッ!」

 

 ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズは場を離れていった。

 彼らなりに気を使ったらしい。

 

「私たちもいきましょう」

 

「そうね。このことはネプテューヌが聞くべきだわ」

 

「ええ」

 

 ノワール、ブラン、ベールもそれに続く。

 後にはネプテューヌとアラファトライオンだけが残された。

 再度、老歴史学者は問う。

 

「それでも聞くかね?」

 

 ネプテューヌは彼女らしくない真剣な表情で頷いた。

 

「……ならば話そう」

 

  *  *  *

 

 エリータ・ワンは先代プライムの弟子の一人だった。

 次期プライム候補という訳ではなかったが、よう可愛がられておった。先代プライムにも、兄弟子のメガトロンにもな。

 

 ……驚いたかね? 今は見る影もないがメガトロンもかつては理想に燃える青年であり、先代プライムの弟子だったのだ。

 

 彼女のことを語るなら、奴のことを外すわけにはいかんのだ。

 ある時のこと、先代プライムにもう一人弟子ができることになった。

 その者はまったく自分の意思に関係なく、遺伝情報にまつわる因縁と様々な偶然によって次期プライム候補に祭り上げられたのだ。

 

 そう、オプティマスのことじゃよ。

 

 しかし、儂は未だに思う、はたしてプライムの従者になったことが、あの子にとって幸せだったのか……。

 

 あの子は本来、繊細で心優しい穏やかな気質なのじゃ。多くの者はそのことに気付かず、あるいは目を逸らすがの。

 

 そのことに一番先に気付いたのが、メガトロンの奴であったのが今となっては皮肉でしかない。

 だからだろうな。オプティマスはメガトロンを兄のように慕っておった。

 

 間を置かずしてエリータはオプティマスと親友になった。

 

 彼女もまた賢く聡明な才女であり、オプティマスの内面に気付いたのじゃよ。

 それからじゃ、あの三人はよくいっしょにいるようになったのは。

 オプティマスは他の二人に引きずられていたと言うか、振り回されていたと言うか……。

 他の二人に比べると目立たない子だったな。

 とにかく、三人で共に学び、遊び、将来のことを語り合った。

 オプティマスはこの間に、他の仲間たちとも出会ったのじゃよ。

 

 ジャズ、アイアンハイド、ラチェット。かけがえのない仲間たちとな。

 

 思えばこの時こそがオプティマスにとっても、またサイバトロンにとっても最も輝かしい時代であった。

 だが、やがてその時が訪れた。

 

 先代プライムの後継者、すなわち次のプライムが選出されたのだ。

 

 選出は先代プライムと最高評議会の合議によって決定された。

 ヒトビトはメガトロンこそが次期プライムであろうと噂していた。

 彼はプライムに求められる資質を全て備えていたからだ。

 勇気、知恵、人望、そして素晴らしい実績、その全てをな。

 しかし、選ばれたのは知っての通りオプティマスじゃった。

 

 そしてメガトロンは姿を消した。

 

 彼が何を考えていたのかは分からん。

 だがオプティマスはそのことを随分苦にしてな。

 よく、自分がプライムに選ばれたのは間違いだったのではないかと吐露しておったよ。

 そんなあの子を支えたのがエリータじゃった。

 彼女の思いが友情から愛情に代わるのに、時間はいらんかった。

 

 問題は、オプティマスがそれに気付かなかったことじゃ……。

 

  *  *  *

 

「どうして? エリータはオプっちのこと、好きだったんでしょう?」

 

 思わず、ネプテューヌは口に出していた。

 アルファトライオンはどこか嘆息するように排気した。

 

「オプティマス、あの子はな、愛情と言う物を理解できていないのじゃ」

 

  *  *  *

 

 オプティマスはな。

 

 孤児なのじゃよ。

 

 それがあの子に孤独を強いておる。

 儂は儂なりにあの子に愛情を注いできたつもりじゃが、やはりあの子は孤独を感じていたようだ。

 時々、『妖精』と呼ぶ想像の友達と話したりしてな。

 じゃから、誰かを愛するということを真の意味では理解しとらん。

 

 ……話しを戻そう。

 

 やがて、その時がやって来た。

 

 メガトロンの反乱だ。

 

 後は話さずとも知っておろう。

 プライムに就任したオプティマスに率いられたオートボットと、メガトロンに従うディセプティコンとの戦争が始まった。

 その間もエリータはオプティマスを支えて戦い続けた。

 彼女の力の源は、オプティマスへの愛だった。何よりも強い真の愛じゃ。

 

 ……しかし、ある時のことだ。

 

 ある都市がディセプティコンに襲われ、エリータはその都市の防衛隊長だった。

 

 彼女は果敢に戦ったが力及ばず……。

 

  *  *  *

 

「そんな……」

 

 ネプテューヌは絶句した。絶句する他になかった。

 

「オプっちは、オプっちはエリータのことを、どう思っていたのかな?」

 

 何とか絞り出したのは、そんな言葉だった。

 最低だと、自分でも思っていた。

 

「あの子がエリータをどう思っていたのかは、あの子にしか分からん。だが、愛していたのではないかと思う。自分では気付かなかったのだろうがな」

 

 悲しげにアルファトライオンは話しを続ける。

 

「……儂が、『今』語るべきことはこれで全てじゃ。今度は儂から質問させておくれ」

 

 そう言ってアルファトライオンは厳しい顔でネプテューヌを見た。

 その鋭い視線は、探っているようにも試しているようにも見えた。

 

「君はオプティマスのことを、どう思っているのかね?」

 

「わたしは……」

 

 言葉に詰まるネプテューヌ。

 いったい自分はオプティマスのことをどう思っているのか?

 

「…………」

 

「すぐには答えを出さずとも、よい。しかし、いずれは答えを出さねばならない。……あの子の傍にいるには、覚悟が必要だから」

 

 諭すようにアルファトライオンは締めくくった。

 この星に来てからネプテューヌは痛感していた。オプティマスの背負う物はあまりにも重い。

 サイバトロンの未来、オートボットの命運、多くの兵士の命。

 そんな彼を献身的に支えたエリータ・ワンに対し、自分は彼の足を引っ張ってばかりで……。

 

 ――ああ、まただ。また胸が痛い……。

 

 痛みだけではなく、ドロリとした奇妙な感情も湧きあがってくる。

 苦しそうに顔を伏せるネプテューヌを見て、アルファトライオンは髭を撫でながら難しい顔をしていた。

 

「……それにしても、皆遅いな。偵察にしても、そろそろ戻ってくるころじゃが」

 

 ふと、呟くアルファトライオン。

 オプティマスたちが偵察に出てから、結構な時間がたつ。

 さっき席を外したハウンドたちやノワールたちも帰ってこない。

 

「何かあったのかな?」

 

 ネプテューヌも顔を上げる。

 今は話題がそれたことが少しだけ嬉しかった。

 

 そしてそれが答えを出すことからの逃げであることも、理解していた。

 

  *  *  *

 

 暗い暗い地下の底に、広い空間があった。

 ドーム状のそこには蝙蝠の鳴き声のような異様な音が響いている。

 生理的嫌悪感を呼び起こすその音は、絶えることなく鳴り続けていた。

 音の発生源は、天井に逆さ吊りになった一体のトランスフォーマーだった。

 肩から翼が生え、赤いバイザーでオプティックを覆った黒いトランスフォーマーで、この場に女神たちがいたなら蝙蝠に例えるであろう姿をしている。

 

「コウモリアマモリオリタタンデワイプ……、掘れ掘れ、掘り続けろ。このマインドワイプのために」

 

 不気味な呪文を唱えながら薄く嗤う、マインドワイプなるトランスフォーマー。

 ドームの床に当たる部分では、何人ものトランスフォーマーたちが何かを掘り返していた。

 その誰もが虚ろな目をしている。

 

 無表情で何かを掘り続けるオプティマス、アイアンハイド、ジャズ、ミラージュも含めて……。

 




今週のQTF。まさかキスぷれに触れるとは……。
後半はもう何も言うまい。
18歳未満で意味分かんない人は、もうしばらくそのままのあなたでいてください。

今回の小ネタ解説。

水路
元ネタなし(おい)
元はシャークティコンが襲ってくるシーンを入れる予定だったけど、間延びするのでボツに。

カプセルトレイン
初代他、各種作品で登場。
名が体を表しきっている。

層状構造のサイバトロン
ビーストウォーズリターンズより。
現文明に埋もれた旧文明をイボンコたちが目撃している。
この他、初代でも地下に昔の施設が埋まって(埋め込まれて)いる描写がある。

マインドワイプ
初出はヘッドマスター。
リベンジ期にリメイクされた。
詳しくは次回で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 地下鉱山

どうも、気候の変動やら仕事上のストレスやらで少し体調崩してました。



 オプティマスは土を掘り返しながら思考する。

 自分はなぜ土を掘っているのだろう?

 考えようとすると、キキキキ……という音がブレインサーキットを満たして何も考えられなくなる。

 

「おまえはシャベルだ、ツルハシだ、採掘道具なのだ」

 

 どこからかそんな声が聞こえてくる。

 ならば別にいいかとオプティマスは土を掘り続ける。

 こうしていると実に楽だ。

 苦悩、責任、過去、全て忘れられる。

 

 しかし、それでも消えない物がある。

 

 それは、紫の髪の少女の顔だった。

 

 マインドワイプはこの日、とても満足していた。

 なぜなら奴隷が増えたからだ。

 彼はブラジオンから、この地下鉱山を任されているディセプティコンで、死にゆくサイバトロンの地下深くから残り少ないエネルゴンを掘り出す任を帯びていた。

 他の奴らは左遷であると言うが、マインドワイプ自身はむしろこの仕事を気に入っていた。

 太陽光の当たらない地の底も彼の肌に合ったし、時には採掘したエネルゴンを僅かに自分の物にできる。

 だがそんなことよりも、マインドワイプの好きなことは、自分の発する催眠音波に操られたオートボットどもを死ぬまで働かせることなのだ。

 往時には精強を誇った戦士たちが、家畜のように酷使され使い捨てられていくのを見るのが好きなのだ。

 

「コウモリアマモリオリタタンデワイプ。……キキキキ、さあさあ働け奴隷たち。俺のためにエネルゴンを掘り出すのだ」

 

 地下鉱山でも最も広い区画の天井にぶら下がったマインドワイプは、不気味な呪文を唱えた。

 この呪文自体に催眠効果はないのだが、まあ気分である。

 それよりも新しく増えた奴隷のほうが重要だ。

 アイアンハイド、ジャズ、ミラージュ、そしてオプティマス・プライム。

 いずれも知らぬ者のいない英傑ばかりである。

 どういうわけか地下鉱山の近くをうろついていた彼らを、催眠音波で操るのは簡単だった。

 彼らをブラジオンに差し出せば、恩賞は計り知れない。

 

 しかし、差し出さない。

 

「おまえらはここで、誰にも顧みられることなく死んでいくのだ。キキキ……」

 

 地上では英雄、偉人と称えられる者たちが、ここでは自分の奴隷として酷使されのたれ死んでいく。

 それがマインドワイプの昏い悦びだった。

 

「キキキ! さあ掘れ、死ぬまで掘れ、死んでも掘れ! 消耗品として壊れていけ! キキキ……」

 

 耳障りな甲高い声を上げるマインドワイプ。

 ドームの底では、何体ものトランスフォーマーが地面を掘り返していた……。

 

 

  *  *  *

 

「どうやら、ここでタダならぬことが起こったようじゃの」

 

 地面を撫でながらアルファトライオンは呟いた。

 最初に休むと決めた場所から少し離れた場所。

 そこは一見すると他の場所と何も変わらない廃墟の一角に見える。

 しかし老いてなお鋭さを失わぬアルファトライオンのセンサーは、ここで争いがあったことを察していた。

 

「オプティマスとジャズは、ここで複数人に囲まれたようだ。足跡を見れば分かる」

 

 そこまで言って、老歴史学者は訝しげに髭を撫でる。

 

「しかし解せん。どうやら、二人は碌な抵抗もできないまま捕らえられたよじゃ。果たしてあの二人ほどの者に抵抗させない相手とはいったい……?」

 

「あの、それよりもみんなの行先が分かったんなら、そこへ行こうよ」

 

 と、横でアルファトライオンの言葉を聞いていたネプテューヌが声を出した。

 元々彼女は深く考えるより先にまず行動するタイプなのだ。

 彼女の言葉に、老歴史学者は難しい顔をする。

 

「さてな。あの二人が囚われるほどの相手だ。慎重にいくに越したことはない……む!」

 

 何かの気配を感じたらしく、急に厳しい顔で振り向くアルファトライオン。

 その視線の先には、こちらに近づいてくるいくつかの影があった。

 

「敵!?」

 

「いや、違うの」

 

 刀を取り出したネプテューヌを、アルファトライオンがやんわりと制する。

 果たして現れたのは、ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズの三人だった。その足元にはノワール、ブラン、ベールもいる。

 

「おおー! みんな無事だったんだねー!」

 

「なんとかね」

 

 ネプテューヌが嬉しそうな声を出すと、ノワールが溜め息を吐きつつ答えた。

 

「それで、何があった?」

 

「ああ、それが……」

 

 アルファトライオンの質問に、ハウンドは語り始めた。

 

  *  *  *

 

 あんたらと別れた俺たちは、オプティマスに合流しようとしてたんだ。

 途中で女神たち(こいつら)もいっしょになってな。

 だが、俺たちが見たのは敵に囲まれているオプティマスとジャズだった。

 すぐに助けに行こうとしたが、二人を囲んでる奴らを見てビックリだ。どいつもこいつも見覚えのある顔じゃねえか!

 

 そうだよ、オートボットの戦士たちだ!

 

 今まで戦場で行方不明になった奴らが二人を襲ってやがったのさ。

 驚いて一瞬動きを止めた俺たちに、オプティマスから通信が入った。

 

「ここは様子を見て、女神たちと合流してくれ」

 

 ってな。

 まあ、そう言うわけだ。

 

  *  *  *

 

「ミラージュとアイアンハイドも連絡がつかないわ。おそらくすでに……」

 

 ハウンドの言葉をブランが継ぎ、顔を伏せる。

 それを受けて、ネプテューヌも表情を引き締めた。

 

「それじゃあ、早くみんなを助けないと!」

 

「まあ待て。恐らくはオートボットの戦士たちは何らかの能力で操られているのだろう。どうかなドリフト?」

 

 アルファトライオンは逸るネプテューヌをさえぎり、ドリフトにたずねた。

 

「……そうですな。確か敵を操る催眠音波を使いこなすディセプティコンがいたはずです。名をマインドワイプという、陰湿で邪悪な奴です」

 

 淀みない答えにアルファトライオンは心なし満足そうに頷いた。

 

「ふむ催眠音波か。ならば対処のしようはあるな」

 

「耳を塞ぐとか?」

 

 ネプテューヌの意見に、アルファトライオンはゆっくりと首を横に振る。

 

「それもいいがな。他の音で催眠音波を打ち消すほうがよかろう。この廃墟に残された器具を使えば可能なはずだ。まずは手分けしてこれから言う機器を取ってきてくれ」

 

 その言葉に一同は頷いた。

 

「じゃあ俺はこの黒い嬢ちゃんといっしょにいくから、ドリフトは緑の嬢ちゃんと、クロスヘアーズは白い嬢ちゃんといっしょにいってくれ」

 

 テキパキと指示を出すハウンドだが、残る二人はあからさまに不満げな顔をする。

 

「我らだけで十分では?」

 

「そうだぜ、足手まといはいらねえ」

 

 ドリフトとクロスヘアーズの言葉に、女神たちは厳しい顔になる。

 だが女神化できない現状では、たしかに足手まといにしかならないので何も言えない。

 アルファトライオンはギロリと二人を睨んだ。

 

「たわけ。今は一刻を争うのじゃ。手は多いに越したことはない」

 

 厳しい声に、青と緑のオートボットはウッとなる。

 

「そう言うこった。グチャグチャ言ってねえで仕事にかかれや。1メガサイクル後にここに集合だ」

 

 ハウンドも腰に下げた銃に危険に手を伸ばしながら脅すと、二人はようやくその気になったようだ。

 肩をすくめたクロスヘアーズは、ブランを見下ろしながら言い放った。

 

「足は引っ張るなよ」

 

「……善処するわ」

 

 そっけなく答えるブランに、クロスヘアーズはフンと排気音を出すと歩いていった。

 

「我らも行くぞ」

 

「わかりましたわ」

 

 ドリフトもたおやかに返事をするベールを伴っていった。

 

「じゃあ、俺らも行こうや」

 

「よろしく頼むわ」

 

 ハウンドとノワールは特に問題なさそうだ。

 

「さて、儂らも行くとするか」

 

 三人のオートボットと三人の女神が散っていったのを確認したアルファトライオンは、自身もネプテューヌにそう言った。

 

「あの、アルファトライオン? あなたって戦えるの?」

 

 心配げにたずねるネプテューヌ。

 アルファトライオンは背こそ高いが、細身で戦闘力が高いようには見えない。

 その問いに歴史学者はニヤリと笑って見せた。

 

「フフフ、世の中の連中はオプティマスに戦い方を教えたのは先代プライムだと思っとるようだがの。あの子に最初に戦いの手ほどきをしたのは……、この儂なのだ」

 

  *  *  *

 

「……それでアイアンハイドの奴は、たった一人で敵軍を引きつけたのさ。俺らはアイツのことを諦めたよ。……ところがだ、アイツときたら少ししたらひょっこり現れたんだ。それ以来、あいつは死なない男と呼ばれるようになったんだよ」

 

 ハウンドは廃墟の中を家探ししながら、ノワールにアイアンハイドの昔話しをしていた。

 ノワール自身が聞きたいとねだったのだ。

 

「なるほどね。昔から無茶ばっかりしてるんだから……」

 

 どこか呆れ気味ながらも笑顔のノワール。

 そんなノワールを見て、ハウンドはハテと首を傾げる。

 

「しかしお嬢ちゃんは、落ち着いてるな。アイアンハイドが行方不明なんだから、もう少し心配してもよさそうなもんだが」

 

「心配はしてるわ。ただ、アイアンハイドの無事を信じてるだけ」

 

 勝気に返すノワール。

 ハウンドはどこか納得いかなげに太い首を捻った。

 

「何だろうな。おまえさんと話してるとクロミアと話してるみたいな気分になるぜ」

 

「あら、それはありがとう」

 

 褒められたわけではないだろうが、礼を言うノワール。

 彼女としては父のように慕っているアイアンハイドの恋人と似ていると言われて、悪い気はしないらしい。

 

  *  *  *

 

「……でだ。あの野郎ときたら何て言ったと思う? 何もだ! 『ありがとう』も『どういたしまして』もありゃしねえ! それが肩を並べて戦った相手への態度か!?」

 

「……はあ」

 

「あの野郎、腕は立つが協調性ってもんがありゃしねえ! オートボットってのは信頼が大事なんだよ! 信頼が!」

 

「……なるほど」

 

 こちらも家探しをしながら話すクロスヘアーズとブラン。

 と言うよりも、クロスヘアーズが一方的にミラージュへの愚痴を言っているのを、ブランが適当に相槌を打ちながら聞いている状態だ。

 

「だってえのにミラージュの野郎! 『俺は一人のが性に合ってる』とかスカしたこと言いやがって、オイルを一杯やりにも来やしねえ! あれでオプティマスの直属だってんだから、ったく……」

 

「……ねえ、あなた」

 

「あん!? なんだ!」

 

 際限なくミラージュに対する愚痴を言い続けるクロスヘアーズにブランは声をかけた。

 

「……ひょっとしてだけど、ミラージュと仲良くなりたいの?」

 

「な!? んなわけねえだろ!!」

 

「でもさっきから聞いていると、彼のことをよく見ているわ」

 

 必死になって否定するクロスヘアーズに、ブランがツッコミを入れる。

 

「俺はあの野郎がだっい嫌いなんだ!! いつもいつもスカした顔しやがって!」

 

「……ああ、それはちょっと分かるわ。いつも無愛想だし」

 

「そうだぜ! 付き合い悪いし! その癖、女にはモテるし!」

 

「……そうね。思い出したらムカついてきたわ……」

 

 クロスヘアーズに当てられたのか、ブランもヒートアップしていく。

 

「だいたいからしてあの野郎! 思わせぶりな態度取りやがって! わたしのことどう思ってるのか、ハッキリしやがれ!!」

 

「お、おい」

 

 脈略なく突然キレだしたブランに、クロスヘアーズは面食らう。

 

「いつもいつもいっつも! こっちがヤキモキしてるのなんか気にも留めやしねえ! 知ってるか? あいつ教会の女性職員からモテてやがんだよ! 一時期なんか、ミラージュに声かけてどれだけカマってもらえるかってのが職員の中でのステータスに……」

 

「お、おう、大変なんだな」

 

 もはや支離滅裂なブランの愚痴に、今度はクロスヘアーズが付き合うことになった。

 どうも逃げられなさそうな気配がする。

 

「ミラージュの馬鹿ぁああああ!!」

 

「本人に言えよ……」

 

  *  *  *

 

 一方、ドリフトとベールは会話なく機材を探していた。

 

「そう言えば思ったのですけれど」

 

 機材の山から使えそうな物を引っ張り出していたベールは、ふと反対側で用途不明の機材と格闘しているドリフトにたずねた。

 

「なぜ、あなたはジャズのことを嫌うんですの?」

 

 その問いに、ドリフトはそっけなく返した。

 

「貴女に言う必要はない」

 

「あらら……。そうですわね、当ててみましょうか」

 

 つれないドリフトにもベールはめげない。

 頬に人差し指を当て、自分なりの答えを言う。

 

「そうですわね。例えば……嫉妬、とかでしょうか?」

 

「…………なぜ、そう思う」

 

 ドリフトは手を止め、ベールのほうに振り返った。

 ベールは悪戯っぽく微笑む。

 

「そうですわね。女の勘、とでも思っておいてくださいまし」

 

 その答えに嘆息しつつ、ドリフトは口を開いた。

 気を紛らわしたかったのかもしれない。

 

「そう言う感情が無いと言えば、嘘になる。……オプティマス殿の隣にいるのが何故自分ではないのだろうと思う時もある」

 

 ドリフトの言葉を、ベールは黙って聞く。

 

「あまり褒められたことではないのは自覚しているがな」

 

「いいんじゃありませんの? 嫉妬しても」

 

 突然かけられた言葉にドリフトはベールを見る。

 ベールは穏やかな笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「わたくしもよく嫉妬しますの。何で他のみんなには妹がいて、わたくしにはいないんだろうって」

 

 そこでベールはドリフトの顔を覗き込んだ。

 

「誰しも嫉妬くらいしますわ。もう少し肩の力を抜いては?」

 

「…………そうだな」

 

 フッと、ドリフトの顔に僅かながら笑みが浮かぶ。

 あるいはベールの優しい雰囲気が、ドリフトの頑なな心を溶かしたのかもしれない。

 

  *  *  *

 

 1メガサイクル(約一時間)後、女神とオートボットたちが元の場所に戻ってきた。

 かくして、マインドワイプの催眠音波を打ち消すための装置が、アルファトライオンによって作られたのだった。

 装置は赤い巨大なラジカセのような形をしている。

 分かる人に分かるように言うと、ゴキゲンな音楽かイカレサウンドを流しそうな感じだ。

 

「さて、後はしかるべきタイミングでこの装置を起動すれば、オートボットたちは自由を取り戻すわけじゃ」

 

「おおー! いよいよカチコミだね! お使いイベントが続いたから、楽しみだよ!」

 

 アルファトライオンの宣言に、ネプテューヌがよく分からないことを言い出す。

 それを見て、ドリフトは隣のベールに声をかけた。

 

「あの娘はいつも、ああなのか?」

 

「ええ、まあ、ああいう娘ですけれど、良い所もありますのよ。具体的にどんな所が、と言われると困りますけれど」

 

 苦笑するベールと首を捻るドリフト。

 やはりネプテューヌがオプティマスと仲がいいのが解せないらしい。

 

「では、一同出陣じゃ!」

 

「おおー!!」

 

 時代がかった調子で音頭を取るアルファトライオンと、それに乗っかるネプテューヌ。

 色々とある二人だが、気は合うのかもしれない。

 

  *  *  *

 

 出陣と言ってもすぐさまディセプティコンの下へ乗り込むわけではなく、まずはオプティマスたちがいるであろう場所を探し、そこへ向かって歩いていく。

 やはりここでもアルファトライオンのセンサーが足跡やら何やらを見つけてそれに沿って進んでいく。

 

「何か、アルファトライオンって万能だねー! 普通おじいちゃんキャラってゲーム的にはあんまり目立たないのに」

 

「そうなのかの? 儂的には魔法使いのおじいちゃんと言えば、チートキャラの代表のようなイメージがあるんじゃが」

 

「まあネプテューヌシリーズは萌えゲーだからねー。あんまり男性キャラは目立たないから」

 

「そういうもんかの」

 

 何やらメタなことを話しながら先頭を歩くネプテューヌとアルファトライオン。

 それを何とも言えない顔で追う一同。

 一行はさらに下へ下へと進んでいく。

 

「ふ~む。このまま進むと廃棄された鉱山に行きつくな」

 

「鉱山?」

 

「左様。かつてあまりにも過酷な労働を鉱夫に課したとして、閉鎖された鉱山じゃ」

 

 アルファトライオンは、ネプテューヌに歩きながら簡潔に説明した。

 

「そしてそこは『あやつ』の……ムッ!」

 

 何かを言いかけたアルファトライオンだったが、急に厳しい顔になった。

 

「どうしたの?」

 

「この先に何者かの気配を感じる。皆、気をつけよ」

 

 問うネプテューヌに短く返し、一同に注意を促す老歴史学者。その手に持った杖の先端が攻撃的に発光する。

 

「へへへ、やっと敵さんとご対面か!」

 

「腕がなるぜ!!」

 

 クロスヘアーズとハウンドは銃を抜き、好戦的に笑む。

 

「今宵の愛刀はエネルゴンに飢えておる」

 

 ドリフトも背中から二刀を抜いてオプティックを危険に細める。

 

「こういう好戦的なところはみんな変わらないのね……」

 

「まあ、頼もしいからいいのですけれど」

 

 ブランとベールはやや呆れた調子ながらも武器を召喚した。

 

「まあ、そろそろ暴れたいのは確かね」

 

 剣を担ぎ、不敵に微笑むノワール。

 アイアンハイドの影響か、彼女もだいぶ好戦的になった気がする。

 当然ネプテューヌも刀を構える。

 慎重に進む一同は、やがて巨大なドーム状の空間に出た。

 そこでは何人ものトランスフォーマーたちが地面を掘り返していた。

 彼らの中央にいるのは……。

 

「オプっち?」

 

 ネプテューヌがその名を呼んだ。

 赤と青のファイヤーパターンの描かれた頑強そうな姿は間違いない。

 オートボットの総司令官オプティマス・プライムだ。

 だがしかし。

 表情は虚ろで二つのオプティックは再開した仲間たちには向けられず、虚空を見つめている。

 その後ろには、アイアンハイド、ジャズ、ミラージュ、その他オートボットの戦士たちが並んでいる。

 全員一様に虚ろな表情だ。

 

「みんな、どうしたの?」

 

 戸惑いがちに声を出すネプテューヌ。

 さすがの彼女もこの異常には気付いたようだ。

 

「どうやら操られているようだの」

 

 冷静にアルファトライオンは言った。

 そして、小脇に抱えたラジカセ型装置を作動させる。

 

「目覚めよ! オプティマス!」

 

 スイッチを押すと、音楽が流れ出した。

 若者向けらしいロックだ。

 この場と時にそぐわぬ音楽だが、その実態は催眠音波を相殺する特殊音波が混ざっている。

 音楽を聞いて、頭を押さえて苦しみだすオプティマスたち。

 

「これで……」

 

 だが、どこからか不気味な声が聞こえてきた。

 

「コウモリアマモリオリタタンデワイプ、コウモリアマモリオリタタンデワイプ」

 

「こ、この呪文は、マインドワイプ!」

 

 ドリフトの叫びに、一同は上を見上げる。

 ドームの天井には、コウモリを思わせる黒いディセプティコンが逆さ吊りになっていた。

 

「いかん! 催眠音波が強くなっておる!」

 

 アルファトライオンが緊迫した声を上げる。

 

「キキキ……、よく来たな、錆塗れのポンコツにコートのスカし野郎、それに老いぼれとムシケラが四匹……、キキキ、おやおや、久し振りじゃないか……裏切り者のデッドロック」

 

「ッ! 黙れ!」

 

 嘲るようなマインドワイプの言葉に、突然激昂したドリフトは刀を抜く。

 

「降りてこい! この卑怯者め!」

 

「キキキ……、この洞窟の構造が俺の催眠音波をより強くしてくれる。そんな物では相殺などできんぞ。貴様らも奴隷にしてやってもいいが……、それではつまらん。大事な大事な仲間たちに八つ裂きにされるがいい」

 

 陰湿に笑いながら、マインドワイプはさらに呪文を唱える。

 

「コウモリアマモリオリタタンデワイプ。さあ奴隷たちよ、オートボットどもを殺してしまえ!」

 

 するとオプティマスたちは地面を掘るのをやめてアルファトライオンたちのほうを向いた。

 

「うううう……」

 

 呻きながらジリジリと迫りくるオプティマスたち。

 

「ハウンド、クロスヘアーズ! マインドワイプを撃て! 催眠音波の出どころは奴だ!」

 

「言われずとも!」

 

 ドリフトの叫びにクロスヘアーズが天井のマインドワイプを撃とうとするが、ミラージュがその手を掴んだ。

 

「ッチ! よりにもよっておまえかよ!」

 

「…………」

 

 無言でクロスヘアーズに掴みかかるミラージュ。

 普段は乱暴なことを言っているクロスヘアーズだが、さすがに仲間を撃つ気はない。

 膠着状態に入ろうとしていた二者の間に割り込む者がいた。

 

「おりゃあああ!!」

 

 ミラージュのパートナーである女神ブランがクロスヘアーズの体を飛び越してきたかと思うと、手に持ったハンマーでミラージュの頭を思い切り殴りつけた。

 

「……!」

 

 銅鑼を叩いたかのような轟音が鳴り響き、ミラージュがよろめく。

 驚いたのがクロスヘアーズだ。

 

「お、おい! 何やってんだ!」

 

「目を覚ますにゃ、ちょうどいいだろ! わたしらの攻撃でくたばるほどヤワじゃないしな!!」

 

 クロスヘアーズを見上げニッと笑ったブランは、ハンマーを振りかざして再度ミラージュに向かっていく。

 それを受けて、ノワールも武器を構えた。

 

「そうね。ここは一つ、思い切りやらせてもらいましょう」

 

 そう言うや、アイアンハイドの懐に飛び込んでいく。

 

「レッスン1! デカい相手には懐に飛び込め!」

 

 さらにその身体を器用によじ登り、剣の柄で思い切り顔を叩く。

 

「レッスン2! どんな相手でも顔は弱点!」

 

 そしてアイアンハイドの手がその細い体を掴むより早く、体から飛び降りて綺麗に着地する。

 

「レッスン3! 深追いは禁物、ヒットアンドウェイで行くべし! ……どれもあなたの教えよ、アイアンハイド」

 

 ベールはベールで、飛びかかってくるジャズをヒラリとかわしながら、カウンターの要領で槍の石突きを彼の腹に叩き込む。

 

「ふふふ。そんな乱暴な手では、わたくしを捕まえられませんわよ」

 

 その言葉に反応したのかどうか、ジャズはスピードを上げてベールに向かう。

 だがこれもヒラリとかわされた。

 

「さあさあ、鬼さんこちら、手の鳴るほうへ♪」

 

 どこか楽しそうにジャズの手からヒョイヒョイと逃れるベールは、どこか優雅さすら感じられた。

 それぞれのパートナーに飛びかかっていく女神たちを、女神と組んでいない三人のオートボットは唖然として見ていた。

 

「こりゃ、すげえじゃじゃ馬だ……」

 

「おっかねえ、マジおっかねえ……」

 

「……可憐だ」

 

「「えッ!?」」

 

 何か有り得ないことを聞いた気がして、ハウンドとクロスヘアーズがドリフトのほうを見ると、青い侍はそっぽを向いた。

 だがじっくり話しをしている間もなく、周囲のオートボットたちがホラー映画のゾンビよろしく三人に群がってきた。

 そしてオプティマス・プライムは育ての父たるアルファトライオンに掴みかかっていた。

 

「息子よ、情けの無い! このような催眠音波など、払いのけて見せよ!」

 

 老歴史学者の声にも、オプティマスはなんら反応を示さない。

 

「キキキ……、無駄無駄無駄ァ。そいつには特に念入りに催眠をかけてあるんだ。キキキ、さあ、子が親を引き裂く態を見せてくれ。その後で催眠を解き、残酷な現実を前に絶望するオプティマスの顔を見てやる。キキキ」

 

 限りなく悪趣味なことをのたまうマインドワイプ。

 だがそれを許さぬ女がここにいる。

 

「そんなことはさせないよ!」

 

 無論のことネプテューヌだ。

 

「オプっち! 正気に戻ってよ! オプっちは悪堕ちするようなキャラじゃないでしょ!」

 

 他の女神たちのように攻撃することはせず、必死に呼びかける。

 すると、オプティマスに変化が起きた。

 虚ろだったオプティックに微かな光が灯り、戸惑うように揺れたかと思うと、アルファトライオンから手を放す。

 

「ね、ネプ……テューヌ……」

 

「そうだよ、ネプテューヌだよ! 元に戻ってオプっち!」

 

「ううう……」

 

 頭を抱えて苦しむオプティマス。

 それを見て驚いたのが天井から文字通り高みの見物を決め込んでいたマインドワイプだ。

 

「馬鹿な! 俺の催眠が破られるなど!」

 

 催眠が解けかかっているのを察し、マインドワイプは天井から離れ地面に向けて落下し、軽やかに身を捻ってネプテューヌの眼前に着地する。

 

「このムシケラが! 俺の楽しみの邪魔をするんじゃない!」

 

「きゃッ!」

 

 怒声とともに一瞬にしてネプテューヌの身体を掴み上げるマインドワイプ。

 それを見た瞬間、オプティマスは動きを完全に止める。

 

「ネプテューヌ!」

 

 アルファトライオンが彼女を助けようとするが、周りに現れたオートボットたちに阻まれる。

 マインドワイプは嗜虐的な笑みを浮かべながらネプテューヌを握る手の力を少しずつ強めていく。

 

「キキキ、このまま握り潰してやろう。有機生命体はどんな音を立てて壊れるのかな?」

 

「少なくとも、あなたに喜ばれるような音なんか立てないよ!」

 

 気丈にマインドワイプを睨みつけるネプテューヌ。

 だが相手が気丈なほど、絶望した時の顔と声が極上の物になると知っているマインドワイプは笑みを大きくする。

 

「キキキ、その強気がいつまでもつかな? おまえが恐怖に泣き叫び、命乞いをし、絶望の内に死んでいく態が見たくなったぞ……」

 

 真綿で首を絞めるように、少しずつ少しずつ、手にを握りしめていく。

 

「そんなことにはならないよ! わたし主人公だからね! それに……オプっちがいるんだから!」

 

 その声を聞いた瞬間、動きを止めていたオプティマスがピクリと反応した。

 

「オプっちは、あなたの催眠になんか負けないんだから!」

 

「キキキ……! 今のアイツに何ができる? オプティマスは俺の奴隷よ。キキキ!」

 

 耳障りな声で嗤いながら、ネプテューヌを握り潰そうとするマインドワイプ。

 体を締め付けられ、さしものネプテューヌも苦しげにうめく。

 

「いかん! 誰かネプテューヌを助けるのじゃ!」

 

 アルファトライオンが声を上げるが、操られたオートボットたちに阻まれ助けに行くことができない。

 

「キキキ、さあ恐れろ! 泣き叫べ! 俺を愉しませろ!!」

 

 大きく狂笑を浮かべながら、ついにその手に最後の力を入れようとするマインドワイプ。

 だがその瞬間、彼の肩を何者かの手が掴んだ。

 

「な……」

 

「彼女に手を触れるな、ディセプティコン」

 

 それは催眠音波の影響下に置かれて動きを止めていたはずのオプティマス・プライムだ。

 オプティックには強固な意思が戻り、表情は使命感と怒りによって引き締まっていた。

 

「な、なぜ……!?」

 

「ネプテューヌから、その薄汚い手を放せと言っている!」

 

 動転するマインドワイプの疑問に対する答えは、肩を掴んでいるのとは反対の腕から繰り出される鉄拳だった。

 

「ぐおお!!」

 

 顔面に拳を叩き込まれて吹き飛ぶマインドワイプは、たまらずネプテューヌを手から落とした。

 

「きゃあ!」

 

 だが、すかさず駆け寄ってその体を受け止めるオプティマス。

 

「大丈夫か!? ネプテューヌ!!」

 

「ゲホッ……。オプっち、元に戻ったんだね!」

 

 心配そうに顔を覗きこんでくるオプティマスを見て、ネプテューヌは安堵の笑みを浮かべる。

 

「すまない! 私としたことが!」

 

「えへへ、謝らなくていいよ! オプっちなら大丈夫だって分かってたもん!」

 

 表情を曇らせるオプティマスに、ネプテューヌは笑いかける。

 それを見たオプティマスは僅かに相好を崩し、すぐに厳しい顔に戻って立ち上がろうともがくマインドワイプを睨む。

 

「貴様、我々を操っただけでなくネプテューヌを傷つけて、屑鉄になる覚悟はあるのだろうな!!」

 

 凄まじい怒気を立ち昇らせ、オプティマスは背中からテメノスソードを抜く。

 殴られた拍子に催眠音波が途切れてしまい、オートボットたちの催眠が解けていく。

 

「ここはいったい……?」

 

「俺たちは何をしていたんだ?」

 

 そしてアイアンハイド、ジャズ、ミラージュも正気を取り戻した。

 

「おれはしょうきにもどった!」

 

「やめろ、それは戻ってないフラグだ」

 

「あ、頭が……」

 

 完全に立場が逆転したことを理解したマインドワイプは、情けない声を出す。

 

「ひ、ヒイィ……」

 

「最後の時だ。報いを受けろ、ディセプティコン」

 

 オプティマスは容赦なく、マインドワイプに斬りかかろうとする。

 だがその瞬間、マインドワイプは強烈な音波を発した。

 

「ぐお!?」

 

 その音に一瞬オプティマスが怯んだ瞬間、マインドワイプはギゴガゴと音を立てて戦闘機に変形すると天井に向けて飛んで行った。

 さらにマインドワイプが何か操作したのか、天井の一部が爆発してそこに通路が現れた。

 通路に飛び込んだマインドワイプはそのまま姿を消したのだった。

 

「逃がしたか。だが当面の危機は去った」

 

 厳かに言うオプティマスだが、その後頭部をアルファトライオンが杖でポカリと叩く。

 

「あ、アルファトライオン、何を……?」

 

「何、父の声には無反応だったくせに、可愛い女の子の声で正気に戻った親不孝者に天誅をな」

 

「ち、父上……」

 

 困った顔になるオプティマスに、アルファトライオンは悪戯っぽく微笑む。

 

「冗談じゃよ。さあ、もう一仕事じゃオプティマス。ここに囚われていたオートボットたちを解放せねば」

 

「はい!」

 

 力強く頷いたオプティマスは、催眠の解けたオートボットたちに向けて宣言する。

 

「オートボットの諸君! 君たちは自由だ! だが、今は私たちに力を貸してほしい! この鉱山に囚われているオートボットたちを解放するのだ!」

 

 催眠の解けたオートボットたちは混乱しつつも、オプティマスの指示に従う。

 

「なあアイアンハイド、このお嬢ちゃん、本当におまえとクロミアの娘じゃないのか? 血の気の多さといい度胸といい、そうとしか思えないんだが……」

 

「生憎、俺にもクロミアにも遺伝情報のコピーはできねえよ」

 

 ノワールが心配げに見上げる横で、ハウンドが割と真顔でアイアンハイドにたずねていた。

 

「何だ……? 頭が、割れるように痛い……」

 

「なあおいミラージュよう、おまえもうちょっと、あの白いのに構ってやれよ。でないと命にかかわるぜ。いや、マジで」

 

「……?」

 

 頭を押さえるミラージュに、クロスヘアーズが本気で心配そうに声をかけていた。

 その足元ではブランが心なしスッキリとした笑みを浮かべていた。

 一方、ドリフトは一同の輪から少し離れて立っている。

 そこにベールが近づいていく。

 

「何用か?」

 

「少し気になることがありまして。……あなたはひょっとして、昔はディセプティコンだったのですか?」

 

 マインドワイプがそれを臭わすことを言っていた。

 ベールの問いに、ドリフトは一つ排気すると答えた。

 

「隠し立てしてどうなるものでもないな……。そうだ、私はかつてディセプティコンだった。デッドロックとは、その頃の名だ」

 

「やっぱり……」

 

「軽蔑したか?」

 

 自重気味に笑うドリフトに、ベールはたおやかに、しかしハッキリと首を横に振った。

 

「いいえ。私の知るドリフトは短気だけど立派なオートボットのようですわ」

 

「敵わんな。……しかしありがとう、可憐なかた。そう言って貰えると、やはり嬉しい」

 

 オートボットらしく振る舞うことは、元ディセプティコンであるドリフトにとっては大切なことなのだ。そしてドリフトはベールに聞こえないように小さく呟いた。

 

「何故ジャズが貴女に拘るのか、少しだけ分かった気がする」

 

 二人を目ざとく見つけたジャズは二人に向かって歩いてきた。

 

「やれやれ、ベールに情けないトコ見せちゃったな」

 

「ふむ、相変わらずの体たらくだな。どうだろう可憐なかた。このような男は捨てて、私と組まぬか?」

 

「ハッハッハ! 随分と冗談が上手くなったじゃないか!」

 

 ベールに親しげに問うドリフトを見て、ジャズは有り得ないと笑い飛ばす。

 だが、ベールは悪戯っぽく笑いつつ少し考える素振りを見せる。

 

「う~ん、そうですわね。浮気性なかたよりはいいかもしれませんわね」

 

「な!? べ、ベール!?」

 

 慌てた声を上げるジャズを見て、ベールとドリフトは柔らかく笑い合うのだった。

 

  *  *  *

 

 解放されたオートボットたちは一端オプティマス一行に付いて来ることになった。

 クリスタルシティまで同行し、その後はアルファトライオンたちと共にアイアコンに戻るのだ。

 とんだ遠回りになったが、結果的に同胞を救うことができた。

 

 結構な大所帯になった一行は、地下の廃墟を進んでいた。

 先頭は変わらずオプティマスとアルファトライオンだ。

 ネプテューヌは何やら話している二人から離れ、一人で歩いていた。

 するとそこにドリフトがやってきて、彼女の隣を歩く。

 

「ネプテューヌ殿」

 

「あ、ドリフトじゃん! どうしたのさ?」

 

 アイアコンでは色々と手痛いことを言われたネプテューヌだったが、ドリフトに対して特に苦手意識を持っている様子はない。

 ドリフトはネプテューヌの正面に立つと、頭を下げた。

 

「今まで数々の非礼を働いたが、どうか許してほしい」

 

「え!? な、何どうしたの、いきなり!?」

 

 突然謝罪を始めたドリフトに、ネプテューヌは戸惑う。

 対するドリフトは言葉を発した。

 

「マインドワイプに捕まったお主が見せたオプティマスへの信頼は見事だった。どうやらお主はオプティマスの隣には及ばずとも、斜め後ろくらいには立てる御仁らしい」

 

「あ、あ~そう……」

 

 微妙な評価にネプテューヌの表情も微妙なものになる。

 しかしこれがドリフトとしては最大限の賛辞であることも、何となく分かった。

 その上で、ネプテューヌは宣言する。

 

「じゃあ次は、オプっちの隣に立つにふさわしいって認めさせてあげるんだからね!」

 

「楽しみにしておこう」

 

 勝気なことを言うネプテューヌに、ドリフトは侮辱するようなことはなく、薄く微笑むのだった。

 

「各々がた! やっと着いたぞ!」

 

 と、アルファトライオンの朗々たる声が響いた。

 

「儂の記憶が確かなら、ここを登ればクリスタルシティを一望できる丘に出るはずだ!」

 

 そう言って老歴史学者は巨大な螺旋階段を示す。オートボットたちは歓声を上げて螺旋階段を上っていく。

 女神たちは階段がトランスフォーマーサイズなので、それぞれのパートナーに抱えられていた。

 そして……。

 

『地上だー!!』

 

 誰ともなく声を合わせてそう言った。

 久し振りに出た地上は相変わらず、どこまでも荒れ果て、空は分厚い雲に覆われていたが、それでも女神とオートボットたちにとっては嬉しさのほうが遥かに勝った。

 

「皆見るのじゃ! あれこそがクリスタルシティじゃ!」

 

 アルファトライオンが杖で指し示した先には廃墟と化した都市が広がっていた。

 

「あれがクリスタルシティ……。あれ?」

 

 ネプテューヌは都市を眺めていたが、オプティマスの姿が見えないことに気が付いた。

 

「オプっちー?」

 

 総司令の姿を探して、オートボットたちの足元をすり抜けていくネプテューヌ。

 そして丘の天辺に、彼の姿を見つけた。

 

「オプっちー! 探した……」

 

 オプティマスに声をかけようとするネプテューヌだったが、彼の前に有る物に気付いて言葉を失った。

 

 墓だ。

 

 墓碑銘も何もない、金属板を地面に突き立てた簡素な墓。

 

 無数に並ぶ、そんな墓の一つの前に、オプティマスは立っていた。

 

「……あれはエリータ・ワンの墓じゃ」

 

 いつのまにか、ネプテューヌの後ろにアルファトライオンが立っていた。

 

「あれが……」

 

「そう、エリータはクリスタルシティの防衛隊長じゃった。じゃが彼女は名誉の戦死を遂げた……。オプティマスの目の前で」

 

「そんな……」

 

 ネプテューヌは言葉を出そうとして出せなかった。

 

「君が彼を信頼していることは、分かった。しかし君はまだ、オプティマスのことを知らな過ぎる。彼のことをどう思っているか答えを出すのは、それを知ってからのほうがいいかもしれんな」

 

 諭すように、それでいて突き放すように言うと、アルファトライオンは踵を返して去っていった。

 

 ネプテューヌが再びオプティマスのほうを見ると、彼はエリータ・ワンの墓の前で、今だ立ち尽くしていた。

 

 その背中は泣いているように、ネプテューヌには見えた。

 




今週のQTF。まさかコンボ…もといクッキングパパが来てくれるとは!
そうか、司令官は少し情けないくらいのほうがいいのか……。
うちのオプティマスはどうだろう?

今回の小ネタ。

地下鉱山
実は初代のころから、サイバトロンは掘りまくると土が出てくるのは公式だったりする。

マインドワイプ
元はデストロン側のヘッドマスターの一員。
コウモリアマモリオリタタンデワイプの呪文でもって催眠術をかけることができる。
リベンジ期にリメイクされ、えらいカッコいい姿と強力な催眠音波を手に入れた。
陰湿な性格で部下の姿が見えないことからも分かる通り、人望は皆無。

ラジカセ型の機械
ええ、通信員です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 メガトロンの栄光

どうも、気候の変動と仕事のストレスで体調崩してました(二度目)

自己管理ちゃんとしないとな……。


 再びコルキュラー

 

 ディセプティコンの本拠地ケイオン。

 数えきれないほどの兵士たちがいつかくる決戦に備えて爪牙を研ぎ続ける場所。

 

 高層建築の間をディセプティコンたちが蠢くのをコルキュラーのテラスから見下ろしながら、メガトロンは苛立たしげな声を出した。

 

「……いつになったら、出撃の準備が整うのだ!」

 

 誰もが恐れる破壊大帝の怒気にも、後ろに立つ侍のようなディセプティコン、ブラジオンは慇懃な調子で返す。

 

「申し訳ございません、偉大なる君。何分急なことゆえ、今しばしの時間を頂ければと……」

 

 恭しくお辞儀するブラジオンに、剣呑な視線を向けながらもメガトロンは何も言わない。

 だが膨れ上がりゆく怒りのオーラが、ブラジオンの金属の肌をジリジリと焼いてゆく。

 

「……早急に準備いたします」

 

 さすがに身の危険を感じたブラジオンはそう付け加えた。

 

「……それはそうと、メガトロン様。あのご婦人はお元気ですか?」

 

「レイなら、平穏無事に過ごしておる。……何故貴様が、あの女のことを気にする?」

 

 表情を変えぬまま問うメガトロンに、ブラジオンは答えない。

 

「まあよいわ。それより出撃準備を急げよ」

 

「御意」

 

 メガトロンとブラジオン。

 表面上はあくまで主従であるが、ブラジオンが実態的には『彼の存在』の使徒であることもあり、その関係性は微妙だ。

 少なくとも信頼し合っているとは言い難く、しかしディセプティコンの大幹部が残らずゲイムギョウ界にいる今、ブラジオンはサイバトロンに残った軍団をまとめられる貴重な人材であるのも事実である。

 

  *  *  *

 

 レイはコルキュラーの内の廊下を気分転換に歩いていた。

 メガトロンからは、司令室のあるフロアなら自由に歩くことを許されている。逆に言えば、そこ以外に行くことは許されていないのだが。

 

「…………」

 

 居心地悪げにレイは身じろぎした。

 どうにも視線を感じるのだ。

 ワレチューあたりなら「自意識過剰乙っちゅ」とでも言うのだろうが、気のせいではない。

 通路の先から、柱の影から、ディセプティコンたちがこちらを窺っている。

 彼女に手を出すようなことはしないものの、メガトロンが庇護する有機生命体というのは兵士たちの好奇心を刺激したらしい。

 

「あ、あの……」

 

 意を決して兵士たちに声をかけてみるが、そのたびに蜘蛛の子を散らすように、去っていく。

 溜め息を吐いたレイは、そのまま司令室に入る。

 

「ただ今戻りました」

 

「お! レイちゃん、おかえり~」

 

 司令室ではフレンジーがレイを出迎えた。

 異郷のこの地では、数少ない気心の知れた相手だ。

 司令室の中を見回したレイは、メガトロンの姿が見えないことに気が付いた。

 

「メガトロン様は?」

 

「多分、ブラジオンのとこじゃない。そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだったし」

 

 呑気に体を揺らすフレンジー。

 確かに、メガトロンは日に日に機嫌が悪くなっている。限界も近いだろう。

 

「それよりレイちゃん! せっかく起きたんなら、ケイオンを探検しない? 俺、案内するからさ!」

 

「え? でもいいんですか?」

 

 先にも述べた通り、メガトロンからは司令室のあるフロアにいるようにと命令されている。

 

「ダイジョブ、ダイジョブ! 許可は取ったからさ!」

 

「そうですか……。それなら」

 

 せっかくのお誘いだからと、レイはフレンジーの申し出を受けたのだった。

 

  *  *  *

 

 最初に訪れたのはコルキュラーの前にある大きな広場だ。

 

「ここはメガトロナス広場! ケイオンで一番広い広場で、色んなイベントが開かれるんだぜ!」

 

「へえ~。どんなイベントが開かれるんですか?」

 

 胸を張って説明するフレンジーに問うレイ。

 するとフレンジーは当然とばかりに答えた。

 

「ああ、メガトロン様が演説をするのが一番良くあるイベントだな! 後、捕虜のオートボットや反逆者を公開処刑したりしてるぜ!」

 

「そ、そうですか……」

 

 思った以上に物騒だった。

 多分、ディセプティコン的にはそれでいいのだろう。

 

「ところで気になったんですけど、『あれ』は?」

 

 そう言ってレイが示したのは、広場の中央でこれでもかとばかりに存在感を放つ彫像だった。

 それはどう見てもメガトロンを模した物だ。

 だが貴金属で作られているのか、ギンギラギンに輝いているのはどうしたことか。

 

「ああいうのって、メガトロン様はあんまり好きじゃありませんよね」

 

 いかにも独裁者と言った風情の破壊大帝ではあるが、彼は時間と資源の無駄な浪費を嫌う。

 ああいうどう見ても無駄でしかない物は、メガトロンの最も忌避する所だろう。

 どっかのニューリーダー(笑)とかなら別だろうが。

 

「ああ~、あれね~……」

 

 フレンジーは嘆息気味に答える。

 

「何か、ブラックアウトとかそこらへんの特にメガトロン様を崇めてる奴らが、『メガトロン様の偉大さを称えるためだ!』とか言って勝手に作ったんだよ。作った後で壊すのもなんだからってことで、そのままにしてあんのさ」

 

「なるほど~」

 

 多分だが、メガトロンとしても嫌な気分ではなかったんだろうな、とレイは思った。

 

「じゃあレイちゃん、他にどっか見てみたい所はあるかい?」

 

「そうですね。じゃあ……」

 

  *  *  *

 

 次にレイの希望で訪れたのは、闘技場だった。

 メガトロンの伝説が始まった場所だ。

 

 円形のそれは金属で構成されていることを除けば、ゲイムギョウ界における屋根付きのドーム球場などと何ら変わりない。

 その資料室に当たる場所で、レイはフレンジーから説明を受けていた。

 

「ここが闘技場さ! 昔のケイオンは剣闘が盛んだったんだぜ! 今は戦時中だから何もやってないけどな!」

 

「剣闘、ですか……」

 

「そう! それで、ここで全戦全勝を誇った無敵の絶対王者(チャンピョン)こそ、メガトロン様なんだよ!」

 

「へえ~」

 

 分かり辛いがニコニコと笑みながら説明を続けるフレンジーは、子供が憧れのヒーローのことを語っているようで、我知らず笑みを浮かべるレイ。

 

「ほら見なよ! メガトロン様が剣闘大会に連続10回優勝した記念に作られた杯さ!」

 

 見れば資料室の一番奥に、ガラスケースに収めされた立派な杯があった。

 金で作られたそれの後ろには巨大な写真が飾られている。

 まさにメガトロンが片手に剣を持ち、もう片手で杯を掲げて満面の笑みを浮かべている写真だった。

 今の破壊大帝からは想像もできない、何かを成し遂げた笑みだ。

 

「俺も見てたんだけど、すごかったぜえ! 何て言うか、言葉にできないよ!」

 

 その日のことを思い出しているのか、うっとりとした声のフレンジー。

 隣に立ってメガトロンの栄光の証を見上げるレイ。

 これほどの名誉を手に入れたメガトロンが、なぜこんな長く辛い戦いを巻き起こしたのか、レイには分からなかった。

 

  *  *  *

 

 その後も様々な場所を回ったレイとフレンジーだったが、やはりどこに行ってもディセプティコンたちが興味深げに、あるいは嘲笑的にこちらを見ている。

 当然と言えば当然だが、それでも少し悲しい。

 ほんの数日留守にしただけなのに、もうあの基地が懐かしくてたまらない。

 ガルヴァとサイクロナスは元気だろうか?

 リンダやマジェコンヌはちゃんと食事を取っているだろうか?

 バリケードやボーンクラッシャーは無事だろうか?

 そんなことばかりが脳裏をよぎる。

 気付けば、随分とあの基地に長居している。

 金属生命体に囲まれた濃密な日々のせいで、かつての市民運動家としての自分を忘れそうだ。

 しかし、それも悪いこととは思えない。女神への憎しみの理由が分からない以上、反女神運動には確たる理屈が存在しないことになる。

 この前、直接女神と対面した時は憎しみに飲まれてしまったが、終わってみれば胸に残るのは寂寥感ばかり。

 果たして自分の『中身』はいずこにあるのか……。

 

 やがて日もかげってきたのでコルキュラーに帰ることにしたレイとフレンジー。

 その帰り道のとあるビルとビルの間の路地を通り抜けようとした時のこと。

 

「おっと、待ちな!」

 

 何体かのディセプティコンが行くてを塞いだ。

 どれも見たことのない個体だ。

 フレンジーはレイを後ろに庇いながら問う。

 

「何だよ、おまえら」

 

「ちょっとそっちのムシケラに用があってな。大人しく渡してもらおうか」

 

 下卑た嘲笑を浮かべながらジリジリと迫るディセプティコンたちを見て、フレンジーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 

「おいおい、レイちゃんに手を出すつもりか? メガトロン様に殺されてもしらないぜぇ~?」

 

 そう、レイはディセプティコンの支配者メガトロンの『所有物』なのだ。

 みだりに手を出すことは破滅を意味する。

 それを見越して、フレンジーは名もなきディセプティコンたちのことを嗤う。

 だが、一般兵たちは嫌らしい笑みを返した。

 

「メガトロンだあ? 有機生命体を囲ってるような軟弱者なんざ、もう怖くねえぜ!!」

 

「そうさ! 俺たちには、もっと強いバックが付いてるんだ!!」

 

 メガトロンを恐れぬ物言いに、驚いて顔をしかめたのはフレンジーではなくレイだ。

 一方のフレンジーは平気のヘイさと言わんばかりである。

 

「ああ~、おまえら、そういうクチか。メガトロン様を倒して自分たちが成り変わろうっていう。馬鹿だねえ~」

 

 侮蔑を隠そうともしないフレンジーに、一般兵たちは怒りに顔を歪ませ小柄な兵士に掴みかかろうとする。

 

「このチビが! テメエにようはねえんだよ!!」

 

「ふ、フレンジーさん!」

 

 思わず声を上げるレイ。

 人間の子供ほどしかないフレンジーでは、巨大な兵士たちに太刀打ちできるはずがない!

 だが、レイは知らなかった。

 フレンジーもまた、メガトロンにその能力を見込まれた直属部隊の一員なのである。

 

「ケッ! 舐めんじゃねえやい!」

 

 一般兵の突進を余裕でかわしたフレンジーは、逆にその体に取りつくと首筋までよじ登っていく。

 

「これでも食らえってんだ、この三下が!」

 

 そして何とかフレンジーを振り落とそうともがく名もなき一般兵の首筋に爪を突き立て、そのケーブルやらパイプやらを引き千切った。

 

「ギャアア!!」

 

「へへん、どんなもんだい!」

 

 人間でいうなら頸動脈や脊髄に当たる部分を破壊され、断末魔の悲鳴を上げ倒れる一般兵の体から、別の一般兵の頭部へと素早く跳び移ったフレンジーは、さらにそのオプティックを抉り出す。

 

「目が、目がぁあああ!!」

 

 視力を失い泣き叫ぶ一般兵からヒラリと飛び降りたフレンジーは、狼狽える別の兵士の体に取りつく。

 いまやフレンジーは、さらなる獲物を求める小さな死神と化していた。

 だが、快進撃もここまでだった。

 

「そこまでだ、チビ助! このムシケラがどうなってもいいのか?」

 

 いつの間にか新たなディセプティコンが、茫然とフレンジーの戦いを見ていたレイの傍に立ち、彼女に銃を突き付けていたのだ。

 

「ふ、フレンジーさん……」

 

「な!? テメエ! レイちゃんから離れやがれ!」

 

 すぐさま駆け寄ろうとするフレンジーだが、レイに向けられた銃口がギラリと光るのを見て動きを止めた。

 

「へへへ、それでいい。動くんじゃねえぞ!」

 

 そうしてそのディセプティコンはおもむろに銃口をフレンジーに向け、引き金を引いた。

 

「ぐおお!?」

 

 放たれた光弾は狙い違わずフレンジーに命中し、その体をバラバラに吹き飛ばす。

 

「フレンジーさん!? いやぁあああ!!」

 

 悲鳴を上げるレイを無理やり抱え上げ、名もなきディセプティコンたちはその場を後にするのだった。

 後に残されたのは残骸と化したフレンジーだけだった。

 

 しばらくして。

 

 路地裏に動く物があった。

 それは破壊されたはずのフレンジー、その頭部だ。

 フレンジーの生首は何と首から下を切り離すと、口に当たる部分から伸びた爪を昆虫の節足のように動かして歩き出したではないか。

 

「いてて、この姿で動くのも久し振りだな……」

 

 フレンジーはカニのように横歩きで移動しながら、一人ごちる。

 あの場で抵抗すればレイに危害が加わると判断した彼は、わざとやられて死んだふりをすることで暴漢たちをやり過ごしたのである。

 

「あいつらの物言いからして、レイちゃんが殺されることはないと思うけど……。早いとこメガトロン様に知らせないと」

 

 素早く通信を飛ばすフレンジー。

 

「メガトロン様! メガトロン様! 失礼します!」

 

『フレンジーか。何用だ』

 

 幸いにしてメガトロンはすぐに応答した。

 

「大変なんです! レイちゃんが浚われちまったんです!!」

 

『……詳しく話せ』

 

 内心の焦りを押さえて簡潔に報告するフレンジーに、メガトロンは先を促す。

 

「下手人は跳ねっ返りの兵士が数人。他にもいるかもしれません。口ぶりからして主犯格がいるみたいですね」

 

『…………なるほどな』

 

 なぜか、メガトロンは納得したような声を出したが、フレンジーは気付かずに続ける。

 

「こんなこともあろうかと、レイちゃんの服には発信機を仕込んであります。すでに追跡してますんで、位置情報を送信します!」

 

『分かった。俺が直接向かうから、おまえはコルキュラーに戻っておれ』

 

「いえ、俺も行きます! レイちゃんを酷い目に合す奴は許しちゃおけません!!」

 

『……好きにしろ』

 

 メガトロンはそれだけ言うと通信を切った。

 ほんの一瞬だが通信の向こうの破壊大帝が笑んだような気配を見せたことには、フレンジーは気付かなかった。

 通信が切れたのを確認してから、フレンジーは一人考える。

 

「さてとだ。ああは言ったものの、この体で長距離移動はできないしな……」

 

 首だけの姿では戦闘もままならないが、このまま逃げ帰るのは男がすたる。

 考えながら路地を出ると、その前に突然大きな影が舞い降りてきた。

 

「よう、フレンジー! 相変わらずチビだなあ!」

 

 それはスタースクリームと同型のディセプティコンだった。黒と紫のカラーリングをしている。

 その姿を見てフレンジーが声を上げる。

 

「げえッ、スカイワープ!? 何でおまえがここに!?」

 

「げえッ、とは何だよ! メガトロン様の命令で、おまえを迎えに行けってさ!」

 

「そういうことか。……しっかし、よりによっておまえとはな……」

 

「俺だって嫌だぜ! まったく近くを飛んでたばっかりに、メガトロン様に『早く行け!』って怒鳴られるしよぉ……」

 

 言い合うフレンジーとスカイワープなるジェッティコン。

 実の所、このスカイワープには空を飛べない者、体の小さい者を見下す傾向があり、そのせいでフレンジーとは喧嘩が絶えない仲なのだ。

 ギャアギャアと怒鳴り合う二体だったが、新たに降り立ったディセプティコンが彼らを止めた。

 

「やめないか、こんな時に!」

 

 それは水色のジェッティコン、サンダークラッカーだ。

 彼もまた、メガトロンの命令でフレンジーを迎えに来たのである。

 同型に言われてスカイワープは渋々ながら応じる。

 

「分かったよ……、ほら、さっさと乗れ!」

 

 ギゴガゴと素早く戦闘機に変形したスカイワープは、フレンジーに自分の操縦席に乗るよう促した。

 

「チッ! これもレイちゃんのためだ。我慢してやらぁ!」

 

「途中で落とすぞ、この野郎!」

 

「いい加減にしろよ、おまえら……」

 

 どこまでも仲の悪いフレンジーとスカイワープ、そして呆れるサンダークラッカー。

 三体はドタバタとその場を飛び立つのだった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの一般兵に連れ去られたレイは、ある場所に連れてこられていた。

 そこはあの闘技場のリングだった。

 一般兵は乱暴にレイを投げ落とす。

 

「あうッ!」

 

 痛みにうめくレイ。

 レイは顔を上げると自分を落とした一般兵をギラリと睨みつけるが、一般兵たちは意にも介さず、声を出した。

 

「連れてきました。これがメガトロンが囲ってる有機生命体です」

 

「うむ、御苦労」

 

 するとリングの奥に立つ影が答えた。

 それは、赤と白のカラーリングで頭頂部が光っているのが何となくハゲた男性を思わせる、……ディセプティコン?だ。

 

「ふふふ、お嬢さん、怖がることはないんじゃよ。君にはメガトロンをおびき寄せる囮になってもらうだけじゃから」

 

 丁寧な口調だが、いやらしさを感じさせる猫なで声を出す、ハゲロボット。

 レイは沈黙しながら、そのハゲのロボットを睨む。

 

「…………」

 

「おっとこれは失礼した。儂の名はサイキル。レネゲイドのリーダーじゃ!」

 

「……レネゲイド?」

 

 聞きなれない単語に、レイは目つきを鋭くしたまま首を傾げる。

 サイキルなるロボットは中年男性を思わせる顔に大きな笑みを浮かべた。

 

「レネゲイドとは! メガトロンを倒すために集まった有志たちだのことじゃ!! もはや奴にディセプティコンを支配する力はない! メガトロンに代わって我々が支配者になるのだ!」

 

 大きく腕を広げて宣言するサイキルを、レイは冷ややかな目で見ていた。

 それに気付かず、サイキルは大袈裟な動作を交えながら話しを続ける。

 

「そもそもこのサイキルは、かつてメガトロンと並ぶ剣闘士だったのだ! メガトロンに出来て儂にできぬはずがない! メガトロの栄光は儂の物だったはずなのだ! いや儂の物だ!!」

 

 ――ようするに嫉妬か……。

 

 かつてないほど心が冷え切っているをレイは感じていた。

 にも関わらず、フレンジーを殺したこいつらに対して、魂のどこか深い所から憎しみが沸きあがってくる。

 それは得体の知れない女神に対する憎しみよりもハッキリとした物だった。

 

「つまり、この儂こそがディセプティコンの頂点に立つ……」

 

「くだんねえなあ……」

 

 サイキルの妄言をさえぎり、レイは吐き捨てた。

 いきなりのことに、サイキルは虚を突かれたような顔になる。

 

「何だと?」

 

「くだんねえっつたんだよ。てめえの言ってることは単なる逆恨みじゃねえか」

 

 普段の気弱な彼女からは想像もつかないドスの効いた声を出すレイ。

 サイキルはそんな彼女の異様な様子に気押されたように後ずさる。

 

「ハッ! 女一人にビビッてんじゃないよ! そんなんでよくメガトロンを倒すとか言えたもんだね!」

 

 心底馬鹿にしたような表情と声のレイ。

 サイキルは激昂して声を荒げた。

 

「き、貴様! 有機生命体の分際でこのサイキル様に! ええい、貴様はメガトロンを誘い出す囮に使うつもりだったが気が変わったわ! この場で殺してくれる!!」

 

 言うや否やサイキルは武装を展開しレイに向ける。

 だがレイは泣き叫ぶことも命乞いもせずにサイキルを睨みつける。

 

「やれるもんならやってみな! このハゲ野郎が!」

 

「こ、この下等生物が!」

 

 もはや余裕もなく、サイキルはレイを銃を発射しようとする。

 

 その時である!

 

 闘技場のドーム天井を突き破って、何かが落下してきた。

 その何かは地響きを立ててリングの中央に着地すると、ゆっくりと首を巡らす。

 攻撃的な灰銀の巨体。

 斜めに傷の走る悪鬼羅刹の如き顔。

 そして真っ赤なオプティック。

 

 そう、ディセプティコン破壊大帝メガトロン、そのヒトである!

 

 メガトロンはゆっくりと当たりを見回し、そしてレイに銃を向けたまま固まっているサイキルに視線をやった。

 

「……前にも言ったはずだがな。その女は俺の所有物だと」

 

 地獄の底から響くようなメガトロンの重低音の声は、限りなく不機嫌そうだった。

 

「にも関わらず、その女を害そうとするとは愚かな奴がいたものよ……」

 

 突然の乱入者に、それも破壊大帝の登場にレネゲイドの面々は完全に硬直していた。

 だが正気をいち早く取戻したサイキルは余裕の笑みを浮かべる。

 

「ククク、来たのならばちょうどいい。ここを貴様の墓場にしてやるわい! 者どもかかれい!!」

 

 サイキルの号令に、周囲のレネゲイドたちが飛びかかっていく。

 

「まったく……」

 

 メガトロンはハアッと排気した。

 

「この愚か者どもめが。俺が一人で来ているわけなかろう。ディセプティコン! 攻撃(アタック)!!」

 

 言葉とともにメガトロンが手をかざすと、ドーム天井に開いた穴から二機の戦闘機が飛び込んできた。二機は素早く変形して着地する。

 スカイワープとサンダークラッカーである。

 

「おいおい、ここはニューリーダー病患者の隔離病棟かナンかか?」

 

「馬鹿言ってないで、さっさと戦え!」

 

 スカイワープが自身の特殊能力である短距離ワープを駆使して敵の集団の中を引っ掻き回し、サンダークラッカーがソニックブームを発生させて敵を薙ぎ払う。

 僅か二人ではあるが、彼らはディセプティコンでも屈指の戦士。有象無象など物の数ではない。

 そしてメガトロンは自分に刃向う愚者どもの首魁、サイキルと対峙する。

 

「……メガトロン様」

 

 レイは近くにやってきた破壊大帝に対して、静かな声を出した。

 いつもと違うレイに、しかしメガトロンは一瞥をくれただけだった。

 

「あいつら、フレンジーさんを殺したんです……。殺したんです!!」

 

 滾々と沸きあがる憎悪に突き動かされるまま、レイは叫ぶ。

 

「殺してください! あいつらを! 殺せ!!」

 

 その肉体から黒いオーラのような物が吹きあがり、長い髪がたなびく。

 メガトロンは何かを確かめるように両の拳を握り開きしていたが、やがて満足したように凶暴に笑うとサイキルと向き合った。

 

「おい、そこの女! こっちへ来い!」

 

 レイの傍にワープしたスカイワープは彼女を掴み上げると、メガトロンとサイキルから離れる。

 サイキルはディセプティコンの誰もが恐れる破壊大帝と対峙しながらも、笑みを浮かべた。

 

「ククク、儂はこの時をずっと待っていたのだ。儂のことをおぼえておろう? そう! 貴様が剣闘士としてデビューした時に初めて戦ったサイキル様じゃ! あの時は僅かな油断で貴様に敗北したが、今回はそうはいかん! あの時の運命は今日逆転するのじゃ!!」

 

 興奮した様子で捲し立てるサイキル。

 かつてメガトロンがこの闘技場で打ち破った多くの剣闘士たちの最初の一人、それこそがサイキルだった。

 当時すでにベテランの剣闘士として鳴らしていたサイキルだが、突如現れた新人剣闘士メガトロンに敗れていらい、幸運に見はなされた運命をたどって来た。

 対してメガトロンは栄光の中にあり、周囲から賞賛され、ついにディセプティコンの支配者にまで上り詰めた。

 あの時、勝ってさえいればその地位にいたのはサイキルかもしれなかったのだ。

 少なくとも、サイキルの頭の中では。

 そしてついに、自分の正当な運命を手にする日がきたのだとサイキルは考えていた。

 だが、

 

「……貴様は誰だ?」

 

 メガトロンはまるで初対面の相手に対するように、そう聞いてきた。

 愕然とするサイキル。

 

「な!? 貴様、儂をおぼえていないというのか!? この儂を! かつてこの闘技場で戦ったのだぞ!!」

 

「フン! 打ち負かした相手のことなどイチイチおぼえておらんわ。さあ、御託はそれくらいにして、さっさとかかってこい!」

 

 挑戦者を待つ王者(チャンピョン)の風格で、メガトロンは言い放つ。

 それを聞いてサイキルは激昂した。

 

「ふざけるな!! ならば望み通り死ぬがいい!! いくぞぉおおお!! メガトロォォン!!」

 

 剣を展開し、メガトロンに大上段に斬りかかっていくサイキル。

 そのブレインサーキットの中では、メガトロンを倒し全てのトランスフォーマーの頂点に立つ自分の姿がありありと浮かんでいた。

 対するメガトロンは、心底つまらなそうに軽く身を引いた。

 それだけでサイキルの攻撃はメガトロンの体をはずれ、地面にめり込む。

 

「な!?」

 

 すぐさま次の攻撃に移ろうとするサイキルだが、メガトロンはそれより早く右腕を突き出しサイキルの腹にデスロックピンサーを突き刺す。

 

「がはッ!? が、が、が!?」

 

「この程度か。『新しい力』のテストにもならんな」

 

 串刺しになったサイキルをそのまま吊り上げて、メガトロンは冷酷に言い放つ。

 

「せめて、どこぞの愚か者(スタースクリーム)くらいの実力を得てから戦うのだったな」

 

「わ、儂は、儂は……」

 

 その状態でも何かを言おうとするサイキルだが、メガトロンはそのままフュージョンカノンを発射する。

 エネルギーの塊をサイキルはその分不相応な野望もろとも粉々に吹き飛んだのだった。

 それを見るや生き残っていたレネゲイドを名乗る反逆者集団は戦いを放棄して逃げ出していく。

 しかし、メガトロンはそれをいちいち追ったりはしない。

 それは外に待機させた部下たちの仕事だ。

 

「「メガトロン様、お見事です!」」

 

 スカイワープとサンダークラッカーは異口同音に主君を称え、その前にかしずいた。

 

「御苦労。楽にせい」

 

 二体のジェット機型ディセプティコンを短く労うと、どこか虚空を見つめるレイの傍へと歩いていった。

 

「どうした?」

 

「メガトロン様……、フレンジーさんが、フレンジーさんが……」

 

 もういない小ディセプティコンの名を呼びながらレイはその場に泣き崩れた。

 それを見て、メガトロンは少しだけバツの悪そうな顔になり、一つ排気するとスカイワープのほうを向いた。

 

「……おい、フレンジー。そろそろ出てきてやれ」

 

「へ~い!」

 

 するとスカイワープの体の一部が開き、そこから頭だけのディセプティコンが出て来た。

 

 フレンジーだ!

 

「あれれ~? レイちゃん泣いてんの?」

 

 からかうように言いながら、レイへとカニ歩きで近づくフレンジー。

 

「フ、レンジー……さん?」

 

 涙を拭くのも忘れて、レイは声を絞り出した。

 

「おう! 俺だぜ! いや、ほらあの時は死んだふりして、メガトロン様に助けてもらったんだよ! 騙してゴメンね!」

 

 いつも通りの軽い口調でヘラヘラと語るフレンジー。

 次の瞬間、レイはそんなフレンジーを力いっぱい抱きしめた。

 

「ちょ!? レイちゃん!?」

 

「良かった……、無事で……、本当に……!」

 

 涙を流しながら、レイはフレンジーを抱きしめ続ける。

 首だけの状態では、そんな彼女を抱き返すこともできずフレンジーはオズオズと声を出す。

 

「ごめんよ……、心配かけて……」

 

 メガトロンはフレンジーを抱きしめるレイを見て、フンと排気するとジェッティコン二体

の横を通り過ぎて歩いていった。

 信じられないものを見たという顔で、サンダークラッカーは相方にたずねた。

 

「なあ、気のせいか? 今、メガトロン様、笑ってなかったか?」

 

「馬鹿言えよ。ヒューズがぶっ飛んだって、そんなこと有り得ねえ」

 

  *  *  *

 

 ケイオンのとある路地裏。

 ヒト目のないこの場所を一体のディセプティコンが周囲を警戒しながら歩いていた。

 それはサイキルの下でレネゲイドを名乗っていた一般兵たちの内の一体だった。

 よくよく見れば、フレンジーを撃った個体である。今のところ上手く追手から逃れているようだ。

 と、その前に別の影が現れた。

 だが一般兵は慌てず、むしろ安心した様子を見せる。

 

「アンタか……」

 

「首尾よくいったようだな」

 

「ああ、しかしサイキルの野郎、口ほどにもない」

 

 呆れたように排気する一般兵。

 

「しかし、ことごとくアンタの思惑通りか。サイキルの馬鹿をたきつけて騒ぎを起こさせる。んでもってメガトロンに始末させる……。俺には何でそんな回りくどいことをするのか分からんが、とにかく上手くいった」

 

 口ぶりからすると、サイキルを反逆するよう仕向けたのは、この一般兵らしい。

 影は一つ頷く。

 

「そうだな。……そしてこれで計画完了だ」

 

「へ? それはどう言う……」

 

 意味か。と言い終わるより早く、一般兵の首は胴体から離れて地面にゴロリと転がった。

 

 首と命を失って倒れる一般兵を後目に、影……ブラジオンは刀を収めた。

 

「あのメガトロンが自ら助けに行くとは、やはりあの女……」

 

 聞く者はいなくとも一人口に出すブラジオン。

 

「これはいよいよ、師に報告せねばな……」

 

  *  *  *

 

 その夜。

 今夜は珍しく分厚い雲の切れ間から覗いた月がケイオンを照らしていた。

 そしてコルキュラーは玉座の間。

 司令室とは別に用意されたそこで、メガトロンは一人、天窓から覗く月を眺めていた。

 

「メガトロン様、こちらでしたか……」

 

 と、扉が開きレイが玉座の間に入室してきた。

 そちらを見ずに、メガトロンは言った。

 

「レイか、何用だ?」

 

「用、と言うほどの物ではありません。今日のお礼と……この前の話しの続きです。……メガトロン様、教えてください。あなたは何のために戦っているんですか?」

 

 真面目な声で放たれた問に、メガトロンは答えない。

 ただ、月を見上げるだけだ。

 

「……答えてください。あなたはあのサイキルたちと、何が違うんですか?」

 

 巨大な戦争を起こし、サイバトロンを荒廃させたメガトロン。

 自分勝手な野心のために、他者を傷つけることに躊躇いのなかったサイキル。

 二者の何が違うと言うのか、それがレイは知りたかった。

 何も答えないメガトロン。それを見つめるレイ。

 しばらく膠着状態が続き、またしても駄目かとレイが諦めかけた、その時だ。

 

「……よかろう。興が乗った。教えてやろう」

 

 メガトロンは変わらず月を見上げたまま、ついに口を開いた。

 

「俺が望むもの。……それは、平和だ」

 

「……………平和?」

 

 その答えに、レイは呆気に取られる。

 あまりにも、メガトロンには似つかわしくない言葉だ。

 平和を望むなら、なぜ戦い続ける?

 その疑問に答えるが如く、メガトロンは続ける。

 

「平和とは、決して自由な世界には生まれないものだ。自由とは無秩序と同じ意味であり、圧倒的な支配によってもたらされる秩序こそが、平和への唯一の道だ。少なくとも、俺はそう信じている」

 

「……そんなこと」

 

「理解する必要はない。理解してほしいとも思わん」

 

 あらゆる共感を突き放して、メガトロンは語る。

 レイは半ば直観的に、この話しはメガトロンの目的の全てではないことを悟った。

 しかし、同時にこれが嘘偽りのないメガトロンの目的であることも理解できた。

 だからこそ、レイは次の言葉を絞り出した。

 

「そうやって、周りを巻き込むんですか? ……ガルヴァちゃんたちのことも」

 

「いずれ、時が来ればな」

 

 冷厳に、メガトロンは言い放つ。

 どれだけ可愛がろうと、幼体たちは来るべき日の戦力に過ぎないと、そうメガトロンは言っているのだ。

 

「……分かりません、私には、分かりません」

 

「言っただろう。分かる必要などない」

 

 レイはここに来て、メガトロンとの距離を感じていた。

 当たり前だ。

 どうして、有機生命体が異星の金属生命体の考えを理解できる?

 改めてレイは考える。

 共感も理解も、所詮は自分の一人よがりな妄想だったのかもしれない。

 それでも、だからこそ、この金属生命体の破壊者のことを知りたいという欲求が、レイの中に芽生えていた。

 なんとなしに上を見上げると、金属の月が天窓の向こうに見えた。

 

「……意外ですね。月を見る趣味があるなんて」

 

「俺とて、月や星を愛でたくなる時もある。久方ぶりの帰郷なれば、なおさらな」

 

 ハアッと息を吐いたレイは、ふと歌を口ずさんだ。

 あの基地で、ガルヴァとサイクロナスに聞かせている子守唄だ。

 なぜと聞かれても困る。そういう気分だったのだ。

 あなたは一人ではない。母や父や仲間たちがいるのだからと言う、そういう内容の歌だった。

 メガトロンは黙ってそれを聞いていた。

 レイの歌にいかなる感想を持ったのか、それは彼自身にしか分からない。

 月下の中で、二人は金属の月を見上げていた。

 

「……俺は一人だ。これまでも、これからも」

 

 メガトロンは、小さくそう呟いた。

 それはひょっとしたら、本人がまったく自覚せず思わず口を吐いて出た言葉だったのかお知れない。

 そしてその呟きは、メガトロンの意思に反して、レイの耳に届いていた。

 だが、それがメガトロンにとって決して触れられたくない部分であろうことも、何となく分かったので追及はしなかった。

 

 いよいよ出撃の準備が整いケイオンを出立したのは翌日のことだった。

 




今週と先週のQTF
和製ビーストはどこ行ったんですか?
マイクロン三部作は失敗やないとです(断言)
アーシーとクリフについては、もう何も言うまい。

あとがきに代えて、ゲストキャラ解説。

サイキル
元々はゴーボッツという別のロボットアニメ&玩具の登場キャラで、悪の軍団レネゲイドのボス。
ゴーボッツは展開していた会社がハズプロ傘下になったので、彼もTFとして扱われることもある。
色々あってTFファンからはハゲバイクの愛称で親しまれる。

スカイワープ
ご存じ初代ジェットロンの一員。
実写バースだと、科学者だったりG1準拠だったりキャラが一定しない。
ここではG1準拠のキャラ付けに。

次回で一区切り……できるといいなあ(フラグ)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 悔恨

案の定分割。っていうか演出の都合上、分割。
そのせいで時間がかかった割には短いです。


 クリスタルシティ。

 かつては栄華を誇った科学の聖地。

 今はディセプティコンの攻撃により、廃墟と化した都市。

 

 オートボットと女神たちは紆余曲折あったものの、ここに辿り着いていた。

 そしてここはその中枢、メインタワー。

 地下鉱山で合流した者たちを外に待たせ、女神とそのパートナーたち、ドリフト、ハウンド、クロスヘアーズ、そしてアルファトライオンが最奥を目指していた。

 

「もうすぐじゃ。この奥でオメガ・スプリームが眠っておる」

 

 先頭を行くアルファトライオンはそう言った。

 

「オメガ・スプリーム?」

 

 聞きなれない名前に、アイアンハイドの隣を歩いていたノワールが首を傾げる。

 義父たるアルファトライオンの横を歩くオプティマスは一つ頷くと説明する。

 

「オメガ・スプリームというのは、クリスタルシティを統括するメインコンピューターのことで、いわばこの都市の守護神だ。今は眠りについているが、奥にある本体を操作すれば再起動できるはずだ」

 

「その通りです。オメガ・スプリームはこの都市で起こった全てを記録している。きっとスペースブリッジについても知っているはずです」

 

 継いでドリフトが補足した。

 

「なるほどね……」

 

 納得した様子のノワール。

 巨人のための通路を歩き続ける一同は、やがて巨大な扉の前に行き当たった。

 

「ここがオメガ・スプリームの本体が収められている間じゃ。さすがのディセプティコンもここまではこじ開けられなかったようじゃな」

 

「どうやって開けるの?」

 

「合言葉を唱えるのじゃ。見ていなさい」

 

 ブランの問いに答えたアルファトライオンは、見るだけで分厚く頑丈なことが分かる扉を見上げながら杖を掲げる。

 

「ヴァーウィップ、グラーダ、ウィーピニボン! これは宇宙共通の挨拶……に、なってくれればいいなと先人が作った言葉じゃ。『宇宙は一つ、皆兄弟』という意味じゃよ」

 

 どこか昔を懐かしむように微笑むアルファトライオンの前で、音を立てて扉が開いていく。

 扉の奥は広大な空間になっていた。トランスフォーマー基準でも奥行があり、天井も非常に高く、奥には『何か』があった。

 それは壁を背に座り込んだ巨大な人型であり全身が太いチューブで壁と繋がっていた。

 

「こ、これがオメガ・スプリーム!?」

 

 驚きの声を上げるノワールにオプティマスは頷く。

 

「そうだ。オメガ・スプリームとは、古代の巨人族の最後の生き残りなのだ。私も本体を見るのは初めてだ……」

 

「残念ながら、動くことはできんがの。いかな巨神も時の流れには勝てないと言うことじゃ……」

 

 寂しげに言うアルファトライオンは、巨神の目の前に置かれたコンソールまで歩いていき、それを操作する。

 

「ふむ……。まだダメージから回復しきっていないが、これなら再起動できるじゃろう」

 

 しかるべき手順を踏み、最後に決定ボタンを押す。

 少しの間、静寂が巨神の寝床を支配した。

 やがて部屋全体が細かく振動し始め、宇宙服のヘルメットを思わせる巨神の頭部に光が宿った。

 

「……オメガ、起動。……アルファトライオン、久し振りだ」

 

 巨神オメガ・スプリームの発する声は、その姿に相応しい重厚さだったが、同時に静かなものだった。

 

「友よ、久しいの。起こして早々すまないが今一度力を貸してくれぬか……」

 

「それはもちろん、構わない。だがすでに地上に動かせる戦力はない。力を貸す、と言っても何をすればいい?」

 

 かつてのディセプティコンの奇襲により、オメガ・スプリームの手足となるガードロボットや無人戦車、対空砲台はほぼ破壊されている。

 だがオメガ・スプリームとて、目の前の老歴史学者が戦力を当てにして自分を目覚めさせたのではないことは分かっていた。

 アルファトライオンは頷く。

 

「このクリスタルシティのどこかには、スペースブリッジの試作品が眠っているはずじゃ。その場所を知りたい」

 

「それならば、このメインタワーの地下、こことは別の区画に封印されている。……どうやら、何者かが私の眠っている間にそこに立ち入ったようだな」

 

「ロックダウンだ。……奴の言っていたことは本当だったか」

 

 オプティマスは納得した様子で言葉を出す。

 やはりあの賞金稼ぎは、この都市からゲイムギョウ界に跳ばされたのだ。

 

「それで!? そのスペースブリッジは使えるの!?」

 

 待ちきれないとばかりにノワールが声を上げた。

 ゲイムギョウ界に帰還できるかどうかの瀬戸際だ。焦るのも仕方がなかった。

 ここまで来て無駄骨じゃあ、笑い話にもなりはしない。

 対しオメガ・スプリームはゆっくりと答えた。

 

「使用可能だ。だが、何分古い物だからな。エネルギーのチャージに時間がかかる上に、あと一回の転送が限度だ」

 

 その答えに女神たちは一様にホッとする。

 とりあえず、これでゲイムギョウ界に帰る目途が立った。

 アルファトライオンはさらにコンソールを操作して、情報を引出す。

 

「ふむ。スペースブリッジはリフトで地上に移動できるようじゃな。そのほうが何かと都合がよいし、地上に移動させよう」

 

 ポチッとスイッチを押すと、どこからか振動と共に機会の駆動音が聞こえてきた。

 

「さあ、外に出てみよう」

 

 そして一同は元来た道を戻りメインタワー前の広場に出た。

 広場の中央の地面が扉のように開き、下から巨大な何かがせり上がってくる。

 それは巨大な輪が地面に横たわっているかのような形をした機械だった。

 

「……この、ドーナツのお化けみたいなのが、スペースブリッジ?」

 

 思わず声に出すブラン。

 タリの遺跡で見たのとは随分形が違う。

 

「試作型だからな。あらゆる機械は試行錯誤を繰り返して完成する。あれはその過程の一つというわけだ」

 

 その訳を簡単に説明するオプティマス。

 ブランとしても動いてくれれば問題ないので、それ以上は何も言わない。

 スペースブリッジはリング型の本体の横に、操作盤らしき機械が置かれていた。

 それを操作するアルファトライオン。

 

「転送先の座標は前回のデータを使えばよさそうじゃが、確かにこれは、チャージに時間がかかりそうじゃわい」

 

「どれくらい!?」

 

 切羽詰まった声を出すノワール。

 これで云百年とか言われた日には目も当てられない。

 

「幸いにして、都市の地下にはプラズマエネルギーが貯蔵されておる。そうだの……、半日といったところか」

 

 意外とすぐすむようだった。

 ホッと胸をなで下ろす一同。

 アルファトライオンはそんな一同を見回し、言った。

 

「それまでの間、休憩といこう。……これでしばしの別れになるのだから」

 

 その言葉に頷くオプティマスだが、ふと、クリスタルシティに到着してからここまで何も言わないことに気が付いた。

 皆の後ろにポツリと所在なさげに立つ態は、いつも元気な彼女らしくない。

 

「ネプテューヌ? どうしたんだ、元気がないようだが」

 

 ネプテューヌに近づき話しかけるが、彼女は上の空だ。

 

「ネプテューヌ?」

 

「……え!? あ、なにオプっち?」

 

 慌てた様子で笑顔を作るネプテューヌを見て、オプティマスは訝しげな顔になる。

 

「何やら様子がおかしいぞ。いったいどうしたというんだ?」

 

「お、おかしくなんかないよ! わたしはいつも通り!」

 

「しかし……」

 

 両腕を広げてニッコリと笑って見せるネプテューヌ。

 と、その周りを囲うように女神たちが近づいてきた。

 

「ネプテューヌ」

 

「な、何さノワール」

 

 代表して言葉を発したノワールに、ネプテューヌは軽い調子で返す。

 だがノワールをはじめとした女神たちは厳しい顔だ。

 

「ちょっと話があるわ。ヒトのいない所に行きましょう」

 

「え、ええ~? 何、ひょっとして告白? いや~、残念だけどわたし百合属性はないんだよね! 勘違いされがちだけど!」

 

 ふざけた調子のネプテューヌ。

 

「いいから! ちょっとこっちに来なさい!」

 

「ええ~!?」

 

 ネプテューヌの背を押して、建物の中へと入っていくノワール。

 その背をブランとベールも追う。

 

「ネプテューヌ!」

 

「……ここはわたしたちに任せてちょうだい」

 

「女の子には、女の子同士の話しがあるのですわ」

 

 オプティマスが呼び止めようとするが、ブランとベールがそれを制する。

 なおも何か言おうとする総司令官の肩を、義父である老科学者が掴んだ。

 振り向いたオプティマスに、アルファトライオンはゆっくりと首を横に振る。

 オプティマスは後ろ髪を引かれながらも、一同に号令をかけるのだった。

 

「……では、スペースブリッジの準備が整うまで、休息とする」

 

  *  *  *

 

「……それで何さ、ノワール?」

 

 どこかの建物の中。

 ネプテューヌはノワール、ブラン、ベールに囲まれていた。

 何とも異様な雰囲気の中、ノワールはネプテューヌに問う。

 

「こっちに来てから、あなた変よ」

 

「へ、変て何さ! もう、オプっちもノワールも……」

 

「誤魔化さないで! 見てて痛々しいのよ!」

 

 ビクリとネプテューヌは体を震わせた。

 

「い、痛々しいって……」

 

「ネプテューヌ」

 

 ブランも厳しい声を出す。

 

「……オプティマスのことでしょう」

 

「な、何でここでオプっちが出てくるのさ!」

 

「あんな切なげにオプティマスさんを見ていたら、誰だって分かりますわ」

 

 動揺するネプテューヌに答えたのは、ブランではなくベールだった。

 

「何があったのよ。正直に話してちょうだい」

 

「…………」

 

 目を逸らそうとするネプテューヌの肩を掴み、その顔を覗き込むノワール。

 

「ッ!」

 

「……私たち、仲間でしょ?」

 

 だからこそ、心配なのだ。

 あまりにもらしくない、その姿が。

 しばらく沈黙していたネプテューヌだが、やがて根負けしたようにポツポツと語り出した。

 アルファトライオンやドリフトから聞いた、オプティマスの過去。その全てを。

 

  *  *  *

 

「なるほどね……」

 

 話しを聞いて、ノワールは納得したように呟く。

 それは確かに、いかなネプテューヌとて気落ちしてしまうのも仕方がない。

 

「……それで、あなたはどう思ったの?」

 

 ブランは一番大切なことを聞いた。

 確かにオプティマスの過去は壮絶だ。

 だが、それを聞いてネプテューヌが何を感じたのか。それをボカされているように、女神たちは感じていた。

 

「……わたしさ、エリータってヒトのことを聞いた時、何だか変な気分になったんだ。よく分からないけど……。それで、それで……」

 

 ネプテューヌは間を置いて、何とか声を絞り出した。

 

「エリータがもういないって分かった時、わたし、わたし……。少しだけホッとしたんだ。……ホッとしちゃったんだ」

 

 気が付けば、ネプテューヌの目から涙がこぼれていた。

 

「酷いよね。最低だよね……」

 

 ネプテューヌの独白を聞いた女神たちは顔を見合わせる。

 そして、まずノワールが息を吐いた。

 

「そうね。確かにそれは最低だわ」

 

「……だよね」

 

「でもね。あなたはそれを最低だって思って、それ以降はそう思わないようにしてる。それはいいことだと思うわ。変に言い訳したり、開き直ったりしてない」

 

 その言葉に、ネプテューヌは顔を上げる。

 ノワールは優しい笑みを浮かべていた。

 ブランも頷く。

 

「……というか、そんなの誰だって思うわよ。あなたはまだマシなほう。わたしだったら、嫉妬のあまりキレてたかもね」

 

「……あはは」

 

 少しだけネプテューヌは笑う。

 ベールはたおやかに微笑んだ。

 

「そうですわね。恋をすれば、楽しいばかりではありません。痛くて苦しいものですわ」

 

「うん。…………うん?」

 

 思わず頷いたネプテューヌだったが、聞き捨てならない単語に気が付いた。

 

 ――恋? 誰が? 誰に?

 

「こここ、恋って! そんな、わたしは別にそんな……」

 

 慌てて否定するネプテューヌに、女神たちは面食らう。

 

 ――え? ひょっとして自覚なかったの? あれだけオプっちオプっち言って引っ付いてたのに?

 

 目を点にする女神たちにネプテューヌは慌てて反論する。

 

「だだだ、だってオプっちはトランスフォーマーだし!」

 

「……そんなの関係ないわ。……そう、『何故か』関係ないと思えるの」

 

 ブランはどこか思案するように言う。

 

「そそそ、それに! 恋したらもっと楽しいって言うか、嬉しい感じなんだと思うんだけど!」

 

「先ほども言いましたけど、恋をしたら楽しいばかりではありませんわ。むしろ辛いことのほうが多いのです」

 

 なおも言い訳がましいネプテューヌを、ベールが柔らかい口調で、しかしバッサリと切り捨てる。

 

「う、う~……」

 

「ああもう! 鈍感なのはハーレムラノベの主人公だけで十分よ! もう一度、良く考えてみなさい! ……あなたがオプティマスのことをどう思っているのか」

 

 頭を抱えるネプテューヌに、ノワールはやや強い口調で問う。

 結局、そこが大事なのだ。

 

「わたしが、オプっちのことをどう思っているか……」

 

 最初出会った時は、無邪気にはしゃいだ。

 金属製の巨体を持つヒーロー。そういうものだと思った。

 実際、彼は勇敢で真面目で強くて。まさにネプテューヌの思い描くヒーローそのものだった。

 だが付き合いが長くなるうちに、それだけではないと気が付いた。

 本当の彼は優しくて、繊細で、少しだけ天然で。

 戦闘時の口の悪さも、本性と言うよりは、相手を傷つけることに対する罪悪感を誤魔化すためのものだと思う。

 そしてこの星に来て、オプティマスの背負う物の重さを知った。

 ……たった一人で背負うには、あんまりにも重すぎるということを。

 しかし、周囲はそれを背負うことを彼に期待する。

 オプティマスは決して不満一つこぼさない。

 優しくて、強くて、でもどこか壊れてしまいそうな一面を持つオプティマス。

 そんな彼を自分は……。

 

「わたしは……」

 

 黙考を続けていたネプテューヌはようやっと答えを見つけたのだった。

 

「わたしは、オプっちのことが、好きだ……」

 

「よろしい。やっと一歩前進ね」

 

 満足げにノワールは頷いた。

 

「で、でも好きだったらどうしたらいいんだろう……?」

 

「……それは自分で考えなさい」

 

 答えは出たものの、まだ不安げなネプテューヌにブランが言う。

 厳しいようだが、ここから先はネプテューヌ自身が何とかするしかない問題だ。

 自分たちは、できる範囲で手助けしていけばいい。

 

「正直な所、わたくしたちもアドバイスできるほど経験豊富な訳ではありませんしね」

 

 苦笑気味に、ベールが締めた。

 確かに、と頷く一同。

 なんせ女神たちは恋愛という経験がほとんど、ないしまったくないのだから。

 国を治める女神としての立場もあるし、『女神』はそもそも人間とは全く違う生物なのだから。

 それが、金属生命体に惚れてしまったのは何の因果やら。

 もっともブランとベールもパートナーとは友達以上恋人未満だし、ノワールに至っては恋愛感情を持っていないのだが。

 女神たちは、誰ともなく苦笑しあうのだった。

 

  *  *  *

 

「……時に、息子よ」

 

 スペースブリッジ前。

 アルファトライオンは制御盤を操作しながら、後ろに立つオプティマスに言葉をかけた。

 他の者たちは、警備や物資の調達などに散っている。

 

「何でしょうか、父上?」

 

「いやなに。大切ことを聞くのを忘れておったからな」

 

 この場に自分たち二人しかいないことを確認した上での、重要な話題であると前置きである。

 これは大事の予感がすると、オプティマスは内心で身構える。

 

「お主は、あの娘のことをどう思っておるのじゃ」

 

「……は?」

 

「ネプテューヌ君に、どういう感情を抱いておるのかと言っておる」

 

 その問いにオプティマスは面食らう。

 もっと深刻な話しかと思っていたのに。

 

「その答えなら簡単です。彼女は私にとって大切な友人です」

 

「本当にそれだけか?」

 

 淀みなく答えるオプティマスに、アルファトライオンは鋭い視線を向ける。

 

「……お主の中に深い悩みが見える。それを聞かせてはくれまいか」

 

「それは……」

 

 父と慕う老オートボットの言葉に、しかしオプティマスは彼らしくない煮え切らない態度を見せる。

 

「悩み、と言えるほどの物かは分かりません。オートボットの総司令官としてはあまりに小さな問題で……」

 

「では今は、ただのオプティマスに戻ると良い。少しの間くらいなら代々のプライムも許してくださるじゃろう」

 

 内心を見通すような視線を受けてオートボット総司令官はどこか所在なさげだったが、やがて一句一句絞り出すように語り始めた。

 

「彼女と共にあると、私の心が穏やかになっていくのを感じるのです。戦いの狂気も過去の悲しみをひと時の間忘れてしまうのです。……それだけはありません。私は彼女に愚かにも強い執着を感じているのです。彼女が他の者と共にあると、精神は安定を失い、怒りと不安に満たされるのです」

 

「ふうむ……」

 

 難しい顔で髭を撫でるアルファトライオン。

 

「オプティマスよ。それはつまり……」

 

「……はい、その通りです。私は彼女に恋愛感情を抱いているらしいのです」

 

 そう言うオプティマスの顔は、決して恋に燃え愛を語る男の顔ではなかった。

 まるで死刑執行を言い渡された罪人のように、罪悪感と自己嫌悪に満ちていた。

 

「愚かな、愚かな、愚かなことです。私は金属生命体、彼女は有機生命体、到底恋愛が成立するわけないのです。さらに私はプライムになった時、全ての責任を背負うと決めたにも関わらず、彼女と共にいるとそれを忘れてしまうのです」

 

「……オプティマス」

 

「ネプテューヌといっしょにいると楽しい! 彼女が私に笑いかけてくれることが嬉しくてたまらない! だけど、だけど、それは許されないことなんです! ……私はプライムなのだから!!」

 

 血を吐くように言葉を絞り出すオプティマス。

 アルファトライオンはその慟哭を黙って聞く。

 

「私が! 私がプライムとしてこの戦争を続けることを選んだのです! その私が楽しみや喜びの中にあるなど、散っていった戦士たちに顔向けができません! まして、まして私は……」

 

 泣きそうな顔で、オプティマスは言葉を吐き出した。

 

「エリータ・ワンを助けることができなかったのだから!!」

 

 それは総司令官(プライム)にあるまじき、心からの弱音だった。

 この場にオートボットの戦士たちがいたならば、自分たちのリーダーの情けなさに失望してしまうことだろう。

 オプティマスがこういう弱音を吐けるのも、父たるアルファトライオンの前だけなのだ。

 

「……オプティマス」

 

 少しだけ間を置いて、アルファトライオンは言葉を発した。

 

「オプティマス。よく聞きなさい」

 

 息子の肩に手を置き、義父は続ける。

 

「エリータはな。幸せであったと儂は思うよ。彼女は己の意思の下に生きたのだから」

 

「幸せ?」

 

 オプティマスのためにずっとずっと戦い続けて、あんなに無残な最期を遂げたのに?

 アルファトライオンは大きく頷いた。

 

「そうじゃ。自由とは、己の意思に従って生きることだ。おまえに責任がないとは言わん。だが、必要以上に思いつめることもないと思う」

 

 諭すようにアルファトライオンは言葉を続ける。

 

「確かにおまえは重い責任を背負っておる。だが、何も一人きりでそれを背負うことはない。ここらで一つ、重荷を分かち合う相手がいてもいいとは思わんかね」

 

「……ネプテューヌに、私の重荷を背負わせろと?」

 

 そして、あのエリータのように悲惨な死を迎えさせろと言うのか?

 

「……できません。それだけは、できません」

 

「……やれやれ。おまえは昔から、変な所が頑固だったの。……よかろう。これは一朝一夕に片付けられる問題ではないようじゃ。では、儂から言えることはこれだけ」

 

 オプティマスの顔を真っ直ぐ見ながら、アルファトライオンは告げた。

 

「女神と共に進め。答えはきっと、そこにある」

 

「それはいったい……」

 

 訝しげな顔になったオプティマスが言葉の意味を問おうとした時だ。

 

『オプティマス! 緊急通信! 緊急通信!』

 

 突然ジャズからの通信が入った。緊迫した声だ。

 

「私だ。どうした、ジャズ」

 

『オプティマス、すぐ来てくれ! 6時の方向に機影多数、ディセプティコンだ!!』

 

「やはり来たか。総員に戦闘態勢取るよう伝えろ。私もすぐ行く」

 

『了解!』

 

 実に総司令官らしく威厳ある態度で短く命令すると、オプティマスは通信を切る。

 ここにしかスペースブリッジがない以上、メガトロンも必ずここに来ると思っていた。

 

「アルファトライオン。この話しはまた今度にしましょう。私は行きます」

 

「うむ。……しかしオプティマス、一つ問題がある」

 

「何です?」

 

 駆け出そうとしたオプティマスだが、思わせぶりなアルファトライオンの言葉に立ち止まる。

 

「このスペースブリッジだが、エネルギーが充填されると自動的に転送が開始されるようになっておる。そして、思っていたより早くエネルギーがたまりそうなのじゃ」

 

 オプティックを見開くオプティマス。

 それはつまり、ゲイムギョウ界に転送される好機が前倒しされたということだ。

 

「それはいつです!?」

 

「そうじゃの。……今じゃ」

 

 その瞬間、巨大なリング状機械の内側にエネルギーが満ち、光の柱が天に向かって立ち上がった。

 唖然としてそれを見上げるオプティマスだが、すぐに正気に戻り通信を飛ばす。

 

『ジャズ、アイアンハイド、ミラージュ! すぐに女神たちをスペースブリッジに連れてこい!』

 

 内心頭を抱えるオプティマス。

 ディセプティコンが攻めてきた瞬間にスペースブリッジが開くとは、まるで『図ったような』タイミングだ。

 

「アルファトライオン、あなたはここにいてください!」

 

 それだけ言うとオプティマスは仲間たちの指揮を取るべく、今度こそ駆けていった。

 アルファトライオンは立ち昇る光の柱を見上げた。

 このタイミングでメガトロンがやってきたのは、ある意味において好都合だった。

 

 ……少なくとも、アルファトライオンにとっては。

 

「許せとは言わん。恨むなら恨んでくれ」

 

 それは重い悔恨を含んだ言葉だった。

 

「しかし、おまえ『たち』に課せられた使命は、決して単なる勝利などではないのだ。……オールスパークよ、どうか導きたまえ」

 

 その呟きは、誰にも届くことなく大気に溶けたのだった。




いいじゃないですか、弱音くらい吐いたって。

いいじゃないですか、涙くらい流したって。

いいじゃないですか、泣き言くらい言ったって。

最後に立ち上がることができたなら、そいつは間違いなくヒーローなんです。


今週と先週のQTF
ディセプティコン回は安定して面白い。
サン○オなのに、内容が何と言うかオヤジ臭いけど、しょうがないね。

……夜の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETION、……やれと?(錯乱)


今回の小ネタ。

オメガ・スプリーム
当初はあくまでコンピューターでいく予定だったけど、結局出しちゃった巨大トランスフォーマー。
キャラとしては初代よりスーパーリンクに近いかも。

宇宙共通の挨拶
ザ・ムービーにてチャーが披露。
一見ギャグだが、挨拶が通じる=コミュニケーションが取れる=分かり合える、と考えるとそこに込められた祈りは重い。

リング型のスペースブリッジ
初代より。

次回は近いうちに投稿予定。
長かったサイバトロン編も終わりの予定です。(ゲイムギョウ界に帰れるとは言ってない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 さらばサイバトロン

とりあえず一区切り(ゲイムギョウ界に帰れるとは言ってない)

……そろそろギャグが書きたい。


「むううう! オートボットめ、すでにクリスタルシティに到着しておったか!」

 

 空中戦艦の艦橋で、メガトロンは唸り声を上げた。

 スペースブリッジを我が物とし、改めて軍団を送り込むのが当初の計画だったが、これではそうもいかなくなった。

 

「どうします、メガトロン様?」

 

 脇に立つレイは不安げにたずねた。

 彼女はこちらに跳ばされて来た時と同じくカラスの面を被っている。

 ちなみに特徴的な角型の飾りは外していた。

 

「決まっておる! ディセプティコン、攻撃(アタック)!! スペースブリッジを奪取するのだ!!」

 

 苛立たしげに命令したメガトロンは、ギロリと光の柱を睨む。

 すでにブラジオン率いる部隊がオートボットを攻撃している。

 

「俺も出るぞ! フレンジー、レイ、貴様らもついて来い!」

 

「了解!」

 

「は、はい!」

 

  *  *  *

 

 すでにクリスタルシティは静寂を失い、そこかしこでオートボットとディセプティコンが戦闘を繰り広げていた。

 

「こいつはいいぜ、何処を見ても敵だらけだ!」

 

 ハウンドは歓声を上げながら三連ガトリングでディセプティコンを薙ぎ払っていた。

 しかし、次々と襲い掛かってくるディセプティコンに、三連ガトリングはアッと言う間に弾が尽きてしまう。

 その隙を突いてディセプティコン兵がハウンドに迫る。

 しかしハウンドは素早く小銃を抜くと、敵を撃つ。

 

「どうだ見たか、この動き! 俺はデブのバレリーナだぜ!」

 

 まさにその言葉の通り、見た目によらぬ軽快な挙動を見せるハウンド。

 と、そこへ空からミサイルが降り注いだ。

 

「どうわっと!」

 

 間一髪、物陰に隠れてミサイルの爆発から逃れるハウンド。

 ミサイルを撃ち込んできた張本人である二機の戦闘機は、地上の様子を確認するべく旋回する。

 それはスカイワープとサンダークラッカーだった。

 

「地上を這う蛆虫め! このスカイワープ様の攻撃を喰らいやがれってんだ!」

 

「油断するなよ、スカイワープ」

 

「分かってら、サンダークラッカー!」

 

 二体の戦闘機型ディセプティコンは、地上にいるハウンドに再度狙いを定める。

 だがそこに、どこからか機銃の弾が浴びせかけられる。

 

「ぬお!」

 

「何だと!?」

 

 航空戦力はないと高をくくっていた二体はこれに驚くが、難なくかわして見せる。

 機銃を発射したのは、サイバトロンで広く利用されている型の飛行艇だった。

 一対のブースターと機銃を備えたそれは、すでに壊れていた飛行艇を継ぎ接ぎして何とか動かせるようにした物だ。

 

「はっはー! 空がテメエらだけのもんだと思うんじゃねえ!」

 

 飛行艇を操縦しているのは、クロスヘアーズだ。

 飛行能力を持たない彼だが、飛行機械の操縦ならお手の物であり、その腕でもってオートボットの防空の一翼を担っているのである。

 

「悔しかったら、追いついてみな!」

 

 挑発するように機体を揺らし、スカイワープとサンダークラッカーを引きつけようとするクロスヘアーズ。

 案の定、二機はクロスヘアーズを追いかけてきた。

 

「さ~て、本職相手にどこまでやれますかねぁ」

 

 シニカルに笑いながら、クロスヘアーズは飛行艇を加速させるのだった。

 

 別の場所ではドリフトが凄まじい速さで二刀を振るい、敵兵を斬り捨てていた。

 

「この場所は仲間たちの眠る土地! 荒させはせんぞ!」

 

 ドリフトにとって、このクリスタルシティは仲間たちと過ごした思い出深い場所だ。

 それを二度までも襲撃してきたディセプティコンは、もはや許すことのできない敵だった。

 

「さあ、次はどいつだ!」

 

「ならば、私が相手をしよう」

 

 一騎当千の活躍を見せるドリフトの前に、ディセプティコン兵の列を割って進み出る者がいた。

 それは……。

 

「ブラジオン……!」

 

「久しいな、デッドロック」

 

「その名は捨てた! ディセプティコンを抜けた時にな!」

 

 刀を構えながらのドリフトの言葉に、ブラジオンは嘲笑を浮かべた。

 

「愚かな。ディセプティコンを抜ける? そんなことは不可能だ。ヒトには生まれ持った宿命というものがある。ディセプティコンに生まれた者は、永遠にディセプティコンなのだ」

 

「だとしても! 我が(スパーク)はオートボットと共にあり!」

 

 流れる遺伝子(CNA)がディセプティコンの物だったとしても、精神はオートボットだ。

 オプティマスとエリータが、そして女神がそう言ってくれたのだから。

 

「……いいだろう。ならば、刀を持って語るのみ!」

 

 言うやブラジオンは腰の長刀を抜いた。

 睨み合う二人の侍。

 両者の間でジリジリと殺気が高まっていく。

 

「はあああ!」

 

「いやあああ!」

 

 そして殺気が極限に達した時、ドリフトとブラジオンは駆けだした。

 刀が閃き、打ち合う音が響く。

 凄まじい速度で刀を振り合う二人。

 相手の動きを読み、次の手を読む。

 両者の実力は一見互角だ。

 だが徐々にブラジオンが押し始め、ドリフトの青い鎧にいくつも傷が走っていく。

 

「所詮は付け焼刃! メタリカドーを極めし我が剣の前には無力!」

 

「クッ……!」

 

 ジリ貧に追い込まれるドリフト。

 一瞬の隙を突いてブラジオンの長刀がドリフトの首筋に迫る。

 

 その瞬間、二人のすぐ横に飛空艇が墜落してきた。

 

 飛空艇が地面に墜落した振動でドリフトはのけ反り、結果的にブラジオンの一撃をかわすことができた。

 すぐさまドリフトはブラジオンから距離を取り、墜落した飛行艇のそばに近づいた。

 

「大丈夫か! クロスヘアーズ!」

 

 すると飛行艇の操縦席からクロスヘアーズが這い出してきた。

 

「ゲホッゲホッ! くそう、さすがにこんなガラクタで二対一はキツイぜ!」

 

 特に大きなダメージはないようで、咳き込みながらも悪態を吐くクロスヘアーズ。

 ホッと排気するドリフトだが、状況はかなり悪い。

 

「へッ! 空で俺らに勝てる訳がねえだろうが!!」

 

「止めを刺すまで油断するな。……だが、同感だ」

 

 さらにスカイワープとサンダークラッカーも地上に降り立った。

 

「くっ、もはやこれまでか……。だがタダでは死なぬ!」

 

「ヘッ! 死ぬ気もねえがな!!」

 

 ドリフトは刀を構え直し、クロスヘアーズも銃を抜く。

 

「どこまでも愚かな……」

 

「オートボットってのは馬鹿ばっかだな!」

 

「だから油断するなって……」

 

 三体のディセプティコンは武器を構えてジリジリと迫る。

 絶体絶命の危機だ。

 

「目ぇ瞑れ!」

 

 だが次の瞬間、オートボット二人とディセプティコン三体の間にどこからか手榴弾が投げ込まれた。

 手榴弾が破裂して閃光が辺りを満たし、ディセプティコン三体のセンサー類を一時的に無効化する。

 

「今の内に退くぞ、クロスヘアーズ!」

 

「言われなくてもスタコラサッサだぜ!」

 

 三体のセンサーが回復した時には、ドリフトとクロスヘアーズは姿を消していたのだった。

 

  *  *  *

 

「助かったぜ! ハウンド!」

 

 クロスヘアーズはビークルモードで走りながら、同じくビークルモードのハウンドに礼を言う。

 

「いいってことよ! それより、オプティマスから指令だ! 『残存しているオートボットは、スペースブリッジが閉じたら即時撤退せよ!』ってな!」

 

「おお、では……」

 

 ヘリ型のビークルモードで空を行くドリフトは、その言葉に反応する。

 ハウンドは可能なら大きく頷いただろう。

 

「ああ、出発らしい」

 

  *  *  *

 

 再び、スペースブリッジ前。

 そこには女神とそのパートナーのオートボットたちが集結していた。

 

「アルファトライオン! スペースブリッジの座標はしっかり合っていますか!」

 

「問題ない。間違いなくゲイムギョウ界に転送されるだろう」

 

 冷静に言うアルファトライオンに、オプティマスは頷く。

 そして女神たちのほうを向くと号令をかけた。

 

「よし! では皆、この光の中へ飛び込むんだ! ……家に帰れるぞ」

 

「ちょっと待って! ディセプティコンを撃退してからのほうがいいんじゃない!?」

 

 異を唱えたのはノワールだ。

 ディセプティコンが押し寄せてくる状況で自分たちがいなくなれば、後に残った者たちを見捨てることになる。

 

「大丈夫だ。オートボットにはすでに撤退命令を下してある。彼らも一人前の戦士だ。無理はしないさ」

 

「…………ええ、そうね」

 

 渋々ながら納得し、ノワールは光の柱へと向かう。

 と、広場へと数台のビークルが飛び込んできて、女神たちの近くで停車した。

 

「やれやれ、間に合ったみたいだな」

 

 それはハウンドたちだった。

 彼らはロボットモードに戻ると横一列に並ぶ。

 どうして、とたずねるまでもない。

 

「お別れを言いたくてな」

 

 ハウンドがまずは言葉を発した。

 

「お嬢ちゃん……、いや、ノワールだったな。アイアンハイドのこと頼んだぜ」

 

「ハウンド……。うん、クロミアによろしくね!」

 

 不器用にウインクしながらハウンドは笑い、ノワールも笑い返した。

 

「おいおい、俺への挨拶はなしかよ?」

 

 ノワールの後ろに立つアイアンハイドが、冗談めかして文句をつける。

 それに対してハウンドは気さくな笑みを大きくする。

 

「おまえにゃ必要ねえだろ。……いい娘じゃねえか。死んじまって泣かすんじゃねえぞ」

 

「泣かさねえよ。俺は死なねえからな」

 

 二人は握った拳を突き合わせるのだった。

 

 続いて言葉を発したのはクロスヘアーズだ。

 

「おい、ミラージュ!」

 

「…………」

 

「無視すんじゃねえ! チッ、最後までいけすかねえ野郎だぜ!」

 

 相変わらずのミラージュに、クロスヘアーズは舌打ちのような音を出す。

 

「おい! 何とか言えよ!!」

 

「……ぞ」

 

「あん!?」

 

 ミラージュはクロスヘアーズの顔を真っ直ぐに見た。

 

「サイバトロンを頼んだぞ。おまえになら任せられる」

 

「……ッ!」

 

 突然のその言葉に一瞬呆気に取られたクロスヘアーズは、苦々しい表情になると顔を背ける。

 

「ケッ! 言われるまでもねえ!」

 

「……まったく、二人とも素直じゃないわね」

 

 そんな二人を見て、ミラージュの足元のブランは苦笑するのだった。

 

 今度はドリフトがベールに声をかける。

 

「おさらばです、可憐な方。ですがこれはひと時の別れ。またお会いしましょう」

 

「ええドリフト。またお会いしましょう。それまでは、ごきげんよう」

 

 見つめ合うドリフトとベール。

 

「はいはい、そこまで」

 

 その間にジャズが割って入った。

 さわやかな笑顔だが、その頬は微妙に引きつっている。

 

「悪いけどベールは『俺の』パートナーなんでね。おさわりは厳禁だ」

 

「フッ。彼女が自分以外の男になびくのが、そんなに気に食わんか」

 

「ハッハッハ。面白いジョークだなあ。いっそコメディアンに転職したらどうだい?」

 

「あいにくと道化役は間に合っているようなので、遠慮しておこう」

 

 一見和やかに会話を続けながらも、オプティックがまったく笑っていないジャズとドリフト。

 そんな二人に挟まれて、ベールはすごく楽しそうだった。

 

 最後にアルファトライオンは義息の顔を見つめた。

 

「オプティマス。別れの言葉に代えて、おまえに言っておくことがある」

 

 それはとオプティマスがたずねるより早く、アルファトライオンは次の言葉を発した。

 

「次に会った時、もしおまえの迷いが晴れていたならば、その時は渡したい物がある。憶えておいておくれ。……息子よ、達者でな」

 

「はい。父上もどうか、お元気で……」

 

 一瞬、もっと義父と話していたい衝動に駆られたオプティマスだったが、今は短く返事をするにとどめておき一同に号令をかける。

 

「よし! では別れの挨拶はこれくらいにしておこう。一同、今度こそゲイムギョウ界に帰るぞ!」

 

 その号令に従い、一同は次々と光の柱に飛び込んで行く。

 まずはノワールとアイアンハイドだ。

 

「それじゃあ、お先に!」

 

「向こうで待ってるぜ!」

 

 続いて、ブランとミラージュが静かに光の中へと入る。

 

「行きましょう、ミラージュ」

 

「ああ」

 

 そしてベールとジャズも続く。

 

「では、わたくしたちも行きましょう」

 

「ああ。久々のゲイムギョウ界だ」

 

 最後に、ネプテューヌがオプティマスに先んじて光の柱に飛び込もうとするが、ふと足を止めてオプティマスを見上げた。

 

「……ねえ、オプっち。わたし、オプっちに言わなきゃいけないことがあるんだ」

 

 少しだけ頬を赤らえるネプテューヌ。

 普段と違う彼女に何となく戸惑いながらも、オプティマスはたずねる。

 

「なにかな、ネプテューヌ?」

 

「それは……、ううん、やっぱりゲイムギョウ界に帰ってから話すよ」

 

「ああ……」

 

 薄く微笑んだネプテューヌは、我が家に帰るべく立ち昇る光の中に入ろうとする。

 

 その時である!

 

 どこからか光弾が飛来した。

 着弾した地面が爆発をおこし、残っていた一同は爆風に煽られて倒れる。オプティマスは咄嗟に爆風からネプテューヌを庇った。

 

「おやおや、こんな所で出会うとは奇遇だな、プラァァイム」

 

「メガトロン……!」

 

 空の彼方から飛来するや変形して降り立ったのは、果たして破壊大帝メガトロンだった。

 

「スペースブリッジをこちらに渡してもらうぞ。それがあれば新たな軍団をゲイムギョウ界に送り込むことができるからな」

 

「貴様の好きにはさせん!」

 

 すぐさまオプティマスはネプテューヌを後ろに庇い、剣と盾を構える。

 

「そうか。なら……、この地で果てるがいい!」

 

 言うやメガトロンはデスロックピンサーを展開し、オプティマスに突っ込んでくる。

 激突し、鍔迫り合いを繰り広げる両者。

 メガトロンはそのまま囁くような声を出す。

 

「久し振りに故郷に帰ってきた気分はどうだ、オプティマス? 故郷の声が聞こえる気がしないか?」

 

「……聞こえるとも、メガトロン! 死に瀕し、苦しむ故郷の声が!」

 

 怒りに身を任せ、オプティマスはメガトロンを跳ね飛ばす。

 距離を取ったメガトロンは、なおも言葉を続ける。

 

「そうだな。だが貴様はゲイムギョウ界に惹かれている。この星よりもな。そこが俺と貴様の差だ」

 

「勝手なことを! 私は貴様の暴虐から世界を護りたいだけだ!」

 

 二人は怒りと憎悪を込めた視線で互いを射抜き、そして咆哮とともに再び激突する。

 

「オプっち!」

 

 我に返ったネプテューヌはオプティマスを援護するべく、刀を召喚する。

 次の瞬間、どこからか鋭い勢いで杖が突き出されネプテューヌは咄嗟にそれを防御する。

 

「あなたは……」

 

 攻撃の主はサイバトロンに来る前に出会った、カラスの仮面の女だった。

 相変わらず、仮面越しに激しい憎しみを感じる。

 

「ハアッ!」

 

 気迫とともに上段から振るわれる杖を刀で受け止めるネプテューヌ。

 そのまま杖を弾き返そうするが、凄まじい力で押し切られそうになる。

 

「な、なんか前より強くない?」

 

「女神ぃい……!」

 

 さらに鋭い攻撃を繰り出すカラス面の女。

 以前は素人丸出しだった動きが、今回は女神化していないとは言えネプテューヌとまともに戦えるレベルになっている。

 気のせいか、その体から黒いオーラのようなものが立ち昇っているではないか。

 さらにいつの間にかフレンジーがその横に立っていた。しかしそのどうもカラス面の女の戦闘力に驚いているような雰囲気である。

 一方、何とか体勢を立て直したハウンドたちは、オプティマスに加勢しようとしていた。

 

「畜生、不覚を取ったぜ!」

 

「センセイ、今お助けします!」

 

「メガトロンのクソ野郎め! ここを墓場にしてやる!」

 

 一斉にメガトロンに飛びかかっていく三人。

 ハウンドとクロスヘアーズが銃撃を浴びせるが、メガトロンはビクともしない。

 

「メガトロン! お命頂戴する!」

 

 続いてドリフトが斬りかかるが、メガトロンはそれをかわすことなくデスロックピンサーで受け止める。

 渾身の力を込めて振り下ろされた刃は、しかし破壊大帝を傷つけるには至らない。

 

「貴様如きに、この俺の命は取れんわ!」

 

 さらにドリフトを投げ飛ばしたメガトロンはフュージョンカノンの狙いを、地面に倒れた青い侍に定める。

 その時横からオプティマスがタックルを仕掛けてきて、発射された光弾はドリフトから大きくそれて、後ろの高層建築を粉々に吹き飛ばす。

 メガトロンは再びオプティマスと距離を取ると、武器を構える。

 オプティマスも武器を構え直した。

 両者の間に流れる殺気に満ちた空気は、唐突に第三者の言葉によって破られた。

 

「お主たち。そんなことをしておる場合ではないぞ」

 

 老歴史学者アルファトライオンの静かだが、よく響く声だった。

 因縁の戦いに水を差され、総司令官と破壊大帝はそろって老歴史学者のほうを見た。

 

「スペースブリッジが閉じかけておる。そして一度閉じてしまえば、このスペースブリッジは二度と開けんのだ」

 

 その言葉に立ち昇る光の柱を見れば、不安定に揺らいでいた。

 両者は顔を見合わせるや光の柱に向けて駆け出した。

 

「ネプテューヌ! もう時間がない!」

 

 切羽詰まったオプティマスの声に、カラス面の女と戦っていたネプテューヌも光の柱に向けて走り出す。

 だがここでネプテューヌにとって予想外のことが起きた。

 てっきり同じように走り出したと思ったカラス面の女が、ネプテューヌに組み付いてきたのだ。

 

「ちょ、ちょっと! 何するのさ! あの光に入らないと、あなたもゲイムギョウ界に帰れないんだよ!」

 

「知るか! 私は女神が憎くて仕方がないんだ! 抑えきれないほどにね!!」

 

 慌てたネプテューヌに対し、初めてマトモな反応を返すカラス面の女。だが今はそれどころではない。

 このままではサイバトロンに取り残されてしまう!

 全ての力を込めて、カラスの女を引きはがそうとするネプテューヌと、信じられないほどの力でもってネプテューヌを羽交い絞めにするカラスの女。

 それを見て慌てたのが光の柱の近くまで来ていたオプティマスだ。

 

「ネプテューヌ!」

 

「ええい! 世話の焼ける!」

 

「レイちゃん! 何やってんのさ!」

 

 オプティマスとメガトロン、そして主君の足元まで走ってきていたフレンジーは組みあっているネプテューヌとカラスの女を回収するべくいったん引き返そうとする。

 

 だが。

 

 すでに不安定に揺らぐ光の柱が、大きく揺れた。

 そしてアッと言う間に、オプティマスとメガトロン、フレンジーを飲み込む。

 三人は為す術もなく、呆気なく光の中に消えた。

 

「お、オプっち!」

 

 そうこうしている間に光の柱が細くなり、消えそうになっていく。

 

「こ、このままじゃ……」

 

 たった一人で永遠に異星に置き去りにされる恐怖にネプテューヌが青ざめた時だ。

 

「やれやれ、仕方のない」

 

 突然、ネプテューヌとカラスの女の体が何者かに掴み上げられた。

 二人が見上げると、それは老歴史学者アルファトライオンだった。

 ネプテューヌが何か言うより早く、アルファトライオンは二人を引きはがして両手に一人ずつ握る。

 

「……あの子『たち』を頼んだぞ」

 

 それは、どちらに向けて放たれた言葉だったのだろうか。

 

「たち……?」

 

 不可解な言い回しに一瞬怪訝な表情になるネプテューヌだが、次の瞬間アルファトライオンは手に持った二人を光の柱に向けて放り投げた。

 

「「キャアアアア!!」」

 

 悲鳴を上げながら、二人は光の中に消えていった。

 それから一瞬間を置いて光の柱は完全に消え去り、リング型のスペースブリッジは小規模な爆発を起こして自壊した。

 

「…………」

 

 静寂の中、アルファトライオンはしばらく虚空を見つめていた。

 その周りに、ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズが集まってくる。

 

「行ってしまわれたのですね」

 

 最初に声を出したのは、ドリフトだった。

 

「女神か……、騒々しいが、愉快な連中だったな」

 

「はん! 騒々しいだけだったろうが! ……でもまあ、悪くはなかったな」

 

 ハウンドは薄く微笑むながら空を見上げ、クロスヘアーズはいつもの調子だ。

 すでに目的を失ったディセプティコンが撤退を初めているという報告が、他の場所の仲間たちから入っていた。

 我々もアイアコンへ帰る時がきた。

 

「ゲイムギョウ界か……」

 

 ドリフトは空の彼方を見やり、誰にともなく呟いた。

 騒々しくも優しい女神たちが統治する神秘の世界。

 そこはきっと、素晴らしい世界なのだろう。

 

「いつか、我らも行ってみたいものだな……」

 

 口にこそ出さずとも、ハウンドとクロスヘアーズも同じ思いだった。

 

 虚空を見つめるアルファトライオンは何も言わなかった。

 

  *  *  *

 

 それはネプテューヌとカラスの女……キセイジョウ・レイがスペースブリッジによって転送される瞬間のことだ。

 ありえない話しだが、二人のその瞬間、確かに『声』を聴いたのだ。

 いやむしろ思念と言ったほうがいいかもしれない。

 頭の中に直接、声が響いてくる。

 

 ――君たちは知りたいと願った。彼らの過去を、彼らの想いを。強く強く。

 

 男性のようにも女性のようにも、若いようにも年老いているようにも聞こえる不思議な声だ。

 

 ――だから、これは本当なら少し反則なのだけれど……。

 

 そして試練を与える神のように超然としていて、しかし限りない慈愛に満ちていた。

 

 ――君たちに『見せて』あげよう。彼らの過去を。

 

 『声』は確かにそう言った。

 

 こうしてネプテューヌとレイは、あらゆる世界から完全に消滅した。

 




そんなわけで、ネプテューヌとレイには延長戦に突入していただきます。

まあ、長くはかからない予定です。

そしてついにトランスフォーマーアドベンチャー、キター!
みんな相変わらずで何より!
そしてオプティマス。結構キツイ修行してますねえ。
次回は悪夢回! ビーだけすごいシリアスになりそう。
QTFも面白いけど、自分的にはやっぱりコッチが本命!

今回の小ネタ……特になし。

では、ご意見、ご感想、お待ちしています!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

超番外編 超次元ゲイム ネプテューヌ THE 『Q』TRANSFORMETION

本編が思うように書けないので、ちょっと息抜きに思うままに書いてみた、すごく短い話。

結果、なんだか泣き言めいた内容に。

メタっぷりが本当に酷い&見方によってはアンチっぽい発言がありますので、ご注意ください。


 さて今日の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMETIONは、とあるパーキングエリアから物語を始めよう。

 

 ここに女神候補生をパートナーとする四体のオートボットが集まっていた。

 すなわち、バンブルビー、サイドスワイプ、スキッズ、マッドフラップである。

 

「で、これはどういう集まりなんだ? 今はオプティマスたちと女神たちが不在で大変なんだが……」

 

 サイドスワイプがやや説明的に問う。

 その疑問に答えたのはバンブルビーだ。

 

「それはね。オイラたちでちょっと息抜きに小ネタをやろうってことになったから……」

 

「ちょーっと待ったー! 何でおまえ普通に喋ってんだよ! おまえはラジオ音声で喋るキャラだろうが!!」

 

 いきなりキャラ設定投げ捨ててメタなこと言い出すバンブルビーに、サイドスワイプがツッコミを入れる。

 

「まあ今回、本編と何の関係もない小ネタだし」

 

「いわゆる一つのメタ空間?」

 

 スキッズとマッドフラップが身も蓋もないことを言い出す。

 まあつまり、今回はそういうことだ。

 

「いや、そういうことってどういうことだよ! この中編、地味にかつてないピンチなんだから、こういう時は俺たちが頑張る話しとかやるもんだろう普通!!」

 

「ああ、もうウルサイなあ~。そういうメタなのとりあえず禁止~」

 

 ツッコミ続けるサイドスワイプに、バンブルビーがやる気なく待ったをかける。

 

「とりあえず、いつまでもユニちゃんに告れないヘタレは置いといて、今回のお題を発表するよー。今回は、『この作品に足らない物を考える』で」

 

「メッタメタじゃねえか!!」

 

 ヘタレ呼ばわりされたことは、とりあえず置いといて鋭くツッコミを入れるサイドスワイプだったが、やがて観念したように深く排気した。

 

「はあ……。それで? この作品に足らない物って?」

 

「それを今から考えるんだよ。とりあえずオイラからね」

 

 まずはバンブルビーが一番手で意見を出す。

 

「やっぱりあれだね。作者の文才と力量」

 

「いきなり身も蓋もないのキタ!?」

 

「あと、構成力も欲しいよな」

 

「誤字と脱字を失くす能力もな」

 

 サイドスワイプがテンション高めにツッコミ、スキッズとマッドフラップが補足する。

 

「ヤメヤメ! そういうメタなのナシってさっき言ったばっかりだろ!」

 

「うんまあ、コレばっかりはオイラたちにはどうすることもできないし」

 

「作者の努力に期待だな」

 

「儚い望みでも、それしかないな」

 

 人間臭く溜め息を吐くオートボットたち。

 精進します……。

 

「それで誰か他に意見ある?」

 

 最初からグダグダながらバンブルビーが話しを続ける。

 するとマッドフラップが手を挙げた。

 

「はいはーい! 俺考えました!」

 

 一同の注目が双子の片割れに集まる。

 

「この作品に足りない物、それは『ハーレム』だ!!」

 

「「「ハーレムぅ?」」」

 

 その言葉に首を傾げる一同。

 対するマッドフラップは得意げに語り出す。

 

「そうだ! 主人公が女にモテまくる! それがこの作品には足りない! 原作的には女神にモテるのが通例だな!」

 

 ――通例ってなんだ……。

 

 そう言いたいのをサイドスワイプは飲み込む。

 微妙な顔の銀色のオートボットに構わずマッドフラップは続ける。

 

「各国の女神も女神候補生も、そしてメーカーキャラも! 全員一人の男に惚れちまうんだ! それでいて女同士で険悪な関係にならないのが理想だな!」

 

「都合がいいことこの上ないな……」

 

 呆れた調子のサイドスワイプ。

 

「しかしなマッドフラップ。まあ百歩譲ってハーレムを作るとしてだ。……問題は誰がモテるかだ」

 

「あ……」

 

 サイドスワイプの冷めたツッコミに、マッドフラップが大口を開ける。

 

「順当なとこで行くと、やっぱり司令官辺り?」

 

「ああー、なんだかんだでカッコいいもんな」

 

 バンブルビーの言葉にスキッズも頷く。

 だがマッドフラップは首を捻る。

 

「どうだろうな。あーいう権力者がモテるのは、あんまり好かれない」

 

「ええー? なんでー? 権力もあって喧嘩も強くて容姿だって(トランスフォーマー的には)男前だし、モテることに納得がいくじゃん」

 

 反論するバンブルビーに、マッドフラップはチッチッチッと指を揺らす。

 

「そこがいけないんだよ。そういうのがモテるのは当たり前で、読者としては面白くもなんともない」

 

「じゃあ、どういう奴がいいのさ」

 

「場合によるが、普通の奴がベターだな。それこそ自分を投影して感情移入できるくらいの」

 

 自慢げに語るマッドフラップだが、周囲は納得いかない様子だ。

 

「この作品に、そんな奴いるか?」

 

「いないな。っていうか基本男はトランスフォーマーばっかりだな」

 

「……次いこう」

 

 自分の意見が封殺されて不満げなマッドフラップを捨て置き、一同は次なる意見を求める。

 

「はーい! じゃあ次俺な!」

 

すぐさまスキッズが手を上げる。

 

「この作品に足りない物! それはトランスフォーマーネタだ!!」

 

 ええ~!? と声を上げる一同。

 

「え? 足らないの? 個人的にはネプテューヌネタのほうが少なくて問題かな?って思うんだけど?」

 

 バンブルビーが代表して問うと、スキッズは胸を張って答える。

 

「甘いぜ! ファンはより濃密なトランスフォーマーネタを求めているんだ! もっとゲストを出していこうぜ!」

 

 作者の頭が破裂するんで勘弁してください。

 

「それに多分、ネプテューヌファンでこの作品を呼んでくれてる人はいないだろうし」

 

「い、いや、それは……」

 

 目を逸らして言葉に詰まるバンブルビー以下、仲間たち。

 正直それは、作者も非常に気にしているところです。

 

「ああ~、他に意見ない?」

 

 これ以上続けるとヤバいと考えたバンブルビーは次なる意見を求める。

 するとサイドスワイプが控えめに手を上げた。

 

「サイドスワイプ? 何か意見があんの?」

 

「意見っつうかさ……」

 

 バンブルビーの問いに、サイドスワイプは投げやり気味に答えた。

 

「ぶっちゃけ『ネプテューヌ』と『トランスフォーマー』のクロスオーバーって時点でこれ以上の人気は望めないんじゃないか? ハーメルンに置ける人気筋をことごとく外してるし」

 

 その言葉に凍りつく一同。

 

「だってそうだろ? インフィニッ○・ストラトスとかF○teとかハイス○ールD×Dに比べて、ネプテューヌの二次って少ないんだぞ。さらにはトランスフォーマーの二次に至っては、ネットを探し回っても中々ないくらいだ」

 

 ちなみに作者はインフィニット・ス○ラトスについてはまともに原作を読んだこともアニメを見たこともなく、Fa○eもアニメをとびとびに見ただけ、ハイスクー○D×Dに至ってはほとんど知らないという捻くれ人間です。

 

「いや、おまえ、そんな」

 

 バンブルビーが反論しようとするが、それより早くスキッズが声を出した。

 

「まあなあ、『オリ主』も『最強主人公』も『神様転生』もないからなあ。 明らかに人気が出る要素ないぞ。それをひっくり返すくらいの力量もないし……」

 

「う……」

 

 さらにマッドフラップも続く。

 

「第一トランスフォーマーだからな。作者の知人からも『大きさが不釣り合い過ぎて読む気がしない』『トランスフォーマーと女神の恋愛とかw』って言われ続けてるからな」

 

 ※多少脚色しています。

 

「素直に仮面ラ○ダーとかにすりゃよかったんだよな」

 

 と言うマッドフラップ。

 いやだって最近のライダーはよく知らんし……。

 

「ソード○ート・オンラインとか、色々あっただろ」

 

 サイドスワイプが文句を付ける。

 ネトゲネタは苦手なんです……。やったことないんだもん……。

 

「まあ、作者の発想は斜め上過ぎるのは認めるよ。なんせこの作者、指輪○語とさらにドマイナーな作品のクロスという神をも恐れぬ小説を構想していたくらいだから」

 

 バンブルビー、おまえもか。

 ちなみにクロス先は某ボ○ロ小説でした。結局、版権が不透明で怖いのと『こんなニッチ×ニッチな作品じゃ誰もついてきてくれない……』と言うことで投稿できませんでした。

 

「構想してたFa○eの二次も、『燃えきらない』ということでやめちゃったしな」

 

 スキッズも同意する。

 情熱は大事なんです。

 

「結局さ」

 

 サイドスワイプは締めの言葉を出した。

 

「このまま頑張るしかないんじゃないか?」

 

「うん、そうだね……」

 

「何でもアリがトランスフォーマーだもんな」

 

「地道にいこう、地道に……」

 

 一同、最初の議題に碌な答えが出せぬまま、この場はお開きとなったのだった。

 

 オチ? そんなものはない。

 




多分、二度とこんな話は書かない(戒め&フラグ)

作者はハーレムが嫌いなんじゃないんです。
ただ、自分で書くのは無理なんです。

今週のトランスフォーマーアドベンチャー
怖い物はないと言い張るラッセル。そこが逆に子供っぽい。
超音波で悪夢を見せる……マインドワイプ?
案の定シリアスなビー、まあ予想通りのストロングアームとサイドスワイプ、笑えないフィクシット、意外過ぎるグリムロック。
家族がいなくなるのは怖い。自分だって怖い。
そしてクモの再登場はあるのか……。

さて、本編を書く作業に戻らねば。

……実は作中で言った○輪物語の二次は、本気で投稿してみるべきか悩んでます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 過ぎ去りし日に

やーーーっと書けたよ。
そして、その割には短いです。


 スペースブリッジを使い、惑星サイバトロンからゲイムギョウ界へと帰ろうとした女神たちとオートボット、そしてディセプティコン。

 だがネプテューヌとレイは謎の声に導かれ、まったく別の場所へと転送されてしまった……。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌとレイは奇妙な感覚の中にいた。

 どこか、途方もなく長い穴の中を真っ逆さまに落ちていくような気分だ。

 周囲では途方もないエネルギーと無限の情報が渦を巻いていて、しかしそれらはネプテューヌにまったく影響を及ぼさない。

 そこでは二人は体を動かすことも声を上げることもできない。

 只々、どこまでも落ちていく。

 途中、体が恒星よりも大きくなった気もするし、素粒子よりも小さくなった気もする。

 何もかもが矛盾に溢れているのに、それは当然の理だった。

 無限の時が流れ、あるいは刹那よりも短い間の後、ネプテューヌとレイは肉体と精神もろとも細かく砕かれ唐突に『外』に放り出された。

 

  *  *  *

 

 ふと気づくと、ネプテューヌは自分がどこか建物の廊下に立っていることに気が付いた。

 

「あれ~? どこだろここ?」

 

 さっきまでサバトロン星にいたはずなのに。

 辺りを見回してみても、全く見覚えがない場所だ。

 長い廊下は先が見えず、窓から光が差し込み、壁側には胸像が並んでいた。

 その胸像は、やはり見たことも人物、と言うよりもトランスフォーマーを模した物らしかった。

 

「ハッ! これはお約束の『帰れると思ったら別の場所に跳ばされたパターン!』」

 

 一人ボケて見るも、答える者はいない。

 

「………ううう、予想以上に間が持たない……。わたし、ひょっとして一人って苦手?」

 

 涙目になるネプテューヌ。

 と、廊下の向こうから誰かが歩いてきた。

 それは……。

 

「オプっち!?」

 

 赤と青のカラーリングのそのトランスフォーマーは、間違いなくオプティマスだ。

 だが微妙に姿が違い初めてあったころ、トラックをスキャンする前の姿に近い。

 さらに大きさもネプテューヌよりやや大きい程度だ。

 

「どうしたのさ、オプっち! イメチェン? ……って言うか小さくない?」

 

 思わず首を傾げて、声をかけるネプテューヌ。

 だがオプティマスはネプテューヌが見えていないかのように何の反応も示さず歩き続ける。

 

「ちょっと、オプっちらしきヒト?」

 

 無視されていい気分はせず、ネプテューヌはオプティマスの肩に触れようとする。

 しかし、その手はオプティマスの肩にめり込んだ。

 

「え、え? 何これ!?」

 

 慌てて手を引っ込めるが、オプティマスは意にも介さない。もちろんその体に穴など開いていない。

 恐る恐る、もう一度触れてみると、やはり手はオプティマスの体をすり抜けてしまった。

 

「え? え? あれかな、これは幽霊が生きてる相手に触れられない的な……ってことは、わたし死んじゃったの!? うわーん! まだ死にたくないよー!」

 

 泣き喚くネプテューヌだが、なぜだか唐突に『死んでない死んでない』という声が脳内に響いた。

 

「ほえ?」

 

 声は言う、『君は今、幽霊みたいな存在で、この世界のヒトに触ることはできない。元の世界に戻れば元に戻るから安心してくれ』と。

 

「うーん、それならいいかー」

 

 普通なら信用しかねる所だが、そこはお気楽さに定評のあるネプテューヌ。すぐにこの状況を受け入れた。

 改めてオプティマスを見ると、何と言うか雰囲気が若いというか、張りつめた感じがなく穏やかな顔をしていた。

 オプティマスが廊下の先まで歩いていくと、そこには銀色の巨体が立っていた。

 

「「メガトロン!」」

 

 ネプテューヌとオプティマスの声が重なる。

 片方は驚愕が、もう片方には信愛がこもっていた。

 窓の外を見ていたメガトロンは、その声に……正確にはオプティマスのみの声に反応して、こちらを向く。

 メガトロンはやはりネプテューヌの知るメガトロンと雰囲気がまるで違った。

 全身の攻撃的な意趣がなく、表情も穏やかで優しげだ。

 

「オプティマス! 戻ったのか!」

 

「ああ、ついさっき帰ってきたところだよ」

 

「遺跡の発掘は上手くいったらしいな。さすがだな」

 

 快活に笑うメガトロンにネプテューヌは違和感しか覚えない。

 一方のオプティマスは和やかに微笑む。

 

「メガトロンこそ、暴動を鎮圧したんだろう? 師もお喜びになっただろう」

 

「ん……、まあな」

 

 曖昧に微笑み、メガトロンは一瞬目を逸らした。

 

「……それよりも、師と言えば、報告がまだだろう。いっしょに行こうぜ、兄弟」

 

「ああ、そうだった! 行こう兄弟!」

 

 オプティマスとメガトロンは元気に歩いていった。幽霊状態のネプテューヌもそれを追いながら窓の外を見る。

 窓の外には、光り輝く金属とクリスタルで構成された遠未来的な都市が広がっている。

 遅まきながらネプテューヌは理解した。

 

「そうか……。ここは過去の世界なんだ」

 

 DVDのように再生されている記憶なのか、実際に過去にタイムスリップしたのかは分からない。

 だがここは、在りし日のサイバトロン。

 オプティマスとメガトロンが親友だった……兄弟と呼び合っていたころの、サイバトロンなのだ。

 

  *  *  *

 

「第三地区の暴動は酷かったらしいね」

 

「ああ、これで今月に入って三回目だ。ここのところ、貧困層を中心として評議会への不満がたまっている……」

 

「最近はエネルギーの配給が疎かになっているからね。医療費のカットも決定したらしいし」

 

「そのくせ、最高評議会の連中が利権を独占している。このままではサイバトロンは駄目になってしまう」

 

 二人は金属製の廊下を話しながら進む。その内容は、ネプテューヌにはほとんど理解できないことだった。

 メガトロンはどこか苛立たしげに続ける。

 

「師も評議会の横暴を止めようとされているようだが、いかんせん師は伝統にこだわり過ぎている」

 

「そう言わないでくれメガトロン。師も必死なんだよ」

 

「それは分かっているさ。俺が言いたいのは、もっと革新的な変化が必要だということだ」

 

「確かに変化は必要だ。だが早急な変化は混乱を呼びかねない。師はそこらへんを慮っているんだろう」

 

 真面目な顔で語り合うオプティマスとメガトロン。

 会話の内容こそ深刻な物だが、表情はどこか楽しげだ。

 やがて二人は重々しい扉の前で止まった。

 

「師よ、失礼します。メガトロン、オプティマス、入室いたします」

 

「入れ」

 

 メガトロンの声に部屋の中から男性の声が返した。

 二人が扉を開けて部屋に入るとそこは執務室だった。

 重厚な執務机の向こうに、一人の老トランスフォーマーが座っていた。

 赤いボディに髭のようなパーツが、どこかアルファトライオンを思い出させるが、細身の彼と違ってこちらは逞しい体つきをしている。それでいて表情からは深い叡智がうかがえた。

 彼こそが、オプティマスとメガトロンの『師』なのだろう。

 

「偉大なるセンチネル・プライム。メガトロン、ただいま戻りました」

 

「同じくオプティマス、ただいま戻りました」

 

「弟子たちよ、二人とも良く戻った」

 

 恭しく頭を下げる二人を、センチネル・プライムは穏やかな声で労った。

 

「此度の二人の活躍はすでに耳に入っておる。特にメガトロン、困難な任務御苦労だった」

 

「身に余る光栄です。しかし師よ、オプティマスの功績もお忘れめされるな」

 

「もちろんだとも、オプティマスもよくやった」

 

「ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに笑うオプティマス。

 つられてネプテューヌも薄く微笑む。

 

「では二人とも下がりなさい。明日も新しい仕事を頼むことになるからな」

 

「「はい!」」

 

 二人は師に一礼して部屋を退出しようとする。

 そこでセンチネル・プライムは相好を崩した。

 

「そうそう、エリータ・ワンもすでに帰ってきているから、会いに行ってあげなさい」

 

 それに一瞬驚いた顔をするオプティマスとメガトロンだが、こちらもそろって破顔する。

 

「「はい!」」

 

  *  *  *

 

 部屋を出た二人は廊下を歩き、エレベーターに乗って下の階を目指した。

 やがて二人は大きなホールに出た。円形の構造がどこか闘技場を思わせる。

 その中央で、一人のウーマンオートボットが球形のドローンを相手に戦っていた。

 薄紫色のメリハリの効いた体型のウーマンオートボットだ。

 宙に浮かんだ球形ドローンは、モノアイからビームを発射してウーマンオートボットを攻撃する。

 だがウーマンオートボットは腕を変形させた剣でビームを弾き返すとすかさずドローンを斬りつけ、真っ二つにした。

 

「ふう……、こんなものかしら」

 

「精が出るな、エリータ」

 

 軽い調子でメガトロンに声をかけられ、一息吐くウーマンオートボット……エリータ・ワンは振り返った。

 

「オプティマス! メガトロン!」

 

 エリータは嬉しそうに破顔すると、二人に駆け寄ってきた。

 

「おかえりなさい! 二人とも大活躍だったと聞いたわ」

 

「まあな」

 

「私はいつも通り、穴掘りをしていただけだよ」

 

 満更でもなさげに笑うメガトロンに対し、謙遜……と言うよりは本気でそう思っているらしい口ぶりで、オプティマスは笑いながら言った。

 エリータはヤレヤレと肩をすくめる。

 

「まったく、あなたは……。自分を過小評価し過ぎよ。もう少し自信を持ちなさいな」

 

「そうは言ってもな。私は客観的に自分を評価しているだけだよ」

 

「だからそれが過小評価だって言ってるのよ」

 

「いやいや……」

 

 言い合う二人だったが、ふとメガトロンがニヤニヤとこちらを見ていることに気が付いた。

 

「何よ、メガトロン」

 

「いやいや別に何でも? 俺のことは放っておいて、どうぞ存分にイチャついてくれ」

 

「い、イチャ!?」

 

 その言葉にエリータは動揺するが、オプティマスは首を傾げる。

 

「それはどういうことだい、メガトロン?」

 

「「…………」」

 

 何とも言えない表情で沈黙するメガトロンとエリータ。

 ネプテューヌも呆気に取られる。

 エリータはガッカリしているようにも安堵しているようにも見える顔で、声を出した。

 

「とりあえず、少し街を歩きましょう」

 

「ああ、そうしよう。歩きながら話したいことがたくさんあるんだ!」

 

 アッケラカンとした様子で歩いて行くオプティマス。

 それを追いながら、メガトロンは横を歩くエリータに耳打ちした。

 

「まったくオプティマスの鈍感さはタイタンクラスだな。……おまえももう少し積極的にいったほうがいいぞ」

 

「え!? あ! な!?」

 

 悪戯っぽく笑うメガトロンに、エリータはアワアワと困惑する。人間なら顔が真っ赤になっているところだろう。

 それを見ているネプテューヌの心に不思議と嫉妬はわかなかった。

 しかし彼女の目から見て、メガトロンはオプティマスとエリータの気のいい兄貴分といった風に見える。

 なぜ、オプティマスとメガトロンがあそこまで憎しみ合うに至ったのか、ネプテューヌには分からなかった。

 

  *  *  *

 

 輝ける都市、アイアコン。

 金属製の高層建築が立ち並ぶ美しい景色は、ほんの少しだが、プラネテューヌの町並みを思い起こさせた。

 

「そう言えば」

 

 歩きながら、エリータがふと漏らした。

 

「これは噂なのだけれど……、次期プライムの選出が近づいているらしいわね」

 

「たたの噂だろう? 師はまだまだご壮健じゃないか」

 

 とっておきの情報を告げたと言わんばかりのエリータだが、オプティマスの反応は芳しくない。

 

「でも、もし本当なら次期プライムに選ばれるのは、メガトロンだろうね」

 

「まあ、順当に行けばそうなるな」

 

 メガトロンはニヤリと不敵に笑う。

 

「そうなれば俺は、史上初のディセプティコン出身のプライムということになる。その意味は大きいぞ」

 

 そしてメガトロンは大きく腕を広げた。

 

「ディセプティコンからプライムが選出されれば、長く続いた差別を撤廃させることもできる! オートボットとディセプティコンが戦い合う運命を変えてやるぞ!」

 

 興奮した様子で、しかし純真に笑うメガトロン。

 つられてオプティマスとエリータも微笑む。

 

「ずっとそのために頑張ってきたんだものね。私たちも応援しているわ」

 

「私も君の夢に微力ながら、協力させてくれ」

 

「おう! 頼んだぞ、二人とも!」

 

 妹分と弟分の声援を受けてニカッと快活に笑うメガトロン。

 その姿から、後の破壊大帝の影を見出すことはできなかった。

 

  *  *  *

 

 その後もネプテューヌはオプティマスの生活を垣間見ることとなった。

 基本は遺跡の発掘や文献を読み漁ったり、仲間たちと鍛錬したりして日々を過ごしていた。

 たまにエリータに引っ張られて遊びに出かけたり、時にメガトロンと共に暴動を鎮圧したりもしていた。

 三人で危険な冒険に繰り出し、センチネルにこっぴどく怒られることもあった。

 時にアイアンハイドやジャズ、ラチェットといった面子と出会うこともあった。

 

 そして、その日はやってきたのだ……。

 

  *  *  *

 

 アイアコン議事堂の大講堂。

 居並ぶ評議会の議員たちの前に、オプティマスとメガトロンが立っている。 

 講堂の奥にある檀上に、センチネルが姿を現した。

 

「本日はよくご集まりいただいた。余計な前置きは無用であろう。……ついに次期プライムが選出されたのだ!」

 

 ざわつく評議員たち。

 構わずセンチネルは朗々たる声で話し続ける。

 

「この選択は儂にとっても非常に困難なものであった! 我が弟子たちはどちらも極めて優秀であり、どちらがプライムとなってもサイバトロンに栄光をもたらすことは明らかだからだ!」

 

 身振り手振りを交えて語るセンチネルに、メガトロンは期待に満ちたオプティックを向ける。

 

「では無駄話はこれくらいにして、発表に移ろう。選ばれし次期プライム。それは……」

 

 センチネルはオプティマスとメガトロンの前に歩いてくると、ゆっくりと自らの後継者の肩に手を置いた。

 

 オプティマスの肩に。

 

「オプティマス、おまえこそが次期プライムだ」

 

 メガトロンがオプティックを見開く。

 別室で事態を見守っていたエリータは、口元を抑えた。

 違う場所ではオプティマスの養父、アルファトライオンが難しい顔になった。

 しかし、その言葉に誰よりも驚いたのは他ならぬオプティマス自身だった。

 

「師よ、私は遺跡の発掘くらいしか能のない男です、それなのになぜ……」

 

「オプティマスよ。おまえには隠された宿命があるのだ。今こそその宿命と向き合う時なのだ」

 

 愕然とするオプティマス。

 どこからか歓声が聞こえてきた。

 周りの評議員や、講堂の外の一般市民からの歓声だ。

 しかしオプティマスの心に高揚はない。

 どこまでも戸惑うだけだ。

 助けを求めるように、親友であるメガトロンのほうを見た。しかし、そこにはもう灰銀のトランスフォーマーの姿はなかった。

 

  *  *  *

 

 場面は移り変わる。

 ここはオプティマスの私室。

 

 あの場から少し時間がたったが、オプティマスは未だに混乱の中にいた。

 

「……なぜ、私がプライムに……」

 

 そしてオプティマスは、頭を抱えた。

 

「嫌だ、嫌だ……! 私は……、プライムになんか成りたくない!」

 

 それは、決して表には出せない泣き言だった。

 ネプテューヌは変わらず幽霊のような状態で傍にいた。

 失望はなかった。

 こんなにも重い責任を前にして、親友を裏切る形になってまで、権力を求めるような男ではないのはよく知っていた。

 ただ、実体のないネプテューヌには何もできない。それが酷く辛かった。

 

「オプティマス? 入るわよ、オプティマス」

 

 と、エリータが控えめに入室してきた。

 

「エリータ……。私は、私はどうすればいい……」

 

 もう一人の親友にオプティマスは情けなく吐露した。

 

「プライムになどなって、私はどうすればいい!!」

 

「オプティマス……聞いてちょうだい」

 

 エリータは項垂れるオプティマスの顔に手をやると、言葉を発した。

 この時、ネプテューヌは奇妙なことを感じた。

 自分の口とエリータの口が同期して、同じ内容を口にした。

 

「あなたはきっと偉大なリーダーになれるわ。誰よりも誰よりも……」

 

「……そうだろうか? 私はメガトロンを裏切ってしまったというのに……」

 

「だからこそ、あなたはメガトロンの分まで立派なリーダーにならなければならない」

 

「ああ……、そうだな……」

 

 オプティマスはぎこちなく微笑んだ。

 ネプテューヌ=エリータは思う。多分、多分だけど、オプティマスはもうとっくに決意ができていたのだ。プライムになる前の最後の泣き言を言っていただけなのだ。

 

「オートボットとディセプティコンの争いを終わらせ、このサイバトロンに平和をもたらそう。どうせ誰かがやらなければならないのなら、私がやる。それがメガトロンに対する私のせめてのもの償いだ」

 

 エリータは予感する。今後、彼が行くであろう道の厳しさを。

 ネプテューヌは知っている。この後、彼に降りかかる苦悩と痛みを。

 ネプテューヌ=エリータは思う。

 ならば、ならば、このヒトの幸せは私『たち』が作ろう。

 長く続くだろう苦しみと悲しみを少しでも癒していこう。

 

 だから……。

 

 ――頼んだわよ『わたし』

 

 ――うん、任せて『私』

 

 次の瞬間、ネプテューヌは時空間に開いた渦に吸い込まれ帰っていった。

 

 ゲイムギョウ界へと。

 

 彼女にとっての現在へと。

 

  *  *  *

 

 さて、ここから先はネプテューヌと共にスペースブリッジへと消えたレイのお話だ。

 彼女もまた、ネプテューヌと同様に幽霊のような状態で、ネプテューヌと同じ時間軸のサイバトロンへと転送されていた。

 そしてネプテューヌがオプティマスを見ることを選んだように、彼女はメガトロンを見ていたのだ。

 

 そして……。

 

「師よ! お願いです! ワケを、ワケをお聞かせください!」

 

 次期プライム発表から少しして、メガトロンは師であるセンチネルの執務室に押しかけていた。

 衝動的に講堂を飛び出した後、混乱するブレインを何とか冷やし、師の真意を質すべくこうしてやってきたのだ。

 

「師よ! 教えてください! 私に何が足らなかったのですか!?」

 

 血を吐くような悲痛さでメガトロンは問う。

 レイは見ていた。

 メガトロンがプライムになるためにどれだけ努力してきたかを。

 ディセプティコン出身であるというだけで、オートボット至上主義の評議会から謂れなき中傷を受け、努力と才覚を中々評価されない日々。

 それでも、実績を積み重ねていればいつか認めてもらえると信じていた。

 

「メガトロン、我が弟子よ。おまえに足らない物などなかったとも」

 

 センチネル・プライムはメガトロンを安心させるような穏やかな笑みを浮かべた。

 

「並ぶ者のいない勇猛さ、卓越した頭脳、多くの者たちに慕われる人望、そして高潔な理想。おおよそプライムに求められる全てをおまえは備えておる」

 

「ならば何故……」

 

 力無く問うメガトロンにセンチネルは言い聞かせるように微笑む。

 

「しかし、ヒトには生まれ持った宿命というものがある。オプティマスはプライムとなる宿命の下に生まれてきたのだ」

 

「それは……」

 

 レイは思う。

 それならば、メガトロンの努力は無駄だったのか?

 全ては宿命だとでもいうのか?

 納得いかなげな弟子の肩に、師はゆっくりと手を置く。

 

「おまえがオートボットだったならば、あるいは別の運命があったのかもなあ……」

 

 センチネルとしては、その言葉は何気なく放ったものだったのだろう。

 失意の弟子を慰めるつもりで、他意など欠片もなかっただろう。

 だが、その一言は、メガトロンにとってはどんな罵詈雑言よりも残酷だった。

 そしてそれは、メガトロンにとって、実績を積み重ねていればいつか認めてもらえるという、青臭い幻想が破壊された瞬間だった。

 

  *  *  *

 

 その後、師の下を飛び出したメガトロンは、エイリアンジェットの姿で我武者羅に飛び回った。

 どこをどう飛んだのかは、レイにも分からない。

 だが最終的に、とある荒野のど真ん中に着陸した。

 レイは知り得ぬ話しだが、こここそはディセプティコン発祥の地と言われている場所だ。

 いつの間にか、雨が降り出していた。

 

「………………」

 

 地面の水たまりに、項垂れたメガトロンの顔が映った。

 赤いオプティックに、灰銀のボディ。まぎれもないディセプティコンの特徴を備えた姿……。

 

「! うわあああ! あああああ!!」

 

 絶叫したメガトロンは地面を殴りつける。

 何度も何度も何度も……。

 

「あああああ!! あああああ!!」

 

 そのオプティックから、雨に紛れて液体が止めどなく流れているのをレイは見ていた。

 何もできない自分の無力が酷く悲しかった。

 

「あああああ!! ああああああ!!」

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 やがてメガトロンはゆっくりと立ち上がった。

 

「…………宿命だと?」

 

 涙を流しながら、メガトロンは一人呟く。

 

「そんな物で、俺の未来が決められているとでも言うのか? 全ては運命だの宿命だのに操られて、粛々と進んでいくだけだというのか?」

 

 その問いに答える者はいない。

 

「……いいや、俺は認めん。認めてなるものか」

 

 雷鳴が鳴り響く中、メガトロンは天を睨みつける。

 

「運命だと? 宿命だと? 俺はそんなものは認めない! そんなものが存在して、俺を、俺たちを縛ると言うのなら、この俺が破壊してくれる!!」

 

 天に向かい咆哮するメガトロン。

 レイは理解した。メガトロンの変えたい『運命』とはこれなのだ。

 

『クククク、その声、聞き届けたぞ』

 

 その時、どこからか声が聞こえてきた。果てしない暗闇の彼方から響いてくるかのような悍ましさを孕んだ声だった。

 突如として空から光が差し込んできた。だが太陽光ではない。太陽光ではありえない。こんな紫の禍々しい光が太陽光であるはずがない。

 紫色の光は、やがて雨粒を巻き込んで渦を巻き、メガトロンの眼前に巨大な顔を作り上げる。

 

『おまえのような男を待っていたのだ。強靭な肉体と、不断の意思を備えた男をな』

 

 表情は底なしに狂気に歪み、輝くオプティックはどこまでも深い憎悪に彩られ、どこかディセプティコンのエンブレムを思わせる造形をしていた。

 あるいはエンブレムのほうがこの顔に似ているのか。

 

『さあ、メガトロン。我が弟子となってこの世の真実を知り、無敵の力と栄光を得るがいい』

 

 それは甘く悍ましく、メガトロンを誘惑する声だった。

 

 ――駄目だ、この声に従ってはいけない。

 

 なぜだかレイはそう思った。

 勘や感覚的な問題ではない。レイは『知っていた』のだ。

 この存在に従った先には恐ろしい破滅しかない。

 しかし、それをメガトロンに伝える術を、レイは持っていなかった。

 

『……そしてプライムの称号を』

 

 そして、メガトロンはその顔の前に跪いた。

 次の瞬間、顔から発せられた紫の電撃状のエネルギーがメガトロンの体を包み、その肉体を変貌させていく。より恐ろしく、より荒々しく、より攻撃的に。

 

『立つのだ、我が弟子よ。我が名を継ぎしメガトロンよ。そして新たな称号を名乗るがよい』

 

「……はい、師よ」

 

 顔の言葉に答え立ち上がった時、理想に燃えた若者は消滅し、代わりに現れたのは支配者にして破壊者。すなわち……。

 

「我は、破壊大帝メガトロン!! ディセプティコンの支配者だ!!」

 

 唐突にレイは理解した。

 理不尽に降りかかる運命を破壊する者。それこそが破壊大帝の称号に込められた、本当の意味なのだ。

 そして、ネプテューヌがそうだったように、レイもまた時空間に開いた渦に吸い込まれ、ゲイムギョウ界へと帰っていくのだった……。

 

  *  *  *

 

 そしてここからはネプテューヌもレイも知り得ることのできなかった話しだ。

 それでも語る意義を感じ、ここに記す。

 

「……どうしても、ダメか」

 

「駄目だ。いくら、あなたの頼みでも」

 

 センチネル・プライムの執務室。今ここを風変りな客が訪れていた。

 赤い細身のボディに長い髭と、手に持った長杖。オプティマスの養父アルファトライオンだ。

 

「センチネルよ。この選択はサイバトロンとトランスフォーマーの未来を左右しうる。どうかもう一度、考えなおしてはくれんか?」

 

「くどい! もはや評議会の決定を覆すことはできんのだ!」

 

 穏やかなアルファトライオンの言葉に、センチネルは厳しい声で返す。

 

「しかし、おまえはプライムではないか。おまえの言うことならば……」

 

「今はあなたの時代とは違う。王朝の威光は遠い過去の物となり、プライムは単なる役職に成り下がった……」

 

 どこか怒りと悲しみを堪えるように、センチネルは言葉を吐き出す。

 アルファトライオンは痛ましげな視線を向けた。

 

「だからこそ……」

 

「だからこそ! この選択は間違っていないはずだ!」

 

 机を叩いて勢いよく立ち上がるセンチネル。

 

「必要なのだ! サイバトロンの未来のために! 王朝の復古が……!」

 

「…………」

 

 悲痛なセンチネルの叫びに、アルファトライオンは言葉を失う。

 少し落ち着いたセンチネルは、椅子に座りなおした。

 

「そもそも、あなたはオプティマスの養父ではないか。我が子がプライムになることに、なんの躊躇いがあるのだ」

 

 その問いにアルファトライオンは間を置いて答えた。

 

「……我が子が苦痛と死に満ちた道を行こうというのに、悩まぬ親がどこにおる」

 

 老歴史学者の答えは現プライムを満足させるものではなかったらしく、微妙な顔をする。

 

「プライムとはその全存在をサイバトロンのために捧げ、そして死んでいく存在。それができるのはオプティマスのほうであることは、あなたも分かっているはずだ」

 

 センチネルの言葉にアルファトライオンは深く排気した。

 

「そう、その通りだ。……だが、その使命の、なんと孤独なことか」

 

「孤独には耐えねばならん。それがプライムに課せられた宿命なのだ。儂も、先代も、そのまた先代も、ずっとそうしてきたのだから」

 

 センチネルとアルファトライオンはしばらくの間、睨み合っていた。

 だがやがて老歴史学者は再度深く排気すると退室するべく踵を返すのだった。

 

「……この選択が間違いでないことを祈っておるよ」

 

 センチネルは答えない。

 その答えが出るのは、遥か未来の話しだ。

 




やっとゲイムギョウ界に帰れるよ。
しかしここのオプティマスは悩んでばっかで、いわゆるG1コンボイとかファイヤーコンボイが好きなヒトからしたら、『分かってない』ことこの上ないでしょうね。

今週のTFA。
ヘッドマスターズ……のような何かになったサイドスワイプと今週の敵ディセプティコン。
クリスタルシティ出身かあ……。なるほど、エリート(だった)んですな。
しかし、アニメイテッドといいAHMといい、米国だとヘッドマスターはあんまり肯定的に取られてないのかな?

今回のキャラ紹介。

センチネル・プライム。
オプティマスの前の代のオートボット総司令官。
オプティマスとメガトロンの師に当たり、公正明大かつ差別意識もなく、また科学者、戦士としても超一流という偉大な人物である。

……このころは、まだ。

では、ご意見、ご感想、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 金色の眠りから覚めて

今回、語るべきことは、あとがきにて。


 ネプテューヌたちがゲイムギョウ界から姿を消して数日。

 ネプギアとバンブルビーはあのストーンサークルの前を訪れていた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 茫然とストーンサークル中央の石柱を見上げるネプギア。

 この場所で、姉たちは消えてしまった。

 イストワールの力を持ってしても、どこへ行ったのか皆目見当もつかない。

 女神不在なので自分を始めとする女神候補生が国を治めているものの、己の未熟さを痛感する日々だ。

 なぜかディセプティコンが攻めてこないのがせめてもの救いか。

 バンブルビーもネプギアに並んで不安げな電子音を出す。

 

「お~い! ビー! ネプギア~!」

 

 と、二人を呼ぶ声が聞こえた。

 見れば、銀色の未来的なスポーツカー、緑とオレンジのコンパクトカーがこちらに走って来た。ビークルモードのサイドスワイプ、スキッズ、マッドフラップである。

 三台の車は二人の前に止まると、パートナーであるユニ、ラム、ロムを降ろしてロボットモードに変形する。

 

「ユニちゃん! ロムちゃんとラムちゃんも! いったいどうしたの?」

 

「ん……、ちょっと、何となくね」

 

 驚いて問うネプギアに、ユニが代表して答える。

 だが何となくネプギアは察した。

 本当はみんな、姉や仲間たちがいなくて寂しいのだ。

 

「お姉ちゃんたち、帰ってくるかな……」

 

「帰ってくるわよ! わたしたちもミナちゃんもフィナンシェも、みんな待ってるんだから!」

 

 ロムの寂しげな呟きに、ラムは元気いっぱいに答える。

 

「それまでは、わたしたちでゲイムギョウ界を護っていきましょ!」

 

 ラムの宣言に四人の女神候補生は、誰ともなく手を重ね合わせる。

 

「やれやれ、こりゃ俺たちも気張らなきゃな。なあマッドフラップ」

 

「ああ、まったくだぜ、スキッズ」

 

「おまえらは特に頑張らないとな」

 

「『サイドスワイプ』『もね』」

 

 候補生をパートナーに持つオートボットたちは、微笑みながら肩を叩き合う。

 司令官や師が不在なればこそ、自分たちが候補生たちを支えていかねばならない。

 新たな決意を胸に、姉や仲間たちを思って空を見上げる一同。

 と、突然ストーンサークル上空の空間が揺らいだ。

 空が暗くなり、空間に大きな穴が開く。

 

「何、これ?」

 

「これは……」

 

 ネプギアとユニが大きな黒い穴を見上げると、そこから次々と影が飛び出してきた。

 

「あれは……、お姉ちゃん!?」

 

 ユニが思わず叫んだ

 さらに他の影にも見覚えがある。

 

「アイアンハイド!?」

 

「「「お姉ちゃん!」」

 

「ミラージュもだ!」

 

「ジャズとベールもいるぜ!」

 

 一同が驚くなか、女神とパートナーオートボットたちは地面に向けて落ちてくる。

 

「危ない!」

 

 思わず叫ぶネプギア。

 だが女神たちはすぐさま変身し、華麗に着地した。

 オートボットたちも空中で体勢を整えて危うげなく着地する。

 

「よっと……、どうやら無事ゲイムギョウ界に帰ってこれたみたいね」

 

「お姉ちゃん……」

 

 目の前に降り立った女神態のノワールを見て、ユニは茫然と声を出した。

 対するノワールはここに妹がいることに少し驚きつつも、こういう時どうよう顔をしていいのか分からないようだった。

 

「ユニ、その……、ただいま」

 

「お姉ちゃぁん!!」

 

 ユニは涙を流しながら最愛の姉に抱きつき、ノワールはその背を愛おしげに撫でた。

 

「「お姉ちゃああん!!」」

 

 そしてロムとラムは堪えきれずにブランに抱きついていく。

 ブランは二人を優しく抱き留めた。

 

「また心配かけちまったようだな。……ただいま」

 

 そしてオートボットたちも再会を喜んでいた。

 

「いったいどこへ行ってたんだよ、アイアンハイド!」

 

「あ? ああ……、ちょっとサイバトロンまでな」

 

「なんだって!?」

 

 師たるアイアンハイドの答えに、サイドスワイプは当然ながら驚愕する。

 次いでスキッズとマッドフラップが声を上げた。

 

「ずっりい! 自分たちだけサイバトロンに帰ってたのかよ!」

 

「なあ、サイバトロンはどうなってたんだ? みんなは元気だったか?」

 

「……ああ、俺たちが出たころと何も変わっちゃいなかったな」

 

 双子の声にそっけなく答えるミラージュだが、少し久し振りに弟子たちに会えてほんの僅かに嬉しそうだった。

 

「あの、お姉ちゃんは!?」

 

「『司令官は!?』」

 

 しかし、最愛の姉と敬愛する司令官の姿が見えないネプギアとバンブルビーは落ち着かない。

 

「あの二人なら、わたくしたちより後に光に飛び込んだはずですわ!」

 

「そろそろ出てくるころだと思うが……」

 

 ヒラリと降りてきたベールとジャズがそれに答えつつ上を見上げる。

 中空に開いた黒い穴は、だんだんと不安定に揺らいできている。

 このままでは遠からず閉じてしまうだろう。

 不安げに黒い穴を見上げる一同。

 果たしてオプティマスとネプテューヌ、そしてメガトロンとレイ、フレンジーに何が起こったと言うのか?

 

  *  *  *

 

 所かわって、ここはプラネテューヌ山中に存在する巨大ダム。

 ゲイムギョウ界でも屈指の規模を誇るこのダムは、同時にゲイムギョウ界で屈指の水力発電所でもある。

 穏やかだった青空が一転にわかに掻き曇り、雷鳴が響きだす。

 そして空中に突然、青と赤のファイヤーパターンが特徴的なロボットと、灰銀色の巨体のロボットが現れた。

 オプティマスとメガトロンだ。ついでとばかりに小柄なフレンジーも現れた。

 三人は空中で揉みあいながら落ちてくるが、すぐに体勢を立て直してダムの横の空き地に着地する。

 

「ここは……!?」

 

「ゲイムギョウ界のようだな」

 

 メガトロンは冷静に状況を把握すると、基地に通信を飛ばそうとする。

 

「…………駄目だな。前回といい、どうもスペースブリッジによる転送は通信機器に大きなダメージを及ぼすらしい」

 

 通信ができないことを確認して、一人ごちる。

 総司令官もまた、仲間たちと通信が取れないでいた。

 

「ネプテューヌ……!」

 

「レイちゃん!」

 

 オプティマスとフレンジーは未だ姿を見せないネプテューヌとレイを探す。

 そのとき再び空間が揺らぎ、女性の影が二つ投げ出された。

 一つはネプテューヌだ。

 彼女は他の場所で女神たちがそうしたように、女神の姿になってオプティマスの傍に降り立つ。

 

「ネプテューヌ! 大丈夫か!?」

 

「…………」

 

「ネプテューヌ?」

 

 反応のないネプテューヌをオプティマスが訝しむと、彼女はゆっくり顔を上げた。

 その美しい目から涙が流れていた。

 

「オプっち……、私は……」

 

「ネプテューヌ? いったいどうしたと言うんだ?」

 

 困惑するオプティマス。

 ネプテューヌは涙を拭い、オプティマスに向き合う。

 

「大丈夫よ、オプっち。今は……」

 

 そして気丈な声を出し、メガトロンを見る。

 

「メガトロン! 聞かせてちょうだい! あなたは何を求めているの!」

 

「ネプテューヌ?」

 

「なんだ? またぞろ、いつもの妄言か?」

 

 その言葉にオプティマスは訝しげな顔になり、メガトロンは面倒くさげに視線だけを向ける。

 

「あなたはサイバトロンから差別をなくすんじゃなかったの! オプっちとあなたとエリータ、三人いつもいっしょで、あんなに仲がよくて……、なのに……」

 

 またしても流れ出した涙を拭うネプテューヌ。オプティマスは驚愕にオプティックを見開き、メガトロンは逆にオプティックを探るように細めた。

 

「ネプテューヌ、どうしてそれを……」

 

「……貴様、『何』を見た?」

 

 ネプテューヌはなおも言葉を続ける。

 

「あなたたちが戦うことなんて、ないじゃない! エリータだってこんなこと望んでいないわ!」

 

「ネプテューヌ……それは……」

 

 必死の呼びかけに、オプティマスは絞り出すように声を出し、メガトロンは答えなかった。

 だが、何か思うことがあったのか口を開こうとしたその時だ。

 

「話すことなんか、ありませんよ」

 

 突如、空から声が響いた。

 

「! レイちゃ……、ん!?」

 

 一連の流れについていけず、メガトロンの足元で半ば茫然としていたフレンジーが歓声を上げかけるが、途中で尻すぼみになる。

 果たして空から降りてきたのは、あのカラス面の女だった。

 だが、その体からは絶えず黒いオーラが吹きあがり、長い髪がユラユラと蠢いている。

 ゆっくりと降下してくるその姿は。あたかも『女神』を思わせた。

 

「オートボットと話す口なんかもたない。そうですよね? メガトロン様」

 

 どこか笑みを含んだ、しかし底冷えのする声で囁くようにメガトロンに声をかけるカラスの女。

 彼女の被る仮面に黒いオーラが纏わりつき、その形を変えていく。

 鋭い意趣のロボットの顔を模したそれは、まさしくディセプティコンのエンブレムそのものだった。

 

「レ、レイちゃん? どうしたのさ?」

 

 仮面の女の異様な様子に、フレンジーが戸惑う。

 それに答えず、仮面の女は自身の両肩を抱きしめる。

 

「ああ……、体の芯から沸きあがる、この憎しみ……。溢れてきて止まらない……、壊れてしまいそう……」

 

 さらに大きくなりゆく黒いオーラは仮面の女からメガトロンへと伸び、破壊大帝の体に浸透していく。

 明らかに異常な事態だがメガトロンは驚くことなく黒いオーラを受け止めた。

 

「ククク……」

 

 愕然とするオプティマス、ネプテューヌ、フレンジーをよそに、メガトロンは低く笑う。

 

「フハハハ、ハァーッハッハッハ!! 素晴らしい! 予想以上の力だ!!」

 

 やがて大きく哄笑したメガトロンは、武器を展開しオプティマスとネプテューヌをギラリと睨む。

 

「そうとも! 我々の間に、言葉など不要だ!!」

 

 その灰銀の巨体から仮面の女と同じように黒いオーラが吹きあがる。

 

「ただ闘争だけがあればいい! ディセプティコンとオートボットの間には憎しみがあればいいのだ!!」

 

 そして、右腕をフュージョンカノンに変形させてオプティマスを狙う。

 オプティマスも何も言わずに剣と盾を構えた。

 

「メガトロン! お願いやめて!」

 

「下がるんだ、ネプテューヌ。……これも宿命(さだめ)だ」

 

 なおも言い募ろうとするネプテューヌを厳しい口調で制し、オプティマスはメガトロンに向かっていった

 

「どうして……、どうしてよ……」

 

 涙混じりのネプテューヌの言葉に答えるものはいない。

 

「あなたも分かっているのでしょう?」

 

 いや、いた。

 あの仮面の女だ。

 今も黒いオーラを立ち昇らせながら、ゆっくりとネプテューヌに近づいてくる。

 

「メガトロン様はオートボットが、オプティマスが憎くてたまらない……。今なら分かるわ、オートボットとディセプティコンは相いれることはないのだと」

 

「そんなこと、分かるわけがないわ! オートボットとディセプティコンだって分かりあえるはずよ!!」

 

「嘘ばっかり……。ああ、女神はどいつもこいつもムカつくけど、あなたは格別ね」

 

 キッと睨みつけて反論するネプテューヌに、仮面の女はその仮面の下で、侮蔑するような声を出す。

 

「こっちの苦労も知らずに能天気に遊んでヘラヘラ笑って、いつも綺麗ごとばっかり。……プラネテューヌにいたころから、あなたのことは大嫌いだったわ。友好条約の時のあなたの演説、私も聞いたわ。…………反吐が出そうなほどの内容のないスカスカな演説だったわね」

 

 仮面の下から感じる憎しみに、ネプテューヌは改めて身震いする。

 これまで彼女から感じていた、燃えるような激しい憎しみとは違う、粘性の液体のような冷たくて重い怨嗟。

 

「……あんなのは憎しみを知らないあなたの幻想に過ぎない。ここまで積み重なってきた過去がそれを許さないわ」

 

「そんなこと……。過去は乗り越えられるはずよ!」

 

「だから、あなたの言葉は薄っぺらいってのよ。過去は人間の、国家の、種族の、中身であり本質その物なの。あなた如きに覆せるものではないわ」

 

 そこまで言って、女は深く息を吐いた。

 

「まあ、『過去のない』私が言えた道理ではないわね」

 

「あなたはいったい……?」

 

「私が何者かなんか、今はどうでもいい。あなたはオプティマスを選び、私はメガトロン様を選んだ。……そう、選んだのよ。それが答え!!」

 

 言うや仮面の女は杖を召喚し、ネプテューヌに向かって振りかざした。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にこちらも太刀を召喚し、それを受け止める。

 杖の一撃は女神の力を持ってしても弾き返せない重さを備えていた。

 ネプテューヌは覚悟を決めた。

 降りかかる火の粉は払わなければならない。

 

「女神と戦って、どうなっても知らないわよ!」

 

「そういう台詞は私を倒してから言いな、女神様!!」 

 

 両者は一端距離を取り、ネプテューヌは太刀を仮面の女は杖にオーラを纏わりつかせた。

 

「クロスコンビネーション!」

 

「ブレイクアウト!」

 

 ネプテューヌ必殺の連撃に、こちらも連撃で対抗して見せる仮面の女。サイバトロンで戦った時よりも、さらに戦闘力が高まっている。

 

「ッ! それならこれはどう! 久々の32式エクスブレイド!!」

 

「それがどうした! ミサイルコマンド!!」

 

 シェアで作り出した巨大な剣を相手に向かって投擲するネプテューヌだが、仮面の女は宙空に六発ものエネルギー弾を作り出し、それを発射する。

 内三発がエクスブレイドを撃墜し、残り三発がネプテューヌに殺到する。

 ネプテューヌは空に飛び上がって二発をかわし、さらに最後の一発を太刀で切り払う。

 だが、一瞬その動きが止まってしまった。

 

「そこだ! センティピード!!」

 

 その隙を逃さず仮面の女はさらなる技を放つ。

 女の周りの空間が歪むと、何と巨大なムカデを思わせる怪物が現れ、その長大な体で素早くネプテューヌの身体に巻き付き拘束した。

 

「きゃあ! な、何なのコレ!」

 

「異次元から呼び出したクリーチャーさ! ……どこから来たのかは私にも分からないけど」

 

 無責任に言い放ち、仮面の女はさらに大ムカデにネプテューヌを締め付けさせる。

 

「そこで大人しくしてなさい。……あっちも、もうすぐ終わりそうだから」

 

 その言葉にエッとなったネプテューヌは、慌ててオプティマスとメガトロンが戦っているほうを見る。

 

「ぐわあああ!!」

 

 そこにあったのは、オプティマスがメガトロンのフュージョンカノンの直撃を喰らって吹き飛ばされる姿だった。

 

  *  *  *

 

 時間は遡る。

 

 オプティマスは黒いオーラを噴き上げるメガトロンに挑んでいた。

 

「おおおお!!」

 

 雄叫びと共にメガトロンに斬りかかるオプティマス。

 メガトロンはすぐさまフュージョンカノンを発射する。

 よけるオプティマスだが、その後ろでは地面に着弾したエネルギー弾がこれまでにない大爆発を起こす。

 それに煽られ、オプティマスは一瞬体勢を崩してしまう。

 

 ――ッ! いかなフュージョンカノンと言えど、これほどの威力はなかったはず! いや今は考えている時間はない。すぐに体勢を立て直せば、メガトロンの次の動作より早く動け……。

 

 刹那にも満たない間にそこまで思考し、オプティマスは正面を見据える。

 そこにはオプティマスの視界いっぱいにメガトロンの顔があった。

 僅かな間にここまで接近したというのか。

 

「ッ!」

 

 反射的に剣を振るおうとするオプティマスだが、それより早くメガトロンの拳が鳩尾に突き刺さった。

 

「グ……オッ……!?」

 

 普段であれば耐えられないこともない攻撃のはずだった。

 だが今回のそれはオプティマスの過去の経験よりも遥かに強力であり、腹にめり込んだだけでは終わらず総司令官の巨体を宙に舞わせ数十m後ろに叩き落とす。

 

「ふ、フハハ、ハァーッハッハッハ!! 脆い、脆いぞ! その程度かオプティマス!」

 

 何とか立ち上がろうともがく宿敵に歩み寄りながら、メガトロンは嗤う。

 

「ぐ……、この力……、まさかシェアエナジーとスパークの共鳴!?」

 

「さてな。答える義理もない」

 

 状況を理解しようとするオプティマスの言葉に答えず、メガトロンはオプティマスの頭を掴んで無理やり立たせる。

 

「永きに渡る戦いだったが、それもここまでだ」

 

「グウウゥ……! わ、私が倒れたとしても、メガトロン、オートボットはおまえの暴政に立ち向かい続けるぞ……!」

 

「ならば、全て殺すまでだ。元より、な」

 

 メガトロンは冷厳に言い放つや、フュージョンカノンを展開し、オプティマスの胸に押し当てる。

 

「まずは貴様から、……死ね!!」

 

 そしてゼロ距離からフュージョンカノンを叩き込んだ……。

 

「ぐわあああ!!」

 

 悲鳴と共に吹き飛んでいくオプティマス。

 その体は地面に力無く落ち、ピクリとも動かなくなった。

 

「オプっち!」

 

 ネプテューヌは何とか拘束から逃れようとするが、大ムカデはギチギチと体を締め付けている。

 

「…………終わったわね。安心なさい。あなたもすぐに後を追わせてあげる」

 

 仮面の女は感情を感じさせない声で言うと、指を鳴らして大ムカデに指示を出してネプテューヌの身体を自分に近づけさせる。

 怒りに歪ませてはいるが、美しく凛とした顔に自分の顔を近づける仮面の女。

 

「さようなら」

 

 そして、再び杖の先にオーラを纏わせネプテューヌに向かって振るった。

 

 だがその瞬間、ネプテューヌは女神化を解除した。

 人間態のネプテューヌは女神化している時に比べかなり小柄だ。そのため締め付けてくる大ムカデと身体との間に隙間ができ、ネプテューヌは素早く大ムカデの拘束から抜け出すことができた。

 

「なっ!?」

 

 驚いた仮面の女は一瞬動きを止める。

 その隙を縫って、ネプテューヌは仮面の女を張り倒してオプティマスに向かって走っていった。

 メガトロンは彼女を攻撃しない。さしも彼もそこまで冷酷ではないのか。

 あるいは、もはや攻撃するだけの価値を感じていないだけか。

 

「オプっち!」

 

 ネプテューヌは横たわるオプティマスに駆け寄ると、その顔の傍で大声を出す。

 

「オプっち! しっかりして!!」

 

 するとオプティマスは僅かに顔をネプテューヌに向けた。

 

「ね、ネプテューヌ……。逃げるんだ……。今のメガトロンは……強すぎる」

 

 何とかオプティマスが吐き出した言葉に、ネプテューヌは首を横に振ることで答えた。

 

「逃げないよ。オプっちは、どんな苦しい時もわたしを守ってくれたもん。だから、わたしも逃げない」

 

「駄目だ……! 君を……、君を…危険な目に…合わせるわけには……」

 

 息も絶え絶えに、オプティマスは言葉を発する。

 しかしネプテューヌは決して逃げようとしない。オプティマスとメガトロンの間に陣取り、両腕を広げる。

 それを見た仮面の女が一思いに止めを刺すべく杖にオーラを纏わせるが、メガトロンは手振りでそれを制した。

 

「頼む……! 逃げてくれ……!」

 

「わたしは逃げない!」

 

 頑として動かないネプテューヌに、オプティマスはかつて失ったエリータの姿を幻視した。

 

「駄目だ……。駄目だ! お願いだ、逃げてくれ……。君を失いたくない……!」

 

 血を吐くようにオプティマスは吐露する。

 

「君を……、君を……、愛しているから……!」

 

 その言葉にネプテューヌは思わず振り向いた。

 オプティマスはネプテューヌを真っ直ぐに見つめる。

 

「……私はこの感情を明確に示す言葉を愛としか知らない。愛しているんだ、ネプテューヌ……」

 

 今、言わなければならない。

 種族の違いなど構うものか。

 後悔は後ですればいい。

 嫌われても構わない。

 彼女に生きていてほしかった。

 

「……オプっち」

 

 そしてネプテューヌは微笑んだ。

 見る者を魅了する、どこまでも透明な笑みだった。

 

「嬉しいよ……、わたしも、わたしもオプっちのこと、好きだよ」

 

 らしくもなく、色々と悩みはした。

 オプティマスの責任の重さ。

 エリータのこと。

 アルファトライオンやドリフトたちの言葉。

 そしてオプティマスの過去を垣間見て、ネプテューヌが出した、一つの答え。

 それは酷く単純なものだった。

 

 ――わたしは、オプっちに幸せになってもらいたい。そしてだからこそ。

 

「だから、逃げない! オプっちに守られてばっかりじゃイヤなんだよ! あなたといっしょに戦いたい!!」

 

「ネプテューヌ……」

 

 しばし見つめ合うネプテューヌとオプティマス。

 想いは通じ合っていたのだ。

 これほど嬉しいことはない。

 

「ククク……、フハハ、ハァーハッハッハ!!」

 

 笑い声が轟いた。

 メガトロンがこれほど面白いことはないとばかりに哄笑している。

 

「愛!? 愛だと? オートボットのリーダーが下等な有機生命体に? 馬鹿馬鹿しい! オプティマス、貴様がそこまで見下げ果てた奴だとは思わなかったぞ! 死んでいった者たちが聞いたら、失望のあまりもう一度死を選びかねんな! ハーッハッハッハ!!」

 

 情け容赦なく嘲笑と侮蔑を浴びせるメガトロン。

 だがこれは正常かつ健全なトランスフォーマーの思考としては当然であり、むしろオプティマスのほうが異常なのである。

 ひとしきり嗤ったメガトロンは、再度フュージョンカノンをネプテューヌとオプティマスに向ける。

 

「では、その麗しくも無意味な愛もろとも、消し炭になるがいい!」

 

 そしてエネルギー弾を発射した。

 紫色の破壊エネルギーがネプテューヌめがけて飛んでくる。

 

「ネプテューヌ! 逃げろ!!」

 

 オプティマスが叫ぶ。

 だがネプテューヌは表情を輝かせた。

 

「大丈夫! よく分かんないけど、今のわたしは負ける気はしない!!」

 

 瞬間、ネプテューヌの体が光に包まれた。

 いつも女神化する時よりも、強く眩い光に。

 エネルギー弾が着弾して爆発を起こし、あたりは爆音と煙に包まれる。

 

「負けない、気がするだけだったな」

 

 メガトロンは薄く嗤いながらゴキリと首を鳴らし、念の為各種センサーでネプテューヌとオプティマスの気配を探る。

 

「……女神も存外、呆気なかったですね」

 

 感情のこもっていない声で仮面の女が言う。

 

「当たり前だ。破壊大帝の前に立ちふさがる者は、残らず破壊される運命に……」

 

 女の言葉にそこまで答えたところで、メガトロンは気が付いた。

 ネプテューヌとオプティマスの生体反応は消えてはいない。

 むしろ、強大なエネルギーを感じる。

 

「……馬鹿な!」

 

 煙が晴れた時、そこにいたのは何とか立ち上がろうとするオプティマスと、そしてネプテューヌ……ではなく、一機の戦闘機だった。

 深い紫色のその戦闘機は前進翼を備えた未来的なシルエットをしている。

 

「な!? 女神は、あの女神はどこに行ったの!?」

 

 姿を消したネプテューヌに、仮面の女は動揺する。

 その答えは意外な所からもたらされた。

 

「うわッ!? わたし戦闘機になってる!?」

 

 戦闘機から声が聞こえてきたのだ。

 そして声は間違いなく、ネプテューヌのものだった。

 オプティマスは戸惑った声を出す。

 

「ね、ネプテューヌ? その姿はいったい?」

 

「いや~よく分かんないけど、新たな力に目覚めたみたい!」

 

 メガトロンの横の仮面の女が茫然と声を出す。

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

「フン! 今更姿が変わったからと言って、何ができる!」

 

 だがメガトロンは怯まずにフュージョンカノンを発射する。

 ネプテューヌは機体の全面に障壁を展開してエネルギー弾を弾くと、ブースターを吹かしてメガトロンに突っ込んでいく。

 横っ跳びで軽くかわして見せるメガトロンだが、ネプテューヌはそのまま脇を通り過ぎて飛行機雲を描きながら飛んで行く。

 

「お~っと! 行き過ぎたー!」

 

 途中で旋回し、メガトロンと仮面の女が張る弾幕を潜り抜けて戻ってくるネプテューヌ。

 試しとばかりに機体に搭載されたビーム機銃と多弾頭ミサイルを発射する。

 無数のビーム弾と空中で分裂したミサイルがメガトロンと仮面の女に降り注ぐ。

 だがメガトロンはよろめいたものの大したダメージを受けている様子もなく、女はオーラをバリアのように展開して攻撃を防ぐ。

 ネプテューヌは二人の上を通り過ぎると、オプティマスの前に降りてきて滞空する。

 

「どうよ、わたしの新たな力! すごいでしょ!」

 

「あ、ああ、確かにすごいが……その、大丈夫なのか?」

 

 心配そうにたずねるオプティマス。

 さっき告白した相手がいきなり戦闘機に変身したのだから、さもありなん。

 

「うん、ダイジョブだよ! むしろ、すごく調子がいいんだ!」

 

 ネプテューヌは明るい調子で答えた。

 ホッと排気するオプティマス。

 ネプテューヌのシェアエナジーとの共鳴で、ダメージもだいぶ回復したが、それでも状況は未だ好転しきってはいない。

 メガトロンと仮面の女は全身から巨大なオーラを噴き出している。

 

 ――だが負けるわけにはいかない。いや、負けない!

 

 再び闘志を燃え上がらせ、剣を構えるオプティマス。

 オプティマスとネプテューヌは、スパークとシェアエナジーとの共鳴が最大限まで高まるの感じていた。

 

 そして二人の胸中にある確信が天啓めいて浮かんできた。

 

「ねえ、オプっち。今なんだかトンでもないこと考えたんだけど」

 

「奇遇だな。私もだ」

 

 理屈も論理もないが、できるはずだという奇妙な確信と共に二人はそろって、その言葉を叫んだ。

 

「「ユナイト!!」」

 

 そして二人は揃って強烈な光に包まれる。

 ネプテューヌの変身した戦闘機が複数のパーツに分裂するや、オプティマスの体に合体していく。

 ブースターと翼はそのままジェットパックとして背中に合体。

 機種部分は二つに分かれて変形し、オプティマスの両腕に高出力ビーム砲『プラネティックキャノン』とビームガトリング『ヴァイオレットバルカン』として装着される。

 さらに余剰パーツが肩や下腿に装着。

 最後に胸に合体したパーツの中央にオートボットのエンブレムである柔和なロボットの顔と、プラネテューヌの国章でありネプテューヌ自身を表してもいる丸っこく象形化されたNの文字が重なったマークが浮かび上がる。

 

 見よ! これぞオプティマスとネプテューヌが融合合体(ユナイト)を果たした新たなる姿、ネプテューンパワー・オプティマス・プライムである!!

 

「さあ、出動だ!!」

 

 オプティマスは叫ぶや背中のブースターを吹かして空中に飛び上がる。

 合体によってオプティマスは飛行能力を獲得したのである。

 

「なん……だと!?」

 

 メガトロンは飛行するオプティマスを見上げ、クワっとオプティックを見開く。

 だがすぐに正気に戻るやエイリアンジェットに変形し、こちらも飛び上がる。

 

 オートボットとディセプティコンのリーダー同士の空中戦だ!

 

 空を行くオプティマスに追いつくや、メガトロンはロボットモードに戻り宿敵に組み付こうとする。

 

「俺を見下ろすのは400万年早いわ、オプティマァァス!!」

 

「メガトロン! 私たちの手で地に落ちろ!!」

 

 それをかわしたオプティマスは左腕のヴァイオレットバルカンを発射する。

 無数の光弾がメガトロンに降りかかるが、それで怯むメガトロンではない。

 

「ヌン! この程度!」

 

「まだだ!」

 

 だがガトリングは足止めのためだ。

 すかさずオプティマスは右腕のプラネティックキャノンから強力な光線を放つ。

 

「ぐ、おおお!?」

 

 絶大な威力の光線の前に、メガトロンは真っ逆さまに落下していくが、途中で体勢を立て直し地面に着地し、ギラリとゆっくり降下してくるオプティマスを睨みつける。

 

「オプティマァァァァス!! まだだ! まだ終わってはおらんぞ!!」

 

 そして右腕のフュージョンカノンにエネルギーを充填していく。

 黒いオーラがフュージョンカノンの砲身に集中し、メガトロンの右腕が壊れそうなほどのエネルギーが満ち満ちる。

 だがオプティマスは真っ直ぐにメガトロンを見据える。

 両腕の武器を収納し、今一度テメノスソードを『召喚』する。

 あたかもゲイムギョウ界の住人たちが使う武器のように、オプティマスの手の中に剣が現れた。

 そして剣は、オプティマスとネプテューヌに答えるかのように、その刀身に刻まれた溝と古代文字が虹色の光を放ち、やがて刀身全体が光に包まれた。

 

  *  *  *

 

 オプティマスと合体したネプテューヌは不思議な感覚の中にいた。

 パーツとして合体してはいるが、本質たる魂はオプティマスと深い段階で融合し、そのスパークと共にあった。

 彼のスパークは暖かく、強く、それでいて繊細で、深い悲しみと怒り、苦悩に満ちている。

 その何もかもが愛おしくて愛おしくてしょうがない。

 

 ――ああ、好きだ。大好きだ。あなたのために、あなたと共に、歩いていこう。

 

 いつの日か、オプティマスたちはサイバトロンの呼び声によって帰ってしまう日がくるのかもしれない。

 メガトロンの言う通り、オートボットとディセプティコンの間には、もう憎しみしか残っていないのかもしれない。

 仮面の女の言う通り、自分の考えは甘っちょろい綺麗事なのかもしれない。

 それでも、この道を諦めはしない。

 それが、オプティマスの幸せのために、必要不可欠だから。

 

 一人の男のために、戦いの累加だか憎悪の連鎖だかに挑む。

 それは傍目から見れば、無茶で無謀で無意味だ。しかし、そういう愛もあるのだ。

 

 ――見せてあげる。ゲイムギョウ界では、ハッピーエンドがなにより強いんだよ!

 

  *  *  *

 

「消し飛べぇええええ!!」

 

 メガトロンの怒号と共に放たれた光弾は。オプティマスの全身を飲み込んでも余りあるほど巨大で、直撃すれば今のオプティマスと言えど塵一つ残さずに消滅させるだけのパワーに満ちていた。

 しかしオプティマスはよけようともせず、光り輝くテメノスソードを大上段に構える。

 そして……。

 

「うおおおおお!!」

 

 渾身の力を込めて振り降ろす。

 虹色の剣閃はそのままエネルギーの刃となって飛び、エネルギー弾を両断してそれでも止まらず、メガトロンへと襲い掛かる。

 

「ぐ、おおおおおおぉぉぉ!!」

 

 防御する間もなくメガトロンはエネルギー刃をその身に受け、大きく後ろへ吹き飛ばされ、地面に落下した。

 

「「メガトロン様!!」」

 

 仮面の女とフレンジーが慌てて破壊大帝にかけよる。

 

「メガトロン様! ご無事ですか!」

 

「グググ……、おのれ……」

 

 体についた大きな傷を押さえながら、メガトロンは立ち上がる。

 さっきのエネルギー刃は直撃を受ければメガトロンでもただでは済まない威力だったが、フュージョンカノンの弾を切り裂いたことで威力が半減していたようだ。

 ギラギラとオプティマスをねめつけるが、それでも冷静にブレインサーキットを回転させて彼我の戦力とダメージを素早く計算し、そして即座に撤退を決意した。

 

「憶えておれ、オプティマス! この借りはいずれ必ず返すぞ!!」

 

 捨て台詞と同時にエイリアンジェットに変形し、仮面の女とフレンジーを搭乗させて、メガトロンは飛び立つ。

 いつかと同じく、オプティマスはそれを見送るのだった。

 

 オプティマスの体からネプテューヌのパーツが分離し、また一つの戦闘機の姿に組み合わさる。

 そして強く発光すると光の粒子にいったん分解、再構成し、そして人間態のネプテューヌの姿へと戻った。

 

「……ふう」

 

 息を吐いたネプテューヌは傍らのオプティマスを見上げる。

 

「とりあえずは、終わったな……」

 

 しみじみと呟くオプティマス。

 当面の危機は去り、無事ゲイムギョウ界に帰ってくることができた。

 共にゲイムギョウ界に戻ってきた仲間たちも、サイバトロンに残してきた者たちも無事であるという第六感めいた確信もある。

 

「それは違うよ、オプっち!」

 

 しかし、ネプテューヌはそれを否定する。

 

「終わったんじゃないよ! これから、始まるんだよ!」

 

 そして満面の笑みを浮かべた。

 

「これからは、わたしがオプっちを思いっきりハッピーにしてあげるんだからね!」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

 こちらも淡い笑みを浮かべるオプティマス。

 金属生命体と有機生命体、それもプライムと女神の恋愛が道ならぬものでないのは二人とも重々承知していた。

 それでも、共にありたいと願う気持ちに偽りはない。

 

「それにしても、随分と急に恋人同士になっちゃったね、わたしたち……」

 

 ネプテューヌは一連の流れを思い出し、恥ずかしげに頬を染める。

 思い起こせば、お互いにかなり成り行きまかせの告白だった。

 

「ああ、そうだな……」

 

「…………」

 

 何となく気恥ずかしくなり、お互いに黙ってしまう。

 と、オプティマスに通信が入った。

 どうやら共鳴によって、通信装置の調子も回復したらしい。

 

「私だ」

 

『オプティマス! 無事だったか! 今はどこにいる?』

 

 通信を飛ばしてきたのは、ジャズだった。

 

「プラネテューヌのダムの近くだ。ネプテューヌもいっしょにいるから、皆には心配しないように……」

 

『司令官! ダイジョブですかーーー!!』

 

『お姉ちゃん! お姉ちゃんもいっしょなんですか!!』

 

 突然通信にバンブルビーとネプギアが割り込んできた。

 何だか相変わらずの二人に、オプティマスは苦笑する。

 

「ああ、私は大丈夫だ、バンブルビー。ネプギアも、ネプテューヌは無事だよ」

 

『ああ、よかった……。姿が見えないから、みんな心配してたんです』

 

 安心したらしく、ネプギアがホッと息を吐くのが通信越しでも分かった。

 とりあえずジャズに代わってもらい、話を続ける。

 

「とりあえず、こちらは自力で帰れそうだからプラネテューヌで落ち合おう」

 

『ああ分かった。……それでオプティマス、いったい何があったんだい?』

 

「それを話すと、長くなるんだ。……帰ってから話すよ」

 

 それだけ言ってオプティマスはいったん通信を切る。

 さて話すとは言ったものの、どう説明したものか。

 

「……まあ、なんとかなるか」

 

 割と呑気に呟くオプティマス。このことは帰り着くまでに考えるとして、傍らのネプテューヌのほうを向く。

 

「とりあえず皆と合流しよう」

 

「うん、帰ろう、プラネテューヌへ!」

 

 二人は久し振りの我が家へと帰るべく、歩きはじめるのだった。

 

  *  *  *

 

 久方ぶりの帰郷は、私たちに言い知れぬ郷愁と悲しみをもたらした。

 それと同時に、我々が今置かれている状況が、どれほど幸福なものであるかも思い出させてくれた。

 女神と共に過ごす日々は、戦いの中で得た安寧なる眠りのように、かけがえのない物なのだ。

 ……実の所、私の迷いは未だに晴れてはいない。

 思いもかけず自覚し、また告白することとなったこの愛が、正しいものなのかは分からない。

 

 私の名は、オプティマス・プライム。

 

 それでも、いつかこの金色の眠りから覚めて、別れる日が来るのだとしても。

 

 女神と共に進んで行こう。

 

 

 

 ~中編 Call of the Cybertron~

 

 及び

 

 ~Golden sleep~

 

 了




そんなわけで、サイバトロン編と第三章が同時に終わりました。
これは構想を重ねるうちに第三章が、あまりにも長くなってしまったので、ここで一区切りつけようと考えたからです。

今回の解説。

戦闘機化したネプテューヌ
本作オリジナルではなく、ハード:ネプテューヌという原作ゲームではお馴染みの技です。

ネプテューンパワー・オプティマス・プライム
オプティマスとネプテューヌの信頼と愛に応えて現れた合体形態。
本当はもっと後に出る予定だったけど、ここで出さないと終盤近くまで出せないので、急遽登場させました。
上記のハード:ネプテューヌを見て、戦闘機に変身できるんだから合体もできるじゃないか?と考えたのがそもそもの始まり。
実は、実写TFにおけるオプティマスの強化形態よりは、ギャラクシーコンボイや勇者ロボに近いイメージ。

レイの技
全て本作オリジナルですが、実はア○リ社のアーケードゲームのタイトルが元ネタ。

ダム
TFファンならお馴染みであろうシチュエーション。
ここで一区切りつけるという意味合いを込めて出したけど、シチュエーションを生かし切れなかったのが残念。

金色の眠りから覚めて
こちらもお馴染み、G1の主題歌より。
実はこの歌詞、平和な時代=金色の眠りが終わって争いの時代がやってくるという意味らしいです。
そこで日常編=登場人物たちにとってかけがえのない日々、という意味合いを込めて章の名前を『金色の眠り』にしました。
……まだしばらく日常編続行だけどね!

次回はオートボット、女神側かディセプティコン側かのエピローグ的な話。
あるいはその両方になります。

長くなりましたが体と時間と法律が許してくれる限り書き続ける所存ですので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Golden sleep epilogue side『A』

そんなわけで、第三章のオートボット側のエピローグ。
短いです。


「それでは、みんな無事に再会できたことを祝して! カンパーイ!!」

 

『カンパーイ!』

 

 ネプテューヌの音頭に、一同は手に持ったグラスを掲げる。

 ついにゲイムギョウ界へと帰還した女神とオートボット。

 彼ら、彼女らは姉妹や仲間たちとの再会を喜び、これを記念してプラネタワー前庭にて、ささやかながらパーティーが開かれることとなったのだった。

 各国の女神と女神候補生、ほとんど全員のオートボットが集合している。もちろんアイエフとコンパもいっしょだ。

 

「それにしても驚いたわ。ネプ子たち急にいなくなっちゃうんだもの」

 

「と~っても、心配したんですよ~」

 

 二人はさっそく、親友である自国の女神と話し込んでいた。

 

「いやー、ごめんごめん! でもほら、わたしたちが留守の間は候補生のみんなやぷるるんが頑張ってくれてたみたいだし、結果オーライ!」

 

「はあッ……、まったくアンタって娘は……」

 

 悪びれずに笑うネプテューヌに、アイエフは頭痛を覚えたかのようにコメカミを押さえ、コンパは苦笑する。

 

「私たちが国を治めてはみたけど、やっぱりなかなか上手くいかなかったよ」

 

「大変だったんだよ~」

 

 ネプギアとプルルートが笑顔で言う。

 そうは言うものの、実際のところネプギアたち候補生は随分と頑張った。おかげで各国のシェアは女神不在という緊急事態にもかかわらず、ほとんど減少していない。

 イストワールも自分サイズのグラスを揺らしながら微笑む。

 

「いえいえ、皆さんはとても頑張っていましたよ」

 

 もちろん、各教祖をはじめとした周囲のサポートがあればこそであるが、真面目に働くネプギアを見てイストワールがこの期にいっそ世代交代してもらおうかと考えたのは、ここだけの話し。

 

「ねぷてぬー!」

 

 と、どこからかピーシェが突撃してきた。

 

「お、ぴーこ!」

 

 久し振りということもあり、ピーシェを受け止めて抱きしめてやろうとするネプテューヌ。

 だがピーシェはそのままスピードをつけてタックルをしかけてきた。

 

「ぴぃたーっくる!」

 

「え、ちょ!? ねぷおおお!?」

 

 止める間もなく、スピードが十分に乗り角度も完璧な体当たりがネプテューヌに炸裂した。

 

「きゃははは!」

 

「う、う~ん、さすがはぴーこ……。相変わらずの破壊力……」

 

 倒れた自分の腹の上に跨って無邪気に笑うピーシェに、ネプテューヌは呻きつつも笑顔になる。

 そんないつものやり取りをする二人に周囲も苦笑混じりながらも微笑むのだった。

 

「ユニ、あなたも頑張ったみたいね。偉かったわよ」

 

「えへへ」

 

 ノワールは妹の頭を撫でてやりながら、素直に褒める。

 それからちょっと真面目な顔になった。

 

「ねえユニ? あなた、お母さんって欲しくないかしら?」

 

「え? な、何、お姉ちゃん? 話が唐突過ぎてわからないよ」

 

「ん、まあそうよね。後でゆっくり説明してあげる」

 

 突然に姉の問いに、目を白黒させるユニ。

 そんなユニに、ノワールは優しく微笑みかけるのだった。

 

「ふふ~ん! わたしたちはお姉ちゃんがいなくたって、うまくやってたんだからね!」

 

「……ミナからは、『うわ~ん、お姉ちゃん帰ってきてよ~!』って泣いてしまったと聞いたのだけど?」

 

「そ、それは……、し、しょうがないじゃない、さみしかったんだもん……」

 

 ブランに対して胸を張ってみたものの、逆にからかわれてモニョモニョと口ごもるラム。

 

「うん、わたしたち、さみしかったんだよ」

 

「……ふふふ、ロムは素直で良い子ね」

 

 一方のロムは、素直に姉に抱きつき甘える。

 それを見て、ちょっと複雑そうな顔をするラムだったが、ブランに手招きされて抱き締めてもらうのだった。

 

「あらあら、皆さんは妹がいていいですわね」

 

 少し離れた所では、ベールがグラスを傾けながらじゃれ合う姉妹たちを眺めていた。

 そして良いことを思いついたとばかりに、脇に立つ教祖補佐アリスに笑いかける。

 

「そうですわ、アリスちゃん! せっかくですから、私たちも仲良くいたしましょう!」

 

 しかしアリスは、自国の女神に似て形のいい眉根を不機嫌そうに吊り上げる。

 

「……それよりもですね、ベール様。お聞きしたいことがあるのですが」

 

「あら? 何かしら?」

 

 たおやかに首を傾げるベールに、アリスは一気にボルテージを上げる。

 

「何で、ベール様の不在時に私がベール様の仕事を受け持つことになってんですか!!」

 

「あら、そのことですの」

 

 なーんだ、とばかりにベールはマイペースな笑みを浮かべる。

 

「ほら、リーンボックスには女神候補生がおりませんでしょう? ですから、こういうときのための緊急マニュアルをジャズやチカといっしょに作成しておいたのですわ」

 

「それは分かってます! 問題は何で、その緊急マニュアルに私がベール様の仕事をするって書いてあるかです! 普通ああいうのはチカ様の仕事でしょう! これじゃ私が女神候補生みたいじゃないですか!!」

 

 なまじ造形が整っているだけに中々の迫力で怒るアリス。

 だが、ベールは動じずにニコニコと微笑むばかりだ。

 

「あら、結構好評でしたと聞きましたわよ? 巷では、さっそくアリスちゃんのファンクラブもできたそうですわ」

 

「いりませんよ、そんなもん!」

 

 本気で怒るアリス。

 この数日というもの、普段ベールが何気なくこなしている仕事が、いかに激務であるかを思い知ることとなった。

 チカに手伝ってもらって何とかこなせたものの、おかげで女神不在という千載一遇の好機にも関わらず碌な行動が取れなかったのだ。

 

 ――これじゃ何のために潜入してるんだか、わかりゃしない!

 

 内心で愚痴りつつイライラと唇を噛むアリスに対し、ベールは穏やかに笑むのみだった。

 

「とりあえず、皆変わりないようで何よりだ」

 

「『司令官も』『ご無事なようで』『よかったです』」

 

 そんな女神と仲間たちを見つつオプティマスはオイルを飲み、バンブルビーがエネルゴンを齧る。

 オートボットたちには彼らサイズの机が用意され、その上にはオイルとエネルゴン、金属片が置かれている。トランスフォーマーにとってのご馳走だ。

 

「しかし、まさかサイバトロンに跳ばされちまうとはな……。世の中何が起こるか分かったもんじゃないぜ」

 

 アイアンハイドは鉄片を肴にオイルを煽りながら言う。

 

「しかし、久し振りにクロミアとイチャつけたんだろう? よかったじゃないか」

 

 横に立つサイドスワイプがからかうような声を出した。

 アイアンハイドは無言で弟子の頭を小突くのだった。

 

「そういやさ、オプティマス何かあったのか?」

 

「ああ、ちょっと雰囲気変わった気がする」

 

 エネルゴンを奪い合っていたスキッズとマッドフラップは気になったことを師であるミラージュに問う。

 

「さてな」

 

「え~!? 何だよそれ~?」

 

「答えになってねえよ~!」

 

 壁にもたれかかるミラージュはそっけなく答えた。

 師の答えになっていない答えに双子がブーブーと文句を言ってくるが、ミラージュはまったく気にせずにいた。

 

「それで? 実際何があったんだ?」

 

 双子の疑問をジャズが引き継ぐ。

 彼もまた、古くからの友人の様子が気になっていた。何と言うか、感じが柔らかくなった気がする。

 ジャズやアイアンハイド、ラチェットらの知る、しかし久しく見ていない『素』のオプティマスに少しだけ近くなったようだ。

 メガトロンと戦って撃退したらしいことまでは聞いたが、そこから先は聞かせてもらえなかった。

 

「ああ、まあ、ちょっとな」

 

 照れくさげに笑うオプティマスを見て、ジャズはふと遥か昔のサイバトロンでの日々を思い出していた。

 あのころのオプティマスはよく、こんなふうに笑っていたものだ。

 そして同時に、オプティマスの視線が妹や友人たちと談笑しているネプテューヌに吸い寄せられているのも、ジャズは目ざとく察していた。

 

 ――これは聞くのは野暮かね。

 

 そう思い、話しを打ち切ろうとしたジャズだったが、次のオプティマスの言葉に仰天することになる。

 

「ただそうだな。私とネプテューヌは『合体』したんだ」

 

 ガシャーン、と何かが割れる音が響いた。

 オプティマスが驚いてそちらを向けば、いつの間にかバンブルビーの近くに来ていたネプギアが、手に持っていたグラスを落としたらしい。

 

「おおお、お姉ちゃんとオプティマスさんが、ががが、『合体』……!?」

 

 何やらショックを受けた様子で口元を押さえるネプギア。

 オプティマスはメカ好きな彼女のこと、合体という単語に反応したのだろうかと考えたが、すぐにそうではないと気が付いた。

 

「ネプギア? いったいどうし……」

 

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが! 大人の階段を登っちゃったあああぁ!!」

 

 轟く絶叫に、周りのメンツが何事かと注目する。

 

「お姉ちゃんの純潔が散らされちゃったよおおお!!」

 

「おいおいおい! 誤解を招くようなことを言うなって」

 

「『ちょ、おま!』『おちけつ!』」

 

 明らかに誤解しているネプギアをジャズとバンブルビーがなだめようとするが、彼女は止まらない。

 

「ふむ、どうやらアルコールを摂取したことによる酩酊状態だね。ジュースと間違えて酒を飲んでしまったようだ。まあ急性アルコール中毒とかにはなっていないようだから、しばらくすれば元にもどるだろう」

 

 諾々と涙を流すネプギアをスキャンしたラチェットが、呆れたように排気しながら言った。

 さらに混乱は周囲に伝播していく。

 

「ちょっと、ネプテューヌ! どういうことなの!」

 

 困惑したノワールがネプテューヌに詰め寄ると、紫の女神は恥ずかしげに頬を染めた。

 

「どういうことって、あの、その、告白されちゃって……」

 

『告白~!?』

 

 絶叫する一同。特に女神たち。

 そりゃ、皆で発破をかけたりはしたが、ここまでの急展開を迎えていたとは!

 

「それで! あなたは何て答えたの!?」

 

「う、うん、えっと、その、わ、わたしも好きだよって……」

 

 顔を真っ赤にしてオズオズと言うネプテューヌ。

 この、ネプテューヌらしくもない乙女な反応。いつもの悪乗りではないだろう。

 つまり、オプティマスとネプテューヌは種族の差を超えて恋人同士になったということだ。

 それ自体は非常にめでたい。めでたいのだが……。

 

「ででで、でも合体っていきなりそんな、物事には色々と段階とか順序ってものが!」

 

 こっちもかなり混乱しているノワール。

 

「いや、ちょっと待ちなさいよ。オプティマスとネプ子が合体って……、物理的に不可能でしょうが!」

 

 思わずアイエフがツッコむ。あたりまえだ。

 ちなみにオプティマスは身長9m前後、ネプテューヌは身長146㎝体重37㎏。

 体格が違いすぎる上にそもそも金属生命体と有機生命体、そういう意味での合体なんか不可能である。

 

「い、いやそれができちゃったんだよ、これが……」

 

 ネプテューヌはみんなが騒ぐ『合体』の意味が理解できておらず、正直に言ってしまう。

 

「だ、大丈夫だったですか!? は、初めては痛いって言いますよ!」

 

「う、うん。むしろ暖かくて、フワフワして、気持ちよかったかなー」

 

 動転するコンパの問いに、そのときのこと思い出したのか、自分の頬に手を当てながら幸せそうに笑むネプテューヌ。

 

「あ、あの、ネプテューヌが『女』の顔を!」

 

 驚くポイントがおかしいベール。

 

「そ、そっか……、できちゃうんだ……」

 

 顔を赤らめつつも、興味津々といった様子のユニ。

 

「ねえ、みんなどうして驚いてるの?」

 

「分からない……」

 

 幼さゆえによく分かってない、ラムとロム。

 

「あなたたちには、まだ早いわ……」

 

 そんな二人にどう答えたものか悩むブラン。

 

「ネプテューヌさんが、告白から合体!? こ、こんなことが国民に知れたら……。でもオプティマスさんなら受け入れてもらえる気も……」

 

 頭を抱えているイストワール。

 

「ほえ~、すごいね~、おめでと~う」

 

「ねぷてぬ! おぷちー! おめでとう!」

 

 分かっているのか、いないのか、素直にオプティマスとネプテューヌを祝福するプルルートとピーシェ。

 

「うえええん! お姉ちゃんが傷物にぃいいい!」

 

 本格的に酔っぱらっているらしく泣きじゃくるネプギア。

 

 ああ、まさに混沌(カオス)

 

 オプティマスは、自分の一言が招いた大惨事を茫然と見ていた。

 彼としては波風の立たなそうな部分を言ったつもりだったのだが、ご覧の有様である。

 

「あちゃー……」

 

「……やれやれ」

 

 大騒ぎする周りをよそにネプテューヌとオプティマスは視線を合わせて苦笑し合う。

 

 この後、一同の誤解を解いて騒ぎを鎮静化するのに中々の時間を用いることとなったのは言うまでもない。

 その後も周りから弄られたり、恋バナに花を咲かせることになるのも、また道理である。

 

 宴は騒々しくも賑やかで、プラネテューヌの夜は楽しく更けていくのだった。

 




なんかネプテューヌって、いざ恋とかするとすごい乙女になりそうなイメージがあります。(しばらくすると慣れていつもの調子に戻りそうだけど)

今週と先週のTFA。

ドリフト再登場、そして居座り決定!
やっぱり侍というかSAMURAIですね。
アドベンチャーのドリフトは、元ディセプティコンなんでしょうか?
何で他の奴らを差し置いてカエルが玩具化するんだろう?

そして翌週には、すっかり馴染んでるドリフトと弟子たち。
グランドブリッジ使うのは久しぶりですね。
グリムロックが安定の良い子。さすが萌えキャラ担当。
しかし、オオウ……フィクシットォ(の同型多数)……。

では次回は、ディセプティコン側のエピローグ。
レイの胸中とは?
基地でメガトロンたちを待ち受ける者とは?
そして明かされる、メガトロンとレイの間の衝撃の真実とは!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Golden sleep epilogue side『D』

そんなわけで、ディセプティコン側のエピローグ。

明らかに女神、オートボット側より気合が入ってんのは、気のせいということにしておいてください。


 青く輝く大海原に浮かぶ、とある孤島。

 ジャングルに覆われたこの島の上空に、一機の異形のジェット機が飛来した。

 それはビークルモードのディセプティコン破壊大帝メガトロンだ。

 メガトロンは島にある山の中腹に存在する、遺跡に偽装された秘密基地の入り口の前へと降り立つと、乗り込んでいたレイとフレンジーを降ろしてロボットモードに戻った。

 

「あ、あのレイちゃん、大丈夫かい?」

 

 主君が基地の入り口を開けるべく見えない端末に暗号を転送している間、フレンジーは戦いに敗れてから一言も発していないレイに声をかける。

 レイはディセプティコンのエンブレムを模した仮面を着けたままで、その表情をうかがうことはできない。

 ただジッと破壊大帝の背中を見つめているだけだ。

 

「…………大丈夫ですよ」

 

 しばらくして、レイは感情のこもっていない声を出した。

 

「で、でも」

 

「大丈夫です」

 

 それでも何か言おうとしたフレンジーに、レイは同じ言葉を返す。

 と、メガトロンが入力を終えたらしく基地の入り口が開いた。

 背後の二人を振り返ろうともせず、メガトロンは中に入っていく。

 黙って後をついていく、レイとフレンジー。

 基地へと続くトンネルを会話もなく進む三人だったが、メガトロンがおもむろに口を開いた。

 

「いいかげん仮面を外せ。ここではおまえが顔を隠す意味はないからな」

 

 こちらも感情のない声で言われて、レイは自分の顔を隠す仮面に手を伸ばし、ゆっくりと仮面を顔から外した。

 

「れ、レイちゃん……!?」

 

「……!」

 

 フレンジーは驚く。

 チラリと振り返ったメガトロンも、微かに驚いたような素振りを見せる。

 

 目から顎にかけて残る幾筋もの涙の跡、真っ赤になっている目。明らかに泣いた跡。

 

 その表情は、今も涙をこらえているように厳しいものだった。

 

 ウルウルと濡れている瞳は、真っ直ぐにメガトロンを見ていた。

 

「ど、どうしたのさ! なんかあったの!?」

 

「何でもありません、大丈夫です」

 

「で、でもさ! レイちゃん、泣いてんじゃん!」

 

「私は大丈夫なんです!!」

 

 心配そうなフレンジーに、レイは声を張り上げる。それからハッとなって頭を下げた。

 

「ごめんなさい、何だか頭の中がグチャグチャして……」

 

 謝りながらレイはいつのまにか目から溢れてきた涙を拭う。

 自分でも自分の感情がコントロールできていないらしい。

 

「貴様が何を見たか、それは知らん」

 

 メガトロンだ。変わらず感情を排した声だったが、その言葉がレイに向けられているのは明らかだった。

 

「だが、忘れろ。それは過去の幻影だ。何の意味もない」

 

「………………」

 

 レイは答えない。まるで、それはできないと言うように。

 

「それと、そんな顔はよせ。……ガルヴァたちが怖がる」

 

 それだけ言うとメガトロンは彼女の返事を待たずに歩くことを再開した。

 グシグシと目を擦りながら、レイはその背を追う。

 身内から吹き出す黒いオーラと、強化された身体能力、そして突然『思い出した』技の数々。

 自分の身に起きた現象が何なのか、まったく見当もつかない。しかしそれはレイ自身が驚くほどレイの関心を引かなかった。

 それよりもスペースブリッジの中で垣間見た光景が、レイの頭から離れない。

 

 かつてのメガトロンは、理想に燃える若者だった。

 サイバトロンから差別と迫害をなくし、ディセプティコンとオートボットに平和をもたらすという崇高な使命感を持っていた。

 だがその理想は、現実の前に踏みにじられた。

 腐敗した評議会、認めてもらえない努力と才覚、残酷なほど無邪気な弟弟子、そしてそれらをひっくるめて『宿命』と称した師。

 挫折したメガトロンは、これまでの甘さを捨てて、悪魔の誘惑に乗って力による支配によって平和をもたらす道を選んだ。

 理不尽に降りかかる『運命』を破壊するために。

 

 それこそが破壊大帝の意味(メガトロン・オリジン)

 

 雨の中独りで泣くメガトロンを目撃して、レイの胸中に浮かんできたのは身を裂くような悲しみと……それから怒りだった。

 

 なぜ、メガトロンがここまで苦しまねばならない?

 

 なぜ、ディセプティコンが悪と言われなければならない?

 

 かつてメガトロンは言っていた。

 卵や雛たちのことをオートボットが知れば、彼らは幼い命を『駆除』するだろうと。

 かつては信じ切れなかったその言葉は、オートボットに蔓延していた差別意識……高潔と言われていたセンチネルでさえ、それから逃れきることはできなかった……と最高評議会の腐敗を見た今、レイの中で真実身を帯びる。

 今までレイにはオートボットを憎む理由がなく、女神に対する憎しみには理屈がなかった。

 それが今では。

 

 ――メガトロンを苦しめ、子供たちを傷つけるだろうオートボットが憎い!

 

 ――そのオートボットに組みする女神たちが憎い!

 

 具体性のなかった憎しみに、形ができていた。

 特に、あのプラネテューヌの女神は気に食わない。

 かつて友好条約のおりに彼女の発した宣誓の、何と薄っぺらいことか。

 争いを過去のものとする? 過去を乗り越える?

 言葉こそ綺麗だが、それはつまり、過去を忘れ去るということではないのか?

 過去こそが人間を形作る本質だというのに、それを捨てると言うのか?

 未だに記憶の大部分を失っているがゆえに、過去に対して言い知れぬ憧憬を持つレイにとって、それは認められない理屈だった。

 

 だが何よりもメガトロンのことだ。

 努力も理想も踏みにじられ、師と弟弟子に裏切られる形になって、どれだけ辛かったのかレイには計り知れない。

 彼の無念を思うと、レイは目から涙がこぼれるのを止めることができなかったのだ。

 

 ――このヒトは孤独だ。

 

 この基地には大勢のディセプティコンがいる。

 ケイオンには数えきれないほどの兵士たちがいた。

 だがそのどれだけが、この誇り高く、ゆえに自分の弱みを決して見せようとしない男の内面に気付いているのだろうか。

 スタースクリームやサイキルを見るに、多いとは思えない。

 ショックウェーブや大多数の兵士たちのように盲目的に従うのも、何か違う気がする。

 もちろん誇り高く孤高であろうとするメガトロンは理解者なんか必要としないだろう。

 内面の奥深くに隠された悲しみや優しさを知られることを嫌うだろう。

 

 だからこそレイは思うのだ。

 

 自分は自らの中身すら未だ見つけられない弱くてチッポケな、ディセプティコンたちに言わせればムシケラのような存在だけど。

 オートボットが、女神が、ゲイムギョウ界が彼らの意思と存在を認めなくても、自分は彼らを少しでも助けていきたい。

 孤独なメガトロンを支えたい。

 

 ディセプティコンのエンブレムを模した仮面は、自らもまたディセプティコンの一員であるという、レイなりの決意表明だ。

 

 こうして細々と反女神運動を続けてきた市民運動家、自らの意思と関係なく巻き込まれて欺瞞の民と深くかかわることになったキセイジョウ・レイは、

 

 女神に対する反逆者(ディセプティコン)へと変貌した。

 

  *  *  *

 

 基地へと続く長いトンネルを無言で歩き続けた三人は、やがて巨大な金属の扉の前に辿り着いた。

 

「まあ、何はともあれ」

 

 扉を開く前にメガトロンは振り返り、ニヤリと笑った。

 

「この俺が戻ってきたのだ。スタースクリーム以外は歓声を上げて喜ぶだろうな」

 

 そして扉を開け放つ。

 

「我がディセプティコンよ! 貴様らの主人、破壊大帝メガトロンが戻って……」

 

「おい! いたか!?」

 

「いや、いないYO! 監視カメラにも映ってない!」

 

 扉の向こうではクロウバーとクランクケース、ドレッズの内の二体が何やらコンテナの後ろを覗き込んだり、コンソールをいじったりしていた。

 会話から察するに何かを探しているらしいが、よほど必死なのかメガトロンたちに気付いていない。

 

「やっぱいったん戻って、リンダちゃんたちと合流……」

 

「おい」

 

 部下たちに反応してもらえなかったせいか、メガトロンは苛立たしげにクランクケースに声をかけた。

 

「何だYO! 今忙しい……って、メガトロン様!?」

 

「お帰りなさいませ!!」

 

 ようやくメガトロンたちに気が付いたクランクケースとクロウバーは、慌てて居住まいを正し敬礼する。

 それを見て、なおも不機嫌そうにメガトロンはたずねた。

 

「それで? この俺が帰ってきたというのに、貴様らはいったい何をやっておるのだ?」

 

「いや、それはその、これには事情がありまして……」

 

 危険に光るメガトロンの双眼に睨まれて、クランクケースは状況を説明しようとしたのだが……。

 

「おーい! そっち行ったぞー!」

 

「ガウガウガーウ!」

 

 突然、通路の奥からリンダとハチェットの声が聞こえてきた。

 何事かとメガトロンやレイがそちらを見れば、『何か』が四つん這いで走ってくるのが見えた。

 それは、小さな金属生命体だった。

 背中から生えた小さな翼をパタパタと動かしている。

 

「トランスフォーマーの、雛!?」

 

「新しい子が生まれたんですか!?」

 

 フレンジーとレイが驚いた声を上げる。

 メガトロンもオプティックを大きく見開いた。

 

「よもや、俺のいぬ間に生まれるとは……」

 

 どこか残念そうに呟くメガトロンは自分の足元まで這って来た雛をヒョイと掴み上げる。

 

「なるほど、こやつが逃げ出したので探していたワケか。しかし、生まれて間もないのにこれだけ動けるとは、前途有望だな」

 

 納得した様子の破壊大帝の手の中で雛は首を傾げるが、やがてその指をガジガジと噛み始める。

 メガトロンはしばらく、雛の好きにさせてやるのだった。

 

「新しい子も元気みたいですね」

 

 レイも柔らかく微笑み、雛を見上げる。

 そんなレイを見て、ようやく笑ったとフレンジーはホッと排気した。

 

「元気なだけならいいんですが……」

 

 しかしクランクケースは難しい顔をしていた。

 その反応に、メガトロンは顔をしかめる。

 

「他に何かあるのか?」

 

「はい、実は……」

 

「おーい! またそっち行ったぞー!」

 

「ガウガウー!」

 

 クランクケースが説明しようとしたその時、またしてもリンダたちの声が聞こえてきた。

 再び何事かと一同が見れば、またしてもトランスフォーマーの雛が四つん這いで進んでくる。

 それも一体ではない、何と全部で六体もの雛がこちらに向かってくるではないか。

 レイとフレンジーは愕然とし、さしものメガトロンも言葉を失っている。

 

「まてまてー! って、メガトロン様! レイの姐さんも!」

 

「ガウガーウ!」

 

 雛たちを追いかけてリンダとハチェットもメガトロンたちに気付き、姿勢を正す。

 

「いっぺんに七体も生まれたのか……」

 

 自分たちの周りを動き回りながらキュイキュイと鳴く雛たちに、メガトロンは唖然としていた。

 それに対し、クランクケースが困ったように言う。

 

「いや卵から生まれたのは一体なんですけどね……」

 

「何? 馬鹿なことを言うな、現にこうして七体いるではないか」

 

 変なことを言い出すクランクケースにメガトロンは訝しげな顔をするが、その答えはずぐに分かった。

 地面を動き回る雛たちが次々と細かい粒子に分解し、メガトロンの手の中の雛に吸い込まれていくではないか。

 

「これは……、こいつの特殊能力か?」

 

「はい、分身を生み出す能力のようです。この能力のおかげで、一体逃げ出したら、七体に分裂してあちこち逃げ回って、おかげでこの数日というものこいつらの相手で手一杯でして、メガトロン様の捜索もオートボットへの攻撃もままならなかったワケです」

 

「なるほどな」

 

 クランクケースの説明に納得したように頷いたメガトロンは身を屈めて、リンダと話していたレイに新たな雛を近づける。

 

「ではこいつの世話は、いつも通りおまえに任せるぞ」

 

「アッ、はい! さあ、おいで~」

 

 雛をメガトロンから受け取り抱き寄せるレイ。

 ヒョイとばかりに雛を抱き上げる彼女を見て、リンダは目を丸くする。

 

「重くないんですか? こいつら結構ありますよ!」

 

「大丈夫です。これくらいなら」

 

 朗らかな笑顔のレイ。

 身体能力が強化された今の彼女にとって、雛の一体くらいなら抱き上げられないこともない。

 

「そう言えば、この子の名前はなんて言うんですか?」

 

「スカージです。サウンドウェーブ様の命名ですぜ」

 

「なるほど、……じゃあスーちゃんですね」

 

 リンダの答えに、レイはスカージの頭を撫でながら頷く。

 メガトロンはそんなレイを一瞥するとクランクケースに問う。

 

「状況はどうなっている?」

 

「とりあえずスタースクリームが勝手に仕切っていますが、サウンドウェーブ殿とショックウェーブ殿はメガトロン様の捜索を続けています。ご帰還されたと分かればお喜びになるでしょう」

 

「ではまず、スタースクリームの馬鹿に俺の帰還を告げてやるとしよう。行くぞ!」

 

 慇懃な調子の部下に、満足したらしいメガトロンは一同を伴って歩き出すのだった。

 

  *  *  *

 

「ちょ! 頭を齧んなっちゅ! オバハン何とかしてくれっちゅ!」

 

「無理を言うな! おい、暴れるんじゃない!」

 

 雛たちが暮らす育成室。

 普段はレイとフレンジーが幼い雛の面倒を見ている部屋であるが、今はマジェコンヌとワレチューがここを任されていた。

 臨時に指揮を取っているスタースクリームの「同じ有機生命体なんだから、同じように仕事ができるだろう」という杜撰極まりない人事である。

 もちろん上手くいくはずもなく、マジェコンヌとワレチューは雛たちに振り回されているのであった。

 

「もうちょっと、優しくやってやれよ。ほら、俺が変わるから」

 

 マジェコンヌに寝かしつけられるのを全力で拒否して暴れるガルヴァを、ボーンクラッシャーが優しく抱き上げる。

 

「まったく、あの女はもっと上手くやっていたぞ……」

 

 ワレチューの頭をガジガジと齧るサイクロナスを引きはがして、バリケードも呆れ果てたように排気する。

 普段のマジェコンヌなら屈辱に身を震わすところだろうが、生憎とそんな体力も残っていないらしくグッタリとへたり込む一人と一匹。

 と、育成室の扉が開く。

 ボーンクラッシャーの腕の中でウトウトしていたガルヴァと、バリケードに摘み上げられていたサイクロナスがピクリと反応し、大人たちの手の中から飛び出した。

 

「ガルヴァちゃん! サーちゃん!」

 

 部屋の中に入ってきたレイに、二匹の雛は飛び付く。

 勢い余って後ろに倒れてしまうものの、レイは構わず二体を抱きしめる。

 信愛を込めてレイの顔を舐める二体の雛、スカージもよく分かっていないようだが『兄』たちの真似をして『母』の顔を舐める。

 

「レイ! 無事だったんだな!」

 

「ああ、ようやく帰ってきたか」

 

 ボーンクラッシャーとバリケードがそれぞれの反応をしつつレイに近寄ってくる。

 

「はい! ただいま戻りました!」

 

 二体のディセプティコンと自分の顔を舐める三体の雛を見てレイはようやく帰ってきたという実感が湧いてきた。

 

 雛たちの頭を撫でながら、レイは思う。

 

 ――自分がディセプティコンに協力することで、少しでも早く戦争が終わるのなら、ひょっとしたらガルヴァちゃんたちが戦わないですむ世界が来るかもしれない。

 

 それが、儚い望みだとしても、

 独りよがりな想いであったとしても、

 

 母とは、子のためなら、ときに鬼にもなるものなのだ。

 

  *  *  *

 

 メガトロンは医務室のリペア台に横たわっていた。

 とりあえず例によって例の如くニューリーダー気取りだったスタースクリームをしばき倒し、オプティマスとの戦いでついた傷を治しているところである。

 いくつものロボットアームがメガトロンの体を修理していく。

 

「とりあえず……」

 

 ロボットアームを操作しながら、ザ・ドクターが声を出した。

 

「ご無事にお帰り下さって、嬉しい限りです」

 

「世辞はよい。早く傷を治せ」

 

「ハッ……」

 

 主君にピシャリと言われ、ドクターは治療を再開する。

 しかしそのさなかにも、どこか迷っているような素振りのドクターだったが、やがて控えめに口を開いた。

 

「あ、あの、メガトロン様。実はガルヴァたちのことで、大切なお話が……」

 

「申せ」

 

 短く続けるように言うメガトロンに応じ、ドクターは喋りだす。

 

「はい。実はガルヴァたちの遺伝子を詳しく解析してみたのですが、その結果驚くべきことが判明しまして……」

 

「もったいぶるな。要点を言え」

 

「は、はい! ガルヴァたちの遺伝子には『あるディセプティコン』の遺伝子と同じ特徴がみられます! どうやら、何らかの方法で遺伝情報を取り込んだらしく、これを生物学的に表現しますと、『親子』というのが相応しいかと……」

 

「……ふむ」

 

 ドクターの話しを聞いて難しい顔をするメガトロン。

 本来、金属生命体に親子の概念はない。

 トランスフォーマーを含めたサイバトロニアンは、オールスパークの力により生まれてくる存在であり、有機生命体のように増殖したりはしない。

 ガルヴァたちが特殊なトランスフォーマーであることは薄々感づいていたが、まさかそう来るとは……。

 

「それで、ガルヴァたちが取り込んだ遺伝情報の持ち主は誰なのだ?」

 

「メガトロン様です」

 

「ほう、俺か………………なんだと!?」

 

 心の底から驚愕するメガトロン。

 なぜ、自分の遺伝情報をガルヴァたちが持っているのか?

 

「ほら、いつだったか、メガトロン様が自分のエネルゴンを卵に分け与えたことがあったじゃないですか」

 

「あれか……」

 

 かつて、まだゲイムギョウ界に来て間もないころのことだ。

 エネルギー不足の卵に少しでも飢えを満たしてもらおうと、自分の傷口から漏れるエネルゴンを卵に振りかけたことがあった。

 あの時に、雛たちはメガトロンの遺伝情報を取り込んだということだろう。

 

「残る卵が、どこまでメガトロン様の遺伝情報を取り込んでいるかは未知数ですが、少なくとも今いる三体の雛は、メガトロン様のお子であると言って間違いありません」

 

「う~む……」

 

 唸るメガトロン。

 なにせ、子を持つなど考えもしなかった身である。戸惑うのも仕方がない。

 反面、言いしれず嬉しくもある。

 

「だが考えてみれば、俺の子が次代を担うというのも面白いな」

 

 不敵にニヤリと笑むメガトロン。

 トランスフォーマーが創り上げる次なる王朝は、すなわちメガトロンを祖とするメガトロンの子らの帝国となる。

 それは、メガトロンにとって中々に楽しい未来絵図だ。

 しかしドクターの話しは終わっていなかった。

 

「あと、その、もう一つ……」

 

「なんだ」

 

 自らを創造主と仰ぐ世界を夢想していたメガトロンは、適当に話しを聞く。

 

「それが、その……、実はガルヴァたちはメガトロン様の他に、もう一人から因子を取り込んでいるようで……、これは実に不可解なことなのですが……、ああ、因子というのは遺伝情報を『肉体の設計図』とするなら、金属生命体はもちろん有機生命体も持っている言わば『魂の設計図』でして……」

 

「ええい! 要点を言えと言っただろうが! その因子は誰の物なのだ!」

 

 歯切れの悪い話しぶりにイライラとしたメガトロンに怒鳴られ、ドクターは慌てて答える。

 

「は、はい! どうやら、キセイジョウ・レイのものらしいのです」

 

「…………………は?」

 

 なぜ、ここでレイの名が出てくるのか。

 彼女は有機生命体、どうして金属生命体に因子が宿る?

 

「ですから不可解なんです。雛かレイか、どちらかに特殊な能力があるとしか……」

 

 そこまで言って、ドクターは頭をコンソールに擦りつける。

 

「お願いでございます! 有機生命体の因子を得たとはいえ、ガルヴァたちはメガトロン様のお子であり、ディセプティコンの希望です! どうか処分するようなことだけは! どうか、どうか……」

 

 ドクターの嘆願にも、メガトロンはどこか上の空だった。

 元より、今更ガルヴァたちを処分する気などない。

 ましてメガトロンの遺伝情報を継いでいるのだ。

 しかし、レイの因子を継いでいるということは、メガトロンの子であると同時にレイの子も同然ということだ。

 

「どうしたものか……」

 

 このことは秘密にしておかねばならない。

 有機生命体を下等と断じるディセプティコンは多い。

 雛たちが有機生命体の因子を持っていると知れば、問答無用で駆除しようとする輩も出てくるだろう。

 スタースクリーム辺りなら、これを口実にメガトロンに成り変わろうとするかもしれない。

 

「やれやれ、まったく……、ドクター、雛たちを処分したりはせんから、このことは内密にしておけ」

 

「は、はい! もちろんです!」

 

 排気混じりの主君の声に、ドクターはペコペコと頭を下げる。

 新たに増えた頭痛の種に、メガトロンは我知らず深く排気した。

 そして、リペアルームの扉に一瞥をくれる。

 

「貴様もだぞ、フレンジー」

 

 ドクターが驚いた顔を扉に向けると、フレンジーがオズオズと入室してきた。

 

「は、はい、メガトロン様……」

 

 レイが育成室に戻ったことを報告するために、リペアルームまでやってきたフレンジーであったが、扉の外まで来たところで、偶然メガトロンとドクターの会話を聞いてしまったのだ。

 

 ――ガルヴァたちが、メガトロン様と、レイちゃんの子供?

 

 もちろん、これが騒ぎの種になることは分かっているので、言いふらすような真似はしない。

 だが、この秘密を抱えたままレイと接するのは、中々に大変なことだろう。

 

「えらいこと、聞いちゃったなあ……」

 

 意図せず抱え込んでしまった厄介事に、フレンジーは排気する。

 

「排気したいのは、こっちだわい」

 

「まったくです……」

 

 メガトロンとドクターも深く深く嘆息する。

 しかし、このとき破壊大帝のブレインサーキットに浮かんできたのは、この秘密を誰に教え、誰に教えないでいるかということではなく、無機有機の要素を併せ持ってしまった雛たちが将来どうなるかということでもなく、

 

 ――さて、今度からどういう顔で、レイと会ったものか……。

 

 という、小さなことだった。

 

 




ロストエイジをDVDで見る
      ↓
ああ、ガルバトロンって○○化したレイちゃんと同じ配色だなあ……(銀と黒基調で、発光部が青)
      ↓
そうか、ガルバトロンはメガトロンとレイちゃんの子供なんだ!(アホ)

となって、こういう展開になった次第。

今回の解説

レイの仮面
参照、IDW版のターンさん。

スカージ
本体、スカージ。分身、スウィープスということです。
当初は、他のトランスフォーマーやロボットをスウィープスに変えてしまうという、恐ろしい能力を持たせる予定でしたが、可愛くないのでマイルドな能力に再設定。
六体の分身たちにはそれぞれ個性があります。
最近まで、城下町のダン○ライオンにハマってまして、こういうのもアリかと。
実は一体だけ女の子だったり、スカージとスウィープスで七体合体できる設定があったり。

次回はトランスフォーマーに振り切ってた針を、ネプテューヌ側に戻すような話になる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Artificial wars (人造戦争)
第61話 ありきたりな通過点


新章に入るに当たり、アニメ第二期の一話的なサムシングを目指してみた。


 ここはゲイムギョウ界。

 四人の守護女神と呼ばれる超常の存在の下に、四つの国が成り立っている世界。

 

 女神ブラックハートの治める重厚なる黒の大地、ラステイション。

 

 女神ホワイトハートの治める夢見る白の大地、ルウィー。

 

 女神グリーンハートの治める雄大なる緑の大地、リーンボックス。

 

 そして、女神パープルハートの治める革新する紫の大地、プラネテューヌ。

 

 四人の女神と四つの国は、かつては争い合っていた時代もあったものの、様々な出来事をへて、女神同士の戦いを禁ずる『友好条約』を結ぶに至った。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌのとある町。

 未来的な建物が立ち並ぶここで、年に一度のお祭りが行われていた。

 様々な食べ物や土産物を売る屋台。色とりどりの旗と風船。自慢の技を披露する大道芸人たち。溢れる音楽。

 人々は祭りを楽しみ、平和を謳歌していた。

 そんな街角に、一台のパトカーが停車している。

 町の人々は祭りの警備に派遣されたのだろうと思い、誰も気にしない。

 そのパトカーの車体後部には、こうペイントされていた。

 

 To punish and enslave(罪人を罰し服従させる)

 

 パトカー……それに擬態(ディスガイズ)した何者かは、遠く離れた場所にいる仲間たちに通信を飛ばす。

 

『こちらバリケード。目標地点の偵察を完了した。今のところ、周辺に脅威となる存在はない。……行動を開始されたし』

 

 突然、バラバラと言う騒音が上空から聞こえてきた。

 何事かと人々が見上げると、二機の巨大な軍用輸送ヘリが町の上空に飛来してきた。

 ヘリは祭りの中心となっている広場の上空に到達するや、ギゴガゴと異音を立てて巨大で歪な人型に変形する。

 さらに町の路地から異様な姿の二台の兵器が現れた。

 それはアームを備えた地雷除去車と、ゴテゴテと武装が追加された戦車だ。

 二台もまた、変形して立ち上がり巨大なロボットと化した。

 そしてあのパトカーが四体の怪ロボットの前に進み出ると、自らもロボットに変形する。

 逃げ惑う人々の、誰かが叫んだ。

 

「ディセプティコンだ!!」

 

  *  *  *

 

 友好条約の締結によって、ゲイムギョウ界には平和が訪れた。

 しかし、世にはこの平和を乱さんとする者たちがいる。

 営利目的で犯罪に手を染める者。

 自らの愉しみのために罪を犯す者。

 女神の統治を良しとせず、女神を廃そうとする者。

 そして、違う世界からの侵略者……、ゲイムギョウ界を侵略しようと目論む金属生命体、破壊と闘争を尊ぶトランスフォーマー、『ディセプティコン』がそうである。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンたちはそれぞれの自慢の武器で周囲の建物を破壊し、目障りな人間どもを追い払う。

 屋台は薙ぎ倒され、旗や置物が燃え上がる。

 賑やかな祭りの会場は一転、破壊に包まれた。

 やがて人間たちが完全に逃げ去ったころ、五体のディセプティコンが空を見上げると異形のジェット機と、リーンボックス製のステルス戦闘機が飛来した。

 二機のジェット機は空中でロボットに変形し地響きを立てて降り立った。

 その内の灰銀の巨体を持つ個体……ディセプティコンの支配者、破壊大帝メガトロンは、辺りを睥睨する。

 周りには、ブラックアウト、グラインダー、ブロウル、ボーンクラッシャー、バリケードらが集合し跪く。

 

「メガトロン様! ここら一帯の制圧は完了いたしました」

 

「うむ、御苦労」

 

 代表してブラックアウトが報告すると、メガトロンは満足げに頷く。

 そして周りの部下たちに向けて言葉を発した。

 

「我がディセプティコンよ! この町の地下には貴重なエネルギー源であるルビークリスタルが大量に埋蔵されている! 今回はそれを奪うのだ!」

 

「この町の人間どもはどうするんです?」

 

「そんなことも分からんのか、この愚か者め! 下等な有機生命体にかける情けなどないわ、皆殺しにしてしまえ!!」

 

 傍らに控える航空参謀スタースクリームの問いに、メガトロンは慈悲のない答えを返す。

 もとより部下たちも、人間にかける慈悲など持ち合わせていない。

 メガトロンがディセプティコンに置ける絶対権力者であることを差し引いても、逆らう者など、いはしない。

 

「恐れながら、メガトロン様。それはあまり得策ではないかと」

 

 いや、一人だけいた。

 メガトロンの横に、台座型の浮遊機械に乗って降りて来た人物がそれだ。

 薄青の長髪をたなびかせ、鋭角的なロボットの顔……ディセプティコンのエンブレムを模した仮面を被っている。

 とは言え、その姿は人間にしか見えない。

 

「貴様! メガトロン様の言葉に逆らって、仲間の下等生物を庇う気か!!」

 

 すかさずメガトロンの忠臣であるブラックアウトが激昂するが、当のメガトロンは手振りでそれを制する。

 

「何が、得策ではないと言うのだ?」

 

 破壊大帝の問いに、仮面の女は一礼してから答える。

 

「この町の地下に眠るルビークリスタルを採掘するには、多くの人手が必要です。人間たちは、殺すより生かして労働力にしたほうがよろしいと思います」

 

 淀みなく返された答えに、メガトロンは一瞬だけニヤリと笑うような気配を見せた。

 

「なるほど、そういう理由をつけて人間を殺させまいとしているワケか」

 

「なんのことでしょう? 私はメガトロン様のことを考えて発言しているだけですよ」

 

 感情を感じさせない、平坦で冷たい声で返す仮面の女。

 メガトロンは不機嫌そうに……少なくとも表面上は……鼻を鳴らすような音を出す。

 

「ふん! まあよい、では人間どもは生かして捕らえるのだ! 逆らうようなら、その限りではないがな!」

 

「さすがは偉大なるメガトロン様、懐の深さに感服しました」

 

 おだてるようなことを言う仮面の女。

 主君が有機生命体の意見を採用したことに、スタースクリームは舌打ちのような音を出し、有機生命体が主君に意見したことに、ブラックアウトは顔をしかめる。だが両者ともに、メガトロンに逆らうようなことは言わない。

 逆にボーンクラッシャーは敬意に満ちた視線を仮面の女に向ける。

 他のメンバーも特に文句を言わない。

 

「ッ! メガトロン様!!」

 

 その時、スタースクリームが遥か彼方から接近する敵影に気付いた。

 メガトロンをはじめとしたディセプティコンたち、そして仮面の女もそちらを睨む。

 見れば、数台の乗用車が向かってくるのが見えた。

 色とりどりの車の先頭を走っているのは、赤と青のファイヤーパターンも鮮やかなトレーラートラックだ。

 メガトロンは忌々しげに顔を歪めた。

 

「来たか……、オートボット!!」

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンは、これまでのゲイムギョウ界に存在しなかった強大な敵である。

 一体一体がとてつもない破壊力を持っている上に数までもいる彼らの前には、ゲイムギョウ界の守護者たる女神でさえも、彼女たちだけでは対抗しきれないほどだ。

 しかし、ゲイムギョウ界に強大な『敵』が到来したのと同時に心強い『味方』もまた、現れた。

 それこそが、平和と自由を愛するトランスフォーマー、『オートボット』である。

 彼らは女神と同盟を組み、ゲイムギョウ界の平和を守るためにディセプティコンに立ち向かっているのだ。

 

  *  *  *

 

「オートボット、トランスフォーム!!」

 

 勇ましい掛け声と共に、トラックはギゴガゴと音を立てて勇壮なロボット戦士に変形する。

 彼こそはオートボットのリーダー、総司令官オプティマス・プライムだ。

 リーダーの指令を受けて、後に続く乗用車たちも次々と変形していく。

 

 黒のストライプが目立つ黄色いスポーツカーは、情報員バンブルビーに。

 

 リアウイングのついた銀色のスポーツカーは、副官ジャズに。

 

 無骨な黒いピックアップトラックは、古参の戦士アイアンハイドに。

 

 真っ赤なスポーツカーは、戦闘員ミラージュに。

 

 白銀の未来的なスポーツカーは、戦士サイドスワイプに。

 

 グリーンとオレンジのコンパクトカーは、双子のスキッズとマッドフラップに。

 

 オートボットの戦士たちが自分の周囲に展開したのを確認し、オプティマスは宿敵メガトロンを睨みつける。

 

「メガトロン! これ以上の悪事は許さん!!」

 

「相変わらず下等生物どもの味方とは、御苦労なことだなプラァァイム!!」

 

 吼え合うオプティマスとメガトロン。

 

「あら、私たち抜きで始める気?」

 

 と、空から声が聞こえてきた。

 両軍が見上げれば、そこには七人の女性たちが光に包まれ降りてくる。

 

 ゲイムギョウ界の守護者にして統治者、女神たちだ。

 

 オプティマスの傍に紫の女神、パープルハートことネプテューヌが降りてきた。

 

「私たちがいなくて、お話しが始まると思う? オプっち」

 

「ああ、そうだったな、ネプテューヌ」

 

 親しげに、そして愛を込めて、お互いに笑む二人。

 

「まったく、イベントに出かけたと思ったら、これなんだから」

 

「ああ、まったく空気の読めない奴らだぜ」

 

 黒の女神ブラックハートことノワールと、アイアンハイドが武器を構え不敵に笑う。

 

「ミラージュ、おまえはどいつをぶっ飛ばす? 私は、あのアイスクリーム野郎な!」

 

「向かって来るなら斬る、それだけだ」

 

「ハッ! 違いねえ!」

 

 白の女神ホワイトハートことブランの問いに、ミラージュはぶっきらぼうに答えた。

 

「それじゃあ、ベール? 俺と一曲踊っていただけますか?」

 

「喜んで、ジャズ。曲はワルツにでもしておきましょうか」

 

 軽い調子で言葉を交わし合う、ジャズと緑の女神グリーンハートことベール。

 この場には各国の女神だけでなく、次代を担う女神候補生も集結していた。

 

「よーし、ビー、頑張ろう!」

 

「『もちろんさー!』『奴らを二、三人血祭に上げてやりますよ!』」

 

 ネプテューヌの妹、パープルシスターことネプギアと、バンブルビーが並ぶ。

 

「サイドスワイプ、遅れないでよ!」

 

「ユニこそ、抜かるなよ!」

 

 ノワールの妹、ブラックシスターことユニが、サイドスワイプと声をかけあう。

 

「スキッズ、悪い奴らをやっつけるわよ!」

 

「マッドフラップ、頑張ろうね」

 

「おうよ、ラム!」

 

「当然だぜ、ロム!」

 

 ブランの妹たち、双子のホワイトシスターことラムとロムが、同じく双子のスキッズとマッドフラップと笑い合う。

 

「覚悟しろ、メガトロン!」

 

「今日こそ、あなたを止めて見せるわ!」

 

 並んで睨んでくるオプティマスとネプテューヌを、メガトロンはギラリと睨み返す。

 

「ふん! 調度いい、ここで決着をつけてくれるわ! ……レイ!」

 

「はい!」

 

 仮面の女の体から黒いオーラが立ち昇り、それに呼応するようにメガトロンからも黒いオーラが噴き出す。

 

「おお……! これがメガトロン様の新たなるお力か!」

 

「おお、すげえ!!」

 

 ブラックアウトとボーンクラッシャーが、感嘆の声を上げる。

 逆にスタースクリームは忌々しげに顔を歪め、周囲に聞こえないように小さく呟いた。

 

「メガトロンの野郎め、力を独り占めにしやがって……。今に見てやがれ、力を手に入れる当てがあるのはテメエだけじゃねえぞ……!」

 

 それが聞こえないか、あるいはまったく意に介していないらしいメガトロンは、武装を展開して構える。

 オプティマスもまた、背中から愛刀テメノスソードを抜く。

 

「ディセプティコン軍団!!」

 

「オートボット戦士!!」

 

 そして、両軍の司令官の声が重なった。

 

「「攻撃(アタック!!)」」

 

 さあ、戦いだ!!

 

  *  *  *

 

 オートボットとディセプティコン、そして女神たちの戦いは、この世界の主な住人である人間たちを巻き込んで続いていく。

 しかし人間たちも、ただ巻き込まれているワケではない。

 ある者は、愛する家族や国を守るため、信仰する女神のため、銃を取る。

 ある者は、欲望のため、野心のため、あるいはディセプティコンに共感して、戦場へと向かう。

 

  *  *  *

 

「始まったみたいね……」

 

 戦場となっている町の一角で、小柄な少女アイエフは仲間たちを指揮する合間に呟いた。

 

「そのようね」

 

 跨っている薄紫のバイクから声が聞こえた。

 このバイクもまた、名をアーシーと呼ばれるオートボットなのだ。

 

「この辺りのモンスターは掃討したし、指揮はリント辺りに任せて、私たちもアッチに向かう?」

 

「そういうワケにはいかないわ。これも立派な仕事だからね」

 

 アイエフはディセプティコンに対抗するために、何より女神を助けるために結成された特殊部隊GDCの隊長である。おいそれと現場放棄するワケにはいかない。

 

「は~い、怪我をされたかたは、こちらにどうぞで~す!」

 

 そこから少し離れた場所では、アイエフの親友であるコンパが、相方であるレスキュー車に変形したオートボット、ラチェットと共に怪我人を収容している。

 敵と戦わずとも、市民を守り、傷ついた者を助ける者も、戦いには必要だ。

 

  *  *  *

 

 長い戦いの中で、新たな力を得る者もいる。

 愛と信頼を力に変えた者。

 怒りと憎しみから力を引出す者。

 強大な力をどう使うかは、それぞれだ。

 

  *  *  *

 

「死ねい! オプティマァァス!!」

 

 メガトロンは強大な力に任せてデスロックピンサーを振るう。

 テメノスソードでその攻撃をいなすオプティマスだが、徐々に押されてきている。

 

「ブレイクアウト!!」

 

「クッ……!」

 

 ネプテューヌは仮面の女と戦っていたが、彼女の繰り出す連撃にネプテューヌは圧倒される。

 オプティマスとネプテューヌは、どちらともなく顔を見合わせ、頷き合う。

 

「オプっち!」

 

「ネプテューヌ!」

 

 そして、その言葉を叫んだ。

 

「「ユナイト!」」

 

 その瞬間、二人は強い光に包まれる。

 だが二人の意図に気が付いたメガトロンと仮面の女は、攻撃しようとする。

 

「ッ! させるかぁああッ!!」

 

「ミサイルコマ……」

 

 だが、どこからか振って来た電撃が、両者の攻撃を発動させなかった。

 

「なに!?」

 

 メガトロンは一瞬動揺したものの、すぐに攻撃の発生源に当たりをつけ、そちらを見上げる。

 

「あらあらぁ? 二人が深ぁく結ばれるのを邪魔しようとするなんてぇ、野暮なヒトねぇ」

 

 そこには、ボンテージのような露出度の高い衣装に長い髪の女性が、艶然とした表情を浮かべて空中に静止していた。

 彼女こそはこことは異なるゲイムギョウ界からやってきた、もう一人のプラネテューヌの女神、アイリスハートことプルルートである。

 破壊大帝から敵愾心に満ちた視線を送られても、プルルートは薄ら笑いを崩さない。

 そうしている内にも、オプティマスとネプテューヌは融合合体(ユナイト)を果たす。

 背中にジェットパックを背負い、新たな武装に身を包んだその姿は、二人の信頼と愛に応えて現れた新形態、ネプテューンパワー・オプティマス・プライムの勇姿である。

 

「行くぞぉ! メガトロン!!」

 

 雄叫びと共にオプティマスはブースターを吹かして、メガトロンに突撃する。

 

「来い! オプティマァァス!!」

 

 メガトロンも黒いオーラを噴き上げてオプティマスを迎え撃つ。

 両者のエネルギーの衝突により、巨大な爆発が巻き起こるのだった。

 

  *  *  *

 

 今のところ、ディセプティコンの侵攻は、オートボットと女神たちに阻まれている。

 しかし、このゲイムギョウ界の平和を乱す者と、ディセプティコンはイコールではない。

 

  *  *  *

 

「ふむ、彼らは相変わらずのようだね」

 

 壮絶な戦いを繰り広げるオートボットとディセプティコン。

 それを、どこか遠くから見ている者たちがいた。

 暗い部屋の中で、複数の影が、いかなる手段によってか中継される戦場の映像を眺めていた。

 

「まったく、飽きない奴らだ……」

 

 その一つ、痩身の黒いトランスフォーマー、名をロックダウンは排気混じりに呆れた声を出した。

 

「何万と言う時を重ねてなお劣化しない、肉体。幾星霜を戦い続けることができる、精神。どちらも我ら人間には持ち得ない力だ。正直、羨ましいね」

 

 もう一つ影、鉄仮面で顔を隠した軍服の男、謎の組織ハイドラの首魁ハイドラヘッドがくぐもった笑いをもらすと、ロックダウンは興味なさげに鼻を鳴らすような音を出す。

 

「それで? 貴様の『雇用主(クライアント)』からは、そろそろ結果を出すように言われたそうだが?」

 

「まあね。彼らは早く儲けを出したいのさ。金は彼らにとって、世界よりも自分の命よりも重いからね」

 

「まったく、ならばソロバン勘定だけしていればいいものを。現場に口を出すなって話しだ」

 

 皮肉っぽいロックダウンの物言いに、ハイドラヘッドは苦笑するような気配を見せる。

 

「まあいいさ。彼らは私に戦争を提供してくれるからね。こちらもそろそろ、彼らの望んでいる物を提供するとしよう」

 

 そう言って、ハイドラヘッドがコンソールを操作すると、画面が切り替わり別の映像が映し出された。

 

「我がクライアントが望むのは、まず、戦争が起これば確実に売れる『商品』」

 

 ハイドラヘッドは語る。

 それはロックダウンに、というよりは自分で情報を整理するために独り言を呟いているようだ。

 

「では、戦争に置いて最も売り上げが見込まれる商品はなにか? それは戦争に置いて確実に消費され、どんな兵器、作戦にも必要不可欠で、どんな手段を使ってでも数を揃えなければならない……、つまり、『兵士』だ」

 

 画面には、人型のロボットが組み上げられる映像が流れる。

 それと共に、ロボットの設計図が映る。

 設計図には、『人造トランスフォーマー計画』とある。

 

「女神たちは言う、争いで人が殺し合うのは悪であると。ならば、人ではない『物』に任せてしまえばいい。物は、死を恐れない。物は、情に流されない。物は、どんな命令も拒否しない……、それこそ、大量破壊や虐殺でも、ね」

 

 さらに画面が変わる。

 映っているのは、何かの資料だ。

 

「しかし、女神は戦争を嫌う。あれほど上手くやれば金を儲けられる手段もないのに。……じゃあ、そんな馬鹿な女神は殺してしまおう、というのがクライアントの考えだ」

 

 画面には、大きな翼を背負った角の生えた女性に、人間の男が剣を突き刺している壁画が映っている。

 その下には、『魔剣ゲハバーン』の文字が並んでいた。

 

「しかし、彼女たちは人の形をしているが、その実態はシェアの集合体。ゆえに人と同じ方法で殺すことは難しい。外的要因で殺すには、特別な武器が必要だ。例えば、伝説に語られる『女神殺しの魔剣』のような……」

 

 またしても画面が切り替わる。

 なにやら専門用語と数式の並んだ難解な文章が映る。

 

「だが、ここで問題が生じる。女神を殺してしまえば、国民から得たシェアを環境に還元する者がいなくなり、やがて土地が死んでしまう。それはクライアントにとっても、あまり望ましいことではない」

 

 そこでハイドラヘッドは明確に笑んだ。

 世の全てを嘲笑し、あらゆる事象を皮肉り、何もかもを見下す、そんな笑み。

 

「ならば、『作って』しまえばいい、ということだ。女神は環境維持のための装置であり、強力な生体兵器でもある。ついでに見た目も美しく男の欲望を刺激する。人気商品になるだろうからね」

 

 画面がスクロールし、文章のタイトルが映る。

 

『女神複製計画』

 

 人造トランスフォーマーの量産、女神を殺せる武器の確保、そして女神そのものの複製、その三つが現在ハイドラの進めている計画だ。

 黙って聞いていたロックダウンは、そこで初めて声を出した。

 

「作り物の兵士に、作り物の女神、戦争そのものも、情報と経済を操作して起こす作り物の予定。…………最悪だな」

 

 その声には明らかな嫌悪がこもっていた。

 しかし、ハイドラヘッドはむしろ嬉しそうに笑う。

 

「そうだよ。私は求めているのは、最悪のジョークのような戦争なのさ」

 

 ロックダウンは呆れ果てたように排気するのだった。

 

  *  *  *

 

 世界を跨ぎ、次元を超えてなお、戦い続けるオートボットとディセプティコン。

 

 オートボットに協力して世界を護ろうとする女神たち。

 

 女神たちを信仰し、彼女たちの力になろうとする者たち。

 

 それぞれの理由からディセプティコンに協力する者たち。

 

 そして、その全てを利用して己の欲望を叶えようとする者たち。

 

 それぞれの思惑が絡まりあって、戦いは続いていく。

 

 

 この戦いがいかなる結末を迎えるか、それはまだ、誰も知らない。

 

 




アニメ第二期の一話的な何かを目指した結果がこれだよ!

今週のTAVは!
うん……あの明○のジョーモドキが最強の剣闘士?
メガトロンとガチンコしたら、どうなるかな? ……させてみようかな?
グリムロックとグランドパウンダーの戦いはさながらキングコング対ゴジラ……あれ? こんな光景をどこかで……。

今回の解説。

ルビークリスタル
初代より。我々のよく知る宝石の『ルビー』ではなく、『ルビークリスタル』という謎物質なんでしょう。

レイちゃん出撃
メガトロンに協力するだけでなく、ストッパーになろうとしているようです。
出撃してる間は、フレンジーとリンダが雛の面倒を見てます。

ハイドラの目論み
まあ、これからこんなイベントが起こるよ、という前振り。

では、次回こそはアイドル回!
今回出なかったあのヒトも出るよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 アイドル狂想曲

何か早く書けたので投稿。



 アイドル。

 

 それは美しく咲き誇るメディアの花。

 

 アイドル。

 

 それは才能と努力はもちろん、さらに非凡な輝きを必要とされる選ばれし者。

 

 アイドル。

 

 それは多くの者が憧れ、目指し、そして挫折する狭き門。

 

 これは、そんなアイドルを目指した少女たちと、その他野郎どもの、血と汗と涙の記録である。

 

  *  *  *

 

「えー、そんなワケで、とりあえずアイドル目指そっか!」

 

「いや、どこらへんがとりあえずなのよ!」

 

 乗っけからワケの分からないことを言い出すネプテューヌにノワールがツッコむ。

 ここはプラネテューヌ教会の一室。この部屋でネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベールが話し合っていた。

 議題は、『効率のいいシェアの獲得方法』である。

 サイバトロンに転送されたことで、数日の間ゲイムギョウ界を留守にしていた女神たち。

 その間は女神候補生たちが各国を統治してくれていたおかげで、シェアはほとんど下降しなかったものの、やはりこういう時のために何らかの手は打っておきたい。

 それを話し合うための集まりである。

 四人してお菓子とお茶を楽しみつつあーでもない、こーでもないと言い合っていたのだが、ふと部屋に備え付けのテレビを見たネプテューヌが言ったのが冒頭の台詞である。

 

「いいじゃん、アイドル! 歌って踊ってシェアゲットだよ!」

 

 明らかにその場のノリで言っただけであるが、そこは強引なネプテューヌ。他の三人が私情丸出しの案しか出せなかったこともあって、押し切ってしまう。

 ちなみにノワールの案はコスプレ大会に出場、ブランの案は同人小説発表、ベールは自作ゲームの作成、である。ネプテューヌの案が通るのもやむなし。

 

「アイドルか……。ま、まあ悪くはないわね!」

 

 

 ノワールは割と乗り気である。

 コスプレ衣装のような服が着れるからだろう。

 

「小説の種にはなる、か……」

 

 ブランも満更ではなさそうだ。

 

「申し訳ありません、わたくしはパスさせていただきますわ」

 

 しかし、ベールが突然離脱すると言い出した。

 

「ええ~! どうしたのさベール? この話しの元ネタ的に、帰るのはノワールだと思ってたのに」

 

「何でそうなるのよ!」

 

 理由を聞きつつよく分からないことを言うネプテューヌと、ツッコむノワール。

 そんな二人にベールは苦笑する。

 

「いえ、前々から進めているプロジェクトが大詰めでして、今はそちらの方に集中させていただきたいのです」

 

「ん~、ならしょうがないかー……」

 

 そう言うことなら、とネプテューヌも無理には引き留めない。

 

「では皆さん、ごきげんよう」

 

 たおやかに礼をしつつ、ベールは部屋から退出していった。

 いきなり離脱者が出たが、それでめげる女神たちではない。

 

「よーし、貴重な巨乳要員がいなくなっちゃったけど、わたしたち三人、これから頑張ろー!」

 

「「おおー!!」」

 

 かくして、女神アイドル化計画がスタートしたのである。

 

  *  *  *

 

 アイドルに必要とされる物は多い。

 体力はもちろんのこと、ダンス、演技力、精神力、そして……歌唱力。

 この歌唱力が曲者だった。

 

 ボエ~!!

 

 どこかのガキ大将を彷彿とさせる凄まじい不協和音がヴォイストレーニングのための部屋に響き渡る。

 いっしょにトレーニングをしていたノワールもブランも、何故かプロデューサーをすることになったイストワールも五月蠅そうに耳を塞いでいる。

 その発生源はあろうことかネプテューヌである。

 彼女は壮絶な音痴だった。声優さんの無駄使いも甚だしい設定である。

 

『これは……、何とも……』

 

 ネプテューヌの様子を見に来ていたオプティマスの立体映像も言葉を失っている。

 愛の力でフォローし切れないこともある。苦悩の末、めでたくネプテューヌと恋人になったオプティマスであるが、いきなりそのことを学ぶハメに陥っていた。

 

  *  *  *

 

 その後も普段のネプテューヌからは考えられないほど真面目にアイドルになるためのレッスンを重ねるも、歌だけは中々上手くならない。

 女神アイドル化計画もこれまでかと思われた矢先、イストワールはダメ元で一つ手を打った。

 

  *  *  *

 

「「「オトナミさんのミュージックルーム?」」」

 

 女神三人の疑問に、イストワールは大きく頷く。

 

「はい、今ネット上で話題になっているサイトなんです」

 

 そう言いつつ、空中に画面を呼び出す。

 画面にはあるサイトのトップページが映し出されていた。

 リーンボックスの歌姫5pb.のシルエットと大きな音符マークが特徴的に配置され、一目で5pb.のファンサイトだと分かる。

 

「このサイトがどうしたの? よくあるアイドルのファンサイトにしか見えないけど」

 

 ノワールの疑問はもっともである。

 アイドルとはファンサイトを見ればなれるほど、簡単なものではない。

 

「はい、確かにこのサイトは5pb.さんのファンサイトです。しかし、その情報量と彼女の人気に対する考察の深さは、他の追随を許していません」

 

 至極真面目な顔でアイドルのファンサイトの説明をするイストワール。

 教祖たる者がそれでいいのかとも思えるが、これもシェアのためである。

 

「さらに5pb.さん以外のかたの歌も評価しており、その良い所と悪い所、さらには改善点に至るまでを挙げています。この改善点に従った結果、歌が上手くなったという報告が多数あります」

 

 三女神にも、イストワールの思惑が見えてきた。

 どうやら彼女は、このサイトの運営者に助力を乞うてネプテューヌの歌唱力を上げようとしているらしい。

 

「……そう上手くいくかしら?」

 

 ブランが首を傾げる。

 某ガキ大将級の破壊力を持つネプテューヌの歌が、たかだかアイドルオタクの意見を聞いたくらいで上手くなるものだろうか?

 

「正直、ダメで元々です。しかし、私に思いつくのはこれくらいで……」

 

 そう言って目を伏せるイストワール。

 せっかく『あの』ネプテューヌが頑張っているのである。彼女だって力になりたいのだ。

 それを察したのか、ネプテューヌは明るく笑う。

 

「まあ、とにかく、このオトナミさん?に話しを聞いてもらおうよ」

 

 言うや画面の下にあるタッチパネルを操作し、歌についての相談を聞いてもらえるらしい『アイドル相談室』なる部屋に入り、文章を入力する。

 

『初めまして。アイドルを目指しているNと言います。こちらで歌についての相談を聞いてもらえると聞いて、書き込みをしてみました。相談に乗っていただけないでしょうか?』

 

「ずいぶん、ネプテューヌらしくない書き込みね」

 

「わたしだって、ネットマナーくらい守るよー!」

 

 グータラ女神らしくない真面目な文章に、ノワールが呆れた声を出すと心外そうにするネプテューヌ。

 返信はすぐにきた。

 

『Nさん、初めまして。オトナミさんと申します。とりあえず、あなたの歌を動画にしてメールに添付して送ってみてください』

 

『音声データだけではダメですか?』

 

『歌は姿勢や発声法も関係してきますので、全身を映した動画が望ましいです』

 

『分かりました。用意しますね』

 

 アッサリと相手の言葉に乗るネプテューヌに、ノワールとブランは心配そうに声をかける。

 

「ちょっと、大丈夫なのネプテューヌ?」

 

「さすがに顔出しは……」

 

 昨今のネットにおける拡散は、とてつもなく早い。

 正直、女神が顔出しして大丈夫かどうかは未知数だ。

 

「まあ、ダイジョブっしょ! このサイト、そこらへんの管理は徹底してるみたいだし。アドレスもすぐに破棄するってさ」

 

 ネプテューヌは気にせず、前もって撮っておいた自分が歌っている動画を添付したメールを指定されたURLに送る。

 これで少し様子見をしようとしたら、間を置かずに返信がきた。

 

「はやッ!」

 

「いくらなんでも早すぎない!?」

 

 驚くネプテューヌとノワール。

 とにかくメールを開いてみると、凄まじく長い文章が書き連ねてあった。

 要約すると。『声質など素材は悪くない根本的に歌い方が分かっていない印象。改善点が多すぎますが、まずはここに書いてある通りにやってみてください』とのことだ。

 

 顔を見合わせる一同。

 書いてある訓練法は、中々に厳しいものだ。

 果たして、飽きっぽく怠け者なネプテューヌがこのメニューをこなせるだろうか?

 

「よし! これをやればいいんだね!」

 

 意外にもやる気を見せるネプテューヌに、一同は驚く。

 

「どうしたのよ、ネプテューヌ! こんなメニューをこなそうとするなんて!」

 

「……あなたらしくもない。まさか偽物?」

 

「ああ、ネプテューヌさん、どうしてそのやる気をいつも出してくれないんですか?」

 

 散々な物言いの仲間たちだが、ネプテューヌは怒りもせずに苦笑いをする。

 

「いやさ、ほら、わたしってオプっちと恋人同士になったでしょ?」

 

 一同は、そのこととネプテューヌが頑張る理由が結びつかず首を傾げる。

 

「でもさ、オプっちって、まだまだ硬い感じがするんだよねー。色々と吹っ切れてない感じもするし。だから、アイドルになって可愛く歌って踊れば、ちょっとは喜んでくれるかなーって……」

 

 言っていてだんだん恥ずかしくなってきたらしく、顔を赤らめるネプテューヌ。

 いじらしいネプテューヌに、残る三人は顔を見合わせる。

 どうやら、恋や愛が人を変えるというのは本当らしい。

 

「あのネプテューヌさんが、こんな女の子らしいことを……。嬉しいような寂しいような……」

 

 イストワールは一筋流れ落ちた涙を拭う。

 ネプテューヌが生まれた時から見守ってきた彼女としては、少し複雑な気分であるらしかった。

 

 こうして、愛するオートボットの総司令官に歌と踊りを披露するという、女神としてはどうかと思える動機であるとはいえ、ネプテューヌは真面目にヴォイストレーニングに励むのだった。

 

  *  *  *

 

 そしてしばらく時はたち、プラネテューヌたちの初ライブの日がやってきた。

 ライブ会場となっている広場には、多くの人々が駆けつけていた。

 各女神たちは、何のかんの言いつつも国民から慕われている。

 その女神たちがアイドルをやると言うのだから、これが話題にならないはずはない。

 しかし、ライブ会場には肝心のステージが用意されていない。

 これはどうしたことかと不安になる観客だが、それは無用な心配だった。

 広場にどこからか大きなトレーラートラックが入ってきた。

 それは赤と青のファイヤーパターンが鮮やかなトラックで、後ろに大きなコンテナを牽引している。

 トラックは広場の中央、ライブ会場のど真ん中に陣取って停車する。

 何事かと観客がざわつく中、コンテナの側面が開いていき、スモークが中から溢れてきた。

 やがてスモークが晴れると、そこにあったのは光り輝くステージだ。

 そしてステージの中央に立つ三つの影は、もちろん……。

 

「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!」

 

「みんなのために一生懸命歌うわ!」

 

「……応援、よろしくね!」

 

 可愛らしい衣装に身を包んだ、ネプテューヌ、ノワール、ブランである。

 

『うおおおおおおぉぉッッ!!』

 

「ネプテューヌさまあああぁ!!」

 

「ノワール様、素敵でぇえええす!!」

 

「可愛いですブランさまぁぁああ!!」

 

 いつもと違う三女神の姿に、信者たちは喉も割れよとばかりに歓声を上げる。

 

「それじゃあ、さっそく最初の曲、いっくよー!」

 

 中央のネプテューヌがマイクを手に満面の笑みを浮かべる。

 

「『Dimension tripper!!!!』ミュージックスタート!!」

 

  *  *  *

 

 流れる軽快な音楽と、それに合わせ歌い踊る三女神。

 その姿は、まさに女神。

 驚くべきはネプテューヌの歌唱力だ。

 簡単に言ってしまえば、『声優さんの有効活用』な、感じでとてつもなく上達しているのだ。

 そして上達した歌声は、素晴らしいの一言に尽きるものだった。

 

「やれやれ、どうなることかと思ったが……」

 

 牽引していたコンテナを切り離しライブ会場の端まで移動したファイヤーパターンのトラック……オプティマス・プライムは、そこにいたオートボットの仲間たちと合流すると、ロボットモードに戻った。

 

「上手くいっているようで、何よりだよ」

 

 正直、ネプテューヌの歌を前もって聞いていたオプティマスは不安だったのだ。

 

「ああ、そうだね」

 

「ほんとにね」

 

 ラチェットと、アーシーがそれに応じる。

 彼らはネプテューヌの応援にきたコンパとアイエフの付き添ってきたのだ。

 三人はステージのほうを見る。

 そこでは女神たちが輝く笑顔を見せていた。

 穏やかな笑顔で三女神を……特にネプテューヌを見つめるオプティマス

 そんな総司令官に、アーシーとラチェットはニヤッとする。

 

「しかし、聞いた話しでは、ネプテューヌは今回、だいぶ頑張ったそうじゃあないか」

 

「それもこれも、オプティマスに可愛い姿を見てもらいたいからとは……、何とも恋人冥利に尽きる話しね」

 

 からかうような二人に、オプティマスは照れくさげに微笑むのだった。

 和やかな空気に包まれるオートボットたちだが、一方で物騒な空気を醸し出している者もいた。

 

「ああ、ノワールの奴、あんなに足を露出して……」

 

 アイアンハイドである。

 娘のように思っている黒の女神が、露出度の高い衣装で踊っているのが心配らしい。

 

「………………」

 

 さらにミラージュもどこか不機嫌そうな顔で腕を組んでいる。

 どうも、ブランが普段自分にも中々向けてこない笑顔を振りまいているのが気に食わないようだ。

 

「まったく、二人とも……」

 

 苦笑しつつヤレヤレと首を振るオプティマス。

 

「ノワール様、カワイイィィ!!」

 

「ノワール様は俺の嫁!!」

 

「馬鹿! 俺の嫁に決まってるだろ!!」

 

 と、歓声に混じって、そんな言葉が聞こえてきた。

 さらに……。

 

「ブランちゃんマジロリ女神!」

 

「ブランちゃんペロペロしたい!」

 

「ハアッ……ハアッ……ぶ、ブランちゃんにお兄ちゃんって呼んでほしい……」

 

 そんなちょっと危ない応援は、ノワールへの歓声に比べれば小さい声だったが、幸か不幸かトランスフォーマーの聴覚センサーなら十分拾えるものだった。

 アイアンハイドはクワッとオプティックを見開くと武装を展開し、ミラージュは両腕のブレードを危険に光らせた。

 

「今、ノワールを嫁にするって言った奴は誰だ! 俺は認めねえぞ!!」

 

「アイアンハイド、あれは言葉の綾だから……」

 

「…………斬る」

 

「ミラージュ、君もブレードを降ろしなさい」

 

 物騒な空気を纏ったアイアンハイドとミラージュを、ラチェットが諌める。

 

「しかし、確かにあの衣装は男性のフェロモンを刺激するようだね。ゲイムギョウ界の言葉にするなら少々『エッチい』衣装と言ったところかな?」

 

「あなたも空気を読みましょうね」

 

 平常運転のラチェットに、アーシーが排気混じりにツッコむ。

 一方のオプティマスはと言うと、ジッとネプテューヌを見つめている。

 

「みんなー! 声援ありがとー! それじゃあ、次の曲いっくよー!!」

 

 たくさんの観客に囲まれ、笑顔を振りまく恋人を見て、オプティマスの胸には何とも言い難い感情が到来していた。

 あんなにも魅力的な人が自分の恋人であることが誇らしい反面、自分以外の者の視線を集めるのが、何故か落ち着かない。

 

「ふむ、なるほど……」

 

 ――これが『独占欲』か……。

 

 後半は思うに止めておくが、それを自覚したことは思いがけないほどの葛藤をオプティマスにもたらした。

 ……オプティマスは、いまだにエリータ・ワンを守れなかったことを吹っ切っておらず、彼女のようにネプテューヌを失うのではという恐怖と迷いの中にある。

 こんな自分が、恋人面して独占欲とは笑わせる。

 

 ――いかんな。どうも自虐的になっている。……今はこのライブを楽しむとしよう。

 

 可愛らしい恋人が、歌って踊っているのだ。楽しまなければ損だろう。

 

「ネプテューヌ様ぁああ! こっち向いてくださぁああい!!」

 

「ネプテューヌ様~♡ 愛してま~す♡」

 

「ああ、ネプテューヌ様の太腿にスリスリした~い!」

 

 観客も楽しんでいるようで何よりだ。実に何よりだ!

 思わずオプティマスの顔に笑みが浮かぶ。余人から見れば『背筋が凍るような』と形容されようと、殺気がどす黒い瘴気となって吹き出していようと、笑みは笑みである。

 と、ラチェットが何やら慌てた様子でオプティマスの右腕を掴んだ。さらになぜかアーシーが左腕を押さえている。

 

「オプティマス、取りあえずテメノスソードから手を離しなさい。それとエナジーブレードもしまうんだ。危ないから……」

 

  *  *  *

 

 その後は特に事件もなく、本当に絵的に面白いこともなく、ライブは大盛況の内に終了した。

 女神たちのシェアも大いに上がり、今後も定期的にライブをすることになったのだが……。

 

  *  *  *

 

 オートボット基地の自室でインターネットに自分の回線を繋いだオプティマスは由々しき事態に、剣呑な顔になっていた。

 

『【縞は】ネプテューヌ様のパンチラを拝むスレ【至高】』

 

『女神様のチラリズムについて語るスレ』

 

『女神を嫁にしたい奴集まれ~』

 

 あのライブ以降、大型掲示板であるNチャンにこんなスレッドが次々現れたのである。

 内容は、タイトルから押して知るべし。

 

「ふふふ……、度し難い。まったくもって度し難い」

 

 底なしに低い声が漏れる。

 総司令官権限を使ってオートボットたちを動員し、某オカマハッカーにまで手伝わせて片っ端から画像を削除しているのだが、それでもどこからか湧いて出てくる。

 一度ネットに拡散した物を完全に消滅させるのは難しいのだ。

 当の女神たちは、これも一種の有名税だと割り切っているのだが、オートボットたちはそうはいかない。

 特にアイアンハイドはノワールの際どい画像をアップした人間をミンチにしてやると息巻いているし、ミラージュは日に日に殺気立っていく。

 当のオプティマスも、何かもう黒いオーラがダダ漏れだった。

 

 この後、女神たちが惜しまれつつもアイドル活動を休止することになったのは、女神としての仕事ととの両立が難しいという理由からだったが、果たしてそこに意外と嫉妬深かったオートボットたちが関わっていないのかどうかは、誰も知らない。

 

  *  *  *

 

「なあ、良かったのかよ、サウンドウェーブ」

 

「ナニガダ」

 

 ここはディセプティコンの秘密基地。その諜報部隊の部屋。

 レーザービークは不満げに上司であるサウンドウェーブに問う。

 

「せっかく、女神から信頼を得たんだぜ。もうちょっと情報を引出してもよかったんじゃねえか?」

 

「趣味ニ、仕事ハ、持チ込マナイ、主義ダ」

 

「そりゃいいけどよ、何も律儀にアドレス廃棄しなくてもいいじゃねえか……」

 

 せっかく女神のパソコンのアドレスを手に入れたのに、律儀にサイトの規約通りにアドレスを廃棄した上司に、深く排気する機械鳥。

 どうにもゲイムギョウ界に来てからと言うもの、この無私無欲無感情のはずの上司は『らしく』ない。

 

「『オトナミさん』ノ時ハ、ソウイウ、ルール ダ」

 

 それだけ言うと、情報参謀は本来の仕事である情報収集に戻るのだった。

 

  *  *  *

 

 これにて女神アイドル化計画にまつわる話は終わる。

 そしてここからは、計画に唯一参加しなかった緑の女神と、その周りの者たちの話だ。

 

「……チカ様、ここはいったい?」

 

「黙って着いてらっしゃい」

 

 リーンボックスの教会。

 その地下に存在する金属の壁に囲まれた廊下。

 教祖補佐のアリスは、前を歩く教祖箱崎チカに聞くが、彼女は厳しい顔のまま答えなかった。

 普段通り仕事をしていたら、何やら大切な用事があるとかで、着いて来るように言われたアリス。

 通されたのは、彼女も知らない地下施設だった。

 

 ――こんな場所が、教会に存在していたとは……。

 

 教会に潜入してしばらく経つが、まったく気付かなかった。

 潜入のプロであるアリスの目を欺き続けるとは、中々のセキュリティである。

 なればこそ、ここで重要な情報を得ることができそうだと、アリスは考えた。

 やがて、何重にもロックされた分厚い扉を十枚ほど抜けた所で、大きな部屋に出た。

 研究施設と思しいその部屋の奥に、女神ベールが彼女らしくない厳しい表情で佇んでいた。

 その横には立体映像のジャズが、やはり普段の軽いノリが全くない、険しい顔をしていた。

 さらに研究に使う机の向こうには、リーンボックスが誇る天才プログラマー、ツイーゲが立っている。

 その目の前には黒いノートパソコンが置かれていた。

 物々しい雰囲気に、アリスは緊張するのを押さえられなかった。

 

「あ、あのベール様、チカ様……、ここはいったい?」

 

 芝居半分、本気半分で不安げにたずねると、ベールはようやっと重々しく口を開いた。

 

「ここは、機密レベル7に値する、言わばリーンボックスの秘中の秘。ここのことは、ここにいるメンバーの他には僅かな人間しか知りません」

 

 その言葉を聞いて人間臭くゴクリと唾を飲むアリス。

 

 ――どうやら、虎穴に入り込んだか……。

 

 予想以上の大事に、いやおうなしにアリスの緊張は高まる。

 

 ――落ち着け。これは重大な情報を得られそうだ。メガトロン様、どうかお力をお貸しください……。

 

「そ、それで、私をここに通したということはどういうことですか?」

 

「……我がリーンボックスに、女神候補生がいないのは知っていますわね?」

 

 アリスの疑問に、ベールは疑問で返した。

 その言葉の意味をアリスは計りかねた。

 確かにリーンボックスには女神候補生……ベールの妹に当たる存在はいない。

 それはこのリーンボックスに住んでいる者なら誰もが知る常識。

 

「それはつまり、わたくしに何かあった時の『代替品』がない、ということです。国として、それは致命的と言っていい『欠陥』です」

 

 『代替品』『欠陥』

 あえて、そういう言葉を選んだのだろうということは察せられる。

 だがそれとこの状況が結び付かない。

 

「ですから、わたくしは秘密裏に、あるプロジェクトを進めてまいりました。つまり、女神候補生を用意する手段についての研究です」

 

 そこでベールは、ツイーゲに目配せする。

 ツイーゲは一つ頷くと、目の前のノートパソコンを操作した。

 すると部屋の中央の床が開き、そこから何かを乗せた台がせり上がってきた。

 台に乗っているのは、淡く光る菱形の結晶だった。その内側にシェアクリスタルに似た結晶が入っているのが分かる。

 

「これは、その研究の一つの成果。ブレインズさんに協力してもらって、ようやく辿り着いた、人間を女神に変える奇跡のアイテム」

 

 ツイーゲの操作していたパソコンが、ギゴガゴと音を立てて小型のトランスフォーマーに変形する。

 

 ――アイツ、最近姿を見ないと思ったら、こんなことをしていたのか!

 

 ブレインズは、アレでも元は科学参謀ショックウェーブの配下。その見た目からは想像もつかないほど、研究職としては優秀だ。

 しかし、人間を女神に変えるとは……。

 

「名づけるならば、『女神メモリー』。……材料と工程の都合上、もう二度とは同じ物を作れない、ここにしか存在しえない物です」

 

 ベールは菱形の結晶を手に取って見せる。

 

「しかし、これと適合する人間は非常に稀で、もし適合できなければ、醜いモンスターになってしまうそうです。ゆえに我がリーンボックス教会では、女神メモリーの研究と並行して、適合者を探していました。……以前抜き打ちで行った健康診断も、その一環です」

 

 やっと、話が見えてきた。

 しかしそれは、アリスにとって信じがたいことだった。

 アリスにゆっくりと歩み寄りながら、ベールは話を続ける。

 

「その結果、教会の全職員の内、たった一人だけ適合者が見つかりました。その適合率は、驚くべきことに限りなく100%に近く、女神メモリーを使用すれば、ほぼ確実に女神になれるそうです」

 

 ピタリと、混乱のあまり硬直しているアリスの目の前でベールは止まった。

 

「単刀直入に申し上げます」

 

 そして、手に持った女神メモリーをアリスに向けて差し出す。

 

「アリスちゃん。…………わたくしの、妹になってはくれませんか?」

 

 




ギャグ話のはずだったのに、終盤がシリアスに……。
前のアリスの話で撒いた伏線を、ようやく回収。

今回の解説(?)

オトナミさん
漢字にすると音波さん。

女神メモリー
ネプテューヌVより、だいたい作中で説明してる通りの物ですが、原作では女神コアなる場所で自然発生します。
この作品内ではここにしかない一点物。
詳しくは次回で。

……何度も申し上げるようですが、自分に女神たちやオートボットをアンチ・ヘイトする気は、一切ございません。
むしろ、そう受け取る方がいてビックリしてたり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 アリス・イン・ディストレスランド

表題を直訳するなら、悩みの国のアリス。


 

「近寄るなよ、薄汚い混ざり者め。病気が移るだろうが」

 

「テメエに恵んでやるエネルゴンはねえよ。勝手にくたばんな」

 

「ギャハハ! ほーら、炎熱消毒してやるよ! ありがたく思えよ、半端者!」

 

「反吐が出るぜ! このディセプティコンの面汚しの詐称者(プリテンダー)め!」

 

 プリテンダー、有機生命体の姿を模すことができる、異端のトランスフォーマー。

 ディセプティコンにあってなお、有機生命体を下等と断じるディセプティコンにあってこそ迫害される、有機と無機の半端者。

 アリスが生まれたころには、すでにその風潮はディセプティコンに蔓延していた。

 周りから浴びせかけられるのは、嘲笑と侮蔑、暴言と暴力。大人たちは、庇護者ではなく敵だった。

 同じ種族の仲間たちと路地裏やゴミ捨て場で身を寄せ合い、他人が食べ残したエネルゴンのカスを巡ってスクラップレットやスウォームと争う日々。

 盗みを犯したことも一度や二度ではない。

 ある者は飢えと病に倒れ、ある者は精神が限界を超えて自ら死を選び、ある者は盗みに失敗してどこかに連れて行かれて二度と戻らず、一人、また一人と仲間たちが減っていく。

 そして最後には、アリスは独りぼっちになった。

 何度、自分の生まれを呪っただろうか。

 どれだけ、己の境遇を憎んだだろうか。

 

 望んでこんな体に生まれたワケではないのに。

 

 こんな、有機生命体の要素を持った体になんか。

 

 誰からも、認められることはなかった。自分自身からさえも。

 

 ただ一人、あのヒトを除いて。

 

「ほう、面白いな」

 

 そう言って、あのヒトは笑んだ。

 凶暴そうで、狡猾そうで、恐ろしい、だけど、確かに自分に向かって笑ってくれたのだ。

 嘲笑でも侮蔑でもない笑顔を向けてくれたのは、あのヒトだけだ。

 

「プリテンダー ハ、将来的ニ、有能ナ、スパイ ニ、ナル」

 

「そのようだな。このサイバトロンを征服したら、次は他の惑星を征服するのだからな!」

 

 面白そうに笑うあのヒトは、私に手を差し伸べてくれた。

 

「俺の役に立てよ? そうすることで自分の価値を証明して見せるがいい」

 

 それだけで十分だったのだ。

 私が、(スパーク)を、捧げるには。

 

  *  *  *

 

「貴様、騙したのか!?」

 

「信じていたのに……!

 

「この薄汚い詐称者(プリテンダー)め!!」

 

 それからの私は、諜報部隊の一員として、あらゆる仕事をこなした。

 敵に油断させて、後ろから不意打ちしてやった。

 情に訴えかけて、情報を盗み取ってやった。

 惚れさせてから、抱き合った瞬間、刺してやった。

 

 騙した。

 

 欺いた。

 

 利用した。

 

 裏切った。

 

 その種族名(プリテンダー)の通りに。

 

 全ては、偉大なる破壊大帝メガトロン様の御為に。

 

 これまでも、これからも、どこであろうと、それは変わらない。

 

 このゲイムギョウ界でも、リーンボックスでも。

 

 そのはずだったのに……。

 

  *  *  *

 

「アリスちゃん。…………わたくしの、妹になってはくれませんか?」

 

 人間を女神に変えるという、奇跡の、あるいは禁断のアイテムを手に、リーンボックスの女神ベールは厳しい顔で問うてきた。

 

「……質問をさせてください」

 

 アリスがようやく絞り出したのは、そんな言葉だった。

 真面目な顔のまま、ベールは頷く。

 

「もちろんですわ。答えられることなら答えましょう」

 

「……その女神メモリーはどういう理屈で人間を女神に変えるのですか?」

 

 とにかく情報が欲しかった。

 諜報員としての本能と言ってもいい。

 あるいは、現実逃避かもしれないが。

 

「そうですわね。簡単に言うと、この女神メモリーには、過去の女神の記憶が封じ込められているのです」

 

「過去の女神の記憶……」

 

「はい、女神は死ぬと、肉体はシェアエナジーになって大気に溶け、魂は『全なる魂』と呼ばれる存在の下へ還ると言われています」

 

 ――何だか、オールスパークみたいだなあ……。

 

 説明を受けるアリスは、ふとそう思った。

 トランスフォーマーの(スパーク)は肉体が滅ぶと、それがオートボットであろうと、ディセプティコンであろうとオールスパークへと還り、生まれ変わる日を待つのだという。

 それがトランスフォーマーたちの古くからの信仰であるが、アリスには関係のない話だ。

 アリスにとって信仰する神とは、破壊大帝を置いて他にないのだから。

 そして、有機と無機の半端者であるプリテンダーは、オールスパークに還ることができないのだという俗説があるのだから。

 

「そして、現世に最後に残るのは女神所縁の品や場所に染みついた記憶、……『因子』とも呼ばれる、女神のデータなのです」

 

 因子の概念はアリスも知っていた。

 その者の強さや個性と言った情報を読み取ったデータのような物を因子と呼ぶ。

 以前に『魂の設計図』などと似合わないことをドクター・スカルペルが言っていたのを聞いたことがあった。

 

「ゆえに、他人の因子を身内に取り込むことができれば、手っ取り早く強さや知識を得ることができるのではないかと言う考えは、昔からありました。……上手くいった例は、ありませんが」

 

 それはそうだろうと、アリスは思う。

 因子を取り込むということは、液体がいっぱいに入った入れ物に、無理やり別の液体を詰めようとするようなものだ。

 受け入れきれずに入れ物が破裂するか、あるいは液体同士が化学反応を起こして全く別の物に変わってしまうのが関の山だ。

 よしんば因子を取り込むことができたとしても、他人の魂の設計図、なんてものが、精神や肉体に影響を与えないとは考え辛い。

 最悪、取り込んだ因子に肉体を乗っ取られる、なんてことにもなりかねない。

 

「しかし、この女神メモリーはブレインズさんの協力の下、それらの問題を克服することができました。……人体実験は、していないそうですが」

 

「ま、専門的な話は省くけど、ようはトランスフォーマーをリフォーマットする要領さね」

 

 ブレインズが話に割り込んできた。

 開発者である彼に、ベールは話しを譲る。

 

「因子っていうデータで、肉体を構成してるデータを上書きすんのさ。精神がぶっ壊れちまったら元も子もないんで、色々調整したけどな。……そんでも合わなきゃ、拒絶反応でモンスターになっちまうのよ」

 

 ケケケと笑いながら、ブレインズは続ける。

 

「そんで適合者ってのは、女神の因子と精神的にも肉体的にも相性が良くて、リフォーマットに耐えられる奴ってワケ。ざっと計算してみたが、本当なら適合者が現れる確率はゼロに近いな」

 

 含むように笑うブレインズ。

 さすがは元科学参謀配下。本人は嫌がるだろうが、マッドサイエンティストが板に着いている。

 

「当たり前だよな。女神と人間ってのは、似てるようで違う生き物なんだ。猿に人間の血を輸血して、人間にしようとするようなもんさ。無謀な計画なんだよ、これは」

 

 皮肉に満ちた例えに、その場にいる全員が顔をしかめる。

 

「……これが罪深いことなのは、承知しています」

 

 それでも、ベールは決意に満ちた目をアリスに向ける。

 

「それでも、リーンボックスには……わたくしには、女神候補生が必要なのです」

 

「……そこまでして、妹が欲しいんですか?」

 

 思わず、そんな言葉が口を吐いて出た。

 ベールの妹に対する執着は、よく知っている。

 国のためと言いつつ、実際には妹が欲しいだけなのではないか。

 一瞬、驚愕した顔になったベールだが、すぐに元の表情に戻り、アリスを真っ直ぐに見る。

 

「……もちろん、欲しいです。他の国の女神たちと妹さんたちが仲良くしているのを見るたびに、嫉妬を憶えるほどに」

 

 本来国を背負う物にあるまじき、穏やかで優しいベールらしくない生々しい答え。

 不思議と、アリスの心には失望や侮蔑はなかった。

 ああ、この人も、独りぼっちなんだな、と思っただけだ。

 泣きそうになっているのを必死にこらえている教祖とは、どれだけ仲が良くとも、いずれは死に別れる。

 傍らで複雑そうな顔をしているオートボットの副官は、いつかは自分の星に帰らなければならない。

 そうして、ベールは独りになってしまう。

 

 いつか、必ず。

 

 サウンドウェーブに拾われるまでは、あるいはその後も、アリスは独りぼっちだった。

 独りぼっちは辛い。

 頼れる者も頼ってくれる者もいないのは、耐えがたい。

 だから、ベールの辛さは、何となく分かった。

 

 ――いけない、この女に感情移入してどうする。メガトロン様、どうかお守りください。

 

 アリスは、どうにかディセプティコンの潜入兵としての思考を回そうとする。

 そして、何とか言葉を絞り出した。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 とにかく、時間が欲しかった。

 こんなことを一人で決めることはできない。

 サウンドウェーブかメガトロンの指示を仰がねば……。

 

「もちろんですわ。ゆっくり考えて答えを出してください。……女神になるということはメリットばかりではありません。相応の覚悟と犠牲が必要になりますから」

 

  *  *  *

 

「あ、あの、チカ様……」

 

 結局その場はいったん解散となり、上の教会に戻る途中のこと。

 アリスはオズオズとチカに話しかけた。

 

「……何?」

 

「あの、チカ様は、女神メモリーの適正は……」

 

 誰よりも女神ベールを敬愛する.教祖が、女神になれるかもしれないチャンスに飛び付かないワケがない。それが例え、この世の理に反することでも。

 チカは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「もちろん、調べたわ。……結果は言わなくても分かるでしょう?」

 

「はい……」

 

「アタクシは女神になれる可能性が低くても、それに賭けてみたかった。でもベールお姉さまに止められたわ。もし、女神なれなかったら、アタクシを失うことになるからって」

 

 悔しそうに顔を歪めるチカ。

 

「正直、色々と思う所はあるわ。何でアタクシではないの? アタクシが一番、お姉さまのことを考えているのに、ってね」

 

 本来なら、スパイとして潜入しているに過ぎないアリスには、チカの慟哭などどうでもいいはずだ。

 

「すいません……」

 

 しかし何故だろう? アリスの口からは、自然とそんな言葉が漏れていた。

 チカは吹っ切れたような笑みを浮かべる。

 

「そんな顔しないでちょうだい。女神様になれるチャンスなんて、普通は来るもんじゃないんだから。良く考えてちょうだいね」

 

 アリスは曖昧に笑うことしかできなかった。

 

  *  *  *

 

 もう今日は仕事はいいと言われ、アリスは寝床にしているアパートに帰宅する……その前に、話をするべき相手がいた。

 他者の目を盗み、教会のある一室に入り込む。

 警備システムを無力化して扉をくぐると、まず目に付くのは、あちこちの壁に貼られたピンナップ写真の切り抜きだ。写っているのは全て例外なく金髪で巨乳の女性である。

 顔をしかめつつアリスは部屋の中央にいる小型のトランスフォーマーに話しかけようとするが、それより早く向こうが声を発した。

 

「よう! 来るころだと思ってたぜ!」

 

「話しがあるわ。……ブレインズ」

 

  *  *  *

 

 そもそも、ブレインズは元ディセプティコン。それもショックウェーブ配下の優秀な研究員である。

 この女神メモリーの計画に関わっている以上、被験者のデータにも熟知しているだろう。

 アリスの正体にだって、とっくに気が付いていたはずだ。

 なのになぜ、今までオートボットや教会の者たちにそれを言わなかったのか?

 そのワケは……。

 

「どうでもいいからさ」

 

 シニカルに笑いながら、ブレインズは言ってのけた。

 

「別に俺は、オートボットだろうと、ディセプティコンだろうと、女神だろうが、誰が勝ってもいいんだよ。自由をくれるならな」

 

 部屋を見回し、ブレインズは笑う。

 

「ディセプティコンじゃ自由にやれねえんで、オートボットに来たが、どうもここの連中も俺を完全には信用してないらしくてね。この部屋にもいろいろと仕掛けてあんのさ。……全部無力化してやったけどな!」

 

 ジャズは普段こそ軽いノリだが、その実、かなりの現実派だ。

 ディセプティコンからの脱走者をそう簡単には信用しないだろう。

 穏やかなベールにだって、一国の長たるだけの警戒心はある。

 それが、ブレインズは気に食わないらしい。

 

「だから、おまえさんがどんな情報を流そうと、俺には教えてやる義理はないわけよ」

 

「……なら、いいわ」

 

 正直、この裏切り者を叩き潰してやりたかったが、今は聞くべきことがある。

 

「女神メモリーによる人間の女神化……。当然、裏があるのよね?」

 

 意地悪く笑うブレインズに、アリスは内心の嫌悪を押さえて問う。

 

「ああ、普通なら『人間』が女神になるのは100%不可能だな。言っただろう? 猿に人間の血を輸血して、人間にしようとするようなもんだって」

 

「なら……」

 

「『人間』ならな。だけど、おまえは『人間』じゃないだろう?」

 

 意味深に、ブレインズはほくそ笑む。

 

「それは、どういうこと?」

 

「分かってんだろ」

 

「………トランスフォーマーだから、だっていうの?」

 

「さ~てね」

 

 はぐらかすようなブレインズに、アリスは顔をしかめる。

 問い詰めようとした所で、ブレインズは手を上げた。

 

「おっと! そろそろ見回りが来るころだから、帰ったほうがいいぜ! それと仲間と連絡するつもりなら、ジャズがおまえのアパートの周りに張ってるはずだから気をつけな!」

 

  *  *  *

 

 翌日、アパートの自室に戻ったものの、ジャズの盗聴を恐れてディセプティコンと連絡を取れず、そのままベッドに横になって眠っていたアリスは、自分の携帯端末……ディセプティコンとの連絡に使う物ではなく、教祖補佐としての仕事に使う物だ……のアラーム音で目を覚ました。

 時間を見れば、もう昼を回っていた。

 

「ん……?」

 

 教会の仕事は、休みでいいと昨日言われた。

 だからこそ、こんな時間まで寝ていられたのだが……。

 

「ネプギア?」

 

 ならば誰がと思ってみれば、紫の女神候補生だった。

 教会越しではなく直接連絡してくるとは何事だろうと、ノロノロと通話ボタンを押す。

 

『あ、もしもしアリスさんですか? ネプギアです。お休みのところ失礼しますね』

 

「……いいえ、大丈夫ですよ、ネプギアさん。それで、何かご用ですか?」

 

 何とか笑顔を作り、携帯端末の向こうのネプギアに問う。

 正直、頭の中がゴチャゴチャして、まともに応答できるか心配だが、ここで無理に通話を切るのも不自然だ。

 

『いえ、実は用事でリーンボックスに来たんですけど、思ったより早く用事が済んだので、アリスさんさえよかったら、いっしょにお茶でも、と思いまして。教会で聞いてみたら、今日はお休みと聞いたものですから』

 

 アリスは考える。果たしてこの誘いに乗っていいものかと。

 しばらく黙考して出た答えは、イエス。

 ネプギアに腹芸はできないだろうし、自分にも気分転換は必要だ。

 

「……いいですよ。じゃあ、待ち合わせ場所は……」

 

  *  *  *

 

 リーンボックス首都、教会にほど近いオープンカフェにて。

 

「ん……、ここのお茶、美味しいですね!」

 

「そうですね。ここは私も贔屓にしている店なんです。……ケーキも美味しいですよ」

 

 ネプギアといっしょに紅茶を飲みながら、ケーキを進める。

 ここのケーキは非常に美味しい。

 ……ベールやチカといっしょに食べたのだ。

 

「あの、アリスさん。なんだか元気がありませんけど、何かあったんですか?」

 

 ネプギアが心配そうな顔で問うてくる。

 そうだった。この娘は、見た目よりもずっと勘が鋭いのだ。

 

「いえ、ちょっと、悩み事がありまして……」

 

「やっぱり……。良かったら、私に話してくれませんか? 誰かに話すと、それだけで少し楽になるって言いますし」

 

 これは、誘導尋問だろうか?

 ベールやジャズに言われて、自分のことを探りにきたのだろうかとアリスは考える。

 そして、次の瞬間にはその考えを一笑に伏した。

 ネプギアはそんなことができるような、強かな少女ではない。

 嘘を吐こうとすれば顔や態度に出るような、後ろ暗いことがあれば表情を曇らせてしまうような、素直な女の子なのだ。

 国の指導者を目指す者としてはどうかと思うが、人間的には好ましく、そして少し羨ましい。

 彼女はきっと周囲から愛情を注がれて育ったのだろうから。

 だから、嫉妬混じりに少し意地悪な質問をぶつけたくなった。

 

「それなら、ネプギアさん。一つ、聞きたいことがあるのですが……」

 

「なんでしょうか?」

 

「……もしも、もしもですよ? このリーンボックスに女神候補生が、つまりベール様の妹が生まれたら、どう思いますか?」

 

「リーンボックスに、女神候補生ですか? う~ん……」

 

 答えなんか決まっている。

 シェアを奪い合うライバルが増えるのは、面白くないだろう。

 果たして、正直にそう言うか、あるいは誤魔化そうとするか……。

 だが、ネプギアの答えは、そのどちらでもなかった。

 

「そうですね。きっと、嬉しいと思います!」

 

 曇りのない笑顔で、偽りなど一点もない表情で、そう言い切った。

 その答えに、アリスは面食らう。

 

「……嬉しい?」

 

「はい! だってベールさん、ずっと妹がいなくて寂しそうだったし、それに……」

 

 照れくさげに、ネプギアは続けた。

 

「私にも、友達が増えるじゃないですか!」

 

 アリスには理解できなかった。

 ディセプティコンにとって、他者とは蹴落とす相手に過ぎないのだから。

 

「分かりません。私には、分かりません……」

 

 半ば唖然と呟いて、アリスはお茶を飲もうとカップに口をつける。

 そこで、有り得ない物が視界の隅に入った。

 それは、黒いスポーツカーだった。

 

「ぶぅーッ!」

 

「きゃッ!」

 

 思わず口に含んでいた紅茶を噴き出してしまった。

 

「ガハッ! ゲホゲホッ!」

 

「アリスさん!? アリスさん大丈夫ですか!?」

 

 むせて咳き込むアリスの背中を、ネプギアがさする。

 もちろん、ここまでアリスが慌てふためくのにはワケがある。

 あの黒いスポーツカーは、ただのスポーツカーではない。反応が良く見知った相手の物だったのだ。最後にあった時と姿が違うが、間違えない。

 

「すいません、ネプギアさん! ちょっと急用を思い出したので、これで失礼します! お会計はしておきますので、ネプギアさんはゆっくりどうぞ!」

 

「え、ちょっとアリスさん!?」

 

「また今度、お茶しましょう!!」

 

 驚くネプギアを置いて、さっさと会計(カード払い)を済ませて路地裏へと入る。

 案の定、あの黒いスポーツカーが着いてきた。

 人目と、ジャズの気配がないのを確認してから、アリスは怒りに任せて声を張り上げる。

 

「サイドウェイズ!! 何でここにいるのよ!!」

 

「よ! 久し振りだな、アリス!」

 

  *  *  *

 

 斥候サイドウェイズ。

 ゲイムギョウ界に跳ばされたディセプティコンの中で、唯一所在が不明な男。

 と言うのも、彼はディセプティコン本隊との合流を拒否し行方を眩ませたのだ。

 

「この裏切り者! どの面下げて私の前に現れた!!」

 

「久し振りの再会なんだし、もう少し柔らかい態度を取ってくれてもいいんじゃないか?まあ、裏切り者なのは否定しないけどさ……。」

 

 がなり立てるアリスに、サイドウェイズはビークルモードのまま嘆息する。

 しかしその声はどこか呑気なもので、アリスをイラつかせた。

 

「アンタは、まったく……。昔から、ちっとも変わらないんだから」

 

 ハアッと深く息を吐くアリス。

 サイドウェイズとアリスとは新兵時代からの顔馴染だ。

 斥候としては優秀な癖に、どこかディセプティコンとしては抜けているサイドウェイズのことを、アリスがよくフォローしていた。

 お互いに一人前になってからも、それは変わることがなかった。

 それでも、他の者と違いアリスのことを意味もなく見下したりしないことだけは、評価に値した。

 

「アンタのことは上に報告するわ。今戻るなら、私が口を聞いてやってもいいけど?」

 

「お生憎様。最近分かったんだが、どうも俺には旅暮らしが性に合ってるらしい」

 

「……後悔するわよ」

 

 この場で攻撃するようなことはしない。

 昔馴染みゆえの、最後の情けだった。

 

「その時は、その時さ。それよりも、あの娘を置いてきて良かったのか? 友達なんだろう?」

 

「ネプギアのこと? ……別に、あの娘とは友達じゃないわ」

 

「ふ~ん……」

 

 どこか、訝しげにサイドウェイズは唸る。

 その様子に、アリスは眉を吊り上げた。

 

「何よ?」

 

「いや、友達じゃないって言ったときのアリスが、すごく寂しそうだったからさ」

 

「ッ!?」

 

 言葉を失っているアリスにサイドウェイズは少しだけ微笑むような気配を見せた。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

 

「……そう。なら、せいぜい、メガトロン様から逃げ回りなさい」

 

 何とか調子を取戻し、アリスは答える。

 これ以上の情けはかけない。上にはキッチリ報告する。サイドウェイズがどうなろうと自業自得だ。

 しかし、コイツは昔から、逃げるのだけは上手かったから、何だかんだ捕まらないのだろうとも思っていた。

 

「じゃあ、またな! ……会えて良かったよ」

 

「……そうね」

 

 それだけは、確かにサイドウェイズの言う通りだった。

 

  *  *  *

 

 サイドウェイズと別れた後は、今日の残った時間をどうしようかと考える。

 連絡がなければ、そのうちレーザービーク辺りがやってくるだろう。そしたら報告すればいい。

 何もしていないと、どうしても女神化するか否かという問題に行きあたる。

 果たして時間があるのは、幸か不幸か……。

 

 ――いや、何を考えている。今は時間を稼いで、メガトロン様の判断を仰がねば……。

 

 黙考する内に、アリスはいつの間にかリーンボックス教会の前に来ていた。

 気が付けばここに通うのがルーチンワークになっていたのだろう。

 

「はあッ……」

 

 教会を見上げ、深く息を吐く。

 どうやら、自分は混乱していたようだ。

 

 ――そうだ。よく考えたら、自分が女神になる必要なんかまったくないじゃないか……。

 

 断ろう。そして、改めて女神メモリーについての情報を集めればいい。

 それこそもう一回ブレインズを問い詰めるなりすれば、容易に情報は手に入る。

 

 ――らしくもない。こんなことで悩むだなんて。これじゃあまるで、女神候補生になりたがっているみたいじゃないか。

 

「アリスちゃん?」

 

 と、声がかけられた。

 

「ベール様?」

 

 それはベールだった。

 どうしたと言うのだろう? 彼女はまだ仕事中のはずだ。

 その疑問が表情に出ていたらしく、こちらが何か言う前にベールは微笑みつつ答えた。

 

「ネプギアちゃんから、アリスちゃんが悩んでいるって聞ききましたので、会いに行こうとしていた所なんですのよ」

 

「あの、お仕事は……」

 

「それはほら、チカたちが頑張ってくれてますから」

 

「あなたって人は……」

 

 仕事を押し付けられたのだろうチカ以下教会職員のことを思うと、溜め息の一つも出てくる。

 そんなアリスに、ベールはマイペースに話しかける。

 

「どうやら、わたくしのかけた問いは、あなたを悩ませてしまっているようですわね」

 

「ええ、まあ、はい……」

 

 曖昧に答えるアリス。

 

 ――大変残念ですが、今回の件はお断りさせていただきます。私如きに、女神候補生が務まるとは思いません。

 

 そう言いさえすれば、取りあえず問題は片付くのに、何故か中々喉から出てこない。

 

「わたくしも、ことを急ぎ過ぎたようです。……正直、妹ができるかもしれないと思うと、嬉しくって」

 

 申し訳なさそうなベールに、アリスは少しだけ心のどこかが痛むのを感じた。

 

「あ、あの、ベール様……」

 

 意を決して口にしようとするが、それより早くベールが口を開いた。

 

「ですから、まずはお試し期間を設けましょう。ほら、ゲームも体験版があるものですし」

 

 その言葉の意味が分からず、アリスは首を傾げる。

 

「お試し期間、ですか?」

 

「そうですわ。つまり、女神候補生の仕事をちょっと体験してみると言うことです。もちろん、いきなりモンスターやディセプティコンと戦わせるようなことはしませんわ。つまり……」

 

 そこでベールは、照れくさそうに笑った。

 

「少しの間、わたくしと『姉妹ゴッコ』をしてみましょう、と言うことです」

 

 馬鹿馬鹿しい、と思った。

 そんなことをして何になるのかと。

 しかし、同時にこうも思っていたのだ。

 

 ――それなら、少しの間だけなら、いいかもしれない。

 

 その間に、より多くの情報を集められるはずだし、ディセプティコンに対する裏切りには値しない。

 少しの間、ディセプティコンに連絡しなくても、あのサウンドウェーブのことだ、すでにこっちの状況を把握しているかもしれない。

 思考が言い訳がましくなっているのを自覚しつつ、それを無視して、アリスは答えを言った。

 

「はい。それなら……、やってみましょう」

 

「! 本当ですの?」

 

「ええ。でも、私がお試し期間中にやっぱり無理だと判断しても、恨まないでくださいね」

 

「もちろんですわ! それじゃあさっそく、わたくしのことをベールお姉ちゃん、と呼んでみてくださいな!」

 

 青い瞳を期待でキラキラと輝かるベールに気圧され、少し戸惑いながらも口に出す。

 

「ええと、それじゃあ……」

 

 顔が紅潮しているのが、自分でも分かった。

 

「ベ、ベール……姉さん」

 

 これが限界だった。

 恥ずかしさで、すでに死にそうだ。今すぐ、「タンマ! 今のナシ!」と喚いて地面をゴロゴロ転がりたい衝動に駆られる。

 この上、『お姉ちゃん』なんてとても呼べない。

 

 そしてベールの反応は、またしてもアリスの想像の斜め上だった。

 

「ちにゃッ!」

 

 よく分からない悲鳴と共に、地面に倒れた。

 見れば鼻から諾々と血を流している。

 

「べ、ベール姉さん!? ベール姉さん、大丈夫ですか!? しっかりしてくださーい!!」

 

「ほ、他の妹たちがお姉ちゃんで通しているところの、あえての姉さん……。このギャップがまた……、タマリマセンワー」

 

 慌てて抱き起して見れば、そんなことをほざいていた。

 

「わ、我が生涯に一片の悔いなし……ですわ」

 

「ち、ちょっと、天に還るのはまだ早いですよ! ベール姉さーん!!」

 

 かくして、ベールとアリスの『姉妹ゴッコ』は始まった。

 だが天下の往来で恍惚した表情を浮かべて鼻血を流す『姉』に、アリスは失敗したかな?と思わずにはいられなかったのだった。

 




しかたないね。女神候補生は、どうあがいてもお姉ちゃんとネプギアが大好きになる定めなので。

今週っていうか先週のTAV

明かされた真実。
「マイクロンは回路がだんだん劣化していく」
「フィクシットは管理人と看守を兼ねてる」
「看守モードのフィクシットは、他のオートボットが束になっても勝てないほど強い」
どういうことなの……。

今回の解説

スクラップレット
金属を食べる小動物のような金属生命体。
日本語版プライムでは、ミニコンと訳されてた。

スウォーム
インセクティコンの出来そこない。宇宙ゴキブリとも。
AHWのあれはトラウマ。

女神の死生観
オリジナルの設定。
原作では、よく分かっていません。
普通なら、ギョウカイ墓場にいくんだろうけど……。

因子
オリジナルの設定……に見せかけて、実は、ネプテューヌVⅡに因子の設定が出てくる!
かなり設定盛ってるけど。

猜疑心の強いジャズ
既存のジャズのイメージではないでしょうが、副官なので。
副官までお人よしや脳筋だったら、総司令官のプロセッサーがストレスでマッハになってしまうのです。

次回は、アリスの話の完結編か、それは一旦置いといてユニとサイドスワイプのラブコメ回か、コンストラクティコン主役回の予定(つまり決めてない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 アリス・イン・グリーンランド

緑の国の、アリス。


「リーンボックスに潜入しているアリスと連絡が取れない?」

 

「ハイ。一週間ホド前カラ、定時連絡ガ、ナイ。通信モ、途絶シテイル」

 

 ディセプティコンの秘密基地、その司令部でメガトロンはサウンドウェーブから報告を受けていた。

 その報告に、メガトロンは首を捻る。

 

「らしくもないな」

 

 アリスは有能なスパイだ。連絡を怠るとは思えない。ならば……。

 

「敵に捕まったか」

 

「可能性ハ、アル」

 

 無感情に答えるサウンドウェーブ。

 と、そこで横から口を挟む者がいた。

 

「つまり、こっちの情報が漏れたってワケだ! サウンドウェーブの部下も大したことねえな!!」

 

 スタースクリームである。

 情報参謀の失態に、鬼の首を取ったが如く喜色満面で言及する。

 だが、当のサウンドウェーブは冷静に返す。

 

「情報ガ漏レル、コトハ、絶対ニ、ナイ」

 

「ああん!? 何で言い切れるんだよ!」

 

「アリス ハ、メガトロン様 ヲ、裏切ル、クライナラ、死ヲ選ブ」

 

「はあ!?」

 

 スタースクリームは面食らう。

 有り得ないと表情で語る航空参謀に、サウンドウェーブは調子を変えないで答えた。

 

「ソウ、教育シタ。メガトロン様ヘノ、忠誠心ヲ、徹底的ニ刷リ込ンダ」

 

「……イカレてんのはショックウェーブの専売特許だと思ってたが、テメエも大概だな」

 

 サウンドウェーブはディセプティコン軍団とメガトロンのことを常に考えているのだ。

 そのためなら、飢えと孤独に苦しむ少女を、狂信者に仕立て上げることも厭わない。

 何とも言えない顔をするスタースクリームだが、当の本人は無表情無感情を崩さない。

 そこでさらに別の者が発言する。

 

「ふむ、ではメガトロン様。アリスの様子は私めが出向いて確認してまいりましょう」

 

「ショックウェーブ? おまえがか?」

 

 穏やかに申し出る科学参謀に、メガトロンは意外そうな顔になる。

 対するショックウェーブは穏やかに頷く。

 

「はい。彼女に改造を施したのは、私ですので気になるのです」

 

 らしくないことを言う彼に、その場にいる全員が訝しげな顔になる。

 しかし、反対する理由もない。

 

「待テ、私モ行ク。アリス ハ、私ノ、部下ダ」

 

 そこで、サウンドウェーブが同行を申し出た。

 

「…………ふむ。論理的に考えて、別に構わない」

 

 少し間があったものの、ショックウェーブはそれを拒否しない。

 潜入兵一人に、参謀二人とは豪華な顔ぶれである。

 しかしメガトロンは、反対する理由もないかと考え、鷹揚に頷く。

 

「よかろう。行って来くるがいい」

 

「「ハッ!」」

 

  *  *  *

 

「ん……」

 

 ベッドの中で、アリスは目を覚ました。

 そしてハテ?と思う。

 自分のアパートのベッドはこんなに豪奢だったろうか?

 少なくとも天蓋はついていなかったはず。

 上体を起こして、辺りを見回せば、豪華な内装の部屋だ。

 そして思い出す。

 

「そうだ、今は教会で寝泊まりしてるんだった……」

 

 リーンボックスの女神ベールとの姉妹ゴッコ……女神候補生の体験就労をすることになったアリスは、教会に住み込むことになったのだ。

 ジャズは難色を示したが、ベールが少し強引に押し通した。

 

「早く準備しないと……」

 

 フカフカのベッドから起き上がり、手早く着替える。

 教会の制服にではなく、女神候補生のための服にだ。

 スカートの丈が短く脚を大胆に露出しているが、緑と白を基調とした配色で清楚な印象の服だ。ある意味あたりまえだが全体的にベールの服に似ている。

 着替えと整容を済ましたアリスは、そのままリビングへと向かう。

 そこでは、教会の職員が用意した朝食を前に、ベールが優雅に紅茶を飲んでいた。

 ベールはアリスに気付くと、ニッコリと微笑んだ。

 

「おはようございます、アリスちゃん」

 

「おはようございます、……ベール姉さん」

 

  *  *  *

 

 朝食を終えたアリスとベールは仕事に移る。

 女神候補生の仕事は基本的に女神のサポートだ。

 書類仕事はもちろん、様々な仕事をこなす。

 元々、ベールやチカの補佐のようなことをしていたアリスだ。

 大変ではあるものの、そつなくこなしていた。

 そして、国民を困らせるモンスターを退治するのも仕事の一つだ。

 リーンボックスのとある平原。

 

「アリスちゃん、援護お願いしますわ!」

 

「はい!」

 

 モンスターの群れに斬りこむベールを、アリスが弓矢を撃ち込んで援護する。

 さすがにディセプティコンと戦うのは、何とか拒否したアリスだが、モンスター退治ならいいかと考え、積極的に参加するようになった。

 武器の弓矢は、いちいち矢をつがえなくてもエネルギーの矢が構成されるようになっており、驚異的な連射が可能になっている。

 

「クロックラビット!」

 

 そして、エネルギーの矢に魔法の属性を持たせることも可能だ。

 敵のスピードを下げる効果を持った矢が群れのボスであるドラゴン型に命中して、動きを封じる。

 

「チェシャキャッツスマイル!」

 

「レイニーラトナピュラ!」

 

 さらに、前方に展開した魔法陣に矢を撃ち込むと、ドラゴン型の周囲にいくつもの魔法陣が現れ、その全てから矢が降り注ぐ。

 それに合わせてベールの乱れ突きが炸裂。ドラゴンは粒子に還った。

 一瞬気を抜いたアリスだが、その背後に別のモンスターが迫る。

 だが、ベールの投擲した槍がモンスターを貫いた。

 

「最後まで油断しないで、アリスちゃん!」

 

「す、すいません、姉さん!」

 

 以外にも厳しい声で叱責してくるベール。

 妹ができたら思い切り甘やかしそうなイメージのあったベールだが、厳しくする時は厳しくする方針らしい。

 恐縮するアリスに、ベールはフッと表情を緩めた。

 

「怪我はなかった? アリスちゃん」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 アリスもちょっとだけ笑んだ。

 

「そっちも終わったみたいだな。ごくろうさん」

 

 と、そこで別の区画のモンスターを退治していたジャズが現れた。

 

「ベール、何か異常はなかったかい?」

 

 特にアリスに、とまでは言わない。だがそれを察せぬベールとアリスでもない。

 

「何もありませんでしたわ。『二人とも』何の問題もありません」

 

 たおやかに笑いながら返すベールに、ジャズは少しだけ苦い顔になるが、すぐに快活な笑顔になる。

 

「よし! それじゃあ二人とも乗りなよ!」

 

「ええ。行きましょう、アリスちゃん」

 

「はい」

 

 ビークルモードに変形したジャズに、まずベールが乗り込み、続いてアリスも迷わず乗る。

 座席に腰かけた瞬間、一瞬全身をスキャンされるのを感じたが、気にしない。

 アリスの体はショックウェーブに改造されている。オートボットの目を欺くことぐらいワケないのだ。

 

  *  *  *

 

 モンスター退治を終わらせたベールとアリスの次なる仕事は、5pb.の番組へのゲスト出演だった。

 ただし、今回のメインはベールではない。

 

「リスナーのみんな、今日は特別ゲストに来てもらったよ!」

 

「み、皆さん、ゲストのアリスです。よろしくお願いします」

 

 そう、今日はベールは見学で、アリスがゲストとしてラジオに出演しているのだ。

 

「アリスさんは、教会で教祖補佐をされてるんですよね?」

 

「は、はい。み、未熟者ですが、周りの皆さんに助けられて何とか頑張っています」

 

 慣れないながらも5pb.の問いに、何とか答えていくアリス。

 そんなアリスをベールはスタジオの外からニコニコと見ているのだった。

 

  *  *  *

 

 ベールの行動に時にツッコミ、時に苦笑いしつつ、楽しく女神候補生として行動する。

 そして、そんなある時のことだ。

 

「話って、なんですか?」

 

 アリスはジャズに呼び出されていた。

 立体映像ではないジャズはサイズ相応の迫力を滲ませていた。

 

「なあ、おまえさん、本当は何者なんだ?」

 

 厳しい顔で、ジャズは聞いてきた。

 バイザーの下から鋭い視線が、アリスのことを睨んでくる。

 

「……なんのことですか?」

 

「とぼけるな」

 

 経歴は完璧に捏造した。

 出身地ということになっている場所には、すでに手を回してある。

 それでも、このジャズを誤魔化し切れるとは思えない。

 

「……まあ、おまえが何者でもいいさ。それこそ、ディセプティコンでもな」

 

 深く廃棄するジャズ。

 言葉の意味を測りかねるアリスに、ジャズはどこか敗北感を漂わせて続ける。

 

「おまえさんといると、ベールは酷く楽しそうだからな。……俺といる時よりも」

 

「……だから、私が敵である可能性に目を瞑ると?」

 

 理解できない、と言った様子のアリス。

 当然だ。ジャズの行動は、軍人としては下の下もいいとこだ。

 ましてオートボットの中でも切れ者で通っているジャズらしくもない。

 

「まあ、あれだ。惚れた弱みさ」

 

 力なく笑うジャズだが、ふと顔を引き締める。

 

「だからこそ、もし裏切ったなら、俺が責任を持っておまえを消す」

 

「……肝に銘じておきます」

 

  *  *  *

 

「あ~、疲れた……」

 

 リビングのソファーに腰かけたアリスの口から思わずそんな声が漏れた。

 ラジオ出演の後も、大量の書類仕事をこなしたのだ。

 女神候補生の仕事がこんなにハードだとは思わなかった。

 ちなみにこの時間、ベールはゲームをしている。

 当然、いっしょにやらないかと誘われたが、今日は断った。

 以前ゲームに付き合った時は、普通のゲームをしていたはずなのに、いつのまにか濃厚なBLゲーをプレイしていた。

 何を言っているか分からないと思うが、アリスにも分からない。

 恐ろしいのは、そんなゲームをしていて違和感を感じなくなってきている自分だ

 と、通信端末が振動する。

 見ればネプギアからメールが来ていた。

 

『アリスさんへ。今度リーンボックスへ行くことになりましたので、その時はいっしょに遊びませんか? 今度はユニちゃんたちもいっしょです!』

 

 こんな内容だった。

 アリスは、その日の予定を頭の中で思いだし、メールに返信する。

 

『いいですよ。この前の埋め合わせもしたいですし。待ち合わせの時間と場所は……』

 

  *  *  *

 

 夕食を終え、ベールといっしょに風呂に入ることになったのだが、何故かチカも風呂に入ってきた。

 

「相変わらず、ベールお姉さまのスタイルは完璧ですわ」

 

「うふふ、チカの肌も綺麗ですわよ」

 

「どうしてこうなった」

 

 百合百合しい空気を纏っているベールとチカに、アリスはそう呟かずにはいられなかった。

 チカと洗いっこをしていたベールだが、ふとアリスのほうを向く。

 

「アリスちゃんもこっちにいらっしゃいな」

 

「え!? い、いや私は……」

 

 さすがにこの超百合空間に突っ込んでいく勇気はない。

 

「い、痛くしないでください……」

 

 しかし、ベールの期待に満ちたキラキラとした視線に、やがて根負けしたのだった。

 

  *  *  *

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 ベッドの上にグッタリと横たわり、アリスは独りごちた。

 あの後のことは、何かもう描写するのを躊躇われるような感じだった。

 まったく姉妹ゴッコも楽じゃない。

 明日もきっと大変だろう。

 そう考えていた時、部屋の中に誰かが入ってくる気配を感じた。

 それは……。

 

「ベール姉さん? どうしたんですか、こんな夜更けに」

 

 たおやかに笑いながら、寝間着姿のベールが立っていた。

 

「せっかくですから、いっしょに寝ようと思いまして」

 

 こういう時に何を言っても無駄であることをアリスは経験上よく分かっていたので、抵抗はしない。

 

「お好きにどうぞ」

 

「では、お言葉に甘えまして」

 

 少し呆れ気味なアリスの言葉を受けて、ベールはベッドに入った。

 ベッドの中で対面し、ベールは笑みを大きくする。

 

「うふふ、最近は毎日が楽しいですわ」

 

「そうですか」

 

「ええ。こうして、姉妹でいっしょにお風呂に入ったり、同じベッドで寝たりするのが夢でしたの」

 

「…………」

 

 嬉しそうに語るベールに、アリスは答えない。

 分かっているからだ。

 この生活は偽りのものに過ぎない。

 アリスは、ディセプティコンのスパイなのだから。

 

「アリスちゃんは楽しくない?」

 

「…………楽しい、です」

 

 問われて、アリスは正直に答える。

 ベールといっしょに仕事をして、あるいは遊んで、時にネプギアたちとも遊んだりして……。

 いつか、この関係が終わるのだとしても、今は楽しくてたまらない。

 例えそれが、ディセプティコンとして罪深いことなのだとしても。

 

「おやすみなさい、アリスちゃん」

 

「はい、おやすみなさい。……ベール姉さん」

 

 そうして自分も、眠りにつこうとする。

 明日は、ベールといっしょに遊んでもいいかもしれないと、そう考えながら。

 

 その時、アリスのブレインサーキットに通信が飛んで来た。

 

 何重にも秘匿され、ジャズにも見つからないだろう。

 そしてその通信は、アリスにとって馴れしたしんだものだった。

 直属の上司である、サウンドウェーブからの暗号通信。

 それを受けたアリスは理解した。

 

 ――ああ、そうか……、もう、おしまいなんだ……。

 

  *  *  *

 

 翌日、リーンボックス教会の地下深く。

 あの女神メモリーの研究施設。

 ここに再び、ベールとアリス、教祖チカ、プログラマーのツイーゲ、そしてブレインズと立体映像のジャズが集っていた。

 

「アリスちゃん、やはり女神候補生になることを辞退すると?」

 

「……はい、私には女神の地位は重すぎます」

 

 対面したベールの問いに、アリスは静かに答えた。

 

「申し訳ありません……」

 

「いえ、こうなる気はしていましたわ」

 

 女神になって国を背負い、長い時間を生きていくことは、余人が想像する以上に大変なことだ。

 それをよく知っているからこそ、ベールはアリスの選択を尊重する。

 

「短い間でしたけど、楽しかったですわ。……ありがとう、アリスちゃん」

 

「こちらこそ、ありがとうございました。……ベール姉さん」

 

 ベールとアリスは、互いに寂しげに微笑む。

 そして、頭を振ったアリスがこんなことを言い出した。

 

「……最後に、もう一度女神メモリーを見せてはくれませんか?」

 

 その言葉にジャズが訝しげな顔になる。

 だがベールは、笑顔でそれに応じた。

 

「そうですわね。せっかくですから……」

 

「はいビル」

 

 自国の女神に目配せされたツイーゲは、ブレインズとは違うノートパソコンを操作した。

 以前と同じように、床の一部が割れて床下から女神メモリーを乗せた台座がせり上がってくる。

 アリスは他の者が何か言うより早く女神メモリーを手に取り、抱きかかえるような姿勢を取った。

 

「……ふふッ、ふふふふ!」

 

 そして低く嗤いだした。

 異様な様子のアリスに、一同は面食らう。

 

「ついに手に入れた……! これさえ手には入れば、こんな所に用はない!」

 

「アリスちゃん、あなたはいったい……?」

 

 戸惑うベールに、アリスは高々と名乗りを上げた。

 

「私は特殊潜入兵、アリス! 誇り高きディセプティコンの一員だ!! そして見るがいい、これが私の真の姿だ!!」

 

 驚く一同をよそに、アリスはギゴガゴと音を立てて変形していく。

 美しい少女だった表面が細かく割れて、裏返り現れるのは昆虫のような細くひしゃげた体と長く折れ曲がった手足に、頭部には毛髪の代わりに何本もの触手の生えた、恐ろしい姿。

 

「き、きゃああああ!!」

 

 ツイーゲがその醜い姿に悲鳴を上げ、チカが息を飲む。

 

「あは、アハハハッ!! どうだ、醜いだろう、恐ろしいだろう! 私たちプリテンダーにとって、容姿なんか服のような物だ! いくらでも偽れるのさ!!」

 

 高らかに哄笑し、アリスはベールを睨みつける。

 

「アリスちゃん、あなたは……」

 

 ベールは驚愕を表情に浮かべていた。

 だがそこに嫌悪や怒りはない。

 それが気に食わず、アリスは腕に仕込んだブラスターを撃つ。

 放たれたエネルギー弾は、ベールの脇をすり抜け後ろの壁に当たる。

 

「ハハハッ! 貴様らの情報は、ずっとこの私が流していたのさ!! そんな私を、友達? 妹? 笑わせてくれる!!」

 

 何発も何発もブラスターを乱射するアリス。

 壁や床に穴が穿たれ、テーブルがひっくり返る。

 チカやツイーゲは床に伏せ、ブレインズはいつの間にか姿を消していた。

 

「これでやっと、下等な有機生命体だらけの下らない場所を抜け出せる! 貴様らに思ってもいないオベッカを使う必要もなくなって清々するわ!! アハハ、アハハハハ!!」

 

 言うだけ言うと、アリスは踵を返して出口へと走る。

 警備システムはサウンドウェーブがダウンさせてくれていた。

 アリスが走り去っても、しばらくの間、ベールは立ち尽くしていた。

 

『アリスの奴、やってくれたな……!』

 

 そこへ、立体映像のジャズが声をかけた。

 声には、怒りが滲んでいた。

 

『ベール、ショックなのは分かるが、今は……』

 

「分かっています」

 

 対するベールは、静かに、ただ静かに声を出した。

 

「あの娘の所へ行かないと……!」

 

 しかし、表情には決意を漲らせていた。

 

  *  *  *

 

 走る、走る、アリスはひた走る。

 あらかじめ決めておいた脱出経路を使い、ジャズや警備兵の目を潜り抜けて、森の中に逃げ込んだアリスはサウンドウェーブとの合流地点に向けて走り続ける。

 だが走り続けるうちに、アリスは奇妙なことに気が付いた。

 体中が軋むように奇妙に痛む。呼吸器にあたる機関も苦しく、ヒューヒューと音が漏れる。以前ならこんなことはなかった。

 この姿がアリスの本来の姿なのだから、不具合がでるのはおかしい。しばらくこの姿に戻っていなかったからだろうか?

 それでも走り続けたアリスは、合流地点である森の中の開けた場所に辿り着いた。

 

「さ、サウンドウェーブ様……」

 

 そこには情報参謀サウンドウェーブと、科学参謀ショックウェーブが待っていた。

 

「アリス、報告セヨ」

 

 労う言葉もなく、再会を喜ぶでもなく情報参謀は報告を求める。

 しかし、それが彼の常であることを知っているアリスは動じない。

 

(怪我はなかった? アリスちゃん)

 

 一瞬、ベールの声が頭の中に響く。

 頭を振ってそれを消し去り、アリスは報告を始める。

 

「ほ、報告いたします。女神メモリーの奪取に成功しました」

 

「人間を女神に変えるアイテムか。実に興味深い。私に見せたまえ」

 

 ショックウェーブが、報告が終わるのを待たずに進み出た。

 しかし、アリスは動かない。いや動けずにフラフラとよろめいて、地面に倒れた。

 

「アリス?」

 

「おいおいおい! 大丈夫かよ、アリス!」

 

 サウンドウェーブが抑揚のない声で問うと同時に、その分身であるレーザービークとラヴィッジがサウンドウェーブの胸から飛び出してきた。

 二体は心配そうにアリスを起こそうとする。

 アリスの体をスキャンしたレーザービークが甲高い声を上げた。

 

「アリス、おまえ体中にすごい負荷が掛かってるぞ! どうしってんだいったい!?」

 

 それに答えたのは、アリス本人ではなくショックウェーブだった。

 

「論理的に考えて、当たり前だ。アリスにはそういう改造を施したのだから」

 

 全員の視線が、ショックウェーブに集中した。

 構わずショックウェーブは説明を続ける。

 

「つまり、オートボットに発見される危険性を下げるために、有機生命体の要素の比率を上げたのだ。今のアリスは、有機生命体の要素を持った金属生命体と言うよりは、有機と金属が半々の割合で混ざりあっている状態だ。ゆえに、完全な金属生命体であるトランスフォーマーとしての姿が、もはや生物として不自然な状態になっているのだよ」

 

「なッ!? て、テメエ! 何てことしやがるんだ!!」

 

 レーザービークが怒りに叫び、ラヴィッジもグルグルと唸る。サウンドウェーブでさえ、バイザーの下のオプティックを鋭く細め剣呑な空気を纏う。

 だが、ショックウェーブはまったく動じない。

 

「全てはメガトロン様のためだ」

 

 堂々と、理は自分にあると言わんばかりに科学参謀は豪語する。

 怒るレーザービークとラヴィッジ。

 だがアリスはそれを聞いても不思議と怒りが沸いてこなかった。

 

 ――ああ、そうか……。自分はもうプリテンダーですらないのか……。

 

 そう、思っただけだ。

 苦笑が漏れてくる。

 

 ――騙して、欺いて、利用して、裏切って……そんな奴の行きつく先なんて、こんなものか……。

 

 あのヒトは、メガトロンはこんな自分を見て、何を思うだろう。

 ……何も思うまい。あのヒトにとって、自分は利用価値のある駒にしか過ぎない。

 価値がなくなれば、捨てられるのがオチ。ずっと前から覚悟していたことだ。

 

「おい! その改造は、コイツの意思だったのか!?」

 

「さて? 確認していなかったから、分からないな」

 

「テメエ……!」

 

「意思を確認する必要などない。メガトロン様のために全てを奉ずるのが、ディセプティコンの役目だ」

 

 言い合うレーザービークとショックウェーブ。

 と、どこからかエネルギー弾が撃ち込まれてきた。

 

「ッ!」

 

「オートボットの追手か。このエネルギーパターンは、ジャズだな」

 

 慌てて飛びのくレーザービークだが、ショックウェーブは冷静に分析する。

 見れば案の定、オートボットの副官ジャズと……、リーンボックスの女神ベールが立っていた。

 周りにはリーンボックス国軍の兵士たちが展開している。

 

「仕方ガナイ。アリス ハ、女神メモリー ヲ、持ッテ、逃ゲロ。残リハ、ココデ敵ヲ、迎撃スル」

 

 サウンドウェーブが冷静に指示を飛ばす。

 その指示に、ディセプティコンたちは武装を構え、アリスは痛む体に鞭を打って立ち上がった。

 

「アリスちゃん! 待って……!」

 

 ベールが何か叫んでいるが、すぐ傍でショックウェーブが粒子波動砲を撃った音にかき消され、よく聞こえない。

 

 砲火の中で、アリスはベールに背を向け女神メモリーを抱えて走り出した。

 

  *  *  *

 

 走る、走る、ロボットモードのまま、アリスはひたすら走る。

 息が切れる、全身が軋む、苦痛で意識が飛びそうになる。

 それでも、ディセプティコン兵士としてのなけなしの誇りが、彼女に人間の姿になることを拒ませていた。

 いつしか降り出した雨粒が、体を叩く。

 強くなる雨の中、遮二無二走り続けていたアリスだが、やがて目の前に切り立った崖が現れた。崖の下は流れの早い川になっているようだ。

 

「ハアッ……、ハアッ……」

 

 いったん止まって息を吐き、何とか体調を整えようとする。

 

「アリスちゃん!」

 

 しかし、追い付いてくる者がいた。

 この状況では一番聞きたくない声だった。

 

「ベール、姉……」

 

 言いかけた言葉をグッと飲み込む。

 追手は、やはりベールだった。女神化して飛んできたようだ。

 

「アリスちゃん、待って!!」

 

 ベールはアリスの近くに着地すると、人間の姿に戻る。

 そしてアリスに向かって手を伸ばす。

 

「ッ! 来るな!!」

 

 アリスはそれを阻もうとブラスターを撃つ。

 地面にエネルギー弾が当たって起こした爆風が、ベールの髪とドレスを揺らす。

 

「こっちに近づくんじゃない! 薄汚い有機生命体め!!」

 

 アリスはブラスターを撃つ。

 

「おまえたちのことは、最初から大嫌いだったんだ!! どいつもこいつもヘラヘラして!!」

 

「アリスちゃん……」

 

 アリスはブラスターを撃ち続ける。

 

「下等生物の癖に、私を妹にするだと!? おぞましくて反吐が出る!!」

 

「アリスちゃん」

 

 アリスはブラスターを撃ち続ける。

 

「だいたいからして、あなたはいつも……」

 

「アリスちゃん!!」

 

 アリスはブラスターを撃ち続ける。

 だが、その一発たりとも、ベールにかすりもしない。

 すでに至近距離にまで、ベールは近づいてきていた。

 

 そして、ベールは、未だ恐ろしいロボットの姿のアリスを、思い切り抱きしめた。

 

「アリスちゃん、ごめんなさい……。あなたを苦しめてしまって……」

 

「…………」

 

「あなたは、そうやって憎まれ役になる気だったのですね」

 

「わ、私は……」

 

 アリスは、ベールに憎んでほしかった。恨んでほしかった。

 妹になるかもしれなかった少女ではなく、卑劣なスパイでありたかった。

 そのほうが、後腐れが無くて済む。はずだった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……。辛かったでしょう? 苦しかったでしょう? わたくしが、妹を欲しがったばっかりに……」

 

 ベールは涙を流しながら、ひたすらに謝る。

 もしも、ベールが女神メモリーの研究を始めなければ、その適正者にアリスを見出さなければ、妹を欲しがらなければ。

 アリスはもっと長い間、あの教会にいることができたかもしれなかった。

 ベールにツッコミを入れ、チカに仕事を教えてもらって、ネプギアたちと遊んで、そんな日々がまだ続いていたかもしれなかった。

 もしも、アリスがディセプティコンではなく普通の少女だったら、メガトロンに忠誠を誓っていなかったら、女神候補生になる未来もあったのかもしれなかった。

 もしも、もしも……、ゲイムギョウ界での生活に、ベールの愛に、チカやネプギアたちとの友情に、何の価値も感じていなければ、ここまで苦悩することなどなかった。

 

 しかし、それらはすべからく無意味な憶測だ。

 

 ことはすでに起こってしまったのだから。

 

 ベールが孤独を苦にせず妹を欲しがらないことなど、有り得ないのだから。

 

 アリスがメガトロンへの忠誠を失くすことも、そしてゲイムギョウ界で得たものを捨てることも、土台無理な話なのだから。

 

 だから……。

 

「ごめんなさい、ベール姉さん」

 

 アリスは、至近距離でベールの腹にブラスターを撃ちこむ。

 小規模な爆発が起きて、ベールの体はアリスから引きはがされた。

 だがブラスターの威力は最小限にしてあった。

 ベールは倒れるものの、気絶にさえ至らない。

 

「私にメガトロン様を裏切ることはできません。あのヒトは、始めて私を必要としてくれたヒトだから」

 

 アリスは崖に向かって歩き出す。

 その体を外殻(アウターシェル)が覆い、アリスは人間の姿に……リーンボックスの教祖補佐として、ベールの妹候補として過ごしていた、あの姿へと戻る。

 

「でも、ベール姉さんたちを苦しめることもできない。いつの間にか、私はベール姉さんたちのことが大好きになってしまったから……」

 

「あ、アリスちゃん、やめて……」

 

 アリスがしようとしていることに気付き、ベールは必至に手を伸ばし、立ち上がろうとする。

 崖の縁で、アリスはゆっくりと振り返った。

 

「この女神メモリーのことをディセプティコンが知ってしまった以上、メガトロン様はこれを放っておかない。きっとリーンボックスに攻めてくる。だから……」

 

 その顔に浮かんでいたのは、おそらくアリスが誰にも見せたことのないのだろう、本心からの笑みだった。

 

「さようなら、ベール姉さん。こんな物を使わなくても、素敵な妹が生まれるといいですね」

 

 そして、女神メモリーを抱きしめたまま体の力を抜いて、後ろに倒れ込む。

 切り立った、高い崖の下へと。

 

「あ、アリスちゃん!! ダメええええッッ!!」

 

 ベールは力を振り絞って瞬間的に女神化し、飛行して崖の下に落ち往くアリスを追う。

 だが、その手をすり抜けて、アリスは雨で水量が増えて流れの早くなっていた川の中に、消えた。

 

「あ、あ、あ、……い、嫌ぁああああッッ!!」

 

 ベールはアリスを追って水の中に飛び込もうとする。

 だがそれは寸前で横から跳んできた者に抱きかかえられる形で阻止された。

 ディセプティコンが撤退したため、ベールたちを探しにきたジャズだ。

 

「ベール! 何をしてるんだ!」

 

「嫌、嫌ぁああ!! 放して! 放してください!! アリスちゃんが、アリスちゃんがぁッ!!」

 

「この流れじゃ、君まで溺れてしまう!!」

 

 川の傍に着地し、腕の中で暴れるベールを必死になだめるジャズ。

 

「やめるんだ……、ベール。お願いだから……」

 

「うう……、アリスちゃん……」

 

 涙を流すベールは、ジャズにすがりつく。

 ジャズは、そんな彼女を抱きしめたまま、心の内で新たに誓いを立てる。

 いつの日か、別れる日が来るのだとしても、その日まではこの女神のことを守り抜いていこうと……。

 

  *  *  *

 

 アリスの生体反応が消えたのを察知したディセプティコンは、早々に撤退した。

 追手を撒き、森の中をサウンドウェーブとショックウェーブは歩いていた。

 

「それにしても」

 

 歩きながら、ショックウェーブが声を出した。

 

「惜しいことをしたな。メガトロン様も残念に思われるだろう」

 

「…………アア」

 

 それはサウンドウェーブに会話を求めてと言うよりは、独り言に近い言葉だった。

 

「あの女神メモリーは、興味深かったのだが。やはりアリスに任せず、私が持つべきだった」

 

「ッ!!」

 

 その瞬間、サウンドウェーブは振り向きざまショックウェーブの顔面に拳を叩き込んだ。

 ショックウェーブはサウンドウェーブの倍は背丈があるが、サウンドウェーブはかつて剣闘士だったことを思い出させる跳躍を見せ、的確に科学参謀の顔を殴る。

 後ろに倒れたショックウェーブは、何が起こったのか理解できていないようだった。

 

「いいか!! 今度、俺の部下に勝手なことをしてみろ!!」

 

 科学参謀の体に馬乗りになり、情報参謀は吼える。その声はいつもの機械音声のような声ではなく、彼本来の声だった。

 

「必ず思い知らせてやる……必ずだ!! 憶えておけ!!」

 

 それだけ言うとショックウェーブの体から降り、彼を助け起こそうともせずに歩いていく。

 

「ふむ。実に論理的でないな」

 

 残されたショックウェーブは、それだけ呟くと何事もなかったように立ち上がり、先ほど自分を殴った相手の背を追うのだった。

 

  *  *  *

 

 ――アリスちゃん、朝ですわよ、起きてくださいまし。

 

 ――アリスちゃん、いっしょにゲームをしましょう。

 

 ――アリスちゃん、いつもありがとう。

 

 ――アリスちゃん、アリスちゃん……。

 

「ん……」

 

 毛布に包まれて、アリスは目を覚ました。

 そしてハテ?と思う。

 自分は崖から身を投じ濁流に飲み込まれたはず。

 トランスフォーマーとしてはあまり頑丈とは言えない我が身が、破壊されずに済むとは考えにくいが……。

 上体を起こして辺りを見回すと、森の中のどこかだった。

 近くでは火が焚かれている。

 その傍にいるのは、アリスの見知った影だった。

 黒と赤の体色に、虫の翅のようなパーツ。

 

「サイドウェイズ?」

 

 それは、ディセプティコンを抜けた斥候のサイドウェイズだ。

 サイドウェイズは、たき火の中に適当な枯れ木を放り込んでいたが、アリスの声にそちらを向いた。

 

「お! 起きたか!」

 

「アンタ、何でこんな所に……」

 

「おいおい、そりゃこっちの台詞だぜ! 川沿いを走ってたら、上流からおまえが流れてきたんだからな!」

 

 それを聞いて、アリスは理解した。

 理由は分からないが、自分は死に損なったらしい。

 そして、偶然にもこの脱走者に拾われたというワケだ。

 ハアッと深く息を吐き、ふと気づく。

 

「そうだ、私といっしょにこれくらいの結晶が流れてこなかった?」

 

「結晶? いや、そんなもん見てないが……」

 

 手で大きさを示すアリスに対し、サイドウェイズは首を横に振った。

 

「そう……」

 

 だとすると、女神メモリーは川の底に沈んだか、海まで流されたか……。いずれにしても発見は困難だろう。

 

「ハアッ……」

 

 そして、アリスは再び大きく息を吐く。

 これからどうしよう。

 もちろん、リーンボックスには帰れない。

 女神メモリーを持ち帰るという命令に反した以上、もうディセプティコンにも居場所はない。

 

「なあ、アリス? いったい何があったんだよ?」

 

 心配そうに、サイドウェイズはたずねた。

 古い知己が川をドンブラコッコと流れてきたのだから当然だろう。

 

「実は……」

 

 しばらく黙っていたアリスだが、やがてポツポツと話し始めた。

 誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない。

 

  *  *  *

 

「ふ~ん、女神メモリーねえ……」

 

 話しを聞き終えたサイドウェイズは、複雑そうな顔で唸った。

 色々と、理解できる範囲を超えていたらしい。

 一方のアリスは膝を抱えて、すすり泣いていた。

 

「もう、私に行く所なんかないわ……」

 

「なあ、アリス……」

 

 涙を流すアリスに、サイドウェイズはオズオズと声をかける。

 

「もしよかったら、俺といっしょに旅をしないか?」

 

「……アンタと?」

 

 アリスは涙を拭って顔を上げる。

 冗談かと思ったが、サイドウェイズの顔は真剣そのものだ。

 少し考えてから、アリスはフッと微笑んだ。

 

「そうね……、それもいいかもね」

 

 どうせ、行くあてなどない身だ。

 ならば、行くあてのない旅も面白い。

 

「ならその旅、俺も同行させてくれや」

 

 突然、第三者の声が聞こえてきた。

 二人が驚いて声のしたほうを向くと、小さな影がヒョコヒョコと木陰から出て来た。

 猫背に左右非対称の目、髪のように頭部から伸びたコード、いつの間にか姿を消していたブレインズだ。

 

「ブレインズ? どうしてここに?」

 

「まあ、リーンボックスも居心地が悪くなりそうだからな。抜け出してきたのさ」

 

 ニヒルに笑うブレインズ。

 元はと言えば自業自得に近かろうに、全く悪びれないブレインズに、アリスは怒りを通り越して苦笑しか出てこない。

 

「ま、いいわ。アンタみたいなの、ほっといたら、何しでかすか分からないし」

 

「ありがとよ。……まあ、このまま責任取らずにいんのも、目覚めが悪いからな……」

 

 真面目な顔で二人に聞こえないように呟いたブレインズだが、すぐにいつものシニカルな笑みになる。

 

「そいじゃ、俺たち三人、行くあてもないハグレ者ってとこさね」

 

「お! イイね、それ! 俺たちはハグレディセプティコンってワケだ!」

 

 サイドウェイズも同調しておどけて見せる。

 呑気な同行者たちに、アリスも少しだけ気分が楽になってきた。

 

「はいはい、それじゃあハグレ者はハグレ者らしく、今を楽しく生きましょう」

 

 アリスは歌を口ずさみ、立ち上がってステップを踏む。

 リーンボックスの若者の間で流行っているポップな曲だ。

 

「おお、いいね!!」

 

「レッツダンス! ってか!」

 

 サイドウェイズとブレインズもアリスの歌に合わせて踊り出す。

 

 森の中で、即席のダンスパーティーを開く三人。

 

 行くあてもなく、寄る辺もなく、明日をも知れぬハグレ者たちは、それでも陽気に振る舞う。

 

 その姿は、彼らが戦いからの落伍者であると言えど、あるいはだからこそ、とても楽しげだった。

 




そんなワケで(?)アリス生存。

今週のTAV
キックバックの出番あれだけかい!
やっぱスチールジョーには歴代破壊大帝のような大物感はないね。まあ犯罪者の頭目に過ぎないからね。しょうがないね。キャラとしては魅力的だし。
カニがフリーダムだったけど、地味に他の奴らもフリーダム。
そしてついに……。

今回の解説

アリスの弓
ネプテューヌシリーズのキャラと被らないようチョイス。
日本ではパッとしない武器のようなイメージがあるけど、ロード・オ○・ザ・リングのレゴ○スを見ても同じことが言える人は、よっぽど遠距離攻撃が嫌いなんでしょう。
ちなみにエネルギーの矢を構成するのは、とある海外アニメを見ていて思いつきました。(途中でアニメイテッドのロディマスが似たような武器使ってたことに気付いたけど)

アリスの技
もちろん、不思議の国のアリスの登場キャラから。
他に強力な矢を放つ『ユニコーンホーン』矢が無数に分裂する『グリフィンフェザー』火属性の矢を放つ『ソルジャーオブハート』必殺技である『クイーンオブハート』などの技を考えてるけど、出すかは未定。

ハグレディセプティコン
まあ、何つうか、こういう寄せ集めも好きなんです。

女神メモリーの行方
さて、どこにいっちゃったんでしょうねえ(棒)

次回は、ユニとサイドスワイプのラブコメ回を予定しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 女神候補生より愛をこめて part1

ラブコメってこういうんでいいんでしょうか……?


 ここはラステイション首都のとある街角。

 道には人々が行き交い、どこからか学校の物と思しいチャイムが聞こえてくる。

 

「遅刻、遅刻~!」

 

 しかし、のっけから古臭い学園ラブコメの登場人物みたいなことを言っているのは、生憎と歩道を歩く学生服の 美少女ではなく、車道を突っ走る銀色の未来的なスポーツカーである。

 言う間でもないだろう、オートボットの若き戦士サイドスワイプである。

 何故彼が全速力でブッ飛ばしているのかと言えば、今日は女神候補生やそのパートナーのオートボットたちと共に映画を見に行く約束になっているからだ。

 

「っていうか、ここはどこだよー!」

 

 しかし、彼は道に迷っていた。

 迷子キャラは死に設定になったかと思われたが、そうは問屋が卸さなかったようだ。

 

「まったくアンタは……、肝心な時には、いっつもこうなんだから!」

 

 運転席に座るユニは、当然ながらプリプリと怒っている。

 

「まあ、怒るなよユニ。いつもと違うドライブコースを開拓してんだと思えば……」

 

「それで、約束の時間に遅れたら世話ないでしょうが!」

 

 言い訳がましいパートナーにユニはピシャリと言い放つ。

 せっかく、彼女が気を利かせてラステイションでは珍しいドライブインシアターを見つけたと言うのに、これなのだから、さもありなん。

 それでいいのか、サイドスワイプ。そんなんだから道に迷うのである。

 色んな意味で迷走する若き戦士は、すでに表通りを外れ路地裏を走っていた。

 

「やれやれ、どっかに交番でも……ッ!」

 

 さて、そろそろ誰かに道を聞こうかと思っていた矢先、サイドスワイプの雰囲気が変わった。

 

「どうしたの?」

 

「悲鳴が聞こえた。ディセプティコンの気配もする」

 

 サイドスワイプは纏う空気を戦士のそれへと変化させていた。

 こうなっている時のパートナーの感知能力の高さを、ユニは経験から知っている。

 

「悪いなユニ。今日は映画は諦めてくれ」

 

「……残念だけど、仕方ないわね」

 

 ユニもまた、気を引き締める。

 二人はすぐさま、悲鳴の聞こえたほうへと向かうのだった。

 

 ……いくらなんでも、この距離では迷うまい。

 

  *  *  *

 

 うら若い少女が、何者かによって建物の合間の行き止まりに追い詰められていた。

 薄赤の髪をポニーテールにして、ハートの髪飾りを着けた学生服姿の可愛い容姿の少女だ。恐怖のあまり目には涙を浮かべている。

 その眼前に、黒塗りのバンが乱暴に停車する。

 これで車から降りてくるのがガラの悪い男だったなら、いかにも安っぽい『そういう』作品の一幕に見えるだろう。

 しかし、降車してきたのはガラの悪いネズミパーカーを着た少女だ。

 

「おいおい、逃げられると思ったのかよ! 諦めてさっさとブツを渡しな! そうすりゃ痛い目みないで済むぜぇ」

 

 ネズミパーカーの少女……ディセプティコンの下級兵リンダは、下卑た笑いを浮かべるが学生服の少女は気丈に涙を拭ってリンダを睨む。

 

「あなたたちになんか、ヘブンズゲートは渡しません!」

 

「へえ~……、そんな生意気言うのかよ。ま~だ自分の立場が分かってないみてえだな」

 

 その態度が気に食わないのか、リンダは一気に不機嫌そうな顔になる。

 

「なら、しゃあねえ。クランクケース、ちょっと脅かしてやれ!」

 

「あいYO!」

 

 リンダの声に反応して、黒いバンはギゴガゴと異音を立てて変形していく。

 学生服の少女に見せつけるように現れたのは、四つの赤い眼と牙の突き出た顎、そしてドレッドヘアー思わせる触手が特徴的な異形の人型。

 ディセプティコンのドレッズがリーダー、クランクケースだ。

 現れた恐ろしい姿のロボットに、少女は息を飲み、その姿にリンダは満足げにニヤリと嗤う。

 

「へへへ、このクランクケースは見た目がゴツイだけじゃないぜ。敵を痛めつける手段を数え切れないほど知ってんだ!」

 

「そういうことだYO! 命が惜しけりゃ、さっさと例の者を渡すんだZE☆」

 

 背中から棍棒を引き抜き、相手を威圧する笑みを浮かべるクランクケース。

 恐怖のあまり、地面にへたり込む少女。

 

「だ、誰か……」

 

「あーはっはっは! 助けなんかこないに決まってんだろうが!」

 

「でもグズグズしてたら、誰かに見られるかもしれないから、取りあえず連れていくYO!」

 

 まだ目的を達成していないにも関わらず勝ち誇るリンダと、少女に手を伸ばすクランクケース。

 もはや、ディセプティコンの魔の手から少女を救う者はいないのか?

 

「そこまでにしときな! ディセプティコン!」

 

 路地裏に、若々しい男性の声が響いた。

 クランクケースとリンダ、そして少女が声のするほうを見れば、逆光を背負って未来的なスポーツカーが路地裏に入って来た。

 そのスポーツカーはそのまま走りながらギゴガゴと異音を立てて変形。その勢いを利用してジャンプし、クランクケースが反応するより早く、その頭上を跳び越え、少女とディセプティコンの間に華麗に着地した。

 

「さて、やるかい?」

 

 両腕の硬質ブレードを展開し、不敵に笑うサイドスワイプ。

 

「アタシを忘れないでよね」

 

 さらにその横に、女神化したユニが愛銃を手に降り立つ。

 

「望むところだYO、若造」

 

「アタイたちを舐めんじゃねえ!」

 

 こちらも両の手に棍棒を持ち、好戦的な姿勢を取るクランクケース。リンダも銃を取り出す。

 

『ガウガウガウ!!』

 

 だが、ドレッドヘアーのディセプティコンはどこからか入った仲間の一人、ハチェットからの通信に、顔をしかめる。

 

「オートボットと女神候補生がこっちに向かってる? ……チッ! 応援を呼んでたのかYO!」

 

「当たり前だろ」

 

 当然とばかりに快活に笑うサイドスワイプに、クランクケースはチッと舌打ちのような音を出す。

 

「リンダちゃん、ここは退くYO!」

 

「クソッ! おい、ヘブンズゲートの起動キーは必ず渡してもらうからな!!」

 

 それだけ吐き捨てると、リンダは素早くバンに変形したクランクケースに乗り込む。

 黒塗りのバンが走り去っていくのを見送ったサイドスワイプとユニは、その気配は完全に遠のいてから武器を下ろした。

 

「さてと……、もう大丈夫だぜ、お嬢さん! 悪者は追っ払ったからな!」

 

 そして後ろを振り返り、地面に座り込んだセーラー服の少女に笑いかけた。

 少女は目を潤ませ頬を赤らめて、サイドスワイプをポウッと見上げている。

 

「どうかしたのかい? まさかアイツらに何かされたんじゃあ……」

 

「あ、あの!!」

 

 若き戦士に心配そうに声をかけられて、少女は我に返ったように声を発した。

 

「お、お名前は……」

 

「俺かい? 俺はサイドスワイプ! オートボットの戦士さ!」

 

 その場でクルリと一回転して、ポーズを決めて見せるサイドスワイプ。

 

「サイドスワイプ……様」

 

 少女は熱い視線をサイドスワイプに送る。

 その姿に、ユニは我知らずムッとする。

 

「それで、あなたの名前は?」

 

「え!? あっはい! 私の名前は、サオリと言います」

 

 自分でも驚くくらい、不機嫌な声を出すユニに、少女サオリはようやく自国の女神の存在に気付き慌てて答えた。

 

「それじゃあサオリ! いっしょに来てくれ。どうしてディセプティコンに襲われていたのか、理由を聞かせてほしい」

 

「い、いっしょに!? は、はい、行きます行きます!」

 

「お、おう。じゃあ乗りなよ」

 

 何だかハイテンションな少女……サオリに若干面食らいつつも、とりあえず移動するべく、ビークルモードに変形する。

 

「………………」

 

「………………」

 

 ユニは不機嫌そうにしながらも、むしろ何で自分が不機嫌なのか分かっていない様子で運転席に乗り込み、サオリは嬉しそうながら緊張した面持ちで助手席に座る。

 二人がシートベルトをしたのを確認してから、サイドスワイプはエンジンを吹かして走り出すのだった。

 

  *  *  *

 

 そして教会。その応接室。

 仲間と合流したユニたちは、サオリから事情を聴くためにここに集まっていた。

 もちろん、この国の女神でありユニの姉のノワールと、彼女のパートナーでありサイドスワイプの師でもあるアイアンハイドもいる。

 もちろんオートボットたちは例によって立体映像だが、椅子に座ったサオリは女神とオートボットに囲まれて緊張しているようだ。

 

「それで」

 

 居並んだ一同を代表して、ノワールがズバリ問う。

 

「あなたは、どうしてディセプティコンに狙われていたの?」

 

「は、はい。実は……、彼らは、私の父が開発した秘密兵器を狙っているんです」

 

「秘密兵器?」

 

 サオリの言葉に首を傾げる一同。……ネプギアだけは目を輝かせた。

 秘密兵器とは、この可愛らしい外観の少女には似つかわしくない響きだ。

 そして、ゲイムギョウ界の水準を遥かに超えた科学力を持つディセプティコンが、人間の作った兵器を狙うとは考えにくい。

 サオリは真面目な顔で話を続ける。

 

「数か月前に亡くなった私の父は、昔、ラステイションの教会で兵器の研究をしていました。まだ友好条約が結ばれる前、女神様同士で戦っていたころのことです」

 

 その言葉に怪訝そうな顔をしたのはノワールだ。

 

「でも、私の耳にはディセプティコンが狙うような兵器のことなんて入ってきてないけど?」

 

「それは……、実は父は主戦派の人たちに命令されて、兵器を造らされていたんです」

 

 躊躇いがちながらも、サオリは続ける。

 ノワールは納得したらしく頷いた。

 当時、女神の決めた方針を逆らってまでも戦争を望む者たちは、ごく少数ながら確かに存在していた。

 同時に彼らは段々と過激な行動を繰り返すようになったため、教会によって多くが逮捕されたのだ。

 彼らが教会の目を盗んで兵器を建造していたとしても不思議はない。

 

「でも、完成した兵器『ヘブンズゲート』のあもりの恐ろしさに、父はそれを使ってはならないと考え、ある場所に封印しました。……そして父は亡くなった今、ヘブンズゲートの起動方法を知っているのは、私だけなんです」

 

「なるほどね」

 

 自分の額を押さえ、ノワールはハアッと息を吐いた。正直、主戦派にせよ、サオリの父にせよ、人騒がせな話だ。

 立体映像のアイアンハイドは、物憂げなパートナーに声をかける。

 

『その兵器はどこに封印されてんだ? 危険なようなら、先回りして破壊しちまおう』

 

「……そのほうがいいわね」

 

 多少物騒な意見ではあるが、騒動の元は早めに絶っておいたほうがいい。

 だが、サオリは首を横に振る。

 

「私は、ヘブンズゲートがどこに隠されているか知りません。父は私にそれを教えてくれませんでした……」

 

「なら、しょうがないか。問題はこれからどうするかだけど……」

 

 顎に手を当てて考えるノワールに、アイアンハイドが再度意見を言う。

 

『とりあえず、そのヘブンズゲートとやらは俺らと教会の人間で探すとして、そのお嬢さんは俺らの誰かがガードしておくってのは?』

 

「まあ、それが妥当ね。じゃあ、誰がサオリを守るかだけど……」

 

「あ、あの! そのことなんですけど!」

 

 パートナーの意見を受け入れ、ノワールがサオリの護衛を決めようとした時、当のサオリ本人が声を張り上げた。

 

「できれば、サイドスワイプ様に護衛してもらいたいんです!」

 

「へ? サイドスワイプにぃ?」

 

『何でまた? っていうか、『様』?』

 

 目を丸くする二人に対し、サオリは頬を赤らめた。

 

「はい! だってすごく頼りになるし、私のことを助けてくれましたから……」

 

 ウットリとした様子のサオリに、一同は顔を見合わせる。

 オートボットたちは首を捻るばかりだが、女神たちはさすが女性と言うべきか、サオリがどういう状態なのかすぐに分かった。

 

「分かった! サオリはサイドスワイプのことが好きなんだ!」

 

「そうなんだ(ビックリ)」

 

 最初にそんな声を上げたのは、ルウィーの双子の片割れラムだ。もう一方の片割れのロムは目を丸くする。

 

『まあ、サイドスワイプ(こいつ)星にいたころからモテてたからな』

 

『ジャズほどじゃあ、ないけどな』

 

 彼女たちの相方であるスキッズとマッドフラップも、揃ってウンウンと頷く。

 

「確かに……、最近のお姉ちゃんも、オプティマスさんといる時はこんな感じだし……」

 

 金属生命体に恋する姉を持つネプギアも至極真面目な顔で同意する。

 

『ス…ワ…イ…プ『も、罪な男ですな~』』

 

 バンブルビーもニヤニヤとラジオ音声で仲間をからかう。

 しかし、当のサイドスワイプは複雑そうな顔をしていた。

 

「いや、俺は……」

 

 サイドスワイプは、顔を真っ赤にしているサオリに何か言おうとして、そこで気が付いた。

 どこからか刺すような鋭い殺気が向けられている。

 

「ふ~ん……。良かったじゃない」

 

 ユ ニ で あ る ! !

 

 顔をこそ笑顔だが頬をヒクヒクと引きつらせ、燃え盛る炎のようなオーラを背負った彼女に、皆は実姉であるノワールも含め、異様なものを感じて一歩退く。

 

「いっそ付き合っちゃえば? カワイイ娘だし。あんたも優しかったし」

 

『い、いやユニ! 俺はそんなつもりは……』

 

「何よ? ……ああ、そう言えばアタシと最初に会った時も、似たような状況だったわね。ひょっとして、助けた女の子をもれなくいただいちゃう主義なわけ?」

 

『ち、違う! そんなわけないだろう!!』

 

 ジト目でパートナーの立体映像を睨むユニと、しどろもどろになっているサイドスワイプ。

 そんな二人を、家族や仲間たちは生暖かい目で見ている。ラムとロムに至っては、なんだかワクワクさえしている。

 だが、サオリはムッとした顔で二人の間に割り込んだ。

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか!」

 

 これに面食らったのが当のユニだ。

 

「な!? あ、あなたには関係ないでしょう?」

 

「関係なくないです! サイドスワイプ様には、これから私のことを守ってもらうんですから!!」

 

「う~……!」

 

 睨み合うユニとサオリ。交錯する視線が火花を散らしているように見えるのは、気のせいばかりとは言えないだろう。

 

『…………どうしてこうなった?』

 

 そして、サイドスワイプは途方に暮れて呟くのだった。

 

  *  *  *

 

 翌日。

 サオリは自分の通う学校の校門前で待ち合わせをしていた。

 やがて彼女の前に一台のスポーツカーが停まる。

 

「やあ、待たせたな」

 

「いいえ!」

 

 それはもちろん、ビークルモードのサイドスワイプだ。サオリはウキウキとしながら助手席に乗り込む。

 結局、サオリの警護はサイドスワイプに一任されたのだった。(丸投げとも言う)

 

「それで? これからどこへ行く」

 

「ええと、まずはサイドスワイプ様にお任せします」

 

「OK。それじゃあ……」

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 サオリに促され、サイドスワイプは自分で行く先を決めようとするが、それに運転席に座ったユニが待ったをかけた。

 驚いてユニを見るサオリ。

 

「何ですか?」

 

「私もあなたの護衛に回されたんだから、意見を求めなさいよ!」

 

「そんなに怒るなよ、ユニ。じゃあ、ユニはどこに行きたい?」

 

 不機嫌そうなユニに、サイドスワイプはすかさず聞く。

 

「そうね。護衛の観点から見て、サオリには自宅に待機していてもらうのがいいわ」

 

 真面目な意見を出すユニに、今度はサオリが不機嫌そうに眉を吊り上げる。

 

「そんなの嫌です! それよりサイドスワイプ様、近くに動物園があるんですけど、いっしょに行きませんか?」

 

「馬鹿言わないで! あなたはディセプティコンに狙われてるんだから、こっちの言うことを聞いてちょうだい!」

 

「大丈夫です! サイドスワイプ様が守ってくれますから!!」

 

 またしても睨み合うユニとサオリ。

 その背にそれぞれ竜と虎のオーラが透けて見える。

 

「おいおい、二人とも仲良く……」

 

「サイドスワイプ!」

 

「サイドスワイプ様!」

 

 見かねて二人を諌めようとしたサイドスワイプだが、その二人に強い声を出されてビクリと黙り込む。

 

「「どっちの言うことを聞くの!?(ですか!?)」」

 

「い、いや、その……」

 

 相棒(ユニ)護衛対象(サオリ)に挟まれて、若手オートボットの中でもホープ的存在のサイドスワイプはオロオロとするばかりなのだった。

 

  *  *  *

 

 結局、サイドスワイプが選んだのはサオリの自宅でも動物園でもなく、オートボットラステイション基地である赤レンガ倉庫に来ることだった。

 本来の家主(?)であるアイアンハイドは、ヘブンズゲート捜索のために留守にしている。

 

「あ~、落ち着く……」

 

 サイドスワイプは赤レンガ倉庫裏の演習場として使っている広場に腰かけ、まったりとしていた。

 女の子の相手は疲れる。いつも軽い調子で女性を相手にしているジャズの偉大さが身に染みると言うものだ。

 当のユニとサオリは、倉庫の中にいる。二人の間に漂う空気があまりにも剣呑なので、ちょっと抜け出してきたのである。喧嘩しないか心配だが、ユニはあれで空気の読めるほうだし大丈夫だろう。

 

『もしも~し、こちらバンブルビー。サイドスワイプ、応答できる? どうぞ』

 

「こちらサイドスワイプだ。いったいどうした? どうぞ」

 

 と、ヘブンズゲートの情報を探っているはずの情報員から通信が入った。信号による通信なので、バンブルビーでも問題なく会話できる。

 

『いやなに。モテる男の気分って奴を聞いてみたくてね?』

 

「……いいもんじゃないぞ。胃が痛くなりそうだ」

 

『トランスフォーマーに胃はないでしょ?』

 

 気の置けない会話をする二人。

 だが、ふとバンブルビーの声色が変わった。

 

『というか、そんなにストレスがたまるなら、ぶっちゃけちゃえばいいじゃん』

 

「…………なにを?」

 

『とぼけんなよ、ヘタレ』

 

 厳しい声のバンブルビーに、サイドスワイプは僅かな間沈黙するが、すぐに次の言葉を出した。

 

「それより、例のヘブンズゲートとやらの隠し場所は分かったのか?」

 

『話そらすなよ。……まあ、いいや。それが、全然見つからないんだ。友人知人、教会の元同僚にまで当たってみたけど手がかりなし。あの娘の親父さん、よっぽど上手く隠したらしいね』

 

 半ば無理やり仕事の話に持ち込まれて、バンブルビーは不服そうながらも答える。

 

「となると、しばらくはあの娘のガードを続けなきゃなんないと」

 

『だね。次は刑務所の中にいる主戦派とやらに当たって見るつもりだけど、あんまり期待しないでね。交信終了』

 

「おう、頑張ってくれ。交信終了」

 

 そう言って通信を切ろうとした所で、バンブルビーが言った。

 

『答え、出しなよ』

 

 それきり、今度こそ通信は切れた。

 サイドスワイプは途方に暮れたように空を見上げる。

 ヘタレ呼ばわりは心外だが、仕方がないとも思う。

 居心地の良さにここまで答えを出すのを先送りにしてしまったのは事実なのだから。

 

「……そうだな。答え、出さないとな」

 

  *  *  *

 

 ユニとサオリは赤レンガ倉庫の中を片付けていた。

 守ってもらっているのに、何もしないでいるのは気が引けるとサオリが掃除を始め、ユニが負けん気を出して同じように片付けだしたのだ。

 

「ねえ、あなた……」

 

 壁に掛けられた、ラステイション製の武器を一つ一つ磨きながらユニはサオリに声をかける。

 ちなみにこれらの武器は、アイアンハイドが趣味で収集している、実用性度外視の所謂骨董品(アンティーク)な品々であるらしい。

 

「なんですか?」

 

「なんで、サイドスワイプに惚れちゃったわけ?」

 

「そうですね……」

 

 そのものズバリな問いにも、床を箒で掃いていたサオリは怯むことなく答える。

 

「運命、を感じたからでしょうか」

 

「人目惚れってこと?」

 

「それもありますけど……、同じだったんです。昔、お母さんに教えてもらった、お父さんとの馴れ初めと」

 

 フッと、サオリは懐かしむような笑みを浮かべた。

 

「お母さんも、お父さんに暴漢から助けてもらったそうなんです」

 

「なるほどね」

 

 ユニは納得して頷いた。

 あの、悪漢から救ってくれた王子様のようなシチュエーションに、父母の馴れ初めと似通った状況ということ。

 確かに、運命とやらを感じてもしょうがないかもしれない。

 それでも。

 

「……そんなに簡単にはいかないわよ。トランスフォーマーとの恋愛って」

 

 思わず放たれたユニの言葉に、サオリは驚いたようにそちらを見る。

 

「まずトランスフォーマーどう言い繕っても金属の塊だし、アイツは……、何て言うかディセプティコンとの戦いに生きがいを感じてる。アタシたちとは違う部分が多すぎるわ」

 

 それは、ユニなりの苦悩であり弱音だった。

 対するサオリは、年端もいかない一般人の少女とは思えない不敵な笑みを浮かべる。

 

「乗り越えてみせますよ。……愛は、無敵なんですから」

 

 堂々と胸を張って、言いよどむことも目をそらすこともなく、一般人の少女は女神候補生に対して言い切ってみせた。

 

「……そうかもね」

 

 そんな彼女に対して、ユニは淡く微笑む。

 色々と問題はある娘かもしれないが、どうやらユニは、この娘のことを嫌いになれないようだった。

 

  *  *  *

 

 翌日、サイドスワイプはサオリに連れられて……ビークルモードのサイドスワイプに乗ってだが……ある場所を訪れていた。

 サオリが二人きりで出かけたいと言ったのだ。

 町はずれの小高い丘の上にある、大木だ。

 地面に深く根を張り、太い幹の上には緑の枝葉が青々と茂っている。

 

「サオリ、ここは一体……?」

 

 サイドスワイプは、自分から降りて大木の傍まで歩いていくサオリにたずねた。

 大木の下で、サオリは振り返った。

 

「ここは、私のお母さんがお父さんに告白した場所です。……この『伝説の樹』の下で告白したカップルは、必ず幸せになるっていう伝説があるんです。」

 

「……………………」

 

 サイドスワイプはロボットモードに戻り、神妙にサオリの話を聞く。

 決意に満ちた顔で、サオリは真っ直ぐにサイドスワイプの顔を見ながら、口を開いた。

 

「あなたのことが好きです。サイドスワイプさん。あなたがトランスフォーマーでも気にしません。価値観の違いもきっと乗り越えてみせます。……どうか、私を恋人にしてくれませんか?」

 

 真摯に言うサオリに、サイドスワイプは、しばらく黙りこみ、そして発声回路から言葉を絞り出した。

 

「冗談じゃない」

 

 それは、普段の彼からは想像もつかないほど冷たい声だった。

 

「君が俺の恋人だって? 馬鹿を言うなよ。君は有機生命体、俺は金属生命体だ。恋人になんかなれるわけがないだろう?」

 

 言葉の内容よりも、軽蔑したような響きにサオリは息を飲み、それでも問う。

 

「ユニさんとなら、いいんですか?」

 

「……どうやら、何か勘違いしてるみたいだな。俺は、有機生命体『なんか』と恋人になる気はないって言ってるんだ」

 

 吐き捨てるようにサイドスワイプは言い、それきり口をつぐむ。

 サオリは何とか泣き出すのを堪えようとして……堪えきれずに、涙を流しながらサイドスワイプの脇を通り抜けて走り去って行った。

 残されたサイドスワイプは、その場に立って伝説の樹とやらを見上げるのだった。

 

  *  *  *

 

 話しをする二人を、ユニは丘の端にある木の陰から、こっそり盗み見ていた。

 ユニは、自分が何をしているのか分からなかった。

 サイドスワイプとサオリが二人きりで出かけていった。

 それだけだ。サイドスワイプ一人がいれば、ディセプティコンから守ることはできるだろう。それでも、ユニは二人のことをコッソリと追いかけずにはいられなかったのだ。

 そして聞いてしまった。

 サオリの告白と、そしてサイドスワイプが返した言葉を。

 

 有機生命体と金属生命体が恋人になれるはずなんかない。それが、例えユニとでも。

 

 彼は確かにそう言った。

 そう考えていてもしかたがない。

 金属生命体と有機生命体の溝は深く、親友の姉とオートボットの総司令官のようになるのは奇跡みたいなことだ。

 そう覚悟していたはずだった。

 だけど、サイドスワイプ自身から放たれた言葉は、覚悟していた以上にユニの精神を抉った。

 地面にへたり込みそうになる自分を必死に叱咤する。

 今は落ち込んでいる場合ではない。サオリを守らなくては。

 女神に変身して飛び立つ彼女は、自分の目から涙がこぼれていることに気付かなかった。

 

  *  *  *

 

「『おい』」

 

 伝説の樹を見上げるサイドスワイプに、突然声がかけられた。

 よく知る声だったが故に、何気なく振り返ったサイドスワイプだったが、その頬にいきなり拳が叩き込まれた。

 

「グハッ!」

 

 反応する間もなく殴り飛ばされ。地面に転がるサイドスワイプ。

 拳の主は、バンブルビーだった。

 眼を鋭く細め、排気も荒く怒りを露わにしている。

 

「バンブルビー……」

 

「『おいテメエ!』『何やってんの? っていうか何やってんの!?』『馬鹿なの? 死ぬの?』『何とか言えや、ゴラァアア!!』」

 

 比喩でなく頭から蒸気を上げる情報員から、サイドスワイプは目をそらす。

 

「そうですよ! なんであんな酷い……」

 

 バンブルビーの傍に立っていたネプギアも非難の声を上げる。

 

「あんな言い方ねえだろう!!」

 

「男らしくねえぞ! テメエ!!」

 

「最低よ、アンタ!」

 

「最低……!」

 

 普段は呑気なスキッズとマッドフラップも、無邪気なラムとロムも本気で怒っている。

 そして怒る若者たちの後ろでは、アイアンハイドとノワールが複雑そうな顔で立っていた。

 

「誰に似たのやら……、おまえも不器用な奴だな」

 

 情けなく倒れる弟子に、アイアンハイドは深い排気混じりに言った。

 どういうことかと、ノワールは相棒を見上げる。

 それに答えるようにアイアンハイドは言葉を続けた。

 

「どうせ、自分と恋人になったら、あの娘と、物陰にいたユニのお嬢ちゃんが不幸になるからとか、そんなこと考えて、ワザと酷いこと言ったんだろ。おまえのセンサーなら、ユニのお嬢ちゃんがいることに気付いたはずだしな」

 

 師の言葉に、サイドスワイプは上体を起こして力なく笑う。

 

「ハハハ……、やっぱりアイアンハイドにはお見通しか……」

 

「……『どゆこと?』」

 

「なんで、そんなことを……」

 

 戸惑うバンブルビーとネプギア。他の面々も理解できないと言った顔だ。

 ユニがいたと言うのなら、なおさら酷い言葉を吐く意味が分からない。

 全員の視線を受けて、サイドスワイプはようやく深い嘆息と共に語り始めた。

 

「簡単なことさ。さっきもサオリに言った通り、俺は金属生命体、ユニやサオリは有機生命体なんだよ」

 

「それくらいで……」

 

「それくらい? いいや、大問題さ!」

 

 非難するような声のネプギアに、サイドスワイプはワザと明るい声で答えた。

 

「どれだけ好きになったとしても、ユニたちは小さくて脆い有機生命体だ。抱きしめることも出来やしない。それに人間とか女神は、愛し合うと……その、なんだ、色々するんだろ? そういうこともできない。そんなのって、辛すぎるだろう……」

 

 後半は泣きそうな声になっていた。

 全員が沈黙した。

 若々しい態度で振る舞っていた若きオートボットの戦士は、内面にこのような苦悩を隠していたのだ。

 自分と全く異なる種族と恋愛が成立するのかという苦悩。

 ネプテューヌとオプティマスは、正直例外と言っていいだろう。

 むしろ彼のように悩んだ末に、自分の想いと両種族の常識を天秤に賭けて、自分の想いを拒否するほうが自然と言えた。

 

「まあ、なんだ」

 

 やがて最初に声を出したのは、やはりと言うべきか、アイアンハイドだった。

 

「若い内はな、あれこれ悩んだりせず、まずは突っ走って見るのも手だぜ。折れても曲がっても、若い内なら早く立ち直れる」

 

 ぶっきらぼうにかけられた言葉に、しかしサイドスワイプはより懊悩を深めているようだった。

 

「……じゃあ、今は仕事の話だ。あの娘の父親に兵器を造らせてたっつう主戦派の連中に会ってきた」

 

 真面目な顔でアイアンハイドは話しを続ける。

 女神候補生たちは、こんな時にする話か?と表情で語るが、ノワールとオートボットたちは黙って続けさせる。

 こんな時だからこそ、男には戦いと仕事の話が必要なこともある。

 

「で、その連中も兵器の隠し場所は知らないっつうことだが、一つ気になることを言ってた」

 

「……気になること?」

 

 立ち上がった弟子に、アイアンハイドは頷く。

 

「ああ。昔、外部から連中と接触し、強力してた奴がいて、そいつはヘブンズゲートとやらの開発にも携わっていたらしい。そいつの名は……」

 

 アイアンハイドは、その名を口にする。

 彼にとっては忌々しいその名を。

 

「マジェコンヌ、だそうだ」

 

  *  *  *

 

 どこかの路地裏。

 泣きながらワケも分からず走り続けたサオリは、やがてこの建物に囲まれた行き止まりに来ていた。

 走り疲れた彼女は地面に座り込み、失恋の痛みにすすり泣く。

 その背後に降り立つ影があった。

 女神化して彼女を追ってきたユニだ。

 ユニはオズオズと泣き続けるサオリに手を伸ばす。

 

「サオリ、あの……」

 

 声をかけても、サオリは反応しない。

 

「あのさ、サイドスワイプがあんな酷いことを言ったのは、きっとワケがあるのよ! そうじゃなきゃ、アイツがあんなこと言うはずないもの!」

 

「……なんで分かるんですか?」

 

 それでも声をかけ続けるユニに、サオリが返したのは疑問だった。

 対するユニは、サオリの前に回り込み、しっかりとその顔を見据える。

 

「分かるわよ! アイツは、アタシの相棒なんだから……」

 

 ショックは受けた。それでも冷静になって考えてみれば、何かワケがあるのだと思えた。

 今まで何度も助け合ってきた相棒を、信じられなくてどうするのだ。

 顔を上げたサオリは、どこか眩しそうにユニを見る。

 そして、口を開こうとした、その時だ。

 

「おやおや、これはこれは……。ヘブンズゲートの鍵を探していて、思わぬ相手と出くわしたものだ」

 

 ネットリとした女の声に、ユニは背筋が凍る。

 この声は、できれば聞きたくないと思っていた。

 自分たち女神候補生を、姉たち女神を、そしてオートボットたちを絶体絶命の危機に落とした女の声。

 

「久し振りだなぁ。ラステイションの女神候補生よ」

 

 見れば、そこに立っていたのは黒衣にトンガリ帽子の魔女のような風体の女だった。

 ユニは憎々しげにその名を呼ぶ。

 

「マジェコンヌ! 何でアンタがここに……」

 

「決まっているだろう? そこにいる小娘にようがあるのさぁ」

 

 嘲笑を浮かべるマジェコンヌ。

 サオリは、驚愕に口を押さえる。

 

「あ、あなたは……」

 

「貴様とも久し振りだな、博士の娘よ。さあ、ヘブンズゲートの起動キーを渡してもらうぞ」

 

 どうやら、二人は知り合いであるらしい。

 威圧的に言うマジェコンヌだが、もちろんサオリは取り合わない。

 

「だ、誰があなたなんかに! それに、もし起動キーがあったとしても、ヘブンズゲートの在り処は誰も知りません!」

 

 隠し場所が分からなければ、起動キーだけ手に入れても無用の長物だ。

 しかし、マジェコンヌは不敵に笑う。

 

「ああ、それなら問題ない。……場所なら私が知っているからな」

 

 その言葉に、ユニとサオリは揃って愕然とした。

 

「どういうこと!?」

 

「何であなたが……」

 

「答える義理はないなぁ。さて、博士の娘と、それからラステイションの妹女神よ……」

 

 楽しくて堪らないといった表情のマジェコンヌの周囲に、黒塗りのバンとセダンが停車し、ビルの上から四足獣型のディセプティコンが飛び降りてきた。ドレッズの面々だ。

 さらにバンからリンダが銃を担いで降りてくる。

 都合、5対2……、いや実質5対1と言う、圧倒的に不利な状況に、ユニは冷や汗が出るのを止めることができなかった。

 逆にマジェコンヌはニヤリと嗤う。

 

「いっしょに来てもらおうか」

 

 




おかしい。ラブコメを書いてたはずなのに、どうしてこうなった?
そして例によって分割。

今週のTAV
地味にTF史上初の悪役ダイノボット、スカウル登場。
いつまでも楽しいことばかりではなく、正しいことをしなくちゃならない、か……。
成長したね、グリムロック。っていうか、目に見えて成長してるのがビー意外ではグリムロックだけな気が……。

今回の解説

タイトル
G1の37話、『令嬢より愛をこめて』より。
内容もそこはかとなく同話のリスペクト。

サオリ
激震ブラックハートより。
恋愛ゲーの開祖『ときめきメモリアル』シリーズの擬人化キャラにして、その初代メインヒロイン『藤崎詩織』のパロディキャラ。
原作では、主人公(?)の秘書官を巡ってノワールと三角関係を繰り広げてました。
何がヒドイって、原作でも本作と同じくらい、あるいはそれ以上に唐突に秘書官に惚れるところ。色々理由があったとはいえ、彼女の行動は大騒動を巻き起こすことに。

ヘブンズゲート
名作シューティングゲーム、グラディウスシリーズのボスより。
苛烈な弾幕で、多くの主人公機を葬り去った強ボス。
何で、唐突にこんなのが出てくるかって? ……とあるゲームで乗ったからですよ、藤崎詩織が……。

伝説の樹
ときめきメモリアルに登場する大木。激震ノワールにもサオリに絡む形で登場。
なんでもこの下で告白した恋人は、永遠の幸せが約束されるらしい。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 女神候補生より愛をこめて part2

ラブコメって難しい……。
戦闘も難しい……。


「ここにもいない、か……」

 

 ラステイション教会近くの公園で、ユニとサオリの姿を探しながら、サイドスワイプは呟く。

 あの後、女神とオートボットはラステイションの町中で急に見えなくなった二人を探していた。

 

「こちらサイドスワイプ! こっちには二人はいない。バンブルビーそっちはどうだ?」

 

『こちらバンブルビー。いや、こっちにもいない。二人ともどこにいっちゃったんだろう?』

 

『こちらスキッズ。ここらへんにもいないみたいだぜ』

 

『マッドフラップ。右に同じく!』

 

 通信で仲間たちにたずねて見ても、答えは芳しくない。

 

 ――俺のせい、か……。

 

 サイドスワイプは今更ながらに自問する。

 ユニやサオリのことを思ってこそ、あんな酷い言い方をしたが、もっと上手い手段があったのではないか?

 

「くそ!」

 

 己の不甲斐なさに、苛立ちばかりが募る。

 

「悩んでるみたいだな?」

 

 そこへ声をかける者がいた。別の区画を探していたはずのアイアンハイドだ。

 師の登場に、サイドスワイプは驚く。

 

「アイアンハイド? どうしたんだ?」

 

「何、悩める若者に、一つ過去の話でも、と思ってな」

 

 男らしく笑うアイアンハイド。

 サイドスワイプは黙って師の言うことを聞くことにした。

 神妙な態度の弟子に、アイアンハイドはフッと微笑む。

 

「今のおまえを見てると、昔の俺を思い出してな……。俺もクロミアに惚れてすぐのころは、告るかどうか悩んだもんさ」

 

「アイアンハイドが?」

 

 再び驚くサイドスワイプ。

 この豪傑を絵に描いたようなオートボットは、そういう悩みとは無縁だと思ってたいたのに。

 オプティックを丸くする弟子に、照れくさそうな様子のアイアンハイド。

 

「あのころは、俺もまだ若造でな。……それに俺たちはほれ、いつ死んでもおかしくないしよ」

 

 アイアンハイドは生粋の戦士であり、戦士は戦場に立つものだ。そして戦場では、どんな剛の者でもアッサリ死んでしまうこともある。

 

「まあ、結局、まずは告白してみることにした。グダグダ悩むのは俺らしくない。……それに、おっ死ぬ時に『あの時想いを打ち明けておけば』なんて後悔したくなかったからな」

 

 そして、未だ懊悩の中にある弟子の肩に手を置く。

 

「おまえも、最後に後悔しないようにな」

 

「……アイアンハイド」

 

 少しだけ、サイドスワイプは楽になった。

 と、サイドスワイプのセンサーがある物を捉えた。

 それは、建物の壁についた小さな焦げ跡だ。

 

「これは……、ユニの銃の?」

 

 普通なら気付かないほどの小さな焦げ。

 だが、そこに残されたほんの僅かなエネルギーパターンから、サイドスワイプにはユニの銃から放たれた光線がつけた跡だと分かった。

 ユニが理由もなく銃を撃つとは思えない。

 と、すると……。

 

「ッ! ユニ!!」

 

「お、おい! どうした!?」

 

 急に走り出そうとするサイドスワイプに、アイアンハイドは慌てて呼び止める。

 しかし、サイドスワイプは振り返らずに声だけで答える。

 

「最悪の事態だ! ユニと、多分サオリがディセプティコンと出くわした!! まだそんなに前じゃない!!」

 

「ッ! 分かった。だが落ち着け」

 

 アイアンハイドは努めて冷静に逸る弟子を諌める。

 

「しかし!」

 

「ここで闇雲に飛び出しても、無駄に時間を喰うだけだ。……それよりも、教会の連中を使って目撃情報を当たろう」

 

「ッ! ……分かった」

 

 サイドスワイプは素直に頷き、それでも全身から怒りと闘志を漲らせる。

 今回のことは、自分が引き金を引いたようなものだ。

 自分で撒いた種は、なんとしても自分で刈る。

 

 ――必ず俺が助け出す! それまで無事でいてくれ、二人とも!

 

  *  *  *

 

 マジェコンヌとディセプティコンにより囚われたユニとサオリ。

 彼女たちはラステイションのある廃工場に作られた、ディセプティコン臨時基地に連れてこられていた。

 

「「きゃあ!」」

 

 床に乱暴に投げ出される二人を、マジェコンヌとリンダ、そしてクランクケースとネズミ型のモンスター……ワレチューという面々が見下ろしている。

 

「クックック……、さあてサオリ、だったか。ヘブンズゲートの起動キーを渡してもらおうかぁ」

 

 不様に転がる二人に、マジェコンヌは邪悪に嗤う。

 身を起こしたサオリは、キッとマジェコンヌを睨みつけた。

 

「ヘブンズゲートは誰にも渡しません! あれが起動したら大変なことになるんです! どうしてそれが分からないんですか!?」

 

「こいつらに何を言っても無駄よ、サオリ」

 

 ユニは厳しい声を出す。

 女神を倒すためにディセプティコンと組むような女だ。今更、良心に訴えても碌なことにはなるまい。

 対してマジェコンヌは笑みを崩さない。

 

「分かってるじゃないか。まあ、言いたくないなら、言いたくなるようにするまでだしな」

 

 言うや、マジェコンヌはどこからか小瓶を取り出す。

 

「この中には、特殊な調教を施したスライヌが入っている。……後は、言わなくても分かるな?」

 

 身を固くするユニとサオリ。

 

「ヒュー! さすがはマジェコンヌの姉さん! アタイたちにできないことをやってのける! そこに痺れる、憧れる~!」

 

 ヤンヤヤンヤと囃し立てるリンダ。

 

「久し振りに悪役(ヒール)っぽいことしてるYO」

 

「時々ああしないと、ただの残念なオバサンだからっちゅ」

 

 逆にクランクケースとワレチューは冷めた態度だ。

 一同の態度に眉根を吊り上げたマジェコンヌだったが、気を取り直してユニとサオリに向かい合う。

 

「んんッ! では、サオリよぉ、屈辱的な目に遭いたくなければ、起動キーを渡すのだぁ!」

 

「だ、誰が……!」

 

「そうか、ならばこの作品の警告タグをR-18に引き上げざるをえないなぁ!」

 

 よく分からないことを言いつつ、マジェコンヌは、小瓶の蓋を開け、中のスライヌを床に落とす。

 

「ヌラ~……」

 

「ヒッ……!」

 

 スライヌはサオリの白い足へと絡みつく。

 その生暖かくネットリとした感触に、サオリは全身が総毛立つが、スライヌはそれに構わず、足を這い上がろうとする。

 

「待ちなさい!」

 

 だが、ユニが声を上げた。

 

「ああん?」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべていたマジェコンヌは、ギロリとユニをねめつける。

 だがユニは、小馬鹿にした笑みを浮かべた。

 

「……アンタも堕ちたもんね、マジェコンヌ。ディセプティコンの使いっ走りの次は、一般人をいじめてご満悦? おかしくて、涙が出てくるわ! こんな小物に一度でも苦戦したかと思うとね!」

 

「…………言うではないか、小娘」

 

 明らかに時間を稼ぐための挑発だが、痛い所を突かれたのか、マジェコンヌはギリギリと眉を吊り上げる。

 

「気が変わったぞ。まずは貴様が屈辱と悔恨に沈む態を、サオリに見せつけてやる」

 

 チチチとマジェコンヌが舌を鳴らすと、スライヌはサオリの足から離れ、ユニの体に纏わりつく。

 

「ッ……!」

 

「どうだ、おぞましいか? 気持ち悪いか? だがそれもこれから訪れる快楽と屈辱の序章に過ぎんぞ」

 

 ニヤニヤと嗤うマジェコンヌに呼応するように、スライヌは隙間から服の内側に侵入してくる。

 それだけはなく、なんとユニの衣服がジュウジュウと音を立てて溶けていくではないか。何ともお約束に忠実なスライヌである。

 その姿に、サオリは悲鳴染みた声を出す。

 

「ユニ様!」

 

「クッ……、これくらいどうってことないわ!」

 

「どうして、そんな……」

 

 耐えがたい辱めに遭いながらも強気なユニに、サオリは思わず問う。

 ユニは、不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

「サイドスワイプが助けに来てくれるからね!」

 

 迷わず放たれた言葉に、サオリは息を飲む。

 だがマジェコンヌは嘲笑するばかりだ。

 

「ほほう? 随分な信頼だなぁ。だがお仲間が来た時に見るのは、貴様の惨めな姿だ! フフフ、アーハッハッハ!!」

 

「今回は、本当に悪役(ヒール)だYO……」

 

 お馴染の高笑いを響かせるマジェコンヌに、クランクケースやリンダはやや引いている様子だ。

 そうこうしている内にも、ユニの衣服は溶けて行き、白い肌が露わになる。

 

「せっかくだ、その哀れな姿をネットにアップしてやる! 女神様の痴態ともなれば、ミリオン再生は固いな! ……おい、ネズミ!」

 

「はいはいっちゅ。……まあヤバくない程度に加工しとくっちゅ」

 

 気丈なユニにさらなる恥辱を与えるべく、彼女の姿を映すようにマジェコンヌはワレチューに指示を出す。ワレチューはやる気なさげに、どこからかハンディカムカメラを取り出した。

 

「さあ、大事な国民に恥ずかしい姿を晒すといい!」

 

 さすがに、ユニは顔を青くする。

 そんなことをされればシェアにかかわる。

 

「待ってください!!」

 

 だが、そこでサオリが声を上げた。

 

「起動キーのことを教えます! だから、これ以上ユニ様に酷いことをしないで……」

 

 涙を流しながら、必死にサオリは言い募る。

 

「サオリ!」

 

「これ以上、私のせいであなたが苦しむのは嫌です……」

 

 咎めるユニだが、サオリは首を横に振り、涙を隠すようにユニの顔のすぐ近くに顔を寄せる。

 マジェコンヌは勝ち誇ったように笑みを大きくした。

 

「ほう? それで、起動キーはどこにあるのだ?」

 

「…………起動キーは、私自身です。私の遺伝子コードが、ヘブンズゲートの起動キーなんです」

 

 顔を上げて放たれたサオリの答えに、マジェコンヌは目を丸くする。そして納得したように頷いた。

 

「なるほどな、道理で見つからないワケだ」

 

「ユニ様を解放してください。でないと……」

 

 急にサオリは、そこらに落ちていた鉄片を拾い上げて自らの喉元に当てる。

 

「私が生きていないと、ヘブンズゲートは起動できないようになっていますよ?」

 

「……よかろう」

 

 再びチチチと舌を鳴らすマジェコンヌ。するとスライヌはユニの体から離れて、マジェコンヌの持つ小瓶に吸い込まれた。

 

「ではサオリよ、さっそくヘブンズゲートの隠し場所に……」

 

 瞬間、建物全体が揺れ、どこからか爆発音が聞こえてきた。

 

「ッ! どうなっている!?」

 

「クロウバー、ハチェット! 状況を報告するYO!」

 

 動揺するマジェコンヌ。クランクケースは冷静にこの建物のどこかにいる仲間たちに通信を飛ばす。

 

『分かってるだろ? オートボットと女神の襲撃だ』

 

『ガウガウ、ガウ!!』

 

「なにぃ! この部屋目がけて一直線だとぉ!?」

 

 クロウバーとハチェットの報告に、リンダが慌てる。

 だがマジェコンヌはすでに余裕を取り戻していた。

 

「うろたえるな! こっちにはこいつらがいる! この二人を人質に取れば……」

 

 言い終わるより早く、部屋の扉が吹き飛んだ。

 同時に侵入してきた相手は、色つきの風が如く目にも止まらぬスピードでマジェコンヌたちの間をすり抜け、ユニとサオリの前に陣取る。

 それは両腕にブレードを展開した銀色のオートボット、すなわち……。

 

「「サイドスワイプ!!(様!!)」」

 

 ユニとサオリが同時に喜びの声を上げる。

 少女たちの危機に、若きオートボットの戦士は違わず駆けつけたのだ。

 さらに、ネプギアとバンブルビーも部屋に突入してくる。

 

「ユニちゃん! サオリさん!」

 

 ネプギアは部屋の奥の二人を心配しつつ、その場でバンブルビーと共に武器を構えて敵を牽制する。

 

「そこまでです! シタッパーズのみなさん!!」

 

「ま さ か の 三 回 目 !?」

 

「これもう向こうさんでは定着してるYO……」

 

「おい待てぃ! まさか私も入ってるんじゃないだろうな!?」

 

「オイラは……、まあ下っ端なのは否定できないっちゅね……」

 

 ネプギアの言葉に各々反応するマジェコンヌたち。

 

「チッ! しゃあない、ここは退くYO!」

 

 この場にいるメンバーだけでオートボットと女神をまとめて相手にはできない。

 クロウバーとハチェット、戦闘員代わりのモンスターたちは、別の場所でアイアンハイドとノワール、二組の双子を相手にしていてこちらには来れそうにない。

 状況を鑑みクランクケースは即座に撤退を選択する。

 

「逃がすと思うか!」

 

「『ここが年貢の収め時だ!!』」

 

 サイドスワイプとバンブルビーが怒気を発するが、クランクケースの表情は変わらない。

 

「そうは上手くはいかないZE……、あばYO!!」

 

 言葉に反応して、部屋に取り付けられたスプリンクラーから煙が勢いよく吹き出す。

 瞬く間に広くはない部屋を煙が満たし、一同の視界を奪う。

 当然の如く、トランスフォーマーのセンサーを無効化する物質が混入されている。

 

「クッ、またこれか! 芸のない!」

 

 忌々しげにサイドスワイプは言うが、すぐに煙は晴れた。

 そしてそこにマジェコンヌたちの姿はなかった。

 

「……逃げやがったか。さて二人とも遅れて悪かった。大事はない……」

 

 サイドスワイプは敵の気配がないのを確認してから、振り返り、そしてユニのあられもない姿にオプティックを見開いて硬直した。

 

「ゆ、ユニ! そ、その恰好は!? い、いや見てない! 俺は見てないぞ!!」

 

「アタシのことよりも! サオリが連れてかれたわ! すぐに追ってちょうだい!!」

 

 動揺するサイドスワイプに、ユニはすぐさま檄を飛ばす。

 ハッとなって見回せば、確かにサオリがいない。

 

「アタシは大丈夫。だから、アンタはあの娘を護ってあげてちょうだい」

 

 真っ直ぐに見つめられて、サイドスワイプは思う。

 

 ――これだけの目にあっても、ユニはサオリを守ろうとしている。何と気高いことだろう。

 

 サイドスワイプは、決意を込めて頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 町はずれの丘の上、あの伝説の樹の傍。

 突然ここに一機の黒塗りのジェット戦闘機が飛来したかと思うと、普通のジェット機では有り得ない急停止をして着陸する。

 そのキャノピーが開き、中からマジェコンヌが出てきた。

 

「クソッ! 忌々しい女神にオートボットめ!!」

 

 ここにはいない敵たちに向かって悪態を吐くマジェコンヌ。

 恐らく、女神とオートボットはこちらの目撃情報を追って来たのだろう。

 特にオートボットのディセプティコンに対する嗅覚は侮り難い。

 借金が増えるのを覚悟の上でメガトロンから兵隊を借りたのに、禄な戦果も挙げられず臨時基地まで失ってしまっては、今度こそ立つ瀬がない。

 

「だが……」

 

 まだ負けてはいない。

 奥の手はこちらにあるのだ。

 マジェコンヌはほくそ笑むとジェット機の操縦席から、拘束したサオリを無理やり引っ張り出す。

 

「来い!」

 

「ここは……!」

 

 そして伝説の樹の下までサオリを引っ張って歩いていくと、この場所に驚いている彼女を余所に、樹の手前に魔法弾を撃ちこむ。

 

「何を!?」

 

「ククク……、女神にオートボットめ! 最後に笑うのは私だ!!」

 

 魔法弾の起こした爆発によって土がめくれて出来た穴の底には金属製の分厚いハッチが現れた。どうやら何かの一部が露出したらしい。

 

  *  *  *

 

 いったんユニを教会に預けた後、お互いに合流した女神とオートボットは、一丸となって伝説の樹を目指していた。

 そこへ飛んで行くジェット機……ビークルモードのハチェットを、マッドフラップが目ざとく見ていたからである。

 だが、伝説の樹のある丘が視認できるようになったころ、突然地面が揺れ始めた。

 

「な、何だ!?」

 

 オートボットたちは、ロボットモードに戻って地面に踏ん張り、元より飛行している女神たちも一度動きを止める。

 

「あ!? 見てください!」

 

「何なの、アレ!?」

 

 ネプギアとラムが丘のほうを指差した。

 

 丘が、地面から離れて空に浮かんでゆく。

 

 いや、丘の下に埋まっていた何かが、丘そのものを押し上げながら浮上しているのだ。

 土がこぼれ落ちて現れるのは、巨大な空飛ぶ機械だった。

 全体的な形は涙摘型なのが見て取れ、飛行機や飛行船と言うよりはSF映画に登場する宇宙船のようだ。

 ヘブンズゲートとは、巨大な空中戦艦だったのである。

 ……だが、船体上部に例の伝説の樹が丘の上のほうごとデンと鎮座したままなのが、少々間抜けではある。

 

『あーはっはっはっは!!』

 

「こ、この時代遅れな高笑いは!!」

 

 突如として空に浮かぶ機械から、声が聞こえてきた。

 ノワールが、それに反応して機械を見上げる。

 

『見たか! これぞヘブンズゲート!! 主戦派の連中が対女神を視野に入れて造り上げた秘密兵器だ!!』

 

 案の定、声はマジェコンヌのものだった。

 恐らく、あの機械……ヘブンズゲートに乗り込んでいるのだろう。

 

「何よ! そんなデカブツ、すぐに叩き落としてやるわ! うちの妹を苛めてくれた借りは、億倍にして返してやる!!」

 

「今度こそ、終わりです!!」

 

「ユニちゃんの仇!!」

 

「仇!!」

 

 可愛い妹を傷つけられて怒髪天を突くノワールは好戦的に剣を構え、ヘブンズゲート目がけて突っ込んでいき、女神候補生たちもそれに続く。

 

『やれるものならやってみるがいい!! ヘブンズゲートの力を見せてくれる!!』

 

 マジェコンヌが吼えるやヘブンズゲートの前方部が展開し、その内側から無数の砲台が姿を見せた。

 そこから放たれる、数えきれないビーム弾。

 まさに空を埋め尽くさんばかりの弾幕だ。

 

「ッ! これじゃあ……」

 

 障壁を張ってビーム弾を防ぎながら、ノワールは呻く。

 さしもの女神たちもよけるのが精一杯で、近づくことができない。

 

「デカブツが! 的がデカくて当て安いってもんだ!!」

 

「『大きさ』『なんか飾りです! 偉い人にはそれが分からんのです!!』」

 

 アイアンハイドやバンブルビーは、降り注ぐ光弾をよけながら、それぞれの砲で攻撃するが、巨大なヘブンズゲートはビクともしない。

 

「ッ!」

 

「『硬え!』」

 

「それなら、俺たちの出番だ!!」

 

「応よ! こういう相手こそ、見せ場ってもんよ!!」

 

 前に進み出たスキッズとマッドフラップがそれぞれの右腕と左腕を組み合わせ、合体砲を発射する。

 狙い違わず、砲弾はヘブンズゲートの船体に命中。

 だが、ヘブンズゲートは多少揺れたものの、穴一つ開いていない。

 

「嘘だろ!? あれはデバステーターにさえ大ダメージを与えたんだぞ!?」

 

「初登場補正が切れると、こんなもんか……」

 

 自分たちの自慢の武器の残念な結果に、スキッズは唖然とし、マッドフラップはよく分からないことを言う。

 しかし、襲い掛かるビーム弾の雨に慌てて物陰に身を隠すのだった。

 

  *  *  *

 

「アーハッハッハ!! 素晴らしいぞ、この力は! 女神やオートボットがまるでゴミのようだ!!」

 

 ヘブンズゲートの操縦席でマジェコンヌは哄笑する。

 

「このヘブンズゲートがあれば、女神どもやオートボットどもを一掃し、さらにはメガトロンさえも倒すことができる!! 私がゲイムギョウ界のニューリーダーだ!!」

 

 狂気染みた表情で圧倒的な力に酔う彼女の後ろには、サオリが拘束された状態で転がされていた。

 

「なんてことを……」

 

 憎々しげにマジェコンヌを睨むサオリだが、マジェコンヌはそんなサオリを振り返り、皮肉っぽい嘲笑を浮かべる。

 

「喜ぶがいい! 貴様の父が作った兵器が、女神を打倒するのだ!!」

 

「違います! お父さんはそんなこと望んでいません!!」

 

「望もうと望むまいと、このヘブンズゲートによって女神は墜ち、オートボットは倒れるのだ! 貴様はそこで見ているがいい! アーッハッハッハ!!」

 

 悔しさのあまり、サオリは血が出るまで唇を噛む。

 そして、必死に祈る。

 もう彼女には祈ることしかできなかった。

 

 ――助けて……、サイドスワイプ様……。

 

「フハハハ! もはや私に適う者はいない! 最高にハイって奴だ!! ……む」

 

 得意になって女神やオートボットを攻撃していたマジェコンヌは、後方からこちらに近づいてくる者に気が付いた。

 それは、銀色の未来的なスポーツカーだ。

 凄まじい勢いで一直線にこちらに迫ってくる。

 

「馬鹿め! 後ろが死角だとでも思ったか! いいだろう、一思いに地獄へ送ってやる!」

 

  *  *  *

 

 ヘブンズゲートが全ての砲を展開し、サイドスワイプに向けて撃ってくる。

 とんでもない量の弾幕の中がサイドスワイプを襲うが、冷静に、しかして大胆に、その中を潜り抜けていく。

 確かに量は多いが、密度はかつて潜り抜けたスタースクリームとブロウルの飽和攻撃には及ばない。

 その前方にはヘブンズゲートが飛び立った丘の残骸があり、ヘブンズゲートから剥がれ落ちた土が重なり、小山になっていた。

 サイドスワイプはエンジンを極限まで回転させて最高速度で走る。そして小山をジャンプ台代わりにして跳躍した。

 

『死ね!!』

 

 弾幕が容赦なくサイドスワイプの体に襲い掛かるが、これを変形しつつ体を捻ることで辛くもかわす。

 そのまま弾丸のようにサイドスワイプはヘブンズゲートの船体に突っ込んだ。

 

 マジェコンヌとサオリのいる操縦区画へと。

 

「それじゃあ……」

 

 突撃のスピードを利用して、難なく操縦席を守る装甲を切り抜け、操縦区画にまで難なく到達したサイドスワイプは、片腕でサオリを掴み上げる。

 

「返してもらうぜ!」

 

 唖然とするマジェコンヌを後目に、サイドスワイプは全力で船体の上を走っていった。

 

「サイドスワイプ様!」

 

 腕の中でサオリが声を上げた。

 それは助けに来てくれた歓喜によるものではない。

 

「ヘブンズゲートを何とかしないと!」

 

「ああ、分かってる」

 

「この船にはたった一つだけ弱点があります! そこを突けば、これは墜ちます!」

 

 言い換えれば、その弱点を突かねばヘブンズゲートにいくらダメージを与えても破壊には至らない。

 最悪なことに、この船は本来操縦者がいなくとも戦闘を続けることができるよう、AIが搭載され、自己修復機能まで備えている。

 まさに悪魔の兵器と言えた。

 だが、サイドスワイプは笑む。まるで、勝利を確信したかのように。

 

「ユニにその弱点を伝えたんだろ?」

 

「はい……、さっき、捕まっていた時に」

 

 共にマジェコンヌに捕らえられていたあの時、顔を寄せた僅かな時間で、サオリはユニにヘブンズゲートの弱点を教えていたのだ。

 

「なら、大丈夫さ! なんたってユニは……」

 

 その瞬間、どこからか飛来した光線が、ヘブンズゲートの唯一の弱点……弾幕が一番濃い船体正面に、たった一つだけ開いた小さな排気口を貫いた。

 光線は数枚の防御隔壁を難なく貫き、その先にあるヘブンズゲートの中枢(コア)に命中し、光線を受けたコアは、耐え切れずに破壊された。

 同時に、船体全体にエネルギーが逆流を始め、ヘブンズゲートを自壊させていく。

 やがて飛行さえままならなくなったヘブンズゲートは、ゆっくりと下降を始めるのだった。

 それを各種センサーで捉え、サイドスワイプは笑みを大きくして、船体の端から飛び降りた。

 

「勝利の女神様ってやつだからな!」

 

 同時刻、戦闘区域から離れた高いビルの上で、光線を放った主……長銃を構えたユニが、会心の笑みを浮かべたのだった。

 

  *  *  *

 

「うわ~……、見事にやられたなぁ……」

 

 各所から火を噴きだし、船体を崩壊させながら墜ちていくヘブンズゲートを遠くから眺めながら、リンダは呆れた声を出した。

 周りにはドレッズとワレチューも集合している。

 

「まあ、あん中に助けに行く義理もないYO。メガトロン様からも早く帰ってこいって言われてるしNE」

 

「ん~、っつってもなあ……。そろそろ長い付き合いだし、助けてあげようぜ」

 

「オイラからも頼むっちゅよ。あんなんでも身内みたいなもんだっちゅ」

 

「……しゃあないYO。ハチェット、拾ってこい!」

 

「ガウ!」

 

 一人と一匹に頼まれ、クランクケースは仕方なく部下に指示を出す。

 四足獣型のドレッズは、一つ鳴くとジェット機に変形して飛び立つのだった。

 

  *  *  *

 

 ヘブンズゲートは元あった丘に墜ち、完全に崩壊した。

 主戦派の邪な夢を乗せた秘密兵器の残骸に囲まれて、あの伝説の樹は何事もなかったかのようにデデーンと鎮座している。

 あれほどの戦闘でも傷一つないとは、案外、本当に不思議な力を宿しているのかもしれない。

 その伝説の樹の前でサイドスワイプは決意を固めた顔をして樹を見上げ、佇んでいた。

 

「サイドスワイプー!」

 

 女神姿のユニが、その後ろに舞い降りた。

 変身を解きながら着地し、相棒に歩み寄る。

 

「こんなとこに呼び出して、どうしたのよいったい?」

 

「話しが、あるんだ」

 

 真面目な、そして緊張した声のサイドスワイプは、ゆっくりと振り返りユニの顔を見つめる。

 

「色々悩んだ。だけど、後で後悔したくないんだ。だから、今打ち明ける」

 

 ゴクリと、ユニは唾を飲み込んだ。

 サイドスワイプは、少し沈黙してから、ようやっと言葉を出した。

 

「ユニ、おまえのことが好きなんだ。金属生命体である俺が、有機生命体のユニを好きになるなんておかしなことなのかもしれない。それでも、俺はユニが好きなんだ」

 

「で、でも、サオリには有機生命体と恋人になる気はないって……」

 

「俺は迷っていた……いや、怖かったんだ。俺の体はユニたちの小さくて柔らかい体に比べてデカくて硬いし、第一俺は戦士だ。いつか戦場で死ぬ日が来るかもしれない。そんな俺が……、おまえを好きになるなんて、おこがましいんじゃないかって……。今の関係が居心地が良すぎて、こんな時間が壊れてしまうのが怖くて……でも、それでも! これ以上自分を誤魔化して、いつか散る時に後悔するは嫌だ! ……ユニ、どうか俺の恋人になってくれ!!」

 

 偽らざる自分の想いを、真摯に打ち明けるサイドスワイプ。

 例え、断られたとしても、これ以上自分を偽ることはできなかった。

 そしてユニは……。

 

「ユニ?」

 

 ユニは顔を伏せていた。

 その眼から、光るの物が流れ落ちる。

 

「ゆ、ユニ!? どうしたんだ!? やっぱり俺なんかに惚れられて嫌だったのか!?」

 

「馬鹿!!」

 

 上げられたユニの、その顔は、泣きながら笑っていた。

 

「嫌じゃないから……、嬉しいから、泣いてるんでしょうが!!」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になったサイドスワイプだが、一瞬後にその意味を理解しこちらも笑っているのか泣いているのか分からい顔になった。

 

「ユニ!!」

 

「アタシも好き! あんたのことが好き!! だーい好き!! 文句ある!!」

 

「あるわけないだろ!!」

 

 サイドスワイプは愛しい人の小さな体を、壊れ物を扱うように優しく抱き上げる。

 この愛が、正しいものなのかは分からない。

 それでも、今は身を焦がす情熱のままに愛し合おう。

 それが、若さの特権というものなのだ。

 

  *  *  *

 

「やれやれ、やっとくっ付いたか」

 

「まったく……、見ててもどかしかったんだから」

 

 少し離れた場所で、若い恋人たちを隠れて見守る者たちがいた。

 ユニの姉であるノワールと、サイドスワイプの師であるアイアンハイドだ。

 

「でも、あの二人これから大変よ。女神に恋人ができたなんて。プラネテューヌと違ってラステイションはそこらへんに厳しいところがあるし、ましてそれがトランスフォーマーとなるとね」

 

「こっから先は本人たちしだいさ。本気で大変なようなら、そのときはそれとなく助けてやりゃいいさ」

 

 暖かく笑いながら、妹と弟子を見つめる二人。

 その後ろにはサオリが立っていた。

 

「…………すごいですね」

 

 彼女は、抱き合うユニとサイドスワイプを見て静かに涙を流す。

 

「あの二人は、本当に信頼しあっていて……。私の割って入る隙間なんて、ないや」

 

 二人の強い信頼を間近で見て、彼女は自らの敗北を悟っていた。

 恋に敗れた少女は、負け惜しみも言わずに、ただ笑顔で泣いていた。

 

「……おまえさんなら、もっといい男が見つかるさ。若いんだから、これに懲りたりするなよ」

 

 涙が止まらないサオリをアイアンハイドは、ぶっきらぼうながらも彼なりに慰める。

 

「ッ! ……はい!」

 

 その不器用な優しさが今は嬉しくて、サオリは涙を拭い、笑顔で返事をするのだった。

 

  *  *  *

 

「クソッ!」

 

 その夜のこと、ラステイションのどこかにある、場末の安酒場。

 安っぽいカウンターバー席に腰かけマジェコンヌが酒を煽っていた。

 ヘブンズゲートが撃墜された後、ハチェットによって無事に救出された彼女だったが、ディセプティコン基地におめおめと帰る気にもならず一人ここで酒を飲んでいるのだ。

 

「なぜこうなった! どうしてこうなった!!」

 

 一瓶幾らもしない安い酒をラッパで煽り、マジェコンヌは懊悩する。

 思えばディセプティコンと関わったのが、ケチのつきはじめだった。

 最初は一応の同盟者という立場だったのに、今や借金のかたに働く下っ端。

 対して見下していたレイやリンダは、ディセプティコンの中で評価が高まっていく。

 何度挑んでも女神に負け、オートボットに負け、ディセプティコンには見下され……。

 副業のはずのナス農家が思いのほか軌道に乗っているのが、せめてもの救いか。

 

「ハアッ……」

 

 深くため息を吐くマジェコンヌ。

 と、彼女の横に一人の女が立っていた。

 燃えるような赤い髪の眼鏡をかけた女だ。

 

「隣よろしくて?」

 

「好きにしろ」

 

 無愛想なマジェコンヌに一つ会釈すると、赤い髪の女は隣の席に座る。

 

「マジェコンヌ、で良いいわよね?」

 

「……そうだが、だからどうした?」

 

 たずねられて、マジェコンヌは不機嫌そうに返す。同時に、目は探るように細められていた。

 赤い髪の女は、ニヤリと笑う。

 

「単刀直入に言うわ。……私たち、ハイドラに協力しない? ハイドラはあなたの知恵と力をかっているわ」

 

 マジェコンヌは答えない。

 女は妖艶に笑みながら続ける。

 

「あなたの力は、ディセプティコンでは生かし切れない。もちろん、良い待遇を約束するし、ディセプティコンから守ることもするわ」

 

「くだらん」

 

 だがマジェコンヌは、バッサリと斬り捨てた。

 

「ハイドラなどと大袈裟に名乗ってはいるが、その実態は友好条約による平和路線の時流に乗り遅れて大損こいた企業や団体の集合体。……その私兵集団に過ぎんのだろうが。そんな志の低い奴らと仕事はしたくないね」

 

「ええ、そうよ。でもあなたにとっては、ディセプティコンよりは気が合うのではなくて?」

 

 赤い髪の女は、こちらも探るような視線をマジェコンヌに向ける。

 だがマジェコンヌは、もう興味を失ったらしく女のほうを見向きもしない。

 

「……そう、残念だわ。もし、気が変わったなら連絡してちょうだい。我がハイドラはいつでもあなたのことを待っているわ」

 

 女はそれだけ言うと、席を立って歩き去っていった。

 マジェコンヌは、無言で酒を煽り続けるのだった。

 

  *  *  *

 

 こうして、一人の女神候補生と一人の戦士は恋人同士になった。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 ……だが、この話にはもう少しだけ続きがある。

 

 オートボットのラステイション基地である赤レンガ倉庫。

 

「じゃあユニ、そろそろ出かけようぜ!」

 

「ええ、スワイプ、今度は迷わないようにね!」

 

 模擬戦を終えたサイドスワイプとユニは、この前の埋め合わせとして仲間たちと映画を見るべく仲良く出かけていく。

 二人の様子は、前とあまり変わらないように見える。

 だがユニがサイドスワイプのことを『スワイプ』という愛称で呼ぶようになったことなど、確かに変化していた。

 

「アイアンハイド、出かけて来るぜ!」

 

「行ってきます! お姉ちゃん!」

 

 近くで模擬戦を眺めていた師匠と姉に挨拶をする二人。

 

「おう」

 

 地面に座ったアイアンハイドはぶっきらぼうに返すが、その顔は困ったような表情だ。

 原因は、自分の足に寄りかかったノワールと……サオリである。

 二人はそれぞれアイアンハイドの左右に陣取っている。

 ニコニコと笑いながらアイアンハイドの足に寄りかかるサオリに、ノワールは渋い声を出す。

 

「ねえ、サオリ。あなたはサイドスワイプのことが好きではなかったの?」

 

 多少、不機嫌な響きがあるのは気のせいではあるまい。

 

「ええ、そうですよ。完全に諦めて吹っ切るには、もう少し時間がかかりそうです」

 

「だったら……」

 

「ああ、もちろんアイアンハイドさんに恋愛感情は抱いてませんよ。でも、アイアンハイドさんの近くにいると、なんて言うかお父さんといっしょにいるみたいで安心するんです」

 

 ニッコリと微笑むサオリに、アイアンハイドは困った顔でポリポリと顔を掻く。

 だが、別に払いのけたりはしない。

 一方、ノワールはだんだんと目が三角になっていく。

 父親のように慕っているアイアンハイドに、若い女性が近づくのが、何となく気に食わないのだ。

 

「む~……!」

 

「ふふふ」

 

 視線をぶつけ合い、火花を散らすノワールとサオリに、アイアンハイドは深く深く排気する。

 そんな三人を見て、ユニとサイドスワイプは苦笑するのだった。

 




最初はユニのほうから告白するはずだったんですけど、書いてたらサイドスワイプのほうから告ってました。

今週のTAV。

ファン投票で生まれ、最近公式でプッシュされている噂のシンデレラガール、ウインドブレード登場回。
これで、ニンジャとサムライとゲイシャがそろったことに?
プライマスから直接指令を受けたとは……。
今回の敵は、何というかマトモな悪党でしたね。規模の小さい犯罪者や狂人ではないのは、今作では逆に新鮮かも。

今回の小ネタ。

スライヌ
スライヌに絡まれるのは、ネプテューヌの伝統(?)

赤い髪の女
ほとんどの方が忘れてらっしゃるでしょう。
彼女はハイドラの一員マルヴァです。

次回はコンストラクティコン主役回の予定です。
最初期に考えた話の一つなのに、こんなに遅くなっちゃいました。

皆さんのご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 マスタービルダー part1

コンストラクティコン(+α)の主役回。
最初期から考えていた話の一つです。


 クリスタルシティ。

 かつては、科学と文化の聖地として栄華を誇った都市。

 だが、今は輝ける硬質クリスタルの建築物は黒ずんで輝きを失い、無残に倒壊していた。

 

「…………」

 

 無数に散らばる瓦礫の中を、一体のディセプティコンがおぼつかない足取りで歩いていた。

 細長い手足と、それに装備された四枚の盾が特徴的なディセプティコンだ。

 彼は、このクリスタルシティの攻略において、大きな役割を果たした。

 化学の専門家である彼が開発した酸性の薬品は、このクリスタルシティを囲む外壁を脆くし、防御システムの大部分を無力したのだ。

 さらには、仲間たちと合体する能力により合体兵士デバステーターとなって直接的にも都市を破壊もした。

 だがそのディセプティコン、名をミックスマスターは、浮かない表情をしていた。

 元を質せば、ミックスマスターはこのクリスタルシティを建造した建築用モデルの一員である。

 建築用モデルは同型が多数おり、ミックスマスターはその内の一体に過ぎない。

 そしてこの都市を建造するおり、多数の建築用モデルが従事していたが、その際に使い捨ても同然の扱いを受けていた。

 そしてついに、ミックスマスターはその復讐を果たしたのだ。

 

『ミッ…スマ…ター…』

 

 と、誰かがミックスマスターを呼んだ。

 ぎこちなくそちらを見れば、街頭のモニターから声がする。

 この都市を統括するコンピューターの端末の一つだ。

 

『ミックスマスター……、友よ……、何故こんなことを……』

 

 それは、メインコンピューターとして都市の地下に安置された巨大トランスフォーマー、オメガ・スプリームの声だった。

 かつてクリスタルシティ建設の際、使い捨てられる建築用モデルたちのことを誰よりも気遣い、心を痛めていたのは、この眠れる巨神であり、ミックスマスターと仲間たちとは、個人的な親交もあった。

 

『友よ……、何故……』

 

「…………」

 

 ミックスマスターは答えない。

 やがて、端末は沈黙した。

 

 ミックスマスターは復讐を果たした。

 

 だが、崩壊したクリスタルシティを見てミックスマスターの胸に到来したのは、言い知れぬ虚しさだった。

 自分たちが、仲間たちが、必死に造り上げたものが、無残に破壊されている。

 確かに建築用モデルたちは酷使され使い潰された。だが、それでも偉大な工事に携わったことが誇らしくもあったのだ。自分たちの技術と労働力に対する自負と誇りもあった。

 

「もうちょっと、スカッとするもんだと思ってたんだがな……」

 

 誰にともなく、ミックスマスターは呟く。

 使い捨てられる運命を憂い、それをひっくり返すために軍団に入った。

 ならば、もっとディセプティコンとしての価値観に従って他を蹴落として頂点に立てば、この虚しさは埋まるのだろうか?

 

 答える者は、誰もいなかった。

 

  *  *  *

 

 ここは、ラステイションのとある山中。

 木々の生い茂る中にここで、数台の建設車両が動き回っていた。

 巨大なパワーシャベルが草木ごと地面を掘り返し、ブルドーザーが土を押しやり、ダンプカーが土砂を運ぶ。

 さらに、クレーン車が吊り上げた資材を、ダンプトラックの荷台に積む。

 高台に立つメガトロンは、それらの工程を不満げに眺めていた。

 

「新臨時基地の建造は、ずいぶんと遅れているようだな」

 

「へえ。なんせ急なことだったんで、碌な下準備もありやせんでしたから……」

 

 機嫌悪げなメガトロンに、傍らに控えたミックスマスターが答える。

 彼らは、前回の一件で失った臨時基地の代わりを建設しようとしているのだ。

 しかし、基地と言うのは「造れ」と言われて「はい、どうぞ」とすぐに用意できる物ではない。

 立地を選び、図面を引いて、資材を調達、運び込んで、やっと建設を開始、その後様々な工程を経てようやく完成するのだ。

 

「急ぐのだ。この臨時基地が完成しなければ、我らはこの国での足がかりを失うのだぞ」

 

 それが分からないメガトロンでもないが、あえて厳しく言い含める。

 

「へ、へえ! 分かってまさ!」

 

 すぐさま首をコクコクと振るミックスマスターだが、さらに後ろに控えるスクラッパーが声を出す。

 

「し、しかしメガトロン様! この辺りはあまり基地建設には適さない土地です! 地盤は脆く、山の傾斜も……ヒッ!」

 

 言い募るスクラッパーだが、メガトロンがオプティックをギラリと危険に光らせると、すぐさま黙り込む。

 

「とにかく急がせろ。貴様たちの能力なら可能なはずだ」

 

「そ、そりゃもちろん、できないこたぁないですけどね。ただ、期間中にってのは……」

 

「ならば、期限を延ばしてやる! それまでには完成させるのだ!」

 

 なおも不満げなミックスマスターに、メガトロンはピシャリと言い放つ。

 

「話しは終わりだ。俺は基地に帰る」

 

 そして、踵を返してその場を去ろうとするが、ふと思い出したように振り返った。

 

「そうそう、貴様たち」

 

「へえ? 何でしょうか?」

 

「しばらくはオイルを飲むのをやめろ」

 

「「へッ?」」

 

 思わず素っ頓狂な声を出すコンストラクティコンの二人。

 そんな部下たちに対し、メガトロンは厳かに続ける。

 

「最近、エネルギー変換機の調子が悪くてな。直るまではエネルギーを節約することにしたのだ」

 

「そ、それで、何で俺らがオイルを断つことに!?」

 

「貴様らのオイル消費量が目に見えて激しいからに決まっておろう」

 

 面食らうミックスマスターに呆れた調子で答えるメガトロン。

 実際のところ、コンストラクティコンたちは全員揃ってかなりの大酒飲みならぬ、大油飲みだ。彼らが飲油を抑えるだけで、結構なエネルギー節約になるだろう。

 

「では、吉報を待っておるぞ」

 

 ミックスマスターが何か言うより早く、メガトロンはギゴガゴと異音を立ててエイリアンジェットに変形し、飛び去っていった。

 

「ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃねえやい!!」

 

 大口を開けて唖然としていたミックスマスターだったが、やがて怒りを堪えきれずに叫んだ。

 

「こっちは、毎日クタクタになりながら働いてんだ!! それなのに、唯一の楽しみのオイルを飲むなだと!!」

 

「ミ、ミックスマスター、お、落ち着いてください」

 

 怒れるリーダーをスクラッパーが何とか諌めようとするが、ミックスマスターは止まらない。

 

「これが落ち着いていられるかってんだ!! ええい、畜生!! カーッペッ!!」

 

「あ、ちょっと! どこ行くんですか!?」

 

「やってられっかってんだ!! ここは任せたぞ!!」

 

 唾のような粘液を地面に吐き捨て、ミキサー車に変形してミックスマスターをスクラッパーが呼び止めるのも構わず走り去るのだった。

 

  *  *  *

 

 しばらく道なき道を走っていたミックスマスターは、やがて開けた原っぱに出た。

 日差しは暖かく、草花は咲き誇り、蝶や小鳥が舞う。

 だが、そのいずれもミックスマスターの心を癒しはしない。

 働く男に取って、その日の最後に飲む一杯ほど大切な物はないのに、それを奪われたのだから、その怒りと悲しみは計り知れない。

 

「はあッ……」

 

 ロボットモードに戻って草原に寝転ぶとオプティックを瞑って深く排気した。

 

「……上手くいかねえなあ」

 

 何が、ではない。何もかも、だ。

 使い捨ての土建屋が嫌で軍団入りしたのに、そこでもやっぱり土建屋扱い。ままならないものだ。

 差し当たっては、やはりオイルを飲んで嫌なことを忘れたいが今はそれも叶わない。

 

「どうしたもんかなあ……」

 

 誰にともなく呟くも、聞く者は当然いない。

 と、その顔にどこからか風に吹かされて飛んで来た紙切れが被さる。

 

「わぷッ!? 何だこりゃあ?」

 

 器用に紙を摘まみ上げると、それは何かのチラシだった。

 

「え~っと、何々? 技術者急募。特に建築関係の経験者歓迎。待遇応相談。やる気のあるかたは万能工場パッセまで……カーッペッ! なんでえ、下らねえ!!」

 

 チラシの内容はおおよそミックスマスターの興味を引くものではなく、ポイと捨てようとする。

 だが、そこでミックスマスターの目にチラシの下のほうに書かれた内容が目に入った。

 

「なお報酬は……オイルによる現物支給!?」

 

 食い入るようにチラシを読み込むミックスマスター。

 やがて彼は顔を上げるや決意に満ちた表情を浮かべ、ミキサー車に変形してエンジンをかけるのだった。

 

  *  *  *

 

 ゲイムギョウ界の東方に位置するラステイションは重工業が盛んな国だ。

 こと日用品的な機械については、他の国を大きく上回る生産量を誇っている。

 それを支えるのが勤勉な技術者たちであり、下町では大小無数の工場が、日夜競い合い技術を高め合っている。

 パッセもそうした町工場の一つで、日用品からミサイルまで幅広く取り扱っており、工場では工員たちが汗水垂らして働いている。

 その社屋の奥にある応接室も兼ねた会議室に何人かの人間が集まっていた。

 

「駄目だ! 今のままじゃ、技術者が足りな過ぎる!」

 

「せっかくここまでこぎつけたってのに……」

 

「やっぱり無理だったのか……」

 

 席に座る歳かさの男たちは、皆一様に難しい表情だ。

 と、一人の女性が立ち上がった。

 青い髪を短く揃え、作業用のゴーグルを頭に乗せたツナギ姿の若い女性……少女と言ってもいい。

 

「みんな、何言ってるんだ! ようやく完成が見えてきたところじゃないか! 真羅公社の奴らに一泡吹かせられるんだぞ!」

 

「しかしな、シアン。これだけの物を造るには、どうしても人手が足りないんだ。皆、生活があるから、こいつに掛り切りってわけにもいかない」

 

 吼えるシアンに、席に座った男に一人が、難しい顔で返す。

 

「だから、こうして技術者を募集してるんだ!」

 

「考えてもみろ、金が払えないからオイルで、なんて条件で雇われる奴がいると思うか?」

 

 男の言葉に、シアンは悔しげに黙り込む。

 シアンとて、こんな条件で人を雇えないのはよく分かっている。

 それでも、小さな町工場が人に出せる物と言ったら知り合いの伝手で格安で手に入るオイルくらい。それもあまり質がいいとは言い難い。

 重苦しい沈黙が、会議室を支配した。

 

「たのもー!!」

 

 と、建物の外から声が聞こえてきた。

 同時に、外にいる工員たちがざわつく声もする。

 

「し、シアン! 大変だ!!」

 

 古株の工員が血相を変えて会議室に飛び込んできた。

 

「どうしたんだ、いったい?」

 

「と、とにかく来てくれ!」

 

 工員に促され、シアンは男たちに軽く詫びてから、外へと出る。

 すると、そこに広がっていたのは驚くべき光景だった。

 

「だーかーらー! 俺はこのチラシを見て応募に来たんだっつうに! 責任者を呼べや!!」

 

 巨大なロボットが、自社のチラシを片手に大声を出しているのである。

 しかも、そのロボットには見覚えがあった。

 

「で、ディセプティコン!? うちにいったい何しに来たんだ!?」

 

「あの通り、うちで働きたいと……」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

 思わず声が裏返るシアン。

 ゲイムギョウ界にディセプティコンが出現するようになってから結構な時間が経っており、すでに彼らは各国のニュース映像や新聞でお馴染の存在となっていた。

 このミックスマスター自身、仲間たちと共にこのラステイションでオイルを強奪していた時期があり、あまりいい意味でなく顔が知られている。

異世界から来た侵略ロボットが町工場で働きたいだなんて、普通に考えれば、有り得ない。

 何とか正気に戻り、教会に通報するように工員に言おうとするシアンだったが、ミックスマスターは目ざとくシアンを見つけ、こちらに向かって歩いてきた。

 

「おう! おまえがここの責任者か!!」

 

「そ、そうだけど……」

 

「この、チラシの『報酬はオイルによる現物支給』ってのは本当だろうな?」

 

「ああ、うちはオイルくらいしか払える物がなくて……」

 

「つまり、本当なんだな! よし、働いてやるぜ! 何をすりゃいいんだ?」

 

 さらに唖然とするシアン。

 見るからに恐ろしげなロボット生命体が、オイル欲しさに働きたいと言っているのだから、さもありなん。

 とにかく、これ以上厄介なことになる前に、お引き取り願うことにした。

 

「いやその、うちが欲しいのは技術者だし……」

 

「俺は技術者だ! 専門は建築と化学! 特に化学においては俺に調合できない薬品はないと自負してるぜ! ……見てろ、実際にやって見せてやらあ」

 

 自信満々に自己アピールするミックスマスターは、工場の中に置かれた二種類の薬品を瓶ごと器用に摘み上げるや、それを持ったままミキサー車に変形する。その過程で、薬品はドラムの中へ消えた。

 

「ちょ! それは調合が難しい薬品だから、専門家に任せることになってるんだぞ!」

 

「目の前にいるのが、その専門家よ! 目を見て混ぜ混ぜ~♪」

 

 止めようとするシアンや工員に構わず、妙な歌を口ずさみながらドラムを回転させるミックスマスター。

 やがてドラムの回転が止まり、ミックスマスターがロボットモードに戻ると、その両手には一つずつ瓶が握られている。

 だが、片一方は空になっており、もう一方は薬品で満たされていた。

 

「今ので、調合したって言うのか?」

 

「おうともよ! 嘘だと思うなら調べてみな!」

 

 シアンは差し出された薬品を恐る恐る受け取り、その臭いを嗅ぐ。

 上手く調合で出来ているなら、独特の臭いがするからだ。

 

「この臭いは……、調合できてる」

 

 その言葉に、工員や何事かと応接室から顔を出した男たちがざわつく。

 詳しく調べてみないと分からないが、この薬品は正しく調合されたようだ。

 

「どーでい! これで採用だろう! 化学以外にも力仕事もいけるぜ!」

 

 胸を張るミックスマスターを見上げて、シアンはふと考えた。

 このロボットは、確かにディセプティコンだが、優秀な技術者だ。それなら……。

 

「分かった。おまえをうちで雇うよ」

 

「お、おいシアン!? 正気か!」

 

 シアンの言葉に、周囲は驚き彼女を止めようとするが、シアンは強い口調で返した。

 

「……責任は私がとるよ。それでいいだろ?」

 

 その言葉に、男たちは顔を見合わせる。

 女一人に責任を丸投げしては、ラステイション男の名折れだ。

 

「……分かった。そこまで言うなら、こいつを雇おう。だけど、こいつが少しでも何かしでかしたら、俺たちがすぐに教会に通報する」

 

「ありがとう」

 

 無理を聞いてくれた仲間たちに頭を下げて感謝を伝えるシアン。

 ミックスマスターは、一連の流れを興味なさげに眺めていたが、話が纏まったのを察して声を出す。

 

「よっしゃ。それじゃあ、さっそく仕事に掛からあ。んで、何をすりゃいいんだ?」

 

「あ、ああ、じゃあ、まずは……」

 

 何はともあれ、シアンはミックスマスターに指示を出そうとする。

 だが、その時だ。

 

「たのもー!」

 

 またしても声が聞こえた。

 酒焼けした中年男性のようなダミ声だ。

 ミックスマスターを含めた一同がそちらを見ると、またしても巨大なロボットが立っていた。

 それは肥満体でスキンヘッドの中年男性を思わせる姿の赤いトランスフォーマーだ。

 

「このチラシに書いてある、報酬はオイルによる現物支給ってのは、本当……」

 

 チラシを片手に持った、そのトランスフォーマー……、オートボットのレッカーズ戦略家レッドフットは、大口を開けて硬直しているミックスマスターと目が合い、こちらも固まった。

 

「ッ! オートボット!!」

 

「ディセプティコン!!」

 

 数瞬後、ミックスマスターはバトルタンクモードに変形し、レッドフットは武装を展開する。

 形はどうあれ、オートボットとディセプティコンが出会った以上、戦いはさけられない。

 

 はずだったが。

 

「待った待った!! こんな所でドンパチ始めるなって!!」

 

 自分の工場で暴れられてはたまらないと、シアンが両者の間に割って入り、腕を広げて静止する。

 だが一触即発の空気は消えない。

 無視されてムッとしたシアンは、声を荒げる。

 

「言うこと聞かないなら、報酬のオイルはナシだからな!!」

 

 その言葉は魔法のように効果的だった。

 ミックスマスターはすぐさまロボットの姿に戻り、レッドフットは渋々ながらゆっくりと武器を下ろした。

 ホッと息を吐いたシアンは、さて、と赤い太ったオートボットに向き合った。

 

「それで? アンタもうちで働きたいって?」

 

「ああ、この報酬はオイルってのが本当ならな」

 

「もちろん、本当さ! 質は保障できないけど。……それで、どんなことができるんだ?」

 

「専門は武器兵器の設計、製作、整備。他にも機械関係は一通り。俺の仕事は完璧(パーフェクト)だぜ。どっかのディセプティコンと違ってな!」

 

 自慢げに腹を揺すりながら語るレッドフットにミックスマスターはピクリと眉根を動かす。

 

「カーッペッ! よすうるに武器をチマチマといじくるしかできねえんだろうがよ!!」

 

「んだと、テメエには武器整備の芸術性が分かんねえようだな! このヤクを混ぜるしか能がねえドラム缶野郎が!!」

 

「そっちこそ、薬品を調合するのに、いったいどれだけの緻密な計算と繊細な技術が必要か分かってねえようだな! 腐れデブ!!」

 

「何を! このクソディセプティコンが!!」

 

「言ったな! オートボットのガラクタがよ!!」

 

 口汚く罵り合いながらメンチを切り合うトランスフォーマー二人。

 そんな二人を、シアンは怒鳴りつける。

 

「いい加減にしろ!! オイルなしでもいいのか!!」

 

 金属生命体たちは、あからさまに不満げながら、またしても言い合いをやめる。だがお互いに剣呑な視線を向けていた。

 先のことを思って、シアンはハアッと深く息を吐くのだった。

 

「……とにかく、仕事を説明するから、二人ともついてきてくれ」

 

 踵を返して、シアンはミックスマスターとレッドフットに工場の中へ入るよう促し、二人は黙ってそれに続く。

 町工場とはいえ、建物は中々の大きさがあり、トランスフォーマー二人も難なく入ることができた。

 様々な機械や器具が並ぶ工場の中に通された所で、シアンはいったん二人を待たせて奥の会議室に入っていく。

 

「で、テメエは何でここに働きに来たんだよ?」

 

 やることもないので、ミックスマスターは隣で鼻をほじくるレッドフットに気になっていたことをたずねる。

 このレッドフットはオートボット屈指の技術者集団にしてオートボット屈指のタカ派集団レッカーズの一員。少なくともこんな町工場で働くような玉ではないだろう。色んな意味で。

 

「ああん? 何でテメエにんなことを言わなきゃいけねえんだよ?」

 

「別にいいだろ? ここにいる間は休戦だ」

 

「何が休戦だ! クソッ! イストワールの奴が禁オイルとか言い出さなきゃ、こんなことには……。オイルをほんの一日50リットルほど飲んだだけだろうが……」

 

 イライラとしているレッドフットが思わず呟いた愚痴を聞いて、ミックスマスターは得心する。

 どうやら、こちらと似たような理由であるらしい。

 まったくどこにも話の分からない上司というのはいるものだ。

 ちなみに50リットルあれば、車種にもよるが普通の車なら500km走れる。レッドフットは明らかに飲み過ぎだ。

 そうこうしているうちにシアンが会議室から出て来た。手に折りたたんだ紙を持っている。

 

「待たせたて悪かった。ちょっと人を待たせてたもんでな。じゃあ、説明するな」

 

 そう言ってシアンは手に持っていた紙を広げ、二人に見やすいように掲げる。

 

「私たちが進めている一大プロジェクト、『ソーラータワー建造計画』について!!」

 

  *  *  *

 

 オートボットとディセプティコンがゲイムギョウ界に現れて以降、起きつつある技術革命。

 各国はこぞってオートボットから得た科学力を利用した新技術を確立させようとしている。

 例えば、プラネテューヌでは娯楽関係に力を注いでいるし、ルウィーでは魔法と科学の融合を研究し、リーンボックスは企業と提携して国防のための戦力を整えている。

 そして、ラステイションが考えているのが新エネルギーの開発である。

 そのために国内の各企業や研究機関にオートボットの技術を限定的に開示して新エネルギーを開発させ、その中から優れた物を選ぶ、コンペ形式を取っている。

 参加しているのは、多くは利潤な資金と人材を抱えた大企業や著名な研究機関だ。

 

 だが、ここで問題が生じた。

 ある大企業が、自分たちの技術力ではない部分で勝負を始めたのだ。

 財力に物を言わせてライバル企業から有能な科学者や技術者を強引な手段で引き抜くのは当たり前。ある時は圧力をかけて黙らせ、またある時は金で雇った人間に嫌がらせをさせたり悪い噂を流させたり、挙句、産業スパイ紛いのことをして研究成果を盗むことさえある。

 もちろん教会もこの事態に黙ってはいなかったが、その企業は自分たちの所業の証拠を巧妙に消し去っていた。

 証拠がなくては教会も強権的に振る舞うワケにはいかず、もはやその企業、真羅公社の一人勝ちは見えたも同然かと思われた。

 しかし、ここで下町の中小企業たちが力を合わせて立ち上がったのだ。

 

 この国を支えているのは、大資本ばかりではない。下請けをする自分たちだって、力を合わせればできることはあるはずだ!

 

 その思いを胸に、それぞれの技術を持ち合って、壮大な計画を考え出したのだ。

 

  *  *  *

 

「それが、このソーラータワーってわけさ」

 

 シアンが説明を終えると、ミックスマスターとレッドフットはソーラータワーの設計図を二人して覗き込む。

 

「なるほど、こいつはサイバトロン式の太陽光発電を利用した、大規模なエネルギープラントってワケか。こいつなら、一機あればかなりの電力をまかなえるな」

 

「しかも、各所に改良が加えられていて、発電量の割に安全性はすこぶる高く、環境への影響も少ないと。……これほどの物を、人間が考え出すたあ……」

 

 素直に驚くミックスマスターとレッドフット。

 彼らは、やはりどこかでゲイムギョウ界の人間を見下している部分がある。

 それは金属生命体としての価値観であり、個人の人格の問題でもある。

 だが、それ以前に彼らは技術者だ。

 技術者として、彼らは素直にソーラータワーに感心しているのだ。

 

「しかし、こいつを建てるとしたら大工事になるぜ?」

 

「それに色んな分野の専門的な技術も必要だな。……本当に造る気か?」

 

 難しい顔のディセプティコンとオートボットの技術者二人。正直、このソーラータワーを完成させるのは、見果てぬ夢のような話だ。

 

「造るさ」

 

 だがシアンは、決意を込めて言い切った。

 

「真羅公社のやりかたは許せないし、あいつらの進めてる新エネルギー『真光炉(まこうろ)』は、情報が不透明で何が起こるか分からない。それに……」

 

 いつの間にか、パッセの工員や、会議室にいた男たち……下町の中小企業の代表者たちが彼女の周りに集まっていた。

 

「こいつは私たち、みんなの夢だ。私たちみたいな、下町の工場でも、長年培ってきた技術を合わせれば、何かデッカイことができるんじゃないかっていう、そんな夢だ」

 

 笑顔で言い切ったシアンに、レッドフットは深く感心したように頷き、ミックスマスターは一瞬戸惑ったような素振りを見せるも、すぐに顔を背けた。

 

「……ま、そりゃいいけどよ。とりあえず、俺らは何をすりゃいいんだ?」

 

「おっと、そうだったな! じゃあ、まずは……」

 

 説明を再開するシアン。

 それをフムフムと聞くレッドフットに対し、ミックスマスターはどこか眩しそうにしている。

 

 かつて、ミックスマスターは技術者としてのプライドよりこき使われる底辺としての憎しみを選んだ。ディセプティコンとしての本能を選んだと言ってもいい。

 それが間違っていたとは、今でも思わない。

 

 それでも、もし、技術者として、土建屋としてのプライドを選んでいたならば、何か変わっていたのだろうか?

 

 たまにそう思うことは、あるのだった。

 

  *  *  *

 

 ミックスマスターとレッドフットは、ラステイション郊外の山中に案内された。

 そこには、建設途中のタワーがあった。基底部までは出来上がっている。

 

「こいつがソーラータワーだ。途中までは出来上がってるんだ。二人とも、良ければさっそく作業に入ってくれ」

 

「「おう!」」

 

 シアンの言葉に、ミックスマスターとレッドフットは威勢よく答え、たくさんの作業員と共に作業に入るのだった。

 

 かくして、金属生命体二人のアルバイトが始まったのだ。

 

「このクソが! そんなこともできないのか!!」

 

「あ、それなら、もうやっておいたぜ」

 

「お、おう……。ならいいんだ」

 

 通常運転で技術者に暴言を吐くレッドフットだが、先回りして仕事を終わらせていた技術者たちに調子が狂う。

 

「ミックスマスターさん、こいつを調合してくれ」

 

「おう! 任せときな!」

 

「ありがとうよ!」

 

 一方、ミックスマスターは順当に作業員に馴染んでいた。

 他にもトランスフォーマーの巨体を生かした力仕事など様々な仕事をそつなくこなし、アッと言う間に時間は過ぎて日が暮れた。

 そして……。

 

「今日はお疲れさん、二人とも! まずは今日の分のオイルだ!」

 

 オイルが満載されたドラム缶を前に、シアンがミックスマスターとレッドフットにオイルを進める。

 

「でも、伝手でもってけ泥棒価格で手に入れた物だから、正直なところ質はそんなによくないんだ」

 

「んなもんは、飲めりゃあいっしょよ!」

 

「とりあえず飲んでみるぜ!」

 

 顔を曇らせるシアンだが、ミックスマスターとレッドフットは構わずドラム缶を手に取って、ビール缶よろしく口に付けてオイルを飲み始める。

 

「「…………」」

 

「ど、どうかな?」

 

 緊張するシアン。

 さすがに飲めないほど不味かったら、もう働いてくれないだろう。

 

「「プッハー! 美味い!!」」

 

 だが二人は揃ってそう言った。

 

「いや美味いじゃねえかよ! これで質が悪いとかヒトが悪いぜ!」

 

「まあ、純粋な燃料としちゃ確かに質は悪いがな。でも俺らの嗜好品としてなら、不純物がいい具合にフレーバーになってて美味いのよ!」

 

 上機嫌なミックスマスターとレッドフットに、シアンはホッと息を吐く。

 

「それじゃあ、もう一杯……」

 

 二人の金属の巨人は、さっそくさらにオイルを飲もうとする。

 

「あー! こんな所にいた!!」

 

「ッ! この声は!?」

 

 と、どこらか聞こえた声に、ミックスマスターが慌てて振り返る

 見れば、ホイールローダー、ブルドーザー、ダンプカー、ダンプトラック、クレーン車、そして巨大なパワーショベルがこちらに向かって走ってくるではないか。

 

「こんな所で油売って! もとい油飲んで!」

 

 先頭を走って来たホイールローダーがギゴガゴと変形して人型のスクラッパーになる。

 他の建機たちも次々と変形していく。

 ミックスマスターの仲間である、コンストラクティコンの面々だ。

 

「まったく仕事ほっぽって何やって……って! オートボット!?」

 

 急にいなくなった自分たちのリーダーに文句をつけようとしたスクラッパーだったが、すぐ近くにいるレッドフットに気付き、チェーンメイスを展開する。

 他のコンストラクティコンたちも、戦闘態勢を取る。

 

「お? やっぱりやるか? まとめて相手になってやるぜ!」

 

 当のレッドフットもドラム缶を置いてファイティングポーズを決める。

 さすがに今回は数が多すぎてシアンも止めに入れそうにない。

 

「待てや、野郎ども!」

 

 だが、それを止めたのは誰あろうミックスマスターだ。

 コンストラクティコンたちは訝しげな顔を自分たちのリーダーに向ける。

 

「ミックスマスター?」

 

「今は休戦中でい。俺らはそこのシアンに雇われたんだよ」

 

『ハアッ!?』

 

 リーダーの言葉が理解できず、建機型ディセプティコンの一団は素っ頓狂な声を上げる。

 

「ミックスマスター、何を言って……」

 

「オイルなんダナ!!」

 

 さらに問い詰めようとするスクラッパーだったが、それをさえぎってロングハウルが声を上げ、他のコンストラクティコンたちも反応する。

 

「何ぃ!? オイルじゃとぉ!」

 

「おお、この芳醇なる香りは間違いありません!!」

 

「いっぱいあるっぺよ!! わーい!!」

 

「うおおお!! 飲みてぇええ!!」

 

 ランページ、ハイタワー、スカベンジャー、オーバーロードは歓声を上げてオイルに殺到しようとする。

 

「テメエら、やめねえか!! これは俺様が働いて得たもんだ!!」

 

 だが、ミックスマスターが部下たちを制止した。

 ピタリと止まる建機ロボット集団。

 その視線がリーダーに集中する。

 

「そんなに欲しいなら、テメエらもここで働きゃいい。……シアンよう、こいつらの分もオイルを用意できるかい?」

 

「あ、ああ。大丈夫だけど……」

 

 ミックスマスターの問いに、シアンは少し考えてから答える。

 伝手で得た格安オイルなので、融通は利く。

 

「それより、奪ってしもうたほうが早いのじゃないか?」

 

「同感なんダナ。ムシケラみたいな有機生命体の下で働くなんかごめんなんダナ!」

 

 武闘派のランページが物騒な意見を出し、ロングハウルも同調する。

 

「お待ちなさい。それはあまりにも美しくありません!」

 

「別に働くくらいいいだろうがよお」

 

「オラも、オイルがもらえるなら働いてもええべよ」

 

 一方、ハイタワーとオーバーロード、スカベンジャーは働く気になっているらしい。

 

「それより、こんなトコで働いて、臨時基地のほうはどうするんですか? メガトロン様が怒りますよ!」

 

 そして副官格のスクラッパーは、ディセプティコンの兵士として常識的な意見を出す。

 部下たちの言葉を聞いてミックスマスターは大きく頷いた。

 

「よっし、じゃあこうしようぜ! 臨時基地は、取りあえず建てていくとして、俺たちの中から何人かが順番にこっちにくる。もちろん、報酬のオイルはそいつらのもん。これでいいだろ?」

 

「……まあ、それなら」

 

 渋々ながら、スクラッパーは納得した。なんだかんだ言いつつ彼もオイルが欲しいのだ。

 ランページとロングハウルの意見は封殺されたが、彼らもそこまで不満げではない。

 

「そいじゃ、決まりだな。じゃあ、次はここで働く順番を決めるぞ!」

 

 ミックスマスターの号令の下、コンストラクティコンは集まって話し合う。

 それ油断なくを睨みながら、レッドフットは傍らのシアンに話しかけた。

 

「おい、本気でこいつらを雇うつもりか?」

 

「ん? ああ、もちろんさ。どうやら、アイツらも優秀な技術者みたいだし」

 

「さっきのを聞いてただろが? アイツらはやっぱりクソディセプティコンだぜ!」

 

「そう言うなって! 人手は多いに越したことはないんだしさ!」

 

 当然とばかりのシアンの答えに、レッドフットは難しい顔をする。

 しかし、いざと言う時は仲間に連絡して始末をつければいいかとも考えた。

 今はオプティマスやイストワールに無断で行動しているので、できれば連絡したくないが、コンストラクティコンが何かしでかすようなら仕方がない。

 

 そんなレッドフットの思惑とは裏腹に、ミックスマスター以下コンストラクティコンたちは話が纏まったようだ。

 

「よ~し! ここは一つ、音頭を取るぞ! せ~の」

 

『コンストラクティコン! ファイトー、いっぱーつ!!』

 

 ミックスマスターを中心に円陣を組んで声を上げる建機型ディセプティコンたち。

 

 何はともあれ、ソーラータワー建設は始まった。

 

 果たしてどうなることやら……。

 




そげなワケで、またまた分割。

今週のTAV
ラッセルとデニー、最近見ないと思ったら二人でキャンプに行ってたのか。雨に降られたようだけど、楽しかったようで何より。
部下たちに地球の良さを伝えたくて、あちこちに出かけるバンブルビー。空回りもしてたけど、なんだかんだみんな楽しそうでよかった。
スパイでありながら他の星にサイバトロンの情報を売った売国奴な今回の敵。
元はオートボットなのかディセプティコンなのかはわからないけど、よく殺されなかったもんです。

今回の解説

マスタービルダー
G1の20話のタイトルより。
初期に構想した話は、G1のタイトルをもじった物が多いです。

シアン
ネプテューヌ無印からのキャラクター。
亡き父の跡を継いで、町工場パッセを切り盛りしている女性。
無印のころはシルエットオンリーだったが、Re;Birth1で顔絵が付いた。
おそらく無印モブ組の中ではフィナンシェに次いで人気がある。

真羅公社
ゲーム史上に残るブラック企業、FF7の神羅カンパニーのパロディ。
本来このポジションには、ネプテューヌ無印に出てくるアヴニールという企業を持ってこようかと考えていましたが、しっくりこなかったのでこっちに。

真光炉
FF7の魔晄炉のパロディ。
魔晄炉はクリーンなエネルギーのようで裏があったが、つまり真光炉も……。

ソーラータワー
G1にてサイバトロンのグラップルとホイストが建てたがってた発電タワー。
建造にビルドロン(コンストラクティコン)が関わっている。
原作では悲しい結果に終わったが、ここでははたして?

では、ご意見、ご感想、切にお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 マスタービルダー part2

まさかの三分割。

最近、最初のほうの話を改稿してますんで、よろしかったら見てみて下さい。


 オイル欲しさに、ソーラータワーの建造を目指す人間たちの下で働くことになったコンストラクティコンとレッドフット。

 オートボットとディセプティコンが揃って人間の下で働くという前代未聞の状況で、果たして彼らがどうなっているかと言うと……。

 

  *  *  *

 

 下町の人々が夢と希望を込められたソーラータワー。

 組まれた足場の上を、作業員に混じってエビのような姿の巨大な影が作業していた。

 

「おーい、ランページさん! こっちのほうの溶接頼まあ!」

「おう、任せんさい!」

 

 ランページは巨体のコンストラクティコンの中にあって、比較的小柄であることと動きが軽いことを生かして、あちこちを跳び回りながら作業してした。

 

「ロングハウルさん、悪いんだけど建材をもっと運んできてくれ!」

「はいはい。……まったく、みんなしてボクのことを運び屋扱いなんダナ。嫌になっちゃうんダナ」

「まあ、そう言わないでくれよ! 報酬のオイル、アンタの分少し増やすからさ!」

「ほ、ホントなんダナ? よーし、それじゃあ張り切っちゃうんダナ!」

 

 ブチブチと文句を言っていたロングハウルも、上手く乗せられてやる気を見せている。

 

「俺は運ぶの大好きだぜぇえええ!!」

「ハハハ、ありがとな、オーバーロードさん」

「いいってことよぉおおお!!」

 

 作業員たちと話しながら、ダンプトラック姿のオーバーロードは、あちこちに機材を運んでいる。

 

「オーライ! ハイタワーさん、ありがとうよ!」

「いえいえ。……しかし、人間のむせ返るような男のスメルも、中々オツですね……」

 

 クレーン車の姿で高い所に鉄骨を吊り上げるハイタワーは、聞こえないようにボソリと呟いた。

 

「うーん、この場所に穴を掘るのは難しいな……」

「ほいほい、穴掘りならオラに任せるっぺよ。これくらいなら軽いっぺ!」

「おお、助かるよ!」

 

 スカベンジャーは他の施設の土台作りために地面を掘り返している。

 

「あ~あ……、結局、全員で来ちゃって……」

「おめえもだろ」

 

 コンストラクティコンたちは、ここでの仕事は少人数で順番に来ることにして、臨時基地のほうの設営を優先することに決めたのに、オイル欲しさに全員こっちに来てしまっている。

 そのことに呆れるスクラッパーだが、隣に立つミックスマスターが短く突っ込んだ通り、本人もこの場に来ているので言えた義理ではない。

 

「はあ、まあそうですけどね……、ああ、シアンさん。ちょっとタワーの設計について意見があるんですけどいいですか?」

 

 スクラッパーも否定はせず、近くで一休みしていたシアンに話しかけた。

 

「いいけど、もうここまで出来上がってるんだぜ?」

「もちろん、今からでも変更可能な部分についてですよ。ソーラーパネルについてですが、もう少し角度をずらしたほうが、より太陽光を吸収できるはずです」

「なるほど……、ちょっとみんなを集めて話してみるよ!」

 

 優秀な建築家であるスクラッパーの言葉に、シアンは頷く。

 休憩中のミックスマスターは人間に混じって働く仲間たちを、心なし満足げに眺めていた。

 

 と、機械の調整や整備を担当しているレッドフットがやってきた。

 

「う~い、計器周りの調整終わったぜ~」

「おう、ご苦労さん!」

「ディセプティコンが! 気楽に話しかけんじゃねえやい!!」

「カーッペッ! なんでえ、その言い方はよお!! 礼儀がなってねえとはお里が知れるぜ!!」

「こちとら、元々礼儀なんざ知ったこっちゃねえんだよ!!」

 

 至近距離でガンをつけ合いながら、言い合うレッドフットとミックスマスター。

 だが、スクラッパーや周りの作業員たちは「またか」というような顔で呆れていた。

 この二人、何かにつけて喧嘩をしているのだ。

 言い合い、罵り合いは当たり前。殴り合いになることも珍しくないし、時にどちらかが武装を展開することさえある。

 だが、周囲の者たちは慌てもしない。

 この後のオチが分かっているからだ。

 

「あ~、喧嘩すんならオイルなしで……」

「よっし! 俺はそろそろ作業に戻るぜ!」

「俺も、もう少し機械を調整しなけりゃな!」

 

 シアンがボソッと言うと、ミックスマスターとレッドフットはすぐさま喧嘩をやめた。

 長年の因習も、オイルへの欲求には負ける。

 そこまでオイルが欲しいのかと問われたら、欲しいと即答するだろう。

 

「はあッ……、まったく……」

 

 いいように人間に使われるリーダーに、スクラッパーは排気する。

 だがしかし、それ以上文句は言わない。

 分かっていたからだ。

 

 ミックスマスターも、他の仲間たちも、そして自分も、心のどこかでこの状況を楽しんでいる。

 

 建設中のソーラータワーを見上げ、スクラッパーは思う。

 

 ――まあ、こいつを前に興奮しない奴は、建築屋を名乗る資格はないからな。

 

 下等な人間たちの、そのまた下等とされる類の人間たちが、夢と希望を込めて作っているソーラータワー。

 サイバトロンの建築技術を修めたスクラッパーの目から見ても、この建物は素晴らしいの一言に尽きた。

 他の仲間たちも、皆そう思っているのだろう。

 偉大な建築物のため、一丸となって働く。

 

 懐かしい、感覚だった。

 

 ――いつからだろう、建築がただの『作業』になってしまったのは……。

 

 クリスタルシティを建造していた頃は、確かに耐えがたいほど大変だったが、それでも誇りがあった、達成感があった、仲間たちとの信頼と友情があった。

 しばらく昔を懐かしんでいたスクラッパーだったが、ふとセンサーが町からの道をこちらに向かって走って来る車を捉えた。

 

「シアンさん、こっちに向かって来る車がいますよ。車体に『真羅』って書いてありますけど……」

「ッ! 真羅だって!?」

 

 そろそろ仕事に戻ろうとしていたシアンは、それを聞いて目を見開く。

 

「真羅の連中が何しに……、いやそれよりお前らの姿を見られるとマズイ!」

「ですね。ミックスマスター、聞いてたでしょう!」

「おう! 野郎ども! トランスフォームだ!!」

『アラホラサッサ~!』

 

 近くにいたミックスマスターはすぐに部下たちに通信で号令を出し、全員がそれに応じる。

 タラップから地面に飛び降りたランページとロングハウルはブルドーザーとダンプカーに変じ、整地していたスカベンジャーも巨大パワーシャベルに変形する。

 ハイタワーとオーバーロードは元よりクレーン車とダンプトラックの姿で作業していたので問題なし。

 スクラッパーとミックスマスターもホイールローダーとミキサー車になり、これでロボットの集団は消えて建設車両の集団が現れたというワケだ。

 そうこうしている内に、車が人間の目でも見える所までやってきた。

 黒塗りのリムジンで、車体にデカデカと真羅の文字と真羅公社の社章が描かれている。

 リムジンはやがてシアンの近くに停車し、一人の男は降りてきた。

 上等なスーツに身を包みサングラスをかけた、いかにもビジネスマンと言った風情の男だ。

 男はムッツリとした顔のシアンに目を止めると、近づいてきた。

 

「失礼ですが、あなたがパッセの責任者のミス・シアンでよろいでしょうか?」

「そうだけど、真羅の人が私に何の用だい?」

「アポイントメントなしの急な訪問で失礼。私は真羅公社の真光事業部、責任者のジョン・スミスと言う者です」

 

 慇懃な口調だが、感情を感じさせない声のスミスにシアンは顔をさらにしかめる。

 

「あなたに折り入ってご相談があるのですが」

「私には、話すことなんかないね。来て早々悪いが、さっさと帰ってくれ」

 

 けんもほろろなシアンだが、スミスは全く動じない。

 

「そうはいきませんね。これも仕事ですので。……ズバリ言いましょう、ソーラータワーの建設を中止していただきたい。中止していただけるなら、ここまでタワーを建設するのにかかった費用全額に、20%ほど上乗せしてお支払いたします。どうです? 悪い話ではないでしょう」

「断る! だれがそんな話に乗るか!」

 

 話しにならないと、シアンは踵を返すが、スミスはその先に回り込んだ。

 

「そうおっしゃらずに。聞けば、このタワーを建てるのに結構な費用がかかっているとか。町工場にとっては、社運をかけたイチかバチかの賭けと言ったところですか。しかし、その賭けに勝つことはできませんよ」

 

 顔に僅かな嘲笑を浮かべ、スミスは続ける。

 

「なぜなら、わが社の真光炉には、あなた方のタワーの十倍以上の費用を投資しているからです」

「私たちのタワーだって、性能なら負けてないさ!」

「性能は関係ありません。巨費を投じたという、イメージが重要なのです。人は無意識に、値段の高い物と安い物なら、高い方が良い物だと考えるものです」

「高けりゃいいってもんじゃないだろ! 聞いてるぞ、おまえら真羅は、技術者や作業員を無理なスケジュールを押しつけて使い潰しては、とっかえひっかえしてるそうじゃないか!!」

 

 ピクリ、とミキサー車をはじめとした建機たちが揺れた。

 それに気付かず、スミスはヤレヤレと肩をすくめた。

 

「人聞きの悪いことを言わないでいただだきたい。双方合意の上での雇用契約です。法律にも触れていません」

「そういう問題じゃない! 技術者をそんな風に扱う奴らを信用できるか! その上、安全性にも問題があるって話じゃないか!」

「それは根も葉もない噂ですよ。真光炉は、100%安全です」

 

 しかし、シアンは厳しい顔を崩さない。

 スミスは、ハアッと息を吐く。

 

「…………やれやれ、分かっていませんねえ。あなたたちのような小さな町工場が作った物と、わが社のような大企業が作った物、社会がどちらを信用するかは明らかでしょう。弱小企業が図に乗らないでいただきたい」

「このタワーは、俺たちの夢だ。諦めるものか」

「夢ぇ?」

 

 睨みつけてくるシアンに、スミスはいよいよ嘲笑を大きくした。

 

「そんな物がなんの役に立つと言うのです? これはビジネスなのですよ。大企業と国家が大金を投じたビックビジネス。そこに夢なんて物の入り込む余地はありません」

「俺だってビジネスを否定する気はない。タワーが完成すれば、この技術でこのラステイションはもっと豊かで素晴らしい国になる。こいつはそんなビジネスさ」

 

 堂々とした態度のシアンに、スミスは少しだけ後ずさるが、すぐにまた嘲笑を浮かべた。

 

「油と錆に塗れて働くくらいしか能のない、使い捨ての労働者風情が偉そうに。あなたがたのような労働階級は、我々大資本の顔色を窺って小金に一喜一憂していればいいのです」

 

 シアンたちのような労働者を見下した、傲慢極まる言葉。

 

 さすがに限界だった。

 

 シアンが怒鳴ろうとすると同時に、コンストラクティコンたちも変形しようとするが、どちらも叶うことはなかった。

 

 突然、スミスの首根っこを何者かが捕まえて、摘み上げたからだ。

 

「おう、なんでい、この根性の腐った野郎は」

 

 レッドフットだ。

 どうやら、機械いじりに夢中でミックスマスターからの通信に気付かなかったらしい。

 

「な、な、な!? お、オートボット!?」

 

 猫の如く持ち上げられたスミスは、肥満体系のトランスフォーマーを見て初めて驚愕した。

 

「話しは聞かせてもらったが、大資本が何だってんだ! どんなに偉い奴だろうが、職人や技術者がいなけりゃ、スプーンの一つも作れねえだろがよ!!」

「き、貴様、私にこんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」

「まず、この場でテメエがタダで済むと思ってやがんのか?」

 

 レッドフットはニヤリと笑って見せる。

 オートボット屈指の荒くれ者である彼は、気に食わない人間を潰すことなど、何とも思わない。

 スミスは完全に生殺与奪を握られていることに気付き、顔面蒼白になる。

 

「レッドフット、降ろせ」

 

 だが、シアンがそれを咎めた。

 レッドフットは怪訝そうに視線をそちらに向けた。

 

「そいつに何かあったら、俺ら全員の問題になるからな。それは困る」

「ん。それもそうか」

 

 納得したレッドフットはスミスを放してやる。

 地面に落下して尻餅を突いたスミスは痛がりながらも立ち上がる。

 

「くッ! まさかオートボットが協力しているとは……」

「そういうこった。ま、これで俺らにも勝ち目があんのが分かっただろ! 分かったらとっとと失せな!!」

 

 レッドフットに凄まれ、スミスは這う這うの体で車に乗り込み、去って行った。

 

「ったく! 何でえ、ありゃあ!!」

 

 スミスの車が見えなくなった頃にミックスマスターがロボットモードに戻って吐き捨てた。

 

「……あれが真羅の人間さ。金と権力が何より重要って言う……」

「まあ、これに懲りて、もうこねえだろう」

 

 厳しい顔を崩さぬままのシアンにレッドフットはアッケラカンと言う。

 一方、ミックスマスターは難しい顔をしていた。

 あの手のは総じて諦めが悪く、逆恨みに走りがちだ。

 このまま黙って引き下がるだろうか……。

 

「さ~て、どうなるかね……」

 

 聞こえないように呟かれた言葉に、答える者はいなかった。

 

  *  *  *

 

『ふむ、それでは、そのソーラータワーにオートボットが関わっていると?』

「は、はい」

 

 どこか暗い場所、真羅公社の社員、ジョン・スミスは誰かと通信していた。

 その相手は声のみだが、スミスはとてつもなく恐縮していた。

 

『困るなあ。それでは万が一にも計画が狂ってしまいかねないじゃあないか。

しかし、まさかオートボットがクリーンエネルギーなんてつまらない物に関わるなんて』

 

 ラステイションが国を挙げて取り組む大事業をつまらないことだと、通信の声はそう言った。

 

『どうせなら、兵器でも作ればいいのに』

「おっしゃる通りです!!」

 

 別に通信の声に同調したワケではないスミスだが、ビジネスマンとして同意する素振りを見せておく。

 

『それに、このソーラータワーのコンセプトも気に食わない』

「はい、まったく! たかだか労働階級風情が集まったとて……」

『ああ、違う、そうじゃないんだ』

 

 さらに通信の声に合わせるスミスに、通信相手はやんわりと言い含める。

 

『私はね、このソーラータワーが安全な上に環境に影響がなくて大量のエネルギーを作り出せる所が嫌なんだ。

物事には対価があってしかるべき、ローリスクハイリターンなんてつまらないだろう?』

「は、はあ……」

『どうせなら、危険がいっぱいで環境を滅茶苦茶にして、その上で作れるエネルギーはほんの少しってほうが面白い』

 

 そろそろ一介のビジネスマンには同意しかねる内容になってきた。

 

『まあ、こっちでちょっと手を回してみるとしよう』 

「は、はい! ありがとうございます、ハイドラヘッド!!」

 

  *  *  *

 

 それから数週間が過ぎた。

 さすがに臨時基地のほうを放っておくワケにもいかず、コンストラクティコンたちは代わる代わる参加していたが、建設は順調に進み、ついに完成の日を迎えたのである。

 

『カンパーイ!!』

 

 ソーラータワーの麓で、タワー建設に関わった全ての者たちが集まって完成記念の宴を開いていた。

 

「いやーお疲れさん!」

「色々あったけど、無事完成にこぎつけることができて、よかったぜ!」

 

 作業をしていた工員たちや、その家族が肩を叩き合い笑い合いながら、テーブルの上に並べられた料理や飲み物に舌鼓を打っている。

 

 誰の顔にも達成感と満足感があった。

 

 ラステイションの下町の中小企業の人間たちが、これほどの物を造り出せたことが何より嬉しいのだ。

 ワイワイと喜び合う人間たちから少し離れた所で、コンストラクティコンたちが静かにオイルを飲んでいた。

 

「いやー、やっぱし仕事を終えた後のオイルは格別じゃのお」

「分捕ればいいとか言ってたのは、何処の誰なんダナ?」

「もう、忘れてくれんさい。われだってなんだかんだ言いながら楽しんどったんじゃろ」

「……まあ、否定はしないんダナ」

 

 ランページとロングハウル。

 

「はあぁああ! オイルがしみるぜぇええ!」

「ふふふ、こういうのも悪くありませんね」

「だな! ソーラータワーは宇宙一ぃいい!」

「ええ、宇宙一です」

 

 オーバーロードとハイタワー。

 

「飲み過ぎて、帰れなくならないようにしてくださいね」

「分かってるっぺよ。……ヒック! でも嬉しいっぺ! こうして自分たちの作ったもんが形になると!」

「……そうですね。本当に」

 

 スクラッパーとスカベンジャー。

 

「…………」

 

 そして、ミックスマスター。

 普段なら馬鹿騒ぎするところの彼らだが、今は静かにソーラータワー完成の達成感と満足感に浸っていた。

 

「テメエら、こんなトコにいやがったのか」

 

 人間たちに交じって騒いでいたレッドフットが近づいてきた。

 そしてミックスマスターの横に、ドカリと座り込む。

 いつもなら罵詈雑言の応酬が始まるところだが、両者とも今日に限ってはそういう気分にならなかった。

 

「まあ、なんだ」

 

 オイルをチビチビと啜りながら、ミックスマスターは誰に言うでもなく呟いた。

 

「やっぱり、楽しいな。仲間たちといっしょに物を作るってのはよ」

 

 何気なく放たれたその言葉には、しかし万感の思いが込められていた。

 レッドフッドはそれに答えることなくオイルを一口飲んでから、こちらもミックスマスターのほうを向かずに呟く。

 

「俺はディセプティコンが嫌いだ。オートボットとしても俺個人としてもな」

「おう、知ってる」

 

 普通なら喧嘩が始まりそうな言葉も、ミックスマスターは静かに受け入れた。

 

「……が、俺はオートボットである前に技術者だ。だから、技術者として言わせてもらう」

 

 レッドフッドは彼らしくない、真面目くさった表情と声で続ける。

 ミックスマスターは黙ってそれを聞いていた。

 

「テメエらはスゲエ技術者だ。こと建築って分野で、おまえらよりスゲエ奴らを見たことがねえ」

「……テメエも、まあ大した技術者だよ。機械周りに関しちゃ明らかに俺らより上だ」

 

 フッと、ミックスマスターは笑むような素振りを見せる。

 二人は、無言で手に持ったオイル缶を合わせて乾杯するのだった。

 それは、技術者としての矜持がオートボットとディセプティコンの間の憎しみを凌駕すると言う、一瞬の奇跡だった。

 泡沫の夢のように儚い、だからこそ尊い光景だった。

 

「お~い!」

 

 シアンが人の輪の中から静かに飲んでいる金属生命体たちのほうへ駆けて来た。

 

「何やってるんだ、みんなもこっちに来てくれ!

ソーラータワーが無事完成したのは、みんなのおかげなんだから!」

 

 にこやかに金属の巨体たちを招くが、彼らはオートボットもディセプティコンも揃って難しい顔をする。

 

「しかしな、シアンよお。俺たちゃ、ディセプティコンだぜ? それとこれ以上仲良くってのは、おまえさんたちにも迷惑なんじゃねえか?」

 

 ミックスマスターの言葉は当然と言えた。

 すでにディセプティコンは女神と国の、ひいてはゲイムギョウ界全体の敵として広く認知されている。

 それと深くこれ以上深くかかわるのは、双方にとって良い結果を生まないという、彼ららしくない、しかし彼らなりの気遣いだ。

 だがシアンは、快活に笑う。

 

「何言ってるんだ! 同じ物を作った仲なんだから、もう仲間みたいなもんだろ! さあ、とっておきのオイルを用意したんだから、飲んでくれよ!」

「そこまで言うなら……」

 

 ここまで誘われて断るのも失礼だろうと考え、金属生命体たちはおっとりがたなで立ち上がる。

 

 その時だ。

 

 突如、ソーラータワーの上層で爆発が起こり、炎が燃え上がった。

 

 人間も、オートボットも、ディセプティコンも愕然とそれを見上げた。

 

「いったい何が起こったんだ!?」

「分からん! 怪我人は出てないか!?」

「ソーラータワーが……」

 

 たちまちの内に怒号が飛び交い、混乱が場を支配する。

 

「ッ! 野郎ども! 急いで消火だ! ソーラータワーを守れえええ!!」

 

 ミックスマスターは、何とか正気に戻って部下達に号令をかける。

 コンストラクティコンとレッドフッド、そしてシアンは、燃え盛るソーラータワーに向かって走って行った。

 

  *  *  *

 

「……つまらん仕事だ」

 

 ソーラータワーを狙撃したロックダウンは、顔面から伸びた砲塔を収納しながらゴキリと首を鳴らした。

 右往左往する人間とオートボット、ディセプティコンたちをセンサーが捉えていたが、狙撃可能なギリギリの距離にいる自分に気付いた様子はない。

 特殊な弾を使ったので証拠も残らない。

 センサーの向こうでは、ミックスマスターが必死で消火剤を調合し火に放り込み、レッドフットが崩れかける柱を支え、人間たちがお互いに助け起こしている。

 

「……ハン」

 

 それを一瞥したロックダウンだったが、一つ不機嫌そうに排気すると、その場を去るのだった。

 

  *  *  *

 

 結局、下町の職人たちが精魂を込めて造り上げた夢の塔、ソーラータワーは半壊した。

 全壊こそ免れたものの、エネルギープラントとしての使用は当面不可能だろう。

 いつしか降り出した雨の中、ミックスマスターは、それを見上げていた。

 

「畜生……。畜しょぉおおおう!!」

 

 ミックスマスターは誰にともなく叫び、ガックリと頭を垂れた。

 

「せっかく、みんなで造った塔じゃったのに……」

「どうしてこうなったんダナ……」

「輝くばかりに美しかったタワーが……」

「うおおお! 何てこったぁあああ!」

「みんな、頑張ったのに……。悲しいべ……」

 

 その後ろに並ぶコンストラクティコンたちも沈痛な面持ちだった。

 

「それで、これからどうしますか?」

 

 スクラッパーが、それでも問う。

 それが副官としての彼の仕事だからだ。

 

 ミックスマスターは少しの間、その問いに答えなかったが、やがて顔を上げた。

 

「決まってんだろ。……これをやらかした奴をとっちめる」

 

 ソーラータワーが爆発炎上する寸前、ミックスマスターのセンサーはどこからか弾丸が飛来するのを捉えていた。

 

 誰が撃ったのかまでは分からない。

 

 だが、誰が黒幕かは分かる。

 

「……いいんですか?」

 

 スクラッパーは、再度問う。

 

 シアンら職人達は、何とかタワーを再建しようと案を練っているらしい。

 それに加わらなくていいのかと。

 

 ミックスマスターは大きく頷くと、居並ぶ部下達に向けて言い放った。

 

「ディセプティコンには、ディセプティコンなりの、やり方がある。この落とし前をつけさせるぞ!」

『おおぉー!!』

 

 コンストラクティコンたちは、鬨の声を上げ、建機に変形して走り出す。

 

 技術者の誇りと夢を踏みにじった輩に、相応の末路を与えるために。

 




まさかの三分割(大切なことなので)
ゲイムギョウ界の企業は大にせよ中小にせよ、ほとんどが良心的な企業ばかりです。

だからこそ、良心のない輩が成功したりするわけで……。

今週のTAV
ついに動き出したメガトロナス。
そして帰還したオプティマス!
次回でTAVも一応の最終回。
ビーやスチールジョーはどう動くのか!?

今回の解説

ジョン・スミス
モチーフとなったキャラはなし。
ジョン・スミス=欧米ではありきたりな名前=(作品的に)どうでもいい奴。
決して某キョンではありません。
名無しでも良かったかもしれないけど、名乗らないのはおかしいので、こういう形に。

では、ご意見ご感想、切にお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 マスタービルダー part3

仕事が年末スケジュールで疲労が半端なく、序盤をチョコチョコ改稿してることもあって更新が遅れました。

しかし、まさかコンストラクティコンの話で三話も使うことになるとは思わなかった……。


 ラステイション首都近くの山中。

 

 ちょうど、ソーラータワーとは町を挟んで反対側に、真羅公社が建設する真光炉は存在した。

 奇しくもソーラータワーと同時期に完成した真光炉は、本日テストを兼ねてデモンストレーションを行うこととなったのだ。

 円錐台型の建屋の前に、豪華な式典会場が設置されている。

 そこにラステイション各界の重鎮たちや、教会の関係者、マスコミ各社が集められていた。

 

「……そのようなワケで、この真光炉には計り知れない巨費を投じました。我が社としても手痛い出費でしたが、これも我が国の発展と安寧のため。真光炉は必ずや、ラステイションに莫大な富をもたらすことでしょう」

 

 檀上に立って演説しているのは、あのジョン・スミスだ。

 その内容はひたすらに真光炉にどれだけの金をかけたかと言う点ばかりを強調するもので、ハッキリ言って中身などないに等しい。

 それでも、話に一区切りつける度に観客席から拍手が飛ぶ。

 

 当たり前だ。

 

 この場に集められたのは、真羅公社の息のかかった人間がほとんどだ。

 

 企業は実質的に真羅傘下ばかり。

 

 マスコミは、全て真羅の太鼓持ち報道をするように金を握らされ、あるいは脅されていた。

 

 教会関係者でさえ、真羅と何らかの関係を持つ者ばかり。

 

 満足げに会場を見回すスミスだが、特別に設えられた貴賓席に座る少女が手を挙げているのが目に入った。

 さすがに彼女……女神ブラックハートことノワールを無視することはできない。

 

「はい、何でしょうか? ……ブラックハート様」

「質問があるのだけど、真羅公社はライバル企業から、かなり強引な手段で人材を引き抜いたという噂、あれは本当かしら? 他にも、労働者の扱いがかなり悪いとも聞いたけど?」

「ははは、根も葉もない噂ですよ」

 

 眼光鋭いノワールだが、スミスは愛想笑いを崩さない。

 一しきりスミスを睨みつけたノワールは席に戻り息を吐いた。

 その横に、立体映像のアイアンハイドが現れた。

 

『随分と胡散臭せえ野郎だな。あんなのに金を出すのか?』

「新エネルギー開発をコンペ形式にしたのは私だもの。それで最後まで残ったのが、この真光炉だからね。しょうがないわ」

 

 ノワールは難しい顔をする。

 正直、真羅公社はかなりきな臭い。

 以前起きた教会からデータを盗むようアノネデスに依頼した黒幕は、この企業であるという疑惑もある。

 それでも、自国に益となるならと断腸の思いでこの場にやってきたのだ。

 

「それでは、そろそろ真光炉のテストに移りたいと思います!!」

 

 女神の思いを露知らず、スミスは目の前に置かれたスイッチを押す。

 背後の真光炉が唸りを上げて稼働を始める。

 内部の巨大な機械が動き、炉に火が灯った。

 一際盛大な拍手が巻き起こる。

 

 スミス以下真羅の人間達はこれから得る富を夢想してほくそ笑み、ノワールやアイアンハイドは苦い表情だ。

 

 その時、会場になっている広場に数台の建機がエンジン音を立てて乗り込んで来た。

 

 ブルドーザー、ダンプカー、ダンプトラック、クレーン車、パワーショベル、ホイールローダー、そしてミキサー車。

 

 全七台の建設車両が、観客席を取り囲むように停車する。

 そしてギゴガゴと音を立てて恐ろしげなロボットへと変形していく。

 観客達は混乱するが、女神たるノワールは冷静だった。

 

「アイツらは……、アイアンハイド! すぐに来て!」

『応!!』

 

 近くに待機している相棒を呼び寄せ、ノワールはすぐに女神化する。

 だが、スミスのいる演壇の前に陣取ったミックスマスターが先んじて叫ぶ。

 

「動くんじゃねえ! 女神も、オートボットもだ! おかしな真似したら、ここにいる奴らに犠牲が出るぜ!!」

「く……! 聞こえてたでしょう?」

『糞がッ!』

 

 さしもの女神も、コンストラクティコンの誰かが観客を害するより前に全員倒すのは無理だ。

 人命を優先し、ここはミックスマスターの言う通りにする。

 

「な、何が目的だ!? 金か? 金が欲しいのか!?」

 

 檀上のスミスは完全に余裕を失い喚き散らすが、周囲のディセプティコン達にジロリと睨まれ黙り込んだ。

 

「……こいつが、真光炉か……。カーッぺッ!! 何てぇ不細工な建物でえ!! あちこち溶接が甘いし、支柱がまるで足りてねえ!! てんでなってねえじゃねえか!!」

 

 ミックスマスターは、機械仕掛けの重厚な建物を見上げ、粘液と共に吐き捨てた。

 演説台の裏に隠れていたスミスが顔を出して怒鳴る。

 

「な、何だと! この真光炉には莫大な資金を投じたのだぞ!!」

「その割には、随分と作りが甘いですねえ。鋼板はギリギリまで薄くしてあるし、コンクリの量も明らかに少ない。中枢の炉以外はハリボテも同然ですよこれ」

 

 軽くスキャンしたスクラッパーも呆れ果てたような声を出す。

 それを聞いたノワールは、スミスら真羅の人間達に鋭い視線を向けた。

 

「デ、デタラメを言うな!」

「そうだ! 適当なことを言って、我々を貶める気だな!!」

「このガラクタの塊め!!」

 

 口々に反論する真羅の幹部達だが、周囲のコンストラクティコンが武器を構えるのを見て口をつぐむ。

 ワナワナと体を震わせていたミックスマスターはギラリとオプティックを光らせ、震えるスミスと真羅幹部たちに向かった静かに言った。

 

「なあおい、これが、こんなもんが、労働者を使い捨てて、技術者使い潰して、必死に頑張ってる奴らの夢を壊してまで造るもんなのか?」

「な、何のことだ!?」

「惚けるなよ。テメエらのやったことは分かってんだ。……いや、俺らが何言ったって、お前らにとっちゃあディセプティコンの戯言だろうよ。……だから、俺らはディセプティコンらしく振る舞うだけだ」

 

 ミックスマスターは、スミスに向かって腕を大きく振り上げる。

 ノワールが飛び出そうとするが間に合わない。

 

「待て!!」

 

 だが、腕が振り下ろされようとした瞬間、誰かの叫びにミックスマスターは驚いたようにピタリと動きを止めた。

 声を発したのは、ツナギ姿で作業用ゴーグルを頭にかけた、青い髪の女性だった。

 その後ろには、肥満体系の中年男性を思わせる姿の赤いオートボットも立っている。

 ソーラータワー建設の中心人物であるシアンと、技術者集団レッカーズの一員レッドフットだ。

 

「お前ら、どうしてここに……?」

「みんなの姿が見えないから、探してたんだよ! それで真光炉の方が騒がしいから、もしかしたらと思って……こんなことして、何になるんだよ!!」

 

 必死に止めるシアンに、コンストラクティコンたちは戸惑った様子を見せる。

 だが、ミックスマスターは低い声で言った。

 

「復讐には、なる。偉ぶって俺らを下に見る奴らに仕返ししてやるのさ。これまでも、そうしてきたんだ」

 

 他のコンストラクティコンたちも、それに頷く。

 

 やられたら、やり返す。

 

 それがディセプティコンのやり方なのだ。

 

 ここまで黙っていたレッドフットは、全身の火器を展開して構える。

 

「テメエも、このクソどもを庇うのか?」

「俺はオートボットだからな。……こんなクズどもでも、守るのが使命だ」

 

 それきり黙ってレッドフットとミックスマスターは睨み合い、周囲のコンストラクティコンたちの殺気も高まってゆく。

 

「なあ、やめてくれよ。……お前たちは、あんなにすごい技術を持ってるじゃないか。なのに、戦うなんて……」

「これも、オートボットとディセプティコンの宿命ってやつさ」

「今までが、短い夢みたいなもんだったんだよ」

 

 シアンは彼らを何とか説得しようと声を張り上げる。

 だが、二人は止まらない。

 

オートボットとディセプティコンが出会った以上、戦いはさけられないのだ。

 

 その時だ。

 

 突如としてけたたましいアラーム音が鳴り響いた。

 音は、真光炉から聞こえてくる。

 それだけではなく、建屋全体が不自然に振動しているではないか。

 

「こ、これは……」

「いったい?」

 

 異常な事態に、ミックスマスターとレッドフッド、コンストラクティコンたちは武器を収める。

 スクラッパーはただちに建物をスキャンして悲鳴じみた声を出した。

 

「なんてことだ! 炉の温度がドンドン上昇してます! きっと爆発してしまいますよ!!」

 

 檀上に駆け上がったシアンは、蹲っていたスミスの首根っこを掴んで無理やり立たせる。

 

「おい! 真光炉を止めろ!!」

「む、無理だ……、方法を知らん」

「ならコイツを制御してる技術者と連絡をつけろ! それぐらい分かるだろ!!」

「そ、そうか……」

 

 言われてスミスはスマホを取り出して真光炉内部に連絡する。

 

「私だ! いったいどうなっているんだ!? 早く真光炉を停止させろ!!」

『そ、それが、すでに我々の制御を受け付けません! 真光炉は完全に暴走しています!!』

「な、なんだと!?」

 

 絶望した顔になるスミス。

 近くにやってきたノワールは状況を察し問う。

 

「これが爆発したら、どれくらいの規模になるの?」

「み、未知数です。す、少なくとも町に被害出るのは確実かと……」

「なんてこと……」

 

 天を仰ぐノワールだが、すぐに冷静さを取り戻し、周りの教会関係者に檄を飛ばす。

 

「すぐに教会の全職員及び全警備兵に連絡! 市民を避難させなさい!! この場にいる人間も避難して! 真羅の人たちは……」

「いつの間にか、一人残らずいなくなってますが……」

「ッ!? ええい、逃げやがったわね!! 全員、すぐに行動開始! 急ぎなさい!!」

『はッ!!』

 

 真羅との関係があろうと、そこは女神に仕える教会の職員たち。速やかに指示に従う。

 一方のミックスマスターは少し悩んでいたようだが、やがて意を決して仲間たちに向かって声を上げた。

 

「コンストラクティコン! このままじゃみんなまとめてお陀仏だ。爆発を止めるぞ!! まずはスクラッパー! 真光炉をスキャンしてどうすればいいか指示しろ!」

「はい!」

 

 スクラッパーは、真光炉全体を見回す。

 

「炉にパイプを繋げて、余剰エネルギーを排出するんです! それから、炉の周りを補強してください!」

「よっしゃあ! やるぞ、野郎ども!! コンストラクティコンの力を見せてやれ!!」

『おおー!!』

 

 コンストラクティコンたちは一糸乱れぬ動きで真光炉の建屋に向かっていく。

 その中には当然とばかりにレッドフッドも混じっていた。

 ノワールは先ほどまでとのギャップに戸惑う。

 

「あなたたち、何を……」

「女神様、ここはあいつらに任せてください!」

『ノワール、今はみんなを避難させることを優先しよう』

 

 シアンとアイアンハイドに言われ、ノワールは少し悩んだものの、この場は彼らに任せてみることにする。

 今は少しの時間でも惜しい。

 そして、避難誘導するべく飛び立とうとするが……。

 

「……?」

 

 ほんの少し、違和感があった。

 まるで、何かに力を吸い取られているかのような……。

 

『ノワール? どうした?』

「……ううん、何でもない! さあ、行くわよアイアンハイド!」

『応!!』

 

 しかし、今は僅かな違和感に構っている暇はない。

 ノワールは町に向けて飛んで行くのだった。

 

  *  *  *

 

 巨大な建屋の中に突入したコンストラクティコンとレッドフット。

 その目の前には、真光炉の本体があり、あちこちから蒸気を吹き出しながら鳴動していた。

 

「カーッペッ! 案の定スカスカだな、おい!」

「これじゃあ、事故も起こるぜ!」

 

 立派なのは外見ばかりで、中身はがらんどうという雑な造りに、ミックスマスターとレッドフッドが文句をつける。

 その間にも、炉は危険に振動している。

 

「まずは、ロングハウル、オーバーロード! 使えそうなもんをジャンジャン持ってこい! スクラッパーとハイタワー、ランページはパイプを増設してエネルギーを逃がすんだ! ランページ、スカベンジャー、お前らは俺といっしょに炉の周りを補強するぞ!!」

 

 リーダーの指示に、コンストラクティコンたちは散っていく。

 ミックスマスターは傍らのレッドフットとシアンにも指示を出す。

 

「レッドフットは制御室に向かってくれ!」

「命令すんじゃ……まあいいか」

 

 走っていくオートボットを見送り、ミックスマスターも作業に移る。

 

 果たして、真光炉の爆発は止められるのだろうか!?

 

 ロングハウルとオーバーロードが集めてきた資材を、ハイタワーが持ち上げ、スクラッパーが接続する。

 スカベンジャーは大きな鋼板を持ち上げ、ランページが跳び回りながら溶接し、さらにミックスマスターはドラムで調合した特殊コンクリートを隙間に流し込む。

 レッドフッドはシステムにアクセスして、少しでも制御を取り戻そうとしていた。

 

 各々が、自分にできることを全てやっている。

 

 それでも、炉の振動は止まらず温度は高くなってていく。

 

「くそう! このままじゃ……」

「馬鹿言ってんじゃねえやい! ターンバレーの戦場で基地を建てた時に比べりゃ、これぐらいピンチの内にも入んねぜ!!」

 

 スクラッパーの泣き言を即座に封じ、ミックスマスターは作業を続ける。

 しかし、いかに彼らがプロフェッショナルと言えど、僅かに八人。

 

 余りにも手が足りない。

 

 ――畜生、ここまでかよ……。

 

 一瞬、諦めがミックスマスターのブレインをよぎる。

 

「おーい! みんなー!」

 

 この場にいないはずの人間の声が聞こえて、ミックスマスターはそちらを向く。

 

 シアンがそこにいた。

 

 いや彼女だけではない。

 パッセの、そしてパッセに協力した技術者たちがこちらにやって来るではないか。

 

「お、お前ら、どうしてここに!?」

「真光炉を止めるために決まってるだろう? ここにいるのはこれだけだけど、声をかけられる技術者には全員声をかけてきたから、後からもっと来るぜ!」

「馬鹿野郎! 今にも爆発しそうなんだぞ!」

 

 ミックスマスターはシアンに向かって怒鳴る。

 ここはすでに、人間にとっては危険極まりないのだ。

 

「何言ってんだ! ここは私たちの国だぜ! ラステイションがダメになるかの瀬戸際なんだ! 黙って見てなんかいられないぜ!」

 

 だが、シアンはソーラータワーを建設している時と変わらない笑顔で答えた。

 

「そうとも! 人手はいくらあったって困らないだろう!」

「放射線とかは出てないみたいだし、大丈夫さ!!」

「うちは製鉄工だ! これくらいの熱はヘッチャラだぜ!」

「精密機械の調整なら任せてくれ!」

 

 他の職人たちも、皆やる気に満ちている。

 周りを見回せば、コンストラクティコンの仲間たちが笑んでいた。

 

「カーッペッ! 全くよう……、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだぜ……」

 

 込み上げる何かを我慢するようにミックスマスターは呟き、そして檄を飛ばす。

 

「野郎ども! 何グズグズしてやがる! 仕事にかかれえい!!」

『おおおおおぉおお!!』

 

 ここに、技術者たちは一丸となった。

 

  *  *  *

 

「みんな、少しでも真光炉から離れるのよ! 急いで!」

 

 ノワールは女神の姿で避難誘導をしていた。

 耳に付けたインカム型通信機に、ユニから連絡が入る。

 

『お姉ちゃん! 東地区の避難はもうすぐ終わるよ!』

『こちらアイアンハイド! 西地区も問題ない!』

『サイドスワイプだ! 北地区も大丈夫だ』

 

 仲間たちからの報告に続いて、教祖ケイからも連絡が入る。

 

『ノワール、教会周辺の避難はあらかた終わった。君もそろそろ退避するんだ』

「いいえ、私は避難が完了するまで残るわ」

 

 こと国難に当たっては、国民を守るのが女神のあるべき姿だ。

 

『……分かった。でも君は、この国にとって大切な存在だ。無理をしないでくれ』

「ありがと、ケイ。まあこっちも間もなく終わりそうだから……」

 

 そこまで言った所で、ノワールの視界の端に走っているスミスが映った。

 

「あいつ!」

『ノワール?』

「ごめん、また後で連絡するわ!」

 

 ノワールは通信を切ると、近場の警備兵に避難誘導を続けるよう指示を出してスミスを追っていく。

 当のスミスは、人混みをかき分けて逃げていた。

 

 真羅の人間に、下の者を守ると言う発想は、ない。

 

 もはや、自分が全ての責任を押し付けられた上で切られるのは目に見えていた。

 

 こうなったからには、持てるだけの資金を持って別の国に逃げるのみ。

 

 多くの人が傷つくだろうこの状況に置いて、僅かなりとも良心があれば、そんなことはできないだろう。

 しかしスミスには良心どころか、愛国心も、女神への信仰も、真羅公社に対する忠誠心すらない。

 只々、己の都合だけが大切だった。

 

 だがその目の前に、降り立ったノワールが大剣を突きつけてきた。

 

「待ちなさい! これだけのことをしておいて、逃げる気!? 無責任にもほどがあるでしょう!!」

「ま、真光炉を計画したのは社の上層部だし、建てたのは労働者どもだ! わ、私に責任なんかない!」

「どこまで見下げ果てた奴なの! この落とし前は必ず付けてもらう!! ……あなたにも、真羅にもね!!」

 

 怒りに満ちたノワールの視線にさらされ、スミスはガックリと項垂れるのだった。

 

  *  *  *

 

 人間、オートボット、ディセプティコン、種族の異なる技術者たちが、その全ての、いや限界を超えて力と知恵を出し合った結果、真光炉の暴走は徐々に治まりつつあった。

 

「よし! 後は、炉の上から重量をかけて圧迫すれば、爆発は防げるはずだ!!」

「しかし、そんな重量、どうやってかけるんだ!?」

 

 作業を続けていた技術者たちは声をかけあい、知恵を絞る。

 一方のミックスマスターは、自信ありげに笑う。

 

「心配いらねえ! いくぞ野郎ども!!」

「みんな息を合わせてください!」

「再びこの時が来たんダナ!」

「うおおお! やったるんじゃぁああ!!」

「さあ、美しくいきましょう!」

「よっしゃぁああ!! 見せ場だぜぇええ!!」

「今度こそ名誉挽回だっぺ!!」

 

「よし! コンストラクティコン部隊、トランスフォーム、フェーズ1!!」

 

 ミックスマスターが高らかに号令すると、コンストラクティコンたちは建機へと姿を変える。

 ホイールローダー、ダンプカー、ブルドーザー、クレーン車、ダンプトラック、パワーショベル、そしてミキサー車。

 

「アゲイン、トランスフォーム、フェーズ2!!」

 

 七体の建設車両が、轟音を立てて寸断され折れ曲がり移動し、立体パズルのように組み上げられていく。

 

 ロングハウルとランページが屈強な両脚に。

 

 スクラッパーとハイタワーが破壊的な両腕に。

 

 オーバーロードが堅牢な腰回りに。

 

 スカベンジャーが強固な上半身に。

 

 そしてミックスマスターが、神話の怪物のような頭部に。

 

 全ての行程を終えたとき、そこにコンストラクティコンの姿はなく、代わりに山のような機械の怪物が立っていた。

 

 これこそ、コンストラクティコンが七体合体することで誕生する大型ロボ、デバステーターである!!

 

 デバステーターは真光炉の鳴動にも負けない咆哮を上げると、炉の上によじ登っていく。

 炉は未だ強烈な熱を放っており、その体を焼くが、巨獣は構わずに登頂し、全身の体重を両手に乗せて炉に圧をかける。

 

 やがて炉の揺れが治まり、熱が引いていった。

 

 アラームが止み、辺りはシンと静まり返った。

 

 爆発は防がれたのだ。

 

「うおおおお!!」

「やったぁあああ!!」

「すっげぇえええ!!」

 

 技術者たちの歓声を背に、デバステーターはもう一度大きく吼える。

 

 破壊のために生まれた怪物は、初めて誰かを救うためにその力を振るったのだ。

 

 炉の上で七体に戻ったコンストラクティコンたちは、各々手を振って歓声に答える。

 しかし、いつまでも呑気にはしていられない。

 じきに女神たちがやってくるだろう。

 

「……さてと、そろそろお暇しないとな」

「もう行っちまうのかい?」

 

 名残惜しげなシアンだが、彼女も引き留めることはできないと、分かっていた。

 対してミックスマスターは、フッと笑った。

 

「ディセプティコンがいつまでもいるワケにはいかねえやい。……なあ、シアンよう」

「なんだい?」

「ソーラータワー、完成させろよ。お前らなら、必ずできる。俺が保障してやるよ」

 

 それだけ言うとミックスマスターは炉から飛び降りるやビークルモードに変形して走りだした。

 他のコンストラクティコンたちもそれに続く。

 

「それじゃあ皆さん、お元気で!」

「達者で暮らすんじゃぞ!」

「さよなら、なんダナ!」

「アバよぉおおお!!」

「またいつか、お会いできるといいですね」

「みんなバイバイだっぺ!」

 

 パッセに現れた時と同様に、嵐のように建機軍団は去っていった。

 制御室を抜けてシアンの隣にやってきたレッドフットはどこか苦い顔で言う。

 

「やれやれ、言いたいことだけ言って逃げやがって。……挨拶ぐらいさせろってんだ」

 

 後半は、シアンに聞こえないような小さい声だった。

 そして、脇に立つ人間に言葉をかける。

 

「それで? これからどうすんだ?」

「決まってるだろ」

 

 そしてシアンは迷いなく答え、レッドフットは満足げに頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 数週間後。

 

 何とか期限までに臨時基地を造り上げたコンストラクティコンたちは、完成した基地の一室で輪になってオイル盛りをしていた。

 エネルギー変換機の修理が終わり、ようやく禁油が解かれたのである。

 グビッとオイルを一気飲みするミックスマスターの手にはラステイションで発行されている新聞があった。

 

 その一面の見出しは……。

 

『ソーラータワー、完成!』

 

『下町の職人たちが夢をかけた新型エネルギープラントが、ついに完成した。

視察に訪れた女神ブラックハート様からの評価も上々で、教会からの正式認可も近いと思われる』

 

『プロジェクトの中心人物である、万能工房パッセの責任者、シアン女史は語る』

 

『このプロジェクトは、皆が力と知恵を出し合ったからこそ完成した物であり、ソーラータワーによってラステイションがさらに素晴らしい国になることが私たちの願いだ』

 

『そして、タワー完成のために誰よりも尽力してくれた、8人の偉大な技術者に、言葉にできないほどの感謝を捧げる』

 

『いつか、またいっしょに仕事しようぜ!』

 

 




とりあえず、これでコンストラクティコンたちの話はおしまい。

次回は、プルルートとショックウェーブの話になる予定です。

クリスマスなどの季節行事ネタはやってる余裕がなさそうです。

TAVは一応完結。
でも、まだまだ続く余地はありそう。

今年の更新は、多分これで最後になりそうです。

では皆さん、よいお年を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 DD-05に花束を part1

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

新年一発目は、予定通りプルルートとショックウェーブのお話。


「それでは、彼を例の実験に?」

「ああ。彼こそ、私が求めていた被験体だよ」

 

 科学者と思わしい二人の人物が、モニターを前に話していた。

 モニターに映っているのは、大柄な青年だ。

 だが、その体格と外見年齢に似合わず、床に座り込んで金属製のブロックを積み上げて遊んでいた。

 科学者の内、助手と思われる方が口を開いた。

 

「彼は労働階級の出身ですが、先天的に知能レベルが低く、仕事も上手くいっていないようです」

 

 助手の言葉を裏付けるが如く、青年の表情は幼い子供のそれを思わせる無邪気な笑みだ。

 

「ふむ。ではまず、彼と話してみるとしよう」

 

 そう言うともう一方の科学者は、手元の通信機器を使って、モニターの向こうの青年に話かける。

 

「あ~あ~、君、聞こえるかね? 聞こえたら返事をしてくれ」

『……はい、きこえます』

 

 ややあって帰ってきたのは、舌っ足らずな声だった。

 

「君にいくつか質問をしたいのだが、いいかね?」

『はい、だいじょうぶです』

「ふむ。ではまず、君の名前と仕事を教えてくれ」

『はい! ぼくのなまえはDD‐05です! おしごとは、さいくついんです!』

 

 拙いながらも元気に返してくる青年……DD‐05に、科学者は満足げに微笑む。

 

「うむ。ではもう一つ、……君は、自分が参加する実験について、どれぐらい把握しているかね?」

『……?』

「ああ、すまん。君はこれから、何をされると思う?」

 

 言葉が難しかったらしく首を傾げるDD-05に、科学者は言い方を変える。

 すると、DD-05はニッコリ笑って答えた。

 

『あたまを、よくしてもらいます』

「正解だ! それで君は頭が良くなりたいかね?」

『はい! ぼくはあたまがよくなりたいです!』

 

 無邪気なDD‐05を見て、科学者はニィッと笑う。

 だがそれは、子供のようなDD -05を微笑ましく思って浮かべたものではない。

 

 例えるなら新しい玩具を見つけた残酷な子供のような、そんな笑み。

 

「ふふふ、ではしばらく待っていてくれ」

『はい』

 

 通信を切り、科学者は助手に向き合った。

 

「今のを録音したな? これで、被験者からの承諾は得られたワケだ」

「はい。しかし……こんなやり方は……」

 

 不満げな助手に対し、科学者は危険に両眼(オプティック)を光らせる。

 

「全ては、科学の発展のためだよ。すぐに実験の準備を始めたまえ」

「……はい」

 

 助手は諦めて一つ排気すると、部屋を退出した。

 科学者はモニターの向こうのDD-05を見つめ、一人ごちる。

 

「今回のブレイン交換手術は、上手く行きそうだ……。ふふふ、今から楽しみだよ」

 

 その表情は、明日の遠足を楽しみにしている子供のようだった。

 

 この科学者に、善意や倫理や人道やと言った物は欠片もない。

 

 しかし、悪意や憎悪や功名心もない。

 

 あるのは、どこまでも、病的なまでに深い知的好奇心だけだ。

 

 幸か不幸か、それを満たすだけの科学的才覚を、彼は備えていた。

 

 狂気の天才、それが彼を表すには一番適切な表現だろう。

 

 その名を、ジアクサスと言う……。

 

  *  *  *

 

 ラステイション首都に、ほど近い場所にある真光炉の跡。

 

 先ごろの暴走事故により、ここは完全に放棄された。

 

 メインとなる真羅公社ばかりでなく、協力した企業が様々な形で資金を自分の懐に入れていたが故の人災だった。

 当然ながらノワールは烈火の如く怒り、真羅公社を営業停止処分とし、当面の間ここへの人の立ち入りを禁じた。

 

 しかし、あえてここを訪れる者がいた。

 

 それは……。

 

「ふむ。興味深い」

 

 深紫の筋骨たくましい男性を思わせる体躯に、何よりも目立つ赤い単眼。

 今は右腕を粒子波動砲に変形させていないが、ディセプティコン科学参謀、ショックウェーブに違いない。

 ショックウェーブは真光炉の本体を興味深げに眺めていた。

 

「ふむ。やはりこれは、私が研究している物と同じ物のようだ」

「まさか、マスターよりも先に完成させる者がいたとは……」

 

 無感情に呟くショックウェーブに対し、隣に立つ影は驚いた様子を見せる。

 ショックウェーブによく似た姿だが、頭が二つある。

 

 ドリラーの中枢部を移植された人造トランスフォーマーのトゥーヘッドだ。

 

「どうします? 破壊しますか?」

「それは論理的ではないな。せっかくだから、データを収集していくとしよう」

 

 ショックウェーブは冷静に答えると、炉に近づいていく。

 彼に、『先を越された』などという俗な嫉妬はないのだ。

 ただ、使えるなら使うだけ。

 さっそく、炉をスキャンする。

 

「……む」

 

 しばらくは情報収集していたショックウェーブとトゥーヘッドだったが、何事かに感付き、上を見上げる。

 

「うふふふ、みぃ~つけた♡」

 

 真光炉建屋の裂け目から、逆光を背負って誰かが現れた。

 

 濃紫の長い髪と、妖艶な姿態を包むボンテージの如き服装。

 

 手に持っているのは、大振りな蛇腹剣。

 

 そして、並みのディセプティコンが裸足で逃げ出すであろう、嗜虐心に満ちた笑み。

 

 異次元のゲイムギョウ界から現れた女神、プルルートことアイリスハートである。

 

「ここにくればあなたに会える気がしたのぉ♡ 今日こそ私の靴を舐めさせて、あ、げ、る♡」

 

 もう、仮にも正義の味方側に属しているとは思えない言動のプルルート。

 果たして彼女を女神と崇める異次元のプラネテューヌの民とは、いかなる性癖の持ち主たちなのか。

 まさか、全員女王様に傅くことに悦びをおぼえる下僕体質でもあるまい。

 

 閑話休題。

 

 ショックウェーブはギラリと単眼をプルルートに向ける。

 彼としては極めて珍しく、機嫌が悪げである。

 

「君か。何故、君がここにいる?」

「ネプちゃんたちが会議するって言うから付いて来たんだけど、ナゼだかあなたと会える気がしてねぇ。思わず飛び出してきちゃったのぉ」

 

 ようするにプルルートは直観的にショックウェーブの気配を感じてやってきたらしい。

 呆れたような声を出すショックウェーブ。

 

「相変わらず、論理性のない……」

「論理なんかぁ、絶頂には関係ないのよぉ? ……ところでぇ、そっちの新顔君を紹介してくれないのかしらぁ? その子も苛め甲斐がありそうねぇ」

 

 トゥーヘッドは、プルルートの舐めるような視線に身震いする。

 さもありなん、トゥーヘッドの前身であるドリラーを撃破したのは、このプルルートなのだ。

 ショックウェーブは分身を守るように前に出る。

 

「あはは♪ 震えちゃって可愛いぃ♪ ますます苛めたくなってきたわぁ!」

 

 ケラケラと笑うプルルート。

 どっちが悪玉なのか分かったもんじゃない。

 

「やれやれ、どこまでも論理性のない……。いいだろう、相手になってあげよう。トゥーヘッド、お前は炉のデータを集めろ」

「はい、マスター!」

 

 ショックウェーブはトゥーヘッドに指示を出し、右腕を砲に変形させ、上方のプルルートに狙いを付ける。

 

「いい加減、その顔も見飽きた」

「なら、もっと強烈なのを見せてあげるわぁ!!」

 

 不機嫌さを隠そうともせず砲を撃つショックウェーブに向かって、プルルートは蛇腹剣を構えて急降下する。

 無数に分裂したエネルギー弾がプルルートに襲い掛かるが障壁を発生させて防いで、さらに蛇腹剣を伸ばして振るう。

 

 文字通り蛇のようにショックウェーブに迫り、その体を叩くが、多少よろめいた程度で大したダメージはない。

 

「相変わらず、頑丈ねぇ。まあ、フニャフニャよりはガッチガチなほうが好きだけど」

「相変わらず、君の言葉は意味不明だな」

 

 言葉をかけあいながら、二者は激突する。

 

 ショックウェーブは右腕の砲から、ミサイルを次々と発射する。

 だがプルルートは蛇腹剣を縦横無尽に振るい、これを撃墜した。

 

 激しい戦いが続く間も、トゥーヘッドは主人の命令を忠実に実行し、炉をスキャンし続けている。

 

「炉の中心にはまだ少しエネルギーが残っているな。もし炉に強力な電気でも浴びせたら、たちまち大爆発を起こしてしまうぞ」

 

 背後では、蛇腹剣に電撃を纏わせたプルルートと、ブレードを展開したショックウェーブが切り結んでいる。

 

「……まあ、そんなことは有りえないか。こんな所に電気なんか……」

「ファイティングヴァイパー!!」

 

 トゥーヘッドが呟いた瞬間、プルルートの放った電撃が炉に直撃し、爆発を起こした。

 衝撃でトゥーヘッドは建屋の外まで吹き飛ばされていった。

 地面にいくつも亀裂が走り、凄まじいエネルギーが帯のように空中に広がっていく。

 

「ッ! トゥーヘッド!!」

 

 戦いを中断し、分身を助けに向かおうとしたショックウェーブだったが、エネルギーの帯の一本がその頭部を接触した。

 

「がッ!? が、が、が!」

 

 危険な発明をいくつも作り出した狂気に満ちた、しかし極めて優秀なブレインの詰まった頭部から火花が上がり、単眼から光が消える。

 

「ちょ、ちょっとこれどういうことよ!? ……ッ!?」

 

 状況を理解できず狼狽えるプルルートの背面にもエネルギーの帯が触れ、その翼を焼き、痛みと衝撃に意識が遠のく。

 

 女神化の解けたプルルートが墜落し、ショックウェーブが地に伏すのと、床が崩れて大穴が開くのは同時だった。

 

 共に意識を失ったプルルートとショックウェーブは、大穴の中……底の見えない暗闇へと落ちていくのだった……。

 

  *  *  *

 

 ジアクサス主導のブレイン交換手術とは、呼んで字の如く頭脳回路(ブレインサーキット)を交換する手術である。

 ブレインサーキットは金属生命体の肉体を構成するパーツの中でも、スパークと並んで重要視される部位だ。

 しかし、ブレインはあくまでも思考と感情、記憶を司る『だけ』の物であり、金属生命体の本質は、あくまでスパークにあるとするのが主流の考えである。

 

「……だが、ブレインの性能が金属生命体の人格と知能レベルに大きな影響を及ぼすのは、言うまでもないだろう。ブレインサーキットの性能が低いが故に、知能に問題を抱え苦しんでいる者は多い。そこで私はブレインの一部を交換することによって、先天的低知能者を治療できるのではないかと考えた。これがブレイン交換手術だ」

 

 ジアクサスは自分の研究室で、目の前に座っているDD-05にこれから行うことを説明していた。

 

「ええと?」

「つまり君のブレインの悪い部品を取って、良い部品にするんだ」

 

 理解できないらしく首を傾げるDD-05に噛み砕いて説明してあげるジアクサス。

 するとDD-05は嬉しそうに笑った。

 

「ぼくを、しゅうりしてくれるんですね?」

「まあ、そういうことだ。さあ、立ちなさい。研究所の中を案内しよう」

 

 立ち上がったDD-05について来るように促し、ジアクサスは部屋を出る。

 研究所では、様々な科学者たちが各々の研究を続けていた。

 

 薬品を混ぜる者。

 

 機械を弄っている者。

 

 コンピューターと睨めっこをしている者。

 

 そして、生き物たちを切り刻んだり注射をしたりしている者。

 

「この研究所では、様々な分野の研究をしている。工学、化学、そして生物……、特に聖域とされる生命の神秘を暴く……もとい解明することに重点を置いている」

「……ええと?」

「つまり、生き物について調べているんだよ」

 

 ジアクサスの話を理解しきれないDD-05だったが、ふと檻のような物がオプティックに入った。

 DD-05の腰のあたりまである檻で、中では何か長いものがとぐろを巻いていた。

 

「あれはなんですか?」

「採掘用のドローンを品種改良、及び外科的改良を施したものだ。特に知能を強化してある。ブレイン交換手術の成果の一つだよ。今はまだ幼体だが、将来的にはとても大きくなるはずだ」

 

 二人の会話に反応したのか、ドローンは鎌首をもたげて頭を二人に向けた。

 DD-05は、驚いてオプティックを丸くした。

 

「あのこが、こっちをみています」

「『見ている』というのは、不適切な表現だな。あれに我々のようなオプティックはないのだよ」

「でも、みているんです」

 

 DD-05が檻に近づいていくと、ドローンは彼に顔を近づけた。

 

「このこのなまえは、なんていうんですか?」

「ん? 実験体46号だが。……ああ、仮称としてドリラーと呼んでいる」

「どりらー」

 

 興味なさげなジアクサスだが、DD‐05は嬉しそうにドリラーに声をかける。

 

「どりらー、ぼくとともだちになってくれる?」

 

 それに答えるようにドリラーは唸る。

 果たして肯定の意を示したのか、そもそも言葉が通じているかは分からない。

 

「ありがとう。ぼく、ともだちができたのははじめてだよ」

 

 それでも、DD-05はニッコリと笑うのだった。

 

「ふむ。何か通じるものがあるのかな? なんにしても、興味深い」

 

 ジアクサスは、見つめ合う一人と一体を興味深げに眺めるのだった。

 

  *  *  *

 

 パチリとプルルートが目を開けると、そこは闇の中だった。

 広い洞窟の中のような感じで、土壁から突き出た鉱石が淡く光り、完全な暗黒ではない。

 

「あれ~? ここ、どこだろう~?」

 

 上体を起こし、ポヤっとした表情で首を傾げるプルルートだったが、ようやく記憶が追いついてきた。

 

「ああ~、そっか~。ショッ君と戦って~、落ちちゃったんだ~」

 

 ノンビリと言った後で上を見上げると、遥か上に自分たちが落ちてきた穴が見えた。

 さっそく、女神化して飛んで行こうとするが、変身してみるとそれが不可能なことに気が付いた。

 

「プロセッサが……、これじゃ飛べないわねぇ……」

 

 プロセッサユニットの翼部分が大きく破損していた。

 エネルギーの帯に触れた時に、破壊されてしまったのだろう。

 

 さて困った。

 

 どうやって帰ったものかと考えていると、暗闇の中で大きな影がノッソリと立ち上がった。

 

「ああ、そうだった。あなたもいっしょだったわねぇ。第二ラウンドいっとくぅ?」

 

 その影……宿敵ショックウェーブを見て、プルルートは獰猛な笑みを浮かべる。

 この程度の傷など問題にはならない。

 

 だが、ショックウェーブの様子がおかしい。

 

 辺りをキョロキョロと見回し、小首を傾げている。

 

「……ここはどこですか? あなたはだれですか?」

 

 そして嫌に舌っ足らずながら丁寧な言葉づかいでプルルートに話しかけてきた。

 

「し、ショッ君?」

「しょっくんというのはだれですか? ぼくのなまえはDD-05です」

 

 さしもに呆気に取られるプルルートに、ショックウェーブは分かり辛いが微笑むような挙動を見せつつ自己紹介する。

 

「え~とぉ……、と、とにかく、さっきの続きをしましょう? あたし、もう体が疼いちゃって仕方ないのぉ」

 

 プルルートは妖艶に笑んで蛇腹剣を呼び出す。

 

 だが、ショックウェーブはニコニコと笑うばかりだ。

 

 何とも言えない空気が、暗い洞窟の中に流れる。

 

 バツが悪げな顔になったプルルートは蛇腹剣を消して、女神化を解除した。

 

「……えっと~、あたし~、プルルート~。ショッ君は、どうしちゃったのかな~?」

 

 とりあえず相手が無害であることを察したプルルートだったが、この状況が理解できずに問う。

 

「ぷるるーと、ぼくはしょっくんじゃないです。DD-05です」

 

 相手もまた、よく分かっていないようで、自分に対する呼び方の訂正を求めてくる。

 よく分からないが、今のショックウェーブはショックウェーブであってショックウェーブではないらしい。

 子供のような彼に、プルルートはやる気を失う。

 

 こんな状態のショックウェーブを倒しても意味はない。

 

 無抵抗の相手をいたぶるのは……いや、それはそれで楽しいが、ことショックウェーブに関しては、強く硬く澄ました顔をしている彼でなくてはならないのだ。

 

 そんな内心をおくびにも出さず、プルルートはニパッと笑む。

 

「じゃあ、DD-05。いっしょにここを出ようか~」

「はい、いっしょにいきましょう。ぷるるーと」

 

 ショックウェーブ……今はDD-05は、柔らかく微笑み返すのだった。

 

  *  *  *

 

 手術台に横たわるDD-05。

 その前にジアクサスが立っていた。

 

「気分はどうだね? 今日はいよいよ、ブレイン交換手術を受けるわけだが」

「だいじょぶです」

「よろしい。一応説明しておくと、これから君のブレイン……そしてそれを収めた頭部をそっくりそのまま取り替える」

「はい。……あれ?」

 

 説明を受けていたDD-05は、ジアクサスの言っていることが前と違うことに気が付いた。

 確か、交換するのは一部分だったはずでは?

 しかし、きっと自分の記憶違いだと考え、何も言わない。

 

「これにより、君はより合理的な人格を得ることができる。……私のコピーと言える人格をだ」

 

 嬉々として語るジアクサスは、もはやDD-05の方を見ていない。

 

 いや、最初からジアクサスの目にDD‐05という青年は映っていなかった。

 

 彼にとって、自分以外の全ては知的好奇心を満たすための研究対象に過ぎないのだ。

 

 ゆっくりと、ロボットアームに接続されたヘルメットのような物が、DD-05の頭部に被さっていく。

 その内部には、悍ましくて描写できないような器具が詰まっていた。

 ヘルメットがDD-05 の頭部を首までスッポリと覆うと、内部から駆動音が聞こえてきた。

 

 次いで、恐ろしい悲鳴が手術室に轟く。

 

 周りの助手たちが恐怖に耳を塞ぎ罪悪感に体を震わせる中、ジアクサスは平然と言い放った。

 

「この実験の結果は、サイバトロンに衝撃をもたらすぞ。君の存在は、永遠に記録される衝撃波(ショックウェーブ)となるのだ」

 

 嬉しそうに笑いながら、ジアクサスは脇の台に置かれた『物』を手に取る。

 

 それは、湾曲した二本の角と、大きくて丸い単眼を備えた、トランスフォーマーの頭部だった。

 

  *  *  *

 

 地下を行くプルルートとDD-05。

 行く手を大岩が塞げばDD-05が退かし、高い段差が現れればDD-05がプルルートを上に上げてやる。

 DD-05は子供っぽく無邪気ながらも、極めて親切に振る舞っていた。

 だからこそ、プルルートには解せない。

 

 このDD-05が、本当にあのショックウェーブと同一人物なのだろうか?

 

 中身だけ別人と入れ替わったと言われても信じてしまいそうだ。

 

「……あの、ぷるるーと?」

「な~に?」

 

 と、DD-05がオズオズとたずねてきた。

 その姿も、普段のショックウェーブとはかけ離れたものだ。

 

「ぷるるーと。ぼくのトモダチになってくれませんか?」

「……ほえ~?」

 

 意外な内容の言葉に、プルルートは目が点になる。

 それを否定と受け取ったのか、DD-05は少し落ち込んだような素振りを見せた。

 

「やっぱり、だめですか」

「ううん、ダメじゃないけど~……ちょっと考えてもいいかな~?」

 

 煮え切らない調子のプルルート。

 普段が普段なだけに、いかな彼女と言えど即答はできない。

 

「わかりました」

 

 それでも、DD-05はノーと言われたワケではないと察したらしく、少し喜んでいるようだ。

 

 つまらないことにも一喜一憂する姿は無邪気で善良な子供のようで、さしものプルルートも戸惑ってしまうのだった。

 

  *  *  *

 

「起きなさい……DD-05」

「はい」

 

 ジアクサスに促され、ゆっくりと手術台から起きあがったDD-05は、もはやかつてのDD-05ではなかった。

 

 頭部は新しい物へと交換され、そこに詰まっているブレインサーキットは、以前とは全く違う高性能な物になった。

 

「気分はどうかね?」

「はい。月並みな表現ですが、生まれ変わった気分です」

「では問おう、君は生命に価値があると思うかね?」

「いいえ。生命とは現象に過ぎず、それ以上の価値はありません」

 

 自らの問いに、今までとは違う穏やかで大人びた声で、淀みなく答えたDD-05に、ジアクサスは満足げに頷く。

 

「ブレイン交換手術はひとまず成功だ!」

「はい。ですが、経過を見てみなければ正確なデータは取れません」

「ああ、そうだな」

 

 冷静な意見を出すDD-05にジアクサスは再度、頷いた。

 

 自分の実験は大成功だったのだ。

 新たに植え付けたブレインサーキットに由来する人格は、ジアクサスの理想と言ってもいい。

 

 感情に囚われない論理と科学的根拠を何より優先する、合理的な人格。

 

 この実験の真の目的は自分以外の者の能力の低さに辟易したジアクサスが、有能な助手を『作る』ことにあった。

 唯一、ジアクサスが認めた頭脳の持ち主はセンチネル・プライムであるが、彼は科学の平和利用を第一に考えており、ジアクサスとは致命的に話が合わない。

 

「では、君には私の補佐として働いてもらおう。まずはついてきたまえ」

「はい」

 

 ジアクサスの背を追って、DD-05は歩き出した。

 研究室の光景は、以前と全く違って見えた。

 ここにある器具やサンプル、行われている行為の意味が手に取るように分かる。

 

 新鮮な感覚だが、感動はなかった。

 

 すでにDD-05の感情は鋼鉄のように硬く冷めきっていた。

 

 ただ、知的好奇心だけが本能として刷り込まれている。

 

 ふと、横を見ると研究員が檻を運ぼうとしているのが見えた。

 ドリラーが入っている檻だった。

 

「……ドリラーをどうするのですか?」

「ん? ああ、廃棄するんだ。すでに実験をし尽くしたし、これ以上ここに置いておく意味はないからね」

 

 ジアクサスの声に興味は欠片もない。

 すでに彼の興味は隣に立つ新たな実験動物に注がれていた。

 

「それなら、僕がもらってもいいでしょうか?」

「んん!? それはかまわんが、なぜだね?」

 

 DD-05の考えを読むことができず、ジアクサスは怪訝そうにする。

 対して、DD-05は平坦に答えた。

 

「ドリラーは、僕のトモダチですから」

「……………そうか。好きにしなさい」

 

 そう言ったジアクサスではあったが、その視線には多分に侮蔑が含まれていた。

 一つ礼をすると、DD-05はドリラーの入った檻に向かって歩いていった。

 

「……まだ、感情が残っていたか。まあ、いい。時間経過と共に、それも失われるだろう」

 

 ジアクサスの呟きは、誰にも聞かれることはなかった。

 

  *  *  *

 

 

 洞窟の中をプルルートとDD-05はノンビリと進んでいた。

 

「それじゃあ~、DD-05は~、穴掘り屋さんなんだ~」

「はい。ぼくのしごとはさいくついんです。でも、どじばかりで、いつもみんなをおこらせてしまいます」

「分かる~、あたしも~、仕事が遅いって、いっつもみんなに怒られるんだ~」

 

 すっかり打ち解けて、和やかに会話する二人。

 

 潜在的に加虐嗜好ではあるが、ポヤッとしたプルルートと、子供のようなDD-05は波長が合う部分があったらしい。

 

「それでね~……、あれ~?」

 

 話を続けようとするプルルートだったが目の前に開けた空間が現れた。

 

 そこは遥か上の亀裂から日の光が差し込んでいて、地下深くに関わらず花畑になっていた。

 奥には地下水が流れ込み池になっている。

 

「うわ~! きれ~い!」

「はい! きれいです!」

 

 自然の悪戯が創り出した、神秘的で美しい光景に二人は感嘆の声を上げる。

 

「少し疲れたから~、ここで休んで行こう~」

「そうしましょう」

 

 プルルートは花畑に寝転がり、DD-05は適当な岩に腰かける。

 しばらく、横になっていたプルルートだったが、ふとDD-05が花畑から花を摘んでいることに気が付いた。

 

「ぷるるーと、これあげます!」

 

 やがて、DD-05はプルルートの前に花束を差し出した。

 体が大きい上に、あまり器用ではないらしいDD-05が集めただけあって泥だらけでクシャクシャだが、一生懸命に作ったことがうかがえた。

 プルルートは素直にそれを受け取り、笑みを大きくする。

 

「くれるの~? ありがとう~!」

「はい。きれいなひとには、きれいなものをあげます」

「……ほえ~?」

 

 無邪気なDD-05 の言葉に、プルルートは目を丸くして、次に頬を赤く染めた。

 女神態の時のプルルートは妖艶な美女であるが、人間の姿の時は年端もいかない少女である。

 

 『可愛い』と言われることはあっても、『綺麗』と褒められることは中々ない。

 

「あ、あたし、そんな綺麗じゃないよ~」

「? ぷるるーとは、すごくきれいです」

 

 顔の構造上分かり辛いがニコニコとしながらDD-05は言い切る。

 

 プルルートは彼女としては非常に珍しく、タジタジに照れてしまうのだった。

 

  *  *  *

 

 手術を受けてからのDD-05の生活は一変した。

 

 ジアクサスの助手として、かつては考えられなかったような高度な科学知識に触れる日々。

 

 だが、かつてない新発見をしても、革命的な発明をしても、誰も解くことのできなかった数式を解いても、その心には何の感動もない。

 

 他者の賞賛も敬意も、空虚にしか感じない。

 

 分かってしまったからだ。

 

 この世界とは、論理によって形作られている。

 

 原因があり、現象が起こり、結果が残る。……それだけだ。

 

 感情も、生命も、社会も、時間も、空間も、宇宙さえも、所詮は機械仕掛けの玩具と何も変わらない。

 

 『恩人』あるいは『師』とでも呼ぶべきジアクサスに対しても、感謝や思慕の念は全く感じない。

 反対に、自らを実験材料にしたことへの怒りや憎しみもない。

 

 唯一の例外はドリラーで、彼と共にいる時だけは、かつてはあったはずの感情の残滓を感じることができた。

 

 ……あくまで、残滓を、だが。

 

 そんなある日のことだ。

 

 その日もDD-05は、ジアクサスの研究をサポートしていた。

 

 『……ディセプティコンよ! 立ち上がれ!!』

 

 突然何処からか聞こえてきた音声に、ジアクサスとDD-05は首を巡らす。

 見れば研究員の一人が通信端末でニュースを聞いていた。

 二人の視線に気付き、研究員は頭を下げる。

 

「あ、ああ? スイマセン。何せ気になったもので……」

「すぐに消したまえ。我々は科学の深奥を探求しているのだよ。世俗のことになぞ、気を取られるのではない」

「しかし、メガトロンの軍団は日増しに勢力を伸ばしているそうです。このままではここにも……」

「くどいぞ」

 

 ジアクサスと研究員が言い合う間にも、放送は続く。

 

『時は来た! 今こそ腐敗の温床たる評議会とオートボット軍を打倒し、我らディセプティコンの世界を創り上げるのだ!!』

 

 ニュース放送では、メガトロンなる人物が演説を繰り広げていた。

 ディセプティコンをまとめ上げているらしいが、特に興味は湧かない。

 ジアクサスも、ヤレヤレとばかりに首を振る。

 

「仮にこのメガトロン何某が、我々の予想以上に力をつけ、さらにこの研究所まで攻めこんできたとしよう。……だとしても、ここのセキュリティを突破することは絶対にできないよ。論理的に考えて、ね」

 

 ジアクサスの言う通りだ。

 ここにはサイバトロンを滅ぼして余りある危険な発明や発見で満ちている。

 故に、それらが悪用されないよう極めて厳重に守られているのだ。

 

 それこそ、侵入不可能と言って良い。

 

『我らディセプティコンは、そして、破壊大帝メガトロンは! あらゆる障害を踏破する! それが何であれ、必ず!!』

 

 メガトロンの言葉は、一切、DD-05の心を打たなかった。

 

  *  *  *

 

 プルルートは、DD-05の肩に乗せてもらっていた。

 まだまだ、出口は見えそうにない。

 

 プルルートは思う。

 

 もしも……、もしも、このままDD-05がショックウェーブに戻らなかったら。

 

 その時は。

 

 その時は、自分の『トモダチ』として、皆に紹介しよう。

 

 皆反対するだろうが、まあ、何とかなる。と言うか、何とかする。

 

 最悪、自分の元いた世界に連れて行ってもいいかもしれない。

 

 この世界の女神にはトランスフォーマーのパートナーがいるのだから、自分にいたっていいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が通り過ぎてからしばらくして、洞窟の壁を突き破って何かが土中から姿を現した。

 

 それは横に並んだ二つの鋭いドリルを備え、キャタピラによって走行する戦車のような機械だった。

 

 ゲイムギョウ界に存在する機体とは一線を画す、人が乗るとは思えない構造。

 

 さしずめ、エイリアン・ドリルタンクとでも言おうか。

 

 ドリルタンクは二連ドリルの回転を止めて停車すると、その車体を無数の粒子にまで分解した。

 いったん空中に散った粒子が再結集して現れたのは、単眼を備えた頭を二つ持った紫のトランスフォーマー……トゥーヘッドだった。

 

 ロボットモードに戻ったトゥーヘッドは、二つの頭を動かして辺りを探る。

 

「ここにもいない……。マスター、いったいどこに……」

 

 暗闇の中に主人の姿を求めるトゥーヘッド。

 しかし、ディセプティコンの基地がある島の地層に含まれている物と同じ種類の鉱石が、トゥーヘッドのセンサーを阻害していた。

 故に、トゥーヘッドは僅かな痕跡を地道に辿っていく以外に主人を探す手段を持たない。

 

 それでも、探す以外の選択肢をトゥーヘッドは持たない。

 

「必ず、見つけます。マスター」

 

 ショックウェーブはトゥーヘッドにとって、たった一人の『トモダチ』なのだから。

 




タイトルは、名作小説『アルジャーノンに花束を』より。
ドラマ版の同作を見て思いついたのが今回の話。

今回の解説。

DD-05
実写第三作ごろに発売されたショックウェーブの玩具の番号。

ジアクサス
今回のゲスト。
初出はマーベルコミック版、およびG2。
後にIDW版にもマッドサイエンティストとして登場し、現在はこちらが有名。
出るたびに余計なことしかしない。

以下、ジアクサス先生の遍歴の一端。

G2
記念すべき初登場。
進化したG2トランスフォーマーを自称し、従来のトランスフォーマーを見下す。
だが実際には、その進化には大きな穴があった。

IDW
弾けた。
マッドサイエンティストとして活躍(?)
合体戦士を作り出したり、本来性別のないアメコミのTFを改造して『女性』にしたりとやりたい放題。

ライズ・オブ・ダークスパーク
名前のみ登場。
仲間をダークスパークの実験台にしてたらしい。

では、ご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 DD-05に花束を part2

ビーストウォーズ生誕20周年か……。
あれから長い年月が過ぎたもんです。

しかし、まさか、書き上げるのに二週間もかかるとは思わなかった……。


 DD-05の日々は、変わることなく過ぎていった。

 研究に明け暮れ、世俗のことには関わらない。

 

 その間にも、メガトロンは率いるディセプティコンは勢力を伸ばし、各地でオートボットと小競り合いを繰り返していた。

 

「まったく下らない。オートボットだの、ディセプティコンだのと言った矮小な概念に囚われるとは、論理的ではないね」

 

 師であるジアクサスなどは、そう言って他者を見下しているが、DD-05からすればそうやって自身を特別視することこそ、論理的ではない。

 

 結局のところ、この世界の全ては論理の奴隷に過ぎないのだ。

 

 そこからは、何者も逃れることはできない。

 

 特別な存在など、いない。

 

 言ったところで無駄だろうから、言わないが。

 

 もはや、DD-05に感情の揺らぎはない。

 

 時折、ドリラーの鳴き声から悲しみを感じる。

 それは感情を失い、それを模倣して残滓を感じている気になっている自分への憐みなのだろうか?

 興味はあるが、興味だけだ。感傷はない。

 

 それを悲しいと思うことすら、DD-05にはできなかった。

 

  *  *  *

 

 暗闇に満ちた洞窟の中をショックウェーブことDD-05が肩にプルルートを乗せて進んでいた。

 出口目指して進む二人だが、何か当てがあるワケではない。

 行き当たりバッタリに、進める方に進んでいるだけだ。

 

「ね~え、DD-05~? 出口はこっちでいいのかな~?」

「わかりません」

「だよね~……まあいっか~」

 

 呑気にもほどがある二人。

 果たして二人は無事、外界に戻ることができるのだろうか?

 

 ふと、DD-05が立ち止まって上を見上げた。

 

「どうしたの~?」

「なんだか、ゆれてます」

「そうかな~? あたしは分かんないけど~、気のせいじゃないかな~」

「いいえ、ゆれてます」

 

 そう言われても、プルルートは揺れを感じず首を傾げる。

 しばらく佇んでいたDD-05だが、やがて揺れを感じなくなったのか歩きだす。

 プルルートも、気にせずにいたのだった。

 

  *  *  *

 

 研究所の最奥。

 この研究所の科学者たち……主にジアクサスが創り上げた危険な発明が封印されている隔離区画。

 そこの一室に、DD-05は閉じ込められていた。

 

「……これはどういうことですか?」

「君には、もう分かっているっはずだよ」

 

 DD-05の問いに、ジアクサスは何てことないように答えた。

 

「ブレイン交換手術の結果、君の知能は飛躍的に向上した。私としても満足のいく結果だった。……だが最高評議会のお歴々に君のことが知られてしまってね。議会はディセプティコンの出身である君が賢くなったことに危機感を抱いているようだ」

 

 ジアクサスの説明にもDD-05は全く動じず、この先、何を言うかも分かっていた。

 しかし、論理的に考えて反論する価値を感じなかったので、黙っていた。

 

「私としても手を尽くしたのだがね。君を無期限拘束すると言う決定が下った。残念だよ、DD-05。本当に申し訳ない」

 

 そう言いつつも、全く残念そうにも申し訳なさそうにも見えないジアクサス。

 

 DD-05には分かっていた。

 ジアクサスはDD-05のために動いてなどいない。

 評議会の後ろ盾の下、ヒトの道から外れた研究を続けるジアクサスに取って、評議会から命令と、実験動物の命は天秤に賭ける間でもない。

 

 それを咎める気も起きない。

 

 だから、DD-05はその決定を粛々と受け入れた。

 彼は自分の命を惜しいと思うことさえないのだ。

 

 しかし、気になることはあった。

 

「一つだけ、質問してもよろしいでしょうか?」

「何かね?」

「ドリラーは、どうなりますか?」

「ああ……、処分することになったよ」

 

 その言葉を聞いた時、DD-05の胸の奥のスパークが、僅かに疼いた。

 

「そう、ですか……」

「ああ。では、さらばだDD-05。なに、いつか出られる日もくるさ」

 

 ジアクサスは慰めるように言ったが、すでに彼はDD-05への興味を失っていた。

 

 ――助手なら、また作ればいい。今度はオートボットを使えば、評議会も文句は言わないだろう。その時は、より完璧な結果を出せるだろう。

 

 ジアクサスは次の実験のことを考えながら、部屋を出て行った。

 DD-05は、ただジッとしていた。

 

 出られる時などこない。

 ジアクサスが出してくれることはないだろう。

 可能性があるとすれば、誰かがこの研究所の警備システムを突破してくることだが、それこそ論理的に考えて有り得ない。

 

 地下深くに位置するここを守るのは、何重にもなった特殊合金製の隔壁とフォースバリア、侵入者を抹殺するドローン。

 

 もし、ここまで辿り着く者がいるとすれば、それは論理を超える者だろう。

 

 同じころ、ジャンク品を廃棄していた研究員がスイッチを押し間違え、強酸のプールに落とされるはずだったコンテナの一つをロボットアームから落としてしまった。

 研究員は慌ててロボットアームを操作して、そのコンテナを掴み酸に落としたが、コンテナから何か、蛇のような物が飛び出し、身をくねらせて外へ続く配管に潜りこんだことには気付かなかった。

 

  *  *  *

 

 しばらく歩いていたDD-05だがまたしても立ち止まった。

 

「今度はどうしたの~? また揺れてるの~」

「はい。でもこれは……」

 

 不思議そうにしているDD-05と釣られて首を傾げるプルルート。

 しかし、今回も何事もなかったようで、再び歩き出そうとするDD-05だったが……。

 

 横の壁が吹き飛び、土中から二連ドリルが特徴的なドリルタンクが飛び出してきた。

 

 何事かと驚くプルルートとDD-05の前でドリルタンクは粒子に分解し、再結合して双頭のトランスフォーマーに変形する。

 

 その姿は、DD-05によく似ていた。

 

「マスター! ご無事でしたか!」

 

 DD-05の姿を見つけるや嬉しそうな声を上げて近づいて来る双頭のトランスフォーマー……トゥーヘッドだった が、当のDD-05は不思議そうな顔をしていた。

 

「? きみはだれ?」

「マ、マスター!? どうしたんです? 私です、トゥーヘッド……ドリラーです!!」

「どりらー!? きみはどりらーなの?」

 

 驚愕するDD-05。

 彼の記憶にあるドリラーは、長大な体を持ったドローンだった。

 しかも、話すことはできなかったはずだ。

 

「わー、ぼく、どりらーとおはなししたかったんだ!」

 

 歓声を上げるDD-05に、トゥーヘッドは面食らい、次いで主人の肩に乗っかっているプルルートを双眼(二つの頭に一つずつ)で睨む。

 

「貴様、マスターに何をした! このモンスターめ! これじゃ別人だ!!」

「ええと~、あたしは何をしてないよ~?」

「嘘を吐くな! この……」

「だめだよ、どりらー。ぷるるーとはわるいひとじゃないよ」

 

 正直に答えるプルルートに掴みかかろうとするトゥーヘッドだったが、DD-05がそれを止めた。

 

「ま、マスター?」

「ぷるるーとをいじめちゃだめ! どりらーでも、おこるよ!」

 

 舌足らずな声が全く迫力を感じさせない主人に、トゥーヘッドは戸惑い、どうすればいいか迷う。

 

 ――これでは、まるで昔の……。

 

 プルルートはDD-05に不安げに声をかける。

 

「だいじょうぶ、DD-05?」

「だいじょぶですよ。どりらーは、ぼくのともだちなんです」

 

 プルルートを安心させようと柔らかく笑む主人に、トゥーヘッドは困って右手で右の頭を掻く。

 

 トゥーヘッドの思考の大部分は、いかに主人の役に立つかと言うことに割かれている。

 彼の忠誠は破壊大帝や軍団ではなく、あくまでもショックウェーブに寄せられているのだ。

 故に、トゥーヘッドは今のショックウェーブを否定できない。

 今まで何千年もの間、ショックウェーブに仕えているが、こんなにも安らかな表情の主人は初めてだ。

 

 ――ならば、しばらくはこのままでもいいか……。

 

 そうトゥーヘッドが結論付けようとした時、急に洞窟が大きく揺れ出した。

 巨体のDD-05とトゥーヘッドと言えど、よろめいてしまうほどの大きな揺れだ。

 そして、洞窟の天井が崩れてきた。

 

「ほ~え~!?」

「ぷるるーと! あぶない!!」

 

 瞬間、DD-05はプルルートを自分の肩から落として覆いかぶさるような姿勢を取って庇う。

 その背に、大きな岩が降りかかった。

 

  *  *  *

 

 地下深くの隔離区画に入ってから、すでに3デカサイクル(約3か月)。

 他にすることもないので、思索を続ける。

 エネルギーの供給もとっくに止まり、ステイシスに入るのも時間の問題だろう。

 別に、そのことには恐怖を感じない。

 

 ドリラーが処分された時、DD-05の感情は残滓に至るまで死に絶えた。

 今のDD-05を例えるなら、精神の無い『考える機械』だろう。

 

 考えることは彼の本能だ。

 

 この場に置いては何の意味もなくとも。

 

 ふと、彼のセンサーが何かの音と振動を捉えた。

 爆発音と、怒号、悲鳴、その他諸々。

 それらは、段々とこちらに近づいてくる。

 

 そして、目の前の扉が開いた。

 

「ほう? これがジアクサスが秘匿していた研究成果か」

 

 逆光を背に立っていたのは、灰銀の大柄なトランスフォーマーだった。

 真っ赤なオプティックが興味深げにこちらを眺めている。

 その一歩後ろには、バイザーが特徴的で小柄なトランスフォーマーが控えていた。

 

「ソノ筈ダ。『コレ』ガ、DD-05。ブレイン交換手術ニヨッテ、知能ヲ劇的ニ高メラレタ、トランスフォーマー」

「とてもそうは見えんな。……それで、お前、話せるか?」

 

 自分に向けて質問されていることに気が付くのに、少しかかった。

 驚いて、いたからだ。

 

「……はい」

「会話はできるようだな。では、単刀直入に言う。この施設は我がディセプティコンの支配下に入った。よって貴様を軍団に徴兵する。無論、拒否権はない」

「分かりました。……一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」

 

 久々に使う発声回路から、どうにか絞り出したのは疑問。

 軍団に加わるのは、別に構わないが、どうしても気になることがあった。

 

「何だ?」

「あなたは、どうやってここまで辿り着いたのです? この研究所を守るシステムは鉄壁のはず。加えて制御コンピューターはスタンドアローンで接続もできない。本来なら不可能なはずです」

 

 僅かに声が震えていたのは、発生回路の不調か、あるいは期待か……。

 

 ――期待? 感情が死んだはずの私が、期待していると言うのか?

 

 DD-05の内心を意に介せず、灰銀のトランスフォーマー……破壊大帝メガトロンは、当然とばかりにニヤリと凶暴に笑んで答えた。

 

「何かと思えばそんなことか。決まっておる。力で踏み越えて来たのよ」

「馬鹿な……。論理的に考えて、有り得ない」

 

 声の震えが大きくなる。

 

「フッ。俺の前に立ち塞がるのなら、論理とて粉砕するのみよ。……信じられないのなら、証拠を見せてやる。ブラックアウト、グラインダー、奴を連れてこい!」

 

 メガトロンの声に応え、扉の外から同型と思しい黒と灰の二体のトランスフォーマーが『何か』を引きずってきた。

 

 それは、DD-05を改造した張本人、この研究所の責任者である狂気の天才科学者。

 

 ジアクサスが、両腕を掴まれて項垂れていた。

 

「ジアクサス? 捕まったのですか?」

「まあ、見ての通りだよ」

 

 すでにかなり痛めつけられたらしく、へしゃげ気味な顔で力無く笑うジアクサス。

 しかし解せない。

 万が一何かあった場合、ジアクサスは自分しか知らない秘密の通路で逃げるはず。

 その通路は他の者が入れば問答無用で抹殺されるようになっている。ジアクサスの人命軽視の現れと言えた。

 DD-05のその疑問に答えるかのように、ジアクサスが口を開いた。

 

「どういうワケか、脱出用の通路が破壊されていてね。全く想定外だったよ……警備システムを力ずくで突破する者がいたこともね……」

 

 苦笑しながらも未だに理知的に取り繕った姿は、故に惨めなものだった。

 その姿に憐みも侮蔑も感じなかったが、少しだけ気が晴れた気がした。

 

「では、あなたは本当に防御システムを越えてきたのか。30層にも及ぶ特殊合金の隔壁とレベル7のフォースバリア、120体の侵入者抹殺用ドローンとタレット、電磁フィールドとレーザーネット、圧縮機を突破したと言うのか?」

「隔壁は残らずぶち破ってやったし、フォースバリアは発生装置を破壊してやった。ドローンとタレットは残らず撃ち落とした。電気は痒かったし、レーザーネットを潜り抜けるのはお遊戯のようだったな。さすがに天井が落ちてきた時はヒヤリとしたが問題はなかった。……サウンドウェーブのサポートがあってこそではあったがな」

 

 胸を張るメガトロンにDD-05は身内のどこかから言い知れぬ震えが込み上げてくるのを感じた。

 

 頭脳(ブレイン)からではない。

 

 (スパーク)だ。

 

 論理を超える存在を前に、スパークが震えているのだ。

 

「研究員に聞けば、お前こそがジアクサスの傑作で有り、研究所始まって以来の鬼才だと言う。それでここまで来た。俺と共に来てもらうぞ。その頭脳を俺とディセプティコンのために役立てるのだ」

「無論、喜んで」

「……いやに聞き分けがいいな。もっと嫌がるかと思っていたぞ」

 

 即答するDD-05に、メガトロンは怪訝そうに顔をしかめる。

 DD-05は慇懃にお辞儀をした。

 

「私はあなたのようなヒトを求めていたのかもしれない。論理を超えていく存在を……」

「…………貴様は、自身で論理を超えようとは思わんのか?」

「私には不可能ですので」

 

 その言葉を聞いたメガトロンの表情が苦み走った物になったが、それも一瞬のことだった。

 

「論理など、俺の踏破しゆく壁の一つにしか過ぎん! 我が下にいれば嫌と言うほど論理を破壊する態を見ることになるわ!」

「それこそ、望む所。貴方様のため、力と知恵の限りを尽くすことを誓います」

 

 DD-05が忠誠の証としてメガトロンの前に跪くと、メガトロンは満足げに頷いた。

 

「いや、そう言うことなら、私もディセプティコンに参加させてもらおう。役に立つよ」

 

 まるでそれが当然とばかりに、ジアクサスがメガトロンに笑いかけた。

 この男は評議会からディセプティコンに乗り換えようというのだ。

 そもそも彼はあくまで研究欲からオートボットに組みしていたに過ぎず、研究ができるのなら、どの陣営でも構わないのだ。

 

 狂的なまでの自分本位。それがジアクサスの本質である。

 

 彼は自分の頭脳がどれだけ貴重かを理解しており、メガトロンなら自分を欲しがるだろうと考えていたのだ。

 

 だが、メガトロンはジアクサスを一瞥すると、つまらなそうに排気して、DD-05に地の底から響くが如き重低音の声で命令した。

 

「おい、お前。さっそく最初の仕事だ。…………こいつを始末しろ」

「へ?」

 

 その言葉の意味が理解できず、ジアクサスは間抜けな表情になる。

 一方のDD-05は無表情のまま頷くと、ジアクサスに近づいていく。

 ようやく事態を飲み込んだジアクサスは慌ててメガトロンに向けて声を上げる。

 

「ま、待ちたまえ! 私のブレインにどれだけの価値があると思っている!! 私の才覚は、この宇宙に二つとない貴重な物だぞ!!」

「確かに貴様はサイバトロン始まって以来の大天才だった。……そいつが現れるまでは、な」

「な……」

「研究員たちが口を揃えていたぞ。DD-05のブレインはジアクサスのそれを凌駕している、とな」

 

 冷酷に言い放つメガトロンに、ジアクサスは顔を引きつらせる。

 

 すなわち、DD-05を手に入れた今、ジアクサスを生かしておく意味はないのだ。

 

「な、なあDD-05! 私を殺したりはしないだろう! 論理的に考えてみてくれ! 君と私が組めば、素晴らしい成果が出せるはずじゃないか!」

 

 必死に命乞いをするジアクサス。

 もはや目の前の自身の研究成果にすがるしか、生き残る道はない。

 メガトロン以下ディセプティコンが見守る中、DD-05は両手でジアクサスの頭を挟み込む。

 

「あなたの言う通り、論理的に考えれば、あなたを生かしておくべきだろう」

「ああ、だから……」

「だが、残念なことに、あなたは私のトモダチを処分した……。それだけは、どうしても許せないのですよ」

 

 平坦に言い放ったDD-05が両手に力を込めると、ジアクサスの頭部はミシミシと音を立てはじめた。

 絶望の色に染まるジアクサス。

 

「ま、待て! 私のブレインは宇宙一の……ぎ、ぎぐぅああ!!」

 

 グシャリと音を立てて、狂気の天才ジアクサスの頭部は呆気なく潰れた。

 頭部を失ってグニャリと倒れる残骸を、DD-05は無感情に見下ろした。

 

 事実、何の感慨も浮かんでこなかった。

 

「さて、それでは外に出るぞ。ここに封印されていた発明品は、もう使えないしな」

 

 何事もなかったかのように部屋の外へと向かうメガトロン。

 ジアクサスの作り上げた発明品は、この施設が攻撃されると、破壊される仕組みになっていた。

 DD-05の入っていた部屋だけは、サウンドウェーブが施設のシステムに直結することで何とか破壊を防いだ。

 この事実はメガトロンを大いに失望させたものの、代わりに有用な部下を手に入れたので、良しとしておいた。

 

 DD-05は、新入りの礼儀として他のメンバーが外に出るのを待つ。

 メガトロンの腹心サウンドウェーブは、部屋を出る前に一瞬DD-05のほうを見る。

 バイザーの後ろから不信を滲ませていたが、何も言わずに主君の後を追った。

 先輩が全員出て行った後で、DD-05も続く。

 

 この先に何が待っているのかは、彼の優秀なブレインを持ってしても分からない。

 

 だが、僅かばかりの不安と計り知れない歓喜で(スパーク)が震えているのを、DD-05は心地よく感じていた。

 

  *  *  *

 

 トゥーヘッドは意識を失って倒れたDD-05を助け起こしていた。

 横ではプルルートが心配そうに見守っている。

 

「ねえ、DD-05、だいじょうぶ~?」

「分からん。少し待て……」

 

 スキャンをかけると、体に特に損傷はない。

 強制スリープモードに入っているのは、頭部に強い衝撃を受けたからだ。

 

「良かった。これなら簡単な修理で治せそうだ」

「そうなんだ~。安心したよ~」

 

 ホッと一息吐くプルルート。

 それに構わず、トゥーヘッドは主人の頭部に手を伸ばす。

 手の指から細いケーブルが伸び、DD-05の頭部に潜りこんでいく。

 その過程で、DD-05のブレインの配線が一つ、切れていることに気が付いた。

 真光炉の暴走によるエネルギー波を頭部に受けたためだろう。

 このせいでブレインサーキットの機能が基礎的な部分を残してオフラインになってしまい、人格と知能が退行してしまったのだ。

 

 修理することは簡単だ。

 配線を繋げば、それだけで科学参謀ショックウェーブは復活するだろう。

 

 ――しかし、本当にそれでいいのか?

 

 トゥーヘッドは疑問に思う。

 

 少なくとも、『DD-05』にはトゥーヘッドとプルルート、二人のトモダチがいる。

 

 しかしショックウェーブにはトゥーヘッドしかいない。

 

 果たして、元に戻ることが主人の幸せなのだろうか?

 

 トゥーヘッドの問いに答える者はいない。

 疑問にはいつもショックウェーブが解をくれた。

 

 プルルートが不安げに見上げる中、天井を仰ぎ、トゥーヘッドは瞑目する。

 やがて、深く深く排気して呟いた。

 

「マスター……どうか許してください」

 

 意を決し、トゥーヘッドはショックウェーブの配線を繋げた。

 

 ブレインサーキットに電力が供給され、機能を取り戻す。

 

 人格パーソナリティ・・・・・再起動完了、問題なし

 

 記憶データ・・・・・・・・・再起動完了、問題なし

 

 全機能回復、損傷なし

 

「ぐ、ぐおおお……」

 

 唸り声を上げて、DD-05……ショックウェーブは覚醒する。

 上体を起こし、単眼を光らせて辺りをうかがう。

 

「マスター!」

「ぐ……、トゥーヘッドか? いったい、何が起こったのだ……」

「それは……」

 

 気遣わしげに主人を助け起こすトゥーヘッドだったが、どう答えていいものか悩む。

 ショックウェーブはブツブツと過去を反芻していた。

 

「確か、あの女神と戦ってそれから……」

「ねえ、DD-05……」

 

 と、プルルートが心配そうにショックウェーブを見上げていた。

 彼女は、まだショックウェーブが元に戻ったことが分からないのだ。

 そして、現状を把握できていないのはショックウェーブも同じこと。

 怪訝そうに何かと自分を目の仇にしている女神を見下ろす。

 

「何故、君がここに? ……いや待て、何故、私をDD-05と呼ぶ? ……ッ!?」

 

 その瞬間、ショックウェーブのブレインに記憶が雪崩れ込んできた。

 

 ――ぷるるーと、ぼくはしょっくんじゃないです。DD-05です。

 

 ――ぷるるーと。ぼくのトモダチになってくれませんか?

 

 ――ぷるるーと、これあげます!

 

 ――ぷるるーとは、すごくきれいです。

 

「……違う」

 

 絞り出すように、ショックウェーブは声を出した。

 

「違う! これは私ではない!! ぼくは、ぷるるーととトモダチに……違う、違う、違ぁぁああああう!!」

 

 普段の冷静さも論理的思考もかなぐり捨てて絶叫する。

 トゥーヘッドもプルルートも、その異様な姿に一歩下がる。

 

「ぷるるーと、ともだち……馬鹿な! いっしょにあそびたいな……そのような非論理的な思考など! ぷるるーといっしょにいると、たのしい……楽しいなどという概念は必要ない!! ぼくはDD-05……いや、私はショックウェーブ!!」

 

 子供のようなDD-05の声と、狂気の天才ショックウェーブの声が交互に現れては消える。

 ブレインを整理して幼稚な思考を抑制しようと試みても、胸の内の(スパーク)から沸きあがってくる。

 単眼が不規則に明滅し、徐々に異常な輝きを帯びていく。

 ギャリギャリと頭と胸を掻きむしってブレインの中からDD-05の人格を追い出そうとするが、それが彼の一番嫌う、論理的に考えて無意味な行動であることも分かっていない。

 

「ま、マスター……」

 

 あまりのことに、トゥーヘッドでさえ制止することを躊躇ってしまう。

 やがてショックウェーブは、尋常ではない感情のこもった視線をプルルートへと向けた。

 

「貴様……、きさま……!!」

「きゃあ!」

 

 ショックウェーブは困惑するプルルートの体を掴み上げる。

 

「きさま……僕に、わたしに、なにを、した!?」

「DD-05……」

「そいつはしんだ!! わたしは、しょっくうぇーぶだ!!」

 

 為す術もなく握られたプルルートは、遅まきながら事情を理解し、涙を溢れてくるのを止められなかった。

 

 自分とトモダチになるはずだった、心優しいDD-05は、いなくなってしまったのだ。

 

「おまえも、しねえええええッッ!!」

 

 ショックウェーブは、何故かオプティックから流れ出した液体が顔を濡らしていることに気付けず……あるいは気付かない振りをして、これまでにない殺意を漲らせてプルルートを握り潰そうと手に力を込める。

 

「……うっっわああああ!!」

 

 その瞬間、プルルートは女神化して渾身の力で自分を掴む指をこじ開けた。

 すぐさま地面に降り、距離を取って蛇腹剣を召喚する。

 

 だが、その表情は嗜虐心と自身に満ちた女王然としたものではない。

 

 痛みと悲しみを堪えようと唇を噛みしめた、幼気な少女のそれだ。

 

 トゥーヘッドはオロオロとしていて、両者の間に割って入ることもできない。

 

 そのままの硬直状態がどれだけ続いただろうか?

 

 三者は敵の隙を窺って、と言うよりは自身の精神を落ち着けるために動くことができなかった。

 最初に均衡を破ったのは、やはりと言うべきかショックウェーブだった。

 

 右腕を粒子波動砲に変形させて、プルルートに狙いを定める。

 

 プルルートも血が出るほど唇を噛みながらも、蛇腹剣を振りかぶる。

 

 だが、その時だ。

 

「おーい! ぷるるーん!!」

 

 声が聞こえた。

 こちらの次元のプラネテューヌの女神、ネプテューヌの声だ。

 それほど遠くからではない。

 同時に、トランスフォーマー特有の重く硬い足音も聞こえてくる。

 

 いなくなってしまったプルルートを探して、女神とオートボットがやって来たのだ。

 

 トゥーヘッドが主人に向かって叫ぶ。

 

「マスター! ここは退きましょう! 私たち二人だけでは分が悪すぎます!!」

 

 ショックウェーブは砲を構えたまま宿敵と分身を交互に何回も見た後、身を翻した。

 

「………………帰るぞ、トゥーヘッド」

「はい!」

 

 主人の声に応えて、トゥーヘッドはドリルタンクに粒子変形する。

 ショックウェーブもエイリアンタンクに変形すると、何とドリルタンクの後部に合体した。

 合体タンクはドリルを回転させて壁を掘り始め、間もなく土中へと消えた。

 

「…………」

 

 プルルートは女神化を解き、その場にへたり込む。

 

 嗚咽が漏れてくるのを抑えることはできなかった。

 

  *  *  *

 

 メガトロン率いる一行の末尾に付いて研究所を出たDD-05は、まず天を仰いだ。

 久し振りに見た空は、少しだけ灰色にくすみはじめていた。

 

 しかし、そのことはDD-05の精神に何の感慨も起こさない。

 

 空の青さも、流れゆく雲も、恒星の輝きも、単なる科学現象としか思えない。

 

 その時、地面が揺れ始めた。

 

 地震かと一同が身構える間もなく、目の前の地面を突き破って巨大な物体が姿を現した。

 

 とてつもなく太く長い胴体からは何本もの触手が生え、円形の大口の内側にはシュレッダーが何重にも並んでいる。

 形状自体はありふれた採掘用ドローンのそれだが、大きさが異常だ。

 普通のドローンはトランスフォーマーより小さいくらいだが、これは何十倍もある。

 

「これは……」

 

 ディセプティコンたちが驚きつつも武装を展開する中、DD-05はその採掘用ドローンの前に進み出た。

 武器を構えず、殺気立ってもいない。

 

「ドリラー……。私の、トモダチ……」

 

 DD-05が呟くと、採掘用ドローン……ドリラーは頭を下げてDD-05の顔に擦り付ける。

 その頭をDD-05は優しく撫で、ブレインから情報をダウンロードする。

 

 それによると、廃棄処分場から偶然にも逃げることができたドリラーは地下で成長を続けながらDD-05を助ける機会を窺っていたのだ。

 研究所の地下に侵入することは敵わなかったが、それでも諦めはしなかった。

 そして、偶然にもジアクサスが逃走用に用意していた通路を破壊した。

 

 その気はなかったとはいえ、ドリラーは自分とトモダチの復讐を果たしていたのだ。

 

「ふむ。そいつはお前の戦力と言うことでいいのか?」

「はい。ドリラーは私の……戦力です」

 

 成り行きを見守っていたメガトロンが問うてきたので、DD-05は正直に答える。

 メガトロンは口角を吊り上げる。

 

 ――こんなオマケまで付いてくるとは、思わぬ拾い物だ。

 

 心なし満足げな表情のメガトロンだったが、脇に控えたサウンドウェーブが建言する。

 

「メガトロン様。アノ男ハ危険ダ。ブレインスキャン ヲ実行シタガ、考エガ読メナイ」

「だからどうした? 能力があるのなら使うだけだ。……お前同様な」

 

 主君にそう言われて、サウンドウェーブは引き下がる。

 メガトロンはドリラーと戯れていたDD-05に向かって言う。

 

「そう言えば、お前の新しい名を決めねばな。DD-05では迫力に欠ける。ディセプティコンの一員として恥ずかしくない名前がよい」

 

 そう言われて、DD-05は考える。

 

 名前と言われても、興味がなかった事案なので、すぐには思いつかない。

 

『君の存在は、永遠に記録される衝撃波(ショックウェーブ)となるのだ』

 

 不意に、かつてジアクサスが言った言葉が脳裏によぎった。

 

「メガトロン様。恐れながら自分の名は自分で決めたいと思います」

「ほう? まあ良かろう。それで、何と名乗る?」

 

 主君と定めた相手に問われ、DD-05は決意を込めて……少なくとも、そうしようと思って、宣言する。

 

 

 

「ショックウェーブ」

 

 

 

  *  *  *

 

「ショックウェーブよ、それで成果はあったのか?」

 

 メガトロンの声に、ショックウェーブはハッと遠い過去から引き戻された。

 ここはディセプティコン秘密基地の司令部。

 今は、主君であるメガトロンに今回の作戦の成果を報告している所だった。

 

「はい。真光炉なる物のデータは無事、得ることができました。不完全かつ非効率な品ですが、私が改良を施せば、必ずやメガトロン様のご期待に添う結果を出せるでしょう」

 

 らしくもなく記憶に囚われていたショックウェーブだったが、すぐにそつなく奏上する。

 玉座のメガトロンは鷹揚に頷いた。

 

「頼むぞ。我がディセプティコンの興亡はお前の研究にかかっておるのだ」

「は……。しかし、コアとして必須であるシェアクリスタルが問題です。こればかりは私の手でも作り出すことが叶いません」

「そちらは俺が何か考える。お前は研究に集中せい」

「御意のままに」

 

 深く深く下げた頭の単眼が、異常な輝きを帯びていた。

 

 研究所を出たあの日から、軍団のため、メガトロンのため、論理的思考を強化してきた。

 

 ――だのに……!

 

 こうしている間にも、あの女神の顔がブレインにチラつく。

 消去しても消去しても、胸の奥のスパークが勝手に記憶を修復する。

 

 呑気極まる笑顔。

 

 頬を染めて照れている顔。

 

 そして、涙。

 

 その全てが、まるでエラーのようにショックウェーブの心を酷く乱す。

 

 全く持って、論理性に欠ける。

 

 故に、ショックウェーブは胸中にて誓う。

 

 この、論理的思考を阻害する、致命的な結果を生じかねないエラーの原因を全力で排除すると。

 他の誰でもなく自分の手でそれを成してこそ、ショックウェーブは論理性を取り戻すことができるのだ。

 その理屈が、論理的であるかはともかくとして。

 

 ――プルルート……。あの女は私の獲物だ。誰にも渡すものか……! 必ず、この手で!

 

 ……それが、『執着』という感情であることから、ショックウェーブは敢えて目を逸らした。

 

  *  *  *

 

 プルルートは独り、あの洞窟の中の花畑にいた。

 

 あの後、無事にネプテューヌたちと合流することができたが、プラネテューヌに戻る前に皆に無理を言ってここに来たのだ。

 

「…………」

 

 池を女神化して越え、花畑の中に降り立ったプルルートの手には、ショックウェーブ……DD-05から貰った花束があった。

 

 果たして、DD-05と過ごした僅かな時間は、洞窟の闇が見せた幻だったのだろうか?

 

 いや、この花束がそうとは思わせない。

 

 DD-05は確かに存在したのだ。

 

 例え、もう二度と会えないとしても……。

 

『ぷるるーと。ぼくのトモダチになってくれませんか?』

 

「……ええ、良いわ。アタシたちは、トモダチよ」

 

 フッと微笑んでプルルートは花束を地面に置く。

 

 力持ちで、健気で、純真無垢な心を持った、プルルートの大切なトモダチ。

 

 ……DD-05に、花束を。

 

 




そんなワケで、プルルートとショックウェーブの話でした。

ジアクサス先生は、過去編にて退場。
生き残らせても、禄なことしないでしょうからね。

しかし、何て言うか狂気に理由を求めちゃう私は、どうしようもなく凡人なんでしょうね……。
ヘルシングの少佐やFateのリュウちゃんみたく、『理由なんかない』と言うのが一番の狂気なんでしょうし。

次回はバランスを取るために軽い話を予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話 オプティマス大追跡!

内容がないよう状態なのに、時間がかかった……。
スランプかなあ?


 プラネテューヌの女神ネプテューヌと、オートボットの総司令官オプティマス・プライムは恋人同士である。

 紆余曲折を経て結ばれた二人であるが、国民に知られるとシェアが落ちかねないとして、その関係は秘密の物となった。

 とはいえ、女神やオートボット、それに近い者たちにとってはもはや公然の秘密であるし、国民も二人の間に漂う空気から何となく察している部分はある。

 それでもシェアは失われずにいたし、二人の業務に特に差し障りはない。

 

 何が言いたいかと言うと、ネプテューヌとオプティマスの交際は意外と上手くいっているということである。

 

 の、だが……。

 

  *  *  *

 

「オプティマスの様子がおかしい?」

「うん……」

 

 毎度おなじみ、プラネタワーのリビングで、アイエフとコンパがネプテューヌから相談を受けていた。

 今日は三人とも非番であり、ネプギアはバンブルビーとお出かけ、ピーシェは教会の外にできた友達と遊びに行っているため、久し振りに三人で話し込んでいた。

 

「最近、オプっちが暇な時にどこかへ出かけてるんだけど……」

「それだけですか?」

「正直、おかしいとは思えないけど? それとも暇な時は自分に構ってほしいとか?」

 

 首を傾げるコンパと、からかうような声を出すアイエフにネプテューヌは頬を染めてモジモジとする。

 

「そりゃ、構ってほしいっていうのはあるんだけど……」

「……なんでしょう? わたし、何だか複雑な気分ですぅ」

「そうね……。あのネプ子がこんな女の子らしいことを言うなんて……」

 

 初恋を成就させた娘を持つ両親の如く、何だかホロリとしてしまうコンパとアイエフ。

 ネプテューヌは照れ隠しに頬を膨らませる。

 

「むー……、それはともかく、オプっち普段なら仕事がない時は訓練してるか考え事してるかなんだけど……」

「誰かさんにも見習ってほしいわね」

「あいちゃん、茶々入れない! とにかく、最近は仕事が終わるとどっか行っちゃうんだよ!」

 

 ネプテューヌは呆れるアイエフにムッとしつつ話を続ける。

 

「ラチェットやビーも行先は知らないっていうし……」

「放っておきなさいよ。オプティマスにだってプライベートはあるし、恋人とはいえ過干渉はよくないわよ」

 

 呆れつつも、真面目にネプテューヌを諭すアイエフ。

 過度に束縛することは破局に繋がりかねない。

 諜報員として様々な人間を観察してきたアイエフらしい言葉だ。

 

 本人の恋愛経験はゼロではあるが。

 

「う~、でもでもぉ……」

「オプティマスに限って浮気とかは有り得ないんだから、別にいいでしょ?」

「ねぷねぷ、オプティマスさんを信じるです!」

 

 不安げなネプテューヌに言い含めるアイエフとコンパ。

 オプティマスがネプテューヌのことをどれだけ大切に思っているかは、普段の彼を見れば十分に分かる。

 

 正直、少し過保護なほどだ。

 

「う、うん……そうだね……」

 

 親友二人に説得(?)されて、ネプテューヌも納得しかける。

 

「ネプテューヌさん、ここにいらっしゃいましたか」

 

 そこでイストワールが部屋に入ってきた。

 

「ゲエッ、いーすん!」

「ネプテューヌさん! 何ですか、その言い方は!」

「いやあ、お約束かと思ってさ! ……それでどうしたの? わたし、今日はお休みだよ?」

 

 テヘッと舌を出すネプテューヌに、イストワールは頭痛を押さえるように息を吐くが、気を取り直して本題に入る。

 

「いえ、オプティマスさんから伝言がありまして。今日は用事があるから遅くなるそうです」

「そうなんだ……。今日はいっしょに遊ぼうと思ってたのに……」

「約束したワケじゃないんだし、それぐらい許してあげなさい。重い女にはなりたくないでしょう」

 

 アイエフに諭されるネプテューヌだったが、横でイストワールとコンパが話しているのを聞いて顔色が変わる。

 

「何でも、人とあってくるそうです」

「それって、どんな人なんでしょうか?」

「う~ん、迎えに来たのは女の人でしたね」

「ッ!? それ本当!」

 

 一瞬にしてイストワールに詰め寄ったネプテューヌは、彼女の乗っている本を掴んで揺さぶる。

 

「オプっちはどういう感じだった!? どんな女の人だった!?」

「あばば……」

「ちょっと! ネプ子、落ち着きなさい!」

「ねぷねぷ! いーすんさんの危険が危ないです!」

 

 アイエフとコンパが二人がかりで無理やりネプテューヌを引きはがす。

 コンパは目を回しているイストワールを介抱し、ネプテューヌは息を吐いて気を静める。

 

「ハアハア……、ごめん、つい……それで、いーすん。オプっちが何処に行ったか分かる?」

「ネプ子!」

「いや、だって、気になるし。昼ドラみたいに何時までもヤキモキしてるより、いっそ確かめたほうがいいよ」

 

 アイエフに咎められてもネプテューヌは折れない。

 元々、彼女は深く悩むより行動するタイプだ。

 これは止められないと、アイエフとコンパは顔を見合わせて肩をすくめる。

 イストワールは少しフラフラしながらもさっきの質問に答えた。

 

「ええと、はい。それが……」

 

  *  *  *

 

 そんなワケで、オプティマスを追いかけてプラネテューヌの某所にやってきたネプテューヌ。

 さすがに一人で行かせるのは危なっかしいので、アイエフとコンパもついてきた。

 移動はオートボットたちが仕事で忙しかったのでコンパのマイカーである。

 

 イストワールから情報を基に、辿り着いたのは、山中に存在する古代国家タリの遺跡だった。

 

 ストーンサークルを中心としたこの遺跡群は、かつて女神たちが惑星サイバトロンに転送される騒動の起点になった場所だ。

 中断されていた発掘作業が再開されたようで人の姿がそこかしこに見えるが、そのの中に一際目立つ人影がある。

 

 と言うか人じゃない。

 むしろロボ影と言うべきか。

 

 ぶっちゃけ、オプティマスそのヒトだった。

 

「お、オプっち?」

 

 呆気に取られる一同だが、オプティマスはこちらに気付いていないようで、実に楽しそうに足元にいる掘隊のリーダーであるシルクハットの教授と話し込んでいる。

 

「では、ミスター・オプティマスは、タリ文明と古代プラネ文明の間に深い繋がりがあると?」

「ああ。両者の建築様式や宗教的儀式の痕跡を見るに、そう結論付けて問題ないだろう。特に絵画の様式がそれを証明している」

「その点については私も同じ考えです。しかし、起源を同じにすると言うよりは、この地に移住してきた古代プラネ人が先住民であるタリ人に影響を受けたと考えるべきでしょうね」

「そうだな。争いの痕跡が発見されないことからも、和合が上手くいったのだろう。共に神を失った民だったこともあって、両者の間に一種のシンパシーがあったのかもしれない」

「なるほど、そう言う見かたもありますね。しかし、古代の建物から『識者同士が、女神の有り方について口論を交わした』という旨の古文書も発見されていますよ」

「しかし、建物の落書きからは『女神の有り方に対する議論は円満に解決した』と取れる内容が読み取れたはず」

「さすがですね。では……」

 

 考古学的な会話を続けるオプティマスと教授。

 内容は聞き取れたものの、ネプテューヌたちには理解できなかった。

 

「………わたし、考古学の勉強しようかなあ」

「やめときなさい。三日坊主がオチだから」

「目に見えるようですう」

 

 ボソリと呟いたネプテューヌだったが、アイエフとコンパが無情にツッコむ。

 

「……済まない、私はこれで失礼する。楽しかったよ」

「ええ、ではまた。例の壁画も発掘の目途が立ちましたので、是非見に来てください」

「ああ、必ず」

 

 と、オプティマスが教授から離れていく。

 途中で、発掘に従事する作業員たちと仲良さげに挨拶を交わしている。

 呆気に取られていたネプテューヌたちは、正気に戻って教授に駆け寄った。

 

「おや? 貴女方は……?」

「どうもー! おはようからおやすみまで国民を見守る女神! ネプテューヌでーす!」

「その自己紹介はどうよ……。あ、どうも、教会から来ましたアイエフです」

「同じくコンパですぅ!」

 

 教授が振り向くと、ネプテューヌは元気よく、アイエフとコンパは礼儀正しく自己紹介する。

 相手が女神とその友人たちであることが分かり、教授は紳士的に会釈する。

 

「これは女神様。このような場所によくお越し下さいました。私はルウィー国立大学の者で、この発掘隊を指揮していますトレインと申します」

「うん、よろしくー! それで、さっそくなんだけど、オプっちはよくここに来るの?」

「オプっち……ああ、ミスターオプティマスのことですね? 彼にはここの所、発掘作業を手伝ってもらっています。古代文明に対する興味と造詣の深さには、私も驚かされていますよ」

 

 ネプテューヌの質問に丁寧に答えるトレイン教授。

 アイエフは少し驚いていた。

 

「意外ね……。オプティマスにそんな一面があっただなんて」

「オプっちは古い物とか好きだからね。図書館とかから本借りてきてって頼まれることもあるし」

 

 ネプテューヌは笑顔を浮かべる。

 ともすれば根を詰めがちなオプティマスだが、良い趣味を見つけたらしい。

 浮気疑惑も誤解だったようで二重に安心した。

 トレイン教授も頷く。

 

「私も最初は驚きました。戦闘ロボット集団のリーダーというから、もう少し勇ましいイメージがあったのですが、実際に話してみると穏やかで理知的な、むしろ学者肌と言った印象を受けます。発掘隊の皆とも、仲良くやっていますよ」

「うん。オプっちって、本当はとっても優しいんだよ。……ちょっと分かりにくいけどね」

 

 それが分かってくれる人がいてくれて、ネプテューヌは純粋に嬉しかった。

 

「さてと、疑惑も晴れたし、そろそろお暇しましょうか?」

「そうですね。ねぷねぷ、帰るですよ?」

 

 アイエフとコンパはこれ以上邪魔するのも悪いと、早々に引き上げようとする。

 だが、ネプテューヌには一つ気になることがあった。

 

「あ、ちょっと待って! オプっちを迎えに来た女の人ってどこかな?」

「ああ、彼女ですね。この国の考古学者で、発掘に協力してくれている女性です。彼女ならミスターオプティマスといっしょに行ったようですよ。これから同じ場所に行く予定があると言っていましたね。あの二人は大分仲が良いようですから」

「……ふ~ん」

 

 ネプテューヌの漏らした声に、アイエフとコンパは背筋が凍るのを感じた。

 無自覚だろうが普段と声のトーンがまるで違う。

 

 こう、「ジャンクにしてあげるわ!」とか「乳酸菌取ってるぅ?」とか言い出しそうな感じである。

 

 善意から言ったのだろうトレイン教授もタダならぬ物を感じ、一歩引いてしまう。

 

「それで、オプっちたちはどこへ行ったの?」

 

 満面の笑顔でたずねるネプテューヌ。

 

 笑うという行為は本来攻撃的なものであり 獣が牙をむく行為が原点である。

 

 そんな本当かどうかも分からない言葉が一同の脳裏に浮かぶのだった。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ市街に戻ってきた一行は、ある路地を進んでいた。

 市街地でも人の少ない場所で、区画整理を計画されている場所だ。

 こんな場所だが不法居住者やゴロツキがいない辺りが、プラネテューヌの治安の良さを表している。

 

 どうも、この先の空き地にオプティマスはいるらしい。

 

 ズンズンと歩いていくネプテューヌ。

 アイエフとコンパも後に続く。

 

「あのね、ネプ子。考え過ぎだと思うわよ。そもそも全高9mのロボットを恋愛対象にする物好きも、そうはいないでしょう」

「あいちゃん、軽くわたしのことディスってない? ……うん、それは分かってる。でも、逆に考えるんだ。『恋しない理由は金属生命体であることだけなんだ』って、そう考えるんだ」

「ええと、ねぷねぷ? どういうことですか?」

「だって、オプっちカッコいいし、強いし、優しいし、それでいて天然だったりするトコがカワイイし、繊細な一面もあって『このヒトのことを支えたい』って思わせるし、普通なら恋しちゃうじゃん!!」

 

 ――ベタ惚れやないかーい……。

 

 半ば涙目になって壮大に惚気るネプテューヌに、アイエフとコンパはツッコム気力も起きず何とも言えない顔になる。

 

「……ああもう、気の済むまでやりなさい」

「ワンちゃんも食べない気配がビンビンですう」

 

 呆れた調子で何とか声を絞り出したアイエフとコンパだが、帰ったりはしない。

 ネプテューヌに振り回さるのはいつものことだし、もし本当にオプティマスが浮気していたら……万が一どころか億が一にも無いと思うが……ネプテューヌがオプティマスの顔を剥ぎかねない。

 

 顔面破壊大帝が顔面を剥がれるとは、これいかに。

 

 ――その時は、私(わたし)が止めなくちゃ(ですぅ)……。

 

 悲壮な決意(?)を胸に、二人は親友のために断固として残留する。

 

 そんな馬鹿なやり取りを余所に、目的の場所に近づいてきた。

 壁際に隠れて様子をうかがうと、そこは空き地になっていて、老若男女、様々な人間が30人近く集まっていた。

 

 その中央に、異様な恰好の男がいた。

 

 パーカーと一体化したようなワンピースに、頭には十字キーのような飾りが二つ。

 

 そう、ネプテューヌの恰好である。

 

 恰好のみならず髪型までネプテューヌに似せている上に、『ネプ子様命!』と書かれた鉢巻をしているのが、尋常ではない信仰心を感じさせた。

 

「あれは、ねぷねぷのファンクラブの人たちですね」

「こんな所で集会してたのね」

 

 向こうに聞こえないようコンパとアイエフが小さい声で話し合う。

 正式名称ネプ子様ファンクラブとは、ネプテューヌの信者の中でも特に熱心な者たちの集まりである。

 

 アイドルとかの親衛隊を思い浮かべてもらえれば、だいたい合ってる。

 

 ワイワイと騒いでいたネプテューヌ親衛隊だったが、空き地にトラックが入ってくると、そちらに注目する。

 

 赤と青のファイヤーパターンも鮮やかな大型のトレーラートラック……オプティマス・プライムだ!

 

 オプティマスが停車すると運転席から女性が降りてきた。

 糸目の若い女性で、やはりネプテューヌを模した格好をしている。

 女性の前に親衛隊の中からあのネプテューヌの恰好をした男が進み出た。

 糸目の女性にも、若い男の方にも、ネプテューヌたちには見覚えがあった。

 男の方がファンクラブの団長、女性が副団長だ。

 

「全く遅いぞ! 予定の10分前行動が親衛隊の鉄則だ!」

「ごめんごめん! ちょっと仕事が長引いた上に渋滞に捕まっちゃいまして!」

「それでも栄えあるネプ子様ファンクラブの副会長か!」

「仕方ないじゃないですか。私、本業は考古学者なんですし」

 

 団長のお叱りも軽い調子で謝る副団長。

 つまり、彼女が例の考古学者ということだろう。

 溜め息を吐く団長だったが、気を取り直して団員たちに向かって振り向く。

 

「ともあれ、これで全員そろったな! では、これよりネプ子様ファンクラブ第20回集会を始める! ……その前に、今日は特別ゲストが来てくれた。みんなも知っているだろう? オートボットのリーダーでありネプ子様ファンクラブの名誉会員である、オプティマス・プライムだ!!」

 

 団長が宣言すると、オプティマスはギゴガゴと音を立てて変形した。

 赤と青の金属の巨人が立ち上がるとファンクラブが歓声を上げる。

 彼らに向かって朗らかに笑いながら、オプティマスは手を振った。

 

「紹介に預かり光栄だ。今日は、皆との交流を楽しませてもらいたい」

 

 厳かに頷いた団長は、腕を振り上げた。

 

「それでは、いつものいくぞ! レッツ、ねぷねぷ!!」

『レッツ、ねぷねぷ!!』

「声が小さい! もう一度、レッツ、ねぷねぷ!!」

『レッツ、ねぷねぷ!!』

 

 団長の号令に合わせて、ファンクラブのメンバーが腕を突き上げ、声を上げる。

 

 オプティマスまでもが楽しそうに斉唱している。

 

 巨大ロボットが、アイドルオタク的行動を繰り広げる姿のあまりのシュールさに、ネプテューヌたちが言葉を失っていたのは、言う間でもない。

 

 そうこうしてる間にも、オプティマスとファンクラブの面々はネプテューヌについての話で盛り上がる。

 

 例えば、最近ネプテューヌが真面目になった気がするが、前の怠け者なネプテューヌ方が可愛いかったと思う、という意見が出れば。

 

「私たちの思い込みを押し付けてはいけない。ネプテューヌが努力しているのだから、我々がすべきことは彼女を応援することだ。逆に考えよう、頑張っているネプテューヌも可愛いと」

 

 また、人間の姿と女神化した時の姿、どちらが好きという話には。

 

「どちらも、と言うのが正直な所だな。人間の姿のネプテューヌも女神の姿のネプテューヌも違った魅力がある。人間の姿の元気さも、女神の姿の美しさも素晴らしいものだ」

 

 そして、ズヴァリ! ネプテューヌの魅力は何か? と言う話題になるやオプティマスは弾けた。

 

「彼女の魅力を一言で語るのは難しい。幼いように見えて、平和や仲間を愛する姿には頭が下がるばかりだ。元気な姿を見ていると心が安らぐ。笑顔に至っては、まるで優しい太陽の光のように美しい。これほどの魅力を表現する言葉を私は知らない」

 

 ――ウルトラベタ惚れやないかーい。

 

 話し合いにかこつけて、ここぞとばかりに盛大に惚気るオプティマスに、アイエフとコンパは目が点になっていた。

 

「……なんて言うか、口ん中が甘ったるくなってきたわ……」

「砂糖を吐きそうですぅ……」

 

 アイエフとコンパは深く、そりゃもう深~く息を吐く。

 

 こんな調子では、浮気とか天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

「あうう……」

 

 一方のネプテューヌはと言うと、蹲って顔を両手で覆っていた。

 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤になっている。

 

「よし、解散前に締めの挨拶だ! ネプ子様ファンクラブ! レッツ、ねぷねぷ!!」※オプティマスが言ってます。

『レッツ! ねぷねぷ!!』

 

 ……結局、オプティマスはその後も、ものっそい充実した様子でネプ子様ファンクラブのメンバーと過ごした。

 

 浮気疑惑は無事晴れたものの、ネプテューヌはしばらくオプティマスの顔をまともに見ることができなかったのだった。

 

 めでたし、めでたし。

 

 

「それで実際、お前はオプティマスのことをどう思っているんだ? 副団長」

「藪から棒になんですか? 団長」

「まあ、気にはなってな」

「…………そうですね、彼は素敵なヒトだと思いますよ。巨大ロボットなのが難点ですけど、言い換えればそれくらいしか難点がありませんし」

「では?」

「でも私、勝ち目の見えない戦いはしない主義なんです」

「……そうか。よし、今日は飲もう! 俺がおごる!」

「急に何なんですか? ……まあ、おごってくれるなら、付き合ってあげますよ」

 

 




オプティマスの趣味:考古学、ネプテューヌ談義。

何て言うか、オプティマスが意外とプラネテューヌで楽しくやってると言うか、馴染んでると言うか、そんな感じの場面が書きたかった今回。
気が付きゃオプティマスとネプテューヌが惚気る話に。

今回の解説。

トレイン教授
まさかの再登場のシルクハットのルウィー紳士(not変態)
オプティマスと趣味を語らいあえる人が欲しかったので、再登用。
古の大国タリの謎を追っている。

ネプ子様ファンクラブ団長。
シリーズ常連のモブで、読んで字のごとく、ネプテューヌのファンクラブの団長。
ネプテューヌに似せた服装をしている男性(つまり女装してる)
あくまでモブだが、VⅡにてネプテューヌへの信仰の強さを示し、大幅に株を上げる。

ネプ子様ファンクラブ副団長
シリーズ常連の(略)
しかし、言動を見るに信仰心はいまいち疑わしい。
ネプテューヌが好きと言うより、可愛い物が好きなのかもしれない。
本職が考古学者と言うのは、この作品の独自設定。

次回は中編に入るか、ブロウルの話のどっちか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別編 Past and future 予告

 次世代戦士たちのネタを思いついたけど、完結も見えないこの作品で、それを披露できる日が来るかは分からない。
 でも、どっかで吐き出したい。
 そんな欲求をぶつけてパッと書いた品。

 嘘予告になんで、ごめんなさい。


「タイムマシン?」

「そう! 我がリーンボックス領にある孤島で、タイムマシンが研究されているのですわ!」

「私が案内しよう。あの研究機関の責任者とは昔馴染みだ」

 

 MAGES.の案内でZERNと言う研究機関がタイムマシンの開発をしていると言うシュタインズゲイ島までやってきたオートボットと女神たち!

 シュタインズゲイ島は、高い山には風力発電所! 山間部には巨大なダムと水力発電所! 砂丘地帯ではオイルが取れると、エネルギー資源が豊富!

 

「しかし、これほどのエネルギー資源に加えてタイムマシンと言う研究……メガトロンが目を付けなければいいのだが……」

「もう、オプっちは心配性だなー!」

 

 だが、案の定メガトロン率いるディセプティコンが攻めてくる。

 

「フハハハ! この島のエネルギーとタイムマシンを手に入れれば、宇宙のみならず、全時空を支配することすらできるぞ!」

「そう簡単に行きますかねえ……」

「黙れスタースクリーム! この愚か者めが!!」

 

 激突する両軍!

 ある意味でいつもの光景だが、今回は勝手が違った……。

 

「タイムマシンの……暴走!?」

「何かが時空の彼方から、この時代に転移してくる!」

 

 突如、この世界に現れた新たな存在。

 それは、未来からやって来たトランスフォーマーたちだった!!

 

「ここが、過去の世界か……」

「やれやれ、どの時代でも総司令官は貧乏クジだな」

「いっちょ、派手にやるか!!」

 

 未来のオートボットを率いる年若き司令官、ロディマス・プライム!

 

「ロディマス、冷静になるんだ」

「うずめか、無事なようで安心したよ」

「これも戦術と言うものだ」

 

 冷静沈着な副司令官、ウルトラマグナス!

 

「ロディマス! マグナス! 気合い入れていくぜ!」

「夢の力を見せてやる!」

「うずめ~♪ 超ハッピー♪ みたいな~♪」

 

 そして未来の女神、オレンジハートこと天王星うずめ!

 

 交流する、現在と未来のオートボットと女神たち。

 

「オプティマス総司令官……お会いしたら言いたいことがありました」

「何だろうか? ロディマス司令官」

「……何故、俺を司令官に任命したんです?」

「あ~あ、ま~たロディマスの逆ニューリーダー病が始まったよ……」

(未来のことを今の私に言われても……)

 

 明かされる衝撃の真実!

 

「ふう。たまにはアウターアーマーを脱がないと、息が詰まるな」

「うえええ!? ウルトラマグナスの中から、じじじ、人面漁~!? しかも真顔~!?」

「ああ、海男って言うんだ! 可愛いだろ?」

「いや、全然可愛くない……」

 

 そして、未来の女神が持つ、特異な能力!

 

「うずめとロディマスがキスして融合した!?」

「あれがキスプレイヤー……、パラサイテック融合することでトランスフォーマーの力を引出す、うずめの持つ力だ!」

 

 それに伴う、大きなデメリット!

 

「うずめ、今日は俺とキスしてくれるだろう?」

「何言ってんだマグナス! 今日も俺とだよな! うずめ!」

「あうう……、そ、そんな急に言われてもぉ……」

「…………え? なにこれ、逆ハーレム?」

 

 何だかんだ言いつつも楽しむ一同だが、当然の如くディセプティコンにも未来の戦士たちが現れていた!

 

「我こそはガルバトロン。ディセプティコンを統べる破壊大帝!」

「偉大なるメガトロンに出会えるとは、光栄の至り」

「溶岩など、風呂のような物だ」

 

 未来のディセプティコンを支配する、新破壊大帝ガルバトロン!

 

「ハイル、ガルバトロン!!」

「スカージ、ほどほどにな」

「逃げるな馬鹿者! 戦士としての誇りはないのか!!」

 

 ガルバトロンを支える航空参謀サイクロナス!

 

「スウィープス! 攻撃開始だ!!」

「今の俺は百万ディセプティコン力だぜ!」

「兄ちゃーん!」

 

 親衛隊長スカージと、その分身スウィープス!

 

「そうだな、私のことはエノーとでも呼んでくれ」

「私は女神を研究し、遂に疑似的にトランスフォーマーと合体する術を編み出した! 見るがいい、これぞターゲットマスターだ!!」

「この時代の私は……、その、何と言うか自分的には黒歴史っぽいサムシングで……」

 

 ガルバトロンに付き従い、ターゲットマスターとして合体する謎の女、エノー!

 

 ここに新旧破壊大帝が揃った。ディセプティコンの本能の下、権力争いはさけられない!

 

「我ら一同、謹んでメガトロン大帝の指揮下に入らせていただきます」

「うむ! 殊勝なことよな!」

「息子として父を立てるのは当然のこと。……ところで父上。母上はお元気でしょうか?」

「レイなら置いてきた。正直、今回の戦いにはついてこられそうにない。……しかしそうか。お前たちは、あれを母と呼ぶのか……」

 

 主君の寝首を掻こうとする航空参謀と、主君に忠誠を尽くす航空参謀、当然の如く、衝突する二人!

 

「伝説の戦士スタースクリームと共に戦えるとは、武人として誉れであります!」

「あ、ああ、そうなの?」

「はい! よろしければ、飛行技術についてご教授いただけないでしょうか?」

「お、おう! いいぜ! みっちり鍛えてやるよ!」

「ありがとうございます!」

 

 親衛隊長スカージとスウィープスの、現在のディセプティコンたちとの微妙な関係!

 

「父ちゃ、じゃなかったメガトロン様! 俺の分身を紹介するぜ! ラース、カース、ネメシスだ!」

「……七人いなかったか? 残りの三人はどうした?」

「ああ、人格が統合されて三人になったんだよ」

「そうか……。それは……」

「俺の感覚だと、別に死んだとかじゃないから! ずっといっしょだから! 安心してくれよ、父ちゃん!」

「……ああ、そうだな」

 

 謎の女、エノーの正体とは?

 

「しっかし、エノーさんは頭いいし、優しいし、言うことナシだな!」

「そうっちゅね! オバハンとは大違いっちゅ!」

「そんなに酷いのか? その、マジェコンヌというのは?」

「酷いなんてもんじゃないっちゅ! 怒りっぽいし、僻みっぽいしで!」

「まあ、スゲエ人なのは確かなんだけどな。いまいち間が抜けてるっつうか……どうしたんす、エノーさん? 何でヘコんでるんですか?」

「ああ、いや何でもない。……うん分かってるよ。分かってたよ……」

 

 ……こっちも、割と楽しくやってた。

 

 だが未来のトランスフォーマーたちが告げる、衝撃の真実!

 

「ZERNがタイムマシンを使ってゲイムギョウ界を支配するだと?」

「そうなんだ! だから俺たちは、それを止めるために未来からやって来たんだ!」

 

 それでもなお、オートボットとディセプティコンは戦い合う。

 

「どうしてもタイムマシンが欲しいのか! ガルヴァ!!」

「ああ。あれがあれば、俺たちの時代の問題はスルリと片付くからな。……邪魔をするつもりか、ロディ」

 

「ウルトラマグナス! 今日こそ決着をつけてやる!」

「サイクロナスか、相手になろう」

 

「スカージ、あれをやるぞ!」

「応よ、兄ちゃん! スウィープス、スクランブルパワー全開!!」

『合体、ディザスター!!』

 

 さらに現れる乱入者、秘密結社アフィ魔X!

 彼らは人間や普通のロボットでありながらエクソスーツを纏いトランステクターと合体することで、強大な戦闘力を得ることのできる、ヘッドマスターである!!

 

「貴様らが大帝なら、儂は将軍! 暗黒将軍アフィモウジャスよ!! ……それにしても、やっぱり金髪巨乳は最高じゃな!」

「アフィモウジャス将軍が懐刀、六身忍者ステマックス見参! あ、ナイトバード殿、ちょっとその同人誌は……」

「…………」(無言でアフィモウジャスとステマックスの同人誌を破り捨てる)

 

 そして暴走を始めるZERN!

 

「フゥーハハハ! トランスフォーマーたちよ、お前たちに未来を渡すワケにはいかない! お前たちはここで絶滅するのだ! この白き闇の残滓と……破壊神マジンザラックの手によって!!」

「岡田、何で……」

「MAGES.……。これも運命石の扉の選択なんだ……」

 

 混沌とするタイムマシンを巡る戦い。

 最後の勝者は、誰だ!?

 

「どうやら、ここは一時手を組むしかないようだな、オプティマス」

「メガトロン……不本意だが、そのようだ。ネプテューヌもそれでいいか?」

「もちろん! これぞいわゆる燃え展開!」

「全く、この時代の女神とトランスフォーマーは、フリーダムだな。……だけど嫌いじゃない! いくぞ、ガルヴァ!」

「いいだろう、ロディ。先達が協力し合っているのに、我々が争っている場合ではないな」

「よ~し! 過去と未来の女神とトランスフォーマーの大連合だ! うずめも頑張るぞ~!」

 

『オートボット戦士、出動(ロールアウト)!!』

 

『ディセプティコン軍団、攻撃(アターック)!!』

 

 自由のため、平和のため、そして愛する女神のため!

 

 戦え! 超ロボット生命体トランスフォーマー!!

 

 

 

 超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 特別編 『Past and future』

 

 鋭意、制作中(大嘘)

 

 ……嘘予告だってば。

 

  *  *  *

 

 おまけ

 

 次世代戦士たちの設定と解説。

 予告より長いとかいう酷い使用なんで、興味のある方だけどうぞ。

 

オートボット新総司令官 ロディマス・プライム

 若くして未来世界のオートボットを率いる総司令官。

 その胸の内には、現代では未だ発見されていない神秘のアイテムが収められている。

 しかし、未熟な彼にとって、総司令官の座は重荷になることもある。

 伝説の司令官オプティマス・プライムから直々に剣の指導を受けており、愛刀エリミネーションカリバーによる卓越した剣技を誇る。

 うずめに惚れ込んでおり、彼女のことを守る騎士であろうと心掛けている。

 故にうずめと強い絆で結ばれ自分以上の指揮能力を持つウルトラマグナスにコンプレックスを抱いている一面を持つ。

 消防車に変形。

 

※安定のR型ニューリーダー病。

 原作に比べて不安定なこの作品のオプティマスに比べても未熟。

 ガルバトロンと愛称、ないし幼名で呼び合う仲なのがミソ。

 消防車に変形するのは、リターン・オブ。コンボイに設定だけ存在するロディマスが元。

 裏モチーフは、ファイヤーコンボイ。

 

副司令官 ウルトラマグナス

 ロディマスやうずめを支えるオートボットのNO.2。

 冷静沈着かつ紳士的な性格をしており、戦術家としても優れる。

 武器は巨大な戦鎚マグナスハンマーと、肩に装備した冷凍ビーム砲。

 戦士としても一級の実力者。

 その正体は人面漁の海男がアウターアーマーを纏った姿。

 キャリアカーに変形。

 

※ネプテューヌの海男とTFのウルトラマグナス、まさかのフュージョン。

 と言うのもこの二人、

 薄青中心の配色。

 オレンジ色の年若い相方を補佐している。

 年長者ポジション

 声 が い っ し ょ !!(最近だとFate/zeroの時臣とか、ごちうさのチノパパで有名な人。TF的にはG1のアイアンハイドとかスパイクをやってた方)

 と共通点が多く、マグナスに、『なかのひとがいる』属性があることもあって、こういう形に。

 

零次元女神 天王星うずめ(オレンジハート)

 今より未来の、零次元と呼ばれる荒廃した世界における唯一の女神。

 『俺』という一人称が示す通り、男勝りで『カッコいい』という言葉に拘りを持つ。

 しかし、本来の彼女はマイペースで夢見る乙女な性格。

 女神がするとそれが前面に出るため、普段とのギャップが激しい。

 キスすることでトランスフォーマーと融合し、その潜在能力を引き出すキスプレイヤーと呼ばれる能力者でもある。

 武器は、メガホンの他、徒手格闘も得意とする。

 

※ネプテューヌVⅡから登場の熱血乙女女神。

 ここで語るとネタバレ重点なので、多くは語れない娘。

 しかし、キスプレイヤーであると言うことは、つまり……。

 

新破壊大帝 ガルバトロン

 未来世界のディセプティコンを支配する新破壊大帝であり、現代ではガルヴァと呼ばれる幼体が成長した姿。

 未来の世界では彼に従う者は少数派であり、ディセプティコン全体の指導者と言うワケではない。

 しかし、カリスマ性と実力は本物であり、彼の率いる一党は強い結束力を持つ。

 宇宙戦闘機とドラゴンに変形可能であり、さらにドラゴン形態では周囲のエネルギーを吸収することで巨大化できる。

 

※ガルヴァが立派に成長した未来の破壊大帝。

 偉大な指導者だった父と、それを支えた母を心から尊敬している。

 ドラゴンに変形することがビーストウォーズⅡの、戦闘機に変形することがスーパーリンクの、そして三段変形することが初代(の玩具)やギャラクシーフォースのオマージュ。戦車形態はオミット。

 裏モチーフはギガトロン。

 

新航空参謀 サイクロナス

 ガルバトロンに絶対の忠誠を誓う航空参謀にして、ガルバトロンの実弟。

 高潔な武人にして有能な軍人であり、軍人として筋を通すためにガルバトロンを『兄さん』ではなく『ガルバトロン様』と呼ぶ。

 先代の航空参謀であるスタースクリームを伝説の戦士として尊敬している。

 オートボットのウルトラマグナスをライバル視しているが、同時に素晴らしい戦士として敬意を表している。

 宇宙ジェットに変形。

 さらにスカージやスウィープスとスクランブル合体することで破壊者ディザスターになれる。

 

※2010とあんまり変わらないヒト。

 しかし狂人じゃない上司とおバカだけどやる気のある部下、尊敬できるライバルのいるリア充。

 最近のシリーズだとスクランブル合体できるようになったので、さっそく取り込んでみた。

 

親衛隊長 スカージ

 彼の能力によって生み出される分身、カース、ラース、ネメシスからなる親衛隊『スウィープス』を率いる親衛隊長。

 スウィープスは全員が強力な戦士であるが、彼自身も勇猛果敢で敵との戦いに悦びを感じる恐るべき狂戦士であり、無双の怪力と頭部のリングや両腕から放つ稲妻状の破壊光線を武器に暴れ回る。

 しかし、仲間や部下、兄弟に対しての情は人一倍深く、本質的には無邪気で優しい性格。

 全翼機に変形。

 ディザスターに合体する時は右腕を担当。

 

※2010と性格が違うのは、やはり両親や兄弟の存在が大きい。

 分身であるスウィープスは適当な金属に光線を当てることで生み出せる。

 

親衛隊スウィープス

 スカージの能力によって生み出される分身。

 頭部にリング状のパーツと、背中に大きな翼を備えた姿は、悪魔、あるいは堕天使を連想させる。

 毒物や細菌、ウイルス兵器のプロフェッショナルであるカース。

 熱と炎を操る能力を持つラース。

 紅一点であり、瞬間移動と透明化の能力を持つネメシス。

 彼らはあくまでスカージの分身であり、例え破壊されてもスカージさえ無事なら記憶を引き継いだ状態で再生が可能。

 ゆえにいざと言う時は自爆さえ厭わない恐怖の集団である。

 

※七人は多すぎたので、三人にまで減らしました。ごめんよスウィープス……。

彼らの名前は全員、スカージも含めて『天罰』の意味を含む英単語。

 

破壊者ディザスター

 サイクロナスを中心に、スカージとスウィープスがスクランブル合体することで誕生する巨大兵士。

 地面を叩くことで地震の如き衝撃を起こす『パニッシュウェーブ』

 全身に装備された火器を乱射する『ファイヤーヘル』

 咆哮と共に周囲にエネルギーの竜巻を起こし、何もかもを吹き飛ばす『エナジーテンペスト』

 全ての攻撃が『天災』の如き威力を持つ、破壊の化身。

 

※サイクロナスがスクランブル合体するので、急遽追加した合体兵士。

 サイクロン(嵐)とスカージ(天罰、災害)が組み合わさってディザスター(天災)というワケ。

 

疑似女神 エノー

 ディセプティコンに協力する謎の女。

 穏やかだか強い意思を感じさせる声と口調をしているが、常にエクソスーツを纏って顔を隠し、他者に正体を明かさない。

 長い研究と研鑽の果て、自らを疑似女神とでも言うべき存在にまで高め、トランスフォーマーと合体可能になったターゲットマスター。

 レーザーカノンに変形してガルバトロンの右腕に合体する。

 

※誰なんでしょうねえ(棒)

 激神ブラックハートで検索すれば分かるかもしれません。

 

暗黒将軍 アフィモウジャス

 秘密結社アフィ魔Xの首領。

 金の亡者であり、情報こそが最も金を生むと考え、世に混乱を巻き起こす。

 一方で部下たちのことは大切に思っており、特にステマックスとは主従を超えた親友同士。

 中型トランスフォーマーに匹敵する巨体はエクソスーツであり、本体は普通の人間。

 専用のトランステクターは、サソリを模した巨大な者。

 

※メガザラックっぽくなる人。

 元々メカっぽい外観なんで、普通に変形できそう。

 イメージとしては、アニメイテッドのヘッドマスターに近いかも。

 トランステクターは純粋なメカで、TFの頭ぶっこ抜いたとかいうグロ設定はない。

 

六身忍者 ステマックス

 秘密結社アフィ魔Xの幹部にして、アフィモウジャスの右腕。

 生まれついての影の薄さを生かした諜報活動を得意としている。

 主君共々、金髪巨乳をこよなく愛する。

 専用のトランステクターにヘッドオンすることで六段変形が可能になる。

 

※シックスショットっぽいけど、彼と違ってヘッドマスターな人。忍者繋がり。

 両者共にござる口調なので、余計に違和感がない。

 ステマックスは純粋なロボらしいので、変形しても問題がない。

 

くノ一 ナイトバード

 秘密結社に属するくノ一。

 元々はある組織が開発した人造トランスフォーマーの実験機だったが、感情が芽生えたため廃棄されそうになり脱走。その後、ステマックスに拾われた。

 以来恩義を感じ、アフィ魔Xに参加している。

 声を出す機能がないので、立札やジャスチャーで意思疎通する。

 忍者としての腕はステマックスに匹敵し、人間大だが専用のトランステクターにヘッドオンすることで中型トランスフォーマーほどの体躯を持つ戦闘体になる。

 

※ご存知、一発ネタの割に愛されてるロボ。

 恩義はあれどアフィモウジャスとステマックスの趣味には辟易しており、よく彼らのエロ本や同人誌を破り捨てる。

 

破壊神マジンザラック

 シュタインズゲイ島の地下深くで秘密裏に作られた超巨大人造トランスフォーマー。

 本来ならZERNの世界征服の要となるはずだったが、研究者である岡田林太郎(自称、白き闇の残滓)に乗っ取られ、全トランスフォーマーを抹殺するべく起動する。

 圧倒的な力で女神とトランスフォーマーを叩き潰そうとするが、休戦したオートボットとディセプティコンが力を合わせたことで破壊された。

 

※元ネタは、劇場版ビーストウォーズⅡのボスキャラ。

 岡田はロディマスやガルバトロンとはまた違う時代から来たタイムトラベラーであり、両軍の戦いに巻き込まれて大切な人を失っている。

 そのため、過去に戻ってTFの抹殺と、それによる運命の改変を目論んだ。

 

 ……実の所、タイムマシンは不完全であり、その世界の過去ではなく数多あるパラレルワールドの一つに移動するに過ぎない。

 岡田のいた未来も、ロディマスのいた未来も、この世界から地続きになった未来ではないのだ……。

 




 岡田のいた未来も、ロディマスのいた未来も、この世界から地続きになった未来ではないのだ……。(もし、続編を書く日が来ても、この通りになるとは限らないよ!)

正直、これを書いている暇がありません。
重ねてごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編④ サイバトロン創星記

設定に整合性を付けるために、ない頭を捻って考えた……話?
ブロウルの話が時間がかかりそうなので、ちょっと息抜きに書いてみた。

こういうなんちゃって神話的なもんを考えるのは、すごく楽しかったり。(成功したかは別)

短いのでまあ、気楽にどうぞ。


 伝説……それは、遠く過ぎ去った昔日の記憶。

 曖昧な口伝や欠損した文書に想像力をかきたてられた者たちが創り上げた幻想。

 

 それでも、失われた過去を偲ぶ助けにはなる。

 

 儂の名はアルファトライオン。

 

 これから儂が語るのは、我が惑星サイバトロンに伝わる、ある兄弟たちにまつわる物語だ。

 

 もし、君が少しでも興味を持ったのなら、足を止めて聞いて欲しい。

 

 過去とは未来へ向かうための大切な指標なのだから。

 

  *  *  *

 

 まずはサイバトロンの成り立ちについて語ろう。

 

 サイバトロンは最初、虚空に浮かぶ石と土の塊に過ぎなかった。

 

 星の上に生命は無く、サイバトロンは只々、幸運の到来を待っていた。

 やがて、その時はやってきた。

 

 オールスパークが空より舞い降りたのだ。

 

 それが何処から来たのか、何のために現れたのかは諸説あり、ある者は善なる神の意思であると言い、またある者は単なる偶然に過ぎぬと言うが、未だ明確な答えは出ていない。

 

 確かなことは、オールスパークの力により、サイバトロニアンは誕生したということだ。

 

 オールスパークが最初に産み落とした、十三の金属生命体。後の世では、これを指して、『最初の十三人』あるいは『プライム王朝』と呼ぶ……。

 

 生まれてすぐは、十三人は皆同じような姿をしていたが、オールスパークは子供たちに啓示を与えた。

 

『己の思う姿に変身(トランスフォーム)せよ。それぞれが違う姿となり、助け合って生きるのだ』

 

 こうして、兄弟はそれぞれが己の好みの姿へとアップグレードしていった。

 

 ある者は自らの肉体と精神を五つに分けた。

 ある者は一つの体に五つの顔を宿した。

 ある者は『女性』となった。

 ある者は有機生命体の要素を取り込み、獣を模した。

 

 だが、たった一人、この啓示に逆らった者がいた。

 

 メガトロナス。

 

 そう呼ばれる十二番目の兄弟は、オールスパークから拝領した自らの姿に誇りを持っていた。

 オールスパークは、それもまた彼の選択であるとしてこれを許した。

 

 それぞれの兄弟は、オールスパークの力を借りて、自らの眷属となる種族を生み出していった。

 これが、現在のサイバトロニアンの原型であるとされる。

 

 十三人の長兄プライマには、オールスパークより特別の贈り物がもたらされた。

 

『リーダーのマトリクス』

 

 叡智の集合体にして、闇に光を照らす至宝である。

 

 十三人のプライムによる統治は長く続き、平和と繁栄は永遠の物であると多くの者たちが考えていた……。

 

 やがて、星そのもののエネルギーが少なくなっていることに気が付くまでは。

 

  *  *  *

 

 兄弟たちは、すぐにエネルギーを補填する方法を模索し始めた。

 最初は宇宙の彼方、光り輝く星々からエネルギーを取り出す方法が取られた。

 

 だがオールスパークより、二度目の啓示があった。

 

『他者を犠牲にする方法を取ってはならぬ。子供たちよ、今は時を待て』

 

 十三人はこれに納得したが、メガトロナスだけは、この啓示に不満を持っていた。

 それでも、他の兄弟に説得されてその場は啓示に従った。

 ……あくまでも、その場は。

 

 しかし、啓示の内容は兄弟たちに波紋をもたらした。

 

 時を待てとは、どういう意味なのか?

 

 やがて兄弟たちは『世界の外』に答えを見出そうとした。

 異なる次元へと接続する方法を見つけたのだ。

 

 そこには豊かなエネルギーと原始的な有機生命体に溢れた世界が広がっていた。

 仮にこの世界を、ハイパーユニバースと呼ぼう。

 

 それを見たメガトロナスが言った。この世界を支配し、エネルギーと労働力を得よう、と。

 

 兄弟たちはこの申し出を受け入れることはなかった。

 

 ハイパーユニバースの有機種族は野蛮で未熟ではあったが、限りない可能性に満ちていたからだ。

 

 メガトロナスは、兄弟たちの言葉に従ったように見えた。

 だが、その内心には……いや、やめよう。

 彼が何を考えていたのかは、もう分からないのだから。

 

 ……とにかく、メガトロナスは兄弟たちに隠れて行動を開始した。

 

 注意深くハイパーユニバースを観察したメガトロナスは、ある一人の女性に目を付けた。

 

 孤独で、貧しく、弱々しい、常に飢えと他者に怯え、しかし自分に秘められた偉大な可能性に気付いていない、そんな女性だ。

 

 彼女に接触し巧みに誑かしたメガトロナスは、彼女を国の指導者に仕立て上げた。

 その女性の統治の下、国は大いに栄え、世界中に版図を広げていった。

 

 そしてその国から有機生命体たちが、その価値を知らない資源をメガトロナスは女性の影に隠れて搾取していたのだ。

 

 だが、やがて女性は増長し、自らに逆らう者を弾圧するようになっていった。

 そして、ついに反旗を翻した国民によって討ち取られ、国は亡ぶに至った。

 

 この女性に破滅に繋がる傲慢さや強欲さが無かったとは言わない。だが、メガトロナスによって運命を捻じ曲げられたのは事実である。

 

 国の滅亡が、メガトロナスの思惑の内だったのかは定かではないが、これをきっかけにメガトロナスの所業は他の兄弟たちの目に留まることになった。

 兄弟たちはメガトロナスを説得しようとしたが、今度は、メガトロナスは兄弟の言葉に耳を貸そうとしなかった。

 

 メガトロナスは、特に強く反対した兄弟の一人、ソラスを殺害して逃走。

 賛同者を集い、ここに『ディセプティコン』が誕生したのである。

 対するプライム王朝も、自衛のために『オートボット』を組織、争いが始まった。

 

 戦いは熾烈を極めた。

 この世界の住人たちや、この世界で生まれた騎士たち、ディセプティコンのやり方についていけず離反した者たちも加わった、この大戦争の果てメガトロナスは追放された。

 

 これ以降、メガトロナスはその名を剥奪され、こう呼ばれることとなった。

 

堕ちし者(ザ・フォールン)』と。

 

 しかし、勝利は多大な犠牲の上に成り立つ物だった。

 

 サイバトロンを創り上げた『最初の十三人』は、その最後の一人を残して死に絶えたのである。

 

 そして最後の一人は、本来次代に受け継がれるべき『リーダーのマトリクス』を盗んで姿をくらまし、その後歴史に現れることはなかった……。

 

 この最後の一人の名はいかなる情報媒体にも記されておらず、また彼がどうなったのか知る者はいない。

 

 ただ、もし彼が何処かで生きているとすれば、果てしない後悔と懊悩に苛まれていることだろう。

 それが兄弟を見捨てて逃げた臆病者に相応しい、永遠に続く罰なのだ……。

 

  *  *  *

 

 こうして、プライム王朝の時代は終わりを告げた。

 

 滅んだ王朝に代わり、プライムのCNAを持つ者の中から『プライム』と呼ばれる指導者が選ばれることとなった。

 

 ここからは、歴代のプライムを簡単に記す。

 

 ノヴァ・プライム

 偉大なる冒険家にして開拓者、そして征服者。

 多くの星を開拓し、サイバトロンに黄金時代をもたらした。

 最後は宇宙探索に出かけ、二度と戻ることはなかった……。

 彼がどこに消えたかは、宇宙の闇の中だ。

 

 ガーディアン・プライム

 有志を募って評議会を発足した、民主制の父。

 演説の最中に一発の銃弾によって倒れるが、その犯人は今も分かっていない。

 しかし、これをディセプティコンの仕業と考える者は多い。

 

 ゼータ・プライム

 激化するディセプティコンとの戦いに人生を費やした。

 実直な好人物だったが、評議会の腐敗を止めることができなかった。

 戦いの中で名誉の死を遂げるも、彼の傷は後ろから撃たれてできたものだった。つまり……?

 

 センチネル・プライム

 天才的な科学者であり、一級の戦士であり、思想家でもあった万能人。

 今日日に置いては、オプティマスとメガトロンの師としても知られる。

 戦争の中、重要な任務のためサイバトロンを離れるも、行方不明になった。

 

 そして、オプティマス・プライム

 今代のプライム。

 そして、儂の息子。

 その謎めいた出生と彼に課せられた使命は、周囲が、そして本人が思っている以上に重要で複雑な物だ。

 私心になるが、儂は彼の未来に安らぎがあることをオールスパークに祈らずにはいられない。

 

  *  *  *

 

 過去は現在へ、そして未来へと続いていく。

 

 この物語から何を読み取るかは、人それぞれだ。

 

 老いた我が身にできることは、こうして過去を語ることくらいだが、それが今代の者たちが未来を造るせめてもの助けになればと思っている。

 

 では、またいつか、物語の中で会おう。

 

 いざ、おさらば……。




今回の解説

啓示をくれるオールスパーク
実写では、意識持ってるのか持ってないのか曖昧なオールスパークだけど、ここでは持ってる設定で。

最初の十三人、プライム王朝
プロトフォームだとリベンジに出てきた姿だけど、オールスパークから「もう少し個性を持ってね」とお達しがあったので、個性的な姿になりました。
だけど、メガトロナスだけ「俺はこの格好が好きなんだ!」とプロトフォームのまま。

ハイパーユニバース
捻りもなんもない。

メガトロナスに誑かされた女性
……ええ、答はいずれ。

マトリクスを持って逃げた十三人最後の一人
兄弟最後の生き残り。
マトリクスは彼の手に。

歴代プライム
名前は、2010でロディマスがマトリクスの中で見た、歴代のサイバトロンリーダーより。
ノヴァ、行方不明。
ガーディアン、暗殺。
ゼータ、戦死だが……。
センチネル、行方不明(?)
と全員不審死を遂げている。

では、ご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 ブロウルの災難 part1

ヒャッハー、更新だぜー!

実写無印組の中でも不遇の男、ブロウルさんの話。


 どこか暗い場所。

 

 様々な機器が設置され、何人もの白衣の人間が動き回っている研究施設と思しいが、かなり広い。

 

 奥では、何か大きな人型の機械が組み上げられていた。

 

 それを真正面から見上げるのは、軍服を着た仮面の男だ。

 謎の組織ハイドラの首魁、ハイドラヘッドである。

 その右にはオートボットにもディセプティコンにも与さないトランスフォーマーの賞金稼ぎロックダウンの立体映像が立っていた。

 

「では、初めてくれ」

 

 ハイドラヘッドに指示され、白衣の男たちが機器を操作すると、人型の機械から駆動音が聞こえてきた。

 

 だが、駆動音だけで機体に動く様子はない。

 

「…………また失敗か」

 

 ヤレヤレとハイドラヘッドは肩をすくめる。

 

「も、申し訳ございません! し、しかし完全変形する上に自立可能なロボットとなると……くそ! 教会の奴らはどうやってあんなロボットを作ったんだ!?」

 

 頭を抱える科学者たちに、ロックダウンが心底呆れた調子で声を漏らした。

 

『まだトランスフォーマーが生き物だと認めていないのか。……こいつら、俺のことは何だと思ってるんだ?』

「無線操縦機だと思ってる」

『そりゃまた。もはや、現実逃避の域だな』

「ああ……だから、うだつが上がらなくて安く雇えたんだそうだ。その結果は見ての通りだが」

 

 仮面越しでも分かるほど深く息を吐いてから、ハイドラヘッドはロックダウンに向き合う。

 

「そんなワケで、そろそろ『現物』が欲しい。金を払っているんだから、成果を見せてくれ」

『……いいだろう。調度いいことに、一匹ハグレたようだ』

「どちらだ?」

『ディセプティコン。デカくてとろい、捕まえやすい奴だ』

 

  *  *  *

 

 ルウィー某所の裏通り。

 しんしんと雪の降る中をギュラギュラとキャタピラを回して一台の戦車が走っていた。

 俗に言う第三世代の主力戦車だが、副砲やらミサイルポッドやらがゴテゴテと取り付けられている。

 戦車は停車すると周囲を索敵するように砲塔を回す。

 

「ここまでくりゃあ、追ってねえだろ」

 

 不意に戦車から声がした。

 それは太い男の声だった。

 

「全く、俺は貧乏クジばっかりだぜ……」

 

 そう、ディセプティコン兵の一体、ブロウルである!

 

 女神とオートボットに対して、毎度の如く戦いを繰り広げたディセプティコンではあったが、またまた撤退することとなった。

 殿を務めたブロウルだったが人間どもの相手をしている内に何と空中戦艦に乗りそこね、取り残されてしまった。

 人間が攻撃ヘリ投入してきたので回収している暇はないから自分で逃げろと言う通信に軽く絶望したものの、すぐさま煙幕を張ってすっかり顔馴染になってしまった人間の兵士どもを撒き、ここまで逃走してきたのだ。

 

 周囲に敵兵の気配がないのを確認してから、いったんロボットモードに戻り仲間に通信を飛ばす。

 

「こちらブロウル。ディセプティコン、応答せよ。繰り返す、こちらブロウル。ディセプティコン、聞こえてたら応答してくれ」

『こちらメガトロン。ブロウル、報告せよ』

 

 すぐに返事が来た。

 さっそくブロウルは指示を仰ぐ。

 

「こちらはルウィーの……どこかです。追手は撒いたようですんで、すぐに救援を……」

『送っている余裕があると思うか?』

「ないでしょうね。では自力で帰投します」

『うむ。敵に拿捕されるなよ。通信終わり』

 

 メガトロンの態度にもブロウルは、特に不満に思うでもなかった。

 軍人たる者、ある意味において死ぬ覚悟はしている。

 一つ排気してから移動しようとした時、気配を感じてビークルモードに戻ろうとした瞬間、どこからか飛んで来た弾丸が、ブロウルの背中に命中した。

 

「ぐおおお!?」

 

 悲鳴を上げて倒れそうになるブロウルだが、足を踏ん張って立て直し、弾の飛来した方向を探る。

 雪で悪くなっている視界の向こうに、ポンチョで体を覆った痩身のトランスフォーマーが立っていた。

 ブロウルはそれを敵と判断し、両肩のミサイルを発射する。

 着弾寸前に大きく跳んでミサイルをかわしたそのトランスフォーマーに向かって右腕の世連バルカンを撃とうとするブロウル。

 

 その時、ブロウルに電流走る!

 

 いや比喩ではなく、どこからか先にアンカーがついたワイヤーが飛んできてブロウルの体に絡まるや、電流が流れてきたのである。

 それでも倒れることなくアンカーを思い切り引っ張って、それを発射した相手ごと振り回す。

 だがさらに二本、三本とアンカーが四肢に絡まり電流も強くなる。

 六本めが首に巻き付き、ついに両膝を突いたブロウルの前に、ポンチョのトランスフォーマー……ロックダウンがゆっくりと歩いてきた。

 アンカーを撃ったのは、ロックダウン配下の傭兵たちだ。

 

「……貴様、ロックダウンか」

「まだ喋れたか。飽きれるほどタフな奴だな」

 

 ロックダウンは無感情に言うと、ブロウルの顔面に蹴りを入れる。

 

「グッ!」

「あまり手こずらせるな。……来たか」

 

 降り続ける雪の向こうからバタバタと騒音を立ててヘリが飛んできて地面に着陸した。

 ヘリの扉が開き、顔の無い仮面の男、ハイドラヘッドが降りて来た。

 いつの間にか現れた完全武装の兵士たちがブロウルの周りを取り囲む。

 仮面の男に向かって、ロックダウンが低く言う。

 

「約束通り、五体満足のトランスフォーマーだ」

「お見事だ。中々の獲物じゃあないか」

「簡単な仕事だった。今度は逃がすなよ」

「無論だ。とりあえず基地に連れて帰ろう」

 

 ハイドラヘッドがパチリと指を鳴らすと、輸送ヘリが数機飛来し、ケーブルを垂らし、ハイドラ兵たちがそのケーブルをブロウルの体に繋ごうとする。

 すると、ブロウルは低く笑った。

 

「グッ……ククク」

「? 何がおかしい」

「馬鹿め! 俺が大人しく捕まるとでも思ったか?」

 

 言うや、ブロウルの体が内部から爆発した。

 戦車ディセプティコンの巨躯は、粉々に爆音と煙を残して吹き飛んだ。

 周囲の兵士たちは爆風に煽られ倒れる。

 

「な!? 自爆しただと!?」

「軍団に準じたか。俺には理解できんね」

 

 煙を手で払い、さしものハイドラヘッドも驚愕する。

 一方でロックダウンは興味なさげだった。

 

「クッ……せっかく生きたトランスフォーマーを手に入れたと思ったのに」

「まあ、残骸からでもデータは取れるだろう。報酬は格安でいいぞ」

 

 残念そうなハイドラヘッドを捨て置き、踵を返したロックダウンは、黒いスーパーカーに変形して走り去った。

 

「……仕方ない。できるだけ残骸を回収しろ。手早くな」

 

 ハイドラヘッドは思考を切り替え、部下に指示を出すのだった。

 

  *  *  *

 

 その騒ぎから2~3kmほど離れた場所。

 使われなくなった機械が無造作に積まれて山になっているジャンク置き場に、空から何かが落ちてきた。

 

 それは人間の頭ほどの大きさの、金属でできた正立方体だ。

 

 立方体はジャンクの山の上に落ち、そのまま斜面を麓まで転がり落ちた。

 

 そのまま夜は開けて朝ごろ、作業服の人間たちがやってきた。

 彼らは、この場所でジャンクを片付ける仕事をしている人間たちだ。

 

 その内の一人、若い男がふとジャンク山の麓に立方体を見つけた。

 立方体を拾い上げた男は、それを手の中で回してみたり軽く振ってみたりする。

 

「へえ~、見慣れない機械だけど、コイツは使えそうだ」

 

 男は、その立方体を持って帰ることにしたのだった。

 

  *  *  *

 

 家に帰った男は、ガレージを利用した工房に入った。

 

 そこには作業台が置かれ、その上に金属製の手足のような物が転がっていた。

 

 男は立方体を中心に手足やパーツを組み上げていく。

 

「よしよし、やっぱりちょうどいい大きさだ。……今、お前さんを完成させてやるからな」

 

 優しく呟いて、男は組み上げた人型の金属フレームに『ガワ』をかぶせる。

 

「お父さーん! ただいまー!」

 

 と、小さな少女が工房に駆け込んでくるや、男の足に抱きつく。

 くすんだ金髪が目立つ、年齢は一桁と思しい、あどけない少女だ。

 

「ああ、おかえりテスラ。学校はどうだった? 友達はできたかい?」

「……ううん」

「そうか……。そうだ、じゃあコイツをあげよう」

 

 男は愛娘テスラにたった今出来上がった『それ』を差し出す。

 

「なーに、これ?」

「お父さん手作りの友達第一号だ」

「くれるの? わーい!」

 

 表情を輝かせ、さっそく『それ』に抱きつくテスラ。

 すると、『それ』は両手を広げて見せた。

 

「お父さん! この子、動いたよ!」

「ああ、そいつは少しなら動けるんだ」

「すごーい!」

 

 歓声を上げるテスラに、父はホッと息を吐く。

 中々友達ができない娘のために、仕事場から持ち帰ったジャンクで何とか作ってあげた簡単なロボットのような物。

 喜んでくれたようで、何よりだ。

 

  *  *  *

 

 その夜、テスラはさっそく『それ』を自室に持ち込んでいた。

 

「……ねえ、あなたのお名前は、何て言うのかな? ……あなたとお話しできたらいいのに」

 

 おしゃまな少女は、無機物に話しかけても無駄なことぐらいは知っていた。

 それでも、父がせっかく作ってくれた友達だ。

 

「おやすみなさい。明日はいっしょに遊ぼうね」

 

 テスラは明かりを落として、『それ』を抱きかかえたままベッドに潜りこむ。

 ほどなくして、テスラはクークーと寝息を立てはじめた。

 

 それからしばらくして……。

 

 急に『それ』がモゾモゾと動き出した。

 首を横に向けてテスラの寝顔を不思議そうに眺めてから、手足に力を入れて立ち上がる。

 

「……再起動成功っと。『緊急脱出システム』が上手く作動してくれたみてえだな。ショックウェーブの怪しい実験でも、受けといてよかったぜ」

 

 コキコキと首や肩を回しながら、『それ』はぼやく。

 その声は、聞く者が聞けばディセプティコンの兵士ブロウルの物だと分かっただろう。

 自爆したかに見えたブロウルだったが、ショックウェーブの改造手術によって搭載された緊急脱出システムにより、一瞬にしてパーソナルコンポーネントを形成し遠くに射出したのだ。

 体のほうも粉々になったように見せかけて、実際には各部のジョイントを外しただけだ。

 本来なら、脱出した先で大人しく救助を待っていることしかできないはずだったが、人間が仮の体を与えてくれるとは、望外の幸運だ。

 

「さて、基地に帰らないとな。……くっくっく、人間どもめ、俺を直したことを後悔させてやるぜ!」

 

 ブロウルは自分の新しい体をチェックする。

 そこで自分の腕を見て気が付いた。

 

 手足は短めで、手の先に付いた三本の爪はキルト製。

 体全体が丸っこくフワフワとした三頭身。

 顔の造形は円らな瞳と頭にチョコンと乗っかった丸い耳がキュートだ。

 つまりこれは……。

 

「ク マ じゃ ね え か !?」

 

 そう、クマのぬいぐるみ、そのものである。

 テスラのために父親が作ったのは、布と綿の塊の中に金属製の可動フレームを埋め込んだ、クマ型ロボットだったのである。

 ビーズのようなクリクリの目はちゃんとカメラアイであるし、関節部はほとんど人間と同じように動かせるあたり、無駄に凝っている。

 

「こ、こんな……、フワフワのモコモコだと!? 俺は固くてデッカイのが取り柄なんだぞ!?」

 

 己のあまりにもディセプティコンらしくない姿にしばし愕然としていたブロウルだったが、何とか思考を切り替える。

 とにかく、動けるだけマシだ。

 基地に帰投しなくては。

 

 その時、眠っていたテスラが目を擦りながら上体を起こした。

 

 どうやら、騒ぎ過ぎたらしい。

 

 一瞬、ブロウルは硬直した。

 そして、その硬直が致命的な結果を招いた。

 

「あ……うわ~!」

 

 声を上げるテスラ。

 だが悲鳴ではなく、歓声だ。

 

「すご~い! 動けるのね、あなた!」

 

 駆け寄るや、ブロウルが逃げる間もなく抱きしめる。

 バタバタともがくブロウルだが、ぬいぐるみの身では碌な抵抗もできない。

 

「すごい、すご~い! お父さんはやっぱり天才だわ!」

「ああと、どうも……」

「喋れるんだね! ……思ってたよりシブい声ね」

 

 自分を純粋に父の発明品だと思っているテスラに、ブロウルはクマの顔で曖昧に笑む。

 こういう時に、どういう方法で乗り切ればいいのか、生粋の軍人であるブロウルには分からない。

 

 ――すると、お人形さんたちは魔法の力で動き出したのです。でもそれは一晩限りの奇跡でした。夜が明けると、元のお人形さんに戻ってしまったのでした。

 

 ふと、あの(レイ)が雛たちに読み聞かせている本の内容が思い出された。

 

「ああとだな。実は俺が動けるのは魔法の力のおかげで、親父さんの発明のおかげってワケじゃないんだ」

「そうなの?」

「ああ……、それに長くは動けない。魔法の力は長続きしないんだ」

「そんな……」

 

 悲しそうな顔をするテスラに、ブロウルは少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 元々、彼はドンパチするのは好きだが、他者を騙すのは得意ではない。

 それでも、何とか言葉を出す。

 

「ごめんな。……その間、仲良くしよう。それと、俺が動けることは他の人間には内緒だ。魔法で動くクマなんて、驚くだろ?」

「うん……」

 

 ギュウっとブロウルの体を抱きしめるテスラ。

 ブロウルはそれを、不器用に抱きしめ返すのだった。

 

  *  *  *

 

 翌日。

 今日は学校がお休みであるテスラはぬいぐるみブロウルを抱き上げて散歩に出ていた。

 雪の積もったルウィーの町並みは、古めかしくも美しい。

 ブロウルは大した感慨を得なかったが、テスラは見慣れた町でも友達といっしょに歩くのが嬉しいらしく終始笑顔だった。

 

 空き地の前を通りがかった時、テスラは同年代の子供が集まっているのを見つけた。

 

「…………」

「いかないのか?」

「だって、こわいし……」

 

 子供たちを羨ましそうに見つめていたテスラだったが、ブロウルに小声で問われて、目を伏せた。

 さて、とブロウルは考える。

 この少女に友達ができようができまいが、知ったことではない。

 

 それでも、体を与えてくれた義理という物がある。

 

「そんなこと言わずに、声をかけてみりゃいいだろ?」

「で、でも……」

「まったく……仕方ない、おーい! そこのガキどもー! この子も仲間に入れてやってくれー!」

 

 突然大声を上げたブロウルに、テスラはビクリと硬直し、子供たちは何事かと振り返った。

 

「ええと、あの、その……」

「なによ、アンタ? わたしたちと遊びたいの?」

 

 怯えるテスラに向かって、子供たちの輪の中からズンズンと進み出る少女がいた。

 それはピンク色の防寒服と着て、服と同色の帽子を被り、茶髪を長く伸ばした勝気そうな少女だ。

 テスラより少し年上だろうか?

 その後ろからは、勝気そうな少女とよく似ているが服と帽子が水色で髪が短く、大人しそうな少女が付いてきていた。

 二人とも同性のテスラでさえ、ビックリしてしまうくらいに可愛い女の子だ。

 

「あ、あの……」

「変なの。さっきの声は誰よ」

「あ、あれは……おじさんで、あっち行っちゃった」

 

 モジモジするテスラに、勝気そうな子と大人しそうな子は顔を見合わせる。

 恥ずかしさのあまりテスラが逃げ出そうかと思った時、大きな声がした。

 

「じゃあ、いっしょにあそぼう!」

 

 声の主は、子供の輪の中から現れたテスラより小さな女の子だ。

 金色の髪と青い瞳の、これまた可愛らしい子だが、どちらかと言うと元気さの方が印象に残る。

 金髪の子の言葉に、そっくりな二人も頷く。

 大人しそうな子がニッコリと笑った。

 

「そうだね。いっしょに遊ぼう」

「いいの?」

「遊びたいんでしょ? さ、来なさい!」

「……うん!」

 

 強気そうな子に招かれて、テスラは子供たちの輪に小走りで向かって行く。

 途中、強気そうな子が聞いてきた。

 

「そうだ! アンタ、名前は何て言うの?」

「テスラ! あなたたちは?」

「わたしはラム。こっちは双子のロムちゃんと、お友達のピーシェよ!」

「よろしく」

「よろしくね!」

「うん! ラムちゃんにロムちゃん、ピーシェちゃん、よろしく!」

 

 さっきまで恥ずかしがっていたのはどこへやら。何てことなく、テスラは子供たちの中に入っていった。

 未だ子供であるテスラは、目の前の女の子たちが自国の女神候補生であることを知らない。

 

 ――やっべぇ、どじった……。

 

 一方のブロウルは、まさか女神候補生が市井の子らに混ざって遊んでいるとは思っていなかったので、大変困っているのだった。

 

  *  *  *

 

 どこか暗い場所。

 

 広い空間の奥に、人型の機械が組み上げられていた。

 

 それは、自爆したはずのブロウルに他ならない。

 

 ここはハイドラのアジト。

 ハイドラの科学者たちが爆発四散したブロウルの残骸を組み上げたのだ。

 しかし、科学者たちは困惑したような空気に包まれていた。

 科学者のリーダーの横に、ハイドラヘッドが腕を組んで立っていた。

 

「つまり、綺麗過ぎると?」

「は、はい。自爆したにしては、各パーツのダメージが少なすぎます。体がバラバラになるほどの爆発を起こして、これほど完璧に治るワケがないんです。それと、電子頭脳や変形機能を司るはずのパーツがゴッソリなくなっているというのも……」

 

 科学者からの報告に、ハイドラヘッドは天を仰ぐ。

 

「…………ロックダウン。これはどういうことだ?」

 

 問いに答えるように、ハイドラヘッドの脇に立体映像のロックダウンは現れた。

 

『パーソナルコンポーネントがないんだろうな』

「何だそれは?」

『トランスフォーマーは、ブレインサーキット、変形機能を司るトランスフォームコグ、そして魂たるスパーク……核とも言えるパーツをまとめて立方体状のパーツに圧縮できる。それがパーソナルコンポーネントだ』

 

 ロックダウンの言葉に、ハイドラヘッドは思考を巡らす。

 

「……自爆はフリで、そのパーソナルコンポーネントとやらは何らかの手段で離脱していた。そう考えるのが自然か」

 

 頭痛をこらえるように仮面の上から、額を抑えるハイドラヘッド。

 外側だけでは、手に入れられる情報はたかが知れている。

 

 ロックダウンが今まで黙っていたことには、文句をつけない。

 あくまでもビジネス上の関係だから、お互いに問われた以上の情報を与える義理はないのだ。

 

 それにしても、上手く行かない物だ。

 人造トランスフォーマー量産計画は、量産以前に試作機も完成しやしない。

 

 もう少し、有能な人材はいないものか……。

 

「……そうだ。この辺りには『彼』がいたな」

 

 ハイドラの雇用主(クライアント)である大企業にかつて属していた、有能なロボット工学者でありながら家族との時間を大切にするために、退職してルウィーに移住し、一介のジャンク処理屋に甘んじている男。

 埋もれさせておくには惜しい能力を持った彼を、何とかしてこちらに引き込めないものか。

 

「彼には確か、娘がいたな。名前は……テスラ、だったかな? ……古典的な手だが、やってみるか」

 

  *  *  *

 

「それでね! ラムちゃんが屋根の上まで逃げてったんだけど、ピーシェちゃんが追っかけて行ったんだよ!」

「そうか、それはすごいな」

 

 テスラは夕食の場で父親に今日のことを話していた。

 友達ができたこと。

 その友達と、『エクストリーム鬼ごっこ』なる遊びをしたこと。

 脅威の追跡力を見せるピーシェから逃げ切れたのは自分だけだったこと。

 明日もいっしょに遊ぶ約束をしたこと……。

 

 楽しそうに話す愛娘に、父は顔をほころばせる。

 

 亡き妻の故郷であるルウィーに越して来てしばらく経つが、娘に友達ができないことだけが心配だったのだ。

 

 さすがに友達が女神候補生らしいことには驚いたが。

 

「これも全部、この子のおかげだよ! お父さん、ありがとう!」

「ははは、どういたしまして」

 

 ――やれやれ、こっちは女神どもにばれないかとヒヤヒヤしてたってのに、呑気なもんだぜ。

 

 和やかな会話を続ける親子を余所に、テスラの横の椅子の上に置かれたブロウルは内心で愚痴る。

 頃合いを見て逃げなければならないが、それも難しそうだ。

 

「この子、だ~い好き!」

 

 テスラは満面の笑みでブロウルを抱きしめる。

 

 ――あ~あ、どうしたもんかなあ……。

 

 心底嬉しそうなテスラだったが、ブロウルは内心で深く深く溜め息を吐くのだった。




Q:何でクマなん?

A:G1の59話ブルーティカスの攻撃(ブロウルのパーソナルコンポーネントが学生の手作りロボットに入れられる話)ネタ+蒼き鋼のアルペジオのキリクマ。
 何でこうなった?

以下、ブロウル(実写)不遇伝説。

実写第一作
オートボット四人+人間相手に孤軍奮闘。
映画スタッフと玩具会社の連絡間違いから、名前が『デバステーター』に。

ゴースト・オブ・イエスタデイ
第一作の前日譚に当たる小説。
第一作組が両軍ともに総登場の中、登場なし。

日本未発売のゲーム
まさかのディセプティコン側が主役のゲーム。
まさかの登場なし……。

ダークサイドムーン
モブ。

トランスフォーマー・ヒューマンアライアンス
実写TFをモチーフにしたシューティング
何とボスキャラとして登場!
……名前がブロウ『ラー』でした。別個体なんだろうか?

この小説でも、微妙に出番が……。

頑張れブロウル!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話 ブロウルの災難 part2

休日を挟んだので、早く書けました。


「スタースクリーム、ブロウルを回収してこい」

「へ? ……何で俺が? んなのは、下っ端の仕事でしょうに」

 

 ディセプティコン秘密基地の司令部。

 メガトロンの命に、スタースクリームは疑問で返した。

 

「貴様が一番暇だからだ。サウンドウェーブは『仕込み』で忙しいし、ショックウェーブも研究が大詰めだからな。他の者もそれぞれ動いている。……いいから行ってこい!」

 

  *  *  *

 

 テスラはクマのぬいぐるみを抱いて、笑顔で町を歩いていた。

 今日も、友達といっしょに遊ぶからだ。

 

 一方で、テスラに抱えられたぬいぐるみ……色々あってこんな姿になってしまったブロウルは、どうしたもんかと悩んでいた。

 このままと言うワケにはいかないし、かといって逃げるのも難しそうだし心が痛むし……。

 

 そんなブロウルの内心は露知らず、ステラは鼻歌を歌いながら、スキップしている。

 よほど、友達と遊ぶのが楽しみなのだろう。

 

 と、人通りのない路地を通っていた時のこと。

 

 突然、テスラの眼前を塞ぐように黒いバンが停車した。

 バンの扉が開き、手が伸びてきたかと思うと、テスラの小さな体を車内に引きずりこんだ。

 

「きゃあ!」

 

 女神のような特殊な力を持たない平凡な少女であるテスラは、抵抗する間もなく車内に消え、扉が閉まると同時に車は走り去った。

 

 こうして、一人の少女が連れ浚われた。

 

 ……ぬいぐるみと化したブロウル諸共に。

 

 その少し先の路地から、一部始終を見ていた者がいた。

 

 金髪に青い目と、黄色と黒の子供服。

 テスラより、少し小さい少女だ。

 

 ピーシェである。

 

 先日からルウィー教会に遊びに来ていた彼女は、新しく出来た友達を迎えに来たのである。

 その矢先、先ほどの出来事を目撃した。

 何だかよく分からないが、テスラが悪者(多分)に誘拐されたことは、分かった。

 

「こりゃ、やばいな」

 

 そう漏らしたのは、ピーシェの後ろに置かれたモンスタートラック型のラジコンだ。

 ピーシェのお目付け役である元ディセプティコンのホィーリーだ。

 

「ピーシェ、早いトコ誰かに知らせたほうがいい!」

「うん!」

 

 ピーシェはホィーリーの言葉に頷く。

 彼女なりに、自分一人では友達を助けられないことを分かっていたからだ。

 すぐに人を呼ぶべく駆けだそうとするが、突然彼女の上に影が差した。

 見上げると、巨大な機械が建物の合間からこちらを見下ろしている。

 それが誰であるかを理解し、ピーシェは歓声を上げた。

 

「すたすく!」

「ああん? ブロウルの奴を探してるのに、何でお前らがいるんだ?」

 

 首を傾げつつスタースクリームは路地に降りてきた。

 

「よかった! すたすく、たいへんだよ! ともだちがさらわれたんだ!」

「ああ……ちょっと待て」

 

 要領を得ないピーシェに、スタースクリームは幼子の傍らのホィーリーに通信を飛ばす。

 

『どういう状況だ? 三行で言え』

『幼女誘拐案件。

 幼女はピーシェの友達。

 お願い、助けてあげて!

 ……って感じ』

『OK。把握した』

 

 ピーシェの願いを察し、スタースクリームは首を捻る。

 いつもなら、ピーシェの信用を維持するために助けに行ってもいいが、今はブロウルの回収を命じられた身だ。

 どうしたもんかと考えていると、ホィーリーから通信が飛んで来た。

 

『ついでにもう一つ。その幼女なんだけど、何とディセプティコンのパーソナルコンポーネントを持ってるぜ』

『……何だと!? そりゃ本当か?』

『ああ、スキャンしたから間違いない。どういう経緯か知らねえけどな』

 

 今パーソナルコンポーネントになっているとすれば、ブロウルしかいないだろう。

 パーソナルコンポーネントの反応を追えば、自ずとピーシェの友達の所に行きつくはずだ。

 

 またしても舞い込んだ厄介事に、スタースクリームは息を一つ吐く。

 

 どうやら、期待に満ちた目で見上げてくる幼子と利害が一致したらしい。

 

「はあッ……。しゃあねえ、俺がお友達を助けに行くから、お前は誰か助けを呼びにいきな。……俺のことは内緒な」

「! うん!」

 

  *  *  *

 

 ルウィーの郊外にある、工場跡。

 廃墟にしか見えないそこは、ハイドラによって即席の基地となっていた。

 

 その三階部分にある一室。

 手狭な部屋で打ちっ放しのコンクリートが寒々とした印象を与え、一角が窓になっている部屋だ。

 隅には二名のハイドラ兵が機関銃を手に立っていた。

 そこに置かれたパイプ椅子に、テスラの父、名をマークは座らされていた。

 仕事出た矢先、ハイドラによって拉致されたのだ。

 今のところ大した暴行は受けていない。

 憮然とした態度のマークだが、銃を持った相手に無理に抵抗するほど愚かではない。

 

 机を挟んでマークと反対側には、顔のない仮面の男、ハイドラヘッドが座っていた。

 

「では、我々に協力はできないと?」

「当たり前だ。人を拉致するような奴らの言うことなんか聞けるか」

 

 憮然と返され、ハイドラヘッドは傍らの資料を手に持つ。

 

「……リーンボックス国立大学工学科を主席で卒業。その後、国内屈指の大企業に就職し、主にロボット工学の分野で活躍……立派な経歴だ。給料も良かったし、将来も嘱望されていたはず。しかし、あなたは会社を辞めてルウィーに移住。ジャンク処理屋に身をやつした」

「俺の勝手だ。……あの企業の拝金主義と利益優先には嫌気が刺してたんでね」

「それと、亡くなった奥さんのためでもある。ルウィーは奥さんの故郷だそうですね」

 

 マークはピクリと眉を吊り上げるが、ハイドラヘッドは構わず続ける。

 

「飽きれるほどセンチメンタルな理由だ。……娘さんも、急に見知らぬ土地に移住したら大変でしょうに」

「…………」

 

 引っ越しを決意した理由を遠回しに馬鹿にされ、マークは目に見えて不機嫌になる。

 

「まあ、それはどうでもいい。問題はあなたが娘さんを愛していると言うことだ」

 

 そこでハイドラヘッドが指をパチリと鳴らすと、部屋の扉が開いて一人の兵士が、女の子の手を強引に引いて来た。

 

「お父さん!」

「テスラ!!」

 

 それが自分の愛娘であると分かるや、マークは立ち上がって駆け寄ろうとするが、兵士たちが肩を掴んで無理やり椅子に座らせる。

 

「貴様ら娘を放せ! 娘は関係ないだろう!!」

「ありますよ。あなたの娘じゃあないですか」

 

 ハイドラヘッドは喚くマークに冷たく言って立ち上がり、クマのぬいぐるみを抱えて怯えているテスラの近くまで歩いていく。

 

「愛とは偉大だが厄介な感情だ。愛のために人は戦い、愛する者のためなら平気で他者を傷つける。そして、愛する者のためなら考えを曲げる」

 

 言葉を続けつつ、ハイドラヘッドは懐から拳銃を取り出しテスラに向ける。

 

「もう、お分かりですね? 我々に協力してくれなければ、娘さんが傷つきますよ」

「貴様……!」

「ああ、一発で殺したりしないのでご安心を。まずは足、次に腕です。それでも言うことを聞いてくれないなら、顔にでも傷をつけますか。それとも、子供に言えないようなことをしてもいい。……まず10秒待ちましょう。10、9……」

「ま、待て! 言うことを聞く! だから娘に手を出さないでくれ!!」

「……早いですね。こういう時は、ギリギリまで貯めるのがお約束でしょう」

 

 アッと言う間に音を上げたマークに、ハイドラヘッドは呆れた声を出す。

 しかし、狙いをテスラから外ないまま銃の撃鉄を上げる。

 

「お、おい、やめろ! 協力すると言っただろう!」

「ああ、これは念の為ですよ。『どうせタダの脅しだったんだろう』なんて考えないでもらうためのね」

 

 悲鳴染みた声を上げるマークだが、ハイドラヘッドは躊躇うことなく、引き金を引いた。

 

 その瞬間、テスラの抱えていたクマのぬいぐるみ……ブロウルが腕の中から飛び出し、射線に割り込んだ。

 

 弾丸はブロウルの布の肌と仲の綿を抉り、金属フレームに命中した所で止まった。

 

「は?」

 

 有り得ない事態に一瞬、ハイドラヘッドは硬直した。

 そして、その硬直が決定的な結果を招いた。

 

「うおおお!」

 

 ブロウルは、そのままハイドラヘッドに体当たりを敢行。

 ハイドラヘッドは、ついでに兵士を一人巻き込んで吹き飛んでいき、窓を突き破って下に落ちて行った。

 

 もう一人の兵士が反応するより早く、ブロウルは素早く掴みかかって銃を奪い取り、兵士の腹を蹴り飛ばす。

 最後にテスラを掴んでいる兵士に向けて、銃口を向ける。

 

「その子を離しな。……ガキの前で殺しはしたくねえ」

「ひ、ひぃいい……」

 

 兵士はテスラを置いて逃げだした。

 唖然とするマークにブロウルは素早く声をかける。

 

「おい! 早く逃げるぞ!」

「いったい何がどうなって……」

「詳しい話は後だ! 早く立て!」

 

 テスラにも逃げるように促そうとするブロウルだったが、テスラは目を回していた。

 

「きゅう……」

「まったく世話の焼ける……いや、ちょうどいいか」

 

 泣いたり騒がれたりするよりはマシだ。

 

「俺が先導するから、テメエはテスラを抱いて着いてきな!」

「あ、ああ……」

 

 何が何だか分からないが、とにかく逃げることが先と、マークは愛娘の小さな体を抱き上げる。

 ぬいぐるみと親子は、そのまま部屋の外に出て行った。

 

  *  *  *

 

 警報が鳴り響く中、愛娘を抱えて走る父親。

 機関銃を構えて先導するクマのぬいぐるみ。

 はたから見ればシュールだが、本人たちは大真面目だ。

 

「いい加減教えてくれないか? あんたはいったい……」

「…………アンタが、このクマの体に俺のこと組み込んだんだよ」

「あの立方体か」

 

 すぐに思い当たり、マークは頭を抱えたくなる。

 どうやら、軽い気持ちで組み込んだパーツが思わぬ事態を招いたようだ。

 それが結果的にテスラを助けたのだから、世の中分からないものだ。

 

「……どうして助けてくれたんだ?」

「こっちも体をもらったからな。借りは返す主義なんだ。ここの連中には恨みもあるしな」

「しかし、そんな体でよくあんなパワーが出せたな。作った俺が言うのも何だが、所詮子供の玩具だぞ。それ」

「リミッターを解除したからな。おかげでこの体は長くは持たん」

 

 ぶっきらぼうに言いつつ、ブロウルは曲がり角から敵がいないか探る。

 ブロウルが首を回すとギシギシと音がした。

 さすがにこの体で戦い続けるのには限界がある。

 

「くっそ。本当の体さえありゃあな……」

「それは?」

「ああ、ここの連中に壊された……っていうか俺が壊して逃げたんだがな」

 

 それを聞いて、マークは難しい顔になる。

 だが、腕の中で気を失っているテスラの頭を撫でてから、意を決した。

 

「それなら、この先の格納庫にそれっぽいのがあるのを見た」

「そいつは……」

 

 マークの言葉を、ブロウルは訝しむ。

 

 もし、それが自分の体ならばマークは自分がディセプティコンであることを知っていることになる。

 

 疑問に答えるように、マークは不敵に……本人はそうしようと思って……笑った。

 

「娘を助けてくれたからな。今は信じるよ」

「……好きにしな」

 

  *  *  *

 

 マークに案内され格納庫……と言うか、大きな倉庫を格納庫として使っている場所にやってきた親子と一体。(一匹?)

 

 そこには、背中に副砲、両肩にミサイルポッド、右腕に四連バルカン、左腕にガトリングと接近戦用の爪、そして腰にマウントされた主砲。

 全身武器のディセプティコン、ブロウルが佇んでいた。

 

 正確には、頭脳(ブレイン)(スパーク)のない、正しくブロウルの抜け殻だ。

 

「おお! マイボディ! これさえありゃ、100ディセプティコン力よ!!」

 

 さっそく自身の体に駆け寄ろうとするブロウル(クマ)だったが、その瞬間声が響いた。

 

『ようこそ! 待っていたよ!』

 

 突然、天井が開き、そこから攻撃ヘリが悠然と降りてくる。

 防弾ガラス張りの丸いキャノピーが縦列配置され、コクピットの下に機銃、翼の下にミサイルポッドが配置されているのが特徴的な、重武装重装甲の攻撃ヘリである。

 

『さっきのは、さすがに痛かったよ。……しかし、もう逃げられんぞ』

「その声は、あのノッペラボウか。あの高さから落ちて平気とは、頑丈な奴だぜ」

 

 聞こえてくるのは、ハイドラヘッドの声だ。

 ブロウルは冷静に銃口をヘリに向けるが、どこからか現れた兵士たちが周りを取り囲む。

 今回の兵士たちは、赤い丸型ゴーグルとガスマスクのようなフェイスガードが特徴的な強化服で防御を固め、重機関銃やロケット砲と言った重火器を装備している。

 さらに機械の塊に逆関節の脚と大型機銃になっている腕を生やした無人兵器も数台いる。

 

 その物々しい布陣に、ブロウルは呆れていた。

 

「クマ一匹と民間人二人に大袈裟だな、おい」

『油断できる相手でもないようだからね。……さて、お約束だが大人しく投降してもらおう』

「………チッ」

 

 ここで逆らえば、自分はともかくマークとテスラに確実に害が及ぶ。

 仕方なく、ブロウルは機関銃を投げ捨てた。

 

『よろしい。……捕らえろ』

 

 ハイドラヘッドの命に何人かの兵士が進み出る。

 

 さしもに万事休すか。

 

『傷つけるなよ。娘はともかく父親には仕事がある。そっちのクマ君も、たっぷり調べて……何だ、どうした? ……未確認の飛行物体がこっちに向かってる?』

 

 何処からか通信を受けたらしいハイドラヘッドが訝しげな声を出す。

 

『反応は? ……ディセプティコンだと!? 位置は……直上!?』

 

 瞬間、何かが猛スピードで真上から突っ込んできて、地面に『着地』した。

 

 『墜落』ではない。『着地』だ。

 

 咄嗟にブロウルはマークとテスラを地面に押し倒した。

 その衝撃に煽られ、兵士たちが吹き飛ばされる。

 攻撃ヘリも無人兵器も体制を崩していた。

 

 着地した何者かは、片膝を突いた姿勢からゆっくりと立ち上がった。

 

 それは逆三角形のフォルムと猛禽を思わせる逆関節の脚を持ち、背には翼があるトランスフォーマー。

 

 ディセプティコンの航空参謀、スタースクリームだ!!

 

 スタースクリームは、辺りを見回し倒れているブロウルに視線を止めた。

 

「この反応はブロウルか? 何たって、そんな姿に」

「ぐお……スタースクリームか。話は後にしてくれや。とりあえず、そこらへんの馬鹿どもの相手を頼む」

「ケッ! 何たって俺がお前の頼みを……」

 

 そこまで言った所で、ブロウルの傍らでこちらを見上げている男性と、その男性に抱きかかえられている少女に気が付いた。

 あの少女がピーシェの言っていた友達とやらだろう。

 

「チッ! しゃあねえ! ……で、何だテメエらは?」

『我々はハイドラ。このゲイムギョウ界に革命を起こす者たちだよ。お初にお目にかかる、ディセプティコンの航空参謀殿』

 

 体制を立て直した戦闘ヘリから聞こえてくるハイドラヘッドの慇懃な言葉に、スタースクリームは興味なさげに鼻を鳴らすような音を出す。

 

「ああ、お前らがアレか。馬鹿ヘリ兄弟にちょっかい出したとか言う」

『ふふふ、仲間を傷つけられたことを怒っているのかね? そっちのクマくんを助けに来たようだし、ディセプティコンと言うのは意外と情に厚いんだな』

「はッ! ヘリ兄弟がどうなろうがブロウルが野垂れ死のうが、知ったこっちゃないね!」

 

 吐き捨てるように言うスタースクリーム。

 彼にとって、大切なのは自分自身のみであり、他は全て敵か駒かゴミかだ。

 

 まあ、あの小娘(ピーシェ)に信用し続けてもらうには、こういうことも必要だ。

 

『ちょうどいい。君も捕らえて、サンプルにするとしよう!』

「ほざけ!」

 

 吼えるや、スタースクリームは右腕の機銃をヘリに向けて撃つ。

 ヘリは素早く上昇してそれをよけるが、立て直した兵士や無人兵器が発砲する。

 スタースクリームはブースターを吹かして飛び上がり、両腕をミサイル砲に変形させて発射。

 よける間もなく、無人兵器数台が爆散。

 さらにスタースクリームは機銃を掃射して、兵士たちを薙ぎ払う。

 

「これで終わりか? 大したことねえな」

『まだまだこれからだよ』

 

 ハイドラヘッドの言葉の通り、さらに大量の兵士と無人兵器、そして攻撃ヘリが現れる。

 だがスタースクリームは怯むことなく好戦的に笑む。

 

「ハッ! この程度かよ!」

 

 銃弾が飛び交い、爆音が鳴り響く。

 マークはテスラを抱きしめ物陰で小さくなっていた。

 ブロウルは機関銃を構えたまま、二人に視線をやった。

 

「おい。今の内に俺は体に戻る。今ならスタースクリームが奴らを引きつけてくれてるからな」

 

 ブロウルはタイミングを見計らって物陰から飛び出し、疾風のような速さで自分の体の足元まで走る。

 そのまま体をよじ登って、胸のあたりまで行くと、背中のチャックを開けた。

 ぬいぐるみを脱いで、金属のフレームだけになったブロウルは胴体に組み込まれたパーソナルコンポーネントから信号を送る。

 信号を受けたブロウルの体は胸の装甲を開き、そこからマニピュレーターを伸ばして自分の魂と頭脳からなる立方体を掴む。

 外れた金属フレームが地面に落ち、ブロウルのパーソナルコンポーネントは胸の中に収納された。

 

 パーソナルコンポーネントはすぐさま各パーツに解れて、それぞれの定位置に戻る。

 

 トランスフォームコグ・・・問題なし

 

 ブレインサーキット・・・・問題なし

 

 スパーク・・・・・・・・・問題なし

 

 戦車型ディセプティコンのオプティックに赤い光が灯り、四肢に力を込めて動き出す。

 

 砲撃兵ブロウルの復活だ。

 

 ゴキゴキと首と肩を回し、ブロウルは自分の体にスキャンをかける。

 弾薬は抜かれているし、各種パーツの結合が甘いが、特に問題はない。

 

「さてとだ。俺の体を直してくれて、ありがとうよ。……お礼はタップリさせてもらうぜ!!」

 

 手始めとばかりに、こちらに反応して武器を向けてきた無人兵器を左腕の爪で突き刺す。

 無人兵器の装甲が紙切れのように破れ、ガラクタと化す。

 異変に気付いた兵士たちが重機関銃やロケット砲を撃ってくるが、極めて頑丈なブロウルには大したダメージを与えられない。

 そこらへんのコンテナを持ち上げ、兵士たちに向けて投げつけるブロウル。

 いかに強化服で身を固めているとはいえ、自分より大きなコンテナに潰されては一たまりもない。

 

『クッ……さすがに2体相手はキツイか……、ハイドラ撤収だ!!』

 

 戦況不利と見たハイドラヘッドは、部下たちに撤退を指示する。

 兵士たちすぐさま走り去り、ヘリは次々と離脱していく。

 

 あえて追う意味を感じず、スタースクリームとブロウルは戦闘態勢を解いた。

 

 危険が去ったことが分かって、マークが物陰から出てくる。

 マークはブロウルが脱ぎ捨てたクマのぬいぐるみを拾い上げると、その中身が収まっているディセプティコンを見上げた。

 

「……いっちまうのか?」

「ああ。ディセプティコンには、ディセプティコンの居場所がある。……テスラには、よろしく言っといてくれ」

 

 マークはテスラの頭を撫でた。

 確かに、このディセプティコンはゲイムギョウ界の敵かもしれないが、それでも娘の友達になってくれた上、命を救ってくれたのだ。

 だから、かける言葉は決まっていた。

 

「ありがとう」

「…………達者でな」

 

  *  *  *

 

 自室のベッドの中でテスラは目を覚ました。

 

 上体を起こして首を傾げる。窓の外を見ると、もう夜だった。

 何だか、怖い夢を見ていた気がする。

 

「う~ん、変な夢だった~。そうだ、あの子は?」

 

 起き上がって友達の姿を探す。

 

 彼はテーブルの上に座っていた。魔法で動いて喋る不思議なクマのぬいぐるみ。

 テスラは駆け寄って、彼を抱き上げる。

 

「ねえ、あなた! 怖い夢を見たの! ……どうしたの? お話しないの?」

 

 話しかけるテスラだったが、クマはウンともスンとも言わない。

 テスラは不安になってきた。

 

「ねえ……あれ、これって?」

 

 クマの座っていた場所に、折りたたまれた紙が置かれていた。

 ぬいぐるみを横に置き、テスラはその手紙を持ち開いて、読み始めた。

 

 そこには、ヘタクソな字でこう書かれていた。

 

『てすらへ。

 おれはもう、うごくことができなくなりそうだ。かんぜんにうごけなくなるまえに、てがみをかいておく。

 おれがいなくなって、さみしくなるかもしれないけど、だいじょうぶだ。

 

 もう、てすらにはともだちもいる。

 ゆうきをもって、みんなにはなしかけるようにすれば、もっとたくさん、ともだちができるぞ!

 

 それに、おとうさんもいる。

 おとうさんはきみのことを、とてもたいせつにおもっている。

 だから、てすらもおとうさんをたいせつにするんだ。

 

 それじゃあ、げんきでな!

 

 きみのいちばんのともだちより』

 

 読みながら、テスラは嗚咽を漏らしていた。

 手紙をゆっくりと置き、傍らのクマのぬいぐるみを見る。

 

 テスラは、魔法が解けてしまった友達をギュっと抱きしめるのだった。

 

  *  *  *

 

 ルウィーの雪深い森林の中を、近くに停泊している空中戦艦に向かってスタースクリームとブロウルは進んでいた。

 

 あれだけ暴れたのだ。

 教会の連中も気づくだろう。

 

「あ~、スタースクリームよう、礼を言わせてくれ。今回は助かったぜ……」

 

 ブロウルは、先を行くスタースクリームの背に声をかけた。

 スタースクリームは、少し振り返り、興味なさげに鼻を鳴らすような音を出した。

 

「テメエを回収してこいっつう、メガトロンの命令だったからな」

「それもだが、俺が礼を言いたいのは、テスラへのアフターケアとかの方だ」

 

 あの少女へ手紙を残すことや、その大まかな内容を考えたのは、スタースクリームだ。

 何分、策謀には疎いブロウルには、思いつかない部分だった。

 

「お前のことだから、消しちまえとか言い出すんじゃないかと思ってたぜ」

「……色々あるんだよ、こっちにも」

 

 あの親子を始末すると、ピーシェへの言い訳が面倒だ。

 それ以上の他意はない。

 

「こいつは貸しだぞ。必ず返せよ」

「へいへい。言われずとも、俺は借りはキッチリ返す主義だ」

 

 二体のディセプティコンは、雪の中を歩いて行くのだった。

 

  *  *  *

 

 暗いどこか。

 

 立っているハイドラヘッドの正面の空中に、ディスプレイが浮かんでいる。

 

『またしても失敗したようだが、これで何度目かね? 人造トランスフォーマー計画も上手くいっていないようだが。我が社としても、これ以上の出資はさけたいのだがね』

「あなたの寄越した科学者にも問題があると思うのですが? 彼らは未だにトランスフォーマーが生命体であることを認めないのですよ」

 

 ディスプレイから聞こえてくる言葉に、ハイドラヘッドは皮肉っぽく肩をすくめる。

 

『……とにかく、そろそろ結果を見せてもらおう。できないのなら、分かっているね?』

「無論」

『君の代わりはいくらでもいるのだからな。それを肝に銘じておきたまえ』

 

 ディスプレイが消え、部屋に明かりが点く。

 ハイドラヘッドはヤレヤレと首を振ると、後ろに振り向いた。

 

 影になっている場所に、人影が立っていた。体格から女性だと分かる。

 

「それで、我々に協力して下さると?」

「ああ……いいかげん、連中にこき使われるのも飽き飽きなんでなぁ。もちろん、役には立つぞ」

 

 ハイドラヘッドの問いに、人影は口角を吊り上げた。

 

「ディセプティコンの科学者が作った人造トランスフォーマーの情報。かつてラステイションの主戦派が建艦した空中戦艦ヘブンズゲートについての知識。……それに、オプティマス・プライムの詳細なデータ。私の持っている(カード)は、どれも魅力的だろう?」

 

 女性の声に満足したのか、ハイドラヘッドはくぐもった笑いを漏らす。

 それに応えるように、人影は照明の下に出てくる。

 

 黒衣にトンガリ帽子。

 薄紫の肌に尖った耳。

 そしてキツメの容貌に濃い化粧。

 まるで魔女のような、異様な風体の女性だった。

 

「クックック……。いいでしょう、ハイドラにようこそ。歓迎しますよ…………マジェコンヌ」




そんなワケで、ブロウルの話でした。

解説することもないんで、(無駄にこってる)ハイドラの兵器の話でも。

攻撃ヘリ『ブギーマン』
実在の攻撃ヘリMi-24Aハインドがモデル。
王蟲の目みたいなキャノピーがチャームポイント。
特徴的な見た目ゆえか、アニメやゲームでは敵役として出てくることが多い。
メタルギアソリッドでリキッド・スネークが乗り回してるアレ。

パワードスーツ『ハイドラ・ギア』
かの押井守の作品群ケルベロス・サーガに出てくるプロテクト・ギア……を、モデルにしたと思しい、某大統領ゲーに登場する雑魚キャラがモチーフ。なのでヤラレ役。
何にせよナチスドイツ臭あふれるデザインは必見。

無人兵器『シゲミ』
ロボコップに出てくるポンコツロボット、ED-209がモデル。
分かんない人は、ニンジャスレイヤーのモーターヤブとかを思い浮かべてもらえばだいたい合ってます。(名前もそれが元)

多分、作中でこれらの名称が出てくることはありません。

次回は……物語的には重要だけど、あんまり需要はなさそうな話を予定しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話 女神殺しの魔剣 part1

時間がかかりました(何度目だ)


 ゲハバーン。

 

 それは女神殺しの剣、魂を喰らう刃。

 

 それは黒き神によって鍛えられ、虚空の彼方よりもたらされた。

 

 信仰を持つ者よ、ゲハバーンを追うなかれ。

 友愛を持つ者よ、ゲハバーンを取るなかれ。

 希望を持つ者よ、ゲハバーンを振るうなかれ

 

 ゲハバーンを手にしたならば、汝に降りかかるは、一かけらの救いもなき結末と憶えおけ。

 

 【魔窟外典 救世の悲愴】より一部抜粋。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌの某山中。

 ここには湖があり、その中央の島には古城が建っていた。

 古城の地下は深く広く、一つのダンジョンと言ってよかった。

 

 地下通路を何人もの兵士たちが銃を構えて進む。

 途中、モンスターが現れることもあったが、もれなく銃弾の的となり、粒子に還った。

 兵士たちの後ろを顔のない仮面の男と、魔女のような風体の女性が悠々と歩いていた。

 やがて一団は、地下の最奥の宝物庫に辿り着いた。

 重く大きな扉を兵士たちがこじ開けると、中は空箱とガラクタだらけだった。積もった埃と、あちこちに張った蜘蛛の巣が、長い年月、人の手が入っていないことを示していた。

 

「探せ」

 

 仮面の男……ハイドラヘッドが短く指示すると、兵士たちは部屋の中を物色し始める。

 やがて兵士の一人が壁にかかったボロボロの絵画の後ろに隠されていた隠しスペースから、何か長い箱を引っ張り出した。

 箱を床に置くと、鍵を壊して蓋を開ける。

 

 中には、大振りな剣が入っていた。

 二等辺三角形の肉厚幅広の刃を持った、だが錆に塗れた剣だ。

 それを両手で持ち上げ、ハイドラヘッドは呟く。

 

「これがそうなのか……」

「ああ、これこそ伝説に語られる女神殺しの魔剣、『ゲハバーン』だ。そのルーツを探れば、古の大国タリにまで行きつくと言う。今こそ錆びているが、手入れをすれば、すぐに輝きと鋭さを取り戻すだろう」

 

 魔女のような女性……マジェコンヌは、ニヤリと笑う。

 ハイドラヘッドは、大きく頷いた。

 

「しかし、貴女がゲハバーンの在り処についてご存知だったとは。いやはや、世の中分からない物だ」

「……なに、昔取った杵柄と言う奴だ。私はもう長いこと、女神を倒す手段を模索していたからな。当然、かの女神殺しにも行きつくさ……」

「ではなぜ、ゲハバーンを探さなかった?」

「……ふん、まあ色々だ。……それより、これは条件を満たさなければただのボロ剣。どうするつもりだ?」

 

 マジェコンヌの問いに、ハイドラヘッドはくぐもった笑いを漏らす。

 

「くっくっく……、まあ見ていたまえ。貴女のくれた(カード)とこれを上手く使えば、万事上手くいく」

「……ついでに一つ。言い伝えによれば、その剣には太古の女神の怨念が剣に宿っていると言う。嘘か真か、呪いによって国が滅びたこともあるそうだ」

「それこそ、望む所だ。呪われた剣なんて、イカスじゃあないか」

 

 ゲハバーンを手にしたハイドラヘッドと兵士たちは部屋を出て行く。

 だがマジェコンヌは独り、部屋の中に残っていた。

 

「……怨念の力を知らない坊やが、よくぞ吼える」

 

 ボソリと漏らしたマジェコンヌの顔には、皮肉っぽい嘲笑が浮かんでいた。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌのオートボット基地は、ホイルジャックのラボ。

 

 そこでは、作業服姿のネプギアが、工具を手に作業していた。

 作業台の上には赤い人型機械が横たわっている。

 

「…………よし」

 

 最後のパーツを取り付け終え、ネプギアは工具を置いて端末を操作する。

 画面に表示される文字列や数式は、余人には理解不可能な物だ。

 しばらく端末と睨めっこしていたネプギアだったが、やがて深く息を吐いた。

 

「駄目だ……。どうしても修復しきれない……」

「ネプギア君、根を詰めちゃいかんよ」

 

 頭を抱えそうになるネプギアを、ラボの持ち主であるホイルジャックが優しく諭す。

 

「前向きに考えよう。これまでの調べで、スティンガー君の人格と記憶は、コアである疑似シェアクリスタルに保存されていることが分かった。つまり、スティンガー君が直る目算は、十分にあると言うことだよ」

 

 だがネプギアの表情は晴れない。

 かつてネプギアがホイルジャックたちの手を借りて創り出した人造トランスフォーマー、スティンガー。

 様々な事象を経て大破したスティンガーを、ネプギアは折を見て修復してきたが、最近は行き詰まり気味だった。

 

「今日はもう帰って、ゆっくり休みなさい。疲れていると思考が鈍るよ」

「……はい。皆さん、ありがとうございました」

 

 力なく頷き、ネプギアは工具と端末を置いてラボを後にする。

 ホイルジャックはそれを見送ってから、フウと排気して横たわるスティンガーを見やる。

 

「ネプギア君も頑張っているんだ。もう少し待っていておくれ」

 

 その声には、孫と子を想う祖父のような、そんな優しさがあった。

 

   *  *  *

 

「ネプギア様!」

 

 教会に帰りついたネプギアに声をかける者がいた。

 それは、ここに務める女性職員の一人だった。

 

「ええと、何か?」

「はい! 実は、ネプギア様に元気を出してもらおうと思って贈り物を用意したんです!」

 

 女性職員は張り切って答えると、脇に抱えていた箱を差し出す。

 信用できる相手であることもあって、ネプギアは笑顔で受け取った。

 

「ありがとうございます! 開けても、いいですか?」

「はい、どうぞ!」

 

 さっそく箱のラッピングを解き、箱を開ける。

 すると、箱の中に入っていたのは、大振りな剣だった。

 全体的なシルエットは鋭い二等辺三角形であり、幅広肉厚ながらも透明感のある青く輝く刀身と金で飾られた柄が美しい。

 

「とある筋から手に入れました。『シェアブレイド』という剣です」

「シェアブレイド……、何んて綺麗。見ていると吸い込まれてしましそう……。それに何だか、気分が良くなってきたような……」

 

 ジッと剣を見つめるネプギア。

 この剣を持っていると、何だか自信が湧いてくる気がする。

 

「ありがとうございます! この剣、さっそく使わせてもらいますね!」

「いえいえ、……その剣、大切にしてくださいね」

 

  *  *  *

 

 ネプギアと別れた女性職員は、人気のない場所に入った。

 その姿が歪み、別の人間へと変わる。

 

 トンガリ帽子と黒衣、尖った耳と薄紫の肌を持った女性、マジェコンヌへと。

 

「そうとも、大切にしてくれよ。……女神候補生よ。精々踊って見せろ」

 

 マジェコンヌは、ニィッと口元を歪めると、悠然と歩き去っていった。

 

  *  *  *

 

 数日後。

 ルウィーの山中にある、すでに閉鎖されて久しい炭鉱の麓に広がるゴーストタウンに、ネプテューヌとネプギア、アイエフとコンパ、そしてそれぞれのパートナーであるオートボットが立っていた。

 ルウィー組は他に用事があるので残念ながら不参加だ。

 

 先頭に立つオプティマスが、今回の目的を説明する。

 

「この鉱山は閉鎖されて久しいが、たまに観光客がやってくる。しかし先日、観光客が最奥で氷漬けのモンスターを発見したそうだ。我々の目的は、そのモンスターの調査と、危険なようなら退治だ」

「まあ王道だね。最近はディセプティコンとの戦いばっかりだし、たまにはこういうのもいいっしょ!」

「モンスター退治とかの仕事は普通にあるんだけどね……。ネプ子がやらないだけで」

 

 張り切るネプテューヌに、アイエフがツッコミを入れる。

 

「でも、何だか懐かしいですね。わたしと、あいちゃんと、ねぷねぷと、ぎあちゃんと。少し昔は、この四人でお仕事したりしていたものですぅ」

「ええ。思えば、プラネテューヌの面々だけで行動するのって、久し振りですね」

 

 いつものやり取りに苦笑混じりながら笑い合うコンパとネプギア。

 正確には、この四人だけでなくオートボットたちもいるのだが、彼女たちにとって彼らは、もう身内である。

 それを聞いて、オプティマスはフムと頷いた。

 

「では、今回は少し掛け声を変えてみよう。……プラネテューヌ、出動(ロールアウト)!」

 

  *  *  *

 

 一同は坑道を進む。

 女神二人と人間二人はともかく、オートボットたちは比較的小柄なバンブルビーとアーシーを除く二人は、少し窮屈そうだ。

 

「でてこないね~、モンスター」

「もうすぐ、そのモンスターが出たという空間だ。気を引き締めていこう」

 

 歩きながら退屈そうにぼやくネプテューヌを、隣を歩くオプティマスが諭す。

 

 やがて一同は、広大な空間に行き当たった。

 その奥には、巨大な氷塊が鎮座していた。

 氷塊の中には、何か大きな影が見える。

 

「……これは、モンスターなんかじゃない! これはトランスフォーマーだ!」

 

 氷塊とその中の影をスキャンしたラチェットが、驚いた様子で報告する。

 オプティマスも驚いた様子だが、冷静に考察する。

 

「ダイノボットの他にもゲイムギョウ界にトランスフォーマーがいたか……。この地層から見るに、おそらく数千年は凍り付いているようだな」

「問題は、このアイスマンが私たちの敵か味方かってことだけど……」

 

 アーシーの言葉にオプティマスが頷いた所で、突如地面が揺れ出した。

 空洞の壁が崩れ、そこから二連ドリルが特徴的なエイリアンドリルタンクが現れた。

 その後ろからは、灰銀の巨体もノッソリと現れ、オプティマスやネプテューヌの姿を見とめるやニヤリと笑った。

 

「おやおや、こんな所で会うとは奇遇だな、プラァァイム」

「メガトロン! 何をしに現れた」

「決まっている。そこの氷漬けを回収しに来たのよ」

 

 すぐさま、一同は武器を構える。

 メガトロンの後ろからはスタースクリームとドレッズ、それにリンダとワレチューも現れた。

 

「言いたいことは分かるな」

「大人しく氷漬けのトランスフォーマーを置いて去れ、とでも言いたいのだろうが、答えは決まっている。……お断りだ!」

「惜しいな。置いていくのはそいつだけではなく、貴様たちの命もだ! ディセプティコン軍団、攻撃(アタック)!」

「みんな! 迎え撃つぞ!」

 

 両陣営は、近接武器を展開して衝突する。

 この場所で銃火器を使うと、坑道が崩れる可能性があるからだ。

 メガトロンはデスロックピンサーを展開してオプティマスに斬りかかり、オプティマスはテメノスソードでそれを防ぐ。

 恐ろしい怪力で剣を振るうメガトロンだが、オプティマスのテメノスソードはそれでも傷一つ付かない。

 

「相変わらず頑丈な剣だな、オプティマス。だが、所詮貴様は剣の性能頼み! 腕は俺のほうが上だ!」

「負け犬の遠吠えは見苦しいぞ、メガトロン!」

 

 メガトロンの腹に蹴りを入れて距離を取ったオプティマスは、横薙ぎに剣を振るう。

 だがメガトロンは後ろに跳んでそれをかわすと、袈裟懸けに斬り返す。

 銃剣の切っ先が僅かにオプティマスの表面装甲にかするも、決定的なダメージには至らない。

 

「オプっち! 今助けるわ!」

「させるか!」

 

 女神化したネプテューヌは恋人を援護すべく飛び上がろうとするが、そこへ何者かが杖を振りかざし、鋭い攻撃を繰り出してきた。

 あの、ディセプティコンのエンブレムを模した仮面の女だ。

 

「あなたは……」

「また会ったわね。女神様」

 

 油断なく太刀を構えるネプテューヌに、仮面の女は杖に黒いオーラを纏わせながら低く笑う。

 

「オプティマスのオマケの小僧が! 俺様に勝てると思ってるのか!」

「『言ってろよ!』『万年二番手!』『メガトロン』『の付属品』『だろお前!』」

「テメエェェェェッ!!」

 

 スタースクリームは右手を丸鋸に変形させて飛びかかってくるが、バンブルビーはヒラリとかわして、拳を航空参謀の顔面に叩き込む。

 だがスタースクリームは効いている様子もなく、逆に殴り返される。

 

「お医者様に女の子ちゃんの相手とは、ついてないYO!」

「本気で言ってるのかね、それは?」

「貴様らを相手に手を抜くワケがない」

「相変わらず、躾けのなってないワンちゃんね! おしおきよ!」

「ガウガウ!」

 

 ラチェットは、左右から挟撃してくるクランクケースとクロウバーを軽々といなし、アーシーは飛びかかってくるハチェットを軽やかにかわす。

 

「それで、アンタたちの相手は私たちってワケね」

「へへへ、今日こそテメエらに一泡吹かせてやるぜ!」

 

 上段から振るわれるアイエフのカタールを鉄パイプで受け止めるリンダ。

 

「ネズミさん……やっぱり、いい人にはなってくれないですか?」

「コンパちゃん……これも乗りかかった船っちゅ……それに、あんな連中でも、長いこといっしょにいると情も移るっちゅ。今更、裏切れないっちゅよ」

 

 コンパの前に立つワレチューは大きく息を吐く。

 もはや、引き返せないほどに自分はディセプティコンに関わり過ぎた。

 

「お姉ちゃん! みなさん! 今助けに……」

 

 姉や仲間に加勢しようとするネプギアだったが、その前にドリルタンクが立ちはだかった。

 

「お前の相手は、私だ」

「あなたは……」

「私はトゥーヘッド。科学参謀ショックウェーブが配下、科学兵トゥーヘッドだ」

 

 ドリルタンクは粒子状に分解すると、双頭の人型へと自身を再構成する。

 それを見て、ネプギアは驚きに目を見開いた。

 

「人造トランスフォーマー……スティンガーの技術を流用したんだ!」

「その通り。我がマスター、ショックウェーブの知性と閃きが、私を生み出したのだ」

「…………」

 

 胸を張るトゥーヘッドに、ネプギアの目つきが鋭くなっていく。

 我が子と思うスティンガーの身体を調べて得たのだろう技術の結晶を見て、ネプギアの中から黒い感情が込み上げてくる。

 

 その手に持ったシェアブレイドが、ネプギアの思いに答えるように輝きを増していった。

 

「はあああ!」

 

 ネプギアの斬撃を両腕のブレードを交差させて受け止めたトゥーヘッドは、そのままネプギアを押し返していく。

 

「いかな女神の膂力とて、トランスフォーマーには敵うまい! このまま斬り捨ててくれる!」

 

 ネプギアは胸の内に黒い物が沸きあがってくるのを感じていた。

 

 トゥーヘッドに技術を流用……いや盗まれたスティンガー。

 

 バンブルビーと兄弟のように競争していたスティンガー。

 

 ネプギアを母と慕っていたスティンガー。

 

 ……ショックウェーブに、無残に破壊されたスティンガー。

 

 スティンガーは未だ眠り続けているのに、ショックウェーブが作ったトゥーヘッドは、こうして平気な顔で動き回っている。

 

 ネプギアの中の黒い感情はどんどんと強くなっていく。

 それにつれてシェアブレイドは輝きを増し、刀身の色が清浄な青から、禍々しい暗い紫へと変わっていく。

 

「はああああああ!!」

「な、何だと!?」

 

 裂帛の気合いと共にトゥーヘッドの両腕のブレードを砕き、その体に斬りかかる。

 

「ぐ、おおおおッ!?」

 

 大きく胴体を斬られたトゥーヘッドは、エネルゴンを流しながら倒れる。

 ネプギアは、その胴体の上に乗ると、剣を逆手に持って傷口に突き刺す。

 

「グ!?」

「はあ、はあ……」

 

 ――コロセ。

 

 声が、聞こえる。

 ネプギア自身の声のようでも、スティンガーの声のようでもあった。

 

「…………」

「があああ!?」

 

 ――……ヲ、コロセ。

 

 トゥーヘッドの傷口をグリグリと抉るネプギア。

 声は段々と大きくなってくる。

 同時に、ネプギアの精神奥深くまで浸透してくるかのようだ。

 

「ククク、そろそろ頃合いか。オプティマス、ここからが見物だぞ」

「何!? それはどういうことだ!」

 

 メガトロンはオプティマスと鍔迫り合いをしながらニヤリと笑う。

 一方のネプテューヌは一端、仮面の女と距離を取って妹の傍に降り立つ。

 

「ネプギア! そっちは大丈夫?」

 

 ――……コロセ。

 

「……ネプギア? どうかしたの?」

 

 ――……ヲ、コロセ。

 

「ねえ、本当に大丈夫?」

 

 ――女神ヲ、コロセ!

 

「女神を、殺す……」

「え?」

 

 瞬間、ネプギアの顔から一切の表情が消え、当然とばかりにネプテューヌに向かって斬りつけた。

 

 完全な不意打ちだった。

 

 誰が、最愛の妹が何の前触れもなく剣を向けてくるなどと考えられるだろうか?

 

 間一髪よけることができたものの、剣先はネプテューヌのプロセッサの肩の部分を切り裂き僅かに肌に傷をつけていた。

 

「ネ、ネプギア!? 何をするの?」

「女神を殺す……女神を殺す……」

 

 戸惑うネプテューヌに向かってネプギアは、ゆっくりと歩いていく。

 その目から光が消えていた。

 

「ネプギア!? アンタ、何やってるのよ!」

「ぎあちゃん、どうしちゃったですか!?」

「ギ…ア…!?」

「ちょっと、洒落にならないわよ!」

 

 アイエフとコンパ、バンブルビーとアーシーが血相を変えるが、それぞれの敵に阻まれてネプギアに近づくことができない。

 

「ネプテューヌ! ネプギア!」

「おっと、今回は主役に花を譲ってやれ」

 

 オプティマスがネプテューヌを助けようとするが、当然メガトロンが立ちふさがる。

 

「女神を殺す……女神を殺す……」

 シェアブレイドからは紫のオーラが立ち昇り、ネプギアの美しくも虚ろな表情の顔を不気味に照らす。

 

「ネプギア! お願い、目を覚まして!!」

 

 ネプテューヌは必至に呼びかける。

 すると、ネプギアの瞳が揺れだした。

 

「女神を……お、お姉ちゃん……私、なにを……」

 

 ――女神ヲ、コロセ。

 

「い、いや……」

 

 ――女神ヲ、コロセ。コロスノダ。

 

「そんなこと、できない!」

 

 ――コロセェエエエ!!

 

「いやああああああ!!」

 

 ネプギアは絶叫を上げて、洞窟の天井に向かって飛び立つ。

 そのまま剣を天井に向けて振るうと、莫大なエネルギーがドリルのように渦を巻き、岩盤を凄まじいスピードで掘削していく。

 

 ネプテューヌが止める間もなく、ネプギアは土と石の向こうへ消えた。

 

「ネプギア! ……っう!?」

 

 すぐさま追おうとするネプテューヌだが、突然、肩の傷に激痛が走った。

 痛みが全身に広がる代わりに、全ての力が抜けていく。まるで、生命を吸い取られてしまったかのように。

 

「メガトロォォン……! これは貴様の企みだな!!」

「いいや違う。事実はもう少し複雑だ」

 

 怒りを漲らせて吼えるオプティマスだが、メガトロンは冷笑し、仮面の女とリンダに目配せをした。

 二人は、頷くと懐から手榴弾のような物を取り出し、空中に向かって放る。

 

「……では、今日はこれで失礼させてもらおう。予定が詰まっているのでな」

 

 言うや、メガトロンは腕に大怪力を込めてオプティマスを弾き飛ばす。

 同時に手榴弾が爆発し、煙が空洞内に充満した。

 

「クッ……! 待て、メガトロン!!」

「ククク、俺に構っている暇はあるまい。大切な恋人に駆け寄って抱擁してやらなくていいのか?」

「ッ!」

 

 煙が晴れると、そこにはディセプティコンの姿はなかった。……ネプギアに痛めつけられたトゥーヘッドを除いて。

 

 残されたのは、混乱するアイエフとコンパ。

 

 冷静に辺りをうかがうラチェット。

 

 取り残されたトゥーヘッドにエナジーアローを突きつけているアーシー。

 

 茫然と天井を見上げるバンブルビー。

 

 変わらず氷漬けの謎のトランスフォーマー。

 

 そして……。

 

「ネプテューヌ!!」

 

 倒れ伏して、ピクリとも動かないネプテューヌだった。

 

  *  *  *

 

 ゲイムギョウ界のどこか。

 ネプギアは、ワケも分からず空を飛び回っていた。

 

 何であんなことをしてしまったか、分からない。

 

 剣からの声を聞いていると、他のことが考えられなくなる。

 

 もはや、ネプギアの頭の中は真っ白になっていた。

 

 やがて、飛び疲れて何処ともつかない場所に降り立った。

 そこにはトラックと十数人の人間が集まっていた。

 

 その中でも一際目立つのが、顔のない仮面の男と、魔女のような女性だ。ハイドラヘッドとマジェコンヌである。

 

 地面に降りたネプギアを、数人の男が取り囲む。

 

 虚ろな表情のまま、抵抗もせずに引きずられていくネプギアを見て、マジェコンヌは鼻を鳴らす。

 

「ふん! どうやら、上手くいったようだな」

「これも貴女のおかげですよ。貴女の作った例の粒子は、思っていた以上に使える」

 

 ハイドラヘッドは、仮面の下からくぐもった笑いを漏らす。

 かつて、マジェコンヌは生物の精神に働きかけ、願望を増幅する粒子を開発した。

 今回はそれを改良し、生き物に強力な暗示をかける方法を編み出したのだ。

 

「女神殺しの武器は、女神の手にあってこそ真価を発揮する……そして今、その両方が手の内にある。……素晴らしい」

 

 笑いが止まらないといった風情のハイドラヘッドだが、マジェコンヌは冷めた表情だ。

 

「それで? これからどうするのだ?」

「もちろん、もう一手打たせてもらう。……その一手で、人造トランスフォーマー計画はさらに大きく前進するだろう」

「そう上手くいくかな?」

「無論、上手くいく。……そのための駒も用意した」

 

 ハイドラヘッドの傍に、どこからか走って来た大型のトラックが停車した。

 赤と青のファイヤーパターンが特徴的なトラックだ。

 

「これで我々は対等だ。オプティマス・プライム。これでやっと君と戦争ができる。」

 

 心から楽しそうにハイドラヘッドは笑う。

 しかし、マジェコンヌは冷たい表情を変えない。

 

「そうそう、言い忘れていた。……あの粒子でかけられる暗示は、精々ここに来させる程度、女神……それも実の姉を攻撃するなんて暗示はかけられないはずだ」

「……なに?」

 

 ハイドラヘッドは怪訝そうな雰囲気になり、マジェコンヌはここで初めて口角を吊り上げた。

 

「当たり前だろう? あの粒子は所詮、願望を強める程度の効果しかない。それをいくら弄り回したところで、最愛の姉を傷つけさせるなどできるワケがない」

「……どういうことだ?」

「さあな。案外、本当にゲハバーンの呪いじゃないのか?」

 

 その言葉を聞いて、ハイドラヘッドはせせら笑った。

 

「有り得ない。怨念などに力があるワケなどないだろう? まあ、これからゆっくり、真相を究明するさ」

 

 余裕綽々といった態度で、ハイドラヘッドは歩いていく。

 その後ろを歩きながらマジェコンヌは、聞こえないように口の中で呟いた。

 

「……やはり、坊やだな」

 

  *  *  *

 

 夕焼けの洋上をディセプティコンの空中戦艦が、秘密基地に向かって航行していた。

 メガトロンは戦艦の舳先に仁王立ちして、海を眺めていた。

 その後ろに控える、仮面の女……レイは、控えめに声を発した。

 

「……だいたい、予定の通りにいきましたね」

 

 チラリと振り返ったメガトロンの顔には、自信に満ちた、それでいて残酷な笑みが浮かんでいた。

 

 出撃したのに得た物はなく、トゥーヘッドが捕らえられたにも関わらずである。

 

「ああ。今のところ、状況は俺の思う通りに進んでおる。……トゥーヘッドは囚われたことも含めてな」

「……それは分かっていますが、トゥーヘッドさんを犠牲にするようなやり方は……」

 

 やや厳しい声色になったレイに、メガトロンは面白そうに笑う。

 

「仕方ないな。ショックウェーブ、もう一度説明してやれ」

『はい、我が君。ミス・レイ、これはトゥーヘッドも納得ずくの作戦だ。彼も偉大なるメガトロン様に仕える身、この程度のことは覚悟している』

 

 メガトロンが呼びかけると、いずこからかメガトロンとレイの通信装置に接続した科学参謀が無感情な声で答えた。

 

『加えて、トゥーヘッドには改良した緊急脱出システムを搭載済みだ。……それでもと言う時は私が救出に行く』

「と、いうワケだ。さてと……サウンドウェーブ、報告せよ」

 

 話は打ち切りとばかりに、メガトロンはいずこかに潜む情報参謀に通信を飛ばす。

 

『ハイ、メガトロン様。今ノトコロ、『蛇』ノ動キハ、想定通リ。『仕込ミ』ハ、約60%マデ達成。『上』ノ買収ハ、程ナク完了スル』

「結構。お前たちは、そのまま計画を遂行せよ」

 

 通信を切ったメガトロンは右腕のデスロックピンサーを展開して、夕日にかざす。

 デスロックピンサーは、あちこちが刃こぼれして刀身にヒビが入っていた。

 

「……消耗が早いですね。この前、交換したばかりなのに」

 

 実直な感想を漏らしたレイに、メガトロンは少し難しい顔になる。

 

「そうだな。やはり、この武器ではオプティマスの剣に劣るのは否めん。……そろそろ、新しい武器が欲しいな」

 

 現状は、ほぼメガトロンの思惑の内だ。

 彼を悩ませることと言えば、手持ちの武器のことくらいだった。

 

 




そんなワケで、ネプテューヌファンのトラウマ、ゲハバーン登場。

今回の解説

ゲハバーン
ネプテューヌmk2より。
女神を殺せば殺すほど強くなっていく、何を考えて作ったのか分からない剣。
みんなのトラウマ。

シェアブレイド
ネプテューヌre birth2より。
色々あって壊れたゲハバーンを修理……っていうか原型をとどめぬほど魔改造した剣。
ここでは、ゲハバーンを普通の剣に偽装した剣として登場。

氷漬けのトランスフォーマー
詳細は、いずれ。
シチュエーションのモチーフはFF6。
……センチネルじゃありませんよ。

赤と青のファイヤーパターンのトラック
詳細は、次回以降で。

次は、なるべく早く更新できるように努力します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話 女神殺しの魔剣 part2

副題『暗躍する者たち』

会話ばっかりの回です。


 ディセプティコンとの戦いの最中、突如暴走したネプギア。

 彼女は最愛の姉であるネプテューヌを傷つけ、いずこかへと姿を消した。

 そして……。

 

  *  *  *

 

 オートボット基地、司令室。

 司令室のモニターには、オートボット各員の顔、特殊な電磁波で拘束されたトゥーヘッド、そして自室のベッドに寝かされたネプテューヌと、彼女を看病するコンパが映し出されていた。

 

「ゲハバーン?」

 

 オプティマスの声に教会から通信してきているイストワールは頷く。

 

『はい、ゲハバーンは女神殺しと言われる伝説の魔剣です。古代の女神の怨念が宿っているとも、悪に堕した女神に迫害された人々の無念がこもっているとも言われ、その剣で命を奪われた者は魂を剣に喰らわれると言われています』

「以前やったゲームにも出ていたアレか。実在していたとは……」

『私も、おとぎ話の類かと思っていました。しかし、過去の記録を調べてみたところ、あの剣はゲハバーンで間違いなさそうです』

 

 イストワールの言葉にオプティマスは元から難しい表情だったのが、さらに険しくなる。

 オプティマスの隣に立つラチェットは、イストワールに継いで報告を始めた。

 

「その魂を喰らうという伝説と関係があるのかは分からないが、ネプテューヌ君の体内に存在するシェアエナジーが、ほとんど消失している。それこそ、急に倒れてしまうほどに。今はシェアが供給され、回復に向かっている」

 

 ラチェットは淡々と続ける。

 今は感情的になる時ではない。

 

「それと、ネプテューヌ君の傷口から微量のダークマターが検出された。……それも信じがたいほど高濃度の。恐らく、あの剣に付着していたのだろう」

 

 暗黒物質(ダークマター)とは、未知のエネルギー物質であり極めて貴重な鉱石で、ほとんど分かっていることはない。

 メガトロンがエネルギー源にしていると言う話もあるが、詳しいことは不明だ。

 

「……分かった。では次にネプギアの行方だが……」

 

 オプティマスの声に応えて、ラチェットの後ろに控えていたアーシーが一歩前に出た。

 

「目下、私とプラネテューヌ教会の諜報部が全力を挙げて捜索しているけど、未だ見つかっていないわ。……どこに消えたのか、皆目見当もつかない」

「……引き続き捜索を頼む。ジャズ、氷結したトランスフォーマーの回収はどうだ?」

『何せ、地下の奥深くだからな。回収には骨が折れそうだ』

 

 画面の向こうのジャズの答えに、オプティマスはもう一度頷いた。

 

「引き続き頼む。それとホイルジャック、例のディセプティコンの様子はどうだ?」

『大人しくしてますよ。軽く調べてみましたが、粒子変形こそこちらの技術の流用だが、他はあちこちアレンジされてて、いやはや、やはりショックウェーブは天才だね』

 

 トゥーヘッドを調べているホイルジャックの報告を受けて、オプティマスは厳かに支持を出す。

 

「作戦を遂行中の皆も、各国の皆も、警戒を怠らないようにしてくれ。メガトロンは、この期に必ず行動を起こすはずだ。……私もこれから、ネプギアの捜索に加わる。以上だ」

『待った! オプティマスはネプテューヌといっしょにいてやれよ』

『そうだな。こんな時は、恋人の傍にいてやれ』

 

 ジャズとアイアンハイドが口々に言うが、オプティマスは首を横に振る。

 

「いや、こんな時こそ私は陣頭指揮を取る。……ネプテューヌのためにも。以上、通信終わり」

 

 それだけ言って、オプティマスは通信を切る。

 ネプテューヌの傍にいたいのはやまやまだが、オートボットの総司令官として、すべきことは多くある。

 

  *  *  *

 

 「ふ~む、ま~た抱え込んでるねえ……」

 

 通信を終えたホイルジャックは、悪癖が出た総司令官に排気しつつ振り向く。

 

 ラボの中央ではトゥーヘッドが逃げられないように粒子変形を封じる特殊な電磁波を発生させる装置に乗せられて拘束されており、その前にプルルートが座り込んでいた。

 

「プルルート君、君はネプギア君を探しに行かなくていいのかね?」

 

 ホイルジャックがたずねると、プルルートは顔だけそちらに向けて答えた。

 

「ギアちゃんは~、ビーたちが探してるから~、きっと大丈夫~。あたしは~ここでショッ君を待つよ~」

「ショックウェーブを?」

「うん~。トゥー君は~、ショッ君のトモダチだから~、きっと助けに来ると思うんだ~」

 

 ノンビリとしたプルルートの言に、ホイルジャックは首を捻る。

 あのショックウェーブが、仲間を助けに来るだろうか?

 ホイルジャックの疑問を察したのか、プルルートはらしくもない神妙な顔で続ける。

 

「来るよ~、きっと来る~。……もしこないなら~、何か理由があるんだと思う~」

 

 プルルートの言葉に、ホイルジャックは顎を撫でて考え込む。

 確かに、トゥーヘッドはディセプティコンにとっても漏洩したくない技術の塊。

 それを何の手も打たずに放置しておくとは、考えにくい。

 オプティマスに相談しようにも、彼は作戦行動中だ。

 

「……仕方がない。警戒レベルをさらに上げるか」

 

 ホイルジャックは手元の機械を操作して、電磁波を発生させている機械ごとトゥーヘッドを移動させる。

 その後ろをプルルートがトコトコと付いてきた。

 

「トゥー君を、どこへ連れてくの~?」

「スティンガーの安置されている区画だよ。あそこは警備が厳重だからね……」

 

 廊下を渡り、大きく重い扉を開けると、広い部屋の中にバンブルビーのデータを基に作り出された人造トランスフォーマー、スティンガーが横たえられていた。

 ホイルジャックはスティンガーから少し離れた場所に、装置ごとトゥーヘッドを置く。

 

「さあ、外へ出よう。ここは私しか開けることができないから、安心だよ」

「……うん」

 

 少し考えた末、プルルートは納得して部屋の外に出る。

 

 

 

 

 ……しばらくして、捕らえられてから今まで、一切の動きを見せなかったトゥーヘッドの目に光が灯る。

 

「…………」

 

 トゥーヘッドは二つの頭に一つずつある目で、隣に置かれたスティンガーを不思議そうに見ていた。

 

「これが、私の技術の基になった人造トランスフォーマーの第一号か……」

 

 ふと呟くトゥーヘッド。

 自身はあくまでもマスターたるショックウェーブの作品であるが、大本となった存在には興味があった。

 

「試してみるか……」

 

 少しだけ精神を統一し、手の先から機械触手を伸ばす。

 これは精密作業などに使用するマニピュレーターで、粒子変形によるものではなく、トゥーヘッドに通常の変形に近い方法で展開している。よって、電磁波に阻害されることはない。

 機械触手は、スティンガーの頭部まで伸びていくと、後頭部にあるソケットに接続される。

 

「思った通り、規格は同じだな……ついでだ。コイツについて、もう少し情報を収集していこう」

 

 真新しい情報があるとも思えないが、せっかく機会が来たのだ。土産は、多い方がいい。

 ほとんど機能していない電脳を探り、さらに全身のデータを吸い取っていく。

 

 ――君は誰ですか?

 

「……何?」

 

 声が聞こえた。

 この場にはトゥーヘッドと機能停止したスティンガーしかおらず、通信も開いていない。

 と、すると……。

 

「……お前か」

 

 ――はい、スティンガーは久し振りの話し相手に若干興奮しています。……繰り返します、君は誰ですか?

 

「……私はトゥーヘッド。ドリラー、あるいは実験体46号と呼ばれたこともある。お前の……同類だ」

 

 ――トゥーヘッドは、人造トランスフォーマーなんですね。製作者は誰ですか?

 

「……ディセプティコン科学参謀、ショックウェーブ。お前に使われている技術を基に作られたのが、私だ」

 

 ――そうですか……。

 

「マスター……ショックウェーブが憎いか?」

 

 ――……正直、よく分かりません。スティンガーの思考は、憎悪を正しく理解していません。ショックウェーブはスティンガーの精神を改造し肉体を破壊しましたが、(スパーク)を殺すことはできませんでしたし、スティンガーはディセプティコンと戦うことを使命として製作されましたが、そこに憎悪はありません。

 

「……私にも、憎しみと言う感情はよく分からない。データとして入力されてはいるが、実体験を伴っていないからな。そんな私たちが、憎悪だ何だ語ったところで、滑稽なだけだろう?」

 

 ――肯定します。……でも、分かることはあります。

 

「それは何だ?」

 

 ――愛です。私を作ってくれたヒトたちが注いでくれた愛情。私を兄弟と、仲間と呼んでくれたヒトの愛情、そして、スティンガーからのそのヒトたちへの愛です。

 

「……ああ、それなら私にも分かる。私もマスターのことが好きだからな」

 

 ――似た物同士ですね。私たち。

 

「かもな。オートボットとディセプティコンであることを除けばな」

 

 ――その区分も、実体験を持たないスティンガーにはよく分かりません。スティンガーはずっと闇の中で一人でした。だからずっと考えていたんです。オートボットとディセプティコンの戦争は果たして意味があるのかと……答えは出ませんでしたが。

 

「……難しいことを考えるんだな、お前」

 

 ――スティンガーを作ってくれたヒトたちはスティンガーに思考する自由をくれました。私たちは愛するヒトのために何ができるか思考することができます。これは何よりの贈り物だと思います。

 

「…………」

 

 ――トゥーヘッド、一つお願いがあります。……あなたは、これからどこかへ移動するのでしょう?

 

「何故分かる? ……愚問か。こうして接続しているのだから、お互いの思考がある程度読めるのも当たり前だ」

 

 ――はい。……トゥーヘッド、スティンガーを連れて行ってください。ネプギアの下へと。

 

「お前は、私が何をしようとしているか分かっているはず。……それでもか?」

 

 ――それでもです。……感じるんです。ネプギアは今、とても辛く悲しんでいる。だから、スティンガーはネプギアたちを助けたい。……例え、それが微力だとしても。

 

  *  *  *

 

 森の中に存在するオートボット基地の入り口は、その前身である地下倉庫の入り口がそのまま使われている。

 しかし、施設自体の価値が上がるにつれ、様々な警備が後付された。

 普段はゲートが閉じ、周囲には最低二人の警備兵が見張っている。

 

 その入り口の前に市街地から続く道から一台のトレーラートラックが走って来た。

 赤と青の鮮やかなファイヤーパターンが特徴的な大型のトラックだ。

 ゲート前で停まったトラックに、警備兵の一人が訝しげに声をかける。

 

「オプティマス? どうしたんです、みんなといっしょにネプギア様を探しに行かれたのでは……」

「……ああ、少しな。すまないが緊急なのだ。通してくれ」

「え? ああ、はい」

 

 言われて警備兵はゲートを開ける。

 

 オートボットの総司令官を疑う道理はない。

 

 ゲートを潜ったオプティマスは地下駐車場から基地の中に入る前にロボットモードに変形する。

 その変形は嫌にゆっくりとしていて、体のあちこちから火花が散りギィギィと音がする、ぎこちないものだった。

 ともあれロボットへと変じたオプティマスは、壁に掛けられた見取り図をジッと眺めてから基地の奥へと入っていった。

 

  *  *  *

 

「ふ~む、これほどの濃度と純度のダークマターは見たことがない。……本当に剣に付着していただけなのだろうか?」

 

 自分のラボで、ホイルジャックはトランスフォーマーサイズの巨大顕微鏡でネプテューヌの傷口から摘出されたダークマターを調べていた。

 ダークマターはオートボットの科学技術を持ってしても分からないことだらけの物質だ。

 ディセプティコン側には、ダークマターの扱い方が秘術めいて伝えられているとも言われるが、真偽は不明である。

 

「う~む……」

 

 腕を組んで唸るホイルジャック。

 

「……そしたら~、お腹の中にグリグリ~って~」

「いいなそれ。今度の武器でやってみるか!」

「それでね~、頭がバリバリ~って感じにね~」

「おお! いやお嬢ちゃん、センスあるぜ! 俺らの仲間になんねえか?」

「う~ん、どうしよ~?」

 

 一方、プルルートはロードバスターやレッドフットと意気投合していた。……かなり、物騒な感じに。

 トップスピンも、プルルートの言葉にウンウンと頷いている。

 

 ある意味、ここにいる全員が実にマイペースであった。

 

 急に扉が開き、誰かがラボの中に入ってきた。

 

 赤と青のファイヤーパターンも鮮やかな、神話の英雄を思わせる勇壮なオートボット、オプティマス・プライムだ。

 

 突然現れた総司令官に、ホイルジャックとレッカーズは面食らう。

 

「オプティマス? どうしたんですかな、いったい? ネプギア君は見つかったんですか?」

 

 代表してホイルジャックが問うと、オプティマスはいやにゆっくりと顔をホイルジャックの方に向けた。

 

「……ああ、ネプギアの捜索は、皆に任せてきた。その間に私は、すべきことがある」

「はあ……しかし、ちょうど良かった。収容しているトゥーヘッドの件ですが、プルルート君が言うには、ショックウェーブが救出に現れる可能性が高いと……」

「君はプロの兵士だろう? プロが素人の言うことを聞くのか?」

 

 冷たい調子で言葉をさえぎられ、ホイルジャックはオプティックを丸くする。

 それに構わず、オプティマスは言葉を続けた。

 

「……しかし、確かにここでは敵に人造トランスフォーマーが取り返される危険がある。よって、他の場所に移送する」

「で、どこに移すってんだ? ここ以上に安全な場所なんてあるのか?」

「……答える必要はない」

 

 当然の疑問を呈するロードバスターに、オプティマスはそっけなく答えた。

 訝しげな顔になる一同を見回し、オプティマスは冷たい声で言い放つ。

 

「……これは命令だ。速やかに人造トランスフォーマーを別の場所に移す」

「なんか~、今日のオプっち、感じ悪い~」

 

 プルルートはありったけの不満を込めた視線でオプティマスを射抜くが、オプティマスは意に介することなくさらに命令を下す。

 

「移送は私がするので、お前たちはそのまま待機していろ。質門は受け付けない。繰り返す、これは命令だ」

 

 ホイルジャックとレッカーズは渋面を作るが、命令と言われては従わないワケにはいかない。

 そしてプルルートは、不審そうにオプティマスを見上げるのだった。

 

  *  *  *

 

 プラネタワーの最上階、女神の寝室。

 自室のベッドで目を覚ましたネプテューヌが上体を起こした。

 

「う~ん……」

「ねぷねぷ! 起きたですか!?」

 

「コンパ……そうだ、わたしネプギアに……そうだ! ネプギアは!?」

 

 何があったかを思い出し、ネプテューヌは最愛の妹の行方を聞く。

 コンパはゆっくりと首を横に振った。

 

「それが……あの後どこに行ったか分からなくて……」

「そっか……、じゃあ探しに行かないと!」

 

 ネプテューヌはベッドから降りて立ち上がろうとするがふらついてしまい、コンパに支えられる。

 

「ねぷねぷ、まだ寝てなきゃダメですよ!」

「ネプ子が起きたの!?」

 

 と、部屋にアイエフとイストワールが入ってきた。

 

「ネプ子! アンタはまた無茶して……」

「ネプギアさんなら、オートボットのみなさんが探してくれていますから、ネプテューヌさんは休んでてください」

「あいちゃん、いーすん……」

 

 二人に諭されて、ネプテューヌはフッと微笑む。

 

「二人がわたしに『休んでて』なんて、なんかいつもとあべこべだね! いつもなら『仕事しなさい!』って怒るのに」

「まあ、こういう時くらいは……」

 

 あえて明るく振る舞っているのだろうネプテューヌに三人はいたたまれない。

 

「じゃあお言葉に甘えて、もう少し寝てるよ。いーすんやあいちゃんが優しいなんて、めったにないし。……それで少し寝たら、ネプギアを探しに行くね」

 

 ネプテューヌはベッドに横になる。

 

 イストワールはアイエフとコンパを伴って、部屋から出て行った。

 

 少しでも回復を早めるべく、目を瞑って眠りにつこうとするネプテューヌ。

 

 あの時のネプギアは、明らかに正気ではなく、とても苦しそうだった。

 早く助けてあげなければ……。

 

「愚かだな……」

 

 突然、声がした。

 機械的に変声された男の声。

 慌てて上体を起こして辺りを見回すと窓の傍に男が立っていた。

 青い軍服に身を包んだ、顔の無い仮面の男。

 

「ハイドラヘッド……!」

「そう、私だ」

「どうしてここに……、いやまあゲーム的にはよくある展開だけど」

「相変わらずだなお前は」

 

 ハイドラヘッドはゆっくりとベッドの傍まで歩いてくる。

 

「ところで、私の演出した出し物はどうだったかね? 名付けて『殺し合う女神』」

 

 その言葉を聞いて、ネプテューヌは事実を確信した。

 

「あなたが黒幕なんだね……!」

「ある意味ではな。……だがある意味では、この事件の黒幕はゲハバーンその物だ。剣が、そして剣に宿った人間の怨念が、女神の魂を喰らいたがっているのだよ」

 

 仮面の下からくぐもった笑いを漏らすハイドラヘッドに、ネプテューヌは顔を歪める。

 

「あなたは……!」

「……私はな、うんざりなんだよ。女神という存在に依存するゲイムギョウ界がな……!」

 

 ゾクリと、ネプテューヌの背筋に悪寒が走った。

 仮面の奥から感じる怒りと憎しみは、今までハイドラヘッドから感じた悪意よりも生々しく強烈だ。

 

 あの、メガトロンに組みする仮面の女のように。

 

「人間どもは女神に傅き、女神を崇めて生きてゆく……。だが実態はどうだ? 女神を生かすのは人間の持つ信仰心であり、それなくして女神は無力……あまりにも歪な関係だ。……まるで、お互いが奴隷であり主人であるかのように!!」

 

 凄まじい怒気を立ち昇らせるハイドラヘッドに、ネプテューヌは黙り込む。

 

「私はその歪さがどうにも気に食わない。だから私がゲイムギョウ界の頂点に立ち絶対者となることで、このシステムを破壊する。そうすることで、女神と信仰が、いかに無意味であるかを知らしめるのだ!!」

 

 高らかに宣言したハイドラヘッドは、ネプテューヌの顔を覗き込む。

 

「そしてお前の可愛い妹は、そのための武器だ。ゲハバーンは女神の魂……いや、シェアエナジーを吸い取り、その威力を上げていく。殺された相手だけではなく、振るう者のシェアもな」

 

 ハイドラヘッドの言葉に、ネプテューヌは顔を青くする。

 

 ――つまり、ネプギアのシェアもだんだんと剣に奪われているということか。そしてシェアを全て失えば、女神の命は……。

 

「気付いたようだな。そう、ゲハバーンはネプギアの生命をも蝕んでいる。やがて待つのは、死だ」

「そんなこと、させない!!」

 

 ベッドから跳び起き、ネプテューヌは刀を手元に召喚する。

 ハイドラヘッドは一歩下がるものの、気圧された様子もなく嘲笑を漏らす。

 

「お前に何ができる? ……まあいい、ネプギアの居場所を教えてやろう。プラネテューヌ市街地から北東の山奥にある遺跡だ。……そこで貴様は、さらなる絶望を見ることになる」

 

 瞬間、ハイドラヘッドは踵を返して部屋の外へ走り去る。

 ネプテューヌはすぐにそれを追った。

 

 だが、生活スペースにはすでにハイドラヘッドの姿はなかった。

 

「…………北東の遺跡」

 

 ネプテューヌは決意を込めて刀を握り締める。

 ハイドラヘッドが何故、わざわざ誘うようなことを言ったのかは分からない。

 それでも、ネプギアを助けることができるなら、行くしかない。

 部屋の中の通信端末を弄り、オプティマスを呼び出す。

 

「オプっち聞こえる? ……ネプギアの居場所が分かったよ」

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ教会から少し離れた路地裏。

 顔のない仮面の男。ハイドラヘッドが立っていた。

 彼はいかなる方法で教会に忍び込み、そしてまた抜け出したのか、それは分からない。

 

 だが確かなことは……彼、いや彼女はハイドラヘッドではなかったということだ。

 

 ハイドラヘッドの姿は歪み、別な人間へと変わる。

 

 黒衣とトンガリ帽子の魔女のような女性、マジェコンヌへと。

 

「ふっふっふ、女神にオートボット、ディセプティコン、それにハイドラ。最後に勝つのは誰になるかな?」

 

 マジェコンヌは不敵な笑みを浮かべ、闇の中へと消えていく。

 

 やがて路地を囲うビルの間から見える空を一羽の鳥が飛んで行った。

 

 その鳥は、金属の体を持っていた。

 




Q:バンブルビーどこ行った?

A:ネプギアを探して駈けずり回ってます。

そんなワケで、ハイドラ、マジェコンヌ、トゥーヘッドが各々の陰謀を進めるいう回でした。
三つ巴の大乱闘!みたいなのを期待してた方には、肩透かしかもしれません。

劇中でハイドラヘッド(偽)の言っていることは、マジェコンヌの考えと思っていただいて差支えありません。

上手くいけば、次回でゲハバーンの話は終わりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話 女神殺しの魔剣 part3

ゲハバーンの話は今回で終わるはずだったけど、まとめきれなかったよ……。

そんなワケで分割。


 ネプギアは真っ暗闇の中をひたすらに走っていた。

 

 自分が何処に向かっているのか、そもそも何処にいるのかも分からない。

 

 ひた走るネプギアの周囲に、いくつもの顔が浮かび上がる。

 

 大人、子供、老人、若者、男、女、痩せている者、太っている者……いずれも激しい憎悪と苦悶に満ちた表情を浮かべて同じ言葉を繰り返す。

 

 女神を殺せ。女神を殺せ。女神を殺せ。

 

「いや! そんなことできない!!」

 

 頭を抱えて絶叫するネプギアだが、顔たちは永延と呪詛を吐き続ける。

 

 女神の科した税のせいで、私の一家は飢え死にした……。

 女神の起こした戦のせいで、俺は殺された……。

 女神の定めた法のせいで、僕は処刑された……。

 

 女神のせいで、女神のせいで、女神のせいで……。

 

「やめて!」

 

 女神なんかいらない。女神なんか必要ない。女神なんか殺してしまえ。

 

 やがて闇に浮かんだ無数の顔は一つに融け合い、巨大な顔へと姿を変える。

 

 古代の仮面を思わせるその顔の表情は底なしの狂気に歪み、両眼は果てしない憎悪によって真っ赤に輝いていた。

 もし、ネプギアに僅かでも余裕があれば、この顔がディセプティコンのエンブレムに似ていることに気が付いたかもしれない。

 しかし、そんな余裕は欠片も無かった。

 その顔は、遥かな闇の彼方から轟くかのような、悍ましさを孕んだ声でネプギアに囁きかける。

 

 女神を殺すのだ……。それがこの剣を持つ者の宿命……。

 

 絶えることのない怨念はネプギアの精神を冒し、その隅々に至るまで浸透していく。

 

「め、女神を、殺す……」

 

 女神を殺せ、殺せ、殺せ……! 一人として残すことなく……!!

 

「女神を……殺す!」

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ山中の遺跡。

 かつて、トランスフォーマーの賞金稼ぎロックダウンの一味がアジトとして使っていたここを、ハイドラは再利用していた。

 

 銃を手にした兵士たちが警戒する入り口に、一台のトラックが近づいて来た。

 

 赤と青のファイヤーパターンのトレーラートラックで、大きなコンテナを牽引している。

 

 兵士たちの横を素通りして遺跡の中に入ったトラックは、やがて広間でコンテナを切り離し、全体をギシギシと軋ませながらオプティマス・プライムへと変形する。

 

「上手くいったようだな……」

 

 いつの間にかオプティマスの足元に、マジェコンヌが立っていた。

 オプティマスはぎこちなく首を動かしてマジェコンヌを見下ろすと、胸の装甲を展開し始めた。

 火花を散らしてパーツが寸断され、移動し、現れたオプティマス……のような何かの胸の内には無数のコードに繋がれて、顔の無い仮面の男が収まっていた。

 

 トランスフォーマーに有るべきスパークの代わりにハイドラヘッドがそこにいた。

 

「ははは! いやトランスフォーマーの視点というのは、面白い物だな!」

 

 笑いながら特殊なスーツからコードを切り離し、ハイドラヘッドは軽やかに地面に降りる。

 

「最高だぞ、このネメシス・プライムは!」

「お気に召したようで、何より」

 

 はしゃぐハイドラヘッドに対し、マジェコンヌはそっけなく返す。

 

 このオプティマスを模したロボット、ネメシス・プライムは、マジェコンヌが持ち込んだデータを基に、遂に完成した人造トランスフォーマーの試作一号機である。

 頃合いを見計らってマジェコンヌの後ろから赤い髪に眼鏡の女、マルヴァが現れた。

 

「ヘッド。調整が終わりました。実戦に出すには、まだ少し時間がかかりますが、これであの女神候補生は我々の奴隷です。」

「よろしい。これで我々は大きな戦力を得たことになる。……そして、『これ』によって粒子変形の秘密を解き明かし、さらなる戦力を得る!」

 

 マルヴァの言葉を受け、ハイドラヘッドがパチリと指を鳴らすとコンテナが開く。

 中には、拘束された状態のままのトゥーヘッドが横たえられていた。

 マジェコンヌはトゥーヘッドの傍まで近づくと、その表面を撫でてから口角を吊り上げた。

 

「私の持っている人造トランスフォーマーのデータは粒子変形についての部分が不完全だったからな。これで、完全なデータが得られる」

 

 人造トランスフォーマーについて、マジェコンヌの持っていたデータは不完全な物だった。

 それだけではなく、ディセプティコンの本拠地や、詳しい目的などについても『知らない』とされている。

 

「そこなんだけど、何故、粒子変形に拘るの? 従来通りの変形ではダメなの?」

「普通の変形では並の科学者や技術者では再現し切れないほど複雑な上に、どうしても高コストになってしまう。粒子変形の方が簡単かつ安価で済むのさ。……量産にはその方が都合がいいだろう?」

 

 マルヴァの問いにマジェコンヌが噛んで含めるように説明すると、マルヴァも納得して頷く。

 

 その時、警報が鳴り響いた。

 

『緊急警報! 緊急警報! オートボット接近! 繰り返す、オートボット接近!』

「オートボットだと? 何故、ここが分かったんだ?」

 

 ハイドラヘッドは首を傾げるが答える者はいない。

 ……マジェコンヌが薄く嗤っていることに気付く者もまた。

 

「まあいい。マルヴァ、例の物はいつ発進できる?」

「今少し時間がかかるようです」

「仕方ないな、時間を稼ぐぞ! 私もコイツで出撃する!」

 

 矢継ぎ早に指示を出したハイドラヘッドは腕に着けた装置を操作して、背後で屈んでいるネメシス・プライムに信号を飛ばす。

 するとネメシス・プライムは手を伸ばしてハイドラヘッドを操縦席……便宜上そう呼ぶ……まで持ち上げる。

 操縦席に収まったハイドラヘッドのスーツにコードが接続され、これによりハイドラヘッドの思考と機体の動きをリンクさせる。

 立ち上がったネメシス・プライムの眼に光が灯った。

 

「ネメシス・プライム、行きまーす!」

「……なんだそれは?」

「いや、一度やってみたくてね!」

 

 ノリノリで出撃するハイドラヘッドに、マジェコンヌは冷ややかな視線を送るのだった。

 

  *  *  *

 

「おい、移動だ。被検体は安定しているか?」

「ああ、問題なく移動させられる」

 

 基地の一室で、ネプギアは椅子に座らされていた。

 手足は拘束され、頭部には周囲の機器とコードで接続されたヘルメットが被せられている。

 周囲では科学者と思しい白衣の人間たちが様々な機器を操作していた。

 ネプギアの隣には、ゲハバーンがガラス製のシリンダーに収められ、妖しく輝いていた。

 

 その輝きが、何かに反応するように強くなる。

 ネプギアは露出した口元をゆっくりと動かした。

 

「女神を……殺す」

 

  *  *  *

 

 遺跡の近くの道を、ビークルモードのオプティマス率いるオートボットが走り、その上をネプテューヌ、ベール、ユニ、ロム、ラムら女神たちが飛行していた。

 アイエフとコンパもそれぞれのパートナーに搭乗している。

 

「ネプギアの奴、敵に操られるなんて、一発喝を入れてやらないとね!」

「わたしたちでネプギアの目を覚まさせてあげましょう! ね、ロムちゃん!」

「うん、ラムちゃん! 頑張ろう!」

 

 気合いを入れる女神候補生たちにベールは遠くを見るような目で薄く微笑む。

 彼女たちは、ネプギアを心配して各国から駆け付けたのだ。

 

「頼もしいですわね。……それにしてもネプテューヌ、確かですの? この先にネプギアちゃんがいると言うのは」

「正直、分からないわ。……でも、ダメ元で行ってみるしかない」

 

 隣を飛ぶベールの問いに、ネプテューヌは前方を見据えて答える。

 罠だという可能性も捨て切れない。

 それでも、無視するという選択肢はなかった。

 

 やがて前方にピラミッド状の遺跡が見えてきた。

 その周辺に機械に無理やり手足を付けたような自動兵器と、パワードスーツのハイドラ兵が展開していて、中央にオプティマスのビークルモードに酷似したトレーラートラックがいた。

 

「フフフ、久し振りだねえオプティマス」

 

 ハイドラ基地側のトラックから声がしたかと思うと、ギシギシと軋みながらロボットへと変形する。

 

 その姿もまた、オプティマスと瓜二つだった。

 

 胸の装甲が開き、内部のハイドラヘッドが顔を見せる。

 

「ハイドラヘッド……!」

「どうかな、オプティマス? ……このネメシス・プライムは! 君をモデルに作った、人造トランスフォーマーだよ。これで我々は、対等と言うワケだ」

 

 ハイドラヘッドはくぐもった笑いをもらす。

 

「加えて、今はこちらにも女神と女神殺しが有る。これでいよいよ君と戦争ができる!」

「何よアンタ! そこまでして女神を殺したいワケ!?」

 

 親友を操られて怒り心頭のユニが声を張り上げる。

 ベールやロム、ラムも鋭い視線をハイドラヘッドに向けるが、本人は余裕を崩さない。

 

「もちろん、殺したいね。……君たちは感じたことはないかな? 女神という存在が、人間を縛り、その可能性を狭めていると! 女神が法を決め、規律を課し、世界を創る。それに人間が従う。だが女神の治める世界は……あえて言おう! 温いと!!」

「……温い?」

 

 理解できずオウム返しに聞くネプテューヌに、ハイドラヘッドは我が意を得たとばかりに大きく頷く。

 

「そうだ! 人間は本来、争う生き物だ! 傷つけ合い、殺し合う生き物だ! それこそが自然なのだ! だが女神は優しさを、慈愛を、友情を押し付け、平和と言う名の退廃に貶めた! 女神さえいなければ、人はもっと……強欲に、凶暴に、残酷になれる……女神を抹殺した時こそ、人間は真の自由を手に入れる! 人間の、人間による、人間のための世界が始まるのだ!!」

 

 堂々たる大演説。

 周囲のハイドラ兵たちが歓声を上げ、拳を突き上げる。

 異様な光景に表情を険しくする女神とオートボットだが、ネプテューヌだけは訝しげに首を傾げた。

 

 プラネタワーに現れた時と言っていることが違うし、あのゾッとするような悪意を感じない。

 まるで、上手いが感情のこもっていない芝居を見ているかのようだ。

 

 だが、今は気にしている暇はない。

 

「言いたいことはそれだけかしら? 生憎とあなたたちの思想に興味はないわ」

「…ギ…ア…『を返してもらう!!』」

 

 ネプテューヌの言葉を継いで、バンブルビーが吼える。

 ベールも長槍を構えて臨戦態勢を取る。

 

「あなた方だけで、わたくしたち全員を相手にするおつもりですの? それはいくらなんでも思い上がりが酷すぎるのでは?」

「もちろん、我々だけで全員を相手取るのは不可能だろう。……だから。もう一手打たせてもらう! ……来い、ロックダウン。仕事だ」

 

 ハイドラヘッドの言葉に答えるが如く、遺跡の上にポンチョを着込んだトランスフォーマーの賞金稼ぎと、その配下の傭兵、犬型金属生命体のスチールジョーの群れが現れる。

 

「オプティマス、相変わらず女神と仲良しゴッコのようだな……。ヤブ医者のラチェットと小娘どもにも、腕の礼をたっぷりとしてやる」

 

 ゴキリと首を鳴らし、ロックダウンは両腕を武器に変形させる。

 

「では、前置きはこれぐらいにしよう。これがゲームなら、イベントデモが長くてプレイヤーが飽きてるところだ。……攻撃開始!」

 

 ハイドラヘッドの号令に合わせ、ハイドラの兵器と傭兵たちが銃撃を始める。

 

「オートボット、攻撃(アタック)! ネプギアを取り返すぞ!」

『おおー!!』

 

 オートボットや女神、アイエフとコンパもオプティマスの号令の下、各々の武器を手に敵に突っ込んでいく。

 

 先行するのはやはりオートボットたちだ。金属製の頑丈な体で銃弾を受け止め、女神や人間たちを守る。

 女神たちは銃弾をかわし、あるいは障壁で防ぎながら天高く舞い上がる。

 

「シレットスピアー!」

「エクスマルチブラスター!」

『アイスコフィン!』

 

 地上の敵に、長槍の投擲が、光線が、氷塊が襲い掛かる。

 

 アイエフやコンパは、サイドスワイプの後ろに隠れながらも、的確に敵を狙い撃つ。

 

「ラチェット、いい加減に貴様との因縁も終わりにしてやる!」

「それはこちらの台詞だよ! 前回と同じくEMPで眠れ!」

 

 ロックダウンのフックをかわしてEMPブラスターを発射するラチェット。

 見事命中するが、ロックダウンの着込んだポンチョは、EMPを弾いてしまう。

 

「俺が二度も同じ手を食うと思ったのか? この外套は絶縁性だ!」

「の、ようだね。……では直接切り刻むとしよう!」

「はッ! 正義の味方の台詞じゃないな!」

 

 回転カッターとフックの応酬を繰り広げる二人。

 

 そしてオプティマス・プライムとネメシス・プライムは戦場の真ん中で対峙していた。

 

「轟く銃声と怒号。硝煙と炎の臭いでむせるようだ。……素晴らしい、これこそ戦争だ」

 

 ネメシス・プライムは両腕を大きく広げ、芝居がかった調子でオプティマスに話しかける。

 

「さてと、そっくりそのまま同じ外見なのもややこしいし、お色直しだ」

 

 言うやネメシス・プライムの表面が炎に包まれ、塗装を燃やし尽くす。

 そして、闇の中に浮かぶ鬼火を想起させる黒と薄青のファイヤーパターンと、ディセプティコンの物とよく似た赤いカメラレンズが特徴的な姿へと変わる。こうして会話している間にもバトルマスクを外さないこともあって、どこか幽鬼めいた印象を受ける。

 

「さあオプティマス、戦争をしよう!」

「……いいだろう。だがその前に一つ言っておくことがある」

 

 嬉しそうなネメシス・プライムに対し、オプティマスは怒気を立ち昇らせて低い声で返す。

 

「それは、貴様の悪趣味には、もうウンザリだと言うことだ!」

 

 瞬間、オプティマスは巨体からは想像もできないスピードでネメシス・プライムに向けて斬りかかる。

 ネメシス・プライムは両腕のエナジーブレードを起動して交差させ、それを受け止める。

 両者の力は全くの互角で、硬直状態に陥る。

 

「貴様のやっていることは、ただの猿真似だ! そのガラクタはトランスフォーマー足りえない!」

 

 いったん距離を取ったオプティマスは、レーザーライフルを抜き撃つ。

 狙い違わず命中……とはいかず、ネメシス・プライムの前面にバリアが張られ、光弾を防ぐ。

 

「どうかな? ネメシス・プライムには君より優れている点もある。……それは君たちが生きていくのに必要な機関を、全て武器に置き換えられる点だ!」

 

 ネメシス・プライムが肩や腹の装甲を展開する。

 両肩からキャノン砲、腹部にマイクロミサイルランチャー、腕には連発式ロケット砲、さらに脚部にパルスマシンガン。

 各種兵器が体内からニョキニョキと生えてきたかと思うと、それらが全てオプティマスに向けて発射される。

オプティマスは盾を構えて頭と胸を守りながら弾幕の中を直進して、ネメシス・プライムにタックルし、自らのまがい物を押し倒し、そのままマウントポジションで顔面を殴りつける。

 だがネメシス・プライムの頭部が四つに割れかと思うと、大経口のビーム砲が現れ、オプティマスに向かって発射される。

 

 ネメシス・プライムには、自分で考える頭脳さえ必要ないのだ。

 

 吹き飛ばされ倒れたオプティマスを見て、ハイドラヘッドは哄笑する。

 

「アーハハハ! どうだい、オプティマス! 人造トランスフォーマーも中々だろう?」

「……ふざけるな……!」

 

 ゆっくりと立ち上がったオプティマスは剣を正眼に構え、吼える。

 

「スパークの有るべき場所には貴様が収まり、思考するべき頭には武器が詰まっている……そんな物がトランスフォーマーであってたまるものか! オートボットもディセプティコンも、ネプギアの生み出したスティンガーも、自分の意思を持っていた! 『それ』のような、意思のない人形ではない!」

「……はッ! 意思が何だって言うんだ? 戦場で戦う兵士に意思なんか必要ないだろう?」

 

 吐き捨てるように言ったネメシス・プライムに、オプティマスは激しい怒りと……それから僅かな憐みを込めた視線を送る。

 

「意思も魂も持たないのなら、それはもう兵士でも、戦士でもない。……それは、単なる『兵器』だ」

「ッ……!」

 

 ネメシス・プライム、いやハイドラヘッドが動揺するような素振りを見せる。

 だが一瞬後には余裕を取戻し、嘲笑する。

 

「……そうそう、ネメシス・プライムには、もう一つ利点がある。唯一無二の存在である君と違って、数を用意できると言うことだ!!」

 

 いつの間にか、オプティマスとネメシス・プライムの周囲に五台のトレーラートラックが現れていた。

 

 黒と薄青のファイヤーパターンのトラックだ。

 

 それらが全て、ギィギィと軋み火花を散らしながらネメシス・プライムへと変形する。

 

 さすがにオプティックを見開くオプティマスだが、闘志は萎えない。

 

 ハイドラヘッドの乗る一号機の手振りに合わせて二号機と三号機がエナジーブレードを展開して左右からオプティマスに飛びかかる。

 オプティマスは二号機に向き合い、三号機に背を向ける。

 その隙を逃さず三号機が背中に斬りかかる。

 

「クロスコンビネーション!」

 

 次の瞬間、閃光のような速さで飛来したネプテューヌが三号機に連撃を浴びせる。

 たまらず後ろに跳びのいた三号機を捨て置き、ネプテューヌは二号機を蹴り飛ばしたオプティマスの傍に飛ぶ。

 

「こいつらは意思も魂もないお人形。……それに、もう一つ持っていない物があるわ」

「ああ、こいつらには……君がいない。それは無限大の差だ」

 

 背中合わせに笑み合う二人は、絆の証となる言葉を叫ぶ。

 

「行きましょうオプっち! この茶番に幕を引いてあげましょう!」

「ああ! 君と共になら、こんな木偶どもなど恐れるに足らん!」

 

『ユナイト!』

 

 ネプテューヌの身体が光に包まれ、四枚の前進翼を備えた未来的な戦闘機へと変ずる。

 戦闘機は幾つかのパーツに解れてオプティマスの体へと合体していく。

 

 機体後部とブースターはジェットパックとして背負い。

 

 機首は二つに割れてビーム砲『プラネティックキャノン』とビームガトリング『ヴァイオレットバルカン』として両腕に合体。

 

 余剰パーツが肩や下腿にアーマーとして装着。

 

 そして胸に合体したキャノピー部分が縦に割れ、オートボットのエンブレムと丸っこく象形化されたNの字が重なったマークが出現。

 

 これぞ、オプティマスとネプテューヌの絆の証、融合戦士ネプテューンパワー・オプティマス・プライムの勇姿である!

 

 ネメシス・プライムはオプティマスから感じる絶大なパワーにたじろぐが、やがて堪え切れずに叫ぶ。

 

「……何だそれは! オプティマス、君にはガッカリだ!! 君はもっと、純粋な戦士だと思っていたのに、戦場で愛だの絆だのに縋るとはな!! 」

「愛や絆は、揺るぎなく私の力の源だ!!」

『その通りよ。今までも、これからも、変わることなく!!』

 

 ハイドラヘッドの妄言を、オプティマスとネプテューヌはバッサリと斬り捨てる。

 

「ならば……ここで死にたまえ!! 全機、最大火力!!」

 

 一号機の指示に合わせて周囲のネメシス・プライム全機があらゆる火器を発射。

 砲弾が、ロケット弾が、ミサイルが、オプティマス目がけて殺到する。

 

 しかしオプティマスは全周囲に障壁を展開、初弾を凌ぎ、その隙にブースターを吹かして飛び上がるやビームキャノンとビームガトリングを掃射する。

 

 ネメシス・プライムたちはバリアを張って降り注ぐ光弾を防ぐが、次の瞬間急降下したオプティマスが六号機に砲身を突き刺すような勢いでプラネティックキャノンを突き付け発射。六号機は反応する暇もなく爆発四散した。

 

 振り向きざまに背中のジェットパックから多弾頭ミサイルを発射。二、三、四号機は飛び退いてかわしたが、六号機は間に合わずに爆炎の中に消える。

 

 さらに手の中に剣を召喚して残る四機の張る弾幕を突っ切り、四号機に大上段から斬りかかる。

 

 四号機はバリアを張って斬撃を防ごうとするが、テメノスソードは容易くバリアを切り裂き、四号機の脳天から股間まで両断する。

 

「……ッ! ここまで圧倒的とは……!」

 

 瞬く間にネメシス・プライムたちを倒していくオプティマスに、ハイドラヘッドは戦慄する。

 

「そろそろ負けを見とめたらどうだ!」

『あなたに勝ち目はないわ! 大人しくネプギアを返しなさい!』

 

 仁王立ちするオプティマスと、彼と一体化しているネプテューヌの言葉に、しかしハイドラヘッドは敗北を認めない。

 

「まだだ! ここからが……」

 

 その時、遺跡の上部で爆発が起こり、そこから飛び出した何かがオプティマスとネメシス・プライムの間に降り立つ。

 

 それは……。

 

『ネプギア!?』

 

 そう、女神化した状態のネプギアだ。

 だが、その手には禍々しく輝くゲハバーンがしっかりと握られていた。

 

「女神を……殺す!」

 

 ネプテューヌが話しかけるよりも早く、ネプギアはゲハバーンを振りかざしてオプティマスに向かっていく。

 

「くッ! やはり操られているのか!」

 

 オプティマスはゲハバーンをテメノスソードで受け止めるが、ネプギアは信じがたい斥力でオプティマスを押し始める。

 

「なんだ!? 誰が女神を出撃させた!?」

 

 一方で、ハイドラヘッドも突然の乱入者に困惑していた。

 基地内部に通信を飛ばし、ことと次第を確かめようとする。

 

「私だ! マルヴァ、いったいどうなっている!?」

『こちらマルヴァ。そ、それが、いきなり女神が拘束を破って飛び出していって……現在、女神はこちらのコントロールを受け付けていません!』

「なんだと……!? いったいどうなっている……?」

 

 そうしている間にもネプギアはオプティマスへの攻撃を緩めない。

 

「女神を殺す。女神を殺す……!」

 

 同じ言葉を繰り返しながら、何度も何度も剣を振り下ろす。

 

『オプっち! ネプギアの狙いは私みたい。いったん分離しましょう!』

「ネプテューヌ、しかし……」

『お願い、オプっち。ここは任せてちょうだい』

「……分かった。では、ネメシス・プライムは私が引き受ける!」

 

 オプティマスの体から分離(セパレート)したパーツが戦闘機に再合体するや、光に包まれて女神の姿に戻る。

 

「ネプギア……」

「女神……殺す。殺す!」

 

 光のない目と、表情の消えた顔で、同じ言葉を壊れたレコーダーのように繰り返すネプギア。

 そんな妹を見て、ネプテューヌは意を決し太刀を構える。

 

「ネプギア……今、助けてあげる!」

「女神を殺す! はぁああああ!!」

 

 姉妹の握る武器が交錯し、衝突するパワーが閃光を生み出す。

 

 女神殺しの魔剣を巡る、最後の戦いが始まった。

 




次回、ネプギア説得祭り。

今回の解説。

ネプギアの見た幻(?)
またお前か。

マジェコンヌの『知らない』こと。
ディセプティコンの本拠地、詳しい目的。
仮面の女の正体。
粒子変形についての情報。
……都合よすぎです。

ネメシス・プライム
実質、乗り込み式の戦闘ロボット。ハイドラヘッドが乗っているの以外は無人機。
『炎に包まれて正体を現す』『全身兵器の塊』『バリア装備』と、昭和版メカゴジラのオマージュが多いです。武装のモチーフはビックオー。
『実は複数いる』『腕にロケット砲』なあたりはショッカーライダーオマージュ。
頭の中に武器は、分かりやすく『コイツは単なるロボット』だと思ってもらうための演出であり、スティンガーやトゥーヘッドが自由意思を持っていることとの対比を狙っています。

演説に悪意のないハイドラヘッド。
これは彼に悪意がないから……ではなく、彼の正体に関する伏線……にできたらいいなぁ。

では次回こそ、ゲハバーンの話は終わり……の、はずです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話 女神殺しの魔剣 part4

ゲハバーンの話は今回で終了……ならず。


「はあああ!!」

「いやああ!!」

 

 遺跡の上空で、ネプテューヌの太刀とネプギアのゲハバーンが交錯する。

 剣が打ち合うたびに、閃光が走り衝撃波が起こる。

 だが、ネプギアが殺す気で攻撃を放つのに対し、ネプギアを傷つけたくないネプテューヌはだんだんと押されはじめていた。

 

「ネプギア! 正気に戻って!」

「女神を、殺す!」

 

 怒涛の如き連撃がネプテューヌを襲う。

 ネプテューヌはそれを必死に防ぐが、ついに剣閃が喉元に迫る。

 

 その時、さらに上空から光線が、二人の間に割り込むように降り注いだ。

 

 光線を撃った主であるユニがネプテューヌを庇うような位置に飛んでくる。

 

「ネプギア……アンタ、何やってるのよ……!」

 

 ユニは怒りに顔を歪ませながら、長銃を親友に向ける。

 

「アンタはネプテューヌさんの妹でしょう! ネプテューヌさんのことが大好きだって、いつもそう言ってたじゃないの!」

「女神を殺す……!」

 

 しかし、ユニの声はネプギアには届かない。

 ネプギアは新たに現れた獲物に向かっていく。

 

「ネプギア……ちょっと痛いけど、我慢しなさい!」

 

 ユニは意を決し、狙いを定め長銃の引き金を引く。

 銃口から発射された光線がネプギアに迫るが、ネプギアは剣で光線を受け止める。

 

「な!? ……それなら!」

「女神、殺す!」

 

 さらに光線を発射するユニだが、普段のネプギアを遥かに上回るスピードで飛びまわり、全てかわしつつユニに肉薄する。

 

「女神を、殺す……!?」

『アイスコフィン!』

 

 大上段からユニに斬りかかるネプギアだったが、その腕が突如、氷によって拘束される。

 

「ネプギア、悪いことしたら、ダメなんだからね!」

「ネプギアちゃん、もうやめて……!」

 

 ラムとロムの魔法だ。

 

「おおおお!」

 

 ネプギアはすぐに無理やり氷を砕いて、ロム、ラムへと向かって行く。

 

「ロム、ラム! もう一度、ネプギアの動きを止められる?」

「うん、やってみる!」

「まかせて!」

『アイスコフィン!』

 

 ユニの指示を受け、ロムとラムは斬撃をよけながら、氷塊を次々と生み出す。

 氷塊はお互いにぶつかって砕け、細かい飛礫になってネプギアに降りかかる。

 

「……ッ!」

「そこよ! パラライズショット!」

 

 動きが鈍ったところに、すかさずユニは麻痺効果のある弾丸でネプギアを撃つ。

 

「……おおおお!」

 

 雄叫びと共にゲハバーンの刀身から放たれたエネルギーがバリアを形成して銃弾と氷飛礫をまとめて弾く。

 

「ッ! 何て力……、あれがゲハバーンの力だっていうの?」

「それだけじゃない! ゲハバーンはネプギアのシェアエナジーを吸い取って力に代えているんだわ!」

「そんな……!」

 

 ネプテューヌの言葉に、ユニたちは青ざめる。

 

 それが本当なら、一刻も早くネプギアを助けなければ!

 

 女神たちは頷き合い、武器を構える。

 

「女神を、殺す! ……殺す!!」

 

 ゲハバーンはさらに輝きを増し、ネプギアの顔を照らす。

 

 その目から、涙が流れていた。

 

「ネプギア……!」

「……ッ! め、女神を、殺、す!!」

 

 ネプテューヌの声に、ネプギアは動揺するような仕草をするが、頭を振って剣を姉に向ける。

 一瞬の隙を突いて、ネプギアはネプテューヌに刃を突き刺そうとする。

 

「ネプギアちゃん! いけませんわ!」

 

 しかし、横から割り込んだ長槍に阻まれた。

 

「ネプテューヌ! 油断しないでくださいな! 今のネプギアちゃんを止めるためには、攻撃を躊躇ってはいけません! ……妹を失いたくはないでしょう?」

「ベール……ええ、そうね!」

 

 戦いは激しさを増していく。

 

「ネプテューヌ、ネプギア……」

「どこを見ている? 君の相手は私だ!」

 

 戦う二人を見上げるオプティマスに、ネメシス・プライム一号機……ハイドラヘッドが襲い掛かる。

 四つに組み合う両者。

 オプティマスはあらん限りの怒気を込めた視線で、ネメシス・プライムをねめつける。

 

「愛し合う姉妹を戦い合わせて貴様は何とも思わんのか! それでも人間か!!」

「人間だとも!! 人間は他者を傷つけて嗤う生き物だ!」

「貴様に心は、魂はないのか!」

 

 オプティマスの声に、ハイドラヘッドはせせら笑うような声を出す。

 

「無い! 何故なら私は人間だからだ! スパークを持つ君たちトランスフォーマーと違って、我々の体に魂に当たる機関など存在しない! 心の力であるシェアエナジーで構成された女神と違って、この体を形作るのはタンパク質だけだ! 形がなく見えもしない物をどう証明する?」

 

 その言葉に、オプティマスは一瞬怯む。

 両者は一度距離を取って睨み合う。

 薄笑いを交えながら、ハイドラヘッドは語りかける。

 

「人間の魂など、幻に過ぎない……そんな物に意味などない!!」

「…………哀れな奴だな」

 

 嗤うハイドラヘッドに、しかしオプティマスがおぼえたのは憐みだった。

 

「私は見てきた。アイエフやコンパ、各国の教祖や、多くの人間たち。彼らの中には紛れもなく魂があった。善にせよ悪にせよ、心があった。……心も魂も無いのなら、お前は人間ではない。ただの……兵器だ」

 

 静かな声に、ハイドラヘッドはこれまでとは違う笑いを漏らした。暗い情念のこもった笑いだ。

 

「くくく……私は兵器か。そうかもなあ……だが、兵器には兵器の生き方がある! それを邪魔はさせん! ……見よ!」

 

 言うやネメシス・プライム一号機が背中に両手をやり、剣を抜いた。

 テメノスソードよりも大振りな鋭い二等辺三角形を縦に二つ重ねたような形の刀身を持つ大剣だ。

 

「君の剣と同じ、アダマンハルコン合金製の剣だ!! これを受けてみるがいい!!」

「ッ!」

 

 今までののらりくらりとした調子とは違う、苛烈な気迫を放ち、ネメシス・プライムは斬撃を繰り出す。二号機と三号機もオプティマスに飛びかかる。

 オプティマスは咆哮を上げてそれを迎え撃った。

 

 ネプギアは五人の女神を相手に一歩も引かない戦いを見せていた。

 氷塊を砕き、銃弾と光線を切り払い、長槍を跳ね除け、太刀をいなす。

 

「五人がかりで、まだ届かないとは……ネプギア、あなたはやっぱり、凄い娘だわ」

 

 ネプテューヌは、心の底からそう思って呟いた。

 元々潜在能力は高い娘だとは思っていたが、ここまでとは……。

 

「め、女神を、こ、殺す……い、いや……」

 

 ネプギアは必至に剣の洗脳に対抗しているようだが、それでも振るわれる力に陰りは見えない。

 それどころか、その力と剣の放つ光はどんどん強くなっていく。

 

 ――女神ヲコロセ。

 

「あ、あ……あああああ!!」

『きゃあああ!!』

 

 ネプギアが剣を天高く掲げると、刀身から電撃状のエネルギーが放たれ、女神たちを飲み込む。

 耐え切れず、女神たちは次々と地に落ちていった。

 

 ネプギアはそのまま一番近くに倒れていたベールに向かって急降下していく。

 その勢いで、ベールを串刺しにする気なのだ。

 

「ッ!」

 

 起き上がってよけようとするベールだが、間に合わない。

 

 ネプギアはすぐ眼前に迫っている。

 

 だが、どこからか飛来した光の矢が、ネプギアに命中するや、ネプギアの動きが止まった。

 

「この……攻撃は!!」

 

 上体を起こしたベールは慌てて攻撃の出どころを探る。

 

 今しがた飛んで来た光の矢、そしてその効果は『当たった相手の時を遅くする』こと。

 

 それができるのは……。

 

 遥か彼方、高台の上に人影が立っていた。

 

 かなりの距離があるにも関わらず、ベールにはその姿がはっきりと分かった。

 

 肩あたりで切りそろえた金髪と、垂れ気味ながら勝気そうな青い目。

 足を大胆に露出しながらも、清楚な印象を緑と白の衣服。

 ベールによく似た、しかしベールより幼い容貌の少女が弓を構えていた。

 

 一瞬、ベールとその少女の視線が合った。

 

 少女……かつてリーンボックス教会に潜入していたプリテンダー、アリスはフッと微笑むと、崖の向こうへと消えた。

 

 この状況で不謹慎だとは分かっていたが、ベールは顔に笑みの形になるのを止められなかった。

 

「アリスちゃん……生きていて……くれた……!」

 

 一方、ネプギアは時間が止まった中でも、ギリギリと動く。

 剣の光は眩しいばかりに強くなり、それに連れてネプギアの顔がやつれていく。

 

「ネプギア!!」

 

 ネプテューヌは痛む体に鞭うって飛び上がり、ネプギアに抱きついて無理やり地面に降ろす。

 

「ううう……」

「ネプギア! 元に戻って!!」

 

 妹をきつく抱きしめるネプテューヌ。

 

「ネプギア! ゲハバーンなんかに負けないで! あなたは強い娘でしょう!」

「ぐ、ぅううう……め、女神を……」

 

 ネプギアの目に僅かに光が戻る。

 

「お、お姉ちゃん……」

「ネプギア! そうよ、頑張って!」

「だ、だめ、逃げて……私の頭の中で誰かが求めてるの……女神が死ぬ、最悪の結末(バッドエンド)を……! 私には、止められない……!」

 

 涙を流すネプギアにさらに抱きつく者たちがいた。

 

「ネプギア、戻ってきなさい!」

「ぎあちゃん! もう、やめるです!」

 

 アイエフとコンパだ。

 親友を助けるため、武器を捨ててネプギアの体を抱きしめる。

 

 さらに、大きな影が後ろからネプギアの上を覆う。

 

「ギ…ア…君は……やさ…し…い、そん…な…の…似合わ…ない…」

 

 バンブルビーは借り物ではない自分の声で、パートナーに呼びかける。

 

「ネプギア……」

「帰ってきてよ……」

「ネプギアちゃん……」

 

 ユニ、ロム、ラムも立ち上がる。

 

「み、みんな……」

 

 家族の、友達の、仲間たちの声に、ネプギアの瞳が揺れる。

 

 ――逃ガサナイ……女神ヲコロセ、救イノナイ結末ヲ齎スノダ!!

 

 突如、突風が巻き起こり、ネプテューヌたちを吹き飛ばす。

 同時にゲハバーンから光の帯が伸び、ネプギアの腕に絡みつく。

 それはまるで、ネプギアの生命を最後の一滴までも貪ろうとしているかのようだった。

 

「はははは! 何だアレは! 説得コマンドで奇跡でも起こす気か!!」

 

 オプティマスと苛烈な斬り合いを演じるネメシス・プライムは、おかしくてたまらないと言わんばかりに哄笑する。

 

「友を、家族を救おうとする彼女たちの思いが貴様には分からんのか!」

「分かるものか!! 現実の前には奇跡も魔法もありゃしねえ、あっちゃいけないんだよ!! 君も一軍の将ならそれくらい分かるだろうが!!」

「貴様の言葉をそのまま返そう、分かるものか!! 私はこのゲイムギョウ界に来て学んだことが一つある。思いは、時に奇跡を起こすのだ!!」

「思いなんかで奇跡が起こるほど、世の中甘くはねえんだよ!!」

 

 仮面の下から絶大な憎しみを吐き出しながら、ハイドラヘッドは吼える。

 

 ネプギアの体を光の触手が包んでいき、突風は稲妻を孕んで強くなっていく。

 

 このままではいけない。このままでは、皆を巻きこんでしまう。何とかしなければ!

 

 だけど、ゲハバーンの声が、憎しみが、怒りが、ネプギアの心と体を鎖のように縛り付ける。

 

 ネプギアの抵抗に、ゲハバーンはあらん限りの怨念で、ネプギアを染め上げようとしている。

 

「大丈夫です。ネプギア」

 

 そのとき、声がした。

 

 もう聞こえないはずの、懐かしい声。

 

 自分を母と慕ってくれた、あの子の……。

 

「ネプギアは、憎しみなんかより、ずっと強い力を持っている。私が、その証明です」

 

 ――スティンガー……。

 

 これは夢か、幻か。限界を迎えた魂が見せる走馬灯か。

 

 バンブルビーに似た、真っ赤な体と蜂を思わせるバトルマスクの人造トランスフォーマー。

 散ったはずのスティンガーが、ネプギアの正面に立っていた。

 

「あなたを助けるために、こんなにも多くの人々が集まった。あなたはみんなに愛されている。そして、あなたもみんなを愛している……それは、何にも勝る奇跡、創造を為す力です」

 

 スティンガーは静かに語る。その声は、優しさとネプギアへの愛に満ちていた。

 

「創造は、破壊よりも遥かに難しい。だから破壊しかできない、そんな剣なんかにネプギアが負ける道理がない……そうでしょう、兄弟?」

 

 バトルマスクを外し、スティンガーはバンブルビー……自分とよく似た顔をした兄へと問いかける。

 

「ス…ティ…ン…ガー……」

 

 バンブルビーもまた、目の前の光景に、オプティックを疑っていた。

 ショックウェーブに破壊されたはずの兄弟分が、確かにそこにいた。

 

「だから、ネプギア。あなたの中にある力を信じてください。それは恨みや憎しみよりも遥かに偉大な力です」

 

 静かな声に、ネプギアはゆっくりと頷いた。

 

 ――ッ!? 女神ヲコロセ!! 憎シミヲ滾ラセロ! 怒リヲ燃ヤセ! 恨ミデ心ヲ満タスノダ!!

 

「嫌だ! 私は……あなたなんかに負けない! スティンガーが……私の子供が、見てるんだから!!」

 

 子供が期待してくれているのだ。

 答えなくて、何が母か。

 ネプギアの体の内から虹色の光が湧き出し、それに当てられた光の触手はボロボロと崩れていく。

 

 ――ヤメロォォ!

 

「あなたなんか、あなたなんか……こうしてやる!!」

 

 全ての光の触手が千切れ飛ぶと同時に、ネプギアは手に持ったゲハバーンを思い切り地面に叩き付けた。

 

 それだけで、幾多の女神の命を喰らってきた魔剣、様々な悲劇の元凶となった伝説に謳われるゲハバーンは、刀身の中ほどからボッキリと折れた。

 

 ――ギィィヤャァァ嗚呼アああアアアッッ!!」

 

 恐ろしい悲鳴がネプギアの脳内のみならず、現実にも戦いの音をかき消すほどの大きさで轟き、やがて消えていった。

 女神も、オートボットも、ハイドラの兵士たちさえもシンと静まり返る。

 

「ネプギア……」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。……心配かけてごめんなさい」

 

 ネプテューヌの呼びかけに、ネプギアは静かに、しかしハッキリと答えた。

 

「ネプギア!」

「ぎあちゃん!」

「もう、心配したんだからね!」

 

 ネプテューヌ、コンパ、アイエフは泣きじゃくりながらネプギアに抱きつく。

 

「ネプギア……まったくもう! 迷惑かけないでよね!」

「ユニちゃんったら、素直じゃないんだから!」

「よかった、よかったよぉ……」

「…………」

「ギ…ア…」

 

 女神候補生たちもネプギアに駆け寄り、ベールは優しく微笑み、バンブルビーも、オプティックからウォッシャー液を流す。

 

「みんな……ありがとう! スティンガーも……え?」

 

 ネプギアは我が子たるスティンガーを見上げる。

 

 だが、そこにいたのは赤い体の人造トランスフォーマーではなかった。

 

 紫の体に、二つの頭に一つずつの目。

 

 ディセプティコンの人造トランスフォーマー、トゥーヘッドだ。

 

「え? でも確かに……」

 

 戸惑うネプギアに、トゥーヘッドは何も答えない。

 だが二つの顔が微笑んだように見えた。

 

「馬鹿な! こんな簡単に女神殺しが破壊されるとは!!」

 

 あまりのことにハイドラヘッドは唖然とする。

 反対に、オプティマスは落ち着いていた。

 

「貴様には分かるまい、彼女たちの力が。……ここまでだ。ハイドラヘッド」

「いいや、まだだ! まだここから……」

 

 その時。

 

 パチパチと、手を叩く音がした。

 

 静まり返った戦場で、やたらとハッキリ聞こえる。

 

「いやいや、お見事。中々、楽しい見世物だったぞ」

 

 嘲笑を滲ませた、地獄から響いてくるかのような重低音の声。

 

 オプティマスが、女神たちが、その声を聞き間違うはずなどない。

 

「メガトロン……!」

「こんな所で会うとは、奇遇だなぁ、プラァァイム、そして女神どもよ。……それにしても今回は、色々と珍しい顔ぶれだな」

 

 高台に、破壊大帝メガトロンが立っていた。

 その横には、あの仮面の女もいる。

 

「二号機、三号機! 人造トランスフォーマーを回収して退け!」

 

 ハイドラヘッドはメガトロンの目的がトゥーヘッドの回収、ないし破壊であると考え、まだ無事なネメシス・プライムにトゥーヘッドを捕まえさせる。

 トゥーヘッドは、抵抗もせずに連れて行かれた。

 

「……さて、お初にお目にかかる、破壊大帝メガトロン殿。私はハイドラの司令官、ハイドラヘッドだ」

「ああ……お前らが、俺の部下どもを可愛がってくれた」

 

 落ち着きを取り戻したハイドラヘッドは、灰銀の破壊者に自己紹介するが、メガトロンは気に入らなそうに首をゴキリと鳴らし、次いでラチェットと戦っていたロックダウンに視線を向ける。

 

「久しいな、ロックダウン」

「……はん。 相変わらず偉そうだな、メガトロン」

 

 ディセプティコンなら畏縮せずにはいられない破壊大帝の呼びかけにも、ロックダウンはいつもの調子を崩さない。

 オプティマスは突如現れた宿敵を睨みつける。

 

「メガトロン! 何をしに現れた!!」

「な~に、今回は見学よ。魔剣の呪いとやらが、どれほどのものかな。……どうやら、大したことはなかったようだが」

 

 メガトロンは高台から飛び降り、ネプギアたちの前に着地する。

 後ずさる女神たちを放っておいて、メガトロンは折れたゲハバーンの片方を拾い上げる。

 

「……なるほどな。こういう武器か……」

 

 メガトロンは、ゲハバーンの欠片を手で弄びながら、オプティマスとネメシス・プライムの方を向く。

 

「この剣は、極めて高密度、高純度のダークマターで形勢されている。そして我らディセプティコンには、ダークマターを制御する秘術が伝わっている。……ゆえに、こういう使い方ができる!」

 

 言うやメガトロンは巨体からは想像もつかないスピードでネメシス・プライム一号機に接近し、その腹にゲハバーンの欠片を握り締めた拳を突き刺す。

 その傷から、オイルが漏れ出し、そのそばから拳に吸い込まれていく。

 

「ぐ、お……!?」

「ダークマターには、あらゆるエネルギーを吸収する特製があり、無論、生き物の精神エネルギーやシェアエナジーも例外ではない。そうして吸い取った精神エネルギーの残留思念が、制御方を知らない持ち主の精神に干渉し、幻視や幻聴を引き起こす。それが魂を喰らう伝説、魔剣の呪いの正体、というワケだ」

 

 メガトロンが説明する間も、拳に握ったゲハバーンはネメシス・プライムのエネルギーを吸い取り続ける。

 

「く! 動け! ……ダメか!」

 

 胸の操縦席にいるハイドラヘッドが必死に操作するも、エネルギーを吸い取られては、反撃も逃げることさえままならない。

 

「いい剣だな。貰うぞ」

 

 エネルギーを吸い尽くしたメガトロンは拳を引き抜くと同時に、ネメシス・プライムの握っていた大剣を奪い取る。

 仰向けに倒れるネメシス・プライムを後目に、メガトロンはゲハバーンの欠片を大剣の刀身に埋め込んだ。

 すると大剣の刀身に血管のような筋が何本も走り、禍々しい紫の光が刀身全体に伝播していく。

 

「フハハハ! アダマンハルコン合金には、エネルギーを伝える性質がある! これでダークマターの性質を持った剣が生まれた! さて銘を何とするか。……ダークマターカリバーか、ダークスターセイバー辺りが順当だが、お前はどう思う?」

「…………」

 

 いつの間にかメガトロンの傍に来ていた仮面の女は、メガトロンのネーミングセンスに、仮面の下で何とも言えない顔になる。

 なので、控えめに意見を出した。

 

「……あの、恐れながら、メガトロン様。メガトロン様の高尚なセンスには、普通の者たちはついていけませんので、もうちょっとレベルを落としてもよろしいのでは……下の者のために妥協するのも、上に立つ者の度量かと存じ上げます。……そうですね、『ハーデス』というのはいかかがでしょうか? 古い神話における、冥府を総べる神の名であり、冥府その物を指す言葉です」

「むう、悪くないな。ではハーデスソードとでもしておこう」

 

 メガトロンは意外と素直に仮面の女の意見を受け入れ、再びオプティマスと向き合う。

 

「さて、さっそく試し斬り、と言いたいことだが、今回はこれで退かせてもらおう」

「何だと?」

「クックック、俺とて、姉妹の感動の場面に水を差すほど無粋でもないのでな。……それに目的は果たした」

 

 余裕に満ちた宿敵に、オプティマスはハッとなる。

 

 ネプギアがゲハバーンの力で正気を失い、ハイドラに囚われた時点で、女神とオートボットに取ってネプギアの奪還と解放が第一目標となる。

 

 『もう一つ』の方は、どうしても疎かになってしまう!

 

「……ジャズ! こちらオプティマス、応答せよ! 繰り返す、ジャズ! 応答せよ!」

 

 オプティマスはルウィーで氷漬けのトランスフォーマーを回収しているはずの副官に通信を飛ばす。

 応答はすぐにあった。

 

『……オプティマス、こちらジャズ。……ディセプティコンの連中が現れて……全員、なんとか無事だが……すまん、氷漬けを奪われた』

「……いや、全員無事なら、それでいい。今回のことは私の采配ミスだ。……後で詳しく報告してくれ。通信終わり」

 

 通信を切り、メガトロンを見れば、してやったりという顔をしている。

 

「と、いうワケだ。……では、予定が詰まっているので、失礼する。ククク、フハハハ、ハァーッハッハッハ!!」

 

 オプティマスに反論させる間を与えず、メガトロンは仮面の女を回収し、変形して笑い声を残して飛び立つ。

 アッと言う間に、メガトロンの姿は見えなくなった。

 

「…………結局、何をしに来たのでしょう?」

「…………嫌がらせ?」

 

 唐突に現れて、唐突に帰っていったメガトロンに、ベールとネプテューヌは唖然としていた。

 

「クッ……美味しいとこだけ持っていきやがって……!」

 

 ハイドラヘッドもネメシス・プライム二号機に支えられながら悪態を吐く。

 その通信装置に、マルヴァから連絡が入る。

 

『ヘッド! 発進準備、完了しました』

「やっとか……、ハイドラ、撤収だ!」

 

 これ以上ここに止まる意味もない。

 

 女神候補生とゲハバーンを失ったのは痛い……ついでにせっかく作った剣を分捕られたのも悔しいが、人造トランスフォーマーを手に入れることはできた。

 

 それにゲハバーンの別の使いかたも分かった。それで十分だ。

 

 遺跡が崩れ出し、その下から大きな何かが姿を現した。

 

 それは海を行く戦艦を、そのまま空に浮かべたような物体だ。

 艦橋があり、甲板があり、船体にはいくつもの砲台を備えている。

 だが船体の後部には翼とバーニアがあり、艦首部分には、蛇の頭を模した飾りが付けられていた。

 

 正しく、空中戦艦である。

 

 これこそ、ハイドラがマジェコンヌのもたらした情報を基に完成させた空中戦艦『ハイバード』である。

 その船底にあるハッチが開き、トラクタービームを照射する。

 

「我々も退かせてもらおう。……オプティマス、次こそは、私と戦争をしてもらう」

 

 配下がトラクタービームに入って撤収する中、ハイドラヘッドは操縦席のハッチを開けてオプティマスを睨む。

 

「……貴様は、なぜそうまでして戦争を求める? ハッキリと言おう、理解できん」

「理解など、求めてはいない。……だが、あえて言うならば、それが私の存在理由だからだ。……戦うために生まれたのだから、戦いに死にたいのだ」

 

 オプティマスの問いに、それだけ答えるとハイドラヘッドはゲハバーンの残る欠片を回収し、自身もトラクタービームの中に入り撤退していった。

 

「頃合いだな。俺らも帰るぞ」

 

 ロックダウンもラチェットとの戦いを切り上げ、配下もろとも撤収していく。

 その背に、ラチェットが声をかける。

 

「そう言えばロックダウン、君は以前、目に見えない物は信じない主義だと言っていたな。……彼女たちは、現実に信頼と絆で苦難を乗り越えてみせたぞ」

「……はん」

 

 問い掛けるようなラチェットに、ロックダウンは鼻を鳴らすような音を出しただけだった。

 

 全ての兵士を回収した空中戦艦は、後部のブースターを吹かして飛び去っていった。

 

「あの、改めまして……ただいま」

 

 危険が去ったのを確認し、ネプギアは皆に向かって照れくさげに微笑む。

 

「お帰りなさい。ネプギア」

 

 ネプテューヌは笑顔で、もう一度ネプギアを抱きしめた。

 アイエフとコンパ、他の女神やオートボットもネプギアと笑い合う。

 

 それを見て、オプティマスはホッと排気した。

 

 確かにメガトロンには出し抜かれた。

 だが、姉妹が殺し合うという最悪のシナリオは回避できた。

 

 それだけで、今回は良しとしておこう。

 

 無事を喜び合う一同にオプティマスは、そう自分を納得させるのだった。

 




Q:メガトロンは何しにきたの?

A:ことと次第をどっかで高見の見物してたけど、トゥーヘッドが出てくるのは計画外だったんで、トゥーヘッドをハイドラに回収させるために出張りました。

ゲハバーンの説明
あくまで、メガトロンの考え。
本当にゲハバーンに過去の女神や人間の怨念が宿っていたかは、神のみぞ知る。

ハーデスソード
メガトロン、剣入手。しかしトランスフォーマーシリーズには出てこないオリジナル。
名前の由来は、もちろんギリシャ神話の冥府の神ハデス。転じて古代ギリシャ語で冥府そのものを指す単語でもあります。
オプティマスのテメノスソード(聖域の剣)と対を為す、ハーデスソード(冥府の剣)と言うわけです。
形状のモデルは、初代メガトロンの玩具に付属していたエレクトロソード。(アニメ本編では未使用)

空中戦艦ハイバード
一応、星のカービィシリーズの戦艦ハルバードがモデル。

次回は、各陣営+αのエピローグ的な話になります。

では、もうちょっとだけ、続くんじゃよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78.5話 女神殺しの魔剣 エピローグ

最初は、2~3話で終わらせる予定だったゲハバーンの話。気付けば中編規模に。

かの魔剣の話に、色々同時進行して短くまとめるのが、土台無理やったんや……。


 ハイドラの建造した空中戦艦ハイバード。

 

 それは極限まで省力化を進めることで、僅かなブリッジクルーだけで操船できる画期的な兵器である。

 

 そのハイドラヘッドのための部屋にて。

 

 椅子に腰かけたハイドラヘッドは、何者かと通信していた。

 

『結局、ここまでの資金と人員を投入して、手に入れたのは人造トランスフォーマー一機か』

「あなた方は、量産可能な人造トランスフォーマーを求めていたはず。何かご不満でも?」

『リスクとリターンが釣り合っていない、と言うことだよ。こちらも危ない橋を渡ってるのだから、投資相応の見返りが欲しい』

「と、言われましてもね。命を張ってるのはこちらなんですが」

『君ら兵士の命なぞ、消耗品に過ぎんだろう? 『そう作った』のだから』

 

 通信相手の言葉に、ハイドラヘッドは仮面の下でギリリと歯を噛みしめる。

 

『前にも言ったはずだが? 君は所詮、切り落としても新たに生える多頭蛇の頭(ハイドラヘッド)、君のかわりはいくらでもいる、と』

「……言われずとも、心得ていますよ。これで失礼します。これ以上は、傍受される危険性があるので……」

 

 全く感情のこもっていない声で返し、通信を切る。

 

「ククク、なかなか、苦労しているようじゃないか」

「マジェコンヌか。何用かね?」

 

 いつの間にか、マジェコンヌが部屋の中に立っていた。

 マジェコンヌは、ハイドラヘッドの机の前までゆっくりと歩いてくる。

 

「なぁに、メガトロンを直に見た感想はどうかと思ってなぁ」

「……凄まじい迫力だった。月並みな表現だが、圧倒されたよ」

 

 その言葉に、マジェコンヌは満足げな表情になる。

 

「だろう。伊達に破壊大帝などと御大層な名を名乗ってはいない。覇気においても、実際的な戦闘力においても、『英雄』と呼ばれるには十分だろう。ゲイムギョウ界にも、ああいう男はそういない」

「……裏切ったクセに、随分と彼を褒めるじゃあないか。君、誰の味方なんだい?」

「私は、誰の味方でもない。私は、『女神の敵』だ。だから、その時々において最も女神を苦しめる陣営につくのさ。それが今はお前たちと言うだけだ」

 

 それだけ言うと、マジェコンヌは闇の中に消えていった。

 

「…………」

 

 油断ならない女だ。

 言っている情報も、どこまで本当か分からない。

 用心しなければ……。

 

 ハイドラヘッドは深く息を吐くと、仮面を外して机の上に置き、懐からピルケースを取り出して、中の薬を飲む。

 

 ――心も魂も無いのなら、お前は人間ではない。ただの……兵器だ。

 

「そうとも、私は所詮、換えの効く兵器……しかし、ならばこそ戦わずに死してなるものか……!」

 

 暗い情念を込めて、ハイドラヘッドは独りごちるのだった。

 

  *  *  *

 

 同、艦内倉庫

 

 トゥーヘッドが、頑丈で太いワイヤーで拘束された上で粒子変形を阻止する装置に囲まれていた。

 一度拘束を抜け出して戦場へ飛び出した都合上、その拘束は過剰とも言えることになっていた。

 

「しかし……無茶するなお前も」

 

 と、右の頭が、左の頭に声をかけた。

 

「戦場に飛び出していった時は、ヒヤリとしたぞ」

「すいません、トゥーヘッド。……しかし、いても立ってもいられなくて……」

 

 左の頭がペコリと謝ると、右の頭はヤレヤレと排気した。

 

「まあ、気持ちは分からんでもないが……ヒトの体で、あまり無茶をしてくれるなよ、……スティンガー」

 

 その言葉に、左の頭……トゥーヘッドの内部に収納された疑似シェアクリスタルの中に存在する、スティンガーの意識は苦笑する。

 

「ええ。今のスティンガーは、トゥーヘッドの体を一部お借りしている状態ですから、これ以上のワガママは言いません」

 

 元々、トゥーヘッドはドローンを改造した都合上、不測の事態に備えてパーツに余裕を持たせてある。

 その部分を使って、スティンガーは喋っているのだ。

 

「……言っておくが、私が何をするか分かった上で付いてきたのはお前だ。私の邪魔をすれば、即座にお前のコアを捨てるぞ」

「問題ありません。……スティンガーの家族や仲間は、あなたの仲間には負けませんから」

 

 トゥーヘッドが釘を刺すも、スティンガーは自信満々で答える。

 

「フッ、どうだろうな? 私のマスターは強く賢いからな」

「ネプギアやバンブルビーだって、負けていません!」

 

 今や体を共有する二体の人造トランスフォーマーは、作り手自慢で盛り上がるのだった。

 

  *  *  *

 

 戦場となった遺跡近くの森。

 

 そこを今、一台の黒いスポーツカーが走っていた。

 スポーツカーの運転席には、肩あたりで切りそろえた金髪と青い瞳の少女が座っていた。

 

「なあ、会っていかなくていいのか?」

 

 黒いスポーツカーの車体その物から、少女……アリスに向けて問う声がした。

 アリスは、その声に澄ました顔で答える。

 

「いいの。ネプギアがピンチっていうから、ちょっと気になって様子を見に来ただけなんだから」

「でもほっとけなくて、助太刀しちゃいましたよっと。ま、お姉ちゃんとお友達のピンチだもんね」

 

 ダッシュボードの上に置かれたノートパソコンが、ギゴガゴと音を立てて小さなトランスフォーマーに変形する。

 猫背で左右非対称の目に、頭からはコードが髪のように生えている。

 この小トランスフォーマー、ブレインズが無線を傍受してネプギアたちの情報を手に入れたのだ。

 ブレインズの言葉に、アリスはムッと顔をしかめる。

 しかし、その顔には朱が差していた。

 

「べ、別に、そういうワケじゃあ……ただ、あのハイドラとかって連中に、好き勝手されるのが気に食わなかっただけよ!」

「へいへい、そういうことにしておきますよ」

 

 皮肉っぽく肩をすくめるブレインズ。

 車体……サイドウェイズから、苦笑するような気配がした。

 

「別にいいじゃないか。姉さんたちを助けたいって思うのは、悪いことじゃないだろう?」

「そういうの、ディセプティコンらしくないわ……」

「それこそ、今の俺たちが気にすることじゃないだろ」

 

 未だディセプティコンへの未練を捨てきれないらしいアリスに、ブレインズは呑気に言葉をかける。

 

 彼ら三人、ディセプティコンからドロップアウトした身なのだから、ブレインズの弁も一理ある。

 

「ほんじゃ、また気ままな旅に戻るとしますかね。金髪巨乳との出会いが俺を呼んでるぜ!」

「次はラステイション辺りに行こうぜ! あそこらへんのオイルは美味いらしいからさ!」

「アンタたちは……」

 

 マイペースな同行者たちに、アリスは呆れつつも笑みを浮かべる。

 

「それよりルウィーがいいわ。『温泉』というのに興味があるの」

「金髪美乳の入浴シーンフラグ、キターッ!」

「覗いたら、タダじゃおかないからね」

 

 寄る辺もなく、行くあてもなく、明日をも知れぬハグレ者三人は、珍道中を続けるのであった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの秘密基地。

 その集会室の中央に、氷に包まれたトランスフォーマーが置かれていた。

 スタースクリームはそれをあまり機嫌良くなさげに眺め、ショックウェーブは何か計器を弄っている。

 

 そこへ、扉を開けてメガトロンとキセイジョウ・レイが入ってきた。

 

「お帰りなさいませ、メガトロン様」

 

 ショックウェーブは主君の姿に恭しくお辞儀し、スタースクリームもそれに倣う。

 

「御苦労。お前たち、よくやったぞ」

「光栄の至り。そちらの首尾はいかがでしたか?」

「ニ、三予定外のことがあったが、概ね計画通りだ」

 

 部下たちを労いながら、メガトロンは氷塊の前まで歩いていくと、科学参謀に視線をやる。

 

「それで、準備はできているのだろうな?」

「はい、セレブロシェルの埋め込みは完了しています。後は解凍するだけです」

「結構。ではさっそく解凍せよ」

 

 一つ頷いたショックウェーブは、手元の機械を操作して氷の解凍を始める。

 それをメガトロンの足元で眺めながら、レイは問う。

 

「それで、メガトロン様。このヒトはいったい誰なんです?」

「これは、遠い昔にこのゲイムギョウ界にやってきたディセプティコンの一員だ。探索者(シーカー)と呼ばれ、異星や異世界に潜入、調査するのが任務だ」

 

 説明されて、レイは首を傾げる。

 

「ディセプティコンの一員? では何故、洗脳装置(セレブロシェル)を?」

「簡単なことだ。そいつは裏切ったのさ。オートボットに寝返ったのよ」

 

 疑問に答えたのは、メガトロンではなくスタースクリームだった。

 その声には、嫌悪感があった。

 

 自分のことを棚に上げているように見えるが、ディセプティコンの価値観において利敵行為は下克上よりも罪が重い。

 

 メガトロンは大きく頷いた。

 

「それもあるが、こいつは知り過ぎている。……色々とな。だから、オートボットに渡すワケにはいかなかった。だが、殺してしまうのはもったいない。どうせなら戦力として再利用しようということだ」

 

 言っている間にも、氷は融けていく。

 やがて氷の中にいたトランスフォーマーが全貌を表す。

 

 そのディセプティコンは、メガトロンに匹敵する黒い巨体を持ち、背には翼とブースターがあり、下腿は逆関節になっていて、顔周りには金属片が髭のように連なっていた。

 反面、あちこち錆が浮きギシギシと軋んでいて、腰も曲がり、自身にパーツの一つを杖代わりにして体を支えている。

 

 しかし、そのオプティックは長い年月とエネルゴン不足の中で老い朽ちかけて、今はセレブロシェルによる洗脳下にあるにもかかわらず、爛々と輝き鋭く細められていた。

 

 良く言えば歴戦の強者の風格があり、悪く言えば死にかけの老兵と言った風情だ。

 

「ぐ、ぐうう……ここはどこだ? 俺は誰だ?」

「ここは我がディセプティコンの基地だ。お前の作戦内容と指揮官を答えられるか?」

 

 ガラガラとした老いを感じさせる声を絞り出す、老ディセプティコンに、メガトロンは答えと問いを与える。

 

「むううう……思い出せん! 俺は何をしていたのだ?」

「どうやら、長年の凍結とセレブロシェルの影響で、思考と記憶が混濁しているようです」

 

 頭を抱える老ディセプティコンを見て、ショックウェーブがメガトロンに小さい声で耳打ちする。

 それを受けたメガトロンは、老ディセプティコンに説明を始める。

 

「では、教えてやろう。お前の任務は、我らへの協力。指揮官はこの俺、破壊大帝メガトロンだ」

「メガトロン……? 聞かない名だ……」

「ああ、そこからか。詳しい話は後でする。とりあえず歓迎しよう」

 

 そこでメガトロンは大きく腕を広げ、芝居がかった仕草で宣言する。

 

「伝説の戦士、ジェットファイアよ! 遠い過去から現代へ、そして我がディセプティコン軍団へようこそ!」

 

  *  *  *

 

 プラネタワーのテラス。

 

 ネプギアはようやっと帰り着いた我が家で、夜風を浴びていた。

 

 あの後、基地に待っていたホイルジャックから知らされたのは、スティンガーの身体から、コアである疑似シェアクリスタルが、抜き取られていたということだった。

 

 恐らく、オプティマスに化けたネメシス・プライム……ハイドラヘッドが持ち去ったのだろう。

 

 ホイルジャックは己の不注意を悔やんでいたが、ネプギアは特に気にしていなかった。

 

「きっと、また会える」

 

 確信めいて、ネプギアは呟いた。

 

 予感がするのだ。

 

 いつの日かきっと、必ず再会する日が訪れる。

 

 今は、それだけで満足だった。




そんなワケで、今度こそゲハバーンの話はおしまい。

今回の解説。

人造トランスフォーマー
そんなワケで、二人で一人のトランスフォーマー状態。
前回のは、一種の幻。
さすがにトリプルチェンジとかはやらかさない……はず。

ハグレ組
人間の姿なので怪しまれずに行動できるアリス、情報取集に長けたブレインズ、乗り物役のサイドウェイズで、意外とまとまりのいい集団だったり。
アリスは、公的には『突然失踪して行方不明』という扱い。

ジェットファイア
ディセプティコンに合流。
洗脳されたのは、漫画版へけヘケのネタ。
いやこのヒト、物語の確信に迫る情報を持ってる上に強いんで、地味にバランスブレイカ―なんでこういうことに。

次回は息抜きの日常編をまとめた短編を予定しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話 短編詰め合わせ

思いついた短編の詰め合わせになります。

力を抜いてお楽しみいただければ、幸いです。

……なぜかディセプティコンの比率が高いです。


① この短編は青少年のなんかに配慮しており猥雑は一切ない

 

 オートボットの基地。

 

 そのリペアルームは、軍医ラチェットの城である。

 

 何分、無茶をしがちなオートボットたちのこと、ラチェットにお世話になったことのない者はいない。

 傷を隠して無理をしようとすれば、もれなくラチェットに引きずられていって診察(おしおき)されることになる。……ルビがおかしい? 気にするな。

 

 とにかく、いつも忙しいラチェットのリペアルームだが、今日は変わった人物が訪れていた。

 

 それは……。

 

   *  *  *

 

「トランスフォーマーを癒す方法?」

 

 椅子に腰かけたラチェットの正面の患者用の椅子に、チョコンと腰かけたネプテューヌは、コクンと頷く。

 

「うん。オプっちさ、最近は趣味とか見つけたけど、時々、なんて言うか……悩んでたり、疲れてたりする感じなんだ」

 

 ネプテューヌの言葉に、ラチェットは顎に手に当てて思考を巡らす。

 

 オプティマスのことをよく観察している。彼は、自身の苦悩や疲労を決して表に出そうとしない。

 総司令官としての処世術であり、オプティマス本人の癖のような物だ。

 それに気が付くとは、さすがは恋人。

 あるいは、いかな強靭な精神を持つオートボットの総司令官と言えど、恋人の前では気が緩んで、弱い部分を見せてしまうのか。

 

 どちらにしても、オートボット総司令官としては問題があるだろう。

 

 だが、ラチェット個人としては、よい兆候だと思えた。

 

 ――いい部分だけ見ているようでは、本当に愛し合っているとは言えんからな。

 

 駄目な部分、弱い部分をさらけ出し、受け入れることができてこその、愛。

 

 陳腐と言われようと、それがラチェットの考えだ。

 

 ネプテューヌは、悩ましげに話を続ける。

 

「それでね。何とか、オプっちのことを癒してあげたいんだ。……わたしにできることなんて、少ないのは分かってるんだけど……」

「何を言っているんだい。君が傍にいてくれるだけで、オプティマスはとても救われているんだよ」

 

 サイバトロンを発つ前のオプティマスがどれだけ、苦しんでいたか。

 

 旧知の仲である自分やアイアンハイド、公私に渡る女房役のジャズにさえ苦悩を吐露しようとせず、自分で抱えこもうとしていた。

 部下たちの前では弱音一つ吐かず、泣くこともなかったが、その代わり笑うことも少なくなっていき、比例するかのように、段々と敵への容赦がなくなっていったオプティマス。

 

 それに比べれば、今のオプティマスの何と穏やかでイキイキしていることか!

 

 しかし、ネプテューヌは首を横に振った。

 

「……もう少し何とかしたいんだよ。このままじゃオプっち、いつか潰れちゃいそうで……」

 

 ――おいおい、オプティマスのことを気にするあまり、君が思いつめちゃ本末転倒だろう? 君はマイペースで能天気なのが持ち味じゃあないか。

 

 そう言ってあげたいラチェットだったが、ここは具体的な『できること』をあげた方がいいだろう。

 ラチェットは少し思考してから、答えを出した。

 

「……つまり、オプティマスの心身をリラックスさせてあげたいワケだね。それならいい方法がある。……精神直結と言うんだがね」

「精神直結?」

 

 聞きなれない単語に、ネプテューヌは首を傾げる。

 

「精神直結と言うのは、読んで字の如く特殊な器具を使って異なるヒト同士の精神を繋げることだ。これをすると、トランスフォーマーは充足感と多幸感を得ることできる」

「へえー。でもわたし、トランスフォーマーじゃないから無理なんじゃ?」

「そこらへんは大丈夫! 私とホイルジャックとネプギア君で発明した、この『ネープギア』を使えば、あなたと私でLAN直結できるのさ!」

「おお~!」

 

 ネプテューヌは感嘆の声を上げる。

 何だかよく分からないが、それはいい。

 

「もっと詳しく教えて!」

 

  *  *  *

 

 数日後。

 ネプテューヌら各国の女神と、そのパートナーであるオートボットは例によって、あんまり意味のない会議を終えて、基地の中にある談話室で休んでいた。

 

 ノワールとベールが談笑する横で、アイアンハイドとジャズはオイルを飲み交わし、ブランは佇んでいるミラージュの足に寄りかかって本を読んでいる。

 

 そしてオプティマスは、ネプテューヌを交えてラチェットと話し込んでいた。

 

「あ、そうだオプっち!」

「ん、何かなネプテューヌ?」

 

 見上げてくる恋人に、オプティマスは問う。

 するとネプテューヌは満面の笑みを浮かべた。

 

「わたしと、精神直結しよ♡」

 

 ピキッと、オプティマスが固まった。

 

 それだけではなく、ミラージュはズッコケかけ、アイアンハイドが派手に吹き出したオイルが、対面にいたジャズにかかる。

 ノワールとブランはそんなオートボットたちに怪訝そうな顔になるが、ベールだけは顔を赤らめた。

 

「ね、ネプテューヌ!? 何を言い出すんだ!」

「ねえ~、いいじゃ~ん。精神直結しようよー」

 

 硬直が解けたが戸惑いを隠せていないオプティマスに、ネプテューヌはさらに上目使いでねだる。

 

「全く、見せつけてくれるねえ。こっちはクロミアと離ればなれでご無沙汰だってのに」

「真昼間からとは、オプティマスも隅に置けないなあ」

 

 驚きから回復してニヤニヤとからかうように笑うアイアンハイドとジャズを、努めて無視して、オプティマスは何とかネプテューヌを諌めようとする。

 

「……ネプテューヌ。女の子が精神直結なんて言うもんじゃない。その、なんだ、……はしたない」

「むー! なにさー!」

 

 はしたないと言われて一転怒り出すネプテューヌに、オプティマスは困ってしまう。

 

「って言うか、分かんないんだけど、精神直結って何?」

「……知らない」

「精神直結と言うのは、異なる二者の精神を接続することです」

 

 置いてきぼりのノワールとブランが首を傾げていると、ベールが頬を紅潮させたまま説明した。

 驚いた二人に見つめられたベールは、曖昧に微笑みながらも説明を続ける。

 

「精神直結をすると……その、とても充足感が得られてストレス発散になるのですが……心身に負担がかかることがある上、し過ぎると中毒になったりすることもあるので……オプティマスさんはそれを心配しているのでは……」

「なら、オートボットの誰かとすればいいじゃない」

「普通、精神直結は、異性間で行うものですわ。同性でもできないこともありませんが、アブノーマルであるのは否めません」

「……アーシーは?」

「その、精神直結は、親しいヒトとするのが普通で……例えば恋人とか……そういう深い関係でもないのに精神直結をするのは、何と言うか……とても不道徳なことらしいですわ」

「それって……」

「ああ、そういうことなのね……」

 

 恥ずかしげに顔を伏せるベールに、ノワールとブランは何となく察して顔を見合わせる。

 二人とも心なし顔が赤くなっていた。

 

「それにしてもベール、あなた随分と詳しいわね」

 

 ノワールから何気なく放たれた問いに、ベールは赤く染まった頬を両手で押さえ、チラチラとジャズの方を見ながらオズオズと言葉を絞り出す。

 

「ええと……わたくし、とても寂しい思いをすることがありまして……それで、そのつい、ヒトとの繋がりと言うか、全てを忘れさせてくれる何かと言うか、そういうのを求めてしまいまして……ですから、あの、その……」

「……もういいわ。なんか、ごめん」

 

 リンゴのようになってしまったベールに、ノワールは嘆息混じりに謝る。

 それから、まだオプティマスともめている紫の女神のほうへ歩いていった

 

「オプっちは、わたしと、したくないの?」

 

 目じりを涙で濡らして曇り顔で見上げてくるネプテューヌに、オプティマスはブレインの中で「しちゃおうよ精神直結! 本人がこう言ってるんだし、恋人同士だし。何を迷う必要がある? 今は悪魔が微笑む時代なんだ!」と言った気がしたが、グッとこらえる。

 

 と言うか、悪魔が微笑む時代ってなんだ?

 

「ねえってばー」

「ネプテューヌ、ちょっと待ちなさい」

「え!? な、何さノワール?」

 

 ノワールは、ネプテューヌの肩を掴んで無理やり自分の方を向かせる。

 その顔は、紅潮しつつも真剣だった。

 

「精神直結についての情報をちょって整理してみるから、何も言わずに聞きなさい」

「え、ええー? なんでー?」

「い、い、か、ら!」

「わ、分かったよ……」

 

 強く言われて、ネプテューヌは黙り込む

 ノワールは、何で自分がこんな役をと思いながらも、大きく溜め息を吐いてから語り始める。

 

「じゃあ、始めるわよ。

 

①精神直結は、トランスフォーマー、ないし女神が精神を繋げること。

 

②精神直結を行うと充足感や多幸感が得られる……つまり気持ちいい。

 

③公衆の面前で精神直結を連呼するのは、はしたないこと。

 

④精神直結は、心身に負担はかかり、中毒になることもある。

 

⑤精神直結は、普通異性間でする。同性同士だと、奇異に見られることもある。

 

⑥精神直結は、恋人などの深い関係の間柄でするもの。そうでなくすると不道徳。

 

……こんなとこね」

 

 噛んで含めるように説明されるうちに、ネプテューヌの顔が見る見るユデダコのように真っ赤になっていき、目がグルグル回りだす。

 

 気付いたからだ。精神直結とは、人間でいうところの……。

 

「うん、つまり交尾行動、言いかえるならS○Xだね!」

 

 皆があえてボカしていたことをラチェットはドヤ顔で言い切った。

 

「あ、あ、あ、あううううう……!!」

 

 ネプテューヌは顔を押さえて床に崩れた。

 

 それに構わず、ラチェットは実に良い笑顔で話し続ける。

 

 この軍医、自重しない。

 

「いや、いいじゃないか○EX! 恋人同士がする分には、実にKEN☆ZENだよ! ほら人間同士でするSE○と違って、妊娠する心配もないし、体は綺麗なままだし、いっそ楽しめば……ん? オプティマス、なぜテメノスソードを抜くんだい? っていうか顔がマジで顔剥ぐ5秒前、略してMK5みたいな感じですごく怖いんだが!? ちょ、お、オプティマス!? ま、待つん、だっばぁああああ!?」

 

 この後、ラチェットはリペアルーム送りになり、ネプテューヌとオプティマスはしばらくギクシャクしてましたとさ。

 

 めでたし、めでたし。

 

  *  *  *

 

 

「……ああ分かった。ユニにも伝えておく」

「どうしたの、スワイプ? お姉ちゃんたちから?」

「ああ、今日は泊まってくるそうだ。なんかラチェットがやらかして、その後始末だとか」

「そうなんだ。……ケイも仕事で出張してるし、今日は二人きりね」

「……お、おう、そうだな」

「…………ねえ、スワイプ?」

「なんだい、ユニ?」

 

 

 

 

 

 

「精神直結、しない?」

 

 

~~~~~

 

② 帰ってきた超次元ゲイム ネプテューヌ THE 『Q』TRANSFORMATION

 

 さて今回の超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATIONは、ディセプティコン基地の司令部から物語を始めよう!

 

 ここにメガトロンと三大参謀が揃っていた。

 

「ドウヤラ、オートボット ト 女神 ハ、今日モ ラブコメ ッテルヨウダ」

「は! 相変わらず下らないことをしておるな!」

 

 腹心サウンドウェーブの報告に、メガトロンは嘲笑を浮かべる……のだが、すぐに怪訝そうな表情になった。

 

「しかし、サウンドウェーブよ。お前は今次の作戦のために基地を離れているはずでは……」

「問題ない。ここは所謂メタ空間」

「サウンドウェーブ!? お前、何を普通に話しているのだ!?」

 

 突然エフェクトヴォイスを捨てた腹心に、メガトロンはオプティックを丸くする。

 

「何言ってるんですかメガトロン様。メタ空間なんだから、キャラ捨てても問題ないんですよ」

「いったい何を言っておるのだスタースクリーム!?」

「では我が君、私めが代表して今回のお題を発表したいと思います」

「ショックウェーブよ! お題とは何のことだ!?」

 

 混乱する主君を差し置いて、ショックウェーブはお題を言う。

 

「今日のお題は、『ディセプティコンに足りない物』でございます」

『ディセプティコンに足りない物~?』

「はい。我らディセプティコンが人気者になるために、我々に足りない物を考えるのです!」

「え、何なのだこの展開。皆なんかオカシイし。付いていけない俺が悪いのか?」

 

 勝手に進んでいく話に、メガトロンは戸惑うばかりである。

 そんな中、スタースクリームが手を挙げた。

 

「じゃあ、まずは俺な。やっぱり必要なのはニューリーダー! 今や変革の時、ディセプティコンは老いぼれていない新しいリーダーを求めている!」

「あ、やっぱお前は変わらないのな。ちょっとだけ安心」

 

 お馴染のことを言い出す航空参謀の顔面にフュージョンカノン(弱)を叩き込みながらも、メガトロンは実家のような安心感を得ていた。

 

 続いてサウンドウェーブが倒れ伏すニューリーダー(笑)を無視して手を挙げる

 

「イジェークト!」

「え、何それ掛け声?」

 

 驚愕するメガトロンを無視して、サウンドウェーブは話を続ける。

 

「ディセプティコンに足りない物、それは『萌え』だ」

『萌え~!?』

 

 ショックウェーブといつの間にか復活したスタースクリームが揃って首を傾げる。

 

 なおメガトロンは事態を静観することにした。

 

 サウンドウェーブは頷く。

 

「そうだ。思えばディセプティコンには萌えキャラが足りない!」

「あ~……まあ、関連するオートボット側は百花繚乱の女神とメーカーキャラがいるのにこっちは年増、チンピラ、オバハンだからな。アリスも離脱しちまったし」

 

 納得した様子のスタースクリーム。

 

「……萌えとは何だ?」

「萌えというのは、一種の俗語で、男心をくすぐられると込み上げてくる感情のことです。あまりにも多くの価値観を内包し定義は曖昧ですが、この場合は女性的な魅力と考えていただければよろしいかと」

 

 一方、よく分かっていないメガトロンにショックウェーブが説明する。

 

「そんなワケでここは一つ、私の部下あたりを人間型に改造して萌えキャラにしようと思う」

「いや、それは……どうだろう……」

「サウンドウェーブ、疲れているのか?」

 

 なんか凄いことを言い出したサウンドウェーブに、ショックウェーブと状況を理解できていないメガトロンがツッコミを入れる。

 だが、サウンドウェーブは止まらない。

 

「ラヴィッジを猫耳僕っ子に! レーザービークはツンデレ系鳥少女! さらにスコルポノックあたりなら健気系! そして、トゥーヘッドはツインテール真面目っ子だ!!」

「いやお前、ディセプティコンをどうする気だよ」

「トゥーヘッドの改造は、断固断るぞ」

 

 燃え上がるサウンドウェーブに、冷めた視線を送る参謀たち。

 

「それなら、5pb.を味方に! それで萌え指数がかなり上がる!」

 

 ――それが本音か……。

 

 楽屋ネタだからってキャラを投げ捨てて煩悩全開の情報参謀に、スタースクリームとショックウェーブは言葉を失う。

 他方、メガトロンは顎に手を当てて考え込んでいた。

 そして、おもむろに発言する。

 

「……思ったのだが、レイは、女性として魅力的ではないのか? あれはあれで美しい女だと思うのだが」

『え?』

「え?」

 

 突然の言葉に参謀たちは呆気に取られ、メガトロンはその反応に呆気に取られる。

 

「……ぶ、ヒャーッハッハッハ! ないない、ないですって! 生憎とあの女に『女』としての魅力はありませんって! なんせ年増ですからね!」

「統計学的に見て、もっと若い女性が好まれるのは確か。さらに外見年齢の割に落ち着きがなく、可愛いで攻めるにも、大人の魅力で攻めるのも中途半端。原作的にも●●(ネタバレにつき一応伏字)とカテゴライズされるキャラクターの中では不人気」

「論理的に考えると、少なくとも王道の萌えは外しているかと」

「……そんなもんか」

 

 三参謀に駄目だしされて、メガトロンは心なし残念そうだったが、すぐに考え直して獰猛に笑う。

 

「しかし考えてみれば、萌えとやらを持っていないと言うことは、俺が独り占めと言うことだな!」

『え』

「そうだろう? そもそもレイは俺の所有物なのだからな。俺の所有物を奪おうなどという愚か者が現れないのは、むしろ好都合よ!」

 

 自身たっぷりに胸を張る姿に、三大参謀はメガトロンのカリスマ性を再確認したような気がした。

 

 恐るべきは、メタ空間をよく分かってないのに、こう言い切ること。

 

「……メガトロン様。自分の言ってる意味、分かってます?」

「この愚か者めが! 俺は耄碌しておらんぞ! レイはこれからも俺の物と言うことだ!」

 

 ――あ、これ分かってない……。

 

 スタースクリームは、もう勝手にやってくれと大きく溜め息を吐くのだった。

 

 オチ? ああ? ねえよそんなもん。

 

 

~~~~~

 

③ ある日のディセプティコン

 

 ゲイムギョウ界のどこかにあるディセプティコンの秘密基地。

 その廊下を一体のディセプティコンが歩いていた。

 

 背に翼とブースター、顔には髭のようなパーツ、腰は曲がり杖を突いている。

 

 氷の中での長い眠りから目覚めたジェットファイアである。

 

 ジェットファイアは不思議そうに辺りを眺めながら、足を引きずるようにして歩いていく。

 

「ふ~む……ここはどこだ?」

「ジジイ! テメエ、なにほっつき歩いてやがる! 待機してろって言ったろうが!」

 

 頭の上にハテナを浮かべるジェットファイアに、後ろから急ぎ足で近づいて来る者がいた。

 航空参謀スタースクリームと砲撃兵ブロウルだ。

 

「お前らか。飯はまだか? 俺は腹が減ったぞ!」

「爺さん、さっき食べただろう?」

「お、そうだっだか?」

 

 ブロウルに支えられるジェットファイアを見て、スタースクリームは額を押さえる。

 

「まったくボケちまってもう……」

 

 深く排気するスタースクリーム。

 さもありなん、伝説の戦士という触れ来みのジェットファイアは、長年の凍結とエネルゴン不足、そしてセレブロシェルの影響で思考がおかしなことになっていた。

 

「ほい、それじゃあ爺さんいくぞ~」

「飯はまだか!」

「さっき食べただろう」

 

  *  *  *

 

 メガトロンは、司令部の玉座に腰かけていた。

 オプティックを瞑り、一見休息しているように見えるが、実際には様々な情報を整理しているだけだ。

 

 メガトロンのスケジュールに、安息の二文字はない。

 

 そのセンサーは常に油断なく、周囲を探っていた。

 

 だから、部屋に入ってきて自分に近づいてくるレイとフレンジーにも気付いていた。

 

「……レイか。何用だ?」

「お休み中のところ、失礼いたします。メガトロン様。……この子たちのことについてです」

 

 一礼してから、そう言ってレイが示すのは、ガルヴァとサイクロナス、それにスカージとその分身たちだ。

 

「そろそろ体も大きくなってきましたし、少し基地の外の世界を見せてあげたいんです。……テレビやインターネットばかりというのも、アレですし」

「ふむ、確かに。良いディセプティコンは、刺激の中で育つものだ。……しかし、外が安全でないのはお前も知っておろう?」

「ええ。ですので……フレンジーさん?」

「あいよー」

 

 レイの声に応えて、フレンジーが中央の円卓に備えられたホログラム発生装置にアクセスする。

 すると、基地のある島の様子が映し出された。

 

「この島の南側には観光地が広がっていますが、反面北側はほとんど開発されておらず、ヒトもいません。念の為夜間にしたうえで、護衛として何人かつけていただければ、問題はないかと……」

 

 レイの説明に、メガトロンは少し考え込む。

 そこでレイは、もう少しダメ押しをしてみることにした。

 

「これも、ガルヴァちゃんたちをより良き兵士に育てるためです。外の空気は大切ですよ」

 

 その言葉と、期待でオプティックを輝かせる雛たちに、メガトロンは腕を組んで厳然と言い放つのだった。

 

「…………いいだろう」

 

  *  *  *

 

 かくして、夜。

 

 島の北側には、崖に囲まれた小さな入り江があった。

 

 未だ人の手の入らぬ自然のままの入り江で、海岸には白い砂浜が三日月型に広がっている。

 海面に満月が映り込んでいるのが、何とも幻想的だ。

 

 そんな中、波打ち際ではガルヴァ、サイクロナス、スカージと分身たちの計9体の雛が遊んでいた。

 

 監督役は、バリケードとボーンクラッシャー、フレンジーだ。

 

 ガルヴァは波に逆らって泳いでいこうとしてバリケードにとっ捕まっているし、サイクロナスとフレンジーは海底を歩いて遊んでいて、スカージたちはボーンクラッシャーが作ってくれた砂山に登っている。

 

 レイは海岸の岩に腰かけ、雛たちが楽しそうに遊んでいるのを満足げに眺めていた。

 その恰好は、大人しめのセパレーツの水着である。色は黒で、アクセントとして薄青のラインが入っている。(選んだのはフレンジー)

 

「失礼するぞ」

 

 と、いつの間にか隣にジェットファイアが立っていた。

 基地を抜け出したのだろうか?

 

「隣に座っても?」

「どうぞ。私の許可なんかいりませんよ」

 

 言われて、ジェットファイアは手頃な岩にゆっくりと、「どっこいしょ」と声まで出して腰かける。

 レイは隣の老ディセプティコンに微笑みかけた。

 

「あなたも、ガルヴァちゃんたちのことが気になったんですか? さっきもメガトロン様が、様子を見に来ました」

「まあ、そんなトコだ……」

 

 ジェットファイアは、しばらくバリケードやボーンクラッシャーが海から上半身を出し、その体に雛たちが登るのを眺めていたが、やがて声を発した。

 

「不思議なもんだな。ディセプティコンってのは、あんまり子供を大切にしないもんだが」

「そうなんですか? ……あの子たちは、『オールスパークが最後に産み落とした子供たち』なんだそうです。だからかもしれませんね」

「…………」

「多分、私はその意味を正しくは理解していません。私に分かるのは、メガトロン様たちが、あの子たちのことを大切に思っていることだけです」

「いずれ、兵士にするとしてもか?」

「だからこそじゃないでしょうか。……私は、それだけではないとも信じていますけど」

 

 静かな声のレイに、ジェットファイアは納得がいったのか、いかないのか、考え込むように髭を撫でている。

 

「お~い、レイちゃ~ん! レイちゃんも遊ぼうぜ~!」

 

 フレンジーがバリケードの肩から手を振っていた。

 雛たちもキュイキュイと鳴いている。

 

「あ、は~い。今行きまーす! じゃあジェットファイアさん、また後で」

 

 フレンジーや雛たちに呼ばれて、レイは立ち上がるとジェットファイアに軽く頭を下げてから海に走っていった。

 

「……俺の知るディセプティコンとは、だいぶ勝手が違うようだ……」

 

 ジェットファイアは、口の中で小さく呟く。

 

「ああ! こんなトコにいやがった!」

 

 と、ジャングルの中からスタースクリームが姿を現した。

 いつの間にか姿を消したジェットファイアを探していたらしい。

 

「おお、お前か若いの。いい夜だな」

「いい夜だな、じゃねえよ! 面倒かけんなつっただろ!!」

 

 呑気なジェットファイアに、スタースクリームは怒鳴り声を上げる。

 だが、老ディセプティコンに堪えた様子はない。

 

「こんな夜は、ひとっ飛びしたくならないか?」

「いやだから、俺に面倒をだな……」

「俺の若いころは、面倒くさい計器や制御装置に頼らず、勘で持って大空を飛びまわったもんだ」

「あーもう! とにかく帰るぞ!!」

 

 スタースクリームに支えられてジェットファイアは立ち上がってヨロヨロと歩き出すのだった。

 

「ところで若いの。飯はまだか! 俺は腹が減ったぞ!」

「さっき食ったろうが!!」

 

 

~~~~~

 

④ ハグレ者珍道中

 

「ルウィー、キター!」

「この国はロリばっかだな。しかし、教祖は中々のオッパイだぜ!」

「アンタたちね……」

 

「ラステイション、キター!」

「この国の女神は公式にはCカップらしいが、見たとこDはあるな。妹の方も前途有望とみた!」

「アンタたちね……」

 

「プラネテューヌ、キター!」

「ここの女神は、結構なオッパイ揃いだな! 正直性欲を持て余す……あれ、なんだろう寒気が……」

「アンタたちね……」

 

「リーンボックス……アリス、大丈夫か?」

「……ん、正直、まだ心の整理がついてないわ」

「まあ、しゃあねえわな。女神やオートボットと出くわさねえようにルート割り出しとくぜ」

「ああ。物資を補給したら、この国を離れよう」

「アンタたち……ええ、ありがとう」

 




① この短編は青少年のなんかに配慮しており猥雑は一切ない
精神直結の元ネタ? ああ、(トランスフォーマーには)ねえよそんなもん! ……攻殻機動隊の昔より、生体プラグとかが登場する物語では、思考を直接つなぎ合うのが、S○Xの代替行為として使われてまして(有名所だとニンジャスレイヤーのLAN直結)、これならトランスフォーマーと女神でも擬似的にニャンニャンできるのではないと……。

なお、ベールやユニが精神直結してる場面を読みたい方はワッフルワッフルと(略)

② 帰ってきた超次元ゲイム ネプテューヌ THE 『Q』TRANSFORMATION
Q:もう二度とやらないって言ったじゃないですか!

A:思いついたんだからしょうがない。

実際のところ、書きたかったのは「レイが人気がない? ラッキー! 俺が一人占めじゃん!」と言っちゃうメガトロンだったり……。

③ ある日のディセプティコン
メガトロンによって締められ、雛育成のためにまとまってる今のディセプティコンは、昔を知るジェットファイアから見ると……というお話。

ジェットファイアの世話役をやるならスタスクしかいません(G1的な意味で)


④ ハグレ者珍道中
オチ的ななんかが欲しくて、急遽書いた四コマ漫画的ななんか。

ハグレ組はハグレ組で楽しくやってるという話。

次回はサウンドウェーブの話を予定していますが、来週旅行に行くので遅くなるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話 またも短編詰め合わせ

どこに入れたらいいのか分からない、そんな話の寄せ集めになります。


① 5pb.の憂鬱

 

 アイドル。

 

 それは咲き誇るメディアの花。

 しかし、その浮き沈みは激しく、忘れられるのも早い。

 

 世の流行り廃りに対抗できる者は、ほんの一握り。

 

 そんな厳しい世界なのだ……。

 

  *  *  *

 

 リーンボックスのどこかにある、サウンドウェーブのセーフハウス。

 

 ゲイムギョウ界の情報を集めるにあたって、サウンドウェーブは各地に臨時基地とは違う、諜報部隊のためのセーフハウスを作った。

 

 ここもその一つであり、基地を離れたサウンドウェーブは、次なる作戦の『仕込み』のためにいったんここに潜んでいるのだった。

 

 照明の一切ないなか、部屋中にサウンドウェーブの機械触手が伸び、いくつものパソコンに植物の根のように絡みついている。

 

 オートボットの技術で強化されているとはいえ、未だ人間の構築したコンピューターネットワークは脆弱だ。

 教会や主要基地ならいざ知らず、そこらの基地や民間の企業の防御などサウンドウェーブにとっては無いも同じ。

 サウンドウェーブにとって、ネットは巨大な食卓だ。サイトや個々のコンピューターは並べられた皿で、その内部の情報は盛り付けらた料理。

 後は好きに平らげるのみ。

 

 スタンドアローンにして対策している場合もあるが、そういう時は配下たちを向わせればいい。

 

 だが、あらゆる情報を収集していたサウンドウェーブは、由々しき事態に直面していた。

 

 それは……。

 

  *  *  *

 

「打ち切り?」

「そうだ」

 

 5pb.は、社長に呼び出されて、自分の帯番組の終了を知らされていた。

 

「どうしてですか!? 人気だって落ちていないし、視聴率やCDの売り上げだって……」

「ああ。だが番組のスポンサーは、新鋭のアイドルであるMOB48を期用する意向だそうだ」

 

 納得いかない5pb.に、社長は苦しげに説明する。

 いかな大手芸能事務所と言えど、スポンサーに強く逆らうことはできない。

 

「すまん、5pb.君。私としても手を尽くしたのだが……」

 

 頭を下げる社長に、5pb.はガックリと項垂れるのだった。

 

  *  *  *

 

 打ち切られた番組は、5pb.が初めて持った自分の帯番組であり、彼女にとって大切な番組だった。

 栄枯盛衰は世の常と言えど、やはり悲しかった。

 

 コートとサングラスで変装して家路につく5pb.が町を見れば、あちこちに最近話題のアイドルグループ、MOB48のポスターが貼られている。

 

「はあ……」

 

 思わず溜め息も出てくる。

 

 やがて、自宅のマンションへと帰り着いた5pb.は、建物の中に入ろうとするが、脇の暗がりに気配を感じた。

 

「……? そこにいるのは、誰?」

 

 暗がりに向かって問い掛けると返事があった。それも猫の鳴き声のような返事が。

 

「え? 今のって……」

 

 明かりに下に出て来たのは案の定、大きな猫だった。

 ただし、金属の肉体を持ち、トゲトゲとしていて、赤い単眼が印象的な豹ほどもある猫である。

 

 ディセプティコンの一員、特殊破壊兵ラヴィッジだ!

 

「君はラヴィッジ? どうしてここに? ひょっとして、ボクのことが心配で来てくれたの?」

 

 グルグルと喉を鳴らしながら、ラヴィッジは5pb.にすり寄る。

 

「ありがとう。やっぱり君は優しいね」

 

 フッと相好を崩して5pb.はラヴィッジの頭を撫でてやる。

 

 ディセプティコンがゲイムギョウ界を荒らしまわる悪者であるのは分かっているが、それでも彼の優しさが嬉しかった。

 

「ラヴィッジ! お前、やっぱりここにいたか!!」

 

 と、どこからか甲高い声が聞こえた。

 5pb.が見上げると、大きな鳥が舞い降りてくるところだった。

 やはり機械仕掛けの体を持った、蛇のように長い首とギョロッとした目が特徴的な鳥……レーザービークだ。

 

「持ち場を離れるなって言われただろうが!」

「ごめんなさい。ボクのことを心配して来てくれんたんだ」

 

 レーザービークに怒鳴られて、シュンとしたのはラヴィッジではなく5pb.の方だった。

 バツが悪そうな顔になるレーザービーク。

 

「いや、別に5pb.に怒ってるワケじゃあ……俺はあくまで、ディセプティコンの一員としてだなあ……」

「レーザービーク、ソコラヘンニシテオケ」

 

 ビルの陰から、レーザービークとラヴィッジの主人であるサウンドウェーブがノッソリと姿を現した。

 

「サウンドウェーブさん!」

「5pb.。久シ振リダ」

 

 驚くも嫌悪はない5pb.にサウンドウェーブは、僅かに微笑むのだった。

 

  *  *  *

 

 大都市の明かりの照らす中、5pb.とサウンドウェーブ一行は、人の目に触れないとある波止場で海を眺めていた。

 

「……それでラヴィッジが持ち場を離れたんで、探してたんだが、もしやと思って来てみたらドンピシャリだ! まったく困った奴だぜ!」

 

 コンテナの上に腰かけた5pb.の横で捲し立てるレーザービークだが、当のラヴィッジは丸くなって5pb.に撫でられている。

 

 サウンドウェーブは、何も言わず佇んでいた。

 

「まあ、ラヴィッジが心配するのも分かるけどな。……最近、あんた調子が悪いみたいだから」

「うん、まあね」

 

 5pb.は、少しだけ悲しそうに微笑む。

 それから5pb.は少しの間、サウンドウェーブたちに近況を話した。

 

 最近、MOB48というアイドルグループがデビューしたこと。

 

 そのMOB48は短期間の間に国民的人気を獲得したこと。

 

 そしていつしかMOB48の人気に押されて、5pb.の仕事が減っていったこと……。

 

「なるほどなあ。そいつは悔しいよなあ……」

 

 レーザービークは痛ましげに5pb.声をかける。

 

 新入りにデカい顔をされるのは、いい気分はしないだろう。

 

 5pb.は静かに頷いた。

 

「うん。悔しいよ。ボクの歌は、もう誰かの心を感動させる力はないのかな」

 

 しかし、それは俗な嫉妬からではなかった。

 

 あくまでも、自分の力不足を情けなく思っているのだ。

 

 レーザービークは呆気に取られる。

 

「いやなんつうか、5pb.は本当に歌バカなんだなあ」

「それ褒めてる?」

「わりと」

 

 そっけないレーザービークに、5pb.は苦笑した。

 

「5pb.」

 

 と、これまで黙っていたサウンドウェーブが静かに声を出した。

 5pb.が驚いて見上げると、サウンドウェーブはバイザーの下で微かに笑顔を見せた。

 

「自信ヲ持テ。君ノ歌ハ素晴ラシイ。少ナクトモ、我々ハ、君ノファンダ」

「おう、俺ら応援してるぜ!」

 

 主人の言葉をレーザービークが継ぎ、ラヴィッジも同意を示すべく唸る。

 

「……ありがとう」

 

 サウンドウェーブたちの思いやりが嬉しくて、5pb.は笑みを浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

 その後、一時期はリーンボックスを席巻したMOB48も、他のアイドルと同様ブームは去っていった。

 

 だが5pb.は国内外に根強いファンが多く、人気を盛り返したそうな。

 

 サウンドウェーブと仲間たちは、今日もゲイムギョウ界のどこかで5pb.の歌に聞き惚れるのだった。

 

 

~~~~~~

 

 

②闇に蠢く者

 

 ゲイムギョウ界のどこか。

 と言っても物理的に存在する場所ではなく、電子的な仮想空間だ。

 

 円卓といくつかの椅子の用意された会議室のようなここに、幾人かの男たちが集まっていた。

 

 いずれもが、名のある企業の責任者ばかりだった。

 

 その中には、リーンボックスに本拠を置きディセプティコンと通じている、あの企業の社長の姿もある。

 

「今回、我らの忠実な駒、ハイドラヘッドの活躍で、人造トランスフォーマーの量産が可能になった」

「女神を弱らせる真光炉を失敗し、ゲハバーンも奪われ……いい所なしだったハイドラも、ようやく役に立ってくれたワケだ」

 

 嘲笑混じりに話し合う男たち。

 かつて女神が争っていた時代に、全面戦争が起こるのも間近と考えたいくつかの企業が裏で結託。

 情報操作によってワザと戦争を激化、長期化させて安定した利益を得ることを目論んだ。

 

 そのために、大枚を叩いて多くの兵器を造り、傭兵を教育し、マスコミの利権を獲得した。

 

 しかし、そうまでしたのに戦争は起こらなかった。

 ネプテューヌが、女神たちが、戦争を拒否したからだ。

 各国の開戦ムードもアッと言う間に下火になり、企業連だけが大損した結果に終わった。

 

 しかし、強大な外敵であるディセプティコンが現れたことで、対策のための兵器を売ることで利益を上げることに成功していた。

 

「だが、戦争はいつか終わる。ディセプティコンもいつかは敗北するだろう。……それでは困るのだ。いつまでも、いつまでも、いつまでも! 戦争が続いてくれないと」

 

 戦争が続けば、多くの人間が傷つく。町が焼かれ、兵士が死んでいく。無辜の民も巻き込まれるだろう。

 

 だが、彼らには関係ない。

 

 兵士だろうが一般人だろうが、他人がどれだけ死のうが知ったことか。

 

 町が焼かれ家が壊れても、土建屋がもうかって、ちょうどいい。

 

 彼らは自ら戦うような愚かなことはしない。自分が傷つき、血を流し、倒れるようなことはしない。

 戦いは馬鹿にやらせおいて、美味しい所だけ貰ってしまえばいい。

 賢者たる自分たちは、戦う者たちを利用するだけだ。利用するために戦う者たちを作るだけだ。

 

 兵士たちが国や、家族や、無関係な人々を護るために戦う中、彼らは冷房の効いた部屋で嗤いながらワインを飲む。

 

 それが彼らの望む世界。

 彼らだけが得をしてヌクヌクと笑み、他の全てがその踏み台となって苦悶にのたうつ世界。

 

「それを拒絶する女神など、消えてしまえば、殺してしまえばいい」

「その上で、我々にとって都合のいい、いつまでも戦争を続ける女神を作るのだ」

「ついでに、あの体を堪能させてもらうとするか。ナニもついていないオートボットどもでは、満足できなかろう」

 

 下卑た笑みを浮かべる男たち。

 

 彼らに信仰心などない。他者への思いやりもない。お互いへの仲間意識すらもない。

 彼らにとって他者とは利用し、踏み潰し、搾取する物なのだから。それが当然だと思っているのだから。

 

「そもそも、あんな理想家の小娘どもが支配者を気取るのが異常なのだ」

「そうとも。我々のように現実的で合理的な人間でないと」

 

 彼らにとって現実的で合理的とは『自分の都合のために他人を無限に犠牲にできる』ということだ。

 オートボットとディセプティコンもまた、彼らにとっては利用する存在でしかない。

 

 彼らは自分だけが強者で、賢者で、勝者だと信じて疑わない。

 

 ………その足元は、すでに崩れ始めていることに気付かずに。

 

  *  *  *

 

 リーンボックス内のとある工場。

 

 ここで、秘密裡に人造トランスフォーマーの量産が行われていた。

 

 いくつものパーツがオートメーションによって作られ、組み上げられていく。

 

 そうして出来上がるのが、廉価版スティンガーといった様相の量産型、『トラックス』である。

 

 完成したトラックスたちは、列を組んで並べられ、いつかくる出撃の時を待つ。

 

 その工場の奥に、研究所を兼ねたスペースがあった。

 

 研究員たちが忙しなく動き回るそこの一角には、厳重に拘束された状態である存在が鎮座していた。

 

 深紫の体に、それぞれ単眼を備えた二つの頭。

 ディセプティコンの人造トランスフォーマー、トゥーヘッドだ。

 

 研究員たちのあらゆる操作、調査に全く反応せず、静止し続けている。

 

 やがて、研究員たちは仕事を切り上げ帰路に着き、トゥーヘッドから離れていった。

 

 工場が無人になっても、それでもトゥーヘッドは動かない。

 

 ……否。

 

 トゥーヘッドの二つの単眼がギラリと光ったかと思うと装甲の隙間から、何匹もの小さな虫が這い出してきた。

 その虫は機械の体と、赤い目を持っていた。

 

 機械虫たちは一斉に飛び立つと、周囲のコンピューターに潜り込んでいく。

 

 それだけではなく、研究スペースを飛び出し、整列するトラックスや、作りかけのトラックスの装甲の隙間へと入り込んでいった。

 

 機械虫は、工場のシステムや人造トランスフォーマーのプログラムをそうと分からないように書き換えていく。

 

 次の日、研究員がやってきたころには、全ての人造トランスフォーマーとこの工場のシステムは残らず機械虫……インセクティコンによって汚染された後だった。

 

 そしてそのことに気が付く者は、誰もいなかった……。

 

 

~~~~~

 

③ 過去の記憶か、未来の予感か

 

 炎が、全てを包んでいた。

 

 何もかもが崩れ、壊れ、滅んでいく。

 

 燃え盛る炎に囲まれて、一人の女性が茫然と崩壊しゆく世界を眺めていた。

 

 突然、黒いローブで顔を隠した一人の男が炎の中から躍り出たと思うと、禍々しい紫に輝く剣を女性の腹に突き刺した。

 

 剣は容易く女性の肉と骨を貫いて背中に飛び出す。

 

 女性は自身の腹に突き刺さった剣……女神殺しの魔剣ゲハバーンを何が起こったのか分からないという風に見下ろし、それから男に手を伸ばす。

 

 指先がフードにかかり、男の顔が露わになった。

 

 そこで初めて、女性……レイは悲しそうな表情になる。

 

「ど、う…して…?」

 

 一文字発音するたびに、口からは血が吐き出された。

 男は答えず、レイの腹からゲハバーンを引き抜く。

 

 レイの体から、急速に力と……命が失われ、地面に倒れた。

 男は、しばらく倒れ伏したレイをジッと見下ろしていたが、やがて踵を返して炎の中に消えていった。

 

 薄れゆく意識の中で、レイは男の背を見つめながら、呟いた。

 

「どう……して……メガト…ロ……ン……さ……ま………」

 

 それきり、レイの意識は闇に閉ざされた。

 

  *  *  *

 

 ハッと、レイは目を覚ますと、目に映ったのは見知った天井だった。

 茫然とレイは呟く。

 

「……変な夢」

 

 メガトロンが、自分をゲハバーンで刺す夢だなんて。

 

 時計を見れば、起床する時間だった。

 いつまでも夢に囚われている場合ではない。

 

 ベッドから起きあがったレイは、鏡を見るまで自分が涙を流していることに気付かなかった。

 




① 5pb.の憂鬱
本当はこの後もう一波乱ある予定だったけど、書いてたら蛇足かな? と思ってこんなに短くなった次第。

本当に5pb.が大好きな音波一家。

② 闇に蠢く者
色々フラグを建てる回。

もはや、まな板の上の鯉と気付かないのは本人らばかり。

③ 過去の記憶か、未来の予感か
次回からの中編の前振り。

第四章、日常編、ハイドラ、長かった回り道と、そして彼女の終わりの始まり。

次中編 Rei Kiseijou is Dead(キセイジョウ・レイの死)

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中編 Rei Kiseijou is Dead(キセイジョウ・レイの死)
第81話 レイ、休暇をもらう


男には、例え誰得でも書きたい話がある。


 とある島の地下に構えられた、ディセプティコンの秘密基地。

 

 メガトロンはその訓練室で新たに手に入れた剣、ハーデスソードの素振りをしていた。

 自身の身の丈に近い大剣にも関わらず、メガトロンは片手で軽々と振り回している。

 

 そのまま、傍らに控えたフレンジーから報告を受けていた。

 

「……てなワケでして、ガキどものレイちゃんへの懐きっぷりは結構なもんでして」

 

 報告の内容は、レイと雛たちについてだ。

 レイの面倒見役であるフレンジーだが、同時に監視役も兼ねており、定期的にレイの様子を主君に報告することになっている。

 フレンジー本人としては、もはや必要ないのではと思わないでもないが、命令は命令だ。

 

「レイちゃんもすごく頑張ってますから、それが伝わるんでしょうね。見てるこっちが微笑ましくなるくらいの……」

「いかんな」

「へ?」

 

 メガトロンは難しい顔をする。

 

「聞いておれば、レイ(あれ)は雛たちを甘やかし過ぎだ。そろそろ厳しくしなければならない時期だろうに。……そうだな。ここらで一つ、気を引き締めてやるとしよう」

「はあ……」

 

 いいことを思いついたと言う顔になったメガトロンに、フレンジーは呆気に取られるのだった。

 

  *  *  *

 

 育成室では、今日もレイが幼体たちの面倒を見ていた。

 

「……こうして、配管工とお姫様は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 

 今は絵本を読んであげる時間だ。

 ガルヴァとサイクロナスは大人しく聞いていた

 だが、もうスカージとその分身たちが、もっともっとと絵本をねだる。

 彼らは、背中の羽もあって天使のように可愛らしい容姿ながら、結構なやんちゃばかりな上、駄目と言ってもいつの間にか分身しているので、中々厄介な子供たちだった。

 

「スーちゃんたち、もっと読んでほしいの? じゃあ、ええと……」

 

 次の絵本を取ろうとするレイだが、その手が空を切る。

 

「……あれ?」

 

 少し視界がぼやけるのをレイは感じた。

 だが少し頭を振って視界をハッキリさせ、本を取る。

 

「じゃあ次は、緑の勇者のお話ね。昔々ある王国の深い森では、子供の姿をした人たちが妖精と暮らしていました……」

 

 絵本を読み始めるレイの周りに、計九体の雛が集まる。

 

「…………」

「やれやれ、アイツらが大人しいのは、寝てる時と飯食ってる時だけだな」

「それと、ああして本を読んでもらってる時もな」

 

 幼体にスキャンをかけながら、フレンジーはそれを横で見ている。

 バリケードとボーンクラッシャーは雛が散らかした玩具を片付けながら、本の内容に耳を傾けていた。

 

 そしてもう一人。

 

 破壊大帝メガトロンは、壁に背中を預けて雛たちとレイを見ていた。

 その表情は、やや剣呑なものだった。

 

「レイよ。雛たちに、そのような夢物語を刷り込むのは、やめたほうがいい。時間の無駄だ」

 

 レイは話を振られたことに気が付くには少しかかった。

 

「そろそろ、雛たちにももっと大切なこと……戦闘や他者を蹴落としてでも生き残ることについて教えなければならん」

 

 その言葉にレイは顔をしかめ、それから丁寧に、しかし断固として言い返した。

 

「お言葉ですが、メガトロン様。この子たちは優しい心を持っています。戦いはまだしも、他者を蹴落とすようなことをしなくてもよろしいのでは?」

「優しい心? そんな物が何の役に立つ。戦争に置いて必要なのは情け容赦のない残酷さだ。俺はガキどもに、強い子に育って欲しいのだ」

「ですが、優しさも強さでしょう」

「それはディセプティコンの考え方ではないわ! こいつらには、立派なディセプティコンになってもらうのだからな!」

「それはメガトロン様の考えでしょう! 子供たちに、ディセプティコンの価値観を押し付けないでください!」

「ディセプティコンなのだから、ディセプティコンらしく育ってもらいたいと思うのは自然だろう!」

「そういう了見の狭い考え方はどうかと言っているんです! この子たちの感性や個性を潰しちゃ本末転倒でしょう!!」

「了見が狭いだと!? この俺に、了見が狭いと言ったな!! 俺はただ、こいつらが生き残るために必要なことを学ばせようとしているだけだ!!」

 

 言い合ううちに段々とヒートアップしていくメガトロンとレイ。

 フレンジーとボーンクラッシャーは只々両者の間でオロオロとしているばかりで、バリケードは難しい顔で黙り込み、雛たちは不安げに言い合う二人を見上げている。

 

「だいたい! 何でこの子たちを強くしようとするんです! 学者とか、政治家とか、兵士にならずともメガトロン様をお支えする道はいくらでもあるでしょう!!」

「無論、勉学にも励ませるつもりだ! 軍事、政治、学問、経済、あらゆる分野の英才教育を施す!! 兵士としての強さは最低条件よ!!」

「何ですか、その有り得ないスパルタ!? 子供に大き過ぎる期待を懸けないでください!! そういうので子供がグレたり潰れたりするんですからね!!」

「期待もするわ!! そいつらは俺の……」

 

 遺伝子を継いだ子なのだから……と言いかけた所でメガトロンはグッと飲み込む。

 

 雛たちがメガトロンのCNAとレイの因子を持つ、言わば二人の子供であることは、未だレイに打ち明けていない。

 

 急に言葉を濁したメガトロンを訝しげに見上げつつ、不安げなガルヴァを抱き寄せる。

 

「この話はまたいずれ! 子供たちをお風呂に入れてあげる時間なので! ほら、みんな行くわよ~。皆さん、手伝ってください」

 

 それだけ言うと、レイは険しかった顔を笑顔にしてフレンジーを伴って雛たちを先導していく。

 バリケードとボーンクラッシャーは逃げようとするスカージと分身たちを捕まえて風呂場へと連れていく。

 

 メガトロンは当然という顔でノッソリとそれを追うのだった。

 

  *  *  *

 

 雛たちのための風呂場は、育成室の横に設置されており、地下から湧き出す温泉を利用した物だ。

 

 岩で造られた、雛たちが入って余りある大きな湯船に、お湯が一杯に張られている。

 

「じゃあ、バリケードさんとボーンクラッシャーさんは先に子供たちをお風呂に入れてあげてください。私は、準備しますので」

「おう」

「分かった」

 

 レイに指示されて、二人は雛たちを抱えたまま風呂に入っていく。

 一方、レイはと言うと浴室の端に置かれたカゴの前まで歩いていき、そこでおもむろに自分の来ている上着のボタンを外し始めた。

 上着をカゴに入れ、ネクタイをほどくと、続いて短パンのボタンをはずす。

 

「……ちょっと待て。なぜ、脱ぐ?」

 

 異様に低い声で問うメガトロンに、レイはキョトンとした顔を向ける。

 

「え? だって脱がないとお風呂に入れないじゃないですか」

「そうではなく、フレンジーらがおるのに脱いで、羞恥は感じないのかと聞いている」

 

 若干イライラとした様子のメガトロンに戸惑うレイだが、そうしている間にも下着まで脱いでしまい、生まれたままの姿になる。

 本人は否定するだろうが、白い肌には染み一つないし、体つきも腰の括れから足にかけてのラインは整っていて、足もスラリと長い。

 顔が険しくなっていくメガトロンに、レイはさらに首を傾げた。

 

「トランスフォーマー相手に、羞恥も何もないでしょう」

 

 彼らは金属生命体。自分を『そういう』目で見ることは有り得ない。人間からだって見られないのに。

 事実、フレンジーたちは平気そうな顔をしている。

 レイは、かけ湯をしてから風呂に浸かる。

 何分、トランスフォーマーサイズなのでプールのような感覚の風呂を雛たちの下へ泳いでいく。

 

 それを見ながら、メガトロンは自問自答していた。

 

 何故、自分はレイが裸になることが気に食わなかったのだ?

 簡単だ。有機生命体が服を脱ぐことに羞恥を感じる理解不能な価値観を持っていることをメガトロンは知識として知っていた。

 そしてレイはメガトロンの所有物なのだから、服を脱いだレイをメガトロンの許可なく見ることは著しい権利侵害なのだ。

 

 ……という理屈をコンマ一秒の間に組み立てたメガトロンは、せっかくなので自身も湯船に浸かるのだった。

 

「さあ、ガルヴァちゃん、体をゴシゴシしましょうね~♪」

 

 湯船の真ん中には小島があって、レイはそこに腰かけて雛たちの体をブラシで磨いてやる。

 フレンジーたちも磨いてやっているが、やはりレイに磨かれるのが一番らしい。

 

「まったく、レイめ。ガキどもを甘やかしてばかりではないか」

 

 少し離れた所で湯に浸かるメガトロンは、愚痴りつつも、温泉そのものは気持ちがいいので気分が良くなってくる。

 

「いや~、極楽極楽」

 

 いつの間にか、ジェットファイアがメガトロンの横で湯に浸かっていた。

 このご老体、意外と神出鬼没である。

 

「いい湯だわい。この湯に含まれる成分は、関節(ジョイント)の痛みに効くからな」

 

 上機嫌なジェットファイアは、雛を洗うレイに視線を向ける。

 

「あのガキどもは、随分とあの女に懐いてるようだな」

「ただの刷り込みだ。後は食い物を寄越すからだろう」

「それもあるだろうが、それだけでもあるまい。子供を慈しむ……本来ならディセプティコンが持っていない概念だ」

 

 馴れ馴れしいジェットファイアに、メガトロンはいちいち怒るようなことはしない。どうせ、セレブロシェルの影響でマトモな思考はしていないのだ。

 

「それにしても、あの女は中々いい女だな」

「ゲイムギョウ界では、あまり魅力がない方らしいがな」

「そりゃ、見る眼のある男がいないだけだろう。……あるいは最近、いい女になったか。俺もあと3000年ばかり若けりゃホッとかないんだがな」

「有機生命体を相手に趣味の悪いことだ。……それに残念だったな。アレは俺の所有物だ」

「そりゃまた」

 

 茶化すような表情のジェットファイアに、メガトロンはやはり、意味のある思考を成していないと、セレブロシェルの効力を確信するのだった。

 

  *  *  *

 

 風呂から上がったメガトロンは一人、基地の外で星を見上げていた。

 ここは、かつて遺跡を作った先住民が星見台として作った場所である。

 ゲイムギョウ界は有機生命体の蔓延るディセプティコン的には気に食わない世界だが、星空だけは気に入っている。

 秘蔵のオイルを缶から器に注いで煽る。

 

 部下たちはメガトロンの邪魔をしない。用があれば通信が入るだろう。

 勝手に来そうなジェットファイアはスタースクリームに連れていかれた。

 

 もし邪魔する者がいるとすれば……。

 

「メガトロン様。ここにいらっしゃいましたか」

 

 やはり来たか、と顔を向ければレイが立っていた。

 

「何用だ」

「さっきのお話の続きです。子供たちの、今後について」

 

 真面目な顔と声色のレイに、メガトロンは鼻を鳴らすような音で答える。

 

「変更はナシだ。アイツらには兵士としての教育を施す」

「それについては……受け入れることにしました。フレンジーさんたちも、仕方ないと言っていましたので」

 

 そう言いつつも、レイの顔は悔しげに歪んでいた。

 本人なりに、我が子のように思う雛たちを戦わせるのは葛藤があるのだろう。

 口の中で小さく舌打ちして、メガトロンは次の言葉を出した。

 

「まあ、俺も少し性急だった。本ぐらいなら、読んでやっても構わん」

 

 それは酷くメガトロンらしくない言葉であり、メガトロン自身も何でこんなことを言ったのかよく分からなかった。

 

「ッ! 本当ですか!?」

「ああ、何度も言わせるな」

 

 笑顔を浮かべるレイに、メガトロンはそれ以上、何も言わずオイルを煽る。

 

 まあ、悪い気分ではなかった。

 

「ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げてから、レイは踵を返そうとして……体をふらつかせて、倒れそうになった。

 スッとメガトロンは手を差し出し、その体を支える。

 

「……あ! すいません! 最近夢見が悪くて寝不足で……」

「言い訳をするな。体調管理ぐらいしっかりしろ」

「……すいません。ご迷惑をおかけしました」

 

 出会ったころのように気弱な顔のレイに、メガトロンはイラつく。

 

「ガキどもが心配するから、体を大切にしろと言っておるのだ!」

「は、はい! ……ありがとうございます」

 

 少し頬を染めて柔らかく笑むレイから、メガトロンは視線を外す。

 一方のレイは、少しの間だけメガトロンの手の金属的な質感と、胸の内の甘く疼くような痛みを楽しむのだった。

 

  *  *  *

 

 それからしばらくして、メガトロンは司令部の玉座に坐して、深く瞑目していた。

 

 進めている計画は順調に進んでいるが、それとは別にシェアクリスタルの奪取だけは中々上手くいかない。

 

 ――どうしたものか……。

 

 思考を巡らしていると、司令部に入ってくる者がいた。

 

「メガトロン様、失礼します」

「フレンジーか」

 

 フレンジーはメガトロンの前で一礼すると、顔を見上げて奏上する。

 メガトロンはレイについての報告かと思ったが、違った。

 

「実は、お願いがあるんです」

「…………」

 

 微動だにしないメガトロンに、フレンジーは恐怖を感じつつも言葉を続ける。

 

「メガトロン様。……レイちゃんに、お休みをあげられないでしょうか?」

「何だと?」

「い、いやだって、ガキどもの面倒に、下っ端だのネズミだのの飯作り、その上に時々出撃までするようになって、このままじゃレイちゃん、潰れちゃいますよ! ちょっとの間、基地の外に出してあげてもいいじゃないですか!」

「…………話はそれだけか?」

 

 冷厳と言い放つメガトロンに、フレンジーは愕然とするが、すぐに負けん気を出して言い返す。

 

「お願いします! レイちゃんはメガトロン様のお考えの大切な(ピース)なんでしょう! 労わったっていいじゃないですか! ガキどもの世話は俺がしますから! どうか、お願いします!!」

「随分と必死ではないか。……アレに惚れでもしたか?」

 

 平坦な声で放たれた問いに、フレンジーは二度驚く。

 

「ち、違いますよ! そういうんじゃないんです! ……ただ、レイちゃんのこと、ほっとけないって言うか……すいません、上手く説明できないです。……とにかく、レイちゃんに休暇をですね……」

「いいだろう」

「……あげてくれないかと……え?」

 

 フレンジーは聴覚回路の故障かと思った。

 キョトンとするフレンジーに、メガトロンは表情を変えないまま言う。

 

「いいだろう、と言ったのだ。休暇でもなんでもくれてやる」

「ほ、本当ですか! でもなんで急に……」

「ただし、必ず帰ってこさせろ。それとお前が見張り役として付いていき、アレの様子を逐次報告しろ。それが条件だ」

 

 フレンジーの疑問に答えず返事も待たず、メガトロンは言い捨てると、これで話は終わりだと言わんばかりにオプティックを閉じる。

 

「は、はい! 分かりました! さっそくレイちゃんに伝えてきます!!」

 

 とにかく良かったとばかりにフレンジーは部屋から転がり出ていった。

 

 しばらく黙っていたメガトロンは、やがてポツリと呟いた。

 

(ピース)ではない、欠片(ピース)だ」

 

  *  *  *

 

 かくして、レイは休暇をもらうことになったのだった。

 もちろん最初は戸惑ったレイだったが、気を取り直して休暇を楽しむことにした。

 

 そして、アッと言う間に出発の日になり……。

 

「それじゃあ、行ってきますね」

「おう、いってらっしゃい!」

「フレンジーに迷惑かけるなよ」

「ガキどものことは、アタイたちに任せてください!」

「はい! お願いしますね」

 

 基地の門の前で、レイは見送りにきてくれたバリケード、ボーンクラッシャー、リンダらに頭を下げる。

 

 やはり、メガトロンは来ていないようだ。

 

「それじゃあ行ってくるから。いい子でお留守番しててね」

 

 整列した雛たちの頭を撫でながら、レイは微笑む。

 雛たちはキュイキュイと鳴いて答えた。

 

 と、レイの服のポケットに入っていたスマートフォンが鳴る。

 レイがそれを取り出すと、スマホは手の中でギゴガゴと音を立ててフレンジーに変形した。……ただし頭だけの。

 こうして、頭だけで活動したほうがレイの負担にならないだろうという、フレンジーなりの配慮である。

 

「レイちゃん、俺にも挨拶させてくれよ。それじゃあ行ってくるぜ、土産は期待するな! ……ほい、OK。さっさと行こうぜ!」

 

 あまりにも簡潔な挨拶に、レイを始め一同は苦笑いする。

 

「それで、レイちゃん。どこに行くんだい? やっぱり『上』で遊ぶのかい?」

「あ、いえ……『上』は、私には過激すぎるので……」

 

 フレンジーの問いに、レイは苦笑いを崩さずに答えた。

 

「久し振りに帰ってみようと思うんです。……プラネテューヌへ」

 




副題『子供の教育方針でもめる父と母』

今回の解説。

絵本の内容
マ○オとゼ○ダ

温泉
ディセプティコン自慢の溶岩(が固まった岩を使った)風呂。
これでガルヴァが風呂好きに……。

(ピース)ではなく欠片(ピース)
Q:それ大事なの?

A:メガトロン的には、かなり大事。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話 彼女が発掘隊に加わった理由

女神もでない! トランスフォーマーもでない!

それでもクロスオーバーか!!(自問自答)


 プラネテューヌのとあるホテル。

 その一室の椅子に深く腰掛け、レイは深く息を吐く。

 

 さて、これからどうしよう。

 

 自分が立ち上げた市民団体の様子を見るつもりで帰って来たのに、その市民団体はレイがいなくなったことで自然解散していた。

 市民団体に所属していた何人かを訪ねたが、全員、綺麗さっぱり脱女神運動をやめていた。

 

 ……その代わり反オートボット運動をしていたりして、その見境のなさに悲しいやら、呆れるやら。

 

 自分も含め、その程度の運動だったということだろう。

 

 その上、市民運動の拠点兼住居にしていた雑居ビルも、何か月も留守にしたことで契約を切られていた。中の物も処分されたそうな。

 そこでフレンジーがホテルを取ってくれて、今に至る。

 

 ここでレイは、市民団体にも自分の家だった場所にも、ほとんど未練がないことに気が付いた。

 あまりにも濃厚な基地での生活に比べれば、かつての自分の生活は充実感や使命感どころか現実感さえもなかった。

 

 そんな彼女だが、今は少し悩んでいた。

 

 ――困った、やることがない。

 

「温泉……は、基地で十分堪能してるし。買い物……欲しい物が思いつかない。映画……今、見たいのやってないなあ」

 

 基地にいる時は、雛たちの世話に会議に時々出撃に……とやることが山ほどあった。

 いざ、そこから解放されると、何をしていいのか分からない。

 

「このままダラダラ過ごすのもいいけど……。何か、したいわよね……」

 

 じゃないと、せっかくのお休みが勿体ない。

 我ながら貧乏性だなと思いつつ、さしあたって買ってきた新聞を広げてみる。

 

『ネプテューヌ様の支持率、また下がる。イストワール様、胃痛で入院か? オプティマス氏、男泣き』

『新作ゲーム発売! 販売店には長蛇の列。ネプテューヌ様の姿も』

『リーンボックスの大企業、近々新商品発表の噂』

 

 と、新聞紙の隅の小さな記事がレイの興味を引いた。

 

『プラネテューヌ国立博物館にて、タリ展開催! オプティマス氏特別協力!!』

 

「タリ……」

 

 思い出されるのは、惑星サイバトロンに転送された、あの事件。

 元はと言えばあの事件は、レイがタリの遺跡に言い知れぬ既視感を憶えたことに始まった。

 遺跡の石柱や発掘品に触れるたびに、頭痛と共にフラッシュバックする知らない記憶。

 未だ見つからぬ、自分の過去、中身。

 

「……行ってみるかな」

 

 博物館なら、ここから遠くはない。

 

 この機会に自分探しも、悪くはない。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ国立博物館の一角の特設展示場では、タリ展と評して、古の大国タリに関する展示が行われていた。

 

 各地で発掘された遺物、後年の研究による資料の数々。

 中でも目を引くのは、あのストーンサークルの遺跡から発掘された壁画だ。

 

 見上げるほど大きなそれは長い年月を経てなお、鮮やかな色合いを失っていなかった。

 火山と思わしい台形の山の麓に、白と黒で色分けられた建物が規則正しく並ぶ町並みが広がっている。

 奇妙なのは、町の上空に島のような物が浮いていることだ。

 

 その前にできた人だかりに向かって、シルクハットの教授が壁画について説明していた。

 

「これは、かの古の大国タリの首都を描いたと思われる壁画です。白と黒に塗り分けられた建物が、ちょうどチェス盤のように並んでいるのが分かるでしょう? このことからも、タリが非常に優れた文明を持っていたことが分かります」

 

 聴衆の中にはマスコミの姿もあり、カメラを回したり話を録音したりしている。

 その内の一人が手を挙げて質問する。

 

「教授、それでその宙に浮かんでるのはなんです?」

「はい。あれはタリの空中神殿。タリの女神はあそこに坐して、自分の国を見下ろしていたそうです。……ただし、この時代にあんな巨大な物を空に浮かべるのは不可能だとして、後年の創作であるとも言われています。では次も創作の話をしましょう」

 

 教授は壁画の横に置かれた彫像を示した。

 それは、女性を象った坐像であった。

 

 しかしその表情たるや、牙をむき出しにして憤怒とも怨嗟つかぬ表情を浮かべた恐ろしい物だ。

 頭から生えた二本の角が天を突き、背には猛禽の翼を広げ、長い髪は蛇となっていた。

 

「この像はタリの女神を模した物です」

「過去の女神は、このように……その、異様な姿をしていたと?」

「いえ、これは後年に作られた物で、当時の人の想像や脚色がかなり入っています。実際の女神について、分かっていることは少なく、分かるのは、やはり暴政を敷き、反乱の末に倒されたということですね。……次に、その話をしましょう」

 

 教授はさらに隣の展示物の前に移動した。

 

 人間の男が、大きな翼と二本の角が特徴的な女神の腹に剣を突き刺している姿の刻まれた石版だ。

 

「呪われた魔剣ゲハバーン、皆さんも耳にしたことはあるでしょう。遡れる限り、ゲハバーンの名が最初に現れるのは、タリ滅亡の日……女神が倒された時です。ある剣闘士がこの剣を振るい、悪逆の女神を討ち取ったと言われています……しかし、人々を待ち受けていたのは平和ではありませんでした」

 

 教授は次へと移動する。

 

 壁に掛けられているのは古めかしい油絵だ。

 

 暗雲に覆われた空。

 

 火と黒煙を噴き上げる山。

 

 裂ける大地。

 

 降り注ぐ火山弾。

 

 炎に包まれる町。

 

 そして町に流れ込む溶岩……。

 

 一つの町が滅ぶ態が鬼気迫るタッチで描かれている。

 

「女神の呪いか、突如として火山が噴火し、タリの首都は一夜にして地面の下に埋もれて姿を消しました。……俗に言う『タリ最後の日』です」

 

 教授はそこで聴衆に向き直り、話を締めくくる。

 

「タリについて、我々が知り得ていることはあまりに少ない。だからこそ、我々は遠い過去に言い知れぬロマンを感じるのです」

 

  *  *  *

 

 話が終わると、聴衆は散らばって各々で展示物を見る。マスコミを中心に早々に帰ってしまった人も多い。

 聴衆に混じって教授の話を聞いていたレイは、あのタリ首都の壁画の前に立っていた。

 

「…………」

 

 ――知っている。私は、この光景を知っている。

 

 欠落した記憶を脳内から何とかして掘り出そうと難しい顔で壁画を睨みつける。

 

「空中神殿……あれはたしか名前が……」

「エターナル・スローン」

 

 突然横から聞こえた声に驚いて顔を向ければ、シルクハットの教授が立っていた。

 教授はニッコリと笑う。

 

「あの空中神殿は、永遠なる玉座(エターナル・スローン)とも呼ばれています。かの国の女神はほとんどの時間をあの宮殿で過ごし、地上には滅多に降りず、財宝に囲まれて酒池肉林に耽ったとか」

「はあ、なるほど……」

「失礼、私はこの壁画を発掘した、トレインという者です。これでも考古学者の端くれでして、ルウィー国立大学で教鞭を取っています」

「これはご丁寧に……私はキセイジョウ・レイと言います。しかしどうして私に声をかけたんです?」

 

 レイが軽く頭を下げつつ質問すると、トレインはシルクハットのつばを摘まみつつパチリとウインクした。

 

「随分と難しい顔をされていたので、つい。それに、あなたが一番真面目に私の話を聞いてくれていたので。よろしければ、ご案内しましょう」

 

 紳士的な口調と態度に、レイも相好を崩す。

 ここは好意に甘えるとしよう。

 

「では、せっかくですので、お願いします」

「こちらこそ。それではまずは……」

 

  *  *  *

 

 それからしばらく、レイはトレイン教授に案内されてタリ展を回った。

 

 ストーンサークルの遺跡から発掘された品々は、どれもレイに奇妙な懐かしさをもたらした。

 

 しかし、あの恐ろしい女神像を見ると胸の中がモヤモヤした。

 

 展示物の一つ一つに対し、トレイン教授は丁寧かつ分かりやすく解説し、レイはそれにフムフムと相槌を打つ。

 

 記憶は戻らなかったが、中々に楽しい時間だった。

 

「今日はどうも、楽しい時間でした」

「こちらこそ。では……」

「ああ、ミス・レイ」

 

 閉館時間も近づき、二人は和やかに挨拶しあう。

 レイはさて、とホテルに戻ろうと思ったが、トレイン教授に呼び止められた。

 

「どうでしょう? よろしければ、この後一緒に食事でも。ワインの美味しい店を知っていますので」

「う~ん、そうですねえ。じゃあこれも何かの縁ですし……」

 

 その時、二人の持つスマホが同時に振動した。

 二人は互いに失礼、と断ってから物陰に入ってスマホの通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「レイちゃん! 何やってるのさ! そんな男にホイホイ付いていくんじゃないよ!」

 

 レイのスマホから聞こえてきたのは、フレンジーの声だ。

 さもありなん、このスマホはフレンジーが変形した物なのだから当然である。

 

「え? でもせっかくのご厚意なんですから……」

「何言ってんの! こんなの、食事とか言って酔わせてホテルにご同伴コースじゃん! そのままレイちゃんをいただいちゃうつもりなんだよ!」

 

 どうも、心配してくれているようだが、それは見当違いと言うものだろう。台所ロマン劇場の見すぎだ。

 

「大丈夫ですよ、フレンジーさん。そんな人には見えませんし、私みたいな魅力のない女を……まあ、そういう目的で誘おうとはしませんよ」

 

 レイとて、自分が不細工だとは思わない。

 しかし、男が好くような美人だとも思わない。

 ことゲイムギョウ界に置いて、美の基準は女神にある。

 ルウィーではあどけない容貌が美人と言われるし、リーンボックスでは大人っぽい容姿が好まれる。

 その点、自分はどこの国の美人にも当てはまらないだろう。

 思わずケラケラと笑うレイに、フレンジーはムッツリとした声を出す。

 

「レイちゃん、それ本気で言ってる?」

「ええ。そういうのは、もっと若くて可愛い子か、色気のある人を狙うはずですからね」

「……もういいや。とにかく、男といっしょに食事なんて許さないからね!」

 

 話は終わりとばかりに、電話を切る音まで出して……当然、スマホはフレンジーその物なので、これは単なる演出だ……黙り込むフレンジー。

 レイは少し困った顔をしてから、ちょうど通話を終えたトレイン教授に向き合う。

 

「すいません、せっかくのお誘いですが、ちょって用事ができまして……」

「ああいえ。こちらこそ、ちょっと問題が起きまして。その対処に当たらなければならないので……」

 

 どうやら向こうも急用ができたらしく、お互いにペコペコと頭を下げる。

 

「残念です……いったい、何があったんです?」

「実は明日からタリの首都があったとされる場所に調査に出かけるのですが、発掘隊の料理人が急病で同行できなくなったそうで……誰か代わりを探さないと。」

 

 何気なく放った質問だったが、この時レイの頭にある考えが浮かんだ。

 

 ――自分の記憶の手がかりがタリにあるのは間違いない。ならば……。

 

 レイは、できるだけ相手を警戒させないように笑顔を作って言葉を出した。

 

「あの、よろしければ私が料理人になりましょうか?」

 

  *  *  *

 

 翌日。

 渡りに舟とばかりのトレイン教授から承諾を取り付けたレイは、発掘隊の集まる場所にいた。

 発掘隊はそれなりに大人数だが、前任者が食事のメニューを決め材料が揃えておいてくれたので、レイは作るだけである。

 メニューはやはり簡単に量を作れる煮込み料理が多かった。

 

「せっかくの休暇なのに、働いてどうするのさ!」とフレンジーがごねていたが、まあレイとしてはやることが多い方が楽しい。

 

 トレイン教授や発掘隊の面々に挨拶をしていると……。

 

「ガラッ! ガラッ! ガラッ!!」

 

 何故か扉を横に開けて(ちなみにここは屋外だ)あちこちにデフォルメされたドクロがあしらわれたフリフリのピンクの衣装に身を包んだ小柄な少女が現れた。長い金髪で、頭には大きなリボンを結んでいる。

 呆気に取られる面々をよそに、少女は後から付いて来た、撮影機材を持った黒子に向かって笑顔を振りまく。

 

「全国の幼年幼女のみんな~、アブネスチャンネルの時間よ! 今回は発掘に密着取材しちゃうぞ☆ アブネス、楽しみ! ……よっし、取りあえずこれでいいわね!」

 

 物凄く自己主張の激しい少女にレイは面食らう。

 

「あれは?」

「ああ、スポンサーが連れていけと……どうも、あの番組のファンらしくて……」

 

 トレイン教授は何とも言えない顔になる。

 それもだが、レイは少女が自分にとって知己と言える相手であることに驚いていた。

 

「アブネスさん?」

「ん? 何よ、サインなら後で……って! あー! あなた!!」

 

 声をかけられて億劫そうにしていた少女……アブネスは、レイの顔を見とめるや指を突きつけて大声を上げて駆け寄ってくる。

 

 この少女(?)、自称『幼年幼女の味方』アブネスはネット番組のレポーターをしているのだが、脱女神を掲げており、その繋がりでレイとも知り合いである。

 かつてレイが軽率に漏らした言葉を聞いたアブネスは先走って教会に突入、強引な取材を敢行してオートボットに咎められたことがあった。

 

「レェェイ! ルウィーではよくも適当なこと言ってくれたわね! おかげで機材一式オシャカになったのよ!」

「その節はご迷惑をおかけしました。しかし、碌に裏も取らずに突撃したアブネスさんにも問題があるのでは?」

 

穏やかに頭を下げつつしっかりと反論をするレイに、アブネスは怪訝そうな顔になる。

 

「あなた、何か雰囲気変わった?」

「ああ、伊達眼鏡をやめたので」

「いや、そうじゃなくて……とにかく! あなたには機材の賠償を……」

「はいはい、そのくらいにしときなさいな」

 

 さらにがなり立てようとするアブネスを横から止める者がいた。

 

 それは派手なピンク色のメカニカルなスーツに身を包んだ男(?)だった。

 

「一応はこれからいっしょに仕事をするんだから、あんまり喧嘩しちゃだめよ。」

 

 女口調のメカニカルスーツだが、聞こえる声はまぎれもない男のものだ。

 その異様さに、レイとアブネスは圧倒される。

 トレイン教授が咳払いをした。

 

「あー……この方はミスター・アノネデス。彼は機械のプロフェッショナルでして、今回の調査に使う科学分析装置を調整、操作していただきます」

「へ、へえ……人は見かけによらないと言うか見た目通りと言うか……」

 

 ドン引きしているアブネスだが、一方のレイはアノネデスのことを知っていたので少し顔をしかめる。

 知っていると言っても一方的な物で、直接の面識はないが。

 

 アノネデスは雇われハッカーで、今は色々あってオートボットに協力しているが、一時期ディセプティコンに接触していたことがある。

 しかし、ほんの僅かな間だ。

 思う所がないワケでもないが、すぐに割り切って笑みを浮かべる。

 

「え、えっとアノネデスさん? 私は臨時で料理人になりました、キセイジョウ・レイと言います。短い間ですが、よろしくお願いします」

「ええ。こちらこそ。同じ女の子同士、仲良くしましょう♡」

 

 ちゃっかり自分を女性扱いするアノネデスにアハハと苦笑してしまうレイだった。

 アブネスは微妙に機嫌悪げだ。

 

「ま、何でもいいけど。これで全員なら、さっさと出発して仕事を終わらせましょう。スポンサーに言われて来たけど、わたしは遺跡なんかどうでもいいんだから!」

 

 どうやらアブネスは発掘調査には興味はなく、あくまで仕事として来ているらしいが、それを隠すこともないのは如何な物か。

 しかしトレイン教授は大して気にした様子もない。

 

「いえ、もう一人……いえ二人ほどまだですね。もうそろそろ来るころですが……」

 

 懐中時計を取り出して時間を確認する。

 そんな時だ。

 

「ごめーん! 遅れちゃったー!」

 

 底抜けに能天気な声が、響いた。

 

 その声はレイにとって忘れがたく、また因縁深い物だった。

 

 ギョッとして声の聞こえた方を向くと、案の定『彼女』がいた。

 

 あちこち跳ねた短い紫の髪に、十字キーのような髪飾り。

 

 『ジャージワンピ』なる濃い紫のワンピースに白いパーカー。

 

 プラネテューヌの女神、オートボット総司令官オプティマス・プライムの恋人。

 

 

 

         ネプテューヌがこちらに向かって歩いて来くる。

 

 

 

 満面の笑みで片手をブンブンと振り、もう一方の手は女の子の手を引いている。

 明るい金色の髪と青い瞳の可愛らしいが元気そうな、黒と黄の子供服を着た女の子だ。こちらも笑顔である。

 さらにその後ろから青いモンスタートラック型のラジコンカーが追従しているのが、一瞬目に留まった。

 

 でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない

 

「な、な、な!?」

「なんであなたがここにいるのよー!?」

 

 口をパクパクとさせているレイに代わってアブネスが絶叫した。

 

 こうして、レイの休暇は思わぬ方向へと転がっていくのだった……。

 

 

 

~~~~~

 

 閑話:フレンジーの定時報告

 

「……と、こんな感じでして……」

 

 プラネテューヌのホテル。

 レイが眠ったのを見計らって、フレンジーはメガトロンに今日あったことを通信で報告していた。

 

「ご苦労。しかし、タリ、か……」

「はい。大人数といっしょに行動することになりますので、ディセプティコンに関する情報を漏らさないように色々注意させます。まあ、今のレイちゃんなら、そんなボロは出さないでしょうが。俺もフォローしますんで、問題ないでしょう」

 

 それこそ、全く予測もしていないような、レイやフレンジーの度肝を抜くような、そんなことが起こらない限り。

 

 少しの間、メガトロンは沈黙する。

 

 ――思い出さない方が、幸せかもな。

 

 そう、メガトロンが小さく呟いたのを、フレンジーは聞き逃さなかった。

 

 やはり、メガトロンはレイについて本人も知らないことを知っている。その鍵はタリとやらにあるのだろう。

 

「とにかく、定時報告を欠かすな。……今日なんぞ男にホイホイついていきそうになったようだしな」

「はい……」

 

 メガトロンの声は極めて平坦だが、フレンジーはジリジリと焼かれるような思いだった。

 通信越しでも怒気が膨れ上がるのが分かり、我知らず震えあがる。

 

 ――やべえ! これ怒ってる、何でか分からないけど、超怒ってる!!

 

「めめめ、メガトロン様! レイちゃんはこう、自己評価が低いと言いますか、自信がないと言いますか、そんな感じですし! ちょっと空気読めない発言しちゃうのはいつものことじゃないですか!」

 

 必死にフォロー(?)するフレンジーだが、メガトロンは平坦な調子を崩さない。

 

「ふむ。……どうやら、彼奴(レイ)には俺の所有物であるという自覚が足りないらしいな。帰ってきたら、とっくりと刻み込んでやるとしよう。とっくりとな」

「あ、あの、あんまり乱暴なのは……。スタースクリームじゃないんですから」

「乱暴にはせんわ。……乱暴にはな。では、しっかりやれよ。通信終わり」

 

 宥めすかそうとするフレンジーだったが、メガトロンは一方的に通信を切った。

 

「……ええと、何これ?」

 

 意外と何をしでかすか分からないレイと、自分には怒るポイントが分かり辛いメガトロン。

 二人に挟まれる形になり、二重の意味で無いはずの胃が痛い気がする。

 

「……………………今度は俺が休暇貰おうかなあ」

 

 フレンジーはこれから先のことを考えて、深く深く嘆息するのだった。

 




タリ発掘隊の面子

トレイン教授、臨時料理人レイ、密着取材アブネス、機械操作担当アノネデス、特別ゲストのネプテューヌとピーシェ、ついでにホィーリー。

オプティマスはお留守番。

今回の解説

タリ展
一応、前から伏線は張ってました。

展示物①壁画『タリ首都全図』
ストーンサークルから発掘してきた物。
無理に持ってきたワケではなく、元々崩れて壁から離れてました。

展示物②タリの女神像
後年の人が伝聞からタリの女神を想像して作った物。
実際の歴史でも、昔の神(宗教)や指導者を悪く描くことは、ままあります。

展示物③石版『タリの女神とゲハバーン』
61話でハイドラヘッドが見てたのと同じ物。

展示物④絵画『タリ最後の日』
言うまでもなく、元ネタは『ポンペイ最後の日』

空中神殿エターナル・スローン
ネプテューヌTHE ANIMATIONの最後の方に出てきた『アレ』
古の大国なんだから国土があれだけってことはないだろう、じゃあ『アレ』は何?
と考えた時に、女神の座す神殿なんじゃないかなあと思いまして。
ちなみに綴りはEternal.Throne、縮めてE.T。(E.Tはア○リ社崩壊を招いたとも言われる伝説のクソゲー)

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話 恋とはどんなものかしら?

会話してばかりで話が進まない……。

※ちょっと修正。


 タリの首都が眠ると言う場所は、ブルーウッド大樹界。ゲイムギョウ界でも秘境と呼ばれる場所だ。

 自殺者のメッカとまで言われる広大かつ鬱蒼としたこの密林の奥、天高くそびえるフージ大火山。

 

 その麓に、タリの都はあると言う。

 

 そこを目指して発掘隊は行く。

 移動はジープとトラックで行われ、発掘隊とは言うが、実質探検隊だった。

 

 木々が鬱蒼と茂っていて同じような景色が続く上、磁石が狂いやすいという困難な道のりだったが、ネプテューヌが女神化して飛び上がることで、方向を示した。

 

 巨大な火山が目印なので、さすがに間違えることはないだろう。

 

 そして、目的地に近づいて来たが、日も暮れてきたため今日はここでキャンプすることになった。

 

 レイは料理人として、一日三食料理を作る。

 何分それなりの人数分を用意する上、調理器具が簡単な物なので、あまり贅沢な物は作れず、スープやシチューに米や麺が中心になる。

 それに野菜サラダと飲み物だ。

 

 質素な食事だが、探検隊のメンツは慣れているので文句を言わない。

 

 ……慣れていないメンバーはその限りではないが。

 

「ちょっとレイ! ワタシの分、少ないわよ! おかわりはないワケ!?」

「アブネスさん、今日の分はそれだけですよ」

 

 例えばアブネスとその撮影クルー。

 

「まったくけち臭いわね!」

「ここから先、食糧は貴重ですからね。わかってください」

 

 強引なアブネスだが、レイに諭されてあからさまに不満そうな顔をしながらも諦める。

 彼女はまだいい。

 

 それより厄介なのは……。

 

「ねえレイさーん! プリンないのー! プーリーンー!」

 

 ネプテューヌである。

 

 彼女は元々、オプティマスと共に参加する予定だったが、オプティマスに仕事が入ったので、彼女だけ先に来て、後で合流することになったらしい。

 

「……ありませんよ」

 

 思わず冷たい声が出た。

 元々女神が嫌いなことに加えて、色々と因縁のある間柄である。

 しかし、ネプテューヌは堪えた様子はない。

 

「そんなこと言わないでー!」

「……ありませんって」

「ええー、そこを何とかー」

「ないって言ってるでしょうが!!」

「ちぇ!」

 

 ネプテューヌは怒鳴られて、ようやく引き下がった。

 

 どういうワケかネプテューヌは、やたらレイにからもうとしてくる。

 レイが戦場で何回か相対した『仮面の女』であることに気付いていないようだが、その間抜けっぷりに嘲笑が出そうになる。

 平時はひたすら無視することで凌いでいるが、食事時はそうもいかない。

 

 ――まったくウザったい!

 

 あんなのが女神かと思うと、中身のなかった反女神運動も、あながち間違いではなかったと思えるのだった。

 イライラとしながら後片付けをしていると、服の裾を誰かが引っ張った。

 振り返るが誰もいない。

 視点を下げると、小さな女の子……駄々をこねまくってネプテューヌにくっ付いてきた少女、ピーシェがこちらを見上げていた。

 

「おばちゃん! おなかすいた! すいたー!」

「あらあらピーシェちゃん。ごめんね、さっきので今日の分はおしまいなの」

「えー! おなかすいたー!」

 

 ネプテューヌに対する時とは違う、穏やかな声で諭すレイだが、育ち盛りの子供に我慢しろと言うのも酷かと考え直す。

 

「う~ん、それじゃあちょっとだけ……」

「あー! ダメじゃないぴーこ!」

 

 しかし、目ざとくピーシェを見つけたネプテューヌに阻まれた。

 

「レイさんに迷惑かけちゃダメでしょ!」

 

 どの口が、と言いそうになるのをグッと飲み込む。

 

「ねぷてぬ! ぴぃめいわくなんてかけてないもん!」

「ネプテューヌさん、私は構いませんよ。子供なんですから、お腹いっぱい食べさてあげたいじゃないですか」

 

 自分のことは棚に上げつつピーシェをしかるネプテューヌに、ムッとするレイ。

 だがネプテューヌは存外に真剣な顔だった。

 

「ううん。ちゃんと我慢させないと……そうだ! ねえぴーこ、この旅の間いい子にしてたら、新しいオモチャを買ってあげる! ……いーすんが」

「……ほんと?」

「うんホントホント! だから我慢しよ、ね?」

「う~……わかった。ぴぃがまんする!」

「はい、いいこいいこ♪」

 

 ネプテューヌはピーシェの頭を撫でてやる。

 一連の流れを見ていたレイは、内心で舌を巻いていた。

 普段は駄女神なくせに、子供の扱いは上手いものだ。

 と、同時に子供を甘やかしがちな自分を少し反省して……それから何を女神に感心しているんだと少し葛藤する。

 

「……随分、手慣れてますね」

「ん? う~ん、そうでもないよ。子供って何するか分かんなくて大変だし」

 

 テヘへと笑うネプテューヌ。

 そりゃ、あなたも同じだろう、とは思っても言わないのだった。

 

  *  *  *

 

「レイちゃん、レイちゃん。ちょっとこっち来てくれない?」

 

 食事の後片付けも終わり、ちょっと休もうかと思っていたところで、椅子に座ったアノネデスに声をかけられた。

 どういうワケか、アブネスやネプテューヌといっしょにテーブルを囲んでいる。

 

「アノネデスさん? 何ですかいったい?」

「いやちょっと、レイちゃんたちとガールズトークしたくて♡」

「が、がーるずとーく、ですか……。じゃあ、せっかくなので……」

 

 アノネデスが男性なのは置いといて、せっかくのお誘いを断るのも失礼かと思い自分用に空けておいてくれたらしい椅子に着く。

 

「それで……どういう集まりなんです、これは」

「だから言ったでしょガールズトークよ、ガールズトーク♡」

「私、そういうのしたことないんで……」

 

 思えば、レイには友達と言えるほど親しい相手はいない。

 ディセプティコンたちやリンダは、友達とは少し違う気がする。

 

 ガールズトークなんて夢のまた夢だった。

 

「もう、難しく考えなくていいのよ! お茶を飲みながら世間話でもすればいいの!」

「そうだよー! ついでに甘い物でもあれば最高!」

『ねー!』

「は、はあ……」

 

 やたら息のあっているアノネデスとネプテューヌに、レイは微妙に引いてしまう。

 一方、アブネスは機嫌悪げに腕を組んでいる。

 

「って言うかさ」

 

 煩い二人が一端静まるや、意外や意外。アブネスが最初に口を開いた。

 

「レイ、あんた脱女神運動家でしょ? 最近活動の噂聞かないけど? そこの幼女女神とも普通に喋ってるし」

 

 幼女!?と驚くネプテューヌを置いておいて、レイはよどみなく答える。

 

「市民運動はやめいちゃいましたから。……あんまり、意義を感じなかったので」

「ふ~ん、女神が嫌いじゃなくなったんだ」

「おおー! それはいいことだ! 女神を嫌ったって碌なことないって!」

 

 冷めた様子のアブネスと何故かハイテンションなネプテューヌ。

 

「いいえ。今でも女神は嫌いですよ。ネプテューヌさんは、特に」

 

 だがレイは笑顔で言い切った。

 その笑顔があまりにも堂々としていたので、さしものネプテューヌもフリーズしてしまう。

 アブネスは憮然とした顔だ。

 

「……あなた変わったわね」

「まあ色々ありましたので」

 

 困ったように笑むレイを見て、アブネスは鼻を鳴らす。

 

「ふん! ワタシは、脱女神運動をやめないわよ!」

「え~、なんで~? なんでそんなに女神を嫌うのさー?」

 

 もう硬直から回復したネプテューヌが問うと、アブネスのただでさえキツメな顔がさらに鋭くなる。

 

「じゃあ、幼女女神! あなたは何で女神をやってるのよ!」

「ええ~? 質問に質問で返す~? ま、いっか。女神をやってるのは、女神に生まれたからだけど……」

「そう! そこよ!!」

 

 今までになく大きな声で、アブネスは力説を始めた。

 

「女神は女神に生まれたというだけで、とんでもない重圧を背負わなきゃいけないのよ!! 特にルウィーのブランちゃんたちなんて、思いっきり幼女じゃない!! かわいそうでしょ!! 幼女が女神になんなきゃいけない、こんな世界間違ってるのよ!! オートボットの連中も大っ嫌い!! ひと様の世界にやってきて、勝手に戦争して!!」

「んんー……言ってることは分かるけどさー。そんなこと言われたって、ブランたちは喜ばないと思うよー。それにオプっちたちだって、ディセプティコンからゲイムギョウ界を守ってくれてるんだから、感謝してもいいんじゃないかなー」

 

 グッと拳を握るアブネスに、ネプテューヌは少し冷たい口調で反論する。

 

「まあ女神ちゃんたちやオートボットの連中の是非はともかくとして、ディセプティコンがむかっ腹の立つ奴らなのは、確かね」

 

 アノネデスは彼としては珍しく、明らかな嫌悪感を滲ませる。

 かつて自らが製作に関わったスティンガーが破壊されたことは、彼に享楽主義を返上してオートボットに協力するには十分な出来事だった。

 

「アタシは悪党だけど、許せないことの一つくらいあるのよ」

「ふん! それで、レイ! 今は何をやってるのよ? 前は市民運動しながらバイト掛け持ちして食い繋いでたでしょう」

 

 話にならないとばかりに、アブネスは話題をレイの近況に移す。

 

 レイは嘘にならない程度に慎重に言葉を選ぶことにした。

 

 さしもにディセプティコンの一員になって日々女神やオートボットと戦ってるとは言えない。

 

「そうですね……今は、住み込みで子供たちのお世話のようなことをやっています」

「ッ! 幼年幼女のお世話! あんた幼稚園の先生になったの!? いいわねえ、幼年幼女に囲まれて、まさに天国だわ!」

 

 子供の単語に食いつくアブネスに、レイは苦笑する。

 

「どちらかと言うとベビーシッターでしょうか。やりがいはある仕事ですよ」

「でも子供の面倒って大変でしょう? 大丈夫なの?」

 

 そう口を挟んだのはアノネデスだ。

 

「大丈夫ですよ、みんないい子たちですし、職場の人たちが手伝ってくれますので」

「へえ、どんな連中?」

「一番仲がいいのは、小柄ですけど面倒見が良くて素敵なヒトです。それに気は優しくて力持ちなヒトもいますし、口は悪い方もいますけど、そのヒトも本当は優しいヒトなんです」

 

 ちなみに最初がフレンジー、次がボーンクラッシャー、最後がバリケードである。

 この時レイのポケットの中で、スマホに変形しているフレンジーはむず痒い思いをしていたが、今は関係ない。

 

「……それって全員、男?」

「男性ですけど、それが何か?」

 

 質問の意味が分からずに首を傾げるレイにアノネデスは、まあいいわと手振りで示す。

 続いて、フリーズから回復したネプテューヌが問う。

 

「住み込みってことは、子供たちのお父さんやお母さんとも仲良いんだ! レイさん、親御さん受け良さそうだもんね!」

「ああ、いえ。子供たちに親はいません」

 

 何気なく返された言葉に、ネプテューヌは再びフリーズした。

 それを無視して、レイは続ける。

 

「でも、父親になりたがってるヒトならいますね。私の直接の雇用主、ということになるんでしょうか? そのヒトに……スカウトされたので」

 

 実際には拉致監禁であるが、ボカしておく。

 

「へえ、それってどんな人?」

 

 アノネデスの質問に、レイはメガトロンのことを頭に思い浮かべる。

 

「……そうですね、子供たちに結構な期待を懸けちゃうタイプみたいです」

「何よそれ? 幼年幼女を虐待とかしてないでしょうね! ギャンブルや酒に溺れるのも立派な虐待なんだからね!! 仕事してないロクデナシはもちろん論外よ!!」

「厳しいですけど、虐待、とまではいきませんね。ギャンブルはしませんし、お酒は……星を見ながら飲むのは好きみたいですけど、溺れはしませんね。仕事は……一応、団体の長をやっています。そのヒトが立ち上げて大きくしたそうです」

 

 アブネスの言葉に懇切丁寧に反論するレイ。

 すると今度はアノネデスが反応した。

 

「ああ、ワンマン社長タイプ? そういうのって、現実見えてない理想家か、徹底した効率主義者が多いけど、どっちかしら?」

「と、いうよりも、理想を叶えるために現実主義に徹しようとしているけど、根はロマンチストなヒト、でしょうか。私の個人的な印象ですが。子供たちにも、なんだかんだ甘いですし。……私には辛辣ですけどね。何せ、私はあのヒトの所有物らしいですから」

『え……』

 

 レイの発言に、一同は色めき立つ。

 

 ――え、何!? そういう関係!?

 

「何かにつけ『お前は俺の所有物だ!』ですよ。物扱いなんて、酷いと思いません?」

 

『違う! そうじゃない!』

 

 職種も性別もバラバラな三人に異口同音に言われて、レイはキョトンとする。

 この時、フレンジーもネプテューヌらと同じ気持ちだった。

 

「それ、どう考えても惚れてるじゃないの!」

「レイちゃん、ないわ! それはないわ!」

「鈍感なのはハーレムラノベの主人公だけで十分って、偉い人も言ってたよ!」

 

 ようやく三人の言っていることに気が付き、レイは笑む。

 

「ああ……違いますよ。あのヒトが私を恋愛対象として見るなんて、それこそ『実は私は女神だった!』っていうくらい有り得ないことですからね」

 

 思い出されるのは、いつかの戦場。

 

 紫の女神に愛を告白した宿敵を、容赦なく嘲笑う破壊大帝の姿。

 

 あれを見たら、メガトロンが有機生命体にそういう感情を抱くなんて、馬鹿馬鹿しい考えは浮かばないだろう。

 

 そうでなくとも、ディセプティコンは人間をムシケラだペットだと言ってはばからないのだ。

 

 クスクスと笑うレイに三人は閉口し、フレンジーはこれを主君に報告すべきか悩んでいた。

 

「それとあのヒトは……なんて言うか誤解されやすい……というよりも、あえて他人に誤解されようとしている感じでしょうか。本当は優しさや人を思いやる気持ちを持っているのに、それを頑なに隠そうとしていて……そんな部分まで理解している部下が本当に少ないんです。……だから少しでも支えになりたんです」

 

 穏やかに語るレイに、アノネデスはスーツの下で表情が緩ませる。

 

「なるほどね。その人のこと、好きなのね」

「そうですね。尊敬できるヒトですし……」

「ああ、そうじゃなくて、レイちゃんが、そのヒトに恋してるってこと」

 

 言われて、レイは小首を傾げた。

 

「…………恋?」

「そ、恋。その人のことを思うと胸が暖かくなったりしない?」

「それに、すごくドキドキして……苦しいっていうか」

 

 何を言われているのか分からない風なレイに、アノネデスとネプテューヌは……アノネデスは分かり辛いが……微笑みかける。

 

「恋? ……これが?」

 

 レイは両手で頬を押さえてイヤイヤするように首を振る。

 

 11mはある体躯、誰もが恐れる悪鬼羅刹の如き顔。

 ああでも真っ赤な(オプティック)は吸い込まれそうで綺麗だ。

 

 性格は傲岸不遜、唯我独尊、俺様至上主義を地で行く。

 だからこそ、時折見せる優しさがとても魅力的で……。

 

 誰も寄せ付けず、破壊と支配に生きる暴君。

 でもそれだけじゃない。もっと別の何かがあって……。

 

 嗚呼、考えるだけで胸が締め付けられる……。

 

「でも私みたいな年増が恋なんて……」

「あら、恋に歳は関係ないわ」

 

 アノネデスが言うと、レイは顔を曇らせた。

 

「恋をすると、もっと楽しいものだと思ってましたが……」

「誰かを好きになるっていうのは、楽しいだけじゃないんだよ! 辛いこと、苦しいことも多いんだよ! ……受け売りだけどね」

 

 そう言いつつもネプテューヌの言葉は実感を伴っていた。

 

 しかし、レイの表情はさらに曇っていく。

 胸の甘い疼きが、刺すような痛みに変わっていく。

 

 ――だって、だって……、絶対に叶わない恋なんて、悲しいだけじゃないか……。

 

 あのメガトロンが、自分の好意を受け入れてくれることなんて、絶対に絶対に有り得ない。

 

 バッと席から立ち上がるや、レイはどこかへ駆けていった。

 

「あッ! レイさん!!」

「放っておいてあげなさい。あんまり深入りするものじゃないわ」

 

 追おうとするネプテューヌを、アノネデスがやんわりと諌める。

 だがネプテューヌは首を縦には振らなかった。

 

「ううん、わたし、やっぱり行ってくるよ。……あの人と話したいこともあるし」

 

 それだけ言って、ネプテューヌはレイの消えた暗がりへと走っていった。

 残された二人は静かに茶を飲んでいたが、やがてアノネデスがしみじみと呟いた。

 

「若いわねえ……この表現が女神に適切かは、分からないけど」

「ふん! ……しっかし、レイも変わったわね。昔はもっと、意味なくオドオドビクビクしてたのに」

「そうなの?」

「ええ。自分に都合が悪くなると、ヘラヘラ愛想笑いして誤魔化すか、ひたすら謝ってやり過ごそうとするかだった。そのくせ、自分の本音をさらけ出さない、そんな奴だったわ」

 

 アブネスからしてみれば、レイの変化は悪い気分ではないが、手放しで喜ぶこともできない。そんな感じだ。

 別に、アブネスとレイは友人だったワケではない。仲が良い知人というレベルでさえない。

 それでも一応、アブネスにとってレイは、女神を嫌う人間が少数派の、このゲイムギョウ界において、脱女神を掲げる同志だったのだ。

 

「それがいつの間にか男なんか作っちゃってさあ! 不純よ! 不潔よ! 不道徳よ!!」

「はいはい。愚痴にぐらい付き合ってあげるから、落ち着きなさいな」

 

 アノネデスはどこからか酒瓶と二人分の器を取り出し、器に酒を注ぐ。

 

「今日は飲みましょ」

「……ふん!」

 

 アブネスはひったくるようにして酒の注がれた器を受け取る。

 

 その傍に落ちているスマホ……レイが落としたフレンジーは、どうしようかと慌てていたのだった。

 

  *  *  *

 

 キャンプを飛び出したレイは、やがて走り疲れて森の中の泉の畔で立ち止まった。

 

 水面を鏡代わりに自分の顔を映して見れば、目から涙が流れていた。

 

「……泣き虫だなあ、私」

 

 未だにふとしたことで感情をコントロールできなくなる自分に、自嘲混じりの笑みは漏れる。

 ひとしきり泣いたところで涙を拭い、キャンプに戻ろうとしたその時、自分を追いかけてきたらしいネプテューヌの姿が目に入った。

 

「おーい! レイさーん!」

「何で、よりにもよって……」

「レイさーん! よかったー! キャンプから離れたら危ないよー!」

 

 心配して来てくれたのだろうが、ありがた迷惑だ。

 

 駆け寄ってきたネプテューヌは、レイの眼に涙が光っているのを見つけて驚いた顔になる。

 

「レイさん、泣いてる?」

「……ほっといてください」

 

 心配そうなネプテューヌに、レイは冷たい声を出す。

 

「だって……」

「ほっといてください! 言ったでしょう! あなたのこと、嫌いなんです! あなたの顔も声も言葉も! 何もかもが気に食わないんですよ!! あなたが傍にいると、頭がグチャグチャして落ち着けない!! 私のことが心配だって言うんなら、私に一切構わないでください!!」

 

 怒鳴り散らされて、ネプテューヌは一歩下がる……が、すぐにグッと顔を引き締め二歩前に出た。

 

「……それはできないよ。知りたいから。わたしを、女神をそこまで嫌う理由」

 

 不真面目なことで知られる彼女らしくない、真剣な表情と声で、ネプテューヌは問う。

 

「教えて……『仮面の女』」

 

  *  *  *

 

「でっさ~、わたしが取材しようとしたら『オートボットの任務は極秘なので』とか抜かすのよ、あのデカブツ!! 失礼だったらありゃしない! だからオートボットって連中は……」

「はいはい……アポもなしに突撃取材しようとアブちゃんにも問題があるわよね」

 

 アノネデスは、すっかり酔っぱらってオプティマスに対する愚痴をぶちまけているアブネスを適当に相手していた。

 

「それにムカつくのはレイの奴よ! あいつ、ちょっと見ない間に美人になっちゃって! 何か若返ってるような気もするし! 男が出来ると、ああも変わるもん!?」

 

 いつしか愚痴の対象は、レイに移っていく。

 

「はいはい。落ち着きなさいって。……まあ恋や愛は人を変えるわ。良くも悪くもね」

 

 アブネスを宥めるアノネデスだったが、ふとこのキャンプにいる人間のものではない気配を感じた。

職業柄、そういうのには敏感だ。

 

 瞬間、どこからか現れた軍用ジープの集団がキャンプを取り囲み、それから完全武装の兵士たちが銃を手に降りてくる。

 

「え、なにこれ?」

「……………これは、まずいことになったわね」

 

 事態が飲み込めていないアブネスに対し、アノネデスはアーマーの下で冷や汗をかくのだった。

 

  *  *  *

 

 レイは冷水を浴びせかけられたような気分だった。

 

「あなた……! いつから気付いて……」

「最初から、なんとなく。確信したのは、さっきかな? 『今でも女神が嫌い』って言ったとき」

「なんで……」

「『何で気付いた』って意味なら、あなたから感じた悪意が、前に感じたのと全くいっしょだったから。『何で黙ってた』って意味なら……話がしたかったから」

 

 ネプテューヌは、レイの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「どうしても聞きたかったんだ、あなたが、どうして女神をそんなに憎むのか」

 

 その機会をずっと窺っていたと言うのか。

 あの、能天気で、不真面目で、遊んでばっかりの、ネプテューヌが。

 

「聞いてどうするの? と言うか、私が素直に答えるとでも?」

「……あ、そこまで考えてなかった」

「………………」

 

 最後の最後でお間抜けなネプテューヌに、レイは気が抜けてしまう。

 

「……いいわ、教えてあげる」

 

 だからと言うワケではないが、レイはネプテューヌに喋る気になった。

 

「私も、何で女神が憎いのか、よく分からない。……私には過去が、昔の記憶がないから」

「だったら……」

「でも! これだけ憎いのだから、そこには理由があるはず!」

 

 アブネスが女神を嫌うのは、『女神を助けたいから』。

 アノネデスがディセプティコンを嫌うのは『身内を傷つけられたから』

 

 だから、きっと自分の憎しみにも確たる理由……『中身』があるはずだと、レイは信じていた。

 

「それに今はそれだけじゃない。……あなたたちが、あの子たちを傷つけるだろうからよ」

「そんなことしないよ。わたしたちも、オプっちたちも」

 

 レイの言う『あの子たち』というのが何者なのか、ネプテューヌには分からない。

 

 それでも、決して子供を害するような真似はしない。

 

「…………百歩譲って、あなたは傷つけないとしましょう。でもオートボットは? あいつらが、絶対に子供たちを『駆除』しないって言える?」

「言えるよ」

 

 冷え切った声で放たれたレイの問いに、ネプテューヌは力強く答える。

 

「わたしが、させない」

 

 それは、オートボットが子供を傷つけるワケがないという、無邪気な信用から来る言葉ではなかった。

 いざという時は、自分が止めると、そう言っているのだ。

 

 決意を込めた言葉に、しかしレイが返したのは冷笑だった。

 

「あなたが? …………よりにもよって、友好条約が結ばれる前、誰よりも他の女神を倒すことに拘っていた、あなたが?」

 

 レイから浴びせられる言葉に、ネプテューヌの顔が険しくなっていく。

 まるで思い出したくない過去を呼び起こされたように。

 

「私はおぼえているわ。あの頃、女神の中で最も排他的なのはあなただった。『ラステイションに負けるな!』『ルウィーを倒せ!』『リーンボックスなんか無くなればいい!』……いつもそう言って国民を戦争に導こうとしていたのは、あなたじゃない」

 

 レイの声は、粘性の液体のように冷たくネットリとしていた。

 

「そんなあなたが、何を思ったのか友好条約とか言い出した時、私は思ったわ。『ああ、コイツは自分の言ったことを簡単に翻すような、そんな無責任な奴なんだ』ってね!」

 

 ネプテューヌは反論しない。

 ただジッと、堪えるように拳を握りしめるだけだ。

 

「もし違うっていうのなら、教えてちょうだい。あなたが平和を希求する、その理由……確たる『中身』を」

 

 少しの間、両者は睨み合った。

 

 やがて、ネプテューヌは静かに口を開こうとした。

 

 だが。

 

 突然、森の中から何かが飛び出してきた。

 

 それは四足で歩く犬のような金属生命体……スチールジョーの群れだ。

 

「な、何!?」

「こいつらは……!」

 

 急展開にレイは戸惑うが、ネプテューヌはすぐさま太刀を召喚して構える。

 

「おやおや、スチールジョーが吼えるから来てみれば、随分と珍しい顔だな」

 

 やがて、群れの向こうに知った顔が現れた。

 

 黒い痩身に全身に装備した武器。

 人間の髑髏を思わせる顔。

 

「しばらくだなあ、女神ぃ。いっしょに来てもらおうか?」

「ロックダウン……!」

 

 オートボットとディセプティコン。

 そのどちらにも属さない賞金稼ぎ。

 

 ロックダウンが、皮肉っぽい笑みを浮かべていた。

 




この中編、ネプテューヌとレイに『オプティマスとメガトロン』というフィルターを通さずに対話させるのが、一つの目的だったりします。

今回の解説。

ブルーウッド大樹海、フージ火山
青木が原樹海と富士山。
なぜって? ア○リ社の社章が富士山モチーフだからです。

アブネスの理由、アノネデスの理由。
彼女たちには、彼女たちなりの理屈や思いがあるはず。
ではネプテューヌとレイには?

ネプテューヌが一番排他的だった。
原作無印準拠。

ご意見、ご感想、お待ちしております。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話 多頭蛇の巣

ネプテューヌの新作、四女神オンラインですか。

新衣装のネプテューヌが、清楚な感じでド直球にカワイイです。
あと、ベールさん露出高過ぎぃ!

※オプティマスの武装をちょっと変更


 ブルーウッド大樹界の奥の奥。

 天高くそびえるフージ火山の麓。

 

 その地下には、有り得ないほど巨大な溶岩洞が広がっていた。

 いかなる自然の悪戯が創り出したのか、そこは天井は都会の高層ビルが丸々入ってまだ余るほど高く、町が一つスッポリと入ってしまいそうなほどの面積がある。

 

 いや事実、今やこの洞窟には町が建設されていた。

 兵舎や兵器庫が立ち並び、地面は舗装されて道路やヘリポートにされ、たくさんの戦闘機と戦闘ヘリ、戦車が出撃の時を待っている。

 

 一角にあるドッグには、蛇の頭を模した艦首を持つ空中戦艦が停泊していた。

 

 そう、ここは武装組織ハイドラの本拠地なのだ!

 

 洞窟内のあちこちには、かのタリショックで地下に沈んだ古代の建物が顔を見せているが、基地の一部として利用されるか、あるいは無遠慮に破壊されるかだった。

 

 突然現れたロックダウンと兵士たちによって捕らえられた発掘隊の一同は目隠しをされて秘密の入り口を通り、基地の中を連行されていた。

 ロックダウンはネプテューヌと、それにくっ付いているピーシェ、そしてレイを見張るような位置を歩いている。

 ピーシェは片手でネプテューヌの手を握り、反対の腕でモンスタートラック型のラジコンを抱えていた。

 

「貴重な遺跡になんてことを……君たちに先人に対する敬意はないのか?」

 

 兵士に銃を突きつけられて歩かされながらも、トレイン教授は静かに怒る。

 

「んなもんねえな! くたばった連中なんざ知ったことか! 死人が抱かせてくれるってんなら話は別だけどな!!」

 

 一人の兵士が嘲笑すると、全体の半数くらいの兵士たちが同調して笑い声をあげ、トレイン教授は珍しく顔に浮かぶ嫌悪感を隠そうともしない。

 だが、残りの兵士は不自然なまでに無反応で、いっそ機械的ですらある。

 よくよく見れば、嗤わなかった兵士たちは全員ゴーグルと覆面で顔を隠している。

 

「ちょっと! 幼女もいるのよ!! そんな下品な話はやめなさい!!」

 

 そしてぶれないのがアブネスである。

 銃持ちの兵士に囲まれながらも、強気な態度を崩そうとしない。

 

「ああ~? このアマ、立場が分かってるのか?」

 

 先ほど教授を嗤った兵士は、アブネスに向かって恐ろしい顔を作る。

 だが、アブネスは目じりを吊り上げる。

 

「何よ! あなたたちみたいな公共良俗に反する輩なんか、ワタシの目の黒い内は好きにさせないからね! 今に規制して……」

 

 パアン、と乾いた音が響いた。

 

 アブネスが足元を見ると、地面に小さな穴が開き、そこから煙が上がっていた。

 

 兵士が銃を撃ったのだ。

 

「な、な、な!?」

「ったく、ウゼエ餓鬼だぜ! 用があるのは女神だけだし、一人くらい殺しても問題ねえだろ」

 

 言って兵士は、何てことないように硬直しているアブネスの額に銃口を向ける。

 そして誰かが止める間もなく引き金を引こうとした瞬間。

 

「ぴぃたっくーる!!」

 

 目にも止まらぬ速さで突っ込んできたピーシェが、兵士に腹に強烈なタックルをぶちかます。

 

「ふぐおおお!?」

 

 十分に体重が乗り、角度と狙いも完璧なタックルをモロに食らい、兵士は悶絶しながら倒れる。

 ピーシェはすぐさま目を白黒させているアブネスの前に仁王立ちする。

 

「よわいものいじめしちゃ、めッ!!」

「ぐ、ぐおお、このガキ……い、イタ、痛い。凄く痛い! マジで洒落にならないくらい痛い! 防弾ベストの上から食らってこれってどーゆうこと!?」

 

 兵士は痛みのあまり動くことができないようだ。

 驚くべきは、戦闘職の成人男性を沈めるピーシェの格闘センスだ。

 

「ぴーこ! 何やってんの!」

「ピーシェちゃん!」

 

 ネプテューヌとレイがすぐさま、ピーシェに走り寄った。

 

 周りの顔出し兵士たちは、不様を晒した仲間を嘲笑う。

 

「何やってんだよ、餓鬼相手に情けねえ! 早く立てよ!」

「いや、待ってコレ真剣に痛い。ヤバいくらい痛い。つまり超痛い。角度的にモツにきてるわ……」

「え、あ、ちょっと大丈夫?」

 

 蹲ったままプルプルと震える兵士を、さすがに他の兵士が助け起こす。

 

「こ、このガキよくもやってくれたな……あ、ここから先は任せるわ。俺、医務室逝ってくる……」

「あ、うん。お大事に。……このガキよくもやってくれたな! 躾けてやる!!」

「何さ! 元はと言えばあなたたちが悪いんじゃない!」

 

 全く恰好がつかないが、怒りを露わにして銃を構える兵士たちに、ネプテューヌはかなり呆れ気味にツッコむ。

 

「やかましい! こうなったらお前も……」

「やめなさい! 子供によってたかって、恥ずかしくないの!」

「この年増ぁ……!」

 

 強い口調のレイに対し、兵士は拳を振り上げる。

 

「ッ!」

 

 身構えるレイだが、兵士の手を、別の顔を隠した兵士の一人が掴んだ。

 

「なにしやがやる!」

「いや、何故か止めなければいけない気がして……」

「口答えすんじゃねえ!!」

 

 いきなり顔出し兵が顔隠し兵を殴った。

 ギョッとするネプテューヌたちだが、顔出し兵士は殴るのをやめず、他の兵士たちも止めようとしない。

 

「何してんのさ! そこまでしなくてもいいじゃない!」

 

 あまりの理不尽に怒るネプテューヌ。

 レイは殴られて倒れた兵士を助け起こす。

 

「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……ありがとう」

「痣になっているといけません、覆面を取りますよ」

 

 反論する間を与えず、レイは兵士の覆面を脱がす。

 

 覆面の下の顔は、あどけなさを残していて、まだ少年と言っていいくらいだった。やはりあちこちに痣ができている。

 レイはハンカチを取り出して血を拭く。

 

「これぐらいしかできませんが……」

「……あ、いえ、ありがとうございます」

 

 若い兵士は、何をされているのか分からない様子で黙って拭かれている。

 

「あなたたち、仲間に対して何すんのさ!!」

「仲間ぁ? 因子兵なんざ仲間じゃあねえよ。ただの兵器さ」

 

 殴った方の兵士……こちらは髭面で見るからに荒々しい……は侮蔑に満ちた笑みを浮かべる。

 その言い回しにネプテューヌは引っかかるものを感じた。

 

「? それってどういう……」

「答える義理はねえ。テメエは戻れ、T‐0151」

「は、はい」

 

 T‐0151と呼ばれた若い兵士は立ち上がってレイやネプテューヌに頭を下げると、どこかへ去って行った。

 

「やめんか、騒々しい」

 

 その時、寺院の中から出て来た人物が、兵士たちを諌めた。

 顔のない仮面を被った軍服の男。ハイドラの首魁、ハイドラヘッドだ。

 

 左右にはマジェコンヌとマルヴァを引きつれている。

 

「むー! 現れたね! オプっちのストーカー!!」

「……開口一番、言うことがそれかね?」

「えー、だってオプっちのカッコして大喜びしてたじゃん!」

「…………」

 

 もっとシリアスな展開を期待していたらしいハイドラヘッドは、ストーカー呼ばわりされて、いささか憮然とした様子だ。

 

「はあ……、まあいい。気を取り直して、発掘隊の皆々様、ようこそ我が都、『レルネー』へ。歓迎しよう」

 

 慇懃にお辞儀をしたハイドラヘッドは、発掘隊を見回し、レイで視線を止めた。

 

「おや、あなたは? 発掘隊にあなたのような人物がいるという情報はなかったが」

「……ただの料理人ですよ。前の人が急病なので、代わりに入ったんです」

 

 レイの答えに、ハイドラヘッドはふむと頷く。

 

「見るからに人畜無害そうで怪しい所がなさそうだが……どう思う?」

「問題ないのでは?」

「……いいや、問題はある」

 

 後ろの二人にたずねると、マジェコンヌが顔に歪んだ笑みを浮かべた。

 

「こいつは、脱女神を標榜する運動家だ。まあ、ビラ配りが精々の小物だがな」

「ほう? ではひょっとして、ディセプティコンと繋がっていたのかね?」

 

 その言葉に、マジェコンヌは顔一杯に嘲笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか! こんな奴を、メガトロンが相手にするワケないだろう?」

「それもそうか。では、まとめて牢屋に放り込んでおけ。女神は例の場所へ」

 

 ハイドラヘッドに指示され、兵士たちは捕虜を連れていこうとする。

 

「ぴぃも! ぴぃもねぷてぬいっしょいく!」

 

 未だに状況をよく分かってないピーシェが、元気に手を挙げた。

 レイはハイドラヘッドからピーシェを守る位置に移動する。

 

「この子はまだ小さいので、誰かが面倒を見なきゃいけません。私も行ってもいいでしょう? それとも、そこの女神様に小さな子の面倒が見れるとでも?」

 

 もちろん、普段はネプテューヌがピーシェの面倒を見ているワケだが、そこは嘘も方便である。

 

「……ま、いいだろう。では、その子もいっしょに連れて……」

「待ちなさい! 幼女が行くとあっちゃあ、幼年幼女の味方アブネスちゃんが黙ってないわ!!」

 

 硬直から回復するや平常運転を再開するアブネスに、ハイドラヘッドは若干呆れているような空気を滲ませる。

 

「君ら自分の立場を分かってるのかね? ……駄目だ」

 

  *  *  *

 

 四人が連れてこられたのは、基地の中でも警備が厳重なドーム状の建物だった。

 やがて一同はドームのちょうど中央に位置すると思われる部屋に通された。

 円形の部屋はかなり広く、清潔に保たれていた。

 

 だが何もよりも目を引くのは……。

 

「子供?」

 

 ネプテューヌは思わず目を丸くする。

 部屋の中には、何人もの子供たちが机に向かっていた。

 子供たちは、皆ピーシェより少し上くらいの歳の少女で、全員が簡素な白い貫頭衣を着ている。

 どうやら勉強をしているらしい。

 

「何で、こんなトコに子供が……」

「ねぷてぬ……このこたち、へん」

 

 ピーシェが不安げにネプテューヌの服の裾を引っ張る。

 

 確かに、少女たちはお互い話もせず、人形めいて無表情だ。

 

 答えは背後からもたらされた。

 

「鋭いな。こいつらは教育と投薬で感情を抑制されているのだ」

 

 一同が振り向けば、マジェコンヌが立っていた。

 彼女は兵士たちにもう行っていいと指示を出すと、ネプテューヌたちに説明してやる。

 

「他にも運動、会話、食事、睡眠……全て徹底管理されている」

「何さそれ! 何でそんなことするのさ!?」

 

 顔を険しくするネプテューヌに、マジェコンヌは皮肉っぽい笑みを向けた。

 

「女神に、するためさ」

「……………え?」

「ここの遺跡から採取できる古代の女神の因子を、少しずつ注入して体に馴染ませることで、最終的に女神にするんだと。その上で感情を排した操り人形にする………トンデモ理論もいいとこだが、ここの連中はそれをしようとしているのさ。……それで女神になれるなら、苦労はしないのにな」

 

 最後の方は小さな呟きだった。

 レイは顔をしかめる。

 

「でも、こんなにたくさんの子供をいったいどこから?」

「主に孤児だ。施設から引き取ると見せかけて、ここに連れてくる。もっと強引に事故に、拉致してくる場合もあるようだ」

「そんな、酷い……」

 

 言葉を失う一同に、マジェコンヌはトンガリ帽子のつばを摘まんで顔を隠す。

 だが、僅かに見える口元は嫌悪で歪んでいた。

 

「とにかく、しばらくの間、お前らにはここで過ごしてもらう。ここの区画の中なら自由に動いていい。……そこを出たら安全は保障しないがな」

 

 淡々と告げるマジェコンヌ。

 

「さてとだ。……マジック、こっちに来てくれ」

「はい」

 

 マジェコンヌに呼ばれて一心不乱に机に向かう少女たちの一人が立ち上がった。

 赤い髪をツインテールにして、何故か右目に眼帯をしているが、中々に可愛らしい少女だ。

 

「こいつの名はマジック。頭のいい娘だから、分からないことがあったら、こいつに聞け」

「マジックです。よろしくお願いします」

 

 マジェコンヌは、トコトコと寄ってきた少女の頭を撫でてやる。

 

「よろしくねー! いやしかし、こんな小さな少女を手籠めにして印象回復を狙うなんて、汚い! さすがマザコング汚い!!」

「誰がマザコングか!! 別にそういうのを狙ってるワケではない! なんでだか知らんがこいつが懐いてくるのだ!!」

「またまたー! 『不良がいいことするといい奴に見える』効果を狙ってんでしょー?」

「違うわボケェ! 貴様という奴は空気読まんかい!」

「だが断る!!」

 

 さっそくいつもの調子でからかい出したネプテューヌにムキになって反論するマジェコンヌ。

 一方、ピーシェはマジックに向かって、抱えていたラジコン……ホイーリーを差し出す。

 

「ぴぃはぴーしぇだよ! よろしく! このこはういりー!」

「ホィーリーな。良くある間違えだぜ」

「ピーシェにホィーリー、よろしく」

 

 何か琴線に触れる物があったのか、マジックは無表情のままだがピーシェの頭を撫でる。

 

「よーし、こうなったらここの子たち、みんなと仲良くなっとくよー!」

「できるものならやってみろ。私が数週間かかっても数人しかまともに会話できなかった餓鬼どもだ! 簡単にいくと思うなよ!」

「それはマザコングが怖いからじゃないかなー? ほら、顔もきつめだし、無駄にムチムチだし」

「じゃかわしい! そう言う貴様こそ無駄に声がデカくて……」

「はあ……」

 

 ほっとくといつまでも漫才してそうなネプテューヌとマジェコンヌに、レイは小さく溜め息を吐く。

 なんだかんだでネプテューヌのテンションに付いていけるマジェコンヌを見るに、この二人、根は似ているのではあるまいか。

 

「それでマジェコンヌさん? あの……ハイドラヘッドとやらは、何をたくらんでいるんですか?」

「それは、そいつの方が良く知っているんじゃないか?」

 

 レイの質問に、マジェコンヌはネプテューヌを顎で指す。

 ネプテューヌは彼女らしくもない神妙な顔を作った。

 

「……オプっちをおびき寄せる気なんだね」

「そうだ。奴はオプティマスに執着している。それこそ、ストーカー呼ばわりも否定できんほどにな。そもそも、あの考古学者に金を出してここに呼び寄せたのも奴だ。……貴様しかこないとは、思ってなかったようだがな」

 

 それを聞いて、レイは何とも言えない気分になる。

 トレイン教授は真面目に発掘調査をしようとしていたのに、それを利用するとは。

 

「しかし、貴様を手に入れた今、奴は喜び勇んでオプティマスを呼び寄せるだろう。……よかったな。頼りになる騎士様で」

「……………」

 

 皮肉っぽいマジェコンヌの声に、ネプテューヌは顔をしかめる。

 

 レイやマジェコンヌには知る由もないが、今のネプテューヌの中には、またしても最愛の人に面倒をかける申し訳なさと無力感が渦巻いていた。

 

 一方でレイはメガトロンたちが助けに来てくれるだろうかと考えて……まあ、こないだろうと結論づける。

 

 この基地に喧嘩を売ってまで、自分を助けに来るメリットがない。

 

 それは仕方のないことだ。

 

「……ま、それはともかく……みんなー! ネプテューヌお姉さんとあそぼー!」

 

 ネプテューヌは思考を切り替え、少女たちに向かって元気に声を出す。

 少女たちは僅かに反応するが、すぐに机の上の本に向き直る。

 

「あれれー?」

「だから言っただろう。こいつらは色々と調整されていて、感情が薄いんだ」

「むー、……そうだ! ピーシェ、レイさん、手伝って!」

 

 言うやネプテューヌは、部屋の隅に置かれていた、テストに使うのだろう紙を手に取る。

 

「う~ん、できればカラフルな方がいいんだけど……ま、いっか! これをこうして……」

 

 いったい、ネプテューヌは何をしようと言うのか?

 

  *  *  *

 

 いつのころから、自分たちはここにいた。

 娯楽もなく、長いこと太陽を直接見ていない

 もう、父の顔も母の声も思い出せない。

 

 かつては年下の子供たちの面倒を積極的に見る四人の『お姉さんたち』がいた。

 が、『成績優秀』な彼女たちはある日、研究員に連れていかれて戻ってこなかった。

 

 徹底して管理された生活は、寄る辺を失った幼い心を殺していくには十分だった。

 

 施設の大人たちは、口答えすれば、命令に背けば、少しでも気に食わなければ、容赦なく手を挙げた。

 

 最近現れた、ま、ま……マザコング?なる人物は、少なくとも子供にも公平に接し、何人かが心を開いたが、大多数は以前のままだ。

 

 これからもそうだろう。

 

 幼くして諦観にどっぷりと浸った思考は、もうできるだけ大人を怒らせない方向に固定されている。

 

 今日は何かうるさい連中が来たが、無視して勉強を続ける。

 

 と、その目の前を何かが横切った。

 

 ふと見れば、それは紙飛行機だった。

 

 何だこんなもの……と思い、顔の前に飛んできたそれを跳ね除けるが、次々と飛んでくる。

 

「むッ!」

 

 いい加減うっとおしくなって振り向くと、ねのうるさいの(ネプテューヌ)がニパッと笑っていた。

 

「やっと表情でたね! さ、いっしょに遊ぼ!」

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌは半ば強引に、子供たちを遊びに巻きこんだ。

 

 最初は嫌々だった子供らも、いつの間にか夢中で折り紙を折りだす。

 

「やっぱり、子供の相手が手慣れてますね」

「と、言うより同レベルなだけな気もするがな」

 

 レイとマジェコンヌはアッと言う間に子供たちと馴染んでいるネプテューヌに舌を巻く。

 

 同時に、ここらへんがネプテューヌのワケの分からない人望の一端なのかとも思う。

 

 能天気でアーパーな癖に、スルリと人の輪の中に入ってくる。

 

「まったく、プラネテューヌの女神と言う奴はどいつもこいつも……」

 

 複雑な思いのこもった息を吐くマジェコンヌに、レイは気になっていることを聞いてみることにした。

 ネプテューヌは子供たちと遊んでいて、こっちを気にしていない。

 

「マジェコンヌさん、こんな時になんですが、一つ教えてください。あなたはどうして女神を憎むんです?」

「唐突だな。……私がゲイムギョウ界を支配するためでは不満か?」

「ええ、不満です。……これは私の勘ですが、あなたが女神を倒そうとしているのは、他に理由があるんじゃないかと思いまして」

 

 レイの問いに、マジェコンヌは嘲笑で返した。

 

「それを知ってどうする? そもそも私が話すとでも?」

「……理由があるのは否定しないんですね」

 

 ムッとマジェコンヌは言葉に詰まる。

 

「…………だとしても、人に話すようなことじゃない。私はもう行くぞ」

 

 話を打ち切ったマジェコンヌは、踵を返して部屋を出ていこうとする。

 

 だが……。

 

「まじぇっち!」

 

 瞬間、マジェコンヌは驚いたように振り返る。

 だが誰もいない。

 視点を下げると、ピーシェが自分で作ったらしいクシャクシャの折鶴を差し出していた。

 

「まじぇっちも、いっしょにあそぼ!」

 

 無邪気な笑みを浮かべるピーシェに、マジェコンヌは無表情を崩さない。

 

 だが、怒ることもしない。

 

 ただ、表情を隠すように帽子のつばを下げ、足早に退室していった。

 

「おりょ?」

「……………」

 

 ピーシェはキョトンとし、レイはやはりマジェコンヌにも女神嫌いの確たる理由があるのだと、確信するのだった。

 

  *  *  *

 

『あなたがマジェコンヌ? 長いからマジェっちでいいよね~!』

 

『マジェっちー! いっしょに遊ぼう! ……え、仕事? 後でいいじゃ~ん!』

 

『マジェっちー! イ■ト■■ルったらねー!』

 

「……フッ、あんなことぐらいで動揺するとは、私もまだまだ未熟だな」

 

 長い長い通路を一人歩きながらマジェコンヌは自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

 ――お前が今の私を見たらどう思うのだろうな? 怒るか? 悲しむか? あるいは両方かもな。

 だけど私は、お前を生贄にしたこの世界も、お前にあんな生き方を強いた女神というシステムも、どうしても気に食わないんだ。

 だから私は、女神を倒し、世界というゲイムを塗り替えて、お前の復讐を果たしたい。

 

 …………いいや、これは言い訳だな。結局私は、生まれ持った支配欲、権力欲に振り回されていて、お前をダシにしているだけなんだろう。

 

 それでも私は、こんなことでしかお前への友情を示す方法を知らないんだ。

 

「愚かな私を許してくれ……うずめ」

 

  *  *  *

 

 ハイドラの基地レルネーの一角にある、軍用ジープが多数停車した駐車場。

 歩哨は一通り見回った後、異常無しと見て次の場所に向かう。

 

 人の気配が消えると、一台のジープの車体の下から何かが這い出してきた。

 

 頭だけの状態のフレンジーだ。

 

 レイとはぐれた彼はハイドラ兵に隠れ、ジープの車体の下に張り付いてここまでやってきたのだ。

 

「さてと、ここのどっかにレイちゃんがいるのは確かだけど……さすがに俺だけじゃ助けるのはキツイな。ここは素直にメガトロン様に連絡しよう」

 

 独りごちてから、フレンジーは彼方にいる主君に通信を飛ばす。

 

「メガトロン様、メガトロン様! 応答願います!」

『……フレンジーか。定時連絡の時間ではないが、何用だ?』

 

 ややあって、メガトロンは通信に出た。

 

「メガトロン様! レイちゃんが、例のハイドラとか言うのに捕まっちまったんです! あ、今のは洒落じゃありませんよ!」

『………………』

「とにかくですね! 俺だけじゃ助けるのは無理そうなんで、誰か応援を……」

『駄目だ』

「よこしてくれないかと……え?」

 

 フレンジーは我が聴覚センサーを疑う。メガトロンにとってレイは、欠かすことのできない駒なのでは?

 メガトロンは噛んで含めるように言った。

 

『駄目だ。と言った。今はサウンドウェーブの『仕込み』が最終段階なのだ。今、目立つ行動はとれない』

「そ、そんな……!? じゃあレイちゃんを見捨てろと!?」

『落ち着け。すぐには救援を出せないだけだ。『仕込み』が終わり次第、そちらに向かう』

 

 それを聞いて、フレンジーはホッと排気する。

 

「じゃあ、それまでは俺がレイちゃんを守ります!」

『頼んだぞ。……それにしても、ちょうど良かったかもな』

「へ?」

 

 意味が分からず素っ頓狂な声を出したフレンジーは、メガトロンが通信越しに嗤う気配を感じた。

 

『なに、兵どものストレス発散のために、レクリエーション大会を開こうと思っているのだ。……破壊に満ちた、な』

 

  *  *  *

 

 場所は離れて、プラネテューヌのオートボット基地。

 

 オプティマスは仕事を終えて、ネプテューヌへの連絡を取ろうとしていた。

 少し離れていただけなのに、もう寂しがっている自分に、軽い驚きを感じる。

 先ほども……。

 

『いかん。ネプテューヌ分が不足してきた』

『ネプテューヌ分?』

『そうだ、ネプテューヌ分だ。ネプテューヌ分が足りなくなると、疲労や集中力、思考力の低下など症状が現れる』

『ネプテューヌ分は……、ネプテューヌに含まれているのか?』

『はっはっは、当たり前だろう!』

『司令官が、司令官がもうダメだ!』

『なんて言うかオプティマス。君はネプテューヌが絡むと色々残念になるねえ。前々から兆候はあったけど、恋人になってからは特に。とりあえずリペアルームに行こう』

 

※以上、仕事中のオプティマスとバンブルビーとラチェットの会話。

 

 冗談のつもりだったのに、本気で心配された……。

 やっぱりいつもは言わないことを言うもんじゃない。

 

 馬鹿な回想から戻ってきたオプティマスは恋人の声を聞いてネプテューヌ分を摂取すべく、通信を開く。

 

「ネプテューヌ、私だ。そちらは問題……」

『サプラ~イズ♪』

 

 通信の向こうから聞こえてきたのは、ネプテューヌの声ではなかった。そもそも男性の声だ。

 オプティマスの表情が一瞬にして引き締まる。

 

「貴様、ハイドラヘッド!」

『憶えてくれていて嬉しいよ』

「ネプテューヌをどうした!」

『彼女と発掘隊は、我々が預かった。返してほしければ、私との決闘を受けてもらおう』

「決闘だと?」

 

 質問に答えず、ハイドラヘッドは一方的に要件を言う。

 

『指定するポイントへ来るんだ。もちろん、断るのは許さない。あと、このことを誰かに知らせるのもナシだ。もし、従わなければ……分かるね?』

 

 ハイドラヘッドが座標を言う間、オプティマスは黙ってうつむいていたが、やがて顔を上げた。

 その顔からは、表情の一切が欠落していた。

 

「いいだろう……受けて立ってやる」

『ハハハ! そうこなくては! では楽しみにしているよ!!』

 

 一方的に通信を切るハイドラヘッド。

 オプティマスは黙って立ち上がると、早急に武器庫に向かった。

 重々しい扉を総司令官権限パスコードで開け、中に入ると、武器庫の中の無数の武器を次々と装備していく。

 

 まずは愛用のテメノスソードとバトルシールドを背負い、レーザーライフルを背中側の腰にマウント。

 

 次に、手榴弾数発と大型拳銃二丁、小型拳銃一丁、数種類のナイフ、各種弾薬を体の各所に格納。

 

 強化型イオンブラスターを腰の脇に下げ、さらに大型のビームバズーカを背負って、右肩に四連ロケットランチャーを装着。

 

 身の丈ほどもある両刃のエナジーアックスを、手持ちサイズまで変形させて装甲の隙間に収納する。

 

 最後に大経口のガトリングガンを手に持ち、これで準備は整った。

 

 さあ、出撃だ!!

 




ネプテューヌ「うたのおねえさん状態!」
マジェコンヌ「私って、ホント馬鹿」
ハイドラヘッド「待ち遠しいなあ、おめかししなくちゃ!」
オプティマス「面白い奴だな、殺すのは最後にしてやる」
メガトロン「おう、皆といっしょに遊びに行く(意味深)から、待ってな!」

だいたいこんな感じ。

今回の小ネタ

レルネー
名前の由来は、ギリシャ神話でヒュドラが住んでる沼地より。
イメージは思いっきりガンダムのジャブロー。
当初は地表にある予定だったけど、衛星とか普通にあるゲイムギョウ界でそれはどうよ? ということで地下基地に。
都市規模なのは……ほら、ぶっ壊すと爽快じゃあないですか。

人造女神候補
私の中で、『子供を傷つける奴』は問答無用に明確な『悪』でして。
四人の『お姉ちゃん』たちは、今作での出番なし。
マジックは、多分成長するEカップぐらいあるナイスバディのお姉さんに……。

マジェコンヌの独白
この伏線が回収される日は、多分きません。

ネプテューヌ分
あずまんが大王ネタ。今の子に分かるかな?

では、ご意見、ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話 荒野の決闘

あるいは、オプティマスの巨人退治。


 プラネテューヌの北西部。

 この辺りには、何もない荒野が広がっている。

 

 太陽の光が地面を照らす中を、コンテナを牽引した赤と青のファイヤーパターンが特徴的なトラックが走っていた。

 

 トラックはやがて舗装された道路を外れ、道なき道を進み、岩山に掘られたトンネルに入る。

 木組みの壁のトンネルは、古い時代の物らしい。

 

 トンネルを抜けると、そこは古い鉱山跡だった。

 

 ルウィーにあった鉱山とは違い、ここはいわゆる露天掘りの鉱山らしく、すり鉢状の谷になっていた。

 トラックが出たのは、その谷の底だ。

 

 谷底の真ん中で停車すると、ギゴガゴと大きな人型ロボット、オプティマス・プライムに変形する。

 コンテナは各種武装へと変形した。

 

「ハイドラヘッド! 誘いどおりに来てやったぞ! 姿を表せ!!」

「フフフ……オプティマス、来てくれて嬉しいよ」

 

 オプティマスが吼えると、どこからかハイドラヘッドの声が聞こえてきた。

 見回せば、こちらを見下ろす位置に黒いトランスフォーマーが立っていた。

 

 オプティマスを模して作られた人造トランスフォーマー、ネメシス・プライムだ!!

 

「さあ、ネプテューヌたちを返してもらうぞ!!」

「連れないなあ。せっかくなんだ……まずは楽しんでくれ!!」

 

 ネメシス・プライムが指を鳴らすと、高台の向こうから戦闘ヘリが飛来した。

 ゴテゴテと重火器で武装した姿は、もはやヘリとは言い難い何かだ。それが数機。

 

 さらに反対側からは、これまた何台かの戦車が現れる。

 砲塔には主砲に加え、機関砲とミサイル砲が存在感を放っている。

 

 ヘリにせよ戦車にせよ、人の乗るスペースが見当たらない。

 

 そもそもオプティマスのセンサーはそれらが全て人の乗っていない無人兵器であることを察知していた。

 

「ハハハ! 誰も一対一だなんて言っていないよ! 以前捕らえたディセプティコンのデータを基にした自動兵器の数々! 味わってくれたまえ!」

 

 卑劣なハイドラヘッドに、オプティマスは怒気を強くする……かと思ったが、すぐに呆れたように排気した。

 

「そんなことだろうと思っていた。貴様が一対一の決闘など、するはずもないからな」

「おや、私のことを理解してくれて嬉しいよ。さあ、我がハイドラとの決闘……いや戦争と洒落込もう!」

「いいだろう」

 

 言うやオプティマスは一瞬でガトリングを構えて掃射する。狙うは空中に浮くヘリ型だ。

 凄まじい勢いで吐き出される弾丸が、無人兵器に命中する。

 

 やがてガトリングの弾が切れるとポイと捨てて、レーザーライフルと強化イオンブラスターを手に、敵の中に飛び込む。

 

 戦車の装甲の薄い部分を的確に撃ちぬき、ヘリを次々と撃ち落としていく。

 その間にも、敵がまとまっている所に手榴弾を投げ込んでやるのも忘れない。

 

  *  *  *

 

「頑張れー! オプっちー!!」

 

 ハイドラの地下都市基地レルネーの一角。

 研究棟になっているドーム状の建物の一室で、ネプテューヌは恋人を応援していた。

 周囲にはマジェコンヌとレイもいる。

 何を思ったのか、ハイドラヘッドはオプティマスとの戦いの様子を中継してネプテューヌたちに見せていた。

 

「あの場所なら、高い場所から狙い撃てると踏んだのだろうが、あそこを選んだのが裏目に出ている。その上、無人兵器は思考が単純だからな」

「うん。普段オプっちは、あんまり被害が出ないように戦ってるけど、今は気にしなくていいから」

 

 マジェコンヌの言葉にネプテューヌは頷く。

 強大な戦闘力を持つオプティマスだが、周囲や仲間に巻き添えにすることを恐れて、力を抑えている。

 

 それが今回は、たった一人での戦いであるが故に全力を出している。

 

「あるいは、……全力を出させるのが狙いかも?」

 

 意外な言葉に、ネプテューヌとマジェコンヌがそちらを向く。

 発言者であるレイは慌てて手を振るが、むしろ二人は納得した様子だった。

 

「ああ、いえ! ふとそう思っただけで……!」

「ううん。多分それで合ってると思う」

「奴は、オプティマスと戦うことに病的な執着を持っているからな」

 

 三人が揃ってモニターを見れば、オプティマスが敵を蹴散らしている。

 

 恋人を浚って怒りを煽り、周囲の被害を気にせずに戦える場所に誘き寄せ、容赦のいらない無人兵器をぶつける。

 

 まるでオプティマスの本気を引出そうとしているかのように、思えてならなかった。

 

  *  *  *

 

 戦いが始まっていくらか経つ頃には、ほとんどの戦車とヘリが残骸と化している。

 

「こんなガラクタで私を倒せると思っているのか? だとしたら、舐められたものだ」

「ハハハ! ここからが本番さ!!」

 

 ネメシス・プライムは大きくジャンプする。

 その背のバックパックから翼が展開し、ブースターを噴射して飛び上がる。

 

「どうだい? 君と、あの女神を研究して作ったジェットパックだ!!」

「だからどうした、下らん」

 

 テンションの高いハイドラヘッドに対し、オプティマスは冷厳と言い放つと、ビームバズーカを構えて撃つ。

 エネルギー弾を避けたネメシス・プライムは、手に持った銃を撃つ。

 最小限の動きで弾を躱すオプティマスだが、地面に当たったエネルギー弾が弾けると、オプティマスの足を巻きこんで凍りつく。

 

「ハハハ! 以前奪ったマジックボムを応用したマジックブラスターだ!」

「全て人から奪った物か、猿真似ばかり。それを自慢とは、程度が知れるな」

 

 オプティマスは氷を殴って割り次の弾を避けるや、トラックに変形してネメシス・プライムに向けてアクセル全開で走り出す。

 

 ネメシス・プライムの放つ、炎、雷撃、カマイタチ、様々な魔法が襲い掛かるも、それらを避けながら、あるいは当たっても無視して突っ走る。

 土の盛り上がっている所をジャンプ台代わりにして、空中のネメシス・プライムに向かって大ジャンプする。

 

「ッ!」

 

 さらに高度を上げて躱そうとするネメシス・プライムだが、オプティマスは空中でロボットモードに戻って自分の複製に組み付く。

 

「うおッ!?」

「貴様に空は似合わん! 地面に這いつくばるがいい!!」

 

 そのまま組み合いながら地面に墜落する両者。

 オプティマスは相手に隙を与えず、馬乗りになって自分を模した顔面を殴る。

 

「ぐおぉおお!?」

「ネプテューヌを! 返せと! 言って! いる!」

 

 怒りを込めて何度も何度も殴る。

 

 最初に会った時から、こいつはヒトの神経を逆なでするようなことばかりする。

 いい加減うんざりだった。

 

 ネメシス・プライムも殴られっぱなしではなく、顔に内蔵されたビーム砲で反撃しようとするが、オプティマスはそれを許さず、自身の拳にナックルダスターを被せるように展開して顔面に突き刺す。

 砲口ごと、ネメシス・プライムの頭部はグシャリと潰れた。

 

「ハハハ、ハッハッハ! ハッハッハッハ!!」

 

 しかし、ネメシス・プライム……ハイドラヘッドは笑う。

 

「何が可笑しい!!」

「ハハハ! やっとだオプティマス! やっと君と戦争している!! 私はやっと戦争が出来てるんだ!!」

 

 異様な様子に、オプティマスは一瞬動きを止める。

 その隙を逃さず、ネメシス・プライムはオプティマスを投げ飛ばすと、体勢を立て直す。

 人造トランスフォーマーとは言っても、実態は有人式のロボットに過ぎないネメシス・プライムに取って、頭部を破壊されることは致命打とは言えない。

 

「私は戦うために生まれてきた! 戦うために生み出された!! 戦いの中でしか、私は生きる意味がないんだ!! だから世界に戦争を振りまく! 生きるために!」

 

 笑いながら、しかし、どこか泣きそうな声で、ハイドラヘッドは叫ぶ。

 

「君もそうだろう! 君は戦士だ! 戦いに生き、戦いに死ぬ! そういう生き方意外、もう出来ない! 違うか!?」

 

 その問いに、オプティマスは油断なく銃を構え直しながら答える。

 

「……その通りだ。私は、戦いの中でしか生きられないのだろう」

「ハ……ハハハ! やっと認めたな! そうだとも、我々は同類だ! 平和な世界に、我々の居場所はないんだよ!!」

 

 ハイドラヘッドは哄笑する。

 

「あの女神どもの言う通り平和になった時、君の居場所はないぞ! 人間なんて勝手なもんだ。戦時の英雄も、平和になれば用済みのゴミみたいに捨てられる! そんな世界を君は受け入れるのか!?」

「そんなことか。受け入れる他に何がある」

 

 静かに、オプティマスは答えた。

 

「…………は?」

「戦士に居場所がないのなら、作るように尽力するまで。誰かが仲間に犠牲を強いるなら、抗おう。だが、もしも、私一人が死ぬことで故郷に、このゲイムギョウ界に平和が訪れるのなら……私は喜んで、この首を差し出す」

 

 一切の迷いなく放たれた解に、ハイドラヘッドは愕然とする。

 

「ば、馬鹿な……お前は、忘れ去られるのが、必要とされなくなるのが怖くないのか!?」

「それこそが望みだ。戦士を必要としない世界なら、その方がいい」

「女神に、人間に、仲間たちに捨てられてもいいと言うのか!!」

「それが、皆の幸福ならば」

 

 淀みなく、全くの躊躇なく、胸を張って、顔を上げて、オプティマスは当然とばかりに言い切る。

 

「貴様は! 貴様は、自分の幸せはどうでもいいと言うのか!!」

「何を今さら」

 

 後ずさりするネメシス・プライムの姿を見て、オプティマスの顔に僅かに自嘲染みた笑みが浮んだ。

 

「そんな物は、プライムになった時から度外視だ」

 

  *  *  *

 

「何と言うか……凄まじいな。あそこまで自己犠牲的になれる奴は、そうはいないだろう」

 

 そう言いつつも、マジェコンヌの顔には複雑な表情が浮かんでいた。

 決して賞賛はできない、でも否定することは彼女にとって大切な何かの否定と同意、そんな顔だ。

 一方のレイは険しい顔だ。

 

「私は嫌いです、ああいうの。……際限のない自己犠牲なんて、自己満足に過ぎません」

 

 ガルヴァら子供たちが自己犠牲を是とするようになってほしくないと言う母親的な視点からの言葉だった。

 

「……そうだな。その通りだ。……そうでなくてはならないんだ」

 

 マジェコンヌは未だ複雑そうながら頷く。

 

 そしてネプテューヌは……。

 

「……………」

 

 只々、唇を血が出るほど強く噛み締めていた。

 

 あれもまた、オプティマスの一面であると、受け入れるために。

 その上で、まだ彼を幸せに出来ていないことに、胸の内を悔しさと無力感で一杯にしながら。

 

  *  *  *

 

「は、ハハハ、ハハハハ! ど、どうやら君は私が思っていた以上のタマだったらしい! だが、これだけでは終わらん!! 見ろ!!」

 

 気圧されたハイドラヘッドだったが、調子を取り戻し、ネメシス・プライムの胸部装甲を開く。

 ハイドラヘッドの乗る操縦席の上部に、輝く物体が接続されていた。

 それは菱形の金属フレームの内側に球形の金属容器があり、その隙間から暗い紫の結晶が禍々しく輝いているのが見えた。

 

「それは……ゲハバーンか!」

 

 オプティマスは両眼を鋭く細める。

 あのゲハバーン……超高純度、超高純度のダークマターの結晶で作られた、女神殺しの魔剣。魂を喰らうと言われる、呪われた剣だ。

 

「その通り、折れたゲハバーンの欠片を加工し、アダマンハルコン合金製のフレームと制御装置で覆った、名付けて『ダークスパーク』!! そしてこれは、こう使うのだ!!」

 

 ハイドラヘッドが機械を操作すると、ダークスパークから稲妻状の光が放たれ、戦場に転がっている兵器の残骸を打つ。

 するとどうだろう! ヘリが、戦車が、宙に浮かび上がり、ネメシス・プライムに向かって飛んで来たではないか。

 さらにネメシス・プライム自体もブースターを吹かしてもいないのに、空中に浮かび上がる。

 

「ここからが本番だ!! 融合合体(ユナァァイト)!!」

 

 ハイドラヘッドの咆哮と共に、戦車やヘリはバラバラのパーツに解れ、ネメシス・プライムを中心に再構成されていく。

 

 オプティマスの三倍はある人型。

 

 戦車由来の重装甲。

 

 歪に長い両腕の先の五指は、全てバルカン砲だ。

 

 全身から飛び出した無数の機関砲、戦車砲、ミサイル。

 

 そして新たに形成された頭部は、黄色い両眼と大きく裂けた口を持つ怪物的な物だ。

 

 まるで古い怪奇映画に登場する死体を繋ぎ合わせた人造人間……その兵器版だ。

 

「見よ! これぞ、合体兵器クロスファイアだ!!」

 

 ハイドラヘッドは哄笑と共に、オプティマスに向け指からバルカン砲を発射する。

 オプティマスは横に跳んで間一髪で躱すが、クロスファイアは全身の火器を乱射し始める。

 嵐のような弾幕を掻い潜りながら、オプティマスはビームバズーカを撃つ。

 

 ビーム弾は見事命中、クロスファイアはよろけるものの、ほとんどダメージは見られない。

 オプティマスはすかさず、肩のミサイルランチャーを発射する。

 だが、クロスファイアの左肩にバカバカしい大きさのプロペラが現れると、凄まじい勢いで回転。ミサイルを全て弾いてしまった。

 

「ハハハ、アーハッハッハ!! この圧倒的な力を見ろ!! 強靭! 無敵! 故に最強!!」

「無駄口を叩くな! まだ勝負はついていないぞ!!」

 

 テンションが最高潮に達しているハイドラヘッドに対し、砲撃の雨の中を逃げ回るオプティマスは冷静さを失っていなかった。

 

 ――いかに強大で巨大であろうとも、所詮は残骸を継ぎ接ぎ(パッチワーク)したに過ぎない。どこかに弱点はある!

 

 センサーを最大感度にして、勝機を探る。

 

 そして見つけた。

 

「一か罰か、やってみるか」

 

 小さく呟いてから、オプティマスはロケットランチャーとビームバズーカを発射する。

 飛び交う砲撃を避け動き回りながらも、撃ち続ける。

 ミサイルのバズーカの残弾が切れると両者を投げ捨て、両手にレーザーライフルとイオンブラスターを構えてクロスファイア目がけて撃つ。

 

「ハハハ! 血迷ったか!!」

 

 巨人に挑む蟻が如き所業だが、オプティマスに迷いはない。

 

 二丁の銃では、クロスファイアの重装甲に覆われた巨体は揺るがない。

 

 やがてクロスファイアの手がオプティマスを捕まえる。

 

「どうやら、万策尽きたな! 私の勝ちだ!!」

 

 文字通りオプティマスを手に握り、勝ち誇るハイドラヘッド。

 だがオプティマスの表情は、冷淡そのものだ。

 

「一つ教えておこう。……かつてのある神話に登場する青銅の巨人は、足が弱点だったという」

「……何?」

「巨人は無敵の肉体を持っていたが、踵の(びょう)を抜くと、全身の血が抜けてしまう。それが唯一の弱点だったそうだ」

「いったい何の話をしている!!」

 

 急にカビの生えた神話の話など始めるオプティマスに、ハイドラヘッドはイラつく。

 

「ああ、つまりゲイムギョウ界的に言うと……『足元がお留守ですよ?』と言う奴だ!」

 

 言うや、オプティマスは自分を掴む指の隙間からレーザーライフルを捩じりだし、実体弾の弾倉に仕込んでおいたグレネード弾を発射する。

 しかし、狙いはクロスファイアではない。

 

 その足元の地面だ。

 

「何を……おお!?」

 

 ハイドラヘッドの疑問の答えは地面の振動とひび割れだった。

 次々と地面に亀裂が走り、だんだんと足元が沈んでいく。

 

「この鉱山は、無理な採掘で地盤が緩くなっている上、地下にも坑道が蟻の巣のように広がっている。そんな上で大暴れすれば、こうもなる」

「まさか……さっきの攻撃も、このために!?」

 

 ミサイルやバズーカを無駄撃ちしているように見せかけて、地層を揺さぶり、ここに誘い込んでいたと言うのか?

 逃げる間もなく、クロスファイアは地面が陥没してできた大穴に肩まで落ち込んでしまい、動けなくなる。

 

「ぐ、おおおお! こ、この程度ぉおお!!」

 

 それでも、ハイドラヘッドはクロスファイアの力を振り絞って穴から抜け出そうともがく。

 

「いいや、これで終わりだ!」

 

 もがく巨人の眼前まで近づいたオプティマスは、エナジーアックスを大上段に振り上げた。

 振り下ろされた戦斧の刃が、クロスファイアの頭部を首元まで両断する。

 オプティマスはガラクタの山と化したクロスファイアの中に手を突っ込むと、本体であるネメシス・プライムを力任せに引っ張り出すと、仰向けに寝かせる形で乱暴に降ろした。

 

 そしてエナジーアックスを地面に突き刺し、ネメシス・プライムの胸部装甲にエナジーブレードをフック状に変形させたエナジーフックをひっかけ、無理やりこじ開ける。

 

 操縦席で固まっているハイドラヘッドの上部でダークスパークが淡く発光していた。

 オプティマスはダークスパークに手を伸ばし、力任せにこれをもぎ取った。

 

 

 ――ギィイアア嗚呼アアああァアア!!

 

 

 恐ろしい悲鳴のような音が轟き、ダークスパークは光を失った。

 

「さあ、私の勝ちだ。ネプテューヌを返してもらう」

 

 ダークスパークを投げ捨て、ハイドラヘッドがいる操縦席にレーザーライフルを突きつけ、ドスの効いた声を出す。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 しかし、ハイドラヘッドはくぐもった笑いをもらした。

 

 まだ何か奥の手があるのかと訝しがるオプティマスだったが、次にハイドラヘッドが発した言葉は予想外だった。

 

「ネプテューヌの居場所は、私を殺せば自動的に君に送信される……さあ、私を殺せ!」

 

 面食らったのも無理はない。

 

「何を言っている? 今度はどういう企みだ?」

「企みなど、ない。……私を殺せ!」

 

 だがオプティマスは冷め切った態度だ。

 

「断る。私はネプテューヌたちを救出したいだけだ。居場所を吐けば、それでいい」

「吐くものか! 殺せ! 殺してくれ!!」

 

 くぐもった笑いはいつしか、悲痛な懇願に変わっていた。

 

「お願いだ! 私に戦いの中での死を!!」

 

 さしもに顔をしかめるオプティマスに、ハイドラヘッドは自分の顔のない仮面に手を掛け、おもむろに外した。

 

「それしか、このクソッタレな人生から解放される方法はないんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮面の下の顔は、あどけなさを残していて、まだ少年と言っていいくらいだった。

 

  *  *  *

 

「あれは……あの時の兵士さん?」

 

 露わになったハイドラヘッドの素顔に、ネプテューヌは見覚えがあった。

 先日、レイを他の兵士から助けてくれた若い兵士だ。

 

「でも、殴られた痣がないし、あの時はすぐにハイドラヘッドも出てきたよ!」

「確かに……これはいったい?」

 

 二人がマジェコンヌの方を見れば、彼女は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。

 

「奴は……いやハイドラヘッドだけではない、ここにいる兵士たちの半分……顔を出してない奴らは、皆同じ顔だ」

「それって……」

「兄弟とか……じゃないよね?」

 

 マジェコンヌは頷く。

 

「あいつらは……クローンなんだ。

 『赤い彗星』と恐れられたパイロット、

 『拳を極めし者』とまで呼ばれた格闘家、

 『蛇』のコードネームを持つ伝説の傭兵、

 『片翼の天使』と言われた英雄的な剣士。

 ……とにかく歴史上の強い奴らの遺伝子をかき集めて混ぜ、

 そこにタリ(ここ)の女神の因子を入れることで調整した、な」

 

  *  *  *

 

「さあ、私に死を与えてくれ! 敵を殺すのが、兵士の役割だろう!!」

 

 懇願するハイドラヘッド。

 だがオプティマスは、銃口をハイドラヘッドに向けながらも決して引き金を引かない。

 

「……断る。この世界の人間を殺すのは、私の権限に反する。どれだけの悪人であろうとも、法の裁きを受ける権利がある。」

「これは戦争だ!! 戦争中なら、法の裁きも何も……」

「くどい」

 

 一種冷酷に、オプティマスは言い切る。

 

「私は貴様と戦争などしていない。貴様はただのテロリスト……犯罪者だ。貴様はゲイムギョウ界の司法により裁かれるだろう」

 

 どれだけ憎くとも、殺すことが情けだとしても、殺すワケにはいかない。

 総司令官としての冷徹な計算がそれを許さない。

 オートボットの総司令官たる自分が、この世界の人間を勝手に罰することはできない。

 それに、これだけの組織にバックがいないとは考え辛い。洗いざらい、吐いてもらわねば。

 

「いい加減にネプテューヌたちの居場所を教えろ」

 

 あくまでも、大切なのはネプテューヌと発掘隊の安全だ。

 そもそも勝負に持ち込めていないことに気付き、ハイドラヘッドの表情が絶望に染まる。

 

 その瞬間、どこからか飛来した弾丸がオプティマスの腹を直撃した。

 

「ぐおおお!?」

 

 腹を押さえて膝を突くオプティマス。

 またもハイドラヘッドの計略かと思ったが、当の本人は何が起こったのか飲み込めていない様子だ。

 

 ――ならば……。

 

 弾が飛んで来た方を索敵すれば、案の定、黒い痩身のトランスフォーマー、ロックダウンが立っていた。

 顔面から伸びた砲身を収納し、ゴキリと肩を回す。

 周囲には配下の傭兵とスチールジョー、そしてハイドラ兵が展開していた。

 

「ロックダウン、貴様……!」

「戦争ごっこは終わりだ」

 

 オプティマスが反撃するより早く、ロックダウンは手をブラスターに変形させてオプティマスを撃つ。

 

「ぐわッ!!」

「安心しろ、スタン弾だ。依頼主は生け捕りがご所望でね。……これでいいのか?」

 

 仏頂面を崩さず、ロックダウンは足元に立つ赤い髪の女……マルヴァに問う。

 

「ええいいわ。このデカブツを持って帰れば、社長たちも喜ぶでしょう」

「マルヴァ! ここには来るなと命令したはずだぞ!!」

 

 命令違反にハイドラヘッドは怒声を上げるが、マルヴァは嘲笑で返した。

 

「生憎とヘッド、あなたは先ほど指揮官の任を解かれました。まあ実働部隊であるハイドラを私物化していたから、仕方ありませんね。指揮は私が引き継ぎます」

 

 マルヴァは、ツカツカとハイドラヘッドに近づく。

 

「つまり、お前は、もう用無しってことだよ!」

 

 そして、さっきまで上官だった相手の顔を嬉しそうに殴った。

 

「がッ!」

「この! クローン風情が! いつもいつも! この私に! 偉そうに! 命令しやがって! クローンの分際で! この!! 私に!!」

 

 呪詛を吐きながらも、その顔はサディスティックに歪んでいた。

 ひとしきり殴ると、満足したのかハイドラヘッドの顔に唾を吐いてからロックダウンに向き合う。

 

「さて、そのデカブツをいったんレルネーに連れてくわよ! この負け犬とガラクタもね! さあ、さっさとしな!」

 

 言われてロックダウンはオプティマスの足に鉤をひっかけて引きずり、何人かの兵士がネメシス・プライムの残骸からハイドラヘッドを乱暴に引っ張り出す。

 

 何処からか飛来した空中戦艦が下部からトラクタービームを発射し、兵士やその『分捕り物』を回収していく。

 

 ロックダウンとオプティマス・プライム。

 

 兵士に拘束されたハイドラヘッド。

 

 傲慢で嗜虐的な笑みを浮かべたマルヴァ。

 

 ネメシス・プライム他、兵器の残骸。

 

 そして、兵士の一人が手に持ったダークスパークには、妖しい紫の光が灯っていた。

 




最近驚いたこと。

いやまさか、カー○ィで『惑星を機械化しようとする悪の企業』なんてのが出てくるとは思わなんだ。ってかロ○ボアーマーかっけえ!

今回の解説

無人兵器
一応、ヘリ型がブラックアウト、戦車型がブロウルのデータを元にしてる。
変形能力をオミットして量産化に成功しているが、つまり独力ではこんなもんしか作れない。

合体兵器クロスファイア
合体『兵士』ではなく、合体『兵器』
ブルーティカスもどき。
名前の由来は……『ブルーティカス』『非正規』で検索すれば分かるんじゃあないでしょうか。作者は責任持ちません。

際限なき自己犠牲
まるで某エミヤンのようですが、違うのは、自ら選択して滅私奉公に徹していること。
故に覚悟は重く、業は深い。

クローン
ええ、クローンウォーズ、好きなんですよ。
色んな強い人間の良いとこ取りして、女神の因子を繋ぎにしてます。
遺伝子混ぜすぎて、元になった人たちの誰とも似てません。

ダークスパーク
呪いは終わらず。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話 女神の子守歌

盛り上がんないなあ……。


 ハイドラの地下都市レルネー。

 

 その一角に、賞金稼ぎロックダウンとその一味がアジトとして使っている区画があった。

 

 配下の傭兵を二人従えたロックダウンは不意打ちで捕らえたオプティマスを、獲物を閉じ込めておく牢獄まで引きずって来るや、鳥籠のような形の牢屋に逆さ吊りにする形で押し込める。

 

「こうなると、惨めなもんだな」

 

 もはや自らの戦利品となったオプティマスを、ロックダウンは嘲笑う。

 

「女神に足を引っ張られ、人間に捕らえられ……気分はどうだ? ええ、お偉いプライム様よ?」

「…………」

 

 ロックダウンの皮肉に、オプティマスは何も答えない。

 それが気に食わず、ロックダウンは顔を仏頂面に戻す。

 

「まあいい。しばらくそこにいろ」

「オプっち!!」

 

 乱暴に檻を閉め、踵を返そうとするロックダウンだったが部屋の外からネプテューヌが駆け込んで来た。

 その後ろには、マジェコンヌとレイが歩いて来る。

 

「オプっち! 大丈夫!?」

「ネプテューヌ、無事で良かった……」

 

 心配そうな顔をしているものの、怪我はなさそうなネプテューヌに、オプティマスはホッと排気する。

 当然ながら、ロックダウンは渋い顔をマジェコンヌに向ける。

 

「何で、ここに連れてきた?」

「別によかろう? 恋人の惨めな姿を見せてやろうと思ってな」

 

 ツンと澄ましたマジェコンヌに、ロックダウンは苛立たしげに排気する。

 

「はん! それで、どうだい女神様よ。自分のせいで恋人が捕まってるのは?」

「ロックダウン、ネプテューヌを侮辱するのは許さんぞ……!」

 

 侮蔑的な声を出すロックダウンに低い声で答えたのは、逆さ吊りのオプティマスだ。

 

「本当のことだろうが。全く女神だか何だか知らんが、やはり碌でもない口先だけだな」

「何さそれー!」

「事実だろう? 友好条約だか何だか知らんが、決まり事を作らなけりゃ維持できない平和なんざ、たかが知れてる」

「むー……!」

「ましてや、人間なんて下らん生き物を守ろうって輩はな。ここの連中を見れば、人間がどうしようもないってのは分かる」

「それは、ここの人たちが酷いってだけで、人間全部じゃないでしょう!」

 

 さすがに黙っていられず反論するネプテューヌを、ロックダウンは冷笑する。

 

「こういう連中がいる、ってだけで十分なんだよ。銀河を旅したが、どの種族にも連中みたいなのがいた。この世界は糞山、生き物なんてのは糞山に集る糞虫だ。糞虫は糞虫らしく生きてりゃいいのに、上っ面だけ誤魔化してるのが気に食わん。オートボット、ディセプティコン、女神、人間、どいつも変わらん。皆、糞山の虫だ。」

 

 睨みつけるネプテューヌ。

 だがロックダウンは、特に堪えた様子はない。

 オプティマスは両眼を鋭く細めた。

 

「ならば貴様は何だ! 勢力の間を飛び回って、戦争で流れた血を吸う寄生虫か?」

「そうさ。俺は自分がクソ下らん生き物であることを誤魔化さん。理想だの夢だので現実から目を逸らしている貴様らと違ってな!」

 

 オプティマスの言葉に、皮肉げに返すロックダウン。

 あんまりな物言いに、オプティマスのみならず、レイとマジェコンヌまでもが顔をしかめる。

 

 だが、ネプテューヌはパチパチと目を瞬かせていた。

 

「何て言うか……あなたは随分とロマンチストなんだね」

「…………何?」

 

 何を言われたのか理解できず、ロックダウンはネプテューヌを見下ろす。

 

「俺のどこがロマンチストだって言うんだ!?」

「だって、どんな種族にだって、色んなヒトがいるのは当たり前だよ。なのに、それが受け入れられないんでしょう? それってつまり、理想が高すぎてのに現実と折り合いつけられないってことじゃないのかな。……ロマンチストというか、潔癖症?」

 

 ネプテューヌの言葉を横で聞きながら、レイは自分の中で疑問を感じていた。

 

 ――そうだとも、人間にもディセプティコンにも様々な者がいる。ならば女神には? オートボットには? どんな人物がいる?

 

 ネプテューヌはさらに続ける。

 

「なんかさ、ロックダウンって、ボッチぽいよね」

 

 瞬間、ロックダウンが固まった。

 

「………………何でそうなる?」

「だって性格悪いしー! 『他の奴らと違って分かってる俺KAKKEEEE!!』みたいな感じ全開じゃん!」

 

 いつもの調子を取り戻したネプテューヌに、ロックダウンはすぐに無表情を作る。

 

「全く、くだらない……」

「何を! ロックダウンのオヤビンはボッチじゃないぞ!! 仕事ない時は武器コレクションを眺めるか、スチールジョーと戯れるくらいしかやることないけど!!」

「そうだそうだ! 飲み会すると、一人端の方で飲んでて、いつの間にか帰っちゃうけどボッチじゃねえ! 馬鹿にすんな!」

 

 意外! それはロックダウンの背後の傭兵!

 

「うわあ……これガチボッチだ。割りとネタなノワールと違って、マジモンだ」

 

 予想以上のボッチエピソードに、ネプテューヌは言いだしっぺであるにも関わらず、痛ましげな視線をロックダウンに向ける。

 

「おい、そんな可哀そうな物を見る目で見るな!」

「うん、まあ何だ……っぷ! ボッチでもいいことあるさ。く、くふふ」

「笑ってんじゃねえか!!」

 

 なんか慰めの言葉をかけつつも笑いを隠せないマジェコンヌに、ロックダウンは声を荒げる。

 

「ダメですよ、皆さん。ボッチな人はボッチなことを意外と気にしてるんですから、ボッチな方にボッチボッチ連呼しちゃ可哀そうですよ」

「お前が連呼するな!!」

 

 気は使ってるが空気は読めないレイに、ロックダウンはツッコミを入れる。

 

「ロックダウン、友がいないとは悲しいことだぞ。友がいれば喜びは倍に、悲しみは半分になるものだ」

「したり顔で説教すんじゃねえ!!」

 

 逆さ吊りのまま至極真面目な顔のオプティマスに、ロックダウンは檻を蹴る。

 

「ええい、どいつもこいつも! と言うか貴様らが反応するから変なことになっただろうが!!」

 

 傭兵二人の頭を叩くロックダウン。

 

「もう、怒りっぽいなー」

「いや怒りますよ、そりゃ」

 

 完全勝利(?)に、ニコニコ笑顔のネプテューヌに、レイは力なくツッコミを入れる。

 

「あなたたちも、よくロックダウンに付いてくねー?」

 

 ネプテューヌは頭をさすっている傭兵二人に話しかける。

 

「オヤビンを馬鹿にすんな! オヤビンは居場所のなかった俺たちの面倒を見てくれてんだ!」

「そうだそうだ! 怒りっぽいし給料安めだけど、充実してんだぞ!」

 

 どうも意外と部下からは慕われているらしい。

 

「へえー、意外といいこともあるんだね」

「……別に、善意からじゃない。オートボットからもディセプティコンからもあぶれてたコイツらなら、安く雇えるってだけだ」

「はいはい、ツンデレ乙」

 

 完全にペースを握られ、ロックダウンは深く深く排気する。

 

 さっきまでシリアスな空気だったのに、どうしてこうなった?

 

「だぁー、もう! お前らとっとと帰れ!!」

「はーい! でもその前に……」

 

 ロックダウンに怒鳴られて、ネプテューヌは最後にオプティマスの入っている檻に近づく。

 その顔は一転して真剣なものになっていた。

 

「オプっち……わたし、さっきの戦い、見てたよ。……もっと自分を大切にして。自分の幸せを考えて、……お願い」

 

 恋人の願いに、しかしオプティマスは答えない。

 

「ねえ……」

「ネプテューヌ、私のことはいい。自分の身を守るんだ。……君が無事でいてくれることが、私の幸福なんだ」

「……ずるい、そんな言い方」

 

 誤魔化されたことは分かっているが、それでも、ネプテューヌは頷く。

 

「分かったよ。……オプっちも、どうか無事で」

 

 檻から離れ、ネプテューヌはレイやマジェコンヌと共に部屋を出て行く。

 

「『君が無事でいてくれることが、私の幸福』ねえ。ご立派で涙が出るね」

「……………」

 

 ロックダウンの小馬鹿にしたような言葉に、オプティマスは答えなかった。

 

  *  *  *

 

「ねぷてぬー!!」

 

 子供たちの部屋に戻る途中、ピーシェがこちらに向かって走って来た。

 タックルする要領で、ネプテューヌの腹に抱きつく。

 

「ねぷおぅッ!? ぴ、ぴーこ、どうしたの?」

 

 普段なら文句の一つも言う所だが、ピーシェが泣いているとあってはそうもいかない。

 ピーシェはぐずりながら舌っ足らずに答える。

 

「ねぷてぬ、みんなが、みんながね、まじくーも……」

「マジックがどうかしたのか?」

 

 自分に懐いている子供の名が出てきて、マジェコンヌも会話に加わる。

 

「あのね、おっきなおとこのひとたちがきて、みんなをいじめてるの」

 

 要領を得ない説明だが、ただ事でないのは分かった。

 

  *  *  *

 

 急いで部屋に入ると、兵士たちが子供たちから折り紙を取り上げていた。

 

「ちょっと、あなたたち!!」

「何やってるんですか!!」

 

 ネプテューヌとレイが怒声を上げると、兵士たち……ほとんどが顔出し、つまりクローンではない兵士だ……はこちらを向いた。

 マジェコンヌが剣呑な表情で二人の前に進み出た。

 

「貴様ら、誰に断ってこんなことをしている。餓鬼どものことは、私に任せてもらう約束だが?」

「それはあの出来損ない……ああ、ハイドラヘッドとの約束でしょう?」

 

 兵士たちの間から、赤い髪の女が姿を見せた。

 その右手でマジックを無理やり引っ張っている。

 

「折り紙なんてくだらないことをする感情がまだあったなんてね。これからは、もっと厳しくしないと」

 

 マジックの手から、彼女が作った紙飛行機を奪い取って床に落とすと、ワザとらしく踏み潰す。

 無表情だったマジックの顔が曇り、マジェコンヌの額に青筋を立つ。

 

「マルヴァ、貴様……!」

「あなたも、人造トランスフォーマーの情報を得た今、本来なら用済みの所を特別な温情でいさせてやってるんだから、感謝しなさい」

 

 醜く顔を歪めたマルヴァは、特に理由もなくマジックを蹴り飛ばす。

 

「ッ!?」

「邪魔よ」

 

 さらに地面に転がりゲホゲホと咳き込むマジックの背をグリグリと踏みつける。

 

「いい加減にしなよ!」

「あなたは……!」

「マジック、大丈夫か!?」

「まじくー!」

 

 たまらずネプテューヌがマルヴァを突き飛ばし、レイとマジェコンヌ、ピーシェがマジックを助け起こす。

 

「子供を蹴るなんてサイテーだよ! 子供は国の御宝だよ!」

「知らないねえ。私が一番嫌いなのは、『子供の泣き声』で、次が『子供の笑い声』なのさ。にしても、相変わらず甘っちょろいね、女神様!」

 

 次の言葉が出るより早く、マルヴァはネプテューヌの頬を張る。

 

「ッ!」

「何さその目は? こっちに人質がいることを忘れるんじゃないわよ!」

 

 睨みつけてくるネプテューヌを蔑みながらマルヴァは醜く嗤う。

 

「女神ってのは女神ってだけでチヤホヤされて、いつまでも若くて美人で? たったくホントムカつくわ」

 

 さらにネプテューヌを打とうとするマルヴァだが、誰かがその手を掴んで止めた。

 顔を出していない……つまりクローン兵の一人だ。

 

「あ、あの、この方々は大切な人質ですし、何もそこまで……」

「ああ!? クローン風情が私に逆らうとか、何様!?」

 

 言うや、マルヴァはそのクローン兵の腹を蹴る。

 

「グッ!」

「一山幾らの量産品がよお!! この私に立てつくんじゃねえ!! テメエらは養豚場の豚といっしょなんだよ!! ……お前らもこいつを痛めつけろ!!」

 

 マルヴァの指示に兵士たちは、クローン兵はもちろん他の兵も戸惑っている。

 

「やれっつってんだよ! クローンども! 『上位コードに基づく指令』だ! やれ!」

 

 その瞬間、他のクローン兵が、倒れた兵士を銃床で殴った。

 他のクローン兵も殴る蹴るの暴行に及ぶ。

 

「君たち! 何してんの! そんな奴の言うことなんか、聞くことないよ!!」

 

 ネプテューヌが叫ぶが、クローンたちは止まらない。

 マルヴァはいよいよ勝ち誇った顔になる。

 

「無駄よ! こいつらクローンには、命令に逆らえないよう、因子にコードが仕込まれてるの。命令違反はもちろん、自殺もできないようにね。だからあの馬鹿はガラクタに殺されたがったんでしょうねえ」

 

 あの馬鹿とはハイドラヘッドのことで、ガラクタとはオプティマスのことだろう。

 

「どうせ死ぬなら強い奴に殺されたいって? 馬鹿よねぇ! たかが、他より自我と能力が高い、型落ち品みたいな奴の癖にさあ!」

 

 ゲラゲラと腹を抱えるマルヴァに、普段はクローン兵への扱いが乱暴な非クローン兵もドン引きしている。

 その間にもクローン兵は自分の同型への殴る蹴るをやめない。

 

「やめなさい! 私にはクローンとか、よく分からないけど、その人はあなたたちの兄弟でしょう! なら、そんなことしちゃダメ!」

 

 しかし、誰かが強い口調で制止すると、クローンたちはピタリと動きを止めた。

 

 ネプテューヌとマジェコンヌは息を飲み、マルヴァや兵士は目を剥き、当のクローンたちも自分の手を怪訝そうに見ている。

 自然と声のした方向に視線が集まる。

 

 そこには、レイがいた。

 

「な、何をやってる! 私の言うことが聞けないのか!?」

 

 マルヴァの怒りに、しかしクローンたちは動かない。

 唖然とするマルヴァに向けてレイは怒りを通り越して呆れ果てた声を出す。

 

「安い人ね」

「ああん!?」

 

 レイは、ピーシェとマジックを庇いながら、冷たい視線をマルヴァに向ける。

 

「安いって言ったんです。力のない子供や逆らえない部下を苛めて大喜び。とても一軍の将の器とは思えませんね」

「このアマ……たかが料理人風情が、この私に偉そうな口を! ……そう言えば、あんたはタダの一般人、生かしておく旨みもないわねえ」

 

 ネットリとした嗜虐心に満ちた笑みを浮かべるマルヴァ。

 

「面白いことを思いついたわ。……まあ、準備をしとくから今晩はぐっすり寝ときなさい。皆、行くわよ! マジェコンヌ、あなたも来なさい!」

 

 それだけ言ってマルヴァは兵士たちを率いて部屋を出て行く。

 暴行を受けた兵士も、仲間に支えられて退室した。

 

「マジック、すまないな。……大丈夫か?」

「…………はい」

「良い子だ」

 

 涙を堪えるマジックを撫でてから、マジェコンヌはネプテューヌとレイに頭を一つ下げ、兵士たちの後に付いて行った。

 

 後に残されたのは、泣く子供たちと、ネプテューヌ、そしてレイ。

 

「……みんなー! ほら元気出してー!」

「でも折り紙が……」

「折り紙は、また作れるよ。まずは、みんな、片付けよ」

 

 踏み荒らされた折り紙をかき集めるネプテューヌ。

 子供たちも、ポツポツと片付け始める。

 レイも一つ息を吐いてから、潰された折鶴を拾う。

 

 と、兵士の一人が残って手伝ってくれていることに気が付いた。

 

「あなたは……?」

「識別番号T‐0151です。……さっき助けていただいた」

 

 兵士が覆面を取ると、顔に殴られた痣が残っている。

 

「ああ! あの時の……」

「先ほどはありがとうございました。……あなたたちに助けてもらったのは、これで二度目です」

「いえ……あなたたちも、あんなことされたら怒っていいんですよ?」

「我々には上位コードに基づく指令に逆らえませんので」

 

 何てことないように言う兵士に、レイは顔を曇らせる。

 クローン兵たちにとって、理不尽な上位コードは、生まれた時からある当然の物なのだ。

 

「その……上位コードを無効化することができないのでしょうか? 例えばハッキングとか?」

「無理です。コードは因子に組み込まれていますので。……可能性の話として、因子の元々の持ち主なら干渉できるかもしれません。……つまり、大昔に亡くなった女神なら」

 

 無理な話だ。

 このタリは、女神が殺された国なのだから。

 

「そもそも、タリの女神の因子を使っているのも、現役の女神の因子を使うと、無意識に女神を信奉しかねないからなのです」

 

 手の込んだことだ。

 レイの内にさらなる怒りが込み上げてくる。

 

 やがて片付けが終わったが、子供たちの表情は暗く、何人かは涙を流したままだ。

 

「ねぷてぬー、みんな、げんきない……」

「うーん、ちょっと困ったなあ……」

 

 いくら規格外のバイタリティが売りのネプテューヌと言えど、限界はある。

 彼女自身、この状況に少しまいっていた。

 

 どうしようかと考えていると、歌が聞こえた。

 

 レイが歌っているのだ。

 

 ゲイムギョウ界で広く知られる子守歌だ。

 

 あなたは一人ではない、父が、母が、兄弟たちがいるから。

 

 そんな内容の歌だ。

 突出して上手いとは言えないが、人を安心させる何かがあった。

 

 子供たちはいつしか泣くのをやめて、歌に聞き入っていた。

 

 やがて、釣られるようにネプテューヌも同じ歌を口ずさみだした。

 かつては某ガキ大将級だった彼女だが、以前のアイドル騒ぎでの特訓で、中々の物になっていた。

 

 次にピーシェが舌っ足らずながらも歌いだし、子供たちも次々と歌に加わった。

 

 それを見守っていたクローン兵士、識別番号T‐0151は自身の通信装置を使って、その歌を基地のあちこちに流す。

 何故かは分からない。そうしなければいけない気がしたのだ。

 

  *  *  *

 

 基地の各所に、子守歌が流れる。

 

「何だ、この歌?」

「ガキどもか? ……しかし、なんつうか……」

「ああ、悪くねえよなあ……」

 

 兵士たちは、突然聞こえてきた歌に何とも言えない感覚に陥る。

 

 それ以上に奇妙なのはクローン兵たちで、彼らは、仕事さえ忘れて子守歌に聞き入っていた。

 

  *  *  *

 

 基地の牢獄区画。

 その独房の一つの中、アブネスは何とか外に出れない物かと思案していた。

 

 ――報道関係者として、また幼年幼女の味方として、ここで行われている悪事を世界に伝えなくては!

 

 燃え上がる使命感とは裏腹に、独房の堅く分厚い扉は幼年幼女以下の腕力しかないアブネスではどうしようもない。

 その上、一つきりしかない小さな窓には格子がハマっている。

 最初は大騒ぎしたアブネスだが、そろそろ疲れてきた。

 

「まったく、このアブネスちゃんに対して、この仕打ち! これは厳重に……」

 

 答える者がなくとも一人ヒートアップしてゆくアブネスだが、どこからか歌が聞こえてくることに気が付いた。

 ゲイムギョウ界で広く知られる、アブネスも子供の頃に……今も見た目は子供だけど……母に歌ってもらった曲だ。

 

「これは……幼年幼女の声! 幼年幼女が助けを求めている!」

 

 何人もの声が重なった歌の中から、的確に子供の声を聞き分けるアブネス。

 愛する幼年幼女の声を聴いて、アブネスの心の中に元気が蘇る。

 

「よーし! 今日は良く寝て、明日こそ幼年幼女を助けるわよー!」

 

 そうと決まれば、アブネスは英気を養うべく簡易ベッドに潜り込む。

 幼年幼女の歌声と、……それに混じって聞こえてくる大人二人の優しい声に、アブネスは安らかに眠りについた。

 

 アブネスの入っている房の隣の独房には、アノネデスが入れられていた。

 

 兵士たちがどうやってもメカスーツを脱がすことができず、仕方なくそのままだ。

 

 アノネデスは、全く動かず、声も発せず、ベッドに座り続ける……。

 

  *  *  *

 

 ダクトの中で、フレンジーは獲物に襲い掛かる直前の凶悪な昆虫のように息を潜めていた。

 実際、彼はこの基地のクソッタレな兵士どもを八つ裂きにするつもりだった。

 

 ……いずれ、時間が来れば。あるいはレイの身に危険が迫れば、今すぐにでも。

 

 すでにレイの場所は把握した。

 女神がいっしょにいるのは予想外だったが、考えてみればメガトロンへの良い土産になる。

 

 ダクト内に響く守るべき女の声に、彼女が未だ無事なことに安堵しつつ、ジッと待ち焦がれる。

 

 愚か者どもに、自らのしでかしたことを思い知らせる、その時を。

 

  *  *  *

 

 マジェコンヌは、与えられた部屋でノートパソコンを前に何か作業をしていた。

 

 デスクトップの壁紙は、らしくもなくリーンボックスのトップアイドルの写真だった。

 

 このノートパソコンは、マジェコンヌが持ち込んだ彼女の私物だ。

 やがてノートパソコンの電源を落とし、ベッドに横になる。

 

 子守歌は彼女の耳朶を心地よく叩く。

 

 今夜は、久々にグッスリ眠れそうだ。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌは知らない話だが、彼女が檻の中にいるオプティマスに近づいた時、彼は恋人に小さな発信機を付けた。

 口の中に含んでいた盗聴器も兼ねるそれを、声を出す時に発射してネプテューヌのパーカーにくっ付けたのだ。

 故に、ネプテューヌたちの歌はオプティマスの耳にも届いていた。

 

 

 そして、それに感付いたロックダウンにもまた。

 ロックダウンは、ムッツリと黙り込んだまま、無線を傍受することでネプテューヌたちの歌を聞いているのだった。

 

  *  *  *

 

 基地内のどこか。

 アブネスらが囚われている場所よりも厳重に警備された場所に閉じ込められている、ハイドラヘッド……いや、突然変異的に強い自我を獲得した、あるクローン兵は、どこからか聞こえてくる歌声に感じたことのない安らぎを得ていた。

 

  *  *  *

 

 かつての上官から奪った椅子に腰かけたマルヴァは、どこからか聞こえてくる耳障りな歌を消そうと悪戦苦闘していたが、基地内にいる兵の半分が仕事を放棄している現在、それは無理な話だった。

 

 自らの思う通りにならない現状を、マルヴァは腹立たしく思うのだった。

 

  *  *  *

 

 食事と風呂、歯磨きを終えたネプテューヌとレイは、子供たちを寝かし付けてから、中央の部屋で休んでいた。

 

 食事は栄養こそ完璧だが味は無いも同然の酷い物、風呂は囚人用が如き粗末さで、ベッドルームは子供の寝室とは思えないほど簡素だったことが、レイの怒りを強くする。

 

 そう、怒りだ。

 

 自分の身に危険が迫っている恐怖でも、メガトロンに見捨てられる不安でもない。

 

 この場所に来てから、自分は妙に心が安定している。

 その癖、強気になっているのも自覚している。

 

 まるで、我が家に帰ったかのような、奇妙な感覚だった。

 

「……そう言えば、オプティマスって、どんなヒトなんです?」

 

 ふと、レイはネプテューヌに問う。

 するとネプテューヌは首を傾げた。

 

「ええと、急に何?」

「いえ、ふと。私は『人づてに』しかオプティマスというヒトを知りませんので」

 

 思わせぶりなレイに、ネプテューヌはさして気にせずに答える。

 

「オプっちはね、なんて言うか不器用なヒトだよ」

「不器用?」

「ああ、手先とかじゃなくて、生き方が。……わたし思うんだけど、オプっちはさ、ホントは総司令官(プライム)なんてガラじゃないんだよ」

 

 ――それは、あんまりじゃないだろうか?

 

 淀みなく言い切るネプテューヌに、レイは三白眼になる。

 それに気付いているのかいないのか、ネプテューヌは続ける。

 

「オプっちはさ、『オプティマス・プライム』を演じてるんだよ。」

「……演じてる?」

「そ。オプっちは考古学とかが好きな、穏やかで繊細なヒトなんだけど、プライム……戦士の大親分で、オートボットの規範がそれじゃダメみたい。だから、冷静沈着で勇猛果敢、時に敵に容赦しない冷酷さも持ってる、オートボット総司令官オプティマス・プライムっていうキャラクターを作って、その仮面を被ってるんだよ」

 

 そこまで聞いても、レイは釈然としない。

 

 確かに、かつて見た過去のオプティマスは、穏やかな気質だった。

 

 だが、ヒトは長い年月の中で変わるものだ。

 

「多分さ、周りもオプっち本人も、仮面を被ってるってことを忘れかけてるんじゃないかな? あんまりにも長く被り過ぎて……。だから、誰かが思い出させてあげないと。オプティマスは歴史と平和が好きな、優しいヒトです、ってさ」

 

 静かに語るネプテューヌの顔は、これまでレイが見た中で最も優しげな……それこそ女神のような顔だった。

 

 正直、ネプテューヌの言うように、オプティマスが優しいかどうかはレイには分からない。

 それでも、分かることが一つあった。

 

「そうですね。自分でも自分の心から目を逸らしてしまう、と言うのは何となく分かります」

 

 メガトロンもそうだから。

 破壊と戦闘を尊ぶ欺瞞の民、その価値観に誰よりも囚われているのは、あの破壊大帝であることに、レイは何となく気付いていた。

 その一点に置いて、レイはネプテューヌの言葉に共感できた。

 

「男のヒトって、なんて言うか不器用と言うか……」

「自分で思ってるよりも、お馬鹿と言うか……」

 

 顔を見合わせ、何となく苦笑し合うレイとネプテューヌ。

 

 どうやら、この女神とは厄介な男に惚れてしまったと言う点に置いて、似た者同士らしい。

 

「……ねえ、レイさん。レイさんは、前に私に教えてって言ったよね」

「……ええ」

 

 何を、とは言わない。

 

 かつては好戦的だったネプテューヌが、女神同士の争いを止めた理由。

 オートボットとディセプティコンが戦い合うことに難色を示す理由。

 

 ……彼女が、雛たちを傷つけない理由。

 

 それをレイは知りたかった。

 

 いつぞやの戦場では、ネプテューヌの理想を薄っぺらいと扱き下ろした。

 

 それが違うと言うのなら、見せてみよ。

 

「だから、話すよ。わたしが……平和を目指す、ワケを」

 

 汝の中身を。

 




次回、ネプテューヌの過去語り。
当然、盗聴してるオプティマスと、それをさらに盗聴しているロックダウンも聞くことに。

今回の解説。

ロックダウン
書いてて、なんか現実主義と言うよりは悲観主義みたいになってしまいました。
実際、現実主義というのは、『理想を叶えるために現実的な手段を取る』ことなので、理想に唾吐くロックダウンは現実主義とすら言えなかったりします。
全ては作者の無知が故です。

因子
現在の女神の因子を使うと、クローンが女神を信奉したり、女神が因子に仕込まれたコードを無効かしたりするので、もう確実に死んでる女神の因子を使用。
何て周到なんでしょう(棒)。

総司令官オプティマス・プライムという仮面
ノベライズ版を読む限り、あながち的外れでもないと思っています。
もちろん、素のオプティマスにもカリスマ性はあるんですけど、それだけじゃ足りない(と本人は思ってる)から下駄履いてるワケです。
その上で素のままでアレなG1コンボイの偉大なこと。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話 紫の女神はかく語りき

ネプテューヌ、ガチシリアスモード。

盛り上がんないなあ……(二度目)
その上短い。


 じゃあ、どこから話そうか?

 

 ……そうだね、最初からにしよう。

 

 昔、わたしたち女神は争っていたんだ。

 最初の理由は、もう思い出せない。

 ……うん、思い出せない程度の理由だったんだと思う。

 

 とにかく、もう何十年、何百年も、私たちは戦っていた。

 

 わたしは、それが当然だって思ってた。

 戦い続けるうち、わたしはドンドン戦いにのめり込んでいった。

 

 教会の職員の中には、それを嫌がる人もいたよ。いーすん……教祖のイストワールも、その一人。

 だけど、わたしは聞かなかった。

 あの頃のわたしは女神だってことに驕ってたんだと思う。

 戦って勝つことが、敵を倒すことが、みんなの幸せに繋がるんだって、信じてた。

 

 せっかくできた妹にも、他の国の女神候補生と、仲良くしちゃダメ、あなたはこの国を背負うんだから、なーんて言っちゃってさ。

 

 そうやって、周りにも戦いを強いていた。

 

 国民にも、プラネテューヌが一番なんだって、一番になれって言い続けた。

 

 そんなある日、女神四人で直接戦うことになったんだ。

 切っ掛けは、全面戦争になる前に国民を巻き込まないように、女神だけで決着を付けようって、ノワールが言い出してさ。

 

 で、四つ巴で戦ってたんだけど、これが中々終わらない。

 

 何せ強さは互角くらい、その上全員が負けず嫌いで意地っ張り。

 そのまま、ずーっと、それこそ何千年も戦うことになるかと思ったんだけど、誰かが言ったんだ。

 

 じゃあ、最初に力を合わせてネプテューヌから倒そうってさ。

 

 ……誰が言ったかって? さあ?

 ノワールだったような、ブランの気もするし、ベールかもしれない。

 とにかく、それで三人ともいきなりわたしに襲い掛かってきたんだ。

 

 わたしは快刀乱麻に返り討ち! ……とはもちろんいかず、寄ってたかってフルボッコ! まいっちゃったよ、まったく。

 

 その上、周りに被害が出ないように、空高くで戦ってたのが悪かった。

 

 必殺技を三連続で喰らわれたわたしは、気を失って地上まで真っ逆さま!

 

 んで、プラネテューヌに墜ちたわたしは……ここらへん良く覚えてないや。

 目撃者が言うには、流れ星みたいに落っこちて、頭から地面に突き刺さってたんだって。

 幸いって言っていいのか、わたしはその目撃者の、コンパっていう看護師見習いの女の子に手当してもらったんだけど……。

 

 ここからが問題。

 

 な、なんと! わたしは記憶を失ってしまってたんだ!

 

 ……うん、マジだよ。

 過去の記憶が綺麗サッパリなくなって、自分が誰なのか、何処から来たかも分からない。辛うじて、ネプテューヌって名前は憶えてけどね。

 

  *  *  *

 

 レイは絶句していた。

 

 ――まるで私のよう。

 

 声にせずとも言いたいことは分かったらしいネプテューヌは、一つ頷いてから続ける。

 

  *  *  *

 

 レイさんも知ってるでしょ?

 あの頃のわたしって、滅多に人前に出ない上に、出る時は必ず女神化してたんだよ。

 わたしの人間としての姿を知ってるのは、いーすんや一部の教会職員だけ。

 だから、だーれもわたしのことなんか知らない。分からない。

 

 で、記憶を探すためにあちこち旅してみることにして、旅費を稼ぐためにクエストを受けるようになったんだけど、ある時、洞窟を調べるクエストを受けたんだ。

 

 そこでわたしとコンパは、ある女の子に出会ったんだ。

 

 クールで可愛いその子と、こんぱは幼馴染だって言うじゃない!

 

 喜んだのも束の間、その子は、ものすごく機嫌が悪くてさ。

 こんぱにも、結構キツイこと言うんだよ。

 

 『久し振りに見れば、相変わらず能天気そうね』とか、『アンタたちみたいな子供、ここにいても邪魔なだけよ』って感じでさ。

 

 こんぱもう泣きそうだったよ。

 

 でも、わたしは何でかその子の方が泣きそうに見えた。

 

 だから言ったんだ。

 

 『だったら、アイちゃんもいっしょに行こうよ! きっと楽しいよ!』って。

 

 最初は、嫌がったんだけどね。

 そこはわたし! 無理やり……もとい熱心に誘ったら、ついに首を縦に振った!

 

 そんなワケで、わたしとこんぱと、その子……アイちゃんこと、アイエフちゃんの三人でゲイムギョウ界を旅することになったんだ。

 

  *  *  *

 

「何て言うか、記憶がない割には、バイタリティ溢れてますね」

 

 自分なんか、記憶がないと自覚した時には、絶望しかけたのに。

 

 少し辛辣なレイの物言いに、ネプテューヌはゆっくりと首を横に振った。

 

「ううん。しょーじき、心細くて泣きそうになったよ。誰かが『ネプテューヌよ、四つの鍵を探してください』みたいな感じで目的をくれたら違ったのかもしれないけど、それもなかったから。それでも挫けずに済んだのは、こんぱが、わたしの記憶をいっしょに探してくれたから」

 

  *  *  *

 

 それからは、三人であちこち旅した。

 

 ラステイションは、機械がいっぱいで面白かった。

 

 ルウィーは、初めて見た雪が綺麗だった。

 

 リーンボックスでは、船旅も体験した。

 

 お金に困ったら、クエストを受けて稼いだ。

 

 困っている人を助けたりもした。

 

 こんぱがあいちゃんとばっかり仲良くしちゃって、ちょっとヤキモチを焼いたりもしたっけ。

 

 ホント、楽しかったなあ……。

 

 でも、何処へ行っても、戦争の影におびえて、暗い顔をしてる人がいた。

 そんな人たちは、わたしがどんなに頑張っても、笑顔にできなかった。

 

 実はこのころに、わたしは他の女神とも会ったんだ。

 

 ノワールは、人間の姿で町を見て回ったりしてたから、その時に。

 

 ブランとは妹ちゃんたちを連れて遠足中だったな。

 

 ベールなんか、なんとゲーム屋さんでだよ!

 

 向こうはわたしに記憶がないなんて分かんないから、色々揉めたっけ。

 ノワールは問答無用で襲いかかってきたし、ブランはいきなりキレるし、ベールは……マイペースだったなあ。

 

 でも、色々あって皆、自分の国とそこに住んでる人たちが大好きなんだってことは分かった。

 

 ……ここからが、ある意味本番。

 

 結局、記憶は戻らなくてプラネテューヌに帰った時だよ。

 

 プラネテューヌの女神の……つまり、わたしの……熱心な信者だっていう父子に会ったんだけどね。

 この父親の方が……なんて言うか熱心過ぎる人で、プラネテューヌの女神以外の神様を認めなかったんだ。

 

 他の女神を信仰してる奴らなんか、他の国の奴らなんか、全部殺してしまえって、そういつも言ってった。

 

 ……でも本当に問題なのは、子供の方だった。

 

 その子はまだ、10才にもならない男の子で、元気で優しかった。

 サッカーとゲームが好きで、勉強と歯磨きが嫌いな、隣に住んでる女の子に好きなのに意地悪しちゃう、普通の男の子。

 

 そんな子がさ、言うんだよ。

 

 

 

 

 

 僕は、早く大人になりたいです。

 

 

 

 

 

 

 大人になって、女神様のために他の国の奴らを殺したいです、ってさ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……わたしは、なんて馬鹿なんだろうって思った。

 

 その子がじゃない、その子の父親でもない。

 

 こんな子供が憎しみを受け継いでるのをほっといてる、プラネテューヌの女神が。

 

  *  *  *

 

「……まあ、その馬鹿な女神はわたしでした!ってオチが付くんだけどさ!」

 

 あえて明るく笑っているのだろうネプテューヌに、レイは何と言っていいのか分からなかった。

 

 これは、安易に同情することも、非難することも許されない。

 

 簡単に感想を言うことすら憚られる。

 

 そんなレイの内心を見透かしたのか、ネプテューヌは薄く微笑む。

 

  *  *  *

 

 ……そのすぐ後だった、いーすんとネプギアがわたしたちを訪ねてきたんだ。

 

 いーすんは、ちょちょいのちょい!でわたしの記憶を元に戻した。もう、今までの旅は何だったの?って感じだよ!

 

 ……ううん、あの旅は決して無駄な時間じゃなかった。

 

 わたしは知った。

 

 プラネテューヌ以外の国々とそこに住む人々だって、とっても素敵だってことを。

 

 わたしは知った。

 

 敵としか思ってなかった他の女神たちも、みんな必死に自分の国と民を守っているだけだってことを。

 

 わたしは知った。

 

 こんな馬鹿なわたしでも、家族だって、友達だって言ってくれる子たちがいることを。

 

 わたしは知った。

 

 憎しみを次代に、未来に残すことの、どうしようもない罪深さを。

 

 ……あなたの言う通り、過去は人の本質なのかもね。

 

 色んな頭のいい人が言うみたいに、戦いはなくならないのかもしれない。

 

 でも、誰がなんて言ったって、憎しみを子供に押し付けるのは、とっても悪いことなんだよ。

 

 陳腐と言われても、薄っぺらいと言われても、事実、傲慢な偽善だったとしても!

 

 わたしを助けてくれた大切な友達や、愛する妹のために!

 

 『戦いは終わって、みんな仲良く幸せに暮らしました』っていうハッピーエンドが欲しいんだ!

 

  *  *  *

 

「……これで、わたしの話はお終い」

 

 ネプテューヌはフウッと息を吐いてから、いつもの能天気な笑みを作った。

 

「いや、柄にもなく自分語りとかしちゃったよ! ホントは結構恥ずかしいんだよ! こう言うの、言葉にすると何か安っぽくなっちゃう気がしてさ! ……言えて、ちょっとスッキリした。聞いてくれてありがと」

 

 レイは最後まで圧倒されていた。

 

 これが、ネプテューヌの中身。

 

 おそらく、この姿はネプテューヌの一面に過ぎない。

 普段の能天気で無邪気なネプテューヌも、彼女の偽らざる姿なのだろう。

 ただ、一つだけ分からないことがある。

 

「……どうして、そのことを公表しないんです? それをみんなに言えば、もっとスマートに友好条約が結べたはずです」

 

 友好条約を結ぶまでに、他の国の女神たちや、教会の人間を説得するのは大変だったらしいことは、レイも知っている。

 ネプテューヌは柔らかく微笑んだ。

 

「平和を作るのにさ、そんな御大層な理由、いらないじゃん。平和になってほしいって、ただそれだけでいいんだよ」

 

 その答えに、レイはぐうの音も出ない。

 

 かつて、レイは彼女を薄っぺらいと扱き下ろした。

 

 しかし、彼女には在ったのだ。

 

 平和を希求し、憎しみを終わらせようとする、その理由が。

 

 ――じゃあ、私は? 私の憎しみは、それほどまでに重要な物なのか?

 

 答えてくれるはずの『過去』は姿を見せず、ヒントをくれるはずの『未来』は無情に沈黙する。

 

 思い浮かんだのは、破壊大帝の背と、雛たちの声だった。

 

 破壊大帝の過去と、雛たちの未来。

 

 天秤に賭けるには、どちらも重すぎる。

 

  *  *  *

 

 檻の中でネプテューヌの話を聞いていた……盗聴していた……オプティマスは、一人納得していた。

 ネプテューヌに、平和を求める確たる理由があるのは察していた。

 それを問わなかったのは、ネプテューヌにとって、平和を求めるのに深い理由はいらないことも分かっていたからだ。

 彼女はただ、自然体で皆の幸せを願いたかったのだ。

 

 最初にそれを打ち明けたのが、自分ではなかったことには一抹の寂しさを感じるものの、自分はそれに応えるのみ。

 

 ……その行く末に、自分の居場所がなかったとしても。

 

  *  *  *

 

「…………」

 

 オプティマスが盗聴しているのをさらに盗聴していたロックダウンは、何も言わなかった。

 

 しかし仕事なので、オプティマスがネプテューヌに盗聴器を仕掛けたことを、マルヴァに報告するために立ち上がった。

 

 ただ、その足取りは酷く重たげだった。

 




知人に、『トランスフォーマーとネプテューヌでする話じゃねえよwww。 読者はドンパチやギャグを求めてんだからwww。ホントセンスねえなwww』(やや意訳)

その通りです。

でも、『憎しみを未来に受け継がせるのは、どうしようもなく罪深いこと』
これは自分が固く信じてることです。

例え、この世の何物がどう言おうとも。

傲慢な物言いを、どうかお許し下さい。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話 宴の始まり

いや、やっと実写TF新作の情報が来ましたね。

ザ・ラストナイトですか。

公開までにこの小説、完結できるかな……。

※最後の方のショックウェーブやなくてサウンドウェーブでした。



 バンッ!と大きな音を立てて子供部屋に兵士たちが雪崩れ込んできた。

 

 そろそろ寝ようかと考えていたネプテューヌと、一人黙考を重ねていたレイは何事かと驚いた。

 

「ワッ! 何さいきなり!」

「黙れ! そのパーカーをこっちに寄越せ!」

「ちょッ!? ホントに何!? ハッ、まさかわたしに酷いことするつもりでしょう! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」

「いいから! ……マジでエロ同人みたいな目には遭いたくないでしょう?」

 

 兵士の一人……顔を隠した兵士だが、なぜか声が普通のクローンとは違う気がした……は無理やりネプテューヌのパーカーを脱がすと、兵士たちの人垣を割って現れたマルヴァに恭しく渡す。

 マルヴァは怒りに満ちた顔でパーカーを撫でたり裏返したりしていたが、背中部分に豆粒程の機械が吸着しているのを見つけるや、ワナワナと震えだした。

 

「この……虚仮にしやがって……」

 

 激情のままに、機械……発信機をもぎ取るや地面に叩きつけ、何度も何度も足で踏みつける。

 やがて発信機が完全に壊れると、大きく息を吐いてから、視線をレイに向ける。

 

「まあ、この女神には後で思い知らせるとして……まずはあなたよねぇ」

 

 ツカツカと歩いていくとレイの顎を掴んで自分の方に向ける。

 

「気に食わないわねぇ、その目。たかが料理人だが市民運動家だがの癖に、やけに肝が据わってる。……それに、良く見れば中々綺麗な顔してるじゃない?」

 

 マルヴァはニヤリと笑ってから、何処からかナイフを取り出すとレイの体の上に這わせる。

 

「ああ、ますますあなたの泣いてる顔が見たくなったわ」

「それなら簡単です。私、泣き虫なもので」

「ふ~ん、じゃあまずはこうしましょう」

 

 マルヴァはレイの頬をナイフで薄く切る。

 痛みに眉をひそめるレイを見て、マルヴァは狂気的な薄笑いを浮かべながらナイフに付いた血を舐める。

 

「タリの女神は、美しさを保つために若い女性の血を絞って、その血を浴びていたそうだけど、私もそれに倣おうかしら?」

「……デタラメですよ、それ? 長い歴史の中で別の人と混同されたそうです」

「あらそう」

 

 強がるレイを見てニヤニヤと笑うマルヴァに、ネプテューヌは我慢の限界と掴みかかろうとするが、隣に立つ兵士が肩を掴んで止める。

 

「やめなさい! ……今、逆らったら他の子たちにも危害が及ぶわ」

「う~……!」

 

 何故かオカマ口調の兵士の言葉に、ネプテューヌは黙り込む。

 

「じゃあ、連れてけ。実験区画だ」

 

 放たれた言葉に、周囲の兵士たちがざわつく。

 クローン兵が進み出た。

 それも一人だけではなく、何人もだ。

 

「お言葉ですが、それは……」

「なに? また上位コードで命令されたい? ……それとも、この場で殺されたい?」

「しかし……」

 

 兵士たちはなおも言い募ろうとするが、他ならぬレイがそれを制した。

 

「いいんですよ。あなた方は下がって」

 

 優しく微笑むレイに、兵士たちは戸惑いながらも下がる。

 マルヴァはレイから感じる強い意思に怯む。

 

「さあ、行きましょう。……あ、そうそう、ネプテューヌさん」

 

 それから、兵士たちに捕まっているネプテューヌに顔を向けた。

 

「あの子たちには、上手く説明しといてください。……怖がらせるといけないので。それと」

 

 一拍置いてから、レイは笑む。

 それは、まさしく『女神』の如き優しい笑みだった。

 

「あなたが『子供たち』を傷つけないって、信じてもいいですよ。とりあえず、ですけどね」

「……レイさん。……うん、ありがとう」

 

 ネプテューヌも微笑み返した。

 マルヴァは二人の会話の意味が分からないようで……当たり前だが……顔をしかめるが、すぐにレイの腕を掴んで引っ張っていく。

 

「安心なさい。殺しはしないわよ。……殺しはね」

 

  *  *  *

 

 逆さ吊りのまま、捕らえられているオプティマスは時を待っていた。

 

 動くことはできないが、勝算はある。

 

 武器庫を総司令官権限で開けば、履歴が残る。

 ラチェットやジャズなら、すぐにそれと自分の失踪を結びつけるはずだ。

 その理由も、連絡が取れなくなっているネプテューヌ絡みのことだと分かるだろう。

 そうなれば、教会はブルーウッド大樹界に捜索隊を出す。

 先頭はアイエフやコンパ、ネプギアにバンブルビーもきっと参加するだろう。

 彼ら、彼女らは優秀だ。注意していれば、この基地の場所もすぐに探し当てる。

 

 その時こそ、反撃の時だ。

 

 今はただ、ネプテューヌの様子をうかがいながらジッと自己回復に努める。

 

 しかし、急にネプテューヌに付けた発信機からの反応が途絶えた。

 

 すわ、ネプテューヌに何かあったのかと思い、無理やり檻を破ろうかと考えたが、その必要はなかった。

 ロックダウンが部屋に入って来たかと思うと、オプティマスの視界に入るように、壊れた発信機を投げ捨てた。

 

「まったく、油断も隙もない奴だ。……何か? 恋人は監視してないと気が済まんのか?」

「ああ、これでも独占欲が強くてね。……ネプテューヌに傷一つ付けてみろ。私は貴様らを決して許さん」

 

 オプティマスから放たれた静かだが激烈な殺気に、一瞬だけ気圧されたロックダウンだが、不機嫌そうに鼻を鳴らすような音を出す。

 

「国を相手にするのに一番価値が高いのは、あの女神だ。そう簡単には殺さん」

 

 ホッと排気するオプティマス。

 だがロックダウンは、さらに眉根を吊り上げた。

 

「はんッ! あの女神に危険に晒されてる、そもそもの原因は、お前だろうが」

「…………」

「お前らが、この世界に戦争を持ち込んだ。お前らの戦争をな。この世界の連中が死ねば、それはお前の責任だ」

「…………」

「最初はサイバトロン、次はゲイムギョウ界。どれだけ巻きこめば気が済む? 偉大なプライムが聞いて呆れる。ただの虐殺者だよ、お前は」

「だからこそ、この世界を護る。ネプテューヌを守る。それが戦いをこの世界に持ち込んだ、私なりの責任の果たし方だ」

 

 辛辣なロックダウンの言葉にも、オプティマスは冷静に返す。

 ロックダウンは侮蔑的な笑みを浮かべた。

 

「笑わせてくれる。預言してやるよ、お偉いプライム様。お前は何も守れない。事実、サイバトロンを守れなかったようにな」

「……ならば、お前には悲劇を回避する方法が分かると言うのか? 恒久的な平和と自由を作り出せると? ならば私に教えてくれ。頭を下げろと言うなら、いくらでも下げよう。地位や金が欲しいなら、好きなだけくれてやる。お願いだから、その魔法のような方法を私に伝授してくれないか?」

 

 思わぬ言葉に、ロックダウンもまたグッと言葉に詰まると、オプティマスは薄く笑う。

 

「ああ、笑わせてくれる、ロックダウン。お前もまた、争いを止める方法など知らないのだ。それでも、誰かが何とかしてくれることを期待して、現実にひたすら文句を言い続ける。識者を気取り、自身は他と違うと嘯きながらな。……孤高の賞金稼ぎが聞いて呆れる。ただの『トランスフォーマー』だよ、お前は」

「ッ! 黙れ!!」

 

 檻を蹴り飛ばし、ロックダウンは踵を返す。

 

「お前は他の場所に移送して、そこで分解されるだろうよ! それまでゆっくり休みな!」

 

 ロックダウンが部屋から出て行った後、オプティマスは自己回復を再開した。

 

  *  *  *

 

 特別に設えられた独房の中で、ハイドラヘッドは一人自問していた。

 

 どうしてこうなってしまったのだろうか?

 自分はただ、作られた役目を果たして死にたかっただけなのに。

 

 オプティマス・プライム。

 

 戦いに生き、戦いに死ぬのだろう、自分の理想像。

 彼の手にかかって死ぬのなら本望なのに、相手は自分を戦争の相手すら見ていなかった。

 

 いったい、何が足りないと言うのか。

 

 ――教えてやろう。

 

「…………?」

 

 声が、聞こえた気がした。

 幻聴だろうか?

 自分もいよいよオカシクなったようだ。

 

 ――いいや、幻聴ではない。

 

 やはり、聞こえた。

 顔を上げると、そこに禍々しい紫の光を放つ、ダークスパークが浮かんでいた。

 

「ッ!? これはいったい」

 

 ――教えてやろう。お前に足りない物、それは憎悪だ。

 

「憎悪……」

 

 ――そうだ、身を裂くような怨嗟、魂さえ燃え尽きるような憤怒。それこそがお前に足りない物だ。……さあ、手を伸ばせ。我がそれを与えてやろう。

 

 ハイドラヘッドは、ゆっくりと手を挙げ、そして……。

 

  *  *  *

 

 マルヴァはレイと兵士たちを伴って、研究棟の地下深くへと向かう。

 そこは、ハイドラの基準で見てもなお忌まわしい研究が行われていた。

 

 並ぶのは、『C』『B』『K』『S』の文字がそれぞれ刻印された人間大のカプセル。

 

 それらを通り過ぎ、一番奥の小部屋の中に入る。

 するとそこには無数の機材に囲まれて、人一人が入る大きさの機械仕掛けのカプセルが置かれていた。

 マルヴァがパチリと指を鳴らすと、周囲の研究者たちが機材を操作して、カプセルの蓋を開ける。

 

「これは?」

「この機械はね。人間に体に因子を注入するのに使うの。一度に大量の因子を注入された人間は、生きながらにして、醜いモンスターになってしまうのよ」

 

 何をされるのか理解して、さしもに青ざめるレイ。

 その顔を見て、マルヴァは満足げに嗤いながら、兵士に指示を出して、レイをカプセルの内側に拘束させる。

 

「ッ!」

「じゃあ、人間としての人生にさよならを言いなさい。大丈夫、モンスターとしての人生も悪くないわ。私はごめんだけど」

 

 残酷に言い捨てたマルヴァは、カプセルの蓋を閉めさせて科学者が差し出したスイッチを押そうとする。

 

 その瞬間、マルヴァの頭上の換気ダクトの蓋を破壊して、金属製の何かが落ちてきた。

 青い四つの目と複数の節足、一見すると虫の一種のように見える。

 

「テメエ! もう勘弁ならねえ!!」

 

 いや、それはディセプティコンのフレンジーだ。

 レイを影ながら守ろうとしていたようだが、痺れを切らして飛び出してきたのだ。

 

「ななな、何なのこの金属の虫は!?」

「黙れ! レイちゃんを苛めやがって!!」

 

 マルヴァの頭部に取りつこうとするフレンジーだったが、マルヴァは咄嗟にそれを払いのける。

 フレンジーはすぐさま近くの非クローン兵士に組み付き、その首筋に爪を当てる。

 

「フレンジーさん!」

「さあ! こいつの首を掻っ切られたくなかったら、そのカプセルを開けな!」

「ひ、ひぃいい……」

 

 情けない声を上げる非クローン兵。

 

「早くしな! ディセプティコンの気は短いんだ!」

「ま、マルヴァ様……」

 

 フレンジーはギチギチと歯を鳴らすような音を出して、周囲を威嚇する。

 だが、マルヴァは大きく笑うと、スイッチを押した。

 愕然とするフレンジーと兵士。

 

「て、テメエ! こいつがどうなっても……」

「好きにすれば? 代わりはいくらでもいるのだし」

 

 兵士は絶望した顔になるが、フレンジーはそれどころではない。

 

 装置の中に青い光の帯……視覚化された因子が出現し、レイの体へと吸い込まれていく。

 

 中で拘束されているレイの体がビクビクと痙攣し、白目を剥く。

 

 因子とは、記憶、すなわち情報である。

 

 途方もない情報の洪水がレイの中に流れ込み、体の隅々に至るまで浸透していく。

 

「が……っは……」

「れ、レイちゃぁあああん!!」

 

 フレンジーが「俺を見捨てやがった……」と自失茫然で呟く兵士を捨ててカプセルに張り付いて叫ぶが、レイは 悲鳴を上げることさえ出来ず、意識は情報の海へと消えた。

 

「レイちゃん! レイちゃぁああん!!」

 

 フレンジーは叫びながらも、何とか思考を働かせてカプセルを開けようとハッキングを試みるが、兵士たちが飛びかかってきた。

 殺到する兵士を躱しながらも、何とか機械に接続しようとするも、ついに捕まってしまった。

 兵士たちは暴れるフレンジーを、頑丈そうな箱に押し込め蓋を閉じて施錠する。

 

「レイちゃぁぁああん!!」

 

 それでも、中で暴れているようでガタガタと箱が揺れ、叫び声が聞こえる。

 

 マルヴァは安全な場所に退避しながら、それを見ていた。

 顔には醜悪極まる笑みが浮かんでいる。

 

 周囲の兵士は、クローン、非クローン問わず、マルヴァに好意的ではない視線を向けている。

 すなわち、悪臭を放つ汚物を見るような嫌悪と、得体の知れない物に対するような恐怖。

 

 しかしそれらを一切気にせず、マルヴァは金属生命体が喚いていることに全能感を感じ、それに浸っていた。

 

 だが、突如鳴り出した、けたたましい音によってそれどころではなくなる。

 敵襲を知らせる警報だ。

 

「何事!?」

「お、お待ちを……こちら、実験室。管制室応答せよ。おい、何が起こって……はあ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる兵士に、注目が集まる。

 

「き、緊急事態です! 当基地の上空に、ディセプティコンの戦艦が現れました!!」

「なんですって!? どうして接近に気付かなかったの!!」

「お、おそらく、単純に向こうのステルス性能が、こちらの索敵技術を上回っているからでは……そ、それよりご命令を! どうしますか!?」

 

 今は責任の所在を問うている場合ではなく、事態にどう対処するかだ。

 マルヴァは髪を掻きむしる。

 

「決まってるでしょ! 対空砲台を撃ちまくって連中を地上に降ろすな! それと戦闘機を出して、叩き落とせ!!」

「り、了解!!」

 

  *  *  *

 

 レルネーの埋まっているフージ火山の麓。

 鬱蒼とした木々に覆われた樹海から、岩や樹木に偽装されていた対空砲塔が、真の姿を現す。

 さらに、地面が大きく開いたと思うと、内部のカタパルトが戦闘機を次々と発進させる。

 

 その遥か上空にいつの間にか現れたディセプティコンの空中戦艦、その艦橋でメガトロンは腕を組んでモニターに映る情報を読み取っていた。

 

「ほうほう、対空砲台に戦闘機、地下には戦車や無人兵器もいるな。豪華なことだ」

 

 一人ごちるメガトロンの背後には、スタースクリームとサウンドウェーブ、ディセプティコンの三大参謀のうち二名までもが控えている。

 

「テロ屋の分際で大層な基地ではないか。破壊し甲斐がある。……さて」

 

 外の様子を映しているモニターとは別のモニターに、艦内で待機している各部隊が映し出された。

 

「各員、報告せよ」

 

『直属部隊! 総員、出撃準備、完了しております!』

 

『コンストラクティコン! いつでもいけますぜ!』

 

『ドレッズ。命令を心待ちにしております。……リンダちゃんも』

 

 出撃を今か今かと待つ部下たちに、メガトロンはニヤリと笑い号令をかけた。

 

「ディセプティコン軍団、攻撃を開始せよ! 蛇狩りだ!!」

 

『おおおぉぉおおおッッ!!』

 

 ディセプティコンたちは鬨の声を上げる。

 

 破壊の宴が始まった。

 




もはや人望がストップ安のマルヴァさん。

オプティマスの勝算
そりゃ、女神と総司令官がそろっていなくなれば、探すだろうと。

ハイドラヘッド「だから基地から離れた所におびき寄せたのに……」
ロックダウン「俺は依頼の通りに動いただけ」
マジェコンヌ「気付いてたけど、言う義理はないね」
マルヴァ「チックショオメエオオ!!」

ただの『トランスフォーマー』
オプティマス「ネプテューヌ浚うわ、ストーカーだわ、逆さ吊りだわ、さすがに嫌味の一つも言いたくなる」

『C』『B』『K』『S』
いつか、この伏線回収できたらいいなあ……。

次回、お待たせしました。
祭りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話 破壊の宴

ドキッ! ディセプティコンだらけのぶっ壊し大会! (命とかが)ポロリもあるよ!


 ハイドラの基地レルネーの上空は、今や騒然としていた。

 

 対空砲が火を噴き、戦闘機が緊急発進する。

 

 ディセプティコンの空中戦艦は、対空砲のとどかないギリギリの高度で悠然と静止していた。

 

 基地から発信した計15の戦闘機、最新鋭とはいかないものの未だに第一線で活躍する主力機の一機に乗ったパイロットは、自信に満ち溢れていた。

 彼は腕利きの戦闘機乗りであり、かつてはリーンボックスの国軍に属していたこともある。

 そんな彼がハイドラなどと言うテロ組織に組みしているのは、敵を撃ち落とす快感に憑りつかれてしまったからだ。

 

 戦争を放棄した祖国と女神などに用はない。

 

 他の機に乗るパイロットたちも似たようなものだ。

 

 彼らは自分たちこそが、こと空中と言う戦場に置いて最強だと信じており、女神でさえ地に落とす自信があった。

 

 だから、宙に浮かぶ甲殻魚のような空中戦艦を見て、思わず失笑を漏らしてしまったのだ。

 

『何だ? あの不恰好なクジラみたいのは? 飛行船の時代はとっくに終わってんだぜ』

『所詮、ディセプティコンと言っても、空の戦い方については素人だな』

『よし、誰があの木偶の坊を落とせるか競争しようぜ!』

 

 勝気な言葉が通信回線を飛び交う。

 そんな時、件の空中戦艦の下部ハッチが開き、一機の戦闘機が現れた。

 

 ハイドラの戦闘機よりも一世代先の、鋭角的なシルエットが特徴的な最新鋭ステルス戦闘機。

 

 それがハッチから自由落下を始めたかと思うと、後部ブースターを吹かして飛行を始めた。

 

 どうもこちらを攻撃する気らしい。

 

 思わず、口元に嘲笑が浮かぶ。

 

 世界最高の戦闘機乗りのチームに、ドックファイトを挑もうと言うのか。

 

 ――面白い。その傲慢、後悔させてやる。

 

 すぐさまノロノロと飛ぶステルス戦闘機の後ろに付き、機銃の狙いを定める。

 

 ――ゲームオーバーだ。

 

 スイッチを押して銃弾が吐き出された瞬間、……ステルス戦闘機の姿が消えた。

 

『何!?』

『どこへ……』

『後ろだ!!』

 

 レーダーを確認すれば、敵機は魔法のようにこちらの編隊の後ろに現れていた。

 振り切ろうとスピードを上げ急旋回や上昇と下降、錐もみ回転を繰り返すも、獲物を狙う毒蛇のようにピッタリ後ろに付いて離れない。

 

『駄目だ! 振り切れな……うわああああッ!?』

 

 敵機の機銃の弾によって、僚機の一機が破壊された。

 

『よくも……あああぁあ!!』

 

 続けてミサイルの的になって二機目が火球になった。

 

『畜生畜生! こんなのアリか……ぎゃあああ!!』

『あいつはまるで悪魔だ! ……ああああ!?』

 

 次から次へと、味方機が落とされていく。

 機銃もミサイルも、全て躱された。

 瞬く間に15機いたハイドラ戦闘機は半数以下にまで減っていた。

 

 だが、快進撃もここまでだ。

 

 敵機の後ろに付いた。

 さっき敵がそうしたように、猟犬よろしく逃がさず、灰燼に帰すべく、ミサイルを発射しようとする。

 

 その瞬間、敵機が人型に変形した。

 逆三角形のフォルムと猛禽のような逆関節の脚を持つ、異形のロボット。

 

 人型になったことで空気抵抗が増し、強制的に減速する。

 

 これが魔法のように消えた理由か。

 

 交錯する瞬間、ディセプティコンは爪を振るって機体を引き裂く。

 その時、ディセプティコンと目が合った……気がした。

 

 その顔に浮かんでいたのは、敵に対する憎悪でも、獲物を前にした歓喜でもない。

 

 

『退屈』

 

 

 猛禽が羽虫を食むような、翼竜が小鳥を引き裂くような、勝負にすらならない、そんな表情。

 

「俺は敵ですらないってのか。畜生……!」

 

 あまりの屈辱に毒づくが、最早彼にできるのは、脱出スイッチを押すことくらいだった。

 

  *  *  *

 

 全ての敵機を堕とし、さらに対空砲を破壊したスタースクリームは、ロボットモードのまま滞空しながら不満げに首を回した。

 せっかく、久々に空戦ができるかと思えば、どうしようもない雑魚ばかり。

 他者をいたぶるのが好きなスタースクリームでも、あまりにも張り合いが無さ過ぎて拍子抜けしてしまう。

 

「ったく、運動にもなりゃしないぜ」

 

 ブツブツ言いながらも、母艦に通信を飛ばす。

 

「こちらスタースクリーム、羽虫は全て叩き落としましたぜ」

『御苦労。ではディセプティコン、降下開始!!』

 

 メガトロンの号令と共に戦艦は降下を始め、適当な位置で静止すると下部ハッチを開けてディセプティコンを降ろしていく。

 

 豊富な武装を持つ直属部隊。

 

 建機集団コンストラクティコン。

 

 監察部隊ドレッズ……とリンダ。

 

 さらに悠々と地面に降り立った破壊大帝メガトロンの傍らに、スタースクリームも着地する。

 

 ディセプティコン大集合である。

 

 しかし皆、敵地のど真ん中にいると言うのに緊張感はなく、どこかノンビリとした雰囲気だ。

 

 全員いるのを確認し、メガトロンは目の前の地下基地への通路を見る。

 通路は金属とコンクリートで出来た隔壁で閉ざされているが、メガトロンは鼻で笑うと右腕をフュージョンカノンに変形させて発射。

 隔壁を破壊すると、後ろの部下たちの方に振り向き、一言。

 

「ゲームスタートだ」

 

  *  *  *

 

「来たか」

 

 基地が慌ただしくなる中、マジェコンヌは研究棟の自室でノートパソコンに向き合っていた。

 ディセプティコンが襲撃してきたというのに、表情からは危機感が感じられない。

 

「さて、予定通り餓鬼どもを逃がさないとな……餓鬼どもの送り先はプラネテューヌでいいか。イストワールたちなら悪いようにはしないだろう」

 

 独り言を呟いてからノートパソコンを畳んで電源を抜くと、小脇に抱えてゆったりと部屋を後にしたのだった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンたちは我先にと、基地に侵入していく。

 

 真っ先に突撃したのは、足のタイヤでローラースケートのように走るボーンクラッシャーだ。

 彼は他のメンバーと違い、怒り狂っていた。

 

「テメエら、ぶっ潰す! 叩き潰して踏み潰して、それから磨り潰してやる!!」

 

 レイを浚われたことで、ボーンクラッシャーの中に往年の『方向性無き破壊衝動』が復活したのだ。

 

 いや、方向性はある。

 

「うおおおお!! レイを返せやゴラァアアア!!」

 

 レイを傷つける者に、その怒りは向けられているのだから。

 

 身内から沸きあがる憤怒のままに、ボーンクラッシャーは敵に敵陣に突貫する。

 待ち受けていた装甲車を2、3台まとめて跳ね飛ばし、

 その後ろの戦車をひっくり返し、

 さらに電流の流れるフェンスを突き破り、

 自動兵器を何機も蹴散らし、

 鉄骨製の監視塔を殴り倒し、

 建物の壁を破壊して反対側に突き抜け、

 そこに待機していた戦闘ヘリを叩き潰す。

 

 それでも、ボーンクラッシャーは止まらない。

 

  *  *  *

 

 基地の一角にあるロックダウンのアジト。

 

「大変ですオヤビン! ディセプティコンの奴らが攻めて来ました!」

「数は?」

「正確には分かりやせんが、大勢いやした! メガトロンとスタースクリームが直接出張って来てるみたいです! マルヴァから、応戦しろって依頼が来てやすぜ!」

 

 ロックダウンは歩きながら、副官格の手下の報告を聞いて首を回してから排気する。

 

「割に合わんな。……すぐに全員に伝えろ。持てる物だけ持て。例の抜け道で撤収するぞ」

「よろしいんで?」

「構わん。命まで懸ける義理もない。オプティマスを連れていくぞ。奴と女神を人質に、教会から身代金を搾り取る」

 

 そう言って、ロックダウンはオプティマスが囚われている部屋の扉を開ける。

 

 だが、鳥籠のような檻はもぬけの殻だった。

 スキャンしてみれば、拘束具が力づくで壊されている。

 

「ッ! あの野郎、この拘束具は特殊合金製だぞ!? 無茶苦茶しやがって! 筋肉式脱獄ってか!?」

 

 怒りに顔を歪めるロックダウンに、手下が不安げに問う。

 

「ど、どうしやす!?」

「…………仕方がない。このまま逃げるぞ」

 

 いずれ落とし前は付けるとしても、今は避難の方が先だ。

 自分と部下たちとスチールジョーの命には代えられない。

 

  *  *  *

 

「派手にやってるなアイツ……」

 

 ボーンクラッシャーが暴れているのを遠目で見たブロウルは、戦車からギゴガゴと変形して立ち上がる。

 すでにディセプティコンたちは方々に散っていた。

 

 装甲車や戦車、自動兵器がブロウルを取り囲むが、ブロウルはまるで動じない。

 

「さ~て、久々の全弾発射(フルファイア)だ!!」

 

 言うやブロウルは全身の火器を発射する。

 

 両肩のミサイル。

 右腕の四連バルカン。

 左腕の機銃。

 腰だめの主砲。

 背中の副砲も迫撃砲として使う。

 

 全ての砲が火を噴き、振り注ぐ砲弾が建物どころか地形ごと敵を吹き飛ばす。

 

「はっはー! 花火にしちゃ、ちと風流に欠けるな!!」

 

 跡に残るは、焼け焦げた更地ばかり……。

 

 ブラックアウトは自分を模した無人兵器をプラズマキャノンで薙ぎ払っていた。

 今回は遠慮する必要がないので、最初からフルパワーだ。

 

「ふん! この程度で俺の模造とは片腹痛いわ!!」

「兄者、油断するな」

 

 ブラックアウトの背を守るのは、もちろん義弟のグラインダーだ。

 二体のヘリ型ディセプティコンの巻き起こすプラズマの波は、基地を容赦なく飲み込んでいく……。

 

 敵を迎え撃つべく進む自動兵器の群れを何処からか飛来した刃物の塊のような物が回転しながら切り刻む。

 残った兵器群が反応するより早く、物陰から現れたバリケードが新武器レッキングクローで叩き斬った。

 

「手応えのない。これならスピード違反をする餓鬼の方がまだマシだ」

 

 バリケードは回転する刃物……ブレード・ホイールアームを回収すると皮肉を吐き捨て、さらなる獲物を求めてパトカーに変形して走り去った。

 

「カーッペッ! 他の連中に負けてられるか! コンストラクティコン、合体デバステイターだ!!」

 

 リーダーたるミックスマスターの号令に、建機集団コンストラクティコンは集結する。

 

「コンストラクティコン部隊! トランスフォーム、フェーズ1! アゲイン、トランスフォーム、フェーズ2!!」

 

 ミックスマスターの号令の下、ギゴガゴと異音を立てながらコンストラクティコンたちは、建設車両に変形し、さらに合体していく。

 

 そうして誕生するのが、圧倒的な巨体を持つ怪物ロボット、合体兵士デバステイターだ!!

 

 デバステイターは咆哮を上げると動き出す。

 

 全身から機銃やミサイルをばら撒き、歩くだけで建物を崩し、戦車や装甲車を遠慮なく踏み潰すその姿は、怪獣映画その物だ。

 

 他の者たちが思い思いに破壊に興じる中、ドレッズとリンダは特別な任務を帯びていた。

 

「情報によると、あのドームにレイとフレンジーがいるようだ」

「ま、回収対象が纏まっててくれるのは、ありがたいYO!」

「ガウガウ!」

 

 彼らがメガトロンから仰せつかったのは、レイたちの保護である。

 そのために、研究棟へと向かう。

 

 先頭をズンズンと大股で足早に進むのは、真剣な顔のリンダだ。

 

「貴様ら! ここから先には……」

「邪魔だ」

 

 飛びかかってきた兵士を右手に持った鉄パイプで殴り倒し、リンダは無人の野を行くが如く歩き続ける。

 

「姐さん、待っててください!」

 

 彼女を突き動かすのは、一刻も早くレイを助け出そうという思いだ。

 

 建物の上に立ったメガトロンは、一方的な、只々一方的な戦況を若干満足げに眺めているのだった。

 

  *  *  *

 

 監獄区画にも、戦いの音は届いていた。

 

「ちょっと! コレどうなってるのよ!」

 

 アブネスは独房の戸をドンドンと叩くが、すでに兵士たちは持ち場を離れていた。

 

「誰かいないの! 訴えるわよ!!」

 

 怒っても喚いても、扉は微動だにしない。

 

「こうなったら……うりゃあああ!!」

 

 意を決したアブネスは扉に向かって助走を付けて体当たりを敢行する。

 

 その瞬間、扉が開いた。

 

「え、ちょ? きゃあああ!!」

 

 勢い余って外へ飛び出して止まることができず、反対側の壁に激突した。

 

「いたたた……何なのよ、いったい!」

 

 ぶつけた額をさすりながら振り返ると、ゴーグルと覆面で顔を隠した兵士が立っていた。

 

「ちょっとアブちゃん、大丈夫?」

「うるさいわね! アンタたちなんかに……ってその声?」

 

 心配そうな声を出す兵士にアブネスは涙目になって睨みつけるが、声を聴いて首を傾げる。

 兵士は覆面の下でニッと笑うと、アノネデスの入っている独房を開けた。

 そして、黙ってベッドに座っているアノネデスの傍に歩いていく。

 

「ほい、身代わり御苦労さま」

 

 その肩を兵士が軽く叩くと、アノネデスの体……正確にはメカスーツが粒子に分解して兵士に纏わりつく形で結集してメカスーツに再合体する。

 

「いや、オートボットの技術でスーツを改造しといて良かったわ。おかげで結構自由に動けちゃった♡」

 

 そう言って兵士……に扮していたアノネデスは、唖然とするアブネスに鍵を投げ渡した。

 

「さ、みんなを出してあげましょ♡」

 

  *  *  *

 

『第1、第2区画壊滅! 第3区画も時間の問題だ! まるで地獄だぜ!!』

『戦車が……玩具みたいに、宙を舞って……』

『こちら、居住区画! 辺り一面火の海だ!! 消火が追いつかん!!』

『発電施設が破壊されたぞ! あの怪獣みたいな奴だ!!』

『メガトロンだ! メガトロンが来た!!』

『誰か救援を! 救援をよこしてくれ! こっちの部隊はもう壊滅状態なんだ!!』

『馬鹿を言え! そんな余裕ない!』

『畜生! こんなの勝てるワケがあるか!!』

『救援はまだかぁああああ!! 誰か助けてくれぇえええ!!』

『こんな状況で、まだ撤退命令は出ないのか!?』

『撤退ったって、どこに逃げんだよ!?』

『マルヴァはどうした! あの女が指揮官だろが!』

『そうだ! 撤退でも応戦でも、とにかく指示を、指示をよこせ!!』

『俺は見たんだ! あの女…………自分だけ真っ先に逃げやがったぁああああ!!』

 

  *  *  *

 

 研究棟の子供部屋。

 子供たちとネプテューヌには、外の様子は伝えられていないが、絶えることのない爆発音がここまで聞こえてくる。

 

「ねぷてぬ……」

「大丈夫だよ! みんな、落ち着いて!」

 

 不安げな子供たちを、ネプテューヌはなだめる。と言っても根拠なぞないが。

 何とかして子供たちを逃がさなくては……。

 

 と、扉が開いて何人かの人間たちが入って来た。

 

 それはアブネスとアノネデス、それにトレイン教授と発掘隊の面々だ。

 

「女神様、ご無事ですか!」

「教授! うん、わたしたちは無事だよ!」

 

 トレイン教授の呼びかけに答えてから、知らない大人たちに怯えている子供たちに笑いかける。

 

「みんなー! 大丈夫だよ、この人たちは味方なんだ!!」

「味方?」

 

 しかし、子供たちは大人たち……の中のオカマと幼女モドキに疑いの眼を向けていた。

 

「は~い、ねぷちゃんたち~♡ 元気してた~♡」

「うぉおお! 幼女がたくさん!! ここは天国!? 幼女天国なの!?」

「……味方?」

「み、味方だよ。濃いけど、見た目よりは良い人たちだし」

 

 こんな状況でもブレない二人に、ネプテューヌも苦笑を漏らす。

 一方で、トレイン教授が話を切り替える。

 

「だいたいの話はミスター・アノネデスから聞きました。子供たちもいっしょに脱出しましょう。後はどうやって逃げるかですが……」

「それなら大丈夫。兵士に化けてる間に『ある人』から、脱出用の通路の情報を入手したの。そこから逃げましょ」

 

 アノネデスは口元に手を当てて笑う。用意周到なことだ。

 トレイン教授は頷いた。

 

「では急ぎましょう。ここにもディセプティコンがやって来るかもしれない」

「あ! ちょっと待って!」

 

 さっそく移動しようとする一同だが、ネプテューヌが声を上げた。

 アブネスが目を光らせる。

 

「何よ、幼女女神! 今は幼女たちを安全な場所まで連れてくのが最優先でしょう!」

「うん、もちろん。だから、みんなは先に行ってて。わたしはオプっちやレイさんを助けに行くから」

 

 ネプテューヌは女神であり、この中では一番戦闘力が高い。

 アノネデスは頷き、トレイン教授やアブネスも不満げながら納得したらしい。

 だが、ピーシェが不安げにネプテューヌを見上げた。

 

「ねぷてぬ……」

「大丈夫だよぴーこ! 悪者なんかやっつけて、レイさんたちといっしょに後を追うから! みんなはぴーこが守ってね」

「うん……」

 

 なおも不安そうなピーシェを一度ギュッと抱きしめてから、ネプテューヌは立ち上がる。

 

 オプティマス、レイ、マジェコンヌ。

 彼らを置いて逃げるワケにはいかない。

 

  *  *  *

 

 唯でさえ戦力差がある上に、指揮官が逃げ出し士気を欠いたハイドラに勝ち目などあろうはずもない。

 

 残されたのは、それでも無駄な抵抗を続けるか、あるいは一縷の望みをかけて降伏するかだ。

 

 兵士たちは前者を選んだ。

 

 有機生命体を下等と考えるディセプティコンが、降伏を許してくれるとは思えないからだ。

 残った兵士たちは司令部に当たる建物に集結し、周辺に戦車や装甲車を配置して陣を敷いていた。

 

 司令部の周りを包囲したディセプティコンたちは、ちょっと一休みとばかりに弁当として持ってきたエネルゴンやオイルを食べる。

 

 メガトロンもエネルゴンを摂取していたが、その傍にいつの間にか人影が現れた。

 

 黒い衣服に、トンガリ帽子の魔女のような風体の女性だ。

 

 そう、マジェコンヌである。

 

 ハイドラに組みし、ディセプティコンからすれば裏切り者も同然の彼女だが、メガトロンは別段怒りを向ける様子も見せず、それどころかニヤリと笑った。

 

「御苦労。我が同盟者よ」

「なに、これでも、昔から人を欺くのは得意でね」

 

 マジェコンヌも笑い返し、持っていたノートパソコンを地面に置く。

 するとノートパソコンはギゴガゴと音を立てて、金属の体を持つ鳥へと変形した。

 

 甲高い鳴き声を上げると、鳥……レーザービークは飛び上がり、メガトロンが差し出した腕に止まる。

 

「レーザービーク、お前も御苦労だった。大義である」

「光栄の至り」

 

 慇懃に頭を下げるレーザービークに、メガトロンは満足げだ。

 

「それにしても、お前がこんなにも優秀なスパイだとは思わなかったぞ、マジェコンヌ」

「私は唯の運び屋(キャリアー)。レーザービークを運び込んだだけだ」

 

 珍しくマジェコンヌを褒めるメガトロンだが、マジェコンヌは皮肉っぽく肩をすくめた。

 

「ともあれ、これで約束通り借金はチャラだ」

「感謝する。……しかしメガトロン、貴様の策はまどろっこし過ぎるぞ」

「ククク、だからこそ、策が上手くハマった時は気分が良いのだ」

 

 事の起こりは、マジェコンヌがマルヴァから勧誘を受けた直後まで遡る。

 

 マジェコンヌはハイドラからの誘いを秘密とはせず、すぐさまメガトロンに報告したのだ。

 結果、メガトロンはそれを利用することにした。

 借金帳消しを条件に、マジェコンヌをハイドラに送り込み、その動きを自分の計画の一部に組み込んだ。

 

 人造トランスフォーマーの限定的な情報を流すことで、粒子変形を求めるように誘導し、トゥーヘッドをワザとオートボットに捕まえさせ、ハイドラの……その背後にいる企業連の手に渡るよう仕組んだ。

 

 これだけのことをしたのに、マジェコンヌは怪しまれなかった。

 実際にスパイ活動をしていたのは、私物としてマジェコンヌに持ち込ませたレーザービークで、彼女自身は協力的だったのだから当然だ。

 

 ……さしもに子供たちの助命を願い出るとややこしいことになるので、独断でアノネデスに情報を流して逃げさせたが。

 

「で? レイの奴は回収したのか?」

「あれなら問題なかろう。いざと言う時は、一人で逃げるくらいの戦闘力はある」

 

 当然と言わんばかりの顔のメガトロンだが、マジェコンヌは腕を組んで少しだけ口角を上げる。

 

「分かってないな。あれは情が篤すぎる。まさか、その情がトランスフォーマーの雛にだけ向けられるとでも思っていたのか?」

「……どういうことだ?」

「レイは休暇の間に発掘隊と仲良くなってな。そいつらを人質にでもされたら、逃げるどころではないだろう」

 

 マジェコンヌの言葉に、メガトロンはチッと舌打ちのような音を出してから通信回線を開く。

 

「クランクケース、応答せよ」

『はいメガトロン様。こちらクランクケース。何かご用でしょうか?』

「そちらの制圧状況を報告せよ。レイを回収したのだろうな?」

『施設そのものは問題なく制圧完了しておりますが、隔壁によって特に堅く閉ざされた区画があり、侵入するのに難儀しております。レイとフレンジーはそこにいるものと思われます』

 

 メガトロンは目つきが鋭くして声を荒げる。

 

「何をグズグズしておる! 急がんか!」

『は、ハッ! 可及的速やかに処理いたします!』

「重ねて命じる、急げよ! 通信終わり!」

 

 イライラと通信を切るメガトロンだが、マジェコンヌが口に手を当てて笑いをこらえていることに気が付いた。

 

「何が可笑しい!」

「いやなに、貴様もレイのことになると、随分と人間臭くなると思ってな」

「ふん! あれは俺の遠大なる計画に欠かせぬ欠片(ピース)なのだ。そう簡単に失うワケにはいかん」

「……ま、それならそれでいいさ」

 

 マジェコンヌはヤレヤレと肩をすくめる。

 メガトロンは荒く鼻を鳴らすような音を出すと、部下たちに檄を飛ばす。

 

「気が変わった! ちゃっちゃと抵抗する馬鹿どもを片付けるぞ! 総員、攻撃準備せよ!」

 

 ディセプティコンたちは、不満そうな者もいたものの、すぐに攻撃準備を始める。

 

「準備が出来次第、総攻撃だ! 宴の締めにデカい花火を上げるぞ!」

 

  *  *  *

 

 そのころ……。

 

 研究棟の地下、ドレッズが開けようと悪戦苦闘している分厚く堅牢な隔壁の奥にある研究区画には異常な光景が広がっていた。

 

 破壊された実験器具の数々。

 

 意識を失い床に転がる非クローン兵士や研究者たち。

 

 そして、何者かに向かって跪くクローン兵たち。

 

「れ、レイちゃん……」

 

 愕然として、フレンジーは発声回路から言葉を絞り出した。

 

 視線の先では何人ものクローン兵に傅かれ、レイは杖を手に雷のような青い光に包まれて立っていた。

 

 その表情には、超然とした冷酷さと、母が如き慈愛とが同居していた。

 

 見る者あれば、こう思うだろう。

 

 まるで、女神のようだと……。

 




マジェコンヌ、フラグ一覧。
①ハイドラに入るの嫌がってたのに入った。
②やたら限定的なディセプティコンの情報。
③ゲハバーン編の間の誰の味方とも付かない行動。
④レイのことをハイドラに誤魔化す。
⑤レイの方もマジェコンヌと普通に会話してる。
⑥ノートパソコンのデスクトップがリーンボックスのトップアイドル=5pb.

ここまで露骨に伏線張ったのに、意外と気付かれないもんだな、なんて思ったり。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話 エンゲージ

そんなに長いワケでもないのに時間がかかりました。


 飢え、飢え、男たち、女たち、痛い、痛い、ごめんなさい、苛めないで。

 飢え、飢え、寒い、寒い、孤独、孤独、助けて、誰か。

 飢え、飢え、林檎、美味しい、男の人、剣闘士、優しい、好き。

 

 

 

 女神、私のこと?

 たくさんのご飯、綺麗な服、暖かい寝床、キラキラした金銀宝石。

 キラキラ、好き。

 もっと、もっと……。

 欲しい、欲しい、奪え、奪え、捧げよ、捧げよ。

 侵略、破壊、支配、全てを。

 崇めよ、称えよ、敬え、私を、私を、私を。

 

 私こそ……。

 

 

 

 炎、炎、怒号、悲鳴。

 痛い、痛い、刺された、誰に?

 男の人、剣闘士、好き、刺された、何で? 何で?

 

 悲しい、痛い、悲しい、痛い、悲しい、痛い。

 悲しい、痛い、悲しい、痛い、悲しい、憎い。

 悲しい、痛い、悲しい、憎い、憎い、憎い。

 悲しい、憎い、憎い、憎い、憎い。

 

 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。

 

 嗚呼、そうだ、私は……。

 

  *  *  *

 

 研究区画にいる兵士たちは、パニックにならないように自分を律するので必死だった。

 部屋の外では敵が隔壁を破ろうとしているし、部屋の最奥のカプセルは不気味に鳴動している。

 フレンジーを閉じ込めた箱はガタガタと揺れて今にも壊れそうだ。

 

「なあ、どうする? マルヴァの奴は逃げちまったし」

「どうするったって……この部屋は袋小路だ。もうここ以外に逃げ場はないぞ」

「降伏……は、許してもらえるのか?」

 

 銃を構えつつ話合う非クローンの兵士たち。

 一方、運悪く……悪いのは日頃の行いかもしれない……逃げ遅れた何人かの研究者は、計器を前に驚愕していた。

 

「この数値は……被験体が安定値を示している?」

「被検体が因子に適合しているのか?」

「馬鹿な! これほどの量の因子だぞ! 万が一適合していたとしても、タダで済むはずがない!」

「しかし実際に……」

 

 瞬間、カプセルの蓋が内側から爆発した。

 

 轟く爆音と煙に、何事かと兵士たちが振り向き、研究者たちが尻餅を突き、フレンジーの入った箱がひっくり返り、その拍子に鍵が壊れる。

 

「ぷはッ! テメエら! よくもやって……何だこの反応は!? 何が起こってるんだ!?」

 

 すぐさま箱から這い出したフレンジーだが、センサー類が感知した異常に戦慄する。

 呆れ返るほどのエネルギーを発する何かが、この部屋の中にある。

 

 誰もがシンと静まり返る中、煙の向こうから誰かがゆっくりと歩いて来る。

 

 いや誰かは分かる。カプセルに入っていた人物はキセイジョウ・レイしかいないのだから。

 

 しかし、あれは本当にレイなのか?

 

 悠然とした足取りで煙の中から現れる、その姿は間違いなくレイに他ならない。

 

 しかし、髪は空気の流れに逆らってうねり、淡く光り輝き、稲妻のように見える青いエネルギーが、体を包んでいる。

 表情は超然としていて、慈悲と堪えきれない怒りとは同居しているように見えた。

 

 その……レイと思しき何者かは、無数の銃口が向けられているにも関わらず、全く気にせずに歩いていく。

 

「と、止まれ! 止まらんと撃つぞ!」

 

 一人の兵士が正気に戻って警告すると、やっとレイは足を止めてそちらを向くと微笑み、そして言った。

 

「兵士たちよ。他の者を無力化しなさい。……殺さないように」

 

 突然の言葉にクローン兵士たちはキョトンとして、

 

『イエス、マム』

 

 それから、非クローン兵を攻撃した。

 

  *  *  *

 

 すぐに戦いは終わった。

 不意打ちによってアッと言う間に非クローン兵は無力化され、もののついで研究者たちも殴り倒された。

 クローン兵は全てが跪き、頭を垂れている。

 

 レイに向かって。

 

「片付きました」

「御苦労さま。……外が騒がしいけど、何が起こっている?」

 

 先頭の兵士が恭しく報告すると、レイは短く労ってから問う。

 

「ディセプティコンが襲撃してきました。基地はすでに壊滅状態です」

「……そう、ではディセプティコンの中にメガトロンはいるかしら?」

「はい。手ずから指揮を取っているようです」

 

 フレンジーは可能なら大口を開けただろう。

 

『メガトロン』

 

 レイは破壊大帝を呼び捨てにしたりしないはずだ。

 

「では次に、他の兵士たちにも、周りの敵を無力化して、速やかにディセプティコンに降伏するように伝えなさい」

「アイ、マム」

 

 ただちに兵士たちは仲間(クローン)に指示を伝えるべく通信を開く。

 

 フレンジーは唖然として、レイを見上げていた。

 

「れ、レイちゃん……?」

 

 何とか声を絞り出すが、目の前で起こっていることが信じられない。

 

「レイちゃん、どうしちまったんだい? アイツらになんかされたのかい?」

 

 レイは不安げなフレンジーの前までやってくると、その体を持ち上げ、優しく声をかけた。

 

「フレンジーさん、お願いがあるんです。この場所に一人で来るように、メガトロン様に伝えてください」

 

 そう言って、レイはフレンジーの額に人差し指を当てる。

 それだけで、フレンジーのブレインに位置情報が浮かび上がった。

 

「な、何でこんなことができんのさ!?」

「お願いしましたよ。……必ず伝えてください。待ってますから」

 

 疑問に答えずフレンジーを床に下ろし、レイは手の中に杖を召喚すると、何もない空間に向かって横薙ぎに振るった。

 

 ガオン!という異様な音と共に空間に亀裂が入り、大きく開く。

 

「フレンジーさん、今までいろいろありがとうございました。ガルヴァちゃんたちや皆さんには、よろしく言っておいてください。……さようなら」

 

 それだけ言うと、レイは振り返ることなく空間の裂け目の中に入って行った。

 

「ッ! レイちゃん!!」

 

 タダならぬものを感じ、フレンジーは咄嗟にレイに飛び付こうとする。

 だが、その爪先が背中に届くよりも早く、空間の裂け目が閉じた。

 

 外の隔壁が破られ、ドレッズとリンダが入って来たのは、その直後だった。

 

  *  *  *

 

 メガトロンは不満げだった。

 

 総攻撃を始める直前にハイドラの兵士たちがアッサリと降伏したからだ。

 正確には、司令部内で反乱を起こした半数が、残りの半数を不意打ちして残らず拘束。 

 そして、その反乱を起こした方の半数が、無抵抗の証として武装解除してメガトロンの眼前に整列していた。

 

『我ら一同、ディセプティコンに降伏致します』

 

 殊勝な態度の兵士たちだが、ディセプティコンたちとしては、少々消化不良である。

 

「……理由を問おう。何故だ?」

『全ては、我が女神(マイ・ディーヴァ)の思し召しのままに』

 

 一斉に答える兵士たちに、メガトロンは僅かに気圧されるが、すぐに気を取り直す。

 

「ま、いい。とりあえず、貴様らの処分は後で決める。それよりも……」

 

 首を巡らすと、整列したドレッズの横で、リンダとフレンジーが意気消沈していた。

 

「フレンジー、報告せよ」

「…………」

「フレンジー」

「は、はい!」

 

 メガトロンにドスの効いた声で促され、フレンジーはようやっと報告を始めた。

 

「さっき話した通りです。レイちゃんが目の前で消えちゃいまして……で、この座標に……」

「一人で来いと。はん! フレンジー、お前は母艦に戻って体に接続してこい。いつまでも頭だけと言うのも鬱陶しい」

 

 鼻を鳴らすような音を出したメガトロンは、フレンジーに指示を出し、続いて近くに控える参謀の方を向いた。

 

「スタースクリーム、俺は行く。この場は任せるぞ」

 

 当のスタースクリームは、虚を突かれたような顔になる。

 

「どちらへ?」

「聞いてなかったのか? せっかくのデートのお誘いだ。行かなければ失礼と言うものだろう?」

 

  *  *  *

 

 レルネー上空で悠然と滞空している空中戦艦に戻ったフレンジーは、目の前の光景に再び唖然としていた。

 

 壁のモニターに戦闘の様子がリアルタイムで映されている。これはいい。

 

 珍しく、ドクター・スカルペルが出張ってきて機材を弄っている。これもいいだろう。

 

 何故かワレチューが走り回っている。まあ許容範囲内。

 

 ジェットファイアが座ってボケーッとモニターを見ている。もこれはまだいい。

 

 問題は部屋の中央に鎮座している青く発光している卵の塊と、ジェットファイアの前で並んでモニターを見ているガルヴァと、その弟たちだろう。

 

「何でガキどもを連れてきてんだ? しかも卵まで……」

「ん~? なんか、ガキどもに戦場の空気を憶えさせるんだと。で、基地がもぬけの殻になるんで、卵も持ってきたんだよ。ま、まだ孵化する様子はないし、大丈夫だろ」

 

 フレンジーの問いに答えたのは、機材を弄るドクターだ。

 それを聞いてフレンジーは、メガトロンはきっと雛たちに自分のカッコいい所を見せたいのだろうと思った。

 

「はあ……じゃあ俺は下に戻るから、体と接続してくれ。早くレイちゃんとメガトロン様を追わないと……」

「一人でって言われたんだろう? ほっときゃいいじゃねえか」

「ほっとけるか! あの時のレイちゃんは、普通じゃなかった! 何て言うか……死を覚悟したみたいな凄みがあった!」

 

 必死なフレンジーに、ドクターは一つ排気してから体を付ける用意をする。

 

「しっかし、いちいち他人の手を介さないと頭と体がくっ付かないのは不便だよな~。いっそ自分で着脱できるように改造するか。名付けてヘッドマスター! なんてのはどうだ?」

「いいから早よせい!」

 

 グチャグチャと言い合いながらも、準備を始めるドクターとフレンジー。

 

 彼ら二人も、雑用に追われるワレチューも、モニターに集中しているジェットファイアと雛たちも、後ろの卵の塊の中の一つが、モゾモゾと動いていることには気が付かなかった……。

 

  *  *  *

 

 レイが指定した座標、そこはハイドラの基地レルネーのある溶岩洞よりも、さらに奥、火山の真下に位置する場所だ。

 

 メガトロンは溶岩洞の最奥の壁を破壊し、そこへ通じる抜け道へと侵入する。

 

 そこは石造りの通路が続いていた。

 彼のタリショックで地下に沈んだ遺跡だろうか?

 

 知ったことではないとばかりに、メガトロンは通路を進んでいく。

 後ろでは一人でに石の扉が重々しい音を立てて閉じるが、メガトロンは意にも介さない。

 やがて突き当たったのは、途方もなく広い、神殿のような空間だった。

 

 石の円柱が高い天井を支え、柱に埋め込まれた光る結晶が光源となっていた。

 その奥には、祭壇があり精緻な細工が施された金属製の箱が祭られていた。

 

 祭壇の前にレイはいた。

 

「レイ」

「……来てくれたんですね」

 

 祈るような姿勢を取っていたレイは、立ち上がって振り返る。

 その髪は青く輝き、顔は微笑んでいた。

 

「メガトロン様。ここ、何だと思います?」

 

 レイは笑顔のまま問うが、メガトロンは答えない。

 

「ここは結婚式場です。多くの男性と女性が、ここでタリの女神に見守られて夫婦になった」

 

 昔を懐かしむような雰囲気のレイだったが、フッとその表情が翳る。

 

「……だけど、同時に女神の墓場でもある。タリの女神はここで殺された。この場所で。まるで昨日のことのように思える」

 

 だんだんとレイの声が低くなり、目つきが鋭くなっていく。

 

「あの日も、結婚を見届けてほしいと、ここに呼び出された。でも待っていたのは、何人もの武装した男たちと……一人の剣闘士だった」

 

 その肉体が黒いオーラと青い雷光に包まれる。

 

「あの裏切り者どもが、私から全てを奪った。この私から。この……タリの女神である、私から!!」

 

 そして、レイの姿は変わった。

 

 衣服は黒を基調としたレオタードのような衣装に。

 

 薄青の長い髪は燐光を帯び。

 

 胸は豊満になっている。

 

 背には刺々しい意趣の大きな翼。

 

 特徴的な角飾りは二本になっている。

 

 そして、瞳には女神の証たる紋様が浮かんでいる。

 

 表情は、憤怒と怨念に彩られ、傲慢と狂気に歪んでいた。

 

 トレイン教授が、あるいはオプティマス・プライムがこの場にいれば、その姿が壁画や伝承に残るタリの女神、その物だと言っただろう。

 

 レイはフワリと宙に浮きあがると、手の中にさらに大きくなった杖を召喚し、メガトロンに向けると普段とは違う、狂気染みた声色で吼えた。

 

「子供たちのお守りも、お前の野望も終わりさ! お前は最初から私が女神だと気付いていた。だから私を味方に引き込んだ! そうだろう!」

「…………そうだ」

 

 メガトロンは少し間を置いてから無表情で答えた。当然とばかりに。

 レイは一瞬、悲しそうな顔になったが、すぐに傲慢な表情に戻る。

 

「お前の考えを当ててやるわ、メガトロン! お前はどうやってか知らないが、このゲイムギョウ界からシェアエナジーを奪い、シェアを味方にした女神を使ってサイバトロンにもたらす……そうすることで星を再生させる。それが狙いなんでしょう!!」

「…………そうだ」

「ハッ! あの坑道で私に自分の過去を語ったのも、ケイオンで私を助けに来たのも、全部、私を抱き込むため。女神の力が目合てだったんだろう!!」

「…………そうだ」

「は、ハハハ、アーハッハッハ!! 傑作だ! こいつは!!」

 

 どこまでも無表情なメガトロンに、レイは哄笑し小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべる。

 

「でも残念でしたぁ~! 私の女神としての力は不完全だしぃ~? 肝心のシェアを土地に還元することが出来ないんですぅ~! いわゆる無駄骨ぇ~? アハ、アハハハ!!」

 

 ヒトの神経を逆なでする声色と口調でメガトロンを挑発し、睨みつけるレイ。

 

「何より! この私……大いなるタリを統べる女神を利用しようって腹が許せない。この場で神罰を下してやるよ!!」

「滅んだ国の女神が、ようも吠えおる。……よかろう、躾け直してやろう」

「ハッ! 滅びゆく民の大帝様がほざくじゃあないか! そっちこそ思い知らせてやるよ!」

 

 冷厳と吐き捨て、右腕のフュージョンカノンとデスロックピンサーを展開し、背中からハーデスソードを抜くメガトロンに、レイは狂ったような笑みを浮かべて杖を構える。

 

「終わらせましょう、何もかも。メガトロン」

「いいだろう。来るがいい、レイ」

 

 レイの体から黒いオーラと青い稲妻が吹き出し、メガトロンのハーデスソードが禍々しい光を放つ。

 次の瞬間、両者は激突した。

 

 ここにキセイジョウ・レイ、最後の戦いが始まった。

 




engage(エンゲージ)
主な意味は婚約。

……あるいは交戦。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話 ある女神の肖像

あるいは、メガトロンvsレイ。


 ……レイはいつ、どこで生まれたのか、憶えていない。

 物心付いた時には、今と同じ姿で村の雑踏を彷徨っていた。

 

 資金もなく、食べ物も恵んでもらえず、衣服も捨てられた物を拾って使い、泥水を啜る日々。

 飢えに耐え兼ね盗みを働きそうになったこともある。

 鈍臭いレイでは失敗するのが常だったが……。

 そのたびに、殴られ蹴られ罵声を浴びせられた。

 

 幸か不幸か、男性から嫌らしい目で見られたことはなかった……と、思う。

 

 そうして他者の暴力に怯え、飢えと孤独に苛まれ、夏には渇きに苦しみ、冬には寒さに凍えた。

 

 当時の人々は部族単位で固まって暮らしており、今に比べて余裕がなく排他的で迷信深く、何処からか現れた得体の知れない女に親切にする者はいなかった。

 

 唯一人、とある剣闘士を除いては。

 

 この時代、ゲイムギョウ界では剣闘が盛んで、各地に闘技場があった。

 剣闘士はだいたいが孤児や戦争の捕虜、罪人だ。

 彼らは興行主の持ち物として、死ぬまで戦うことを強要させられていたが、金を貯めれば自由を買うこともできた。大半はその前に死ぬが。

 

 ある日、寝床を探していたレイは、下級の剣闘士の入れられている石造りの建物の鉄格子の嵌った窓の下に寝転がった。

 

 その窓の向こうの部屋にいたのが件の剣闘士だった。

 

 まだ少年と言っていい若さの、その剣闘士は襤褸(ボロ)を纏い、痩せ細ったレイの姿を哀れに思ったのか、窓越しに林檎を投げて寄越した。

 剣闘士に取っては気まぐれだったのかもしれないが、レイに取っては生まれて初めて人の善意に触れたのだ。

 レイとその剣闘士は、窓越しに会話するようになった。

 

 楽しかった。

 

 向こうがどう思っていたのかは分からない。ひょっとしたら、煩わしく思っていたのかもしれない。

 それでも、レイは幸せだった。

 

 だが、ある日のことだ。

 

 剣闘士が試合での怪我が元で病気にかかった。

 医療と衛生の未発達なこの時代、今では何てことない病でも致命に至る。

 治すには、高価な薬が必要だが、レイには薬を買う金はない。

 薬屋に病気の人間に飲ませたいと説明したが、聞き入れてもらえなかった。

 

 だから、盗もうとした。

 

 そして、失敗した。

 

 盗人として人々に追われ、石を投げられ、崖際に追い込まれ、そして……。

 

 咄嗟に手をかざすと、手から雷が出て、追手の前の地面を焦がした。

 驚いて反対の手を振るうと、突風が巻き起こり、追手を薙ぎ倒した。

 人々は驚き恐れ、逃げていった。

 

 何が起こったのか分からず唖然としていると、いつの間にか傍に男が立っていた。

 黒いローブで全身を覆い、手を手袋で、顔を人面を模した仮面で隠した、異様な男だった。

 

 その男は自身をスノート・アーゼムと名乗り、女神を導く神官だと称した。

 

 アーゼムが言うには、レイは女神であり、国を創るべきだそうだ。

 実際に、レイは身内に力が湧きあがってくるのを感じていた。

 全能感に満たされたレイは、アーゼムの言う通りにすることにした。

 

 自身の輝かしい未来の予感に、胸を膨らませながら。

 

 あの剣闘士のことは、頭の中から消え失せていた……。

 

  *  *  *

 

 かつて婚儀の間と呼ばれた広間では、ディセプティコン破壊大帝メガトロンと、蘇ったタリの女神レイとが激闘を繰り広げていた。

 

「喰らえ! 破戒の舞闘!!」

 

 杖を縦横無尽に振るう乱舞技を繰り出すレイだが、メガトロンは左手に持ったハーデスソードで受け止める。

 だが何と言うことだろう。レイの攻撃によって、メガトロンの巨躯が押され、後ろに下がる。

 

「ッ!」

「他の女神と私をいっしょにするんじゃないよ!! 私は最初の女神! 全ての女神は、私の影を踏んでいるに過ぎない!!」

 

 いったん離れたレイは、杖の周りに電撃を発生させ、それをメガトロンに向けて放つ。

 

「審判の雷霆!!」

 

 雷はメガトロンに向けて殺到する。

 だがメガトロンはハーデスソードをかざすことでこれを防ぐ。

 

「どうだい? 女神に逆らう者への裁きの雷は! 屋外なら、天候すら操作してもっと強力なのをお見舞いしてやるんだけどね!!」

「くだらん。この程度か?」

 

 メガトロンはハーデスソードを大きく振るって雷を弾くと、右腕のフュージョンカノンをレイに向かって撃つ。

 レイはそれを避けると、さらに電撃を放つ。

 

「無駄無駄無駄ァ~! 全然、当たりませ~ん!」

 

 馬鹿にするレイだが、メガトロンは一足でレイの傍まで移動し、デスロックピンサーを振るう。

 

「ぐッ!?」

 

 間一髪躱すレイだったが、続いて放たれた回し蹴りを受けてしまう。

 大きく吹き飛ばされ、石柱に音を立ててめり込むレイ。

 メガトロンはその隙を逃さず、フュージョンカノンを連続発射する。

 レイは咄嗟に障壁を発生させるも、障壁はエネルギー弾を防ぎ切れず砕け散る。

 そこからレイが体勢を立て直す間を与えず、メガトロンがショルダータックルの要領で突っ込む。

 石柱にめり込み、少しの間、膠着していたメガトロンだったが何かを感じ飛び退く。

 次の瞬間、雷撃状のエネルギーが瓦礫を吹き飛ばし、レイが姿を現した。

 

「頑丈だな。今ので潰れても可笑しくはなかったぞ」

「この……少しは手加減しやがれ!!」

「何だ、手加減してほしかったのか?」

 

 嘲るようなメガトロンの顔に、レイは眉根を吊り上げる。

 

「ほざけ! ならば、この攻撃で吠え面かきやがれ! 開け異界の門!!」

 

 レイの背後に青い魔法陣が出現した。

 魔法陣は円の内側に六本の線が走っており、中心で交差している。

 その線がカメラの絞りのように少しずつ開き出し、魔法陣の向こうの得体の知れない空間から、青い光が漏れだした。

 

「愚かな。そんな隙だらけの大技など、当たるものか……ムッ!?」

 

 突然、地面の下から何匹もの長大なムカデのようなクリーチャーが姿を現し、メガトロンの両足と右腕に巻きついた。

 

「アーハッハッハ!! もちろん、お前には止まっててもらうさ! 異次元からクリーチャーを呼び出す技、異界の蠱毒でね!」

 

 哄笑するレイ。

 その間にも魔法陣は開いて行き、光は強くなっていく。

 

「覇光の光芒!!」

 

 そして、魔法陣から極太のビームの如き莫大なエネルギーの奔流が吐き出され、メガトロンを飲み込んだ。

 

  *  *  *

 

 ……レイが国を創ってから20年ほどたった。

 

 レイの国、タリは世界中に版図を広げていた。

 多くの土地を侵略し、支配した。

 

 何もかもがレイの思う通りになった。

 

 空に在って地上を見下ろす大神殿。

 

 いくらでも食べられる美味しい食事と酒。

 

 山と積まれた金銀宝石。

 

 だが、足りない。

 

 どれだけの神殿を築こうと、どれだけの財宝に囲まれても、夜に目を閉じると満たされない胸の内の寒さに震えた。

 

 天上の美酒をあおり、数限りない兵士と奴隷に傅かれ、時に麻薬にさえ手を出しても、飢餓感にも似た感覚が消えない。

 

 男に抱かれる気にだけは、どうしてもならなかった。

 

 政治は全てアーゼムに任せ、自身はひたすら贅沢に溺れていた。

 国がどういう状況なのか、聞きもせずに。

 唯一の例外は結婚式で、国民が結婚を申し出た時だけは地上に降り、式を見届けた。

 そうする時だけ、わずかに飢餓が癒される気がした。

 出席者たちの顔が段々と暗くなっていくことに気が付くべきだった。

 

 やがて、来るべくして時は来た。

 

 いつものように結婚式に出席したレイを待っていたのは、武装した男たちだった。

 無礼な反逆者たちに対し、レイは最初、多少の驚きはあったものの嘲笑を浮かべて雷で吹き飛ばそうとした。

 その瞬間、暗殺者たちの間から、一人の男が躍り出るや、禍々しく紫に光る剣を女性の腹に突き刺した。

 

 何が起こったのか分からなかった。

 

 自分は女神のはずなのに、何故刺されているのだ?

 

 刺した相手の顔が見えた。

 

 かつて林檎をくれた、あの剣闘士だった。

 歳を取って肉体は頑強になり、顔には年齢相応の皺が刻まれていたが、間違いない。

 

 彼は混乱した様子でレイの腹から剣を引き抜いた。

 床に倒れ、薄れゆく意識の中で聞こえてきたのは、反逆者たちの……彼女の民の声だった。

 皆、女神の死を喜び、あるいは倒れた女神に罵声を浴びせていた。

 

 その時レイの胸に去来したのは、痛みと苦しみと、果てしない悲しみだった。

 

 ……だが、それでもレイは死ななかった。

 

 女神の肉体が、あるいは湧き上がる怒りと憎しみが、彼女に死を許さなかった。

 

 反逆者たちが去った後で、激痛を堪えて立ち上がったレイは、体を引きずるように建物の外に出ると、怨念の限りを爆発させて呪いの言葉と共に全ての力を解き放った。

 

 「呪われろ! 呪われろ! 裏切り者ども! お前たちの望み通り、こんな国なんか、無くなってしまえばいい!!」 

 

 そして、全てが光に包まれた……。

 

 次に目を覚ました時、タリは火山の噴火によって地面の下に埋まっていた。

 空中神殿はどこかにアーゼム諸共どこかへ飛び去り、あの剣闘士は生きているのか死んでいるのかも分からない。

 

 レイが得た何もかもが、かつて持っていたはずの全てが消えてしまった……。

 

 何故こうなった?

 私が女神だからか?

 だったら、女神になんて生まれなければよかった。

 女神なんて、いなければよかった。

 

 女神なんて、

 

 女神ナンテ、

 

 メガミナンテ……。

 

 全てを失ったレイに最後に残されたのは、女神に対する逆恨みとしか言いようのない憎しみだった。

 

 そして、この日以降、レイは全ての記憶を失った。

 

  *  *  *

 

 婚儀の間は、もはやかつての静謐な面影を残していなかった。

 戦いによって柱と言う柱は砕け、壁や床にはいたるところに大穴が開いている。

 祭壇の上の箱だけが、まだかろうじて無事だった。

 

「はあッ……はあッ……」

 

 魔法陣のよって開いた異次元の門を閉じ、レイは荒く息を吐く。

 覇光の光芒は、破壊エネルギーに満ちた異次元への扉を開き、そこからエネルギーを引出す技だが、異なる次元へのポータルを形成、制御するのは女神としては規格外の力を持つレイを持ってしてなお、心身に多大な負荷を要するのだ。

 

「は、ハッハッハ……これでも死なない、か。やっぱり、凄いよアンタ……」

 

 壁とその後ろの地盤に大穴が開くほどのエネルギーの奔流に晒されてなお、メガトロンはそこに立っていた。

 無論、さしものメガトロンとて無防備にエネルギー波を受けたワケではない。

 

 あらゆるエネルギーを吸収するダークマターの力を持つハーデスソードを使って防御したからこそ、耐えることが出来たのだ。

 

 それでも吸収しきれず、あちこち焦げて煙が上がり、剣を杖代わりにしている状態だ。

 

「ぬう……予想以上の力だ」

「私の最強最大の攻撃を受けて立っていられるとは、さすがはメガトロン。……でもまだまだ!」

 

 レイは掲げた杖に電撃を纏わせる。

 

「さあ、構えな! この戦いは、私たちのどちらかが死ぬまで続くんだ!!」

 

 だがメガトロンは、無表情を崩さないまま剣を引き、鼻を鳴らすような音を出した。

 

「俺を舐めるな。……攻撃に殺気がないことくらい、簡単に分かる」

「殺気がない? ハッ! 馬鹿言うんじゃ……」

「さっきの覇光の光芒、だったか? あれもそうだ。本来なら、もっと強大な力を引出せたはずだ。貴様は、俺がハーデスソードで防御することを見越したうえで、攻撃したのだ。……剣を持つ腕を拘束しなかったのは、その証左だ」

 

 レイの言葉をさえぎり、メガトロンは淡々と語る。

 しばらくの間、二人は何も言わずに睨み合っていた。

 

 やがて、レイはフッと息を吐くと女神化を解いた。

 

「敵わないなあ……」

 

 ゆっくりと床に降り、座り込むレイにメガトロンは問う。

 

「何故、こんな芝居をした? 俺にワザと斬られようとしおったな」

「……死にたかったからです」

 

 そう答えたレイの顔は、難病を抱えた老人のように疲れ切っていた。

 まるで、何千年もの時間が彼女の背に圧し掛かってきたかのようだ。

 

「……私はかつて、反逆者に討たれました……でもそれは、私が暴政を敷いたからで自業自得」

 

 いや比喩ではなく、実際に因子が呼び水となって、レイは数千年分の記憶を取り戻したのだ。

 

「その後は記憶を失い、残されたのは女神という存在への憎しみだけ……笑っちゃうでしょう? 逆恨みもいいとこ」

 

 かつてネプテューヌを薄っぺらいと嘲った。

 

 ――……どっちが。

 

 アーゼムに国政を任せていて知らなかった、などと言うのは無知無関心無責任の証明であって免罪符にはなりえない。

 むしろ、アーゼムに任せずとも自分は暴政を敷き、逆らう者を弾圧しただろうという確信がレイにはあった。

 

「その後は、今とそんなに変わらない……憎しみに突き動かされて、意味のない反女神をする日々。……しばらくすると、自己防衛なのか何なのか記憶がリセットされて……ずっとその繰り返し。何百年も何千年も」

 

 記憶を失い、憎しみに操られ、また記憶を失って……。

 まるで回し車の中のハツカネズミのように、グルグル回るだけ。

 何も得ず、何も生み出さない、無為な時間。

 

「もう、たくさんなんです。こんな無意味な生涯は……」

 

 疲れ切った笑みを浮かべながら、レイは涙を流す。

 かつてのレイなら、憎しみに溺れ狂気に酔うことも出来ただろう。

 

 だが、レイはメガトロンと出会った。

 

 彼の背を見て声を聴き、過去を知った。

 

 ガルヴァたちを育て、命の重さを知った。

 

 ネプテューヌの思いを聞き、彼女の強さを知った。

 

 そして、今のレイには自分を客観視することが出来た。

 あまりにも卑小で愚かな自分と向き合うことが出来た。

 

 もう、薄っぺらい憎悪や安っぽい狂気に逃げることは出来ない。

 

「私には、中身なんか無かったんです。……最初から、ずっと。私の生涯に、意味なんて無かった」

 

 求めてやまなかった自分の中身が空虚な幻に過ぎなかったことは、レイの心が絶望に沈むには十分だった。

 それ以上にレイの心を打ちのめしたのは、女神としてシェアを土地に還元することが出来ないことだった。

 

 自分は、メガトロンを、ディセプティコンを、ガルヴァたちの故郷を助けることも出来ないのだ。

 

「……私では、メガトロン様のお役には立てません。ゲハバーンがメガトロン様の手に有るのも、何かの縁。どうかその剣で私を斬り、女神の力を剣に宿してください」

 

 ――そして、そうすることで、魂だけでもお傍に……。

 

 話を聞く間、メガトロンは黙っていた。

 完全なる無表情からは、いかなる感情も窺うことは出来ない。

 

 一瞬とも、何日ともつかない沈黙の後、メガトロンは剣を振り上げた。

 

 僅かに、真紅のオプティックが揺れている。

 

 裂帛の気迫を込めて、剣が振り下ろされる。

 

 その軌道は、正確にレイを捉えていた。

 

 迫る死を感じながら、しかしレイは淡く微笑み、静かに目を瞑る。

 

 その顔にあったのは、恐怖でも絶望でもなく、久し振りに帰り着いた我が家で眠りにつくかのような、安らぎだった。

 

 ようやく、この長く無意味な生から解放されるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……剣はレイの脇を通り過ぎ、床に深々と食い込んだ。

 

 レイは目を見開き、メガトロンを見上げる。

 

「な、なぜ……?」

「なぜ、だと? つまらんことを聞くな!」

 

 メガトロンは怒っていた。

 オプティックが燃えるように爛々と輝き、牙をむき出しにしている。

 

「貴様は俺の物だ! 貴様が何時、何処で死ぬかは俺が決める!! 勝手に死ぬことは許さん!!」

 

 吐き出される俺様理論に、レイは呆気に取られると同時に、胸の内からフツフツと怒りが込み上げてくる。

 

「………ふざけんなよ、おい」

「あん?」

「ふざけんなつったんだよ! このガラクタの大将が! 勝手に人を物扱いしてんじゃねえ!!」

 

 突如怒り出したレイに、メガトロンは少しだけ退く。

 

「私は、私には生きる意味なんかないの! もう死なせてよ!!」

 

 だが、レイの物言いに顔をさらなる怒りに歪め、手を伸ばして細い体を掴み、自分の顔の前に引き寄せた。

 

「意味がないだと! ……ならば、俺がくれてやる!! ……ガルヴァたちが、お前の生の意味だ!! アレらは……ガルヴァ、サイクロナス、スカージは、お前の子供なのだ!」

 

 メガトロンの手の中で、レイは目を丸くする。

 言われた意味が分からなかった。

 

「何を言って……」

「雛たちは、お前の因子を受け継いだ。この基地のクローンどもとは違う、お前の魂の設計図を直接受け取ったのだ! ……俺の遺伝子と共に」

 

 レイが疑問を出すより早く、真実を告げるメガトロンだが、最後の方だけは少し言うのを躊躇っていたようだった。

 しかし、意を決して続ける。

 

「つまり、ガルヴァたちは俺とお前の子供なのだ。お前は、あやつらを母無し子にするつもりか!?」

「ガルヴァちゃんたちが……私の子供……」

 

 そのことを飲み込むのに、レイは少しかかった。

 メガトロンは静かに頷いた。

 

「そうだ。だから、死ぬな……。俺のためにも」

 

 ポロポロと、レイの目から涙がこぼれる。

 漏れ出た嗚咽はやがて、大きな泣き声に変わった。

 

「あ……あ……うあぁあああああ!!」

 

 罰の悪そうな表情になったメガトロンはレイを床に下ろしたが、レイはメガトロンの手から離れずに泣きじゃくる。

 メガトロンは、ムッツリとした表情のまま、黙って泣かせてやることにしたのだった。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンたちが散々に暴れ回り廃墟と化した基地の中を、ネプテューヌは忍び足で進んでいた。

 もちろん、オプティマスたちを助けるためだ。

 敵と戦闘することは避け、何とか身を隠しながらロックダウンのアジトへと向かう。

 どうもレイには助けが来たようなので、まずはオプティマスの救助を優先する。

 

「待っててね、オプっち」

 

 決意を込めて呟いたネプテューヌだが、突然、大きな影がネプテューヌの上を覆った。

 すわ、ディセプティコンかと刀を召喚したが、相手を確認して安堵と希望に顔が輝いた。

 

「オプっち……!」

「ネプテューヌ、無事で良かった……」

 

 それはオプティマスだった。

 オプティマスは跪く形で顔をネプテューヌに寄せ、ネプテューヌはオプティマスの顔に頬を摺り寄せる。

 恋人たちは、しばしの間、再会とお互いの無事を喜んだ。

 だがネプテューヌは、真面目な顔でオプティマスの目を覗き込む。

 

「オプっち、発掘隊のみんなは逃げたけど、まだ捕まってる人がいるんだ。その人を助けるために、力を貸して」

「もちろんだ。さあ、行こう!」

 

 二つ返事で承諾したオプティマスは、ネプテューヌを伴って歩き出そうとする。

 だがその時、地面が揺れ出した。

 

「なに!? ディセプティコンの攻撃!?」

「いや、この揺れは……地面の下を何かが移動している!」

 

 二人の目の前の地面が盛り上がり、何かが姿を現した。

 

 それは一見、巨大な蛇のように見えた。

 蛇は首をもたげて天井を仰ぐと、口からビームを放った……。

 

  *  *  *

 

「ほいよ。接続終わったぜ、フレンジー」

「おう! よおし、サウンドウェーブ、下に降ろしてくれ!」

 

 体に首を付け終わったフレンジーは、さっそく戦場に戻ろうと艦橋で操舵しているサウンドウェーブに通信を飛ばす。

 だが、雛たちと共にモニターを眺めていたジェットファイアが、ふとオプティックを鋭くした。

 

「……来るぞ!」

「は? 何が……」

 

 来るんだ?とフレンジーが聞くより早く、艦体が激しく揺れた。

 

「何だ!? サウンドウェーブ、どうした!?」

『砲撃サレタ。右舷ニ ダメージ。艦体制御困難。一度着陸スル。総員衝撃ニ備エヨ』

「何だと!? とにかく、爺さん! 雛を守れ! ドクターは卵を!」

「もうやっとる!」

「同じく!」

 

 揺れる艦内で、ジェットファイアは雛たちを守るように抱え、ドクターは機材を操作して卵に防御カバーをかぶせる。

 全員が壁や床にしがみついた次の瞬間、空中戦艦は地上に強制着陸し、艦内を衝撃が襲う。

 

 ……何とか着陸できたらしいが、艦体が傾いているか、部屋が斜めになっていた。

 

 壁にしがみついていたフレンジーは、辺りを見回す。

 

「おい、みんな無事か?」

「俺は無事だ! 雛たちもな!」

「卵は……全部無事だ!」

 

 ジェットファイアとドクターの声に、フレンジーはホッと排気する。

 

「しっかし、いったい何だってんだ? サウンドウェーブ?」

『攻撃ハ下カラ地盤ヲ、貫通シテ来タ。ハイドラ ノ、地下基地カラト思ワレル』

「やっぱり、何か起こってるんだな……よっしゃ! 爺さん、ドクター! 雛たちを頼んだぜ!」

「おう! 任せておけ!」

「はいはい……」

 

 ジェットファイアとドクターに後を任せ、フレンジーは地下へと向かう。

 雛たちが揃って手を振り、ジェットファイアは雛を撫で、ドクターは卵のカバーを外してから雛たちに万が一の怪我がないかチェックする。

 

 ……だから一つの卵がモゾモゾと動いた拍子に卵の塊から外れたことに気付かなかったのも無理はない。

 

 卵は床に落ちたものの傷はなく、傾斜した床をコロコロと転がり出した。

 そのまま着地の衝撃で開いてしまった扉を抜け、砲撃で壁に出来た裂け目から艦から飛び出してしまう。

 地面に落ちてもも卵は止まらず、どこまでも転がっていくのだった……。

 

 




そんなワケでレイ、生存。
章タイトル詐欺? いえいえ、真の意味はいずれ。

今回の解説。

レイの技part2
この作品では、レイはプルルート同様、女神化すると技名が変化します。
ちなみにレイの戦闘スタイルを簡単に言うと『格闘もこなせる移動砲台』

破戒の舞闘
ブレイクアウトが変化した技。
女神伝統の乱舞技。

審判の雷霆
ミサイルコマンドが変化した(略)。
地下なので直接電撃を放っているが、本来は天から雷を落とす技。
原作アニメ終盤で乱発してたアレ。

異界の蠱毒
センティピードが(略)。
ムカデ型のクリーチャーを召喚する。
数が増えてる。

覇光の光芒
原作ゲームでも使用した、レイの必殺技。
ただし、技の概要が違う。
原作では空間を歪めて大量のエネルギーを敵に直接ぶつける技(らしい)
こちらでは異次元への扉を開いて、エネルギーを引き出す技。
簡単に言うと前者が火焔直撃砲で、後者がサイクロップス(X-MEN)のオプティックブラスト。

スノート・アーゼム
ようするに原作でのクロワールの位置にいる人。
しかし、クロワールよりも悪意的にレイを利用してました。

……だけど重要なのは、彼が『オリキャラじゃない』と言うことでしょう。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話 レイジング

raging(レイジング)
意味は、激怒、荒れ狂う、途方もない、並はずれた、など。


 レイが泣き止んで手から離れると、メガトロンはブスッとした表情で立ち上がった。

 

「……終わったか」

「グスッ……はい。ご迷惑おかけしました……」

「まったくだ。さっさとここを出るぞ」

 

 ぶっきらぼうに言って、メガトロンはレイに背を向ける。

 レイは涙を拭ってその背を追おうとして……何かを思い出したようにクルリと反転した。

 

「どうした?」

「いえ、これを持っていこうと思いまして」

 

 そう言ってレイは祭壇の上に鎮座していた、金属製の箱を抱える。

 

「それはそんなに大事なのか?」

「ええ。この箱は特別で、私にしか開けられないんです」

「中身は何だ?」

「それは後のお楽しみ。きっとビックリしますよ」

 

 悪戯を思いついた子供のような顔でニッコリと笑うレイに、メガトロンはムッとオプティックを細めつつ、外の部下に通信を飛ばす。

 

「スタースクリーム、俺だ。こちらは片付いたからそちらに……何だ? どうした?」

 

 しかし、どうも様子がおかしい。

 

「報告はしっかりせい。………………ふむ、分かった。通信終わり」

「どうかしましたか?」

 

 レイが問うと、メガトロンは凶暴に笑った。

 

「どうも、しぶとい蛇がいるらしい。……片付けなければな」

 

  *  *  *

 

 もはやハイドラの地下基地は、これ以上ないと言うほどに荒れ果てていた。

 戦いは終わり、後には廃墟が残るのみ……。

 

 否。

 

 地下基地はまたしても戦いの喧騒に包まれていた。

 

「撃て撃て撃て! あれだけの巨体だ、撃てば当たる!!」

「効いてるかは分からんがな!」

「クローン兵どもも撃て! 生き残りたけりゃな!」

 

 泡を食ったスタースクリームの号令の下、ディセプティコンとハイドラ兵とが、何者かに向かって攻撃している。

 その何者かは、一見巨大な蛇のように見えた。

 

 だが、その長く戦艦の胴のように太い体は、無数の兵器の残骸と破壊された建物の瓦礫で出来ている。

 頭部は通常の蛇のそれと瓜二つだが、眼球の無い目と裂けた口からは紫色の光が漏れていた。

 

 それが七匹。

 いや、大蛇たちの首は根本で繋がっている。七頭の蛇なのだ。

 

 多頭蛇はズルズルと這いずりながら、取り込んだ兵器の武装を発射し、口から光線を吐いている。

 

 ディセプティコンや兵隊たちは身を守りながら応戦するも、多頭蛇は攻撃を受けて体が欠けても、すぐに周辺の残骸や瓦礫を取り込んで元に戻ってしまう。

 頭の一つが鎌首をもたげ、大口を開けると、禍々しい紫のエネルギーが口腔に満ちる。

 

「攻撃来るぞ! 回避行動!!」

「素直に避けろって言えよ!!」

 

 ブラックアウトの声に、ミックスマスターはツッコミつつも物陰に隠れる。

 直後、蛇は口からビームを吐いた。

 

 射線上にいたクランクケースは隣で銃を撃っていたリンダを抱えて横に跳ぶ。

 

 ビームはクランクケースたちのすぐ横を通り過ぎていった。

 あまりの熱にビームの当たった地面が融解している。

 

「チッ! こんな奴がいるなんて聞いてないYO!」

「早く姐さんたちの所に行きたいってのに!」

 

 悪態を吐く二人。

 

 一方で、オプティマスとネプテューヌは戦闘を避けながらレイたちを探していた。

 

「まさにカオス! って感じの状況だね! あの蛇はいったい何なんだろう?」

「見当は付いている。奴はおそらく……」

 

 母艦から降りて来たフレンジーも、この戦闘に巻き込まれていた。

 小柄な身体を素早く動かしながら、憎々しげに蛇の頭を見上げる。

 

「クッソ! お前みたいなドリラーモドキの相手をしてる時間はねえんだよ!」

 

 効かないことを承知で銃撃するフレンジー。

 蛇は全く堪えた様子がなく、フレンジーに向けてビームを発射しようとする。

 

「やっべ……!」

 

 避けようとするフレンジーだが、それより早く蛇はビームを撃つ……寸前で、横合いから飛来した灰銀のエイリアン・ジェットに体当たりされて、大きく身を反らした。

 ビームは明後日の方向へ飛んで行く。

 フレンジーはエイリアン・ジェットを見上げて歓声を上げる。

 

「め、メガトロン様!!」

 

 その声に応えるが如く、エイリアン・ジェット……メガトロンは空中でギゴガゴと変形して地響きと共に着地した。

 

「はん、随分とデカい蛇だな。……狩り甲斐がある」

 

 ゴキリと首を鳴らし、メガトロンは好戦的に笑む。

 

「あ、あのメガトロン様。レイちゃんは……?」

 

 オズオズと問うフレンジー。

 メガトロンが斜め後ろを顎で指すと、そこにレイがフワリと舞い降りた。

 

「レイちゃん! 無事だったんだね!」

「フレンジーさん、ご心配おかけしました」

 

 駆け寄って来るフレンジーに、レイはフッと微笑む。

 だがメガトロンはピシャリと言い放った。

 

「感動の再会は後にしておけ。まずは蛇を始末するぞ」

「あっはい。じゃあフレンジーさん、これ持っててください」

 

 レイは何てことないように返事をすると、抱えていた箱をフレンジーに渡した。

 

「大切な物なので、大事に持っててくださいね。……行ってきます」

 

 言うや、レイは光に包まれ女神へと変身して、メガトロンの横へと飛ぶ。

 

「おお!?」

「あれは、女神!」

「レイが女神になった!?」

「あ、姐さん!?」

 

 驚嘆するディセプティコンたち。

 それは、隠れているネプテューヌも同じだった。

 

「レイさん……!?」

 

 それらに構わず、レイは脇に立つメガトロンもかくやと言う獰猛な笑みを浮かべた。

 

「滅んだとはいえ、人の国で好き勝手してくれるじゃないか。メガトロン、先手は私がもらうよ、アレも試してみたいし」

「好きにしろ」

「それじゃあ、好きにするよ」

 

 呼び捨て!?と仰天するフレンジー以下ディセプティコンを余所に、強気な口調のレイは体に力をためる。

 

「私は最初の女神、あらゆる女神は私の影を踏んでいるに過ぎない……故に! あいつ(ネプテューヌ)に出来たなら私にも出来るはず!」

 

 レイの体が光の粒子に分解したかと思うと、別の形に結集する。

 それは銀色をベースに青く発光するラインが幾何学的に入った刺々しくも重厚な車体に、前後二対のキャタピラ。

 砲塔にはレイの角飾りに似た角が主砲を挟み込む形で生えている。

 そして、何より長く太く大きい主砲が目立つSF的な姿の戦車だ。

 

 そう! この戦車はネプテューヌが戦闘機に変身したように、レイが変身した姿なのだ!

 

「これぞ、名付けてハードモード:レイ!」

 

 戦車姿のレイは、挨拶代わりとばかりに主砲を発射する。

 女神態の時の必殺技、覇光の光芒と同じ原理で異次元から引き出された破壊エネルギーが、砲身内部に刻まれた呪文と図形によって指向性を持たされて砲口からビームとして飛び出す。

 青い色の光線は逃れようともがく七頭蛇の頭の一つに狙い違わず命中し、メガトロンのフュージョンカノンもかくやと言う大爆発を巻き起こす。

 蛇の頭は為す術も無く粉々に爆散した。

 他の首がすぐさまレイに向けて攻撃を始めるが、レイはキャタピラを回転させて走り出す。

 降り注ぐ弾雨を避け、あるいは障壁を張って防ぐレイだが、業を煮やした多頭蛇の頭の一つは、大口を開けてレイを飲み込もうと襲い掛かる。

 瞬間、レイは戦車の側面に仕込まれた翼を展開。キャタピラの後部に存在するメインスラスターと砲塔後部のサブスラスターを噴射して、空中へと飛び上がる。

 そのまま空中を飛び回りながら先ほどよりも出力を絞った砲撃と、角から放つ電撃よる攻撃を加える。

 

「……レイちゃん、何かスゴいことになっちゃって……」

「元の面影が欠片もないな」

「そうか? あんまり変わってない気がするけど」

 

 箱を抱えたフレンジーが茫然と呟くと、いつの間にか近くに来ていたバリケードも同意する。

 だが、ボーンクラッシャーだけはノンビリしたものだった。

 

「姐さん……」

「リンダちゃん、ショックを受けて……」

「カッコいい……! すっげえイカス!」

「ワッザ!?」

 

 一方、レイの変貌に衝撃を受けたかに見えたリンダだったが、目をキラキラさせていたのだった。

 ある意味大物かもしれない。

 

「はん! 図体はともかく大したことないわね! 軽い軽い」

 

 敵を翻弄し、メガトロンの傍に着陸したレイは戦車姿のまま笑う。

 だがメガトロンは油断なく剣と砲を構える。

 

「油断するな。まだ終わってはいない」

「の、ようね」

「ハハハ、ハーハッハッハ!!」

 

 何処からか笑い声が轟き、七頭蛇の中でも最も太く長い首がメガトロンたちの方に顔を向けたかと思うと、その額からトランスフォーマーの上半身が生えた。

 それはメガトロンの宿敵、オートボット総司令官オプティマス・プライムに良く似ていた。

 だが、色が黒と青のファイアパターンでオプティックが黄色だ。

 ハイドラの作った人造トランスフォーマー、ネメシス・プライムである。

 

「素晴らしい! これが憎しみ! ああ、何もかもが憎くてたまらない!! そうだ! 戦いには憎しみが必要だったのだ!!」

 

 ネメシス・プライムの胸部装甲が開き、内部が露出する。

 そこにいたのは、まだ少年と言える年齢の兵士だった。

 だが、全身にコードやチューブが突き刺さり、ネメシス・プライムと一体化しているのが遠目にも分かる。

 

「さあ戦争だ! 私とそれ以外の世界全てとの戦争だ!!」

 

 その兵士……ハイドラヘッドと呼ばれていたクローン兵は、目や口から紫の光を漏らしながら吼える。

 

「あれは確か……ハイドラヘッド!」

「ここのボスだった奴か」

「ならば……メガトロン、ここは私が」

 

 その姿を認めたレイは一度女神の姿に戻ると、つまらなそうに鼻を鳴らすメガトロンの前に進み出る。

 

「兵士よ! これ以上戦う必要はありません! 大人しくしなさい! ……お願い」

 

 レイの朗々たる声に、ハイドラヘッドとそれに接続された七頭蛇は怯むような仕草を見せる。

 ホッと一息吐いたレイだが、次の瞬間メガトロンがレイを抱えて横に飛び退く。

 直前までレイがいた場所には、光線が降り注いだ。

 

「ッ! 何で……!?」

「フフフ、アーハッハッハ!! 残念だったな! 貴様の因子は書き換えた!! ……このダークスパークのおかげな!!」

 

 哄笑するハイドラヘッドの胸から、ダークスパークが浮かび上がった。

 だがそれは、肉に食い込み血管が巻き付き、彼の肉体と一体化していた。

 

「ダークスパークが教えてくれた!! 憤怒! 憎悪! 嫉妬! そして怨念!! 心地いいぞ!」

 

 ハイドラヘッドは恍惚とした表情を浮かべながら、全身から赤い血と黒いオイルが混ざった液体を吹き出す。

 

「これで戦争が出来る! 

君たちトランスフォーマーもまた、戦うために生まれて来たのだろう?

戦うことが大好きなのだろう?

戦うことに、悦楽を感じるのだろう?

私もだ!!

さあ、戦争に憑りつかれた者同士、戦争のための戦争を、最低のジョークのような戦争をしようじゃあないか!! そのために来たんだろう!!」

 

 正気とは思えない高揚した様子で叫ぶハイドラヘッド。

 レイはその惨状に顔を凍りつかせる。

 

 感じたからだ。この子は、もう救えない。

 

「フッ」

 

 だがメガトロンは小さく小馬鹿にしたような笑みを漏らしただけだ。

 それを目ざとく察知したハイドラヘッドは、メガトロンをヌラリとねめつける。

 

「何が可笑しい? 何故笑う!」

「これが嗤わずにいられるものかよ? まさか貴様、我々が戦争をしにここに来たと思っていたのか?」

「何……? 現に貴様らは戦って……」

 

 動揺するハイドラヘッドに、メガトロンは冷笑を浴びせる。

 

「一方的な蹂躙を戦闘とは呼ばん。このところ、派手に動けず部下たちにフラストレーションが溜まっていたのでな。ちょっと運動させることにしたのよ」

 

 メガトロンはニィッと笑む。

 背筋の凍るような笑みとは、こういうのを言うのだろう。

 

「つまり、これは作戦行動ではない。ストレス解消のためのレクリエーション大会……お遊びだ」

「お遊びだと……!?」

 

 絶句するハイドラヘッドに構わず、メガトロンは続ける。

 

「だいたいからして貴様、戦争のための戦争だと? 馬鹿馬鹿しい。戦争とはあくまで『手段』であって、『目的』ではないのだよ」

 

 出来の悪い生徒に講釈する講師のようなメガトロンの物言いに、ハイドラヘッドはカッと目を見開く。

 

「貴様が言うか! 貴様らディセプティコンは戦いを愛する尚武の民ではなかったのか!!」

「俺とて戦いは大好きだとも。……だが、戦いに快楽を感じても、快楽のためだけに戦いはしない。そんなことはエネルギーの無駄だからな」

 

 メガトロンはフッと排気した後、極限の覇気を込めて口を開く。

 

「理由の無い戦争なんてのはな、小僧。最低のジョークにもなりゃしないんだよ」

 

 その圧倒的な迫力に、ハイドラヘッドは飲み込まれそうになる。

 だがダークスパークから流れ込んで来る怒りと憎しみが、踏み止まらせる。

 

「くッ……! ならば、もう貴様らに用はない! この場で皆殺しにして、その後でゆっくりとオプティマスを探し出し、彼と戦争することにしよう!」

「残念ながらそれは不可能だな。何故なら貴様はここで俺に潰されるからだ。……お遊びのついでにな」

 

 メガトロンは後ろのレイに一瞥をくれる。

 

「レイ! アレをやるぞ!!」

「ええ、借り物の憎悪に踊らされるなんて、あんまりにも哀れだわ。終わらせてあげましょう」

 

 レイは決意を込めて頷き、力を高める。が、少しだけ不安そうな顔になった。

 

「でも、ぶっつけ本番なんて大丈夫?」

「ふん! 『奴ら』に出来て『我ら』に出来ぬ道理もあるまい。仮にあったとしても……」

「そんな道理は破壊するのみ、ってワケね」

「ククク、貴様も分かってきたではないか」

 

 ニヤリと笑み合った二人は、胸に天啓めいて浮かんできた言葉を叫ぶ。

 

『ユナイト!!』

 

 レイが再び光に包まれ飛行戦車へと変身すると同時に、いくつかのパーツに解れ、メガトロンの体に合体していく。

 キャタピラは畳まれて屈強な下肢へと変形し、ブーツを履くようにメガトロンの足を包む。

 車体後部は刺々しい意趣の肩アーマーになり。

 車体前部は腕パーツとして籠手のように前腕に嵌り、人間のそれに近い五指を備えた手が飛び出す。

 砲塔から上部と主砲が分離すると、残った部分が細かい変形を経て、上に向かって湾曲した角の如きパーツと姿勢制御スラスターを備えたバックパックとなり、分離した砲塔上部は胸部アーマーとなってそれぞれ合体。

 主砲は新たなる武器『ディメンジョンカノン』として、右腕に装着。

 さらに余剰パーツが組み合わさって出来上がったレイの角飾りに酷似した二本の角を持つ兜を頭に被る。

 最後に胸にディセプティコンのエンブレムに女神化したレイの角を付けたエンブレムが浮かび上がった。

 

 神か悪魔の如きその姿こそ、メガトロンとレイが融合合体(ユナイト)することにより降臨した、レイジング・メガトロンの威容である!!

 

「ひれ伏せ! メガトロンの前に!!」

「ほざけ!」

 

 メガトロンに向けビームを発射するハイドラヘッドだが、メガトロンは踵のスラスターを吹かして飛び上がる。

 地面の爆発を後目に、蛇の首の間をすり抜けるようにして飛行する。

 多頭蛇の攻撃は、稲妻のようなエネルギーをバリアとして体の周囲に張ったメガトロンには通用しない。

 

「フフフ、フハハハ!! この程度の攻撃、インセクティコンが刺したほども効かんわ!!」

 

 メガトロンは背中と兜の角から、電撃状のエネルギーを放ち蛇の肉体を破壊していく。

 蛇たちはメガトロンに噛みつこうとするが、一端多頭蛇から離れたメガトロンは、右腕のディメンジョンカノンを撃つ。

 砲口から発射された異次元エネルギーは、空中で拡散して多頭蛇に雨のように降り注いだ。

 圧倒的な威力に、多頭蛇の体は爆発と共に崩壊していく。

 

「ぐうううう、まだだぁあああ!!」

 

 ハイドラヘッドは叫びながらも落とされた自身の憑りついている首を多頭蛇本体から切り離す。

 ボロボロと残骸や瓦礫が落ちて行き、現れたのはハイドラの空中戦艦だ。艦首の蛇の頭の像が生き物のように動いている。

 空中戦艦は、浮かび上がり艦首を上げて艦首像の口からのビームと戦艦の主砲を天蓋に向け撃つ。

 地上と地下を分かつ天蓋に穴を開け、ハイドラ艦はその穴を通って地上へと昇っていく。

 

 メガトロンは当然それを追った。

 

 地上ではフージ火山が変わらず鎮座していたが、空は分厚い黒雲に覆われ、雷が鳴っていた。

 

 空中に出たハイドラ艦は、今や生き物のように動く艦首像の口の中に最大級のエネルギーを込める。

 

「こうなれば、忌まわしき過去諸共、ディセプティコンを葬り去ってやる!!」

「もう、やめなさい! あそこには、あなたの兄弟もいるのよ! こんなことして何になるの!!」

 

 追って来たメガトロンから、レイの声がする。

 ハイドラヘッドは全身から血とオイルを流し、泡と正体不明の液体を吐きながら叫ぶ。

 

「もう、私の兄弟じゃない! それに戦争に意味なんかいらないさ! 戦争のための戦争で何が悪い!! じゃあ貴様は、星を滅ぼし世界を跨いでまで何のために戦う!?」

 

 対するメガトロンは、当然とばかりに答えた。

 

「平和のためだ」

「…………平和? 言うに事欠いて平和だと?」

 

 ディセプティコンの破壊大帝にはあまりにも似つかわしくない言葉にハイドラヘッドは呆気に取られる。

 

「そうだ。圧倒的な支配によってこそ、絶対の平和が訪れる」

「……ハッ! ようするに支配したいのだろう! 美麗字句で飾るなよ!」

「支配欲を否定はせん。なればこそ支配によって平和をもたらすことが支配者の義務」

 

 メガトロン自身、随分と自分の口が軽くなっていることに驚いていた。

 ……一体化しているレイの影響であることは何となく察していたが。

 

「そこには、差別も、迫害も、戦争もありはしない。……精々、俺が恨まれる程度だ」

 

 ハイドラヘッドは、ギラギラと目を光らせる。

 

「オプティマスと言い、貴様と言い……この、偽善者どもが!! 素直に殺し合いたいと言えばいいだろうが!! 平和をもたらしたいのなら、何故戦う!!」

「信じているからだ。戦いの先には、必ず平和な世界が存在すると。そして平和は……それまでに積み重なった死と破壊よりも、遥かに素晴らしいものであると。……オプティマスもな」

「何!?」

「オプティマスの奴は、自由は全ての生命の権利などと、なまっちょろい事を言っているがな。しかし奴はそれに生命と魂を懸けている! 自由な世界は守るに値すると信じて戦っておるのよ!! だからこそ奴が、奴だけが、この俺の宿敵なのだ! 俺が奴にとってそうであるようにな!!」

 

 再び嘲笑を浮かべるメガトロン。

 

「貴様のような阿呆の痛々しい妄想の如き奴では、オプティマス・プライムの相手にも、この俺の相手にも、余りにも役者不足。目障りだから、引導を渡してやろう。貴様は舞台に長く居座り過ぎたわ」

「ふざけるな!! 私は貴様らを消し、オプティマスと戦争をするのだ!!」

 

 吼えるハイドラヘッドは、艦首像の口から最大級のビームを撃ちだす。

 だがメガトロンは、すでに右腕のディメンジョンカノンを構えていた。

 メガトロンはただ喋っていたワケではなく、その間にこちらも最大出力で撃つ準備を整えていたのだ。

 

 凄まじいエネルギーの奔流が砲口から発射され、ハイドラ艦のビームと衝突する。

 

 当然、二本の光線は相殺……しない!

 

 ディメンジョンカノンのビームは、ハイドラ艦のビームを弾きながら直進する。

 そのままハイドラ艦の艦首から艦尾まで貫通し、それだけに飽き足らず背後のフージ火山の山頂に命中。

 山頂は噴火の如き大爆発を起こし、空の黒雲まで届く火柱が上がる。

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

 艦首像にネメシス・プライムが憑りついたまま、ハイドラヘッドは呻く。

 

「ぐ……! ここで死んでなるものか! ダークスパークよ、私にもっと力を!!」

 

 さらなる力を引出そうと、ダークスパークに乞う。

 だが……。

 

 ――愚か者め。メガトロンとあの女の力を測るために力を貸したが、それも済んだ。貴様など、用済みだ。

 

「おい、待て……が!? が、が、ぎぐぁあああ!!」

 

 ダークスパークは用無しとなったハイドラヘッドの胸の肉と血管を引き千切り、激痛に叫ぶ哀れな宿主に構わず、何の前触れもなく消失した。

 船体に大穴の開きダークスパークの力までも失ったハイドラ艦は、炎に包まれながら墜落していく。

 そしてフージ火山の中腹に突き刺さり、一瞬置いてから粉々に爆散した。

 

 メガトロンは立ち昇る炎と煙を見下ろしながら、首を回し大きく排気する。

 

 役者不足の愚か者は滅ぼした。

 だが戦いとは、敵を倒してそれで終わりではない。

 

 まだ仕事は残っている。

 

 踵のジェットを吹かして、メガトロンは元いた地下基地へ向かって降下していくのだった。

 




ハイドラヘッド「みんな、戦争しようぜ!」
オプティマス「テロ鎮圧」
メガトロン「お遊び」
ハイドラヘッド「……orz]

今回で一区切りのはずだったけど、長くなって上に時間がかかったので後始末的な話へと続く。

今回の解説

ハードモード:レイ
当然オリジナル。
ネプテューヌの戦闘機と対を為す意味を込めて戦車。
デザインは実写リベンジのメガトロンと、WFCのメガトロンのビークルモードを折半して角を生やした感じ。

レイジング・メガトロン
メガトロンとレイがユナイトすることで現れた合体形態。
レイと合体してるからレイジング……。まあ、分かり易さ優先と、単語の意味自体が二人を表すのに調度いいかと思いまして。
デザインは、騎士、勇者的な要素を持つオプティマスと対になる鎧武者、悪魔のイメージ。
右腕のディメンジョンカノンは、もちろん初代様オマージュ。火力がおかしなことになってます。
合体機序の関係上、元のメガトロンより一回り大きくなってます。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話 レイRe;Birth

Re;Birth(リ;バース)
ネプテューヌの携帯機移植シリーズでお馴染み。
意味は再生、復活など。

転じて生まれ変わる、生まれなおす。


 ハイドラ地下基地。

 荒れ果てたここに、踵のジェット噴射でゆっくりと降りて来たメガトロン。

 地面に着地するや否や、ブラックアウトが縋りつかんばかりの勢いで足元に跪いた。

 

「メェェガトォロォォン様ぁぁ!! 先ほどのお言葉、スパークに染み渡りました!! このブラックアウト、改めて我が君に永遠絶対の忠誠を誓いまするぅううう!!」

「お、おう……、期待しておるぞ」

「勿体なきお言葉、恐悦至極にございますぅぅ!! かくなる上は、粉骨砕身、働きますぞぉおおぉおお!!」

 

 オプティックからウォッシャー液をまき散らすブラックアウトに、当のメガトロンは面食らう。

 見回してみれば、オプティックを輝かせる者、バツが悪そうな者、考え込んでいる者、様々だがどの部下も何だかおかしかった。

 

 そしてハタと思い当たる。

 

「さてはレイよ! 貴様、俺の話を通信で流したな!?」

 

 すると、一体化しているレイが不敵に笑んだ気配を感じた。

 

「ええ。せっかくのメガトロンの大演説、みんなにも聞いてもらおうと思って。いいじゃないの、別に」

「こういう言葉がある、『言わぬが花』! ディセプティコンではグダグダと語ったりせず無言実行が美徳なのだ!!」

「こういう言葉もある、『言葉にしなければ伝わらない』。 組織としての思想は、ハッキリさせておかないとね」

 

 見えているワケではないのに、レイが澄ました顔をしているのが分かり、メガトロンはムウッと唸る。

 

「……とにかく元に戻るぞ。分離(セパレート)

 

 排気してから呟くと、メガトロンからアーマーが離れ、戦車の姿に再合体すると、光に包まれて人の姿へと戻る。

 女神態を飛び越して、人間のレイへと。

 

 その姿形は以前と全く変わっていない。

 にも拘らず、眩しい笑みを浮かべてメガトロンを見上げる姿からは一種の神々しさが感じられた。

 女神としての力と記憶を取り戻したことで、神性を獲得したとでも言うのだろうか?

 

「レイちゃ~ん!! 大丈夫だったのかい!?」

「姐さぁん! 心配したんですよぉ!!」

 

 フレンジーとリンダが駆け寄り、レイに抱きつく。

 

「フレンジーさん、リンダさん、ご心配をおかけしました。私は大丈夫です」

 

 レイは優しく二人を抱き返し、ポンポンと二人の背中を叩いた。

 バリケードとボーンクラッシャーが三人に近づく。

 

「まったく、お前は面倒ばかりかけるな」

「俺は気にしてないぜ!」

「バリケードさん、ボーンクラッシャーさん、いつもご足労おかけします」

 

 丁寧に感謝の意を示すレイに、バリケードはワザとらしくフンと排気し、ボーンクラッシャーは照れたように頭を掻く。

 

「グスッ……そうだレイちゃん! 今日は特別ゲストがいるんだぜ!!」

「特別ゲスト?」

 

 泣き止んでレイから離れたフレンジーの言葉に、レイは首を傾げる。

 フレンジーは頷いた。

 

「おう! 爺さん、連れてきてくれ!」

「ほいほい」

 

 すると、ディセプティコンの人垣を割って、ジェットファイアがゆったりと歩いて来た。

 その腕には、ガルヴァ、サイクロナス、スカージの三人の雛が抱かれていた。

 

「ほら、餓鬼ども。母ちゃんのトコへ行きな」

 

 優しく地面に降ろされた雛たちは、一目散に母の下へと駆けていく。

 リンダとフレンジーは空気を読んで道を開けた。

 雛たちは母の胸に飛び込み、支えきれず後ろに倒れたレイの顔に、自分の顔を擦り付ける。

 

「ガルヴァちゃん……サーちゃん、スーちゃん……」

 

 レイは自らの因子を継ぐ子らをギュッと抱きしめる。

 少し離れた所で、マジェコンヌが一連の流れを見守っていた。

 憮然とした顔で佇むマジェコンヌだったが、やがてフッと笑み踵を返す。

 

「あ、待ってください!」

 

 一人去ろうとしているマジェコンヌに気が付いたレイが、ガルヴァを抱っこしたままそれを呼び止めた。

 

「行っちゃうんですか?」

 

 マジェコンヌは振り返らずに、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

「私は女神の敵。ディセプティコンが女神と組むのなら、去るのみだ。借金も無くなったことだしな」

「そうですか……」

「止めはしないのだな」

「ええ、止めても無駄でしょうから。……ただ、お礼を言わせてください。今までありがとうございました」

「ふん!」

 

 鼻を鳴らしたマジェコンヌは、何を思ったのかガルヴァを撫でる。

 ガルヴァは首を傾げた後でマジェコンヌの手を舐める。

 

「この子は、あなたのこと、結構気に入ってたんですよ」

「はん。……なら、別れの挨拶代わりに餞別だ」

 

 言うや、マジェコンヌの姿がぼやけ、別の姿へと変わる。

 それは美しい銀色の髪を長く伸ばした、知的で優しげな大人の女性だ。

 

「ま、マジェコンヌさん?」

「これが私の本当の姿。普段の姿は魔法で作った物だ。……この姿だと、女神の敵にして迫力不足だろう?」

 

 声音も優しく穏やかになっているマジェコンヌは、唖然とするレイを置いておいて、ガルヴァの額に軽くキスしてやる。

 

「さらばだ。ママと仲良くな」

 

 それだけ言って、マジェコンヌは姿を元に戻して歩き出す。

 闇の中に。あるいは明日に。……もしくはナス畑に向かって。

 

 レイは不器用なマジェコンヌに、苦笑混じりに微笑み、ガルヴァはボーッとマジェコンヌの背中を見ていたが、やがて母を見上げ頑張って発声回路を起動させる。

 

「マ……マ……」

「………………え? ガルヴァちゃん?」

 

 耳を疑うレイ。

 

「マ…マ…、ママ」

「が、ガルヴァちゃん」

 

 たどたどしくも、言葉を発する我が子にレイは感極まる。

 

 ――ああ、そうだ。この子たちが、私の生きる意味だ。この子たちのために、そして意味をくれたあの人のために、私は生きていこう……。

 

 レイは決意も新たにする。

 無為な生涯だったけれど、この子たちと、メガトロンと出会うことが出来た。

 それだけでも、永い永い放浪にも意味はあった。

 

 レイにはそう思えるのだった。

 

母親(ママ)、か。……本来、ディセプティコンには無い概念だが、本能的に分かるのかもな」

 

 何処か遠い目をするメガトロンだが、ガルヴァはそんなメガトロンを見上げる。

 

「パ…パ…」

「ん? ……ああ、俺のことか」

 

 たどたどしいガルヴァの言葉の意味を理解し、メガトロンは我知らず微笑む。

 思わず自分とレイ、雛たちの関係をぶちまけてしまったが、結果オーライ。良しとしておこう。

 

 世にパパとママが夫婦と言う概念で括られていることは、この際無視しておく。

 

「あ、そうだ! すいませんリンダさん、この子をちょっと頼みます。フレンジーさん。箱を貸してくれません?」

「へい、姐さん!」

「おう! それで何なんだいコレ?」

 

 リンダにガルヴァを預けたレイに言われて、フレンジーは進み出ると恭しく箱を差し出す。

 

「ありがとうございます。……いい物ですよ。今開けますね」

 

 レイは悪戯っぽく微笑むと、メガトロンと向き合った。

 

「メガトロン様、まずはこの度の非礼をお詫びいたします。つきましては、お詫びの印にこちらを献上いたします」

「ほう、それは何だ?」

 

 急に畏まった口調になったレイに、メガトロンは若干柔らかい表情で問う。

 答えに代えて、レイはゆっくりと箱の蓋を開けた。

 

「ッ! これは!」

 

 箱の中に入っていたのは、小さな結晶だった。

 丸と直線を組み合わせた図形……女神の瞳に浮かび上がる紋章と同じ形をしている。

 つまり……。

 

「シェアクリスタル!! この国の物か!」

「はい。タリでは結婚式の時にこれに祈りを捧げるのが習慣でした。もう使うこともないので、どうぞお役に立ててください。……きゃ!」

 

 瞬間、メガトロンはレイを掴んで、反対側の掌に乗せると、その手を高く掲げる。

 

「でかした! でかしたぞレイ! これで段階を進められるぞ! お前は勝利の女神だ!!」

「もう、大袈裟ですよ」

 

 メガトロンの手の上に立ち、レイは笑う。

 輝くような、笑みだった。

 

「お前たちも、レイを称えるのだ!」

「もう、メガトロン様ったら……」

 

 上機嫌なメガトロンに、レイの笑みが照れたものに変わる。

 

 最初に頭を下げたのは、フレンジー、ボーンクラッシャー、バリケードだった。

 フレンジーは何となく、ボーンクラッシャーは当然と言う顔で、バリケードは面白そうに。

 

 直属部隊も次々と膝を折る。

 

 続いてリンダが敬愛を込めた眼差しを向けつつ。ドレッズもまた。

 

 コンストラクティコンは迷っていたようだが、ミックスマスターが決意した顔で跪くと、他の者もそれに倣う。

 

 クローン兵たちも、自分たちの女神に跪く。

 

 雛たちは、大人の真似をしてキュイキュイと鳴く。

 

 スタースクリームだけは首を垂れることは無かった。

 

 ディセプティコンが、金属の巨人たちが、一人の女神に、有機生命体に傅いている。

 ついにレイは、欺瞞の民からの敬愛を獲得したのだ。

 ニコニコと笑っている本人は、よく分かっていないが。

 

「そう言えば、メガトロン様。一つお願いが」

「何だ?」

「はい。……実は、私のキセイジョウ・レイって名前の『キセイジョウ』の部分、記憶が無い時に結構適当に付けた名前なんですよ。この際だから、キセイジョウ・レイの名は捨てようと思いまして」

 

 意味のない脱女神運動を繰り返す、同じ所をグルグル回るばかりだった、『キセイジョウ・レイ』はもういない。

 

「ほう? では何と名乗る?」

「ただの『レイ』でいいですよ」

 

 傲慢なタリの女神も、逆恨みの市民運動家も、ここに捨てていこう。

 

「それでは、レイからメガトロン様に改めて忠誠の証を捧げます」

「ほほう、殊勝なことだな……む?」

 

 フワリと浮かび上がったレイは、メガトロンの唇に自分の唇を当てる。

 

 最初は啄むように触れるだけ、次はしっかりと唇を押し当て、最後に舌を少し出して舐めるように。

 

 サイズ差ゆえ、キスと言うには色気に欠けるし、金属の味が口の中に広がるが、レイにとってはその全てが愛おしかった。

 呆気に取られた顔のメガトロンから唇を離し、レイは幸福そうに笑む。

 

「愛しています、メガトロン様。……例え、あなたが愛してくれなくても、私はあなたを愛しています」

「………………」

 

 メガトロンは答えない。

 どう答えても、ディセプティコンの長としての沽券に係わる。

 それを分かっているからこそ、レイもそれ以上何も言わない。

 伝えられただけで、今は満足だった。

 

 まさか破壊大帝メガトロンが冷凍されたように完全に硬直して答えられなかったとは、思いもよらなかった。

 

 

 こうして、『キセイジョウ・レイ』は死に、『レイ』が生まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの~……色々と盛り上がってるところ、大変申し訳ないのですが……』

 

 と、母艦にいるドクターからオープンチャンネルで通信が入った。

 メガトロンは怪訝そうな……そして微妙に残念そうな……顔で通信に出る。

 

「……ドクターか。何だ?」

『いえ、大変言い難いことなのですが……』

「ええい! ハッキリ言えい!!」

『は、はいぃぃ!! 卵が一つ足りないんですぅうう!! 不時着した時に外に放り出されたみたいなんですぅうう!!』

 

 泣き声混じりのドクターの叫びに、メガトロンは愚か全てのディセプティコンが固まる。

 

『な、何だってぇえええぇぇえええッッ!?』

 

 次の瞬間、声を揃えて絶叫した。

 

「何をしておったのだ、この愚か者めが!!」

『申し訳ございませぇぇぇんん!!』

「ええい、サウンドウェーブ! 貴様が付いていながら、どうなっておる!!」

『面目次第モナイ……』

 

 かなり慌てているメガトロンに、珍しくサウンドウェーブも意気消沈している。

 

「ななな、何なのだこれは!? どどど、どうすればいいのだ!?」

「おちけつ兄者」

「カーッペッ! こういう時は落ちついてタイムマシンを探すんでえ!!」

「お前が一番落ち着けぇえええ!!」

 

 大混乱に陥るディセプティコン。

 メガトロンはサウンドウェーブとドクターを怒鳴りつけている。

 そんな惨状を目にして、未だメガトロンの手の中にいるレイはスーッと息を吸った。

 

 そして。

 

「静まりな、アンタたち!!」

 

 再び、一同が固まる。

 その視線が自然とレイに注がれた。

 構わず、レイは吼えた。

 

「大の男が揃いも揃って情けの無い! ここでウダウダ言ってる暇があるなら、とっとと卵を探しに行きな!!」

「……おい、いい加減にしろよ貴様。有機生命体如きが調子に乗ってんじゃあ……」

 

 スタースクリームがディセプティコン的価値観に従い顔をしかめて口を開くが、メガトロンが手振りで制した。

 

「いや、レイの言う通りだ。早く卵を探すぞ。各自散開!」

『おおー!』

 

 メガトロンの号令の下、兵士たちは雛を回収するべく散らばっていくのだった。

 

「ふむ……。やはり、俺の知るディセプティコンとは違うな」

 

 喧騒から離れ、ジェットファイアは一人、髭パーツを撫でていた。

 

「……もう少し、付き合ってみるか」

 

 その小さな呟きを聞く者はいなかった。

 




はい! 章タイトル回収!

まあ、順当なオチだと思ってます。

マジェコンヌの真の姿。
Re;Birth1の真エンドで見せた姿。
いわゆる綺麗なマジェコンヌ。……本当に、あらゆる意味で綺麗なので必見。

シェアクリスタル
アニメ見る限り、レイは複数持ってるんですよね、シェアクリスタル。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話 ハイドラヘッドの敗北

時間かかったのに短いです。(いつものこと)


 降臨したレイジング・メガトロンがハイドラヘッドと一体化した空中戦艦と戦っているころのこと。

 

 戦いを避けて息を潜めていたオプティマスは、冷静に脱出を選択した。

 

 助け出すはずだったレイやマジェコンヌが、メガトロンと共にある以上、ここに止まる意味は無い。

 ネプテューヌを伴い、彼女がアノネデスから聞いた脱出路を進む。

 脱出路は、オプティマスの巨体が楽々通れるほどの広さの地下通路だった。恐らくロックダウンがいざと言う時のために用意しておいたのだろう。

 

『平和のためだ』

『…………平和? 言うに事欠いて平和だと?』

 

 と、オプティマスのブレインに通信が飛んできた。

 どうもオープンチャンネルで流されているようだ。

 

『そうだ。圧倒的な支配によってこそ、絶対の平和が訪れる』

『……ハッ! ようするに支配したいのだろう! 美麗字句で飾るなよ!』

『支配欲を否定はせん。なればこそ支配によって平和をもたらすことが支配者の義務』

 

 それは、ダークスパークが齎したのだろう力によって戦艦やネメシス・プライムと一体化したハイドラヘッド。

 

『そこには、差別も、迫害も、戦争もありはしない。……精々、俺が恨まれる程度だ』

 

 そしてオプティマスに取って決して間違えることのない、宿敵メガトロンの声だ。

 

 

『オプティマスと言い、貴様と言い……この、偽善者どもが!! 素直に殺し合いたいと言えばいいだろうが!! 平和をもたらしたいのなら、何故戦う!!』

『信じているからだ。戦いの先には、必ず平和な世界が存在すると。そして平和は……それまでに積み重なった死と破壊よりも、遥かに素晴らしいものであると。……オプティマスもな』

 

 ピクリと、オプティマスの顔が強張る。

 

『何!?』

『オプティマスの奴は、自由は全ての生命の権利などと、なまっちょろい事を言っているがな。しかし奴はそれに生命と魂を懸けている! 自由な世界は守るに値すると信じて戦っておるのよ!! だからこそ奴が、奴だけが、この俺の宿敵なのだ! 俺が奴にとってそうであるようにな!!』

「………………」

 

 ふと、オプティマスは思う。

 自分は心の何処かで、メガトロンに、ディセプティコンに、悪しき存在であってほしいと考えてはいなかっただろうか?

 永い永い戦いの中で、メガトロンにも信念がある可能性を無視しようとはしていなかっただろうか?

 

 …………だとしても。

 

 メガトロンの言う支配による平和な世界では、個人の自由が封殺され、そこに至るまでに果てしない屍の山が築かれるだろう。

 自分には、それがどうしても受け入れ難い。

 

 自由な世界に生きる恋人を得てからはさらに。

 

 やはり、相いれないのか……。

 

「オプっち、見て!!」

 

 一人黙考しながら進むオプティマスだったが、ネプテューヌの声に思考の海から戻される。

 見れば、通路の先に光が見えた。出口だ。

 

  *  *  *

 

 地上に出てみれば、そこは基地から少し離れた樹海の中だった。

 空は暗雲に包まれ雷がなっている。

 遠くには、フージ火山が鎮座していた。

 

 出口の近くには、トレイン教授以下発掘隊の面々が待機していた。

 ネプテューヌたちの姿を見とめるや、その中からピーシェとアブネスが駆けてくる。

 

「ねぷてぬ!」

「ぴーこ! 大丈夫だった?」

「遅いわよ、あなたたち!! 早いところ幼女たちを逃がさないと……あれ、レイは?」

 

 抱き合うネプテューヌとピーシェだが、アブネスは怒鳴っている途中で、レイの姿がないことに気付く。

 オプティマスが口を開こうとした瞬間、フージ火山の山頂が突然爆発した。

 雲を焦がすほどの火柱と、ここまで聞こえてくる凄まじい爆発音。まるで噴火だ。

 全員が、それを茫然と見上げた。

 

「……話は後だ。とにかく、ここを離れよう」

 

 最初に正気に戻ったオプティマスの言葉に、さしものアブネスも黙って従った。

 

  *  *  *

 

「それで……レイはどうしたのよ? 迎えに行ったんでしょう」

 

 しばらく歩いてから、再度アブネスが問う。

 オプティマスは口重るネプテューヌに変わって厳かに答えた。

 

「彼女は、ディセプティコンと合流した。ディセプティコンの仲間だったのだ」

「はあ!? 何よそれ! そんなワケないでしょう!!」

 

 怒髪天を突かんばかりのアブネスに、オプティマスは冷静に語る。

 

「しかし、事実だ。彼女がメガトロンと共にいるのを見た」

「嘘言うんじゃないわよ!!」

「アブちゃん、落ち着きなさい」

 

 それでも怒り収まらぬアブネスをアノネデスが制しつつ、オプティマスを見上げる。

 オプティマスは、メカスーツの奥から懐疑的な視線を感じた気がした。

 そこでネプテューヌが声を出した。

 

「本当だよ。レイさんは……ずっとディセプティコンの仲間だったんだ。いつからか、何でかは分からない。でも、あの人は……メガトロンと一緒に行っちゃった」

「あなたまで馬鹿なこと言い出さないでよ! 何の証拠があって……」

「アブちゃん。ネプちゃんが嘘言うような子じゃないのは、あなたも分かってるでしょう?」

「ッ!」

 

 まだ何か言おうとするアブネスだったが、アノネデスに肩を掴まれてようやく黙る。

 グッと唇を噛みしめるその顔は、強い怒りと悲しみを無理やり抑え込んでいるようだった。

 ネプテューヌが何か言おうとした瞬間、銃声が響いた。

 

 全員がそちらを向くと、そこには全身が傷だらけで衣服もボロボロな、少年と言っていい年若さの男が立っていた。

 息は荒く、流れる血とオイルが痛々しい。

 だが目はギラギラと光っていた。

 

「は、ハイドラヘッド……!」

 

 そう誰かが言った。

 ボロボロの男は、クローン兵の指揮官だったハイドラヘッド、その成れの果てだった。

 撃墜された空中戦艦から間一髪、脱出した彼は、すでに死に体の身を引きずってここまでやって来たのだ。

 

「貴様……」

「オプティマス……私を殺せ。もはや、私の望みはそれだけだ……」

「……何だと?」

「ダークスパークが離れた今、私の命は長くはない。……しかし、野垂れ死には嫌だ。君に殺されたいんだ」

「な!? そんなヤンデレじゃあるまいし!!」

 

 素っ頓狂な声を上げるネプテューヌだが、それもやむなし。

 ハイドラヘッドの言っていることは常軌を逸している。

 当人は、ニィッと歪んだ笑みを浮かべた。

 

「私は戦うために生まれた。だから戦いに死にたかったが、今となってはそれも叶わない。……この上は、敬愛すべき戦士の手にかかって死ぬのみ」

「無論、断る。私にその権限はない」

 

 バッサリと、オプティマスは言い切った。

 オートボット総司令官として、オートボットが人間を殺した前例を作るワケにはいかない。

 

「ふ、フフフ、やはりそう来るか……ならば仕方がない」

 

 言うや、ハイドラヘッドは自分の顎に銃口を当て、引き金に指をかける。

 

「なッ!?」

「せめて、私のことを憶えておいてくれ。さらばだ」

 

 そして銃声が轟いた……。

 

 だが、銃弾はハイドラヘッドの頭を砕くことなく、明後日の方向へ飛んでいった。

 

 瞬間的に女神化してハイドラヘッドに飛びかかったネプテューヌが、彼の腕を掴んで銃口を逸らしたからだ。

 

「な、何を!?」

「何を、ですって? それはこっちの台詞よ!!」

 

 目を限界まで吊り上げ、ネプテューヌはハイドラヘッドを放さないまま怒声を上げる。

 

「あなたには今までの罪を生きて償ってもらうわ! ……逃げるなんて許さない!」

「貴様は……私から最後の救いまで奪う気か! 傲慢な女神め!!」

 

 ハイドラヘッドは傷ついた肉体に残った力を振り絞ってネプテューヌを払いのけようとするが、ビクともしない。

 

「救い、ですって?」

「私は戦うために生まれてきた! なのに、戦って死ぬことも出来ないなんて、そんなの最低のジョークじゃないか!!」

 

 涙を流しながら、ハイドラヘッドは慟哭する。

 与えられるはずだった救いを拒んで戦争を選んだのに、それも出来ないのなら……。

 

「私の、私の選択にも命にも意味などなかった! 死なせてくれ……頼む……」

 

 一人で死ぬことも出来ない卑怯と臆病は分かっている。

 それでも、もう命を絶つことでしか、自分の存在を他人の中に残せない。

 

 ネプテューヌは諦めたように、少しだけ力を緩め……そしてハイドラヘッドの体をきつく抱きしめた。

 

「……ッ!?」

「意味がないですって!? ……それなら、私が意味をあげる。……もう戦わなくていいの。あなたは、幸せになっていいの」

 

 ハイドラヘッドは硬直する。

 身体にネプテューヌの温もりを感じて、心の中の怒り、憎しみ、悲しみ、絶望が癒されていくのを感じる。

 理屈ではなく、心身が楽になっていく。

 

「は、ハハハ……意味をあげる、だって? 本当に傲慢だなぁ……」

「女神だもの。これぐらいの思いあがりは許されるわ。……多分ね」

「はは、ハハハハ……畜生……私の……負けだ………」

 

 ハイドラヘッド……そう呼ばれていたクローンは、手から銃を取り落として子供のように泣きじゃくる。

 ネプテューヌは慈愛に満ちた笑顔で、彼の頭を撫でてやるのだった。

 

 オプティマスの横にいたトレイン教授は、小さく呟いた。

 

「愛を知らぬ者に愛を与える……」

「……それは?」

「昔の学者が女神の存在意義について考えた仮説です。ふと思い出しまして。女神が女性であるのは、『母』として人間に無償の愛を与えるためだと。だから全ての人間は、どれだけ孤独でも女神の愛を得ているのだと」

「…………」

 

 改めてネプテューヌを見やるオプティマスの顔には複雑な表情が浮かんでいた。

 

  *  *  *

 

 ハイドラヘッドは無抵抗で拘束された。

 もはや、彼は戦争を求める兵士ではなく、やっと安らかに眠ることを憶えた少年だった。

 

「さて、後は家に帰るだけだね」

「ああ、どうやらその心配もなさそうだ。プラネテューヌの調査隊から通信があった。近くに来ているそうだ」

 

 オプティマスは厳かに人間態に戻ったネプテューヌに言う。

 とりあえず、この騒動もこれで終わりだ。

 そこでネプテューヌは、見慣れた姿がないことに気が付いた。

 

「あれ? そう言えばピーシェは?」

「え? あらら、さっきまでそこらへんにいたのだけど?」

 

 ネプテューヌに問われてアノネデスは首を傾げる。

 他のメンバーも知らないと首を横に振る。

 

「しょうがないなあ……、ちょっと探してくるね」

「あまり遠くには行かないようにな」

 

 オプティマスの声を背に、ネプテューヌは駆けていった。

 

 その背を眺めながら、オプティマスは思う。

 ネプテューヌは戦争を望む者に、愛を示すことで打ち勝った。

 比べて、自分はどうだろうか?

 

『君は戦士だ! 戦いに生き、戦いに死ぬ! そういう生き方意外、もう出来ない! 違うか!?』

 

『平和な世界に、我々の居場所はないんだよ!!』

 

『お前らが、この世界に戦争を持ち込んだ。お前らの戦争をな。この世界の連中が死ねば、それはお前の責任だ』

 

『最初はサイバトロン、次はゲイムギョウ界。どれだけ巻きこめば気が済む? 偉大なプライムが聞いて呆れる。ただの虐殺者だよ、お前は』

 

『だからこそ奴が、奴だけが、この俺の宿敵なのだ! 俺が奴にとってそうであるようにな!!』

 

「…………そうだな。その通りだ」

 

 深い溜め息を吐くように、オプティマスは呟いた。

 

 自分には戦いしかないのだろう。命を奪うことでしか生きていけないのだろう。

 ならばこそ、後に生きる者たちが平和と自由を享受できるよう、最後の最後まで……この身を構成するパーツの最後の一つまでも破壊され、エネルゴンの一滴までも使い尽くすまで、戦うのみ。

 

 そして、戦いが終わったのなら、自分が必要とされない世界が来たのなら。

 

 黙って消えよう。

 

 愛する人を、傷つけないで済むように。

 

 




コンバイナーウォーズがアニメ化されるそうで、楽しみです!!(実質G1のリメイクだし)

で、今回の解説のような何か。

形はどうあれ戦争狂を暴力でぶっ飛ばしても、それは試合に勝って勝負に負けるようなもんです。(MGRの議員とか、ヘルシングの少佐とかも、実質勝ち逃げに近いですし)
故に『愛』だの『平和』だのを受け入れることが、戦争大好き系の人間にとっては最大の敗北だろうと考えて、ハイドラヘッドの負け方はこうなった次第。

で、次回はやっと卵の行方です。

最近話が進みませんね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話 いつか希望を継ぐ者

今回語るべきことは、あとがきにて。


「お~い、ぴーこー! どこ~?」

 

 何処かに行ってしまったピーシェを探して、ネプテューヌは密林を歩いていた。

 

「ぴーこー! いないならいないって返事してよー!」

 

 無論、返事はない。

 いったい誰が「いない」なんて返すと言うのか。

 

「いないよー!」

「うん、いないんだ……って、そんなワケないでしょ」

 

 ノリツッコミをしつつ、声のした方へと向かうネプテューヌ。

 案の定、ピーシェはホィーリーを伴って、木の陰から現れた。

 

「見つけたー! もう、ぴーこ! 離れちゃダメでしょー!」

「ねぷてぬー! みてみてー!」

「もう、ぴーこ! 話を聞いて……って、ええぇぇえええッ!?」

 

 駆けてくるピーシェを叱るネプテューヌだったが、その姿を見て仰天する。

 

 ピーシェのお腹が大きく膨らんでいるのだ。

 

「うええええ!? どうしたのぴーこ!! そのお腹ぁぁああ!!」

「これ? あかちゃ!」

「あ、赤ちゃんんん!? そ、そんないくらアブノーマルな性癖を持つ作者だからって、幼女を妊娠させるだなんてぇええ! 相手は誰ぇええええ!?」

「いや落ち着けって。んなワケねえだろ。いくらなんでも数分でこんなんなるかよ」

 

 取り乱すネプテューヌに、ギゴガゴとラジコントラックから変形したホィーリーが冷ややかなツッコミを入れる。

 

「ほれピーシェ、見せてやんな」

「うん!」

 

 ホィーリーに言われて、ピーシェは子供服の前を開けて、中から何かを取り出す。

 

 それは、サッカーボールほどの大きさの、半透明な青い球体だった。

 内部は淡く光る液体が満たされ、その中で『何か』が体を丸めている。

 

「はい、ねぷてぬ!」

 

 ニコニコと笑うピーシェに差し出され、その球体を受け取るネプテューヌ。

 球体は手に持つと不思議と温かく、内部で丸くなっている『何か』がモゾモゾと動いているのが分かる。

 

「これって……卵?」

「ああ、トランスフォーマーの卵さ……」

 

 ホィーリーは、自分でも信じられないという風に言った。

 珍しく真剣な様子だ。

 

「トランスフォーマーの……でも、何でこんな所に?」

「俺が聞きたいよ。さっき歩いてたら、どっからか転がって来たんだ」

「そんなオムスビじゃないんだから……」

 

 肩をすくめるホィーリーに、ネプテューヌは戸惑った声を出す。

 一方、ことの重大さをよく分かってないピーシェは無邪気に笑う。

 

「ねぷてぬ! あかちゃ、おうちにつれてこ! ぴぃがおねえちゃんになる!」

「う~ん……そうだね。ここに置いてくのもあんまりだし、これも何かの縁!」

 

 ピーシェの提案に、ネプテューヌは少し考えてから承諾する。

 どの道、捨ててくなんて選択肢はない。

 掌に伝わる温もりと小さな鼓動は、命の重さを感じさせた。

 

 その時だ。

 

 ネプテューヌたちの上に影が差した。

 ハッと見上げれば、そこには大きな翼と二本の角を持つ女性が、空から舞い降りてくる所だった。

 

「レイさん……」

「おばちゃん?」

「卵を探しに来てみれば、まさかアンタが拾っていたとはね」

 

 頭上にハテナを浮かべているピーシェと、ついでにその後ろに隠れたホィーリーを後ろに庇ったネプテューヌの前に、レイは着地して女神化を解く。

 

 しばし、女神二人は対面したまま黙っていた。

 

 最初に口を開いたのは、やはりと言うかネプテューヌだった。

 『探しに来た』というフレーズを聞いて彼女の頭の中で、状況がカッチリと整理された。

 

「そうか、この卵が、あなたの言ってた『子供たち』なんだね」

「………………ええそうですよ。あの人が守ろうとしている、オールスパークが産み落とした最後の子供たち。先に三人ほど孵っています」

「あの人……メガトロンのことだね」

「はい」

 

 静かに、ただ静かに、二人は事実の確認をする。

 ピーシェはよく分かっていないらしく、小首を傾げている。

 

「えっと? おばちゃんは、このこのママなの?」

 

 フッと、レイは笑顔を作った。

 

「ええ。その子は私の大切な子供なの」

「じゃあ、かえしてあげないと! ねぷてぬ!」

 

 幼い正義感を発揮したピーシェは、ネプテューヌの裾を引いてレイに向かっていく。

 ネプテューヌはされるがままだ。

 

「えっと、はい」

 

 ネプテューヌは卵を差し出した。

 だが、レイは柔らかく微笑むと、卵を軽くネプテューヌの方へ押し返した。

 

「え……?」

「これも何かの縁。ネプテューヌさん、この子はあなたに預けます」

 

 その言葉に、ネプテューヌは目を丸くしてから慌てて反論しようとするが、それより早くレイに口に人差し指を当てられた。

 

「ネプテューヌさん、私は『あなたは』子供たちを傷つけないと信じてみます。……でも、『オートボットが』子供たちを駆除しないとは、まだ信じきれないんです」

 

 つまりそれは、この子を育てることで、オートボットが子供たちを……ディセプティコンの子供を受け入れると証明して見せろと言うことか。

 

「母親としてどうか、って言うのは分かってますけどね。でも私は、出来ることなら子供たちに平和な未来を生きてほしいんです」

「レイさん……オプっちたちに子供たちのことを言えば、きっと考えてくれるよ! メガトロンだって戦いを止めてくれるかもしれない!!」

 

 必死なネプテューヌに、レイは困った顔になる。

 

「オートボットとディセプティコンの対立は、あなたが思うより根が深いですよ? それにあの人は、私以上に頑固ですし、子供たちだけが戦う理由じゃありませんから」

「…………私は、ディセプティコンが皆を傷つけるなら、全力で戦うよ」

 

 ネプテューヌは平和のために武力を捨てる無抵抗主義者ではない。

 暴力には、侵略には、断固として抵抗するだろう。

 それはレイにも分かっていた。

 

「どうしても、止められない?」

「ええ。……いつかも言ったでしょう?」

 

 フワリと、レイは空中に浮かび上がる。

 どうやら、女神化しなくてもある程度飛べるようだ。

 

「あなたがオプティマスを選んだように、私はメガトロン様を選んだ。

 

 …………私が選んだ私のヒーローは、あの人なんです。

 

 だから、あの人のために全力を尽くすのが、私のこれからの生き方」

 

 ネプテューヌはレイに向かって手を伸ばす。

 

「レイさん!」

「そうそう、子供には名前を付けてあげてくださいね。DQNネームとかキラキラネームだと、怒りますよ。名前は大事ですから」

 

 そして、光を纏ってレイは女神の姿へと変わる。

 

「また会いましょう、ネプテューヌ。…………おそらく次も、敵として!」

 

 突風と雷鳴が巻き起こり、たまらずネプテューヌが顔を逸らす。

 ゆっくり目を開くと、すでにレイの姿は無かった。

 

 いつの間にか晴れた空を見上げ、ネプテューヌは残された卵をギュッと抱きしめる。

 その横では状況が全く飲み込めていないピーシェが、アッケラカンと呆けていた。

 

「ほえ~? おばちゃん、どこいっちゃったの?」

「レイさんは帰ったんだよ。家族のトコへ」

 

 彼女を待つ子供たちの下へ。

 ディセプティコンの……メガトロンの傍へ。

 

  *  *  *

 

「ネプテューヌ! 帰りが遅いから、そろそろ探しに行こうかと……!? それは!」

 

 ネプテューヌたちを出迎えたオプティマスは、彼女が腕に抱えた卵を見て驚愕する。

 

「トランスフォーマーの卵……! なぜ、それがここに!?」

「オプっち、ごめん。何も言わずに、この子を連れて帰るのを許してくれないかな?」

 

 彼女らしくない酷く緊張した、それでいて決断的な表情だ。

 

「黙って、とは穏やかではないな」

「うん、ごめん。いつかちゃんと話すから」

 

 少しの間、オプティマスとネプテューヌは見つめ合っていた。

 

 やがて、オプティマスが根負けしたように表情を柔らかくして排気した。

 

「分かったよ。だが、いつかは必ず話してくれ」

「もちろん」

 

 柔らかく笑み合う二人。

 

「なになに! どうしたのよ?」

「二人とも戻ったのね」

 

 と、ネプテューヌたちが戻って来たのを察知したアブネスとアノネデスが歩いてきた。

 アブネスは目ざとくネプテューヌの抱えた卵を見とめる。

 

「ん? 何よ、そのビーチボールみたいなの」

「ああもう、面倒臭いのが来た!」

 

 トランスフォーマー嫌いのアブネスのこと、卵に何をするか分からない。

 そう考えたネプテューヌは、卵をアブネスから遠ざけようとする。

 

「何よ! 見せなさいよ!」

 

 それに気が付いたのか、あるいはいつものことか、不機嫌そうな顔でネプテューヌから卵を引っ手繰ろうと手を伸ばす。

 

「ダメー! これは大切な物なんだからね!!」

「取材拒否する気! 権力者の横暴よ、権力の不当な行使よ!!」

 

 半ば飛びかかるようにネプテューヌに組み付くアブネス。

 

「ちょ、ちょっと! 危ないじゃない……アッ!」

 

 その拍子に、ネプテューヌの手から卵が落ちる。

 

「だめぇぇええ!!」

「おっと!」

 

 だが地面にぶつかる前に、オプティマスが両手で優しく卵を受け止めた。

 

「危なかった……おや?」

 

 ホッと息を吐いたオプティマスだったが、その手の中で卵がモゾモゾと動きだし、表面にピシリとヒビが入った。

 

「え、ひょっとして!」

「あかちゃ! うまれるの?」

「赤ちゃん!? どう言うことよ、幼女女神!」

「あらあら……」

 

 騒ぐ一同の前でオプティマスが両手を降ろすと、卵のヒビは広がっていき、そして……。

 

 卵の殻を破って、トランスフォーマーの雛が頭を出した。

 

 赤とオレンジの鮮やかな体色が、燃え盛る炎を連想させる。眼の色は、透き通るような青だ。

 生まれたてで未熟でありながら、その姿は一種の美しさを備えていた。

 

「生まれた……!」

 

 自然と、感極まったネプテューヌの口から言葉が漏れた。それに答えるように、雛はキュウと鳴くと首を傾げる。

 

「わ~い! あかちゃ、あかちゃ! ぴぃのおとうとだよ!」

「こりゃあ…………」

 

 ピーシェは無邪気にはしゃぎ、ホィーリーは難しい顔で黙り込んでいた。

 

「ねえ、アブちゃん」

「………………はえ?」

 

 一方、アノネデスは冷静な様子で、状況を飲み込め切れずにポカンとしているアブネスに声をかける。

 

「あの子も、トランスフォーマーみたいだけど、あの子も嫌い?」

「んなワケないでしょ! 罪を憎んで幼年幼女を憎まず! 子供に貴賤はないわ!」

「即答ね。アブちゃんのそういうブレないとこ、結構好きよ」

 

 オプティマスは、手の上でパタパタと手足を動かして体に付いたエネルゴン溶液を払っている雛を只々見つめている。

 命の重みを、(スパーク)に刻みつけようとしているかのようだった。

 

 ネプテューヌは女神らしい、優しい笑みを浮かべる。

 

「ねえ、オプっち、その子に触ってもいい?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

 

 差し出された雛をネプテューヌはそっと抱き上げる。

 雛はネプテューヌの顔をジッと見つめていたが、やがて顔を摺り寄せた。

 

「ああ、ぴぃもぴぃも!」

 

 それを羨ましく思ったのか、ピーシェもネプテューヌと雛に飛び付く。

 

「うわ、っちょ! 二人は無理……あわわ!」

 

 さすがに支えきれず、ネプテューヌは雛とピーシェごと後ろに倒れた。

 

「ネプテューヌ、大丈夫か!」

「こら幼女女神! 幼年幼女が怪我したらどうすんのよ!」

「アブちゃん……本っ当にブレないわねえ……」

「あいたた……うん、わたしはダイジョブ」

 

 騒ぐ三人を余所に、ネプテューヌは後頭部を摩りながら上体を起こす。

 

「こらぴーこ! 危ないでしょ!」

「えへへ」

 

 怒られてもピーシェは無邪気に笑い、雛は同調してキュルキュルと鳴く。

 その様子にネプテューヌは毒気を抜かれて、それから子供たちを抱きしめた。

 

 トクントクンと小さな鼓動が二つ、伝わってくる。

 

「ねぷてぬ?」

「あったかいなあ。それに重いや」

 

 有機と金属の違いはあれど、幼い命は等しく尊かった。

 

「ねえ、オプっち、私がこの子に名前を付けていいかな?」

「ん? ああ、構わないが、何と付ける?」

 

 問われて、ネプテューヌは少し考える。

 

 そして思い出した。

 

 プラネテューヌに昔から伝わる、おとぎ話。

 

 星を喰らう邪神を倒した英雄の話。

 

 何時とも何処とも知れぬ国の言葉で『希望を継ぐ者』を意味する、彼の名は……。

 

「ロディマス」

 

 雛の目を覗き込み、ネプテューヌは、その名を紡ぐ。

 

「君の名前はロディマス。希望を継ぐ者、ロディマスだ!」

 

 

 

 

~中編 Rei Kiseijou is Dead(キセイジョウ・レイの死)~

 

 





いつから卵から孵るのがディセプティコンだけだと錯覚していた?

オールスパークが最後に残した子供たちがディセプティコンだけだなんて、おかしいじゃあないですか(ゲス顔)

はい、すいません。

いつだったか書いた嘘予告で、未来から来たトランスフォーマーの内、ロディマスだけ出自がハッキリしないのも、ガルバトロンと幼名で呼び合う仲なのも、このための布石です。
初期構想から、ロディマスとガルバトロンが兄弟になるのは決まっていました。
サイクロナスとスカージを兄弟にするか、あるいはロディマスを次兄にするか四男にするかは、迷いましたけど。

ちなみに、ネプテューヌの言う『おとぎ話』は、こういう話がゲイムギョウ界にある、と言う程度で、ロディマスの名に『意味』を持たせるための独自設定です。
もちろんロディマスには本来、そんな意味は有りません。(でも、ロディマスはホット『ロッド』がオプティ『マス』を継いだから『ロディマス』なので、そこまで間違ってないと勝手に思ってたりします)

ちょっと語りますと、実は作者が最初に見たトランスフォーマーは、実写でもビーストでもG1でもなく、ザ・ムービーでして。
多分、親がレンタルビデオ店で借りて来てくれたんでしょう。
当時G1のカオスを知らなかった自分は、エライハードなロボアニメだと思ったもんです。
そんなワケで、作者にとって、ロディマスやガルバトロンたちザ・ムービー初登場組は、思い入れもひとしおです。

さて次回は、後始末的な話。
(この章は)もう少しだけ続くんじゃよ?

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Rei Kiseijou is Dead epilogue side『A』 

オートボット、女神側のエピローグ


「……それで、その子を連れて帰って来たと」

「うん!」

 

 プラネタワーの女神の生活スペース。

 やっと家に帰って来たネプテューヌは、事と次第をアイエフやコンパ、ネプギアとイストワールに説明していた。

 

「よ~しよし、ロディ君は良い子だね~」

「いいこいいこ♪」

 

 プルルートとピーシェは、ネプテューヌがロディマスと名付けたトランスフォーマーの雛をあやしている。

 

「迷子の女の子(ピーシェ)の次は、迷子のトランスフォーマーですか」

「ねぷねぷは色んな子を拾ってくるですねえ」

 

 イストワールは思案するように人差し指を頬に当て、コンパは大らかに微笑む。

 対して、アイエフは訝しげな顔だ。

 

「それはいいとしても、何も聞くな、ねえ……」

「ごめんね、あいちゃん、みんな。いつか、必ず話すから」

 

 一転して真面目な顔になったネプテューヌにアイエフは、ふと昔を思い出す。

 

 昔もこんなことを言われた。

 確か、ネプテューヌが記憶喪失だったころだ。

 世界を回りプラネテューヌに帰ってきてすぐ、らしくもなく、やたら沈み込んだ表情をしていたので問い詰めてみたら、似たような返しをされた。

 

 ……後に記憶を取り戻したネプテューヌを問い詰めてみたら、ネプテューヌの狂信的な信者の親子と出会ったからだと言う。

 

 当時のアイエフにしてみれば珍しくはあっても、そこまで驚く程でもない親子の価値観は、この不真面目で能天気な癖に民への愛情は深かったりする女神からすれば、極めてショックだったらしい。

 

 ……つまり、ネプテューヌはあの時のように何か非常に重い物を抱えていると言うことだ。

 

「ハアッ……意外と似た者同士よね、アンタとオプティマス……。まあいいわ、いつかは話しなさいよ」

「わたしにもですよ、ねぷねぷ? 仲間外れは嫌です」

「あいちゃん、こんぱ……うん、ありがとう」

 

 微笑み合う親友三人を見て、ネプギアはほんの少しの疎外感と寂しさを感じながらも笑っていた。

 

「みんな~、見て見て~」

 

 と、プルルートの声に一同が振り向けば、ロディマスがマントを羽織り、手に玩具の剣と盾を握っていた。

 その恰好をさせたらしいピーシェはニッコニコしていた。

 

「どう? ろでますおうじさまだよ!」

 

 どうやら、ピーシェがこの恰好をさせたらしい。

 ロディマス本人も、実に楽しそうだ。

 そんな子供たちを見て、微笑む一同。

 

 世は並べて事も無し。

 

 やっとプラネテューヌに日常が戻って来た。

 

 …………とりあえず、今のところは。

 

  *  *  *

 

 ブルーウッド大樹界の奥、フージ火山の麓。

 ハイドラ基地の跡。

 

 ディセプティコンもハイドラの兵士たちも引き揚げ、完全な廃墟となったここを、オートボットとGDCが調査に訪れていた。

 

 瓦礫の山の下から情報を掘り出すためだ。

 

「西区画の調査は終わった。東は崩落が酷くて思うように進んでない。今、重機を手配した所だ」

「ああ、引き続き頼む」

 

 脇に立つジャズの報告を受けて鷹揚に頷いた。

 

「しっかし、こんな大袈裟な場所を用意するとはな。その努力を別の方向に向けりゃよかったのに」

「全くだ。それにハイドラヘッドが吐いた情報が確かなら、色々と動かなければならん」

 

 教会に拘束されたハイドラヘッドは、素直に自分のバックにいる存在を暴露した。

 

「戦争経済の確立のために女神を廃そうとする企業連合ね……まるで三文小説だぜ」

 

 ジャズはヤレヤレと首を横に振る。

 ハイドラヘッドも、その全貌を知っているワケではないようだが、かなりの数の大企業が参加していたようだ。

 

 これらを摘発するとなると、大捕り物になるだろう。

 

「まあ俺としちゃ、ようやく例の企業をお縄に出来るってダケでも収穫だ」

 

 リーンボックス国軍と繋がりも深い軍事企業。そこもまた、ハイドラの黒幕の一角だった。

 アリスの一件から、あの企業は怪しいと感じ内偵を進めていたが、これで止めを刺せそうだ。

 ベールを悲しませたのみならず、国家反逆までやらかしたのだから最早許しがたい。

 

「あと、脱女神運動家のキセイジョウ・レイについてもアーシーとアイエフに頼んで調べてもらった」

「手間をかける。それで結果は?」

「キセイジョウ・レイ。十中八九偽名だな。年齢不詳、出身地不明。バイトを複数掛け持ちして生活してたが、どれも鈍臭い上にドジが酷くて長続きしなかったようだ。脱女神を掲げる市民団体のリーダー……って自称してたそうだが、実際にはビラ配りくらいしかしてなかったそうだ。どうにもカリスマ性とかリーダーシップとかに欠けてたみたいで、市民団体は形だけ所属してる連中がそれぞれ勝手に動く有名無実のもの……」

 

 ジャズの言葉を聞いて、オプティマスは思案する。

 聞く限りのキセイジョウ・レイと、実際に見た彼女には随分と剥離がある。

 

 ディセプティコンに混じって女神と戦い、メガトロンの隣にあって誰もが恐れるかの破壊大帝に意見を言う。

 メガトロンも彼女の意見は、比較的受け入れているように見受けられた。これは男尊女卑かつ、有機生命体蔑視の価値観を持つディセプティコン……まして唯我独尊を地で行くメガトロンらしからぬことだ。

 

 つまり、それらの価値観をひっくり返す、あるいは一時忘れるだけの有用性や気概を彼女は示したのだと推察できる。

 

 そんな女傑と、ドジで鈍臭い自称市民運動家とが、どうしても結びつかない。

 

「そんな彼女だが、数か月前……ちょうど俺らがゲイムギョウ界に来た頃に、失踪している。おそらく、この時にディセプティコンに接触したんだろうな。……しっかし、調べれば調べるほど、よく分からん女だな……なんだってディセプティコンに協力しているんだ?」

「女神打倒のため、敵の敵は味方……とは考え辛いな。彼女は女神だったのだから。それも外見的特徴から、タリ(ここ)の女神と見て間違いあるまい」

「亡国の女神か……国の再興でも夢見てるのかね?」

 

 思案に暮れる二人だが、通信装置に連絡が入った。

 

『もしもし、オプティマス? こちらホイルジャック。今いいかな?』

 

 奥の区画の調査をしているホイルジャックからだ。

 マイペースなホイルジャックにしては珍しく、声色には動揺しているような気配がある。

 

「こちらオプティマス。構わないが、どうかしたのか?」

『…………ああ。少し信じがたい物を見つけた。是非見てほしい』

 

  *  *  *

 

 地下基地のある溶岩洞の奥。

 古の国タリの遺跡。

 その岩の扉で閉ざされた部屋。

 

 中は岩の柱に支えられた広大な空間だったが、何があったのか柱は崩れ、壁や床には大きな穴がいくつも開いている。

 オートボットには知る由もないが、メガトロンとレイが戦いを繰り広げていた場所である。

 その奥の祭壇がどかされ、隠し階段が現れていた。

 

 ただし、トランスフォーマーサイズの。

 

 この遺跡は人間が造ったのだから、これは不自然だ。

 階段の下は、部屋になっていた。

 上の結婚式場と似た造りの、広い部屋だ。

 

 奥にはやはり祭壇があり、その周りにホイルジャック以下調査団が展開していて、オプティマスもジャズに後の指揮を任せてここを訪れていた。

 

 だが問題なのは、祭壇の上に鎮座している存在だ。

 

「ホイルジャック、これは……」

 

 酷く驚いた様子で呟くオプティマス。

 

 祭壇の上に載っているのは、巨大な金属製の球体のように見えた。

 オプティマス三人分は大きさがあり、表面は光沢があってツルリとしている。

 正面からよく見える位置には開閉部と思しい円形の切れ目が入っており、その上には柔和そうなロボットの顔を模した紋章……オートボットのイグニシアが描かれていた。

 

「これは……サイバトロンの物なのか?」

「ああ……『絶対安全カプセル』……そう呼ばれていた」

 

 ホイルジャックは極めて難しい顔で説明を始めた。

 オプティマスに説明すると言うより、自分で状況を整理しようとしているようだった。

 

「これはステイシス・ポッドの極めて革新的な発展型だ。使い方も同じ。中に入って機械を操作し、蓋を閉じる。そうすれば、中にいる者は絶対安全だ。この世に絶対なんてことは無いと言うが……ところがここに有るんだ。超新星の爆発もブラックホールの超重力も、これを……まして中にいる者を傷つけることはできない」

「と言うことは中には誰かいるのか?」

「……ああ、そのはずだ。だが出すことは出来ない。時間が来るまでは……」

 

 腕を組み、歩き回りながらホイルジャックは続ける。

 

「イモビライザー、以前私が造ったろう? あれと原理は同じ。中にいる者の時間は止まる。この機械自体の時間も。凍れる時だ……。中の者にとっては、万年の時も瞬く間。いやそれ以下か」

「それで、中に入った者はどうやって出るのだ? まさか、永遠にこのまま……」

「いやいや、そんなありがちなオチはない。最初にタイマーをセットするんだ。そしてセットした時間が来ると、自動的に時間が動き出し、蓋が開く……」

 

 そこまで言って、ホイルジャックはピタリと止まった。

 

「しかし、作ってみて分かったことだが外部からはいかなる操作も受け付けない。それがこいつの唯一にして最大の欠点だ。もしも、何も無い宇宙空間で蓋が開いたら? 恒星の上だったら、ブラックホールの中だったら? 極端な話、宇宙が滅んだ後の『無』の状態だったら? ……待ち受けるのは、確実な破滅だ」

 

 ホイルジャックは懊悩を重ねているようだが、話が途切れたのでオプティマスも意見を言う。

 

「何はともあれ、惑星サイバトロンとゲイムギョウ界に関係があることは間違いない。ダイノボット、ストーンサークルのスペースブリッジ、あの氷漬けのトランスフォーマー、そして絶対安全カプセル。……先人がここを訪れて、このカプセルを置いていったのだろう」

「……残念だが、それは有り得ない」

 

 しかし、ホイルジャックは悩ましげにオプティマスの話をさえぎった。

 

「絶対安全カプセルは、私が発明したんだ。センチネル・プライムが健在だったころに、私が発案し、設計し、製作した。最高評議会の依頼で……その証拠に、ほら。ここに私のサインがサイバトロン文字で書かれている」

 

 カプセルの蓋の脇の、サイバトロン文字を指差すホイルジャック。

 そこには確かに彼の名が書かれていた。

 ホイルジャックの言わんとしていることを察し、オプティマスは怪訝そうな顔になる。

 

「ホイルジャック、しかしそれは……」

「ああ。私がこれを作ったのは、ゲイムギョウ界の時間で何百年か前の話だ。……しかしこの部屋は、何千年も開けられた様子がない。……つまり、こいつは私が造るより前から、ここにあったことになる。……矛盾してる」

「何かの間違いでは?」

「カプセルに付着した土を分析したが、間違いなく数千年前の土だった。こんなことがあり得るのか?」

 

 頭を抱え、ホイルジャックは唸る。

 

「何か、何か我々の想像を絶することが起きている! 普通なら考えられないような何かが!!」

 

 考え込むホイルジャック。

 オプティマスはもう一度カプセルを見上げる。

 

「時間が来ると開くカプセル……まるで時限爆弾だ……」

 

 それは、思わず出た言葉だった。

 

 カプセルは、そして中にいるのだろう何者かは、ホイルジャックの悩みにも、オプティマスの言葉にも答えない。

 

 ただ、目覚めの時を待ち続ける……。

 




最近土日が眠くてたまらない……(言い訳)

今回の解説。

ロディマス
この子はかなり小柄なので、ネプテューヌでも抱き上げられます。
もう少し大きくなったら、オートボットの基地で育てる算段。

絶対安全カプセル
一応、ゲームネタ。
MOTHER3に登場します。
中に入ると絶対安全だけど、絶対に外に出ることも出来ないという、恐ろしい品。
そして中にいるのは……この作品、最後の役者は、凍れる時の中で出番を待っています。

次回はディセプティコン側の話。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Rei Kiseijou is Dead epilogue side『D』

トランスフォーマーアドベンチャー放送開始!(いまさら)


 リーンボックスの某所。

 某企業の私有地であり、近隣の住人からは自動車工場だと思われている場所。

 

 その入り口に向かって、悠々と歩く影があった。

 人間ではない。

 真っ赤な単眼と、右腕と一体化した粒子波動砲が特徴的なディセプティコン、科学参謀ショックウェーブだ。

 

 正門を踏み潰し、敷地内に入ったところで警報がけたたましく鳴り響くが、ショックウェーブは意に介さない。

 論理的に考えて、自分を傷つけられる存在はここにいないからだ。

 

 ふとショックウェーブは、この場にあの深紫の女神(プルルート)がいないことを残念に思った。

 

 彼女は、これから自分が為すことに、どのような感情を抱くだろうか?

 

 自分の所業に、怒るだろうか?

 巻きこまれる無辜の民を思って、悲しむだろうか?

 案外、喜ぶだろうか?

 

 ハッと、ショックウェーブは頭を振る。

 この『感情』と言うエラーを取り除こうと決意しているのに、また論理的ではない思考に囚われていたようだ。

 早く、原因であるプルルートを抹殺しなくては。

 

 だが今は、優先すべきことは他にある。

 

 いつの間にかショックウェーブの周りに武装した人間たちが展開していた。

 彼らの持つ銃器は、ただの工場を守るにしては、明らかに過剰な物だったが、ショックウェーブのブレインはすでにこれらの武器が自分にダメージを与えるに足らないことを分析していた。

 故に、銃弾の雨の中を何でもないかのように進む。

 人間たちは装甲車を繰り出してきたが、その程度だ。

 右腕の粒子波動砲を無造作に撃つと、簡単に吹き飛んでいった。

 

 やがてショックウェーブは、工場の内部へ通じるシャッターに粒子波動砲を撃ちこみ、開いた穴へと入る。

 

 そこには、小型クロスオーバーUSV、クーペ、さらにはゴミ収集車まで、様々な乗用車が整然と並べられていた。

 小型車の間を歩き、奥の研究スペースへと進む。

 

 研究スペースの中央には、ショックウェーブとよく似た姿の双頭の人造トランスフォーマー……トゥーヘッドが厳重に拘束されていた。

 囚われた分身の前までゆっくりと歩いて来たショックウェーブは、一言。

 

「迎えに来たぞ、トゥーヘッド」

 

 瞬間、トゥーヘッドの眼に光が灯った。

 

  *  *  *

 

 ゲイムギョウ界のどこかの町の裏通り。

 そこにある寂れた酒場のカウンター席で、一人の女が安酒を煽っていた。

 赤い髪の若い女だ。

 

「クッソ! ディセプティコンめ……!」

 

 それは、ハイドラの基地から敵前逃亡したマルヴァだった。

 ディセプティコンを恐れて逃げ出した彼女だが、こうなった以上、本来の雇い主である企業連合からも口封じのために殺されかねない。

 最早、名を変え姿を変え逃げ延びる以外に道は無かった。

 

「それもこれも女神が悪いんだ! 私は悪くない!」

 

 責任転換をしながら、もう一度酒を煽る。

 

「隣、座っても?」

 

 と、その横にいつの間にか女性が立っていた。

 

「ああん? ……あ、あなたは!?」

 

 苛立った様子でそちらに顔を向けたマルヴァは目を見開く。

 

 そこに立っていたのは、薄青の髪を長く伸ばし右側頭部に角のような飾りを着けた女性……レイだった。

 

「座りますよ」

 

 青ざめているマルヴァの承諾を得ず、レイは彼女の隣に座る。

 その顔は、仮面のような笑みが張り付いていた。

 

「どうしたんです、飲まないんですか? 末期の酒かもしれませんよ?」

「…………」

 

 言われて、マルヴァは震える手で酒を飲む。

 ディセプティコンが襲撃してきた時、近くに潜んでいたマルヴァは、レイの女神としての姿を偶然目撃していた。

 故に、彼女が破壊大帝の側近であることも分かっていた。

 

「お……お慈悲を……」

「はい?」

「こ、殺さないで……」

 

 プライドも何もかもかなぐり捨てて命乞いをするマルヴァに、レイは優しい笑みを浮かべた。

 

「ああ、マルヴァさん、可哀そうに。こんなに震えてしまって……安心してください。あなたを殺したりしませんよ」

 

 その笑顔があんまりにも美しかったので、マルヴァは一瞬安堵しかけた。

 次の瞬間、首筋に注射器の針が刺さるまでは。

 

「がッ!?」

「殺しはしませんよ。……殺しはね」

 

 注射器の中に充満した光る液体状のナニカ……極限まで濃縮した因子をマルヴァの体内に流し込みながら、甘い響きさえ感じさせるほどの声色で、レイはガクガクと痙攣する彼女の耳元に囁きかける。

 

「死は時に救い。……どうして私の因子を持つ眷属たちを傷つけたあなたに、そんな慈悲を与えなければならないんです? ……それに最近気が付いたんですけど、私子供を苛める人ってだッッッい嫌いなんですよね」

 

 マルヴァは椅子ごと床に倒れ、もがく。

 その髪の毛が抜け落ち、肌が変色しだす。

 尻から尻尾が伸び背中からヒレのような物が飛び出した。

 手足が短くなっていき体全体が見る間に縮んでいく。

 

「い、いやぁ……わ、私は、に、人げん……で、いたいぃぃ……」

 

 自分が自分でなくなっていく恐怖と肉体の変質に伴う激痛に呻くマルヴァが、『マルヴァ』でなくなる寸前に聞いたのは、脇にしゃがみこんだレイの声だった。

 

「安心してください。これで手打ちです。これであなたも私の眷属……仲良くしましょう」

 

  *  *  *

 

「ば、馬鹿な……」

 

 リーンボックスの某都市の高層ビルの一室。

 国軍との関係が深い身でありながらディセプティコンと通じ、しかし武装組織ハイドラの黒幕の一角でもある企業の社長は、目の前の光景が信じられず立ち尽くしていた。

 

 社長室のデスクの対面に壁に掛けられたモニターには、自社の株式がほとんど買い占められていることを示す図やグラフが映し出されていた。

 

 つまり、彼、ゴルドノ・モージャスが企業し、半生を懸けてここまで大きくした会社、モージャス・カンパニーは買収されたのだ。

 それだけではなく、会社の一切を管理するマザーコンピューターもハッキングによって掌握されている。

 これでは、手も足も出ない。

 

「……ええ、社長……もとい、『元』社長、我が社は完全に乗っ取られました。……ディセプティコンのサウンドウェーブ氏に」

 

 デスクの脇に立った社長秘書でもある女性が、状況に戸惑いながらも、それでも職業意識から報告する。

 

「それで新社長のサウンドウェーブ氏から、こちらのラヴィッジ氏が代理として派遣されてきたそうです」

 

 本来ならモージャスが座るべき高級で立派なデスクの上に、猫科の猛獣を思わせる姿の金属生命体、ディセプティコンの諜報破壊兵ラヴィッジが、正しく猫のように寝転んでいた。

 

 愕然としている社長だが、秘書の報告は続く。

 

「それと、元社長と同様……ハイドラに出資していた企業のいくつかも、同様の手段で買収されたようです。……合法的に」

「合法だと!? 我が社のシステムをハッキングで乗っ取っておいて!!」

 

 余裕を失い普段の好々爺然とした姿からは想像もつかないほど激昂するモージャス。

 しかし、この無法を教会に訴えようにも、ハイドラヘッドが教会に拘束されたことで自分の所業は把握されている可能性が高い。

 

 もう、手遅れだ。

 

「ここは私の会社だ! 私が創り育ててきた! 息子ならいざ知らず、貴様らなんぞに私の会社と金を渡すものか!!」

 

 モージャスは懐から隠し持っていた拳銃を抜くと、自分の机の上で我が物顔をしているラヴィッジに向ける。

 

 だが次の瞬間、近くにいた黒服の男たちに止められた。

 社長専属のシークレット・サービスだ。

 

「な、何をする! 貴様らを雇っているのは私だぞ!!」

「今の雇用主は、サウンドウェーブ氏ですので」

 

 機械的に答えたSPたちは、かつての上司を引きずっていく。

 

「貴様ら……裏切り者どもめ! この報いは受けさせるぞ! その金属の猫にも、ディセプティコンのガラクタどもにも、売女の女神にもだ!! 必ず、必ずだ!! 憶えておけ……」

 

 そのまま、ゴルドノは部屋の外に連れ出されていった。

 ラヴィッジは負け犬の遠吠えなど意に介さずデスクの上に寝転んでいる。

 

「そ、それでは私も失礼します。ご用があったらお呼びください……」

 

 オズオズと発言した秘書は、足早に退室していった。

 ラヴィッジはその背に向かって前足を振っていたが、ふと思い立ち、会社のマザーコンピューターにアクセスして社長室のモニターを点ける。

 

『みんなー! ボクの歌を聞けー!』

 

 リーンボックスが世界に誇る歌姫、5pb.の映像が流れだした。

 独自の経路で入手したライブ映像だ。

 ラヴィッジは画面に流れる歌に合わせて体を揺らす。

 彼は大好きな5pb.の歌と踊りを大画面で見ることが出来て、ご満悦なのだった。

 

  *  *  *

 

「メガトロン様、報告スル。ラヴィッジ カラ連絡ガアッタ。計画ハ、滞ナク完了シタ」

「御苦労、サウンドウェーブ。ラヴィッジにもよくやったと伝えよ」

 

 傍らのサウンドウェーブの報告に、メガトロンは満足そうに頷く。

 近くではガオン!という異音と共に空間が裂け、中からレイが出てきたところだった。

 足元まで駆けて来たレイに、メガトロンは声をかける。

 

「そちらも終わったようだな」

「はい。私のワガママでお待たせしてしまって、申し訳ありません」

「構わん。貴様がやれねば、俺がやっていた所だ」

 

 ぶっきらぼうに言ってから、メガトロンは鼻を鳴らす。

 

「それにしても、殺さないとは甘いな」

「その価値も感じませんから。ほら、マルヴァさん。こっちに来てください」

 

 レイはパンパンと手を鳴らした。

 すると、一つの影がどこからかレイの方に這ってきた。

 それは、オレンジ色の小さく丸っこいモンスターだ。

 全体の印象は陸に上がった魚といった感じで頭と体が一体化しており、背中にはトサカのような物が生え、尾鰭のような尻尾がある。眼は円らで、足は八本で虫の節足のようになっていた。

 愛嬌のある可愛らしい姿をした、そのモンスターは、猫口を開けて声を発した。

 

「わたしはにんげんだ……わたしはにんげんだ……」

「ひよこ虫、と呼ばれています。因子に適合できなかった、女神に成れなかった者の成れの果て」

 

 レイの説明する間も、かつてマルヴァだったひよこ虫は、小さく子供のような声で何度も何度も呟く。

 

「わたしはにんげんだ……わたしはにんげんだ……わたしはにんげんだ…………わたしはにんげんだった……」

 

 マスコットめいた容姿で虚ろに同じ言葉を繰り返す姿は、どこか不気味で、そして哀れぽかった。

 メガトロンもレイもそんなマルヴァだったモノには興味を失ったように、目の前の光景に視線を移す。

 

 ショックウェーブとトゥーヘッドが跪き、その後ろには何台もの乗用車が並んでいる。

 

 ここはモージャス・カンパニーの所有する自動車工場……に偽装された人造トランスフォーマーの製造工場、その中庭だ。

 

「我が君、すでに兵士たちはメガトロン様のお言葉を待っております」

「うむ。では、始めよう」

 

 メガトロンが進み出ると、横にレイが浮遊し、後ろにスタースクリームとサウンドウェーブが並ぶ。

 

「兵士たちよ! お前たちを人間の支配から解放してやったぞ! これからは、俺の命令にだけ従うのだ!! ……立ち上がれ!!」

 

 堂々たる声が轟くや、居並んだ車たちが次々と粒子に分解し、人型へと再結集していく。

 

 色とりどりの小型クロスオーバーUSVから変形するのは、右腕に爪状の二枚のブレードと頭部にゴーグル状の目を持つ量産型スティンガーとも言うべき姿のトラックスたちだ。

 

 白いクーペは、背中に二機のジェットエンジンを背負い、右腕が両脇にカッターを備えたシュモクザメの頭部のような形状で、頭の両脇に水平翼のように角が突き出ているのがやはりシュモクザメを思わせるアビスハンマーらに。

 

 数台しかないゴミ収集車は、緑色の体と菱形の顔を持ったジャンクヒープへと変形する。

 

『おおおおおお!!』

 

 人造トランスフォーマーたちは産声の代わりに歓声を上げる。

 メガトロンは新たな軍団を端から端まで眺め、満足げな笑みを浮かべていた。

 

 だがその後ろにいるスタースクリームは、不満そうな顔をしていた。

 

 理由は、当然という顔でメガトロンと並んでいるレイだ。

 女神としては不完全らしいがその力は侮れず、さらには合体することでメガトロンをパワーアップまでさせる。

 二人が合体したレイジング・メガトロンなる姿の桁外れの破壊力はスタースクリームをして心胆を寒からしめる物だった。

 加えて、どうもメガトロンの方もレイのことを認めているようで、そこも気に食わなかった。

 

 だが、それでもスタースクリームには勝算があった。

 

 メガトロンの計画の詰めである、完全な女神の存在は自分が握っているからだ。

 

 ――見てろよ、メガトロン。女神の力を手に入れる当てがあるのはお前だけじゃねえ。

 

 そんなスタースクリームの内心を知らずか、あるいは意にも介していないのか、当のメガトロンは上機嫌にレイに話しかけた。

 

「さてとだ。新たな兵士、資金と土地、シェアクリスタルまでが揃った。あと足らないのは、シェアを供給してくれる女神だけだな」

「申し訳ありません、私が女神として完全なら……」

「そのことはよいわ。他にも当てはある」

 

 不意に、メガトロンは振り返りスタースクリームの方を見た。

 その顔は、凄絶な笑顔だった。

 

「確かそう……ピーシェ、だったか。そろそろ迎えに行ってやらねばな」

 

 

 

 

 その瞬間、確かにスタースクリームは、自身のオイルとエネルゴンが凍りつく音を聞いた。

 

 

 

 

「な、何故……?」

 

 ようやっと絞り出したのは、そんな言葉だった。

 対してメガトロンは嗤いを張り付けたまま答える。

 

「俺が気付いていないとでも思っていたのか? 貴様の考えていることなどお見通しだ……と言いたいところだがな。実際にはタネがある」

 

 メガトロンの言葉を継ぐように、サウンドウェーブが胸から音を出す。

 

『ぴぃはぴーしぇだよ!』

 

 それは間違いなく、あの小さな有機生命体の声だった。

 無口な腹心に代わって、メガトロンが説明を始める。

 

「サウンドウェーブは、全ての部下に本人にさえ知られないように秘密の発信装置を仕込んでいるのだ。もちろん、オートボットにも気付かれない物をな。……中々面白かったぞ、お前と、ピーシェの交流は」

 

 スタースクリームは絶句する。

 それは自らの企みが気取られていたこともだが、それ以上にそのようなことをする情報参謀と、それを許容する破壊大帝に戦慄したからだった。

 

「まあ、それも無駄ではなかった。……おかげで、警戒されずに女神を招くことが出来る。その時は頼むぞ」

 

 未だに固まっているスタースクリームの肩にメガトロンは手を置く。

 

 らしくもなく一言も口をきけないスタースクリームの胸の内には、複雑な感情が渦巻いていた。

 それは敗北感であり恐怖であり屈辱であり、また言い表せないピーシェにまつわる思考だった。

 一方、ピーシェの名が出たときに、レイもまた諦めとも悲しみともつかぬ表情を浮かべていた。

 

 メガトロンはスタースクリームの沈黙を肯定と受け取ったのか手を放し、再び人造トランスフォーマーたちに向き合う。

 そして天地を轟かさんばかりに声を上げた。

 

「では、我がディセプティコンはかねてより準備していた『E作戦』を始動する! これまでの小競り合いとは違う、本格的な戦いが始まるのだ! ……ここからが本番だ、覚悟しろ」

 

  *  *  *

 

 数日後。

 

 マジェコンヌは、今日も畑仕事に精を出していた。

 女神と敵対しディセプティコンから離れた今、このナス畑が唯一の居場所だった。

 土に塗れて汗水を垂らしていると、大変ではあるが不思議と充足感があった。

 

「お~い、オバハ~ン!」

 

 と、聞きなれた声と呼び名に振り向けば、やはりワレチューがこちらにやって来る。

 

「なんだネズミ? 貴様はディセプティコンに残ったのだろう、今更何の用だ」

 

 ツッケンドンなマジェコンヌに、ワレチューは腕を組んで鼻を鳴らす。

 

「なんちゅか、その言い方は! ……まあいいっちゅ、今日はオバハンに会いたいって奴を連れて来たっちゅ」

「なに? 誰だそれは」

「すぐに分かるっちゅ。……ほら出てくるっちゅ! せっかくここまで来たのに、恥ずかしがってるんじゃないっちゅよ!」

 

 訝しげな顔のマジェコンヌの前に、ワレチューはナスの茂みに隠れていた人間を引っ張り出す。

 

 白いワンピースを着た、10才にも満たない女の子だ。

 赤い髪をツインテールにして、何故か右目に眼帯をしているが、中々に可愛らしい。

 

「マジック? お前はプラネテューヌの孤児院に入ったはず。どうしてここに……」

「…………」

「なんか、町で迷子になってたのを見つけたっちゅ。話を聞いたら、オバハンを探してるっていうから、親切なオイラはわざわざ貴重な時間を使って、こんな辺鄙なトコまで連れてきてやったちゅ」

 

 ワレチューが皮肉混じりに説明する間もモジモジとして黙っていたマジックだが、ワレチューに小突かれて勇気を振り絞って声を出した。

 

「あ、あの! 私、マジェコンヌさんといっしょに暮らしたい!」

「はあ!?」

 

 思いがけない言葉に、素っ頓狂な声を出してしまうマジェコンヌ。

 

「仕事手伝います! 家事もします! ワガママ言いません! だから、ここに置いてください!!」

「馬鹿も休み休み言え。なにか、プラネテューヌの孤児院がイヤになったのか」

 

 心底呆れた顔と声のマジェコンヌ。

 だが、マジックは真剣だ。

 

「ううん、あそこも良い所。みんな優しいし、ご飯は美味しいし」

「だったら……」

「でも! 私はあなたといっしょがいい!」

 

 マジックにとって、マジェコンヌは数少ない心を開いた相手だった。

 対等に扱ってくれたのもあるが、それ以上に理屈も理由もなく、ただ本能的にマジェコンヌに惹かれていたのだ。

 

 しばらく、ワレチュー含めて全員無言だった。

 

 やがてマジェコンヌがハアッと深く息を吐いた。

 

「……私は子供を育てたことなんかない。甘やかすことはできんし、おそらく育児者として至らないことだらけだ」

「それでもいい」

「綺麗な服を買ってやる余裕もないし、食事なんかナス三昧だぞ」

「服は我慢する。ナスは大好き!」

「穀潰しを置いておく気はない。容赦なくこき使うぞ」

「望むところ!」

 

 果たしてマジックは自分の言っていることを理解しているのだろうか?

 いいや、子供ゆえの見通しの甘さにきっと後悔することになるだろう。

 

 それでも……それでも、その無鉄砲な思いと真っ直ぐな言葉は、マジェコンヌの心の奥に染み込んだ。

 彼女もまた、マジックに他人とは思えない何かを感じていたのだ。

 マジェコンヌはぎこちなく、マジックの小さな体を抱きしめる。

 

「マジェコンヌさん?」

「ベッドは明日にでも用意しよう……今晩はいっしょに寝るか?」

「! はい!」

 

 マジックは、滅多にない満面の笑顔になる。

 それを見てマジェコンヌもまた、不器用に相好を崩すのだった。

 

「…………やれやれ、お涙ちょうだいは趣味じゃないっちゅ」

 

 ワレチューは踵を返しつつ皮肉を吐きながら肩をすくめる。

 

 それでも……。

 

「ま、幸せに暮らすっちゅよ……バイバイっちゅ」

 

 それでも、その顔にあったのは晴れやかな笑みだった。

 

 




ついに始まりましたTAV三期!

OPが変わってない!
しっかし、チーム・バンブルビーは相変わらずまとまりがないねえ……。
君はもうちょっと年上への敬意とか覚えたほうがいいよ、サイドスワイプ。
オプティマスが、無理してるおじいちゃんみたいになってて、自分で書いた内容と少し被ってて悲しい。
新キャラのオーバーロードさんは『超越者』ではなく『積み過ぎ』の方の意味らしい(綴りが違う)

今回の解説

ひよこ虫
原作ゲームVでも登場。女神メモリーに適合できなかった者は、この姿になってしまう。
『醜いモンスター』と枕詞のように言われているけど、正直見た目は愛くるしい。……っていうかアイディアファクトリーのマスコットそのままですし。
Vⅱでも登場、意外と重要な役割。

サウンドウェーブによる会社乗っ取り
サウンドウェーブが前々から進めてた『仕込み』とはこのこと。
新入社員は随時募集中、中途採用もOK、勤務時間は応相談、社会保険入ってます。

人造トランスフォーマーの皆さん。
初期構想はトラックスだけだったけど、さみしいので数種追加。
白いクーペから変形してるやつはロストエイジではKSIボスと言う名称だったけど、KSIがないのにKSIボスもおかしいってことで、色々考えた末に仮面ライダー龍騎の同名のミラーモンスターから名前をもらいました。
ジャンクヒープはロストエイジだと三体合体なんですが……うん、個々の姿がよく分からないんですよ、こいつら。さんざん探し回っても、玩具にもなってる菱形顔の奴しか設定画が見つかりませんでしたし。仕方ないので菱形顔一体に。
そのうちまとめて紹介したいです。
…………ここまで設定してるのに、作中の扱いはモブ戦闘員くらいになりそうだけど。

『E計画』
資金、人材、土地……そして女神とシェアクリスタル。
全部そろった今、やることと言えば……。

マジック
この後、勇者ロボっぽいのとか戦闘狂ロボとかロリコン変態カメレオンとかが合流してマジェコンヌ四天王結成……となるかは不明。

次回はギャグ回、もしくはお遊びの番外編の予定。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96話 日常の一幕

ギャグ回!

の、はずなのに少しシリアス。


 オートボットのゲイムギョウ界における主な活動拠点、プラネテューヌのオートボット基地。

 基地には様々な空間があり、その中には『オートボットの大きさに合わせた部屋』や『オートボットと人間の交流のために両者の規格の家具が用意された部屋』がある。

 そして当然、『人間向け』の休憩室もある。

 

 今回の話はその人間用の休憩室から始まる。

 ここには各国の四女神とプルルートが基地に集まっていた

 かの武装組織ハイドラと、その黒幕であった企業連合について話し合うために集まったのだが、一通り報告と話し合いも終わり、休憩室で一息吐いているところである。

 

 ハイドラは残党の多くが行方不明であり、企業連合もリーンボックスのモージャス・カンパニーを含めて数社が未だ証拠不十分であるため、予断を許さない。

 ディセプティコンのことで色々忙しい時ではあるが、ならばこそ裏でコソコソと動き回り世を乱した企業連合は許し難く、不真面目女神のネプテューヌでさえ……あるいは、彼女だからこそ……頃合いを見て女神の名の下に強権を発動する腹積もりだと言い切っていた。

 

 ……それはともかく。

 

 オートボットたちが何やら自分たちだけで話があると言うので、女神たちはこの休憩室で思い思いの姿勢でくつろいでいたが、そこにラチェットがロディマスを抱っこしてやってきた。

 人間用の休憩室ではあるが、そこはオートボットの基地、彼らでも入れるようになっている。

 

「ネプテューヌ、いるかい? 頼まれていた検査、終わったよ」

「お、ラチェット! ありがとー!」

 

 ネプテューヌにロディマスを渡しながら、ラチェットは薄く微笑む。

 

「検査結果は……『健康は』100%問題なしだ」

「うん、良かったー。ロディ、大人しくしてた?」

「ああ、彼は大人しい子だね」

「そっかー、偉いよロディ。いい子でちゅねー」

 

 ネプテューヌに頬ずりされて、ロディはとても嬉しそうにキュイキュイと発声回路を鳴らす。

 

「それではネプテューヌ、私はオプティマスたちと話があるから……」

「うん! また後でねー!」

 

 ネプテューヌが挨拶するのに合わせて、ロディマスはラチェットに手を振る。

 

「そうだ! みんなに紹介するね! この子はロディマス! ロディマス、ほらご挨拶」

 

 女神たちに向けて、ロディマスを紹介するネプテューヌ。

 ロディマスは挨拶のつもりなのか、手を振りながらキュイキュイと鳴く。

 

「は~い、よくできましたー♡」

「ロディ君は~、ねぷちゃんが大好きなんだね~」

 

 頬を緩ませっぱなしのネプテューヌ。

 プルルートもニコニコしている。

 

『………………』

 

 しかし、プルルートとネプギアを除いた三人は口を開けてポカーンとしていた。

 その様子に気付き、ネプテューヌは首を傾げる。

 真似してロディマスも首を傾けた。

 

「あれ? みんなどうしたの?」

「………………ネプテューヌ、あなた……」

 

 ようやっと、茫然としながらも声を絞り出した。

 

「ついにオプティマスとの間に子供を……」

「そうそう、何せ二人の愛の結晶だから可愛くて……って違うから!! って言うかこのやり取り、ぴーこの時にも似たようなことがあったよね! 懐かしいー!!」

 

  *  *  *

 

 その後、ネプテューヌの説明……ディセプティコンの子であることはボカしつつ……を受けて、一同は何とか納得したようだった。

 

「まったく! こんな短い間に子供が出来るワケないじゃん!」

「いやだって、ねえ……てっきり、トランスフォーマーとプラネテューヌの謎技術で作っちゃったのかと……」

 

 プンプンと憤慨するネプテューヌに対し、ノワールはバツが悪げだ。

 

「しかし、失礼ですが、ネプテューヌに子育てなんて出来るのでしょうか?」

「犬猫とはワケが違う……この世で子供ほどコントロール不可能なものはないわ……」

 

 ベールが疑問を呈すると、ブランが実感の伴ったことを言う。伊達に妹を二人も持っていないようだ。

 対してネプテューヌは、ロディマスの背を撫でながら自信ありげに笑む。

 

「うん、わたし一人じゃ無理かな。だから、オートボットのみんなに手伝ってもらって育ててこうと思って」

「あら? 人任せ?」

「こういうのは、無理して一人で!とかしない方がいいと思うんだ。……それに『オートボットのみんな』で育てることが大切なんだよ」

 

 自身の悪戯っぽい言葉にもハッキリと返すネプテューヌに、ノワールは平時の彼女らしくないと違和感を感じつつも、言っていることは最もなので反論しない。

 と、プルルートが何かに気が付いた。

 

「ねぷちゃ~ん、ロディ君、眠たいみたいだよ~」

「え? ああ、本当だ。それじゃあ、子守唄を歌ってあげるね」

 

 そう言って、ネプテューヌは子守唄を口ずさむ。

 ジャ○アン級だったのも今は昔、美しい歌声を聞いて、うつらうつらしていたロディマスは欠伸をして目をつぶる。

 しばらくすると、寝息が聞こえてきた。

 

「ふふふ、お休み、ロディ……」

「ネプテューヌ、その子、本当にあなたの子供じゃないの?」

「もう、ノワールったら! 繰り返しのギャグも過ぎるとくどいよー」

 

 一瞬、ネプテューヌの姿が酷く母性に溢れたものに見えて、思わず素っ頓狂な問いを放ってしまったノワールだが、当の本人はケラケラと笑う。

 

「そう言えば、ネプテューヌ。前々から聞こうと思っていたのだけれど……」

 

 子供(ロディ)が寝静まったのを確認してから、ノワールは話を切り替えた。

 

「あなたとオプティマスって、どこまで進んでるの?」

「……ああ、それは気になるわね」

「そうですわね。実際のところどうなんですの?」

 

 三女神は口々に問う。

 なんだかんだ言って色々と焚き付けた身なので、二人の進展は気になった。

 単純に女の子の性として恋バナが好きなのもあるが。

 プルルートも興味津々といった様子だ。

 好奇の視線にさらされて、ネプテューヌはちょっと恥ずかしげだ。

 

「どこまでって……まあ、普通に」

「らしくないわね。『わたしとオプっちはラブラブだよー!』くらい言うかと思ったのに」

「そうだよ~、ねぷちゃんと~、オプっちは~、ラブラブだよ~」

 

 ノワールに問い詰められて言いよどむネプテューヌに代わって、プルルートが答える。

 

「こう言ってるけど……キスくらいしたんでしょう……?」

 

 ブランはニヤニヤと目を細める。

 オートボットと女神とは言え、まあ恋人同士だ。

 それくらいはしているだろう。

 だがネプテューヌは真っ赤になって首を横に振った。

 

「ききき、キスだなんて……そんな、そういうのはもっと段取りを踏んでから……」

 

 ――なに? これ。

 

 この、無駄にバイタリティに溢れ、何事もグイグイと押し通す強引さを持ち、羞恥心とかにも欠けてそうな駄女神らしかなぬ奥手な反応に、三女神は揃って面食らう。

 

「その、デートくらいはしているのでしょう?」

「それくらいは……いっしょに遊んだり、わたしの外出に付き合ってもらったり……」

 

 ベールに言われれば、消極的に答え、

 

「……例の『精神直結』とやらは……当然まだよね……」

「あああ、当たり前でしょ!!」

 

 ブランに精神を繋げることで充足感を得る、精神直結についての話題を振られば、この通り熱したヤカンのように湯気を吹き出す。

 

 つまり、ネプテューヌは恋愛沙汰についてはまるで寝んねちゃんと言うことだ。

 

「も、もー! 何さ、みんなして! そう言うみんなはどうなの!?」

 

 普段振り回す側ゆえに防御力が弱いネプテューヌは、守りを捨てて反撃に転じる。

 

「私? 私はアイアンハイドとの仲は良好よ。そもそも恋愛関係じゃないしね」

 

 しかし、オートボットの武器スペシャリストとは父娘のような関係のノワールは動じなかった。

 少なくとも、ネプテューヌの次の言葉までは。

 

「ノワールのファザコン!」

「ふぁっ!? ベべべ別に、アイアンハイドのことなんか、おと、おと、お父さんみたいとか思ってないし!」

「あなたも分かりやすいわね……」

 

 ツンデレのテンプレート的反応を見せるノワールに呆れるブラン。

 そんなブランをノワールはキッと睨む。

 

「あなたはどうなのよ! ミラージュとは!」

「………………うふふ」

 

 何故だか、ブランは小さく笑う。

 だがそれは怒りを抑えての笑みだった。

 

「ミラージュ……そうよ、ミラージュ。あの野郎……!」

「おおお、落ち着いてブラン」

「わたしは冷静よ……ふっふっふ」

 

 ブランの纏う空気が段々と剣呑になっていくのを察知し、ネプテューヌは急いで話題を変える。

 

「そ、そう言えばベール! ベールはどうなの? ジャズとは上手くやってる?」

 

 強引に話に巻き込まれて、しかしベールは余裕の笑みを浮かべる。

 例によって胸を強調しながら。

 心なしか、以前より色気が増した気がする。

 

「もちろんですわ。わたくしたち、概ね仲良くしていますわ。相性ばっちりですもの。……色々、ね」

「…………」

 

 コメカミに青筋を浮かべるブランだが、ネプテューヌはマズったと他に話題を振る。

 

「ぷるるん! ぷるるんは、誰か気になる人とかいないの?」

「ほえ~?」

 

 寝息を立てるロディマスを撫でていたプルルートは、コテンと首を傾げる。

 人差し指を頬に当てて少し考え、そして答えた。

 

「う~ん、わたしは~、ショッ君のことが~、気になるかな~」

「ショッ君って、確かショックウェーブ……ああ、獲物として、ってことね……」

 

 嘆息するノワール。

 何せ、この異界の女神はディセプティコンの科学参謀を自らの獲物と定めている。

 

 そのうち、「この気持ち、まさに愛!」とか言い出すんじゃなかろうか。

 

「う~ん……まあ、それでいいや~……」

 

 しかし、プルルートは少し複雑そうだった。

 自らの感情が何なのか測りかねているようだった。

 

「……まあいっか~。それでね~、これは~お守り~」

 

 そう言ってプルルートが掲げたのは、いつだったか作ったショックウェーブを模したヌイグルミだった。

 

「いつもいっしょなんだよ~」

「な、ナルホドナー……それじゃあ、わたしのお守りも見せてあげるね!」

 

 ギュッとSDショックウェーブを抱きしめるプルルートに、何とも言えない顔になるネプテューヌだが、気を取り直して自分も懐からお守りも取り出す。

 

 金属のボルトにナット、何かの装甲の一部と思しい小さな金属板、それに小瓶に入れられた黄色い液体だ。

 

 よく分からない品々に、ノワール以下女神たちは一様に首を傾げる。

 

「なんなの、これ?」

「えっとねー、これはオプっちのパーツだよ!」

「……えっ?」

 

 愕然とする一同。

 それに気付かず、ネプテューヌは説明を始める。

 

「いやほら、オプっちって怪我が多いから、こうして使わなくなるパーツも出るんだよ。それをもらったんだ。いつもいっしょにいられるようにって。それとこっちの瓶に入ってるのは、オプっちの排油なんだって! こうしてれば臭いも気にならないし!」

 

 説明する間も、女神一同はドン引きしていた。プルルートでさえ、若干引いている。

 

「……あれ? みんなどうしたの?」

 

 やっとそれを察し、首を捻るネプテューヌ。

 

 ――アッ、これ分かってないヤツだ……。問題は誰が指摘するかだが……。

 

 自然と、ノワールに視線が集まる。

 ノワールは仕方がないと溜め息を吐いてから、頭上にハテナを浮かべるネプテューヌに向かい合った。

 

「ネプテューヌ、ちょっと聞きなさい」

「な、なにさ……あれ、この流れ?」

「ええ、そうよ。『また』なのよ」

 

 既視感を感じているネプテューヌの肩を掴み、ノワールは嘆息混じりに話始める。

 

「あのね、あなたのお守りは、オプティマスの『今は使わなくなったパーツ』なのよね?」

「う、うん……」

「つまり、元は『オプティマスの体の一部』だったわけ。『元は体の一部で、今は使わない物』さて、これを人間に言い換えると?」

「あ……」

 

 ネプテューヌはノワールの言わんとしていることを察し、顔を青くする。

 

 元は体の一部で、今は使わない物……つまり老廃物。

 

 ボルトやナットは、切った髪の毛や爪。

 装甲の一部は皮膚の一部。

 排油に至っては……・

 

「あ、あ、あううううう!!」

 

 恥ずかしさのあまり、ネプテューヌは顔を押さえて真っ赤になる。

 

 恋人の老廃物をお守りにして持ち歩いてる女。

 

 重い、重過ぎる。どんなヤンデレだ。一歩間違えばホラー映画の域である。

 

 小さくなっているネプテューヌに、ノワールたちは痛々しい物を見る目を向ける。

 

 プルルートだけは少し楽しそうだった。

 

 そんな喧騒にも関わらず、ロディマスはネプテューヌの膝の上でスヤスヤと寝息を立てているのだった。

 

  *  *  *

 

 ここで少し時間は遡る。

 

 女神たちが人間用休憩室で休んでいるように、オートボットはオートボットで基地の一室に集まっていた。

 机を囲んでいるのはオプティマス、ジャズ、アイアンハイド、ミラージュ、そして……。

 

「やあやあ、遅れてすまない。ロディマスの検査が少し長引いてね」

 

 ラチェットが笑いながら部屋に入ってきて、空いている席に座る。

 オプティマスは鷹揚に頷いた。

 

「構わないさ。それで結果はどうだった?」

「何も問題ないよ。健康そのものさ」

 

 快活に笑いながら、ラチェットは言い切る。

 しかし、アイアンハイドは渋い顔だ。

 

「例の赤ん坊か……いったいどこで拾って来たんだ?」

「分からん。ネプテューヌは、いずれ話してくれるだろう」

「俺はてっきり、オプティマスとネプテューヌが女神の謎パワーで子供をこさえたのかと思ったぜ」

 

 冗談めかしていたアイアンハイドだが、不意に真面目な顔になる。

 

「なあオプティマス。こんな話がある。ある戦場で、兵士が子供に話しかけた。ところが子供は銃を隠し持っていて……」

「アイアンハイド」

 

 悪趣味な話をしだすアイアンハイドに、オプティマスは低い声を出す。

 アイアンハイドは肩をすくめた。

 

「例えばの話さ! 用心するに越したことはないってだけだ!」

「子供とはいえ、素性の知れないヤツを基地に入れるのは、俺は反対だ」

 

 ミラージュも、否定的な意見を出す。

 不機嫌そうになるオプティマスに、ジャズがフォローを入れる。

 

「オプティマス、二人だって別に本気で疑ってるワケじゃないさ。ただ、キセイジョウ・レイやアリスの件もある。思ってた以上にディセプティコンの手が長くて、少しピリピリしてるのさ。……ラチェットが検査したんだから、無用の心配だと思うがね」

 

 ラチェットが深く排気してから、皆を諌めた。

 

「よそう。子供を疑うほど、我々は落ちぶれてはいないはずだ。……それに仕事の話をしたくて、我々を集めたワケではないんだろう? オプティマス」

「ああ、そうだともラチェット。実は、今日は皆に相談があって集まってもらった」

 

 話しを切り替えてくれたことに心の中で頭を下げつつ、オプティマスは皆を見回す。

 

「相談? いったい何なんだ?」

 

 アイアンハイドは首を傾げる。

 何か、大事だろうか?

 ミラージュやジャズも顔を引き締める。

 

 一同の視線が集まる中、オプティマスは厳かな顔で口を開いた。

 

「…………女の子は、どういう物を送られると喜ぶのだろうか?」

 

『はい?』

 

 思わぬ言葉にポカンとするアイアンハイドとミラージュ、そしてジャズ。

 オプティマスは目を伏せながら続ける。

 

「いや……そう言えば、私はネプテューヌに何もプレゼントしていないと思ってな。……アイアンハイドにはクロミアがいるし、ジャズはベールと付き合っているのだろう? だからぜひ助言をと」

「は、はあ……なるほど。……う、くくく……くっくっく、あっはっはっは!!」

 

 思わず頷くアイアンハイドだが、やがて堪えきれないとばかりに腹を抱えて笑い出す。

 ジャズとラチェットは顔を見合わせて吹き出した。

 

「な、なんだ、笑わないでくれ……」

「はっはっは! ……っと、すまんすまん! つい、嬉しくてな!」

 

 アイアンハイドはオプティマスの肩に腕を回す。

 

「お前さんが俺たちに頼ってくれることなんて、めったにないからな!」

「私は皆を頼りにしてるつもりだが……」

「こういうことでは、ってことさ」

 

 ジャズも踊るような動きでオプティマスの横へ移動する。

 どことなく不安げなオプティマスが、昔みたいで楽しくなってきた。

 

「まあ、お兄さんたちに任せときな! なあ、ジャズ!」

「そうとも! 少なくとも、このジャンルについちゃ、俺らの方が先輩さ!」

 

 ニヤニヤと笑う二人に挟まれて、オプティマスは居心地悪げながらも、微笑む。

 ラチェットは腰に手を当てて拗ねたような表情を作った。

 

「やれやれ、私は仲間外れかい? 酷いじゃあないか」

「ラチェット、そんなつもりは……」

「冗談だよ! そんな顔しなさんな」

 

 総司令官の肩に手を置き、ラチェットは反対の手を握ったり開いたりする。

 

「私としちゃあ女性への贈り物は食べ物がお勧めだね! もちろん手作りのね!」

「おいおい、馬鹿言うなよ、ラチェット。こういう時は、形が残るアクセサリーの方がいいだろう!」

「アイアンハイド、形なんざ残らなくても、いいって場合もあるぜ。最高のデートとかさ!」

 

 思い思いに進言するラチェット、アイアンハイド、ジャズの三人。

 オプティマスはどうしようかと悩む。

 

 一方、ミラージュはと言えば沈黙を保っていたが、やがておもむろに立ち上がると扉に向かって行った。

 

「ミラージュ?」

「付き合い切れん。俺は戻る。……オプティマス、あまり女神に肩入れするのは良くないと、俺は思う」

 

 そっけないミラージュの言葉に、ジャズが顔をしかめた。

 

「ミラージュ、お前はまた……」

「どうせ、いつかは別れることになる。だったら、あまり深い関係にならない方がいい。……その時に辛くなるだけだ」

 

 ジャズの制止をさらにさえぎって放たれたミラージュの言葉にオプティマスは複雑そうな顔になった。

 

「だとしても、その時までは楽しむさ」

「………………好きにすればいい」

 

 それだけ言って、ミラージュは部屋から出て行った。

 

「アイツはアイツなりに、色々思うところはあるみたいだな……」

 

 溜め息を吐きながらアイアンハイドは腕を組む。

 

 皆、分かっていた。

 ミラージュの言う通り、いつかは別れる日が来るのだ。

 

 重くなった空気を払うように、フッとジャズは笑みを作った。

 

「ま、オプティマスの言う通り、その時はその時さ。それより今はオプティマスの贈り物だよ! 何にする?」

「あ、ああ、そうだな……」

 

 再び考え込むオプティマス。

 

 四人は、遥かな昔のように、あーでもないこーでもないと話を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 そんな輪の中にあって、ラチェットは少し別のことに思考を回していた。

 

 ロディマスのことだ。

 

 ネプテューヌもさすがに誤魔化せないと思ったのか、ラチェットには本当のことを言ってきた。

 ラチェットとてオプティマスが雛を害するとは思っていないが念の為、そして医者としての守秘義務から、このことを伏せておくことにした。

 

 だが不可解なことがある。

 

 ロディマスはオートボットなのだ。それもタダのオートボットではない。

 

 その身に宿るCNAは、メガトロンの物だった。これはラチェットを死ぬほど驚かせたが、しかし身体的には100%オートボットだ。

 

 この矛盾がどういうことなのか……。

 

 これがオートボットのしいてはトランスフォーマーの未来を左右することを予感し、ラチェットは慎重にならざるをえないのだった。

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

おまけ:ネプテューヌパワー・オプティマス・プライム&レイジング・メガトロン スペックおよび武装集。

 

 

 

ネプテューンパワー・オプティマス・プライム

体力・・・10

知力・・・9

速度・・・10

耐久力・・10

地位・・・10

勇気・・・測定不能

火力・・・10

技能・・・10

オプティマスとハードモード:ネプテューヌが合体することで現れる新たな姿。

背中のジェットパックにより飛行が可能になった。

二人の愛と絆が深まるほど、その力は増していく。

 

武装

プラネティックキャノン

ネプテューヌを経由して得たプラネテューヌのシェアエナジーを撃ちだす大出力のビーム砲。

 

バイオレットバルカン

毎秒2000発ものビーム弾を発射できるビームガトリング砲。

 

多弾頭ミサイル

背中のバックパックから発射するミサイル。

四つに分裂して敵に襲い掛かる。

 

障壁

本来は女神の力だが、ネプテューヌと合体することにより使用可能になった。

 

レイジング・メガトロン

体力・・・測定不能

知力・・・10

速度・・・10

耐久力・・測定不能

地位・・・10

勇気・・・9

火力・・・測定不能

技能・・・10

メガトロンとハードモード:レイが合体することで降臨した姿。

踵からのジェット噴射によりロボットモードでも高度な飛行能力を獲得した。

その恐るべき破壊力から逃れられる者はいない。

 

武装

ディメンジョン・カノン

異次元からエネルギーを引き出し、これをビームとして発射する最強兵器。収束型と拡散型に撃ち分けることができる。

引出すことが出来るエネルギーの量はメガトロンの精神力に左右され、故にメガトロンの意識しだいで無限に威力が上がる。

 

デストサンダー

背中と頭部の角から放つ雷撃。

敵を攻撃する他、バリアのように体の周りに張り巡らせて敵の攻撃を防ぐことが出来る。

 

武装はこの二つにハーデスソードのみだが、この二つがひたすらに強力なので何の問題もない。

 

※ちなみにどちらの場合も合体している女神は機体各部の制御を担当。決して何もしてないワケではない。

 




おまけのスペックは、あくまで指標です。

スペックが可笑しいことになってるけど、いわゆる『ぼくのかんがえたさいきょうのとらんすふぉーまー』なんで、勘弁してださい。

次回は、レース回! ……の前にD軍側のギャグか、番外編やるかも。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話 下世話な話

今回、内容がひどくキモイです。


 ゲイムギョウ界の侵略を狙い、謎の『E計画』を進めるディセプティコン。

 

 その一員であるレイは、今や実質的にメガトロンの副官とでも言うべき立場にいる。

 

 女神とはいえ有機生命体であり、ディセプティコンに男尊女卑の思想が根付いていることを考えれば、まさに異例と言える。

 

 それはともかくとして、会議に子育てにメガトロンのサポートと多忙を極めるレイであるが、そのスケジュールの一つに、『夜、雛たちが寝静まった後、10分ほどメガトロンの自室に立ち寄る』というものがあるのだが……。

 

 それが何を意味するか、勘付いている者は稀である。

 

  *  *  *

 

「ねえ、レイちゃん」

「何ですか、フレンジーさん?」

 

 夜、明日の予定をまとめていたレイに、手伝っていたフレンジーに問われ、レイは首を傾げる。

 

「いやさ、ちょっと突っ込んだこと聞いていい?」

「内容によります」

「だよね。……いやさ、最近レイちゃん、よくメガトロン様の部屋へ行くじゃん」

「行きますね」

「でさ……やっちゃってんの? ……精神直結」

 

 その言葉に、レイはキョトンとする。

 ああ、この反応は杞憂だったか……と思ったフレンジーだったが。

 

「はい、してますよ」

 

 アッサリとレイは答え、フレンジーは呆気に取られる。

 

「……マジで?」

「はい。……ええと? どうしたんです?」

「どうしたって……レイちゃん、精神接続の意味、分かってる?」

「ええ、メガトロン様がおっしゃるには、『お前が俺の物だということを魂に刻みつけるための作業だ!』とのことですが……」

 

 ――あの破壊大帝、説明端折ってやがる!

 

 やはりレイは、精神接続についてよく分かってないらしい。

 無知な女性を騙くらかして手籠めにするが如き男らしくない行為に、フレンジーは憤る。

 

「レイちゃん、レイちゃん! 精神接続ってのはね……」

 

 さしあたっては、この無防備な女からである。

 

  *  *  *

 

「は、はあ……」

 

 説明を受けたレイは、さすがに頬を赤くしていた。

 

「分かったかい、レイちゃん! イヤならイヤってハッキリ言いなよ!」

「はあ……そう言われましても」

 

 がなり立てるフレンジーに、レイは頬に手を当てて反論する。

 

「べ、別にイヤではないので……」

「…………ああ、そう」

 

 何とも言えない顔で(分かり辛いけど)大きく排気するフレンジー。

 だがレイはさらに予想斜め上のことを言い出した。

 

「でも……だったら、もっと若い娘を紹介とかしたほうがいいのかしら?」

「……は?」

「私はもう、かれこれ一万年近くも生きてるおばあちゃんですからね。若くて魅了的な女性のほうがメガトロン様も楽しめるんじゃないかなって」

「………………」

 

 絶妙にズレてるレイ。

 もう、何と言っていいか分からないフレンジーだった。

 

  *  *  *

 

「ってなことがあったんだよ!」

「ん~?」

 

 夜、ディセプティコン基地の一角で、フレンジーとバリケード、ボーンクラッシャーがオイルを飲んでいた。

 

「何なの、もう何なの!! レイちゃんの無自覚っぷり!」

 

 フレンジーの愚痴に、バリケードは呆れたように排気した。

 

「俺としては、メガトロン様が有機生命体と直結するような変態的な性癖だったことの方が驚きなんだが……」

「それもそうだが、説明してないってどういうことだよ! 先っちょだけ、先っちょだけってか!?」

「まあ……いいんじゃないか? それはそれで」

 

 ヒートアップしてるフレンジーをボーンクラッシャーがなだめる。

 

「レイが嫌がってないなら、別に構わないだろう」

「嫌がってるとか、そう言う問題じゃあねえんだよ!」

 

 オイル缶をドンと床に置き、フレンジーは吼える。

 

「そりゃあ、メガトロン様はスゲエお人だよ! でも、それと女を幸せに出来るかは別問題だろうが! あーいうタイプは、女が何も言わないことをいいことに家庭より仕事を優先するくせに、独占欲も強いから浮気とか許さねえっていう面倒くさいクチなんだよ! 子供にだって今は甘いけど、いずれはスパルタしちゃうだろうし、家庭崩壊待ったナシじゃねえか! だいたいレイちゃんもレイちゃんで、自分が『そこそこ』の美人だから魅力がないってどういう理屈だよ! 『そこそこ』ってことはだいたいの女より上っつうことだろうが! それに世の男ってのは抜群の美女より、そこそこの女の方が声かけやすいし手も出しやすいんだっての! 年増だからって言うけど29歳とか世の中では女として油が乗ってる時期なんだよ! お前、映画とか見てみりゃ、アラサーのヒロインなんて山ほどいるだろうが! アニメ漫画界隈だけで物を語ってんじゃないよ!」

「長い、長いぞフレンジー。それにどんどん関係なくなってる」

 

 一気に捲し立てるフレンジーに、バリケードは小さくツッコミを入れる。ボーンクラッシャーは呆気に取られていた。

 どうやら相当酔っているらしい。

 フレンジーがこういう酔いかたをするのは珍しいので、二人は面食らう。

 

「俺は、俺はよう、レイちゃんに幸せになってほしいだけなんだぁ……」

 

 最後には涙酒になり、フレンジーはバタリと倒れる。

 

「あ~あ、まったく。飲み過ぎだ」

「まあ、レイに幸せになってもらいたいってのは同感だけどな」

 

 酔いつぶれたフレンジーを横にして、バリケードとボーンクラッシャーはもう一度、オイルを煽るのだった。

 

  *  *  *

 

 翌日。

 『E計画』成就に向けて色々動いているディセプティコン。

 今日もメガトロンは、司令部の玉座に腰かけて部下たちからもたらされる情報を整理していた。

 脇にはレイとフレンジーが控えている。

 円卓の上のホログラム発生装置からは、ショックウェーブの立体映像がリアルタイムで映されている。

 

『メガトロン様、ショックウェーブよりご報告いたします。ご命令の通り、人造トランスフォーマーの増産を開始いたしました。加えて、これまでのモージャス・インダストリー製の兵器も改良を重ねております』

「うむ。頼んだぞ。これからの戦いでは物量がモノを言うからな。それが軌道に乗ったら、こちらに戻ってこい。お前には本部の防衛と『アレ』の最終調整を任せたい。代わりにサウンドウェーブをそちらに送る」

『御意。ではこちらにはトゥーヘッドを残してサポートさせます』

 

 そこでレイが口を開いた。

 

「メガトロン様、発言してもよろしいでしょうか?」

「申せ」

 

 メガトロンが頷くのを確認してから、レイはショックウェーブに向き合う。

 

「ショックウェーブさん。私がお願いした、人間用の装備の方はどうなっていますか?」

『ミス・レイ。そちらについても問題ない』

 

 ショックウェーブが答えると共に、新たな立体映像が投射される。

 それは人間が着込むアーマーのデータだった。

 アーマーは全体的にノッペリとしていて、成型色である白そのままだった。

 

『リーンボックスの特殊部隊が使用する機甲アーマーをベースに、ディセプティコンの技術を組み合わせて開発した。主な機能は身体の保護、筋力の強化、戦闘のサポート。私としては機密保持のための自爆装置を組み込みたかったが……ミス・レイは反対のようなので、オミットした』

「ありがとうございます。……しかしそうですね、デザインの方は、もう少し何とかなりませんか?」

『デザイン?』

「はい。もっとこう……敵を威圧するような」

 

 レイの反論に、ショックウェーブは無感情に反論で返す。

 

『それは論理的に考えて必要とは思えないのだが?』

「いえいえ、重要ですよ。『E計画』実行のあかつきには、クローン兵は人造トランスフォーマーと共に人々に広く知られる『顔』になります。……その顔は目立つ方がいいでしょう?」

 

 穏やかに諭すレイ。

 ハイドラ壊滅後、クローン兵たちはディセプティコンに併合された。

 いずれは戦力として動員されるだろう。

 ちなみに、非クローンの兵たちも併合され、現在はブラックアウトとグラインダーにクローン兵共々、鍛えられている。

 

「ショックウェーブ、デザインの方は部下にでも考えさせろ。お前はそこらへんが不得手だからな。出来上がったら俺に見せるように」

『御意』

 

 通信を切ってからメガトロンはレイを一瞥した。

 

「……お前もだいぶ、物を言うようになったな」

「これでも長生きしてますので。ま、多少は……。これでも、メガトロン様より年上なんですよ」

「ふん、ならばよい。下がれ」

「はい」

 

 一礼をしてから、レイはフレンジーを伴って司令部から退出しようとする。

 

「あ、レイちゃん。俺ちょっとメガトロン様と話があるから! 先に行っててよ!」

「? あっはい。分かりました。ではまた後で」

「うん、後でねー!」

 

 レイに手を振ったあとで、フレンジーは至極真面目な顔でメガトロンと向き合う。

 その姿をメガトロンは面白そうに睥睨した。

 

「それで? 話とはなんだ、フレンジー」

「…………レイちゃんのことについてです」

「ほう? しかし、あれの休暇なら後日改めて取らせることに決めたであろう? それとも子供を失った母に気を使えと?」

「精神直結のことです」

 

 メガトロンのオプティックが一瞬、不快そうに細くなった。

 フレンジーは挑戦的に破壊大帝を見上げる。

 

「してますよね。精神直結、レイちゃんと」

「それの何が悪い? あれは俺の物だ。故に、俺がどうしようが俺の自由よ」

 

 動揺したのも一瞬、メガトロンは傲岸な笑みを浮かべる。

 

「精神直結してること自体に文句はありませんよ。俺は、レイちゃんに精神直結がどういうことかを説明せずにいたことに腹を立ててるんです。嘘を並べて女を()るなんてのは、あんまりにも男らしくありません」

「なるほどな。しかし、レイに言ったことは嘘ではない。実際、あれに俺の物であるという認識を植え付けるためにしているのであって、それ以上の他意はない。……でなければ、俺が下等な有機生命体と直結するとでも?」

 

 嘲笑混じりの言葉に、フレンジーは呆れたように排気した後、部屋の中央の円卓の前までトコトコと歩いていく。

 手の先を鋭く尖ったプラグに変形させると、円卓の端のコンソールのソケットに刺す。

 

「……ここに、サイバトロンにいたころにメガトロン様の『お相手』をした女たちの感想をまとめたファイルがあります」

「……………………何だと?」

 

 ここで初めて、メガトロンの表情が凍りついた。

 その間にも映像が再生される。

 

『一回お相手をしたら、もうこなくていいと言われた。何が不満なのかと尋ねたら、何もないと答えられた』

『凄いタンパク。テクニックも体力もあるけど、情熱が致命的に足りない』

『なんか、そういう欲求が、ほとんど無い感じ。野望以外の欲望が欠落してるって言うか』

『直結してる時間があるなら、他のことしたいってのが凄い伝わってくる。多分、女と直結するのも周りへの見栄』

『次回、マグロ! ご期待ください』

 

 次々と再生される女性の声(映像と音声はプライベート保護と身の安全のため加工してあります)に、メガトロンは何とも言えない顔になる。

 

「ええい、止めろ止めろ!! 何だコレは!! 誰がこんな物を編集した!?」

「資料提供はサウンドウェーブです」

「ふぁっ!?」

「とにかく、こんな感じで、メガトロン様が女性への興味が薄いのは、周知の事実でして。一時期なんざ、同性愛者なんじゃないかという噂が立ったくらいでして……」

 

 まさかの情報提供者と、自分への有り得ない疑惑にメガトロンが頭を抱えそうになるのを堪えていると、フレンジーはさらに続ける。

 

「で、レイちゃんとはしてるんですよね、直結。それも毎日。随分と情熱的ですねえ。サイバトロニアンとは、どれだけ良い女でも、一回して終わりだったってのに」

 

 激情を抑えるようにワナワナと体を震わせていたメガトロンだが、やがて肩の力を抜いて深く排気した。

 

「それで、俺にどうしろと?」

「別に、これと言って。……でもそう、子供には父親と母親が必要らしいですよ」

「……レイを(めと)れと?」

「いえいえ、ただゲイムギョウ界では女に子供を作らせたら、責任とって妻にするもんだそうで」

「……………」

 

 頭痛を抑えるように額に指を当てるメガトロンに、フレンジーはブラブラと体を揺らす。

 

 ――まあ、外堀ぐらいは埋めといてあげるから、頑張んなよレイちゃん。

 

 ちょっとした戦果に勝ち誇るフレンジーだが、司令部の扉が開いた。

 誰かと思えば、話題の本人、レイである。

 

「あれ、レイちゃん? どうしたの?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔になるメガトロンに対し、フレンジーはケロッとしてレイに声をかける。

 するとレイはゆったりと微笑んだ。

 

「いえ、ちょっと思い出して……作った資料をメガトロンに、お渡ししようかと」

「資料?」

「……何のだ?」

 

 心当たりがないので口々に聞いてくるフレンジーとメガトロンに、レイはホログラム発生装置にメモリを刺して操作することで答えとする。

 

 投射されたのは、一見履歴書のように見えた。

 女性の顔写真と名前、簡単な来歴がまとめられている。

 意味が分からないという顔のメガトロンに向かって、レイはニッコリと笑った。

 

「メガトロン様のため、『お相手』として相応しいと思われる女性をピックアップしました。各国でも高水準の容姿を持ち、なおかつ能力も高い、魅力的な女性たちです!」

 

 自信満々のレイ。

 フレンジーは驚愕のあまり口の牙を最大限開きながら、思い出す。

 

『でも……だったら、もっと若い娘を紹介とかしたほうがいいのかしら?』

 

『私はもう、かれこれ一万年近くも生きてるおばあちゃんですからね。若くて魅了的な女性のほうがメガトロン様も楽しめるんじゃないかなって』

 

 ――あれ本気だったんだ。

 

「この子なんかお勧めですよ。ラステイションの記者なんですけど、結構良い記事を書くので……それともこっちの方がいいですか? リーンボックス特命課のエージェントで、見ての通りスタイルがとてもよくて……」

 

 なかなか結婚しない親戚にお見合いを進めるお節介なオバチャンの如く、映っている女子を紹介するレイ。

 

 フレンジーが恐る恐る主君の顔を盗み見れば、メガトロンは説明不可能な何とも言えない顔をしていた。

 

「こちらはロボットに詳しい方です! GDCで働いてるけど、そこは何とか……でもちょっと若すぎたかなあ。それとこっちは魔法使いであり優れた科学者という素晴らしい人材です!」

「………………」

「胃が……痛いなあ……」

 

 まだまだ紹介を続けるレイと、かつてない表情で固まっているメガトロンに挟まれて、フレンジーは現実逃避気味に呟くことしか出来ないのだった。

 

 この後、何とかメガトロンとフレンジーが「そういうのいいから」とレイに納得させるのには、少々の時間を有したのだった。

 




Q:精神直結10分で済むの?

A:実際の時間は10分でも、体感的にはそりゃあもう、たっぷりじっくり……。

前回と対になる話。
両想いだけど中々進まないオプティマスとネプテューヌに対し、関係は進んでるけど何かズレてるメガトロンとレイと言う構図。
初期案では、レイが本当に若い娘掻っ攫ってきて、メガトロンとフレンジーが後始末に奔走する話になる予定だったけど、ギャグじゃすまなくなるのでこんな感じに。
ネプテューヌとは違う方向で愛が重いレイでした。

ちなみにレイが紹介した女性は、全員ネプテューヌシリーズの登場人物です。

次回こそはレース回。

……下手すりゃ、次回が最後の日常回。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 ショックウェーブの手記 + オマケ

レース回が(登場人物が多い都合上)時間がかかるので、間をつなぐために番外編になります。


 人造トランスフォーマー。

 それはオールスパークのみが生み出すことが出来るとされてきた、新たな命の創造を、ある種歪な形とはいえ可能とした革命的な技術である。

 それが生命の神秘という非論理的な幻想に対する反証であるという事実に気が付いている者は少ない。

 

 この文章は、私、ショックウェーブが人造トランスフォーマーの成り立ちについて簡単に記した物である。

 

 

①:人造トランスフォーマー第1号 スティンガー

 武装:右腕部変形式ブラスター、両腕部内蔵式マイクロミサイル

 ビークルモード:プラネテューヌ産スーパーカー

 オートボットの技術者ホイルジャックと、プラネテューヌの女神候補生の手により誕生した歴史上初の人造トランスフォーマー。

 その機体はオートボットの情報員バンブルビーをモデルとしており、外見的特徴を含め多くのデータが類似している。

 特筆すべきは、この機体で試験的に使われた『粒子変形』の技術であろう。

 これは機体をいったん微小な粒子に分解し、その後別形態に集結することで変形するというものだ。

 多くの者は、通常のトランスフォーマー式の変形より粒子変形の方が困難な手法であると考えているが、これは大きな間違いである。

 

 例として、ブロックを重ねて何かしかの形を作るとする。建築物でもいいし、車両でもいい。

 そうして作った物を別の形……それこそ人型にするにはどうするか?

 多くの場合、ブロックを一度崩して別の形に組み直すと答えるだろう。これが粒子変形である。

 対して通常の変形の場合では、積み木を崩してはいけない。

 ブロックとブロックが離れないように注意しながら、全く別の形に組み替えなければならない。

 

 こう書けば、通常変形が粒子変形に比べいかに困難なことであるか理解できるだろう。

 また粒子変形には、ある種の電磁波によって変形が阻害されるという欠点もある。

 

 もう一つ、スティンガーについて特筆すべきは、コアとなっている疑似シェアクリスタルの存在であろう。

 これはゲイムギョウ界各地で少量ながら採掘されるエネルゴンクリスタルにシェアをある程度集めた物で、人造トランスフォーマーの人格、記憶を保存する機能もあることが確認されている。

スティンガー、そして後続の人造トランスフォーマーのほぼ全てに搭載されることになる、このクリスタルは、まさに人造トランスフォーマーの核と言っていいだろう。

 

 これらのことから分かる通り、スティンガーは、それ自体はバンブルビーの模倣の域を出ておらず論理的に考えて無駄も多いが、全ての人造トランスフォーマーの基本となった機体である。

 

 

②:科学兵トゥーヘッド

 武装:内蔵式粒子波動砲、両腕部ブレード

 ビークルモード:ディセプティコン式掘削機搭載車両

 オートボットとの戦いのさなか、あの忌々しいプルルートによって破壊されたドリラー。

 プルルートには、この代償を必ず払わせるとして、私はドリラーから彼のパーソナルコンポーネントを取り外すことに成功した。

 すなわちプルルートはドリラーの破壊を完遂してはおらず、彼女の努力は徒労に終わったワケだ。

 

 ……話が逸れた。

 

 とにかく持ち帰ったドリラーのパーソナルコンポーネントを、私は上記のスティンガーから得たデータを基に開発した人造ディセプティコンに組み込んだ。

 それがトゥーヘッドである。

 バンブルビーをモデルとしたスティンガーに対し、トゥーヘッドは私、ショックウェーブをモデルとした。

 このトゥーヘッドは元々生物学的に下等なドリラーを核にしている都合上、不足の事態に備えて各機能に余裕を持たせてある。特に二つの頭部にそれぞれ存在しているブレインは、並行して使うことにより、通常のトランスフォーマーと遜色のない高度な知能を実現した。

 我ながら単純ではあるが、分かり易い発想である。

 

 

③:量産兵士トラックス

 武装:手持ち式機銃、右腕部二枚刃ブレード

 ビークルモード:小型クロスオーバーUSV

 モージャス・インダストリーがトゥーヘッドのデータを基に作り上げた、初の量産型人造トランスフォーマー。

と、言うことになっているが、実際に設計したのは私である。

 マジェコンヌに設計図を渡し、彼女がハイドラに譲渡した。

 その設計図をそのまま使って生産されたのがトラックスである。

 私の設計そのままであるのは、この企業の科学者の発想の貧困さ、危機管理能力の欠如の証左であり、彼らの驚くべき無能さの表れである。

 このあたりは、優秀な科学者や技術者を多く協力者に持つオートボットへ羨望を禁じ得ない。

 

 さて、トラックスであるが、スティンガーのデチューン版とでも言うべきこの人造トランスフォーマーの性能はそこまで高いとは言い難いが、この機体は極めて安定性が高く低コストで生産でき、また拡張性が高い。すなわち量産に適しているのである。

 論理的に考えて、戦争は数なのである。

 

 

④:監理兵アビスハンマー

 武装:右腕部ブレード、電撃銃(ブレードに内蔵)、電気鞭

 ビークルモード:クーペ

 両側頭部から突き出たカナード状の角が特徴的なこの人造トランスフォーマーは、トラックスの発展系だ。

 背中のジェットブースター二機によって高速移動とホバリングが可能であり、また武装には電気を利用しており、対オートボットに大きな戦果を発揮するはずである。

 この機体はどちらかと言えば接近戦を想定した機体であり能力は高いが、そのぶん高コストである。

 当機とある女神の武装が似通っていることに着目する者もいるだろうが、偶然である。

 

 

⑤:環境保全兵ジャンクヒープ

 武装:なし。ただし腕力は驚異的

 ビークルモード:ゴミ収集車

 少し変わり種なのが、このジャンクヒープである。

 ゴミ処理用の車両に変形する、この機体は、直接的な戦闘力は低い。

 と言うのも、この機体の究極的な目的は戦闘ではなく、その後処理だからだ。

 戦闘で発生した瓦礫や、有機的残骸などの廃棄物を体内に取り込み、徹底的に洗浄消毒。

 その後、再利用可能な物と不可能な物に分別、再利用可能な物は小さなキューブ状に圧縮し、不可能な物は微細な粒子にまで分解してそれぞれ排出する。

 

 

⑥:販売員クッキークッカー

 武装:なし

 ビークルモード:クッキーの自動販売機

 モージャス・カンパニーの科学者が、協賛企業である菓子メーカーとのタイアップのために製作した人造トランスフォーマー。

 クッキーの販売機に変形し、クッキーを販売する。

 

 …………何の意味があって、こんな論理的でない機体を作ったのか理解に苦しむ。

 プルルートなら、喜びそうではある。

 

番外:ネメシス・プライム

 武装:手持ち式のマジカルブラスター、内蔵火器多数

 ビークルモード:トレーラートラック

 武装組織ハイドラがオプティマスのデータを基に独自に造り上げた人造トランスフォーマー……と呼べなくもない機械人形。

 スティンガーからの系譜の外にいる存在。

 かの組織の首領がオプティマスに拘っていらこともあり、姿はカラーリングの違うオプティマスそのものである。

 ただし機能は大きく劣り、特に変形機構は変形するたびに火花が散る、異音がする、速度が遅いと失笑ものである。

 また、内部に火器を多数搭載しているが、これが全体のバランスを欠いている。

 有人式であるのも、操縦者が脆弱な有機生命体であることを考えればマイナスでしかない。

 ある程度の数を生産したものの、コストが高すぎて量産には向かない。

 兵器としての観点からも、トランスフォーマーの複製という観点からも、失敗作としか言えない。

 

番外:その他兵器。

 人造トランスフォーマーではないが、モージャス・インダストリー製の兵器とその改良案を便宜上ここに並べる。

 

①:二足歩行自動兵器シゲミ

 武装:両腕部内蔵式機銃、本体内蔵式ロケットランチャー

 一応はオートボットからの技術を利用して作られた、この社の商品。

 箱状の本体に、逆関節の下肢と機銃を内蔵した腕を付けた物。

 あまりにも幼稚な玩具のような兵器であるが、特に足回りとAIは杜撰。

 転倒すると起き上がることが出来ず、また僅かな段差を越えることが出来ない。

 AIは低能でフレンドリーファイアを頻繁に起こす。

 これを作った科学者曰く、『可愛いからいいのだ!』

 プルルートなら、間違いなく苛め倒して可愛いと言うに違いない。

 

 さしあたって、足回りとAIの改修を実行。

 結果、それなりにはなった。

 

②:無人攻撃ヘリ クマンバチ

 武装:本体前方に機銃二門、本体下部に大型キャノン砲、左右ウイングにガトリング砲とミサイルポッド

 ブラックアウトのデータを基に作られたヘリ型無人兵器。

 搭載している火器が多すぎて機動力を殺している。

 AIも極めて単純。

 プルルート辺りなら、さぞ楽しそうに撃墜するのだろう。

 

 さしあたり、デッドウェイトになっているキャノン砲をオミット。内部機構も大きく改良。

 結果、機動力と火力の両立に成功した。

 余剰スペースを上手く使えば歩兵や人造トランスフォーマーを運搬することも出来るだろう。

 科学者曰く、「何で砲を外すんだ! 大火力重点がコンセプトなのに! これじゃ輸送ヘリじゃないか!!」

 

 そもそも、ブラックアウトのビークルモードは輸送ヘリだ。

 

③:無人戦車 チバタン

 ブロウルのデータを基に作られた戦車型無人兵器。

 とりあえず、AI以外は他よりはマシである。

 だが戦車の兵器としての役割は、砲台であると同時に歩兵を守る移動トーチカであるが、全体的に装甲が薄いので、その役を果たさない。

 あのプルルートなら嬉々としてなぶるのだろう。

 科学者、「チバタン、バンジャ~イ!」

 

 意味が分からない。

 

 とりあえず装甲追加。砲も強力なビーム砲に交換。

 名前も公募の結果、ガッヂタンになった。意味は知らない。

 

番外:人型ロボット ターシネーター

 オートボットの技術を応用して作られた人型ロボット。

 金属の骨格に疑似皮膚を被せ人間に偽装した物である。

 動きがぎこちなく表情も変えられないなど極めて稚拙であるが、量産にも適しているし、人間に偽装して敵地に潜入することが出来るという強みもある。

 改良次第では有用な兵器になるだろうし、現状でも歩兵としてそれなりに役立つはずだが、現在は製造していないうえに設計図も破棄されている。

 科学者「破壊力に関係しないだろ!!」

 

 論理的に考えて、何故この男、ローマン・モージャスが開発部主任なのだろうか?

 

番外:機械系モンスター

 話は逸れるが、このゲイムギョウ界には『機械系』と言われるモンスターがいる。

 機械系モンスターは人間に製造された物であると広く考えられているが、これは間違いだ。

 彼らは機械の廃棄場などで『生まれる』

 そう、『作られる(ビルド)』のではない『生まれる(ボーン)』のだ。

 廃材に残留する人間の思念(専門外ではあるが、因子と呼ばれる)が機械モンスターを生み出す。

 彼らは極めて原始的な機械生命であり、もしこの世界に置いてサイバトロニアンに最も近い者を選べと言うのなら、機械系モンスターか女神の二択となる。

 これは仮説ではあるが、前述の因子が機械系モンスターを生み出すのならば、因子の質と量次第でトランスフォーマーには及ばないまでも、高度な知性と人格を有した機械系モンスターが生まれるのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 ……最近、疲労を感じる。

 思考の隅に、いつもあの女神がいる。

 あの女神の笑顔が、私の論理的なはずのブレインに居座っている。

 それを何とか消去し、浮かび上がってこないように思考をコントロールするのは、予想外に消耗する。

 

 ……気が付けば、一つの箱をこさえていた。

 これは檻だ。

 あの女を捕らえておく檻だ。

 この檻に接続することで、中の状況をリアルタイムで知ることが出来る。

 女神を中に入れれば、それだけで私はあの女神を私だけの物に出来る。

 

 ……何を考えている?

 

 あの女を、プルルートを排除して論理的思考を取り戻さねばならないのに、何故こんな物を作ったのだ?

 

 早くあの女を、プルルートをはいじょしなくては。

 

 はやくしなくては、ほかのだれかに、とられてしまう。

 プルルートは、わたしのえもの。

 

 ほかのだれにもわたさない。

 

 

 

~~~~~~~~~

 

オマケ:ネプテューヌ THE TRANSFORMATION簡易年表

 

 

約数万年前: オールスパークがサイバトロンに飛来。

      最初の十三人が生まれる。

 

 

約一万年前: レイ誕生。

      最初の十三人がゲイムギョウ界を発見。

 

      メガトロナスがレイに接触、レイ女神化。

      タリ建国。

 

      タリ、セターンに侵攻するも、ダイノボットに撃退される。

 

       レイがレジスタンスに倒される。タリ滅亡。

      この出来事は俗に『タリショック』として長く語り継がれることになる。

 

       メガトロナス、ソラスを殺害。

       賛同者をディセプティコンを結成。他の兄弟に宣戦布告。

       これに対抗するため、他の十三人がオートボットを結成。

 

       伝説に語られる『プライム戦争』が開戦。

       永きに渡るオートボットとディセプティコンの敵対の歴史が始まる。

 

       ジェットファイア、メガトロナスのやり方に付いていけなくなり離反。

 

       セターン王国にディセプティコンが侵攻する。

       ダイノボットが応戦するも、力及ばず滅亡。

 

       メガトロナスが異次元に追放されプライム戦争終結。

       しかし、この戦争で末弟をはじめとして多くの兄弟が死亡。

       もしくはサイバトロンから姿を消す。

 

       『歴史の記録者』と呼ばれる十三人の生き残りがマトリクスを持ち去る。

       この事件で『歴史の記録者』は十三人から除名される。

 

約9000年前:ノヴァプライムの時代。

       ノヴァプライム、星々を征服し黄金時代を築くも、

       ディセプティコンや有機生命体への蔑視の価値観も作る。

      (被征服星は、アセニア、ジャール、トラカカン、パラドロン、ネビュロン)

      (ヴェロシトロン、ギガンティオン、ゴーボトロン、など)

 

       ディセプティコンへの冷遇が始まる。

 

       ノヴァプライム、宇宙探索に出かけたまま行方不明に。

 

約8000年前: ガーディアン・プライムの時代。

       ガーディアンが有志を募って評議会を発足。

 

 

 

 

       ガーディアン・プライム、演説中に狙撃され死亡。

      『ディセプティコンの陰謀説』が広がり、ディセプティコンの立場が悪化。

 

約5000年前: ゼータ・プライムの時代。

       オートボットとディセプティコンの争いが激化。

 

       評議会が腐敗し、オートボット至上主義に凝り固まる。

       ゼータ、政治には疎かったため、この流れを止められず。

 

       ゼータ、戦死。

 

約4000年前: センチネル・プライムの時代。

 

約3000年前: メガトロン誕生。

 

約2700年前: オプティマス、ポッドに乗ってサイバトロンにやって来る。

       アルファトライオン、オプティマスを養子に。

 

       メガトロン、落盤事故に巻き込まれるも、自力で脱出。

 

       メガトロン、剣闘士デビュー。一躍ヒーローに。

 

       メガトロン、プライム御前大会で優勝。センチネルの弟子に。

       サウンドウェーブ、メガトロンの部下になる。

 

       オプティマス、公文書館に就職する。

       だが健康診断でプライムのCNAを持つことが発覚。

       半ば強制的にセンチネルの弟子に。

       オプティマスとメガトロン、出会う。

 

約1500年前: オプティマス、次期プライムに選ばれる。メガトロン、出奔。

 

       メガトロン、有象無象のディセプティコンを統一し、破壊大帝に。

       本格的に戦争が始まる。

 

       DD-05がブレイン交換手術を受ける。

       DD-05、幽閉される。

       DD-05、メガトロンに救出され、ショックウェーブと名を変える。

 

       航空戦士スタースクリーム、信頼していた上司に裏切られる。

       スタースクリーム、ディセプティコンに参加。

 

       ホイルジャックが絶対安全カプセルを評議会の依頼で作る。

 

約1000年前: センチネル、スペースブリッジの柱を持って、アーク号で出発。

       直後に撃墜される。

       オプティマス、プライムに就任。メガトロン、ぶっちぎれ。

 

約100年前:  タイガーパックスの戦い。

       オールスパーク、サイバトロンを離れる。

       バンブルビー、オプティマス直属へ。

 

       クリスタルシティの滅亡。エリータ・ワン、死去。

       ネプテューヌ、誕生。

 

 

2~3年前:  ゲイムギョウ界で全面戦争の気運が高まる。

 

       四女神による直接対決。ネプテューヌ、三女神に敗れ記憶を失う。

 

       ネプテューヌ、コンパ、アイエフ出会い、共に旅へ。

 

       水面下では、四ヵ国の教祖が共謀して友好条約を結ぼうと画策。

 

       ネプテューヌ、記憶を取戻し戦争を回避すべく奔走。

 

数か月前:  友好条約、まとまる。

 

現代:    スペースブリッジ試作型完成。

       両軍の戦いが起こるも、スペースブリッジが暴走。

       両軍はゲイムギョウ界へ……。

       友好条約を結ぶ式典に、オプティマスが落ちてくる。

 

 

       そして物語は始まる。

 

 

 




今回の解説

ショックウェーブの手記
人造トランスフォーマーは、一応系譜があるんだよと言う話。

モージャス・カンパニーは本来、戦車とか戦闘機を造る会社なので、ロボットを造ろうとしたら、ノウハウ不足&ロマン重点でこんなワケの分からない物をこさえてしまいました。

年表
誰得な簡易年表。
地味~に新情報を入れてあるけど、生かされるかは分かりません。
各TFの年齢は、フンワリとしか決めてません。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話 ゲイムギョウ界横断特急 part1

やっと来たぜ、レース回。


 ゲイムギョウ界はプラネテューヌ首都の一角に存在するサーキット。

 例年なら、ここではデトイナサーキットNEPというカーレースが開催される。

 ルウィーのカーレースに比べればマイナーながら、国内外に熱狂的なファンがいて大いに盛り上がるのだ。

 しかし、今年は少し様子が異なるようだ。

 

  *  *  *

 

「皆さん、プラネテューヌからこんにちは! カーレースの歴史上かつてない大レースが始まろうとしています!! その名もゲイムギョウ界横断特急!!」

 

 サーキットの実況席に座った、薄茶の髪を長く伸ばしたメイド服の少女がマイク片手に声を上げる。

 

「このレースはゲイムギョウ界四ヵ国とオートボットの末永い友好を願って開催され、その名の通りプラネテューヌを出発しルウィーを経由してラステイション首都を目指す、一大レースとなります! 成績上位者には、それぞれ順位に見合った賞金が支払われ、優勝賞金は驚愕の3億クレジット!!」

 

 興奮した様子で捲し立てる少女。

 

「さらにこのレースには、各国の女神様たちがパートナーのオートボット戦士と共に出場しています!」

 

 その言葉と共にオートボットと女神がスタートラインに付くべく入場してきた。

 

「まずは何と言ってもこの二人! プラネテューヌの女神ネプテューヌ様と、オートボット総司令官オプティマス・プライム!」

「これはオートボットとゲイムギョウ界の友好のためでもある。全力を尽くそう」

「頑張ろうねオプっち! 最高速は不利でもオフロードならワンチャンあるよ!」

 

「続きまして同じくプラネテューヌの女神候補生、かわいいネプギア様とバンブルビー!」

「よ~し、一緒に頑張ろう、ビー!」

「『もちろんさ~』『バランスなら』『俺が、俺たちが』『一番だ!』」

 

「ラステイションからやって来たのは自称最優秀女神ノワール様と、アイアンハイドの親子コンビ!」

「自称ってなによ、自称って!!」

「落ち着けよノワール。ま、パワーなら自信があるぜ」

 

「憧れのあの人に追いつきたい! ユニ様とサイドスワイプ!」

「やるからには一番を目指すわよ。スワイプ!」

「ああ、ビークルモードのスペックなら俺たちが抜きんでてるからな!」

 

「ちっちゃいことはいいことだ! 我らがルウィーの誇る女神ブラン様と……オマケのミラージュです」

「うおい、ちっちゃい言うな!」

「俺はオマケ扱いか……」

 

「さらに双子のロム様ラム様と、同じく双子のスキッズとマッドフラップのヤンチャチームも参加です!!」

「わたしたちが優勝から参加賞まで総なめにしちゃうんだから! ね、ロムちゃん!」

「うん、スキッズとマッドフラップも頼りにしてるね(ワクワク!)」

「おうよ! レースで重要なのは小回りであることを知らしめてやるぜ!」

「それとチームワークもな! 他は二人だが、ここは四人だぜ!」

 

「リーンボックスからは彼女たちが来てくれた! 女神ベール様とオートボット副官ジャズ!」

「ふふふ、正々堂々と勝利させていただきますわ」

「俺の信条は、力よりもスピードなんでね。悪いがこのレース、いただきだ!」

 

 各員がやる気満々である一方、ミラージュはダルそうな雰囲気を滲ませていた。

 例えるならば、家族で遊園地に遊びに行った時のお父さんのようなアレである。

 つまり、凄くイヤそうだった。

 

「何で俺が……」

「いいじゃないの。遊びだとでも思いなさい」

「…………これじゃあ、まるで道化だ」

 

 ブランの声にも不承不承と言わんばかりのミラージュ。

 さらにブランの表情からもあまりやる気が感じられない。

 そもそも彼らはこういう催しは苦手なのである。

 

 それはともかくとして、メイド少女の選手紹介は続く。

 

「女を舐めると痛い目見るわよ! GDCを率いる女傑アイエフさんとアーシー!」

「まあ、私たちは賑やかしね」

「私のビークルモードだと、明らかに不利だしね」

 

「おっとり系ナースのコンパさんと、暴力系軍医ラチェット!」

「ラチェットさん、わたしたちは安全運転でいくですよ」

「そうだねえ。マイペースに行くとしよう」

 

「地味って言うな! ジョ……何とかさん!」

「ジョルトだっての!!」

 

「レースなら俺たちを忘れてもらっちゃ困る! オートボットの荒くれ技術班レッカーズ! 全員での参加です!」

「なあレッドフット、正直こういうレースは邪道だと思うんだがな」

「そう言うなってロードバスター! たまにゃ良いだろ?」

「……………」

 

 言い合うロードバスターとレッドフットに対し、トップスピンはやはり無言であった。

 当然ながら、彼らは武装を外している。

 平和的な催しだからと言うよりも、レースにおいてはデッドウェイトになるからと言うのが彼ららしい。

 

「さらに、多くのレーサーがプロアマ問わず出場しています! あ、申し遅れました、実況は(わたくし)、ルウィー教会でメイド長を務めますフィナンシェがお送りいたします。解説はラステイションで万能工房パッセを経営されているシアン女史です!」

「どうも、シアンだ。私は技術者だから、各車の性能やオートボットとしての能力を中心とした解説になると思う」

「はい、お願いしますね! では続きまして一般枠の紹介になります!」

 

 シアンが慣れてない調子で挨拶すると、フィナンシェは笑顔で司会進行する。

 

 ……その一般出場者枠の中に、黒塗りのバンが混ざっていた。

 乗っているのは、ネズミパーカーの少女である。

 

「リンダちゃん、今からでも遅くないからやめない? さすがにオートボット大集合の中にいんのは生きた心地がしないんだYO……」

「ビビンなよクランクケース! ネズミやクロウバーとハチェットにも手伝ってもらってんだし、いざと言う時の助っ人も用意してある! 絶対、優勝賞金をメガトロン様とレイの姐さんに献上すんだ!」

 

 息巻くリンダに、クランクケースは溜め息を吐く。

 

 何でディセプティコン所属の二人が混ざってんだよとかツッコんではいけない。

 ゲイムギョウ界はそこらへんアバウトである。

 

 出場者の中には、この二人以上に問題のある人物もいた。

 

「何で、何で……」

 

 黒いスポーツカーの中で、少女は慟哭する。

 

「何で姉さんやネプギアたちが参加してるのよ!?」

 

 鮮やかな金色の髪を肩まで伸ばし、垂れ目気味で青い瞳の少女だ。

 普段なら勝気そうな顔は、今は泣きそうに歪んでいた。

 

 彼女の名はアリス。

 元はディセプティコン諜報部隊の一員であり、リーンボックスに教祖補佐として潜入していたこともある。

 ワケあって、今はディセプティコンを抜けて流浪の身だ。

 

「まあいいじゃないか。賞金目当てに参加するって言い出したのはアリスだろ?」

 

 黒いスポーツカー……アリスと同じくハグレ者のディセプティコン、サイドウェイズが呑気に言う。

 

「そりゃあね! そろそろ貯蓄も少なくなってきたし、ディセプティコンに居場所かバレるリスクを考えると気軽にバイトも出来ないし、あんたは足だけは速いし? でも姉さんたちがいるなんて聞いてないし! ブレインズ、あんた私に黙ってたわね!」

 

 アリスは助手席に置かれたノートパソコン……やはりハグレ者のブレインズをキッと睨む。

 

「さあてね。まあ、そろそろお姉ちゃんとお話しするぐらい、いいんじゃないかと思いましてね」

「いいワケないでしょう!」

 

 飄々としたブレインズに、アリスは頭を抱える。

 

「あんな別れ方しといて、両軍裏切るような真似して、どの面下げて会えってのよ!」

 

 棄権して逃げようかとも考えるが、仲間たちはそんな気は無さそうだ。

 こうなったからには、何とか顔を合わせずに済むようにするしかない。

 

「そうと決まれば髪型変えて! 眼鏡して! 後それから……」

 

 いそいそと変装を始めるアリス。

 本来なら彼女は外見を自由に変えられるのだが、今は何故か変形機能が不調でこの姿に固定されていた。

 おかげで、こんな慣れない変装をするハメになっている。

 

 その他の参加者も、峠の野良レースで慣らした走り屋、企業がバックアップにつくプロレーサー、極限までチェーンアップした愛車に跨るバイカー、このゲイムギョウ界でも名うてのレーサーたちが自慢のマシンと共に参加していた。

 何と戦車(中古)で参加している物好きもいる。

 

「各車、スタートラインに付きました。そろそろスタートの時間のようです! ごらんください! 今、スタートシグナルが点灯しました!」

 

 参加者が出そろった頃合いを見て、フィナンシェは声を上げる。

 その言葉の通り三つ並んだシグナルに赤い光が灯る。

 各車のエンジンが回転し、選手の緊張感が高まっていく。

 

 シグナルが音と共に赤から緑へと変わり、同時に爆音を立てて全ての車が発進した。

 

「イィヤッハアアァァァ!!」

「オウイエエェェェ!!」

 

 まず先頭に出たのは、やはりレーシングカーをビークルモードとするレッカーズの面々だ。

 

「さあて、ショータイムだ!」

「俺らも負けてられないぜ!」

 

 それに続くはビークルモードのスペックの高いジャズとサイドスワイプ。

 

「『待てやゴラァァァ!!』」

「まだまだ、こっからだ!」

「応よ!」

 

 バンブルビーが追いすがり、さらに後ろにツインズが走っている。

 だがそこでミラージュが集団の中を縫って、三者の横に並んだ。

 

「ああ! ミラージュ、やる気なかったんじゃなかったのかよ!!」

「お姉ちゃんも、遊びって言ってたじゃない!」

「勝負事で負けるつもりはない」

「遊びは全力でやるから楽しいのよ」

 

 スキッズとラムが文句を言えば、ミラージュとブランは不敵に返しつつその横を抜き去る。

 

「むう! やっぱり正攻法じゃみんなの方が早いか!」

「慌てるなネプテューヌ。勝負はオフロードに入ってからだ」

「アイアンハイド、頑張りなさいよ!」

「へいへい、今はチャンスを待ってんのさ!」

 

 年若いオートボットたちが先頭争いをする中、オプティマスとアイアンハイドは後続集団にいた。

 

「さあて、足元すくっちゃうわよ」

 

 小回りを利かせて集団の中を縫うように走るのはアーシー。

 

「それじゃあ、私たちは安全運転で行こうかね」

 

 そして、最後尾でノンビリ走るのはラチェットである。

 

「みんな~、頑張って~!」

「ねぷてぬ、ねぷぎゃー、あいちゃん、こんぱ! がんばれー!」

「無理はしないでくださいねー!」

 

 サーキット脇の特設席ではプルルートとピーシェ、イストワール、そしてロディマスがネプテューヌたちを応援していた。

 ピーシェとロディマスはプラネテューヌの国旗を模した旗を持って一生懸命振っている。

 

「やはりレッカーズ速い! 速いです! ジャズとサイドスワイプ、加速するも追いつけないー!」

「やっぱりマシンパワーの差を埋めるのは簡単じゃないな。レース用とスポーツカーとはいえ一般車両じゃ馬力が違う」

 

 フィナンシェが興奮気味に実況し、シアンが冷静に解説する。

 プラネテューヌ市街地の車道を利用した特設コースを、色のついた影の如き車の影が爆走する。

 コースの周りに詰めかけた一般市民の声援を受けて、さらに白熱するレースであるが、そんな中でひたすら目立たないようにしている車両が約一台。

 

「ちょっとサイドウェイズ! 前に出過ぎよ! もっと速すぎず遅すぎない位置に行きなさい!」

「無茶言うなよ! これはレースだぞ!」

 

 さらに、クランクケースもバンの姿でひた走るが、その順位は高いとは言い難い。

 しかし、乗っているリンダは余裕の表情で何処かへ通信を飛ばす。

 

「あ~あ~、こちらリンダ。ネズミ、準備はいいか?」

『オイラはワレチューっちゅ! こっちはOKっちゅ!』

 

 通信の向こうからは、お馴染ワレチューの声が聞こえてきた。

 その返答に、リンダはニヤリと笑う。

 

「んじゃ、初めてくれ」

『ほいっちゅ!』

 

  *  *  *

 

 市街地を走り抜けるのは、オートボットばかりではない。

 オートボットに負けていられないとひた走る一般参加者だが、突然そのうちの一台、オーソドックスなレーシングカーがスリップしコースアウトして建物に突っ込んだ。

 巻き込まれた者もおらず選手もすぐさま脱出したものの、車の方はもう走れそうにない。

 乗り手であったモーブ・ソノタが悔し涙を流しながら路上を見れば、何故かバナナの皮がばらまかれていたのだった。

 

 モーブは己のいかにもモブ的な退場の仕方に泣いた。

 

  *  *  *

 

 旧式戦車で走っているのはルウィーからわざわざやってきたマークとテスラの親子だ。

 特にテスラは、軍服風の衣装に身を包み車長席でめっちゃ楽しそうにしていた。

 気分は将校だが、実際にはクマのぬいぐるみを抱えている幼子なので可愛いとしか言えない。

 ともかく父マークの趣味で購入し、前職で培った技術をつぎ込んだ三世代くらい前の戦車(砲は飾りです)で記念にと参加している親子は、軍人ゴッコも含めてレースを楽しんでいた。

 

 だが、いきなり頭上から四角い岩がドッスンと降ってきて、車体がへしゃげてしまう。

 中の親子に怪我はなかったが、テスラは目を回し、マークは娘の無事にホッとした直後に修理代を思って頭を抱えるのだった。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌのコスプレをしたネプテューヌFCの会長の車は、やはりネプテューヌの姿が車体にデカデカと描かれた、所謂痛車だった。

 車そのものは名車と言われる車種のスポーツカーであるのが、逆に痛々しい。

 

 しかし意外にも会長のドライビングテクニック自体は相当な物で、次々とライバルを追い抜いていく。

 

 だが、いきなりその姿が消えた。

 いや道路に前触れなく開いた穴に落ちたのだ。

 

 後からバイクに乗って追いかけてきた副会長は、穴の底で廃車確定となった痛車の運転席で気絶している会長を助け出そうとバイクを降りるのだった。

 

  *  *  *

 

「みんなー! 大丈夫ー?」

「待ってろ、今助ける!」

「ラチェットさん! わたしたちもですぅ!」

「ああ。医者として、見過ごしてはおけないね」

 

 ネプテューヌとオプティマス、コンパとラチェットはこれらの事故を放ってはおけず、救助活動にいそしむのだった。

 

  *  *  *

 

『ツルツルバナ~ナ作戦、大岩ドッスン作戦、落とし穴作戦、全部上手くいったっちゅよ。引っかかった連中はリタイアしたっちゅ』

「アーハッハッハ! やりぃ!」

 

 クランクケースの運転席でワレチューからの報告を受けて、リンダは高笑いする。

 レーサーに相次いで降りかかるアクシデント。

 それらは全てリンダがワレチューに実行させた妨害工作だった。

 

「しっかし、リンダちゃん。リタイアしたのは一般参加のレーサーばっかりで、肝心のオートボットは誰も脱落してないYO?」

「安心しろクランクケース! オートボットの連中には、別の罠を用意してあんだ!」

 

  *  *  *

 

 依然としてレッカーズの三人がトップを争い、その後ろにスポーツカー組という構図が崩れないまま、先頭集団はプラネテューヌ市街地を飛び出し草原の中の街道へと入った。

 

「お! 順路だ!」

 

 ロードバスターが分かれ道の間に立つ標識を見つけた。

 

 描かれている矢印は左向きだ。

 

「よし左だな!」

「待ちやがれロードバスター!」

「…………」

 

 レッカーズが次々と左の道へと入っていく。

 程なくしてジャズ、サイドスワイプ、ミラージュがやってきた。

 

「あら、左ですわね。ジャズ!」

「OK!」

「スワイプ! 今回は迷わないでよ!」

「ユニ! 俺だって標識ぐらい読めるぜ!」

「左よ、ミラージュ。遅れないようにね……」

「無論」

 

 参加者たちは、皆揃って左の道へと進む。

 その近くの茂みの中では、ワレチューが自らの仕事の成果を満足げに見ていた。

 

「ちゅっちゅっちゅ! 『標識回転作戦』上手くいったっちゅ!」

『よおし! よくやったぞネズミ!』

 

 そう、これはリンダの仕組んだ作戦!

 標識を反対にしてライバルを迷わせる恐ろしい罠なのだ!

 

 そうとは知らず、参加者たちは何処へ通じるとも知れぬ道へ我先にと飛び込んでいく。

 

  *  *  *

 

「上手くいったぜ! これでアタイらが一位だ!」

 

 勝利を確信し、リンダは笑みを大きくする。

 自身は、ビークルモードで空中にいるハチェットに誘導してもらいながら走るリンダinクランクケース。

 だが、そうは上手くいかないのが世の常だ。

 

「まったく笑いが止まらないぜ! ア~ハッハッハ……はあッ!?」

 

 目の前の光景に思わず素っ頓狂な声を上げリンダ。

 それもそのはず、しばらく進んだ先にある滝の中からオートボットが次々と飛び出し本来のコースに戻ってくるではないか。

 

『おーっと、選手たちは秘密のショートカットコースに入っていたようです! これはラッキーだ!』

 

 答えはフィナンシェの実況によってもたらされた、

 分かれ道の先は大幅にショートカットできる抜け道だったのだ。

 

「そ、そんな馬鹿な……!?」

 

 結局、順位がほとんど上がらなかったリンダは頭を抱える。

 

「リンダちゃん、そろそろ帰らないかYO? あんまり妨害し過ぎると、俺らのことがばれるし、メガトロン様には何も言わずに動いてんのはヤバいZE?」

「駄目だ!」

 

 冷静にリンダを諌めようとするクランクケースだが、リンダは拳を握り締めて叫ぶ。

 

「最近、ディセプティコンも頭数が増えた。ここらで何か手柄を立てないと、いい加減アタイはメガトロン様に見限られる!」

「そんなこと……」

「無いって言い切れるか!?」

 

 今まで裏切り常習犯(ニューリーダー)や敗戦を重ねる兵たちが罰せられなかったのは、彼らが貴重な戦力だったからだ。

 しかし、人造トランスフォーマーやクローン兵を引き込んだ今、メガトロンが役に立たない者を切り捨てない保障はないのだ。

 頭は良いとは言えないリンダだが、そのことは本能的に分かっていた。

 

「もし、そうでなくても、このままじゃアタイは雑用係で終わりだ! アタイはもっとメガトロン様や姐さんの役に立ちたいんだよ! 手柄がいるんだ。……絶対に!」

『ま、点数稼いでおきたいのは確かっちゅね』

 

 必死なリンダの言葉に、通信の向こうのワレチューも同意する。

 

「しかし、リンダちゃん……」

「……大丈夫だ。必ず勝ちゃいいんだ」

 

 不安げなクランクケースに、リンダは自らを鼓舞するように強気に笑いかける。

 

「まだ策はあるさ」

 

  *  *  *

 

 そのころ、ルウィーの某所。

 

「つまり、ここを通る奴らをぶっ潰しゃあ、良いんだな?」

「ああ、報酬なら払う」

 

 ドレッズの一員、クロウバーの目の前には異様な男が立っていた。

 顔を白く塗り、真っ赤な髪をモヒカンにして口の周りも赤く塗っている。

 

「報酬にもよるな。最近は俺らに薬まで飲ませて当て馬にした挙句、報酬はナシっていう嘘吐きもいてね」

 

 モヒカン男の言葉に、クロウバーは無言で手の中から金の延べ棒を数本落とす。

 重い音を立てて、延べ棒は地面に落ちた。

 

「これは前金だ。成功すれば、もっと出そう」

「………本物みてえだな。……しかし、話がうますぎる」

 

 延べ棒を拾い上げ、軽く噛んでみたモヒカン男はそれでもクロウバーを信用出来ないようだった。

 見た目によらず慎重派である。

 クロウバーは首を少し傾けた。

 

「そうそう、これは余談だが潰してもらいたい連中の中には……オプティマス・プライムがいる」

 

 その瞬間、モヒカン男の顔が凶暴に歪んだ。

 

「……なるほどな。そういうことなら、話は別だ。俺たちメダルマックスに任せるがいい!! ガガガー!!」

 

 モヒカン男は奇声を上げながら、両掌から炎を吹き出す。

 

「パワーアップした俺の火炎放射と秘密兵器で、今度こそ奴を黒焦げのペシャンコにしてやる!! ガガガー!!」

 




Q:何でリーンボックス、ハブなん?

A:やって車で海は越えられないし……。

かくて始まったレース編。
誰も覚えてないだろうサブキャラいっぱい。
真面目なレースを期待してた方はすいません。
自分の中でレースと言うと『チキ○キマ○ン猛レース』とか『マリオカート』とかなんです。
リンダが主役みたいだけど、妨害役を中心にすると話を展開しやすいんで……。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話 ゲイムギョウ界横断特急 part2

何か、ホットロッドがラストナイトに出るそうで……。


 四ヵ国の末永い友好を願って開催された一大レース『ゲイムギョウ界横断特急』に出場した女神とオートボットたち。

 だが優勝賞金目当てに出場したリンダの妨害により、一般出場者に多数の脱落者が出ていた。

 それでも、レースはさらに白熱していく……。

 

  *  *  *

 

 レースは中継地点のルウィー首都を越え、ゴールであるラステイションに向かっていた。

 当然ながら、このレースは数日に渡って行われ、すでに三日目を迎えている。

 ルウィーの街道は舗装された道路ではなく整地されたむき出しの地面で、こうなるとスポーツカーをビークルモードに持つ者は今までのようにはいかない。

 

「くそ! 何で舗装してないんだよ! ケチりやがって!」

「うっせえ! 景観を壊さないためにあえて舗装してねえんだ!! 我が国は伝統を重んじるんだよ!!」

 

 ロードバスターの悪態を耳聡く聞きつけたブランが吼える。

 一方、パワーが自慢のオプティマスとアイアンハイドは、悪路に苦戦する先頭グループに対し猛スピードで迫っていた。

 

「いっけー、オプっちー! これまでの遅れを取り戻すよー!」

「ああ、このまま行けば直に追いつく!」

「アイアンハイド! ネプテューヌに負けるんじゃないわよ!!」

「落ち着けってノワール」

 

 はしゃぐネプテューヌに冷静なオプティマス。

 対抗意識を燃やすノワールと諌めるアイアンハイド。

 ある意味いつもの光景である。

 

『どうやら、選手たちは我がルウィーの大地の洗礼を受けているようです!』

『ああ、レーシングカーやスポーツカーは、本来オフロードを走るようには出来てないからな。こういう場所では、パワーのあるオプティマスやアイアンハイドが優位と言える』

 

 プラネテューヌにいるフィナンシェとシアンは、ヘリからの中継を見て実況解説する。

 

「道がガタガタですぅ!」

「うむ。より安全運転で行こう」

 

 オートボットの中では最後尾にいるラチェットとコンパは、やはりマイペースだった。

 

「こうなったら……ミラージュ、指示する道を進んでちょうだい」

「何?」

「近道するわ。……大丈夫、このルウィーでわたしが知らない道はないわ」

 

 自信満々なブランの言葉に迷ったのも一瞬、ミラージュは指示通り、一団から離れていく。

 

「ロムちゃん、お姉ちゃんが近道しようとしてる! わたしたちも行こう!」

「うん、ラムちゃん。……スキッズ、マッドフラップ、お願い」

『合点!』

 

 それを目ざとく見つけた双子組は、姉と師を追ってコースから外れていった。

 

「ああー! ブランがどっか行こうとしてるー! オプっち、追いかけよう!」

「いや、我々にはルウィーでの土地勘がない。無暗にコースを外れるのは危険だ」

「……うーん、分かったよ」

 

 ネプテューヌも気付いて追跡を提案するが、オプティマスは至極冷静にそれを却下した。

 納得したらしく、ネプテューヌもそれ以上は特に何も言わない。

 

「ブランの奴ぅ、地元だからって勝手なことを!」

「まあ、コースについてはザックリとしか指定されてませんものね」

 

 ノワールは眉根を吊り上げ、ベールは息を吐く。

 やはり女神は負けず嫌いであるらしかった。

 

「くっそう! 俺らもラステイションなら近道できるのに!」

「アンタ、そう言っていつも迷うじゃないの」

 

 一方、サイドスワイプはユニに冷たくツッコまれるのだった。

 

  *  *  *

 

 オプティマスやアイアンハイドが合流し、先頭集団を形成しているオートボットたちだが、そのやや後方では未だ生き残っている一般レーサーたちが走っていた。

 

 その中には、アリスが乗ったサイドウェイズの姿もあった。

 

「サイドウェイズ、あんまりオートボットに近づき過ぎないでね! それでいて賞金もらえるくらいの位置で!」

「無茶言うなあ……む!」

 

 アリスの無茶ぶりに呆れるサイドウェイズだが、急に真面目な雰囲気になる。

 

「サイドウェイズ?」

「……妙な気配がする。気を付けろ」

 

 サイドウェイズの言葉に、アリスも顔を引き締める。

 この元斥候は、呑気な癖にこういう勘はいいのだ。

 

 次の瞬間、すぐ横の地面が爆発した。

 サイドウェイズは爆発の寸前にハンドルを横に切ってかわし、ブレインズがノートパソコンの姿からロボットに戻ってシートベルトにしがみつく。

 アリスの感覚は、空のガラス瓶に油を入れて導火線を付けた所謂火炎瓶が飛来し地面に着弾したのを捉えていた。

 

 続いて、どこからか刺々しく改造された車やバイクが何台も現れレーサーたちを取り囲む。

 

「ヒャッハー! レースだか何だか知らねえが、ここは俺たちメダルマックスの縄張りだぜー!」

「ここを通る奴らは、残らず身ぐるみ剥いでやるぜー!」

 

 鉄バットやら斧やらを振り回し、出場者たちを攻撃してくるならず者たち。

 さすがに今回は銃器の類は持っていないものの、手製らしい火炎瓶やボウガンで攻撃してくる者もいる。

 レーサーたちは自慢のドライビングテクニックでこれを躱すが、徐々に取り囲まれつつあった。

 サイドウェイズの横にも、棘だらけでならず者を満載したオープンカーが走ってくる。

 

「姉ちゃん、俺たちと遊ぼうぜー!」

「お茶しようやー!」

 

 ならず者たちは乗っているのが若く美しい女性であると知るや、下卑た笑みを浮かべる。

 

「馬鹿言わないで」

 

 が、アリスは冷厳と言い捨てるやすかさず手の内に召喚した弓矢で器用に射る。

 暴走車はタイヤを撃ちぬかれ、あっさりと横転した。

 ならず者たちが車から飛び出して地面に落ちるが、死にはしないだろう。ギャグ補正もあるし。

 

「レース中に乱入だなんて、不躾な殿方たちね。……サイドウェイズ! こいつらに礼儀を叩き込んでやるわよ! 弓が届くギリギリの位置をキープして、敵の攻撃はかわしなさい!」

 

 髪をかきあげ、息を吐くとサイドウェイズに指示を出す。

 

「無茶言ってくれる! だが了解!」

 

  *  *  *

 

 先頭を行くオートボットたちにもならず者たちは襲い掛かってきていた。

 

「もう! 何なのよ、コイツら!」

「知らないが、邪魔するなら容赦しないぜ!」

 

 ユニが女神化して車内から飛び出し、サイドスワイプは変形する。

 足がタイヤである彼はスピードを落とすことなく次々と暴走車を切り裂いていく。

 

「オラオラ! 怪我したい奴だけかかって来な!!」

 

 アイアンハイドはその重厚な車体で、ぶつかって来る暴走車を逆に跳ね飛ばしている。

 その背にアーシーが変形しながらアイエフを抱えて飛び乗った。

 

「アイアンハイド! 背中借りるわよ!」

「お、おい!」

「ごめん、後で埋め合わせはするわ!」

 

 アイエフは銃を取り出し、アーシーはエナジーボウを展開して荷台から敵を狙い撃つ。

 

「イヤッハアア! ダンスの時間だぜ!」

 

 ジャズはスポーツカーの姿で走る速度を利用してジャンプと同時にロボットモードに変形。

 クレッセント・キャノンで敵を撃ち、地面に落ちる前にビークルモードに戻って着地、ということを繰り返している。

 

「さあて、もう一踊り行こうぜ、ベール! ……ベール?」

 

 すぐ近くを飛んでいる女神態のベールに声をかけるジャズだが、彼女は首を巡らして後方を見ていた。

 

「今の矢は……そんな、まさか……」

「どうしたんだい、ベール?」

「いいえ、何でもありませんわ。今はこの方々に礼儀を教えてあげましょう」

 

 ビークルモードのままあちこちから火器を展開したバンブルビーは、小型ミサイルで荷台にならず者を乗せたピックアップトラックを破壊する。

 

「『ヒャッハー!』『汚物は消毒だー!』」

「ちょ、それ俺らの台詞……どっひゃあああ!!」

 

 レッカーズのロードバスターとレッドフットは、武装がないながらも幅寄せや体当たりで暴走車やバイクを蹴散らしている。

 

「ああくそ! どうせなら武器を付けてくるんだったぜ!! そうすりゃあ、レースに割り込んでくるクソ野郎どもに地獄を見せてやれたのによ!!」

「おう! ……そう言やあ、トップスピンの奴はどこにいったんだ?」

 

 さらには空を飛ぶ女神たちと、地面を走る車の群れでは明らかに相性が悪い。

 

「ボスゥゥ! やっぱり無理ですってこんなん!」

 

 瞬く間にやられていく仲間たちに、副リーダー格のならず者がリーダーのモヒカンに向かって通信機越しに叫ぶ。

 

「ガガガー! 無理じゃない! こうなったら秘密兵器を見せてやる!」

 

 少し離れた場所から戦況を見ていたモヒカン男は、自身の新たな愛車のエンジンを回転させて、オートボットたちの前に回り込んだ。

 他のならず者たちもコース上に横に広く陣取り、オートボットたちの行く手を阻む。

 

「ガガガー! オプティマス、勇気あるなら俺と勝負しろー!」

 

 彼が乗り込んでいるのは、オプティマスとよく似た黒いトレーラートラック……ビークルモードのネメシス・プライムだった。

 強固な装甲が追加され、さらに全体にメダルマックス流の刺々しい装飾が為されている。

 

「ああもう! 今はレース中なのに空気の読めない人たちね。もう誰も憶えてないようなオリキャラ出すのやめましょうよ!」

「やれやれ」

 

 すでに2、3台の暴走車を片付けたネプテューヌが冷たく言い、オプティマスは溜め息を吐くような音を出す。

 

「ガガガー、どうしたこのチキンがー! かかってこんのかー!」

「一つ聞きたい。そのトラックはどこで手に入れた?」

「ああん? こいつはハイドラのクソ野郎どもが壊滅した時にドサクサ紛れに流出した物を買ったんだ! ローンで!」

「盗んだとかじゃなく、買ったのね。しかもローン」

 

 オプティマスの問いに正直に答えるモヒカンとその内容に、ネプテューヌは何とも言えない気分になる。

 

「当たり前だ! 三時のオヤツを抜いて、コツコツバイトして貯めた金で買ったこのトラック! さらに装甲とスパイクを付けて最強だ!!」

「この顔でティッシュ配りとかコンビニのレジは苦行だったぜー! 子供に泣かれたぜー!」

「新聞配達はルウィーの朝が寒すぎて死にかけたぜー! 薄着はするもんじゃないぜー!」

「いや、もう何て言うか……」

 

 何故かテンションの高いならず者たちに、ネプテューヌは呆れて息を吐く。

 どうも、ネメシス・プライムが人造トランスフォーマーだと気が付いていないようだ。

 

「とにかく、勝負だー! ガガガー!」

「いいだろう」

 

 オプティマスはビークルモードで前に進み出る。

 

「オプっち、こんなのの言うこと聞くことないんじゃあ……」

「いや、さっさと決着を付けたほうがいい。ネプテューヌ、少し離れていてくれ」

「ガガガー! それでこそだ! 行くぞぉおおお!!」

 

 モヒカンの乗ったネメシス・プライムは、最大限エンジンを回転させトップスピードを出して突っ込んでくる。

 オプティマスもまた、アクセル全開で走り出す。

 

「ガガガー! 正面衝突でペッチャンコだ!! プライムペッチャンコ、イエイ!!」

 

 追加した火炎放射機から炎をまき散らし、モヒカン男は爆走する。

 オプティマスは何も言わず、正面から突っ込む。

 二台の距離が近づいていき、そして……。

 

 轟音を立てて正面衝突した。

 

「ば、馬鹿なー!?」

 

 が、吹き飛んだのはネメシス・プライムの方だ。

 グルリと縦に回転してひっくり返る。

 車体前面が無残にへこみ、火炎放射機が無茶苦茶に炎を吐く。

 

「まあ、こうなるよね」

 

 ネプテューヌは当然の結果だとフウと息を吐いた。

 いかな人造トランスフォーマーと言えど、オプティマスと正面からぶつかって勝てるはずもない。

 モヒカン男が運転席から這い出した直後、ネメシス・プライムは爆発を起こして炎上する。

 

 これで、ハイドラの作り出したオプティマスのコピーは残らず破壊されたのだった。

 

「が、がが、ローンで買ったのに……」

「ボス!」

 

 メダルマックスは戦闘を止めてモヒカン男の周りに集まってきた。

 

「く、くそう……」

「もう諦めろ。大人しく出頭するなら悪いようにはしない」

 

 オプティマスが警告するが、ならず者たちは親分の仇を取ろうと殺気立つ。

 モヒカンも諦めてはいないらしく、両手に火球を作り出す。

 

「オプティマス、こうなったら残らずぶちのめして警備兵に突き出そうぜ?」

「同感。本当ならブランの仕事なんだけどね」

 

 いつの間にかロボットモードに変形したアイアンハイドと女神化したノワールが砲と剣を構える。

 心なしか、二人とも楽しそうだ。

 

 それしかないかとオプティマスもロボットモードに変形した時だ。

 

「なんなの、この騒ぎは……?」

 

 件のブランがミラージュと共にやってきた。

 ノワールが首を傾げる。

 

「あれ、ブラン? 近道するんじゃなかったの?」

「……道をトナカイの群れが横切っていて通れなかったの。この時期は群れの大移動があるのを忘れていたわ……」

「自分の国を把握できていないなんて、情けないわね」

 

 呆れた調子のノワールにちょっとムッとするブラン。

 

「まったくよ! お姉ちゃんったら、普段は『ルウィーでわたしに知らないことはないわ(キリッ)』みたいな感じなのに!」

 

 ラムが尻馬に乗ると、ブランはギロリと睨んで黙らせる。

 それから咳払いをしてミラージュから降りる。

 

「それで、どういう状況?」

「あの連中が

 通せんぼ

 すごく邪魔」

「OK、把握したわ」

 

 ネプテューヌが三行で説明したのを受けるや、ブランは女神化して戦斧を召喚する。

 

「つまり、アイツらを全員ぶっとばしゃあいいんだな!」

「レースよりは好みだ」

 

 前に進み出るブランの後ろでミラージュたちも変形し、さらにロムラムも女神化しツインズも戦闘態勢を取る。

 

「お姉ちゃん、わたしたちも手伝うわ!」

「うん、ルウィーで悪いことするなんて許せない……!」

「ヘッ! やっぱりドンパチになるか!」

「いいぜ、顔グッチャグチャにしてやる!」

 

 一方のメダルマックスは何だかざわつきはじめ、動揺しているようだった。

 

「みんな、ルウィーの悪党はわたしたちが片付ける。邪魔するなよ」

「どうぞ、ご自由に」

 

 ブランが好戦的に宣言すると、ベールは頷いた。

 

「どうした? こないならこっちから行くぞ!」

 

 いつまでも動かない、ならず者たちにブランが痺れを切らしそうになった時、メダルマックスの首魁のモヒカン男が前に出た。

 

「う、おおおお!!」

 

 やおらモヒカン男が雄叫びを上げて走り出す。

 ブランは一瞬面食らったものの、戦斧を構える。

 

「おおおおお!!」

 

 だがモヒカン男は走りながら懐から何かを取り出し、それをブランに向かって突き出した。

 

「ブラン様! サインください!!」

 

 ……それはサイン用紙だった。

 

  *  *  *

 

 そのころ、リンダとクランクケースはメダルマックスの襲撃を離れ、レースの中継地点であるルウィーを目指していたのだが……。

 

 彼らはトナカイの群れのど真ん中にいた。

 群れは地平線の彼方から反対の地平線まで長蛇の列が続いている。

 

 追い払っても追い払っても、いつの間にか列をなしている。

 そうこうしている内に気が付けば群れの中で動きが取れなくなっていた。

 

「こりゃ、日が暮れても通れそうにないYO……」

「ちっくしょおおおお!! 何でこうなるんだよおおおおお!!」

 

 絶叫はルウィーの寒空に虚しく溶けたのだった。

 

  *  *  *

 

 ルウィーとラステイションの国境近くの集落。

 

「……はい、書けたわ。次の人、どうぞ」

「はいは~い! ロムちゃんとラムちゃんのサインがほしい人は、こっちに並んでね!」

「……こっちだよ~」

 

 村の広場では、青空の下、ブランとロムラムのサイン会が行われていた。

 メダルマックスがゾロゾロと並んでいる。

 世紀末な無法者が女神のサインを求めて行儀よく列を作っている姿は、とてつもなくシュールだった。

 

「ヒャッハー! ブラン様のサインだぜー!」

「ロム様のサイン、俺、一生大事にする!」

「馬鹿野郎! そこは末代までの家宝だろうが!」

 

 全員してルウィーの女神にサインをもらって嬉しそうな、ならず者(?)たち。

 良心や理性は母の胎に置いて来たと自称する彼らだが、信仰心はしっかり持っていたらしい。

 自首する代わりに、という条件を飲むのだから相当だ。

 

「ほっほっほ、やはり女神はルウィーのブラン様たちに限るのお」

「おお、爺さん! 分かってるねえ!」

「ぶ、ブラン様、こ、こっちにもサインを……」

 

 何処から現れたのか、列には関係のない普通のルウィー信者まで混じっている。

 ラチェットとコンパ、ジョルトは負傷者の手当てに辺り、アイエフとアーシーもその手伝いをしていた。

 

 和気藹々としているルウィーの皆さんや張り切って仕事をしている医療班に対し、他の女神たちやオートボットたちは何とも言えない顔をする他ないのだった。

 

「あれ? そう言えばベールは?」

「さあ、確かめたいことがあるって走ってったけど?」

 

 と、緑の女神の姿がないことにネプテューヌが気付いたがノワールは肩をすくめるだけだった。

 ネプテューヌの脇に立つオプティマスはチラリと民家の壁に寄りかかったジャズを見たが、ジャズは曖昧に笑むのみだった。

 

  *  *  *

 

 集落の端には、レースに参加してる車が一緒くたに停められていた。

 その内の一台、黒いスポーツカー……サイドウェイズにアリスが荷物を積み込んでいる。

 

「さあ、レースはお終い! とっとと引き上げるわよ!」

「へいへい」

「もうちょっとノンビリしてこうや」

「ダメ!」

 

 もうこれ以上、レースを続けるのは危険だ。

 知り合い……どちらの側にせよ……見つかる前に去らなければ。

 

 しかし……。

 

「あの、すいません……」

 

 ビクリと、後ろから聞こえた声にアリスは硬直した。

 一番聞きたいような、それでいて聞きたくないような、そんな声だった。

 

「ひょっとして、アリスちゃん……?」

「ッ! ベ……」

 

 ベール姉さんと言いかけて、グッと飲み込む。

 

「……人違いじゃありませんか? 私はしがないただの旅人ですよ」

 

 サイドウェイズのフロントガラスに息を飲むベールの姿が写った。

 それから、アリスの無理にツンと澄ました顔も。

 

「……そう、ですか」

 

 ベールは悲しそうに目を伏せたが、意を決したように顔を上げた。

 

「……それなら、旅人さん? 少しだけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「………………お好きにどうぞ」

「もし、もしも、旅先でアリスと言う女の子に会うことがあったなら、どうか伝えてください」

 

 鏡像越しにベールが真っ直ぐこちらを見ていることに、アリスは気が付いていた。

 自らが本気であることを示す、彼女のちょっとした癖のような物だ。

 

「あなたが辛いのは分かっています……などとはとても言えませんが、それでも、わたくしはあなたの力になりたい。あなたと、もう一度笑い合える日が来ることを、願っていると。……いいえ、これはお為ごかしですわね。もっと単純に、あなたに会いたい、と」

 

 アリスはしばらく黙っていたが、やがて声を絞り出した。

 

「……はい、必ず伝えます」

 

 静かに、ただ静かに、アリスは返事をした。

 

「確かに、お願いしました。……では、ごきげんよう」

 

 ベールは、深く頭を下げてから去って行った。

 決して、振り返ることはなかった。

 

 やがて駐車場には少女の嗚咽が響くのだった……。

 

  *  *  *

 

『この愚か者めが!!』

 

 所かわって、ルウィー某所のディセプティコン臨時基地。

 ホログラムのメガトロンが、ドレッズとリンダ、ワレチューに向かって怒鳴っていた。

 

『この大事な時に、勝手に動きおって!! オートボットに我らの動きを勘付かれたらどうする気だ!!』

 

 その怒りの内容は、オートボットに進めている計画が漏れる可能性が生じる行動を犯したという、一点に尽きた。

 ドレッズは無論だが、リンダも小さくなって震えていた。

 

「も、申し訳ありません! た、ただアタイはメガトロン様のお役に立てればと……」

『問答無用! クランクケース、貴様らが付いていながら、何と言う醜態だ!!』

「……責任は全て、チームリーダーの私にあります。他の二人とリンダちゃんには、なにとぞ寛大なご処置を……」

 

 クランクケースは何とか平静を保ちながら、主君に願い出る。

 

「ば、馬鹿言うなクランクケース! 全部アタイが悪いんです! どうか罰ならアタイだけに……」

「さすがに連帯責任だろう。……止めなかった俺らも悪い」

「ガウガウ!!」

 

 庇い合うドレッズとリンダに、メガトロンの視線が剣呑さを増していく。

 

『よかろう! そこまで言うなら貴様ら四人、まとめて降格処分と……』

『お待ちを、メガトロン様』

 

 平身低頭するクランクケースやリンダに向かって、処罰を与えようとしたメガトロンだが、そこで横からレイが割り込んだ。

 

『ドレッズの皆さんは優秀かつ忠実な兵士、加えてリンダさんの忠誠心はメガトロン様もご存知のはず。メガトロン様に断りなく行動したことは問題ですが……今回は少し功を焦り過ぎたのでしょう』

 

 穏やかなレイの言葉が、しかし遠回しにではあるが自分を咎める物であることを察し、リンダは深く項垂れる。

 

『そうは言うがな。時期が時期だ』

『しかしこの時期だからこそ、人手は……それも忠実な人手はあって困ることはありません。ここはどうか……私の知る偉大な統治者は、皆寛大でした。もちろん、メガトロン様はその誰よりも偉大ですが』

 

 メガトロンは恐ろしい沈黙の後、ハンと排気した。

 

『よかろう。……とっとと基地に帰ってこい。貴様らにもやることは山とあるのだからな』

『リンダさん、早く帰ってきてくださいね』

 

 その言葉を最後に通信は一方的に切れる。

 

「ああ……なんて言うか、お咎めナシで良かったっちゅね……」

 

 ここまで黙っていた……ついでに話題にも上らなかった……ワレチューが努めて呑気な声を出した瞬間、リンダは自分の拳を床に叩き付けた。

 

「何やってんだアタイは! 勝手に動いて、姐さんやみんなに迷惑かけて……!!」

「り、リンダちゃん……そんなに気を落とさないで……」

 

 何とか慰めようとするクランクケースだったが、リンダは床を殴るのを止めようとはしなかった……。

 

  *  *  *

 

 さて、レースの方がどうなったかと言うと……。

 

「ゲイムギョウ界横断特急! 一位でゴールしたのは……レッカーズのトップスピンです!!」

「………………」

 

 まさかのレッカーズのトップスピンが優勝だった。

 皆がメダルマックスに手間取っている間に、いつの間にかゴールしていたのだ。

 表彰台の上でトロフィーを掲げる彼に、マスコミがインタビューを試みる。

 

「おめでとうございます! トップスピンさん、この喜びを誰に伝えたいですか?」

「………………」

「勝利の決め手となったのは、何だと思いますか?」

「………………」

「し、賞金は何に使いますか?」

「………………」

「あ、あのぉ、何か一言、一言だけ! お願いします! 何でもしますから!」

「………………」

 

 頑ななまでに喋らないトップスピンに、インタビュアーは涙目になってしまうのだった。

 

 この後、意外にも賞金はほとんどの額がオートボットとディセプティコンの戦いで破壊された町の復興資金として寄付されたのだが……。

 

 同時に結構な額が、兵器の開発資金とオイル代に消えたのだった。

 




そげなワケでレース回……の皮を被った『ベールとアリスの一時の再会』『リンダ焦る』のお膳立ての回。

……メダルマックスは余計だったと自分でも思います。

次にこの章のエピローグ的な話を入れて、次章に入ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話 風の色が変わる

短く、物語の上での意味もなく、しかし、とても重要な話。


 ある日のプラネテューヌ。

 ネプテューヌたちは、プラネテューヌ首都を一望できる丘の上にピクニックに来ていた。

 

「は~いロディ、ご飯だよー」

 

 ネプテューヌはエネルゴン溶液に顆粒状になるまで細かく砕いた金属を混ぜた物を、容器からスプーンですくってロディマスに与える。

 キュルキュルと喉を鳴らし、ロディマスはエネルゴンを啜る。

 

「よしよし、好き嫌いせずに食べれて、偉かったねー」

 

 ニッコリと笑顔で雛の頭を撫でるネプテューヌ。

 そんな二人を、アイエフとコンパ、ネプギアとプルルートが眺めていた。

 

「ねぷねぷは、ロディ君が大好きですね」

「そうだね~。何だか~本当にお母さんみたい~」

「仕事もあれくらい張り切ってくれると……いや、それはさすがに酷ね」

 

 ホッコリしている二人だが、ピーシェは何故かムウッと頬を膨らませていた。

 

「あれ~、ピーシェちゃん、どうしたの~?」

「なんでもない……」

 

 プルルートが顔を覗き込むと、ピーシェは顔を背ける。

 目を丸くするプルルートに、アイエフが苦笑する。

 

「フフフ、ネプ子が最近ロディマスに掛り切りで、ちょっと拗ねてるのよ」

「あ~、なるほど~」

「むー、すねてないもん! ぴぃおねえちゃんだもん!」

 

 温かい笑みになるプルルートたちに、ピーシェは腕を振り上げて抗議する。

 その姿がまた可愛らしくて、一同は頬を緩める。

 

 一方でネプギアはバンブルビーのために花を摘んで花輪を作ってあげていた。

 

「どうかな、ビー?」

「『最高さ!』『さすが!』『洒落てるぜ!』」

 

 花輪はさすがに指輪サイズであったものの、バンブルビーは気に入ったようだ。

 

「あれ、ロディマス? どうしたの?」

 

 と、食事を終えたロディマスがある方向を見つめながらキュイキュイと鳴いていた。

 ネプテューヌがそちらに視線を向ければ、オプティマスが適当な岩に腰かけて、どこかを眺めていた。

 

「ああ、オプっちのとこに行きたいんだね」

 

 察したネプテューヌは、ロディマスを抱っこして立ち上がり、恋人の方へと歩いていく。

 

「オプっちー! 何してるのー?」

「……ん? ああ、ネプテューヌか」

 

 脇にやってきたネプテューヌに気付き、オプティマスはそちらに顔を向けて微笑む。

 

「プラネテューヌを眺めていたんだ。あそこでは、多くの人々が生活している。生命が有り、文化が有り、自由が有り、平和が有る。……私の護るべき、全てが存在しているのだ」

 

 そう言って遠い目をするオプティマスに、ネプテューヌは少しだけ悲しそうな笑みを浮かべる。

 

「そうだね。守っていこう。わたしたち、みんなでね」

「ああ」

 

 力強く答えたオプティマスはネプテューヌからロディマスを受け取り、優しく持ち上げて自分の膝に乗せてやる。

 

「ロディマス、よく見ておいてほしい。これが平和で自由な世界だ」

 

 オプティマスは、再びプラネテューヌの首都を見た。

 

 数え切れない人々が仕事や学業に勤しみ、あるいは趣味や娯楽に興じていた。

 笑い合い、支え合い、時にぶつかり、そして仲直りしていた。

 喜び、怒り、悲しみ、楽しんでいた。

 

「このゲイムギョウ界は、全霊を懸けて守るに足る、素晴らしい世界なんだ」

 

 この世界に来てから、色々な人間と出会った。

 マジェコンヌやハイドラのような自分勝手で非道な連中もいた。

 しかしそれ以上に、アイエフやコンパ、トレイン教授やネプ子様FCの面々のような個性的ながら善良で勇敢な人々がたくさんいた。

 

「ここで生きる人々を、愛する者を守るためなら、ヒトはどれだけでも強くなれる」

 

 女神たちと共にいると、心が安らぐ。

 アイアンハイドやジャズは心からの笑顔を浮かべることが多くなったし、バンブルビーら若い戦士たちは大きく成長した。

 ミラージュやレッカーズも口で言おうとはしないが、女神を大切に思っているのを感じる。

 

 オプティマスは膝の上のロディマスの顔を覗き込んだ。

 

「そして君だ、ロディマス。君やピーシェたち、新しい命のために、私はこの世界を護る。『自由は全ての生命が持つ権利である』。生命の自由を守ること、それが遥か昔から受け継がれてきた、オートボットの使命であり、私自身の願いなんだ」

 

 オプティマスの言葉の意味を幼いブレインが理解できているのかは分からない。

 それでも、静かに語るオプティマスの青い目を、ロディマスはジッと見上げていた。

 

 ネプテューヌは、少しだけ寂しげに二人を見ているのだった。

 

  *  *  *

 

 皆の下へ戻ったネプテューヌだが、ロディマスがお眠であるらしく、子守唄を歌い出した。

 

「なんか、最近よくあの歌を歌ってるわね」

「ある人が子供を寝かし付ける時に歌うんだって~。仕事しながら三人の赤ん坊を育ててる凄い人~」

「確かに、凄い鉄腕ママですね」

 

 そんなアイエフたちの会話の中、ピーシェはトテトテと歩いていって、ネプテューヌの隣に座ると、自分の存在を主張するようにネプテューヌに抱きついた。

 ネプテューヌは歌いながら、ロディマスを撫でているのとは反対の手でピーシェを撫でると、ようやくピーシェは笑顔を見せた。

 プルルートもピーシェと反対に座り、アイエフとコンパ、ネプギアも思い思いの場所に腰かけ、近くにバンブルビーも座り込む。

 

 風と陽光は心地よく、歌は優しく皆の耳を癒すのだった。

 

  *  *  *

 

 ……しばらくして。

 

「おーい、ネプテューヌ! 皆もそろそろ帰る時間だぞ……おや?」

 

 オプティマスがネプテューヌたちの様子を見に来てみれば、みんなしてお昼寝をしていた。

 

 アイエフとコンパは並んで手を繋いだ姿勢のまま横になっている。

 バンブルビーは腕を枕にうたた寝し、ネプギアがその体に寄りかかって眠っていた。

 そしてネプテューヌ、プルルート、ピーシェ、ロディマスはお互いに寄り添って寝息を立てていた。

 

「おやおや……」

 

 その光景に、オプティマスは穏やかな笑みを浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

 こんな日々がずっと続けばいい……。

 ゲイムギョウ界で暮らしていると、そう思ってしまうことがある。

 ここでの生活の素晴らしさを考えれば、それも無理ならかぬことだ。

 

 ……しかし、我々は忘れていたのだ。

 

 恐るべき策略がその輪を狭め、我々の喉元に迫っていることを。

 我々が持ち込んだ戦いが、どれだけ恐ろしい物であるかを。

 それが、どれだけ女神や人々を傷つけるだろうかということを。

 

 私の名はオプティマス・プライム。

 

 風の色が変わろうとしている。

 穏やかな日々は終わり、嵐がすぐそこに近づいていた。

 

 

~Artificial wars~

 

 了

 




何てことない、でもロディマスの人格形成に大きな影響がありそうな話でした。

ちょっと解説。

風の色が変わる
2010の主題歌、TRANSFORMER 2010 ~トランスフォーマー2010~の出だしより。
ロディマスの話であることを踏まえて、話が佳境に入る(だといいなあ……)から。

次回はようやっとR-18アイランドの話です!
いや、ここまで長かった……。
来週はお盆で祖父の家に顔を出したりする予定なので、ゆっくりお待ちください。

ご意見、ご感想お待ちしております。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Rise of the Eden(エディンの勃興)
第101話 R-18アイランド


すうっっっ………ごく! 久しぶりの原作有り回。

やぁっっっ………と! ここまで来ました。

思えば迷走してたもんだ……。


 プラネテューヌ教会のバルコニー。

 ネプテューヌは、今日もロディマスの面倒を見ていた。

 

 背中を撫でながら、子守唄を歌う。

 寝ついたロディマスを撫でてから、さて自分も一休みして脇に置いたプリンを食べようとするのだが……。

 

「あー!!」

 

 バルコニーに出てきたピーシェが目ざとくそれを見つけた。

 

「ねぷてぬ、ずるーい! それぴぃの! ぴぃのねぷのぷりん!」

「いやそれおかしいから、ほらここに『ねぷの』って書いてあるでしょう」

 

 そう言ってプリン容器の蓋を見せるネプテューヌ。

 蓋には確かに『ねぷの』と書いてあった。

 だがそれで納得するピーシェではない。

 

「ずるいー! ずーるーいー!!」

 

 ネプテューヌに飛びかかり、プリンを奪い取ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと! あんまり騒ぐとロディが起きちゃうでしょ!」

「……むー!」

 

 ロディマスの名前が出た瞬間、ネプテューヌの腹に向かってピーシェが飛び付いた。

 

「きゃあ!」

 

 その拍子にネプテューヌの手からプリンが離れる。

 

 ……そしてロディマスの上に落ちた。

 

 頭に容器が当たり、中身が体にこぼれる。

 凍りついた二人の目の前で、ロディマスはゆっくりと目を開け、キョトンとした後、大きな声で泣き出した。

 

「ろ、ロディ! ロディマス! 大丈夫!?」

 

 正気に戻ったネプテューヌは、すぐにロディマスの体を拭う。

 

「痛かったよねロディ! こらぴーこ! ロディにごめんなさいしなさい!」

 

 眉をハの字にして怒るネプテューヌに、ピーシェはビクリと体を震わせるも、すぐに顔をしかめる。

 

「やだ! ぴぃわるくないもん!」

「な……! ぴーこ、いつからそんな聞き分けのない子になったの! 謝りなさい!」

「やーだー! ねぷてぬ、ろでぃのことばっかり!!」

「しょうがないでしょ! ロディマスは小さいんだから!!」

 

 腕を振り上げるピーシェに、ネプテューヌは怒気を緩めない。

 

「ごめんなさい出来ない、そんなぴーこは嫌い!!」

 

 その瞬間、ピーシェの顔が信じられないといった表情で固まる。

 目じりに涙が溜まり、やがて溢れだす。

 

「…………ねぷてぬのバカー!! バカー!! うわぁあああん!!」

 

 涙を流しながら、ピーシェは建物の中へ走って行った。

 

「もう! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからねー! ……ロディ、大丈夫?」

 

 ひとしきり怒った所で、ネプテューヌはロディマスに視線を落とす。

 幼いトランスフォーマーはすでに泣き止んでいたが、代わりに不安げな表情でネプテューヌを見上げていた。

 

「大丈夫だよ。……ピーシェが悪いんだもん」

「なーに、子供相手にムキになってるのよ」

 

 ロディマスの背を撫でながら呟くネプテューヌに声をかける者がいた。

 振り返れば、ノワールが三白眼を向けてきていた。

 周りにはブラン、ベール、ユニ、ロム、ラムらもいる。

 

「あ、あれ、何時来たの?」

「……あなたがプリンを落としたあたり」

 

 誤魔化すようにたずねてみれば、ブランからは呆れた声が返ってきた。

 

「ネプテューヌさん、言い過ぎ!」

「ピーシェ、可哀そう……!」

「まあ、今のはあの子も悪いと思うけど……確かに言い過ぎよ。子供はああ言うのに敏感なんだから……」

 

 頬を膨らませる妹たちの後を継いで、ブランは大きく溜め息を吐く。

 

「な、なにさ! わたしが悪いの!?」

「そうは言っていませんが……大人気ないのは事実ですわ。最近、あなたがロディマスちゃんに掛り切りだから、ヤキモチを焼いて捻くれた態度を取っているのですから」

 

 反論すれば、ベールもネプテューヌを諌める。

 

「うッ、……そ、それでも謝れないピーシェの方が悪いんだから! ……そ、それよりもみんなして何の用なの?」

 

 あからさまに誤魔化そうとしているネプテューヌに一同は渋い顔をするのだった。

 

  *  *  *

 

 R-18アイランド。

 そこは日夜ア~ンなことやコ~ンなことが繰り広げられる、名前の通り18歳以下お断りな南海に浮かぶテーマパークである。

 四か国の統治下にない、一種の治外法権と言っていい土地だ。

 

  *  *  *

 

「で、その島に大きな砲台が設置されているのを、昨日うちの衛星が見つけたの」

 

 オートボットを積んだ輸送機の女神用客室。

 ブランが、ことの概要を説明していた。

 

『うむ。それで、念の為調査することになったんだ。ディセプティコンの基地の可能性もある』

「なるほど」

 

 立体映像のオプティマスが説明を引き継ぐと、ネプテューヌは頷く。

 

「でもさ、R-18アイランドって……まあ、その名の通りなんでしょ? この小説の警告タグR-15だけど、大丈夫なの、色々と」

「まあ、そこらへんは直接的な描写が無ければ大丈夫でしょう」

 

 メタいネプテューヌの疑問に、ノワールが答えた。

 ユニ、ロム、ラムはさすがに色々アウトと言うことでお留守番である。

 

 しかし、ネプテューヌはさらに首を傾げる。

 

「でもさ、わたしたちはともかく、ビーは結構アウトっぽい気が……」

『『なんでさ』『オイラは』『大人だい!』』

「子供はみんなそう言うんだよ」

 

 少年的なバンブルビーから漂う、ある意味ネプギア以上のアウト感に、ネプテューヌは困った顔をする。

 

「まあ、年齢的には18どころか20オーバーだから……それを言ったら、お姉ちゃんやプルルートさんも……」

 

 ネプギアの言葉に、一同は微妙な顔をする。

 女神には見た目がコンパクトな者が多く、パッと見はほとんどが18歳未満にしか見えないのだから。

 

  *  *  *

 

 そんなワケで、サクッとR-18アイランドにやってきた女神一同。

 飛行場に輸送機を着陸させ、入島審査となったのだが……。

 

「いやまさか、ドレスコードが水着か全裸とは……」

「俺らは、いつも全裸……って言うと語弊があるけど、女神たちが全裸は……困るよなあ……」

 

 オプティマスとジャズは男性用の入島審査をパスし空港の外で女神たちを待っていた。

 

「裸だと! 裸だとう!! テメエ、うちのノワールに裸になれってのか!!」

「い、いえ、ここはそういう島なので……」

 

 アイアンハイドは係員に詰め寄っていた。

 まあ、当然である。

 一方、バンブルビーは審査に手間取っていた。

 

『あなたは18歳以上ですか?』

「『そうだって、言ってるだろうが!!』」

『本当に18歳以上ですか?』

「『本当だよ!』『もう1000歳』『越えてるっての!』」

『本当に?』

「『ホントのホント!』」

『本当は幼児でしょ?』

「『しつけーぞ!』『大人だよ!!』」

『……そのあふれ出るショタ感で?』

 

 甲高いノイズ音を上げて、バンブルビーが中空に浮かんだ立体映像を殴りつける。

 

「バンブルビー、やめなさい!」

「『だって!』」

 

 オプティマスに諌められて、バンブルビーはブー垂れる。

 そしてミラージュは、興味なさげに佇んでいた。

 

 と、空港の出口から、女神たちが出て来た。

 

 今更、言う間でもないだろう。

 プルルート以外女神化した彼女たちは、全員水着である!!

 

 ネプテューヌは藍と白の二色のビキニ。

 

 ネプギアは清楚な純白のビキニ。

 

 ノワールは赤と白の横縞模様の大胆な三角ビキニ。

 

 ブランはフリルの付いた青と白の縦縞のチューブトップ。

 

 プルルートは薄桃のセパレート。

 

 そしてベールは、なんと貝殻ビキニで腰にパレオを巻いている。

 

「へえ、こりゃ眼福だ」

「の、ノワール……なんつう恰好を……」

 

 それぞれが魅力に溢れた女神たちに、ジャズはヒュウと口笛を鳴らし、アイアンハイドは大口を開けて固まっている。

 

 そしてオプティマスはと言うと。

 

「ネプテューヌ……」

「お、オプっち、ど、どうかしら、この水着……」

「ネプテューヌ。………………君はやっぱり、とても美しい」

「ふ、ふええ!?」

 

 いきなり褒められて、ネプテューヌは面食らう。

 

「も、もう、オプっちたら……変身を解くわね」

 

 照れ隠しなのか、女神化を解くネプテューヌ。

 人間態の彼女は、水着も変化しておりオレンジのビキニになっている。

 

「どうかなオプっち!」

「ああ、ネプテューヌ…………やはり美しい」

「ふええええ!?」

 

 何せ、オプティマスである。

 お世辞とかではなく本心からそう思っているのだろう。

 いかな人間態ネプテューヌでも、『美しい』と面と向かって言われれば照れる。

 他のメンバーも女神化を解くと、ネプギアはフリルで下半身を隠したワンピース、ノワールとブランは普段着の意趣を取り込んだワンピース、ベールは緑色のビキニを着ていた。

 

「それで、どうかしらミラージュ?」

「……どう、とは?」

「……いいわ、別に期待してなかったし」

 

 そっけない反応のミラージュに、ブランはプイとそっぽを向く。

 

「いやいや、君と付き合っていると飽きないな。いくらでも新しい魅力が見つかる」

「お上手ですわね。……同じ言葉を、他に方にも囁くのではなくて?」

「まさか、君だけさ」

「ビー、似合うかな?」

「『グッジョブベリーナイス!』」

 

 ジャズとバンブルビーはそつなくベールとネプギアを褒めていた。

 

「ノワール、ノワールよう、その恰好はどうかと……」

「はいはい、普段とそんなに変わらないでしょう。……それで、砲台が何処にあるか、誰かに聞ければいいんだけど……」

 

 心配性のアイアンハイドをあしらいつつ、ノワールがキョロキョロと見回せば、何処からか何かが森の中から飛び出してきた。

 

「アックックック! お呼びかな? この公認ガイドのトリック様に任せておくがいい! 安くしとくぞ!」

 

 黄色くて中型トランスフォーマーほどもある、太ったカメレオンのようなモンスターだ。

 その特徴的過ぎる見た目を忘れようはずもなく、ネプギアが指を刺して声を上げる。

 

「ああー! ロムちゃんたちを誘拐した変態!!」

 

 このモンスター、名をトリックはかつてルウィーで、ロムとラムを誘拐したことがあるのだ。

 その時はブランに星にされたが、ここに潜んでいたのだろう。

 

「ゲエ! 貴様らは!!」

「テメエ。この変態が、どの面下げて現れやがった……!」

 

 眼を剥くトリックに、ブランは殺気立つ。

 この変態は可愛い妹たちを拉致した挙句、下劣な欲望の餌食にしようとしたのだから当然だ。

 トリックは後ずさりしながら、土下座へと姿勢を移行する。

 

「ま、待ってくれ! 俺様は心を入れ替えて、ここで真面目に働いているのだ!!」

「信用出来るか!」

 

 ハンマーを取り出し、語気を荒げるブラン。

 ミラージュもブレードを剣呑に光らせる。

 

「ほ、本当だ! でなければ、誰がこんな幼女の全くいない地獄のような島で働くか!!」

 

 幼女をこよなく愛する、所謂ロリコンのトリックにとって、18才以上でないと入れないこの島は耐えがたい場所らしい。

 

「……まあ、いいじゃないか。本人が改心したと言っているんだ」

 

 不信そうな目でトリックを見る一同だったが、そこで意外にもオプティマスがトリックを許容する発言をした。

 意外そうに一同がオプティマスを見れば、彼は厳かに頷いた。

 

「オプティマス、さすがにそれはどうかと思うが?」

「更生した者を、いつまでも咎めるのも、どうかと私は思う」

「まあ、オプティマスがそう言うなら……」

 

 ミラージュが不承不承と言う顔でブレードを降ろすと、ブランもチッと舌打ちしつつもおハンマーを粒子に分解した。

 一同は顔を見合わせつつも、トリックの先導に従って歩き出す。

 

「ではトリック、我々はこの島に設置された砲台を探しているのだが……」

「アックック、分かった。案内しよう」

「助かる」

 

 調子を取り戻したトリックに、素直に感謝の意を示すオプティマス。

 

「まったく、オプっちはお人よしだねー。じゃあさ、せっかくだから、この島の楽しいとことかにも行きたいな」

「ちょっと、遊びじゃないのよ!」

 

 しかしそこで、ネプテューヌがこんなことを言い出した。

 もちろん、ノワールがツッコミを入れる。

 オプティマスも、さすがに仕事が先だと言おうとしたが……。

 

「アックック! 任せておけ! とっておきの場所に案内してやる!」

 

 トリックがそう言って手で示したのは、ジャングルの向こうに広がる白い砂浜だった……。

 

「R-18アイランド一番の景勝地、ヒワイキキビーチだ!!」

「な……!?」

「こ、これは……!?」

 

 そこに広がっていた光景は、白い砂浜に椰子の木、紺碧の海と空。そして……。

 

「な、な、何でみんなは、はだ……」

「みんな裸だー!」

 

 愕然とするノワールと、何故か笑顔のネプギア。

 

 そう、ここで遊んでいる人々は、皆全裸なのである!

 

「おおー、だいたーん! ……あッ!」

「まあ! 開放的……ハッ!」

 

 はしゃぎ懸けるネプテューヌとベールだが、隣に立つそれぞれのパートナーを慌てて見上げる。

 

「オプっち、見ちゃだめー!」

「ジャズ、鼻の下を伸ばしていませんわよね?」

 

 ネプテューヌがブンブンと手を振り、ベールが低い声を出すが、当の二人はキョトンとした顔だ。

 

「いや、我々は別に何とも思わんが……」

「むー、本当?」

「本当だとも。……ふむ、不思議な話だ。ネプテューヌのことは、とても魅力的に見えるのに」

「ううう……ズルい、その言い方はラフプレイだよ……」

 

 オプティマスが嘘など言っていないのが分かるので、ネプテューヌとしても黙るしかない。

 

「俺としては綺麗なお嬢さんたちの柔肌なら大歓迎……あ、冗談だよ! だから槍をしまってくれ!」

 

 ジャズはふざけてみせるが、ベールが光の消えた目で槍を召喚するのを見てすぐに取り繕う。

 

「それでトリック? 我々は砲台を探していたはずだが?」

「まあまあ、そう言わずに! 後で案内するから、まずは楽しんでくれ!」

 

 当然、オプティマスが訝しげに問えば、トリックは調子良く答える。

 

「……いいだろう。少し休憩としよう」

「来たばっかりだけどね……」

 

 これから先が不安になり、ノワールは嘆息するのだった。

 

  *  *  *

 

 そんなワケで、ビーチで遊ぶことになったネプテューヌ一行。

 泳いだり(オートボット勢は沈没)、あるいは異常に大きな砂のお城を作ったり(ミラージュが異様にディティールに拘ってた)して、各々楽しんでいる。

 

「『ボールを相手のコートにシュゥゥゥーッ! 超エキサイティン!』」

「ボールは友達! 怖くない! アイアンハイド、アタックだ!」

「おうよ、ジャズ! 喰らえ、男の魂完全燃焼! キャノンボールアタアァァック!!」

「左手は、添えるだけ……」

 

 結局、オートボットたちは(危険なので)少し離れた所でビーチバレー勝負をしている。

 色々混ざってるが、気にしてはいけない。

 

 ……ええ、さしもに全裸になるような真似はしませんでしたよ。男性陣(オートボット)の前ですし。

 

 本当にすまないと思っている。

 

「何か今、地の文がメタすぎることを言ってた気がするけど……ま、いっか!」

「アックック! 喉が渇かんか? 冷たい麦茶を持ってきたぞ!」

 

 ノワールとビーチバレーをしていたネプテューヌが例によってよく分からいことを言っていると、トリックが麦茶の入ったグラスを乗せたトレーを器用に持ってきた。

 

「お! ごっつあんでーす!」

 

 ネプテューヌはすかさずグラスを受け取り、麦茶を一気に飲み干す。

 

「プハー! たまんないねー!」

「さあ、みんなも飲むといい!」

 

 女神たちは、促されるままにトリックの差し出した麦茶を飲もうとするが……。

 

「う!」

 

 急にネプテューヌが喉を押さえて苦しげに蹲った。

 

「お姉ちゃん!?」

「ネプテューヌ、ちょっと大丈夫?」

「いったいどうしたんですの?」

 

 皆が心配して周りに集まってくるが、ネプテューヌはおもむろに立ち上がった。

 

「お、お姉ちゃん……?」

「……いや! わたし、恥ずかしい!」

『ええー!?』

 

 突然、両腕で自分の肩を抱き身もだえしだすネプテューヌに、一同は面食らう。

 何せ、ネプテューヌは羞恥心とか『ある人物』の前以外では控えめなのだ。

 

「こんな恰好……はしたないわ……お願い、見ないで……」

 

 顔を赤らめ、クネクネと身をくねらせるネプテューヌ。

 

「な、なにこのキモいネプテューヌ?」

「こ、こんなのお姉ちゃんじゃない……」

 

 中々に酷いことを言うノワールとネプギア。

 普段のキャラと違い過ぎるからしょうがない。

 この小説も原作剥離が酷いからしょうがない。

 

「そう言えば聞いたことがありますわ。このR-18アイランドでも最大のタブーとされている羞恥心を、倍増させてしまう薬があると……」

「随分、都合のいい薬ね……」

「アニメだからね~」

 

 真面目な顔で解説するベールに、ブランが呆れ気味に、プルルートがノンビリとツッコミを入れる。

 と、ノワールがハッとした様子で口を押さえる。

 

「羞恥心が倍に……ッ! まずいわ!!」

「皆、どうしたんだ?」

 

 ビーチバレーをしていたオートボットたち……オプティマスが騒ぎを察知してこちらにやってきた。

 

「ネプテューヌ? どうしたんだ?」

「オプっち……」

 

 心配げにネプテューヌの顔を覗き込むオプティマス。

 だがネプテューヌは凍りついたように動かなくなった。

 

「? ネプテュ……」

「や、……いやああああああ!!」

 

 突然、絹を裂くような悲鳴を上げ、ネプテューヌは自分の肩を抱いて座り込む。

 

「いやああああ!! 見ないで、見ないでぇええええ!! あっち行ってぇええええ!!」

「ああ、やっぱり……。そりゃあ、素の状態でも恥ずかしがる相手に、羞恥心倍増状態で見られたらこうもなるわよね……」

 

 すすり泣くネプテューヌの背を撫でながら、嘆息するノワール。

 一方、オプティマスは頭上に『ドギャァアアアン!!』と言う巨大な効果音を発生させてショックを受けていた。

 

「で、こんなふざけたことをするのは……」

 

 ブランを始め女神一同は得物を取り出してトリックを睨みつける。

 しかし、当のトリックは何故か地団太を踏んで悔しがっていた。

 

「くそう! どうせならルウィーのブランちゃんに飲んで欲しかったのに!」

「……よし、ぶっ飛ばされたいみてえだな。全然反省してなかったみたいだし」

「うふふ~、そうだね~、悪い子にはお仕置きだね~」

 

 全く懲りていなかったブランが殺気を漲らせ、プルルートもゾッとするような笑みを浮かべる。

 トリックはそんな女神たちを見ても余裕そうだ。

 

「アックック! やれるものならやってみろ! ジャングルに入ってしまえば……」

 

 その瞬間、何者かがトリックの頭をガシッと掴んだ。

 

「あ、アク?」

「トリック……お前は改心したのではなかったのか?」

 

 感情を一切感じさせない声色で問うのは、いつの間にか立ち直ったオプティマスだった。

 オプティマスは無理やりトリックに自分の方を向かせる。……しっかりと両手でトリックの頭を掴んだまま。

 

「ぐ!? お、おい! 痛いぞ、この馬鹿力め!」

「質問に答えろ。改心したというのは、嘘だったのか?」

「あ、当たり前だ!! そう簡単に心を入れ替えることなど出来るか!!」

 

 逆切れするトリックに、女神とオートボットは『あ~あ』とでも言わんばかりの表情を向ける。

 オプティマスの両の手に力が込められ、少しずつトリックの頭に指が食い込んでいく。

 

「そうか……嘘か。しかもネプテューヌを傷つけるとは……」

「あ、あの、頭がミシミシ言ってるんですが……ちょ!? 痛い痛い! 頭蓋が! 頭蓋骨が割れる!!」

「ならば、私が貴様に送る言葉はこれだけだ」

 

 

「そ の 顔 を 剥 い で や る !!」

 

 

  *  *  *

 

「と、いうワケで、トリックが顔面破壊されそうになったけど、みんなで止めました」

「さすがにR-18Gはねえ……」

 

 帰りの輸送機の客室で、誰にともなくネプテューヌとノワールがごちる。

 

 あの後、ネプテューヌの薬の効き目が切れると、『何故か』極めて低姿勢になったトリックに『快く』砲台の場所に案内してもらったのだが……。

 

「まさか、砲台がタダのシャボン玉発生装置とはね……」

「ジャズたちがスキャンしてみましたが、偽物と見せかけた本物、ということもないようですわね」

 

 ブランとベールが嘆息する。

 砲台は単なるイミテーションで、無害な物だった。

 

「骨折り損の何とやらか……」

 

 大騒ぎして、このオチである。

 

 女神たちはそろって大きく息を吐くのだった。

 

  *  *  *

 

 そうしてプラネテューヌの教会に帰り着いた女神たち。

 すっかり日が暮れ、辺りは暗くなっていた。

 

「たっだいまー! 見て見てー、お土産!」

 

 ネプテューヌは元気よく出迎えてくれた一同に笑顔で挨拶するが、アイエフとコンパ、イストワールの顔は暗い。

 それに気付かず、ネプテューヌは大量のプリンの入った袋を見せる。

 

「全部に名前書いちゃった! これで全部ねぷのプリン! もう喧嘩しないで済むね、ぴーこ♪」

 

 しかし、当のピーシェからの返事はない。

 ここでようやく、ネプテューヌはピーシェの姿がないことに気が付いた。

 コンパに抱かれたロディマスが不安げに一つ鳴く。

 

「あれ……? ぴーこは?」

「ネプテューヌさん、こちらを……」

 

 そう言ってイストワールが差し出したのは、小さなメモ用紙だった。

 メモ用紙にはこう書かれていた。

 

『ねぷてぬへ! うぃりーと、ともだちのとこへいくね! ばいばい! ぴぃより』

 

  *  *  *

 

 ……ネプテューヌは、夜通しピーシェを探して自分の国の首都を駆けずり回った。

 オートボットたちも、女神たちも、アイエフやコンパも、ピーシェを探した。

 

「はあ、はあ……」

 

 無人区画で、ネプテューヌは荒く息を吐く。

 眼前の地面には、プルルートが作ったピーシェを模したヌイグルミが落ちていた。

 

「……馬鹿」

 

 ヌイグルミを拾い上げ、ネプテューヌは小さく呟く。

 

「ぴーこのバカァアアア!!」

 

 どうして、心配を懸けるのか。

 どうして、無断で出ていったのか。

 どうして、どうして、どうして……。

 

 どうして、仲直りも出来ていないのに、消えてしまうのか……。

 

「馬鹿って言う方が、馬鹿だ……」

 

 

 

 結局、夜が明けてなお、ピーシェの行方は知れなかった。

 

 

 

 




この小説だとリンダは明確に敵陣営なので、代わりにトリックに出てもらいました。

サービスを期待してた方、ごめんなさい。

次回はこの話の別視点の予定です。

ピーシェとホィーリーと、そして『彼』の話です。

では、ご意見ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話 ピーシェと航空参謀 

ザ・ラストナイトも色々情報が出てきました。

とりあえず、メガトロンとバリケードがかなりイメチェンしてる件。
というか、バリケード生きとったんかワレェ!?
そりゃDOTMの奴が本人だと明言されてませんでしたけど!


 この世で信じられることは、ただ一つ。

 信じられる奴なんかいない。

 これだけは信じてもいい。

 

 ……誰の言葉かって?

 決まってるだろ。

 

 ディセプティコン航空参謀スタースクリーム。

 

 つまり、この俺さ。

 

  *  *  *

 

 眼下にゲイムギョウ界を見下ろす暗黒の宇宙空間。

 スタースクリームは、ルウィーの人工衛星に最後の細工を施していた。

 

『スタースクリーム! 応答せよ!』

 

 と、遥か地上にいるメガトロンから通信が飛んで来た。

 

「はいはい、こちらスタースクリーム! そんな怒鳴らんでも、聞こえていますよ」

『細工は終わったのだろうな?』

「調度、今しがた終わりました」

『よし! では、次の仕事だ……』

 

 通信の向こうでメガトロンがニヤリとしているのが見えた気がして、スタースクリームは我知らず顔をしかめる。

 

『迎えに行ってこい。……例のピーシェとやらをな』

「………………分かりました」

 

 分かり切った答えを絞り出すのに、僅かながら時間を有したことはスタースクリーム自身にとっても意外であった。

 

「ではピーシェを回収したら例の場所で落ち合いましょう」

『うむ。期待しておるぞ。通信終わり』

 

 事務的なやり取りの後、メガトロンは一方的に通信を切った。

 メガトロン、気に食わない野郎だ。

 いつでも、『俺が一番』って面をして君臨してやがる。

 

 ――……しかし、奴が俺の中で大きい存在であることは認めてもいい。いつかぶち破る壁として、だが。

 

「……見てやがれ、いつか、俺の前に傅かせてやる!」

 

 一人で呟いたスタースクリームは、眼下に星に向けて降下を開始するのだった。

 

  *  *  *

 

 仲間、友人、兄弟、師弟……。

 

 そんな関係は、クソみたいなもんだ。

 損得と恐怖による上下関係の方が、ずっとシンプルで信用出来るってもんだ。

 

 信じれば、裏切られる。

 だったら、俺が先に裏切ればいい。

 

 そうすれば、裏切られないで済む。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌの教会。女神の部屋。

 ピーシェは自分とネプテューヌのヌイグルミを抱えて佇んでいた。

 プルルートから自分のヌイグルミをもらって機嫌が少し回復したピーシェだが、まだヘソを曲げていた。

 

 ……素直になれないとも言う。

 

「お、ここにいたか?」

 

 そこへ、何処にいたのやら青いモンスタートラックのラジコン……ホィーリーがやってきて、ギゴガゴとロボットモードに変形する。

 

「いい加減に機嫌治したらどうだ? ネプテューヌだって、思わず言っちまっただけだろう」

「……やだ。ねぷてぬ、ぴぃのこときらいっていった」

「正確にゃ、『ごめんなさい出来ない』ピーシェは嫌い、って感じみたいだな。素直に謝っちまえよ」

「…………や」

 

 そっぽを向くピーシェに、ホィーリーはハアと息を吐く。

 

「何で俺、こんな子守りみたいなことやってんだろ……」

 

 一応は、ディセプティコンの一員だったのに。

 喧嘩した疑似親子の仲裁なんて、全然ディセプティコンらしくない。

 

 ――まあいいか。元々、ディセプティコンらしさとは無縁の身だ。

 

 そう、思考を纏めて改めて目の前の幼子を説得にかかる。

 

「あのな、ピーシェ。ネプテューヌに謝るのは後でもいいけどな。とりあえずロディマスには謝ろうぜ……。プリンぶつかって痛かっただろうからな。お姉ちゃんだろ?」

「…………」

 

 ロディマスの名が出たら、らしくもなく少しだけ複雑そうな顔になるピーシェに、ホィーリーは「ははぁ」と彼女の思いを理解した。

 

「なるほどね。……なあ、ピーシェはネプテューヌにほっとかれてさみしいんだろ?」

「……うん」

「じゃあさ、ロディマスもピーシェにほっとかれて、さみしいと思うんだわ。……あとででいいから、ごめんなさいして、仲直りしよう。な?」

「……うん。あやまる」

 

 ホィーリーの説得に、ヌイグルミをギュッと抱きしめながら、ピーシェは頷く

 フッとホィーリーは相好を崩した。

 ネプテューヌとも、時間を置けば仲直り出来るだろう。

 元来、優しいのだ。この子は。

 

「よっしゃ! じゃあさ、ネプギアたちがビニールプールで泳ぐって言うから行こうぜ!」

「うん」

 

 短く返事をして踵を返すピーシェの後ろに付いていこうとするホィーリーだが、その時どこからか通信が飛んできた。

 

『おい、ホィーリー。今、いいか?』

「スタースクリームか? どうしたんだ?」

「すたすく?」

 

 ホィーリーの口から出たスタースクリームの名に、ピーシェも立ち止まる。

 

『……少し話がある。ピーシェといっしょに例の倉庫まで来てほしい』

「今コンパちゃんの巨乳を見るので……もとい、ピーシェの面倒で忙しいんだけど」

『…………そうか、なら仕方ないな』

 

 嫌にアッサリと引き下がるスタースクリームに、ホィーリーはハテと首を傾げる。もっと、怒鳴ってでも来させようとすると思ったのに。

 まあいいかと通信を切ろうとするが、そこでピーシェが割り込んできた。

 

「うぃりー、すたすくがどうしたの?」

「ああ、何かすぐに来てほしいって。でもプールに入るしまた今度に……」

「いこう! すたすくんとこ!」

「ええ!? プールは?」

「こんど!」

 

 何やら気合いを入れているピーシェに、ホィーリーは文句を言うが、当然聞いてもらえない。

 これは止められないと、ホィーリーはヤレヤレと首を振る。

 

「ってなワケで、今からいくぜ」

『……………………分かった。通信切るぞ』

 

 随分と間を置いてから、スタースクリームは通信を切った。

 まあ、アレはアレでピーシェを気に入っているようだし、悪いことにはならないだろう。

 

「ヤレヤレ、じゃあ行くか。……あ、メモ書きかナンか残してこうぜ」

「うん! かくね!」

 

 言うや、ピーシェは机の上に置いてあったメモ用紙とペンを取り、たどたどしい手つきでネプテューヌたちへの伝言を書いたのだった。

 

『ねぷてぬへ! うぃりーと、ともだちのとこへいくね! ばいばい! ぴぃより』

 

  *  *  *

 

 トランスフォーマーも、人間も、女神も、この世には三種類いる。

 

 一つ目は、俺が利用できる道具。

 馬鹿な奴、鈍間な奴、思い上がった糞ども。

 全部、使い潰して、捨ててやればいい。

 

 二つ目は、俺に楯突く敵。

 俺を見下す奴、俺の邪魔をする奴、俺を出し抜こうとする奴。

 敵は排除するだけだ。どんな手段を使っても。

 

 最後に、毒にも薬にもならないゴミ。

 敵と言うほど手強くもなく、利用するほどの価値もない。

 いてもいなくても同じ……なら、いない方がいい。目障りだ。

 

 断っとくが、これは俺だけが異常な考えを持ってるってワケじゃないぜ。

 ディセプティコンじゃ、こんな考え珍しくもない。

 

 ピーシェとか言う、あのチビガキも俺の野望のために利用してやる。

 馬鹿な餓鬼を言いくるめるなんざ、インセクティコンを潰すより楽だぜ。

 

 俺がスーパーヒーローだ?

 ありえねえ!

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌの無人区画。

 

 ここをピーシェがホィーリーを連れ立って走っていた。

 

 廃墟の一角にある、古びた倉庫。

 固く閉じたシャッターの脇にある穴に入り込むと、そこにはディセプティコン式の機材が並んでいた。

 スタースクリームが基地を抜け出して作ったアジトだ。

 

 そして、アジトの奥には当然スタースクリームが入口に背を向けて佇んでいた。

 

「すたすく、きたよー!」

「まったく、おかげで巨乳の水着を見そこねちまったぜ!」

 

 ピーシェはスタースクリームに向かって手を振り、ホィーリーは頭の後ろで手を組みながらブー垂れる。

 スタースクリームはゆっくりと顔だけをピーシェたちに向けた。いやに真面目くさった顔だ。

 

「……来ちまったか」

「うん! それでそれで、おはなしってなに?」

 

 全幅の信頼を示すが如く、キラキラと青い瞳を輝かせるピーシェ。

 彼女にとって、スタースクリームはスーパーヒーローなのだ。

 しかしスタースクリームは、顔を戻して幼い少女から視線を外す。

 

「……今日はホィーリーに話がある」

 

 そう言って、スタースクリームはホィーリーとの間に通信回線を繋いだ。

 

『……なあ、ホィーリーよ。お前、サウンドウェーブの部下だったよな』

『ん? ああ、まあ一応は諜報部隊に所属してたから、そうなるな。最底辺の下っ端だったけど』

 

 振り向かないままのスタースクリームの言葉に、ホィーリーは素直に答える。

 しかし何故、今更そんな分かりきったことを聞くのか?

 

『じゃあよ、分からないのか? アイツがどんな奴か……』

『え? う~ん、ほとんど話したことないしなあ』

『……アイツは、サウンドウェーブは、とんでもねえ陰険野郎だ』

『はあ?』

 

 突然、同格の幹部の悪口を言い出す航空参謀に、ホィーリーはオプティックを丸くする。

 

『……ははん。さては、何かヘマやらかしてサウンドウェーブに出し抜かれ……』

『黙って聞け! アイツの仕事は敵の情報を探ることだけじゃねえ! 味方の弱みを握ることも含まれてんだよ!!』

『ついでにプロパガンダにも口を出してる、と。そんなんディセプティコンなら誰でも知ってるぜ』

 

 何を今更と呆れるホィーリー。

 あの情報参謀が、それこそ『情報』に関わる仕事を一手に引き受けているのことは知れ渡っている。

 ここで、初めてスタースクリームは振り向いてホィーリーを見た。

 

 らしくもない、酷く苦しそうな顔だった。

 

『そんな奴が部下に何も仕込まないとでも思ってたのか?』

「…………へ?」

 

 思わず、肉声が出た。

 ピーシェが不思議そうに、航空参謀と小ディセプティコンを交互に見ている。

 

『あいつは、部下に秘密の発信機を仕掛けてやがるんだ。……さすがに盗聴器はないみたいだが、レーザービークあたりにでも探らせたんだろう。……ここまで言えば分かるな?』

「ねえ、すたすく、うぃりー、ずっとだまってどうしたの?」

 

 ハッとホィーリーはセンサーの感度を最高に上げて辺りを探る。

 

「……逃げろ! ピーシェ!!」

「ふえ?」

 

 ホィーリーが叫んだ瞬間、シャッターが開いて何人かの男たちが雪崩れ込んできた。

 

  *  *  *

 

「レイ様、捕まえました。……抵抗が激しく5人ほど無力化されましたが」

「御苦労さま。……こんにちは。ピーシェちゃん」

 

 信じれば、裏切られる。

 こいつは、俺が自分の経験で得た答えだ。

 

「おばちゃん……?」

「ピーシェ! そいつもこいつらの仲間なんだ!!」

「ええ、そうよ。……ごめんなさいね。ピーシェちゃん」

「……ッ! たすけて! すたすく!」

 

 だったら、誰も信じなきゃいい。

 自分が先に裏切っちまえばいい。

 

 それが、皆が望む『ディセプティコン航空参謀スタースクリーム』ってもんだろ?

 俺はこういう奴なんてことは、皆とっくに知ってることじゃねえか。

 

「すたすく! おねがい!」

 

 ああ、全く馬鹿な餓鬼だ。

 俺はヒーローなんかじゃねえ。

 

 だから。

 

 だから……。

 

「すたすくー! すたすくーーー!!」

 

 そんな目で、俺を見るなよ。

 

 




Q:こんな短いのに一週間掛かったの?

A:リアルが忙しい&暑さでダウンしてまして……。

そんなワケで、やっと始まったピーシェとスタースクリームの物語。
いや、他のメンバーも活躍するんですけどね。

では、ご意見ご感想、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話 涙

 プラネテューヌのオートボット基地。

 オプティマスは自身の書斎でイストワールと通信していた。

 

「それではネプテューヌは今日も?」

『はい。ネプギアさんやプルルートさんとピーシェちゃんを探しに……仕事はちゃんとしているのですが……』

 

 通信の向こうのイストワールの表情は暗い。

 あのネプテューヌがちゃんと仕事をしているにも関わらずだ。

 

『何だか、無理をしているみたいで……もう、仕事をしてもしなくても心配をかけるんですから……』 

「そうか……分かった。ありがとう」

 

 ワザと冗談めかしたことを言うイストワールに、オプティマスはこちらも柔らかく……少なくとも、そう見えるように……笑みを返すのだった。

 

  *  *  *

 

 ピーシェが姿を消してから、すでに一週間……。

 

 皆で必死に捜索し、人工衛星による捜索も試みられたが結果は芳しくなかった。

 

 女神たちもそれぞれの政務に追われて捜索を警備兵に任せるようになっていったが、ネプテューヌだけは連日連 夜、仕事の合間を見てはピーシェを探しに出かけているのだった。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ近郊の山中。

 

「はあッ!」

 

 ネプテューヌは女神化して山犬型のモンスターと戦っていた。

 いや、それは戦いと言うにはいささか一方的だった。

 近くではネプギアも銃剣を振るっているが、プルルートだけは人間の姿のまま木陰に腰かけていた。

 

「ぷるるん! あなたも手伝って!」

「やだ~……」

「何言ってるの! もしもこいつらがぴーこを襲ったらどうするの!」

「お、お姉ちゃん……」

 

 焦燥と異様な空気を滲ませるネプテューヌに、ネプギアは戸惑いプルルートは顔をしかめる。

 

「皆、ここにいたのか」

 

 そこへビークルモードのオプティマスが走ってきてロボットモードに変形した。

 ネプテューヌは山犬を斬り捨てながら、オプティマスの方を向く。

 

「オプっち、ちょうどいいところへ来てくれたわ。山犬たちを退治するのを手伝ってちょうだい!」

 

 だがオプティマスは悲しげに頭を振った。

 

「いや、それはできない」

「どうして!?」

「……彼らにもはや戦意はない。これ以上の争いは無駄だ」

 

 その言葉の通り、山犬たちは我先にと逃げていく。

 

「……ッ! 逃がさない!!」

「ネプテューヌ、やめるんだ」

 

 太刀を振りかざして山犬を追おうとするネプテューヌをオプティマスが止めた。

 

「どうして! もしも、アイツらがぴーこを襲ったら……!」

「ネプテューヌ……辛いのは分かる。だが、それを他者にぶつけることは、酷い結果しか生まない」

 

 カッと、ネプテューヌの表情が怒りに歪む。

 

「何よ! もっともらしいことを言って!! オプっちに、オプっちに何が分かるって言うの!!」

 

 怒鳴り散らしてから、ネプテューヌはハッとなる。

 オプティマスは、何も言わずに目を伏せるだけだ。

 

「ご、ごめんなさいオプっち。わ、私はただぴーこが少しでも危険な眼に遭わないように……」

「ああ、もうイライラするなあ……」

 

 ネプテューヌが何とかフォローしようとしていると、事態を静観していたプルルートが立ち上がった。

 人間態であるにも関わらず女神の姿の時のようなドスの効いた表情だ。

 

「ぷ、ぷるるん?」

「まったく、オプっちにまで八つ当たりするような悪い子って~……」

 

 瞬間、プルルートの体が光に包まれ、アイリスハートへと変貌する。

 

「すっごくムカつくのよねぇ……」

「ぷ、ぷるるん……」

 

 ネプテューヌの言葉を封じるように、プルルートは手の中に蛇腹剣を召喚して鞭のように地面を叩く。

 

「誤解しないでねぇ、あたしぃ、ねぷちゃんのことは大好きよぉ……でも今のねぷちゃんはぁ、無性に苛めたくなるのよ……ねえッ!!」

 

 裂帛の気迫と共に、プルルートはネプテューヌに向かって蛇腹剣を振るう。

 太刀でそれを受け止めるネプテューヌだが、ジリジリと押されていく。

 

「やめてよ、ぷるるん! 私、あなたと戦いたくなんか……」

「あらぁ? あたしだってそうよぉ? だから素直に苛められなさいよぉ。そうすれば戦わなくって済むでしょう?」

 

 怒涛の連撃を放つプルルートと、それを太刀で必死にいなすネプテューヌ。

 だが徐々にネプテューヌが押されていく。

 

「何とかしないと……!」

「待つんだ、ネプギア。ここはプルルートに任せよう」

 

 ネプギアは二人を止めようとするが、オプティマスが沈痛な面持ちでそれを止めた。

 

「ほら、どうしたの? この程度なのぉ?」

「やめなさい、ぷるるん! ……やめてよ。…………やめてってば!!」

 

 絶叫と共にネプテューヌはプルルートを弾き飛ばすと、燐光に包まれて人間の姿に戻る。

 そのまま地面にへたり込んだネプテューヌを見て、プルルートはニヤリと笑った。

 

「やるじゃない。さっすがねぷちゃん」

「……ぷるるんは、友達でいてよ。……わたし、謝るから……」

「はあッ! 違うでしょ、ねぷちゃん。……謝りたい人は、他にいるんじゃないのぉ?」

「ッ!」

 

 呆れたように息を吐くプルルートに、ネプテューヌはビクリと体を震わす。

 無言の時間が流れ、やがてネプテューヌがポツポツと言葉を漏らす。

 

「ぴーこ……」

 

 それはやはり、ピーシェのことだった。

 

「……ぴーこと、もっと遊んであげればよかった。もっと、ねぷのプリンを食べさせてあげればよかった。…………ぴーこに、あんなに酷いこと、言うんじゃなかった!」

 

 ピーシェなら時間が経って落ち着けば、きっとロディマスにごめんなさい出来たはずだ。

 あの子は、素直で優しい子なのだから。

 

「……それでいいのよ」

 

 プルルートがネプテューヌの肩にゆっくりと両手を置く。

 顔をあげれば、プルルートは柔らかく微笑んでいた。

 

「どうしようもない気持ちは、吐き出しちゃえばいいの」

 

 ネプテューヌは涙を流しながらプルルートの胸に顔をうずめる。

 プルルートは、変身を解いて優しくネプテューヌを抱きしめるのだった。

 

「そんなねぷてちゃんも、みんな大好きなんだよ~」

 

 そう言うプルルートは、やはり彼女も女神なのだと再確認させるにたる慈愛を感じさせた。

 

「お姉ちゃん、よかった……あっ、通信?」

 

 ようやく安堵の表情を見せた姉にホッと息を吐くネプギアだったが、自分のNギアに通信が入っていることに気付き、通話ボタンを押した。

 事と次第を見守っていたオプティマスは安心したように表情を緩め、傍に膝を突いて視線を下げる。

 ネプテューヌは顔を上げて恋人を見上げた。

 

「オプっちもごめん。酷いこと言っちゃって……」

「構わないさ。プルルートも、嫌な役を押し付けてしまって済まない」

「別にいいよ~」

 

 ようやく力を抜くことが出来た三人だったが……。

 

「お姉ちゃん、プルルートさん、オプティマスさん!!」

 

 突然、ネプギアは酷く慌てた声を上げた。

 

「どうしたの、ネプギア? ネプギアもぷるるんと抱き合う? いや、中々心地いいよこれ」

「あ、あのね……」

 

 いつもの調子を取戻し、呑気かつボケたことを言い出すネプテューヌだったが、続く妹の言葉に仰天することになる。

 

「今、いーすんさんから連絡があって……」

 

 

 

「新しい国が出来たって!!」

 

 

  *  *  *

 

 突如として各国の教会に匿名で送られてきた文書。

 その内容はR-18アイランドに新国家を建国するので、それを記念する式典への女神たちの出席を求めるものだった。

 

 すぐさま、ネプテューヌとネプギア、プルルート、各国の女神たち。

 そしてオートボットたちは、R-18アイランドへと急行するのだった……。

 




Q:短いのに時間がかかったの何で?

A:普通に書くのに時間がかかったから。そして長くなったので分割してるから。

次回、いよいよ新国家旗揚げ。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話 エディン、興る

やっとこさ新国家建国……その内容とは?


 R-18アイランドの海岸……ヒワイキキビーチに、惑星サイバトロンの降下艇が着陸した。

 以前、ラチェットがロックダウンから奪った物だ。

 降下艇の前部扉が開き、中から四国の女神とネプギア、そのパートナーであるオートボットたちが降りて来た。

 ……いざと言う時、撤退することを考えてこの降下艇で来たのだ。

 

「R-18アイランド……何か怪しいとは思ってたけど」

「あの砲台は、目を逸らすための単なるブラフだったってことか」

「予兆をみすみす見逃してしまいましたわね……」

 

 すでに女神化しているノワールとブラン、ベールは油断なく辺りを見回す。

 

「ぷるるんの探してる大きな力もここにいるのかしら?」

「ああ、そう言えばそんな設定だったわねぇ。ほとんど忘れてたわぁ」

 

 ネプテューヌに加え、今回はプルルートもすでに女神化している。

 

「話しは後にしな。……どうも妙だ」

 

 アイアンハイドがセンサーの感度を上げて辺りを索敵しながら、女神たちに注意を促す。

 ビーチには観光客の姿は一切なく、ただ波の音だけが響く。

 前回来た時は乱痴気騒ぎが行われていたR-18アイランドは、今は不気味なほど静まりかえっていた。

 

「ようこそ、ゲイムギョウ界各国の女神、並びにオートボットの皆々様。新国家エディンへ。謹んでお迎え致します」

 

 と、森の中から人影が現れた。

 

「ッ!? あなたは……!」

 

 ネプテューヌが思わず目を丸くする。

 その人物は、薄青の長い髪と頭の左側の角飾りが特徴的な女性……レイだ。

 だが、いつもの露出度の低い黒い改造スーツではなく、動きやすそうな青いドレスを着こんでいる。

 

「レイさん!?」

 

 驚愕するネプテューヌに構わず、レイは穏やかに微笑む。

 すると、彼女の後に森の中から20人ほどの装甲服の一団が現れた。

 皆、黒地に青いラインというレイとお揃いのカラーリングと鋭い意趣のフルフェイスヘルメットからなる装甲服を身に着けている。

 装甲服の一団はレイの後ろに整然と縦二列に並ぶ。

 

「本日は、我が新国家の建国記念式典にご出席いただき、最大級の感謝をお送り致します」

 

 すわ戦闘かと身構える女神とオートボットだったが、装甲服の兵士たちは全員で拍手をする。

 

「申し遅れました。私はレイと申します」

「……そう、あなたがキセイジョウ・レイ」

 

 丁寧に自己紹介をするレイに、ノワールは眉をひそめる。

 

「話しは聞いてるわ。脱女神運動家……その正体はタリの女神で、今はディセプティコンの手下!」

「まあ、そんな所です。あ、それとキセイジョウの姓は捨てましたので、レイと呼んでください」

 

 苛立たしげなノワールに、レイは余裕を持って頷く。

 

「レイさん、あなたがいると言うことは、まさかエディンって……!」

「今は、そのご質問にはお答えしかねます。……さあ皆さま、こちらにどうぞ。会場までご案内致します」

 

 ネプテューヌが問おうとすると、レイは答えずに何処かに案内しようとする。

 

「馬鹿なこと言わないで! キセイジョウ・レイ! あなたは国際指名手配犯なんだから、ここで捕まえてやる!」

 

 大剣を正眼に構えるノワールだが、レイは余裕を崩さない。

 

「ブラックハート様。ここは独立国ですよ? 女神様と言えども、御無体が過ぎるのでは? ……それと、私の名前はレイです」

 

 ノワールはレイを睨みつけ、吼える。

 

「ふざけないで! こんな所に国なんか認められるワケないでしょう!!」

「何故です? 国家に必要な物は全て揃えましたよ? 国民、土地、主権」

「女神がいないわ! ゲイムギョウ界では、女神のいない国は認められない! まさか女神とか言い出すんじゃないでしょうね!」

 

 ノワールのその言葉にレイは感情の読めない笑みを大きくする。

 

「まさか! 私は単なる執政官ですよ。……それではご紹介しましょう! 我らがエディンの女神様、その名も……」

「うわああああ!!」

 

 レイの言葉をさえぎるように、遥か上空から叫び声と共に誰かが落ちてきた。

 

「え? きゃあああ!!」

「ノワール!?」

 

 誰かが反応する間のなく、その何者かはノワールに激突しもろとも地面に墜落する。

 

「あいたたた……飛ぶの難しいよー」

 

 落ちてきた何者かは座り込んだまま頭を振る。

 

 明るい金色の長髪の一部を頭の後ろで括り、衣装は白いレオタード。

 

 体つきはアンバランスなほど豊満だが、表情は子供のようにあどけない。

 

 背中には光の翼を背負っている。

 

 瞳には、シェアクリスタルの形と同じ円と線を組み合わせた紋章が浮かび上がっている。

 

 その特徴はまさに……。

 

「あなたは……!?」

「まさか、女神なの!?」

「ん? そうだよ! 名前はねえ、ええと……イエローハート!」

 

 思わず出たネプテューヌとネプギアの問いに、その女神……イエローハートは無邪気に笑って名乗る。

 そのタユンと揺れる余りに豊満な胸に、ベールは衝撃を受ける。

 

「な、何て大きさ……!」

「ベールのアイデンティティが無くなっちまうな」

「俺は君くらいの大きさが好きだぜ。ベール」

 

 何だか馬鹿なことを言い合うベールとブラン、そしてジャズだった。

 とにかくそれくらいイエローハートの胸は大きかった。

 

「ええと……段取りと違いましたが、彼女がエディンの守護女神イエローハート様です!!」

 

 この登場の仕方は予定になかったらしく、レイは少し慌てた様子になったものの、すぐに調子を取り戻して、朗々と紹介する。

 だが、落下に巻き込まれたうえに文字通り尻に敷かれているノワールはそれどころではない。

 

「ちょっと、いいから早く退きなさいよ!!」

「うわあ! お尻から人が生えた!!」

「生えてないわよ! アイツらを倒すんだから、早く退きなさい!!」

「倒す……?」

 

 イエローハートはその言葉の意味を飲み込むのに、少しかかったようだった。

 だがやがて、怒りにその身を震わせた。

 

「そんなの……させない!!」

 

 宙に浮きあがったイエローハートは、立ち上がったノワールに向かって拳を振るう。

 一瞬の間の動きとは思えないほど力強く、それでいて非常に洗練された動きだった。

 

「きゃあああ!!」

「ノワール!!」

 

 拳を受けたノワールは大きく後ろに吹き飛ぶが、アイアンハイドがそれを受け止める。

 だがアイアンハイドの力と体躯を持ってしても力を殺し切れず、ノワール共々後ろに倒れ込む。

 

「ぐおお!? 大丈夫か、ノワール?」

「ええ。……あの子、何て力!」

 

 アイアンハイドとノワールが呻く。

 

「ママをいじめるなんて、そんなの許さない!!」

 

 気迫と共にイエローハートは女神たちに向け拳を向ける。

 対するベールとブランは己の得物を構えた。

 

「そっちがその気なら、覚悟はよろしくて!!」

「ボロ雑巾にしてやるよ!!」

 

 長槍と戦斧は狙い違わずイエローハートを打ち、イエローハートは地面に叩き付けられる。

 が、イエローハートは何事も無かったかのようにムクリと起き上がった。

 

「あははは! 楽しいねー!! もっといっぱい遊ぼうよー!」

「ほとんどダメージがない、だと?」

「いっくよー!」

 

 驚くブランだが、イエローハートはいっそ異常さほど感じさせる無邪気さで両腕に爪付きの籠手を召喚して女神たちに向かって来る。

 

「ッ! ネプテューヌ、ネプギア! 私たちもいくわよ!!」

「ええ! でも気をつけて。……女神はあの子だけじゃないわ」

 

 戦列に加わるべく飛び上がるネプテューヌたちだが、泰然としているレイにも警戒を向ける。

 

「オートボット! 女神を援護するぞ!」

「待てオプティマス! 周囲に敵影! この反応は……?」

「『そんな、まさか!?』」

 

 ネプテューヌたちを援護しようとするオプティマスだったが、ジャズの声に周囲を警戒する。

 バンブルビーは、驚愕にオプティックを見開く。

 

 何処からか、何台もの小型クロスオーバーUSVが現れてオプティマスたちを取り囲むや、次々と粒子に分解していく。

 

「人造……トランスフォーマー、だと?」

 

 警戒を緩めないものの思わず呟いたオプティマスに答えるように、人造トランスフォーマーたちはロボットモードになり手持ちの機銃を構える。

 バイザー状のオプティックと右腕に二枚刃の爪のようなブレードを持っていて体色もバイザーの色も様々だが、その全員が何処かスティンガーを思わせる姿をしていた。

 

「初陣だー! 初任務だー!」

「さっそく攻撃しようよ!」

「ダメだよ! 命令があるまではこのまま!」

 

 一糸乱れぬ動きに反し、聞こえてくる声と言葉は酷く子供っぽい。

 バンブルビーはその姿に戸惑いを隠せない。

 

「『いったい』『何なんだアンタ』『ら』!?」

「ボクたち? ボクたちは『トラックス』だよ!」

「動かないでね! 動くと撃っちゃうよ!」

「いや、そこは撃つと動くで!」

 

 突如現れた人造トランスフォーマーたちにオートボットたちが混乱する間にも、上空では女神たちの戦いは続いている。

 

「何んて頑丈さと体力! これじゃあまるで……」

「もっと遊んでよー!」

 

 ネプテューヌの斬撃がイエローハートを打つが、堪えた様子は全くない。

 

「…………」

「あらぁ? あなたはイかないのぉ?」

 

 一方、未だ戦いに参加していなかったレイの傍に、いつの間にかプルルートが迫っていた。

 周囲の装甲服の一団がレイを守るように展開する。

 

「やめなさい。あなたたちが勝てる相手ではないわ」

「もう、勝ち目もないのに向かってくる健気な子を苛めるのも楽しいのにぃ。……まあ、まとめて苛めてあげれば問題ないわよねぇ」

 

 正義側の人物が浮かべてはいけない残虐な笑みを浮かべて蛇腹剣を握る手に力を込めるプルルート。

 その瞬間、プルルートは振り返って飛来した光弾を障壁で防いだ。

 視線をそちらに向ければ、いつの間にか赤い単眼が特徴的な深紫の金属巨人がこちらに右腕と一体化した砲を向けていた。

 

「ショッ君……!」

「久しいな、プルルート。……非常に論理的でないが、あえて嬉しいぞ」

 

 因縁深い科学参謀の姿に、プルルートは一瞬複雑そうに顔を歪めた。

 一方のショックウェーブは静かな中に抑えきれない細かい震えを含んだ声を出す。

 

「この場で決着をつけたいところだが、今は色々とイベントがある。またの機会にしておこう。……トラックスたち、攻撃開始だ」

『はーい!』

 

 子供っぽい相槌を打ち、トラックスたちはオートボットに襲い掛かる。

 

「やはりディセプティコンが絡んでいたか! 致し方ない、オートボット攻撃!」

『了解!』

 

 オプティマスの号令の下、オートボットたちはトラックスの一団を迎え撃つ。

 バンブルビーも意を決してブラスターを展開する。

 左右から挟み撃ちにしようとする二体のトラックスをジャズが回し蹴りで文字通り一蹴し、アイアンハイドの砲撃の前に、トラックスの体に容易く大穴が開く。

 

「わー! やられたー!!」

「うわー、いいなー! 破壊されたら、新しいボディがもらえるんだよ!」

「ボクも新しいボディが欲しいなー! 次はもっとカッコいい奴!」

「な、何なんだこいつら……。調子が狂うぜ……!」

 

 そう呻いたのはアイアンハイドだ。

 一体一体の戦闘力は大したことはないが、仲間がやられても呑気に笑っている姿にオートボットたちはやり難さを感じていた。

 

 上空ではイエローハートを四ヵ国の女神たちが囲んでいた。

 女神たちが肩で息をしているにも関わらず、イエローハートに疲弊の色は見えない。

 

「はあ…はあ…。こうなったらしょうがないわね。みんな! 練習してたアレをやるわよ!」

「対メガトロンを想定して編み出したアレを? ……致し方ないわね!」

 

 ノワールの号令にネプテューヌが応じ、ベールとブランも身に力を溜める。

 

「ええ~? もう遊ばないのー?」

 

 だが、どこまでも無邪気なイエローハートはまるで恐れる様子はなく無防備でさえある。

 

「ええ、これで終わりよ。……私とベールで斬りこむわ!」

「何処まで耐えられるか、楽しみですわね!」

 

 まずはノワールとベールが超高速でイエローハート目がけて左右から斬りかかる。

 もちろんイエローハートは防御しようとするが、次々と繰り出される斬撃をいなし切れない。

 

「うわわわ!?」

「叩き斬ってやる!!」

 

 動きのとれないイエローハートに向かって、ブランが大上段から渾身の一撃を食らわす。

 咄嗟に両腕の爪を交差させて防ぐイエローハートだが、大きな衝撃を受けて爪が砕け散った。

 

「きゃあああ!!」

「ネプテューヌ! テメエが止めだ!!」

 

 ブランの声を合図に、上空からネプテューヌが太刀を前に突き出しエネルギーを纏ってイエローハートに突撃する。

 

「この一撃に全てを出し切る!!」

「わあああああ!!」

 

 一本の矢の如きネプテューヌの刺突は狙い違わずイエローハートに命中。

 イエローハートは悲鳴を上げて吹き飛ばされ、海へと落下した。

 

 これぞ、四女神の合体技、『ガーディアンフォース』である!

 

「やったか!?」

「やってないフラグですわよ、それ」

「わりい……」

 

 落下の衝撃で海上に起こった波紋を見下ろしながら、ブランとベールが言い合う。

 

「ネプテューヌたちが勝ったようだな。オートボット、このまま押し切るぞ!!」

 

 オプティマスはテメノスソードで何体目かのトラックスを斬り伏せながら、部下たちに檄を飛ばす。

 

「さて? そう上手くいくかな?」

 

 地獄から聞こえてくるかのような重低音の声だった。

 ハッとオプティマスが声のした方を向けば、仮面のような笑みを顔に張り付けたレイの傍に、灰銀の巨体が立っていた。

 トラックスたちが戦闘を止め、メガトロンを守るように整列する。

 

「メガトロン! やはり貴様の企みだったか!!」

「まあ待てプライム。ここからが面白いところだ。……見るがいい」

 

 ニィッと血も凍るような笑みを浮かべ、顎でイエローハートが墜落した海を指す。

 

「……ぷはっ! いたかったー! へんしんとけちゃったよー!」

 

 海から、誰かが浜に上がって来た。

 明るい色の金髪に青い瞳。

 黒と黄色の子供服。

 年齢は10にも満たない。

 状況から見て、イエローハートの人間としての姿だろう。

 ネプテューヌはその姿を見て、茫然と呟く。

 

「ぴー……こ?」

 

 イエローハート……ピーシェは辺りを見回すと、目当ての人物を見つけて声を上げた。

 

「パーパー! マーマー!」

 

 一目散に、駆けていく。

 

 ……メガトロンとレイの所へと。

 

「パパー! ママー!」

「ハッハッハ! よく頑張ったぞイエローハートよ!」

「ええ、良い子ね。ありがとう」

 

 メガトロンは上機嫌に、レイは仮面染みていない本物の笑顔で穏やかにピーシェを褒める。

 

「だっこしてー!」

「はいはい」

「えへへ! わーい!」

 

 レイはピーシェを抱き上げ頭を撫でてやると、ピーシェは嬉しそうに笑った。

 ネプテューヌはその近くに降り立ち、混乱しながらもピーシェに声をかける。

 

「ぴーこ! どうしてあなたがここにいるの!? まさか、あなたがイエローハート……そんなワケないわよね」

 

 状況はピーシェがイエローハートだとハッキリ示しているが、ネプテューヌにそれを受け入れることは出来ない。

 

 まして、メガトロンを父と呼ぶなど!

 

 ピーシェは、レイの腕の中でネプテューヌを睨みつけた。

 目からは光が消えて異様な有様だ。

 

「……きらい! あっちいって!!」

「ぴーこ……?」

「パパとママをいじめるひと、だいっきらい!!」

 

 ネプテューヌは視界がグラつくのを感じた。

 まるで世界から現実感が失せてしまったようだ。

 ピーシェの声からは、本気の嫌悪と怒りを感じたからだ。

 

「ちょっと! その子に何をしたの!!」

「メガトロォォンン……!!」

 

 ノワールとオプティマスが激烈な怒りを込めてメガトロンとレイを睨む。

 レイの瞳に一瞬だけ悲しげな光が宿ったが、すぐに仮面のような笑みに戻ると事務的に宣言した。

 

「何も……とは言いませんが。……改めまして、この方こそ我らがエディンの女神、イエローハートことピーシェ様です!」

「そんなことは許されませんわ! 我がリーンボックスは、そのような暴挙を許しません!」

 

 ベールが吼えるが小馬鹿にしたようにメガトロンは鼻を鳴らすような音を出す。

 

「ふん! 許す許さないの前に、自分の国のことぐらい把握しておくのだったな!」

「? どういうこと……」

『お姉様! ベールお姉さま! 応答してくださいまし!!』

 

 突然、ベールのインカム型通信機に彼女の国の教祖、箱崎チカから通信が入った。

 

「チカ? どうしましたの? 今は立て込んでいて……」

『緊急事態です! リーンボックスのいくつかの都市が……』

 

 

 

 

『エディンの軍を名乗る者たちに占拠されました!!』

 

 

「なん……ですっ……て……?」

『突然、何処かに潜んでいた武装集団とトランスフォーマーが都市を攻撃! 国軍や警備兵も抵抗しましたが力及ばず……』

 

 チカの言葉が進むたびにベールの顔が青くなっていく。

 その姿を見て、メガトロンはしてやったりという顔だ。

 

「そう言うワケだ。貴様の国の一部、我がエディン領として貰い受けるぞ」

「メガトロン……!」

 

 怒りに任せて仇敵に詰め寄ろうとするオプティマスだが、その時地面が揺れ出した。

 

「フハハハ! ハァーハッハッハ!! さあ、仕上げだ! 行くぞレイ、イエローハート!」

「はい。メガトロン様」

「はーい!」

 

 メガトロンは変形して、レイとピーシェは女神化して何処かへと飛んで行く。

 その間にも、揺れはどんどん大きくなっていく。

 

 メガトロンたちが空中で静止したのは、シャボン玉発生装置の砲台の上空だった。

 地面の揺れと共にイミテーションの砲台は崩れ、その瓦礫を突き破って地中から何かが浮上してきた。

 イミテーション砲台だけではなく、周囲の木々や地面を押しのけて現れたのは大小無数の砲台を備えた塔のような建物だった。

 それがギゴガゴと音を立てて天に向かって伸びていく。

 この島の地下に隠されたディセプティコンの秘密基地が変形を繰り返し地上に現れたのだ。

 塔の中腹にあるバルコニーでは、ミックスマスター以下コンストラクティコンたちが歓声を上げている。

 

「だーはっはっは! どうでい、コンストラクティコンが時間と汗と涙を込めて造り上げた傑作! 名付けてダークマウントでえ!!」

 

 自らの作品の完成に喜ぶコンストラクティコンたち。

 

 メガトロンたちは塔の屋上に降り立ち、並んで遥か下の女神たちやオートボットを見下ろす。

 すると周囲にカメラなどの撮影器具が現れ、三人の姿を映す。

 レイは女神化を解いて、一歩前に進み出た。

 

「ゲイムギョウ界の皆さん、初めまして。私は新国家エディンに所属するレイと申します。いきなりお騒がせしたことを、まずはお詫びします」

 

 同じころ、ルウィーで突然流れてきた映像を見たアブネスが椅子から転げ落ち、プラネテューヌでアノネデスがマスクの下で難しい顔をし、別の場所でトレイン教授が紅茶のカップを床に落とした。

 

「本日は我がエディンの奉ずる女神イエローハート様より、ご挨拶があります。……イエローハート様、どうぞ」

「はーい! イエローハートでーす! よろしくお願いしまーす!」

 

 満面の笑みでカメラに向かって手を振るピーシェ。

 状況がよく分かっていないのは明らかだ。

 

「はい、ありがとうございました。……続きまして、イエローハート様の政治的代理人にしてエディン全軍の最高指揮官である、メガトロン様からのお言葉です」

 

 レイの言葉を受け、カメラが一斉にメガトロンの方を向く。

 

「御機嫌よう、ゲイムギョウ界に生きる者どもよ。……改めて自己紹介する必要はないだろう。メガトロンだ」

 

 堂々たる声が、カメラを通してあらゆる場所、あらゆるメディアに流れていく。

 

「諸君らから見れば我らは侵略者であろう。……しかし! 我らは断固たる信念を持って建国に望んだのだ!!」

 

 ダークマウント各所の扉から、ディセプティコンたちと数えきれないほどの装甲服の兵士、トラックスたちが吐き出される。

 装甲服のデザインはレイの近くにいた者たちのそれと同じだが、カラーリングは黒地に濃い黄色で、ヘルメットの意趣と相まって蜂の群れを連想させた。

 

「ゲイムギョウ界は自由な世界だ! だが、自由の本質をどれだけの人間が理解している?

 自由の本質、それは無責任であり無秩序だ!! 

 他者を傷つける自由!

 働かずに怠ける自由!

 何の意味のない娯楽に耽る自由!!

 テレビ、映画、アニメ、漫画……それにゲーム!!

 

 どれもくだらん!

 

 有りもしない夢物語など、現実から逃げ出す弱さと愚かさ以外の何の意味もない!!

 

 人間は誰かが見張っていなければ容易く他者を傷つけ、いくらでも怠け、僅か百年にも満たない貴重な時間を無駄にする!

 トランスフォーマーも同じだ!

 故に我がエディンは鋼の統制を! 完全無欠の支配をゲイムギョウ界にもたらすのだ!! 

 支配して押さえつけなければ、平和は訪れないのだから!!

 

 罪人には呵責なき罰を!

 怠け者には労働の喜びを!

 そして無駄な娯楽には規制を!

 

 今、ここに宣言する!! エディンはゲイムギョウ界を統一する!! 世界に唯一無二の秩序を築くために!!

 

 圧制を通じての平和を(ピース・スルー・ティラニー)!!」

 

圧制を通じての平和を(ピース・スルー・ティラニー)!! 圧制を通じての平和を(ピース・スルー・ティラニー)!!』

 数え切れない装甲兵が、人造トランスフォーマーが、ディセプティコンたちが敬礼と共に斉唱する。

 その声はとてつもない奔流となって大気を震わす。

 

「違う……!」

 

 メガトロンの声が轟く中、オプティマスは呟く。

 

「違う!! 断じて違う!!

 自由とは、より良き存在になる自由だ!!

 

 人もトランスフォーマーも確かに弱く愚かだ。

 だからこそ、支え合い励まし合って成長するために努力することが出来る!

 生きとし生きる者には、その権利が与えられているのだ!!

 

 メガトロン!

 お前の言う唯一無二の秩序は、多様な価値観や進歩の可能性を封殺してしまう!

 自由とはあらゆる(フリーダム・イズ・ザ・ライト)知的生命体の権利なのだ(・センティエント・ビーイングス)!!」

 

 オプティマスの叫びは遠く離れたメガトロンには届かない。

 だが、メガトロンはオプティマスを見た。その視線には計り知れない怒りと憎しみが込められている。

 両雄はお互いの相容れぬ思想を、ここで改めて確認したのだった。

 

「わー! すごいすごーい!!」

 

 メガトロンの演説に反応して、内容は半分も理解できていないもののピーシェは嬉しそうに笑っていた。

 

 ネプテューヌは彼方のピーシェを見上げながらも上の空だった。

 

 ピーシェがエディンの女神で、メガトロンをパパと呼んで……。

 

 まるで現実感がない。

 

 これは、本当に現実なのか?

 

 悪夢か何かではないのか?

 

「オートボット、撤退! 撤退だ! 降下船まで戻れ! ネプテューヌ、しっかりするんだ!」

 

 傍にいるはずのオプティマスの声が遠くに聞こえる。

 視界の端に、ディセプティコンに飛びかかろうとするベールをジャズが無理やり抱えているのが見えた。

 プルルートは殿で兵士を薙ぎ倒している。

 アイアンハイドとミラージュに庇われながらノワールとブランが悪態を吐いているのが聞こえた気がした。

 気付けばネプテューヌ自身もまた、オプティマスに抱えられていた。

 

『ぴーす・するー・てぃらにー♪ ぴーす・するー・てぃらにー♪』

 

 飛び立とうとする降下船に乗り込む時に最後に聞こえたのは、歌うようなピーシェの声だった。

 

  *  *  *

 

 かくして、エディンは興った。

 R-18アイランドに加えリーンボックスの一部を占拠し自らの領土だと主張するエディンはゲイムギョウ界全土に宣戦布告。

 

 ここに歴史に残るエディン戦争が始まったのだった……。

 




今回の解説。

エディン
原作のエディンが女神も兵士も洗脳していて、領土が島一つ、執政官(自称)が雇われ者のアノネデス、最高指揮官がレイという……何て言うかな感じなので、ここでは超強化。
しかし所属してるのが、元被差別民族のディセプティコン、亡国の女神のレイ、アイデンティティがややこしそうな人造トランスフォーマーとクローン兵という、これはこれで何て言うか……。

トラックス
トラックスたちの人格の身チーフは、攻殻機動隊のタチコマとかロックマンDASHのコブンとか。

ダークマウント
この要塞の名前を『ハイブシティ』にするか『ニューケイオン』にするか悩んだけど、結局この名前に。

『圧制を通じての平和を』『自由はあらゆる知的生命体の権利』
ご存じ、G1の頃からの破壊大帝と司令官の座右の銘。
要約すると
メガトロン「人間もTFも弱く愚かだ! だから押さえつけてでも平和にしなければならない!」
オプティマス「人間もTFも弱く愚かだ! だからより良い存在になるよう努力する自由が必要だ!」
と言うことだと作者は解釈しております。どっちを選ぶかは、それこそ人次第。

次回以降は、しばらく各地での戦いの話になります。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話 エディン侵攻

あんまり話が進んでない、そんな話。


『繰り返し申し上げます。エディンの攻撃部隊がプラネテューヌに侵攻。すでに国境沿いのいくつかの町が……』

 

 プラネテューヌ国境沿いのとある町。

 薄暗い路地裏に捨て置かれた携帯ラジオからニュースが流れてくるが聞く者はいない。

 当然だ。今、まさにこの町がエディン軍に襲撃されているのだから。

 

「ここなら大丈夫だ! 隙を見て町から逃げよう!」

「大丈夫だからね。お父さんとお母さんが守ってあげるから」

「うん……」

 

 路地裏に一組の家族が駆け込んできた。

 父は子を背負い母の手を引いて走り出そうとするがその前に黒地に濃い黄色のラインの入った装甲服の一団が現れた。

 

「な!?」

 

 装甲服の一団……エディンの兵士たちは家族連れに銃を向ける。

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

 父が叫び、母が子供を庇うがエディン兵たちは無情にも銃を撃つ。

 銃声と共に無数の銃弾が、容赦なく親子に降り注いだ……。

 

 

 

 

 

 

「わっぷ! 何だコレ? ペンキ……?」

 

 だが銃弾はペンキで出来ており、親子連れは黄色いペンキ塗れになるだけで済んだ。

 

「え? 何でこんな……あ、あれ?」

 

 戸惑う一家だったが、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「あれ? 何で僕たち逃げてたんだっけ?」

「そうよね。私たちエディンの国民なのに」

「まあ気になさらず。よくあることです」

 

 顔を見合わせる夫婦に、エディン兵の一人が優しげな声をかける。

 

「ほら、荷物を持ちましょう。家までお送りします」

「ああ、どうもありがとう」

「いえいえ、これも兵士の務めです!」

 

 兵士たちは親切な態度で一家を家まで送ってやるのだった。

 

  *  *  *

 

「フハハハ! また我がエディンの領土が増えたわい!」

 

 旧R-18アイランド、現エディン本土。

 そびえ立つダークマウントの内部、司令部においてメガトロンは満足げだった。

 投射される映像には、各地に侵攻している部隊の戦果と、各地の部隊を率いるディセプティコンたちの顔が映し出されていた。

 

 開戦よりすでに一か月。

 エディンは順調に支配地を増やしていた。

 

 その中核となる戦略は、『洗脳』

 

 かつてマジェコンヌが作った粒子をさらに改良しペンキ状に加工することで、より強力な洗脳を施せるようになったのだ。

 例え本人にペンキが付いていなくても、街中に塗りたくられたペンキの近くにいるだけで洗脳効果が発揮される手の込みよう。

 

 この戦略は絶大な効果を発揮しているものの、内部に不満が無いワケではない。

 事実、ブラックアウトが不機嫌そうな顔で言った。

 

『しかし、洗脳と言うのはいささか生ぬるいのではないか?』

「いえいえ、そんなことはありませんよ」

 

 答えたのはもちろんメガトロンではなく、その傍らにいるレイである。

 

「洗脳は解ける物ですからね」

『そこが手ぬるいと言っている! どうせならもっと徹底的にやればいいだろう!』

「いいえ。洗脳が解ける……元に戻ると言うことが重要なんです」

 

 レイはニッと感情の読めない笑みを浮かべる。

 

「絶対に元に戻らないのなら、断腸の思いで彼らを殺すと言う選択肢が生まれます。でもそうでないのなら、女神たちは彼らを傷つけることは出来ない。そんなことをすれば、国民を護るという女神の大義に関わる。……つまり、彼らは『盾』です」

「加えて、洗脳すりゃあ自然と女神の力の源であるシェアを削ることが出来る、と。……恐ろしい女だな、お前」

 

 レイとメガトロンを挟んで反対側に立つスタースクリームが、こちらも感情を感じさせない声色で補足した。

 良くも悪くも悪くも悪くも、感情豊かな彼らしくない。

 それを無視して、レイは続ける。

 

「こうして洗脳している間に『支配者交代のお知らせ』を人々の意識に浸透させるのです。加えて子供たちにエディンこそが正当な支配者であると教育を施せば、2、3回世代交代をするころには、誰も女神のことなんか憶えていませんよ」

『気の長え話だな……。それにそう上手くいくもんか? 人間どもの信仰心ってのは、結構なモンだと思うんだが?』

 

 当然の疑問を呈するのは、ミックスマスターだ。

 これにもレイは笑顔で返す。

 

「上手くいきますよ。人間と言う生き物は、時に忘れっぽく、恩知らずで、酷く移り気ですからね……。いったいどれだけの女神や国が、そうして忘れ去られていったか……」

 

 この時、レイの顔に浮かんだのはそれまでの仮面のような笑みではなく、嘲笑と侮蔑と怒りと悲哀と失望と諦観が複雑に混じり合った何とも言い難い表情だった。

 あのネプテューヌをして恐怖させた、粘性の液体のような冷たく重い感情が込められた顔。

 その顔こそが、百戦錬磨のディセプティコンたちを心胆寒からしめる。

 傲慢なスタースクリームも、無感情なサウンドウェーブやショックウェーブも、勇猛果敢なブラックアウトも、大なり小なり『恐怖』を感じずにはいられない。

 戦慄する金属生命体たちを余所にレイは頃合いを見計らって話題を変えた。

 

「それとメガトロン様。新設した部隊は無事機能しております」

「ああ、お前に任せた軍規の引き締めと治安維持のための部隊か。」

「はい。『武装親衛隊』です」

 

 その言葉に、またしてもスタースクリームが反応する。

 

「解せないな。何故、内部にまで目を向ける必要がある?」

「我がエディン軍は、まだまだ寄せ集めの域を出ませんからね。……勝利の美酒に酔って、不埒なことをしないとは限りません。メガトロン様の品格と威光を汚してはいけません。……皆さんの部隊も、不必要な破壊や略奪、特に殺戮は絶対に避けてくださいね」

「……テメエが命令するのか?」

「命令ではなく提案です」

 

 お互いに感情のない声で言い合うレイとスタースクリーム。

 

「ククク、まあ良いではないか。当面はレイの提唱する洗脳による占領をメインとし、各国の軍やオートボットを相手にする時だけ、実弾を使うのだ」

 

 機嫌良さげなメガトロンが締めて会議はお開きとなるのだった。

 

 

  *  *  *

 

「……エディンの攻撃は日に日に激しくなっている。GDCもメンバーがそれぞれの祖国を守るために帰国し、事実上解散状態……」

 

 オプティマスは難しい顔……と言うのも生ぬるい厳しい顔をしていた。

 目の前の画面には、アイアンハイド、ミラージュ、ジャズが映っているが、いずれも総司令官と同じような顔だった。

 

『ラステイションでは、コンストラクティコンの奴らが鉱山地帯に要塞都市を建造してやがる。攻略に手間取ってるのが現状だ』

『ルウィーはエディン本土との距離もあって表面上は碌な攻撃がないが……どうにもキナ臭い』

『リーンボックスは……言う間でもないな。都市をいくつも奪われた』

「プラネテューヌでも、色々動き回っているようだ。……こんな時こそ、女神たちを支えねばならん。一同、分かっているな」

 

 芳しくない報告を聞きながらも部下たちの気を引き締めようとするオプティマス。

 アイアンハイドは厳しい顔ながらも頷き、ミラージュは無言を持って答えとする。

 だが、ジャズは少し考える素振りを見せた後、彼らしくない厳しい口調で話を切り出した。

 

『オプティマス、それに皆の怒りを買うことを覚悟の上で提言する。……オートボットをプラネテューヌに召集し、戦力を集中するべきだ』

『! ジャズ、そりゃあつまり!?』

『……他の国を見捨てろ、と言うことか?』

 

 驚愕するアイアンハイドとミラージュの声に、ジャズはやはり重々しく頷いた。

 

『ああそうだ。恐らく敵の狙いは我々の戦力を分散させることだ。そうして皆の注意が周りに逸れた所で、一気に本丸を落とすつもりだろう。……つまり、オプティマスのいるプラネテューヌを』

『ふざけてるのか!? この状況でノワールたちをほっとけってのか!!』

 

 激昂するアイアンハイドに、ジャズは努めて冷静に返す。

 

『ふざけてこんなことが言えるか。……オプティマス、どうか一考してみてくれ』

「ジャズ、君はそれでいいのか?」

『……オートボットのことを考えるなら、仕方のないことだ』

 

 冷静に冷酷に、そう言いつつも声が僅かに震えていることにオプティマスは気付いていた。

 

「皆はどう思う?」

『俺は反対だ。……が、アンタの命令なら従う』

『俺は命令に従うだけだ』

 

 問えば、アイアンハイドとミラージュはそう答える。

 

『酷だと言うことは分かっているが、決断するのはあなただ。オプティマス・プライム。勝利のためには、時に冷酷な判断も必要だ』

「…………」

 

 真剣なジャズの声に、オプティマスは腕を組んで考え込む。

 こういう時、即断即決を下すのが優れたリーダーであるのは分かっているが……。

 

「少し考えさせてくれ。……ほんの少しでいい」

『……分かった。だが、出来るだけ早くしてくれ。今、時間は黄金より貴重だ』

「ああ。決めたら連絡する。……一端解散」

 

 通信を切ってから、オプティマスは額に手を当て、深く深く排気する。

 ジャズの言うことは正しい。

 オートボット全体のことを考えるなら、戦力を集中して決戦に備えるべきだろう。

 個人的にもネプテューヌを守るためにはその方が都合が……。

 

「ッ! 何を考えているのだ私は!」

 

 平和と自由の守護者たるプライムとして、あまりにも不謹慎な思考。

 猛省しなければ……。

 

「いや、今はジャズの提案を受け入れるか、だ。……どうにも思考が纏まらない」

 

 再度排気するオプティマス。

 

「仕方がない。少し気分を入れ替えるか……」

 

  *  *  *

 

 ある晴れた昼下がり、とあるナス畑。

 一組の親子……のように見える女性と少女が畑仕事に精を出していた。

 

「マジェコンヌさん! お昼の水撒き、終わりました!」

「うむ、御苦労マジック。お前は良く働くな」

 

 女性……麦藁帽のマジェコンヌは、やはり麦藁帽に簡素なワンピースのマジックを撫でてやる。

 くすぐったそうにするマジックだが、ふと何かに気が付いた。

 

「マジェコンヌさん……」

「ん? ……おやおや」

 

 マジックの視線を追えば、そこにはネプテューヌが立っていた。

 

「これはこれは、変わった客だ。マジック、お前は家に入っていろ。冷蔵庫にプリンがあるから食っていいぞ」

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ首都の道をロボットモードで歩くオプティマス。

 道行く人々が彼に声をかける。

 

「オプティマス司令官! いつも御苦労さまです!」

「ああ、そちらも御苦労さま」

 

 街をパトロールする警備兵。

 

「わーい、しれいかーん!」

「今日はネプテューヌ様はいっしょじゃないのー?」

「今日は少しね」

 

 皆で遊んでいる子供たち。

 

「オプティマス! 次のネプ子FCの会合は数日後だが、出席するのか?」

「いや、今回は……」

「そうか……。あまり根を詰めるなよ」

「ああ、肝に……と言うのも変だが……命じておくよ」

 

 ネプ子様FCの会長。

 その一人一人に丁寧に返事をしながら、オプティマスは歩いていく。

 

 思えば、随分とこの国に馴染んでしまったものだ。

 

 出来れば、彼らを守りたい。

 

  *  *  *

 

「ま、飲め。粗茶だが」

「ありがと」

 

 ネプテューヌとマジェコンヌは、ナス農家の外に置かれた大き目の日傘の下、簡素なテーブルを挟んで座っていた。

 沈んだ調子のネプテューヌに、マジェコンヌは鼻を鳴らす。

 

「いやに真面目な顔だな。らしくもない。私に捕まってもメガトロンと相対しても、ボケ倒してた貴様はどこへいった」

「…………」

「あの、ピーシェとか言うガキのことか」

 

 ビクリと、ネプテューヌの身体が震える。

 

「図星か。やはり、あのイエローハートとか言う女神は、あのガキだったか」

「……何でもいい、知っていることを教えて。あなたはディセプティコンと組んでいるんでしょ?」

「奴らとはすでに袂を分かった。私が知っていることなんて、とっくにお前らが掴んでいる程度のことだけだ。……だから、見逃されているんだろうな。私が今更何をしたとて、大局は動かんと」

「ッ! そう、なんだ……」

 

 溜め息を吐いてから、マジェコンヌは残念そうな顔のネプテューヌを睨みつける。

 

「ふん! しょぼくれた顔をしおって。……そんなに辛いなら、お友達や恋人に慰めてもらったらどうだ?」

「…………」

「迷惑かけたくない、って面だな。……情けの無い」

 

 呆れたような口調で、マジェコンヌは続ける。

 

「お前のご自慢の友達と言うのは、お前が弱音を吐いたくらいで見捨てるような、薄情者ばかりなのか」

「ッ! 違う!!」

 

 テーブルを叩き、ネプテューヌは立ち上がる。

 だがマジェコンヌは動じない。

 

「ならば、私ではなく、そいつらを頼れ。……一人で戦えるなどと、思い上がるな。頼ってもらえない周りの方が、辛いこともある」

 

 その言葉には、酷く重みがあった。

 ネプテューヌはしばらく黙って自分で淹れた茶を啜るマジェコンヌを見つめていたが、やがて一言断って去ろうとする。

 

「お茶ありがとう。それじゃあ……」

「……M粒子と言う物がある」

「へ?」

 

 何を急にとマジェコンヌを見れば、ネプテューヌに視線を合わせずに言葉を続けた。

 

「人の精神に干渉する粒子だ。……私が発明した。国民を洗脳しているインクは、あれをショックウェーブあたりが改造した物だろう」

「……それって?」

「まあ、黙って聞け。粒子は単体では単純な洗脳しかできないから、何処かに洗脳電波を発する装置があるはずだ。それを破壊すればあるいは……」

「ッ! 本当!?」

 

 一転、顔を輝かせるネプテューヌだがマジェコンヌはあくまでもそっぽを向いたまま続ける。

 

「イエローハートまでは保障せんがな。メガトロンのことだ、何か保険を懸けていてもおかしくない」

「ありがとう、教えてくれて! でも何で? 女神が嫌いなんでしょ?」

「今更だな……私も、ああいうやり口が気に食わんだけだ。これは貸しだ、高くつくぞ」

「出世払いで!」

「もう出世のしようがないだろう、女神なんだから」

 

 ペコリと頭を下げてからネプテューヌは女神化して飛び去った。

 マジェコンヌは、もう一度茶を飲んでから、一人ごちる。

 

「まったく、どうしてプラネテューヌの女神と言う奴は底抜けに能天気な癖に、いざと言う時、一人で抱え込もうとするのだ? ……思わず、お節介の一つも焼きたくなるじゃあないか」

 

  *  *  *

 

 オプティマスは一人、プラネテューヌ首都を見下ろすことが出来る丘を訪れていた。

 ビークルモードからロボットモードに戻って、適当な岩に腰かける。

 日の光は暖かく、そよ風は金属の肌を撫でるが、オプティマスの心を癒してはくれなかった。

 

「どうすればいい……どうすればいい……」

 

 呟くオプティマス。

 教えてくれる相手などいない。

 自分はプライムなのだから。

 

「オプっち!」

 

 一人懊悩に沈んでいたオプティマスだが、その時自分を呼ぶ声に気が付いた。

 間違えようもない、ネプテューヌの声だ。

 女神の姿で地上に舞い降りた彼女は、人間の姿へと戻る。

 

「オプっち! こんなトコで何してんの?」

「ネプテューヌ……」

 

 一瞬、彼女に相談しようかと言う思いが過るが、思い止まる。

 すでにピーシェが敵にまわって、相当に堪えているはずなのだ。

 

「いや、少し気分転換にな。ネプテューヌこそ、どうしたんだ?」

「わたしも少し気分転換! 隣、座ってもいい?」

「ああ、どうぞ」

 

 ネプテューヌはオプティマスの横に腰かけると、一緒にプラネテューヌの町並みを眺める。

 

「……ここだったっけ、ぴーこと初めて会ったの」

「ネプテューヌ……」

「ねえ、オプっち。……弱音、吐いてもいいかな?」

 

 ポツリと、ネプテューヌは呟いた。

 沈黙を肯定と受け取り、ネプテューヌは女神態になって飛び上がると、オプティマスの胸に縋りつく。

 

「不安でしょうがないの。ぴーこが元に戻らなかったら、ぴーこや他の皆が傷ついたらって思うと、怖くてたまらない!」

 

 ネプテューヌは、涙を流し嗚咽を漏らす。

 今回はそれくらい追い詰められているのだ。

 一方で、オプティマスは……この場においては不謹慎であることは承知の上で……心を震わせていた。

 

 ネプテューヌは、この状況に陥っても、他者を思いやっている。

 

 それが一国の女神として相応しい思考なのかはオプティマスには分からないし、おそらく是非を断じる資格もないだろう。

 だが、理解した。

 

 ネプテューヌが笑顔でいるためには、『何一つ』欠けてはいけないのだ。

 

「ごめんオプっち、情けないわよね」

「いや、そんなことないさ」

 

 心は決まった。

 

  *  *  *

 

『戦力を集中しない?』

「ああ、そう決めた。皆、各国の女神と民を全力で守ってくれ」

 

 オプティマスはそう言い切った。

 

「この戦い、我々の目標はディセプティコンを倒すことではない。ゲイムギョウ界を守ることだ」

 

 通信越しに顔を見合わせる部下たちを見回せば、アイアンハイドは不敵にニヤリとし、ミラージュは無言で頷く。

 

「オートボットの基本に立ち返ろう。すなわち、擬態(ディスガイズ)を駆使してのゲリラ戦だ」

『しかしな、勝機はあるのか?』

 

 最もな疑問を呈するジャズに、オプティマスは自身あり気な顔になる。

 

「ある筋から情報があった。国民を洗脳しているインクだが、効果を発揮するためには、特殊な電波を発生させる装置が必要らしい。おそらく国ごとに置かれているはずだ。それを破壊すれば国民を解放出来る」

『ある筋、とは?』

「詳しくは言えないが、信用出来る相手だとだけは言っておこう」

 

 ミラージュが問えば、オプティマスは曖昧な答えを返す。

 それ以上はミラージュも追及しなかった。

 

『よっしゃあ! やろうぜオプティマス!』

『ああ』

 

 アイアンハイドが拳で反対の掌を叩き、ミラージュは両腕のブレードを回転させた。

 

「ジャズも、それでいいな?」

『…………そう言うことなら』

「すまんな。……汚れ役を押し付ける形になって」

『言いっこナシさ! ……さて、じゃあ都市奪還の手を考えるぜ!』

 

 一転、明るい表情になったジャズは快活に笑う。

 頼もしい部下たちに、オプティマスの表情が和らぐが、すぐに引き締める。

 

 ……そうとも、ここからが勝負だ。

 

 この世界を必ず守ってみせる!

 

 




副官ゆえに汚れ役を買って出るジャズ。

そんなワケで、次回以降各国での戦いになります。

……その前に、エディンの内情の話をするかも。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話 人形の女神

ヒャッハー!
アドヴェンチャーに音波さん登場!!
……でもすぐに退場。

まあ、音波さんに常駐されたらA軍に勝ち目ないですからね。
仕方ないですね。


 エディン占領下にある、リーンボックスのとある都市。

 買い物をする主婦、外回りをするサラリーマン、話ながら歩く学生たち。

 人々は、平時と全く変わらずに生活している。

 しかし、よく観察すれば奇妙なことに気が付いただろう。

 

 書店、アニメショップ、ゲームショップ、CDショップ、ゲームセンター、映画館……その他娯楽的な店舗や施設が、軒並み閉店している。

 遊園地のアトラクションは全く動いておらず、町中からはあらゆる宣伝ポスターが外されている。

 

 一際高いビルの上から、街を眺めているディセプティコンがいた。

 逆三角形のフォルムに、猛禽めいた逆関節の脚。

 航空参謀スタースクリームだ。

 

 スタースクリームの視線の先では、数人の兵士が若い男を引っ立てていた。

 その男の母親と思しい中年の女性が兵士に縋りついている。

 

「やめてください! 息子が何をしたって言うんですか?」

「何もしていないのが問題なのだ! 我がエディンでは、健康上の問題が無いのに労働をしないことは罪だ!!」

「い、嫌だー! 働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!!」

 

 別の通りでは、何人かの男が兵士に追われていた。

 

「やめてくれ! 僕は漫画家だぞ!」

「ワタシはゲームクリエーター!」

「私はアニメの監督で……ほら聞いたことないか? 私の名前は……」

「黙れ! エディンに漫画家という職業はない。アニメ監督も、ゲームクリエーターも、必要ない!」

 

 また別の場所では、家族連れの父がトラックスの一団に囲まれていた。

 

「駄目だよー。グリーンハートの写真を持ってちゃー」

「そうだよー。エディンの女神はイエローハート様なんだからさ」

「これは横暴だ!! 信仰の自由はないのか!?」

「無いんじゃないかなー? はいはい奥さんとお子さんもいっしょに行こうねー」

「な!? 家族は関係ないだろう! こ、この……!」

 

 兵士たちは捕らえた人々を広場に連れていき、軍用トラックの荷台に押し込む。

 

「働いたら負けかなって思っている!」

「漫画を描いて何が悪いんだ!!」

「これは自由の侵害だ!!」

「やかましい! エディンの秩序に反する自由なんぞ、無いわ!!」

 

 乱暴に荷台の扉を閉めた兵士たち。

 ふと、一機のトラックスが兵士に問う。

 

「そう言えば、この人たちはどうなるの?」

「強制労働所へ送られるんだよ。怠惰犯はBクラス、違法娯楽犯と異端者は武装親衛隊が仕切ってる絶対出てこれないDクラスだ。噂じゃ、Dクラスは地獄のような場所らしい……さあ、行くぞ」

 

 聞かれた兵士は興味無さげ言って、トラックの運転席に乗り込む。

 トラックスも粒子変形してビークルモードになると、トラックと並んでは走り出すのだった。

 

 一部始終を見てから、スタースクリームは視線を移す。

 空を見れば、飛行船が街の上空を周回していた。

 

『国民よ! 労働と清貧は美徳である! 怠惰と浪費は悪である! 忘れるな、メガトロンは常にお前たちを見ている!! エディン万歳!!』

 

 空を飛ぶ飛行船の胴体に備え付けられたモニターに、メガトロンの顔が映っている。

 主婦も、子供も、サラリーマンも、学生も、道行く人々はそれを見上げ声を合わせて叫ぶ。

 

『エディン万歳!』

 

 そして、何事も無かったかのように日常へ戻っていった。

 

 ……一部始終を見届けたスタースクリームは、不機嫌な様子で背中のブースターを吹かして飛び上がると、ジェット戦闘機に変形して飛び去るのだった。

 

  *  *  *

 

 エディン本土。

 

「俺、今度から武装親衛隊に移動になったんだ!」

「お! いいなー。俺なんかルウィーだぜ? 寒いのは苦手だよ」

 

 帰還したスタースクリームがダークマウント内を歩いていると、角の先から声が聞こえた。どうやら数人のクローン兵とトラックスたちが話しているようだ。

 どうもクローン兵と人造トランスフォーマーはお互いにある種のシンパシーを感じているらしく、仲が良かった。

 別に興味もないので、そのまま通り過ぎようとするが……。

 

「やっぱり、どうせならレイ様の下で働きたいよなー!」

「だよなー!」

「ええー? そこはメガトロン様の下じゃない?」

 

 奇妙な違和感をおぼえ、ピタリとその場で止まって聴覚センサーの感度を上げ会話を拾う。

 

「何だよ? お前ら真面目だな」

「って言うか、僕たち人造トランスフォーマーはメガトロン様への忠誠心がデフォルトとして人格に書き込まれてるしー」

「でも他なら、ブラックアウトさんかブロウルさんかなー? 面倒見いいしー」

 

 それからしばらく、『どのディセプティコンの下で働きたいか?』と言う話題で盛り上がる兵士たち。

 

「サウンドウェーブ様は何考えてるか分からないし、ショックウェーブ様は何するか分からないしー」

「ミックスマスターは暑苦しいけど面倒見はいいな。ドレッズの連中は……よく分からん」

「ああ、でも有り得ないのはー……イエローハートかな!」

 

 いつの間にか、スタースクリームは自分の手を痛いくらいに握り締めていた。

 

「まあ、有り得んわな。あんな子供の下で戦うのはゴメンだ」

「戦術とか分かってないだろうしな。女神としてならともかく、上官とすることはできん」

「僕、知ってるよ! そう言うの、『お飾り』って言うんだよ!」

 

 さも面白いとばかりに笑い合う兵士たち。

 スタースクリームは足早にその場を後にするのだった。

 

  *  *  *

 

 ダークマウントの司令部にて。

 ディセプティコンの主だった幹部が集まり、会議を開いていた。

 メガトロンとスタースクリーム、ショックウェーブ、別の場所にいるので映像での参加のサウンドウェーブ。

 そして執政官のレイである。

 

 女神たるイエローハートことピーシェの姿はない。

 

「……と言うワケで、本日の議題は娯楽の規制についてですが、いささか厳しすぎるのではないかと言う意見が上がっています」

「規制はこのままだ。むしろ今が甘いくらいだ」

 

 実質的な司会進行としてレイが議題を出すと、メガトロンがにべもなく断ずる。

 

「しかしメガトロン様。このままでは国民に不満が出ますので、もう少し緩くしてもよろしいのでは?」

「くどい! だいたいからして、この世界には無駄な娯楽が多すぎる!」

「しかし、エディンは国民に幸福を約束していますので……」

「夢物語に何の意味がある。そんなことに沈殿する暇があるなら、食糧なりなんなり作ればよかろう。近々、無駄に華美な衣装や装飾品も禁制するぞ!」

 

 レイの発言にも、メガトロンは意見を曲げない。

 『会議』の名目ではあるが実質的にメガトロンとレイが意見をぶつけ合っているに過ぎない現状を、スタースクリームはボンヤリと眺めていた。

 

 そして気づく。

 

 メガトロンは、基本的に無欲である。

 

 鋼の精神力、果てしない野望、底なしの闘争心。

 傑物たる気質を多く備えながら、しかしそれゆえにメガトロンに俗な欲望は理解できない。

 食欲は野望が打消し、物欲は支配欲で変換され、情欲はそもそも無駄と切って捨てる。

 

 不世出の英傑メガトロンからすれば、俗人がつまらない欲に振り回されて生きることの方が不可解であり、全力を出していないようで我慢ならないのだろう。

 

 そして厄介なことに、メガトロンの中には「自分が出来るんだから、他人にも出来るだろう」という考えが必ずある。

 常に全力で、精力的で、ある意味無欲であれると考えているのだ。

 

「メガトロン様」

 

 そこで、レイが今までと違う声を出した。

 何処か甘えるような響きのある、『女』の声だ。

 

「メガトロン様は偉大な方です。並ぶ者のいない覇者です」

「はん、何を今更当たり前のことを……」

「いえ、メガトロン様はご自分がいかに偉大であるか、未だ十分にご理解しておりません」

 

 フワリと浮き上がったレイは、メガトロンの顔を覗き込む。

 

「メガトロン様は素晴らしい方ですが、市井の者たちはメガトロン様のようには生きられません。ちょっと現実から離れて仮想の世界に避難してみたくなることもあります。ある程度の娯楽があった方が、仕事の効率が上がり、エディンの国力増強にもつながります」

「そこが解せん。作り話や夢物語に、何の合理性がある? なぜそれで作業効率が上がると言う理屈になるのだ?」

「休息ですよ、ある種の人間にとって、娯楽とは精神を休息させることなのです。兵士だって、四六時中戦ってはいられないでしょう?」

「………………」

 

 レイの言葉に、メガトロンは考え込む素振りを見せる。

 

「それに、過剰に押さえつければ反発するもの。メガトロン様自身が一番よくご存知でしょう?」

「むう………。まあよかろう。物は試しだ。……しかし、規制は継続するぞ。敵国文化を賛美する者には、容赦するな」

「はい」

 

 厳しく言うメガトロンと穏やかに笑むレイ。

 その姿を見ながら、スタースクリームは自身のパーツ一つ一つが燃え上がるような怒りを自覚していた。

 

 まず、『スタースクリームと反対側のメガトロンの隣』というレイの立ち位置。

 これは、レイとスタースクリームが実質的に同格であるということであり、またメガトロンのレイに対する甘い態度も怒りを助長する。

 

 しかし怒りの原因はそれだけではない。

 だが、それが何なのかは分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 分からないと、思うようにしていた。

 

  *  *  *

 

 ダークマウントの中枢部。

 ガルヴァら雛たちのための部屋には、新しい住人が加わっていた。

 

 誰あろう、ピーシェである。

 

「きゃはは! わーい!」

 

 ガルヴァやサイクロナスと追いかけっこをしているピーシェ。

 雛たちもこの新しい『妹』をアッサリと受け入れていた。

 多忙になってしまったレイに代わって子守り役を務めているのはジェットファイアだ。

 

「やれやれ、腕白な餓鬼どもだ」

「おいピーシェ。お薬の時間だぞ」

 

 テーブルの上にいくつかの錠剤と水を用意したのは、ピーシェと共にディセプティコンに囚われたホィーリーである。

 この小ディセプティコンは事実上オートボットに寝返っていたのだが、メガトロンは彼を英雄として軍団に迎え入れた。

 

 ……ピーシェをオートボットから守っていた英雄として。

 

「はーい! ありがと、ホィーリー!」

 

 トテトテと駆けてきたピーシェは、『ホィーリー』に礼を言ってから席に着き、錠剤を水で飲み込んだ。

 苦そうな顔をするピーシェを、ホィーリーは悲しげな眼差しで見ていた。

 

「おい、ちょっと邪魔するぞ。ピーシェいるか?」

 

 と、育児室の扉が開き、スタースクリームが部屋に入ってきた。

 自分の名前に反応し、ピーシェがそちらを向く。

 

「スタースクリーム? なにかよう?」

 

 航空参謀は、自分の名を正確に発音するピーシェに何とも言えない顔になるが、すぐに苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「んー、ああーほら。前に約束しただろ? いっしょに空を飛ぶってよ。……ま、せっかくだからな」

 

 こんな状況ではあるが、だいぶ前にした口約束を果たす気になったらしい。

 だがピーシェは首を傾げるばかりだ。

 

「なにそれ? しらない」

「ッ!」

 

 予想はしていた答えだ。

 だが、スタースクリームの中に彼が知らない感情が渦巻く。

 

「……チッ!」

 

 舌打ちのような音を出し、スタースクリームは立ち去った。

 

「なにしにきたんだろ?」

 

 ピーシェと雛たちは揃って首を傾げ、ホィーリーは複雑そうな表情だ。

 

 ジェットファイアは、厳しい顔でスタースクリームの背を見ていた。

 

  *  *  *

 

 ダークマウントの屋上。

 夕日が海の向こうに沈んでいくのを何となしに眺めながら、スタースクリームは酷く不機嫌だった。

 

「……チッ! 何もかも気に食わねえ!!」

「荒れてるなぁ、若いの」

 

 自分に話しかける声にハッと振り向けば、いつの間にかジェットファイアが沈痛な面持ちで立っていた。

 

「何だジジイか。何の用だ?」

「別に? ただ、老人は老人らしく若者に助言でもと思ってな」

 

 カカカと笑う老ディセプティコンに、スタースクリームは眉根を吊り上げる。

 

「テメエ……」

「随分と、らしくないと思ってな。お前はディセプティコンの中でも『自分で決める』ことが出来る奴だと思っていたが」

「何が言いたい!!」

 

 イライラと怒鳴るスタースクリームにもジェットファイアは動じない。

 

「自分の内心から目を逸らし、取り繕ってる姿は滑稽だと言ってるのさ」

 

 瞬間、スタースクリームは右腕を丸鋸に変形させて斬りかかる。

 ジェットファイアは杖代わりのライディングギアを構えて丸鋸を受け止めようとするが、航空参謀は恐るべきスピードで老ディセプティコンの横に潜り込み、その脇腹に向けて丸鋸を振るう。

 

「ッ!」

 

 だが、丸鋸が腹に届く前に、老ディセプティコンの腕が航空参謀の腕を掴む。

 

 ――こいつ! 俺の動きに反応しやがっただと!?

 

 すぐさまもう片方の腕に備え付けの回転機銃で撃とうとするが、そちらもジェットファイアの腕に掴まれ、狙いを外される。

 

「落ち着け。武器を向けられては話も出来ん」

 

 腕に力を込めて振り払おうとするスタースクリームだが、ジェットファイアの力はその老体に見合わぬ強さだった。

 しばらくそのまま硬直状態に陥っていた二人だが、スタースクリームの方が先に折れた。

 

「……俺が、内心から目を逸らしているだと?」

「そうとも。あのお嬢ちゃんが洗脳されて、心配なんだろう?」

「……そんなこと」

 

 無い、と言い切れなかったのは何故か。

 手を放され、その場に座り込んだスタースクリームの横に、ジェットファイアもドッカリと腰を下ろす。

 

「俺の見立てじゃあ、あのお嬢ちゃんのことを本気で心配してんのは、お前さんとホィーリー、後はレイぐらいだな。後は、国をそれらしく見せる飾りとしか思ってない」

 

 ジェットファイアの言葉に、スタースクリームは自分の中で何かがストンと腑に落ちるのを感じた。

 

 そう、エディンの女神たるイエローハートは、その実メガトロンの傀儡……操り人形に過ぎない。

 政務はメガトロンとレイがこなし、決戦に備えて前線には出さない。

 さらにある理由から、イエローハートを信仰させなくともシェアエナジーを集めることが出来る。

 つまり、彼女はシェアを土地に還元するための装置でしかない。

 誰もがそれを知るが故に、誰も人形の女神を崇めなどしない。

 

 このエディンにイエローハートの……ピーシェの居場所など、何処にもありはしないのだ。

 

 そのことが、スタースクリームの中にとてつもない不快感を及ぼしていた。

 

「チッ! ……ああ、そうだよ。認めてやる。あの状態のピーシェが、あの状態をピーシェに強いるこの国が、俺は酷く気に入らねえ。……その感情を、心配だっつうなら、そうなんだろうさ」

「カッカッカ! やっと認めやがったな! まあ、俺にして見ればお前さんみたいな他人を心配するディセプティコンが現れたのは、嬉しくてしょうがないぞ!」

「ああん?」

 

 快活に笑う老ディセプティコンの言葉に、スタースクリームは顔をさらにしかめる。

 対するジェットファイアは、沈む夕日に視線を向けた。

 その眼差しは、酷く寂しそうだった。

 

「遠い遠い昔のディセプティコンは、そりゃあ酷いモンだった。憎しみと争いばかりで……いくら、『あいつ』が決めたとは言え、な」

「テメエ……まさか正気なのか?」

 

 とても洗脳状態とは思えないことを言うジェットファイアに、スタースクリームがオプティックを見開くと、老ディセプティコンは自分の頭を指先でコンコンと叩く。

 

「色々記憶がすっぽ抜けてて、ディセプティコンを抜ける気が起きない今を正気って言うならな」

「……食えねえジジイだな、アンタ」

 

 呆れつつも警戒しながら、しかしスタースクリームはこの老人のことが気に入り始めていた。

 

「それで? 俺にどうしろと?」

「それはお前自身が決めること。自由とは、自分の意思の下に生きることだ」

「ハッ! オートボットみたいな物言いだな。……だがその通り。それが俺の生き方だ。俺がどうするかは俺が決める」

 

 メガトロンにも、ディセプティコンの仕来りにも、エディンにも従わない。

 気に食わないなら、逆らうまでだ。

 

  *  *  *

 

「メガトロン様。折り入ってご意見があります」

 

 誰もいない通路を歩きながら、レイはメガトロンに言葉を投げかける。

 メガトロンはそれを黙って聞く。

 沈黙を肯定と受け取り、レイは奏上する。

 

「メガトロン様。……他国への侵攻は、ここらへんで打ち切ってもよろしいのでは?」

「何だと?」

「すでに、エディン内で経済を回せるくらいの領土は得ました。……先ずは内政に力を注ぎ、エディンの基盤を盤石の物とするのです。そもそも、エディンを建国したのはシェアを集め、惑星サイバトロン復興の悲願を果たすためのはず。無理に他国を攻めなくても……」

「駄目だ」

 

 レイの言葉を遮ってメガトロンが放ったのは、拒否だった。

 

「オートボットを滅ぼすまで、戦いは続く」

「ッ! しかし! すでに事はオートボット対ディセプティコンと言う構図から、ゲイムギョウ界内での国際問題にシフトしています! こちらからこれ以上仕掛けなければ、外様に過ぎないオートボットたちも、とやかく言うことは……」

「くどい! この戦いはどちらかが滅ぶまで終わらん! そしてそれはオートボット共だ!!」

 

 膨れ上がる殺気に、レイの体が震える。

 それでも視線は逸らさない。

 

「とにかく、戦いは続ける。国内の治安維持はお前に任せたぞ。……下がれ」

「………………はい」

 

 長い長い沈黙の後、ようやく頷いたレイは、歩き去るメガトロンの背を見つめていた。

 そして、誰もいない通路を歩きながら、一人呟く。

 

「それならば……致し方ありません。私は私なりに動きます。……メガトロン様。あなたと、子供たちのために」

 

 

 




イエスマンと脳筋と日和見者が多いD軍にあって、
小悪党的ではあっても神にさえ従わない独立独歩の有り様こそが、
スタースクリームをD軍のナンバー2たらしめているんではないかと思ったり。

気付けばジェット爺さんが美味しいとこ持ってきました。

すでに内部に爆弾抱えてるエディン。
次回はラスティションでの戦いの予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話 ラステイション 要塞都市攻略戦 part1

本当は1話にまとめるはずだったけど、長くなったので分割。


 ラステイションのとある都市。

 侵攻してきたディセプティコン……いやエディンは鉱床となる山脈を背に鉱山都市として栄えたここに要塞を築き上げていた。

 

 その要となるのは、都市を囲む高い壁からなる迷路状の道路。

 さらには、長距離攻撃装置『レールガン』の存在が侵入者を阻む。

 生活用水は都市近郊のダムから引いてきている。

 

 正に金城鉄壁、難攻不落。

 

 そしてこれだけの大要塞を僅かな期間で建造したのは、もちろん……。

 

  *  *  *

 

「俺たち、コンストラクティコンってワケだ!!」

 

 要塞都市に置ける一応の司令部である高い塔の一室で、ミックスマスターは上機嫌にオイルを煽っていた。

 

「ま、洗脳した技術者や労働者が優秀だったってのも大きいけどな」

「しかし、ミックスマスター。良かったんですか? よりにもよって、ラステイション担当になって……」

 

 一人ごちるミックスマスターに酌をしながら、スクラッパーが不安げに問う。

 何かとこの国とは因縁のあるコンストラクティコンたちだが、ここには紆余曲折を経て親しくなってしまった人間たちもいる。

 ミックスマスターは、ふと真面目な顔になった。

 

「……他の連中に任せるよか、マシだろが?」

「ミックスマスター……」

 

 フッと笑んだスクラッパーだったが、急に鳴りだした警報に顔を引き締める。

 

『ミックスマスター、スクラッパー! ラステイション軍の攻撃だっぺ!』

「またか。連中も懲りねえなぁ。おう、いつもの通り追い返しとけや」

『了解だ!』

 

 スカベンジャーからの報告を受けて指示を出し、ミックスマスターはもう一度オイルを飲む。

 

「それに、この要塞に籠って資源を献上してりゃあ、一応はラステイション攻略中って名目が成り立つ。……しばらくは、このままだ。この要塞を落とせるもんかよ」

 

 目の前のモニターには、右往左往するラステイション軍が映し出されていた。

 

 迷路の中、轟音と共に砲弾が着弾した。

 大爆発が起こり、周囲の壁ごと地面が吹き飛ぶ。

 

 大部隊で持って要塞攻略に挑むラステイション軍だったが、思うようにはいかなかった。

 迷路はどこまで行っても出口が見えず、何処からか現れ、いつの間にかいなくなる敵兵。

 さらに上空から砲弾が降ってくる。

 

 いい加減、形勢不利と見て指揮官が撤退命令を出す。

 

 ラステイション軍は、すでに三回に渡り、この都市を攻めて返り討ちにあっていた。

 

  *  *  *

 

「さあて、皆さん! 今日も元気に壁の修復と作り変えに取り掛かりましょう!」

 

 ラステイション軍が去った後、ハイタワーとオーバーロード、人間の労働者たちが戦闘で破壊された……と言うかほとんどレールガンの砲撃で壊された……壁の修復を始める。

 

「壊すのだーい好き、でも直すのもだーい好き!」

「オーバーロード、あなた結構多趣味ですよね。……ま、それともかく頑張った人にはご、褒、美♡も出ますよ! 軍事特需ってやつです!」

『おー!!』

 

 恐るべきはそのスピード。

 あっという間に壁が直り、あまつさえ別の場所に新たに壁を作りあるいは壁を崩して通路を作る。

 工業大国ラステイションの面目躍如と言うべきか。

 

 とにかく、こうして迷路の内容を頻繁に作り変えているので、マッピングは無意味となり、都市攻略をより難しいこととしていた。

 

  *  *  *

 

 要塞都市の近隣にある草原。

 ラステイション軍はここを本陣としていた。

 

「……今回はまた手酷くやられたね。我が国民は敵に回すと、改めて厄介この上ない」

 

 仮司令部としているテントの中で、撤退してきた自軍の被害状況を確認し、ラステイションの教祖ケイは息を吐く。

 戦争と言う一大事に、ビジネスライクな彼女も疲労の色を隠せない。

 だが、その目に諦めの色はなかった。

 

「だが、『取りあえずの目的』は果たした。」

「ケイ様!」

 

 そこへ、兵士の一人がテントの中へ駈け込んできた。

 

「ノワール様たちから通信がありました! トンネルの入り口を発見した。これから都市内部に潜り込む、とのことです!!」

「本当にあったのか。半信半疑だったのだけれど……」

 

 少し驚いた様子を見せながらも、ケイのは一人呟く。

 

「あれだけの都市だ。維持するための物資、特に人間のための食糧が尽きる様子がないのが不思議だったが……。なるほど、地下から運び込んでいたのか。と言うことは、例の情報提供者……『影のオートボット』とやらの言うことは、取りあえず信用していいらしい」

 

 影のオートボット。

 

 突然、教会にエディンの情報を送ってきた相手は、そう名乗った。

 正確には、ネット経由で送られてきたデータに、そう署名してあった。

 

 怪しいことこの上ないが、ノワールは藁にも縋る思いで、その情報に賭けた。

 そして、その賭けに勝ったらしい。

 

  *  *  *

 

 要塞都市とは山脈を挟んで反対側に厳重に隠されていた地下トンネルの入り口。

 ラステイション軍が正面から都市を攻めている隙に、そこからトンネルに侵入し、ノワールとアイアンハイド、ユニとサイドスワイプ、少数のラステイション兵は要塞都市を目指していた。

 

「……にしても、まさかこんなトコを使うだなんてね」

「ユニ、ここは何なんだ? コンストラクティコンが用意したにしちゃ、随分古びてるが」

「古い坑道よ。私も古い資料を引っ張り出して初めて知ったわ。山脈の下を通って都市に出れるけど、崩落して使い物にならなくなってたはず……あいつらが復旧したのね」

 

 会話しながら歩くユニとサイドスワイプ。

 坑道の地面は舗装されており、壁も補強されている。

 もはや壊れた過去の遺物を実用に足るだけする辺り、コンストラクティコンの高い技術がうかがえる。

 

「とりあえず、このまま進みましょう。……後は情報通りなら、いいのだけど」

 

 ノワールの号令の下、しばらくトンネルを進んでいた一同だがアイアンハイドが何かに気が付いた。

 

「待った! 前から何か来るぜ!」

「全員、隠れて!」

 

 すぐさま、物陰に隠れるノワールたち。

 廃坑道を利用したトンネルなので、隠れる場所はいくらでもあった。

 アイアンハイドとサイドスワイプも、柱や岩の影に上手いこと身を潜ませる。

 

 ノワール自身、岩影で息を潜めていると、前方からトラックの一団がやってきた。

 先頭にいるのは緑色のダンプカー……ロングハウルだ。

 荷台にはランページも乗っている。

 恐らく、食糧なり何なりの調達に出かけるのだろう。

 

「ランページ、自分で走ってほしいんダナ」

「仕方ないじゃろう。ワシは足が遅いんじゃ」

 

 言い合いながら、二人はトラックを率いて走っていった。

 ノワールたちに気付く様子はない。

 

「ザルね……」

 

 完全に気配が去ってから、ノワールは思わず呟いた。

 

 鉄壁の要塞に守られているからこそ、油断しているらしい。

 

 さらにしばらく進むと、トンネルの壁が近代的な物に変わり、照明も付いた。

 

「いよいよ要塞の下ね」

「ああ。……しっかし、こういうのは本来ミラージュかジャズの担当だろう」

 

 自分に向いてない潜入任務をせにゃならないことに、アイアンハイドは思わず愚痴る。

 

「文句言わないの。……それじゃあ、ここからは散開。私とアイアンハイドは洗脳電波の発信元を破壊。ユニとサイドスワイプはレールガンの無力化。残りは影のオートボットの情報通りに工作をお願い」

「分かったわ。お姉ちゃんたちも気をつけて!」

「しっかりやれよ、サイドスワイプ。……無理はするな」

「もちろん」

 

 短く声をかけあってから、各自の任を果たすべく一同は散っていく。

 

 その中の一人に、ノワールは声をかけた。

 

「あなたも無理はしないでね。シアン。あなたは一般人なんだから」

「分かってるよ、ブラックハート様」

 

 青い髪にツナギの女性、ラステイションの万能工房パッセを経営する技術者シアンは、真面目な顔で頷くのだった。

 

  *  *  *

 

 影のオートボットからの情報によれば、国民を洗脳している電波の発生源が都市の司令部になっているビルの上に有るらしい。

 ノワールとアイアンハイドはそこを目指していた。

 

 いくら何でもノワールはいつもの恰好ではなく、地味ながら清楚な白のブラウスと黒のロングスカートに着替え、髪を降ろして眼鏡をかけている。

 さらにアイアンハイドはと言うと……。

 

「赤、……赤か」

「あら? 赤はお嫌い?」

「いや、好きな色だけどな。実際に纏ってみると、こりゃ自分に自信のある奴向けだな」

 

 カラーリングがいつものシックな黒から、鮮やかな赤になっていた。

 

 これで名実ともに赤組である。

 

 ビークルモードでノワールを運転席に乗せ、

 

擬態(ディスガイズ)はオートボットの得意技でしょ?」

「まあな……しかし、ちと派手すぎたな……」

「フフフ、似合ってるわよ……っと! トラックスだわ。静かにね」

 

 道の向こうから、二体のトラックスがこちらにやって来た。

 コンストラクティコンの趣味なのか、緑のボディに紫のゴーグルだ。

 

「ねえ、このカラーリングどう思う?」

「う~ん、正直趣味はよくないよねー」

 

 話しながら、ノワールたちに気にも留めずに行ってしまった。

 

「……やっぱりザルね。それにしても」

 

 街を見回し、ノワールは眉を下げる。

 

 町中では、子供たちが走り回り、女性が労働から帰った夫を迎え、労働者たちが笑い合っている。

 

「……もっと、酷いことになってると思ってたけど」

 

 正直、ノワールは街の人々が虐げられていると考え、それを解放すると言う所をモチベーションに攻略戦に臨んだのだが……。

 

「ノワール、コイツラは洗脳で無理やりエディンの国民ってことにされてんだ。……そんなのはおかしいだろ?」

「ええ、そうね。ここはラステイション。そして私はラステイションの女神だもの。私の国民は返してもらうわ」

 

 キッと表情を引き締めるノワールに、アイアンハイドは可能ならニッと笑んだだろう。

 

 二人が進んでいくと、洗脳電波の発信源がある塔が見えてきた。

 ビルの前にはトラックス数体と、エディン兵たちが立っている。

 

「止まれ。ここに何用だ」

 

 さすがにここでは止められるが、ノワールは笑顔を作った。

 

「ミックスマスター様から、オイルの注文を受けたので持ってきました」

 

 アイアンハイドのビークルモードであるピックアップトラックの荷台には、オイル缶が積まれていた。

 

「聞いてないが……」

「いつものことだろ? あの人が追加でオイルを頼むのは」

「それもそうか……よし、通っていいぞ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 アッサリと、それはもうアッサリと、兵士たちはノワールを通した。

 

 ザル! いやさ、最早ワク!

 

「うーい、お前ら頑張ってるかー?」

 

 そのまま塔の中に入ろうとするが、何とそこでミックスマスターがビルから出て来た。

 酔っているのかヨロヨロとしている。

 

「ミックスマスターさん? どうしたんです?」

「いや、さすがに酔っちゃってさあ。ちょっと外の空気を吸いに……オボロロロロォォ」

 

 兵士の問いに答える間に、嘔吐しだすミックスマスター。オイルだか何だか分からない液体が地面にぶちまけられる。

 ドン引きするノワールだが、トラックスや装甲兵は心配げに駆け寄る。

 

「ああ、もうダメですよ、こんなトコで吐いちゃ! まったく……」

「何かもうダメダメだけど、ほっとけないよねー」

 

 トラックスに背中を摩られるミックスマスターの姿に、こんなんにウチの国侵略されてんんのかと複雑な気分になるノワール。

 だが、場が混乱しているなら調度いいと思考を切り替える。

 

「じゃ、じゃあ、中にオイル運んでおきますねえ……」

 

 吐いているミックスマスターを余所に、ビルの中へ進もうとするノワール。

 ビルの入り口はトランスフォーマーサイズなので、車ごと入ることが出来る。

 

「……待てや」

 

 しかし、ミックスマスターがノワールを呼び止めた。

 ノワールはビクリと止まると、そちらに首を向ける。

 

「な、何でしょうか?」

「お前、見たことない(つら)だな。……新入りか?」

「はい! よろしくお願いします!」

「そいつはオカシイな。オイル業者には新入りが入ったら報告するように言ってるんだが?」

 

 ピリピリと、空気が張りつめていく。

 周りのトラックスや装甲兵も異常に気づき、武装を取り出す。

 

「いえいえ、私たちは怪しくなんてないですよ……っと!」

 

 瞬間、アイアンハイドが車体を横回転させて荷台のオイル缶をばら撒く。

 転がったオイル缶……の中に仕込まれた爆弾が次々と爆発する。

 

「どわあああ!!」

「ちょ!? 俺ら装甲兵は死ぬだろコレ!!」

「大丈夫! 人は死なない仕様だから!」

 

 混乱する場を後目に、ノワールは女神に変身し、アイアンハイドはロボットモードに変形する。

 

「さあてと、派手にドンパチといくか!!」

「ああもう! 結局こうなるんだから!! こうなったら強硬突破よ!!」

「そうはいくか! 者ども出会え出会え~! 曲者じゃあああ!!」

 

 盾で爆発を防いだミックスマスターの呼び出しに応じ、ワラワラとトラックスが現れる。

 

「だーっはっはっは! いくらなんでも、この数相手に何ともできまい!!」

「そりゃどうかな?」

 

 高笑いするミックスマスターに向け、アイアンハイドは背中から大経口のショットガン状の銃を抜いて撃つ。

 すかさず盾で防御するミックスマスターだが、着弾と同時に起きた爆発によって後退する。

 

「グッ!? 今までの銃と違うな!」

「応よ、テメエのために新調した『へヴィアイアン』だ。たんと喰らいな!!」

「ほざけや! トメィトみたいな色しやがって! 者ども、かかれぃ!!」

『おー!!』

 

 号令と共に、トラックスが二人に飛びかかった。

 ノワールは大剣でトラックスを斬り伏せ、アイアンハイドは手に持ったへヴィアイアンを発射して、敵を迎え撃つのだった。

 

 

 




今回の小ネタ解説

要塞都市
まあ、なんか建てるのがコンストラクティコンらしいよなってことで。
迷路状道路と長距離砲撃は、『トリプルチェンジャーの反乱』のオマージュ。

赤いアイアンハイド
G1カラー。

トラックスのカラー
G1ビルドロンカラー。

レールガン
(原作的な意味で)フラグ。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話 ラステイション 要塞都市攻略戦 part2

何か、早く書けたので。


 レールガン。

 この都市を難攻不落の物としている立役者であるこの兵器は、都市の背にそびえる山の山腹の施設に安置されていた。

 その施設は、さすがに多数のトラックスと装甲兵が守っていた。

 

「しっかし、レールガンによる長距離砲撃なんて、よくコンストラクティコンが思いついたよね! 専門馬鹿っぽいのに、あのヒトたち」

「言い過ぎだぞ。……しかし、アレをレールガンと呼んでいいのか……」

 

 一組のトラックスと装甲兵が話しながら施設の中を見回っていた。

 その道の脇に、不自然なコンテナと段ボール箱が並んで置いてある。

 ちょうど、トランスフォーマーと人間が一人ずつ中に隠れられそうな大きさだ。

 

「……ねえ、こんなトコにコンテナあったっけ? 段ボールも不自然極まりないんだけど」

「……ここは見過ごすのがお約束。……と言ってもいられんか」

 

 さすがに無視はできず、コンテナと段ボールの中を確かめる二人。

 だが、中には何も、あるいは誰も入っていなかった。

 

「ここは、『いや無視しろよ! お約束守れよ!』って中の人が文句言い出す流れじゃないのかな?」

「まあ、空なら良し。行くぞ」

 

 すっかり安心した兵士たちが、その場を離れる。

 

 ……その気配が完全に遠ざかると、梁に手足をひっかけ天井に張り付いていたサイドスワイプと、こちらは女神なので普通に浮遊していたユニが降りてきた。

 

「秘儀、お約束二段重ね! 上手くいったぜ!」

「アイアンハイドさんじゃないけど、確かにこれ他の人のネタっぽいわね……」

 

 上手く敵をやり過ごしたことにガッツポーズを取るサイドスワイプだが、ユニは複雑そうな顔だ。

 しかし、すぐに顔を引き締める。

 この先にレールガンが設置されているのだから。

 

「それじゃあ行きましょ。……それにしても、レールガンかあ。こんな時だけど、少し楽しみね」

 

 銃器マニアの気があるユニにとって、レールガンは興味をそそられるらしい。

 

「レールガン……電磁力による超加速で弾丸を撃ちだす銃。実物を見るのは初めて!」

「ああー、ユニ? 壊すんだからな? 分かってるな?」

 

  *  *  *

 

 アイアンハイドは、すでに十と何体目かになるトラックスをへヴィアイアンで粉砕した。

 

「しゃらくせえ! ノワール、ここは俺に任せてお前は電波の発生源を叩け! このビルの上にあるアンテナだ!!」

「任せたわよ!」

 

 ノワールは接近してきたトラックスをカウンターの要領で斬り伏せ、飛び上がる。

 だが、何処からかミサイルが飛来した。

 

 咄嗟に障壁を張って防ぐノワール。

 爆発に煽られながらもミサイルの飛んで来た方向を見れば、ロングハウルが腕をこちらに向けていた。

 ミサイルは彼が撃ったのだろう。

 

「帰って来たら大変なことになってるんダナ! 許さないんダナ!」

 

 さらに。

 

「ミックスマスター! 大丈夫ですか!?」

「おやまあ、随分と美しくない事態ですね」

「うおおぉ! 暴れるぜー!」

「とりあえず、ぶっ潰すんじゃ!」

「オラ、参上だっぺ!!」

 

 スクラッパー、ハイタワー、オーバーロード、ランページ、スカベンジャー。コンストラクティコンの面々も集まってきた。

 厄介なことに戦闘ヘリも女神を撃ち落とそうと飛んでくる。

 アイアンハイドは敵を迎え撃つべく全身のあらゆる武装を展開する。

 

「数頼みとは雑魚のやることだぜ! 全員血祭りにあげてやる!!」

「だーはっはっは! この都市に、いったいどれだけの兵隊がいると思ってんだ! 血祭りにあげられるのは、テメエらの方でえ!!」

 

 勝ち誇るミックスマスターに、アイアンハイドは奥歯をギリリと噛む。

 

 ミックスマスターの言う通り、このままでは数に押されて負けてしまう。

 

 ノワールも、地上からの砲撃と集まってきた戦闘ヘリに阻まれ、電波の発信源に近づけない。

 

「大人しく降参しろい! そうすりゃあ、命だけは助けてやる!」

「冗談! いつかも言ったでしょう。あなたたちに私の国を支配する器はないわ!」

 

 吼え合うノワールとミックスマスター。

 しかし、状況は一向に好転しない。

 コンストラクティコンたちはアイアンハイドを取り囲む。

 

「さあ、これで終わりだ! シャチホコモード!」

 

 シャチホコ……もといバトルタンクモードに変形し、ミックスマスターはその砲口をノワールに向ける。

 

 だが、その時地面が揺れ出した。

 やがて、地鳴りのような音を立てて何処からか大量の水が押し寄せてきた。

 

「ッ! これは!」

「シアンが上手くやってくれたみたいね!」

 

 水は凄まじい勢いで街に流れ込み、あっという間に街を飲み込んでいく。

 道路が水没し、兵士たちは身動きが取れなくなり分断される。

 

「ぎゃあああ! 今度こそ死ぬうううう!!」

「大丈夫! 人は死なない仕様だからぁあああ!!」

 

 装甲兵も人造トランスフォーマーも濁流と化した水に飲み込まれまいと逃げ惑う。

 どう言うワケか、一般人の暮らす区画には水は流れていかなかった。

 

「どわあああ!!」

「溺れるぅうう! 見た目エビなのにぃぃ!!」

「オラ、泳げないっぺぇええ!!」

 

 特に司令部前の広場には水が大量に流れ込み、渦巻く湖のように成り果てる。

 コンストラクティコンたちも、為す術もなく水に飲み込まれ沈んでいった。

 

「パイプ一つ破壊しただけで水に没むだなんて、随分な要塞だこと」

「らしくもねえ欠陥住宅だったな」

 

 宙に浮かぶノワールと、地面が揺れ出すや、ちゃっかり建物の上に避難したアイアンハイドは水没しゆく街を眺めていた。

 

 別行動をしていたシアンとラステイション兵たちが、ダムから水を運んでくるパイプラインを破壊したのだ。

 専門的なことは分からないが、この都市はそれだけで連鎖的にダムに繋がるパイプが崩壊し、大量の水が流れ込んで水没するような欠陥を孕んでいたらしい。

 民間人のいる場所に水が来ないのもシミュレーション済みだ。

 

「それじゃあ、後は電波の発信源を壊すだけ……」

 

 改めて司令部の屋上に設置されたパラボラを破壊するべく飛び上がろうとするノワール。

 

 だが、突然水の中から五本のワイヤーが飛び出し、先端の爪のような物がビルの側面に突き刺さった。

 水面が盛り上がり、巨大な影が顔を見せる。

 

 山のような巨体に、悪夢の中の怪物のような恐ろしい姿。

 

 コンストラクティコンが合体することで誕生する合体兵士デバステイターが、水を振り払いながら咆哮を上げた。

 

「デバステイター! まだやろうってワケね!」

「構うなノワール! ここは俺が……」

「そうはいかないよ!」

 

 水面を割って、トラックスたちが飛び出してきた。

 不意を突かれたアイアンハイドにトラックスたちが襲い掛かる。

 

「チッ! どきやがれ雑魚どもが!!」

「人造トランスフォーマー、舐めんなよー!!」

 

 トラックスがアイアンハイドを足止めしている間に、デバステイターはノワールを追いかけ、何とビルに組み付く。

 

「あの巨体で、ビルを登ろうっての!? 怪獣映画じゃあるまいに!!」

 

 驚くノワールだが、デバステイターの鈍重な動きでは自分に追いつけないと考え、一気に上昇しようとするが、 未だ健在の戦闘ヘリ部隊がノワールの行く手を阻む。

 

『させん! 人造トランスフォーマーばかりにいい恰好させるか!』

『女神殺しならぬ、女神落としだ!!』

 

 その間にも、ビルの壁面をよじ登ってくるデバステイターは大口を開けて内部のヴォルテックス・グラインダーを起動し、凄まじい勢いで空気を吸い込み始める。

 巻き起こる空気の渦よって、ノワールがだんだんとデバステイターに引き寄せられていく。

 

「クッ……ここまで来て……!」

 

 ノワールは翼にパワーを注ぎ全力で振り切ろうとするが叶わず、デバステイターの大口はすぐ後ろまで迫っていた。

 

 その瞬間、何処からか飛んできた砲弾が今にもノワールを飲み込まんとするデバステイターの背に命中。

 

 デバステイターは悲鳴を上げながら塔の下へ落下していき、水柱を立てて水の底に沈んでいった……。

 

  *  *  *

 

「命中! さっすがユニ!!」

 

 サイドスワイプはヒュウと口笛を吹くような音を出す。

 レールガンの砲塔に潜入し、ここを奪取したユニとサイドスワイプは、姉と師の危機を傍受した通信から察知し、せっかくだからとレールガンを使うことにしたのだ。

 

 そして見事、姉たちの危機を救ったのである。

 

 しかし、『レールガン』の銃座に座ったユニは凄まじく不満げだった。

 

「…………ふざけんじゃないわよ。…………ふざけんじゃないわよ!!」

「ゆ、ユニ?」

「こ、れ、の! どこがレールガンだって言うのよ!!」

 

 ユニの乗った『それ』は、キャタピラがついて自立稼働できるようになっていた。

 それはまだいいとして、問題は砲弾の発射機構。

 

「レールの上に砲弾乗せて、撃ちだすって何なのよ! これじゃあカタパルトじゃないの!! 何かレールガンにしては砲弾の威力が低いと思ってたら!!」

 

 つまり、レールで挟んだ物体を電磁力で撃ちだす砲ではなく、文字通りレール『で』砲弾を撃ちだす砲だったワケである。

 

「ああー……多分、よく分かってなかったんだろうな。アイツら」

 

 憤然とするユニを宥めながら、サイドスワイプは技術馬鹿っぽいコンストラクティコンの勘違いに溜め息を吐く。

 

「まあ、今は残りのヘリも片付けよう」

「ええ! この怒りと悲しみ! 思いっきり、ぶつけてあげるわ!」

 

  *  *  *

 

 塔の屋上に達したノワールの眼前には、洗脳電波を発生させる装置が鎮座していた。

 

 いくつものパラボラアンテナを重ねたような機械だ。

 

「これで終わり。私の民と街、返してもらうわよ!! レイシーズダンス!!」

 

 剣技と格闘の乱舞がアンテナに叩き込まれ、バラバラに破壊した。

 

 

 

 

 

 

「あれ、俺たち何やってたんだ?」

「パパー? 僕たちの女神ってブラックハート様だよね? イエローハート様じゃなくて」

「! ああ、私たちはエディンの……いやラステイションの民だ!」

 

 電波の発信源が破壊されたことで、要塞都市の住民たちの洗脳も解けていく。

 

 

 

 

 

「よう! やったなノワール!!」

 

 塔の下に降りてきたノワールをアイアンハイドが出迎えた。

 喜色満面の彼は、しかし銃を水面に向けていた。

 銃口の先では高台にミックスマスターがよじ登っていた。

 

「ここまでよ! 降参しなさい!」

「ノワール、そいつはちっと優しすぎないか? たっぷり銃弾をくれてやればすぐに終わるぜ?」

 

 武器をミックスマスターに向けるノワールと、好戦的に銃を構えるアイアンハイドだが、ミックスマスターは小さく笑みを作った。

 

「よう、女神様よ! ここはいい国だな! オイルは美味いし、住民はみんな真面目で勤勉な、いい奴ばっかりだ!! ……必ず守れよ!!」

 

 急に何を言い出すのかと訝しむノワールだが、ミックスマスターは水に飛び込み、それきり上がってこなかった。

 

 

  *  *  *

 

 やがて水が引き、建物はほとんど壊れず、人的被害はほぼゼロ。

 あれだけいた兵士たちは、どうやってか姿を消していた。

 コンストラクティコンも逃げ遂せたようだ。

 

 要塞都市攻略戦は、ラステイション側の大勝利に終わった。

 

 ノワールはいつもの服装に戻って、要塞の司令部のモニターで戦いと洪水の後を片付ける自分の国民を眺めていた。

 アイアンハイド、ユニ、サイドスワイプ、そしてケイも並んでいる。

 

「とりあえず片付いたわね」

「いや、ここからが大変だよ。この要塞をどうにかしなければいけないし、それにあちこちの街にまだエディン軍がいるからね」

 

 安心した様子のノワールにケイが現実的な意見を述べる。

 

「分かってるわよ。でもちょっとの間は勝利の余韻に浸ってもいいでしょう?」

「勝利といやあ……今回の勝ちは、シアンの嬢ちゃんたちのおかげだな」

 

 アイアンハイドの言葉に一同が振り向くと、シアンが少し複雑そうな顔で立っていた。

 

「シアン、改めてお礼を言わせてもらうわ。エディンから街を取り返すことが出来たのは、あなたがパイプの欠陥を見つけてくれたおかげよ」

 

 ノワールは感謝の意を込めてニッコリと微笑む。

 

 影のオートボットからの情報には、あのパイプの欠陥のことは無かった。

 それを影のオートボットが送ってきた要塞都市の資料から発見したのは、都市の攻略のために各種専門家の一人として招かれていたシアンだった。

 

「ああ……でも、気になることがあるんだ」

「気になること?」

 

 しかし、シアンはこの大功績にも浮かない顔だ。

 

「コンストラクティコンは、優秀な技術者で超一流の建築家だ。……そんな奴らが、あんな見え見えの欠陥を残しておくかって思ってさ」

「それって?」

「ひょっとしたらアイツら、攻略の隙を作るために、ワザとこんな欠陥を残しておいたんじゃ……」

 

 シアンの言葉に、そんな馬鹿なと言う顔になる一同。

 特にアイアンハイドは有り得ないと言いたげだ。

 

 だがノワールは、あのミックスマスターの言葉を思い出していた。

 

『よう、女神様よ! ここはいい国だな! オイルは美味いし、住民はみんな真面目で勤勉な、いい奴ばっかりだ!! ……必ず守れよ!!』

「…………」

 

 あの時のミックスマスターは、負けたと言うのに妙に晴れやかな笑顔だった。

 

 そもそも、洪水にしたって民間人を全く巻き込まないなど有り得るのか?

 緻密に計算して『そう』都市を造ったのでなければ……。

 

 真実はどうか分からない。

 やはり、弘法も筆の誤りの如く、プロたる彼らも欠陥を見逃したのかもしれない。

 

 ノワールは、もう一度街を眺める。

 

 少なくとも、ミックスマスターの言う通り、国民は皆、真面目で勤勉で、そして助け合っているのだった。

 

 

 




あっさり終わったラステイション編だけど、他はそうはいかない予定。

今回の小ネタ解説。

レールで撃ちだすレールガン
ザ・ムービーオマージュ。

パイプ壊しただけで洪水
トリプルチェンジャーの反乱オマージュです。
こっちは、ワザとだけど。

ビルによじ登ってレールガンで撃たれて落とされるデバステイター。
スチールシティオマージュであり、実写リベンジオマージュ。

次回は、ルウィー編です。
……さっさと本筋を進めろ? まあ、そう言わずに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109話 ルウィー ミラージュの裏切り part1

ヒャッハー!
アドベンチャーにプライムラチェット登場だぜー!

まーた、サイバトロン星の上層部は腐ってんのかい。
これ、第2、第3のメガトロン出現の日も近いんじゃあ……。


『皆さんの愛したルウィーは変わった! 何故だ!!』

 

 ルウィーのとある広場。

 小雪の降る中、広場の奥にあるステージの上で一人の男が熱弁を振るっていた。

 30歳くらいの男で、中々の美丈夫だ。

 広場一杯に詰めかけた聴衆は、男の声に聞き入っている。

 

『先のゲイムギョウ界に置ける全面戦争。それを回避した時に我々は誓ったはずです! もう二度とこんな過ちは犯さないと! しかし、戦争は起ころうとしている! 理由は明白です! ……彼らが現れたからだ! あの、オートボットたちが!!』

 

 その言葉と共に、男の背後に巨大なオートボットのエンブレムの立体映像が投射された。

 

『彼らが現れてから、砲声の鳴り止む日は無く、安らかに眠れる夜は無い!!』

 

「そうだー!」

「オートボットはいらなーい!」

「奴らを追い出せー!!」

 

 聴衆は拳を振り上げ、声を上げる。

 その手に持ったプラカードには、オートボットのエンブレムに大きく×を重ねたマークが描かれている。

 

『私、アズナ・ルブはルウィー教会に一人の国民として要求します! ルウィーの平和のために、国民の明日のために! オートボットの永久追放を!!』

 

 男……アズナ・ルブの言葉と共に、背後のオートボットのエンブレムに大きな×が入り、エンブレムは四つに切り裂かれて消滅する。

 

 すなわち、オートボットは不要だという意思表示として。

 

 ワッと聴衆が歓声を上げ、アズナ・ルブは笑顔で人々に手を振るのだった。

 

  *  *  *

 

「……ったく。この非常時に戦力手放してどうすんだってえの」

 

 自らの執務室で、反オートボットを訴える集会の中継映像が映ったモニターを消し、ブランは呟く。

 

 ルウィーは北の国であり、直線距離で言えばエディンから離れている。

 それだけにエディンからの直接の攻撃は、今のところは無い。

 

 だが、それでも国民の間には不安が広がり、いつしかその捌け口として反オートボットの気運が高まることとなった。

 

「とは言っても、それはあくまで極一部。……声がやたら大きくて、自分たちが多数派だと思い込んでいるのは問題だけど」

 

 フィナンシェの淹れたお茶を一口含み、ブランは心を落ち着ける。

 

「とはいえ、少数とはいえそういう意見があるのも事実。あまりよくない傾向かと。アズナ・ルブは名家出身の著名な資産家で、マスコミにも顔が利くみたいですから」

「さっきも言ったでしょう? アイツらの言ってることはナンセンスよ」

 

 脇に立つ自国の教祖ミナの言葉を聞きながら、ブランは声を低くする。

 エディンは、いやさメガトロンは間違いなくこのルウィーにも本格的な攻撃を仕掛けてくる。

 その時、オートボット無しで国を守り切るのは困難だ。

 さらに『影のオートボット』なる情報提供者のもたらした情報により、ルウィーの人口衛星がディセプティコンに乗っ取られていたことが発覚した。

 

「衛星からの情報に頼れない今、少しでも戦力は必要よ……ところで、ロムとラムは? このことについて何か言っていたかしら?」

「少し堪えているようです。……幼い二人には、少しキツイでしょう」

 

 悲しげに目を伏せるミナにブランも息を吐く。

 女神をしていれば、自国民の良い面ばかりではなく、悪い面も見ることになる。

 しかし、それを受け入れなければ本当の意味で守護女神になることは出来ない。

 

「それと、ミラージュは?」

「近くの森で、オートボットの方の双子を訓練しているみたいです。……あの、ブラン様。彼は、この状況をどう思っているんでしょう?」

 

 何処か不安げにミナがブランに問う。

 オートボットの中でも、ミラージュはゲイムギョウ界の人々に対して一線を引いている。

 ほとんど内心を語らず、それを読ませようともしない。

 一応、ブランのことを憎からず思っているのは分かるのだが……。

 

「大丈夫よ……わたしは、これでも彼を信頼してるの」

 

 対するブランは、余裕のある態度でお茶を含むのだった。

 

  *  *  *

 

『……今こそ、教会は声なき声を聴く時です! オートボットは不要です! オートボットがルウィーに争いを呼び込んで……』

 

「まったくもう、失礼しちゃうわよね!」

「うん、失礼……!」

 

 ルウィー担当のオートボットたちが基地にしている廃礼拝堂。

 古びたテレビに映るアズナ・ルブなる資産家の演説を見ながら、ラムとロムは相方の帰りを待っていた。

 

 正直、彼女たちにアズナ・ルブの言はほとんど分からない。

 分かるのは、彼らが自分たちの大切な友達に酷いことを言っていることだけだ。

 そして、彼女たちにはそれで十分だった。

 

「スキッズ、頑張ってるのにヒドイと思わない? ロムちゃん」

「うん。思う。……マッドフラップもね、ラムちゃん」

 

 と、礼拝堂の扉が開き、当のスキッズとマッドフラップが帰ってきた。

 

「あうう、疲れたぁ……」

「俺、もうダメ……」

 

 しかし、そのまま前のめりにバッタリと倒れる。

 驚いたロムとラムは、折り重なっているオートボットの双子に駆け寄る。

 

「二人とも、どうしたの!?」

「大丈夫……?」

「ああ、ちょっと新装備の訓練が厳しくて……」

「実戦さながらの模擬戦は、さすがに堪えたぜ……」

 

 フラフラとしながら立ち上がる二人の後ろには、ミラージュが険しい顔で腕を組んで立っていた。

 

「……二人とも、今回の訓練は何だ?」

 

 いつも以上に冷たい声に、双子たちは揃ってビクリと体を震わせた。

 

「スキッズは集中力が足りない。マッドフラップは身のこなしが遅すぎる。あんなでは、これからの戦闘で生き残れんぞ」

『す、すんません……』

「謝罪はいらない。結果で示せ」

『は、はい……』

「ちょっと! 二人とも頑張ってるのに、そんな言い方はないんじゃないの!」

「ラム、いいから!」

 

 厳しい物言いのミラージュに食って掛かるラムを、スキッズが制する。

 ロムも、困ったような顔をしている。

 ミラージュはそんな双子たちを一瞥すると、身を翻す。

 

「もうすぐ、例の作戦を決行する。体と装備の点検整備を怠るなよ」

『うい~っす』

 

 ミラージュが扉を閉めると、ラムはあからさまに顔をしかめた。

 

「むう~、前から言おうと思ってたんだけど、ミラージュちょっと意地悪じゃない?」

「そうかな……? 優しいトコもあると思うよ」

 

 一方、ロムはちょっと困った顔ながらもフォローを入れる。

 

「ああ……優しいってのとは、ちょっと違うけど、基本的に間違ったことは言わないな」

「ま、厳しく鍛えてもらわんと、生き残れないのも事実だしな」

 

 棚から工具を引っ張り出して自身の体の整備を始めるスキッズと、武装を外して弄りだすマッドフラップも、ミラージュのことを肯定的に見ているらしい。

 

「ええー? そうかなー?」

「やれやれ、お子ちゃまなラムには分かんないよな」

「むー!」

 

 からかうようなスキッズの声に、ラムは改めて頬を膨らませるのだった。

 

  *  *  *

 

 数日後、ラステイションで要塞都市への攻略作戦が成功し、ノワールが『次』の準備をしている頃のこと。

 雪の降るルウィーの街を、ミラージュがビークルモードで走る。

 その運転席には、ブランが乗り込んでいた。

 

「……それで、どういう風の吹き回し? いっしょにパトロールに行こうだなんて」

「別に。たまにはと思っただけだ」

 

 素っ気ないミラージュに、ブランは我知らず苦笑していた。

 

「ルウィーの平和のために、オートボットを追い出せー!」

「奴らは心まで機械仕掛けの怪物だー!」

「ブラン様は、奴らに騙されているんだー!」

 

 街中では、×の付けられたオートボットのエンブレムを描いたプラカードを持った一団が声を張り上げていた。

 通行人は、足早に一団の前を通り過ぎる者もいれば、立ち止まって話を聞く者もいる。

 その光景に顔をしかめていたブランだが、ミラージュがふと声をかけた。

 

「ブラン、一つ聞きたい」

「何かしら?」

「ああいう連中を取り締まらなくていいのか?」

 

 その問いの意図を測りかねたブランだが、自分なりの考えを口にする。

 

「そういうことはしないわ。あれもまた国民の意見の一部。それを無理やり押さえつけるなら、独裁者と変わらない。意見の違う者を弾圧するなんて、それこそ有ってはならないことよ」

「………………そうか」

 

 長い沈黙の後、納得したのかしないのか、短く返しただけだった。

 

「それにしても、そろそろ大分街から離れてきたけど、どこへ行くのかしら? ……ミラージュ?」

 

 ブランの声に一切構わずミラージュは走り続け、やがて山間部へと入っていく。

 

「ミラージュ! おい、無視すんじゃねえ!!」

 

 一向に反応のないミラージュに業を煮やし、眉を八の字にするブラン。

 だが、ミラージュは答えない。

 

「もういい! わたしは降りるからな!!」

 

 ドアを開けようとするブランだが、ドアロックが外れない。

 車内のエアコンからガスが噴き出したかと思うと、あっという間に車内に満ちる。

 

「!? 何だ、これ……」

 

 最後まで言い終わるより早く、ブランの意識は途切れた。

 

  *  *  *

 

 雪深い森の上を、黒と灰の軍用の大型輸送ヘリが飛んでいく。

 

 ディセプティコンのブラックアウトとグラインダーだ。

 

 二機のヘリは、森の奥の廃村へと降りていく。

 村にはそれなりに近代的な建物が並んでいて奥には小山があり、その上に村よりも古い時代に築かれそして捨てられた古城が建っていた。

 だが、小山の周辺には雪上迷彩のトラックスとエディン兵たちがうろついている。

 

 古城の中庭に降り立ったブラックアウトとグラインダーは、ギゴガゴと異音を立ててロボットモードへと変形した。

 

 それを出迎えたのは、誰あろう資産家のアズナ・ルブだった。

 

「やあやあ、ようこそ我が城へ。と言っても別荘のような物だが」

「ふん! 前置きはいい! 例の物は用意出来ているだろうな?」

 

 鼻を鳴らすような音を出すブラックアウトに、アズナ・ルブは肩をすくめる。

 

「もちろん、洗脳電波発生装置はセットしておいた」

「よし! ではさっそく、適当な街を襲撃してエディン領を増やすぞ!」

「まあ、お待ちを」

 

 好戦的な言動のブラックアウトに対し、アズナ・ルブは落ち着いた態度で制そうとする。

 ブラックアウトは顔をあからさまにしかめた。

 

「私はルウィーの民にオートボットと女神への不信をばら撒きました。演説だけでなく、マスコミやネットにも反オートボット思想を浸透させています。じきに大規模なデモ行進を行う予定ですので、襲撃はその混乱に乗じた方が得策でしょう」

「理には適っているな。……しかしそう上手くいくか?」

「フッ、大衆など豚のような物。情報に踊らされる愚民どもを操るなど雑作もない」

 

 端正な顔を傲慢そうな笑みで歪めるアズナ・ルブに、ブラックアウトは内心でこの男を信用しないことに決めた。

 そもそもこの男は、あのハイドラの出資者の一員。

 他の出資者がディセプティコンに資産を奪われる中、いち早くディセプティコンに忠誠を誓い協力者としての自分の立場を確保したのだ。

 

「まあいい。それで、ここの警備は完璧なのだろうな?」

「もちろん。蟻の子一匹通れません。城全体をバリアフィールドで覆っている上、装置の場所は私しか知りません」

 

 不機嫌ながらも確認するブラックアウトにアズナ・ルブは笑みを張り付けて答える。

 

「どうだかな……この国のオートボット、ミラージュはコソコソするのが得意だからな」

「そのことだが……おい、姿を見せてくれ」

 

 アズナ・ルブが何も無い空間に声を懸けると、そこに袋を脇に抱えた赤いオートボットが姿を現した。

 

「貴様!」

「ミラージュ!」

 

 突然現れたミラージュに、ブラックアウトとグラインダーが武装を展開する。

 しかし、アズナ・ルブが声を出してそれを止めた。

 

「お待ちください。彼は我々に協力してくれるのですよ」

「何? 馬鹿なことを言うな!」

 

 もちろん、ブラックアウトは信じずプラズマキャノンを発射しようとするが、その肩をグラインダーが掴んだ。

 

「落ち着け兄者。……ここは俺が」

 

 少しの間、無言で義弟を睨むブラックアウトだったが、やがて鼻を鳴らすような音を出して武器を下ろす。

 いつでも発射出来るようにしたままだが。

 グラインダーは軽く頭を下げてから、ミラージュに視線を向ける。

 

「それで? 貴様は我々に寝返ると?」

「ああ。いい加減、人間どもには愛想が尽きてな。戦っても文句ばかりだし、不出来な弟子どもにもウンザリだ」

 

 『不出来な弟子ども』の言葉が出た時、ブラックアウトは不機嫌そうに眉を吊り上げる。

 グラインダーはさらに質問を投げかける。

 

「ほう? しかし信用してほしければ、それ相応の誠意を見せてもらわねばな」

「無論、そのつもりだ」

 

 グラインダーのオプティックが鋭く細める。

 

「ほう? では、忠誠の証に、何を差し出す?」

「……これを」

 

 するとミラージュは、小脇に抱えた袋を地面に置き、袋を開ける。

 

「ッ!」

「貴様……本気で!?」

 

 中に入っている者を見て、さすがにブラックアウトたちも驚愕したのだった。

 

 

 

 

 袋に入っていたのは、意識を失った白の女神……ブランだった。

 

 

 

 




そんなワケで、ミラージュがいるんだからやんなきゃいけないネタな今回。
果たして、ミラージュは本当に裏切ってしまったのか?(棒)

今回の解説。

アズナ・ルブ
ネプテューヌVⅱから、う○めやゴー○ド○ァドを差し置いてフライング登場。
その名の通り、赤い彗星ことシャア・アズナブルのパロディキャラだけど、実態はシャアの悪い所だけを抽出、凝縮して、さらにリボンズ・アルマークの自己中心性と傲慢さを加味したような、つまりどうしようもない屑であり卑劣漢。

反オートボット論と、ブランの見解。
言論の自由と言う物は近代国家における最低限の権利の一つでして、他人を傷つない限りは言わせときゃいいんじゃないかなと。
暴力で押さえつけるのは、それこそ弾圧の始まりですし。
だからこそ、各女神がシェア獲得に四苦八苦してるワケですし。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話 ルウィー ミラージュの裏切り part2

アドベンチャーは11月までお休み。

オプティマス、ラチェット、ウインドブレードはいったんサイバトロン星へ。
隠居してるメガトロンと共闘する展開とかないですかね?


 アズナ・ルブ所有の古城。

 

 その地下に向けて、ブラックアウト、グラインダー、ミラージュは歩いていた。

 

「まだか? その、洗脳電波発生装置の場所は?」

「この先だそうだ。まあ、落ち着け」

 

 ミラージュが問うと、グラインダーがはぐらかす。

 エディンに寝返る証としてブランを差し出したミラージュは、ヘリ兄弟に洗脳装置の下へと案内してもらっていた。

 なお、通路の広さとか考慮してはいけない。

 

「城の上部のアンテナはあくまで発信装置に過ぎず、電波を発生させる本体は石と土に囲まれた地下に……上手い手だ」

「はん! ……それよりも貴様! あの双子が不出来な弟子だと?」

 

 感心していたミラージュは、ブラックアウトの言葉に軽く首を傾げる。

 

「ああ。それが何か?」

「見る目のない奴め! もしあいつらがディセプティコンだったなら、俺が一人前の兵士に鍛えてやったものを!」

「今からでも、弟子にするか?」

 

 飄々としたミラージュの声にブラックアウトは顔をしかめる。

 今にも武器を抜かんばかりの表情だが、グラインダーが声を出した。

 

「二人とも、着いたぞ」

 

 辿り着いたのは、この城の地下牢として使われていた場所だ。

 円形の外壁に沿って牢がある。

 

「ここは……? 発信装置が見当たらないが?」

「いいから、ちょっとそこに立ってくれ」

 

 グラインダーに促され、ミラージュは牢獄の中央に立つ。

 

 すると、周囲にビームの檻が現れ、ミラージュを閉じ込めた。

 

「ッ! これは!」

「馬鹿め! 誰が貴様なぞ信用するか!!」

「仮に貴様が本当に人間に愛想を尽かしたとして、それがオートボットを裏切る理由にはなるまい? そんな簡単な連中なら、もっと早くに戦争は終わっていた」

 

 せせら笑うブラックアウトとグラインダー。

 

「この場で殺してやりたい所だが、貴様には情報を吐いてもらう。オートボット、女神、教会、その全てのな!」

「俺が吐くとでも?」

「吐きたくなるさ。それも『情報を言うから助けてくれ』ではなく、『情報を言うから死なせてくれ』と懇願するようになるのだ!」

 

 檻に顔を寄せたブラックアウトはニヤリと顔を歪めると、義弟と共にミラージュに背を向ける。

 

「その前に、あの女神からだ。貴様に裏切られたと知ったら、どんな顔をするかな?」

 

 ブラックアウトたちが去ったあと、ミラージュは慌てた様子もなくその場に胡坐をかくと目を閉じるのだった。

 

  *  *  *

 

 意識を取り戻したブランは、ゆっくりと目を開けた。

 眼をこすり辺りを見回すと、自分が鳥籠のような檻に入れられているのが分かった。

 その外は、中々に高価そうな調度品の置かれた部屋だ。

 さらに部屋の窓の外には、ルウィーでは珍しくない雪に覆われた森が見えた。

 

「ここは……?」

「フッフッフ。お目覚めかな、麗しい女神様」

 

 籠の外の椅子に一人の男が座っていた。

 30歳くらいの美形だがいけ好かない感じの男。

 

「アズナ・ルブ?」

「そう、私だ。ルウィーに革命を起こす男、アズナ・ルブだ」

「……ああそう。それで? 何でわたしをここに連れて来たのかしら?」

「ふふふ! あなたの最後の記憶を辿れば答えは明らかだ」

「ああ……ミラージュったら、人に相談もなしにまったく……」

 

 再度溜め息を吐くブランに、アズナ・ルブは首を傾げる。

 

 ――何か、落ち着いてないか? もっと慌てると思ったのに。

 

「あなたはあのオートボットに裏切られたのですよ。……彼はディセプティコンにあなたを売ったのです」

「で、あなたはディセプティコンに通じていたというワケね。……お父上が聞いたら泣くでしょうね」

 

 父と言う単語が出た瞬間、アズナ・ルブの顔が歪むが、すぐに澄ました顔に取り繕う。

 

「父は軍人としては優秀でした。英雄的と言ってもいい。しかし知っていますか? 英雄とは大量殺戮者の別名なのですよ」

「少なくとも、わたしは自国を守るために戦った人間を殺戮者とは言わないわ。それよりも、自国を裏切って敵と通じるような奴は薄汚い裏切り者と言うのよ。知っているかしら?」

 

 自国の吹雪のように冷たい視線と共に吐き捨てたブランに、アズナ・ルブは今度こそ紳士の仮面を脱ぎ捨てた。

 

「ふん! 父は英雄だったかもしれないが、所詮は一軍人! 国に使われるだけの負け犬だった!! 飛行機に乗るのが上手くて、役にも立たない勲章をジャラジャラ鳴らすだけのな! 私は違う! 有能で選ばれた存在である私は、愚民どもを導くのだ!!」

「……まあいいわ。どうでも」

 

 熱くなっているアズナ・ルブと対照的に冷め切った態度のブラン。

 アズナ・ルブが激昂しかけた時、突然警報が鳴り響いた。

 

「何だ!?」

『敵襲です! 東にルウィー軍、先頭は女神候補生とオートボットです!』

「ッ! なぜこの場所が……」

 

 部下からの報告に動揺するアズナ・ルブの脇に、ブラックアウトとグラインダーのホログラムが現れた。

 

『そんなことも分からんのか? 大方、ミラージュが知らせたのだろう』

「な!?」

『失態だな。……まあいい。一網打尽にしてくれる!! 行くぞ、グラインダー!!』

『了解』

「ま、待て! 敵が来たのなら、私を脱出させてくれ!」

 

 義弟を伴って出撃しようとするブラックアウトに、アズナ・ルブが懇願する。

 だがブラックアウトは通信越しでも分かるほど冷たい目をしていた。

 

『フン! 馬鹿を言え! 貴様は手勢と共にそこで発信装置を守るのだ!! エディンの一員としてな!!』

『無論、そこで敵前逃亡するようなら、貴様に用は無い。……そして我々は、用の無い者を生かしておくほど優しくは無い。……この意味が分かるな?』

「ッ……!」

 

 逃げれば殺す。

 

 そう言われていることに気付き、無残に青ざめるアズナ・ルブに、ブラックアウトは嘲笑混じりに声をかける。

 

『安心しろ、用心棒を残しておいてやる。……スコルポノック、こいつらのお守りを頼むぞ』

 

 通信越しに、スコルポノックがシャーッと好戦的に鳴くのが聞こえたのを最後に、通信が切れる。

 ワナワナと手を震わせるアズナ・ルブに、ブランが呑気に声を懸けた。

 

「それで? 誰が誰を裏切ったって?」

 

  *  *  *

 

 地下牢のビーム檻の中にあって、ミラージュは只々瞑目していた。

 

 と、突然ビームの檻が消失する。

 

 当然と言う顔で、ミラージュは虚空を見上げた。

 

「やっとか。遅いぞ」

 

 それだけ言うと、両腕のブレードを回転させ、ミラージュは歩き出した。

 

  *  *  *

 

 ブラックアウトとグラインダーは古城のある丘の麓の廃村に降り立った。

 いつの間にか、雪が強くなり吹雪になっている。

 

「兄者。トラックスたちからの通信があった。ルウィー国軍と交戦中。足止めは出来ているが……」

「オートボットと女神に突破された、と言うワケか」

 

 言うや、ブラックアウトは腕の機銃を村の廃屋の影に向けて撃つ。

 古く手入れもされていない廃屋は容易く穴だらけになる。

 その影から緑のオートボット、スキッズと、ルウィーの女神候補生の片割れホワイトシスターこと女神化したラムがひょっこりと顔を見せた。

 

「あちゃー、見つかったか!」

「呑気にしてる場合じゃないよ! 隠れなきゃ!」

 

 すぐさま顔を引っ込める二人にブラックアウトは首をゴキリと鳴らす。

 

「フン! 小僧どもが! 臆したか!!」

「誰が臆したかっつうの!!」

 

 突然、ブラックアウトが後ろから砲撃された。

 さしたるダメージも無く振り向けば、双子の残る片割れ、マッドフラップとロムが建物の影からこちらを狙っている。

 

「建物の影に隠れて銃撃……定石だが、この場合はさしたる効果はないぞ!!」

「兄者、早く終わらせよう。奴らにはいつか言ったはずだ。戦場で出会ったら容赦しないと」

「むう……それもそうだな。悪く思うなよ餓鬼ども! これも戦争の常だ!!」

 

 グラインダーの冷静な言葉に頷き、プラズマキャノンを展開するブラックアウト。

 ヘリ型兄弟は、プラズマキャノンをフルパワーで発射して、廃村その物を薙ぎ払おうとする。

 が、屋根の上に現れたスキッズが何かを投げてきた。

 

「ほらよ、オッサンたち! おあがりな!」

「ぐ!? ……これは?」

「水風船?」

 

 水風船はヘリ型ディセプティコンたちのトゲトゲとした体に当たって割れる。

 二人は何だこんな物と、構わずプラズマキャノン

 だが、何処からか幼い声と共に、強力な冷気が二人を包んだ。

 

「エターナルフォースブリザード!!」

「相手は死ぬ……とはいかんぞ! 寒いこの地での戦いに備え、我々は不凍液を体内で循環させているのだ!!」

「いや待て兄者! これは……!」

 

 グラインダーの言葉にハッと自分たちの体を見れば、凍りつき始めている。

 水が冷気で凍結したのだ。

 

「この程度! プラズマの熱で溶かしてくれる!!」

 

 だがブラックアウトは無理やりプラズマキャノンを発射。

 プラズマ波が廃屋を薙ぎ倒す。

 

「遅いぜ、おっさん! こっちこっち!」

「当たらないよーだ!」

 

 だがプラズマの嵐が廃村を破壊していく中、双子たちはあちらの路地、こちらの影と素早く移動し顔を出しながら戦いを続ける。

 

  *  *  *

 

 再び古城の一室。

 

 鳥籠は特別製らしく、ブランの力を持ってしても壊せない。

 なので、チョコンと座りこむ。

 一方でアズナ・ルブはブツブツと呟きながら歩き回っていた。

 

「何故だ……何故こうなった……」

「分からないのかしら? 見通しが甘かったようね」

 

 ブランがフッと微笑むと、アズナ・ルブはギラリと彼女を睨みつけた。

 

「ふん! 私とミラージュの裏切りを見抜けなかった女神がよくも言う!」

「あなたはともかく、ミラージュは裏切ってないでしょう。……そもそもね」

 

 そこまで言って、ブランの目つきが鋭くなり語気が強まる。

 

「ミラージュって奴はな。ええカッコしいの、いけ好かないスカし野郎だがな。人間に馬鹿にされたからとか、んなつまんねえ理由で仲間を裏切るようなことは天地がひっくり返っても有り得ねえんだよ」

 

 その瞬間、部屋の扉が四つに切り裂かれ赤い金属の巨人が部屋に突入してくるや、そのままブランの捕らえられている檻とアズナ・ルブの間に立った。

 

「無事か? ブラン」

「遅えぞ! ミラージュ!!」

 

 ミラージュはブランと短く声をかけあった後、檻の扉を開ける。

 

「馬鹿な、その檻は電子ロックで……?」

 

 コンピューター制御のはずの檻があっさりと開いたことに驚くアズナ・ルブだったが、その時、天井を突き破ってスコルポノックが奇襲を仕掛けてきた。

 ミラージュは機械サソリの体当たりを避け、さらに尻尾の一突きをブレードでいなして、そのまま壁を破って城の外へと飛び出していった。

 ブラン、スコルポノックもそれを追う。

 

 残されたアズナ・ルブは、ヨロヨロと歩き出した。

 

 やがて、城の中心部。

 ある部屋に入ったアズナ・ルブは、その部屋に飾られた肖像画の前に立つ。

 立派な額縁に嵌められた、その肖像画には金髪と青い目で赤い軍服を着た男性が描かれている。

 胸に立派な勲章をいくつも下げた男性の顔立ちは、アズナ・ルブによく似ていた。

 

「僕を馬鹿にするのかい、パパン? 僕はアンタの功績が小さく見えるくらいのデッカイことをやってみせる。もう、ママンにもみんなにも、僕をパパンと比較して馬鹿にはさせない」

 

 誰にともなく呟き、アズナ・ルブは肖像画をずらし、その裏に隠されていた機械を操作する。

 

 パスワード入力。

 指紋認証。

 網膜認証。

 

「ルブ家に栄光あれ」

 

 そして声紋認証。

 

 石壁に偽装された隠し扉が開き、その奥の部屋にはパラボラをいくつも重ね合わせたような洗脳電波発信装置が安置されていた。

 ここに来たのは、ここが一番安全だと判断したからだ。

 

 内側から扉を閉め、ホッと息を吐いた時。

 

「な~るほどな。こんなトコに隠してたのか」

 

 拍子抜けするほど、呑気な声が聞こえた。

 

  *  *  *

 

 廃村では、未だ戦いが続いていた。

 プラズマキャノンの起こす破壊により、廃村のほとんどの建物が薙ぎ倒されている。

 

「ええい! ちょこまかと!」

「落ち着け兄者。もう、隠れられる所も少ない」

 

 それでも、ブラックアウトとグラインダーは双子たちを倒せないでいた。

 しかしそれは双子たちも同じだ。

 

 膠着状態に陥っているように見えるが、体力や防御力の面から見ればディセプティコンたちの方が圧倒的に有利だ。

 

「諦めろ……と言って諦める連中でもないか。グラインダー、一気に決めるぞ! お前は飛び上がっていろ!」

「了解」

 

 義兄の意図をすぐに察し、グラインダーは変形して上空に逃れる。

 ブラックアウトはプラズマキャノンを最大出力で全方位に発射するべくエネルギーを溜める。

 だが、プラズマ波が放たれるより早く、背後に赤い影が現れた。

 

「ッ! 貴様!」

 

 ミラージュの攻撃をローターブレードで受け止めるブラックアウト。

 そのまま弾き飛ばされたミラージュが綺麗に着地すると、隣にブランが飛んでくる。

 遅れてスコルポノックもブラックアウトの傍に地下から現れる。

 ブラックアウトは新たに現れた敵に鋭い視線を向ける。

 

「フン! どうやってか知らんが抜け出してきたか。だが、それは下策だぞ!」

「先に洗脳電波発生装置を破壊すれば良かったものを」

 

 グラインダーも降りてきてロボットモードに変形するや、武装を向ける。

 だが、ミラージュはフッと笑んだ。

 

「ああ、それなら問題ない」

 

 次の瞬間、丘の上の古城が轟音と共に爆発した。

 炎を上げる古城からアズナ・ルブの部下たちが飛び出してくる。

 唖然として、ブラックアウトとグラインダーが見上げると、古城の屋上の何もない場所にオレンジ色の影が空気の揺らぎと共に姿を現した。

 

 ステルスクロークを解除して現れたのは、誰あろうマッドフラップだ。

 右腕に気絶したアズナ・ルブを抱えている。

 

「おーい! ミラージュ、こっちは片付いたぜー!」

 

 その姿を確認したブラックアウトは愕然とする。

 

「ば、馬鹿な……あの小僧がステルスクロークだと? い、いや、それ以前にあの小僧は俺たちと戦っていたはず!」

「ああ、それなら……」

 

 物陰から『マッドフラップ』が出て来た。

 いよいよもっと、ブラックアウトは混乱する。

 

「な、な、な?」

「へへへ、さあて種明かしのお時間です、ってな!」

 

 マッドフラップの姿が揺らぎ、双子の片割れであるスキッズへと変わる。

 

「ミラージュみたく精巧なホログラムを作ることは出来ないけど、自分の体にはっつけるくらいは出来るのさ! 俺とマッドフラップは双子で元々の姿や反応も似てるからな! ロムとラムが魔法で吹雪を起こして視界を悪くしてくれたおかげで、気付かれなかったぜ!」

「ふっふっふ! そういうことよ! ピース!」

「ピース……!」

 

 いつの間にか吹雪が止み、上空ではロムとラムが揃ってVサインを作っていた。

 そうして、スキッズが一人二役を演じつつロムとラムの援護を受けて敵を引きつけている間に、マッドフラップが城に潜入して洗脳電波発信装置を破壊する……少しやり過ぎたが……と言うのがこの作戦の全貌だ。

 ミラージュとブランの拘束を解いたのもマッドフラップである。

 スキッズはカッコを付けて忍者のような印を結ぶ。

 

「双子の入れ替わりトリックは定番だろ? これぞ、ミラージュ流忍法、雪隠れの術! なんつって!」

「そんな流派を開いた憶えはないぞ。まったく不出来な弟子どもだ。…………あれだけ鍛えてやって、ステルスクロークとホログラム、一方ずつしか習得出来なかったんだからな」

 

 そう言いつつも、ミラージュの顔は満足げだった。

 そうしている間にブランの傍に、ロムとラムが降りてきた。

 

「お姉ちゃーん!」

「大丈夫だった……?」

「ロム、ラム、また心配かけちまったな。……いい加減、わたしも反省しないとな」

 

 可愛い妹たちを優しく抱きしめてからブランは表情を引き締める。

 

「さてと、まだやるつもりか?」

「ふ……ふはは! はーっはっはっはっは!!」

 

 ブランに睨まれたブラックアウトは急に大声で笑いだした。

 ミラージュたちは元より、グラインダーまでもが呆気に取られた。

 

「あ、兄者?」

「はっはっは……まったく、男子三日合わざるば、とは言うが子供とは少しの間に見違えるものだ。……いいだろう、ここは勝ちを譲ってやる」

 

 表情を厳しくして、ブラックアウトは敵を見回す。

 

「ミラージュ、前言を撤回するぞ! 貴様の弟子の鍛え方は見事だ! ……行くぞ、グラインダー!」

「了解」

 

 スコルポノックを回収したブラックアウトとグラインダーは一瞬にして大型ヘリに変形して飛び立つ。

 深追いは危険と、ブランたちはそれを見送るのだった。

 

  *  *  *

 

 エディン軍が撤退し、平穏を取り戻した廃村。

 しかし、これで終わりとはいかない。

 廃村の雪の積もった地面に正座させたアズナ・ルブの眼前で、ブランが仁王立ちして見下ろす。

 

「それで、アズナ・ルブ? 申し開きはあるかしら?」

「ふ、ふふふ、私を捕らえた所で事態は沈静化しないぞ。すでにあちこちでデモと言う名の暴徒化が起こっているはずだ」

「………確かに。そのようね」

 

 先程、教祖ミナからの報告があり、暴徒化したデモ隊が暴れているらしい。

 

「ならば仕方ないわ。操られているならいざ知らず、自らの意思で国を荒らすと言うのなら、受けて立つだけ。逮捕して、それでお終いよ」

「…………一つ教えてくれないか? 貴様たちは何故人間のために戦う? 私に同調して貴様らを裏切るような奴らだぞ?」

「それをあなたが言う? ……だがいいや、特別に答えてやる」

 

 ブランは声にドスを利かせ、アズナ・ルブに不敵な笑みを向けた。

 

「国に自分と違う意見の奴がいるなんてなあ、当たり前のことなんだよ。んなことはとっくの昔に受け入れてんだ。いちいちそれくらいで国民を見捨ててられっか」

「グッ……ミラージュ! 貴様は戦っても文句ばかりと言っていたではないか!!」

 

 矛先を向けられたミラージュは、こちらは表情を変えないまま当然とばかりに答える。

 

「何だ、そんなことは当たり前だろう。隣で戦っていれば、誰だって文句の一つくらいでる。むしろ俺は、感心しているんだ」

「感心……だと?」

「ああ、何をされても声を上げぬ輩なんぞ、それこそ守る気にならん。だが、あいつらは皆、『ブランのために』俺に文句を付けてくるのだからな。その姿勢に感心こそすれ否定はしない」

 

 ミラージュの言葉を聞いてブランは少し頬を染めたが、アズナ・ルブは顔を青くしていた。

 前提から間違っていたのだ。

 彼らには、迫害されていると言う意識すらな無く、あるのは女神として国民の有り用を受け入れる姿勢と、戦士として形はどうあれ戦おうとする者に対する敬意だけ。

 

「お、おのれ……だが子供たちはどうかな? 幼くピュアな女神候補生は人間がイヤになったんじゃないかな?」

「確かにムカつくけどね! でも、わたしはルウィーが大好きだもん! それくらいで嫌いになったりしないよ!」

 

 アズナ・ルブの負け犬の遠吠えに答えたのは、ブランの隣に立つラムだ。

 

「女神は、絶対に自分の国の人たちを見捨てないんだよ!」

「わたしたちは、みんなのおかげで女神でいられるから……!」

 

 ロムも妹の言葉に力強く頷く。

 

「く、クソ! そっちの双子オートボット! 貴様らはどうだ! お前らは人間に馬鹿にされて悔しくないのか!」

「って言われてもなー」

「ロムたちが頑張ってんのに俺らがウダウダ言うのも何か違うだろ」

 

 どこまでもアッケラカンとしたスキッズとマッドフラップ。

 そんなことは考えてもいなかったと言う顔だ。

 

 もはや彼女たちの心を折るのは自分では不可能と悟り、アズナ・ルブはガックリと頭を垂れる。

 

「さてと、まだまだ仕事は終わってないわ。暴徒化したデモ隊の鎮圧に、その背後関係の洗い出し……あなたたちにも手伝ってもらうわよ」

「うん! 任せてよ!」

「任せて……!」

 

 改めて、力を合わせることを誓い合う女神の姉妹たち。

 

 そんな女神たちをオートボットたちは満足げに眺めているのだった

 




そげなワケで、ルウィー編も終わり。

何かあっさり解決しちゃったなあ。

次回は、リーンボックス編。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111話 リーンボックス かくして役者は集う

まあ、何とか書いていきます。


 エディン本土、ダークマウントの麓に増設された多目的スタジアム。

 元々はコロシアムとして使われる予定であったここでは、大々的なコンサートが開催されていた。

 各国から招聘された最高の音楽家たちが、各々の最高の楽曲を奏で歌う。

 中でも至高の輝きを放つのは、リーンボックスからやって来た歌姫、5pb.に他ならない。

 

『エディンのみんなー! ボクの歌を聞けー!!』

 

 ステージの後ろの液晶に映された輝けるディセプティコンのエンブレムに照らされて、5pb.は自身の初期からのヒット曲、『流星のビヴロスト』を歌う。

 観客はとてつもない盛り上がりを見せ、色とりどりのサイリウムを振り続ける。

 

 やがて曲が終わると、割れんばかりの拍手と歓声がスタジアムを包んだ。

 天覧席のメガトロン、レイ、ピーシェも満足げだ。

 

『ありがとう! ありがとう! ラブ・エディン! ……それじゃあ次はとっておきの新曲をスペシャルゲストといっしょに!』

 

 5pb.の声に背後の奈落から、一人のディセプティコンが吹き上がる花火と共にせり上がって来た。

 

 真っ赤なギター(トランスフォーマーサイズ)をかき鳴らしているのは、誰あろうサウンドウェーブだ!!

 

『それじゃあいくよー! サウンドウェーブ作詞作曲の新曲! 『PRAISE BE TO DECEPTICON』!!』

 

 サウンドウェーブの演奏に合わせ、5pb.の歌は最高潮を迎えるのだった。

 

  *  *  *

 

「……ト言ウ企画ヲ考エタ」

『………………』

 

 サウンドウェーブの発言に画面の向こうのメガトロンと残る参謀二人、そしてレイが何とも言えない顔になっている。

 

「戦意ノ高揚ト、国民ノ支持率アップ ノタメ二ナル」

『…………サウンドウェーブよ、疲れているのか?』

『明らかに論理的ではない』

『メガトロン様がこき使うからですぜ……』

『サウンドウェーブさん、働き通しですもんねえ……』

 

 メガトロン以下、幹部陣はサウンドウェーブの提案に乗り気ではないらしい。

 さしもにこれ以上は付き合い切れんと、メガトロンは話題を変える。

 

『それはともかく! 例の物は間に合うのだろうな?』

「問題ナイ。最終調整ガ終ワレバ、発進デキル」

『結構。じきにプラネテューヌに全面攻撃を仕掛けるぞ。それまでに間に合わせるのだ』

「了解」

 

 恭しく礼をするサウンドウェーブ。

 これで定例会議は終わりかと思われたが、そこでレイが手を挙げた。

 

『あ、サウンドウェーブさん、治安のことでお話があるのですが……』

「何ダ? 犯罪率ハ下ガリ、検挙率ハ上ガッテイルハズダガ?」

『そうですけど、やり過ぎです。監視カメラの配置はまだしも、インターネットはあなたが完全に管理。その上、市民の中に秘密警察を潜り込ませて監視するなんて……しかも、その秘密警察の半分は子供じゃないですか!』

 

 映像の向こう側にいるレイの表情が剣呑な物になる。

 しかし、サウンドウェーブはさも当たり前とばかりに答えた。

 

「子供ナラ、狭イ場所ニモ入ルコトガ出来、何処ニ居テモ不自然デ無ク、警戒心ヲ感ジサセナイ。極メテ、合理的ダ」

『………………』

『相変わらず、陰険だなオイ』

 

 レイは言い返さないものの怒りのあまり瞳が小さく窄まり、そうなると狂気的で恐ろしい表情になる。

 反対にスタースクリームは冷え切った目を情報参謀に向けた。

 助け舟を出したのは、メガトロンだ。

 

『まあ、サウンドウェーブがいるのは、エディンに置いても要地。万が一がないように警戒が必要なのだ』

『…………分かりました。しかしこのことは、後日ゆっくり話し合いましょう』

 

 さすがにメガトロンに言われれば、レイも一旦は引き下がらざるを得ない。

 もう、誰も発言しようとしないことを確認してから、メガトロンは締めの言葉を発する。

 

『では今回の定例会議はこれまでとする』

 

 その言葉で会議はお開きとなり、メガトロンたちの映像が消え、明かりが点き窓のブラインダーが上がっていく。

 窓の外では、灰色のビル群と煙を吐き出す煙突に雨が降り注いでいた。

 

 ここはモージャス・インダストリーの本社が置かれ、今やエディン第二の都市となったリーンボックスの都市だ。

 かつてはリーンボックスでも美しい景観を誇っていたこの街だが、今は都市全体が兵器工場に改造されていた。

 優雅な街並みは見る影も無く、実用一点張りの建造物が並ぶ。

 子供たちの笑い声は消え兵器工場の騒音だけが響き続ける。

 ほとんどの市民は工場での労働を義務付けられ、逆らうことは許されない。

 そして、市民は常にあらゆる方法で監視され、自由など存在するはずもない。

 

 彼がいるのは街の中央に建造された基地の司令室を兼ねる彼の執務室だ。

 サウンドウェーブは、この街を中心としたとリーンボックス内の占領地の支配を任されていた。

 

 執務室の中は清潔かつ極めて整理されていたが、メガトロンとの通信映像に映らない位置には、種々の調度品が飾られていた。

 

 世界に一つの名器と呼ばれるヴァイオリン。

 クラシックな蓄音機とレコード。

 遠い島国の雅な琴と太鼓に笛。

 不思議な形状と音色の民族楽器。

 偉大なロックスターが愛用したギターとステージ衣装。

 

 それらの間を抜けて司令室からバルコニーに出た情報参謀は、雨で濡れるのも構わず街に向かって腕を伸ばす。

 すると甲高い鳴き声を上げて一羽の鳥が空から舞い降り、サウンドウェーブの腕に止まった。

 その鳥は金属の翼と真っ赤な眼を持っていた。

 

「……レーザービーク、報告セヨ」

「ああ、影のオートボットの尻尾をやっと掴んだぜ」

 

 ニヤリと笑むレーザービークに、サウンドウェーブは無感情に頷き、機械鳥から情報をダウンロードする。

 

『影のオートボット』

 

 女神やオートボットにエディンの情報を流している謎の存在。

 レーザービークは影のオートボットが何者なのかをサウンドウェーブの命令で探っていたのだ。

 ようやく掴んだその正体は、まあ予想の範囲内ではあった。

 

「御苦労」

「それと、サウンドウェーブ。武装親衛隊の方も裏が取れた」

 

 短く分身を労ったサウンドウェーブだったが、さらなる報告にバイザーの下でオプティックを鋭くした。

 

「…………ソウカ」

「ああ、念入りに探りを入れたが、間違いない。どうする? メガトロン様に報告するか?」

「イヤ、其方ハ、イイ。……シバラク内密ニシテオケ」

「了解」

 

 主君メガトロンへの不義とも取れる言葉に、しかし大人しく従う。事はデリケートな問題だ。

 と、猫科の猛獣のような金属生命体が影から現れてサウンドウェーブの足元にスリより一つ鳴く。

 そのラヴィッジの泣き声に一転、サウンドウェーブとレーザービークの纏う空気が和やかな物に代わる。

 

「ソウカ、来タカ」

「おー! 急いで帰ってきた甲斐があったぜ!」

 

  *  *  *

 

 基地の中の来賓室。

 質素剛健を是とするディセプティコン基地にあって、ここだけは豪華な調度品が品よく並べられている。

 そこに一人の女性が通されていた。

 青い髪に、泣きボクロ。

 ヘッドホンと黒い露出度が高めの服。

 

 リーンボックスが世界に誇る歌姫、5pb.だ。

 

 彼女は椅子に座りながらも、戸惑った様子で雨の降りしきる窓の外を眺めている。

 

「オ待タセシタ」

 

 そこにトランスフォーマーサイズの扉を開けて、サウンドウェーブが現れた。

 肩にはレーザービーク、足元にはラヴィッジを伴っている。

 

「5pb.、招待ニ応ジテクレタ事、感謝スル」

「ああいえ……こちらこそお招きいただいて、ありがとうございます……」

 

 手振りで座ったままで良いと示してから丁寧に礼をするサウンドウェーブに5pb.もペコリと頭を下げる。

 

「しばらくぶりだな、5pb.」

「うん、お久し振り。ラヴィッジも」

 

 レーザービークに挨拶し、すり寄って来たラヴィッジの頭を撫でる5pb.だが、表情から不安は消えない。

 

「あの、それでボクは何で呼ばれたんでしょう……」

 

 5pb.はそう問わずにいられなかった。

 先日のこと、彼女の所属する事務所にエディンへの招待状が送られてきた。ご丁寧に国境を安全に越えられる通行証付きで。

 しかしエディン、いやメガトロンは無駄な娯楽を嫌うと言う。自分のようなアイドルは、それこそ不必要だろう。

 

 サウンドウェーブは、自分の胸辺りから立体映像を投射して答えとする。

 来賓室の長テーブルの上に、スタジアムのような建物が映し出された。

 

「ま、これだけじゃあ分からないだろうから、俺が補足をば」

 

 その映像の横にレーザービークが降り立ち、説明を始める。

 

「これはエディン本土にあるスタジアム……って言うかコロシアムなんだけど、これを使って戦意高揚のためのイベントをやろうと思うんだ。で、5pb.に歌って欲しいんだよ。……スッゲエぜ! サウンドウェーブが選りすぐった音楽家だけを招くんだ! 音楽の祭典って奴だ!」

 

 嬉しそうに笑うレーザービークと、同意するように尻尾を千切れんばかりに振るうラヴィッジ。

 しかし、5pb.の浮かない顔を見て不安げな様子になる。

 

「どうした?」

「あの……とても嬉しい提案ですけど、今回はお断りさせてもらいます」

「理由ヲ聞イテモ? ヤハリ、リーンボックス ト、戦ッテイルカラカ?」

 

 予想していなかった答えにオプティックを丸くするレーザービークに対し、サウンドウェーブは冷静だった。

 5pb.は少し顔を伏せるが、すぐに顔を上げて真っ直ぐ情報参謀の表情の読めない顔を見つめる。

 

「正直、それもあります。……でも、それ以上にボクはみんなを笑顔にしたくて歌っているから。この国には、音楽を楽しむのに必要な自由がありません。そんな所では歌えない」

「…………ソウカ」

 

 何処か納得したように、サウンドウェーブは頷く。

 5pb.はすまなそうに頭を下げるが、譲れない一線なのだろう。決して前言を撤回しない。

 

「ナラバ、仕方ガナイ。無理強イスルコトハ、出来ナイ」

「……そういうことなら、な。しかし、せっかくだ、ホテルも取ったし歓待くらいは受けてくれ」

 

 サウンドウェーブとレーザービークは残念そうだったが5pb.を無理に引き留めたりはしない。

 無理やり歌わせても、それは5pb.の歌の魅力を損なうだけだと分かっているからだ。

 

「……デハ、ソロソロ食事ニシヨウカ」

 

 サウンドウェーブがパンパンと手を叩くと、給仕服姿の男たちが料理の乗ったカートを押して部屋に入ってくる。

 テキパキとテーブルに料理を並べる給仕たち……無論サウンドウェーブたちの席には、トランスフォーマー用の食事である……しかし5pb.が気になったのは、給仕たちの一人だった。

 

「君は……!?」

 

 前に見た時よりも大分やつれて、髪は白髪交じりになっているが間違いない。以前、5pb.にストーカー行為をして、サウンドウェーブに成敗された男だ。

 元はモージャス・インダストリーの御曹司だが、会社がディセプティコンに買収されて以降、行方不明と聞いていたが……。

 

「……その節は、ご迷惑をおかけしました」

 

 元御曹司のマニー・モージャスは一礼するが、その表情には自嘲と悔恨、5pb.への申し訳なさが滲んでいる。

 どうも、本気で反省しているらしい。

 

「今となっては、何であんなことをしたのか、自分でも分からないんです……本当にすいませんでした」

「は、はあ……それはもういいけど、何でここに?」

「ここで働いているんです。……こうしないと食っていけませんし、母は出て行っちゃうし、父は働かないし……」

「ああ、はいはい。飯が不味くなるから、後にしてくれ」

 

 少し呆れたようなレーザービークの声に、マニーは自嘲気味な笑みを浮かべ一礼してから退室していった。

 かつて酷い目に遭わされそうになった相手であるし、結果的に祖国を売り渡す片棒を担いだワケだから自業自得と言えばそれまでだが、その哀愁の漂う背中に憐みを感じずにはいられない5pb.だった。

 

  *  *  *

 

 雨の中にあって、都市の住人たちは忙しなく動き続ける。

 勤勉と清貧を是とするエディンにあって、無駄な娯楽に興じている時間は無い。

 統治者たるサウンドウェーブの気質が染み渡っているが如く、都市はまるで一つの機械のように機能していた。

 

『勤労と清貧は美徳である! 怠惰と浪費は悪である! 忘れるな、メガトロンはお前たちを見ている!』

 

 この街のランドマークであるビルの巨大モニターに映されたメガトロンが演説を振る中、周りに構わず歩く一人の影があった。

 雨避けのコートで体をスッポリ覆い、フードを目深に被ったその人物は、しかし僅かに露出した口元だけでも気品のある美女だと分かる。

 

『国民たちよ! このエディンを支配するのは、このメガトロンである!!』

 

「いいえ、……いいえ。ここはリーンボックス。決してあなたの支配する国ではありませんわ」

 

 メガトロンの演説を流し続けるモニターを見上げ、フードの女は周りに聞こえないように呟く。

 フードの中から覗く青い垂れ目と金糸のような髪が決意に揺れる。

 

 女性は、フードを被り直すと建物と建物の間の狭い路地へ入っていく。

 曲がりくねった道を進み、野良猫とすれ違ったところで、古びたガレージの裏に出た。

 中に入るための薄汚れた扉には小さく、リーンボックスの国章が描かれていた。

 

「ここですわね……」

 

 女性は扉を行儀よくノックする。

 すると、中から声がした。

 

「…………合言葉は?」

「のばら」

「…………入ってください」

 

 短く答えると、扉が開く。

 女性が足を進めると、ガレージの中には何人もの男女が武器を手入れしたり、装甲車を弄ったりしていた。

 

「ベール!」

 

 フードの女性に気付き声を懸けたのは、ガレージの中央で男たちと話していた大きな影だった。

 銀色の体に目をバイザーで覆ったオートボット、ジャズである。

 

「君も無事に到着したみたいだな」

「ジャズ! あなたも問題はなかったようですわね」

 

 女性……ベールがフードを外すと、豊かな金髪があふれ出る。

 

「グリーンハート様……! グリーンハート様だ……!」

「おお、グリーンハート様……生きてまたお目にかかれるとは……」

「ありがたや……ありがたや……生きる気力が湧いてきた……!」

 

 武器や車の手入れをしていた人々は、手を止め感極まった様子でベールに祈りを捧げ、涙すら流している者もいる。

 ベールは彼らを元気づけるように、たおやかな笑みを浮かべた。

 

「皆さん。街の様子はわたくしも目にしました。この暴虐を許しては置けません。微力ながら、わたくしとそこのジャズも皆さんに協力させていただきますわ」

 

 自分たちが真に信じる女神の宣言に、その場にいた人々から歓声が上がった。

 この場所は、エディンの洗脳ペンキの効果を撃ち破る程に強い意思や信仰心を持った人間たちが祖国を取り戻さんと結成したレジスタンス、そのアジトなのだ。

 ベールとジャズは、都市奪還のために彼らと接触、それぞれ別ルートで都市に潜入し、ここで合流したのである。

 

 己の国を取り戻さんがために。

 

「おお、グリーンハート様。よく来てくださいました」

 

 と、ジャズの隣にいた男がベールに歩み寄ってくるが、ベールの表情が硬くなる。

 以前に比べて痩せ細り、顔には髭が伸ばし放題でみすぼらしい身なりになっているが、その男はリーンボックスに属しながらディセプティコンに組し、またハイドラに出資し、遂に追放されたモージャス・インダストリーの前社長、ゴルドノ・モージャスに他ならない。

 

 ……断っておくと、別に彼がレジスタンスのリーダーと言うワケではなく、資金や武器を提供しているパトロンと言うだけだ。

 

「ハハハ、私が信用出来ませんかな? それも仕方がない。しかし、こういう言葉があります。『敵の敵は味方』とね」

「ミスター・ゴルドノ……その言葉で信用するワケではありませんが、今はあなたの……モージャス一族の力が必要なのは確かですわ」

 

 正直、ベールとしては苦渋の決断だった。

 彼から話しを持ちかけられた時、チカなどは「どの面上げて!」と怒り狂っていたが、会社を乗っ取られたとはいえ、モージャス一族は資産を持ちあちこちに顔が利く。

 レジスタンスが厳しい監視社会の中で今まで活動出来たのも、ゴルドノの支援があればこそだ。

 

「今回の働き如何では、リーンボックスに対する裏切りは、無かったことにしてやる。そう言う約束だからな。……が、万が一にも怪しい動きをして見ろ? さすがの俺もアイアンハイドに倣わざるを得ん」

 

 ジャズも渋面を作って、警告する。

 結局、エディン建国と侵攻のドサクサでゴルドノを逮捕出来なかったことは、彼の中でもシコリになっている。

 

 ゴルドノは、それだけは以前と変わらない好々爺然とした……感情の全く読めない笑みを浮かべるのみだった。

 

  *  *  *

 

 雨は平等に降り続ける。

 

 この都市への入る手段は多くはない。

 都市外縁は電流の流れる高いフェンスに囲まれ、主要な道路には検問が置かれ主要でない道路は封鎖された。

 そんな中で、都市と都市を繋ぐ列車は数少ない交通手段だ。

 他の都市から大量に物資を運び込み、また完成した兵器を輸送する列車は重宝されていた。

 

 今宵も一台の輸送列車が駅に向かって走ってくる。

 プラットホームでは、エディンの兵士たちが、貨物の運びだしと検閲のために待ち構えていた。

 輸送列車がホームに入ろうとする直前、貨車の屋根から大小二つほどの影が飛び降りたことには、誰も気が付かなかった。

 

 昆虫の翅のようなパーツを背中に持った、黒く大きい人型は、素早く黒いスポーツカーに変形して着地する。

 もう一つの人間大の影は、綺麗に着地し素早くスポーツカーに乗り込む。

 スポーツカーは急発進して路地に入り込む。

 

 見る者が見れば、その動きが町中に配置された監視カメラの死角を縫うような物であることが分かるだろう。

 

 スポーツカーの運転席で、人間大の影……肩の辺りで切りそろえた金髪と青い瞳の垂れ目が特徴的な美しい少女は、ハンドルも握らずに街を見回す。

 その顔は複雑そうに歪んでいた。

 

「………………」

「なあ、おい。帰って来ちまってよかったのか?」

 

 ダッシュボードに置かれたノートパソコンから声がする。

 少女は答えず、車の窓から見える街頭モニターに目を止める。

 

『エディンの国民よ! 人は自由を持つに値しない! 支配による秩序、圧制による平和こそが必要不可欠なのだ!!』

 

 モニターでは、メガトロンの演説がエンドレスで流されている。

 その背後に、小さく情報参謀サウンドウェーブの姿が映っていた。

 

「……………はあ」

 

 小さく溜め息を吐く少女。

 

 リーンボックスが占領されたと聞き、居ても立ってもいられずエディンに潜り込んで、早一か月。

 しかしリーンボックスにもエディンにも敵対するのが躊躇われ、明確な行動指標も無く、結局は兵隊の眼を掻い潜って放浪する日々。

 幸い、と言うべきか、情報参謀とその分身たちに叩き込まれた隠密術と処世術で切り抜けているが、それもいつまで持つか。

 

「どうすればいいのか分からない。……それでも」

 

 サウンドウェーブは野垂れ死ぬはずの自分を拾ってくれた恩人で、ベールはこんな自分を妹と呼んでくれた人だ。

 

 この二人が戦うことになって、他の国になんかいられない。

 

「何が出来るか何て分からない。……でも、ジッと何かしていられない」

 

 少女……かつてはディセプティコンの特殊潜入兵、あるいはリーンボックスの教祖補佐……もしくは女神候補生の候補、今はハグレ者のプリテンダーのアリスは懊悩を込めて深く深く息を吐くのだった。

 

 雨はまだ、当分は止みそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、役者は集まった。

 役者同士の打ち合わせは無く、開演前のリハーサルも無く、脚本すらも無い。

 

 それでも、等しく幕は開く。

 




そんなワケでリーンボックス編、開幕。

他と空気が違う?
やって、サウンドウェーブが担当してる場所ですし。
……そしてラステイションとルウィーはこの話書くための前振りみたいなもんですし。

今回の解説

PRAISE BE TO DECEPTICON
アニメイテッドの主題歌、トランスフォーマーEVOのカップリング曲。
訳すならディセプティコンを称えよ、みたいな感じです。
つまり、現代版(って言うにもちと古いけど)デストロン讃歌。

のばら
FF2の反乱軍の合言葉。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話 リーンボックス 雨は止まず

前後編じゃ終わりませんでした。


 雨の降り続けるエディン占領下の都市。

 その一角にある、古びたガレージ。

 

 今ここに、自由を取り戻さんとする市民が集まりレジスタンスを結成していた。

 レジスタンスの構成メンバーは老若男女様々だが、エディンの洗脳に屈しない強い意思を持つことは共通していた。

 

 レジスタンスと合流したベールとジャズは、彼らに協力して都市を奪還しようとしていた。

 

「まずは、これをご覧ください」

 

 ガレージの中に作られた仮の作戦室で、ベールはこのレジスタンスのリーダーから説明を受けていた。

 彼はリーンボックス軍の少佐であり、実戦経験もある男だ。

 リーダーは作戦室に置かれた機械を操作し、壁にかかったモニターに建物の映像を映す。

 

「これはこの街を支配しているサウンドウェーブのいる基地の見取り図です。……これを得るために、何人もの仲間が奴らに捕まりました」

 

 遠い目をするリーダーだが、すぐに表情を引き締める。

 

「明日には、あちこちに潜んでいるレジスタンスが一斉決起し、エディン軍をこの街から追い払います! この都市に自由を取り戻すのです!!」

 

 リーダーの言葉に、周囲のレジスタンスが歓声を上げる。

 僅かに一か月の圧制、しかしそれも彼らには長すぎた。

 

 だがベールは顎に手を当て難しい顔をする。

 

「お待ちになって! ……失礼ですが、潜んでいるレジスタンスの数は?」

「全部で130人ほどです」

 

 ベールの顔がさらに険しくなる。

 

 人造トランスフォーマーを含め無数にいるエディン軍に対し、こちらはたった130人。

 

 とても、エディンの大軍団に立ち向かえる頭数ではない。

 

「それも、ほとんどが素人ばかりか。難しい戦いになりそうだな」

 

 屈んで話しを聞いていたジャズも厳しい顔だ。

 軍人や警備兵、冒険者などの戦いのプロは数えるばかりで、他は一般市民なのだからそれも仕方がない。

 

「大丈夫です! 俺たち、命懸けで戦います!」

「そうですとも! 死ぬのなんか怖くありません!」

「どうせ死ぬなら、侵略者を道連れにしてやりますよ!」

 

 精一杯力強いことを言うレジスタンスのメンバーだが、ベールの顔はさらに険しくなる。

 

「いえ、皆さん……わたくしたちの目的には、生き延びることも含まれます。どうか命を無駄にしないように」

「しかし……」

「必要ならば、女神として命じさせていただきますわ。……わたくしは皆さんを助けに来たのです。断じて、死なせるためではありませんわ」

 

 緑の女神は決然として民の自己犠牲を認めなかった。

 その姿に、ジャズは我知らず柔らかく笑む。

 全く、自分はお人よしに弱いらしい。

 

 そこで、作戦室の中にいたゴルドノ・モージャスが声を出した。

 

「……しかし、女神様。実際問題として、この戦力差です。彼らの覚悟と愛国心を無駄することはないのでは」

「ならば、あなたが先頭に立って命を捨てる覚悟を示しなさいな」

 

 ピシャリと言い放つベールに、ゴルドノは感情の読めない笑みを浮かべるが、その額に一筋の汗が流れていた。

 

「私は、あくまでパトロンで……戦いは、私の仕事では……」

「ならば、無責任なことを言うのはお止めなさい! ことはあなたのソロバンが通用する領分をとうに超えていると理解しなさいな!」

 

 それきり、ゴルドノは黙り込んだ。

 ベールはフウと息を吐き、髪をかきあげる。

 

「……さて、リーンボックス軍がこちらの決起に合わせて攻撃する手筈ですけれど……それだけでは、心もとありませんわね。もう少し、戦力が欲しいですわ」

 

 思い悩むベールの姿を見て、リーダーが意見を言う。

 

「それならばこの街のはずれにエディン軍の収容所があります。……それもDクラスの」

「確か、軍や教会の関係者、それにイエローハートを信仰しなかった者が収容されているのでしたわね」

「はい。本来なら武装親衛隊の管轄らしいですが、どうもここを支配しているサウンドウェーブと、武装親衛隊を指揮しているメガトロンの情婦とは確執があるらしく、この街の反逆者はサウンドウェーブがまとめてそこに捕らえているんです」

 

 リーダーの言葉にジャズがなるほどと頷く。

 

「つまり、そこには本来の女神を信仰してる人々が、わんさか捕まってるワケだ。……それを解放しようって腹だな」

「ええ。そうすれば、この状況をひっくり返せます!」

「さしあたっての指標は出来ましたわね。サウンドウェーブのいる司令部には、わたくしとジャズで突入しますわ。皆さんは援護をお願いします」

『はい!!』

 

 最強戦力である女神とオートボットが本丸を押さえるのは、当然の作戦だ。

 こちらが切れる手札(カード)は少ないのだから、慎重に、かつ大胆に動かねばならない。

 

「それでは、決行は明日! 皆、今日はゆっくり体を休めてくれ! ベール様にも寝室をご用意してあります」

 

  *  *  *

 

 そうは言われたものの、ベールとてすぐに眠る気にはならず、レジスタンスのアジトの中を見て回る。

 

 古びてはいるがそれなりにガレージだ。色々な人が色々な事をしている。

 

 黙々と武器の手入れをする者。

 何人かで集まって酒を飲む者。

 恋人同士らしく、愛を語り合っている者たち。

 

 ……ジャズは鍋を抱えている若い女性の傍にいた。彼も両手に一つずつ寸胴鍋を持っている。

 なので、極上の笑みを浮かべて彼に近づく。

 

「ジャ~ズ? 何をしているんですの?」

「ビ、ビル!? ベール様!!」

「…………ビル?」

 

 ごく自然に放たれた(つもりの)ベールの声にジャズより先に反応したのは、足元にいた女性の方だった。

 四角い眼鏡と四色に塗られた菱形の髪飾りが目を引く。

 その特徴的な口癖に、ベールは小首を傾げる。

 

「ツイーゲちゃん! あなたはリーンボックスの誇る天才プログラマーのツイーゲちゃんじゃありませんの!」

「は、はい……使い捨てかと思いきや、何故か出番があったツィーゲですビル」

 

 やたら説明的なベールに向かって、ツイーゲはペコリと頭を下げるのだった。

 

  *  *  *

 

「はいみんな~! 手を合わせて、いただきます! ビル」

『いただきます! ビル』

「……ビルは真似しなくていいビル」

 

 ガレージと繋がった廃工場にある、簡素な食堂では数人の子供たちがシチューを前に手を合わせる。

 ツイーゲとベール、ジャズは、並んでそれを満足げに眺めていた。

 

 エディン建国の折、ツイーゲは仕事でこの都市を訪れていたのだが、運悪く占領に巻き込まれここの人たちに助けられた。

 以来、専門のコンピューター関連はもちろん人手不足のため、家事などもしているとのことだ。

 

「ありがとうございますビル、グリーンハート様にジャズさんに手伝ってもらって助かったビル!」

「いえいえ。……それで、この子たちは?」

「……みんな、親が捕まった子たちビル。ここで面倒を見ているんだビル」

 

 ツイーゲの答えに、ベールは顔を悲しそうに歪める。

 その上で、無理やり力強い表情を作る。

 子供には大人の不安が伝播する。涙は国を奪還した時のために取っておけばいい。

 

「……あの、グリーンハート様」

 

 やがて食事が終わった頃、子供たちの中から一人の少女が進み出た。

 ベールは屈んで、目線を合わせる。

 

「あら、何かしら? 可愛いお嬢さん」

「あの、本当に、お父さんやお母さんは帰ってくるんですよね? 大人の人たちが、言ってたんです。グリーンハート様が来てくれたら、お母さんたちを助けてくれるって!」

 

 その言葉に、ベールは自身あり気な笑みを浮かべる。……本当に自信が有るかは関係ない。

 子供たちを不安にさせたくなかった。

 

「もちろん、ですわ! みなさんの家族は、わたくしがきっと助け出しますわ!」

「ああそうさ! 何たって、グリーンハート様とオートボットの副官の俺がいるんだ! ドーンと大船に乗った気でいてくれ!」

 

 言葉を交わさずとも、ベールの意思を理解したジャズも快活に笑む。

 女の子の表情が、パアッと明るくなった。

 

「はい!」

 

 子供の笑顔に、ベールとジャズは改めてこの都市の解放を誓うのだった。

 

  *  *  *

 

 雨の降り続ける街。

 建物の屋上から、別の屋上へと一つの影が飛び移る。

 影はやがてレジスタンスがアジトにしているガレージの屋根の上に飛び乗ると、傾斜した屋根の天窓へと近づく。

 

 真っ赤な単眼を持った猫科の猛獣のようなその影は、まさしく猫のように軽やか、かつしなやかに天窓の中に身を捻じ込ませた。

 

  *  *  *

 

 ベールたちが子供たちの食事を見ていた頃、レジスタンスのリーダーは明日の作戦のための戦闘用車両をチェックしていた。

 戦闘用と言っても、型落ちの軍用車で、お世辞にも立派とは言い難いが、これでも何とか手に入れた貴重な戦力だ。

 

「明日だ。明日こそ……この街を取り戻す!」

 

 不退転の決意を込めて呟くリーダーだが、そこでふと見当たらない影があることに気が付いた。

 

 ゴルドノ・モージャスがいない。

 

「おい、モージャスはどうした?」

「え? ……そう言えば、姿が見えませんね」

「食事を終えたあたりから見てないッス!」

 

 車を整備していた部下に問えば、彼らも知らないようだ。

 

 嫌な予感がする。

 

すぐに探させようとしたその時。

 

 突然、戦闘用車両の一台が爆発した。

 

「何だ!?」

 

 状況を確認する間もなく次々と車両が炎に包まれる。

 その炎の中に、四つ足の獣のような影が見えた。まるでジャガーだ。

 だとしても、金属で出来たジャガーだ。

 

「敵襲! 敵襲だ!!」

 

 すぐさま状況判断し、リーダーは周りに指示を飛ばす。

 幸いにして死傷者はでていないようで、部下たちは銃を手に立ち上がる。

 

 だが、ガレージの扉が外側から吹き飛び、同時に閃光と爆音がガレージ内を満たした。

 次いで、人造トランスフォーマーのアビスハンマーやエディン兵が雪崩れ込んでくる。

 

 リーダーは何とか反撃しようとするが、四方からエディン兵に組み伏せられる。

 エディン兵やアビスハンマーの後ろに悠々と歩いて来たのは目を覆うバイザーが特徴的な銀色のディセプティコン。

 

「サウンドウェーブ……!」

 

 現れた怨敵に、リーダーは茫然とその名も呟く。

 サウンドウェーブはリーダーの様子を全く気に留めずに部下の一人に声を懸けた。

 

「報告セヨ」

「ハッ! このアジトは問題なく制圧しました! しかしすでに、女神とオートボットは逃走したようです!」

 

 その言葉に、リーダーはホッとする。

 だが、サウンドウェーブは動じない。

 

「問題ナイ。想定通リダ」

 

  *  *  *

 

 異変にいち早く気が付いたのはジャズだった。

 爆音が聞こえた時点で聴覚センサーを最大感度まで上げつつ集音。

 事態を把握したジャズはレジスタンスが有事に備えて確保していた脱出路……廃線になった地下鉄を使ってツイーゲと子供たちを外に逃がすことにした。

 

「ベール様! みんな! こちらですビル!」

 

 ツイーゲの先導の下、線路の上を歩く一同。

 

「すいませんビル、ベール様にこんな所を……」

「今はそんなことを言っている場合ではありませんわ。早く子供たちを安全な場所へ!」

 

 女神化したベールは気丈に言うが、その間にも槍を降ろさない。

 しかし、何故アジトがばれたのか?

 

「まさか、内通者が? 一番怪しいのはやはりモージャスの奴だが……」

 

 ジャズも周囲を警戒しつつ首を捻っている。

 もしそうなら、奴には今度こそ思い知らさねば。

 

 やがて、線路は地下を抜けて地上に出る。川の上を通る鉄橋のたもとだ。

 下の川はいまだ降り続ける雨のせいで、増水して流れも速くなっている。

 ここを通れば、人のいない場所に出られる。

 

 しかし。

 

「ッ! 先回りされていたか……!!」

 

 ジャズが呻いた通り、鉄橋の上にエディン軍が展開していた。

 アビスハンマーや装甲兵が銃をこちらに向けている。

 

「皆、トンネルの中に戻るんだ!」

「駄目ですわ! 後ろからも敵が……!」

「クソッ! 前門のタイガトロン、後門のスチールジョーとはこのことか!」

 

 敵に挟まれる形になりつつも、ジャズはクレッセントキャノンを構える。

 いざと言う時は、空を飛べるベールだけでも逃がすつもりだ。

 

「抵抗ハ無駄。大人シク投降シロ」

 

 橋の上に陣取る敵の中から、サウンドウェーブが姿を現した。

 その両脇にレーザービークとラヴィッジが控え、後ろにはレジスタンスの面々がエディン兵に拘束された状態で引っ立てられている。

 エディン兵たちが、その後頭部に銃を突きつけた。

 

「くッ……グリーンハート様! 我々のことは構わずに逃げてください!!」

「グリーンハート様に何かあったら、リーンボックスはお終いです!」

「黙レ。……五ツ数エル。ソノ間ニ投降シロ」

 

 しなければレジスタンスを殺すと言外に滲ませ、サウンドウェーブは数を数えだす。

 

「5……」

「行くなよ、ベール。……君が捕まったら、全部終わりだ」

 

 エディン兵たちは、銃口をレジスタンスの後頭部に押し当てた。

 

「4……」

「でもジャズ! 彼らを見捨てることは出来ません!」

 

 レジスタンスは、毅然とした表情を浮かべようと努力していた。

 

「3……」

「冷静になれ、ベール! 時には冷酷な決断も必要なんだ!!」

 

 引き金にかけたエディン兵たちの指に力が入る。

 

「2……」

「わたくしは…………」

 

 レジスタンスたちの顔に、それでも恐怖が浮かんでいた。

 

「1……」

 

 子供たちが恐怖に震える。

 

 

 

 

「ゼ……」

 

「待ってください!! 投降します!!」

 

 カウントがゼロになる瞬間、弾かれたようにベールが叫んだ。

 

「ベール!」

「ごめんなさい、ジャズ。……わたくしに、冷酷になることは出来ません」

 

 小さく頭を振って、ベールは女神化を解いて前に進み出る。

 

「投降しますわ。……その代わり、みなさんの安全を保障してくださいな」

「イイダロウ。コッチヘ来イ」

 

 ゆっくりと、ベールはサウンドウェーブに向かって歩いてゆく。

 ジャズはたまらず飛び出そうとする自分を必死に抑えていた。

 この状況ではどう転んでも死者が出る。

 

「一つ分からないことがあります。何故、レジスタンスの隠れ家が分かったんですの? それに、脱出路の先も。……やはり、ゴルドノが?」

「イイヤ、違ウ。……オ前モ、コチラヘ来イ。秘密警察109号」

 

 ベールの問いに答えると、サウンドウェーブは誰かを呼んだ。

 すると、さっきまでベールたちが守っていた、子供たちの中から一人の少女が進み出た。

 

 父母が帰ってくるかとベールにたずねてきた、あの少女だ。

 

 その姿を見て、ベールは目を見開く。

 

「まさか……!」

「そうさ! こいつは秘密警察の一員なんだよ! 親が捕まって独りぼっちの可哀そうな女の子、なんていかにもお前らみたいな奴等の庇護欲をそそるだろ?」

 

 主人の肩を離れ、少女の両肩を掴むようにして止まったレーザービークが嗤いながら説明する。

 

「他のレジスタンスのアジトも、同じような手で把握、制圧させてもらった。ディセプ……じゃなかったエディンに逆らう連中は、これで一掃出来たワケさ!」

「どうして、エディンに味方するようなことを……あなたの両親は、彼らに捕まったのでは……」

 

 思わぬ内通者の存在に愕然としているベールが聞くと、少女は目を伏せた。

 その小さな姿に、レジスタンスのリーダーが怒声を上げた。

 

「裏切り者! お前はリーンボックスの希望を踏みにじったんだぞ!! 分かってるのか!!」

「ッ! だって! だって協力すれば、お母さんとお父さんを返してくれるって約束したんだもん!! ……協力しないと、お母さんとお父さんに酷いことするって言うんだもん!!」

 

 たまらず叫び返した少女は、堪えきれずに泣きじゃくる。

 レーザービークはそんな少女を爪でしっかり掴んでサウンドウェーブの傍まで引っ張っていった。

 その残酷な真実にベールは怒りに肩を震わせる。

 

「あなたは……あなた方は! 何て言うことを!! あなた方に、心はないのですわね!」

 

 しかし、女神の怒りにもサウンドウェーブとその配下は動じない。

 

「間諜ニ、心ハ不要ダ」

「……そうですわね。だから、アリスちゃんにあんな酷いことをさせられるんですわね」

「………………」

 

 かつてディセプティコンの間諜としてベールの傍にあり、また死したアリスの名が出たとき、サウンドウェーブのオプティックが鋭くなったが、バイザーに隠されて周りに気取られることはなかった。

 

「あんな優しくて真面目な娘に……」

「黙りやがれ!! テメエのせいでアリスはあんな目にあったんだ!!」

 

 主人の代弁をするが如くレーザービークが鳴くが、ベールはそれを睨み付ける。

 

「なんだ、その目は! アリスを惑わしやがって! アリスなら、いずれはメガトロン様のお傍にだって並ぶことが出来たはずなのに!!」

「……ソコマデニ、シテオケ」

 

 なおも怒る分身を諌め、情報参謀は冷徹に次の仕事にかかる。

 

「全員拘束セヨ」

「くそう……! 俺の流儀ではないが、本気でお前らに憎しみを感じる……!!」

 

 ジャズは普段の飄々とした雰囲気を捨ててサウンドウェーブをねめつける。

 

 その瞬間だ。

 

 何処からか一本の矢が飛んで来た。

 

 矢はベールとサウンドウェーブの間に割り込むようにして刺さると、炸裂して閃光と煙をまき散らす。

 

「何!?」

「なんだ! 何が起こった!」

「今の矢は、まさか……!?」

 

 突然の閃光と煙に混乱する場。

 その時、一番早く動いたのは、ジャズとサウンドウェーブだった。

 

 ベールを救うべく走るジャズ。

 ベールを捕らえようと手を伸ばすサウンドウェーブ。

 

 次いで、辺りを見回そうとしていたベールが正気に戻り、瞬間的に女神化しようとする。

 だが、刹那の差でサウンドウェーブの方が早かった。

 片手でベールの体を握り、飛び込んでくるジャズに向けて振動ブラスターを撃つ。

 

「ぐ、おおおお!!」

 

 ジャズは体を捻って弾をかわそうとするが、横腹に弾が命中。

 そのまま足を踏み外して、鉄橋から下の流れの速い川に落ちていった。

 

「ジャズ!! ジャァアアアアズ!!」

 

 叫ぶベールだが、その叫びは届くことなく雨音に掻き消された。

 

「……報告セヨ」

「ああ、こっちへの被害は無し。レジスタンスの連中がドサクサに紛れて何人か逃げた。……で、今のはいったい?」

「…………」

 

 サウンドウェーブは、レーザービークの問いに答えず沈黙する。

 分身たるレーザービークには彼がらしくなく、本気で戸惑っていることが分かった。

 次に情報参謀が出したのは、質問への答えではなく命令だった。

 

「……計算ニヨルト、矢ノ発射地点ハ東ノ ビル ノ屋上。確保セヨ。ソレト、ジャズ ヲ捜索セヨ。生キテイルニセヨ、死ンデイルニセヨ見ツケ出セ」

 

  *  *  *

 

 鉄橋から離れたビルの上。

 雨に打たれながら、一人の少女が弓を構えていた。

 雨避けのコートを着てフードを深く被っているが、僅かに除く口元からでも美しい少女であることが分かる。

 

「ああもう! ジャズの奴! せっかくチャンスを作ってやったのに!」

 

 フードの奥で青い瞳と金糸のような髪が揺れる。

 

「でもサウンドウェーブ相手じゃ、仕方ないか!」

『おい! エディン軍がこっちに向かってくるぞ!』

「慌てないで! 手筈通り、すぐに移動するわよ!!」

『了解!!』

 

 どこかに通信してから、少女は弓を粒子に分解して走りだし、ビルの階段など使わず屋上から飛び降りる。

 地上10階建の高さだが、少女は軽やかに地面に着地した。

 その傍に、一台の黒いスポーツカーが停車する。

 少女が迷いなく乗り込むとスポーツカーは急発進し、闇へと消えていった。

 

 そのすぐ後にエディン軍がやってきたが、何の手がかりも得ることは出来なかった。

 

 

 

 雨は、まだ止まない。

 




たまには悪役らしいことをするサウンドウェーブ。

次回、ベールたちの運命は?
ジャズの反撃なるか?
アリスはどう動くのか?

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113話 リーンボックス 誰がために

ネプテューヌ新作の情報によると、ベールさんに妹(仮)が出来る(っていうかベールさんが新キャラを妹にしようとする)そうで……。

まさか公式でやるとは。


 5pb.はホテルの一室で目を覚ました。

 彼女の鋭敏な聴覚は、街のあちこちから爆発音や銃声がするのを捉えていた。

 寝間着姿のまま廊下に出て、掃除をしていたホテルマンを捕まえる。

 

「あのすいません! 変な音が聞こえるんですけど、何が起こっているんですか!」

「ああ、お客様。エディン軍が反逆者を摘発しているんですよ。これでこの街も平和になります」

 

 ホテルマンはニッコリと笑う。

 

「何でも、敵国の女神のグリーンハートも捕らえたとか。エディンの勝利です」

 

 当然とばかりのホテルマンに5pb.はゾッとする。

 洗脳下にある彼らに取って、エディンがレジスタンスと戦闘をすることも、女神ベールを捕まえることも『良いこと』なのだ。

 明らかに異常だ。

 一応、ホテルマンに礼を言ってから部屋に戻り、着替えてから手荷物を持つ。

 

 サウンドウェーブに会うために。

 

 ホテルを飛び出した5pb.は、雨が降る夜の街をディセプティコンの基地に向かって走った。

 

『エディン ノ、民ヨ』

 

 だがその途中、電子音声のようなサウンドウェーブの声が頭上から降ってきた。

 見上げれば、この街のランドマークでもある巨大モニターに、サウンドウェーブの姿が映っていた。

 

『リーンボックス ノ、女神グリーンハート ヲ捕縛シタ。エディン ノ完全勝利ハ目前デアル』

 

 映像が移り変わり何処か暗い場所に、コードのような物で手足を縛りつけられているベールの姿が映る。

 気を失っているのか、グッタリとしていた。

 

「ベール様!? そんな……!」

 

 思わず目を見開き口元を押さえる5pb.だが、周囲の人々の反応は違った。

 

「やった! 悪い女神を倒したぞ!」

「これで平和になるな!」

「エディン万歳!」

 

 立ち止まってモニターを見上げ歓声を上げる人々。

 だが、鋭敏な聴覚を持つ5pb.は気付いていた。

 

 彼らの声には『熱』が無い。

 

 まるで他人事……とさえ言えないような、無味乾燥な声。

 

『ゲイムギョウ界ニ、黄金楽土ガ築カレル日ハ近イ。圧制ヲ通ジテノ平和ヲ(ピース・スルー・ティラニー)! オールハイル・メガトロン!!』

 

圧制ヲ通ジテノ平和ヲ(ピース・スルー・ティラニー)! オールハイル・メガトロン!!』

 

 サウンドウェーブの声に、男が、女が、老人が、子供が、声を合わせる。

 映像が消えると、人々は何事もなかったかのように動き出した。

 

 だが5pb.は雨の中、独り立ち尽くしていた。

 

「……こんなの、こんなの間違ってる」

 

 サウンドウェーブがこんなことをするなんて信じられなかった。

 いや心の何処かで、自分を助けてくれた、自分の歌を好きだと言ってくれた彼が、悪事を働いていることから目を逸らしていたのかもしれない。

 あるいは、歌い手に過ぎない自分がそういた事に触れるのを忌避していたのか。

 

「だからこそ言わなくちゃ。こんなの間違ってるって……!」

 

 

 ベールを捕まえたことも、この国の有様も。

 サウンドウェーブのことを大切に思っているからこそ。

 

 5pb.は、曇天を見上げるのだった。

 

  *  *  *

 

 ジャズは、強制スリープモードの中にいた。

 サウンドウェーブの振動ブラスターに撃たれて川に落ち、ダメージで朦朧としつつも、必死に岸に辿りつき、そこで意識が途絶えた。

 

 ブレインサーキットの中で電気信号が無茶苦茶に入り乱れ、意味の無い映像を夢として再生する。

 

 それは、いつか星空の海岸で見たベールの笑顔だった。

 

 ――ああ、ベール、ベール。君を護ると誓ったのに……。

 

 アンチクリスタルの結界に囚われ、闇に沈んでいくベール。

 濁流の横で、涙を流すベール。

 

 ――俺は、君にまだ何もしてあげられていない!

 

 無力さに、惨めさに、絶望するしかない。

 

 薄らとオプティックを開けると、視界に金糸のような髪と青玉の瞳があった。

 

「ベール、済まない……。俺は情けない男だ……」

「本当ね。あなたなら、姉さんを守れると思ってたのに」

 

 朦朧としつつ呟けば、辛辣な言葉が返ってきた。

 視覚機能が回復してくると、目の前にいるのがベールではなく彼女によく似た少女であると分かった。

 

「…………アリス?」

「ええ。お久し振り」

 

 アリスはジャズの体の上からヒョイと降りる。

 その手には工具が握られていた。

 ここで初めて、ジャズは自分が仰向けに横たわっていることに気が付いた。

 

「とりあえず出来る限りの修理はしといたけど、ありあわせのパーツだから、どこか不具合が出てるかも」

「修理してくれたのか……」

 

 後頭部をさすりながら自己スキャンすれば、確かに修理の跡がある。

 しかし、何故?

 

「……とりあえず君は味方、と考えても?」

「味方とは言い難いわね。敵ではないだけ」

 

 その答えで、ジャズはとりあえずよしとしておく。

 正直、アリスを完全に信用する気にはならないが……。

 

「それで、ここは何処だ? あれから何が……そうだ! ベールはどうなったんだ!?」

「落ち着いてちょうだい。ここは使われていない地下鉄の駅。ベール姉さんは……サウンドウェーブに捕まったわ」

「くそう! こうしちゃいられない!!」

 

 ベールを救い出すべく立ち上がろうとするジャズだが、足に力が入らず倒れてしまう。

 

「ぐッ!」

「だから言ったでしょう? 不具合が出てるかもって」

 

 腰に手を当て呆れたような調子のアリス。

 ジャズが辺りを見回すと、確かに地下鉄の駅のホームだ。

 薄暗がりの中に見知った顔がいくつか蹲っている。

 レジスタンスの面々だ。その中にはツイーゲもいる。

 あの騒ぎに乗じて逃れたのだろう。

 

 ちなみに、アリスがスパイであったことは一般には伏せられている。

 

「…………敵ではないと言ったな?」

「ええ。ベール姉さんを助けるまでは協力する。……そこから先は知らない」

「どっちつかずだな。まるで蝙蝠だ」

「………………」

 

 何時になく辛辣なジャズに、アリスは表情を少しだけ険しくする。

 どうにも自分らしくなかったとジャズは手を挙げて詫びる。

 

「いやすまん。言い過ぎた」

「……いいわよ別に。それでこれからどうするかだけど」

「無論、ベールを助けにいく。どこにいるか分かるか?」

 

 その問いに答えず、アリスは近くの柱の影に目をやる。

 

「ブレインズ、いい加減出てきなさい」

「へいへい、分かりやしたよ女王様」

 

 柱の影から、左右非対称の目とコードの髪を持った小型トランスフォーマーがヒョコヒョコと現れた。

 元はショックウェーブの配下だったディセプティコン、ブレインズだ。

 

「お前は……そうか、アリスといっしょにいたのか」

「まあね。金髪巨乳もいいけど金髪美乳もオツなもんで」

 

 そう言いつつジャズの近くのテーブルによじ登ったブレインズは、ギゴガゴと音を立ててノートパソコンに変形する。

 

 そのディスプレイに何処かに囚われているベールの姿が映った。

 

「さっきから、サウンドウェーブの奴がこの映像を流してんだ。多分、街のはずれにあるっつう収容所だろうな。とっ捕まったレジスタンスもここに放り込まれてるみたいだぜ」

「Dクラス収容所か……」

 

 人々を救いだすはずが、そこに収容されてしまうとは。

 

「で、収容所の詳しい情報はっと……おい! ツイーゲちゃん! アンタの方が詳しいだろう!」

 

 その声に、駅のホームに置かれたベンチに腰かけていたツイーゲがビクリと反応する。

 確かに、レジスタンスは収容所を解放しようとしていたのだから、その詳しい情報を持っているはずだ。

 しかし、ツイーゲは震えながら首を横に振る。

 

「ま、まだ戦うつもりビルか?」

「当たり前だろう。ベールを助け出なきゃな」

「……も、もういやビル!!」

 

 地下鉄の廃駅に、ツイーゲの絶叫が響いた。

 驚いて固まるジャズに構わず、ツイーゲは叫ぶ。

 

「ベール様も捕まったし、レジスタンスも残りはここにいるだけビル! もう勝ち目なんかないビル!!」

 

 涙を漏らしながらの言葉に、周囲のレジスタンスの生き残りもグッタリと頷く。

 

 完全に、戦意が折れていた。

 

 彼らは元々が戦ったことなどない一般人。

 この敗北に心が挫けてしまうのも無理はなかった。

 

 こういう時、オプティマスなら気の利いたことでも言って皆を励ますのだろうが……。

 

 何とか、自分なりにやってみようと口を開こうとしたジャズだが、その時誰かが駅の中に入ってきた。

 やはりレジスタンスの残党だが、小さな少女の手を引いている。

 

 だがそれは少女と手を繋いでいると言うよりは、無理やり引きずっているようだった。

 

「はなして! はなしてよ!!」

「黙れ、この裏切り者め!!」

 

 身をよじって逃れようとする少女を男は怒鳴りつける。

 

 その少女は、秘密警察109号……つまり、レジスタンスの情報をサウンドウェーブに流していた少女だった。

 

「あのガキ……!」

「裏切り者め、よくも……!」

「あいつのせいで!」

 

 少女の姿と声に、レジスタンスの残党が集まってくる。

 皆、殺気立ち目を憎しみでギラつかせている。

 戦いに敗れた悔しさと怒りを少女にぶつけようとしていた。

 タダならぬ空気に、少女が息を飲む。

 

 ツイーゲは戸惑ってはいるが、止めようとはしない。

 

 ジャズ自身は、理性では止めるべきだと理解しつつ、しかし当然の報いなのではという考えがどうしても拭うことが出来ず、それが行動を鈍らせていた。

 

「この……思い知れ!」

「やめなさい!!」

 

 大人の一人が手を挙げるが、その時誰かがそれを制止した。

 少女も、大人たちも、ツイーゲも、ジャズも声のした方を向く。

 

 そこにはアリスが、険しい目つきをして立っていた。

 

「大の大人が揃いも揃って情けのない! 戦うのは嫌な癖に八つ当たりできる相手が現れたから、これ幸いとばかりに囲んで叩こうっての?」

「八つ当たりだと! こいつは……」

「確かにその子は、あんたたちを裏切ったんでしょうね。でも、それがアンタたちが今やるべきこと? 泣き言ばかり垂れて、それでも女神グリーンハートが守護するリーンボックスの男か!!」

 

 アリスの気迫と怒声に男たちがたじろぐ。

 たった一人の少女に、大人たちが圧倒されていた。

 

「いい? 今、グリーンハート様……ベール様は敵に捕まってる! なら、すべきことは彼女を救い出すことよ! それともあなたたちの信仰心……女神を愛する心は、この程度で折れる程度の物だったの! ……それとあなた!」

 

 急にアリスに睨まれ、唖然としていたスパイの少女が肩を震わす。

 アリスは少女に近づくと屈んで目線を合わせる。

 

「……どうだった? 女神を売った感想は? 楽しかった? それとも達成感でも感じたかしら?」

「な、何を……」

「いいから答えなさい。どう、思ったの」

 

 真っ直ぐ見つめられて、少女の表情が歪んでゆく。

 やがて、その目から大粒の涙があふれ出す。

 

「た……楽しかった……わけないじゃない……め、女神さまを裏切るなんて……」

 

 堪え切れず、泣きだす少女。

 当たり前だ。

 幼いとはいえ、両親を人質に取られているとはいえ、信じる自国の女神を敵に売って、平気でいられるはずがない。

 

「わ、わたし……女神様に酷いことしちゃったよう……」

 

 泣き崩れる少女の肩を、アリスはしっかりと掴む。

 

「あなたの罪を裁けるのは、ここにいる誰でもない、ベール様だけよ。……まあ笑って許しちゃいそうだけど。子供に甘いしね、あの人」

 

 フッと優しく笑んだアリスだが、次の瞬間には顔を引き締め立ち上がり、腰に手を当て挑発的に人々を見回す。

 

「あの人……ベール様は、いつだってこの国と、ここに住む人々を愛してくれていた。今こそその愛に応える時だと思わない? それとも、ここにいるのは、施しを待つだけの恩知らずなのかしら?」

「そ、そんなことはない!」

「そうだ! 俺たちだってグリーンハート様を助けたい!!」

「なら、やることは一つでしょう? ……戦うのよ! 戦って、取り戻すの! 全てを!!」

 

『おおぉぉおおお!!』

 

 アリス言葉に、人々は拳を突き上げる。

 いつの間にか、負け犬の様相を呈していたレジスンタスは戦意を取り戻し、戦士の顔つきになっていた。

 

「…………すごいな」

 

 その光景を見て、ジャズは素直に感心していた。

 カリスマとでも言うのだろうか、人を動かすのが上手い。

 さりげなく怒りの矛先をスパイ少女から反らしてもいる。

 

 自分では、ああはいかない。

 人を惹きつけ導く力とは、一朝一夕の努力で身に着く物ではなく、またどれほど徒労を重ねても得られない者もいる。

 だが稀に、先天的にせよ後天的にせよ規格外のそれを備える者がいるのだ。

 

 例えば、オプティマス・プライムのように。

 例えば、メガトロンのように。

 例えば、女神たちのように。

 

 ……自分(ジャズ)は持たざる側だ。

 

「やはり俺は、副官が性に合っているらしい」

 

 先頭に、頂点に立つ器ではなく、故に彼ら彼女らを支える位置。

 金属の体に活を入れ、快活な笑みを浮かべる。

 

「さてと、そうと決まれば何か策を考えないとな!」

「そうね。じゃあ……」

 

 ジャズの意見にアリスも考える。

 実際問題、サウンドウェーブが率いるエディン軍からベールを奪還するのは至難の業だ。

 

「おーい、ただいまー! ……ってアレ? 何か変な空気だな」

 

 そこで呑気な声を上げて入ってきたのは、背中の昆虫の翅のようなパーツを持った黒いトランスフォーマー、サイドウェイズだった。

 元ディセプティコンの斥候は、ジャズの姿を見とめて気安く手を振る。

 

「お、ジャズ、目が覚めたんだな!」

「お前はサイドウェイズ? お前もアリスといっしょにいたのか」

 

 サイドウェイズとブレインズ、そしてアリス。ディセプティコンを脱走して行方を眩ませた連中が何の因果か集合していたワケだ。

 さらにジャズは、サイドウェイズの足元にいる人影に気が付いた。

 

「5pb.?」

 

 見知った顔が思わぬ場所にあることにジャズは訝しげな顔になり、アリスも眉をひそめる。

 

「おかえり。どうしたの、その子?」

「ああ、何でもサウンドウェーブに呼ばれて、この街に来たらしい。いやビークルモードなのに見つかっちゃってさ! ホントに耳がいいんだな!」

「…………」

 

 あっけらかんとしたサイドウェイズの横で、5pb.はジャズやアリスが見たこともない、決意に満ちた顔をしていた。

 

  *  *  *

 

 自分がこの街にいる経緯を話した5pb.は、アリスに向き合う。

 

「ベール様を助けるんだよね? だったらボクも協力させてほしいんだ」

「5pb.、気持ちは嬉しいけど……」

「お願い! ベール様を助けたいんだ! それに……あの人を止めたい。恩のある人だからこそ、これ以上罪を犯してほしくないんだ」

 

 5pb.の声は静かで、しかし決然としていた。

 アリスは、その恩人と言うのがサウンドウェーブであることを知っていたが、この場では言わぬが花だろう。

 

 しかし、恩が有るからこそ、彼の悪事を止めたいとは、アリスには無かった発想だった。

 自分はどうだろうかと自問し……その答えはすでに出ていることに気が付いた。

 

「……そうね。あの子を見たら、私も彼を止めたくなったわ」

 

 サウンドウェーブには感謝している。

 それでも、あの少女のような間諜を量産しているのはいただけない。

 

 だから、止めよう。

 

 大恩ある情報参謀が、新しい『アリス』を作り出すことを。

 アリスはサイドウェイズに向き合う。

 そもそも彼は偵察に出ていたのだ。

 

「それで、上はどうなっていたの?」

「どうもこうも、おかしなことになってる。クローン兵は何処かに消えちまって、見かけるのは人造トランスフォーマーばっかりだ」

 

 サイドウェイズの報告を聞いたアリスは、腕を組んで考え込む。

 

「何が起こってるのかは分からないけど、頭数が減ってるならチャンスと見るべきね。後はどうやって収容所に忍び込むかだけど……」

「あ、あの……!」

 

 そこで、ツイーゲがオズオズと進み出て机の上にUSBメモリを置く。

 

「こ、これ! 収容所の情報ビル!」

「おお! ありがとうツイーゲ!」

「……アリスのおかげで少し勇気が湧いたビル」

 

 ジャズが感謝すれば照れくさげに笑うツイーゲにアリスも笑い返す。

 

「よし! じゃあ指揮権はアリス、君が持つべきだな!」

 

 しかし、ジャズが明るく放った言葉に、アリスが固まった。

 

「は、はあ!? 何言ってるの!」

「そうですね! よろしくお願いします!」

「アリス、頼むビル!」

「い、いやだから……」

「ま、ここまで焚き付けたんだから当然だわな」

「アリス頑張れよ! 俺も手伝うから!」

「えぇ……」

 

『アリス! アリス! アリス!』

 

「……あーもう! 分かった、分かりました! やったろうじゃないの!!」

 

 熱烈なコールに根負けしたアリスは、机の上に登り仁王立ちして一同を見回す。

 

「ベール様を取り返し、サウンドウェーブを止めるわよ! えいえいおー!」

『えいえいおー!!』

 

 アリスに合わせて鬨の声を上げるレジスタンス。

 

 ここに、『リーンボックス』の反撃が始まった。

 




反撃を始めるだけで一話使っちまったよ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114話 リーンボックス 忠節

サウンドウェーブファンに怒られそうな話。


 サウンドウェーブが支配する都市のエディン軍基地。

 雨の降り止まぬ中、そこから一隻の戦艦が飛び立った。

 

 かつて武装組織ハイドラが建造した空中戦艦。

 この都市で建造されていたその二番艦を、ディセプティコンが接収。

 持てる科学技術を惜しみなくつぎ込んでビルドアップしたこの戦艦は、プラネテューヌ攻撃のための要、その一つだ。

 この艦が飛び立ったと言うことはつまり、エディンによるプラネテューヌへの総攻撃が始まることを意味していた……。

 

 一方、基地の司令室にて。

 この場にはサウンドウェーブの他、航空、科学の両参謀とレイの立体映像が立っているが、彼らの主君たるメガトロンの姿はない。

 

『どういうことですか? 反逆者をこちらに引き渡さないとは? その街の犯罪者もそうですが、本来反逆者は武装親衛隊に渡してくださる約束のはず』

 

 立体映像のレイは、サウンドウェーブに不満げな声をぶつけた。

 しかし、サウンドウェーブはいつも通り表情を変えない。

 

『さらには、クローン兵を街から追い出すなんて……いったい、何を考えているんですか!?』

『まあ、こいつが何考えてんのか分からんのはいつものことだが……』

 

 さらにイライラとしているレイに、スタースクリームが呆れた声を出す。

 呆れているのはレイにではなく、サウンドウェーブにだが。

 

『まあ、そのことについて、今はいいだろう。それよりも影のオートボットのことだが』

 

 ショックウェーブはいつもと変わらぬ平坦な声で話題を変える。

 

『意外ではあったな。奴の正体が、…………ホィーリーであったとは』

 

 影のオートボット。

 エディンの情報を他国やオートボットに流していた内通者。

 その正体は、臆病でチッポケな小ディセプティコンだった。

 だが奴は、オートボットと長く近くにいたし、ピーシェことイエローハートとも近しい。

 

 裏切る可能性は十分にあったとサウンドウェーブは考える。

 

 いつの間にやら姿をくらましてしまったが、捕らえるのも時間の問題だ。

 

「シカシ、解セナイ事ガ、アル。ホィーリー ニハ、仕込ンデアッタ発信機ガ、機能シテイナイ。加エテ、ホィーリー ニ、アレホドノ情報ヲ得ラレルトハ、思エナイ」

『はーん、そいつは不思議だな』

 

 顎に手を当てて何気なく言うスタースクリームを、サウンドウェーブはジッと見つめる。

 

「発信機ノ、摘出ニハ、高度ナ科学的知識ガ、必要。加エテ、ホィーリー ガ、独力デ軍事情報ヲ、入手スル事ガ可能トハ思エナイ。オソラク、黒幕ガイル」

『……ああ、なるほど。なあ、はっきり言えよサウンドウェーブ。つまりこういうことだろ? ……この俺が裏切ったんじゃないかってよ』

 

 異様に落ち着き払った態度でスタースクリームが問えば、サウンドウェーブは首を横に振った。

 

「イヤ、裏切リ者ハ、オ前デハ、ナク……レイ、デアル可能性ガアル」

 

 その言葉にレイが目を見開きスタースクリームが眉を吊り上る。ショックウェーブは全く動じていなかった。

 

『その根拠は?』

 

 ショックウェーブの質問に、サウンドウェーブは答える代りに手の中の何かを執務机の上に放った。

 

 Rei is Rey(レイ様こそ光)

 

 そう書かれた布切れだ。

 

『これは?』

「武装親衛隊ノ、兵舎デ発見シタ。他ニモ、レイ ヲ女神トシテ崇メル簡易ナ礼拝堂モアッタ」

『なるほど。クローン兵たちは、ミス・レイを信仰対象としているワケか』

 

 冷静なショックウェーブの言葉に、サウンドウェーブは頷きレイは動揺していた。

 

『あの子たち……あれほどピーシェちゃんを信仰するようにと言ったのに! ……いや、でもこれだけで私が裏切ったことにはならないでしょう!』

『俺もそう思う。クローンどもは肉体はともかく精神はヨチヨチ歩きの赤ん坊みたいなもんだ。是非はともかくとして、因子の大本で救い主のレイに懐くのは当然だろう。……ましてイエローハートへの信仰なんざ、どうでもいいんだからな』

 

 以外にも助け船を出したのはスタースクリームだった。

 だが彼の言う通り、イエローハートを信仰せずレイを崇めているだけなら問題はない。

 

「ソレダケデハナイ。武装親衛隊ガ、監督スルDクラス収容所。……アレハ、モヌケノ殻ダ」

『ッ!』

『何だと?』

『サウンドウェーブ、それはどういうことだ?』

 

 驚愕する一同に見えるように、サウンドウェーブは幾つかの映像を呼び出す。

 

 誰もいない収容所とクローン兵たちが何組かの家族を船に乗せている映像。

 続いて、その家族の顔写真と、データ。

 

「武装親衛隊ハ、反逆者ヲ収容スルト、偽ッテ、他国ニ亡命サセテイル。レイ ノ指示ダ」

『……ッ! な、なぜそれを……!』

『ふむ。本当ならば、重大な命令違反だ。すぐにメガトロン様に報告すべきだろう』

 

 思わず口元を押さえるレイに、ショックウェーブは別段怒ったり嘆いたりする様子もなく言う。

 だが情報参謀は再度、首を横に振る。

 

「イヤ、今ハ決戦ガ近イ。……故ニ、メガトロン様ノオ心ヲ煩ワス間デモナク、コノ場デ問ウ。……理由ハ何カ?」

『……簡単です。メガトロン様のためですよ』

「何ダト?」

 

 参謀たちの視線が有機生命体の女性に集まる。

 大きく息を吐いたレイの目が、剃刀のように鋭くなった。

 

『このままの恐怖支配路線では、エディンの国……しいてはメガトロン様は皆から憎まれるばかり。その先に待つのは破滅。残念ながら、これは覆しがたい現実です。……メガトロン様はそんな最後を遂げていい方ではない。だから、誰かが、何処かで、止めなければならない』

『だから、テメエがそれをすると? こそこそ隠れて反逆者を逃がすのがか?』

『ええ。少しでもあの人への憎しみを減らすため。本来、意見を言うべき参謀さんたちが雁首揃えてメガトロン様におんぶに抱っこなもので』

 

 スタースクリームの言葉に女神化した時のような冷徹で怒りに満ちた瞳で参謀たちを眺め回すレイ。

 しかし、その目にあったのはあくまで怒りであって狂気ではない。

 

『ああもう、面倒くさい! この際だからぶちまけてやる! あなた方の誰か一人でも、あのヒトに逆らっていたら、今日この日はこなかったかもしれない。……そうは思わないワケ?』

『ふむ、その言は論理的ではないな。論理的に考えて、今論議すべきは君の背信行為の件であって……』

『あんたはちょっと黙ってな! この論理馬鹿!!』

『…………論理馬鹿?』

 

 止めようとしてピシャリとさえぎられ、ショックウェーブは元から丸い単眼をより丸くする。

 ビックリしている科学参謀を余所にレイは腰に手を当てて情報参謀を睨み付ける。

 

『特にサウンドウェーブ! あなたはメガトロン様とずっといっしょにいたんでしょう! だったら、一度でもあのヒトを止めようと思ったことはないの!』

「…………言イタイ事ハ、ソレダケカ。アノ方ノ、征ク道ヲ支エル事コソ、我ガ忠義」

 

 無感情の中にも不機嫌さが分かるほど冷厳と、サウンドウェーブは言い返した。

 

『その結果、滅ぶとしても?』

「…………ナラバ、共ニ、滅ブノミ」

『それはもう忠節じゃないわ。ただの妄信よ』

 

 悲しげな声のレイに、サウンドウェーブは怒りを覚えていた。

 

 ――誰よりも誰よりも、自分がメガトロンの傍にいたのに、この女は……。

 

『あなたなら、きっと止められたはずなのに。あなたの言葉なら、あのヒトに届いたはずなのに……』

『つーかさ。この際だからハッキリさせておきたいんだが』

 

 レイの独白を遮ったのはスタースクリームだった。

 呆れているとも探っているともつかぬ目で、全員を見回している。

 

『お前ら、この状況を正しいって思ってるワケ?』

『この状況、とは?』

 

 どこまでも調子を崩さないショックウェーブの問いに、航空参謀は両腕を大きく広げた。

 

『メガトロンがやってきたこと、最初から、これまでの全部ってことだ』

『何だ、そんなことか。正しいに決まっている。メガトロン様は絶対的に正しいのだから。ミス・レイの言うことにしても、メガトロン様の行く手に破滅など有り得ない』

『まあ、テメエはそう答えるだろうな。分かり切ってたことだ』

 

 即座に答えたショックウェーブに、スタースクリームはらしくもない苦み走った表情を向ける。

 その表情にあえて名前を付けるなら『憐み』だろうか。

 

『テメエにとって、メガトロンは世界の全部だ。ヒヨコの刷り込みみたいなもんさ。クローン兵を笑えねえな。どれだけ高度なブレインを持っていようが、ようは餓鬼なんだ、テメエは』

『……さすがに聞き捨てならないな』

『事実だろうがよ。……で、テメエはどうだ? サウンドウェーブ』

 

 矛先はサウンドウェーブにも向く。

 

「……話シヲ戻ソウ。レイ、戦イガ終ワッタ時ニ、メガトロン様カラ裁定ヲ受ケロ」

『もちろん。正し、裁かれるのは私だけではありません。あのヒトに責任を押し付けたあなた方全員とメガトロン様自身もまた。この一戦で恐らく何もかもが変わる』

 

 預言めいたことを言うと、レイの立体映像が消える。

 

『ま、俺も同感だ。戦いが終わった時、全てが一変するだろうさ』

『愚かな……。『呆れて物も言えない』という言葉に意味を、実感したよ』

 

 スタースクリームとショックウェーブの立体映像も消えた。

 残されたサウンドウェーブは少し思考を回した。

 

 スタースクリームのあの物言いは、少し意外だった。

 

 ショックウェーブがメガトロンに依存していると言うスタースクリームの弁は、まあ正しいと思う。

 だがそれ以上に、メガトロンの大義に物を言うとは思わなかった。

 

 以前、メガトロンに問うたことがある。

 何故、逆らってばかりのスタースクリームを重用するのかと。

 すると、破壊大帝はニヤリと笑って答えた。

 

「あれはな、俺に何かあった時のための予備であり、組織が硬直せぬための反対意見を言うための駒よ。俺以外で、自分で物を決めて行動できるディセプティコンと言うのは貴重だからな。お前やショックウェーブではああはいかん。……あれでもう少し、大きな視点を持ってくれれば、言うことはないのだが」

 

 その意味を、サウンドウェーブは未だ計りかねていた。

 

 ではレイはと言うと……サウンドウェーブにとって未知の部分が多すぎる。

 

 正直、サウンドウェーブはレイに期待していた。

 

 孤独な破壊大帝を慰める愛玩動物として。

 

 しかし、レイはサウンドウェーブの思惑を大きく超えて動き、メガトロンもまたレイに心を許し彼女の言葉に耳を傾けている。

 だからこそ、メガトロンに忠誠を尽くすからこそ逆らうという矛盾を、サウンドウェーブは理解出来なかった。

 いや、理解は出来るが、受け入れるワケにはいかないと言う方が正しいか。

 

『ああ、そうだ。言い忘れていたけれど』

 

 と、当のレイの立体映像が現れた。

 

『私は影のオートボットとやらとは、一切関係ありませんよ』

 

 謎めいた笑みを浮かべ、再びレイは消える。

 

 つまり、武装親衛隊を使って暗躍はしていたが、情報漏洩とは別口と言うことか。

 信用するかはともかくとして、その意味について考えていたら、分身であるレーザービークから通信が入った。

 

「私ダ」

『サウンドウェーブ、今ちょっといいか?』

「何ダ?」

『いや実は、5pb.が会いたいって外に来てんだけど……通すか? 今はほら、微妙な時期だし』

 

 少し考えたサウンドウェーブだったが、別に問題あるまいと考える。

 

「通セ」

 

  *  *  *

 

 サウンドウェーブに会いに来た5pb.が通されたのは、彼の執務室だった。

 お茶を出された5pb.は、ゆったりとそれを飲む。

 

「5pb.、ソレデ、何ノ用ダロウカ」

「ああはい。……実は、この国で歌おうかと思って……」

 

 その言葉に、サウンドウェーブは首を傾げる。

 

「シカシ、以前ハ……」

「気が変わったんです。……こんな時だからこそ、みんなを笑顔するために歌いたいって」

「……ナライイガ」

 

 どうにも、奇妙だ。詳しくスキャンすべきだろうか。

 サウンドウェーブの能力を持ってすれば、声紋や顔の動き、発汗などから嘘を吐いているかが分かる。

 だがそれは失礼に当たるだろうと思い直した。

 

「あとは、サウンドウェーブさん。あなたとお話ししたかったから、じゃ不満ですか?」

 

 はにかみながらそう言う5pb.に、サウンドウェーブも表情を緩める。

 

 ……しばらくは他愛もない話しをしていた二人だが、ふとサウンドウェーブのブレインに緊急連絡が飛んで来た。

 

「失礼、通信ガ入ッタ」

「ああ、お構いなく……」

 

 5pb.に断ってからサウンドウェーブは通信に出るべくバルコニーに出ていった。

 

 ……それを見送った5pb.は、いつも着けているヘッドフォンを外す。

 

 ヘッドフォンの耳当ての部分に少し力を入れて隠し蓋を開き、中から鍵のような器具を取り出す。

 サウンドウェーブがこちらに背を向けているのを確認してから、彼の執務机へとよじ登り、机と一体化したコンソールの横のプラグに鍵……ブレインズ特製コンピューターウイルスを仕込んだメモリを刺しこんだ……。

 

  *  *  *

 

 ほんの少し、時間を遡る。

 

 サウンドウェーブは通信回路を開いた。

 収容所を任せているラヴィッジからのものだ。

 

「ラヴィッジ、ドウシタ?」

「サウンドウェーブ! 大変、大変! 反逆者の残党が攻めてきたよ!」

「落チ着ケ。想定ノ範囲ナイダ。敵ハ何処カラ来タ」

「正面ゲート!」

「オソラク、ソレハ陽動ダ。裏カラ侵入シヨウト、イウノダロウガ、フォースバリア ト、タレットガン デ処理デキル」

 

 ラヴィッジを諌め、事務的に確認する。

 あの収容所は難攻不落。何せ、サウンドウェーブ自身がセキュリティシステムを組んだのだ。そう簡単には落とせない。

 

 そう、『サウンドウェーブの思考や癖を熟知している者』でも敵にいない限り。

 

 瞬間、サウンドウェーブのブレインの中を緊急警報(レッドアラート)が満たした。

 

「インフェルノォォ! 何処に行ったんだインフェルノォォ!!」

 

 お前じゃない、座ってろ。

 

 何だ今のは? いや混乱している場合ではない。

 すぐさま、状況を確認。

 コンピューターウイルスが都市のメインシステムを汚染している。

 すぐさま、ワクチンプログラムを起動。

 効果無し。

 

 ここまでで5秒。

 

 ウイルスのプログラムを大至急分析。

 ワクチンプログラムに更なる改良を加え起動。

 ……ウイルスを駆逐。

 システムの修復開始。

 

 ここまでに10秒。

 

 システムの修復完了。

 シャットダウン後、再起動。

 

 これで20秒。

 

 システム、完全復旧。

 システムチェック、オールグリーン。

 

 計、30秒。

 

 僅か30秒で、システムは完全に機能を取り戻した。

 しかし、それより重要なのはウイルスに感染していた30秒の間、収容所のセキュリティが停止し敵に侵入されたであろう点だ。

 コンピューターの制御を介さぬスタンドアローン型のトラップがまだいくつもあるとはいえ、敵に女神を奪還される可能性が高くなった。

 

 この街で、収容所のセキュリティシステムに接続できる端末は一つしかない。

 

 振り返ったサウンドウェーブの視線の先では、5pb.が机の上の端末の横に立ち、こちらを睨んでいた。

 早足で室内に戻る間、5pb.は全く逃げる様子を見せなかった。

 

「何ノツモリ、ダ……?」

「サウンドウェーブさん……こんなの間違ってる」

「間違イ、ダト?」

 

 巨大な金属の怪物に睨まれても、5pb.の視線は揺れない。

 

「みんなから自由を奪って、心を奪って、女神様を捕まえて……ボクはあなたに、ボクの歌を好きだって言ってくれたあなたに、こんなことしてほしくない! ……あなたのことを、大切に思っているから!」

 

 強い口調で言う5pb.に、サウンドウェーブは酷く動揺していることを自覚していた。

 

 ――大切に思うから、逆らうと言うのか。お前も、あの女(レイ)と同じことを言うのか。

 

「サウンドウェーブさん! もうやめてよ、こんな酷い……」

「黙レ」

 

 スタンモードで振動ブラスターを撃つ。

 小さく悲鳴を上げて意識を失い、5pb.は倒れる。

 念の為、愛用の武器にスタンモードを実装しておいて良かった。

 

 倒れた歌姫を見下ろしながら、サウンドウェーブは身内に渦巻く感情に戸惑っていた。

 激しい怒りが、サウンドウェーブのスパークを焦がしている。

 その怒りの出所は、レイの言葉か、5pb.の言葉か、彼女を巻き込んだ敵か、彼女を撃った自分自身か、あるいはその全てか。

 

 サウンドウェーブが発した信号に従って、レーザービークが入ってきた。

 

「お呼びかい、サウンドウェーブ?」

「状況ハ、把握シテイルダロウ。彼女ヲ、軟禁セヨ」

「はいはいっと……なあ、サウンドウェーブ、これでいいのかい?」

 

 いつもの軽薄な口調ながら、何処か不満げに分身であるレーザービークが見上げてくる。

 

 ……その言葉の意味が、サウンドウェーブには分からなかった。

 

 (スパーク)を分けた分身であるはずの、誰よりも近しい存在であるはずの、レーザービークが何を言いたいのか理解できない。

 

 そのことが、さらなる怒りを呼び起こす。

 幸いにして、怒りを存分にぶつけられる相手はいる。

 

「……彼女ヲ頼ム」

 

 窓の外を見ると、雨はまだ降り続いている。

 両手に振動ブラスターを握り、サウンドウェーブは憤怒に突き動かされて動き出すのだった。

 




D軍幹部のメガトロンに対する感情。

サウンドウェーブ:地獄の底まで付き合う系忠義。
ショックウェーブ:メガトロン様が絶対正義系忠義。
レイ      :できれば幸せになってもらいたい系の愛。
スタースクリーム:???

まあ、イエスマン=忠臣ではないよねっていう……。

主君が間違ったなら、それを正そうとするのも忠義なんじゃないかと思います。

いや、メガトロン的にもファン的にも、あらゆる意味でサウンドウェーブに求められてる物じゃないのは分かってますけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第115話 リーンボックス 獄を破る

 エディン占領下の都市の端にある収容所。

 情報参謀サウンドウェーブと執政官レイの権力ゲームの結果、この都市で捕まった反逆者は、まとめてここに放り込まれていた。

 周囲を囲む高い壁にはセントリーガンが設置され、さらにフォースバリアが敷地を覆うように張られている。

 24時間監視体制はもちろんのこと、迷路のような通路にはトラップ満載という至れり尽くせりの収容所である。

 

 その正面ゲートは鋼鉄製で、常に人造トランスフォーマーのアビスハンマーが小隊を組んで見張っている。

 彼らは子供のような人格のトラックスに比べ知能も能力も高いが、コストパフォーマンスの関係から少数生産に止まっている。

 

「暇ですね」

「はい、暇です」

「思うに、この収容所に敵が攻めてくることなど、有り得ないのではないでしょうか?」

「しかし、サウンドウェーブ様は女神を奪還にやってくると考えているようです」

「つまり、女神は残る反逆者を一網打尽にするための囮ですか……頭、いいですね」

「はい。頭、いいです」

 

 などと呑気な会話を繰り広げていたアビスハンマーたちだが、彼らのセンサーが一台のトラックがやってくるのを捉えた。

 トラックは彼らの前で停車する。

 

「物資の補給です」

「御苦労さまです。……おや、いつもと人が違いますね?」

 

 丁寧に言いつつも、アビスハンマーたちは武装を展開する。

 トラックの後ろに回り、その荷台をスキャンしたアビスハンマーは驚愕して叫ぶ。

 

「みんな下がってください! トラックが爆発する!!」

 

 その瞬間、トラックの荷台に満載されていた爆発物が炸裂した。

 運転手は寸前に車外に飛び出していた。

 

 混乱する場に乗じて、街からレジスタンスが現れた。

 僅か十数人ではあるが、手に銃器を握り健気に向かってくる。

 何台かの車両もあるが、それらは一般車に無理やり銃座を増設したような、お粗末な物だ。

 

「ラヴィッジ所長! 敵襲です! レジスタンスの残党が女神を取戻しにきました!」

 

 小隊長格のアビスハンマーは、上司である猫もとい豹型ディセプティコンに連絡をつけつつ、応戦する。

 だが、その頭に何処からか飛来した弾丸が命中。

 

「何!? ……あが!!」

 

 倒れ伏す仲間に他のアビスハンマーが驚愕するが、次の瞬間には頭に穴が開いていた。

 

「ッ! 狙撃!」

「どこから……!?」

 

 次から次へと銃弾に倒れる仲間たちに、アビスハンマーは戦慄する。

 その間にも壁に設置されたセントリーガンが敵を殲滅するべく掃射を開始するが、そちらにも狙撃されて破壊される。

 

 ……収容所から約2kmほど離れた場所のビルの上。

 

 右腕をスナイパーライフルに変形させたサイドウェイズが次の獲物を狙っていた。

 感覚回路を最大限まで働かせ、いつもの軽さが嘘のように集中している。

 照準を合わせ思考トリガーを引くと、彼方で銃を撃とうとしていたアビスハンマーの頭が弾ける。

 

 視界は悪さと雨風の影響を感じさせない恐るべき射程距離、驚くべき命中精度だ。

 実のところサイドウェイズ自身は、正直この才能が好きではなかったが、四の五の言ってはいられない。

 

「狙い撃つぜ……なんてな!」

 

 敵のいる限り、サイドウェイズの狩りは続く。

 

  *  *  *

 

「始まったか……まずは陽動作戦成功だな」

 

 収容所裏手。

 雨避け兼、偽装用のシートを被ったジャズは、遠くから聞こえる銃声を感知して壁の上を見上げる。

 プラネテューヌへの総攻撃が始まることはブレインズを通して知らせた。

 自分はベールの救出に専念しよう。

 

「ええ、でもすぐに気付かれる。急ぎましょう」

 

 アリスも同じような格好で隣に立ち、手元の通信端末を弄る。

 

「ツイーゲ、どう? 上手くいってる?」

『こちらツイーゲ。今のところ、セキュリティは生きてるビル』

 

 別の場所でブレインズと共に援護してくれているツイーゲの答えに、アリスは眉を八の字にする。

 

「このまま壁を乗り越えようとしても、フォースバリアで黒焦げか、セントリーガンで蜂の巣か……5pb.が上手くやってくれることを期待するしかないわね」

「ああ。しかし、収容所の内部を除けば、自分の部屋の端末でしか操作できんとは……」

「基本的に他人を信用してないからね、あのヒト……」

 

 ジャズの言葉にアリスは息を吐く。

 

「……まだ、セキュリティは落ちないの? 表を攻めてる連中だって、長くはもたないわ」

「心配か?」

「……焚き付けといて無駄死にさせられるほど、私は強くない。……つくづくディセプティコンに向いてないわね、私」

 

 複雑な感情を込めて深く息を吐くアリス。

 ジャズは真剣な調子の声を出した。

 

「潜入する前に一つハッキリさせておきたい。……君はベールのことをどう思っている?」

「何よ、急に?」

「……時間のあるうちに聞いておきたいんだ」

 

 バイザーを外してジッとアリスを見つめるジャズ。

 その目は、凛々しく輝いているが、奥深くに強い疲労と苦悩があることに、アリスは気が付いた。

 

「……前置きからになるけど、私にとってメガトロン様が、『世界の全て』だったわ」

 

 ポツリポツリと、アリスは言葉を漏らした。

 

「あのヒトの言葉、あのヒトの姿が、私の望む物。あのヒトの役に立つことだけが幸福……でも、ベール姉さんといっしょにいるとそうじゃないんじゃないか、って思えてきた。世界っていうのは、もっと色々な物で出来ているって」

 

 アリスは大きく息を吐き、目を閉じる。

 

「統一された意思、統一された思想。……この街は、ディセプティコンにとっては一つの理想だったはずなのに……今は違和感しか感じない」

 

 果たして、ジャズにはアリスの言うことが完全には理解できなかった。

 オートボットたる彼にとって、世界が彩に満ちているのは当然のことだったから。

 

「そんな考え方をくれた、姉さんが……私は好き。もちろん、家族的な意味でよ?」

 

 眼を開き、アリスは強い意思を込めて収容所を見つめる。

 その奥に囚われているであろう、ベールを。

 

「だから助ける。私はどうやら、好きな人が傷ついて平気でいられないくらい、弱かったみたい」

「そいつは弱さじゃない。……強さって言うんだ」

 

 フッと、ジャズは笑んだ。

 大切な者を守るために戦うことを、強さと言わず、何と言う。

 

『お~い、何か話してるトコ悪いけど、セキュリティがダウンしたぞ』

 

 通信機から聞こえてきたブレインズの呑気な声に、一同は表情を引き締める。

 その内容の通り、セントリーガンがガックリと頭を垂れて、フォースバリアも消失している。

 

『サウンドウェーブの能力を考えると多分、復旧までに30秒ってとこさな。急げよ』

 

 言われるまでもなく、アリスを抱えてジャズは右腕からアンカーを発射して壁の上に引っ掻け、それを巻き上げて壁の上に登る。

 このアンカーは潜入任務用に新たに装備した武器である。

 そのまま壁を越えると、ちょうどフォースバリアが復活した。

 

「さてと、安心するのは早いわ。収容所の中は入り組んだ造りで、まるで迷路よ。……デストラップ満載のね」

 

 コンクリートと金属を合わせて作られた収容所の威容を見上げ、ここからが本番と気合いを入れ直すアリス。

 一方、ジャズは収容所の厚く硬い壁を手の甲で叩く。

 

「ん~……ツイーゲの情報と合わせるとこの辺りだな」

 

 呟くと装甲の内側から小型爆弾を取り出し、壁に張り付ける。

 少し壁から離れ爆弾を起爆すると、爆発と共に壁に大きな穴が開いた。

 

「ビンゴ! やっぱり他に比べて壁が薄くなってたか! これでだいぶショートカット出来たぜ!」

「手慣れてるわね……」

「俺は元々工作員上がりでね。こういうのは得意さ。さあ、行こう」

 

 ジャズはおどけるが、敵もこちらが侵入したことを察知したらしく警報が鳴り出した。

 

 二人は顔を見合わせ、ベールを救うべく収容所の中に足を踏み入れるのだった。

 

  *  *  *

 

 ベールは独り、収容所の最奥に囚われていた。

 四肢を拘束するコードからは、女神化しようとすると電流が流れるようになっていて、食事も与えられず飲み物も与えられず、ベールの精神は確実に憔悴していた。

 それでもシェアエナジーの暖かさが、民との繋がりが、ベールを支えていた。

 

 しかし気になるのはジャズの安否だ。

 あの時、自分がもっと早く動いていれば……。

 

 思えば、彼にはいつかの星空の海岸に始まり自分のワガママにつきあわせてばかりだ。

 アリスの件だってそうだ。

 

 元はと言えば、自分が妹を欲したばっかりに、ジャズにもチカにも当のアリスにも辛い思いを強いてしまった。

 こんなことでは……。

 

「いけませんわね……考えることが鬱っぽくなってますわ……」

 

 さすがに疲労が激しく、ベールといえど気弱になっているのだ。意識も薄れてきている。

 目の前にボンヤリとした影が現れた。

 大切な、あの二人の影が。

 

「ベール! ベールしっかりしろ!」

「今、コードを外すわ!」

 

 拘束具を外され、ジャズの手に抱き留められたベールは、ようやっとこれが幻ではないことに気が付いた。

 

「ジャズ……それにアリスちゃんも……どうしてここに?」

「何言ってるんだ! 助けにきたんだよ!」

「ほら、回復薬です! 飲んでください!」

 

 アリスが回復薬の瓶の口をベールの唇に当てて傾ける。

 何とか嚥下すると即効性のある回復薬のおかげで、体に力が戻ってくる。

 

「ジャズ、アリスちゃん……いつもごめんなさい。あなた方に辛い思いばかりさせて……」

「まったくだよ! 君が傷つくのが、俺は一番辛いんだ!」

「あなたに、そんな真面目な顔は似合いませんよ!」

 

 笑いながら涙を流す二人の姿が何だかおかしくて、ベールは柔らかく笑むのだった。

 

  *  *  *

 

 後は収容所屋上のヘリを奪って脱出するだけだ。

 ジャズがベールを抱え、収容所の外へと向かう。

 いくつもの廊下を走り、いくつもの扉を抜け、ついに収容所の外に出た。

 

 だが、その収容所の前庭には数えきれない程の人造トランスフォーマーと無人兵器が待ち構えていた。

 その先頭では情報参謀サウンドウェーブが雨に打たれていた。

 傍らにラヴィッジを控えさせ、バイザー越しの視線はアリスに吸い寄せられている。

 

「………………」

「やっぱりこうなったわね……でも予定通りよ。ここは私とサイドウェイズでひきつけるから、その間にジャズはベール姉さんを連れて逃げて。街の近くにリーンボックスの軍が来ているはずだから、彼らと合流して!」

「アリスちゃん、何を言ってるんですの! せっかく会えたのに……!」

「ごめんなさい。でもこれは、私なりのケジメなんです」

 

 弓矢を召喚するアリスだが、サウンドウェーブが手振りで示すと、人造トランスフォーマーの一団の中から二体のアビスハンマーが電磁鞭を使って誰かを引きずってきた。

 

「すまん、捕まっちまった。レジスタンスの連中はみんな逃がしたんだけどな……」

「サイドウェイズ! なにやってんの!」

 

 電撃鞭で両腕を拘束されても苦笑するサイドウェイズに、アリスは呆れた声を出す。

 サウンドウェーブは、変わらずアリスを見ていた。

 

「アリス。ヤハリ、オ前ダッタカ」

「サウンドウェーブ……久し振り」

「……アリス、生キテイタノナラ、何故、帰投シナカッタ」

「任務失敗に、命令違反、もはやディセプティコンに帰ることは出来ない……いえ、それ以前に私はもう、リーンボックスと戦うことが出来そうになかったから」

 

 かつての上司の問いに、アリスは迷うことなく答えた。

 しかしサウンドウェーブにとって、かつての部下の答えは納得のゆく物ではなかった。

 

「メガトロン様ヘノ忠誠ヲ捨テタカ」

「忠誠を捨てたつもりはない。だけど、他に大切なものが出来た。……もう私にとって、メガトロン様は唯一無二じゃない」

 

 迷いを振り切り、真っ直ぐ見つめるアリス。

 

「あなたも、私にとって大切なヒトだ。だからこれ以上酷いことをしてほしくない」

「…………ソウカ」

 

 サウンドウェーブは振動ブラスターをアリスに向ける。

 ラヴィッジが不安げに主人を見上げるが、情報参謀はそれに応えなかった。

 

「ドウヤラ、教育ガ足リナカッタヨウダ……!」

 

 静かな口調の裏に激烈な怒りを感じさせるサウンドウェーブにアリスも何としてでも、ベールを逃がすべく覚悟を決める。

 

 睨み合う両者。

 

 だが突然、ミサイルが頭上から降ってきて、アリスとサウンドウェーブの間に着弾。

 爆発で場が混乱する。

 

「何だ……!?」

「…………」

 

 ジャズとサウンドウェーブが状況を把握するべくセンサーを働かせると、上空から奇妙な物体が飛来するのを捉えた。

 

 それは……何と言うか、顔? のようなメカだった。

 

 やたらと神経を逆なでするニヤケ面をした頭だけの機械が、首からジェットを噴射して飛んでいる。

 

「何だ、ありゃあ……?」

 

 ドサクサに紛れて拘束から逃れたサイドウェイズがその奇怪な姿に、思わず呻く。

 空飛ぶ顔が底面から放ったビームが何機かの人造トランスフォーマーに当たる。

 すると、人造トランスフォーマーたちが粒子に分解されていく。

 

「ぷ、プログラムが書き換えられていく!」

「ボクが、ボクでなくなっていくぅぅ!」

「や、やめてくれぇえええ!!」

「あああ! いやだいやだぁぁぁ!!」

 

 だが、それは彼らにとって単純な肉体の破壊よりも耐えがたい恐怖と苦痛を伴うことのようだった。

 人型を保てず悲鳴を上げて砂の塊のように崩れていくアビスハンマーやトラックス。

 その粒子が空飛ぶ顔の下に集まり、ジャズやサウンドウェーブの何倍もある人型に結集した。

 両腕が巨大なペンチになっており、右腕のガトリング砲と両肩のミサイルランチャーをはじめ、全身に火器がニョキニョキと生えている。

 

「な……これはいったい……!?」

『ハーッハッハッハ!! 待ちに待った時が来たぁああ!!』

 

 驚愕する一同への答えは、顔から聞こえる高笑いだった。

 

「この声は……ゴルドノ・モージャス?」

 

 ベールが訝しげに言う通り、声の持ち主はいつの間にかいなくなっていたゴルドノの物に違いない。

 ゴルドノが乗っているらしい巨大兵器は、右腕のガトリング砲をサウンドウェーブたエディン軍に向かって乱射する。

 弾の雨は事態を飲み込めず固まっていた人造トランスフォーマーたちを破壊していく。

 

「怯ムナ。目標、ゴルドノ・モージャス。エディン軍、目標ヲ破壊セヨ!」

 

 だがサウンドウェーブの指示の下、反撃を開始する。

 無数のエネルギー弾が巨大兵器に命中するが、大したダメージを与えられない。

 ならばとロケット砲を撃てば、さしもに穴が開く。

 だが、巨大兵器の頭部から光線が照射され、一体のトラックスに当たると、そのトラックスの体が粒子に分解して巨大兵器の損傷個所を塞ぐように吸収されていく。

 

「ああああ!? た、助け…テ……」

『ハーッハッハ! 人造トランスフォーマーの変形プログラムを書き換え、その身体を構成する特殊合金を我が体として取り込む! これぞヘッドマスターシステム!!』

「むげえ……」

 

 敵とはいえ悲痛な声を上げ取り込まれていく人造トランスフォーマーに、ジャズが呻く。

 だが、味方として現れたのなら心強いと思うことにする。

 

「助太刀感謝するぜ! これで、あんたの罪もチャラに……」

 

 言い終わるより早くジャズが飛び退くと、さっきまで彼が立っていた地面をガトリングの弾が抉る。

 

「何をする!」

『喧しい! 貴様らトランスフォーマーが来たせいで、俺は会社を手放す嵌めになったんだ! オートボットもディセプティコンも違いなどないわ!! 女神も人間も、俺の金儲けを邪魔する奴は皆殺しだ! アーッヒャッヒャッヒャ!!』

 

 妄執と狂気に満ちた高笑いを響かせ、ゴルドノ……いやヘッドマスターは背中のミサイルを発射する。

 雨霰と降り注ぐミサイルから、敵味方関係なく逃げ惑う。

 ミサイルは収容所の敷地の外、街にも飛んで行き、建物が被弾する。

 

 吹き上がる爆炎、崩れる建物、聞こえる悲鳴。

 

 その惨状にベールを抱えたまま物陰に隠れたジャズは思わず悪態を吐く。

 

「正気か! あの野郎!!」

「何てことを……! ジャズ、降ろしてくださいまし!」

「ベール? しかし……」

「リーンボックスの女神として、この状況を見過ごせません。……大丈夫、薬のおかげでだいぶ回復しましたわ」

 

 静かだが強い口調で言われて、ジャズは一つ排気してからベールを優しく地面に降ろした。

 

「せっかく助け出したんだ! 無理はしないでくれよ!」

「もちろんですわ。さあ、行きますわよ!」

 

 光を纏って女神化したベールは、炎と水の雨の中をヘッドマスターに向けて飛び立つのだった。

 




本当は、もっと脱走の経緯を詳しく書こうかと思ってたけど、あんまりにも間延びするんで省略。

今回の解説。

スナイパーなサイドウェイズ
実は原作からしてスナイパーらしい。
リベンジのゲームではスナイパーライフルで戦ってるとか。

工作員なジャズ
G1の米国設定ではジャズは副官でなく工作員なのは有名な話。

……しかし、実写映画のジャズがちゃんと副官なのは意外と知られていなかったり。
吹き替えでも字幕でもオプティマスが将校と紹介してますが、英語ではしっかり副官と言ってるんだそうです。

ヘッドマスター
ついに出しちまったヘッドマスター。
……ただしアニメイテッド仕様。
本当は単にでっかい兵器に乗ってゴルドノが乱入してくる予定だったけど、この方が外道感でるかなと思いまして、急遽登場。
ヘッドマスターファンの皆さま、ごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第116話 リーンボックス ヘッドマスター

予想以上に長くなったんで分割したら、予想以上に短くなった件。


 突如乱入したヘッドマスターの攻撃により、雨に降られる収容所は混沌と化していた。

 人造トランスフォーマーと無人兵器からなるエディン軍の猛攻にも、ヘッドマスターはビクともしない。

 それどころか、損傷すれば人造トランスフォーマーたちを取り込み、修復してしまう。

 

「人造トランスフォーマー ハ、退避セヨ」

 

 サウンドウェーブがこのままでは埒が明かないと人造トランスフォーマーを下がらせるが、そうすると単調な動きしか出来ない無人兵器だけでは戦力が足りない。

 信用ならないとクローン兵を街から退去させた、サウンドウェーブ痛恨のミスである。

 

『ヒャーッハッハッハ!! 無駄無駄無駄ァ!!』

 

 右腕のガトリング砲を乱射し、破壊の限りを尽くすヘッドマスター。

 それを躱しながら振動ブラスターを撃ちこむサウンドウェーブだが、ヘッドマスターの左腕が突如伸びて、その身体を弾き飛ばす。

 

「グ、オ……!」

『ヒヒヒ! 不様なもんだな! そのまま死ね!』

 

 地面に仰向きに倒れるサウンドウェーブに、ヘッドマスターはガトリング砲を向ける。

 衝撃でバイザーが割れて露出したサウンドウェーブのオプティックに、回転を始めるガトリング砲の銃口が映っていた。

 

「レイニーラトナピュラ!」

『ぐお!?』

 

 だが、ヘッドマスターの背に鋭い連続突きが命中する。

 上半身だけをグルリと回転させると、雨の中でなおも美しく輝く緑の女神がいた。

 

「ゴルドノ・モージャス! リーンボックスの女神、グリーンハートが命じますわ! すぐに戦闘をやめなさい!!」

『ほざけ! こうなった以上、女神もへったくれもあるか!!』

 

 ヘッドマスターは右腕のガトリング砲をベールに向けて撃とうとする。

 その瞬間、ヘッドマスターの後頭部にアンカーが引っ掛かり、それを勢い良く巻き取ってジャズがヘッドマスターの背部に取りついた。

 

『な、な!?』

「お気になさらず! 壊れるまで弾をごちそうするだけだ!」

 

 背中のミサイルランチャーにゼロ距離でクレッセントキャノンを撃ち込んで破壊するジャズ。

 振り払おうともがくヘッドマスターだが、ジャズは離れようとしない。

 

『ええい! このムシケラが!!』

 

 頭部に元々備え付けられた機銃とミサイル砲を撃とうとするヘッドマスターだが、その時にはすでにジャズは自ら飛び降りていた。

 

 突然戦いに割って入ってきた女神とオートボットに驚いているのか、無言でヘッドマスターを見上げるサウンドウェーブ。

 その横にアリスが並ぶ。

 

「サウンドウェーブ、一時休戦を提案するわ。敵の敵は味方ってワケじゃないけど、まずは、アイツを片付けましょう」

「……何故戦ウ? コノ混乱ニ乗ジ、撤退スルノガ定石ノハズ」

「ベール姉さんはリーンボックスの民を守ることを最優先するの。それこそ、こんな状況でもね。で、ここにいるのは私を含めてそんなお人よしの女神様に付き合っちゃう、お馬鹿さんばっかりなのよ。」

 

 逃げ遂せる絶好の機会を不意にしてまでヘッドマスターと戦うことを疑問に思うサウンドウェーブに、アリスは当然とばかりに笑って答えた。

 少し考える素振りを見せたサウンドウェーブだが、いつのまにか自身の分身であるラヴィッジがヘッドマスターを銃撃していることに気付いた。

 

「仕方ガナイ。休戦ニ応ジヨウ」

「感謝するわ」

 

 言うや、アリスは弓の弦を引いてエネルギーの矢を発生させる。

 ヘッドマスターはミサイル砲を発射しようとしていたが、それより早くアリスの放った光の矢が命中し、その動きを止める。

 

「クロックラビット! 強制的に遅刻してもらうわ!」

 

 さらに、サイドウェイズがスナイパーライフルでヘッドマスターの頭部を狙い撃つ。

 

「そんな見え見えの弱点、狙ってくださいって言ってるようなもんだぜ!」

 

 怯んだヘッドマスターに向け、ベールが渾身の技を繰り出す。

 

「これで止めですわ! キネストラダンス!!」

『舐めるなぁあああ!!』

 

 槍の穂先が届く寸前、ゴルドノが叫ぶとヘッドマスターの頭部の周りにバリアが現れ攻撃を防いだ。

 しかし、サウンドウェーブが両手を突き出して超音波を発生させ、それをヘッドマスターの頭部に向けて集束させる。

 すると、バリアが掻き消された。

 

「ソノ タイプ ノ、バリア発生装置ハ、特定ノ周波数ノ音波デ自壊サセルコトガ、出来ル」

『な、何だとぉおお!?』

 

 絶叫するゴルドノ。その隙を、オートボットも女神も見逃さなかった。

 

「サイドウェイズ! 私を投げて!」

「合点!」

 

 サイドウェイズがアリスの体を持ち上げ、ヘッドマスターの頭部に向けて勢いよく投擲する。

 

「接近戦だってこなせるのよ! ヴォーパルソード!」

 

 手に持った弓に光の矢を発生させると、弓その物を剣の鍔に、矢を柄に見立ててそれを握る。

 すると弓矢が変形して、大きな剣になった。

 

「はあぁぁッ!!」

 

 そして気合い一閃。

 横に振り抜かれた刃がヘッドマスターを胴体から斬り飛ばす。

 制御を失った胴体は、形を保てず砂のように崩れていく。

 

『ま、まだだぁあああ!!』

 

 それでも諦めず、ヘッドマスターはジェット噴射して逃げようとする。

 

 しかしそうは問屋が卸さない。

 光と共にアリスの脇をベールがすり抜けた。

 アリスと同じように、ジャズに投げてもらって飛んで来たのだ。

 

「いいえ、これでおしまいです! スパイラルブレイク!!」

『ごわああああ!!』

 

 エネルギーを纏った槍の凄まじい連撃が、四方八方からヘッドマスターを容赦なく破壊していく。

 ボロボロに破壊されたヘッドマスターは、遂に飛行することも出来なくなり地面に墜落した。

 

『ぐ、ぐうう……畜生!』

「観念しな。罪の帳消しの話しが帳消しだな」

 

 地面に落ちた機械の生首に近づいたジャズは、無理やりその上部装甲を開く。

 だが、その中にゴルドノの姿はなく、代わりに通信装置が入っていた。

 

「これは!?」

『クソが! このヘッドマスターにどれだけの金をつぎ込んだと思ってるんだ!! 金は大切なんだぞ!! ……だが俺の勝ちだ!!』

 

 通信装置の向こうにいるのだろうゴルドノは下卑た笑い声を漏らした。

 周りに他の皆が集まってくる。

 

『暴力での勝利は貴様らにくれてやる。だが、最終的な勝利は俺の物だ!!』

「どういうことだ!!」

 

 その言葉に応えるように、エディン軍の基地の方向から黒雲に向かって一筋の光が伸びた。

 

「あれはいったい?」

「信号ダ。洗脳電波発生装置ガ、エディン領ノ人間ニ新タナ信号ヲ発信シテイル」

 

 ジャズの疑問にサウンドウェーブが答え、さらにゴルドノの勝ち誇った声が通信機から聞こえる。

 

『ハハハ! 貴様らが戦っている間に、俺は洗脳電波の発信装置に細工して新たな命令を出させたのだ! 『汝、隣人と殺しあえ』ってなあ!! その上で命令の書き換えが出来ないように装置は破壊させてもらった!!』

「な、なんだと……!?」

 

 エディンの洗脳、特にリーンボックス内の占領地への洗脳は極めて強く、そのような理不尽な命令でも逆らうことが出来ない。

 待ち受ける最悪の事態に、ベールの顔が真っ青になる。

 

「あなたは……何てことを!!」

『ハハハハ!! 俺が金を失ってるのに、俺が不幸のどん底にいるのに、他の奴らがヌクヌクと生きているなんて許せねえ!! どいつもこいつも、殺し合って破滅しろ! 正気に戻ってから、家族や恋人の死体の前で絶望するがいい!! ハハハ、ハハハハ、ギャーッハッハ……』

 

 機械が壊れたのかゴルドノの笑い声が途絶える。

 

「クソが!! こんなの、ディセプティコンでもやらない手だぞ!!」

「なんてことなの……」

 

 サイドウェイズがヘッドマスターの残骸を蹴りつけ、アリスは濡れた地面にへたり込む。

 ベールとジャズも必死に思考を回すが、この状況を打破する手段は思いつかない。

 

 街の方から怒号や破壊音が聞こえる。

 すでにこの街の人間が暴徒化し始めている。

 

 空に広がる雨雲のように、暗澹とした空気が場を満たす。

 だが、そんな中でなおも冷静に打開策を練っている男がいた。

 

「手ハ、有ル」

 

 抑揚なく放たれた言葉に、一斉に視線が情報参謀に注がれる。

 

「強固ナ意思ヤ、深イ信心ヲ持ッタ者ガ、洗脳ヲ無効化シタヨウニ、強力ナ正ノ、感情デ洗脳ヲ解除可能ダ」

「ッ! それは本当ですの!」

「コノ状況デ嘘ハ吐カナイ。私ノ使命ハ、エディン ノ防衛ダ」

 

 ベールの問いにサウンドウェーブはシレッと答える。

 しかし、ジャズは腕を組んで難しい顔をする。

 

「しかしだな。すでにエディンに洗脳されてる国民は相当な数だぞ。どうやって、その全員に強烈な愛とか勇気とか希望とかを感じさせる?」

 

 サウンドウェーブは露出したオプティックを自身あり気に笑いの形にした。

 

「ソノタメニハ、彼女ノ……5pb.ノ協力ガ必要ダ」




やっと出たぜ、トランスフォーマーアドベンチャー!
オメガ・ワン……何もかも懐かしい……。
バズストライクは(玩具展開的な意味で)今後仲間になりそう。

今回の小ネタ。

ヴォーパルソード
元々はルイス・キャロル作のジャバウォッキーと言う詩(?)に登場する剣。
作者つながりに不思議の国のアリス関連の創作に出てくることが多い。

いや、弓と矢を重ねて剣に見立てるってやってみたかったんですわ。

ヘッドマスター戦はもっと苦戦する予定だったけど、この面子で苦戦はしないよなあってことであっさりと終わりました。

次回でリーンボックス編はおしまい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第117話 リーンボックス 晴れる

今週のTFADVは!
うん、成績って気になるよね、やっぱり……。
セントヒラリー山か。G1オマージュですね。
マイクロンたちは仲間になるフラグが立ってますな。


「殺せ! ぶっ潰せ! 破壊しろ!!」

「引き裂け! 殴れ! 踏み潰せぇええ!!」

「うおおおお!!」

 

 雨の降り続けるリーンボックス。

 洗脳下で新たな命令を受けたリーンボックスの民は今や荒れ狂い、武器を手に目に付いた物を破壊していく。

 それでも最後の理性が働いているのか殺し合いには発展していないが、それも時間の問題だ。

 

「ち、ちょっとやめなよー!」

「止まってくださーい!」

「これ以上は発砲も視野に入れまーす!」

 

 人造トランスフォーマーたちが民衆を制止しようとしているが、上手くいっていない。

 そもそもクローン兵たちがいないので、人手が足りないのだ。

 

 そんな中、秘密警察109号こと、レジスタンスをスパイしていた少女は物陰に隠れて嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 

 自分は生き残らなければならないのだ。

 パパに、ママに再開するために。

 女神様に謝るために。

 あのヒトにお礼を言うために。

 

 そんな少女の決意など知ったことではなく、人々は破壊の限りを尽くす。

 

 このまま、リーンボックスは力と暴力の支配する世界と成り果てるのか?

 

『みんなー! ボクの歌を聞けー!!』

 

 だが、突如として伸びやかな声が響く。

 思わず群衆が見上げると、街のランドマークである巨大モニターに青い髪と泣きボクロの少女が映っている。

 人造トランスフォーマーたちは訝しげに首を傾げた。

 

「誰よ、アレ?」

「ご存知ないのですか!? 彼女こそインディーズからチャンスを掴み、スターの座を駆けあがっている超次元シンデレラ、5pb.ちゃんです!!」

「ああ! あのサウンドウェーブ様のお気に入りの……でも、何でこのタイミング?」

 

 この状況下で歌番組だなんて、呑気どころの話しではない。

 今は緊急時、歌姫の出る幕など無いのだ。

 

 ところが、暴徒たちは武器を下げ、5pb.を見上げている。

 

「え? え? 何これ、どういうコト?」

 

 状況が飲み込めず困惑する人造トランスフォーマーたち。

 

 しかし、群衆は何も理由なく5pb.に見惚れているワケではない。

 

 実のところ、サウンドウェーブは洗脳電波が敵に奪われた時のことを考えて、ある映像と音声を認識すると動きを止めるようにしておいたのだ。

 

 それこそが、5pb.の姿と声なのである。

 

 ……越権行為じゃねえかとか、どんだけ5pb.好きなんだよとかは、この際言いっこナシである。

 

 だが、さらに驚きは続く。

 

『今日は、みんなに特別ゲストを紹介するね! リーンボックスの女神様、ベール様と、女神候補生のアリスさん!』

『ごきげんよう、皆さん。ご紹介に預かりましたベールですわ』

『え? あの、今なにか有り得ないことを聞いたような……』

 

 画面に現れたのは金糸の長髪と碧玉の瞳、そして緑を基調としたドレスと豊満な胸が特徴的な美女と、彼女とよく似た雰囲気だが肩辺りで切りそろえた髪が勝気な印象の美少女だ。

 しかし、美少女の方は戸惑っている。

 

『って言うか、何で私までテレビに映ってるんです!? これベール姉さんだけのはずじゃあ……』

『何を言っていますの? わたくしの『妹』、つまり『リーンボックスの女神候補生』であるアリスちゃんが国民の前に顔を出さない道理がありますか?』

『既成事実作って逃げられなくするつもりだ、この人ー!?』

 

 美しく優しいのに何処か黒い笑みを浮かべる美女ことベールと、絶叫する美少女ことアリス。

 何がどうなっているのか分からず顔を見合わせるエディン軍を余所に、一人納得している人物がいた。

 

 物陰からモニターを見上げるスパイだった少女である。

 

「そうかー、あの人は女神様だったんだー!」

 

 キラキラと目を輝かせる少女はすっかりアリスが女神だと信じ込んでいるのだった。

 

 降り続いていた雨は、いつの間にか止んでいた。

 

  *  *  *

 

「よおし、全回線オンライン、全周波数ジャック完了! テレビ、ラジオ、インターネット! あらゆる情報媒体でリーンボックス中にこの番組をお届けだ! 視聴率強制100%だぜ!」

 

 エディン軍基地のサウンドウェーブのプライベート空間。

 ブレインズは机の上に乗り、頭から生えたコードを基地のメインコンピューターに接続していた。

 それを手伝ってコンソールを弄っているツイーゲは浮かない顔だ。

 

「ハッキングは、あのなんちゃってオカマみたいで嫌なんでビルが……」

「こういう状況だ、仕方ねえだろ。人命が掛かってんだぜ」

「正論なんだけど、釈然としないビル……」

 

 言い合うツイーゲとブレインズだが、手は止めない。

 

 ここは音楽好きなサウンドウェーブの趣味故か、まるでスタジオのようになっている。

 即席ステージの上に5pb.、ベール、アリスが並び、その後ろでギターとベースをそれぞれ抱えているのはサウンドウェーブとジャズ、カメラを回しているのはサイドウェイズだ。

 さらに5pb.の持っているギターはレーザービークが変形している物で、音響機材を調整しているのはラヴィッジである。

 

「それではアリスちゃん! 5pb.ちゃんの歌に合わせて、踊りましょう!」

「どうしてこうなった! 何度でも言う、どうしてこうなった!!」

 

 この緊急時に満面の笑みでハイテンションなベールに対し、アリスはツッコミを入れざるをはない。

 

「ええい、もう! やったりますよ!」

 

 しかし、すぐに腹を括る。

 苦笑しつつも、5pb.は番組を進行する。

 

「あはは、じゃあ行きます! 曲はまずは定番! 『きりひらけ!グレイシー☆スター!』」

 

 軽快な音楽が流れだし、5pb,がギターを鳴らして歌い出すと共にベールとアリスが動きを合わせて踊りだす。

 5pb.の歌と演奏が素晴らしいのはもちろんだが、ベールとアリスの踊りも中々に堂の入った物だ。

 しかし、もっと驚くべきはサウンドウェーブとジャズの演奏だろう。

 卓越したテクニックを持ちながら、女性陣よりも目立たずあくまで引き立て役に徹する腕前は見事と言う他ない。

 

『しかし、この作戦を言い出した時は、どうなるかと思ったぜ』

 

 演奏を続けながら、ジャズは隣のサウンドウェーブに通信を飛ばす。

 サウンドウェーブの考えた手と言うのは、5pb.のライブをハッキングしたあらゆる情報媒体で流して動きを止めた後、女神ベールの声と姿で国民に正気を取り戻してもらうと言うものだった。

 詳しい原理はともかくとして5pb.の歌声が聞こえている間は、洗脳が解けやすくなるらしく、この状態ならベールへの信仰心をきっかけに正気を取り戻せるだろうとサウンドウェーブは踏んだのだ。

 

 正直、サウンドウェーブ的にも賭けである。

 

『彼女ノ歌ナラ、奇跡ヲ起コセル。ソンナ気ガスル』

『らしくもないな。……だが、同意するぜ』

 

 ちなみに5pb.に協力を要請するさい、サウンドウェーブ、レーザービーク、ラヴィッジの三人でジェットストリーム謝罪とかしていたが今は関係ない。

 

  *  *  *

 

 歌はリーンボックス中に広がっていく。

 国民たちは武器を降ろし、表情も穏やかになっていく。

 人造トランスフォーマーたちは只々、唖然としていた。

 

「ヤックデカルチャー……」

「何それ?」

「いや、何か言わなきゃいけない気がして……」

 

 だが、まだ足りない。

 

 モージャスの呪詛を打ち破り、洗脳を完全に解くためには、もう一押し必要だ。

 

「…………」

 

 あのスパイだった少女は、ひたすらに祈りを捧げていた。

 敬愛する女神と、自分を助けてくれた、あの人に。

 

 雲の切れ間から、日の光が差し込んでいた。

 

  *  *  *

 

 アリスは、踊りながら不思議な事を感じていた。

 

 胸の内に、体の中に、何か暖かくて強い力が流れ込んで来る。

 同時にアリスの意識は二つに分かれ、一方は踊りに集中しているのに、もう一方は何か、あまりにも大きく深い何かと対話していた。

 

――アリス、君に問おう。君は、リーンボックスを愛しているか?

 

 その何かの問いにアリスは笑顔で大きく頷いた。

 

――アリス、君は他の皆とは違う。君には拒否するチャンスと権利がある。この先に待ち受けるのは、決して平坦な道のりではない。試練の時が迫っている。二つの世界とそこに生きるあらゆる存在に対する試練が……それでも君は、その道を選ぶのかい?

 

 もう一度、アリスは頷いた。

 

――君は選択した。ならば、今はその意思を祝福しよう。……ハッピーバースデー、グリーンシスター。

 

 二つに分かれた意識が一つに戻った時、アリスの体は光に包まれ形を変える。

 

 髪は緑のサイドテール。

 

 身を包むは白いレオタード。

 

 背には四枚の光の翼。

 

 瞳に浮かぶのは、女神の証たる円と直線を合わせた紋様。

 

 新たなる女神候補生、グリーンシスターが、ここに新生した。

 

「アリスちゃん!?」

「これはいったい!?」

「ドウイウ事ダ?」

 

 その変身に、誰もが驚愕する。

 だが一番驚いているのは、当のアリス本人だった。

 その記憶から、先ほどの何者かとの対話は消え去っていた。

 

「こ、これって……」

「やっぱり、成功してたか!」

 

 自分の姿を見て愕然とするアリスに答えるように声を上げたのは、ブレインズだった。

 

「女神メモリーは、アリスと融合してたんだ! アリス、お前は女神に成ってたんだよ! だから、変形機能が作動しなかったんだ、お前はもう、トランスフォーマーとは別の存在になってたんだからな!」

 

 その言葉に、合点がいったのはサウンドウェーブだ。

 橋の上で狙撃されるまでサウンドウェーブは、アリスは死んだ物だと思っていた。

 体内に仕込んでいた発信機の反応が完全に消えたからだ。

 おそらくは女神化の影響で無力化されていたのだろう。

 

 アリスは、完全にサウンドウェーブの手を離れたのだ。

 

「私が、本当に女神に……」

 

 自分の手を見て、複雑な表情を浮かべるアリス。

 

 プリテンダーに生まれたくなんかなかった。

 

 ディセプティコンの社会なんか大嫌いだった。

 

 ベールの妹になりたいと心の何処かで願っていた。

 

 それでも、自分が自分でなくなってしまったようで、大恩あるサウンドウェーブたちやメガトロンとの繋がりが切れてしまったようで、不安の方が大きい。

 

 しかし、不思議と後悔は無かった。

 これは自分の意思による事象だという、確信があった。

 

 拳を強く握り、アリスは笑む。

 

「さあ、まだ仕事は終わってないわ! みんな、動いて動いて!」

「アリスちゃん……ええ!」

「よーし、それじゃあ次の曲は、『Dimension tripper!!!!』いくよー!」

 

  *  *  *

 

 

「ば、馬鹿な……」

 

 秘密のアジトで事と次第を高見の見物と洒落込んでいたゴルドノ・モージャスは、自分の策が瓦解してゆくのを眺める破目に陥っていた。

 

 画面には、洗脳を解かれた群衆が女神を称える様子が映し出されている。

 おまけにあのスパイが新たな女神になった。

 もう、ワケが分からない。

 

「ち、畜生! どこまで俺の邪魔をすりゃ気が済むんだ!!」

 

 悪態を吐いたゴルドノだが、すぐに冷静になろうと努める。成功しているかはともかく。

 

「と、とにかく一旦、地下に潜って再起を図ろう。女神にトランスフォーマーめ、いつか必ず思い知らせて……」

「父さん!」

 

 しかし、その思考は後ろから懸けられた声にさえぎられた。

 振り向けば、自分の息子であるマニー・モージャスが立っていた。

 

「マニー……」

「父さん! もうやめてくれよ! 女神様たちのためになるって言うから言う通りにしたのに、人々を殺し合わせるだなんて!!」

 

 サウンドウェーブたちがヘッドマスターと戦っている隙に洗脳電波発生装置に細工をしたのは他ならぬマニーだった。と、言っても父から渡されたUSBメモリを装置に差し込んだだけだが。

 ゴルドノは脇に置いてあったアタッシュケースを開けて、マニーに中身を見せる。

 

「何を言うマニー! まだこの金があればやれる!!」

 

 マニーは、アタッシュケースの中身を見て、怪訝そうに顔を歪める。

 

「父さん、何言って……?」

「俺たち親子から何もかも奪った奴らに復讐してやるんだ!! いつか必ず、奴らを皆殺しにしてやる!!」

「父さん、しっかりしてくれよ!」

 

 父がふざけているのかと思いアタッシュケースを跳ね除けるマニー。

 ケースの中身が床に散らばる。

 

「何てことを! 大事な金に!」

「金って……」

 

 這いつくばって『ただの新聞紙』を必死にかき集める父の姿に、マニーは面食らう。

 

「ヒヒヒ、俺のだ、俺の金だ! 他の奴らに何か渡すもんか! そうだ、マニーに玩具を買ってやろう! ヨットが欲しいって言ってたもんな。いつか会社をでっかくして、家族に楽をさせてやるぞ!」

「父さん……」

 

 今では何時かを見て言葉を漏らすゴルドノを見て、マニーは確信する。

 

 ゴルドノ・モージャスの心は、すでに壊れていた。

 

 ヘッドマスターは遠隔操作だったが、その操作は脳波コントロールだった。

 だが、脳波コントロールは不完全な技術であり、何らかの副作用によって精神に悪影響を与えたのだ。

 おそらく、戦いの最中にはすでに正気を失い始めていたはずだ。

 

 名士モージャス一族に生まれるも妾腹の子であったため、孤独で貧しい幼少期を送り、それをバネに身を粉にして働き一代で大企業を作り上げた男、ゴルドノ・モージャス。

 そして、どれだけ悪辣でも強欲でも、マニーにとってはたった一人の父親だった男の末路は、その精神の崩壊だった。

 

「ごめん、ごめんよ、父さん。元はと言えば俺が馬鹿だったばっかりに……俺もいっしょに罪を償うから……」

 

 新聞紙をかき集める父の背を抱きしめ、マニーは涙を流すのだった。

 

  *  *  *

 

 ライブの終わりと共に、全ての洗脳は解けた。

 

 ギターを床に置いたサウンドウェーブは、洗脳電波発生装置も破壊された今、エディン領の維持は不可能であると判断し部下に撤退を命じていた。

 モニターの向こうでは収容所が解放され、レジスタンスや反逆者たちが笑顔で外に出ててくる。

 

 空はすっかり晴れ渡り、人々を太陽が照らしていた。

 

『パパー! ママー!』

 

 あのスパイだった少女も両親に抱きしめられていた。

 

『……あ? 大きな星が点いたり消えたりしている……。あはは、大きい!  彗星かな? いや、違う……違うな。彗星はもっと、バァーって動くもんな』

『……うん、そうだね父さん』

 

 別の画面には、マニー・モージャスが父のゴルドノ・モージャスと連れ立って街に乗り込んできたリーンボックス軍に投降するのが映っていた。

 

「さて、行くか……」

 

 声を出してみて、サウンドウェーブは驚く。

 どうも、変声機能に不具合が生じているらしく、本来の声に戻っている。

 同じようにベースを置いたジャズが、ヒュウと口笛を鳴らす。

 

「へえ、それがアンタの本当の声かい。中々良い声してるじゃないの」

「…………撃たないのか?」

「この空気に水を差すほど、KYじゃないんでね」

 

 おどけて肩をすくめて見せるジャズ。

 

「行くぞ、レーザービーク、ラヴィッジ」

 

 これ幸いと、分身たちに声をかけてそのまま去ろうとするサウンドウェーブだったが、その背にアリスが声を懸けた。

 

「サウンドウェーブ、待って!」

「……何の用だ」

 

 あえて強い声を出す元上司に、アリスは真面目な顔で言った。

 

「諜報部隊所属、特殊潜入兵アリス。ディセプティコンに出頭するわ」

「アリスちゃん……」

「ケジメは付けなきゃいけないから」

 

 女神化したとて、過去が消えるワケではない。

 不安げなベールを振り切り、アリスはサウンドウェーブの後ろに続こうとする。

 サウンドウェーブは振り返らずに言葉を発した。

 

「生憎とリーンボックスの女神候補生を部下に持った憶えはない。お前たちはどうだ?」

「さてと、俺のログにはなーんもありませんねえ……」

 

 シレッと言うサウンドウェーブに、惚けた調子で答えるレーザービーク。ラヴィッジもコクコクと首を振る。

 

「サウンドウェーブ……」

「せいぜい、姉さんと仲良くすることだ。……さらばだ」

 

 サウンドウェーブは振り返らずに分身を伴って部屋の外に出ていこうとする。

 しかし、もう一人その背に声を懸ける者がいた。

 

「サウンドウェーブさん!」

 

 5pb.だ。

 だが、その言葉は彼を引き留める物ではなかった。

 

「今の方が、顔も声も素敵だよ!」

 

 やはり振り向かなかった情報参謀がどんな顔をしたかを知るのは、分身二体だけだ。

 だがニヤニヤとしているレーザービークを見るに、5pb.はまたしても、サウンドウェーブの予想を大きく裏切ったらしい。

 そんな上司に頭を深く下げてから、アリスはベールに向き合った。

 

「あ、あのそれでベール姉さん。その……」

「アリスちゃん」

 

 ベールは、ただアリスを強く抱きしめた。

 ジャズは悪戯っぽい、しかし優しい笑みを浮かべて、それを眺めていた。

 

「お帰りなさい」

「……はい、ただいま」

 

 




やっとリーンボックス編は終わり。

四女神オンライン、どうみてもソード○ート・オンラインな新キャラ、人間化してるワレチュー、麦藁帽被ってるマジェコンヌ、相変わらずカオスですなあ。

後一つほどの話を入れたら決戦編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第118話 決戦前に語るべきいくつかのこと side『A』

トランスフォーマー、日本版コンバイナーウォーズの公式コミックを見て思ったこと。
グランドガルバトロンにメガトロンの妻(自称)にまさかのバルディガス。

しかしサイクロナスの腹に憑依してるガルバトロン……お前、ガルバトロンⅡの方なんかい!


 決戦の日は近し。

 歴史に長く語られるエディン戦争。

 

 その最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 女神、人間、オートボット、ディセプティコン。

 守ろうとする者、攻め込む者、戦う者、暗躍する者。

 誰もが、決戦に向けて準備をしていた……。

 

 

① 総司令官は援軍を迎えに行く

 

 オートボットの基地の司令室にて、オプティマスは各地の仲間たちと連絡を取っていた。

 

『こっちでは、まだエディンの部隊が散発的に攻撃してきてる。とりあえず、こっちはサイドスワイプとユニに任せて、俺たちは手筈通り動く』

『ルウィーはまだ時間がかかりそうだ。暴徒が予想以上に粘り強い』

 

 アイアンハイドとミラージュの報告を受けて、オプティマスは難しい顔をする。

 

「リーンボックスのジャズは、これからベールの救出作戦か。やはり戦力に不安があるな」

 

 ジャズと、影のオートボットからの情報によりエディン軍のプラネテューヌへの総攻撃のタイミングは分かった。

 だがその規模は、まさにエディンの総力と言っていい。

 各国の女神やオートボットが自国の防衛に当たっている今、プラネテューヌの戦力だけで防衛できるかと言われると……。

 

「援軍が必要だな」

 

 厳かに、オプティマスは決意を固めた。

 

  *  *  *

 

 基地近くの平原。

 

 そこには大きな飛行船が停泊していた。

 オートボットとプラネテューヌの技術を合わせて開発した、武装飛行船『フライホエール』である。

 その名の通り、クジラを思わせる姿のこの艦船は、オートボットを始めとする戦力の素早い輸送を目的として建造された物だ。

 既存の輸送機では、離着陸に大規模な飛行場が必要だが、この飛行船なら着陸する場所を選ばない。

 見た目よりも遥かに早く空中で静止することも出来る。

 

 オプティマスとネプテューヌはその前に立っていた。

 

 フライホエールの準備が出来次第、オプティマスは援軍を得るためにプラネテューヌを発つ予定だ。

 決戦までには帰ってくる予定だが……。

 

「ネプテューヌ、これから起こる戦いは、おそらくかつてなく苦しいものになるだろう。……私がいない間、どうか持ちこたえてくれ」

「ダイジョブ、ダイジョブ! ネプギアやアイちゃんたちもいるからね! 別に倒してしまっても構わんのだろう!」

 

 明るく答えるネプテューヌに、オプティマスは少し表情を緩めるが、すぐに険しさを取り戻す。

 

「ネプテューヌ、ピーシェのことは……」

「大丈夫だよ。ネプギアだって目を覚ましたんだし、ピーシェもきっと元に戻るよ! 洗脳は解ける物って、相場が決まってるしね!」

 

 あくまでも明るい表情のネプテューヌだったが、フッと目を細めた。

 

「それに……あなたがいるから」

 

 ネプテューヌは、そっとオプティマスの顔に手を触れる。

 

「あなたといっしょなら、どんなコトも乗り越えられる、絶対何とか出来るって、そんな気がするんだ」

「ネプテューヌ……」

 

 恋人の言葉に、心震えるオプティマスだったが、同時に総司令官としての冷徹な部分が、ピーシェの洗脳が解けなかった時の対案を出していた。

 

 その時は、自分がピーシェを……殺すと言う対案を。

 

 これまでメガトロンたちを逃してきた自分の甘さがこの状況を招いたのだから、甘さを捨てなければならい。

 甘さのせいでエリータを失った。

 

 今度こそ守り抜く。この世界を、ネプテューヌを。

 そのためなら、自分は喜んで鬼にも悪魔にもなろう。

 

――メガトロン。今度こそ、これで終わりにするぞ……!

 

 

~~~~~

 

 

 

② 傭兵は食い扶持を得る

 

 プラネテューヌの首都は未来的な建物の並ぶ大都市である。

 しかし、都市とは大きくなればなるほど、人の目の届かない場所が出来る物だ。

 そして、そういった場所は人里離れた山や森よりも身を潜め安い。

 

 例えば、この人の住んでいない区画の、廃工場のように。

 

 今ここにはトランスフォーマーでありながらオートボット、ディセプティコン、どちらにも与しない賞金稼ぎのロックダウンと、その一味が住み着いていた。

 

 廃工場の一室では、ロックダウンが廃車を椅子、コンテナを机替わりにして何かコンソールを弄っていた。

 

「今月の収入がこうで……出費がこうだから……だーもう! どうやっても赤字どころか、来月の食費もままならん!」

 

 コンテナに突っ伏すロックダウン。

 

 この世界での主な顧客だった企業連合とハイドラが壊滅したことで、ロックダウンたちは深刻な資金難に陥っていたのだ。

 モンスター退治や犯罪者を捕らえて金を稼いでいるのだが、なにせ、多くの部下やスチールジョーを抱えた大所帯である。

 その程度では賄い切れない。

 

 脇に控えていた副官格の傭兵が不安げに進言する。

 

「オヤビン、やっぱりディセプティコンからの仕事を貰った方がいいんじゃあ……。このままじゃあスチールジョーの餌代どころか、俺らの食い扶持も稼げませんぜ」

「…………致し方ないか」

 

 顔を上げたロックダウンは、傍らに寝転んだ犬型金属生命体スチールジョーの一体を撫でながら排気する。

 ディセプティコンは気に食わないが、このままひもじい思いをするよりはマシと考える。

 

「オヤビーン! ロックダウンのオヤビーン! 大変ですぜ!!」

 

 と、手下の一人が駆け込んできた。

 

「何だ騒々しい」

「それが、大変なんです! オートボットのカチコミですぜー!」

「何だと!?」

 

  *  *  *

 

 廃工場の一階部分では、ロックダウンの手下たちが銃を手にラチェットとアーシー、そしてアイエフを囲んでいた。

 部下たちの後ろから、ロックダウンが現れると、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

「おやおやおや? これはどういう風の吹き回しだ? 俺のプライベートな家に押しかけるとはな。お茶でも出すかな?」

「ロックダウン、何も私たちもお茶を飲みに来たワケじゃあない」

 

 ラチェットが厳しい顔で右腕のEMPブラスターを撫でる。

 ハンと排気したロックダウンはアーシーの方を向く。

 彼女はいつになく厳しい顔をしていた。

 

「おやおや、可愛い可愛いアーシーちゃんじゃないか。憶えてるか、俺たちの出会いを。お前さんはあのころピンク色で、足を怪我してたっけか。……まあ、怪我させたのは俺だが」

「……そうね。おかげ様でラチェットに出会えたわ。獲物を逃がした時の、あなたの顔は痛快だった」

 

 その答えに、ロックダウンは眉根をピクリとひそめる。

 一方、ラチェットはニヤリとした。

 

「ところで、君の右腕の予後はどうだい? 手術の腕には自信があるんだが?」

「おかげ様で、調子が悪くてね。どっかのヤブ医者のおかげでな」

 

 お互いに殺気を込めて睨み合うラチェットとロックダウン。

 そこでアイエフが半ば呆れた様子で声を出した。

 

「はいはい! 旧交を温めるのはそれくらいにしときなさい! ロックダウン、今回私たちがアンタを探し出したのは、商談のためよ」

「商談だあ?」

 

 アイエフの言葉にロックダウンは顔をしかめ、手下たちは揃って首を傾げる。

 

「そう! 知っての通り、今うちの国はエディンと戦ってて猫の手も借りたいくらいなの。そこでロックダウン、プラネテューヌはあんたたちを雇いたいってこと。纏まった戦力は貴重だわ」

「断る」

 

 即、ロックダウンは断った。

 

「オートボットの下に着くのは御免だね」

「ふ~ん……ねえ、ロックダウン。あんたたち随分と侘しい生活をしてるみたいじゃない。……手を貸してくれるなら、前金でこれくらい出すけど」

 

 悪戯っぽく笑いながらアイエフは小切手を差し出す。

 ロックダウンは器用にそれを摘まみ上げて覗き込む。

 そしてオプティックを剥いた。

 

「1、10、100、1000…1万……10万…………50万クレジット!?」

「どうかしら? 成功報酬として倍払うし、働き次第では追加料金も発生するけど?」

 

 ロックダウンは視線で合図して手下たちを集める。

 

「オヤビン! これは破格の好条件ですぜ!」

「しかしな……」

「オヤビンいつも、仕事を選ぶなっつってるじゃないですか!」

「もう、ゴミ箱から拾った空き缶を齧る生活は嫌です!」

「家庭用コンセントから一人一時間かけて充電するのも嫌です!」

「スチールジョーたちなんか、もう三日もなんも食べてません!」

 

 次々に不満を噴出させる部下たちに、ロックダウンはオプティックを瞑って大きく排気する。

 目を開けばスチールジョーたちも集まってきて『おねだり』の顔をしている。

 アイエフを見ると、彼女は未だ不敵な笑みを浮かべていた。

 

「……その依頼を受けよう。ただし、ピンハネは無し! 他の連中と仲良しこよしってのも無しだ!」

「もちろん。これで契約成立ね」

 

 こうして、賞金稼ぎとその一味は、当面の食い扶持を手に入れたのだった。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

③ 紫の女神候補生は未だ迷う。

 

 オートボットの基地。

 その一角では、かねてから開発していた新兵器の最終テストが行われていた。

 

 3m程の背丈の機械の塊が、バンブルビーと組手をしている。

 一応人型をしているが、ズングリとしていて無骨で、首も腰もなく、顔に当たる部分に付いているのは、バイザー状のセンサーだ。

 

 これこそ、人造トランスフォーマーに対抗するために開発したパワードスーツである。

 

『こいつ、動くぞ!』

「うん、おめでとう。でも、それはもう分かってるんだけどね、ジェネリア君。もうちょっと駆動系とか兵装の感想を頼むよ」

 

 開発スタッフの一人でもあるジェネリア・Gが乗り込み、ホイルジャックがそれを眺めつつデータを集めている。

 

『人工筋肉が生み出すこのパワー! 火力、装甲ともに申し分無し! しかも脳波コントロールできる!』

「まあ、脳波コントロールだけだと負荷が半端なくて頭がパーンしちゃうから、マスター・スレイブシステムとの併用に加えてAIが補助してるんだけどね」

『吾輩が一番、パワードスーツを上手に使えるのであります!』

「うんうん、パイロットで一番の成績だからね。でも今は不満とかあったら聞かせてほしいな」

『あえて不満な点を挙げるとするなら、デザインであります! これでは機動戦士と言うよりも炎の匂い染みついて む せ る ! 方であります!』

「うん……デザイン以外は問題ないってことだね。他の皆もデザインに凝りたいようだけど、そんな時間も余裕も無いからね」

 

 今にも絶好調である!とか言い出しそうな高いテンションのジェネリアだが、ホイルジャックは冷静にデータを取る。

 

「で、バンブルビーの感想は?」

「『この前までは』『ただの案山子ですな』『今日からは』『及第点だな』」

「ほい、ありがとう。それじゃあ、いったん休憩にしよう」

 

 中々に厳しい意見のバンブルビーだが、ホイルジャックはやっぱり冷静……というかマイペースに答えると、傍らにいたネプギアに視線をやる。

 

「君も休むといい。ネプギア君」

「はい……」

 

 しかし、ネプギアはどこか浮かない顔だ。

 メカ好きの彼女のこと、いつもなら盛り上がるのだが……。

 

「ねえ……戦争ってどんなコトなのかな?」

 

 ふいに放たれた問いに、ホイルジャックとバンブルビーは首を傾げる。

 

「……私は、戦争を知りませんから。ビーたちのしてる戦争に対しても、いまいち実感が足りない気がして……」

 

 ネプギアが生まれてから今まで、小競り合いはあっても国家規模の戦争は無かった。

 四ヵ国による全面戦争は回避されたし、ネプギアは小競り合いには参加しなかった。

 それどころか偶然知り合った他の国の候補生たちと仲良くなっていたくらいだ。

 

 だから、この戦争にも実感が湧いてこない。

 

「ふむ……まあ、私は軍属とは言え技術屋だ。思想家でも政治家でないから、あくまで個人的な考えになるが……あんまりいいもんじゃあないよ」

 

 ネプギアの疑問に最初に答えたのはホイルジャックだった。

 

「破壊、恐怖、憎悪、そして死。それが戦争だ。……それでも、エディンにせよディセプティコンにせよ、こちらを害そうとするなら、立ち向かうのも有りだと思う。……あくまで個人的な考えだが」

 

 どこか遠くを見るような目になるホイルジャック。

 

「…………『オイラは』」

 

 そして、バンブルビーはオプティックを鋭くした。

 

『『オイラは』『兵士だ』『戦争の』『いいとか悪いとか』『は判断できない』『でも』『ディセプティコンは』『許せない』『仲間の』……仇……だ、から……』

 

 最後の方は、自分の声でハッキリと言う。

 そろそろ長い付き合いのバンブルビーが自分と出会う前、どれだけの仲間を失ってきたのかネプギアは知らない。

 

「仇……」

 

 自分にとっても、ディセプティコンはスティンガーの仇と言っていい。

 でも……。

 

――ネプギアは、憎しみなんかより、ずっと強い力を持っている。私が、その証明です。

 

――あなたを助けるために、こんなにも多くの人々が集まった。あなたはみんなに愛されている。そして、あなたもみんなを愛している……それは、何にも勝る奇跡、創造を為す力です。

 

――だから、ネプギア。あなたの中にある力を信じてください。それは恨みや憎しみよりも遥かに偉大な力です。

 

 あの時、スティンガーに言われた言葉。

 夢とも幻とも付かないが、その言葉はネプギアの中に深く残っていた。

 本当に、敵と戦うだけが正解なのだろうか?

 

 答えはいまだ出ない。

 

『凄いよ、このパワードスーツ! さすがバンブルビーのお兄さん!』

「『そんな』『兄を』『持ったおぼえはない』」

 

 一同がそれぞれに思いに耽るなか、はしゃぎ続けていたジェネリア・Gに、バンブルビーは冷めたツッコミを入れるのだった。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

④ 異世界の女神は再戦を予感する

 

 プラネタワーは、シェアクリスタルの間。

 イストワールとプルルート、コンパの三人は、プルルートの元いた次元のイストワールと連絡を取っていた。

 

『その女神さん、イエローハートさんこそ、探していた大きな存在だったみたいです』

 

 相変わらず小さく幼い姿のあちらのイストワール。

 それに対し、こちらのイストワールが頷く。

 ピーシェは、プルルートたちと同じ次元の出身者だったのだ。どうりでいくら探してもピーシェの家族が見つからないはずである。

 

「やはりそうでしたか……」

「じゃあ、ピーシェちゃんが出会った時からあいちゃんやわたしのことを知っていたのは……」

「はい、あちらの次元のお二人……並行存在のコンパさんとアイエフさんと知り合いだったから、かと」

「複雑ですぅ……」

 

 こちらのイストワールの説明に、コンパはしっくりこないのか複雑そうな顔をする。

 一方で、あちらのイストワールは切羽詰まったバタバタと手足を振る。

 

『今、こちらでは、世界の一部が凄い勢いで荒廃しちゃってるんですよ!(´Д`;)』

「ッ! 本来ピーシェさんが治めるべき場所……本来、女神となるべき国は、そこだったと言うことですか!?」

 

 ハッとこちらのイストワールが問えば、あちらのイストワールが深刻な顔で相槌を打った。

 

『はい、多分! ですからプルルートさんには、一刻も早く力ずくでも連れ帰ってもらわないと!(((( ;゚д゚))))アワワワワ』

「無理やりはやだな~……」

『放って置いたら、わたしたちの国も大変なことになるんですからー!ヽ(`Д´)ノウワァァァン』

 

 乗り気でないプルルートに、あちらのイストワールは腕を振り上げて念を押す。

 プルルートは、大きく息を吐いた。

 

「分かってるよ~……それに~、決着を付けたいヒトもいるし……」

 

 スッと、プルルートの目つきが鋭くなる。

 女神に変身した時とも、怒っている時とも違う、どこか憂いを帯びた表情にあちらのイストワールは面食らう。

 

 長い付き合いになるが、彼女のこんな顔は見たことがない。

 

「多分だけど~、あたしとあのヒトは、また戦うことになるよ……」

 

 多分、と言いつつ、その声には何処か決然とした響きがあった。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

⑤ 希望の子は、家族を思う

 

 この所、ロディマスは悲しかった。

 

 自分の姉であるピーシェが、何処かに行ってしまったからだ。

 そのせいなのか、自分に近しい大人であるネプテューヌは暗い顔をするようになったし、大きくて強いオプティマスは怖い空気を纏うようになった。

 

 みんな難しい話しばかりして、ロディマスに構う時間が少なくなった。

 

 でも一番悲しいのは、『父』と『母』に会えないことだ。

 

 幼きロディマスは半ば直観的に、ネプテューヌやオプティマスが親でないことを分かっていた。

 

 彼らのことは大好きだが、やはり本当の両親に焦がれる心はある。

 

 そんな時は、手を伸ばすのだ。

 

 すると目の前に、『穴』が現れる。

 

 『穴』は、通り抜けることは出来ないが、向こう側を覗き見ることは出来る。

 

 触れることの出来ない向こう側に、家族がいるのが見えた。

 

 灰銀の体躯を持つ力強い父。

 

 青い髪を長く伸ばした優しそうな母。

 

 自分と似た姿の兄たち。

 

 さらにはピーシェまでも。

 

 何とか通り抜けられないかと手を伸ばすと、穴はフッと消えてしまう。

 

 だが、悲しくはない。

 予感がするからだ。いつか、家族と会える時が来ると。

 

 幼いロディマスは、その日を今か今かと待ち焦がれているのだった。

 

 きっときっと、そこにはオプティマスやネプテューヌもいるのだろうと思いながら……。

 




今回の解説。

援軍
多分、もう皆忘れているだろう、南海の島に暮らす彼ら。
彼らに礼を尽くす形で、オプティマスが直接迎えに。

フライホエール
元ネタは、サクラ大戦の武装飛行船、翔鯨丸(フライ=翔、ホエール=鯨)

パワードスーツ
見た目は、ほぼそのまんまダイアクロンのパワードスーツです。
Q:何でこんなん出したの?

A:①どう考えてもプラネテューヌが戦力不足だから。
 ②ダイアクロンのパワードスーツがカッコよすぎたから。
 ③タイタンフォール2がツボったから。
 ④そもそもS○GAにはサクラ大戦があったから。

『穴』
お母さんの能力を引き継いで発現した能力。

そして次回はディセプティコン側。
早く戦えやって感じですが、結構重要な話なので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第119話 決戦前に語るべきいくつかのこと side『D』

今週のTFADVは!

何だあの神父、聖人か…………聖人だ。
グリムロックはだんだん成長してますね。
そして次回、ついにアイツが来たーーー!!
嫌ってる人もいるようだけど、自分は大好きです!!



① 嵐の子は航空参謀を見上げる

 

 決戦近づくエディン。

 旧R-18アイランドの上空では、二機のジェット機が超音速で飛び回っていた。

 一機は、鋭角的な機体が特徴的なリーンボックス軍で正式採用されているステルス戦闘機。

 もう一機は、まるで剣を思わせるシルエットを持つ、『黒い鳥』とも呼ばれる半世紀ほど前の高高度偵察機である。

 

 二機は競い合うように雲を切り裂き、青空を舞う。

 音速を超える速さもさることながら、宙返りや急停止、急加速、さらにはバレルロールまで、あらゆる飛行技術も他の追随を許さぬ華麗さだ。

 

 その姿はあたかも舞踏の如し。

 

 ブラックアウトとグラインダー、そしてサイクロナスがそれを地上から見上げていた。

 この幼体は、こうしてスタースクリームの飛行訓練を眺めるのが日課だった。

 

「ふん! スタースクリームの奴め! 戦いも近いのに遊びよって!」

 

 サイクロナスは航空参謀と老兵のダンスに見入っているが、ブラックアウトは例によってスタースクリームに文句を付け、グラインダーは黙って義兄の言葉を聞いていた。

 と、そこへ一台の戦車が進んできた。

 ゴテゴテと武装していて緑を基調とした迷彩柄の、第三世代主力戦車だ。

 チラリと、グラインダーがそちらを見た。

 

「ブロウルか」

「あいつら、またやってるのか。しかし、あのスタースクリームに付いてくたあ、ジェットファイアの爺さんもやるもんじゃねえか」

 

 素直に感心した声を漏らすブロウル。

 実際、彼らの知る中に真にスタースクリームと並べるだけの飛行能力を持った者はいないのだ。

 サイバトロンに残っている直属の部下であり同型のスカイワープやサンダークラッカーでさえ、純粋な飛び方では一歩も二歩も劣る。

 部下を率いる時は、スタースクリームの方が彼らに合わせているに過ぎない。

 故にそれを可能とするジェットファイアの、伝説の戦士と言う評は、なるほどと納得させられる。

 

「ふん! ……それよりもブロウル。何だそのマークは!」

 

 不機嫌そうに排気したブラックアウトは、ブロウルの砲塔を見てさらに顔をしかめる。

 ブロウルの砲塔の脇には、可愛らしいクマの顔が描かれていた。

 

「ああ、これか? パーソナルマークだよ、ちょっとしたオシャレさ」

「弛んどるぞ! そのマークに、戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)は一切無い!」

「そりゃ無いけどな。願掛けみたいなもんさ。俺の幸運のクマちゃんってワケだ」

 

 厳しい声のブラックアウトに、ブロウルは呑気に答える。

 そんな大人たちに構わず、サイクロナスは、スタースクリームとジェットファイアの描く軌跡を見上げ続けていた。

 

 

~~~~~

 

 

② 下っ端は気合いを入れる

 

「ハンカチとティッシュ、それにブラシと歯ブラシ……あ、手鏡は……私のを使えばいいか」

 

 雛たちのための生活スペースでは、レイがピーシェの荷物を纏めていた。

 ついに、イエローハートが実戦に出る時が来たのだ。

 

「これで良し。それではリンダさん、私が留守の間、ガルヴァちゃんたちを頼みますね」

「はい、任せてください!!」

 

 レイの後ろに控えたリンダは姿勢を正して威勢よく返事をする。

 彼女と仲間のドレッズ、そして科学参謀ショックウェーブは本拠地の護りを任されたのだ。

 

「でも、アタイも出撃したかったです……そうすりゃ、憎き女神どもに一発かましてやるってのに!」

「リンダさん」

 

 血気に逸るリンダに、レイは静かに言い含める。

 

「帰る場所を守ることも、立派な仕事です。リンダさんたちがここを守ってくれるから、メガトロン様は気兼ねなく戦えるんですよ」

「う、ういっす! このリンダ、全力でメガトロン様や姐さんの留守を守ります!!」

 

 目を輝かせて拳を握るリンダに、レイは優しく微笑む。

 そんなレイの服を、引っ張る者がいた。

 雛の一体であるガルヴァだ。

 

「ははうえー、ぼくもえんそく、いきたい」

「……ガルヴァちゃん、ごめんなさいね」

 

 たどたどしいながらも大分喋れるようになったガルヴァは、メガトロンのことを本人に教え込まれて父上と呼ぶようになり、自然とレイのことを母上と呼ぶようになっていた。

 レイは、ガルヴァに視線を合わせてその頭を撫でる。

 

「ガルヴァちゃんは、お兄ちゃんだから皆を守ってあげてね」

「はい、がんばるです」

「フフフ、ガルヴァちゃんは良い子ね。……もっとワガママを言ってもいいのよ?」

「ちちうえから、『おとこはしんぼうがかんじん』とおそわりました」

 

 因子を継いだ我が子の言葉に、レイは微笑む。

 そして、スカージに齧りつかれてる丸い魚のようなひよこ虫と呼ばれる小モンスター……かつてマルヴァと呼ばれていた女の成れの果てにも声を懸けた。

 

「あなたもお願いしますね、マルヴァさん」

「あいよー」

 

 呑気に答えるマルヴァに、その脇にいたワレチューが呆れた声を出す。

 彼も留守番だ。

 

「お前、すっかりモンスターの生活をエンジョイしてるっちゅね……」

「ん~? 何か今の方が人間だったころより気楽だしー? 化粧とスキンケアしなくていいし、ジジイどものセクハラ三昧に悩まなくていいしー」

「そ、そうっちゅか……」

 

 アッケラカンとしているマルヴァに、ワレチューは何とも言えない顔になる。

 それから、気合を入れているリンダに視線を向けた。

 

「下っ端の奴も張り切ってるっちゅけど、正直不安っちゅねえ……」

 

 誰にともなく漏れた呟きを、聞く者はいなかった。

 

 

~~~~~

 

 

③ 人造トランスフォーマーたちは口論する

 

 洋上を、飛行戦艦が行く。

 かつてハイドラによって建造された飛行戦艦ハイバード級の二番艦を、ディセプティコンが接収した、その名を『グラディウス』である。

 しかしこの艦はディセプティコンの技術によって、メガトロンに墜とされた一番艦とは別物と言っていい程に改修されている。

 

 翼は大きく力強い物になり、主砲は実弾からビーム砲に換装され、フォースバリアも追加されていた。

 何と言っても目立つのは艦首像だ。蛇頭を模していたそれは、ディセプティコンのエンブレムを模した物に変更され、凄まじい存在感を放っている。

 

 今、この艦はプラネテューヌを攻撃するエディン軍と合流すべく洋上を移動していた。

 

 その艦橋で全身にコードを繋ぎ艦と一体化する形で操船しているのは、人造トランスフォーマーのトゥーヘッドだ。

 

 しかし彼は今、ある問題と直面していた。

 

「トゥーヘッド。どうしても考え直してはくれませんか?」

「スティンガー、それは出来ない。どうしてもだ」

 

 色々あって体を共有しているスティンガーは、母と慕うネプギアや兄弟と呼ぶバンブルビーのいるプラネテューヌへの攻撃に反対していた。

 当然と言えば当然だが、ディセプティコンの一員であるトゥーヘッドが、その言葉を聞き入れるワケにはいかないのも、また当然。

 

「聞いてください。このまま戦い続けて、何になるって言うんです? スティンガーはずっと考えていましたが、答えはでませんでした!」

「我々が考えて答えを出せるほど、簡単な問題じゃあないだろう」

「ではもっと簡単な問題から言いましょう。このまま戦えば、ネプギアたちも、あなたのマスターも確実に傷つきます! 私はそれは嫌です!」

 

 焦りと怒りを感じさせるスティンガーの声に、トゥーヘッドも内心で同意する。

 

「しかし、これはマスターからの命令だ。命令に逆らうことは、プログラムに反する」

「トゥーヘッド、我ら人造トランスフォーマーは、『考える』力を持って生み出されました。そのことの論理的、あるいは実利的な是非は、今は置いておくとして、我々には意思が、心があるんです! 我々にとって書き込まれたプログラムとは本質ではなく規範に過ぎません! ましてあなたは、元々はドローンじゃないですか!」

 

 何としてでもトゥーヘッドを止めようとするスティンガー。

 だが、トゥーヘッドは受け入れない。

 

「だとしても、出来ない……スティンガー、少し眠れ」

「トゥーヘッド! 話しを聞いてください、トゥーヘッ……」

 

 他のシステムからコアクリスタルが切り離され、スティンガーが沈黙する。

 

「すまんな、しかし私がマスターを裏切ることは出来ない。そんなことをしたら、あのヒトは本当に独りぼっちになってしまう」

 

 返事がないことに、少し寂しさを感じながらも、トゥーヘッドは操船に集中するのだった。

 

 

~~~~~

 

 

④ 科学参謀、感情に揺らぐ

 

 ダークマウントの中枢部。

 

 破壊大帝メガトロンはそこに佇んでいた。

 その目の前には、奇妙な機械が置かれていた。

 

 台座状の機械本体から伸びる、六本の昆虫の節足のようなパーツに囲まれて、女神の瞳に浮かぶ紋章と同じ形をした結晶……シェアクリスタルが光り輝いていた。

 機械はシェアクリスタルに向かってエネルギーを送り続けている。

 

 メガトロンは満足げに頷いた後、視線を機械から逸らさずに、傍らに控えたショックウェーブに声を懸ける。

 

「問題なく機能しているようだな。この、シェアアブソーバーは」

「ハッ。ラステイションの真光炉から得たデータを基に改良を重ね、旧タリで得たシェアクリスタルを組み込むことで完成した、この装置。これにより、他国のシェアエナジーを強制的に奪うことが可能となりました」

 

 冷静に答えるショックウェーブ。

 これこそが、建国間もないエディンが大量のシェアエナジーを集められたカラクリである。

 シェアアブソーバーはまさに、この国の心臓と言えた。

 

「ところで、我が君。此度のプラネテューヌへの攻撃に、私も加わりたく存じます。どうか……」

「馬鹿を言うな。お前には、この地を守ってもらわねばならん」

「…………御意」

 

 ショックウェーブの進言を、メガトロンは一刀に伏す。

 

 本拠地ダークマウントを科学参謀ショックウェーブに、要地であるリーンボックスのエディン領を情報参謀サウンドウェーブに任せた。

 その上で、プラネテューヌ攻撃のために総力を尽くす。

 

 準備は万端、まさに必勝を期しての万全の布陣。

 

――オプティマス、今度こそ終わりだ。……覆しようもなくな!

 

 一方でショックウェーブは、内心で残念に思っていた。

 プラネテューヌ攻撃に参加出来なければ、プルルートと決着を付ける機会が無くなるからだ。

 

「…………メガトロン様、お一つお耳に入れたいことが」

「何だ?」

「ミス・レイのことです。彼女の指示で、武装親衛隊が反逆者を国外へ逃亡させていました。彼女を処罰すべきです」

 

 だからと言うワケではないが、レイの不義を主君に洩らす。

 サウンドウェーブは決戦前にメガトロンの心を乱したくないと言って内密にしておこうとしたが、ショックウェーブからすれば、許されざる背信行為を断罪するのは当然のことだった。

 これでレイを見限るだろうと、そう考えていたのだが、メガトロンの答えはショックウェーブの予想を裏切るものだった。

 

「ああ、そのことか。別に構わん」

「………………は?」

 

 らしくもなく、ショックウェーブは愕然とした。

 

「知っておいでだったのですか?」

「あれの傍には、常にフレンジーがいるのだぞ。怪しい動きをすればすぐに分かる。一皮剥けたと思っていたのだが、そこらへんを考慮していないあたり、あれもまだまだ甘い」

「何故、彼女を咎めないのです?」

「一時、反逆者を逃がしたとて、エディンがこの世界を征すれば結局は同じこと。早いか遅いかの違いに過ぎぬ。その程度、見過ごしてやるくらいの貢献はしているからな」

 

 当然のように、軽い調子で言うメガトロンだが、ショックウェーブの胸の内では激しい感情が渦巻いていた。

 メガトロンの言うことが、論理的には一応の筋が通っているにも関わらず、受け入れがたい。

 そしてその理由は説明不能だった。何だか分からないが気に食わない。

 

 人はそれを嫉妬と言う。

 

――何てことだ! この私がこのような感情に振り回されるなど……それもプルルートのせいだ! 奴のせいで、私の論理的思考はズタズタに引き裂かれてしまった!!

 

 ショックウェーブは、グツグツと感情を煮えたぎらせるのだった。

 

 

~~~~~

 

 

④ 航空参謀は決意をその身に刻む

 

 ダークマウントに戻ったスタースクリームは、ジェットファイアと別れ、一人通路を歩いていた。

 途中、何人かの兵士と出くわした。

 

「スタースクリーム参謀! 訓練、お疲れさまです!」

「おう」

 

 敬礼する彼らはクローン兵ではない、かつてハイドラに所属していた航空部隊だ。

 ハイドラの基地が壊滅したおり、スタースクリームに苦も無く撃墜された彼らである。

 彼らは、エディンに組み込まれた後はスタースクリームの部下になったが、そこで航空参謀の文字通り人間離れした飛行技術を目にするうち、すっかり心酔してしまったのである。

 

 スタースクリームの方は、意外と面倒見よく、彼らに自らの技術を伝授していた。

 ものに出来たかどうかは別だが。

 

「もうじき、決戦だ。気ぃ抜くなよ」

「はい!」

 

 適当に相手をしてからスタースクリームは思考を回しながら歩き出す。

 

――ラステイション、ルウィーは上手くいった。リーンボックスはこれからだが、最悪上手くいかなくてもいい。後はホィーリーの奴が上手くやることを期待するしかないな……。

 

 黙考しながら歩くスタースクリームは、やがてある部屋の前に立った。

 扉を開けて中に入ると、そこでは円柱状の容器がある。

 容器は透明な素材でできていて、中が透けて見える。

 そこでは、黄と黒の子供服を着て、明るい金髪の幼い少女が無数のチューブに繋がれた状態で浮かんでいた。

 頭、首、腰、両手首と両足首に、それぞれ金属製の輪を着け、目は閉じている。

 

 名目上とは言えこの国の女神であるイエローハートことピーシェだった。

 

 全身を拘束されたその姿は、エディンという国に囚われた彼女の現状そのものだ。

 

 スタースクリームは強く拳を握ると、胸のキャノピーを開けて一枚の紙を取り出す。

 その画用紙には、スタースクリームと思しいトランスフォーマーと、幼い女の子……ピーシェが手を繋いでいる絵がクレヨンで描かれていた。

 最初にピーシェと出会った時、彼女がスタースクリームに贈った物だ。

 

 小さな画用紙を掲げたスタースクリームは、絵の中の大きな笑顔の少女と、容器の中で目を瞑る少女を重ね合わせる。

 

「…………」

 

 そのまま何も言わず、キャノピーを開けて胸の奥深くに画用紙をしまったスタースクリームは、踵を返して振り返ることなく去っていった。

 

  *  *  *

 

「若いの、そろそろ出陣だ」

「ああ……分かってる」

 

 翌日、ついにプラネテューヌへの攻撃を敢行する時が来た。

 自室にいたスタースクリームは、ジェットファイアに呼ばれて立ち上がる。

 

 その身体には、全身に幾何学的な刺青(タトゥー)が入っていた。

 

「ほう、昔そんなタトゥーを入れてる奴がいたな。名は忘れたが……で? どうしたってんだそれは。そんなじゃ、擬態(ディスガイズ)の意味がないだろう」

「別に、ただの願掛けさ。この後に及んでコソコソと隠れる意味も無いしな」

 

 顎を撫でるジェットファイアの問いに、スタースクリームは素っ気なく答える。

 このタトゥーは不退転の決意の表れだ。

 策は張った、行動もした、知恵は巡らした、力はこれから尽くす。

 

――オールスパークよ、古代のプライムたちよ、俺はアンタらに祈ったことなんぞないが、もしアンタらに不可思議な力があるってんなら、あのチッポケな娘のために、少しだけ後押ししてくれよ。

 

 声に出さずに呟くスタースクリームをジェットファイアは何処か嬉しそうに見ていた。

 

「カッカッカ! 良い顔をするようになってきたな、若いの! 男の顔だ!」

「……行くぞ」

 

 ジェットファイアを伴って、スタースクリームは歩き出した。

 

 

 

 エディンの港から、兵士や兵器を満載した空母が出発し、ダークマウントからはディセプティコンが以前から乗り回していた古代の深海魚のような空中戦艦『キングフォシル』が発進した。

 この後、リーンボックスを飛び立ったグラディウスや、プラネテューヌ南方に展開している自軍と合流し、しかる後にプラネテューヌ首都に向け進軍するのだ。

 

 女神、人間、オートボット、ディセプティコン。

 各々の思いを飲み込んで、風雲は急を告げる。

 

 ついに決戦が始まる。

 

 




次回からいよいよエディン戦争決戦編。

今回のネタ解説

グラディウス
名前の意味は剣闘士が使う剣だけど、ここではPCエンジンの名作STG、グラディウスより。
二隻戦艦がいる以上、区別をつけるために命名。

キングフォシル
こちらもPCエンジンの名作STG、ダライアスシリーズの看板ボス、キングフォシルより。
意味は化石の王と言ったところ。

シェアアブソーバー
原作アニメでも出てきたアレ。
ようするにシェアエナジーを無理やり吸い取る機械。

レイの暗躍を知ってたメガトロン
そりゃ、気づくだろうと。
ショックウェーブが嫉妬してるのは、メガトロンがレイに対して凄く甘いからというのもあったり。

エイリアン・タトゥー
スタースクリームをどこでリベンジ以降の仕様にするか、いっそしないで行くか考えてましたけど、ここでタトゥーを入れることに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第120話 プラネテューヌ マイダカイ渓谷の戦い

エディン戦争、決戦開幕。


 プラネテューヌ南方、マイダカイ村。

 閑静な田舎の村の中を、ビークルモードのブロウルを先頭に無数の人造トランスフォーマーや無人兵器、クローン兵が進軍していた。

 

 鳴り響く兵器群の駆動音と軍靴の足音。

 

「わーい! 遠足楽しいねー! すっすめー、すっすめー!」

 

 そんな物々しい空気の中、空中戦艦に先行して地上部隊の上を飛ぶイエローハート……女神化したピーシェは、無邪気に歓声を上げていた。

 その額、首、腰、両手首に両足首に鎧のような機械が装着されている。

 

 マイダカイ村のさらに先にはまるで巨神が大地を斬りつけたかのような、深い渓谷が横たわっていた。

 切り立った深い谷の底には川が流れ、橋は一本しかかかっていない。

 

 その橋の向こう……プラネテューヌ首都側に防壁が築かれ、村側にも簡易な防壁が置かれていた。

 崖の縁に沿って、戦車が並びプラネテューヌ軍の兵士たちが展開している。

 その砲口、銃口、いずれも対岸に向けられ、さらにその後ろには対空砲が置かれ、要塞の様相を呈していた。

 

 防壁の上に陣取るのは、プラネテューヌの守護女神ネプテューヌだ。

 女神化した状態で橋の向こうの森を睨んでいる彼女の横に、同じく女神化したネプギアが並ぶ。

 

「お姉ちゃん! みんな準備できたよ!」

「ありがとう、ネプギア。防御陣の展開は間に合ったわね」

「うん。……あの、お姉ちゃん、オプティマスさんは……」

「大丈夫よ、ネプギア。オプっちはきっと来てくれるわ」

 

 敵の進軍が予想より早く、援軍を得るためにプラネテューヌを離れたオプティマスは、結局決戦に間に合わなかった。

 それでもネプテューヌの目に迷いはない。

 

「今は、私たちが出来ることに全力を尽くしましょう」

「うん……あのね、お姉ちゃん」

 

 姉の言葉に頷いたネプギアだったが、フッと表情を曇らせる。

 

「無理しないでね。オプティマスさんだけじゃなくて、私やアイエフさんたちも、いるんだからね」

「大丈夫よ。……大丈夫」

 

 安心させようと微笑んだネプテューヌだが、森から聞こえてきた地響きに顔を引き締める。

 木々の合間から副砲やミサイルポッドを取り付けた戦車……ブロウルが顔を見せ、その後に無数の兵士と兵器が現れる。

 

 戦車は橋のマイカダイ村側の防壁を踏み潰そうとしたが、ネプギアが飛び上がりN.P.B.Lをその前の地面に撃つ。

 

「エディンの皆さん、止まってください! それ以上進むなら……撃ちます!」

 

 いったんは止まる戦車だが、それで退く気がないのは明らかだ。

 

「ああー! 悪い女神だー!!」

 

 しかし、イエローハートが飛んでくる。

 

「ピーシェちゃん……」

「悪い女神は嫌いだけど……遊ぶだけならいいってパパが言ってた!」

 

 厳しい顔だったイエローハートは、一転無邪気な笑みになり両腕に爪付きの籠手を召喚、装着する。

 

「だからー……遊ぼー!!」

「待ちなさい!」

 

 斬りかかるイエローハートとネプギアの間にネプテューヌが割って入り、爪を受け止める。

 

「ピーシェ……もう、やめなさい! 本当のあなた戻って!」

「む~……や!」

 

 不機嫌そう顔を歪めたイエローハートは、そのまま力で無理やりネプテューヌを弾き飛ばす。

 しかし、ネプテューヌはすぐに体勢を立て直した。

 

「ピーシェ、必ず元に戻してみせるわ……ッ!」

 

 瞬間、空に暗雲が立ち込め雷が鳴る。

 雲の合間から灰銀のエイリアンジェットが飛来するのを見たイエローハートは喜びの、ネプテューヌは戦慄の声を出した。

 

「パパ!」

「メガトロン……」

 

 それに応えるようにエイリアンジェットはギゴガゴと変形して橋の中央に降り立つや、檄を飛ばす。

 

「何をしている、攻撃を開始せよ!!」

『おおおおお!!』

 

 声を上げ、エディン軍が進撃を始めた。

 メガトロンは、イエローハートを見上げて厳しい声を出した。

 

「イエローハートよ! 貴様は下がっておれ!」

「ええー……」

「下がるのだ」

「は~い、パパ……」

 

 強い口調で言われ、イエローハートは渋々ながら後方へと飛んでいく。

 

「ピーシェ!」

「おっと、娘との交流は控えてもらおうか。貴様のようなチャランポランは教育に悪いでな」

「笑えない冗談ね……!」

 

 イエローハートを追おうとしたネプテューヌの前にメガトロンが立ちふさがった。

 ネプテューヌは太刀を構え、メガトロンに踊りかかった。

 ここでメガトロンがイエローハートを下がらせたのは、もちろん万が一にも洗脳を解かれないためだ。

 

「オプティマスは何処だ? あのお人好しがこの場にいないはずも無かろう」

「メガトロン! もう止めてちょうだい! こんなことが何になるって言うの!」

「答える気は無しか……ならば、一人で消えるがいい!」

 

 これ以上の会話は不要とフュージョンカノンを発射しようとするが、そこに緑の影が立ちふさがる。軍医ラチェットだ。

 

「おっと! 君の相手は私だ!」

 

 ラチェットは不敵に笑いながら回転カッターを振るう。

 医者なのに最前線、それも大将狙い。

 しかしそれがラチェットである。

 

「ラチェットか。医者風情が俺に敵うとでも?」

「私一人なら無理だろうな。だが、生憎と一人じゃないんでね」

「何? ……グッ!」

 

 訝しむメガトロンの背に何者かの狙撃が命中する。

 少し離れた茂みから、ロックダウンが顔面から生やした狙撃銃を収納しながら出てきた。

 

「ロックダウン。貴様、オートボットの狗に成り下がったか」

「いいや、雇い主はプラネテューヌさ」

 

 メガトロン相手にニヒルに笑いながら、ロックダウンは左腕をブラスターに変形させる。

 

「貴様らが組むとはな」

「甚だ不本意だがね」

「同感だが、これも仕事だ」

 

 会話もソコソコに三体の金属生命体による戦いが始まった。

 

「ネプテューヌ! 今は軍の指揮を執るんだ! ピーシェ君を助ける機会は必ずくる!」

「ッ! ……ことここに至っては致し方ないわ! 応戦しなさい!」

 

 メガトロンの剣を躱しながら回転カッターを振るうラチェットの声に、ネプテューヌは軍に勅命を下す。

 

「ただし、決して死なないで!! 生き残ることが、最大の信仰であり国民の義務であると考えなさい!!」

『おおおおお!!』

 

 女神の声に、兵たちは雄叫びでもって答えとする。

 

 エディン戦争、最後の戦い『マイカダイ渓谷の戦い』は、こうして始まった。

 

「来たわね……爆破装置、点火!!」

 

 時を同じくして橋を渡ろうとするエディン軍を見て、防壁のすぐ向こうにいるアイエフは手に持ったスイッチを押す。

 次の瞬間、橋の下に仕掛けられた爆薬が爆発。

 計算された箇所で起こる爆発に、橋は中ほどからへし折れ、川へと落下していく。

 

「これで時間が稼げるわ」

「ええ、ホイルジャックの発明が誤作動しなくて良かったわ」

 

 ホイルジャック謹製の爆薬が上手く作動したことに、アイエフの隣でひたすらエナジーボウを発射しているアーシーは安堵する。

 この渓谷を越えられる橋はここしかなく、プラネテューヌ首都へ進むには大きく迂回しなければならない。

 だがメガトロンは嗤う。

 

「フハハハ! 橋を落とすことなど、最初からお見通しよ! コンストラクティコン部隊、橋を懸けろ!」

『おおおお!』

 

 すると、森の中からミックスマスターらコンストラクティコンがやってくる。

 ビークルモードのロングハウルとオーバーロードが運んできた何かのパーツを皆して荷台から降ろす。

 コンストラクティコンたちがそのパーツを組み合わせていくと、それは巨大な長方形の箱のようになった。

 

「まさか……!」

 

 何をしようとしているのか気が付いたアイエフが部下に指示するより早く、コンストラクティコンたちは長方形の箱……組み立て式の橋を対岸にかける。

 橋は組み込まれた杭打機のような機構とその物の重量により、地面にしっかりと食い込み容易には外せなくなる。

 

「だーはっはっは! これぞコンストラクティコン特製、安い! 速い! 安全! の『インスタントブリッジ』でえ! 三分で完成だ!!」

「んなアホな……」

 

 あまりのことに一瞬愕然とするアーシー。

 簡単に造ったわりには兵器や兵士の重さに十分に耐えうるらしいインスタントブリッジをつたって、エディン軍が首都側に渡ろうとしてくる。

 中世の戦場では城壁に梯子を掛けて城を攻めたというが、これはその現代版か。

 

「ッ! 攻撃開始!! 一人も渡らせるんじゃないわよ! 戦車は橋を狙って!」

 

 橋に殺到するエディン軍の人造トランスフォーマーに向け、次々と銃弾が浴びせられる。

 

「崖の向こうの敵を掃討しろ! 出し惜しみは無しだ!!」

「了解!!」

 

 ラチェットとロックダウンを相手に奮闘するメガトロンの指示に、すぐさまブロウルが変形して砲撃を始め、さらにブラックアウトとグラインダー率いる攻撃ヘリ部隊が崖を飛び越えていく。

 

「フハハハ! 我がプラズマキャノンの前に、沈め!」

「砲台と戦車を優先して狙え!! 最悪、他は放っておいて構わん!!」

 

 変形したヘリ型兄弟はプラズマキャノンで敵陣を薙ぎ払おうとするが、ブラックアウトの背に何か紐のような物が絡みついたかと思うと、電撃が流れる。

 

「ガッ……!」

「どうだ? 俺の電撃鞭の味は!」

 

 それはオートボットの一員、青い体のジョルトの振るう電撃鞭だ。

 

「貴様! ……ええと、ラチェットの助手の……あれだ、ほら……」

「ジョルトだ!!」

 

 名前を憶えていなかったブラックアウトに激怒しつつ、ジョルトはさらなる電撃を流す。

 

「兄者!」

「おっと! テメエの相手は俺だぜ!! 腸をぶちまけな!!」

 

 義兄を援護しようとするグラインダーに斬りかかるのは、両腕にチェーンソーを装備したレッカーズのリーダー、ロードバスターだ。

 一方、インスタントブリッジを渡って雪崩れ込んでくる人造トランスフォーマーに向け、全身に装備したミサイルランチャー『インフィニティ』を発射しているのはレッカーズの一員トップスピンだ。

 敵兵を吹き飛ばすついでに橋も破壊するが、エディン側は次々と橋を懸けていく。

 そうして、遂に一本の橋から敵兵が乗り込んでくる。

 

「攻めてくるってんなら、このレッドフット容赦せん!!」

 

 だが右腕に18連装ガトリング『スクラップメーカー』を着けたレッドフットが敵に鉛玉をぶちこむ。

 

「やれやれ、私は本来こういう実戦は苦手なんだが……そうも言ってられんか。このネガベイターの威力を見よ!」

 

 ホイルジャックは戦車のような自身の発明品、ネガベイターに乗り込んで砲を撃ち続けている。

 このネガベイターは本来、対象を消滅させてしまう恐ろしい兵器だが出力を調整して、そこまでの威力は出さないようにしている。

 さらにパワードスーツ部隊が、人造トランスフォーマーに対抗している。

 

「どけどけどけ!! ボーンクラッシャーのお通りだ!!」

 

 地響きを立てて橋目がけて疾走するのは、ボーンクラッシャーだ。

 その突貫を止められる者、プラネテューヌにはいない。

 

 と思いきや、その眼前に数機のパワードスーツが躍り出る。

 先頭に立つのは桜色の機体で、手にレイピアを持っている。

 その後ろには、薙刀を持った菫色の機体、右腕をマシンガンに換装した黒い機体、拳を強化した赤い機体、肩にミサイルポッドを装備した緑色の機体、特別な装備は無いが何故かフヨフヨと宙に浮かんでいる黄色の機体がズラリと並ぶ。

 

 桜色の機体に乗った隊長のブロッサ・愛染を初めてして全員が劇団員とパイロットを兼業していると言う異色の集団、人呼んで『プラネテューヌ華撃団』である。

 

 エディン軍のかけた橋を逆に渡ってこちら側に来たのだ。

 

『我ら、プラネテューヌ華撃団! ここに見参!!』

「雑魚が!! すっこんでろ!!」

「私たちは一歩も引きません! それがプラネテューヌ華撃団なのです!!」

 

 芝居がかった口上に構わず突撃するボーンクラッシャーに黒い機体が銃撃を浴びせ、続いて緑の機体のミサイルが襲い掛かる。

 腕を交差させて防御したが突撃の勢いを殺され失速したボーンクラッシャーを、黄色い機体の不思議な力で強化された赤い機体が正面から受け止める。

 

「ぐおおお! こなクソ!!」

 

 それでも押し切ろうとするボーンクラッシャーに、左右から桜色の機体と菫色の機体がそれぞれの得物で斬りかかる。

 だが、どこからか空気を切り裂いて刃だらけの殺人独楽のようなブレードホイール・アームズが飛来し菫色の機体はそれを防がねばならず、さらにその後方からバリケードがレッキングクローで桜井色の機体を攻撃する。

 

「おお、バリケード! すまん!」

「何を手こずってる、ボーンクラッシャー」

 

 飛び交う砲弾とミサイル。轟く砲声と怒号。

 有機も、金属も、命有る者は等しく傷つく。

 大地が揺れ、天が焦げる。

 それでも、戦いは続く。

 

  *  *  *

 

 渓谷で手間取るエディン軍の後方からゆっくりと空中戦艦グラディウスが迫っていた。

 単純な火力もさることながら、大量の兵器と兵士を輸送するキャリアーでありさらには戦場にいる人造トランスフォーマーの意思を統一する司令船も兼ねるこの艦は、渓谷と戦場を悠々と飛び越えて兵士たちを投下する予定であった。

 

 プラネテューヌ軍の戦闘機も出撃しているが、スタースクリーム率いる航空部隊に落とされ、さらにグラディウス自体の対空砲火の前に近づくことが出来ない。

 

 しかし、対空砲火の中をサイバトロン式の降下船が潜り抜けようとしていた。

 その降下船を護衛しているのはネプギアだ。

 

「よし! このまま乗り込みます! 降下船は敵艦下部のハッチに突入してください! 少しくらいの被弾には構わないで!」

『おい待て! この降下船は元々俺らのだぞ!! 壊すんじゃない!!』

 

 突入を指示するネプギアだが、当の降下船に乗っているロックダウンの手下が文句を付ける。

 

『『残念でしたぁ!』『拒否権は無い』『レッツ&ゴー!!』』

 

 しかしやはり中に乗っているバンブルビーが無理やり操縦桿を奪って降下船をグラディウスのハッチに突っ込ませる。

 

『ちくしょおおお!! オートボットの性悪小僧があああ!! この船の修理代も報酬に上乗せだからな!!』

「あ、あはは……よ~し、私も!」

 

 聞こえてくる通信に苦笑するネプギアだが、自身も下部ハッチに侵入するのだった。

 

 ……それをある程度離れた所からスタースクリームが捉えていた。

 どうやら、プラネテューヌの連中はワザと防空網に穴を開けておいたことに気が付いてくれたようだ。

 この艦が渓谷の向こうに到達すれば、プラネテューヌに勝ち目は無くなる。そうなる前に、何としても墜としてもらわねばならない。

 

 自分はまだ動けないのだから。

 

 リーンボックスが予想外に早く解放されたことを受けてメガトロンは進軍を早め、そのせいで予想より早く戦いが始まってしまった。

 

 おかげでまだ行動を起こす準備が出来ていない。

 本来の予定なら、開戦する前にカタを着けるはずだったのだ。

 

「まだかホィーリー……早くしないと取り返しが付かなくなるぞ……それとなく手を抜くのも楽じゃねえんだ」

 

  *  *  *

 

 艦内に敵が侵入したのを察知したトゥーヘッドは、すぐさまその映像を映しだす。

 

「来たか……」

 

 そこには、ロックダウンの手下たちに交じってバンブルビーとネプギアが映っていた。

 

「オートボットは排除する。それが私にマスターが課したプログラムだ」

 

 自分の中で眠っているスティンガーに……あるいは自分自身に言い聞かせるように、全ての防御機構を作動させるのだった……。

 

 




戦法が古い? 戦術が悪い?
作者の戦術やら戦略の知恵と知識は、中世ヨーロッパレベルにも満たないんだ!!

プラネテューヌ華撃団のネタをしたくてパワードスーツ出しました!
サクラ大戦ネタとか、分かる人いるのか?

……と言うのはおいといて、先週はトランスフォーマー関連で色々ありすぎました。

TFADV
スタスク来たーーー!!
あのヒョロナガが、随分とたくましくなって……。
しかし、今やD軍もスチールジョーやグラウストライクが頭目を張れる程度の烏合の衆。
支配者になりたいなら今の力でも十分だろうに、打倒メガトロンに拘るあたり、やっぱりスタースクリームにとってもメガトロンは大きな存在なんですね……。

Forged to Fight
G1系列と実写系列がクロスオーバーする新作スマホゲー。
また動く実写アイアンハイドやブラックアウトが見れるだけで嬉しいです。

最後の騎士王
……ああ、この予告篇を見た時、衝撃が凄かったです。
オプティマス、オプティマス……。
顔面破壊大帝とか言われるけども、種族と故郷を再興する機会をフイにして、何人もの仲間を失って。
兄弟弟子にも、師匠にも、守ってきた人間たちにも裏切られて。
それでも人間を守るために戦ってくれた彼があんな……。
洗脳なのか? 偽物なのか? ……まさか悪堕ちじゃない……ない、ですよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第121話 プラネテューヌ スティンガーの復活

先週のTFADVは!

またプレダキング一人ぼっちになってしまったん? 殺されたとも思えないし、どこかに捕まっているか潜んでいるのか……。
もうスタスクは、メガトロンに認めてほしいだけなんでしょうねえ……。宇宙征服もニューリーダーもその手段に過ぎない。
でも、本人が気づいてなくて、やり方がアレだから、いつまでも認めてもらえない悪循環……。

あくまで、個人の感想です。


 エディン軍の空中戦艦グラディウスに突入したネプギアとバンブルビーは、共に乗り込んだロックダウンの手下たちと共に艦内の通路を前進する。

 

「右! タレットガン!」

「正面から人造トランスフォーマーが五体!」

「任せろ!」

 

 傭兵たちは慣れた様子で無数のセントリーガンを破壊し、何体もの人造トランスフォーマーを打ち倒す。

 ネプギアも銃剣からビームを撃ち、人造トランスフォーマーを撃破していく。

 

「ギ…ア…『大丈夫?』」

「……ごめん、あんまりダイジョばない」

 

 バンブルビーが心配そうに声をかければ、ネプギアは複雑な表情を浮かべる。

 対し、傭兵の一人が小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「覚悟が足らない奴だな。『殺す覚悟』をしろよ。戦場では必須だぜ」

「『いらねえよ、そんなもん』『手を汚すのは』『オイラ』『だけで十分だっての』」

 

 共に戦っているとはいえ、バンブルビーは……そしてほとんどのオートボットは、女神に自分たちのようになってほしくはない。

 もちろん頼りにはしているが、そこらへんは線引きをしていた。

 

「ビー……」

「『思いつめないでね』『適材適所』」

「……ふん」

「お前ら呑気に話してる暇はないぞ!」

 

 本来ロックダウンの副官を務める傭兵が一同を注意する。

 倒しても倒しても、次のドローンや人造トランスフォーマーが現れる。

 副官は、ネプギアに問う。

 

「で? 一応の指揮官はアンタだ。どうする?」

「……このまま、艦橋を目指します! この艦は艦橋を押さえれば機能を掌握できます!」

『了解!』

 

 ネプギアの指示に傭兵たちは、仕事は仕事と割り切って従う。

 さっきのネプギアに食って掛かった傭兵も、素直に戦闘に復帰する。

 

 この艦を制圧できるかに、プラネテューヌの命運が掛かっているのだ。

 

  *  *  *

 

 グラディウスの艦橋で、トゥーヘッドは二つの頭に一つずつの目を光らせていた。

 

「第一次防衛システム……突破。第二次防衛システム……突破。しかし、これ以上防衛に兵士を回すワケには……」

 

 この艦に乗っているのは、プラネテューヌ攻撃のための兵。

 あんな少数の敵相手に、消費するワケにはいかない。

 

 だがそれは間違いだ。

 戦力を出し渋って艦を墜とされては元も子もなく、戦力の逐次投入は下策と相場が決まっているのだが、未熟なりしトゥーヘッドにそれは分からない。

 

 分かるのは、メガトロンから預かった兵と艦を無駄に傷つければ、主人ショックウェーブの評価に関わると言うことだけ。

 

 ならば、打つべき手は決まっていた。

 

  *  *  *

 

 戦艦の中を進んでいたネプギアたちは、広い空間に出た。

 部屋の壁に沿って大きな金属製の箱が並んでいる。

 

「ここは?」

 

 傭兵の一人が呟くと、ネプギアは箱を調べる。

 

「人造トランスフォーマーの体を構成する特殊金属、その予備を保管しておく部屋みたいですね。多分、負傷した人造トランスフォーマーの修理に使うんだと思う」

「その通り、さすがは人造トランスフォーマーの母だな」

 

 ハッとネプギアが振り向くと、彼女たちが入ってきたのとは反対の通路から、双頭のトランスフォーマーが現れた。

 その姿を見とめて、バンブルビーが忌々しげに電子音を鳴らし、ネプギアも険しい顔でその名を口にする。

 

「トゥーヘッド……!」

「残念だが、お前たちはここまでだ。……これ以上、メガトロン様より預かったこの艦と兵を傷つけることは出来ない。私が直接相手してやろう」

「ヘッ! テメエ一人で何が出来る! この銃弾で死にな!」

 

 傭兵の一人が早々に会話を打ち切りトゥーヘッドに向け発砲する。

 だが銃弾はさしたるダメージを与えることなく、お返しとばかりにトゥーヘッドは腕を粒子波動砲に変形させて発射する。

 

「散れ!」

 

 副官の声に、バンブルビーとネプギア、傭兵たちは箱の影に隠れて光弾を防ぐ。

 箱が壊れ、中から粒子状の金属が漏れ出る。

 

「囲め、囲め! 相手は一人だ!」

「確かに数の上ではお前たちの方が有利……だが」

 

 トゥーヘッドが手をかざすと、粒子金属が波うち、彼の背中に集合していく。

 そしての前身であるドリラーのそれを思わせる触手の形に結集した。

 

「ここには武器がある。お前たちには意味はなく、私にとって万能の武器がな!」

「何を!」

 

 物陰から銃撃する傭兵たちだが、トゥーヘッドの前に粒子が盾を作り出し、銃弾を弾く。

 機械触手を振るい、ネプギアが後ろにいる箱を真っ二つにするトゥーヘッド。

 ネプギアは飛び上がってM.P.B.Lで斬りかかる。

 

「パンツァーブレイド!!」

 

 盾で防ごうとするトゥーヘッドだが、銃剣は盾ごと人造トランスフォーマーの脇腹を抉る。

 

「ぐッ!」

「特殊合金の強度は、私が一番良く知っています!」

「の、ようだな……だが、これは知っているかな?」

 

 金属粒子がトゥーヘッドの傷口に集まり、瞬く間に傷が再生する。

 

「粒子を取り込んで、傷を治した?」

「確かにお前は我ら人造トランスフォーマーの開発者。しかし、それを実践に足るまで研究を重ねたのは我が主、ショックウェーブに他ならない!」

 

 勝ち誇るトゥーヘッド。

 その背中にさらに粒子が集まり新たな触手が現れる。

 主人の研究によって特殊合金にプログラムを入力して操作する力を得たトゥーヘッドに、ネプギアたちに負ける道理なし。

 ビームや銃弾を盾で弾き、粒子で右腕に巨大なドリルを形作って突撃する。

 

「ッ!」

「後ろに回り込め! 遮蔽物を利用しろ! 何人か援護射撃に回れ!!」

 

 ネプギアが障壁でドリルを受け止めている間に、バンブルビーと傭兵たちがトゥーヘッドの後ろに回り込もうとするが、まるで意思を持つかのように動き回る触手に阻まれる。

 それでもバンブルビーは触手の間をすり抜け、トゥーヘッドに掴みかかる。

 

「ッ!」

「『スティンガー』『のパチモンが!!』『永遠に冷たくなってな!!』」

 

 怒りを込めて右腕のブラスターをゼロ距離発射しようとする情報員と、右腕をブレードに変形させる人造トランスフォーマーの視線が交錯する。

 

 だが、その瞬間トゥーヘッドの左腕が『本人の意思に反して』動き、バンブルビーの右腕を掴んで射線をずらした。

 光弾は、トゥーヘッドの腹の僅かに横を通り過ぎた。

 

『!?』

 

 驚く二者だが、トゥーヘッドはすぐに正気を取戻し、ブレードを振るおうとするが『何故か』腕が動かない。

 その隙に傭兵がナイフを手に後ろから飛びかかろうとするが、瞬間的にトゥーヘッドの触手が反応し、傭兵を弾き飛ばした。

 

「があああ!!」

「ッ! 『テメエ!!』」

 

 悲鳴を聞いて怒りを滾らせるバンブルビーだが、トゥーヘッドは相手の腕を掴んで放り投げる。

 バンブルビーは空中で一回転して綺麗に着地する。

 それを見てホッとしたネプギアは傷付いた傭兵の様子をうかがう。

 

「大丈夫ですか!? 傭兵さん!」

「いや……腹をやられた。こりゃ動けん……くそ、ミスったぜ、素直に銃で撃っときゃよかった」

「負傷者を物陰に! 衛生兵の方に治療してもらいつつ、みんなでカバーしてください!」

 

 しかし、ネプギアの指示に従いつつも、傭兵たちはさらに合理的に判断を下した。

 負傷した傭兵がネプギアに声をかける。

 

 ネプギアに殺す覚悟を説いた、あの傭兵だった。

 

「おい、女神様。俺らがアイツを引き付けるから、お前とハチ野郎は艦橋を制圧しろ。これ以上馬鹿正直にあんなのとやり合う必要はない。ちょうどここに、囮に丁度いい足手まといが出来た」

「ッ! それってあなたたちを……見殺しに、しろってことですか!?」

「この作戦の勝利条件は、この艦を墜とすか、制圧することだ」

 

 理路整然と、当然とばかりに言い切る傭兵に、ネプギアは声を上げる。

 

「そんなこと……!」

「ああもう! 姉の方といい、何で女神ってのはこんな甘ちゃんばっかりなんだ! 勝利のためなら、『何かを犠牲にする覚悟』って奴が必要だろうが!」

「……ッ!」

 

 言われて、ネプギアは意を決してM.P.B.Lを握り締め……。

 

 負傷した傭兵を庇う位置に立った。

 

「な、何を……」

「確かに私には『殺す覚悟』も『犠牲にする覚悟』も有りません。……有るのは、『守る覚悟』だけです!!」

 

 ネプギアの言葉に唖然とする傭兵。

 他の傭兵たちも呆気に取られ、トゥーヘッドすらも驚愕している。

 唯一、バンブルビーだけがヤレヤレと排気しつつ納得した様子で頷いていた。

 

「…………さすがは『アイツ』の母。聞きしに勝る甘ちゃんっぷり……」

 

 そんな声を出したのは、トゥーヘッドだ。

 

「しかし、この場は戦場! その甘さは命取り以外の何者でもない!」

「だとしても! 私はお姉ちゃんやあの子の……スティンガーが恥じるようなことはしない! 助けられる人は助ける、国は守る。両方やらなくちゃいけないのが女神の辛いところです!!」

「ならば、その甘さに容赦なく付け込ませてもらう!」

 

 周囲の粒子がトゥーヘッドの周りに結集し、双頭の人造トランスフォーマーは完全に粒子の中に消えた。

 うねり波打つ金属粒子が形作るのは、長大な蛇のような長虫のような姿。

 サイズダウンしているが、かつてのドリラーその物だ。

 

「私もマスターのために負けるワケにはいかない!!」

 

 ドリラーは咆哮を上げ、真っ直ぐネプギア目がけて突っ込んでくる。

 バンブルビーや傭兵たちの銃撃を意にも介さず、ドリラーはまるで獲物に跳びかかる蛇のように女神候補生に一直線に向かっていく。

 咄嗟にネプギアを抱えてよけようとするバンブルビーだが、距離があって間に合わない。

 さらに、ネプギアが避ければ後ろの傭兵がドリラーの餌食になってしまう。

 双頭の人造トランスフォーマーは、そこまで見越しているのだろう。

 ネプギアは障壁を張ってドリラーを防ごうとした。

 

「もういい! あんた逃げろ!!」

「いいえ、逃げない! 退くことだけは、できません!!」

 

 悲鳴を上げる傭兵に構わず、ネプギアはドリラーの巨体を障壁で受け止める。

 案の定、障壁はアッサリと砕け、ドリラーの何重にも牙の連なった口がネプギアの美しい肉体を飲み込もうとして……。

 

 

 

 

 

 寸前で、静止した。

 

 

 

「え……?」

 

 思わず声を出すネプギアの前で、ドリラーは細かく振動するが、それ以上動く様子は無い。

 

「ッ!」

『まったく……無茶しすぎです、ネプギア』

 

 ギチギチと体を鳴らしながら、しかし動くことが出来ないドリラーから、トゥーヘッドの物ではない声が聞こえた。

 同時に、ドリラーの体が粒子に戻って崩れていく。

 

「その声……」

『優しいのはあなたの美点ですが、同時に弱点ですね。失くしてはいけない弱点ですが。……それとバンブルビー、不甲斐ないですよ。あなたはネプギアを守るんでしょう? 兄弟』

「『兄弟?』……ま…さ、か…!?」

 

 ネプギアもバンブルビーも、その声の、その言葉の意味することに勘付き、目を見開く。

 そんなことがありえるのか?

 

 ドリラーが完全に崩れ去り、残ったのは床に膝を突いたトゥーヘッドだ。

 

「やはり……やはり、お前か!」

 

 碌に動かない体でトゥーヘッドは、憎々しげに異変の原因となっている存在の名を呼んだ。

 

「スティンガー!! ぐ、ぐわあああ!!」

 

 トゥーヘッドが悲鳴を上げたかと思うと、装甲の中から一筋の光が飛び出す。

 それは、小さな輝く結晶だった。

 

 結晶の周りに特殊金属の粒子が集まり、人型を作っていく。

 蜂を思わせるバトルマスク、鮮やかな赤の体色。

 バンブルビーに似せて作られ、トラックスたちの雛型となった姿へと。

 

 ネプギアが、ホイルジャックが、アノネデスが、生み出した人造トランスフォーマー第一号の姿へと。

 

 

 スティンガーの復活だ。

 

 

 

「肉体の再構成完了……機能に問題なし」

 

 赤い人造トランスフォーマーは、ゆっくりと腕や肩、首を回す。

 

「スティンガー……お前ぇぇ! コアクリスタルは隔離していたはずだ……!」

「あなたが使ったのと同じ手です。インセクティコンの一匹のプログラムを書き換えて、あなたのプログラム制御を奪わせてもらいました」

「ふ、不覚だ……!」

 

 悔しげに呻くトゥーヘッド。

 ネプギアとバンブルビーは信じられないと言った顔で、スティンガーを見つめた。

 

「スティンガー……本当にスティンガーなの? どうやって……」

「『いったい何たって』『そんなとこに?』『まるでワケが分からんぞ!?』」

 

 当然の如くスティンガーに疑問をぶつける二人だが、スティンガーは首を横に振る。

 

「その話は長くなるので、後にしましょう。ただ、一つハッキリしているのは、私は偽物でもコピーでもなく、紛れもないスティンガーだと言うことです」

「スティンガー……」

 

 我知らず、涙ぐむネプギア。

 理屈は分からなくとも、スティンガーが帰ってきてくれたことが何より嬉しい。

 バトルマスクを外し、バンブルビーによく似た顔で微笑むスティンガーだが、表情を引き締めた。

 

「さあ、この戦艦を無力化しましょう」

 

 スティンガーは集中し、改めて戦艦のシステムに接続を試みる。

 

 動けないトゥーヘッドは、傭兵たちに四方から銃を突きつけられていた。

 だが、その装甲の隙間から二匹のインセクティコンが這い出したことに気が付く者はいなかった。

 

 二匹の内、一匹は戦艦の外へ、もう一匹は戦艦の奥深くへと飛んで行った。

 集中していたスティンガーだったが、突然の衝撃にシステムの掌握を中断せざるを得なかった。

 

「この揺れは……?」

「自爆装置を作動させた。お前たちに奪われるくらいなら破壊する。合理的な手だ」

 

 静かに放たれたトゥーヘッドの言葉に、傭兵たちが慌てだす。

 

「マジか!? お前も死ぬぞ!」

「覚悟の上だ」

「ぐッ……急いで脱出しないと!」

「はい! 皆さん、撤退します! 降下船まで戻ってください!」

 

 ネプギアの号令に傭兵たちは即座に撤退を開始する。

 

「スティンガーも、早く!」

「待って、ネプギア。今、この艦を人のいない所に落ちるように移動させます。……それと、待機状態の人造トランスフォーマーたちのいる区画を切り離します。落とす場所は崖の手前側にしておけばいいでしょう。これで、彼らも大丈夫」

 

 システムを介して人造トランスフォーマーたちを脱出させ、スティンガーは動けないまま捨て置かれようとしていたトゥーヘッドに近づく。

 

「トゥーヘッド、あなたもいっしょに行きましょう」

「……馬鹿を言え。こうなった以上、艦と運命を共にするのが筋だろう」

 

 にべもなく断るトゥーヘッド。

 だがスティンガーは、そんな双頭の人造トランスフォーマーの腕を自分の肩に回す。

 バンブルビーは、弟分の行動に怪訝そうな表情になった。

 

「ス…ティ…ン…ガー…?」

「すいません、バンブルビー。でもトゥーヘッドは、スティンガーのトモダチなんです」

「トモダチ、だと?」

 

 スティンガーの言葉に誰より驚いたのは、当のトゥーヘッドだった。

 双頭の人造トランスフォーマーに、スティンガーはニッと笑む。

 

「違いましたか? スティンガーはそのつもりでしだが」

「…………」

 

 トゥーヘッドは、もう何も言わずにされるに任せた。

 バンブルビーはフッと排気すると、スティンガーが担いでいるとは反対側の腕を肩に担ぐ。

 

「『しょうがねえなあ』『さあ行くぞ』『ゴーアヘッド!』」

「ありがとう、兄弟」

 

 そんな二人を見て、ネプギアはあらためて実感を得る。

 

 やっと、スティンガーが帰ってきてくれたのだ。

 

「スティンガー、後で聞かせてね。あなたに何があったのか、友達のこととか、ね」

 

  *  *  *

 

 あまりのことに唸り声をあげるメガトロンだが、その隙をラチェットとロックダウンが見逃すはずもない。

 渓谷を眼前にしてメガトロンとラチェット、ロックダウンの戦いは続いていた。

 

「温いわぁあああ!! 貴様ら如きに、この首取れると思うなよ!!」

「ハッ! 自分を特別視するなよ! お前なんかタダのトランスフォーマーだ!!」

「悔しいが同感だね!」

 

 ラチェットのEMPブラスターを受けながらも、ロックダウンのフックを剛剣ハーデスソードで受け止めるメガトロン。

 力比べで敵うはずもないため、すぐさま相手の腹を蹴って離脱したロックダウンだが、メガトロンはフュージョンカノンでそれを撃とうとする。

 瞬間、待ってましたとばかりにラチェットが回転カッターで後ろから首に目がけて斬りかかる。

 宿敵同士であるにも関わらず、いや宿敵なればこそ相手のやろうとすることが分かると言ったところか、ラチェットとロックダウンの連携は中々のものだ。

 

「おのれ、雑魚どもが……ムッ!」

 

 二対一でもなおも互角に戦うメガトロンだが、グラディウスが渓谷を眼前にして方向転換し、戦場から遠ざかろうとしていることを察知した。

 

「何をしている! 何故離れる!! トゥーヘッド、応答せよ!! トゥーヘッド!!」

 

 獅子の如き唸り声を出すメガトロンの顔の横に、いつの間にかインセクティコンが止まっていた。

 インセクティコンから送られてくるデータから、メガトロンはトゥーヘッドの敗北を知る。

 

「ッ! 何というざまだ!! ショックウェーブめ、部下の教育はちゃんとせんか!!」

 

 怒り心頭のメガトロンは天に向かって叫ぶ。

 彼方で、空中戦艦グラディウスが火の玉となって消えた。

 

「なんちゅう脆い船じゃ」

「何だそれは?」

「いや、言わなきゃいけない気がしてね」

 

 燃えながら遠くへ落ちていく空中戦艦を見て、何故かラチェットが声を漏らしロックダウンがツッコミを入れる。

 

「ええい、かくなる上は! レイ、レェェェイ!! イエローハートを呼ぶのだ!!」

 

 メガトロンの咆哮を受け、雲の中から新たな影が現れる。

 大きな翼と角ある女神、レイが女神態で空から降りてくる。

 天を覆う暗雲と雷鳴は、彼女の仕業であるらしい。

 だとすれば、人間離れならぬ女神離れした力だ。

 

「いいのかしら? もうちょっと温存しとく予定では?」

「今更、出し惜しみ出来る状況ではないわ!!」

 

 軍の指揮を取っていたネプテューヌはそれを見上げた。

 

「レイさん!」

「いつか言ったでしょう? 今度もまた、敵として出会うってね」

「私も言ったはずよ。あなたたちがプラネテューヌに攻めてくるのなら、全力で抵抗すると!」

「…………おいで、ピーシェ」

 

 太刀を構えるネプテューヌを一瞥したレイが手招きすると、雲の中に潜んでいた古代魚のような空中戦艦キングフォシルから、イエローハートが飛び出してくる。

 

「はーい、ママー!!」

「ピーシェ、教えた通りにしなさい。ただし、体に変な感じがあったり、痛かったりしたらすぐに言いなさい。分かったわね?」

「はーい! それじゃあ……いっくよー!!」

 

 元気よく答えたピーシェの全身に装着した機械が光だし、黒いオーラのような物が吹き上がる。

 

「みんなー! パワーアーップ!」

 

 すると、ディセプティコンや人造トランスフォーマーたちも黒いオーラに包まれ、戦いで負った傷が治っていく。

 

「フハハハ! いいぞ……いいぞぉ! 力が漲るわ!!」

「おお……! これがシェアエナジー! 氷のように冷たく、溶岩のように煮え滾り、闇のように底が知れん!!」

「傷が治っていくぜ! これなら、いくらでも戦えるってもんよ!!」

 

 新たな力に歓喜の声を上げるディセプティコンたち。

 

「これは……シェアエナジーの共鳴!?」

 

 女神とトランスフォーマーの間に起こり、互いを強化するシェアとスパークの共鳴。

 プラネテューヌでの最初の戦いではオプティマスを強化し、ズーネ地区でも戦いでは女神候補生とオートボット逆転勝利をもたらし、オプティマスとネプテューヌの合体の鍵ともなったそれ。

 今まで女神とオートボットたちを救ってきた現象が、ディセプティコンたちに恩恵を与えているのだ。

 

「このために……ピーシェを!」

 

 ネプテューヌは俯いて拳を血が出るまで握り締めた。

 あの機械で、ピーシェのシェアエナジーを無理やり共鳴状態にしているに違いない。

 グチャグチャに混ざり合って煮えたぎる複雑な感情に、ネプテューヌが翻弄されている間にも、メガトロンは青いオーラに包まれて部下たちに号令をかける。

 

「立ち塞がる者は打ち破れ! 刃向う者は叩き潰せ! オートボットと女神を破壊しろ!! 我らの勝利は目前ぞ!!」

『おおおおおおッッ!!』

 

 雄叫びを上げ、エディン軍は一斉攻撃を再開した。

 

 

 戦いは、終わらない。

 




そんなワケで、何十話かぶりにスティンガー復活。
やたらアッサリ墜ちる戦艦も、TFらしいんじゃないでしょうか。

まあ、こんな状況とはいえ、女神たちまで『覚悟』を免罪符に戦いに囚われなくていいよねっていうことです。
あくまで私心ですが、他人に覚悟を説くなら、他人が綺麗でいるために自分が汚れ役に徹するくらいの覚悟はもってほしいと思う今日この頃。
繰り返しますが、あくまで私心です。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第122話 プラネテューヌ サイバトロンの掟

TFADV最終回!

いやー、とりあえず丸く収まって良かった。
難点を言うなら、もうちょっと賞金稼ぎたちのキャラを掘り下げてほしかったかな?(特に、もとオートボットのラフェッジ)


 時間は遡る。

 マイダカイ渓谷でプラネテューヌ軍とエディン軍が激突する、その少し前のこと。

 プラネテューヌの遥か南の海に浮かぶ孤島。

 その海岸にクジラを思わせる武装飛行船が停泊していた。

 

 島の中央にそびえる山の上にある遺跡。

 かつてはこの島に存在したセターンと言う王国の王城だったここに、赤と青のファイアーパターンの体色も眩しいオートボット、オプティマス・プライムが立っていた。

 

「騎士たちよ、ゲイムギョウ界に危機が訪れた。友人たちが助けを求めている。どうか、私たちに力を貸してほしい」

 

 厳かに言うオプティマスの前に、遺跡の奥から光の球体が二つ現れたかと思うと、人の姿になる。

 ネプテューヌ、ネプギア姉妹とよく似た容姿だが、異国情緒溢れる衣装と蛇を模した髪飾り、浅黒い肌に白い髪の少女たちだ。

 オプティマスは深く頭を下げた。

 

「ヴイ・セターン姫、ハイ・セターン姫。ご機嫌麗しゅう」

「久しいなオプティマス。……だいたいのことは把握しているつもりだ。我らはこの場にいても外の世界のことを感じ取れるが故な」

「あなた方には恩があります。出来れば助けになりたいのですが……それを決めるのは我々ではなく、騎士たちです」

『……出でよ! 竜の騎士たち!』

 

 声を合わせるヴイとハイに答えるように咆哮が四つ、城の奥から聞こえてくると、地響きのような足音を立てて、オプティマスの二倍はある巨大な影が姿を現した。

 

 強靭な二本の足に短い腕、力強い顎と長い尻尾、そして二本の湾曲し角。金属で構成された肉体を持つ太古の竜だ。

 

 両肩に牙の生えた顎の意趣を持ち、額に一本の角が生えた、騎士甲冑を思わせる姿の巨人だ。

 セターン王国を守護する竜の騎士団(ダイノボット)のリーダー、炎の騎士グリムロックである。

 オプティマスは今一度、礼をする。

 

「騎士よ。まずは再会に感謝を」

「我、グリムロック! 友よ、また会えて、グリムロック、嬉しい」

 

 豪放に笑うグリムロックに、相変わらずのようだと笑い返すオプティマス。

 

 いつの間にかダイノボットの残る三騎士が周りに立っていた。

 

 マントを背負った小柄な風の騎士ストレイフ。

 

 肩に突起の生えた重装甲の大地の騎士スラッグ。

 

 右腕が長く太い鞭のようになっている巨躯の水の騎士スコーン。

 

 セターン改めダイノボット・アイランドを守る竜の力を宿す騎士団、ダイノボットがここに集合した。

 

「友よ、我々に力を貸してくれないか?」

「応! ……でもその前に、オプティマスの腕、鈍ってないか確かめたい」

 

 グリムロックの言葉に、オプティマスは頷く。

 ダイノボットの力を借りたければ、自らの力を示すしかない。

 

「時間が無い。早く始めよう」

 

 剣と盾を構えるオプティマス。

 グダグダと文句を言って時間を無駄にしたくない。

 グリムロックは金属の顔に凶暴な笑みを浮かべた。

 両者は、雄叫びを上げる。

 

「オートボット総司令官オプティマス・プライム! 参る!!」

「ダイノボットが長、炎の騎士グリムロック! 受けて立つ!!」

 

 闘いが始まった。

 

  *  *  *

 

 そして、時間は現在に戻る。

 

 ――まだか……。

 

「敵の攻撃は苛烈! 我、救援を乞う! 繰り返す、我、救援を乞う! クソが! あっという間に傷が塞がっちまう!!」

「駄目です! こいつら火力も上がって……!」

「プラネテューヌ華撃団、敗走! 幸い死者は出ていませんが、もう戦線を維持できません!!」

「残存兵力は集結して防御陣形を組んで! 急いで!!」

 

 ダイカマイ渓谷の戦場を、エディンの軍が蹂躙する。

 傷付いてもすぐに全快で戦線復帰し、さらに力を増したディセプティコン相手に、プラネテューヌの軍とオートボットたちでは持ちこたえることが出来そうになかった。

 

 ――まだか、まだか、まだか……!

 

「ヒャッハー!! 皆殺しだぁああ!!」

「殺せ、殺せ、殺せ!!」

『うおおおお!!』

 

 シェアエナジーの共鳴には、戦意を高揚させる効果もあるらしく、人造トランスフォーマーたちはいつにない凶暴な雄叫びを上げる。

 

 ――まだか、まだか、まだか、まだか、まだか、まだか!!

 

 そんな中、航空参謀スタースクリームは、ただ一つの報せだけを待っていた。

 

『落ち着け、若いの。焦ってコトを仕損じたたら、元も子もないぞ』

『分かってらあ! だが、このまま手遅れになったらこっちの負けも同じだ! ここらへんが、ピーシェが許されるギリギリなんだよ!』

 

 ジェットファイアからの秘匿通信に、スタースクリームは焦燥した調子で答える。

 これ以上犠牲が出れば、ピーシェの洗脳が解けても禍根が残る。

 敵国の女神の、憎い仇の、幸せを願わぬ者が必ず現れる。

 

 ピーシェが何の遺恨も無く、元に戻るためには、この辺りが限界なのだ。

 

 故に、スタースクリームはホィーリーからの通信を待ち焦がれる。

 

  *  *  *

 

「うーん……!」

「集中して、心を震わせるの。……そう、よく出来てるわ」

 

 エディン軍とシェアエナジーを共鳴させ続けているイエローハートにレイが優しく声をかける。

 この戦いにおけるレイの仕事は、イエローハートのサポートと守護だ。

 元々、偶発的に起こる共鳴を無理やり起こさせているのだから、イエローハートにも負担が掛かるのだ。

 

「大丈夫、気を落ち着けて……」

「ピーシェ!」

 

 そこへ、合流したネプギアに指揮を任せたネプテューヌが飛んできた。

 

「ピーシェ!! もうやめてちょうだい! これ以上は……!!」

「……待ちな」

 

 悲痛な声を上げるネプテューヌだが、その前にレイが雷を纏って立ちはだかった。

 

「退きなさい。これ以上の戦いは無駄。素直に兵を引き、首都に最終防衛線を築くことをお勧めするわ」

「そんなことは……」

「出来ないと? 何故? このままではあなた方の敗北は必至よ。それよりは、再起に賭ける方が無難だと思うけど」

 

 女神化した状態でも、冷静かつ平静とした態度のレイに、ネプテューヌは内心の混沌とした感情を見つめる。

 国を守るため、オプティマスとの約束を守るため。

 いやそうではない。

 それもあるが、それだけではない。

 

「……これ以上、ピーシェを傷つけないためよ」

「…………」

「その子が正気に戻った時、いつか罪悪感を抱かなくてもいいように、その子がこれ以上、誰かを傷つけないで済むように、ここで止める」

 

 ネプテューヌの言葉を受けてなお、当のイエローハートは首を傾げるばかりだ。

 

「ママ、何言ってるの、あの女神? ねえ、ママ……ママ?」

「……ハッ!」

 

 一方で、レイは表情を嘲笑とも愉悦とも付かぬ笑みで歪める。

 瞳が小さく窄まり、狂気的な表情へと変わる。

 

「大した女神様だこと! 子供一人のために、国を質に入れるのかい!!」

「そんなことはしない。ピーシェも、プラネテューヌも、両方護る!!」

「欲張りなこって……なら、仕方がないねえ。来な、後輩女神。遊んでやるよ。……ピーシェは、そこで共鳴を続けなさい」

 

 天覆う黒雲で雷が鳴り、レイは杖を構える。

 

「クロスコンビネーション!!」

「破戒の舞闘!!」

 

 ネプテューヌとレイ、二人の女神の連撃を繰り出す。

 太刀と杖が交錯し、火花が散る。

 武器での戦いでは、ネプテューヌの方が僅かに上……いや、そこにレイが蹴りを差し込み、ネプテューヌの脇腹を蹴る。

 

「ッ!」

「武器に頼り過ぎだよ! もっと感覚を研ぎ澄ましな!!」

 

 最後に戦った時よりも技の切れが上がっている……いや、記憶とともに切れを取り戻したと言った方が正しいか。

 

「ほらほら休んでる暇はないよ! 審判の雷霆!!」

 

 杖と太刀の応酬が続くなか、レイが杖を掲げると暗雲から次々と稲妻が落ちる。

 

「キャアアア!!」

「これが本家本元の女神の天罰さ!!」

「くうう……!」

 

 躱そうとし、あるいは防ごうとするネプテューヌだが、強力な雷を前に上手くいかない。

 女神の頑強さで持って耐えるネプテューヌに、レイはさらなる雷を浴びせる。

 

「どうしたんだい? このままじゃ丸焼きになるよ!!」

「ッ……ううう! はあああッ!!」

 

 気合いの雄叫びを上げたネプテューヌの体から強いパワーが放たれ、一瞬だけ雷を弾く。

 その一瞬で、ネプテューヌは人間、女神に続く第三の姿である四枚の前進翼を持った未来戦闘機の姿に変じると、スラスターからジェットを噴射してその場から離脱した。

 

「ッ! なるほど、そういう方がお好みかい!」

 

 次いでレイも光に包まれて飛行戦車の姿に変身し、ネプテューヌを追う。

 砲塔の両サイドから生えた角から、電撃弾を機銃のように発射するレイ。

 回避されるが、続いて主砲を発射。

 ネプテューヌは、これを躱しつつ宙返りでレイの後ろに回り込み、ビーム機銃を浴びせる。

 

「む!」

「どうやら、こういう戦いは私の方が得意なようね。伊達にシューティングゲームで遊んでいないわ!」

「思いっきり伊達だろ、それ!」

 

 ツッコミを入れつつ、レイは一切ダメージを負っている様子はない。

 スピード、機動性ならネプテューヌ。火力、耐久力ならばレイの方が勝っているようだ。

 ドッグファイトの決着は中々つかず、両者は超高速で飛行し続ける。

 

 その間にもピーシェは共鳴を続けるが、その身体から吹き出す光が途切れ途切れになってゆく。

 

「あれれー……? ママー……何かおかしいよー……」

「ッ!」

 

 すぐさま、レイは女神の姿に戻りネプテューヌを放っておいてイエローハートの傍に飛んでいく。

 

「ふええ……力が入らない」

「ピーシェ! ……メガトロン、メガトロン! 」

 

 ふらつくピーシェを支え、レイはメガトロンに通信を飛ばす。

 

「そろそろ限界よ! いったん調整がいる!!」

『もうか!? 早すぎるぞ!!』

「しょうがないだろう! 今はここまでで良しとしな!!」

『……まあいい、渓谷は制圧した。ここからは単純な力押しでいける』

 

 獅子のような唸り声を出したメガトロンが通信を切ったのを確認し、レイはやはり女神態に戻ったネプテューヌに視線をやる。

 

「と、言うワケさ。今は兵を引かせな」

「…………」

「これ以上やったら、双方無駄死にだって言ってるのよ」

 

 ピシャリと言い放ち、レイはイエローハートを連れて飛び去る。

 

『お姉ちゃん! 軍を後の砦に下がらせたよ!』

「……分かったわ、今は体勢を立て直しましょう」

 

 ネプギアからの報告に答え、ネプテューヌは後方の陣に向け飛んでいくのだった。

 

  *  *  *

 

 スタースクリームは敵機を撃墜しながらも、殺さないように気を使う。

 向こう側の兵器は総じて生存性に拘った作りになっているようなので、比較的容易ではあるが……それも長くは持たない。

 

 焦りがジワジワとスタースクリームのブレインを蝕む。

 いっそ、計画を前倒しにしてメガトロンを攻撃すべきかと迷うが……。

 

『……スタースクリーム、待たせた。洗脳電波発生装置の無力化に成功したぜ』

 

 待ちわびた通信がやってきた。

 

「やっとか、ギリギリだぞ……」

『しゃあねえだろ! 俺みたいのが警戒厳重な臨時基地の奥に忍び込むのは骨だったんだぜ!!』

「まあ、いい。テメエはさっさと脱出しろ」

 

 考えてみれば、このタイミングで良かったのかもしれない。

 ちょうど、プラネテューヌ軍は体勢を立て直すために後方に結集し、エディン軍はこれを完全粉砕するために集結していて、ピーシェは後方に下がって調整を受けている。

 

 『こと』を起こすなら、今しかない。

 

「時が来たな」

 

 いつの間にか、隣にジェットファイアがいた。

 まったく不思議なご老体である。

 何を考えているのか分からない、何処まで正気かも分からない食えない御仁だ。

 

 しかし、何だろう、スタースクリームはまるで何万年も前からの友人であったかのように、この老人に頼もしさを感じていた。

 

『スタースクリーム!』

「ホィーリーか、何だよ?」

『絶対に成功させろよ! ピーシェも、爺さんも、テメエも無事に終わらせて、めでたしめでたしってエンディング以外、俺は認めねえからな!! それがヒーロー物のお約束てもんだろ! テメエは、愚か者で、ニューリーダー病で、スタースクリームだけど! あの子にとっちゃスーパーヒーローなんだよ!

 

あの子(ピーシェ)が選んだ、あの子(ピーシェ)のヒーローは、お前なんだよ!

 

だから、だからよ……」

「……ハッ! 誰に物言ってやがる!!」

 

 泣きそうな声のホィーリーに、スタースクリームは不敵に笑う。

 仲間は錆びついた老人と針金細工のようなチビ。

 ああしかし、少なくとも、一人で事を起こすよりは、だいぶマシだ。絶対にマシだ。

 

「行くぜ……!」

 

  *  *  *

 

 両軍は、いったん戦闘を中止してそれぞれの前線基地に戻っていた。

 ここまでの間に、渓谷を占拠したエディン軍は、本格的な橋の建造を初めていた。

 それを眺めながら、メガトロンは満足げに嗤っていた。

 

 リーンボックスが陥落したのは予想外だったが、まだまだこちらの優位は揺るがない。

 戦艦が落ちたことで下がりかけた士気も、虎の子のシェアエナジーの共鳴を見せることで回復した。

 

 オプティマスが現れないのは、おそらくエディン本土を攻めているからだろう。

 だが、本土を守るのは科学参謀ショックウェーブ。メガトロンが最も信頼するディセプティコンの一人。

 敵を殲滅出来ずとも、徹底して防衛するだけで良い。

 そうすれば勝てる。

 

「メガトロン様! 我ら直属部隊に敵の掃討をお任せください! 必ずや女神とオートボットどもを破壊してご覧に入れます!!」

「俺たちコンストラクティコンに任せてくれりゃあ、デバステイターに合体してすぐに叩き潰して見せますぜ!!」

「まあ、待て……む」

 

 逸る部下たちを宥めていたメガトロンだったが、その隣にガオン!という異音と共に空間が切り裂かれ、中からレイが出てくる。

 メガトロンが一瞥すると、レイは一礼してから報告する。

 

「メガトロン様。ピーシェちゃんは、今しばらく調整が必要です」

「そうか、終わりしだい呼び戻せ。……しかし便利な物よな。そのポータルとやらは。輸送や攻撃に転用できそうだ」

「残念ながら、ポータルは非常に不安定で、私以外が入ると何が起こるか分からないんですよ」

「なるほどな」

 

 二人で話していると、スタースクリームとジェットファイアが近くに降り立ち、ゆっくりと歩いてきた。

 その顔は堂々としていて、覇気があった。

 最近、スタースクリームがこういう顔をするようになったのはメガトロンにとって嬉しい誤算だった。

 才覚と気骨を見込んでNo.2にしたが、どうにも小悪党な部分が抜けない。

 いい加減、見限ろうかとも思っていたが、ようやっと男の顔をするようになってきた。

 

 スタースクリームは、その目を挑戦的にギラギラと燃やす。

 

「メガトロン……俺は、あんたに挑戦する!!」

 

 しかし、その言は、さすがに予想外だった。

 いつものこと、そう切り捨てることは出来ない熱意があった。

 

「……何のつもりだ?」

「言った通りさ。……こっちからも質問させてくれ。この戦いは何のためだ」

「何を言う。宇宙支配、圧制を通じての平和ために決まっている」

 

 淀みなく答えるメガトロン。

 直属部隊とコンストラクティコンがスタースクリームを取り囲むが、構わずスタースクリームは続ける。

 

「圧制を通じての平和、ね。……それはディセプティコンの大義じゃねえ、あんたの大義だ!」

 

 航空参謀は、破壊大帝に指を突きつけた。

 

「この戦いの大義は、最初は抑圧と差別からの解放だったはずだ!! それがいつの間にか宇宙支配に拡大した!! 圧制からの解放者だったはずのあんたは、今や自分が圧制者に成り果てたんだ!!」

 

 スタースクリームの言葉に、ディセプティコンの兵士たちはざわつく。

 

「……もっとも、俺らに非が無いとは言わない。ディセプティコンってのは強い者の言葉には、よく考えずに従っちまう部分があるからな。もうほとんど誰も、軍団の大義なんざ憶えてないのかもな」

 

 今にも飛びかからんとするブラックアウトを、メガトロンは視線で制した。

 スタースクリームは、大きく排気する。

 

「今や変革の時、トランスフォーマーは老いぼれていない、新しいリーダーを求めている!」

 

 お決まりのフレーズ。だが、今回はいつもと違った。

 

「……憶えてるか? 元々は、あんたの言葉だ。かつて、この言葉にディセプティコンは夢を見た。もう、ディセプティコンだからって理由で権利を奪われ、尊厳を奪われ、生命を奪われることのない世界をだ! 俺だって、その一人だった」

 

 言葉を聞くうちに、メガトロンの表情が剣呑に歪んでゆく。

 

「……だが、結果はどうだ? 星は焼かれ、オールスパークは失われた!! この戦いの正当性なんざ、当の昔に失われてたんだよ!!」

「何を言い出すかと思えば……大義? 正当性? そんな物は、勝ち取ればいい。力で奪い取るのが、我らディセプティコンの在り方よ。言葉を並べて何かを得ようと言うのは弱者の絵空事、そんな言葉に耳を傾けるのは、もはや武官ではなく文官だ!!」

 

 天を揺るがすが如き、破壊大帝の怒声。

 しかし、スタースクリームは真っ向からそれを受け止める。

 

「話しを逸らしてんじゃねえよ! ゲイムギョウ界に来てからの俺たちの目的は、エネルギーを確保することと、惑星サイバトロンを復興することだったはず! それだって、ピーシェがいる時点で、達成出来たはずだ! しかし、あんたはオートボットを……オプティマス・プライムを倒すことに拘った! ……あんたは私怨で、目的を見失っているんだ!! 今も、昔も!!」

 

 言っていて、スタースクリームの表情は段々と泣きそうな物になっていった。

 気付いたからだ。

 

 スタースクリームにとって、メガトロンは『憧れ』だった。

 

 自覚してしまえば、あまりに簡単で滑稽な答えだ。

 

 メガトロンはスタースクリームの必死な言葉にも傲然とした態度を崩さない。

 

「俺が目的を見失っているだと? ……愚かな。最初から変わってなどいない。宇宙を支配し、平和をもたらす。故郷を甦らせる。そのどちらも果たすために、イエローハートを味方に付けたのだ」

 

 その言葉に、スタースクリームは何とも言えない顔をする。

 怒りと悲しみが複雑に混じり合った顔だ。

 

「味方、味方ねえ……だったら何で……何で素直にピーシェに頼まなかったんだ?」

「…………………何だと?」

「ちょいと頭下げて頼み込めば、あのチビは「いいよー!」とでも言って手を貸してくれるだろうさ。そうしなかったのは、テメエが頭を下げるのが嫌だったからだ、他人の下に付くのが嫌だったからだ!!」

「それがどうした? 結局は同じことではないか」

 

 僅かに首を傾げ、メガトロンは当然のこととばかりに言い放つ。

 視線には怒気が宿り、膨れ上がる殺気に周囲のディセプティコンたちが震える。

 それでもスタースクリームは怯まない。

 

「いいや、大違いだね。結局のところ、俺はピーシェの意思を奪って道具のように扱う、その一点がどうしても気に食わねえんだ!! ああ、偉そうなことを言ってきたが、それが全てさ!」

 

 ありったけの怒りと意地を込めてメガトロンを睨む。

 

「アイツが苦しんでると……魂って奴が、痛んでしょうがねえんだよ!!」

「くだらんな。そんなことのために、長々と口上を垂れたワケか」

「最後まで聞きな、メガトロン! 俺は貴様に、『サイバトロンの掟』に則った決闘を申し込む!!」

 

 瞬間、ディセプティコンたちが動揺してザワザワと騒ぎ出す。

 メガトロンは少し驚いた素振りを見せるも、傲然とした態度を崩さない。

 

 『サイバトロンの掟』

 

 それは、何者の力も借りず一対一で戦い、敗れた者は例え死なずとも軍団を永遠に去ることが義務付けられた戦い。

 オートボットにも同名の掟があるがディセプティコンのそれは、さらに重大な意味合いを持ち、今までのなんだかんだと許されてきた反逆とは違う。

 

 戦えば二人の内どちらかが確実にいなくなる、それが『サイバトロンの掟』による決闘なのだ。

 

「どうだ、メガトロン! 俺の挑戦を受けるか!!」

「……あんな餓鬼一人のために、俺に刃向うか。……よかろう。受けて立つ」

 

 鷹揚に、メガトロンは申し出を受けた。

 隣に立つレイが驚愕して破壊大帝を見上げる。

 

「メガトロン様!? 今は戦いの真っ最中ですよ! 何もこんな時に……」

「こんな時であろうと、決闘から逃れることは出来ん」

 

 答えたのは、メガトロンではなくスタースクリームの後ろにセコンドのように控えるジェットファイアだった。

 

「ディセプティコンにおいて、決闘から逃げ出した者は、生命の続く間、そして死した後も臆病者として罵られる。例え、何者であろうともだ。……では、決闘の立会人は俺が務めよう」

「ジェットファイア……貴様、セレブロシェルの影響から逃れていたか!」

 

 メガトロンにねめつけられても、老兵は笑う。

 

「いいや、影響はあるとも。記憶はあちこち虫食いだ。……それでも、俺は己の意思を失わん。俺はジェットファイア様だぞ?」

 

 伝説の戦士の勇名に恥じぬ、不敵な笑みを見せるジェットファイアに、メガトロンは凶暴な唸り声を上げつつもスタースクリームと向き合う。

 

 自然と、ディセプティコンたちが場所を開ける。

 まるで円形の闘技場のように。

 

 挑戦者(スタースクリーム)王者(メガトロン)の間に立ったジェットファイアが老いてなお良く通る声を上げる。

 

「では古来よりの決闘の作法に従い、双方、この名誉の短剣を持ってエネルゴンを流し、栄光の板に自分の名を刻め」

 

 ジェットファイアがどこからか差し出したのは、二本の鋭い短剣と一枚の厚い鋼板だった。

 装飾の施されたそれらは、実戦用ではなく儀式のために使う物だ。

 メガトロンが短剣の一本を受け取ると、自分の掌を薄く切ってエネルゴンを刃に付ける。

 そして鋼板に短剣を使って惑星サイバトロンの文字で自分の名前を刻み込んだ。

 続いて、スタースクリームも、もう一本の短剣を受け取り同じように掌を切って、自分の名前を刻む。

 双方が自分の名前を書き込んだのを確認し、ジェットファイアは鋼板を周囲に見えるように掲げる。

 

「見よ! これぞ、栄光の板! この決闘は、不可侵なる『サイバトロンの掟』に則った物であり、いかなる者の手助けも無く己の持てる力のみで戦うこと。決して逃げ出さないこと。敗れた者は潔く軍団を去ること。また、これに背く者は未来永劫、名誉と栄光無き者として扱われること。以上のことを誓う板だ! ……無論、シェアエナジーも無しだ」

 

 噛んで含めるように付け加えるジェットファイアに、メガトロンは顔をしかめる。

 だがすぐに挑戦者たる航空参謀に視線を移す。

 

 果たしてスタースクリームは、かつてメガトロンが期待した通りの決意と覚悟を秘めた顔をしていた。

 思わず、口角が吊り上る。

 

「この闘いをオールスパークに捧げる! 願わくば、末世まで語り継がれる良き闘いとならんことを!!」

 

 ジェットファイアの口上を合図に、両者は互いに咆哮を上げる。

 

「俺に勝てると思っているのか? スタースクリーム」

「『勝てると思ってる』じゃねえ、『勝つ』んだよ! 航空参謀スタースクリーム! 参る!!」

「ディセプティコン破壊大帝メガトロン! 受けて立つ!! そのつまらぬ意地、通してみせよ!!」

 

 ディセプティコンの命運と、黄色の女神の未来と、男の意地と矜持を懸けた闘いが始まった。

 




いつもの:独りよがりで場当たり的でボンクラな反抗。

今回の :仲間といっしょに前もって準備した男の意地と矜持の全てを賭けた反逆。

ちょっと語りますと、スタースクリームこそはこの作品のテーマである『君が選ぶ、君のヒーロー』を筆者が誰よりも強く託したキャラなんです。
『君が選ぶ、君のヒーロー』とは群像劇であるTFで、自分の好きなキャラをヒーローとして選ぶと言うこと。

……逆に言えば、誰かに選んでもらえたなら、誰だってヒーローに成れるということなんじゃないかと。

それこそ、ヘタレで愚か者でニューリーダー病のスタースクリームであっても。

今回の解説。

ダイノボット
ものすごく久しぶりのダイノボット。
色んな意味で相変わらず。

サイバトロンの掟
尚武の民たるディセプティコンでは、決闘はより重い意味を持つんでないかと思います。

名誉の短剣と栄光の板
もちろん、オリジナル。
オートボットのそれに比べ掟が重い意味を持つことを示すための小道具。

次回、いよいよ決闘。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第123話 プラネテューヌ 星の叫び

やー、何とか年内に間に合いました。


「負傷者を下がらせて! 武器の点検を済ませなさい! ここが落ちたら、後は首都しかないのよ!!」

 

 渓谷から少し離れた場所に敷かれたプラネテューヌの前線基地では、アイエフが兵士たちに檄を飛ばしていた。

 休む暇さえ惜しいようだ。

 

「はい、傷を消毒するですよ! 染みる? 男の子なんだから、我慢するです!! 唾つけとけば治る? そこに直れですぅ!! 清潔! 消毒! 殺菌!!」

 

 コンパは負傷者の治療に当たっていた。

 彼女もすっかり歴戦の医療従事者である。

 

「これで動くはずです! 後は、パーツをスペアの物に交換してください!」

 

 ネプギアはホイルジャックやレッカーズと共に、出来る限りの武器のメンテをしていた。

 ちゃっかり、スティンガーも混じっている。

 

 形勢は明らかに不利なれど、誰の目にも諦めは無い。

 信じる女神の健在な限り、信徒に絶望は無いのだ。

 

 そのネプテューヌは、基地の端に立ち敵陣の方を真っ直ぐに見ていた。

 一端メンテを切り上げたネプギアは、姉の隣に並んだ。

 

「お姉ちゃん、ピーシェちゃんは……」

「大丈夫、大丈夫よ。必ず戻る。戻るはずよ」

 

 自分に言い聞かせるようなネプテューヌに、ネプギアはいたたまれない気持ちになる。

 そんな妹に気付いたのか、ネプテューヌは無理やり笑顔を作る。

 

「スティンガーだって帰って来たんだもの。きっとピーシェも帰ってくるわ」

「うん……そうだよね」

 

 ネプギアも何とか笑う。

 

 と、敵陣の方からワッと歓声が聞こえてきた。

 

 すわ、こちらを攻撃してきたかと身構える二人だが、その様子は無い。

 しかし何か盛り上がっているような気配を感じる。

 

 次いで、一筋の軌跡が流星のような速さで天に向かって伸びていった。

 何か、何か恐ろしく速い物が、空に昇っていくのだ。

 

「……いったい何が起こっているの?」

 

 状況を把握できず、ネプテューヌは茫然と呟くのだった。

 

  *  *  *

 

 時間は僅かに遡る。

 

 スタースクリームはメガトロンに『サイバトロンの掟』を適用した決闘を挑んでいた。

 

 先手はスタースクリームからだ。

 両腕のガトリングをメガトロンに向け発射。銃弾は次々とメガトロンに命中する。

 

「フハハハ! 貴様如きのヘナヘナガトリングを喰らったぐらいで死ぬようなメガトロン様だと思うのか!!」

 

 しかしメガトロンは構わず銃弾の雨の中を突っ切ってスタースクリームに迫る。

 

「そんなことは百も承知だ!」

 

 スタースクリームは右腕をミサイル砲に変形させ、さらに背中のスラスターを吹かしてミサイルを撃ちながら後退、変形して空へと飛び上がろうとする。

 脇腹へのミサイルの直撃で僅かに勢いを殺されたメガトロンだが、瞬間的に手を伸ばしスタースクリームの足を掴み、そのまま大怪力で地面に叩きつける。

 

「ガッ!」

 

 メガトロンはすかさずハーデスソードを振るって頭を真っ二つにしてやろうとするが、スタースクリームは身を捻ってこれをギリギリ躱す。

 そしてバネ仕掛けのように立ち上がり、腕を丸鋸に変形させてメガトロンの脇腹に斬りつけるも、ダメージは与えられない。

 そのままジェットを噴射して飛び去ろうとしたスタースクリームだが、メガトロンは横薙ぎに剣を振るう。

 

 スタースクリームは上体を反らして剣を紙一重で躱し、続いて剣を振った勢いを利用して放たれた回し蹴りもスレスレで避ける。

 

 だが、さらに斬撃と格闘をフェイントにして放たれたフュージョンカノンには、当たってしまう。

 

「ぐがあああ!」

 

 胸に光弾を受けて地面に倒れるスタースクリームに向けて、メガトロンはハーデスソードを握り、ゆっくりと歩いてくる。

 

「どうした? 貴様の意地とはその程度か?」

「…………」

 

 拳を握り締め、スタースクリームは何とか立ち上がる。

 やはり、戦闘力に圧倒的な差が有り過ぎる。

 

 攻撃力、防御力、戦闘技能。

 

 どれを取ってもメガトロンの方が上だ。

 

――いいか? 若いの。

 

 ブレインに、ジェットファイアの声が再生された。メガトロンと対決することを決めた時の会話だ。

 時間の流れが遅くなったように感じる。

 

――あのメガトロンは、トンデモない奴だ。真正面から挑んで、お前に勝ち目なんか無い。まずはそれを認めろ。

 

 ああ、そんなの言われなくても分かってるよ。

 俺は、あの野郎のことは良く知ってる。

 

――なら、この言葉を覚えておけ。『飛ばねえ豚は、ただの豚だ』 この世界の諺らしいが、真理だとは思わないか?

 

 「諺かそれ?」とツッコんだが、同時に深く納得したこともスタースクリームは思い出す。

 もし豚が空を飛んだとしたら、もはやそれを豚と呼んでいいのかはともかくとして、飛ばないジェッティコンなんぞ羽虫にも劣る。

 

「スタースクリーム! どうした、戦わんのかい!」

「やっぱりアイツは臆病なんダナ!」

 

 ランページとロングハウルが騒ぎ立てるが、ブラックアウトは厳しい顔をしていた。

 

「馬鹿めが……今回のスタースクリームはいつもと違う! 奴の目は闘志を失っていない!」

 

 犬猿の仲のヘリ型ディセプティコンの言葉を証明するかのように、スタースクリームはメガトロンに向け突進する。

 メガトロンはその無謀な突撃を嘲笑うかのように剣を大上段から振るう。

 退いたとしても避けたとしても、必ず当たる。そういう振り方だ。

 

 だがスタースクリームは退きも避けもしない。

 

 さらに加速して剣が振るわれるよりも早く破壊大帝の懐に飛び込み、両腕を掴む。

 

「何ぃ!?」

「う……おおぉおお!!」

 

 そのままスラスターを最大出力で噴射し、メガトロンごと空へと上昇していく。

 

「ぬおおおお!?」

「うおおおお!!」

 

 加速、加速、さらに加速。

 それを地上からディセプティコンが、オートボットが、ネプテューヌとネプギアが見ていた。

 

 後に彼ら彼女らは口を揃え、まるで天に昇る流星のようだったと語る。

 

 メガトロンは万力を込めて振り払おうとするが、スタースクリームは頑として離さない。

 

「ええい! 放さぬか!!」

「グッ!」

 

 頭突きと膝蹴りを喰らわせると、ようやく手が緩む。

 その隙を逃さず、メガトロンはスタースクリームを振り払い、当然の如く重力に引かれて地面に向け落下しながらもフュージョンカノンを発射する。

 

 スタースクリームは空中で変形しながら、自分を狙う光弾を回避、さらにミサイルを発射。ミサイルは、メガトロンの脇腹に命中した。

 

「ぐお! しかし、この程度!!」

 

 少々のダメージはあったものの、メガトロンは自身もエイリアンジェットに変形してスタースクリームを追う。

 

 しかしスタースクリームは、一瞬の間にロボットモードに戻ると体を大きく広げて風圧を受け強制的に減速。メガトロンはそれを追い越してしまった。

 

 スタースクリームは、再びジェット戦闘機に変形するとまるで糸で繋がっているかのようにピッタリとメガトロンの後ろに付き、またしてもミサイルを発射。これも命中。

 

 航空参謀がやったように、メガトロンは自らもロボットモードに変形して減速し、足裏からジェット噴射で姿勢制御しながらスタースクリームに向かって手を伸ばす。

 

 だが手が届こうとした瞬間、航空参謀はまたしてもロボットモードに変形、メガトロンの横をすり抜けつつ、すれ違いざまに丸鋸で脇腹を斬りつける。

 

「おのれぇええ!!」

 

 怒りの咆哮を上げてフュージョンカノンを連続で撃つメガトロンだが、光弾は一発たりとも命中しない。

 スタースクリームはあらん限りの飛行技術に変形を織り交ぜた変則的な軌道で飛び回り、メガトロンの攻撃を躱しながら、一瞬の隙を突いてミサイルを浴びせ、丸鋸で斬る。

 

 一回だ。

 

 ただの一回でも剣が届けば、ただの一発でもフュージョンカノンが当たれば、この状況はひっくり返せるはずなのだ。

 しかし、それが出来ない。

 

 あの破壊大帝メガトロンが、スタースクリームにいいように翻弄されている。

 

「これは……スタースクリームの飛行技術が上がっているだと!!」

 

 以前の、いやさ僅かに前のスタースクリームであったなら、メガトロンの攻撃はギリギリ届いたはずなのだ。

 スタースクリームは強気だが慢心の一切ない声を出す。

 

「……全く、あの爺さんには参るぜ。マジで計器も制御装置も無しで飛びやがるんだ。……間違いなく、伝説の戦士だよ」

 

 今まで、スタースクリームに空と言うフィールドで並び立てる者はいなかった。

 

 ……ジェットファイアが現れるまでは。

 

 あの体のあちこちが錆びついて、動くたびに関節がギシギシと鳴り、セレブロシェルは関係なく素でボケている部分のある老兵は、しかし航空参謀に匹敵する飛行能力を持っていたのだ。

 別にスタースクリームは彼に教えを乞うたワケではない。

 ただ並んで飛び、競い合い、技を盗み合っただけだ。

 

 『対等の相手』と言うファクターが、スタースクリームをより高いレベルへと押し上げたのだ。

 

「メガトロン! 認めてやるよ、テメエは英雄だ。俺じゃ逆立ちしたって勝てっこねえ」

 

 暗雲の下、スタースクリームは吼える。

 

「だが、空でなら……空でだけなら! 俺の方が、上だ!!」

 

 空こそは、スタースクリームの領域、スタースクリームの世界。

 彼は、空を飛ぶために生まれ、空で戦い続けてきたのだから。

 

「何が貴様をそこまでさせる! 何が貴様を変えた! あの小娘か! 惑星サイバトロンの未来よりも、あんな小娘の方が大事だと言うのか!!」

「その小娘一人に寄生する未来なんざ願い下げよ! それに言っただろうが! ピーシェがあんなザマだと……俺の何処か胸の奥深く……魂なるスパークが叫ぶのさ! このままじゃいけないってな!!」

 

 吼え合うメガトロンとスタースクリーム。

 そして、またしても一発のミサイルがメガトロンの脇腹に命中する。

 この闘いでスタースクリームが放ち命中させたミサイル、数にして実に20発目。

 

「ぐ、おおおおお!?」

 

 恐るべき頑強さでここまで耐えてきたメガトロンだが、ついに限界を迎え脇腹に大きな傷を負う。

 雨垂れ石を穿つの諺の通り、スタースクリームは執拗なまでに脇腹を狙い続け、メガトロンにダメージを蓄積させてきたのだ。

 メガトロンは姿勢を制御できず、脇腹から炎と煙を上げて地面に墜落した。

 

「め、メガトロン様が……!」

「マジか!? マジでスタースクリームがやったのか!?」

「有り得るのか、こんなことが……!?」

 

 大の字になって倒れピクリとも動かないメガトロンに、ディセプティコンたちが動揺する。

 ここまで黙って闘いを見守っていたレイは、女神化してメガトロンの傍へ行こうとするが、ジェットファイアが立ちはだかった。

 レイは雷を纏い、怒りに満ちた表情で老兵を見上げる。

 

「老いぼれが! 邪魔をするな!」

「それはこっちの台詞だ。男同士の決闘に横槍を入れるもんじゃない。今、お前がメガトロンを助ければ、それは奴の誇りと信念を傷つけることになる」

「……チッ! 男ってのは、本当に馬鹿だね!」

 

 まるでメガトロンのように低く唸るレイだが、納得は出来ずともある程度の理解は出来たらしく女神化を解く。

 

 その間にもメガトロンはダメージのあまり動けないのか、微動だにせず仰向けになってオプティックを瞑っていた。

 いつもなら油断したスタースクリームが地面に降りてきて勝ち誇る場面だ。

 しかし、今のスタースクリームにはそんな慢心は無く、確実に止めを刺すべく戦闘機の姿のまま急降下してくる。

 

 瞬間、カッと目を見開いたメガトロンは、最大までエネルギーを溜めていたフュージョンカノンを死神のように迫るスタースクリームを狙って、撃った。

 

 まるでカウンターパンチのような不意打ち。

 

 だが、スタースクリームは僅かに機体を回転させる。

 光弾は、僅かにかすり装甲を焦がしたものの、それ以上の損害を与えることなく暗雲に向かって飛んで行き爆発した。

 

「見事……!」

 

 メガトロンは賞賛するように口角を吊り上げる。

 

――終わった!!

 

 誰もがそう思った。

 ディセプティコンも、レイも、ジェットファイアも、スタースクリームも、メガトロンさえも。

 

 スタースクリームは持てる全てのミサイルを発射しようとして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横から閃光のように飛来した何かに弾き飛ばされた。

 

「スタースクリーム!!」

 

 叫んだのは誰だろうか?

 

 表情を固まらせたジェットファイアか、目を見開くメガトロンか、口を押えたレイか、ディセプティコンの誰かだろうか。

 

「馬鹿な……!」

 

 変形しながら墜落したスタースクリームは立ち上がろうとするが四肢に力が入らず膝を突く。

 大きく傷つきエネルゴンが流れ出す腹部を押さえ、口から気泡の混じったエネルゴンを吐きながら、決闘に割り込んできた相手を見上げた。

 

「そんな馬鹿な!」

 

 黄色いポニーテールに、白いレオタードに包まれたアンバランスなほど豊満な身体。

 腕には爪付き手甲、背には光の翼、瞳には円と直線を合わせた紋様。

 

 女神イエローハートが、不機嫌そうな顔で空に浮かんでいた。

 

「パパを苛めるなんて、許さない!!」

 

 スタースクリームの表情に絶望が浮かぶ。

 しかしそれは、自分が傷ついたからでも、千載一遇の勝機を逃したからでもない。

 

「洗脳電波の発生装置を全部無力化すれば、洗脳は解けるんじゃなかったのか!?」

 

 イエローハートに施された洗脳は強力で、各国に設置された洗脳電波発生装置を全て破壊しないと解けないようになっている。

 そう、メガトロンから説明されていた。

 だからオートボットに情報を流し、全ての発生装置を破壊するように仕向け、プラネテューヌの基地には本人の志願もあってホィーリーを忍び込んでもらった。

 

 これで、ピーシェは元に戻るはずだったのだ。

 

「パパ! 今、怪我を治してあげるね!」

 

 イエローハートは無邪気に笑い、自らのシェアエナジーとメガトロンのスパークを共鳴させる。

 見る間に傷の塞がったメガトロンは、明らかに怒りを抑えきれないといった顔でスタースクリームの傍まで歩いてくる。

 

「何故邪魔をした? 男の決闘に、泥を塗りおって……!」

「ほえ?」

 

 メガトロンの言葉の意味が分からず、首を傾げたピーシェだが父と慕う相手の凄まじい怒気を感じ取り、ビクリと体を震わす。

 

「パパ……怒ってるの?」

「メガトロン様! メガトロン様のことを思ってのことです! 子供のすることですので、どうかご容赦を……」

 

 慌てて駆け寄ってきたレイが深々と頭を下げる。

 メガトロンは何も言わずにスタースクリームの首を掴んで無理やり立たせる。

 

「保険はいくつ懸けておいても、損は無いものだ。洗脳装置の他に、シェアブソーバーの本体がバックアップになっているのだ」

「……グッ!」

「邪魔が入った以上、サイバトロンの掟は無効だ。……スタースクリームよ、命乞いをするがいい、いつものように。そうすれば、命だけは助けてやる」

 

 メガトロンの低く平坦な声に対し、スタースクリームはニヤリと不敵に笑って返した。

 

「……やなこった。プライムコンプレックスの野郎になんか誰が命乞いするか」

「何だと?」

 

 メガトロンのオプティックが危険に細められる。

 

「貴様……!」

「ハッ! 本当のことじゃねえか、プライムになれなかったのがそんなに悔しいか? ……ほら、見ろよ。お前の大嫌いなプライムがやってきたぜ!」

「何? ……ムッ!」

 

 ハッとメガトロンが空を見上げると、暗雲の下にクジラのような影がこちらに向かってきていた。

 あれに誰が乗っているのかを察し、メガトロンは地獄から響いてくるかのような唸り声を出した。

 

「オプティマァァス……!」

 

  *  *  *

 

 クジラを思わせる武装飛行船スカイホエールの格納庫では、赤と青のファイヤーパターンが特徴的な勇壮なトランスフォーマー、オートボット総司令官オプティマス・プライムが戦場を眺めていた。

 右肩に四連ミサイルランチャーを装着して背中にテメノスソードとバトルシールド、腰にレーザーライフルをマウントし、両手で三連キャノン砲『メガストライカー』を持っている。

 敵の陣形を把握したオプティマスは、これが完全な奇襲になっていることを把握し、後ろに振り向く。

 

 そこには、ダイノボットたちがロボットモードで並んでいた。

 フライホエールの格納庫はかなり広いのだが、巨体のダイノボットたちには少し窮屈なようだ。

 

「さあダイノボットの諸君、ディセプティコンどもを片付けてくれ!」

「任せろ! ダイノボット、出陣!!」

『応!!』

 

 オプティマスの声に答え、グリムロックが号令をかける。

 下部ハッチが開き、ダイノボットたちがパラシュートも無しに我先にと降りていく。

 

「我、グリムロック! 久々の大戦(おおいくさ)! 腕が鳴る!!」

「俺、スラッグ! 三度の飯より戦い好き!」

「スコーン、推参!」

「風の騎士ストレイフ! いざ一番槍!」

 

 続いて、オプティマスも……こちらはパラシュートを着けて……ハッチから降下する。

 遥か下で、宿敵メガトロンがこちらを見上げているのが目に入った。

 

「例えこの身が犠牲になろうとも、メガトロンを倒すしかない……!」

 

 その身体を構成する金属のように硬い決意を胸に、オプティマス・プライムが戦場に帰ってきた。

 

  *  *  *

 

 降下してくる宿敵を見上げ、メガトロンはスタースクリームの思惑に気付き怒声を上げる。

 

「貴様、最初から時間を稼いでおったな!!」

「保険は懸けておいて損はない? ああ、その通りだ。だから、俺も保険を懸けたんだ。……俺が失敗したとしても、アイツらならきっと何とかするってな!」

 

 スタースクリームは不敵な笑みで答えとする。

 してやられたとメガトロンは歯を軋むほど噛みしめ、スタースクリームを地面に投げ捨てると、部下たちに檄を飛ばす。

 

「ええい、何をしておる! 者ども後に続けぇ!!」

『おおおおお!!』

 

 ディセプティコンもエディン軍も、オプティマスたちを迎え撃つべく動き出す。

 一人残されたスタースクリームは、大の字になってシェアエナジーの共鳴を始めたイエローハートと、先頭に立って戦いに向かうメガトロンの背を見ていた。

 

「あ~あ……やっぱり勝てなかったか。ザマァねえな全く」

「いいや、そんなことはない。見事な戦いだった。近頃の若い者も、捨てたもんじゃないな」

 

 いつの間にかジェットファイアが傍に立ち、手を差し出していた。

 自然とその手を取り、彼の肩を借りる。

 ダメージが酷く強制スリープモードに入ろうとするスタースクリームの視界に、プラネテューヌの前線基地から、こちらを攻撃しようとする部隊の上を紫の女神が飛んでくるのが入った。

 

「俺が届かなくても、テメエなら届くはずだ。後は頼んだぜ、『ねぷてぬ』よぉ?」

 

 その言葉を最後に、スタースクリームの意識は強制スリープモードに入ったのだった。

 

  *  *  *

 

 オプティマスが帰参し、ついにマイダカイ渓谷の戦いは最終局面を迎える。

 

 しかし、その前に語るべき戦いがある。

 

 エディンの本土……今や要塞と化した旧R-18アイランドでの戦いである。

 

 




スタースクリームのターン終了? いいえ、まだここからです。

ちょっと色々解説。

清潔! 消毒! 殺菌!!
唐突なFate/GOネタ。
筆者一押しサーヴァントの鋼鉄の白衣さん。

空中戦
航空参謀なんだから、空で戦ってなんぼ。
……って言うのは浅はかな考えなんでしょうかね?

メガストライカー
ダークサイド・ムーンで使ってた武器。
さしものオプティマスも両手を使わないと撃てない大型武器。

最後の方のオプティマス乱入展開は、ザ・ムービーとオールヘイル・メガトロンのオマージュ。

次回はいったんプラネテューヌから離れ、エディンでの戦いです。

何か異常なほど長くなったこの作品。
来年には、何とか完結させたいです。

それでは、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第124話 エディン 緑の畑で踊りましょう

かくして、エディンでの話。


 プラネテューヌでの戦いが一段落したころ、エディン本土。

 

 南国にも関わらず暗雲が立ち込め、首府ダークマウントが天を突くような威容を誇っていた。

 ダークマウントには無数の砲台が備え付けられ、周囲にも砲台が設置されている。

 その圧倒的な火力を考えれば、プラネテューヌ攻撃のために多くの兵が開けているとはいえ、正面から攻撃するのは愚策と言えるだろう。

 

 ダークマウントとは島の反対側に位置する入り江に、一隻の潜水艦が浮上した。

 ラステイション軍所属のこの艦はステルス性に特化していて、エディンの警戒厳重な中でも潜り込むことが出来た。

 潜水艦のハッチが開き、結構な数の人間がボートを使って海岸に上陸する。

 皆武装していて、中にはパワードスーツもいる。

 彼らは、エディンの主力がプラネテューヌを攻略している間にダークマウントを攻略すべく各国から集った少数精鋭の部隊である。

 その中に、艶やかな黒い髪をツインテールにした少女の姿があった。

 

 ラステイションの女神、ブラックハートことノワールだ。

 国のことは妹に任せ、この部隊の指揮を取っているのである。

 ノワールは髪をかきあげ、辺りを見回す。

 

「さて……ここまでは予定通り」

 

 次いで、ザブザブと海の中からアイアンハイドが上陸した。

 彼は重機関銃『へヴィアイアン』に加えてキャノン砲の『へヴィアイアンⅡ』を背負っている。

 

「全員そろったな。それじゃあ、行くぞ」

「まってよ~」

 

 速やかに移動しようとするアイアンハイドだが、まだボートから降りようとしてもたついている者がいた。

 クシャクシャの髪を一本の三つ編みにした、どこかノンビリとした雰囲気の少女……異次元のプラネテューヌの女神、アイリスハートことプルルートだ。

 ノワールは、もたもたとするプルルートに厳しい目を向けつつ降りるのを手伝ってやる。

 

「しっかりしなさいよ、プルルート」

「えへへ~、ごめ~ん」

「もう……」

 

 ニヘラと笑うプルルートに、ノワールは毒気を抜かれる。

 アイアンハイドが咳払いのような音を出した。

 

「ノワール、そろそろ……」

「分かってる、それじゃ移動を開始するわよ!」

 

 ノワールの号令に、兵士たちは移動を開始するのだった。

 

  *  *  *

 

 アイアンハイドを先頭にジャングルの中を進む。

 部隊の中では階級の高い雨宮リントは、近くを歩く兵士の一人に声をかける。

 

「モーブ、お前はこっちで良かったのか? プラネテューヌを守りたかっただろ?」

「俺は、俺の女神様たちとオートボットの皆を信じてますんで」

 

 バイザー付きのヘルメットで顔が見えない狙撃手のモーブ・ソノタは、愛用の狙撃銃を手にはにかむ。

 後ろに立つ怪物のヌイグルミを肩に乗せた大人の女性、ビオも微笑む。

 

「そうね……あなたはどうなの? ミスター・チーフ?」

 

 問われたリーンボックス所属の装甲服の男は、無言で歩くだけだ。

 つれない態度にビオは肩をすくめる。

 

 兵士たちの会話を耳に挟んだノワールは傍らのプルルートに視線をやる。

 彼女も信条としてはプラネテューヌを守りたいだろう。

 しかし、エディン攻撃部隊に参加したいと言い出したのはプルルートだ。

 

――決着を着けたいヒトがいるから。あのヒトはきっと、あそこにいる。

 

 それだけ言って、彼女は当然とばかりにノワールにくっ付いてきた。

 

「止まれ! ……気配がする」

 

 と、アイアンハイドが一同を静止させた。

 その時、背後からガサゴソと音がした。

 ノワールたちが振り向くと、そこには太った黄色いカメレオンのようなモンスターがいた。

 木の実や魚、エディン軍の資材らしい缶詰や瓶詰を抱えている。

 

「! あなたは!」

「アクク!? め、女神!!」

 

 中型トランスフォーマーほどもある、そのモンスター……トリックが思わず声を上げる。

 逃げようとするトリックだが、素早く動いた二機のパワードスーツに取り押さえられる。

 

「どうする? 始末するか?」

「いいわ、そういうの。それより……」

 

 ノワールは遠くに見えるダークマウントを睨む。

 エディンは建国して間もないのに、イエローハートからは異常なほど強いシェアエナジーを感じた。

 例の『影のオートボット』……ホィーリーが自分の正体を明かすと同時に最後に寄越した情報によれば、ダークマウント中枢にそのカラクリがあると言う。

 そのカラクリを無力化しなければ、プラネテューヌは持たないだろう。

 

「行くわよ! 全員、覚悟を決めなさい!!」

「ノワールちゃん、ちょっと待って」

 

 女神化して檄を飛ばすノワールを、部隊の一人たるショッキングピンクのメカスーツを着込んだ男?が止める。ハッカーのアノネデスだ。

 ノワールが視線で何かと問うと、メカスーツのオカマは後ろでパワードスーツ二機に地面に押さえつけられているトリックを顎で指す。

 

「彼がエディンの連中が知らない抜け道を知ってるんですって」

「信用できないわ」

「そりゃあね。でもこの人、ずっとエディンの連中から隠れて逃げ回ってたみたいだし、少なくとも正面突破よりゃマシなんじゃない?」

 

 肩をすくめるアノネデスの言葉に、ノワールは顎に手を当てて考える。

 少しだけ間を置いてから息を吐き、トリックの顔の前まで歩いていく。

 

「で? 抜け道って?」

「あ、アクク……教えてほしければ、幼女を連れてくるがいい! 俺様は幼女としか話さん!」

 

 どこまでもブレない変態(トリック)

 瞬間、ノワールはトリックの顔面に蹴りを入れる。

 どこに出しても恥ずかしくない見事なヤクザキックである。

 

「アクッ!?」

「吐け。吐かないとキャノンの弾を味わうことになるわよ。こっちには無駄な時間を使う余裕は無いの」

「ア……クク……だ、誰が……女神になんか、絶対負けない!」

 

 ノワールは剣を呼び出し、その切っ先を僅かにトリックの鼻に刺す。

 アイアンハイドの影響で順調にヴァイオレンス路線を走る黒の女神だった。

 

「アグゥゥッ!!」

「これはお願いじゃないわ。命令よ。これが最後のチャンス、吐きなさい」

 少しずつ剣を持つ手に力を入れるノワールの後ろで、アイアンハイドが砲を見せつけるように回転させ、プルルートが凄惨な笑みを浮かべ、他の部隊員たちも各々の獲物を構える。

 トリックはこれ以上ごねれば、本当に命に関わることを察し、項垂れるのだった。

 

「め、女神には勝てなかったよ……」

 

  *  *  *

 

 かくしてトリックに一同が連れてこられたのは、古代にこの島に入植したタリ人の遺跡だった

 森の中に地面から突き出した岩に壁画が描かれ、その下に簡易な祭壇がある。

 壁画は大きな翼と二本の角が特徴的な女神……往年のレイを描いた物だ。 あのディセプティコンに組した女神を思い出して、ノワールは顔をしかめる。

 

「ここに入り口があるの?」

「嘘だったら承知しねえぞ」

「ま、待て。見ているがいい」

 

 アイアンハイドに脅されて、トリックは壁画の下の祭壇に採ってきた木の実と魚を置く。

 すると壁画の描かれた岩がスライドし、下に大きな穴が開いた。

 

「アックック! この下はあの塔の下まで続いているぞ。前に食糧を盗……もとい調達するために潜り込んだからな。間違いないぞ」

 

 顔を見合わせるアイアンハイドとノワール。

 どうにも出来過ぎている。

 だが迷っている暇もない。

 

「分かった。ここを進みましょう」

「アックック、それじゃあ俺様はここらへんで……」

「おっと! ディセプティコンに俺たちのことを漏らされると困るんでな。いっしょに来てもらうぞ」

 

 逃げようとしたトリックの肩を掴んで砲口を押し付けるアイアンハイド。

 

「ついでだ。お前が先に行け」

「横暴だーー!」

 

 アイアンハイドはそのままトリックを穴に落とす。

 続いて、ノワールとアイアンハイド、プルルート。

 さらに部隊員たちも次々と穴に入っていくのだった。

 

 壁画のある岩の上に、一匹の昆虫が張り付いていること気付く者はいなかった。

 

 その昆虫は金属の体を持っていた。

 

  *  *  *

 

「愚かな……その通路はすでに把握済みだ」

 

 ダークマウントの司令部。

 メガトロンが留守の間、本拠地防衛を任されているショックウェーブはインセクティコンから情報を得て侵入者の存在を察知していた。

 後ろには、ドレッズとリンダ、トラックスたちが並んでいる。

 

「ではショックウェーブ様。セントリーガンを起動し、通路の先に兵士を配置します」

「あいつらは、罠に飛び込む魚も同じってワケだ!」

 

 ドレッズのリーダー、クランクケースが提案すると、リンダも声を上げる。

 しかし、ショックウェーブは平坦な声で否定する。

 

「いや、私が行こう。あの程度の戦力、論理的に考えて、私一人で事足りる」

「は? しかし、万が一を考えるなら、部隊を出動させた方が……」

 

 モニターを見ていたショックウェーブはゆっくりと振り向く。

 真っ赤な単眼が危険に明滅していた。

 

「私が、行く。これは、命令、だ……!」

 

 一句一句強調するように言うショックウェーブにクランクケースは言葉を飲み込む。

 

「いやでもー、メガトロン様から絶対に守るように命令を受けてるんですしー、ここは念には念を入れた方がー」

 

 何処か呑気に言うのは、トラックスの一体である。

 一応とはいえ隊長格の証として頭に垂直翼のような角が付いている。

 ショックウェーブは嫌にゆっくりとその隊長トラックスの方を向いた。

 

「…………」

「いや、だってー。シェアアブソーバー破壊されたら、メガトロン様負けちゃうじゃないです……ぐぁッ!?」

 

 突然、ショックウェーブが右腕を粒子波動砲に変形させて隊長トラックスを撃った。

 頭を失い、隊長トラックスが倒れる。

 

「……他に意見のある者は?」

 

 誰も答えず、震え上がって姿勢を正す。

 

「よろしい。では指揮はクランクケースに任せる。万が一にも、敵が私を突破した場合は、総力を持ってこれを殲滅せよ」

 

 それだけ言うと、周囲の反応を待たずに部屋を出ていこうとするショックウェーブ。

 しかし、ふとリンダの方を見た。

 

「有機生命体。いざという時は貴様に授けた新兵器を使え」

「は、はい!」

 

 期待されていると感じたのか、目を輝かせピシッと敬礼するリンダ。

 だが、ドレッズたちは微妙な顔をする。

 

「出来れば、あの新兵器は使わせたくないYO……」

 

 周りに聞こえないように小さく呟くクランクケース。

 そんな部下たちにはもう構わず、ショックウェーブはエディンに侵入した愚か者たち……正確にはその内のたった一人に向け動き出した。

 

  *  *  *

 

 トリックの先導の下、部隊は秘密の地下通路を通ってダークマウントに向かっていた。

 途中でディセプティコンが新たに造ったと思われる近代的な通路に入る。

 

「それでトリック? この通路はダークマウントの何処に繋がっているの?」

「確か……地下農場だったな」

「農場? ディセプティコンの奴ら、そんな物を造ってたの?」

 

 首を傾げるノワールに、アノネデスが説明を始める。

 

「国を運営するためには、国民を養うだけの食糧が必要だものね。情報だと、他にもいくつか施設を作ってるみたいよ。牧場に発電所……それに医療、福祉関連も意外と充実してるみたい。破壊大帝なんて名乗ってる割りに、ハッカーのアタシなんかよりは、よっぽど建設的よね。あの金属製のオッサンは」

 

 ヒラヒラと手を振るアノネデスに、ノワールはやはり厳しい顔をする。

 そこで声を出したのは、プルルートだった。

 

「アノネデスさんは~、ディセプティコンさんたちのこと~、好きなの~」

「むしろ、個人的な因縁もあって大嫌いだけどね。客観的に見れば、連中だって悪いことしかしてないってワケじゃないのよ。」

「……それでも、私はアイツらを許せそうにないわ」

 

 思わず低い声を出すノワール。

 ディセプティコン……メガトロンはやり過ぎた。

 自国を攻撃したことに加えて、ピーシェを洗脳したこと、それに、かつて見た惑星サイバトロンの惨状は絶対に許せる物ではない。

 奴らに思い知らせてやらねば。

 

 と、プルルートがノンビリと呟いた。

 

「ええと~、ノワールちゃんは~、オートボットさんじゃなくて、女神だよね~?」

「何よ急に? そんなの当たり前でしょう?」

「そうだけど~、なんかノワールちゃん~、オートボットさんみたいだったから~。ノワールちゃんは~、ラステイションの女神だよ~」

「……影響を受け過ぎてるって言いたいの?」

「そんな感じ~」

 

 確かに、とノワールは内心で納得する。

 

 妹たちを除けば、女神の内でオートボットの影響を一番受けているのは、他ならぬ自分だろう。

 ネプテューヌは色々と変わったが、根っこの部分は相変わらず……と言うより、根の部分が出やすくなったと言うべきか。

 なんだかんだ、ブランやベールもオートボットを信頼していても依存はしていない。

 では自分はと言うと、父と慕うアイアンハイドの言葉を鵜呑みにする部分はある。

 しかし、自分はあくまでも『ラステイションの女神』であって『オートボットの一員』ではないのだから、少し良くないことかもしれない。

 

 信頼もあまりに行き過ぎれば、時に毒に成り得る。

 

「むう……」

 

 このノンビリ女神に正論を突かれて、思わず唸るノワール。

 ネプテューヌがそうであるように、この女神も案外底知れない部分があるのかも知れない。

 

「それはともかく、その農場とやらに着いたぞ」

 

 相変わらずぶっきらぼうなアイアンハイドが扉を開けると、そこは明るい空間だった。

 

 白い壁に囲まれたかなり広大な空間で、高い位置にある天井いは一面に天窓が張られ、暗雲に覆われた空とそびえ立つダークマウントが見える。室内とはいえ、かなり大規模な農場だ。

 一面に広がる緑と色とりどりの作物。明らかに熱帯の植物では無い作物が実っている。

 

「……見事なものね」

 

 思わず、ノワールは呟いた。

 これだけの室内農場を作るには、並々ならぬ技術と労力がいる。

 しかし感心している暇はない。今は早くダークマウントのカラクリを破壊しなければ。

 部隊に前進を命じようとするノワールだが、その時、天窓を突き破って農場の中央に何かが落ちてきた。

 

 正確には、誰かが。

 

 畑に音を立てて着地したのは、筋骨隆々とした男性を思わせる肉体を持つトランスフォーマーだ。

 

 濃い紫のカラーリングに、右腕と一体化した巨大な粒子波動砲。

 

 水牛のような二本の角と、何よりも目立つ真っ赤な単眼。

 

「ショックウェーブ……!」

 

 誰かが、その名を呼んだ。

 すぐさま女神化して戦闘態勢に入るノワールと、背中からへヴィアイアンを抜くアイアンハイド。

 しかし、プルルートがそれを制した。

 

「みんな~、ここは~あたしに任せて先に行って~」

「はいぃ? プルルート、何言ってるのよ!」

 

 面食らうノワール。

 こちらを攻撃する様子もなく、ショックウェーブは静かに言う。

 

「用があるのはプルルートだけだ。それ以外は先に進むがいい」

 

 しかし、その声には微細な震えが含まれていた。

 アイアンハイドは銃の引き金に指を懸けながら、怪訝そうな顔をする。

 

「どういうつもりだ? らしくもない」

「何、実に論理的なことだよ。私の思考を阻害する最大のバグ、プルルートをこの手で抹殺する。その上で、先に行かせた君たちを追撃、防衛部隊に阻まれている所を殲滅すればいい。……実に、実に、論理的だ」

 

 ノワールは激しい怒りを感じた。

 そこまで説明されて、策に乗るワケにはいかない。

 

「ふざけないで! 今あなたをここで全力で倒せば……」

「ノワールちゃん」

 

 急にプルルートが普段とも、女神化した時とも違う真剣な声を出した。

 

「…………お願い」

 

 濃紫の女神の視線は、ただ一点、宿敵ショックウェーブだけに注がれている。

 

 まるで、長年の獲物を見つけた狩人のように、久しぶりに会った思い人に恋い焦がれる乙女のように。

 

 フッと、ノワールは息を吐く。

 

「ハアッ、分かったわ」

「ノワール!?」

 

 アイアンハイドが信じられないといった顔をするが、ノワールは手を叩いて指示を出す。

 

「はい、部隊前進! 急いで! ……絶対に負けんじゃないわよ、プルルート」

「うん~。これが終わったら、いっしょにプリン食べよ~。別にアレを倒してしまっても構わんのだろ~?」

「変なフラグを建てるのは止めなさい!」

 

 アイアンハイドは納得いってはいないようだが、この場で指揮権を持っているのはノワールなので、不承不承ながらも従う。

 

 ちなみにトリックはいつの間にか姿を消していた。

 

 ショックウェーブを迂回して先に進む部隊を、科学参謀は決して攻撃することはなかった。

 全員が進んでから、プルルートはゆっくりと科学参謀に向け歩いていく。

 

「思い出すね~、最初に会ったのは~、ナス畑だったっけ~」

「………………」

「それから~、発電所や~、恐竜さんたちの島でも戦ったね~」

「………………」

「それに~、ラステイションでも」

 

 ギラリと、ショックウェーブの単眼が光った。

 プルルートは構わず続ける。

 

「だよね、DD-05」

「DD-05は死んだ。あいつは愚かな知恵足らずだったが故にな」

「そう思ってるなら、それでいいよ」

 

 プルルートの体が光に包まれ、アイリスハートへと変貌する。

 だが、その表情はいつも嗜虐心に満ちた女王の物ではなく、戦いに臨む戦士のそれだ。

 

「長い縁になったけど……終わらせましょう。ショッ君」

「元より、そのつもりだとも。プルルート」

 

 蛇腹剣が雷を纏い、粒子波動砲が唸りを上げる。

 

 かつて農園で出会った二人は、奇しくも農園で決戦に臨むのだった。

 




戦うまでで一話(+貴重な時間を)使っちまったよ!
そげなワケで、次回はプルルート対ショックウェーブ対決編。

ちなみに今回、ノワールたちが正面突破しようとするのも考えたけど、そんな余裕がねえってことでこんな展開に。

今回の解説。

エディン攻撃部隊
忘れたころに出てくるGDCの皆さん。
アノネデスはコンピューター対策要員。

トリック
忘れたころに出てくる変態。
今後の出番の予定は特になし。

地下農園
特に元ネタなし。
メガトロンが建設的なのはG1からのお約束。
……多分、国家運営のセンスとかは(冷静なら)宿敵オプティマスより秀でていると思います。(オプティマスは周囲に助けてもらってやりくりするタイプ)

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第125話 エディン 直観と論理

少し燃え尽き気味……。


 プルルートは直観的な女神である。

 断っておくと、別に頭脳労働が苦手なワケではなく、本気を出せば……滅多に出さないが……教祖イストワールのミスを指摘出来るほどの能力が有る。

 それでも、考えるよりも感じるのが得意な彼女は、直観的に『正しいこと』を選ぶことが出来る。

 

 ショックウェーブは論理的なディセプティコンである。

 彼にとっては戦いも研究も論理の積み重ね。

 論理を是とするが故に論理から抜け出せない。

 

 直観に従う者と、論理を尊ぶ者。

 

 この二人がお互いに激しい敵愾心を燃やすようになったのは、必然だったのかもしれない。

 

  *  *  *

 

 エディンの地下農園。

 メガトロンが国民を養うために造らせたこの場所は、今や戦場と化していた。

 

 ショックウェーブは粒子波動砲を拡散タイプにセットし連続発射。

 無数の光弾の中を、縫うように飛ぶプルルート。

 しかしショックウェーブはプルルートの動きを緻密に計算し、予測した位置に弾を撃つことで正確に命中させる。

 

「ッ!」

 

 翼に被弾し、墜落しそうになるも何とか持ち直す。

 だが、ショックウェーブはさらに粒子波動砲からミサイルを撃ち出し、さらにプルルートを追い詰める。

 

「君の動きは全て予測済みだ。技も癖も、全てのデータを収集した上で分析させてもらった。もう君のことで知らないことなど何もない」

「熱ぅい告白ねぇ。火傷しちゃいそうだわぁ」

 

 プルルートは蛇腹剣を鞭のように振るいミサイルを払い落していくが、ミサイルは直撃せずともプルルートの近くに来ると自動的に爆発し、ジリジリとプルルートを追い詰めていく。

 しかし、それでもプルルートは楽しそうに笑う。

 

「さあ、もっともっとぉ……激しく踊りましょう!」

 

 プルルートは前面に障壁を張り、そのまま弾幕の中を敢えて突っ切ろうとする。

 

「……愚か!」

 

 さらに撃つショックウェーブ。

 プルルートの障壁に次々と光弾が、ミサイルが命中し限界が迫る。

 そしてショックウェーブの眼前でついに限界を迎えた障壁が消失、プルルートにミサイルが直撃する。

 

 だが、プルルートは止まらない!

 

 ダメージを受けながらも、ショックウェーブに斬りかかる。

 

「ファイティングヴァイパー!」

「ぬう……!」

 

 雷を纏い鞭のように伸びた蛇腹剣が、ショックウェーブの胴体に叩き込まれる。

 が、ショックウェーブもまた斬撃も電撃も物ともせずに右腕を通常の腕に変形させ、蛇腹剣を掴んでプルルートを振り回そうとする。

 プルルートは咄嗟に蛇腹剣を手放したが、その瞬間にはショックウェーブは左腕のブレードで得物を失った宿敵を突き刺そうとする。

 身を捻って間一髪でブレードを躱すプルルートだが、次の瞬間には右腕に掴まれていた。

 

「ッう……!!」

「言ったはずだ。君のデータは全て収集、分析した。私はここで君を抹殺し、論理的思考を取り戻す。そうすることで、私はメガトロン様のために全霊を尽くすことが出来るのだ!」

 

 何時になく興奮気味に語りながら、ショックウェーブはプルルートを握り潰そうと指に力を込める。

 しかしそれでもプルルートは笑みを消さない。

 

「相変わらずメガトロンにお熱ねぇ……妬けちゃうわぁ。ああでも、レイ、だったかしら? 最近のお気に入りは、あの人みたいだしぃ? ひょっとしてショッ君、飽きられちゃったんじゃないのぉ?」

「黙れ! 私のあの方に対する忠誠は、そんな非論理的な物ではない!」

 

 レイの名が出た時、ショックウェーブの単眼が危険な輝きを増す。

 

 怒り、憎悪、嫉妬。

 

 本来ならショックウェーブが何よりも嫌うはずの非論理的な感情。

 

「怒った? 怒ったのね? 怒ったわよねえ!」

「何が可笑しい! 何がソンなに面白イ!」

 

 プルルートを握る手を自分の顔の前に持ってきたショックウェーブは、さらに手に力を込めて彼女を握り潰そうとする。

 瞬間、プルルートは口の中に含んだ血をショックウェーブの単眼に吹きかけた。

 

「ッ!?」

 

 ほんの一瞬だけ力が緩んだ手から、プルルートはスルリと抜け出して素早く蛇腹剣を拾う。

 

「アハハハ! ショッ君言ってたわよねぇ! あたしのデータは全部収集したってぇ! これもデータ通りかしらぁ?」

「ッ! プルルートォォ! 殺す! 殺す! 殺すぅ!! お前だけハ、私の手デ殺しテやル!!」

 

 ショックウェーブは単眼に付いた血を拭い、エイリアンタンクに変形するとエネルギー弾を乱射し始める。

 

「アハハハ! ショッ君が怒ったぁ! アハハハ!!」

 

 光弾を躱し続けながら、楽しくて仕方がないと言う風にプルルートは笑う。

 

「認めちゃいなさいよぉ! あなたは感情を失くしてなんかいない、本当は凄く感情的だってさぁ!!」

「黙レ! こンな物ハ、唯のエらーだ! 論理こソが私の全てテ! だカラこそ、ダからこソ……!!」

 

 ショックウェーブはロボットモードに戻り、ブレードで斬りかかる。

 プルルートはそれを真っ向から受け止め、質量差から押されるものの踏みとどまる。

 

「だかラこそ! 私ハ、あノ人に焦がレる! 論理を超エていく者ヲ羨む! 貴様に、貴様ニ、分カってなルものカぁぁアあ!!」

「ぐッ!」

 

 粒子波動砲を撃とうとせず、砲身で直接プルルートを殴るショックウェーブ。

 吹き飛ばされたプルルートは、地面に墜落。

 さらにショックウェーブは粒子波動砲を乱射。

 プルルートは爆炎に包まれた。

 

「はあッ…はあッ…はあッ……は、ハハハ」

 

 荒く排気するショックウェーブは、やがて乾いた笑いを漏らした。

 

「ハハハ! ハーッハッハッハ!! ハッハッハ……?」

 

 しばらく笑っていたショックウェーブだが、ふと自分の顔に手をやる。

 何か、黒い液体が単眼から流れ出ていた。

 

「何だこれは……? ああ、そうか。私もダメージを受けて何処か損傷したのだな。さあ、早く敵軍を追わねば。そうとも早くせねば」

 

 誰にともなく呟いたショックウェーブは踵を返し、何かを振り切るように足早に去ろうとする。

 

 だが、何か音がした。

 

 すぐさま、ショックウェーブは振り向く。

 

 そこでは炎の中瓦礫を押しのけてプルルートが立ち上がっていた。

 傷だらけで、血に塗れ、得物の蛇腹剣にもヒビが入っている。

 それでも、プルルートは笑っていた。

 

 楽しそうに、嬉しそうに、恍惚と、艶然と、凄惨に、可憐に、笑っている。

 

「ああ……ショッ君……やっぱり、あなたとの戦いは楽しいわぁ……あたし、こんな感情を覚えたヒトはあなたが初めてよぉ」

「馬鹿な! すでに肉体は限界を超えているはずだ! 論理的に考えて、動けるはずがない!!」

「いつかも言ったでしょう。論理なんか……超えて見せるってぇ!!」

 

 あくまでも笑うプルルート。

 ショックウェーブは、その姿から目が離せなかった。

 

「あなたはどぉう? 楽しくなぁい?」

「わ、私は……いや! ここに至っては認めてやろう! 確かに、私は貴様との戦いを楽しんでいる! だからこそ、こんな非論理的な思考を捨てるために、貴様を抹殺するのだ!!」

「なら……今は最後まで! 楽しみましょう!!」

 

 もはや空を飛ぶほどの余力さえないプルルートは蛇腹剣を捨てショックウェーブに向けて走り出す。

 

「……いいだろう! 今度の今度の今度の今度こそ! 私の手で! 死ぬがいい!!」

 

 粒子波動砲に最大までエネルギーを溜め、プルルートに向け発射する。 しかしプルルートは大きく跳んでエネルギー弾を避け、さらに爆風を利用して高く舞い上がる。

 そして上空の暗雲から落ちて来た落雷をその身に受けた。

 プルルートの体が光り輝き、キックの体勢で真っ直ぐショックウェーブに向かってくる。

 

「サンダーブレード……」

 

 しかし、ショックウェーブは粒子波動砲を撃つことも、ブレードを振るうことも、防御することも、回避することも忘れていた。

 

「ああ、何て……何て…………美しい」

 

――ああそうか、彼女もまた、論理を超えてゆく者なのだ。だから私はこんなにも彼女に執着して……。

 

「……キィィック!!」

 

 蹴りはショックウェーブの胸に狙い違わず命中した。

 

 

 

 

 

 

 倒れ伏すショックウェーブを見下ろして、プルルートは大きく息を吐いた。

 回復薬を召喚して煽り最低限の体力を取り戻すも、蛇腹剣を拾って杖代わりにすることで何とか歩く。

 

 

 ショックウェーブは最早瀕死だった。

 胴体が大きく凹み、粒子波動砲と胴体を繋ぐチューブも千切れている。

 頭部の角は片方折れ、特徴的な単眼も罅割れていた。

 全身からエネルゴンを流し火花を散らしている。

 

 しかし、意識を失っていても、それでもスパークは消えずにいた。

 

 プルルートは止めを刺すべく蛇腹剣を振り上げようとするが……。

 

――ぷるるーと、ぼくはしょっくんじゃないです。DD-05です。

 

――ぷるるーと。ぼくのトモダチになってくれませんか?

 

――ぷるるーと、これあげます!

 

――ぷるるーとは、すごくきれいです。

 

「………………や~めた」

 

 突然、プルルートは蛇腹剣を粒子に分解した。

 そしてノワールたちの後を追うべく歩きだそうとして……途中でパタリと倒れた。

 

「少し疲れちゃったからぁ……お昼寝しましょう……」

 

 女神化が解け、少女の姿に戻ったプルルート仰向けになると満足げな笑みを浮かべて眠りにつく。

 炎はいつの間にか作動したスプリンクラーから降り注ぐ水によって消火されていた。

 

 破壊しつくされた農場で、プルルートとショックウェーブは、共に……ただ安らかに眠り続けるのだった。

 

  *  *  *

 

 プルルートにショックウェーブを任せたノワールたちは、ダークマウント内部に侵入していた。

 しかし、そこでのエディン軍の抵抗は苛烈を極めた。

 数え切れないセントリーガン、無数の人造トランスフォーマーとクローン兵。

 

 しかし、そこは女神ノワールとオートボット屈指の武闘派アイアンハイド。

 そして歴戦の兵士たちである。

 ジリジリとではあるが前に進んでいた。

 

「もう、こんなトコまで来るとは予想GUYだYO……」

 

 司令部のモニター映像でそれを見ていたクランクケースはどうするべきか、悩んでいた。

 そもそも彼は一監察部隊のリーダーに過ぎず、これほどの大人数を動かすことに慣れていない。

 内心で論理論理言ってる癖にこの大事な時に指揮放棄しやがったショックウェーブに愚痴りながらも、最終的には撤退も視野に入れておく。

 いくらなんでも、この状況でそんなことになるとは思えないが……。

 

「とりあえず、俺らも迎撃するYO!」

「おい、クランクケース! アタイも新兵器で出撃するぞ!!」

 

 と、脇にいたリンダが声を上げる。

 しかしクランクケースはそれを拒否する。

 

「駄目だYO。あの新兵器は……いや、ありゃ新兵器なんて上等なもんじゃない。リンダちゃんはここで待ってるんだYO」

「な、何でだよ! アタイだって……」

「いいから! コイツは命令だYO!」

 

 懇願するリンダだが、クランクケースは切って捨てると外へ出ていく。

 クロウバーとハチェットもリンダの方を一瞥しつつもリーダーに続く。

 司令部に一人残されたリンダはグッと拳を握るのだった。

 

「アタイにだって、……アタイにだって出来ることはある! ……やってやるぜ!」

 




そんなワケで、プルルートとショックウェーブ、痛み分け。

次回はエディンでの戦い決着の予定……あくまで予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第126話 エディン 下っ端の意地

話進まねえ……。


 ダークマウントの一室、雛たちの部屋では、ワレチューが不安そうにしていた。

 女神やオートボットが要塞に侵入し、戦闘が行われているからだ。

 爆音や衝撃がここまで伝わってくる。

 

「……ここは大丈夫っちゅよね?」

「この部屋が落ちる時は、ディセプティコンが滅ぶ時だな」

 

 部屋の端で機械を弄っているザ・ドクターが普段と変わらぬ調子で言う。

 ここと卵の置かれた希望の間は、要塞の中でも特に警戒厳重な場所だ。それこそ、シェアアブソーバーの部屋よりも。

 ワレチューは溜め息を吐いてから、一塊になっている雛たちの方を向く。

 

「お前ら、ちゃんといい子にしてるっちゅよ。こんな時に手間をかけさせるんじゃないっちゅよ」

 

 不安げな顔で身を寄せ合う雛たち。

 その中でも長兄たるガルヴァは、密かに怒りと使命感に燃えていた。

 

 自分と家族の家を荒らす輩に強く憤り、(レイ)に言われた通り弟たちを守ることが義務であると感じていたのだった。

 

  *  *  *

 

 一方、ノワール率いる攻撃部隊は数多の敵を退け、中枢部まで今少しの所まで進んできていた。

 

「部隊前進! この場所を突っ切るわよ!」

「今日こそディセプティコンどもを屑鉄の山に変えてやろうぜ!!」

 

 真っ先に突っ込んでいくのは、もちろんノワールとアイアンハイドである。

 アイアンハイドは両手に握ったへヴィアイアンとへヴィアイアンⅡを発射し、さらに両腕のキャノン砲を乱射する。

 さらに砲撃の合間を縫うように飛び回るノワールが、人造トランスフォーマーたちを切り裂いていく。

 その大火力と斬撃のコントラストの前に、人造トランスフォーマーたちは為す術なく沈んでいく。

 

 他の者たちも負けていない。

 

「さすがだなチーフ! ワンマンズアーミーとはこのことか!」

「…………」

「はいはい油断しないで!」

 

 リントとミスター・チーフが女神に続けと突貫するのを、ヴィオとソノタが援護している。何か時々ロケットランチャーがぶっ放され味方を巻き込みそうになるのはご愛嬌だ。

 さらに虎の子のパワードスーツたちが、敵を蹴散らす。

 

「見える! 吾輩にも敵が見えるであります!!」

 

 その中でも際立った強さを見せるのが、ジェネリア・Gの乗る機体だ。

 遠距離では特別使用のビームライフルで敵を撃ち、さらに近接ではビームサーベルで斬り捨てる。

 白、赤、青のトリコロールカラーのその機体は、額にV字アンテナが付けられるなどジェネリア自身の手によって強化改造されていた。

 

 快進撃を続けるノワールたちとは逆に、エディン側は士気が低かった。

 これはひとえに、ショックウェーブの指揮放棄による所が大きい。

 資材やら何やら積んで作った防壁の影で、一応の指揮官であるクランクケースは指示を出していたが上手くいっているとは言い難い。

 

「防壁を築け! 機銃持ちは前に出て、残りはそれを援護しろ!」

「クランクケース、もう一区画退くべきでは?」

「じゃあそうする! おら、一区画後退だ!!」

「クランクケース、口調が素になってるぞ」

「知るか! 畜生、俺は監察兵なんだよ! こういう指揮は柄じぇねえんだ!!」

 

 クロウバーの進言に従い、愚痴りながらも後退を指示するクランクケース。

 彼はこんな大人数を指揮することに慣れていないのだから、さもありなん。

 

「いくつかの部隊は他の通路から後ろに回り込め! 敵は少数だ、数で押し潰せ!!」

「え……でも、そういう犠牲前提の作戦はちょっと……」

「ああ!? じゃあテメエは代案を用意できんのか? 出来ねえなら行け! 兵士なら命令に従えや!!」

「うう……はい……」

 

 不満げながらもトラックスは仲間を率いて動く。

 そのノロノロとした動きに、クランクケースは舌打ちのような音を出す。

 どうにも、人造トランスフォーマーは士気が低い。

 子供のような人格であるが故に、尻を叩くショックウェーブとメガトロンの不在が響いている。

 

「クランクケース指揮官、ここは我らクローン兵が前に出ます」

 

 反対に、クローン兵は士気が高い。高すぎて扱い辛い。

 

「阿呆言ってんじゃねえ! テメエらは『死に安い』んだよ! 使いづらくてしゃあねえから下がってろ!!」

「は……」

 

 こちらも渋々と従う。

 何でこうもチグハグで纏まりが無いのか……。

 これでは勝てる戦も勝てない。

 

「アイツら、どうも士気が低いようね……」

「どうする? このまま殲滅するか?」

「馬鹿言わないで。士気が低かろうが纏まりに欠けてようがここは敵地。シェアを集めるカラクリをぶっ壊して、それで撤退よ!」

「それが正解だな」

 

 ノワールとアイアンハイドは短く方針を決め、さらに前進していく。

 

「ふっふっふ! 圧倒的じゃないか、我が軍は! であります!」

 

 一方で、ジェネリアの乗ったパワードスーツは敵陣に深く斬りこんでいく。

 それをアイアンハイドが咎めた。

 

「おい! 突出し過ぎだ!」

「大丈夫であります! このパワードスーツの性能を持ってすれば……」

 

 瞬間、壁の向こうから長い金属製の触手が飛び出してきて、ジェネリア機に巻き付いた。

 触手は凄まじい力で容易くパワードスーツを押し潰していく。

 

「うわああ!!」

「ジェネリア!」

 

 叫ぶとほぼ同時にリントとミスター・チーフがジェネリア機に飛び付き、コックピットハッチを無理やり開けて中からジェネリアを引きずり出すと、彼女を小脇に抱えて離脱する。

 そのすぐ後に、ジェネリアのパワードスーツは圧潰した。

 

「ああ! 吾輩のパワードスーツがぁ!!」

「命があるだけ儲けと思え!!」

 

 消沈するジェネリアにリントが怒鳴る。

 そうしている間にも、ジェネリア機を潰した触手の主が姿を現した。

 

 それは巨大な……箱だった。

 

 正立方体の機械が、浮遊しながら面の一つから触手を伸ばしている。

 さらに他の面からビーム砲を展開して連続発射する。

 強力な砲が、パワードスーツを次々と破壊していく。

 

「ッ! 何なのコイツは!」

「ハーッハッハ! 見たかこの『リンダキューブ』の威力を!!」

 

 ノワールが叫ぶと立方体から声が聞こえてきた。

 ディセプティコンの下級兵、リンダの声だ。

 

「その声は……下っ端!」

「リ、ン、ダ、だ! 忌々しい女神め! これ以上好きにさせてたまるかよ!」

 

 すると、立方体……リンダキューブに乗っているらしいリンダが憤慨した声を出した。

 リンダキューブからさらに触手がノワールに伸びる。

 今度の触手は先端に大きな丸鋸が付いていた。

 

 迫る触手を大剣でさばくノワールだが、怒涛のような攻撃を前に少しずつ押されていく。

 

「クッ……!」

「俺を忘れるなよ下っ端!!」

 

 ノワールを助けるべくアイアンハイドがへヴィアイアンⅡを撃つが、砲弾はキューブの張るバリアに阻まれた。

 

「なに!?」

「アッハッハッハ! そんなもんが効くかよ!」

「うお!」

 

 お返しとばかりにキューブの一面からミサイルが発射される。

 アイアンハイドは軽快にそれを躱すが、それでも爆風に煽られて倒れてしまう。

 

「リンダちゃん……乗っちまったのか」

 

 大暴れするリンダキューブだが、一方でクランクケースは苦々しい顔をしていた。

 リンダは高笑いと共に、リンダキューブに搭載された殺人兵器を次々と繰り出す。

 先端が丸鋸やドリルになった触手や、様々なビーム砲、ミサイルが飛び出してくる。

 まるでビックリ箱だ。

 

「どうだ! これがアタイの……ぐう!?」

 

 勝ち誇るリンダだが、急に呻き声を上げた。

 

「げはあ! はあッ……はあッ……!」

 

 続いて、何か嘔吐するような音と痛みを堪えるような荒い息。

 それを聞いて、攻撃を躱していたノワールが怪訝そうな顔になる。

 

「いったいどうしたの?」

「おそらく、あの機械は脳波コントロールによって制御されているのであります! でも、脳波コントロールは操縦者の心身への負担が大きいのであります……それこそ、死にかねないほどに!」

 

 メカに詳しいジェネリアが憶測を告げると、それを証明するようにクランクケースとクロウバー、ハチェットが慌てた声を出す。

 

「リンダちゃん! もう降りるんだ!」

「もう止めろ! やっぱりそいつは……!」

「がうがう!」

「うるせえ! ……アタイが守るんだ! あのヒトたちの帰ってくる場所をアタイが!!」

 

 リンダの絶叫に答えるように、キューブの一面から、さらに巨大なビーム砲が現れる。

 その照準は、真っ直ぐノワールに向いていた。

 

「ッ! あなたは何でそこまで……! ディセプティコンがあなたに何かしてくれた!? メガトロンが、あなたを認めてくれるとでも思ってるの!」

 

 思わず、ノワールが叫ぶ。

 そんな身を削るように忠を尽くしても、報われるとは到底思えなかった。

 すると、キューブからリンダの笑いが聞こえてきた。

 かなり無理をしているらしく、声がかすれている。

 

「へ、へへへ、女神様も案外馬鹿だな……これはあのヒトたちがアタイに何をしてくれるかって話しじゃねえんだ……アタイが! あのヒトたちのために! 何が出来るかって! そういう話しなんだよ!!」

 

 絶叫と共に、巨大ビーム砲が発射された。

 吐き出されたビームは拡散し、ノワールたちの上に降り注ぐ。

 

「退避! 退避ぃいいい!!」

 

 ビームの嵐の中で、兵士たちは物陰に隠れ、ノワールは障壁を張って防ごうとする。

 しかしビームの威力は障壁の強度を上回っており、障壁は破壊されビームがノワールに命中する。

 

「きゃあああ!!」

「ノワール!」

 

 吹き飛ぶノワールを咄嗟にアイアンハイドが受け止める。

 

「ノワール! 大丈夫か!?」

「ええ……大丈夫よ。アイアンハイド、援護してちょうだい」

 

 気丈に答えたノワールは、毅然とした表情でキューブの前に飛んでいく。

 

「まだ、くたばってなかったか……!」

「……リンダ、だったわね」

「ッ! へ、へへへ。やっと名前を憶えやがったか……! テメエらときたら下っ端下っ端と人を馬鹿にしやがって……」

「ええそうね。……でも認識を変えるわ」

 

 ノワールは大剣を正眼に構える。

 まるで決闘に臨む騎士のように。

 

「あなたは女神たる私が、全力で倒すべき敬意に値する敵よ」

「……ッ!」

 

 キューブの中のリンダが息を飲むのが分かる。

 路地裏の小悪党は、ついに女神が全力で挑むに足る存在となったのだ。

 

「……なら、こっちも全力だ!! このリンダ様の死ぬ気の攻撃、喰らって目に物見やがれ!!」

 

 リンダキューブの全ての面からあらゆる兵装が展開される。

 ノワールは真正面からそれに突っ込む。

 

 迫るミサイルや触手をアイアンハイドが撃ち落とし、ビームをノワールが切り払う。

 

「クソがぁあああ!!」

 

 再び巨大ビーム砲を撃つリンダだが、ノワールは紙一重でエネルギーの奔流を躱し、そのまま剣にシェアエナジーを纏わせ斬り込む。

 

「ラステイションが女神の剣舞、見せてあげる!! インフィニットスラッシュ!!」

 

 触手を、ビーム砲を、ミサイル砲を、縦横無尽に飛び回るノワールが斬り捨てていく。

 キューブの装甲が切り取られ、内部機構が露出する。

 そして、最後に渾身の力で投擲された大剣が、機構に突き刺さり、剣に込められたシェアエナジーが爆発を起こした。

 

「こ、こんな……まだ終わるワケには……!」

 

 崩壊しゆくキューブの操縦席で、リンダは何とか体勢を立て直そうともがく。

 しかし、ハチェットがキューブの操縦席に取りつき無理やり蓋を開けてリンダを引きずり出した。

 リンダを咥えたハチェットが離れると同時に、リンダキューブは粉々に吹き飛んだ。

 

「まだだ……アタイは、アタイは……メガトロン様と姐さんの役に……ガキどもを守って……」

「もういいYO。リンダちゃんは良く頑張ったZE」

 

 ハチェットから受け取ったリンダを抱え、クランクケースは怒りに燃える。

 

「……畜生が! こうなりゃ徹底抗戦あるのみだ!! 奴らを生かして帰すな!!」

「女の子が命張ったのにここで退いたら男が廃る!!」

「人造トランスフォーマー舐めんなよぉぉ!!」

「クローンにはクローンの意地がある!!」

 

 ドレッズや人造トランスフォーマー、さらにはクローン兵たちがノワールらに襲い掛かる。

 リンダの戦いに心打たれた彼らは一丸となっていた。

 

「もう少しよ! このまま前進するわ!!」

「ノワール様たちを援護しろ!!」

「こっちも祖国のため、女神様のため! 負けるワケにはいかん!!」

「今こそ信仰の見せどころ!」

 

 だが攻撃部隊もここまで来て退くワケにはいかない。

 エディン軍に対し攻撃を開始する。

 

 

 戦いは続く。

 

  *  *  *

 

 幼いガルヴァは、思考を巡らし、使命を果たさんとしていた。

 偉大な父がそうであるように、愛する母の言葉の通り、『みんな』を守ることこそ、ガルヴァの役割だった。

 

 弟であるスカージの分身に毛布を被せて身代わりとし、ワレチューやドクターが目を離した一瞬の隙に、通風孔に潜り込んで育成室を抜け出した。

 

「わるものめ。ぼくがやっつけてやる……!」

 

 自分たちの家を荒しに来た『侵略者』を討つために、ガルヴァは一人行くのだった……。

 

 

 

 エディンでの戦いはまだ終わらない。

 しかし、物語は再びプラネテューヌへと戻る。

 




そげなワケで、プラネテューヌで決戦に場面は移ります。

本当はこの回でシェアアブソーバーぶっ壊すつもりだったんだけど、しっくりこなかったので、こんな形に。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第127話 プラネテューヌ パープルハートとイエローハート

 マイダカイ渓谷の戦いは、大混戦の様相を呈していた。

 

「ぐるぉおおお!! 我、グリムロック! セターン王国が炎の騎士! ダイノボットの長! ダイノボット・アイランドの守護者! 名を上げんとする者はかかってこい!!」

 

 ダイノボットのリーダー、グリムロックは自身の身の丈ほどもあるメイスを振り回し、人造トランスフォーマーたちを蹴散らしていく。

 

「俺、スラッグ! 難しいこと、分からない! だから、全部ブッ飛ばす!!」

 

 スラッグは早々に角竜の姿に変形し、口から炎を吹きながら敵陣に突撃し、敵をボーリングのピンの如く跳ね飛ばしていた。

 

「粉砕! 玉砕! 大、喝、采!!」

 

 スコーンは鞭状の右腕で戦車を薙ぎ払い、さらに高くジャンプすると棘竜の姿に変形して背中から敵に圧し掛かる。

 人造トランスフォーマーが何体か纏めて串刺しになった。

 

「ひょおおおお!!」

 

 双頭の翼竜の姿で上空から急降下したストレイフが、足の爪で人造トランスフォーマーを掴み上げ、高高度まで持ち上げてから地面に落とす。

 

 ダイノボットたちの暴れっぷりは、まさに一騎当千、いやそれすら生ぬるい。天災のようですらある。

 

「ディセプティコンの屑どもが!! 報いを受けるがいい!!」

 

 さらにオプティマスも地面に着地するや、両手で持ったメガストライカーや右肩のミサイルランチャーを発射して、敵を打ち倒していく。

 前線基地から文字通り飛んで来たネプテューヌは、オプティマスの傍に並ぶ。

 

「オプっち!」

「ネプテューヌ! 遅くなってすまない!」

「いいの、来てくれたんだもの!」

 

 並んで戦う二人に、四方から人造トランスフォーマーが襲い掛かる。

 ネプテューヌは太刀を構え、オプティマスは引き金を引いて、敵を迎え撃つ。

 

「おのれぇ獣どもが! かくなる上はコンストラクティコン! 合体、デバステイターだ!!」

「カーッペ! いつかのリベンジだ! コンストラクティコン、トランスフォーメーション、フェーズ1 アゲイン、トランスフォーメーション、フェーズ2!!」

 メガトロンの指示にコンストラクティコンたちがダイノボットに対抗するため合体して、山のような巨体のデバステイターと化す。

 

「一度倒した敵! グリムロック、恐れはしない!!」

 

 咆哮を上げる合体兵士に、グリムロックはいつかと同じく果敢に挑んでいく。

 

 ダイノボットの不意打ちに合わせ、プラネテューヌの軍も出撃していきた。

 プラネテューヌ華撃団も乗機を修理して戦場へ戻る。

 

「パワードスーツ隊は前へ! 歩兵は、パワードスーツ隊を援護して!!」

 

 アイエフはビークルモードのアーシーに跨って陣頭指揮を執っている。

 コンパは後方だが、それでも全力で負傷者を治療している。

 

「ギ…ア…『は』『オイラが』『守る!』」

「オイラたちが、でしょう、兄弟?」

「ビー……スティンガー……わたしも!」

 

 ネプギアの迷いは未だ晴れない。それでも、友と仲間を守るため、剣を取る。

 

「行くぞジョルト! さあ、手術の時間だ!!」

「了解! さあてここが正念場だぜ!!」

 

 ラチェットとジョルトは相も変わらず医療要員なのに最前線に出て暴れている。

 

「ヒャッハー!! 右も左も敵だらけだ、的には困らねえ! 皆殺しにしてやるぜ!!」

「ついにヒャッハー、言っちまったなオイ!」

 

 ロードバスター、レッドフット、トップスピンのレッカーズは自慢の武器を振り回している。

 

「ええい、このままじゃ割に合わん! 後で追加料金を請求してやる!! 行くぞ、お前ら! 手柄を立てて、礼金倍増だ!」

『おおー!!』

 

 ロックダウンと手下の傭兵たちも、あくまでも礼金目当てではあるが奮戦していた。

 

「メガトロン様のため! 名誉と誇りにかけて! ディセプティコン、一歩も引くなよ!!」

 

 メガトロン直属の部隊はブラックアウトの号令の下、あらゆる武装を駆使して戦う。

 

 誰も彼もが武器を取り、己の信じる物のために戦う。

 砲火は止まず、悲鳴は消えない。

 

 レイは、メガトロンの傍により、悲鳴染みた声を上げる。

 

「メガトロン様! 撤退を! 撤退しましょう!!」

「撤退だと!? ここまで来て!!」

「プラネテューヌ内の領土を失った今、こちらが不利です! ダークマウントに引き返して、大勢を立て直しましょう!!」

 

 必死に捲し立てるレイに、メガトロンはブレインを高速回転させ、彼我の戦力差を計算する。

 ダイノボットが現れたことで、数の理はひっくり返されたと言っていい。

 イエローハートを使ったシェアエナジーによる強化と回復をフルに使ってなお、勝てるかは分からない。

 

 ……確かに、レイの言う通り、撤退した方が利口かもしれない。

 

 そう考えて口を開こうした時、聴覚回路が忘れようのない声を捕らえた。

 

「メガトロン! 逃げるつもりか、臆病者め!!」

 

 間違えるはずもない、オプティマスだ。

 戦場のど真ん中で、次々と人造トランスフォーマーや自動兵器を屠っている。

 そのオプティックが怒りと憎悪でギラギラと光っていた。

 

「お前がプライムになれなかったのも、道理と言う物だ!! お前は仲間たちと同じように、穴倉の底で意味もなく死ぬべきだった!!」

 

 ブチリ、とメガトロンの中で何かが切れる音をレイは聞いた気がした。

 瞬間、メガトロンもまた怒りの咆哮を上げた。

 

「オプティマァァス! 貴様ぁあああ!!」

「来いメガトロン! 終わらせてやる!!」

 

 メガトロンは、ハーデスソードを抜き、宿敵に向かって駆けていく。

 それを止めようとレイは必至に声を上げる。

 

「待ってください、メガトロン様! ダメです! ダメ! 撤退してください!!」

 

 しかし、メガトロンは聞き入れずにオプティマスに向かっていく。

 プライムになれなかったこと、そして穴倉暮らしだった出自は、メガトロンにとって逆鱗だったらしい。

 オプティマスはそれを突くことで、『撤退』という選択肢を封殺したのだ。

 

 ネプテューヌは恋人の言葉に驚愕していた。

 オプティマスが戦闘中に口が悪くなるのはいつものことだが、今日は何か、いつもと違う気がする。

 

「オプっち……?」

「ネプテューヌ、メガトロンは私が倒す。イエローハートも私が倒そう」

「そ、それには及ばないわ」

「そうか……だがネプテューヌ。もしもイエローハートが戻らない時は……」

「!? ぴーこを、倒せっていうの!」

「……そうだ」

 

 オプティマスの発言に、ネプテューヌは信じられないと言う顔をする。

 しかしオプティマスの目は真剣だった。

 

「君が辛いのなら、私が……」

「何処を見ているオプティマァァス!!」

「ねー、遊ぼうよー!!」

 

 そこへメガトロンとイエローハートが突っ込んできた。

 オプティマスは当然とばかりに宿敵メガトロンを迎え撃ち、ネプテューヌは悩む暇もなく、イエローハートの爪手甲を太刀で受け止め、そのまま揉み合いながら上昇していった。

 

「死ね、オプティマス!!」

「今日こそ最後の日だ! メガトロン!!」

 

 姿勢を低くしてメガトロンのフュージョンカノンの光弾を避け、オプティマスはメガストライカーを発射する。

 メガトロンは両腕を交差させて砲弾を防ぐが、後ろに吹き飛ばされる。

 さらにオプティマスは肩のミサイルを撃つ。

 しかし、メガトロンはハーデスソードを顔の前にかざして急所へのミサイルを防ぎながた弾幕を突っ切り、オプティマスに斬りかかる。

 

 咄嗟にオプティマスはメガストライカーを横にして掲げ、防御する。

 大剣の刃はメガストライカーの中ほどまで食い込んで止まった。

 即座にメガストライカーを捨てたオプティマスは、愛刀テメノスソードを抜き、そのままメガトロンを斬ろうとする。

 だが、メガトロンも一瞬でメガストライカーから剣を引き抜き斬り返す。

 

 テメノスソードとハーデスソードが交差し、鍔迫り合いに持ち込む。

 

 そのまま大怪力で押し切ろうとするメガトロンだが、力比べでは不利と見たオプティマスは一旦距離を取り、盾を構えて防御主体の戦法に切り替える。

 凄まじいスピードで斬り合う二人だが、やがてオプティマスが押され始めた。

 

「フハハハ! 所詮貴様は剣の性能頼り! 同じ硬さの剣ならば、腕の差が出るな!!」

「ッ! ならば!」

 

 再び鍔迫り合いになって押し込もうとするメガトロンに、オプティマスは右肩のミサイル砲を発射。

 

「ぐわッ!?」

 

 至近距離からミサイルを喰らって、たまらず後退するメガトロン。

 その隙に、オプティマスは右腕に装着した機械を変形させる。

 ギゴガゴとパーツが組み変わり大きくなって現れたのは、大きなチェーンソーだった。

 

 これこそ、レッカーズが神をもバラバラに出来ると豪語する自信作、対金属生命体チェーンソーである。

 

 唸りを上げてチェーンソーの刃が回転を始める。

 

「おい待て貴様、それは正義の味方の武器ではないだろう!?」

「メガトロン、貴様はやり過ぎた! 惑星サイバトロンを滅ぼし、ピーシェを洗脳し、ネプテューヌを悲しませた! もはや、許すことは出来ない!! 私は悪鬼となることで、貴様を殺す!!」

 

 あんまりな得物にさすがにツッコミを入れるメガトロンだが、オプティマスは怨嗟の籠った声と共にチェーンソーを振るう。

 迫るチェーンソーを剣で受け止めるメガトロン。

 回転する()と特殊合金製の刃の間で火花と散り騒音が起こる。

 

「ッ!」

「死ね、メガトロン! 死ぬがいい!!」

 

 その状態から再びミサイル砲を撃つオプティマス。

 ミサイルが命中し次々と起こる爆発に、メガトロンは体勢を崩しかける。

 それを好機と見てオプティマスはハーデスソードを払いのけ、メガトロンの体にチェーンソーを押し付けた。

 高速で回転する()によって、強固なメガトロンの装甲が削れていく。

 

「ぬおおおお!!」

 

 痛みに吼えるメガトロンだが、地を蹴って後退する。

 オプティマスはそれを追って、さらにメガトロンの脳天目がけてチェーンソーを振り下ろす。

 瞬間、横合いから太い光線がオプティマスを襲った。

 女神化したレイの必殺技『覇光の光芒』だ。

 

「大丈夫、メガトロン!?」

「ふん! 余計なことをしおって、一人で切り抜けられたわ!」

「はいはい。……これで分かったでしょう。撤退した方が利口よ」

「何を言う! ここから反撃だ! レイ、合体するぞ!!」

 

 隣に飛んできてメガトロンを諌めようとするレイだが、メガトロンは断固として聞き入れない。

 

「いやそれは……」

「太古の女神よ。メガトロンに組みするのなら、このオプティマス、容赦せん! チェーンソーでバラバラにしてくれる!!」

 

 レイの必殺技を喰らったにもかかわらず平気な顔で立ち上がり、物騒なことを言いながらチェーンソーを振り回すオプティマスを一瞥して、レイは顔をしかめた。

 

「仕方がないね……」

「よし、行くぞ!」

 

 破壊大帝と古代の女神は声を揃える。

 

『ユナイト!!』

 

 光に包まれレイが戦車の姿に変身すると、さらに分解してメガトロンの体を鎧のように包み込んでいく。

 

 頭部と背中から一対ずつ生えた禍々しい角に、刺々しい意趣を増した全身

 右腕に装着されたディメンジョンカノン。

 魔神か悪魔のような威容を持った、メガトロンとハードモード:レイの合体形態、レイジング・メガトロンが降臨した。

 

「フハハハ、アーハッハッハ!! 滅びるがいい、オートボット!!」

 

 踵のスラスターからジェット噴射して飛び上がったメガトロンは、全身から雷状のエネルギーを放ち、さらにディメンジョンカノンで大暴れしているグリムロックを撃つ。

 

「ぬおおおお!? ぐ、何の! 我、グリムロック、敗北はない!」

 

 グリムロックは突然の砲撃に思わぬダメージを受けたようだが、すぐに暴君竜の姿に変形してメガトロンに向かっていく。

 オプティマスもミサイル砲やレーザーライフルで空中のレイジング・メガトロンを撃墜しようと試みるが、雷状のエネルギーが光弾やミサイルを防いでしまい上手く行かない。

 

 レイジング・メガトロンがいる位置よりもさらに上空では、ネプテューヌとイエローハートが衝突していた。

 

「ぴーこ! 止まりなさい! 今ならまだ間に合うわ!」

「アハハハ! あなたは悪い女神だけど、遊んでると楽しいねー! もっともっといーっぱい! 遊ぼうよー!!」

 

 太刀と爪がぶつかって生じる火花に照らされて、イエローハートは満面の笑みを浮かべていた。

 一点の曇りもない、無邪気な顔。

 

「いっくよー! ガードストライク!!」

「ッ……きゃああああ!!」

 

 一瞬怯んだネプテューヌに、イエローハートの鉄拳が炸裂する。

 何とか空中で体勢を立て直したネプテューヌは、ふと眼下を見回した。

 炎が広がり、爆発音と怒声、悲鳴が何処までも広がっていく。

 オプティマスが、ネプギアが、アイエフが、コンパが、バンブルビーが、ダイノボットたちが、プラネテューヌの民が戦い、傷ついている。

 

「ッ! ぴーこ! あなたは、この光景を見て平気なの?」

「? 何でー? お祭り楽しいよー!」

「お祭りって……」

 

 戦火に照らされたイエローハートの顔はあくまで笑顔だった。

 遅まきながら、ネプテューヌは理解する。

 

 もはや会話は通用しない。

 

 下ではネプギアが、アイエフが、オプティマスが、自分の民が戦っている。

 ネプテューヌは覚悟を決めて、太刀を振るう手に力を込める。

 

「……これ以上私の仲間や民を傷つけさせるワケにはいかない! ぴーこ、あなたを倒すわ!」

 

 しかし手が震えているのは、隠しようもなかった。

 

  *  *  *

 

 戦場から少し離れた空に、ディセプティコンの空中戦艦キングフォシルが滞空していた。

 

 その中の一室のベッドにスタースクリームが横たえられていた。

 スペアパーツで応急処置が施され、液体エネルゴンがチューブで輸液されている。

 

「ッ……うう……」

「目を覚ましたか。峠は越えたな」

 

 意識を取り戻したスタースクリームはゆっくりと体を起こす。

 隣には治療してくれたのだろうジェットファイアが立っていた。

 スタースクリームは頭を振って意識をハッキリさせようとする。

 

「ッ! いってえ……!」

「まだ無理はするな。あくまで応急処置をしただけだからな」

「……状況はどうなってる?」

 

 スタースクリームの質問に、ジェットファイアは壁のモニターを指差す。

 モニターには、紫と黄色の女神が激戦を繰り広げている姿が映し出されていた。

 それを見て、スタースクリームは顔をしかめる。

 

「……チッ、やり方を間違えやがって。らしくもねえ」

 

 不愉快そうに言うと、ベッドから起きて立ち上がろうとする。

 ジェットファイアがそれを止めた。

 

「言っただろうが、応急処置をしただけだと。無茶すると命に関わるぞ」

「……ヒーローってのはな、無茶を通すもんなんだよ。ピーシェによるとな」

 

 スタースクリームは取り合わず、痛む体を引きずって部屋の外へ向かおうとする。

 よろけて倒れかけるが、ジェットファイアに支えられる。

 

「ジジイ……」

「やれやれ、まったく。ガキ一人のヒーローってのも楽じゃないな」

「全くだぜ……」

 

 何となく笑い合うスタースクリームとジェットファイア。

 二人は、戦場へと戻っていくのだった。

 




再び、スタースクリームのターン。

今回の解説。

対金属生命体チェーンソー
一応、ゲーム版のダークサイドムーンでオプティマスが使う武器。
それにしたって正義の味方の、それもリーダーが使う武器じゃない……。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第128話 ネプテューヌとピーシェ

最近、仕事の時間帯が変わったり、体調を崩しがちだったりで中々書く気力がわきません。


「クロスコンビネーション!!」

 

 ついに覚悟を固め、ネプテューヌはイエローハートを倒すべく太刀を振るう。その目には、涙が光っていた。

 

「あはは! 楽しいー! それに悪い女神を倒せばパパが褒めてくれるんだよ!」

 

 父と慕うメガトロンの言うままにイエローハートが爪を振るう。その顔には、笑みが浮かんでいる。

 

 イエローハートの爪と格闘を、ネプテューヌは的確にいなす。

 圧倒的な戦闘力を持つイエローハートだが、ネプテューヌの方が実戦経験は上だ。

 

 愛する者を傷つけなければならず涙を流す紫の女神と、己のしていることを理解していない黄色の女神。

 二人の女神の戦いは、一見して見惚れるほど華麗に見えて、しかし実態は悲惨だった。

 

 ネプテューヌの脳裏に、ピーシェと出会ってからの日々が、まるで走馬灯のように浮かんでは消える。

 

「でっかいのいっくよー! ヴァルキリークロー!!」

 

 大技を繰り出そうとするイエローハートだが、そうすることで一瞬の隙が出来た。

 その隙を逃さず、ネプテューヌは必殺の一撃を繰り出す。

 

「ごめんなさい、ぴーこ……!」

 

 だが、刃が届く直前、何者か横合いから二人の間に突っ込んできた。

 それは、逆三角形のフォルムと逆関節の足を持ち、全身にエイリアンのタトゥーを刻んだトランスフォーマー……スタースクリームだった。

 

「ッ! スター……」

「テメエ、何やってやがる!!」

 

 スタースクリームは、空中でネプテューヌと向き合うといきなり怒鳴った。

 

「テメエは『ねぷてぬ』だろう! 馬鹿でアーパーでお人好しで……底抜けに優しい、『ねぷてぬ』だろうが!!」

「何を言って……」

 

 面食らうネプテューヌに向けて、スタースクリームは掌をかざしてホログラムを投射する。

 するとネプテューヌの目の前に、トンボのような大きな目を持った、小さなディセプティコンの姿が現れた。

 

「……ホィーリー?」

『ネプテューヌ! テメエ、何ピーシェを助けるのを諦めてんだよ!!』

「諦めてなんか……」

『だったら! やり方が違うんだよ! アイツはな、いつもテメエを頼りにしてたんだ! 飯食ってる時も、遊んでる時も、風呂入ってる時も、『ねぷてぬ』の話をすんだよ! それこそ家族みたいにな! 家族に剣を振るう奴がどこにる!!』

 

 泣き声混じりにホィーリーは吼える。

 言っていることは支離滅裂で、自分でも言いたいことがまとまっていないのだろう。

 だが、必死さは伝わった。

 

 それから、もっと大切なことも。

 

 スタースクリームの体からは傷が開いたのかエネルゴンが流れ出ているが、両眼はギラギラと光っていた。

 

「いいか! ピーシェを洗脳してた電波の発生源は全部潰した! 今はバックアップで洗脳されてる状態だ! だがバックアップはあくまで予備、洗脳が解けやすくなってるのは間違いねえんだ! そしてそれが出来るのは、お前だけなんだよ!」

 

 ネプテューヌは、スタースクリームの胸のキャノピーが割れていて、その中に小さな画用紙が収められていることに気が付いた。

 画用紙には、スタースクリームらしいトランスフォーマーと、小さな女の子が手を繋いでいる絵が描かれていた。

 ネプテューヌは理解する。

 

「そう、あなたは……」

 

 お使いの時に出会ったというピーシェの、秘密の友達。

 ピーシェはついに、その正体を教えてくれなかった……。

 

「だから……アイツを取り戻せ、ねぷてぬ」

 

 今までと違い静かに放たれた言葉に、ネプテューヌは無言で、だがしっかりと頷く。

 

「ねえー、まだー?」

 

 イエローハートは二人が会話している間、つまらなそうにしていた。

 まさしく、大人が会話している間待たされる子供のように。

 ネプテューヌは地面に降りると、女神化を解く。

 

「待たせたね、ぴーこ。さあ、遊ぼう」

 

 思えば、ピーシェといる時に変身したことはほとんどなかった。

 いつも、人間の姿でいた。

 この姿こそが、ピーシェにとっての『ねぷてぬ』のはずだ。

 

 戦場で、ネプテューヌが変身を解いたことに気が付いたのはオプティマスとメガトロンだった。

 

「ネプテューヌ、何を……?」

「何をしようとしているにしても、やらせはせんぞ!」

 

 万が一にもイエローハートの洗脳が解けることがあってはならないと、メガトロンはネプテューヌを攻撃しようとするが、その前にジェットファイアが立ちはだかった。

 背中のスラスターからのジェット噴射で滞空しながら、杖代わりのランディングギアを斧に変形させて構える。

 

「おっと。邪魔はさせんぞ」

「ジェットファイア、貴様……!」

「どういうことだ?」

 

 唸るメガトロンと困惑するオプティマス。

 一方でグリムロックは嬉しそうに手を振った。

 

「おお……ジェットファイア! 戦友(とも)よ、久し振り!」

「むう……知り合いか? ええと、ベクやんじゃないしマイちゃんでもないし、ええと……おお、やっぱり記憶がすっぽ抜けてるなあ」

 

 グリムロックのことを思い出そうと頭を振るジェットファイアだが、やがて諦めた。

 

「ま、思い出せんもんはしょうがない。俺は俺の意思に従って生きるのみ」

「それでこそ天空の騎士ジェットファイア!」

「おおう……何だか知らんが、その呼び名は、ちとむず痒いな」

 

 細かいことは気にしないらしいジェットファイアとグリムロックにオプティマスは呆気に取られている。

 ジェットファイアは、状況が飲み込めずにいるオプティマスの顔をチラリと見た。

 

「話すのは初めてだな。当代のプライム」

「……そうか、あの時の氷漬けのトランスフォーマーか」

 

 オプティマスはこの老ディセプティコンが、以前メガトロンに奪われた氷結したトランスフォーマーだと当たりを着ける。

 グリムロックの知り合いのようだし、さしあたって味方と考えていいだろうと判断したオプティマスの顔をジロジロと眺め回したジェットファイアは、突然オプティックを細めた。

 

「……お前さんも、あの二人の間に割って入ろうとか考えるなよ。あの子に惚れてるなら、信じてやるのも男の甲斐性ってもんだ」

「…………」

 

 無言で、オプティマスは銃をメガトロンに向けた。

 グリムロックも咆哮を上げ、ジェットファイアは斧を振りかぶる。

 雷と破壊エネルギーを纏ったメガトロンの強化体は、この三人を持ってしても容易には倒せないことは、分かり切っていた。

 

 

 

 

「おっきいのいくよー!」

 

 イエローハートは無邪気に笑いながらネプテューヌに突撃し、拳を体に叩き込む。

 人間態のネプテューヌは、まるで木の葉のように宙を舞って地面に叩きつけられる。

 呆気ない敵に、イエローハートは小首を傾げる。

 

「もう終わりー?」

「こんなのに負ける『ねぷてぬ』じゃないよ……!」

 

 しかし、ネプテューヌはゆっくりと立ち上がると、イエローハートを真っ直ぐに見た。

 

「知ってるでしょ?」

「ねぷてぬ……?」

 

 一瞬、記憶を探るような顔をしたイエローハートだが、すぐに無表情でネプテューヌに殴りかかった。

 

「知らない」

「ッ!」

 

 踏ん張ったネプテューヌは、強い視線でイエローハートを睨む。

 

「ううん、きっと憶えてる……だって! ぴーこの『ねぷてぬ』だもん!」

「うー……知らない!」

「知ってる!」

「知らない……知らない!!」

 

 しつこいネプテューヌに、イライラとしたイエローハートは、さらなる暴力を振るう。

 爪を真正面から受けたネプテューヌは、為す術も無く地面に沈む。

 

「もう、遊ばない!! ……馬鹿みたい」

 

 そのままイエローハートはつまらなそうに飛び去ろうとする。

 

「どりゃあああ!!」

「ふあああ!?」

 

 だが、その背に突然飛び蹴りが命中した。

 イエローハートが振り返ると、ネプテューヌが傷ついてなお笑っていた。

 

「馬鹿って言う方が馬鹿なんだからね!」

『馬鹿って言う方が馬鹿なんだからねー!』

 

 瞬間、イエローハートの脳裏に『誰か』の声が聞こえた。

 父? 母? いやあれは懐かしい『ね■■■』の……。

 

 全身に装着した『防具』が発光し、急に頭に激痛が走った。

 

「嫌い……嫌い! 大っ嫌い!!」

 

 イエローハートは、発作のように叫ぶと素手でネプテューヌを殴る。

 何発も、何発も……。

 

 

 

 

 

 

「ッ……! ネプテューヌ!」

「耐えろプライム。信じているのならな」

「分かっている……!」

 

 メガトロンと戦いながらも、ネプテューヌのことを気に掛けるオプティマスを、ジェットファイアが諌める。

 向こうではグリムロックのメイスをレイジング・メガトロンが受け止めていた。

 オプティマスとジェットファイアが左右から動けないメガトロンに飛びかかる。

 

「ぐるるぅ! グリムロック、強い! メガトロン、潰す!」

「ええい! この馬鹿力の(けだもの)め! 退かんかあ!!」

 

 万力を込めてグリムロックを押し退けたメガトロンは、全身から雷状の破壊エネルギーを放ってオプティマスとジェットファイアをも吹き飛ばす。

 次いでイエローハートがネプテューヌを攻撃しているのを視界の端に捕らえるや、踵のジェットを噴射してネプテューヌに向けて飛ぶ。

 

 だが、横合いから飛んで来たスタースクリームに体当たりされ、諸共地面に墜落した。

 

「させねえよ……!」

「スタースクリィィム! 貴様、まだ邪魔をするか!」

 

 

 

「嫌い! 嫌い! 嫌い!」

 

 何度殴っても、殴っても、殴っても、ネプテューヌは倒れない。

 その姿に我知らずイエローハートはイラつき、攻撃が雑多になっていく。

 

「嫌い! 嫌い! 嫌い!」

 

 イエローハートの腕をネプテューヌが掴んだ。

 ネプテューヌは、不敵に笑っていた。

 

「捕まえたよ……ぴーこ」

「ッ! 放せ!!」

 

 残った腕に再度爪手甲を装着し、ネプテューヌの顔面を直接殴る。

 白い肌が赤黒く腫れ上がり、さらに裂けて血が流れる。

 

 それでも、ネプテューヌは手を放さない。

 

「放せ! 放せ! 放せー!!」

「絶対、離さない!! もう二度とと! 帰ろう、ぴーこ!!」

 

 イエローハートはネプテューヌを振り払うべく、空へと飛び上がる。

 

 それでも、ネプテューヌは決して手を放さない。

 

 逃れようともがくイエローハートだが、ネプテューヌはさらにもう片方の腕も掴んで、頑として離れない。

 全身の拘束具が激しく輝く。

 イエローハートは困惑していた。

 コイツの声を聴いていると、何かが、自分の中の何かが壊れそうになる。

 またしてもイエローハートの脳裏に声が聞こえる。映像も見える。

 

 あれは誰だ?

 

 知っている。コ■パ、■イちゃん、いすと■る、ねぷ■ゃー、ろ■ます……。

 

 そして、そして……。

 

 みんな、みんな、ぴぃの、ぴぃの■■。

 

 拘束具がより強く黒く輝き、イエローハートの精神を鎮静化しようとする。

 

「はーなーせー!」

「離さない! 離さないぃ!」

 

 ネプテューヌは涙を流しながらも、その手を掴み続ける。

 

「わたしも、ネプギアも、ロディマスも、皆待ってる! 思い出して、思い出してよ、ぴーこぉ!!」

 

 映像が見えた。

 いつもいっしょのあの人。

 優しくて、楽しくて、暖かい……ねぷ■ぬ。ぴぃの家族。

 

「ッ! し、知らない! 知らない! 全然、知らないもん!!」

 

 幼い精神は、記憶の祖語の理解を拒絶し絶叫する。

 それと共に、拘束具が外れて砕け散り、変身が解けた。

 

 イエローハート……幼い少女、ピーシェは泣き叫ぶ。

 

「いやだ、はなせ!」

「ぴーこ……ぴーこ!!」

 

 感極まって涙をこぼし、ネプテューヌは大切な家族を抱きしめる。

 混乱し、感情がグチャグチャになっているピーシェは、力無くネプテューヌを叩いた。

 

「きらい! きらい! きらい!」

「わたしは好き……ぴーこのことが、大好き!」

 

 二人は、そのまま重力に引かれて落ちていく。

 だが、飛来した影が両手で二人を優しく受け止めた。

 

 スタースクリームだ。

 

 

 

 

 

「なんということだ……」

 

 イエローハートの拘束具が砕け、変身が解除されるのを目撃したメガトロンは、半ば茫然としていた。

 だが、すぐに思考を回す。オプティマスに侮辱されたことでヒートアップしていた頭も冷えてきた。

 イエローハートを失った今、エディンの国は成立せず、シェアの共鳴も消えた。

 ダイノボットの参戦で数の理も通じぬ今、このまま無理に戦い続ければ全滅すらありうる。

 さらに戦艦キングフォシルを操艦しているフレンジーから連絡が入った。

 

『メガトロン様! ラステイションとルウィーの軍がこちらに向かって動いています! リーンボックスの艦隊も、R-18アイランドを包囲しようとしているようです!』

「ッ……! ええい、時間をかけ過ぎたか……!」

『メガトロン、帰りましょう。エディンの夢は覚めたわ』

 

 合体しているレイは、何処かホッとした調子でメガトロンを諭す。

 それは戦闘を中断する理由が出来たからか、あるいはピーシェが解放されたからか。

 

「おのれ、ここまで来て……! 止むを得ん。全軍退却! 退却だ!!」

 

 メガトロンは全軍に後退を指示すると、合体形態のまま飛び上がる。

 ブレインの内にレイの小さな声が聞こえてきた。

 

『さようなら、ピーシェちゃん。娘が出来たみたいで楽しかったわ。……元気でね』

 

 

 

 

 

「きらい……きらい……」

「嫌いでもいい。ぴーこがここにいてくれるなら……帰ろう、ぴーこ」

 

 航空参謀の掌の上で、それでも泣きながら弱々しく拳を振るうピーシェを、ネプテューヌは只々、抱きしめた。

 やっと取り戻した家族の温もりを、確かめるように。

 スタースクリームはそんな二人をゆっくりと地面に降ろすと、何も言わずに背中のスラスターを吹かして飛び去った。

 

 その顔は淡く笑んでいた。

 

『終わったな。……これからどうする?』

「ジェットファイアか……お前はプラネテューヌに投降しろ。いいか、オートボットにじゃないぞ、プラネテューヌにだ」

『おい、この状況で抜けろってのか?』

「この状況だからだよ。テメエがノコノコとディセプティコンに戻ってみろ、袋叩きに会うぞ」

『それはお前もだろう』

 

 ジェットファイアからの通信に、スタースクリームは笑みをニヒルな物に変える。

 

「俺はいいんだよ、いつものことだからな。ホィーリーの奴も投降させる。影のオートボットとして動いてたのはアイツだからな、悪いようにゃしねえだろうよ」

『で? あの娘(ピーシェ)には会ってかないのか?』

「ヒーローってのはな、颯爽と去るもんさ」

『……そうか。じゃあな、相棒。短い間だが、楽しかった』

 

 それだけ言って、ジェットファイアは通信を切った。

 

「……ああ。俺も楽しかったぜ」

 

 スタースクリームは、もう一度だけ地上を見た。

 

 エディン軍は、波が引くように撤収してゆく。

 ネプテューヌの腕の中で、ピーシェは泣き疲れて眠ってしまったようだった。

 

「あばよ、ピーシェ」

 

 何かをやり遂げた晴れやかな顔で呟いたスタースクリームは、ジェット戦闘機に変形し、今度こそ空の彼方へ飛び去っていった。

 

 こうして、女神イエローハートは消え、エディンはその短い歴史に幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それでも戦いは終わらない。

 

 





次回、オプティマスとメガトロンの決戦。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第129話 刃と鞘

時間がかかり、申し訳ない。

そして遅ればせながら、祝! 四女神オンライン発売!!(壮絶に今更)


「ネプテューヌ……ピーシェ……」

 

 スタースクリームが二人をゆっくり地面に降ろして飛び立ったのを見て、オプティマスはホッと排気する。

だがすぐに気を引き締めて空を見上げる。

 黒雲を発生させていたレイが去ったために雲も晴れ、日の光が降り注いでくる。

 しかし、山の方にはまだ雷雲が残っていた。あそこにメガトロンがいるはずだ。

 今回は見逃すつもりはなかった。

 

「オートボット! ディセプティコンを追撃する! ラステイションやルウィーの軍と挟撃して奴らを殲滅するぞ。我はと思う者は続け」

 

 ダイノボットとレッカーズは好戦的に笑って武器を担ぐが、他のメンバーは動こうとしない。

 この場にいないラチェットとジョルトはコンパの手伝いをして怪我人の手当てをしているはずだし、ホイルジャックはほとんど壊れかけのネガベイターから顔を出してグッタリしている。

 ロックダウンとその一味は、はなから動く気はないようだ。

 

「『司令官!』『オイラも!』『お供します!』」

「いや。バンブルビーは、ネプギアたちの傍にいてやってくれ」

 

 当然と声を上げるバンブルビーを制するオプティマスだが、情報員の隣に立つスティンガーは控えめに進言する。

 

「オプティマス司令官、新入りの身で差し出がましいとは思いますが、それはやり過ぎかと……。すでにプラネテューヌの軍の被害も大きいですし、国際法に基づきますと、まずは投降を呼びかけるべきでは……」

 

 が、オプティマスは首を横に振る。

 

「奴らはすでにエディンの軍ではない。故に国際法など意味はないのだ。いやそもそも、ディセプティコンに取決めは意味がない。……私はかつて、クリスタルシティでそれを学んだ。奴らを全て倒すまで、戦いは終わらない! ここからは、オートボットの戦いだ!!」

 

 ギリギリと、オプティマスは強く拳を握り締める。

 今度こそ守り抜く。

 そのためならば、悪鬼になってもいいとオプティマスは考えていた。

 

 ――いや、それですら生温い。自分は刃だ。……ディセプティコンを滅ぼす無慈悲な刃だ!

 

 鬼気迫る表情に、バンブルビーはもちろん、レッカーズやダイノボットでさえ唯ならぬ物を感じた。

 

「……プライム。憎しみに囚われてはいかん。それは破滅への道だぞ」

 

 杖を突きながら近づいてきたジェットファイアが諭そうとする。

 

「私は憎しみに囚われてなどいない」

「そうかな? 今のお前さんの顔、下手なディセプティコンよりもディセプティコンらしいぞ」

「ッ……! 皆、行くぞ!!」

 

 ハッと自分の顔を押さえたオプティマスだがすぐに気を取り直して、号令をかける。葛藤している暇はないのだ。

 

「オートボット、出動(ロールアウト)!」

 

 オプティマスはトレーラートラックに変形して走り出す。

 レッカーズとダイノボットもそれぞれ車と恐竜に変形してそれを追う。

 土煙を残して去りゆく車群と恐竜たちを見送り、ジェットファイアは一人ごちた。

 

「ディセプティコンが長い時間の中で変わったように、オートボットもまた変わってしまったのか……」

 

 その呟きは、周囲の喧騒に飲まれて誰にも届くことはなかった。

 

 一方で、バンブルビーは敬愛する司令官の様子に不安を感じていた。

 何と言うか、いつものオプティマスではなくなっているような気がする。

 

「『司令官……』」

「バンブルビー、ネプギアを頼みます」

「『スティンガー』『どうした?』」

「やることが出来ました。……トゥーヘッドに会ってきます。彼の助けが必要です」

 

 スティンガーは何かを決意したように拳を握るのだった。

 

  *  *  *

 

 敗走したディセプティコンは、いったん山間部まで撤退してきていた。

 プラネテューヌ攻撃部隊は、単純に敵に倒されるばかりでなく、撤退の途中ではぐれたり、敵陣深くにまで斬り込んでいたが故に退路を断たれたりで今や半分以下にまでその数を減らしていた。

 

「ええい! おのれ、あと僅かだったものを……」

 

 メガトロンは悔しげに呟く。

 またしても、あと一歩の所で失敗した。

 長い時間をかけて兵を揃え、女神を味方に付け、シェアエナジーを得た。

 それなのに、土壇場でひっくり返された。

 

 オプティマスの挑発に乗り、引き際を誤ったのは確かだ。

 しかし最大の理由はイエローハートを失ったことだ。

 

「何故だ? 何故こうも上手くいかない……!」 

 

 自分とオプティマスの差だとでも言うのか?

 

 敵の気配を撒いた所でいったん地面に着地し、合体を解く。

 元の戦車形態に戻ったレイは、さらに人間の姿に戻り、フラリと地面に倒れ込む。

 肩で息をして、額から玉のような汗を流している。

 

「……どうした?」

「ああ、いえ……力を使いすぎました」

「長く合体し過ぎたか。仕方がないな。……フレンジー、戦艦を寄せろ。レイを休ませる」

『了解!』

 

 メガトロンは息を吐くと近くまで来ていた空中戦艦に通信を飛ばす。

 

「め、メガトロン様……」

「これ以上女神を失うワケにはいかん。……それだけだ」

 

 そっけなく言うガトロンに、レイは柔らかく笑む。

 と、フレンジーから通信が入った。

 

『メガトロン様! 後方からオートボット! オプティマスです! ダイノボットの姿も見えます!!』

「はん! 追撃戦を仕掛けてくるとはらしくもない。……直属部隊は俺に付いて来い! 殿(しんがり)で撤退する時間を稼ぐぞ!! コンストラクティコンも来い!」

「うえええ!? 俺らもですかい?」

「ダイノボットに対抗できるのは、貴様らが合体したデバステーターだけだろうが! つべこべ言わずに行くぞ!!」

 

 主君の檄に、直属部隊は自慢の武装を展開して立ち上がり、コンストラクティコンも渋々ながらモーターを回転させる。さらに、人造トランスフォーマーもいくらか後に続く。

 体に力を入れて立ち上がったレイはメガトロンに続こうとした。

 

「メガトロン様。私もお供します……!」

「……お前はゆっくり休んでおれ」

 

 それだけ言うと、メガトロンはレイを置いて歩いていった。

 レイは、その背中をずっとずっと見ていた。

 

  *  *  *

 

「はい、これでとりあえず大丈夫です」

「ありがと、こんぱ!」

「今回はかなり無茶したわね、あんた」

 

 ネプテューヌはプラネテューヌ軍の前線基地にある軍用テントの中で、傷の手当を受けていた。

 アイエフは苦笑気味だが、柔らかい表情をしていた。

 

「ピーシェちゃんの容体は落ち着いているです。肉体的には健康優良、バッドステータスはまったくないですね」

「そうなんだ。良かった……」

 

 意識を失ったピーシェの様子を聞いてホッと息を吐くネプテューヌ。

 しかし、コンパの脇に立つラチェットの立体映像は難しい顔をしていた。

 

『しかし、これほど強い洗脳を受けていたんだ。何らかの後遺症が残る可能性もある』

「それは……」

『無論、手は尽くす。我々は医者だからね。患者を治すのは、我々の仕事だ。……この古くからの助手より、コンパ君の方がそれを分かってるのは、悲しいことだが』

『しょ、精進します……』

 

 ラチェットはネプテューヌの顔が曇るのを見るや、傍らのジョルトをからかう。

 場の空気を和ませようと言うのだろう。ネプテューヌも表情を和らげる。

 そろそろ、真面目モードは終わりにしよう。

 

「うん、ありがとう。……いやー! これで戦争もお終いだね! 勝った! エディン編、完! って感じ!」

『ええ、ピーシェさんの洗脳が解けた時点で、形式上はエディンとの戦争は終結しました。……後は、メガトロンが講和を受け入れてくれればいいのですが』

 

 笑顔になるネプテューヌの言葉に、立体映像のイストワールも頷く。

 プラネテューヌの教祖である彼女は、プラネタワーに残っていた。

 

「それについてはわたしにいい考えがあるよ! 我に策あり!って奴だね!」

「なんか、盛大に失敗フラグが立った気もするけど……」

 

 アイエフは苦笑を大きくするが、内心では安心していた。

 ようやく、いつものネプテューヌらしくなってきた。

 

「それじゃあ、オプっちにも知らせて……」

「お姉ちゃん!」

 

 そこへネプギアが駆け込んできた。

 ほぼ同時にラチェットの立体映像の横にバンブルビーが現れる。

 

「どうしたのネプギア? そんなに慌てて?」

「うん、それが……」

『何だって! オプティマスがディセプティコンを追いかけていった!?』

 

 突然叫んだラチェットに、一同がビクリと固まる。

 

『『ラステイション』『ルウィー』『と一緒に』『ディセプティコン』『を殲滅する』『って言ってた』』

『殲滅……だと? 逃げる相手を追いかけてまで殺すなら、それはもう、オートボットのやり方ではないぞ!!』

 

 一瞬愕然とし、ついで怒りに顔を歪めるラチェット。

 ネプテューヌは、すぐにイストワールの方を向いた。

 

「いーすん! ノワールやブランと連絡取れる?」

『出来ますけど、みっかかかります……というワケにもいきませんね。すぐにやってみます』

 

 女神の言葉に、イストワールは他国への通信回線を開く。

 

『……とりあえずブランさん、ユニさんと繋がりました』

 

 すると、中空にルウィーの女神と、ラステイションの女神候補生の姿が浮かび上がった。

 ノワールはまだ作戦行動中なのか姿が見えない。

 ブランは冷静な様子だが、ユニは不安そうだった。

 

『……ネプテューヌ、ちょうどよかったわ。こちらからも連絡を入れようと思っていたの。……オプティマスからディセプティコンを攻撃してほしいってウチとラステイションの軍に要請が来ているわ。……それで聞きたいのだけれど、それはプラネテューヌとしての頼み……ではないようね』

 

 ルウィーとラステイションは、あくまでプラネテューヌへの救援という名目で軍を動かしている。

 で、あるならばオートボットに協力を頼まれたからとて、助ける理由は無いのである。

 

『とはいえ、これは好機でもあるわ。……いい加減、ディセプティコンとの戦いも終わりにしたい。それに、このままではオートボットが孤立してしまう』

 

 敗走しているとはいえ、相手はディセプティコン。

 決して油断していい相手ではない。

 

『……あなたが『プラネテューヌの女神として』ディセプティコン殲滅に臨むなら、こちらには要請に応える用意があるわ』

『ら、ラステイションもです!』

 

 何処かネプテューヌを試すようなブランに対し、ユニは姉の代行だけでいっぱいいっぱいらしい。

 ネプギアとイストワールも自分の意見を言う。

 

「お姉ちゃん。さすがに殲滅はやり過ぎなんじゃ……」

『しかしディセプティコンとの戦いを終える機会なのも確かです。教祖としての意見ですが、ここは素直に力を貸してもらった方が……』

「………………」

 

 ネプテューヌは目を瞑り考え込む。

 一同は、固唾を飲んで紫の女神に注目する。

 程なくして、ネプテューヌは目と口を開いた。

 

「……うん、殲滅は無しの方向で。今時、ディセプティコン全滅だー!なんて流行んないよ」

『は、流行りの問題ですか!?』

 

 こんな時でもいつもの調子の……と言うかいつも調子に戻ったネプテューヌに、さすがに驚くイストワール。

 対してネプテューヌはニッと笑む。

 

「言ったでしょ? 考えがあるんだ。あ! 念の為、ブランたちはそのままで! ちょっと行ってオプっちたちを止めてくる……上手くいけば、終わらせられるかもしれない」

「終わらせるって何を?」

 

 思わず聞いたネプギアに、ネプテューヌは力強い笑みを返す。

 

「いろいろ、だよ」

『ネプテューヌ……ついに、あの秘密を明かす気か?』

「うん。そうだよラチェット。もっと早く明かすべきだったのかもしれない。でもぴーこのことがあって……ううん、それも言い訳だね。わたしは怖かった。『ひょっとしたら』って心の何処かで思っていたのかも。……でも言うべき時がきた」

 

 同じ秘密を共有する唯一のオートボットの言葉に、ネプテューヌは再びらしくもない真面目な顔で答えたが、すぐにいつものふざけた調子になる。

 

「そいじゃ、ちょっと行ってくるね!! ぴーこのことよろしく!」

「ち、ちょっと説明してきなさいよ!」

「ラチェットにしてもらって! じゃ!」

 

 そのままアイエフの静止を振り切って、テントの外へ出ようとするネプテューヌだが、その時通信が入り新たな 人物の立体映像が現れた。

 それはラステイションの女神、ノワールだった。

 

「ノワール!」

『やっと繋がった! そっちの状況はどうなってるの?』

「こっちは……ぴーこを取り返したよ。そっちは?」

『例のシェアを奪う機械は破壊したわ。今は、リーンボックスの艦隊に回収してもらったトコ』

 

 足を止めて振り返ったネプテューヌは、ノワールの報告に満足げだ。

 周囲のメンバーもこれで一安心と喜ぶ。

 しかし、当のノワールは浮かない顔だった。

 

『ただ……少し、問題が発生したわ』

「問題?」

『実は……』

 

  *  *  *

 

 オプティマスはビークルモードのまま谷間を走っていた。

 緑、青、赤の武装レーシングカーに変形したレッカーズがそれに並走し、ダイノボットたちが後ろに続く。

 

「オプティマス」

「分かっている」

 

 ロードバスターの言葉に短く答えるオプティマス。

 進行方向に、ディセプティコンが陣取っていた。

 メガトロンを中心にブラックアウト、グラインダー、ブロウル、バリケード、ボーンクラッシャーら直属部隊が並び、その後ろにコンストラクティコンが合体したデバステーターがその巨体で道を塞いでいた。

 

「オプティマス・プラァァイム、またしても俺の邪魔をしてくれたな。せっかく、この俺がサイバトロンを救うための計画を進めていたというのに、貴様は故郷よりもこの世界を取ったワケだ」

「サイバトロンを救うだあ? ワケの分からんことをほざいてんじゃねえぞ、このメガトン糞野郎がよぉ!!」

 

 変形して立ち上がったオプティマスに変わり、ロードバスターが吼えるが、メガトロンは意に介さない。

 オプティマスは鋭くオプティックを細めた。

 

「貴様の考えていることは分かっている。女神を味方に付けることで、シェアエナジーを奪い、それを惑星サイバトロンに齎す。それが貴様の狙いだな?」

「ほう、分かっていたか。そうだ、土地を癒し、世界を豊かにするエネルギー……それを持って故郷を再生させる」

「そのためなら、幼い少女を洗脳し、家族と戦わせるというのか?」

「必要ならばな。要は優先順位の問題だ」

 

 芝居がかった仕草を交えつつ、しかし目だけはギラギラと光らせながら、メガトロンは続ける。

 

「オプティマス、貴様は気が付いているはずだ。……シェアエナジーとは何なのか」

「……シェアエナジーとは、人間の信仰心だ」

「いいや、違う。貴様はパープルハートに骨抜きにされて目を反らしておるのだ」

「ほざくがいい。貴様の言葉は欺瞞で溢れている。もうたくさんだ」

 

 オプティマスはバトルマスクを装着してチェーンソーを展開すると、刃を回転させる。

 

「終わらせよう、メガトロン。どちらかが生き残り(ワン・シャル・スタンド)……」

どちらかが倒れる(ワン・シャル・フォール)……! よかろう! 捻り潰してくれる!!」

 

 メガトロンは右腕をフュージョンカノンに変形させ、左腕で背中から剣を抜く。

 

「オートボット!」

「ディセプティコン!」

 

攻撃(アタック)!!』

 

 その言葉を皮切りに、オートボットとディセプティコンの戦いが始まった。

 

 これまでと、何一つ変わることなく。

 

  *  *  *

 

 ノワールから驚くべき話しを聞いたネプテューヌは、オプティマスに追いつくべく女神化して飛び立とうとしていた。

 しかし、その背に声をかける者がいた。

 

「待ちな、お嬢ちゃん」

「あなたは……確かジェットファイア、だったかしら? ごめんなさい、今は急いでいるのだけれど」

「プライムを止めることは、出来んかもしれんぞ」

 

 その言葉の意味が分からず、ネプテューヌは首を傾げる。

 老ディセプティコンは重々しく口を開いた。

 

「今代のプライムは、憎しみに支配されかけている。……まるで、抜き身の刃のような殺意を感じた。もはや、オートボットはディセプティコンと同質と化してしまったのかもしれん」

「そうはならないわ。私がさせない」

 

 毅然と言い切るネプテューヌに、ジェットファイアは一瞬呆気に取られたようだった。

 

「『そんなことない』ではなく、『させない』ときたか」

「ええ。オプっちが憎しみに囚われかけているのなら、私が防ぐ。憎しみに飲み込まれてしまったのなら、私が引き戻す」

「そいつは、ちと我が儘がすぎるぞ」

「女は、ワガママなものよ。……オプっちが刃なら、私は鞘になるわ」

「……カッカッカ、なるほどな! すまんな、邪魔をした!」

 

 どういうワケか楽しそうに笑うジェットファイアにちょっとだけ笑い返し、ネプテューヌは今度こそ飛び立った。

 紫に輝く流星のように飛んでいくネプテューヌを見上げ、老兵は一人ごちた。

 

「男は刀、女は鞘とは、よく言ったもんだ。剥きだしのままの刃は他人ばかりか自分をも傷つける。しかして鞘に収まれば、誰も傷つけずに済む」

 

 老兵の呟きを聞く者は、やはりいなかった。

 

「我ら、戦うために生まれたトランスフォーマー。抜き身の刀も同じ。……ならば、女神が鞘となるか」

 

 




いやもう、最近のTF関係は何か色々ありすぎて語りつくせません。

今回の解説。

どちらかが残り(ワン・シャル・スタンド)どちらかが倒れる(ワン・シャル・フォール)
ご存じ、ザ・ムービーの名台詞。
吹き替えでは「私が死ぬか、貴様が死ぬかだ」でした。
シリーズ開始以降、多くの『オプティマス』と『メガトロン』がこの台詞の下に戦い続けています。

男は刀、女は鞘
戦いの道具、傷つけるための道具にすぎない刀が平和の中に戻るためには、収める鞘が必要。
転じて、戦う男を癒す女性を鞘と表現することもあります。
……いや、最近は女性が戦って男が癒す側なことが多かったり、中にはマジで鞘な某エミヤンとかもいますけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第130話 オプティマス対メガトロン part1

書いて字のごとく。オプティマスとメガトロン、第一ラウンド。


 雷鳴轟く暗雲の下、実体弾と光弾が飛び交う。

 ダイノボットが総がかりでデバステイターに飛びかかり、さらにレッカーズと直属部隊が壮絶な銃撃戦を繰り広げっている。

 

 そんな戦場のど真ん中で、オプティマスとメガトロンは斬り合っていた。

 

 恐ろしい硬度と剛性を誇るハーデスソードと何度となく打ち合ってなお、チェーンソーには刃こぼれは無い。さすがはレッカーズの自信作だ。

 

 チェーンソーの刃が唸りを上げてメガトロンに襲い掛かるが、メガトロンはハーデスソードとデスロックピンサーを交差させてそれを受け止める。

 飛び散る火花が、総司令官と破壊大帝の顔を照らした。

 二人の全身に込められたあまりの力に、地面が罅割れていく。

 

「ぬ……ううう!!」

「おおおお!!」

 

 本来ならメガトロンの方がオプティマスより力は上だ。しかしオプティマスは自身のリミッターを外すことで力を底上げしていた。

 肉体に多大な負荷を懸け、ともすれば自滅に繋がりかねない危険な手だ。

 事実、オプティマスの体からは煙が上がっている。

 

「舐めるな!」

 

 しかしメガトロンはオプティマスの腹を蹴って距離を取ると、剣を高く掲げた。

 

「見せてやろう! この剣には、こういう使い方もあるのだ!!」

 

 黒雲が雷鳴と共に稲妻が剣に降り注ぎ、刀身が雷を纏う。

 その状態で再びオプティマスのチェーンソーと斬り結ぶと、強力な電気エネルギーがチェーンソーの内部機構を破壊し、さらにオプティマスを感電させる。

 

「ッ……!」

 

 内部機構の何処かが破損したらしく動かなくなったチェーンソーを放り出して両腕のエナジーブレードを展開し、オプティマスは湧き上がる怒りのままにメガトロンに襲い掛かる。

 しかしメガトロンが力を込めて剣を横薙ぎに振るうと、エネルギーの斬撃が飛び出し、オプティマスを大きく弾き飛ばした。

 剣に吸収させたエネルギーは放出することも自在らしい。

 

「ぐおおお!!」

「ハッハッハ! この場におらずとも俺の力になるとは、まったく出来た女よ! それに比べて貴様の愛しい女は援護にも来ないようだな! とんだ出来損ないだわい!」

「……ッ! 貴様……!!」

 

 立ち上がったオプティマスは、ビークルモードに変形するやエンジンを回転させてメガトロン目がけて突進する。

 

「また、お決まりの轢き逃げか? ワンパターンだぞ!!」

 

 鋼鉄の弾丸となって向かって来る宿敵を真っ二つにしてやろうと剛剣を横薙ぎに振るい斬撃を飛ばすメガトロンだが、オプティマスは変形しながらジャンプして、エネルギーの斬撃を飛び越える。

 

「何だと……がッ!?」

 

 目を向くメガトロンの顔面に、オプティマスはビークルモードでのスピードを乗せて飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 メガトロンの顔が物理的に歪み、牙が何本か折れる。

 よろけるメガトロンの後ろに回り込んで押し倒し、その後頭部を掴んで地面……そこから露出した岩に顔面を叩き付けてやる。

 

 何回も、何回も、何回も。

 

「出来損ないだと!! 貴様に! 彼女(ネプテューヌ)の! 何が! 分かる! この! メタルの屑が!!」

「ッ……! ッ……!」

 

 メガトロンの顔が岩より硬いので効果は薄いが、それでも痛みはあるようだ。

 しかしオプティマスがエナジーブレードを展開して止めを刺そうとした瞬間、メガトロンは身を捻って裏拳でオプティマスの頭を殴り、怯んだ所でその身体を押し退け逆にマウントポジションを取る。

 そのまま肩のミサイルランチャーを毟り取り、背中の翼を広げ足裏のジェットを吹かしてオプティマスごと飛び上がった。

 この飛行形態は、ビークルモードに比べれば短時間しか飛べず速度も無いが、それでもオプティマスを持ち上げるには十分なパワーを持っていた。

 何とか拘束を抜け出そうともがくオプティマスだが、メガトロンはさらに加速し、戦場から離れていく。

 そしてそのまま近くの高台に到達すると、オプティマスの背中を岩がむき出しの地面に押し付け引きずる。

 荒い岩肌にオプティマスの装甲が擦れて焼け焦げる。

 

「ぐわあああ!!」

「どうだ、オプティマス? 地べたの味は!!」

「ッッ……はあ!!」

 

 オプティマスは、何とか右腕のエナジーブレードを展開して全力で振るう。

 赤熱した刃はメガトロンの体の一部分を溶断するにとどまった。破壊大帝の翼を、その中ほどから。

 

「ぬおおお!?」

 

 片翼を失ったメガトロンはバランスを崩し錐もみ回転しながらオプティマス共々墜落する。

 地面に激突し、その衝撃で離れた場所に転がった二人は、それぞれ立ち上がろうともがく。

 オプティマスのエナジーブレードは、墜落の衝撃で根本から折れていた。

 

「ぐ、お……お」

「翼が……これでは変形しても飛べん。おのれ……!」

 

 ほとんど同時に立ち上がったオプティマスとメガトロンは、それぞれレーザーライフルとフュージョンカノンで相手を撃つ。

 撃ち出された光弾がお互いに相手の体を穿つも、両者はそれに構わずメガトロンは剛剣ハーデスソードを構え、オプティマスは銃を捨ててテメノスソードとバトルシールドを抜いて、弾かれたように走り出す。

 

「オプティマァァァァスッッ!!」

「メガトロォォォォンッッ!!」

 

 オプティマスの剣が届くよりも、ほんの一瞬早く、メガトロンの剣が宿敵の頭を捕らえていた。

 その瞬間、オプティマスは左手に持っていた盾をメガトロンに向け円盤投げの円盤のように投げた。

 顔面に向けて回転しながら飛来したそれを、メガトロンは手に持った剣で盾を思わず防ぐ。

 これよって僅かながらメガトロンに隙が出来た。

 時間にして一秒足らず。

 

 だが、その刹那にも満たない隙が致命的だった。

 

「これで、終わりだぁぁああッッ!!」

 

 オプティマスは全身全霊の力と、あらん限りの殺意を込めて全身の体重を乗せてテメノスソードをメガトロンの腹に突き刺した。

 悠久の時を放置されてなお、錆一つ浮かばなかったアダマンハルコン合金製の刃は、破壊大帝の装甲を容易く貫き、さらにその身体を背中まで貫通した。

 

「が!? き、貴様ぁ……!」

「…………」

 

 メガトロンの全身から力が抜け、指の間からハーデスソードが地面に落ちて金属的な音を立てた。

 赤々と燃えていたオプティックから光が消え、ガクリと四肢と首が垂れる。

 

――勝った……!

 

 この時、オプティマスは残心を欠かしていたワケではなかった。

 しかし、いかな彼と言えど一瞬だけ気を緩めてしまったのは確かだった。

 

 瞬間、メガトロンの目がギラリと光った。

 

「なッ!? ぐうッ!!」

 

 急に右脇腹に走った激痛に、オプティマスが視線を落とすと、メガトロンが何かナイフのような物を手に持ち、オプティマスの脇腹に突き刺していた。

 さっき墜落した時に折れたエナジーブレードだ。いつの間にか手元に忍ばせていたらしい。

 伝導されていた熱を失っていてなお、鋭い切っ先は容易くオプティマスの装甲を貫く。

 

「貴様のだ。返すぞ」

 

 ニィッと口角を吊り上げたメガトロンはオプティマスの肩を掴んで引き寄せ、膝蹴りをエナジーブレードに当てて、さらに押し込む。

 元はオプティマスの武器だった刃は主人の腹を破り、背中まで突き抜けた。

 

「……ッ! ぐ、ああぁぁあああッ!!」

「終わりだと? 終わるのは貴様だ!!」

 

 たまらず悲鳴を上げるオプティマスに、さらにゼロ距離でフュージョンカノンを発射。

 オートボットの総司令官は空き缶のように宙を舞い、数十m後方の地面に轟音を立てて落ちた。

 

「ハハハハ! 見たかオプティマス! 俺の勝ちだ! 勝ち…だ……! ぐ、ぐふぁぁッ

!!」

 

 しかしメガトロンもまた、体に蓄積したダメージが限界を大きく超えていた。

 口から細かい部品の混じった液体エネルゴンを吐き、腹を貫いているテメノスソードを引き抜いて投げ捨てる。

 そのまま数歩後ずさりすると腹に開いた大穴を手で押さえながら仰向けに倒れた。

 

 地面ではなく、すぐ後ろにあった崖の下へと。

 

 オプティマスは激痛にうめきながらも立とうとするが、体にまるで力が入らない。

 右脇腹の傷口からは液体エネルゴンが流れだし、ブレインの中でアラートが絶え間なく響く。

 全身のいたる所から火花が散り、いくつもの部品が欠け、ビークルモード時のフロントガラスに当たる部分は完全に割れていた。

 それでもオプティマスは力を振り絞って立ち上がる。

 

 オプティマスには分かっていた。まだメガトロンは生きている。止めを、止めを刺さねば。

 

 脇腹に刺さったままのエナジーブレードを何とか抜くと、傷口から大量のエネルゴンがこぼれ落ちた。

 

――戦わねば。戦うことだけが、自分に出来ることなのだから。

 

 自らを叱咤し、すでにボロボロの体を引きずっていく。

 

 ブレインサーキットは、すでに生命維持が困難と言う警告メッセージで埋め尽くされていた。

 

「オプっち!!」

 

 その時、聞こえないはずの声が聞こえた。この場で聞こえてはいけない声が聞こえた。

 だからオプティマスは最初それが幻聴の類いかと思った。

 

「オプっちー!!」

 

 しかし、遠くから聞こえてくるその声は、どうやら現実の物であるらしかった。

 ギギギと首を軋ませながら声のする方向を向けば、やはり声の主がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 

「……ネプテューヌ」

「オプっち! やっと追いついた!」

 

 高台に着地したネプテューヌは女神化を解いてオプティマスに駆け寄る。

 

「酷い怪我……待ってて! 今、シェアを共鳴させて……」

「不要だ。ネプテューヌ……何故ここに来た?」

 

 痛々しい恋人の姿に、当然心配そうな顔と声になるネプテューヌに、オプティマスは酷く冷たい調子で言った。

 そして体を引きずるようにして動くが、一歩歩くたびに火花が散り、脇腹からエネルゴンが流れる。

 

「無理しちゃだめだよ! そんな体で……」

「あと少しなんだ。あと少しでメガトロンを倒せる!」

「でも、そんな傷で動いたら死んじゃうよ!!」

 

 たまらず、ネプテューヌは叫ぶ。

 しかし、オプティマスは目だけをギラギラと輝かせて恋人の制止を振り切ろうとする。

 

「死んでもいい! 戦争が終わるのならば、望む所だ!」

「なッ!? オプっちの馬鹿! 何で男の人ってすぐに死んでもいいとか言い出すのさ!!」

「それが使命だからだ! プライムとしての、使命だからだ!! 務めを果たす!」

「使命って、死んじゃったら、元も子もないでしょう!! …………わたしはあなたに、幸せになってもらいたいんだよ」

「使命を果たすことが、皆のために死ぬことが、プライムとしての幸福だ!!」

「プライムとしての……幸福?」

 

 傷口という傷口からエネルゴンを流すオプティマスの言葉を聞いて、ネプテューヌの顔が険しい物になる。

 

「でもそれって、『プライム』としての幸福であって、『オプティマス』としての幸せじゃないよね?」

「…………何を言っている? その二つは同じ物だ。私は『オプティマス・プライム』なのだから……」

 

 当然とばかりに言ったオプティマスは、また歩こうとするが、その前にネプテューヌが回り込んだ。

 

「じゃあ何で……そんな泣きそうな顔してるのさ!!」

「ッ……!」

 

 オプティマスはネプテューヌの瞳に映り込んだ自分の顔を見た。

 彼女の言うとおり、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 そして、ネプテューヌもまた、吊り上げた目から涙を溢れさせていた。

 

「ねえ、オプっち……もう一度言うよ。わたしはあなたに、幸せになってもらいたい。『オプティマス・プライム』がみんなのために戦うんなら、わたしは『オプティマス』を幸せにする。……馬鹿なこと言ってると思う。でも、そんな馬鹿なのもいていいのが……自由、なんじゃないかな?」

 

 吐露されるのは、あまりにも一途な恋……いや、それは愛だ。

 愛しい人が、戦いの坩堝に落ちようとするのを、引き留めようとする愛だ。

 

「わ、私には……」

 

 しかし、オプティマスはその愛を受け入れることを拒んだ。

 

「私には、君に愛される資格なんて、……幸福になる資格なんて無いんだ……!!」

 

 オプティマスは膝から崩れ落ちて頭を垂れ、両手で顔を覆った。その姿はまるで、許しを請うているかのように見える。

 

 今までどれだけ傷ついても見せなかった弱々しい姿だった。

 

「見てくれ、私を。数え切れないオートボットが死んでいった、数えきれないディセプティコンを殺してきた。私の体には、死の臭いが染みついている。これが……これが私なんだ」

 

 かつて、ロックダウンはオプティマスを虐殺者と罵った。ハイドラヘッドは戦うことでしか生きていけない者だと言った。

 そしてそれは、おそらくその通りだった。

 

「その癖、私は今まで何も守れなかった。惑星サイバトロンを守れなかった。クリスタルシティを守れなかった。……エリータを守れなかった」

 

 それは、総司令官(プライム)としてではなく、個人(オプティマス)としての慟哭であり、ずっと内に秘めていた苦悩だった。

 その証拠にオプティマス自身は気付いていないかもしれないが、口調が崩れている。

 いつもの威厳のある口調ではなく、何処にでもいる青年のように。

 

「それだけじゃない、結局ピーシェを助けることも出来なかった。あの子を助けたのはスタースクリームと君だ。その間、私は何をしていた? ……何も、何も出来なかった。それどころか、私はあの幼い少女を殺すことさえ考えていたんだ……」

 

 断っておくとオプティマスがプライムとしての使命と義務から逃げたことなど、逃げようとしたことなど、唯の一度も無い。

 しかし、それと心に傷付かないこととは別だ。

 どれだけ強い精神を備えていようと、僅かずつでも心に傷は残る。肉体の傷は溶接され、破損したパーツは交換されても、心に負った傷は治り切らずに重なっていく。

 いつか、傷の痛みで(スパーク)を押し潰さんばかりに。

 

「オプっち……」

「私は幸せになんかなれない。幸せになんか、なっちゃいけないんだ……」

 

 増して、彼は本来、優しく繊細な性質なのだ。

 強い戦士としての顔は、所詮対外と自己防衛のための仮面にすぎない。

 いったいどうして、こんな男が自分の幸福を受け入れることが出来ようか?

 

「……分かった。それなら、わたしもオプっちに呪いを懸けてあげる。……幸せになる呪いを」

 

 ネプテューヌは静かに言い切った。

 

 オプティマスは呪われている。

 

 プライムとしての重責に、死んでいった者たちへの責任に、積み上げてきた過去そのものに、オプティマス自身に。

 だったら、ネプテューヌが新しい呪いで上書きするしかない。

 

「いつか言ったよね。わたしの幸せが、自分の幸せだって……わたしも同じなんだよ。あなたが幸せじゃないと、わたしは全然、これっぽっちも幸せじゃないんだよ」

 

 オプティマスが顔を上げると、ネプテューヌの瞳から光が消えていた。

 まるで、オプティマスを引きずり込もうとする紫色の底なし沼だ。

 

「あなたがいなくなったら、わたしは泣いて暮らすよ。国も何もほっぽり出して、あなたを探すことに一生を費やすよ。それが無駄だとしても。

 あなたが死んじゃったら、わたしは寂しくて悲しくて、後追い自殺しちゃうよ。それも世界とか運命とか呪いながら死んじゃうよ」

「そ、そんな……」

 

 よくある殺し文句と、オプティマスを説き伏せるための詭弁と言うことは簡単だ。

 しかし、それでは済まない一種の凄みが、ネプテューヌの表情から感じられた。

 オプティマスは悟った。ネプテューヌが本気であることを。

 

「そんなの……卑怯じゃないか……」

 

 自分が幸福にならなければ、ネプテューヌの不幸になる。

 なるほど、これは呪いだ。

 

 結局のところ、オプティマスが望むのは、ネプテューヌの幸福に他ならないのだから。

 

 オプティマスの両眼から、ついに涙のように液体がこぼれた。

 

「わ、私は……幸せになってもいいのだろうか? 死んでいった皆は、それを許してくれるだろうか?」

「分からない。でもね、少なくともエリータさんは、許してくれるんじゃないかな」

 

 確信めいてネプテューヌは笑む。

 

「二人で幸せになろう。そのために、こんな戦争、終わらせよう」

「……ああ、そうだな」

 

 ようやっと、オプティマスは微笑んだ。

 ネプテューヌの知る彼らしい、力強くも優しい笑みだった。

 

「何はともあれ、とりあえず回復を……」

 

 ネプテューヌはオプティマスのスパークと自身のシェアエナジーを共鳴させて彼を回復させようとする。

 

 その時だ。

 

「オ、プ、ティ、マァァァァァスッッ!!」

 

 崖の下から、恐ろしい叫び声と共に何かが飛び上がってきた。

 

 メガトロンだ。

 

 いや、頭部と背中に一対ずつの角に、右腕の巨大なキャノン砲、一回り大きくなった体躯。戦車形態(ハードモード)のレイと合体した姿であるレイジング・メガトロンだ。

 

 だが全身に赤黒い血管のような模様が浮かび上がり、黒いオーラを立ち昇らせている。

 

 表情たるや、唯でさえ悪鬼羅刹の如き顔が、さらに悍ましいほどの怨念で歪んでいた。

 

『メガトロン!?』

「オートボットの屑どもめが! 一人残らず滅ぼしてくれる!!」

 

 余りに異常な様相に、ネプテューヌとオプティマスが面食らっていると、二人を見とめたメガトロンはいきなり右腕のディメンジョンカノンを発射した。

 オプティマスは咄嗟にネプテューヌを庇うが、しかし光線は不自然なまでに狙いが甘く、二人を逸れて山肌を抉った。

 

「おのれぇぇ! レイ、何故邪魔をする!!」

 

 虚空に向かってメガトロンが吼える。

 どうやら、合体しているレイがメガトロンを抑えようとしているらしい。

 その叫びからは、今までのメガトロンとは違う、深い悲しみと絶望が滲んでいた。

 

「いったい、何が……?」

「メガトロン!! 話しを聞いてよ!! オプっちとあなたに言わなきゃいけないことがあるんだ!!」

「俺には話しなど無い!!」

 

 オプティマスが唖然と呟き、ネプテューヌが必死に叫ぶも、メガトロンは聞き入れずに稲妻のような破壊エネルギーをまき散らし、無茶苦茶にディメンジョンキャノンを発射するが、全く当たらない。

 ネプテューヌは、女神としての感覚でメガトロンと合体しているレイの気配がメガトロンの気配に飲まれて消えそうなほど小さくなっているのを感じていた。

 

「マズイよ! このままだと、『レイの霊圧が……消えた?』みたいなことになっちゃうよ!」

 

 ネプテューヌの言うことは相変わらずよく分からないが、レイが危険な状態なのは理解できた。

 そして今のメガトロンが他者はもちろん、メガトロン自身にとってすら危機的状況なのも、直観的に分かった。

 

「止めなければならない……か」

「うん! メガトロンを止めよう。わたしたち、二人で!」

 

 オプティマスが傷を感じさせないスムーズさで立ち上がった。

 ネプテューヌと共にいると、シェアを共鳴させていなくても、力が湧いてくる。心が落ち着きを取戻し、勇気が漲ってくる。

 

「ネプテューヌ!!」

「うん、オプっち!!」

 

 そして、二人は声を合わせる。

 

『ユナイト!!』

 

 ネプテューヌの体が光に包まれて四枚の前進翼を持った未来的な戦闘機へと姿を変える。

 そして、いくつかのパーツに別れてオプティマスの体へと合体。

 

 背に翼とスラスター、両腕に武装、胸に象形化されたNの文字とオートボットのエンブレムが重なったマークを持つネプテューンパワー・オプティマス・プライムへと融合合体(ユナイト)した。

 

「行くぞ、メガトロン!」

『少しだけ待ってて、レイさん!』

 

 オプティマスは背中のジェットを噴射して飛び上がり、メガトロンへと向かっていくのだった。

 




次回、強化形態対決……の前にメガトロン視点の話。

それにしても、最後の騎士王について新しい情報が出てきましたが、チビダイノボットが可愛いですね。
オートボットは、目玉のホットロッドとスクィージ以外はロストエイジから続投のようですね。
ディセプティコン側は、メガトロン、オンスロート(幹部枠?)、バリケード(新デザイン)、ドレッズの生き残りのバーサーカー……の他に何人かいるようですね。

っていうか、人間側の生活もかなり世紀末ってるんですけど……。何があったの……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第131話 オプティマス対メガトロン part2

最後の騎士王。
……やはり来たか、クインテッサ。しかもお供つきで。


「メガ……ン様! メガトロン様! しっかりしてください!!」

 

 メガトロンは自分を呼ぶ声で強制スリープモードから覚醒した。どうやら、地面に仰向けで倒れているらしい。

 まだ戦闘が続いているが、ここは少し戦場から離れていた。

 視線を脇にやれば、レイが涙を目に浮かべている。

 

「レイ? 何故ここに」

「心配だから、来たんです!」

 

 ふと、初めて会った時と似た状況だと思った。

 空から落ちてきて倒れている自分、べそをかいているレイ。

 

――相変わらず、泣き虫な奴だ。出会ったころから、そこは変わらんな。

 

 実のところ、メガトロンは最初に会う前からレイを知っていた。

 『師』によって見せられたゲイムギョウ界の映像。その中で女神として君臨していた女こそがタリの女神……レイだった。

 だからこそ、メガトロンはレイを自分の手元に置き、味方に引き込んだのだ。シェアエナジーを手に入れ惑星サイバトロンを再興するために。

 

 彼女を籠絡するのは簡単だった。

 少し優しくすれば容易く警戒心を解き、同情を引けば呆気なく心を許す。

 しかし扱いやすいかと言えばそうでもなく、こちらの予測を外れた行動を繰り返す。

 いつのまにやらフレンジーやボーンクラッシャーと仲良くなり、戦闘に出るようになり、極めつけは雛たちの母親になったことだ……。

 

――まったく飽きさせない女だ。……いやさ、今それは関係ない。

 

 意味の無い思考を断ち切り、意識を失うより直前のことを記憶回路から引き出した。

 オプティマスと激戦の末、大ダメージを負わせることに成功したものの、自身も限界を超えたメガトロンは意識を失った。

 確か、すぐ後ろに崖があったので足を踏み外してしまったのだろう。

 

「状況は?」

「本隊は撤退をほぼ完了しました。メガトロン様もお早く!」

「……仕方がない」

 

 レイに促されて、メガトロンはそれを受け入れる。

 そして、自分が落ちて来た崖の上を見上げた。

 メガトロンには分かっていた。オプティマスはまだ生きている。

 

――俺が生きている限り、お前が生きている限り、戦いは続くぞ……! 決着はまた今度だ!!

 

 闘志は衰えない。しかし、ダメージを負い過ぎた。

 翼を片方失って顔のフレームが歪み、腹には大穴が開いている。

 

『メガトロン様。こちらサウンドウェーブ、応答されたし』

 

 内心で再戦を誓い、立ち上がろうとしたメガトロンのブレインに、信頼する情報参謀から通信が飛び込んできた。

 リーンボックスが奪還されて以降、追手を撒くために姿を消していたが、こうして連絡してきたということは逃げ切ったのだろう。

 しかし、いつもの機械的に加工された声ではなく彼本来の声だ。映像の上でもバイザーが無くオプティックが露出している。

 

「こちらメガトロン。サウンドウェーブ、聞こえている。……しかし、顔と声はどうした?」

『ただのイメチェン。気にしないでいただきたい』

 

 意外な返答に、メガトロンは少し戸惑う。

 

「そ、そうか……とにかく、こちらは撤退する。ダークマウントで落ち合おう」

『メガトロン様、それはお勧めしない。ダークマウントは陥落した。兵員は全てダークマウントを脱出済み』

「なんだと……?」

 

 腹心の言葉に、メガトロンは眉根をひそめた。

 

「どういうことだ!?」

『先ほど、ブラックハート率いる部隊がダークマウントに潜入、シェアアブソーバーを破壊した』

「やはりか! それでイエローハートの洗脳が解けたのだな! しかし、ショックウェーブはどうした? あやつがそう簡単にシェアアブソーバーの破壊を許すなど……」

『ショックウェーブは、地下農場でステイシス・ロックにあった所を回収された。ドレッズの言葉と合わせて考えると、暴走して指揮放棄の後、単身で敵女神と交戦、結果的に撃破された模様』

「敗れただと!? いや、それ以前に指揮放棄? ショックウェーブがか? そんな馬鹿な!!」

 

 思わず、メガトロンは大声を出していた。隣のレイがビクリとする。

 ショックウェーブは、メガトロンへの強固な忠誠心を持っている……依存と言ってもいい。

 だからこそ、メガトロンの命令を命に代えても守るはずだった。

 

 ……はずだった、のだ。しかし現実にショックウェーブは命令違反と言える行為をして自滅した。

 

 混乱しかけるメガトロンだが、何とか冷静さを保とうとする。

 

「い、いや今はそれどころではない! シェアアブソーバーが破壊されたとしても、まだダークマウントはそう易々とは落ちん!! 誰が放棄を許した」

『…………私だ』

 

 今度こそ、メガトロンは衝撃を受けた。

 

「何……?」

『私が、彼等に退却の許可を出した。状況を鑑みて、他にないと判断した』

 

 サウンドウェーブは、メガトロンに提案することはあっても、メガトロンに断りなく重大な決定を下すことはなかった。

 

『無論、理由はある。すでにリーンボックスの艦隊が島を包囲している。幼体と卵の安全が第一と考え、撤退に踏み切った。加えて……』

 

 らしくもなく、やや緊張した面持ちでサウンドウェーブは何かの音声情報を再生した。

 

『兄弟たち! 人の手によって生まれた人造トランスフォーマーたち! 私はオートボット所属のスティンガー! トゥーヘッドの力を借りて通信しています! どうか、投降してください!!』

 

 どこか少年的な声が、通信に乗って流れてくる。

 

『トゥーヘッドが持つ人造トランスフォーマーの専用回線での通信記録だ』

 

 サウンドウェーブが説明している間にも、スティンガーの言葉は続く。

 

『プラネテューヌには、皆の投降を受け入れる用意があります! 出来る限り人道的な配慮を……!』

『馬鹿言うな! 僕たちはプログラムに投降なんて無いぞ!!』

『そうだそうだ!!』

『プラグラムに無いことは出来ないに決まってるだろ!!』

 

 一体のトラックスが反論したのを皮切りに、他の人造トランスフォーマーたちも口々にプログラムの絶対性を唱える。

 それは、あくまで人為的に生み出された人造トランスフォーマーにとっては当然のことだった。

 しかし、とスティンガーが言葉を続ける。

 

『我ら人造トランスフォーマーは思考能力を持って生み出されました! 我々はプログラムを超えて自分で考えることが出来るんです! 兄弟たち、どうか投降してください! これ以上、傷つかないでほしい!!』

 

 この後は、人造トランスフォーマーたちが言い合う音声が流れ続ける。

 ある者は投降すべきではないかと言い、ある者はあくまでもディセプティコンとして戦い抜くべきだと言うが、結論は出ず、混乱するばかりだ。

 動揺が、人造トランスフォーマー全体に広がっていた。

 

『さらに、クローン兵たちが自己判断で敵軍に投降している』

「ッ……!」

『各地に展開していた部隊も、次々と戦闘を放棄している。全体の約32%の兵士たちは、そのまま戦闘を継続する意思を見せているが……』

 

 ギロリと、メガトロンは傍らに立つレイを睨み付けた。

 

「どういうことだ! なぜ、クローンどもが降伏している! 貴様の指示か!」

 

 メガトロンの剣幕に一瞬、体を震わせて一歩後ずさったレイだったが、すぐに表情を引き締めて足を踏み出した。

 

「……はい。万が一にピーシェちゃんの洗脳が解けることがあれば、戦闘を止めるように言いました」

「何故だ!!」

「彼等はあくまで『エディン』の兵士です。国なき兵が戦う道理はありません」

 

 しっかりした口調のレイに、メガトロンは内心で酷く動揺していることを自覚した。

 彼女(レイ)は、自分(メガトロン)に愛を誓った。愛など持たぬメガトロンだが、そのことにある種の満たされた感覚があるのは確かだった。

 だからこそ、ある程度の独断も不問とした。

 それがオートボットの言うところの信頼なのなら、おそらくはそうなのだろう。

 

 ――しかし、レイは信頼を裏切った。スタースクリーム、サウンドウェーブ、ショックウェーブ、そしてレイ。皆、俺を裏切るのか……。いや、今はそれどころではない。

 

 メガトロンは、無理矢理に思考を切り替えた。

 女神を失い、人造トランスフォーマーとクローン兵は現状役に立たない。

 此方に絶対有利だったはずの戦況が、音を立てて崩れていく。

 

――いつだってそうだ。俺が労力と長い時間を懸けて準備したことを、オプティマスは土壇場で台無しにしやがるんだ……。

 

 相次ぐ想定外の事態と、意外な行動をする部下たちに、メガトロンは我知らず冷静さを削り取られていた。

 

『メガトロン様、それともう一つ、報告がある』

 

――オプティマス、貴様はいつだったか、俺がどれだけ破壊すれば気が済むのかと問うたな。ならば……。

 

『ガルヴァが、敵に拿捕された』

 

――ならばお前は、俺からどれだけ奪えば、気が済むんだ?

 

 

 

 

 

 

 

「め、メガトロン様……?」

 

 急に黙り込んだメガトロンに、レイは気遣わしげに声をかけた。

 確かにレイは自らを慕うクローン兵たちに指示を出して戦争の犠牲者を少なくするように暗躍していたが、それはあくまでもメガトロンのためを思ってのことだった。

 ……しかし、それでもクローンたちをあたら無駄死にさせることは出来ず、彼等にはエディンが実態を失ったなら投降するように言っておいた。あくまでもクローンたちの自由意思に任せたが。

 

 浅知恵ではあるが、しかし傷つく者を少しでも減らすためであった。

 

 後はこの状況ならリスクに敏いメガトロンのこと、迷いなく撤退を選ぶだろうと思っていたのだが……。

 

「…………ディセプティコン、総員に告ぐ」

 

 突然、メガトロンが声を出した。

 あらゆる感情が死んでしまったかのような、妙に平静な声だった。

 レイは冷静さを取り戻したのだと思ったのだが……。

 

「オートボットを殲滅せよ! 奴らを皆殺しにするのだ!!」

「な!? め、メガトロン様!?」

 

 驚愕するレイに構わず、メガトロンは部下たちに通信を飛ばす。

 レイの耳に付けたイヤホン型通信機からは、ディセプティコンたちの動揺する声が聞こえてきた。

 

『抗戦だって?』

『そんな無茶です!!』

「黙れ! 俺に許可なく一人も撤退することは許さん!! 先に撤退した奴らも呼び戻せ!! オートボットも女神も一人残らず殺し尽くしてくれる!!」

「お止めください!! これ以上の戦闘に意味はありません!!」

 

 何とかメガトロンを宥めようとするレイだが、向けられた視線のあまりの冷たさに……そこに込められた怒りと絶望に息を飲む。

 

「…………意味が無いだと? 奴らはガルヴァを奪っていったのだぞ!! おそらくはもう……」

「ッ!! ガルヴァちゃんが!?」

 

 ショックのあまり、ふら付いて倒れそうになるレイだが、頭を振って冷静さを保つ。

 

「落ち着いてください! まだ殺されたと決まったワケじゃあ……」

「言ったはずだ! オートボットはディセプティコンの子供など、容易く駆除するとな!!」

「それは……万が一、オートボットが子供たちを害そうとしたとしても、女神たちがそれを許すとは思えません!!」

 

 少なくとも、レイにはあのお人好しの女神たちが、子供を殺すなんて思えない。捕まったにしても、無事なはずだ。

 なんにしても、まずは状況を把握しなければ……。

 

 辛うじてではあるが冷静さを保とうとしているレイを、メガトロンは疑念に満ちた目で見る。

 

「貴様、随分と冷静ではないか……ああそうか、これも想定の内なのだな? そうかそうか、そういうことか……ハハハ、ハーッハッハッハ!!」

 

 エネルゴンを流しながら立ち上がったメガトロンは、急に笑い出した。

 そのあまりにもらしくない酷く虚ろな笑い声に、レイは背筋が凍りつくのを感じた。

 

「メガトロン様、どうしちゃったんです!? 何を言ってるんです!?」

「……どいつもこいつも裏切り者ばっかりだ! ……よかろう、俺一人で片付ける。俺は、最初から一人だったのだからな!!」

 

 突然、メガトロンの体から黒いオーラが噴き出した。

 かつてレイの体から、その憎しみに呼応して湧き出したオーラと同じ物……信頼や愛の力、シェアエナジーとは対極に位置する、憎しみと拒絶の力、『ネガティブエネルギー』だ。

 

 黒いオーラと発現したネガティブエナジーは、蛇のように伸び、レイの体を絡め取って中空に持ち上げる。

 

「メガトロン様! ダメ! その力は……!!」

「貴様には最後まで付き合ってもらうぞ……! 貴様は、俺の欠片(ピース)なのだからな!!」

「だ、ダメ……う、うあああああ!!」

 

 もがくレイが悲鳴を上げると、その身体が強制的に戦車形態(ハードモード)に変身させられ、分解されてメガトロンの体に融合していく。

 合体した部品は、機械的な接続の域を超えて細胞レベルで同化していき、その証の如く魔神の如き威容に赤黒い血管のような模様が浮かび上がる。

 同時に傷が矛盾した言い方だが破壊的な音を立てて塞がっていく。

 それは、レイと言う女神をメガトロンが乗っ取るのと同意だった。

 

 合体が完了したメガトロンは、崖の上を見上げた。

 そこにいるであろう……たった一人の宿敵を。

 

「オ、プ、ティ、マァァァァァス!!」

 

 踵のスラスターからジェットを噴射して、メガトロンは崖の上まで飛び上がる。

 やはり、オプティマスはそこにいた。

 すぐ傍には何故かパープルハートもいたが、メガトロンにとってはどうでもよいことだった。

 

『メガトロン!?』

「オートボットの屑どもめが! 一人残らず滅ぼしてくれる!!」

 

 二人を見とめたメガトロンはいきなり右腕のディメンジョンカノンを発射するも、合体しているレイが抵抗して狙いが逸れる。

 

「おのれぇぇ! レイ、何故邪魔をする!!」

 

 虚空に向かってメガトロンが吼える。

 

「いったい、何が……?」

「メガトロン!! 話しを聞いてよ!! オプっちとあなたに言わなきゃいけないことがあるんだ!!」

「俺には話しなど無い!!」

 

 ネプテューヌの言葉を斬り捨て、メガトロンは雷状のエネルギーを放ち、ディメンジョンカノンを連続で発射するも、悉く命中しない。

 

 レイはメガトロンの中で、必死に抵抗していた。

 メガトロンの抱えた怒り、悲しみ、劣等感。それらが激しい渦となって周りを取り巻いている。

 何よりも今までとは比較にならないほどの激しい憎しみと絶望。

 

――どうか止めてください! 止めて! 全部話すから!!

 

 しかし、もはやメガトロンはレイの言葉を聞いてなどいない。

 どうしてこうなった?

 簡単だ。やはり秘密を持つべきではなかった。

 もっと早くに話すべきだった。

 

 後悔しても遅い。

 

 しかし、同時にふと気が付いた。

 この怒りは、いつものメガトロンの怒りとは違う。

 自分の境遇や種族的な不遇に対する反発からくる憎悪でも、オプティマスへの拭いきれぬ劣等感の裏返しの怨念でもない。

 今のメガトロンの怒りの源は……つまるところ、ガルヴァへの愛なのだ。

 ガルヴァを消失したと思い込んだことが、これまでにない感情の爆発を生み、メガトロンが何重にも纏っている欺瞞の鎧に穴を開けたのだ。

 

 だとすれば、それは喜ばしいことなのかも知れない。

 

 そんな場違いなことを思いながら、レイの意識はだんだんとメガトロンの意識に溶けていった。

 

 




今回の展開に至るD軍各員の動きを簡単に説明すると……。

スタースクリーム:せっかく手に入れた女神を解放する(ただし、重い覚悟の上で)
サウンドウェーブ:勝手に本拠地を捨てる(ただし、周囲を敵艦隊に包囲された+雛を守るため)
ショックウェーブ:暴走して独断専行のあげく撃破される(地味に一番の大チョンボ)
レイ      :クローン兵を降伏させる(ただし、ガルヴァが捕まったのは想定外)
ガルヴァ    :抜け出して敵にとっ捕まる(メガトロンは殺されたと思い込んでる)

メガトロン   :上記のことが重なったのと肉体的なダメージもあって精神的限界を超え、完全に冷静さを失う。

こんな感じです。

次回、オプティマス対メガトロン第二ラウンド。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第132話 オプティマス対メガトロン part3

最近、仕事が忙しいので疲労が激しく、書く気力が湧きにくいとです……。


 メガトロンは、自身の中でずっと抵抗を続けていたレイの意識が沈黙するのを感じた。

 死んだワケではなく、メガトロンの深層心理の奥深く……スパークの傍で、ジッと身を護っている。

 そうしなければレイの意識はメガトロンに飲み込まれ、二度と元に戻れないだろう。

 

「メガトロン!!」

 

 体が完全に自由になった直後、オプティマスがこちらに飛んで来るのが見えた。

 ネプテューヌと合体して、ネプテューンパワー・オプティマス・プライムになっている。

 メガトロンはさらなる怒りを燃やして、オプティマスを迎え撃つことにした。

 

 今、メガトロンの身内でかつてない憎悪が燃えていた。

 これに比べれば、今まで感じていた怒りや憎しみなど、序の口に過ぎなった。

 

 オプティマスが右腕のプラネティックキャノンと左腕のヴァイオレットバルカンでメガトロンを狙い撃つ。

 しかし、かつてメガトロンを叩き落とした光線とビーム機銃は破壊大帝が体の周囲に張ったバリア状の電撃に阻まれる。

 

『メガトロン! そのままじゃレイさんの意識が消えちゃうよ!! 今すぐ合体を解いて!!』

「この女は俺の物だ!! 貴様らなどには渡さん!!」

 

 ネプテューヌの声にメガトロンは叫び返し、ディメンジョンカノンを集束モードで発射した。

 自分目がけて一直線に襲い掛かるビームを、オプティマスは身を捻って躱す。

 オプティマスを外れたビームは、後ろにある岩山に当たるや、大爆発を起こして岩山を粉々に吹き飛ばしてしまう。

 岩山の欠片が火山弾のように下で戦っているオートボットとディセプティコンの上に降り注ぐ。

 

「どうわあああ!?」

「め、メガトロン様ぁあああ!!」

 

 両軍ともに戦闘を中断して降ってくる岩塊から逃げ惑う。

 さしものダイノボットやデバステイターも、これには戦いを止めざるをえない。

 

「何と言う破壊力だ……!」

『オプっち! ここで戦うのはまずいよ!!』

 

 メガトロンの合体形態の力は、先ほどよりもさらに上がっている。

 全身から発する稲妻は、どんどんと勢いを増している。

 このままオプティマスとメガトロンが激突すれば、下で戦っている両軍兵士にもさらなる被害が出かねない。

 

 ならば……。

 

 オプティマスはメガトロンと同高度に達すると、宿敵を睨み付けた。

 

「メガトロン! 味方を巻き込んでいるぞ!!」

「知ったことか!! 俺が見たいのは、貴様らが死に絶える、その姿だけだ!!」

「そんなに、私が憎いか……ならば、追って来い!!」

「ッ! 待て!!」

 

 背中のジェットを噴射し、オプティマスは上昇していく。

 それをメガトロンも踵のジェットを吹かして追う。

 

 総司令官と破壊大帝は、二条の流星のように空へと昇っていく。

 雲を越え、大気を越え、さらにその上へと。

 

 

 

 

「おい、どうする!? メガトロン様、行っちまったぞ!」

 

 戦闘を中断して物陰に隠れていたブロウルは、別の物影にいるブラックアウトに声をかける。

 すでにブロウルの肩のミサイルポッドを片方失い、ブラックアウトも体のあちこちに傷を負っている。

 

「どうもこうも、メガトロン様の命令だ! 戦うしかなかろう!!」

「兄者、現状それは無理がある。それにメガトロン様の様子を見ただろう? 明らかに……マトモじゃなかった」

「そ、それは……」

 

 脇にいる義弟グラインダーの諌めるような声に、ブラックアウトは思い悩む。

 基本、彼はメガトロンに忠実な軍人気質だ。

 しかし義弟の言う通り、メガトロンは尋常な精神状態でないのも確かだった。

 命令と仲間や自身の命の板挟みになって悩んでいるブラックアウトだったが、突然通信が飛び込んできた。

 

『こちらスタースクリーム。安全な場所まで誘導する。これから送るマップデータに従われたし』

 

 その通信にハッと空を見上げると、エイリアンタトゥーを機体に刻んだ第五世代戦闘機が軌跡を描きながら飛んで行く。

 

「スタースクリーム! 貴様どの面下げて……」

『小言は後にしろよ、後に。ラステイション軍とルウィー軍はまだ動きは無いが、依然こっちを包囲してんだぞ』

「ぐッ……し、しかしメガトロン様の命令は徹底抗戦で……」

『抗戦すりゃ、挟まれて潰されるのがオチだ。サンドウィッチになりたいってんなら、どうぞご自由に』

 

 ブラックアウトはまだ悩む素振りを見せるが、他の者たちはスタースクリームの送ってくる地図情報に合わせて移動を始める。

 

「いいんですか、ミックスマスター? 命令に背いても」

「カーッペッ! これ以上やってられっか!!」

「レイ……」

「追いたいのは分かるがな、ボーンクラッシャー。今は自分の身の安全が優先だ」

 

 いつのまにやら合体を解いていたコンストラクティコンたちは、ミックスマスターを先頭に動き、レイのことを心配いているボーンクラッシャーの背をバリケードが押す。

 グラインダーは、何とか冷静に義兄の方を見た。

 

「兄者、ここは……今死ぬよりも、生きてまた戦う方がメガトロン様のためになるはずだ」

「……ええい! 仕方がない!!」

 

 義弟に説得されて、ブラックアウトもようやっと動きだすのだった。

 

「ディセプティコンの奴ら、逃げ出したぜ!! 追いかけて、止めを刺してやる!!」

「待て。さっきオプティマスから通信があった。……これ以上の深追いは無用、後方に戻れ、だとよ」

 

 ロードバスターは移動しようとしているディセプティコンに追い打ちをかけようとするが、レッドフットがそれを止める。

 

「俺、スラッグ! まだまだ、戦い足りない!!」

「同意。不服」

「まあ、そう言うなって。な、グリムロック!」

 

 スラッグ、スコーン、ストレイフらダイノボットたちも、とりあえずは従う。

 そんな中、ダイノボットのリーダーたるグリムロックは、オプティマスの消えていった雲海を見上げていた。

 

「武運を。友よ」

 

  *  *  *

 

 雲を突き抜け、オプティマスとメガトロンは飛ぶ。大気圏を越えて星の外……宇宙へと。

 

 周囲の青空が、夜空のような星空へと変わっていく。

 

「オプティマァァァァス!! 逃げるなぁぁあああ!!」

 

 メガトロンは宿敵を追いながら、砲を撃ち、雷を放つも、オプティマスはそれらを躱し続ける。

 本来、真空の宇宙空間では電気は伝導しないはずだが、女神の力に由来するメガトロンの雷に常識は通用しないようだ。

 

「ネプテューヌ、まだシェアエナジーを感じるか?」

『うん、大丈夫。ここらへんなら、まだ力を保っていられる』

 

 決して被害の出ない宇宙空間にまで飛んできたのはいいが、ネプテューヌへのシェアの供給も問題ないようだ。

 

 これなら、思い切り戦える。

 

 そう判断した瞬間、大きな衝撃がオプティマスを襲う。

 

 何と、メガトロンは右腕のディメンジョンカノンを後ろに向けて発射し、その反動で推力を得て加速し、オプティマスに追いつくや体当たりしたのだ。

 

「死ねえ、オプティマス! 両目を抉り取ってくれる!!」

「ッ!」

 

 オプティマスに組み付いたメガトロンが腕を伸ばす。オプティマスがそれを掴んで防ぎ、組み合ったまま、二者は落ちていく。

 眼下の青い星ではなく、その周りを回る衛星……月へと。

 

  *  *  *

 

「はい……はい、投降した兵には人道的な配慮を。はい、はい、そのように……ええ、ご協力に感謝します、ケイさん、ミナさん、チカさん」

 

 プラネタワーのシェアクリスタルの間。

 本に乗ったイストワールは各国の教祖と連絡を取り合っていた。

 エディンとの戦争は終わった。しかし、戦争の残した爪痕は……思っていたよりはだいぶ浅かった。

 

『早期に国民の洗脳を解く方法が分かったおかげで、そちらに専念できたからね。軍人の死傷者もゼロではないが、かなり少なくてすんだ。洗脳されていた人々も、後遺症らしき物は見られない。エディンの戦力なら純粋な力押しも出来たはずだが、洗脳をメインの戦略に据えてきたおかげで結果的に被害を抑えることが出来た。……皮肉な物だ』

 

 少年的な容姿のラステイション教祖、神宮寺ケイが溜め息を吐く。

 本来、この規模の戦争ならもっと取り返しの付かない被害が出ていてもおかしくはなかった。

 まさに神の……いや女神の加護か。

 

 これは、レイがメガトロンに入れ知恵をした上で、兵士たちに殺戮や略奪の禁止を徹底させていたことが大きいが、教祖たちはまだそれを知らない。

 

『R-18アイランドも、我がリーンボックスの艦隊が包囲している。戦艦(バトルシップ)なんて前世紀の遺物をかき集めたんだから、これでディセプティコンとの戦いもお終いになればいいのだけれど』

 

 緑の髪を後ろで縛った、黒い服のリーンボックス教祖、箱崎チカもようやく終わりの見えた戦いに少しだけ期待しているようだった。

 リーンボックスの艦隊は、旧時代に活躍した旧式の戦艦を中心に構成されている。

 現代の艦隊で主戦力となるミサイル艦ではコンピューター制御の比重が大きく、サウンドウェーブのハッキングで無力化される恐れがあるからだ。

 しかし、コンピューターが普及する前の戦艦ならその心配はない。

 ハイテクにはローテクで、デジタルにはアナログで対抗するのである。

 

『しかしまだ、余談は許せません。警戒は継続すべきでしょう』

 

 青い髪とアカデミックドレスの女性、ルウィー教祖の西崎ミナが慎重な意見を出す。

 エディンの中核を成していた面々……ディセプティコンたちは、未だ捕らえられていなかった。

 何にせよ、彼女たちはそろそろ戦いが終わった後のことを考えはじめていた。

 戦争は勝ってハッピーエンドではない。

 勝つにせよ、負けるにせよ、戦いの後には膨大な事後処理が待っている。

 

「とにかく今後も協力を密に、ということで……」

『ああ。しかし、重ねて皮肉だね。ディセプティコンという外敵が、結果的にゲイムギョウ界の結束を高めるとはね……』

 

 そうして教祖たちが会話している間にも、幼きロディマスは生活スペースで退屈にしていた。

 大人たちの話しは理解できないし、皆は帰ってこない。

 

 何となしに、ロディマスは何もない中空に向けて手を伸ばした。

 

 すると、何もない空間に『穴』が開く。

 これはいつものことだが、その向こうに見えた光景はいつもと違った。

 

 赤と青のファイアーパターンのボディに紫のパーツが合体した戦士と、灰銀の巨体に青と銀のパーツが融合した戦士が対峙していた。

 

 オプティマスと……あれは父だ。

 ロディマスは超感覚的に、ネプテューヌと母……レイが共にいるのを理解した。

 

 ああ、何てことだろう!

 きっと、あの四人は一緒になって、何か秘密の遊びをしているに違いない!

 

 幼く無邪気なロディマスは、いままさにオプティマスとメガトロンが決戦に臨んでいることなど分からない。

 

 夢に見た光景に居ても立ってもいられなくなったロディマスは、未熟な衝動のままに『穴』に飛び込んだ。

 いつもはすぐに消えてしまう『穴』は、今回はロディマスが通り抜けるまで消えることなかった。

 だが通過して間もなく閉じてしまう。

 

 まるで最初から誰もいなかったかのように静まり返った生活スペースに戻ってきたイストワールが、ロディマスがいなくなったことに気が付いたのは、そのすぐ後のことだった。

 




そんなワケで、まだまだ続くオプティマスとメガトロンの戦い。
次回は月、……ええ月です。

分かる人には分かるでしょう。ギャラクシーフォース、あるいは勇者エクスカイザーです。

しかし現状、スタースクリームが『組織が硬直しないために反対意見を言う、自分がいない時のための予備』というメガトロンの期待に完璧に答えているという皮肉。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第133話 オプティマス対メガトロン part4

最後の騎士王、コグマンなる新キャラが鍵を握っているようですが……。
情報によると、名優アンソニー・ホプキンス(レクター博士で有名な人)演じる貴族の忠実な仲間で、内心に怒りを抱えていて性格は卑劣……どういう風にストーリーにかかわってくるんでしょう?

※いやまさか、投稿した直ぐ後に新PVが出回るとは思わんかった。……すげえことになってますね。


 月。

 

 ゲイムギョウ界に寄り添い、夜を照らす衛星。

 古来より、人々の想像力と好奇心を掻き立て、あるいは魔性の者と強く結びついていると言われる星。

 その実態は生命の存在しない岩と砂の星であり、この地を踏んだ者は数えるほどしかいない。それも随分と昔の話だ。

 

 しかし、今日は久方ぶりに命有る者が荒涼とした月面に落ちてきた。

 

 無論、オプティマスとメガトロンだ。

 

 二人は地面に落下するより早く離れ、距離を取って月の大地に降りる。

 

「ネプテューヌ! 大丈夫か!」

『うん平気! シェアもまだ来てる! ……あ、うわあ』

 

 ネプテューヌは、合体しているオプティマスの目を通じて宇宙に輝く星を見た。

 深い青に輝く真球の……言葉に出来ないほど美しい星だ。

 

『あれが……ゲイムギョウ界なんだ。本当に真っ青なんだね。でも映像で見るのと全然違うや。なんていうか、凄く……綺麗』

 

 命の溢れる星の、その輝きに心奪われるネプテューヌだが、オプティマスは冷静に敵の出方を見ていた。

 対面に着地したメガトロンは、全身から黒いオーラと稲妻を立ち昇らせディメンジョンカノンを発射。着弾より一瞬早く、オプティマスは横に走って光線を躱す。

 しかしメガトロンは光線を発射し続けながら体ごと腕を動かし、薙ぐようにオプティマスを狙う。

 破壊光線とそれが地面に当たって巻き起こる爆炎から逃げながら、オプティマスは背中のスラスターを噴射して飛び上がる。

 

「消え去れぇぇええええ!!」

 

 背中や頭、メガトロンの体から放たれた雷が集まっていくつもの球体になり、それがオプティマスに向けて殺到する。

 ジェットスラスターを吹かして後退したオプティマスは、動き回りながらヴァイオレットバルカンで雷球を撃ち落としていく。

 メガトロンは空中を飛び回るオプティマスに向け、拡散モードでディメンジョンカノンを撃つ。

 オプティマスはいく筋にも分かれた光線の隙間を縫うように飛び、躱し切れない光線を防壁を張って防ぎながらメガトロンに向かって突撃する。

 

「オプティマァァァァス!!」

 

 咄嗟にメガトロンは砲に力を溜め、自分に向かって来るオプティマスに向ける。

 異次元から引き出された破壊の光が放たれる……その瞬間。

 メガトロンに肉薄したオプティマスは右腕のプラネティックキャノンを突き出し、その砲口を相手の砲口に重ねて発射した。

 二人の武器から放たれるエネルギーが干渉し合い、弾ける。

 爆発によってそれぞれ後方に弾き飛ばされた二人は、すぐさま体勢を立て直した。

 大きく咆哮を上げ、メガトロンは手の中に剛剣ハーデスソードを召喚する。

 

「オプティマス! オプティマァァァァス!! 許さぬ! 許さぬぞおお! オートボットも、女神どもも、ゲイムギョウ界の連中も! 殺して、殺して、殺し尽くしてくれる!!」

 

 怨念を垂れ流す宿敵に、オプティマスは奇妙な感覚を覚えた。

 今まで永く……永遠とも思えるほど永く戦ってきたが、こんなにも恨み節を言う続ける姿は初めて見た。

 

 同時に酷く不愉快と感じた。

 

 メガトロンは憎むべき敵だが、その信念の強さは認めていた。ずっとずっと昔から。

 だが、今の彼に信念は無い。

 そのことが、不愉快でならなかった。

 

「そうはさせない。ゲイムギョウ界も私自身の命も、貴様にくれてやるワケにはいかない。……ネプテューヌのために」

 

 その言葉を聞いて、メガトロンは嘲笑と憤怒がない交ぜになった顔をした。

 

「ハッ! 愛か! 愛が何の役に立つ!! 愛だの情だの、そんな物は自己満足に過ぎん!」

「いつか誰かに言った。愛は私の力の源だと。……私自身、その言葉の意味を真には理解していなかった。だが、今なら分かる」

 

 オプティマスの体から、虹色のオーラがメガトロンの黒いオーラに負けない勢いで噴き出す。

 

 それはシェアエナジーだ。

 

 信頼の、友情の、希望の、……愛の力だ。

 

 同時に、愛刀テメノスソードが、その手の内に現れる。

 

 剣を構えた両者は雄叫びと共に相手に斬りかかる。

 攻撃する時に出来る一瞬の隙。それを狙い、相手の手を読み合って。

 

 剣閃が閃き、両雄が交差する。

 

 結果は……相打ち。

 

 オプティマスの顔を覆うバトルマスクが砕け、メガトロンの右側頭部の角が落ちる。

 

 だがお互いにダメージに拘らず、雄叫びを上げて剣を振るう。

 

 斬る!

 

 テメノスソードがメガトロンの肩の装甲を斬り飛ばす。

 ハーデスソードがオプティマスの左の翼を中ほどから断つ。

 

 斬る、斬る!

 

 オプティマスの胸に一文字に傷が走る。

 メガトロンの胸に斜めに大きな傷が刻まれる。

 

 斬る、斬る、斬る!

 

 互いに一太刀一太刀に、意地を、魂を込める。

 剣を振るう度に、剣が閃く度に、両雄の身体に傷が増えエネルゴンが散る。

 

 斬る、斬る、斬る、斬る!!

 

 いったい何度目になるか分からない打ち合いの末、オプティマスとメガトロンはバックステップで距離を取る。

 

『ッ……!』

「ネプテューヌ、大丈夫か!?」

『少し痛いけど、これくらいヘッチャラ!』

 

 合体時のダメージは、オプティマスが優先的に請け負っているが、それでも大き過ぎるダメージはネプテューヌにも負担をかける。

 ただでさえ、オプティマスは先ほどの戦いで大きく傷ついている。シェアの共鳴で回復したとはいえ、これ以上の長期戦は無理だ。……そしてそれはメガトロンも同様だ。

 

 故に、オプティマスとメガトロンはお互いに愛刀に全ての力を籠めていく。

 ただ一撃、一撃を持って全てを終わらせるために。

 

 メガトロンがさらなる力を合体しているレイから絞り出す。

 悲鳴のような声が上がり、メガトロンのオーラが大きくなってゆく。

 

 オプティマスとネプテューヌが、心を合わせてさらなるシェアエナジーを引き出す。

 テメノスソードを包む光が輝きを増していく。

 

 両雄の間に流れる殺気と緊張感が高まりに高まり最高潮に達すると、まるで質量を持つかのようにぶつかって……弾けた。

 

「おおおおおおッ!!」

「はあああああッ!!」

 

 発声回路も割れよとばかりの咆哮と共に、オプティマスとメガトロンの剣が衝突し、莫大なエネルギーとエネルギーがぶつかり合って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてハーデスソードの刀身が砕け散った。

 

 

「な、なんだとぉぉおおおおッ!?」

 

 オプティマスとネプテューヌの全ての力を込めた一撃が、メガトロンの金属の肉体を大きく傷つける。

 

「ぐわあああぁぁああああッッ!!」

 

 凄まじい衝撃によって、メガトロンは遥か後方まで弾き飛ばされ、月面に仰向けに倒れた。

 

 それでも合体を解かず、スパークを燃やして体をギシギシと軋ませながらも立ち上がろうとする。

が。

 

 

「ぐ、ぐおお……」

 

 もはやシェアの共鳴があってなお限界を超えた肉体は精神に付いてはこれず、指の一本さえも動かすことは敵わなかった。

 オプティマスはゆっくりと、メガトロンに近づいていく。

 

「おのれぇええ……条件は同じだったと言うのに……!!」

「いいや。お前はレイを利用していただけだ。お前はこの大事に一人で戦うことを選んだが、私は……私たちは二人だった。それだけの差だ」

 

 メガトロンはレイの力を無理やり引出していたが、オプティマスはネプテューヌと力を合わせていた。それが、勝敗を僅差で分けたのだ。

 しかし、メガトロンはなおもギラギラと憎しみでオプティックを燃やしていた。

 

「殺せオプティマス! 俺の息子を殺したように、俺のことも殺すがいい!」

「……何を言っている?」

『ああ~……そこで行き違いがあったかー』

 

 呪いに満ちた言葉に、しかしオプティマスは戸惑う。

 一方で、ネプテューヌは得心がいったとばかりだ。

 

「俺の息子、俺のCNAを継いだガルヴァ……やっと言葉が話せるようになったばかりだったのに……!」

 

 言葉を発しながら、メガトロンは全身をチェックして反撃の機会をうかがっていた。

 エネルギーを腕に集中し、右腕のディメンジョンカノンを密かに発射できるようにする。

 

「子供だと? 何を馬鹿なことを言っている。我らトランスフォーマーに子供を作る機能など無い」

『いや、オプっち。それが出来ちゃったみたいなんだよこれが。……うん、一回落ち着いて話そう。わたしがずっと黙ってたのが悪くもあるし』

 

――この身果てるとしても、オプティマス! 貴様だけは……!

 

 言い合うオプティマスとネプテューヌに、メガトロンは好機と見てディメンジョンカノンを向けた。

 その瞬間、顔面に何かが落ちてきた。

 

「ッ!? 何だこれは!」

「何……!」

『え、え? 嘘!?』

 

 貴重なエネルギーを消費して顔に張り付いた物を掴んで見れば、それは赤とオレンジの体色を持った、トランスフォーマーの幼体だった。

 深い青のオプティックが、オートボットであることを示している。

 面食らうメガトロンだったが、その雛は何故か酷く嬉しそうにしていた。

 

「ロディマス!? 何故ここに!」

 

 仰天しているオプティマスの様子を見て、メガトロンは察した。

 何故かは分からないが、メガトロンはこの雛から確かにオプティマスを感じた。

 

「なるほどな……これは貴様らの子か」

『ええええ! そっちに勘違いしちゃう!?』

 

 こちらも死ぬほど驚いているらしいネプテューヌに構わず、その雛を手に握って潰してやろうとする。

 自分の子が死んだのだ。奴らの子も死ぬのが道理だ。

 

「ッ! 待て、メガトロン!!」

『ダメ、ロディマスはあなたの……』

 

 喚くオプティマスたちにニヤリと歪んだ笑みを返したメガトロンは、雛を一息に握り潰してやろうとするが、凍りついたように手が動かない。

 

「ッ? 体が動かん……!」

『……違う。違うの……メガトロン様……聞いて、この子は……』

「レイか!?」

 

 メガトロンと融合していたレイが、意識を取戻してメガトロンの体の自由を奪ったようだ。

 

「レェェェイ! 貴様まだ邪魔をするか!!」

『駄目ですよ……この子を……殺しちゃあ……』

「俺の子が死んで、奴の子が生きている! 不公平ではないか!! 奴らに、同じ苦しみを与えてやる!!」

 

 慟哭するメガトロンに、レイは力を振り絞って真実を告げる。

 

『違うんです……この子も、あなたの子供……』

「………………なんだと?」

 

 当然のことながら、メガトロンにはレイの言うことが理解できなかった。

 

『タリで……行方が分からなくなった、卵……それから生まれたのが、この子なんです……』

「あの時の……いや、やはり有り得ん」

 

 筋は通っている。

 しかしメガトロンはレイの言葉を受け入れられず、頭を振った。

 

「この餓鬼は……オートボットではないか。俺の遺伝子を継いでいるなら、ディセプティコンのはずだ」

『それは……私にも分かりません。でも、感じるはずです……その子のこと』

 

 メガトロンはもう一度、手の中の雛に目を落とした。

 ロディマスはようやっと会うことが出来た父の手を愛情を込めて甘噛みする。

 その感触は、伝わってくる温もりは、確かにガルヴァたちと同じ物を感じさせた。

 混乱するメガトロンだが、それはオプティマスも同じだった。

 

「ロディマスが……メガトロンの子供だって? いやしかし、ラチェットが言うのは確かにオートボットのはずだが……」

『でも、そうなんだよ。……ごめん、黙ってて』

 

 申し訳なさそうなネプテューヌに、しかし怒りは湧いてこなかった。

 最初の段階でメガトロンの子だと知らされていたら、自分はロディマスのことを受け入れることが出来なかったかもしれない。

 

『わたし、オプっちのこと、信じきれなかったよ……』

「ならば、今度は信じてもらえるように頑張るよ。大丈夫だ」

『オプっち……あ、それとガルヴァって子のことなんだけど……』

 

 ネプテューヌは、頃合いと見てメガトロンにガルヴァの現状を告げようとする。

だが……。

 

「いや、いいや! やはり有り得ん!!」

 

 突然、メガトロンが叫んだ。

 

「俺の子がオートボットだと!! レイ、またしても俺を謀る気か!!」

『め、メガトロン様、落ち着いてください……! 子供の前でそんな……』

「……そうか貴様、さてはこの餓鬼はオプティマスとの子だな!!」

『は……はあぁぁッ!? 何でそうなるんです! 思い込み激しいのもいい加減にしてください! 本当、オプティマスへのコンプレックスをいつまでも引きずって!! 豪快そうに見えて小心なんだから!!』

「小心!? 言うに事欠いて俺が小心だとう! だいたい、思い込みの激しさ云々を貴様に言われたくないわ!!」

 

 急に喧嘩を始めたメガトロンとレイに、オプティマスとネプテューヌは面食らう。

 

「こ、これはいったい……?」

『ああ……犬も食わない系のあれじゃないかな。でもロディマスの教育にも悪そうだしちょっと止めないと』

 

 戸惑うばかりのオプティマスだったが、ネプテューヌに促されて、喧嘩を続ける二人の間に割って入る。

 

「君たち、ちょっと止めないか。子供の前で」

『やかましい、お前は口を挟むんじゃあない!!』

「アッハイ……」

 

 しかし、こんな時ばかり声を揃える敵方二人に怒鳴られて引き下がる。

 

「そもそも貴様と言う奴は、貞操観念が緩いのだ! 愛しているとか言いながら他の男と仲良くしおって!! あの教授とはどういう関係なのだ!!」

『トレイン教授とは、何でもないわよ!! それなら、あなただっていっつもいっつも! オプティマスのことばっかり!! コンプレックスってレベルじゃないわよ! 本当に同性愛者じゃないんでしょうね!?』

「断じて違う!! 俺は普通に異性愛者だわい!! 貴様が一番良く知っておろうが!!」

 

 言い争い続ける二人だが、それを間近で見上げる者がいた。メガトロンの手の中にいるロディマスである。

 内容までは理解できないが、二人が喧嘩しているのは分かる。

 

 そして父と母の仲が悪ければ、子が悲しく思うのは真理だ。

 

 だから、ロディマスは大声で泣き出した。

 

『ちょっと、二人が喧嘩するから、ロディマス泣いちゃったじゃん!!』

『ああ、泣かないで~!』

「むうッ!?」

「…………」

 

 怒るネプテューヌとオロオロするレイ。驚くメガトロンに、そして完全に置いてきぼりのオプティマス。

 

 オートボットとディセプティコンにこのヒト有りと謳われた英雄二人も無く子には形無しだ。

 闘争の空気がすっかり白けてしまった。

 思わず、メガトロンが一喝する。

 

「ええい! 男なら泣くでないわ!! ……む?」

 

 しかし、ロディマスが一際大きく鳴くと、突然、一同の頭上の空間が歪み、星空に『穴』が開いた。

 『穴』はロディマスの泣き声に呼応するように大きくなっていき、同時に『穴』から発生する引力に引かれて、月面の小石や土埃が舞い上がる。

 

『ポータル!? それもこんなに大きな! まだ小さい子なのに、なんて力!!』

 

 レイは、すぐにそれが自分の力によって生み出す空間の裂け目と同じ物だと気が付いた。

 

『いけない! あれに吸い込まれたら、何が起こるか分からないわ!!』

 

 唯でさえ、ポータルについてはそれを操り空間を飛び越えることを可能としているレイにとってさえ未知の部分が多い。

 それも一人で通るのが限界なのに、こんな人数で入ったりしたら、どうなるか全く予想できない。

 

「ロディマスがやっているのか!?」

『何にしても、これヤバい感じ!』

「…………」

 

 驚愕するオプティマスとネプテューヌ。

 そしてメガトロンは唖然と中空に開いた穴を見上げていた。

 

『メガトロン! 何してるの、早く逃げて!!』

「ッ!」

 

 レイに言われて正気を取り戻したメガトロンだが、負傷のせいで満足に動くことが出来ない。

 灰銀の巨体が宙に浮き上がり、ポータルに引き寄せられていく。

 

「ロディマス!!」

 

 オプティマスはジェット噴射してロディマスを救出しようとするが、渦の力はどんどんと増していき、思うように身動きが取れない。

 

「ほわあああ!!」

「ぬおおおお!!」

『おわあああ!!』

『きゃあああ!!』

 

 オプティマスとメガトロン、ネプテューヌとレイ、そしてロディマスは、引力の渦に翻弄されたままポータルの中へと吸い込まれていった。

 

 一同を諸共飲み込んだ後、ポータルは満腹とばかりに口を閉じる。

 

 後に残されたのは土と岩だけだ。

 月は、ようやく本来の静けさを取り戻したのだった。

 




何故だろう? ロディマス乱入以降はもっとシリアスになるはずだったのに、何でだかメガトロンとレイが痴話喧嘩してた……。

実は、オプティマスとメガトロンの決戦に(しかもメガトロンがだまし討ちを謀ったトコに)ロディマスが乱入してきて有耶無耶になる……って展開はザ・ムービーのオマージュだったりします。

次回、オプティマス対メガトロン、最終ラウンド。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第134話 オプティマスとメガトロン

IDW社のアメコミ、フォー・オール・マンカインドを読みました。

人間は脆く儚い、だからこそ強く美しい。
普通ならヒーロー側が主張しそうな、その考えを得て地球に魅了されたのが、親人間であるはずのオートボットたちではなく、サンダークラッカーであったのが、何よりも印象的でした。
(オートボットたちは「早く地球からオサラバしたい」みたいなノリだし)



 オプティマスが泣いている。愛してくれた人の死に、炎の中で泣いている。

 メガトロンが泣いている。ままならぬ運命に、雨の中で泣いている。

 

 それは誰かの過去だった。

 

 ネプテューヌが笑っている。卵から孵った雛を、高く掲げて笑っている。

 レイが笑っている。卵から孵った雛たちに囲まれて笑っている。

 

 それは誰かの記憶だった。

 

 オプティマスが、メガトロンが、ネプテューヌが、レイが、

 オプティマスの、メガトロンの、ネプテューヌの、レイの、

 

 過去の記憶を見ていた。

 

  *  *  *

 

 R-18アイランド。今はエディン本土……エディンが壊滅した今となっては、旧エディンとでも呼ぶべきか。

 そろそろ水平線に差し掛かった夕日に照らされ、ディセプティコンの要塞ダークマウントが赤く輝いている。

 

 島の周囲の海はリーンボックスの艦隊が包囲していた。

 戦艦、巡洋艦、駆逐艦。いずれも前時代に活躍した旧式の艦艇であり、まるで艦隊のコレクションルームである。

 これらはR-18アイランド攻略に向け、各国から秘密裏に集められた物であった。

 しかしながら、戦闘らしい戦闘は起こっておらず、島の各所の設置された防衛システムもアノネデスが無力化することに成功していた……彼をして、「二度としたくない」と言わしめるほど困難な作業だったようだが。

 

 少し前は大人向けのテーマパークとして、最近は新興国家エディンの本土として常に喧騒に包まれていたこの島であるが、今は表面上穏やかさを取り戻していた。

 

 と、突然ダークマウント上空の空間が歪み、何も無い空間に穴が開いてそこから何か……あるいは誰かが飛び出してきた。

 

 赤と青のファイアーパターンのボディに紫のジェット戦闘機のパーツが合体したオートボットの戦士……オプティマス・プライムと、灰銀の巨躯に銀と青のSF戦車のパーツが合体した戦士……メガトロンだ。

 

 両者は空中でそれぞれと合体していたパーツ……ハードモードのネプテューヌとレイの一部をバラバラと分離させながら、ダークマウントの屋上へと墜落した。

 ほとんどのパーツは屋上に落ちたが、オプティマスの愛刀テメノスソードは彼の手を離れ塔の下へと落下していく。

 

「ぐううう……今のはいったい? ……ネプテューヌ!」

 

 金属的な音を立てて屋上に落ちたオプティマスは、ダメージを押して起き上がり、恋人の無事を確かめる。

 

 要塞の規模に比例してかなりの広さのある屋上のあちこちに、戦闘機形態の(ハードモード:)ネプテューヌのパーツが散らばっていた。

 パーツはオプティマスの声に反応するように光の粒に分解し、オプティマスのすぐ横で人型に結集した。

 

「あいたたた……それにしても、転送されて落ちるのっていい加減ワンパターンだよね。でも、さっきのは何だったんだろう?」

 

 ネプテューヌの体にはあちこちに痣があり服もそこかしこが破れていたがまだメタな台詞を吐く元気は残っているようだ。

 

「……そうだ! ロディマス! レイさん!」

 

 しかし、すぐにハッとなって周りを見回すと、自分と同じようにバラバラのパーツから人間態に戻ったレイを見つけた。

 屋上に倒れ伏し、体もネプテューヌ以上にボロボロだ。

 

「レイさん、しっかりして! 月から地上に帰ってきたんだよ!」

「…………色気のない月世界旅行もあったもんですね」

 

ネプテューヌに助け起こされたレイは、皮肉を言いながらもゆっくりと目を開いた。

 

「……ああよかった! ロディマスは何処に……ねぷうッ!?」

 

 幼い雛の姿が無いことに気付き、慌てて探そうとするネプテューヌだが、当のロディマスがネプテューヌの頭上から降ってきた。

 金属の塊であるトランスフォーマーの雛を顔面で受け止めるはめになったネプテューヌだが、倒れるには至らない。

 

「きゃあ! ちょっとネプテューヌさん、大丈夫ですか!!」

「う、うん……ロディマス、無事で良かったよ……」

 

 驚いて悲鳴を上げるレイは、とりあえずネプテューヌの顔からロディマスを引きはがす。

 それからホッと息を吐き、ようやく手に抱けた我が子を抱きしめる。

 

「ロディマス……昔話の英雄ですね。良い名前です」

「気にいってもらえてよかったよ」

 

 二人は、ロディマスを挟んで微笑む。

 ロディマスは母の温もりに、嬉しそうにキュイキュイと鳴く。もうさっきまで泣いていたことは忘れているようだ。

 表情を柔らかくしていたネプテューヌだが、ふと顔を引き締める。

 

「ねえレイさん、さっきの……ポータル?の中で見たのって……」

「やっぱり、あなたも見たんですね。細かい理屈は分かりませんが、おそらくポータルを通ったことで全員の精神が結びついて……記憶を共有したんだと思います」

 

 オプティマスの記憶、ネプテューヌの記憶、レイの記憶、…………メガトロンの記憶。

 断片的ではあるが、ネプテューヌたちは互いに互いの記憶を垣間見たのだ。

 ロディマスだけは、自身でポータルを発生させたからか影響はないようだ。

 

「そうか、あれはやはり……」

 

 オプティマスは立ち上がって一人ごちる。

 垣間見た記憶の中でも、特に強い印象を残したのはメガトロンの記憶の一場面だった。

 自分が師であるセンチネル・プライムによって次期プライムに選ばれた、あの日のことだ。

 夢破れたメガトロンに、センチネルが投げかけた言葉。

 

――お前がオートボットだったならば、あるいは別の運命があったのかもなあ……。

 

 あの当時、メガトロンはプライムになるために死にもの狂いで努力していた。

 しかしながら頑迷な評議会にディセプティコンというだけで功績を評価されないことに苦悩していたことも、オプティマスは知っていた。

 だからこそ、あの何気ない言葉は、しかしメガトロンにとってはどんな暴言よりも残酷だったはずだ。

 

 もちろん、それだけが原因ではないだろうが、あの言葉がメガトロンの中の決定的な『何か』に火を点け……彼を怪物に変えてしまったのではないか?

 

 それでこれまでのことが許せるワケではないが、それでも問わねばならない。

 

 メガトロンは一人立ち上がり、ボンヤリと水平線に落ちていく夕日を眺めていた。

 その背に近づき、オプティマスは声をかける。

 

「メガトロン、教えてくれ。お前は……ガッ!」

 

 不意に、メガトロンが振り向くや、オプティマスの顔面を殴った。

 無防備に拳を受けて後ずさるオプティマスにメガトロンはさらに殴りかかる。

 相変わらず怒りに燃える顔だが……オプティマスにも上手く表現できないが、今までの怒りとは様子が違った。

 

「プライムに成りたくない? プライムに成りたくないだと! 貴様が、よりもよって貴様がそれを言うのか!!」

 

 我武者羅にオプティマスを殴るメガトロンの咆哮に、ネプテューヌはメガトロンが何を見たのか理解した。

 師によってプライムに選ばれたあの日、オプティマスは自室を訪れたエリータ・ワンに縋るようにして弱音を吐露した。

 

 プライムになんか成りたくないと。

 

「貴様って奴はいつもそうだ!! 俺が持っていない物、俺が欲しい物、全部持ってやがる癖に、その価値を理解しちゃいない! 昔から俺は、貴様のそんな無神経なところが大嫌いだったんだ!!」

 

 よほど頭にきているのか、口調が崩れているメガトロン。

 オプティマスは、反撃も防御もせずに只々殴られていた。

 

「オプっち……?」

 

 しかしネプテューヌが助けに入ろうとした瞬間、オプティマスはメガトロンの拳を掌で受け止めた。

 

「無神経? お前こそ……お前こそ! 何であの時、私に相談してくれなかったんだ!!私は……私たちは! 少なくともあの時までは…………友達だった! はずだ!!」

 

 そして、今度はメガトロンの顔面を拳で殴る。

 表情は、どこか泣き出しそうになるのを堪えているように見えた。

 負けじとばかりにメガトロンも殴り返す。

 

「相談? 馬鹿を言え!! お前に泣きつけとでも言うのか!! オートボットのお前に! プライムのお前に! そんなみっともない真似が出来るか!!」

「私が無理なら、エリータにでも言えば良かったはずだ!! 何でもかんでも一人で抱え込もうとして! 私はお前の、そういう独りよがりなところが、どうしても好きになれなかった!!」

「何を!!」

 

 怒鳴り合いながら、オプティマスは、メガトロンは、殴り合い続ける。

 ブラスターもエナジーブレードもない、純粋な拳と拳のぶつかり合い。

 それどころか、防御もせず、フェイントやカウンターといった技巧すら無く、湧き上がる感情を突き出す拳と言う形で発露しているにすぎなかった。

 

 ひたすらに拳を交え合う二人を、ネプテューヌはポカンと眺めていた。

 一方レイは、無邪気にはしゃいでいるロディマスの背を撫でながら深く息を吐く。

 

「はあッ……まったく、男の人って……本っ当に馬鹿ですね」

 

 止める気はないらしく、レイはペタリと屋上の床に座り込んだ。

 その時、ネプテューヌのインカム型通信機に通信が入ってきた。

 辛うじて壊れていないそれのスイッチを押して、通信を開く。

 

「もしもし?」

『ネプテューヌ! やっと繋がった!!』

「ノワール?」

 

 通信してきたのはノワールだった。

 彼女は激しい剣幕でネプテューヌに質問を浴びせる。

 

『プラネテューヌの戦場から消えちゃったって聞いて心配してたら、急に要塞の上に現れるんだもの! あなたもオプティマスも何処へいってたのよ!』

「ああー……ちょっと宇宙旅行? お土産に服に付いてた月の石あげるから許してよ」

『はいぃッ!? 何をワケの分からないこと言ってるの! ……まあ、いいわ。戦闘してるのはコッチからも見えるから、援護に向かう』

 

 ノワールがいるのはリーンボックス艦隊の旗艦だ。すぐに到着できるだろう。

 さらに旗艦にはジャズやアイアンハイドもいる。

 彼等がいればオプティマスの勝利は確実だ。

 

 …………しかし。

 

「……いいや。邪魔しないであげて」

『はいぃぃッ!? 何言ってるの!!』

 

 バツが悪げではあるが、はっきりと援軍を拒否するネプテューヌに、ノワールは素っ頓狂な声を上げる。

 

『どういうことだい?』

「んんー……何て言うかさ。オプっちは今、やっと『オートボット総司令官オプティマス・プライム』じゃなくて、『ただのオプティマス』として戦えてるんだと思うんだよ。メガトロンもね」

 

 ノワールの傍にいるのだろうジャズの疑問に、ネプテューヌは自分なりの考えを言う。

 ネプテューヌの視線の先では、相変わらずオプティマスとメガトロンが殴り合っていた。

 二人を突き動かすのは、オートボットやディセプティコンの種族的な禍根や、軍団としてのイデオロギーではなく個人の意地と因縁のみだ。

 今の彼等は、総司令官でも破壊大帝でもない、ただのオプティマスとメガトロンなのだ。

 

『…………そうか、なら邪魔するのは野暮だな』

『ああもう、分かったわよ! でも何かあったら呼びなさい。それと何があったか、後でちゃんと話してもらうわよ!』

「うん、ありがとう。……アッ! それからノワールに頼みたいことがあるんだけど……」

 

 どうやら理解してくれたジャズとノワールにあることを頼んだ後で、ネプテューヌはレイの横に座って、彼女の膝の上のロディマスを撫でる。

 まだまだ、オプティマスとメガトロンは倒れる様子はない。

 

 ふと、レイが微妙な顔でネプテューヌに声をかけた。

 

「ああー……そう言えばネプテューヌさん? さっき、ポータルの中で見えたんですけど、あれはちょっと無いんじゃないかと。『あなたが不幸になるとわたしも不幸になる』とか、後追い自殺するとか……正直、ドン引きです」

「うええ!? 見えたの!? い、いやだってあれくらい言わないと、オプっち自己犠牲の塊だし、平和になっても『オレの墓標に名はいらぬ。死すならば戦いの荒野で!』とか言って去っていっちゃいそうだし!」

 

 自らの重過ぎる告白を知られたと分かって、ネプテューヌは慌てる。

 思い出してみれば、自分でもあれは少し……いやかなり病んでいると思う。

 

 ネプテューヌの闇は深い。オプティマスの闇が深いからしょうがない。

 

「そ、それならレイさんだって! 何でメガトロンに自分以外の女の人と……その、あ~んなことやこ~んなことをするを進めるのさ! レイさん、メガトロンのこと好きなんでしょう!!」

「私、基本的にメガトロン様の傍にいられるなら愛人でもお妾さんでもペットでもOKなんで。それに強い男は、たくさんの女の人に囲まれたいっていうハーレム願望を持ってるものです」

「ええー……メガトロンには、そんなの無さそうだけど」

 

 違う意味で、レイの闇も深かった。

 

 そうこう言っている間にも、オプティマスとメガトロンは殴り合い続ける。

 金属のフレームが歪み、火花とエネルゴンが飛び散る。

 

 ただでさえ連戦に継ぐ連戦で疲弊しているのだ。すでにお互いフラフラでいつ倒れても可笑しくはないのだが、それでも体を支えているのは意地だった。

 

「『自由はあらゆる生命体の権利』だと?」

 

 メガトロンがオプティマスに掴みかかる。

 しかし、オプティマスはメガトロンの両手を自らの両手で受け止めた。

 四つに組み合った状態で、メガトロンはいつになく必死な表情と声で吼える。

 

「俺には、俺たちには、そんな物は無かった!! 最初から!! だから奪い取るんだ!! 奪い取らねば、勝ち取らなければ、自由も権利も、得ることは出来なかったんだ!! そんな考えは、ただの偽善だ!!」

「…………違う!!」

 

 そのままオプティマスを押し潰さんとするメガトロンだが、オプティマスは強烈な頭突きで相手を怯ませ、いったん距離を取る。

 痛む頭を振ってオプティマスを睨み付けるメガトロンのオプティックには依然として憎しみの炎が燃えていた。

 

「何が違う!! そもそも、その思想はセンチネルの受け売りだろうが!!」

 

 オプティマスもまた、吼え返す。

 

「確かにそれは師の教えだ! だが、それだけじゃない!! 自由が万人の権利だと私が信じたのは、お前がいたからだ!」

「何!?」

「お前が種族の差にもめげすに自由を得ようと頑張っているのを見て、私は師の教えが正しいと信じることが出来たんだ!!」

「…………ッ!」

 

 その言葉を聞いて、メガトロンは明らかに動揺する。

 しかし、一瞬後には咆哮を上げて最後の一撃を繰り出す。

 オプティマスがそれに合わせるようにして、最後の拳を振るう。

 

『うおおぉぉおおおッッ!!』

 

 咆哮と共に突き出された拳が交差し、まったく同時に両者の顔に叩き込まれる。

 

 そのままの姿勢で硬直していたオプティマスとメガトロンだが、ついにゆっくりと前のめりに倒れこみ、必然的にお互いに支え合うような形になった。

 肉体はとっくに限界を超え、精も魂も尽き果てた二人を最後に支えるのが、宿敵であるとは何と皮肉で劇的なことだろうか。夕日に照らされて抱擁し合っているかのような姿は、まるで無二の親友同士のようにすら見える。

 どこか憑き物が落ちたような顔のメガトロンだが、宿敵の耳元に囁きかけるようにして、呪詛を吐く。

 

「……俺が、あの頃の俺が……いったいどれだけ、お前のことを羨んでいたと思う? 妬んでいたと思う? 有り余る才能に、師の寵愛。……極めつけにプライムの遺伝子だ」

「それなら、私だってそうだ。……お前が羨ましくてたまらなかった。……自信に、決断力、それに友達……お前はあの頃の私が欲しくてたまらなかった物を全部持っていた。……実は私、お前に声をかけてもらうまで、ほとんど友達いなかったんだぞ?」

「…………そうかよ」

 

 呪詛に返されたのは、懐かしげな笑みと愚痴だった。

 メガトロンの口元に、苦笑が浮かぶ。

 しかし続く言葉はやはり呪いの言葉だった。

 

「それでも……俺は……貴様を……貴様らを……許すことはできん……」

「…………」

「ガルヴァを……俺の息子を……返してくれ……!」

「ならば、お返ししましょう!!」

 

 その時、場違いなくらい明るい声が聞こえた。

 オプティマスとメガトロンが思わずギギギと比喩でなく金属音を響かせながら首を回せば、ネプテューヌとレイがいつの間にか傍に立っていた。

 

 その後ろに、『二体』のトランスフォーマーの幼体がいた。

 一体は未だ小さい赤い雛、ロディマス。

 そしてもう一体は、銀と青の体の人間大の幼体だ。

 

「が、ガルヴァ……!」

「ちちうえー!」

 

 ガルヴァは父たるメガトロンに駆け寄り、その足に飛び付く。

 メガトロンはオプティマスから離れ、我が子を抱き上げた。

 

「ガルヴァ、ガルヴァ……! 生きていた、生きていたのか……」

「ちちうえ……ごめんなさい、ぼく、おうちをまもれなかった……」

「いいんだ、お前が生きていてくれたなら、それで……」

 

 メガトロンのオプティックから液体がこぼれ出す。

 そんな二人にレイがロディマスを抱えたまま近づき、慈愛に満ちた笑みをこぼす。

 

 再会を喜ぶメガトロンたちを眺めながら、ネプテューヌは満足げにウンウンと頷いていた。

 隣では、女神化したノワールが肩を回していた。

 

「まったくもう、あの子を連れて来いなんて、何を言い出すのかと思ったけど……。重いわ、暴れるわで大変だったのよ」

「ありがとう、ノワール。来てくれて」

「二人とも、あの子はいったい?」

 

 オプティマスは傷つきに傷ついた体を引きずってネプテューヌたちの傍に寄ると、説明を求める。

 ノワールは深く息を吐いてから答えた。

 

「ああ……何か例のシェアを集める装置を壊そうとした時に襲ってきてね。捕まえたの。アイアンハイドはすごく警戒してたけど、いくらディセプティコンでも子供を傷つけるのは……ちょっとね」

「そうか……」

 

 自分でも意外なほどに、オプティマスは安堵していた。

 何か、取り返しのつかない事態は避けられたようだ。

 ノワールは視線でメガトロンたちを指す。

 

「で? アイツらどうするのよ?」

「それは……」

 

 オプティマスは言葉に詰まった。

 メガトロンさえ倒せば、戦争は終わる。平和がやってくる。

 

 ……本当に?

 

 本当にそれでいいのか?

 今のメガトロンはあれほど憎んでいたオプティマスでさえ眼中に入っていないようだった。

 その姿に破壊大帝の面影はなく、再会した我が子を抱く父がいるのみだった。

 

 オートボットは、決して無抵抗な者を殺しはしない。

 

 それ以前に、自分はメガトロンを殺したくないと思っていることに、オプティマスは気付いていた。

 

 思い悩むオプティマスに、ネプテューヌが少し控えめに声をかけた。

 

「ねえオプっち?」

「なんだい?」

「ええと、プラネテューヌはあの人たちを捕虜にします。これはオートボットとディセプティコンの戦争じゃなくて、プラネテューヌとエディンの戦争だったので、彼らの処遇を決める権利は、プラネテューヌにあります……なんてね」

 

 悪戯っぽいネプテューヌの言葉に、オプティマスはオプティックを丸くした。見れば、ノワールは「好きにすれば」とでも言いたげに肩をすくめている。

 

「ちちうえ、ははうえ、このこはだれですか?」

「あなたの兄弟よ。名前はロディマス」

「ろでぃます。あたらしいおとうとですね!」

 

 再びメガトロンたちに視線をやれば、ロディマスがガルヴァにじゃれつき、ガルヴァもそれを受け入ていた。

 メガトロンは無言であったが、雛たちを見る目には慈しみがあった。あのメガトロンの目にだ。

 それが欺瞞でないことは、あのポータルの中で見たメガトロンの記憶からも明らかだった。

 逃げたり暴れたりする様子はない。もはや、メガトロンとレイにそれだけの力は残っていないだろう。

 

 オプティマスはフッと排気し、表情を緩めて、その場に座り込む

 

「まったく……君には敵わないな」

「当然! ドヤッ!」

 

 言葉通りのドヤ顔でネプテューヌが胸を張る。

 さっきの提案は、メガトロンを倒さねばならないオートボット総司令官としての責任を持っていることと、メガトロンを倒したくないという私心の板挟みになっていることを察してのことだろう。

 

 本当に敵わない。

 

 海を見れば、夕日が水平線の向こうに沈んでいくところだった。

 上手く表現できないが、スッキリした気分だった。

 

 思えば、メガトロンとああして本音でぶつかりあったことは無かったかもしれない。

 

 センチネルの下で兄弟弟子として共にあった時ですら、オートボットとディセプティコンということで、お互いに遠慮や隔意があったのかもしれない。

 

 そう考えれば、オプティマスとメガトロンは、ようやく僅かながらでも理解し合えたのだ。

 

 無論、これまでのこと……種族同士の因縁、長く続いた戦争で積もり積もった憎悪を全て水に流せるはずもないが……少なくとも、この場に置いて怒りも憎しみも、もう存在しなかった。

 

 夕日が水平線に沈んでいく。

 それはあたかもエディンの落日を示すようであったが、しかしオプティマスには自分の中の憎しみの火が消えていく、その象徴のように思えたのだった。

 




オプティマス対メガトロン

第一ラウンド:素の状態での殺し合い。

第二ラウンド:合体形態でのスーパーロボット的なバトル。

最終ラウンド:夕日に照らされて殴り愛宇宙(ソラ)

……っていう流れなのは早い段階から決まっていました。

ここ何回にもわたってドツキ合いしてたのも、前四話がオプティマス『対』メガトロンだったのも、オプティマスとメガトロンを精神的に追い詰めてたのも、ロディマスにポータルを使える設定盛り込んだのも、全てはこの回のためです。

何て言うか、オプティマスとメガトロンは、一回肩書きとか称号とか剥ぎ取って、ぶつかり合う必要があると思いまして。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第135話 『糸』

 かくして、新国家エディンがその短い歴史に幕を閉じると共に、エディン戦争は終わりを告げた。

 この戦争はオートボットとディセプティコンが国家間の戦争に深く関わった初めての事例であるとともに、この規模の戦争としては異例と言っていい犠牲者の少なさが後世の語り草となる。

 

 各国で抵抗していたエディン軍も鎮圧され、最も多くの領土が占領されていたリーンボックスも、速やかに復興に向かっている。

 この戦いの中で女神候補生として覚醒したグリーンシスターことアリスは、その立場の複雑さもあって一先ずは同国教会に保護されていた。実質的に軟禁であるが、これは本人の希望もあってのことだ。

 ついでにサイドウェイズとブレインズも教会の世話になっている。

 

 投降した人造トランスフォーマー、及びクローン兵については各国の女神や教祖の合議により、教会による監督、監視の下で復興作業やその他ボランティアに無償奉仕することと相成った。

 

 プラネテューヌの戦場やダークマウントから姿を消したエディン軍残党……ディセプティコンたちはもちろん、それに従うことを選んだ人造トランスフォーマーやクローン兵の行方は、未だ不明であった。

 

 ジェットファイアは頭に打ち込まれたセレブロシェルの除去のため、いったんステイシスロック状態に入った。

 

 そして、捕虜となったメガトロン、レイ、ガルヴァの三名は抵抗する様子は無かったものの、やはり監視下に置かれ、特にメガトロンは厳重に拘束されることになったのだった。

 

  *  *  *

 

「つまり、ロディマスやガルヴァは、自分の種族を変えることが出来るんだ」

 

 プラネタワーの地下深く。

 ディセプティコンのために設えられた特別監獄の、そのさらに最奥。

 床に溶接された椅子に拘束具で固定されているメガトロンに向かって、オプティマスが話していた。

 二人の間を、特別強力なフォースシールドが隔てている。

 メガトロンを殺さずにおいたことについては、オートボット内でも異論があったものの、あくまでプラネテューヌ預かりということで通した。

 

「既存のトランスフォーマーの数倍の遺伝情報を有し、その中にオートボット、ディセプティコン、両方の情報を内包していて、卵の中にいる状態で周囲の環境、状況に合わせて適切な遺伝情報を表出させる。ディセプティコンの傍にいればディセプティコンに、オートボットの近くにいればオートボットになるのだ」

「そうすれば、その時近くにいた者に、守ってもらいやすくなるワケだな。……こすっからいことだ」

「お前はまた……」

 

 皮肉っぽいことを言うメガトロンに、オプティマスは溜め息を吐くように排気する。

 メガトロンはフンと排気すると、疑問を発した。

 

「しかし解せん。それなら、何故ロディマスはオートボットなのだ? いやむしろ、その説明なら貴様とパープルハートの子である方が筋は通る」

「お前の遺伝子を核として、『オートボット的』な遺伝情報を表出させているんだ。簡単に言えば、メガトロンの遺伝情報という本体がオートボットという服を着ているようなものだそうだ。……だから心配しなくても、ロディマスはお前とレイの子だ」

「……別に心配なんぞしておらん」

 

 そう言いつつも視線を逸らすメガトロンに、オプティマスは我知らず苦笑する。

 

「もっと言ってしまうと、この種族変更は理屈の上では後天的にも変えることが出来る。オートボットやディセプティコンという括りは、彼らにとってはファッションに過ぎないんだ」

「ッ! それはつまり……!」

 

 オプティマスの言わんとすることを理解し、メガトロンはオプティックを見開く。

 

「彼らはオートボットとディセプティコン、そのどちらにでも成れるし、あるいはその両方であることも出来る。そしておそらく、どちらでもない別の何かにも成れる。

 我々が、車や飛行機をスキャンしてビークルモードを選ぶように、自分の意思で自らが何者か決めることが出来る。

 ……まさしく、新たな世代(ニュージェネレーション)。彼らこそ、真の意味で変容する者(トランスフォーマー)なんだ」

「そうか……なるほどな。考えてみればオールスパークの残した最後の子供が、全てディセプティコンというのも可笑しな話しだった。……てっきり俺は、オールスパークがディセプティコンを選んだのだと思ったぞ」

 

 皮肉を吐くものの、どこか安堵したような顔のメガトロンに対し、オプティマスも大きく頷く。

 

「あの子たちは我ら種族(サイバトロニアン)の未来を握っていると言っても過言ではない。彼らが大人になった時、オートボットやディセプティコンといった区別は何の意味も無くなるんだ」

「…………しかしそれで、これまでのことが無くなるワケではない」

「確かに過去は変えられない。しかし未来は変えられる。我々の戦争を、次の世代に押し付けたくはない」

「話し合いでもしようと言うのか? オプティマス、我々は遠い昔にその段階を過ぎたはずだ」

「そして、今また女神たちのおかげで機会が巡ってきた」

 

 宿敵の言葉に、メガトロンは低く唸る。

 一方でオプティマスは何処か苦さを含んでいるが、それでも笑んでいた。

 

「我々も、変容(トランスフォーメーション)するべきなのかもしれない」

「…………それよりも、レイとガルヴァは無事だろうな?」

 

 メガトロンはあからさまに話題を変える。

 しかし、どの道それも説明しなければならない。

 

「もちろんだ。監視はしているが丁重に扱っているし、プラネタワー内ならば、ある程度は自由に動いてもいいようにしている。……やはり心配か?」

「ガルヴァは、いずれディセプティコンの頂点に立つのだ。こんなトコで死なれては困る。……レイはついでだ」

 

 メガトロンがレイを彼なりに大切に思っていることは、ポータルの中で記憶を共有したので知っている。

 素直になれないメガトロンの一面に、思わず少し顔が綻ぶオプティマス。

 

「では、今回はこれくらいにしておこう。今日はピーシェがあちらの次元に帰る日なんだ。これから見送りに行ってくる」

「……そうか」

 

 メガトロンの顔はむっつりとした物になっていた。

 果たしてメガトロンがピーシェに対して、利用価値以上の感情を持っていたのかは分からない。その部分の記憶を見ることは出来なかった。

 

「あれの記憶はまだ戻らんのか」

「……相変わらずだ」

 

 前述の通り、この戦争で失われた物は少なかったが、まったくのゼロだったワケではない。

 

 例えば、その一つがピーシェの記憶だった。

 

 洗脳が完全に解けた状態に戻っても、ピーシェはエディンの女神になるより前のことを思い出せなかった。

 これはメガトロンにとっても想定外の事態であり、彼にも治す方法は分からなかった。

 

「俺は間違ったことをしたとは思っていない。分かっているはずだ。故郷を再生させるには、シェアエナジーが必要なのだ。そして女神も」

「だとしても、女神を利用することも、シェアエナジーを無理やり奪うことも出来ない」

「あの餓鬼どもに、再興した故郷を見せたくはないのか?」

「私が子供たちに見せたいのは、平和な未来だ。……また来る」

 

 それだけ言ったオプティマスが部屋から出て行こうとすると、その背にメガトロンが声をかけた。

 

「……オプティマス。この戦い、勝ったのは誰だったのだろうな?」

「勝利の定義にもよるが……目的を果たしたという意味なら、決まっている。……ネプテューヌとスタースクリームだ」

「……違いない」

 

 結局のところ、エディンを巡る戦いでオプティマスとメガトロンが怒りに飲まれる中、あの紫の女神と航空参謀はピーシェを救うという目的を完遂して見せたのだ。

 ならば、あの二人にこそ勝利の栄誉は相応しい。

 

 ついに航空参謀スタースクリームは、破壊大帝メガトロンに勝利したのだ。

 

 オプティマスが去った後で、メガトロンは深く目を瞑り参謀たちのことを考えてみた。

 

 スタースクリームがピーシェの影響を受けて大きく成長してみせたのは、まさに最大級の予想外だった。

 ショックウェーブがプルルートに執着していることは知っていたが、自分の命令を無視するほどとは思っていなった。

 勝手に基地を引き払ったサウンドウェーブも、何かしかの心境の変化があったのだろう。

 

 つまり、今回の敗因は、部下たちの変心を把握できなかったメガトロンにも責任がある。

 

――まったく、このゲイムギョウ界に来てからというものの、皆変化していく。

 

変容(トランスフォーメーション)、か……」

 

 小さく呟いたメガトロンは、深い思考の海に沈むのだった。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ郊外の花咲く丘。

 

 色とりどりの花が咲き乱れ、美しい景観を作り出しているここに、プルルートとピーシェを見送るべく、女神たち、オートボットたち、アイエフとコンパが集まっていた。

 オプティマスの腕にはロディマスとガルヴァが抱かれている。

 レイの姿は無い。……ピーシェに合わせる顔がないとして、辞退したからだ。

 

 そして、どういうワケかネプテューヌの姿も見えなかった。

 

 プルルートはピーシェと手を繋ぎ、いつもと変わらない柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「みんな~、元気でね~」

「これでさよならなんて、寂しくなりますわ……」

「何だか、ずっと前から友達だったような気がするわね」

「……あなたたちのこと、忘れないわ」

 

 ベール、ノワール、ブランが口々に別れを惜しむ言葉を出す。

 短い間だったが一緒にいたプルルートたちは、女神たちにとっても掛け替えの無い仲間になっていた。

 

「あたしも~。あ、そうだ~、ギアちゃ~ん、はい~」

 

 プルルートは、ネプギアに後ろに背負っていた何かを差し出した。

 それは手作りのヌイグルミだった。ネプギアを模した物だ。

 

「え? これ私? ありがとうございます!」

「大事にしてね~」

 

 ネプギアとプルルートが笑い合う中でもネプテューヌのヌイグルミを抱いて無表情なピーシェに、女神候補生たちが駆け寄ってきた。

 

「元気でね! ピーシェ!」

「わたしたちのこと、憶えてなくても……」

「ずっと友達なんだからね!」

「うん」

 

 その言葉に、ピーシェは微かに微笑む。

 ユニ、ロム、ラムらにとっても、妹分と言うべきピーシェは大切な存在だった。

 記憶は無くても、絆は消えない。そう信じている。

 

「『オイラたちも』『ズッ友だよ!』『フォーエバー』『フレンズ!』」

「達者でな。また会おうぜ」

「俺らのことも忘れなんなよ!」

「ま、忘れたくても忘れられないかもな! こんな濃い連中!」

 

 それぞれのパートナーの後ろに立つバンブルビー、サイドスワイプ、スキッズ、マッドフラップたち若手のオートボットたちも別れの言葉を口にする。

 

「おいおい何だよ! 俺への別れの言葉は無しかよ! 一人くらい挨拶してくれてもいいだろう!」

 

 ピーシェの後ろからヒョッコリとトンボのようなオプティックのホィーリーが顔を出した。

 彼はピーシェたちと共に、あちらの次元へと行くことにしたのだ。

 

「ふむ、では私が……ホィーリー、ピーシェのことを頼む」

「へへへ、承りました! オプティマス司令官!」

 

 厳かなオプティマスの言葉に、ホィーリーは軽い口調と敬礼で返す。

 

「向こうの次元のわたしたちが、またピーシェちゃんと仲良くなればいいですね」

「きっと大丈夫よ、コンパと私だもの」

「ああ。そこは私たちも保障しよう」

「またいい友達になれるわ。案外、もう友達かもしれないわよ?」

 

 候補生たちから少し後ろに立っているコンパとアイエフ、ラチェットとアーシーも、穏やかな顔でプルルートたちを見送る。

 

「ぴーしぇ、おまえはぼくのいもうとなんだ! りっぱなめがみになるんだぞ!」

「うん」

 

 オプティマスの腕に抱かれたガルヴァは舌足らずながら、この有機生命体の義妹を激励し、ロディマスもそれを真似てキュイキュイと鳴く。

 

「では皆さん! 名残は尽きませんが、そろそろ……」

『ゲートを開ける時間は限られているんですー!щ°□°)щ』

 

 皆が別れを惜しむ中、こちらとあちらのイストワールはプルルートたちを急かす。より小さな姿のあちらのイストワールは、例によって立体映像だ。

 この機を逃せば、再びゲートを開くには三年待たなければならない。

 

「待ってください! まだお姉ちゃんが……」

 

 しかし、ネプギアが声を上げた。

 肝心のネプテューヌの姿が見えないからだ。

 何か準備すると言っていたが……。

 

「ああ、俺もちょっと待ってる奴が……」

『時間です! ゲート開きまーす!(/ ̄∀ ̄)/』

 

 ホィーリーも止めようとするが、あちらのイストワールは、これ以上待てないとばかりにゲートを開く。

 空中と地面に大きく壮麗な魔法陣が現れ、その中央を光の柱が結ぶ。

 この光の柱こそが二つの次元を行き来するためのゲートである。

 

「おーい!」

 

 その時、やっとネプテューヌが駆けてきた。先日の戦いの傷が癒えきっておらず、あちこちに絆創膏を貼っていて、手に何か袋を下げている。

 

「ネプテューヌ、遅いわよ!」

「ごめーん!!」

 

 ノワールに怒られつつも、ネプテューヌはプルルートに駆け寄り抱きつく。

 

「ぷるるん、来てくれて本当にありがとう! きっとまた、会えるよね!」

「うん、きっとね~」

 

 ネプテューヌとプルルートは心からの笑顔で再会を誓う。

 二人が共に過ごした時間で得た物は、お互いに大きかった。

 

「ぴーこはこれ持ってって!」

「ネプテューヌ、なにこれ?」

 

 ネプテューヌが差し出した袋の中身を取り出したピーシェが、首を傾げる。

 それは、蓋にマジックで『ねぷの』と書かれたいくつかのプリンだった。

 

 あの時、喧嘩のもととなった、あのプリンだ。

 

「世界で一番、美味しい物だよ!」

 

 別れ際に至っても、思い出を失っているピーシェに一瞬悲しい気持ちになったネプテューヌだが、すぐに笑顔を作った。

 ピーシェにとって、これは別れと言うだけではなく女神として本当の出発点でもあるのだ。

 新しい門出の日に、涙は似合わない。

 

『あ、あの~、そろそろゲートに入ってくださーい!(」°ロ°)」』

「は~い! ……ピーシェちゃん」

 

 あちらのイストワールに急かされて、プルルートはピーシェを伴って光の柱に入ろうとする。

 

 その時である。

 

 突如として上空から凄まじい速さで飛来した何かが、変形して地面に降りたった。

 全体的に逆三角形のフォルムの体に幾何学的なタトゥーを刻んだ金属生命体で、翼とスラスターを背負い、猛禽の如き逆関節の足で地面を踏みしめている。

 

 誰かが、その名を呼んだ。

 

「ッ! スタースクリーム!!」

「みんな、いいんだ」

 

 オートボットたちは反射的に武器を展開しようとするが、オプティマスがそれを穏やかな声で制した。

 

「オプティマス何を……!」

「いいんだ」

 

 静かだが断固とした意思を感じさせる口調に、オートボットたちは渋々ながら武器を降ろす。

 スタースクリームはオプティマスに軽く頭を下げてから……あのスタースクリームがである……ピーシェの前で片膝を折って目線を下げる。

 

「スタースクリーム?」

「……ああ、やっぱりまだ思い出してねえか」

 

 自分の名前を正確に発音するピーシェに、スタースクリームは柔らかく笑った。

 ピーシェの足元から、ホィーリーが体格差を物ともせずスタースクリームに怒鳴った。

 

「まったく遅いぜ!! このまま会わずに済ますなんて、不義理にもほどがあるぜ!」

「こっちにも色々あんだよ。まったく、颯爽と去って終わりなはずだったってのに……」

「そんなのテメエにゃ似合わねえよ! 格好つけやがって、スタースクリームの癖に!!」

「違いねえ」

 

 気心の知れた様子でホィーリーと笑い合ったスタースクリームは、改めてピーシェに視線を合わせる。

 

「さてと、だ。なあピーシェ。俺は誰だと思う?」

「? スタースクリームでしょ? 『でぃせぷてぃこん』の『こうくうさんぼう』の」

 

 何を当然のことをとキョトンとするピーシェの前で、スタースクリームは立ち上がって胸を張る。

 

「それは世を忍ぶ仮の姿! 何を隠そう俺は悪と戦う正義のスーパーヒーローなのだ!」

「ほえ?」

 

 堂々と宣言するスタースクリームに、ピーシェは目を丸くし、女神やオートボットたちは「何言ってんだアイツ」という顔になる。

 そんな周囲に構わず、スタースクリームは続ける。

 

「崖から落ちかけのバスだって持ち上げるし、音よりも早く空を飛ぶ! 人助けがお仕事で、去る時は颯爽と! それが俺さ!」

「それ、ほんと?」

「実のところ、最初は嘘だった。でも、今は違う。……お前が望んでくれるなら、俺は本当のスーパーヒーローになれるんだ」

 

 もう一度、スタースクリームは淡く微笑むと、もう一度ピーシェの前に屈む。

 

「思い出せないならそれでいい。だから改めて、もう一度約束しよう。いつか、……いつか、また一緒に空を飛ぼう」

 

 穏やかな声色で言うと胸のキャノピーを開けて一枚の画用紙を取り出す。

 画用紙には、スタースクリームらしいトランスフォーマーと小さな女の子が手を繋いでいる絵がクレヨンで描かれていた。

 

「こいつは約束の証だ。その時が来たら、もう一度俺にその絵をくれないか?」

「…………」

 

 画用紙を受け取ったピーシェは何かを思い出そうとするかのように、頭を押さえている。

 それでも記憶は戻ってこないようだが、スタースクリームは満足げだった。

 

『あ、あの~……本当に、本当に! もうゲートに入ってくれないと!(`Д´)』

「ああ、すまねえな。時間取らせた」

「うう~ん、いいよ~」

 

 本当に時間が無いらしく焦るあちらのイストワールの言葉に従い、プルルートとピーシェは光の柱の中へと入り、続いて立体映像のあちらのイストワールも柱の中に飛び込む。

 

 皆が見守る中、プルルートとピーシェを元いた次元に送り返すべく、魔法陣と柱は輝きを増していく。

 

 皆が手を振り、あるいは静かに見守る中、ピーシェは手元の『ねぷのプリン』と『クレヨンの絵』をずっとずっと見つめていた。

 

 そして、輝きが最高潮に達した……転送が開始される直前に不意に、ピーシェが顔を上げた。

 

「ねぷてぬ? すたすく?」

 

 ……そして、プルルートとピーシェは彼女たちの世界へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間、皆で空を見上げていた。

 

 やがて最初にベールがたおやかな笑みを浮かべて帰途に就き、ジャズもそれに倣う。

 

 ブランとミラージュはいつも通り、ロムとラム、スキッズとマッドフラップは珍しく静かに歩いていった。

 

 アイエフとコンパ、ラチェットとアーシー、こちらの……もう、この言い方は必要ないが……イストワールも笑い合いながら遠ざかっていく。

 

 ノワールとユニ、サイドスワイプは未だにスタースクリームを警戒しているアイアンハイドを宥めながら歩み去る。

 

 ネプギアは姉に声をかけようとするも、バンブルビーに無言で止められ、姉を残してアイエフたちの後を追っていった。

 

 オプティマスは、何も言わずに穏やかな顔で踵を返した。

 

 そしてスタースクリームは、言葉もなく、しかし満ち足りた顔で元来た空へと帰っていった。

 

 最後に残ったネプテューヌは、晴れやかな笑みで、飛び去るスタースクリームが描くまるで糸のような飛行機雲が一筋残された青空を見上げていた。

 

 胸の内でピーシェと過ごした日々を思い出しながら、いつまでも、いつまでも……。

 

 

 

~Rise of the Eden(エディンの勃興)~  了

 




これにて、エディン編、終了。

タイトルの意味は、アニメ超次元ゲイムネプテューヌTHE ANIMATIONの10話を見ればお分かりいただけるかと(ステマ)


雛たちの正体は、オートボット、ディセプティコンどっちでもありどっちでもない新種族でした。
プライマスが「あ、これヤバいわ」ってオミットした機能を復活させて新種族を気取ってただけのG2トランスフォーマーや、だいたいヴォックのせいって萎え設定が明かされたビースト戦士とは違う、正真正銘の新種族です。

最後スタースクリームは出てこずにあくまで遠くから見守っているだけにしようかと思っていましたが、やっぱり会話させたいのでこういう形に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 もしも……の話

息抜き的にちょっとした小ネタ。

次章がシリアス重点になりそうなんで、今の内に。

最初にお断りしておくと、ネタはどちらかと言えばネプテューヌに寄ってます。
おそらく読者の皆様が望むであろうG1やビーストのメンバーがゲイムギョウ界に来ていたら……というネタは全くありません。

本当に申し訳ないと思っている。……だが、私は謝らない。


 

①もしも、あの場にネプテューヌが現れたら。

 

 何処とも知れぬ空間。

 闇の中で、オプティマス・プライムは囚われていた。

 両腕を鎖のような物で拘束され、吊り上げられている。

 その眼前には、神秘的に……あるいは、幽鬼めいて……光り輝く人影が浮遊していた。

 

 人影……オプティマスの生みの親でもある『創造主』は、女性の声でオプティマスに向け囁く。

 

「オプティマス・プライム、許しを求めますか?」

 

 甘く、毒々しい囁きに、オプティマスの精神が汚染されていく。

 創造主はもう一度問う。

 

「許しを、求めますか?」

「結構です!!」

 

 瞬間、幼さを残した女性の声が空間に響いた。

 創造主とオプティマスが驚いて声の方向に首を向けた。

 そこには、いつの間にか小柄な人間の姿をした少女が立っていた。

 

 短く切った淡い紫の髪が、あちこち跳ねていて十字キー型の髪飾りを二個着けている。

 紫色のワンピースを着込んでいるが、どう言うワケか刀を片手にロケットランチャーを背負っている。

 

「何者だ、お前は?」

「わたしはネプテューヌ! 息子さんとは結婚を前提にお付き合いしてます!!」

「は……?」

 

 返ってきた答えに、創造主は呆気にとられる。

 

「え、あの……」

「お義母さん! 息子さんをわたしにください!! 彼を幸せにするのはわたしの仕事です! だから、許しとかノーセンキューですんで!!」

 

 愕然とする創造主を後目に、ネプテューヌは女神化すると高く飛び上がり、刀を振るってオプティマスを拘束している鎖を破壊した。

 

「オプっち、さあ行きましょう! 絶対にあなたのことを幸せにするわ!!」

「ネプテューヌ……(トゥンク)」

「待っててオプっち! 今逃げ道を作るわ!!」

 

 言うやネプテューヌはロケットランチャーを担いで発射。

 ロケット弾は壁に当たって爆発し大穴を開けた。

 

「ロケットランチャーの使い方なんて何処で習ったんだ?」

「説明書を読んだのよ! それじゃあお義母さん! 結婚式には呼びますので! さよなうならー!」

 

 二人は、空いた穴を通って逃避行を開始する。

 アッという間の出来事に放心していた創造主だが、ようやっと正気を取戻し叫び声をあげる。

 

「ま、待ちなさいオプティマス! お母さんはそんな見るからにちゃらんぽらんそうな人との交際なんて認めませんよ! 待ちなさーい!!」

 

 …………まだ正気に戻ってないかもしれない。

 

 果たしてオプティマスとネプテューヌは創造主(お義母さん)を説得し、結婚を許してもらえるのか?

 

 それは誰も知らない。知らないったら知らない。

 

 

~~~~~

 

②もしも、この作品の設定だったら……。

 

 新たにオートボットに加わった新戦士、ホッドロッド。

 将来、もしかしたらロディマス・プライムの名で知られることになるかもしれない彼は今、なんやかんやあって ディセプティコンの首魁、メガトロンと対峙していた。

 

 なんやかんやって何かって?

 なんやかんやは、なんやかんやだよ!!

 

「くっくっく。ひよっこめが。自分がオプティマスの代わりになれるとでも思っているのか?」

 

 メガトロンは、自らの前に立つ若者に対し、嘲笑を浴びせかける。

 対するホッドロッドは、勝気にニッと笑う。

 

「どうかな。試してみるさ!」

「愚かな……いいか、二代目主人公なんて良いことは何にもないのだぞ」

「……ん?」

「どうせ、初代主人公と不必要なまでに比較された挙句、不公平なまでにバッシングされるのだ。挙句の果てにいつの間にか主人公降板していたり、エンドロールで名前が三番目になっていたり、不人気を弄り倒されたりするのだぞ」

「そ、それは……」

 

 メガトロンの妙に重い言葉に何故だかホッドロッドは反論できない。

 

「だいたいだな。どうせ良いトコはオプティマスやバンブルビーに取られるに決まっている。2010みたいに! 2010みたいに!!」

「2、2010の話しは今は関係ないだろ!!」

 

 ロディマスが総司令官としての決意を固めた矢先にコンボイが復活していいとこ全部持っていっちゃった2010最終回は、嫌な事件だったね……。

 

「だから、ホッドロッドよ……今からでも遅くはない、この父と共に、ディセプティコンの道を究めるのだ!!」

「お、おいいいい!! 待て! その設定生きてるのかよ!」

 

 ぶっちゃけたことを言い出すメガトロンに、ホッドロッドはツッコミを入れる。

 メガトロンは鷹揚に頷いた。

 

「当たり前ではないか。さあ、息子よ! 親子で共にこの宇宙を支配しようではないか!!」

「い、嫌だ! そんな某有名映画みたいなこと言ってくる親父は嫌だ!! だいたい、この設定明かしてから明らかに読者減ってんだからな! 何でメガトロンと俺が親子なんだ!!」

「そんなこと言うもんじゃありませんよ」

 

 と、メガトロンの脇から灰色がかった青い髪を長く伸ばし、頭の横に角のような飾りを着けている女性が現れた。

 レイである。

 

「げえ、母さん!」

「ロディマス! お父様に何てことを言うんです! ……確かに、あなたの年頃なら親の言うことを聞くのが嫌なのは分かります。しかしお父様は二代目主人公という茨の道を歩こうとするあなたのことを心配しているんですよ。お兄さんたちは、みんな立派なディセプティコンになったのに、あなただけ夢みたいなことばかり言って……」

「やめて! 普通にお説教するのやめて! これトランスフォーマーだから!」

 

 お母んオーラ全開のレイに、耳を塞ごうとするホッドロッド。 

 

「ちゃんと聞きなさい! ネプテューヌシリーズにだって、二代目主人公の大役を果たそうとしながらVでは弄られキャラになってしまったネプギアさんと言う例が……」

「ネプギアはVⅡで挽回しただろ!! もういいよ! 俺は、俺は立派なオートボットになるんだぁああああ!!」

「待ちなさいロディマス! ロディマァァス!!」

「父と母の話しを聞けえい!!」

 

 逃げ出したホッドロッドを、メガトロンとレイが追う。

 

 果たして、ホッドロッドは立派なオートボット、そして二代目主人公になれるのか?

 頑張れホッドロッド。負けるなホッドロッド。

 筆者はロディマス、そしてホッドロッドを心から応援しております!!

 

 ……というか、そもそも実写版ではちゃんとロディマス・プライムになれるのか?

 

 それはまだ、誰も知らない……(2017年5月現在)

 

 

~~~~~

 

 

③もしも、激次元タッグ ブラン+ネプテューヌVSゾンビ軍団にミラージュがいたら……。

 

 廃校の危機を回避するために、映画を撮ることにした女神科の生徒たち。

 学園内に本物のゾンビが現れたことで、これ幸いとゾンビ映画を撮り始める。

 その脚本担当になったブランだが……。

 

「ねえ、ブラン……」

「なにかしら、ネプテューヌ?」

「うん……あのさ、このシナリオ、ミラージュが活躍し過ぎじゃないかなって」

「…………」

「しかもヒロインがブランって……いや、メアリースーって言うの? 自分を投影すんのはどうかと思うよ?」

 

 実にもっともなネプテューヌの言葉に、ブランは黙り込んでしまう。

 だが、やがて……。

 

「しょうがねえだろ! こういう時でもないとミラージュの野郎とその……い、イチャイチャできねえんだから!!」

「ええー……逆ギレー?」

 

 その頃、当のミラージュはと言うと……。

 

「なあなあ、ミラージュ? 何たって俺ら、ゾンビを狩ってんだ?」

「そうそう、特に強そうなゾンビは優先的に狩るしさ」

 

 弟子であるスキッズとマッドフラップの疑問に答えず、ミラージュは淡々とゾンビをなます切りにしている。

 

「なあマッドフラップ、俺が思うにだな。多分ミラージュはブランのことが心配で、少しでもゾンビを減らそうとしてんじゃねえかね」

「多分な。双方ともにツンデレでクーデレって、ややこしいよなホント」

 

 茶化すような弟子たちをギロリと睨んだミラージュは、何か八魔神なる強敵を屠るところだった。

 

 

~~~~~

 

 

④もしも超次元信仰ノワール激神ブラックハートにアイアンハイドがいたら……その1。

 

 物語冒頭、シェア争いに勝ち続けているノワールは増長していた。

 そんなところに、謎の女エノーが甘言でもってノワールに近づこうとするが、彼女はゲイムシジョウ界の転覆を企むマジェコンヌだった…………のだが。

 

「エノー? 何か怪しい奴だな……ノワール、会うんじゃないぞ」

「う~ん、アイアンハイドがそう言うなら……」

 

 そもそも、話しが始まんない。

 

 

~~~~~

 

 

⑤もしも激神ブラックハートにアイアンハイドがいたら……その2。

 

 エノーことマジェコンヌの策略により、シェア全損、つまり女神としての力を失ってしまったノワール。

 孤立無援のノワールに、モンスターが襲い掛かる。

 本来なら、ここでノワールを助けようとしたとある青年が、後に補佐官としてノワールと共に歩むことになるのだが……。

 

「ノワール! ノワーーール!! 大丈夫か、遅くなってスマン!!」

「アイアンハイド……ええ大丈夫よ。あなたのシェアを感じるから、大丈夫」

 

 補佐官の出番はなかった。

 

 

~~~~~

 

 

⑥もしも激神ブラックハートにアイアンハイドがいたら……その3

 

 ノワールを助けて補佐官として仕えることになった青年。

 これから、女神やらブショウやら美少女に囲まれた生活が始まる…………はずだったのだが。

 

「話しかけられたとき以外は口を開くな。口でクソたれる前と後に『サー』と言え。分かったか、ウジ虫!」

 

「固有グラフィック無し小僧が! じっくり可愛がってやる! 泣いたり笑ったりできなくしてやる!!」

 

「気に入った! 家に来て妹(いないけど)を○ァックしていいぞ!!」

 

 アイアンハイドは補佐官を鍛えあげる。徹底的に。色んな団体から苦情が来そうなぐらい徹底的に。

 結果、補佐官がアサルトライフル片手に最前線で戦う男になっていた。

 

 賛否両論あるなか、そんな補佐官に対しノワールは……。

 

「アイアンハイドみたいな男の人……? やだ、ちょっと素敵じゃない」

 

 満更でもないようです。

 

 




最後の騎士王の予告を見てて、パッと思いついたネタ。

地味に、ここのオプティマスにはネプテューヌがいるから、押しつけがましい『許し』はいらない……というこの作品のコンセプトの一つを現した話……かもしれない。

ロディマスは……お願いだから、お願いだから! マトモな扱いにしてほしい。

ついでに過保護なミラージュとアイアンハイドのネタ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Till All Are One (全てが一つになるまで)
第136話 そして蓋は開く


ついに最終章(予定)に突入です。


 プルルートとピーシェ、そしてホィーリーが旅立ってから一か月ほどが経過した。

 ゲイムギョウ界は、先のエディン戦争から急速に立ち直ろうとしていた。

 そんな中、毎度おなじみプラネタワーはシェアクリスタルの間では……。

 

  *  *  *

 

「うわ~! こんなに眩しいシェアクリスタル見るの、初めて!」

 

 ネプギアが眼前のこれまでにない輝きを放つシェアクリスタルに、感嘆の声を出す。

 今ここでは、ネプテューヌとネプギア、イストワール、そして立体映像のオプティマスが皆でシェアクリスタルを囲んでいた。

 

『ふむ、これはつまり……』

「うん、プラネテューヌ大ブレイク中、ってこと!!」

 

 感心するオプティマスに、胸を張るネプテューヌ。

 イストワールは折れ線グラフを使って説明する。

 

「これまで緩やかな下降傾向にあった我が国のシェアが、ある日急に跳ね上がり、今や他の三国を引き離す勢いなのです! 多分、エディンの侵攻を防ぐことが出来たのが大きいんでしょうね」

「ふふ~ん! 私が本気を出せば、ざっとこんなもんだよ! でも、今日の本題はこっち! 括目せよ!!」

 

 得意満面のネプテューヌは、懐から一枚の画用紙を取り出し、皆に見えるように広げる。

 そこには、いくつもの遊具に囲まれたオプティマスとバンブルビーが、独特のタッチで描かれていた。

 

「国民のみんなへのお礼と、いつも頑張ってくれてるオプっちたちオートボットへの感謝を兼ねて教会の敷地を解放して大きなお祭りやろうと思うんだ!! 名付けて、ダイナマイトデカい感謝祭!!」

『おおー!』

 

 ネプテューヌにしてはマトモな思いつきに、一同は揃って感心する。

 

「みなさーん! ご飯の用意が出来ましたよー!」

「あ、はーい! それじゃあ、詳しいことを後で決めよう! まずはご飯だね!」

 

 と、部屋の外から声が聞こえてきたので、ネプテューヌたちはリビングに移動する。

 リビングでは灰色がかった青い髪を長く伸ばし、頭の右側にだけ角飾りを着けたエプロン姿の女性が、料理が並んだ食卓の前で待っていた。

 

 元市民運動家、色々あってディセプティコンの協力者、しかしてその正体は古の大国タリの女神であるレイだ。

 食卓にはご飯と味噌汁に、野菜サラダと焼き魚が並んでいた。

 皆が席に着くとレイもネプテューヌの隣に座り、四人揃って手を合わせる。

 

『いただきます』

 

 ご飯は調度良い固さで、お出汁の効いた味噌汁が寝起きの胃に染みる。焼き魚の塩加減も良い感じだ。

 

「う~ん、レイさんの作ってくれるご飯は美味しいなー。嫁に来てほしいよー」

「はいはい」

 

 ネプテューヌの言葉を適当に流しながら、レイは自分もご飯を食べる。

 

 ……なんで当然の如くレイが食事を用意して、当然の如くネプテューヌらと食卓を囲んでいるかと言えば、レイ自身が言い出したからだ。

 

 曰く、お世話になっているのに、何もしないのは嫌だと。

 

 実際、レイは食事の用意はもちろんグータラ女神ネプテューヌの世話を甲斐甲斐しく焼き、さらにガルヴァとロディマスの世話までしてくれている。

 何故かネプテューヌもレイの言うことは比較的良く聞くため、イストワールとしても大助かりだった。

 もちろん、レイは名目上捕虜なワケだから、こうして女神の傍にいるのはどうか、という声も上がったのだが、そこはネプテューヌの鶴の一声で片付いた。

 

『うむ。レイも、すっかりここでの生活には慣れたようだな』

「ええ、前とそんなには変わりませんからね。後は、この素敵な首輪が無ければ言うことないんですが」

 

 そこまで言ってレイは、自分の首元に手をやる。

 首には、機械的な首輪が嵌められていた。

 これはレイを監視するための装置なのだ。

 

『すまないな。そればかりは出来ない』

「分かってますよ。ただの冗談です」

 

 沈痛な面持ちのオプティマスにレイは悪戯っぽい笑みを向ける。

 

「ははうえー! ははうえー!」

 

 その時、ベッドルームからガルヴァとロディマスが出てきた。

 揃ってお昼寝をしていたはずだが、目を覚ましたようだ。

 

「あらあら、二人ともどうしたの?」

「ははうえ! みてください! ろでぃといっしょにかきました!」

 

 二人の雛は揃って笑顔で画用紙を差し出す。

 どうも家族の絵であるらしい。

 雛たちにとっての家族……メガトロンとレイも、オプティマスとネプテューヌも、ここにいないサイクロナスとスカージも、元いた次元に帰ったピーシェもいる。

 

「ふふふ、素敵な絵ね」

 

 レイが二人の頭を撫でると、幼い雛たちはそれを享受する。

 

 思わず、その場にいた全員が笑んでいた。

 

 これが、最近のプラネタワーの日常風景だ。

 

  *  *  *

 

 マイダカイ渓谷では、投降した人造トランスフォーマーやクローンたちが、橋の修理に駆り出されていた。

 

「『野郎ども!』『休憩だよ!』」

「休み時間は10分でーす!」

『はーい!』

 

 真面目に働く元敵兵を監督しているのはバンブルビーと、誰あろうスティンガーだ。

 やはり、同類たる人造トランスフォーマーたちを放っておけないらしい。

 

 そんな中、人造トランスフォーマーやクローンに混じって、ロックダウン一味が働いていた。

 手下たちが充実した様子の中、何故かねじり鉢巻きを頭に巻いたロックダウンは釈然としない顔をしている。

 

「なあ、これ何か違わないか?」

「何がですか?」

「いやだって俺たち賞金稼ぎだし、こんな額に汗水流して……なんてのはちょっと違うだろ」

「ええー、オヤビン、いつも仕事を選ぶなって言ってるじゃないですか」

 

 しかし、手下たちは現状に疑問を感じている様子はない。

 

 ……まあ、しばらくは資金を稼ぐ必要があるからしょうがない。

 これも仕事と割り切って、ロックダウンは橋の再建に努めることにするのだった。

 

  *  *  *

 

 ラステイションにおけるオートボットの基地である、赤レンガ倉庫。

 アイアンハイドは自室でチビチビと秘蔵のオイルを煽っていた。

 

「アイアンハイド、何やってんのよ」

 

 声をかけられて振り向けば、ノワールが呆れた顔で立っていた。

 

「ノワールか、何の用だ?」

「別に……ここのところ、ちょっと元気がないみたいだから。……何かあった?」

 

 ツンと澄ましながらも、心配げな目つきを隠さずにノワールはアイアンハイドの傍による。

 アイアンハイドはオイルを煽るが、何も言わない。

 

「アイアンハイド」

「……あの餓鬼どものことだ」

 

 強い口調で言われて、アイアンハイドはポツリと漏らした。

 ノワールは合点がいったとばかりに頷いた。

 

「ロディマスとガルヴァ、だっけ?」

「……俺は、あの小僧どもを受け入れることが出来るだろうか」

 

 ポツリとアイアンハイドが言葉を吐く。それには彼らしくない苦悩が滲んでいた。

 

「オプティマスはあの餓鬼どもに罪はないと言うが……いや俺だってそれは分かってるんだ。でもな、俺はずっとディセプティコンと戦ってきた。信じられないくらい長い間だ。それだけじゃあない。何人も仲間を失った。飲み仲間だった奴はターンバレーの爆撃で。クロミアに惚れてた奴は錆の海で頭を撃ち抜かれた。メガトロンに殺された奴もいる。……他にもたくさん」

 

 歴戦の戦士は、それだけ多くの死別を経験している。

 それは簡単に無視できるほど、軽い物ではない。

 

「……だから、飲み込むのはその、難しいんだ」

「そうね」

 

 女神に変身したノワールは、飛び上がってアイアンハイドの首に手を回す。

 太いトランスフォーマーの首には、女神の腕は短かったが、それでも抱きしめている恰好にはなった。

 

「ねえ、アイアンハイド。私たち女神だって昔は争ってばかりだった。でも、乗り越えることが出来た。だから、あなたたちにもきっと出来るわ」

「お前らはまだ若い。しかし俺は……」

「あら? あなた年寄のつもりだったの? 自分では若いと思ってるとばかり思ってたけれど」

 

 悪戯っぽく笑うノワールに、アイアンハイドは柔らかく笑み返す。

 親子に例えられる二人だが、娘に教えられるとは、情けない父親だと内心で自嘲するアイアンハイドだが、親とは子に学ぶものだ。

 

「……ああそうだな。頑張ってみるか」

 

  *  *  *

 

「ふう、素敵だわ……世界で最も高貴な銃と言われるシングル・アクション・アーミー!!」

 

 ラステイション内、とある銃器専門店から買い物を終えて出てきたユニは、ホクホク顔でたった今買ったばかりのアンティークなリボルバー拳銃に頬ずりしていた。

 ここは普通の武器屋には置いていない珍しい銃も取り扱っているため、その筋のマニアには有名な店である。

 

 銃器マニアでもあるユニは、この店に通い詰めてはおこずかいでマニアックな銃を購入しているのだ。

 

「この、一発一発弾を込めていく手間が、銃に命を吹き込むようでたまらないわ! まさにリロードはエボリューション!!」

「本当に銃が好きだなあ、ユニは」

 

 店の外で待っていたサイドスワイプが呆れ半分感心半分な表情をしている。

 

「まあね。昔はそうでもなかったんだけど、ネプギアの影響かな。あの子、アタシの銃の手入れの仕方が悪いって色々文句言って来てね。まあ、聞いてるうちに、すっかり銃の魅力にハマっちゃったわ」

「ああ、なるほど……でも、実戦で使うのはいつもの奴だけだろ?」

「当然! 手に馴染んでるし、改造(カスタム)改造(カスタム)を重ねたスペシャルなんだから!! グリップと引き金はアタシの手に合わせた特注品で、実に馴染むの! 銃身にはラステニウム合金を使用して、軽さと頑丈さを兼ね備えているわ! フレームのデザインと実用性の両立にもこだわっているの! さらに……」

「ははは……」

 

 並々ならぬ拘りを見せるユニに、サイドスワイプは苦笑する。

 しかし、武器への拘りと言うなら、サイドスワイプの剣への愛も中々のものだ。

 

「まあ、ユニは腕は抜群だからな。俺も安心して前列で戦えるってもんさ」

「当然よ!」

 

 笑い合いながら、ユニとサイドスワイプは歩いていく。

 

  *  *  *

 

「じゃあ、例の件はやはり……」

「それはまだ何とも……もう少し、探りを入れてみます」

「……お願い」

 

 ルウィー教会の執務室で、ブランはメイド長でありながら諜報的な仕事もこなすフィナンシェから報告を受けていた。

 ここのところシェアエナジーが、不自然なまでにプラネテューヌに集中している。さらに、そのシェア上昇値は、他の国のシェア下降値とピッタリ一致するのだ。

 これは明らかに不自然なので何かがあると踏んで、フィナンシェに調査させているのだが……。

 

 フィナンシェを下がらせたブランは穏やかにお茶を飲むと、当然と言う顔で脇に立つミラージュに問う。

 

「どう思う?」

「どう、とは?」

「今回の件が、ネプテューヌの仕業だと思う? あるいは、ネプギアやイストワールの……」

「ないな」

 

 即答するミラージュに、ブランは少し眉をひそめる。

 

「……言い切るのね」

「お前だってあの女神の性格は知っているはず。……それにあいつの傍にいるオプティマスが、そんなことを許すはずがない」

「……どうかしら? だってオプティマスはネプテューヌの……」

「恋人だから、と?」

 

 ブランの疑念を、ミラージュは鼻で笑う。

 

「それこそ有り得ん。恋人ならばこそ、間違っていたら全力で止めようとするだろうな」

「…………そこまで言うなら」

 

 断言する赤いオートボットに、白の女神は溜め息を吐く。

 

「信じるわ。……ネプテューヌではなく、オプティマスでもなく、貴方のことを」

「光栄の至り」

 

 そっけなく答えるミラージュに、ブランは薄く微笑むのだった。

 

  *  *  *

 

「よーし、みんなー! 今日はかくれんぼするわよー!」

「かくれんぼ、楽しいよ……!(ワクワク)」

『おー!』

 

 ルウィー首都のとある空き地。

 女神候補生のロムとラムは、今日も街のチビッ子たちを集めて一緒に遊んでいた。その中には、クマのぬいぐるみを抱えたテスラの姿もある。

 しかしながら、スキッズとマッドフラップはそこらへんの箱に腰かけて見学である。

 

 ホログラムを応用すれば景色に溶け込めるスキッズと、姿を消すばかりか気配まで消せるステルスクローク装備のマッドフラップなので仕方がない。

 

「なあ、マッドフラップ。ものは相談なんだけどよ……」

 

 仲良く遊んでいるロムたちを眺めながら、スキッズはふと双子の片割れに声をかけた。

 

「何だよ、スキッズ?」

「うん。実はさ……俺、戦闘員止めようかと思うんだ」

「はあ!? マジで? お前オートボット止める気か!?」

 

 兄弟の突然の告白に、マッドフラップは面食らう。

 するとスキッズは慌てて首と手を振る。

 

「いや戦争が終わったらって話しだよ! 別にオートボット止めるって話しじゃねえから勘違いすんな!」

「なんだ……で? 何でそんなこと思ったんだ?」

 

 ホッとするマッドフラップだが、気になってたずねてみた。

 漠然と、この双子はずっと一緒にいるものだと思っていたのだ。

 

「いやさ……俺ら、ときどきだけど災害とか事故現場で救助の手伝いしてんじゃん? ……で、うん、まあ。人助け……とか、やっぱいいなあって」

「フワッとしてんなおい」

「何だと!? じゃあそういうお前はどうすんだよ、将来!」

「俺? 俺は……本格的にミラージュの技を継ぎたいなあって」

「テメエこそフッワフワじゃねえか!!」

「お前に言われたくねえ!!」

 

 売り言葉に買い言葉、オートボットの双子は、女神候補生の方の双子が止めるまで殴り合いと言う名のじゃれ合いを続けるのだった。

 

 二人とも、一人前はまだまだ遠そうだ。

 

  *  *  *

 

 リーンボックスの教会……その一室。

 

 ベールとアリスがテーブルを挟んで対面していた。

 二人して優雅に紅茶を飲む姿は、とても様になっている。

 

 女神候補生となったアリスだが、やはりというべきか、どう扱うべきか教会内でも意見が分かれていた。

 元はディセプティコンのスパイであったが、今は軍団を出奔した身。

 しかしそのことは一般には知られていないし、エディンに占領された都市を解放した時の活躍で、国民には解放の立役者にして女神候補生として広く知られるに至った。

 さしあたっては、教会の一室に保護……という名の軟禁する運びとなったのである。

 

 本人も仕方がないと割り切っているのだが……。

 

「あの、姉さん。毎日来てくれるのは嬉しいんだけど、仕事は……?」

「何を言っていますのアリスちゃん! 妹との絆を深めること以上の急務がありましょうか!!」

「…………」

 

 熱弁を振るうベールに、アリスは反論できない。

 何せ、ベールとこうして本当の姉妹になれて、どんな形であれ、また一緒に暮らせるのは嬉しくて仕方ない。

 そこへ立体映像のジャズが現れた。いつもの爽やかな笑みを浮かべているが、口元が引きつっている。

 

『ベール、うん分かってる。分かってるよ。君がアリスと仲良くしていたいのは分かってるんだ。……だけどそろそろ仕事に戻ってくれ! チカが過労で死ぬ!! と言うか俺も死ぬ!!』

「あらあら……」

「姉さん、そろそろ戻ってあげて。チカ様がかわいそう」

 

 必死な調子のジャズに、アリスも同調する。

 今はエディン戦争の後始末で猫の手も借りたいくらい忙しいのだろう。

 病弱な身を押して教会を切り盛りする教祖チカの苦労たるや、押して知るべし。

 

「ねえジャズ、私の方にもいくらか仕事を回して。そんなに重要な奴じゃなくていいから」

 

 もう見ていられないと、アリスは助力を申し出た。

 機密に関わらない部分でも、やらないよりはマシだろう。

 

『……こうなったら背に腹は代えられない! 頼むぜアリス!』

「ありがとう。それとサイドウェイズたちにも仕事をさせて。空いてる手は使うに限るわ。……そうね、サイドウェイズは力仕事、ブレインズにはツイーゲの手伝いでもさせるといいわ」

『そうする! それじゃあ、書類を持ってかせるな』

「お願いね」

 

 テキパキと事を進めるアリスの姿に、ベールは満面の笑みを浮かべるのだった。

 

「まあまあ、いきなり女神としての手腕を発揮していますわね! これはリーンボックスの未来も安泰ですわ!!」

「姉さんも仕事しなさい!」

 

  *  *  *

 

 旧R-18アイランド。

 青い海に白い砂浜、生い茂る熱帯の木々、そんなトロピカルな空気を読まず金属の巨塔ダークマウントが雲を突かんばかりにそびえる。

 ほんの少し前まではエディンの首府であり、多くのディセプティコンや兵隊で溢れていたここだが、今は各国から派遣れた調査隊がいるのみだった。

 

 その中のプラネテューヌから来た部隊を率いるは、優秀な諜報員にして女神の信頼も篤き女傑……つまり、アイエフである。

 

「だめね。……復旧は無理そう」

 

 何かないかと補佐のアーシーと共に要塞を制御していたコンピューターを漁るアイエフだが、結果は芳しくなかった。

 コンピューター内の全てのデータは、完全に削除された上に物理的に基盤が破壊されていた。

 

「……あなたの方はどう? 何とかならないの?」

 

 アイエフの背後に立つアーシーが、さらに背後で床に座り込んで機材と睨めっこしているショッキングピンクのメカスーツの人物……アノネデスに声をかける。

 

「無理ね。……システムにある程度干渉できた時点で、電子的にも物理的にもシステムがぶっ壊して逃げることを選んだのよ。ここまでハッキングされたなら、基地を捨てて逃げる。そういう段取りよ、これは」

 

 アノネデスは酷く不機嫌な調子だった。

 

「つまり勝ち逃げってことよ! あいつには、こっちと勝負する気なんか端からなかったんだわ!! 対等どころか、足元にさえ及ばない相手にムキになることないもんね!! ……畜生! なんて陰険なの!!」

 

 ここにはいないシステムの構築者……ディセプティコン情報参謀サウンドウェーブに向けて、アノネデスは毒づく。

 とりあえず、アイエフは気持ちを切り替えて別の場所にいるコンパに連絡を取る。

 業務連絡というのもあるが、少し声が聴きたかった。

 

「コンパ、聞こえる? こちらアイエフ」

『聞こえてる……ですぅ……!』

「コンパ……? どうしたのよ」

 

 何やら、コンパの声がいつになく真剣と言うか重いと言うか……何かあったかと心配になるアイエフだったが……。

 

『さっき……ねぷねぷから通信があったですぅ……』

「ネプ子に何かあったの!?」

『いえ……レイさんの料理が……美味しかったと……それだけですぅ……!』

「へ?」

 

 思わぬ内容に、拍子抜けするアイエフ。

 ならば、何でコンパはこんな悲しみを背負ったような声を出すのだろう?

 

『あの人……レイさんの料理を……食べたですか……?』

「え? ええ。美味しかったけど……」

『そう! 普通に美味しいんです! 素朴ながらホッとできる、故に毎日でも食べられる、まさにお袋の味!』

 

 急に語気を荒げる親友に、アイエフはビクリとしてしまう。

 

『取られる……このままでは……プラネテューヌの家事担当……いいえ、ねぷねぷの料理番の座を!!』

「え、ええとぉ……」

『この上は……さらなる腕の研鑽……味の探求……どこかの新聞記者とそのお父さんも納得するくらいの……料理を!!』

「ああうん、頑張ってね」

 

 何だか馬鹿らしくなってしまって、アイエフは何とも言えない顔になる。

 振り返れば、アーシーも苦笑しながら肩をすくめていた。

 

 

 

 

 

 ……そのさらに後ろにいるアノネデスが、マスクの下で苦い顔をしていることには、さすがに気が付かなかった。

 

  *  *  *

 

「ふうむ。やはり開かないな。いや、私がそういう風に作ったんだが」

 

 プラネテューヌのオートボット基地にある研究職のためのラボでは、ホイルジャックが自身の発明品である絶対安全カプセルを調べていた。

 タリ遺跡で発見され、この基地まで運んできたそれは、相変わらずいかなる操作も受け付けなかった。

 そこへ、ラチェットがやってきた。

 

「ホイルジャック、どうやら行き詰っているようだね」

「ラチェット……まあねえ。我ながら厄介な物を作ったもんだ」

 

 ラチェットは手に持ったエネルゴンドリンクをホイルジャックの作業机に置くと、ラボの中央にあたかも主のように鎮座する絶対安全カプセルを見上げた。

 

「時代的に有り得ない品。オーパーツって奴か」

「出所は分かってるんだ、私が発案し、設計し、製造した。……問題はこれが一万年前の遺跡から見つかったってことだ」

「まさにミステリーだな。あのタリの女神も、このカプセルについては何も知らないと言っているしねえ」

 

 作られる前から存在したという矛盾。

 それは科学者としてのホイルジャックの好奇心を刺激するとともに、一種危機感にも似た感覚を覚えさせる。

 

 果たしてこれは、希望の込められたタイムカプセルか、開けてはならない災厄の箱か……。

 

「……それはそうと、ラチェット。君の方はどうなんだね? あの、ジェットファイアは」

「ああ、手術は上手くいった。しかし彼を洗脳していたセレブロシェルは、ブレインのかなり奥に打ち込まれていてね。後遺症なく復帰するためには、もう少しステイシスロックしたままで治療しなければ」

 

 物憂げに排気するラチェット。

 ジェットファイアが目覚めるにはもう少し時間が掛かりそうだ。

 この絶対安全カプセルにせよ、老ディセプティコンにせよ、重大な秘密がありそうな者ほど、中々真実を語ってくれないものだ。

 

「まあ、何と言うかジックリやってくしかないだろう。最悪開かないなら開かないで……」

「ホイルジャック!!」

 

 ドリンクを飲んで一息ついたホイルジャックがノンビリと言っていると、急にラチェットが声を上げた。

 何事かと見れば、ラチェットは唖然とした顔で絶対安全カプセルを見ていた。

 釣られてホイルジャックも視線を移せば、ラチェットと全く同じ顔になった。何故なら……。

 

「絶対安全カプセルが、開いてる……」

 

 ホイルジャックの呟いた通り、二人の視線の先では、文字通り絶対開かないはずの絶対安全カプセルの蓋が、ゆっくりと開いていくところだった。

 

「ホイルジャック、どうなってるんだ!?」

「設定された時間が来たんだ! そうとしか考えられない!!」

 

 二人が言い合っている間にも蓋は完全に開き切る。

 内部から吹き出した蒸気の向こうから、何かが……いや、誰かが現れた。

 

 それは、何か円柱形の機械を抱えたトランスフォーマーだった。

 

「ああ、そんな……!」

「まさか、こんなことが……!!」

 

 それが誰なのか理解して、今度こそラチェットとホイルジャックは驚愕に顔を歪めた。とても信じることは出来なかった。

 

 カプセルから出てラボの床を踏んだトランスフォーマーは、言葉を発さずにフラフラと2、3歩進んだ所で前のめりに倒れ込んた。

 

「ッ!」

 

 すぐさま、ラチェットがそのトランスフォーマーを抱き起した。しかし、意識を失いグッタリしている。

 

「信じられない、こんな馬鹿な……タイムパラドックスだよ、これは……」

 

 ホイルジャックは、まだ正気に戻り切っておらずブツブツと呟いていた。

 

「ホイルジャック! 考察は後だ! オプティマスを呼ぶんだ! 急いで!!」

「あ、ああ……分かった!」

 

 ラチェットに一喝されたホイルジャックはようやく正気に戻り、慌てて通信を飛ばす。

 

 意識を失ったトランスフォーマーの上半身の体をスキャンしながらラチェットは呟いた。

 

「いったい、どうしてあなたが……」

 

 絶対安全カプセルから現れたトランスフォーマー……それはラチェットたちオートボットにとって、よく知る人物だった。

 

 背中にマントのようなパーツがある赤いボディに、髭を思わせるパーツが過ごしてきた長い年月を感じさせる顔。

 

 科学者、思想家、戦術家、戦士、そのいずれでも超一流の技能を持つ万能人。

 

 かつて、オートボットを率いていたオプティマスの先代のプライム。

 

 そして、オプティマスとメガトロンの師。

 

 その名を……。

 

「センチネル・プライム……」

 




ついに出ちゃいました、実写TFファンのヘイトを一身に背負う男、センチネル・プライムの登場です。

筆者としては、やったことは許せませんが、それでも彼を嫌いにはなれません。
少なくとも、種族と故郷を守ろうとする思いだけは、本当だったんだろうと。
……あくまでも、個人的な意見です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第137話 老雄、目覚める

最後の騎士王。
バンブルビーやら他のTFたちは、一作目以前から地球に来ていた!
……すげえ設定だなおい。


 オプティマスは彼にしては落ち着かない様子で、リペアルームの扉の前を行ったり来たりしていた。

 

 ホイルジャックたちから連絡を受けた時は、聴覚回路の故障かと思った。

 今でも、己のブレインを何度もチェックしている。

 

 周囲には、ほとんどのオートボットが集まっていた。

 それから、女神も。

 

 女神たちはネプテューヌが自身が企画したダイナマイトデカい感謝祭への参加を頼むためにオートボット共々招いたのだが、どうも各々エディン戦争の後始末で忙しいらしく、色よい返事は貰えなかったようだ。

 

「それで……何者なの? その、センチネル・プライムっていうのは」

「オプっちのお師匠様で、前のプライムだよ」

 

 腕を組んでいるノワールの問いに、ネプテューヌが答える。

 ネプテューヌは、以前スペースブリッジの転送に巻き込まれた時の不思議な現象によってセンチネルのことを知っていた。

 

「そう、センチネル・プライム。偉大な司令官にして戦士。思想家、科学者としても天才的だった。オートボットは彼の下で団結し、戦っていたのだ」

 

 静かに説明するオプティマスだが、それは自身の記憶を確認するためでもあった。

 

「……随分と設定を盛ってるわね」

 

 少し皮肉っぽく言うブラン。

 オプティマスは気にせず続ける。

 

「しかし、彼は死んだはずだった。……彼の乗った船が炎に包まれるのを、私はこの目で見た」

 

 そう、オプティマスはセンチネルが死んだものだと思っていた。

 オプティマスにプライムの座を譲ったセンチネルは、ある重要な任務を果たすために宇宙船アークに乗って宇宙に飛び出し……撃墜された。

 アークの残骸は発見されず、オートボットは……そしてオプティマスはセンチネルを始めとしたクルーの生存を絶望視した。

 

 それが何故、ゲイムギョウ界の、それも遥か太古の遺跡に安置されていた絶対安全カプセルの中にいたのか……。

 

 思い悩むオプティマスの前でリペアルームの扉が開きラチェットが顔を見せた。

 

「オプティマス、みんなも入ってくれ。センチネルが目を覚ました」

 

 その言葉に頷いたオプティマスを先頭にオートボットと女神たちがリペアルームに入ると、リペア台の前に赤いボディを持ち額にV字の角を生やした老人を思わせるトランスフォーマーが立っていた。

 老人ながら屈強な体つきが歴戦の戦士を思わせ、それでいて厳しくも静かな表情の中に叡智が滲んでいる。

 

 話題の渦中にあるオートボットの先代総司令官、センチネル・プライムだ。

 

 センチネルは重々しく口を開いた。

 

「久しいな、オプティマス」

「はい、センチネル・プライム……本当にあなたなのですね?」

「うむ」

 

 戸惑うようなオプティマスの問いに、センチネルは重く静かな声で答えた。

 するとオプティマスは跪き、敬愛の意を示す。

 

「お久しぶりです。色々話すべきことはありますが……まずは、無事で良かった。そしてようこそゲイムギョウ界へ」

「立つがいい、若き勇者よ。……大方のことは、ラチェットより聞いた。戦争は、二つの世界を跨いでなお続いておるとな。……苦労したようだな」

 

 重々しく話し合う二人のプライム。その姿は威厳に溢れていた。

 まるで、ファンタジー映画か大作RPGに出てくる偉大な王と英雄の会合のようだ。

 いや実際、彼らは偉大な王で英雄なのだろう。

 センチネルのオプティックが、弟子から外れてその後ろに立つ女神たちを映した。

 

「それでオプティマス。其方の者たちが……?」

「はい、女神です。我々は彼女たちと同盟を結んでいるのです」

 

 オプティマスが手で示すと、女神たちはそれぞれ自己紹介を始める。

 

「はじめましてー! ネプテューヌだよー!」

「お、お姉ちゃん、失礼だよ……あ、私はネプギアです!」

「初めまして、ラステイションの女神、ノワールよ。こっちは妹のユニ」

「ど、どうも、ユニです」

「ルウィーのブランよ……ロム、ラム、ご挨拶なさい」

「はーい! わたしはラムちゃんでーす!」

「ロムです……(もじもじ)」

「わたくしはベールと申します。……わたくしにも妹がいるので、いずれご紹介いたしますわ」

 

 センチネルは、個性豊かな女神たちの全員の顔をブレインに刻み込んでいるかのように見回すと、重々しい声を発した。

 

「オートボットたちが世話になった。聞いているとは思うが、儂はセンチネル・プライム。かつてはオートボットの総司令官であった者だ」

 

 丁寧だが威厳を感じさせる口調。底知れない何かを感じさせる目の光。なるほど、オプティマスの師というのも納得だ。

 オプティマスは元々真面目な顔をさらに引き締め、本題に入る。

 

「……それで師よ。いったい何があったのです? 私はこの目で、師の乗ったアークが撃ち落とされるのを見ました。その上、何故絶対安全カプセルの中に……」

「うむ……確かに儂の船にミサイルが命中したが、大破してはいなかったのだ。しかし、船内は衝撃と爆発、破壊と混乱に満たされた。儂は、自らあのカプセルに入ったのだ」

 

 センチネルは遠くを見つめ、過去の記憶を掘り出しているようだった。

 

「無論、命が惜しかったからではない。儂には使命があった。……スペースブリッジを起動するための柱を運ぶと言う使命が」

「スペースブリッジって……あの転送装置のこと?」

 

 ノワールが、センチネルが言葉を区切るのを待って質問する。

 かつて、タリ遺跡のストーンサークルに隠されていたスペースブリッジによってオートボットと女神たちが惑星サイバトロンに転送される事件があった。

 あそこで見た光景は、今も女神たちの脳裏に焼き付いている。

 センチネルは鷹揚に頷いた。

 

「そのとおり、物理法則を捻じ曲げ、時間と空間を超越する装置。儂が伝承を読み解き、今代に甦らせた。改良を加えてな。……あれを使えば、多くの民を星の外に逃がすことが出来る……はずだった」

 

 そして振り返り、リペア台の上に置かれた円柱状の機械を撫でた。

 

「儂は、一縷の望みを懸けてスペースブリッジを起動し、カプセルに入って……そこからは、分からん。おそらくスペースブリッジに何らかの誤作動が起こり、タイムスリップしてしまったのだろう」

「ふむ……そういうこともありうるか? ……だとしても、とてもスペースブリッジの機能だけで出来ることでは……ならば外部から何らかの……」

「……考察は後にしよう。それよりも、失われたスペースブリッジの行方が重要だ」

 

 顎に手を当ててブツブツと言いながら考えこんでいるホイルジャックを遮るように、センチネルが厳しい言葉を出した。

 

「数百本はあったブリッジの柱も今や、この中心柱のみ。これがなければ、スペースブリッジは動かせず、加えて起動できるのは儂だけだ。……だが、もしもスペースブリッジがディセプティコンの手に落ちれば……それはこの世界の破滅を意味する」

 

 深刻な口調と声に、オートボットたちも顔を険しくし、女神たちも表情を硬くする。

 

 唯一人、ネプテューヌを除いて。

 

「う~ん、まあ大丈夫なんじゃないかな? 何とかなるっしょ!」

 

 一瞬、センチネルは信じられない物を見たという顔をした。

 それから、愚かな生徒を諭す教師のような口調でネプテューヌに語りかけた。

 

「事態の深刻さを理解していないようだな。あれがどれほど危険な……」

「そうじゃなくってさ。そもそも戦争が終わっちゃえば、スペースブリッジが悪用されちちゃうことも無いんだよね?」

「…………」

 

 しかし呑気な調子を崩さないネプテューヌに、センチネルはいよいよ顔をしかめる。

 

「残念ながら、戦争はそう簡単に終わらせることは出来ぬ」

「うん、それは分かってるんだ。……でもまあ偉い人『戦争は腹が減るだけです』って言ってるし!」

「オプティマス。……この娘は、本当に女神なのか? 一国の長というにはあまりにも……」

 

 厳しい顔のセンチネルだが、逆にオプティマスは柔らかい笑みを浮かべる。

 

「センチネル、確かに最初は面食らうでしょうが、彼女は素晴らしい女神ですよ」

「なんたって、あなたの恋人だもんね」

 

 ノワールが茶化すように言うと、ネプテューヌは照れたように後頭部をかく。

 

「もー、ノワールったら、そんなホントのこと言ってー」

「皮肉だっての」

 

 そのやり取りに、一同を包む空気が柔らかくなる。

 反対に取り残されているのがセンチネルだ。

 

「恋人……だと……?」

「あ〜……はい。その、色々ありまして」

「色々」

 

 照れながらもバツが悪げなオプティマスに、センチネルは目を丸くし、そして大きく排気した。

 

「どうやらラチェットの説明だけでは状況理解が足りなかったようだ。その『色々』とやらを聞く必要がある。……お前自身の口から」

「それはもちろん……」

「しかし、まずは柱だ」

「それについては、私に良い考えがあります」

 

 今までに増して厳しい声を出すセンチネルに、オプティマスは自分の考えを述べる。

「我々はスペースブリッジが隠された遺跡を知っています。その遺跡を残した文明の専門家に意見を求めましょう。幸いにして二人ほど知己です」

「一人は専門家っていうか当事者だけどね! ほとんど攻略本みたいなもんだよ!」

 

 またしても口を挟むネプテューヌに眉をピクリと上げる。が、素直にその言葉に応じたのだった。

 

「……とにかく、まずはお前に任せよう。ここでは、お前の方が先達だ」

「恐れ入ります」

 

  *  *  *

 

 そういうワケで、オプティマスとセンチネルはその『専門家』ことスペースブリッジ内蔵のストーンサークルを造った文明である超古代国家タリの女神、レイを基地に呼び出していた。

 ちなみにネプテューヌは仕事があるそうでイストワールに呼び出され、他の女神やオートボットたちもいったん母国に帰っていった。

 

 そして、レイと対面したセンチネルだが、またも面食らっていた。

 

 レイが、ガルヴァとロディマスを引きつれていたからである。

 

「ごめんなさい。着いてくるって聞かなくて……」

 

 椅子に座ったレイの傍でガルヴァがセンチネルを睨み付け、ロディマスは真似して見上げる。

 どうもセンチネルのことを警戒しているらしい。

 

「オプティマス……この子らはいったい?」

「ああ、その……この子たちも折を見て紹介しようと思っていたのですが……簡単に言えばメガトロンの子供たちです」

「メガトロンの子供」

「はい、それも……その女性との間の」

「…………オールスパークにかけて、理解できん」

 

 途方に暮れたように天井を仰ぐセンチネル。

 マトモな神経ならば金属生命体と有機生命体の間に子供が出来るなど、考え付かないのだからしょうがない。

 

「そうだ! ぼくは、はかいたいていめがとろんと、いだいなめがみ、れいのむすこだ!」

 

 一方で、ガルヴァは大きく胸を張り、ロディマスもそれを真似する。

 レイは苦笑しながらも、目の前の金属生命体たちに頭を下げた。

 

「ま、まあ、そのことは後でゆっくりオプティマスから聞くとしよう。……それでレイ、と言ったか。貴公の国が儂のスペースブリッジの柱を使用していたとか」

「そのことについてまずは謝罪を。……しかし、私もあの柱のことについてはよくしりません」

 

 社交辞令として謝った後で、レイは首を横に振った。

 

「あの柱は当時、神官として国政を仕切っていたスノート・アーゼムという男が用意した物……細かいことは知らされていませんでした」

「国の頂点たる者がか」

「私は傀儡……というのもおこがましいダメな女神でしたから」

 

 悔恨と自嘲が複雑に混じり合った顔をするレイに、感情の読めない視線を向けるセンチネルだが、それをどう取ったのかガルヴァが声を上げた。

 

「ははうえをいじめるな!!」

「…………」

 

 そんなガルヴァに、センチネルは困ったような顔になる。

 さらに、いつの間にかロディマスが自身の足元にすり寄っていることに気が付いて、困惑が大きくなる。

 

「……可愛いものだな。とてもメガトロンの子とは思えん。……しかし、本当にメガトロンの遺伝子を継いでいるのだとしたら、それがこの子らの未来を曇らせるだろう。……あれは罪を犯し過ぎた」

「そこは否定しません。……でも、子が親の罪を受け継ぐことはないはずです」

 

 レイに言葉を余所に、屈みこんでロディマスの頭を撫でるセンチネル。

 

「……どうだろうな」

 

 酷く戸惑っているような調子のセンチネルに、オプティマスは疑問を覚えた。

 

 師もまた迷っているのではと。

 

 だとしたら、何に迷っていると言うのか?

 

「それよりも、柱を探す方法を見つけなければ……」

「それなら、トレイン教授に話しを聞いてみては? 私よりもタリのことには詳しいはずです」

「そうしよう。すまないなレイ、面倒を懸けた」

 

 話題を戻したセンチネルに、レイは自嘲気味に答えると、オプティマスは頷いた。

 

「いいえ、こちらこそお役に立てなくてすみません。……ガルヴァちゃん、ロディちゃん、行きましょう」

「はい! ははうえ!」

 

 立ち上がったレイに促され、センチネルに警戒心を向けていたガルヴァも、逆にセンチネルに撫でられて嬉しそうにしていたロディマスも、その背中を追っていく。

 三人が退室したところで、センチネルは立ち上がった。

 

「儂が眠っている間に、世界は随分と変わったようだ」

「はい。……それともう一つ、ご案内したい場所と……貴方に会わせたい者がいます」

 

  *  *  *

 

 プラネタワーの地下深く。

 ディセプティコンのために特別に設えられた牢獄で、センチネルとオプティマスは、大敵メガトロンと対峙していた。

 二人が部屋に入ると、床に溶接された椅子に固定されたメガトロンは、オプティマスの脇にいるのが何者か理解してギョッとした顔になる。

 だがそれも一瞬のことで、すぐに凄まじい怒気を孕んだ表情になると、そのまま黙り込んだ。

 

 しばらく全員が黙り、痛いほどの沈黙が場を支配した。

 

 やはりと言うか最初に声を出したのはオプティマスだ。

 

「センチネル。説明した通り、メガトロンはプラネテューヌの捕虜になりました」

「プラネテューヌの、か。つまり、我々にメガトロンを裁く権利はないと」

「そういうことになります」

 

 深く排気したセンチネルに、オプティマスは遠い昔、彼の下で学んでいた時に怒られた時のような緊張に包まれた。

 センチネルはオプティマスの目を真っ直ぐ見る。

 

「オプティマスよ、同盟が対等であることは分かっている。彼女たちのおかげで滞りなく活動できていることも。……しかしな、お前はプライムなのだ。全トランスフォーマーの指導者、宇宙の平和と自由を守る者。もっと強気に出てもいいはずだ」

「ご立派なことだ」

 

 これまで黙っていたメガトロンが茶々を入れる。

 それを一瞥したセンチネルの目はルウィーの吹雪もかくやという冷たさだった。

 

「メガトロン、かつては貴様に期待もしていたが……」

「期待だと? それは、オプティマスの当て馬としてか?」

「オプティマスを支える存在としてだ」

 

 絶対零度のセンチネルの視線と、ギラギラと燃えるメガトロンの視線がぶつかって火花が散る。

 その間にオプティマスが割って入った。

 

「センチネル、少し待ってください。貴方をメガトロンと会わせたのは……その、事実確認のためです」

「事実確認?」

「はい。あなたが私を後継者に選んだあの日に……メガトロンに言ったことの」

 

 オプティマスは慎重に言葉を選ぶ。

 センチネルは怪訝そうな顔になり、メガトロンはギラリと目を光らせる。

 

「あの日、貴方はメガトロンにこう言った。『お前がオートボットだったならば』と。……あの言葉が、メガトロンの中で……切っ掛けになってしまったのではないかと」

「おい、オプティマス。まるで俺が、その一言で狂ったみたいな言い方はやめろ。俺はそんな安い男ではない。確かにあれで現実を思い知ったがな」

 

 不愉快そうに顔を歪めるメガトロン。

 他方、センチネルは感情の読めない表情だった。

 

「なるほど、確かに軽率ではあった。それは認める。……しかし、お前を後継に選んだのは……そしてメガトロンを選ばなかったのは、決してオートボットとディセプティコンどうこうの話しではない」

「では、何だと? お偉いプライムの遺伝子か」

「無論、それもある。プライム王朝の威光なくして、もはやサイバトロンを治めることは不可能だった」

 

 挑発するようなメガトロンに、センチネルはよどみなく答える。

 正直なところ、それはオプティマスにとってあまり聞きたくない答えだった。

 弟子の表情を読み取ったセンチネルは、すぐさま続ける。

 

「もちろん、それだけではなくお前の隠された資質を感じ取っていたからだとも。……それにメガトロンの野心も」

「…………」

「メガトロンよ、確かにお前はプライムたる素質を備えていた。知性、力、高潔な精神……しかし、その理想はあくまでディセプティコンに向けられていた」

 

 弟子と、かつての弟子が静まる中、センチネルは厳かに続ける。

 

「プライムが考えるべきは惑星サイバトロンとサイバトロニアン全ての平和と発展。そのために私情は殺さねばならない。お前には、それは無理だっただろう。お前はあまりにも我が強すぎた」

「ふん!」

 

 つまらなそうに、メガトロンは鼻を鳴らすような音を出す。それがどうした、と言いたげだ。

 動じないセンチネルだが、その瞳の奥で微かに怒りの炎が揺らめいた。

 

「……行こう、オプティマス。これ以上ここにいても意味は無い」

「! センチネル、待ってください!」

 

 かつての弟子に背を向け、部屋を出て行くセンチネルをオプティマスは追う。

 メガトロンはまた一つ鼻を鳴らすように排気すると、不愉快そうに眼を閉じるのだった。

 

  *  *  *

 

「センチネル! あのような言い方は……!」

 

 牢獄の廊下で師を呼び止めようとするオプティマス。

 センチネルはピタリと足を止めると、やおら振り返った。

 今まで以上に険しい顔だ。

 

「オプティマス、間違えるではない。確かに儂は軽率であったし、そのことがメガトロンの狂気を呼び覚ましたのかもしれん。しかしそれで、過去が消えるワケではないのだぞ」

 

 怒気を孕んだ言葉に、オプティマスはしかし真っ直ぐに見つめ返す。

 

「分かっています。……しかし、過去は消えずとも、未来に残すことはありません」

「どういう意味だ?」

 

 弟子の言っていることを測りかねる師に、オプティマスは堂々と口にする。

 

「私には新しい道があるような気がするのです。遠い昔に諦めてしまった道が。……ディセプティコンとの共存、講和による戦争の終わりです」

 

 センチネルは、黙って聞いている。

 

「その道が単純に戦い続けるよりも困難な道であることは分かっています。それでも、女神たちが示してくれた道です。私は、それを信じてみたい。そして、ロディマスたちに平和な世界を見せてやりたい」

「……そうか」

 

 一つ排気したセンチネルは、それだけ言うと再び踵を返した。

 

「本題に戻ろう。柱を見つけねばな。その、教授とやらに会いに行こう」

「はい」

 

 話題を変えた師に自分の言い分を受け入れてくれたワケではないことを察し、オプティマスは少し残念に思う。

 ならば、何度でも説得するまでだ。

 センチネルも、メガトロンも。子供たちに平和な世界を残すために。

 

 

 

 

 決意に燃える弟子に見えないように、センチネルが苦渋に満ちた顔をしていることに、気付くことはなかった。

 




今回の話を簡単に言うと、浦島太郎状態のセンチネルが、ジェネレーション&カルチャーギャップに戸惑う話。

次回も、センチネルとオプティマスの誰得コンビによる珍道中になる予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第138話 我想う、故に我在り

予定に反し、今回はディセプティコン側のお話。


――午後15時。そろそろだ。

 

 スタースクリームは、臨時指揮所で雑務をこなしながら、そう思った。

 ここはプラネテューヌの人里離れた山中にある廃村で、ディセプティコンがゲイムギョウ界にやってきた最初の頃に臨時基地にしていた場所だ。

 敗走したエディン残党……もとい、ディセプティコンはここを当座の潜伏場所としていた。

 

 プラネテューヌで敗走した本隊、ダークマウントを防衛していた部隊、各地に侵攻していた部隊が集結したので、結構な大所帯である。

 

 その分、やることも多い。

 怪我人の修理と治療、寝床の設営、エネルギーと食糧の分配、オートボットや各国の動きを探る……のはサウンドウェーブの仕事だが……それに、雛と卵の世話。

 それらを適当な部下に割り振り、全体を監督するのが、今のスタースクリームの仕事であった。

 あれだけの反逆を起こしたスタースクリームに皆が従っているのは、メガトロンとの見事な戦いを魅せたこともあるが、それ以上にメガトロンからの最後の通信のおかげだった。

 

「俺は少し休む。後のことはスタースクリームに任せる」

 

 おそらくプラネテューヌに捕縛される寸前に送ってきたこの通信によって、指揮権はスムーズに移行された。

 

 と、重い足音が近づいてくるのを、スタースクリームのセンサーが捉えた。

 何者かは分かっている。

 

「スタースクリーム! メガトロン様の救出作戦はどうなっている!!」

 

――やはり15時ピッタリだな。律儀な奴。

 

 毎日、この時間にやってきては同じことを言うブラックアウトにはウンザリする。

 

「今の俺たちにそんな余裕はないんだよ! 何度言や分かるんだ!!」

「何を! もとはと言えば貴様が裏切ったからだろう!!」

「ああそうだな! だからこそ、俺にはお前らの面倒見る義務があるんだよ! 死にに行くような真似はさせられねえんだ!!」

 

 怒鳴るブラックアウトに怒鳴り返し、スタースクリームは溜め息を吐く。

 本当に何度目のやり取りだろうか。

 

「俺に従ってもらうぞ! 他ならぬメガトロン様が、そうしろって言ったんだからな!!」

「クッ……!」

 

 主君の名が出ると、ブラックアウトは悔しげに呻く。

 結局のところ、ディセプティコンは『メガトロンが』指揮権を渡したからスタースクリームに従うのだ。

 それは腹立たしくて仕方がないが、同時に納得もしていた。

 

 今の自分では、メガトロンには遠く及ばない。

 それを認められる程度には、今のスタースクリームには余裕があった。

 

 義兄の後ろに立つグラインダーが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「兄者……行こう」

「ッ……くそ!」

 

 義弟に促されてブラックアウトはアッサリと退く。

 彼も、今の戦力でメガトロンを取り返すなど夢のまた夢だと分かっているのだ。しかし、やりきれない物があってああいう態度を取る。

 

 割り切って仕事に戻ろうとするスタースクリームのブレインに、今度はミックスマスターからの通信が入った。

 

『スタースクリーム! おい、ちょっと来てくれ!!』

「何だ? 今、忙しいんだが?」

『いいから、緊急事態なんでえ!!』

 

  *  *  *

 

 指揮所を出たスタースクリームは、ゆったりと村を歩いていく。

 村のあちこちに人造トランスフォーマーやクローン兵の姿が見える。

 仕事なり何なりで動き回っている者もいるが、多くがグッタリとしていた。やはり、エネルギーと食糧が足りない。

 あちこちからかき集めたエネルギーでやりくりしているが、長くは持たないだろう。

 

 やがて廃村の一角にある倉庫の前に着くと、扉の前にミックスマスターが待っていた。

 

「で?」

「おう、スタースクリーム! 何とかしてくれよぉ、このままじゃ俺らのオイル全部飲まれちまう!」

 

 短く問うと、ミックスマスターが心底ウンザリした様子で言った。

 スタースクリームは頷くと倉庫の扉を開けようとするが、ふと振り返った。

 

「お前らのオイルじゃねえ。皆の、オイルだ」

「は? ……ああ、いやほら言葉の綾だよ」

「ああそうかよ。じゃあ、さっさと仕事に戻れ。ソーラータワーを造るのがお前らの仕事だろ」

 

 コンストラクティコンには、エネルギー確保のために小型のソーラータワーを造らせている。資材不足で上手くいっていないようだが……。

 誤魔化すように苦笑いするミキサー車ロボットに釘を刺しながら扉を開ける。

 その中で一体のディセプティコンが座り込んでオイルを飲んでいた。それも一杯や二杯ではない、全部だ!と言わんばかりの飲んだくれっぷりである。

 

 ……コンストラクティコンたちではない。

 

 紫のボディに、赤い単眼。水牛のような角。……科学参謀ショックウェーブだ。

 

 しかしその姿にかつての覇気はなく、抜け殻のようにオイルを飲み続ける。

 あのダークマウントでの戦いで、ショックウェーブはメガトロンからの命に背いて私情を優先した。

 後で冷静になってみれば、そのことに対する自己嫌悪ばかりが湧いてくるようで、こうして飲んだくれているのだ。

 

「……酷え姿だな、おい」

「…………」

 

 スタースクリームに声をかけられても、ショックウェーブは反応しない。

 

「コンストラクティコンどもが、このままじゃオイル全部飲まれちまう!って泣いてたぜ」

「…………」

「おい、いつもの論理的に、ってやつはどうした?」

「…………もう、論理も科学も無いんだよ」

 

 掠れた声でようやく返してきたのは、そんな言葉だった。

 どうもアイデンティティが砕けてしまったようだ。

 正直、関わり合いになりたくないが、ショックウェーブの頭脳がなければ立ちいかない。

 

「お前に仕事してもらわないと、こっちは迷惑なんだよ。……ほら、メガトロンとトゥーヘッドのためにも、軍団を維持しとかねえとな」

「その二人にこそ、顔向けできない……放っておいてくれ」

 

 発破をかけようとするスタースクリームだが、しかしショックウェーブは立ち上がる様子を見せない。

 業を煮やしたスタースクリームは、近づいて無理矢理ショックウェーブを立たせた。

 

「いい加減にシャキッとしろ! 確かにテメエはトンデモねえ失敗をしたがな! それが何だってんだ!」

「……私が私情を優先したばかりに敗北した。……きっと、メガトロン様はお許しにならないだろう」

「俺を見ろ! 俺なんか何度となく失敗してるし裏切り常習犯だが生かされてるだろうが! たった一回の失態で何だ! これから取り返しゃいいんだよ!!」

 

 発破をかけようとするスタースクリームに、ショックウェーブは弱々しく視線を逸らす。

 スタースクリームは諦めて、ショックウェーブを乱暴に放す。

 いつまでも酔っ払いに関わっていられるほど暇ではない。

 

「ああ分かったよ、いつまでも負け犬でいたきゃそうしな。けど、オイルは無しだ。テメエが飲み過ぎると、その分誰かがエネルギー不足になんだよ。……論理的だろ?」

「…………」

 

 皮肉には応じなかったが、ショックウェーブはオイルの缶を下ろした。

 

「……メガトロンは、地面に伏せ続ける者にこそ厳しい。が、逆に根性のある奴が好きなんだ」

 

 自分でもらしくないと思いながらも、スタースクリームはそう付け加える。

 そのまま倉庫の外に出ると、仕事に戻ったのだろう、ミックスマスターはおらず、代わりにサウンドウェーブが壁にもたれかかっていた。

 

「テメエか、何の用だ」

「オートボットの動きを報告。さしあたって動きは無い。各国教会も同様。こちらを探してはいるが、そこまで躍起になってはいない」

「……ああ、ご苦労さん。まあ、メガトロンが捕まった今、こっちは有象無象扱いなんだろうな。気には食わんが、都合がいい。……それはそうと、お前バイザーと声はどうしたんだよ?」

「ただのイメチェンだ」

 

 トレードマークのバイザーと機械的に変声された声の無い情報参謀の思わぬ言葉に、怪訝そうな顔になるスタースクリームだが、サウンドウェーブは気にせずにさらに報告する。

 

「それと、プラネテューヌに潜入したドレッズから報告がある。センチネル・プライムが現れた」

「…………どういうことだ?」

 

 その報告に、スタースクリームは首を傾げる。この場で何故、オートボットの先代総司令官の名が出てくるのか理解できないという顔だ。

 それもそのはず、センチネル・プライムが乗った宇宙船に追いすがり、撃墜したのは他ならぬスタースクリームなのだから。

 

「言葉通りの意味だ。センチネルがオートボットに合流した」

 

 サウンドウェーブの胸から立体映像が投射される。

 それは、連れ立ってプラネタワーを出るオプティマスとセンチネルの姿だった。

 老オートボットの全身をまじまじと見て、スタースクリームは認める。

 

「確かにセンチネルだ」

 

 どうやってかは分からないが、あの老人は生き残ったらしい。

 ならば、今考えるべきは『どうしてセンチネルが生きているか』でも、『どうして今頃になって現れたか』でもなく、センチネルが生きていることで状況がどう動くかだ。

 

「……さしあたってドレッズにそのまま監視させとけ。何かあったらすぐに報告させろ。無理はさせるなよ」

「了解」

 

 情報参謀は、航空参謀の指示に粛々と従う。

 命令は絶対厳守。メガトロンが従えと言うから、私情を殺してスタースクリームに従う。

 それがサウンドウェーブというディセプティコンであるのは、周知の事実だった。

 しかし、ならばこそ気になることが、スタースクリームにはある。

 

「……話しは変わるが、お前がメガトロンの指示なく要塞を捨てるとはな」

 

 正直、それはスタースクリームにとっても想定外だった。

 ピーシェを解放するために動いていたスタースクリームではあるが、あくまでエディンを見限ったのであって、ディセプティコンを見限ったワケではない。

 詭弁とも取れるが、スタースクリームの中でエディンとディセプティコンは明確に別物であった。

 故に、本拠地を捨てさせようとは思っていなかった。

 

 閑話休題。

 

 とにかく、どうもサウンドウェーブはリーンボックスを奪還されたあたりから、要塞を引き払う準備を進めていたような節がある。

 

「……あのままでは、敵艦隊が艦砲射撃を始める可能性が高かった。ガルヴァが捕縛された時点で、残りの幼体と卵の安全を最優先すべきと判断した」

「そういう理屈じゃなくて、メガトロンは要塞の絶対死守を命令した。その命令に反するのがらしくねえって言ってんだよ」

 

 目を隠すバイザーが無く、変声していなくても感情の読めない情報参謀だが、こう言われると僅かに自嘲のような表情を浮かべた。

 

「最近、ある人に言われた。誰かを本気で大切に思っているのなら、時にその誰かに逆らうことも必要だと」

 

 これだけで十分だとばかりに、サウンドウェーブはそれきり口をつぐんだ。

 スタースクリームにその言葉の意味は理解出来なかったが、自分がピーシェと出会ったように、サウンドウェーブもまたその有り方を変える誰かと出会ったのだと理解した。

 ふと、スタースクリームはピーシェのことを思い出した。

 

 おバカで能天気で無邪気で……自分を真っ直ぐに見上げるキラキラした目のことを。

 

 あの目に恥じないくらいの男にはなりたい。

 スタースクリームは、そう思わずにはいられなかった。

 

 故に、サウンドウェーブにそれ以上は聞かずに仕事に戻る。

 

 やることは、いくらでもあるのだ。

 

  *  *  *

 

「…………」

 

 ショックウェーブは何をするでもなく、地べたに座り込んでいた。

 明晰なはずのブレインは真っ白で、数式の一つも浮かんでこない。

 自身の存在意義としたはずのメガトロンの期待と信頼に応えられなかったばかりか、本拠地までも失う大失態。

 何かショックウェーブの中の柱のような物がボッキリと折れてしまっていた。

 

――トゥーヘッド……すまない。……もう、このままブレインの電源を落として、ずっと眠ってしまおうか……。

 

 そうして、オプティックの光度を下げていくと、真っ白だったブレインに浮かんでくる物があった。

 

 パジャマみたいな服に薄紫のクシャクシャとした髪。足に履いているのは非論理的なことにスリッパで、ヘニャリとした気の抜ける顔。

 

 こうなったそもそもの原因である異界の女神、プルルートが嗜虐心に満ちた目でこちらを見ている気がした。

 

『あはは~、ショッ君たら~、情けないんだ~』

 

 そう言っている気がした。

 すると、心の中にムカムカとした気分が湧き上がってくる。

 

――あの女に、舐められることは我慢ならない! 

 

 彼女は論理を超えていく者であると認めているが、メガトロンのように崇拝する気にはならない。

 怒りはあっても憎しみや嫌悪ではない、その感情を……かつては忌避していた感情を……ショックウェーブは当座とところは受け入れることにした。

 

――そうともプルルート。認めよう、私には感情という奴があったらしい。

 

 自分はメガトロンに裁かれるだろう。

 ならばこそ、その日までは生き延びなければならない。

 そのためには活力が必要で、感情は時にその源足りえる。故に、この場で感情に身をゆだねるのは実に論理的な選択だった。

 ようは、感情と衝動に飲まれなければいい。この前と同じ轍は踏まない。

 

 失態に責任を取るために、あるいはプルルートを打倒することを望み、ついでに渦巻く感情の正体を論理的に探りつつ、ショックウェーブは立ち上がるのだった。

 

 

 廃村の真ん中にある廃墟になった大聖堂は、前と同じくトランスフォーマーの卵が置かれ、同時に雛たちの育成室になっていて、フレンジーを中心にボーンクラッシャー、バリケード、リンダ、ワレチューが交代しながら雛の面倒を見ていた。

 

 今はリンダが当番だ。

 ダークマウントでの戦いの後遺症はないようである。

 

 フレンジーはサイクロナスの、リンダはスカージの体を洗っていた。

 スポンジとタワシで、金属製の雛の体をゴシゴシと擦る。

 

「しかし、あれだな。お前も、レイちゃんやメガトロン様を助けにいくって騒ぐかと思ってたぜ」

「アタイだって、本当ならそうしたいよ……」

 

 サイクロナスの翼を開かせて洗うフレンジーがどこか呑気に言うと、元マルヴァのヒヨコ虫のトサカを齧るスカージを洗うリンダは顔を曇らせる。

 

「でもよ、こいつらを守らないとな……」

「ん、その心意気は買うぜ」

 

 それだけ言うと、フレンジーはサイクロナスの体から水をかけて洗剤を落とす。

 フレンジーだって、レイたちを助けに行きたいのはやまやまだが、この雛たちや卵の面倒を見なければならない。

 雛たちの安全が、あの二人が望むことだろう。

 

 レイとメガトロンの無事を祈りながら、そう考えるしかないのだった。

 

  *  *  *

 

 そのころ、当のレイはと言えば……。

 

「……このお茶は、このブレンドと淹れ方が一番美味しいんですよ。世間ではすでに失伝して久しいですが、憶ええておいてよかった」

 

 プラネテューヌの応接室で、お茶を淹れていた。

 対面に座る二人にお茶を差し出すレイだが、当の二人……アブネスとアノネデスは憮然とした表情だ……アノネデスの方は例によってメカスーツに身を包んでいるので表情は窺えないが。

 

「それにしても、お二人が面会に来てくれるなんて、ビックリです」

「まあ、一度は話したかったのよ。前は別れの挨拶をする暇もなかったし」

「そうよ! レイ、あなた本当にディセプティコンの仲間だったワケ!?」

 

 レイが笑むとアノネデスは静かに返し、アブネスはキャンキャンと叫ぶ。

 すると、レイは静かに笑んだ。

 

「ええ。私はディセプティコンですよ。少なくとも、私はそう思っています」

「何でよ! 何であんな奴らに……!」

 

 怒りのままに吼えるアブネス。

 

「……別に珍しい話ではありませんよ。ある一人の孤独で無能な女が、一人の荒々しい男性と出会って誘拐紛いの方法で彼の軍団に引き込まれた。女は軍団では思いのほか上手くやれて、彼も魅力的なものだから、ついついゲイムギョウ界を裏切ってしまった。……それだけです」

 

 自分のことを語っているとは思えないほどに冷え冷えとした声に、アブネスの顔は厳しくなる一方だ。

 他方、アノネデスは少し納得した様子だった。

 

「その魅力的な男ってのがメガトロンなワケね。前に言ってたあなたが惚れている男も」

「はい、そうですよ」

「正直に言うわ、レイちゃん。……その思いは偽りよ」

「………………どういう意味ですか?」

 

 アノネデスの言葉に、レイの瞳が小さく窄まり、そうなると表情は変わらないのに狂気に染まっているように見え、アノネデスは少し言ったことを後悔する。

 それでも、言いたいことは言う主義なので、さらに続ける。

 

「あのね。誘拐とか監禁とか、そう言うことをされると……被害者が犯人に共感してると錯覚しちゃうの。この人はきっと、良い人だ。この人にも何か事情があるんだって思っちゃうのね。で、最後にはそれを恋愛感情だと誤解しちゃうのよ。……心理学的に証明されている症候群よ。レイちゃんは今まさにそれだと思うワケ」

 

 アノネデスやアブネスから見て……それが多少、故意的、悪意的な見方であることは彼らも自覚しているが……レイは、拉致監禁されたあげく、四人も子供を産まされた被害者だ。

 性的な暴行は受けなかったのだろうが、それでも酷いことをされるうちに自己防衛のためにメガトロンに偽りの愛を抱いていたとしても仕方がない。

 ならば荒療治になったとしても、その幻を払う必要がある。

 そう考えていたのだが……。

 

「なるほど。……なるほど」

 

 レイは深く息をしてから、再び笑みを作った。

 瞳は元の大きさに戻っていた。

 

「だとしても、それでもいいんです。……結局の所、私はあのヒトのために生きると決めたんです。……生まれて初めて、他者のために生きると決意したんです」

「あのオッサンが、あなたのこと愛してくれると思う?」

「どうでしょうね? ……でもあのヒトが愛してくれなくても、私は、あのヒトを愛していますから」

 

 美しい笑顔で言い切るレイを見て、アノネデスは思う。

 おそらく、レイはメガトロンの深い部分まで知ってしまった。

 さっさと逃げ出した自分が見れなかった部分を。

 果たして何を見たのか感じたのかは分からない。

 それでも、きっと彼女はもう戻れない。それを理解してしまった。理解できてしまった。

 

 何処かで腑に落ちてしまったアノネデスに対し、アブネスはまったくもって不満なようだった。

 

「何でよ! そんなの可笑しいでしょ!! 愛してもくれない奴に尽くすなんて!! あなたが何て呼ばれてるか、知ってるの!?」

「『裏切り者の売女』もしくは『メガトロンの情婦』あたりですかね。……そんなに間違ってはいません」

 

 口の悪い者たちが言う自らへの侮辱的なあだ名を口にしながらも、怒りが見えないレイに、アブネスは一瞬言葉を失う。

 しかし、すぐに持前の負けん気を出した。

 

「あなた、それでいいワケ……」

「アブネスさん、私が今までどれくらい生きてきたか分かりますか?」

 

 そのまま叫ぼうとするアブネスを、レイが制する。

 静かな声なのに、アブネスを黙らせるほどの迫力があった。

 

「そ、そんなの知るわけ……」

「一万年、それが私の過ごしてきた時間です」

 

 一万年、おそらくは女神にとっても想像も付かないほどの長い時。

 それを生きるということがどういうことか、アブネスにもアノネデスにも理解は出来ない。

 

「その間、私のしたことと言えば、自分では理由も分からない脱女神運動。それだけです」

 

 レイの語り口は淡々としていて、自分のことだと言うのに何処か他人事のようだった。

 

「正直、その一万年の間のことは、ほとんど憶えていない……と言うよりも実感が無いんです。なんて言うか、生きていたという感じがしないんですよ」

 

 長い時を生きてきたが、その間の出来事はまるで走っている列車の窓から見る景色のように、手の届かない所で流れていくだけだった。

 いや、手を伸ばせば届いたはずなのに、そうしなかった。

 

「でも、あのヒトと出会って……あの子たちが生まれて、それからは毎日が楽しくて。……まあ他の星に跳ばされたり、自分が女神だと思い出したりして、大変だったけど。人に迷惑もかけちゃいましたし……それでも、私は生きていると実感できた。あの人に出会ってから、私の本当の人生は始まったんです。だから、この思いが幻だとしても、私には命を懸けるに足るんです」

 

 最後まで語り切ったレイの顔は穏やかで幸福そうだった。

 ああ、やっぱりだとアノネデスは思った。

 こんな顔をする女性を止めることは出来ない。

 恋を超えて、愛を知ってしまった女を止められるはずがない。

 同時に、レイの止まっていた時間を動かしたのが、あの金属の怪物であることが、何故だか妙に悔しかった。

 

 一方でアブネスは少しだけ涙を流してしゃくり上げていた。

 自分でも上手く表現できない無力感のような物が、彼女の中で渦巻いていた。

 その姿を見て面食らったレイは心配そうにオロオロする。

 

「あ、アブネスさん!? どうして泣いてるんですか!」

「ヒック……別にいいでしょぉ……ヒック、メガトロンの奴! 女にここまで言わせて、酷いことしたら許さないんだから……!」

「まあね。そこはアタシも同じ気持ちだわ。女一人幸せに出来ない大帝様なんざ、ヘソで茶が湧くってもんよ」

 

 ここにいない破壊大帝に、アブネスは文句を付け、アノネデスも同意する。

 

「レェェイ! あなた、何か辛いことがあったら相談しなさいよ! 親の精神は子供にも影響するんだから!」

「育児ストレスって言うの? そういうのもあるしねえ。話くらいは聞いてあげるわ」

 

 こんな時でも幼年幼女のことを忘れないアブネスに半ば感心しながらも、アノネデスも女性的な仕草で頬に手を当てて同意する。

 レイにだって、金属製でない友人がいてもいいだろう。

 

「ふふふ、ありがとうございます」

 

 素直に、レイは好意を受け取っておくことにする。

 彼女としても、何だかんだ自由に生きるアノネデスの姿勢や、言いたいことをハッキリ言って自分の信じた道を真っ直ぐ突き進むアブネスのことは好意的に見ていた。

 自身が女神であることを自覚してからは、特に。

 

 こうして、レイとアブネス、アノネデスの面会は和やかにお開きとなった。

 

 ……ちなみにこの面会の様子は監視カメラを通じてメガトロンの下に中継されており、件の破壊大帝に、それはもう難しい顔をさせることになるのだった。

 




そんなワケで、D軍の現状でした。
タイトルの元ネタは『我思う、故に我在り』という哲学の言葉。
(自分の心で)思うではなく、(他者を)想うなのはミソ(分かり辛い)

作中でアノネデスが言ってる被害者が犯人に共感しちゃう症候群は、『ストックホルム症候群』という実在する症例です。
どこかでこれだとツッコまれると思ってたのに、まったくツッコまれないのでセルフツッコミしてみました。

次回こそ、オプティマスとセンチネルと時々ネプテューヌの話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第139話 異分子

何でや!
何で最後の騎士王、外国だと6月公開なのに、日本だと夏公開なんや!


「ふむ、つまりタリの文明が、そのスペースブリッジの柱を持ち去った、と?」

「ああ。何か分かるなら教えてほしい」

 

 オプティマスとセンチネルは、失われたスペースブリッジの柱についてのさらなる情報を求めて、トレイン教授の下を訪れていた。

 と、言っても教授のホームであるルウィーまで足を延ばしたワケではなく、たまたまプラネテューヌに来ていた彼と待ち合わせただけだが。

 

 国立博物館の一室で、教授は顎に手をやる。

 この部屋は展示しない物をしまっておくための部屋であり、オプティマスたちが入れるくらいの余裕があった。

 

「ふ~む、ちょうどよかったかもしれませんね。例の遺跡から古い石版が見つかりまして、その内容を解読し終えたところだったんです」

 

 そう言って、教授が傍らの机に置かれた石版を視線で示す。

 石版には今は使われていない太古の文字が刻まれていた。

 オプティマスは、その石版の保存状態の良さに驚いた。

 それを表情から察した教授は温和な笑みを浮かべて説明を始める。

 

「これは遺跡の密閉された一室に土の詰まった石棺に入れられて保存されていました」

「なるほど、外気に触れずにいて劣化しなかったのか。それにしてもよく一万年も……」

「それについては、他に例がないワケではありません。例えばルウィーでは未開の森の奥で無傷の状態の神殿が発見されました」

「ああ、なるほど。確かラステイションでも、数千年前の寺院が……」

「ん、んん!」

 

 本題を忘れ濃厚な考古学トークを繰り広げそうになるオプティマスと教授に、センチネルが咳払いで注意する。

 

「そろそろ本題に入ってくれないか?」

「すいません……」

「ああ失礼……やはり、ミスター・オプティマスとの会話は楽しいもので」

 

 オプティマスはバツが悪げだが、教授は悪びれずに説明に移る。

 

「この石版によると、『夜天より神の船、流星となりて来たり。霊山の麓に落ちしその船より鋼の柱を得る。我ら女神の命により、これを栄光の証として領土に突き立てることとする』と、あります」

「つまり?」

「タリは、征服した地に例の柱を使った建物……あのストーンサークルのような……を支配の証として建てたということです」

 

 教授の言ったことを整理してみるオプティマス。

 タリはゲイムギョウ界のほとんどを征服していた。

 もし、その支配の証として柱を内蔵した建造物を建てていたとしたら……。

 

「つまり、あのストーンサークルと同じように、ゲイムギョウ界の各地に柱が仕込まれている?」

「可能性はあります」

 

 頷く教授に、難しい顔になるオプティマス。

 もしそうなら、柱の回収は難しくなる。

 センチネルも、深く息を吐く。

 

「何らかの方法を考えなければならないな……」

「しかし、国を跨ぐとなると大事ですし、まずはタリの遺跡の場所を把握しないと。未発見の場所も多いでしょうし」

「う~む……」

 

 さすがのセンチネルと言えど、容易には良いアイディアは浮かばないらしく悩ましげに髭を撫でる。

 

「いっそ回収は無理、と割り切ってもいいのでは?」

 

 そこで、教授が口を挟んだ。

 するとセンチネルは感情の籠っていない瞳を考古学者に向けた。

 

「……貴重な情報、感謝する。しかし、ここからは儂たちの仕事だ」

「差し出がましかったようですね、失礼しました」

 

 穏やかながら断固とした声に、教授は門外漢が出過ぎたことを察して、素直に謝る。

 

「いいや、いいんだ。ありがとう、教授」

「いえいえ、気にしないでください」

 

 一方で、オプティマスは和やかに頭を下げ、教授も微笑む。

 トランスフォーマーと人間ではあるが、一種の『友情』と言っていいものが、二人の間にはあった。

 

「しかし、スノート・アーゼムですか……」

 

 と、教授がふと疑問を口にした。

 

「私の知る限り、そのような名前はいかなる文献にも記されていません。そもそも、タリに今で言う教祖に当たる人物がいたという記録すらありません。全ては女神の意思の下に行われた……つまり、女神のみが悪の根源であったと。まるで意図的に神官の存在を抹消したような……」

「オプティマス、もう行くとしよう。お邪魔した」

 

 急にセンチネルが教授の話を遮り、踵を返した。

 オプティマスは、慌てて後を追う。

 

「師よ、お待ちください! ……教授、この話はまた今度しよう」

「ええ、次はゆっくり語り合いたいですね」

 

  *  *  *

 

 博物館を出た二人は、それぞれビークルモードに変形して走り出す。

 センチネルがスキャンしたのは、空港などで使われる特殊な化学消防車だった。

 前に突き出た運転席と、六輪が特徴的な真っ赤な車体は、頼もしさと同時に一種の優美さを備えていた。

 オプティマスは正にセンチネルに相応しい姿だと思っていた。

 

 二台の大型車両が道路を行く姿は、それだけである種の雄々しさがあった。

 

「あの店はゲームショップで、ネプテューヌによると少しレアなゲームも売っているのだそうです」

「ほう……」

「あちらの学校では、この前学園祭がありまして、ネプテューヌと共に私も招かれたのです」

「なるほど……」

 

 いったん基地へ戻るまでの道すがら、オプティマスはセンチネルにプラネテューヌの街を案内していた。

 実際、オプティマスにとってプラネテューヌはもう庭のような物だ。勝手知ったる、と言う奴である。

 師にもこのプラネテューヌとゲイムギョウ界を好きになってほしいという、その一心ゆえに、オプティマスは口早に説明する。

 

「あそこに見える丘で、私やバンブルビーはネプテューヌたちとピクニックなどをしました」

「ほほう……」

「ああそれと、あの店のプリンが美味しいそうでネプテューヌが……」

「うむ……」

 

 一方でセンチネルは、何処か弟子の様子に圧倒されているようだったが、興味深げではあった。

 やがて二人はプラネタワーの前庭の前を通りがかった。

 前庭では、ダイナマイトデカい感謝祭に向けて準備が進められている。

 色々な資材が搬入され、人々が忙しなく動き回っている。

 

「あれは?」

「近々感謝祭が開かれるので、その準備をしているのです」

「祭りか……呑気なものだ。こうしている間にも、サイバトロンは死にかけているというのに、彼らはそのことを知りもしない。我ら種族が長い間、どれほど苦しんできたかも」

 

 センチネルの口ぶりに、少し棘が混じる。

 

「センチネル」

「……すまない、言ってどうなることでもなかった。さあ、行こう。柱の件も含めてこれからどうするか考えなければ」

 

 短く非難するような声を出す弟子に短く答え、走り出そうとするセンチネル。

 

「オプティマス!」

 

 しかし、誰かが弟子を呼び止めた。

 前庭の方から、オプティマスの倍をある体躯に、両肩に竜の頭部の意趣を持った騎士のような姿のトランスフォーマーが歩いてくる。

 さらにその後ろから同じような大きさの右腕が鞭のようになっている騎士、マントを背負った騎士、両肩に突起のある騎士がやってきた。

 

 グリムロック、スラッグ、ストレイフ、スコーンのダイノボットたちだ。

 

「グリムロック! 調子はどうだ?」

「ぐるるぅ、やっぱり都会、狭い!」

 

 ダイノボットたちは前の戦いの後、今のゲイムギョウ界を見て回るために残っているのだ。有体に行ってしまえば観光である。

 そこでネプテューヌが、ここぞとばかりに彼らに感謝祭への参加を要請した。

 

 何せ、恐竜でロボットで騎士……子供の好きな物てんこ盛りだ。

 

 もちろん、プライドの高いダイノボットたちのこと、最初は嫌がったのだが……。

 

「そう言うなグリムロック。楽しめることを見つけるのが、物事を楽しむコツだ」

「そうですよ、私たちは楽しんでいますし」

 

 大都会の喧騒はお気に召さない騎士たちの前に、淡く発光する白い球体が二つ現れたかと思うと人の姿になる。

 ネプテューヌとネプギアに瓜二つだが、褐色の肌に南国風の恰好をした少女たち。

 

 セターン王国のヴイ・セターン姫と、ハイ・セターン姫の姉妹である。

 

 実は霊体であることを利用してダイノボットたちにくっ付いてきていた彼女たちは、騎士たちのお守りも兼ねて観光を楽しんでいるのだった。

 そして、彼女たちの鶴の一声で感謝祭に参加を決め、ついでに準備の手伝いもすることになり今に至る。

 

「ヴイ姫、ハイ姫、ご機嫌麗しゅう」

「騎士よ、ここは貴殿らの国だ。そう硬くなることもあるまい」

 

 ロボットモードに変形して恭しく頭を下げるオプティマスに、姫君たちは苦笑する。

 頭を上げるオプティマスだが、礼儀は礼儀として敬語は外さない。

 

「楽しんでおられるようで何より」

「ああ、しばらく見ない間にゲイムギョウ界も随分変わったが……民の笑顔だけは変わらないな」

「ええ、人々は皆楽しそうに暮らしている……ここは良い国です」

 

 感慨深げに微笑む姉妹姫。

 このプラネテューヌの民は、彼女たちの国セターンの人々の遠い子孫に当たる。

 だからこそ、民の幸福が嬉しいのだろう。

 

「それはそうとオプティマス、そちらの御仁は?」

 

 と、ヴイは弟子と同じくロボットモードに戻ったが、居並ぶ騎士たちを驚いた顔で見上げているセンチネルに視線をやりながら聞いた。

 

「ああ……この方は先代のオートボット総司令官センチネル・プライム。私の師です。センチネル、こちらはセターン王国のヴイ・セターン姫とハイ・セターン姫。そして王国を守護するダイノボット。伝説の騎士たちです」

「お目にかかれて光栄だ」

 

 オプティマスの紹介にセンチネルは完璧な角度でお辞儀をする。

 

「ほう、オプティマスの師! なるほど、名のある戦士とお見受けする」

 

 ヴイが歓声を上げると興味を持ったのが戦いを愛するダイノボットたちだ。

 

「ぐるるぅ……オプティマスの、師。強い戦士」

「俺、スラッグ! 強い奴と戦う、大好き!」

「強敵、歓喜」

「是非、手合せ願いたいな」

 

 好戦的に笑むダイノボットたちに、センチネルは一瞬にして彼らに負けないほどの闘気を発し、背中から銃を抜く。

 

 センチネルの持つ『あの銃』ならば、いかなダイノボットと言えど……。

 

「こらこらこら! 止めないか!! まったくお前たちは!!」

 

 騎士たちをヴイが慌てて止めた。

 すると竜の騎士たちから闘気が失せていく。

 闘争をこよなく愛する騎士たちだが、姫の命には負けるらしい。

 

「申し訳ありません、センチネル殿。何分、うちの騎士たちは好戦的なもので……」

「……いや、構わん」

 

 深々と頭を下げるハイに、センチネルも銃を下げて戦闘態勢を解く。

 オプティマスはホッと息を吐く。

 

「司令官!」

 

 そこへ、感謝祭の準備を手伝っていたバンブルビーの弟分たるスティンガーがやってきた。

 

「スティンガー、頑張っているようだな」

「はい、スティンガーは楽しくやってます」

 

 言葉通り、明るく返事するスティンガー。

 センチネルは髭を撫でながら、人造トランスフォーマーを興味深げに眺め回した。

 

「それは良かった。そう言えば、今日はネプギアやバンブルビーと一緒ではないのか?」

「ネプギアは、リーンボックスに行っています」

「……ああ、なるほど」

 

 スティンガーの一言で、オプティマスはネプギアがアリスに会いに行っていることを察した。

 しかし、母と慕うネプギアや兄弟分のバンブルビーがいなくても、スティンガーはそこまで寂しそうにはしていない。

 かつてはネプギア恋しさのあまりにバンブルビーと決闘にまで発展したことを考えれば、大きく成長したものだと、オプティマスは嬉しくなる。

 

「ふむ、人造トランスフォーマーか……不思議なものよな」

 

 センチネルは物珍しげにバンブルビーとよく似た姿のスティンガーを見る。

 スティンガーは丁寧にお辞儀した。

 

「お目にかかれて光栄です、偉大なるセンチネル・プライム。私はスティンガー、人造トランスフォーマーの第一号。ネプギアの子、バンブルビーの兄弟です」

「オールスパークに寄らぬ命か。いや、それを命と言って良いのか……」

 

 難しい顔のセンチネルが言うと、スティンガーは正直に頭を上げた。

 

「それはスティンガーにも分かりません。ですが一つハッキリしているのは、スティンガーには心があるのです」

「それは感情プログラムという意味か?」

「プログラムは単なる規範です。我々の精神は、ここから来ています」

 

 スティンガーは自分の胸に手を当てた。そこには疑似シェアクリスタルが収められている。

 センチネルは、一応納得したようだった。

 

「さて、我々はそろそろお暇……」

「オプティマス司令官!」

「オプティマス! 来てたんだ」

 

 そのまま弟子と共に去ろうとするセンチネルだったが、オプティマスがいるのを聞きつけた感謝祭の参加者たちがゾロゾロと集まってきた。

 

「司令官、御苦労様です!」

「こちらこそ、御苦労様」

 

 教会職員や警備兵たちは、会釈や敬礼で挨拶する。

 その目には、確かな敬愛があった。

 

「オプティマス! ここのところファンクラブの会合に来ないから心配したぞ。レッツ、ねぷねぷ!」

「団長、自重してください」

 

 何やら感謝祭に出し物をする予定らしいネプ子様FCの団長と副団長は、いつものノリだった。

 それが、何か嬉しい。

 

「オプティマスさん! わたしたちはマジックをするですぅ!」

「見に来てね、とっておきなんだから」

 

 R-18アイランドから帰ってきたアイエフとコンパもいる。

 

「ぐるるぅ! オプティマス、また勝負する」

「だから、我慢だぞグリムロック」

 

 そしてダイノボットたちはあくまでマイペースで、ヴイとハイに怒られている。

 

「ははは、構わないさ」

「オプティマスさんの寛容さはオカン級ですぅ」

 

 みんな、ゲイムギョウ界(こちら)に来てから出来た、オプティマスの友人たちだ。

 

「おーい、オプっちー!」

 

 そして恋人の気配を察知したのか、一番のお祭り大好き女神がやってきた。

 

「やあネプテューヌ……!?」

 

 しかし、その恰好が問題だった。

 ネプテューヌは女神化した時のようなレオタード姿なのである。

 よくよく見れば、胸元を強調するデザインで、あちこちにコウモリの意趣が取り込まれており、背中の翼もコウモリのものだ。

 

 どう見ても夢魔(サキュバス)のコスプレです、本当にありがとうございました。

 

 いつも通りの元気満点の笑顔に未発達な少女の肢体と、露出度の高い衣装のギャップが何やら背徳的な色気を醸し出している。

 その姿に教会職員や警備兵は顔を赤くし、ネプ子様FCの二人は感涙を流しながら手を合わせて拝んでいた。

 

「ちょ! ネプ子、何なのよその恰好!」

「今度の感謝祭でちょっと歌を披露しようと思って、そのステージ衣装! ほら、前に練習して歌えるようになったし、これはこれで需要がある気がするんだよね!」

「ネプテューヌさん、何を考えているんですか! そんなイヤらしい恰好で!」

 

 過激な恰好に慌ててツッコむアイエフにネプテューヌが元気よく答えると、追ってきたらしいイストワールが怒鳴り声を上げる。

 

「ええー、変身した時とほとんど変わんないじゃーん!」

「やめてください、プラネテューヌの品位が疑われます! オプティマスさんからも何とか言ってやってください!」

 

 言い合う女神と教祖に、オプティマスは照れくさげながらフッと笑む。

 

「ネプテューヌ、その恰好もよく似合っているが……私としては、いつもの恰好の方が好きかな。やはり、あの姿が一番可愛らしい」

「ッ! そ、その言い方はズルいよ! ま、まあオプっちが言うなら! やっぱり最後に初期装備なのもロマンだもんね!」

「まったく、さすがのアンタも、オプティマスには形無しね」

 

 一瞬赤くなるがすぐに調子を取り戻したネプテューヌに、アイエフが苦笑しながらツッコミをいれる。

 

 そんな女神に、周囲は笑いに包まれる。

 スティンガーも、ダイノボットも、ヴイとハイも、アイエフとコンパも、イストワールも、他の人間たちも、程度の差はあれど明るい笑いを浮かべている。

 

 皆に囲まれて、オプティマスも朗らかに笑っていた。

 戦場では、決して浮かべることの出来ない心からの笑顔だ。

 

 それを眺めながら、人々の輪の外でセンチネルは一人、佇んでいた。

 どことなく、寂しげな雰囲気が滲み出ている。

 

「あ、そうだ! センちゃん!」

「……センちゃん?」

 

 と、ネプテューヌがセンチネルへ歩み寄り、言葉をかけた。

 センチネルは何を言われたか理解できない様子で、オプティックを丸くして小さな女神を見下ろした。

 

「センちゃんも、感謝祭に出てよ! 国民のみんなに、もっともーっとオートボットと仲良くなってもらうためのお祭りでもあるんだよ!」

 

 ネプテューヌは、自分よりも遥かに大きく、長く生きているオートボットの先代総司令官に向けて手を差し出した。

 ようやっと、『センちゃん』なる単語が自分のあだ名だと気付き、センチネルは感情の読めない顔になると女神の手を見下ろし、それから人々に囲まれてこちらを見ているオプティマスと視線を合わせた。

 弟子は、ある種の期待を込めた目つきをしていた。

 

 センチネルのオプティックが一瞬揺れる。

 その輝きから、オプティマスは動揺や躊躇を感じ取った。

 

「すまないが、他にやることがある。……それと、センちゃんというのも止めてくれ」

 

 少しの沈黙の後、感情の読めない声色できっぱりと言うと、センチネルは踵を返す。

 

「オプティマス、来るんだ。少し二人で話しがしたい」

「師よ、お待ちを! ……ああ、すまないな皆。ネプテューヌも、また後で」

「うん、後でねー!」

 

 そのまま歩いていくセンチネルを、オプティマスも仲間たちに謝りながら追いかける。

 変形して走り去る新旧司令官を、ネプテューヌは手を振って見送るのだった。

 

  *  *  *

 

 そろそろ太陽が西に傾き、赤く燃えている。

 プラネテューヌ首都を見下ろせる丘の上に、センチネルが佇んでいた。

 

「ここは良い世界だな」

 

 不意に、センチネルは振り向かずに後ろに立つ弟子に言った。

 相変わらず感情を排した声だが、僅かに震えていた。

 

「人々は優しく、我々を受け入れてくれている」

「はい、守るに足る場所です」

 

 力強く、オプティマスは頷く。

 しかし続くセンチネルの言葉は、何処か冷たさを含んでいた。

 

「オプティマスよ。確かに、この世界は美しい……しかし、お前はこの世界に惹かれすぎている」

「それは……?」

 

 言葉の意味を測りかねたオプティマスが真意を問うより早く、センチネルは次の言葉を発した。

 

「儂は……そう、この世界の人間たちが、少し怖い」

 

 それは意外な言葉だった。

 オプティマスの知る限り、最も勇敢なオートボットの一人であるセンチネルが、恐怖を抱くとは。

 弟子の疑問を見透かしたように、センチネルは振り返らずに頷いた。

 

「ここでは我らは異分子に過ぎない。圧倒的な少数派だ。仮に、あの女神たちが我らを排斥しようとしたら? 利用するだけ利用して、捨てようとしたら? 我々には逆らう術はない」

「そのようなことは、起こり得ません!」

「分かっておる。あくまで仮定の話しだ」

 

 思わず声を張り上げるオプティマスの顔を見ずに、センチネルは一つ排気した。

 

「心が乱れておるな。教えたはずだ。愛とは危険な感情だ。愛はともすれば執着に、執着は失うことへの恐怖へ、恐怖はそれを与える者への憎しみへと変わっていく。……オプティマスよ、お前はあの女神……ネプテューヌを愛しているのだな?」

「……はい」

 

 教えを忘れたことなどない。

 プライムたる者は、個人的な感情に囚われず大きな視点を持たなければならない。

 今でもなお、オプティマスはその教えを守れている自信はなかった。

 

「私は、ネプテューヌを愛しています。心の底から。彼女が有機生命体であることも、私が金属生命体であることも関係ない。彼女と共に歩んでいきたい」

「お前が誰かを愛するならば、それはエリータだと思っていたが……」

 

 センチネルは空を見上げ僅かに肩を震わせた。

 それが教えに反した愛弟子への怒りなのか、あるいは弟子が巣立ちゆく喜びなのかは、オプティマスには分からなかった。

 

「オプティマスよ、儂はしばらくの間、一人でこの世界を見て回ろうと思う。お前のようにこの世界の人々と触れ合うことで、この世界を理解できるかもしれない」

「しかし、お一人では危険では……」

「心配するな。ディセプティコンが現れたなら必ず連絡する。それに柱の回収も容易にはいかないであろうし、中心柱さえ無事ならとりあえずは心配はいらなかろう」

 

 師の急な提案に心配げに反論するオプティマスだが、センチネルの声色は柔らかいものだった。

 

「例の、何とかという祭りの時には戻る。それまでは、お前たちに倣い、擬態(ディスガイズ)して過ごすとしよう」

「……分かりました」

「儂はもう少し、この場所で街を見てから行く。お前は先に戻っていてくれ」

「はい、では、ダイナマイトデカい感謝祭で」

 

 頭を下げたオプティマスは、踵を返して丘の上から去っていった。

 

 

 

 

 

 弟子が去った後も、センチネルは一人、プラネテューヌの町並みを眺めていた。

 夕暮れ時の街では、人々が家路についている。

 

 公園で遊んでいた子供たちが、また明日も一緒に遊ぶ約束をしてそれぞれ家族の待つ家へ帰る。

 学校が終わった学生たちが談笑しながら、歩道を歩いていく。

 仕事帰りの父親が玄関先まで迎えに来てくれた我が子を抱き上げる。

 

 しばらくそうしていたセンチネルだが、やがて何か諦めたような顔で身を翻し、夕日に照らされる街とは反対側の、日の光の届かない森へと向かっていく、

 

 やがてその姿は闇へと消えていった。

 




簡単に言えば、今回の話は、センチネルがオプティマスの(こっちの世界で出来た)友達と会う話。

次回、ちょっとネプギアたちとアリスの話の予定。
その後あたりで、感謝祭。つまり……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第140話 輪の中へ

短い! 圧倒的に短い!!

これ、前回に組み込んどきゃよかった……。


 リーンボックスの教会の庭に置かれたテーブルを、ネプギアとユニ、ロムにラム、そしてアリスが囲んでいた。

 ネプギアはガチガチに緊張しており、ユニは怒りを堪えているような表情、ロムとラムも不安げだ。

 他方、アリスはムッツリとした顔で腕を組んでいた。

 

「久し振りね、ネプギア」

「は、はい! おひゃしぶりです!」

 

――噛んだ……。

 

 緊張のあまり噛んでしまったネプギアに、アリスはフッと息を噴き出す。

 

「そう緊張しないで……っていうのは無理か。ディセプティコンのスパイ相手じゃあ」

「そ、そんなつもりは!」

「いいの、本当のことだもの。今は良くても、過去は消えないわ」

 

 達観した様子のアリスに対し、ネプギアは顔をしかめる。

 

「そんなこと……」

「無いって言える? 私はあなたたちの情報をメガトロン様に流していた。あの、ズーネ地区での戦いの時から、ずっと」

 

 暗い顔になるネプギア。

 アリスも厳しい顔で思う。

 

「……笑っちゃうでしょう? 友達の振りをして相手の懐に潜り込むのが、私の得意技なの」

 

 視線をネプギアから外せば双子女神が、俯いて肩を震わせていた。

 幼い二人のその姿に、アリスの胸がズキンと痛む。

 こうなることは分かっていた。

 お人好しの妹女神たちに、知人がスパイだった事実は辛かろう。

 

 しかし……。

 

「……すっごーい! アリスちゃん、女スパイなんだ!!」

「カッコいい……(ワクワク)」

「……え? はえ!?」

 

 思わぬ双子の言葉に、アリスは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ロムとラムはキラキラと瞳を輝かせて、身を乗り出す。

 反対にアリスは思わず身を引いていた。

 

「ねえねえ! スパイって、やっぱりあれするの! 色仕掛けとか!!」

「い、色仕掛け……(ドキドキ)」

 

 自分が何を言っているの分かっていないのか、無邪気な笑顔のラムに対しロムはちょっと顔を赤らめている。

 何にせよ、凄く可愛い。死ぬほど可愛い……とアリスを内心で悶えさせるには十分だった。

 二人とも愛される動作が自然と出てくる。

 自分なんか、こういう所作を身に付けるのに、死ぬほど苦労したっていうのに。

 

――何て可愛んだコンチクショウ! 天使か? あ、女神だった。こんな妹がいてくれたら……いけない、これじゃあダメな時のベール姉さんじゃあないか。

 

「あ、あの!」

 

 アリスが姉と同じ道(いもうともえ)に堕ちまいと、湧き上がる『萌え』に抵抗していると、ネプギアが声を上げた。

 

「そ、その、友達の振りをしていた、ってことはつまり私たち、友達じゃなかったんですか!」

「そこ!?」

 

 思わず目を点にして聞き返すアリス。

 何かもっと、重要な話しをしていたつもりなのだが。

 対し、ネプギアは至極真面目な顔だった。

 

「ええ~! アリスちゃんとわたしたち、お友達じゃなかったのー!?」

「お友達じゃないの……?」

 

 加えて、物凄くビックリした顔のラムと、ちょっと泣き出しそうなロム。

 チクチクと痛む胸は置いておいて、アリスは残酷な真実を告げることを決意する。

 

「そうなるわね。……少なくとも、今までは」

「なら!」

 

 ネプギアは急に立ち上がると、アリスの傍に近寄る。

 そして、右手を差し出した。

 

「改めて、アリスさん。……友達になりましょう」

「…………」

 

 その右手を見つめたまま、アリスは自問する。

 果たして、この手を握る資格が自分にはあるだろうか。

 自分は、スパイだったのだ。

 

「もう! なにやってるのよ!」

 

 いつまでも硬直しているアリスに痺れを切らしたラムは自分も立ち上がり、アリスの手を掴む。

 そしてアリスが驚いている間にネプギアの手とアリスの手を無理やり重ねた。

 

「はい! これでお友達だね!」

「え、え……これってアリなの?」

「いいんじゃ……ないかな?」

 

 戸惑うアリスにネプギアも苦笑する。

 

「わたしたちも、お友達……(ニッコリ)」

「わたしも、わたしもー!」

 

 ロムとラムも、笑顔で繋がれたネプギアとアリスの手に、自分の手を重ねる。

 アリスは一つ息を吐くと、苦笑混じりながらも微笑む。

 この笑顔には勝てない。

 

「……アタシは、すぐにはアンタを許せそうにないわ」

 

 だが、ユニは鋭い視線と共に言葉を発した。

 

「当然よね。あなたたちを騙していたんだもの」

 

 笑みが自虐的な物に代わったアリスに、ユニはキッと目つきを鋭くする。

 

「でもそれより問題なのは……アンタ、リーンボックスの女神候補生になったんでしょう!!」

「え、ええ……まあ、ね」

「なら、これからはライバルね。まずはそれが重要よ! 長い付き合いになるんだもの。スパイだったこと、ディセプティコンだったこと……これからゆっくり消化していけばいいわ」

 

 堂々と宣言したユニは椅子を立って、自分も手を重ねる。

 

「だから、まずは友達! そこから始めましょう」

 

 ユニが勝気に笑むと、他の女神候補生たちも笑顔になる。

 アリスは、自分の目から液体が流れ出ていることに気が付いた。

 

 ……人はそれを涙と言う。

 

 答えなんか、最初から決まっていた。

 

「……うん!」

 

 涙を流しながら、アリスは頷く。

 女神候補生たちは、誰ともなく笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

 そこから少し離れた木の陰から、ベールが顔を出していた。

 

「良かったですわね……アリスちゃん……」

 

 その後ろには、ジャズとバンブルビーが並んで身を屈めている。

 

「ああ、良かった……だから、ベールは仕事に戻ろうな」

「あら! 妹を見守るのは姉の務めであり特権ですわ!」

「『いい話だな、感動的だ。だが』『サボり』『だ』」

 

 金属生命体たちのツッコミを意に介さずに、ベールは涙を拭うとウットリとした笑みを浮かべる。

 

「ああ、それにしてもあの空間はまさに妹天国。あの中に飛び込みたいですわ」

「……妹ならもういるだろ」

「妹は、何人いても困りませんわ」

「『いや』『困る』『んじゃね?』」

 

 漫才めいたやり取りは、実のところ妹たちにも届いていた。

 

「あのアリスさん……ところでアレは……」

「いつもの病気よ。ほっといていいわ」

 

 ネプギアの困惑顔に、ちょっと冷たい笑顔で返すアリスだった。




最後の騎士王に登場するD軍のキャラ設定が公開されました。
各ファンサイトに一人ずつという中々に困った形で。

メガトロンとバリケードに加えて、

大型のレッカー車に変形するロングハウルに似た姿の戦術家オンスロート(いつも怒ってるといういつもの実写D軍)。

オートバイに変形するモヒカンヘアのような頭と魚類のような顔のモホーク。(こんな顔だがメガトロンへの忠誠は厚いらしい、下記の連中に比べりゃ常識人なんだろうか)

クランクケースの同型で衝動的で暴力的で殺人狂のバーサーカー。

クロウバーの同型で銀行強盗犯(TFなのに)のドレッドボット(玩具名フーリガン、バーサーカーとこいつのどっちかが錆びたワンボックスカーに変形するみたいです)

ショックウェーブと似た頭部を持ちジェット機に変形するニトロゼウス(玩具名ニトロ、ショックウェーブとの関係が示唆されてるが……?)

の七人の模様。

……碌な奴いねえ! でも個性的なのは嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第141話 ダイナマイトデカい感謝祭

色々と前振り的なお話。


 プラネタワーの上に花火が上がり、景気よく音を立ててはじける。

 天気は快晴、気温を温暖。絶好のお出かけ日和だ。

 

「ガラッ! ガラッ! ガラッ!! アブネスちゃんねるを見てくれるみんなー! 清く正しく美しいアブネスちゃんよー!」

 

 タワーの正門前、屋外なのに何故か扉を横開きして現れたアブネスはお馴染のフレーズと共に黒子の持つカメラに向けてポーズを取る。

 

「今日はプラネタワーにたくさんの幼年幼女が集められているという情報を手に入れたわ!! これは陰謀の臭いがするわね!! さあ、幼年幼女を救うわよー!!」

 

 それはいったい、どういう経路で手に入れたの情報なのか?などとツッコむ者もなく、アブネスは我が道を突っ走る。

 

「ガラッ! 陰謀はそこまでよ! ……あれ?」

 

 すぐさまプラネタワーに突入したアブネスだが、そこに広がっていたものは、老若男女入り乱れた人ごみと、色とりどりの垂れ幕に、『ダイナマイトデカい感謝祭』と書かれた横断幕、そして……。

 

「司令かーん! こっち向いてー!」

「バンブルビー、だーい好き!」

「アーシー、カッコいいー!」

 

 子供たちに囲まれているオートボットたちだった。

 

 この場所はプラネタワーの下部にある広いスペースで、ダイナマイトデカい感謝祭が開催されている今は、様々な屋台や出し物が並んでいて、何と小振りながらメリーゴーランドや観覧車まで設置されている。

 簡易ステージの一つではアイエフがシルクハットから鳩やウサギを出して好評を博している。

 だが、最大の目玉はやはりオートボットとの、『ふれあいコーナー』だ。

 

「良い子の皆、前の子を押さないようにしよう。割り込みもダメだぞ!」

「『はーいみんなー!』『元気かい?』『オイラは』『バンブルビー』『さ!』」

「うーん、やっぱり女性型ロボットは、子供受けがいまいちね」

「はーい! みんなの友達、ジョルトだよー!」

 

 オプティマスは威厳タップリにポーズを決め、バンブルビーはラジオで音楽を鳴らしながら軽く踊って見せ、アーシーも慣れた調子で手を振りながらもちょっと難しい顔だ。ジョルトは名前を呼んでもらえなくてちょっと悲しそうである。

 

 それだけではなく、ダイノボットたちも恐竜の姿で子供たちと戯れていた。

 

「わー! 恐竜だー!!」

「すっごーい! でっかーい!」

「グルルルゥ。我、グリムロック! 誰より強い!」

 

 気位の高い騎士たちではあるが、賞賛の声を浴びるのは悪い気分はしないらしく、恐竜の姿に変形して宙に向かって炎を吐く。

 その雄々しい姿に子供たちが歓声を上げた。

 

「むむむ、こちらも負けていられません! みなさん! こちらもご覧くださーい!! 秘儀! 人造トランスフォーマーピラミッド!!」

『おおー!!』

 

 反対側では、スティンガー率いる人造トランスフォーマーたちが、何と数十体がかりで組体操を行っている。

 巨大な人間ピラミッドならぬ人造トランスフォーマーピラミッドは中々に見応えがあるが、しかし、大人はともかく子供受けはいまいちのようだ。

 

「クッ! やはり恐竜でロボットで騎士とかいう属性過多には勝てないか! 仕方がない、こうなったら粒子変形を生かした大合体キングスティンガーを……」

「いや、無理だから」

 

 スティンガーの横にいるトゥーヘッドは、力無くツッコミを入れる。

 

「というか、何で私はここにいるんだ? 私は一応、ディセプティコンなんだが?」

「まあまあ、そう言わず。これも奉仕活動の一環です」

 

 憮然としている双頭の人造トランスフォーマーだが、スティンガーは気にしない。

 スティンガーとしては、この感謝祭を通じて兄弟たる人造トランスフォーマーたちのエディンの走狗であったという悪いイメージを払拭する狙いがあった。

 そのことはトゥーヘッドも分かっているのだが……。

 

「私はだな、痩せても枯れてもディセプティコンの一員としての自覚を持って……」

「ねえ? あなたは何で頭が二つあるの?」

 

 スティンガーに小言を言おうとしたトゥーヘッドだが、恐竜より組体操に興味があったらしい小さな女の子が素朴な疑問を投げかけてきた。

 

「良い子の顔をよく見るためです」

「出鱈目を吹き込むな! 頭が二つあれば、二倍、物事を考えられるからだ!」

「そーなのかー!」

 

 自分に代わって適当なことを言うスティンガーに、トゥーヘッドは慌てて訂正する。

 すると女の子はニコニコと笑った。

 そんな和やかな空気を読まずに、アブネスは声を上げる。

 

「こらー! 有害なロボットども! すぐに幼年幼女から離れなさい!!」

「? ……『ゲエッ!』『また出た』『幼女好き!』『余計なお世話!』」

「ちょっと! わたしは幼女が好きなんじゃないの、幼年幼女が好きなの!」

「『そこかよ!?』」

 

 ツッコミどころがおかしいアブネスに、ツッコミ返すバンブルビー。

 しかし使命感に燃えているらしい自称幼年幼女の味方は、それを無視して吼える。

 

「わたしの目の黒い内は、幼年幼女に悪影響を与えることは許さないわよ!」

「アブネス、君はまた……」

 

 そろそろ顔も馴染んできただろうに、態度を軟化させないアブネスに、さしものオプティマスも少し辟易した様子だ。

 アブネスは気にせず、カメラに向かって声を上げる。

 

「これは幼年幼女をたぶらかす作戦よ! きっとこの国の幼女女神が悪巧みを……きゃあ!」

「うわあ!」

 

 しかし、横から走ってきた幼女女神こと当のネプテューヌにぶつかって、諸共倒れてしまう。

 その拍子にネプテューヌが複数持っていた箱の一つが床に落ちて、中身が散乱した。

 

「いたたた……もう、なに?」

「ネプテューヌ!」

「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

「ちょっと! あたしの心配は!?」

 

 オプティマスと姉を後ろから追いかけてきたネプギアが心配そうにネプテューヌを助け起し、アブネスが文句を言う。

 それで初めて、ネプテューヌはぶつかった相手が何かと縁のある広報戦士だと気が付いた。

 

「あ、ロリコンの人だ」

「人をどっかの変態と同じ扱いにしないでちょうだい!! まったくこれだから幼女女神は……あら? 何よこれ」

 

 アブネスが床に散らばった箱の中身を拾い上げると、それは精巧な車の玩具だった。

 

 赤と青のファイアーパターンが特徴的なトレーラートラック、黄色地に黒のストライプの入ったスポーツカー、無骨な黒いピックアップトラック、曲線的なフォルムの真紅のスポーツカー、リアウイングが目を引く銀色のスポーツカー、etc.(エトセトラ)etc.(エトセトラ)……。

 

 オートボットたちのビークルモードを模しているのは明らかだった。

 

「ネプテューヌ様、これってオートボット?」

 

 周りの子供たちが、それらを手に取る。

 立ち上がったネプテューヌは、トラックの玩具を持ち上げるとニッと笑んだ。

 

「そう! トランスフォーマーの玩具だよ! 見てて!」

 

 そう言って手の中の玩具をカチャカチャと弄ると、トレーラートラックは今まさにこちらを興味深げに見下ろしているオートボットの総司令官の似姿へと変形した。

 

「各国教会プロデュース、T社から全世界同時電撃発売の変形する玩具! これ、名付けてトランスフォーマー『ディーバ・アライアンス』シリーズと呼ぶ!!」

『おおー!!』

「さ、みんなも手に持ってみて!」

 

 たちまち子供たちは歓声を上げて玩具で遊びだす。

 トランスフォーマーたちは感心した様子で、その様子を眺めていた。

 

「なるほど……いいな、これは」

「ギ…ア…『が持ってるのも』『オートボットの』『玩具?』」

「ううん、これはね……」

 

 ネプギアがバンブルビーに問われて自分の持っていた箱を開ける。

 すると、それに入っていたのは戦闘機や戦車の玩具だ。

 

「これは……ディセプティコンか?」

「そう! やっぱり両方いないとね! 戦車とか建機とかも人気出ると思うんだ! ほら、ミリオタも取り込めそうだし!」

「ふむ、面白そうだ」

 

 こうは言うネプテューヌだが、これも国民のディセプティコンに対する憎しみを削ぐためだと、オプティマスは理解していた。

 

「ち、ちょっと! 良い子のみんな、騙されちゃだめよ! これは子供に悪影響を及ぼす……」

「いいからいいから! アブネスも手伝ってよ! あれは試遊用だから、こっちの展示用を向こうに運んで!」

 

 グチャグチャと言おうとするアブネスに、ネプテューヌが強引に落としたのとは別の箱を渡す。

 

「はあ!? 何でわたしが……!」

「あ、アブネスさん……でしたっけ? お願いしますね!」

「だから……ああもう、分かったわよ!」

 

 ネプギアも自分の持っている箱の一つをアブネスに押し付けた。

 その場の勢いに流されて、アブネスは箱を受け取る。

 

「ネプテューヌ様、これどうするの?」

「あ、これはねえ、ここをこうするんだよ! ……う~ん、やっぱりもうちょっと簡単に変形できたほうがいいかな? ワンステップチェンジャー的な」

「盛り上がってるみたいね、ネプテューヌ」

「ネプっ?」

 

 ネプテューヌは子供たちと一緒に笑っていたが、突然かけられた声に振り向くとそこにはラステイションの女神、ノワールが立っていた。

 いやノワールだけでなくブランとベール、その後ろにはアイアンハイド、ミラージュ、ジャズの三人もいる。

 

「ノワール! みんなも、来てくれたんだ!!」

「アイアンハイドが来たいって言うからね」

 

 思わぬ来訪者に嬉しそうなネプテューヌに、ノワールはツンと澄ました顔をするが、アイアンハイドがポツリと漏らした。

 

「必死にスケジュール弄って時間作ったのは誰だったけかな?」

「あ、アイアンハイドォ……! ま、まあウチには優秀な妹と教祖がいるからね! これくらいの時間は作れるわ!」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるアイアンハイドにむくれるノワールだが、すぐにニヤニヤしているネプテューヌに気付いて取り繕う。まあ、妹が優秀なのは本当だ。

 

「あはは……それにしても、ベールもよく来れたね。今日はネット番組の生放送なんじゃなかった?」

「うふふ。それなら、わたくしも自慢の妹がいますので」

「ああ、なるほどね」

 

 喜色満面とばかりのベールに、ネプテューヌも納得する。

 今頃は、あの子が姉に代わってネット番組に出演しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

『み、みなさんこんにちは。ベールの部屋へようこそ。今日は姉のベールに代わって、リーンボックスの女神候補生である、私、アリスがお送りいたします。……さ、さっそくですが、我が国の誇る歌姫、5pb.ちゃんが特別ゲストとして来てくださいました』

『こんにちは! 5pb.です! アリスさん、今日はよろしくお願いしますね』

『は、はい、こちらこそ…………ううう、どうしてこうなった。私、こういう目立つ仕事には向いてないのに……』

『アリスさん、生放送中だから』

『あ、うん! それでは最初のコーナーは……』

 

 

 

 

 

「やれやれ、ベールも念願叶って妹が出来たとはいえ、ちょっと喜びすぎだな」

 

 子供たちの相手をしているオプティマスたちや談笑する女神たちを横目に見ながら、ジャズは腕を組んで苦笑する。

 一方でアイアンハイドは難しい顔だ。

 

「元ディセプティコンの女神候補生か……その、大丈夫なのか? 色々と」

「平気さ。俺は信じてみたいんだ。アリスは変わった。本気でベールを姉として愛してるんだって」

「ああ、そこもだが……ほら、あれだ。元ディセプティコンっつうと周囲の目もあるだろうからな。苦労すんじゃないかと思ってな」

 

 思わぬアイアンハイドの言葉に、ジャズはバイザーの下で目を剥く。

 この友人は、とかくディセプティコンに容赦がないのだ。それが気付かうようなことを言うとは。

 副官の驚きを察したアイアンハイドは少し照れた様子だった。

 

「ノワールらの影響だな。俺も、変わっちまったらしい」

「……そうだな」

 

 感慨深げに、ジャズは微笑んだ。

 この世界に来てから誰も彼も変わって(トランスフォーム)していく。

 オプティマスも、アイアンハイドも、……ディセプティコンたちでさえも。

 

 一方、当のノワールはアブネスがせっせと展示スペースに並べた玩具の中から相方の姿をした物を取り、しげしげと眺めていた。

 

「ふ~ん、これがアイアンハイドの玩具? 中々よく出来てるわね……ん?」

 

 と、視界の隅でモゾモゾと動く影があることに気が付いた。

 白い布を被った何かが、展示用の台の陰に隠れている。

 

「あら、あなたも感謝祭に来た子供かしたら?」

 

 気になって声をかけてみれば布を被った何者かはビクリと震えるが、言葉は返さない。

 

「ねえ、あなた……」

 

 訝しがるノワールだが、ふと冷静になって見てみれば、布の塊は大人一人くらいの大きさはある。

 もしや不審者ではと思ったノワールは、おもむろに布の端を掴みめくり上げた。

 

「わあ!」

「ッ! あなたは……」

 

 そこにいたのは、銀と青、黒のカラーリングと二本の角を持った金属の人型……トランスフォーマーの雛だった。

 

「確か……ガルヴァ、だったかしら?」

「…………」

「何よ、まだ私のこと悪い女神だって思ってるの?」

 

 低く唸って警戒心をむき出しにするガルヴァに、ノワールはちょっと呆れる。

 

「…………」

「そんなに怯えないでも……」

「ガルヴァちゃん! こんな所にいたのね!」

 

 そこへ何処からか灰色がかった青い髪と角飾りが特徴的な女性が走ってきた。

 

「キセイジョウ・レイ」

「レイです。……ガルヴァちゃん、目を離した隙にロディちゃんと一緒にいなくなるんだもの、探したのよ」

 

 自分の名前をキッパリと訂正しつつ、レイはガルヴァの傍に寄る。

 すると、ガルヴァはそそくさと母の背に隠れてしまう。

 

「ガルヴァちゃん、どうしたの?」

「…………」

「何だか、私を怖がってるみたいね。まあ無理もないか」

 

 いつになく無口な我が子にレイは首を傾げ、ノワールは肩をすくめる。

 R-18アイランドで襲ってきたのを返り討ち……というかアイアンハイドが捕まえたので、恐怖感があるのだろうとノワールは考えた。

 一方で、レイはノワールの顔をチラチラと見ては慌てて顔を引っ込めるガルヴァに得心がいった。

 

「ああ、なるほど……」

「何よ?」

「いいえ別に」

 

 意味深にクスクスと笑うレイに、訝しげな顔になるノワール。

 

「それじゃあ、行きましょうガルヴァちゃん。ロディちゃんを探さないと。……ノワールさん、お手数をおかけしました。これからも、この子と会ってあげてくださいね」

「え? ええ、いいけど」

「ありがとう。……さて、ここにいないとなると、やっぱりあそこかしら?」

 

 レイがブツブツと呟きながら人差し指で一文字を描くように空を切ると、ガオン!という異音と共に空間が裂けてポータルが形勢された。

 そして息子を伴ったレイが空間の裂け目に入ると、最初から何も無かったかのように綺麗に閉じる。

 

「ノワール、どうした?」

 

 そうこうしているうちにアイアンハイドが異変を察知してやってきた。

 ノワールは難しい顔で呟く。

 

「……あの能力があるんだから、拘束とか監視って無意味なんじゃないかしら?」

 

 相方の言っていることが理解できず、アイアンハイドはポカンとするのだった。

 

「ふう、手品も人前でやるとなると中々大変ね」

「お疲れ様です、アイちゃん! 後は午後の部ですね!」

 

 一方、午前中の手品ショーも終わり、一息吐いているアイエフに、コンパがドリンクを渡す。

 ここからは、ネプ子様FCがオタ芸を披露するらしい……需要あるんだろうか?

 

「ラチェットたちも来ればよかったのに」

「しょうがないですよ。ラチェットさんはジェットファイアさんの治療がありますし、ホイルジャックさんは派手なイベントは苦手みたいですから」

「ふふ、そうね。それにしても、ネプ子の奴も大変みたいね」

 

 微笑むアイエフの視線の先で、ネプテューヌは何をしているかと言えば……。

 

「グルルルゥ、我、グリムロック! ダイノボットの玩具、ないのか!」

「あ、ごめーん! そっちは開発中でさー!」

「ネプテューヌ、スティンガーの玩具も見当たりませんが……」

「うーん、粒子変形は再現不可能だからねー」

 

 自分たちの玩具が見当たらないことに不満を言う面々を相手にしていた。

 

「あらあら、ネプテューヌも大変ですわね。ねえ、ブラン。……ブラン?」

 

 それをにこやかに見ていたベールだが、隣に立つ白い女神は黙りこくっている。

 いや、そもそもブランはここに来てから、真面目くさった顔で沈黙し、一言も喋っていない。

 一方で、ミラージュは自分の玩具を見つめて、どういうワケか感動しているようだった。

 

 ゲイムギョウ界とは異なる世界において発売されているトランスフォーマーの玩具において、実写ミラージュはサイドウェイズのリデコ品としてしか発売されていないことを、次元を超えて無自覚に感じ取ったからだった。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

「どうしましたの、ブラン?」

「……ちょっとね」

 

 ようやくそう言って、ブランはトランスフォーマーに囲まれているネプテューヌの傍に近づく。

 

「ネプテューヌ、ちょっと……」

「ん、なにーブランー? あ、ブランもこの玩具で遊ぶ? いや、この造形はさすが玩具の老舗T社の技術で……」

「いいから。ちょっと二人きりで話しましょう」

 

 ブランは問答無用でネプテューヌの手を掴み引っ張っていく。

 

「ちょっとブラン!」

「ネプテューヌ?」

「あ、大丈夫! オプっちたちはそのまま楽しんでてね!」

 

 心配げに声をかけるオプティマスだが、ネプテューヌは明るく笑うのだった。

 

  *  *  *

 

「それでブラン、話しってなあに?」

 

 プラネタワーのテラスに出た二人だが、ブランは真剣な表情では重々しく口を開いた。

 

「……ネプテューヌ、最近のあなたの国のシェアの上昇、どう思う?」

「何さ、急に? うんでも、やっぱりわたしが本気を出せばザッとコンナモンで……」

「そうじゃないと思うわ」

 

 ドヤ顔で胸を張るネプテューヌだが、ブランはバッサリと斬り捨てる。

 ネプテューヌは首を傾げる。

 

「どういうこと?」

「気になって調べてみたの。そしたらビックリよ、ルウィーのシェアが下がったのとピッタリ同じだけ、プラネテューヌのシェアが上がってる。ラステイション、リーンボックスも同じ」

「それって……」

「ええ、そうよ。……エディンが使っていたシェアを奪う装置。あれを誰かが使っているんだと思う」

 

 さしもにネプテューヌの表情も真剣になる。

 建国間もないエディンが、あれほどの権勢を誇れたのは、他国のシェアを奪う装置があればこそだ。

 ブランは続ける。

 

「最初は、あなたがやっているのかと思った。次は、イストワールやネプギア……あるいはオプティマスとも考えたわ。……でもミラージュにそんなワケがないって言われてね」

 

 さすがに不機嫌な顔になってくるネプテューヌだが、ブランは先んじてもう疑っていないことを伝える。

 

「それでも、誰かが装置を使っているの確かだと思う。……気を付けるにこしたことはないわ」

「……ああ、つまり心配してくれてるんだ」

 

 ブランの真意を察し、ネプテューヌはパッと明るい笑みを浮かべる。

 対し、ブランはプイッと顔を逸らす。それが何よりの答えだった。

 

「……別に。ただ、ことはプラネテューヌだけの問題じゃないから……注意しなさい、ネプテューヌ。……この件には何か、深い裏がある。そんな予感がするわ」

「もう! ツンデレはノワールの専売特許だよ! ……ありがとう」

「…………仲間だからな、一応」

 

 

 荒い口調になりながらも顔が赤くなっていたブランは、足早にバルコニーの出入り口に向かっていく。

 一人残されたネプテューヌは、笑みながらも少し不安げに空を見上げる。

 

 本当に、良い天気だ。日は暖かく、そよ風は心地よい。

 シェアのことは気にかかるし、アイエフやイストワールに調べてもらおうか。

 

 そう考えて、自分も戻ろうかと思った時だ。

 

『ネプテューヌ、ちょっといいだろうか?』

「オプっち? どうしたの?」

 

 急に、インカム型通信機にオプティマスからの通信が入った。

 

『いや、センチネルがそろそろこちらに来るはずなんだが……まだ来ないんだ』

「道に迷ったのかな?」

『分からないが、郊外の公園からセンチネルのビーコンが発信されている。迎えに行ってくるよ』

 

 ネプテューヌはちょっと考えてから答えた。

 

「ああ、いいよ! わたしが迎えに行くから」

『しかし……』

「いいからいいから! オプっちは今日の主役なんだからさ!」

『……分かった。それじゃあ、位置情報を携帯端末に送信する』

「ありがと! じゃ、楽しんでてね!」

 

 通信を切って、ネプテューヌは女神化し飛び上がる。

 

 シェアのことをはじめ、色々と不安はある。

 だがまずは、今日を最高の一日にすることだ。

 そのためには、センチネルにも楽しんでもらわないと。

 

 ネプテューヌはそう思いながら、スマホに送信されてきたセンチネルの位置に向けて飛んでゆくのだった。

 




今回の解説

ディーバ・アライアンス
言うまでもなく、実在のトランスフォーマーの玩具シリーズの一つ『ヒューマン・アライアンス』が元。
アライアンスの意味が同盟なので、『女神との同盟』とでもいった意味。

ミラージュの玩具
本当に、サイドウェイズのリデコ品(故に劇中と似てない)しかない。
ミラージュが変形してる車の製造元がヤダって言ってるんだとか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第142話 ある朝、目覚めた時に……

何でや! 何で最後の騎士王の日本公開が8月なんや!(二回目)


 首都と言えど、外縁部まで来ると未来的なビルより田畑や自然の方が多くなる。

 ネプテューヌが降り立ったのは、そんな首都郊外にある公園だった。

 公園と言っても、柵に囲まれた無駄にだだっ広い敷地の中に、シーソーやブランコ、砂場があるだけの簡素な物だ。

 それでも、この辺りでは子供たちの貴重な遊び場だった。

 時間帯の関係か、あるいはダイナマイトデカい感謝祭に出かけているのか、人の姿はない。

 

 しかし、そんなありふれた公園には似つかわしくない消防車が敷地の端に停まっていた。

 前に突き出した運転席と、赤い車体が特徴的な空港用の化学消防車だ。

 

 これは擬態(ディスガイズ)にしては不自然だろうと思いながらも、ネプテューヌは消防車に話しかける。

 

「おっす、センちゃん! 元気ー?」

「…………儂はセンちゃんではない」

 

 ややあって、化学消防車……センチネル・プライムは返事をした。

 ギゴガゴという異音と共に、化学消防車のパーツが細かく寸断され、組み変わり、直立したロボットの姿に変形する。

 そうして赤い老戦士の姿になったセンチネルを見上げ、ネプテューヌは悪戯っぽく笑う。

 

「それで、センチネル。こんなトコで何してるの?」

「自分一人で人間と接触する機会を得ようと思ったのだ」

「ここで?」

「ありふれた、平凡な公園でな」

 

 センチネルは思慮深げに遊具やベンチ、木々を見回した。

 

「儂が様々な情報を集めた限り、この世界にも争いは多々あった。しかし、この場所には争いは無かった。子供たちは儂の体に昇り、消防士ゴッコをして遊んでおった。大人たちはそれを見守っていた……そこに職種や人種などの区別はなく、皆穏やかだった。どの国でも変わらずな」

 

 僅かにだが、センチネルは相好を崩す。

 

「このことから思うに、君たちが平和への道を歩むことが出来たのは、この世界に多くの遊び場があるからではないだろうか」

「ああ……そうかもね」

 

 何と言うか、ネプテューヌはやはりこのヒトはオプティマスの師なのだと感じていた。

 話し方や一挙一動の中に、オプティマスを感じる。

 

「じゃあさ、センチネルもいっしょにゲームしようよ! オプっちやみんなも誘ってさ!ゲームは大人数の方が楽しいんだよ! あ、テレビゲームやイヤなら、カードゲームでもボードゲームでもいいよ!」

「………………考えておこう」

 

 朗らかなネプテューヌの誘いに、しかし老雄の答えは芳しくない。

 やはり、プライムとしてのプライドや面子という物があるのだろう。

 逆に女神らには、プライドはあっても面子を気にすることはあまり無いのだが。

 

「それでさ、今日はダイナマイトデカい感謝祭だよ! オプっちたちも待ってるから、一緒に行こう!」

「ああ……そうか、もうそんな日にちか。分かった、行くとしよう」

 

 センチネルは再びビークルモードになるとエンジンを吹かして走りだし、ネプテューヌも女神化して飛び上がる。

 

 

 

 そんな二人を遠目から見張っている者たちがいた。

 黒塗りのサバーバンとセダン……ドレッズのクランクケースとクロウバーだ。

 彼らはこのところと言うもの、センチネル・プライムを尾行し続けていた。

 

「センチネルが移動を始めたぞ。……どうする?」

「…………追うぞ。ハチェット、お前も来い。見つからないよう、慎重にな」

『ガウガウ!』

 

 クロウバーからの質問に、クランクケースは僅かに沈黙してから答えた。

 二台の車と、その上空にいる戦闘機は、大敵を追って移動を始めるのだった。

 

  *  *  *

 

 一方その頃、オートボットの基地では……。

 

「ふ~む、やはり理屈に合わない……」

 

 自分が造った絶対安全カプセルの中を調べながら、ホイルジャックは独りごちた。

 無数の器具やセンサーをかき分けて外に出る。

 

「やあ、ホイルジャック!」

 

 急に声をかけられてホイルジャックがそちらを向くと、ラチェットが自分より大きなトランスフォーマーを先導して歩いてくるところだった。

 黒いボディと背に翼、逆関節の足に髭のようなパーツ、そして赤いオプティック。

 

「ラチェット。……そちらは確かジェットファイア、だったね。治療は上手くいったのかい」

「まあ、そこは私の腕さ。考えられる限り最高の状態に治療したと言っていい」

 

 自身ありげなラチェットだが、ジェットファイアは何処か遠くを見るような目で当たりを見回している。

 

「……ここは何処だ?」

「ここはゲイムギョウ界だよ、ジェットファイア」

「むう、酷い名前だ。泥の惑星で十分だろうに」

 

 素っ頓狂なことを言い出す老兵に、ホイルジャックは不安げな視線を向ける。

 

「本当に大丈夫なのかい、これ?」

「何せ長いこと凍結状態にあった上に、セレブロシェルがブレインの奥に食い込んでたからね。まだ記憶の混乱があるが、時間と共に落ち着いてくるはずだ」

「俺は何をするんだったか……そうだ、思い出したぞ! 俺は恐竜を絶滅させることが任務だった!!」

 

 またしても正気とは思えないことを叫ぶジェットファイア。

 ホイルジャックは疑念に満ちた目でラチェットを見やる。

 

「……それはそうと、ホイルジャックは何をしていたんだ?」

 

 軍医は誤魔化すように咳払いをすると、話題を変える。

 一つ排気したホイルジャックだが、ワシャワシャと髪状パーツを掻きながら言葉を吐き出す。

 

「ああ、絶対安全カプセルについて調べていた」

「おいおい、それは君が造ったんだろう? 今更調べることなんて無いんじゃないか?」

「本来ならね……」

 

 どこか含みを持たせながら、ホイルジャックは続ける。

 

「いいかね? このカプセルは中に入った者がセットした時間が来るまでは、絶対に開かないんだ」

「それが、どうし……いや、確かにおかしいな」

 

 ホイルジャックの言わんとしていることを察し、ラチェットが頷く。

 カプセルはタイマー以外では絶対に開かない。

 ならば……どうやって、開くタイミングを決める? 未来のことなんて、誰も分からないのに。

 

「しかしセンチネルは、示し合わせたようにあの瞬間にカプセルを開くことが出来た。まるで、あの瞬間なら安全だと、最初から知っていたかのように。……それはどうやってなんだ?」

 

 考えても答えは出ない。

 本人に直接聞くしかないだろう。

 

「それにだね、何回も計算してみたんだが、やはりスペースブリッジで過去にタイムスリップするというのは不可能なんだよ」

「しかし実際……」

「エネルギーが足りないんだ! 時空を捻じ曲げるには相応のエネルギーが必要で、スペースブリッジは多次元からエネルギーを得ているが、それでも時間軸に干渉して過去に戻るとなると不十分だ」

「ふむ……いずれにせよ、現実として絶対安全カプセルとスペースブリッジはタリに落ちて……」

「タリ!」

 

 会話する二人の横で今まで上の空だったジェットファイアが突然声を上げた。

 ビックリした二人が振り向くと、ジェットファイアは頭を抱えていた。

 すぐにラチェットが駆け寄る。

 

「おい、大丈夫かい!」

「タリ……タリ……! プライム王朝……堕ちし者……うう、頭が……」

「こ、これは本格的にマズイんじゃないかね!?」

 

 細かく震えながらブツブツと呟くジェットファイアを見て、ホイルジャックが心配げにラチェットに声をかける。

 

 しかしそれに軍医が答えるより早く、老兵は顔を上げた。

 

「思い出したぞ! こうしている場合じゃない、早く今代のプライムに会わなければ!!」

「お、おい? どうしたというんだ!!」

 

 そのまま足早に去ろうとするジェットファイアをラチェットが慌てて引き留める。

 しかし、老兵はそれを振り払うようにして必死な表情を浮かべる。

 

「説明しとる暇は無い! ……あ゛あ゛ー! 何で俺はこんな大事なことを忘れてたんだ!! このままだと、大変なことになるぞ!!」

 

  *  *  *

 

 プラネタワー地下深く。

 地上部分ではダイナマイトデカい感謝祭が行われ盛り上がっているが、その喧噪もここまでは届かない。

 変わらず、メガトロンはフォースバリアに囲まれて床に固定された椅子に拘束されていた。

 

「…………」

 

 深く瞑目し、何事かを黙考している。

 と、この状態でも明敏なセンサーがフォースバリアの内側に空気の乱れを感じ取った。

 僅かに電気が走ると共に空間に光に縁取られた円形の『穴』が開き、中から炎を思わせる赤とオレンジのカラーを持った小さな金属生命体が現れた。

 オートボットの特徴を持ちながら、実際にはディセプティコンであるメガトロンと女神であるレイの間に生まれた、奇妙なる混血児。

 

「ロディマス?」

 

 メガトロンがその名を呟くと、呼ばれたと思ったのかロディマスは一声鳴いて父の膝によじ登る。

 

「…………」

 

 膝の上で丸くなる雛を、愛情の籠った目で見下ろしていたメガトロンだが、センサーが再び空気が乱れを捉えた。

 次いでガオン!という異音と共に空間が裂け、レイとガルヴァが現れた。やはりフォースフィールドの内側に。

 

 本当に、拘束と監視の意味が無い。

 

「ああ! やっぱりここにいた!!」

 

 探していたロディマスを見つけたレイは笑顔を浮かべてガルヴァ共々宙に浮かび、メガトロンの傍に寄る。

 

「あらあら、お父様に会えて嬉しかったのかしら? 甘えちゃって」

「ちちうえー! ぼくもぼくもー!」

 

 ガルヴァもメガトロンの膝の上に座り、隣のロディマスを撫でる。

 

「ろでぃ、ちちうえとははうえにしんぱいかけちゃ、だめだぞ」

「あなたもよ、ガルヴァちゃん。勝手にいなくなっちゃ駄目じゃないの」

「ぼ、ぼくはろでぃをさがしてたんです」

 

 その言葉に、メガトロンはちょっとだけ表情を厳しくする。

 

「いかんぞガルヴァよ。男たる者、悪いことをしたら、言い訳せずにちゃんと謝らなければな」

「う……はい、ごめんなさい」

「良い子だ」

 

 素直な我が子に、撫でることは出来ないが眉根を下げたメガトロンはレイに視線だけ向ける。

 

「……元気にやっているようだな」

「ええ! ガルヴァちゃんとロディちゃんったら、それはもう元気で……」

「…………お前も、元気にやっているようだと言ったんだ」

「え? あ! ……はい」

 

 不器用にも程がある破壊大帝の気遣いに、レイは頬を染めながらもパアッと笑顔を大きくする。

 ぶっきらぼうな中にある確かな優しさを感じたレイは、ふと母親の顔になるとガルヴァに問うた。

 

「ねえ、ガルヴァちゃん? ……ロディマスのことは、好き?」

「はい! おとうとですもん!」

「……でも、ロディマスはオートボットよ?」

「え?」

 

 問い掛けるようなレイの言葉に、ガルヴァはキョトンと首を傾げる。

 

「でも、おとうとです!」

「ふふふ、そうね。……ですって!」

 

 レイが淡く笑んで、それからメガトロンを見上げるが、その目は少し鋭くなっていた。

 

「何が言いたい?」

「言わなければ、いけませんか?」

「言え」

 

 短いやり取りの後で、レイは息を吸い大きく吐いてから、意を決したようにメガトロンのオプティックを真っ直ぐに見つめる。

 

「なら……お願いです、メガトロン様。これ以上、戦いを続けるのは止めてください」

「何を言い出すかと思えば……そんなことは出来ない。オートボットとディセプティコン、もう信じられないほど永く戦ってきた。今更、止められると思うか?」

 

 ギラリとメガトロンの目が光る。

 だからこそ、レイはそこから目を逸らさない。

 

「……遠い未来に、この子たちが戦い合うことになったとしてもですか?」

 

 レイは、不安げに二人を見上げているガルヴァと、無邪気に兄を真似るロディマスを示した。

 

「この子たちは実の兄弟でありながら、ディセプティコンとオートボットです」

「今は、の話しだ。将来的には、ロディマスもディセプティコンに……」

「それは、この子たちが決めることです」

「…………」

 

 静かな女神の言葉に、破壊大帝は答えない。

 

「自分の意思と関係なく、ある朝目覚めた時に、戦う相手を決められていたなんて、悲しすぎます。……どうかメガトロン様」

 

 深々と、レイは頭を下げた。

 

「どうしても憎しみが捨てられないのなら、私が最後まで付き合います。だから……この子たちに平和な未来を」

「………………平和、か」

 

 長い沈黙の後に、ようやく口を開いたメガトロンだが、一言だけ呟いてまた黙り込んでしまう。

 破壊大帝の視線は、レイと、ガルヴァ、ロディマスの間を忙しなく行ったり来たりしていた。

 そのまま、痛いくらいの沈黙が続き、そしてメガトロンは再び口を開き、発声回路に力を入れようとした。

 

『くだらんな』

 

 その時、急に証明が落ち、声が響いた。

 

 メガトロンではない、レイでもない、もちろん雛たちでもない。

 

 それは昏い昏い、部屋を包む闇よりもなお昏い、平坦でいて怨嗟と情念に満ちた、幽鬼のような声。

 

「この声は……そんな、まさか!?」

「ッ……!」

 

 レイはその声に酷く動揺した様子を見せ、メガトロンも驚愕している素振りを見せる。

 

 闇に包まれた部屋の端に、いつの間にか男が立っていた。

 黒いローブと、人面を模した仮面、手袋を着け、肌の露出が一切ない。

 今度こそレイは、有り得ないと驚愕する。

 この男が、この場にいるはずが……いや、そもそも今の世に生きているはずがない。

 

「スノート・アーゼム……!」

『久しいな、タリの女神よ。……相も変わらず、愚かな奴よ。未来は決まっておる、その餓鬼どもの未来もな……』

 

 黒衣の男、スノート・アーゼムは平坦なのに無限大の侮蔑を感じさせる声で言いながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

「貴方は、貴方が生きていたのは……もう一万年も前のことで、普通の人間がそんなに生きていられるはずが……」

「いや、レイ。……この男は人間ではない」

 

 有り得ない事態に恐怖しつつも子供たちを守ろうとするレイに対し、メガトロンは冷静さを取り戻し、何かに思い立ったようだった。

 

「スノート・アーゼム……そういうことか!」

「メガトロン様、いったいどういう……ヒッ!」

 

 ことかと聞くより早く、アーゼムは一瞬でレイの傍に現れる。

 無論のこと、その体は空中に浮遊していた。

 

『預かっていた物を返しにきた。受け取れ』

 

 言うや否や、何も無い空間から『何か』を取り出した。

 それは、菱形の金属フレームで紫に輝く結晶を包み込んだ物体。

 

 武装組織の長によってダークスパークとも名づけられた物。しかし真の名は……。

 

「げ、ゲハバーン……う、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!」

「ははうえ!!」

 

 途端に、ダークスパークから黒いエネルギーが伸び、蛇のようにレイに巻き付いていく。

 ガルヴァは母の危機を察知するや、黒衣の男に飛びかかった。

 

「ははうえを、いじめるなー!! ……ぎゃ!」

『……邪魔をするな』

 

 しかし、アーゼムは手で軽く払いのけた。

 金属的な音と共にガルヴァの小さな体はメガトロンの膝から落ち、床に叩き付けられる。ロディマスが慌てて父の膝から飛び降り、兄にすり寄った。

 

「ガルヴァ! レイ!」

 

 メガトロンは全身に力を込め、拘束を破壊。レイに手を伸ばすが、壁や床から飛び出してきた鎖が全身に巻き付き、強力な電撃を流す。

 これは拘束が解かれた時のための予備システムだ。

 

「ッ! これしき!!」

『フッ……』

 

 必死に鎖を引き千切ろうとするメガトロンの姿を、黒衣の男は嘲笑する。

 

『安心するがいい、殺しはしない。ゲハバーンが奪っていた完全な女神としての力を、戻しているだけだ。元より、ゲハバーンとは女神の力を一時保存するために作り出した物。……折られはしたが、その力はこの中に変わらず収められていたのだ』

 

 その声は果てしない闇の遥か彼方から響いてくるかのような、悍ましさを孕んでいた。

 

『その小僧どもにも、次の世代を戦ってもらう役目がある。その次の世代も、そのさらに次の世代も……終わることなく、永遠に。トランスフォーマーは戦うために生まれてくるのだから』

「何だと……!?」

 

 そうしているうちにもレイの体が黒いオーラが膨れ上がると共に女神化した。

 

「あ……ああ……あ゛あ゛あ゛……!」

『さあ、行くとしよう。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、在るべき物が、在るべき場所、在るべき姿へと戻る日が、ついにやって来たのだ……!!』

 

 それまで平坦だったアーゼムの声が熱を帯びると空間に穴が開く。レイの力によって形成された巨大なポータルだ

 ポータルはさらに大きく広がって、その場にいた全員を飲み込んでいく。

 

「ッ! ガルヴァ、ロディマス、逃げ……!」

 

 言い切るよりも早く、メガトロンはポータルに飲み込まれる。

 

「……ッ!」

 

 瞬間、ロディマスはポータルを開いて父たちを助けようとする。

 彼の開ける小さなポータルでは、どう足掻いても状況を変えることは出来ない。

 それでも、幼いロディマスは家族愛に突き動かされるままに、ポータルを大きくしようとする。

 

 しかし、無情にもアーゼムの開いたポータルが小さな兄弟を飲み込もうとする瞬間、ガルヴァは痛む体を無理やり動かして隣のロディマスを、弟自身が作り出した時空の穴に向け突き飛ばす。

 

「ッ!?」

「にげろ! ろでぃます!!」

 

 ガルヴァがアーゼムのポータルに姿を消すのと、ロディマスが自分で開いた空間の穴を通り抜けるのは、ほぼ同時だった。

 

 二つの空間の穴は、喰らう相手がいなくなったのを理解したかの如く、口を閉じるのだった。

 




次回、急転。

今回の解説。

ネプテューヌとセンチネルのやり取り。
ノベライズ版ダークサイドムーンにおける、主人公サムとセンチネルの会話が元。
個人的に、とても好きなシーン。

ドレッズ
本当はこの後、原作よろしく襲撃してくるというシナリオを考えていたけど、間延びするのでボツに。

ある朝目覚めた時に、戦う相手を決められていた。
2010のエンディングテーマ『ホワッツ・ユー 〜WHAT'S YOU〜』の歌詞より。
ある意味で、TFが戦い続ける理由の一端……かもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第143話 急転直下

ネプテューヌもVⅡRの発売が近づいてまいりました。

……それはそうと、トランスフォーマーアドベンチャーの新シリーズはまだですか?


「あーほら、並んで並んで! こら! 隣の子のお菓子を取るんじゃねえ!」

「…………」

「さて、子供たちのために、もう一曲ご機嫌なのを流そうか! ……そうか、変身ヒーローの曲がいいか」

 

 プラネタワーで行われているダイナマイトデカい感謝祭は、相変わらずの大盛況だった。

 オートボットとのふれあいコーナーには、アイアンハイドらも加わってより賑わっている。

 

「やれやれ、まったく。他国の女神が来たっていうのに、みんなオートボットに夢中なんだから」

「いいじゃありませんの。オートボットの皆さんが、それだけゲイムギョウ界に馴染んだということで」

「それはそう……なんだけど、最近のシェアのことを思うと、ちょっとね……」

 

 女神たちは色々言いながらも、そつなく人々の相手をしている。

 

 さしあたって、感謝祭は大成功と言えた。

 

 そんな会場を見渡し、オプティマスはウンウンと満足げに頷いている。

 

「オプティマスさん、お疲れ様ですぅ」

「コンパ、君こそお疲れ様。……おや? アイエフは?」

 

 怪我をした女の子の治療……擦り傷に絆創膏を貼っただけだが……を終えたコンパが、声をかけてくるが、いつも一緒の諜報員がいない。

 

「いーすんさんを呼びに行きました! 国民のみなさんに挨拶してもらうです。本当なら、ねぷねぷの仕事なんですが……」

「なるほど、確かにネプテューヌたちの帰りが遅いな。そろそろ連絡を入れてみるか……」

「おーい、オプっちー! みんなー! ただいまー!」

 

 そんなことを考えていたオプティマスだが、調度そこにネプテューヌが帰ってきた。

 後ろにはゆったりした足取りでセンチネル・プライムが歩いてくる。

 

「ネプテューヌ、センチネル」

「……何と言うか、実に盛大だな」

 

 センチネルは賑わう会場を見回しながら少し居心地が悪げだった。

 そこへ、展示用のトランスフォーマーの玩具を並べ終わったアブネスが黒子たちを引き連れてやってきた。

 

「おわったわよー……って! また有害なロボットが増えてる!!」

 

 先代司令官の姿を見とめたアブネスはすぐに目を吊り上げてキャンキャンと吠える。

 オプティマスは辛抱強くアブネスを諭そうと試みた。

 

「アブネス、彼はセンチネル・プライム。先代のオートボット総司令官で私の師に当たる……」

「そんなのはどうでもいいわよ!! おんなじ機械でしょ!!」

 

 しかしアブネスはヒステリックに叫び、センチネルは少し不愉快そうに顔をしかめる。

 ネプテューヌが二人の間に割って入る。

 

「その言い方は何かオバサンみたいだよ! 角が二本あって白けりゃガ○ダムってみたいで! いや確かにセンチネルはガン○ムっぽい角だけど!」

「何よ! ○ンダムもトランスフォーマーも、ロボットには違いないでしょ!」

「それ以上いけない! その台詞はファンを敵に回すよ!」

 

 言い合う二人を、センチネルは何となく額の角を撫でながら、冷えた目で見下ろしていた。

 オプティマスは二人を止めようとするが、突然頭上の空間に『穴』が開き、ロディマスが飛び出してきた。

 

「ロディマス? どうしたんだ」

 

 自身の能力で何処からか跳んできた雛を受け止めたオプティマスだが、ロディマスは何かを訴えかけるように激しく鳴いている。

 

「ああーちょっと泣いてるじゃないの! レイは何処に行ったのよ、可哀そうに……」

「トランスフォーマーは嫌いなのでは?」

「幼年幼女に善悪も貴賤は無いわ!! それにワタシはトランスフォーマーが嫌いなんじゃないの! 人間だろうが、女神だろうが、トランスフォーマーだろうが、ガンダ○だろうが、子供に悪影響を与えるなら何だって嫌いなの!!」

「…………ああ、それは豪気だな」

 

 今までから一転、ロディマスを心配するアブネスに意外そうな視線を向けるセンチネルだが、彼女の答えに初めて感心した様子を見せる。

 

「ロディマス!? どうしたの!」

「いったい何が……」

 

 ロディマスの様子からただ事ではないと感じ取ったネプテューヌとオプティマスだったが、そこへイストワールがアイエフを伴ってやってきた。

 変わらず本に乗って浮遊しているが、表情は切羽詰まっていた。

 

「オプティマスさん!」

「あ、いーすん! ちょうどいい所に! レイさん見なかった?」

「ネプテューヌさん、申し訳ありませんが、それどころではありません」

「どうしたんだ?」

 

 ネプテューヌの言を切り捨て、イストワールはオプティマスに向かい合う。

 

「……ついさっき地下監獄から連絡がありまして、メガトロンが消えたそうです」

「ッ!? 何だって!!」

 

 通信を聞いてオプティマスとネプテューヌは揃って驚く。

 仮に拘束を外したとしても警戒厳重な地下監獄から、『消える』はずがない。必ず痕跡が残るはずだ。

 ……それ以前に、今のメガトロンがロディマスを置いていなくなるだろうか?

 

「ちょっと、デカいの! あそこに幼年幼女が閉じ込められているわ! 早く助けなさい!!」

 

 考えていると、アブネスの声が飛んできた。

 見れば、何かアクシデントがあったのか観覧車が止まっていて、上の方のゴンドラに乗った子供が窓を叩いている。

 トラブルメーカーな自称幼年幼女の味方だが、今回は言う通りだ。

 

「バンブルビー、ネプギア、頼む」

「『了解!』」

「はい!」

 

 ロディマスが離れようとしないので、オプティマスはバンブルビーとネプギアに指示を出す。

 さっそく女神化したネプギアが飛んでいこうとするが、それより早く動いた者がいた。

 

 センチネル・プライムだ。

 

 いつの間にか観覧車の傍に立っている。

 しかし、そこで彼は驚くべき行動に出た。

 

 背中から銃を抜き、観覧車に向けたのだ。

 

「センチネル!? 何を……」

「全員、その場から動くな。……子供たちの命が惜しくば」

「センチネル! 今は冗談を言っている場合では……」

 

 師が何をしているのか理解できないオプティマスに、センチネルは瞬時に観覧車横のメリーゴーランドに向け一発だけ銃を発砲した。

 

 銃口から飛び出したのは、弾丸でもエネルギー弾でもなく、霧状の薬液だ。

 

 それが回転木馬の馬の一つにかかると、馬は瞬く間に赤茶けた錆びに覆われていく。

 錆は馬に(とど)まらずメリーゴーランド全体に凄まじい速さで広がり、やがてメリーゴーランドは自重に耐え切れずグシャリと潰れ、さらに砕け散って細かい錆の粉と成り果てた。

 しかし回転木馬に乗っていた人間たちは、金属製のアクセサリーや衣服の金具が錆びて崩れたものの、傷一つなく錆の山から這い出てくる。

 

 これこそが、センチネルの銃……あらゆる金属を喰い尽くすコズミックルストを撃ち出す

 彼自身が開発した腐食銃の力だ。

 

 静まりかえる一同を見回し、センチネルは改めて観覧車に腐食銃を向ける。

 

「コズミックルストは有機体には作用しない……が、観覧車が錆によって崩壊すれば、中にいる者は重力に引かれ床に叩き付けられる……この意味が分かるな? 嫌ならば、儂の物を返してもらう。スペースブリッジの中心柱をこちらに渡すのだ」

 

 感情の感じさせない声で言うセンチネル。

 スペースブリッジのコントローラーである中心柱は、教会に預けられていた。

 オプティマスは何が起こっているのか、まるで分からなかった。

 

「センチネル、いったい……」

「オプティマス、これは必要なことなのだ。敗北は最初から決まっていた。……サイバトロンを救うには、取引するしかなかったのだ」

「メガトロンに……魂を売ったって言うの?」

 

 剣を召喚したノワールが怒りと悲しみを込めて言う。

 しかし、センチネルは口元にワザとらしい嘲笑を浮かべた。

 

「いいや、儂が取引したのはあのような小物ではない。……もっと偉大な存在だ」

 

 オートボットたちは混乱していた。

 当たり前だ。絶対に裏切らないと思っていた存在が、裏切っていたのだ。

 

「グルルルゥ! 裏切り者、許さない!!」

「! やめろ、グリムロック!!」

 

 この不名誉な行いに、壮絶な怒りを感じ飛びかかろうとする騎士を、ヴイ姫が止める。

 下手に動けば、子供たちに被害が出る。観覧車のゴンドラの中で、幼い姉妹が恐怖に震えていた。

 センチネルは、一瞬怒気を膨らませて吼える。

 

「さあ! 柱を返すのだ!! ……儂に、子供を撃たせるな!!」

「……分かったよ。いーすん、持ってきて」

「ネプテューヌ!! 言うことを聞く気!?」

「仕方ないよ。……命の方が、大事だもん」

 

 人命を優先し、大人しく従うネプテューヌに、ノワールが厳しい声をかけるが、この国の女神は悲しげに首を振った。

 

「……分かりました。少々お待ちを」

 

 イストワールが女神の意を汲んで、柱を取りにいく。

 そんな中、オプティマスは茫然としていた。こんなことは有り得ない。

 

「センチネル、何故なのです。……まさか、ディセプティコンに洗脳されて……」

「いいや、弟子よ。これは儂の決断だ。惑星サイバトロンを救うためには、時に残酷な決断も必要なのだ。……お前には、その覚悟が足りていなかった」

 

 こんな時なのに、周囲から敵意を向けられているのに、センチネルは超然としてオプティマスに諭すような口調で語る。

 

「そっちの女神もだ。……為政者として甘さを捨てられない限り、いつか後悔することになるぞ」

「ならないよ。国民の祈りが、女神の力だもん」

「…………」

 

 キッパリと言い切るネプテューヌに、センチネルは一瞬何とも言えない顔を向けるが、すぐに表情を消した。

 それを最後に全員が沈黙する……はずもなく、アブネスが吼えた。

 

「ついに正体を現したわね! この幼年幼女に悪影響を与えるロボット!!」

「…………」

「何とか言いなさいよ! やっぱりオートボットもディセプティコンも同じね! 戦争するなら、勝手にやってなさいよ!! ワタシたちは関係ないんだから!!」

「……柱はまだか」

 

 アブネスを無視して、センチネルは銃の引き金にかけた指に力を込める。

 

「ち、ちょっと待ってよ! いーすんはみっかかかるのがお約束で……」

「そんなに掛かりませんよ。……お持ちしました」

 

 ネプテューヌがセンチネルを宥めようとしていると、ちょうどイストワールが中心柱を抱えたアイエフを伴って現れた。

 

「こちらに持ってくるのだ。……プラネテューヌの女神、お前が持ってこい」

「……分かったよ」

 

 心配そうな顔のアイエフから柱を受け取り、ネプテューヌはセンチネルへと近づいていく。

 センチネルは感情を排した顔でプラネテューヌの女神を見下ろした。

 

「今一度言う。……後悔するぞ。今、非情な決断をすれば、お前たちにとって最悪の事態は避けられる」

「国民を守るのが、女神の役目だもん。……プライムもそうでしょ?」

「プライムが守るのは、惑星サイバトロンの未来だ。……ゲイムギョウ界の平和では無い。それが、当然の取捨選択だ」

 

 センチネルは銃口を観覧車から逸らさずに柱を受け取る。

 

「……愚かだな、どこまでも。お前は破滅の道を自ら選んだのだ」

「その前に、アンタが破滅するかもな」

 

 いつの間にか、アイアンハイドがセンチネルの横に立ち、腕のキャノン砲を突き付けていた。

 反対側には、ミラージュがステルスクロークを解除して姿を現す。

 

「銃を下ろせ、センチネル」

「プライムである儂に武器を向けるのか?」

「……俺たちのプライムはアンタじゃない」

 

 センチネルとやり取りしつつもミラージュは両腕のブレードを油断なく構える。

 一つ排気したセンチネルは、不敵に笑み……その時、建物が揺れ出した。

 

  *  *  *

 

 突然、それまで快晴だった空に分厚い暗雲が立ち込め、雷が轟く。

 地面が揺れだし、罅割れていく。

 そして、ビル群を押し退けるようにして、地面の下から巨大な物体が浮上してきた。

 それだけで大惨事であるが、幸いと言うべきか元々無人の区画であった上に今日のダイナマイトデカい感謝祭に人が集まっているため、未だ人的被害は少ないが……。

 

 建物と大量の土砂を押し退けながら地中から現れた『それ』は、巨大な下向きの円錐の形をしていて、表面は建物の残骸や土砂に覆われているが、底面に当たる部分に街のような構造物群が乗っていた。

 浮上を続け、やがてある程度の高度に達した『それ』は、その場で静止した。

 『それ』を文字で表すとしたら……空飛ぶ島、だろうか。

 

 しかし、この島は有名な童話や名作アニメ映画に出てくるような夢とロマンを掻き立てる存在ではなく、不吉な……只々、不吉なオーラを放っていた。

 

  *  *  *

 

 揺れる感謝祭の会場で、オプティマスはロディマスを守るように抱えながら、窓の外に見える島を見上げる。

 

「アレは……まさか、伝説にあるタリの空中神殿!?」

 

 考古学的知識から、宙に浮かぶ島が何であるか、早々に当たりを着ける。

 と、グリムロックが重い足音と共に騎士姿のグリムロックが妙に真剣な顔でオプティマスの隣に並ぶ。

 彼の主君たるヴイ・セターンも霊体の状態で騎士の傍に現れる。

 

「グリムロック、ヴイ姫、どうしたんだ?」

「グルルルゥ……オプティマス、あの島、嫌な気配、する」

「ああ、幽霊の身で可笑しな話だが……寒気が止まらない」

 

 殺気立つグリムロックと、自分の肩を抱いて身を震わせるヴイ、そして腕の中で鳴き続けるロディマスに、尋常ならざる事態が起きていることを察知する。

 誰もが、異常事態にセンチネルから注意が逸れていた。

 その一瞬の隙を突き、センチネルは姿勢を低くして体を横に回転させ、アイアンハイドとミラージュの足を払う。

 

「何!?」

「ッ!」

「愚かな……!」

 

 すぐさま体勢を立て直そうとするミラージュだが、センチネルはその顔に回し蹴りを叩き込む。

 さらに組み付こうとしてきたジャズを、腐食銃を捨てるや目にも止まらぬ速さで背中から抜いた大型の盾、エネルゴンシールドで横薙ぎに殴打して叩き落とす。

 そのまま盾をしまい腐食銃を拾うと、立ち上がろうとしていたアイアンハイドの顔に押し当てた。

 

 あらゆる金属を腐食させるコズミックルスト。金属生命体が受ければ、もちろん……。

 アイアンハイドの表情が凍りつく。

 

「さらばだ」

「駄目!! トルネードソード!!」

 

 躊躇いなく引き金を引くセンチネルだが、銃口から薬液が飛び出すより一瞬早く、女神化したノワールの振るう大剣が、腐食銃を弾き飛ばす。

 それでも発射されたコズミックルストはアイアンハイドの頭のすぐ脇を通り過ぎて、後ろの仮設ステージに命中。ステージは赤錆に塗れて崩壊した。

 

「テンツェリントランペ!!」

「レイニーラトナピュラ!!」

 

 センチネルの左右から、やはり女神化したブランとベールが襲い掛かるが、老雄は柱を地面に落とすやブランを盾で、ベールをもう一方の腕で抜いた両柄の大剣、プライマックスソードで受け止める。

 

「ッ! 受け止めやがった!!」

「何て速さ! ……でも!」

 

 瞬間、ノワールがセンチネルに斬りかかる。

 

「ヴォルケーノダイブ!!」

 

 しかし、センチネルは裂帛の気合いと共にブランとベールを弾き飛ばし、大剣で太刀を防いだ。

 

「これにも反応するって言うの! メガトロン並みね!」

「儂に勝てると思うのか! 儂はサイバトロンのプライムだぞ!」

「そうかもね! でも、人質は助けたわ!」

 

 ノワールの言葉にセンチネルが首を回せば、観覧車に閉じ込められていた姉妹を、女神化したネプテューヌとネプギアが助け出していた。

 バンブルビーら他のオートボットやアイエフたちは、来場者を避難させているようだ。

 

「最初から、それが狙いか……」

「グルルルゥ……! ここからは、我らダイノボットが相手になる!」

 

 そして、センチネルの周りを四体のダイノボットたちが取り囲む。

 いかなプライムと言えど、太古の騎士四人を同時に相手にすることは出来ないはずだ。

 他のオートボットたちも、センチネルを包囲する。

 

 しかし、センチネルは余裕を失わない。

 

「馬鹿なことをしたな。観覧車の子供たちや他の人間たちに構わずにオートボットや女神が戦闘に加わっておれば、儂を葬れたものを」

 

 周囲のオートボットたちを見回し、センチネルは朗々とした声を響かせる。

 

「その上、銃器を一回も使わなかったな? この場にいる人間への被害を恐れてのことだろうが、以前のお前たちなら、この局面でそのようなことを気にはしなかった。……お前たちはゲイムギョウ界に馴染み過ぎた。この微温湯(ぬるまゆ)の世界に浸るうちに、牙を失ってしまったのだ」

 

 オートボットたちは互いに顔を見合わせた。

 プライムの声には、無視できない力がある。

 明確に裏切ってなお、センチネルはオートボットたちへの影響力を有していた。

 

「……だが何よりも惰弱なのは、お前だ。オプティマス」

 

 冷たい声に、一歩もその場を動いていなかったオプティマスはらしくもなくビクリと身を震わせた。

 

「動けなかったのだな? 儂への情ゆえか、あるいはその雛の身を案じたからか……いずれにせよ、この場面でお前は何もしなかった。感情に振り回され、決断を怠ったのだ」

 

 センチネルは冷厳とした視線でオプティマスを射抜く。

 裏切っておきながら、あまりに身勝手な物言いにネプテューヌは怒りを滾らせる。

 

「オプっちは! 師匠のあなたに裏切られたから、ショックを受けているのよ!!」

「それこそが、弱さだ。プライムは感情と思考を切り離さなければならない。いかなる時でもな。……それが出来んのなら、お前はプライム失格だ」

「……そんな! それじゃあ、本当に唯の機械じゃない! 心があるのが、唯の機械と貴方たちの差のはずでしょう!」

 

 思わず叫ぶネプテューヌだが、センチネルは冷たささえ存在しない本当に感情が無い表情になる。

 

「心か……心は素晴らしい物だが、時には弱点となる場合もある。事実、お前たちはこうして儂が逃げる時間を与えてしまったのだからな」

 

 その瞬間、センチネルの後方の空間に黒い『穴』が現れた。

 『穴』は球形に広がり、オートボットたちが何をする間もなくセンチネルと……その足元にあるスペースブリッジの中心柱、そして腐食銃を飲み込んだ。

 穴の中から、センチネルの声が響く。

 

「……そして何よりも、お前たちは道理を理解していない。大多数の幸福は、少数の幸福に勝る。お前たちにとって、切り捨てなければならない少数とは何か、よく考えるがいい……」

 

 それを最後に、穴は一瞬で消えてなくなり、センチネルの姿は無くなっていた。

 

 オプティマスは茫然と、今さっきまで師がいた場所を眺めていた。

 それから周りを見回せば、ついさっきまで人々が笑い合っていたダイナマイトデカい感謝祭の会場は、今や荒れ果てていた。

 

 メリーゴーランドと仮設ステージは錆の山と成り果て、横断幕は無残に千切れている。

 

 ふと足元を見れば、オプティマスの玩具が転がっている。その胸に、何かの欠片が刺さっていた。

 

 何故こうなってしまったのだろう。今日は、最高の日になるはずだったのに……。

 

「センチネル……何故なんだ」

「オプティマス、今は……」

 

 ジャズが、副官としての務めを果たそうとオプティマスに声をかける。

 

「…………ああ、分かっている。今のはレイのポータルに似ていた」

 

 オプティマスは思考を回し、ただちにレイの位置情報を確認する。

 首輪に仕込まれた監視装置によって、彼女の居場所が分かるはずだ。

 

 ……場所はすぐに分かった。むしろ予想通りの場所だったので拍子抜けするくらいだ。

 

「タリの空中神殿……やはりか」

「オプっち、あそこにレイさんが?」

 

 オプティマスの横にネプテューヌが並び、揃って窓の向こうに浮かぶ空中神殿を見つめた。

 

「ああ。おそらく、センチネルとメガトロンも」

「何が起こってるんだろう? 急展開すぎて、ちょっと付いていけてないよ。あれだよ、王道魔法少女アニメかと思ったら先輩魔法少女がいきなり頭をモグモグされたとか、日常系アニメかと思ったらゾンビ物だったくらいの急展開だよ」

 

 相変わらずよく分からないことを言うネプテューヌだが、声に力が無い。

 オプティマスは仲間たちに声をかけた。

 

「イストワール、すぐに首都全域に非常事態宣言と、避難命令を出してくれないか?」

「そうですね。その方が良さそうです」

「助かる。バンブルビー、アーシー、ジョルト、それにスティンガーと人造トランスフォーマーたち、この場は任せた。残りの者は付いてきてくれ」

『了解!』

 

 ジャズ、アイアンハイド、ミラージュがオプティマスの周りに集まり、当然とばかりに女神たちもそれぞれのパートナーに並ぶ。

 

「『司令官』『ご無事で……!」

「ああ、大丈夫だ」

 

 心配げなバンブルビーに笑いかけるオプティマス。

 そして、グリムロックらもいつになく真剣な面持ちで進み出た。

 

「オプティマス。ダイノボットも行く。裏切りには、罰を。……それに、あの島、きっと『奴』がいる」

「奴?」

「我らの、昔年の、敵。……恐るべき、古の悪」

 

 その口ぶりに、オプティマスは驚いた。誇り高きダイノボットが恐れを口にするとは。

 しかし、この状況に置いては彼らの力は頼りになる。

 オプティマスは大きく頷く。

 

「ああ、そうだな。頼む」

 

 表面上、オプティマスは動揺を打ち払い、総司令官としての威厳を取り戻したように見えた。

 しかし、ことはそう単純でないことは、ネプテューヌにも分かっていた。

 

「ねえ、オプっち。……無理、しないでね? 前にも言ったけど、わたし、オプっちが幸せじゃないと、全然幸せになれないからね? あれ、冗談じゃないから。メンヘラって言われようが、本気だから」

「………………………分かっているさ」

 

 随分と間を置いてから、オプティマスは答え、それから皆に向かって力強く宣言する。

 

「……皆、行こう。タリの空中神殿へ!」

 

 

 

 

 

 その背中を見つめるネプテューヌの胸の内には言い知れぬ不安が渦巻いていた。

 

 ……何か、何か、例えようもないくらいに恐ろしいことが起ころうとしている。そんな予感が。

 




……まあ、いつかは来る時が来ました。

今回の解説。

角が二本あって白ければガ○ダム。
知らない人から見れば、TVゲームは全部ファミコン、みたいな感じ。
……実際、センチネルのデザインはガン○ムやエルガ○ムを参考にしてるとか……。

腐食銃
コズミックルスト(宇宙錆)を撃ちだす銃で、皆のトラウマ。
原作ではアイアンハイド、小説版ではさらにツインズと……も犠牲になっている。
この作品では、アイアンハイドは死亡フラグを回避……?

空中神殿
原作では大陸。
しかし、いくらなんでも大陸言うには小さいだろうと思い島と表現。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第144話 堕ちし者

苦節144話+α……ついに暫定ラスボス登場です。

※ちょっと説明不足だったんで、少し内容を追加。


 突如としてプラネテューヌに出現した空中神殿。

 不気味に鳴動するそれに近づく、一つの飛行物体があった。

 

 プラネテューヌがオートボットの技術を使って造り上げたクジラのようなシルエットの武装飛行船、フライホエールである。

 センチネルが消えた後すぐに、オートボットたちはプラネタワーの裏手に停泊しているこの船に乗り込み、ここまでやってきたのだ。

 

 フライホエールの操舵室は、トランスフォーマーでも入れる造りになっていて、オプティマスと女神たちが近づく空中神殿を眺めていた。

 空中神殿は、一見して土砂と瓦礫の塊のような土台の上に、神殿本体と思しい建造物群が乗っている。

 

「上部に見える街のような部分は、タリ様式の建造物だ。やはりこれは空中神殿……古の大国タリの栄華の象徴。しかし、その実態について記した資料はなく、単なる伝説だと思われていた」

「すごいぞ! 空中神殿は本当にあったんだ! ……って感じの雰囲気じゃないね、こりゃ」

 

 オプティマスの説明に、ネプテューヌが重い空気を少しでも緩和しようと、おどけた調子で相槌を打つが、あまり効果は無かった。

 息を吐いたノワールが、オプティマスに問う。

 

「ねえ、せめて基地のオートボットか、他の兵を連れてくるべきだったんじゃないの?」

「いや、空中神殿の出現以降、あらゆる通信手段が使えなくなった。……しかし直接呼びに行く時間はない」

 

 しかしオプティマスは首を横に振る。

 早い方がいいと状況判断し、あの場にいたメンバーだけで神殿に乗り込むことにしたのだ。

 

「それにしても……これだけ近づいて迎撃の一つもないのは、おかしいわね」

「ええ。嫌な予感がしますわ」

 

 ブランとベールが不安を口にする。

 オートボットたちと女神を乗せたフライホエールは、警戒しながらも空中神殿の上層……建物の集まりのような部分へと近づき、その端の広場に着陸した。

 

 後部ハッチを開き、そこからオートボット、女神、ダイノボットの順で降りる。

 当たり前だが、見える範囲には人っ子一人いない。

 オプティマスを先頭に中央部に向かって進んでいくが、朽ちかけた石畳と崩れかけの建物ばかりで、かつては栄華を誇ったとは思えないほどに荒れ果てていた。

 

「ずいぶん、寂しいトコね」

「う~ん、ラストダンジョンにしては色気が足りないかな?」

「かつてタリの女神……つまりレイは、この神殿で贅沢の限りを尽くしたと言うが……そうは見えんな」

 

 思い思いの感想を口にする、ノワール、ネプテューヌ、オプティマス。

 

「アイアンハイド、あなたはどう思う? ……アイアンハイド?」

 

 傍らの相方に問うノワールだが、当のアイアンハイドはしきりに頬を掻いている。

 

「アイアンハイド、どうしたの?」

「ん? ……ああ、何でもない」

「もう、しっかりしてよ!」

 

 気の無い返事をするアイアンハイドに、ノワールは肩をすくめる。

 

「グルルル……! 奴の気配、する!」

「ああ……この感じ、忘れねえ……!」

「仇敵」

「俺、スラッグ! すごく、嫌な感じする!」

 

 ダイノボットたちも中央に近づくほどに警戒心を増しているようだった。

 だが敵の襲撃はなく、やがて一同は遺跡の中央部へと到達した。

 そこにあったのは、輪を描くように立つ円柱状の巨石群……あの遺跡にあったのと同じ、ストーンサークルだ。その中央に、プラネテューヌの遺跡にはなかった高い祭壇があった。

 石を積み上げて造られた祭壇はトランスフォーマーたちの視点に合う高さだった。

 その前に立っている二つの影がある。

 一方は赤い体にマントのようなパーツを背負った老戦士。

 もう一方は、攻撃的な意趣の灰銀色の巨躯。

 

「来たか……オプティマス」

「センチネル、メガトロン……!」

 

 プラネタワーから姿を消した裏切りのオートボット先代総司令官と、ディセプティコンの破壊大帝メガトロンが並んで立っていた。

 しかし、両者ともに意図して表情を消し、感情を読まれないようにしているようだった。

 

「ッ! レイさん!!」

 

 祭壇の上に女神化したレイと黒いローブと仮面で姿を隠した男が立っているのを見つけたネプテューヌが叫ぶ。

 

「レイさん、どうしてこんなこと!! ……レイさん?」

 

 呼びかけるネプテューヌだが、レイは反応しない。

 虚ろな目は何も映しておらず、半開きの口からは意味を為さない呻き声が漏れている。

 仮面の男はレイの前に出て大きく腕を広げた。

 

「ようこそ、オートボットども。そして女神を僭称する薄汚い塵どもよ。我はスノート・アーゼム」

「スノート・アーゼム? お前はタリの神官だと言うのか?」

 

 男の名乗りに、オプティマスは怪訝な視線を向ける。

 スノート・アーゼムを名乗る神官が生きていたのはタリ全盛期……一万年近く前だ。

 普通の人間がそんな時間を生きていられるはずがない。

 オプティマスが真実を問うより早く、ネプテューヌが前に出た。

 

「あなたが黒幕だね! 今時有り得ないくらいコッテコテの『私が悪役です!』って恰好して!」

「確かに、センスを疑う恰好ね。どうせならこう……黒いコートにシルバーのアクセサリーとか」

「……『黒』が悪と言うのは古い価値観よ。今は敢えて白い服を着せるの」

「何にせよ、美形の方が受けますわよね。いっそ女の子とかでもいいですわ」

 

 好き勝手なことを言う女神たちに、いきなり出ばなを挫かれて、アーゼムは少し沈黙し、それからすぐに怒気を発した。

 

「まったく……相も変わらず、この世界の連中はふざけてばかりだ。汚泥の中を這いずる屑どもめが……!!」

「はん! 変に取り繕ってないで、最初からそういう態度でこい!」

 

 怒りと蔑みを隠そうともしなくなった仮面の男にアイアンハイドが好戦的に笑み、キャノン砲を向ける。

 他の者たちも武装を展開し、あるいは召喚するが、アーゼムは仮面越しでも分かる侮蔑の視線を返した。

 

「よかろう。望み通り、オールスパークの下へと逝くがいい」

「お待ちを」

 

 何事かを為そうと腕を上げたアーゼムだが、それを片側に立つセンチネルが止めた。

 それから恭しい態度で頭を下げた。

 

「まずは、私めに話しをさせていただく約束のはず」

「…………よかろう、センチネル。我が僕よ。貴様のために時間を割いてやろう」

 

 ややあってアーゼムが鷹揚に頷くと、センチネルはオートボットたちに向き合った。

 

「オートボットたちよ、警告する。即刻、立ち去れ。この世界を守るなどと言う無駄なことは止めて、故郷サイバトロンに帰るのだ。そのための道も用意しよう」

「何だと!?」

「ふざけたことを言わないで!!」

 

 思わぬセンチネルの言葉に、激昂するオートボットと女神たち。

 しかし、センチネルは動じた様子は無い。

 

「お前たちが守るべきは我らトランスフォーマーの故郷、惑星サイバトロンだ。この世界ではないはず」

「この世界も故郷だ」

 

 オプティマスが間髪入れずに言い切る。

 アイアンハイドとジャズは勝気な笑みで頷き、ミラージュもフッと息を吐く。

 センチネルは淡々と続ける。

 

「故郷、か……。しかし、真実を知ってもそう言っていられるかな?」

「真実?」

「そうだ……儂もそれを知ったからこそ、こうすることを決断したのだ。オプティマス、最後のプライムよ。お前は気が付いているはずだ。この世界の者どもがシェアエナジーと呼ぶそれが、本当はいったい何なのかを……」

 

 アーゼムの言葉に、オプティマスは黙考する。

 以前にもメガトロンにその問いを投げかけられた。

 シェアエナジーの正体について当たりはついている。

 

「……答えられんか。つくづく甘いな」

「もう! もったいつけてないで教えてよ! そういうの、読者に飽きられるよ!」

「いいだろう。ならば分かり易く教えてやる。見るがいい」

 

 ネプテューヌの文句に、センチネルは目から光線が放たれ周りの景色が変わっていく。

 いつの日かオプティマスが見せた物と同じ、立体映像による仮想空間だ。

 現れたのは無限に広がる星空……宇宙空間だ。

 

 終わりのない虚空を、一つの物体が飛んで行く。

 正立方体のそれは、表面にゲイムギョウ界の物ではない文字が刻まれていた。

 

「あれは……オールスパーク!」

 

 オートボットの誰かが、そう叫んだ。

 立方体は、あらゆる金属生命体に命を吹き込んだ超常の存在、オールスパークは、宇宙をどこまでも飛んでいく。

 

「そう、オールスパークだ。我らトランスフォーマーの命の源。母にして父なる存在。……惑星サイバトロンより放逐されたオールスパークは、宇宙を旅し、やがてその内に秘めた超常の力と智慧によって時空間を超え、過去へと遡ったのだ……」

 

 センチネルの声が仮想空間に響く。

 オールスパークの周りの空間が歪み、光と情報、エネルギーが渦巻く底知れない縦穴へと落ちていく。

 かつてネプテューヌがスペースブリッジの転送空間の中で経験した現象によく似ていた。

 やがて、唐突に縦穴を抜けたオールスパークの前には……青い惑星があった。

 

 白い衛星を抱いた、真っ青な惑星。

 

「やがてオールスパークは、異なる次元の、ある惑星に辿り着いた……」

 

 その星に向けてオールスパークは落ちていく。

 大気圏との摩擦で赤熱しながら、そのまま眼下の海に浮かぶ、ある島へと。

 

「あの島は……まさか!」

 

 そして、オールスパークは大きな爆炎を上げて島に墜落し、そのまま粉々に砕け散った……。

 

「そんな!?」

「オールスパークが、砕けた!」

「うろたえるでない、あの立方体はエネルゴンキューブ……真なるオールスパークの、容れ物に過ぎぬ。オールスパークとは、その無限のエネルギーと知識その物なのだ」

 

 驚き、呆気に取られるオートボットたちだが、センチネルは説明に合わせるように墜落現場を中心に虹色の光が広がっていく。

 何処までも何処までも、星を覆い尽くすようにして。

 そして、光は地面に染み込むようにして消えていった。

 

「そして、容れ物が壊れても、オールスパークは新たな容れ物に移るだけだ。……すなわち、この世界その物へと……」

 

 そしてオールスパーク落下の後に残された島は、落下の衝撃による地形変化でダイノボットたちにとって見慣れた形になっていた。

 

「セターン王国……! そうか、だからあの島ではエネルゴンクリスタルが採掘出来たんだ。あのエネルゴンは、オールスパークの容れ物だったエネルゴンキューブの欠片だったのだな!」

 

 オプティマスが呻くように言う。

 島の形はダイノボットたちが守護するセターン王国その物だった。

 では、やはりこの世界は……。

 

「この世界には、すでに極めて原始的な知性体が存在した。……未熟で、愚鈍で、お互いに奪い合い、殺し合い、現実を受け入れられない……そんな生き物がな」

 

 場面が変わり、粗末な木造の建物が並ぶ集落で、原始的な毛皮や枝葉を寄り合せた服を着た人々が何かに向けて平伏し祈っている。

 

 十字に組んだ木の枝を地面に立て、動物の毛皮を被せることで人型に見立てた異様な偶像にだ。

 偶像は頭部に当たる部分に牛の原種らしい二本の角が生えた動物の頭蓋骨を乗せ、その後ろから髪の毛のつもりなのか植物の長い葉が垂れている。

 

「愚かなことだ。この世界に彼らの祈りに応える神はいない」

 

 夏には水の一滴までも干上がる日照り、冬には全てを凍てつかせる吹雪。

 前触れなく流行する疫病、唯でさえ少ない作物を食い荒らすイナゴの群れ、集落の人間では太刀打ちできない恐ろしい獣たち。

 嵐が、洪水が、火山の噴火が、大地震が、まるで人を根絶せんとばかりに襲い掛かる。

 そんな中でも人々は、僅かな食料や安全な土地を巡り、争い続けていた。

 この世界は、人が生きていくには厳し過ぎた。

 

 だからこそ人々は願った。

 

 疫病や獣、災害からの守護を。

 豊かな実りと、多くの獲物を。

 自分たちと子供たちの繁栄を。

 

 しかし、祈りの甲斐なく全ての住人が死ぬか去るかした集落に残されたのは、あの偶像だけだった。

 

「この世界に神はいない。……いない、はずだった」

 

 ある時、打ち捨てられた偶像に虹色の光が集まってきた。

 大気の中から、大地の下から、漏れ出してきた光は偶像を包む。

 すると、木の枝の腕や足は緩やかな丸みを帯びた人のそれへと変わり、木の葉は艶やかな長い髪に、毛皮は瑞々しい柔肌へと変じていく。

 やがてそこには、一人の女性が立っていた。

 灰色がかった青の髪が長く伸び、頭の元となった羊の頭蓋骨の影響か、髪の間から二本の角が生えている。

 

「レイ、さん……!?」

 

 間違いない、あれはタリの女神、レイだ。

 

「この星その物に染み込んだオールスパークのエネルギーが、人間の祈りに反応して新たな存在を生み出した。彼らの祈りに応える、女の形をした神……すなわち女神を」

 

 センチネルの言葉に応えるように、生まれたてのレイは天に向かって獣の咆哮か鳥の鳴き声かのような産声を上げ、それと同時に立体映像は消え去り景色が元に戻る。

 明かされた真実に、オートボットも女神も言葉を失っていた。

 どういうわけか、これが嘘偽りない真実であると、納得出来てしまったからだ。

 ゆっくりと、センチネルはオートボットを見回す。

 

「……これで分かっただろう? シェアエナジーとは……オールスパークの力なのだ。このゲイムギョウ界は、オールスパークによって成り立ったのだ。……どうだオートボットたちよ、我らの下にオールスパークを、昔日の栄光と溢れる生命を取り戻そうとは思わんか?」

「そのための……シェアを奪う機械、というワケね……!」

 

 ブランはすぐに理解した。

 ここのところの不自然なシェアの動き。他の国のシェアが減るのと同じ分だけプラネテューヌのシェアが上がる。

 あれは、やはり誰かがシェアアブソーバーを使ったからだろう。

 センチネルは頷く。

 

「そうだ。この世界からシェアエナジーを全て取り戻し、惑星サイバトロンに齎す。……メガトロンもそうしようとしていた」

 

 チラリとセンチネルは傍らに立つメガトロンを見た。破壊大帝は、沈黙を貫いている。

 エディンの戦いは、つまるところシェアエナジーをゲイムギョウ界から奪うための物だったのだ。

 オプティマスはそれでも反論する。

 

「しかし! 我々が調べた時は、オールスパークのエネルギーとシェアエネルギーは似て非なる物だと結果が出ました!」

「それは、お前たちがエネルゴンキューブを介したエネルギー波形のデータしか持っていなかったからだ。……オートボットたちよ……この真実を知ってなお、ゲイムギョウ界を守るのか?」

「……もちろんだ」

 

 センチネルの問い掛けに、まずジャズが静かに答えた。

 

「あんたが言いたいのは、つまりこの世界からオールスパークを取り戻そうってことなんだろうが、そうするとこの世界の皆が迷惑する。女神がいないと国が荒れるからな。……だったらまずは、両方救う道を模索しないとな! それがオートボットの使命だ!!」

 

 続いて、アイアンハイドが両腕の砲をセンチネルに向けながら好戦的に笑む。

 

「それに正直、ここの連中に情が移り過ぎた。今更、見捨てることなんざ出来ねえんだよ!!」

 

 ミラージュはゆったりと両腕のブレードを構える。

 

「俺は最初、この世界の連中が嫌いだった。……しかし、ここで過ごすうちに、こいつらのことが好きになってきた。……ここは守るに足る世界だ」

 

 そしてオプティマスも大きく頷いてから師を見据えた。

 

「それにシェアエナジーがオールスパークの力であり、女神がそれによって生まれるなら、我々にとっては兄妹のような物ではありませんか!!」

 

 オートボットたちの言葉に、女神たちはそれぞれ笑んで女神化し、パートナーの横に並ぶ。

 センチネルは、そんなオートボットと女神を無表情に見ていたが、その目が僅かに揺れていた。

 オプティックに浮かんでいるのは、動揺……あるいは感心、だろうか?

 

「……兄妹? 馬鹿を言うな。見るがいい、その臭い蛋白質とカルシウムの塊の体、何よりも自らの複製を肉の間からひり出す『女』という、醜い化け物の姿を!!」

 

 答えたのは感情の読めない顔の老雄ではなく、祭壇の上に立つ、黒衣の男だった。

 憎悪……と言うのも生温い怨念に満ちた言葉に、一瞬唖然とするネプテューヌたちだが、すぐにノワールが持前の勝気さを発揮して吼える。

 

「何言ってるのよ! あなただって、母親が生んでくれた人間でしょう!」

「いや、この流れだと多分……」

 ネプテューヌは敵の正体を何となく察っする。

 

「グルルルゥ、そう! 奴、人間、違う! もっと恐ろしい者!! 破滅を呼ぶ、黒き神!!」

「黒き神……セターンを滅ぼしたという、あの?」

 

 最大級の怒りと警戒心を剥き出しにするグリムロックに、オプティマスはセターンの遺跡で見た壁画を思い出していた。

 ダイノボットたちが守護するセターン王国は、黒き神とその眷属に攻め入られ、その時の戦いの余波で結果的に滅びてしまったのだ。

 思考するオプティマスや唸るダイノボットを、スノート・アーゼムは祭壇の上でせせら笑う。

 

「もうよかろう、センチネル。こやつらは、お前の温情を無碍にしたのだ」

「は……」

 

 センチネルが頷きアーゼムは振り返ると、足元の岩盤を突き破って無数の機械触手が現れた。

 機械触手はレイに向かって殺到し、その先端がレイの肌に突き刺さり、肉に食い込んでいく。

 

「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」

「レイさん!!」

 

 激痛に悲鳴を上げるレイに、たまらずネプテューヌが女神化して接近しようとする。

 しかしその前にメガトロンが立ちはだかった。

 

「! メガトロン!! 貴方はいいの!? レイさんをあんな目に合せて!!」

「…………サイバトロンの、ためだ」

 

 感情を殺した顔のメガトロンは、平坦に言う。

 そんなメガトロンにネプテューヌは怒りを募らせとともに違和感を覚えた。

 レイとは違った意味で、破壊大帝からは生気が感じられない。まるで、何か心折られてしまったかのように。

 その間にも状況は進む。

 

「フフフ、ついにこの時が来た……!」

「何だ! 神殿が揺れてるぞ!」

 

 ジャズが叫んだ通り、空中神殿が大きく震え、女神やオートボットからは見えないが、空中神殿の底部の土砂を振り落として、何かが現れた。

 

 逆向きの台座のようなパーツを、六本の昆虫の節足のようなパーツが取り囲んでいる。節足は内側に向かって何かを掴もうとするかのように曲がっていた。

 

 そして節足の中央、台座の直下には、虹色の光が輝いていた。

 

「っう……! 何なの、こ、これは……!」

「力が……抜けていきますわ……!」

「やっぱり、あのシェアを奪う機械がここに……!」

 

 場所は戻り、ストーンサークルでも異変が起きていた。

 ノワールも、ベールも、ブランも苦しげに呻きながら、地面に降りる。

 女神たちの肉体から、その力の源であるシェアエナジーが抜けていっているのだ。

 

「ネプテューヌ! 皆!」

「で、でも、こんなに力が奪われるなんて……!」

 

 オプティマスに助け起こされながら、ネプテューヌは苦痛を感じながらも疑問に思う。

 かつてのエディンで使われていたシェアアブソーバーでは、女神から直接シェアを奪うことは出来なかった。

 

「この神殿のシェア収穫装置(シェアハーヴェスター)を、メガトロンが用意した装置と一緒にしてもらっては困るな」

 

 アーゼムは心の底から嘲笑しているといった様子でネプテューヌたちを見下ろす。

 痺れを切らしたグリムロックが襲い掛かる。

 

「無駄話は終わり! 黒き神! 覚悟!!」

「貴様!!」

 

 センチネルが阻もうとするが、その瞬間横合いからスラッグが角竜に変形して突進してきた。

 

「俺、スラッグ! 難しいことはブッ飛ばしてから考える!!」

「ぬう!?」

 

 背中から腐食銃を抜く間もなかったセンチネルは盾を構え、闘牛士のようにヒラリヒラリと突進を躱す。

 

「粉砕! 玉砕! 大喝采!!」

 

 メガトロンはおっとり刀で動き出そうとするが、次の瞬間には飛び退いて、棘竜に変じて跳躍し背中から落ちてきたスコーンを避けた。

 

「お命、頂戴!!」

「ッ! 相も変らぬ獣っぷりよな!! セターンの騎士ども!! ……がッ!!」

「セターン王国が風の騎士、ストレイフ様を忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 

 いかなる力による物か、アーゼムが手をかざすと見えない壁がグリムロックのメイスを受け止めるが、後方から飛来した双頭の翼竜、ストレイフの爪が黒いローブ諸共その肉体を引き裂く。

 

 だが、アーゼムの体から散らばったのは、臓物でも肉でも増して血でもなかった。

 歯車、バネ、ネジ、それに金属製のパーツの数々。

 それらが地面に散乱するも、仮面だけは空中に浮かんでいた。

 仮面にさらにメイスで殴りかかるグリムロックだが、仮面から放たれた波動によって吹き飛ばされた。

 異様な光景に、オプティマスが思わず問う。

 

「お前はいったい……!」

「……この体は端末に過ぎぬ。俺の本来の体は兄弟たちによってスペースブリッジでさえ接続できぬ異次元に封印され……そして今、戻ってくる準備が整った!! さあ、愚かなる女神よ! お前の本来の力は次元に干渉することが出来る! その力を持って、俺を呼び戻すのだ!!」

 

 アーゼムの仮面の声に合わせ、レイに突き刺さったコードからシェアエナジーが送り込まれ、無理矢理に女神としての力を引き出す。

 

「あああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 レイの悲鳴が上げ、それに呼応するように天空の黒雲が渦巻いていく。

 

「いかん! 止めるぞ!!」

 

 アーゼムが何をするにせよ阻止するべく、オプティマスは仲間たちに号令をかけ、レーザーライフルで宙に浮かぶ仮面を狙い撃つ。

 しかし、祭壇の周りにエネルギーの障壁が現れ、光弾が霧散した。

 

「ッ! フォースバリアか!!」

 

 他のオートボットやダイノボットも祭壇に攻撃するも、同じように防がれてしまう。

 

「ハハハハ! 神殿の機能が回復した今、何をしても無駄骨よ! ……さあ、見るがいい!!」

 

 レイの悲鳴が最高潮に達すると同時に、仮面が砕け散り、祭壇から天に向かって光が伸びる。

 

 そして、空が割れた。

 

 レイやロディマスが普段開くのとは違う、もっと無理やりに空間を繋げた感じだった。

 割れ目の向こうに広がるのは、想像を絶する世界だ。

 何もかもが『こちら側』の法則に当てはまらない、そんな空間の彼方から何かがこちらに向かってやってくる。

 

 オートボットの英雄オプティマスが、

 歴戦の強者揃いのオートボットたちが、

 伝説の騎士団ダイノボットが、

 怖い物知らずのネプテューヌが、

 負けん気に溢れるノワールが、

 勇猛果敢なブランが、

 誇り高いベールが、

 寝返ってなお、超然としていたセンチネル・プライムが、

 そして誰もが恐れる破壊大帝メガトロンが、

 

 そのシルエットを垣間見ただけで圧倒された。

 

 やがて『それ』が空の割れ目を完全に抜け、その全貌が明らかになる。

 

 細身ながらも、オプティマスやメガトロンを凌ぐ巨躯。

 曲線的なパーツで構成された黒い金属の体は、所々がその内側に満ちる得体の知れないエネルギーで赤熱しているかの如く発光している。

 八本もの細長く湾曲した指が、長い杖のような物を握っていた。

 そして縦に長い太古の王朝の仮面にも似た顔は、計り知れない怨嗟と狂気で彩られ、何処かディセプティコンのエンブレムを思わせる……いや、エンブレムの方がこの顔を模しているのだ。

 

 裂け目が閉じると同時に、圧倒的な力と存在感を纏って祭壇の上にゆったりと降り立った『それ』は、この場にいる者たちを睥睨すると、突然声を上げて笑った。

 

「はははは、ふはははは!!」

 

 得体の知れない闇の彼方から轟くような、悍ましさを孕んだ笑い声だった。

 哄笑に合わせて、背骨や顔の縁に沿って並んだ羽根のようなパーツが蠢く。

 ひとしきり哄笑した『それ』は、大きく腕を広げて天を仰ぎ吼えた。

 

「見ているか、兄弟たちよ! 永い時を経て、堕ちし者(ザ・フォールン)がこの世界に舞い戻ったぞ!!」

 

 最初の13人が一柱。

 闇に堕ちたプライム。

 ディセプティコンの創始者。

 兄弟殺しの裏切り者。

 かつてメガトロナス・プライムと呼ばれていた者。

 

 ……堕ちし者(ザ・フォールン)が、ここに降臨した。

 




そんなワケで、今回は伏線回収回でした。

メガトロンが最初からシェアエナジーを狙ってたのも、それがオールスパークの力だから。
セターン王国にエネルゴンが埋まってたのは、そこにオールスパークinエネルゴンキューブが墜落したから。
女神が変身できたりTFと恋愛関係になったりテックスペックがあったりするのは、彼女たちがオールスパークによって生まれた命、いわばTFの一種だから。

そして、ゲイムギョウ界は世界その物がオールスパークが宿った容れ物。

これらのことは、セターン関連を除き作品を書き始めた当初からあった設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第145話 鎮魂歌

一難去って、また一難。
そんな回です。


 時間は僅かに遡る。

 

 黒雲の渦巻く下に、かつてゲイムギョウ界で権勢を誇ったタリの空中神殿が浮遊している。

 その下の、神殿が埋まっていた地区の近く。

 

『国民のみなさん、非常事態が宣言されました! 近くの教会職員、警備兵、オートボット、人造トランスフォーマーの指示に従って、速やかに避難してくだい! 繰り返します、非常事態が宣言されました! 国民のみなさんは近くの……』

 

 ネプギアは女神化して飛びながら、拡声器で避難勧告をしていた。

 下では、バンブルビーや教会職員、トラックスたちが住民を避難させている。

 空中神殿の出現以降、あらゆる通信が出来なくなっているので、こうしてアナログな方法で避難勧告するしかないのだ。

 

『繰り返します! 非常事態が宣言されました! 国民の皆さんは……』

「ネプギア、一通り見てきたが、取り残されている者はいないぞ!」

「瓦礫の下敷きになっている人もいません!」

 

 喉も割れよと声を上げているネプギアの横に、霊体のヴイ・セターンとハイ・セターンが飛行してきた。

 彼女たちは、その霊体であることを活かし、屋内や瓦礫の下に人がいないか見て回っているのだ。

 

「分かりました。私たちも、国民の避難が終わりしだい退避しましょう……ッ!」

 

 二人の報告に頷いたネプギアだったが、突然大気が鳴動するのを感じ、上空を見上げる。

 空に変わらず浮かんでいる空中神殿の底部の瓦礫や土砂が振り払われていく。

 

「ッ! みなさん! 退避、退避してください! 逃げて!!」

「ス…ティ…ン…ガー…! 『みんなを守るぞ!!』」

「了解!!」

 

 降ってくる土砂や瓦礫から、バンブルビーやスティンガーら人造トランスフォーマーたちが人々を庇う。

 

「ハイ! 私に合わせろ! 上に向けて障壁を張るぞ!」

「はい、姉さま! ネプギアさんも!」

「は、はい!」

 

 三人は両手を頭上に掲げ、力を合わせて障壁を張る。

 障壁は、女神三人分の力を籠めているだけあって、下にいる人々やトランスフォーマーを守るには十分な大きさと強度だった。

 少しの間そうして障壁を張っていた女神たちだが、やがて上から降ってくる物が無くなると、様子をうかがう。

 神殿の底部には、逆さまにした台座を六本の昆虫の節足のようなパーツが囲んでいる、異様な装置が現れていた。

 

「あれは、いったい……ッ!」

 

 不意に装置の下部に虹色の光が輝く。

 すると、ネプギアの全身から力が……シェアエナジーが吸い取られていく。

 

「そんな……!」

「ギ…ア…!」

 

 飛行を維持することさえ出来ず、ヨロヨロと降りて行くネプギアをバンブルビーが受け止める。

 

「『どうした?』」

「分からない……急にシェアが……」

「おそらく、あの機械のせいだろうが……」

 

 バンブルビーに抱えられたネプギアに、心配げに声をかけながらもヴイとハイは空を見上げる。

 

「いったい、何が起きているんでしょう?」

 

 ネプギアの疑問に答えられる者はいない。

 神殿下部に出現した装置……シェアハーヴェスターは、虹色の光を増していく……。

 

 

 

 

 同じころ、空中神殿に接近する飛行物体があった。

 

 ディセプティコンの空中戦艦、エディン戦争を轟沈することなく生き残ったキングフォシルである。

 その艦橋では、スタースクリームが空中神殿を唖然と眺めていた。

 

「ドレッズの連絡で来てみりゃあ……何だぁ、ありゃあ……」

 

 混乱に乗じメガトロンたちを救出するのが目的だったが、異様な光景に肝を抜かれる。

 

「あの飛行物体からは、ディセプティコンの識別信号が出ている。ただし、とても古い物だ」

「古いってどれくらいだ?」

「おおよそ一万年前」

「そいつはまた……」

 

 操艦しつつ報告してくるサウンドウェーブに、スタースクリームは顔をしかめる。

 一万年と言えば、悠久の時を生きるトランスフォーマーにとっても神話の時代だ。

 何でそんな物が現れたのか、見当もつかない。

 そこで隣に立つ科学参謀に意見を求めた。

 

「ショックウェーブ、お前はどう思う?」

「ふむ。現状、私に分かるのは、あの構築物下部の装置が、シェアアブソーバーと同質の機能を持っているということだけだ。もっとも、出力は桁違いのようだが」

「……とにかく、現状様子見か」

 

 危険は冒せないと、スタースクリームはすぐに結論を出す。

 しかし次に抑揚のない声で放たれたサウンドウェーブの言葉は無視できなかった。

 

「あの建造物から、メガトロン様の反応が検知された」

「ッ! 本当か?」

「嘘は吐かない」

 

 確かに、この場面で、特にメガトロンのことで、この情報参謀が出鱈目を言うなど有り得ない。

 少し思考してから、スタースクリームは答えを出した。

 

「……よし、俺が見てくる。お前らはここで待機してろ」

「不確定要素が大きい。他の者も連れていっては?」

「いや、何が起こるか分からねえからこそ俺一人でいく。……俺は逃げ足が速いからな」

 

 ショックウェーブの提案を冗談めかして断ったスタースクリームは艦橋を後にしようとするが、その時異変が起きた。

 

 突如として空が割れたのだ。

 

「何だ!?」

「時空間に歪みが生じている」

「スペースブリッジやミス・レイのポータルに似た現象か」

 

 驚愕する航空参謀に対し、情報、科学の両参謀は冷静に状況を把握しようとしていた。

 

 ……が、すぐに異常事態に気が付いて参謀全員が硬直した。

 

 空間の割れ目の向こうは、こちらの常識が一切通用しないだろう異常な空間が広がっていた。

 しかし、ディセプティコンの幹部たちが揃って固まったのは、それが理由ではない。

 

 割れ目の向こう側からやってくる『存在』を感じ取ったからだ。

 

 体中に震えが走る。

 その震えは、身内の深い所……遺伝子(CNA)からくる震えだ。

 

「何が起こってやがるんだ……」

 

 スタースクリームの疑問に、答える者はいなかった。

 

  *  *  *

 

 そして時間は現在に戻る。

 

「見ているか、兄弟たちよ! 永い時を経て、堕ちし者(ザ・フォールン)がこの世界に舞い戻ったぞ!!」

 

 空中神殿上層の中央部……ついに降臨したザ・フォールン。

 その禍々しい存在感に、その場にいる全ての者が圧倒されていた。

 

「ザ・フォールンって、この作品の序盤でオプっちが言ってた、最初のディセプティコン!?」

「そうだ……伝説上の人物だと思っていたが……」

 

 シェアハーヴェスターによってシェアエナジーを奪われ、ついに変身を維持できなくなってしまってもメタいことを言うネプテューヌを支えるオプティマスが茫然と呟く。

 誰もが硬直するなか、最初に動いたのはやはりと言うかダイノボットだった。

 

「大敵、黒き神! ダイノボット、今こそ、因縁に決着を着ける時!!」

 

 先程吹き飛ばされたグリムロックが立ち上がり、暴君竜の姿に変形するや地響きを立ててザ・フォールンに向かっていく。

 他のダイノボットたちも、咆哮を上げて昔年の宿敵に殺到する。

 

「セターンの獣どもが。性懲りも無くこの俺に向かってくるか!」

 

 しかしザ・フォールンが手を翳すと、何とダイノボットたちの動きが止まる。

 いや、不可視の力によって押し止められているのだ。

 

「ぐ、ぐううおおおおッ……!!」

 

 唸り声をあげ、不可視の力から逃れようともがくダイノボットたちだが、ザ・フォールンの超能力は容赦なく恐竜たちを押さえつける。

 メガトロンとセンチネルは、必要無いと判断したのかザ・フォールンに任せて動こうとしない。

 

「ッ! ノワール、そこにいろ!」

「アイアンハイド!」

 

 抱えていたノワールを地面に置き、アイアンハイドが両腕のキャノン砲を撃つが、ザ・フォールンが手を八本も ある細長く鋭く尖った指を動かすだけで、砲弾は空中に静止してしまう。

 次いで、オプティマスとジャズが剣を手に走り出し、ミラージュが姿を消して不意を打とうとするが、ザ・フォールンは手に持った杖を軽く振るう。

 

「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ッッ!!」

 

 すると、レイの悲鳴を上げ、次いで祭壇の前に十字架型の機械がせり上がってくると、急にオートボットたちにまるで巨大な大岩が圧し掛かったかのような圧力が加わり、地面に膝を突いてしまう。

 ダイノボットたちまでもが、

 

「愚かなオートボットどもよ、貴様らが俺に勝てると思うのか!!」

「ッ! この感じは憶えがある……! これは、アンチスパークフィールド!!」

 

 何とか立ち上がろうともがくオプティマスだが、体から力が抜けてゆく感じに既視感を感じた。

 かつてマジェコンヌが女神を倒すためにディセプティコンと組んで用意したアンチクリスタル。それを利用したオートボットの力を奪う結界が、アンチスパークフィールドだ。

 その力が、今またオートボットたちに襲い掛かっていた。

 

「しかし、アンチクリスタルは破壊したはずだ!!」

「アンチクリスタル? ……ああ、あの石のことか。あれは元々、俺が女神を滅ぼすために作り出した試作品の一つだ。まあ、偉大なるオールスパークの力であるシェアエナジーをアンチエナジーなどという塵に変換してしまう失敗作だったがな。今、貴様たちを捕らえている結界は、そのノウハウを基に造り上げた物だ。ディセプティコンのみがこの結界の中で動くことが出来る」

 

 説明しながら、ザ・フォールンは腕を掲げる。

 すると、祭壇の上に映像が投射された。

 何処から撮影しているのか、遠目から空中神殿の全体が映されている。

 

「さて、ここからが本番だ。……レクイエムブラスター、起動!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!」

 

 ザ・フォールンの声に合わせて、またしてもレイが悲痛な叫びを上げる。

 どうやらこの神殿の機能は、何をするにしてもレイに苦痛を与える仕組みになっているらしい。

 あまりの悪趣味に女神たちが顔を歪めていると、空中神殿が揺れ出した。

 映像の空中神殿も振動し、神殿側面の一部から土砂が剥がれ落ちる。

 そして、何らかの装置が土砂の下からせり出し、その先端から開いていく。

 装置の全貌は、いくつのもの薄く細長いパーツが中央の砲口と思しい場所を囲っていて、ある種の花を思わせた。

 

「エナジー充填、出力3%」

 

 肉眼でもはっきりと分かるほどの凄まじいエネルギーが中央部の砲口に、集まっていく。

 

「な、何をする気だ!!」

「お前たちは、そこで這い蹲って見ているがいい。……レクイエムブラスター、発射!!」

 

 オプティマスの声に嘲笑で持って応え、ザ・フォールンが掲げた腕を振り下ろすと、同時に花のような砲……レクイエムブラスターから、信じられないほどのエネルギーの奔流が太い光線として吐き出される。

 光線は、プラネテューヌの市街を飛び込し、その郊外の森……オートボット基地のある当たりへと向かっていた。

 

 誰かが、何かを言う間もなく、光線は地面に着弾。

 一瞬だけ間を置いてから、とてつもない大爆発を起こした。

 爆発は基地を周辺の森ごと飲み込み、跡形もなく吹き飛ばす。

 

「…………」

 

 オプティマスは茫然と、映し出された映像を見上げていた。

 爆発の後にはキノコの如き雲が上がっている。爆発に巻き込まれた者が生き残れるとは、到底思えない。

 

「な、なんてことを……!」

「基地にはみんなが……ラチェットも、ホイルジャックも、レッカーズも、他にも……!!」

「イカレてやがる……!」

 

 この暴虐に、とっくに変身が解けていたベールとノワール、ブランが絞り出したのは、そんな言葉だけだった。

 自国を襲った惨状に、ネプテューヌは完全に言葉を失っていた。

 対して、ザ・フォールンは見る者を凍りつかせるような笑みを浮かべた。

 

「見たか、これがレクイエムブラスターだ。……技師の一人はPONGレーザー砲とかいう名を付けようとしたので処刑したが……しかし、レクイエムブラスターの威力はこんなものではない。100%の出力で撃てば、この惑星その物を粉砕できるのだ」

「この世界を……粉砕だと?」

 

 ザ・フォールンの言葉に、オプティマス始め一同はゾッとする。

 この場面で出鱈目を言うとは思えない。

 剣を杖代わりに立ち上がったノワールが吼える。

 

「そ、そんなことをして何になるってのよ!」

「貴様らに思い知らせるのだ。我らからオールスパークを奪った貴様らに、恐怖と絶望を与えてくれる」

 

 当然とばかりに言い切るザ・フォールンに、ネプテューヌが声を上げる。

 

「……話しを聞いた限りだと、オールスパークがこの世界に来たのは偶然でしょ! そんなことで……」

「そんなこと、だと? ……貴様らが偉大なオールスパークの恩恵を受けているということ自体が、我らに対する耐え難い侮辱! 計り知れない罪なのだ!!」

 

 急に声を荒げるザ・フォールン。

 ギラギラと輝くオプティックには激しい怒りと……狂気があった。

 それに呼応するように、顔の周りの羽状パーツが蠢く。

 

「く、狂っていますわ……ぐうッ!」

 

 ベールが怒りと侮蔑を込めて呟けば、急にその体が締め付けられる。

 ザ・フォールンが超能力で彼女の体を握り潰そうとしているのだ。

 

「ベール!!」

「が、あああ……!」

「狂っているだと? いいや、これは運命だ。この世界が滅ぶことも……貴様がここで潰れて床の染みになることもな」

「ベール!! 止めろ、この下種野郎!!」

 

 ジャズが激怒して叫ぶも、ザ・フォールンが止めるはずもない。

 苦しむベールを見て、愉悦に顔を歪める。

 センチネルは顔をしかめていた。

 

「ぎ、ぐううああ……!」

「ベール! ベェェェル!! クソがぁあああ!!」

「叫べ叫べ、叫んだところで何も変わらぬ」

 

 普段の軽薄な態度を金繰り捨てて絶叫するも動けないジャズを、ザ・フォールンは愉快そうに嘲笑う。

 

「ぐ、ううおおおおおおッッ!!」

 

 しかし、ジャズはリミッターを解除して全身に力を込め、立ち上がる。

 体に大きな過負荷がかかり、全身から煙が上がって関節から火花が散る。

 

「ジャズ、止めろ!! 体が壊れてしまうぞ!!」

「彼女を、傷つけることは、許さない!!」

 

 オプティマスの制止も聞かず、ジャズは一歩一歩、ザ・フォールンに近づいていく。

 

「……ああ、愛か。オートボットというのは、どいつもこいつも愛を捧げるべき存在を間違える。よいか? 愛というのは、有限なのだ。だから、適切な存在に捧げなければ無駄に消費することになる」

「生憎と……俺は、彼女を愛してるんでね……!」

「ジャズ……!」

 

 こんな状況ではあるが、愛の告白に、ベールは微かな笑みを浮かべる。

 最初は余裕の笑みを浮かべていたザ・フォールンも、ジャズが腕に万力を籠めてクレッセント・キャノンを構えると、僅かに驚いた様子を見せる。

 

「なんだと……!」

「ラチェットたちの仇も込みだ……! くたばれ、クソッタレ……!!」

 

 ジャズは怒りのままにクレッセント・キャノンの引き金を引いた。

 盾形の武器から光弾が飛び出し、原初のディセプティコンの肩に命中する。

 ダメージは無いものの、僅かに集中が切れたことでベールの体が地面に落ちる。

 

「ガハッ! ケホッ、ケホッ!」

 

 咳き込むベールだが、大きなダメージは受けていないようだ。

 ジャズは安堵の表情を浮かべるが、次の瞬間、大きな力によって持ち上げられる。

 ザ・フォールンがいつの間にかジャズの後ろに立ち、細身の体からは想像も付かない力でジャズの体を掴んで吊り上げたのだ。

 

「ああ、愛の力が起こした奇跡も、ほんの少し貴様らの寿命を延ばしただけだったな。……だが、貴様には感心したぞ。褒美として、最初に殺してやろう……」

 

 囁くように言ったフォールンは、反対の手でジャズの足も握る。

 そのまま両腕に力を籠めてジャズの体を引き千切ろうとする。

 

「ぐ、おおおお…・・・・!!」

「ジャァズ……!」

 

 ジャズの腰のあたりがミシミシと嫌な音を立てる。

 ベールは何とか立ち上がって、槍を投げようとするが、体に力が入らず取り落としてしまう。

 これ以上仲間を失ってなるものかと、オプティマスや他のオートボットたち、女神にダイノボットもジャズを助けようともがくが、動くことが出来ない。

 

「嘆くことはない、オールスパークの下へと逝くがいい……むッ!」

 

 そのままジャズを真っ二つにしようとするザ・フォールンだが、その瞬間横合いから突っ込んできた黒い影に突き飛ばされて、ジャズを落としつつその場から転移する。

 祭壇の上に現れたザ・フォールンは背中のスラスターを噴射して空中に浮遊する突然の乱入者を見上げ、顔の周りの羽状パーツを震わしながら怒声を上げる。

 

「貴様か……裏切り者が!」

「裏切り者か……貴様には言われたくないな!」

 

 黒い体に逆関節の足、顔の周りの髭状パーツと赤いオプティック、そして背中の翼とスラスター。

 元はディセプティコンだった老兵、ジェットファイアだ。

 

「ジェットファイア! 無事だったのか!!」

「儂だけじゃないぞ! 基地にいた奴らは前もって退避させた。全員無事だ!!」

「そうか、良かった……」

 

 ホッと息を吐くオプティマス。

 ジェットファイアはニヤリと笑ったあと、目つきを鋭くしてザ・フォールンを睨む。

 

「この神殿が浮かんだ時点で、こうくるだろうと思ったからな!!」

「ふん! なるほどな、貴様も元々はディセプティコン。この結界の中でも動けるか……しかし、貴様一人で何が出来る?」

「さて、生憎と一人じゃないんでな!」

 

 ニッとジェットファイアが笑うと、破壊音と共に結界の発生源である十字架型機械に光弾が命中した。

 すると機械が停止し、結界が消失する。

 

「どんな機械でも、停止してしまえば意味が無いだろう?」

 

 装置を停止させたのはは、柔和そうな顔の薄緑のオートボット……ラチェットだった。

 右手に装着したEMPブラスターで装置を強制停止させたのだ。

 

「ラチェット、来てくれたのか!」

「やれやれ、ジェットファイアに無理を言って付いてきて正解だったようだね。……で、オプティマス。私は何をすればいい?」

「ジャズが負傷した。女神たちも戦闘できる状態ではない。彼らを守ってくれ!」

「了解。君も無理はしないでくれよ。……さあ、みんな少し下がろうか」

 

 オプティマスの指示を受け、ラチェットは片手でジャズを引きずり、反対の手で女神を拾い上げると後ろに下がる。

 

「ラチェット、俺はまだ戦える!」

「では名医の診断を発表しよう……発声回路を切られたくなかったら、黙ってろ」

 

 文句を言うジャズをドスの効いた声で黙らせ、ついでに女神たちの文句を言われる前に封じて、マイペースにオートボットたちの後方に移動した。

 

「グルルルゥ! よくもやってくれた! 我、グリムロック、容赦しない!」

「容赦しないのはいつもだけどな!」

「復活!」

「俺、スラッグ! やられたら倍返し!!」

 

 ダイノボットたちも立ち上がってくる。

 竜の騎士たちを見て、ジェットファイアは懐かしげな笑みを浮かべた。

 

「改めて、久し振りだな……戦友(とも)よ」

「ッ! ……ああ、久し振り、戦友(とも)よ」

 

 かつての戦友が記憶を取り戻したことを察したグリムロックはニッと笑む。

 それから、因縁の敵に視線を向けた。

 

「何がザ・フォールンだ! 引き摺り下ろして細切れにしてやるから、覚悟しな!!」

「…………殺!」

 

 アイアンハイドも砲を構え、ミラージュも刃を光らせる。

 オプティマスも、剣をザ・フォールンに向ける。

 結界が消えたとはいえ、シェアハーヴェスターもレクイエムブラスターも健在だ。

 この状況を解決するには、ザ・フォールンを打倒するしかない。

 

「貴様に、この世界を破壊などさせない! 絶対に!!」

「ハッ! 貴様も女神どもに骨抜きにされたか……仮にもプライムともあろう者が!」

 

 しかし、ザ・フォールンの余裕は崩れない。

 堕ちたプライムは少し後ろにいる裏切りのプライムに視線を送った。

 

「センチネル! スペースブリッジを起動しろ!」

「……御意」

 

 感情を感じさせない声で答えたセンチネルは何処からか、円柱状の機械を取り出した。

 

 プラネテューヌの教会から奪い返した、スペースブリッジの中心柱だ。

 

 オプティマスはすぐにザ・フォールンの思惑に気が付いた。

 センチネルがディセプティコンに組した以上、スペースブリッジで繋げる先はおそらく……。

 

「駄目だ! センチネル、止めろ!!」

「……許しは請わぬよ」

 

 誰が駆け寄るよりも早く、センチネルは中心柱を起動した。

 周囲の石柱が内部から光を放つ。内部に仕込まれたスペースブリッジが動き出したのだ。

 石柱と中心柱から上空に向け光が立ち昇り、交差すると巨大な光の柱となって、天を、次元を貫いた……。

 

  *  *  *

 

 トランスフォーマーたちの故郷、惑星サイバトロンは、その南方に位置するディセプティコンたちの都、ケイオン。

 破壊大帝の城であるコルキュラーの前のメガトロナス広場に、大勢のディセプティコンが集結していた。

 その上空にはキングフォシルと同型の戦艦が数隻と、さらに多くの降下艇と戦闘艇が待機していた。

 ディセプティコンたちは皆、凶悪な兵器で武装し、戦いに赴く時を今か今かと待っている。

 その先頭に立つのは、髑髏のような顔と鎧武者のような姿が特徴的なディセプティコン、ブラジオンである。

 ブラジオンは、冷静な面持ちだったが、身内からは興奮が滲み出ていた。

 

 と、上空から光の柱……スペースブリッジが降り注ぎ、いずこかと……ゲイムギョウ界とここ、ケイオンを結ぶ。

 

「ディセプティコン!! 今こそ時は来た!! いざ、進めぇ!!」

 

 刀を振るうブラジオンが号令をかけるや、ディセプティコンたちは雄叫びを上げ、我先にと光の柱に飛び込んでいった……。

 




今回の解説。

レクイエムブラスター
名前の元ネタはアメコミ版メガトロナスの必殺武器である同名の銃。
作中でも言ってる通り、原作アニメでの名前はPONGレーザー砲。アタ○最初の(そして史上初の)アーケードゲームであるPONG(ポン)から取られているようです。

真っ二つにされかかるジャズ。
オオウ……ジャズゥ……ならず!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第146話 空へ

長くなったので分割しました。
ですので、短いです。


 オプティマスたちの見ている前で、光の柱から次々と恐ろしげな武器を持ったディセプティコンが飛び出してくる。

 小さい者、大きい者、今まで女神たちと戦ってきたディセプティコンたちと似た姿の者もいれば、全く見たこともない姿の者もいる。

 それではなく、空中戦艦も転送されてくる。

 メガトロンたちがゲイムギョウ界で乗り回しているキングフォシルの同型艦もいれば、もっと小型の降下艇も、小回りの利く戦闘艇もいる。

 いずれの艦にも、ディセプティコンが満載されているに違いない。

 

 完全武装のディセプティコンたちは、ザ・フォールンやメガトロン、センチネルの周囲に並ぶ。

 ざっと百体以上はいるが、これで全てなはずがない。

 本隊に先んじてやってきた先発隊に過ぎないだろう。

 

 ダイノボットがいるにしても、とても勝てる数ではない。

 

 ずらり並んだ軍勢の中から一人のディセプティコンがザ・フォールンの前に進み出て、跪き頭を垂れる。

 人間の髑髏のような顔と鎧武者のような姿を持つ、ザ・フォールンの使徒でもあるブラジオンだ。

 

「我が主よ。ブラジオン、お呼びにより参上いたしました」

 

 ブラジオンの言葉にザ・フォールンは応じない。

 今更言葉をかける意味がないからだ。そしてそのことをブラジオンは不満に思わない。

 

「これが、センチネルを引き入れた理由か……!」

 

 絶望的な状況に、呻くオプティマス。

 そうしている間にも、ディセプティコンの軍勢が光の中から現れ続ける。

 自然とオートボットたちは後退していく。

 さしものアイアンハイドやミラージュも、この光景には愕然とするばかりだ。

 

「センチネル! 貴方ともあろう方が……」

「オプティマス、儂と問答している暇があるのか?」

 

 吼えるオプティマスだが、スペースブリッジを操作しているセンチネルは冷たい声を返す。

 どう言うワケか、ディセプティコンたちはこちらを攻撃する様子を見せない……ザ・フォールンが片手を上げて制止しているのだ。

 逃げるなら、逃げるがいいとでも言いたげな顔で、堕ちたプライムはほくそ笑む。

 悔しいがセンチネルの言う通りだ。このままでは全滅するだけだ。

 

「ッ! オートボット、撤退! 撤退する!!」

 

 その号令に、オートボットたちは弾かれたように身を翻す。

 この大軍に勝てると考えるほど、思い上がってはいない。

 

「グルルゥゥ!! 我、グリムロック! 今こそ武勇を示す時!」

「我らダイノボット! 死を恐れない!」

「玉砕!!」

「俺、スラッグ! よく分かんないけど、敵、ぶっ飛ばす!!」

 

 しかし、ダイノボットたちは逃げる気配を見せない。

 

「グリムロック! ここは退くんだ!」

「退かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ!! ダイノボットに逃走は無いのだ!!」

「いい加減にしなさーいッ!!」

 

 オプティマスの制止も聞かず、大軍に突っ込んで行こうとするグリムロックだったが、ラチェットの腕の中で突然声を上げたネプテューヌに、ピタリと止まる。

 

「もう! どうして男の人って、すぐに命を懸けるとか言い出すのさ!! ヴイちゃんとハイちゃんに怒られるよ! ……二人とも、みんなに帰ってきてほしいに決まってるんだから!」

「グルルゥ……姫様たちのこと、言われると、辛い」

 

 仕える姉妹姫の名を出され、ダイノボットたちは渋々退き始める。

 オプティマスはホッとしつつも、警戒を解かずに走り出す。

 神殿の端に着陸している、フライホエールに向けて。

 

 逃げ出したオートボットたちを余裕に満ちた嘲笑を浮かべて睥睨しているザ・フォールンに、メガトロンが一応聞く。

 

「追わなくて、よろしいので?」

「よい。奴らにさらなる絶望を見せてやろう……」

 

 嗜虐心に満ちた笑みを浮かべる師に、メガトロンは黙って頷く。

 と、そこへ一機のジェット戦闘機が飛来した。

 ステルス性を齎す鋭角的なシルエットが特徴的な、第五世代戦闘機だ。

 

 幾何学的なエイリアンタトゥーに覆われた姿は間違えようもなく、スタースクリームだ。

 

 ギゴガゴと異音を立てながら変形すると同時に着地したスタースクリームは、すぐさま再会した主君へと近づく。

 

「メガトロン様! いったいぜんたい、何が起こってるんです、こりゃあ!? それに……」

 

 チラリと、祭壇の上に立つ圧倒的な気配を纏った存在を見やる。

 メガトロンは、スタースクリームの方を見ずに答えた。

 

「……あの方は我が師、伝説に名高き堕落せし者(ザ・フォールン)だ」

「ッ! この方が……! ザ・フォールンよ、お目にかかれて光栄の至りにございます」

 

 スタースクリームはすぐさま、跪いて頭を垂れる。

 彼らしくない行為だが、ディセプティコンにとってメガトロンが『王』ならば、ザ・フォールンは『神』なのだ。

 王は打倒できる。王位は簒奪できる。

 しかし、神を倒すことは出来ない。神の座を奪うことは出来ない。

 

 ザ・フォールンは冷たい目でスタースクリームを見下ろろしていた。

 

「愚かな鳥め、俺がせっかく得た女神を逃しおって」

「…………」

 

 やはりか、とスタースクリームは思った。

 せっかく得た女神、とはピーシェのことに違いない。

 元は別次元にいたピーシェを捕らえ、このゲイムギョウ界に送りこんだ黒幕がザ・フォールンだったのだ。

 仮にも諜報部隊の一員だったホィーリーを動かし、次元移動させることが出来る相手となると、限られてはいた。

 しかし、大多数のディセプティコンがそうであるように、スタースクリームもその存在を知ってはいても、実在は疑っていたが……いざ目にすると体の奥の遺伝子が震えて教えてくれる。

 

 眼前の存在は、間違いなくディセプティコンの始祖であると。

 

「まあ、よい。あの女神の出番は終わった」

「…………はあ?」

 

 ザ・フォールンの言葉を理解出来ずに素っ頓狂な声を出してしまうスタースクリームだが、すぐに堕ちし者の向こうでスペースブリッジを操作している昔年の敵、先代のオートボット総司令官に気が付いた。

 ドレッズからの報告で、ディセプティコンに寝返ったらしいと知ってはいるが……。

 センチネルは一切反応せず中心柱の操作を続けるが、ザ・フォールンはニィッと口角を上げる。

 

「こやつは、我が僕となったのだ。全ては定められた通りに……運命のままに、な」

 

 静かだが、何故か狂気を感じさせる声に、スタースクリームの骨組みに寒気が走る。

 何故かは良く分からないが、スタースクリームの身内の『何か』が警鐘を鳴らしている。

 そんな航空参謀に構わず、堕落せし者は邪悪な笑みを浮かべたまま、杖をニ、三度振った。

 

「そして、これから起こることも、最初から決まっていたことなのだ」

 

  *  *  *

 

 フライホエールまで後退したオートボットたちは、すぐに飛行船に乗り込み、飛び立った。

 

「何とか逃げ切ったか……」

「まさか、逃げ帰ることになるなんてね」

「いや、仕方ないよ。あんな数どうせいと。無双ゲーじゃないんだから……」

 

 艦橋でホッと息を吐くオプティマスと、苛立たしげなノワールに、途方にくれるネプテューヌ。

 ジャズは別室でラチェットに治療を受けていて、ベールはその付き添いだ。

 オプティマスはまず皆に頭を下げた。

 

「すまない、私の判断ミスだ。ノワールの言う通り、もっと戦力を充実させるべきだった」

「終わったことを神の視点でどうこう言うのは好きじゃないわ。それよりこれからどうするかだけど……アイアンハイド、あなたはどう思う? ……アイアンハイド?」

 

 相方に意見を求めるノワールだが、当の黒いオートボットは口元を押さえて答えない。

 

「アイアンハイド? どうしたの、気分でも悪いの?」

「……いや、何でもない」

 

 心配そうに声をかけるノワールだが、アイアンハイドは素早く口元を拭った。

 

「それよりも、追手は来てるか? 砲撃は……」

 

 アイアンハイドが話題を切り替えようとした瞬間、窓の外に光が溢れた。

 

「何事だ!」

「空中神殿に高エネルギー反応!」

「レクイエムブラスターか!」

 

 ブリッジクルーからの報告に、オプティマスや女神たちが窓の外を見ると、巨大な花を思わせるレクイエムブラスターの砲口に、莫大なエネルギーが集まり細いビームとして吐き出された。

 ビームは真っ直ぐにプラネタワーに向かい、そのまま命中した。

 

 爆発が起こり、この国の教会でありネプテューヌたちの家でもあったプラネタワーは基底部から吹き飛んでいった……。

 

「プラネ、タワーが……」

 

 さしものネプテューヌも完全に我を失っていた。

 

 脳裏に、プラネタワーで過ごした時間……ネプギアとプリンを食べたこと、アイエフやコンパと食事をしたこと、イストワールにお説教されたこと、ピーシェと遊んだことが走馬灯のように駆け巡る。

 だが、そのことに感情が動く前に、状況はさらに動く。

 

『オートボットども、そして愚かな女神どもよ、見ているか?』

 

 どこからか、悍ましさを感じさせる暗い声が聞こえてきた。ザ・フォールンの声だ。

 

『今のは、レクイエムブラスターを出力1%で発射したのだ。いきなり100%で撃ったりはせず、こうしてジワジワとなぶり殺しにしてくれよう。……次は、ここだ』

 

 空中に映像が投射された。

 そこに映っていたのは、首都郊外の自然公園……多くの避難民がいる場所だった。

 

『……少々、発射までに時間がかかる。僅かな時間を、恐怖して過ごせ』

 

 含み笑いと共に声は途絶える。

 あまりのことに言葉を失う一同だが、オプティマスはすぐに行動に移るべく、艦橋を後にしようとした。

 

「オプティマス! どうするつもり!」

「こんなことは、もうたくさんだ! レクイエムブラスターを破壊する!」

「どうやって!? 貴方は飛べないのよ!」

 

 飛び出していこうとするオプティマスを止めるノワール。

 ネプテューヌは迷わず前に出た。

 

「オプっち! わたしも行くよ! 今回はわたし、本気で怒ってるんだよ!!」

「……ネプテューヌ、貴方も今は戦える状態ではないわ」

 

 息巻くネプテューヌをブランが諌める。

 女神たちはこうしている間にもシェアを吸い取られ続けている。もう、変身することすら出来ない。

 自国民の危機に何も出来ないことに、ネプテューヌは歯噛みする。

 そんなネプテューヌを安心させようと、オプティマスは力強い笑みを浮かべた。

 

「ここは、私に任せてくれないか?」

「でも合体もできないのに……」

「飛ぶことなら大丈夫だ。私に、良い考えがある!」

 

  *  *  *

 

「お止めください、ザ・フォールン様!! これではただの虐殺です!!」

「無礼だぞ、スタースクリーム。何人たりとも、主に意見するなど許されることではない」

 

 空中神殿では、スタースクリームが必死にザ・フォールンを止めようとしていた。

 ブラジオンが背中から長刀を抜いて制止するがスタースクリームは構わず叫ぶ。

 

「このようなことはディセプティコンの誇りに反することではありませんか!! 我らの本分は戦いであって殺戮ではないはず!」

 

 しかし、ザ・フォールンは本気で理解できないという様子で首を傾げた。

 

「おかしなことを言う。貴様は虐殺、殺戮と言うが……命とは、オールスパークによって齎される物だ。それに当て嵌まらぬ有機物など唯の『物』……殺すのではなく、壊すだけだ」

 

 罪悪感もなく、反対に歓喜もなく、何てことないことのように言うザ・フォールンに、スタースクリームはいよいよ気が遠くなる。

 ディセプティコンには有機生命体をムシケラと見下す者は多いが、それどころの話しではない。

 堕落せし者にとって、有機生命体を殺すことは風呂場に沸いたカビを駆除するようなことなのだ。

 

「ブラジオン、テメエはそれでいいのか!?」

「疑問など持たん。我らディセプティコンは、只々主に尽くすのみ。殺せと言われれば殺す、死ねと言われれば死ぬ。それが忠節だ」

 

 平然と言い切るブラジオンに、話しにならないと矛先を変える。

 

「センチネル! テメエは仮にもオートボットだろうが! 何とか言いやがれ!!」

「…………」

 

 知的生命体を守ることを使命としているはずのオートボット先代総司令官は、何も言わずスタースクリームと目を合わせようともしない。

 

「め、メガトロン様! メガトロン様も止めてください!!」

 

 ならばとばかりに破壊大帝に縋るスタースクリームだが、メガトロンは心ここに非ずといった様子で立っているだけだった。

 

「メガトロン様! 何とか言って……!」

 

 肩を掴んで無理やり自分の方を向かせるが、そこでスタースクリームは愕然とした。

 

 そこにいたのは、メガトロンであってメガトロンではなかった。

 

 目からは生気が消え失せ、表情は虚ろで、覇気がまるで感じられない。

 メガトロンを破壊大帝足らしめる何かが、スッポリと抜け落ちてしまったかのようだ。

 

「メガトロン様……? あんた、いったいどうしちまったんだ……!?」

 

 スタースクリームの問いにメガトロンは答えなかった。

 

  *  *  *

 

 フライホエールの下部ハッチの前で、オプティマスは四枚の翼と四機のジェットエンジンを備えたジェットパックを背負っていた。

 

 このジェットパックは武装組織ハイドラが、人造トランスフォーマー、ネメシス・プライムに装備させるために造った物だ。

 

 ネメシス・プライムはオプティマスのコピーなワケだから、オリジナルであるオプティマスも問題なく装着できた。

 忌々しい敵であったハイドラの遺産が、この状況で役に立つとは皮肉な物だ。

 

「よし、念の為フライホエールに積んでおいてよかった」

 

 ジェットパックを体に固定し、機能をチェックしたオプティマスは、下部ハッチを開ける。

 脇に立つネプテューヌは、心配そうに恋人を見上げていた。

 

「ねえ、オプっち! 無茶しないでよ! これ、絶対自爆特攻とかしようとしてるパターンだよね!! トランスフォーマーのお約束的に!!」

「安心してくれ、ネプテューヌ。私は自爆したりしないさ。……ちゃんと、勝算があって行くんだ」

 

 そう言ってオプティマスは、足元に置いていた金属製のケース持ち上げた。

 ケースには、『危険物』『取扱い注意』『特に女神は絶対に触らないように!』とペイントされている。

 

「それに私が死んだら、君は泣いて暮らすと言っていたからな。もちろん後追い自殺もさせるワケにはいかない」

「ち、ちょっとオプっち……!」

 

 何時ぞやの話しをほじくり返すオプティマスをネプテューヌは慌てる。

 ノワールやブランは、呆れたような戦慄するような目でネプテューヌを見た。

 

「うわぁ……あなた、そんなこと言ったの?」

「まさか、ネプテューヌがヤンデレだったとはね……」

「だ、だから! それはオプっちが自己犠牲で死なないための方便……いや、割と本気入ってたけど! わたしだって、それくらいするかもしれないから、死なないでってことだよ! オプっち、割と死亡フラグ乱立するし!!」

「なんとなく分かる気もするわ……」

「男って、戦って死ぬことをカッコいいとか思ってるしね……」

 

 ネプテューヌの愛の重さにドン引きしていたノワールとブランだが、少し納得できてしまったようだ。

 だが軽く笑ったオプティマスは身を屈めてネプテューヌに顔を近づける。

 

「ははは、大丈夫だ。私は死なないさ。……必ず、君のもとに帰る」

「……うん! オプっち、帰ってきたら、デートしよう!!」

 

 ネプテューヌは顔を赤くしながら、そんなことを言い出した。

 

「ね、ネプテューヌ?」

「ネプテューヌ、それは正に死亡フラグなのでは……」

 

 典型的な死亡フラグめいたことを言い出すネプテューヌに、ノワールとブランは面食らう。

 メタなことを言うことが多いネプテューヌのこと、あからさまなのは避けると思っていたのだが……。

 

「こういうのって死亡フラグ臭いけど、死亡フラグは山ほど重ねれば生存フラグになるんだよ!! もう何も怖くない! パインサラダ食べて、お勧めのお店で一杯やろうね!! それから、それから……!!」

「そ、そうか……だが、分かった。約束だ」

 

 必死な調子のネプテューヌに気押されながらも、オプティマスは淡く笑み、決意する。

 これは、死ぬことは絶対に出来ない。

 

「では行ってくる。ジェットファイア、ストレイフ、先導を頼むぞ」

「任せておけ」

「風の騎士の飛び方をごろうじろってね!」

 

 下部ハッチからジェットファイアとストレイフの二人が飛び降り、すぐさま『黒い鳥』と呼ばれる高高度偵察機と双頭の翼竜に変じて飛んでいく。

 

 オプティマスもそれに続く。

 ジェットパックの起動に少し手間取ったが、問題なくスラスターから炎を噴射し空中神殿に向かって飛んでいった。

 

「……約束、だよ」

 

 それをネプテューヌはハッチが完全に閉まるまで見つめていた……。

 




いやはや……やっちまった。
ザ・フォールン、堕ちし者じゃなくて、堕落せし者だった。
今回から堕落せし者にしましたんで、どうぞ平にご容赦を……。

今回の解説。

ピーシェを送り込んできたザ・フォールン
ズーネ地区の戦いで、ザ・フォールンが手に入れ送り込んだと言っていた『例の物』こそが女神……ピーシェでした。

オールスパークから生まれた者だけが命
これが、ザ・フォールンの考え方です。
D軍には有機生命体をムシケラと言ってはばからぬ者が多いですが、ザ・フォールンからすれば、そもそも有機物は……否、オールスパークが生んだ者以外は生命と認めていません。

ネプテューヌ、ヤンデレ説
何故か、書いてるとドンドン愛が重くなってくネプテューヌ……。
やって、こんくらい重い愛で押さえとかないと、オプティマスすぐ死んじゃいそうだし……。

死亡フラグは重ねると生存フラグ
……らしいんですけど、実際どうなんですかね?(おい)
はたして、オプティマスに立ったのは死亡フラグか、生存フラグか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第147話 帰る場所

 空中神殿に向け、オプティマス、ジェットファイア、ストレイフの三人は飛ぶ。

 狙うは、レクイエムブラスターただ一つ。

 本当なら、手分けしてシェアアブソーバーも破壊したいが、この状況で貴重な航空戦力を分散させるのはリスクが高過ぎる。

 

「……うむ、やはりネプテューヌと合体している時の方がしっくりくるな」

 

 先頭を飛ぶオプティマスは、やはり違和感を漏らす。

 一体感や性能、精神的な高揚感に至るまで、ネプテューヌとの合体に比べるとジェットパックは劣っているように感じてしまうのだ。

 隣を飛ぶ高高度偵察機の姿のジェットファイアが笑う。

 

「カッカッカ! そりゃ、愛しい女といっしょになってる時には負けるさ!」

「まあ、確かに……」

「お二人さん。談笑してるとこ悪いけど、敵さんが来たぜ!」

 

 ジェットファイアと反対側を飛ぶストレイフの言う通り、空中大陸から無数の戦闘艇と二隻の空中戦艦が近づいてきていた。

 

「プライム! ここは俺たちが引き受ける! お前は行け!!」

「花道は譲ってやるよ!」

「了解した! ジェットファイア、ストレイフ、頼んだぞ!!」

 

 黒い高高度偵察機と双頭の翼竜が加速して敵の群れに突っ込んでいく。

 あの二人は空中戦においてはベテラン中のベテランだ。任せて問題ないだろう。

 オプティマスはジェットパックの出力を上げ、レクイエムブラスターに向かっていく。

 

「やあやあ、遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは風の騎士ストレイフ! 我が弓矢の威力を見よ!!」

 

 ストレイフは翼竜の形態で加速し、その状態で騎士の姿に戻る。

 マントを大きく広げて翼にすると、まるでグライダーのように滑空しながら、器用に敵機や弾幕を躱す。

 そして手に持ったボウガン、ブリッツウィングボウを連続で発射すれば、高速で動く敵機に狙い違わず命中、次々と戦闘艇を落としていく。

 とても時代遅れのボウガンの威力と命中精度とは思えない。

 

「ひょおおおお!!」

 

 さらに、二機の戦闘艇とすれ違いざまに両手に一本ずつ握った剣を振るい、戦闘艇を切り裂く。

 

「見るがいい、ジェットファイア様の永久なる栄光を!」

 

 ジェットファイアはロボットモードに変形しながら空中戦艦に取りつき、杖代わりのライディングギアを斧に変形させて戦艦に突き立てる。

 この老兵を叩き落とそうと、甲板に兵士たちが上がってきたが、ジェットファイアは好戦的にニヤリと笑うと、雄叫びと共に兵士たちに飛びかかった。

 先頭の兵士の首を一撃で刎ね、次の兵士が銃を撃つより早くその兵士を甲板から突き落とす。

 

「若造どもめが! 俺の時代の戦いを見せてやる!!」

 

 戦場がベテラン二人にかき回される中、オプティマスは飛んでくる弾を避けながらレクイエムブラスターに接近していく。

 空中戦艦の一隻が、オプティマスに向けミサイル砲や機関砲で攻撃してくる。

 縦横無尽に飛び回り、弾とミサイルを避けるオプティマスだが、機関砲の弾の一発がジェットパックにかする。

 

――ネプテューヌといっしょならば、こんなことはないのに……!

 

 思わず、恋人のことを思い出すオプティマスだが、その間にも敵の攻撃は苛烈さを増していく。

 しかし、不意に後ろから飛来した砲弾が、空中戦艦に命中する。

 

 フライホエールからの砲撃だ。

 

 一瞬振り返ったオプティマスのセンサーは、フライホエールの艦橋にある砲の制御席にネプテューヌが座っているのを捉えた。

 満面の笑みで、命中したことを誇っているようだ。

 自然と、オプティマスの顔に笑みが浮かぶ。

 

――ああ、そうだな。君は、いつでもいっしょだ。

 

 戦艦は空中でよろめくが、すぐに立て直した。

 しかしその時には、オプティマスは戦艦の脇をすり抜けて、レクイエムブラスターに接近する。

 その間にも、巨大な花を思わせる砲の中心に、エネルギーが集中していく。

 

『来たか、最後のプライムよ』

 

 何処からか、静かだが狂気に満ちたザ・フォールンの声が聞こえてきた。

 

『貴様の魂胆は分かっている。その身と引き換えに、レクイエムブラスターを破壊するつもりなのだろう?』

 

 余裕に満ちた声に、オプティマスは答えず、砲口に向けて飛んでゆく。

 

『ならば、やってみるがいい。その自己犠牲精神こそが、貴様のプライム足る所以だからな。……レクイエムブラスター、出力50%! 目標、有機物どもの溜まり場!!』

「ッ!」

『お止めください! そんなことしたら……!』

 

 何故かスタースクリームの必死な声も聞こえる。

 だが、ザ・フォールンが止める気配はない。

 砲口が目も眩まんばかりに光輝く。

 

「ザ・フォールンよ、貴様は一つ、思い違いをしている。貴様は私がレクイエムブラスターと刺し違えるつもりだと言ったが……私は死ぬつもりなどない」

 

 神殿にいるのだろうザ・フォールンに向けて言い放ち、オプティマスは持っていた金属製ケースを開けて中の物を取り出す。

 それは、刀身が柄のすぐ上で折れた一本の剣だった。

 

 かつてメガトロンの愛刀だった、ハーデスソード、その残骸だ。

 

 月面での決戦で砕かれたハーデスソードはポータルに吸い込まれてR-18アイランドに転送され、オートボットに回収されていたのだ。

 

 折れたハーデスソードをレクイエムブラスターに向け、オプティマスは砲口に向かっていく。

 

『発射ッ!!』

 

 同時に、レクイエムブラスターから世界の半分を破壊するほどのエネルギーは発射される。

 それが本当かは分からないが、おそらくプラネテューヌを丸ごと吹き飛ばすには十分な威力があるのだろう。

 

 しかし、オプティマスは怯まない。

 

 ハーデスソードを真っ直ぐ突き出し、ビームに飛び込んでいった。

 

 圧倒的なエネルギー量と熱量を前に、いかなオプティマスと言えどアッサリと蒸発……しない!

 

 何と、ビームは折れたハーデスソードに吸い込まれていくではないか。

 

『何だと!? そうか、ダークマターに吸収させているのか!!』

 

 ザ・フォールンではなく、ブラジオンが驚愕する声が聞こえた。

 ハーデスソードに埋め込まれたダークマター……魔剣ゲハバーンの欠片には、あらゆるエネルギーを吸収する性質がある。

 正直、オプティマスとしてもイチかバチかの賭け……それもかなり分の悪い賭けだったが、彼の勝負強さが奇跡を呼び寄せたようだ。

 

『だが、そんな物でいつまでも持つものか……!』

 

 それでも、堕ちし者の余裕は消えない。

 事実、エネルギーを吸収しきれず、刀身が融け始めている。

 

『認めろ、貴様はここで滅ぶ定めなのだ……』

「私は……!」

 

 ビームの影響はオプティマスにもおよび、エネルギーが装甲を焦がしていく。

 オプティマスのブレインに、仲間たちの姿が浮かんでくる。

 

 バンブルビー、ジャズ、アイアンハイド、ミラージュ。

 ラチェット、アーシー、ジョルト。

 サイドスワイプ、スキッズ、マッドフラップ。

 ホイルジャック、ロードバスター、レッドフット、トップスピン。

 ドリフト、ハウンド、クロスヘアーズ、クロミア。

 他の多くのオートボットの戦士たち……。

 

 アルファトライオン。

 

 そして……エリータ・ワン

 

『貴様が死すとも、その思いは他のオートボットが継ぐだろう……安心して、眠るがいい』

「私は…………!」

 

 ビームが持つ運動エネルギーに弾き飛ばされないようにジェットパックをフルパワーで吹かすが、それでもジリジリと押されていく。

 オプティマスのブレインに、この世界で出会った人々の顔が浮かんでは消える。

 

 アイエフ、コンパ、イストワール。

 ケイ、ミナ、チカ。

 ヴイとハイ。ダイノボットたち。

 スティンガーら人造トランスフォーマー。

 トレイン教授、ネプ子様FCの会長と副会長。

 アノネデスとアブネス。マジェコンヌとトリック。

 教会やGDCの面々。プラネテューヌの街の人たち。

 他にも、この世界で生きるたくさんの人々……。

 

『美しい自己犠牲ではないか。……それこそが貴様をプライム足らしめる資質なのだ』

「私、は…………!!」

 

 装甲が融けだし、全てのセンサーが生命が危険なことを知らせる警報を鳴らし続ける。

 

 オプティマスのブレインに、この世界で生まれた新たな命のことが浮かぶ。

 

 ロディマス。

 ガルヴァ。

 まだ見ぬメガトロンの子ら。

 まだ生まれていない命たち。

 

 脳意に一瞬、自らの命と引き換えに彼らとこの世界を護るという選択肢が過った。

 

「私は!」

 

 オプティマスのブレインに、女神たちの顔が浮かぶ。

 

 ノワール。

 ブラン。

 ベール。

 ネプギア。

 ユニ。

 ロム。

 ラム。

 

 そして最後に浮かんできたのは……。

 

 あちこち跳ねた淡い紫の髪に十字の髪飾り。

 パーカーと紫のワンピース。

 元気さが溢れる細い手足。

 深い紫の瞳と、溢れる笑顔。

 

――ネプテューヌ……!

 

「……うおおおおッ!!」

 

 咆哮と共に、オプティマスは背中からテメノスソードを抜き放つや、ハーデスソードに重ねる。

 すると、テメノスソードにもビームが吸収されていく。

 ハーデスソードとテメノスソードは同じアダマンハルコン合金製、そしてこの合金にはエネルギーを伝える性質があるのだ。

 

「私は……生きる! 生きて帰る!! プラネテューヌに! みんなの……ネプテューヌの所に!!」

 

 ついにビームの放射が止まる。

 すでにオプティマスの装甲は焼け焦げ、融解しかけていたが、それでも彼は健在だった。

 

「この場所を、ここに生きる人々を、何よりネプテューヌを、愛しているから!! そして私自身が、幸せになるために!! お前たちの野望を打ち砕いて、帰ってみせる!!」

 

 その身を構成する鋼のような……いや鋼よりも硬く強く、そして熱く燃える決意を宣言するオプティマス。

 だがザ・フォールンの物と思しい唸り声が聞こえた。

 底知れない怒りを感じさせ、比喩でなく空間が揺れている。

 

『生きる? 愛? ……幸せ? ……愚かな、プライムともあろう者が、個人的な感情に固執するとは……!!』

「兄弟殺しの裏切り者よ! 貴様に言われる筋合いは無い!!」

 

 オプティマスの怒声に、一瞬だけザ・フォールンが言葉に詰まったようだった。

 しかし、すぐにさらなる怒りを感じさせる声がする。

 

『この俺は、偉大な意思に仕えておる……! 俺が、俺こそが、真のプライムなのだ……! もうよい……レクイエムブラスター、出力100%!!』

『そんな! 100%で撃ったら世界が……それ以前に連続発射なんかしたら、砲がオーバフローを起こして吹っ飛んじまう!!』

『構わん! どうせ、レクイエムブラスターの出番もここで終わりだ……! それよりも、奴はここで死なねばならんのだ!!』

 

 スタースクリームの悲鳴染みた声を上げるが、ザ・フォールンはこれまでの余裕を捨ててレクイエムブラスターの発射を敢行しようとする。

 

「そうは、させん!!」

 

 だがオプティマスは、エネルギーが充填されるより早く手に持っていた融けかけのハーデスソードを……レクイエムブラスターのビームを腹一杯に吸ったそれを、思い切り投げる。

 

『な……!?』

「レクイエムブラスターよ! この一撃が、私からお前への鎮魂歌(レクイエム)だ!!」

 

 砲口に向かって飛んで行くハーデスソードに向け、オプティマスはテメノスソードを大上段から振るう。

 剣に蓄えられたレクイエムブラスターのエネルギーが飛ぶ斬撃、エネルギーの刃として放たれる。

 

 エネルギー刃は、レクイエムブラスターの砲口に飛び込もうとする折れたハーデスソードに命中。

 剣が弾け飛ぶと同時に巨大な爆発を起こした。

 

『おのれ……!!』

 

 その瞬間、レクイエムブラスターが空中神殿から切り離された。

 次いでレイの力を使ったポータルが開き、爆発とそれに飲み込まれゆくレクイエムブラスターを諸共別の何処かへと転送する。

 

 一瞬間が空き、遥か空の彼方が光り、あまりの眩さに世界が真っ白になった。

 宇宙空間に転送されたレクイエムブラスターとハーデスソードが大爆発を起こしたのだ。

 

 ……奇妙なことだが、これらの一部始終は全世界に向け中継されていた。

 

 あらゆるテレビで、モニターで、インターネット動画で、オプティマスの勇姿が、その決意が、愛が、映し出されていた。

 

 避難していたイストワールやネプギア、アイエフにコンパはホッと息を吐いた。

 遠く離れた地にいるサイドスワイプやユニ、双子二組は喜びの声を上げる。

 アノネデスやトレイン教授は笑顔を浮かべ、ネプ子様FCの人々はレッツねぷねぷ!の変形系かレッツおぷおぷ!と唱和していた。

 ジェットファイアは満足げに頷き、フライホエールに乗っていた女神やオートボットたちも歓声を上げた。

 

 ゲイムギョウ界のあらゆる人々が、オプティマスに感謝し、彼を称え、無事を喜んだ。

 

 そしてネプテューヌは、オプティマスが約束を果たしてくれたことに満面の笑顔になった。

 

 オプティマスは、すぐにジェットを吹かそうとする。

 もう、シェアハーヴェスターを破壊する余力は残っていない。

 残念だが、ここまでだ。

 

――帰ろう……ネプテューヌのところへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、オプティマスの胸を突き破って、棒状の物がとび出していた。

 

「ッ!?」

「……困るのだよ。……シナリオに無いことをされると」

 

 ザ・フォールンだ。

 

 いつの間にかオプティマスの背後に転移してきて、両手で握った杖を総司令官の背中に突き刺したのだ。

 エネルギーを纏った杖は、ジェットパックごとオプティマスの金属で構成された体を貫通している。

 

「ぐ、ぐおぉ……!」

 

 オプティマスは胸から突き出た杖を握ろうとするが、それより早くザ・フォールンが杖を通して自身の身内を焦がす強烈なエネルギーを敵の体内に送り込んだ。

 

「貴様の出番は、ここで終わりなのだからな」

「ぐ……うぅぁあああああああッッ!!」

 

 恐ろしい悲鳴を上げるオプティマスの体内でエネルギーが暴れ回り、回路や機関を破壊していく。

 

「あぁああああああッッ!! ああああぁぁぁ……」

 

 やがて悲鳴が止むと、ザ・フォールンは敵の体から杖を抜く。

 オートボットの総司令官は、何の動きも見せず、重力に引かれて地上へと墜ちていった。

 

 ……それを、誰もが無言で見ていた。

 

 女神が、

 女神候補生が、

 オートボットが、

 ディセプティコンが、

 ゲイムギョウ界のあらゆる人々が、

 

 …………ネプテューヌが。

 

 地面にオプティマスが激突したその時、世界の全てから言葉が消え、動きが止まった。

 

 世界が静寂に包まれる中、センチネルだけが、小さく呟いた。

 

「だから、言ったのだ。後悔することになると……」

 

 その声にいかなる感情が籠められているのか、推し量れる者はいなかった。それどころではなかったから。

 次いで、空中に浮かんでいるザ・フォールンがエネルゴンに濡れた杖を掲げる。

 

「最後のプライムが、死んだ!! ……ははは、はははは、はーっはっはっは!!」

 

 大きくはないその嗤い声は、奇妙なことに遠く離れた者たちにも届いた。

 それを皮切りに、空中神殿にいるディセプティコンたちが凶暴な歓声を上げる。

 

 メガトロンは、宿敵の最後に呆けたように立ち尽くすだけだった。

 

「あ……あ……あ……いやぁあああああああッッ!!」

「ッ! ネプテューヌ!!」

「駄目!!」

 

 金切声をあげて艦橋を飛び出そうとするネプテューヌを、ノワールとブランが左右から押さえる。

 

「はなして! はなしてぇええ! お願い、行かせてぇええええッ!!」

「発進して! この場から離脱しないと!!」

「だめええええ!! オプっちを、オプっちを置いていけない!!」

「あなたまで死ぬ気!? ……何してるの、急いで船を出しなさい!!」

 

 半狂乱になってもがくネプテューヌを押さえつけるノワールに従い、フライホエールは急速反転してこの空域を離脱していく……。

 

 その間も、ザ・フォールンは哄笑し続けていた。

 

「はっはっは……さあ、次の幕だ!」

 

 ひとしきり嗤った堕落せし者は敵のエネルゴンが付着した杖を振る。

 

 すると、空中神殿がまたしても揺れ出し、表面にこびりついた土砂や瓦礫が落とされていく。今度は一部でなく、全体から。

 

 土砂が剥がれると、中から金属の壁面が姿を現す。

 上層部の遺跡も崩れ、金属製の尖塔が伸びてくる。

 

 やがて、空中神殿は古代の遺跡から、鋼の要塞へと姿を変えた。

 

「センチネル! 始めろ!!」

『御意』

 

 ザ・フォールンの指示に、丸ごと神殿の内部に収納されて司令室となったストーンサークルにいるセンチネルがスペースブリッジを起動する。

 

 ……かつて、タリは世界中に版図を広げ、故にタリの遺跡は世界中に存在する。

 女神とオートボットがサイバトロンに転送されたプラネテューヌの山中、ディセプティコンが基地としていたR-18アイランドの地下、フージ大火山の麓のタリ首都遺跡。

 それ以外にも、すでに発見された物、未発見の物、地上に出ている物、地中に埋もれた物、山の頂上にある物、樹海の奥深くに佇む物、海に沈んだ物……。

 全ての遺跡に仕込まれていたスペースブリッジの柱が、中心柱から信号を受信し、自身を隠していた岩と土を、あるいは植物と水を突き破って空へと飛んでいく。

 

 何十本も、何百本も。

 

 宇宙まで達した柱は変形してお互いに力を補いながら、巨大なワームホールを作り上げていく……。

 

 その向こうに、何かが見えた。

 巨大な……そんな言葉では言い表せないほどのスケールを持った何かが、ワームホールの向こうにある。

 

 星だ。

 

 ゲイムギョウ界……そう呼ばれる惑星よりも、一回りも二回りも大きな、金属の惑星だ。

 

 トランスフォーマーたちの故郷、惑星サイバトロンだ……!

 

 ゲイムギョウ界の地上にいる者たちから見ると、空一杯に惑星サイバトロンが広がり押し潰されそうだと錯覚してしまう。

 メガトロンやスタースクリームは、圧倒されるように空を見上げていた。

 

「おおお! 惑星サイバトロンよ……!」

 

 さしものザ・フォールンも、一万年ぶりに直接見る故郷に、懐かしそうに目を細める。

 

「あの星こそ、我らの帰る場所。この不様な世界ではなく……! そう言えば、あのプライムの面汚しめは、この国に帰りたいなどとほざいておったな……」

 

 ニィッと堕落せし者の口角が残忍に吊り上る。

 

「この国の出番も、じきに終わると言うにな。……ディセプティコン! 攻撃を開始せよ!!」

 

 瞬間、空中神殿とその周辺空域に待機していたディセプティコンたちの前に空間の裂け目(ポータル)が現れた。

 ディセプティコンたちは、弾かれたようにポータルに飛び込んでいく。

 ポータルを通じて、あるいは空中戦艦や降下艇に乗って地上に至ったディセプティコンたちは、自慢の武器で建物を破壊しつつ、目に付いた乗り物をスキャンして変形し、もっと刺激的な獲物……人間を求めて散開していく。

 

 一方、サイバトロンの地上では、彼らから見て頭上に見える星に向けて、次々と大気圏突入形態(エントリーモード)のディセプティコンたちが打ち上げられていた。

 そして、ワームホールと宇宙空間を抜けて、ゲイムギョウ界の大気圏へと突入し、プラネテューヌの街に、まさしく隕石その物となって降り注ぐ。

 

 衝撃と爆発が相次ぎ、プラネテューヌの街が壊れていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街が破壊に包まれる中で、オプティマスは、地面に仰向けに横たわっていた。

 誰かを護るために振るわれていた勇壮な手足は妙な方向に曲がり、オプティックから知性と感情を感じさせていた青い光が消え、皆を勇気づけるために言葉を発していた口は開かれていても何の言葉も出さない。

 胸に開いた大穴からは、炎と煙が上がっている。

 

 誰が見ても明らかだった。

 

 

 

 ……オプティマス・プライムは、死んだ。

 

 




ええ、いつかは書かなけりゃならなかった話です。

最初はそれこそお約束的にオプティマスが自己犠牲を発揮して散る予定だったけど、それではオプティマス自身の成長がないので、こういう形に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第148話 泣くべき時もある

やー、最後の騎士王観てきました!

ネタバレは避けますが、面白かったです!(小並感)
うん、何言ってもネタバレになるから、本当にこれしか言えません。


 アイアコンの地下にある基地の自らの書斎で、アルファトライオンは書き物をしていた。

 サイバトロンでは時代遅れかつ、極めて珍しいとされるレーザーペンで金属製の紙に文字を焼きつけるスタイルだ。

 大抵の者はキーボードを打つか、もっと簡単に自分のメモリーをソフトにコピーすることで済ます。

 

 アルファトライオンが書いているのは、サイバトロンの歴史……永い時を生きてきた彼が見てきた全てだ。

 

「……ッ!」

 

 サラサラと淀みなくペンを走らせていたアルファトライオンだが、不意にペンを手から落とした。

 そして、苦しそうに胸に手を当てて呻く。

 

「オプティマス……!」

 

 苦悶に顔を歪めながら呻くようにして、遠く離れた世界にいる息子の名を呼ぶ。

 

「オプティマス、オプティマス……! おお、そんな……!」

「アルファトライオン! 失礼します! 空に異変が……アルファトライオン!?」

 

 そこへ青い鎧武者のような姿のオートボット、ドリフトがノックもせずに部屋に入ってくるが机に突っ伏して震える老歴史学者に気付き、慌てて駆け寄る。

 

「アルファトライオン! どうされたのです!」

「……オプティマスが」

 

 ドリフトに助け起こされたアルファトライオンの目から、液体が流れていた。

 

「オプティマスが、死んだ……」

「ッ! ば、馬鹿な……!?」

 

 超自然的な力により時空を超えて感じ取ったからだ。

 

 息子の死を。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの猛攻の前に、プラネテューヌ首都は陥落した。

 だが、首都を大軍で占拠したディセプティコンたちは、その後動きを見せずにいた。

 

 通信は回復したが、同時に無残なプラネテューヌの現状が映し出され、人々の希望を削ぐ。

 そしてシェアはなおも吸われ続けていた。

 

 何よりも、空を覆い尽くす異星が、否応なしに人々を不安に陥れていた。

 

 イストワールが発令した非常事態宣言のもと、市民と教会職員は隣町のハネダシティに移っていた。

 

「避難は迅速に進んでいるようね」

「はい、皮肉ですがこれまでの戦いで国民も避難慣れしていますので……」

「わたしたちも国に帰るべきなのでしょうけど……」

「今は悪戯に動くのは危険ですわ」

 

 そして、そのハネダシティの市庁舎に置かれた臨時基地ならぬ臨時教会の一室にてイストワールとノワール、ブラン、ベールが状況を確認していたが、その内容はお世辞にも芳しいとは言えなかった。

 これまでの戦いで国民が素早く避難できるようになっていたのが、不幸中の幸いか。

 国民には不安が広がっている。

 それも当然だ。首都が占拠され、国の象徴であるプラネタワーが消滅し、空に別の世界が現れ……オプティマスが、死んだのだから。

 

「それにシェアが吸い取られるにつれて、各地で異変が起きています」

「ルウィーでは気温がどんどん下がっているとミナから報告があったわ……」

「リーンボックスでは逆に有り得ないほど暑くなっているそうですわ」

「ラステイションでも植物が枯れていっているみたい」

「プラネテューヌでも、竜巻や高波が確認されました。……このままでは、ゲイムギョウ界に人が住めなくなってしまいます」

 

 イストワールは暗い表情で首を振る。

 各地から相次いで報告される異常気象や異変。

 シェアがかつないほど奪われていることで、ゲイムギョウ界全体が環境を維持できなくなりつつあるのだ。

 女神たちも、こうして普通にしている分にはまだいいが、変身はもちろん戦うことも出来ないだろう。

 いつか惑星サイバトロンに跳ばされた時と同じ、一般人とほとんど変わらない状態だ。

 

「それで、ネプテューヌは?」

 

 ノワールは、一番気になっていることを聞いた。

 国と、恋人があんなことになって、さすがの彼女も堪えているはず。

 いやそれ以前に、ノワールたちはネプテューヌが半狂乱になる姿を見ていた。

 

 イストワールは顔を曇らせた。

 

「それが……」

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、避難民の仮住居確保はこれでいいね! 後は食糧の配給だけど……」

「ネプテューヌ様! 仮住居の空調に問題が……」

「すぐに整備の人を手配して!」

「ネプテューヌ様! 避難民と現地住民の間でトラブルが……」

「よっし、わたしが行って仲裁するよ!」

 

 市庁舎の一室で多くの国民に囲まれて、ネプテューヌはテキパキと仕事をこなしていた。

 いつもと変わらない、いやいつも以上の笑顔で。

 普通なら喜ぶべきだろうその光景を、三女神とイストワールは痛ましい物を見る目で見ていた。

 国民を支える女神としては正しいのだろうが、あまりにも痛々しい。

 ノワールはツカツカとネプテューヌに近づいた。

 

「ネプテューヌ」

「お、ノワール! な~に、暗い顔してー?」

「あなた、大丈夫なの? ……あんなことがあって」

 

 ニパッと笑むネプテューヌに、ノワールはズバリ聞く。

 

「泣いて暮らすとか言ってなかった?」

「……うん、そうしようかとも思ったんだけどね。……そういうの、オプっちはきっと望まないよ」

 

 ネプテューヌは変わらず笑顔だった。

 不気味なくらいに。

 

「それにさ、国民のみんなも辛いのに、わたしだけ泣いてなんていられないっしょ!」 

 

 気丈に振る舞うネプテューヌ。

 しかし、ノワールにはその顔が壊れかけの人形のように危うく見えた。

 

「……それじゃ、行くね! ああ、忙し忙し……」

 

 無理矢理に話を打ち切り、ネプテューヌは歩み去る。

 ノワールは途方に暮れたようにその背を見つめていた。

 やがて、離れていくネプテューヌの背に手を伸ばして声をかけようとするが、自分の肩に添えられたブランの手と、横で小さく首を振るベールに気が付き、止める。

 女神は、国民のためにある者。

 

 ならば、女神が道を間違えた時、心折れた時に助けとなるのは……。

 

  *  *  *

 

 ややあってハネダシティ郊外の国軍基地。

 ここには首都を離れた警備兵や国軍が駐留していた。

 アイエフは、バイザー付きヘルメットを深く被った軍人と話し込んでいる。このバイザー付きメットの軍人は、若いながらそれなりに高い地位にいるようだ。メットに描かれたネプテューヌの顔をデフォルメしたパーソナルマークが、信仰心の強さを感じさせる。

 一方でコンパは他の医者や看護師と共に怪我人の手当てに当たり、ネプギアとバンブルビーも皆の仕事を手伝っていた。

 

「みんなー!」

 

 そこへ、ネプテューヌが唐突にやってきた。

 ……変身も出来ず相方のオプティマスもいないため、教会職員の運転する車でだが。

 

「ネプ子? いきなりどうし……」

「ネプテューヌ様!」

 

 アイエフが聞くより早く、車から降りたネプテューヌに警備兵や軍人たちが群がる。

 

「ち、ちょっとアンタたち……!」

「ネプテューヌ様、我々はどうしたらいんですか?」

「今こそ、先陣を切って皆に首都を奪還する時です!」

「こんな時こそ、我々をお導きください!!」

 

 アイエフが止めようとするのも聞かず四方八方から声をかける国民たち。

 その姿は、まるでゾンビ映画のようですらあった。

 国民たちの声にネプテューヌは一つ一つ丁寧に答えていく。

 

「うん、今はまずは傷を癒そう。首都奪還はもう少し後かな? ……もちろん、わたしはみんなを導くよ、女神だからね」

 

 人々を不安にさせないように笑顔を振りまくネプテューヌ。

 ある意味、女神として模範的な姿だが、アイエフとコンパは何処か不満げだった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ネプギアも心配げに姉を眺めていた。

 

「ハッ! まるで獲物にたかるピラニアだな」

 

 と、急に皮肉っぽい声が三人とバンブルビーの耳に入った。

 いつの間にかロックダウンが傍に立っていた。

 ロックダウンの後ろには彼の手下の傭兵やスチールジョーたちが並んでいた。皆、荷物を抱えている。

 

 かつてこの賞金稼ぎは国民は女神に頼り切りだと言っていたが、この状態では言い訳できない。

 

「契約はこれで終いだ。この状況でお前らに報酬の支払い能力は期待できん」

「そんな! 今は少しでも人手がいるんです! そこを何とか、お願いできませんか?」

 

 冷たく吐き捨てたロックダウンをネプギアは何とか引き留めようとする。

 しかし、賞金稼ぎは人に付かず、国にも付かない。縛る物は契約のみだ。

 

「断る。負け戦に付き合う気はない」

「『おいテメー!』『ディセプティコン』『嫌いなんだるぉお!』『手ぇ貸せよ!』」

「ディセプティコンは嫌いだ。だが貴様らのことが好きなワケじゃない」

 

 ネプギアとバンブルビーの言葉をにべもなく切り捨て、ロックダウンは背を向ける。

 

「お前らも早く逃げるんだな。国なんざ無くてもヒトは生きていける」

「そうはいきません。……私は女神ですから」

「『オートボットはあらゆる知的生命体の自由と平和を護る』」

 

 ロックダウンの言葉に、ネプギアは決然と答え、バンブルビーは敬愛する総司令官の言葉を再生する。

 

「……そう言って、自分が死んだら世話ない。特に女を残して死ぬのはな」

 

 ロックダウンは国民に囲まれるネプテューヌに視線をやる。

 暗にネプテューヌを残して死んだオプティマスを非難しているロックダウンだが、アイエフはそれをギロリと睨み付け、ネプギアとコンパは悲しげな顔をするだけで、咎めはしなかった。

 バンブルビーだけが、不愉快そうにラジオ音声を流す。

 

「『テメエ……!』」

「若造、この世って奴はな、理想だの思想だの、そんな物は捨てた方が生き易いんだ」

 

 そう言い捨てて去ろうとするロックダウンだが、その時、空から影が飛来した。

 黒い鳥とも言われる剣のようなシルエットを持つ高高度偵察機だ。

 高高度偵察機は、空中でギゴガゴと変形して腰が曲がって髭の生えた老人のような姿のトランスフォーマーに変形すると、半ば墜落するようにして人のいない場所に着陸した。

 

 元ディセプティコンの老兵、ジェットファイアだ。

 

「おお、こんなトコにいたか。探したぞ」

 

 変形し切らなかったパーツを無理やり定位置に押し込めながら、ジェットファイアはネプテューヌに声をかける。

 

「ジェットファイア? どうしたのさ」

「ああ……一つ、思い出したことがあってな。もしかしたら、オプティマスを救うことが出来るかもしれん」

 

 その言葉に、ネプテューヌの表情が固まり、周囲の人々もざわつく。

 厳かにジェットファイアは語り出す。

 

「儚い希望だ。おそらく地獄に垂らされた細い蜘蛛の糸に縋るような……」

「…………………だったら、いいや」

 

 しかし、ネプテューヌはその話を遮った。

 ジェットファイアは怪訝そうな顔になり、ネプギアたちは有り得ないと驚愕に顔を歪める。

 国民たちも動揺を大きくし、ロックダウンですら振り向いて眉をひそめる。

 騒然とする周囲に対し、ネプテューヌは平静だった。

 

「周りを見てよ? 今、わたしの民はわたしを必要としてるんだよ? そんな『もしかしたら』なんて可能性のために、みんなを見捨てることは出来ない。……そんなこと、きっとオプっちも望まない」

 

 らしくもなく静かに……不自然なほど静かに言ったネプテューヌは、これでこの話はお終いとばかりに、踵を返して国民に向き合う。

 

 その顔は、いつも以上の笑みだった。壊れそうなほどの。

 

「さあ! わたしに何でも言ってね! 今日はわたし、やる気全開だよー!」

 

 しかし、国民たちは黙り込んでいた。

 さすがに彼らもネプテューヌの異常を感じたからだ。

 

「あれー? どうしたの?」

「ねぷねぷ」

 

 首を傾げるネプテューヌに、ネプギアたちが近づいてきた。先頭にいるのはコンパだ。

 

「あ、みんなー! ねえみんなも何かわたしにやってほしいこと……」

 

 パンッ!と乾いた音が響いた。

 コンパが……あの、心優しくほんわかしていて、ネプテューヌに甘い、コンパが、ネプテューヌの頬を平手で張ったのだ。

 

「ねぷねぷの、馬鹿!!」

「こ、コンパ? いったい何を……」

「オプティマスさんを助けたくないですか!! そんなの全っ然! ねぷねぷらしくないです! いったい、いつものねぷねぷは、どこに行ったですか!?」

 

 彼女らしくなく怒りに顔を歪めながら捲し立てるコンパに、ネプテューヌもキッと目じりを吊り上げる。

 

「だって、だって! しょうがないじゃん! わたしがいなくなったら、誰が国民を守るのさ!!」

「プラネテューヌを守る女神ならぎあちゃんがいるです! それに……それに、わたしたちも!」

 

 吊り上っていたコンパの目が下がり、やがて涙が溢れてくる。

 

「わたしたちだって、この国をお守りするです! だから、いつもみたいに甘えてください! 頼ってください! それとも、わたしたちそんなに頼りないですかぁ……?」

 

 嗚咽を漏らすコンパを、ネプテューヌは動揺した様子で見つめ、何も言うことが出来なかった。

 アイエフがコンパの隣に並び、その肩を抱きながらネプテューヌにキツイ視線を投げる。

 

「そうね、今のアンタは自分を抑えてて、全然ネプ子らしくないわ。……感情を抑えるな。自分に嘘を吐くな。泣きたきゃ泣け! 叫びたいなら叫べ! それが私たちの知ってるネプ子よ!!」

「あ、アイちゃん……」

 

 ジワリと、ネプテューヌの目に涙が浮かんだ。

 

「で、でも……わ、わたしは……」

「友達でしょ! アンタが何言ったって私たちが受け止めてやるわ!」

「ねぷねぷ、どんと来いです! ダメなトコも含めて、わたしたちはねぷねぷのことが大好きなんです!!」

「う、うう……うああああああッ!!」

 

 親友二人の真摯な言葉に、ついにネプテューヌは声を上げて泣き出した。

 そんな女神を、アイエフとコンパは宣言通り抱き締める。

 

「オプっちぃ、オプっちぃ……!」

 

 恋人のことを想い、ネプテューヌは子供のように泣く。

 

「酷いよ……オプっち、やっと『生きたい』『幸せになりたい』って自分で言えたんだよ? なのに、なのにぃ……あんなのあんまりだよぉ……!」

 

 そしてそれは、プライムの重責と死んでいった者たちへの罪悪感に縛られ続けてきた恋人が、やっと自身の幸福を願うようになれたのに、非業の死を遂げたことへの悲しみだった。

 泣いて暮らす、後を追って死ぬと言っていた彼女だが、結局はオプティマスのためにこそ涙しているのだ。

 

「アンタたちも……これでいいワケ?」

 

 コンパとネプテューヌを抱くアイエフは、茫然と立ち尽くす周りの国民たちを睨み付ける。

 

「女神様におんぶに抱っこで、泣きつくだけ? ……私は嫌よ。そんなの、絶対に嫌。私はこの子を助けるわ」

「わたしもですぅ! ねぷねぷのために、出来ることをするです!」

 

 厳しく、しかし凛とした態度のアイエフとコンパに、国民たちはある者は俯き、ある者は視線を逸らす。

 

「お姉ちゃん……」

 

 泣きじゃくる親友の背を優しく撫でながら涙を流すアイエフとコンパを見つめ、ネプギアは何か決意を固めたように表情を凛々しいものにする。

 

 ジェットファイアは穏やかな目でネプテューヌたちを見つめ、ロックダウンは腕を組んで黙り込んでいた。

 

 そのまま、泣きじゃくるネプテューヌと共にアイエフとコンパ、ネプギアはその場を歩き去った。

 ジェットファイアはそれに当然とばかりに付いていき、バンブルビーもあえてビークルモードにならず続き、ロックダウンは今度こそ手下たちを引きつれて去っていった。

 

 残された国民たちは、誰も彼も沈黙していたが、やがて一人の男が声を上げた。

 

「なあ、みんな……」

 

 アイエフと話していた、バイザー付きメットの兵士だ。

 

「頼み、というか提案があるんだが……」

 




色々並行して書いてるから、ちょっと短め。

思わせぶりな『デフォルメされたネプテューヌの顔をパーソナルマークにしてるバイザー付きメットの軍人』は、実は新キャラではなかったり。

次回は、D軍側の内情になりそうです。メガトロンが『折れた』理由も明かしたいなあと。

……最後の騎士王を見て思う。
この作品は所詮他人の褌で相撲を取るような、それもド底辺の二次創作だけれども、それでも私の中には書く意義がある、と。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第149話 変わった者、変わっていない者

 ディセプティコンによって占領されたプラネテューヌ首都。

 その上を漆黒と灰色の軍用輸送ヘリが飛行していた。ブラックアウトとグラインダーだ。

 二機のヘリは機体から垂らしたワイヤーを巨大な鉄塊に結び付け、二機掛かりでぶら下げている。

 

 ……物言わぬ骸と化したオプティマス・プライムを。

 

 だらしなく手足を垂らしたオートボット司令官が上空を通り過ぎると、道路や建物の屋上にたむろしていたディセプティコンたちが汚いヤジを飛ばす。

 さらにテレビの中継車をスキャンした者が、この様子を撮影していた。

 

「ふん! 死した者をこうして辱めるとは……」

「兄者、仕方あるまい。これも命令だ……」

 

 しかし、当のブラックアウトとグラインダーは、この任務に余り乗り気ではなかった。

 一方で少し離れたビルの屋上では、スタースクリームが能面のような無表情で運ばれていくオプティマスを眺めていた。

 

「おーい、スタースクリームー!」

 

 呼ばれて振り向けば、二機のステルス戦闘機がこちらに飛んで来た。

 スタースクリームのビークルモードと同じ、ステルス性を齎す鋭角的なフォルムが特徴的な第五世代戦闘機だ。

 しかし二機のうち一方は紫、もう一方は水色という派手なカラーリングだった。

 二機はギゴガゴと異音を立てて変形し、スタースクリームがいるビルの屋上に着地する。

 その姿は、色こそビークルモードの時のままの紫と水色だったが、それ以外はスタースクリームと全く同じだった。

 

「やーっと見つけたぜー! どうよ、俺らの新しいビークルモードは! お前とお揃いだぜ!」

「久し振り、スタースクリーム。また会えて嬉しいよ」

「スカイワープ。それにサンダークラッカーか。……ああ、久し振りだな」

 

 サイバトロンにいたころは直属の部下だった同型の二人との再会に、しかしスタースクリームのテンションは低い。

 

「どうしたんだよ、スタースクリーム? って言うか何だよその刺青」

「似合ってはいるが……少し派手だな」

「ほっとけ」

 

 ジェット機型ディセプティコン三人が話している間に街を一周した二機のヘリ型ディセプティコンは、プラネタワーが吹き飛ばされた跡に出来たクレーターに飛んでいく。

 クレーターの上空にやってくると、ワイヤーを切り離して吊り下げていたオプティマスの残骸を地面に落とした。

 

 地上にはザ・フォールンを信奉するディセプティコン、十数体が待ち受けていた。

 彼らは地響きを立てて落着したオプティマスの骸を、プラネタワーの残骸を組み上げて造り上げた十字架に鎖で括りつける。

 その間にも、オプティマスを罵り、嘲り、愚弄する。

 あるいは足蹴にし、爪や武器で骸を傷つけ、唾を吐きかけ、得体の知れない粘液を擦りつけ、塗料でオプティマスの体に侮辱的な言葉を書き込んだ。

 ボーンクラッシャーの同型などは、オプティマスの顔を歪むまで殴りつけている。

 

 ビルの上から見物しているスカイワープが思わず声を上げる。

 

「うっひゃー! まったくヒデエもんだぜ!!」

「見るに堪えないな……ディセプティコンの信条は戦いだ。死者を愚弄することの何処に誇りがある」

「ああ……その通りだ」

 

 感傷的なサンダークラッカーの言葉に頷くスタースクリーム。

 スカイワープと当のサンダークラッカーは、このスタースクリームらしからぬ言葉にギョッとする。

 

 クレーターではディセプティコンたちがオプティマスを完全に十字架に固定すると、全員掛かりで十字架を起こし地面に立てた。

 そして、全員で歓声を上げる。

 中継車型ディセプティコンは一部始終を性的興奮さえ覚えている様子で、記録していた。

 

「あれがオプティマス・プライムに相応しい最後か? 奴はオートボットとはいえ偉大なリーダーであり、誇り高い戦士だったんだぞ? せめて丁重に葬ってやるのが、筋ってもんじゃねえか?」

 

 スタースクリームは苦虫を噛み潰したような表情で(はりつけ)にされたオートボット総司令官とそれに群がるディセプティコンたちを見まわす。

 

「俺たちは残酷だ。狡猾で欲深く、そして戦い好きだ。しかし下種じゃなかったはずだ」

「なあ、お前本当にスタースクリームか? 作画ミスで誰かと入れ替わってんじゃないか?」

 

 怪訝そうな顔で尋ねてくるスカイワープに、スタースクリームは相手と同じような顔をする。

 

「何言ってんだ?」

「つまりスカイワープはこう言いたいのさ。スタースクリーム……お前、変わったな」

「ああ、色々あったからな……本当に、色々とあったんだよ」

 

 何処か不安げな目で見てくるサンダークラッカーに対し、スタースクリームはしみじみと答える。

 静かに排気していたスタースクリームだが、急に飛んで来た通信に顔をしかめた。

 

「チッ! 呼び出しだ……ザ・フォールンからな。また後で話そう」

 

 そう言ってスタースクリームは同型二機を残して飛び立つのだった。

 

 

 

 今や鋼鉄の要塞と化した空中神殿の内部は、無数の曲線的なパーツが蠢き機械で出来ていながらまるで生物の体内のような様相だった。

 巨獣の腸内のような通路を、フレンジー、バリケード、ボーンクラッシャーの三人が歩いていた。

 しかし、ボーンクラッシャーはあちこち傷だらけで、すでに一戦やらかしたかのようだ。

 

「無茶しすぎだぞボーンクラッシャー」

「仕方ないだろ。……あんなのあんまりだ」

 

 バリケードが呆れたように言うと、ボーンクラッシャーはブスッとして言葉を返す。

 彼はこの神殿に入って祭壇の前に辿り着くや、良く考えもせずにレイを助けようとしたのだ。

 結果はザ・フォールンの超能力によって叩きのめされて今に至る。

 

「……何でメガトロン様は、レイを助けないんだ?」

「……知るかよ」

 

 不機嫌に問いを放つボーンクラッシャーだが、先頭を歩くフレンジーはボーンクラッシャー以上に不機嫌そうだった。

 レイと特に仲のいい彼は、故に特に現状に不満を抱いていた。

 

「なあ、バリケード。お前はどう思う?」

「…………どう、とは?」

「メガトロン様は、いつまであんな連中の好きにさせているんだ? レイちゃんを助けないのか? ……まさか、ずっとこのままか?」

「……俺が知るか。そもそも、俺らは一兵士だぞ。今まで通り、生き残ることに徹しっていればいいんだ」

 

 相方の問いを、バリケードは一蹴する。

 ディセプティコンの中にあって理に敏い彼は、ザ・フォールンに逆らって明日が無いことをよく分かっていた。

 それでも表情が苦み走った物になるのは避けられなかった。

 

「あーそうだな、お前映画シリーズとかだとチャッカリいつまでも生き残りそうな面してるし」

「何だそれ……」

「俺はやっぱり納得いかん。何とかしてレイを助けないと」

「そりゃ分かってるさ。しかしどうやって……おい、ありゃ何だ?」

 

 しばらく言い合いながら歩いていた三人だが、フレンジーが何かに気が付いた。

 何かと残る二人がそちらを見れば、何人かのディセプティコンが二つのグループに分かれて揉めていた。

 

「ああ!? テメエらもう一度言ってみやがれ! この無念三兄弟どもが!!」

「何度でも言ってやらあ、俺らの邪魔をするんじゃねえよ! このプレデターのパクリキャラどもが!!」

 

 一方は揃ってカメラレンズのような単眼が特徴的な、小柄で肘にビークルモードのドアが翅のように配置されている赤い体色のスウィンドル、翼を背負い後ろに伸びたトンガリ頭に上半身と下半身がアンバランスな灰色のドレッドウィング、この中では大柄で屈強な体格をした藍色のペイロードの三人だ。

 どういうワケか、この三人はブラジオンに取り入っており、周囲に威張り散らしていた。

 もう一方はドレッドヘアのような触手が特徴のクランクケース、クロウバー、ハチェットらドレッズの三人だ。

 

「テメエら! 何してやがる!!」

「こいつらがリンダちゃんたちを苛めてやがったんだ!!」

 

 トテトテと近づいたフレンジーが問えば、クランクケースは自分の背後を示す。

 見れば低く唸るハチェットの背後で、傷だらけのリンダとワレチューが蹲っていた。

 フレンジーが視線を向けると、三人の中では赤いボディで小柄なスウィンドルがカメラレンズその物の顔を面倒くさげに傾ける。

 

「ああん? 苛めとは人聞きの悪い……躾けだよ躾け! グズでノロマなゴミどもを一人前の兵士にしてやろうっつう先輩の親切心よ!」

「うそだ!!」

 

 急に幼い声がして、ハチェットの影からガルヴァが這い出してきた。さらに後ろからサイクロナスとスカージもいたが、どちらの雛も恐怖に震えている。

 

「りんだとわれちゅーは、こいつらから、ぼくたちをまもろうとしたんだ!!」

 

 ガルヴァの言葉にギロリと睨むフレンジーたちだが、スウィンドルは単眼しかない顔で器用に下卑た笑みを浮かべる。

 

「この餓鬼どもときたら、絵本だの玩具だのを弄ってばかりだからな! 俺らがディセプティコンにとって大事なことを教えてやったのさ!! それを邪魔するから、こうなるんだよ!!」

 

 スウィンドルの言葉に合わせ、ペイロードが何やら床に落とす。

 金属製の輪に鎖、棘だらけの棒に鞭、それに銃やら爆弾やらだ。明らかに子供に触れさせる物ではない。

 リンダは憎々しげな視線を床に転がる凶器に向ける。

 

「こいつら……訓練だっつってガキどもを傷つけてやがってんだ……!」

「テメエら! ガルヴァたちはメガトロン様の子供だぞ!! それを……」

 

 怒りに顔を歪めるフレンジーを見て、単眼三人組は腹を抱えて嗤う。

 

「ヒャッヒャッヒャ! こっちはザ・フォールン様の命令なんだよ!」

「それに何ムキになっているんだ? ガキなどこれから山と生まれるんだ」

「一匹や二匹壊したって……ウププ」

 

 さも可笑しいとばかりに笑う単眼たちに、フレンジーは怒りが爆発しそうになっていた。

 

「だいたいからしてメガトロンの子供だあ? なに? 有機生命体ゴッコでちゅかあ? まったくこれだから馬鹿な餓鬼は……あべし!?」

 

 次の瞬間、ボーンクラッシャーがスウィンドルのレンズ状の顔を殴りつけていた。

 

「な!? て、テメエ!」

「失せろ……!」

 

 低い声で脅すボーンクラッシャーに対し、すぐさまドレッドウィングが両腕を銃に変形させペイロードが掴みかかろうとするが、それより一瞬早くクランクケースとクロウバーが銃を抜きそれぞれの頭にピッタリと狙いを着けた。

 ハチェットはいつでも飛び掛かれる体勢になる。

 

「な!? て、テメエらぁ! 俺らにこんなことしてタダで済むと……ひでぶぅ!」

 

 立ち上がってグチャグチャと言うスウィンドルの顔面をボーンクラッシャーがもう一発殴る。

 

「お、おい! バリケード、こいつらを止めてくれ!!」

「俺が知るか」

 

 ドレッドウィングは喧嘩に加わらず腕を組んで佇んでいるバリケードに助けを求めるが、それをパトカー型ディセプティコンは低い声で切って捨てる。

 

「く、クソッ! ザ・フォールン様に言いつけてやるからな! 行こうぜ、皆!」

「馬鹿な奴らだ……」

「ああ」

 

 捨て台詞を吐いて、スウィンドルたちは退散する。

 単眼たちの気配が無くなったのを確認してから、ドレッズたちはリンダを助け起こす。

 

「リンダちゃん! 大丈夫か!?」

「ああ……わりいな、手間かけさせちまった」

「オイラの心配もしてくれっちゅ……」

 

 力無く笑むリンダと不貞腐れるワレチューは何をされたのか、あちこち擦り傷と打撲だらけだ。雛たちも身を寄せ合って震えている。

 バリケードは、ふと言葉を漏らした。

 

「なあ、これは提案だが……リンダたちにはいったん、ディセプティコンを抜けてもらった方がいいんじゃないか?」

「は?」

「いや、今のディセプティコンはリンダには辛いだろう。……リンダたちだけじゃない、クローンや人造トランスフォーマーが暴行されることが増えている」

 

 静かな中に怒りを滲ませながらバリケードが言う通り、ディセプティコンたちは有機生命体や人造トランスフォーマーを仲間として見ておらず、折に触れて暴力を振るっていた。

 その根底にあるのは、ザ・フォールンの『オールスパークに生み出した命以外は命に非ず』という思想だ。

 

「その方が良いかもな。オートボットはともかく、お人好しの女神どもなら、投降すれば悪いようにはしないはずだ」

 

 クロウバーもバリケードの意見に賛成する。

 相方の意見に、クランクケースは腕を組んで考える。

 確かに、今のままではリンダの命がいくつあっても足りない。

 安全のためには、その方が……。

 

「いや、それはできねえ」

 

 だが当のリンダは首を横に振り、サイクロナスとスカージの頭を撫でた。

 

「今アタイが抜けたら、だれがガキどもを護るんだ? アタイは姐さんに言われたんだ、ガルヴァたちを頼むって……」

「リンダちゃん……」

 

 決意を口にするリンダに、クランクケースは胸打たれていた。

 こうまでして子供を護ろうとする者も、忠を尽くす者も、ディセプティコンにはそうはいない。

 

「ならリンダちゃんは俺たちが守るYO!」

「まあ、それも悪くはない」

「がうがう!!」

「お前ら……おう、頼んだぜ!」

「ここまで来たら、付き合うっちゅよ。悪党には悪党の友情があるっちゅ」

 

 陽気に振る舞うドレッズに、リンダは感謝をこめてニッと笑み、ワレチューも笑みを浮かべるのだった。

 

「…………」

 

 一方で、ガルヴァは激しい怒りに満ちた視線をここではない何処かに向けていた。

 母や自分たちを酷い目に合せる堕落せし者に。

 その顔に何処か……オートボットを強く憎むメガトロンの面影が見えた気がしてフレンジーは思わず声をかける。

 

「なあ、ガルヴァ。無茶はすんなよ。……レイちゃんが悲しむぜ」

 

 しかしガルヴァは答えず、胸の内に決意を漲らせていた。

 

 何としてでも、母を救い出さねばと。

 

 

 

 

「ここから出しなさいよー! あたしを誰だと思ってるのよ!!」

 

 空中神殿の一室に天井から鳥籠のような檻が吊るされ、その中にこの神殿に似つかわしくない生き物が入れられていた。

 

「出さないと訴えるわよ! 訴えて勝つわよ! 出せー!!」

 

 デフォルメされたドクロをあしらったフリルだらけのピンクの衣装に、長い金髪。子供そのもの体躯。

 キャンキャンと甲高い声を上げながら、ガシャガシャと檻を揺らす。

 

 自称幼年幼女の味方のアブネスである。

 

 プラネタワーからこの空中神殿にセンチネルが転送されたおり、落としたテレビカメラを拾おうとしてひっそりとポータルに巻き込まれていたのだ。……なお、お付きの黒子は真っ先に逃げた。

 

「騒がしいぞ」

 

 老いた身でありながら屈強な赤い体を持つセンチネル・プライムが部屋に入ってきた。

 

「このガンダ○モドキ! ここから出しなさーい!!」

「殺されないだけでもありがたいと思って欲しいのだがな。……ほら、食事を持ってきた。食べるといい」

 

 センチネルはパンとハムとペットボトル入りの水の乗ったトレーを檻の隙間から入れる。

 アブネスは食事を受け取ったが文句を垂れる。

 

「毎日毎日、こればっかり! もうちょっとマシな物を食べさせてよ!」

「悪いが、人間の食べる物はよく分からなくてな」

「むう!」

 

 生殺与奪の権利を握られているのに、このふてぶてしい態度。

 ぶれないアブネスに、センチネルは表情にこそ出さないが感心していた。

 

「ここから出たところで、お前たちに未来はないぞ。いずれシェアエナジーは吸い尽くされ、この世界は滅ぶのだ」

「…………あんた、何でこんなことするのよ? あのデカブツは仲間だったんじゃないの?」

 

 言い終えてから、アブネスはバリバリとハムを噛み砕く。

 デカブツとは、非業の死を遂げたオプティマス・プライムのことに他ならない。

 センチネルは一つ排気した。

 

「未来のためだ」

「未来?」

「我が故郷の未来、我が種族の未来。トランスフォーマーが、これから先も永遠に生き残り続けるためだ」

 

 静かに、決然と語られた言葉に、しかしアブネスはしかめっ面を大きくする。

 

「子供を犠牲にした未来になんて、なんの意味があるってのよ!」

「…………それでも、だ。屍の山を築いたとしても、罪なき命を犠牲にしたとしても、儂は確実な種の保存を選ばねばならん。……それが、プライムの使命だ」

「何が使命よ! わたしは認めないわよ、そんなの! 幼年幼女を傷つけて得た未来なんて、願い下げよ!!」

 

 どこまでも我を貫くアブネスに、センチネルは少しだけ微笑んだ。疲れ切った笑みだった。

 

「君は自分本位で勝手気ままだが、本質としては利他的なのだな。……故にどこまでも我を通して生きられる。そんな生き方が少し羨ましい」

「何よその言い方! まるで自分が好き勝手に生きてないみたいじゃない!」

 

 吠えるアブネスだが、センチネルは鳥籠に背を向けた。

 

「仕方があるまい。君のようには生きられぬ。……儂は、プライムだからな」

「なによそれ……? ち、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 自身の背に投げかけられるアブネスの声に応えず、センチネルは部屋を後にするのだった。

 

 

 

 ややあって。

 空中神殿の中心部にはあのストーンサークルが収納され、司令部として機能していた。

 

 無数の機械触手に取り込まれ、装置の一部のようになってしまったレイと共に。

 

 祭壇の上には球体状の巨大な光球が、虹色に輝いていた。シェアハーヴェスターが奪ったシェアエナジーの塊である。

 

「ぎゃあああああ! ぎぃゃああああああッ!!」

「……おそらくお前たちは、こう思っているだろう。何故、一思いにシェアエナジーを吸い尽くしてしまわないのか、と」

 

 祭壇の前で、ザ・フォールンが機械を操作してレイに苦痛を与えていた。その度に、シェアエナジーの球体が少しずつ大きくなっていく。

 その後ろにはメガトロン、スタースクリーム、サウンドウェーブ、ショックウェーブ、そしてセンチネルとブラジオンら、ディセプティコンの幹部が集まっていた。

 

「奴らに与えてやるためだ。恐怖、苦痛、悔恨、そして絶望をな……」

「しかし、ザ・フォールン様。このままミス・レイに苦痛を与え続けては、やがて彼女は力尽きてしまうのでは? そうなれば、もうシェアエナジーを集められません」

 

 冷静なショックウェーブの問いに、ザ・フォールンは答えない。

 代わりに、ブラジオンが口を開く。

 

「その時は、スペアを使えばいい。この世界には他に八匹の女神がいるのだ」

「……随分と、行きあたりばったりなこって」

 

 傲然と放たれたブラジオンの言葉に、スタースクリームが小さく吐き捨て、一方でサウンドウェーブが僅かに怪訝そうな顔をした。

 

「八匹?」

「そうまさにそこよ。女神どもを取り逃がしたのは、失態では無かった。……全ては運命の導きだったのだ。サウンドウェーブよ、貴様はこの世界のネットワークを通じて最後のプライムの姿をこの世界の塵どもに見せつけてやれ」

 

 ほくそ笑むザ・フォールンは、さらにこの世界の人々を苦しめる策を思いつく。

 底知れぬこの世界への憎悪に、三参謀は揃って顔をしかめた。

 そもそも彼らはメガトロンの部下であって、ザ・フォールンの部下ではない。

 

 だが彼らの主君たるメガトロンは、相変わらず生気の無い顔をしていた。

 

 それでも部下に指示を出す。

 

「……行け、サウンドウェーブ」

「了解」

 

 その一言で主君の意を汲み、サウンドウェーブは司令部を退出した。

 一方で、ザ・フォールンは酷薄な笑みを浮かべる。

 

「さて、次はラステイションを攻撃するとしよう……」

「ラステイションですか? しかしまずはプラネテューヌを完全に占領するべきでは?」

 

 堕落せし者の言葉にスタースクリームが参謀として異を唱えるが、ザ・フォールンは鼻を鳴らすような音を出す。

 

「愚か者めが。女神の予備を捕らえると言っておるのだ。……行け、センチネル。貴様が指揮を取れ」

「御意」

 

 センチネルが頷くと、ザ・フォールンはレイに苦痛を与えつつジワジワとシェアエナジーを奪う作業に戻る。

 話が終わったことを察し、ディセプティコンの幹部たちはそれぞれの仕事に戻るべく退室していく。

 

「もうすぐだ。もうすぐ、オールスパークが戻ってくる……!」

 

 ザ・フォールンは恍惚とした表情で、光球を見上げていた。

 残ったメガトロンは、ザ・フォールンと彼に甚振られるレイを見上げ、過去のことを回想する。

 

 プラネタワーで感謝祭が開催されていた裏で、自分たちがこの神殿に連れ去らわれた時。

 自身が心が叩き折られた、あの時のことを。

 

 




ま た し て も 分 割。
全く本当に計画性ないな……。

いやスタスクとスカワ、サンクラの再会とか、ドレッズとリンダのこととか盛り込んでたら長くなっちゃいました。

そんなワケで、メガトロンの話は次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第150話 運命

 空中神殿の中枢に位置する司令部。

 祭壇の上には、シェアの塊である光球に照らされて散々と痛めつけられたレイがグッタリと項垂れて荒く息を吐いていた。

 ザ・フォールンの姿はなく、その間だけはレイも休息できるのだった。

 

 と、壁の換気口の一つを塞いでいる金網がゴソゴソと揺れ、ついに外れて下に落ちる。

 そして換気口の中から顔を出したのは、銀に青と黒の配色に頭に一対の角があるトランスフォーマーの雛……ガルヴァだ。

 

 ガルヴァが周りを警戒しながら床に降りると、続いて紫色で頭に二本の角のあるサイクロナスと、背中に翼があるスカーと分身たちジも換気口から出てくる。

 

「みんな、しずかにするんだぞ……」

 

 先頭を行くガルヴァは、後に続く弟たちに向かってシーッと人差し指を唇に当てる。

 サイクロナスは頷いたが、スカージたちは首を傾げていた。

 祭壇の階段をエッチラオッチラ登った雛たちは、虚ろな顔の母を見上げた。

 

「ははうえ、いまたすけます……!」

 

 いったい、何をしようと言うのか?

 

  *  *  *

 

 時間は遡る。

 

 ダイナマイトデカい感謝祭が開催されていたのと同じころ。

 メガトロンはスノート・アーゼムによって、ガルヴァ諸共プラネタワーの地下監獄から転送させられた。

 

「むう……ここは?」

 

 ポータルから放り出されたメガトロンが当たりを見回すと、そこは暗く広大な空間だった。

 何やら、天井が高く湿っぽい洞穴のようだ。

 

「ッ! そうだ、ガルヴァ! レイ!」

 

 慌てて共にポータルに飲み込まれた女神と雛の姿を探す。

 ガルヴァはすぐ近くに倒れていた。

 抱き上げてスキャンすれば、意識を失っているだけだった。

 

「破壊大帝メガトロンともあろう者が、随分とこやつらに拘るな」

 

 ホッと息を吐いた時、この洞穴の闇より昏い声が聞こえた。

 声のする方を向けば、そこには信じられないほど古い石造りの祭壇が置かれ、その上に女神化したレイが立っていた。

 しかし顔からは一切の表情が消えていた。

 

 ふと、メガトロンは思う。

 

 一万年の長きを生きるレイだが、男性と交際した経験は全くなく、本人は自嘲気味に自分に魅力が無いからだと抜かす。

 少なくとも、ゲイムギョウ界の男にとってレイはあまり美しくは見えないらしい。

 

 ……馬鹿な話だ。きっと太陽の下でしかレイを見たことがないのだろう。

 

 月や星の光をレイの薄青の髪や瞳が反射し淡く輝く……その姿が、メガトロンには例えようもなく美しく見えた。

 そうでなくともゲイムギョウ界の男どもは、レイが服の下に隠している肌の白さも、着痩せすることも、笑顔の魅力も、子守歌の響きも、何も知らないに違いない。知っていたら、手放すものか。

 

「ここはプラネテューヌ地下深く、タリの空中神殿だ」

 

 そんな思考はなおも続く昏い声に遮られた。

 レイの後ろに、闇に溶け込むようにして黒衣と仮面の男……スノート・アーゼムが立っていた。

 

「くくく、もう俺の正体には気付いておろう?」

「ええ。……お久しぶりです。師よ」

 

 メガトロンは軽く頭を下げた。

 

 Sunort(スノート)Agem(アーゼム)……反対から読めばMegatronus(メガトロナス)

 

 簡単なアナグラムだ。

 そしてメガトロナスとは、メガトロンの師であるザ・フォールンの、かつての名だ。

 

「師よ、レイに何をしたのです?」

「これの精神には、俺が細工を施しておいたのだ。俺の言葉に従うようにな」

 

 異様な様子のレイが気にかかりメガトロンが質問すれば、アーゼムことザ・フォールンは静かに予想していた通りの答えを返してきた。

 レイが一万年の間に繰り返してきたという記憶のリセット。

 それはザ・フォールンが何らかの方法で定期的に記憶を失うように細工していたに違いない。

 余計な知恵を着けないようにか、あるいは……。

 

「そも、この俺が飢えていたこの女を見出したのだ。すなわち、この貧相な女が分不相応な権勢を誇れたのも、この俺のおかげだ」

「そしてゲハバーンによって討たれたのも、ですかな?」

 

 古の大国タリは、レイがゲハバーンを振るう剣闘士に討たれたために滅んだ。

 だがゲハバーンが女神の力を保管しておくためにザ・フォールンが用意した物なら、かのタリショックも堕落せし者が仕組んだ自作自演(マッチポンプ)だったことになる。

 

「その通り。あの国のことを兄弟たちが嗅ぎつけたでな。……というのは表向きの理由。真の理由は、『決まっていた』からだ」

「決まっていた……?」

 

 師の言っている意味が分からず思わず聞き返すメガトロン。

 タリが滅んだのは、ザ・フォールン……当時のメガトロナス・プライムがレイに隠れて資源を搾取していたことが他のプライムたちに知られ、その証拠隠滅だと思っていた。

 しかし、そうではなかったということか。

 

「俺は真実を知った。未来を知ったのだよ、我が弟子」

「…………」

 

 そろそろ、ザ・フォールンの言っていることが単なる妄言ではないのかとメガトロンは思い始めていた。

 

「まあ待て。話を続ける前に、まずはもう一人を迎えに行かねばな……」

「もう一人? ……むッ!?」

 

 ザ・フォールンが軽く手を挙げると洞穴全体が揺れ出した。床全体が上昇しているのだ。振動からして、メガトロンたちが乗っている物体は相当に巨大だった。

 天井にぶつかりそうになるが、一同のいる場所は半球状のバリアによって守られる。

 そのまま天井を……そして大量の土砂を押し退けて上昇していき、やがて地上に達した。

 

 そこはプラネテューヌの首都だった。

 ビル群を破壊しながら昇っていく。

 

 やはり、メガトロンたちがいたのは途方もなく大きい構造物の上だった。

 と、メガトロンと祭壇の間に空間の穴が開く。レイの力を使ったポータルだ。

 

「ッ! 貴様は……!!」

 

 ポータルの中から現れたのは、老人めいた顔とそれに似合わぬ逞しい体格を持った赤いトランスフォーマー。

 メガトロンにとっては忘れ難い、オプティマスとは違う意味で因縁の敵であるセンチネル・プライムだった。

 

「センチネル、貴様何故……!」

「止めよメガトロン。こやつは味方だ」

「味方……ですと!?」

 

 仇敵の姿に構えるメガトロンだが、ザ・フォールンが制止する。

 意味が分からず目を見開くメガトロンに対し、センチネルは無言だった。

 一方でザ・フォールンは低い笑い声を漏らした。

 

「真実を見せてやったからだ。こやつも、それを知って我が軍門に降ることを決意したのだ」

 

――あのセンチネルが、ディセプティコンの配下になることを選ぶだと?

 

 内心の動揺をさとられないように表情を消すメガトロンだが、ザ・フォールンにはお見通しのようだ。

 

「そして、お前にも見せてやろう」

 

 言うや、メガトロンの周囲の風景が変わっていく。

 立体映像による仮想空間だ。

 

 宇宙を飛んで行くエネルゴンキューブ。

 過去へ遡り、後のゲイムギョウ界に墜落するキューブ。

 砕け散り、ゲイムギョウ界その物を憑代とするオールスパーク。

 そして女神の誕生……。

 

 しかし、それらはメガトロンを驚かせるには至らなかった。どれも推測していた通りのことだ。

 

「ふふふ、予想していたという面だな。……では、これはどうかな?」

 

 映像が変わる。

 どことも付かぬ惑星の荒野で、二つの勢力が争っていた。

 

 片方はオートボット、もう片方はディセプティコン。

 

 これもメガトロンにとっては見慣れた光景だ。

 しかし、それぞれの陣営の先頭に立つのはオプティマスとメガトロンではなく、赤とオレンジの機体と、紫色の機体だった。

 

「ひよっこロディマスめが! 今日こそ叩き潰してくれる!!」

「ガルバトロン! オプティマスに代わってお前を討つ!!」

 

 ……それは、メガトロンの息子たちと同じ名を持ち、その面影を感じさせるトランスフォーマーだった。

 

「何だコレは!? どういうことだ!!」

 

 思わず口に出す。

 何故、息子たちが戦っているのか?

 メガトロンの疑問に答えることなく、戦いは続く。

 

 頭と体がそれぞれ別のロボットになっているトランスフォーマーたち。

 ゴリラや恐竜などの獣の姿を持った者たち。

 小さなトランスフォーマーと合体して力を引き出す者たち。

 

 誰かが倒れても、別に誰かにその役目が引き継がれる。

 終わることなく、気の遠くなるような未来までも。

 

 メガトロンは察した。この映像が、何なのかを。

 そしてそれはメガトロンにとって到底容認できる物ではなかった。

 

「これが……これが、トランスフォーマーの未来だと言うのか!!」

「そうだ。我らは永遠に戦い続ける宿命なのだ」

「ッ! 誰がそんなことを決めた! 貴方か、センチネルか、古代のプライムか!?」

「違う」

 

 納得いかずに吼えるメガトロンに、何処からか聞こえるザ・フォールンの声が答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我らの運命。それを決めたのは……………オールスパークだ」

「…………は?」

 

 言われたことが理解できずに、思わずメガトロンの目が丸くなる。

 しかしすぐに目つきに鋭さが戻った。

 

「何を馬鹿なことを!」

「馬鹿なことではない。……遥かな昔日に我らは皆、オールスパークからこの予言を啓示として受けたのだ」

 

 ザ・フォールンの言う『我ら』とは、最初の13人のことで間違いないだろう。

 

「遥かな未来までの記憶……それを受け取った時、俺は理解した。これこそがオールスパークの望むこと。我らは戦い続けるために生まれたのだと」

「……なるほど、それで貴方は、その予言を上手く利用することにしたと」

 

 この言葉が真実ならばザ・フォールンは早い段階から未来を知っていたことになる。

 プライム同士での殺し合いも、星が滅びかけるほどの戦争も、回避することが出来たはずだ。

 そうした様子が無いということは、おそらくはディセプティコンにとって有益になるよう利用することにしたのだろう。

 納得は出来ないが、理解は出来る思考だとメガトロンは思う。

 

 だが。

 

「……利用? 馬鹿を言うな。俺は、オールスパークの意思に沿って歴史が流れるように動いてきたのだ」

「なッ!?」

「子は親のために尽くす物だ。……ならば、我らがオールスパークの願う通りにするのは当然のことではないか。それこそがプライムに課せられた真の使命なのだ」

 

 師の言葉に、ついにメガトロンは絶句する。

 堕落せし者が自身の言葉の通りに暗躍してきたのならつまり……。

 

「この女神を利用し、兄弟たちを殺した。ノヴァ・プライムの宇宙船に細工して宇宙の彼方に追放し、ガーディアン・プライムを暗殺してディセプティコンが差別されるように仕向けて憎しみを煽り、ゼータ・プライムの仲間に奴を殺すよう諭した……そしてセンチネルを過去に送り込み、スペースブリッジを手に入れたのだ」

 

 つまり、永きに渡るディセプティコンへの迫害、故郷を焼き尽くした戦争は堕ちたプライムの掌の上だったということだ。

 

「貴方は……貴方は! 自らの眷属が艱難辛苦にあることを何とも思わなかったのか! 故郷が焼き尽くされ破壊されていく姿を見て、何も感じなかったのか!!」

「もちろん、それは悲しいことだった……しかし、オールスパークの意思に勝る物はない。この俺自身を含めてな。この世界の全てはオールスパークの庭なのだから」

 

 ついに辛抱できなくなったメガトロンは、幻の光景に向けてフュージョンカノンを発射する。

 

「センチネル! 貴様もか! 貴様もこの未来を受け入れたのか!? 永遠に続く戦いを! 永遠に続く苦しみを!!」

「そうだ。トランスフォーマーが永遠に戦い続けるのならば……それは滅ぶことなく、永遠に種が存続していけるということだ」

 

 何処からか聞こえるセンチネルの声は、感情を感じさせない平坦な物だった。

 

「不確かな未来より、確実に生存できる未来を……儂は取捨選択したのだ」

「きっさまらぁああああッッ!!」

 

 フュージョンカノンを乱射しながら、メガトロンは怒りに満ちた咆哮を上げる。

 

「ザ・フォールン!! もはや貴様を師とは思わん!! 俺は、俺は貴様たちとは違う!! 俺は自分の意思で生きてきた! 自分の力で運命を切り開いてきたんだ!! 例えオールスパークの意思であろうと、俺の前に立ちはだかるなら、破壊してくれる!!」

「フッ……自分の意思、自分の力、か」

 

 だが応えたザ・フォールンの声には嘲るような調子が含まれていた。

 再び周囲の景色が変わっていく。

 洞窟のような場所、暗い暗い闇の中。トランスフォーマーですら見通せない真正の闇。

 

「こ、ここは……!」

 

 そしてメガトロンにとっては絶対に忘れられない場所。

 惑星サイバトロンの鉱山。

 

「分かっているはずだぞ、メガトロン。俺が未来を知っていたのなら……お前のことも知っていたと」

 

 メガトロンの目の前で、もう一人のメガトロンが土砂を掘り進めていた。

 諦めることなく、ひたすらに、ひた向きに。

 鉱夫だったころに、落盤事故に巻き込まれて闇の中に一人取り残されたメガトロンは土砂を掘り抜いて脱出したのだ。

 

「い、今更こんな物を見せてどうしようと言うのだ!!」

「ああ、気付いていたはずだ。しかし、その可能性からお前は目を逸らしている。あの落盤事故は…………俺が仕組んだのだ」

「ッ!」

 

 メガトロンの顔が知りたくなかった、気付きたくなかったという風に歪む。

 暗闇の中からの脱出は、メガトロンを支える核のような思い出なのだ。

 

「し、しかし……俺は自分の力であの土砂を掘り抜いた! 俺の、俺だけの力で!!」

「いいやメガトロン。お前は何故、途中で諦めなかった? 何故、途中で死を受け入れなかった? 生存本能か? 希望が故か? ……いいや違う。俺が思念波を送って導いたからだ」

「う、嘘だ、嘘だ!!」

 

 目の前の幻を打ち払おうとフュージョンカノンを撃ち続けるメガトロンだが、仮想空間は消えない。

 また別の光景が映し出される。

 

 メガトロンが、プライムの後継者として選ばれず雨の中で涙していた。

 

「この時もそうだ。俺はお前を呼び寄せたのだ。……未来の歴史を知った時、そこには当然、お前もいたのだ。メガトロン、ディセプティコンを纏め上げた英雄がな」

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!!」

「だから、俺はずっとお前を観察していた。そしてお前の生涯を……演出した」

「嘘だぁあああああッッ!! 有り得ない、こんな、ことは……」

 

 ガックリと膝を突き、メガトロンは首を垂れる。

 今までずっと、メガトロンはどんな偉業も、どんな大罪も、自分の意思と力で成してきたと思っていた。

 だから背負うことが出来たのだ。

 

「お前がお前の意思で成したと思っていること」

「お前が自分の力で得たと思っている物」

 

 左右から、ザ・フォールンとセンチネルの声がメガトロンの聴覚センサーを叩く。

 

「しかし、その全てが……」

「やはり、その全てが……」

 

 仮想空間から映像と音が消えて全てが闇に包まれた。

 

『まやかしに、過ぎなかったのだ』

 

 取り残されたメガトロンの前に、一条の光が現れた。

 薄青の長い髪に、一対の角飾り。大きな翼。

 

「レイ……!」

 

 メガトロンは泣きそうな顔でレイに手を伸ばす。

 そうだ、例え今までのこと全てが偽りだとしても彼女は、彼女だけは……。

 だが、メガトロンが触れる寸前、レイは霧散するようにして消えてしまう。

 

「ああ……」

「そして、あの女との出会いもな。……彼女はお前との間に信頼を結んだのだろう。あるいは、愛を囁いたのかな? それらは全て、あらかじめ俺が『そう』なるように意識に細工してからに過ぎない」

「ああああ……」

「あの女の中には記憶をリセットした後にスムーズに動けるよう、偽の人格を植え付けてあったのだ。『キセイジョウ・レイ』と名乗るな。お前を愛していたのは、単なる仮面に過ぎなかったというワケだ。まあ、この女の記憶は全てリセットしたがな。もう、お前のことなど憶えておるまいよ」

「あああああ……!」

 

 絶望で、メガトロンのスパークが塗り潰されていく。

 彼をメガトロン足らしめていた、その全てが肉体から流れ出てしまったかのようだった。

 そうして抜け殻となったメガトロンの前に、ザ・フォールンが姿を現した。

 かつて、夢破れた日のように。

 

「これで分かっただろう。お前の人生は、俺の物だったのだ。お前の栄光、お前の偉業、全ては俺が用意してやったのだ」

 

 堕落せし者は、ゆったりと弟子に手を差し伸べた。

 その声はゾッとするほどに優しかった。だとしても欺瞞に満ちた優しさだ。

 

「だから、これからも俺の役に立っておくれ。我が弟子よ」

「…………はい、師よ。仰せの通りに」

 

 もはや絶望に心折れ、生きながらにして死んでいるも同然のようなメガトロンは、力無く差し出された手を取るのだった。

 

  *  *  *

 

 そして、時間は現在に戻る。

 

「………………」

 

 メガトロンは神殿内の与えられた自室で動かずにいた。相変わらず生気がなく、ありていに言って腑抜けた状態だ。

 もはやここにいるのはメガトロンの抜け殻だった。

 

「メガトロン様、失礼する」

「……入れ」

 

 そこへ、側近たるサウンドウェーブがやってきた。

 バイザーの無いオプティックは珍しく心配げな色をしていた。

 

「何の用だ?」

「報告する。ラステイションを攻撃する準備が完了した。サポートとしてスタースクリームが付いていくことになった」

「そうか……」

 

 気の無い返事を返すメガトロンに、サウンドウェーブは珍しくあからさまにムッとする。

 

「メガトロン様、何があった? 今の貴方は、あまりにらしくない。具体的には、いつまでレイを放置しておくのか、回答を求める」

「…………」

 

 答えず黙っている主君に、サウンドウェーブは我知らず溜め排気を吐く。

 しばらくお互いに沈黙していた主従だが、やがてサウンドウェーブが言葉を吐き出した。

 

「メガトロン様、貴方に何があったのかは分からない。しかし、情報から予想することは出来る。ザ・フォールンはその言葉から察するに、膨大な情報を持っているのだろう。それこそ、余人から見れば全知と見えるほどの。……だが、その情報は恐らく、不完全」

「…………不完全?」

 

 ようやく、反応したメガトロンにサウンドウェーブは頷く。

 

「ザ・フォールンはゲイムギョウ界に女神は『八匹』いると言った」

「ああ……言っていたな」

 

 少し前のことを記憶から引っ張り出すメガトロンの前で、サウンドウェーブは続ける。

 

「思い出してほしい。女神はプラネテューヌに二人、ラステイションに二人、ルウィーに三人、ここまでで七人。そしてリーンボックスに……二人」

「ッ! 『九人』!!」

「そうだ。おそらく、ザ・フォールンにとってもリーンボックスの女神候補生は、想定外」

 

 リーンボックスの女神候補生、アリス。

 ディセプティコンのスパイから転身を果たした、異色の女神。

 その存在はメガトロンやサウンドウェーブのみならず、堕落せし者にとってもイレギュラーだったようだ。

 

「ザ・フォールンの知識は完璧ではない。付け入る隙はあるはずだ」

 

 そう言って、サウンドウェーブは踵を返す。

 去り際に、振り返らずにサウンドウェーブは言う。

 

「何があったとしても、俺は貴方に付いてきたことを後悔しない。……それだけは憶えておいてくれ」

「…………俺は」

 

 メガトロンがずっと共にいた参謀に、言葉をかけようと口を開いた時、急にサウンドウェーブが声を出した。

 

「……司令部に異常あり。レイに何かあった模様」

「行くぞ!」

 

 一瞬でいつもの情報参謀の顔に戻ったサウンドウェーブの言葉に、メガトロンは弾かれたように走り出した。

 

「レイのこととなると、必死だな」

 

 一瞬だがメガトロンの目に力が戻ったことを見落とさなかったサウンドウェーブは、その背を見ながらヤレヤレと微笑むのだった。

 

 

「はなせ、はなせー!!」

「この餓鬼!!」

 

 司令部では、ガルヴァら雛たちがスウィンドル、ドレッドウイング、ペイロードの単眼三人組に捕らえられていた。

 母たるレイを救うべく乗り込んできたはいいものの、失敗に終わったようだ。

 

「みてろ! ちちうえが、おまえたちなんか、やっつけてくれるぞ!!」

「ハッ! もうメガトロンなんざ怖くもなんとも……」

「何事だ!」

 

 喚くガルヴァを嘲笑するスウィンドルだが、そこへ当のメガトロンがサウンドウェーブを伴って現れた。

 ギラリと、破壊大帝の目が光る。

 

「俺の子に何かしたか?」

「……ッ! が、餓鬼どもが、この女を解放しようと……そ、その、機械を齧ろうとして……と、とにかくちゃんと躾けておけよ!」

 

 その視線に込められた怒気を感じ、震えるスウィンドルだがガルヴァを床に落とすとドレッドウイング、ペイロード共々、逃げるように去っていく。

 腑抜けているとしても、別にスウィンドルたちより弱くなったワケではない。

 

 メガトロンは屈んで雛たちと目線を合わせる。

 

「ガルヴァよ、どうしたのだ」

「…………」

 

 サイクロナスとスカージはすぐに父たるメガトロンに抱きつくが、ガルヴァだけは顔を背ける。

 

「ガルヴァ」

「ちちうえ。ははうえをたすけてください!!」

 

 ああ、やはりかとメガトロンは思う。

 聞くまでもなく、ここまでやってきたのは母を救うためだろう。

 しかし、それは出来ない。

 もはやあそこにいるレイは、ガルヴァたちの母親だった時のことなど忘れ去った抜け殻だ。自分と同じ。

 

「ははうえをたすけて! たすけてください! ちちうえ!!」

「…………」

「どうしてだまってるんです! どうしてたすけてくれないんです? ちちうえの、……ちちうえの、ばかーー! ばかぁああ!! うええええええんッ!!」

 

 何も言わない父に、ついにガルヴァは大声で泣き出した。

 つられて、サイクロナスとスカージも泣き出す。

 

「うええええん! うええええんッ!!」

「…………」

 

 メガトロンは只々、子供たちが泣くに任せていた。

 今の自分には、何も言う資格は無い。

 

 その時だ。

 

「……泣かな……いで……」

 

 雛たちの泣き声に小さな別の声が混じっていた。

 それは段々と大きくなっていく。

 

「泣かないで、あなたは一人じゃないの……」

 

 それは歌だった。

 レイが、いつも子供たちに聞かせている子守歌……。

 

「お母さんの温もりを憶えているでしょう? お父さんの大きな手を憶えているでしょう?」

 

 その声のする方をメガトロンは自然と見ていた。

 祭壇の上、機械に取り込まれたレイの、口元が動いている。

 

「私は憶えているわ、あなたの産声、あなたの温もりを」

 

 虚ろだったレイの表情が、僅かに優しげな笑みを浮かべる。

 

「兄弟の笑い声を知っているでしょう? 兄弟の笑う顔を知っているでしょう? ……私は知っているわ、あなたの笑い声、あなたの微笑みを」

 

 それは、条件反射だったのだろうか?

 子供の泣く声に反応して、消された記憶の残滓を再生しているのだろうか?

 ……メガトロンは、そうは思わなかった。

 

『生まれましたよ、メガトロン様! 元気な子供です!』

 

『そうやって、周りを巻き込むんですか? ……ガルヴァちゃんたちのことも』

 

『それはメガトロン様の考えでしょう! 子供たちに、ディセプティコンの価値観を押し付けないでください!』

 

『どうしても憎しみが捨てられないのなら、私が最後まで付き合います。だから……この子たちに平和な未来を』

 

 レイと言う女は、いつだって子供たちのために怒り、泣き、笑っていたのだから。

 

――ああ、そうか。お前はまだ、そこにいるのだな……。

 

 気付けば、破壊大帝の目から涙が流れていた。

 

「ははうえ……! ははうえー!」

 

 ガルヴァ、サイクロナス、スカージは母のもとへと駆けだした。

 祭壇の一部と化した母に縋りつき、涙を流す。

 

「泣くのではない、息子たちよ」

 

 力強い声に雛たちが振り向けば、メガトロンが涙を拭って立ち上がるところだった。

 金属の身体には活力が漲り、表情は精悍さを取り戻している。

 そして目は、爛々と赤く燃えていた。

 

 レイがそこにいるのなら、レイが戦っているのなら、腑抜けている場合ではない。

 

「母は、この俺が必ず助ける。しかし、そのためには準備が必要だ。今少し辛抱してくれ」

「! お、おとこはしんぼうがかんじん、ですね!!」

「その通りだ」

 

 大好きな父が戻ってきたことを理解した聡い息子に、メガトロンは笑み自身の胸を叩く。

 そして腹心の方に振り向いた。

 

「サウンドウェーブ、秘密の命令を頼みたい。……やってくれるか?」

「貴方のご命令なら、なんなりと」

「フッ……」

 

 恭しく頭を下げるサウンドウェーブに、メガトロンは相好を崩す。

 そして、機械に取り込まれているレイを見上げた。

 

「レイよ。必ず、お前を取り戻す。……待っていてくれ」

 

 それを最後にメガトロンは踵を返し、サウンドウェーブと雛たちを伴って振り返ることなく部屋を出ていった。

 

 祭壇の上のレイの口元は、僅かに笑みを浮かべていた。

 

 

 今ここに、メガトロンは本当の意味で運命を破壊すべく、動き出した。

 




また長くなりました。
本当はメガトロンが折れたトコで切る予定だったけど、それじゃあんまりにも鬱展開が続き過ぎってことで、ここまで明かしました。

次回はプラネテューヌに話が戻るけど、今週はリアルが忙しいので、更新が遅れるかもしれません。ごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第151話 去りゆく者たち

 ハネダシティ市庁舎の一室に赤とオレンジの体色を持つトランスフォーマーの雛がいた。

 もちろん、ロディマスである。

 

 今度はポータルで逃げないように誰かが代わる代わる見張っている。

 そのロディマスは、部屋の窓に張り付いて外を見ている。

 

 窓の外の市庁舎の中庭に女神たちとオートボット、そしてアイエフ、コンパ、イストワールが集まっていた。

 これからのことを話し合うためだ。

 ダイノボットとセターン姉妹もいるが、未だにリペア中のジャズはこの場におらず、立体映像での参加だ。

 

「おっす、ノワール」

「ネプテューヌ」

 

 ノワールはネプテューヌのスッキリとした顔から、彼女が立ち直ったことを察した。

 多分、アイエフやコンパが何かしたのだろう。

 だから、それ以上は何も言わずに微笑む。

 

「改めて、オプティマスを救う手立てがあるかもしれない」

 

 ジェットファイアは掌から映像を投射する。

 そこには、巨大な立方体……オールスパークから滴のような物が一つ落ち、それが形を変えていく姿が映し出されていた。

 

 神秘的に光り輝く結晶を、菱形の金属フレームが覆う。

 フレームには優美で細緻な模様があり、両端が反対に湾曲していた。

 

「リーダーのマトリクス。最初のプライムの内、長兄たる光の戦士プライマに授けられた至宝。……そして、オールスパークの分体とも呼べる物だ」

『マトリクス……単なる伝説だと思っていたが』

 

 ジャズが、唸るように言う。

 すでに伝説の堕落せし者が降臨している状況ではあるが、さらに伝説の上乗せときた。

 

「重要なのは、マトリクスはオールスパークから派生した力であるということだ。……オールスパークには命を生み出す力があった。ならば、その派生にもあるはずだ」

「はず、ね……」

 

 ブランは、ジェットファイアの言葉に懐疑的であるようだ。

 余りに儚い希望だが、今はそれ以外に縋る物もない。

 

「それで、そのマトリクスはいったいどこにあるの?」

「最初の十三人……原初のプライムの、最後の生き残りがその在り処を知っているはずだ」

「ええと、確かオプっちから聞いたことがあるような……。確か、マトリクスを盗んで逃げたとか何とか……」

 

 ネプテューヌが恋人から聞きかじった知識を口にすると、ジェットファイアは突然地面を拳で叩いた。

 

「盗んだだと!? いや違う! 彼は悪しき者からマトリクスを護る使命を帯びていた!! ザ・フォールンの目を欺くために兄弟たちが囮になり、その隙に彼はマトリクスを持って姿を眩ましたんだ!!」

「そ、そうなんだ……やっぱりあれかな。歴史は歪んで伝わっちゃうのかな?」

「で、その最後の一人は何処にいるの?」

 

 老兵の剣幕にちょっと引くネプテューヌだが、ノワールが強引に話を戻す。

 ジェッチファイアは咳払いをすると、頭上を指差した。

 

 空いっぱいに広がる、惑星サイバトロンを。

 

「それ以上は俺も知らん。しかし彼は去り際にこの言葉を残した。マトリクスが必要となった時、その時のプライムに最初に戦う術を授けた者を訪ねよ、と」

「それって……今のプライムはオプティマスだから、オプティマスの師匠ってこと?」

「だとしたら、センチネルか? 奴がマトリクスの在り処を教えてくれるとは思えないぜ。そもそもその言葉が正しいか分からん」

 

 ノワールとアイアンハイドが難しい顔になる。

 裏切り者が、こちらを助けてくれるとはとても考えられない。

 

「詰みか……」

 

 ミラージュも深刻な声で呟く。

 一同を重苦しい沈黙が包むが、ネプテューヌはブツブツと呟きながら何やら考え込んでいた。

 

「プライムに最初に戦う術を授けた者……オプっちに最初に戦い方を教えた人……最初に戦いの手ほどきを……そうか! 分かったー!!」

「な、なによ!? どうしたの!」

 

 両手を振り上げて叫ぶネプテューヌに、ノワールがツッコミを入れる。

 構わずネプテューヌは喜色満面で自分の考えを説明する。

 

「うん! 読者のみんなはもう忘れてけるかもしれないけど、前にサイバトロンに行った時、アルファトライオンが言ってたんだ! 自分がオプっちに最初に戦いの手ほどきをしたんだって!!」

「……なるほど! アルファトライオンはオプティマスの養父だったものね」

「父親が息子にものを教えるのは、当然ですものね」

「しかし、メタいわね。ネプテューヌ。……やっと調子を取り戻してきたか」

 

 ネプテューヌの言うことに、ブランとベールも納得する。

 しかしノワールは惚けたことを言う紫の女神に、少し安堵していた。

 やはり、ネプテューヌはこうでないと。

 一方でジェットファイアは首を傾げる。

 

「アルファトライオン? 聞かない名だ。それにプライムの養父とは」

『ああ、親子関係なんかないトランスフォーマーにしちゃ、ちょっと奇妙だよな』

 

 ジャズもジェットファイアの疑問に同意する。

 何せトランスフォーマーと言うのはオールスパークの力によって『生産』される存在なので、厳密な意味での血縁関係は存在しないのだ。

 種族的遺伝子は卵に機械的に入力することで繋がれていくが、個人の遺伝子は継がれない。

 

「それはともかく、本当にアルファトライオンがマトリクスの在り処を知っているとは限らない。それにどうやって彼に会いに行くの? 彼はサイバトロンにいるのよ」

 

 しかし、ノワールが当然の疑問を口にする。

 

「行く方法なら心配いらん。俺の体内には小型のスペースブリッジが内蔵されている。……使い切り式だから、2回しか使えんがな」

 

 ジェットファイアはドンと胸を叩く。

 にわかに見えてきた希望に、皆の顔が明るくなってきた。

 

「イストワール様! イストワール様ぁ!!」

 

 その時、教会の職員が血相変えて中庭に駆け込んできた。

 

「何事ですか?」

「大変です! これを見てください!!」

 

 職員は持ってきた機械を操作して立体映像を流す。

 そこに映っていたのは、ビークルモードのブラックアウトとグラインダーにワイヤーで吊り下げられるオプティマスの亡骸だった。

 映像には、何故か勇壮な曲がBGMとして流れている。

 

「オプティマス!」

「『司令官……!』」

 

 オートボットたちが驚愕していると無残な姿のオプティマスが地面に落とされ、ディセプティコンたちが骸に群がりあらゆる暴行を加え、さらに十字架に括り付ける。

 

「酷い……!」

「やろぉ、許せねえ!!」

「とても見ていられませんわ……」

 

 ノワールが顔を怒りと嫌悪に歪め、ブランが隠すことなく怒声を発し、ベールは目を逸らす。

 そしてネプテューヌは前のように半狂乱になるこそないものの、酷くショックを受けているようだった。

 

 やがて映像が切り替わると、画面いっぱいに現れたのはディセプティコンのエンブレムを思わせる……いや、その基となった顔、ザ・フォールンだ。

 

『この下劣な世界に生きる、塵どもに告げる』

 

 ザ・フォールンが静かだが狂気を感じさせる声を発する。

 その間にも、BGMが神秘的かつ荘厳な物に変わりながらも流れ続ける。

 

『貴様らを護っていた、オプティマス・プライムは死んだ。もはや貴様たちに出来ることは潔く滅びを受け入れること……などではない。それでは俺の気が済まん。貴様らは生まれながらにして薄汚い盗人であり、その遺伝子の一片までも穢れに満ちた人殺しどもだ! 貴様らの存在その物が、我らに対する償いようもない罪であり、底知れない辱めなのだ!! 故に! 恐怖に震えろ! 苦痛に喘げ! 絶望にのたうちまわり、悔恨の中で消えるがいい!!』

「ど、どういう理屈よ、それ!!」

 

 あまりの物言いに、ノワールが思わず叫ぶ。

 おそらく、堕落せし者の中ではゲイムギョウ界の人々はオールスパークを盗んだ相手で、オールスパークの喪失が原因でサイバトロンが滅びかけているのも、ゲイムギョウ界にオールスパークがあるせい、ということだろうか?

 だとしたら、もはや堕落せし者の言うことは支離滅裂だ。

 

『次はラステイションを攻撃する。時刻も、何処から襲うかも、一切教えん。その時が来るまで、怯えているがいい』

 

 一際大きなファンファーレと共にザ・フォールンの映像は消える。

 

「まずいことになったわね」

 

 静まりかえる一同の中で、最初に声を出したのは冷静さを保っている……少なくともそうしようとしているアイエフだった。

 

「この状況でオプティマスを助けるためにネプ子が動いたら、国民はネプ子が自分たちよりオプティマスを取ったのだと……自分たちを見捨てたのだと思いかねない」

「そうですね。有り得る話です」

 

 爪を噛むアイエフに、イストワールも極めて難しい顔で同意する。

 ノワールも苛立ちと戸惑いを隠せないようだったが、女神として凛とした顔を作る。

 

「何にしても、私はいったん国に帰るわ。早く対策を練らないと……」

 

 一方で、ジャズは何やら難しい顔で首を傾げていた。

 

『……すまない。この映像、もう一回流してくれ』

「ジャズ? どうしたんですの、こんな悪趣味な……」

『いや、もしかしたら……』

 

 指示通り再生されるオプティマスの無残な姿、堕落せし者の演説、流れる仰々しいBGM。

 そしてそれが終わると、ジャズは声を上げた。

 

『……やっぱりだ! このBGMにはモールス信号が隠されている!! 俺のセンサーでも何とか拾うのがやっとだが、間違えない!』

「モールス信号って、あのトンとかツーの並びで言葉を伝える、あの?」

 

 怪訝そうな顔のノワールに、ジャズは頷いた。

 

『そうだ。……しかし、暗号化されてる。見たことも聞いたこともない様式だ。少なくとも、オートボットではな』

「ッ! もしかしてアリスちゃんなら! ちょっと待ってくださいまし」

 

 相方の言わんとすることに気付いたベールは、すぐに妹に連絡を取るのだった。

 

 

 

 

 

 連絡を受けたアリスは、すぐさま暗号を解読してみせた。

 その内容は、ラステイションの攻撃計画、その全容だった。

 攻撃する場所、時刻、人数と構成、全て分かった。ポータルは一ヶ所ずつしか開けないので同時に何か所もは攻撃できないことも、そしてザ・フォールンの真の狙いは、女神を捕らえることだということも。

 

「しかし、この暗号を送って来た奴は、つまり……」

『サウンドウェーブでしょうね。……この暗号は諜報部隊でもごく限られた者しかしらないわ』

 

 BGMにメッセージを仕込む……そんな真似が出来るのは、あの映像を編集したであろうサウンドウェーブをおいて、他にいない。

 しかも、BGMに潜ませたモールス信号に気付く相手と、暗号を解読できる相手がいないと意味を為さない。

 つまり、トランスフォーマーでも優れた音楽的センスを持つジャズと、サウンドウェーブ肝いりの諜報員だったアリスがいないと。

 大胆で、綱渡り的なやり方だ。

 

「……でもこのメッセージを信用できるの?」

『分からない。全部罠で、メッセージを受け取るのも織り込み済みってこともありうる』

 

 当然の問いを出すブランに、アリスはゆっくりと首を横に振る。

 あの情報参謀が何を思ってこんな情報を送ってきたのか、皆目見当もつかない。

 単純に情に流された、というのはほぼ有り得ない。

 ならば、メガトロンの命だろうか?

 

「なんにせよ、これに賭けるしかないわ。後は女神としての力が戻ってくれば……」

 

 悔しげにノワールが呟く。

 シェアが現在進行形で奪われ続けている今、女神化も出来ず戦うことすらままならない。

 国民のことは信頼しているが、この大事に自分が戦えないのは辛い。

 

「そのことだが、我々に考えがある」

「ヴイちゃん、ハイちゃん?」

 

 そこで、ヴイとハイのセターン姉妹がフワリと浮遊して前に進み出た。

 

「我々は元々、ネプテューヌとネプギアから女神の力を少しずつ分けてもらって実態化している」

「だから、その力を皆さんに分ければ……変身は出来ずとも、戦えるくらいの力は取り戻せるはずです」

「で、でもそんなことしたら……!」

 

 セターン姉妹の提案に、ネプテューヌは驚き断ろうとする。

 彼女たちが女神の力を失えば今度こそこの世に止まることは出来ないだろう。

 しかし、姉妹は穏やかに微笑んだ。

 

「ネプテューヌ、ダイノボットたちとも話し合って決めたんだ」

「私とお姉さまは元々幽霊のような物。私たちの時間は、遠い昔にもう終わっているんです」

「そんな……」

 

 ダイノボットたちは、何も言わずに姫君たちの後ろに立っていた。

 悲しんでいるのか……いや、確実に悲しんでいるが、それを顔に出そうとしないのが騎士たちの矜持だった。

 彼らの重い覚悟を受け取ったネプテューヌは、表情を引き締めた。

 

「分かった。……でもそれなら、わたしはいらないから、みんなに分けてあげて」

「ネプテューヌ!?」

 

 これから大変な時に力がいらないとは、どういうことかとノワールが声を上げる。

 すると、ネプテューヌは笑顔で答えた。

 

「わたしはこれからサイバトロン星に乗り込むからね。向こうには、もともとシェアなんて無いし」

「……いいのね?」

「もちろん、みんなこれから大変だしね!」

 

 ブランの問いに、ネプテューヌは頷く。

 大変なのは、これからあの荒れ果てたサイバトロンへ行くネプテューヌも一緒だろうに。

 

「……よし、では少し待て。いくぞハイ」

「ええ、ヴイお姉さま。力を……」

 

 セターンの姉妹姫が手を重ね合う。

 すると霊体である姉妹の体から虹色の輝きが漏れだした。

 そして漏れ出た光が八つに集まり、菱形のクリスタルに変化する。

 クリスタルはネプギアの下に一つ、ノワールとベールの下に二つずつ、そしてブランの所に三つ飛んでいく。

 

「そのクリスタルを体内に取り込めば、僅かだが力を得られる」

「しかしシェアが完全に吸い尽くされてしまえば、その力も失われてしまうでしょう」

「時間はそんなに残されていない、ってことね」

 

 姉妹姫の説明に頷くノワールだが、そうしているとヴイとハイの体が薄れてきた。

 セターンの姉妹は、互いに手を繋いで微笑み合う。

 

「ではな、ハイ。向こうでも仲良くやろう」

「ええ、ヴイお姉さま。きっと……」

 

 そしてずっと忠実に仕えてくれた騎士たちに顔を向ける。

 

「グリムロック、スラッグ、今までありがとう」

「スコーン、ストレイフ、あなた方には感謝しつくせません」

 

 優しい笑みを浮かべる姫君たちにダイノボットの長たるグリムロックが代表して何か言おうとしたが……。

 

「……俺、スラッグ! やっぱり、姫様たち、いなくなっちゃ嫌だぁ!! うわぁあああん!!」

 

 急にスラッグが、薄れていく姫たちの前に跪いて泣き出した。

 スコーンとストレイフが慌ててスラッグを立たせようとする。

 

「スラッグ、今更何言ってんだ! 皆で決めたことだろう!」

「無粋」

「でも、嫌だ!! うわぁああんッ!」

「そ、そんなに泣くなよ! 俺だって、俺……だって……ぐすッ」

 

 大泣きするスラッグに釣られて、ストレイフも嗚咽を漏らし、スコーンも無言で涙を流す。

 グリムロックもついに堪えきれなくなって涙を溢れさせた。

 

「泣くな! 我ら、ダイノボット、姫君を送り出す時、泣かないと決めた!」

「グリムロックも、泣いてる! うぉおおおん!」

 

 最後の最後で感情を抑え切れなかった騎士たちに、もうほとんど霞のようになってしまったヴイとハイは苦笑する。

 

「まったく、最後まで締まらない奴らだ」

「でも、それが彼ららしいですわ」

「そうだな。……立て、ダイノボット! お前たちに最後の命を言いつける!!」

 

 気を吐くヴイに、ダイノボットたちはビクリとして姿勢を正す。スラッグも立ち上がった。

 

「ダイノボット! 誇り高き騎士たちよ、この世界を護れ! 女神を護れ! 人々を護れ!」

「そしてそれを傷つける、あらゆる邪悪な者たちを打ち倒すのです!!」

 

 まずグリムロックが、自らの胸に拳を当てて誓いを示す。

 スコーン、ストレイフもそれに続き、最後にスラッグが涙を拭って胸に拳を当てる。

 

「誓う! 我らダイノボット、命ある限り、この世界、護る!!」

「ああ……ありがとう、グリムロック、感謝してる。スラッグ、もう泣くなよ。お前は元気が取り柄なんだから」

「スコーン、これからも皆と仲良く。ストレイフ、貴方の飛び方は最高でしたよ」

 

 騎士たち一人一人に笑いかけるヴイとハイの体が、光に包まれていく。

 

「当代の女神たち、この世界を必ず護れよ! お前たちなら、きっと大丈夫だ!」

「オートボットの皆さん! 貴方がたなら、どんな困難も乗り越えられます!!」

「そしてネプテューヌ! オプティマスを救え! それがこの世界を救うことにも繋がるはずだ!!」

「ネプギアさん! お姉さまの力になってあげてくださいね!」

『さようなら、ゲイムギョウ界!!』

 

 女神とオートボットたちにエールを送り、別れの言葉を口にして、ついにヴイ・セターンとハイ・セターンの姉妹姫……遥かな昔からゲイムギョウ界を見守ってきた巫女たちは、光となって消えた。

 天国へと昇っていったのか、全なる魂……オールスパークの下へと召されたのか。

 

 あるいは故郷であるセターン王国へと還ったのか、それは誰にも分からない。

 

「……ありがとう、ヴイちゃん、ハイちゃん」

「あなたたちのくれたこの力、絶対に無駄にはしません」

 

 ネプテューヌとネプギアもダイノボットたちに倣って胸に拳を当てる。他の女神も、オートボットも、アイエフとコンパも拳を胸に当てた。

 

 彼女たちのためにも、この世界を護らねばならないと、全員が決意を新たにするのだった。

 

 ……ロディマスは視聴者の窓から一部始終を見ていた。

 オプティマスの無残な姿も、セターン姉妹の自己犠牲も、ダイノボットの涙も、全て。

 幼い思考では、ほとんどのことは理解できなかったが、姉妹姫の魂の気高さを理解した。

 そして直観的にすべきことも分かった。

 

 オプティマス・プライムを救う。

 

 遺伝子は繋がらずとも、もう一人の父とも呼べる総司令官を助ける、そのために出来ることを、例え僅かなことでも全力でする。

 

 幼いスパークが決意と使命に燃える。

 

 それを無知故の無謀、幼さ故の愚かさと見るか……。

 

 

 

 

 あるいは真のオートボットとしての出発点、大器の片鱗と見るかは、人それぞれだ。

 




ヴイ・セターン、ハイ・セターン姉妹、これにて退場です。
彼女たちは本来ならダイノボット編で成仏するはずが流れ的に現世に残って、ここまで長く登場することになりました。

次回、サイバトロンへの旅立ちと、その前に起こるちょっとした事件。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第152話 旅立ち

祝! ネプテューヌVⅡR発売!!


 セターン姉妹が去ってより、しばし後。

 

 市庁舎の中庭で、ネプテューヌが惑星サイバトロンへ行く準備をしていた。

 

 簡単な食料と水、救急キットをリュックサックに詰め、さらに……。

 

「はいこれ」

 

 リュックサックを背負って立ち上がったネプテューヌに、アイエフが自分の愛用品であるオートマチック拳銃と、いくつかの弾倉を差し出した。

 

「あんたには、必要でしょ? 今は普通……よりちょっと頑丈な女の子なんだから。弾は対トランスフォーマー用特殊弾。ディセプティコンにも効くのは実証済みよ。使い方は狙って撃つ。弾が切れたら、リロード」

「あいちゃん……うん、ありがとう。大丈夫! FPSで散々やってるからね!」

「ゲームと違って難しいから、撃つ時は慎重にね」

 

 すっかり調子を取り戻して銃を受け取ったネプテューヌにアイエフが苦笑する。

 

「ねぷねぷ、絶対に帰ってきてくださいね」

「もちろん! こんなの、よくあるお使いクエストだからね!」

 

 コンパはネプテューヌの肩からずれたリュックサックを直してやりながら、心配げに言う。

 対してネプテューヌは明るく答えた。

 

「お姉ちゃん、帰ってくるまでのことは任せて! 頼りにしてね!」

「いつだって、わたしはネプギアのこと頼りにしてるよ」

 

 両手を握り拳にして胸の前に持ってくることでやる気を表現する妹ネプギアに、姉たるネプテューヌは優しく激励する。

 

「私はラステイションに戻るわ。ディセプティコンから国民を守らないとね」

「……わたしたちも、ノワールたちに協力するつもり。……ヴイとハイのためにも全力を尽くすわ」

「妹たちもこちらに来てもらう手筈になっていますの。敵の狙いが女神である以上、バラバラになるのは危険ですもの」

「そっか……」

 

 ノワールら三女神の言葉を聞いて、ネプテューヌは少し顔を曇らせる。

 やはり自分だけが……という思いがあるのだろう。

 そんな紫の女神の僅かな迷いを察したノワールは、キッと眉を吊り上げた。

 

「ヴイとハイが行ってたでしょ! オプティマスを助けることがゲイムギョウ界を救うことにも繋がるって! あなたは、全力でマトリクスとやらを探してきなさい!」

「ノワール……うん! もちのろんだよ!」

 

 素直でない態度のノワールに、ネプテューヌのみならず他の者たちも顔を見合わせて苦笑する。

 そこへ、ジェットファイアがのっそりと寄ってきた。

 

「そろそろ行くぞ。時間が惜しい」

「あ、うん! それじゃあ、みんな! そろそろ行って……」

「ネプテューヌさん! 大変です!!」

 

 笑顔で旅立とうとするネプテューヌだったが、イストワールが急に大声を出した。

 面食らったネプテューヌが目を丸くする。

 

「ど、どうしたのさ、いーすん? せっかくの旅立ちシーンを邪魔して……」

「それどころじゃありません! 今、連絡があって市庁舎の前に国民が詰め掛けているそうです!」

「ッ! まさか、暴動!?」

 

 アイエフが悲鳴染みた声を上げる。

 さっきのザ・フォールンの映像を見て不安を煽られた国民が、ついにパニックになって女神に助け……あるいは責任を求めてきたのか?

 しかし、イストワールは困惑しているようだった。

 

「いえ、それが……とにかく行きましょう!」

 

  *  *  *

 

 市庁舎の正門前に国民たちが集合していた。

 教会職員や警備兵、軍人がいる。

 サラリーマンや主婦、コンビニのアルバイトがいる。

 男性や女性がいる。

 老人や若者、子供もいる。

 

 ただ彼ら彼女らは騒ぐようなことはせず、静かに『待って』いた。

 そして市庁舎の正門が開き、国民たちが待っていた人物……この国(プラネテューヌ)の女神、ネプテューヌが仲間たちを伴って現れた。

 

「みんな……」

 

 何も言えないネプテューヌの前に、群衆の中から一人の男が進み出た。

 デフォルメされたネプテューヌの顔がパーソナルマークとしてペイントされたバイザー付きのメットを被った軍人だ。

 その後ろには、ネプ子様FCの副団長が続く。

 

「ネプテューヌ様……今日はお願いが有ってきました」

 

 ああ、やっぱりか、とネプテューヌは思った。

 彼らは、ネプテューヌに自分たちの守護を願いにきたのだろう。

 こんな状況なのだ、それを攻めることは出来ない。

 

 心配そうなコンパが何か言おうとするが、隣のアイエフが止めた。

 

 軍人は深く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか……オプティマスを助けてやってください」

『お願いします!』

 

 群衆も一斉に頭を下げる。

 ネプテューヌは面食らった。

 確かに彼らは自分たちに助けを求めてきた。

 しかし、自分たちを、ではなくオプティマスを、だった。

 

 軍人は視線でオートボットたちの最後尾に立つジェットファイアを指した。

 

「そっちの人が言っていたのを聞いたんです。オプティマスを生き返らせる手段があるって」

 

 その横に、ネプ子様FCの副団長が並ぶ。

 

「そして皆で話し合って決めたんです。……ネプテューヌ様のために私たちが何を出来るか……」

 

 教会職員や軍人たちが進み出る。

 

「こんな時だからこそ、自分たちがネプテューヌ様たちを支えます!」

「そして、この国を、人々を護ります!」

 

 サラリーマンや主婦が前に出て笑顔を浮かべる。

 

「私たちも微力ですが、お手伝いします!」

「炊き出しなら任せといて!」

 

 そして、子供たちがネプテューヌの前に駆け出た。

 みんなオプティマスやオートボットたちの玩具を手にしている。

 

「ネプテューヌ様! 司令官を助けてあげて!」

「僕、オプティマスに助けてもらったんだ!!」

「わたしも!」

「おれ、司令官とあそんでもらんただぜ!」

 

 それを皮切りに、国民たちは次々と口を開いた。

 

「俺は、GDCにいました! ずっと近くで戦えて、オプティマスが本当にこの世界のことを思ってくれてるって知ってます!」

「いつか、事故に巻き込まれた時、あの人が助けに来てくれたんです!」

「ネプ子様FCで一緒でした! また一緒に会合に出るって約束したんです!」

「他の街や村にいる人たちも、オプティマスを助けてほしいって言ってきていますよ!」

 

 それは感謝だった。

 それは友情だった。

 それは信頼だった。

 

 言葉と共に群衆の中から、シルクハットの考古学教授が現れる。

 

「ネプテューヌ様。私はルウィーの国民ですが……それでも、ミスター・オプティマスとは友達同士だと思っています。彼とはまた話す約束をしました」

 

 そして、バイザー付きメットの軍人は静かな声を出した。

 

「……私はGDCには参加せず、この国を守ることに注力してきました。それは、この国を愛していると同時に、オートボットを信用していなかったからです。彼らが何か企んでいた時、この国とネプテューヌ様だけでも守ろうとしたのです」

 

 軍人の声には、どこか悔恨が含まれていた。

 

「しかし、私はプライベートでオプティマスと知り合う機会を得ました。最初は、ネプテューヌ様の近くにいる彼に嫉妬していた部分もありました。……しかし付き合う内に、彼は本当に誠実であり同時に内側に苦悩を秘めた男で……そしてネプテューヌ様とこの世界を、心から大切に思っているのだと理解できたんです。……出来ることなら、助けになりたい」

 

 軍人がメットを脱ぐと下から現れたのは、ネプテューヌを模した髪型の若い男で、頭に巻いた鉢巻に『ネプテューヌ様、命!』と刺繍されている……ネプ子様FCの会長だった。

 会長はもう一度深々と頭を下げる。

 

「オプティマスは私の……私たちの大切な友達です。だからどうかネプテューヌ様。……私たちの、友達を助けてください」

 

 副会長も、軍人たちも、教会職員も、他の国民たちも、皆揃って頭を下げた。トレイン教授もトレードマークのシルクハットを脱いで一礼する。

 彼らは皆で、ネプテューヌの後押しをしているのだ。

 

「みんな……」

 

 溢れてきた涙で、ネプテューヌは視界が霞んでいた。

 こんなにも多くの人々が、オプティマスのことを想ってくれている。

 オートボットたちがこの世界に来たことは、してきたことは、決して無駄ではなかった。

 

「……大したもんだ」

 

 不意に聞こえた声にそちらを向けば、いつの間にかロックダウンとその手下たちが立っていた。

 

「契約更新だ。もう少し手伝ってやる」

「え、でも……?」

 

 彼らは、もう戦わぬと去ったのではなかったか?

 表情でそう問うネプテューヌに答えたのは、ネプ子様FC会長だった。

 

「私たちがお願いしたんです! 皆で少しずつお金を出し合って!」

「全然足らなかったがな。しかし、この馬鹿が……」

 

 ロックダウンはぶっきらぼうに言いながら、傍らの手下の頭を叩く。

 カイマダイ渓谷の戦いでネプギアと共に敵戦艦に乗り込み負傷した、あの傭兵だった。

 

「そこの妹女神に命を救われたとか言うからな! 俺は借りを作るのは嫌いだが、借りを返さないのは、もっと嫌いなんだ。だから、今回だけはサービス料金で受けてやった」

「ロックダウン……うん、ありがとう!」

 

 ネプテューヌの感謝の言葉に、ロックダウンはプイっと顔を逸らす。

 そこでネプギアが姉の隣に並ぶ。

 

「お姉ちゃん。……サイバトロンに行ってる間のことは、私に任せて! 大丈夫、ビーたちもいるもん!」

「『全力で』『戦うぜ!』『だから』『司令官を』『頼む!』」

「もちろん、私たちも忘れないでね」

 

 ネプギアが力強く笑みながらグッと拳を握って見せ、その後ろのバンブルビーがサムズアップし、アイエフとコンパも頷く。

 イストワールも、静かに笑んでいた。

 

「プラネテューヌ……なるほど、シェア最下位国の癖にいつまでも潰れない理由が、分かった気がするわ」

「……ええ、そうね」

 

 感極まるネプテューヌを囲んで笑い合うプラネテューヌの人々を、ノワールら三女神は少し離れた後方から見ていた。

 そしてネプテューヌの前に、ジェットファイアがノッソリと進み出た。

 

「さてと……ではプラネテューヌの女神よ、そろそろ行こうか?」

「……うん!」

 

 ネプテューヌは力強く頷く。

 今は時間が惜しい。

 

 ネプギアたちはネプテューヌとジェットファイアから距離を開ける。

 するとジェットファイアは少し集中した様子を見せ、二人の周りに電気状のエネルギーが走り出した。

 

「それじゃあみんな、行ってくるねー!」

 

 仲間たちと国民に元気良く手を振るネプテューヌ。

 同時に呆気なく、二人の姿は消失した。

 

「……さてと、私は急いでラステイションに戻るわ。アイアンハイド、行きましょう。……アイアンハイド?」

 

 感傷もそこそこに、己の為すべきことに戻ろうと相棒に声をかけるノワールだが、いつの間にか黒いオートボットはいなくなっていた……。

 

 

 

 

「ぐはッ! はあ……はあ……」

 

 市庁舎の裏で、アイアンハイドは壁に手を付いていた。

 口元に当てた手を見れば、赤錆がベッタリと付いていた。

 

「ああ……畜生。そろそろヤバイか……」

「アイアンハイド!」

 

 突然の声に振り向けば、いつの間にかラチェットが立っていた。

 無理矢理にアイアンハイドの手を取り、その手に付いた赤錆をスキャンする。

 

「コズミックルストか……!」

「センチネルに撃たれた時にな。ほんの一滴だったから、大丈夫かと思ってたんだが……」

「ふざけるな! コズミックルストの恐ろしさは、君もよく知ってるはずだ! 君の体の中は、もう錆に食い荒らされているはず! どうして今まで黙ってたんだ!!」

 

 必死なラチェットに、アイアンハイドは一つ息を吐いた。

 

「この状況だ。俺だけ寝てるワケにもいかんだろ……」

「馬鹿を言え! すぐに手術すれば、助かるかもしれない!!」

「…………」

「アイアンハイド!!」

 

 ラチェットは何も言わずに歩きだそうとするアイアンハイドの肩を掴もうとするが、振り払われた。

 

「手術だと? 状況が分かってるのか? もうすぐ、ディセプティコンの大軍がラステイションに押し寄せる! サイドスワイプや、ユニや、ノワールが戦ってる時に、俺だけ寝てろってのか!? そんなのはごめんだ!」

「この……馬鹿野郎!!」

 

 アイアンハイドの顔を、ラチェットは思いきり殴りつける。

 よろけるも倒れるには至らないアイアンハイドに、ラチェットが吼える。

 

「こんな状況だからだ!! ノワールやサイドスワイプを残して逝く気か!? クロミアはどうするんだ!!」

「アイツらなら、大丈夫だ! 自分の死に場所は、自分で決める! 俺は兵士だ、戦場で死ぬ!!」

「勝手なことを……!!」

 

 しばしの間、古参兵と軍医は睨み合う。

 どちらも譲る気がないのは明らかだった。

 

「……アイアンハイド?」

 

 その均衡を崩したのは、第三者の声だった。

 アイアンハイドは、しまったとばかりに顔を歪める。

 この状況では、一番会いたくない相手の声だった。

 

「ノワール……」

「どういうことよ……死ぬって……答えてよ! アイアンハイド!!」

 

 二人の表情からタダならぬ物を感じ、ノワールは叫ぶ。

 非難するような顔のラチェットに睨まれ、アイアンハイドは再度大きく排気した。

 

「聞いた通りさ。センチネルに腐食銃で撃たれた時、ほんの少しだが、コズミックルストがかかってたんだ。……あの錆の威力は、お前も見ただろう? 一滴で十分、俺の体はボロボロだ」

「だったら、すぐに手術でもなんでも受けなさいよ!!」

 

 ワザと少し冗談めかして言うアイアンハイドにノワールは怒りを露わにする。

 しかし、アイアンハイドは動じない。

 

「んな時間はないだろ? さあ、ラステイションに戻ろう、時間がない……」

「ふっ、ざけるなあああッ!!」

 

 次の瞬間、ノワールは思いきり助走を付けてジャンプし、アイアンハイドの顔面にドロップキックを叩き込む。

 シェアを失っているのに、このジャンプ力。火事場の馬鹿力的なアレだろうか?

 

「ぐふぉッ!?」

「この程度の奇襲も躱せない! そんな状態で戦場に出てこられても、足手まといなだけよ!!」

 

 よろけるアイアンハイドに向かって、ノワールは綺麗に着地して吼える。

 

「ぐッ……しかしノワール、今はとにかく手が足りんだろう!」

「ラステイションを凌いでも、まだ終わりじゃない! っていうかその後が本番!! あなたには、まだまだ戦ってもらわなきゃいけないの!! こんな時に死なれても困るだけ!」

「むう……そりゃそうだが……」

 

 感情的になりながらも理屈で攻めるノワールから、アイアンハイドは視線を逸らす。

 その視線の先に回り込み、ノワールはさらに続ける。黒い女神の目には、いつしか涙が光っていた。

 

「何? 格好よく散りたいっての? そんなの、結局はただの自己満足じゃない! それに、それに……私……アイアンハイドに、死んでほしくない……」

「お、おい、ノワール……!」

 

 ついに嗚咽を漏らして泣きだしてしまったノワールに、アイアンハイドはオロオロとする。

 

「わ、分かった。分かったよ! 手術を受けるから! 泣くなよ、な?」

「……本当に? 死んだりしない?」

「死なないって! お前らを残して死ねるか!!」

「本当に、本当? 約束してくれる?」

「約束する! 男に二言はない!!」

 

 困ったアイアンハイドが思わず言ってしまうと、ラチェットは「あ~あ」という顔をして、ノワールはニヤリと笑った。

 

「……はい! 言質取ったわよ!」

「な!?」

 

 涙を拭ってケロリとするノワールにアイアンハイドは呆気に取られる。

 嘘泣きだったようだ。

 不意打ちの蹴りで気勢を削ぎ、強気の態度と理屈詰めで弱らせたところで、しおらしく泣いちゃうギャップで止め……。

 

 ネプテューヌがいたら、「汚い、さすがノワール汚い!」とでも言うだろう。

 

「まったく、すっかり騙されたぜ……」

 

 アイアンハイドは額に手を当てて何度目かに分からない排気を吐く。

 ノワールは勝気に笑いを不意に悲しげな物に変えた。

 

「でも、死んでほしくないのは本当」

「…………ああ、分かったよ。男に二言はないからな」

 

 今度こそ、アイアンハイドは折れて穏やかな表情を浮かべる。

 こんな娘を残して死ねるほど、アイアンハイドは往生際が良くない。

 ラチェットはホッと一息吐くが、すぐに表情を厳しくした。

 

 ここからは、医者としての彼の戦いだ。

 

 コズミックルストに感染したアイアンハイドを直すとなれば、ラチェットでも経験したことのない大手術になるだろう。

 基地が壊滅した今、厳しい戦いになるのは間違いない。

 

――しかし、必ず救ってみせる! 仲間は死なせない!!

 

 微笑み合う親子同然の二人をラチェットを眺めながら、ラチェットは強く決意するのだった。

 

 




……ええまあ、この期に及んでも国民がオプティマスやネプテューヌを責めたち縋ったりするのがリアリティなんでしょう。
でも自分には、そんなの書けない。

ヒーローが民草を救うなら、民草がヒーローを救うために立ち上がってもいいじゃないか。
ロストエイジでは、あんなだったし。

そしてアイアンハイドはちょっとの間、戦線離脱。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第153話 奇襲

忙しいわ、体調がアレだわで、時間がかかりました!
でも内容がないよう!(ヤケクソ)


 ラステイションの教会近くに造られた仮設基地のリペアルームで、コンテナを並べて造った仮設リペア台にアイアンハイドが横たわっていた。

 リペア台の近くでは、ラチェットが器具を準備している。

 

 その横の足場に乗ってアイアンハイドの顔を覗きこむのは、ノワールである。

 

「それじゃあな、ノワール」

「ええ……しっかりね」

「そんな顔すんなよ! 俺は不死身の、アイアンハイド様だぜ?」

 

 心配げな顔のノワールに、アイアンハイドはニッと笑ってみせる。

 

「さ、もう行きな! 国民と、敵が待ってる。……そうそう、俺の分も敵を残しといてくれよ」

「アイアンハイド……うん、行ってくるわ! 多分つまらない物しか残らないけど、我慢しなさいね! ……ラチェット、お願い」

「任された」

 

 アイアンハイドの軽口に応じたノワールは、ラチェットに頭を下げてから足場から飛び降り、歩み去っていった。

 彼女が出口から出て行くのを見計らってから、アイアンハイドは顔を引き締めて視線をラチェットに向ける。

 

「で、先生よ? 俺はどうなんだい?」

「正直、かなり苦しい。君の体はすでにかなりの部分がコズミックルストに侵されているが、この錆には特効薬がない。……だから、汚染された部分を除去するしかない」

「引き摺り下ろして細切れに……ってのが俺の常套句だが、まさが自分が生きながらに細切れになるとはな……」

 

 極めて難しい顔のラチェットに、アイアンハイドは息を吐く。

 ラチェットは努めて冷静に説明を続ける。

 

「本来ならジョルトに助手として付いてもらうんだが、彼はジャズの方のリペアが大詰めでね。変わりにホイルジャックと彼にサポートしてもらう」

 

 そう言って傍らを示すと、ノワールからは見えなかった物陰に佇む人物がいた。

 ショッキングピンクのメカニカルな鎧に身を包んだ男。

 雇われ凄腕ハッカーのアノネデスだ。

 

「は~い♡ お、じ、さ、ま♡」

「……正気か?」

「正気だ。レッカーズやネプギア君も駆りだされている以上、彼が最も優秀な人間だ」

 

 ヒラヒラと手を振るアノネデスに唖然とするアイアンハイドだが、ラチェットは至って真面目だった。

 それを理解したアイアンハイドは、微妙な表情でオカマハッカーを見下ろした。

 

「テメエに命を預けることになるとはな……」

「アタシだって驚いてるわよ。……でもまあ、ここでノワールちゃんに恩を売っておくのも悪くないわ」

 

 軽薄な態度のアノネデスに顔をしかめるアイアンハイドだが、ラチェットはさらに説明を続ける。

 

「おそらく、君の体からコズミックルストを完全に除去した時、今後君がトランスフォーマーとして活動することは、不可能だろう」

「不可能って……それじゃ困るぜ!!」

 

 残酷な言葉に顔を曇らせるアイアンハイドに、しかしラチェットは自身あり気な顔をする。

 

「もちろん、君には早急に戦線復帰してもらわないとね。……だから、新しい治療法を試す。ホイルジャック」

 

 ラチェットに呼ばれて、老人のような姿のオートボットの技術者、ホイルジャックがストレッチャーを押しながらやってきた。

 ストレッチャーに、何かアイアンハイドと同じぐらいの大きさの物体を乗せている。

 

「ほいほい、これぞ私の画期的な発明、名付けてバイナルテック計画! かねてより進めていた人造トランスフォーマーの研究と、トゥーヘッドから得た緊急脱出システムを組み合わせて……」

「お、おい、大丈夫なのかそれ?」

「時間がない。始めよう。アノネデス君、頼む」

「りょーかい」

 

 ホイルジャックの発明と聞いて急に不安になってきたアイアンハイドだが、ラチェットは無情にもことを進める。

 アノネデスが機械を操作すると、アイアンハイドの体がステイシス・ロックに入りはじめ、意識が遠のいていく。

 

「お、おい! おーい! 患者には治療法を説明してもらう権利が……」

「大丈夫だ。……きっと生まれ変わった気分になれるよ」

 

 ラチェットのそんな言葉が聞こえたのを最後に、アイアンハイドの意識は闇に落ちた。

 

  *  *  *

 

 一方、プラネテューヌ首都のある広場に、ディセプティコンが集結していた。

 ラステイションへの侵攻のために選抜された部隊である。

 

 それをセンチネルは腕を組んで、ビルの屋上から見下ろしていた。

 

 上空からビークルモードで飛来したスタースクリームが、ギゴガゴと音を立てて変形し、センチネルの後ろに着地する。

 

「センチネル司令官『殿』、準備、万事完了しましたぜ」

 

 皮肉っぽい表情と口調のスタースクリームにセンチネルは何も言わずにいた。

 そんな先代オートボット総司令官に向けて、スタースクリームは苦い顔をする。

 

「思ったんだがな。こんな大勢で攻め込まずとも、女神に国を攻撃されたくなきゃ投降しろとでも言えば、済む話なんじゃねえの?」

「…………」

「よーするにザ・フォールン様が、人間を舐めきってるんだろうがな。……連中を甘くみると、痛い目見るぜ」

 

 チラリと、センチネルは顔をスタースクリームに向けた。

 

「連中とは、オートボットか? 女神か? 人間か?」

「その全部さ」

 

 皮肉っぽい言葉にそれ以上何も言わず、センチネルは軍勢に向かって宣言する。

 

「ディセプティコンよ! これより我らはラステイションに進軍する!! すでに女神は力を失い、オートボットは寡兵、人間どもは物の数ではない! 我らの勝利は確実ぞ!!」

 

 センチネルの声に、軍勢は大歓声でもって応えた。

 

 しかし、軍勢の中には歓声を上げない一団がいた。

 ミックスマスターら、コンストラクティコンだ。

 兵士に囲まれながらも、浮かない顔をしている。

 

「ねえ、ミックスマスター……マジで行くんですか?」

「…………しゃーねーだろ」

 

 不安げなスクラッパーの言葉に、ミックスマスターは物憂げに排気しながら答える。

 他のメンバーも、不安なり不満なりが表情に出ていた。

 

「オラ、やだべ、こんなん」

「この作戦も美しくありませんねぇ……」

「とても宇宙一た、言えねえな……」

「ワシだって嫌じゃい」

「でも嫌っつってもどうなるもんじゃないんダナ」

 

 スカベンジャー、ハイタワー、オーバーロード、ランページ、ロングハウル。

 口々に文句を言うが、ミックスマスターは諦めたような口調で言った。

 

「しゃーねーだろ、俺らは、ディセプティコンなんだからよ」

 

 そんなコンストラクティコンたちに気付かず、センチネルはスペースブリッジの中心柱を取り出した。

 このスペースブリッジを空中神殿のシステムとリンクさせることによって、本来はレイ意外が通ると何が起こるか分からないポータルを安定させているのだ。

 

「これから開くポータルは、人間どもが潜んでいる避難所に通じている! そこで破壊の限りを尽くすのだ!!」

「つまり、非戦闘員を虐殺しろ、と」

 

 スタースクリームが皮肉っぽく付け加えるが、センチネルは意に介さない。

 そうしている内に、軍勢の前に空間の裂け目が開いた。

 

「では、各員、あらかじめ指示された順番通りにポータルを潜れ!!」

 

 すると、小柄で腕の長いディセプティコンと、円柱状の頭部に単眼を備えたディセプティコンが進み出て、それぞれ中型フォークリフトとバン型のテレビ中継車に変形してポータルに入る。

 

 すると一回ポータルが閉じ、すぐにもう一度開き、軍勢の中から別のディセプティコンたちがその中に入っていく。

 それを繰り返すことで、軍勢を各所に送り込んでいるのだ。

 

  *  *  *

 

 ラステイション首都郊外のとある地下鉄駅。

 この場所は今、国民の避難所として使われていた。

 

 薄暗い中、何人もの国民が一塊になっていた。

 恐怖に震えているのか、皆一様に頭から足元までスッポリと布を被って蹲っていてる。

 その脇には大きな荷物か何かが、やはり布を被せられていた。

 

 と、急に何もない空間に裂け目ができ、そこから中型フォークリフトとバン型のテレビ中継車が飛び出してきた。

 二台の車は、ギゴガゴと音を立てて恐ろしい姿のディセプティコンに変形する。

 

「み~つけた!」

 

 剥き出しの歯が猿を思わせるフォークリフトから変形した方が、本来なら荷物を運ぶ爪が変じた長い両腕の先に握った大振りなナイフをこれみよがしに光らせる。

 

「早く、人間どもの皮を剥げ!! そいつらが酷いザマになるのを見たい!!」

 

 中継車から変形した、円柱状の頭を持つディセプティコンは、ビークルモードの車体の上に乗っていたテレビカメラをハンディカメラのように持って、相方を急かす。

 フォークリフト型は、ナイフをヒラヒラと揺らしながら下卑た笑みを人間たちに向ける。

 

「焦るなよ……楽しもうぜ。ホラァ、生死の瀬戸際だぞ? 喚け! 抵抗しろぉ!!」

「ふ~ん、抵抗してもいいんだ?」

 

 蹲る人間たちの中から、一人がスクッと立ち上がると、被っていた布を脱ぎ捨てた。

 布の下に隠されていたのは、黒いワンピースに、黒いツーサイドアップの髪。

 赤い瞳が白い肌に映える。

 

 愛銃を構えた、ラステイションの女神候補生、ユニだ。

 

『え?』

 

 いきなりの展開に、唖然とするディセプティコンたちの前で人間たちが次々と立ち上がり、布を脱ぎ捨てる。

 現れたのは、アサルトライフルや重機関銃を手にした兵士たちだ。中にはロケットランチャーを持った者もいる。

 荷物と見えた物も、実際には未来的なシルエットの白銀のスポーツカーであり、変形し立ち上がる。

 もちろん、サイドスワイプだ。

 

『え?』

 

 呆気に取られるディセプティコンたちに、ユニとサイドスワイプは勝気な笑みを向ける。

 

「ようこそ、ラステイションへ」

「歓迎しよう、盛大にな」

 

 ディセプティコンたちに無数の銃弾が襲い掛かった……。

 

  *  *  *

 

 同じころ、別の場所の避難所を襲うべくディセプティコンの部隊がポータルから吐き出された。

 

 その中の一体、汚泥とも排油ともつかぬ粘液に覆われた汚らしいクーペから変形したディセプティコンは、興奮に震えていた。

 背中の昆虫の翅のようなパーツと額から伸びた長い触覚が粘液塗れの汚らしい体と相まって、ある種の害虫を思わせる。

 

「人間どもめ! 貴様らの死因は、避難中の不運な転倒事故だぁああああ!?」

 

 しかし、彼らは出た先からビークル、ロボットの区別なく転倒していく。

 

 足元が凍結していたからだ。

 

 滑って転んで、何とか立ち上がろうとした粘液塗れディセプティコンが見たのは、杖を手に持つよく似た二人の少女と、身の丈ほどもあるハンマーを担いだ二人よりも背の高い少女……氷の魔法を操るルウィーのロムとラム、その姉であるブランだった。

 

「よう、ゴキブリ野郎。 お前の死因は、進軍中の不幸な転倒事故だ」

「け、けけけ、やれるもんならやってみな……!」

 

 ドスの効いた声でハンマーを振りかぶるブランに、しかし粘液塗れディセプティコンは薄ら笑いを浮かべる。

 彼の粘液は、あらゆる衝撃を吸収するのだ。

 本来なら、ブランにとっては天敵と言えた。本来なら。

 

『アイスコフィン!』

「な!?」

 

 だが、ロムとラムの唱えた呪文によって、粘液が見る間に凍りついていく。こうなっては、衝撃を吸収できない。

 

「うまくいったね、ロムちゃん! カチカチ作戦大成功!」

「うん、ラムちゃん! 大成功!」

 

 ハイタッチする双子に呆気に取られる氷漬けディセプティコンに、ブランはニッと笑ってやる。

 

「やれるもんなら、やってみな? 了解だ。……テンツェリントランペ!!」

 

  *  *  *

 

「匂う、匂うぞ……女の匂いだぁ!」

 

 幾人かのディセプティコンは、ポータルを出るや襲うはずの避難所を離れて別の場所に向かっていた。

 黒いスポーツカーから変形した、ハリネズミのような姿のディセプティコンは鋭い鉤爪をカシャカシャと鳴らす。

 

「やっぱり殺すなら女と子供に限る……!」

 

 下劣な願望を持つ、このディセプティコンは、獣的な嗅覚で狙うべき獲物が避難所にいないことを察知していた。

 

「ああ虹色の象がぁ……ぐへへ……」

 

 その隣を歩くのは、水の代わりに薬品を満載した給水車から変形した、背中にタンクを背負いそこから伸びたチューブが全身に麻薬物質が循環させているディセプティコンだ。

 口から止めどなく唾を垂らしている姿から、正気は感じられない。

 麻薬の見せる醒めない妄想の中にいる彼を突き動かすのは、殺戮衝動だけだった。

 

「ひひひ、俺は他の連中と違って有機生命体を差別したりしねえんだ。ああ、女の壊れる音が聞きてえなあ」

「ひへへ、柔らかいお肉……悲しみと苦しみ……バッタの群れが泳いでる……ひへへぇええええ!?」

「どうした……ヒィッ!」

 

 お互いに聞かせ合うでもなく妄想を垂れ流す二体だったが、チューブだらけが急に悲鳴を上げ、鉤爪が億劫そうに首を回せば、給水車型ディセプティコンの首が体から落ちて地面に転がっていた。

 麻薬とエネルゴンが混じった液体が噴水のように吹き出している向こうの薄闇の中に青いオプティックを光らせて、曲線的な体躯の真紅のオートボットが佇んでいた。

 両腕のブレードには、給水車型のエネルゴンがベッタリと付着している。

 

「て、テメエ、オートボット!」

「……そいつは任せたぞ」

「おう」

「オッケー」

 

 泡を食って武装を展開しようとする鉤爪だが、ステルスクロークを解除して姿を現したマッドフラップと、ホログラムで壁の模様と一体化していたスキッズに挟まれる。

 

「なあ……!?」

「ハイクを読め。介錯してやる」

「女の壊れる音が聞きたいって? ……自分の壊れる音を聞けよ」

 

 反撃する間を与えず、双子のブラスターが鉤爪のディセプティコンの頭を吹き飛ばした。

 

  *  *  *

 

『こ、こちら奇襲部隊! ポータルを抜けた先には人間なんかいなくて、オートボットと女神が……』

『我、奇襲に失敗せり! 繰り返す、我、奇襲に失敗せり!!』

『こんなの上から聞いてな……アバー!!』

『ロックダウンです! あのならず者と手下どもが……ぎゃあああッ!』

「どうやら、奇襲は読まれてたようだな」

 

 次々と飛び込んでくる奇襲失敗の報告を受けながらも、スタースクリームは一切動揺することはなかった。

 それ以上に、センチネルは不気味なほどに平静だった。

 

「ふむ。……そう言えば、今回の奇襲作戦、部隊を編制したのは貴様だったな」

「それが何か?」

「やられたのは、オプティマスの骸を辱めた者たち……つまりザ・フォールンのシンパばかりだ」

「……何が言いたい?」

 

 睨み合うセンチネルとスタースクリーム。

 かつてセンチネルが乗った船をスタースクリームが撃墜したこともあって、二人の相性は良いとは言えない。

 

「……まあ良い。では手を変えるとしよう。寡兵と言えど侮らず、全力で叩き潰す…………人造トランスフォーマーたちよ!! お前たちが真にディセプティコンに忠誠を誓うと言うなら、先陣を切り見事軍団に尽くしてみせよ!!」

 

 センチネルの声に応え、トラックスやアビスハンマーら、完全武装の人造トランスフォーマーたちが進み出る。

 彼らは皆一様に、見慣れない腕輪のような物を着けていた。

 

『おおー!』

「ここで活躍すれば、待遇改善間違いなーし!」

「僕らもディセプティコンだって、皆に分かってもらおー!」

「がんばるぞー!!」

『えいえい、おー!!』

 

 鬨の声を上げる人造トランスフォーマーに混じって、クローン兵たちも銃を掲げる。

 

「そして、クローン兵たちよ! ザ・フォールンは貴様たちの活躍如何では貴様らの女神を解放することを考えてくださるそうだ!! 励めよ!!」

『おおおお!!』

「我らの女神、レイ様の解放を!!」

「元より我らは消耗品! ならば、この命レイ様のために!!」

 

 一方で、このセンチネルの采配に動揺したのがスタースクリームだ。

 

「どういうつもりだ……? こんなのは聞いてないぞ」

「言っていなかったからな。……この作戦を開始する直前に奴らに伝えたのだ」

 

 スタースクリームをチラリと見るセンチネルの目はギラリと光っていた。

 

「儂はメガトロンと違って、お前を信用などせんのでな」

「……テメエ、何をたくらんでやがる?」

「こちらの台詞だ」

 

 互いに探るように睨み合うセンチネルとスタースクリーム。

 やがて、センチネルが一つ鼻を鳴らして中心柱を操作すると、またしてもポータルが開く。

 今度は、前の物よりも大きく、大勢が入れそうだ。

 人造トランスフォーマーとクローン兵の混成軍は、我先にとポータルに飛び込んでいく。

 

「あいつらだけで、ラステイションを落とせるとでも?」

「無論、思っておらん。他にも絡め手を用意してある……貴様もいくがいい。ザ・フォールンに忠誠を誓っているのなら」

「……ケッ!」

 

 スタースクリームは飛び上がり、ジェット戦闘機に変形してポータルへと飛び込んでいった。

 

  *  *  *

 

「来たわね……!」

 

 ノワールは、教会前の大通りの向こうに開いたポータルを見て呟いた。

 巨大なポータルからは、次々と人造トランスフォーマーやクローン兵が湧き出してくる。

 

「状況が変わったわ! 教会前に集結!!」

『了解!!』

 

 通信を受けて、各避難所に散っていた部隊はただちに集結を始める。

 その間に教会を護るべく、すでにラステイション軍の大部隊が展開していた。

 

 部隊の先頭に立つノワールは、敵軍から目を逸らさないまま、傍らに立つ人物に声をかける。

 

「……いいの、ネプギア? あなたたちまでこっちに来て」

 

 すると、ネプギアは勝気な笑みを浮かべた。

 バンブルビーも、後ろから歩いてきてブラスターを展開しながらラジオ音声を鳴らす。

 

「いいんです。お姉ちゃんでも、きっとこうするはずです。……私たち、仲間、ですから」

「『さあ、いっちょ派手にやろうぜ!!』」

 

 その言葉に、ノワールは一瞬柔らかく微笑むが、すぐに表情を引き締める。

 

「さあ、皆! ここが正念場よ!! 私たちの国を、侵略者から守りましょう!!」

『おおおおお!!』

 

 女神の檄に歓声でもって応え、ラステイションの軍は人造トランスフォーマーやクローンを迎え撃つのだった。

 




アイアンハイドの治療は、まあネタ振り。

やられたD軍はオリジナル。(何故かニンジャスレイヤーネタ推し)
一応、名前まで設定してあるけど、誰得なのでモブ扱い。

ちなみにこのやられるモブの中に最後の騎士王組や玩具組を入れる案もあったけど、こんなんでネームドキャラを消費すんのもなあ……ってことで、オリキャラに。

では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第154話 詐称者

 女神やオートボットがディセプティコンを迎え撃っているころ、ラステイションの民が本当に避難している避難所の一つ。

 ここはラステイション首都近辺の山の中にある、いつかの時代の廃村だった。

 そう古くはないこの廃村は、ディセプティコンが戦術的価値を見出さないだろう場所で、なおかつ雨風を凌ぎことが出来る建物もある。

 暖房や食料も持ち込んで、とりあえずは一安心……とはいかない。

 

 国民たちは村の中央にある廃校の校庭に集まり、やはり不安に震えていた。

 女神が力をほとんど失っている上に、街の方からは戦闘音が聞こえてくる。

 

「……こんなことになったのも、オートボットのせいよ」

 

 避難民の中の、誰かが言った。

 やけによく響く声だ。

 

「そう! あいつらが来たからだ!」

「オートボットを受け入れた女神も同罪!!」

「シェアを失った今、女神は私たちを守ってくれない!!」

 

 その声に、別の誰からが同意する。

 すると国民たちの中にちらほらと、その声に同調する者が現れはじめた。

 

「た、確かに……」

「戦争なんか、俺たちには関係ない……」

「家に帰りたい……」

 

 だが、それも無理もないことだ。

 ディセプティコンとの戦いは長く続いたが、ここまでの事態になったことはエディンとの戦いの時ですらなかった。

 恐怖と苛立ちが国民たちの心にジワジワと侵食し、オートボットや女神を非難する声は少しずつ大きくなっていく。

 

「そうだ、あいつらのせいで!」

「オートボットと女神のせいで私たちは……」

「お止めなさい!! 何ですか、情けのない!!」

 

 しかし、急な大音量に遮られピタリと避難民たちが黙り込む。

 すると民衆の中から一人の女性が立ち上がった。

 品の良い初老の女性だ。

 

「女神様やオートボットさんたちは私たちを護るために戦ってくれているんですよ。それなのに、感謝もせずに文句ばかり言うなんて大人として恥ずかしくないんですか?」

「な、何だアンタは!?」

「私ですか? 私はしがない幼稚園の園長ですよ」

 

 老淑女……ノワールと懇意にしている幼稚園の園長は、穏やかに笑む。

 

「そうですよ! こんな時こそ、ユニ様やサイドスワイプ様を信じなくてどうするんです!!」

 

 他にも、赤い髪をポニーテールにした学生服の少女……サオリも周りの人々に訴える。

 

「さあさあ、腹が減っては不安になるばっかりだ! 工場式の粗雑な物だが、これでも食べて落ち着いてくれ!」

 

 青いショートヘアにツナギとゴーグル姿のシアンは、工場の仲間たちと共にパンと簡単なスープを配る。

 それを食べてホッと一息吐いた国民たちの気も治まってきた。

 しかし民衆の中から、またしても声がする。

 

「騙されるな! そんな奴らの言うことが何だと言うんだ!!」

「まあ! 顔も出さないで、失礼な。言いたいことがあるなら、私たちの目の前に出て来なさい!」

 

 園長の喝に国民たちはざわつくが、そこから園長やサオリ、シアンの前に出てくる者はいない。

 

「あらあら、どうやらこんなお婆ちゃんの前に立つ度胸もないようね」

「ラステイションの人間にしちゃ、随分と臆病だな!」

「くッ……! こ、この……ぐうッ!?」

 

 園長やシアンの挑発に誰かが答えたその時、群衆の中から悲鳴が聞こえた。

 自然と悲鳴の聞こえた当たりから人が散ると、残ったのは一人の少女が別の少女の腕を締め上げている姿だった。

 締め上げられている方は茶色い髪を三つ編みにしている少女、一方で締め上げている方は、美しい金糸の髪を肩辺りで切りそろえサファイアのような青い瞳が特徴的な美少女だった。

 

「な、何をするの! 放しなさいよ!」

「まったく、こすっからい手を使うじゃないの……久し振りね、ドロシー」

 

 当然、文句を言ってくる三つ編みの少女に対し、金髪の少女……アリスは腕を締める力を緩めずに目つきも鋭く言う。

 

「ッ! 貴様、アリス!!」

「はい、減点。初対面のはずの私の名前を知ってるなんて、自分がスパイだって言ってるようなもんよ」

「黙れ、この裏切り者め!!」

 

 手を振り解こうとするドロシーと呼ばれた少女だが、ビクともしない。

 

「アリス、しばらくね」

「お久さー」

 

 すると、民衆の中から二人の少女が飛び出し、アリスを取り囲む。

 一人は青い髪をポニーテールにしていして、もう一人は桃色の髪をショートボブにしている。

 

「ウェンディにモモね。……おっと、動かないで! 貴方たちの頭を、狙ってる奴がいるわよ!」

「ハッタリを……ッ!」

 

 アリスの警告を無視して動こうとしたポニーテール……ウェンディと呼ばれた少女の足元の地面に弾丸が突き刺さる。

 それはアリスの言う通り、こちらを狙撃せんとしている者がいることの証左だった。

 弾丸は、向こうの山の上から飛んで来た。

 あそこから撃ってきたとしたら、恐るべき飛距離と命中精度だ。

 

『アリス、こっちはいつでも撃てるぜ?』

「ん、ありがと、サイドウェイズ。で? この策を考えたの誰? メガトロン様? それともサウンドウェーブ……な、ワケないか。あの人なら、もっと巧妙な手を使うわ」

「……ザ・フォールン様だ」

 

 締め上げられたままアリスに問われて、ドロシーは渋々と口にした。

 

「ザ・フォールンが?」

「ザ・フォールン『様』だ! この売女め! ……もっとも、ここのことを察知したのはセンチネルだがな」

 

 怪訝そうな顔のアリスにドロシーは凶暴な顔をする。

 

「アリス、貴様も終わりだ!! この場所にいる連中も、全員死ぬんだ!!」

「……そんなことさせない」

 

 アリスは顔から表情を消して、冷酷な声を出す。

 元ディセプティコンの自分、元スパイの自分にこそ、出来る仕事もある。

 

 ……優しい女神たちには、出来ない仕事が。

 

 アリスの手に魔法のようにナイフが現れる。

 召喚したのではなく、単純に隠し持っていただけだ。

 

 ナイフを逆手に持つ手を振り上げ、ウェンディとモモ、さらには周りの人々が制止する間もなく、硬直しているドロシーの背中に向けて思い切り振り下ろし……。

 

「アリスちゃん!!」

 

 背中にナイフが突き刺さる寸前で、止まった。

 アリスが首を回すと、案の定ベールがやってくる。

 

「ベール姉さん、何で止めるんです?」

「アリスちゃんこそ、何をしていますの!」

「……こいつは、厄介な敵です。プリテンダー……人の姿に化けられるトランスフォーマー。生かしておけば、さっきみたいな方法で必ず人心を乱してくる。だから……」

「ああ、そうじゃなくて!!」

 

 淡々と兵士の顔で言うアリスに、ベールはもどかしげに声を上げる。

 

「その子たちは、アリスちゃんの友達だったのでしょう!」

 

 ああ、そういうことかと、アリスは理解した。

 本当に優しい人だ。

 だからこそ……。

 

「友達じゃあ、ありませんでした。私たちは、全員競い合い蹴落とし合う敵でした。この子も、そうして追い落した一人」

「そうね、お前は出来が良かったわ。サウンドウェーブのお気に入りだったしね!」

 

 ドロシーが嘲笑的に吠える。

 こういう感情を剥き出しにしやすい所が、彼女の評価がアリスより低い所以だった。

 

「この作戦に成功すれば、私たちは認めてもらえる!! もう、プリテンダーだからって差別されることはないんだ!!」

「あんたたちねえ……」

 

 必死な形相で吠えるドロシーに、アリスは呆れた顔をする。

 

「ディセプティコンの有機生命体蔑視も、女性蔑視も、元はと言えばザ・フォールンが始めたことじゃない。……この前の映像を見る限り、それを撤回してくれるとは思えないんだけど?」

「だ、黙れぇええッ!! 貴様が、貴様に何が分かる!! 厳しい訓練をこなしたってのに味噌っかす扱い! 手柄を立てても褒められることもなく皆から馬鹿にされて……プリテンダーなんぞに生まれた時点で、私たちには、他に道なんかない!!」

「…………」

 

 ウェンディとモモも俯いていた。

 その叫びは、アリスにも……いや、同じプリテンダーだったアリスだからこそ理解できる。

 有機生命体の要素を持ち、しかも女性という時点で、ディセプティコン内部ではヒエラルキー最下位だ。

 そこから解放されるために、何だってしてきた。

 

「それなら!!」

 

 そこでベールが声を上げた。

 全員の視線がベールに集中する。

 緑の女神は、至極真面目な顔で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういっそ、全員わたくしの妹になってしまえばいいじゃありませんの!」

「い い 加 減 自 重 せ え よ !!」

 

 思わずツッコミを入れるアリス。

 完全に虚を突かれて目を点にするプリテンダー一同。

 呆気に取られているラステイション国民の皆さん。

 

 シリアスさんは何処かに吹き飛んでしまった。

 

 いち早く正気に戻ったドロシーは吠える。

 

「妹だと!? ふざけるな!」

「いいえ、ドロシー。この人は至って真面目よ。だからこそ性質が悪いの」

「ハッ! 夢見てんじゃないよ! ……見なさい!」

 

 冷めた声のアリスに、ドロシーは嘲笑的な叫びをあげる。

 その肌が細かく分かれ、裏返るようにして細く歪な手足と、ひしゃげた昆虫めいた胴体を持ち、頭から触手のような物が生えている金属生命体へと姿を変える。

 

 プリテンダー本来の姿へとトランスフォームしたのだ。

 

 その醜い姿に、国民たちが息を飲み、悲鳴を上げる。

 半ば自棄っぱちで、ドロシーは哄笑する。

 

「どうだ、これでも妹にするとか馬鹿なことが言えるか!!」

「ばっちこい! ですわ!」

「ファッ!?」

 

 笑顔でサムズアップするベールに、ドロシーはまたしても愕然とする。

 一方でベールは何やらテンションが上がってきたのかキラキラと輝いている。

 

「姿が変えられるなら、可能性は無限大! そう、ネプギアちゃんやユニちゃんの姿になってもらうことだって!」

「姉さん、最悪です」

「え、何? イカレてんの、こいつ? っていうか、さっきから姉さんって……」

「それは、まあ色々と……」

 

 もう、毒気やら殺気やら抜かれきっているドロシーの呟きに、アリスは溜め息混じりに答える。

 何やもう、シリアスさんが息をしてない状況だ。

 

「相も変わらず、甘い連中だ」

 

 だがそこに、冷厳とした声が響いた。

 アリスはもちろん、トリップしていたベールでさえ、顔を凍りつかせる。

 いつの間にか、赤い屈強な体に老人のような顔が乗ったオートボットが校庭の端に立っていた。

 

「センチネル……!」

 

 ベールが戦慄と共にその名を口にする。

 裏切りの先代総司令官が、そこにいた。

 

「センチネル、なんのつもり……?」

「貴様たちが失敗することは分かり切っていたからな。フォローをしてやりに来た。……このザマでは軍団の一員として認められることはないだろうな」

 

 自らの問いに対するセンチネルの平静な答えに、ドロシーはガックリと項垂れる。

 

「それにしても、こんな所に隠れていたとは。……人間の行動パターンと心理的傾向、そしてラステイション付近で大勢が避難できる場所を考えれば割り出しは容易だったが。だからこそ、その単純さに呆れる」

 

 さらりと困難なことを言ってのけるセンチネル。

 こういう所は、やはり先代オートボット総司令官だけはある知性だ。

 

「さて、言いたいことは分かるな? 我らは女神の協力者を欲しておる。いっしょに来てもらおうか?」

「ッ! サイドウェイズ!!」

『了解!!』

 

 アリスの号令に山の上からスナイパーライフルでこちらを狙っていたサイドウェイズが、センチネルの頭に向けて銃弾を発射する。

 

 銃口から飛び出した弾丸は、狙い違わずにセンチネルの頭部に命中……する寸前でセンチネルが掲げた長盾エネルゴンシールドに弾かれた。

 

「なっ!?」

『狙撃に反応しやがった!?』

「ふん! いるのが分かっているスナイパーなど恐れるに足らん!」

 

 彼方から飛んでくる弾丸を『躱す』のではなく『防ぐ』という神技を見せた上で、センチネルは腐食銃を取り出し、普通の弾丸を撃てるようにセットして周りにいる民衆に向ける。

 

「……さて、議論は必要かな?」

「……必要ありませんわ」

「本当に甘いな。ここにいるのは、君の民ではなかろうに」

 

 毅然と進み出るベールに、センチネルは感情を感じられない声を出す。

 ベールはゆったりとした足取りでセンチネルのもとへ向かう。

 

「待ちなさい! 連れてくなら、私を連れていきなさい!」

 

 そこで堪らないのがアリスだ。

 最愛の姉の危機に、捕まえていたドロシーを放り出してセンチネルとベールの間に割って入る。

 その姿を見て、センチネルの目に怪訝そうな色が浮かぶ。

 

「そういえば見ない顔だが、お前は……? リーンボックスの兵か何かか?」

「リーンボックスの女神候補生、アリス」

「……何? リーンボックスに女神は一人だけのはず。これはどういうことだ……!?」

 

 訝しげだったセンチネルの顔が、明らかな動揺を見せる。

 滅多に感情を他人に悟らせない彼らしくもない。よほど驚いているようだ。

 一方でドロシーは人の姿に戻って叫ぶ。

 

「女神候補生だ!? 貴様はプリテンダーのスパイ! ディセプティコンの裏切り者だろうが!」

「まあそうなんだけど色々あってね。女神候補生になったのよ、これが」

「…………まあいい。お前がディセプティコンだと言うなら、それもよかろう。我らはディセプティコンの祖であるザ・フォールン様の意を受けて動いておる。お前も我らのもとに来るがいい」

 

 アリスの存在は想定外だったのか、少し考える素振りを見せたセンチネルだがアリスに手を差し出す。

 しかし、アリスはフンと鼻を鳴らす。

 

「もちろん、喜んで……なんて言うとでも思ってんのか! このヒヒジジイ!!」

「ほう? 堕落せし者に逆らうと?」

「私の忠誠はメガトロン様の、大恩はサウンドウェーブの、姉妹愛はベール姉さんの物だ!! あんな奴に恩も情もない! むしろ文句しかないわ!!」

 

 中指を突き立てるアリスに、ドロシーたちは目を丸くし、ベールは口元を押さえる。

 

「アリスちゃん、お下品……でも嬉しいですわ」

「ふむ……なるほど。では貴様にも来てもらうとしよう。……貴様らと関係のない、別の国の民を救いたいのなら」

 

 センチネルはそれ以上動揺する素振りを見せず、すぐに顔から感情が消える。

 ベールとアリスは顔を見合わせて頷き合うと、ゆっくりとセンチネルに向かって歩き出す。

 

 しかし、またしても間に割って入ってくる者たちがいた。

 

「この恥知らず!!」

「最低!」

「それでも男か!!」

 

 それは、幼稚園の園長やサオリ、シアンたちだった。

 皆で緑の姉妹を後ろに庇い、彼女たちを護るように大きく腕を広げる。他の人々も、それに並ぶ。

 センチネルは、先ほどよりも大きな動揺を浮かべた。

 

「何のつもりだ……?」

「女神様を守っているんです! あなた、恥を知りなさい!」

 

 園長の一喝に、センチネルはピクリと眉を動かすと静かに銃を園長たちに向ける。

 しかし、園長の周りには彼女の教え子である幼い子供たちが集まっていた。

 

「めがみさまを、いじめちゃだめ!!」

「ひきょうなおっさんだ!!」

「ぼくしってるよ! ああいうのは、ひどいめにあうんだ!!」

 

 子供たちの罵り声に、センチネルの動揺が大きくなり、銃を持つ手が震える。

 しかし、意を決したように、引き金を引いた。

 

「……ッ!」

 

 弾が当たったのは、園長たちのすぐ前の地面だった。

 地面に穴が開き、煙が上がる。

 全員が静まり帰る中、センチネルがようやっと絞り出したのは、命令だった。

 

「……プリテンダー、女神どもをこっちに連れてこい」

「了解」

「他は誰も動くな、スナイパーもだ。……儂は、撃てる。」

 

 強い口調で言うセンチネル。

 ドロシーたちは、言われるままにベールとアリスをセンチネルの下に連れていく。

 

「女神様……」

「大丈夫ですわ。心配しないで」

 

 恐怖に動けない国民に、ベールはあえて優しく微笑み、アリスもそれに倣う。

 その姿は、どこか殉教者を思わせた。

 

「哀れですわね。堕ちる所まで堕ちた、と言ったところかしら?」

「気丈だな、これからお前に待ち受けるのは、恐ろしい運命だと言うに」

 

 厳しく低い……どこか苦しそうな声で、センチネルは脅し、自分の傍にやってきたベールとアリスに手を伸ばす。

 

「信じていますから。……彼が、きっと助けにきてくれるって」

 

 あくまでたおやかに、ベールは笑む。

 彼……愛するジャズは、自分が何処にいようと、どんな状態だろうと、きっと来てくれる。そう確信しているが故の笑みだった。

 センチネルの指が、ベールの金糸の髪に触れようとした瞬間……どこからか音楽が聞こえてきた。

 

 場違いなくらい明るい曲調と響きの……『ジャズ』だ。

 

 その意味に気付いたベールの顔が輝き、反対にセンチネルが目を見開く。

 

 廃村の道をこの廃校に向かって一台のスポーツカーが走ってくる。

 

 『太陽の至点』を意味する名を持つ、リアウィングが目を引くロードスターだ。

 

 純白の曲線的な車体に、青いストライプが先端から車体後部にかけて縦に走っていて、ボンネットとドアに大きく『4』とペイントされている。

 

 センチネルは手に持った銃の弾丸をコズミックルストの薬液に変更して、ロードスターに向けて発射しようとする。

 その瞬間、サイドウェイズが撃った弾丸が腐食銃に命中し、センチネルの手から弾き飛ばす。

 センチネルは慌てずに背中から双刃の大剣プライマックスブレードを抜くが、その瞬間には突っ込んできたロードスターが踊るような動きで変形し、ブレイクダンスのように逆立ちしながらの強烈な回し蹴りをセンチネルの腹に叩き込む。

 さすがによろめくも、老雄はすぐに立ち直り、新たな敵を睨む。

 

 ロードスターから変形したロボットは、まるで姫君を守護する騎士のようにベールの横に立つ。

 

 ベールが喜びと共に、センチネルが憎々しげに、その名を呼ぶ。

 

『ジャズ……!』

「それで? 俺はダンスの時間に間に合ったかい? ベール」

 

 快活に、ジャズは笑んだ。

 その身体は、白銀一色だった体色が純白に青いラインが走った物に変わり、頭部のヘルメット部や関節部などの一部が黒になっている。

 

「ええ、もちろん時間ピッタリですわ」

「何せ新しい衣装を選ぶのに手間取ってね。遅れたらどうしようって、内心ヒヤヒヤだったんだぜ! ……間に合って良かった」

「ふふふ、その姿も素敵でしてよ」

 

 軽口を叩きながら微笑み合うベールとジャズ。

 センチネルは会話は不要とばかりにプライマックスブレードを振りかざし、ジャズに襲い掛かる。

 しかしジャズが何をするでもなく、センチネルの体に弾丸が命中し、センチネルの体がよろける。

 その隙を逃さず、ジャズはセンチネルの体に以前より威力の上がったクレッセント・キャノンを叩き込む。

 

「ぐおッ……!」

「ナイスアシストだぜ、サイドウェイズ!」

『へへッ、どうも!』

 

 遥か山の上のサイドウェイズに向け、ジャズはサムズアップしてから、センチネルに飛びかかった。

 センチネルは迎え撃とうとするが、またしてもサイドウェイズの弾丸がセンチネルに襲い掛かる。

 咄嗟に盾で防ぐセンチネルだが、死角に素早く潜り込んだベールの槍の連撃が体に突き刺さる。

 怯まずに体勢を立て直そうとするセンチネルだが、すかさず繰り出されたジャズのテレスコーピングソードの一撃を双剣で防いだ。

 

「いくらあんたでも、俺たち全員の相手は無理があるみたいだな!」

「それだけではないな、貴様! 前よりも体の性能が上がったと見える!」

 

 センチネルの指摘の通り、ジャズは全体的な速度や、技の切れが格段に上がっている。

 リペアすると同時に、ジャズはラチェットやジョルトと話し合い、自分の体に様々な改善を施したのだ。

 本来、ジャズはこういったインスタントなパワーアップには否定的だ。

 技を磨き、自分の心身への理解を深めることこそが彼本来のやり方だ。

 しかし、オプティマスが散り、この世界と愛するベールに危機に瀕する今、ジャズはそのポリシーをいったん脇に置いた。

 

「おのれ、鬱陶しい……! 何をしておる、貴様らも援護せんか!!」

「り、了解!!」

 

 一連の流れを茫然と見ていたプリテンダーたちは、センチネルの一喝に慌てて全員がロボットモードに変形する。

 しかし、アリスが弓矢の狙いをリーダー格のドロシーの頭にピッタリと付けた。

 

「……アリス!」

「動かないで。私は、姉さんたちほど優しくない。撃てるわよ……三人、同時に」

 

 言いながら、アリスは弓を水平にして光の矢を三本に分かれさせる。

 三本の矢はそれぞれプリテンダーたちの頭にしっかりと狙いを付けていた。

 動けないプリテンダーたちに、センチネルはもはや援護は期待できないと看過して素早く視線を動かす。

 

「……オートボットよ、人間に味方して何になる! 思い出せ、我らは、故郷では一人一人が神の如く力を持っていた!!」

「んなこと、思ったこともないわよ! こちとらスラム暮らしのゴミ漁りだっての!!」

 

 アリスが素早くツッコムが、センチネルは無視して続ける。

 

「しかしここでは……儂らは機械扱いだ!! 今は良くとも、やがては使い捨てられる!!」

「そんなこと、しない!!」

 

 これに吼えたのは、何人かの子供たちを避難させようとしていたシアンだった。

 ピタリと、素早く動いていたセンチネルの視線が彼女たちに止まる。

 それから、その後ろに落ちている腐食銃に。

 

「私らは、オートボットもディセプティコンも受け入れる。……ゲイムギョウ界を舐めるな!!」

「口では何とでも言える」

 

 シアンの叫びを冷たく切り捨て、センチネルは視線をジャズやベールに戻す。

 

「いずれ後悔する。必ずだ……」

「なら、後悔した時にどうするか考えるさ。それに、今彼女たちを見捨てたら、それこそ永遠に後悔する。……それは分かる! あんたこそ卑劣な策ばかり弄して、プライムの名が泣くぜ!!」

「そこの女神にも言われたな、堕ちる所まで堕ちたと……だが、まだまだ甘い! 堕ちるというのは、こういうことを言うのだ!!」

 

 瞬間、センチネルは踵を返して老体に似合わぬ素早さで走り出す。

 その先には、シアンと子供たちが急な事に動けずにいた。

 

「ッ! 駄目!」

「センチネル、あんたそこまで!!」

 

 すぐさまベールとジャズが弾かれたように動くが、それより早くセンチネルはシアンと何人かの子供を掴み上げる。

 

『きゃあああッ!!』

「サイドウェイズ!!」

『駄目だ! 子供に当たる!!』

 

 アリスが叫ぶが、サイドウェイズは人質の身を案じて狙撃することが出来ない。

 その間にもセンチネルの前方に空間の裂け目、ポータルが出現する。

 センチネルは地面に落ちた腐食銃をポータルに蹴り入れ、自身も空間の裂け目に飛び込もうとする。

 ジャズとベールがそれぞれにセンチネルに飛びかかるが、一歩の差で元総司令官が飛び込むと同時にポータルが跡形もなく消え失せた。

 

「くそう! センチネル、そこまで下種になったか……!!」

「諦めてはいけませんわ! おそらく、センチネルはラステイションの首都に向かったはずです! 追いかけましょう!!」

「ああ!!」

 

 すぐさま、ジャズはロードスターに変形してベールを乗せる。

 

「ベール姉さん!!」

「アリスちゃん、貴方はここの人たちを守ってくださいな! それと、その子たちも!」

「……はい!!」

 

 アリスとの短いやり取りの後、ベールたちは首都目指して走り去った。

 ハアと深く息を吐いたアリスは、サイドウェイズに通信を飛ばす。

 

「サイドウェイズ、聞こえる?」

『ああ、聞こえる。すまん、撃ち損じた……』

「いいわよ、あの状況だもん。……それより、あんたはそのまま待機。後は『予定通り』にね」

『了解! 通信終わり!』

 

 事務連絡を終えたアリスは、背後に視線を移す。

 シアンたちのことは、姉たちに任せるしかないだろう。

 

「ドロシー……」

「やばいって、これ……」

「クソッ!」

 

 そこには、センチネルに置いていかれたプリテンダーたちが、警備兵に囲まれてトランスフォーマー用の拘束具で捕らえられていた。

 

「さて、あんたたち……」

 

 ドスの効いたアリスの声に、プリテンダーたちはビクリと震える。

 

「くそう! 煮るなり焼くなり好きにしろ!! 」

「え~、煮られるのも焼かれるのも私いやだなぁ……」

「私も……」

「お前ら、ディセプティコン兵としての誇りはないのか!?」

 

 ギャーギャーと言い合うプリテンダーたちに、アリスは咳払いしてから笑顔を作る。

 

「んん! さて、この子たちを移動させましょう。警備兵の皆さん、手伝ってくださいな」

「うわ、出たよ、アリスの猫被りスマイル。あれで何人の男を騙したか……きゃんッ!」

 

 余計なことを言うドロシーに蹴りを入れつつ、プリテンダーたちを連行する。

 この場に置いておくと、今度は彼女たちが国民に袋叩きにされかねない。

 捕虜にそれは問題だし、何だかんだ同じ炉のエネルゴンを喰った元仲間として、それは忍びない。

 

 こんな思考が出てくるあたり、姉や女神候補生仲間の甘さが移ったかと、アリスは自嘲気味に笑む。

 

 しかし、それは決して悪い気分ではなかった。

 

 




ああ、ネプテューヌVⅡRのVRイベントの女神たちが、可愛すぎる……。
反則や、アレ。

それはともかく、かくしてジャズ復活。
もちろん、G1アニメカラーの玩具がモチーフ。
この玩具、設定上は実写無印で真っ二つにされたジャズが復活した姿らしいです。

プリテンダーたちの名前の元ネタは、『オズの魔法使い』『ピーター・パン』『モモと時間泥棒』のヒロインたち。
アリスの同類なんだから、児童文学の登場人物かなと。

そして幼稚園の園長は、序盤で出たキャラだったり……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第155話 反逆

 ラステイション、教会前大通り。

 オートボットと人造トランスフォーマー、国軍とクローン兵が入り乱れての戦いが繰り広げられていた。

 

「女神を捕らえろ!! それで戦いは終わりだ!!」

「おっと! お前らの相手は俺たちだ。良く言うだろ? 人間の敵は人間ってな!」

 

 女神たちを狙うクローン兵を、雨宮リント以下神機使いと呼ばれる一団が防ぐ。

 

「ゴッドイーター! 命令は三つ! 無理はするな! 必ず生き残れ!! それでも女神様は何が何でも守れ! そして女神様に人殺しをさせるな!! これじゃ四つか……!」

 

 リントは、後ろで戦う露出の高い黒を基調とした衣装とピッグテールにした銀髪が特徴的な少女に声をかける。

 ゴッドイーターと呼ばれた彼女は、銃と一体化した身の丈よりも大きな剣を振り回していた。

 

「は、はい! リントさん!!」

 

 少女は、神機と呼ばれる武器でトラックスの足を叩き切った。

 

「見るがいいであります、吾輩のパーフェクトパワードスーツを!!」

 

 一方で自分のパワードスーツを強化改修したジェネリア・Gは絶好調で暴れ回っていた。

 右腕に備え付けた二連装ビームライフル、手持ちのビームライフルと肩に担いだ大型キャノン砲などを撃ちまくり人造トランスフォーマーを薙ぎ払っている。

 

「もう止めてください! 兄弟たち!!」

「うるさい裏切り者!! 僕たちはディセプティコンだ!!」

「勝って、認めてもらうんだ!!」

 

 スティンガーは兄弟たる人造トランスフォーマーに訴えかけるが、もはや彼らは応じない。

 元より、今戦っているのはエディン戦争の折にスティンガーによる投降の呼びかけに応じずにディセプティコンに残ることを選んだ者たちなのだ。

 

「死ね……ぎゃ!!」

 

 スティンガーを撃とうとしたトラックスを、バンブルビーがブラスターで撃ち抜く。

 

「『兄弟!』『ボーっとするな!』『やられるぞ!!』」

「バンブルビー……ええ、分かっています」

 

 一方で、ノワールとネプギアは背中合わせに戦っていた。

 

「いったいどれだけいるのよ……!」

「女神ブラックハート! 覚悟!!」

 

 何体目になるか分からないトラックスを斬り捨て、荒く息を吐くノワールだが、そこへ剣で武装したクローン兵がリントたちを突破して襲い掛かる。

 剣を剣で防ぎ、ノワールは吼える。

 

「何でよ! 何でそこまでして戦うの!? あいつらがキセイジョウ・レイを解放するとでも思ってるの!?」

「そんなことは分かっている! それでも! 俺たちにはこれ以外に思いつかんのだ!!」

「この……分からず屋!!」

 

 吼え返したクローン兵を蹴り飛ばすが、敵は次々と襲い掛かってくる……。

 

「クローンどもは突出するな! 人造トランスフォーマーの援護に徹するんだ!! 勝てる戦だが、手は抜くなよ!」

 

 一方で、スタースクリームは上空から戦場を俯瞰しつつ、人造トランスフォーマーに指示を出していた。

 

 戦力差を理由に女神やオートボットに降伏を迫ろうとも、ザ・フォールンはそれを許さないだろう。

 あの古代のプライムの頭には、狂気しかない。

 

 ならば、最初から手を抜かずに全力を出し、早々に相手を撤退させるしかない。

 

「はあ……はあ……大丈夫、ネプギア?」

「正直、きついです。色んな意味で……」

「……まったく、まだ『準備』できないの? みんな何をして……」

 

 疲弊して思わず愚痴っぽく呟くノワールだが、その時耳に付けたインカム型通信機からブランの声が聞こえてきた。

 

『お待たせ、配置完了したわ……』

「やっとか……総員、退却!!」

 

 ノワールが声を上げるとラステイション軍は敵に背を向け路地や建物の中に逃げ込んでいく。

 

「それじゃあネプギア! 手筈通りに!」

「はい!!」

 

 女神たちも目の前の敵を放ってビークルモードに変形したバンブルビーとスティンガーに乗り込む。

 すると『友』を意味する名を持つ黄色いスポーツカーと、『風』という意味を持つ名の真っ赤なスーパーカーは、エンジンを吹かして走り去った。

 

「逃げるか、卑怯者め!!」

「女神を追うんだ!! 他に構うな!!」

「回り込め!!」

 

 人造トランスフォーマーは、我先にとビークルモードに変形し女神が乗った二台を追いかけていく。

 幾つかの路地を曲がった所で、バンブルビーとスティンガーは別々の路地に入る。

 

「別れたぞ!」

「手分けして追え!!」

 

 色とりどりの小型クロスオーバーUSVやクーペの群れは、二手に分かれて女神を追う。

 その内、ネプギアを追った一団はとある路地に入った所で頭上から氷の塊に降られた。

 

「おーい! ディセプティコンの悪い子たちー!」

「こっちだよー……!(どきどき)」

 

 見上げれば、幼い姿の双子が建物の屋上からヒョッコリと顔を出して、こちらを見下ろしていた。

 ルウィーのロムとラムだ。

 

「女神だ! 捕まえろ!」

「プラネテューヌのはボクたちが追う! お前らはあいつらを!」

 

 一団の中から何台かが分かれてロボットモードに変形し、建物をよじ登って幼い双子を捕らえようとする。

 手に入れる女神は多ければ多いほどいい。

 

「きゃー、逃げろー!」

「逃げろー!(だっしゅ)」

 

 双子は軽やかに屋根から屋根へと飛び移り、逃げていく。

 トラックスたちは、それを追いかけていく。

 

 一方で、ノワールを追った一団も、途中で見かけたブランを追って二手に分かれていた……。

 

「馬鹿! 追うんじゃない!! 分断されてるのが分からねえのか!!」

 

 上空にいるスタースクリームは、何とかして別れた兵士たちを呼び戻そうとしていたが、手柄に目がくらんだ兵たちは言うことを聞かない。

 

「だークソッ! まったく……おい! 何処に行く!?」

 

 その内、いくらかの部隊が追跡を止めて都市各所に散っていることに気が付いた。

 

「待て、報告しろ!」

『僕たちは、ザ・フォールン様から指示を受けたんです!』

『腕輪といっしょに直接命令を貰いました! 発電所を目指せって!』

「なにぃ……?」

 

 トラックスたちの答えに、スタースクリームは怪訝そうに顔を歪める。

 猛烈に嫌な予感がする

 

 何故、センチネルは人造トランスフォーマーやクローンを先行させた?

 普通に考えるなら、彼らに戦わせて戦力を温存し、敵が疲弊した所で本隊を投入して一気に押し潰す。

 センチネルなら、そう考えるだろう。

 

 しかし……ザ・フォールンなら?

 

 あの、オールスパークに寄らぬ命を命と認めない存在なら、人造トランスフォーマーやクローンをどう使う?

 

「…………まさか!?」

 

 その可能性に至った時、スタースクリームのフレームの芯までも戦慄した。

 

 

 

 

 

 孤立した部隊を女神やオートボット、兵士たちは各個撃破していた。

 

「テンツェリントランペ!! 吹っ飛べ、おらあ!! 遅れんなよ、ミラージュ!!」

「無論だ」

 

 ブランはハンマーを振りましてトラックスやアビスハンマーをぶちのめし、ミラージュはそれに追随する。

 

「アイスコフィン! ……もう! いったいどれだけいるのよ!」

「頑張って、ラムちゃん……!」

「右! 敵が密集してるトコを狙うぞ!」

「いや左だ! あっちの方からも敵が来てる!」

「右!」

「左!」

 

 ロムとラムは屋上から眼下の敵に向けて氷の魔法を唱え続け、その双子女神の相方である、スキッズとマッドフラップは、合体砲を駆使して半ば固定砲台と化していた。

 彼らの魔法と火力は、この場面では非常に頼りになる。

 

「おら、ここが終点だ!!」

「全員、無理はしないで! 敵が数体以上の時は、迷わず逃げなさい!」

「数が多い! まったくどれだけ頭数をそろえたのよ!」

 

 サイドスワイプは目に付く人造トランスフォーマーを全て斬り捨て、アイエフは兵士たちの指揮を執り、アーシーはエナジーボウで狙撃する。

 

 ノワールはスティンガーと共に、退き付けた敵兵を昔ながらの単純な罠にはめていた。

 

 落とし穴だ。

 

 直系10m、深さも10mほどの大きな穴の底に撒かれた粘着性の液体に身動きを封じられた人造トランスフォーマーたちがもがいていた。

 この穴は元々道路工事で開いていた物で、その上に簡単な板を置いていた。

 スティンガーとノワールくらいならともかく、何体もの人造トランスフォーマーが乗ればご覧の通りである。

 

「畜生……!」

「ここは私たちの国よ。土地勘はこっちにあるわ。……ゲリラ戦なら負けない」

 

 穴の底でもがくトラックスを、ノワールは決意を込めて睨み付ける。

 憎々しげに、トラックスたちが見上げてきた。

 

「畜生、僕らは認めてもらうんだ、軍団の一員だって……! 僕らは、そのために作られたんだから……!」

「…………」

 

 もう、何故とは問うまい。

 彼らにとってそれは、生きる意味、生まれてきた意味なのだ。

 スティンガーは、悲しげな様子で自身を基に作り出された戦士たちを見ていた。

 

「行きましょう、スティンガー。やるべきことはまだあるわ」

「はい…………ん?」

 

 ノワールとスティンガーは短い会話の後でその場を離れようとするが、トラックスたちが見慣れない腕輪をしていることに気が付いた。

 

「これは? …………な、なんてことだ!!」

 

 何か新兵器かと、腕輪をスキャンしたスティンガーは、恐怖に凍りついた。

 

 ネプギアは、何体目かに分からないトラックスをビームソードで切り裂く。

 その背にトラックスが飛びかかろうとするが、バンブルビーがジャズ直伝の回し蹴りで弾き飛ばす。

 二人の活躍は、味方の中にあってなおも輝かしい。

 

「おかしい……何でこんなに人造トランスフォーマーばっかり……」

 

 しかし、ネプギアはこの戦況に言い知れぬ違和感を覚えていた。

 好戦的なディセプティコンたちが、いつまでも人造トランスフォーマーやクローンの背に隠れているなんて有り得るだろうか?

 

 その時、スティンガーからの通信が入った。

 

『みんな逃げてください!! 逃げて!!』

「スティンガー?」

 

 そして、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ルさん! ノワールさん! しっかりしてください!」

「ッ……な、何が……」

 

 ノワールが頭を振って呟く。

 どうやら、意識が飛んでいたようだ。

 

 痛む頭に手をやれば、ベットリと血が付いた。

 何かの破片で、切ったらしい。

 他にも全身が痛い。

 

 それでも……自らの体を盾にしてくれたスティンガーのおかげで大事には至っていない。

 

「い、痛い……痛いよぉ……」

「た、助け……て……」

 

 目の前の大穴からは激しい炎と黒煙が上がり、その底では不幸にもまだ意識のある人造トランスフォーマーたちが呻いている。

 まるで地獄の蓋が開いたようだ。

 

「な、にが……」

「人造トランスフォーマーがしていた腕輪です。あれは小型の高性能爆弾だったんですよ」

「ッ! 最初から捨て駒だったっていうの!? なんで……そうだ! みんな、無事!?」

『こっちは大丈夫だぜ! ロムとラムもな! ……精神的にはキツイってレベルじゃないが』

『ミラージュだ。すまん、ブランが負傷した……』

『こちらアイエフ。……被害、甚大。負傷者を下がらせるわ』

『人造トランスフォーマーだけじゃない! クローンも爆発したぞ!? ひでえ……』

『吾輩の……吾輩の、パーフェクトパワードスーツがぁ……』

衛生兵(メディック)衛生兵(メディーック)!!』

『街のあちこちから火の手が上がっています!! くそう! こんなのありかよ!!』

 

 慌てて通信を開けば、芳しくない報告が続く。

 全ての人造トランスフォーマー……そしてクローン兵にあの腕輪が与えられていたとしたら、それが一斉に爆発したのなら、被害は凄まじいはずだ。

 しかし、その中にネプギアの声はない。

 

「ネプギア、無事!? ネプギア!!」

『なんで……』

 

 やっと聞こえたネプギアの声は、人造トランスフォーマーが何をされたのかを察したようで酷く震えていた。

 

 恐怖に? ……否、怒りにだ。

 

『どうして、こんな……こんなことが出来るの!!』

 

 ネプギアの絶叫が、炎に包まれたラステイションの街に響く。

 その答えを知っているだろう人物を、睨み付ける。

 

 大穴の向こう側に泰然と立つ、センチネル・プライムを。

 その後ろには、コンストラクティコン以下ディセプティコンたちが並んでいる。

 センチネルが一跳びで大穴を飛び越えてくると、ノワールの周囲にもいつの間にか回り込んできたらしいディセプティコンが現れる。

 

「おい、センチネル!! こりゃいったいどういうことだ!!」

 

 センチネルの傍に、上空からスタースクリームが舞い降りた。

 完全な無表情で、センチネルは答える。

 

「どうもこうもない。これは作戦だ。確実に勝つために」

「ふざけんじゃねえ!! こんなのが作戦であってたまるか!!」

『待て、スタースクリームよ』

 

 怒りのままにセンチネルに詰め寄ろうとするスタースクリームだったが、大穴から立ち昇る炎と煙が、渦を巻いて一つの形を作り出す。

 

 ディセプティコンのエンブレムの基になった顔……ザ・フォールンの顔だ。

 

 その姿に、ノワールらよりも、むしろディセプティコンの方が震えあがる。

 

『これは俺の授けた手だ』

「な、何だって……!?」

 

 呆けたように、スタースクリームはザ・フォールンの顔を見上げた。

 

「何故そんな……」

『決まっている。奴らに、あの醜い女神どもに、それに追従するオートボットどもに、絶望を与えてやるためだ。……こちらの策を読み、それなりに戦えていると思った所をひっくり返される。……どうだ、面白いだろう?』

 

 まるで、『今日は天気が良いですね』とでも言うような調子で淡々と語るザ・フォールン。

 人造トランスフォーマーを捨て駒にしたことに対する罪悪感も、嗜虐心もありはしない。

 

「そ、それだけの、それだけのために……!?」

 

 もはや、スタースクリームは戦慄を通り越して呆れすら感じていた。

 この戦いに、人造トランスフォーマーやクローンの犠牲は不可欠だったか、と言えば断じて否だ。

 

 つまり、彼らの死は全くの無駄。……犬死だ。

 

 この始祖は、ただ自分の歪んだ怒りを晴らすために、そんな下らない理由のために……あいつらを殺したのか。

 

 認めてもらいたいとあがく人造トランスフォーマーたちを、敬愛する女神を救おうとするクローンたちを。

 

 只々慄然とする航空参謀に構わず、センチネルは感情を殺した目をノワールに向ける。

 

「……こうして地の利を生かして各個撃破を狙ってくることは予想できた。だからそれに乗じて、街中に人造トランスフォーマーを配置させてもらった」

 

 ザ・フォールンは個人的な感情から兵を殺そうとした。

 そしてセンチネルは、その兵を合理的に使い潰したワケである。

 

 それで『軍団の一員として認められる』『レイを解放してもらえる』と騙された彼らが報われるはずもないが。

 

「外道……!!」

 

 聞こえてくる会話のあまりの内容に、スティンガーは怒りを超えて殺気を漲らせる。

 ノワールも、怒気を込めてセンチネルとザ・フォールンを睨み付ける。

 

「守るべき部下を……こんなふうに殺すだなんて!」

『部下? それはあの紛い物と人口肉の塊どものことか?』

 

 炎で出来た顔が、僅かに傾く。

 

『前にも言ったはずだ。生命とは、オールスパークによってのみ齎される奇跡。それに寄らぬ者どもなど、ただの『物』。物をどう使おうが俺の勝手だ』

 

 やはり、自らの行いに全く疑問を感じていない様子だ。

 スティンガーは思わずその顔にブラスターを撃とうとするが、その瞬間にはセンチネルが赤い人造トランスフォーマーの首に剣を突き付けていた。

 

「センチネル……貴方はもっと、賢いヒトだと思っていました!!」

「何とでも言え。どうせ、戻れぬ道よ。ならば、とことんまで堕ちてみるのも一興。……連れてこい!」

「へい」

 

 センチネルが大穴の向こうのディセプティコンたちに声をかけると、一団の中から一体のディセプティコンが進み出た。

 ディセプティコンは、両手で金属製の籠を持っていた。

 

 その中には、赤いツナギに短く切った青い髪の女性……シアンと、数人の幼い子供たちが入れられていた。

 

「シアン!」

「ラステイションの女神よ。あの連中の命が惜しくば、共に来てもらおう」

「だめだ、女神様! こんな奴らの言うことを聞いちゃ!!」

「黙ってろ!!」

 

 ディセプティコンは、檻を乱暴に揺らしてシアンを黙らせる。

 

「ッ! 止めなさい! ……いいわ、行く。その代り、あの子たちは解放してちょうだい」

「約束しよう」

 

 凛として言うノワールに、センチネルは感情の読めない表情ながらしっかりと頷いた。

 それをスティンガーは手を伸ばして止めようとするが、針だらけがシアンたちの入った檻に銃を向けるのを見せつけられて、動きを止める。

 センチネルがノワールの体を掴む。

 炎で出来たザ・フォールンの顔が嘲笑に歪む。

 

『愚かな。仮にもオールスパークから生まれた存在が、そうではない塵のために命を投げ出すとは』

「女神は、国民のためにある物。それを忘れたら、私たちは女神じゃなくなってしまうのよ」

『尊い物が、そうでない物のために犠牲になるとは。まったく愚かなことよ』

 

 一切恥じることなく毅然と宣言するノワールを、ザ・フォールンは完全に見下している。

 そして、さらに信じられないことを言い出した。

 

『よし、では檻の中の塵どもを潰してしまえ』

『なっ!?』

 

 その言葉に、ノワールはもちろんコンストラクティコンたちやスタースクリームも目をカッと見開き、センチネルでさえ動揺するような様子を見せる。

 

「お待ちを。見ての通り、女神どもには人質が有効と証明されました。生かしておけば、何か使い道が……」

『ならば、その都度調達すればいいだけのこと。それにその塵どもを見ていると反吐が出る……やれ』

 

 センチネルが言い含めようとするが、ザ・フォールンは聞き入れない。

 ディセプティコンは、檻を地面に降ろし、銃の引き金に指をかける。

 シアンと子供たちは、実を寄せ合って恐怖に震える。

 

「止めなさい!! 約束が違うじゃない!!」

『約束とは同等の存在同士の間で成立するものだ。……故に、オールスパークから生まれたとはいえ、下等な有機物と俺の間に約束など成立せん』

「ッ! このクズ! 下種!! 畜生!!」

 

 シアンたちを救うべく動こうとするノワールだが、ディセプティコンに捕まえられてしまう。

 スティンガーもいつの間にか向こう岸に回り込んだディセプティコンたちに押さえられる。

 檻を持ったディセプティコンの顔がサディスティックに歪む。

 

「待った!」

 

 しかし、そこで声を上げて止める者がいた。

 全員が声の方に視線を向けると、そこには細長い手足に四枚の盾を装着したディセプティコンがいた。

 

 コンストラクティコンのリーダー、ミックスマスターである。

 

 センチネルは鋭い視線でミキサー車ディセプティコンを射抜く。

 

「何だ?」

「あー、いや……そ、その女! その女は優秀な技術者なんで! どうせなら生かしといた方が得策ですぜ! つ、ついでに餓鬼どもも……」

 

 揉み手しながら進言するミックスマスターを、他のコンストラクティコンたちは固唾を飲んで見守る。

 センチネルは眉を吊り上げた。

 

「何? 技術者とな?」

「へ、へい! なんせ、あのソーラータワーを造ったのは、この女なんでさあ! 他にもこの国には、卓越した職人や技師が多くいるんで! どうせなら、そいつらを生かしといて利用した方が得策でさあ! だから……ガッ!」

 

 調子良く説明するミックスマスターだが、その身体が突然空中に浮かび上がる。

 炎のザ・フォールンの目が危険に輝いていた。

 

『優秀な技術者? 職人、技師だと? くだらん! この塵でもの作り出した文明に意味などない! ……見よ!』

 

 すると、空中に映像が映し出された。

 ラステイションの端に立つ、ソーラータワー……だった場所だ。

 

 あの輝くばかりだったソーラータワーが、ガラクタの山と化していた。

 

 人造トランスフォーマーの爆発で破壊されたのだ。

 

「なッ……!? そ、ソーラータワーが……!」

 

 愕然とするコンストラクティコンたち。

 シアンも、言葉を失っている。

 あのタワーを完成させるために、コンストラクティコンたち、そしてシアンたちがどれだけ苦労したか……。

 

『あのタワーだけではない。この世界の者どもが造りだした全ては、跡形もなく破壊してくれよう。この忌まわしい世界が、肉の塊どもが存在した痕跡を、一切消し去ってくれる』

「ッ……!」

 

 ミックスマスターを建物の壁に叩きつけ、ザ・フォールンは吼える。

 

『さあ、やれ!』

「へい。……へっへっへ、さあ痛くするからねえ~、せいぜい泣き叫んで……へ? あぎゃああああッ!?」

 

 命令のままにシアンたちを殺そうとするディセプティコンだが、ミックスマスターに殴られてその勢いで炎の渦巻く大穴に落ちていった。

 

『なんのつもりだ……?』

「ええいもう! やめだやめだ!! ディセプティコンなんか辞めてやらあ!! コンストラクティコン、やっちまえ!!」

『おお!!』

 

 かつてなく鋭い顔つきのミックスマスターが号令をかけると、ロングハウルが隣のディセプティコンを持ち上げると大穴に放り捨て、ランページが地面に突いた腕を軸にしての回し蹴りで周囲の兵隊を蹴り倒し、ハイタワーは鉄球で叩き潰す。

 さらにオーバーロードが鋏や足のエッジで切り裂き、スカベンジャーは巨体で押し潰す。スクラッパーは地味にシアンたちの檻を確保していた。

 

「逃げるぞ!」

 

 ミックスマスターたちは、そのまま変形して路地裏に入ったり、ロボットモードのまま建物によじ登ったりして逃げていく。

 

『おのれ、出来損ないどもが……! センチネルよ、あの裏切り者どもを始末せよ』

 

 怒りと憎しみを滾らせるザ・フォールンの顔はそのまま霧散していった。

 それを他人事のように眺めながら、センチネルは息を吐いてから、傍らのスタースクリームを睨む。

 

「……で、お前は何をしている?」

「見て分かんねえか?」

 

 スタースクリームは腕をミサイル砲に変形させ、センチネルに向けていた。

 

「……奇襲の情報を女神どもに流したのもお前か」

「ご想像に任せるぜ……さあ、その女神を下ろしな」

「ディセプティコンにとって神のような存在であるザ・フォールンに逆らうと?」

「俺を誰だと思ってんだ? 気に食わないなら神様にだって反逆するスタースクリーム様だぜ?」

 

 お互いに鋭く睨み合うセンチネルとスタースクリーム。

 センチネルは、ゆっくりとノワールを地面に降ろす。

 

「どういうつもり……?」

「いつもの裏切り癖さ。……おっと、そっちのバンブルビーモドキも放してもらうぜ!」

 

 訝しげなノワールに、スタースクリームは飄々とした調子で答えると、ミサイルをセンチネルに突き付ける。

 しかし、センチネルはまるで動じる様子を見せず、手振りでディセプティコンたちにスティンガーを解放するよう指示を出す。

 何やら納得している様子のセンチネルは、ビークルモードのスティンガーに乗って走り去るノワール、そして背中のスラスターからジェット噴射して飛び去るスタースクリームを見送ってから、不安げにしている周囲のディセプティコンに号令をかける。

 

「第二次攻撃を開始する! サイバトロンに連絡を取れ!! ……ザ・フォールンの求心力も、この程度か」

 

 慌ただしく動き出したディセプティコンは、最後のセンチネルの呟きに、気付くことはなかった……。

 




思ったより長くなってしまった……(いつものこと)

姿の見えないユニとダイノボットは他の仕事をしてます。



……そろそろ、最後の騎士王のネタバレ、OKですかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第156話 究極のアイアンハイド

 遥か上空に広がるサイバトロン星から、大気圏突入形態(エントリーモード)のディセプティコンたちが隕石となってラステイション首都に降り注ぐ……が。

 

 突如として何処からか飛来した砲弾が、隕石に命中。哀れ変形していたディセプティコンはゲイムギョウ界の地を踏むことなく爆発四散した。

 

「いや、まさか俺らの造ったレールガンを、ああ使うたあなあ……」

 

 首都近郊の森の中で、ミックスマスターは次々と撃墜されていく隕石を見上げながら呟いた。

 あの弾は、かつてコンストラクティコンがラステイションに要塞都市を建設したおり、防衛の要として設置したレールガンに違いない。

 

 ちなみに、電磁力によって弾を加速させる超電磁砲(レールガン)ではなく、レールに弾を乗せて撃ち出すガンである。

 

「大丈夫ですか? シアン」

「ああ、平気だ。……助かった」

 

 檻を地面に置いて開いたスクラッパーに、シアンは頭を下げる。

 しかし、子供たちは異形の金属生命体に囲まれて怯えていた。

 子供たちからすれば、今街を攻めているディセプティコンとコンストラクティコンの違いなど、分かろうはずもない。

 

「こいつらは、味方だよ。私といっしょに仕事した仲なんだ」

「で、でも……」

 

 シアンは子供たちの不安を取り去ろうと笑みを浮かべるが、子供たちは聞き入れる様子はない。

 

「ま、しゃあねえやな。おう、野郎ども行くぞ」

 

 ミックスマスターはハアと息を吐いてから、仲間たちに号令をかける。

 思い思いに休んでいたコンストラクティコンたちは、立ち上がって動き出した。

 

「それで、これからどうするんです?」

「さあてな。考えてなかったぜ」

 

 不安げなスクラッパーの問いに、ミックスマスターはおどけた調子で答える。

 実際、軍団を抜けてどうするかというプランはまるでない。

 ここまでの事態になって、今更オートボットに降ることもできないだろう。

 

「まったくもう、考えなしなんだから……」

「うっせ! お前らだってノリノリだったじゃねえか!」

「そりゃ、ワシらだってムカついたしのぅ」

「我慢の限界だったんダナ」

 

 ガヤガヤと騒がしく去りゆくコンストラクティコンたちの背に、シアンは意を決して声をかけた。

 

「なあ……ありがとうな! 助かったよ!」

「……ありがとう!」

「ありあとう、ロボットさん!」

 

 釣られて、子供たちも感謝を口にする。

 その声にコンストラクティコンたちは答えない。

 しかし、口元が僅かに綻んでいた……。

 

  *  *  *

 

 サイドウェイズは山中に置かれたレールガンの砲座に座っていた。

 正確には、そのシステムとリンクして操作していた。

 

 前述の通りこの砲は砲というかカタパルトで、キャタピラまで付いている。

 これをレールガンと言い張るのは、色々無理があるだろう。

 おかげで、ここまで移動させることが出来たが。

 

「貴様は気にならんのか?」

 

 そんなサイドウェイズに声をかける者がいた。

 髑髏を思わせる顔をした、痩身の黒いトランスフォーマー、賞金稼ぎのロックダウンである。

 その足元には、ディセプティコン兵の残骸が転がっている。

 レールガンを破壊するためにポータルで送り込まれてきた兵たちだが、対空砲の防衛のために配置されたロックダウンと手下たちに撃破されたのだ。

 

「気になるって、何が?」

「貴様はディセプティコンだろう? 仲間と戦うことが嫌じゃないのか」

「…………そりゃあ、まあ。一応にも仲間だったし戦いは怖いし」

 

 いつもの仏頂面のままのロックダウンの問いに、サイドウェイズは少し考えてから答えた。

 

「でも俺の仲間……っていうか何て言うか、そういう娘がいるんだ。訓練兵だったころから何かと縁があって。……でもあいつ、昔はちっとも笑わない奴だったんだ。ところが、最近は良く笑うようになって、笑うと可愛い……あー! とにかくさ、仲間殺しの汚名でも何でも、アイツが笑ってられる場所を護れるなら……それもありかなって」

「つまり、女のためか」

「……ああ、まあそんな感じ」

 

 自身の言葉を簡潔に噛み砕くロックダウンに、サイドウェイズはやや照れくさげに笑んだ。

 賞金稼ぎは、お決まりの不機嫌そうな顔のまま、狙撃手に背を向け、しかしボソリと呟く。

 

「男が戦う理由としちゃ、上等だ」

 

 それを耳聡く聞いていたサイドウェイズは、ニッとディセプティコンらしからぬ快活な笑みを浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

「失敗か」

 

 ラステイション首都のとあるビルの屋上。

 隕石となって大気圏突入してくるディセプティコンたちが撃ち落とされるのを見上げながら、センチネルは冷静に呟いた。

 予想出来ていたことだ。

 上空からの強襲への対策を、重点的に守るのは当然。

 

「ならば、やはり正攻法でいくとしよう。ディセプティコン! ポータルを通ってやってこい!」

 

 すぐさま判断したセンチネルは、再びスペースブリッジの中心柱を操作してポータルを開き、プラネテューヌ首都に待機しているディセプティコンの大軍を呼び寄せる。

 ビルの下の広場に大きな空間の裂け目が開き、そこからディセプティコンたちが押し寄せてくる。

 

「ディセプティコン! 女神を捕らえ、オートボットを叩き潰せ!!」

 

 センチネルは、軍団に檄を飛ばす。

 瞬間、センチネルは盾を出して突如として飛来した弾丸から中心柱を守る。

 

「ッ! 狙撃……!」

 

 ギラリとセンチネルが視覚センサーを最大感度にして弾が飛んで来た方向を睨めば、数百m離れた建物の屋上に、黒い服とツーサイドアップにした黒髪が特徴的な少女が長銃を手に腹這いになっていた。ユニだ。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 センチネルは、すぐさま敵の思惑を察した。

 なにせ、ポータルを使え何時でも何処にでも軍団を送り込めるのだ。ゲイムギョウ界の者たちに逃げ場はない。

 しかもポータルの大本であるタリの女神は空中神殿に囚われている。

 ならばこちら側に唯一スペースブリッジを扱えるセンチネルを誘き出し、中心柱を破壊してしまおうという魂胆だろう。

 

「だが、残念だったな。初撃が凌がれた時点で、貴様らに勝ち目はない。……東のビル、屋上に女神。捕らえよ」

 

 通信で眼下のディセプティコンに指示を出せば、血に飢えた幾人かの兵士たちが迅速にユニを捕らえるべく走りだす。

 慌ててユニが退散するのを捉えたセンチネルは、さらに指示を出そうとする。

 

 が。

 

 ユニはビルの向こうへ飛び降りる寸前、こちらに向かって不敵な笑みと共に親指を立てて下に向けてみせた。

 

「ゲッターラヴィーネ!!」

「……ッ!?」

 

 不意に現れた白い女神、ブランがセンチネルの頭上からハンマーを振り下ろす。

 人造トランスフォーマーの爆発で負傷した手足に包帯を巻いているが、まだまだ元気そうだ。

 

狙いはセンチネル本人ではない。手に持つスペースブリッジの中心柱だ。

 

 しかしその瞬間にはセンチネルは後ろに飛び退いた。

 轟音と共にハンマーが屋上のコンクリートを叩き割る。

 

「チッ! 避けんな!」

「ルウィーの女神か、残念だったな。……ちょうどいい、君にも話を聞きたいと思っていた」

 

 ハンマーを振りかぶる白の女神をセンチネルは鋭く睨むが、当のブランは怒りに満ちた目つきで睨み返してくる。

 

「ああ!? こっちに話なんざねえよ!」

「まあそう言うな。……君は何故この国で戦う? この国は、君の国ではないだろう?」

「……んな理由、いちいち考えてられるか!! 女神ってのはなあ、人助けてなんぼなんだよ!」

 

 ブランの振り回すハンマーを、センチネルは中心柱を持ったまま片手で抜いたプライマックスブレードでいなす。

 その顔は納得したようだった。

 

「なるほどな。女神は人間の信仰を力の源とする。それが目的というワケかな?」

「それもあるけどな! それだけじゃねえ! ネプテューヌならこう言うだろうぜ、仲間だから、ってな! ……今だ、ミラージュ!」

 

 ネプテューヌの名が出てセンチネルが顔をしかめた瞬間、ミラージュがステルスクロークを解除して姿を現し、ブレードでセンチネルに斬りかかる。

 センチネルは、プライマックスブレードでそれを防御し、ブランとミラージュの二人がかりでの攻撃を潜り抜けてみせる。

 

「甘い!!」

「どうかな?」

 

 その瞬間、また別の方向からロケット弾が飛んできて、センチネルの手からスペースブリッジの中心柱を弾き飛ばした。

 中心柱が煙と火花を吹きながら、ビルの屋上に転がる。同時に、二つの国の首都を結んでいたポータルが消失する。

 

「なッ……!?」

「人間を、甘く見たな?」

 

 ニヤリと、ミラージュは不敵に笑んだ。

 

 

 

 

「よっし! 当たった!!」

 

 センチネルがいるのとは広場を挟んで反対側のビルの中ほどの階で、アイエフはビークルモードのアーシーに跨った状態で担いでいたロケットランチャーを投げ捨てる。

 

「さてアーシー、もう一踏ん張りよ!」

「ええ! ……うふふ」

「何笑ってるのよ?」

「ああ、人間って強いなって思ってね」

 

 唐突な相棒の言葉に、アイエフはフッと笑みを浮かべる。

 

「前にも言ったでしょ? 女神様やオートボットにおんぶに抱っこなんて御免だってね。さあ、行きましょう!」

 

 

 

 センチネルは、自らが出し抜かれたことに新鮮な驚きを感じていた。

 最初の狙撃も、女神の強襲も、ミラージュの奇襲も、今の一撃のための布石に過ぎなかったのだろう。

 いや、あるいは首都に残って抗戦していたこと自体が、センチネルをおびき寄せるためだったのかもしれない。

 しかし中心柱は完全に破壊されてはいない。スキャンしてみれば、修復は可能な範囲。

 ゲイムギョウ界と惑星サイバトロンを結ぶ巨大ワームホールは待機状態になった物の健在だ。

 

「これで、後はコッチに来た連中を一掃すりゃ、わたしらの勝ちだ」

 

 ブランは勝気にニヤリとしていた。

 それを見て、センチネルは珍しく明確に怒りを露わにする。

 

「よくやったと褒めてやる。だが無駄骨だ……! すでにやってきたディセプティコンは50体近く! それだけの軍勢を相手にする力が何処にある!」

「ここにあるわ!!」

 

 待ってましたとばかりに、何処からか声が聞こえた。ノワールの声だ。

 

「ぐるぉおおお!! やっと出番! ダイノボット、攻撃!!」

 

 すると軍勢がいる広場に隣接するビルの壁面が吹き飛び、瓦礫を押し退けて巨大な影が姿を現した。

 太い後足と短い前足、ズラリと鋭い牙の並ぶ口と二本の角を持つ暴君竜。

 ダイノボットのリーダー、グリムロックだ。

 

 続いて広場に隣接するビルの壁面を突き破って、三本の角を持つ角竜、スラッグがディセプティコンに突撃していく。

 

 さらに、広場横の河からは背中に長い棘の並んだ棘竜の姿のスコーンが飛び出してディセプティコンの不意を突く。

 

 上空からは、二つの頭を持つ大きな翼竜としての姿でストレイフが襲い掛かる。

 

 たちまち、ディセプティコンは大パニックに陥り総崩れになっていく。

 

 さすがに愕然とするセンチネルが気配を感じて視線を移せば、彼らがいるビルの隣のビルの屋上に、ノワールが立っていた。

 負傷した頭に包帯を巻き、赤い瞳がギラギラと燃えている姿は、センチネルをして気圧されそうになるほどの凄みを感じさせる。

 

「戦力を温存していたのは、あなたたちだけじゃなかったってことよ」

「……なるほど、なるほど」

 

 勝ち誇るでなく淡々と言うノワールに、センチネルは後ずさりながらもまた冷静さを取戻したようだった。

 

「いいだろう。ここは負けを認めよう。……どの道、シェアエナジーを吸い尽くせば最終的な勝ちは我らの物だ。その日を楽しみにしておくがいい……!」

 

 言うやセンチネルは中心柱を拾い上げると同時にビルから飛び降り、壁面にプライマックスブレードを突き刺して落下の勢いを殺し、そのまま老体に見合わぬ軽やかさで地面に降りる。

 そして逃げる先は路地裏や裏道ではなく、大胆にもダイノボットたちが暴れ回る戦場だ。

 ほぼ同時に動いたミラージュがブランの体を掴んでビルを飛び降りる。

 同じようにブレードを壁に刺して落下のスピードを緩め、安全に着地しセンチネルの後を追おうとする。

 

 だがディセプティコンを蹴散らしているスラッグが目の前を横切り、センチネルの姿を見失ってしまう。

 

「クソッ! 逃がしたか!!」

 

 地団太を踏むブランだが、それどころではない。

 この状況でも女神を捕らえようと襲い掛かってくるディセプティコンに阻まれ、二人はセンチネルの追跡を断念せざるを得なかった。

 

「……センチネルは逃がしたけど、これでポータルを使った奇襲はもう出来ないはず」

 

 ビルの上に残っていたノワールは、それでもこれで良しとしておき、あらかじめビルの端から垂らしておいたロープを伝って地面に降りる。

 そこは戦場になっている広場とは反対側の通りだ。

 

「さて、早くみんなと合流しないと……」

 

 そのままビークルモードで待機していたスティンガーに乗り込もうとして……。

 

 後ろから自分を掴もうとした手から逃れるべく飛び退いた。

 ノワールを捕まえようとしたのは、人間の髑髏のような顔を持った鎧武者の如き姿のディセプティコンだった。

 そのディセプティコンは、背中から長刀、腰から脇差を抜き、構える。

 

「我が名はブラジオン。我が主君、ザ・フォールンは女神の身柄を求めておられる。……共に来てもらおう」

「お断りよ! ……スティンガー、出して!」

「合点です!」

 

 ブラジオンの言葉を即座に切り捨て、ノワールはスティンガーの運転席に滑り込む。

 しかし、むざむざそれを捨て置くブラジオンではない。

 

「スモルダー、逃がすな!」

()ィ~()()()! 合点!」

 

 骸骨武者の号令に合わせて、屋根の上に放水砲を乗せたUSVタイプの消防車が現れ、スティンガーの進路を塞ぐ。

 

「チョップスター、かえんほうしゃだ!」

「もっと熱くなれよー!」

 

 消防車は放水銃を発射するが、勢いよく噴き出したのは水や消火剤ではなく激しい火炎だ。

 炎に阻まれて、スティンガーはいったん止まらざるを得ない。

 

「消防車の癖に火炎放射なんかしてんじゃないわよ!!」

 

 ツッコミを入れるノワールだが、消防車はギゴガゴと音を立てて、消防士のヘルメットのような頭部と上に突きだした肩が目立つ赤いディセプティコンへと姿を変え、放水砲ならぬ放火砲はモノクル状の眼を持つ人間大のロボットモードに変形する。

 

火火火(ヒヒヒ)! 俺の名はスモルダー! そして、こいつは相棒のチョップスター!」

「今のはメラゾーマではない……メラだ!」

 

 よく分からないことを言いつつもチョップスターは両刃の斧に変形してスモルダーの手に収まる。

 

「チョップスターには四つの変形がある。その中で俺が一番気に入っているのが、このファイアーアックスだ!」

 

 スモルダーは斧でスティンガーに斬りかかるが、スティンガーは紙一重で避けながら粒子に分解。

 ノワールを地面に降ろしつつ、ロボットモードに結合しブラスターを撃とうとした瞬間、ブラジオンの振り下ろした刀がブラスターに変形しているスティンガーの腕を斬り落とした。

 

「ぐわ……!?」

 

 さらに怯む間もなくスモルダーの斧の刃が肩辺りに食い込む。

 

「スティンガー!」

「ノワールさん、逃げてくださ……」

 

 即座にノワールはトランスフォーマーたちが入れない狭い路地に向けて走りだした。

 

 怖気づいたのでも、スティンガーを見捨てたのでもない。この場を切り抜け、助けを呼ぶためだ。

 

火火火(ヒヒヒ)! こっちは通行止めだぜ、女神!」

「燃え尽きるほどヒート!」

 

 しかし、路地の前にはすでにスモルダーとチョップスターが陣取っていた。

 

「さあ、一緒に……」

「絶対に、御免よ! レッスン1、デカい相手には懐に飛び込め!」

 

 ノワールは、あえてスモルダーに突っ込んでいく。

 驚いて一瞬固まるスモルダーの体をよじ登り、片手で頭の凹凸に掴まり、もう一方の手に持った剣を顔面に振るう。

 

「ガッ……!」

「レッスン2! どんな奴でも顔は弱点!」

 

 アイアンハイドの教えを思い出し、片手で持った剣何度も斬りつける。

 身をよじり、頭を振ってノワールを振り落とそうとするスモルダーだが、ノワールは獲物に噛みついた猟犬の如く手を放さない。

 チョップスターは相棒に踏みつぶされないようにするので精一杯だ。

 そのまま首筋に大振りな一撃を加えようとするが、その瞬間、意識が少しだけ遠のきスモルダーの頭を掴まっていた手から力が抜け……そのまま地面に落ちた。

 

――しくじった。予想よりもダメージが大きかった。

 

『若い奴はみんなそう言うんだ。そして、無理をして潰れる』

 

――ええ、そうだったわね。

 

 一瞬頭の中で聞こえたアイアンハイドの声に懐かしい気分になるノワールだが、すぐに立ち上がろうと体に力を入れる。

 しかし、腹の上に刃があることに気が付いた。

 ブラジオンが刀をノワールの腹の上に置いている。

 僅かでも力を入れるか、逆に手から力を抜けば、ノワールの体は両断されてしまうだろう。

 

「手こずらせおって……仕方がない、手足の一本でも斬っておくか」

「じょ、冗談じゃ……!」

 

 何とか抜け出せないかと考えるノワールだが、この状況では下手に体を動かせば刃で体が斬れてしまう。

 一瞬、今度こそ駄目かと諦めかけるが、またしてもアイアンハイドの声がした。

 

「ノワールから離れやがれ、外道ども!!」

 

 幻聴かと思ったが、スティンガーと彼を押さえているスモルダー、さらにブラジオンもその声に反応していた。

 

 通りの向こうから、黒く無骨なピックアップトラックが爆音を立てて走ってくる。

 

 ブラジオンはノワールから刀を離すと、ギゴガゴという音と共に変形する。

 そのビークルモードは、ブロウルとはまた違う種類の戦車だ。

 戦車姿のブラジオンは、主砲を発射。砲弾がピックアップトラックに迫るも、ピックアップトラックは右へ左へと蛇行運転して砲弾を躱す。

 続けて主砲を撃ち続けるブラジオン。

 

 ピックアップトラックは走りながら変形し、その勢いでジャンプして砲弾の上を飛び越える。

 空中でパーツが細かく寸断され、移動し、組み上がって現れたのは筋骨隆々とした男性を思わせるやはり無骨でガッシリとした黒いトランスフォーマー。

 右腕に丸い砲口のキャノン砲、左腕に四角い砲口のブラスター、好戦的だが決して残虐ではない顔付き。

 

 全体的に細かい部分が変わっているが間違いない。アイアンハイドだ。

 

 アイアンハイドは両腕の砲を地面に向かって撃って、その反動でさらに跳び、またしても重々しい見た目によらない軽やかな動きで砲弾を躱す。

 

「おっと、俺も忘れないでくれよ!! ジャズ様、華麗に参上、ってね!」

 

 さらに主砲を撃とうとするブラジオンだが、横合いから突っ込んでき新たな姿のジャズが砲身に飛び付かれた。

 砲身を圧し折ろうとするジャズを、ブラジオンはロボットモードに変形して振り払おうとするが、ジャズは素早く自ら敵から離れた。

 その瞬間にはアイアンハイドの新武器アームブラスターがブラジオンの胴体に命中。

 ブラジオンは倒れないものの後退する。

 

「燃えちまえ!」

「そうはいかないよ!! 放火は重犯罪だよ君!」

「俺のこの手が真っ赤に燃える!!」

「あらあら、可愛らしいおチビちゃんですこと!」

 

 ブラジオンを援護しようとするスモルダーだが、脇から現れたラチェットに殴り倒され、チョップスターは両腕の機銃を撃とうとしてベールの槍を受ける。

 ブラジオンは刀と脇差を抜き、アイアンハイドに斬りかかる。

 

「アイアンハイド、その不愉快な面を胴体から切り離してやろう!」

「テメエこそ、その髑髏面に相応しい場所に送ってやるぜ!」

 

 両腕の武装を撃ち迎え撃つアイアンハイドだが、ブラジオンはそれを掻い潜り、長刀を上段から振るう。

 アイアンハイドはあえて前に出て刀を持つ腕を掴んで防ぐ。

 これを予想していたのかブラジオンはもう一方の手に持つ脇差を横薙ぎに振るってアイアンハイドの腹を切り裂こうとする。

 しかし、これもアイアンハイドはブラジオンの腕を掴むことで防ぐ。

 ブラジオンは、足払いをかけてアイアンハイドのバランスを崩し、膝蹴りを腹に叩き込んで僅かに距離を取ると、刀を持った腕を掴む手を振り払いそのまま斬りつける。

 十分に力を乗せられなかったのか、アイアンハイドの体が頑丈過ぎるのか、ついた傷は大したことはなかった。

 

「痛てえ! ったく、おニューのボディだってのに、いきなり傷がついたじゃねえか!」

「懐は我がメタリカトーの間合い! 貴様に勝ち目はない!」

 

 ブラジオンは一旦距離を取り、今度は前に踏み込みながら刀と脇差を同時に横薙ぎに振るう。

 アイアンハイドは両腕の砲を撃とうとするが、それよりも早くブラジオンが姿勢を低くして懐……砲のついた腕の下に飛び込む。

 

「もらった!」

「そいつはどうかな?」

 

 勝利を確信したブラジオンだったが、アイアンハイドはニヤリとする。

 その分厚い胸板が左右に割れ、内部から大口径の八連装ガトリングキャノンが姿を現し回転を始めた。

 

「なっ!?」

 

 ガトリングキャノンが火を吹き、至近距離から無数の光弾がブラジオンを襲う。

 

「があああああッッ!?」

 

 光弾の数だけ小爆発が起こり、ブラジオンを後方に吹き飛ばす。

 地面に倒れたブラジオンに、ジャズに翻弄されていたスモルダーが駆け寄る。

 

「ブラジオン!」

「ぐ……ふ、不覚……!」

 

 かなりのダメージを負い、装甲がボロボロになりながらも致命には至っていなかったブラジオンは、刀を杖に立ち上がろうとするが上手くいかず、スモルダーに助け起こされる。

 

 胸のガトリングキャノンを収納し、アイアンハイドはノワールを守れる位置に立った。

 

「アイアンハイド……!」

「よう、ノワール。敵を残しといてくれてありがとな。……ま、確かにつまらない奴しか残ってないが」

 

 安堵と喜びで笑顔になるノワールに、アイアンハイドはニッと力強い笑みを浮かべる。

 その姿に、ノワールはこぼれそうになる涙を拭った。

 

「ふふふ、そうね……アイアンハイド、その姿、素敵よ。若く見えるわ」

「何たって、体ほとんど丸ごと交換したからな。おかげで元気モリモリ、絶好調よ! 今の俺はまさに究極(アルティメット)だぜ!」

 

 力瘤を作るような仕草をするアイアンハイド。

 その言葉の通り、あちこちに古傷のあった体はブラジオンに斬られた箇所以外は新品同様のピカピカであった。

 コズミックルストで死に瀕したことが、嘘のようだ。

 

 ラチェットとホイルジャックの考案した『バイナルテック計画』とは、負傷したトランスフォーマーのスパークとブレインなどを取り出し、別に用意した肉体に移植するという治療法だった。

 

 これはホイルジャックがかねてより進めていた人造トランスフォーマーの研究で培ったノウハウと、ショックウェーブが開発したトランスフォーマーの重要部位を体外に脱出させる緊急脱出システムを掛け合わせた物だ。

 

 オートボットとディセプティコン、両軍を代表する天才たちの発明を合わせた、だから双方(バイナル)科学技術(テック)計画なのだ。

 

「よう大将! どうやら、また死にぞこなったようだな!」

「ヘッ! お前こそな」

「まったく君たちは……医者である私たちのおかげだろう?」

 

 並び立ち笑い合うアイアンハイドとジャズに、スティンガーを助け起こしたラチェットが声をかける。

 オプティマスの最も古い戦友である、歴戦の勇士たちの集結だ。

 

 それを見て、ブラジオンはギリリと歯噛みする。

 

「……退くぞ、スモルダー!」

「了解!」

「逃がすと思うのか! 今回ばかりは容赦しねえ!!」

 

 撤退しようとする敵に攻撃しようとするアイアンハイドだが、突然ミサイルが両者の間に降り注ぎ爆発を起こす。

 

「ッ! あいつか!」

 

 アイアンハイドが見上げれば、平べったくカクカクとした、全体的には鏃のようなシルエットのステルス機がこちらに向かって降下してきた。

 『夜鷹』の愛称で知られるリーンボックスのステルス攻撃機だ。

 ブラジオンは、そのステルス攻撃機の下部に掴まる。

 

「遅いぞ、マインドワイプ」

「キキキ……こいつは貸しだぞ、ブラジオン」

 

 ブラジオンををぶら下げたまま、ステルス攻撃機には飛び去り、スモルダーとチョップスターもドサクサに紛れて逃亡した。

 

「待ちやがれ! ……あーくそ!」

 

 アイアンハイドが両腕の砲を撃つが、すでに二体は砲が届かない場所まで逃げ去っていた。

 

 ベールに助け起こされたノワールはホッと息を吐く。

 アイアンハイドには悪いが、とりあえずの勝利と言っていいだろう。

 

「ぐるぉおおおお!! 勝った! ラステイション編、完!!」

 

 ビルを挟んだ向こうの広場からは、グリムロックの勝鬨が聞こえてきた。向こうも勝ったようだ。

 ネプテューヌなら勝ってないフラグとでも言うのだろうが、大丈夫だろう。

 

「勝ちましたわね。……とりあえずは、ですけど」

「ええ、後はネプテューヌ次第か。……正直、オプティマスが復活しても、この状況もひっくり返せるとは限らないけど」

 

 しかしベールとノワールの表情は険しい。

 敵のポータルは、しばらく使用不能なはずだし、結構な数のディセプティコンを倒した。

 それでもシェアエナジーが奪われ続けている状況は変わらない。

 

 さらに、深刻な話題は続く。

 

「それに問題はもう一つ……」

「ええ…………行方が分からない、ロディマスのことね」

 

 ネプテューヌが旅立った時以来、あのトランスフォーマーの雛は姿を消した。ロディマスを入れていた部屋の換気扇が外され、そこから逃げたらしく、何処を探しても見つからない。

 そうなると、おそらくロディマスはネプテューヌたちに着いていってしまったのだろう……つまりトランスフォーマーの故郷、惑星サイバトロンに。

 

「……しっかりやりなさいよ、ネプテューヌ」

 

 不確かな伝説のアイテムを求める旅路に、同行者は言葉も放せない雛。

 ここにはいない紫の女神の苦難を思い、ノワールはせめて祈る他ないのだった。

 

 




今回の解説

アイアンハイドの新たな姿
元ネタは、DTOM時に発売されたリーダークラスの玩具、その名も『アルティメットアイアンハイド』
今回のタイトルもこれにちなみます。
アイアンハイドをズミックルストに感染させたりラステイションでの戦いを書いたのも、これを出したいが故でした。

バイナルテック
指摘された方もいらっしゃいましたが、元ネタはTFシリーズの一つ、実車に変形する『トランスフォーマーバイナルテック』
双方、二つを意味する『バイナル』と、科学技術を意味する『テクノロジー』を合わせた造語だそうで、本来はサイバトロンと人間を技術を組み合わせるが故のネーミング。
コズミックルストによってサイバトロンが全滅の危機に立たされたので、人間が作った車から変形するロボットにサイバトロン戦士の意識を転送する……というストーリー。

スモルダー&チョップスター
元々はリベンジのスピンオフアニメ、サイバーミッションに登場したディセプティコンで、パワー・コア・コンバイナーという別シリーズからのゲスト。
放火魔な消防車というキャラ。
本来は意志を持たないドローン四機と合体して合体兵士になれますが、この作品で合体形態を披露するかは未定。

次回はようやっとネプテューヌ側の話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第157話 老歴史学者の嘆き

 惑星サイバトロン。

 トランスフォーマーの故郷。

 永く続いた戦争で死にゆく星。

 

 その首都アイアコン跡近くの荒野には、一切の生命の影が無く、寒々しい風に錆の粒子が吹き上げられるばかりだった。

 

 しかし、急に空中にスパークが走ったかと思うと、何も無かった空間に二つの影が吐き出された。

 

 一方は大きく翼のある黒い影……元ディセプティコン、今オートボットのジェットファイア、もう一方は少女の姿をした影……我らがネプテューヌである。

 

「あいたたた……転送されるのも慣れたかと思ったけど、今回は特に心地が良くなかったね」

「文句言うな。他の星に跳ばされなかっただけ、ありがたいと思え」

 

 ネプテューヌは気分悪げに肩や首をグルグルと回していたが、ジェットファイアの言葉に苦笑せざるを得ない。

 

「あはは、まあ『いしのなかにいる』にならなかっただけマシかな? ……それで、ここは何処だろう?」

「ふむ、惑星サイバトロンの何処かには違いない……と、思う」

 

 ジェットファイアは髭を撫でながら、何処か自身なさげだった。

 

「俺の記憶にあるサイバトロンは、もっと美しい場所だったんだが……」

 

 一万年振りに帰郷した老兵が、この荒れ果てた故郷に戸惑っているのは明らかだった。

 だから、ネプテューヌは空気を換えるべく提案する。

 

「とりあえず、アイアコンを目指そうよ。そこにアルファトライオンがいるはずだから」

「そうだな、さしあたっては……む、何だ? くすぐったいぞ!」

 

 急に身をよじってジェットファイアが体を掻きだした。

 

「何かが俺の体を這い回ってる! 虫か!? そうなら落ちろ!」

「ととと……って!」

 

 体を揺らすジェットファイアの足踏みを避けるネプテューヌの前に、老兵の背中当たりから何かが落ちてきた。

 それは、赤とオレンジの体色も鮮やかな、トランスフォーマーの雛、すなわちロディマスだった。

 

「ロディマス! 着いてきちゃったの!?」

 

 ネプテューヌの声に、ロディマスは顔を上げて嬉しそうにキュイと鳴く。

 ジェットファイアはロディマスが張り付いていた当たりを杖で掻きながら、不愉快そうな顔をした。

 

「まったく悪餓鬼め! 親の顔が見てみたいわ!!」

「もう見てるでしょ。親はメガトロンとレイさん。……ロディマス、これからわたしたちは大事な物を探しにいくんだ。遊びに行くんじゃないんだよ」

 

 無邪気なロディマスを言い含めようとするネプテューヌだが、ロディマスは変わらずキュイキュイと鳴くだけだ。

 

「もう! 分かってるの、ロディ!? ……って怒鳴ったところでどうなるでもなし。ここに置いてくワケにもいかないし、連れてくしかないか」

「やれやれ、こんな子供が同行者とは、前途多難だな。……さ、掴まれ。飛ぶぞ」

 

 差し出した手にネプテューヌとロディマスが乗ると、ジェットファイアは背中のスラスターからジェット噴射して飛び上がる。

 

「おー、速ーい! オプっちの掌の方が乗り心地はいいけど! ……ところで、アイアコンの場所は分かるの?」

「任せとけ。俺の若いころはな。ナビシステムなんかなくても、星の位置から場所を割り出したもんだ」

 

 カカカと笑うジェットファイアと、無邪気にはしゃぐロディマスに、ネプテューヌはらしくもなく不安を感じずにはいられないのだった。

 

  *  *  *

 

 かつてはオートボットの首都だったアイアコン。

 今は崩れかけの建物が並ぶ廃墟だ。

 

「怒りも、恐れも、憎しみも、ない……」

 

 その一角にある広場で青い鎧武者のような姿のオートボット、ドリフトが胡坐をかいて瞑想していた。

 

「怒りも、恐れも、憎しみも、ない……」

「おいそれ止めろや! 辛気臭くて敵わねえ!」

 

 ブツブツと呟きながら瞑想を続けるドリフトに、広場の瓦礫に座っていたコートを着ているかのような姿と飛行 ゴーグルが特徴的な緑のオートボット、クロスヘアーズが文句を付ける。

 

「これは意識を透明に保つために必要なのだ。このような時こそ精神を研ぎ澄まし、オートボットの使命を果たすため……」

「もう、オートボットも何も関係ねえだろ! オプティマスは死んじまったんだぞ!!」

「ッ! 口を慎め! このスクラップが!!」

「やるか!」

 

 クロスヘアーズの言葉に激昂したドリフトが彼に刀を向ければ、クロスヘアーズもコートの下から短機関銃を抜く。

 

「止めろ、二人とも!」

 

 一触即発の二人だが、そこへ深緑の肥満体の男性を思わせる姿に全身に銃火器を装備し、軍用ヘルメットを被って葉巻のように実包を咥えたオートボット、ハウンドが仲裁に入った。

 両手に持った機関銃を両者の頭に突き付けるという、いささか暴力的な手段でだが。

 

「無駄口を叩く暇があるなら、持ち場に戻れ! ドリフトもだ。俺らの仕事は敵がこないか見張ることだろうが!」

「ケッ!」

「ふん……!」

 

 怒鳴られた二人は渋々ながら持ち場に戻る。

 そんな二人に、ハウンドは排気した。

 

 サイバトロンに残ったオートボットたちの実質的な指導者であるアルファトライオンが発したオプティマスの死という言葉は、あっという間に全軍に噂として広まった。

 以来、事実と根拠のない噂が飛び交い、混乱を呼んでいる。

 それが絶望に代わる日も、そう遠くはないだろう。

 

「やれやれ、どうしたもんかね……む!」

 

 首を捻るハウンドだったが、センサーが遥か遠くから飛来する物体を捕らえた。

 

「四時の方向に飛行物体! 何かは分からん!」

「んなもんディセプティコンに決まってらあ! やっと着やがったか、待ちくたびれたぜ!」

「不本意だが、同感だ」

 

 それぞれ好戦的な表情を取った三人は、地下の基地に報告してから物陰にいったん隠れる。

 今のオートボットには、対空装備さえないのだ。

 しばらく息を潜めていると、遥か空の彼方に黒い点が現れ、あっという間に大きくなったかと思うと地上に着地する。

 

 それは大きな黒いディセプティコンだった。

 背中に翼とスラスター、曲がった背中と逆関節の脚部、顔の周りの髭のようなパーツ、そして赤く輝くオプティック。

 

 そのディセプティコンはキョロキョロと周りを見回している。

 すっかり油断しているようだ。

 

「ハウンド、早いトコやっちまおうぜ!」

「まあ待て。もう少し様子を見よう」

 

 逸るクロスヘアーズを諌めるハウンド。

 ディセプティコンは掌に乗せていた小さな影を地面に降ろす。

 

「あれはきっと、何らかの兵器に違いない! 先手必勝! 使う前に倒す!!」

「待てドリフト、様子が……」

「いざ、お命頂戴!! イヤー!」

 

 それを見たドリフトはハウンドを制止を振り切って物陰を飛び出しディセプティコンに斬りかかった。

 

「なあ、お前ディセプティコンだろう! ディセプティコンだろう! 首置いてけ!」

「残念だが、やれんな!」

 

 完全な不意打ちだったドリフトの一撃を、ディセプティコンは手に持った杖で軽々防いだばかりか、杖を持つのとは反対の手でドリフトを掴み、地面に叩き付ける。

 

「若造が! そんな不意打ちに倒れるジェットファイア様だと思ったのか!?」

「じ、ジェットファイア? お前が、あの伝説のシーカーだと言うのか?」

 

 杖を斧に変形させてドリフトの首筋に突き付けるディセプティコン。

 その名に、ドリフトは目を見開く。

 

「ドリフトから離れな、ディセプティコン」

「別に離れなくてもいいぜ。どっちみちぶっ殺しゃ済む話だ」

 

 だが、物陰から出て来たハウンドとクロスヘアーズが各々の得物をディセプティコンの背に向ける。

 しかしそれで大人しく刃を収めるディセプティコンでもない。

 一触即発の空気が場を支配する中、ハウンドとクロスヘアーズの前に誰かが飛び出してきた。

 ディセプティコンが地上に降ろした影だ。

 

「待って待って! わたしたちだよ!」

 

 さっきは分からなかったが、それは短く切った紫の髪が元気さを証明するようにあちこちに飛び跳ねている、ワンピースを着た少女だった。

 新たに現れた影の正体に、ハウンドは目を丸くする。

 

「おめえはネプテューヌ、だったか?」

「そうです、わたしがネプテューヌです! ジェットファイアは敵じゃないから、ほら銃を下ろして。ジェットファイアもドリフトを放してあげて!」

 

 ネプテューヌの一喝にハウンドは三連ガトリングを下ろし、ジェットファイアもドリフトから手を放すが、クロスヘアーズだけは銃を構えたままだった。

 ドリフトは、何とも不思議な顔付きでジェットファイアを見上げていた。

 

「貴方がジェットファイア? あの、堕落せし者の暴虐に立ち向かった? 天空の騎士の綽名を持つ?」

「……その、天空のナンチャラは止めてくれ。むず痒い」

 

 ジェットファイアは忌々しげな顔をするが、ドリフトは逆に敬服した様子で、右掌で左拳を包み一礼する。

 

「失礼いたした! 私はドリフト、故あってディセプティコンを離れ、オートボットに加わった者です!」

「なるほど、ご同類か……」

 

 頷くジェットファイア。

 一方でクロスヘアーズは、まだ銃を構えていた。

 それをハウンドが強い口調で制する。

 

「クロスヘアーズ、銃を下ろせ。味方だ」

「ケッ! まだ分かんねえだろ。もしかしたら、裏切ってるって可能性も……あ痛!!」

 

 グチャグチャと文句を言うクロスヘアーズだが、急な痛みに飛び退く。

 何と、緑のオートボットの足に小さなロディマスが噛みついているのである。

 

「何じゃコリャア!! は、外してくれ!!」

 

 銃を落とし地面に倒れ足を振るクロスヘアーズだが、ロディマスは離さない。

 最後まで戦闘態勢を解かなかったクロスヘアーズを敵だと思ったのだろうか?

 

「こら、ロディマス! そのヒトは敵じゃないよ! 捻くれてて乱暴なだけだから!」

 

 慌てて駆け寄ったネプテューヌのフォローになってないフォローに、ロディマスはやっと足を放してネプテューヌのもとに駆け寄る。

 

「イテテ……何だ! そのスクラップレットの出来損ないは!!」

「トランスフォーマーの……雛だ」

 

 噛まれた箇所を摩りながら怒鳴るクロスヘアーズだが、ハウンドは信じられない物を見たという顔で目を瞬かせる。

 ドリフトも酷く驚いた様子でネプテューヌの腕に抱かれるロディマスの顔を覗きこむ。

 

「おお、正に! 何ということだ。我らの星に子が生まれなくなって久しいというに! ネプテューヌ殿、この子はいったい……?」

「うーん、それを話すと長くなるから、また今度ね」

 

 実はメガトロンの子であることを打ち明けると、色々とややこしくなりそうなので、適当に誤魔化しておく。

 

「それより、皆と会えてよかったよ! 着陸した先でいきなり知り合いと遭遇できるなんて、これぞ主人公的ご都合主義! 聞きたいことがあるんだ!」

「……ああーそうか。その前に俺らも聞きたいことがある」

 

 相変わらずのネプテューヌのテンションに気圧されるハウンドだが、しかし彼らにも知らなければならないことがあった。

 

「噂が流れてる。オプティマスが、死んだって噂だ。……それは本当か?」

 

 真剣なハウンドの声に、ネプテューヌも表情を真面目な物にする。

 

「……本当だよ。オプっちは……ザ・フォールンに殺された」

「何だと!?」

「センセイが……そんな……それにザ・フォールンだと」

「クソッ! マジだってのか!!」

 

 オートボットたちは一様に激しいショックを受ける。

 当たり前だ。

 オプティマス・プライムの存在は、自覚無自覚はあれオートボットにとって精神的な支柱となっていたのだ。

 

「なんたること……」

「…………」

 

 絶望のあまりガックリと座り込むドリフトに、ヘルメットを取って瞑目するハウンド。

 しかしクロスヘアーズはチッと大きく舌打ちした。

 

「これまでやってきたこと、全部無駄になったってワケだ! まったく、だから俺は言ったんだ! ゲイムギョウ界だかシジョウ界だか知らんが、んな縁も所縁もないトコの連中なんざほっとけってな! まったくオプティマスも馬鹿なことしたもんだ……いってえ!!」

 

 グチグチと言うクロスヘアーズだったが、またしても急な痛みに悲鳴を上げる。

 いつの間にかネプテューヌの腕の中から出ていたロディマスが、さっきと同じ個所に噛みついていた。

 噛むと同時に唸り声を上げて怒りを表現している雛を見て、ネプテューヌは苦笑した。

 

「あー……ロディはオプっちに懐いてたからね。気を悪くしたのかも」

「だーもう! 分かった! 分かったから! 別にオプティマスを馬鹿にしたつもりは無かったんだよ!!」

 

 涙目のクロスヘアーズが慌てて謝ると、ロディマスはゆっくりと顎から力を抜く。

 

「クソッ! 何て餓鬼だ……!」

「ヒュウ! 中々、見どころのある餓鬼だぜ」

 

 懲りずに悪態を吐くクロスヘアーズに、茶化すように口笛を吹くハウンドだが、すぐに表情に不安が浮かぶ。

 

「……しかしマジでオプティマスが死んじまったなら、これからどうすりゃ……」

「もはやこれまで……潔く腹を切るとしよう」

 

 絶望感からかドリフトは地べたに胡坐をかいて刀で切腹しようとしだす。

 

「止めんか、鬱陶しい!」

「ぬおッ!?」

 

 しかし、自分の腹に刀を突き刺そうとしたドリフトは、ジェットファイアに殴り倒された。

 ドリフトは起き上がると、ジェットファイアを睨む。

 

「止めてくれるな! 我らの希望は潰えた!」

「もう! 男の人って本当に馬鹿なんだから! 潔いのと諦めが早いのは違うよ!!」

 

 その叫びに咆哮で答えたのは、ネプテューヌだ。

 仁王立ちするネプテューヌに、ドリフトは我知らず気圧される。

 

「し、しかし……」

「最後まで話を聞きなよ! ……わたしたちは、オプっちを生き返らせるためにここまで来たんだよ!!」

「生き返る……? そんなことが出来るのか?」

 

 ネプテューヌの言葉にも、ドリフトは懐疑的なようだ。

 ハウンドもクロスヘアーズも……クロスヘアーズはいつもとあまり変わらないが……疑わしげな表情をしている。

 グッと拳を握り締め、ネプテューヌは強い口調で続ける。

 

「そのために、わたしたちはリーダーのマトリクスを探してるんだ」

「マトリクス? そんなのタダの錆のついた伝説じゃ……」

「いや、ここに伝説の戦士がいる以上、まったくないことではないかもしれない」

 

 まだ訝しげなハウンドだが、ドリフトは納得がいった様子だ。

 クロスヘアーズは相変わらず小馬鹿にしたような目付きだった。

 

「へっ! そんなもん、どうやって探すってんだ!! リーダーのマトリクスってのはな、今まで代々のオートボット・リーダーが探したが、遂に見つけられなかったんだぞ!」

「それをひょっとしたら、アルファトライオンが知ってるかもしれないんだ! アルファトライオンは何処にいるの!」

 

 ネプテューヌの声に、オートボットたちは顔を見合わせる。

 そして、ハウンドが代表して声を出した。

 

「アルファトライオンなら、最近は……」

 

  *  *  *

 

 アイアコンから西に少し離れた荒野に、一つの塔が立っていた。

 屋根の尖った塔で、かつては輝いていたのだろう壁は色褪せていた。

 どれくらい昔から、ここに立っているのか知る者はいない。

 その前庭には魔法陣のような紋章が金属のフレームで描かれていた。

 巨大な円の中央に正方形の模様があり、その周りを13個の星が囲んでいる……。

 

 その塔の内部を、一体のトランスフォーマーが練り歩いていた。

 

 痩身を赤い金属繊維のマントで包み、頭は普通のトランスフォーマーより縦に長く、まるで魔法使いの被るトンガリ帽子のようだ。

 長い髭状パーツを備えた顔は、深い叡智と共に同じぐらい深い苦悩が刻まれていた。

 

 アルファトライオンだ。

 

 彼はオプティマスの死を感じ取って以降、オートボットたちにいくつかの指示を出してこの塔に籠っていた。

 ここは、アルファトライオンと幼き日のオプティマスが暮らしていた場所なのだ。

 

 老歴史学者は塔の中を歩き回り、やがて一つの部屋の前で停まった。

 惑星サイバトロンとしては珍しい開き戸の扉を開けると、部屋の中には四面に本棚が並び。、使い込まれた勉強机が埃を被っていた。

 

 その勉強机を、アルファトライオンは懐かしげに撫でる。

 

『お父さん!』

 

 不意に聞こえた声に、老歴史学者が振り向くと、彼の腰ほどまでの背丈しかないトランスフォーマーがこちらを見上げていた。

 赤と青の配色で、オプティックは美しい青だ。

 

「オプティマス……」

『お父さん……剣を教えてくれませんか? 妖精さんと約束したんです。強くなるって』

 

 それは幻影だった。

 かつてこの場にいた、幼少期のオプティマスの幻を、アルファトライオンは見ていた。

 

『お父さん、歴史について教えてくれませんか?』

 

『お父さん……どうしてボクは、皆と違うんでしょう……?』

 

『父上! 公文書館に就職が決まりました!』

 

『父上、私がプライムの弟子になると……』

 

『父上! メガトロンが私のことを兄弟と呼んでくれたんです!』

 

『父上……私にプライムなど務まるのでしょうか……』

 

 幻は徐々に歳を重ねて立派な青年に成長し、やがてその顔には苦悩が刻まれていくようになった。

 

「オプティマス……息子よ……」

 

 震える手で幻に手を伸ばすと、青年にまで育っていたオプティマスは、再び幼い子供に戻っていた。

 

『あの……お父さん、って呼んでもいいですか?』

「もちろんだとも……いいに決まっているじゃないか……」

 

 涙を堪えながらも震える声を出すアルファトライオンだが、その聴覚センサーがこちらに向かってくる足音を捉えた。

 それが誰であるかも、アルファトライオンには分かっていた。

 

「来たか……」

「アルファトライオン!!」

 

 部屋に駆け込んできたのは、ネプテューヌだった。息も荒く、肩を上下させている。

 その目には、アルファトライオンの姿と共に希望と期待とが映っていた。

 塔の外に、オートボットたちを待たせて、ここまでやってきたのだ。

 老歴史学者は柔らかく、しかし悲しそうに微笑んだ。

 

「久し振りだのう、ネプテューヌ」

「うん、久し振り! それで……」

 

 話を急ごうとするネプテューヌをアルファトライオンはやんわりと制した。

 

「まずは落ち着きなさい。それから、適当な所に座って、ゆっくり順を追って話してごらん」

「う、うん」

 

 それから、ネプテューヌは床に落ちていた金属製の本……背表紙だけでもネプテューヌの背丈ほどの大きさがあった……に腰かけ、これまでにあったことを話した。

 

 センチネル・プライムの覚醒。

 

 ダイナマイトデカい感謝祭。

 

 突然のセンチネルの裏切り。

 

 タリの空中神殿の浮上。

 

 ザ・フォールンの降臨。

 

 レクイエムブラスター。

 

 そして、オプティマスの死……。

 

 息子の最後を聞いて、アルファトライオンは深く深く目を瞑る。

 その顔に浮かんでいたのは悲しみと、後悔と、怒りと、諦観が複雑に混じり合った感情だった。

 

「それでジェットファイアに『リーダーのマトリクス』があればオプっちを生き返らせることができるかもしれないって……彼が言うには、マトリクスは最初の十三人の一人が持って姿を消したって」

「盗んだ、のだな」

「ううん。ジェットファイアによると、ザ・フォールンから隠すために逃げたんだって……」

「どちらでも同じことだ。兄弟を見捨てて逃げたことに違いはない」

 

 マトリクスの件になると、アルファトライオンの口調が硬く厳しい物になった。

 そのことを訝しく思いつつも、ネプテューヌの中に悲しみと言い知れぬ不安が押し寄せてくる。

 本当に、マトリクスを見つければオプティマスを救えるのだろうか?

 そもそも、目の前の老歴史学者がマトリクスの在り処、ないしマトリクスを持ち去ったプライムの居場所を知っているのだろうか。

 

「それで、アルファトライオン……あなたは、マトリクスのある場所を知っているの?」

「…………知っている。持ち去った盗人の居場所も、誰よりも」

 

 ややあって、老歴史学者は時間をかけて頷いた。

 

「! そ、それじゃあ、その場所を教えて! マトリクスがあれば、オプっちを生き返らせることが出来るかも!」

「…………生き返らせる、か」

 

 前のめりになるネプテューヌだが、アルファトライオンはおもむろに立ち上がると、部屋の本棚に収められている本を撫でた。

 

「マトリクスの力ならそれも可能だろう。……だが果たしてそれは、あの子のためになるだろうか?」

「え? な、なに言ってるの?」

 

 重々しい老歴史学者の言葉に、ネプテューヌは面食らう。

 オプティマスを甦らせることは、彼のためになるに決まっているではないか。

 そう目で語るネプテューヌに、アルファトライオンは深い溜め息と共に首を横に振った。

 

「前にも話したはず。あの子は……孤児だった。全ての命がオールスパークから生み出されるサイバトロンにおいて、これは何を意味すると思うかね?」

 

 その問いに対して、ネプテューヌは少し考えて、答えを出した。

 

「オプっちは……サイバトロンで生まれたんじゃ、ない?」

「左様……。オプティマスはある日、カプセルに入れられて空から落ちてきたのだ。それを儂が拾い上げた……昨日のことのように憶えている」

 

 何処かここではない遠く、遥かな過去を見て、アルファトライオンは目を細める。

 

「異星から来た存在であるということが、あの子にどれだけの孤独を強いたか……この部屋はな、あの子の部屋だった。ここの本と空想上の妖精だけが、あの子の友達だったのだ」

 

 部屋の床に落ちていた本を一冊拾い、アルファトライオンはその本を本棚に戻す。

 

「それでも歪むことなく真っ直ぐに育ってくれたあの子が、儂と同じ職に就いた時、どれだけ嬉しかったことか…………だのに!」

 

 そこまで言ってアルファトライオンは、強く拳を握った。

 

「プライムの子孫であることが分かりオプティマスが得たのは、潰れそうな重責と果てしない戦い。親しい者たちの死、そして裏切りだ! しかし、あの子には泣くことも許されなかった!! プライムとして弱みを周りに見せることが出来なかった! ……何がプライムの責務だ! 何が、指揮官としての有るべき姿だ!! そんな物は、クソ喰らえだ!!」

 

 やり場のない怒りと絶望がない混ぜになった叫びを、アルファトライオンは上げていた。

 それはネプテューヌが……そして彼を知る誰もが見たこともない、彼の胸の内に秘めていた激情だった。

 圧倒されたネプテューヌを置いて、アルファトライオンに足早にその場を去ろうとする。

 

 だが、ネプテューヌもここまで来て引き下がることは出来ない。

 

 本から降りてアルファトライオンの前に回り込む。

 

「ちょっと待ってよ! オプっちを見捨てる気!?」

「あの子の生は、辛いこと、苦しいことばかりだった。……生き返ったところで待ち受けるのは、さらなる戦い。さらなる地獄だ。もうたくさんだ。あの子を静かに眠らせてやってくれ……」

 

 先ほどとは違う、投げやりなほど虚無的な声で言うと、アルファトライオンはネプテューヌの横を通り過ぎる。

 確かに、それは親心なのだろう。

 アルファトライオンなりの愛なのだろう。

 それでも、それを認めるワケにはいかなかった。その愛がオプティマスの思いとイコールではないことを、ネプテューヌは知っていた。

 だから、顔を上げて自分の両頬を掌で叩いて気合を入れ、老歴史学者の背中に向かって声を上げる。

 

「アルファトライオン、聞いて! わたし、わたしね……オプっちに、告白されたんだよ!!」

 

 ピタリ、とアルファトライオンの歩みが止まった。

 

「それでOKした! わたしたち、恋人になったんだよ!! 一回だけだけど、オプっちが泣いてる姿も見た! それに……それに!!」

 

 ネプテューヌは吼える。

 腹の底から、必死に。

 

「殺される寸前に、オプっちは言ったんだ! 幸せになりたい。生きたいって!! 確かにこれまでのオプっちの人生は不幸だったかもしれない! でも、これからなんだ! これから、オプっちは幸せになるんだ!! わたしと、一緒に!!」

 

 一息に言い切り、ネプテューヌは荒く息を吐く。

 アルファトライオンは沈黙していたが、やがてその背が揺れだした。

 

「オプティマスが、幸せになりたいと……あの子が、生きたいと……! そうか、そうか……」

 

 そして振り返った時、老歴史学者の目からは涙が溢れていた。

 

「それに恋か……はは、オプティマスもやっと恋が出来たか……」

 

 父親として、オプティマスをずっと見てきたのだろうアルファトライオンにとって、ずっと利他的に生きてきた息子がやっと自分の幸福を願えたことは、何にも増して嬉しいことなのだろう。

 

 涙を拭い、アルファトライオンはネプテューヌに頭を下げた。

 

「すまない。どうも儂も自棄になっておったようだ。……オプティマスが生きたいと言うなら、助けてやらねばな。 マトリクスのある場所まで、案内しよう……なに、遠くはない。この塔の地下じゃ」

「ほ、本当に遠くないね! って言うかむしろ近いね! もっとこう、オプっちそっくりな人形を用意した上で時空を超えて死の山とか登んなきゃいけないのかと思ったよ」

「そんな時間はないからの」

 

 俄然、乗り気になった歴史学者に、ネプテューヌはフッと笑みを浮かべずにはいられなかった。

 しかし、そこでアルファトライオンは厳しい顔になった。

 

「しかし、マトリクスはプライムの至宝。……手に入れるには、相応の試練を受けなければならないだろう」

「試練? 怪物をやっつけるとか、迷宮を突破するとか、そんな感じ? わたし今なら、それぐらいドーンとやっちゃうよ!」

 

 やる気十分のネプテューヌだが、アルファトライオンは厳しい顔を崩さない。

 

「いいや。そのような物理的な試練ではなく、君自身の内なる真実を知る試練……すなわち、過去を巡る旅だ」

「んー? ……とにかく、やってみるよ!」

 

 老歴史学者の話を完全には飲み込めないながらも、ネプテューヌは力強く頷き、アルファトライオンも相好を崩す。

 

「今はそれでいい。……地下に降りるためには、いったん塔の外に出なければならない。行くとしよう」

 

 二人は下の階に向けて、歩き出すのだった。

 

 

 

 

 愛する者(オプティマス)を取り戻すために。

 




そんなワケで、ネプテューヌのマトリクス探索編の始まりです。

距離は近いけど、長くなる予定(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第158話 過去への旅(改稿)

今回からしばらく、すげえ電波な内容です。

※とある記述を追加。


「ああもう! 離れろ、離れろ!」

 

 アルファトライオンの塔の前庭で、クロスヘアーズは自分の体によじ登ってくるロディマスに悪戦苦闘していた。

 ハウンドはそんな戦友をからかう。

 

「随分と懐かれたもんじゃねえか。嬉しいだろ?」

「嬉しくねえ! 嬉しくねえ! 俺は餓鬼が嫌いなんだ!!」

「そう言うなクロスヘアーズ。見ればこの子供、中々に精悍な面構えではないか。案外、いつの日か彼の下で戦う時がくるかもしれんぞ」

「ヘッ! 有り得ねえ!」

 

 素振りをしているドリフトも、ある意味彼らしくない穏やかな調子で言うが、クロスヘアーズはケッと吐き捨てた。

 

 しかし、じゃれ付いてくるロディマスを払いのけたりはしない。

 

 そんな彼に、ハウンドとドリフトは思わず苦笑いだ。

 

 一方で、ジェットファイアは前庭に描かれた図形を見て、ブツブツと呟いていた。

 

「この方陣に、この塔……いやまさか、そんな……」

「みんなー! ただいまー!」

 

 そこへ、塔の正面玄関を開けて中からネプテューヌが出てきた。

 後ろには、金属繊維製の赤いマントを着たアルファトライオンも続いていた。

 その姿を見るやドリフトが駆け寄り、ハウンドとクロスヘアーズも歩み寄る。

 

「アルファトライオン! おお、そのお顔は!」

「どうやら、やる気を取り戻したようだな。心配したんだぜ」

「ケッ! 俺は心配なんぞしてなかったぜ!」

 

 前に見た時は動く屍のようだったアルファトライオンの顔つきに力が戻ったことに、ドリフトとハウンドは安堵し、一方でクロスヘアーズは素直でないことを言う。

 と、ロディマスはネプテューヌの顔を見るや、クロスヘアーズの体を飛び降りてそちらに駆け寄った。

 

「ただいま、ロディ。良い子にしてた?」

「…………」

 

 キュイキュイと鳴くロディマスを抱き上げるネプテューヌに、クロスヘアーズはムッツリとした顔をし、そんな仲間にハウンドとドリフトはニヤニヤとする。

 

「あ~あ、やっぱり母ちゃんの胸が一番かね。残念だったな、クロスヘアーズ」

「…………ハッ! 清々したぜ!」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「ホントだっての! っていうか、何だその取って付けたような侍口調!?」

 

 いつもと違う、唐突なござる口調でからかってくるドリフトにクロスヘアーズは躍起になって反論する。

 そんな金属生命体たちに、ネプテューヌとロディマスは揃って笑顔になった。

 

「貴方は……やはりか。ソロマ……」

「はて、儂はアルファトライオンじゃよ」

「……そうか」

 

 ジェットファイアは老歴史学者の姿を見てからと言うもの酷く動揺していたが、アルファトライオンの言葉に何かを察したように押し黙った。

 

「おお! なんとなんと……トランスフォーマーの雛か」

 

 そしてアルファトライオンはネプテューヌに抱えられたロディマスを目にして感嘆の声を出し、屈みこんで雛の顔を覗く。

 

「うむうむ、元気そうな子だ。……それにしても、まさかすでに孫までいるとは……いつ、結婚したのじゃ?」

「いや違うからね! オプっちとわたしの子供じゃないから! っていうかこのネタ前にもやったよね!」

 

 老歴史学者の勘違いを、ネプテューヌは慌てて訂正する。

 その反応に、アルファトライオンは茶目っ気のある顔をした。

 

「冗談じゃよ。さてさて、ではこの子は誰の子かな?」

「えーと……」

 

 ここでロディマスの生い立ちを明かしていいものか、ネプテューヌは悩む。

 何せ、メガトロンとレイの子である。

 クロスヘアーズはディセプティコンを強く憎んでいるようだし、他の者たちも好きと言うワケではないだろう。

 

「……では当ててしんぜよう。……この子の父親は、メガトロンでは? 面影がある」

 

 しかし、そんな配慮を余所に老歴史学者にピタリと言い当てられ、ネプテューヌはギョッとし、オートボットたちは眉をひそめる。

 当のロディマスだけが、首を傾げてキュルキュルと鳴いていた。

 

「おいおい、爺さんよ。そんなワケねえだろ。……メガトロンの餓鬼だぁ? 有り得ねえだろ、有機生命体じゃあるまいし」

 

 クロスヘアーズはさも面白い冗談を聞いたと言う調子だった。

 

「…………ううん、それで合ってるよ。この子は、メガトロンとレイさん……わたしと同じ女神の間に生まれた子供なんだ」

「は、はああああ!?」

 

 しかしネプテューヌが老歴史学者の言葉を神妙な顔で肯定すると、目を見開いて大声を出す。

 そして、ドリフトやハウンド共々、得体のしれない物を見る目をロディマスに向けた。

 

「トランスフォーマーに……子供? いったいどうやって……」

「それも、メガトロンと女神の間に……」

「どうだっていい! つまり、コイツはディセプティコンってことだな!!」

 

 戸惑うハウンドとドリフトに対し、クロスヘアーズは素早くコートの下から短機関銃を抜き、ネプテューヌたちに向ける。

 

「お、おい、クロスヘアーズ……」

「ッ! 止めて!! この子は何もしてないでしょ!!」

「ディセプティコンってだけで罪なのさ!!」

 

 止めようとするドリフトと、ロディマスを庇うように抱きしめるネプテューヌだが、クロスヘアーズは短機関銃の引き金にかけた指に力を入れようとする。

 

「なら、ドリフトはどうなの! ジェットファイアだって!! それにこの子は、オートボットだよ!!」

「こいつらは別だ! それに例えそいつがオートボットだとして、メガトロンのクソ野郎の子供だってなら、ブッ殺す理由にゃ十分だ!!」

 

 いきり立つクロスヘアーズだが、ネプテューヌも怯まない。

 お互いに凄まじい怒気を込めて睨み合う二人だが、ロディマスは不思議そうな顔で二人を見上げ、それからネプテューヌの腕の中から抜け出してクロスヘアーズに駆け寄る。

 

「ッ! ロディマス!!」

「近寄るんじゃねえ! このディセプ……お、おい何だよ!!」

 

 怒鳴りつけるクロスヘアーズにロディマスはウルウルとした目を向ける。

 

「な、何だその目は! そんな目で見たってなあ……! あー! 泣くな、泣くな! 分かったから! ほら、銃はしまったぞ!」

 

 ついに泣き出してしまったロディマスに、クロスヘアーズはまいってしまって武器をしまう。

 それでも泣き止まないロディマスに、クロスヘアーズはオロオロとするばかりだった。

 

「悪かったよ! 謝る、謝るから! ごめんな、酷いこと言って!!」

 

 何とか泣き止んだロディマスに、ホッと息を吐くクロスヘアーズだが、ネプテューヌや他の二人がニヤニヤと見ていることに気が付いて、額のゴーグルを下ろす。

 

「……チッ。まあ、子供に罪はねえ、ってことにしといてやる」

 

 何処までも素直じゃない空挺兵に、一同は苦笑する。

 オートボットたちはもう、得たいの知れない物を見るような目はしてはいなかった。

 

「ふむ、上手いこと丸く収まったわい。……さて、では事を進めるとしよう」

 

 事の成り行きを静かに見守っていたアルファトライオンは満足げに微笑むと、地面に描かれた図形の中央の、そこにある四角い図形に何処からか取り出した杖の石突きを当てる。

 

「ヴァーウィップ、グラーダ、ウィーピニボン!」

 

 アルファトライオンが宇宙は一つ、皆兄弟と言う意味を持つ言葉を唱えると、地面の図形が光りを放ち始めた。

 ギゴガゴと音を立てて前庭全体が地面の下に向けてリフトのように動き始める。

 

「と! これは……!」

「案ずるでない。マトリクスを得るための場所に向かっておるのだ」

 

 驚く一同に、アルファトライオンが静かに説明する。

 リフトは光の届かないほどの地下深くに到達し、やがて重い音を立てて止まった。

 

 すると、縦穴の壁面の一部が開き、横穴が現れた。

 横穴の奥は、一条の光も見えない真っ暗闇だった。

 

「さあ、ネプテューヌ君、行こう」

 

 アルファトライオンが手招きすると、ネプテューヌはゴクリと喉を鳴らして後に続く。

 

「儂らはここで待つぞ。……坊主もだ」

 

 ハウンドたちも続こうとするが、ジェットファイアがそれを止めた。

 コッソリとネプテューヌを追おうとするロディマスに、釘を刺すことも忘れない。

 

 横穴の中はやはり何も見えないほどの暗闇だったが、アルファトライオンが杖の先を光らせて明かりにした。

 その光で通路の両側には立像が立っているのが分かる。

 

「これは最初の13人。あるいはプライム王朝と呼ばれる者たちの像だ」

 

 歩きながら、アルファトライオンは立像の一つを杖で指す。

 

「まずはプライマ。十三人の長兄であり、光の戦士。マトリクス……そしてテメノスソードの最初の持ち主だった。公明正大な男で、誰もが彼を敬愛していた……」

 

 アルファトライオンは別の立像を指した。

 

「ベクター・プライム。時空間の守護者。時空を操る能力と、その力を正しく使う心を持っていた」

 

「マイクロナス。ミニコンの祖だ。争いを嫌い哲学的な思想を持っておった。ミニコンには他の者と合体してその者の潜在能力を引き出す力があった。失われて久しいが……」

 

「アマルガモス。最初にトランスフォームしたサイバトロニアンだ。現代のトランスフォーマーは皆、彼の恩恵を受けている」

 

「アルケミスト。偉大な錬金術師でありサイバトロンの文明を作り出した。しかし、どうにも影の薄い男だった……」

 

「ネクサス。体と精神を五つに分けた。五つの分身が好き勝手に動き周り、方々に散ってしまったので、もう行方は分からん」

 

「オニキスは変わり者でな、有機生命体の要素を取り込もうと試みておった。……そのせいで他の兄弟とは意見を違えることが多く、最後にはサイバトロンを去っていった」

 

「クインタス……あるいはクインテッサ。この星を増築するための特殊金属を調達するのが役目だった。優秀な科学者だったが気難しくてな。ソラス以外とは距離を置いておった……」

 

 一つ一つの立像のモデルになったプライムについてアルファトライオンは説明してゆく。

 

「リージ・マキシモ。闇の戦士とも呼ばれていた。自己分裂によって子孫を残す方法を研究していた。傲慢だが、良い奴だったよ……ザ・フォールンに殺されたが」

 

 ネプテューヌは、リージ・マキシモの姿が何処かメガトロンに似ていることに気が付いた。

 攻撃的で、刺々しく、しかし勇猛そうだ。

 

「ソラス……鍛冶師であり、創造に長けていた。サイバトロンで最初の女性だ。……優しい女性だった」

 

 丸みを帯びたシルエットと長い髪のようなパーツを持つ女性的な姿で、柄の長い鎚を持ったソラスの立像を見た時、ネプテューヌの心に言い知れぬ既視感が到来した。

 

 懐かしく、そして悲しい……。

 

 アルファトライオンが次に指したのは、ネプテューヌも見知った姿だった。

 細身で曲線的なパーツで構成された体を持ち、縦に長い古代の王の仮面を思わせる顔。

 

「メガトロナス……知っておるな? 今は堕落せし者(ザ・フォールン)と呼ばれておる。他のどの兄弟よりも、オールスパークを信奉し、また愛していた……その愛ゆえに奴はオールスパークの意に反する者……とみにオールスパークに頼らずとも生命を生み出す方法を模索していた者たち……女性となることで『子』を産む力を得たソラス、自己分裂で子孫を残そうとしたリージ、自らの手で生命を創造しようとしたクインテッサ、また有機生命の要素を取り込んだオニキスを裏切り者と呼んで激しく憎んだ。……やがては、それを咎める他の兄弟たちのことも」

 

 深い悲しみを感じさせる声のアルファトライオンだが、歩みを止めることはなかった。

 

「マトリクスを持ち去った者……彼のことはいいだろう。……そして、彼が十三人目」

 

 その次の立像の前を通り過ぎ、最後の立像を杖の光で照らした。

 

 闇の中に十三人目のプライムの姿が浮かび上がった時、ネプテューヌは息を飲んだ。

 

「オプっち……?」

 

 姿は違う。

 オプティマスが角ばった無骨な姿なのに対し、十三人目は逞しくも丸みを帯びた騎士甲冑のような姿をしている。

 しかし、その顔つきと纏う雰囲気が、よく似ていた。

 

「偉大な理想家であり、先導者。何よりも平和と自由を愛した戦士。それゆえに、彼の生は苦難に満ちていた……さあ、着いた」

 

 老歴史学者の声にネプテューヌがハッとなる。

 通路は終わり、その先には小部屋があった。

 四面の壁には古代サイバトロンの文字がビッシリと刻み込まれており、床には塔の前庭にあったのと同じ魔法陣が敷かれていた。

 

 部屋の奥には、トランスフォーマーサイズの棺のような物が四つ、置かれていた。

 

 四つの棺が目に入った瞬間、ネプテューヌの胸の内が締め付けられ、涙がこみ上げてきた。

 

「え? な、なにこれ……?」

 

 慌てて涙を拭ったネプテューヌは、ここに来た目的を思い出し無表情のアルファトライオンを見上げる。

 

「ここにマトリクスがあるの? その棺の中とか?」

「まあ待ちなさい。言ったはず、マトリクスを得るには試練を受けねばならないと。さあ、君も座りなさい」

 

 アルファトライオンは方陣の中央に腰を下ろし胡坐をかいた。

 それに倣い、ネプテューヌは彼の正面にペタリと座る。

 

「ひょっとして、試練って禅問答的な? そういうの、わたし一番苦手なジャンルなんだけど。絵的にも生えないし」

「……此方と彼方を魂は流転する。此方に在りしは鋼の体に可視の魂、彼方に在りしは肉の体に不可視の魂」

 

 疑問に答える代わりにアルファトライオンが何やら口の中でブツブツと呪文のような言葉を唱え出すと、床の方陣や壁の文字が光を放ち始めた。

 

「生命の父にして魂の母なるオールスパークよ。我、ここに願う。輪廻の輪より、この者の魂の記憶を呼び覚ましたまえ。真理の扉を開き、この者の内なる真実をここに示したまえ」

 

 呪文が進むにつれ、光は強くなってゆく。

 

「……問う、汝は何者か?」

「え、わたし?」

 

 急に質問されたことに気付き、ネプテューヌは面食らう。

 アルファトライオンは繰り返した。

 

「問う、汝は何者か?」

「え、ええと……わたしは、ネプテューヌだよ」

 

 アルファトライオンは繰り返した。

 

「問う、汝は何者か?」

「ネプテューヌ。……パープルハートでもいいよ」

 

 アルファトライオンは繰り返した。

 

「問う、汝は何物か?」

「ネプテューヌだって! プラネテューヌの女神、ネプギアのお姉さんだよ!」

 

 アルファトライオンは繰り返した。

 

「問う、汝は何者か?」

「だーかーらー! わたしはー……………あ、あれ? ネプテュー……ヌ? で、いいんだっけ……?」

 

 それに律儀に答えていくネプテューヌだが、段々と意識が混濁し、自分の答えに自信がなくなってきた。

 

「問う……汝は、何者か?」

「わたし……私は……」

「かくて、魂の記憶は蘇る。汝、自らが何者かを知るべし。……良い旅を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううう……苦しい……痛い……」

「しっかりしなさい! これで…回目でしょう! もうちょっとよ、頑張って! ……ほら、ヒッヒ、フー! ヒッヒ、フー!」

「ヒッヒ、フー……! ヒッヒ、フー……!」

「もう、少し……! やった! 出たわ! 頑張ったわね…ラス。……ほら、見てごらん。元気な子よ」

「フー……フー……ええ、ありがとう……クイン…ス」

 

 声がする。

 これは誰の声だろう。

 優しくて……懐かしい。

 

「ほら、抱っこしてあげて」

「ありがとう……ようこそ、私の赤ちゃん。良く生まれてきてくれたわ」

 

 誰かが自分を抱き上げて、額にキスしてくれた。

 凄く暖かくて、心地よい。

 

「それで? この子には何と名前を付けるか決めてあるの?」

「今思いついたわ。……ベルフラワー。あの世界で見つけた、紫色の小さな花の名よ。見て、この子も紫の体が美しいでしょう?」

「また有機物由来? ……まあいいのだけれど」

 

 苦笑する誰かの声。

 しかし、そこに嫌悪はなく、只々優しさがあった。

 

「貴方の、あの世界への思い入れは度し難いわね、ソラス」

「ええ、クインタス。私はあの世界が大好きなのよ。こうして『女性』という物になったのも、あの世界を見たからだしね」

 

 そして、その誰かは(ベルフラワー)に頬ずりした。

 

「ベルフラワー……私の娘。貴女の生はきっと幸せな物になるわ」

 

 母、ソラス・プライムの言葉に、生まれたばかりの赤子である私は、大きな産声を上げる。

 

 (ネプテューヌ)(ベルフラワー)であり、(ベルフラワー)(ネプテューヌ)だった。

 

 私は、トランスフォーマーの赤ん坊になっていた……。

 




……先に断っとくと、筆者は変な宗教やらに嵌ったりはしてません。

13人のメンバーは、プライム版準拠ですが、それぞれの末路は大きく異なります。
以下、その簡単な解説。

プライマ
長兄、光の戦士らしい。
マトリクスの最初の保持者であったこと以外、よく分からない人。

ベクター・プライム
ギャラクシーフォースに出たベクタープライムの『パラレルワールド上の同一人物』

マイクロナス
ミニコン(マイクロン)の祖。
つまり、ユニクロン三部作以外ではマイクロンはユニクロンの眷属ではない模様。
アドベンチャーでオプティマスに修行つけてたヒト。

アマルガモス
トランスフォーム・コグを開発し最初にトランスフォームしたサイバトロン。
つまり、この人がいなければトランスフォーマーの歴史は無かったかもしれないワケで、超重要人物なんだけど影が薄い。

ネクサス
最初の合体戦士。正確には一体が五体に分離した。
2017年現在、遺産であるエニグマ・オブ・コンバイナー(簡単に言えば合体戦士ツクール)が、あちこちで騒動の元になっている。

オニキス
ビースト戦士の祖。
つまりG1時空以外ではビースト戦士はヴォックだの何だのの陰謀は関係ないらしい。……の、割にはG1時空でも13人の一人。
ヴォックがビースト戦士を利用していたと考えるべきか?

クインタス
クインテッサ星人の祖!
サイバトロニアンのクインテッサ起源説とプライマス起源説のミッシングリンクを繋ぐ衝撃的なキャラクター。
ここでは、実写に登場する『創造主』ことクインテッサその人として扱う。

リージ・マキシモ
かつてマーベルから出ていたアメコミでは、G2トランスフォーマーの親玉であり、何と自己分裂によりメガトロンを生み出した父親的存在。
マーベル時代は最大の悪役的ポジションだったが、現在はザ・フォールンにお株を取られている。

ソラス
サイバトロニアンの女性の祖にして、他の兄弟の武器を作る鍛冶師。
プライムに出たソラス・ハンマーは彼女の遺物。

マトリクスを盗んだ人
彼のことはいいだろう。

十三人目
偉大な夢想家にして扇動者。
一回は兄弟同士の諍いを止めた。
とある人物の前世。

※追加

アルケミスト
錬金術師にしてサイバトロン文明の創始者。
筆者がナチュラルに忘れてたヒト。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第159話 ベルフラワー

 ソラス・プライムの娘、ベルフラワーが産まれてから、いくばくかの時がたった。

 ベルフラワーには母以外に三人の家族がいる。

 

「……御本が読めないわ、みんなあっちにいってちょうだい」

「スノー、みんなで読みましょう」

 

 一番上の姉、スノームーン。

 雪のように白い姿が、ある世界の月のようだと名づけられた。

 長姉なのに、姉妹で一番体が小さいのが悩み。

 

「ふん! 姉妹なんかいなくたって、私一人で十分よ! ……さ、寂しくなんかないんだから!」

「はいはい、レイヴンも皆と遊びたいのね……」

 

 黒い体色が特徴の二番目の姉、レイヴン

 別世界に住む黒い羽の鳥が名の由来らしい。

 しっかり者だが、素直じゃない。

 

「おねえさまなんかいりません! おかあさま! わたくしも、いもうとがほしいですわ!!」

「リーフ、そんなこと言わないの。お姉ちゃんも大事なのよ。…………もう一人はさすがに肉体的にキツイわ」

 

 そしてベルフラワーの妹で末っ子のリーフウィンド。

 名前の通りの淡い緑のカラーリングが鮮やかだ。

 何処で覚えたのか、不思議な言葉づかいをする。

 

「あ、あのお姉ちゃんたち。それにリーフも。仲良くしようよ……」

『べル(おねえさま)は黙ってて!!』

「は、はい……」

「ベル……貴方はもう少ししっかり意見を言いなさい」

 

 そしてベルは、心優しいが少し引っ込み思案な子に育っていた。

 

「スノー! 私のエネルゴン取ったでしょ!」

「……リーフじゃないの? わたしは知らないわ」

「レイヴンおねえさまが、わたくしのおもちゃをとるからですわ!」

「み、みんな止めて……」

 

 しかしどう言うワケか、この四姉妹はしょっちゅう喧嘩していて、その度にソラスが止めていた。

 

「ああー! もう喧嘩しない!! 喧嘩する子は、お母さん嫌いです!!」

『ごめんなさーい!』

 

 こんな感じに。

 

「あー……疲れるわー」

「貴方が望んだことでしょう」

「そーなんだけどねー。やっぱり大変。……でも充実はしてるわ」

 

 この個性豊かに過ぎる四姉妹に囲まれて、ソラスと言えど、さすがに四人も子供がいると疲労がたまるようだが、兄弟の中でも仲の良いクインタスの手助けもあって何とかやっていた。

 

 そんなある日のこと。

 最初の13人は、それぞれの眷属と共に思い思いの場所で暮らしていた。

 ソラス一家が暮らしている、始祖が所有しているにしては中々質素な家に、プライムのうちの一人……メガトロナス・プライムが訪ねてきた。

 ベルフラワーは駄目と言われていたのに、気になって母の部屋を覗き見ると、母と客人が言い争っていた。

 

「君たちは、あの世界に惹かれすぎだ! オールスパークから貰った体をそのように改造してしまって恥ずかしくないのか!」

「そうしろというのが、オールスパークの啓示だったでしょう。それにこの星のエネルギーもどんどん減っているわ。今は良くても、いずれは枯渇する。その時のために、私たちは種を保存する方法を模索しているのよ」

「だとしても! 有機物の真似をするなど! 本来生命は、オールスパークが齎す神聖な物のはずだ!!」

「メガトロナス、貴方のオールスパークへの信奉と愛は良く分かっているつもりよ。……それでも、それを他の者に押し付けないで」

「いつか罰が下るぞ……それからでは、遅いんだ! あの眷属たちに掛り切りで、鍛冶師としての仕事も疎かになっているようだし……!」

「仕事を疎かにしているつもりはないわ。……それと眷属という言い方はやめて。あの子たちは私の娘よ」

 

 怒鳴るメガトロナスに対し、ソラスは断固として反論する。

 何処までも平行線をたどる二人のプライムは、やがて無言で睨み合うが、メガトロナスの方が折れた。

 

「はあ……まあいい。こうして兄弟で争うことこそ、オールスパークの意に反するはずだ」

「そうね……」

 

 母が疲れたように金属の顔を歪めるのを見て、ベルフラワーは踵を返して駆け出した。

 

 幼く多感な少女には、メガトロナスの言葉が自分を攻めているように聞こえたのだ。

 自分たちがいるから、母は兄弟と喧嘩して、罰を当てられるのだと

 

 走りに走ったベルフラワーは、家の近くにある金属の岩の上に隠れた。

 

 それから、どれくらい経ったろうか。

 

 すすり泣いていたベルフラワーに声をかける者がいた。

 

「君、どうしたんだい?」

 

 見下ろすと、赤と青のサイバトロニアンがこちらを見上げていた。

 丸みを帯びた騎士甲冑のような姿だ。

 

「…………」

「女性体……ということは、ソラスのところの子供かな?」

「おじさん、お母さんの知り合い?」

「ああ、私はソラスの兄弟の一人だよ」

 

 そのサイバトロニアンは、ベルフラワーに優しく微笑んだ。

 訝しげにジーッと母の兄弟(自称)を見下ろしていたベルフラワー。

赤と青のサイバトロニアンはキョトンとする。

 

「どうしたんだい?」

「…………貴方も、お母さんと喧嘩しにきたの?」

「喧嘩? どうしてだい?」

「さっき、メガトロナスってヒトが、お母さんと喧嘩してたの」

「ああ、なるほど……」

 

 幼い少女の言葉に、赤と青のサイバトロニアンはヤレヤレと排気する。

 

「私は喧嘩しに来たんじゃないよ。ソラス……君のお母さんの顔が見たくてきたんだ」

「ホント?」

「本当さ。さあ。降りておいで」

 

 安心させようとする穏やかな声にベルフラワーも落ち着いてくる。

 時間をかけて岩から降りたベルフラワーは赤青のプライムと手を繋いで歩き出した。

 その手はとても大きく、暖かかった。

 何だか、このヒトといっしょだと安心できる。

 

「ベル! ベルフラワー!! ……あら?」

 

 しばらく歩いていると、家の方からソラスが走ってきたが、手を繋いでいる赤青のプライムの姿を見て首を傾げる。

 

「貴方は……」

「やあ、ソラス。君の娘に案内してもらったよ」

「ああ、そうだった! ベル! 家にいないから心配したのよ! いったいどうしたの!」

 

 どうやらソラスは、家から飛び出したベルフラワーを探していたようだ。

 ベルフラワーは母から顔を逸らした。

 

「ベル」

「……あのメガトロナスってヒトが言ってたの。私たちがいるから、お母さんに罰が当たるって……それに、私たちがいるから喧嘩してるみたいで」

「ああ、聞いてたの……」

 

 躊躇いがちにポツポツと漏らす娘に、ソラスは溜め息を吐き、それから真面目な顔をして娘の両頬を手で包んだ。

 

「ねえ、ベル。そんなことないわ。オールスパークはお母さんのお母さんみたいなものですもの。貴方たちを嫌いなはずないじゃない」

「……ホント?」

「うん、本当。それにメガトロナスと喧嘩していたのも、貴方たちのせいじゃないわ。あのヒトはあのヒトなりに、私たちのことを心配してくれてるだけなのよ」

「……うん」

「良い子良い子。……でーも!」

 

 素直に頷く娘に、ソラスは微笑んでから厳しい表情を作り、額にデコピンを当てる。

 

「痛い!」

「これは心配をかけた罰! これからはしないように」

「うう……はーい」

 

 涙目で謝る娘の頭を撫でるソラスを、赤青のプライムは微笑ましげに見ていた。

 ソラスは娘を抱き上げてから、兄弟に顔を向ける。

 

「それで、今日はどうして来たの?」

「近くに来たので寄っただけさ。君の自慢の眷属を見てみたくなってね。……良い子じゃないか」

 

 兄弟の言葉に、ソラスはフッと柔らかく笑む。

 

「ありがとう。……でも眷属という言い方はよして。この子たちは、私の娘、子供よ」

「その違いが上手く理解できないが、ふむ、分かった」

 

 真面目くさった顔で頷く末弟に、ソラスはプっと噴き出した。

 そんな母とその兄弟を見て、ベルフラワーは暖かい気持ちになる。

 

「お母さーん!」

「ベルー!」

「どこですのー!」

 

 家の方から、ベルフラワーの姉妹たちの声がする。

 

「あらいけない! 皆にもベルを探してもらってたんだったわ!」

「そうか。ならば、私はこれで」

「家に寄っていきなさいよ。エネルゴン茶ぐらいは出すわよ?」

「いや、お気遣いなく」

 

 赤青のプライムはソラスの申し出をやんわりと断ると優しく笑んでから踵を返して歩き出した。

 

「では、また」

「ええ、またね。……ほら、ベルもさようならって言ってあげなさい」

「さようならー!」

 

 母の手に抱かれて、ベルフラワーは赤と青のプライムに手を振る。

 彼は、振り返って手を挙げてから去っていった。

 

「優しいヒトだったね」

「ええ、あの子は兄弟の中でも一番優しいの。……そこが心配でもあるんだけど」

「?」

 

 優しいことの何がいけないのか分からず首を傾げる我が子に、ソラスは曖昧に微笑んだ。

 

「ベルにはまだ早いか。……さあ、早く帰りましょう。皆が待ってるわ」

「はーい!」

 

 母の言葉の意味をベルフラワーが知るのは、随分と先の話だ。

 

  *  *  *

 

 それからまた、いくらかの時が流れ、ベルフラワーは家族共々アイアコンを訪れることになった。

 

 この時の幼いベルフラワーは分かっていなかったが、メガトロナスが勝手に他の世界に迷惑を懸けたので、それを裁くための集まりだった。

 

 アイアコンはこの頃からすでにサイバトロンの首都であり、プライムの内の何人かはここで暮らしていた。

 この頃オールスパークを安置していた聖堂の一部屋で、ベルフラワーと姉妹たちが揉めていた。

 

「おねえさま! わたくしは、ひとりでもだいじょうぶですわ!」

「駄目だよ、リーフ。貴方はまだちっちゃいんだから……」

「むー! いまにすのーおねえさまよりおおきくなってみせますわ!! すのーおねえさまちっちゃいですし!」

「…………」

 

 末っ子のリーフウィンドの手を引くスノームーンだが、当の末妹はそれを鬱陶しく思っているようだった。

 

「レイヴンお姉ちゃん……あの……」

「何よ、ベル! 言いたいことがあるなら言いなさい! イライラするから!」

「ご、ごめん……」

「ほら、すぐ謝る! だ、か、ら! イライラするの!」

 

 勝手に動こうとする姉を止めようとするベルフラワーだが、レイヴンは妹の煮え切らない態度の妹に怒りを感じていた。

 

 まあ、概ねいつもの光景である。

 

「いい加減になさい! こんなとこまで来て喧嘩しない!」

 

 そして母の一喝でピタリと止まる。

 息を吐いたソラスは、娘たちを招き寄せる。

 

「もう、どうして仲良くできないの?」

『だって……』

「だってじゃありません! ……私はね、皆に仲良くしていてほしいの」

 

 そう言ってソラスを四人の娘を抱きしめた。

 

「貴方たちが、仲良く、健やかに、幸せになってくれることが、私の望みよ」

『…………はい』

 

 四人娘は母を抱き返す。

 少し離れた場所にフワフワと浮かんでいたクインタスはそんな家族を暖かく見守っていたが、時間が迫っていることに気付き女性プライムに声をかけた。

 

「ソラス、そろそろ行きましょう」

「ええ……それじゃあ、スノー、レイブン、ベル、リーフ。みんな良い子で待っててね」

『はーい!』

「返事だけはいいんだから……」

 

 元気よく返事した娘たちにソラスは苦笑する。

 何とかして娘たちに本当の意味で仲良くなってもらいたい。

 クインタスは、腰に手を当てて姉妹を嗜める。

 

「そう言わないの。あれが、あの子たちなりのコミュニケーションなんだから」

「ま、そうなんだけどね……」

 

 実のところ、ベルフラワーら四姉妹が喧嘩ばかりしているのは全員が『自分が一番、母に愛されている!』と自負しているからだったりする。

 ヒトは優劣や順番を付けたがる物。母が分け隔てなく愛を注いでも、子らは自分こそが一番と思いたがるのである。

 

 『親の心、子知らず』の理は、サイバトロニアンも同じらしい。

 

 二人が部屋を出ていくと、さっそくスノームーンとレイブン、リーフウィンドが辺りを物色しはじめる。

 

「ふ、二人とも、止めなよ……」

「何よ! ベルは黙ってて!」

「あうう……」

 

 止めようとするベルフラワーだが、レイヴンに強く言われて黙ってしまう。

 ベルフラワーは思う。

 もっと、グイグイ強気でいられたらいいのにと。

 

 しばらくは部屋で遊んでいた四人だったが、疲れてきたのかお昼寝を初めてしまう。

 

「むにゃむにゃ……おっきく、なる……」

「すーすー……友達ほしい……」

「くーくー……いもうと……」

「すぴー……」

 

 安らかに眠る四人。こんな時だけは仲良しだ。

 しかし急に轟いた爆発音に揃って飛び起きる。

 

「な、なに?」

「わ、分からない……」

 

 爆音に混じって怒声や悲鳴も聞こえてくる。

 不安げに身を寄せ合う四人だが急に部屋の扉が開かれ、誰かが入ってきた。

 

「四人とも! 外に出て、早く!!」

 

それは母ソラスと一番仲の良い兄弟であり、四姉妹にとっては叔母のような存在であるクインタスだった。

焦ったような表情で、髪の毛のような触手が忙しなく蠢いている。

 

「クインタス? いったいどうしたの……?」

「いいから、ほら!!」

 

 首を傾げるスノームーンに立つよう促すクインタス。

 その後ろには、あの赤と青のプライムが大斧を手に自分の物ではないエネルゴンに塗れて立っていた。

 

「急げ、クインタス! ……奴らが来る!」

「分かってる! ……ねえ、お願いだから、早くして」

 

 半ば懇願するようなクインタスの必死な言葉に、子供たちはワケが分からないながら立ち上がり、急かされるまま部屋を出ると、通路を足早に歩かされる。

 スノームーンは不安げな顔で険しい表情のクインタスに問う。

 

「ねえ、クインタス。お母さんは……?」

「後で合流するわ」

「皆、声を立てないようにしてくれ……」

「いたぞ! ぶっ殺せ!!」

 

 一同の先頭に立って進む赤青のプライムは、子供たちに静かにするように言うが、その時廊下の向こうから恐ろしげな姿をしたサイバトロニアンたちが現れた。

 三人のサイバトロニアンたちは手に持った剣や槍、棘付きの棍棒を振るって一行に襲い掛かる。

 しかし、赤と青のプライムは素早く斧を振るって先頭の一体の首を刎ね飛ばし、首を失った敵の体をその後ろの敵に向けて蹴り飛ばし、怯んだ所を首なし死体ごと横薙ぎに両断した。

 

 残る一体が赤青のプライムの脇をすり抜けて幼い姉妹に向かっていくが、クインタスが手から電撃を放って破壊する。

 

「さあ、行こう……」

 

 赤青のプライムは先を急ごうとするが、幼い子供たちは突然の暴力に、只々震えるばかりだった。

 

「怖がってるのよ、当然だわ」

「……そうだな。仕方のないことだ」

「正直、驚いたわ。貴方はもっと、優しい男だと思っていた。敵も殺せないほどの」

「…………私も驚いているんだ。己の中に、こんな暴力性があったとは……」

 

 クインタスの言葉に青と青のプライムは無表情で頷く。

 返り血もあって、その姿は暴力の化身めいていて恐ろしい。

 しかし、ベルフラワーには、赤と青のプライムが泣くのを堪えているように見えた。

 

 そのまま止まってもいられないので、聖堂の外へと向かう一行だが、先々で恐ろしい姿のサイバトロニアンたち……ベルフラワーは『ワルモノ』と呼ぶことにした……が襲い掛かってくる。

 その度に、赤と青のプライムが剣を振るいサイバトロニアンを情け容赦なく葬った。

 

 やがて、聖堂の出口に辿り着くと、前庭ではプライムたちが数え切れないワルモノと戦っていた。

 

 一際立派な白銀のプライム、13人の長兄たるプライマが愛刀テメノスソードを華麗に振るってワルモノを両断する。

 

 二本の角の生えた立派な体躯のリージ・マキシモは、凄まじい勢いで鎚鉾を振り回し、ワルモノを打ちのめす。

 

 獣のような四足の下半身の上に獣の爪と鳥の翼を備えた人型の上半身が乗った姿を持つオニキスは、爪と野生のパワーでワルモノの体を引き裂く。

 

 ネクサスは五体が合体した巨体を生かしワルモノたちを踏み潰していた。

 

 そしてもう一人、杖を持ったプライムが衝撃波を発生させたり、念力で手を触れずにワルモノを投げ飛ばしたりしていたが、赤青のプライムとクインタスの姿を見つけて声を上げた。

 

「二人とも遅いぞ! 他の者は退避した! お前たちも早く!!」

「ソラスは!?」

 

 掌からの電撃でワルモノを攻撃するクインタスに問われ、杖のプライムは視線で聖堂の屋根の上を指した。

 

 そこではソラスが柄の長い鎚で迫るワルモノを次々と薙ぎ倒していた。

 

「ソラス! 子供たちを連れてきたわ!! 貴方もこっちに!!」

 

 クインタスの呼びかけが聞こえたのかソラスは、聖堂の下を見下ろし、娘たちの無事を確認して安堵の笑みを浮かべ………。

 

「ッ! ソラス、後ろ!!」

 

 ハッと後ろを振り向いた瞬間、その腹部を杖が貫通していた。

 いつの間にかソラスの後ろに立っていたメガトロナスが、手に持った杖でソラスの腹を刺し貫いていた。

 

「め、メガトロナス……! なんで……こんな……」

 

 ソラスは兄弟に向けて手を伸ばすが、メガトロナスはその手を払いのけ、杖を引き抜いてソラスの体を屋根の上から蹴り落とした。

 サイバトロニアン最初の女性の体は、落下の末に地面に叩きつけられた。

 

「ソラス!!」

『お母さん!』

 

 プライムたちが固まるなか、クインタスと四姉妹はソラスに駆け寄る。

 ソラスの体には完全に穴が開き、そこからエネルゴンが止めどなく流れ出していた。

 

「スノー……レイヴン……ベル……リー、フ……ゴホッ!!」

 

 娘たちに向かって手を伸ばし何か言おうとするソラスだが、その口から咳と共にエネルゴンが吐き出された。

 

「お母さん! お母さん!」

「しっかりして……お母さぁん……!」

「お母さん、死なないで!」

「おかあさま……いや、いやぁ……」

 

 四姉妹は母の手を握り、口々に母を呼ぶ。

 ソラスは力を振り絞って、娘に笑いかけた。

 せめて、我が子たちに伝えるために

 

「そん……な……顔、しない、で……みんな……仲良く、しなさい、ね……」

「うん! するよ! 私たち、仲良くするから! 良い子にするから! だから……!」

 

 母の命が尽きていく。

 それでも、笑っていた。

 

「みん……な、ありが、とう……し、あわせ……に……なりな……さ、い…………」

 

 それが、ソラスの最後の言葉だった。

 スノームーンは茫然自失していた。

 レイヴンは震えて何も言えず、リーフウィンドは母の遺体に泣きついていた。

 そしてベルは聖堂の上に立つ、黒いプライムを見上げた。

 

「ははは……はーっはっはっはっは!!」

 

 それは嗤っていた。

 大声で嗤っていた。

 

「はははは、ははは、あーはっはっはっは!!」

 

 只々、狂ったように嗤い続けていた。

 いや、おそらく本当に狂ってしまったのだろう。

 

 何故なら、メガトロナスは、嗤いながら、エネルゴンの涙を流しているのだから。

 

 泣き、嗤いながら、メガトロナスは忽然と姿を消した。瞬間移動したのだ。

 いつの間にか、ワルモノたちも消え、ソラスの遺体の周りに、プライマ、リージ、オニキス、杖を持ったプライム、そして赤青のプライムが集まった。

 

「いったい、メガトロナスはどうしてしまったんだ……」

「分からん。狂ったとしか思えん……」

 

 オニキスとリージ・マキシモが顔を見合わせる中、杖を持ったプライムは何かに恐怖……あるいは悔恨しているかのように体を震わしていた。

 赤と青のプライムは、オズオズとベルフラワーの肩に手を伸ばそうとした。

 

 その時、プライマが兄弟たちを見回し、声を上げた。

 

「兄弟たちよ……平和の時代は終わった。我々は、団結して戦わなくてはならない。……メガトロナスの眷属、恐るべき『ディセプティコン』と!!」

 

 そして、愛刀テメノスソードを振り上げる。

 

「私はこの剣に誓う! 亡きソラスの無念を、裏切り者、メガトロナスに思い知らせると!!」

「うむ、その通りだ! 儂も鎚に誓う!」

「私は爪と牙にだ!」

「私も、この四肢に懸けて、メガトロナスを打ち倒す!」

「…………杖に、誓おう」

 

 その言葉に、リージ、オニキス、ネクサスら兄弟たちが同調して得物を掲げる。杖を持ったプライムだけは、何処か諦観混じりだったが。

 しかし、赤青のプライムはその輪に加わらずに戸惑った表情をしていた。

 

「待ってくれ! その前に、話し合うことは出来ないだろうか!? それにメガトロナスの眷属の全てが彼に賛同したとは限らない。まずは慎重に……」

「この身に、誓う……」

 

 しかし、聞こえた小さな声に凍りついた。

 母の遺体に縋りついていたベルフラワーが、静かに立ち上がっていた。

 

 幼い目には、憎しみの炎が煌々と燃えていた。

 

 スノームーンが、レイヴンが、幼いリーフウィンドまでも、同じように立ち上がり声を合わせる。

 

『母のCNAに誓ってメガトロナスに……復讐を!!』

「…………」

 

 赤青のプライムは子供たちの目に憎しみの炎が灯っているのを見て、悲しそうな顔をした後で、斧を掲げた。

 

「ならば、私も誓おう。……メガトロナスへの報復ではなく、平和と自由の守護を……この魂に」

 

 それは、幼い少女たちを守るという誓いでもあったが、ベルフラワーはそれに気が付かなかった。

 この場にいる全員が誓ったのを確認したプライマは厳かに宣言する。

 

「自由と平和の守護者『オートボット』の誕生だ!!」

 

 こうして、二つの軍団が生まれ、伝説に語られるプライム戦争が、幕を開けたのである。

 

 

 

 

 

「ああ、ソラス……ソラス……」

 

 クインタスはそれらの事に一切構わず、物言わぬ骸と化した姉妹の顔を永延と撫でていた。

 その目に、悲しみ以上の恐ろしい何かが宿り始めていた。

 




過去編に、長い時間を割くのが悪い癖(でも止められない)

ソラスの子供四人は、

ベルフラワー:実在する紫色の『花』

レイヴン:英語でワタリガラスの意。黒い『鳥』

リーフウィンド:リーフは葉っぱ、ウィンドは『風』

スノームーン:2月ごろの雪景色に浮かぶ『満月』のこと。

で花鳥風月になる小ネタがあったり。

次回もまだまだ過去編です!(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第160話 プライム戦争

 南洋のとある島で、二つの軍勢が戦いを繰り広げていた。

 両軍はどちらも金属の肉体を持ち武器を手にしていて、空には数隻の空中戦艦が浮かんでいる。

 

 オートボットとディセプティコンだ。

 

 オートボットはプライマの顔を模した柔和そうなロボットの顔のエンブレムを身に付け、ディセプティコンはメガトロナスの顔を表す鋭角的なロボットの顔のエンブレムをその身に刻んでいる。

 

 各々手に持った剣や槍で、あるいは体を変形させた剣や棍棒で敵と戦っていた。

 中には爪や牙で敵を引き裂く者もいたし、もっと先進的な光弾を放つ武器を使う者もいる。

 その中にあって、一際大きな体躯を持ち、一騎当千の活躍を見せる戦士の一団があった。

 

「我、グリムロック!! 恐れは知らぬ!!」

 

 この島……セターン王国を守る騎士たち、太古の竜の力を宿したダイノボットである。

 

「ディセプティコンども! 覚悟しろ!!」

「オメガ、ターゲット確認、ディセプティコン。作戦内容、殲滅」

 

 空では黒い翼を持つジェットファイアと、飛行戦艦に変形したオメガスプリームが暴れ回っている。

 

「第一部隊は前へ! 敵陣に穴を開けるぞ!! 第二、第三部隊は右翼へ回れ! 第四、第五部隊は左翼へ!!」

 

 その中にあって、赤と青のプライムが先頭に立ち大斧を振るって敵を蹴散らしながら味方に指示を飛ばしていた。

 低いがよく通る声もあって、軍勢はまるで彼の手足のように動く。

 少なくとも現場での指揮と言う意味なら、彼は天性の物を持っていた。

 

「大変です! 敵陣に突貫している部隊がいます!!」

 

 部下からの報告に赤青のプライムは顔をしかめる。

 一部隊が突出すれば、陣形が崩れてこちらに大きな被害が出るだろう。

 それが誰なのか、赤青のプライムには分かっていた。

 

「彼女たちか……!」

 

 最前線では、一体のディセプティコンがオートボットを蹴散らしていた。

 ディセプティコンの中にあって体が大きい一体で、右手に持った蛮刀でオートボットの体を叩き斬り、左手に握った棍棒で頭を砕く。

 敵のエネルゴンをその身に浴びて、ディセプティコンは始祖に祈りを捧げる。

 

「メガトロナスのために! オートボットの死を捧ぐ!!」

「ならば、私は貴方たちの死を母に捧ぐわ」

 

 だが、その前に一人のオートボットが立ちはだかった。

 そのオートボットは紫の体を持ち、小柄で曲線的な身体を持つ……女性だった。

 ディセプティコンは不機嫌そうな顔をする。

 

「女か! 始祖によれば、女とは愚かで下劣で、弱い生き物だ!!」

「試してみれば?」

 

 紫の女性は、興味無さげに言うと背中から曲刀を抜いてディセプティコンに向けて走り出した。

 ディセプティコンは雄叫びを上げて棍棒を敵の頭に振り下ろすが、紫の女性は軽やかにそれを躱し、さらに横薙ぎに振るわれる蛮刀の下を滑り込むようにして潜り抜け、すれ違いざまにディセプティコンの下腿を斬りつける。

 続いて痛みにうめいて膝を突くディセプティコンの片腕を切断し、返す刀で反対の腕も斬り落とす。

 もはや反撃が不可能になったディセプティコンは、信じられないと言った顔で女性を見た。

 

「ま、まさかこんな……」

「女を舐めるから、こうなるのよ」

 

 そして一閃、ディセプティコンの首を胴体から斬りおとす。

 地面に転がる敵の首に目もくれず、紫の女性はさらなる獲物を求めて敵の群れに飛び込んでいった。

 

 ……やがて戦闘はオートボットの勝利に終わり、ディセプティコンは撤退していった。

 

 女性がフッと息を吐くが、向こうから歩いてくる白い体色の若いオートボットの姿に顔をしかめる。

 

「突出しすぎだ! もう少しで陣形が崩れるところだったぞ!!」

「ノヴァマイナー。……別にいいでしょ? 勝ったんだし」

 

 あからさまに嫌そうな顔をする紫の女性に、白いオートボット……プライマの眷属であるノヴァマイナーは渋面を作る。

 

「そう言う問題ではない! 君たちは、少し独断専行が過ぎる!!」

「貴方たちに合わせてたら、いつまで経ってもメガトロナスに辿り着けない。私たちは私たちのやり方でやる」

 

 紫の女性の態度に、ノヴァマイナーの元々吊り上っていた眉の角度が上がる。

 

「命令を聞け! 私はプライマ様の副官だぞ!」

「落ち着け、ノヴァマイナー」

 

 しかし、そこでいつの間にか近くに立っていた赤と青のプライムに諌められ、居住まいを正して礼をする。

 

「ッ! 申し訳ありません!」

「真面目なのはいいことだが、そこまで根を詰めるな。持たないぞ。……君もだ、そんなやり方では、いつか破滅するぞ」

 

 矛先を自分に向けられて、紫の女性は顔を露骨に怒りに歪めた。

 

「なら、私が破滅するより先にメガトロナスとディセプティコンを破滅させてやるわ!!」

 

 ノヴァマイナーに向けるのとは違う、激しい口調で詰め寄る紫の女性に、赤青のプライムは悲しそうな顔をする。

 正直、紫の女性はこの顔が苦手だった。

 

「昔の君は、そんな風じゃなかった。……ソラスはこんなことは望まないだろう。分かるはずだ…………ベルフラワー」

「母が何を望んでいたのかなんて、もう永遠に分からない! 知ったようなこと言わないで!!」

 

 感情的になる女性……ベルフラワーに、赤青のプライムの顔に刻まれた悲しみが深くなる。

 何とも言えない気分になり怒りも萎んでくるベルフラワーだが、その近くに別の女性オートボットが寄ってきた。

 

「ベル。おつかれ、奴ら逃げ出したわ」

 

 身の丈ほどもある大剣を背負った黒い女性。……次女のレイヴンだ。

 首を回しながら、物足りなげな顔をしている。

 

「まだまだ戦い足りないわ。……そうは思わない?」

 

 純粋に憎しみを原動力にして戦っているベルフラワーと違い、レイヴンは何処か、戦いに快楽を感じているような節がある。

 自分の顔に付着した敵のエネルゴンを指で掬い、恍惚した表情でペロリと舐める姿からは、一種の狂気すら感じられ、ノヴァマイナーなどはあからさまに不愉快そうな顔をする。

 こうなってしまった姉を見ていると、赤青のプライムの言葉にも頷いてしまいそうになる。

 

 ベルフラワーは姉妹に曖昧に微笑みかけると、赤青のプライムと顔を合せようとせずに歩み去っていった。

 ノヴァマイナーも一礼してから、自分の仕事に戻る。

 

 若者たちを見送ってから赤青のプライムは大きく息を吐いた。

 その近くに、杖を持ったプライムとプライマが並ぶ。

 

「苦労してるみたいだな」

「まあな。……彼女たちは、あまりにもディセプティコンへの憎しみが強すぎる」

「これは戦だ。それは必ずしもマイナスにはならんのではないか」

 

 杖を持ったプライムの言葉に、赤青のプライムはゆっくりと首を横に振った。

 

「私は彼女たちを守ると誓った。……それは、彼女たち自身からもだ」

「過保護にすぎるぞ。……彼女たちにも活躍してもらわねば。戦局はこちらが優位とは言えない。……すでにアルケミストとアマルガモス、マイクロナスは殺された。ネクサスは行方不明だし、リージとオニキスは協調性に欠ける。クインタスは……アレの考えていることは分からん」

 

 プライマが重々しい声で言うと、赤青のプライムはグッと拳を握る。

 ソラス・プライムが殺されプライム戦争が開幕してより時が経ったが、ディセプティコンの数はプライムたちが想定していたよりも多く、戦いは『あの世界』にまで拡大して、泥沼化の様相を呈していた。

 そしてこの世界の住人たちを巻き込んで、今はこのセターン王国を舞台に戦いは続いていた。

 

「何とか、和解は出来ないだろうか? ジェットファイアのように、ディセプティコンにもメガトロナスに反感を持つ者もいるはずだ」

「無理だ。……すでに、その段階は過ぎた」

 

 赤と青のプライムの言葉を斬り捨て、プライマは厳しい顔をする。

 

「それよりも、ディセプティコンに動きがあった。決戦の時は近いぞ」

 

 その言葉に、プライムたちは顔を引き締めるのだった。

 

  *  *  *

 

「お前たちには感謝しているよ。おかげで我が民を逃がす時間が稼げた」

 

 島の岬から、ベルフラワーとヴイ・セターンは、避難船が出港していくのを見送っていた。

 この島の王女であるヴイ・セターンは、ベルフラワーにとってこちらに来てから初めて出来た友達だ。

 

「礼なんかいいわ。私たちにとって、ディセプティコンは倒すべき仇ですもの」

「それでもだ。そこにどんな思いがあれ、助けられたのだから感謝するのが道理だ」

 

 キッパリと言い切るヴイに、ベルフラワーは苦笑いする。

 しかしヴイは真面目な顔をした。

 

「それにしても、仇か……それはジェットファイアもか?」

 

 ヴイの視線の先では、ディセプティコンを抜けてオートボットに加わったシーカーが、ダイノボットたちと一緒に騒いでいる。

 どうも騎士たちが彼に付けた『天空の騎士』なる称号に文句を言っているらしい。

 

「……彼は別よ」

「ふむ、ならいいんだが。そのメガトロナスが母君の仇というのは分かる。しかしその憎しみがディセプティコン全体にまで拡大している気がしてな」

「……彼みたいなこと言うのね」

 

 他意はないのだろが咎めるようなことを言うヴイに、ベルフラワーはプイと顔を逸らす。

 

「彼……ああ、あのプライムか」

「ええ。彼ときたら、いつも『憎しみに呑まれるのはよくない』とか『君は無茶をしすぎだ』とか小言ばかり! ジェットファイアの時だって、私は反対したのに彼が勝手に仲間にしちゃうんですもの! 結果としては良かったけど……だいたい本当はもの凄く強いのに、それを滅多に発揮しないのはどうなのよ? 決して臆病じゃないんだけど、優し過ぎるんだから……」

 

 気付けば赤青のプライムへの愚痴がポロポロと出てくる。

 母の死後、まるで自分たちの保護者のように振る舞い、戦い方から何から教えてくれた恩人ではあるのだが、どうにも気に喰わない。

 

「心配してくれてるのは分かるのだけど、私だっていつまでも子供じゃないんだから……なによ?」

 

 何故だかヴイがクスクス笑っている。

 

「いや別に。なあ、気が付いているか? ベルフラワーは、気が付くとあのプライムのことを話しているんだ」

「…………そう?」

 

 指摘されて、首を傾げるベルフラワー。ヴイが何を言いたいのか分からない。

 するとヴイは何処か呆れたような顔になる。

 

「ああ、ひょっとして気付いてないのか?」

「気付いてない、って何に?」

「いや、こういうことは自分で気付かないとな。私が言って余計な思い込みを与えてはいけない」

 

 一人納得しているヴイに、ベルフラワーは怪訝そうな顔をする。

 と、視界の端に、姉妹の一人であるリーフウィンドの姿が映った。

 避難のために海へ漕ぎ出そうとする最後の船の横に立って、船に乗った少年と何か話しているようだ。

 あの少年は確か、ディセプティコンの攻撃からリーフウィンドによって命を救われた少年で、以来彼女を慕っているようだった。

 失礼だとは思いつつ、聴覚センサーの感度を上げて会話を拾ってみる。

 

「お姉さん! 僕といっしょに行きましょう!! 貴方に戦いは似合いません!!」

「あらあら……そんなことは出来ませんわ」

 

 少年の熱烈な告白に、緑色の体色を持ち、かつて言っていた通り姉妹の中で一番背が高くなったリーフウィンドは困ったような顔をする。

 セターン人らしい褐色の肌の少年は、自分よりも大きな女性オートボットを真っ直ぐに見上げた。

 

「僕は、貴方のことが好きです! 恋、してるんです! 貴方に、傷ついてほしくない!!」

「好き……恋……? それは、何なのかしら?」

 

 言葉の意味が分からず、リーフウィンドは小首を傾げる。

 その様子に、少年は悲しそうな顔をした。

 

「貴方がたは、そんなに美しい姿をしているのに、恋をしらないんですね……」

「ええ……」

 

 戸惑うリーフウィンドに、少年は決意に満ちた顔をする。

 

「……では、こうしましょう。この戦いが終わったら、僕が貴方に恋を教えてあげます!! だから、きっと生きてください!!」

「ええ……楽しみにしていますわ」

 

 リーフウィンドは、戦いを初めてから久しく見せていない柔らかい笑みを見せるのだった。

 

 

 

 

「うーむ、ロボっ娘萌えでおねショタとは、業の深い……」

「いや、何だか分からないけど貴方、台無しよ」

 

 そんな情景を見ながら良く分からない上に空気ぶち壊しなことを言うヴイに、ベルフラワーはツッコミを入れる。

 

「ベルフラワー、ここにいたのか。少し話があるんだが、いいか?」

 

 そこに、赤と青のプライムがやってきた。

 さっきの話もあって、ベルフラワーは顔をしかめつつも応じる。

 

「ええ、構わない。……それじゃあ、ヴイ。また」

「ああ、またな」

 

 ヴイに断ってから、赤青のプライムの背を追うベルフラワー。

 二人はジャングルの中を少し進み、オートボットたちが基地にしているセターン王国の王都跡の中を抜ける。

 

「お、ベルフラワー! どこに行くんだ?」

 

 そこで、巨大な白い狼に跨ったスノームーンに声をかけられた。

 長い戦いは、このかつては物静かな少女だった白い女性オートボットを、獰猛な女戦士へと変えていた。

 

「スノー姉さん。……別に、彼が話があるからって」

「ああ、なるほどな。ま、頑張れよ」

 

 何故かニヤニヤとするスノームーンに、ベルフラワーは我知らずムッとする。

 

「姉さんは、また幻影と狩り?」

「おう! やっぱりこいつの乗り心地が最高だからな! サイバトロニアンの男じゃ、こうはいかない」

 

 彼女が跨る狼、名を幻影は仮にもサイバトロニアンであるスノームーンが跨れることからも分かるとおり、その身体は像ほどもある。

 元々は北の地にて神とも崇められる巨狼であり、ディセプティコンの攻撃で一族を失い死にかけていたところをスノームーンに助けられて以来、彼女の相棒として戦場を駆けている。

 スノームーンの方も幻影を目に入れても痛くないほど可愛がっていた。比較対象が男なのはどうかと思うが。

 

「今回で最後かもしれないからな。だから、こいつとタップリ遊ぶつもりだ」

「……そう、邪魔したわね。それじゃあ、後で」

「おう、後でな!」

 

 駆けていく幻影とスノームーンを見送って、ベルフラワーと赤青のプライムは歩き出した。

 

『最後かもしれない』

 

 そうスノームーンは言っていた。

 元より、戦士はいつ死ぬとも分からぬ身だ。

 

 不滅の存在のように思えたプライムたちでさえ、戦いの中で死んでいったのだ。

 

 ヴイによると人間は明日をも知れぬ時、異性に告白したりすると言う。

 二人きりで外出したり、誰も来ない場所にいったりして……。

 

 ふと思った。それって、まさに今の自分の状況ではないか?

 

 そう考えると落ち着かなくなり、ピタリ、と足が止まる。

 ベルフラワーは、少なくとも恋を理解できないリーフウィンドよりは人間の心の機微に敏いつもりだ。

 しかし、恋や愛と言うのが、何か素敵なことなのは分かるが、それ以上は良く知らない。

 

「ベルフラワー?」

「……ねえ、何処へ連れて行く気なの?」

「着くまでの秘密だ」

 

 急に止まったベルフラワーに赤青のプライムは振り返るが、不安げな疑問をそう言って誤魔化すと、また歩き出した。

 仕方なく、ベルフラワーも続く。

 

 やがて辿り着いたのは、山地の一角だった。

 標高のせいか、山が日の光を遮っているせいか、はたまた近くに湧く水のせいか、南国の島とは思えぬほどに涼しい。

 

「偶然見つけたんだ。……これを君に見せたかった」

 

 赤青のプライムが岩陰を指差した。

 岩陰には、隠れるようにして紫色の小さな花が、いくつか集まって咲いていた。

 

「これって……」

「ベルフラワー、君の名の由来になった花だよ。本来、もっと北の方に咲く花のようだが何かの偶然でここに根付いたらしい」

 

 自らの名の由来になった花を、ベルフラワーは不思議そうに見つめた。

 和やかな顔になる女性オートボットに、赤青のプライムはいくらか満足そうだった。

 

「花言葉というものがあるそうだ。花から連想される言葉らしい。この花の場合は、感謝や、誠実。そして楽しいお喋りなどだ」

「……楽しいお喋り?」

 

 堅物なプライムから出た、らしくもない言葉に、ベルフラワーは思わず失笑してしまう。あんまりにも、自分には似合わない言葉だからだ。

 

「なるほどね。この花と私の在り方はまるで正反対。戦いばかりで、お喋りしてても楽しくないでしょうし……」

「そんなことはない。私は君と話していると、とても楽しい」

「なあっ!?」

 

 自嘲気味な言葉を遮って真顔で放たれた発言に、ベルフラワーは素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「君は本来、この花のようなヒトだ。……憶えているだろうか? 君たちの母の最期の言葉を」

「……ええ」

 

『みんな、仲良くね』

 

『ありがとう。幸せになりなさい』

 

 それが、ベルフラワーたち四姉妹の母、ソラス・プライムが遺した言葉だ。

 

「私には、この状況が君たちの幸せだとは、どうしても思えない。……今からでも遅くは無い、戦いを止めてはくれないだろうか?」

「…………結局、そういう話になるのね」

 

 真剣な表情のプライムに、ベルフラワーは酷く残念に思っていることに気が付いた。それが何でかは、よく分からなかったが。

 

「幸せ? 貴方がそれを言うの? ……私には、貴方の方こそ幸せには見えないわ」

「私はいいんだ。他者のために尽くすことこそ、プライムの使命なのだから」

「いっつもそう。そう言って、いらない苦労まで背負いこんで、誰よりも傷ついて……自分の幸せも分からないヒトが、私にお説教しないで」

「……すまない」

 

 イライラと言うベルフラワーに、赤青のプライムは悲しそうな顔をした。

 

 そう、この男はいつもそうだ。悲しみ、痛み、苦しみ……そういった物で、この男の内面は満ちている。

 

 かつて母ソラスは言った。彼は優し過ぎると。

 今なら分かる。この男は、敵を傷つければ自分の方が深く傷ついてしまう。周りの者が苦しめば、同じだけの苦しみを背負ってしまうのだ。

 それが、どういうワケか堪らなく気に喰わない。

 

「……もう行くわ。……花を見せてくれたのは、嬉しかった。ありがとう」

 

 赤青のプライムに背を向け、ベルフラワーは足早に歩み去る。

 彼がどんな顔をしているのか、見たくもなかった。

 

 その時、王都跡の方から、けたたましい鐘の音が聞こえてきた。あれは敵の襲撃を告げる鐘だ。

 

 二人は顔を見合わせる。

 すでに、センチメンタリズムは綺麗さっぱり消え去り戦士の顔になっていた。

 

 同じころ、レイヴンやダイノボットらは好戦的に笑み、スノームーンは幻影の背を撫でながら決然と空を見上げ、リーフウィンドは何処か不安げに海の彼方を見つめていた。

 

 そして、何処か別の場所で、プライマと杖を持ったプライムが深刻な表情で話し合っていた。

 

「なあ、プライマ。兄よ……本当に、他に道はないのか?」

「ない。……分かっているはずだ。これは、決まっていることなのだ。皆とも話し合ったではないか」

「だとしても、この状況で私だけが逃げ出すなど……」

「オールスパークの意思に、反することは出来ない。……少なくとも私には」

 

 強い口調で長兄に言い含められ、杖を持ったプライムは渋面を作る。

 

「……今日、この日のことを、私は永遠に後悔するだろう」

「私だってそうだ。オールスパークの予言を賜ってから、苦しみと後悔のなかった日はない。…………さらばだ、弟よ」

「………さよなら、兄さん。愛しているよ」

 

 お互いに果てない苦さを含んだ口調で言い合い、それきり二人のプライムは口を効かずに背を向けあって反対の方向に歩き出した。

 

 プライマは、戦場へ。

 そして杖を持ったプライムは、決められた未来に向けて。

 




Q:過去編長くねえ?

A:過去編が終わった後には、もう最終決戦しかないんで……。

今回の小ネタ

ノヴァマイナー
後にノヴァ・プライムと呼ばれることになる男。
名称はIDW版より。

すでに半壊してる13人
許せ、尺が足りんのじゃ……。

ベルフラワーの花言葉
感謝、誠実、共感、後悔、楽しいお喋り、誠実な恋、など。

名づけた後で知りました。
……なんやねん、この親和感。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第161話 神話の終わりに

 ……今回のディセプティコンは、本気だった。

 天を覆う大艦隊、地を埋め尽くす大軍勢。

 

 何よりも、普段は姿を見せないメガトロナス・プライムがついに現れたのだ。

 

 天地の間に浮かぶディセプティコンのプライムをオートボット側のプライムたちが取り囲む。

 プライムを倒せるのはプライムのみなのだ。

 

「兄弟たちよ! 運命の時はきた!! さあ、オールスパークの下へ還るがいい!!」

「そう、運命の時がきた。……終わりにしよう、兄弟」

 

 どこか恍惚とした表情のザ・フォールンに、プライマはテメノスソードを構える。

 

「オートボット!」

「ディセプティコン……!」

 

攻撃(アタック)!!』

 

 そして、プライム戦争は最終局面を迎えた。

 

  *  *  *

 

 咆哮し、哄笑し、怒声を上げる。

 

 レイヴンは興奮していた。

 果てない戦いに。

 尽きない獲物に。

 終わりない殺戮に。

 

 夢中で大剣を振るって雲霞の如き敵の首を刎ね、腹を裂き、胸を砕き、頭を割り、(エネルゴン)を浴びる。

 

――ああ、何て楽しい。

 

 快楽に酔う中で、いつの間にか姉妹たちから逸れてしまっていたことにも、味方から孤立していたことにも、そして肉体に限界がきていたことにも気付かなかった。

 

 八方から押し寄せるディセプティコンたちに滅多刺しにされながら、レイヴンの脳裏に浮かんだのは、懐かしい母の顔だった。

 

――お母さん、私、こんなに強くなったよ。たくさんの敵を倒したよ。なのに……なんでそんな、悲しそうな顔をするの?

 

 意識が途切れる瞬間まで消えなかった母の顔は、泣きそうに歪んでいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……畜生。ここまでか……」

 

 戦場から少し離れた木陰で、スノームーンは息を吐いた。

 腹には穴が開き、首を大きく斬られてエネルゴンが流れ出している。

 

「悪いな、幻影……付き合わせちまって……」

 

 傍には巨狼幻影が寄り添っているが、その身体は傷だらけで、純白だった毛並は流れ出る血で真っ赤に染まっていた。

 顔を摺り寄せ、力無く鳴く幻影に、スノームーンは微笑みかける。

 

「いい子だ……そうだな、生まれ変わったら……お前の…………故郷に…………」

 

 ゆっくりと目を閉じたスノームーンに、幻影は大きく咆哮した。

 それは相棒を悼んでの歌であり、同時に祈りでもあった。

 

――もしも生まれ変わったならば、その時は、あの敵たちのような鋼の肉体を……!

 

 血に濡れて真紅となった幻影は、一際大きな遠吠えを上げ、スノームーンに折り重なるようにして力尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉妹の中で唯一飛行能力を持つリーフウィンドは、ジェットファイアやストレイフ、オメガスプリームら、貴重な航空戦力と共に空で数多の敵に囲まれていた。

 

 いつもなら、例え敵の数が多かろうと問題はない。ディセプティコンの中に、ジェットファイアやストレイフより上手く飛べる者はいなかったから。

 しかし今回は違った。

 

 新たに現れた逆三角形のフォルムと猛禽のような逆関節の足を持つディセプティコンたちは、ジェットファイアには及ばないまでも飛び方が上手かった。

 

 速さが違う。

 技量が違う。

 何より、飛ぶことへの情熱が違う。

 まるで空を飛ぶために生まれてきたかのような連中だった。

 

 彼らに比べれば、リーフウィンドの飛び方はまるでお遊戯だった。

 

「嬢ちゃん! 逃げろ!!」

 

 そんなリーフウィンドを庇っていては、いかな歴戦の勇士たるジェットファイアでも勝利し得ようはずもない。

 何体もの飛行型ディセプティコンに組み付かれ、地上へと墜ちていった。

 

 オメガスプリームやストレイフも同様だ。

 

 そしてリーフウィンドは逃げる間もなく、敵の爪に引き裂かれた。

 

――お母様、お姉さま……申し訳ありません。

 

 脳裏に浮かんだのは、母や姉妹のこと、そして……。

 

――約束、破ってしまいましたわね……。

 

 自分に告白してきた、あの少年のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 何体目かも分からないディセプティコンを斬り捨てて、ベルフラワーは胸に走る苦痛に呻いた。

 

「レイヴン姉さん……スノー姉さん……リーフ…………!」

 

 皆、逝ってしまった。

 理屈でなく、それを感じるのだ。

 母だけでなく、姉妹たちまでも失ってしまった。

 全ては……。

 

「お前たちのせいで……お前たちの、せいでぇえええええッ!!」

 

 涙を流しながら、ベルフラワーはディセプティコンを斬り続ける。

 頭の中が真っ赤になり、視界が白黒に染まる。

 

 ……どれくらいの時間が過ぎただろうか? どれくらいの敵を殺しただろうか?

 

 いつしか、敵は逃げようとしだした。だから追いかけて、殺す。

 

 抵抗する奴は、殺した。

 命乞いする奴は、殺した。

 口を開いた奴は、殺した。

 何かしようとした奴は、殺した。

 何もしていない奴は、殺した。

 殺して、殺して、殺しまくった。

 

「ベルフラワー!!」

 

 次に現れたディセプティコンは、奇妙な奴だった。

 何故か自分の名前を知っている。

 

 関係ない。ディセプティコンだ、殺す。

 

「ベルフラワー!! もう止めろ! 戦いは終わったんだ!!」

 

 何を言っているのだろう?

 

 敵はまだ生きている。

 敵を全て殺すまで、終わらない。

 ディセプティコンを根絶やしにするまで、終わるはずがない。

 

 だから、敵の体を斬ろうと刀を振り上げ……その瞬間、抱きしめられた。

 

「ベル、大丈夫、大丈夫だ……終わったんだ……」

 

 暖かさに視界が色を取り戻す。

 

 そのディセプティコンは…………赤と青の体をしていた。

 

「あ、あ、あああッ……!」

 

 そこでやっと、誰を殺そうとしていたのか気が付いた。

 

「あああ……そんな……わ、私は…………ッ!」

「……大丈夫」

 

 赤と青のプライムは、ベルフラワーを安心させるように笑ってみせた。

 皮肉なことに、彼の笑みを見たのは最初に会った時以来、これが初めてだった。

 彼の肩越しに見えたのは、辺り一面に広がるディセプティコンの残骸の山だった。

 

 見回せば、足の踏み場もないほどに残骸が散乱している。

 

「こ、これ、私が……」

「……もう終わったんだよ。メガトロナスは、遥か彼方の次元に追放された」

 

 慟哭するベルフラワーを抱きしめ、赤青のプライムはその背を優しく叩く。

 

「我々の勝利だ。……もう、戦わなくてもいいんだ」

「…………」

 

 体から力が抜ける。

 もう、戦わなくてもいい。そう言ってもらった時、魂に突き刺さっていた棘が抜かれたような気がした。

 体から力が抜け、赤青のプライムを抱き返そうとした…………その瞬間に、赤と青のプライムの背に、刃が突き立てられていた。

 

「ッ……!」

「………え?」

 

 プライムの顔が一瞬驚愕に染まり、何か言おうとして言えなった。

 

 剣でプライムを刺したのは、年若いディセプティコンだった。

 その姿に見覚えがあった。

 この前倒した、棍棒と蛮刀を持ったディセプティコンの同型だ。

 

「死ね、オートボット!! 兄弟の仇だ!!」

 

 そのディセプティコンは、何度も何度もプライムを刺す。

 ベルフラワーは動こうとするが、プライムはその身体をきつく抱きしめる。

 彼女を、ディセプティコンから守るために。

 

「兄弟はなあ、兄弟は……俺のたった一人の家族だったんだ!! それを……それをぉおおおお!!」

 

 憎しみに燃える目は、誰かに似ていた。

 

――ああ、これは私だ。

 

 家族の敵討ちに燃え、憎悪に身を焦がす。

 このディセプティコンは、ベルフラワーの鏡像だった。

 

「止めて……止めて!! このヒトは関係ない! 貴方の兄弟を殺したのは、私よ!! 殺すなら、私を……!」

「オートボットは皆殺しにしてやる!!」

 

 半ば悲鳴と化した声を張り上げるベルフラワーだが、ディセプティコンには届かない。

 

「くたばれぇええええ!! オートボットぉおおおお!!」

 

 そして、ディセプティコンが最後の一突きを繰り出そうとした瞬間、その首が胴体から離れて飛んだ。兄弟の最後と同じように。

 

「ディセプティコンの屑めが……!」

 

 剣でディセプティコンの首を刎ねたのは、ノヴァマイナーだった。

 だがその全身はディセプティコンの血に濡れ、目はギラギラと光っていてまるで別人のようだった。

 

「ディセプティコンの屑が! 屑が! 屑が!! よくもプライマ様たちを……!!」

 

 ノヴァマイナーは、地面に倒れた首なしのディセプティコンに何度も剣を突き刺す。

 

 何度も何度も何度も……。

 

 そして、辺りを見回し地面に一体だけ、まだ生きているディセプティコンがいることに気が付くと、そこまで大股に歩いていく。

 生き残りのディセプティコンは、恐怖に満ちた目でノヴァを見上げた。

 

「お願いだ、た、助けてくれ……こ、殺さないで、もう抵抗はしない……ッ」

 

 無抵抗で命乞いをするディセプティコンに、ノヴァは容赦なく剣を振り下ろす。

 

「死ね! 死ね! 死ね!! このディセプティコンめ!! お前たちは生きていること自体が間違いなんだ!!」

 

 憎しみのままに、無抵抗のディセプティコンを嬲り殺しにする……。

 その姿もまた、ベルフラワーの影だった。

 

 唐突に、ベルフラワーは理解した。

 

 憎み、憎まれ、殺し、殺され。

 これが……これが『憎しみの連鎖』なのだ。

 

「無事か……ベルフラワー」

「どうして、私を守って……」

 

 頭の中がグシャグシャで何が何だか分からないベルフラワーの問いに、プライムはエネルゴンを口から垂らしながらも笑う。

 

「誓ったから……君を守ると……」

 

 それだけを発声回路から絞り出し、プライムは意識を失った。

 ベルフラワーは、叫んだ。

 

 自分が何を叫んでいるのか、何故叫んでいるのか分からなかったが、叫び続けた。

 

  *  *  *

 

 プライム戦争はオートボットの勝利に終わった。

 しかしそれは、喜びに満ちた物ではなかった。

 

 メガトロナスは追放され、堕落せし者(ザ・フォールン)と呼ばれるようになった。

 

 この戦いで、プライムたちは、オニキスとマトリクスを持って逃亡した杖を持ったプライム、そして戦いに参加していなかったクインタスを除いては、全員死亡したのだった……。

 

 ダイノボットは深手を癒すために長い眠りに着き、セターン姉妹は彼らのために祈りを捧げる巫女として島に残った。

 

 ジェットファイアとオメガ・スプリームは、いつの間にか姿を消していた。

 

 サイバトロンは『プライム』に就任したノヴァマイナー改めノヴァ・プライムが治めることとなったが、彼のディセプティコンに対する憎しみは生涯消えず、やがてそれは選民思想へと変化し、サイバトロンに厳しいカースト制度が敷かれることとなった。

 そして『あの世界』を禁忌の地とし、全ての記録から消し去った。

 

 生き残ったオニキス・プライムは有機生命体を見下すノヴァに見切りをつけ、眷属を率いてサイバトロンを去った。

 

 死んでいったベルフラワーの姉妹たちは、母ソラスと同じ場所に埋葬された。

 

 そしてベルフラワーは……。

 

 

 

 

 

 惑星サイバトロンのある場所。

 小さな家の一室にあるカプセルの中に、赤青のプライムが横たわっていた。

 

「ねえ、見て。今日も花が綺麗よ……」

 

 その横では、ベルフラワーが抜け殻のような空虚な笑みを浮かべて、小さな紫の花の鉢を撫でていた。

 

 ベルフラワーは、かつて母ソラスと共に暮らした家に戻ってきていた。

 そこで、辛うじて一命を取り留めたものの、あれ以来一度も目を覚まさない赤青のプライムを世話していた。

 彼はスパークが傷ついており、覚醒することは、決してないと医者には言われた。

 

 赤青のプライムが入ったカプセルを操作し、自分の名前の由来となった花を世話する以外に、ベルフラワーにやることはない。

 

「お母さん、スノーお姉ちゃん、レイヴンお姉ちゃん、リーフ……」

 

 母も姉妹も失い、ヴイとハイも随分前に故郷の土に還った。

 

 もう、ベルフラワーに残されたのは彼だけだった。

 

 戦って、戦って、戦い続けて、得た物は屍にも等しい彼だけだった。

 

「ごめんなさい……」

 

 そして、彼は『自分を守るために』こうなった。

 皆は立派な自己犠牲だと彼を称えた。記念碑だってできた。

 

 ……それが、何だと言うのだ?

 

 彼は最後まで苦しみや悲しみから解放されなかった。

 死んではいないが、それが救いになっているとは思えない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 彼を助ける手段は、もう一つだけ。

 カプセルのスイッチを切り、彼を死なせてやること。

 しかし、ベルフラワーにはそれが出来ない。

 

 心の何処かで、この状況に『幸福』を感じているから。

 彼と共にいられるから。

 彼を独占できるから。

 彼をずっと見ていられるから。

 

 母は自分たちに幸せになってほしいと最後に願った。

 でも、その遺言をベルフラワーはこんな歪な形でしか果たすことが出来なかった。

 

――嗚呼、何て醜悪で滑稽で独善的な女なのだろう自分は。

 

 決して逃げられない幸せの牢獄で、ベルフラワーは泣く。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

「いいのよ、ベル」

 

 不意に、声がかけられた。

 それは久しく聞いていない声だった。

 顔を上げると、そこには人間と同じほどの大きさの、下半身や肩、頭部から触手が伸びた女性を思わせる姿の金属生命体がいた。

 

「…………クインタス?」

 

 戦いに参加せずにいた13人のプライムの一人、クインタス・プライムがそこにいた。

 

「久し振りね、ベル……可哀そうに、こんなに涙を流して……もう、悲しまなくていいのよ……」

 

 母ソラスと最も仲が良かったプライムは、優しい声色でベルフラワーを慰め、その頬を撫でた。

 しかし、その声に、目に、ベルフラワーは言い知れぬ不安を覚えた。

 

「クインタス、今まで何を……」

「ねえ、ベル? こんなのって間違っていると思わない?」

「…………」

 

 質問に質問で返され、ベルフラワーは黙り込む。

 構わずに、クインタスは続けた。

 

「ベル、ベルフラワー……オールスパークは私たちのことを愛してなんかいないの……あれは我々を駒としてしか見ていない、残忍な存在よ……!」

「な、何を言っているの……?」

 

 熱に浮かされたように細かく震える声で語るクインタスに、ベルフラワーは恐怖を感じる。

 ニイッとクインタスは裂けたように笑むと、掌から映像を投射する。

 

『……これは公的に記録される映像データではなく、私個人の記録だ』

 

 映し出されたのは、あの杖を持ったプライムだった。

 

「これを手に入れるのに、苦労したわ」

『この記録が世に出ることはまずないと思うが……ああいや、よそう。私は、胸の内に抱えた物を吐き出したいんだ。そうしないと、とても耐えられない……!』

 

 悔恨と苦悩に満ちた表情の杖を持ったプライムは、大きく息を吐くと言葉を絞り出す。

 

『ことの起こりは、オールスパークから始まる。ある時のことだ、プライムの何人かがオールスパークから啓示を賜った。それはかつてのような謎めいた言葉ではなく、映像だった……未来の記憶、言わば予言だ。これから先、何が起こるか、誰が死に、誰が生き残るか……その全てだ』

 

 最初、ベルフラワーは何を言っているのか分からなかった。

 

『その予言によると、我らサイバトロニアンは、『オートボット』と『ディセプティコン』と呼ばれる二派に別れて果てしない争いを繰り広げるという……』

 

 だって分かるはずがないじゃないか。

 

『端を発するのは、メガトロナス。彼がソラスを…………殺害することから、戦争は始まる。そこからは、もう泥沼だ。終わることなく、永遠にも等しい時間を憎しみ合い、殺し合うのだ……!』

 

 あの戦争も、母の死も、最初から決まっていたなんて。

 

『啓示を受けたのは、私とプライマ……それにメガトロナスだ。多分、他の者も何人かは気が付いている。私は何とか止めようとした……つもりだ。しかし、メガトロナスは言った、これこそがオールスパークの望みだと。彼はあの未来を忠実に再現するつもりだ』

「ふざけないで!!」

 

 気が付けば、ベルフラワーは叫んでいた。

 最初から分かっていたなら、何でそれを回避しようとしなかったのか。

 

『メガトロナスはオールスパークを愛していると同時に、自らもオールスパークから最も愛されることを望んでいる。兄弟の一人として13分の1の愛情を与えられるのではなく、唯一無二の存在として愛を独占する…………そのためなら、彼は何だってするだろう。……プライマは悩んでいたが、啓示に従う道を選んだ。私や他の多くの者たちも。そういう意味では、我ら兄弟は共犯者だった』

「ふざけないで……!」

 

 子供の頃、ベルフラワーたち姉妹は、自分こそが母から一番愛されていると思っていた。だから競い合い争った。

 メガトロナスのやったことは、それと丸っきり一緒だ。

 

 そんなことのために、皆死んでいったのか?

 母も、姉妹も、オートボットも、ディセプティコンも。

 

「ふざけないでよ! みんな、一体何のために死んだのよ! 何の、ために……!」

 

 やるせなさに涙を流し、崩れ落ちるベルフラワー。

 クインタスは痛ましげに彼女に寄り添い、肩に手を置く。

 

「これで分かったでしょう? オールスパークは、創造主としてあまりに不完全よ……こんな争いと苦しみに満ちた未来を強いるのだからね」

 

 不気味に笑うクインタスの触手がユラユラと蠢く。

 

「私たちでやり直しましょう……! 二人でなら出来るわ……! ソラスを、スノーを、レイヴンを、リーフを奪ったこの世界を……一度破壊して、新しく創り直すことが!!」

 

 その言葉は毒のようにベルフラワーの心に浸透してきた。

 心が憎しみで真っ赤に染まっていく……。

 

――そう、こんな世界は壊れてしまえばいい……!

 

『……しかし、彼は違った。我らの末の弟は』

 

 だが、聞こえてきた言葉に顔を上げた。

 プライムたちの末の弟とは、そこで眠り続ける赤と青のプライムに他ならない。

 

『彼は常に新しい道を探していた。苦しみ悩み、皆が救われる道を求めていた。……それでも彼が戦ったのは、他人の命を守るためだった……我々とは大違いだ。彼こそ、真のプライムだ』

 

 自嘲に満ちた笑みを最後に、映像は消える。

 

――ああ、そうか。貴方はやっぱりそうなのね。

 

 眠り続ける赤青のプライムの顔を見る。

 結局彼は、自分たちが憎しみのために戦う中で、一貫して守るために戦い抜いたのだ。

 だが、その中で彼はどれだけ苦しんだのだろうか。

 

「…………クインタス、彼はどうするの?」

「こいつには、役割があるわ。……こいつのスパークを抉り出し、別人として転生させる」

「なんですって!?」

 

 驚愕にオプティックを見開くベルフラワーだが、クインタスは慣れた手つきでカプセルの蓋を開ける。その目は異常な光を帯びていた。

 

「プライムはプライムにしか殺せない……彼はメガトロナスを殺すための駒……そしていずれは、この私がサイバトロンの支配者になるための、駒になるのよ……!! 私なら出来る……! 私は命を創り出し、操る術を編み出した。私こそが、オールスパークに代わって完璧な『創造主』になる……!!」

 

 何処からか見たことの無い杖を取り出し、それの先端に雷のようなエネルギーが集まってゆく。

 

「生まれ変わったコイツの生は、苦しみに満ちた物になるだろう……! 当然の報いだ。ソラスを守れなかったこいつもプライマやメガトロナスと同罪だ……!!」

「だめええええ!!」

 

 顔を狂気に歪め、赤青のプライムに向けて杖からエネルギーを放とうとするクインタスだが、ベルフラワーは止めようと間に割って入った。

 

「なっ!? そ、そんな……!」

 

 慌てて放射を止めるクインタスだが、時すでに遅し。

 ベルフラワーの胸を構成する金属が破れ、青く光る球体……スパークが転がり落ち、光を失う。

 

「ベル! ベルフラワー!!」

 

 スパークは、サイバトロニアンの魂、その本質。

 肉体が破損しようともスパークが無事なら、修理できる。

 ……しかしプライムならいざ知らず、そうでない者にとっては魂たるスパークが肉体から離れてしまうと言うのは、死と同義。

 

「な、何故……どうして……!?」

 

――このヒトは私を守ってくれたから。私もこのヒトを守りたかったの。

 

 そう言おうとしたが、すでに体から離れた魂は、口を開くことが出来なかった。

 

 今のベルフラワーは、肉体は死に魂のみの存在。

 オールスパークの下に還る前の、幽霊に過ぎない。

 

「ああ……そんな、そんなつもりは……」

 

 最愛の姉妹の、その最後の血族を自らの手で葬ってしまったことを受け入れられず、クインタスは頭を抱えて蹲る。

 

――クインタス、ごめんなさい。私はただ、このヒトに苦しんで欲しくなかったのよ。

 

 その言葉は、クインタスには届かなかった。

 

 蹲っていたクインタスは顔を上げると浮かび上がり、再び杖からエネルギーを放って今度こそ赤青のプライムの肉体からスパークを抜き取る。

 プライムのスパークは傷つき、肉体から離れてなお輝きを放っていた。

 

――!? クインタス、止めて!!

 

「私は諦めない……必ず、必ず創造主になってみせる……!!」

 

 昏い決意に満ちた表情で、スパークを掴むクインタス。

 ベルフラワーを殺したことで、もはや彼女の狂気は止まることは出来なくなった。

 

「そう、オールスパークの寄越した名もいらない。私は、たった今から……クインテッサだ!!」

 

 高らかに叫ぶクインタス……クインテッサの手の中で、赤青のプライムのスパークは、美しく輝いていた。

 

――どうしてこうなってしまったのだろう?

 

 何か大きな存在に引っ張られて消えゆく意識の中で、ベルフラワーは思う。

 

 悪いのは誰だ?

 

 預言を寄越したオールスパークか?

 啓示に従ったプライマとメガトロナスか?

 彼らに従い戦ったオートボットとディセプティコンか?

 私怨に呑まれた自分や姉妹たちか?

 

 唯一つ確かなのは、あの赤と青のプライムに、一切の罪はないと言うことだ。

 

 彼は啓示に従わず、憎しみにも飲まれず、体も心も傷だらけになりながら、ただひたすらに他者を救うために戦った。

 

 なのに、彼は来世でも苦しみを約束されている……。

 

――オールスパークよ、こんなのって、あんまりです。……彼は幸せになれないのですか? もしも、私に来世があるなら、その私の幸福を全部彼にあげてください……。

 

 祈りながら、ベルフラワーの魂はオールスパークへと還っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ならば、君が彼を幸せにしてあげなさい。そして、君も幸せになりなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして(ベルフラワー)の人生は終わった。

 

 でもそれで終わりではなかった。

 

 ……気が付くと、液体の中にいた。息は出来る。

 体を動かすと、壁に当たった。

 本能のままに壁を噛むと、壁は意外と柔らかくアッサリと破れた。

 身を浸していた液体と共に外界に出ると、外の空気は冷たかった。

 

 ゆっくり目を開けると、そこは深く広い縦穴の底だった。

 すぐ頭上には、大きな立方体のような物が宙に浮かんでいた。

 

 見回すと青い球体がいくつも並んでいて、その表面を破って小さく弱々しい金属生命体が孵ってきた。

 私は、本能の命じるまま、縦穴の壁面に穿たれた長い長い螺旋階段を上っていく。

 他の子たちも、一緒になって上り、やがて地上に出た。

 

 そこには大人たちが待ち構えていて、私を含めた子供たちを捕まえて、一人ずつ個別の容器のような物に入れていく。

 ……容器に入れられず、別の大きな籠にまとめて入れられる子供たちもいた。

 

「全員、回収したかね?」

「はい。いつもの通り、ディセプティコンは別の籠に一まとめにしておきました」

「分かった。…………毎度のことだが、このやり方は、正直どうかと思うのだがね。上に何度も掛けあっているんだ。ディセプティコンだけ分けるなんて、非効率な上に倫理的にも……まあいい。とにかくスキャンを初めてくれ」

「はい」

 

 それから、大人たちは別々の容器に入れられた方……つまり私たちのことを機械でスキャンした。

 

「AA08番。種族:女性(ウーマン)。体積、健康状態、共に問題なし。……ようこそAA08。このしみったれた世界へ」

 

 AA08、これが(エリータ・ワン)に与えられた最初の名前だった。

 




今回のネタ解説

クインタスからクインテッサへ。
本人の言う通り、オールスパークへの決別を込めての改名。
杖は、映画に出てきたあの杖を想定しています。

ベルフラワーからエリータ・ワンへ
うんまあ、輪廻転生は一回では終わんないよねっていう……。

今時、前世ネタが古いのはよく理解してんですけどね。
地味に母に祝福された前世と違って、医者の諦観から始まる生という対比を狙っていたり。

前世編は、予定通りにいけば次回で終わる予定。
……予定通りにいった試しがないけどな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第162話 そして『今』に至る

 ある夜のことだ。

 

 サイバトロンの荒野にポツンと建つ塔の一部屋で、一人の老人が書き物をしていた。

 金属製の紙にレーザーペンで字を焼きつける、廃れて久しい方法だ。

 

 静かにペンを走らせていた老人だが、不意に塔に鳴り響いた警報に、表情を鋭くする。

 急いで立ち上がり部屋の窓を開けて空を見上げると、満点の夜空を一筋の流れ星が横切った。

 

 流星は大気圏で燃え尽きることなく、塔の近くの荒野に墜ちた。

 

 それを見届けた老人は、厳しい顔で机に立てかけてあった杖を取り、部屋を出た。

 

 塔を出た老人は手に持った長杖の先に光を灯して夜道を進み、やがて流星の落下した地点に辿り着く。

 落下の衝撃で地面は赤熱し空気が揺らいでいるが、老人は構わずクレーターの中心に向かって降りていく。

 当然、その中心には、隕石……いや金属で出来たポッドがあった。

 

 老人はポッドの表面を撫でながら、小さく呟く。

 

「ついに来たか……」

 

 ゆっくりとポッドの表面が開き、水蒸気と共に光が漏れる。

 老人は感嘆の声を上げた。

 

「おお……!」

 

 ポッドの中には、鮮やかな赤と青の体色をした小さな赤ん坊が寝転んでいた。

 

  *  *  *

 

 トランスフォーマーは幼少期において、種族ごとに育成施設に割り振られ、そこで仲間と共に集団生活をしながら育つ。

 後にエリータ・ワンの名で知られることになるAA08もまた、そうした育成施設の一つ、女性(ウーマン)用の施設で暮らしていた。

 

 特に真面目なAA08は、大人からは高評価を得たが、同じ子供の中には『悪戯すると先生に告げ口をする妖精さん』などと陰口を叩く者もいた。

 

 そんなある日のこと。

 AA08はアイアコンの街に出かけた。

 都市は色とりどりの光と楽しげな音楽で溢れ、多くの人でごった返していた。

 

 今日はお祭りなのだ。

 

 同じ施設に暮らす女性(ウーマン)の仲間たちは仲の良い者同士で祭りを楽しんでいた。

 AA08も例にもれず、いくらか年上の親友RA11……後にクロミアと呼ばれることになる、ウーマンオートボットと一緒に遊ぶ予定だったが、生憎と彼女がサイバトロン風邪にかかってしまったため、一人で祭りに出かけることとなった。

 

 どんなに素晴らしいお祭りも、一人ではつまらないものだ。

 

 退屈に思っていると、建物の影で何人かの少年が一人の子供を囲んでいることに気が付いた。

 囲んでいる方は標準的なオートボットの男の子たちだが、囲まれている方は全身をスッポリと覆う金属繊維製ローブを纏っており体は見えないが、何か板のような物を抱えていた。

 

「お前見ない顔だな! どこの育成施設から来たんだよ?」

「知ってるぜ! こいつ、街の外の塔で、変人の爺さんと一緒に暮らしてるんだよ!」

「せ、先生は変人じゃないよ……」

 

 少年たちに囲まれて、ローブの子供はビクビクと震えつつもしっかりと反論する。

 その態度が気に喰わないのか、一団の中でも大柄な少年が、無理矢理に板のような物を取り上げた。

 板と見えたのは、古い本だった。

 

「あ……!」

「何だこれ? コネクターもリーダーもないじゃん?」

「こ、これは先生から貰った本で……! 書いてある字を読むんだ……」

「なんだよそれ、ダッセエの」

 

 本を持つ手を高く掲げ、取り返そうと手を伸ばすローブの少年を突き飛ばす大柄な少年。

 尻餅を突いた子供を、少年たちは嘲笑う。

 

「返してほしかったら、反撃してみろよ!」

「やだよ……」

「弱虫め! ほら、殴ってみろよ!」

「やだ……!」

 

 調子に乗って、少年たちはローブの子供に殴る蹴るの暴行を加える。

 AA08は弱い者いじめをこれ以上は見ていられないと声をかけた。

 

「こら! 君たち、止めなさい!」

「なんだよ、女の子ちゃんじゃねえか! 何の用だよ?」

 

 大柄な少年は敵の小柄な姿を見て、嘲笑を浮かべる。

 そんな姿にAA08はムッとする。

 

「弱い者苛めは止めなさいと言っているの! すぐにそれをその子に返しなさい!」

「……チェッ! 行こうぜ! ほら、返すぜ!!」

 

 さすがに女の子と争う気は無いらしく、少年は本を乱暴に床に落とすと、仲間を伴って歩いていった。

 驚いて固まっているローブの子供を助け起こし、AA08は本を拾って差し出してやる。

 

「ほら、これ君のでしょう?」

「あ、ありがとう……」

 

 ローブの下から見える顔はAA08と同年代らしいあどけない少年の物だ。

 青いオプティックが出自を表している。

 

「どうしてやり返さなかったの?」

「喧嘩は嫌いだから……」

 

 気弱に言うローブの少年に、AA08は呆れてしまう。

 

――何て弱々しい子なのだろう!

 

 思わず溜め息が出てしまう。

 

「はあッ……もういいわ。君の個体識別番号は?」

「……番号はないよ。先生が着けてくれた名前なら……オプティマス」

 

 その答えに、AA08は目を丸くする。

 普通、トランスフォーマーの子供は個体識別番号で呼ばれ、一定年齢に達すると初めて身体的特徴や能力に合わせた『名前』を貰えるのだ。

 

「変わってるね、君」

「良く言われるよ。……それじゃあね。助けてくれて、ありがとう」

「待ちなさい!」

 

 頭を深く下げてから、ローブの少年……オプティマスは踵を返して去ろうとするが、AA08はその腕を掴んで引き留めた。

 少年オプティマスは驚いて振り返る。

 

「な、なに!?」

「君、一人? 一人なら、私といっしょにお祭りを回らない?」

 

 何でこんなことを提案したのだろうか?

 一人で祭りを回るのが寂しかったとはいえ、会ったばかりの男の子を誘うなんて、少しばかり慎みに欠ける。

内心で疑問に思う、AA08だが……。

 

「う、うん!」

 

 少年オプティマスがパッと笑ったのを見たら、どうでも良くなった。

 

 その後は二人で、祭りを楽しんだ。

 

 二人でタバラ……蟹のような金属生命体……の網焼きを買って半分こにし、二人で音楽に合わせてダンスもした。

 彼は年齢の割にとても博学で、話していると楽しかった。

 

「……それじゃあ、君は歴史学者の先生に育てられたんだ?」

「うん。荒野で生まれたばかりの僕を拾ったんだって。色んなことを教えてくれるし、とっても尊敬してるんだ! ……でもやっぱり変だよね。他の子は番号なのに僕だけ名前だし、」

「ううん、むしろ羨ましいな。育成施設の人たちは優しいけど……なにかこう、違う気がするんだ」

 

 歩きながらお互いの生い立ちについて語り合っていた。

 

「違うって? 育成施設で育つのは、普通のことだろ?」

「そうなんだけど、う~ん……」

「君って変わってるね」

 

 首を捻るAA08に、少年オプティマスは嫌味なく返す。

 短い付き合いの中で、お互いにサイバトロンの社会では変わり者であることを察していた。

 しかしAA08は、少年の育ての親に対する『先生』という呼び方に奇妙な違和感を覚えていた。何故かは分からなかったが。

 

「おい、貴様ふざけるなよ!」

 

 と、何処からか怒声が聞こえた。

 見れば、往来のど真ん中で先程オプティマスに絡んでいた大柄な少年が、大人に睨まれていた。

 灰銀色の体は大人としてみても非常に大きく、赤く光る鋭い目が恐ろしげなディセプティコンだ。

 まだ若いようだが、すでに迫力、貫禄、ともに十二分だ。

 

「ぶつかっておいて、詫びも無しか? 別に弁償しろとか、地に額をこすり付けろとかは言わない。しかし一言謝るのが筋だろう」

「やだよ! だれがディセプティコンなんかに!」

 

 大柄な少年は、自分より大きい大人たちに対しても強気な姿勢を崩さない。

 ディセプティコンはムッとして少年の首根っこを掴んで摘まみ上げる。

 

「おい、誰か助けろよ……」

「嫌だよ……あいつ、例の剣闘士だぞ」

「あの、サイキルを瞬殺したっていうアイツか!?」

 

 周りの大人たちは厄介事を恐れて誰も助けようとしない。

 同じ子供相手なら勇敢さを見せたAA08も、悪鬼羅刹の如き顔のディセプティコンには二の足を踏んでしまう。

 

 しかし、少年オプティマスは迷わず前に出ると、ディセプティコンに声をかけた。

 

「あの、すいません。……その子が何かしたんですか?」

「何だお前は?」

「通りがかりです」

 

 新たに現れた子供に、ディセプティコンは訝しげな顔をするが、すぐに不機嫌そうに鼻を鳴らし、すぐ傍の地面に落ちているゴスプ……巻き貝型の金属生命体……の壺焼きを視線で指す。

 

「この餓鬼が俺にぶつかって来て、おかげで食い物を落としてしまった」

「そうですか。なら、君。一緒に謝ろう」

 

 オプティマスはさっきまで大柄な少年に謝るように促す。

 少年は戸惑いながらもムッと顔を歪める。

 

「嫌だ! 相手はディセプティコンだぜ!!」

「でも君からぶつかったなら、謝らないと」

 

 ガンとして譲らない少年に、オプティマスは辛抱強く諭した。

 その様子に、灰銀のディセプティコンは少し感心した様子だった。

 

「ほう、子供にしては道理が分かっているじゃないか。……おい餓鬼、この小僧に免じて、今日は勘弁してやる」

 

 ディセプティコンは少年を下ろすと、今までとは一転、機嫌良さげな顔になる。

 そうなると、この男は意外と若く、オプティマスともそんなに歳が離れていないのではないかと思われた。

 

「まあ俺も大人気なかったか。どうにも、ディセプティコンと言うだけで色々言ってくる輩には、少しムキになってしまってな。すまなかった」

「いいえ、その気持ち僕にも少し分かりますから」

「そうか……お前も苦労しているようだな」

 

 朗らかに少年オプティマスと笑い合った灰銀のディセプティコンは、颯爽と身を翻す。

 

「小僧、お前とはまた会うことになりそうな気がするな」

 

 振り返らずにそう言った灰銀のディセプティコンは、雑踏の中に姿を消した。

 

 ……記録に残っておらず、本人たちの記憶にもないが、これが少年時代のオプティマスと若き日のメガトロンの初めての会合だった。

 

 ディセプティコンの背を見送ったオプティマスは、座り込んでいる少年に手を差し出す。

 

「君、大丈夫かい?」

「……うるさい!」

 

 しかし、その手は跳ね除けられた。

 

「何だよお前! ディセプティコンなんかにヘコヘコしやがって! オートボットの面汚しめ!!」

「オートボットとかディセプティコンとか関係ないよ。悪いことをしたなら、謝らないと」

「…………チッ!」

 

 前とは違う毅然とした態度の少年オプティマスに、少年は舌打ちのような音を出して足早に去っていった。周りの野次馬も散っていく。

 ここまで呆気に取られていたAA08は、ハッと正気に戻ると少し悲しそうな顔のオプティマスに声をかける。

 

「ちょっと、君! どうして、あんなことしたの!?」

「どうして? 喧嘩は止めないと」

「そうじゃなくて、怖くなかったの?」

 

 子供相手には為す術もなくボコボコにされたのに、大人相手には物怖じしないアンバランスさが、AA08には理解できなかった。

 少年オプティマスは照れくさげに笑んだ。

 

「怖かったよ。でも、二人とも困ってたようだったから」

「さっきはあの子たちを怖がって、全然反撃しなかったじゃない! それなのに……」

「殴ったりしたら、痛いじゃないか。痛いのは可哀そうだよ」

 

 当然と言い切るオプティマスに、AA08は唖然とする。

 この少年は反撃できないほど弱々しいのではなく、反撃できないほど優しいのだ。

 何だか妙におかしくなって、AA08は声に出して笑う。

 

「プッ! あは、あはは!!」

「わ、笑わないでよ……あはは!」

 

 それをどう取ったのか、オプティマスは少し恥ずかしそうだったが、同じように笑う。

 

「オプティマス! オプティマース! どこにいるんだー!」

 

 しばらく笑い合っていた二人だが、人混みの向こうから声がする。

 老人の声だが、この雑踏の中でも良く聞こえた。

 

「! 先生が呼んでる! もう行かないと!!」

「そっか、それじゃあバイバイだね」

 

 保護者の呼び声に慌てるオプティマスと、少し残念に思うAA08。

 楽しい時間はアッと言う間だ。

 

「うん。……また会えるかな?」

「う~ん、そうだね。君がもっと強くなったら、なんてね!」

「! うん! 僕、強くなるよ!!」

 

 少しからかうつもりで言ったAA08だが、少年オプティマスは本気にしたようだ。

 ついでに、もう一つアドアイスしてやろう。

 

「それとさ、先生のこと……『お父さん』って呼んでみるといいよ」

「おとうさん? ……やってみる!」

 

『お父さん』

 

 その呼び方は、AA08の記憶の何処かに残っている言葉だった。

 遠い前世の記憶に由来する言葉だったが、AA08にそれが分かるはずもない。

 駆けていくオプティマスに、AA08は手を振る。

 

「それじゃあ、またいつか!」

「うん、いつかね!! ……そうだ! 君の名前は?」

 

 ヒトの間を縫って走っていくオプティマスだが、不意に振り向くと声を上げた。

 そう言えば名乗ってなかったと思い、悪戯心を込めて名乗りを上げる。

 

「『妖精さん(エイリアル)』!! なんてね!!」

 

 人垣の向こうにいるオプティマスに、その声が届いたかどうかは分からない。

 それでもAA08は、満足していたのだった。

 

 

 

 

「オプティマス! 一人で祭りに出かけてしまうから、心配したぞ!」

「ごめんなさい……」

「はあッ……さあ、帰ろう。この場所の猥雑さは、お前にはまだ早い」

 

 『弟子』の姿を見つけたアルファトライオンは、溜め息を吐くと踵を返す。その姿は何処か疲れているように見えた。

 老歴史学者は、賑やかな場所は苦手らしい。

 

「あ、あの……」

 

 養育者の背中に、オプティマスは勇気を出して声を出す。

 アルファトライオンは振り返らない。

 

「何かな? この祭りの由来ならば、かつて最初のプライムたちが戦争に勝利したことを記念する物だ。しかし、それは後付で実際の終戦日とは大きなズレが……」

「そ、そうじゃなくて……!」

 

 自らの知識を披露する歴史学者を、オプティマスは遮った。

 いつもなら黙って傾聴するはずの弟子の態度に、アルファトライオンは怪訝そうに顔を巡らせる。

 

「では、何かね?」

「…………」

 

 俯く少年オプティマスだが、ギュっと拳を握り締めて顔を上げる。

 

「あの……お父さん、って呼んでもいいですか?」

 

 その問いに、アルファトライオンは目を見開いて硬直する。

 

「なぜ……?」

「あ、あの……妖精さんがそうすると、先生が喜ぶからって……あ、妖精さんというのは僕の友達です!」

 

 期待に目を輝かせるオプティマスだが、一方でアルファトライオンは悲しい気持ちになっていた。

 

 オプティマスの言う妖精とは、孤独な彼が創り出した空想上の友達だろう。

 思えば、いずれや重要な使命を果たすであろうこの子を弟子として育ててきたが、随分と寂しい思いをさせてきたのかもしれない。

 ここに至って、老人は理解した。

 知識ばかりでなく、愛も必要であると。

 

「もちろんいいとも。……いいに決まっているじゃないか」

 

 アルファトライオンは、未だ幼さの残るオプティマスの体をギュッと抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後のことは、あまり語らなくてもいいだろう。

 

 大人になり、エリータ・ワンと名を付けられた(AA08)は、その優秀さを認められてセンチネルの弟子となり、オプティマスと再会した。

 

 彼の方は、私が『妖精さん』だとは気付かなかったようだが。

 

 大人になってもなお、優しいが故に強く、そして脆い彼の気質は変わっていなかった。

 そんな彼を、私は支えたいと願うようになっていた。

 

 いや、最初に出会った幼き日から、私は彼に惹かれていた。

 

 かつての生では、その感情にはまだ、名は無かった。

 

 しかし今なら分かる。

 これは『愛』だ。

 

 やがて戦争が起こり、私は彼と並んで戦い、彼を支え、彼を助けた。

 皆は彼を英雄と呼んだけれど、そんな称号は彼にとって何の意味もない物だ。

 日に日に彼の身体が、精神が、何よりも魂が傷ついていく。

 

 そして……。

 

「ねえ、オプティマス……私……あなたのことが……、好き……」

「ああ、私も好きだ! 君は私にとって最高の親友で……」

「違うわ……、愛してるの……あなたのことを……」

「え、エリータ……?」

「オプティマス……、あなたは…本当は……とても優しいヒト……あなたの苦悩を……、孤独を……、癒してあげたかった……」

 

 あの水晶の街(クリスタルシティ)で、私は最後の時を迎えた。

 

「あなたが……愛してくれなくても構わなかった……。あなたと出会えただけで……、幸せだった……!」

 

 この戦争で、辛いこと悲しいこともたくさんあったけど、私は幸福だった。

 

「愛してるわ……、生まれ変わってもきっと……」

 

 心残りは、『今回も』彼を幸せに出来なかったこと。

 彼はきっと、私の死を抱え込んで、自分を攻めてしまう。

 私は、『また』彼を幸せに出来なかった。

 

 それに……出来れば彼をこう呼びたかった。

 

 『オプっち』って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魂は流転する。

 彼方から此方へ。

 

 惑星サイバトロンから、ゲイムギョウ界へ……。

 

「……ようこそ、プラネテューヌへ。新しい女神様。お待ちしていました」

 

 光の中で誰かの声がする。

 それは良く知る声……イストワールの声だ。

 

「あなたの名前は……ネプテューヌ。天に輝く星にちなんだ名前です」

 

 こうして(ベルフラワー)(エリータ・ワン)を経て、わたし(ネプテューヌ)へと至ったのだった。

 

  *  *  *

 

 意識だけで何処か広い海のような場所を漂うわたしの傍に、三つの影が現れた。

 

「貴方は誰?」

「貴方は誰?」

「あなたは、誰?」

 

 影たちは次々に問い掛けてくる。

 

「私は、ベルフラワー。ソラス・プライムの娘」

 

 影の一つが私に重なる。

 

「私は、エリータ・ワン。オートボットの戦士」

 

 もう一つの影も私に重なる。

 

「そして……やっぱり、ネプテューヌだよ。またの名をパープルハート。プラネテューヌの女神。それは変わらない」

 

 最後の影が私に重なる。

 わたしはベルフラワーであり、エリータ・ワンであり、やはりネプテューヌだった。

 それらは決して矛盾しない。

 

 ベルフラワーやエリータは、わたしの前世だったのだ。

 

 女神がトランスフォーマーの一種であり、トランスフォーマーは肉体が滅べば魂はオールスパークに還り、そしてまた生まれてくる。

 故に、女神の前世がトランスフォーマーであることは、何ら不思議ではない。

 

 これはわたしが別人に変貌したとうことではない。

 わたしがネプテューヌであることは、決して揺るがない。

 

 ベルフラワーの贖罪のためではなく、エリータ・ワンの無念のためでもなく、わたしはわたしとして、あのヒトを愛したのだ。

 

 それに前の二回の分の愛が加算されただけ。

 人生三回分ほどの決意と覚悟を得ただけだ。

 

――そう、君は君だ。……さあ、過去を巡る旅は終わりだ。君が向き合うべき『今』にお帰り。

 

 いつかのように誰かの……オールスパークの声が聞こえると同時に、わたしの意識は急速に浮上し、あの小部屋へと戻っていった。

 




これで前世編は終わりです。

今回の解説。

AA08、RA11
どちらも、玩具の販売番号が由来。

タバラの網焼き、ゴスプの壺焼き
どちらもかの伝説のゲーム『コンボイの謎』の雑魚的より。
タバラは蟹型、ゴスプは巻貝型。

妖精さん
サイバトロン編あたりからアルファトライオンが言及してきた、幼き日のオプティマスのイマジナリーフレンド……その正体は、幼き日のエリータ。
このネタ、サイバトロン編の最後で明かす予定でしたが、場の流れ的に先延ばしになり、結局ここで明かすことに。

エリータからネプテューヌへ。
一応、クリスタルシティの回とかで伏線は張ってありました(エリータの理想像がネプテューヌに近い、エリータがオプっちと言いかける、ネプテューヌとエリータが同調する場面がある、など)
ネプテューヌの愛がやたら重い理由づけでもあったりします。
しかしまあ、今時前世ネタとか流行んない上に、現世での努力や決意を台無しにしかねないので、最後まで明かすかどうか悩んでました。

でも、ここまで来たらってことで書いた次第。

あくまでもネプテューヌはネプテューヌとしてオプティマスを好きになって、前世のこと思い出したらもっと好きになった……ってな感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第163話 マトリクス

「…………目を覚ましたかね?」

 

 気が付けば、そこは元の小部屋の中だった。

 アルファトライオンは変わらず、胡坐を組んでいた。

 

「君は過去を旅したのだ。それも現実にすれば僅か数刻の出来事」

 

 ネプテューヌは立ち上がると、老歴史学者の後ろにある四つの棺のもとまで歩いていく。

 今の彼女には、その棺に誰が入っているか分かっていた。

 

「お母さん……スノーお姉ちゃん……レイブンお姉ちゃん……リーフ……!」

 

 死したソラス・プライムとその娘たち。ネプテューヌの前世であるベルフラワーの家族。

 涙を流しながら、ネプテューヌは母の棺の表面を撫でる。

 その様子に、アルファトライオンは深く息を吐いた。

 

「試練を乗り越えたようじゃな。……いや、乗り越えたという表現は適切ではないな。あくまで過去を確認しただけなのだから」

「でも必要なことだったんでしょ? ……ソロマス・プライム」

 

 ネプテューヌは、老歴史学者の名を呼んだ……本当の名前を。

 アルファトライオンは、苦しげな顔で沈黙した。

 

 前世の記憶を取り戻したことで、ネプテューヌは全てを理解できた。

 

 母、ソラスの愛も。

 

 堕落せし者(ザ・フォールン)……メガトロナスの思惑も。

 

 憎しみの連鎖、その恐ろしさと虚しさも。

 

 自分が、自分たちが、彼……オプっちのことをどれだけ、愛しているかも。

 

 オールスパークの本当の意思も。

 

 そして、マトリクスが何処にあるか……いや、『誰が持っている』か。

 

「あなたが……あなたが、マトリクスを持っていたんだね? 最初から、ずっと」

「…………」

 

 ネプテューヌの追及に、アルファトライオンは諦念を顔に浮かべると、自らの胸の装甲を開き、中から何かを取り出した。

 

 光り輝く結晶を、細緻で華麗な模様を描く菱形のフレームが包み、その両端が反対方向に曲がっている。

 

 ジェットファイアの見せてくれた映像そのままの、『リーダーのマトリクス』だ。

 

 ネプテューヌは彼女らしくない鋭い目で、老歴史学者アルファトライオン……名と姿を変えて潜んでいた最初の13人の一人、杖を持つプライム、あるいは歴史の記録者ことソロマス・プライムを見る。

 

「あなたは知っていたんでしょう? この星がこう言う風になることも……オプっちが死ぬことも」

「知っていたら、どうしろと言うのかね? 予言に逆らい、自分の手で運命を切り開けばよかったと?」

 

 アルファトライオンは、疲れたように息を吐いた。

 

「そんなことは出来なかった。……怖かったのだ、啓示に逆らえば……それはすなわちオールスパークの意に反することなのでは、ないかと……」

 

 半ば泣きそうな顔で、震える声を吐き出す老歴史学者をお前のせいで、と責めることを、ネプテューヌはしない。

 ベルフラワーとしての記憶を取り戻した今、『親』というものが子にとってどれだけ絶対的な存在か理解出来たからだ。

 

「それでも、あなたは予言に逆らおうとした。オプっちを眠らせてあげようとした。……あれはあなたの意思でしょ」

「そうだ。あの子にこれ以上、苦しい思いをさせたくなかった」

 

 苦しげに、アルファトライオンは言葉を紡ぐ。

 

「そして本当なら、儂は訪ねてきたお主にマトリクスを渡す……それだけの幕だったのだ」

 

 しかしアルファトライオンはネプテューヌに試練……前世を巡る旅を課した。

 それは、何故か?

 

「一目見た時から、君がエリータの……そしてベルフラワーの生まれ変わりであることは分かっていた。なればこそ、君のオプティマスへの愛が真実か確かめる必要があった。単なる前世の残滓なのではないか? ……どうやら、杞憂だったようだが」

「そうだよ。前世の影響が無かったとは言わない。それでも、ベルフラワーはベルフラワーとして、エリータはエリータとして、そしてわたしはわたしとして、それぞれオプっちのことを好きになったんだ。いわば、ベルの愛にエリータの愛が加わり、そこにわたしの愛をかけて1200万パワー!」

「それはそれで不安になる計算式じゃの」

 

 素っ頓狂なことを言い出すネプテューヌに苦笑するアルファトライオンだが、これまで張り詰めていた雰囲気が少し柔らかくなり、マトリクスを持った手を差し出した。

 

「さあ、受け取りなさい。君には、その資格がある」

「……うん」

 

 老歴史学者の前へ進むネプテューヌだが、アルファトライオンの手が震えてマトリクスが零れ落ちる。

 

「おおっと!?」

 

 慌てて受け止めようとするネプテューヌ。

 その瞬間空間の穴が開き、中から赤とオレンジの雛……ロディマスが飛び出してきて、マトリクスを口でキャッチした。

 

「ろ、ロディマス!?」

 

 褒めて欲しそうな顔で、口に咥えたマトリクスを渡してくるロディマスの頭を撫でながら、ネプテューヌは不安げに呟く。

 

「あー……ありがと。……ねえ、これ大丈夫かな? ザ・ムービー的な意味で」

「まあ、大丈夫じゃろう。さすがに『この後に及んで、何故開かないのでしょう?』のような事態にはなるまい…………多分」

 

 言い知れぬ不安に駆られる二人だが、ネプテューヌが手に持つとマトリクスは眩い光を放つ。

 神々しいなまでに美しく、両手で握れるほどの大きさでそれ自体は羽根のように軽いが、潰れされそうなほどの重みを感じた。

 

「これが……マトリクス」

 

 グッと光り輝く至宝を握り締めネプテューヌは決意を新たにするのだった。

 

「待っててね、オプっち……!」

 

  *  *  *

 

 プライムの立像が並ぶ通路を抜けて、方陣床の縦穴まで戻ってくると、ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズの三人と、ジェットファイアが待っていた。

 

「お、戻って来たか!」

「アルファトライオン、ネプテューヌ殿。ご無事で何より……」

「おい、ロディ坊を見てねえか? ……って! いるじゃねえか!!」

 

 片手を上げて二人を出迎えるハウンドと、一礼するドリフト。

 クロスヘアーズはキョロキョロとしていたが、アルファトライオンに抱えられたロディマスを見るや驚き、次いで安堵の排気を漏らす。

 ロディマスは呼ばれたと思ったのか、クロスヘアーズの体に登りだした。

 呼び方といい、短い間に随分と仲良くなったようだ。

 

「やれやれ……おい、嬢ちゃん。そいつは何だ?」

 

 そこでハウンドはネプテューヌが背に布に包まれた長い何かを背負っていることに気が付いた。

 ネプテューヌは悪戯っぽくウインクする。

 

「お母さんから娘たちへの、一万年越しのプレゼント、かな?」

「なんだそりゃあ?」

 

 一方で、ジェットファイアは難しい顔を崩さずに問う。

 

「それで、首尾は?」

「この通り! マトリクス、ゲットだぜ!」

『おおおお!』

 

 満面の笑みでマトリクスを懐から取り出して掲げるネプテューヌ。その神々しい輝きに、オートボットたちは圧倒される。

 一方でアルファトライオンは、杖の石突きで床の方陣を叩く。

 来た時と同じように床が上昇を始め、やがて塔の前まで戻ってきたところで微笑んでいたネプテューヌは真剣な目つきになった。

 

「じゃあ、ジェットファイア。ゲイムギョウ界に帰ろう!」

「そうだな……む!」

 

 促されてスペースブリッジを起動させようとするジェットファイアだが、その時雷鳴が鳴り響いた。

 

 見上げれば、上空の空で黒雲が渦巻き雷鳴が鳴っている。

 

「……いかん!」

 

 それを見たアルファトライオンは焦った様子で叫んだ瞬間、黒雲の向こうから巨大な火の玉が落ちてきた。

 火の玉はジェットファイアに真っ直ぐ向かってくるが、アルファトライオンが杖を振るうと掻き消える。

 

「無事か、ジェットファイア!?」

「ああ、すまんソロマ……ぐわあああ!!」

 

 アルファトライオンが確認した刹那、ジェットファイアの後ろに現れた黒い影が、手に持った杖を老兵の脇腹に突き刺す。

 次の瞬間には老歴史学者の杖の先端から放たれた光が影を追い払うが、ジェットファイアは大きなダメージを受けたらしく片膝を突いた。

 

「ジェットファイア、大丈夫!?」

「俺は大事ない……。しかし、スペースブリッジが破損してしまった……これではゲイムギョウ界に跳べん!」

「そんな……!」

 

 心配して駆け寄ったが、老兵の言葉に絶句するネプテューヌ。

 

 アルファトライオンに払われ飛び散った影は一ヶ所に集まって一つの像を結ぶ。

 

 曲線的なパーツで構成され、所々が赤熱しているかのように発光している、黒い痩躯の巨体。

 そして古代の王の如き縦長の顔と、顔周りや背骨沿いの蠢く羽根のようなパーツ。

 

「ザ・フォールン……!」

「あれが……!」

 

 ジェットファイアがその名を呟き、ドリフトがそれに反応する。元ディセプティコンである彼は、その恐ろしさを本能的に感じ取っているらしく手が震えている。

 

「……へ! ちょうどいいぜ! オプティマスの仇を取ってやる!!」

「親玉をぶち殺しゃ、チェックメイトだ!!」

 

 その悍ましい気配に圧倒されていたハウンドとクロウヘアーズだが、すぐに銃を抜きザ・フォールンに向けて発射する。

 しかし、ザ・フォールンが軽く手を振ると、銃弾は全て空中で静止し次いで地面に落ちる。

 愕然とするオートボットたちに構わず、堕落せし者はアルファトライオンだけを見ていた。

 

「久しいな、兄弟」

「…………」

「兄弟?」

 

 堕落せし者の物言いに疑問を感じるドリフトだが、アルファトライオンは構わず一同の前に進み出る。

 

「兄弟よ……もう、止めにしないか?」

「何だと?」

「我ら最初の13人、もう残っているのはお主と儂、それに行方知れずのクインタスくらいのもの。オニキスが果てたことも、ネクサスがもう戻れないことも、お主なら察しているはず」

 

 訳が分からないというオートボットや、得心しているジェットファイアを脇に、アルファトライオンとザ・フォールン……ソロマスとメガトロナスは睨み合う。

 

「もうこれ以上、我らの因縁を子供たちに押し付けたくはない」

「馬鹿なことを」

 

 真摯な語りを、しかしザ・フォールンは一笑に伏す。

 

「これは偉大なるオールスパークの意思だ。それに従うことこそ、我らの存在意義」

「違う!!」

 

 堕落したプライムの言葉を遮り、ネプテューヌが前に進み出た。

 

「ザ・フォールン……いいえ、メガトロナス!!」

「マトリクスを手に入れたか」

「待ってよ! オールスパークはこんなこと望んでいないよ!! あなたは、オールスパークの意思を根本的に勘違いしてるんだよ!!」

 

 そう叫んだ瞬間、ネプテューヌの体が衝撃波で吹き飛ばされる。

 

「きゃあああ!!」

「貴様如きが……オールスパークの意思を語るな」

 

 片手を上げ、冷徹な中に激しい怒気を滲ませるザ・フォールン。

 しかし、ジェットファイアとドリフトに助け起こされつつもネプテューヌは吼える。

 

「オールスパークは……殺し合ってほしくないから未来をプライムたちに見せたんだ! 『こんな未来は変えてほしい』って思ったんだよ!!」

「……貴様、何を見た? いや、何を見せた?」

 

 その発言から、ネプテューヌが何かを垣間見たことを察したザ・フォールンは、紫の女神と次いで老歴史学者を睨む。

 

「過去を。この者の前世を」

「……それは貴様の役割ではないはず」

 

 兄弟の答えにザ・フォールンの纏う殺気が膨らんでいく。

 

「ちょっと考えれば分かることでしょ! 子供たちが争い合うことを望む親なんかいない……もしも、本当に殺し合いを望むような親なら、従う必要なんか、ない!!」

「黙れ……! 貴様ら如きの下等生物の語る愛と、オールスパークの神聖な愛を同列に語るな……! もういい、どこへなりと失せるがいい。貴様はオプティマスを生き返らせるが、時すでに遅くあの世界は滅ぶ。そして、その憎しみを糧に戦いは続く。……それが筋書きなのだ!」

 

 ネプテューヌの叫びに極限まで怒りを高ぶらせたザ・フォールンは、しかし嘲笑を浮かべる。

 

「その裏切り者のスペースブリッジを破壊した以上、貴様らはすぐにはあの世界には戻れんのだからな」

「ッ!」

 

 堕落せし者の言葉にネプテューヌは歯噛みする。

 悔しいが、ザ・フォールンの言う通りだ。直接飛んで行こうにも、必ずディセプティコンに妨害されるだろう。

 

 その時、クロスヘアーズの肩に引っ付いていたロディマスが、一声鳴いた。

 

 ネプテューヌたちの頭上の空間に大きな『穴』が開き、その向こうに見えるのは……プラネテューヌの首都だ。

 

「な、なんだありゃあ!?」

「ッ! ポータル! ロディマスがやったんだね!!」

 

 その光景にギョッとするクロスヘアーズを後目に、ネプテューヌは事態を察する。

 幼い雛が母から受け継いだ力でゲイムギョウ界への道を開いたのだ。

 

「その餓鬼に、そこまでの力が……!」

「ふっふ~ん! あなたの未来知識も、そろそろケチが着いてきたね!! 未来を知って無双なんて、序盤でしか出来ないんだよ!!」

 

 驚愕するザ・フォールンに、ネプテューヌは意趣返しとばかりに勝ち誇った笑みを見せるが、堕落せし者の表情は憎しみに歪んでいく。

 

「おのれ……今こそ理解したぞ! 貴様らはオールスパークの大いなる未来絵図に垂らされた黒い染み、イレギュラーなのだと!! ……消えろ! イレギュラー!!」

 

 怒りに任せ、ザ・フォールンは頭上に巨大な火球を作り上げ、それを紫の女神に放つ。

 アルファトライオンは咄嗟にネプテューヌの前に出て杖を振るう。すると火球は掻き消えた。

 ザ・フォールンはさらなる超能力でネプテューヌたちを叩き潰そうとするが、アルファトライオンも同じように力場を発生させて防ぐ。

 

「貴様……!」

「ネプテューヌ君。ここは儂に任せてくれ」

 

 決然とした表情で振り返ったアルファトライオンは、ネプテューヌとオートボットたちに声をかける。

 

「アルファトライオン! 我らも共に戦います!」

「ならん! お前たちにはまだ為すべき事がある! 基地に戻り、手筈通りに動くのじゃ! ……儂は、けじめを着けなければなん」

 

 タダならぬ物を感じ武器を構えなおすドリフトらにキッパリと命じ、それから、ジェットファイアに顔を向けた。

 

「生き残れよ……戦友(とも)よ」

「! ああ……戦友(とも)よ、武運を!」

 

 その表情と言葉から何かを感じ取ったジェットファイアは、力強く頷くとネプテューヌの体を優しく握り、背のスラスターを吹かす。

 ロディマスはクロスヘアーズの肩から飛び降りると、ジェットファイアの体にしがみ付いた。

 

「アルファトライオン……ッ! そうだ!」

 

 ネプテューヌはもう一度老歴史学者に叫んだ。

 

「ねえ、アルファトライオン! オプっちの友達の妖精さんってね、想像上の友達じゃなかったよ! あれは、エリータだったんだ! お祭りの日に会ってたんだよ!」

 

 一瞬、アルファトライオンは驚いた顔でチラリと後ろを見て、そして相好を崩した。

 

「そうか……あの子は孤独なばかりではなかったのだな」

「うん! オプっちは独りぼっちじゃなかった! ……あなただって、いたんだもん!!」

「……ああそうだな。……あの子を頼む」

 

 ネプテューヌが力強く頷くと、ジェットファイアは飛び上がってポータルを潜り、同時にポータルは消失した。

 

「…………行くぞ!」

「ロディぼーう! 必ず助けにいくからな、待ってろよロディ坊!」

「アルファトライオン、どうかご無事で!!」

 

 もはや自分たちの力及ばぬ戦いであると理解したオートボットたちも、変形して逃げていく。

 

 その間にも二人のプライムの間には強大なパワーが渦巻いていた。

 

「兄弟よ……何を考えている?」

「我が子の……オプティマスの未来と幸福を」

 

 二人のプライムの戦いに、余計な技や武器は必要ない。

 ただ、純粋なエネルギーとエネルギーのぶつかり合い。

 そして言葉の応酬だ。

 

「我が子だと? 貴様の役目は、オプティマスに生きる術を授ける『教師』のはず」

「その役目から、儂は外れた。……儂はあの子を息子として育てたのだ」

 

 永劫を生きるトランスフォーマーにすれば、ほんの一時。

 しかしその間、アルファトライオンとオプティマスは確かに親子だったのだ。

 それは、ささやかながらもアルファトライオンなりの運命への抵抗だった。

 

「オールスパークの意志を果たす! それが我らの存在意義のはず!!」

「ならば、儂はその意義に逆らおう」

「貴様、それでもオールスパークの子か!!」

「いいや、儂は、オプティマスの父親じゃ」

 

 何一つ恥じることなく堂々と言い切るアルファトライオンに、ザ・フォールンは何度目になるか分からない感情の爆発と共に、凄まじいエネルギーを放つ。

 

「この……不信心者めが!!」

「ッ!」

 

 これまでにないエネルギーの波に、アルファトライオンの体が蝕まれ、ゆっくりと崩壊しはじめた。

 対し、アルファトライオンはゆっくりと目を閉じた。

 

 そのブレインサーキットには、オプティマスとの日々が甦ってくる。

 

――先生!

 

――お父さん!

 

――父上!

 

――お父さん、僕、お父さんの子供で幸せです!

 

「ああ、儂も幸せだったよ。オプティマス……」

 

 身体が完全に燃え尽きる、その瞬間までアルファトライオンは穏やかな笑みを崩すことはなかった。

 

 

 

 

 

「兄弟……愚か者め……」

 

 塵となって消滅した兄弟を見て、ザ・フォールンは呟く。

 今までの憎悪や狂気を孕んだ声とは違う、静かな声だった。

 

 しかし、すぐに空を……その向こうのゲイムギョウ界を見上げる。

 

 今や、あの女神と仲間たちはオールスパークの定めた運命に反する重大なイレギュラーと化した。

 早急に始末しなければならない。

 

 そう決めるやフワリと地面から浮かび上がり、ゲイムギョウ界に向けて飛び立つ。

 

 自らの目からエネルゴンの涙が流れていることに、気付くことなく。

 




今回の解説。

マトリクスの在り処
実は割と序盤の方から『アルファトライオンが胸を押さえる仕草をする』という形で伏線は仕込んでありました。
G1ではアルファトライオン(アルファートリン)はオプティマス(コンボイ)の先代のマトリクス保持者である、というのは元ネタ。

ソロマス・プライム
元ネタはG1ユニバースにおける最初の13人の一人。
明言はされていませんが、アルファトライオン(アルファートリン)ではないかと言われています。
ここでは、アルファトライオンとして扱います。

オールスパークの意志
ザ・フォールンの考え:オールスパークは、自分の思う通りの未来を作りたくて未来を見せた。だからその通りに動く。

ネプテューヌの考え:オールスパークは、子供たちに争いあう未来を変えてもらいたくて、未来を見せたはず。だから変える!

どちらが正しいかはいずれ。

一万年越しのプレゼント。
母から娘たちへの贈り物です。
詳細は次回で。

ポータル
このためにロディマスを連れてきました。
地味ーに彼はイレギュラーの塊だったりします。

次回、最終決戦、開始。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第164話 終わりの始まり

 プラネテューヌ首都近くの森。

 

 空に『穴』が開き、そこからジェットファイアが飛び出してきた。

 ジェットファイアは何度か旋回すると、高台の上に降り立つ。

 そこからは、首都が遠くに見えた。

 

「帰ってきたね」

 

 ネプテューヌはジェットファイアの手から降りると、自分の国の惨状を見た。

 未来的なビル群の多くが破壊され、遠目にもディセプティコンたちが蠢いているのが分かる。

 

 そして、以前よりも明敏になった視覚は、プラネタワーのあった場所に十字架が立てられているのを捉えた。

 

 はっきりとは見えないが、あそこにオプティマスが物言わぬ骸として磔にされているはずだ。

 

 首から鎖で下げたマトリクスを握り、ネプテューヌは苦い顔をする。

 対し、ジェットファイアは体にしがみ付いていたロディマスを撫でていたが、冷静な声を出した。

 

「送ってくれたのはいいが、こりゃちと敵陣に近すぎだな。さっさと離れよう」

「そうだね……ハネダシティに向かおう。まだそこにいるかは分からないけど」

 

  *  *  *

 

 ラステイションでの戦いを終えた女神たちは、一度ハネダシティに戻ってきていた。

 仮本部となった市庁舎の中庭で、ノワール、ブラン、ベールの三女神に加え、ネプギアと、ジャズ、アイアンハイド、ミラージュ、バンブルビーらオートボットと、イストワール以外は映像での参加となる各国教祖たちが話し合っていた。

 

「シェアエナジーは、もう底を尽きかけている。……もう待てないわ」

「決戦、しかないってことね……」

 

 ノワールの硬い声に、ブランが頷く。

 

「まずはシェアハーヴェスターの破壊が第一目標になりますわね。……あなた方には申し訳ありませんけれど、オプティマスさんの蘇生はその次になりますわ」

「かまわないさ。オプティマスだって、それを望むだろう」

 

 真剣な表情で目的を定めるベールを、ジャズも肯定する。

 

『しかし、シェア減少によって発生している異常気象や災害に対処するために人員を裂いている以上、作戦に参加できる戦力は限られるだろう』

『仕方ないですわ。お姉さまたちのお留守を預かる以上、一人でも多くの国民を守るのがアタクシたちの役目ですもの』

『それでも、スペースブリッジが使えずレールガンで対空防御をしている以上、そう易々と援軍を呼ぶことは出来ないはず。今がチャンスです』

 

 ケイとチカ、ミナは、現実的な意見を言う。

 ラステイション防衛戦の影響は両軍に出ている。

 それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。

 

「…………お姉ちゃん」

 

 ネプギアも苦しげに呟く。

 本当は姉の帰還を待ちたかったが、そうも言っていられない。

 もはや、一刻の猶予もないのだ。

 

「では、2時間後に作戦を開始します……」

「イストワール様! ネプギア! 大変です!!」

 

 イストワールが話を締めようとしたところで、アイエフが血相を変えて中庭に飛び込んできた。

 

「アイエフさん? どうしましたか?」

「ネプ子が! ネプ子が帰ってきたんです!!」

 

  *  *  *

 

 ハネダシティの基地にジェットファイアと共に降り立ったネプテューヌはネプ子様FCの面々を始めとした自国の兵士たちに囲まれて満面の笑みを浮かべていた。

 

「ネプテューヌ様! お帰りなさい!!」

「よくぞお帰りくださいました!!」

「レッツ、ねぷねぷ!」

「やーみんなー、出迎え御苦労!」

 

 背中にはロディマスがしがみ付き、よく分かっていないながらも周囲に手を振る。

 そこへ、黒のストライプが入った黄色いスポーツカーがやってきて急停止する。

 

「お姉ちゃーん!」

 

 ビークルモードのバンブルビーの運転席から降りたネプギアは、人混みをかき分けて姉に駆け寄る。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃーん!! おかえりなさーい!!」

「おおー、ネプギアー! ただいまー!! 無事にマトリクスをゲットして帰ってきたよ!」

 

 FC会長と握手していたネプテューヌは、走ってきた妹を抱き留める。

 互いに抱擁を交わし合う姉妹を、変形したバンブルビーや後からおっとりとやってきたアイエフとコンパが微笑ましげに見守っていた。

 

「ネプテューヌさん、お帰りなさい。……それにしても、やっぱりロディマスさんはネプテューヌさんについていっていたんですね?」

「まあね。……いーすん、怒らないであげて。ロディのおかげで帰ってこれたんだから」

「それとこれとは別です。……でも今は後にしましょう」

 

 笑顔が怖いイストワールに背中のロディマスが震えあがるのを感じ、ネプテューヌは苦笑する。

 

「どうやら、間に合ったようね」

「……まったく、あなたはいつもギリギリなんだから」

「なあ、それがネプテューヌらしさ、ですけれど」

 

 聞こえた声に、ネプテューヌが顔を向けると、そこにはノワール、ブラン、ベールの三女神が苦笑と安堵が混じった笑みを浮かべて並んでいた。

 

「みんな……ネプギア、ちょっとごめん。ロディマスを預かってて」

「え? うん」

 

 妹にロディマスを渡したネプテューヌは、三女神のもとまで歩いていく。

 

「なによ? まーた、『主役は遅れてくる者だよ!』とでも言う気?」

「んー……今回はちょっと違うかな? 三人とも、もうちょっと近くに来てくれない?」

 

 いつものように素直でないことを言うノワールだが、ネプテューヌは曖昧な顔で三人を招きよせた。

 

「……何かしら? いったい」

「どうしましたの、ネプテュー……きゃ!」

 

 そして、ノワール、ブラン、ベール……永い永い時を超えて再会した姉妹たちをまとめて抱きしめた。

 三人揃ってとなると、小柄なネプテューヌではさすがに手を回し切れないが、それでも形にはなった。

 

「わたし……わたし、みんなにまた会えて、良かったよ……!」

「のわ!? ね、ネプテューヌ?」

 

 感極まった様子のネプテューヌに呆気に取られ、ノワールはじめ三女神は目を白黒させる。

 

「……ど、どうしたの、いったい?」

「そ、そんなに寂しかったんですの?」

「うん、凄く……そうだ!」

 

 ネプテューヌはしばらくそうしていた後で、不意に三人から離れると、背負っていた布に包まれた棒状の物を地面に広げた。

 布に包まれていたのは、四本の長さの違う金属の棒だった。

 

「何これ?」

「ノワールたちに、お土産だよ! 見てて!」

 

 それが何なのか分からず首を傾げるノワールたちに、ネプテューヌは短い棒を手に取って振るう。

 

 すると、棒はギゴガゴと音を立てて刀に変形した。

 アメシストのような美しい紫の刀身で、鍔の部分が花の花弁を模した、優美な刀だ。

 

「この刀は銘を『オトメギキョウ』。……さあ、みんなも手に取ってみて」

 

 促されて、三女神は自然にそれぞれに棒を取る。

 ノワールが握った棒は、鍔が黒い鳥の翼を象った、黒曜石のように輝く黒い大剣に。

 

「これは……何故かしら、この武器、妙に手に馴染むわ。まるで私たちのために作られたみたいに」

「ある意味、その通りかな……その剣は『ワタリガラス』って言うんだ!」

 

 ブランの物は、新雪のようにまっ白く、刃の部分に満月を思わせる真円が刻まれた両刃の斧に。

 

「……手に持っただけでも、ある種の『凄み』を感じるわ」

「その斧の名前は『ユキヅキ』。二つとない物だから、大切にしてね!」

 

 そしてベールの棒は、エメラルドのような緑で、穂先が緑の木の葉を模した形をしている長槍に変形した。

 

「それに、何て美しい……。業物の武器は見ているだけで吸い込まれそうになると言いますけれど、これは正にそれですわ」

「でしょう! 『コノハカゼ』は、他の槍とはちょいと違うよ!」

 

 三者三様に手に持った武器の迫力に飲まれる三女神に、ネプテューヌは満足げに胸を張る。

 

「もちろん、性能も折り紙つきだよ!! 何たって、サイバトロンの伝説の名工、ソラス・プライムの遺作だもん!」

「ソラス・プライム!? あの伝説の最初の13人の一人か?」

 

 紫の女神の口から出た思わぬ名前に、ジャズがバイザーの下で目を剥く。

 

 これらの武器はソラス・プライムと娘たちの墓所に納められていた物だ。

 かつてソラスが四人の娘のために鍛え上げながら、娘たちの意思により母と共に葬られた武器たち。

 それを、アルファトライオンが今こそ振るわれるべき時が来たと、ネプテューヌに渡したのだ。

 もちろん本来はトランスフォーマーサイズなのだが、持ち主の大きさに合わせて自らをサイズダウンしたようだ。

 

 他方、ノワールら三女神はソラスの名前に言い知れぬ感傷を覚えていた。

 

「ソラス・プライム……何故かしら、その名前、凄く懐かしく感じるわ」

「そうね。何か……何か、とても愛おしくて……でも悲しい……」

「何なのでしょう、この感覚は……」

 

 無意識に手に持った武器を強く握り締めると、何故か暖かい。

 まるで、武器が……あるいは武器の製作者が大丈夫だと言っているかのように女神たちには感じられた。

 

 女神たちの様子から何かを感じ取ったらしいアイアンハイドは、勝気に笑んで見せる。

 

「さ~てとだ、これで準備は整ったな! いっちょ派手に暴れてやろうや」

「おおー、相変わらず頼もしいねアイアンハイド! ……って、ちょっと雰囲気変わった? ジャズもカラーリングがレトロな感じになってるし!」

「ま、色々とあってね。それも含めて、いったん情報交換といこう」

 

 オートボットたちの姿が変わっていることに驚くネプテューヌに、ジャズは気さくに笑みながらも、冷静だった。

 

「OK。こっちも色々あったから……ね」

 

 頷くネプテューヌの表情に、彼女らしくない影が走る。

 彼女に言う『色々』とは、マトリクスを手に入れたことはもちろん、老歴史学者アルファトライオン……ソロマス・プライムのことも含まれている。

 それでも、あの前世での記憶を語る気は、ネプテューヌにはない。

 

 上手く説明できるとは思えないし、前世や因縁に関係なく、自分たちのことは、自分たちで解決しなければならない。

 これ以上、前世からの憎しみの連鎖に振り回されることは避けたかった。

 

 ロディマスを抱きながらも姉の様子に気が付いたネプギアは、何となく不安に思った。

 

「お姉ちゃん……何だろう? 上手く言えないけど、前と何かが変わった気がする……」

「大丈夫ですよ、ぎあちゃん。ねぷねぷは、何があってもねぷねぷです」

 

 浮かない顔のネプギアに、コンパが明るい声をかける。アイエフも、強気な笑顔で同意する。

 

「そうね。ネプ子がそう簡単に変わるわけないわ。そうじゃなかったら、イストワール様があんなに苦労するワケないじゃない」

「コンパさん、アイエフさん……ええ、そうですね!」

 

 励ましてくれる友人二人に、ネプギアは笑顔を返すのだった。

 

「……思い出すな。あの頃を」

 

 仲睦まじいオートボットや女神を眺め、ジェットファイアは感慨深げだった。

 かつてのプライム戦争の折にも、オートボットと女神であるセターン姉妹……彼女たちは女神であることに無自覚だったが……が協力してディセプティコンに立ち向かった。

 

 しかし、あの時と違うこともある。

 

「さて、ネプ子! 銃はまだ貸しとくからね!」

「ねぷねぷ、旅の間に怪我はなかったですか?」

 

 今回の戦いには、人間たちがいる。

 プライム戦争では、人間は巻き込まれ、逃げ惑うばかりだった。

 だが今は違う。彼らは、信じる女神のため、友であるオートボットのために戦おうとしている。

 一人一人では精神も肉体も脆弱でも、力を合せようとしている。

 

 人間は変わった。

 そして、ディセプティコンもまた。

 

「なあ、相棒(スタースクリーム)。お前は今、どうしている?」

 

 空に向かい、その空を誰よりも上手く飛ぶ男のことを思い、ジェットファイアは呟くのだった。

 

  *  *  *

 

『……こちらスタースクリーム。メガトロン様、聞こえますか?』

 

 どこまでも続く暗黒。

 どこまでも続く無音。

 そして眼下に広がる青い惑星。

 

 サウンドウェーブは衛星軌道上に人工衛星の姿で浮かび、通信を中継していた。

 

『こちら、メガトロン。聞こえている……報告を聞こう』

『こっちは当初の予定通りに動いてますが……正直、もう少し時間がかかりそうですね』

『急げよ。パープルハートがサイバトロンから戻ってきた。オートボットと女神どもは、こちらに決戦を仕掛けるつもりだ』

 

 無論、この通信回線は重々に秘匿されている。

 周囲にはザ・フォールンやセンチネルが差し向けたディセプティコンが監視役として浮かんでいるが、彼らはサウンドウェーブが用意した偽の通信に気を取られていた。

 

『思ってたより早かったですね……しかし、了解。何とか間に合わせます。……それと、コンストラクティコンどもですが、声をかけときました。来るかは分かりませんが』

『そうか』

 

 サウンドウェーブは観察し、監視し、そして待つ。

 メガトロンの……彼が唯一忠誠を尽くす主君の号令を。

 

『それはそうと……そっちは、焦らないでくださいよ? ……通信越しでも、あの女の悲鳴が聞こえます』

『…………分かっておる』

 

  *  *  *

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 今やディセプティコンの本拠地となった空中神殿。

 シェアアブソーバーの一部と化したレイは、悲痛な叫びを上げていた。

 その目からは血涙が流れ落ちている。

 

 今、彼女は苦痛ではなく、己の因子を持つ眷属……クローン兵たちの死を感じ取って、泣き叫んでいるのだった。

 

「奴らが来る。……あの、オールスパークの意に反するイレギュラーどもが」

 

 その前に立つザ・フォールンが、後ろに並ぶセンチネル、メガトロン、ブラジオンに向けて怨嗟に満ちた声を発する。

 

「殺せ……! 奴らを殺すのだ……! サイバトロンからも援軍を呼び寄せろ!」

 

 その顔と声には激烈な憤怒と狂気が滲んでいた。

 進み出たメガトロンが奏上する。

 

「しかし師よ。スペースブリッジが動かぬ今、艦隊を呼び寄せるとなると、それ相応の時間が必要になります」

「チィッ! センチネル! スペースブリッジはまだ直らんのか!!」

 

 舌打ちしたザ・フォールンは、鋭い視線でセンチネルを射抜く。

 センチネルは優雅に一礼し、答えた。

 

「申し訳ありません。何分、複雑な作業ですので……」

「ショックウェーブに手伝わせると言っておろう?」

「いや、儂だけでやる。貴様の部下の手は借りん」

 

 メガトロンが軽い調子で手助けを提案するが、センチネルは目線を合せずにそれを断った。

 理由は簡単。センチネルがメガトロンとその部下たちを一切、信用していないからだ。

 かつての師の答えに、メガトロンは鼻を鳴らす。

 

「ふん! ……それはそうと師よ。そろそろレイ……その女神の体が限界に近いようです。少し休ませてやってもよろしいのでは?」

「メガトロン……貴様、誰に物を言っている?」

 

 それを堕落せし者への無礼と取ったブラジオンは、呼び捨てで破壊大帝を咎める。

 しかしメガトロンは構わず続ける。

 

「その女神は、シェアエナジーを集めるために必要不可欠な存在。他の女神が手元にない現状、少しでも長持ちさせるほうが得策かと……」

「メガトロン……貴様、まだこの女神に未練があったか」

 

 弟子の言葉の裏を察し、ザ・フォールンは地獄の炉のような目を鋭く細める。

 その細く鋭い指が、叫び続けるレイの胸に触れると、ピクリとメガトロンの眉が動いた。

 

「なるほど、これは有機物にしては美しい姿をしているがな。所詮中身は下劣で愚鈍な女よ」

 

 ニイィと笑んだザ・フォールンが杖を一振りすると、床の一部が開き何かがせり上がってきた。

台に乗せられた剣だ。

 トランスフォーマーの物としても大振りで、先端部分が両側に突き出ていて、まるで船の錨のように見える。

 

「それは?」

「この剣はな、この女がタリ建国の折に己の権勢の象徴として造らせた物よ。極めて貴重な金属二種を混ぜたアダマンハルコン合金で出来ておる。最初は人間が使える大きさだったが、戦いに勝利し領土が増えるたびに合金を打ち合わせ、さらには有機物どもが神と呼んでいた獣たちの牙やら角やらを鋳融かす内に、この大きさになったのだ」

 

 説明しつつザ・フォールンは小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 同時に、何処かメガトロンに対し勝ち誇ったような見下した視線を向けた。

 

「愚かよな。野坊主に巨大化した剣は、今やサイバトロニアンでさえ易々とは持てぬほど。この女の分不相応に肥大した欲望と傲慢さその物よ」

「……さようで」

 

 表面上、興味無さげなメガトロンだが、実際には奥歯を痛いほどに噛みしめていた。

 ザ・フォールンは表情を引き締めて部下たちに言葉を投げる。

 

「かようにして、女神などは神を騙る愚物に過ぎぬ! ……決戦の時はきた。全員であのイレギュラーどもを打ち倒すのだ!!」

『ハッ!』

 

 ザ・フォールンの号令に、ディセプティコンたちは最後の戦いへの意欲を高めるのだった……。

 

  *  *  *

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 レイの悲痛な叫びは、神殿中に聞こえていた。

 

「レイ……」

 

 センチネルに与えられた部屋の、天井から吊るされた鳥籠様の檻の中で、アブネスは苦しげに耳を塞いでいた。

 仮にも知り合いの悲鳴を聞いて平気でいられるようなメンタルを、彼女は持ち合わせていない。

 

 そこへ、センチネルが戻ってきた。

 

「ああ、帰ってきたの。ねえ、あんた。これどうにかならないの? こっちがおかしくなりそうなんだけど!」

「…………」

 

 センチネルはアブネスの言葉に答えず、無言で檻を開けて彼女に手を伸ばす。

 逃げる間もなく、アブネスは巨人の手に握られた。

 

「きゃあ! ち、ちょっと何すんのよ!!」

「君を逃がす」

「はあ!?」

「もうじき、大きな戦いが起こる。ここも安全とは限らん」

 

 アブネスの疑問に、センチネルはいつも通りの平坦な調子で返す。

 

「何よそれ! 説明しなさいよ!!」

「…………」

「またダンマリ! って言うか、今更、あたし一人を助けるくらいなら、最初からこんなことするんじゃないわよ!!」

「…………」

 

 自分を潰さないように握る老雄に、アブネスは苛立たしげな声を出したが、無視されて眉を吊り上げる。

 しかし、ふと思い出したようにたずねた。

 

「……ねえあなた、あなたって、今幸せ?」

「何だ、藪から棒に」

 

 刺々しい声を返されるが、アブネスは構わず続ける。

 

「だってあなた、いっつもしかめっ面で全然楽しそうじゃないんだもの!」

「儂個人の幸福など、そんな物はプライムになった時に捨てた。……大多数の幸福は、少数の幸福に勝る。……ならば、儂という最少単位の幸福を始めに切り捨てるのが筋だ」

 

 全く淀みなく返された、その答えにアブネスは悲しそうな顔をして、らしくもない沈痛な声を出した。

 

「そんな生き方、辛いじゃない」

「辛くとも、やらねばならい。……儂はプライムだからな」

「またそれ?」

 

 声の調子を変えないセンチネルに、アブネスは憐みに満ちた視線を送った。

 

「可哀そうな奴ね。あなたって」

 

 一瞬、アブネスを握る手に力が籠った。

 それからしばらくは、二人揃って痛々しいなまでに沈黙していたが、やがてセンチネルはアブネスを小さなコンテナに入れた。

 

「ち、ちょっと何よこれ!」

「このコンテナを、スペースブリッジの修理中に発生した汚染物質ということにして、ハネダシティの近くに廃棄させる。……防音性だが念の為、けして声を出すな。騒ぐな。死にたくなければ」

 

 厳しい声で言ったセンチネルは、コンテナの蓋を締めた。

 

「可哀そう、か……そんな風に言われたのは、初めてだよ……」

 

 蓋が完全に閉まる寸前に聞こえた悲嘆と諦念が入り混じった呟きに、アブネスは何も返すことができなかった。

 最後に見えたセンチネルの顔は疲れ切っていて、今までよりもずっと歳を取って見えた。

 

 それから、センチネルに命じられたらしいディセプティコン……スカイワープと言うらしいのが聞こえる愚痴から分かった……に運ばれている間、アブネスは声を殺して泣いていた。

 

 何で泣いているのか、自分でも分からなかった。

 




今回の解説

オトメギキョウ、ワタリガラス、ユキヅキ、コノハカゼ
名工ソラス・プライムの遺作。
所謂最終決戦装備にして、一万年越しの母から娘たちへの力添え。

タリの剣
誰にも持てない剣(フラグ)
この剣を指して、ゲイムギョウ界では行き過ぎた虚栄や無駄な浪費を指す故事として扱われていたり。

今回から、最終決戦編スタート。
泣いても笑っても、これが最後の戦いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第165話 決戦開始

 暗い空間の中で、ネプテューヌは片膝を突いて屈んでいた。

 その姿は、どこか祈りを捧げているようにも見える。

 

「……お姉ちゃん、行こう」

「うん」

 

 ネプギアに声をかけられ、ゆっくりと立ち上がる。その首には、頑丈な鎖でマトリクスが下げられていた。

 空間の奥……高速飛行船フライホエールの後部ハッチが開いてゆく。

 

 ハッチから見えるプラネテューヌ首都は、すでに戦場だった。

 

 プラネテューヌの白兵戦部隊が、自慢の先進技術による武装と土地勘を生かしてディセプティコンにゲリラ戦を仕掛ける。

 

 ラステイションの量産性と安定性に優れた戦闘ヘリや戦車が、被害を出しつつもディセプティコンと死にもの狂いで撃ち合っている。

 

 ルウィーの帆船の帆をプロペラに変えたような旧式の飛行船が、ディセプティコンの金属で出来た空中戦艦の砲火に晒されて(たきぎ)のように燃え上がりながら、それでも果敢に砲撃を続ける。

 

 リーンボックスからやってきた戦闘機群が、ジェットファイアと共に戦闘艇や航空機型のディセプティコンと苛烈なドックファイトを演じている。

 

 そして地上では、アイアンハイドやジャズ、そして女神たちに率いられたオートボットと各国軍の混成軍が、並み居るディセプティコンと撃ち合いながら、進軍している。

 

「大丈夫よ。普段通りにいきなさいな」

「ねぷねぷ、わたしたちが付いてるです!」

 

 対トランスフォーマー用パルスライフルを背負ったアイエフが戦場の風を受けるネプテューヌの肩に手を置き、注射器型ビームガンを抱えたコンパは力強い表情を創る。

 

「さて、大一番だ。気合いを入れるとしよう」

「あらラチェット、今回は最初から本気モード?」

「アーシー、私はいつでも本気だよ」

 

 ラチェットとアーシーは軽口を叩き合っていた。

 ネプギアの脇に立つバンブルビーが、サムズアップをする。

 

「『大丈夫!』『オイラたちが』『着いてる!』」

「みんな……うん、ありがとう! よーし、行っくよー!」

 

 バンブルビーがプラネテューヌ姉妹を、ラチェットがコンパをそれぞれ優しく抱え、そしてアイエフがアーシーに抱きかかえられるようにして掴まる。

 己の目指すべき場所、プラネタワー跡を遠くに見とめたネプテューヌは、愛するオートボット総司令官に倣い、掛け声を出す。

 

出動(ロールアウト)!!」

 

 それに合わせ、オートボットたちがハッチから大空にダイブした。

 

  *  *  *

 

 センチネルは、高いビルの屋上にあるヘリポートで戦場を俯瞰していた。

 このビルは、プラネテューヌではプラネタワーの次に……タワーが健在だったころには……高い建物だった。

 

 風を受け、無感情な目で街を見下ろすセンチネルの後ろには、メガトロンが立っていた。

 

「……オートボットと女神どもの姿があったぞ。奴らは二手に分かれたようだ」

 

 元弟子に言われるまでもなく、老雄の各種センサーは敵の姿を捉えていた。

 数の多い方は空中神殿に向かい、少ない方は……。

 

「オプティマスを甦らせる気か……」

 

 リーダーのマトリクスは、オールスパークの分身のような物だ。

 ならば、死者を甦らせる力があるのかもしれない。

 

「しかし、それは下策だ。この状況ではシェアアブソーバーの破壊こそが急務だろうに。甘いことよ……」

「それが女神なのだ。まして、パープルハートはオプティマスを好いておるのだからな」

「ふん」

 

 鼻を鳴らすセンチネルに、メガトロンは表情を消して隣に並ぶ。

 

「俺はパープルハートの方をやる。お前は、本隊を……」

「貴様の指図は受けん!」

 

 メガトロンの提案を拒否したセンチネルは、不意にメガトロンの顔を掴むと地面に引き摺り倒す。

 

「ぐッ……!」

「貴様は信用できん。貴様の手下どももな。……ブラジオン!」

 

 呻くメガトロンから手を放すと、センチネルはザ・フォールンの使徒を通信で呼び出す。

 

『こちらブラジオン、聞こえている』

「部隊を率いて、オートボットと女神を叩き潰せ! ……パープルハートは儂が片付ける」

『了解』

 

 通信を切ったセンチネルは、目の前にやってきた降下船に飛び乗った。

 そして僅かに振り返り、侮蔑的な視線をメガトロンに向ける。

 

「女神に絆され、子供を可愛がれば罪が消えるとでも思っていたのか? あるいは、ザ・フォールンに利用されたから、とでも言い訳するか? ……いいや、故郷を焼いた貴様の罪は消えん。そしてその罪は他の誰でもない、貴様の物なのだ」

 

 厳しい物言いに、しかしメガトロンは表情を変えない。

 

「罪……罪か、確かにその通り、俺は罪人だ。……ならば、ガルヴァたちはどうなんだ? 俺たちの戦いを押し付けられ、兄弟で殺し合う、それは罰か? それだけの罪を奴らが犯したのか?」

「…………!」

 

 言葉に詰まるセンチネルをメガトロンはジッと睨む。

 

「教えてくれ、センチネル。まだ生まれて間もない餓鬼どもに、どんな罪があると言うのだ? 俺の子であることか?」

「……貴様は、そこで大人しくしているがいい……!」

 

 己の問いに答えずに言い捨てたセンチネルと共に飛び去る降下船を、メガトロンは黙って見送った。

 

 そして、立ち上がると小さく不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

 第一目標であるシェアアブソーバーの破壊のため、オートボットたちはプラネテューヌの町を進軍する。

 航空機や長距離砲撃で神殿を直接攻撃すれば、と思うかもしれないが、神殿の周りには極めて強力なバリアが張られており、それは叶わない。

 その状況をひっくり返す鍵を握るのが、軍団の中央を進む一台の戦車のような車だった。

 しかし砲塔に乗っているのは、大砲ではなく巨大なパラボラアンテナだ。

 まるでレトロSF、あるいは某怪獣映画に出てくる超兵器のようである。

 

 これぞ、ホイルジャックが旧式ラステイション戦車の車体やテレビ局の古いパラボラ、その他ありあわせの材料で造り上げた、『超音波砲』である・

 

 この砲から発する超音波を持ってすれば、空中神殿の周囲に張られたバリアを中和できるはずだ。

 以前、リーンボックスでサウンドウェーブがヘッドマスターのバリアを打ち消したのと同じ原理である。

 この砲でバリアを消し、その上でシェアハーヴェスターを破壊するのがオートボットたちの作戦だった。

 しかし射程距離の関係から神殿に接近せねばならず、こうして行軍しているのだ。

 

 一団の先頭で敵軍を蹴散らすのは、もちろんダイノボットである。

 

「ぐるおおお!! 我、グリムロック! いざや、一番槍!!」

「俺、スラッグ! 敵は全部ブッ飛ばす! 真っ直ぐ行ってブッ飛ばす!!」

「決戦!」

「ひょおおおお!」

 

 グリムロックが咆哮と共に業火を吐き、スラッグが唸りを上げて突進し、スコーンが不運なディセプティコンを噛み砕き、ストレイフが爪で引き裂く。

 

 その暴れっぷりはいつもに輪をかけて凄まじい。

 

 彼らは、今や敬愛する姫たちの最後の命令を忠実に実行しようとしているのだ。

 すなわち、ゲイムギョウ界を護れと。

 

「は! こりゃ、楽なもんだ!!」

 

 進軍するダイノボットの後ろで、彼らが仕留め損ねたディセプティコンを撃ちながら、アイアンハイドは軽口を飛ばす。

 実際、ここまでは順調だった。

 

「油断しないで! まだ何があるか分からないわ!」

 

 そんなアイアンハイドを戒めるノワールは大剣ワタリガラスを振るい、ディセプティコンの足を叩き斬る。

 ブランは跳躍して両刃斧ユキヅキで敵の頭を叩き割り、ベールは素早く足元に滑り込み脇腹に長槍コノハカゼを深々と突き刺す。

 ソラスの作った武器は、まるで体の一部のように女神たちの手に馴染み、トランスフォーマーの金属外皮すらも易々と切り裂いた。

 

 と、急にディセプティコンの姿が見えなくなり、辺りが静まり返った。

 

「攻撃が止んだ?」

「お姉ちゃん! あれ!」

 

 高い場所から長銃で敵を狙撃していたユニの声に、ノワールは異変を察する。

 空中神殿の下部にあるシェアハーヴェスターが、不気味な輝きを増している。

 

『オートボットよ。聞くがいい』

 

 どこからか禍々しい声が聞こえてきた。

 聞き間違えるはずもない、堕落せし者の声だ。

 

『貴様らの運命は尽きてはいない。この場で引き返すのなら、今は生き残らせてやる』

 

 傲慢で、悪辣な声は脳に直接届いてくる。

 

『そんな有機物の塵どもなどに構うことはなかろう。どうせ、そやつらの時間は瞬く間。命を懸けてまで助けるほどの物か?』

 

 それに対する答えは、まずはアイアンハイドの砲声だった。

 

「そんな分かり切ったことを今更聞くのか? 答えは、ほどの物だ! 俺は女神のため、ゲイムギョウ界のため、戦う!」

 

 続いて、ジャズも声を張り上げる。

 

「前にもいっただろう! 俺は愛する者のため、戦う! 女神のために!!」

 

 それに合わせ、ミラージュやサイドスワイプも、スキッズとマッドフラップも、他のオートボットたちも、皆で子を張り上げる。

 

「女神のために……!」

「女神のために!!」

「ゲイムギョウ界のために!!」

 

 気付けば、人間たちも皆で声を合せていた。

 

『女神のために! 女神のために!』

 

 そんなオートボットや人間たちに、女神たちも決意を新たにする。

 

「なら、私たちはゲイムギョウ界に生きる人々と、オートボットのために戦うわ」

「ああ。もちろんだ!!」

「ザ・フォールン。貴方の思う通りにはさせませんわ!!」

「一昨日きやがりなさい!!」

「みんなにヒドイことして、あなたのこと、絶対許さない!」

「絶対、許さない!!」

 

 ノワール、ブラン、ベール、ユニ、ラム、ロム……。

 シェアは吸い取られても、民の心は未だ彼女たちと共にあった。

 ならば、女神はそれに応えるのみ。

 

 そんな中、ベールの隣で弓に矢をつがえていた金髪に青い瞳の女神が、前に進み出た。

 

 元ディセプティコンのスパイ、今はリーンボックスの女神候補生のアリスだ。

 

「初めまして、始祖様。貴方は知らないでしょうけど、私の名はアリス。私、貴方に会ったら、どうしても言いたいことがあったの」

「あ……(察し)」

 

 戦場に似つかわしくない丁寧な礼をした後で、大きく息を吸うアリスに、ベールは何かを察したような顔で苦笑する。

 

「くたばれ、ヒヒジジイ!! 何がオールスパークの意思だ! 何が最初の13人だ! あんたはただのクソッタレの狂人だ!!」

「アリスちゃん、けっこう柄が悪い……」

 

 その悪態に、ラムはじめ女神候補生を呆気に取られる。

 何せ、生まれも育ちもやんごとなき女神たちと違ってスラムで生まれスパイ育ちなので致し方なし。

 

「ぐるおおおお!! 良く言った!!」

 

 一方で、グリムロックは宿敵に罵声を浴びせるアリスを賞賛する。

 

「話、終わり! 出てこいメガトロナス! 決着を着ける!!」

『そうか……良く分かった』

 

 吼えるグリムロックだが、返されたザ・フォールンの声は冷淡だが怒りに満ちた物だった。

 

『貴様らはオールスパークの意思に反するイレギュラー……! ここで粛清してくれる……!!』

 

 シェアハーヴェスターの光が増し、禍々しく輝きが増していく。

 堕落せし者が何をしようとしているのか、女神たちはすぐに理解した。

 

「この感じ……シェアの共鳴!!」

『少し惜しいが……ここで、確実にイレギュラーを排除する!! ディセプティコン、こやつらを葬り去るのだ!!』

 

『うおおおおおおおおッッ!!』

 

 瞬間、周囲の全方位から雄叫びが聞こえ、そしてディセプティコンたちが襲い掛かってきた。

 その目は煌々と輝き、狂気に満ちた表情をしている。

 シェアエナジーによって強化されているのだ。

 

「気を付けろ、今までと違うぞ!」

 

 ジャズを始め、連合軍は我先にと飛びかかってくるディセプティコンを迎え撃つのだった。

 

  *  *  *

 

「よーし! みんな行くよー!!」

 

 対空砲火を掻い潜り、地上に降りたネプテューヌたちは合流した部隊の掩護を受けつつ一路、プラネタワー跡を目指す。

 あくまでも第一の目標はシェアを奪う機械の破壊であるとして、こちらに裂かれた戦力は……。

 

「よーし頑張るぞ! 仲間の仇を打つんだ!」

「俺たちの任務は、あくまで女神とオートボットのサポートだ。忘れるなよ」

「兄弟たち、独断専行はしないように」

 

 スティンガー率いる人造トランスフォーマーとクローン兵の一団だった。

 彼らもまた、ディセプティコン側に残った仲間たちに対するザ・フォールンの暴虐に憤り、この戦いに参加することを決意したのだ。

 もちろん、信用していいのかとの声も上がったが、ネプテューヌは二つ返事で快諾し、今に至る。

 

 さらに、意外なトランスフォーマーも加わっていた。

 

「オヤビン、いっちょ張り切っていきましょう」

「…………止めろ、そういうの。これはあくまで仕事だ」

 

 ロックダウンと手下たちだ。

 彼らは彼らなりに思うところあるのか、礼金目当てではあるものの、こうしてネプテューヌたちの護衛に回っていた。

 

「またまたぁ! ロックダウンもツンデレだねえ!」

「そういうんじゃない。ただ、見届けたいだけだ。お前がどうなるかな。……それより、敵の様子がさっきと違う」

 

 ネプテューヌの軽口を切り捨てたロックダウンだが、ブラスターで撃ち倒した敵が立ち上がるのを見て表情を引き締める。

 

「ああ、どうやらシェアエナジーによる強化のようだね。身体能力の底上げと自動回復に、心理的リミッターの解除。エディンでメガトロンがやった手と似ているが、より強引だ。……おそらく、この現象のコアになっているであろう、あの女神の心身には莫大な負荷がかかっているはずだ」

「さすがはメガトロンの師匠。下種さも上回ってるわね」

 

 棍棒を振りかざしてきた敵を回転カッターで切り裂き、ラチェットが分析すると、アーシーもエナジーアローで遠目の敵を狙い撃ちながら吐き捨てる。

 あの女神、とはもちろんレイのことだ。

 

「シェアエナジーをこんなことに使うなんて……」

 

 ネプギアが怒りにグッとビームソードの柄を握り締める。

 人造トランスフォーマーへの非道もあって、目に段々と暗い光が宿り始めていた。

 そんな妹の手に、ネプテューヌは自分の手を重ねる。

 

「お姉ちゃん?」

「駄目だよ、ネプギア。怒るのはいい。でもわたしたちは、『オプっちとゲイムギョウ界を救いにきた』んだよ。それを忘れないで」

「う、うん」

 

 何処か大人びた顔つきの姉に、ネプギアは恥じ入ったように小さくなる。

 ネプテューヌは一転、子供のようにニッと妹に笑いかけた。

 

「そんな顔しない! 可愛い顔が台無しだよ!」

「お姉ちゃん……」

 

 そうして微笑みかけられると、ネプギアで芽生えかけていた黒い感情が氷解していく。

 まだまだ姉には敵わない。

 それを実感していたネプギアだが、何処からか聞こえた冷徹な声に凍りつく。

 

「相変わらず、甘いことだな」

 

 その声を忘れようはずもない。

 特にネプテューヌにとっては。

 

 紫の姉妹が見上げた先の空に、ディセプティコンの降下艇が浮かび、その上にセンチネル・プライムが仁王立ちしていた。

 

「だが、成長はしたようだ。本命(ハーヴェスター)の方に大勢を送り、こちらの戦力は……」

 

 老雄の瞳が、こちらの面子を素早く把握する。

 

「ラチェットとアーシーはともかく、他は有象無象の寄せ集め。紛い物のトランスフォーマーに紛い物の人間。それに薄汚い賞金稼ぎ」

「どうも、お偉いプライム様。……ところで薄汚い賞金稼ぎの方が、薄汚い裏切り者よりはマシに思えるんだがね?」

 

 侮蔑的な言い様に動じず、ロックダウンは両腕をブラスターに変形させて言い返すがセンチネルもまた動じた様子はない。

 

「センチネル! あなたも見たんだね! 未来を! 憎しみ合い、殺し合い続ける未来を!!」

 

 声を上げるネプテューヌに、センチネルの冷たい瞳がそこで初めて揺れた。

 

「だったら、そんな未来に従う必要なんかない! いいえ、もう、未来は変わり始めているんだ! 本当なら、このタイミングでわたしはここにいないはずだった。だからメガトロナスはわたしたちを恐れているんだよ!!」

 

 ネプテューヌは老いたプライムに向けて手を差し伸べる。

 

「終わらせよう、憎しみの連鎖を!」

「……言いたいことはそれで終わりか?」

 

 しかしセンチネルは、その誘いに冷たい言葉で返し、あからさまな怒りの表情を浮かべる。

 

「ディセプティコン、攻撃を開始せよ!!」

 

 腕を掲げてセンチネルが号令をかけると、ビルの屋上や影から次々とディセプティコンが現れる。

 

「こ、これは! ゲームお馴染、何処からか湧いて出てくる雑魚敵!!」

「アホなこと言ってないで走るんだ!! 我々が援護する!!」

 

 良く分からないことを言い出すネプテューヌに鋭くツッコミを入れつつ、ラチェットが敵を迎え撃つ。

 弾かれたように、ネプテューヌたちは走り出した。

 

 しかしプラネタワー跡……オプティマスは、まだ遠い。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌ首都近くの山中。

 首都を一望でき、それでいて首都側からは見えづらい……つまり狙撃に適した場所だ。

 サイドウェイズは、ここでレールガンの砲座に着いていた。

 レールガンは、サイドウェイズ諸共木の葉や土を着けた布……所謂ギリースーツを被せられており、万が一ディセプティコンが上空を通っても、発見は困難だろう。

 さらに泥を被せて、全体の温度を下げ、熱感知センサーにも探知されないはずだ。

 

 こうまでしてここにいるのは、サイバトロンからディセプティコンの援軍が送り込まれてきたら、それがエントリーフォームで大気圏突入してくるのであれ、戦艦や戦闘艇、あるいは自力で飛行してくるのであれ、最悪スペースブリッジで転送されてくるのであれ、残らず撃ち落とすためである。

 

 その時を、ジッと息を潜め、待つ。

 

 そう、狙撃の基本は『待ち』である。

 ゲームなどでは芋虫などと揶揄され嫌われることもある行為だが、これこそが狙撃の本質。

 狙撃手に銃の腕と同じくらい必要とされるのは、いかなる状況でも狙撃の機会を待つスタミナと忍耐である。

 

 もし出番がないなら、それはそれで良し。

 むしろ出番がこなければいいと思う。

 

 この地味だが重要な役目を、ディセプティコンの彼が任されたのは狙撃手としての実力と……ジャズの推薦があったからだ。

 どうもオートボットの副官は元ディセプティコンの斥候に期待しているらしかった。

 そしてサイドウェイズ自身にとっても意外なことだが……その期待は、中々に心地良かった。

 

「……やれやれ、本格的にオートボットに鞍替えするかな」

「今更だな。もう半分オートボットみてえなもんだろうが」

 

 ふと漏らした呟きに返された声に、武器システムを起動させて振り向こうとした瞬間、喉元に機銃が突き付けられた。

 

「動くなよ?」

「ス……」

 

 その相手を見て、サイドウェイズはオプティックを見開いた。

 

「スタースクリーム……!」

「悪いな。援軍を撃たせるワケにはいかねえんだ」

 

 ラステイション防衛戦でディセプティコンを離反し、以来姿を消していた航空参謀がそこにいた。

 

  *  *  *

 

 混沌としゆく戦場。

 オートボット、ディセプティコン、女神、人間。

 愛する者を助けようとする者、運命に抗う者、宿命に準ずる者。

 

 あらゆる役者が、終わりに向けて各々動いている。

 

 そして、遠い別次元でもまた。

 

「それじゃ~、行ってくるね~」

「ねぷてぬと、すたすく、たすけにく!!」

 




ええ、そんなワケで始まりました最終決戦。

色んなトコで色んなコトが同時進行してるので、視点がコロコロ変わって、すいません。

しかもはじめなんで、ほとんど動きがないっつう。

ネプテューヌ側の戦力はなんつうか、いつもの面々以外は心理的に信用できるか分からない(ネプテューヌは信用してる)って連中の寄せ集め。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第166話 菖蒲と黄色の参戦

 プラネテューヌ首都では、オートボットと女神、四ヵ国の軍からなる連合軍と、ディセプティコンの激しい戦闘が続いていた。

 

 オプティマス・プライムを甦らせるべく進もうとするネプテューヌたちは、十字路の真ん中でシェアエナジーによって強化されたディセプティコンに囲まれていた。

 目的地(オプティマス)はまだ遠い。

 

「埒があかんな! 右の敵の数が少ない場所を強行突破するぞ!!」

「いやまて!」

 

 ラチェットの号令に、ロックダウンが反論する。

 

「こいつは狩人の手だ! 包囲網が薄い場所の先には、何らかの罠があるはずだ! 頭のいい獲物を仕留めるためによくやる手だ!!」

「……確かに! よし、それなら正面を強行突破だ!! トランスフォーム!!」

 

 すぐさま、ロックダウンの言うことを理解したラチェットは、作戦を変える。

 この二人、長年戦い続けている宿敵同士だが、だからこそ通じ合っている部分があるのかもしれない。

 

「ネプ子! 乗って!!」

「アイちゃん!」

 

 バイクの姿のアーシーに跨ったアイエフが手を伸ばす。

 その手を掴んだネプテューヌは、アイエフの後ろに乗った。

 

「おお! 最終面にありがちな強制スクロールだね!」

「よくわかんないけど、二人ともしっかり掴まってて! 飛ばすわよ!」

 

 ネプテューヌがアイエフの腰にしがみ付くと、アーシーはエンジンを全開まで回す。

 オートボットたちはビークルモードに変形し、バンブルビーはネプギアを、ラチェットはコンパを乗せて、アーシーの周囲を囲んで走る。

 人造トランスフォーマーたちは変形して近場のクローンたちを乗せる。

 

 すぐさま、行く手を阻もうとディセプティコンたちが動き出した。

 

「くらいなさい!!」

 

 アーシーに運転を任せたまま、アイエフはパルスライフルでディセプティコンの頭部を狙い撃つ。

 倒すには至らずとも、怯ませることぐらいはできた。

 

「おお、アイちゃんビューティホー! いや原作では銃を持ってるキャラじゃないのに、サマになってるね!」

「茶化さない! 私だって、本当ならカタールで戦いたいわよ!」

 

 相変わらずよく分からないことを言い出すネプテューヌにアイエフは愚痴で答えるのだった。

 

 

 

 

 

 包囲網を突破するネプテューヌと仲間たちを、センチネルは降下艇の上に仁王立ちして見下ろしていた。

 

「ふむ、あえての厚い所を突いて来たか。なるほど、さすがに戦い慣れておる」

 

 感心したように声を漏らすセンチネル。

 そのまま薄い所を進めば、さらなる大軍団が待ち構えていたのだ。

 

 だが、センチネルの顔から余裕は消えなかった。

 

「しかし、そこから先はそう簡単に行くかな? ……航空部隊、爆撃を開始せよ!」

『キキキ……了解』

 

 

 

 

 

「上からくるよ! 気を付けて!!」

 

 アイエフの後ろに跨ったネプテューヌは、上空から飛来するディセプティコンの戦闘艇と、それを率いる何機かの航空機型ディセプティコンを見とめて声を上げる。

 編隊の先頭にいるのは、鏃のような形状の黒いステルス戦闘機だ。

 

 かつて惑星サイバトロンでネプテューヌたちを苦しめたマインドワイプである。

 

「全員、足を止めるな! 突っ走れ!!」

 

 ラチェットが声を上げるのと、ディセプティコンが攻撃してくるのは同時だった。

 たちまち路上は爆炎に包まれ、オートボットたちは降り注ぐ光弾やミサイルを右へ左へと避けながら走り続ける。

 

「うわああああ!!」

 

 しかし、トラックスの一体がミサイルの爆風に煽られて横転する。

 

「! もど……」

「構うな! 止まったら君までやられるぞ!!」

 

 助けにいこうとアイエフに叫ぼうとするネプテューヌをラチェットが一喝する。

 アーシーは、その意を汲んでさらにスピードを上げる。

 

「…………ッ!」

 

 ネプテューヌの脳裏に、前世で経験した戦争の記憶が浮かぶ。

 消えゆく命、死にゆく戦士たち。

 ベルフラワー(ネプテューヌ)は、それを仕方ないと受け入れていた。

 エリータ・ワン(ネプテューヌ)は、それを無駄にすまいとしていた。

 

 そしてネプテューヌは、それを自分の罪として背負う。

 

 自らの都合に付き合わせた結果、死なせたとして。

 

 ネプテューヌはアイエフの腰をギュッと抱きしめながら、叫ぶ。

 

「あのビルの下へ! あそこの地下で爆撃をやり過ごそう!!」

 

 その指示に、オートボットたちは頑丈そうなビルへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

「仲間を犠牲に凌いだか。ならば、次に向かうのは……」

 

 ひた走るネプテューヌたちを上空から見る裏切りのプライムのオプティックには、予想通りと言わんばかりの光が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 地下駐車場に潜り込んだオートボットたちは、ようやく一息ついていた。

 

「怪我をした人はいないですかー!」

「ああ、こっちを頼む!」

「はーい!」

 

 コンパがすぐに、負傷した者の救護に当たる。

 彼女も、すっかり戦場での医療行為に慣れたものだ。

 それがいいことかは、分からないが。

 

「全員、無事か?」

「一人やられました。それともう一人姿が見えません」

「そうか……」

 

 ロックダウンは、副官格の傭兵から報告を受け、表面上平静を保っていた。

 傭兵の死に涙は不要。それが彼らなりの矜持なのだ。

 

「ねぷねぷ」

「こんぱ……」

 

 傭兵たちの方を見ながらギュッと拳を握るネプテューヌに、コンパが優しく声をかけ、その頬の傷の血を拭う。

 いつの間にか、傷を負っていたらしい。

 

「駄目ですよ、好きな人に会いにいくのに、酷い顔してちゃあ。キレイキレイ、です」

「ありがと、こんぱ……ッ! し、染みるなー……」

「我慢するです!」

 

 傷薬を塗るコンパと、口では文句を言いながらもされるがままのネプテューヌ。

 この二人の関係は、昔から変わらない。

 

「……おかしい。建物の周りにディセプティコンの気配がない」

「こちらを見失ったんじゃないの?」

「『ないない』『アイツらは猟犬のように鼻が利く』」

 

 一方で、駐車場の出入り口を警戒していたラチェット、アーシー、バンブルビーは、敵の動きに疑問を感じていた。

 

「どういうことだろう? スティンガー……スティンガー?」

 

 そのことに首を傾げるネプギアだが、真っ赤な人造トランスフォーマーが上を見上げていることに気が付く。

 内蔵された機能で、上階をサーチしているらしい。

 

「……! これは、マズイ! 皆さん、急いでこのビルから退避してください!! このビルには爆弾が仕掛けられています!!」

「罠か!! 全員、走れ!!」

 

 すぐに状況を把握したラチェットの号令に、一同は走り出す。

 全員が地下駐車場から走り出た瞬間、さっきまでいた駐車場とビルの一階から二階部分に懸けてが内側から爆発する。

 しかし、全員無事で一安心……とはいかない。

 

「逃げろ! 走れ! 止まるな!!」

 

 ビルその物が、こちらに倒れてくる。

 ご丁寧に、出口側に倒れるように爆破したらしい。

 

 さらに状況は悪化する。

 倒れ込んでくるビルが、内側から爆発したのだ。

 

 炎に包まれた瓦礫が、次々とオートボットたちの上に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 ……ネプテューヌが意識を取り戻し、瞼をゆっくり開けた時、あたりには瓦礫が散乱し、土煙でほとんど何も見えなかった。

 瓦礫に潰されなかったのが奇跡だ。

 

 他の皆の姿は見えない。

 

「ネプギア! アイちゃん、こんぱ……!」

 

 探そうと立ち上がろうとしたとき、土煙の中から大きな人影がこちらに歩いてくるのが見えた。

 オートボットの誰かかと思ったが、この状況では一番見たくない姿だった。

 

「センチネル……!」

「また会ったな。プラネテューヌの女神」

 

 両柄剣プライマックスブレードを持った裏切りの先代司令官が土煙の中から現れた。

 すぐさま逃げようとするが、体が痛んで上手く動けない。

 

 地面に突き刺さったヘリポートと思しい大きな瓦礫に手を当てるセンチネルの視線は、真っ直ぐに紫の女神の胸に下げられたマトリクスに注がれていた。

 

「それがリーダーのマトリクス……オートボットの至宝、プライムの証」

「欲しい? でもあげないよ。これはオプっちのだからね」

「さて、それはどうかな? この場でお前を殺し、骸から剥ぎ取るのは簡単なことだ」

 

 勝気に笑んでみせるネプテューヌに、センチネルは酷薄な視線を向ける。

 痛む体を引きずって逃げようとするネプテューヌだが、センチネルがゆっくり歩くだけで、追いつかれてしまう。

 

「私にこそ、マトリクスは相応しい……!」

「マトリクスは、自分で持ち主を選ぶんだよ。オートボットを見捨てたヒトが、マトリクスに認められるとは思えないけど?」

 

 さすがに刺々しさを含んだネプテューヌの言葉に、センチネルは答えることなく、プライマックスブレードを振り上げ、そのまま女神目がけて振り下す。

 

「…………!」

 

 無駄とは知りつつもオトメギキョウで防御しようとするネプテューヌ。

 結果は明らかであり、冷たい金属の刃は刀ごと女神の肉体を破壊するはずだった。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 刃がネプテューヌに届く寸前、紫の女神とセンチネルの間に上空から光の柱が降ってきたからだ。

 

「何だこれは……!?」

 

 センチネルは異常事態に警戒し、剣を引いて後ろに下がる。

 その瞬間にセンチネルの脇の瓦礫が倒れて、裏切りのプライムの姿は消えた。

 ネプテューヌも、突然現れた光の柱が何なのか分からず呆気に取られるが、その答えはすぐに分かった。

 

「ねぷちゃ~ん!」

 

 砂煙が治まると同時に光が消えると、そこにいたのは薄紫のクシャクシャとした髪を三つ編みにして、パジャマのような独特の服を着た、おっとりとした少女だった。

 

 異次元に存在するもう一つのプラネテューヌの女神、プルルートだ。

 

 プルルートは、周囲の状況など構わずネプテューヌに抱きついた。

 

「ねぷッ!? ぷ、ぷるるん!?」

「ねぷちゃ~ん! 久し振り~!」

「う、うん、久し振り……でも何でこっちに?」

 

 面食らいながらもプルルートを抱き返したずねるネプテューヌに、プルルートは前と変わらぬほんわかした笑みを浮かべて答える。

 

「あのね~、ねぷちゃんたちが大変そうだから~、助けにいってあげなさいって~、大女神様が送ってくれたの~」

「ち、ちょっとぷるるん、いきなりこの局面で『大女神様』とか、そんな新設定ブッ込まれても困るよ!? もう最終決戦なのに!」

 

 何やら聞きなれない単語を言うプルルートに、即座にツッコミを入れるネプテューヌ。

 しかし、プルルートは構わずにニヘラと笑った。

 

「えへへ~。それとね~、今日はスペシャルなお友達を連れてきたよ~」

 

 ネプテューヌから離れたプルルートが自分の後ろを示すと、またしてもネプテューヌは驚愕に目を見開いた。

 

「ぴーこ……?」

 

 瓦礫の陰に、黄色と黒の子供服に、黄色に近い金髪を肩まで伸ばした、青い瞳の元気そうな幼い女の子がいた。

 

 かつて、ネプテューヌと共に過ごした少女。

 家族同然に思っていた……今でも思っている少女。

 メガトロンに利用され、ネプテューヌとスタースクリームによって救われた、女神……ピーシェだった。

 

 幼い少女は、不安げな顔でネプテューヌの方を見ている。

 

「ぴーこ……ぴーこー!」

「ねぷてぬ……ねぷてぬー!」

 

 二人は互いに駆け寄る。

 最後に会った時、ピーシェは記憶を失い、思い出したのは別れの本当に間際だった。

 今やっと、二人は再開を喜べるのだ。

 

「ぴーこー!」

「ねぷてぬー!」

 

 互いに名前を呼ぶ以外の言葉はなく、必要なく、抱きしめ合おうとした瞬間……。

 

「ぴーたっくーる!!」

「ねぷぅうううう!?」

 

 ピーシェの全体重を乗せた角度、速度、共に完璧なタックルを腹に受けて、ネプテューヌは昏倒した。

 一緒に暮らしていた時のように。

 

「えへへ、ねぷてぬー! またあえたー!」

「いたた、いや今回はちょっとマジで痛いね! もう、ぴーこってば……また会えて、わたしも嬉しいよ」

 

 その胸にピーシェは頬ずりする。

 ネプテューヌは痛みに耐えながらも上体を起こし、ピーシェの体を抱きしめる。

 この格闘攻撃が、ピーシェなりの親愛の情の示し方なのは分かっていた。

 

 その時、瓦礫を弾き飛ばしてセンチネルが立ち上がった。

 センチネルは、すぐさまプルルートとピーシェを把握する。

 

「感動の再会中に悪いが、君たちは別次元の女神で良かったかな?」

「そうだよ~、あたし~プルルート~」

「ぴぃは、ピーシェだよ!」

 

 呑気に自己紹介する別次元の女神二人に、センチネルは顔をしかめる。

 

「ならば、引っ込んでいてもらおう。これは我らとこの次元の者たちの問題だ」

「それはやだな~、あたしは~ねぷちゃんの~お友達だもん~」

 

 相も変わらずマイペースなプルルート。

 センチネルは表情を無にして腐食銃を背中から抜き、プルルートに向けた。

 

「ならば、待つのは死だ」

「えっと~、よくわかんないけど~、あなたが~、ねぷちゃんを~苛めたのかな~?」

「そうなるかな」

 

 プルルートの問いに答え、センチネルは腐食銃を実体弾モードにして引き金を引こうとする。

 

「君に何が出来る? 今さら女神が増えたとて、同じこと……」

「二人とも、逃げ……!?」

 

 ネプテューヌが叫ぼうとした瞬間、プルルートとピーシェの体が光に包まれた。

 

「ふふふ、そっかぁ、やっぱり苛めたんだぁ。ならぁ、苛め返してあげないとねぇ!」

「ねぷてぬ、いじめた! ぴぃ、怒ったよ!!」

 

 そうして現れたのは、菖蒲の花のような色の腰まで届く長い髪を持ち、ボンテージのような衣装に身を包んだ妖艶な女性……菖蒲色の女神、アイリスハート。

 そして明るい金色の髪をポニーテールにした、豊満な肢体とそれとアンバランスなあどけない表情を持った女性……黄色の女神、イエローハートだった。

 

「馬鹿な!? 女神は変身できないはずでは!」

「お生憎様ねぇ。あたしたちはぁ、ちょっと特殊なのよぉ。……ファイティングヴァイパー!!」

 

 驚くセンチネルに、嗜虐的な笑みを浮かべたプルルートは、蛇腹剣を召喚するや鞭のように伸ばしてセンチネルの体を打ちすえる。

 彼女たちは『女神メモリー』という物を核とした女神であり、この女神メモリーは時空を超えて彼女たちの次元からシェアエナジーを中継しているのだ。

 

「ッ!」

「ねぷてぬを苛めるなんて、許さない! ガードストライク!!」

 

 怯むセンチネルに、さらにピーシェが爪付き手甲で強力なパンチをお見舞いする。

 咄嗟に盾で防いだものの、さしものセンチネルと言えど大きく後退した。

 

「ほらほらほらぁ! どうしたのぉ、もっと抵抗しなさいよぉ!!」

 

 そこへプルルートの電撃を纏った蛇腹剣が襲い掛かり、センチネルはさらに後退する。

 

「ハードブレイクキィィック!!」

「ッ!」

 

 センチネルの剣閃を掻い潜って接近したピーシェは、飛び蹴りを繰り出すも、盾で防がれる。

 しかし、これは敵の防御を崩すための一撃だった。

 すぐさま懐まで潜り込むや急上昇しながらのアッパーカットでセンチネルを殴り飛ばす。

 

「ぬお……! おのれ! ディセプティコン! こやつらを叩きのめせ!!」

 

 倒れこそしないがよろめいて片膝を突くに至り二人が並の敵でないと気付いたセンチネルに呼び寄せられ、瓦礫の山の向こうから次々とディセプティコンが現れた。

 恐ろしげな武器を振りかざし、ブラスターやマシンガンを撃ってくるディセプティコンに、プルルートはむしろ楽しげな笑みを浮かべた。

 

「いいわぁ、まとめて可愛がってあげる!!」

 

 蛇腹剣を振り回し、プルルートは楽しそうに敵の群れに突っ込んでいった。

 

「プハッ! みんな大丈夫……って、プルルートさんにピーシェちゃん!? 何がどうなってるの!?」

 

 一方、仲間たちと共に瓦礫を払いのけて現れたネプギアは、状況が飲み込めずに混乱する。

 咄嗟にバンブルビーとスティンガーに庇われたらしく、アイエフやコンパともども大きな怪我はないようだ。

 遅れてラチェットやアーシー、ロックダウン一味に人造トランスフォーマーたちも、瓦礫の下から這い出してくる。

 

「つまり、あの女神たちは味方、それ以外は敵。シンプルだ。……攻撃開始!!」

 

 さすがと言うべきかロックダウンはすぐに把握すべき情報だけを把握し、部下たちを率いて戦闘に加わる。

 

「なんだか分からんが、ここまで来たらあと少しだ!! ビー、アーシー、何としてでもネプテューヌ君をオプティマスの所まで送り届けるぞ!!」

「『了解!!』」

「我々はここで敵を引き付けます!! 兄弟たち、クローン兵の皆さん! 行きますよ!!」

 

 ラチェットが叫ぶと、オートボットたちは各々のやるべきことのために動き出す。

 コンパはネプテューヌに駆け寄ると、救急パックから瓶入りの薬品を取り出し、ネプテューヌの傷口にかける。

 

「ねぷねぷ、コンパ印のお薬ですぅ!」

「おお、ゲーム的に一瞬で回復する便利なアレ、キター!」

「でも、あんまり酷い怪我や病気には効かないから、過信は禁物ですぅ!」

 

 やけに説明的なやり取りを交わした後で、ある程度は傷が回復したネプテューヌはコンパに支えられて立ち上がった。

 そこに敵と戦いながら、プルルートとピーシェが叫んできた。

 

「ねぷちゃんたちぃ、積もる話は後にしましょぉ! 早くイキなさいなぁ!!」

「ねぷてぬ、今度はぴぃがねぷてぬを守るよ!!」

「……うん、ありがとう!!」

 

 短く叫び合ったあと、ネプテューヌは再び走り出した。

 

 オプティマスまで、後少しだ……。

 

  *  *  *

 

 かくて、異界の女神は参戦した。

 そして終着点に向け加速しゆく戦場に、新たな役者が上ろうとしていた。

 

「もうじき到着だ、野郎ども気合入れろよ!」

「分かってら! ……ロディ坊、待ってろよ」

「これぞ、まさに天下分け目の戦い! 敵はプラネテューヌに有り!!」

「はいはい、冷静にね。……アイアンハイド、ノワール、今行くわ!」

 

 




そんなワケで、神次元組、参戦。
実はホィーリーもひょっこり付いてきてたり。

念のため言っておくと、プルルートの言う『大女神』とはクインテッサのことではありません。
ネプテューヌたちの次元にいるんだから、プルルートたちの次元にもいるはずの女神です。

そして次回、やっとサイバトロン組も合流の予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第167話 援軍、来る

 オプティマス救出に走るネプテューヌたちとは別に、シェアアブソーバー破壊のために進軍する連合軍。

 ダイノボットの存在もあって順調に歩を進めていた彼らだが、シェアで強化されたディセプティコンの大軍を前に徐々に圧され始めていた。

 

「ぼうぉおおおお!!」

「ぐるるるぅ……まだまだぁ!!」

 

 グリムロックは、自分と同サイズの巨大なトランスフォーマーと取っ組み合っている。

 

 スモルダーが意思を持たない四体のドローン……ヘリコプター、ジェット戦闘機、対空戦車、後輪の代わりに履帯を持つ半軌道の装甲車を四肢として合体し、さらに胸にチョップスターを砲台として胸に装着した姿だ。

 

 さしものダイノボットと言えども、波のように押し寄せる敵に疲労の色が見え始めている。

 

「このまま攻め続けろ! もはや敵に後は無いぞ!!」

 

 自分に向かってきたパワードスーツを中の人間ごと真っ二つにしたブラジオンは、ディセプティコン軍に指示を飛ばしていた。

 

「だーくそ! どれだけいやがるんだ!!」

「さすがにジリ貧だな……!」

 

 ブランは次々とバイクなどから変形した人間大のディセプティコンを叩き斬り、ミラージュも果敢に敵を斬るが、敵の数は一向に減らない。

 

「ミラージュ、わたしから離れんなよ!」

「そちらこそな」

 

 言い合いながら、女神とオートボット、人間は戦い続ける。

 この状況でも、彼らの目に諦めの色はない。

 

「ノワール、無茶すんなよ!」

「今は無理でも無茶でもしなきゃいけない時よ!!」

 

 全身の武装を斉射して敵の小隊を薙ぎ払うアイアンハイドに、自分より大きいディセプティコンの胴を剣で切り裂いたノワールが吼え返す。

 しかし上空が慌ただしくなっていることを感じ取り見上げると、大きな宇宙船がこちらに飛んでくるのが見えた。

 

 飛び回っているディセプティコンの戦艦よりも一回り大きく、また丸みを帯びたシルエットが特徴的だ。

 ディセプティコンの戦艦が古代魚なら、こちらはエイのようにも見える。

 

 最初はディセプティコンの援軍かと思われたが、戦闘艇が向かっていくところを見るに、違うようだ。

 

 ならば、あれは……。

 

「ザンディウム号! オートボットの船だ!!」

『ハッハー! 騎兵隊の到着だ!!』

 

 格闘戦で敵を叩きのめしたジャズが歓声を上げると、通信に前に……惑星サイバトロンで聞いただみ声が入ってきたのは、ほぼ同時だった。

 

  *  *  *

 

「ハッハー! 騎兵隊の到着だ!!」

 

 ザンディウム号のブリッジで、ハウンドは全身の武装を揺らしながら鬨の声を上げた。

 

「さあ、降りて戦いだ!! 今日の我が剣は一味違うぞ!!」

 

 ドリフトは背負った刀を抜くのを今か今かと待っていた。

 

『状況:混戦。降下、困難』

 

 しかしブリッジのコンソールからは冷静な意見が飛ぶ。

 この船にメインコンピューターとして組み込まれたオメガ・スプリームの意識の声である。

 それを受けたのは、艦長の位置にいる青いボディにタイヤの一本足を持つ女性オートボット、アイアンハイドの恋人であるクロミアだ。

 

「なら、まずは露払いね! エアリアルボット隊! 出動要請(スクランブル)!!」

 

 

 

 

「了解! エアリアルボット、出撃!!」

 

 クロミアの要請を受け、ザンディウム号の下部ハッチが開くや、三体のオートボットが踊り出た。

 そして、空中でそれぞれ曲線的なフォルムを持つ『スズメバチ』と呼ばれる戦闘機、『戦うハヤブサ』と綽名される軽量戦闘機、鋭角的なフォルムと単進式のジェットエンジンを持つ『電光』と言う名の戦闘機に変形するや、ジェットエンジンを吹かして高速飛行を始める。

 

 彼らはシルバーボルト、エアレイド、ブレイクアウェイ。

 

 オートボットの制空権を守る航空部隊エアリアルボット……その最後の生き残りである。

 

「さあエアリアルボット諸君! 天使とダンスだ!!」

 

 指揮官たるシルバーボルトの指示の下、三機の戦闘機は舞うような動きで戦闘艇を次々と撃ち落としていく。

 その後ろには、ディセプティコンから奪った戦闘艇に乗るクロスヘアーズも続く。

 

「そんな蝶々みたいな飛び方じゃあすぐに落とさるぞ、クロスヘアーズ!」

「へッ! そっちこそそんなフラフラした飛び方じゃあフライドチキンになっちまうぞ、エアレイド!」

 

 エアリアルボットの中でも特に命知らずで鳴らすエアレイドと言い合いながらも、クロスヘアーズも戦闘艇を撃破していく。

 そこへ、剣のようなシルエットの黒い高高度偵察機が並んで飛行を始めた。

 

「おう、若造ども! なかなかにいい飛び方をするじゃないか!!」

「あんたは?」

 

 直線飛行では並ぶ者なしと自負するブレイクアウェイは、いきなり現れて易々と自分に追い付いた老兵に驚いていた。

 老兵ジェットファイアは敵戦艦のブリッジにミサイルを叩き込みながら答える。

 

「俺の名は、ジェットファイア! 見よ、ジェットファイア様の永久なる栄光を!!」

「ジェットファイア! まさかあの、伝説にある天空の騎士!?」

「広まってんのか、その綽名……」

 

 歴史に残る偉大な戦士が眼前に現れたことにシルバーボルトは驚愕するが、当のジェットファイアは少し不満げだった。

 

 そう言っている間に人間の乗った戦闘機も参戦し、彼らの奮戦もあってとりあえずの制空権を確保できた。

 

 短い戦闘だが、ジェットファイアがエアリアルボットからの尊敬を獲得するには十分だった。

 

「若造にしちゃ、上出来な飛び方だ!! もっとも、前に一緒に飛んだ奴には負けるがな! アイツはスピードはピカイチでテクニックもかなりのもんだ! スマートだし機転だって効く!」

「貴方にそこまで言わしめるとは、その戦士に是非お会いしたいものです」

 

 感心するシルバーボルトだが、ジェットファイアの言う人物が、かつてタイガーパックスの戦いでエアリアルボットを壊滅にまで追い込んだスタースクリームであることには、当然気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 パラシュートを使って地上に降下したオートボットたちは、さっそくディセプティコン相手に暴れだした。

 

「さあ、パーティーの時間だ!! 鉛玉料理をディセプティコンにご馳走してやるぜ!!」

「変わらねえな、ハウンド!」

「そっちこそ……いや何か変わったなおい!」

 

 ハウンドはすぐさまアイアンハイドと背中合わせになって、カバーし合う。

 歴戦の戦士二人の重火力は、敵を薙ぎ払うには十分だった。

 

『よう、ミラージュ。相変わらずスカしてんな。白いチビも元気そうじゃねえか!』

「…………」

「あなたもね、クロスヘアーズ」

 

 戦闘艇からわざわざ通信してきて煽ってくるクロスヘアーズに、ミラージュは安定の無視で、ブランが変わりに挨拶する。

 

「お久しゅう、麗しい方。ドリフト、ただいま参上いたしました!」

「ええ、お久しぶりですわね」

 

 一方のドリフトは、こんな時だというのにベールの前に片膝を突いて頭を垂れる。

 

「このドリフト、貴方のためなら山を越え、谷を越え、宇宙も越えて……」

「はいはい、挨拶してる暇があったら戦おうな!」

 

 何やら熱烈なことを言い出したドリフトを、敵を蹴り飛ばしたジャズが立たせようとするが、侍は何とも不愉快そうな顔をオプティマスの副官に向けた。

 

「ジャズ……貴様より一層、おちゃらけた姿になりよって……!」

「見た目云々をお前に言われたくはないな」

 

 再会早々に険悪なムードになるオートボット一の洒落者と、形から入るタイプの侍(自称)。

 この二人、元々相性が悪いばかりかオプティマスの件や、ベールを巡る形でより関係が悪化している。

 以前は一方的に突っかかってくるドリフトをジャズが適当に受け流すだけだったので、ある意味進歩だろうか?

 

「はいはい、二人とも喧嘩しないでくださいまし!」

「姉さん、モテますね……」

 

 そんな二人をピシャリと叱るベールに、アリスは我が姉ながらとんだ『(たら)し』だと若干呆れた様子である。

 

「みんな、来てくれたのね」

 

 ノワールはアイアンハイドと背中合わせに戦うハウンドや、喧嘩を共に敵を翻弄するジャズとドリフトを見て、笑顔を浮かべる。

 この状況下で、これほど頼もしい助けはない。

 

 だがしかし、だからこそ油断は死を招く。

 

「お姉ちゃん、あぶない!!」

 

 高所から狙撃手に徹していたユニは、姉の背後にディセプティコンが迫っていることを察知した。

 すぐさま銃を撃とうとするが、それより早く動いた影があった。

 

 アイアンハイドでもサイドスワイプでも当のノワールでもない。

 

「うちの娘に何すんじゃおりゃああああ!!」

 

 クロミアである。

 

 タイヤになっている足で自分の倍以上はあるディセプティコンに飛びかかり、右腕を変形させた銃で頭を吹き飛ばす。

 

「ノワール、大丈夫!?」

「え、ええ。……久し振りね、クロミア」

 

 華麗に着地して駆け寄るクロミアに目を丸くするノワールだが、すぐに笑顔になった。

 

「お姉ちゃん!」

 

 そこへ慌ててユニが高所から降りてきた。

 ユニは見慣れぬオートボットを少し警戒しているようだった。

 クロミアはと言えばユニを見て、ニッと笑みを大きくする。

 

「あなたがユニね! うん、なるほど。可愛い子じゃあないの!」

「え、え~と……」

 

 その態度に戸惑うユニだが、互いに自己紹介している暇はなかった。

 アイアンハイドが、両腕の砲を撃ちながら女神姉妹と恋人を呼ぶ。

 

「おーい、お嬢さんたち! こっちを手伝ってくれ!」

「了解! ノワール、ユニ、積もる話は後でね! まずはこいつらを片付けちゃいましょう!」

「ええ!」

「は、はい!」

 

 クロミアはすぐさま戦士の顔つきに戻り、女神姉妹に一言断ってから戦線に戻るのだった。

 

  *  *  *

 

 プルルートとピーシェ、二人の女神を相手取るセンチネルは、離れた場所の状況をすでに把握していた。

 

「あれはザンディウム号! オートボットめ、あくまでもオプティマスに着くか……!」

「あらあらぁ、意外と人望ないのねぇ!」

 

 小馬鹿にしたような口調で煽るプルルートだが、センチネルはギラリとオプティックを光らせる。

 盾でピーシェの拳を受け止め、剣でプルルートの蛇腹剣をいなす。

 女神と老雄、どちらも今だ敵を致命に至らせてはいない。

 

「……どうやら奥の手を使わざるを得ないようだ」

 

 言うやピーシェの飛び蹴りを躱し、背中から彼の掌ほどの五角形のプレートのような物を取り出した。

 よく見ればプレートは機械で出来ており、中央に発光する球体が埋め込まれている。

 

「何よそれぇ? そんなのでどうしようって言うのぉ? ファイティングヴァイパーⅡ!!」

「なんだか分からないけど、やっつける!! ヴァルキリークロー」

 

 馬鹿にした態度とは裏腹に、プルルートは油断せずに即行で決めるべく、より強力な電撃を纏った攻撃を繰り出し、ピーシェもそれに倣って大技をセンチネルに叩きこもうとする。

 

「甘い!!」

 

 センチネルは二人の手前の地面に向かって数発、実体弾モードの腐食銃を撃ちこむ。

 爆発で飛び散るアスファルトの欠片が二人の技が出るのを塞いだ。

 

「うわわ!?」

「ッ! つまんない真似を……」

 

 その一瞬の隙にセンチネルはプレートを胸に装着した。

 するとプレートがギゴガゴと音を立てて変形を始め、パーツが湧き出してきてセンチネルの体を覆っていく。

 やがて先代プライムの姿は金属のパーツに完全に覆われるが、それでは終わらず、その影はどんどんと大きくなっていった……。

 




やっと、ロストエイジ組+α合流。

今回の解説

ザンディウム号
原作では、ダークサイドムーンでオートボットが追放される時に登場。
サイドスワイプらはこの船に乗って地球に来たらしい。
この作品ではオメガ・スプリームがメインコンピューター役をすることで飛んでいる。

エアリアルボット
日本語版ではエアーボット。
面子は、ゲーム版ダークサイドムーンに登場した三人。(三人そろってスタスクに撃墜されたけど……)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第168話 反逆するは我に在り

 走る、走る、惑星サイバトロンに覆われた空の下、ネプテューヌは走る。

 

 瓦礫を乗り越え、

 飛び交う弾雨の下を抜け、

 アイエフやネプギアの援護を受けて、

 自分に車の姿で突撃してきた敵をバンブルビーが受け止める後ろを、

 ディセプティコンと取っ組み合うスティンガーの脇を、

 顔面から砲塔を生やして戦闘艇を撃ち落とそうとしているロックダウンの股下を潜り、

 自分に跳びかかろうとしたディセプティコンの首がラチェットの回転カッターで斬り飛ばされるのを横目に、

 敵の砲撃から自分を庇った人造トランスフォーマーが爆炎に包まれることに唇を噛みしめ、

 

 愛しいヒト(オプティマス)のもとへ走り続ける……。

 

 プラネタワー跡のクレーター、そこに立てられている十字架が見えた。

 

「もうちょっと……!」

 

 爆炎で髪の先や服が焦げるのにも構わず、

 割れたガラスの破片で膝を切ろうとも、

 銃弾が頬をかすめて熱さと痛みにも顔を歪めることなく、

 飛んで来た石か何かが頭にぶつかって流れた血を拭い、

 転んで泥に塗れても立ち上がって、

 

 それでも、走ることを止めない。

 

「ネプテューヌ君! 急げ!!」

「『GOGOGO!!』」

「行きなさい! ネプテューヌ!!」

 

 ラチェットやバンブルビー、アーシーの声が聞こえる。

 

「ネプ子! 行きなさい!!」

「あとちょっとです!!」

「お姉ちゃん、頑張って!!」

 

 アイエフ、コンパ、そしてネプギアの声援を受ける。

 

 そしてついに、オプティマスが磔にされた十字架の麓に辿り着いた。

 

「オプっち……」

 

 見上げれば、物言わぬ亡骸のまま、そこにオプティマスはいた。

 胸に大穴が空き、身体のあちこちが傷つけられ、パーツも一部毟り取られている。

 身体に書かれたサイバトロンの言葉は、言うのも憚れるような内容だ。

 顔も殴られて歪んでおり、かつての精悍さは失われていた。

 

 映像で見て覚悟していたつもりだったが、実際に見たその姿はあまりに無残だった。

 

「今、生き返らせてあげる……!」

 

 瓦礫を組み上げて作られた十字架は、出っ張りやへこみが多く、何とかよじ登ることが出できそうだった。

 ネプテューヌはすぐに、十字架に手を掛け…………上からの砲撃で、弾き飛ばされた。

 

「ねぷねぷ!!」

「ネプ子!!」

 

 アイエフとコンパが叫んだのが聞こえた。

 身体が10m近く吹き飛ばされ、地面に落ちてゴロゴロと転がる。

 

「が、はあ……!」

 

 息を吐いて立ち上がろうとするが、血を吐いた。

 身体がかつてなく痛い。

 ひょっとしたら骨が何本か折れているかもしれない。

 霞む目で見れば、爆発の余波で十字架が倒れるのが見えた。

 

「お姉ちゃん!!」

「まちなさい、ネプギア……きゃあああ!!」

 

 ネプギアやアイエフたちがネプテューヌを助けに走ろうとするが、さっきと同じ砲撃が上から降り注ぎ、彼女たちの動きを止める。

 

 次いで、二つの影が戦場の真ん中に落ちてきた。

 プルルートとピーシェだ。

 

「ぷるるん! ぴーこ!」

「ごめんね、ねぷちゃん、ちょっとドジ踏んじゃったわぁ」

「あいたたた……」

 

 ダメージを受けた様子ながらも立ち上がるプルルートとピーシェの前に一つの影が舞い降りた。

 

 それは、何処かオプティマス・プライムに似た姿をしていた。

 それは、しかしオプティマスよりさらに二回りは大きく、色は神々しい白銀だ。

 それは、右肩に長大なビーム砲を備え、両下腿にも二門ずつのビーム砲が設置されていた。

 それは、背に翼とスラスターを持ち、翼の先端にもビーム砲が備わっていた。

 それは、両手に大口径のブラスターライフルを握っていた。

 それは、オプティマスによく似た顔の部分の装甲を展開し、中の素顔を露出した。

 ネプテューヌは、それの名を呼んだ……。

 

「センチネル……!」

 

 センチネルはニヤリと笑うと見せつけるようにして足元に手を伸ばす。

 そこには、光り輝くマトリクスが転がっていた。

 

「ッ!」

 

 ネプテューヌは首から下げていたはずのマトリクスがなくなっていることに気が付いた。

 攻撃された時に、はずみで外れてしまったらしい。

 

「ああ、やっと手に出来た……これは私の手にあるべきだ。私はプライムなのだから」

 

 何処か感慨深げなセンチネルだが、ネプテューヌはそれどころではない。

 ここまで来て、諦めるワケにはいかないのだ。

 

「いいや、それは貴方には相応しくない!!」

「『返せ!!』『それは司令官のだ!!』」

 

 ラチェットがまるで猛犬のようにセンチネルに襲い掛かり、反対側からはバンブルビーも飛びかかるが、センチネルは頭部の装甲を閉じる、

 それだけで、躱すことも防御することもない。

 

 必要ないからだ。

 

 事実、ラチェットの回転カッターもバンブルビーのゼロ距離射撃も、センチネルのアーマーに傷一つ付けることができない。

 

「ッ! 『硬い……!』」

「無駄だ。このエイペックスアーマーに、貴様ら如きの攻撃は効かん」

「エイペックスアーマー……古代オートボットの遺産の一つか!」

 

 ラチェットは、センチネルのアーマーの正体に戦慄する。

 エイペックスアーマーとは、サイバトロン最強の鎧であり、破壊不可能と言われている。

 すぐさま距離を取って再攻撃に移ろうとする二人に、センチネルは手に持ったブラスターライフルを発射する。

 バンブルビーは避けたがラチェットには光弾が命中する。

 

「ぐわああああ!!」

 

 大きく吹き飛ばされるラチェット。

 バンブルビーは、素早い動きでセンチネルに組み付き、スティンガーはブラスターで援護する。

 ロックダウンはブラスターに変えた腕を撃とうとし、アーシーは懐に飛び込もうとする。

 

「サンダーブレード!」

「ハードブレイクキック!!」

 

 そこへ、プルルートとピーシェが、強力な電撃を纏った蛇腹剣と渾身の飛び蹴りを繰り出す。

 アイエフとコンパも援護射撃しようとし、その間にネプギアは姉を助けるべく走る。

 

 だがその誰よりもセンチネルの動きは早かった。

 

 エイペックスアーマーの全身に配置された砲が一斉に光弾を噴く。

 発射された強大なエネルギーは分散し、破壊の雨となってオートボットたちに等しく降り注ぐ。

 

「ぐわああああ!!」

「きゃあああ!!」

 

 相次ぐ爆発と破壊音で、悲鳴が誰の物かも分からない。

 

 ネプテューヌは、それを茫然と見ていた。

 身体が動かず、見ていることしか出来なかった。

 どこかに力を入れようとしても、入らない。

 辺り一面が火の海で、仲間たちの姿は見えない。

 

 炎に照らされて、センチネルがこちらを向く。

 

「……お前たちは良く頑張ったよ。本当だ。心の底から感心している」

 

 本心かは分からないが、センチネルはネプテューヌを褒め称える。

 しかし、それを嬉しく思う余裕など有るワケがない。

 

「しかし、ここまでだ」

 

 ブラスターライフルの銃口が、ピッタリとネプテューヌの頭に狙いを付け、引き金を引こうとする。

 それでも、ネプテューヌは諦めない。

 まだ目は死なず、隙を窺い、激痛に耐えて体を動かそうとする……。

 

 だが、絶望はさらに続く。

 

 突然、空に光が柱のように立ち昇った。

 その光には見覚えがあった。

 時空を超えて離れた場所を繋ぐ、スペースブリッジだ。

 

 光の中から、次々と戦艦や降下艇、戦闘艇が現れる。

 ディセプティコンの援軍が、サイバトロンから転送されてきたのだ。

 

「そんな……」

 

 その光景は、ネプテューヌをして、ついに絶望させうるには十分だった。

 

  *  *  *

 

「空を見ろ!」

「敵の援軍か……!」

 

 空中神殿を目指す一団からも、それは見えていた。

 ザンディウム号で到来した援軍を加えても、数の理はあちらにあり正直状況が好転していたとは言い難かった。

 そこに来ての敵の増援。

 

「サイドウェイズ、サイドウェイズ! こちらアリス! 我、支援砲撃を求む! 片っ端から撃ち落としてやりなさい!!」

『……すまないアリス。それはできない』

 

 アリスはすぐさま山に潜んでいる狙撃手に通信を飛ばす。

 しかし、サイドウェイズの返事は望んでいたものと違った。

 

「な……!? サイドウェイズ、何を言ってるの!?」

 

 混乱するアリスだが、状況はさらに悪化する。

 

「クソが、そろそろ役満だぜ! テメエらも来たってワケか! コンストラクティコン!!」

 

 レッカーズの一人、レッドフットが睨む先では、ビルの影から巨大な影……神話の怪物のようなデバステイターが、のっそりと顔を出した。

 建機集団コンストラクティコンが合体した巨大な獣は、大気を鳴動させる咆哮を上げると、こちらに向かってきた。

 

 アリスは、もう一度サイドウェイズに援護を乞う。

 

「サイドウェイズ! お願い、砲撃して! このままじゃ全滅よ!!」

『いいやアリス、大丈夫だ。だってあの援軍は……』

 

  *  *  *

 

 襲来した新たなディセプティコンに、オートボットと女神は揃って混乱していた。

 しかし混乱しているのは彼らだけではなかった。

 

「な!? これは……どういうことだ!?」

 

 アーマーの顔部分を開いて光の柱とディセプティコンを見上げ、センチネル・プライムこそが、最も困惑していた。

 スペースブリッジを使えるのは、彼のみ。しかし今、確かに異星への橋は掛けられている。

 いやそもそも、ラステイションでの戦いで損傷した中心柱は、まだ修理を終えていないのだ。

 

 そんな中、地に伏していたプルルートはヨロヨロと立ち上がった。

 空に広がる光景に、柄にもなく諦めそうになる。

 

「ふむ、状況把握。実に論理的ではない」

「…………ッ!」

 

 その時、不意に聞こえた台詞にそちらを向いた。

 いつの間にか、紫の筋骨隆々とした男性を思わせる体躯と、赤い単眼を光らせるディセプティコンが立っていた。

 

 科学参謀ショックウェーブだ。

 

「ショッ君……!」

「しばらくだな、プルルート。極めて非論理的だが……会えて嬉しいぞ」

 

 再会に表情を硬くするプルルートに、ショックウェーブは静かに言う。

 その手には、スペースブリッジの中心柱が握られていた。

 

「それは……! 貴様がスペースブリッジを起動したのか!? しかし……」

「『しかし、壊れていたはず』かな? それとも『しかし、自分にしか使えないはず』だろうか?」

 

 センチネルの質問を先読みしたショックウェーブは平静なまま言葉を続ける。

 

「壊れていたのは、もちろん私が修理した。そしてセンチネル・プライムにしか使えないと言うのは、あくまでも技術的な問題であって何かしかのセキュリティがあるワケではない」

「だからこそだ! そのスペースブリッジの構造は、儂にしか把握できん!」

「ふむ、その言葉は論理的ではないな」

 

 ショックウェーブの単眼がギラリと輝いた。

 怒りと、愉悦に。

 

「私の頭脳を、舐めてもらっては困る。時間は掛かったが、これの使い方は習得した。幸いにして、観察する機会には恵まれたのでね」

「そんな機会がいつ……!?」

 

 センチネルは自分の背中から一匹の羽虫が飛び立ったことに気付いた。

 その虫は、金属の体と赤い眼を持っていた。

 

「インセクティコン……!」

「ラステイションでの戦いで、お前は複数回に渡りスペースブリッジを使用した。特等席で見させてもらったよ」

「おのれ……!」

 

 目にもとまらぬ速さで手を伸ばしインセクティコンを握り潰したセンチネルは、ショックウェーブを睨み付ける。

 しかしショックウェーブは先代プライムへの興味を失ったように視線を移す。

 真っ赤な単眼には、困惑しているプルルートのみが映し出されている。

 

「そんな表情は君らしくないな、プルルート。君はもっと、堂々としているほうがいい」

「……ハッ! 久し振りに会えたと思ったら、随分な口ぶりじゃないのよぉ!」

 

 顔に獰猛な笑みを浮かべ、蛇腹剣を握り直すプルルートに、ショックウェーブは微かに満足そうだった。

 センチネルは、ハッとなって全身の砲を構える。

 ショックウェーブがスペースブリッジを開いたなら、それは何のためか?

 

「貴様……あの援軍は、まさか!?」

 

  *  *  *

 

『あの援軍は…………俺たちの味方だからな!!』

 

 サイドウェイズがそう言うのと、デバステイターが地上のディセプティコンに襲い掛かったのは、ほぼ同時だった。

 

 巨体でディセプティコンたちを踏み潰し、背中から発射するミサイルで戦闘艇を撃ち落とす。

 それだけではない。

 上空では、スペースブリッジから現れた戦艦が、すでにいた戦艦に砲撃を初めていた。

 さらに何処からか大型輸送ヘリの姿で飛来したブラックアウトとグラインダーの義兄弟がロボットモードに変形するや着地し、プラズマキャノンで並み居る雑兵を薙ぎ払う。

 地中から現れたスコルポノックが、巨体のディセプティコンを不意打ちで仕留める。

 ブロウルがその頑強な身体で、敵の砲撃からオートボットを庇う。

 

「ブラックアウトのオッサン……」

「……ふん! 寝ぼけている暇があるなら撃て!!」

「案ずるな、味方だ。の意だ」

 

 思わぬ味方に、スキッズが驚愕しているとブラックアウトは厳しく言い放ち、グラインダーがそれを噛み砕いて伝える。

 一瞬キョトンとしたスキッズだが、ニッと笑うとヘリに変形して飛び立とうとしたブラックアウトのスキッドに掴まる。

 

「うお!? お、おい小僧、何をする!」

「いいじゃん、硬いこと言いっこナシだって! ……おおお! すげえ! ホントに飛んでる!!」

「すっごーい! 空飛ぶスキッズだー!!」

「はしゃぐな! 落ちても知らんぞ!!」

 

 騒ぎながらもしっかり眼下の敵を撃つスキッズと、それを見て歓声を上げるラムに、ブラックアウトはピシャリと言う。

 いきなり仲良さげな彼らに対し、他の多くの女神やオートボット、人間は困惑していた。

 

「どういうこと……!」

「ディセプティコンが味方ですって!?」

 

 戸惑いの声を上げるブランやユニだが、ノワールはデバステイターを見上げて問う。

 

「信じても?」

 

 合体兵士は、咆哮で答えとした。

 どうやら、肯定であるらしい。

 

「……なら、いいわ。渡りに船よ、進みましょう!!」

「敵の敵は味方、ってことにしておくか!!」

 

 アイアンハイドも頷き、両腕の砲をデバステイターに当たらないようにして撃つ。

 信用できるかどうかは別にして、迷っている暇はない。

 

 連合軍は再び前進を開始した……。

 

  *  *

 

 撃ち合いを始める艦隊を見上げ、センチネルは怒りにワナワナと拳を震わせる。

 

「馬鹿な……!! 寝返っていただと!? しかしそれなら、報告の一つもこないのは不自然……そうか! サウンドウェーブか!!」

 

 衛星軌道上に浮かんでいるはずのサウンドウェーブなら、反乱が起こったとしても通信を妨害して、それがこちらに伝わることを防ぐことが出来るはず。

 そして、その黒幕はメガトロン以外には有り得ない。

 しかし、納得できないことがある。

 

「だとしても……だとしても! いったい誰がケイオンのディセプティコンたちを寝返るよう誑かしたというのだ? メガトロンはこちらにいた、奴以外の何者が軍を率いることができる……!?」

「ふむ、意外と鈍いな。こと、この分野に置いては彼以上の適任はいないだろう?」

 

 変わらず無感情に返しショックウェーブは、空の一点を視線で指した。

 エイリアン・タトゥーが全体に刻まれたステルス戦闘機が、魔物のような不規則な動きで戦闘艇を翻弄し、矢継ぎ早に撃ち落としている。

 それを見上げて、センチネルがその名を呼ぶより早く、立ち上がって声を上げる者がいた。

 

「すたすく……? すたすくー!!」

 

 もちろん、ピーシェだ。

 髪やプロセッサユニットは煤けているが、大きなダメージはないらしい。

 幼い心を持った女神は、自分のヒーローの名を叫ぶ。

 

「すたすくー! すたすくー!」

 

 それが聞こえたのだろうか?

 スタースクリームは宙返りして見せた。

 

「わーい! すたすく、カッコいいー!」

 

 両手を上げて大喜びするピーシェだが、センチネルは愕然としていた。

 

「奴が、メガトロンのために動いたというのか……!? あの、生まれついての反逆児が、裏切りの代名詞が、誰にも従わぬスタースクリームが!!」

 

 心の底から驚愕した様子で、センチネルは叫ぶ。

 それほどまでに、スタースクリームの行動は予想外だった。

 彼の知る航空参謀は利己の塊だった。

 どれほど取り繕っても、その性は邪悪にして狡猾であり、その正体は幼稚な小悪党だった。

 

 だからこそ、ラステイションの戦いの後に姿を消しても大した事はできないだろうと放っておいたのだ。

 

「センチネル・プライム。君の知性は賞賛に値するが……どうやら、情報の更新を怠っていたようだな。我々はゲイムギョウ界に来て……変わったのだ」

 

 ショックウェーブは平然と、しかしどこか強い意思を感じさせる声で言う。

 その言葉に、センチネルは思わず失笑する。

 

「変わった? お前たちが? 悠久の時を、飽きもせずに殺し合い続けてきたお前たちが、この世界に来て劇的に変わったと言うのか? 第一、ならばメガトロンは何処に……」

 

 そこまで言って、センチネルはハッとなって空中神殿を見上げた。

 スタースクリームが援軍を寝返らせ指揮し、サウンドウェーブがその情報を遮断し、ショックウェーブが彼らをここへ招いた。

 ならば、それを指示したであろうメガトロンの目的とは……。

 

  *  *  *

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「……………」

 

 空中神殿の中枢、悲鳴を上げ続けるレイの前で、ザ・フォールンは瞑目していた。

 

 新たな女神の登場、オートボットの援軍、さらにはディセプティコンの裏切り……。

 イレギュラーもここまで来ると、逆に落ち着いていた。

 そして次に来ることも分かっていた。

 

 彼はディセプティコンの祖であるが故に。

 

「来たか……メガトロン」

「ええ、来ました。師よ」

 

 当然の如く、メガトロンが部屋の入り口に立っていた。

 すでに腑抜けた様子は一切なく、立ち振る舞いは覇気と決意に満ち……しかし今日の彼は君臨する王者ではない。

 今のメガトロンは、かつて闘技場で初めてリングに上がった時と同じ、挑戦者だ。

 

「師よ……レイを返してもらいにきました。……その女は、俺の物だ」

「……く、くはは、はははは!!」

 

 堪えきれないとばかりに、ザ・フォールンは嗤いだした。

 

「これだけのことを起こして、この俺に逆らい……求めるのは、女一人か。破壊大帝などと名乗る者が落ちぶれたものよ……!」

「それだけではない」

 

 煽られてもメガトロンは動じず、右腕をフュージョンカノンに変形させる。

 

「返してもらうぞ。俺たちの、餓鬼どもの、ディセプティコンの未来……!!」

「よかろう、今や貴様もまたイレギュラー。この場で処分してくれる……!!」

 

 メガトロンとザ・フォールン。

 欺瞞の民の、その頂点に立つ二人の戦いが始まった。

 




やっと反逆開始。

今回の解説。

反乱にあたり、各員の役割。
スタースクリーム:離反したと見せかけてサイバトロンに向かい、ケイオンにいる軍を寝返らせる。
サウンドウェーブ:通信を妨害(または捏造)して反乱が漏れないようにする。
ショックウェーブ:スペースブリッジを修理、操作して軍団を呼び寄せる。
メガトロン:ザ・フォールンに挑む。レイの救出。

こんな感じです。

エイペックスアーマー
センチネルが着こむのは、メガトロン・オリジンのネタ。
プライムでスタスクが着こんでたことで有名だけど、本来は超神マスターフォースのゴッドボンバーのことらしい(ゴッドボンバーの英語名が、エイペックスボンバー)
なので、その姿はゴッドジンライをモチーフにしていたりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第169話 メガトロンとレイ

祝! 最後の騎士王のDVD&ブルーレイ発売!!


 メガトロンとザ・フォールンの戦いは続いていた……いやそれは戦いとは言えないものだった。

 フュージョンカノンの光弾は堕落せし者が杖を振るうと霧散し、全力の突進は不可視の力の前に防がれる。

 それでも、一切諦める様子のないメガトロンに、ザ・フォールンはディセプティコンのエンブレムの基となった顔を嘲笑に歪める。

 

「ああ、愚かだな弟子よ。貴様は生かしておいてやろうと思っておったのに。こんな馬鹿なことに出るとは」

「これがディセプティコンの、俺の道よ!!」

 

 突進を繰り返すたびにメガトロンの巨体が何度も何度も何度も超能力で壁や床、天井に叩き付けられる。

 まるで大人に挑む子供の如く、破壊大帝が弄ばれている……。

 

 しかし、それでも、メガトロンは大怪力で無理やりに体を動かす。

 僅かずつでも、ザ・フォールンに近づいていく。

 

「ぐおおおお!! す、すでに軍は抑えた。俺を潰したところで貴様もお終いだ!!」

「ああ、そうだな……まったくお前たちはよくもよくも、オールスパークの偉大なる未来絵図を破壊してくれたものだ……」

 

 上から凄まじい圧力を掛けられて身動きが取れないメガトロンに、ザ・フォールンは怒りと嘲りが混じった表情を向ける。

 多くのディセプティコンが寝返り、神殿にオートボットが迫っている現状でも、まるで意に介していないとばかりに。

 その目にはいつにも増して狂気的な光があった。

 

「だが、まだ間に合う。貴様らイレギュラーを残らず排し、あの餓鬼どもにお互いに憎しみ合うように教育すれば、あの未来はやってくる……!」

 

 オートボットとディセプティコンが変わらず憎しみ合う未来。

 トランスフォーマーが永遠に戦い続ける未来。

 ガルヴァとロディマスが……メガトロンの息子たちが殺し合う未来。

 

「う、おおおおおお!!」

「なに……!?」

 

 瞬発的に全ての力を爆発させて超能力を振り切ったメガトロンは瞬時にエイリアンジェットに変形。全力でジェット噴射し、ザ・フォールンに突撃する。

 虚を突かれたザ・フォールンは反応が遅れ、再び変形したメガトロンに組み付かれた……。

 

  *  *  *

 

 レイは、何処とも付かぬ白い空間にいた。

 いや違う。ここはレイの内面、精神世界だ。

 

 果てない白の中で、レイと『もう一人のレイ』が向き合っていた。

 

「…………」

「いつまでそうしてるつもり? いい加減、諦めなさいよ」

 

 虚空を見上げる改造スーツと一本角のレイに、レオタードのような衣装と二本角の……つまり女神態のレイが嘲るような声をかける。

 

「あいつが……メガトロンが助けにくるとでも、思ってるわけ?」

「くるわ。あの人はきっと来る。あの人が来ると言っていたから」

 

 決然と返す人間のレイに、女神レイは表情を歪める。

 

「何で、アイツをそんなに信用できる? 何で、お前はそんなに強いんだ? ……同じ私なのに」

「それはあなただって分かっているはずよ。もう一人の……いえ、『本当の私』」

 

  *  *  *

 

 ディセプティコンの戦艦同士が撃ち合うプラネテューヌの空を、スタースクリームは飛ぶ。

 戦闘機型ディセプティコンを叩き落とし、戦闘艇を撃ち落とし、戦艦を撃沈する。

 

 空という戦場において、スタースクリームと並ぶ者などいない。

 

 この反乱劇におけるスタースクリームの役目は、ディセプティコンから離れて惑星サイバトロンへと向かい……明確にメガトロン配下の者の中で、見える範囲にあるとはいえ単独で異星まで飛べるのは彼ぐらいだ……ケイオンに残った軍団をメガトロンの味方に付けることだった。

 ラステイションでは折を見て『いつもの裏切り癖』を出して逃走するつもりだったが、コンストラクティコンまでもが反逆するのは予想外だった。

 何とかサイバトロンまで辿り着いた後も、大変だった。

 元々、ザ・フォールンの狂信者と言える者の多くはブラジオンと共にゲイムギョウ界に乗り込んでいた。

 ケイオンに残っていたのは、メガトロンへの忠誠に篤い者やトップが誰でもそこまで気にしない日和見者ばかりだ。

 それでも、やはり始祖たるザ・フォールンに逆らうことに難色を示す者、結果的にオートボットに組みすることになることを嫌がる者、百歩譲ってオートボットに味方するのはいいとして有機生命体を助けるなど御免こうむると言う者などはいた。

 それらを説得し、ついでに残留していたザ・フォールン派を『黙らせる』のにいらぬ時間を喰ってしまった。

 

「すたすくー!」

 

 思考していると遥か下方で、懐かしい顔がこちらを見上げているのを察知した。

 彼にとっては、忘れることのできない少女、ピーシェだ。

 何故ここにいるのかは分からない。

 しかし、ここにいるのなら、するべきことは一つ。

 

――ヒーローってのは、カッコよくなくちゃあな!

 

「わーい! すたすく、カッコいいー!」

 

 一つ宙返りを決めてやると、ピーシェが歓声を上げた。

 可能なら頬が緩んでいたことだろう。

 

「よーう、スタースクリーム!」

「上手くいったようだな!」

「お前らか……まあな」

 

 そこへ、スタースクリームと同型のステルス戦闘機に変形した二体のディセプティコンが飛んで来た。スカイワープとサンダークラッカーだ。

 もちろん、彼らはこちら側に付いている。スカイワープは元々メガトロンへの忠誠心が強く、サンダークラッカーはザ・フォールンの非道なやり方に憤っていた。

 彼らが反乱計画に乗るのは自然と言えた。

 

「いやしかしまさか、オートボットに味方するたあヒューズがぶっ飛ぶかと思ったぜ!」

「俺は英断だと思うが」

「無駄口はそこらへんにしとけ! コンビネーションアタックを仕掛けるぞ!!」

『おお!』

 

 スタースクリームの号令に、まずスカイワープが敵編隊に突っ込む。

 短距離ワープを駆使して敵の後ろに回り、素早く変形してミサイルを撃ち込む。

 何体かはそれを躱すが、すれ違いざまにサンダークラッカーが振り撒く衝撃波に粉砕される。

 それすら凌いでみせた凄腕は、さらなる凄腕であるスタースクリームが残らず撃ち落とす。

 

 こと空において、彼らジェッティコンに並ぶ者なし。

 

  *  *  *

 

 精神世界で対峙する二人のレイ。

 人間の姿のレイは、すなわちザ・フォールンが植え付けた仮想人格としてのレイであり……今までずっとメガトロンたちと過ごしてきたレイだ。

 そして女神の姿のレイは、仮想ではない本来の人格『だったはずの』レイだった。

 

「正直、ビックリよ。アンタは、タダの偽物に過ぎないはずだったのに……時がくれば、私が表に出て、この世界にもアーゼム……ザ・フォールンの奴にも復讐するはずだった」

「そして、私は綺麗さっぱり消滅するはずだった……でもそうはならなかった」

 

 強い意思を秘めた顔の人間のレイに、女神のレイは自嘲気味に笑む。

 

「ああ、そうさ。……気付いているんだろう? 私たちは一つになりつつある」

「……ええ」

 

 きっかけは、ガルヴァが生まれたあの時だ。

 あの瞬間、レイの中に本来の人格が抱いていた女神と世界への憎しみでも、ザ・フォールンが植え付けた思考ルーチンでもない、強い望みが芽生えた。

 この無垢な命を助けたいと。

 それ以降、単なる仮想人格に過ぎなかったはずの『キセイジョウ・レイ』は、様々な経験を積んで確固たる自己を得た。

 

 それこそ、本来の人格を飲み込むほどの。

 

 さらにタリで失っていた『タリの女神レイ』の記憶を得るに至り、『キセイジョウ・レイ』と『タリの女神レイ』の人格が統合されはじめた。

 

「あんたは成長した。子供を慈しみ、命の重さを知り、愛する者を得た。……羨ましいよ。私には、恨むことしかできなかったてのに…………今じゃあ、あんたが『本当の私』だ」

 

 そう言う女神レイの体は、末端からまるで砂のように崩れ始めていた。

 

「私みたいなのが混じっちゃ、迷惑だろう? 潔く消えてやるさ。……メガトロンとガルヴァたちに、よろしく」

 

  *  *  *

 

「この距離なら超能力も関係あるまい!」

「…………ッ!」

 

 メガトロンはザ・フォールンの細い首を圧し折るべく、腕を回して力を籠める。

 しかし、後ろから巨大な手に掴まれてザ・フォールンの体から引き剥がされる。

 

「馬鹿め! ここは俺の体内も同じぞ。壁も、床も、天井も! 何もかも俺の意のままよ!!」

 

 離れた瞬間、床から生えた巨大な手はメガトロンを握り潰そうと力を籠めるが、メガトロンは咄嗟にフュージョンカノンを発射。掴んでいた手が内側から吹き飛んだ。

 自身もダメージを負ったが構わずザ・フォールンに向かっていこうとするも、無数の機械触手が床や壁から現れてメガトロンを絡め取ろうとする。

 

「諦めろ……そもそも、そこまでするほどの女かコレは? 度し難いほど傲慢で、いつでも自分が一番可哀そうという面をして、考えは浅はかで薄っぺらい、どうしようもない女だぞ?」

 

 触手をデスロックピンサーで切り裂き、四肢に力を入れて引き千切るメガトロンだが、今度は壁から槍のような物が発射される。

 飛んでくる槍をある時は避け、あるいは破壊しながら、メガトロンは進む。

 

「俺には……その価値がある!!」

「愚かな」

 

 突如として床からメガトロンの胴回りほどもある柱が飛び出し、その体を吹き飛ばした。

 仰向けに床に落ちると、頭の上に台座があり、その上にあの剣があった。

 

 大振りな鈍色の両刃剣。

 先端が両側に飛び出し、全体のフォルムをまるで船の錨のように見せている。

 かつて、タリの女神……レイが建国記念に作らせ、そして支配地が増えるたびに大きくしていった剣。

 ゲイムギョウ界においては、『無用の長物』『役に立たない虚栄心』といった故事としても扱われる、その剣。

 

「この女に価値などない。その剣のようにな……死ね!」

 

 ザ・フォールンの声に合わせ、床から一際太く長大な機械触手が現れる。

 その先端に備えられた、メガトロンの体を貫通して余りあるドリルが、唸りを上げて迫る。

 

「……!」

 

 咄嗟に、メガトロンはタリの剣を取り、両手で握って立ち上がる勢いで思い切り振り抜く。

 するとドリル触手はまるで紙のように、呆気なく真っ二つになった。

 

「なんだと……!?」

「…………」

 

 目を見開く堕落せし者を余所に、メガトロンはしげしげと手の中の剣を見た。

 剣は吸い付くように手に馴染む。

 重みはあるが、逆にそれが心地よい。

 まるで、メガトロンのために用意されたような剣だ。

 

 今ここに伝説は更新された。

 浪費や虚栄心の象徴であった大剣は、ついに自らを十全に振るうにたる英傑と出会ったのだ。

 

「おのれ! たかが剣の一本、今更なんだというのだ!!」

「俺を誰だと思っている? 剣一本で成り上がってきたメガトロン様だぞ?」

 

 不敵に笑い、メガトロンは剣を振るう。

 

  *  *  *

 

「駄目よ! 消えないで!!」

「……!」

 

 砂像ように崩れゆく女神レイに、人間レイは手を伸ばす。

 握られた手に、女神レイは心底驚いたような顔を向ける。

 

「どうして……!」

「貴方は、もう一人の私。私たちは二人で一人のレイよ。切り離すことなんて、できない」

「馬鹿いわないでよ! ほら、あんたには待ってってくれる人と子供がいるんでしょ? 私みたいな地雷成分は綺麗に落としときなさい!」

 

 人間レイを振り払おうとする女神レイだが、人間レイは頑として離さない。

 

「そっちこそ馬鹿言わないで! ……そう言って死のうとした女を、止めてくれた男を貴方も知っているはずよ」

「……ッ!」

 

 その言葉を聞いた途端、女神レイの表情が強張った。

 

「貴方も、愛しているんでしょう? 彼のことを」

「……どうなのかしらね? あんな男は私の近くにはいなかった。もし、あの時いたのがメガトロンだったら……いや、今更言ってもしょうがない。あの頃の私なんて、アイツは見向きもしなだろうから」

 

 観念したように大きく息を吐いてから苦笑する女神レイ。

 そんな女神レイを、人間レイが優しく抱く。

 

「貴方は、あの頃の貴方じゃないわ。私が、前の私とは違うように」

「……ああ、そうだね」

 

 皮肉なものだ。

 孤独が故に、女神のレイは国を滅ぼすほどの過ちを犯した。

 孤独が故に、人間のレイは欺瞞の民を仲間と受け入れた。

 そしてもう、レイは一人じゃない。

 

「まったく馬鹿だねえ。せっかく、罪も業ももっていってあげようってのに……」

「それも含めて私だもの。罪も、業も、まとめて背負うくらいじゃないと、あのヒトの傍には立てないわ」

「はは、違いない」

 

 笑い合う二人のレイが重なり、白い世界を光が満たしていく……。

 

「それじゃあ、行こうか、あのヒトのもとに」

「ええ、帰りましょう。あのヒトの傍に」

 

  *  *  *

 

 タリの剣を縦横に振るい、伸びてくる触手を斬り捨て、飛んでくる槍を叩き落とし、突き出す柱を両断する。

 ダメージはゼロとはいかない。避けそこなった槍が脇腹に刺さり、腕に巻き付いた触手を引き千切るたびに関節から火花が散る。

 先程の超能力によるダメージも含めて、馬鹿にならないほどに傷ついていた。

 

 それでも進もうとするメガトロンの上の天井が、突然落ちてきた。

 ただで潰されるようなことはなく、両腕で天井を支えるが、体中がミシミシと軋む。

 

「ぐ、お……!」

「愚かだな。この女は、もうお前の物になどならん。いい加減に諦めろ、見苦しいぞ」

 

 ザ・フォールンは余裕に満ちた態度で、メガトロンを嘲笑う。

 しかし、メガトロンは不敵な笑みを浮かべた。

 

「……貴様こそ、随分とレイに拘るじゃあないか。そんなに俺に渡したくないか?」

「なにを言っている?」

「ずっと疑問に思っていたのだ。何故、レイに仮想人格を植え付け、定期的に記憶をリセットするなんて面倒くさい真似をしたのか? 利用するだけなら、センチネルのように何処かに封印しておけばいい」

「なにを言っている!」

 

 弟子が何を言い出すのか分からず、ザ・フォールンは困惑する。

 構わず、メガトロンは続ける。

 

「……俺の記憶を消したのもそうだ。俺の心を折るだけなら、そんなことをする必要はなかったはず。……お前はレイを独占したかった。だから、万が一にも他の奴の手に渡らないように、偽の人格を用意したんだ。『お前の知っているレイは偽物に過ぎない』『本当のレイは俺だけが知っている』そんな風に悦に浸るためにな。……よく分かるぞ、俺もそうだからな!」

「何を馬鹿な……」

 

 否定しようとするザ・フォールンだが、両眼が揺れている。

 メガトロンは、全身をミシミシと言わせながらも笑みを崩さない。

 

「しかし、女を痛めつけるのはどうかと思うがな。好きだから苛めるというのにも限度があろう。あれは、特に被虐体質なワケでもないしな」

「…………」

「ああそうか。その想いを否定したいのだな。確か、『愛は何かに与えるほど減っていく』『だから、オールスパークのみを愛する』のだからなあ。だからレイを傷つけると。何ともはや……」

「……もういい、消えろ」

 

 ザ・フォールンが杖を振るうと、さらなる圧力がかかりメガトロンは何をする間もなく天井の下敷きになった。

 

「…………愚かだな、どこまでも。俺が、あの女に惚れているだと? 馬鹿馬鹿しい」

 

 頭を振って、天井に潰された弟子に背を向ける。

 

「何にしても、貴様の企みもここまでだ。貴様はあの女を救い出すことが出来ずに……」

 

 そこまで言って、硬直した。

 視線の先は部屋の奥の祭壇の上。

 そこには、レイが機械触手に取り込まれているはずだった。

 

 しかし……。

 

「いない!? いつの間に!!」

 

 機械触手が切断され、レイが姿を消していた。

 見回せば、いくつものダクトの一つの金網が外されている。

 

「まさか……メガトロンは囮!?」

 

 自分の目を引き付けている間に、手の者がレイを救出する手筈だったのか?

 そんな手をメガトロンが……。

 

「おのれ……!」

 

 急いで天井を上げてみれば、メガトロンの姿はなく床が円形にくり抜かれている。ここから下に逃れたようだ。

 

「おのれ! メガトロォォォオオン!!」

 

 まんまと出し抜かれたことに、そしてレイを奪われたことに極限の怒りを感じ、ザ・フォールンは絶叫するのだった。

 

  *  *  *

 

「メガトロン様! こちらでーす!!」

 

 要塞の外壁を破壊し脱出したメガトロンは、エイリアンジェットの姿に変形し、要塞上部に降りる。

 傍のダクトからはフレンジーがひょっこりと顔を出していた。

 

「上手くいったようだな」

「はい、この通り! レイちゃんはしっかり助けましたぜ!!」

 

 フレンジーの後ろには、リンダがグッタリとしたレイを背負っていた。

 この二人が、ザ・フォールンの目がメガトロンに向いている間にレイを助け出したのである。

 リンダとフレンジーはレイを地面に寝かした。

 人間態に戻っているようだが、服はほとんど残っておらず、あちこちにコードが突き刺さったままの肌が痛々しい。

 

「姐さん、体が凄く冷たくて……あちこち傷だらけだし、早く手当てしないと」

「大丈夫だ。こいつがそう簡単に死ぬものか」

 

 不安げな顔でレイの体に布をかけるリンダに力強く言った時、不意にレイが目を開けた。

 

「おお、レイ……!」

「メガトロン様……やっぱり来てくれたんですね……信じてました……」

「言っただろう? かならず、お前を取り戻すと」

 

 何時にない優しさを声に込め、メガトロンはレイの顔の近くまで手を伸ばす。

 レイは金属の指を愛おしげに撫でた。

 メガトロンは少しの間だけ、させるがままにしていたが、すぐに顔を引き締めた。

 

「さあ、急いでここを脱出……」

 

 言いかけた時、神殿全体が震えた。

 次いで、恐ろしい声が聞こえる。

 

『メガトロォォォォンッ!!』

「おお! 怒ってる、怒ってる!」

「乗れ、行くぞ!」

 

 急かされて、フレンジーとリンダはレイを抱えてメガトロンの掌に乗る。

 三人を抱えて、メガトロンは全力で走り出した。

 地面から機械触手や槍が飛び出してくるが、メガトロンは一切無視して神殿の縁へと疾走する。

 

「掴まってろ!!」

 

 そのまま、地面を蹴って縁から思い切り跳躍した。

 

「わああああ」

 

 リンダが悲鳴を上げるが、下には飛行戦艦が待ち構えていた。キングフォシルだ。

 

「ドクター! 出せ!!」

『了解!!』

 

 その上に着地し、メガトロンは操船しているザ・ドクターに指示を出してから、後ろを見る。

 空中神殿が鳴動し、炎と煙、雷が巨大なザ・フォールンの顔を作り上げていた。

 

『メガトロォォォン! その女は俺の物だぁぁああッ!!』

「勝手に決めないで……! 私は貴方の物じゃない!」

 

 レイは布を体に巻くと立ち上がって、ザ・フォールンの顔を睨み付ける。

 

「私が誰の傍にいるかは、私が決める! そしてそれは貴方じゃない、このヒトよ!!」

 

 啖呵を切りながら、傍に立つメガトロンの足に手を触れる。

 メガトロンは勝ち誇るような笑みを浮かべ、ザ・フォールンは怒りに唇を震わせる。

 

『ディセプティコン!! あの船を撃ち落とせ!! メガトロンを滅殺するのだ!!』

 

 ザ・フォールンの怒声に、周囲の空中戦艦や戦闘艇が集まってくる。

 

「では、もう一仕事だ。そこで待っておれ、レイ」

「はい、嫌です!」

「そうか、嫌か……」

 

 格好よく出撃しようとしたのに、いきなり出鼻を挫かれて、メガトロンの背に哀愁が宿る。

 それに構わず、レイは強い意思を込めてメガトロンを見上げる。

 

「私も一緒に行きます!」

「姐さん、ダメっすよ! そんな傷だらけで……」

「いいんじゃないの?」

 

 慌てて止めようとするリンダだが、フレンジーは腕を頭の後ろで組んで体をブラブラと揺らしながら、呑気に許可する。

 そして、メガトロンに進言した。

 

「レイちゃん、意外と頑固だし、こうなったら聞かないもんな」

「フレンジーさん。……ありがとう」

 

 黙って一連の流れを見守っていたメガトロンは、その悪鬼羅刹に例えられる顔に豪放な笑みを浮かべた。

 

「フッ……よかろう! 破壊大帝の隣に立つは、聖母の如き慈愛と魔神が如き苛烈さを併せ持つ女こそ、相応しい!!」

「買い被りすぎですよ、もう」

 

 苦笑するレイがメガトロンの隣に並ぶと、二人は揃ってザ・フォールンの顔を見据えた。

 

「ゆくぞ、レイ!!」

「貴方の隣が私のいる場所、どこまでもお供いたします」

 

『ユナイト!!』

 

 声を揃えて叫ぶと、二人の体が光に包まれる。

 合体……いや違う。

 

 光の粒子にまで分解されたレイの体は、メガトロンの金属の体に溶け込むようにして一体化する。

 するとメガトロンの体がギゴガゴと変形を始めた。

 

 身体は一回り小さくなり、オプティマスと同サイズにまで縮む。

 攻撃的で刺々しい意匠は、騎士甲冑の如き丸みがありつつも重厚な物へと変化し、左肩から短い角のような突起が突き出した。

 合体形態同様に右腕に大振りなキャノン砲を備え、背には新たに手に入れたタリの剣を背負う。

 猪の牙の如き角が両側から前に突き出した顔は、より恐ろしさと厳めしさ、そして雄々しさを増していた。

 全身から雷の如きエネルギーが迸り、サイズダウンしたにも関わらず、威厳と迫力はむしろ強まっている。

 

「メガトロン様、レイちゃん……!」

「すっげえ……!!」

 

 新たな姿になったメガトロンに驚嘆するフレンジーとリンダだが、当の二人に驚きはなかった。

 唯、今までの合体など問題にならないほどに、深く結びついているのを感じる。

 どうしてこの姿になったのか、どういう理屈があるのか、そんなことは、どうでもいい。

 力と気力が身内に漲っている。もう、抑えられない。

 

「……メガトロン様、レイちゃんのこと、よろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げるフレンジーにメガトロンは小さく頷く。

 

「さあ、行くぞ!! 因縁も宿命も、ここで完全粉砕してくれるわ!!」

 

 顔の角をバトルマスクに変形させ背中から展開したスラスターからジェット噴射し、雲霞の如き敵に向かって、新たな姿のメガトロン……女神と完全に一心同体となった、神機一体メガトロンは飛び立つのだった。

 




今回の解説。

二人のレイ
分かりやすく(?)説明すると

①女神レイ
レイ、本来の人格。
傲慢で短気。おおよそ原作の女神化した状態のレイそのまま。
しかし、メガトロンらと触れ合うことで改心。

②人間レイ
ザ・フォールンが植えつけた仮想人格。
しかし、ガルヴァ誕生を機に完全な自己を確立する。
元はオドオドとした弱気な性格だが、メガトロンらと触れ合って成長。

③レイ
①と②の人格が融合した現在のレイ。
子供とメガトロンのために頑張るお母さん。

こんな感じ。

神機一体メガトロン。
メガトロンがレイと深く結びついたことで発現した新形態。
見た目は最後の騎士王のメガトロンそのままだが、レイ由来の雷のようなエネルギーを纏っている。

次回は、オプティマスとネプテューヌの話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第170話 オプティマスとネプテューヌ

 どこまでも続く戦争、星を焼き尽くすほどの炎と破壊、そして数え切れない死……。

 

「ッ!」

 

 オプティマスは目を覚ました。

 するとそこは、見慣れた自室のベッドの上だった。

 

「おはよう。うなされていたわよ。大丈夫?」

 

 先に起きていた恋人のエリータ・ワンに声をかけられて、オプティマスは上体を起こし頭痛に額を押さえる。

 

「……ああ、酷い夢を見たよ。本当に、酷い夢だった」

 

 エリータ・ワンはベッドに腰掛けると、痛ましげにオプティマスの膝に手を置く。

 

「大丈夫よ、オプティマス。ここに貴方を苦しめる者はいないわ」

「……ああ、そうだね。ありがとう。……っと、そろそろ起きないと」

 

 はにかんだ笑みを浮かべたオプティマスは、ベッドから起き上がると身支度を始める。

 エリータはオプティマスのために、朝食をテーブルに並べる。

 

「さ、朝食にしましょう」

 

 二人はテーブルについて、オールスパークへの短い祈りを捧げてから朝食を取るのだった。

 

  *  *  *

 

「馬鹿な、馬鹿な……!」

 

 腕のキャノン砲で次々と戦艦を爆沈させ、全身から放つ稲妻で戦闘艇を一掃している新たな姿のメガトロンを見上げ、センチネルは愕然としていた。

 ネプテューヌは、痛む体を押さえて立ち上がり、空を見上げた。

 

 戦艦の上に着地し、向かって来る敵を大剣で斬って捨てているメガトロンと目が合った。

 その目が『どうだ、俺は奇跡を起こして見せたぞ。お前はどうする?』と言っている気がして、ネプテューヌの中に勇気が湧いてくる。

 

 メガトロンは見事レイを救い出してみせた。ならば次は自分がオプティマスを救う番だ。

 

「センチネル。ここまでだ」

「いいや……いいや!! まだ終わってはいない!!」

 

 ショックウェーブは茫然としていたセンチネルに容赦なく粒子波動砲を撃つが、センチネルもさるもの、素早く顔を装甲で覆い反撃を開始する。

 

「ネプちゃん! 立って!」

「ねぷてぬ!!」

 

 プルルートとピーシェも、周囲のディセプティコンを攻撃する。

 ディセプティコンたちも混乱している。今がセンチネルからマトリクスを取り戻すチャンスだ。

 

「ッ!」

 

 走ろうとするネプテューヌの上に、突然影が差した。

 見上げれば、太く長い腕と背中に備えた三本目の腕が特徴的なカーキ色のディセプティコンがこちらを見下ろしていた。

 その姿は……。

 

「ボーンクラッシャー……?」

「……Guruuuu!! You Die!!」

 

 いや違う。

 こいつは、ボーンクラッシャーの同型。

 オプティマスを磔にしていた時に、彼の顔を歪むまで殴っていた奴だ。

 

「Die!!」

 

 ネプテューヌを叩き潰そうと拳を振り上げたボーンクラッシャーの同型だが、そこで何者かに腕を掴まれ、叶わなかった。

 

「What’s!?」

「そこまでにしときな。俺が相手になるぜ」

 

 ボーンクラッシャーの同型の腕を掴んだ者もまた、ボーンクラッシャーの同型だった。

 いや、こちらは今まで何回もネプテューヌたちと戦ってきたボーンクラッシャー本人だ。

 

「Gruuu! I hate you!!」

「そうかよ、俺は別にお前のこと嫌いじゃないぜ!!」

 

 問答無用で殴りかかってくる同型をボーンクラッシャーは迎え撃つ。

 

「キキキ、今度こそお前の壊れる音を聞いてやる!!」

「お前が聞くのは、お前自身が壊れる音さ」

 

 空からマインドワイプも襲い掛かってくるが横合いから現れたバリケードに阻まれる。

 

「ギッ!? 貴様!!」

「こういうとき、ディセプティコンはいい。元は仲間でも、何の容赦もなく倒せる」

 

 バリケードはレッキングクローでマインドワイプに斬りかかる。

 ややこしいが、今はディセプティコンも味方だ。

 

「ッ! 今更、何が起ころうと貴様らにどうすることも出来ん! 見ろ、マトリクスはここにある!!」

 

 ショックウェーブらの攻撃を受けつつも、センチネルは手の中のマトリクスを見せつける。

 

「これが我が手にある限り、オプティマスは決して甦ることはない! 奇跡など起こるはずが……!?」

 

 その瞬間、マトリクスの横の空間に『穴』……ポータルが開き、中から飛び出したロディマスが犬のようにマトリクスを咥え、またポータルを開いて飛び込む。

 

「なんだと……!?」

 

 突然のことに目を剥くセンチネル。

 一方でロディマスはネプテューヌの前に転移し、「褒めて褒めて~」とばかりにマトリクスを紫の女神に差し出す。

 

「あ、ありがと、ロディマス! 君は良い子だよ!!」

 

 また勝手に抜け出してこんな危険な場所までやってきて、多分、後でイストワールに雷を落とされるだろうが、今は感謝しかない。

 マトリクスを受け取ったネプテューヌは、足に力を入れる。

 最後の一走りだ。

 

  *  *  *

 

「ハッハッハ! ハーッハッハッハ!!」

「そ、そんなに笑わないでくれよ……」

 

 オプティマスとその親友のメガトロンは、並んでアイアコン議事堂の中庭を歩いていた。

 メガトロンはさも愉快そうに大笑いしている。

 

「いい歳して、悪夢にうなされて起きるとはな! まったく、お前は臆病な奴だ」

「そこまで言わなくても……臆病なのは、確かだけど」

 

 肩をすくめる親友に、メガトロンは悪戯っぽい顔を向ける。

 

「で? どんな夢を見たんだ?」

「どんなって……酷い夢さ。いつまでも終わらない戦争と、理不尽な死の夢だ」

 

 思い出したくないとばかりに頭を振るオプティマス。

 顎に手を当て、メガトロンは思案する。

 

「ふむ、それは奇妙な夢だな。……戦争なんぞ、もう何千年も起こっていないというに」

 

 そう、惑星サイバトロンは平和だった。

 オートボットとディセプティコンは随分と前に和解し、格差は解消され、評議会から腐敗は一掃された。

 トランスフォーマーたちは平穏に暮らしているのだ。

 

「夢の話はもう止めよう。それより、また剣闘大会に優勝したんだね。エリータが言ってたよ」

「まあな。平和な世とはいえ、戦う力を持つのは悪いことじゃないだろう。ルールを守っての戦いならスポーツだ」

「もちろん、君は無敵のチャンピョンだしね。君の戦いを止めたりしたら、サイバトロン中のファンに半殺しにされてしまうよ」

 

 オプティマスに褒められて、メガトロンは照れ隠しに弟弟子の背をバンバンと叩く。

 

「お前もちょっと闘技場に顔を出したらどうだ? 俺の見立てではな、お前は俺の次ぐらいには強くなれるぞ」

「いや私はやっぱり、闘いは苦手だよ。本の虫が性に合ってる」

 

 オプティマスとメガトロン。

 親友二人は争う気配の微塵もなく、笑い合いながら歩いていく……。

 

  *  *  *

 

 オプティマスに向かって走るネプテューヌだが、全身の痛みで上手くいかない。

 倒れてしまった時、誰かが自分に手を差し出した。

 

「友よ、もう少しだ。お前の騎士を救え」

「さあ、立ち上がってください。彼が待っていますよ」

 

 それは、ネプテューヌとネプギアによく似た容姿を持つセターン王国の王女姉妹、ヴイ・セターンとハイ・セターンだった。

 だが、彼女たちは成仏して……。

 

「ネプ子! 早く!」

「お姉ちゃん、立てる?」

 

 目を凝らすと、そこにいたのはアイエフとネプギアだった。

 幻だったのだろうか?

 ラチェットとコンパはロディマスを回収していた。

 

「みんな……ありがとう」

 

 ネプギアに支えられて立ち上がり、肩を貸してもらって歩いていく……。

 

  *  *  *

 

 アイアコン議事堂の大講堂。

 居並ぶ評議会の議員たちの前に、オプティマスとメガトロンが立っている。脇にはエリータも控えていた。

 檀上に、センチネルが姿を現した。

 

「本日はよくご集まりいただいた。余計な前置きは無用であろう。……ついに次期プライムが選出されたのだ!」

 

 ざわつく評議員たち。

 構わずセンチネルは朗々たる声で話し続ける。

 

「この選択は儂にとっても非常に困難なものであった! 我が弟子たちはどちらも極めて優秀であり、どちらがプライムとなってもサイバトロンに栄光をもたらすことは明らかだからだ!」

 

 身振り手振りを交えて語るセンチネルに、メガトロンは期待に満ちたオプティックを向ける。

 

「では無駄話はこれくらいにして、発表に移ろう。選ばれし次期プライム。それは……」

 

 センチネルはオプティマスとメガトロンの前に歩いてくると、ゆっくりと自らの後継者の肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

 メガトロンの肩に。

 

「メガトロンよ、お前が次期プライムだ」

 

 師の言葉に一瞬呆気に取られたメガトロンだが、次いで笑みを浮かべた。

 本当に本当に嬉しそうに笑う。

 

「俺が……俺がプライムに!」

「やったなメガトロン!」

 

 辺りが歓声に包まれ、オプティマスはメガトロンの肩に手を置き笑いかけた。

 脇に控えていた、エリータも駆け寄ってきて二人に抱きついた。

 

「オプティマス! メガトロン!」

「エリータ!」

 

 肩を抱き合う弟子たちを、センチネルは慈しみを込めて見ていた……。

 

  *  *  *

 

「オプっち……!」

 

 倒れた十字架の上、オプティマスは変わらずそこにいた。

 その身体の上によじ登り、大穴の空いた胸に近づいていく。

 

「させるか!!」

 

 その瞬間、横からセンチネルが突っ込んできた。

 ショックウェーブ、プルルート、ピーシェらの攻撃を潜り抜けてきたらしい。

 手にはブラスターではなく、オプティマスの愛刀テメノスソードを握っている。

 プライムであることに拘る彼は、最初のプライムの遺物であるそれをいつの間にか着服していたようだ。

 

「リーダーのマトリクス! それは儂の物だ!!」

「『お前んじゃねえよ!』『このヒヒジジイ!!』」

「恋人同士の再会を邪魔するのは野暮ですよ!」

「お姉ちゃん、早く!!」

 

 ネプテューヌに向かって剣を振り下ろそうとするセンチネルだが、さらに横からバンブルビーとスティンガーに飛び付かれてバランスを崩し地面に落ち、ネプギアは二人の援護に向かう。

 

 ネプテューヌはオプティマスの胸の……そこに開いた大穴の傍に膝を突く。

 マトリクスを持つ手を思い切り振り上げる。

 震える手に、誰かが手を添えてくれた気がした。

 

「さあ、ベル。頑張って」

「お母さん、ありがとう。……戻ってきて! オプっちぃいいいい!!」

 

 幻影とも霊魂とも付かぬソラス・プライムに心から感謝し、ネプテューヌは恋人の胸にマトリクスを振り下ろした……。

 

  *  *  *

 

 オプティマスは自室で荷物を纏めていた。

 明日からはプライムになったメガトロンを支える仕事が待っている。

 充実した、平和な日々が。

 

「……幸福そうだな、オプティマス」

 

 いつの間にか、赤いボディに金属繊維製のマントを羽織った痩身の老オートボットが立っていた。

 オプティマスの養父、歴史学者のアルファトライオンだ。

 

「父上? 何故ここに」

「まあ、老人というのは神出鬼没なものだ。それより、オプティマスよ。……どうやら、幸福なようだな」

 

 訝しげな息子に、柔和な笑みを浮かべたアルファトライオンは逆に確認する。

 オプティマスは柔らかい笑みを浮かべ、頷く。

 

「ええ、とても幸せです。…………惜しむらくは、これが夢であることでしょうか」

「気が付いておったか……」

 

 それまで穏やかだったアルファトライオンの顔に、翳りが見えた。

 オプティマスは、それでもハッキリと答える。

 

「ええ。争いのない世界、メガトロンやセンチネルと戦わずに済む世界、……エリータが死なない世界。どれも私の願望が生み出した、幻に過ぎない」

「しかして、単なる夢でもお主にとっては間違いなく幸せな夢。……息子よ、お主がここに止まりたいと言うならば、儂はそれも良いと思う」

 

 少しだけ言葉に詰まるオプティマスに、アルファトライオンは畳みかける。

 

「一度、ただの一度、役目や責務から逃げても良いではないか。今の今まで戦い、傷つき、苦しんできたお前が夢に安らぎを得たとして、いったい誰がそれを責められる?」

「……申し訳ありません、父上」

 

 だがオプティマスの返答は拒否を意味する謝罪だった。

 アルファトライオンは、答えは分かっていたという風に大きく息を吐く。

 

「現世に戻ったとて、待ち受けるのは苦難の道ぞ。ここには争いも悲しみもない」

「確かに、ここはとても居心地がいい。それでも、やはりこれは夢です。……何より、ここにはネプテューヌがいない」

 

 その時、声が聞こえた。

 

『……戻ってきて! オプっちぃいいいい!!』

「! ネプテューヌ!」

 

 声に呼応するように、何処からか暖かな光が差し込んできた。

 

「やはり、行くか……」

「確かに、これからも私の行く手には果てない困難と闘争が待っているのかもしれない……それでも、私の幸福は彼女の、ネプテューヌの傍にしかないのです!」

「そうか……」

 

 フッと、アルファトライオンは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ならば行くがいい。最後に話せて、良かったよ」

「父上、貴方はやはり……」

「ああ、そうだ。儂は幻ではない。肉体はすでに滅び、ここにいるのは魂のみの存在だが……儂はアルファトライオン、そのヒトだ」

 

 その意味を察し、オプティマスの顔が曇る。

 父、アルファトライオンの死を。

 さっきまでの言動は、オプティマスを試すためだったのだろう。

 

「そんな顔をするな。儂は儂なりに、悔いのない最後だった……はずだったのだがな、最後にお前に会いたくてな。化けて出てしまった」

「父上……私は、私は……」

「何も嘆き悲しむことはない。儂はマトリクスと一つになり、いつでもお前の傍にいる」

「しかし、貴方にまだなんのお返しも……」

「お返し?」

 

 だんだんと涙声になってくる息子の肩に、アルファトライオンは手を置き笑顔を浮かべる。

 

「もう貰ったとも。儂の身には余るほどの宝物をな」

「それは……?」

「お前だよ、オプティマス。お前という息子を得られたこと、お前の父でいられたことは、何にも勝る贈り物だ」

 

 優しく微笑み、アルファトライオン……かつて兄弟を置いて戦場を去って以降、孤独に生きてきたソロマス・プライムは、息子を抱きしめた。

 

「さあ行け。決して振り返るな。……そして幸せになれ。それが、儂の最後の願いだ」

「はい……!」

 

 父の手から離れ、オプティマスは光に向かって歩いていく。

 言われた通り、振り返ることなく。

 それを見送ったアルファトライオンは、笑みを崩さぬまま光に溶けるようにして消えていった……。

 

 

 

 

「オプっちぃ!!」

 

 一瞬が、無限の時間に引き伸ばされネプテューヌは精神と物質の狭間の世界で、手を伸ばしていた。

 愛しいヒトに向けて。

 

「ネプテューヌ!!」

 

 オプティマスは光の中を己の意識の内側から現世の方へと走る。

 愛しい人に向かって。

 

 そして……。

 

「オプっち! やっと会えた!」

「ネプテューヌ、君の声が聞こえた」

 

 二人は、抱き合った。

 オプティマスは理解していた。

 ネプテューヌも理解していた。

 もう、言葉は不要。

 

「さあ行こう!」

「さあ戻ろう!」

 

『二人で、一緒に!!』

 

 そして世界は光に包まれた。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌがオプティマスの遺体にマトリクスを突き刺した瞬間、凄まじい光が迸った。

 

「何だ!? 何が起こっている!!」

 

 バンブルビーとスティンガーを振り落とし、ロックダウンのミサイルもアーシーのエナジーアローも物ともしないセンチネルだが、この状況を理解できずにいた。

 視覚聴覚以外のあらゆるセンサーが無茶苦茶な数値を示している。

 

 バンブルビーやスティンガー、ラチェットにロックダウンらもそれは同じだった。

 そんな中、ショックウェーブは冷静に呟く。

 

「ふむ。どうやら、またしても論理を超えた事象が起こっているようだな。まるで理解の範囲外だ」

「あら、アタシには何が起こっているか分かるわぁ」

 

 一方で、その隣に立つプルルートは柔らかくも満足げな笑みを浮かべた。

 

「ほう、それは?」

「論理も理屈も突破する、大昔からみぃんな大好きな御都合主義…………愛の奇跡ってやつよ」

 

 光が治まると、そこには一体のオートボットが立っていた。

 

「あれは……!」

「ああ、間違いない……!」

 

 アーシーとラチェットは、感嘆の声を漏らす。

 

「はん、やっと起きたか……!」

「馬鹿な……そんな馬鹿な!!」

 

 ロックダウンはニヤリと口元を吊り上げ、センチネルはオプティックを見開く。

 

 皆、それが誰だか分かった。

 理屈も何も、ない。

 でも分かった。

 

「帰ってきたんだ……!」

 

 スティンガーは感極まって呟く。

 ロディマスはラチェットの腕の中でその姿を瞳に映していた。

 前と姿は違う、でもそれが誰かは分かった。

 

 借り物ではない自分の声で、バンブルビーはその名を呼んだ。

 

「オプティマス……!」

 

 鮮やかな、赤と青のファイヤーパターン。

 物語の王が纏う騎士甲冑を思わせる、重厚で逞しい身体。

 背中に装飾のように配置された三対の煙突マフラー。

 神話の英雄の如き、精悍で雄々しい顔つき。

 全身から立ち昇る、神々しい虹色のオーラ。

 胸の穴を始めとした傷も、侮辱的なペイントも、その全てが完全に癒えていた。

 

「皆、待たせてすまない。……今、戻った」

 

 オートボット総司令官オプティマス・プライム、ここに復活……!

 




かれこれ20と数話ぶりに、オプティマス復活。
ここまで長かった……。

今回の解説

神機一体オプティマス・プライム
作劇上、言ってないけど前回のメガトロンと同様にネプテューヌと一体化した状態です。
見た目はロストエイジ以降のオプティマスそのまんまだけど、虹色のオーラが迸ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第171話 祈りの歌

師走につき、遅くなりました。
おそらく、2017年最後の更新になります。

※ちょっと修正。


「皆、待たせたな。……今、戻った」

 

 虹色のオーラを纏いオプティマス・プライムは新たな姿となって復活した。

 その声は通信となって戦場を駆け廻る。

 

『やった、やったぞぉぉ!!』

『オプティマスが帰ってきたぁああ!!』

『おお、センセイ……!』

 

 アイアンハイドを始めとした空中神殿攻撃組は歓声を上げ、否応なしに士気が上がる。

 オプティマスの帰還は、まるで魔法のようにオートボットにさらなる勇気を与えていた。

 

「オプティマス!!」

「『司令官!』」

 

 アーシーやバンブルビーも歓声を上げる。

 だがアイエフは、紫の女神の姿のないことに不安を覚えた。

 

「ネプ子は……?」

「お姉ちゃんは……オプティマスさんといっしょにいます!」

 

 それに応えたのはネプギアだ。

 彼女は、女神としての本能か姉がオプティマスと一体化していることを察していた。

 

「なるほど、女神とトランスフォーマーの一体化……神機一体とでも言うのかね」

「愛のパワーですね!」

 

 はしゃぐロディマスを抱いたラチェットは感心した様子で頷き、コンパも握りこぶしを作ってガッツポーズを取る。

 

 だがセンチネルは、信じられない物を見たという表情をしていた。

 

「オプティマス……生き返ったか!!」

「センチネル」

 

 その声に反応し、オプティマスはかつての師の方を向き、神々しさすら感じさせる表情で告げる。

 

「師よ、もはや貴方がたに勝ち目はありません。どうか、潔く降伏を」

「ほざけ! 生き返ったのなら、もう二度と甦えることのないようにしてくれる!!」

 

 瞬間、センチネルは腐食銃……あの、コズミックルストを撃ち出すトランスフォーマー殺しの武器を取り出すと、有無を言わさず発射した。

 しかし、あらゆる金属を瞬く間に腐食させるはずのコズミックルストの薬液は蘇ったプライムの体に届く前に消滅してしまう。

 

「な!?」

 

 一瞬、愕然とするセンチネルだが、続けてコズミックルストを発射する。

 だが何度撃っても、薬液は虹色のオーラによって中和されてしまう。

 

「センチネル。もう、止めにしましょう」

「いや……いいや! ここまで来て、もはや後戻りはできん!!」

 

 なおもオプティマスの申し出を拒否しセンチネルは飛び去る。

 追おうとしたオプティマスだが、その瞬間上空の戦艦が大爆発を起こし、炎の中から新たな姿のメガトロンが飛び出してきて、オプティマスの隣に着地する。

 

「メガトロン」

「オプティマス。ふん、やっと起きたようだな」

「ああ、おかげ様でな」

 

 オプティマスは、ネプテューヌを通してメガトロンたちが味方であることを知っていた。

 そしてそれは、不思議と頼もしさしか感じなかった。

 

『メガトロォォン! オプティマァァァス!』

 

 未だ空に浮かぶ神殿から、ザ・フォールンの声が聞こえてきた。

 

『おのれ、不信心者どもが……! それで勝ったつもりか? 女を取戻し、マトリクスの力で甦って、それで終いか?』

「師よ。負け惜しみはよせ、レイがこちらにいる以上、もうシェアエナジーを使った強化はできまい!!」

 

 メガトロンの吼える通り、ザ・フォールン派のディセプティコンたちからシェアの共鳴は消え失せている。

 シェアハーヴェスターも、女神がいなければ唯のデカブツ。

 数の理もない今、彼らに逆転の目は有り得ない。

 普通なら、だが。

 

『ふ、ふははは、はーっはっはっは!!』

 

 しかし、ザ・フォールンは哄笑する。

 天地を震わすそれは、しかしオプティマスとメガトロンを畏怖させるには至らない。

 

『愚かな奴らよ! すでに時間切れだ!!』

「なに? ……むっ!」

 

 神殿の下部に設置されたシェアアブソーバーから、さらなる光が放たれる。

 それは今までの虹色の光とは違う、禍々しい紫の光だ。

 同時に、ネプギアが地面に片膝を突いて苦しそうに喘ぐ。

 

「『ネプギア!』」

「し、シェアエナジーが……さらに吸い取られていく!」

 

 異変は他の場所でも起きていた。

 ノワールが、ブランが、ベールが、女神候補生たちが膝を突き地面に倒れる。

 

「これは……レイがいないのにどうやって……!」

『フハハハ! 保険は用意しておくものだ!』

「保険……? そうか、ダークスパークか!」

 

 オプティマス共々よろめくメガトロンは、師の言葉に現状を察する。

 ダークスパーク……魔剣ゲハバーンは元々ザ・フォールンが女神の力を保管しておくために作った物だった。

 そしてゲハバーンによって命を散らし、力を奪われた女神が長い歴史の中でレイだけとは思えない。

 

「こいつはお笑いだ……! あの野郎、本当にレイを痛めつけるためだけに機械に縛り付けてやがったのか……!」

 

 怒りに顔を歪めるメガトロン。

 だが、ザ・フォールンの悪辣さはさらに予想の上を行く。

 突然、稲妻のような光が地面に落ち、すると禍々しい紫色の波動が地面を伝って首都全体に広がっていく。

 

 それは生きる者には、一切の影響を与えなかった。……だが、死せる者はその限りではない。

 

 これまでの戦いで倒れたディセプティコンたちの亡骸。

 もう何も映さないはずの眼窩に紫色の光が宿り、すでに動かないはずの身体が動き出す。

 死者の復活……いやこれはダークスパークの力により、無理矢理動かされているだけだ。

 

 ゾンビ・ディセプティコンの群れは、拙い動きでオートボットを取り囲む。

 

『ハハハ、ハァーッハッハッハ!! さあ、今一度戦場に戻ってきたディセプティコンたちよ、その不信心者どもを引き裂き、叩き潰し、喰らい尽くせ!!』

「何と言うことを……!」

 

 死者への冒涜に怒るオプティマスだが、ザ・フォールンは勝利を確信して叫ぶ。

 

『これで、数の差も消えた! ましてシェアエナジーが無ければ、どれだけ数がいても女神などただの塵!! これで、詰みだ!!』

「そんな……ここまで来たのに、せっかくオプティマスさんも生き返ったのに……!」

 

 ネプギアは立っていられないほどに消耗し、絶望に顔を曇らせる。

 全てのシェアエナジーを吸い取られてしまっては、女神は何の力もない。

 

「フッ……」

 

 しかし、そこで不敵に笑う者がいた。

 

 メガトロンだ。

 

 破壊大帝は、自身に満ちた声を出す。

 

「シェアエナジーが無ければ、か。愚かだな、師よ」

『負け惜しみを……』

「女神と、ずっと戦ってきて分かった。シェアエナジーは、奪えば尽きてしまうような、そんな単純な物ではないのだ」

 

 隣に立つオプティマスも、力強く頷いた。

 

「シェアエナジーがオールスパークの力の一部……それはある意味において正しい。しかしそれだけではない。……シェアエナジーとは、信頼と絆の力。誰かが女神を信じる限り完全に無くなることなど有り得ない!!」

 

 その時、急に何処からか声が聞こえた。

 

『みんなー! ボクの声を聞けー!』

 

 

 

 

 サウンドウェーブは、未だ宇宙空間にいた。

 監視のディセプティコンを軽く始末した彼は、今はインターネットを介して5pb.の声をゲイムギョウ界中に発信していた。

 

『ゲイムギョウ界のみんな! 5pb.です! 今日は大切なお話があるんだ!!』

 

 この局面における情報参謀の使命は、決戦に参加することではなく、シェアエナジーが全て失われた時に、それを取り戻す手を打つことだった。

 

『今、女神様とオートボット……それにディセプティコンの皆が、この世界のために戦っているんだ』

 

 それこそが、5pbによる.呼びかけだ。

 レーザービークとラヴィッジを遣わして彼女に頼み込み……実際には二つ返事で了承してくれた。

 言ってはなんだが、彼女の知名度は下手な女神を上回る。

 必ず、みんな聞いてくれるはずだ。

 

『こんな時、ボクらに出来ることって何もないのかな? ……そんなことない。みんな、女神様やトランスフォーマーの皆を信じて、応援してほしい。ゲイムギョウ界では、想いは、祈りは、確かな力になるんだから!!』

 

 そして、5pb.は新曲である『Hard beat×Break beat』を唄いだす。

 想いを込めて、世界に届けと。

 それが、彼女の祈りなのだ。

 

 

 

 

 その歌声は、ゲイムギョウ界中に届いていた。

 あらゆるテレビから、ラジオから、ネットに繋がったパソコンから、5pb.の歌が流れる。

 同時に、戦場で戦う女神や人間、トランスフォーマーの様子が克明に映し出されていた。

 

「がんばれー、女神様ー!!」

「オートボットのみんなー、しっかりー!」

 

 最初に応援を始めたのは、各国の子供たちだった。

 それに釣られたワケではないが、大人たちも応援を始める。

 

「ネプテューヌさん、ネプギアさん……必ず帰ってきてください」

「契約はまだ終わっていないよ、ノワール、ユニ」

「ブラン様、ロム様、ラム様、どうかご無事で……」

「お姉さま! それにアリスも、負けないで!」

 

 各国の教祖を始めとした国民も、自分たちの女神に祈りを捧げる。

 

「えんちょうせんせー、めがみさま、まけないよね?」

「もちろんですよ、皆が応援すれば、ノワール様たちが負ける者ですか」

 

 幼稚園の園長は、園児たちと共に祈る。

 

「パパ、いっしょにロムちゃんやラムちゃんを応援しよう!」

「ああ! ……クマさん、アンタのことも応援するぜ!」

 

 ルウィーではテスラが友達の無事を祈り、父マークはブロウルのこともこっそりと応援する。

 

「女神様……それに、ミックスマスターたちも! 私たちの魂を見せてやれ!!」

 

 万能工房パッセのシアンは、工房の仲間たちと共に祈る。

 

「サイドスワイプ様……ユニ様……」

 

 サオリは、目を瞑って祈りを捧げた。

 

「パパ、サイドウェイズやジョルト……きっと勝てるよね!」

「もちろんじゃないか、僕やコーリーが応援するならね!」

 

 ルウィーの田舎の村、アニマルクロッシングのクリスとコーリーの親子は、避難所で友人たちの勝利を祈った。

 

「ガガガー! 野郎ども、ブラン様たちを応援するぞー!!」

『ヒャッハー!!』

 

 暴走族のメダルマックスも、無償ボランティアとして避難民に食事を配りながら祈る。

 

「ベール様、アリス様……」

 

 かつて秘密警察108号と呼ばれていた少女は、厳しくも優しい女神のことを信じ、祈る。

 

「父さん……」

「なにをしてるマニー、女神様のために祈らんか!」

「ッ! う、うん!」

 

 精神病院で父の世話をしていたマニー・モージャスは、祈る。

 

「ミスター・オプティマス。ミス・レイ。また会えることを信じています」

 

 ルウィーのトレイン教授もまた、祈る。

 

「オプティマス……見せてくれ、平和ってやつを」

 

 かつてハイドラヘッドと呼ばれていたクローンも、人々の避難を手伝いながら呟く。

 

「レッツ、ねぷねぷ!!」

『レッツ、ねぷねぷ!!』

「レッツ、おぷおぷ!!」

『レッツ、おぷおぷ!!』

 

 ネプ子様FCの面々も彼らなりの方法で祈りを捧げる。

 

「ベール様、アリス! がんばるビル!」

 

 ツイーゲはノートパソコンに向かって両手を振り上げる。

 

「ノワールちゃんたち、オートボットのみんな…………それにレイちゃん。アタシは快楽主義のどうしようもない悪党だけどね、アンタたちといた時間は楽しかったわ。……ちゃんと帰ってきなさいよ」

 

 アノネデスも、平時の不真面目さを捨てて真摯に祈る。

 

「マジェコンヌさん……」

「ふん、あんな奴らにいずれ私の物になる世界を壊されるのは不愉快だ。……女神ども、それにトランスフォーマーたち、必ず勝てよ」

 

 ナス畑で、マジェコンヌとマジックも敵に塩を送る形で祈る。

 

「…………」

 

 そしてアブネスは、無言で祈りを捧げていた。それが誰のための祈りかは、彼女のみぞ知ることだった。

 

 

 

 

 

 歌声と共に祈りはゲイムギョウ界中に広がっていく。

 

『これは……これは、何だ!?』

 

 祈りは、シェアエナジーとなって虹色の光として各国のシェアクリスタルに届いていく。……もちろん、空中神殿のシェアハーヴェスターにも絶えず吸い取られていく。

 

 しかし、どれだけ吸っても、シェアが尽きることはない。

 

『馬鹿な! シェアハーヴェスターの許容量を超えたエネルギーだというのか!!』

 

 ザ・フォールンの叫びの通り、もはやシェアハーヴェスターでは吸収し切れない。

 やはりシェアエナジーがオールスパークの力というザ・フォールンの考えは、完全には正しくなかったのだ。

 この世界と一体化したオールスパークの影響を受けた人々の祈りが、想いが、信頼が、実態的なエネルギーとなった物、それがシェアエナジーだったのだ。

 

 溢れるシェアエナジーは女神に、オートボットに、そしてディセプティコンに伝わっていく。

 

 

 

 

「届いたわ……皆の祈り、皆の想い!」

「うん。皆が応援してくれてる!」

 

 ノワールとユニは、胸を押さえて立ち上がる。

 

「これで負けるわけにはいかねえよな……ロム、ラム! いくぞ」

「うん、お姉ちゃん! 感じる……すごく、あったかい」

「よーし、こっからが女神の『ほんりょうはっき』だよ!」

 

 ブランとロム、ラムが声と共に光に包まれる。

 

「アリスちゃん、わたくしたちも!」

「はい、姉さん!」

 

 ベールとアリスがその姿を変える。

 

 十分なシェアを得て、人から女神の姿へと。

 

 黒が二つ、白が三つ、緑が二つ。

 七つの光が暗雲に覆われた空へと上がる。

 

「おお……何と美しい!」

「確かにな、こりゃ綺麗だ」

「あらあら、ますます可愛くなっちゃって!」

 

 その姿に、ドリフトとハウンド、クロミアは見惚れ、クロスヘアーズも感心したように見上げていた。

 

 女神化したノワールは、大剣となったワタリガラスを掲げ、鬨の声を上げる。

 

「さあ、みんな! これが最後の戦いよ!」

『おおおお!!』

 

 

 

 

「ギ…ア…!『ケリを着けよう!』」

「うん……やろう、ビー!!」

 

 明るい紫色の光に包まれて、ネプギアもまた女神の姿へと変身する。

 

「ネプテューヌ、感じているか? この力を」

『うん、感じるよ。みんなの信頼と愛。……これぞ王道! これぞ最終決戦!!』

 

 ゲイムギョウ界中から集まってくるシェアエナジーをオプティマスは穏やかに、ネプテューヌは騒がしく受け取る。

 オプティマスの身体から立ち昇る虹色のオーラが、どんどんと大きくなっていく。

 

「なるほど、これが機械で搾り取ったのとは違う、真のシェアエナジーか……勝てぬワケだ」

『こんなに暖かい物だったなんて……知らなかった。いいえ、知ろうとしなかった』

 

 心の底から感心したように、メガトロンは呟く。

 そのメガトロンの中のレイは、自らを通してメガトロンに流れるシェアエナジーに、その暖かさに震えていた。

 

「おのれ……イレギュラーどもが!!」

 

 空中神殿の真上に、黒い影が現れた。

 業を煮やしたザ・フォールンが、ついに自ら不信心者を討滅するべく打って出たのだ。

 

 顔の縁や背骨沿いの羽根のようなパーツが激しく蠢き、その細く曲線的な身体の全体から、地獄の業火のようなオーラが噴き上がる。

 

 これこそは堕落せし者の奥の手にして戦闘形態とでもいうべき、サヴェッジモードだ。

 

 その手前に、白銀の神々しいエイペックスアーマーを纏ったセンチネルが飛んできて空中で静止する。

 手には、変わらずテメノスソードが握られていた。

 装甲に覆われた顔から表情は窺い知れないが、あくまでもザ・フォールンに付いて戦う気であるらしい。

 

「オプティマス! 我らの未来が勝つか、貴様たちの未来が勝つか、雌雄を決する時がきた!!」

「メガトロン、来るがいい! その女共々、越えられぬ宿命という物を教えてくれる!!」

 

 裏切りのプライムたちは、それぞれのかつての愛弟子を最終決戦の相手として選ぶ。

 こちらの答えは、決まっていた。

 

「必ず、未来を掴み取る!!」

「宿命など、撃ち破ってくれる!!」

 

 オプティマスとメガトロンは、並んで今や打倒するべき敵となった師たちを見据え、揃って掛け声を上げる。

 

「オートボット!」

「ディセプティコン!」

 

攻撃(アタック)!!』

 

 そして最後の戦いが始まった……!

 




今回の解説

サヴェッジモード
炎のようなオーラを纏ったザ・フォールンの奥の手。
一部のザ・フォールンの玩具についている、クリアパーツを展開するギミックが元ネタ。

『Hard beat×Break beat』
原作アニメ、超次元ゲイムネプテューヌTHE ANIMATION最終回の挿入歌。
もちろん、5pb.ちゃんの曲。

サブキャラ大集合
蛇足でも、間延びしても、どうしても入れたかったんです。

※ツイーゲちゃん忘れてた……ごめんよ、ツイーゲちゃん。

シェアエナジー
オールスパークの力でもあるけど、同時にやっぱり人々の祈りや信仰のパワーでもあったという感じです。

次回は、それぞれの最終決戦、みんな編。

では、よいお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第172話 鋼鉄の勇者たち

 プラネテューヌ首都で行われている戦闘は、ついに最終局面を迎えようとしていた。

 

 行く手を阻むは、ザ・フォールンに組みする狂信者たちと、ゾンビと化したディセプティコン。

 立ち向かうは、オートボット、女神、人間、そしてディセプティコンの大連合軍だ。

 

 恐れることなど、あるものか。

 

「レイシーズダンス!! アイアンハイド! しっかりついてきなさい!!」

「無茶はすんなよ、ノワール!!」

 

 アームキャノン、アームブラスター、さらに胸のガトリングキャノン、右足のミサイル。

 コズミックルストによって死にかけるも、新たな姿となって甦ったアイアンハイドの全身から放たれる砲撃の嵐の中を女神化したノワールが飛び回り、自慢の剣技で次々とゾンビディセプティコンの身体を切り裂いていく。

 

 凄まじい密度の砲撃は、しかしノワールの身体には掠りもしない。

 

 最初は、お互いに反目し合っていた。

 しかしノワールはアイアンハイドの優しさを知り、アイアンハイドはノワールの不器用ながらも信念のある所を知り、様々な出来事を経て、お互いに父娘と思うようになっていた。

 

 黒い女神と黒いオートボットの剣戟と砲撃のダンスは、終わらない。

 

 

 

 

 若き戦士サイドスワイプは、タイヤになっている足を最大限回転させて、両腕のブレードで鈍間なゾンビを斬り捨てていく。

 その動きに迷いも、躊躇いもアリはしない。

 それどころか、回避や防御しようという気配すらない。

 

 後ろから迫るゾンビの爪先も、狂信者の武器も、サイドスワイプには届かない。

 後方から飛来した光弾が、正確に敵を撃ち抜きそれを許さない。

 

「スワイプ! 後ろがお留守よ!」

「俺の背中はユニが守ってくれてるからな!!」

 

 姉と師、憧れる相手に認められることを願う二人は、似た者同士だ。

 サイドスワイプは、いつしかそこにユニの信頼を勝ち取ることが目的として加わった。

 ユニは、自分を支えてくれる戦士に惹かれていった。

 

 愛する女神の援護を受ける戦士の走りに、一切の迷いなし。

 愛する戦士を援護する女神の弾道に、一切のブレなし。

 

 

 

 

 咆哮を上げ、デバステーターはゾンビの群れを踏み潰す。

 その身に流れ込んでくるのは、共に働いた仲間たちのシェアエナジーだ。

 足元では、レッカーズが各々の武器を手に戦っていた。

 

「まさか、ディセプティコンと共同戦線張ることになるとはな!」

「ハッ! まったく奇妙なもんだぜ!!」

 

 凶悪な形状のビーム砲を乱射しながらぼやくロードバスターに、ガトリング砲を撃つレッドフットが楽しそうに答える。

 

「だが、悪くない」

「ああ、そうだな。……今の誰だ?」

 

 聞きなれない声に当たりを見回すロードバスターだが、レッドフットは首を横に振る。

 

「俺だ」

「トップスピン?」

「お前……喋れたのか」

 

 声は隣で二丁のブラスターで戦っている青いレッカーズから聞こえた。

 戦闘中にも関わらず、クロスヘアーズとレッドフットは茫然としてしまう。

 そんなレッカーズを放っておいてデバステイターが空を見上げれば、オメガ・スプリームの宿るザンディウム号が、周囲の艦に砲撃している。

 

『コンストラクティコン。色々あったが、共に戦えて、嬉しい』

 

 オメガ・スプリームからの通信に、デバステーターはもう一度、咆哮を上げる。

 それは喜びに満ちたものだった。

 

 

 

 

「ゲッターラヴィーネ!!」

 

 ブランの大斧が、ディセプティコンを両断しようと襲い掛かる。

 緩慢な動きのゾンビはともかく、狂信者はその大振りな攻撃を悠々躱し、白い女神の小柄な身体を引き裂こうとする。

 だが、その瞬間には狂信者の首が身体から離れて宙を舞い、ステルスクロークを解いたミラージュが真紅の体を現す。

 

 すぐさま、他の狂信者がミラージュを狙うが……。

 

「テンツェリントランペ!!」

 

 自分から意識が逸れた隙を突いて、ブランが横薙ぎの一閃でまとめて吹き飛ばす。

 それでもゾンビは次から次へと湧いてくる。

 

「ヘッ! 数だけは多いな!」

「問題ない。お前と、俺ならな」

 

 白い女神と真紅のオートボットが歩調を合わせる限り、恐れる者などあるものか。

 

 

 

 

 一際大きなディセプティコンが、戦場で暴れていた。

 短い腕と細長い足で四足歩行し、胴体に砲を備えたデフコンと呼ばれるそのディセプティコンは、ザ・フォールンへの忠誠のためと言うよりは、闘争本能のままに暴れていた。

 

『アイス、サンクチュアリ!!』

 

 しかし幼い声が二つ重なって聞こえるやデフコンの体が凍結する。

 白い女神候補生、ロムとラムだ。

 

「スキッズ、やっちゃって!」

「マッドフラップ、まかせたよ!」

「応よ!」

「まかせろ、まかせろ!」

 

 双子女神の声に合わせ、物陰に隠れていたスキッズ、ステルスクロークで姿を消していたマッドフラップが飛び出し、互いの右腕と左腕を交差させて合体させる。

 

『くらえ!!』

 

 すかさず合体砲を発射。

 凍結して体が脆くなっていたデフコンは、粉々に粉砕された。

 

 オートボットの双子は、女神の双子を守るために強くなれた。

 女神の双子は、オートボットの双子が共にいてくれたから強くなれた。

 

 二人なら一人で出来ないことも出来る。まして四人なら、怖い物ナシだ!

 

 

 

 

「ふん、本当に強くなったものだ……」

 

 双子二組の奮戦に、ブラックアウトはプラズマキャノンで敵を一掃しながら感慨深げに呟く。

 敵同士だったとはいえ、若者が成長する姿は胸を打つ。

 

「兄者、油断するな」

「フッ、分かっている」

 

 義弟グラインダーに背を任せ、ブラックアウトは主君のために戦い続ける。

 

 

 

 

 ゾンビの群れの中を踊るように進む影二つ。

 一つは緑、もう一つは銀。

 

「ひゅう! ベール、君のダンスは相変わらず最高だ!」

「ええ、ジャズ! 貴方とのペアですもの!」

 

 さあ、ステップを踏もう。リズムに乗ろう。

 ペースを上げて、息を合せよう。

 

 華麗に舞う二人の通り過ぎた後には、狂信者もゾンビも倒れ伏すのみ。

 

 探り合う仲から、呉越同舟の共犯者へ。

 共犯者から、信頼のおける仲間へ。

 仲間から、愛し合う恋人へ。

 

 緑の女神と銀のオートボットの舞は、続いていく。

 

 

 

 

 ゾンビたちの上に、砲弾の雨が降る。

 主砲の弾、迫撃砲の弾、機銃弾、ミサイル。

 有り得ないほどの火力は、遮蔽物ごと敵を消し飛ばす。

 

「はっはっは! やっぱりこうじゃなきゃな!! さあ、前進だ!!」

 

 豪快に、それでいて味方に被害が出ないように全身の銃火器を発射していたブロウルは、戦車の姿に変形して味方の盾となって進む。

 

 その砲塔には、幸運のクマちゃんが微笑んでいた。

 

 

 

 

「さあて、検体になりたいのはどいつかね!?」

 

 ラチェットの回転カッターが唸りを上げ、不死身のゾンビの身体の重要な部分を的確に切り刻んでいく。

 いかなゾンビと言えど、人間で言えば全身の神経や腱に当たる箇所を破壊されては動くことが出来ない。

 他の戦士では易々と真似できない、医者である彼ならではの戦い方だ。

 

「さあ、コンパ君! 早いトコ、ケリを着けるぞ! なにせこの後には仕事が山積みだからね!!」

「はいです! みなさんを治すのが、わたしたちの本当のお仕事ですぅ!」

 

 ラチェットにも、それを援護するコンパにも、もはや敵のことなど眼中にない。

 二人が考えているのは、少しでも多くの者を治療する算段だった。

 

「ジョルト、お前も頼りにしてるぞ」

『了解! へへへ』

「何を笑っているんだね?」

『いや、やっと頼ってくれたなあって思って!』

「いつでも頼りにしてるさ!」

 

 弟子と連絡を取りながら勝気に笑むラチェットに、コンパも笑みを大きくする。

 

 医療従事者の道に、果ては無し。

 

 

 

 ボーンクラッシャーは、自分の同型と殴り合い続けていた。

 

「I hate you!!」

「だから、俺は別に嫌いじゃないって」

 

 同型同士、パワーもスピードもタフネスも全くの互角。

 しかして、戦い方は微妙に異なる。

 同型がテクニックもなく只々我武者羅に殴りかかってくるのに対し、ボーンクラッシャーは的確に防御し、時にフェイントを入れ、時にカウンターを繰り出し、確実に相手の体力を削っていく。

 

「Die! Die! Diiiieee!!」

「……お前と俺、何が違ったんだろうな?」

 

 殴り合いながら、ボーンクラッシャーは一人ごちる。

 同じ姿形のディセプティコンでありながら、同じ方向性なき破壊衝動を抱えた身でありなあがら、何が自分たちを分けたのか?

 

「ああ、そうだな。俺は『出会えた』お前は『出会えなかった』。それだけなんだろうな?」

「What`s!?」

 

 掴み掛かってくる同型の手を受け止め、四つに組み合う。

 同型は背中の腕を伸ばそうとするが、ボーンクラッシャーの方が一瞬早く同じ動作をした。

 腕の先の爪が、同型の頭部をしっかりと掴む。

 

「!? Stop it……GYAaaaaa!!」

 

 そのまま三本目の腕を体ごと思い切り引く。

 同型の首は胴体から引っこ抜かれて、地面に崩れ落ちた。

 

「次生まれてくるときは、お前も出会えるといいな」

 

 あの女神や雛たちと出会えなかった自分のIF(もしも)を前に、ボーンクラッシャーは呟くのだった。

 

 

 

 

 バイクの姿のアーシーは、アイエフを乗せ戦場を駆ける。

 ゾンビや狂信者に果敢にパルスライフルを撃ち続けていたアイエフだが、ついに弾が尽きた。

 

「弾切れね。どうするアイエフ? 引っ込んどく?」

「まさか! ネプ子が頑張って私がサボるなんて、あべこべでしょう!」

 

 しかし、二人とも動じない。

 アイエフはアーシーから飛び降りると両腕に愛用のカタールを召喚、装着し、アーシーも変形してエナジーボウを構える。

 

「それじゃあ、お仕置きの時間といきましょう!」

「ええ、今日は特に厳しくいくわよ!! ……烈火死霊斬!!」

 

 女傑二人の気迫は、狂信者や感情などないはずのゾンビさえ怯ませるのだった。

 

 

 

 

 バリケードはナイフを振り回すマインドワイプを相手にしていた。

 マインドワイプは不気味な声で囁くようにして言う。

 

「キキキ、勝てると思っているのか? ザ・フォールンに」

「さあてな」

「お前は俺と同じだ。トップが誰だろうと、どうでもいいんだ。なのに、何故戦う?」

 

 日和見者であるバリケードが戦う理由が分からず、マインドワイプは首を傾げる。

 ディセプティコンにとって、メガトロンをも超えて絶対的な存在であるザ・フォールンへの反逆。

 それも、ようするにたった一人の有機生命体の女を助けるため、そして餓鬼どものためなのだ。

 狂ってるとしか思えない。

 

「確かにな。マトモじゃない。だが、それでもいい! そう思える程度には、俺も女と餓鬼どもが好きらしい!」

「キキキ、理解できねえな! 喰らえ!」

「ッ!」

 

 超音波を発生させてバリケードに隙を作り、そのままナイフで胸を抉ろうとするマインドワイプ。

 しかし、バリケードは怯むことなくレッキングクローを振り抜く。

 鋭い爪の先端が、マインドワイプの胸板を貫いた。

 

「!? な、何故……!」

「お前の超音波なんぞ、餓鬼どもの泣き声に比べれば子守唄みたいなもんだ」

 

 最後まで理解できないという顔のまま、マインドワイプは地面に倒れて動かなくなった。

 バリケードはすでに倒した敵に興味を失い、次の敵に向かっていくのだった。

 

 

 

 

 襲い掛かる狂信者の腕を捩じり、後ろから襲い掛かろうとするゾンビの頭を振りかえることなくブラスターで撃ち抜いて、ロックダウンは排気する。

 

 まったく奇妙なことになったものだ。

 こいつは明らかに賞金稼ぎの領分を超えている。

 

 ……まあいいさ。

 

 あの女神が何処までやれるか、見届けてやるとしよう。

 

 

 

 

「ビー! 行くよ!! M.P.B.L!!」

「『もちろんさあ!!』」

 

 ネプギアの銃剣からのビームがゾンビを穿ち、バンブルビーが大柄な狂信者の背中に組み付き、ゼロ距離からブラスター射撃をお見舞いする。

 

 ときに姉と弟にも例えられる二人の息は変わらずピッタリだ。

 

「こんなトコでは負けられません!! ……だって、まだトランスフォーマーの分解調査をしてないもん!」

「!? 『まだ諦めてなかったの!?』『身の危険を感じる……!』」

 

 ビカビカと目を危険に光らせるネプギアに、何か封印した記憶の底をほじくり返されたような気がして身を震わせるバンブルビーだった。

 

 

 

 

「もう、ネプギアは相変わらずですね」

 

 スティンガーは粒子変形を繰り返し、敵の攻撃を躱しながら戦い続けていた。

 しかし後ろに回り込んだ狂信者が、ブラスターでスティンガーの頭を狙い撃とうとする。

 トリガーが引かれる一瞬前、真下の地面を突き破って現れた二本のドリルが狂信者の体を粉々に砕く。

 二連ドリルのドリルタンクは、地上に完全に現れるや粒子変形して二つの頭のそれぞれに単眼を備えた紫の人造トランスフォーマーの姿になる。

 振り返ったスティンガーはバトルマスクの下で目を丸くした。

 エディンとの戦い以降、トゥーヘッドは拘束されていたはずなのだ。

 

「トゥーヘッド? 何故ここに?」

「拘束なら、イストワールが解いてくれたぞ。……まあ、なんだ、やはり奴らのことは許せなくてな」

 

 照れくさげなトゥーヘッドに、スティンガーは嬉しくなる。

 友と一緒に戦えるのだ。嬉しくないワケがない。

 

 

 

 

 プルルートとショックウェーブは背中合わせに大量のゾンビを迎え撃っていた。

 粒子波動砲から放たれたエネルギー弾が分裂して敵に降り注ぎ、雷を纏った蛇腹剣が打ち据える。

 

「もう、ゾンビは痛みを感じないみたいだからぁ、物足りないわぁ」

「痛みは肉体のダメージを測る信号だ。それを失っているというのは、論理的ではないな」

 

 軽い調子で声を出す二人。戦場だというのに、まるで日常の一幕とでも言わんばかりの気楽さだ。

 そもそもからして一人でもずば抜けた強さを持つ二人が共に戦っているのだから、その相乗効果たるや押して知るべし。

 

「そうだプルルート。少しいいかね?」

「何かしらぁ、ショッ君?」

「あれから、私の君に対する感情について、論理的かつ多角的に思考し、一つの仮説に行き当たった。私は君に、愛を抱いているらしい」

「………………ほえ?」

 

 ショックウェーブの言葉が理解できず、プルルートは思わず呆ける。

 敵を的確に狙い撃ちながら、科学参謀は常と変わらぬ平静な声で続けた。

 

「ヒトの言う愛には、好意、関心、献身、敬意の要素が必要だが、私は君に対し好意、関心、そして敬意を抱いている。このことから75%の確立で君に対する感情は愛であると言える」

「ふえ、ふええええ!?」

 

 目を丸くしたプルルートは、次いで顔を赤くする。

 

「もちろん、これは仮説に過ぎないので、実践を通しての実証が必要だ。というワケで、交際してほしい」

「ちょ、ちょっと待って! アタシ、男の人にそういうこと言われるの初めてで……」

 

 妖艶な女神態のまま赤面している姿は、小娘のように初々しい。

 なんせ、この女神に告白してくる勇敢な男はいなかったのだ。

 普段はギリギリの発言を繰り返す菖蒲色の女神は、実際のところ免疫がまるでなかった。

 

「ふむ、返答は後で聞きたい。色よい返事を期待している」

「ふ、ふぁい……」

 

 そんな甘酸っぱい(?)空気を醸し出している間にも、敵を痛めつける手を休めないあたりが、この二人のこの二人たる所以であった。

 

 

 

 

 戦闘機の姿で空を行くスタースクリームは次々へと敵戦闘艇を落とし、戦艦のブリッジにミサイルを叩き込み、地上の味方を援護すべく爆撃を敢行する。

 

「ヒュウ! スタースクリームの奴、さらに腕が上がってねえか?」

「ああ、驚くべき技のキレだ」

 

 その後ろに付くスカイワープとサンダークラッカーも、その飛行技術に舌を巻く。

 

「無駄口叩いてんじゃねえ!」

「カッカッカ! 相変わらずいい飛びっぷりだな、相棒!!」

「ッ! ジェットファイアか!」

 

 ピシャリと部下たちを諌めるスタースクリームの横に、黒い高高度偵察機が並ぶ。

 驚くべきことに、その『黒い鳥』と呼ばれる偵察機はスタースクリームの動きにピッタリ付いてくる。

 

「アンタも相変わらずの腕のようだな。錆びてなくて安心したぜ!」

「まだまだ若いもんには負けん!」

 

 まるで無二の親友のように軽口を叩き合いながら、競うように敵を叩き落としていく。

 

「それで、ピーシェんとこにはいかないのか?」

「もう少し後でな」

 

 センサーで下を見れば、ピーシェがゾンビ相手に暴れ回っている。

 よくよく見れば、瓦礫の陰に隠れてホィーリーもいる。

 こちらに気が付いたのか、ピーシェが手を大きく振ってくる。

 それに機体を揺らして答え、スタースクリームはさらに加速する。

 

 ヒーローたる者、応援には応えなければならない。

 

 

 

 

 グリムロックは、依然スモルダーと取っ組み合っていた。

 他のダイノボットたちはゾンビを蹴散らしている。

 

「ぐるるぅ! 我、グリムロック! この世界、護るため、負けはしない!!」

「守るだぁ?」

 

 スモルダーは合体形態のまま顔に嘲笑を浮かべた。

 

火火火(ヒヒヒ)! そんなことしてどうする? 命なんざ、世界なんざ、燃えちまえばそれで終わりよ!!」

 

 破壊を愛する放火魔のスモルダーに、グリムロックの言い分は理解できないようだ。

 しかしスモルダーの言い分こそ、グリムロックには決して受け入れられない。

 

「それでも、護る! 姫様たちと約束した!」

 

 誰よりも敬愛し、誰よりも大切な、二人の姫との約束は、ダイノボットたちにとって何にも優先される。

 大怪力で一瞬スモルダーを弾き飛ばし、グリムロックは瞬時に暴君竜の姿に変形し、スモルダーの首筋に噛みつく。

 

「グッ!?」

「お前が燃えろ!!」

()げえああああ!!」

 

 そのまま口から轟炎を吐いて傷口に流し込んだ。

 体内から焼かれたスモルダーは悲鳴を上げるが、やがてそれも消えていった。

 焼け焦げた金属の塊となったスモルダーをペッと捨て、グリムロックは大きく咆哮するのだった。

 

 姫との思い出は、獣を騎士へと変えた。

 いかなる神も悠久の時間も、騎士を獣に戻すことはできない。

 

 

 

「ほい、軌道計算完了」

「ほい、ありがとさん」

 

 超音波砲の操縦席に座っているホイルジャックは同じく乗り込んでいるブレインズの報告を受けて砲塔を操作する。

 

「それじゃあ、ポチッとな!」

 

 上手く行ってくれよと祈りながらスイッチを押せば、パラボラから集束された超音波が発せられ空中神殿周囲に張り巡らされたフォースバリアを相殺した……。

 

 

 

 

 アリスは空中神殿を見上げ、その周囲の空域で壮絶な戦いを繰り広げるメガトロンを目で追った。

 

「ん、やっぱりそういうことよね」

 

 自分ではなくレイなる女神がメガトロンの傍にいるということは、あのメガトロンがあの女神を救出に動いたということは、つまり『そういうこと』なのだろう。

 失恋のそれに近い苦い痛みを胸に感じつつも、それを吹っ切るためにインカム型通信機に向かって吼える。

 

「サイドウェイズ!! フォースバリアが消えたわ! ぶちかましてやりなさい!! 美味しいトコなんだから、外さないでよ!」

『オーライ! 任せとけ!』

 

 威勢のいい返事と共にレールガンから弾丸が発射され、真っ直ぐ空中神殿の下部、シェアハーヴェスターに命中して爆発を起こす。

 ゲイムギョウ界からシェアエナジーを奪い続け、女神たちを危機に追い込んできた装置は、ついに爆散したのだった……。

 

 

 

 

「シェアハーヴェスターが……馬鹿な!」

 

 崩れ落ちる装置を見上げ、ドリフトと切り結んでいたブラジオンは愕然と声を上げる。

 それでも、むざむざ斬られるような隙は作らない。

 

「これまでだ、ブラジオン! もはや貴様らに勝ち目はない!」

 

 ドリフトは凄まじい速度で両手に持った刀を振るうが、ブラジオンも長刀と小太刀で応戦を続ける。

 やがて勝負は鍔迫り合いになるも、お互いに一歩も引かない。

 

「ブラジオン! 貴様ほどの武人が、仲間を犠牲にし死者を冒涜するような輩にいつまで組みする!」

「それでも! あの方は我らが父祖! 生まれは変えることは出来ぬ!」

「……分からず屋め!」

 

 一旦距離を取り、ブラジオンは小太刀を捨てて長刀を正眼に構える。

 対しドリフトもそれに倣うかのように一刀を手放し、両手で一刀を握って動きを止める。

 戦場のド真ん中だというのに、微動だにしなくなった両者だが、互いに殺気だけが際限なく高まっていく。

 そして……。

 

「!」

「奥義! 疾駆斬(ブレイド・ダッシュ)!!」

 

 一瞬にして、二つの影が交差する。

 両者は少しの間、得物を振り抜いた姿勢のまま静止していた。

 だが、ドリフトがふら付いて地面に膝を突く。

 

「フッ……」

 

 ニヤリと髑髏顔に笑みを浮かべるブラジオンだが、その身体には斜めに大きな傷がついていた。

 

「見事……しかしドリフトよ、お前もいずれ、ディセプティコンの業に行き当たろう……。メタリカトーは、死ぬことと見つけたり……!」

 

 ゆっくりとブラジオンが前のめりに地面に倒れ、二度と起き上がることはなかった。

 ドリフトは深く排気し、刀を杖代わりに立ち上がる。

 

「…………だとしても、我が魂はオプティマス・プライムと共に在り」

 

 静かに呟き、ドリフトは次に敵に向かって歩いていった。

 己の血は変えられぬとしても、魂は変えられると信じて。

 




明けまして、おめでとうございます。2018年もよろしくお願いします。

蛇足でも、間延びしても、それでも入れたかったこの展開(二回目)
最後なだけに次々退場していく敵キャラたち。
デフコンは、散々待たせたあげくにこんな出番でごめんなさい。

……ここまで出番のないドレッズと無念三兄弟は他のトコで仕事してます。

そして次回は、それぞれの最終決戦、メガトロン編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第173話 決戦! ザ・フォールン!!

 惑星サイバトロンの見える空の下、青い稲妻を纏った神機一体メガトロンと、業火のような赤いオーラを纏ったサヴェッジモードのザ・フォールンが激突する。

 

「メガトロォォンッ!! この馬鹿弟子がぁああッ!!」

 

 ザ・フォールンは念力を放って自分に向かって飛んでくるメガトロンを弾き飛ばそうとするが、もはやメガトロンに超能力は通用しない。

 身を縛ろうとする念力を難なく振り払い、右腕のフュージョンカノンを撃つ。

 ザ・フォールンも体の周囲に、火球を出現させてメガトロンに向け放つ。

 

 互いに飛び回りながら放つ攻撃の、その一発一発が並のトランスフォーマーなら蒸発するほどの破壊エネルギーを秘めいていた。

 

 しかし、それぞれが身に纏うオーラと稲妻がバリアの役割を果たし、互いに碌なダメージを与えられない。

 

「今更、オートボットと仲良しゴッコか! 貴様、野望を忘れたか!! 憎悪を忘れたか!!」

「野望も憎悪も忘れたつもりはないわ! だが『そんなこと』よりも、子らの未来の方が大事という、それだけの話だ!!」

 

 怨嗟に満ちた咆哮を上げるザ・フォールンに、決意を込めてメガトロンは吼え返す。

 愛しい我が子らの未来よりも……そして、レイよりも優先することなどあるものか。

 

 しかしその決意も、ザ・フォールンの憤怒に油を注ぐ結果になった。

 ザ・フォールンの怒りに呼応して地上の瓦礫が浮かび上がり、砲弾のようなスピードでメガトロンに向けて飛んでくる。

 砲弾と化した瓦礫群を、メガトロンはキャノン砲や全身から稲妻で撃ち落とすが、瓦礫はその数と勢いを増し、行く手を阻む。

 

「ぬう……!」

「メガトロォォォン! 貴様如きがプライムである俺を倒せると思ったか!! プライムはプライムにしか倒せぬ! それが理という物だ!!」

 

 湧き上がる怒りのままにザ・フォールンが両腕を掲げると、突然破壊エネルギーの竜巻が起こり、瓦礫群もろともメガトロンを飲み込んだ。

 

「プライムはプライムにしか倒せぬだと? ……そんな理は、破壊するのみ!!」

 

 エネルギーの大渦に翻弄されるメガトロンだったが、万力を籠めてタリの剣を振り、渦を真っ二つに切り裂いた。

 そのまま一気に接近し、大上段からザ・フォールンに斬りかかる。

 

「うおおおおおッ!!」

「なんのぉおおおおッ!!」

 

 メガトロンの大剣をザ・フォールンの杖が受け止めると、炎と雷が迸り衝撃波で大気が震える。

 だが純粋な力比べではメガトロンの方が僅かに上らしい。

 ジリジリと押し始めるが、ザ・フォールンは念力による衝撃波を発し、その反動で距離を取ると、次いで瞬間移動でメガトロンの後ろに転移すると、その背に向けてエネルギーを纏った杖を槍のように突き出す。

 

「死ね!!」

「ッ!」

 

 その瞬間、メガトロンはレイの技であるポータルを開き、一瞬にしてその中に飛び込むことで杖を回避する。

 これまでになくレイと強く結びついたことで、彼女の能力を使えるようになったのだ。

 

 そこからは、両者共に目まぐるしく瞬間移動を繰り返しながらの戦いとなった。

 互いに後ろを取ったかと思えば、その瞬間には背後を取られ、都市の両端まで離れた、と思えば組み合う位置まで接近している。

 縦横無尽天地無用、空間と次元軸さえ超越し、破壊大帝と堕落せし者は死闘を続ける。

 

 しかしその時、余計なことが起こった!

 

『そこらへんにしてもらおうか、メガトロン!』

 

 何処からか通信がメガトロンとザ・フォールン、双方の回路に飛んできた。

 ブレイン内に、カメラレンズ状の単眼が映し出される。

 ザ・フォールンに着いたディセプティコンの一人、スウィンドルだ。

 後ろには、似た姿のドレッドウイングとペイロードもいる。

 

 三体の単眼ディセプティコンは、幾何学模様の球体にそれぞれの武器を向けていた。

 あの、トランスフォーマーの卵を保護するための保護カバーだ。

 球体は空中神殿に運び込まれ、そのまま安置されていた。

 それを人質に取ろうというのだろう。

 

『へっへっへ、テメエの大事な卵を壊されたくなかったら、大人しくしな!』

 

 卵は雛と並んでメガトロンのアキレス腱。

 そう睨んだ三体は、戦いにも加わらず、この時をジッと待っていたのだ。

 ザ・フォールンに最大級の恩を売れる時を。

 

 これで、スウィンドルたちの未来は明るい。……そのはずだった。

 

「……この、愚か者どもが!!」

『へ?』

 

 しかし、ザ・フォールンは褒めるどころか、スウィンドルたちに向かって心底呆れ果てたという顔をして怒鳴る。

 

「そんなものは、反乱を計画した時点で運び出したに決まっておろうが! そんなことも分からんのか!!」

 

 確かに卵はメガトロンの弱みだ。

 だからこそ、戦場のど真ん中になるだろう空中神殿に卵を置いておくはずがない。

 怒鳴られたスウィンドルは慌てて卵の保護カバーを外す。

 すると、そこには青く輝く卵は唯の一つもなく、代わりに一枚の紙切れが残されていた。

 紙にはこう書かれていた。

 

『お疲れさまだYO!』

 

 それは、メガトロンの命を受け、卵を脱出させたドレッズたちが残した物だった。

 ご丁寧にクランクケース、クロウバー、ハチェットのデェフォルメされた顔が描かれていて、アッカンベーしている。

 

『な、な、な!?』

 

 動揺する単眼三体に、メガトロンはニィッと残酷な笑みを送った。

 

「……さてとだ。未遂に終わったとはいえ、トランスフォーマーの未来を担う命を奪おうとした罪、万死に値すると思うのだが。レイよ、お前はどう思う?」

『あら? 殺すだけで終わらせるだなんて、お優しい。……見ていましたよ、その三人は私の可愛い坊やたちを苛可愛がってくれましたからね……殺すだけじゃ飽き足らないわ。想像を絶する苦しみを味あわせてやる……!』

 

 メガトロンと融合した状態でありながら、レイはゾッとするような低く冷たい声を出す。

 単眼三体のブレインには、メガトロン以上の苛烈さを垣間見せるレイの美しくも凄絶な笑顔が映し出されていた。

 

『ひ、ひぃいいい!!』

 

 恐ろしさのあまり情けない悲鳴を上げて、スウィンドルが無理矢理回線を切ると、メガトロンは清々したとばかりに鼻を鳴らし、剣先をザ・フォールンに向ける。

 

「最後に残った手下がアレとは、貴様の程度も知れるな!」

「おのれ……役立たずどもが!!」

 

 再びメガトロンに攻撃しようとするザ・フォールンだが、その時ハッと空中神殿の方に顔を向けた。

 空中神殿は健在だったが、底部のシェアハーヴェスターは轟音と共に崩れ落ちていく。

 連合軍が、ついに作戦を完遂したのだ。

 

「これで終わりだ、堕落せし者よ。貴様の目的は潰えた」

「いいや、まだだ! まだ終わってはいない!! まだ終わるワケにはいかぬ!!」

 

 冷厳としたメガトロンの声に、しかしザ・フォールンは怒声で応える。

 堕落せし者の体のオーラが大きく膨らみ、纏うエネルギーが最大級まで高まると同時に杖の先に集中していく。

 

「我はオールスパークの子! 子は親のために尽くす物! オールスパークの意思の完遂こそが、我が存在意義!!」

『……違う!!』

 

 敵と同じように最大以上にエネルギーを溜めるメガトロンの中で、レイは叫ぶ。

 

『子供は、いつか親から離れるもの! いつか親を超えていくもの! オールスパークだってそれを望んでいるわ!』

 

 普通とは大分違う形だが、子供を得て理解できたこともある。

 全ての親がそうとは言わない。例外はいくらでもある。

 子の成長、自立を嫌う親もいるだろう。

 それでも、少なくとも自分は子供たちがいつか立派に巣立つ日を夢に見る。

 

『貴方はオールスパークに愛してほしいだけ! どれだけの力を持っても、どれだけの年月を生きても、小さな子供と同じよ!!』

 

 結局、それがザ・フォールン……メガトロナスの行動原理の全て。

 兄弟を殺害し、オートボットとディセプティコンに戦う運命を強い、メガトロンやレイを含めた多くの者たちを利用して、その全ては創造主の愛を得る、そのためだけに。

 

「ディセプティコンは、より強い者の言うことには、良く考えずに従う、か……」

 

 メガトロンはレイの叫びに、以前スタースクリームが言っていたことを思い出した。

 なるほど、そう考えるならば、ザ・フォールンはやはりディセプティコンの始祖なのだろう。

 

「ほざくな!! 我が最大の攻撃で、灰燼と化すがいい! これで、終わりだぁあああああッ!!」

 

 ありったけの怒りと怨嗟と共に、ザ・フォールンは全てのエネルギーを赤い破壊光線として杖先からメガトロンに向けて放った。

 

「いいや! 終わるのは貴様だぁああああッ!!」

 

 メガトロンもまた、全てのエネルギーを込めて右腕のカノン砲から青い破壊光線を撃つ。

 二者の間で破壊光線がぶつかり合い、拮抗する。

 

「女、それにメガトロン! 貴様らはこの俺が見出してやったのだ!! 飢えた浮浪者と、意味なく死ぬはずだった鉱夫をな! 貴様たちの歩んできた道! 掴んだ物! その全て全て、俺が用意してやった物だ!!」

 

 あまりのエネルギーに杖のみならず全身にビシビシと罅が入りながらも、ザ・フォールンは光線の放射を止めない。

 

「貴様らは俺の子も同然! 子が親に逆らうなど、言語道断! 増して、超えることなど出来るものか!!」

 

 対するメガトロンのカノン砲、そして全身にも細かい罅が入っていく。

 両者は全くの互角……いや僅かにメガトロンの光線の方が少しずつ押されていく。

 だが、メガトロンの目に諦めも絶望もない。

 そんな物は、レイと共にいる限り、有り得ない。

 

「師よ! ディセプティコンの始祖たるメガトロナスよ! 確かに貴方は我が父も同然! なればこそ、我らは貴方を超えてゆく!!」

 

 メガトロンが叫ぶ。

 

『貴方がいなければ、今の私たちはいなかった! だからこそ、貴方を倒す! 私たち、二人で!!』

 

 レイが吼える。

 

『うおおおおおおおッ!!』

 

 メガトロンとレイの咆哮が重なり、カノン砲から吐き出されるエネルギーが強くなってゆく。

 徐々に、ザ・フォールンの熱戦を押し返しはじめた。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 ザ・フォールンは目を見開き、さらなる力を己の内側から引き出そうとするが、光線を押し返すことはできない。

 

「馬鹿な……こんな、馬鹿なぁああああああッッ!!」

 

 絶叫もろとも、ザ・フォールンを破壊光線が飲み込む。

 その瞬間、堕落せし者、あるいはメガトロナス・プライムのブレインに、ある考えが浮かんだ。

 

――子は親を超えるもの。親の手を離れ歩いて行くもの。もしそれが正しいのならば、奴らの言い分が正しいのなら……母上(オールスパーク)よ、私は間違っていたのですか?

 

 その疑問への答えはなく、メガトロナスの意識は闇の中へと墜ちる(フォール)のだった……。

 

 

 

 

 

 

 同じころ。

 主を失った空中神殿の中枢。

 レイが囚われていた場所には、彼女の代わりにダークスパークが設置されていた。

 

 しかしそれを制御するディセプティコンの始祖は、もはやいない。

 

 シェアエナジーをたらふく喰らったダークスパークは、鼓動するように明滅を繰り返す。

 その明滅は時間を経るごとに激しく、また不規則になっていた。

 

 ピシリと、金属フレームに覆われた魔剣の欠片に一筋の罅が入るのを見たものは、誰もいなかった。

 




メガトロンとレイは、書いてるうちにドンドンと思い入れの強くなったキャラでした。
実のところ、この二人を組ませたのは『オプティマスにヒロインがいるんだから(この頃は愛し合うか、あくまで友情でいくかは決めてませんでしたが)メガトロンにもヒロインがいてもいいだろう』くらいの理由でした。

しかしよー考えたらこの二人、
『孤独な男と孤独な女』
『美女と野獣メソッド』
『一介の剣闘士からの成り上がりという、ロマン溢れる出自のメガトロン』
『自分の国を滅ぼしてしまった太古の女神という、ロマン溢れる出自のレイ』
という自分的にドストライクな要素が詰まっており、気づけば凄い優遇しておりました。自分でもやり過ぎと思うくらいに。

次回は、それぞれの最終決戦、オプティマス編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第174話 センチネル・プライム、最後の戦い!

 戦場の真ん中で、オプティマスとセンチネルの師弟が相対する。

 センチネル・プライムの攻撃は素早く的確だった。

 エイペックスアーマーの各所に配置された火器を使い弾幕を張る。

 

「武器もなく、儂に挑むか! オプティマス!!」

 

 復活したとはいえ、今のオプティマスは離れた敵に対応する武器を持っていない。

 近づけなければセンチネルの重火力の前に為す術もないはずだ。

 

『武器ならあるよ!!』

 

 しかし弾幕の中のオプティマスが左手を翳すと、手の中に虹色のオーラが集まってガトリング砲が現れる。

 以前、ネプテューヌとの合体形態の時に使っていた、ビームガトリング『ヴァイオレットバルカン』だ。

 唸りを上げて回転するバルカンから吐き出される光弾の雨はエイペックスアーマーを傷つけるには至らないものの、動きを鈍らせることはできた。

 すかさず右腕を翳すと、先ほどと同じようにオーラが結集して長い砲身のキャノン砲『プラネティックキャノン』が形作られると同時に発射される。

 

「なに!?」

 

 高出力のビームは狙い違わずセンチネルの鎧……その右肩のキャノン砲の砲口に直撃する。いかにエイペックスアーマーが絶対不壊と謳われても、砲の内部構造まではそうはいかない。

 センチネルは即座にキャノン砲を本体から切り離し、ダメージを防ぐ。

 

 だが、一瞬の隙はできた。

 

 その一瞬の間に、オプティマスは脹脛に新たに備えられたスラスターからジェット噴射して飛び上がると半ば体当たりするようにしてセンチネルに組み付いた。

 

「落ちろ!」

「舐めるな!!」

 

 そのままバランスを崩したセンチネル諸共、戦場の近くの河に架かる橋に落ちるが、体格差からくるパワーの違いゆえかセンチネルに橋の反対側に投げ飛ばされる。

 

 この橋は戦闘が行われている区画のちょうど合間にあるらしく、周囲に他の者の姿はない。

 

 すぐに立ち上がろうとするオプティマスだが、センチネルは両腕にブラスターライフルを構えると同時に撃った。

 オプティマスは正面に障壁を張ると、そのまま突っ込む。

 

「ッ! 愚か!!」

 

 銃撃が障壁に弾かれるのを見たセンチネルは、あえてテメノスソードを抜きオプティマスに斬りかかる。

 オプティマス自身の愛刀である古のプライムの遺産は、女神の力による障壁を軽々切り裂き、その頭部を捉える。

 間一髪、オプティマスは両腕からエナジーブレードを展開して頭上で交差させることで斬撃を防いだ。

 

『ちょっと! それはオプっちの剣だよ!!』

「これは偉大なプライムの遺産!! それにこの世界の諺にもあるだろう! 『お前の者は俺の物、俺の物は俺の物』とな!!」

『それ諺じゃないし!』

 

 ネプテューヌの抗議に構わず斬り合いに移行するオプティマスとセンチネルだが、三手打ち合った所でセオプティマスのエナジーブレードが刃こぼれし、四手目で罅が入り、五手目で砕け散った。

 

「グッ……!」

「未熟! あまりに未熟!! 彼我の戦力差すら見誤るとは! その程度で、未来を掴めると思うのか!!」

『それなら!!』

 

 回し蹴りでオプティマスを蹴り飛ばし怒声を上げるセンチネルだが、ネプテューヌは次なる手を打つ。

 

『32式エクスブレイド!!』

 

 虹色の光が結集しオプティマスの眼前の空中で大剣の形に結集した。

 オプティマスは迷いなくその剣の柄を手に取る。

 

 32式エクスブレイドは、シェアエナジーで出来た剣を空中に作り出し、敵にぶつけるネプテューヌの技だ。だが今回は、それを手持ち武器としてオプティマスが握った。

 今度は何回打ち合っても、剣が壊れることはなく、それどころか一瞬の隙を突いてエイペックスアーマーの右翼を斬り捨てる。

 

「ッ! 馬鹿な! そんな剣がテメノスソードと互角なばかりか、エイペックスアーマーに傷をつけるだと!?」

『ふふ~んだ! この剣はわたしへのシェアに、オプっちへのシェアを混ぜって作ったスペシャルバージョンだもん!』

 

 ネプテューヌの自慢にオプティマスも勝気な笑みを浮かべ、シェアの剣でセンチネルに向かって剣を振り下ろす。

 センチネルがそれをテメノスソードで受け止め、二人のプライムは鍔迫り合いになる。

 

「センチネル! 自由は全ての生命の権利だと、教えてくれたのは貴方だ!」

「それを言うなら、生存は適者の権利だ! 相応しくない者は消えてゆく!」

 

 一旦離れたセンチネルは、剣を右手で握り左手で背中から盾を取り出す。

 それは以前使っていた物よりも一回り小さく丸い盾だ。

 

「これはベクターシールド! かの最初の13人が次兄、ベクタープライムの盾だ!!」

 

 わざわざ盾について説明したセンチネルは、今やデッドウェイトとなった翼とスラスターを備えたバックパック部と脚部のブラスター、装甲の一部を切り離し、オプティマスと斬り結ぶ。

 一手、二手、三手目にしてセンチネルは大きく踏み込み、横薙ぎの一撃をオプティマスの腹に喰らわせる。

 

「グッ!」

「三太刀目に踏み込みが甘くなるのが、貴様の悪い癖だ!」

 

 痛みに堪えて反撃しようと剣を振るうオプティマスだが、剣は盾に阻まれカウンターとして繰り出された鋭い突きが腹に刺さった。

 明らかに動きが読まれている。

 

「貴様に剣を与え、技を教え、知恵を授けたのは、この儂だぞ! 貴様の動き、貴様の考え! 手に取るように分かるわ!!」

 

 エイペックスアーマーが破損したことで、いよいよ無意識下の油断や慢心もなくなったらしい。

 センチネルは往年の英雄らしい、鋭い動きと技で徐々にオプティマスを圧倒してゆく。

 

「この儂は人生の全てをサイバトロンのために尽くした! プライムとしての使命を果たしてきた! 貴様が如き、女と乳繰り合っているような半端者に負ける道理はないわ!!」

 

 防戦一方に追い込まれるオプティマスだが、センチネルの叫びを聞いてなお、諦めなど微塵もない。

 

「センチネル! 私は負けない! ネプテューヌのため、サイバトロンとゲイムギョウ界のため、そして私自身が幸福になるために!!」

「それこそが、貴様の半端者たる所以よ! ()を殺し、サイバトロンのために全てを捧げるのがプライムだ!!」

「ならば、私は新たな道を行く! サイバトロンの未来も自分の幸せも、両方掴み取ってみせる!!」

 

 吼え合いながら、斬り合い続ける二人のプライム。

 変わらず、全ての技と動きを読んでいるセンチネルが優勢だ。

 

「貴様は昔から残酷な決断ができん奴だった! その温さ、その甘さ! 唾棄するに値する!!」

『それがオプっちの良さだもん! 完全に冷酷無慈悲なオートボット総司令官なんて、シャッタードグラスだけで十分だよ!!』

 

 ある意味で正論なのだろうセンチネルの怒声に、ネプテューヌは感情論とメタネタで反論する。

 この局面でもブレない女神に、センチネルはさらなる怒りで顔を歪める。

 

「貴様の技で儂は倒せん!」

「確かに、私の剣で貴方は倒せない。だが……クロスコンビネーション!」

 

 オプティマスは、剣を目にも止まらぬ速さで剣を振るう。

 盾と剣で防ぐセンチネルだが、四回目の斬り上げに防御を崩され、最後の上段からの一撃を凌ぎきれず肩を負傷する。

 

「ッ! なんだと!?」

「まだまだぁ! クリティカルエッジ!」

 

 続いてオプティマス下から大きく斬り上げて相手の体勢を崩し、居合切りにも似た一閃を繰り出す。

 防御が間に合わず、エイペックスアーマーの脇腹に一文字の傷が刻まれる。

 傷ついたことよりも、己の教えた剣技とは全く違う技と太刀筋にセンチネルは戸惑う。

 

「なんだ、その技は!!」

『わたしの必殺技だよ!』

 

 それに対する答えは、ネプテューヌの得意げな声だった。

 極限まで一体化したことで、オプティマスはネプテューヌの技を使えるようになったのだ。

 

「ッ! 文字通り二人で戦っているとでも言うつもりか!」

「二人だけではない! ネプテューヌを通して伝わってくる。みんなの祈りが、想いが!」

『わたしだけじゃなくて、オプっちのことも応援してくれてる! わたしたちは、みんなと一緒に戦ってるんだよ!!』

 

 オプティマスの、いや『オプティマスとネプテューヌ』の体から迸る虹色のオーラが輝きを増していく。

 圧倒されて一歩後ずさりそうになるセンチネルだが、グッと前に踏み止まる。

 

「ッ! いや、いいや! 儂はサイバトロンのために全てを捧げてきた! 個を捨て、情を捨て、誇りさえ捨て、一人でサイバトロンのために尽くしてきたのだ!! 残酷な決断もできぬ甘ちゃんのお前たちに、孤独に耐えることもできぬお前たちなどに……負けてなるものかぁあああ!!」

 

 威厳の何もかなぐり捨てて、地を蹴りオプティマスに向かって走り出す。

 オプティマスもまた、地を蹴ると同時に脹脛からジェット噴射してセンチネルに向かっていく。

 ジェット噴射の勢いで放った一太刀目は盾で防がれた。

 しかし、反撃されるより前に素早く飛び退いたオプティマスは、縦横無尽に飛び回りながら二太刀目、三太刀目と浴びせていく。

 

「……ッ!」

 

 反撃の機会を窺いながら剣と盾で斬撃をいなすセンチネルだが、オプティマスの早さと斬撃の勢いはどんどんと上がっていき、ついに分身して見えるほどに加速するに至って、防ぎ切れなくなっていく。

 シェアで出来た32式エクスブレイドは、エイペックスアーマーに次々と深い傷を刻みつけていく。

 

「ぐッ……おおおぉぉおおおッッ!!」

 

 これぞ、かつてメガトロンとの戦いでも使われたネプテューヌの必殺技。

 その名も……。

 

『ネプテューンブレイク!!』

 

 最後の一太刀が炸裂し、ついにエイペックスアーマーが粉々に砕け散る。

 だが同時に、32式エクスブレイドも限界を迎えて光の粒子になって消滅した。

 

 エイペックスアーマーを失い生身を晒したセンチネルだが、なおも咆哮を上げて跳躍し、背中から双剣プライマックスソードを抜き無防備なオプティマスに向けて振り下ろす。

 

「もらったぁ!!」

「まだだぁ!!」

 

 その瞬間、オプティマスは両手を頭上に掲げて自分に迫る刃を真剣白刃取りで止めて見せ、同時に、その胸から分離したネプテューヌが現れた。

 

「な、なんだとぉッ!?」

 

 驚愕するセンチネル。

 オプティマスは元のトレーラートラックの意匠を強く残した姿に戻りながらも刃を放さない。

 そしてネプテューヌは、女神化してセンチネルに向け飛翔し、そして……。

 

「クリティカルエッジ!!」

 

 手に持ったオトメギキョウで一文字にセンチネルの剣を持つ右腕を斬りつける。

 その攻撃で腕に傷を負いプライマックスソードを取り落としたセンチネルだが、しかしなおも左手で腐食銃を抜き、反撃しようとする。

 

「オプティマァァァス! まだだぁあああッ!!」

「いいや、これで終わりだ!!」

 

 再び神機一体形態に融合したオプティマスとネプテューヌは、本来の愛刀であるテメノスソードを手元に召喚すると声を揃えて最後の技を繰り出した。

 

『ビクトリィースラァァッシュ!!』

 

 右上から左下に向かって振り下ろされた最初の斬撃で腐食銃を両断し、そしてそのまま返す刀で左上に斬り上げ、センチネルの体を大きく切り裂いた。

 

「ぐ、ぐわあああああッッ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、敗れたか……。

 

 橋の上に仰向けに倒れたセンチネルは、酷く穏やかな心地だった。

 体はもうほとんど動かない。

 胴体には斜めに大きく傷が刻まれ、背中のマント状パーツも、頭部も守るヘルメットも衝撃で吹き飛んでしまった。

 おそらく、端から見たら酷いザマだろう。

 

 ぼやける視界に、オプティマスが近づいてくるのが見えた。

 

――何故、儂は敗れたのだろうか?

 

 エイペックスアーマーの性能に胡坐を掻いたからだろうか?

 遠距離戦を捨て、接近戦に持ち込んだからだろうか?

 本来の得物ではなく、テメノスソードとベクターシールドを使うことを選択したからだろうか?

 

 奴らの言う通り、自分が独りだったからだろうか?

 

――そうかもしれんな。

 

 惑星サイバトロンに有った頃から、そしてゲイムギョウ界に来てからも、センチネルはたった独りだった。

 オートボットを裏切り、ディセプティコンは利用していただけだ。

 ザ・フォールンとも、お互いに利用し合う関係でしかなかった。

 

 しかしそれも終わりだ。

 オプティックだけを動かせば、シェアハーヴェスターが崩落してゆくのが見えた。

 サイバトロン再興の望みは絶たれた。

 未来はオプティマスたちを選んだ。

 

――これで良かったのかもしれんな。

 

 全ては故郷サイバトロンとトランスフォーマーの未来のために。

 しかしセンチネルとて、子供たちが戦い合う未来、どこまでも続く争いに、心を痛めていないワケではなかった。

 サイバトロンのためにゲイムギョウ界に犠牲を強いることに躊躇いを感じていないワケではなかった。

 自らが、どれだけ罪深いかは、良く分かっていた。

 

「オプティマス、儂が望んだのは種族の存続だけだ。どうか分かってくれ……何故、儂がお前を裏切らなければならなかったか……」

 

 だから、最後まで敗者らしく、みっともなく不様に散るとしよう。

 

「私を裏切ったのではない。貴方は自分を裏切った」

 

 すぐ傍までゆっくりと歩いて来たオプティマスは冷たく言い捨てると、右手にプラネティックキャノンを顕現させてセンチネルの頭に狙いを付ける。

 

「よせ、オプティマス……!」

 

 そして、引き金が引かれ銃声が響いた……。

 

 

 

 

 

 しかし、銃口から吐き出された光弾は、センチネルの頭のすぐ上のコンクリートを抉っただけだった。

 

「……何故殺さない?」

「私は殺すつもりだった。狙いを外したのは、ネプテューヌだ」

 

 愕然と問うセンチネルに、オプティマスはシレッと答えた。

 その顔の横に、女神化した状態のネプテューヌが幻のように現れた。

 神機一体になると、こんなことも出来るらしい。

 

「何故だ。情けをかける気か?」

「約束したからね。いっしょにゲームをするって。……考えてくれるのでしょう?」

 

 問えば、ネプテューヌは女神態の美しい顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

 その答えに、センチネルはこの女神がこの後に及んで自分を憎んでいないことを覚った。

 恋人の言葉に頷いたオプティマスは、厳かに宣告した。

 

「だが、貴方には罰を受けてもらう。……センチネル・プライムよ、マトリクスを保有するプライムリーダーの権限において、貴方から『プライム』の称号を剥奪する」

「ははは……」

 

 自然と笑いが漏れた。

 やがて、笑いは大きくなってゆく。

 

「はははは、あーっはっはっは!」

 

 妄執も遺恨も、気負う物も何もない、純粋な笑みだった。

 ネプテューヌにだって怒りも憎しみもあったはずだ。

 しかし、それでも甘さを捨てなかった。

 何とも天晴れなことではないか。

 

「負けた負けた! 大負けだ! これは敵わんわ! わーっはっはっは!!」

 

 そして、最後の寄る辺であった『プライム』の称号も失った今、ただの『センチネル』はもう、威圧的に振る舞う必要は無かった。

 

 力で負け、心で負け、センチネルは完全敗北したのだ。

 

「見事だ。よくぞ、この儂を破った。……未来は、お前たちのものだ」

「センチネル……」

 

 オプティマスはセンチネルに手を差し出す。

 それは、単純に彼を立たせようという以上の意味があった。

 

 今まで、センチネルは差し出された手を振り払ってきた。

 

 しかし今なら……。

 

 センチネルは観念したと言う風に笑みを浮かべると、何とか上体を起こしてオプティマスの手を掴もうとした。

 

 

 

 

 その瞬間、轟音と共に上空から強烈なエネルギー波が降り注いだ。

 

 エネルギー波はオプティマスとセンチネルの間に命中し、橋は爆発と共に崩落し、センチネルは為す術もなく河に落ちた。

 

「センチネル!!」

 

 エネルギー波に阻まれながらも手を伸ばそうとするオプティマスを水面越しに見上げながら、センチネルは呟く。

 

「ああ、馬鹿めが……」

 

 最後まで甘い弟子に、苦笑するセンチネルの上に、特大のエネルギー波が落ちてきた……。

 




実はこの小説、『オプティマスを(他のオートボットたちも)幸せにする』というのが書いてる目的の一つだったりします。
そしてネプテューヌは紆余曲折あれど、その願いに応えてくれました。

まあ、オプティマスのシリアス分に引っ張られてネプテューヌまでシリアスになったり、前世設定が生えたりしましたが……。

これからも、誰かが望む限り永遠に戦い続けるんだろう『オプティマス』に、せめて二次創作の世界でくらいは幸福に暮らしてほしいと願うのは、ひょっとしたらファンの意識や原作の醍醐味に唾吐く傲慢なことなのかもしれません。

それでも、ロストエイジや最後の騎士王を視聴した後だと、そう願わずにはいられません。

次回は、最後の展開。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第175話 終わりの時

「センチネル!」

 

 オプティマスは崩れる橋の下に落ちていく師に手を伸ばす。

 しかし、次の瞬間には何処からかエネルギー波が、センチネルの落ちたはずの場所に降り注いだ。

 

 一瞬、茫然としたオプティマスとネプテューヌだが、エネルギー波の出所を探るべく空を見上げた。

 

 空中神殿から、無数に光線が放たれ、地上に降り注ぎ、空中戦艦を轟沈させる。

 人間、オートボット、ディセプティコン……そして生き残ったザ・フォールンの狂信者たちも光線の雨から逃げ惑う。

 主を失ってなお蠢いているゾンビ・ディセプティコンだけが、光線に為す術なく飲み込まれていった。

 

「この攻撃は……まさか、ザ・フォールンか?」

「ふん、こんな物が攻撃とは言えん!」

 

 オプティマスの横に、メガトロンが舞い降りてきた。

 傷だらけで先程までの激戦を窺わせる。

 

「メガトロン……勝ったのか」

「当たり前だ。そちらも、終わらせたか」

 

 荒く排気しながら首を回すメガトロンに、オプティマスはしっかりと頷いた。

 

「それで、このエネルギー波が……」

 

 その瞬間、エネルギー波が降ってきて、オプティマスとメガトロンはその場から飛び退いた。

 

「このエネルギー波が攻撃ではない、とはどういうことだ?」

「もともと、あの神殿には大量のシェアエナジーが蓄えられていた。……それが、ダークスパークを介して破壊エネルギーに変換され、制御を失い神殿の破損部から漏れ出しているのだ」

 

 よく見れば、確かに神殿の表面に入った亀裂や穴から、エネルギー波が放たれている。

 そこへ、血相を変えたホイルジャックが通信を飛ばしてきた。

 

『それだけじゃないぞ!! このままでは、エネルギーが臨界を突破し大爆発を起こしてしまう!! それもこの星をまるごと吹っ飛ばすほどの!!』

『せ、世界が爆発オチ!?』

 

 規模の大きさに、オプティマスと一体化しているネプテューヌは女神態にも関わらず素っ頓狂な声を出す。

 ここまで来て、そんなオチは御免である。

 

『それだけではありません。空中神殿からのエネルギー波がスペースブリッジに何らかの影響を及ぼしたらしく、ワームホールを閉じることができません。論理的に考えて、このまま神殿が爆発すれば、サイバトロンも致命的な損傷を受けるでしょう』

「チッ……!」

 

 続くショックウェーブからの報告に、メガトロンは大きく舌打ちする。

 

『計算によれば後15分40秒で大爆発だ!!』

『ふむ、それは正しくない。私の計算によると15分41秒だ』

『いいや、私の計算に狂いはない! きっかり15分40秒だ』

『15分41秒。これが論理的に正しい計算結果だ』

『40秒!』

『41秒』

「つまり、だいたい15分ということだな」

 

 言い合う科学者二人の意見をざっくりと噛み砕き、オプティマスは表情を引き締めた。

 

「止めるにはどうすればいい?」

「中枢部に乗り込み、ダークスパークを制御……ないし破壊する」

 

 ならば、やることは決まった。

 テメノスソードを背中に差すとともに、橋に落ちていたベクターシールドを拾い上げる。

 師、センチネルの形見代わりに。

 

「では行こう。ポータルを開けるか?」

「無理だな。どうなっているのかも分からん場所に開くのは危険すぎる」

「では飛んでいくぞ。我々が援護するから、案内してくれ」

「ふん、この俺に命令か?」

 

 好戦的に笑むメガトロンに、オプティマスも力強く笑い返す。

 

「いいや、友人としての提案だ」

「それならばいい。……行くぞ!」

「ああ!」

 

 オプティマスとメガトロン。

 オートボットとディセプティコンを代表する英傑二人は、並んで飛び立った。

 

  *  *  *

 

 オプティマスとセンチネルの師弟が戦っていた橋の下を流れる河。その少し下流にて。

 河の水面から、一つの影が姿を現した。

 

 岸によじ登った影はしばらくエネルギー波を垂れ流す空中神殿を見上げていたが、やがて河を流れてきた額にV字の角があるヘルメットを拾うと、それを頭に被って体を引きずるようにして歩き出した……。

 

  *  *  *

 

 空中神殿に向け、オプティマスとメガトロンは飛ぶ。

 エネルギー波の照射はだんだんと激しくなり、まるで弾幕のようになってゆく。

 

「ふん! 今更、そんな物で止まる俺様ではないわ!!」

 

 吼えたメガトロンはギゴガゴと音を立てて変形した。

 そのビークルモードは、レイとの融合前とは違う形状のエイリアンジェットだ。

 しかし、全体的なシルエットがゲイムギョウ界の戦闘機に近づき、キャノピーもある。

 キャノピーの内側の席には、半透明のレイが座っていた。

 

 華麗に空を舞い、エネルギー波を避けたメガトロンは、そのまま神殿に突っ込み、続けてオプティマスも神殿に侵入する。

 神殿の内部はすでに崩れかかっていた。

 

「急ぐぞ、時間がない!」

「言われずとも!!」

 

 メガトロンの声に答え、オプティマスは崩壊していく通路をビークルモードに変形して走り出した。

 前に比べて丸みを帯び、三対の煙突マフラーが特徴的な赤と青のファイアーパターンのトレーラートラックは、多少の障害物など物ともせずに突っ走る。

 

  *  *  *

 

 神殿の真下に位置する場所には、戦いの余波でビルが崩れて瓦礫が積み重なっていた。

 瓦礫の下から一つの黒い影が這い出てきた。

 

 影は少しの間、真上の空中神殿を見上げていたが、やがて痛む体を押して立ち上がる。

 そして次の瞬間には、あたかも瞬間移動したかのように、その場から消えたのだった。

 

  *  *  *

 

 曲がりくねった通路を走り、落ちてくる瓦礫を避け、何枚もの扉を突き破り、やがてトラックとエイリアンジェットは中枢部へと辿り着いた。

 

「何だこれは……!?」

 

 しかし、そこの惨状にオプティマスは思わず呻く。

 空中神殿中枢部は、すでに地獄の様相を呈していた。

 

 広い部屋の中は禍々しい紫色の光で満たされ、エネルギーが嵐となって吹き荒れる。

 奥の祭壇の上ではダークスパークが大きな目のように輝き、その上方では紫色の巨大な光の球体がまるで鼓動するように不安定に明滅していた。

 ダークスパークと球体は数本の光で構成されたチューブのような物で繋がれていた。

 

『あれは、なんなの!?』

『ザ・フォールンが奪ったシェアの塊よ! でもほとんど別のエネルギーに変換されてる! こんなのが爆発したら、本当に世界が吹き飛んでしまうわ!』

 

 ネプテューヌとレイの声が響く中、メガトロンとオプティマスはダークスパークに向かっていく。

 だが、凄まじい暴風となったエネルギーが行く手を阻む。

 

「何というエネルギーだ……! 立っているだけで体がバラバラになりそうだ……!」

「なんのこれしき……!」

 

 それでも怯まず進んでいく二人は、少しずつダークスパークに近づいていく。

 

「いっそ、破壊するか……?」

「破壊するにしても、まずはダークスパークとあのエネルギー球のリンクを切らなければ、連鎖反応で諸共大爆発だ……!」

 

 まずメガトロンが両手でダークスパークに触れると、その絶大なパワーに弾き飛ばされそうになる。

 オプティマスは片手で剣を床に突き刺して吹き飛ばされないようにし、もう一方の腕で宿敵の体を支える。

 

「……どうだ?」

「何とか……やって、いるが……」

 

 メガトロンとレイは必死になってダークスパークを制御しようとしているが、荒れ狂うエネルギーは収まらず、 シェアの塊の明滅は激しくなってゆく。

 

「駄目だ……エネルギーが大き過ぎる。俺たちだけではパワーが足りん……!」

『それなら……レイさん! 私と貴方のシェアを共鳴させましょう!』

『そうすれば、私たちと繋がっているメガトロンたちもパワーアップされるはずね。……やってみましょう!』

 

 ネプテューヌとレイは精神を集中させ、お互いの存在を感じ取る。

 二人の女神……そして合体している二人のトランスフォーマーの間に目に見えない細い糸のような繋がりができ、それを通して女神たちのシェアエナジーが共鳴を始める。

 

 さらなるパワーがオプティマスとメガトロンの体に漲る。

 

「フハハ、いいぞ……! 全てのリンクが消えたら、貴様がダークスパークを破壊しろ……!」

「分かった!」

 

 ダークスパークとシェアの塊を連絡するチューブが一本ずつ千切れていく。

 同時に、シェアの塊の明滅が緩やかになり風も止んでいく。

 そして、ついに全てのチューブが切れた。

 

「……やれ!!」

「応!!」

 

 その瞬間、メガトロンが叫び、オプティマスがテメノスソードでダークスパークに斬りかかった。

 

 剣閃は狙い違わずダークスパークの真中に命中し…………ダークスパークが一際強く輝き、オプティマスを弾き飛ばした。

 その内部から新たな光のチューブが現れ、毒蛇のような鋭い動きで一瞬にしてシェアの塊に接続する。

 

「何だと!?」

 

 さらにチューブが何倍にも太くなるのを見てオプティマスとメガトロンは愕然とする。

 

「これでも駄目なのか!?」

「最後まで諦めるな! もう一度だ!」

「言われずとも、もうやってる!!」

 

 力を振り絞りダークスパークを制御しようとするメガトロンだが、今度は上手くいかず、塊の明滅はさらに激しくなり、エネルギーの風は強くなっていく。

 

『爆発まであと5分よ!!』

『何とかしないと……!』

 

 ネプテューヌとレイは悲鳴染みた声を上げながらもシェアを共鳴させ続けるが、事態は好転しない。

 

 その時、声が聞こえた。

 

「ふん、馬鹿弟子めが」

 

 メガトロンの横に、黒い影が前触れなく出現した。

 曲線的なパーツで構成された、何処か有機的な痩躯。

 古代の王の仮面を思わせる、縦に長い……ディセプティコンのエンブレムに似た顔。

 特徴的な羽根状パーツは多くが破損し、体のあちこちが罅割れ欠落しているが、間違えようもない。

 

 堕落せし者(ザ・フォールン)、あるいはメガトロナス・プライムだ!

 

『ザ・フォールン!? 生きていたの……!』

「この俺が、あの程度で死んでたまるか」

 

 破壊大帝の顔の脇にホログラムのように現れ目を見開くレイに向かって吐き捨てると、ザ・フォールンはダークスパークに手を添える。

 すると、ダークスパークとシェアの塊を連絡するチューブが細くなってきた。

 突然の助太刀に困惑しているメガトロンに、ザ・フォールンはダークスパークに干渉しながら不機嫌そうに声をかけた。

 

「勘違いするな。故郷サイバトロンを吹き飛ばすワケにはいかんだけだ。……さあ、集中しろ。ダークマターの制御には細心の注意が必要だと教えたはずだ」

「……ふん、今更言われずとも、分かっておるわ!!」

 

 ディセプティコンの始祖と大帝は、揃って集中力を高めていく。

 

「何をしておる、お前はメガトロンにシェアを送れ」

 

 先程まで死闘を繰り広げていた堕落せし者とメガトロンの共同作業にしばし呆気に取られるオプティマスだったが、横から懸けられた声で正気に戻り、また驚愕した。

 

 赤いカラーが特徴的な老いてなお屈強なボディに、額からV字の角が伸びた兜。

 髭のようなパーツを備えた精悍な老人の顔。

 

 オプティマスとメガトロンのかつての師、センチネルがそこにいた。

 

 背中のマント状パーツは千切れ飛び、体は大きく傷ついているが、背筋を真っ直ぐ伸ばしむしろ若返ってすら見える。

 

『無事だったのね……良かった』

「第一声がそれとは、どこまでも甘い。……が、そこがいいのかもしれんな」

 

 ネプテューヌの声に何処か晴れやかな笑みを浮かべたセンチネルはザ・フォールンの脇に立つと同じようにダークスパークに手を添える。

 チューブはさらに細くなっていく。

 

「我々がダークスパークとエネルギー球の繋がりを断ち切る」

「その間に、お前たちの全ての力をフュージョンカノンに集めてダークスパークを撃て!」

「しかし、そんなことをすれば……!」

 

 センチネルとザ・フォールンの言葉に、オプティマスは叫び返した。

 シェアの共鳴によって高まった二人の力を合せれば、おそらくダークスパークを破壊することが出来るが、間違いなく、二人の老プライムも巻き込まれることになる。

 

「時間がないぞ! 早くしろ!! ……最後くらい、恰好を付けさせろ」

 

 逡巡するオプティマスだが、センチネルは一喝した後で、悪戯っぽくウインクしてみせた。らしくない仕草だが、あるいはこれが『プライム』ではない彼の素顔なのかもしれない。

 メガトロンは即座にダークスパークから離れてオプティマスの隣に並び、その肩に手を置く。破壊大帝の表情は、すでに決意を固めていた。

 オプティマスは黙って頷くと、女神たちが繋いだ見えない糸を通してメガトロンにパワーを送り込む。

 

『センチネル……!』

「ネプテューヌ、すまんな。どうやら、共にゲームをすることは敵わんようだ。……それとアブネスに伝えてはくれないか。色々と、済まなかったと」

『……ええ、必ず伝えるわ!』

 

 恋人の顔の横に現れたネプテューヌの声に、センチネルは柔らかい表情で微笑む。

 

『ザ・フォールン……いいえ、メガトロナス。私は貴方のことを赦しはしない』

「だろうな……」

『でも、感謝もしているわ。……ありがとう。私を見つけてくれて』

「フッ……」

 

 一方、厳しい顔のまま放たれたレイの感謝の言葉にザ・フォールンは僅かに相好を崩した。

 

 チューブは糸のように細くなり今にも千切れそうだ。

 メガトロンは右腕のフュージョンカノンにエネルギーを込めていく。

 余りのエネルギー量に、撃ってもいないのに腕が震える。それを左手で押さえて止めようとするが、治まらない。

 オプティマスはメガトロンの右腕を自分の手で支える。

 

 震えは、止まった。

 

 同時に、ダークスパークとシェアエナジーの塊は、完全に切り離された。

 

「今だ!」

「撃て!!」

 

 センチネルとザ・フォールンが叫び、フュージョンカノンから最大級の威力を持った光線が発射された……。

 

 

 

 

 

 それは、センチネルとザ・フォールン……メガトロナスが、光線に飲み込まれる直前のこと。

 無限に引き延ばされた一瞬の中で、垣間見たそれは、夢か現か。

 

 プライマ。

 ベクター・プライム。

 マイクロナス。

 アマルガモス。

 アルケミスト。

 オニキス。

 

 そして、ソラス・プライムと、アルファトライオンことソロマス・プライム。

 

 遠い昔に道を違えた懐かしい兄弟たち、敬愛する偉大なトランスフォーマーの始祖たちが、優しい笑顔で手を差し伸べてくるのを、彼らは確かに見たのだった。

 

 

 

 

 

 フュージョンカノンから放たれた光線は、ダークスパークと二人のプライムを飲み込み、空中神殿の外壁を貫通し、一筋の光となって遥か空の彼方まで飛んでいった。

 ダークスパーク……魔剣ゲハバーンが塵一つも残さずに消滅したのと同時に、全てのゾンビ・ディセプティコンは糸の切れた人形のように動きを止め、シェアハーヴェスターによって集められたシェアエナジーの塊である光球は虹色に輝きながら霧散したのだった。

 

  *  *  *

 

 フュージョンカノンによって空いた風穴から脱出したオプティマスとメガトロンは、爆発、崩落しながら街の外に落ちていく空中神殿を見下ろしていた。

 まるで戦いを終えた戦士のように、轟音と共に空中神殿は地面に巨体を横たえた。

 

「センチネル……」

「…………」

 

 センチネルとメガトロナスは許されざる罪を犯した。

 裏切り、殺し、多くの者を巻き込んだ。

 

 それでも、あの一瞬、二人はかつての誠実さ、優しさを取り戻し、魂は救われたのだと、信じたかった。

 

「……オプティマス。まだ仕事が残っているぞ。一番、大切な仕事がな」

「ああ……分かっている」

 

 隣に浮遊するメガトロンの静かな声に、オプティマスは厳かに答えた。

 

 やるべきことは、決まっていた。

 

 

 

 

『全オートボットに告ぐ。私はオートボット総司令官、オプティマス・プライム。戦闘行為を中止せよ』

『ディセプティコン全軍に告ぐ。我はディセプティコン破壊大帝、メガトロン。戦闘を止めよ』

 

 空中神殿が落ち、混乱するトランスフォーマーたちのブレインに、その声は聞こえた。

 

『センチネル・プライムは倒れた』

『ザ・フォールンは滅んだ』

 

 その言葉に、ある者は歓声を上げ、ある者は地面に崩れ落ちた。

 だが、次に重なって聞こえた総司令と破壊大帝の声に、その全員が驚愕することになった。

 

『講和はなった。戦争は、終わりだぁあああ!!』

 

 両雄の声はゲイムギョウ界のみならず、惑星サイバトロンに残留した両軍、そして宇宙に散ったトランスフォーマーたちにもサウンドウェーブを通じて届けられた。

 

『どちらが勝者でもなく! どちらが敗者でもない! そんなことにもう、意味はない!』

『力を合せ、故郷サイバトロンを再建させよう! 次なる世代のために!』

 

 しばらくの間、全てのトランスフォーマーが沈黙していた。

 

「『やった、やった! もう最高だもんね!!』」

 

 最初にオプティマスの忠実な友、バンブルビーがラジオ音声で歓声を上げた。

 

「やったぜベイビー! 信じられねえ!!」

 

 次に歓声を上げたのは、ディセプティコンの航空参謀スタースクリームだった。

 

「終わった……」

「終わったんだ……!」

「戦争は、終わったんだ!!」

 

 それはやがて街中に、ゲイムギョウ界とサイバトロンに、銀河中に伝播していった。

 

「万歳! 戦争は終わりだ!」

「万歳! ばんざーい!!」

 

 全てのオートボット、全てのディセプティコン、全てのトランスフォーマーが、喜びの声を上げていた。

 

 武器を放り捨て、種族の差もなく肩を組み、抱きしめ合い、感動を分かち合う。

 ザ・フォールンの狂信者たちですら、その輪の中に加わっていた。

 

 こうして、メガトロナスの反逆に端を発し、惑星サイバトロンを滅ぼしかけ、ゲイムギョウ界までも巻き込んだオートボットとディセプティコンの大戦争は、遂に終結したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれは、トランスフォーマーと女神たちの、別れの時が来たことも示していた。

 

 




やっとここまできた。

センチネルとザ・フォールンに、『救い』を与えたのは、筆者の甘さであり弱さ。

オプティマスとメガトロンが、ヒュージョンカノンに力を集めて撃つのは、G1で時々やってたコンボイが拳銃形態のメガトロンを撃つののオマージュです。

次回、ひとまずのお別れ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第176話 Love For Ever

 戦いは、終わった。

 

 終戦を宣言したオプティマスとメガトロンは、仲間たちの待つ広場へと降り立つ。

 

「お姉ちゃーん!」

「『司令官!』」

 

 最初に駆け寄ってきたのは、やはりネプギアとバンブルビーだった。

 その後ろには、ノワールら女神たち、アイアンハイドらオートボットたちがズラリと並んでいた。

 

「おおー、ネプギアー! 妹よー!」

 

 オプティマスが地面に降りると同時に分離したネプテューヌは、妹を抱きしめた。

 

「ネプテューヌ、終わったわね」

「これで、戦いも終わり……かしら?」

「みなさん、お疲れ様でした」

「おお、みんなー! おつかれー!」

 

 ノワールも、ブランも、ベールも、女神たちはお互いを労いあう。

 

「ふう、今回ばかりはさすがに死ぬかと思ったわ」

「あいちゃん、御苦労様でした!」

 

 オートボットたちも人間たちも称えあう。

 みな埃に塗れ、傷ついているが、その表情は輝くばかりに美しかった。

 

「ははうえー!」

 

 そこへディセプティコンたちもやってきた。

 もう、誰もそれを咎めたりはしない。……クロスヘアーズ以下若干名は不満そうな顔だったが。

 先頭を走るのは、青と銀の体色の雛、ガルヴァだ。

 後ろにはサイクロナスとスカージ、そしてロディマスも続く。

 

「ガルヴァちゃん! サーちゃん、スーちゃん、ロディちゃんも!」

 

 メガトロンから分離したレイは、やっと再会できた我が子たちを抱き留めた。

 勢い余って後ろに倒れそうになるが、メガトロンが合体前と同様に布一枚に包まれただけの、その身体を掌で受け止める。

 

「ははうえ! あいたかった! あいたかったです!」

「みんな……ええ、私も会いたかったわ! みんな無事で良かった……!」

 

 涙を流しながらキュイキュイと鳴く子供たちに、レイは優しく笑いながらも涙を流す。

 その姿を、メガトロンたちディセプティコンは優しい笑みを浮かべて見守っていた。……クロスヘアーズ以下若干名はもらい泣きをしていた。

 再会を喜ぶ親子に、ニッコリとしたネプテューヌは脇に立つオプティマスを見上げる。

 

「終わったね……」

「ああ……一先ずはだが」

 

 しみじみと呟くネプテューヌだが、オプティマスはまだ真面目な表情だ。

 メガトロンは、レイを放すと重々しい声を出した。

 

「これでめでたしめでたし、とはいかんぞ。この講和を受け入れられん者は、多くいるだろう。ディセプティコンにも、おそらくオートボットにもな」

「ああ、分かっている。それにサイバトロンを復興するためには、多大な時間と労力が必要だろう」

 

 厳かに頷くオプティマス。

 これから彼らには、サイバトロンの復興という大仕事が待っているのだ。

 

「しかし、今やそれは不可能なことではない。……メガトロン、お前も感じたはずだ。我々(トランスフォーマー)にも、シェアエナジーがあることを」

「ああ、……まったく、求めていた最高のエネルギーが、実は身内にあったとはな」

 

 ヤレヤレとメガトロンは首を振る。

 決戦の最中、オプティマスとメガトロンは融合していた女神たちを通じてシェアを感じ取っていた。

 そしてそれは、オートボットやディセプティコンからも確かに発せられていたのだ。

 

「シェアをサイバトロンに齎すことができれば、戦争の傷は癒され土地は豊かになる。ちょうど良く、暇そうな女神もいるしな」

「あら、お言葉ですこと。……貴方の隣が私の居る場所。お手伝いいたします」

 

 穏やかに微笑み自分を見上げるレイに、メガトロンもフッと笑み返す。

 そんな二人に、何故か満足げなオプティマスだったが、残る問題を整理しようとする。

 

「さて、後はシェアクリスタルか」

「オプティマス」

 

 そこへ、オートボットたちの間から一際大きな影が進み出てきた。

 グリムロック率いる、ダイノボットだ。

 

 古の騎士は、盟友の前に立つと、何かを差し出した。

 

 それは小さな丸と線を組み合わせた、女神の瞳に浮かぶ紋様と同じ形をした結晶……シェアクリスタルだ。

 

「グリムロック! これは……!」

「セターンの、シェアクリスタル。姫様たちに渡された。役立ててほしい」

「……いいのか?」

「我らには、もう、不要」

 

 驚くオプティマスに、グリムロックは静かに言う。

 女神を失った国に、もはやシェアクリスタルはいらない。

 ならば、必要とされる場所にあるべきだと、そう騎士たちは考えたのだ。

 

「……済まない、偉大なる騎士たちよ。感謝してもしきれない」

 

 頭を下げるオプティマスと、それに倣いメガトロンとレイも頭を下げた。

 それを見守っていたネプテューヌは明るく声を出す。

 

「良かったね! わたしたちも出来るだけ力を貸すからさ! スペースブリッジを使えば簡単に行き来できるから、もうお隣さんみたいなもんだし!」

「そうね。……もちろん、こっちも力や技術を貸してもらうけど」

 

 一方でノワールはしっかりとした意見を出す。

 傷付いたのは、サイバトロンばかりではない。

 ゲイムギョウ界も、この戦いの傷から立ち直るには時間と労力が必要だろう。

 

「ああ、もちろん……」

「論理的に考えて、それは難しいだろう」

 

 頷こうとするオプティマスだったが、ショックウェーブが割って入った。

 どうしたと視線で問うと、科学参謀は手に持ったスペースブリッジの中心柱に視線を落とした。

 

「ダークスパークのエネルギー波の影響で、スペースブリッジが極めて不安定な状態にある。このままワームホールを開いているのは危険だ。……そしておそらく、それでスペースブリッジは動作しなくなるだろう」

「そんな……!」

 

 僅かに動揺しているらしい声色に、女神たちはそれが真実だと悟った。

 トランスフォーマーたちは、自然とオプティマスとメガトロンに視線を集中させた。

 少しの逡巡の後で、総司令官は重々しく口を開いた。

 

「………………オートボット、故郷へ帰る時がきた」

 

  *  *  *

 

 かくして、オートボットとディセプティコン……トランスフォーマーたちはサイバトロンへと帰還することとなった。

 これから復興しようという故郷を放って、ゲイムギョウ界に止まるワケにはいかなかった。

 ドサクサに紛れて行方を眩ましたザ・フォールン派のディセプティコンもいたが、今の女神や人間なら、問題はないはずだ。

 

 降下船や空中戦艦、戦闘艇がワームホールの向こうのサイバトロンに向かって飛んでいく。

 そして、元々こちらにいたディセプティコンらはキングフォシルに、オートボットたちも広場に停泊したザンディウム号に乗り込もうとしていた。

 

「ええん! スキッズ、いっちゃやだー!!」

「マッドフラップ……(グスッ)」

「ごめんなラム……でも俺らはまだまだ未熟だから」

「次会う時には、もっと立派になってるからさ!」

 

 幼いロムとラムは、スキッズとマッドフラップとの別れを受け入れられずに泣いていた。

 オートボットの双子は、何とかして女神の双子を宥めるのだった。

 

「アイアンハイド……引き留めたりはしないわ。でもこれだけは言わせて……大好きよ、お父さん」

「ああ、そうだな。……お前は俺の、自慢の娘だ」

 

 名残惜しげに、アイアンハイドの首に抱きつくノワールだったが、やがて涙を流しながらも彼から離れた。

 

「ミラージュ……今だから言いたいのだけれど……いいえ、やっぱりいいわ」

「俺も言いたいことがある。……愛している。最初からずっと。どうか、待っていてほしい」

「!? て、てめえ、このタイミングで……ああもう! 待っててやるよ! だから必ず戻ってこいよ!!」

 

 ミラージュからの思わぬ真っ直ぐな告白に、ブランは顔を真っ赤にしていた。

 

「ベール……その……ああ、まったくこんな時だってのに、気の効いた台詞の一つも出てこない」

「構いませんわ。……言葉は不要、というのも素敵なものでしてよ」

 

 ジャズは、静かに抱き上げていたベールを地面に降ろした。

 アリスとサイドウェイズは、静かにそれを見守っていた。

 

「ねえ、スワイプ……行っちゃうの? ……な~んてね! 泣くとでも思った?」

「…………」

 

 苦い顔のサイドスワイプに向かって笑顔で舌を出すユニだが、目じりに溜まった涙を隠せてはいなかった。

 

「コンパくん、今までありがとう。……楽しかったよ」

「アイエフ、コンパと仲良くね」

「ラチェットさん、もっといろいろなことを教えてほしかったですぅ……」

「アーシー……あなたの乗り心地は最高だったわ」

 

 ラチェットとアーシー、コンパとアイエフも、互いに別れを惜しんでいた。

 

 一方で、ディセプティコンたちにも離別する者たちがいた。

 

「クランクケース、クロウバー、ハチェット……元気でな……」

「リンダちゃん、そんな顔しないでYO」

 

 キングフォシルにディセプティコンたちが乗り込んでいく横で、リンダはドレッズたちと別れを惜しんでいた。

 有機生命体である彼女は、惑星サイバトロンで生きることはできない。

 それでも付いていこうとするリンダを止めたのは、メガトロンだった。

 

「ディセプティコンの兵、リンダよ。いつか我らがこの世界に戻ってきた時のために、我らのことを広く世界に知らしめるのだ」

 

 そう命令されて、ようやくリンダは折れたのだった。

 

「それでプルルート。返事はもらえるだろうか?」

「え、ええと~……その~、ま、まずは文通から~……」

 

 まだまだ煮え切らないプルルートの返事に、ショックウェーブはヤレヤレと肩をすくめていた。

 しかし、諦める気はないらしい主に、その隣に立つトゥーヘッドは苦笑するのだった。

 

 意外なことにスタースクリームはディセプティコンを離れることになった。

 ホィーリーから、ピーシェが統治する新生エディンが、まだ形にもなっていないことを聞いたからだ。

 

「ま、ピーシェの奴はそれでいいんだろうし、プルルートたちにそんなつもりはないんだろうけどよ。このままじゃプラネテューヌの属国コースだからな。こっちでいう教祖の役をする奴がいるんだよ」

「はん! やるからには、徹底的にやるからな! エディンを向こうのギョウ界で、一番の国にしてみせるぜ!」

「おおー、がんばろーね! スタスク!」

「応よ!」

 

 いつにないやる気を見せるスタースクリームに、彼の肩に乗ったピーシェは無邪気にはしゃぐ。ジェットファイアも彼らに付いていくらしい。

 そんな航空参謀に、メガトロンは「まったくこのスタースクリームめ」と悪態を吐きながらも少し残念そうだったことは、特筆に値するだろう。

 

「5pb.、この戦いに勝てたのは、君のおかげだ。改めて、礼を言わせてほしい」

「そんな。ボクはただ、思い切り歌っただけだから」

「それこそが、勝利の鍵だった。……君と、君の歌のことは忘れない」

 

 サウンドウェーブはレーザービーク、ラヴィッジと共に5pb.と対面していた。

 わざわざ宇宙から降りてきたようだが、少なくとも情報参謀たちにとってはその価値があった。

 

 オプティマスは、グリムロックを始めとしたダイノボットたちと向き合っていた。

 

「グリムロック……本当に我々とこないのか?」

「行かない。友よ、我らダイノボット、ゲイムギョウ界と、セターン王国を護る。永久(とこしえ)に……」

「俺、スラッグ! 姫様たちの言いつけ、守る!」

「使命」

「ま、時にはこっちに遊びにくるさ!」

「そうか……ダイノボット、偉大な勇者たちよ。共に戦えたこと、誇りに思う」

 

 太古の騎士たちに頭を下げたオプティマスは、次いで少し離れた場所で自前の降下船に乗り込む部下たちに指示を出しているロックダウンに視線を向けると、彼らに向かって歩いていく。

 

「ロックダウン」

「何だ。報酬は教会の連中から貰った。仕事は終わりだ」

「いや、そうではなくて……礼を言わせてくれ」

「はん。プライムが薄汚い賞金稼ぎに礼か」

 

 皮肉交じりに言葉を吐くロックダウンに、しかしオプティマスは真面目な調子で言った。

 

「ネプテューヌを守ってくれて、ありがとう」

「…………ああいう女はな、その胸のお宝なんぞよりもよっぽど貴重なんだよ。大切にしてやれ」

 

 ぶっきらぼうに言うと、ロックダウンは降下船に乗り込んでいった。

 これからも、彼は孤高の賞金稼ぎとして何者にも属さず生きていくのだろう。

 

「スティンガー、本当にいっちゃうんだね」

「はい、ネプギア。……行ってみたいんです。我らトランスフォーマーの故郷へ」

 

 スティンガーは人造トランスフォーマーを率いてサイバトロンへと向かうことを決意していた。

 ネプギアは子供が巣立つことが寂しいような、嬉しいような複雑な気持ちになっていた。

 

「バンブルビー、行きましょう。……バンブルビー?」

 

 傍らに立つ兄弟分に出立を促すスティンガーだが、黄色いオートボットは俯いたまま立ち尽くしていた。

 やがて顔を上げたバンブルビーは、敬愛する司令官に向かって声を上げる。

 

「オプティマス……お願いが、あります」

 

 それは、いつものラジオ音声ではなく、彼自身の声であり、たどたどしさはあってもしっかりした言葉だった。

 

「ビー! 声が……!」

「シェアエナジーの影響でしょうか?」

 

 ネプギアやスティンガーが驚くなか、バンブルビーは言葉を続ける。

 その隣に、サイドスワイプも並び、さりげなくサイドウェイズも後ろに付く。

 

「女神のもとに……残りたい」

「俺も、彼女と離れることはできない」

「そうか……それが、お前たちの決断か」

 

 少し厳しい顔をするオプティマスだったが、すぐにフッと表情を緩めた。

 

「いいだろう。……女神がそれを望むなら」

「ッ! うん、望むよ!!」

「もちろん!」

 

 ネプギアやユニは、すぐに喜んで答えてパートナーたちの顔に抱きついた。

 アリスとサイドウェイズは、苦笑混じりに笑み合っていた。

 以外にもスキッズやマッドフラップは残りたいとは言わず、ロムとラムにさらに泣かれることになった。

 

「オプティマスさん、オプティマスさん」

 

 優しく頷いていたオプティマスだが、自分を呼ぶ声に振り向けばロディマスを抱えて、後ろにフレンジー、ガルヴァを肩に乗せたバリケード、サイクロナスとスカージを抱いたボーンクラッシャーを引き連れたレイがいた。

 

「レイ、どうしたんだ?」

「ネプテューヌさんの姿が見えないもので。探してきた方がよろしいのでは?」

 

 言われてみれば、確かに紫の女神の姿が見えない。

 もうじき出発なのに、らしくもない。

 

「よし、ちょっと手の空いている者で探して……」

「オプティマスさんが、『一人で』探すべきだと思いますよ?」

 

 部下たちに指示を出そうとした総司令官に、レイがやんわりと、しかし断固として意見する。

 その意味を少し考えたオプティマスだが、やがてハッとした様子で踵を返した。

 オプティマスの背を見送るレイは、ヤレヤレと息を吐く。

 

「まったく、オートボットの英雄も女心については若葉マークね……」

「そんなもんだよ、メガトロン様見てりゃ分かんだろ?」

「確かに、言えてますね」

 

 身体をブラブラさせながらシレッと言ってのけるフレンジーに、レイはロディマスの背を撫でながら苦笑する。

 やはり、面倒くさい男に惚れてしまった部分は、自分とネプテューヌは似た者同士らしい。

 

 

 

 

 プラネテューヌ市街を見渡せる丘の上。

 ネプテューヌは樹の下に立って、降下船や空中戦艦に乗り込んだディセプティコンたちが、サイバトロンに帰っていくのを見上げていた。

 やがて彼女の耳は、聞き慣れたトレーラートラックのエンジン音が近づいてくるのを捉えた。

 

「ネプテューヌ、ここにいたのか」

 

 オプティマスはビークルモードからロボットモードに戻ると、恋人の背に向かってゆっくりと歩きだした。

 

「オプっち……やっと終わったね」

「ああ、やっと終わった。永かった戦争も、何もかもが……」

 

 振り返らずにしみじみと呟くネプテューヌに、オプティマスも答えると隣に立って腰に手を当てて街を眺める。

 

「君と初めて出会った時のことを憶えている。まるで昨日のことのようだ」

「うん、あれから色々あったね……マジェコンヌに捕まったり、ダイノボットのみんなと出会ったり、サイバトロンに跳ばされたりもしたっけ」

「そうだな、本当に色々あった。成り行きとはいえ、君に告白して受け入れてもらえて……本当に嬉しかった」

「うん。わたしもさ、嬉しかったよ。いやなんせ、トランスフォーマーと女神が恋人同士になるとか、普通なら考えられないし!」

 

 とりとめのないことを語り合う二人。

 

「……バンブルビーは、こちらに残るそうだ」

「そうなんだ。うん、原作再現的にそうなるよね」

「ネプテューヌ、私は……私も……」

「ん。それ以上は、言わないで」

 

 残りたいと言おうとするオプティマスを、ネプテューヌはやんわりと制した。

 

「あなたはさ、残ったら残ったで、また苦悩しちゃうでしょう? 責任を投げ出して、過去を気にせず面白おかしく、なんて器用な生き方、できないでしょう?」

「………………すまない」

 

 淡々としたネプテューヌの言葉に返せたのは、ありきたりの謝罪だけだった。

 

「いいんだよ。それがわたしが……私が好きになった、オプティマスだもの」

「ネプテューヌ……私は必ず帰ってくる。私の幸せは、君の傍にしかないのだから」

「うん、待ってる。……我ながら都合の良い女だなあ。まあ仕方ないか。何せ人生三回分の惚れた弱みだし」

 

 苦笑するネプテューヌは、そこで初めてオプティマスに顔を向けた。

 紫の目から、とめどなく涙が流れていた。

 

「愛してるよ、オプっち。何度生まれ変わっても、この気持ちを失わない……!」

「私も愛している、ネプテューヌ。君と出会えて、良かった……!」

 

 光に包まれて女神の姿になったネプテューヌは、浮かび上がってオプティマスの顔に自分の顔を近づけた。

 オプティマスは優しい手つきで、恋人の体を自分の顔に引き寄せた。

 

 そして、ネプテューヌは愛するヒトの金属の唇に、自分の薔薇色の唇を重ねた……。

 

 

 

 

 

 女神や、人間たち、残存するオートボットたちが、見上げる中、オートボットの乗るザンディウムとディセプティコンの乗るキングフォシルが並んでワームホールを潜る。

 ややあって、ワームホールは窄まるようにして閉じ、空いっぱいに広がっていた惑星サイバトロンも見えなくなった。

 

 こうして、トランスフォーマーたちのほとんどは、ゲイムギョウ界から去っていった。

 プルルートとピーシェが、スタースクリームらを伴って彼女たちの次元へと戻っていったのは、その少し後だった。

 

 ゲイムギョウ界の復興は、今までトランスフォーマーから得た技術が十二分に活用され、有り得ないほど順調に進んだ。

 旧ザ・フォールン派のディセプティコンなど、軍を脱走した者たちが騒動を起こすこともあったが、バンブルビーらの活躍ですぐに鎮圧されるのが常だった。

 人々はオートボットのこともディセプティコンのことも、徐々に話題にしなくなっていった。

 

 アノネデスは教会を離れ、フリーの雇われハッカーに戻った。

 

 リンダとワレチューは、マジェコンヌのナス畑で世話になりながら、ディセプティコンの玩具の販促に努めていた。

 

 アブネスは何らかの事情で親がいなかったり親元を離れざるを得なかった幼年幼女を守るために、ネプテューヌらの手を借りて孤児院を開いた。

 

 孤児院の名は、『センチネル孤児院』という。

 

「どうせ、歴史の教科書には裏切り者とかって乗っちゃうんだろうしね。一ヶ所ぐらい、ポジティブな感じにアイツの名前が残る場所があってもいいでしょ?」

 

 とは、アブネスの弁である。

 

 

 

 

 

 そして、数か月の月日が流れた……。

 




次回、最終回。

迷走した、調子にも乗って挫折もした、何度か止めようかとも思った。
それでも、ここまでやってきた……!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 明日への絆

 あの戦いから数か月。

 

 ゲイムギョウ界は、見事に復興を遂げていた。

 

 戦闘の跡も、シェアエナジーを奪われたことによる災害の爪痕も、綺麗に癒えていた。

 

 そして……。

 

  *  *  *

 

 プラネテューヌの首都は、その中枢プラネタワー。

 根底から破壊されたタワーは、以前よりも立派に再建され、その前庭で完成記念式典が開かれることとなった。

 ドレスを纏った女神たちに、女神態のネプテューヌが濃紫色の露出度の高いドレス姿で挨拶する。

 

「あれから、皆の方は順調?」

「何とかね。シェアも前より増えたくらいよ。時々、モンスターが悪さするけど、その程度よ」

「それも、アタシとスワイプなら、すぐに片付けられます」

 

 大胆な黒いミニのドレスのノワールは、勝気な表情を崩さぬまま答え、姉の後ろにサイドスワイプと共に並ぶユニも同様だった。

 

うち(ルウィー)は……まあ、ロムとラムが寂しがってるくらいだな」

 

 一方で、姫君の如き清楚な白いドレスのブランの表情は何処か憂いを帯びていた。

 その後ろでは、妹のロムとラムが寂しげな顔をしている。

 

「そう言う、お姉ちゃんだって……」

「お姉ちゃんも、さみしそう……」

「…………」

 

 妹たちに指摘されて、ブランは視線を逸らす。

 彼女たちの相方は、皆サイバトロンへ戻ってしまったからだ。

 

「それにしても、思い出しますわね。彼らが初めて現れたのも、式典の日でしたわ」

「姉さん……」

「……大丈夫ですわアリスちゃん。わたくしには、あなたがいますもの」

 

 薄緑の胸を強調していながらも優雅なドレスを纏ったベールも、遠い眼をして空を見上げるが、新たに女神候補生に加わったアリスに慰めるように肩に手を置かれ、微笑む。

 

「みんな、どうしてるかなあ……スティンガー、元気だといいけど」

「きっと、元気、だよ」

 

 何とナシに空を見上げるネプギアに、脇に屈んだバンブルビーが自分の声で答えた。

 発声回路が回復した情報員だが、まだまだリハビリの最中だ。

 

「ねぷねぷ? 本当はオプティマスさんに付いていきたかったんじゃないですか?」

 

 不意に、コンパが問うた。

 するとネプテューヌは苦笑しながら答えた。

 

「そういう誘惑はあったけどね。この国を見捨てるなんてもっての他よ。……それに彼、そんなことしたらきっと、苦に思っちゃうから。『ネプテューヌが国を捨てる破目になったのは自分のせいだ』ってね」

「難儀なもんね。色んな意味で」

 

 呆れた調子ながらも、ボーイッシュな礼服のアイエフは感心していた。

 オプティマスに会えなくて、誰よりも寂しいだろうに。

 

「さあ皆さん! そろそろ式典が始まりますよ!」

 

 しんみりした空気を切り替えるように、イストワールがパンと手を叩いて声を出す。

 その声に、皆で動きだすのだった。

 

 ネプテューヌは気持ちを切り替える。

 

 いつまでも落ち込んでいるのは、それこそオプティマスが望まないだろうから。

 

 

 

 

「皆さんの信じる心のおかげで、こうして新しいプラネタワーも完成しました」

 

 教会の職員たちが旗を掲げる間を、ネプテューヌはゆっくりと歩きながら言葉を紡ぐ。

 

「プラネテューヌの街も、日々復興に向かっています」

 

 歩く先には、ノワール、ブラン、ベールが並んで待っていた。

 

「この国の女神として、この場にいる皆さんに感謝します。……そして」

 

 スッと息を吸い、ネプテューヌは晴れやかな笑顔で宣言する。

 

「この場にいない鋼鉄の勇者たち(トランスフォーマー)に、感謝を……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――ああああ!

 

「……?」

 

 上から何か聞こた気がして、プラネテューヌの女神ネプテューヌは空を見上げる。

 

「ちょっと、ネプテューヌ?」

「大事な場面だぞ」

「どうかいたしましたの?」

 

 しかし紫の女神は空を仰いだまま口をポカンと開けて固まっていた。

 その姿に他の女神たちも、同じように上を見る。

 

 ――ほああぁぁぁぁぁッ!!

 

『ええッ!?』

 

 何と、はるか上空から巨大な何かが叫び声を上げながら落ちてくるではないか。

 

「ほわあああぁぁぁぁッ!」

 

 間一髪飛び退いた女神たちの立っていた場所に、その何かは轟音と共に地面に落下した。

 土埃が舞い上がるなか、女神たちは皆の安全を確認する。

 

「みんな、無事!?」

「こっちは大丈夫だ!」

「いったい何が……」

 

 そんななか、ネプテューヌは信じられないと言った顔で落下で出来たクレーターの中心に近づいていく。

 

「む、むう……新型スペースブリッジにはまだ調整が必要なようだな」

 

 落下してきたそれは、むくりと上半身を起こして後頭部を摩っていた。

 それは大きな人型の機械で、騎士甲冑のような重厚な見た目に赤と青のファイヤーパターンが特徴的だった。

 顔は精悍だが、ある種の柔らかさがあり、温和そうだった。

 

 合体した時と同じ姿だが、間違うはずがない。

 

 ネプテューヌは、堪らずにその名を呼ぶ。

 

「オプっち……!」

「やあネプテューヌ、ただいま」

 

 恋人と神機一体となった時と同じ姿にリフォーマットしたらしいオプティマス・プライムが何てことないように言うと、ネプテューヌは破顔した。

 

「ええ、おかえりなさい……! でもどうして……?」

「ああ、まったく先走りおってからに」

 

 疑問に思う女神の後ろに、頭の両側からマンモスの牙のようなパーツが突出し、左肩に角のような突起のある騎士甲冑のような姿の灰銀色のトランスフォーマーが悠々と舞い降りる。

 その右肩には、青い金属的な光沢のある優美なドレスを着た、ドレスと同色の長い髪と角飾りが特徴的な女性が腰かけていた。

 

「メガトロン? それにレイさんも!」

「オプティマス。貴様自力で飛べるようになったのに、何故落ちるのだ?」

「ネプテューヌさん、お久しぶりです」

 

 こちらも神機一体時と同じ姿にリフォーマットした呆れた様子のメガトロンと、新調したのだろうドレス姿で微笑むレイの後方では、ザンディウムが前庭にゆっくりと降りてくる所だった。

 

「皆どうして? スペースブリッジはもう動かないはずじゃあ……」

「ふむ。その質問は論理的ではないな。サイバトロン最高の頭脳が二人もいるのだ。新しいスペースブリッジの構築は、そう難しいことではなかった」

 

 ザンディウムから降りてきて主君の後ろに並んだショックウェーブが説明する。

 その後ろには、レッカーズとコンストラクティコンが勢揃いしていた。何故か戦隊ヒーロー的なポーズをとっている。

 サイバトロン最高の技術者集団が二組も揃っていてこそ、天才たちのアイディアを形にすることが出来たのだ。

 

「私も手伝ったんですよ? 私の力はもともと、次元に干渉することが出来ますからね」

「そうだったわね……ありがとう、レイさん」

 

 柔らかく微笑むレイに、ネプテューヌも微笑み返す。

 メガトロンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん! 俺はスペースブリッジなど後回しにしてもいいと思っておったのに、こいつがゲイムギョウ界が恋しいと言うものだから仕方なく、手を回してやったのだ!」

「はいはい、感謝してますよ。あ、な、た♡」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべるレイに、ネプテューヌは目を丸くする。

 

「……あなた? もしかしてレイさん!」

「ええ、報告が遅れましたが私たち、結婚しました」

 

 レイが左手を上げると、その薬指には灰銀色の指輪が嵌められていた。メガトロンはそっぽを向いていた。

 ちなみに、この指輪はメガトロンのパーツから削り出した物で、さらにドレスも彼が贈った物だ。

 実のところ、この二人が結ばれるまでに一騒動あったのだが、それは別の話である。

 

 オプティマスは立ち上がると、改めて恋人の前に屈んで視線を合わせる。

 

「それでも、新体制の確立や、両軍主戦派の抑え込みに時間が掛かってしまってな。やっとこっちに来ることができた。……遅くなってすまない」

「いいわよ。こうして帰ってきてくれたんだもの」

 

 ザンディウムから降りてきたのは、もちろん彼らばかりではない。

 

「アイアンハイド! クロミア!」

「ノワール! 戻ったぜ!!」

「やっと皆揃ったわね! そのドレスも素敵よ、ノワール。それにユニも」

 

 アイアンハイドとクロミア、ノワールとユニはやっと家族として抱き合うことが出来ていた。

 

「ブラン、帰ってきた」

「ミラージュ……」

「よう、ロム! ただいま!!」

「マッドフラップ……お帰りなさい!」

 

 静かに、ブランとミラージュは微笑みあい、ロムとマッドフラップも抱き合って再会を喜ぶ。

 

「あれ、スキッズは? スキッズはどこにいるの?」

「あいつは……」

「…………」

 

 だがラムは、相方であるオートボットの双子の片割れの姿が見えずに困惑していた。

 対し、マッドフラップはバツが悪げな顔をしミラージュは沈黙する。

 その様子に白い女神姉妹はまさかと不安に思うのだが……。

 

 突然突風が吹き、一機のヘリコプターが飛来した。

 

 緑色のカラーリングの民間仕様のヘリだ。

 

 何事かと驚く女神を余所に着陸したヘリは、ギゴガゴと音を立てて変形する。

 現れたのは……スキッズだ!

 以前と違い、折り畳んだローターを背負っている。

 

「サプラ~イズってな!」

「スキッズ! スキッズなの! その恰好どうしたの?」

「へへ、ブラックアウトのオッサンに本格的に弟子入りしたのさ。もっとも、俺は戦闘ヘリじゃなくてレスキューヘリだけどな! これからは、戦いより人命救助の時代だぜ!」

「そうなんだ……その恰好も、カッコいいね!」

 

 思わぬ姿で帰還した相棒に満面の笑みのラム。マッドフラップもしてやったりと笑っているが、ミラージュは何故かムッツリとしていた。

 どうも、弟子の一人が鞍替えしたのが気に喰わないらしかった。

 そんな赤いオートボットに、ブランは愛情を込めて苦笑いするのだった。

 

「ジャズ……来てくれましたのね」

「もちろんさ、ベール。君みたいなヒトを知ってしまったら、他の女じゃあ満足できない」

「もう、ジャズったら」

 

 ジャズに抱き上げられたベールは、気障な物言いに赤面するのだった。

 

「スティンガー!」

「ネプギア……!」

「おい、オイラも、忘れるな、よ」

「忘れてませんよ、兄弟」

 

 軽口を叩き合うバンブルビーとスティンガーに、ネプギアは少しだけ涙を流していた。

 

 他の皆も、それぞれに再会を喜んでいた。

 いつのまにやらプラネタワー完成記念式典は、スペースブリッジ開通記念式典へと変貌していた。

 それを眺めながら、ネプテューヌは恋人たるオプティマスに微笑みかける。

 

「これからはずっと一緒ね、オプっち!」

「四六時中、とはいかないが……ああ、いつでも会える!」

 

 嬉しそうに応じる恋人に、ネプテューヌの中に実感が生まれてくる。

 ああ、やっとこのヒトは、過去の鎖から完全でないまでも解放されたのだ。

 幸福感に浸っていたネプテューヌだが、不意に顔を引き締めた。

 

「さてと……それじゃあ皆、聞いてちょうだい!!」

 

 拡声器を通したワケでもないのに、紫の女神の声はその場に浸透した。

 周囲の視線が自分に集まるのを見計らってから、ネプテューヌは変身を解いた。

 

「えっと、プラネテューヌは今この時を持って、友好条約を破棄します!!」

 

『ええッ!?』

 

 アッケラカンと放たれた言葉に、女神も人間もトランスフォーマーも一様に目を剥く。

 しかしオプティマスだけは静かに恋人を見守っていた。

 

「ネプテューヌさん、何を……!?」

「だって、そんなのもう必要ないでしょ?」

 

 血相を変えて問い詰めてくるイストワールに、ネプテューヌはいつも通りの無邪気で能天気な笑顔で答えた。

 それから、ノワール、ブラン、ベール……各国の女神たちを見回し宣言する。

 

「わたしたち、とっくに本当の仲間なんだから! ね、ノワール、ベール、ブラン!」

 

 シン、と場が静まり返った。

 やがて、ノワールが根負けしたように息を吐いた。

 

「それもそうね」

「これからは、正々堂々と競い合う、という事ですかしら」

「たまには気の利いたこと言うじゃねえか!」

 

 ブラン、ベールも笑顔でネプテューヌの提案を受け入れた。

 幾多の苦難を共に乗り越えた彼女たちの間に、もう条約による遠慮は不要だった。

 やがて誰かがパチパチと手を叩きはじめた。

 

 メガトロンの横に立つ、レイだった。

 

 かつては友好条約を薄っぺらいと扱き下ろした彼女が、今や女神たちを祝福しているのだ。

 やがて他の者たちも拍手を始めた。

 女神も、人間も、オートボットも、ディセプティコンも、区別なく割れんばかりに拍手を送る。

 

「先に言っておくがな、俺たちは協定を破棄したりせんからな。見える形にしておかんと、従わん奴もおる」

「分かっているさ」

「本当か?」

 

 極めて満足げに頷くオプティマスに釘を刺すメガトロンだが、返されて訝しげな顔をする。

 この司令官は、時折突拍子もないことを言い出すのだ。

 

「じゃあこれから、エキシビジョンマッチでもどう!」

 

 ノワールはフッと勝気な笑みを浮かべると衣装をレオタード状のプロセッサユニットに変換し、大剣ワタリガラスを手に空に飛び上がる。

 

「いっちょやるか!!」

 

 ブランも、大斧ユキヅキを握り、好戦的に笑んで地を蹴った。

 

「胸が、高鳴りますわね」

 

 そしてベールも、愛槍コノハカゼをクルリと回し踊るように舞い上がる。

 

「ああ待ってよー! 主人公はわたしだよー!」

 

 再び女神化したネプテューヌは、遥か一万年越しの母から贈り物である愛刀オトメギキョウを握り締め、空へと上がっていく三色の光を追っていく。

 

「ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃん、アリスちゃん!」

「アタシだって!」

「わたしたちが最強なんだから!」

「うん、最強!」

「新入りだからって、負けないわよ!」

 

 姉たちと同様に、妹たちも変身して空へと上がっていく。

 それを見上げながら、レイは慈しみに満ちた眼をしていた。

 

「お前も行っていいんだぞ?」

「私は、ああいう若さ溢れる行動はできませんよ」

「これ以上老けるワケでもあるまいに、気にすることもなかろう」

 

 静かに苦笑する妻に、メガトロンは鼻を鳴らす。

 

「レイさん! レイさんも行きましょう!」

 

 そんな二人の前に、ネプテューヌが降りてきて手を差し出した。

 レイは少し悩んでいるようだった。

 一方でオプティマスはオプティックを輝かせていた。

 

「私に良い考えがある! 我々もエキシビジョンマッチといかないか?」

「正気か貴様?」

「正気だ。良く言うだろう? 祭りには参加せねば損だと!」

 

 突拍子もないことを言い出すライバル兼共同統治者に、メガトロンは溜め息を吐かざるを得ない。

 しかし、次の瞬間には凶暴に笑み、背中からタリの剣を抜いて手の中で回す。

 

「まあ、よかろう! それも一興! ゆくぞ、レイ!」

「はいはい、本当に子供なんだから……お供しますよ、あなた」

 

 夫がいくなら仕方がない、とばかりにレイも女神化して雷を纏った。

 オプティマスも背中からテメノスソードとベクターシールドを抜き、脹脛のジェットスラスターに火を入れる。

 

「オプっち! 私たちも行きましょう!!」

「ああ、ネプテューヌ! さあ、出動だ!!」

 

 オプティマスとネプテューヌ、メガトロンとレイは、それぞれ並んで女神たちが戦いを繰り広げる空へと向かっていった。

 人間たちやオートボットやディセプティコンは、スポーツでも観戦しているかのようにヤンヤヤンヤと囃し立てていた。

 

「はあ……どうやら、また騒がしい日々が始まるようですね」

 

 ぼやくイストワールだが、すぐに笑顔になる。

 

 プラネテューヌ、ラステイション、ルウィー、リーンボックス。

 オートボットとディセプティコン。

 そして女神と人間、トランスフォーマー。

 

 晴天の下、かつて争い合った人々は笑い合い、称え合っていた。

 いつまでも、いつまでも……。

 

 

 

 

 それからのことを、少し語ろう。

 

 リンダは、レイやドレッズとの再会を喜び、改めてディセプティコンに仕える身となった。しかしワレチューは宮仕えが性に合わないとして去っていった。

 

 ショックウェーブはプルルートやピーシェのいる次元へスペースブリッジを繋げるべく、色々計画しているらしい。

 答えを聞きにいきたいのだろう。

 

 そのためにも、ゲイムギョウ界にも固定式のスペースブリッジを建造することになり、ホイルジャックやレッカーズ、コンストラクティコン、そしてシアンたち技術者が頑張っている。

 三つの世界が繋がる日は、そう遠くないだろう。

 

 ジョルトとサイドウェイズは、時折ルウィーの片田舎にあるアニマルクロッシングという村を訪れているようだ。

 

 アイアンハイドとクロミアは、折を見てはラステイションを訪れ、ノワールやユニと家族の時間を過ごしている。

 サイドスワイプも、アイアンハイドから見ればまだまだ半人前らしく彼への訓練も継続していた。

 

 晴れて恋人同士となったブランとミラージュだが、お互いの性格から中々進展していない。

 双子たちは、戦いよりも災害や事故からの人命救助に奔走していた。

 

 ベールとアリスは仲睦まじい姉妹として暮らしている。……アリスの方がベールに振り回されがちなのは変わらないようだが。

 アリスと言えば、彼女の仲間だったプリテンダーたちはディセプティコンのイメージアップのためにベール主導のもと、なんとアイドルとしてデビューした。

 

 バンブルビーとスティンガーは、時に喧嘩し競い合いながらも、ゲイムギョウ界とサイバトロンの平和を守るため働いている。

 

 ネプギアたち女神候補生は、いつか姉の跡を継ぐために日夜頑張っている。

 

 サウンドウェーブと部下たちは多忙な中でも5pb.のライブには欠かさず参加してした。

 

 メガトロンはディセプティコンの統治者として、変わらず辣腕を振るっている。

 多忙を極める中でも、妻子との時間を意地でも作るようにしているあたり、頭が下がる。

 

 レイは新たに作られた卵と雛を育成するための施設の責任者として、そして惑星サイバトロンの女神として、崇められていた。

 実質的に(オプティマス)とメガトロンと並ぶ三人目のトップ、宗教的指導者とも言うべき立場なのだが、あまり政治には関わらないようにしていた。

 

 ガルヴァ、サイクロナス、スカージ、そしてロディマスら雛たちは健やかに育っていた。

 長兄たるガルヴァは変形できるようになり、末っ子のロディマスも最近少しずつ喋れるようになってきた。

 他の卵も、次期に孵る予定だ。

 

 そして、私とネプテューヌは…………距離は離れていても、頻繁には会えなくても、恋人として、幸福に暮らしている。

 いつか、彼女が女神を引退する日が来たら、結婚を申し込もうと思っている。

 

 一つの時代が終わりを迎え、新しい時代が始まった。

 長く苦しい戦いの末、ついに我々は平和へと辿り着いたのだ。

 これからも、計り知れない苦難、数限りない困難が我々の前に立ち塞がるだろう。

 

 それでも、力を合せればきっと乗り越えることが出来るはずだ。

 

 私は、オプティマス・プライム。

 

 私たち(トランスフォーマー)は、女神と共にある。これからも、ずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

~Till All Are One (全てが一つになるまで)~ 了

 

 そして、

 

~超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION~ 完

 




連載を始めて、三年と数か月。これにて、当作品は完結となります。
始めた当初は、こんな長くなるとは思っていませんでした。
途中、中弛みしたり、迷走したり、暴走したりもしました。
そもそも足らない筆力に悩んだりもしました。
それでも実写両軍の和解エンドが、幸せなトランスフォーマーたちが書きたくて、ここまで来ました。

これも一重に、こんな作品を読んでくださった皆様のおかげです。

まあ、まだ番外編をいくつか書く予定ですが……。

とりあえず、
①原作アニメ13話を基とした、プルルートやピーシェの次元にいく話。
スタスクプロデュースの真エディンの全貌とは?
決戦でプルルートたちをこっちの次元に送り込んだ大女神の正体とは?
ショックウェーブは答えをもらえるのか?
TFファンへのサプライズ的展開もあるかも?

②メガトロンがレイに告るまでに絡めて、メガトロンとリージ・マキシモ、そしてとある人間の関係を明かす話。ラブコメ回。

③四女神オンライン(原作で出てくるオンラインゲーム)で女神とTFが遊ぶ話。
つまりTF人間化回。

を予定していたりします。(あくまで予定なんで期待しないでくださいね)

では皆様、重ね重ね、ご愛読ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA STAGE
EXTRA STAGE:1 神次元は良いトコ、一度はおいで!


番外編、その1。
もう、番外編という免罪符にかこつけて、好き勝手やってます。


 何処か知らない国の、知らない街。

 ダイノボットに跨ったオートボットたちと、人造トランスフォーマーたちが激闘を繰り広げていた。

 

 中でも熾烈に争うのは、黄色いオートボット、バンブルビーと、その似姿である人造トランスフォーマー、スティンガーだ。

 それをネプギアは茫然と眺めていた。

 

 ああ、これは悪い夢だ。

 自分の親友と、その弟分として造り上げた子供のような存在が殺し合っているなんて、こんなことは有り得ない。

 

 高層ビルの間を飛び回るストレイフの背に乗った二人は、振り落とされそうになりながらも戦いを止めない。

 ネプギアはその場にいるのに、まったく事態に干渉できない。

 

 まるで、映画の観客のようにだ。

 

 やがてストレイフが地面に落ちると、スティンガーの首にバンブルビーがブラスター砲を突き付ける。

 

――だめええええ!!

 

 叫べども、声は届かない。

 

 ブラスターが炸裂し、スティンガーの首が吹き飛んだ……。

 

 

 

 

 

 ユニの目の前で、サイドスワイプは周囲を人間たちに囲まれていた。

 人間たちは敵意と共に、銃弾を浴びせかけてくる。

 

 逃れようとするサイドスワイプだが、自慢の足を撃ち抜かれて地に這いつくばる。

 そこに、黒い痩身のトランスフォーマー……賞金稼ぎのロックダウンが歩み寄ってきた。

 

 憎々しげに賞金稼ぎを睨み付けるサイドスワイプだが、ロックダウンは右腕を凶悪なドリルのような形に変形させ、サイドスワイプの胸に突き刺す。

 悲鳴を上げるサイドスワイプに構わず、ロックダウンは彼の胸からスパークを抉り出した。

 

――いやあああああ!!

 

 物言わぬ残骸と化した恋人に縋りつき、ユニは泣き叫ぶ。

 これは夢だ。悪い夢に決まっている……!

 

 

 

 

 バンブルビーを庇ってセンチネルの腐食銃を受けたスキッズは、最後に片割れに詫びながら融けて消えていった。

 片割れの死に絶望したマッドフラップは、絶叫を上げてセンチネルへと飛びかかる。

 

――スキッズ……そんな、嘘……。

 

――マッドフラップ、やめてえぇええ!!

 

 ラムとロムの叫びも虚しく、マッドフラップもまた腐食銃の餌食となり、錆となって散っていく。

 

 こんなの嘘だ、有り得ない。

 だれか、夢だっと言って……!

 

 

 

 

 

「ううう……スキッズ……」

「やだ、やだよ……」

 

 悪夢にうなされる妹たちをブランはベッドの脇で看病していた。

 スキッズとマッドフラップも、相棒たちを心配そうに見ていた……。

 

 バッドエンド症候群という病気がある。

 その名の通り、最悪な結末を永延と夢に見て目を覚まさない。そういう病気だ。

 女神のみが極めて稀に罹患するというこの病気は、コウリャクボンの花という花を煎じて飲ませる以外に治療法が存在しない。

 

 しかし、この花は近年では数を減らしており、今ではルウィーとラステイションの国境付近の洞窟と、かなり遠方のもう一ヶ所でしか確認されていない。それも不確かだ。

 

 そこで洞窟にはノワールとブラン、アイアンハイドとミラージュが向かい、もう一ヶ所にはネプテューヌとベール、それにオプティマスとジャズ、アリスが向かうことになった。

 

 そして、その『もう一ヶ所』というのが……。

 

  *  *  *

 

「まさか、遠くというのが別の次元のことだったなんて、驚きましたわ……!」

「うん! いやまあ、体感的にはサイバトロンより近いけど!」

 

 別次元へと続く異空間を飛行しながら、ベールとネプテューヌは会話している。

 それぞれの隣には、オプティマスとジャズが滑空するようにして飛んでいた。

 

 彼らが向かっているのは、プルルートやピーシェの住む別次元だった。

 ついに、彼女たちの次元へと繋がる新型スペースブリッジ『ビヴロスト』が完成したのだ。

 

「スペースブリッジはちゃんと機能しているようだな」

「論理的に考えて、当たり前だ。私の設計に狂いはない」

 

 感心するオプティマスに答えたのは、一緒に付いてきたショックウェーブだ。

 やがて、一同が異空間を抜けるとそこは空だった。かなり下に竹林が見える。

 当然ながら、重力に引かれて落下を始める。

 

「ふむ、これは想定外だ。次元座標の設定にミスがあったのだろうか?」

 

 呑気に考察しながら、ショックウェーブは落ちていく。

 

『きゃああああ!?』

「うわああああ!?」

「ほわああああ!?」

 

 何故か変身できない女神たちと飛べないジャズはともかく、何故か飛べるはずなのにオプティマスまで落ちていく。

 それはおそらく、彼がオプティマス・プライムだからだろう。

 

 

 

 

 

 

「いたた……どうして変身して華麗に着地しようと思ったのに、なんでー?」

「こちらの次元だと、わたくしたちは変身できないのでしょうか?」

 

 竹林に落下したネプテューヌとベールは、上体を起こしてぶつけた箇所を摩る。とくに怪我はないようだ。

 

「姉さーん! 大丈夫ですかー!」

 

 聞こえた声に上を見上げれば、アリスが緑色のサイドポニーに白いレオタードの女神姿で降りてきて姉を助け起こす。

 彼女だけは、変身できたようだ。

 

 すぐ近くには、トランスフォーマーたちが墜落して出来た大穴が三つ出来ていた。

 

「シェアエナジーがこちらまで届かないことに加え、おそらく我々の次元とは女神化の条件が違うのだろう。確証はないが女神メモリーの有無ではなかろうか?」

「やれやれ、いきなりドロップアウトとは、幸先の良くない」

 

 いち早く立ち上がったショックウェーブは冷静に分析し、ジャズはぼやいていた。

 

「ここがプルルートたちの次元か……おや?」

 

 立ち上がったオプティマスだが、センサーが何かを捉えた。人影のようだ。

 そしてガサガサと竹の影から現れた人物に、ベールとアリスは目を見開いた。

 

「ブラン! それに……」

「姉さんが、二人!?」

 

 現れたのは、大きな白い虎に乗った赤と白の巫女のような服を着た白の女神ブランと、巨大な宙に浮かぶエイに立ち乗りした、いつもと違う深緑のドレスを着たもう一人のベールだった。

 

「あなたたちは……!?」

「わたくしが……もう一人?」

「何と! 面妖な!」

「エーイ、これはどうなっているのだ?」

 

 驚いているのはネプテューヌたちだけではなく、巫女装束のブランともう一人のベール、そして彼女たちが白虎とエイも同様だった。しかも、喋っている。

 

「ううう……!」

 

 お互いに驚いていると、ネプテューヌの体の下から呻き声がした。誰か敷いているらしい。

 ビクリとネプテューヌが下を見ると、いつもより露出度の高い服を着た……具体的にはお腹が大胆に露出している……ノワールが倒れていた。

 慌ててネプテューヌは飛び退く。

 

「ねぷう!? ノワールまでぇ!?」

「も、もういったい何なのよ? いきなり人の上に落ちてくるなんて、非常識にもほどがあるでしょう!!」

 

 起き上がったノワールは、キッと強気な視線でネプテューヌを睨み付ける。

 その姿は、まごうことなきラステイションの黒の女神だ。

 

「これはいったい……!?」

「ブランとノワールは、いまごろ向こうの次元に……分かった! これは偽物のノワール、略して偽モノワールだね!!」

「むう、確かに! そう考えるのが自然か!!」

「いや、違うだろう……」

 

 突然現れた女神たちに混乱するオプティマスだが、ネプテューヌが素っ頓狂なことを言い出すとそれに力強く頷いて副官ジャズにツッコマれる。

 もはや色んな重責から解放された総司令官は、ボケが加速しているのである。

 そのやり取りに、偽モノワール(仮)はたまらず声を上げる。

 

「何よ、偽モノワールって! それ略してないし! だいたい私は偽物じゃないわよ! っていうか、あなたたちは誰よ!!」

「わたし? わたしはネプテューヌ! こっちはオプっち!」

「ねぷちゃ~ん! ベールさ~ん!」

 

 律儀にツッコミを入れる偽モノワール(仮)に、ネプテューヌは呑気に答えていると、さらにノンビリとした声が聞こえてきた。

 聞いたことのあるその声に、一同が顔を向ければ、薄紫のボサっとした髪を三つ編みにして、パジャマのような衣装を着込んだポワワンとした表情の少女、菖蒲色の女神プルルートが走ってくるところだった。だがどう言うワケか横に二足歩行の茶色い恐竜がいた。

 その姿に、ネプテューヌが破顔する。

 

「ぷるるん!」

「久し振り~……ほえぇ! ショッ君!?」

 

 友達との再会にヘニャリと笑っていたプルルートは、ショックウェーブまでいると思っていなかったらしく目を剥き、それから恐竜の後ろに隠れた。

 恐竜は、怪訝そうに尋ねた。

 

「ダー、どうしたんだよ?」

「ううう……」

 

 恥ずかしそうにしているプルルートに、巫女ブランは合点がいったという顔をする。

 

「ああ、このヒトがあれね。プルルートに告白したという例の……それじゃあ、あなたちが別の次元の女神ね」

「わたくしたちは、この次元の女神ですわ」

 

 エイの背から降りたもう一人のベールは、たおやかに一礼する。

 目を見開くネプテューヌ一党を、さらなる驚きが襲う。

 

「そして吾輩たちが……!」

「この世界に生きるトランスフォーマーにござる!」

「人呼んで『ビーストフォーマー』。ダー!」

 

 エイ、白虎、恐竜が口々に言う。

 

「デプスチャージ!」

「タイガトロン!」

「ダイノボット!」

『変身!!』

 

 名乗り上げと共に声を上げるや、その表皮が割れて機械パーツが現れ、寸断されて組み変わり変形……いや変身していく。

 

 エイは、ヒレを翼のように背負った力強くもスマートな男性を思わせる青いロボット、デプスチャージに。

 白虎は、虎の顔が胸を飾り、虎由来の白黒と機械パーツの緑のコントラストが美しい、腰に刀を差した侍めいた姿のタイガトロンに。

 恐竜は、胸に恐竜の顔が配置され、尻尾から変形したドリル状の剣と回転する盾を持った凶暴そうな戦士、ダイノボットに。

 

「ハイヤー! エアレイザー、変身!」

 

 不意に空を見上げると一羽のハヤブサが舞い降りた。

 ハヤブサもまた、背中に翼を持った少年的な姿のロボット、エアレイザーへと変身した。

 

「ようこそ、『神次元』へ! 歓迎します!」

 

  *  *  *

 

 そんなこんなで、こちらの次元に存在するプラネテューヌのプラネタワー。

 優美な曲線的なシルエットが特徴のネプテューヌたちの次元のタワーと違い、こちらのプラネタワーは直線的で高層ビルを思わせる外観だ。

 一同はタワーの前庭に集まっていた。

 

「ええ~、あたし~ちゃんと言ったよ~。こっちの次元にも~、ノワールちゃんとブランちゃんとベールさんがいるって~」

「ええー? こんなそっくりさんがいるなんて聞いてないよー!」

「言ったてば~!」

「それにぷるるん! こっちにはトランスフォーマーはいないって言ってたじゃん! オプっちみたいなヒトはいないって、確かに言ってたもん!」

「『オプっちみたいな』ヒトはいないって言ったんだよ~」

 

 言い合うプルルートとネプテューヌ。

 確かに、ビースト戦士たちは『オプティマスみたいな』とはだいぶ違う。

 

 後付感が酷いが、どうぞご容赦いただきたい。

 

 その会話を聞いて、巫女装束ブランが小首を傾げる。

 

「……そんなに似ているの? そっちの次元のわたし」

「うん! 見た目も喋り方もそっくり! 性格も似てるっぽいし!」

「じゃあきっと、そちらの次元のわたしも相当やり手の女神ね!」

 

 ネプテューヌが答えると、ノワールが胸を張る。

 するとノワールの脇に控えていたダイノボットが口を挟んできた。

 

「ダー、お嬢ちゃん。またお前はそういうことを言う。少しは殊勝さを身に付けな。父ちゃん悲しいぞ!」

「ッ! 誰がお嬢ちゃんよ! それにあなたみたいな父親を持った憶えもないわよ!!」

「ああー……こっちのノワールもこんな感じなんだ」

 

 まるで口煩い親と反発する娘のような会話をする黒い女神と恐竜ロボットに既視感(デジャヴ)を感じるネプテューヌ。

 そんな一同を余所に、二人のベールはアリスを挟んでいた。

 

「まさか、そちらの次元のわたくしには、こんな可愛い妹がいるなんて……もう一人のわたくし! この子、わたくしに譲ってくださいな!」

「いやですわよ、もう一人のわたくし。アリスちゃんはわたくしだけの妹ですわ」

「むぎゅう……! 何これ幸せなのに苦しい!」

 

 両腕を掴まれてマシュマロのような大きな胸を両側から押し付けられ、アリスは真っ赤になりつつも何とも言えない顔をしていた。

 こちらのベールには、妹がいないようだ。

 

「それにしても、この次元では動物に変身するトランスフォーマーが繁栄しているとは」

「我らは最初の13人の一人、オニキス・プライムと眷属の子孫でござる」

「といっても、我々も自分たちが『トランスフォーマー』だと思っていませんでしたが」

 

 オプティマスは、タイガトロン、エアレイザーと話していた。

 彼らビーストフォーマーは人間よりやや大きい程度だが、自分たちよりも遥かに大きなオプティマスにも物怖じする様子はない。

 彼らの言うところによると、ビーストフォーマーは古くからこの世界に根付いており、自らのルーツを失伝して久しかったのだという。

 そこを、こちらのイストワールが『みっか』かけて記憶を検索し、大女神に問い合わせたことで発覚したのだ。

 

 後付感が酷いが、どうかご容赦いただきたい(二度目)

 

「そしてビーストフォーマーは5つの部族に分かれて暮らしています。

まず、僕エアレイザーが族長を務める鳥やコウモリなど空を飛ぶ動物に変身するクラウドウォーカー。

彼タイガトロンが族長を務める、哺乳類に変形するファーウォーカー。

ダイノボットが率いる、恐竜や爬虫類からなるスケイルウォーカー。

デプスチャージは見ての通り、海に住む生き物のウェーブウォーカーの族長です。

そしてこの場にはいませんが、ブラックアラクニアという女性が率いる昆虫やクモに変形するシャドウウォーカーという部族もいます」

「何と、族長がわざわざ出迎えに来てくれるとは……」

 

 相手が族長と知り、オプティマスは畏まって頭を下げる。

 タイガトロンは、慌てて手を振った。

 

「ああ、そんな畏まらなくてもいいでござるよ! 族長と言っても、村長さんくらいの感覚でござる」

「そうですよ。ビーストフォーマーの実質的な指導者は、大女神様に仕える神官長と僧兵長ですからね。僕たちは中間管理職です」

 

 エアラザーも苦笑する。

 女神たちと話ながらその会話を耳にしたネプテューヌは、ふと疑問を口にした。

 

「そうそう、その大女神様っていうのは具体的にどういう立場の人なの? やっぱり、世界で一番偉いの?」

「偉いというか……説明が難しいのだけれども、女神にとっての先生というか、一国を背負って立つ上での心構えを教えてくれた人よ」

「みんなの~、お母さんみたいな人だよ~」

 

 その疑問にブランが真面目に、プルルートがノンビリと答える。

 いまいち要領を得ないが、二人の様子を見るに慕われているようだ。

 

「結構、スパルタなトコもあるのだけれどね……何回、泣かされたことか」

「調子に乗ると、容赦なく鼻っ柱を折りにきますものね……」

 

 一方で、ノワールとこちらのベールはちょっと苦手意識があるようだ。

 そこへイストワールが飛んできた。

 と言ってもネプテューヌたちのいる超次元のイストワールではなく、こちらの神次元のイストワールだ。

 身体も小さく、外観や言動も幼い雰囲気がある。

 ネプテューヌなどは彼女を見た途端「ちっちゃいーすんだ! かわいいーすんだ!」なんて騒いだものだ。

 

「それで、その大女神様からお達しがあったでんです( v ̄▽ ̄)。『もうすぐ異なる次元の女神とトランスフォーマーが来るので、そうしたら彼らを連れて、五つの国の女神と五つの部族の族長、みんなで私の所へ来なさい』と(ノ゚⊿゚)ノ」

「で、コウリャクボンの花も大女神様の部下の神官が管理していると」

 

 ジャズが言うと、イストワールが頷いた。

 ネプテューヌは指折り数える。

 

「え~と、プラネテューヌとラステイション、ルウィー、リーンボックスで国が四つ、それに四つの部族の族長が揃ってるワケで……後はエディンの女神、ピーシェだ!!」

「それに、ブラックアラクニアもだぜ。……ダー、気難しいんだあの女は」

 

 ダイノボットが何やら気分重たげに補足すると、ノワールも腕を組んで気難しげな顔をする。

 

「その二人にも召集をかけてるはずだけど……まだ姿が見えないわね。まったく、大女神様のお達しをなんだと思ってるのかしら?」

「ブラックアラクニアさんはともかく、ピーシェさんの方はどうやら問題が発生したそうで、遅くなるとか……」

 

 そこでネプテューヌが声を上げた。

 

「じゃあみんな、先に行ってて! わたしたちはピーシェを迎えにいくよ。それと、そのブラックアラクニアってヒトもね!」

「ふむ、そうしよう。早い方がいい」

 

 恋人の声にオプティマスが同調し、さっそく動き出そうとする。

 即断即決。猪突猛進。考えなし。

 そんな総司令官と紫の女神を、副官ジャズはやんわりと止める。

 

「待ちなって。行くのはいいとして、場所が分からないだろう……だれか、案内してくれないか?」

「じゃあ、あたしが行くね~」

「プルルートだけだと不安ですから、わたくしも」

「おおー! 二人ともよろしくー! チャララッチャー♪ プルルートと神次元ベールが仲間になりました!」

 

 ジャズの求めに、プルルートと神次元ベールが名乗りを上げ、ネプテューヌが満面の笑みで腕を上げる。

 それを見て、タイガトロンはボソリと呟いた。

 

「いやはや、何とも『濃ゆい』方々でござるな」

「『濃さ』では、僕たちもヒトのこと言えないけどね」

 

 そんな彼に苦笑するエアレイザーだった。

 

 

 

 かくして、エディンへと向かうことになったネプテューヌたち。

 はてして彼の国には何が待ち受けているのだろうか。

 

 続く。

 続くったら、続く。

 




そんなワケで続くよ!(白目)
こんなん一話で終わるわけねえだろうがぁあああッ!!(セルフツッコミ)

ちょっと久しぶりの今回の小ネタ。

バッドエンド症候群
見ている悪夢は、もちろん実写TFであった、あるいは有り得たシーン。

新型スペースブリッジ『ビヴロスト』
ビヴロストというのは、北欧神話に出てくる異なる世界を繋ぐ虹の橋のこと。
ネプテューヌシリーズとは、ゲーム第一作の主題歌が『流星のビヴロスト』だったり、アニメ最終話のタイトルが『明日への(ビヴロスト)』だったりと、何かと縁がある。

ビーストフォーマー
ついに出しちまったビーストウォーズの皆さん。
マクシマルズ(サイバトロン)とプレダゴンズ(デストロン)ではなく、部族に分かれているのは例によってIDWのアメコミネタ。

しかし、アメコミでは毛皮(ファー)(哺乳類)、
(クラウド)(飛べる動物)、
(ウェーブ)(水棲生物)、
(スケイル)(恐竜、爬虫類)
の四部族だけで何故か昆虫系の部族がいないので、オリジナルで(シャドウ)を追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA STAGE:2 エディンってどんなトコ? こんなトコ!

 神次元ゲイムギョウ界。

 ここでもネプテューヌたちの超次元ゲイムギョウ界と同じように、危険なモンスターや厳しい自然の驚異に晒されながらも、点々と存在する集落で人は生まれ、育ち、死んでいく。

 

 ……やや大げさだったが、つまり超次元も神次元も、人々の生活はそうは変わらないということだ。

 

 そんな集落の一つ、新興国家エディンに属するエネルギー系の鉱石を掘り出す鉱山の街『ネクロマ』が危機に陥っていた。

 

 動物を思わせる姿をした、しかしこの世界土着のビーストフォーマーとは異なるトランスフォーマーの一団が、街を襲撃しているのだ。

 

「ズワーイ! エビーム!」

「革命だっつーの!」

「ガッチガチやぞ!」

「てやんでい!」

 

 エビのような姿のビスクが口からビームを吐き、ヤマアラシのような姿のクイルファイアが棘を飛ばし、蟹に似た姿のクランプダウンが鋏をカチカチ鳴らし、鹿を思わせる姿のサンダーフーフが足踏みと共に衝撃波を発生させる。

 

 彼らは、種族的にはディセプティコンであるが、メガトロンの配下ではなく言わば犯罪者の集団だ。

 それがどうやってか、戦後のドサクサに紛れて神次元に紛れ込んだらしい。

 

「この街は、これから我々が支配する! この地は新たなディセプティコンの故郷となるのだ!!」

 

 一団を率いるのは狼男のようなディセプティコン、スチールジョーだ。

 鋭い爪を振るって、街の住人たちを脅し付けている。

 

 ……余談だが、『スチールジョー』とはイヌ科動物型金属生命体の総称である。

 つまり、彼の名前をゲイムギョウ界風に訳すると『犬』になる。

 

 ともあれ、彼は野心家であり狡猾で残忍な、つまり割とよくいるディセプティコンだった。

 

「さあテメエら! 俺たちにエネルギーを寄越しやがれい!」

「じゃないと、エビームの餌食だガニ!」

 

 一ヶ所に集めた街に住人たちに向けて、サンダーフーフとビスクが凄む。

 怯える住人たちだったが、一人の子供が空を指差して叫んだ。

 

「シーカーズだ!」

 

 その声に、誰もが空を見上げた。ディセプティコンたちでさえ。

 抜けるような青い空に、五つの影が舞っていた。

 

 一つは、幾何学的なタトゥーに覆われたジェット戦闘機。

 一つは、黒と紫のジェット戦闘機。

 一つは、水色のジェット戦闘機。

 この三機は、同型機だ。

 

 さらに一つは、黒い高高度偵察機。

 そして最後に、光る翼を背負った女性の人影。

 

「ッ! ええい、クソ! もう嗅ぎ付けやがったか!!」

「おいスチールジョー! ヤバくねえか!?」

「狼狽えるな! 人間を人質に取れ!」

 

 悪態を吐きながらも、スチールジョーは住人を人質に取ろうとする。

 が、その瞬間には一味を取り囲むようにしてシーカーズ……スタースクリームと仲間たちが降り立った。

 スタースクリームは呆れたように排気する。

 

「またお前らか……懲りねえな」

「まったくだぜ! これで何度目だ?」

「ガッツは買うがな。いかんせん、無謀ってもんだ」

 

 スカイワープは小馬鹿にしたような顔をし、ジェットファイアはコキコキと首を回しながら、杖を斧に変形させる。

 

「さあ、みんな逃げてくれ。ここは俺たちが!」

 

 サンダークラッカーは、率先して住民たちを避難させていた。

 

「悪いことしちゃ、メッ! 正義のヒーローが、懲らしめるよ!!」

 

 そしてこの国の女神たるイエローハートことピーシェは正義に燃える胸を張る。

 スチールジョーはグルグルと唸り声を出した。

 

「ほざけ! お前ら、いけ!!」

 

 号令を受けて、サンダーフーフ、ビスク、クイルファイア、クランプダウンがシーカーズに飛び掛かる。

 

「シーカーズ、ゴー!」

 

 スタースクリームたちは、こちらもピーシェの掛け声と共に敵を迎え撃った。

 

  *  *  *

 

 一行は手分けしてピーシェとブラックアラクニアを迎えにいくべく、ネプテューヌとオプティマス、プルルートとショックウェーブの組がエディンへ、ジャズと二人のベールにアリスの組がシャドウウォーカーの集落へと向かうことになった。

 そして、ここはエディン。

 神次元ゲイムギョウ界に突如現れた新女神イエローハートことピーシェを頂点とする新興国家である。

 

 その首都そのものは、ゲイムギョウ界ではよくある街であるが、その中心には壮麗な白亜の城が立っていた。

 並ぶ尖塔の上には、黄色地に白い翼を広げた鳥のシルエットを横倒しにしてEの字に見立てた紋章が描かれた旗がはためいていた。

 

 この城こそが、エディンの教会である。

 

 もっとも何もない所に一から建てたワケではなく、無駄な出費を嫌ったスタースクリームの指示によって元々あった古城をリフォームした物であるが。

 

 トランスフォーマーサイズの応接間では、ネプテューヌら一行がピーシェの帰りを待っていた。

 この応接間は、トランスフォーマーサイズの部屋のロフト部分に人間用の応接スペースが設えられていて、会話しやすい高さになるように調節されていた。

 

「いやー、どうもどうもお茶まで出してもらっちゃって!」

「ま、一応は客だからな」

 

 カップを手に持つネプテューヌの声に、机の上に乗ったホィーリーが答えた。

 この小ディセプティコン、地味にエディンではそれなりの役職に付いているようだ。

 

 一方で、立っているオプティマスは感心したように窓から見える町並みを眺めていた。

 

「それにしても、意外と栄えているようだな。エディンの国は」

「まあね。スタースクリームの奴、『エディンをギョウ界一の国にしてやるぜ!』って張り切ってるからな」

 

 ホィーリーの言う通り、スタースクリームは教祖的な役割をキチンとこなしているらしい。

 街は活気にあふれ、人々の生活に不足はないようだ。

 

「でも意外だよね! ……スタースクリームと部下たちが、ヒーローとして認識されてるなんて!」

 

 エディンの国民は卑劣漢な小悪党だったころの航空参謀を知らず、ピーシェのために東西奔走し仲間たちと共に空を華麗に舞う彼しか知らない。

 ネプテューヌの言う通り、今やスタースクリーム以下『シーカーズ』は国民的ヒーローだった。

 

 アニメも企画中らしい。

 

「ああ……そこはスタースクリームも問題視しててな。この国の女神はピーシェなんだから、自分に人気が集まりすぎるのはマズイって」

「だから、ピーシェの人気を得るために一緒に悪党退治か」

 

 部屋の隅に佇むショックウェーブが納得した時、応接間の扉が開き当のスタースクリームがピーシェを肩に乗せ、ジェットファイアを伴って現れた。

 

「よう、お帰り! 首尾は?」

「問題ない。ならず者どもは、残らず檻にぶちこんどいた、これでピーシェの人気も上がるはずだ」

 

 ホィーリーとスタースクリームは、事務的な会話を躱す。

 

「ぴーこ!」

「ねぷてぬー! ……ぴぃぱーんち!」

「ねぷぅうううッ!?」

 

 肩から飛び降りたピーシェに駆け寄ったネプテューヌが角度、速度、共に申し分ないパンチを喰らって昏倒するお馴染のやり取りをしている横で、オプティマスは元航空参謀に握手を求めて手を差し出した。

 

「久し振りだな、スタースクリーム。元気にしているようだな。教祖として上手くやれているようで何よりだ」

「……ああ、どうも」

 

 少し困った様子だったスタースクリームだったが、ジェットファイアに背中を小突かれて手を握る。

 それから、元同僚に視線を移した。

 

「ショックウェーブ」

「ふむ、論理的に考えて、身体に異常はないようだな」

「相変わらずだなテメエは」

 

 平坦な口調のショックウェーブに、スタースクリームは少し嬉しそうにニヤリとする。

 ネプテューヌはピーシェを抱き上げながら、元航空参謀を見上げた。

 

「あ、でもこの国、なんかイメージと違くない? ピーシェの国っていうから、もっとメルヘンな感じかと思ったよ!」

「そうだね~、もっとかわいい動物さんとか~、キレイなお花とか~、い~っぱいの方がいいよね~」

 

 その意見にプルルートも同意する。

 この国は、良く言えば質素、悪く言えば地味な雰囲気だ。

 

「そういうのは、今は良くても将来がな。……俺は、ピーシェをずっと餓鬼のままにしとく気なんかねえんだよ。いずれ方法を見つけて、成長させる」

「ま、ずーっと子供のままなんざ、逆に残酷だからな」

 

 決然と返してきたスタースクリームと、それを補足するホィーリー。

 頼もしさすら感じさせる彼らに、ネプテューヌの頬が緩む。

 どうやらピーシェは、素晴らしい仲間に恵まれたらしい。

 

「それで、ぴーこに一緒に来てほしいんだけど……」

「ああ、聞いてる。で、どうするよ、ピーシェ?」

「ねぷてぬと、いっしょいく!」

 

 即答するピーシェに、スタースクリームは苦笑する。

 こうなっては、止まるまい。

 

「分かった。じゃあ行くか」

 

 スタースクリームは屈んでピーシェを手に乗せる。

 

「よーし! いこ、ねぷてぬ!」

「おー! よろしくね、二人とも!」

 

 元気よく手を挙げるピーシェに微笑むネプテューヌ。

 オプティマスは嬉しそうに笑むと、副官に通信を飛ばす。

 

「ジャズ、こちらオプティマス。無事ピーシェたちと合流した。そちらはどうだ?」

『こちらジャズ。……『合流は』できた』

「? どうかしたのか?」

 

 合流は、の所を強調するジャズに、オプティマスはハテ?と思う。

 と、通信に混ざって声が聞こえてきた。

 

『待ってくださいデス、ブラックアラクニアさーん!』

『もう知らないッシャ! 好きなだけ、あのコウモリと仲良くしてればいいッシャ!』

『い、いやナイトスクリームさんとは、あくまで友達で……そもそもナイトスクリームさんは男デス!』

『おホモだちってワケね! ……もういいわ、新しい恋を見つけてやる!!』

『ノ、ノオォォ!』

 

 よく分からないが、非常に揉めているらしい。

 今にも鮮血の結末に至ってNice boat.(ナイスボート)な感じになりそうな台所ロマン劇場状態にオプティマスは少し顔を引きつらせた。

 さらに別の声も聞こえる。

 

『ね、姉さんたち、歩きづらいから手を放してください……』

『あら、もう一人のわたくし。アリスちゃんが迷惑そうにしていますわ。そろそろ離れてくださらない?』

『それはできませんわ、もう一人のわたくし。アリスちゃんは『わたくしの』大切な妹ですもの』

『ううう……どうしてこうなった! どうしてこうなった!!』

 

 どうやら、ベールたちがアリスを取り合っているらしい。

 ジャズは深く、そりゃもう深ぁく排気した。

 

『まあ、何とか連れてくから……大女神の所で落ち合おう』

「分かった。…………なにか、すまん。では、通信終わり」

『いいよ、別に。通信終わり』

 

 苦労性を滲ませるジャズを、オプティマスは不憫に思う。

 ちなみに、彼も副官に結構苦労をかけている。

 

「話はまとまったみたいだな。じゃあ行くか。……爺さん、ホィーリー、留守を頼む」

「おう、任せとけ」

「いってらっさい」

「いってきまーす!」

 

 部下たちに後を任せ、スタースクリームはピーシェを肩に乗せて部屋を出ようとする。

 ネプテューヌたちも後に続く。

 

「いやあ、やっと大女神様のトコだね! どんな人なんだろう? やっぱり、ベールをさらに大人っぽくした感じかな?」

「そいつは着いてみてのお楽しみさ。一つ言えるのは、必ず驚くってことだけだな」

 

 自身あり気にニヤリと笑うスタースクリーム。

 

 こうして、一同は大女神の住むという霊峰へと向かうことになった。

 

 果たしてネプテューヌたちはコウリャクボンの花を手に入れて、妹たちを救うことが出来るのか?

 そして作者はこの話はまとめることが出来るのか!

 

 待て次回!

 




そんなワケで、次回、大女神のもとへ!

今回の小ネタ
スチールジョー一味
何故か登場のアドベンチャー組。
面子は好み。

来週は土日に泊りがけの用事があるんで、遅れるかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA STAGE:3 困った、ビーストのノリが再現できない

 昔々ある所に、一人の女神がいました。

 女神は国を治めていましたが、酷く傲慢で強欲でした。

 逆らう者は容赦なく弾圧、民に重税を課して贅沢三昧。

 そんなでしてので、怒った国民たちに国を追い出されてしまいました。

 

 何故こんなことになったのだろう?

 考え続けた女神は、自分の罪から目を逸らし、いつしか自分を追い出した国民たち、さらには女神というシステムそのものに強い憎しみを抱くようになっていました。

 

 いつか、必ず復讐してやる!

 女神も、人間も、世界も、全部ぶっ壊してやる!!

 

 激しい憎悪に身を焦がし、荒野を長い間彷徨った女神は、ある時、高い山に入り込みました。

 本当は街を目指していたのですが、彼女は酷い方向音痴だったのです。

 

 当然の如く迷ってしまった女神でしたが、山の奥で、奇妙な物を見つけました。

 それは、金属で出来た船でした。

 

 不審に思いつつも船の中に入った女神が見た物は、無数に並ぶ緑色に光る卵でした。

 半透明の卵の中では何かが蠢いています。

 不気味に思いその場を後にしようとした女神でしたが、卵の一つがブルブルと震えて罅が入り、そして……。

 

  *  *  *

 

「やってきました。大女神様の山!!」

「山~!」

「やまー!」

 

 ネプテューヌが両腕を掲げて叫ぶと、プルルートとピーシェもそれに倣う。

 彼女たちに聞こえるよう、ノワールは大きく溜め息を吐いたが、それも効果が薄いようだ。

 

 ここは大女神の住まう霊峰、その麓。

 無事に合流した一同であるが、蜘蛛に変形するブラックアラクニアは不機嫌そうに腕を組んでいた。

 

「まったく、シルバーボルトの奴……」

「そう拗ねないで。彼が一番好きなのは、間違いなく君だからさ」

 

 苦笑い気味のエアレイザーに言われても、ブラックアラクニアは鼻を鳴らすばかりだ。

 

 ……ちなみに、エアレイザーは女性である。

 

 女 性 で あ る !

 

 大事なことなので、二回いいました!

 

 それはともかく、一党の目の前には、大きな石造りのアーチ門が聳えていた。

 これこそ山の入り口である。

 

「全員いるようだな。ではいくとしよう」

「待ちいや!!」

 

 先に進もうとするオプティマスだが、突然アーチの前の地面が盛り上がった。

 土の下から現れたのは、メタリックな巨大蟹だ。

 二本の鋏が、見るからに物々しい。

 

「ここを通るからには、儂に話を通してからじゃ! この門の番人! 大女神様の地の守護するランページにな!! 変身!」

 

 巨大蟹は、ギゴガゴと音を立てて二足歩行のロボットに変形する。

 蟹の節足が背中から突き出た恐ろしげな姿で、口が横に開くようになっている。

 

「おおー! ……って、何かコンストラクティコンの人と名前とキャラ被ってない?」

「じゃかわしい! こっちが元祖じゃ!!」

 

 ネプテューヌの声にツッコんだランページは自前の武装をオプティマスに向けた。

 その前に、デプスチャージが立ち塞がった。

 

「おお? なんじゃい、デプスチャージかい。またぶちのめされに来たんか」

「ランページ、貴様という奴は相も変わらず……今日こそは仲間の仇を取ってくれる!」

「おうおう、やってみい。仲間と同じ目に合せたるわ」

 

 闘志を漲らせるデプスチャージに、ランページは挑発的な態度を取る。

 超次元のベールはアリスを挟んで隣の神次元のベールにたずねた。

 

「あの二人、何か因縁が?」

「ええ、ランページは昔、手の付けられない暴れん坊でしたの。それで、デプスチャージが部下たちと一緒に捕まえにいって、その時に……」

「まさか、殺され……」

「いいえ、全員が己の無力さを感じ転職してしまいましたの」

「あらら?」

 

 思わぬ顛末に、超次元ベールはガクリとなる。

 とにかく、その時のことで仲が悪いらしくガンをつけ合うデプスチャージとランページだが、その頭上から声がした。

 

「ランページ、だめ!」

 

 一同が見上げれば、一羽の美しい鳥……いやその先祖である恐竜と鳥の中間に位置する、所謂始祖鳥が舞い降りてきた。

 始祖鳥は緑と黄色の美しい羽根を羽ばたかせて変身する。

 

「トランスミューテイト、変身!」

 

 現れたのは、背中に翼を備えた小柄で細身な女性ビーストフォーマーだ。

 トランスミューテイトと言うらしいその女性は、ランページの前に立つ。

 

「ランページ、大女神様、言ってた。お客様、歓迎する」

「お、おお……そうじゃったかのう?」

「そう。ボク、ちゃんと聞いてた」

 

 自分より大柄なランページに対しても、トランスミューテイトは物怖じする様子はない。

 そんな姿に、ネプテューヌは傍らのスタースクリームに聞いてみる。

 

「あの子は?」

「トランスミューテイト。大女神付きの女官なんだと。ランページのお目付け役だ」

 

 ランページは困ったように後頭部をカリカリと掻く。

 

「まあ、ミューちゃんが言うんなら、そうなんじゃろう。……んなワケで、すまんかったの。先、進んでええぞ」

 

 今までの厳めしい様子は何処へやら。

 軽い調子で手を合わせると、蟹の姿に戻った。

 

「この先の道をずーっと登ってくんじゃ。そうしたら、広場があって、その先に大女神様の座す神殿があるけんの」

「ええー? 山登りするのー」

 

 ランページの説明に、ネプテューヌは不満を漏らし、一同は苦笑いする。

 するとトランスミューテイトは、門の向こうを指差した。

 

「ダイジョブ、ロープウェイ、ある」

「あるんだ!?」

 

  *  *  *

 

 トランスフォーマーも乗れるサイズという中々に無茶な大きさのロープウェイに乗って着いたのは、山の中腹にある広い場所だった。

 

 濃い霧に包まれた広場にはいくつもの石像が並んでいた。

 それらは、かつての女神や各部族の歴代の族長たちを模した物だった。

 

 石像の間を進むと、霧の向こうから大小合わせて八つの影が現れた。

 ゴリラ、サイ、チーター、ネズミ。

 ティラノサウルス、サソリ、ハチ、プテラノドン。

 計八匹の動物たちだ。

 

「安心して。この地を管理する神官と、大女神様を護る僧兵たちよ」

 

 ノワールの言うように、それらはビーストフォーマーであるらしかった。

 族長たちが頭を下げると、神官と僧兵の中からゴリラとティラノサウルスが進み出た。

 彼らがこの一団の長らしい。

 

「遠路はるばる、よくぞこられた、異邦の勇者よ」

「しかし、あまり歓迎されてるとは思わんことだ」

「神官長、僧兵長、お久しぶりでござる」

 

 タイガトロンが代表して一礼する。

 ゴリラの姿をした神官長が、厳かに頷いた。

 

「皆壮健そうで何よりだ。さて自己紹介させてもらうが、私は……」

「ねえねえ神官長。そんなシリアスな顔は止めて、早く先へ進めるじゃん」

「そーそー。今時の子はせっかちだからね。チュー」

 

 厳かな雰囲気をぶち破るように、チーターの姿の神官とネズミの姿の神官が茶化す。

 ゴリラの神官長は、不機嫌そうに後ろを向いた。

 

「うるさいよ! 校長先生怒るよ!」

「カーッペッ! 漫才はそこらへんにして、さっさとしろ!」

「ああ、すまん」

 

 ティラノサウルスな僧兵長の一喝に、ゴリラな神官長は咳払いしてから変形する。

 

「オプティマス・プライマル! 変身!!」

「……オプティマス?」

 

 名を聞いて首を傾げるオプティマス・プライム。

 ゴリラからギゴガゴと変形した姿は、名と同じく何処かオートボット総司令官に似ていた。

 

「偶然なのだろうか? 私もオプティマスと言うんだ」

「おお! これは嬉しい偶然だな。思わず最高にハイッ!な感じになりそうだ!」

 

 屈んだオプティマス・プライムの手を、オプティマス・プライマルが取る。

 和やかな空気が流れるが、またしてもチーターが口を挟んだ。

 

「夢のダブルオプティマスか~、口煩いのが二倍じゃん」

「この調子だと、メガトロンもいたりして」

「いるよー! っていうか、こっちにもいるの?」

『いるの!?』

 

 ネズミも調子を合わせるが、チーターと揃ってネプテューヌの呑気な声にビックリ仰天する。

 

「ちなみに、俺様がメガトロンです! 千葉トロンでも可! メガトロン、変身! チーバー!」

 

 何故かノリのいい感じで、僧兵長がティラノサウルスから右腕が恐竜の頭その物であり、左腕に尻尾が変形した武器を持ったロボットに変身した。

 やはり、何処かディセプティコンの破壊大帝に似ている。

 

「なんと……いやはや、これは不思議な縁だ」

 

 オプティックを丸くしているオプティマス(オートボット)だが、ネプテューヌはふと疑問に思った。

 

「あれ? ぷるるん、神官長さんたちと知り合いでしょ? 名前、知らなかったの?」

「あんまり合わないからね~」

「う~ん、またしても後付の香り……」

 

 そんなことを言い合うプラネテューヌの女神たち。

 

「まあ、とにかく、そろそろ大女神様の所に行こう。お待ちになっているはずだ」

「そうだな。行くぞ」

 

 神官長と僧兵長は、揃ってビーストモードに戻ると仕草で着いて来るよう促す。

 一同は顔を見合わせてから、その後ろに付いて歩き出した。

 広場から先は崖に挟まれた階段になっていて、それを登っていくと両側の壁面にはこの次元の歴史が壁画として彫り込まれていた。

 

「先程の石像といい、見事な物だ」

「例え体は死して魂はオールスパークに還っても、彼らがここにいた証になる物を残そうという大女神様の考えによる物だ」

「あの方は、あんまりにも長く生きてるからな。……あの像も、この壁画も、一種の墓標ってワケだ」

「ここにいた証、墓標、か。……そう、そうだな。忘れさられるのは、悲しいことだ」

 

 オートボットのオプティマスは、それを興味深げに眺めていたが、ビーストのオプティマスとメガトロンの説明に顔を曇らせる。

 戦争で失われた多くの命。

 敵と和解はしても、それでも忘れてはいけない。

 

「……それでさ! 大女神様って、結局どういう立場のヒトなの?」

 

 重くなりかけた空気を換えるべく、ネプテューヌは隣を歩くブランに話題を振る。

 

「そうね……勘違いされがちだけど、大女神様は、女神の上位存在というワケではないわ。ただ、新しい女神が生まれると山を下りてきて、女神としての心得を教えてくださったり、少しの間、国造りをサポートしてくださるの」

「それに……辛い時とかに悩みを聞いてくださるわ。あまりに調子にのっていると、お叱りにくることもあるけど」

「それも、わたくしたちを想ってのことですわ。ですから、わたくしたちはあの方を女神にとっての女神、大女神様とお呼びするのですわ」

 

 ブランだけではなく、ノワールやベールも何処か懐かしそうに語る。

 それに倣ったのか、スタースクリームの肩に乗るピーシェも声を上げる。

 

「おおめがみさま、ままみたいなひと!」

「あとね~。大女神様はね~、いつもお面をしてるんだよ~」

「お、お面?」

「ビーストの祖、オニキス・プライムが遺した、三幅対の仮面(トリプティック・マスク)だ。限定的にだが過去や未来、遠く離れた場所を見ることが出来る。大女神様は、我ら神官と僧兵以外の前では、常にそれを被っておられる」

 

 プルルートのお面という言葉を聞いて驚くネプテューヌに、先頭をいくビーストのオプティマスが振り返らずに言った。

 それを聞いたオートボットのオプティマスやジャズは、おそらく、その仮面の力で別次元のネプテューヌたちの動向も知り得たのだろうと当たりをつける。

 

「我らビーストフォーマーにとって大女神様は、より直接的な信仰の対象だ。彼の方は、太祖オニキスよりビーストの未来を託されたのだ……さあ、着いたぞ」

 

 ビーストのオプティマスの言う通り、階段を登り終えた。

 霧が晴れると同時に両側の崖も途切れて視界が晴れ、目の前に広がっていたのは、色とりどりの花々が咲き誇る花畑だった。

 ここは山の頂上近くの台地であり、さらに上から湧き出した水が川となって流れ込み、泉を作っている。

 その畔に、巨大な金属の船があった。

 おそらく宇宙船だが、船体は植物に埋もれるようにして朽ちかけており、その前に石と木で作られたこじんまりとした家が建っていた。

 家の周りには、小規模な野菜畑も見える。

 

「あれが……」

「神殿?」

 

 トランスフォーマーサイズではあるものの、神殿という言葉から連想される建物とはあまりにも違う様子に、オプティマスやネプテューヌは面食らう。

 これでは、せいぜいお屋敷と言った程度だ。

 

 家の前には一人の女性が立っていて、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、腕を広げた。

 

「ようこそ、遠き異邦の英雄と女神たち」

 

 上等な仕立てだが、女神が着るにしては質素な服装だった。

 灰色がかった青色の長い髪と、角のような飾りが特徴的な、優しそうな若い女性。

 

 その姿を見て、ビーストフォーマーたちや神次元の女神たちがどよめく。

 

「おお……!」

「仮面を、外されておられる!」

「そんなに驚かなくても……異邦の方々に、礼を尽くしているだけですよ」

 

 女性……大女神は穏やかに返した。

 

 しかし、ネプテューヌ以下超次元の者たちは、その姿を見て別の意味で呆気に取られていた。

 最初に硬直を解いて声を上げたのは、やはりと言うべきかネプテューヌだった。

 

「あ、あなたは……あなたは、レイさん!?」

「初めまして。と言っても、『そちらの私』とは、知り合いでしたね」

 

 大女神……神次元側のレイは穏やかな、しかし悪戯っぽい笑みを崩さずに挨拶するのだった。

 




まだもうちょっとだけ続くんじゃよ。

今回の解説

ランページとトランスミューテイト
つまり、この次元ではこの二人は幸せに暮らしているんだよ!(迫真)
ミューちゃんの方のビーストモードが始祖鳥なのは趣味。

オプティマス・プライマルと千葉トロン
ついに登場、無茶ゴリラとアドリブ大帝。
しかしビーストのノリが再現できん。やっぱりアレは声優さんのパワーあってこそんなんです。
他の面子は初代ビーストの皆さん。

……タランス? あいつ別枠ですし。

トリプティック・マスク
オニキス・プライムの遺物。
過去、現在、未来、死後の世界まで見通せるチートアイテム。
レイでは完全には力を引き出せない。

大女神
そんなワケで、大女神の正体はレイでした!

……正直、拍子抜けですいません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA STAGE:4 これにて一件落着……?

 あれから、どれくらいたったでしょうか?

 卵から孵った子供たちを育てるうち、女神の心から憎しみが消えていきます。

 獣の姿をした子供たちも巣立っていき穏やかに暮らす女神でしたが、ある時のこと、遠い地で新しい女神が誕生したという噂を耳にしました。

 

 ちょっと気になり、何人かの子供たちと共に、新しい女神に会いにいってみることにしました。

 野を越え、山を越え、河を越えて、辿り着いた国で見たものは、民の上に君臨する女神でした。

 重税を課し、周りの言葉を聞かず、好き勝手に振る舞う姿は、昔の自分その物。

 

 自分と同じ過ちは犯させまいと女神は、新しい女神の居城に乗り込みます。

 

 獣たちを引き連れた女神を、新しい女神やその取り巻きは怪しみ、捕らえようとします。

 しかし、ロボットの姿に変身した獣たちに兵士たちはまるで歯が立ちません。

 女神と新しい女神の戦いが始まります。

 若く強い新しい女神ですが、古い女神は獣たちからの信仰を受けているので敵いません。

 

 倒れた新しい女神に、古い女神は言います。

 

「あなたも一人だったのね?」

 

 古い女神は、新しい女神の孤独を見抜いていたのです……。

 

  *  *  *

 

「ってな感じで前回入れ忘れた話が入った所で、大女神様って、レイさんだったの!?」

「こらお前! 不敬だぞ!! っていうかメタいなおい!」

 

 驚愕してメタな声を上げるネプテューヌにメガトロンがやはりメタに注意する。

 それを大女神……レイが止めた。

 

「構いません。皆さんも、どうぞ楽にしてください」

「失礼した。お会いできて光栄の至りだ。自己紹介は不要だろうか?」

 

 オプティマスは完璧な角度で会釈する。

 レイはフッと笑みを浮かべた。

 

「ええ。貴方がたのことは、仮面を通して見ていました。……故に、最初にお詫びを。ザ・フォールンにピーシェちゃんが誘拐されることを防げず、申し訳ありませんでした」

 

 真摯に頭を下げるレイに、ビーストフォーマーたちが慌てる。

 

「そんな、大女神様……!」

「マスクで見える未来は限定的です!」

「それは言い訳になりません。見える未来に屈するのは、罪です」

 

 ビーストのオプティマス・プライマルとメガトロンの声にも、レイは頭を上げない。

 オートボットのオプティマスは、チラリと脇のネプテューヌ見た。

 紫の女神は、困ったように自分の後頭部を撫でていた。

 

「いやー……そんなこと言われても別に気にしてないし? ねえ?」

 

 恋人の声に厳かに頷いたオプティマスは、次いでスタースクリームと当のピーシェに視線をやる。

 ピーシェは呆けた様子で首を傾げていたが、彼女に塁が及ぶことを警戒しているらしくスタースクリームは鋭く目を細めていた。

 超次元でのエディンの件は紆余曲折あったが、この二人にとっては良い結果に終わったと言える。

 犠牲者は零ではないが、その責任をピーシェやこちらのレイに求めるのは筋違いだろう。

 

「ネプテューヌたちがそう言うのなら、私としては言うことはない。……どうか顔を挙げてください。ザ・フォールンはすでに報いを受けました。この件は、すでに終わったことなのです」

「……ありがとうございます」

 

 オプティマスに言われて、レイはようやっと頭を元の位置に戻した。

 しかしその顔は、まだ真面目な物だった。

 

「……さて、皆さんが来た理由は知っています。コウリャクボンの花ですね? 少し待ってください」

 

 皆が見る中でレイは花畑の中まで歩いていき、数本の白い花を摘み、ネプテューヌたちに差し出した。

 

「ピーシェちゃんの件のお詫びというワケではありませんが……はい、これがコウリャクボンの花です!」

「こ、こんなアッサリ……まさにお使いイベント後の徒労感……!」

 

 例によってメタいことを言い出すネプテューヌだが、レイはそこで視線を巡らした。

 

「さて……これをまず使うべき人がいるようですね」

「…………」

 

 視線の先にいたのは、この間にも二人のベールの間に挟まれた……表情を固まらせたアリスだった。

 ベール……彼女の姉である超次元のベールは、目をカッと見開くと次いで妹を見下ろした。

 

「アリスちゃん、あなた……まさか、あなたもバットエンド症候群に……!」

「…………」

 

 苦虫を噛み潰したような顔のアリスに、超次元ベールの顔が険しくなっていく。

 

「考えてみれば、他の国の候補生たちは皆、病気に罹ったのにアリスちゃんだけ無事、というのがおかしな話でしたわね。出自が特殊だからだと思っていましたが……」

「おそらく、その子は悪夢に耐性があるのでしょう。辛い現実を体験した者は、そう簡単には夢に溺れないものです」

 

 レイがベールの疑問に答えた。

 

「いつからですの?」

「…………みんなが寝込む、少し前からです」

「何故、言いませんでしたの!」

「……こうして動けてるんですから、いいじゃないですか」

「よくありませんわ!! もし、こうしている間に倒れてしまったら、どうする気でしたの!!」

 

 怒鳴られて、アリスはビクリと肩を震わせる。

 たまらず、神次元のベールが助け船を出す。

 

「あ、あの、もう一人のわたくし? そんなにキツク言わなくて……」

「いいえ! アリスちゃんが、この場で動けなくなれば我々の行動にも支障をきたしますわ! 感染するような病気ではないからいいようなものの、他の次元の女神にまで迷惑を懸けて、リーンボックスの恥を晒す気でしたの!!」

「そんな言い方……!」

 

 もう一人の自分の物言いに、神次元ベールはムッとするが、超次元ベールの眼に涙が光っていることに気付き、口を噤む。

 眼を泳がせるアリスの正面に立ち、超次元ベールは問う。

 

「アリスちゃん……どうして、言ってくれませんでしたの?」

「怖かったんです」

 

 呟くようにして、アリスは言葉を漏らした。握りしめた拳が、震えている。

 

「恐ろしい夢を見たんです。その夢では、私はディセプティコンのスパイのままで、ある任務を受けて動いていたけど失敗して……死ぬ。そういう夢です」

 

 瞳を揺らしながらも淡々と語るアリスに、神次元のベールは息を飲む。

 

「夢の中で死ぬ瞬間、思ったんです。ああそうか、こっちが現実なんだって。姉さんやネプギアたちがいる、暖かい世界の方が夢なんだって。……どうしようもなく、納得してしまったんです。だから言えなかった。悪夢のことを話したら……本当に、夢から覚めて、あの何処とも知れぬ世界の路上で、プリテンダーの姿で転がっているんじゃいか? そんな気がして……ごめなさ、きゃ!」

 

 超次元のベールは、段々と震えていく妹をキツク抱きしめた。

 

「ね、姉さん……」

「アリスちゃん、あなたのいる現実はここですわ。あなたは、わたくしの妹……だから、もっとわたくしのことを頼ってください」

「は、はい。……ごめ、いえ、ありがとう」

 

 抱かれるに任せるアリスの顔が柔らかくなり、そして目じりに涙が浮かぶ。

 神次元のベールは、複雑そうな笑顔で抱き合う姉妹を見ていた。

 もう一人の自分とアリスが、単なる憧れからくる姉妹ゴッコではなく、確かな絆で結ばれた本物の姉妹だと分かってしまったから。

 

「神殿の中へ。調理場があるので、まずはその子にこの花を煎じて飲ませてあげてください」

「分かった。感謝します、お美しい大女神様」

 

 レイの指示にジャズがあえてふざけた調子で応じた。

 

「俺らが案内するじゃん!」

 

 神官と僧兵たちの案内でジャズは、ベールとアリス姉妹を伴って、神殿の中へ入っていく。神次元のベールは、名残惜しげながらもそれを見送った。

 残ったのは、オプティマスとネプテューヌ、ショックウェーブ。

 五か国の女神と五部族の族長、神官長と僧兵長。

 そしてスタースクリームだ。

 

 レイ……大女神は、これまでとは違う威厳を感じさせる表情で、オートボット司令官の顔を見つめた。

 

「さて、ここからは少し、大人の話になります」

「分かっている。我々にコウリャクボンの花を渡すだけなら、ここまで来させるのは不自然。増して、女神や族長を集めるとなると……」

 

 オプティマスの言葉に女神たちは顔を見合わせるが、族長たち……その中でもタイガトロンとブラックアラクニアは難しい顔をしていた。

 

「そう、話し合うためです。あなた方と、我々の、関わり方について」

「ほえ~?」

「かかわり?」

 

 状況が飲み込めていないプルルートとピーシェは揃って首を傾げる。

 代わりと言うようにスタースクリームが説明を始めた。

 

「俺らディセプティコンやオートボットと、ビーストフォーマーが関われば、混乱が起きるだろう。それについての話し合いだ」

「ビーストフォーマーは、遠い昔にサイバトロンから出奔した種族。溝は簡単には埋まらん」

 

 ショックウェーブが補足すると、彼の主君と同じ名を持つ僧兵長がギラリと目を光らせた。

 

「カーッペッ! 何を言う! 俺様たちの先祖は、お前たちに追い出されたのだ!! それを今更どの面下げて現れた? 貴様らとの交流など願い下げだ!!」

「ダー、それには同感だ」

「ま、当然ッシャね」

 

 ディセプティコンの破壊大帝の激しい怒りを見せるメガトロンに、スケイルウォーカーとシャドウウォーカーの族長たちも同調する。

 

「しかしだな。それももう一万年も前のことではないか。我々は手を取り合うことが出来るはずだ」

「甘い! 貴様って奴は糖蜜かけた芋屋の羊羹より甘い!! こいつらが我らを差別できぬと誰が言える!」

 

 ビーストのオプティマスの言葉にも、メガトロンは咆哮で返す。

 

「しかし、今日一日共にいる限り、オプティマス殿は信用に足る人格者でござる」

「そりゃ、オプティマスはな。しかし、他の連中がそうとは限らない。……ディセプティコンにゃ、有機生命体蔑視の価値観が根付いてるからな。緩和されてきてるとはいえ、一日二日でなくなるもんじゃない」

 

 タイガトロンのフォローに、スタースクリームが冷徹に駄目だしをする。

 オートボットのオプティマスは険しい顔のまま重々しく意見を出す。

 

「正直に言わせていただく。サイバトロンとしても今は長く続いた戦争が終わったが故の混乱期にある。今、ビーストフォーマーと交流を始めるのは、時期尚早ではないかと思う」

「そうだね。仮に関わっていくにしても、段階を踏んでいくべきだと思う」

 

 エアレイザーは、オプティマスの言葉に同意するが、メガトロンは尚も納得しない。

 

「いいや、一切関わるべきではない! そもそもキャラ被り過ぎでややこしいんだよ! 地の文も大変なことになってんじゃねえか!!」

「あーそれは分かる。タダでさえキャラ多いのに、同名キャラが増えたらもうどうしようもないもんね!」

「ネプテューヌ!?」

 

 メタい理由から危惧するネプテューヌにオプティマス(オートボット)は目を丸くする。

 

「んん! とにかく、トランスフォーマー同士の交流については、まだ議論が必要と言うことか」

「交流、断絶、どちらになるにせよ、それ相応の準備が必要だ。それに種族単位では無理だが、個人個人としての交流については、禁ずるべきではないと思う」

 

 これからどうなるにせよ、後腐れがないように手を回さなければならない。

 が、個人的な友情までは否定しない。

 つまり、結論としては……保留。

 後日、改めてじっくり話し合うべきだろう。

 

「それでいいと思うでござる」

「同じく」

「エーイ、異議なし」

「ダー、賛成」

「今はだけどッシャ」

 

 五部族の長たちも、それに賛成する。

 

「そんな玉虫色の回答があってたまるか! ここはガツーンッと……」

「メガトロン」

「ガツーンッと、そんな感じでいいんじゃないかな! かな!」

 

 なおも何か言おうとするメガトロンだが、レイの目が座るのを見て掌を返す。

 どうも、彼女には頭が上がらないらしい。

 

「では、後は女神同士の交流についてですが……」

「それについては、大丈夫なんじゃないでしょうか? すでにプルルートとピーシェがガッツリ関わってますし」

「そうだね~。もうねぷちゃんたちとは~お友達だもんね~」

 

 次の議題をレイが出すと、これまで黙っていたノワールが意見を言い、プルルートもノンビリと同意する。

 その言葉にブランとベールも頷き、ピーシェも声を上げる。

 

「ねぷてぬたち、ぴぃのかぞく!」

 

 こちらは、揉めるまでもないようだ。

 自分たちと違い円満に纏まった女神たちを見て、タイガトロンは溜め息を漏らす。

 

「女神とは平和な精神の持ち主でござるな……拙者はいつも思うのでござる。何故、我々は女神のようには生きられないのかと」

「女神だって、喧嘩もするし間違いも犯すけどね」

「その度に、大女神様に叱られたしね」

 

 対し、ノワールとブランは懐かしげに苦笑する。

 レイもまた、穏やかに笑んだ。

 

「私もまた、かつては間違いを犯した身。……遠い昔には、『世界に復讐だー!』とか言ってた時代もありましたし」

『ええーッ!?』

「まあ、子供たちを育てていたら、どうでもよくなっちゃいましたけどね」

 

 思わぬ告白に目を剥く一同に、レイは悪戯っぽい顔をする。

 一方でネプテューヌは何かを納得したようだった。

 

「なんて言うか、あなたもやっぱり『レイさん』なんだね」

「ええ、……全ての次元の私が同じようにとはいきませんが、ここにいる私はあなたの知る『レイ』と同じく、子供や後進を育てることに意義を見出したレイです」

 

 穏やかに語るレイに、ネプテューヌも微笑み返す。

 かつてオールスパークの意思に触れたネプテューヌと、トリプティック・マスクを通して様々な世界を見通せるレイの二人の間でだけ、分かる何かがあるようだった。

 

「……どうやら、話は纏まったようですわね」

 

 ここで、アリスを連れていったベールが神殿の中から出てきた。

 

「ベール! アリスちゃんは?」

「煎じ薬が効いたようで、今は眠っていますわ」

「そっか、良かったね!」

 

 ニパッと笑うネプテューヌに、ベールも安心したように笑む。

 ジャズも明るく言う。

 

「これで後は、俺たちの次元に戻ってネプギアたちを助けるだけだな」

「ああ、そうなる」

「よかったね~」

 

 厳かにオプティマスが頷くと、プルルートもニッコリと笑顔を浮かべる。

 

 これで一件落着……そんな空気が流れていたのだが。

 

「ところでプルルート。これまで自重していたのだが、そろそろ答えを教えてくれないか?」

 

 ショックウェーブだ。

 状況が状況なので、これまで黙っていたが、とりあえずの一区切りと見て話を切り出したらしい。

 彼が求める答えとは、当然告白の返事である。

 

「ほ、ほえぇ? な、なんのことかな~?」

「とぼけないでもらおう。プルルート、私と交際するかどうか、返事をもらいたい」

「え、えっと~、それは~……」

 

 顔を赤くして後ずさるプルルートだが、ショックウェーブはゆっくりと歩を詰めてゆく。

 

「YESだろうか? それとも、NOだろうか?」

「ふえぇ……み、みんな助けて~」

 

 助けを求めて辺りを見回すが、すでに全員が遠巻きに見守る大勢に入っていた。割と楽しそうに。

 

「あのプルルートが押されてる……」

「押しには弱いタイプでしたのね」

「むう……! なんなのよ、アイツ!」

 

 女神たちは興味深く見守っているが、ノワールだけは不機嫌そうに腕を組んでいた。

 

「ダー、ノワールはプルルートが大好きだからなぁ」

「あー、こっちのノワールは割りとガチなんだ……」

 

 ダイノボットとネプテューヌが話していると、プルルートはいよいよ悲鳴染みた声を出す。

 

「みんな~! 助けてってば~!」

「論理的に考えて、返答してくれればいいだけだ。……NOならば、理由まで聞きたい」

「ううう……」

 

 単眼をギラギラと光らせるショックウェーブに、プルルートは明らかに怖気づく。

 メガトロンが用意した椅子に腰かけ、レイはもう、何かキラキラしながら観戦(?)していた。

 

「プルルートさん。ちゃんと答えてあげなさい。優柔不断は男性でも女性でも褒められたものではありませんよ」

「そーそー、早く答えればいいんだって!」

「ファイト、ですわ!」

「ぷるると! がんばれー!」

 

 いつのまにやらテーブルを囲んでお茶を飲んでいるネプテューヌと超次元ベール、無邪気に応援するピーシェ。

 なおネプテューヌは、自身も結構な恋愛下手であったことを大きく棚に上げての発言である。

 プラネテューヌの女神は政治のセンスばかりでなく、恋愛のセンスにも難があるのかもしれない。

 

「さあ、プルルート。答えを……!」

「あ、あ、あ……!」

 

 周りに味方はなく、もはや四面楚歌。

 憐れプルルートはこのままショックウェーブの毒牙(意味深)に罹ってしまうのか?

 

「あ……あたしに勝ったら、考えてもいいわぁ!!」

 

 プルルートの体が光りに包まれ、その姿があどけない少女から、成熟した女性の物へと変わる。

 

「おおお……!」

「げえッ!」

「ひぃいいい!」

 

 普段何をされているのやら、蜂やプテラノドン、蠍の姿の神官たちが恐れおののき、エアレイザーはタイガトロンの背に隠れ、ビーストのオプティマスも冷や汗をかいている。

 こちらでも、やはりプルルートのドSっぷりは知れ渡っているようだ。

 

「うふふ、初めからこうすれば良かったのよぉ。さあ、ショッ君。踊りましょう」

 

 女神態のプルルートは髪をかきあげ、余裕を取り戻したようで、蛇腹剣を手元に召喚する。

 一方、当の科学参謀は単眼を怜悧に光らせ、菖蒲色の女神の姿態を上から下まで眺め回す。

 

「ふむ。前々から思っていたのだがね。変身時の君の恰好は、露出度が高く少々扇情的に過ぎる。臀部など、ほぼほぼ着ていないと同じだ。それでは男性の劣情を煽ってしまうぞ」

「せ、扇情!? れ、劣……!」

 

 淡々と放たれた思わぬ言葉にプルルートは自分の肩を抱いて動揺する。

 いつもの女王様っぷりはどこへやら、羞恥心に頬を染めた。

 スタースクリームは以前の科学参謀なら考えられない言動に、排気する。

 

「こいつ、変な方向に吹っ切れたなぁ……」

「……ところで、勝てば考えてくれるのだったな。では一勝負といこう」

 

 右腕の粒子波動砲を展開し、ショックウェーブは構える。

 さすがにここで戦われるのは問題なので、オートボットのオプティマスが止めようとするが……。

 

「ううう、ショッ君の、バカァアアアア!!」

 

 プルルートは翼を広げて、制止する間もなく飛び去ってしまった。

 

「ああ、行ってしまったか……」

「テメエがセクハラ紛いのこと言って強引に迫るからだぞ。……ま、あの調子だと脈はありそうだから、何かフォローしとけ。そうだな、プレゼントでも贈るといい」

 

 空を見上げるショックウェーブの肩に手を置き、スタースクリームはアドバイスを送る。

 科学参謀は特に落ち込んではいないようだった。

 

「そうしよう。しかし、正直なところプルルートが羞恥に震える姿を見ると…………滾る」

「そ、そうかい……」

 

 平時と変わらない様子で、しかし単眼を危険に輝かせる元同僚にドン引きしながらも、あの女神とはある意味お似合いなんだろうなと思うスタースクリームだった。

 

  *  *  *

 

 その後、アリスが目覚めるのを待った一同は、神次元レイの力によって超次元へと送り返してもらった。

 唯一人、ショックウェーブだけが神次元に残り、簡易スペースブリッジの仮設に取り掛かった。

 ほどなくしてスペースブリッジは開通したが、その間プルルートがショックウェーブから逃げ回るのが風物詩になったそうな。

 

 

 

 

『で、その結果がこれか』

「そういうことだ」

 

 超次元の新プラネタワー内。

 再建されたタワーの内部は、トランスフォーマーたちが動ける構造になっていた。

 オプティマス……オートボットのオプティマス・プライムは、サイバトロンにいるメガトロンと通信していた。

 

「きゃはは! ねぷぎゃーとあそぶー!」

「返してー! このあいだ買ったばかりの新機種なのー!」

 

 その前では、回復したネプギアが自分のNギアを持って走り回るピーシェを追いかけ、それをネプテューヌとプルルート、コンパとアイエフ、バンブルビーにラチェットとアーシーが見守っていた。

 何故か、タイガトロンとエアレイザーもいる。

 あの後、限定的にだが神次元の女神やビーストフォーマーが、こちらに訪れるようになったのだ。

 各国の女神たちは、もう一人の自分との出会いを、肯定的に受け入れていた。

 

「……それで、お前はどう見る?」

『他の連中は物の数ではないが、あの俺の名を持ったオオトカゲは曲者だな。奴から野心を感じる。用心した方がよかろう』

「向こうのレイが首根っこを掴んでいるようだが……だからこそ、ストッパーが無くなった時が恐ろしいか」

『幸いにして、向こうの連中はレイとイストワール以外に次元を超える手段を持っていない。スペースブリッジをこちらが厳重管理すれば、出来ることを限定できる』

 

 楽しそうな女神たちとは逆に、極めてシビアな会話をするオプティマスとメガトロン。

 異世界交流も前途多難だ。

 

『ふん! 貴様が選んだ道だろうが。今更、後戻りはできんぞ』

「……そうだな。では、後でまた連絡する。通信終わり」

 

 手厳しい励ましに苦笑して後で通信を切ったオプティマスのもとに、愛しい恋人が駆けてきた。

 手には器に盛られたプリンを持っている。……何故か、形が崩れているが。

 

「オプっちー!」

「ん? ネプテューヌ、どうしたんだい?」

「これから、みんなで乾杯するんだ!」

「司令官! これを、どうぞ!」

 

 そうネプテューヌが言うと、こちらに歩いてきたバンブルビーが飲み物の入ったグラス……当然、トランスフォーマーサイズ……を差し出した。

 

「む、そうか。いただこう」

「よーし、それじゃあ乾杯だー!」

 

 オプティマスがグラスを受け取ると、ネプテューヌはプリン入りの器を掲げた。

 

「プラネテューヌに! 三つの世界に! ゲイムギョウ界とサイバトロンに……」

『カンパーイ!!』

 

 笑顔でグラスを掲げる女神や人間、トランスフォーマーたちに、オプティマスは改めて笑顔になる。

 

 そうだ、これが我々の選んだ道。我々の掴んだ未来。

 

 問題は多々有れど、一つ一つ地道に乗り越えていこう。

 

 トランスフォーマーが力を合わせたならば、女神と共にあるのなら、人間たちが力を貸してくれるのなら、きっと不可能ではないはずだ。

 

 そして改めて実感する。

 

――ああそうか……。

 

「私は今、とても幸せだ」

 

 ふと呟いた後で煽ったドリンクの味は、格別だった。




これにて、神次元編、終わり。

次回は、ショートショートかレイとメガトロンとリージ・マキシモの話を書こうかな、と思っています。
それが終わったら、多分この作品は本当におしまいです。




……ユニクロン編、書くかもしれません。(期待しないでくださいね)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA STAGE:5 ショートショート的な

正確には、『出すの忘れてたネタ集』『話の流れで挿しこめなかったネタ集』


①そう言えば、設定的にこんな感じ

 

 ああ、何故こんなことになったんだろうか?

 ベッドの上にて、ベールは自問する。

 

「はい、ベール。お粥だよ。あーんして」

「じ、自分で食べますわ!」

「ベール、これ捨てとくわよ、いらないでしょう?」

「それは限定品ですのよ! 捨てないでくださいまし!」

「ベール、さあお着替えしましょう。さあ、万歳して」

「け、結構ですわ!」

 

――本当に、どうしてこんなことになってしまったのかしら……。

 

 自分の世話を甲斐甲斐しくやくネプテューヌ、ノワール、ブランに囲まれてベールは自問せざるを得なかった。

 

 

 

 ことの起こりは、ジャズがサイバトロンにおり、アリスとチカが揃って郊外の施設に泊まりがけで視察に行っている時に起こった。

 なんだか頭がボンヤリして熱っぽいなあと思って計ってみれば、明らかに平均体温を超えている。

 これはいけないと医者にかかり、普通に風邪と診断された。

 

『お姉さま! お気を確かに! このチカ、すぐにお姉さまのもとに戻りますわ!!』

「落ち着きなさいな、チカ。そんな大事ではないので、視察が終えてからで十分ですわ」

『本当に大丈夫ですか? ジャズもまだしばらくこちらにこれないようですし……』

「心配無用ですわ、アリスちゃん。薬を飲みましたし、今日の分の仕事は明日に回しましたので……」

『とにかく無理はなさらず。安静にしていてくださいまし』

『最近忙しかったですもんね。これを機に、しっかり体を休めてください』

 

――言えませんわ、ネトゲで三徹(徹夜が三日)が響いたからなんて。

 

 通信越しに心配してくれる妹たちを宥めたベールは、寝間着でベッドに横になった。

 こうして寝込むことになったベール。

 もちろん部屋の外には教会職員が待機しているのだが、やはり寂しく感じる。

 ジャズがやってきて、アリスを妹として迎え、ついでにブレインズやらサイドウェイズやら……気付けばこの教会も随分と賑やかになったものだ。

 だからこそ、誰もいない部屋が堪えた。

 

「…………」

 

 考えていても詮無いことなので、目を瞑る。

 そのまま寝ようとするが……。

 

「こんちわー! ベール、お見舞いに来たよー!」

 

 喧しい声に、妨げられた。

 上体を起こすと、案の定ネプテューヌが扉を開けて入ってくるところだった。

 後ろには、ノワールとブランもいる。

 

「ネプテューヌ? ノワール、ブランも」

「風邪ひいたんですって? 大変ね」

「まったく、気が抜けてる証拠よ」

「そんなこと言ってー、一番心配してたくせにー」

 

 素直でないノワールをニパッと笑いながらからかうネプテューヌ。

 ベールとしてはお見舞いにきてくれたのは嬉しい。

 

「ありがとう……ケホケホ」

「ベール! ……よし、ちょっと待ってて!」

 

 咳き込むベールの背中を摩ったネプテューヌは、何かに意気込むように拳を握ると、部屋を出ていく。

 しばらくすると、ネプテューヌはお粥を持って帰ってきた。

 

「はい、お粥! 手作りだよ!」

「あなた、料理なんてできましたの?」

「失礼しちゃうなー! これでも家庭的なんだよー! ……いやホントはコンパやレイさんに習ったんだけどさ」

 

 アーパー女神の意外な一面に驚くベール。

 この女神は、そういう建設的というか実利的なことにはまったく興味が湧かないかと思っていた。

 だって未来に生きていると評判のプラネテューヌの女神だし。

 

「じゃあ、私は掃除をするわ。この部屋は散らかりすぎよ」

「え、あの、ノワール?」

「わたしは……そうね、ベールを着替えさせるわ。汗ビッショリだもの」

「ブラン!?」

 

 さらにノワールも勝手に部屋を片付けはじめ、ブランはベールの服を脱がそうとする。

 

――なに? なにが起こっていますの!?

 

 そして、冒頭に戻る。

 

「あーん!」

「ね、ネプテューヌ? そんなことをしていただかなくても、自分で食べられますわ!」

「いいからいいから! 風邪の時ぐらい甘えていいんだよ! はい、あーん!」

 

 恥ずかしさから拒否するベールだが、持ち前の強引さを発揮しているネプテューヌには通じない。

 仕方なく、お粥を口に含む。

 

「どう? 美味しい?」

「ええ、美味しいですわ……」

 

 お粥を飲み込んだベールだが、その頬は熱のせいばかりでなく赤くなっていた。

 どうしたって、皆はこんなことをするのだろう。

 

「うーん、何だか分からないけど、急にベールの面倒を見なきゃいけない気がしたのよ」

「本当、何でかしら……?」

「まあ、たまにはいいじゃない! ……『前』はそういうの出来なかったからね」

 

 首を傾げるノワールとブランに、にこやかに語るネプテューヌだが、最後の方は声が小さくなり良く聞き取れなかった。

 ベールとしても、何故だか三人に世話を焼かれると心地よい。

 まるで家族と家にいるような……。

 

「じゃあ、着替えましょう。体も拭いてあげる」

「そ、それはさすがに……」

「駄目よ、ちゃんと清潔にしないとね」

 

 ブランがベールの寝間着のボタンを外していく。

 ノワールも部屋の箪笥から着替えを取り出した。

 

「じゃあ、お願いしますわ……」

 

 観念したベールはされるがままになる。

 幼い妹たちのいるブランは手慣れた様子で服を脱がせ、下着にまで手をかける。

 そのとき……。

 

『サプライ~ズ!』

 

 急にベッド脇にジャズの立体映像が現れた。そしてその顔が凍りついた。

 時間が出来たので、連絡だけでも入れようとしたのだろう。

 しかし、タイミングが最悪だった。

 ベールはいままさにベッドの上でブランにブラジャーを脱がされかけているのだから。

 

「じ、ジャズ……?」

『ああー。その……すまん』

「ジャズ! 聞いてくださいまし!」

『まあなんだ……性癖は自由だからな』

「ジャズ! ジャーズ!!」

 

 何だか気まずそうに通信を切るジャズに、ベールは力なく手を伸ばすのだった。

 

 この後、ベールが説明して誤解は解けたのだが、二人は少しの間ギクシャクしていたそうな。

 めでたしめでたし……。

 

 

~~~~~

 

 

②そう言えば、出すの忘れてた

 

 スタースクリームの配下として、今日もエディンの平和を守るシーカーズ。

 このチーム名はもちろん航空参謀が決めたもので、彼の(絶対認めないが)師というべきジェットファイアを(絶対認めないが)リスペクトしたものである。

 

 そんな彼らであるが、今日はエディン首都内のとある孤児院を訪れていた。

 院の傍に着陸した彼らを出迎えたのはピーシェと同じくらいの年齢の二人の童女だった。

 オーバーオールの上から大き目のコートを羽織った勝気そうな茶髪の女の子と、ピンク色のワンピースを着たフワフワとした髪の大人しそうな少女だ。

 

 この二人こそ、神次元におけるアイエフとコンパである。この次元では、二人はまだ子供なのだ。

 

「わーい、ぴーしぇちゃーん!」

「フッ……来たわね、ぴーしぇ。そして『天駆ける鋼の民』……ついに第四の封印が解かれ、黙示録の扉が開く日が……」

「あいちゃ! こんぱ!」

 

 スタースクリームの肩から飛び降りたピーシェは前々からの友達である二人に駆け寄った。

 心温まる光景を見ながら、しかしスタースクリームは何処か厳しい表情だった。

 

 今はいい。同年代の友達はピーシェに必要だ。

 

 だがやがて、あの二人は不老の女神を置いてけぼりにして大人になる。それは、とても残酷なことだろう。

 なおのこと、何とかピーシェを成長させる方法を見つけねばと決意を固めるスタースクリームだった。

 

 一方で、サンダークラッカーとスカイワープは、それぞれコンパ、アイエフと仲良くしていた。

 

「はい、サンダークラッカーさん! バスターちゃんは良い子にしてたですよ!」

「ああ、ありがとうコンパ! バスター、パパだよー!」

 

 コンパに預けていた愛犬バスターを抱き上げ、サンダークラッカーは頬ずりする。

 この雑種犬は、捨てられていたのを彼が拾ったのだ。

 

「ふ……さすがは空間を跳ぶ死神ね。獲物の魂を刈り取り煉獄(ゲヘナ)へと連れていく……」

「いやそりゃ俺の名前は空間跳躍(スカイワープ)だけどさ。そういうアレじゃないぜ」

 

 スカイワープは幼くして厨二病気味なアイエフに、苦笑するのだった。

 

 この数年後、アイエフはこの時のことで周囲からからかわれて悶絶することになるのだが、それはまた別の話だ。

 

「カカカ、こりゃ将来が大変だ!」

「将来か……なあ、ピーシェ。お前、大きくなったら何になりたい?」

「ほえ?」

 

 そんな童女たちを見て笑うジェットファイア。黙考していたスタースクリームは幼い女神にたずねた。

 女神であっても、子供が持ってしかるべき『将来の夢』ぐらい見る権利があるはずだ。

 ピーシェは少し考えてから満面の笑みで答えた。

 

「ん~とね! すたすくの、およめさん!」

「……はは、そいつはいいや!」

「ほう」

 

 子供らしい夢と笑うスタースクリームだが、ジェットファイアは顎髭を意味深に撫でた。

 

「おい、相棒。ちゃんと聞いとけよ。……嬢ちゃんにとっては、マジな夢だ」

「おいおい、良くある子供の夢だろう? ほら『パパのお嫁さん』みたいなノリだ」

「いや、こいつは……まあいい。将来が楽しみだわい!」

 

 軽く流すスタースクリームに、ジェットファイアはヤレヤレと天を仰ぐ。

 青い空の彼方に、超次元の彼女たちと同じぐらいの姿に成長したアイエフやコンパの傍に、同じように成長したピーシェが立ち、空を行くジェッティコンたちを見上げている姿が見えた気がした。

 

 

~~~~~

 

③まるで駄目なオートボット?

 

 さて今回の話は、ミラージュとスキッズ、マッドフラップがあのロリコン野郎のトリックを捕らえたところから始めよう。

 トリックは懲りもせずにロムとラムの入浴を覗こうとして、捕まったのである。

 

「懲りねえな、お前もよう……」

「なあなあミラージュ、この前教えてもらった『死んだほうがマシな感じの拷問術:中級編』試してもいい?」

 

 心底呆れ果てた様子のスキッズに対し、マッドフラップは楽しそうに何かナイフとペンチを取り出していた。

 

「あ、アックックック! これで終わったと思わんことだ。俺様が倒れても第二、第三の紳士が……あぐッ!」

「貴様は、ムショ行きだ。貴様のようなロリコン野郎は、塀の中がお似合いだ」

 

 頑丈な鎖でグルグル巻きの状態でよう分からんことをのたまうトリックの顔に、ミラージュが蹴りを入れて黙らせる。

 

「あ、アクク……俺がロリコンだと? ならば貴様はどうなのだ。この『まるで駄目なオートボット』略して『マダオ』め!!」

「テメッ! 今まで誰も言わなかったことをついに! 爆熱ゴットフィンガーでヒートエンドするぞゴラァッ!」

「う~ん、俺の声の人はどっちかっていうと吹き替えがメインだからな~。これっていうネタがないぜ」

 

 ミラージュに向かってついに声優ネタを言い出したトリックに、スキッズがこちらも声優ネタで反応し、マッドフラップもよく分からないことを言う。

 構わず、変態カメレオンは続ける。

 

「アクク、貴様らは俺をロリコンと言うが……そこのマダオはこの国のロリ女神といちゃついているではないか! つまり、立派なロリコ……ぶへッ!?」

 

 嘲笑するトリックに、ミラージュはもう一発蹴りを入れる。

 そして、弟子を見回し一言。

 

「……俺は幼い女が好きなのではない。愛した女が、たまたま幼い容姿だっただけだ」

「いや分かってるから。そういうこと言うと、余計に言い訳くさくなるから」

「欲情オンリーのこいつと違って、ミラージュには『愛』があるのはみんな知ってるから」

 

 とりあえず、フォローを入れるスキッズとマッドフラップ。

 ロリだから欲情してる変態野郎と、人格まできちんと好きになった上で両想いまでいったミラージュでは、雲泥の差なのだった。

 

 この後、トリックは収監されロリなどいようもない男むさい空間で過ごすことになる。

 ……しかし、少しの間ミラージュが自分はロリコンなのだろうかと悩むことになったので、一矢は報いたかもしれなかった。

 

 

~~~~~

 

 

④実は立ってたフラグ

 

 それはエディン戦争、最終日。ダークマウント陥落、直前のこと。

 

 敵要塞を攻撃したノワールとアイアンハイド率いる部隊。

 彼らはついにシェアアブソーバーの前に辿り着いていた。

 

「これが……シェアアブソーバー」

 

 ノワールの眼前には、六角の台座の側面から人間の指の骨とも昆虫の節足ともつかぬ形状の突起が伸び、それが空中に浮かんだシェアクリスタルを掴もうとするかのように曲げられた奇怪な装置……この戦争の元凶とも言えるシェアを奪う装置が置かれていた。

 

「これさえ、破壊すれば!」

「やっちまえ、ノワール!!」

 

 アイアンハイドや他の者たちが周囲を警戒する中、ノワールは自分たちを苦しめる装置を破壊するべく剣を振り上げた。

 その瞬間、部屋に備え付けられたダクトの一つから、何か影が飛び出した。

 

「何だ!? 敵か!」

「分からん! 素早いぞ!」

 

 その何かは獣のように四つん這いで兵士たちの間を目にも止まらぬ速さで走り回り、さらにアイアンハイドの股下を潜り抜ける。

 

「ノワール、行ったぞ!」

「ッ!」

 

 飛び掛かってきたそれに向けてノワールは剣を振りかぶる。

 

「わるものめ! かくごしろ!!」

 

 それが発したのは幼い声だった。

 思わず、剣を止める。

 自分に圧し掛かるそれが口を大きく開けて迫ってくる。銀と黒、青の体色を持った人間大の金属生命体だが、体に対し頭部が大きくアンバランスな印象を受ける。

 瞬間、それと目が合った。

 赤いカメラレンズに、自分の顔が映っていた。

 

「……子供?」

 

 直観的に理解した。

 これは、トランスフォーマーの幼体だ。

 噛みついてこようとする幼体だが、アイアンハイドに摘み上げられる。

 

「なんだ、こいつは……?」

「はなせ! このわるものめ!! ぼくはいだいな『はかいたいてい』めがとろんのむすこだぞ!!」

 

 手足を振り回して必死に抵抗する幼体だが、悲しいかな幼体の力と体格ではどうしようもない。

 

「メガトロンの……息子?」

「何を馬鹿なことを言ってやがる。トランスフォーマーに子供なんざ出来るワケがないだろうが」

 

 驚いてオウム返しにするノワールに対し、アイアンハイドは雛の言葉を一笑に付す。

 雛がグルグルと喉を鳴らした。

 

「おーとぼっとめ! ぼくたちのおうちから、でていけ!!」

「……まあ、何はともあれディセプティコンには違いないようだな」

 

 アイアンハイドは表情を警戒色に染めると、雛を掴んでいるのとは反対の腕の砲にエネルギーを込める。

 

「ッ! アイアンハイド、何する気!! まだ子供よ!!」

「しかしな……」

「アイアンハイド……!」

 

 強く睨み付けてくるノワールに、アイアンハイドは溜め息を吐くと砲の狙いを雛からシェアアブソーバーに移し、発射。

 光弾が命中した装置は爆発を起こした。

 それを見た雛はノワールをギラギラとした目で睨み付ける。

 

「ぜったいにゆるさないぞ……! わるいめがみめ……! ちちうえと、ははうえがおまえたちなんか、やっつけてくれるからな!!」

「はいはい。……もし仕返ししたいなら、親に頼らず自分の力できなさい。相手してあげるから」

 

 雛の眼を覗きこんだノワールは、強い口調で言う。

 すると雛は、グッと黙り込むのだった。

 

 この後、雛……ガルヴァはオートボットの捕虜となり、父母とその宿敵との決戦で重要な役割を果たしたのは、知っての通りである。

 

 

 

 

 時は流れ、現在。

 

「父上、母上ー! 見て見てー!」

 

 ラステイション教会脇の公園では、家族の見ている前でガルヴァが変形して走り回っていた。

 そのビークルモードは、ミニサイズだが母のハード:モードに酷似したエイリアン・タンクだ。

 

 体色、角、そしてビークルモードの形状と、ガルヴァはどちらかと言えば母似であるらしい。

 

「まあガルヴァちゃん、凄いわ!」

「あにうえ、すごーい!」

「すごーい!」

「ごーい!」

「うむ。すっかり変形を体得したようだな」

 

 レイが手を叩いて喜ぶと、サイクロナス、スカージ、ロディマスら弟たちも歓声を上げる。メガトロンも満足げに頷いていた。

 一方で、レイの隣に立つノワールと、その後ろに控えたアイアンハイドは複雑そうな顔をしていた。

 

「……ねえ、何でうちに来るのかしら? いや、そりゃまた会うって約束したけど」

「あの子たちには、色々な国を見てもらいたいんですよ。……優秀な女神のいる国は、特に」

「はいはい、お世辞をどうも。一応は褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 相変わらず素直でないノワールに、レイは苦笑しながらも変形を解いて近寄ってきた長兄の頭を撫でる。

 すでにかなり成長し、レイよりも背が高くなっているので、屈んでもらわなければならなかった。

 

「トランスフォーマーって成長が早いのね」

「子供はみんなそうです。気付かない間に、大きくなっていく」

 

 ノワールの言葉に、レイは慈しみに満ちた言葉を返す。

 彼女からしてみれば、ノワールでさえ自分よりだいぶ年下の『子供』だ。

 

「ガルヴァちゃんたちは、どんな大人になるのかしらね?」

「僕は……父上のような立派な男になります!」

「ぼく、すたーすくりーむみたいな、こうくうさんぼうになりたい!」

「ぼくは……わかんないや」

「ぷらいむ!」

 

 母の声に、息子たちがそれぞれに答えた。

 

「むう、他はともかくプライムか……」

 

 メガトロンは特に末弟のロディマスの夢を聞いて少し微妙な顔になった。

 それは自分も挑んで挫折した道だ。

 応援はしてやりたいが……。

 

「そ、それと僕は……ノワールをお嫁さんにしたいです。決めたんです……父上が母上を倒してお嫁さんにしたように、僕もノワールを倒してお嫁さんにします!!」

「へ?」

「あらあら」

 

 続けてガルヴァが言った言葉に、ノワールはポカンとし、レイは優しく微笑み、アイアンハイドはクワッと目を見開いた。

 

「おい、ウチの娘はやらねえからな!!」

「……俺の息子では不満だと?」

 

 熟練兵の言葉に、メガトロンが低い声を出す。

 それきり、黒いオートボットと破壊大帝は無言で互いに睨み合う。

 両者ともに今にも武装を展開しそうだ。

 

「もう、なにやってるのよ! 子供の言うことでしょ!」

「……まあ、そういうことにしておきましょう。未来は、誰にも見通せませんから」

 

 大人気ないトランスフォーマーたちに腰に手を当てて呆れるノワールに対し、レイは息子たちを撫でながら何やらしたり顔で言うのだった。

 

 




はいどうも、そんなワケで、小ネタ集でした。

神次元アイエフとコンパ、やっと出せました。

うちのガルヴァは(外見的特徴や性格が)母似、ロディマスは(性格などが)父似という設定があったり。
……後、ロディマスは成長すると普通にホットロッドの姿になる予定。

次回は、メガトロンとリージ・マキシモの関係について明かす話であり、多分『メガトロンとレイの物語』の完結編的なナンカになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA STAGE:6  足りない言葉

 それは遠い遠い記憶の底。

 

 かつて『俺』は剣闘士だった。

 何処で生まれたか、親がどんな人間だったのかは憶えていない。

 物心ついた時には、闘技場で剣を振るっていた。

 

 まだ少年と言っていい年齢でありながら、並み居る敵を、時にはモンスターを相手に戦い、すべて打ち倒してきた。

 

 俺にとって世界とは、闘技場と下級剣闘士を入れておく石造りの建物で全てだった。

 そのことに疑問は抱かない。

 疑問を持つほど、俺は外の世界を知らなかった。

 

 そんなある日、自分の入れられている檻の外に奇妙な人影が転がっているのに気が付いた。

 

 ボロボロの衣服と言っていいのかも分からない汚れきった布で体を覆い、顔も深く被ったフードで見えない。

 

「ううう……お腹……空いた……」

 

 だが、漏れる呻き声から女であるらしいことは分かった。

 疲れ切り、しわがれた声からして老婆だろうか?

 浮浪者が行き倒れているのだろうと思い、無視しようと思った剣闘士だったが、すすり泣く姿がうっとおしかったので、食事の林檎を窓から投げてやった。

 

 女は林檎を拾い上げるが、食べない。

 驚いている……と言うよりは怖がっているように見える。

 

 仕方ないから食え、と言ってやるとやっと林檎に齧り付いた。

 僅かに見える口元は、意外と若かった。

 

「………ありがとう。私、人に優しくしてもらったの初めてで嬉しい……」

 

 蚊の鳴くような声だった。

 

 ……それからだ、この女と話をするようになったのは。

 

 話と言っても、女の方からとりとめのない内容を言ってきて、こちらが適当に返すだけ。

 どうも、自分に懐いてしまったらしい。

 

 最初はやれやれと思っていたのに気が付けば、女と話す僅かな時間に安らぎを感じるようになっていた。

 

 女は家も家族も富も無かったが、剣闘士が持っていない自由を持っていた。

 外の世界の話を聞くのは楽しかった。

 

 そんな日々がどれくらい続いただろうか?

 

 ……終わりは唐突に訪れた。

 

 普段ならしないような怪我をしたうえに、その怪我が元で病気になってしまた。

 正直、気が緩んでいたのかもしれない。

 

 興行主は下級の剣闘士のために薬を買う気などさらさらなく、死は時間の問題かと思われた。

 寝床に横たわり、高熱に浮かされ朦朧としていると窓の外にあの女がいた。

 

「……どうしたの?」

 

 その時、俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 

 彼女はいつも深く被っているフードを外していた。

 

 そこにあったのは、美しい女性の顔だった。

 流れるような薄青の髪に、同色の瞳がキラキラと輝いていた。

 

 ああ、そうか。彼女がいつも顔を隠していたのは、下種な男どもから身を守るためか……。

 こんなに美しい女を、世の男が放ってはおくまい。俺だってほっとかない。

 

「ねえ、どうしたの……? 体が痛いの?」

 

 彼女は不安げにたずねてきた。

 見惚れていて、返事を忘れていた。

 激痛の中、彼女に何とか事情を説明すると、彼女は何か考え込んでいるようだった。

 

「分かった。私が薬を持ってくる。だから、あなたはここで待っていて」

 

 猛烈にイヤな予感がする。

 ここで止めなければ、何か、何か取り返しのつかないことが起きる。

 そんな気がした。

 

 回らぬ舌で、彼女を呼び止めようとしたが、そこで気が付いた。

 

 ……俺は、あの女の名前さえ、知らないじゃあないか。

 

 意識は、そこで途切れた……。

 

 

 

 

 

 パッとメガトロンが目を覚ますと、そこは自室の寝台の上だった。

 ふと横を見れば、寝台の脇に置かれ台の上、そこに設置されたカプセル状のベッドでレイが寝息を立てていた。これが、彼女の寝床である。

 その横には、雛たちのための寝台も置かれ息子たちが丸まっていた。

 

「……いるな」

 

 そう言うとメガトロンはフンと鼻息を鳴らしてからもう一度スリープモードに入った。

 

  *  *  *

 

 次に目を覚ましたのは三日後だった。

 生死の境を彷徨ったが、運が良かったのか……あるいは悪かったのか、俺は生きていた。

 病気はアッサリと治り、体力も戻った。

 

 そんな時、壁の外で数人の男が話しているのが聞こえてきた。

 

 一人の女が薬屋から高価な薬を盗もうとし、見つかって逃げ出し。

 

 追い詰められて崖から身を投げたということだった。

 

 俺はその日、生まれて初めて泣いた……。

 

 

 

 

 

 永く続いたオートボットとディセプティコンの戦争が、和解という理想的な形で終わり、復興へと向かう惑星サイバトロン。

 暫定政府はアイアコン跡に置かれ、そこにある比較的無事な建物を、そのままと仮本部して使っていた。

 

 両軍のトップたるメガトロンとオプティマスは、多忙を極めていた。

 それでも、メガトロンが必ず時間を作り訪れる場所がある。

 突貫工事で官邸の隣に造られたこの施設は、卵と幼体の育成施設だ。

 

 いくつかの廊下と扉を抜けると、広い部屋に出た。

 清潔に保たれた柔らかい色調の部屋の中では、レイが幼体たちに勉強を教えていた。

 

「レイ」

「メガトロン様」

 

 メガトロンの声にレイと雛たちは振り向き、パッと笑みを浮かべた。

 

「父上!」

「ちちうえー!」

「うえー!」

「えー!」

「ガルヴァ、サイクロナス、スカージ……ロディマス。元気なようだな」

 

 駆け寄ってきた息子たちを、屈んで撫でる。

 慈愛に満ちた笑みを浮かべるレイから何故だが少し視線を逸らしながら問うた。

 

「ここでの生活には慣れたか?」

「ええ、おかげ様で。……水も飲まず、食事もしない生活というのは、中々不思議な気分ですが」

 

 そう言って、レイは丈の長いドレスの裾を摘まむ。

 光沢のある銀色の地に発光する青いラインの入った不思議な服だ。

 このドレスは人肌に悪影響のない特殊な金属繊維でできており、メガトロンが贈った物だった。

 正確には、贈った物の一つだ。

 

「……ああ、その服。似合っているぞ。……前にやった王冠はどうした?」

「ありがとうございます。……あの王冠は、ちょっと私には重すぎます」

「そうか……」

 

 前にメガトロンは種々の宝石で飾り付けた黄金の宝冠をレイに与えたのだが、それは彼女の趣味には合わなかったようだ。

 自分でも無駄なもん作ったと思う。

 

「ああー、それでだ。その……」

「?」

「いやいい……」

 

 それから子供やレイとたっぷりと戯れたメガトロンは仕事に戻るべく通路を歩いていた。

 隣にはフレンジーが小走りで並んでいる。

 

「また、結婚の申し込みができなかったんで? なにやってんですか……」

「今は時期尚早というだけだ。……次にはちゃんと申し込む」

「その言葉、何度目です? それに、あの宝冠! あれホント、最悪ですよ! ゴテゴテしてて悪趣味で……でもドレスはまあまあで」

「あのドレスを選んだのは貴様だろう」

 

 フレンジーの小言に、メガトロンはウンザリしたように首を振る。

 

「まったく天下の破壊大帝、堕落せし者を倒したメガトロン様が、女一人口説くのに手間取るとは……」

「そもそもだな、俺から申し込む必要があるのか? あれはだな、俺を愛していると言ったのだぞ」

「それ、駄目男の台詞ですぜ。……レイちゃんはですね、『愛してる』ことで満足しちゃってますからね。今のままで良いって思ってるんです。だから現状を変えたいならこっちから、ってワケです」

「ぐぬぬ……」

 

 噛んで含むように言うフレンジーに、メガトロンは獅子のような唸り声を出す。

 フレンジーはワザとらしく排気した。

 

「いいんですよ、黙って俺に付いて来い!みたいなノリで。そういうの好きでしょ?」

「…………」

「っていうかですね、やっぱりレイちゃんの立場、まだ色々危ないですよ。ディセプティコンにせよオートボットにせよ、女神って存在に慣れてませんからね」

「分かっている」

 

 今現在、レイは女神としてトランスフォーマーたちのシェアを受け、それを星に還元する身だ。

 しかし、いきなり現れた女神を、さあ崇めろと言われて納得できるほど、トランスフォーマーは能天気ではない。

 反感を持った連中が、集まって動いているという情報もある。

 そこを何とかするためにメガトロンの妻にする必要があった。そうすることで、少なくともディセプティコンからの嫌悪感は少なくなるはずだ。

 

 そう、これはサイバトロン再興のために必要なことなのだ。

 

「分かってるなら、男らしく。……頼みますよ? レイちゃんだって、サイバトロンに一人で来て、心細いに決まってますからね」

「……分かっている」

 

  *  *  *

 

 あの日から、20年ほどたった。

 

 その間、何か特別なことがあったワケでもない。

 只々、闘技場で敵を屠っただけだ。

 

 岩のような怪力の大男。

 異国の奇妙な技を使う剣士。

 様々な魔術を唱える魔術師。

 古の暗殺術を身に着けた暗殺者。

 剣のような牙と槍のような爪を持った獣。

 猛毒を持ち、人を絞め殺す大蛇。

 火を吹き、鋼鉄の鱗で身を固め、空を飛ぶ竜。

 

 全て殺した。

 殺して、殺して、殺しつくした。

 

 強さを求めて。

 もう二度と、あんな思いをしないで済む、強さを求めて。

 

 いつしか俺は並ぶ者のいない王者として持て囃されるようになった。

 

 そんな時、俺は大国『タリ』で開かれる大会に参加するため、彼の国に赴くことになった。

 

 『女神』

 

 そう呼ばれる存在により支配されるという彼の国は二十年ほど前に建国され、破竹の勢いで世界に覇を唱えていた。

 圧倒的な兵力で支配地を広げ、過大な税を民衆から搾り取り、逆らう者を弾圧する。

 お世辞にも評判がいいとは言えない国だが、それでも世界で最も栄えているのはタリだ。

 

 タリの都は、大きな火山の麓に白と黒の建物が規則正しく並ぶ壮大な都市だった。

 市には北の雪原で取れるキノコから南の島の果実まで遠方の品々が並び、女たちは美しく扇情的だった。

 何より目を引くのは、空に浮かんだ神殿だった。

 ……一歩路地裏に入れは浮浪者が僅かな食料を求めて争い、あるいは暖を取るために寄り添っていた。

 飯を食っている時、酒を飲んでいる時、町中を歩いている時、自然と耳にする女神の噂。

 

 曰く、女神は神殿にこもって贅沢に耽っている。

 曰く、女神は逆らう者の上に雷を落とす。

 曰く、女神は民のことなんて、なんとも思っていない。

 曰く、女神が地上に姿を現さなくなって久しい。

 ……俺には関係のない話だと聞き流していた。

 

 やがて大会が開かれ、俺は順調に勝ち進んだ。

 

 なるほど、世界一の国での大会とあって、参加者は強豪揃いだ。

 しかし、俺の敵ではない。

 浴びせられる喝采、尽きることのない賞賛。

 あらゆる敵を屠り優勝した俺の前に、女神の名代だという神官が現れた。

 

 スノート・アーゼム。

 

 そう名乗った仮面とローブの男は優勝の褒美として一振りの剣を寄越した。

 

「これがお前の運命だ。運命に従え」

 

 奴が去る時に言った、この言葉の意味を俺は深く考えなかった……。

 

 その夜のことだ。

 俺の宿に、女神に対するレジスタンスだと名乗る連中がやってきた。

 彼らは女神がいかに非道であるか、女神のせいで多くの人々が苦しんでいるかを語り、女神を倒すために俺に力を貸してほしいと言ってきた。

 

 俺は二つ返事で承諾した。

 彼らの言葉に心を動かされたからではない。

 

 剣が、そう命じたからだ。

 

 

 

 

 

「最近、夢を見るんだ」

「何だ、藪から棒に」

 

 オプティマスとメガトロンは、政務の合間の休憩時間中にチェスに似たゲームをしていた。

 これは駒が変形したり、地形が変化したりする複雑なルールのゲームだった。

 交互に駒を動かしているが、互いにコンマ一秒で手を考え、一瞬にして局面が推移していく。

 二人はこうして、時折このゲームで勝負していた。

 

「……チェックメイト。貴様の負けだ」

「ああ……これで5連敗か」

 

 そして、このゲームはメガトロンの方が強かった。

 オプティマスはその場での最善の戦術を模索するあまり、全体を俯瞰する戦略眼に欠けていた。

 なのに、こいつは戦術で戦略をひっくり返すような無茶な真似を度々成し遂げる。

 自分が長い時間を懸けて勝利への布石を打ったのに、土壇場の一手で台無しにしてくれる。

 そんな豪運が、オプティマスにはあった。

 呆れたように、深く椅子に座り直す。

 

「……で? 夢がどうした」

「ああ、最近スリープモードに入ると、夢を見るんだ。……全部が夢だった、という夢だ」

「なんだそれは?」

 

 意味が分からず胡乱げな顔をするメガトロンだが、オプティマスは真面目だった。

 

「ゲイムギョウ界を訪れて、ネプテューヌと出会い、様々な出来事があり、そして戦争が終わる。……その全てが私の見ている都合のいい夢で、本当はまだお前とたちと戦い続けている、そんな夢だ」

「…………」

「正直に言おう。私は恐ろしい。……もし、ネプテューヌとの思い出が、彼女の存在が、唯の夢だったとしたら……そもそも、おかしいではないか。私に、あんな可愛らしい恋人が出来るだなんて……」

「はん。馬鹿なことを言え。いい加減夢と現実の区別くらいつけろ」

 

 オプティマスの弱音……というよりはネガティブな妄想を、鼻で笑ってやる。

 この宿敵はどうも、戦闘に関連しない事柄は兄弟弟子時代からあまり成長していないらしい。

 すると、オプティマスの口元に淡く笑みが浮かぶ。

 

「……なんだ」

「いや、以前に見た夢で、まさにこんな感じでお前に悪夢にうなされたことを笑われたことを思い出してな」

「夢なぞ所詮はブレインサーキットのエラーが見せる幻。気にするほどの物でもないわ。……さて、そろそろ仕事に戻るぞ。悪夢より現実の政務の山の方がよっぽど恐ろしいわい」

 

 豪放に言い放ち、立ち上がる。

 そう、夢など恐れるに足らず。

 

 あんな夢のことなど、忘れてしまうに限る。

 

  *  *  *

 

 ……決行の日。

 婚儀を行う時だけ、女神が地上に降りてくる。

 

 俺は式場として使われている建物の、柱の影に隠れていた。

 式場に、たった一人で女神は現れた。

 

 すぐに俺と同じようにして隠れていたレジスタンスが飛び出し、女神を取り囲む。

 一瞬で分かった。奴らに勝ち目はない。

 実力が、文字通り神と人ほども差がある。

 だからこそ、一瞬で終わらせなければならない。

 

 油断し切った女神に一瞬にして接近し、その腹に剣を突き刺す。

 

 呆気なく、あまりにも呆気なく、剣は超越者たるはずの女神と肌と肉、内蔵と骨を貫いた。

 

 その時、女神と目があった。

 

「ど、う……して……?」

 

 気泡の混じった血を吐きながら、女神……あの日、林檎を与えた薄青の髪の女が問うてきた。

 

「どう……して……?」

 

 手が震える、目の焦点が合わない。

 頭がグラグラして吐き気がする。

 俺は、何をした?

 

 ほとんど無意識に剣を引き抜くと、女神は腹から血が溢れさせ、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 床に倒れた彼女に、周りの人間たちが歓声を上げ、罵声を浴びせ、足蹴にする。

 

 茫然と、ただ茫然と、俺はそれを眺めていることしか出来なかった……。

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 スリープモードから飛び起きたメガトロンは、急いで首を回し隣で眠っているはずの女神の姿を探す。

 寝床の隣の机の上に置かれた、カプセルベッド。

 その中に、女神の姿は……無かった。ただ、息子たちだけがそれぞれのベッドで寝ていた。

 

――正直に言おう。私は恐ろしい。……もし、ネプテューヌとの思い出が、彼女の存在が、唯の夢だったとしたら……。

 

 不意にオプティマスの言ったことブレインに再生された。

 メガトロンは寝台から降りると、レイの姿を求めて部屋を後にする。

 

 通路を歩き、部屋を覗くが、女神の姿はない。

 すれ違うディセプティコンたちが敬礼してくるが、適当に言って下がらせる。

 

 やがて、何処からか聴覚回路に歌声が聞こえてきた。

 それに導かれるようにして施設の屋上に至ると、月明かりに照らされて、レイが歌を唄っていた。

 メガトロンは内心の不安を全く顔に出さずにレイに声をかけた。

 

「レイ……」

「……ッ! メガトロン様? どうしたんですか?」

「それはこちらの台詞だ。どうした、こんな時間に」

「ちょっと眼が覚めたもので……やっぱり月もゲイムギョウ界とは違いますね。二つあるし、形がはっきり見える」

 

 空に輝く二つの金属の月を見上げるレイが、青白い月光に溶けて消えてしまいそうに見えた。

 

「やはり、ゲイムギョウ界が恋しいか」

「正直、少し。……ほんの、少し」

 

 強調して少しというレイだが、やはりゲイムギョウ界を懐かしんでいるのは明らかだった。

 メガトロンと子供たちへの愛と献身故に異星にまで来た彼女だが、しかし動物もおらず植物もない、金属の世界にはやはり慣れないのだろう。

 

「…………レイよ。これを受け取ってはくれまいか」

 

 静かにそう言って、メガトロンは何かを胸の装甲の内側から取り出した。

 小さな、指輪だ。

 

「これは?」

「必要なことだ。その、やはり子供たちには両親が必要だろう、それにお前を保護する意味合いもある。……ああ、つまりだ。俺の妻になれ」

 

 視線を逸らしながら淡々と言うメガトロンに、レイは…………レイは、曖昧に笑んでいた。

 何かを誤魔化そうという風に。

 

「申し訳ありません。……それは受け取れません」

「何故だ……俺の何が不満だ? お前が望むなら、何でもくれてやる。宇宙船はどうだ? 銀河の果てまででも飛べるような奴を用意してやる。それとも宮殿か? 歴史に残るような、空前絶後の大宮殿を建ててやろう。でなければ……」

「不満なんかありません。何も、いりません。……私は今のままで十分幸せです。これ以上を望んだら、罰が当たっちゃう」

 

 それだけ言うと、レイはメガトロンの脇をすり抜けて建物の中へと戻っていく。

 

「おやすみなさい」

「…………」

 

 後に残されたメガトロンは、黙って空を見上げる。

 月が、忌々しいくらいに美しかった。

 




Q1:リージ・マキシモは?

A1:次回登場しますんで、お待ちを。

Q2:また前世ネタかい!

A2:これっきゃ引き出しがないんだよお……。

メガトロンがフラれた(ように見える)理由は……今回のタイトルを見れば何となくお分かり頂けるんじゃないかと。

しかしラストエピソード(暫定)がこの二人の話なあたり、自分は本当にこの二人に入れ込んじまってるなあ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA STAGE:7 たった一つの、大切な言葉

※ 2018年4月11日、少し修正。


 女神を討った俺たちが街に戻れば、街は歓喜の声に包まれていた。

 当然だ。自分たちを苦しめる恐ろしい存在がいなくなったのだから。

 空中神殿は、何処かに飛び去ってしまったようだ。

 いつの間にか、あの魔剣も誰かが持ち去っていた。

 

 皆が俺を褒め称えてくる。

 だが喜びなど、微塵も感じなかった。

 胸の内にあるのは、どうしようもない空虚さだけだ。

 

 この20年は、俺の戦いは、いったいなんだったのろうか?

 

「呪われろ! 呪われろ! 裏切り者ども!!」

 

 突然、つんざくような声が聞こえてきた。

 

「お前たちの望み通り、こんな国無くなってしまえばいい!! ……うわぁああああ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」

 

 呪いの言葉は、後半は泣き叫ぶ声に代わっていた。

 誰もがその声に恐れおののき、震えていた。

 ただ、俺は何となく思ったのだ。

 生きていてくれて良かったと……。

 

 山が火を噴きし、火の玉がタリの街に降り注ぎ、溶岩と黒雲がこちらに迫ってくる。

 皆が悲鳴を上げて逃げ惑うなか、俺はそこに立ち尽くしていた。

 

 その時俺の耳に聞こえていたのは、噴火の轟音でも、周りの人々の悲鳴と怒号でもなく、彼女の……女神の泣く声だけだった。

 

 俺は結局、最後まで彼女を救うことができなかった。

 この人生に、意味などなかったのだ。

 

 目を瞑った俺の体が土石流に呑まれ、何も感じられなくなった……。

 

 これで、俺の人生は終わった。

 だが、それで終わりではなかった。

 

 

 

 

 

「メガトロン。何かあったのか? ……白のスカウトをKの12へ」

「何か、とは? ……黒のシーカーをビークルモードに変形させてBの5へ。これで白のサイエンティストをもらう」

 

 今日も政務の合間にチェスに似たゲームで対決するオプティマスとメガトロン。

 宿敵の問いに、メガトロンは質問で返した。

 

「今日のお前は、明らかに精彩を欠いている。……白のスナイパーによる狙撃。シーカーを撃破」

「貴様に分かるのか、そんなことが? ……黒のデストロイヤーをEの5へ。基地を攻撃」

「分かるさ。長い付き合いだ。普段はしない悪手ばかりだしな。……白のリーダーによる宣誓、リーダー、スナイパー、スカウトによる同時攻撃」

 

 そう言うオプティマスに、破壊大帝は肩をすくめる。

 

「まあ、色々な。……黒のソルジャー5体を合体(ユナイト)。コンバイナーによる攻撃で基地を破壊だ」

「む! そう来たか。……レイのことだろう?」

 

 ピクリとメガトロンは眉根を上げた。

 そんな様子を見て、オプティマスは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「いつだったかも言ったな。一人で抱え込まず、相談してはくれないか?」

「お前に、か?」

「少なくとも、このジャンルについては一日の長があると自認している」

 

 そう言われて沈黙するメガトロンだが、やがて深く深く排気した。

 確かに、女神と恋人になったのは、こいつの方が先だ。

 敗北の苦い経験と共に、忘れ難い。

 

「いいだろう。だが、今日の仕事が終わってからだ。……それとフレンジーも同席させたい」

「分かっている。……しかし、すっかりお前の相談役だな、フレンジーは」

「…………」

 

 苦笑気味なオプティマスから視線を逸らすメガトロン。

 以前に宝冠をレイに贈った時から、彼女に関する件は自分に相談するようにとフレンジーから言われていた。

 何だかもう、完全にメガトロンに対する恐れとかは何処かへいってしまったらしい。

 

 

 

 

 そして、政務が終わった後のこと。

 

『それはメガトロン(様)が悪い』

「む、むう……!」

 

 官邸の一室でテーブルを囲んでオプティマスとフレンジーに昨夜のことを打ち明けてみれば、辛辣に返された。

 フレンジーはオイルの器を揺らしながら、呆れ果てたように大きく排気する。

 

「まったく、恋愛についてはペーペーの素人だとは思ってたけど、ここまでとは……いっそ別れちまった方が、レイちゃんのためかもなあ」

「そ、そこまで言うか。何が駄目だと言うのだ……」

 

 口答えをするメガトロンを、フレンジーはキッと睨み付ける。

 

「まずですね、子供のためとかサイバトロンのためとか、理屈をグチャグチャ語ったのがいけませんね! 言ったでしょう! 男らしくって!!」

「だ、だから正直にだな……」

「シャラップ! その上で物で釣ろうとするとか、最低最悪ですよ!! 何ですか、宇宙船に宮殿? 舐めてんのか!! レイちゃんは金や物目当てに結婚するような安い女か!!」

 

 よほど頭に来ているらしく、主君に向かって怒号を上げるフレンジー。

 激怒するフレンジーとは対照的に、オプティマスは静かにたずねた。

 

「……メガトロン。お前は何故、レイに結婚を申し込もうとしたんだ?」

「だから言っているだろう。サイバトロンのために……」

「それ以上言うようなら、私はまたしてもお前を見損なっていたことになる」

 

 冷たい声色のオプティマス。フレンジーの視線も冷たい。

 

「他にあるはずだ。もっとずっと単純で、何よりも大切な理由が」

「そもそもですね。メガトロン様は何たってレイちゃんを助けだしたんです? あのザ・フォールンに挑み、ボロボロになりながらも。……本当は分かってるんでしょう?」

 

 諭すように言われて、メガトロンは黙考する。

 ……いや、考える間でもない。二人の言う通り、自覚はしているのだ。

 

 だが、それをレイに伝えるのに足踏みする理由があった。

 

「最近、スリープモード時に夢を見る……」

 

 平時の豪放さはなく、不安げにメガトロンは言葉を漏らした。

 オプティマスとフレンジーは黙ってそれを聞く。

 

 メガトロンは、最近見る夢のことを話した。

 妙にリアリティに溢れ、メガトロンをして単なる夢と割り切れない。

 あの人間の剣闘士とタリの女神の物語を。

 

「思うのだ、あの夢はもしや……俺の前世、という奴なのではないかと」

「なるほどな」

 

 オプティマスは深く頷いた。

 彼自身、恋人であるネプテューヌがエリータ・ワンの生まれ変わりであることを察していた。

 トランスフォーマーの魂は、オールスパークを介してサイバトロンとゲイムギョウ界を流転している。

 ならば、人間がトランスフォーマーに転生することもあり得るかもしれない。

 

「で、でもだったら余計にレイちゃんに……!」

「だからこそだ。もしも、あれが本当に俺の前世ならば、俺はそれに引き摺られる形で、あれ(レイ)に心惹かれたのではないか? それならば、それは本当に俺の気持ちと言えるのか?」

 

 言い募ろうとするフレンジーを制し、メガトロンは内心を吐露する。

 

 生まれる前からの縁。

 

 ヒトによってロマンチズムを感じるのだろうが、宿命を打ち破るべく足掻いてきたメガトロンからすれば、それはあまり良い物とは思えなかった。

 

「分かっている。女々しい感情だ。そもそも夢と現実の区別を付けろと言ったのは俺だと言うに……」

「メガトロン」

 

 自虐的に語る宿敵に、オプティマスは低い声を出す。

 それから息を吐いて穏やかな口調で諭した。

 

「メガトロン。前世に縛られたくないというお前の思いは、分かる。だがな、重要なのはお前が今、どう思っているかだ。お前がレイと出会い、育んできた絆は前世如何に寄らず、偽りではないはずだ」

「…………」

 

 黙り込む宿敵に、オプティマスはフッと排気する。

 トランスフォーマーを代表する両雄も、戦いから離れれば一人の男に過ぎない。

 

「しかしレイが告白を断った理由も分かる気がする。今でも十分に幸せ……彼女はそう言ったそうだが、おそらく彼女は罪の意識を抱えているのではないか」

「…………」

 

 レイはかつてタリの女神だった。

 だがその治世は良い物とは言えず……むしろ暴政の限りを尽くし、最終的に国を滅ぼしてしまった。

 それが彼女の中で幸せになってはいけないという考えに繋がっているのではないか。

 オプティマス自身、戦争に対する罪悪感からネプテューヌを遠ざけようとした時期があった。

 

「だからこそ、お前が受け止めてやれ」

 

 静かに締めくくるオプティマスに続いて、フレンジーも腕を組んでヤレヤレと首を振る。

 

「まったく、破壊大帝ともあろうもんが、何を怖気づいてんですか。……前世を怖がってんなら、つまりそれこそ前世に縛られてるってことでしょう? それに辛い過去なんざ、忘れさせてやんのが男ってもんでしょう」

「…………フッ」

 

 二人の言葉を聞いて、メガトロンは僅かに口角を上げる。

 そしてオイルを煽り、立ち上がった。

 少なくと、二人の言葉は彼に決意を促すことはできたらしい。

 

「行ってくる。結果は後で話す」

「へいへい。自棄オイルの準備でもしてますよ」

「幸運を祈る」

 

 

 

 

 

――お前は、彼女を幸せにできるのか?

 

 育成施設の通路を足早に歩くメガトロンのブレインに、不意にあの夢の剣闘士が現れた。

 

――お前は、彼女を幸せにできるのか?

 

「……俺はお前とは違う。お前のように運命に流されたりはせん」

 

 あの剣闘士は、ひたすら状況に流されるばかりだった。

 挙句の果てにレイをその手に懸けて、己の死を受け入れた。

 自分は違う。断じて違う。

 

「何よりも、俺は……俺はレイを一人にはしない」

 

 剣闘士が何者なのか、本当に前世なのかは分からない。どうでもいいことだ。

 それより重要なのは……結局は己の気持ちだ。

 

「俺は、レイを愛している」

 

 金属生命体が何を抜かすと言わば言え、破壊大帝メガトロンらしからぬと笑わば笑え。知ったことか。

 ブレイン内の剣闘士は、どこか満足そうな淡い笑みを浮かべると、まるで霞のように消えていった。

 

 

 

 

 育児施設の部屋に行くと、レイはおらず子供たちを任されたボーンクラッシャーに曰く気分転換のために歩きに行ったと言う。

 

「父上、どうかされたのですか?」

「ちちうえー、あそんでー!」

「すまないなガルヴァ、ロディ、後でな。……今日は、母と大事な話があるのだ」

 

 駆け寄ってくる子供たちに詫びてから、レイを探しにいく。

 何処にいるかは、何となく予想がついていた。

 

 

 

 

 その予想の通り、レイは施設の屋上にいた。日の光に照らされて物憂げに佇んでいる。

 

「レイ」

「ッ! メガトロン様?」

 

 突然呼ばれて振り返ったレイは、それがメガトロンであると気付くと複雑そうな顔をする。

 昨日の今日なので、どういう顔をすればいいか分からないようだった。

 

「め、メガトロン様。その……」

「レイ。改めて言う。どうか、これを受け取ってほしい」

 

 前置きを抜きにして、メガトロンは指輪を胸の装甲の下から取り出すと、跪いて戸惑っているレイに差し出した。

 

「……! で、ですからそれは受け取れないと……」

「愛している」

「ッ!」

 

 真っ直ぐに見つめられての急な告白に、レイは固まる。

 

「俺がお前に結婚を申し込んでいるのは、サイバトロンのため、餓鬼どものため……それも理由の一つだ。だが最大の理由は、お前を心から愛しているからだ。……レイ、どうか俺の妻になってほしい」

「……止めてください!!」

 

 穏やかな声での告白に、しかしレイは強い拒絶を示した。

 イヤイヤするように首を振ると逃げるようにして後ずさる。

 

「もう十分なんです! 貴方がいて、坊やたちがいて、フレンジーさんたちがいて……私みたいな女が、これ以上なんて望んじゃいけないんです! そんなこと許されるはずがない……!」

「馬鹿を言うな」

 

 手を伸ばして慟哭するレイの体を優しく押さえて逃げられないようにし、真っ直ぐに目を覗きこんだ。

 濡れた薄青の瞳に、自分の顔が映っていた。

 

「もう十分だと? そんなワケがないだろう。まだまだここからだ。お前はもっともっと幸せになるんだ! 餓鬼どもが育ち、お前は多くの者から崇められる! それがお前の未来だ!!」

「でも私はタリを滅ぼして……」

「一度の失敗がなんだ! 俺を見ろ。このサイバトロンを一度は滅ぼしてしまったのに、のうのうとやり直そうとしているんだぞ! 一度失敗して懲りているからこそ、もう間違えないはずだ!!」

 

 半ば破綻した乱暴な理屈だが、それでもメガトロンは必死に伝える。

 レイは肩を震わせながら、か細い声を絞り出した。

 

「……わ、私は、幸せに、なっても、いいの……?」

「ああ、いいとも! 俺が許す! 許さぬと抜かす奴は、残さずぶちのめしてくれる!!」

 

 堂々と言い放つと、メガトロンは今一度静かな声でいった。

 

「レイ。お前は俺の欠片(ピース)だ。お前がいて、俺は初めて完全になれるんだ。……俺はお前を一人にはしない。だから、どうか俺を一人にしないでくれ。お前を失うことが堪らなく恐ろしいんだ」

 

 それは、弱音にも似た言葉だった。

 同時にそれは己の力のみを頼りに、唯我独尊の道を歩んできた破壊大帝が、生き方を決定的に変化させた瞬間だった。

 そして、もう一度指輪を差し出す。

 

「どうか、受け取ってくれ。……YESと言うまで、何度でも渡しにくるからな」

「……ふふふ」

 

 涙を拭ったレイは微笑んで、指輪に手を伸ばす。

 

「まったく強引なんだから……でも、そう。そんな貴方だから、愛しているのだものね」

 

 愛しい破壊大帝の掌から指輪を拾い上げたレイは、それをしげしげと見つめた。

 

「綺麗……貴方と同じ色ね」

「ああ。俺のパーツから削り出した。……ディセプティコンの風習だ。自分の一部を相手に捧げることで、愛を誓うんだ」

「なるほど」

 

 そして、自分の薬指に指輪を嵌めた。サイズはピッタリだった。

 レイはフワリと空中に浮かび上がると、指輪を嵌めた手でメガトロンの顔を撫でた。

 

「私も貴方を一人にしないわ。だから貴方も私を一人にしないで」

「もちろんだ。……言っておくが、妾も愛人も第二夫人もいらんからな。お前一人がいてくれればいい」

 

 その答えに満足そうに花のような笑顔を浮かべたレイは、夫となるヒトの金属の唇に、自分の唇を重ねるのだった。

 

  *  *  *

 

 

 

 

「やっと気付いたか、この愚か者めが」

 

 火砕流に呑まれて死んだはずの俺は、何処か見知らぬ空間にいた。

 どこまでも続く闇の中に、俺と対面するように緑がかった金属の生き物が立っていた。

 全身鎧がそのまま動き出したかのようなその生き物は、頭に山羊のような立派な角を生やしていた。

 

「何だ、お前は……いや、それ以前に俺は死んだはず。これはいったいどういうことだ?」

「最初の質問から答えてやろう。我が名はリージ・マキシモ。最初の十三人の一人にして、偉大なるプライム……と言っても貴様には理解できまい」

 

 金属の生き物は、不機嫌そうにそう答えた。

 事実、俺にはこのリージ・マキシモなる存在が何を言っているのか分からなかった。

 

「二番目の質問の答えだが……ああ貴様は死んだとも。今そこにいる貴様は、ただの残滓。幽霊ですらない残り(かす)だ。貴様の肉体が滅んでより、数千年は経っているからな」

 

 そう言われて、俺は酷く納得していた。

 俺が生きているなど、有り得ていいことではない。

 

「そして最後の質問の答えだ。これから儂のすることに協力してもらう。そのために貴様を呼び寄せたのだ」

「何をするつもりだ?」

「貴様に説明したところで理解できまい。……が、あえて言うならば未来への抵抗、運命への反逆だ」

 

 運命への反逆。

 そんなことが可能なのだろうか。だがもし出来るなら……。

 思い起こせば、流されるばかりの人生だった。

 運命と言う言葉に、翻弄された。

 それに一矢報いることができるのなら、それも良い。

 

「分かった協力しよう。俺も運命という奴は憎いからな」

「では貴様という存在……その因子を、ある存在にインストールさせてもらう」

「何のことやら、さっぱり分からんのだが」

「だから言ったろうに! ……因子とは貴様を貴様足らしめる情報、魂の設計図のような物だ。それと俺の肉体の設計図である遺伝情報をこれから生まれてくる幼体に、埋め込むのだ」

 

 正直、リージ・マキシモの言うことは俺には何一つ理解できなかった。

 

「俺の魂を埋め込むと言うことは、そいつは俺の生まれ変わり、ということになるのか?」

「違う。因子は単なる情報。あくまで貴様の一要素を受け継ぐに過ぎぬ。無論、俺の生まれ変わりでもない。その幼体は、俺や貴様とは明確に別人よ」

「よく分からんが……ならば、何故俺なんだ?」

「俺が求めているのは、運命に抗おうとする意思。そして確定された未来を否定する異分子(イレギュラー)なのだ」

 

 そこまで言って、リージ・マキシモは血も凍るような笑みを浮かべた。

 

「メガトロナスの奴は思いもよらんだろうよ。奴が利用した駒が、奴の計画を破綻させる毒矢になるなどと! ちっぽけな有機生命体の因子が、オールスパークの未来絵図を混沌に導くなどとな!」

 

 心底愉快そうに、金属の生き物は嗤う。

 半ば直観的に、メガトロナスとはあの剣を寄越した神官のことだと察した。

 なるほど、俺を選んだのは、あの神官への意趣返しでもあるらしい。

 気付けば俺もまた不敵に笑んでいた。

 

「ああ、それは面白いな。あの神官に吠え面掻かせてやるのはさぞ痛快だろう」

「だろう! ……ではそろそろ行くぞ」

 

 リージ・マキシモが手を掲げると、俺の体が蜃気楼のように揺らぎ、意識が遠のいていく。

 もとより幽霊でさえない残り滓。消えることなど恐ろしくもない。

 だがもし、己の因子を継ぐ者に望めることがあるのだとすれば……。

 

――今も世界の何処かで泣いているのだろう、あの女神を救ってほしい。

 

 そう思考したのを最後に、俺の意識は今度こそ闇に呑まれて、二度と浮かび上がることはなかった……。

 

 

 

 

 深い深い縦穴の底。

 立方体状のオールスパークの輝きに照らされて、青く発光するトランスフォーマーの卵が無数に並んでいた。

 

 その一つの上に、山羊のような角を持つリージ・マキシモが霊体のような状態で現れた。

 プライム戦争時に肉体は滅んだが、そのスパークは秘術によりオールスパークへは還らず、こうして幽霊のようにサイバトロンに存在し続けたのだ。

 しかし長い時を経て、すでに半実体を保つのも困難な古代のプライムだったが、力を振り絞って右腕だけを実体化させ、卵の上に翳す。

 掌からリージ・マキシモの遺伝情報を含んだ液体エネルゴンが垂れ、卵にかかった。

 エネルゴンは卵に吸い込まれていく。

 

「良し! あとは……」

 

 ついで、リージ・マキシモが手を振るうと、青い光……あの剣闘士の因子が卵に注ぎ込まれた。

 卵の中の幼体が、むず痒そうに身じろぎする。

 

「ふふふ、これで良い。ではな、息子よ。後は任せたぞ……」

 

 冗談めかして言うと、リージ・マキシモの魂は、母なるオールスパークへと還っていった。

 

 

 

 

 

 いくらか後、この卵から後にメガトロンと呼ばれることになる、灰銀色の体と赤い眼のディセプティコンが誕生したのだった。

 

 ……あの剣闘士の因子が、メガトロンの中で作用してディセプティコンが生まれ持った有機生命体への嫌悪を和らげ、それが巡り巡ってタリの女神の救済に繋がったことは、特筆に値するだろう。

 

  *  *  *

 

 メガトロンとレイの婚儀は、ごく親しい者だけを招いてささやかに行われた。

 サウンドウェーブやショックウェーブ、ブラックアウト辺りは軍団を挙げて大々的に祝いたかったようだが、メガトロンに言い含められて諦めたようだ。

 

 しかしながら、どこからか乱入してきたお祭り好きのオートボット副官と双子やら、サプライズとばかりに貴金属からなるレイの像を用意していたフレンジー、バリケード、ボーンクラッシャーの三名やら、いつものようにオ イルを飲みまくるコンストラクティコンたちやら、それに同調して騒ぐガルヴァら四兄弟……特に下の二人……のおかげで、結局は大騒ぎになってしまった。

 

 その態に、立派な肩当てと金属繊維のマントで珍しくめかしこんだ新郎とはヤレヤレと排気していたが、白い金属繊維の美麗なドレスに身を包んだ花嫁は、それは幸せそうに笑っていたそうな。

 




これで今度こそ、この物語はおしまい。

ここまで読んでくださった方、評価、感想をくださった方、誤字脱字を指摘してくださった方、本当にありがとうございました。

それでは、また何処かで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。