臆病な転生ルーク (掃き捨て芥)
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外殻大地編
第1話 始まりの渓谷


 何故かこの話だけ3人称風味です。


「本当に、すみませんでしたっっっ!!!」

 

 夜の渓谷に、青年の声がこだました。

 長い朱金の髪を背中に垂らし、上下ともに赤い色の服を着ている青年は両膝と両手を地面に垂れ、頭を下げた体勢……いわゆる土下座をしていた。見る人の大半がみっともないと思う姿勢で、青年は必死に謝り続けた。

 

「え、えっと……その」

 

 青年の前に立つ少女はそんな青年に困惑している。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 彼らが何故この様な状況になったのか? それは語り部が後に語ってくれるだろう。

今はこの渓谷で話す二人に話を戻そう。

 

「あなたが何故ヴァン師匠(せんせい)を殺そうとしたかはわからないけど……きっと重大な理由があったんですよね? それなのに俺は師匠が目の前で殺されそうになってるのを見て頭がカッとなって……」

 

 ……どうやら、少女はこの青年の師匠を殺そうとしたらしい。本当だとしたらかなり物騒な事である。

 

「だから、えっと、その、とにかく俺を殺さないで下さい(・・・・・・・・・・)!」

 

 言葉を紡ぐ際は上げた頭をまた勢いよく下げる。もう少しで土に額がついてしまう勢いだ。

 

「えっ?」

 

 少女は青年の言葉に困惑する。

 

「俺にはあなたを害する意思は全くないんです。ただ目の前で知っている人を殺されそうになったから止めようとしただけで、だからお願いです。どうか、どうか俺を殺さないで下さい(・・・・・・・・・・)

 

「…………あっ」

 

 そこで少女は初めて気づいたようだ。自分が目の前の青年に恐れられていると。

 

「ち、違うの。私にはあなたをどうこうするつもりは全くなくて、えっと、その」

 

 少女は必死に言葉を紡ごうとするが、中々自分の言いたいことを言葉に表せないようだ。

その間も青年はちらっ、ちらっと頭を上げて少女の様子を確認している。……とにかく目の前の少女を警戒しているようだ。

 

「だから、その、違うの。私違うの。~~~~!!」

 

 少女は自分の認識とかけはなれた現在の状況に身悶えている。……少女と青年が落ち着くまで、少しばかりの時間を要した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……少しは落ち着いてくれた?」

 

 自分を恐れている相手との距離を測りかねていながら、そっと言葉をおしだす少女。

 

「は、はい。えーっと、とにかくあなたには俺を害する意思はないんですよね? 本当に?」

 

「ええ、本当よ」

 

 どうやら青年の方もいかばかりか落ち着けたようだ。

 

「ええっと、それじゃとりあえず自己紹介を。俺はあなたが侵入(・・)したファブレ公爵家の長子、ルーク・フォン・ファブレ。17歳です。成人していないので、俺自身は何の爵位もないただの貴族の息子という立場です」

 

 落ち着きを取り戻した青年は自分の名前を名乗った。どうやら格式高い家柄の子息らしい。

 

「私はティア……。16歳よ」

 

 対して、少女……ティアは自分の家名や所属は名乗らず年齢だけを告げた。くすんだ茶色と黒の中間ぐらいの色をした軍服を身にまとっているというのに。

 

「年下……なんですか。落ち着いたご様子なのでとてもそうは思えませんでした。てっきり自分よりも年上かと」

 

 ははっと軽く笑いながらルークが応対する。……どうやらティアの不明な所属などについてはツッコまないならしい。いまだにティアを恐れているのだろうか?

 

「それで……あの、どうしてヴァン師匠を襲ったんですか? 師匠はダアト自治区のローレライ教団で詠師職という立派な役職についていて、同時にローレライ教団内部の軍事組織、神託の盾(オラクル)騎士団の主席総長にあるくらい優れた戦闘力を持った方です。よほどの理由でもないと、わざわざ他人の屋敷に侵入してまで殺そうとなんてしないと思うのですが……」

 

 まだティアを微妙に警戒しながらも、相手の狙いを詳しく聞き出そうと踏み込んだ質問をする。……勇気があると言って良いのだろうか?

 

「それは……その。………………今は話す事は出来ないわ」

 

 そのティアの返答に、えええっ! と驚くルーク。

 

「話す事は出来ないって……ええっと、それは本気で言ってるんですか?」

 

「? ええ……私の故郷にも関する事で、みだりに話す事は出来ないわ」

 

 ルークはティアの言葉を聞いて、更に驚きつつもおそるおそる声を発する。

 

「ええっと……ですね。ティアさん。あまり言いたくはないんですが、今バチカルでは貴方のしたことはかなりの大騒ぎになってると思うんですが……」

 

「えっ!?」

 

「ティアさんは、バチカルの首都にあるファブレ公爵家の屋敷に侵入して、家の警備をしていた白光騎士団を軒並み眠らせて、家の客人であったヴァン謡将(ようしょう)を殺そうとしました。更にそれを止めようとした俺と疑似超振動(ぎじちょうしんどう)を発生させた。超振動が発生したのは完全な事故ですが、俺達がいなくなったバチカルの屋敷では俺は行方不明扱いになってるはずです。……これは俺達の状況がわからないバチカルの皆にしてみれば貴方のせいで俺が行方知れずになっているわけで……誘拐されたと判断されても文句が言えない状況なのでは」

 

 ……どうやら、ティアは物騒という言葉では言い表せないくらいの行動をしたようである。

 ちなみに疑似超振動とは、二人の第七音譜術士(セブンスフォニマー)が互いの音素震動に干渉する事で発生する事象。あらゆる物質を破壊し、再構成する。ルークとティアに起きた現象はこれ。つまり二人はバチカルで音素レベルまで破壊された後に渓谷で再構成されたということ。

 

「………………」

 

 絶句するティア。どうやら自分の取った行動を今まではろくに客観視できていなかったようだ。今ようやく、ルークの言葉で気づいたらしい。その秀麗と言っていい顔を青ざめさせている。

 

「わ、私……そんなつもりじゃ、そんなつもりじゃなかったの! 本当よ!」

 

「うん。ティアさんには俺をどうこうしようとするつもりはなかった。それは本当の事らしいけど……でも俺の家とヴァン師匠にした事は事実でしょう? 今頃首都バチカルからキムラスカ全土にお触れが回ってるんじゃないかな?」

 

 私、私とつぶやきながら慌てふためくティア。完全に気が動転しているようだ。

 

「ティアさん。まずは落ち着いて。……えっと、とりあえず俺に考えがあるんだけど。よければここからバチカルまで帰る道行きに同行してくれないかな?」

 

「えっ?」

 

「俺、今までバチカルから出た事のないお坊ちゃんだから、自分が立っているこの場所がどこかもわからないんだ。でもここが何処にしろ俺はバチカルに帰らなきゃいけない。バチカルの屋敷から出た事がない俺でも、この世界では魔物や盗賊が頻繁に出るって事は知ってる。それらと戦わなきゃいけない事になるかも知れないし、それ以外にも俺は旅なんてした事がないからその方面でも誰かの助けが必要だと思うんだ。」

 

 自分の状況を整理するように一つ一つ確認しながら言葉を紡ぐルーク。

 

「だから、もしよければだけどティアさんに助けて貰いたいんだ。一緒にバチカルまで行って欲しい。もし無事にバチカルまで帰れたら、親父に言って刑を軽くして貰うように、温情をかけて貰えるように取りはからうからさ。親父は俺と違って立派な爵位を持つ貴族、それも最高位に位置する公爵だし、キムラスカ軍の元帥でもあるんだ。親父の口利きがあればかなり刑は軽くなると思う」

 

「………………」

 

 冷静に考えればルークに都合の良い提案だが、茫然自失の状態にあるティアには地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように思えた。

 

「えっと……その、いいの? 私、貴方に信用されるような、信用に値するような人間じゃないと思うのだけれど。そんな風に簡単に私と行動を共にする事を提案して」

 

「いいんだ。こう言ってはなんだけれど、今この場には二人しかいないんだから、助け合わないと。……とりあえず、この暗い渓谷を出ていきませんか?」

 

 そう言ってティアに笑いかけるルーク。そんなルークの表情を見て少しだけティアは顔をほころばせた。

 夜の渓谷、その中で咲くセレニアの花が、二人を見守っていた。

 




 とりあえずティアに土下座するルークが書きたかった。1話のインパクトとしては充分なはず。
そしてアビスの二次創作では大抵突っ込まれているティアの問題行動にも触れています。私はアビスが好きですが、主人公のルークを含め、主人公PT達の罪に対する罰が全くないあの状況は好きではありませんでした。なので今後も原作で私がおかしいと感じた所は積極的にツッコんで行くつもりです。

 ルークの台詞が説明口調になりすぎてる気がしますが、ゲームをプレイした事がない人も読むかも知れないと考えるとこれぐらいが最低ラインかなーと。次の話は二人が渓谷を脱出する話……ではなく過去回想となります。しばらくの間現在の話と過去の話を交互にやっていくつもりです。


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-3話 転生

 このお話はマイナス3話となっております。1話が始まる前のマイナス。その3話です。ここから-2、-1と進んでゆき、0話を経て1話に繋がります。
 あと、今更ですがこの話には原作ゲームの重大なネタバレが存在します。



 初めて周囲の世界を知覚したのは、自分の屋敷だった。……それさえも自分にとってはよくわからない場所だったが。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 「ルーク、おおルーク。もう大丈夫ですよ。ここはバチカルの屋敷ですからね」

 

 始めに聞いた時、何を言っているか分からなかった。いや、言葉の意味は分かった。けれど俺にはその人が何を言っているか本当に分からなかったのだ。

少し時間がたってようやく、自分こそが「ルーク」と呼ばれているのだと気づいた。

 

 ルーク、バチカル、屋敷、公爵家…………始めは意味が分からなかった。いや、意味は分かっていた。ただ理解が追いつかなかったのだ。まさか自分が、「テイルズ オブ ジ アビス」の主人公、ルークに転生したなど誰が理解できるというのだ。

 

 それから1ヶ月ほど時間が過ぎた。と言ってもこの世界、オールドラントと呼ばれるこの世界では1ヶ月は約58日存在するがな!!

 

 ああそうだよ! 1ヶ月58日かけてようやっと認識できたんだよ! 自分がルークで、この世界はオールドラントなんだってな!

 

 そこから先の数日間の事は思い出したくない。何故かって? 「テイルズ オブ ジ アビス」この原作ゲームの主人公ルークには凄まじい数の死亡フラグが立っているんだよ!

 詳しく話すと長くなるので割愛するが、ルークは生まれた時から数々の死亡フラグが立っている人物なのだ。そしてゲームを進めてクリアすると(一本道のシナリオだ。マルチエンディングなどでは決してない)、ルークは必ず死亡する。それも「生きたい、生きたい」と望んだあげく自分の記憶だけ他人に持って行かれるという最悪な死に方をするのだ。

 

 ……こんな人物に転生してしまったら、それから数日間ただひたすら自分の境遇を嘆いていたとしても誰も文句は言えまい。

 死にたく、ない。……俺は死にたくない。俺は転生する前に一度死んだのだ。なまじ一度“それ”を体験してしまったからこそ、なおさら強く思う。死にたくないと。陳腐な表現だが死んだ後の意識は暗く、静かで何も無い所を漂っているような感覚だった。あんな状態には二度となりたくない。そりゃあもう一度生まれてしまったのだからいつかは死ななきゃならないのだろう。それでも! 俺は死にたくない!!

 そこから二週間くらいの時間をかけて、俺は考えた。「どうすれば生きられるのか」と。

 まず考えたのは原作知識の蓄積だ。周囲の人間の言う事を聞く限り、自分はレプリカ・ルークとして生まれたばかり、ルーク・フォン・ファブレとしては10歳にあたるようだから(原作ゲームをプレイしていない人が聞いたら意味不明だろうがまあ後々分かるので黙って聞いて欲しい)原作開始までは七年間の時間的猶予があることになる。

 

 

 七年間。長いようで短い時間だ。ただこのオールドラントという世界では公転周期が765日……つまり1年間が765日だから、1年が365日の世界から来た自分には倍の時間である14年という時間が使えるという考えになる。

 

 ここら辺の事は説明すると長くなる。時間に余裕のある方だけ読んでくれればよい。1年が765日と聞くと、「1年が765日もあるの? すっげーそれじゃかなり時間に余裕を持って過ごせるじゃん」と考えるのが普通だろう。だがちょっと待って欲しい。その考えで行けばこの世界の16歳の人間は俺が居た世界に換算すると32歳という事になる。35歳の人間は70歳になる。

 ……そんな事ありえないだろ? よって俺は現実世界で過ごしていた頃からこの設定をあまり重要視していない。

 例えば、1年が182日という世界があったとする。その世界の人達は俺が暮らしていた現実世界よりせかせかして過ごしているのではないだろうか? そしてオールドラントで暮らす人々は現実世界の人々よりゆったりと毎日を過ごしているのではないだろうか?

 現実世界で学生が1年間で学ぶ事柄があったとして、オールドラントでも1年765日をかけてゆっくりと学んでいくのではないだろうか?

 

 

 この俺の考えは実際にオールドラントで七年間過ごす事により実感に変わった。この世界の人々はみな俺が知っている人よりゆったりと日々を過ごしている。

 しかし逆に考えれば、現実世界からこの世界に転生した俺は、俺だけは1年が365日の過ごし方で765日過ごせるのだ。

 ……時間はある。俺が1年365日の過ごし方で生きる限り、14年という時間が俺には与えられた事になる。

 

  ――生きてやる。何が何でも生きてやる。俺(ルーク)に課せられた全ての死亡フラグを叩き折って、誰かを殺す事になったとしても生きてやる! 血をすすり、恥を晒してでも生きてやる。

何を犠牲にすることになっても、生きて生きて生きて生きて生きて生き抜いてやる!

 

……とりあえず、このろくに動かない体を動かして何とかメモを取らないとな。

 

 




 主人公の転生前の人生や死んだ時の状況などを描写する予定は今のところありません。
 1年が765日に関する考察。こうでもしないとヒロインのティアとか32歳のヒロイン(笑)になっちゃいますからね。私達が1年365日を過ごすのとは全く違った、2倍近いゆったりとしたペースで生活しているので、精神も16歳の人は16歳、という風に考えています。


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第2話 渓谷の2人

 転生ルークの言葉遣い……ちゃんと書けているか不安。


 夜の渓谷、正しい地名はタタル渓谷か。――を出る事になった俺達だが最初に決めておく事があった。魔物、さらには盗賊などが出た場合の対処の仕方だ。普通に考えれば前衛型の俺が前に出て敵を塞ぎ、譜術攻撃型のティアに後ろから援護して貰うのが俺達の一番良いやり方だ。

 だが原作知識を持っていてもそれを明かせない俺としては

 

「ティアさんはどんな風に戦うんですか? 譜術は使えますか?」

 

 一々こういう質問をしなければならないということだ。

 

「私は基本この杖を使って戦うわ。……ヴァンとの時はナイフを直接振るったけれど、実戦では体の中に溜めた音素(フォニム)の塊を杖の先から飛ばして相手にぶつけるのが私のスタイルね。譜術については、……その、あなたの屋敷に侵入した時に使った【ナイトメア】という譜歌と、治癒術である【ファーストエイド】が使えるわ」

 

 ああ、まどろっこしいなぁ。

 

「なるほど。基本的には後ろから援護する後衛型のようですね。その【ナイトメア】という譜歌はどの様な性能があるのですか?」

 

「私の歌声が届く範囲にいる相手に、ある程度の痛みと同時に強烈な眠気を催させる術よ。基本的には1人の相手に絞って使うの。複数の相手に効果をもたらす事も出来るけれど、効果はその分薄くなるわ……です。」

 

 ん? 何だ?

 

「あの……貴方の方が年上なんだし、それに貴族なんですから私が敬語を使って、あなたは普通の言葉遣いでいいのではないかし……ないでしょうか?」

 

 ああ、そういう事か……さすがにこれは事前に考えていなかった事項だ。しかし煩わしいからバッサリ行くか。

 

「ティアさん、私は貴族とは言っても爵位のないただの子供ですよ。肩書きだけを言えば公爵子息ってことになるのかな? それにこれから旅をするにあたって、貴方が私にあまりへりくだった態度を取り続けると余人に無用の警戒をさせるかも知れません。まあ公の場では敬語を使って貰う事になるでしょうがそれ以外では砕けた言葉遣いでいいですよ。それから、私のこの言葉遣いは素です。……これでも貴族なのでね、それなりの言葉遣いや礼儀作法は仕込まれているのですよ」

 

「でも……」

 

 ええい! こんな事はどうでもいいのだ!

 

「とにかく! 私は素の言葉遣いのままでいきます! 貴方は無礼にならない程度に砕けた話し方で構いません! ……今はそんな事より話すべき事を優先させましょう。戦闘スタイルの話でしたね。それではその【ナイトメア】という譜歌を使って後ろから援護願います。……もちろん私は味方識別(マーキング)した上でですね。私は……練習用の木刀の他にちゃんとした剣も持ち合わせているのでこちらで戦います。前衛役ですね」

 

 味方識別(マーキング)とは大規模な譜術や広範囲の譜歌などで、敵だけに効果を発生させる為の術だ。自分の味方になる相手にマーキングを打ち込む事で、後方から放たれる譜術などの影響から逃れる事が出来るのだ。

 

「でもそれではあなたを一方的に危険にさらす事になるわ。私のせいでこんな状況になっているのに更に貴方だけに負担をかける訳には」

 

 恐縮してるな。まあそうなるように土下座までして「ティアのした事は重大な犯罪なんですよ」とわからせたんだが。原作ではなあなあで済ませられてたからなー。言っておくがティアを追い詰めたのには理由がある。最初に「自分は貴方によって危険な状態にさせられたんですよ」と伝える事によりティアより上の立場に立たせて貰った。これからの旅はある程度イニシアティブを取りたかったからな。

 

「その為の治癒術でしょう? 【ファーストエイド】期待してますよ。あ、そういえば私は第三音素(風)と第四音素(水)、第五音素(火)の初級譜術が使えます……まあ前衛で剣を振るうので使う機会はあまりないでしょうね」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 そうして、戦いになった際の対応を相談し合った俺達は急いで渓谷を降り始めた。

道中ではサイノッサス(猪のような魔物)とプチプリ(草の魔物)に出会ったが問題なく倒せた。

初めての実戦なので手傷程度は負ったが、ティアの【ファーストエイド】で回復して進んだ。

 

「双牙斬!」

 

 肩口から剣を振り下ろし、直後に飛び上がりつつ斬り上げる。アルバート流の基礎技、双牙斬をみまい、サイノッサスを撃破した。

 この世界の魔物は一定以上の傷を与え体が形成できないくらいに引き裂かれたりすると音素に還り消滅する。だが少々の傷を与えると肉などをそぎ落とす事が出来る。中には魔物から取れる食材を目当てに傭兵をしている者もいるくらいだ。

 その際には銅貨や銀貨(ごく一部の高位の魔物のみ)を落とす。俺も最初は不思議だったのだが、「銅貨を魔物が落とす」のではなく、「魔物が落とす銅の硬貨を一般的に流通させて銅貨としてる」らしい。そして一部の魔物が落とす銀貨を上位の硬貨とし、人の手で加工した特別な金貨を最上位の硬貨として扱っているようだ。

 

「ふう。終わったな」

 

「ええ、お疲れ様」

 

 今回は特に攻撃を受ける事なく戦闘を終えられたので回復は必要ないだろう。俺は油断する事なく周囲を見回して他の敵がいないか探る。……どうやらいないようだ。

 

「ねえ、ルーク。貴方ずいぶんと実戦慣れしているようだけど……」

 

「そうかな? まあ屋敷の中の訓練だけだけれど、真剣にやってたからね。木刀でガイ……使用人や警備の白光騎士団と打ち合ったりしてた。実戦で緊張してるけれど、油断だけはしないように気をつけてるからね、こんなもんじゃないかな?」

 

「そう。……ならいいのだけれど」

 

 さて、今回は戦闘になってしまったが、一々魔物と戦う必要もない。目に見える相手は避けて進もう。本当は夜の山道を行くのは危険なのだが、そういう一般的な思考はとある原作知識の前では無意味になるのだ。この原作知識がなければ俺は「夜の闇は危険だから安全な場所で朝になるまで待とう」と提案している。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 しばらく歩いただろうか、体を鍛えているとは言え初めての実戦や慣れない場所で疲れも出始めた頃、ようやく出口についた。

 

「やっとここから出られますね」

 

 すると、草をかき分けてこちらに歩いてくる音が聞こえた。魔物を警戒し構えをとる俺とティア。だが、出てきたのは一人の人物だった。

 

「うわっ。あ、あんたたち、まさか漆黒の翼か!?」

 

 失礼な。俺達をあんな悪徳集団と見間違えるとは。とりあえずバチカルの屋敷から出た事がないルーク坊ちゃんとしては知らない知識なので質問しておこう。

 

「しっこくのつばさってなんですか?」

 

「盗賊団だよ。この辺を荒らしてるって言う男女三人組で……って、あんたたちは二人連れか」

 

 

 こちらの人数を確認したその人物はほっと一息をついて安心したようだった。ふっふっふっ、原作知識でこの人物がここに現れることは知っていたからな。安心して対応できるぜ。

 

「俺達は道に迷ってしまってここに来ました。失礼ですが貴方は?」

 

「俺は辻馬車の馭者だよ。この近くで馬車の車輪がいかれちまってね。水瓶が倒れて飲み水がなくなったんで、ここまで汲みに来たのさ」

 

 男はそう言うと手に持ったバケツを掲げて見せた。やはり目的の人物で間違いないようだ。良かった良かった。

 

「馬車か、助かった。……けれど車輪がいかれたって、走行は大丈夫なんですか」

 

「ああ。自前だがちゃんと直せたよ」

 

 それを聞いて、ティアが馭者に尋ねる。

 

「馬車は首都へも行きますか?」

 

 来た! ここだ!

 

「ああ、終点は首都だよ」

 

 この首都というのはマルクト帝国のグランコクマを指すのだ。俺達が今いるこのタタル渓谷はマルクト領だからな。しかしティアはキムラスカの首都バチカルへ行くと勘違いしている。俺達の目的であるバチカルに帰るにはここから南下して自治区ケセドニアへ行くのが一番の近道なのだが……例によって原作知識があるためここではティアに勘違いしたままでいてもらわなくてはならない。

 原作知識で勘違いしてもらう理由……具体的に言うと俺達がここでグランコクマ行きの馬車に乗らないと高確率である人物達が死ぬ。それは世界を救う為、ひいては自分が生きていく為にまずい事になるので防がなければならないのだ。

 

「助かりましたよ。俺達2人を首都まで乗せてもらえますか? ……えっと、いいでしょう? ティアさん」

 

「ええそうね。私たち土地勘がないし、お願いできますか?」

 

「首都までとなると、1人1万2千ガルドになるが、持ち合わせはあるのかい?」

 

 それを聞いてティアが呆然と呟く。

 

「高い……」

 

 確かに高い。だが心配は無用だ。この事を想定して用意はしてある。ポケットに忍ばせておいた宝石を取り出すと馭者に向かって突き出す。

 

「この宝石でどうかな? 買った時には7万ガルドした宝石なんだけれど」

 

「こりゃあ……大した値打ち物だ。これだけあれば充分だよ」

 

「ルーク! そんな!」

 

 俺が宝石を出して乗車賃を肩代わりした事を気がとがめたのだろう。ティアが声を上げた。

 

「ティアさん。これは必要経費ですよ。俺達は(疑似超振動って言う)不測の事態でここに来てしまったんです。お互い持ち合わせがないのはしょうがない。でも幸運なことに俺にはこの宝石がありました。だから使った。それだけですよ」

 

 疑似超振動、の所だけ声を潜めて語りかける。

 

「でも!」

 

「どうしても気がとがめるって言うなら屋敷まで行けた後、……さらにその後の自由の身になった時にでも返せる時に返してくれればいいですから」

 

 納得できなさそうなティアを無理矢理説き伏せる。いつまでも議論していても仕方ないので、さっさと馭者に馬車まで案内するように伝えた。もう歩かなくていいことに喜びながら辻馬車に乗り込んだ。さて、この後の手順を確認したい所だが暗いしな……とりあえず眠ろう。

 辻馬車の中でこちらに遠慮がちな視線を向けてくるティアを意識的に無視しながら、俺は眠りについた。

 




 ティアのゲームでの通常攻撃ですが、どんな風に描写したらいいか分からなかったので、音素の塊を飛ばすという表現にしました。純粋なその力の塊を体……ではなく手に持った杖の先から飛ばしているという事です。
 【ナイトメア】に関する設定ですが、他のアビス小説を読んでも意見が分かれるんですよね。
眠気だけでダメージはない派とダメージもあるよ派で。私はダメージがあるという設定にしました。ルークの屋敷にいる白光騎士団は従軍経験もあるちゃんとした(?)兵士の筈です。またLV48のラスボスヴァン師匠すら不意をうったとはいえ膝をつかせたのですから、それなりにダメージを与えているのでは? でないとあのヴァンが膝をつくことはないだろう、という理屈です。
 魔物についての説明ですが、ゲーム中で敵……レプリカなどではない普通の人なんですが、倒した後に体が消滅した事があったんですよね。それについてと魔物そのもの、また「魔物を倒すとお金を落とす」という設定をすりあわせたら作中で説明した通りになりました。



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-2話 試行錯誤

マイナス2話です。基本的にダイジェスト風味、かつ短めです。


 現実世界の経験を持つ俺だが、この世界のレプリカ・ルークは生まれたばかりだ。その為いろんなことが出来そうで出来ない。例えば体を動かす事だ。

 原作ゲームを元にしたTVアニメ版だっただろうか、確か生まれたばかりのルークが赤ん坊がする様にハイハイから歩こうと訓練していて、使用人のガイに助けられていたのは。

まだ俺には上手くこの体を動かす事ができない。少しずつ慣れていくしかないか。

 

 次にまず始めにやりたいと思った原作知識の蓄積……メモとりだ。確かルークは記憶障害の治療として日記を書く事を医者に勧められていたはずだ。それが出来るようになれば今覚えている原作知識を忘れない様にため込む事が出来るんだが。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 生きる事を決意してから、約2ヶ月が過ぎた。疲れた。まだたったの2ヶ月だというのにかなり疲れた。周囲の人間は俺の事を10歳のルーク・フォン・ファブレと思っているが実際の俺は違うのだ。

 

 とりあえず言葉は現実世界と同じ様なので話せるのだが、今の俺は「話してはいけない」立場なので言葉を発する事が出来ないのだ。原作知識ではこの時点のルークは満足に言葉を話せなかった。それを知っているから俺は話せるのに話せないフリをしていなければならない。

 

 次に苦労したのは周囲の人間が10歳のルークとしてのイメージを押しつけてくる事だ。ルーク様ならこれが理解出来るだろう。この話を聞いて返答できるだろうと押しつけてくる。原作の登場人物であるガイやナタリア、両親にも会う機会があったが彼らは一様に「10歳のルーク」としての行動を俺に求めてくるのであった。これが非常に疲れる。原作の生まれたてのルークが反発を覚えたのも理解できようと言うものだ。

 

 そして何より困惑したのが文字だ。この世界ではフォニック文字という文字が一般的に使われているが、その文字は当然ながら日本語ではなかった。……言葉は日本語と同じなのに。これでは人の目を盗んで原作知識をメモしようにも出来ないじゃないか。原作知識のメモは日本語で書けばいいのだが、その前にフォニック文字を習得していないと日記を書く様に指示されないのだ。あーもー何から何まで苦労続きだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 生まれてから半年……58日×6ヶ月が過ぎた。元の世界で言えば1年が経過した事になる。自分に与えられた14年の時間の内1年を過ごした事になる。気ばかりが焦る。全然前に進めていない気がして。

 

 とりあえず医者からの勧めで日記を書く事になった。フォニック文字は気合いで覚えた。日記帳は誰にも見られない様に常に肌身離さず持ち歩く様にしている。自分が覚えている限りの原作知識の書き出しは終わった。もちろん日本語の方で。後はやる事がほとんどないので日々の日記を付けている。

 

 言葉が話せるようになって、というか少しずつ話せる様に偽装して数ヶ月。体もちゃんと動かせる様になった俺は屋敷の中だけだが自由に歩ける様になった。なので屋敷の中を歩いてメイドや執事、警備を担当する白光騎士団の面々と顔を合わせて会話する様にした。彼らとはある程度親密になっておかないといけないので、ちょっとした言葉の端々にも気をつける様にしている。

 それから中庭などで花を育てているペールの手伝いもした。執事長のラムダスなどは慌てて止めてきたが知った事では無い。中々楽しいんだぞ土いじり。

 

 それ以外では……台所を借りて両親の為に料理を作ったりした。父親であるファブレ公爵は顔をしかめていたが、母親のシュザンヌは美味しいと言って喜んでくれた。ファブレ公爵もいい顔はしなかったし感想も言ってくれなかったが完食してくれた。

 

 そんなこんなで今日は初めての剣術稽古がある日だ。体が誘拐事件前と変わらず動かせる様になったので元々やっていた剣術を行う事を両親に願い出たのだ。両親、特に母親は強く反対してきたが、俺には時間がないのだ。熱心に説得を続け、何とか木刀での稽古、それも俺自身が師匠と打ち合う事はしないという条件付きだが許可が下りた。

 ……ここからだ、ここから俺は強くならなくてはいけない。誰にも負けない様に。魔物や人が殺せる様に。誰からも殺されない様に!

 

 



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第3話 エンゲーブへ

 ガタゴト、ガタゴトと心地よい振動の中、やはり疲れていたのだろう。俺は早々に眠りについた。

原作知識が確かならこの馬車は世界でも唯一の長大な橋を渡るはずだ。本当ならそれもちゃんと確認しなければいけないのだが今は眠気が勝っていた。

 そこに突然の轟音が響き、意識が覚醒する。

 

(来たか)

 

 予想していた事なのでゆっくりと目を開けると、馬車の前の席に座っていたティアは窓から外を見ていた。

 

「一体何が?」

 

 ティアに問いかけながら俺も窓に近づき外を見る。すると自分たちの反対側から別の辻馬車が猛スピードですれ違っていった。後ろを見ると長大な橋が見て取れる。すれ違った馬車はその橋に向かって走って行った。

 

(あれが……ローテルロー橋か。世界唯一の大陸と大陸を繋ぐ橋。やっぱりここはマルクト帝国であっているようだな)

 

 ほっと胸をなで下ろす。あの渓谷がタタル渓谷だとか自分の居る場所がマルクトだとか、原作知識として知ってはいたが実際にそうなるかは分からなかったから、確かな証拠が欲しかったのだ。

 

「あの馬車、攻撃されているようだが」

 

 すると御者台から声が返ってきた。

 

「軍が盗賊を追っているんだ! ほら、あんたたちと勘違いした漆黒の翼だよ!」

 

「あれが……漆黒の翼」

 

 身を乗り出して外を見ているティアも興味があるようだ。風が吹いてティアの長髪がふわっと広がった。……ゲームでも思ったが軍人なら切るか結ぶかしろよ。邪魔だろ。特に右目にかかってる前髪! 

 俺がそんな益体もない事を考えていると大きく反響した声が聞こえてきた。

 

『そこの辻馬車、道を空けなさい! 巻き込まれますよ!』

 

 振り向くと、すれ違った馬車を追って走る巨大な陸上装甲艦が見えた。どうやら先ほどの声はこの陸艦から拡声器を使って声を発したものらしい。

 逃げる辻馬車とそれを追う陸艦を見ていると、馬車が橋に爆薬を放出する様が見えた。陸艦はその爆発から身を守る為に譜術障壁を発生させる。

 

(一大スペクタクルだな、こりゃ。それにしても漆黒の翼……やっぱり奴らはただの犯罪者だな。)

 

 原作においては、中盤から終盤にかけて主人公PTに協力的になる彼らだが、序盤においてはただの犯罪者だ。まずこのローテルロー橋の爆破。これは原作ゲームではさらっと流されている出来事だが、この世界に生きる一個人としてはとても看過できる事ではない。

 分かりやすく例えるなら、日本本州と四国があって、本州と四国を結ぶ全ての橋が爆破されて(しかも盗みを働いた犯罪者がただ逃げる為だけに)、「橋が全て壊れてしまったけれど船も飛行機もあるから人や物資の移動は何の問題もないですよね」とか言ったら四国の人にぶん殴られるだろ。

つまりはそういうことだ、奴らの個人的で身勝手な行動によってこの世界の物流と人の移動に多大な制限がかけられることになった。エンゲーブの食材など、日持ちしない物資もあるだろうから被害総額はかなりのものになるだろうな。

 

(とりあえず、会う事があったら兵士などに逮捕させるようにするか)

 

「驚いた! ありゃマルクト軍の最新型陸上装甲艦タルタロスだよ!」

 

 再び御者台から聞こえた声にティアがぎょっとする。

 

「マ、マルクト軍!? どうしてこんな所にマルクト軍がいるの!?」

 

「当たり前さ、キムラスカの奴らが戦争を仕掛けてくるって噂が絶えないんで、この辺りは警備が厳重になってるからな」

 

 ティアが驚きに目を見開く。それに合わせて俺も驚いた表情をして、いかにも知らなかった様に装う。……七年間のルーク生活で培った演技力だ。それなりに自信がある。

 

「ちょっと待って。ここはキムラスカ王国じゃないの?」

 

「何言ってんだ。ここはマルクト帝国だよ。マルクトの西ルグニカ平野さ」

 

「そんな! この馬車は首都バチカルに向かっているんじゃなかったのか!?」

 

 演技力には自信がある。自信はな。でもそれに慣れるという事はないし、したくない。だからこんな瞬間はいつも人を欺かなければならない事に抵抗を感じる。

 

「向かっているのはマルクト帝国の首都、偉大なピオニー九世陛下のおわすグランコクマだ」

 

 その言葉を聞いてティアは落ち込む様に顔を伏せた。

 

「……間違えたわ」

 

「……ええ。俺もです。…………はぁ、失敗した。首都というならどの国の首都かしっかり確認しておくんだった」

 

 いけしゃあしゃあと「自分も知らなかったんですよ」という演技をする俺。

 

「私、土地勘がないから気づかなかったわ。ルーク、は……」

 

「ええ、俺は生まれてこの方屋敷から出たことがないお坊ちゃんですからね。分かりませんでした」

 

「……なんか変だな。あんたらキムラスカ人なのか?」

 

「ああ、いえ。マルクト人ですよ。訳あってキムラスカのバチカルに向かう途中だったんですよ」

 

 とっさに偽りの身分をでっち上げると、馭者はこちらを気遣う様な声色で話しかけてきた。

 

「それじゃあ反対だったなぁ。キムラスカへ行くならローテルロー橋を渡らずに、街道を南に下って行けばよかったんだ。もっとも、橋が落ちちゃあ戻るに戻れんが……」

 

「本当ですか? どうすればいいかな……」

 

「俺は東のエンゲーブを経由してグランコクマへ向かうが、あんた達はどうする?」

 

 ここも分岐点だ。バチカルに帰る事だけを考えるなら実はこのままグランコクマまで向かった方がいい。グランコクマから船でケセドニアのマルクト側へ行き、そこからキムラスカ領事館で入国の手続きをなんとかしてケセドニアのキムラスカ側港からバチカル行きの船に乗るのがベターな移動方法だ。しかし俺にはエンゲーブへ行かなければならない理由がある。

 

「さすがにグランコクマまで行くと遠くなるわ。エンゲーブでキムラスカへ戻る方法を考えましょう」

 

幸いな事にティアの方から提案してくれた。なら後は了承するだけだ。

 

「エンゲーブまで乗せて下さい。ここから歩く訳にはいきませんからね」

 

 こうして俺達は、ルグニカ平野にある食料の村、エンゲーブへ向かうのだった。

 

 




 漆黒の翼についてのツッコミ。物語中盤や終盤ではそれなりに主人公PTに協力してくれる彼らですが、やっていることはただの盗賊です。作中でもごく普通のメイドさんから財布を盗むサブイベントがありましたからね。
 ローテルロー橋の爆破は作中に書いたとおりですが、それ以外にも彼らは世界にとって重要な悪事を働いているんですよ。
 まだ先の展開ですが、バチカルで導師イオンを攫うのは彼らなんですよね。そしてあの場面でイオンが攫われた事によりザオ遺跡という場所のダアト式封咒が解かれるんですよね。で、ザオ遺跡の封咒が解かれた事によりあの周辺の大陸が沈むきっかけになっているのです。
 実際に彼らに詰め寄っても「そんな事になるとは知らなかった」と答えるでしょうが、知らなかったで済まされる問題ではありません。



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-1話 退屈じゃない日々

 マイナス1話です。


 剣術稽古が始まってから1年の時間が過ぎていた。現実換算で言うと2年間剣術の稽古をして過ごした事になる。そして稽古は今日も行われていた。

 

「はっ! てやっ!」

 

「そうだルーク。いいぞ」

 

 人形相手に木刀を振るう。ゲームでは最初から覚えていた技【双牙斬】すらまだ教わっていない。基本的な素振り、素振り、素振りだ。基本となる斬りつける動きに、斬り上げ攻撃、足払いを含めた周囲への振り回し、上空にいる相手への飛び上がって斬りつけるジャンプ攻撃。ひとしきり剣を振るうと次は防御の練習だ。ある程度自発的に動く人形相手に攻撃を防ぐ練習をする。

 

「ようし、いいぞルーク。そろそろ休憩にするか?」

 

 はぁっはぁっと息を切らせる俺を見てヴァン師匠(せんせい)が休憩を進めてくる。

 

「そうですね。ちょっと疲れましたし休憩しましょう」

 

 俺はかたわらのベンチにかけておいたタオルと手に取ると汗をぬぐいながら、中庭にいるメイドに自分と師匠の分の飲み物を用意するようにお願いする。

 

 ……俺とこの屋敷にいるメイドさん、何名かいる執事に執事長のラムダス、警備についている白光騎士団の仲は悪くない感じだ。俺が意識的にそう振る舞っているのもあるが、気さくな若様として認識されている。特に庭師のペール、使用人のガイとは懇意にしているが、ラムダスなんかはそれが気になるらしく「身分が違うのですから軽々しくお言葉をかけるのはおやめ下さい」などと言われる事が多い。……まあ気にしてないんだけどね。俺はこの屋敷で出来うる限り信用がおける相手を作らなくてはいけない。

 ルークメモ第③番 俺がレプリカ(作られた人間で偽物)だと判明した後も仲良くしてくれるよう、屋敷の中に親しい人間を作るべし! ……である。

 

「良く上達したな、ルーク」

 

 優しく言葉をかけてくるヴァン師匠。だが俺は知っている。この人が俺の事を所詮ただの道具としてしか見ていない事を。知って居るぞ、ヴァン。あんたが世界全てを滅ぼそうと考えている事をな。だが今はこの人から剣術を習わなくてはならない。強くなる為に。

 

「そりゃあ毎日朝から晩まで剣を振るってますからね。それに体を鍛えるトレーニング(筋トレ)も毎日欠かさず行ってますから。体を鍛えると自分に自信が付く感じがして好きなんですよね。それはそうと、休憩が終わったら譜術の方も見てくれますか?」

 

「ああ、それは構わないが……ルーク、少し根を詰めすぎではないか?」

 

 おや、珍しい。この人が俺の体を心配するとはな。

 

「大丈夫ですよ。自分のペース配分ぐらい分かっています。それに食事も睡眠もちゃんととっていますし」

 

「そうか? ……ならいいのだが」

 

「何か気にかかる事でもあるのですか?」

 

「いや……何、お前の稽古を付けている私が言うのもなんだが、お前のトレーニングの量も質も非常に高いレベルだ。私の部下である神託の盾(オラクル)騎士団の兵士に勝るとも劣らない」

 

 へぇ……そうか。俺のトレーニング量は現職の兵士と比べても遜色ないのか。それは良いことを聞いた。六年後の俺は実際に魔物や人と戦う事になるのだ、学生が剣道の部活をやるレベルなんかじゃない、兵士基準で通用するものにしなければならないのだ。それが出来ているというなら問題はない。

 ……ただ、注意しなくてはならない。自分を鍛えるのは死なない為に大事な行動だが、やりすぎても駄目なのだ。あまり強くなりすぎるとヴァンや彼と裏で繋がっているガイに警戒されてしまう。「頑張っているけれどそこまででは無い」というレベルに見せなければいけない。ジレンマだが仕方ない、譜術の方も含めて本格的な修練は誰にも見られる心配のない自室で行う事にしよう。

 ルークメモ第⑤番 ヴァンやガイに必要以上に警戒されない様にすべし……である。

 

 それから後は戦う事がほぼ決まっているボス対策だ。人でも魔物でも、俺は原作知識でどんな相手と戦う事になるか知っている。どんな攻撃をしてくるか、弱点属性はあるか、などなど。特に想定して鍛錬を積んでおきたいのが俺のオリジナルであるアッシュだ。俺とは逆の右利きで、俺と全く同じ剣術を振るうあの男。あいつには絶対に負けられない。あいつは俺が死ぬと連鎖的に自分が死ぬことになると知っているくせに直情的に俺を殺そうとしてくるから注意が必要なのだ。想定訓練はしっかりやっておかないとな。

 

「嬉しいですね。俺も成人したらゆくゆくは親父の後を継いで軍人になるでしょうから、現職の兵士と同じくらい鍛えられているというならそんな嬉しい事はないです」

 

 その言葉に、中庭で稽古を見守っていたガイの目が少なからず険しくなったのを、俺は見逃さなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ガイ・セシルの話をしよう。彼との付き合いは今のところ良好だ。何の問題もない。ただ彼がファブレ公爵の家族、母シュザンヌや子供の俺を殺そうとファブレ家に侵入しているって以外は。彼については明確なターニングポイントが存在する。あれは俺がこの世界に転生して、レプリカ・ルークとして生まれてからそう時間が経過していない頃だ。彼がこう問いかけてきた事があった。

 

――記憶がなくて辛くないか?

 

 それに対して俺は「原作知識として覚えている言葉」を吐きだした。

 

『昔のことばっかり見てても前に進めないだろう? ……だから俺は過去なんていらない」

 

 そんな言葉を、ただ人から借りただけの信念もなにもない言葉を、ガイに向けて放った。ガイはその言葉を聞いて救われた様な顔を……しなかった。まるで憎い仇にこれ以上ないほど勘に障る言葉を言われた様に顔を歪めた。だが「誘拐されて記憶喪失になり間もない頃のルーク」は素知らぬ顔をしてそれに気づかないフリをした。

 

 その後、ガイは原作知識で知っている様に俺に誓いを立ててきた。「お前が剣を捧げるに値する人物になれるかどうか賭けをしよう」と。俺がガイが従うべき人物になれたなら、その時は俺に剣を捧げ本物の従者になろう、と。

 

 それ以来、俺も一つだけガイに誓いを立てた。俺はガイが望むであろう人間になろうと。原作知識という神にも近いその知識でもって放った俺の言葉。“その言葉”が相手の人生観を変えると分かっていた上でその言葉を言った責任を、俺は取らなくてはならない。だから誓った。それからもガイに偽りの態度や言葉で接し続けなければならない。だからたった一つだけ、ガイが望む俺の姿を見せ続けようと心に誓ったのだ。

 いつか、全てを話す事になる日が来るのだろうか? 出来ればその時には、ガイにも自分から全てを話して欲しいものだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 さて、ここに至って俺は父親、母親、使用人のガイ、同じく使用人のペール、執事のラムダス、屋敷に居る他の執事、使用人であるメイド達、家の警備をしているファブレ公爵お抱えの兵士白光騎士団、そしてヴァンと言った人物達と出会ったのだが、俺はこの人達を密かに「計って」いた。何を計っていたかと言えば、自分と同じ転生者、もしくは憑依者ではないかという疑いだ。これは俺が原作知識のメモ取りを開始した直後くらいに考えついた可能性だ。

 俺という人間、転生者がいるのだ。「自分と同じ存在」がいても何ら不思議でない。なので俺は出会う人出会う人、全ての人物を、自分と同じ転生者じゃないか。それを臭わす言動はしていないか、憑依者による原作知識と違った出来事が起きてないか、事細かにチェックしていたのだ。だが、少なくとも今の所、自分が出会った人間にはその兆候は見られない。だが決して油断してはならない。自分も転生者であることを隠して「普通の記憶喪失になったルーク・フォン・ファブレですよー」という顔をしているのだ。他の転生者がいたとして、そいつが隠蔽をしている可能性は十二分にあるのだ。

 ついでだからもう一つ語っておこう。俺は原作知識を覚えている限りメモに書き出したが、その原作知識が通用しない展開というのも想定しておかなければならない。この世界に転生者が、憑依者が俺たった一人だっとしても、ここが「原作そのまま」の世界である保証などどこにもないのだ。蝶の羽ばたきのように、どんな出来事が作用して原作と違う展開になるやも知れぬ。だから俺は、原作知識を書き出してその知識の通り行動しつつも、「その知識があてにならない展開」を想定していなければならない。全ての状況を想定しろ。その上で俺は生き残ってやる。何をしてでも生き残ってやる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 譜術の鍛錬は苦労を極めた。だが相手と直接接近せず行える攻撃手段は持っていて損はない。その為に、同じ様に複数の音素を操れる譜術士(フォニマー)であるヴァンから譜術についても教わる様にした。両親はいい顔をしなかったが、剣術稽古よりは安全だから、と母親を説得すると事なきを得た。

 

 譜術士であるヴァンに俺の適性を見て貰った所、俺には第三音素(風)と第四音素(水)、第五音素(火)に特に適性があるらしい。第二音素(土)も適性はある様だが他3つに比べると劣るらしい。そう言えば原作ゲームではオリジナルのアッシュ(本物のルーク・フォン・ファブレ)は4つの属性の譜術を使っていたな、と思い出した。

 

 とはいえ、だ。剣術も譜術も、と欲張って両方とも実戦で使えないレベルになっては話にならないので、稽古の内容は8:2で剣術稽古に力を入れる様にしている。

 

 俺としては治癒術を習い【ファーストエイド】や【ヒール】といった回復ができる術を手に入れたかったのだが、残念ながら俺には第七音素を扱う素養はあっても、第七音素を使った譜術については素養が無かったらしい。なんかおかしくね? とは思ったがゲームのアッシュも治癒術は使えなかったし、そんなもんか、と納得しておいた。

 

 重要なのは、俺が原作開始した後に第七音素を操る超振動を過不足なく使えるようになっていることだ。俺がやる事はそれまでに音素の扱いについて慣れ、超振動をある程度自分の意のままに操れる様になる事だな。原作では約1~2ヶ月程度で超振動の操作をマスターしていたレプリカ・ルークの体だ。実際に音素を操る素養は天才的だと思われる。……まぁ後六年あるのだ。のんびりとやっていこう。

 

 




 剣術稽古の所で描写しましたが、このルークは朝から晩まで木刀を振るい筋トレを行っているという設定です。なので原作のルークよりちょっとだけ強い、くらいに思っていただければ。……原作の長髪ルークがよく言われる油断も決してしないですしね。

 ガイについてのフラグですが……書いたとおり主人公は問題なくこなしました。けれどそれが逆に彼を縛る事になりました。1人の人間のその後を決める一言って重いですよねぇ。これからも他の人物については遠慮容赦しませんが、ガイに対しては彼から尊敬されるよう振る舞う事となります。

 第2話でも書きましたが、このルークは風・水・火の3つの初級譜術を使えるという設定です。適当に設定した訳ではなく、原作ゲームでオリジナル・ルークのアッシュが扱える譜術は4つあるのですが、風・水・火の3つの譜術は上級譜術となっているのです。上級譜術を扱える → 素質がある。さらにアッシュとルークは完全同位体ですから素質も同じ。ただ鍛える為の時間や実戦経験の差によって初級譜術のみ扱える、という風にしました。オリジナルが上級なのに初級だけとか逆にしょぼくね? と思われるかもしれませんが、重要なのは音素の扱いに慣れて超振動をある程度操れる様になる事です。それが出来ればOKなのです。……実際に原作開始後(現在)の彼が超振動を扱えるかどうかは本編を見てのお楽しみということで。


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第4話 食料の村 エンゲーブ

 辻馬車が村に到着した。村では大きな田畑が広がり、家にある囲いではブウサギなどの家畜が走り回っている。ここに着くまであれから丸一日かかってしまった。その間にローテルロー橋手前で止まったタルタロスが自分たちの辻馬車を追い抜いていった。どうやらエンゲーブに停泊するらしい。

 

「ここがエンゲーブだ。キムラスカへ向かうならここから南にあるカイツールの検問所へ向かうといい。気をつけてな」

 

 そう言って去ろうとした馭者を引き留める。

 

「ちょっと待った! 貴方に渡した宝石は二人の人間をグランコクマまで運ぶ2万4千ガルド分のお金だ。それが実際にはエンゲーブまでになったんだからそのまま宝石を渡す訳にはいかないな。差額を貰わないと」

 

「え、……ああ、まあそりゃ確かにその通りだがよ。貰ったもんは宝石だ。差額って言われてもなぁ……」

 

 そう言うと思った。だがその返答も想定済みだ。

 

「そこで提案だ。俺達で一緒にこの村の道具屋を訪ねて、宝石を売ろう。そのお金は全部俺が受け取って、その後に二人分の運賃を払うよ」

 

 馭者は少し考えたが、それが一番良い方法だと分かったんだろう。やがてこっくりとうなずいた。

そして俺達は無事宝石を売り払うと5万3千ガルドという大金を手に入れる事に成功したのだった。

 

「じゃあこれ。二人分のエンゲーブまでの運賃。1万4千ガルドだ」

 

「ああ、確かに受け取ったよ。あんがとな。そんじゃ俺はもう行くよ。あんたらも良い旅を」

 

 良し、と頷いて手の中の金貨をもてあそぶ俺にティアが言葉をかけてくる。

 

「ルーク、貴方……旅慣れてないんじゃなかったの? 私にはとてもそうは思えないんだけれど」

 

 はは、と軽く笑うとごまかす様に手を振り謙遜する。

 

「大した事じゃ無いですよ。ティアだって冷静に考えれば差額の事くらい分かった筈です。……それより、とりあえず宿に行きましょう。のどかな村だから宿屋が満室になるなんてことはないだろうが、それでも万が一って事がありますからね。当面の宿を取らないと」

 

「そうね。それにしてもカイツールの検問所か……。旅券がないと通れないわね。困ったなぁ……」

 

「それについてですが……俺に考えがあります。とりあえず宿をとったら村の代表者の所へ行きましょう」

 

 ティアはそういう俺の事を伺う様に見たが、今は当面の問題を優先する様に軽く頭を振ると俺について歩いて来た。

 

 ちなみに今問題になっている旅券は、俺に関してのものだけだ。ティアはダアト自治区にあるローレライ教団の人間なのだから、キムラスカの首都バチカルに入国しているのだから当然旅券は持っている。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 宿屋の看板を見つけて入ろうとしたが、なにやら宿屋の前に人だかりができていた。

 

「駄目だ……。食料庫の物は根こそぎ盗まれてる」

 

 一人の男が暗い顔をして呟いた声が聞こえた。

 

「ケリーさんのところもか」

 

「北の方で火事があってからずっと続いてるな。まさかあの辺に脱走兵でも隠れてて、食うに困って……」

 

「いや、漆黒の翼の仕業ってことも考えられるぞ」

 

 男達が集まり、どうやら食料泥棒があった事について話している様だ。

 

「あのー、すみません。俺達そこの宿屋に泊まりたいんですけれど、通してくれませんか?」

 

 男達に向けて声をかけると、俺達に今気づいた様で驚きながらも道をあけてくれた。

 

「あんた達、宿泊するのか。俺はこの宿屋をやってるケリーだ。よろしくな」

 

 よろしく、と声をかけながら先ほど袋に入れて貰った銀貨を取り出す。

 

「俺達旅をしているんだけどな、ちょっと事情があってまとめて宿泊したいんだ。とりあえず、これで二人、1ヶ月分の宿泊代を払うよ」

 

「1ヶ月? そりゃまたずいぶん長い事泊まるんだな。もっとも、こっちとしてはありがたいけどな。食事については期待して貰って構わないぜ。なんせここは食料の村だからな」

 

「ルーク?」

 

 1ヶ月宿泊するという事に疑問を感じたのだろう、ティアがこちらに疑念の視線を送ってきた。それに対して後で説明します、とだけ言っておいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 とりあえずのチェックインを済ませた俺達2人は、村の代表者であるというローズ夫人の元を訪ねた。

 

「すみません。旅の者ですが、こちらがローズさんのお宅と聞いて伺ったのですが」

 

「あらこんにちは。だけどすまないねぇ。今軍のお偉いさんが来てるんだ。ちょっと遠慮してくれないかい?」

 

「あー、その。こちらもちょっと急ぎの用事なんですよ。実はローテルロー橋が漆黒の翼とかいう盗賊に落とされてしまったようで」

 

 そこまで言った時、気づいた。ローズ夫人の家の中に1人の男が立っていた事に。ジェイドだ。やはりここに居たか。良かった。

 

「おや、ローテルロー橋が爆破された事は限られた人間しかまだ知らない筈ですが……?」

 

 マルクト軍の軍服をまとったその姿に、緊張しながらもティアが答える。

 

「貴方は?」

 

「これは失礼。私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。貴方達は?」

 

「俺はルーク。こちらの女性はティア。ちょっとした事情でキムラスカへ向かっている旅人です。ケセドニアへ行く途中でしたが、辻馬車を乗り間違えてここまで来てしまいました。ローテルロー橋の事を何故知っているかと言えばその場に居合わせたからですね。あなたはもしかしてあの陸艦に乗っていらっしゃった方ですか? 俺はタルタロスとすれ違った辻馬車に乗っていたんです」

 

「ああ……なるほど。先日の辻馬車に貴方達も乗っていたんですね」

 

 そこまで話すとジェイドからローズ夫人に向きを変える。

 

「ローテルロー橋の事が既に伝わっているなら良かった。それと……すみませんが鳩を貸していただけませんか? カイツールのキムラスカ側に文書を送りたいのですが」

 

「鳩かい? そりゃかまわないがなんでだい?」

 

「俺達は訳あってキムラスカのバチカルに向かっているのですが、ちょっとした事情があってバチカルから迎えの人を寄こして貰いたいんですよ。なのでバチカルに向けて連絡を取ってくれる様にカイツールへ文を送りたいんです。」

 

 ローズ夫人に事情を話すと、ティアに対しても声をひそめて説明をする。

 

「これが俺の考えていた事です。バチカルから迎えを寄こして貰って、その人に旅券を持って来てもらえばいい」

 

 俺の言葉を聞いたティアは安心した様に顔をほころばせた。その時、キィと音がなって外の扉が開いた。

 

「イオン様」

 

 ジェイドが扉を開いて入ってきた人物の名前を呼ぶ。良かった。この村に居るのは知っていたが、直接姿を見ておきたかったのだ。ティアにも導師イオンがここに居ると認識してもらいたかったし。

 

「少し気になったので、食料庫を調べさせて頂きました。部屋の隅にこんなものが落ちていましたよ」

 

 そう言うと、その少年……イオンは歩いてきてローズ夫人に何か毛の様なものを手渡した。

 

「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」

 

「ええ。恐らくチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」

 

 そこから2人は話し込んでしまった。だが無事鳩を借りる事が出来た俺は、馬車の上で書いておいた手紙を鳩に預けて飛ばし、宿に戻るのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

(無事ジェイドとイオンに接触できたな。よしこれでいい)

 

「導師イオンが何故ここに……」

 

 ティアの呟きを聞き逃さずに拾った俺は聞き返した。

 

「導師イオン?」

 

「ローレライ教団最高指導者よ」

 

 まあ知ってるけどね。その立場も行方不明扱いになってる事も、何故そんな扱いかも、どうしてここに居るのかも。

 

「ん? ちょっと待った。導師イオンは行方不明と聞いていたんですが。彼を探すと言ってヴァン師匠(せんせい)は帰国するって」

 

「そうなの? 初耳だわ。どういうことなのかしら……誘拐されている風でもいないし」

 

「事情を聞きたいが……今は大事な話をしている最中の様ですから。明日以降にしましょうか」

 

「そうね。それにしても、マルクト帝国のジェイド大佐……。どこかで聞いた気事がある気がするわ」

 

 そう言ってティアは深く考え込んだ顔をする。

 

「ん? ティアさんは気づかなかったんですか? マルクト軍のジェイドと言えばかの有名な死霊使い(ネクロマンサー)じゃないですか」

 

「死霊使い!! あの人が……!?」

 

「マルクト軍の死霊使いと導師イオンが同行している……何かきな臭いものを感じますね」

 

 ティアもそれには同意した様だったが、先ほど明日以降にすると言ったので押しとどまった様だ。宿屋に戻って来ると荷物などを下ろし一息つく。

 

「食事などは宿が出してくれるだろうし、これで当面の問題は大体解決しましたね」

 

 そうね、とティアがうなずく。

 

「それじゃあ俺達の話を始めようか」

 

「え?」

 

 何を? と首を傾けるティアに向かい、今夜は遅くなるから覚悟しておけよ、と思った。

 




 原作との相違点:リンゴを盗み食いしない。食料泥棒の冤罪にもされない。カイツールへ鳩を飛ばした。アニスの出番カット。


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0話 始まりの日

 今回は原作ゲームの台詞引用がちょっと多いです。感想で指摘されたら直すかも。
 それはそれとして日刊ランキングで13位になっていてびびりました。マジ驚いた。


 『また、体を鍛える日が始まった。』ペンを小さな帳面(ノート)に走らせては帳面を閉じ、ズボンのポケットに入れた。部屋を出ると中庭では今日もペールが土いじりをしているのが目に入る。

 

「おはよう。ペール」

 

「これはルーク様。おはようございます。いい天気でございますな」

 

 簡単な朝の挨拶を交わすと、ペールは黙った。俺がこれから行う事を知っているからだ。既に体を柔らかくするストレッチはベッドの上で行ってきた。よし、と呟くと俺は中庭の外周を走り出す。決して急がず、だけど緩めもしないしっかりしたペースで走り続ける。走る走る走る。存分に走って体が温まったら筋トレだ。腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワット。各100回を2セットずつ行い、体が汗をかく様になったら木刀を取り出し素振りする。1つ、2つと数を数えながら型の確認を行い朝の鍛錬は終了だ。軽い頭痛がした様な気もしたが気のせいだったようだ。

 

 朝食をとった後は昼までひたすら剣術の稽古を行う。するのは主に素振りだが、人形相手に実際に振りもする。昼から夕方にかけては対人訓練の時間だ。使用人のガイや警備の白光騎士団の中から1人借り、木刀で打ち合う。

だが、そろそろだ。そろそろの……はずだ。

 

 昼食をとった後の食休みの間に、帳面を開いて書いてある事を確認する。ND2018年 レムデーカンの月、ナタリアの誕生日の前。これだけだ。これだけが俺に与えられた情報だ。ゲームをプレイしていた時は設定オタクじゃないので厳密な日付までは覚えられていない。ただND2018年というのはゲーム中で何度も出てきた年なので覚えていたし、「その日」が呼び名はわからないけれど1月に当たる月だという事も覚えていた。合わせてパーティーキャラの1人、ナタリアの誕生日が1月で、「その日」の数日後というのもゲーム中に出てきたので覚えていた。

 この世界で暮らす様になって月の呼び名を覚える時に、レムデーカンが1月に当たるという事を知った。またナタリアと会い話をする事で、ナタリアの誕生日がレムデーカンの37の日だという事も分かった……だから今月だ。今月で間違いない筈なのだ。「その日」は。

 

そうして中庭のベンチで食休みを過ごしていると、中庭に1人のメイドが出てきた。

 

「ルーク様、玄関にお客様がいらしてたみたいです」

 

「誰が来てるんだ?」

 

「それがローレライ教団詠師ヴァン・グランツ謡将閣下がお見えです」

 

「え? ヴァン師匠(せんせい)が?」

 

 ついに来たか!? 俺ははやる気持ちを抑えて応接室に向かいたくなるのを必死にこらえた。まずは準備。何をするにも準備が大事だ。俺は急いで部屋へ戻ると引き出しなどから必要な物をとりだした。

 馬車の代金にする宝石。山道を歩いても疲れない服装(原作のヘソ出しではない、赤い色を基調としたものだ)に靴。なにより両親に懸命に頼んで買って貰った本物の剣もだ。準備を終えた俺は急いで応接室へ向かおうとするが……。

 

――ルーク……我がた…………れよ………………声に……

 

「痛てぇ……っ! いつもの頭痛か……っ!?」

 

「どうした、ルーク! また例の頭痛か!?」

 

 使用人のガイ・セシルが頭を抑えてうずくまる自分の側に寄って助け起こそうとする。ちなみに窓から入ってくるなどという奇妙な癖はない。ちゃんとドアから入って来た(これまでの生活で学習させた)。

 

「ガイ……か。……大丈夫。治まってきた」

 

 自分を助け起こしてくれた手をやんわりと離す。

 

「また幻聴か?」

 

「何なんだろーな。ホントに参るよ」

 

「このところ頻繁だな。確かマルクト帝国に誘拐されて以来だから……。もう七年近いのか」

 

「はぁーっ。マルクトの奴らのせいで俺、頭がおかしい人みたいだ」

 

「まあ、あんまり気にし過ぎない方がいいさ。それより今日はどうする? 剣舞でもやるか?」

 

「ああ、それはいいな。でも残念。今日はヴァン師匠が来てるんだ」

 

「ヴァン様が? 今日は剣術の日じゃないだろう?」

 

「さあ? 何か急ぎの用事でもあるんじゃないかな? 詳しくは聞いてない」

 

 その時、扉が軽くノックされた。

 

「ルーク様。よろしいでしょうか」

 

「おっとまずい……ここに居るのは秘密なんだ」

 

 メイドがやって来た事に焦るガイ。

 

「そっちのクローゼットにでも隠れてろよ」

 

 扉がもう一度ノックされる。

 

「ルーク様?」

 

「ああ、大丈夫だから入って来てもいいよ」

 

 ガイがクローゼットに隠れるのを横目に扉の前へ行く。扉が開いてメイドが入って来た。丁寧に頭を下げてくる。

 

「失礼致します。旦那様がお呼びです。応接室へお願い致します」

 

「わかった。伝えてくれてありがとう」

 

 出来るだけ優しく返答しながらも気ははやっていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 応接室の扉を開くと椅子に腰掛けた両親とヴァンの姿が見えた。

 

「ただいま参りました。父上」

 

「うむ。座りなさい、ルーク」

 

 ドキドキしながら椅子に座る。そして隣のヴァンの様子をうかがいながら言葉を発する。

 

「師匠。今日は俺に稽古をつけて下さるんですか?」

 

「後で見てやろう。だがその前に話がある」

 

(相っ変わらずうさんくさい髭だな)

 

 そんな不遜な事を考えていると父親の声が聞こえてきた。

 

「グランツ謡将は明日ダアトへ帰国されるそうだ」

 

 やっぱり! ついに来たか!

 

「え? それは何故?」

 

「私がローレライ教の神託の盾(オラクル)騎士団に所属している事は知っているな」

 

「神託の盾騎士団の主席総長であらせられますよね」

 

「そうだ。私の任務は神託の盾騎士団を率い、導師イオンをお護りすることにある」

 

 ヴァンと会話していると、父親の声が割り入ってきた。

 

「そのイオン様が行方不明なのだそうだ」

 

「私は神託の盾騎士団の一員として、イオン様捜索の任につく」

 

「そうですか……導師が行方不明。それは大変ですね」

 

 ローレライ教団はこの世界で覇権を担っている宗教組織であり、導師はその最高責任者だ。現実世界で言うならばキリスト教・イスラム教・仏教全てが合体して1つの組織となっている様なもの。そりゃ権力ありますわって話だよ。導師はその宗教組織の責任者なんだから行方不明になったというのはまさに世界規模の大問題なわけだな。

 

「私がキムラスカ王国に戻るまでは部下を来させよう。ルーク。しばらく手合わせできぬ分、今日はとことん稽古につきあうぞ」

 

「えっ!? でも師匠は一刻も早くダアトに帰国しなければならないのでは? 私の稽古などしている場合ではないのではないですか!?」

 

 何考えてんだこの髭野郎。

 

「ふふっ。連絡船の到着までまだ時間がある。それまでの間稽古を行おう。では、公爵。それに奥方様。我々は稽古を始めますので」

 

「おお、ルーク。くれぐれも怪我のないようにね」

 

「わかっております。母上」

 

 母親は優しい人だが心配性だ。その母をこれから更に心配させる様な事になると思うと気が重いが、これも仕方ない。世界の為だ。

 

(いや、それより何より自分の為……だな)

 

「お前が誘拐されかかってからもう七年……。お前も17歳か。王の勅命とはいえ、軟禁生活で苦労をかけるな」

 

 珍しい。この父親がこんな事を言ってくるとは。いつも必要最低限の事しか自分には言ってこないのに。

 

「大丈夫ですよ。父上。屋敷中でも研鑽はつめますし、勉強も出来ます。ガイやペールがいてくれるおかげで孤独でもありません。なにより父上と母上がいますから」

 

 そう返答すると寡黙な父親は黙ってうなずいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 背中側に吊した鞘には本物の剣を入れ、木刀を持って中庭にでると、ヴァンとガイが声を潜めて話しをしていた。

 

「なるほどねぇ。神託の盾の騎士様も大変だな」

 

「だからしばらくは貴公に任せるしかない。公爵や国王、それにルークの……」

 

 二人に近づこうとした時、側に居たペールがまるでタイミングを計ったかのように大声を上げた。

 

「ルーク様!」

 

 ガイとペール。この二人は本当に……本当に。

 

「何しているんだ、ガイ?」

 

「ヴァン謡将は剣の達人ですからね。少しばかりご教授願おうかと思って」

 

 尋ねるとガイは笑いながらそう言った。……隠し事をしているのはお互い様、だな。そしてペールは二人が俺に隠し事をしているのを知っていて、二人に俺が近づいている事を警戒させる為に大声を出したって訳だ。

 

「本当か? そんな感じには見えなかったが」

 

「準備はいいのか? ルーク」

 

 ヴァンの問いかけに木刀を掲げる事で答える。

 

「大丈夫です」

 

 するとガイは中庭のベンチに座った。

 

「それじゃあ俺は見学させてもらおうかな。頑張れよ、ルーク」

 

「ああ」

 

 そして剣術の稽古は開始された。譜業を用いた特殊な人形(何でも聞いた所によるとバチカルにあるとある道場で作っている物らしい)を相手取り、ヴァンから指導を受けて木刀を振るう。

 間合いの調節、基本の攻撃、防御、技、技の連携。一通り鍛錬を行ったら、最後はヴァンと直接打ち合うのだ。

 だが……。

 

(……なんだ? 何かが来る?)

 

 何かを感じた。いつも起きる例の頭痛と少し似ている。ただ痛みも幻聴もない。

 

 トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……

 

(来たのか?)

 

 その歌声を聞いた瞬間、頭に鈍痛が襲いかかってきた。と同時に猛烈な眠気も。

 

「これは……!?」

 

「体が動かない……!」

 

「これは譜歌じゃ! お屋敷に第七音譜術士(セブンスフォニマー)が入り込んだか!?」

 

 中庭に倒れながらペールが叫ぶ。ガイも倒れそうになる体を必死にささえて声を荒げた。

 

「くそ……、眠気が襲ってくる。何をやってるんだ、警備兵達は!」

 

 屋敷に居る白光騎士団の皆は、全員が全員床に崩れ落ちて眠りへと誘われていた。全ては歌声の主によって。その時、中庭に新たな人物が現れた。長い灰色の髪をたらし、神託の盾騎士団の特殊な軍服に身をまとい、右手に杖を掲げてヴァンへと近づいてくる。

 

「ようやく見つけたわ。……裏切り者ヴァンデスデルカ、覚悟!」

 

「やはりお前か、ティア!」

 

 ヴァンが切り払った剣を女は後ろに飛び退いて避けた。するとちょうど片膝をついて眠気に耐えていた俺の目の前に女が立つ形になった。女は左手に太ももの辺りに差しておいたナイフを構えると再びヴァンに襲いかかろうとした。

 

「あんたは……いったい何なんだ!」

 

 声を発して自分が居る事をアピールしながら、女に向かって木刀を突き出す。

 

「いかん! やめろ!」

 

 ヴァンは制止しようとするが構うこっちゃない。これは全てにおいて必要な事なんだ! 瞬間、女の構えた杖と俺の持つ木刀が交差した。

 

――響け……ローレライの意思よ届け……。開くのだ!

 

「ぐ……、また声が……」

 

「これは第七音素(セブンスフォニム)

 

 女が何か言いかけていた様だが、何も聞こえなくなっていった。そして…………。

俺達は飛ばされた。

 




 原作開始。作中で主人公が言っている「始まりの日」の覚え方は作者である私の覚え方そのままです。今は小説を書いているので攻略本や公式シナリオブックなどを見ながら情報を得ていますけどね。小説を書く前はホントに「ND2018年 1月 ナタリアの誕生日前」という覚え方をしていました。
 転生ルークが旅に出る為用意した服は原作の「ベルセルク」の衣装称号を考えてもらえれば、大体あんな感じです。さすがにヘソ出しはね。


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第5話 チーグルの森へ





 朝になった。結局昨日は夜遅くまで話し込んでしまった。昨日何を話したかと言うと主に自分の状況だ。七年前、10歳の時に(恐らく)マルクト軍に誘拐され、全健忘に近い記憶喪失になり、両親の顔も自分の名前も、言葉はおろか歩き方さえ忘れてしまった。完全な赤ん坊の様になったその状態から、更に国王から勅命が下りこれまでの7年間1つの屋敷に軟禁されることになってしまった。……そういう自分の状態を事細かく話したのだ。

 表向き理由としては箱入り記憶喪失のお坊ちゃんである自分の状態を正しく理解して欲しかったから。裏の理由としては、同情を引きたかったからだ。私のせいだ、私が守らなければ。と考えるように仕向けたのだ。

 

 次はティア事を聞いた。どこの国の出身なのか? 所属は? 等々。少しでも多くの情報を聞き出そうとやっきになった。その結果分かった事は、ティアはダアト自治区の出身で、同じく世界を見て回った事がない箱入りらしい。

 ローレライ教団の敬虔な信徒で、神託の盾(オラクル)騎士団での役職はモース大詠師旗下情報部第一小隊所属……らしい。

 本名はティア・グランツ。彼女がバチカルで襲ったヴァン・グランツ謡将閣下の妹君だと。……まあ知っていたけどね。オラクルの細かい所属名までは分からなかったけど、ヴァンの妹なのも、ダアトというより更に閉鎖的な環境の中で育った事も、何故ヴァンを狙ったかも。

 でもティアはヴァンを狙った理由だけは頑なに話してくれなかった。まあ昨日今日出会ったばかりの俺に話せないのは仕方ないよな。ティアが秘密主義なのは仕方がない。けどなティア? お前が黙っているその情報で世界が大変な状況になって大勢の人が死ぬ場合もあるんだぞ?

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 靴よし服装よし剣よし道具袋よし。装備を一通り確認すると俺は隣のベッドで眠っているティアを起こした。

 

「ティアさん、ティアさん。起きてくれ」

 

「う、うん……」

 

 何度か揺すると目を覚ましてくれた。

 

「え、何……誰……?」

 

 どうやらまだ完全には目覚めていない様だ。

 

「大変なんだ。起きて下さい。ティアさん」

 

 敬語を意識して話しかける。

 

「え……と、ルー、ク?」

 

「導師イオンが大変なんだ」

 

 少し強めの声を出して揺する。

 

「導師イオンが……?」

 

「ああ、朝の散歩で市場を歩いていたら、一人で村を出て北の森へ向かった導師を見たという人がいたんです」

 

 むろん、嘘である。原作知識の悪用(?)だ。

 

「護衛が誰も居なかったらしい。魔物にでも襲われたら大変だ!」

 

 これは本当。原作知識通りなら今頃イオンは1人で北にあるチーグルの森へ向かっている筈だ。

 

「何ですって!!」

 

 急激に覚醒して起き上がる。ローレライ教徒としては一大事だろう。目が覚めてくれてヨカッタヨカッタ。嘘も方便である。

 

「俺はもう外に出る準備は済ませてある。ティアさんも早く身支度をととのえてください」

 

「わかったわ」

 

 ササッと起きて身支度をととのえるティア。……さあて、向こう見ずな導師様を止めに行くかね。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 俺達は朝食も取らずエンゲーブを出て北の森へ早歩きで進んでいた。軍人であるティアはもちろん俺も鍛えているのでかなりのスピードだ。

 

「あ、あれ! 人影じゃないか!?」

 

 ようやくイオンらしき影を見つける事が出来た。原作知識の通りに人が動いている事に胸をなで下ろす。

 

「導師イオン……何故お一人で」

 

 自分の立場を正しく理解してないんだろ。元の世界で言えばローマ法王に当たる人物だというのにフットワークが軽すぎる。

 

「おーい! おーい!」

 

 大声で叫んでこちらに気づかせる。……あ、こっちを向いた。……ってまずい。魔物だ!

 

「後ろ! 魔物だ!!」

 

 叫ぶが後ろに気づかない。くそ、声の内容までは聞こえてないのか! スタートをきって全速力で走る。間に合え! 猪型の魔物サイノッサスだ。よりによって攻撃力のあるこいつか! 俺は全力で走る勢いのまま跳躍すると右に体を捻り回転しながら落下する勢いで二連撃の蹴りを放つ。

 

「崩襲脚!」

 

 ゲームではLVが上がらないと使えない技も使える。何故かって? 俺はルークがゲームの中で扱う技を全部覚えているからだよ! LV修得の技もイベント修得の技もな! 夜中皆が寝静まった後にイメトレしながら自室で技の練習をしたのは伊達ではない(夜中にやる理由はガイに見られると困るから)。

 二発の蹴りを食らったサイノッサスは醜いうめき声を上げて仰け反った。着地すると同時に一息で三つの斬撃を走らせる。一呼吸で三回、これが今の俺の限界だ。LVが上がれば四回、五回と回数が増えるのだろうが。三つの斬撃を放った俺はその勢いのままに右手を掌底の形で突き出した。

 

「烈破掌!」

 

 掌を当てた部分から闘気を発し敵を吹き飛ばす。

 

(……新技、二つとも使えたな)

 

 よし、とうなずきながら消滅していく敵を見送る。振り返るとティアはまだこちらに走ってくる途中だった。さすがに男と女の脚力じゃ差が出るか。俺はイオンに声をかけた。

 

「大丈夫でしたか? 導師イオン」

 

「あ、はい。……ありがとうございます」

 

 イオンは突然始まって終わった戦闘にびっくりしつつも、こちらに頭を下げた。

 

「あの……あなた方は、確か昨日エンゲーブにいらした……」

 

「俺はルーク。そして彼女はティア・グランツ。ローレライ教団の信徒で神託の盾(オラクル)騎士団えっと、確かモース大詠師旗下情報部第一小隊所属、だったかな。なおかつ主席総長ヴァン・グランツの妹でもある」

 

 俺がのんきに自己紹介している間に追いついたティアは息せき切った様子で、大丈夫ですか導師イオン、などと言っている。

 

「貴方がヴァンの妹ですか。噂は聞いています」

 

 ……これ、ゲームをプレイした時も想ったけどどんな噂なんだろう。……まあどう考えても良い噂じゃないか。だってティアって軍人(笑)とか軍人失格というかとにかくそんな感じだし。

 

「それより導師イオン。護衛も供も連れずにお一人で何故こんな場所を? 確か聞いた話では導師守護役(フォンマスターガーディアン)という護衛を絶えず三十人ほど連れ歩く筈では?」

 

 するとイオンはすまなそうにうつむいて答える。

 

「はい。……それがその、事情があって今は一人しか側には居ないんです。その一人も……置いてきてしまいました」

 

 ……ここは驚くべき所だな。よし驚こう(使命感)。

 

「はぁ!? たった一人!? それも置いてきたですって!!」

 

 更に言葉を重ねる。つーか追い込む。

 

「あの……導師イオン。たった今の魔物の攻撃で貴方に怪我でもあったらその護衛の方の首が飛びますよ」

 

 イオンはキョトンとしている。……分かっていないのだ。

 

「例えばキム、……マルクトの皇帝が護衛を連れて道を歩いていたとします。皇帝が自分で転んで傷を負ったとしたら、その側に居た護衛が責められて、首を飛ばされるんですよ。何故自分の体を下敷きにしても守らなかったってね」

 

「ちょっとルーク」

 

 イオンを責める口調になったからかティアが注意しようとする。それは手を上げて制した。イオンには自分の立場を理解して貰わねば。

 

「貴方が赤ん坊の産毛ほども傷を負ったら、護衛するべき人間が詰め腹を切らされるんです。……貴方はそういう立場の人だ。世界にたった一人しか居ない人間なんですよ」

 

 一人しか居ない人間、の所はレプリカとしてのイオンに向けて言った。レプリカとして作られた事に劣等感を持つイオンに、少しでも自信を持って欲しくて。

 俺の言葉を理解したのか、イオンは徐々に顔を青ざめさせる。

 

「僕は……なんて事を」

 

 理解してくれればそれで良い。

 

「ところで何故こんな所を? この先はチーグルが居るという森だけですが。もしかして……昨日の食料泥棒の件ですか?」

 

 するとイオンは顔を上げ答えた。

 

「はい。チーグルは教団が認定している聖獣です。人に害をなすなどありえないと思い……調べようと」

 

 知ってた。

 

「お気持ちは立派ですが魔物が横行するこの世界では危険です。まずはエンゲーブに戻りましょう。その後、昨日ローズ夫人の所に居た軍人の大佐殿にでも事情を話し、マルクト軍の兵士達に任せるのが一番かと」

 

「しかし」

 

 まーだ納得しないのか。俺は人差し指を立てるとイオンの目を見ながら言った。

 

「導師イオン? 人に任せる、というのも上の立場にいる人間の立派な仕事ですよ?」

 

 少し偉そうだったか。しかしこのイオンのちんまい体を見てると年の小さい弟にでも接する様な気分になってしまう。

 

「今日の所はエンゲーブに帰りましょう」

 

 さすがに納得してくれたのか、分かりました。と呟いた。

 

「それじゃあ帰りは私がお守りしますから。……あー、なんか堅いな。うーん、お前の事イオンって呼んでいいか? 俺の事もルークでいいからよ。友達になろうぜ」

 

「ちょっとルーク。何を言ってるの!? 導師様にそんな!」

 

 ティア、うるさい。

 しかしイオンは見る間に顔をほころばせると、

 

「友達!? ……そんな、いいのでしょうかルーク殿」

 

「いいんだよ。それと俺の事はルークな」

 

 ティアはああ、もう。などと言っているが、俺達は顔を見合わせて笑った。……こうして俺達は友達になったのだった。




 チーグルの森へ(行くとは言っていない)
 冗談はさておき、この作品は原作ショートカットを目指しています。転生ルーク君もできうる限り省エネで行くつもりですしね。
 そしてミュウよさらば。……いやミュウ好きなんですけどね。アビス内ではルークに次いで好きなキャラです。NO.2です。でもメタ的には全く存在意義が無いキャラなのよ、君は。タルタロスのルークフルボッコ、言葉がキツい人は私刑(リンチ)なんて書くあのイベントがあっても側に居るという癒しキャラ設定も、この作品ではルークフルボッコが起きないから意味ないしね。そして作品世界を生きる転生ルーク君にとっても、万が一にもイオンや自分が死ぬ可能性のあるライガクィーン戦なんて起こしたくないからチーグルの森へ行かないのは必然なのだよ。
 この後のエンゲーブやチーグル族については深く考えていません。まあ順当に考えれば対策したエンゲーブから作物や肉が盗めなくなってチーグルは詰むんじゃないかなぁ。ライガに皆殺しされて終わりENDですね(酷い)


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第5.5話 IF話 原作エピソード消化 チーグルの森

 この話は本編とは何ら関係ないIF話です。もし転生ルークがチーグルの森へ行っていたら、というもしもの可能性の話です。イオンへ容赦なくツッコミを入れてますので苦手な方はご注意を。後、いつもよりクオリティが低いです。駄文です。加えて後半はほとんど会話劇になります。
 それでも良ければドゾー。



 チーグルの森の入り口、少し入り込んだ場所でやっとイオンに追いついた。

 

「一人でチーグルの森へ来るなんて無茶しましたね。導師」

 

「チーグルは我が教団の聖獣です。人に害をなすなんて何か事情がある筈です。チーグルに縁がある者としては放っておけません。」

 

 筋金入りの頑固者だな。こりゃ。

 

「仕方ありませんね。私たちもついて行きましょう」

 

「何を言っているの!? イオン様を危険な場所にお連れするなんて!!」

 

「だったら彼をどうするんです? 村へ送って行った所で、また1人で森へ来るに決まってる」

 

 その後も止めようとするティアと残ろうとするイオン、イオンに賛成する俺の3人で侃々諤々と意見をかわしたが、2人に押し切られる形でティアもついてきた。

 

 森をだいぶ進んだ先に大木があり、その周囲には焼き印の入ったリンゴが散乱していた。

 

「エンゲーブの焼き印……やはりチーグルが犯人で間違いない様ですね」

 

「この木の中から獣の気配がするわ」

 

「恐らくチーグルでしょう。木の幹が住み処になっているのですね」

 

 そう言うとイオンはスタスタと歩いて開かれた大木の幹、その中に入って行く。その姿を見た俺達二人も慌ててイオンを追った。

 大木の中には数え切れない程のたくさんのチーグルが居た。それぞれにミュウミュウと泣いてやかましい事この上ない。ティアは一人かわいい、とかつぶやいては身悶えている。放っておこう。

 

「ここまでやって来たはいいですが、相手は魔物ですよ。言葉が通じないのでは?」

 

「チーグルは教団の始祖であるユリア・ジュエと契約し、力を貸したと聞いていますが……」

 

 そんな話をしていると大勢のチーグルが左右に分かれて、奥からしわがれた声が聞こえてきた。

 

「……ユリア・ジュエの縁者か?」

 

「魔物が喋った!?」

 

ティアが驚いた声を上げる。

 

「ユリアとの契約で与えられたソーサラーリングの力だ」

 

「僕はローレライ教団の導師イオンと申します。貴方はチーグル族の長とお見受けしましたが」

 

「いかにも」

 

「長さん。俺はルークだ。あんたらエンゲーブの村から食料を盗んだだろう」

 

自己紹介もそこそこに盗難事件について問いかける。

 

「なるほど、それで我らを退治に来たという訳か」

 

 盗んだ事は否定しないのか。

 

「チーグルは草食でしたね。何故人間の食べ物を盗む必要があるのですか?」

 

「チーグル族を存続させる為だ」

 

 答えになってないぞ長よ。さっさとキリキリ話さんかい!

 

「我らの仲間、まだ子供なのじゃが北の森で火事を起こしてしまった。その結果、北の一帯を住み処としていたライガがこの森に移動してきたのだ。我らを餌とするためにな」

 

「では村の食料を奪ったのは、仲間がライガに食べられない為なんですね」

 

「……そうだ。定期的に食料を届けぬと、奴らは我らの仲間を攫って喰らう」

 

「ひどい……」

 

 イオンはチーグルに同情的な様だ。んがしかし

 

「そうかな? 単にチーグルの自業自得ではないですか? ライガにとっては自分の住処を突然燃やされたのですからね。怒髪天を突くでしょう。それを考えればむしろライガの対応は温厚とさえ言える」

 

「確かにそうかも知れませんが、本来の食物連鎖の形とは言えません」

 

 いや確かにそうなんだけどさ、最初にそうしたのはチーグルだろ? って話だよ。

 

「それで? 事件の真相が分かった訳ですが。導師、あなたはどうなされるおつもりですが?」

 

「ライガと交渉しましょう」

 

「魔物と……ですか?」

 

 ティアが驚いた顔をして呟く。

 

「なるほど、ソーサラーリングを持ったチーグルを一匹連れて行くと言う訳ですね」

 

 それは分かったが……ここで強く言っておくか。俺は勢いよく手を上げるとイオンに向かって言った。

 

「すみません! 導師、貴方は交渉するとおっしゃいましたが……具体的にライガにどの様な条件を出されるおつもりで?」

 

「条件……ですか? 僕はただ、この森から出て行って貰う様にお願いしようかと」

 

 やっぱりな。そんなことだろーと思ったよ。俺は呆れながら言葉を押し出した。

 

「あのですね……導師、それは交渉とは言えません。ただの伝達です。しかも言っている内容が酷すぎる。分かりやすく人間で例えてみましょうか。一組の親子が居たとします。その子供が火遊びをしていて他人の家に火をつけて全焼させてしまいました。家を燃やされたその他人は怒り狂います。そして親子達に『自分の家が焼けてしまったのだ。お前の家に住まわせろ』と言います。親子達は了承し、家の中の一室を間借りさせます。次に他人は『自分の家に置いておいたお金、生活用品、食料。全て燃えてしまった。弁償しろ』と言います。するとその親子達はあろう事か第三者の家からお金や物や食料を盗んできてそれを他人に上げるのです。そこに導師が登場します。導師はこう言います『親子達が盗みを働くのをもうやめさせるつもりです。これ以上親子達は貴方に弁償しませんから。あ、あと間借りしている部屋も出て行って下さいね。早急に。代わりの住む家や部屋? 無いですよそんなものは。何故私や親子達が代わりの住む場所を探さないといけないのですか? 自分で探して下さいね』……これを言われた他人の気持ちが導師には分かりますか?」

 

 あー、長く喋って疲れた。でもこれだけ言えばライガとチーグルの関係も少しは理解してくれるだろう。案の定イオンは顔を青白くさせて突っ立っている。

 

「まあ、だいぶきつい事を言いましたが……解決方法なら一応ありますよ」

 

「え!? 本当ですか!?」

 

 イオンは俺の言葉に救いを見いだした様で喜んだ。……あんまオススメできる様な良い案じゃないんだが。

 

「ええ。まず、導師がエンゲーブに行きます。そして導師の権限でもってチーグルが盗んだ全ての作物や肉などの被害総額をダアト……つまりローレライ教団の運営資金でもって弁償します。これでチーグルの罪は帳消しにならないまでもかなり軽減されるでしょう。エンゲーブの住民達も元々作物等は売ってお金にするというか貰うはずだったんです。お金さえ貰えば大抵の人は納得できないまでも妥協するでしょう」

 

「お金……ですか。でも」

 

 予想通りイオンは渋い表情になった。

 

「次に、今エンゲーブにある出荷予定の作物等をこれも又買います。そしてその作物等をエンゲーブの人達にチーグルの森へ運んで貰う様にします」

 

「え!?」

 

「つまり、他の町やキムラスカ等の他国に売る筈の作物等をダアトがお金を出してチーグルに届けさせるんです。チーグルは森に届いた作物等をライガの元へ運びます。そうすればこの問題は解決します。」

 

「でもルーク、それって……」

 

 さすがに見かねたのかティアが口を挟んでくる。

 

「ええ、お金を出すダアトが一方的に損をしますね。お金は出す。でもその対価はダアトに届かない訳ですから。でも……」

 

 そこで一度言葉を切り、ためる。

 

「でもローレライ教団は、教団が掲げる聖獣チーグルのイメージを守る事が出来ます。今エンゲーブではチーグルの印象は地に落ちているでしょう。そこをさっき言った買い上げで改善するんです。ダアトはエンゲーブにこう言います。チーグルは悪くない。事情があったんだ。だから聖獣チーグルを悪く思わないでくれ。これまでと変わらず『聖獣』と思ってやってくれ……とね。言い方は悪いですがお金で印象を買う。イメージを守るんですよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人共絶句している。無理もないか。

 

「ただ問題もありますがね。導師の権限が強いとはいえ、一党独裁ではない。教団にも幹部がいらっしゃる。詠師がそれに当たりますね。教団の運営費を捻出する為には詠師達を説得しなければならない。つまり……今すぐ導師はダアトに帰る必要があります。あなたにそれが出来ますか? マルクト軍の大佐と一緒に居てなにやら用事があるご様子の貴方が」

 

「僕は……」

 

「導師! 考え込まないで下さい! ルークの言っている方法は滅茶苦茶です。深く考える必要はありません!」

 

 ティアがイオンに声をかける。まー確かに無茶苦茶な方法だよな。でも……

 

「しかし、確かにこの方法なら問題は解決できます。でも僕は……」

 

 おっとイオンは意外にもこの方法を認めてくれた様だ。でも無理だろうな。チーグルがライガに殺されない為には今すぐダアトに戻らないといけないが、マルクトの事を考えるとそれは出来ないもんな。

 

 ……その後もあーでもないこーでもないと話し合っている所にジェイド大佐と護衛役のアニスが追いついて来た。結局イオンは迷っている間にエンゲーブまで連れ帰される事になった。

 

 




 作者はミュウが好きです。でもそれはどんな時にもルークの傍についていて心の支えとなり続けた所が好きなのであって、このライガの住み処を燃やしてしまった一件に関してはミュウが悪いと思っています。ミュウがっつーかチーグル族全体が、ですね。子供でも火が吹ける様になるソーサラーリングをちゃんと管理してなかった事も、ライガが食料を要求した時にエンゲーブの人達から盗んだ事も。原作ゲームだと最後までいってもチーグルはエンゲーブの人達に謝ったり補償をしたりしませんからね。盗んでそのままです。エンゲーブの住人からしたらふざけんなって話ですよね。
 それと……自分で書いておいてなんですが、この転生ルークすごい気持ち悪いですね。本来であれば起こさない様な行動を、制作者である私の都合で動かしているので書いていてすごい気持ち悪かったです。


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第6話 陸上装甲艦タルタロス

昨日はIFエピソードを挟んで本編を進めずにすみませんでした。
今回は本編の続きとなります。それといつも読んで下さる皆さんありがとうございます。


「ルーク、という名前は素敵ですね。古代イスパニア語で聖なる焔の光という意味になりますから」

 

「だろ? 俺も気に入ってるんだ」

 

 そんな雑談を交わしながら三人でエンゲーブに戻る。俺達はどうやら友達になれた様だ。これは俺の狙い通りである。イオンは俺がティアにしている様に礼儀正しく、儀礼的に接してくる人物に慣れている。原作において原作ルークとイオンが仲良くなれたのは、原作ルークのあけすけな態度が大きな要因だと思っている。なので俺は最初から少しばかり厚かましいくらいの態度でイオンと接する事にしたという訳だ。

 そうして歩いていると――

 

「あーっ!! イオン様ーっ!!」

 

 歩いている先、エンゲーブ方面から青いマルクト軍服を着たジェイドと導師守護役(フォンマスターガーディアン)のピンク色した軍服に身を包んだアニスが近づいて来た。

 

「ご無事でしたか、イオン様。……おや、貴方達は」

 

「どうも。昨日ぶりですね。マルクト軍の……カーティス大佐でしたか。導師イオンは食料盗難事件についてチーグルの森へ行こうとしていました。そこに目撃情報を聞いた私たちが追いついてお止めしたという訳です。」

 

「そうでしたか……それはありがとうございます」

 

 こんな平原の真ん中で立ち話しているのもアレなので。会話もそこそこにエンゲーブへ戻ることにした。魔物が出る可能性があるので、タタル渓谷でティアと話し合った様に戦闘関連についてお互いの能力などは話し合った。これが地味に重要。ジェイドに俺とティアの2人が第七音譜術士(セブンスフォニマー)だと気づいて貰う必要があるからな。

 出てきた魔物を(ジェイドの放つ下級譜術であっさりと)倒しつつゆっくり歩いているとエンゲーブについた。エンゲーブに到着した俺達二人とイオン達三人は別れる事となった。

 

「じゃあ、俺達はこれで。宿に戻るよ。実は朝食もまだなんだ」

 

「あ、はい。それではここで。ルーク、色々とありがとうございました」

 

 いいって事よ。俺は軽くイオンに向けて手を振りその場を後にした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 宿屋に戻り事情を話して朝食を出して貰う。ティアと二人、テーブルに座って食べる事にした。食べながら先ほど戻ってくる間の会話を思い出す。イオンは親書が届いたのですか、と言っていたな。とするとジェイド達は今日にでもエンゲーブを立つ事になるだろう。となればやってくるのはこの後かな。

 

「どうかしたの? ルーク」

 

「……ん。結局イオンに何故行方不明となっているのか。マルクト軍と行動を共にしているのか聞けなかったからな。」

 

 確かにそうね。と答えながらティアも気になっている様だ。まあ自分の所属する組織の最高権力者の事だからな。気になるのも当然だろう。

 それはそれとして、原作知識の通りイオンがエンゲーブから北の道にいてくれて助かった。これには大きな意味がある。まず原作知識を活用してイオンの命を助けられたと言う事だ。護衛を置いてきてしまっていたのだ、冗談抜きであそこでイオンが死んでいた未来もありえた。それを回避できたのは非常に嬉しい。次にイオンに原作通りダアト式譜術を使わせなかったこと。原作において、イオンはチーグルの森の入り口で、ダアト式譜術を使ってぶっ倒れるのだ。それを防げたのも大きい。ダアト式譜術は文字通りイオンの命を削る。それを一回分とはいえ防げたのも良かった。

 次に俺の持つ原作知識の通りに出来事が起きた事。これが一番の収穫だった。俺は今まで、屋敷の中での生活で原作知識の通りに振る舞ってきた。それは俺の外側にある全ての事も原作通りに事が起きると想定してのものだ。同じ様に、屋敷の外でも、ティアと超振動を起こして出た外でも原作知識が通用する。これの確信を得られたのは俺の人生にとっても大げさでなくプラスになり得る。今後の全ての出来事も原作知識通りに事が運ぶ可能性がグンと増したからな。

 そう言えばチーグルはどうなるかな。イオンがマルクト軍に対応してくれる様頼むだろうからそんなに心配はしてないが。そんな事を思っていると宿屋のドアが開いてマルクトの兵士達が一斉に入って来た。先頭に居るのはやはりジェイド・カーティスだ。

 

「朝食中に失礼します。騒がせてしまってすみませんね。主人」

 

 ジェイドは俺達二人と宿屋の主人であるケリーさんに声をかける。ティアは自分達を取り囲んだマルクト兵士に対して立ち上がり警戒をあらわにしている。

 

「失礼と分かっているなら遠慮して貰いたいものですね。それで? マルクト軍が私達二人にどんなご用です?」

 

 なるべく周囲のマルクト兵を刺激しない様にジェイドへ問いかける。それに対するジェイドの答えは厳しい口調の命令だった。

 

「そこの二人を捕らえなさい。正体不明の第七音素(セブンスフォニム)を放出していたのは、彼らです。」

 

 その時、宿屋の入り口からマルクト兵を押しのけてイオンが入って来た。

 

「ジェイド! 二人に乱暴な事は……」

 

「ご安心下さい。イオン様。何も殺そうというわけではありませんから……二人が暴れなければ」

 

 そのジェイドの言葉に対し、俺は背中に吊してある剣を鞘ごと取り外すと、剣を手に取った事で更に警戒を強めた相手に無造作に放り投げた。

 

「そちらこそ安心して下さい。こちらには抵抗するつもりなど全くありませんよ。ティアさん。貴方も自分の持っている武器をマルクト軍に渡して下さい。……それで、カーティス大佐、二つ程お願いがあるのです」

 

「お願い……ですか。一体どの様な?」

 

「何、難しい事じゃない。まず一つ目はこの目の前の残っている朝食を最後まで食べさせて欲しいという事。二つ目は、拘束されて連行されるなら、既に支払ってしまっている1ヶ月分の宿代を無駄にしない様に57日分の宿代を返却して貰うのでそれまで待っていて欲しいってだけですよ」

 

 そう言うと俺はテーブルに置かれたフォークを持ち食事を再開した。ティアもジェイドも兵士に囲まれながら平然と食事を再開した俺を奇妙なものを見る目で見ている。

 それからしばらくの間。黙々と食事を取り続ける二人と、それを取り囲む多数のマルクト軍兵士というシュールな絵面が村の宿屋で繰り広げられたのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 さて、所変わってタルタロスの中である。俺とティアの二人は一室に連行された。今は二人並んで椅子に腰掛けている。手錠などの拘束はされていない。

 

「第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束しました。超振動の発生源があなた方なら、不正に国境を越え侵入してきたことになりますね。又、ティアが神託の盾(オラクル)騎士団だという事は聞きました。ではルーク、あなたのフルネームは?」

 

 んん、と軽く咳払いをして改めて名乗る。

 

「ルーク・フォン・ファブレ。キムラスカ・ランバルディア王国において最高位の爵位である公爵位にあるファブレ公爵家が長子だ。まだ成人していないので私自身は爵位を授けられていませんが。更に言うのなら、貴方達が誘拐に失敗したルーク・フォン・ファブレでもありますね」

 

 予想はしていたのだろうが、ジェイドは軽く目を見張った。

 

「キムラスカ王室と姻戚関係にある、あのファブレ公爵のご子息……という訳ですか」

 

「公爵……♥ 素敵ぃ……♥」

 

 アニスがハートを飛ばしながら身悶えている。実際に見るとかなりうっとうしいな、コレ。

 

「何故マルクト帝国へ? それに誘拐などと……。穏やかではありませんね」

 

「色々話さなければいけない事がありますね。まずは順を追って説明しましょうか。何故マルクトへ飛ばされてきたか……ですね」

 

 そこで俺は自分も話したそうにしているティアを制した。

 

「ティアさん。貴方は黙っていて下さい。加害者である貴方が説明すると無意識に自分を擁護する様な内容になりかねませんから」

 

 ティアは少し不満がある様子だったが、俺の言葉が正しいと思ったのか何とか収めてくれた。

 

「それじゃあまずは屋敷の中で起きた事から……」

 

 少しばかり長い話になったが、ティアが屋敷を襲撃し、その際に振り上げた杖と俺の木刀が接触した事。超振動が起きて望まぬ移動によってタタル渓谷に飛ばされた事。首都行きの辻馬車を乗り間違ってエンゲーブへ辿り着いた事。等々細かく話した。

 

「……とまあ、そういう事情で俺達はエンゲーブに滞在する事となった訳です。まあ一日で引き払う事になりましたが。そして今に至るまで事件の当事者であり加害者である彼女は事件を起こした理由を頑なに話そうとはしませんでした。よければ導師イオンからも言ってあげてくれませんか? 何故わざわざ他人の屋敷で、兄である主席総長を暗殺しようとしたのかを」

 

 言葉を切り、イオンを見る。ジェイドを含めこの部屋にいる人間はみなティアに厳しい視線を向けていた。当のティアは責められる様な視線を前に縮こまっている。

 

「ティア……何故その様な事を」

 

 イオンが詰問する。

 

「それは……あの、私の故郷に関わる事です。彼やイオン様を巻き込みたくは」

 

 まーだそんな事言ってるよ。この人は。

 

「今の段階で充分に巻き込まれているんですけどね。……まあ屋敷の襲撃事件とティアさんに関してはこれくらいでいいでしょう。次は私の誘拐事件に関してですね。今から七年前、私が10歳の時です。私は何者かに誘拐されたそうです。キムラスカではマルクトの仕業なのでは? と疑われていますが、七年経った今でも犯人は検挙されていません」

 

 そこで言葉を切って、ジェイドへ目を向ける。

 

「少なくとも私は知りません。先帝時代の事でしょうか」

 

「まあ真相は闇の中って所ですね。そして……この誘拐事件によって私は記憶喪失になりました。それも普通の記憶喪失ではありません。両親の名前も自分の名前も、それどころか話し方や歩き方まで忘れてしまい、私は赤ん坊と同じ様な状態になってしまいました」

 

 今回連行された事に直接は関係ないが、この事はジェイドとイオンの二人には是非聞いておいて貰いたかった事なのでついでに話した。案の定二人とも、可哀想、などと呟いているアニスとは明らかに違った反応を見せている。さすがに記憶喪失になったというだけでは俺がレプリカであるとまでは思わないだろうが、5%くらいは可能性として考えた筈だ。今はそれでいい。

 

「ま、誘拐の事はともかく、今回の事件は私とティアさんの第七音素が超振動を引き起こしただけです。マルクトへの敵対行動では断じてありません。」

 

「大佐、ルークの言う通りでしょう。彼らに敵意は感じられません」

 

 イオンが俺達の間を取り持つ様にフォローする。

 

「……まあ、その様ですね。温室育ちの様ですから。世界情勢には疎い様ですし」

 

 アホか。……まさか原作とは違い柔らかい物腰で話している俺に向けて原作と同じ様に小馬鹿にしてくるとは思わなかった。思わず口をついて出そうになったぜ。アホかこいつ。イオンが再び間を取り持つ様に言葉を口にする。

 

「ここはむしろ、協力をお願いしませんか?」

 

 それに対してジェイドは少し考えるそぶりを見せたが、やがて口を開いた。

 

「我々は、マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によって、キムラスカ王国へ向かっています」

 

 知ってる。なので先手を打って話を進めた。

 

「和平の申し込みですか。お二人とも大変ですね」

 

 こちらの言葉によってジェイドとイオンの顔が引き締まった。

 

「現在キムラスカとマルクトは、16年前のホド戦争以来の緊張状態に陥っていると聞き及んでおります。その状態で皇帝の勅命によってマルクトからの使者と平和の象徴である導師が同行している……どう考えてもその目的は和平以外にはありえないでしょう」

 

「はわわぁ……大佐ぁ。どうします? 私達の目的ばっちり知られちゃってますよぉ」

 

「アニス、不用意に喋ってはいけませんね」

 

 ジェイドがアニスを制するが、もう既に手遅れだろう。ジェイドはこちらに向き直ると俺に向かって言葉を放った。

 

「これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう。まず私達を知って下さい。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。――戦争を起こさせない為に」

 

「協力して欲しいのなら、今ここで詳しい話をしてくれればいいでしょう?」

 

 もう俺は目的を察しているのだから話しても問題は無い筈だ。

 

「説明してなお、ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません。事は国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ」

 

 アホか。もう一度言おうか? ……アホか。こいつ本当に和平する気あるのかよ。戦争をふっかけたくてうずうずしてるって言われた方が余程信じられるぞ。

 

 俺はよろしくお願いします、とか言いつつ船室を出ようとしているジェイドを引き留めた。

 

「カーティス大佐! 待って下さい。艦内を見て回ったり考えたりする必要はありません。協力します。いえ、是非協力させて下さい!」

 

 ジェイド達は驚いた顔をしながら、ゆっくりとこちらに向き直った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 再び向き合ったジェイドが説明を始める。

 

「昨今局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう」

 

 続きをイオンが引き継ぐ。

 

「そこでピオニー陛下は平和条約締結を提案した親書を送ることにしたのです。僕は中立の立場から使者として協力を要請されました」

 

「それが本当なら、何故バチカルに導師が行方不明という一報が届いたんです? ヴァン謡将(ようしょう)は導師を探すという事で帰国する事になっていましたよ」

 

 俺が疑問を口にするとイオンは軽くうつむいた。

 

「それにはローレライ教団の内部事情が影響しているんです」

 

 今度は逆にジェイドが言葉を引き継ぐ。

 

「ローレライ教団は、イオン様を中心とする改革的な導師派と、大詠師モースを中心とする保守的な大詠師派とで派閥抗争を繰り広げています」

 

「モースは戦争が起きるのを望んでいるんです。僕はマルクト軍の力を借りて、モースの軟禁から逃げ出してきました」

 

「導師イオン! 何かの間違いです。大詠師モースがそんなことを望んでいるはずがありません」

 

自分の上司の名前が出ると、ティアが強く反論した。一応俺も言っておくか。

 

「ティアさんちょっと落ち着いて。目の前に居るのは導師イオン。貴方の組織の最高責任者ですよ。大詠師モースよりも偉い人に口答えするのはさすがに……。それに何より、導師イオン本人が軟禁されていたと言っているんです。貴方は導師イオンを嘘つき呼ばわりするつもりですか?」

 

 ちょっとキツめに言っておく。ティアって普段は導師を敬っている様に見せて自分の価値観と合わなかったら遠慮無く反論とかしちゃうんだもんな。もちろんYESマンばかりじゃ組織は駄目になるけどさ、今回は本人であるイオンが軟禁されていたって言っているんだから信じてやれよ。

 

「ティアさんは大詠師派なんですね。ショックですぅ……」

 

 更にアニスが追い打ちをかける。

 

「わ、私は中立よ。ユリアの預言(スコア)は大切だけど、イオン様の意向も大事だわ」

 

 イオンの意向が大事だって言っているなら(以下略。

 

「教団の実情はともかく、僕らは親書をキムラスカへ運ばなければなりません」

 

「しかし我々は敵国の兵士。いくら和平の使者といっても、すんなり国境を超えるのは難しい。ぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入ります。その為には貴方の力……いえ、地位が必要です」

 

 いい加減にしろと言いたい。……いや、言うべきか。

 

「カーティス大佐。その問いに答える前に二つ程確認しておきたい事があります。まずは……現マルクト皇帝に子供はいらっしゃらない様ですが、もしピオニー陛下にご子息がいらっしゃったと仮定しましょう」

 

 ジェイドは突然全く別の事を話し始めた俺に、一体何を話すのか、という目を向けてくる。

 

「そのご子息が住んでいる屋敷に突然賊が押し入ってきて賊との間に疑似超振動が発生しキムラスカへ飛ばされてしまいました。そして、飛ばされたその先でキムラスカの軍人に出会ったとします。キムラスカの兵士はご子息を、不法に国境を越えてきた罪人として連行します。その先でとても平和的とは言いづらい対応をされたと仮定します。

『温室育ちの様ですから。世界情勢には疎い様ですし』

『説明してなお、ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません』

『その為には貴方の力……いえ、地位が必要です』

これらの言葉によって深く傷ついたご子息はマルクトに帰還された後、父親である皇帝陛下、及びマルクト上層部である議会などに全て洗いざらい話したとします。……キムラスカの軍人に馬鹿にされた。軟禁すると言われた。酷い侮辱を受けた。……これらの事を聞いたマルクト皇帝や議会、話が広まったマルクト市民などはどう思うでしょうね?」

 

 ここまで言った所で、ジェイドと、ついでにイオンの顔色が悪くなった。だがまだ追撃の手は緩めない。

 

「もう一度名乗り直しましょうか。私の名前はルーク・フォン・ファブレ。現国王インゴベルト六世陛下の甥である。父親にして公爵のクリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレはキムラスカ軍の元帥でもある。母親は王妹にして第二王位継承者のシュザンヌ・フォン・ファブレ。そして婚約者に国王の愛娘にして第一王位継承者のナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。……私は事情があってキムラスカ国内の貴族や王族にはあまり知己がいないが、バチカルに帰還したあかつきにはこれらの人物に旅路の道程を話す事になるだろうな」

 

 もう一度言葉を切り、今度はジェイドの目をのぞき込みながら話す。

 

「カーティス大佐、先ほど貴方は皇帝の勅命で動いていると言いました。勅命とは臣民ならば絶対に叶えなければならない命令だ。であるならば、貴方は偶然出会ったキムラスカの要人に対しては、誰に言われなくても、自発的に、最上位の敬意を持って接しなければいけない筈だ。……それで? 私の地位が……どうしたって?」

 

 俺の言葉によってすっかり顔色を無くしたジェイドはゆっくりとこちらに歩いてくると片膝をついて頭を垂れた。

 

「大変、大変失礼を致しました。ルーク様。どうかわたくし共にお力をお貸し下さい」

 

 ようやっと、自分の立場が分かった様だな。自分の立場と言っても俺の下だとかそう言う話じゃない。ジェイドは皇帝の勅命を受けているのだ。ならば自発的に俺に対しては敬意を持って接しなければいけなかったのだ。それを今までのあの態度である。俺で無くても「こいつ本気で和平する気あるの?」と疑問を抱くっちゅーねん。

 まあこれ以上ジェイドを責めても仕方がない。俺は両手を開くとパン、と柏手を打った。

 

「さて、既に終わった事は無しにしましょうか。カーティス大佐は私に無礼な態度など一切取らなかった。私も自分の権威をひけらかして大佐を責めなかった。そういう事でよろしいですね?」

 

 柏手を打った両手をこすり合わせながら語りかける。つまり今までの事は水に流そうという訳だ。

 

「……よろしいので?」

 

 ジェイドが聞いてくるが知った事ではない。

 

「何がですか? 大佐は私に何も言わなかったし、私も大佐に何も言わなかった。それでいいじゃありませんか。……そうそう。力を貸してくれとの事でしたね。もちろんいいですよ。ただし一つだけ条件があります。先ほども話したとおり私とティアさんは何の準備もなくマルクトに放り出される形となって領内を彷徨っていました。もし貴方達が私を保護してくれてキムラスカまで送り届けてくれるのなら、私も出来うる限りの力を尽くして和平に協力する事をお約束しましょう」

 

――こうして俺はジェイドとイオンの和平工作に協力する事になったのだ。

 

 あ、ついでに記憶喪失後に七年間屋敷に軟禁されていた事も説明しておいた。帰国後に自分に近しい人達に和平への口利きをしてくれる様頼むのだが、自分は軟禁されていたので限られた人物にしか働きかけ出来ないぞ、という意味で。

 

 




 発売当時に初めてゲームをプレイした時、ジェイドが和平活動をするつもりだとは全く思えませんでした。むしろ戦争をふっかけに行こうとしてるんじゃねーの? と思いました。その後に死霊使い(ネクロマンサー)だと知る機会があったので、戦争を起こして死者の骸を手に入れようとしてるのか? と邪推までしました。ゲームを最後までプレイすればジェイドに戦争を起こす意思はないと分かるんですけどね。それにしてもタルタロスでのジェイドの態度は酷い。皇帝の勅命を受けているのにアレですからね。ホント酷い。ゲームをプレイしている時、まだ見ぬマルクトの上層部に対する私のイメージはかなり悪かったです。このジェイドを和平の使者として送るんだから有能な筈ねーだろ! とね。
 それと、最新型の陸上装甲艦の中を見て回る事が何故世界情勢を知る事になるかもわかりません。ジェイドもティアもここら辺制作者の都合であまりにアホになってる気がします。


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第7話 艦上での戦い

 今回から人との戦闘描写。殺人描写があります。苦手な方はご注意下さい。


 和平に協力すると約束したため、俺達に対する警戒は解かれ武器も返して貰えた。

 

「ルーク。和平への協力、感謝します。」

 

 解放されて自由になった俺にイオンが話しかけてきた。今は公式の場ではないのでフランクに対応する。

 

「お礼なんかいーよ。イオン。誰だって戦争が起きるのなんて嫌だろ。それに俺には公爵子息って身分もあるからな、“公爵子息が和平の協力を断った”ってなると又ややこしいことになるし」

 

 そうやって話し合っていると不意にイオンが扉の方を向いた。

 

「難しい話が続いて疲れましたね。少し外に出て風に当たってきます」

 

 そう言って船室の外に出て行こうとするイオン……と全く付いて行こうとする様子がないアニス。

 

「ちょっと待ったイオン。それとタトリン奏長……だったか。さっき言った事をもう忘れているぞ。護衛はちゃんと連れて行かないと。タトリン奏長。貴方は導師イオンの護衛役でしょう? いついかなる時も導師のお傍を離れないようにしなければいけない立場でしょう?」

 

 イオンをたしなめると同時にアニスの職務怠慢ぶりも責める。

 

「あ、はわわぁ。すいませんでしたイオン様」

 

「いえ、いいのです。僕も不注意でした」

 

 不注意でした。じゃなくてだな、ちゃんと叱らないといつまで経っても覚えねーぞ!

 

「どうせなら俺達も一緒に行きましょうか。俺も風に当たりたいですし。それに艦内とはいえ万が一という事もありますから」

 

 この後の展開が分かっている俺はそう言ってしれっと二人に同道した。もちろんティアも。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 甲板に出てビュウビュウと吹く風に当たりながら世間話をする。と言っても俺に出来る話なんてあの狭い屋敷の話だけどな。土いじりが好きで花をたくさん育てているペールや、音機関(譜業)が好きな使用人のガイ。執事やメイド、白光騎士団達との触れあい。剣術稽古の内容などを語った。同じくダアトの教会から中々外に出ることが出来ないイオンは興味深そうに聞いていた。

 しかし俺は話しながらも緊張していた。原作知識が確かならこの後に神託の盾(オラクル)騎士団が襲撃をかけてくる筈なのだ。俺はそれに備えていなければならない。

 

「ルークのお屋敷は楽しそうな事ばかりですね」

 

 笑いながら話すイオン。だけど俺にはそんな余裕はねーってばよ。傍には俺からジェイドに言って付けて貰った二人のマルクト兵士もいるが不安はぬぐえない。

 ……その時だった。甲板に警報が鳴り響いたのは。ビーッビーッと甲高い音で鳴り響く警報は、俺が想定していた敵の襲撃があった事を意味していた。

 

「これは、警報!?」

 

 ティアとアニス、二人のマルクト兵は突然の警報に対して臨戦態勢を取る。

 

「イオン、急いで艦内に戻ろう。カーティス大佐の元に……っ!」

 

 俺がそう言った時に、船が大きく揺れた。まるで巨大な何かにぶつかったかの様な音が響く。立っていられない程ではないがバランスを崩しそうになる揺れがやっかいだ。それと同時に空から神託の盾騎士団の軍服を着た兵士がグリフィンという空を飛ぶ魔物につかまって登場した。又、大きな体躯を持つライガが同じく兵士を背中に乗せて甲板に上がってきた。

 

(甲板に上がって来た!? まさかこのライガ、地面からタルタロスの壁を駆け上って来たのか!? なんてこった)

 

 驚いている暇は無かった。敵はこちらに導師イオンの姿を確認すると、着地もそこそこに襲いかかってきたのである。

 

「導師イオンを渡して貰う!!」

 

(まずい、まずい、まずい、まずい。敵はグリフィン一体、ライガ二体、オラクル兵二人。この陣容で襲われたら……)

 

 俺の背中に冷たい汗が流れた。原作ではイオンもアニスも無事だったので安全を過信していたのだ。彼我の戦力では……負ける事もありうる。負ける。死ぬ。俺が、死ぬ?

 

(……やらせるかっ!!)

 

 俺は左手で背中に吊した剣を抜くと体の前に構えた。神託の盾兵二人は味方のマルクト兵と向かい合っている。ライガ二体とグリフィンが野放しになっている。

 

「タトリン奏長はイオンの元を離れるな! ティアさんは【ナイトメア】でライガを、俺はグリフィンを狙う!」

 

 素早く指示を出すと俺はライガの攻撃が届かない位置取りをしてグリフィンを迎え撃った。今一番やっかいなのは空を飛べるこいつだ。今万が一にも死んではいけない人物。それはイオンだ。神託の盾兵はイオンに攻撃しないだろうが、この魔物は分からない。大丈夫かも知れないが、“大丈夫だろう”と安心していてイオンを攻撃されたら目も当てられない。

 俺はこちらに向かって飛んでくるグリフィンの速度を測ると両足に力を込めて飛び上がった。

 

「はあっ」

 

 飛び上がりつつ斬り上げるジャンプ攻撃で敵の右翼を斬りつける。そのまま頭上まで振り切った剣を返し落下しながら左翼を斬りつけた。

 

「てやぁっ」

 

 両方の翼を斬られて甲板に落ちたグリフィン、ここが狙いどころだ。俺は着地してぐっと曲げた両膝に力を込め、その力を前方に解放した。

 

「瞬迅剣!」

 

 両膝のバネと全身の力を使って前方に飛び出しながら放つ突き。これがとどめとなった。グリフィンの体を剣が貫き、その体が消滅した。よし。

 

「ぐあぁあ!」

 

 悲鳴が上がった。振り返ると敵兵と斬り結んでいるマルクト兵が、後ろから一体のライガに爪を振るわれ背中に傷を負っていた。もう一体のライガは……!? 紫色の音素がまとわりついていた。ティアの【ナイトメア】が効いているようだ。なら俺はあのライガを倒す。背中に傷を負ってもなお敵兵とつばぜり合いをしている兵に声をかける。

 

「俺がライガを倒す! 少しの間だけ持ちこたえてくれ!」

 

 こちらに背中を向けているライガに素早く三回の斬撃を食らわせ、そのまま技に連携させる。

 

「通牙連破斬!!」

 

 左肩の上に引いた剣を振り下ろした後に右手で烈破掌を当て、吹き飛ばすと同時に体の右足付近まで振り下ろした剣を返して飛び上がりながら逆袈裟斬りに斬り上げる。双牙斬と烈破掌を組み合わせた奥義で、敵を大きく吹き飛ばすと同時に斬りつける技だ。

 俺は吹き飛んだライガが起き上がるかもしれないので油断なく構えていた。武道で言う所の残心だな。ちょっとのミスでも死にかねない世界なのだ。油断なんてとんでもない。幸いライガは耐久力以上のダメージを負ったらしく少しして消滅した。それを確認した後、素早く体を返しティアが【ナイトメア】で持ちこたえているライガに向かって行く。先ほどの個体は三連撃と通牙連破斬で撃破できたのだ、余程の個体差が無ければ同じコンボで沈められるはずと思い同じ攻撃を放った。

 よし。ライガ二体は撃破出来た。

 

「ティアさん、神託の盾兵に【ナイトメア】を!」

 

 ティアに声をかけて敵兵へ向かって行く。傷を負って動きが鈍い方のマルクト兵を援護すべく、敵に斬りかかった。ザクッと音がして敵の左腕に切り傷が刻まれる。バランスを崩した敵の隙を見逃さず、相対しているマルクト兵が剣で敵の武器を弾き飛ばした。

 チャンスだ。と思ったのだろう。後から考えれば敵の隙が見えたので反射的に体が動いたのだ。俺は深く思考する事なく敵に向けて突きを放っていた。

 

「ぐふぅ。がぁあ」

 

 俺は……俺は敵の神託の盾兵の胸を剣で貫いていた。先ほどのグリフィンと同じ。だが相手は人間だ。だと言うのに俺はためらう事なく剣を突き出していた。

 古来より、人を暗殺する際は斬ではなく刺をもってせよ。とは前世の時代小説か何かで読んだ知識だったか。人の体を斬ると言うのもそれはそれで大きなダメージになるが確実ではない。一命を取り留める可能性がある。それに比べで刺殺は確実に相手の息の根を止めるのだ。刺した場所が心臓で無くても、どこの臓器だったとしても体の前面から背中まで刃物で貫かれたらそりゃー死ぬわって話だ。その事が頭の片隅にでもあったのか、俺の体は敵を貫く様に剣を押し出していたのだ。

 

 体を刺し貫かれた敵はうめき声を上げながら倒れ込んでいった。俺に助けられた形のマルクト兵は傷を負った体を引きずりつつ最後の敵兵に向かって行く。俺もそちらへ行くべきだ。三対一で相手をするべきだ。と思いつつも体が動かなかった。俺の目は、意識は倒れ込んでいる方の敵兵に釘付けになっていた。

 しばらく後、似た様なうめき声を上げながら最後の敵兵は倒れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 はぁはぁはぁっ。自分の呼吸がうるさい。俺は……俺は人を殺した。今自分のズボンの中にある帳面(ノート)にはこれから起きる事、それに対する俺の対応などが全て書かれている。その中には人との戦闘も含まれるし、自分が人を殺すことも想定されていたはずだ。

 

(だって言うのにこの有様か。なっさけねえなぁ)

 

「ルーク? どうしたの? 貴方もどこか怪我をしたの?」

 

 負傷したマルクト兵に【ファーストエイド】をかけて治癒しているティアが冷静にこちらに言葉をかけてくる。……畜生。なんでそんなに冷静な顔をしていられるんだ。そういや原作でもここではティアとジェイドがルークに人殺しを強要していたっけ。

 ……ふざけんな。お前らは平気で人を殺せる軍人かもしれないけれど俺は今初めて人を殺したばっかりの人間なんだよ。人の命を奪ったんだから、自分が民間人だから~なんて甘えた事を言うつもりは無い。けれど初めての殺人で動揺するのは普通だろ? それを当たり前みたいな顔で見てくん……。

 がつっと音を立てて自分の頭を殴り飛ばした。その場に居た全員がこちらに目を向けるのを意識しながら深呼吸する。すーっはーっ。動揺してるからってティアに八つ当たりすんな。この馬鹿が。

 

「ル、ルーク? どうしたの?」

 

「いや……すまない。俺はこれが初めての実戦だったからな。少し動揺したんだ。でももう大丈夫。大丈夫だよ」

 

 その後も大丈夫、大丈夫と繰り返し自分に暗示をかけようとする。冷静になれ。ここはほんのちょっとのミスでも死ぬ世界だ。冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ。ほら、イオンなんか心配そうにこっちを見てるじゃねーか。

 

「……よし。もう大丈夫だ。そちらの兵士さんの回復が終わったら急いで艦内に入ろう。この艦内で最も強い戦闘力を持つのはカーティス大佐だ。彼の傍に行けば当面は安全なはずだ。」

 

 ええ、そうね。とティアがうなずくと同時に治癒が完了したようだ。治癒術の光が収まっていく。そこで俺は顔を青くして、倒れている死体を見ているイオンに気づいた。

 

「導師イオン……この襲撃、神託の盾騎士団のものの様ですが、まさか大詠師派が?」

 

「…………ええ、恐らくそうでしょう。マルクト軍に協力して和平を行う僕を狙って……」

 

 ティアは自分の上司の名前が出たので不服そうな顔をしたが、今は発言する時ではないと悟ったのか黙っていた。

 

 そうして俺とティア、イオンにアニス、二人のマルクト兵はジェイドを求めて艦内へ入って行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ジェイドが居るであろう船室に向けて廊下を早足で進んでいると、こちらに背中を向けた巨躯の男が目に入った。……黒獅子のラルゴ!! やはり入り込んでいたか!!

 ラルゴは両手にもった大きな鎌を振るうと自分の前に居た二人の兵士を吹き飛ばした。

 

「荒れ狂う流れよ――スプラッシュ!!」

 

 その一瞬の空白を見逃さず、ジェイドが水の中級譜術を唱える。中級なのは艦内で大規模な譜術が使えないからか? いや前衛の二人だけでは上級譜術を唱える詠唱時間が確保できないと思ったのかも知れない。だがとにかくジェイドの譜術はラルゴを捕らえた。この隙を逃してはならない!

 俺は既に抜刀済みの剣を握りつつ全力で走った。そして、

 

「ラルゴォォォー!!」

 

 大声で名前を叫びつつこちらに注意を向けさせる。スプラッシュに打たれながらも俺に気づいたラルゴは振り返ろうとする。そこにむけてジャンプして剣を振るった。跳躍して落下する位置エネルギーと全身の体重を剣に宿し全力で斬りつける!

 ガギリ、と音がしてラルゴの持つ大鎌の柄に剣がぶつかる。そこへ歌声が響く

 

 トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……

 

 ティアの【ナイトメア】だ。あらかじめ艦内に入る前に言っておいたのだ。敵と遭遇したらすぐさまナイトメアを詠唱して欲しいと。

 

「ぐっ」

 

 俺の全力攻撃を受け止めたラルゴの頭に鈍痛と眠気が襲いかかる。……今だ!!

 

「ジェイド!!」

 

 俺が叫ぶよりも早くこちらに動き出していたジェイドは、虚空から取り出した槍でラルゴの体を貫いた。

 

 




 主人公初めての人殺し。原作とはちょっと場面が違いますがね。人としては当然の様に動揺はしますが、七年間の計画段階で人を殺すことも想定していたのでなんとか表面上は平静を取り戻す事に成功した様です。
 今回初めて奥義を使いましたが、5話で主人公が言っている様に彼は原作ゲームでルークが使える技を全て記憶しています。なので基礎がしっかりしていればそれらの技を使うのも可能という訳ですね。
 余談になりますが、私はこのタルタロスでのティアとジェイドのルークに対する態度が大嫌いです。ルークの中の人である声優の鈴木千尋さんはデオ峠~アクゼリュスでルークの態度があまりにも酷いのでゲームを投げそうになったそうですが、私が初めてプレイした時はここでコントローラーぶん投げそうになりました。……お前らが人を殺すのが平気だからってそれを他人に強要してんじゃねーよ、と。あまりにむかついたのでその後のオラクル兵との戦闘でルークを戦わせなかったらあっさり2人とも戦闘不能になっちゃったし。まあそれはおいておくとして、とにかくここの二人の態度はあまりに気にくわないものでした。ですけれど、だからこそこの作品ではそこを突っ込むシーンは入れませんでした。入れてしまうとあまりに自分の感情が文章にのってしまう気がして。
 なお、タイミングや前後の状況で気づいた方もいらっしゃるでしょうが、ジェイドは封印術(アンチフォンスロット)を食らっていません。LV45のままです。


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第8話 邂逅

 こんな小説を書いてはいますが、私は原作のエンディングで登場した人物がアッシュだとは、ルークが死んだのだとは思っていません。なんじゃそりゃ、と思われる方もいらっしゃるでしょうから、活動報告の方に私のエンディング解釈を書いておきました。お暇な方は読んでみて下さい。


 ジェイドの槍がラルゴの体を貫いた。これは原作知識の通りだ。しかし俺の知識ではラルゴはこの傷でも生き延びる事になる。……とどめを刺さなくてはっ!!

 

「はぁっ!!」

 

 俺は体を刺し貫かれているラルゴのうなじの辺りを狙って剣を振るった。斬った所から血が噴き出す。

 

(心臓だ! いや喉でもいいとにかく急所を狙うんだ!)

 

 右手でラルゴの体を掴むとこちらに体を開かせて、心臓の位置を狙って再度剣を突き出した。ぞくん、という嫌な手応えがあって俺の剣はラルゴの体に吸い込まれた。……これで、確実にとどめを刺せたはずだ。やったんだ。黒獅子のラルゴは死んだ。

 ラルゴの体をうち捨てると軽く剣を振るって血糊を飛ばす。そんな俺を興味深そうに見ているジェイドに気がつき、声をかける。

 

「ジェイド、助かったよ。礼を言う。それと艦内に敵が入り込んでいる様だがどうするんだ?」

 

「……いえ、私の方こそ助かりました。あなた方が気をそらしてくれたおかげでやっかいな敵を倒す事ができましたからね。艦内についてですが……その話をする前にこちらに倒れている二人を回復させてやりたいのです。ティア。すみませんが手を貸していただけますか?」

 

 はい、と返事をしてこちらに駆け寄って来るティア。……駄目だな。まだ冷静になれていない。倒れている二人のマルクト兵を認識できていなかった。冷静になれ。冷静に。

 気を落ち着ける為に深呼吸をする。ラルゴから流れた血の臭いがつんと鼻を突く。嫌な臭いだ。俺が流させたんだが。それでも気持ちのいい臭いじゃないな。

 俺がそんな事をしている間にティアは【ファーストエイド】を2人にかけている。ジェイドはすぐそこの船室に入っていった様だ。薬でも取りに行ったのか?

 

「ティアさん、大丈夫か? さっきから術や譜歌を使いっぱなしの様だけど」

 

 先ほどから活躍しているティアを気遣う。ティアの【ファーストエイド】と【ナイトメア】は戦闘の生命線だ。精神力が切れて術が使えなくなってしまうとまずい。

 

「大丈夫よ。問題ないわ。それにオレンジグミもいくつか所持しているしね」

 

 回復用のオレンジグミか、そういや俺も持ってたっけ。失念していた。そうこうしているとジェイドが船室から出てきた。手には二つのボトルを持っている。気絶などから蘇生させる為のライフボトルか。これなら倒れている二人は問題なさそうだな。

 

 俺達はラルゴの攻撃をくらって気絶していた二人の兵士が回復するのを待って話し合いに入った。ジェイド曰く、伝声管を伝って艦橋(ブリッジ)から連絡があったのだが、魔物が侵入したという声を最後に連絡が途絶えてしまったらしい。

 

「という事は、艦橋は落とされたと考えるべきか」

 

「そうなりますね。艦橋以外にも敵兵はいるでしょうし、これはこの場にいるメンバーだけで艦橋を奪還しなければならなくなりましたね」

 

 そういう事だな。しかし先は明るい。原作ではジェイド・ティア・ルークの三人だけで艦橋を奪還しようとしていたが、今この場にはイオンの護衛役ではあるがアニスと四人のマルクト兵士が居る。これだけいれば原作では出来なかった艦橋の奪還も可能だろう。

 

「やるなら急いだ方がいいな。敵がどんな風に部隊を展開させているかは分からないが、後続の部隊がいるかも知れないし」

 

「そうですね。……では最大限に警戒しつつ、艦橋まで急ぎましょうか」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 艦橋までの道のりは案外簡単だった。廊下を進み階段を上がると甲板に出られたので、そこから整備用の梯子を使って登った。人数が居たので地味に苦労したが。

 そこから上がった先の通路を魔物が闊歩していたが、原作と違い封印術(アンチフォンスロット)を食らっていないジェイドが後衛として術をバンバン撃ってくれた。前衛の俺やマルクト兵は術が外れないように敵を引きつけているだけでよく、実に楽な戦闘だった。

 

 封印術というのは国家予算規模の資金によって作られる個人のフォンスロット――譜術などを使う回路の様なものだ――を閉じる為の物だ。これにかかるとLV45の人物があっというまにLV5になってしまい、強力な技や術も全く使えなくなってしまう。

 原作では俺を人質に取られたジェイドがまんまとこれを食らうのだが、今回は俺という足手まといがいなかったせいで食らわずに済んだと言う訳だ。これでジェイドはLV45というラスボスにも通用する強さのままだ。良かった良かった。

 

 トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……

 

 艦橋の手前で見張りを行っていた神託の盾(オラクル)騎士団の兵士をティアの【ナイトメア】が眠らせる。ホント便利だなこの譜歌。さすがイベント最強術。

 艦橋の扉を開けると俺達は軽く話し合い、中に入る人員と外に出て敵を見張る人員に別れた。中に入るのは機械類の操作をするジェイドと副官のマルコさん。敵の攻撃を食らうとまずいイオンと護衛役のアニス。そして俺とティアだ。外では三人の兵士が見張りを担当する。

 

 ……このタイミングだな。俺は特にやることがないのでズボンから取り出した帳面(ノート)を見ていた。恐らくこのタイミングで奴がやってくる筈だ。

 そうしてジェイド達が艦橋の指揮権を取り戻そうとしている時に、外から音が聞こえた。堅い物がぶつかり合う様な音で、中に居た俺達は全員扉の方を向いて警戒をあらわにした。

 扉が開いて、真紅の、まるで血の様な紅い色をした髪をオールバックにした男が中に入って来た。その人物を見た艦橋内の皆は一斉に驚いた。……その男が、俺――ルーク・フォン・ファブレと全く同じ顔をしていたからだ。その男は俺に気づくと盛大に顔をしかめた。

 

「てめぇは……」

 

 皆の注目が俺に集まるのを感じつつ、俺は前に踏み出しながら剣を抜いた。

 

「よう。神託の盾騎士団の兵士サマ。艦橋が取り戻されそうになったんで慌ててやって来たんだろうが……残念だったな。お前らじゃあ俺達に勝つ事はできねーよ」

 

 普段より粗暴な言葉遣いでそいつ――神託の盾六神将 鮮血のアッシュ――を挑発する。やっと会えたな。オリジナル・ルーク。だけど俺は容赦なんてしねーぞ。

 アッシュの後ろから、譜銃を持った金髪の女性――多分同じく六神将 魔弾のリグレットだろう――と神託の盾兵が一人中に入ってくる。

 

「てめぇ……っ!!」

 

 案の定キレたアッシュはこちらに向かって来た。それを迎え撃つ様に俺も前へ出る。

 

「ティア、ジェイド! 援護頼む!」

 

 先手必勝! 俺は間合いを見切るとアッシュに向けて剣を振った。ガキンと音を立てて奴の剣に受け止められる。そのままつばぜり合いになりそうだったので力で押し切り、強引に距離を開けた。それから剣の応酬が始まった。俺と奴が学んだ剣術は同じアルバート流。身長や体重もほぼ同じ。違うのは利き手だけだ。……だけどなっ!

 キイン! と音を立てて弾け合った剣、だが戻りはこっちの方が速い! 一瞬速く体勢を立て直した俺は素早く剣を斬り下ろした。わずかだがアッシュの腕を切り裂く。

 

「ぐっ」

 

 アッシュは自分が斬られた事に信じられない様な表情をしつつもすぐに怒りをまとってこちらに攻撃してくる。だが甘い。そんな感情に揺さぶられた剣筋なんて簡単にさばけるんだよっ。俺が何年お前と戦う事を想定して訓練してきたと思っているんだ。実戦経験では負けたとしてもお前との戦いだけはこっちに分がある筈だ。だからと言って油断はしない。その上で勝ってみせる。

 横目で副官のマルコさんが前に出てリグレットを牽制し、後ろからジェイドが譜術で援護しているのを見る。……ティアはどうした? 相手が自分の教官を務めたリグレットだから戸惑ってるのか? 何やってんだよ【ナイトメア】使ってくれよ。

 

「っと」

 

 危ない。すんでのところでアッシュの剣を受け止めた俺はヒヤリとしながら相手の顔をのぞき込んだ。

 

「てめぇ。よそ見するなんざ十年はえーんだよ!」

 

「ああ、そうだなっ」

 

 俺は左手に握った剣でアッシュの剣ごと奴の体を押しのけた。その時だ。

 

「食らえ! 光の鉄槌! ――リミテッド!!」

 

 後方からアニスの声が響いた。アニスには常にイオンの傍に居る様に伝えておいたのだが。イオンが指示したのか? 何にせよチャンスだ。アッシュは光の譜術を食らって体勢を崩している! 遠慮無くアッシュの頭をめがけて唐竹割りに振った剣はとっさに受け止められた。残念。だが体の左側が空いてるぞ!

 

「魔神拳!」

 

 アッシュの右手にある剣をこちらの左手にある剣で押さえ込みつつ、闘気をまとった右拳でアッパーを放った。アッシュの顎を狙ったそれは狙いそのままに直撃した。

 

「ぐうぅっ」

 

 顎を跳ね上げられて体ががら空きになったアッシュ。チャンスだ! 今ならアッシュを殺せる! 俺はすぐさまアッシュに向けて剣を振るった。

 

「斬影烈昂刺!!」

 

 左肩の上から斬り下ろした剣を少し引いて、突きを放った後に右拳で相手をかちあげ、右足の辺りから逆袈裟斬りに斬り上げる。全弾決まればアッシュの体は剣で切り裂かれる筈だ。……しかし、斬り下ろしでアッシュの体を斬った剣はその次の突きに移行した時に ギイン! と音を立てて弾かれた。リグレットの銃弾か!? それにしても連携技の最中にある剣を狙って狙撃するとは、恐るべき技量。

 だがリグレットもマルコ副官とジェイドを相手にしているさなかの狙撃は隙を生んだ様だ。その隙を見逃さなかったジェイドの譜術を食らって吹き飛んだ。

 突きが阻害されたとはいえアッシュはその身に斬撃を受けた、まだチャンスはある!

 

「アッシュ! ここは引くぞ!」

 

 その時リグレットが撤退の意思を見せた。

 

「ぐっ、何だと!?」

 

「今のこの相手に、私達の陣容では勝てない! 退却だ!」

 

 馬鹿野郎。みすみす敵を逃すかよ! 俺はアッシュに向けて更に剣を振るった。

 

「ふざけるな! 俺が、負ける? こんな奴に負けると言うのか!?」

 

 おーおー発奮してるな。俺としてはジェイドがいるこの状況でアッシュとリグレットを討ち取れるなら願ったり叶ったりだ。退却しないならその方がありがたい。

 

「アッシュ!! 我々の計画に取ってお前の存在は無くてはならないものだ! 閣下のご命令を忘れたか!? それとも我を通すつもりか?」

 

 俺の剣を受け止めたままアッシュは屈辱に顔を歪める。そりゃー自分の情報を複写して作られた人間、劣化複写人間だとか屑の出来損ないと思っている相手に負けるのは屈辱だろうさ。

 

「チィッ。くそがっ!」

 

 アッシュは悔しげに吐き捨てると力任せに俺の剣を払いのけた。くそっ。逃がすか! アッシュの背中を追いかけて斬りつけようとするが、リグレットの奴が後ろを向いて譜銃を撃って来た。威嚇射撃だろうが足が止まってしまった。

 

「くそっ」

 

「ルーク! 深追いは危険よ!」

 

 ティアが敵三人を追いかける形になった俺を制してくる。分かってる。この状態なら撃退出来ただけでも良しとしなくてはならない。でもあと少しだったんだ。あと少しでアッシュを殺せる所だったのに! ちくしょう!

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 中に入ってきた敵を撃退した俺達は体勢を立て直した。まずは扉の外で見張りをしていた三人が譜術を食らって倒れていたので介抱し、中に引き入れた。その後に艦橋の指揮権を取り戻す作業を再開し今に至る。

 

「タトリン奏長、さっきは援護ありがとう。おかげで助かったよ」

 

「え、……きゃわ~ん♥ ルーク様に誉められた~♥」

 

 ええい、うっとうしい! そもそも今このタルタロスが襲撃されているのは大詠師モースのスパイであるお前が情報を漏らしたからだろーが!

 

「艦橋の機能、無事回復しました」

 

 ジェイドが静かな声で報告する。そこに居た全員はその声にほっと胸をなで下ろした。これでタルタロスの航行はこちらの意思で行われる様になった。だがまだ油断は出来ない。アッシュとリグレットの2人は退却して行ったが、艦内にはまだ魔物や神託の盾兵が残っているかも知れないからだ。

 

「ここから一番近い町はセントビナーでしょう? そこに停泊するのですか?」

 

 俺はマルクトの地理も把握しているので近場の町に寄るのかどうかジェイドに聞く。

 

「……ええ。確かに神託の盾騎士団に襲われたままではろくに航行出来ませんからね。一度セントビナーに停泊して残敵が居る様なら掃討する事となるでしょうね。しかしルーク様はキムラスカ人の割にマルクトに土地勘がある様ですね」

 

「屋敷の中で軟禁されていて暇だったからな。マルクトも含めて世界の地理は勉強してある。タタル渓谷で迷ったのは自分がどこに居るか尋ねる相手が誰もいなかったせいだな。ようやく会えた馭者の人にはうっかりしていて場所を聞き忘れたからなぁ」

 

「そうでしたか」

 

 うーん、自分でも言ってて苦しい言い訳だ。でもあそこでエンゲーブ方面へ来ないとこいつらと合流できなかったからなぁ。

 そんな会話をしながらも、ジェイドの目は俺を探る様に見ていた。先ほどの鮮血のアッシュが俺と全く同じ顔なので、レプリカについて考えが及んだからだろう。俺が七年前に記憶喪失になった事も話してあるから、俺の方がレプリカであることは確定的だろうし。

 

 それにしても、アッシュか。仕留めきれなかったのが実に残念だ。

 

 何故俺がそれほどアッシュを殺す事に執念を燃やすかというとだ。アッシュの存在は俺にある最大の死亡フラグ、大爆発(ビックバン)を引き起こす原因になるからだ。詳しく説明すると長くなるから省くが、俺とアッシュの二人が生きていると大爆発という現象が起きる可能性があるのだ。そしてその現象が発生すると俺は死ぬ。死ぬのだ。更に言うなら死んだ後に俺の記憶がアッシュに残るという訳の分からない現象も引き起こして。その為アッシュは出来る事ならこの場で殺して起きたかった。自分が生き残る為に。……自分が、みっともなくて、最低な人間だという自覚はある。それでも俺は生きたい。死にたくないんだ。

 まあ殺せなかったのは確かに残念だが、大爆発は必ず起こる訳じゃない。原作で大爆発が発生した大きな要因の一つ、コーラル城を回避すればいい。そしてそれはさほど難しい事じゃない。対策もいくつか練ってある。……大丈夫だ。俺は必ず生き残ってみせる。既に人を殺してしまった俺なのだから。

 

「セントビナーが見えて来ましたね」

 

 アッシュの事を考えていると、そんなジェイドの声が聞こえてきた。セントビナーか。さてどうなる事やら。

 




 原作との相違点:ラルゴ死亡。マルクト兵四名生き残り。ジェイド封印術食らわない。アニスがタルタロスから落下しない。アッシュとの初顔合わせ。タルタロスが拿捕されない。
 ラルゴ退場です。原作を知っている人は驚かれたと思いますが、これはある意味必然とも言える結果です。原作においても同様にジェイドの槍に貫かれるラルゴですが、“何故か“ジェイドがとどめを刺さずに見過ごした為ラルゴは生きながらえる事になります。ここが凄く不自然なんですよね。ジェイドは十年以上軍人をやっている歴戦の猛者です。いくら封印術を食らった直後とはいえとどめを刺さないなんてことはありえないんです。これはぶっちゃけてしまえばただの制作上の都合だと思います。ジェイドがラルゴを刺す展開を描きたい。でもラルゴはこんな序盤で退場させたくない → ジェイドに不自然な行動を取らせる、というね。
 私はこういう、制作上の都合で登場人物に不自然な言動をさせたりするのが大嫌いなんですよ。なので、この作品では作品世界に生きている登場人物の都合を優先させる事にしています。制作者である私が困る様な展開になったとしても、登場人物の意向や行動を優先させます。
 その結果がこの序盤でのラルゴ退場です。転生ルーク君にとって、ラルゴは厄介なだけの敵でしかありません。ゲームであれば後々ナタリアとの間にイベントが起きるという“都合“がありますが、そんな事は転生ルークには何の関係もありません。なのでこの後に何度も戦う事になるのをさける為、ここでとどめを刺しました。
 アッシュと顔合わせしたのも同じ事です。原作ではアッシュとの出会いは引っ張りに引っ張ります。それはゲームとしての演出上の都合です。ですがこの作品ではその様な都合を廃して、転生ルークがこう動く、そうするとこうなる。こうなったからああなる。といった風にシミュレーションした結果、ここでアッシュと顔を合わせる事になりました。
 最初はアッシュをここで殺す展開も考えていました。ですが敵であるヴァン一味にとってアッシュはなくてはならない存在なので、自分が危険にさらされてもアッシュを守るんだろうなぁ、と思ったのでこの様な展開になりました。



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第9話 城砦都市 セントビナー

貰った感想が100件、お気に入りが1400だ、と……。皆さんこんな小説を読んで下さり誠にありがとうございます。皆さんに見られる事で力が湧いてきます。本当にありがとう。


 セントビナーに到着した。この町は薬品の生産地でもあるが、国境近くに位置するため城砦都市として常備兵がいるのだ。ここの兵士さん達の力を借りて、まだタルタロス内部に残っている魔物や神託の盾(オラクル)騎士団の兵士達を掃討するのだ。

 

「セントビナーに着きましたが、敵の攻撃はありませんね。先ほどの六神将の命令で撤退したのでしょうか?」

 

 ジェイドの言う通り、あの後も艦橋(ブリッジ)に侵入してくるかも知れない敵を警戒していたのだが、艦橋への襲撃は無かった。……本当に撤退したのか? それならばありがたいのだが。

 

「非常用の昇降口(ハッチ)があります。そちらから外へでましょう」

 

 その言葉に従い、俺達は全員で昇降口へ向かった。

 

 昇降口から降りるとセントビナーの兵達がわらわらと集まってくる。

 

「マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐です。密命を受けた作戦行動中に神託の盾騎士団に襲撃された為、セントビナーに救援を頼みに来た」

 

 ジェイドが前に出て事情を説明しだすと兵士達の警戒が緩んだ。

 

「私が把握している残存兵力は今後ろにいる数名だけだ。艦内には敵兵や使役された魔物が残っている可能性がある。臨検はセントビナーの軍責任者と話してから行って貰いたい。それまでは昇降口などから敵兵が出てこないか、見張りをお願いしたいが……構わないでしょうか?」

 

 問いかけられた兵――多分小隊長か何かだろう――はジェイドに向けて敬礼をすると自分の周囲に居る兵士達に指示を出し始めた。そこで俺はジェイドに話しかけた。

 

「カーティス大佐、貴方はセントビナーの軍本部に出頭するのでしょうが、導師イオンと護衛のタトリン奏長は先に宿屋で休んで貰った方が良いのでは? ……それと、出来ればセントビナーの責任者と話す際は俺も同席させていただきたいのですが」

 

「イオン様は、確かにそうですね。先に休んでいただいた方がよろしいでしょう。しかし同席したいとは……一体何故?」

 

 そりゃ不思議に思うよね。でもこれは必要な事なんだ。譲る訳にはいかない。

 

「私なりに、セントビナーの軍責任者に提案したい事があるんです。ご迷惑で無ければご一緒させて貰えませんか?」

 

 ジェイドは俺の言葉に疑問を抱いているようだが、まあいいでしょう。とうなずいてくれた。良かった。これで第一段階はクリアだ。

 

 そこで俺達は宿屋に行くイオンにアニス・ティア・マルクト兵三名と、軍本部に行くジェイドと副官のマルコさん、そして俺に別れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「おお! ジェイド坊やか!」

 

 白い髭を腰の辺りまで伸ばしっぱなしにした老人……老マクガヴァンは喜んだ顔をして迎え入れてくれた。しかしその彼の子でもあり、軍本部の責任者であるグレン・マクガヴァン将軍はあまり歓迎ムードとは言えないしょっぱい顔になった。

 

死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド……」

 

 そう言えばこの人とジェイドの間には確執があったっけ。確執というかこの人が一方的にジェイドを苦手に思っているんだったか。

 

「ご無沙汰しています。マクガヴァン元帥」

 

「わしはもう退役したんじゃ。そんな風に呼んでくれるな。お前さんこそ、そろそろ昇進を受け入れたらどうかね。本当ならその若さで大将にまでなっているだろうに」

 

「どうでしょう。大佐で充分身に余ると思っていますが」

 

 この二人の会話にある通り、老マクガヴァンは元マルクト軍元帥という立場にあった人だ。その後退役してこの町の代表者に選出されたというえらーいお人だ。

 挨拶や俺の自己紹介などそこそこに、ジェイドは自分達の状態を報告し始めた。皇帝陛下から密命を受けて、導師イオンを伴って作戦行動中だった事。神託の盾騎士団、恐らくは大詠師派の連中に襲撃されて乗艦している兵士に多数の死傷者が出た事。なんとか艦橋を取り戻してセントビナーまで移動できたものの、まだ艦内には敵兵や魔物が居るかも知れない事。

 

「なんと……」

 

 話を聞いた二人は驚いて目を見張った。まあ無理もないだろうな。導師イオンを伴うとか、それによって他国(厳密に言うとダアトは自治区だけど)の軍から襲撃を受けるなどかなりの大問題だし。

 

「なので、申し訳ありませんがセントビナーの兵を借りてタルタロス内部の敵を掃討したいのです。マクガヴァン将軍には多大なご迷惑をおかけしますが、なにとぞお願い申し上げます」

 

 マクガヴァン将軍は難しい顔をして考え込んでいたが、少しすると口を開いた。

 

「分かった。神託の盾騎士団に襲撃されたとなれば国際問題だ。残敵はできうる限り捕縛しよう」

 

 なんとか話はまとまりそうだ。その後もこまごまとした決めごとを二人は話し合った。一段落付いた所で俺が口を挟んだ。

 

「マクガヴァン将軍、それからカーティス大佐。お二人に提案があるのですが。タルタロスの航行に必要な乗員をセントビナーの兵士から借り受けられませんか?」

 

 俺が発言するとその場の全員が驚いた。その驚きも引かないままにたたみかける。

 

「カーティス大佐は、内容は密命なので明かす事はできませんが、皇帝陛下の勅命で動いています。勅命です。その為カーティス大佐と導師イオンはタルタロスを航行してケセドニアに入港し、キムラスカに入国しなければなりません。ですが今回の襲撃で大佐の部下には多数の死傷者が出ました。その分の人員をセントビナーの人員で補充する事を提案します。」

 

「ルーク様、それは……」

 

 ジェイドが難しい顔をする。そりゃ和平交渉については密命だからマクガヴァン将軍達に明かす事は出来ないよな。けれどタルタロスの航行に人数が必要な事は確かで、その為にはどこからか人員を借りてこなければならない。だとしたらセントビナーで人員を借りるしかないじゃないか。

 

 

「タルタロスに補充して少なくなったセントビナーの人員に関しては首都グランコクマから補充の人員を送って貰えばいい」

 

 それに俺は知っている。この和平交渉の先には災害が起きて被災地になっている「アクゼリュス」という土地に救援に赴かなければならない事を。タルタロスの人員はその救援を行う人員でもあったのだ。このままタルタロスをここに放置してキムラスカへ向かうとなると後々アクゼリュスへ行く時に全然救援の人員が居ないという事になってしまう。

 加えてタルタロスには救援の為の薬など、物資が山と積まれているはずだ。それもタルタロスが航行できなくなると意味のないものになってしまう。だから原作の様に神託の盾騎士団にタルタロスが拿捕されていないこの状況では、タルタロスを航行させるかさせないかで今後の状況が大きく変わってしまうのだ。

 

「カーティス大佐。貴方の部下だけでは航行できなくなったタルタロスをこの場所に置いていくとなると、キムラスカへ入国できるのは1ヶ月以上先になってしまうだろう。だがセントビナーから人員を補充して貰いタルタロスが動かせる様になれば、マルクトの領海を通ってケセドニアに辿り着くのはすぐだ。」

 

「それは……確かにその通りですが」

 

 俺達の言葉にマクガヴァン将軍が慌てて遮ってきた。

 

「ちょっと待って下さい! 勝手に話を進められては!」

 

 まあそりゃあすんなり協力してはくれないよな。そこで妥協案だ。

 

「マクガヴァン将軍、先ほども言いましたがカーティス大佐が動いているのは皇帝陛下の勅命です。マルクトの臣民であれば皆が従わなければならない筈だ。もしどうしても補充の兵を貸していただけないというなら貴方から首都グランコクマに問い合わせてみればいい。今カーティス大佐とタルタロスがこの様な状況に陥っているが、セントビナーの兵士を補充人員として協力していいかどうか」

 

 これが俺が考えた対策だ。マクガヴァン将軍はマニュアル人間とまではいかないが、皇帝の命令がないと動かない様な人物だ。だが逆を言えば皇帝からの命令があれば協力してくれるという事でもある。

 

「ふむ……皇帝陛下の勅命……かの。グレンや、ジェイド坊やの為にもグランコクマに問い合わせをするぐらいは構わないのではないかの?」

 

「父上……っ!」

 

 おお、老マクガヴァンが賛同してくれたぞ。これは上手くいくか……?

 その後、俺とジェイドと二人のマクガヴァンさん達とで話し合ったが、最終的にジェイドとその一行、タルタロスはしばらくここで待機し、マクガヴァン将軍はグランコクマに伝書鳩で問い合わせをする事になったのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ルーク! ルークじゃないか! やっと見つけた!」

 

 俺達が軍本部から出て宿屋に行こうとすると、町中で声をかけられた。家の使用人のガイ・セシルだ。……なるほどね。原作とちょっと状況が変わったからここで出てくるわけだ。あと公式の場では一応様付けしてくれ。使用人。

 

「ガイ! 良かった。バチカルから迎えに来てくれたんだな!」

 

 ガイと会えた喜びもそこそこに、俺達は宿屋に向かう事にした。宿屋に主要な人物が集まっているから紹介するならその方が手間が省けると思ったのだ。

 

「お帰りなさい。ジェイド、ルーク。セントビナーの責任者との話はまとまりましたか?」

 

 俺達を迎えてくれたイオンが話し合いの結果を聞いてくる。

 

「ええ、タルタロス内部の掃討についてはセントビナーの兵士達で行ってくれる事になりました。ただ、これからの事については意見が分かれてしまい……」

 

 ジェイドが話し合いの内容を説明する。俺が提案したタルタロスへの人員補充についてもだ。話を聞いたティア達は無茶な提案をする、という様な顔を俺に向けて来た。……しゃーねーだろ。ジェイドやイオンは明かしてくれないけれど、アクゼリュスは一刻も速く救援に赴かなければならない場所なんだから。タルタロスを降りて徒歩移動や馬車移動なんて冗談じゃない。

 

 一通り説明を終えた後に、俺の後ろから入って来たガイを紹介する。

 

「彼はガイ。ファブレ公爵家で世話をしている使用人だ。マルクトに飛ばされた俺を探してここまで来たらしい。セントビナーで合流できたのは幸運だった」

 

「ガイだ。よろしく」

 

 ガイが自己紹介するのに合わせて皆も自己紹介をする。そして何故この様な状況になっているのかも。その中でティアを紹介した時は一悶着あった。

 

「君は……!!」

 

「ガイ。彼女は屋敷を襲ったけれど俺に害意は無いって言うんだ。ここに至るまでの旅においても、俺と一緒に魔物や神託の盾兵と戦ってくれた。彼女がいなければ俺はもしかしたら死んでいたかも知れない。バチカルに戻ったら逮捕されるかも知れないがここはマルクト領内だ。抑えてくれ」

 

 実際、タルタロス内でも彼女を拘束するかどうかという話が出たが、キムラスカ国内で事件を起こしただけの人をマルクト軍が捕らえるのは問題があると言って事なきを得たのだ。

 

「……ルーク様がそう言うなら信用してもよさそうだな。だが俺はルーク様の護衛も仰せつかっているんだ。バチカルの屋敷に戻るまでは気を抜かないぜ」

 

 少し距離を取られたティアは傷ついた表情をしつつもうなずいた。その後ろから飛び出したアニスがガイに近づこうとしたとき

 

「……ひっ」

 

 ガイは悲鳴を上げて後ろに飛び退いた。

 

「……なに?」

 

 避けられたアニスは怪訝な顔をした。ああこれがあったな。アニスとティアにはちゃんと説明しておいた方がいいな。

 

「ガイは女嫌い、というより女性恐怖症なんだ」

 

「わ、悪い……。キミ達がどうって訳じゃなくて……その……」

 

 ガイは俺の後ろに回って震えながら弁解している。アニスは面白がる様な顔をして近づいて来た。

 

「ええーっ!? 女嫌い?」

 

 面白がって近づいてこようとするアニスを体で制する。

 

「タトリン奏長。それにティアさんも。ガイの女性恐怖症はかなり深刻なんだ。幼い頃の経験でそうなってしまって、本人も本気でどうにかしたいと願っているんだが、どうにも出来なくてね。出来ればからかったり、思いつきで体を触れさせたりしないでくれないか。頼むよ」

 

 俺はアニスとティアに向けて、腰から90°頭を下げた。

 

「分かった。不用意に貴方に近づかないようにする。それでいいわね」

 

「アニスちゃんも了解で~す」

 

 俺のその真面目な態度を見たからか、二人とも分かってくれた様だ。……原作だと結構ガイは三人の女性パーティーメンバーにからかわれるが、恐怖症の原因を知ってしまうとちょっとしたからかいすらさせたくないからな。

 

 その後はしばらくの間セントビナーに待機する方針なので、各人それぞれ休憩し始めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ルークもえらくややこしい事に巻き込まれたなぁ……」

 

 今までの事情を全て話し終えた後、ガイはそう言ってため息をついた。

 

「ファブレ公爵家の人間ならキムラスカ人ですね。ルーク様を探しに来たのですか?」

 

「ああ、旦那様に命じられてな。マルクトの領土に消えていったのは分かってたから。俺は陸伝いにケセドニアから、グランツ閣下は海を渡ってカイツールから捜索していたんだ」

 

 ……ガイ。お前はそうやってずっと嘘をつき続けるつもりか。いや、嘘をついているのは俺もだからお互い様……か。でもそれも後少しだ。俺の計画通りなら、もう少しすれば俺は全てを明かさなければならなくなる。その時には出来ればガイにも打ち明けて欲しいな。

 しかしそれはそれとして、この会話を聞いている皆も気づかないってどーよ。ガイの今の話には致命的な矛盾があるのだ。イオンやアニスはともかく、ジェイドや……特にティアは気づいてもいいと思うのだがなぁ。

 

(これも預言(スコア)の弊害ってか? 自分の頭で物を考える力が衰退してるのかね?)

 

 それはさておき、ヴァンも俺を探しているって事か。原作のルークだったら一も二も無く喜ぶんだろうが、俺が気にするのは別の事だ。

 

「なあ、ガイ。俺の勘違いかも知れないんだが。俺の捜索でマルクトに入国したのはお前とヴァン謡将(ようしょう)の二人だけって聞こえるんだが……。そんな事ないよな? もっと大勢の人員が捜索に出されたんだよな?」

 

 原作でも不思議に思った事だ。「ルーク・フォン・ファブレ」は単なる公爵子息ってだけじゃない。同時に王族でもあるのだ。現国王の甥で第三王位継承者、なのに捜索する人数がこの広大な大地に比べて二人ってどーよ!?

 

「あ、いや。それなんだがな、今キムラスカとマルクトの間はかつてない緊張状態だろう。旦那様の部下である白光騎士団はマルクトに入国させられなかったんだ。同じ理由でキムラスカ軍の兵士も駄目だ。だから捜索は俺と閣下の二人だけなんだよ」

 

 はは、と軽く苦笑いしながらガイが言ってくる。だとしても入国に問題ない民間人をお金で雇って捜索とか出来るじゃねーか! というのはツッコんじゃいけない事なんだろうな。

 

「まあそれはいいよ。こうして無事ガイと合流できたんだからな。それで……ガイ。俺は何の準備もなくマルクトの領土に投げ出されたんだ。ここからマルクトの出国手続きとキムラスカへの入国手続きをする旅券が無いんだよ。当然うちから旅券を発行して貰ってきてるよな?」

 

 そう言うと、ガイは眉根を寄せて困った表情をする。

 

「あ、ああ。確かに旅券は発行してもらっているよ。けどそれは俺じゃなくグランツ閣下が持ってるんだ」

 

 知ってた。しかし容赦なく追求させて貰うぞ。

 

「はぁ!? 何でそーなる! ガイ、お前はうちの使用人、ファブレ家の身内だろ。それに対してヴァン謡将は親しくしていると言っても外部の人間じゃないか! なんで謡将に旅券を預けるんだよ!」

 

 しかもだ、俺とティアが飛ばされたのはケセドニアの北東にあるタタル渓谷だ。万が一の為に二手に分かれて捜索するのはまあ納得する。けれど、距離的に言えば海側から来るヴァンよりケセドニアから陸伝いで移動するガイの方が早く俺達に出会える確率が高いのなんて子供でも分かることじゃないか! 実際こうしてヴァンより先にガイと合流してるんだからさー。旅券はガイが持っておくべきだろうが。

 

「い、いやー。ははは。確かにその通りだけどグランツ閣下は神託の盾騎士団で主席総長だろ? 年も俺よりだいぶ年上だし旦那様も信用されているから……自然と閣下に旅券を預ける事になったんだ」

 

 なんつー言い訳だ。まるで嘘をついている時の俺じゃないか。

 

「まあ終わった事はいいよ。しかしそれじゃあ俺は謡将と合流するまでマルクトを出国出来ないな」

 

 原作知識で知っていたとはいえ、面倒な事になったとため息をつく。

 

「ま、まあ気を落とすなよ、ルーク。それより初めて見た屋敷の外はどうだった? 色々と見て回ったんだろう?」

 

 ガイが気をそらす様に話を変える。……まあ、いっか。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ルーク様ぁ~♥」

 

 ハートを飛ばしてくっついてくるアニス。正直苦手だ。この世界では俺達もイオンのそばに居たのでアニスはタルタロスから落ちていない。俺達と一緒に居る。アニスの事を思う。

 大詠師モースがイオンにつけたスパイ。タルタロスの情報を漏らしてジェイドの部下が死んでしまう原因を作ったアニス。最終的にイオンを裏切ってイオンを死なせてしまうアニス。だがゲームではパーティーメンバーで仲間のアニス。両親の借金のせいで大好きなイオンを裏切らなけれればならないアニス。可哀想なスパイ。……だけど俺はアニスを救済するつもりは無い。

 カッコイイ転生者ならば自分の力を使ってアニスを救済するんだろうな。だけど俺はしない。リスクに比べてリターンが少ないからだ。リスクはアニスの両親がした借金、あとは救済した後に「何故自分の状況を知ったのか?」と聞いてくるアニスを躱す事。リターンはイオンの側に信頼できる護衛が一人できるだけ。

 お金くらい何とかしたらいいじゃないか、と言う人も居るだろう。だけどなぁ、お金ってのは大きいんだぞ。その為に人が人を殺したりするくらい大きなファクターだ。そして、俺は公爵子息ではあるが公爵ではない。自分の自由に動かせる金なんかないのだ。両親にねだる事もできない。両親からしてみたら、何故ダアトの導師守護役(フォンマスターガーディアン)を助けなければならないの? ってなもんだ。だからお金を返す事でアニスを救う事は出来ない。俺の出来る事には限界があって、手が届く人と届かない人がいるのだ。

 お金を返すというリスクは大きいのに、返ってくるリターンは少ない。イオンの護衛ならそこら辺に居るマルクト兵でもキムラスカ兵でも引っ張ってくればいいだけだ。守られる側のイオンからしたら、心を許せるたった一人の存在は大きいかもしれない。でも実際に「体だけ」を守るなら兵士さえいればいいのだ。アニスである必要は無い。

 だから、俺はアニスを救わない。リスクに比べてリターンが少ないから。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 夜も更けた頃、トイレに行き廊下に出た時だった。扉の前にジェイドが待ち構えていた。

 

「どうかしましたか? カーティス大佐?」

 

 言った後に、そういえば切羽詰まった状況ではジェイドって呼んでいたっけ、と思う。……まあいいか、呼び名なんて。

ジェイドは神妙な顔をして俺に問いかけてきた。

 

「もしも、自分が自分でなかったらどうします?」

 

 おっと、その話がきたか。アッシュとの顔合わせが前倒しになったからこの会話も今するって訳か。ジェイドにとっては悩んだ末の言葉かも知れないが、俺に取っては七年間で想定した会話の内の一つに過ぎない。

 

「いえ……。我ながら馬鹿な事を聞きました。忘れて下さい」 

 

 そう言って、話を切り上げようとするジェイドを止めるように言葉を放つ。

 

「ジェイド。俺はさぁ、自分が生まれた事を恨んだ事はないよ。生まれた事を呪った事もない。いや、生まれた以上いつかは死ななきゃいけないからさ、それに対しての絶望はある。でも生まれた事そのものは恨んじゃいない」

 

 ジェイドが、ゆっくりと、こちらを向いた。

 

「例え俺が俺でなかったとしても、俺は俺だ。俺は自分が過ごしてきた七年間にかけてそう自信を持って言えるよ。……それから、俺を生み出した(・・・・・)人や物に関しても恨みつらみはない。ジェイドがどう考えるかはジェイドの自由だ。でも俺は……生まれた事を喜んでいるよ。少なくとも今ここで息をしていられるだけでも嬉しいと思う」

 

 俺の言葉に驚いたのだろう、ジェイドは目を大きく見開いて、口もポカーンと開けてしまっていた。

 

「ルーク。貴方は、まさか」

 

 それ以上言葉を紡ごうとするジェイドに、人差し指を唇に当てる事で制する。これ以上は内緒だ。今はまだ、な。

 

 




 この作品ではタルタロスが拿捕されていないのでマルクト軍で使用できる状態です。しかし動かすにも後々のアクゼリュス救援の為にも人員が必要なのでセントビナーで借り受ける事に。
 プロット段階では「貸してくれYO」「OK」見たいな軽い応酬で済ますつもりでした(汗)でもさすがに現実的に考えるとそうはいかねーだろ、と思ったのでワンクッションを置く事にしました。
 そしてガイさん合流。華麗に参上は出来ずじまい(笑)まあタイミングから言ってこの辺りで接触してくるだろうな、と思ったのでセントビナーの町中で合流させました。
 いまだにティアさんと呼んでいる主人公しかり、ティアに対して距離を取ったガイしかり、この作品では険悪でこそないものの、原作よりも各人の距離が離れているイメージで書いています。……アニスも救わないしね。本編に書いた通りイオンを守るだけなら兵士を三人とか四人つければいいだけなんですよね。必要以上に頑張ってまでアニスを救済する理由はないのです。
 ガイに対する(?)ツッコミ。王族がいなくなってるのに世界中で捜索するのが二人だけとかありえないでしょう。しかもルークは繁栄の預言に詠まれた存在だと言うのに。……どーせ「預言で詠まれているからそれまでは何があっても死なないでしょ」とか考えたんだろうなぁ。
 あと旅券ね。これはホントに意味が分からない。なんで身内のガイじゃなくて外様のヴァンに預けちゃうの。まあこれも主人公は対応を考えていますけどね。


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第10話 流通拠点 ケセドニア

 セントビナーで待つ事数日、一度襲撃を失敗した大詠師派が再度導師イオンを手にしようと襲撃してくる可能性があるので急いで連絡を取って貰った所、首都グランコクマからは「ジェイド・カーティス大佐には勅命が下っている。セントビナー駐留軍は大佐に対して最大限の協力を行うべし」との命令が下った。マクガヴァン将軍は苦い顔をしていたが、これで原作とは違いタルタロスで移動する事が出来る。

 この行動の意味はかなり大きい。まずバチカル帰還までの日数が大幅に短縮される。帰還日数が短縮されるという事はアクゼリュスへの救援に向かうのも原作より早くなるという事だ。そしてなにより大きいのがコーラル城に寄る必要がなくなった事。

 原作において大爆発(ビッグバン)が起きた主な原因はコーラル城でルークの同調フォンスロットが開かれた事だと思われる。だからコーラル城に寄らないという事は大爆発が起こらない、俺が死なずにすむのだ!

 

 俺はそんなウキウキした気持ちで敵が掃討されたタルタロスに乗り込んだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 そんな風に浮かれていたら突然頭痛がやってきた。

 

――目覚めよ……早く……我が声に……

 

 痛い。いつものアレだ。第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体、ローレライの奴だ。奴が俺に言葉を伝えようと意識を繋ぐとこの頭痛が起きる。俺は劣化したレプリカだからお前の声ははっきり聞こえないんだよ! 伝えたい事があるならあのふんぞり返ったオリジナル様にでも伝えやがれ!

 しばらくすると頭痛は治まった。はぁーっ。いつもこの頭痛が治まる瞬間は強い痛みから解放された感じがして首の辺りがじんじんとする。

 

「ルーク? どうしたのですか?」

 

 俺を心配してイオンが声を上げる。

 

「ああ、大丈夫だよ。俺はちょっとした頭痛持ちでね。そのいつもの頭痛がしただけだから。それももう治まったしね」

 

 その後も俺を心配そうに見るイオンに手を振って大丈夫だとアピールする。

 今居るのはタルタロスの艦内だ。一番上等な船室に俺とガイ、イオンとアニス、ジェイドとティアの六人が入っている。もちろん扉の外には見張りの兵士が立っている。

 

「ティア、少しよろしいですか?」

 

 お? ジェイドがティアに何か言うとは珍しいな。なんだなんだ?

 

「貴方が使っている譜歌の件です。前々からおかしいとは思っていたんです。貴方の譜歌は私の知っている譜歌とは違う。しかもイオン様によればこれはユリアの譜歌だと言うではありませんか」

 

 ああ、なるほどこの会話か。はっきりと目立ったイベントじゃないから忘れてた。忘れてたけど……うん、確かにこれは必要な会話だな。

 

「ユリアの譜歌は特別なもの……でしたね。そもそもの譜歌というのは、譜術の詠唱部分だけを使って旋律と組み合わせたもの。本来であれば譜術ほどの力はない筈」

 

 俺の言葉を引き取ってイオンが言う。

 

「ところがユリアの譜歌は違います。彼女が遺した譜歌は譜術と同等の力を持つそうです」

 

 つまり普通の譜歌 = 譜術未満。ユリアの譜歌 = 譜術 って訳だ。

 

「……私の譜歌は確かにユリアの譜歌です」

 

 ティアが素直に認めた。

 

「ユリアの譜歌は、譜と旋律だけでは意味をなさないのではありませんか?」

 

「へー。そうなんですか。ただ歌えばいいんじゃないんですね」

 

 ジェイドの言葉に、アニスが感心した様に声を上げる。

 

「譜に込められた意味と象徴を正しく理解し、旋律に乗せる時に隠された英知の地図を作る……という話さ。一子相伝の技術みたいなものらしいな」

 

 ガイが自らの知識を披露する。

 

「え……ええ。その通りよ。よく知っているのね」

 

 ティアはホドの出身。そしてガイも同じくマルクト領ホド島の出身だから知っているんだよな。

 

「昔、聞いた事があってね」

 

 そう言ってお茶をにごす。

 

「…………。貴方は何故、ユリアの譜歌を詠う事が出来るのですか。誰から学んだのですか?」

 

 ジェイドが再度質問する。

 

「……それは私の一族がユリアの血を引いているから……だという話です。本当かどうかは知りません」

 

 そうそう、これだよこれ。ティアと兄のヴァンがユリアの子孫って話。これを全員の共有知識にしておかなければならなかったんだ。あぶねーっ。原作と違う行動を取って会話を潰してしまう所だった。

 

「ユリアの子孫……なるほど……」

 

「という事は、ヴァン師匠(せんせい)もユリアの子孫という訳ですね」

 

「…………」

 

相変わらず兄の話題になると途端に口を閉ざすなぁ。

 

「ありがとうございます。いずれ機会があれば、譜歌の事を詳しく伺いたいですね。特に『大譜歌』について」

 

「大譜歌? なんですかそれは?」

 

 疑問に思う事は大体アニスが聞いてくれるな。ありがとうアニス。

 

「ユリアがローレライと契約した証しであり、その力を振るう時に使ったという譜歌の事です」

 

 イオンもナイス説明役。俺も原作知識メモってるとはいえ設定オタクじゃないから所々忘れてるしな。

 

「……そろそろいいでしょう。もう疑問にはお答え出来たと思いますから」

 

 ティアが会話を打ち切ろうとする。確かユリアの子孫って事でやっかみを受けたからこういう話題になるのは苦手なんだっけか?

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 今タルタロスはセントビナーからルグニカ平野を西に突っ切って行き、大陸の西にある海を目指している。この航路を取るに当たって、俺には一抹の不安があった。

 原作では南のカイツール軍港からだが、同じケセドニアに向かう船の上でルークは超振動を暴発させるのだ。

 

 超振動とは同位体による共鳴現象なので、本来であれば二人以上の人間が居ないと発生しない筈なのだ。だが第七音素の意識集合体であるローレライと完全同位体で生まれた「ルーク・フォン・ファブレ」だけは、世界で唯一単独で超振動を起こせるのである。そして俺はオリジナル・ルーク、つまり鮮血のアッシュからレプリカ情報を抜き取って作られた完全同位体のレプリカである為、アッシュと同じく一人でも超振動が使えるという訳だ。

 

 原作ゲームだと超振動を暴発させてもさほど大きな影響は及ぼさない様な描写をされていたが、ゲームを基にした漫画版の方では船の先にある大きな山をごっそりと削り取る様な描写がなされていた。……あんな力の暴発なんて俺はしたくない。

 けれど原作で、何故あそこでルークが超振動を暴発させたかは謎のままなのだ。謎のままっつーかいつもの頭痛の奴……ローレライから回線を繋がれて、体を操られて超振動を発生させるんだけど。それが何故なのか分からないのだ。

 一応俺が考えた理由としては、

 

一、コーラル城でアッシュに向けて同調フォンスロットを開かれた為。

 

二、同調フォンスロットは関係ない。世界地図の上で特定の場所を通った時にそうなる。

 

三、上記二つとも関係ない。単なる時間経過。その日になればフォンスロットが開いていようがいまいが、どの場所にいようが無理矢理回線を繋がれる。

 

 この三つだ。俺としては一番目の同調フォンスロットが一番可能性があると思っている。ルーク、というか俺は七年間屋敷に軟禁されている中で何度もあの頭痛に襲われた。頭痛 = ローレライが回線を繋げようとしている。だとすると結構頻繁に奴は俺に言葉を伝えようとしていたはずだ。だがそれなのに、七年の間に回線が繋がった事は無かったのに、原作ゲームでは旅に出たとたん、ケセドニアまでの海の上ではっきりと回線を繋がれて体を操られるのだ。

 屋敷に軟禁されていた状態とケセドニア付近の海とで何が違うか? と考えた時に思い浮かぶのが同調フォンスロットと、地核に居るという奴との相対距離だ。

 超振動の暴発を起こしたくない俺にとってはコーラル城を回避できたのは素直に嬉しい。これなら原因が一番目だった場合、海の上で超振動の暴発は起こらないという事になる。

 特定の場所を通る時に回線を繋げられるとしたら、もうそれはどうしようもない。今じゃなくてもいつかはその場所を通る事になるだろうから。

 三番目の場合も同様だ。俺の力ではどうにもならない事だ。ただ原作よりバチカルに帰る日数が早まっているので、三番目だった場合バチカルの屋敷に戻った後に暴発するかも知れない。

 ええい、くそ。色々な事を想定して動いている俺にとって自分の力でどうにもならない事ほど厄介なものはない。……とりあえず暴発が起きた時の為に航海している最中は出来るだけ甲板に出ている事にしよう。護衛として側についているガイには初めての海だからじっくり見て起きたいとでもごまかすしかないか。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ……無事、ケセドニアに寄港した。超振動の暴発は起こらなかった。という事はやはり同調フォンスロットを開くかどうかが原因という事か? まだ三番目の日数の可能性が残っているので油断はできないが、だとしたら嬉しい。

 同調フォンスロットについて簡単に説明しておこう。原作ではアッシュの野郎がレプリカであるルークと精神的に繋がりを持ちたい為に、コーラル城の装置でルークの同調フォンスロットをアッシュに向けて開かせるのだ。これがミソなのだ。ローレライとアッシュは完全同位体。そして俺とアッシュも完全同位体。つまり ローレライ = アッシュ = レプリカ・ルーク という等式が成り立つのだ。そこから考えると、レプリカ・ルーク → アッシュ という流れで同調フォンスロットを開くと言う事は レプリカ・ルーク → ローレライ この二者間でフォンスロットが開かれる事と同意義な筈なのだ。だから俺は超振動が暴発する原因として同調フォンスロットを考えたんだけどな。ローレライに向けて俺の同調フォンスロットが開かれる、それによりローレライから同調される、というね。

 こう考えるとコーラル城はホント回避できて良かったなぁ。それだけ原作のアッシュが取ったこの行動は(レプリカ・ルークにとって)悪手だったという事だ。

 

 さて、ケセドニアに着いたはいいが俺はまだケセドニアの町に入る事が出来ない。旅券がないからだ。だがそれについては一応対策してある。セントビナーの町を出発する際に、俺は伝書鳩を使ってカイツールの国境、そのキムラスカ側に連絡しておいたのだ。

 「ローレライ教団詠師にして神託の盾(オラクル)騎士団主席総長のヴァン・グランツ謡将(ようしょう)が訪れたら、この手紙を渡して下さい」と。そしてその手紙の中には「ヴァン師匠へ、セントビナーの町で無事ガイと合流する事が出来ました。更に幸運な事にセントビナーからケセドニアに水陸両用の船で移動できる事となりました。つきましては貴方の持っている旅券がないとケセドニアに入る事ができないので、カイツールの国境からケセドニアのマルクト領事館宛に俺の旅券を送って下さい。よろしくお願いします」とな。これで数日はかかるだろうがマルクト領事館に俺の旅券が届く筈。しばらくの辛抱だな。

 ちなみにジェイドやイオンもまだケセドニアの町に入らずタルタロスで過ごしている。別に俺に遠慮している訳ではなく、軍人である自分達がキムラスカに入国するには厳しい審査が行われるだろうから、その際に俺に口利きして欲しいからだ。なので俺の旅券が届いてから全員で出国手続きなどを行う事にしたのである。

 

「あー、暇だー。やることがないー」

 

「だらけてるなー、ルーク」

 

 船室の中でガイと駄弁りながらだらけている。そうしてガイの姿を見ているとふと思いついた事があったので追求してみる事にした。

 

「そういやガイ、一つ聞きたい事があったんだ」

 

 ん、何だ? などとのんきにしている場合じゃないぞガイ。これからお前の本質を突く質問をするんだからな。

 

「『俺は陸伝いにケセドニアから』ってお前言ってたよな? それはつまりケセドニアから陸伝いでセントビナーにやって来たって事だよな」

 

「ん? そりゃーそうだろう。海路を使わないでケセドニアから移動するにはその移動経路しかないんだから」

 

 そうだろうともさ。でもなガイ、お前のその移動経路には1つ難点があるんだよ。

 

「へーそうなのかー。俺とティアさんがケセドニアからルグニカ平野の大陸に移動する時は、ローテルロー橋っていう巨大な橋を馬車で通って来たんだ。でもなガイ? そのローテルロー橋って俺達が通った直後に(・・・・・・)漆黒の翼っていう盗賊集団に爆破されて通れなくなっちまってるんだよ。…………その状況でお前はどうやって陸伝いにセントビナーへやって来たんだ?」

 

 俺が種明かしをするとガイはピタッと体の動きを止めた。

 

「え、とそれは、その」

 

 明らかに動揺しているな。何故ガイがローテルロー橋が爆破されているのに、かつ俺がいるセントビナーにピタリと会いに来られたか。それはどう考えてもヴァンに協力して貰ったから以外に考えられない。ヴァンの配下である妖獣のアリエッタの空飛ぶ魔物を貸してもらい、タルタロスの戦闘で俺を見たリグレットがヴァンに連絡する → ヴァンがガイに連絡する、という流れで俺がタルタロスに居るとあたりをつけたんだろう。

 だがヴァンと裏で繋がっている事を秘密にしているこいつはそれを俺に話す事が出来ない。ここでガイが「ヴァン謡将が空飛ぶ魔物を貸してくれて~」と言ってくれれば、ヴァンとアリエッタ、つまりマルクトを襲撃した六神将と繋がっている事が明らかに出来たのにな。

 

「俺とティアさんが橋を通ったのは超振動で飛ばされたその日の夜だ。陸伝いに来たってんならお前はバチカルからローテルロー橋まで一瞬で移動していないと無理だぞ」

 

 それは、とかえっとだな、とか言いつつ上手い言い訳を探している様だ。……もういいか、助け船を出してやるか。

 

「岸と岸を結ぶ臨時の定期船でも出てたのか? それなら確かにルグニカの大陸に来る事は出来るな」

 

 うんうん、などと白々しくうなずいてみる。

 

「あ、あーそうなんだよ。橋が落ちちまってケセドニアから移動する人達が困っててなー。移動する為の船が少ないけれど出てたんだよ」

 

 俺の案に乗っかってきたか。……まあ今はまだそれでいいさ。でもいつか話してくれるよな?

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ケセドニアについて数日後、マルクト領事館に旅券が届いたので全員で出国手続きをした。全員と言っても俺、ガイ、ティア、ジェイド、イオン、アニスの主要メンバーに、生き残った副官のマルコさんを含めた十名の兵士だけだ。原作と違い死亡してしまったタルタロスの兵士を補充したので、ぞろぞろと兵士を連れ歩いて移動する事が出来るという訳だ。

 

 ケセドニアの町を見て回りたいが、まずはキムラスカ領事館で入国手続きと船の手配だ。遊びで来た訳じゃないからな。

 

 キムラスカ領事館での手続きはさほど待たされる事なく終了した。やはりファブレ公爵家の名前がでかいらしく、領事はぺこぺこと頭を下げて応対してくれた。

 又、ジェイドは連絡などしていないだろうから、バチカルに導師イオンを連れたマルクト帝国の和平の使者が訪れると鳩で連絡する様にお願いしておいた。原作では、っつーかこの世界でもだけど連絡入れないとかあり得ないだろ! 日本の外交官が事前の連絡全くなしに外国に行って「うちの国と和平して下さい」とか言っても「はぁっ?」って言われるだけだろうが。中世の世界観だからって外交なめんなっつの。

 

 手続きは滞りなく終わったが、船の出発まではまだ時間があるというので、俺やイオンの希望もあって町中を見て回る事になった。

 

「イオン、それからジェイド。一つだけ俺の希望を叶えて貰っていいか? 出来ればこの機会に町の代表者であるアスターさんに挨拶しておきたいんだが。俺は本来バチカルの屋敷で二十歳まで軟禁されている身だけど、二十歳になれば社交界に出る事になるんだ。アスターさんとは顔なじみになっておきたい」

 

「僕は構いませんよ。僕としても久しぶりにアスターに会っておきたい所でしたし」

 

 イオンに次いでジェイドも了承してくれたので、最初にアスターさんの屋敷に行く事になった。屋敷で会ったアスターさんは原作の通り非常にうさんくさい顔をしていらっしゃった。原作知識がなければ怪しい人と思って終わりだな。でも実際にはゲーム中でも屈指の良い人というね。あと屋敷ではお金持ちに反応したアニスがたいそう発奮しておられた。

 アスターさんとの挨拶を終えた俺達は出港時間までの間ぞんぶんにケセドニアの町を見て回った。さすがにこれだけの兵士に囲まれていれば、原作の様に漆黒の翼が財布をスリ取る隙間もないだろう。食材、薬、武器、防具など、交易都市だけあって物が豊富だった。中には明らかに攻撃力が高いと分かる剣などもあったが、予算的に手が出ない事と手に慣れていない武器を振るうのは危険なので見送った。……やっぱり実物も凶悪な形してたな、ドラゴンキラー。

 

 原作では町中でシンクに襲われるから警戒だけはちゃんとしていたのだが、結局最後まで敵の襲撃は無かった。

 

 タルタロスとセントビナーから借りた乗員をマルクト側の港に残し、俺達はキムラスカ側の港から連絡船キャツベルトに乗って出港した。

 




 フーブラス川カット、国境の砦 カイツールカット、カイツールの軍港カット、コーラル城カット。一気にショートカットです。ヴァンも船に乗っていません。カイツールの国境でポツーンとしているがいい。ケセドニアの襲撃も無いのでカースロットも無しです。
 原作において、ケセドニアに向かう船の中で起きた超振動の暴発ですが、作中に書いた通り私は同調フォンスロットが一番怪しいと思っています。なのでこの作品ではローレライとの同調、それによる超振動の暴発は起こさせませんでした。
 ガイの移動経路についてのツッコミ。原作でガイが正直に話してくれていたらヴァンと六神将が繋がっているという事でジェイドもイオンもアニスも、ヴァンをもっと警戒したでしょうね。アクゼリュスの崩落すら防げたかも知れない。まあ結果論ですが。
 原作と違い、タルタロスでジェイドの部下が全滅しておらず、セントビナーからの補充兵もあるので副官のマルコさん含め十名の兵士がついて来ている設定です。これでジェイドも貧相な使節団とか言われない筈。


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第10.5話 IF話 原作エピソード消化 カイツールの軍港

 この話は本編とは何ら関係ないIF話です。もし転生ルークがカイツールの軍港へ行っていたら、というもしもの可能性の話です。いつもよりクオリティが低いです。駄文です。ほとんど会話劇になります。
 それでも良ければドゾー。
 又、活動報告のEDの解釈にコメントを寄せて頂いた方、ありがとうございました。それに対する私の返信を投稿してあります。良ければ見て下さい。



 その現状は酷いものだった。施設が破壊され、兵士は血に塗れて倒れている。倒れているのは兵士だけではなく、魔物のライガもいる。炎が舞い、血と煙でむせかえる臭いが立ちこめている。

 

「やっぱり来たのね、妖獣のアリエッタ」

 

 ティアが杖を構えながら言う。

 

「なになに? 根暗ッタと何かあったの?」

 

 ……なぁアニス。俺はお前の事は嫌いじゃないが、その自分より役職も年も上の人間を根暗と呼ぶのはどうにかならんのか。何というか、お前の性格の悪さがにじみ出ているようで良くないぞ。

 

「フーブラス川でも襲ってきたんだよ。その時はあの子、障気にやられて倒れちまったんだが……」

 

 ガイが説明する。フーブラス川で一度相対したが、地震が起きて障気が噴出したのだ。それによってアリエッタは倒れたのだが……。

 

「僕がお願いして見逃して貰ったんです」

 

 イオンの表情は暗い。そりゃそうだろう。あそこで見逃したせいで今ここで死人が出ているのだから。

 

「こうなる事は分かっていたんですが、過ぎた事ですし、その件はもういいでしょう」

 

 ジェイド、死人が出ているこの状況で過ぎた事ってのはどうなんだ。まあお前からしたらキムラスカの施設や人が破壊されようがどうでもいいのかも知れないけれど。

 

(イオンが止めたとしても殺しておくべきだったか)

 

 物騒な事を考えながら、港の埠頭へ足を進める。

 

「アリエッタ! 誰の許しを得てこんなことをしている!」

 

 埠頭で少女に剣を向けているのは俺の師匠(せんせい)にして主席総長のヴァン・グランツだ。剣を向けられた少女は少し不気味なぬいぐるみをきゅっと抱きしめている。

 

 俺達の姿を確認したヴァンは、お前達か、と言って剣を鞘に収めた。おいおいおいおい、なんで剣を収めるんだ。そこは部下だろうが何だろうが斬りかかるべき所だろ。

 

「総長……ごめんなさい……。アッシュに頼まれて……」

 

「アッシュだと……?」

 

 ヴァンはいつになく驚いた様子だった。そりゃそうだろうな。この行動は俺の知識が正しければアッシュの独断の筈だ。そう思っていると空から飛んできた魔物がアリエッタの体をさらう。

 

「船を修理出来る整備士さんはアリエッタが連れて行きます。返して欲しければ、ルークとイオン様がコーラル城へ来い……です。二人が来ないと……あの人……殺す……です」

 

 アリエッタはたどたどしく言葉を紡ぐと、自分を掴んだ魔物によって空の彼方へ飛び去った。アリエッタと共に魔物達も去ったのだろう、それまで続いていた戦闘の音が消える。

 

「ヴァン謡将、船は?」

 

 ガイが尋ねる。

 

「すまん。全滅の様だ。機関部の修理には専門家が必要だが、連れ去られた整備士以外となると訓練船の帰還を待つしかない」

 

「アリエッタが言っていたコーラル城というのは?」

 

「私の所、ファブレ公爵家の別荘ですよ。前の戦争で戦線が迫ってきて放棄したそうです。更にいうならば七年前に誘拐されて行方不明になった私が発見された場所でもありますね。……もしかして直接その場所を見れば何か思い出すかも知れません」

 

 ジェイドの質問に答え、加えて七年前の誘拐についても教えてやる。

 

「行く必要はなかろう。訓練船の帰港を待ちなさい。アリエッタの事は私が処理する」

 

 処理……処理ね。出来る事なら殺して欲しい所なのだが。

 

「……ですが、それではアリエッタの要求を無視する事になります」

 

「今は戦争を回避する方が重要なのでは?」

 

 イオンがややムキになりながら反論したが、ヴァンの正論で抑えられてしまった。

 

「ルーク。イオン様を連れて国境へ戻ってくれ。ここには簡単な休息施設しかないのでな。私はここに残り、アリエッタ討伐に向かう」

 

 言ってる事はそこまで間違っちゃいない。けどな、お前が仕切るなよ。ヴァン。

 

「ヴァン謡将。国境へ向かう前に私はここの軍責任者に事情の説明をしていきます。あなたはダアトの人間だ。私はキムラスカの貴族として軍責任者に説明する責務があります」

 

「……分かった」

 

 おい何だその間は。俺に反論されるとは思ってもみなかったのか? 生憎俺はあんたの操り人形でも何でもねーぞ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 軍港の責任者であるアルマンダイン伯爵に簡単に事情を説明し終わり、国境へ向けて軍港を後にしようとした時だ。

 

「お待ち下さい! 導師イオン!」

 

 二人の男……多分ここの整備士だろう。俺達の行く手を塞ぐように立ち止まった。

 

「導師様に何の用ですか?」

 

 アニスがイオンの前に出て問う。おお、実に護衛っぽいぞアニス。

 

「妖獣のアリエッタに連れ去られたのは我らの隊長です! お願いです! どうか導師様のお力で隊長を助けて下さい!」

 

「隊長は預言(スコア)を忠実に守っている、敬虔なローレライ教の信者です。今年の生誕預言でも、大厄は取り除かれると詠まれたそうで安心しておられました」

 

 二人はどうしても隊長を助け出して欲しいのだろう。懸命に直訴してきた。

 

「お願いします。どうか……!」

 

 イオンはそれに対してゆっくりうなずいた。

 

「……分かりました」

 

 分かっちゃうんだ。それは駄目だと思うけどなぁ。今のイオンには自由に動かせる神託の盾(オラクル)兵がいないんだぜ? 自分の護衛役であるアニスは側を離れさせてはいけないし。そう考えるとこの場に居るティアぐらいか? イオンが自分の裁量で動かせる私兵は。

 

「よろしいのですか?」

 

 イオンの意思を確かめる様にジェイドが発言する。

 

「アリエッタは私に来るよう言っていたのです」

 

 イオンは変わらず堅い口調で答える。するとティアも口を開いた。

 

「私もイオン様の考えに賛同します。厄は取り除かれると預言を受けた者を見殺しにしたら、預言を無視した事になるわ。それではユリア様の教えに反してしまう。」

 

 こーいう所が典型的なローレライ教団の信徒というか大詠師派というか。ただ単に「命の危険に瀕している人を助けたい」でいいじゃねーか。それを預言だの何だのとさぁ。それじゃあ預言で死ぬと詠まれていたら助けないのかよ。大事なのはユリアの教えに反するかどうかじゃないだろうに。

 

「確かに預言は守られるべきですがねぇ」

 

 ジェイド、お前もか。

 

「あのぅ、私もコーラル城に行った方がいいと思うな」

 

 お前は賛同しちゃ駄目だろ護衛役! ここに居るメンバーだけでコーラル城に向かって万が一の事があったらどーするんだ。お前はイオンの身の安全を第一に考えるべきだろーが。

 

「コーラル城に行くなら、俺もちょっと調べたいことがある。付いてくわ」

 

 ガイまでそう言った。あのさぁお前俺の家の使用人で俺の護衛だろ? それが何で主人の意向も聞かずに単独行動しようとしてんの? 馬鹿なの? 死ぬの?

 

「どうやら皆さんの間では行く流れになっている様ですが、私は行きませんよ?」

 

 内心の怒りを押し殺しながら言葉を吐き出す。

 

「アリエッタは貴方にも来るように言っていましたよ」

 

 なんだそりゃ。もしかして俺を非難してるのか? だとしてもそんな言葉や視線なんて全然効かないね。

 

「テロリストの要求には黙って従えと? 残念ながら私は自分の命が惜しいので国境で待っていますよ」

 

 そこまで言った所で場の皆の視線がこちらに向く。

 

「隊長を見捨てないで下さい! 隊長にはバチカルに残したご家族も……」

 

 しつけーぞ整備士。

 

「コーラル城には妖獣のアリエッタと彼女の使役する魔物達、それに彼女以外の六神将……最低でも指示したと言う鮮血のアッシュがいるでしょうね。それで? ここに居るメンバーで向かって全員殺されたらどうするんです? 皇帝の勅命を受けた和平の使者、要請を受けて和平に同行している導師、偶然居合わせたキムラスカの王族。皆死んでしまったらキムラスカ、マルクト、ダアトを巻き込んだ国際問題になるでしょうね。ダアトの人間に和平の死者を殺されたとなればマルクトも黙ってはいないでしょうし、ダアトの人間にキムラスカの王族が殺されたとなればキムラスカとダアトで戦争になるかも知れませんよ?」

 

 戦争が起きる、と脅すと整備士達は目に見えてうろたえた。

 

「貴方達が隊長を大事に思っている事はよーく分かりました。ですが気づいていますか? 貴方達はダアト自治区の代表、ローレライ教団の最高責任者に無防備な状態でテロリストの元へ向かえ、自分達の整備隊長を取り返してこいと言っているんですよ? 貴方達のその不用意な発言で導師が死んでしまったら貴方達はどう責任を取るつもりなんです?」

 

 二人の整備士を責める様に何度も言葉を放つ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人を黙ったのを確認して俺はイオンに向き直った。

 

「導師イオン、貴方がどうしてもコーラル城に行きたいというなら自由にされるといいでしょう。貴方の行動を止められる個人などこの世界にはほとんどいませんからね。ですが私は絶対に行きませんよ。アリエッタに殺されたくはないですからね」

 

「アリエッタは……っ!」

 

「アリエッタは? 何ですか? 私達を傷つけないとでも? この惨状を見て下さい。カイツール軍港は彼女と彼女の操る魔物によって壊滅していますよ。死傷者も出ています。それでも貴方はアリエッタ一人をかばいますか? この事件で死んだ人やその家族に向かってアリエッタは悪くないとで言うんですか?」

 

 強めの言葉でイオンを制すると、それじゃあ俺は国境へ向かいますから、と言って国境の方角へ歩き出した。

 

 




 原作の中でも中々に酷いカイツール軍港のイベント。制作側はローレライ教団の導師を絶対不可侵の偉い人として描きたいのか、この話の様にそこら辺の整備士に使いっ走りさせられる程度の人物として描きたいのかが分からん。場面によって導師の立場を都合良く変えすぎなんですよね。導師が偉い人だとしたら、ローマ法王に「あそこに立てこもっているテロリストと直接会って交渉してきて下さい」と言う様なもんですからね。アホかと。



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第11話 連絡船 キャツベルト

 現在の作品も完結させてない(書き上げてはいる)のに、次回作の構想が止まらない。どうしようかしら。


 バチカルへ行く連絡船でも上等な船室を与えられてのんびりしている。しかしなぁ……俺はズボンから取り出した帳面(ノート)をチェックする。原作通りならこのケセドニアからバチカルへの船が神託の盾(オラクル)騎士団に襲われる筈なのだ。やはりアリエッタの空飛ぶ魔物で兵士が乗り込んでくる。俺達はそれを撃退しなけれればならない。

 しかしだ、原作ではコーラル城で敵として出てきた烈風のシンクから音譜盤(フォンディスク)を奪う事が原因になっている……筈。その音譜盤の情報を取り戻そうとして襲撃をかけてくるのが原作なのだが、うーん。どうなるか。音譜盤以外にも奴らの目的であるイオンが乗船しているしな。襲撃はあると思った方がいいか。

 俺は一度部屋の外に出ると、見張りをしているキムラスカ兵に、「船の中でも油断するな。神託の盾の襲撃があるかもしれないので厳重に警戒を」と伝えた。

 これで俺に出来る事は終わりか。後は無事バチカルに到着するのを待つだけだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ドカーン、と船が揺れた。やはり来たか! 俺は素早く立ち上がると剣に手を伸ばした。同じく部屋に居たガイ達も立ち上がり警戒している。すると扉が開いた。

 

「大変です! ケセドニア方面から多数の魔物と……正体不明の譜業反応が!」

 

 兵士が報告の為に部屋に入ってきた。その兵士の後ろから、神託の盾兵が入り込んできた!

 

「いけません! 敵です!」

 

 ジェイドが鋭く言いながら譜術の詠唱に入る。

 

「ガイ!」

 

 俺は自分の護衛剣士であるガイに声をかける。事前に自分を守る為、前に出てくれる様に伝えてある。

 

「魔神剣!」

 

 ガイが闘気を剣から飛ばして攻撃する。俺もジェイドの術が炸裂するまでの間敵を引きつけるため前に出る。振るった剣は敵神託の盾兵の剣で受け止められた。しかし……

 

「唸れ烈風! 大気の刃よ、切り刻め! ――タービュランス!!」

 

 船室の中なので周囲に影響の少ない風の譜術にしたのだろう。ジェイドの放った風の中級譜術が敵を切り裂く。入り込んで来た敵は二人だけだったのですぐに片付いた。

 

「もー! どうして襲ってくるのー!」

 

 アニスが不満げに叫ぶ。音譜盤がないから今回の襲撃は完全にイオン狙いだろうな。

 

「やっぱり、イオン様と親書をキムラスカに届けさないよーに……?」

 

 そこも矛盾してる所なんだよな。大詠師派は預言(スコア)は全て叶えるべき、全て預言の通りにするべきという考えの派閥だ。でもだとするとアクゼリュス行きが詠まれた「ルーク・フォン・ファブレ」とかは殺してはいけないんだけどなぁ。それに今回の和平はキムラスカにアクゼリュス救援を求めるものでもある。ユリアの預言でルークのアクゼリュス行きが詠まれているのだから、預言の通りにするなら和平は結ばせないと駄目だと思うのだが……。

 

「ふう。何とかなったな。だけど敵はかなり入り込んで来ている様だな。ジェイド、どうする?」

 

 とりあえず、俺はこの中で最も戦闘経験のあるジェイドに対応を尋ねる。

 

「イオン様を危険にさらす訳にはいきませんが、しかしこの船室に立てこもって船室だけを守り通せても意味はありません。多少の危険は伴いますが、敵兵を掃討すべく打って出るべきかと」

 

 ……だよな。この船室で守りを固めても、ここ以外を全部落とされたら意味ないしな。俺達はイオンの防備をアニスと十人のマルクト兵で固め、船室の外に出た。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 船室の外にもやはり敵は居た。だが船の守りを担当するキムラスカ兵が居たので、彼らと連携して敵を片付けていった。今は船橋(ブリッジ)を確保しようとする敵兵とかち合って戦っている所だ。

 

「おおおぅっ!」

 

 大ぶりな剣を構えた神託の盾兵が攻撃してくる。俺は自分の剣でそれを上手くさばくと、いつもの三連撃から技に連携させた。

 

「牙連崩襲顎!!」

 

 双牙斬と崩襲脚の組み合わせ奥義だ。双牙斬で敵を空に斬り上げた後、崩襲脚で追撃する。技を食らった敵兵は地面に倒れ込んだ。……また、殺したのか。ゲームでは単なる一つの戦闘だとしても、現実では自分の命が危険にさらされ、同時に敵の命を奪うものでもある。一瞬たりとも気が抜けない。

 

「これで、大体の所目についた敵は倒し終わりましたね。制圧される前に船橋も確保できましたし」

 

 槍を虚空にしまったジェイドが話しかけてくる。

 

「ああ、だがこの襲撃を指揮している敵のボスはまだ見当たらないな。甲板の方に行ってみるか?」

 

 俺は自分の持つ原作知識で知っている方に誘導する。……既に自分がレプリカだと知られた事もあり、ジェイドに対する言葉使いが普通になっているな。まあいっか。

 

「甲板ですか。確かにそちらはまだ見ていませんでしたね。行ってみましょうか」

 

 俺の知識が合っていれば、今回の襲撃を指揮しているのはあいつの筈だ。……まあ厄介ではあるが、こちらには十全の状態のジェイドがついているのだ、心配はあるまい。

 ちなみに、今の戦闘メンバーにティアはいない。キムラスカに入国出来た時点でキムラスカ兵を借り受けて、拘束している。もちろんバチカルのファブレ公爵家を襲撃した罪でだ。ティアの事を嫌っている訳じゃないがケジメはつけなくてはいけないからな。

 

 甲板にはグリフィンと同じ空飛ぶ魔物、ヒポグリフが空を旋回していた。こちらの攻撃が届かないので辟易したが、ジェイドや副官のマルコさん。それに俺も初級だが譜術を使って撃退した。やはり遠距離攻撃の手段を持っていて損は無かったな。

 

「ハーハッハッハッ! ハーハッハッハッ!」

 

 勘に障る笑い声が頭上から響いてきた。見た目だけは豪華な椅子に座った男がゆっくりと空を降りてくる。ゲームで見て知ってはいたけどアレ一体どーなってんだろうな。空飛ぶ椅子て。滅茶苦茶だろ。

 

「野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を。我こそは神託の盾六神将、薔薇の……」

 

「おや、鼻垂れディストじゃないですか」

 

 意気揚々と名乗りを上げようとしたディストをジェイドの華麗なツッコミが遮る。

 

「薔薇! バ・ラ! 薔薇のディスト様だ!」

 

「死神ディストでしょ」

 

 と言うのはイオンの前に立つアニスだ。

 

「黙らっしゃい! そんな二つ名、認めるかぁっ! 薔薇だ、薔薇ぁっ!」

 

 まるでだだっ子の様に自分の二つ名にこだわるディスト。うっとうしいことこの上ない。

 

「知り合いか?」

 

 一応の義務感として問いかける。

 

「私は同じ神託の盾騎士団だから……。でも大佐は……?」

 

「そこの陰険ジェイドは、この天才ディスト様のかつての友」

 

 そんなディストの言葉を、ジェイドはどこ吹く風とばかりに笑い飛ばした。

 

「どこのジェイドですか? そんな物好きは」

 

 その後も二人はコントか会話か分からないものを交わしていた。……アホらしいのでさっさと終わらせるか。俺は譜術が使えるマルクト兵に合図して譜術を放って貰った。不意打ち? 卑怯? なんとでも言え。ゲームじゃあるまいし開始の合図があって戦闘に入る訳じゃない。ジェイドと会話して油断していたディストはマルクト兵の放った譜術をまともに食らって吹き飛んだ。

 

「ぐぎゃっ! ……ムキーーーーーーー不意打ちなんて卑怯じゃないですかぁ!」

 

 アホか。それと譜術をまともに食らったのに平然としてるんじゃねーよ。ゴキブリみたいに生命力のある奴だな。

 

「この私のスーパーウルトラゴージャスな技を食らって後悔するがいい! 行きなさい、カイザーディストR!」

 

 

 その言葉と共に甲板上に巨大な譜業兵器――ロボットが大きな音を立てて降り立った。どこに隠していたんだよ! カイザーディストR、ええい長いのでロボットで充分だ。とにかくそのロボットは右手に獣の牙の様なアームを、左手に突起のついたドリルの様なアームを装備している。ロボットは甲板上の俺達を確認するかの様に軽く身じろぎするとこちらに襲いかかってきた。

 

「ジェイド! 水の譜術を!」

 

 こいつの弱点が水属性なのは見なくてもわかる。一応後衛のマルクト兵が、魔物などの情報を読み取る道具「スペクタクルズ」を使用してくれるだろうが。俺はジェイドに水の譜術を使って貰うように指示すると前に出てその巨体を受け止めようとした。

 

「ルーク! 無茶するな!」

 

 傍に居たガイも同様に前に出てくる。こっちには十人のマルクト兵と連絡船の警備を担当するキムラスカ兵も居るのだ。ゲームと違い多勢に無勢だ。きっと勝てる。俺やガイ、キムラスカ兵達はそれぞれの持った武器でロボットのアームや体を受け止めるた。

 

「出でよ。敵を蹴散らす激しき水塊――セイントバブル!!」

 

 弱体化していないジェイドが強力な水の上級譜術を唱えてくれる。一発食らわせただけでロボットは濡れ鼠になり動きが鈍くなった。

 

「あああ、カイザーディスト号―っ!」

 

 ディストが悲壮な声を上げているが無視だ無視。攻撃を続ける。

 

「牙連崩襲顎!!」

 

「魔神月詠華!!」

 

 俺とガイの奥義がそれぞれヒットする。アームの接合部を狙ったその攻撃で、敵のアームはギシギシと音を立てて止まった。そこにキムラスカ兵達が剣などを刺しいれる。そこに二発目のセイントバブルが炸裂し、ロボットは完全に動きを止めたのだった。

 

 後に取り残される形となったディストはジェイドの譜術で大きく吹き飛ばされ、海の彼方に落ちた。

 

「よかったのか? 知り合いだったんだろう?」

 

「殺して死ぬ様な男ではありませんよ。ゴキブリ並みの生命力ですから」

 

 殺してしまったとは露ほども思って居ない様だ。まあ俺もアレでディストが死んだとは思っていないけどな。空を飛んでいたから逃したが、地上にいれば容赦なく殺しておきたい所ではあったが。

 

「船橋を見てきます。マルコ、貴方はイオン様を頼めますか?」

 

「はっ!」

 

 さて、これでこの船の上での戦闘は終わりだ。とはいえ油断は出来ないがな。船内には生き残りが居るかも知れない。バチカルに着くまで油断は厳禁だ。

 

「平和の使者も大変ですよねぇ……」

 

 アニスが疲れた様に軽く肩をすくめている。全くだな。しかもタチの悪い事に、この和平の道行きはまだ半分も終わっていないんだよ。

 

 神託の盾の襲撃があったその日から数日後、連絡船キャツベルトはバチカルに到着した。

 

 




 甲板でのタルロウXのミニゲームはカットで。というかここまで説明しませんでしたが、響律符(キャパシティコア)の存在もこの作品ではカットしています。……理屈を説明づけるのが面倒ですからね。
 カイザーディストとの戦闘も簡素なもので。ジェイドがLV45のままですからね。セイントバブルも使えますし。


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第12話 光の王都 バチカル

 今回は比較的長いです。長い駄文ですがどうぞよろしくです。


 船がバチカル港に着いた。長かったな。やっとバチカルに帰ってこられた。キャツベルトから降りると港には多数の兵士が並んでいた。ケセドニアから鳩を飛ばしていたからな。お出迎えもばっちりだ。

 居並ぶ兵士達の中から立派な軍服を身にまとった男が進み出てくると、俺に向けて頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団師団長のゴールドバーグです。この度は無事のご帰国おめでとうございます」

 

「ご苦労様です」

 

「ケセドニアより鳩が届きました。マルクト帝国からの和平の使者が同行しておられるとか」

 

 するとイオンが前に進み出る。

 

「ローレライ教団導師イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました。国王インゴベルト六世陛下にお取り次ぎ願えますか?」

 

「無論です。皆様の事はこのセシル将軍が責任を持って城にお連れします」

 

 ゴールドバーグ将軍の隣に立つ女性が自己紹介する。

 

「セシル少将であります。よろしくお願い致します」

 

 こちらに向けてしっかりと頭を下げたのは、金髪を結い上げた青い瞳の女性だった。背筋もピシッとしていて、いかにも出来る女性だ。

 

(ここでセシル将軍か)

 

 彼女については話した事は無いがよく知っている。とある事情で屋敷によく来ていたからだ。その事を思うと複雑だが、今は考えないでおこう。

 

「どうかしましたか?」

 

 セシルが見とがめたのは俺の後ろに立っていたガイだ。どうも様子がおかしかったらしい。

 

「お、いや私は……ガイと言います。ルーク様の使用人です」

 

 おーい、ガイ。ここはお前が名乗るべき場面じゃないぞ。自分の親族に出会えて舞い上がっているのか?

 

「ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団導師守護役(フォンマスターガーディアン)所属、アニス・タトリン奏長です」

 

「マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」

 

 ジェイドが名乗った事により、セシル将軍を始めとした兵士達の顔色が変わった。

 

「貴公があの、ジェイド・カーティス……!」

 

 余計な事は言うなよ、という意思を込めてジェイドと目を合わせる。原作でのお前はここで挑発する様な事をポロッと言っちゃったからな。

 

「皇帝の懐刀として名高い大佐が名代として来られるとは。なるほどマルクトも本気という訳ですか」

 

「国境の緊張状態がホド戦争開戦時より厳しい今、本気にならざるを得ません」

 

 ホド戦争……か。その当時より厳しい緊張状態ってどんなだよ。ゲームでは完全に破綻した戦争状態や反対の和平が結ばれた状態しか知らないからなぁ。今この世界の国境がどれだけ危険な状態かは紙の上の事でしか知らないのだ。

 

「おっしゃる通りだ。ではルーク様は私どもバチカル守備隊とご自宅へ……」

 

「ちょっと待ってくれないか将軍。私は導師イオンとカーティス大佐から国王への取り次ぎを頼まれたのです。彼らは責任を持って私が城までお連れしましょう」

 

「ありがとうルーク。心強いです」

 

 イオンに礼を言われる。でも俺に取っては全て既定事項だからなぁ。こうやってお礼とか言われると逆に心苦しいぜ。っとそうだ。

 俺は船の警備を担当していた兵士に拘束されていたティアを指さすと、セシル将軍に向けて言った。

 

「セシル将軍。彼女は俺とバチカルの屋敷で疑似超振動を起こしたティア・グランツだ。既にお触れが出ているかも知れないが、ファブレ公爵家に侵入して客人であるヴァン・グランツ謡将を暗殺しようとした人物だ。バチカルの兵士で逮捕してくれ」

 

「……はっ!」

 

 セシル将軍は俺の言葉を聞くと迅速に兵士達へ指示を出しティアの拘束を引き継いだ。

 

「ただ、彼女がうちの屋敷に侵入した事は確かだが、超振動で飛ばされた先のマルクト帝国で、俺を助けてくれた。魔物などと戦闘になって、彼女が居なければ死んでいたかもしれない場面もあったのだ。決して手荒な真似はしないでくれないか」

 

「了解です」

 

 よし。これでティアに関してはOKだ。……でもどうせ後で解放されるんだろうなぁ。ああ納得いかねぇ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「兄の仇!」

 

 港から出て道を歩いていると突然、道の脇に居た若者がジェイドに襲いかかった。ジェイドはいつもの様に虚空から槍を出現させると、それで攻撃を受け流した。地面に転がった若者はガイが取り押さえた。

 

「お前! どういうつもりだ!」

 

 ガイが詰問する。

 

「港で話を聞いていた! お、お前が死霊使い(ネクロマンサー)ジェイドだな! 兄の仇だ!」

 

「話を聞いていたなら分かってるだろう。こちらの方々は和平の使者としておいでだ!」

 

 ガイがきつい言葉で若者を叱る。

 

「……分かってる。だけど兄さんは死体すら見つからなかった。死霊使いが持ち帰って皇帝の為に不死の実験に使ったんだ」

 

「…………」

 

 ジェイドは沈黙している。そして手の中の槍を光りと共に消した。騒ぎに気づいたのだろう、キムラスカの兵士が駆けつけてくる。

 

「た、大変失礼致しました! すぐにこの男を連行します!」

 

 若者は兵士に連行されていった。危なかった。ジェイドなら万一の事すら無いだろうが、それでもジェイドが傷を負っていたら和平にひびが入る所だった。いや未遂で済んでも事件は事件なのだが。

 

「すまない。ジェイド。キムラスカの者が迷惑をかけた」

 

 俺はジェイドに頭を下げた。

 

「……構いませんよ。私はこの通り傷一つ無かった訳ですしね。こんな事でここまでやってきた和平を台無しに出来ませんし」

 

「そうか? そう言ってくれるなら嬉しい」

 

 ジェイドは事を荒立てる気はなさそうだ。良かった。

 そう言えば、前々から聞こう聞こうと思っていた事があったんだ。ついでに聞いておこう。

 

「そう言えば、ジェイド。あんたの使う槍は何も無い所から突然出てくるよな? 一体どうなっているんだ?」

 

「コンタミネーション現象を利用した融合術です」

 

 コンタミネーション現象……ちゃんと勉強しているから知ってるぞ。

 

「物質同士が音素(フォニム)と元素に分離して融合する現象……だったか。合成などに使われる物質の融合性質だな」

 

「ええ。生物と無機物とでは、音素はもとより構成元素も違います。その違いを利用して、右腕の表層部分に一時的に槍を融合させてしまっておくんです」

 

「へー。それで必要な時に取り出すのか。便利だな」

 

「だからって自分もやりたいなんて言い出すなよ」

 

 ガイが俺を諫めてくる。

 

「そうですね。普通は拒絶反応が出て精神崩壊を起こしかねません」

 

「そうだな。このおっさんだから出来てるんだろうよ」

 

「はい。使いこなせる様に努力するうちに、おっさんになってしまいました。はっはっはっ」

 

 ジェイドはそう言って笑った。俺も愛想笑いをしてその場を離れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 バチカルでの移動は主に天空客車という箱型の乗り物を使って移動する。ロープウェイみたいな物だと思って貰えればそれでいい。俺達の一団は脇目も振らず王城を目指した。

 

「ここがバチカル……かぁ」

 

 七年前に生まれてバチカルの屋敷に連れてこられて以降、俺は屋敷に軟禁されていた。だからバチカルの町並みを見るのも初めてになる。

 それでも、俺は原作のレプリカ・ルークよりは恵まれていると思う。前世の記憶、色んな場所で過ごした記憶があったのだから。……まあその知識のおかげで自分に数多くの死亡フラグが立っているって事も知る事になったんけどな。自分が死ぬかも知れないと思いながらの七年間は果たして幸せだったのだろうか?

 

 途中でガイが初めて町を見られるんだから見ておいた方がいいんじゃないか? と言ってきたが、今は二人を陛下の元へ連れている責務の方が優先だと言って押し通した。

 原作では確かバチカルに入った辺りで漆黒の翼と出会うんだが、原作より早めの日程で来たせいか彼らに出会う事は無かった。

 昇降機を乗り継ぎ、俺達は王城に入った。和平の使者がルーク・フォン・ファブレを伴って登城する事はあらかじめ知られていたのだろう。城の警備をする兵士達もスムーズに城の中を通してくれた。

 

「ただいま大詠師モースが陛下に謁見中です。しばらくお待ち下さい」

 

 謁見の間に入ろうとすると警備兵に止められた。原作でのルークは強権を突きつけて無理矢理押し通っていたっけ。もちろん俺はそんな事をする筈もなく、引き連れた一団と一緒に控え室で待つ事になった。しばらくすると案内のメイドが来たので、ガイと副官のマルコさん以下九名のマルクト兵を控え室に残し俺達は謁見の間へ足を運んだ。

 

 謁見の間は真紅の絨毯が敷かれた縦にも横にも広大な空間だった。原作で見た時も思ったが、こんなに上方に広い空間を作る必要があるのだろうか? おっと、そんな事を考えている場合じゃなかったな。俺は国王陛下に向けて平伏すると口上を述べ立てた。

 

「その方がルークか。シュザンヌの息子の」

 

「はい、陛下。記憶をなくしてからは初めてお目にかかりますね。ルーク・フォン・ファブレ、この度不慮の事故でマルクト帝国に飛ばされていましたが、無事バチカルに帰還致しました」

 

「そうか! 話は聞いている。よくマルクトから無事に戻ってくれた。すると横にいるのが……」

 

 立ち上がり、2人を紹介する。

 

「ローレライ教団の導師イオン、それからマルクト軍のジェイド・カーティス大佐です」

 

「ご無沙汰しております、陛下。イオンにございます。陛下、こちらがピオニー九世陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」

 

 俺達から揃って紹介されたジェイドは跪いた。

 

「御前を失礼致します。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」

 

 アニスが前に出て親書を差し出した。……なんでアニス? イオンかジェイドじゃないのか? まあ別に俺が口を挟む事じゃないか。差し出された親書はアルバイン……だっけか? とにかく大臣の手に渡った。

 

「陛下。私は今回の事件でマルクトに行きましたので、この目でマルクトを見て参りました。首都には近づけませんでしたが、エンゲーブやセントビナーといった町は平和そのもので、とても戦争の準備などをしている様子はありませんでした」

 

「ルークよ。随分と苦労をしたのだな。こうして親書が届けられたのだ。私とて、それを無視はせぬ。皆の者、長旅ご苦労であった。まずはゆっくりと旅の疲れを癒やされよ」

 

「使者の方々にはお部屋を城内にご用意しています。よろしければご案内します」

 

 アルバイン大臣がイオンとジェイドを案内しようとする。

 

「もしもよければ、僕はルークのお屋敷を拝見したいです」

 

 おいおい。そこは素直に用意された部屋に案内されとけよ。……まあこのイオンはレプリカとして作り……生まれてから2年しか経っていないからな。知識の擦り込みだけされた子供と思えば友達の家に行きたいと思うのは普通か。

 

「分かりました。それでは俺と一緒に屋敷まで行きましょう」

 

 俺は陛下達へ一礼するとその場を離れた。

 

「和平への協力……か。こんなもので良かったのかな? 直前に謁見していた大詠師モースの事も気にかかる。本当に上手くいくかどうか」

 

「陛下は親書を受け取って下さった訳ですし、お言葉通り、無下になさる事もないでしょう。」

 

「家に戻ったら、父上と母上にも話しておくよ。……父上はマルクト嫌いで有名な方だが、それでも頼むだけ頼んでみるつもりだ」

 

「頼もしいですね。実際助かりました。貴方のおかげです」

 

 そんな話をしながら退席しようとした時に、玉座から呼び止められた。

 

「ルークよ。実は我が妹シュザンヌが病に倒れた」

 

「そんな! 母上が!?」

 

 原作より早く帰還出来たからまだ大丈夫だと思っていたのだが。

 

「わしの名代としてナタリアを見舞いにやっている。よろしく頼むぞ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 公爵家の玄関口まで来た。外側から屋敷を眺めるのは初めてだな。そこで俺は先ほど思った事を固い口調でイオンに話した。

 

「導師イオン。今回私は屋敷へ訪問される事を受け入れましたが、これから先同じような事があったら注意した方が良いですよ」

 

 イオンは突然言われた事に戸惑っている。

 

「王城では導師を用意した部屋へ案内するつもりで色んな人の予定が組まれていたはずです。それを袖にしたのもそうですが、突然ファブレ家の屋敷に訪問すると言い出したのもいけません。そりゃあうちは公爵家ですからね。不意の来客でも応対できる準備はしてありますが、全ての家がそうだという訳ではありません。導師を迎え入れる準備の無い家なら不意の訪問は『急に導師様が家に来るだなんて』となりかねませんよ」

 

 イオンはただ単に友達の家を見たいだけなんだろうが、全ての家が即座に導師を受け入れられる訳じゃない。それでなくても不意の訪問は相手方の迷惑になる可能性があるのだ。

 

「あ、……そう、でしたか。僕はまた考えなしな事を」

 

「まあ次から気をつけていけば良いですよ。先ほども言った通り公爵家なら導師の訪問にも揺らぐ事はありませんから」

 

 そんな話をしながら、ファブレ公爵家の玄関を皆と一緒にくぐる。長年この屋敷に住んでいたが玄関を通るのも初めてだ。門を警備している白光騎士団の兵士に軽く挨拶をしつつ家の中に入ると、父親であるファブレ公爵が立っていた。

 

「父上! ただいま帰りました!」

 

 公爵は側に立っていたセシル将軍となにやら話していたようだが、こちらを向いて俺に目を合わせてきた。

 

「報告はセシル少将から受けた。無事で何よりだ。ガイもご苦労だったな」

 

「……はっ」

 

 ガイがかしこまって礼をする。しかし分かっていた事だが疑似超振動が起きて外国に飛ばされて帰って来たというのに反応が淡泊なんてもんじゃないな。……いずれ死ぬと分かっているから愛情を注げない、か。不幸なのは愛情を注がれない子供か、注げない親か。

 

「使者の方々もご一緒か。お疲れでしょう。どうかごゆるりと。ところでルーク、ヴァン謡将(ようしょう)は?」

 

師匠(せんせい)ですか? 師匠ならカイツールの国境まで移動された筈ですよ。マルクトのタルタロスで移動する俺達とは入れ違いの形になってしまいました。ですが俺と導師イオンがバチカルに向かっている事は伝えてありますから、後々バチカルに向かって来るのではないかと」

 

 そこまで話すと、セシル将軍が口を開いた。

 

「ファブレ公爵……。私は港に……」

 

「うむ。ヴァンの事は任せた。私は登城する」

 

 すると公爵は俺達の横を通り過ぎて玄関から出て行ってしまった。あ、しまった。ティアの事とか話す暇がなかった。……まあいいか。夜には家に戻ってくるだろうし、その時にでも母親と一緒に話しをしよう。

 

「なんか変だったな。旦那様」

 

「ヴァン師匠の事を気にしていたみたいだな。……まあ俺が考えた所で、あの人の考えが分かるとは思えないからどうでもいいよ」

 

 父親の事はさておき、とりあえずイオンとジェイドを応接室へ通す。今は確かナタリアが来ている筈だ。彼女に会うのはあまり気が進まないのだが客として来ている以上無視する訳にもいかない。応接室の扉を開くと案の定ナタリア姫がいらっしゃった。

 

「ルーク!」

 

「ナタリア……久しぶり。ただいま」

 

「まあ! 何ですの、その気のない返事は! わたくしがどんなに心配していたか……」

 

「いや、まあ、ナタリア様……。ルーク様は照れてるんですよ」

 

 ガイ! もっと上手く取りなしてくれ!

 

「ガイ! 貴方も貴方ですわ! ルークを捜しに行く前に、わたくしの所へ寄るようにと伝えていたでしょう? どうして黙って行ったのです」

 

 ナタリアはガイを一睨みすると彼の方へ近づいた。するとガイは柱の後ろにひょいっと隠れてしまった。

 

「お、俺みたいな使用人が城に行ける訳ないでしょう!」

 

「何故逃げるの」

 

「ご存知でしょう!」

 

 いい加減、これ以上はガイが可哀想だ。俺はガイとナタリアの間に立つと助け船を出した。

 

「ナタリア。それぐらいにしてやれよ。ガイが女性恐怖症だって知ってるのにそうまで詰め寄るのはさすがに悪趣味だぞ。それとこちら、導師イオンとマルクトの和平の使者だ。お客様の前でその態度ははしたないぞ」

 

「あ、あら。わたくしとした事が失礼しました」

 

 一旦間をおいてナタリアとイオン達を紹介しあう。まあナタリア姫が俺の婚約者である事は既に話していたからな。そこまで驚かれはしない。

 柱の影に隠れたガイはすっかりナタリアに怯えてしまっている。ナタリアも嫌いではないのだが、この強引な所がなぁ……。まあ言ってもしょうがない事か。ナタリアもこれ以上ガイとは話せないと悟ると、こちらに向き直った。

 

「それにしても大変ですわね。ヴァン謡将……」

 

「ヴァン師匠がどうかしたのか?」

 

「あら、お父様から聞いていらっしゃらないの? 貴方の今回の出奔はヴァン謡将が仕組んだものだと疑われているの」

 

 これも又理不尽な話だよな。いや確かにヴァンは怪しい人物ではあるんだけどさ、今回の一件に関しては完全にティアの行動の被害者なんだよなぁ。まあ公爵がヴァンを疑うなら止める必要はない。頑張ってヴァンの裏を探って貰おう。

 

「ヴァン謡将、一体どうなってしまうのか」

 

 それでも一応はあいつの弟子だからな、体裁を整えるために心配する言葉の一つも吐いておくか。

 

「姫の話が本当なら、バチカルに到着次第捕らえられ、最悪処刑という事もあるのでは?」

 

「はぅあ! イオン様! 総長が大変ですよ!」

 

「そうですね。至急ダアトから抗議しましょう」

 

 ジェイドの推察にアニスとイオンが色めき出す。……うん、事件の被害者であるヴァンを疑って捕らえようとするのは確かに抗議すべき所かもな。でもなイオン? それを言うならファブレ家を襲撃したティアの件でキムラスカがダアトに抗議してもいいんだよな?

 

 その後、母上と早く会いたいという理由でナタリアには帰って貰った。もちろん今回の和平について陛下に口添えしてくれる様に頼んでおいたが。

 

 ナタリアとの関係はそれなりに良好だ。けれどその関係を築くには紆余曲折あったのだ。

 記憶喪失になった俺に対して、ナタリアは何度もプロポーズの言葉や自分に関する事を思い出して欲しいと切実に訴えてきた。原作知識がある俺は、プロポーズの言葉について内容を知ってはいたが「記憶喪失になったルーク」としては誘拐事件以前の事を話せないのだ。約束を思い出してと迫るナタリアは、しばらくの間俺のストレス原因になっていた。

 そんな状況に辟易した俺は、ナタリアに自分の素直な気持ちをぶちまけた。

 

「俺はもう記憶を失う前の俺とは違うんだ。今も俺は勉強しているし剣術の鍛錬もしている。けれどそれは記憶を失う前の状態に戻る為じゃない。“今の俺”を積み上げていく為なんだ。だから過去の俺を期待しないでくれ。プロポーズの言葉も思い出せると確約は出来ない。ずっと思い出せないかも知れないからそう覚悟してくれ」

 

 ナタリアにとっては辛い言葉になっただろう。彼女は元のルークを愛していたし、プロポーズの言葉も大切にしていた筈だ。でも俺はそれに応える事が出来ないのだから、きっぱりと言った方が彼女の為になると思ったのだ。

 それからしばらくして、ナタリアは以前の俺ではなく今目の前に居る俺を見てくれる様になった……と思う。正直自信はない。ただ、ここ数年は「あの約束を思い出して」とは言われていない。今の所はそれで充分と思っておこう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 和平の取り次ぎ、父親、ナタリアと疲れる事ばかりだったがまだ終わっていない。俺はイオンとジェイドを応接室に待たせたまま、両親の寝室に入るとベッドで横になっている母親に近づいた。

 

「母上、ルークです。ただいま帰りましたよ」

 

 母親は俺の姿を確認するとベッドから身を起こした。

 

「おお、ルーク! 本当にルークなのね……。母は心配しておりました。お前がまた、よからぬ輩にさらわれたのではないかと」

 

 俺は母親を安心させる為、ベッドに近寄ると母親の体を軽く抱きしめた。

 

「大丈夫ですよ。母上。ちゃんとこうして帰って来たんですから」

 

 母親……いや、父親も含めた両親と接する時、俺はいつも後ろめたい気分になる。それは本来ここに居るべきオリジナル・ルーク――アッシュの事を考えるからだ。

 いつかジェイドに言った様に、俺は自分が生まれた事に関しては誰も恨んではいない。しかし、ルーク・フォン・ファブレの居場所を無理矢理奪う形にさせた事はかなり恨んでいる。俺を「人から居場所を奪った罪人」にさせやがって、という気持ちだ。

 こうして家に帰って来て、母親と顔を合わせていると余計に思う。タルタロスで斬り結んだ相手、アッシュの事を。この人の本当の息子と会って、殺すつもりで剣を振るった。そして今は母親の体を抱きしめている。……何だか頭がどうにかなりそうだ。自分では意識していないけど疲れているのかも知れない。

 

「母上、実は今日家に客人を招いているのです。私が応対しなければならないので今日はもう行きますね」

 

 こういう時はとにかく休んだ方が良い。俺は母親に声をかけると応接室へと引き上げた。

 

 

 

「ルーク様のお屋敷ぃ。すごいじゃないですかぁ。こんな素敵な所にあってぇ~」

 

 屋敷を案内しているとアニスがはしゃぎ始めた。

 

「そうかな? 私は自分の屋敷がこんな高い所にあるという事すら知らなかったですよ」

 

「場所もそうですけど~、建物も立派じゃないですかぁ~」

 

 俺の方にすり寄ってくるアニスを手で制しながら忠告してやる。

 

「タトリン奏長。前から思っていたんだが、私のように立場のある人間にそのような態度は逆効果だと思いますよ。立場のある人間はかしずかれる事に、誉められる事に慣れていますからね。上流階級の人間を落としたいのなら誠実に、一本気な性格の方が好まれると思いますよ」

 

 言外にお前の今の態度は俺にとって全然嬉しくもなんともねーんだよと言ってやる。アニスははぅあ! と叫んで大人しくなってくれた。イオンはニコニコした顔で笑っている。

 

 そうして案内も一通り済んだ所で俺達は解散となった。名残惜しいが別れは必ずやってくるのだ。

 

「じゃあ俺も行くわ。お前の捜索を、俺みたいな使用人風情に任されたって白光騎士団の方々がご立腹でな。報告がてらゴマでもすってくるよ」

 

 ガイがそう言った。ありゃ、そんな事になってるのか。俺の方からも白光騎士団の皆に言っておかないとな。ガイは悪くないんだし。

 

「僕達もおいとましますね」

 

「……なかなか興味深かったです。ありがとう」

 

 イオンは素直に、ジェイドは含みを持たせた様な感じで挨拶してきた。全員がいなくなった自室で俺はようやく張り詰めていた気を抜いた。

 

「ふーっ」

 

 あの始まりの日からこれまで、魔物と戦い、人に嘘をつき、人と戦い、人を殺し、人と駆け引きをし、計算をし、計算通りに事を運ぼうとし、……疲れたなぁ。とても疲れた。

 

「今日ぐらいは……ゆっくり眠っても……いいかなぁ」

 

 俺は夕食の事や、今眠ると夜眠れなくなるぞと思いながらも意識を手放したのだった。

 




 な、長い。しかしバチカルに到着して最低限のイベント書かなければならないのでこの文量に。イオンのお宅訪問に軽くツッコミ。イオンぐらいの偉い人だと分刻みでスケジュール組まれてそうなもんですけどね。そういう偉い人の思いつき行動は下の人間にとって迷惑なんですよね(実感)。
 ナタリア初登場。彼女については七年の間にずっと「昔の俺と今の俺は違うんだ」と訴える事により少しばかり意識を変える事に成功しています。


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第13話 親善大使

 前にも書いていた次回作のプロットが出来ましたので、活動報告で書きました。
 良ければ読んでみて下さい。
 率直な感想などを頂ければ幸いです。


「……ふわぁ」

 

 俺は眠気からくる欠伸をすると、うーんと背筋を伸ばした。俺がバチカルに帰還したあの日から数日が経っている。原作とまた違いが出てきた。

 原作においてはルークがバチカルに帰還した翌日に王城へ呼び出しがかかるのだ。だがこの世界ではタルタロスを使って早めに帰還したからか、今だ王城への呼び出しは受けていない。

 

「……ん」

 

 呼び出しがかからないなら、俺はいまだにこの屋敷に軟禁されている状態だ。外に出ることは出来ない。なら毎日の日課である鍛錬を始めるか。

 

 部屋の中でストレッチをして、中庭に出てさあ走ろうとした時だった。中庭に出る扉が開きナタリアが姿を見せたのだ。

 

「ルーク!」

 

「ナタリア? こんな朝早くにどうしたんだ?」

 

「お父様からの伝言があります。これまでの軟禁をとくので、城に登城する様にとの事ですわ」

 

「俺、外に出ていいのか?」

 

 って事は和平は無事結ばれたって事か。まずは良かった……のかな。

 

「じゃあ軽く運動した後に朝食をとったら登城するよ。謁見の間に行けばいいのか?」

 

「ええ。なにやら貴方に命じる事があるとの事でしたわ」

 

 おや、ナタリアはこの時点で親善大使の事を知らされていないのか。まあナタリアは秘預言(クローズドスコア)も知らされていない筈だから、上層部の話し合いからは外されているんだろう。

 

 ナタリアと軟禁がとかれて良かったという言葉を交わしながら、俺はこれから始まる旅の事を思っていた。 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 朝食をしっかりと食べて腹を満たした俺は王城へと向かっていた。城の門を警備している兵士に呼び出しを受けたルーク・フォン・ファブレである事を伝えて通して貰う。その後謁見の間まで一直線に進んだ。

 

 謁見の間にはインゴベルト陛下とナタリアが玉座に腰掛け、父親のファブレ公爵とアルバイン大臣とジェイド。そして初めて顔を合わせる大詠師モース……だよな? が居た。

 

「おお、待っていたぞ。ルークよ」

 

「昨夜緊急議会が招集され、マルクト帝国と和平条約を締結する事で合意しました」

 

 アルバイン大臣が和平を結んだ事を報告してくれる。

 

「親書には平和条約締結の提案と共に、救援の要請があったのだ」

 

「現在マルクト帝国のアクゼリュスという鉱山都市が、障気なる大地(ノーム)の毒素で壊滅の危機に陥っているという事です」

 

 陛下と大臣が交互に発言してくる。知ってたよ。しかしジェイドとイオンも水臭いよな。アクゼリュスの事、俺に話してくれてもよさそうなもんなのに。そういやイオンはどうした? 大詠師であるモースがいるのになんでイオンはいないんだ?

 いや原作知識の通りならイオンは今頃攫われているはずではあるんだが、この場に居ないのは不自然だろ。誰か連れて来てやれよ。

 

「マルクト側で住民を救出したくても、アクゼリュスへ繋がる街道が障気で完全にやられているそうよ」

 

 ナタリアが補足してくれる。

 

「だがアクゼリュスは元々我が国の領土。当然カイツール側からも街道が繋がっている。そこで我が国に住民の保護を要請してきたのだ」

 

「それは……、マルクトの住民を救助すれば和平の証しにはなるでしょうね。でもそれと私に何の関係があるのですか?」

 

 茶番だなー。この後の展開も全部知っている俺にとっちゃ全部茶番だ。全て既定事項でしかないんだからな。

 

「陛下はありがたくもお前を、キムラスカ・ランバルディア王国の親善大使として任命されたのだ」

 

「私を……ですか!? ですが私は記憶喪失になってからずっと軟禁されていた身。公務の経験も全くありませんが……」

 

 俺がこうやって拒否しそうになれば、

 

「ナタリアからヴァンの話を聞いた。ヴァンが犯人であるかどうか我々も計りかねている。そこで、だ。お前が親善大使としてアクゼリュスへ行ってくれれば、ヴァンを解放し協力させよう」

 

 こうやって役目を押しつけてくると。

 

「ヴァン謡将(ようしょう)は捕まっておられるのですか?」

 

「城の地下に捕らえられているわ」

 

 ナタリアが言う。俺の師匠だから尽力してくれたのだろうか? だとしたら力が及ばなかった事を悔いているのかも知れない。さて、それはそれとして親善大使の任命を受けるか。

 

「陛下。事が王命だと言うのならこのルーク。親善大使の任命、ありがたく拝命させていただきます。ですが陛下、ヴァン謡将が疑いを持って捕らえられているというのなら、私の任命と引き替えに解放などしなくて結構ですよ。疑われる理由があって捕らえられているというのなら、存分に詮議して処遇をお決めになって下さい」

 

 俺がそう言うと、陛下を始めナタリアやファブレ公爵も驚いた表情をした。……どうやら俺がヴァンを一も二も無くかばうと思っていた様だ。だーれがあんな髭野郎をかばうもんか。城に捕らえられているというのならそのままずっと捕縛されていればよいのだ。

 

「……そ、そうか。まあよかろう。しかしよく決心してくれた。実はな、この役目、お前でなければならない意味があるのだ」

 

 するとファブレ公爵が、兵士に持たせた譜石を示す。

 

「この譜石をごらん。これは我が国の領土に降ったユリア・ジュエの第六譜石の一部だ」

 

 第六譜石か。第○譜石と呼ばれる譜石は、始祖ユリアが二千年前に詠んだ預言(スコア)だ。世界の未来史が書かれている。普通預言士(スコアラー)が預言を詠むと譜石と呼ばれる石が生成されるのだ。だがユリアが詠んだそれはあまりに長大な預言なので、それが記された譜石も山ほどの大きさの物が七つになった。それが様々な影響で破壊され、一部は空に見える譜石帯となり、一部は地表に落ちた。

 地表に落ちた譜石はキムラスカとマルクトで奪い合いになった。これが戦争の発端だと言われている。譜石があれば世界の未来を知る事ができるからな。

 まあぶっちゃけ俺の持つ原作知識のすごいバージョンみたいなものだ。なんせ二千年分だからな。

 

「預言士よ。この譜石の下の方に記された預言を詠んでみなさい」

 

 原作だとここで譜石を詠むのはティアだったな。この世界では俺が逮捕させたからこの場にはいないけど。……っつーか原作はどんだけ罪をないがしろにしてんだよ。王城のすぐそばにあるファブレ公爵家を襲撃した犯人だぞ。よく謁見の間に通したな。

 

「――『ND2000。ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。ND2018。ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで……』……この先は欠けています」

 

 おっと、考え事なんてしてないで真面目に聞かないとな。だけどこの譜石が欠けてるのってわざと譜石を砕いたんだろ? えげつないわー。この後に詠まれた預言が大勢の人間が死ぬ内容だというのに隠そうとかえげつないわー。

 

「結構。つまりルーク、お前は預言に詠まれた、選ばれた若者なのだよ」

 

 古代イスパニア語でルークってのが聖なる焔の光って意味だからな。お前は選ばれた特別な人間ですってか? 生憎そんな美辞麗句にのぼせ上がる程若くねーよ。それにその預言に詠まれているルークってオリジナルのアッシュの事だし。

 

「英雄ねぇ……」

 

 ジェイドが不審に思う様な声を上げる。そーだよなぁ。うさんくさいよなぁ。

 

「何か? カーティス大佐」

 

「いえ。それでは同行者は私と誰になりましょう?」

 

「ローレライ教団としてはティアとヴァンを同行させたいと存じます」

 

 アホか。

 

「ちょっと待って下さい。大詠師モース殿。ティア・グランツはファブレ公爵家を襲撃した犯人ですし、兄のヴァンも疑いをかけられて捕らえられている筈ですよ。なのにこの和平の象徴、被災地への救援に同行させるとはどういう事ですか!」

 

 ふざけんなこのタルみたいな体型した豚野郎。

 

「ルーク。その事なのだがな、ローレライ教団から罪の軽減としてアクゼリュス救援に同行させる旨を申し出てきたのだ。罪を犯したのは確かかもしれぬが、アクゼリュスで救援の為に働く事で罪を相殺するという事になったのだ」

 

 おい国王。あんたがそんなんでどーする。俺があんたが寝ているところに暗殺しに行こうがボランティアやれば罪が相殺されて無罪放免になるってか? マジふざけんな。

 

「……はぁ。そーですか。分かりました。ティアとヴァンの二人は同行者になるのですね」

 

「ルーク。お前は誰を連れて行きたい? おおそうだ。ガイを世話係に連れて行くといい」

 

 公爵、これ分かって言ってるよな。この人はアクゼリュスが崩落するという秘預言の内容を知っているのだ。だったらこのガイを連れて行けというのは事実上の死刑宣告じゃねーか。

 

「そうですね。ガイも連れて行きましょうか。それと陛下、この度のアクゼリュス行きは大規模な救援になると思われますがキムラスカからは何十人、いえ何百人の人員を派遣するのですか?」

 

 これはちゃんと確認しておかないとな。

 

「む、むぅ。派遣する人員……か」

 

 おいおい言葉に詰まるなよ、陛下。

 

「私の知る限り、マルクト領の鉱山都市アクゼリュスは人口が一万人だった筈です。この様な救援ともなれば最悪の事態を想定して動くべき所でしょう。一万人全員が障気にやられていると想定すると数十人程度の人員では手が足りないでしょう」

 

 アクゼリュスの人口もちゃんと勉強してるぜ。原作でも救援の人員は派遣されていたが、この世界での人員はどれくらいになるんだ?

 

「う、うむ。なにぶん急な決定だったのでな。今すぐ動かせる人員は四十名といった所か。その人数をお前の指揮下の元派遣する事になるだろう」

 

 四十人、四十人か。ケセドニアに待機させているタルタロスの人員を合わせても二百人程度か。厳しいな。でもアクゼリュスに行く人員は死ぬ運命にあるからな。国王としても自分の国民を無駄に死なせたくないんだろう。……粘るのも駄目か。王命だもんな。

 

「かしこまりました、陛下。四十名の人員を持って、このルーク、無事アクゼリュスの救援をこなしてまいります。……両国の和平の為にも。それと公爵、ガイ以外にも私の護衛役として白光騎士団の者らを数名連れて行きたいのですがよろしいでしょうか」

 

「……護衛か」

 

 案の定父親は渋い顔をする。アクゼリュス行きイコール死だもんな。自分の家の警備兵をみすみす死なせたくはないだろうな。けどこっちも引けないんだ。

 

「既に報告してありますが、マルクトの領内で陸艦タルタロスが神託の盾(オラクル)騎士団に襲撃されました。六神将という幹部達は両国の和平について快く思っていない様です。この度のアクゼリュス行きの道程でも襲撃があるかも知れません。護衛役は必要かと」

 

 タルタロス襲撃を引き合いに出して説得する。

 

「……分かった。お前と親しいもの数名、家の警備に支障がない程度に連れて行く事を許そう」

 

「ありがとうございます」

 

 大丈夫だよ。親父。俺は死ぬ気はないし。俺についてくる人間も死なせるつもりはないからな。俺はナタリアにだけ分かる様に目線で合図を送ると、陛下達に背を向けて歩き出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 謁見の間から引き上げた俺は王城の外に出た。

 

「ジェイド。俺は先ほどまで今回の件を知らされていなかったんだ。アクゼリュスまで旅をするのに何の準備もしていない状態だから屋敷で準備をしてきたいんだ。少しの間だけ港で待っていてくれるか?」

 

「分かりました。私と部下はバチカルの港で待っていますので、準備がすみましたら合流しましょう」

 

 俺はそう言ってジェイドと別れた。そこに謁見の間からナタリアが出てくる。

 

「ルーク。先ほどのは一体」

 

 先ほどのアイコンタクトについて聞いてくるナタリア。

 

「ああ、俺からナタリアに頼みたい事があったんだ。」

 

 そうして俺はナタリアに顔を近づけて声を潜めた。

 

「ナタリア。お前も聞いた通り今回キムラスカから出されるアクゼリュス救援隊の人員は四十人だ。でも俺はそれじゃとても足りないと思っている。だからな、俺達が出港した後でいいからナタリアの裁量で人員をまとめてアクゼリュスへ送ってくれないか。出来ればマルクトへ敵愾心の少ない人達がいいな」

 

 これはかなり無茶なお願いだ。それじゃとても足りないと思う四十人だろうが何だろうが、国王が四十人と言ったら四十人なのだ。その王命を覆せる人間は居ない。唯一ナタリアだけが例外なのだ。ナタリアは国王の愛娘、王女という立場もある人物だ。例え国王が四十人と発表していても、ナタリアなら追加の人員を送ってくれるかもしれない。……正直王命と違う事をさせる事に抵抗はあるが、頼れるのはナタリアしかいないのだ。

 

「無茶な事を言ってるのは分かってる。でも俺にはナタリアしか頼れる人が居ないんだ。協力してくれないか? アクゼリュスの民を救う為に」

 

「ルーク……。ええ。分かりましたわ。民の為ですものね。貴方の願い。わたくしが聞き届けましたわ」

 

 ナタリアはそんな俺の無茶な願いを聞いてくれた。良かった。上手くいくかどうかは分からないが、追加の人員が届く可能性が出てきた。

 それに原作ではナタリアが王女であるのにもかかわらず、アクゼリュス救援隊に加わるという謎の展開があるのだが、この話をした事で追加の人員をまとめる為にバチカルに残ってくれるだろう。原作では自己顕示欲に近い感情で(あとついでにルークの傍に居る女性に対する嫉妬も)アクゼリュスについてくるのだが、あれはないよなぁ。このナタリアはどうやら親善に赴く俺を信用して任せてくれそうだ。良かった良かった。

 

 ナタリアと別れて屋敷へと向かった。ちなみに囚われている筈のティアとヴァンに関してはキムラスカ兵に解放と事情の説明を指示しておいた。

 原作ではヴァンに会いに行って城の地下にある牢でヴァンと密談するんだよな。けど残念でしたーっ! 俺はてめーみてーな髭野郎に真っ先に会いにいったりしねーよ!

 

 屋敷についた俺はガイと、特に親密な白光騎士団の兵四名を集めて事情を説明した。アクゼリュスに救援に行く事。しかしここに集まった皆は救援が目的ではなく俺の護衛を主な任務とする事。アクゼリュスでは倒れ込んでいる重病者なども居るだろうが、そういった重病者に手を貸す事はせずあくまで俺の護衛として傍についている様にと厳命した。

 ガイはこの命令にあまり良い顔はしなかったが、タルタロスの乗員皆殺しは既に知っている筈なので、それを引き合いに出してアクゼリュス救援隊も襲われるかもしれない事。和平の象徴となった親善大使の俺が狙われるかもしれない事を説明して納得させた。

 原作だとガイはルークをほっぽって重病者の手当てをしていたな。イオンの護衛役であるアニスもだ。そりゃー目の前で倒れている人がいれば助けたいと思うのは自然な事かもしれない。けれど、イオンやルークの傍に常についている人がいればアクゼリュスの崩落は起きなかったかもしれないのだ。人を助けるのも良し悪しである。

 

 屋敷での旅の準備が済んだので俺とガイ以下4名は連れだって港へ向かおうとした。その途中で昇降機を降りているとアニスに出くわした。

 

「ルーク様ぁ!」

 

 ……原作知識通りならイオンが攫われている筈なんだが、なんで笑いながら駆け寄ってくるんだ?

 

「逢いたかったですぅ♥」

 

 ああうざったい。

 

「タトリン奏長、導師イオンについていなくていいんですか?」

 

「ルーク様。それが……朝起きたらベッドがもぬけの殻で……街を捜したら、どこかのサーカス団みたいな人が、イオン様っぽい人と街の外へ行ったって……」

 

「サーカス団? なんだいそりゃ」

 

 ガイが疑問の声を上げる。そっか、この世界での俺達は漆黒の翼に会ってないからな。漆黒の翼=サーカス団っぽい服装の奴ら、と連想されないんだ。

 

「タトリン奏長。朝起きたらって……交代制で寝ずの番とかはしていなかったのですか?」

 

 やや怒気をまとわせながら問いかける。

 

「えっと、あの。それが~」

 

 答えられないか。原作をプレイした限りじゃこの誘拐にはアニスは関わってないって印象だったんだが……違うのか? わざとイオンを攫われるのを見過ごしたのか?

 

「ともかくだ。導師イオンが攫われたというなら一大事だ。まだ城にいるであろう大詠師モースに報告して神託の盾騎士団の人員を総動員して捜させた方がいいですね」

 

「あ、モース様にはもう報告しました。怒ってましたよ。モース様」

 

 攫ったのはセフィロトに連れて行こうとする六神将だよな。ならモースは関わってない……という事はアニスも関わっていないと見るべきか。

 

「ならそれに加えてキムラスカの兵士も動かしましょう。攫われたのはバチカルです。キムラスカにも責任はあります。大詠師モースに言って陛下に上奏して貰えばキムラスカ兵も動員させる事ができますよ」

 

「なあ、ルーク、様。俺達も捜した方がいいんじゃないか?」

 

「それは駄目だ」

 

 そういう流れになるのは知ってたよ。でも原作と違って俺達はイオン捜索に加わる事は無い。

 

「何でだ? だってイオンは……」

 

「導師イオンが和平の仲介役で、世界でも重要な人物だというのは知ってるよ。でもなガイ? 俺達はインゴベルト陛下の王命でアクゼリュスの救援に向かう任務についているんだ。イオンの捜索に加わる事は出来ない。……今こうしている間にもアクゼリュスでは障気にやられている人がいるかも知れないんだぞ」

 

 そう、今の俺達はアクゼリュス救援隊なんだ。それを忘れちゃいけない。被災地へ行く救援隊と行方不明人を捜す人間は別だ。

 

「あうぅ~」

 

 アニスも俺達に捜して欲しかったのかも知れないが、当てが外れた様でうめいている。

 

「とにかく、タトリン奏長は大詠師モースの指示に従って導師イオンの捜索を続けて下さい。……ガイ、皆、俺達は港へ行くぞ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 港へ着くと、ジェイドとマルクト兵、ティア、ヴァンが勢揃いしていた。

 

「遅れて申し訳ない。それで? 出発はいつになりますか?」

 

「その事で提案があります。……ヴァン謡将にお話するのは気が引けるのですが……まあいいでしょう」

 

 ジェイドの提案か。ここは原作をプレイしていて気になった所だからな。覚えているぞ。

 

「中央大海を神託の盾の船が監視している様です。大詠師派の妨害工作でしょう」

 

「大佐……」

 

 ティアが異を唱えようとするが「事実です」というジェイドの声に封殺される。

 

「まあ大詠師派かどうかは未確認ですが、――とにかく海は危険です」

 

 海は危険って言っても急いでいるんだから海路しかないじゃないか。

 

「海は危険って……じゃあどうするんです?」

 

「海へおとりの船を出港させて、我々は陸路でケセドニアへ行きましょう。ケセドニアから先のローテルロー海はマルクトの制圧下にあります。そこからなら、船でアクゼリュスへ向かう事は難しくありません」

 

 ジェイドの提案にヴァンがうなずく。

 

「なるほど。では、こうしよう。私がおとりの船に乗る。私がアクゼリュス救援隊に同行することは発表されているのだろう? ならば、私の乗船で信憑性も増す。神託の盾はなおのこと船を救援隊の本体だと思うだろう」

 

「よろしいでしょう。どの道貴方を信じるより、他にありません」

 

 いやよくねーよ。何言ってんだこいつら。

 

「ちょっと待った!」

 

 俺は語気を強めて呼びかけた。

 

「ジェイド。お前何言ってんの? アクゼリュスは一刻も早く救援に赴かなければならない場所だろ? それなのに陸路を行く? そんな悠長な事をしてる暇は無いだろ」

 

「しかし……」

 

 しかしじゃねーよ。

 

「おとりの船を出港させるという所まではいい。じゃあその次、おとりの船を出して監視している船がついて行くようなら、その後に救援隊の本体を乗せた船で出港すればいいだけの話じゃないか」

 

 原作をプレイした時から思ってた事。おとりの船を出した後に本体の船で海路を行けばいいじゃねーか。そうすれば陸路を行くなんていう悠長な事をせずにすむ。

 

「もしおとりの船に監視している船が反応しないのなら、本体の船でも同じ様に反応しないだろ。それでケセドニアに行けばいい。違うか?」

 

「いえ、それは……確かに」

 

「アクゼリュスはお前の国の領土で、アクゼリュスの住民はお前と同じ国民だろ。1分1秒でも早く救援に向かう必要があるだろ」

 

「そう……ですね。しかしよろしいのですか? おとりの船と別に本体の船を手配する必要がありますが」

 

「陸路を行く手間と時間を考えりゃその程度の手間なんてことねーよ。俺が今から言ってくる」

 

 俺はジェイド達を置いて救援隊の船を出す水夫の元へ向かった。アクゼリュスは被災地なんだ。一刻も早く辿り着かないとな。

 




 親善大使に着任。原作をプレイしている時から不思議だったのですが、何故誰も謁見の間にイオンがいない事にツッコまなかったのでしょうか。モースがいるなら仲介役を頼まれたイオンも居るのが自然だと思うのですが。
 キムラスカから出る人員は四十人。この人数はかなり悩みました。救援の人数としては少ないけれど、陛下は死兵と分かっているので人数を抑えたいでしょうし……。感想で少ないのでは? 等々指摘されたら直すかも知れません。
 イオンを探さない。被災地へ救援に行く自衛隊の人達と、攫われて行方不明になった人を探す警察官は別です。アクゼリュス救援隊のルーク達が探す理由は全くありません。
 陸路を行かない。ゲームではちょちょいと歩くだけですが、現実の世界としてバチカルからケセドニアまで徒歩移動したら週単位の時間がかかっちゃいますよ。被災地が待っているというのにそんな悠長な事はしていられません。なので船移動です。




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第14話 鉱山の街 アクゼリュス

 結局、俺が提案した通りおとりの船と本体の船を別々に出す事となった。おとりの船にはヴァン・グランツと数名だけ。本体の船には俺と護衛のガイ以下4名、マルクト皇帝名代のジェイドとマルクト兵十名、そしてキムラスカから出された救援の人員四十名だ。あ、ティアも居た。

 原作と違ってナタリアが王命に抗ってついてくるなどという事も起きていない。

 俺達はおとりの船について行った監視船を見送り、本体の船に乗り込んだ。今は中央大海をバチカルからケセドニアに向けて移動中だ。食事の時間になったので食堂で皆と一緒に食事をとっている。

 

「ジェイド。アクゼリュスに着いた後の手順を確認しておきたいんだが」

 

 俺は食事を終えてゆったりした休憩の時間にジェイドに話しかけた。

 

「手順ですか」

 

「ああ。まず重症者だ。障気を吸うと障気蝕害(インテルナルオーガン)という満足に体を動かせなくなる症状になる……筈だ。俺は実際に見た事は無いから紙の上の知識だけどな。そういった重傷者は救援隊の人員でアクゼリュスから避難させよう。避難先はタルタロスでいいよな? そして次は軽症者だ。障気蝕害にかかっても何とか自分の足で歩ける人達。それと障気蝕害にかかっていない完全に健康体の人達だ。この人達には自分の足で歩いて避難して貰おう。厳しい様だが救援の人員が限られているこの状況では仕方が無いだろう。俺達は軽症者達に避難の指示を出しつつ、重症者を運んで行く。……これでいいだろうか」

 

 アクゼリュスについた後、戸惑わない為に手順を確認しておく。

 

「ええ。それで良いと思いますよ。ですがその前に街全体の状況を調査する必要がありますね。まずは調査から行いましょう」

 

 ああそっか。まずは現状を正確に把握する必要があるもんな。そうして俺達は実際にアクゼリュスで行う救援の行動について話し合った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ケセドニアに着いた。まずは領事館で出国と入国の手続きだな。それが終わったらキムラスカ側の港に着いた船から、人員と物資をマルクト側の港の船に移動させる。人の移動は簡単だが物資の移動に時間がかかるな。仕方ないことだが。

 だがここで1つ問題が、キムラスカとマルクトの違いだ。マルクト側の救援隊であるタルタロスは既に物資が中に積まれており、人員も待機済みだ。つまり代表者のジェイド達が乗り込めばすぐにでも出発できる。じゃあキムラスカ側も準備が終わり次第追いかければいいじゃないか、と思うだろうが事はそう簡単にはいかないのだ。

 タルタロスは水陸両用艦だ。その為海を渡った後アクゼリュスまで陸を進む事が出来る。だがキムラスカの人員を乗せて出発する船はただの船なのだ。その為アクゼリュスに直接乗り付けるという事ができない。ではどうすればいいかと言うと、大陸の南端にあるカイツール軍港に移動し、そこからは徒歩や馬車でデオ峠に行き、そしてその峠を超えてアクゼリュスに到達する……というなんとも面倒な手順を踏まなければならないのだ。

 

「タルタロスはもう出発できますが……ルーク様。貴方はどうなされますか?」

 

「俺は陛下からアクゼリュスへの親善を任されたんだ。一刻も早くアクゼリュス入りしたい。すまないがジェイド、俺と護衛の六名だけタルタロスに乗せてくれないか? キムラスカの救援隊は隊長に指揮させてアクゼリュスまで来させるから」

 

 キムラスカの人員がいない状態で俺だけ先にアクゼリュス入りしても出来る事はほとんど無いだろう。だがそれでも俺はアクゼリュスに行きたかった。……それ以外にもデオ峠を通りたくないという個人的事情もあるが。

 俺はキムラスカの救援隊を指揮する隊長に、カイツール軍港からデオ峠まで急いで移動する様に伝えるとタルタロスに乗り込んだ。

 

「それじゃあ隊長。俺達は一足先にアクゼリュス入りする。救援隊の事はくれぐれもよろしく頼みますよ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ケセドニアを出港したタルタロスはアルバート海を南下し、大陸をぐるっと回ってアクゼリュスを目指した。それなりにスピードがでるタルタロスとはいえ、到着までには一週間以上の時間を要した。だが時間はかかったが、俺達はようやくアクゼリュスに辿り着いたのだった。

 辿り着いたアクゼリュスは、その全てを紫色の障気にまみれさせていた。

 

「あんたたち、キムラスカ側から来たのかい?」

 

 街に入った所で、一人の鉱夫が話しかけてきた。俺は隣に居るジェイドに先に挨拶させた。

 

「私はマルクト軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐です。水陸両用の船であるタルタロスを使って海を越えて参りました」

 

「私はキムラスカ・ランバルディア王国のルーク・フォン・ファブレと申します。この度キムラスカとマルクトの間で和平が結ばれまして、その結果私がキムラスカの親善大使として参りました」

 

 俺達が挨拶すると鉱夫は街中障気だらけだというのに元気な声で答えてきた。

 

「自分はパイロープです。そこの坑道で現場監督をしてます。村長が倒れてるんで、自分が代理で雑務を請け負ってるんでさぁ」

 

 元気な人だなぁ。っととまずは現地の調査だな。俺とジェイドとパイロープさんは救援の具体的な内容について話始めた。……とりあえず一番最初に決めたのは、坑道の採掘は今すぐやめて貰うって事だ。こんな障気が出ていて健康被害がある土地で仕事なんてしてる場合じゃねーだろ!

 

 タルタロスに乗員は全部で百四十名、それだけの人数がいると指示を出すのも一苦労だ。ジェイドと副官のマルコさんは手分けして現地調査に関する指示を出す様にした。俺も何かしたいがまさかマルクトの兵士達に対して命令する訳にもいかない。大人しく調査の人員として活動する事にした。ガイやティアは倒れている人達を今にも助けたい様だったが、一人一人個別にやってもラチがあかない。まずは調査を行って次に重症者から助け出していこう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 アクゼリュスに着いてから一週間が経った。救援はゆっくりとだが行われている。その間俺が何をしていたかというと、主に慰問だ。体を動かせない重症者から軽症者まで、一人一人回っては声をかけていく。正義感の強いガイは自分も救援の方に回りたい様だったが、あくまで俺の護衛という事で俺に付き従って貰っている。

 そういや原作ではアクゼリュスで行動しないルークが責められていたっけ。まあでも親善大使のやることなんて指示出しや慰問がせいぜいと言った所だろうけどな。

 

 それから更に数日が経って、やっとキムラスカの救援隊が到着した。人数は四十人と少ないが、それでも来てくれただけありがたい。俺はジェイドがマルクト兵に振る舞うのを真似てキムラスカ兵に指示を出した。

 重症者のタルタロスへの運び込みは四割方終わった。まだまだ時間がかかりそうだ。

 

「今日はここ、第14坑道だな」

 

 重症者の運び込み作業の中、あの(・・)第14坑道で作業を行う事になった。全員でぞろぞろと坑道に入ろうとする。……すると。

 

「グランツ響長ですね!」

 

 一人の神託の盾(オラクル)兵が近寄ってきた。お前どこから出てきた!?

 

「自分はモース様に第七譜石の件をお知らせしたハイマンであります」

 

「ご苦労様です」

 

 名前を呼ばれたティアが応対する。

 

「第七譜石……まさか発見されたのですか?」

 

「はい。ただ真偽のほどは掘り出してみないと何とも……」

 

 ……もういいか?

 

「ハイマンさんとおっしゃいましたね。ご苦労様です。もう行っていいですよ」

 

「は?」

 

「貴方が何をしにきやがったのかは知らねーけど行ってもいいですよ。と言っているんです」

 

「……は。いやしかし」

 

「今そこに倒れている被災者と!!! 後でいくらでも確認できる石っころ!!! どっちが大切かなんて言わなくてもわかんだろ!!! それでも石が大切ならその辺に倒れている被災者に言ってみろ!!! 貴方達より石を確認する方が大事ですってな!!!」

 

 あらんばかりの怒気を込めてハイマンとティアに言葉を放つ。言葉を無くして立ち尽くすハイマンを尻目にティアの手を引くと坑道の入り口にいるジェイド達の方へ歩き出した。

 

「くそくだらない事で時間をとられた。ちゃっちゃと確認作業に入ろう」

 

「……そうですね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 返事をしてくれるジェイドとガイが嬉しい。こういう時は返事してくれるだけでもありがたいものだ。もしあれ以上抗議してくるなら救援隊の責任者として同行させられたティアの行動を制限すると宣言するつもりだったが、ハイマンはあっけにとられて動けなくなっていたので放っておいた。

 第14坑道の中は魔物が居た。これも知識通りだが一々戦闘していては救援作業もままならない。なので魔物よけになるホーリーボトルを使って中を進んだ。

 

「ここも障気が充満してやがる」

 

 ガイがたまらないといった風に声を上げる。

 

「奥に取り残されている人が居るかも知れません。進んでみましょう。」

 

 

 

 そうして入り込んだ奥地で俺達は倒れ込んでいる鉱夫達を発見した。

 

「大丈夫か! しっかり!」

 

 キムラスカの兵が倒れている人々に声をかける。その中で俺はあるものを探していた。護衛の五名には不審に思われない様に、坑道の最深部まで見に行くと言って誤魔化す。

 

(確か、この辺りに……)

 

 一番奥の場所だった筈だが……。あった! 俺は無骨な山肌の中に突然現れた幾何学模様の扉を見つけた。緑や黄色の奇妙な色で色分けされたその扉。間違いない。ダアト式封咒だ。

 

「ルーク様。これは一体?」

 

「ああ、話だけは聞いたことあるけどローレライ教団の機密らしい。詳しくは後で話すよ」

 

 護衛の白光騎士団が不審に思うが、そう言って誤魔化す。

 

(待ってろよ。後で又来るからな)

 

 俺は時期がくるまで開かないその扉から踵を返し、元いた方角へ戻って行った。

 

「どうかしましたか? ルーク様」

 

「いや、坑道の一番奥まで行って来ただけだ。幸い誰もいなかったよ」

 

 そうですか、と答えるジェイドを通り過ぎ、俺はキムラスカ兵に指示を出すため現状を確認しようとした。

 

 そんな風に俺達はいくつもの坑道を調査し救援作業を続けていった。

 

 そんな時だ。ナタリアがまとめてくれた追加の人員と共に、ヴァン・グランツがやって来たのは。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ちょっと話があるんだが、今いいか?」

 

 俺はガイとティアだけを連れてジェイドの元を訪れていた。

 

「話……ですか。まあ時間ならありますので構いませんが」

 

 俺達は一緒にタルタロスの船室に入った。

 

「それで……話というのは?」

 

「ああ、実は神託の盾(オラクル)について話があるんだ。神託の盾騎士団主席総長、ヴァン・グランツについて」

 

 少し……緊張する。これから話す事は上手くいくかどうか分からないからだ。成功率は半々、いやそれよりも分が悪い。何しろ信じて貰わなければ全てが台無しになるのだから。

 

「ヴァン謡将(ようしょう)の?」

 

「まず、最初に聞いておきたいんだが、タルタロスが襲撃されただろう。あれには六神将が関わっていたが、上司であるヴァン謡将も関与していると思うか?」

 

「…………」

 

 沈黙するなよ。胃がキリキリする。

 

「そうですね。神託の盾騎士団内部の事ですからはっきりと分かりませんが、限りなく黒に近い灰色……だと思っていますよ」

 

 なるほど。

 

「そのヴァン謡将の旗色を鮮明にする方策があると言ったら、どうする?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ルーク!」

 

「ヴァン師匠(せんせい)

 

 追加の人員が来るのはいいけどこいつもかよ。永久に来なくていいのに。俺はヴァンの後ろについてきた追加の救援人員に向き直ると指示を出そうとした。

 

「ルークよ。出来れば二人で話をしたいのだが」

 

 空気読めよ、髭。今はどう考えてもアクゼリュスの救援を行うべき場面だろ。

 

「師匠。すみませんが俺には親善大使としての仕事があります。夜になるまで待っていただけないでしょうか」

 

 そう言いつつ、ヴァンの前を通り過ぎて奴に背を向ける。これ以上話すつもりはないというポーズだ。俺は追加人員の人達に向けて指示を出し始めた。

 

 

 

 夜になった。なってしまった。これで奴と話をしなければいけなくなった。俺は仕事が終わるまで待っていやがったヴァンを連れて、設営されているテントの中に入った。

 

「それで、ヴァン師匠。話とは何ですか?」

 

「私の元へ来ないか? 神託の盾騎士団の一員として」

 

「はぁ!?」

 

 いきなり何言い出すんだこの髭。思わず口調が乱れたじゃねーか。

 

「お前はアクゼリュスの救援を簡単に考えているだろう。だが、その役目を果たす事で、お前はキムラスカの飼い犬として一生バチカルに縛り付けられて生きる事になる」

 

「はぁ」

 

 さっきより幾分トーンを落として相槌を打つ。

 

「とにかくアクゼリュスはまずいのだ。お前もユリア・ジュエの預言(スコア)を聞いただろう」

 

「ええ、私が人々を引き連れて鉱山の街へ向かうという」

 

「その預言には続きがある。『若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって』と。教団の上層部では、お前がルグニカ平野に戦争をもたらすと考えている」

 

 好き勝手言いやがるなー。

 

「私が戦争を……? そんな馬鹿な……!」

 

「ユリアの預言は今まで一度も外れた事がない。一度も、だ。……私はお前が戦争に利用される前に助けてやりたいのだ!」

 

 嘘言え。俺を絶望の淵に追い落とすくせに。

 

「でも、一体どうしたらいいのですか?」

 

「預言はこう詠まれている。お前がアクゼリュスの人々を連れて移動する。その結果、戦争が起こる、と。だからアクゼリュスから住民を動かさず、障気をなくせばいい」

 

 救援作業は結構進んでいるからもう少し遅かったらアクゼリュスの住民を連れて移動している所だったな。

 

「障気をなくすって、どうやってですか? 街一つを完全に覆い尽くしているのに」

 

「超振動を起こして障気を中和するのだ」

 

 超振動で障気を中和か、あながち間違っちゃいないのがまた腹が立つな。

 

「超振動って、俺とティアさんがタタル渓谷に吹き飛ばされた時の……?」

 

「確かにあの力の正体も超振動だ。不完全ではあるがな。お前は自分が誘拐され七年間も軟禁されていた事を疑問に思った事はないか?」

 

「え? それは一度誘拐された俺を父上達が心配して……」

 

「違う。世界でただ一人、単独で超振動を起こせるお前をキムラスカで飼い殺しにするためだ」

 

 知ってるよ。んなこと。

 

「単独で超振動を起こせるって、そんな馬鹿な」

 

「超振動は第七音素(セブンスフォニム)同士が干渉し合って発生する力だ。あらゆる物質を破壊し、再構成する。本来は特殊な条件の下、第七音譜術士(セブンスフォニマー)が二人いて初めて発生する」

 

「それを俺は一人で起こせる……? 嘘でしょうヴァン師匠?」

 

「嘘ではない。本当だ。お前は記憶障害で忘れてしまったのだったな」

 

「俺が、何を?」

 

「私と共にダアトへ行きたい。――幼いお前はそう言った。超振動の研究で酷い実験を受けたお前は、キムラスカから逃げたがっていたのだ。だから……私がお前を攫った。七年前のあの日に」

 

 この野郎。しれっと誘拐事件の犯人だって名乗り出やがったよ。だがこれでもう、こいつは終わりだ。

 

「師匠が!? 俺を誘拐したのはマルクトじゃなくて師匠だったのか!?」

 

「今度はしくじったりしない。私には、お前が必要なのだ」

 

 原作のルークだったら感激するんだろうな。えっと、確かこんな台詞だったっけ。

 

「……俺、人に必要だなんて言われたの初めてだ」

 

 目を潤ませ、いかにも貴方の言葉で感激しましたよーと演技する。

 

「不安に思わなくていい。超振動を使う時は私も補助に入ろう。超振動を起こして障気を中和する。その後、私と共にダアトへ亡命すればいい。これで戦争は回避され、お前は自由を手に入れる。」

 

「本当にやれるんでしょうか? 超振動なんて自分で起こせるかどうか」

 

「大丈夫だ。私も力を貸す」

 

「……分かった。俺、やってみます」

 

 




 バチカル廃工場カット、砂漠のオアシスカット、ザオ遺跡カット。カイツール軍港~デオ峠カット。
 原作をプレイする度に不思議に思う事。なんでアクゼリュスの住民はあれだけ障気が出ていてやばい状態なのに採掘作業をやめなかったんですかね? アレ採掘作業を即時中止して避難していればもっと被害は少なかったと思いますよ。
 転生ルーク君が慰問や指示出ししかしないのは私の考えです。原作でルークがガイや他の人から「働かない」と責められるのですが、もちろん働かないのは駄目だけど、荷物運びとか病人の手当てとかは親善大使のやる仕事じゃないよね? というね。だって現実の日本で天○陛下の甥が被災地に行ったとして、荷物運びとか病人に肩貸したりしますか? 偉い人がそんな事をしたら周りが止めますよ「そんな事しなくていいですから!」って。
 タルタロスでアクゼリュスに直接行けんの? と疑問に思う方もいるでしょうが、原作のアクゼリュス崩落時、タルタロスはアクゼリュスのそばに存在しているのです。じゃないと崩落時に魔界(クリフォト)の海に着水できないし。なのでこの作品では海を回ってアクゼリュスに行ける事にしました。


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第15話 分岐点

 今回は戦闘描写がありますが、クオリティは低いです。読んでクオリティの低さに驚かないで下さい。


 ヴァンの髭野郎とテントで二人で話し合ってから、更に夜もふけた頃。

 

「では行こうかルーク。導師イオン」

 

 俺とヴァンとイオンは第14坑道の前に立っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ヴァン謡将(ようしょう)。何故導師イオンがここに? 俺が知っている限りバチカルで攫われていた筈ですが。」

 

「それが偶然ケセドニアで導師を攫った六神将と出くわしてな。私の全力でもって助け出したのだ」

 

 本当か? とイオンを見ると、コクリとうなずくので間違いではないのだろうと納得した。

 

「それで、ヴァン謡将。何故この第14坑道に? 俺は障気を中和すると聞いていたのですが」

 

「この坑道の奥に障気の中和を行う最適な場所があるのだ。そこへ行って障気を中和する」

 

 俺達の会話に不穏なものを感じたのだろう。イオンが不安げな表情になった。

 

「どういう事です? 中和なんて出来るんですか」

 

「それが出来るらしいんだ。俺も詳しい事は知らないんだがな」

 

 その言葉と共に、ヴァンには見えない角度でイオンに向けて片目をつぶってやる。大丈夫だ、イオン。心配するな。

 坑道には変わらず魔物が居たがヴァンの野郎が自慢の剣で撃退していった。……主席総長サマはホーリーボトルという文明の利器をご存知無いらしい。

 やがて俺達は以前俺が見つけた扉、ダアト式封咒の前に立つ事となった。

 

「……これは、ダアト式封咒。ではここもセフィロトですね。ここを開けても意味がないのでは」

 

 セフィロト、大地のフォンスロットの中で最も強力な十カ所の事。星のツボ、記憶粒子(セルパーティクル)っていう惑星燃料が集中してて音素(フォニム)が集まりやすい場所だな。

 

「いいえ。このアクゼリュスを再生するために、必要なのですよ」

 

 戸惑った様子のイオンにヴァンが甘言をかける。……これぐらいでいいか。

 

ジェイド(・・・・)!! 今だ!!」

 

「大地の咆哮。其は怒れる地龍の爪牙――グランドダッシャー!!」

 

 その詠唱と共に地面が激しく隆起して行く。その先にいるのは髭野郎――ヴァンだ。

 

「ぬぅっ!?」

 

 完全に不意を打たれた形になった奴はジェイドの譜術をまともに食らう。その隙に俺はイオンの手を引いてヴァンとは反対方向へ下がった。

 

「イオン、お前は皆の後ろに行ってろ」

 

 イオンをジェイド達――ジェイド、ガイ、ティア、白光騎士団、キムラスカ兵、マルクト兵がいる後ろに追いやって、俺は自分の剣を抜いた。

 

「キムラスカ兵! 全員武器を持って対象を囲め!」

 

 そして俺が指揮出来るキムラスカ兵に指示を出す。俺の作戦はこうだ。武術に秀でたキムラスカ兵でヴァンの周りを囲い、譜術に秀でたマルクト兵とジェイドで後方から譜術をバンバン撃ってもらう。

 

 

「ティア! 【ナイトメア】を! 白光騎士団も遅れるなよ!」

 

 指示を出し終わると俺は剣を構えてヴァンに斬り込んで行った。

 

「ルーク! 貴様!」

 

 ヴァンが俺に向かって叫んでくるが、こちらはヴァンに言う事など何も無い。わざわざネタ晴らしをしてやる必要はない。無駄な会話なぞ心の贅肉。獲物を前に舌なめずりは三流の証しよ!

 

「終わりの安らぎを与えよ――フレイムバースト!!」

 

 ヴァンの体の辺りに小規模な爆発が巻き起こる。おお、火属性の中級譜術か、誰だか知らないがやるじゃないか。

 

「はぁっ! たぁっ! てゃぁ!」

 

 譜術を食らって体勢を崩している奴に向けて三連撃をみまう。チィ、さすがに受け止めるか。だが俺はそれ以上追撃せずに後ろに下がった。すると俺の両脇からキムラスカ兵がそれぞれの武器を持ってヴァンに攻撃する。

 

「くっ。ぬあぁっ!」

 

 必死に抵抗しようとするヴァン。だがさすがに多勢に無勢だ。

 

「炸裂する力よ――エナジーブラスト!」

 

「煌めきよ。威を示せ――フォトン!!」

 

「狂乱せし地霊の宴よ――ロックブレイク!!」

 

「燃えさかれ。赤き猛威よ――イラプション!!」

 

 マルクト兵達の渾身の譜術だ。これを連続で食らってはさすがにヴァンといえども抵抗できまい!

 

 トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……

 

 ティアの【ナイトメア】だ。歌ってくれるかどうか半信半疑だったが、どうやら俺とジェイドから話を聞いて決心を固めてくれたらしい。複数人用じゃなく単体用のこれを食らってはきついだろう。

 

「ぬぅ!! 好きにはさせんぞっ!!」

 

 !? 奴の体から白い闘気が迸った。まずい! オーバーリミッツだ。全身の闘気や音素を解放するスキル。ヴァンの最も近くに居たキムラスカ兵は奴の発した闘気で吹き飛ばされている。

 

「閃空剣!」

 

 奴はオーバーリミッツの状態で剣技を放ってきた。

 

「今攻めこむのはまずい! 譜術メインでやるんだ!!」

 

 俺は崩れた戦線を立て直そうと前に出る。

 

「襲爪雷斬!」

 

 双牙斬の上位技か! 前に突っ込む勢いを殺し右に体を開いて避ける。

 

「出でよ。敵を蹴散らす激しき水塊――セイントバブル!!」

 

 そこにジェイドの放った水の上級譜術が炸裂する。よし、ここだ!

 

「凍っちまえ! ――守護氷槍陣!!」

 

 ジェイドの譜術で出来たフィールド・オブ・フォニムスを利用して上位技を繰り出す。一撃を加えた事を確認してすぐに離脱する。そして又キムラスカ兵が奴を取り囲む。これでいい。単純な消耗戦かもしれないが、続けていれば必ず奴は疲弊する。そうすれば奴を倒せる!

 

「後悔するのだな、滅びよ――星皇蒼破陣」

 

 今度は秘奥義か! 奴も大盤振る舞いだな。だが派手な技を使うって事はそれだけ追い詰められているって事でもある。めげずに攻め続けるしかない!

 俺は秘奥義――剣を突き立ててそこから闘気を発する星皇蒼破陣――を食らって倒れたキムラスカ兵を飛び越えてヴァンに剣を振るった。その時だ。

 

「おおおおっ! ヴァン。覚悟!」

 

 俺の後ろから飛び込んで来たのは、ガイだった。今回の戦闘、加わってくれるかどうか分からなかった彼がついに参戦してくれたのだ。

 

「俺の本気、見てみるか? ――気高き紅蓮の炎よ。燃え尽くせ! ――鳳凰天翔駆!!」

 

 奴の懐に斬り込んだガイは一気に闘気を放出すると、炎を生み出す剣技――秘奥義を繰り出した。そしてそれがとどめになった。

 

「侮ったか……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「そのヴァン謡将の旗色を鮮明にする方策があると言ったら、どうする?」

 

 

 その言葉をきっかけに始まったヴァンに関する話は最終的に俺の思うとおりに進んだ。俺がジェイドに提案したのはこの二点だ。

 アクゼリュスにヴァンがやってきて、俺と二人だけで会話しようとしたらその内容を盗み聞きして欲しい。

 同じくアクゼリュスにヴァンがやってきて、もしも攫われた筈のイオンを連れていたら、イオンと俺を連れて第14坑道の奥地に入り込んだのなら、キムラスカ兵とマルクト兵で俺達三人を取り囲んで欲しい。

 もちろんジェイドはすぐに納得してくれた訳じゃない。何より盗み聞きするというのは心理的に抵抗がある行為だ。始めは拒否された。だが俺は言葉を尽くして説得したのだ。アクゼリュスで二人きりになったら奴はボロを出す筈だから会話を聞いてくれ、と。ジェイドに頼んだ理由はアクゼリュスに居る人間の中で最も戦闘能力が高いからだ。

 

「戦闘能力が高いからと言って、盗み聞きする能力が高いという訳ではないのですがねぇ」

 

「会話を盗み聞きする際に、気配を消すんだからその能力が高い人間に頼みたいんだよ」

 

 同席していたガイやティアも、同じくヴァンを探る事に抵抗を感じていた様だが、俺が絶対に奴には裏がある。自分と二人きりになったら油断する筈だと押し切ったのだ。元々この二人(特にティア)もヴァンに対する疑いを持っている人物なので、何とか言いくるめられた。

 何故そんな事をジェイドに話したのか? というとジェイドとマルクト兵にヴァンと戦って貰う為だ。

 ガイとティア、白光騎士団とキムラスカ兵を動かすのは簡単だ。ヴァンが七年前の誘拐事件の犯人だったと伝えればいい。あのアホは二人きりの密談の際に自分の罪を簡単に打ち明けるから、それで持ってキムラスカ兵達を動かせばいい。誘拐事件の犯人だから逮捕する必要がある、と言って。

 だがジェイドとマルクト兵はそうはいかない。ダアトの人間がキムラスカ国内でキムラスカ人を誘拐したからと言ってマルクトの軍人は動いてくれない。それを、タルタロスの襲撃を指示したのはヴァンかも知れないという“疑い”と生物レプリカの作成という罪で動かしたのだ。

 

 俺はフォミクリーという技術で作られたレプリカ、複写人間だ。だが現在この世界では生物レプリカの製造は禁止されているのだ。マルクトでもキムラスカでもダアトでも。つまり生物レプリカを作成したヴァンはその罪で逮捕出来るという事だ。

 そこまで理屈がついているなら後はヴァンが生物レプリカを作成した犯人だと証明するだけだ。ジェイドは既に俺がレプリカだと確信している。そして俺が作られたのは七年前の誘拐事件の際。それで七年前の誘拐を行ったのはヴァン。Q.E.D.証明終了だ。多少苦しいかも知れないがジェイドは動いてくれた。

 そうして、キムラスカ兵、マルクト兵総出でヴァンを逮捕する流れに持っていったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「何だこれは!!」

 

 男の叫び声が響いた。声が聞こえた方を振り向くと紅蓮の髪の男……鮮血のアッシュが立っていた。この野郎、戦闘が終わった今更ノコノコやってきやがって。こっちはすげー苦労したってのに。

 

「よう。鮮血のアッシュ。お前のお目当てであるヴァン・グランツは既に倒したぞ。後は縄で縛って逮捕するだけだ」

 

「何だと!? 一体どういう事だ!」

 

 あーもう、うるさい奴だな。説明するの面倒だけど説明しないとこいつ納得しないだろうしな。

 

「あー、とにかくだ。ここにいる俺達でヴァンを倒したんだよ。お前はヴァンを止めるつもりでやってきたんだろうけど、俺は俺でヴァンの企みを見破っていたから、ここでヴァンを止めたんだ」

 

 説明しながら、キムラスカ兵に指示してヴァンに縄をかけさせる。譜術も封じておかなくてはな。おっと、戦闘で倒れたキムラスカ兵も何人かいるな。秘奥義でやられたか。

 

「ティア、倒れているキムラスカ兵に【ファーストエイド】を頼むよ」

 

 ティアは自分の兄が捕縛されようとしているので複雑な顔をしていたが、治癒術士として反射的にかもしれないが動いてくれた。

 そうして俺達は、縄でふん縛って譜術を封じたヴァンを引きずって第14坑道を出たのだった。譜術封じとは譜術士(フォニマー)の譜術を封じるものだ。これがないと口がきける状態なら譜術士は野放しになっちまうからな。

 

「えーと、ガイ、ティア、ジェイド、イオン、それからアッシュか。今名前を挙げた皆で話したい事がある。皆も皆で俺に聞きたい事があるだろうから、タルタロスの船室ででも話さないか?」

 

 とりあえずそう提案してみる。ガイとティアはともかく、ジェイドはアッシュを警戒している様だ。まあタルタロス襲撃されて自分の部下を殺されているからな。そりゃ警戒もするか。

 

「ティア、ジェイド。とりあえず今はアッシュの事をそんなに警戒しなくても大丈夫だ。タルタロスの襲撃で警戒するのは仕方ないかもしれないが、今のアッシュには敵意は無い、だろ?」

 

 アッシュに向けて問いかける。奴は俺と顔を合わせるのも嫌なのかしかめっ面しているが。

 

 

 

 そして俺達は全員で一つの船室に集まった。皆厳しい表情だがイオンは不安げだ。ちなみにヴァンはちゃんと手錠、足枷、縄でぐるぐる巻き。譜術士(フォニマー)に対する譜術封じをして、更に五人のキムラスカ兵士を見張りに付けてある。

 

「まずはあの扉の事から説明するか。あの幾何学模様の扉は『ダアト式封咒』っていうんだ。」

 

「ルーク! それは!」

 

「分かってるよイオン。ローレライ教団の機密だって言うんだろ? でも今はそんな事を言っている場合じゃないんだ」

 

 イオンはローレライ教団の機密については厳しいよな。ヴァンかモースにでも言いつけられたのかな?

 

「次に、何故ヴァンがダアト式封咒を解こうとしたかだな。ヴァンの奴は封咒を解いた向こう側にあるパッセージリングって装置に用があったんだ」

 

 アッシュも知ってるよな? といまだにこちらを睨んで来るアッシュに話を振る。……ちょっとは協調性とかさぁ……言っても無駄か。

 

「パッセージリングはセフィロトを制御する装置だ」

 

「セフィロトを、制御?」

 

 ガイがまるで分からん、という顔をする。俺だってそんなに理解してる訳じゃねーんだ。俺としてはこの辺りでティアとかが説明してくれるもんだと思ってたけど……とてもそんな空気じゃないね。俺が全部説明すんですかそうですか。

 

「えーとだな、俺達の住んでいるこの世界は外殻大地と言って、空中に浮いているんだよ」

 

 外殻大地の話になると露骨にティアとイオンが反応した。よし話を振ろう。

 

「なあ、ティア。俺も外殻大地や魔界(クリフォト)についてそこまで詳しい訳じゃないんだ。出来れば専門家である君から説明してくれないか?」

 

「……私、が? でも……」

 

「魔界の話が教団の機密だって事は知ってる。でも今はヴァンの目的にも関わる重要な事なんだ。説明、してくれないか? 頼むよ」

 

 頼む、頼むと繰り返しながら頭を下げると、やがてティアは根負けしたのか説明を始めてくれた。

 

「……私は魔界と呼ばれる地下世界で育ったの。貴方達の住む場所は、魔界では外殻大地と呼ばれているの。魔界から伸びるセフィロトツリーという柱に支えられている、空中大地なのよ」

 

「私達が今いるこの大地は、空に浮いているという訳ですか」

 

 ジェイドがとても信じられないと言う様につぶやく。

 

「昔、外殻大地は魔界にあったの。けれど二千年前、オールドラントを原因不明の障気が包んで、大地が汚染され始めた。この時ユリアが七つの預言(スコア)を詠んで、滅亡から逃れ、繁栄するための道筋を発見したの」

 

「……ユリアは預言を元に地殻をセフィロトで浮上させる計画を発案しました」

 

 ティアの説明をイオンが引き継いだ。イオンも隠してはいられないと思ってくれたらしい。

 

「それが外殻大地の始まり、か。途方もない話だな……」

 

 ガイが愕然とした様子で言った。実物を見ていないので半信半疑かも知れないが、少なくとも真面目に話を聞いてくれている様だ。

 

「ええ。この話を知っているのは、ローレライ教団の詠師職以上と魔界出身の者だけです」

 

 こっち見んな。いや、そりゃ機密事項なのに知っていれば不思議に思うだろうけどさ。

 

「それじゃ話を戻そうか。セフィロトとパッセージリングの事だな。イオンが言った様に、ユリアは地殻をセフィロトで浮上させたんだ。そのセフィロトを制御しているのがパッセージリングなんだ。……そしてヴァンの目的はパッセージリングを破壊する事だったんだよ」

 

 ヴァンの目的を話すと今度はアッシュが反応した。アクゼリュスに来たって事は崩落の危険性を認識してたんだろうから当然知ってるわな。

 

「ヴァンは俺が使える超振動を利用してパッセージリングを破壊するつもりだったんだ。リングが破壊されてしまうとセフィロトツリーも消滅してしまう。アクゼリュス周辺の大地を支えるツリーが消滅してしまったら……後は分かるよな? 外殻大地が崩落してしまう。16年前のホド諸島の様にな」

 

「そんな……! まさか!」

 

 ヴァンをそれなりに信頼していたのだろう。イオンは驚き戸惑っている。

 

「ティアは……知ってたんだろう。この事を。だからあの日、ファブレの屋敷を襲撃した。違うかい?」

 

「私は……私が外殻大地に上がる前だったわ。兄さんが珍しく魔界の街へ帰ってきた事があったの」

 

 

『――アッシュが何かに勘付いている様です』

『アッシュは妙な所で潔癖だ。この計画が外殻の住人を消滅させると知れば、大人しくはしていまい』

『シンクを監視につけましょうか』

『そうだな』

 

 

 ……うん。どう考えても危険な計画を練っている悪人でしかないね。実の兄だろうが何だろうが報告すべきだったと思うよ。何故教団や神託の盾の偉い人に話さなかったし。原作知識というわけの分からない知識を持つ俺とは違って信じて貰えただろうに。

 

「アッシュも、同じ情報を得たからアクゼリュスに来たんだろう? ヴァンの企みを阻止する為に」

 

 いい加減なんか喋れこの野郎。

 

「俺は……ヴァンの野郎がお前に超振動を使わせるつもりだったと知っただけだ。アクゼリュスを崩落させるつもりである事もな」

 

 俺、ティア、アッシュの三者から同じ情報がもたらされた事で他の皆も信じる気になってくれた様だ。

 

「まさか……ヴァンの奴がそんな恐ろしい事を企んでいたとはな」

 

 ん、おーいガイ。微妙に素が出てるぞ。使用人としてのお前なら“ヴァン謡将“だろ。

 

「とにかく、俺はその恐ろしい企みに気づいたから、色々と手を打ってヴァンを打ち倒したという訳さ」

 

 そこで皆の目線が俺に向く。どうしてそんなに隠された事を知っていたのか理由を説明しろって視線だな。うん。もう隠してはおけないよな。元々の計画でもこの辺りで話す予定ではあったし。

 さーて、少しばかり長い話になるから覚悟してくれよな。

 

 




 ヴァン撃破。この時点でヴァンを倒せたのは非常に大きいです。なのでタイトルも分岐点としました。オーバーリミッツについてはTOVで闘気を発すると言う表現があったのでそれを採用しました。あと地味な表現ですが、戦闘中の詠唱やかけ声は実際の戦闘ボイスを書き出してます。
 アッシュは全てが終わってから登場。原作での、ここのアッシュも私はあまり好きじゃありません。なーにが「くそっ! 間に合わなかった!」だっつーの。語ると長くなるので語りませんけどね、間に合う様なこと何一つしてねーだろっての。
 そしてアッシュを交えて説明会です。主人公よりティアのが説明してた気がしますが(汗)ここから本格的に原作を離れる事になります。アクゼリュスは(まだ)崩落しないし、ユリアシティにも行かないし、アッシュと精神を繋がないし、ベルケンドやワイヨン鏡窟にも行かない。ユリアロードを通ってアラミス湧水洞にも行きません。
 次回は主人公の原作知識バレです。上手く書けるか凄い不安……。


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降下編
第16話 告白 ~ グランコクマへ


「『ND2000。ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。

ND2002。栄光を掴む者、自らの生まれた島を滅ぼす。名をホドと称す。この後、季節が一巡りするまでキムラスカとマルクトの間に戦乱が続くであろう。

ND2018。ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる』」

 

 俺はひとしきり話し終えると一息ついた。……皆は黙って聞いてくれている。

 

「今話したのはローレライ教団の秘預言(クローズドスコア)だ。第六譜石の内容と言ってもいいな。俺はこんな秘預言の内容も知ってる。ジェイドがバルフォアって名字だった事も知ってる。ガイの本名も出身地も知ってる。ティアが魔界(クリフォト)出身だった事も知ってたし、ティアにも本名がある事も知ってる。イオンの出自も知ってる。アッシュの本名も知ってる。自分がフォミクリーって言う技術で作られた生物レプリカだって事も知ってた。ヴァンが企んでいた事も知ってるし、六神将の来歴も知ってる。全部知ってるんだ」

 

 次に話した内容で皆は一様に顔色を変えた。だがその事について聞かれる前にたたみかける。

 

「そして……何故俺がそれらを知っているかと言えば、俺に“未来の知識”があるからだ」

 

「未来の……知識?」

 

「そう、これから先何が起きるか。大まかな内容だけど俺はこの世界に起きる事を知ってるんだ。言うなれば惑星預言(プラネットスコア)を詠める様なもんだよ」

 

 惑星預言と言うと教団に関係のある三者が微妙に反応する。ちなみに惑星預言とは星、惑星の一生が詠まれた預言の事だ。文字通り世界で起きる全ての事が書かれている。俺の原作知識も言ってみればそれと同じ様なものなので、引き合いに出してみた。

 

「俺には生まれた時からこの未来の知識が頭の中にあったんだ。だから生まれた時から今話した全ての事を知っていた。」

 

 この場の皆が皆、信じられないという顔をしていた。そりゃそうだ。俺だって他人がこんな事を言い出したら信じられないよ。でも信じて貰わない事には話が始まらないのだ。

 

「俺に何故、こんな知識が与えられたのかは分からない。度々起こる第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体、ローレライとの意識の同調のせいかも知れない」

 

 これは半分嘘で半分本当だ。俺にも何故俺がレプリカ・ルークに転生したか分かっていないんだから。あとローレライについては少しでも話に信憑性を持たせる為の苦肉の策だ。

 

「ローレライとの意識の同調……」

 

 あ、ほら見ろジェイドが考え込んでるぞ。いいぞ。そのまま勘違いしとけ~。

 

「そして……この知識は今話した事で終わりじゃない。むしろ始まりなんだ。これから世界は大変な事になる」

 

 そこで言葉を切ると自分の座っている椅子をさしてこう言う。

 

「この椅子……それなりに立派な物だけど何時までもつかな。数十年はもつだろうが百年はもたないだろう。千年経てば欠片も残らないだろう」

 

「? 何を……?」

 

「そこにある物がいつまで劣化せずに形をとどめていられるかって話だよ。パッセージリングは二千年前に作られた人造の装置だ。当然の様に経年劣化するんだよ。今世界各地にあるパッセージリングは耐用限界を迎えているんだ」

 

 ガイが慌てて言葉を挟んでくる。

 

「ちょ、ちょっと待て。パッセージリングってのは大陸を浮かせるセフィロトを制御しているんだろう。耐用限界なんて迎えたら」

 

「そうだ。パッセージリングが壊れれば外殻大地は崩落してしまう。そう遠くない未来にな」

 

 突然通告された世界の危機に皆の思考が止まった。

 

「証拠もある。アクゼリュスで噴出している障気だ。ティアは知っているだろうが、魔界は障気にあふれる世界だ。第14坑道の奥にあるパッセージリングが耐用限界を迎えているから、アクゼリュス周辺の大陸が崩落しかかっていて、魔界の障気が噴出しているんだ」

 

「耐用限界……!」

 

「そんな……どうしたら」

 

 ジェイドやアッシュは厳しい表情のまま固まっているが、それ以外の皆は慌てている。信じて……貰えているのかな?

 

「大丈夫だ。対策はある。大陸のパッセージリングを操作して大陸を降下させるんだ」

 

「降下?」

 

「そう。崩落では無く、昇降機の様に動かして降下させるんだ。そして魔界の海に外殻大地の大陸を全て浮かべる。まあ降下にも色々と問題はあるけど、それで世界全土の崩落の危険は回避できる」

 

 そうして俺は降下作業の概要を話し始めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ヴァンを倒した次の日、俺達は救援作業を再開した。アクゼリュスの民は急いで避難させなければいけないからだ。その中にアッシュの姿はなかった。俺が頼んで戻って貰ったからだ。

 

「アッシュ。頼みがあるんだ。……あんたは六神将の元に戻ってくれないか。俺達はこれから世界中の降下作業を行っていく必要がある。その時に六神将は俺達の邪魔をする障害になるんだ。降下作業に横やりをいれられない様にする為には、六神将の動向を知らなければならない。あんたが六神将の元に戻って、彼らが動く時に素早く連絡を入れてくれれば対応できる。」

 

「俺に、六神将のスパイをやれってのか」

 

 これを頼むのは正直言うと気が引けた。アッシュの性格的にもスパイというのは合ってないしな。しかし他に適任がいないのだ。こちらに居る神託の盾(オラクル)騎士団所属の人間はアッシュとティアだけ。ティアは総長の妹でリグレットの教え子とはいえ一兵卒だ。六神将と同列の存在にはなりえない。

 

「俺達はヴァンを捕らえた。これは俺達に取ってかなりのアドバンテージだ。今六神将の奴らは、総長はアクゼリュスを崩落させる為の作業中だと思っているだろう。だからヴァンを捕らえた事はできうる限り秘密にしておく必要がある。『ヴァンが捕らえられた』という情報があっちに漏れなければ、それだけ俺達は先行して行動できる事になる。……だから頼むよアッシュ。これが出来るのはアッシュだけなんだ」

 

 その後も俺は自分にもてる限りの言葉を尽くしてアッシュを説得した。

 

「今はまだお前がアクゼリュスに来て半日しか経ってないんだ。アクゼリュスでヴァンに説得されて戻って来たといえば、自然に戻れる筈だ。その後ヴァンと連絡がとれなくなって困るだろうが、特に変わった事は無かったと言っていればいい」

 

 最終的にアッシュは俺の言葉通り六神将の元に戻ってくれた。六神将が動く時は鳩で知らせてくれる手はずになっている。アクゼリュスが崩落もせず、ヴァンが戻っても来なければ六神将は不審に思うだろうが、一、二週間程度ならごまかせる筈だ。その間にアクゼリュスの救援作業を終えなければならない。

 

 ヴァンを倒してから二週間が経つか経たないかといった頃、アクゼリュスの救援作業は終わった。アクゼリュスの住民は全てタルタロスに乗船している。俺達はこれからタルタロスでマルクトの首都グランコクマへ向かう事になる。

 追加人員を含めたキムラスカ兵はデオ峠を越えてカイツール軍港へ行く様に指示してあるので、そのままバチカルへ帰って貰う。第14坑道でヴァンを倒すのに協力してくれたキムラスカ兵に関しては、王族ルーク・フォン・ファブレの名を持って口止めしてある。理由としてはローレライ教団の詠師で神託の盾騎士団主席総長がキムラスカの王族を誘拐していたというのは世界規模のスキャンダルになりかねないから、と言う事にしてある。

 

「しかし、皇帝陛下が貴方の言葉を信じてくれるという保証はありませんよ」

 

 グランコクマへ移動中、船室の中でジェイドが言う。

 

「ああ、分かっているさ。そこは俺が頑張って説得するしかない」

 

 これから行う降下作業は主にマルクトの領土に関する事なので陛下の了承は得なければならない。というより放っておけばマルクトの領土が崩落してしまうのでマルクトの皇帝にとっては他人事ではないのだが、まず俺はその崩落してしまうという事実を皇帝に信じさせなければならない。大変だ。たよりは俺の原作知識のみ……説得できるかなぁ。出来なかったらどうしよう。不安だ。

 そう言えば、原作知識と言えば俺以外の転生者、憑依者の存在は今の所確認できていない。ティア、ジェイド、アニス、などパーティーメンバーもそうだが、ラルゴ、アッシュ、リグレット、アリエッタといった敵方の人物も原作知識と違う行動は起こしていない。本当に俺以外の転生者はいないのだろうか? まあこれからも出会う人全てをチェックしていくがね。

 それと原作知識に無い出来事もだな。これも無かった。既に物語の三分の一のアクゼリュスまで全て原作知識通りに事が運んだのだ。これからもそうなる可能性が高いと思っていいのか、な。俺はそんな不安と心配と希望に満ちた気持ちを抱えていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 神託の盾騎士団に襲撃などされる事なく、俺達は無事グランコクマに到着した。まずは重症者を含めたアクゼリュス住民の受け入れ作業を行う必要がある。まあ作業は主にマルクトで行ってくれるから、俺や護衛のガイ、ティア、白光騎士団、和平の仲立ち役のイオンは特にやることがない。マルクトの貴賓室で優雅に待機する事となった。

 そして俺はジェイドを通じてマルクト皇帝ピオニー九世陛下と謁見する事になったのである。

 

「キムラスカ・ランバルディア王国において国王インゴベルト六世陛下より親善大使に任命されました、ルーク・フォン・ファブレと申します。マルクト皇帝ピオニー九世陛下におかれましては………………」

 

 俺は王族としての礼儀にのっとって名乗りと挨拶をする。あー肩が凝る。

 

「マルクト皇帝ピオニーだ。この度は我が国と和平を結び、アクゼリュスを救援してくれた事、誠に感謝している。話は聞いているよ。マルクトに飛ばされた所をジェイドに保護されたんだってな。こいつ使えない奴で困っただろう?」

 

 形式ばった挨拶をしてきたかと思えばコレか。相変わらず軽いなぁ。皇帝という身分以外は基本的にノリの軽いにーちゃんだからなこの人。

 

「それで? ジェイドが言うにはアクゼリュスについて重大な話があるそうじゃないか」

 

「はい。皇帝陛下だけでなく、出来ればマルクト上層部の方々皆に聞いて欲しかったのですが……」

 

 今この場に居るのは皇帝の他にゼーゼマン参謀総長、とノルドハイム将軍だけ。あとジェイド。その他には警護の兵士が居るだけだ。

 

「上層部の皆に、ねぇ……。余程の重要事とみえるな。だが今は俺達しか居ないんだ。まずは話ちゃくれないか?」

 

 まあ何の事前情報も無い状態で上層部を招集する事は出来ないよな。まずはこのお三方に話して信用を得る所からか。

 俺は腹を決めるとパッセージリングの老朽化、それによるアクゼリュスの障気噴出。このままではホド諸島と同じ様にアクゼリュス周辺の大地も崩落する危険性がある事を話した。

 

 話を聞いた皇帝達はさすがに驚きを隠せない様だった。

 

「パッセージリングの老朽化……。ホドと同じ崩落が起きる、か……」

 

「本当だとしたら由々しき事態ですじゃな」

 

「だが、全ては私達にあずかり知らない事。本当かどうか確かめる術はない」

 

 まあいきなりそんな話をされた所で信じる方がおかしいですよね。

 

「ですが陛下、アクゼリュスにある坑道の奥にダアト式封咒があるのは事実。中に入ってはいませんが、パッセージリングもあると思われます」

 

 イオンが補足説明をしてくれる。言い忘れたがこの場には魔界出身のティアと俺の護衛としてガイも同席している。

 

「ふむ。導師が言うならばそれは確かな事なのかも知れないな。しかし疑問なのはだ。何故この話がキムラスカの王族であるルーク殿からされているかだ。聞くところのよるとルーク殿は今まで屋敷に軟禁されていて公務はおろかろくに外を出歩いた事もないというではないか。そのルーク殿が何故アクゼリュスのパッセージリングが老朽化している事を知っているのだ?」

 

 ですよねー。イオンやティアの援護もあってパッセージリングや魔界の事は信じてくれるかも知れないけど「俺が」それを語っていたらおかしいですよね。導師本人が語るならともかく。

 

 そこで俺はタルタロスの船室で語った事と同じ事、自分に未来の知識がある事を話した。

 

「未来の……知識」

 

「惑星預言と同じ……」

 

 あ、考え込んでる。そりゃそうなりますよね。いきなりそんな事言われたら。

 

「拙いですが、俺にはそれを証明する手段があります。例えば幼い頃のジェイドとサフィール、それに陛下とネフリーさんがゲルダ・ネビリムさんの私塾の生徒だという事を俺は知っています」

 

「……ほう」

 

 ピオニー陛下の俺を見る目が少し変わる。

 

「それから……僭越ではありますが、ピオニー陛下の初恋の方が誰なのかも俺は知っています。未来の知識によって」

 

 その言葉を言ったとたん場の空気が変わる。

 

「……ジェイド」

 

「もちろん私は話してなどいませんよ」

 

「未来の知識と言えば胡散臭いかも知れませんが、膨大な預言(スコア)が詠める預言士(スコアラー)とでも思って貰えれば構いません。その知識で私はアクゼリュス崩落の危険性を知ったのです。ですがそれだけではありません。未来の世界では崩落の危険が迫った世界でそれを回避しようとたくさんの人が動いていました。俺の未来の知識の中には崩落を防ぐ手立てもあります。もしも陛下が俺の知識を信じて下さるのでしたら。世界各地で起きる崩落を防ぐ方法をお教えします」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 皇帝達は沈黙している。沈黙はやめてくれー。胃が痛むんだよああもう畜生。胃が! 胃がキリキリとおおおおおお。

 それからややあって、陛下は口を開いた。

 

「……分かった。とりあえず信じてみよう」

 

「陛下!?」

 

「16年前ホド諸島は崩落した。それがホドのパッセージリングが破壊された事だとすれば、崩落したのもうなずける。であるならばパッセージリングの存在については信じる事ができる」

 

 よっしゃ! 第一段階クリア!

 

「それで? 崩落に対する対策とは一体なんだ? 俺はどうすれば良い?」

 

「は、はい。崩落への対策ですが、パッセージリングを操作しての降下作業を考えています」

 

「降下作業」

 

「はい。パッセージリングはセフィロトを制御する装置です。その為パッセージリングを操作すれば、昇降機の様に大陸をゆっくりと魔界へ降下させる事ができるのです。全てのセフィロトでその作業を行い、全ての大地を降下させれば崩落とそれによる犠牲者は防げます」

 

 俺の言葉に陛下は少し考え込んだ様子だった。

 

「降下作業……か。確かにルーク殿の言う様に作業を行えるのだとしたら何とかなるのかも知れないな。しかし問題はあるだろう。そもそも創世暦の時代に大陸を浮遊させたのは魔界に障気が充満したからというじゃないか。魔界に降下したとして障気の問題はどうするんだ」

 

 さすが一国の皇帝。頭の回転が速いな。俺とは大違いだ。俺にあるのは七年間のありあまる時間でもって考えた内容だけだ。頭の回転は普通以下。……自分で言ってて虚しくなってきた。

 

「魔界の液状化の原因は地核にあります。本来は静止状態にある地核が激しく振動している……筈です。それが液状化の原因なのです。ですからその揺れを打ち消す装置を作り地核に設置すれば魔界の液状化を解消できます」

 

「地核の振動を打ち消す、か」

 

「はい。その為の技術者などにも当てはあります。障気についても事が進めば解決策が見つかります。ですが、マルクトにはその前に大きな問題が立ちはだかっているのです」

 

 降下作業に関してはこんなもんでいいだろう。後に起きる問題よりもまず当面の作業について説明しなくては。

 

「大きな問題、ですかな」

 

 ゼーゼマンさんがその豊富な髭をもしゃもしゃしながら返事をする。

 

「マルクトだけでなくキムラスカ、ダアト、ケセドニア、世界全てが崩落の危険性に見舞われています。その為には先ほど言った降下作業を行わなければならないのですが、一つとても大きな問題があるのです」

 

「それは一体なんだ?」

 

「はい。降下作業を行うには各地のパッセージリングを操作する必要があります。ですが、パッセージリングには三つのセキュリティが存在するのです。その内の一つが厄介なんです」

 

「セキュリティか。まあ大陸を浮上させている装置なら当然か。それで? そのセキュリティとは?」

 

「まず一つ目は『ダアト式封咒』ダアト式譜術が使える者でしか解けない扉です。これはこちらに導師イオンがいますので、導師によって解いて貰います。次に『ユリア式封咒』これはユリアの血縁の者に反応してリングの操作を許可するものです。これについては現在牢に逮捕されているヴァン・グランツを使います。彼はユリアの子孫です。なので彼を連れて行けばこのセキュリティも突破出来ます」

 

 そこで俺は一旦言葉を切った。……喉が渇くな。

 

「そして……順番は前後しますが、二つ目のセキュリティは『アルバート式封咒』これはホドとアクゼリュスのパッセージリングに施された封印なのです。既にホドのアルバート式封咒はホドが崩落した事で解けています。ホドのパッセージリングが破壊されたので。つまり……」

 

 その場に居る皆の表情が変わる。

 

「まさか……アクゼリュスのパッセージリングも破壊しなければならないのか!? だがそれでは……!」

 

 残酷な事実。だが俺はこれを言わなくてはならない。俺がこれを言わなければ世界は前に進まないのだから。

 

「アクゼリュスのパッセージリングを俺の超振動でもって破壊します。結果、アクゼリュス周辺の大地はホド諸島の様に崩落するでしょうが、残り八カ所のパッセージリングは操作できる様になります」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 話し合いは一旦休憩となった。俺の話した事があまりに大きかったからだ。そりゃそうだよな。このまま放っておけば世界全土が崩落する。解決する為には世界各地を降下させるしかない。降下させる作業に入るにはアクゼリュスを崩落させなければならない。ジレンマだ。

 それでも、世界全土を崩落から守ってアクゼリュスを崩落させるか、アクゼリュスを崩落させないで世界全土が崩落してしまうか。選ぶなら答えは一つしかない。

 

「なあ、ルーク。他に方法は無いのか?」

 

「んー。俺も全能の神様じゃないからなぁ。もしかしたら、探せば、俺が提示する方法よりも上等な、全てを救える方法もあるのかも知れない。でも俺が知る未来の知識の中ではこれしか方法が無いんだ」

 

 問いかけてくるガイに俺は静かに返した。

 

「……そうか。うーん」

 

 そうして普通に話しているガイを見て、俺は言うべき言葉を悩んでいた。

 

「なあ、ガイ……もう気づいてると思うけれど、ガイが意識を変える事になった俺の言葉、その言葉も俺は未来の知識で知っていたものを言っただけだったんだ。それに俺はお前の素性も全部知っていた。ファブレ公爵、父親に攻め滅ぼされたマルクト帝国ホド伯爵領の人間だって事を」

 

「…………」

 

 ガイは沈黙している。くっそ、胃が痛い。

 

「ガイがうちの使用人になったのは俺達に、公爵の家族に復讐するつもりだったという事もな」

 

 これについては思う所がないわけではない。公爵本人に復讐するならともかく、体の弱い母親、シュザンヌ夫人やホド戦争当時赤ん坊だったオリジナル・ルーク、アッシュを殺そうとするのは筋違いじゃないかとも思っていた。けれど隠し事をしていたのは俺も同じなわけで。結局は同じすねに傷を持つ身なので何も言う事が出来なかった。

 

「ガイ……俺が告白した事でお前も色々と考えた事があるだろう? 今の俺の事、本当はどう思ってるんだ?」

 

「…………。そうだな。今のお前に思う事がない訳じゃない。でもそれも含めて、俺は自分に誓った事の顛末を見届けたいと思っているよ」

 

「でもその誓いは……」

 

 俺が原作知識でズルをして出来た誓いじゃないか、と言い出そうとしたが、

 

「それも含めて、と言っただろ。全部含めて、お前という人間を見極めさせてくれ。お前はお前で考えている事があるんだろうが、俺は俺で考えているからさ」

 

 ……それは、今は保留しておこう。って事なのか? その後、呼びに来た人によって俺達の会話は途切れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 少しして、混乱から立ち直った皆で話し合いが再開された。

 

「色々考えたが、お前が提示した情報の中では、アクゼリュスを犠牲にするしか道は無いと言う事が分かった。だがな、俺はマルクトの皇帝だ。はいそうですかとアクゼリュスを犠牲にする事を容認する訳にはいかない」

 

「ごもっともだと思います。陛下。そこで俺から提案があるのですが……」

 

「提案?」

 

「まず、ダアト自治区にあるアラミス湧水洞を通ってのユリアシティへの訪問です。マルクトの上層部の方に実際にユリアシティ……魔界を見ていただく事により、私の話した内容を信じていただこうかと。それとユリアシティには私以上にパッセージリングやセフィロトに詳しい人達がいます。彼らの話を聞けば私のもたらした情報の裏付けが取れるでしょう。」

 

「ふむ」

 

「次に、アクゼリュスのパッセージリングの実地調査です。ダアト式封咒を導師イオンに、ユリア式封咒をヴァンに解かせて、パッセージリングを調べるのです。実際に調べていただければ、リングが耐用限界に到達している事に納得していただけるでしょう。」

 

「実地調査か。確かにそれは必要だな」

 

「私が今提示出来る情報はこれぐらいです。どうか陛下、戯れ言と言わずに受け止めて下さい」

 

 そうして俺は精一杯の誠意でもって説明を締めくくった。

 

 




 主人公の知識バレです。意外とあっさりいきました。書くのはすごい苦労しましたが。アビス世界、オールドラントには預言、惑星預言、第○譜石といったものがゴロゴロしてますからね。未来の知識があると言っても私達の世界より理解されやすいのではないでしょうか。
 アッシュが自由に動くのではなく六神将の元に戻りました。アッシュにしては素直に言う事聞きすぎじゃね? と思われるでしょうが、これにはちゃんと理由があります。ヒントとしては……原作においてもアッシュは決してルーク達と行動を共にしようとせず、別行動してましたよね? それと同じ理由でこの世界のアッシュはスパイとなる事を受け入れました。
 そしてグランコクマ、皇帝訪問です。アクゼリュスのパッセージリングはアルバート式封咒があるので必ず壊さなければなりません。でないと世界全体を降下させられませんから。とはいえマルクトの皇帝にとっては苦渋の決断でしょうね。
 次回は一気にストーリーを飛ばすつもりです。


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第17話 偽姫騒動

 今俺はバチカルに戻って来ていた。あれだけの事を言っていたのになんでバチカルに帰ってるんだ! と思われるだろうがこれにもちゃんと理由があるのだ。とりあえず皇帝達との話し合いにまで話を戻そう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ユリアシティへの見学隊やアクゼリュスの調査隊が組織され始めた頃、俺はまた皇帝と話をする事になった。

 

「セントビナーが、落ちる?」

 

「はい。俺の想定する様にアクゼリュスのパッセージリングを破壊し、周辺の大地を崩落させると、連動してセントビナーが落ちるのです」

 

 俺は身振り手振りを交えながら説明した。

 

「四本足のテーブルを想像してみて下さい。そのテーブルの足を一人一人が持って持ち上げる図を。誰か一人が急に手を離したとします。他三人に一気に負担がかかるのは簡単に想像がつくと思います。それと同じです。アクゼリュスのセフィロトツリーが消滅すると、大陸を持ち上げる浮力がその分失われるので、隣にあるセントビナー周辺の土地が崩落を始めるのです」

 

 原作ではレプリカ・ルークがヴァンに操られて行ったアクゼリュスの崩落、だがこの世界ではまだアクゼリュスは崩落していない。……アクゼリュスの住民も死んでいない。それは喜ばしい事であると同時に原作と違った展開になると修正作業が大変なのだ。だが目指すは全ての大陸を無事に降下させる事だ。

 

「セントビナーが危ない……か。しかしそれにも対策はあるんだろう?」

 

「はい。アクゼリュスのパッセージリングを破壊できれば、セントビナー周辺の土地を支えるセフィロト、セントビナーの東にあるシュレーの丘という場所ですが、そこのパッセージリングを操作出来る様になります。なのでシュレーの丘のリングを操作してセントビナー周辺の土地だけ先に降下させます。その俺の想定通りに事が運ぶのなら、セントビナーの住民は先に避難させた方が良いですね」

 

 原作では崩落が始まってから避難し出していたが、俺の知識があるこの世界ではあらかじめ避難する事が出来る筈だ。……皇帝が俺の言葉を信じてくれれば、の話だが。

 

「セントビナーの住民を避難させる、か。そりゃ大事だな」

 

「加えて、です」

 

「ん?」

 

「アクゼリュスの崩落は話した様にローレライ教団の秘預言(クローズドスコア)で、キムラスカ上層部が待ち望んだ事です」

 

ND2018。ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の大繁栄の第一歩となる。

 

「アクゼリュスはキムラスカの武器となって消滅する。そしてルグニカの大地は戦乱に包まれる……か」

 

「ええ。キムラスカは未曾有の大繁栄を引き起こしてくれるその戦争を心待ちにしているのです。その為アクゼリュスのパッセージリングを破壊したら、すぐにキムラスカとの戦争について準備しなければなりません」

 

「ふっ。キムラスカの王族である貴君からそう言われると複雑な気分だな」

 

 戦争は止められない。マルクトがやりたくなくてもキムラスカが仕掛けてくるのだから。そして原作知識を持つ俺であろうと戦争を起こそうとするキムラスカは止められない。どうしようもないのだ。

 

「しかし、対策はあります。ケセドニアの南東にあるザオ遺跡、そこにあるパッセージリングを操作して降下作業を行います。ケセドニア、ローテルロー海、エンゲーブ、カイツールまで降下させれば、さすがに戦場そのものが魔界(クリフォト)へ降下してしまえば、キムラスカとて戦争をやめざるをえません。」

 

「戦場を魔界へ降下させる事で無理矢理戦争を止める……か。そりゃ無茶な手だな」

 

 ピオニー陛下はそう言って笑った。

 

「で、ですね。これだけの事を言っていて何ですが……俺、バチカルに帰ってもいいですか?」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 そうして俺はグランコクマからケセドニアに船で移動し、ケセドニアからバチカルへ戻って来たという訳だ。何故俺が世界の危機に瀕している時にバチカルに戻るのかというと

 

「聞いているのですか、ルーク!」

 

 この人がいるからだ。ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。原作知識通りならもうすぐこの人の偽姫騒動が起きる。そして偽姫騒動が起きるという事はこの人に自殺を促されるという事だ。この人は決して死なせちゃいけない。でないとキムラスカ国王インゴベルト陛下との和解が行われないし、キムラスカとマルクトの和平も結ばれない。

 この辺りについては結構考えた。別にキムラスカが和平を結ばなくても降下作業を強行してしまえば世界は救えるんじゃないかと。俺の理想は世界滅亡の預言(スコア)を回避する事だ。そうしないと自分が死んでしまうからな。でも世界を救う為にキムラスカの改革は必要なのか? ……と考えるとそこまで必要じゃない気がして。そりゃー協力してくれた方が助かるんだろうが、協力がなくても何とかなりそうではあるんだよなぁ。

 しかし目の前のこの人が死ぬと分かっているのに、動かないのはなぁ。精神衛生上よくないというか何というか。

 それ以外にも、俺はアクゼリュスの親善大使として命じられた訳だから、アクゼリュスの救援が終わったら帰らなければいけないという事情もあったのだ。グランコクマへ行くときも、救援隊の隊長から「救援が終わったのに帰らないのですか!?」と言われたしなぁ。まあグランコクマ行きは「アクゼリュスの住民がちゃんと首都に搬送されるのを確認する為」という理由で何とか理屈づけたけど。それでもバチカルに帰国後、何故すぐに帰らなかったと責める様に言われたしなぁ。

 

 今キムラスカ上層部は揺れている。俺がアクゼリュスの救援・親善をちゃんとこなして帰って来てしまったからだ。俺としては

 

「――『ND2000。ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。ND2018。ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで……』この先は欠けています」

 

 ユリアの預言? その通りに人々を引き連れて鉱山の街へ向かいましたが何か? とすっとぼければいい。向こうは「キムラスカの武器となって街と共に消滅す」という部分を意図的に隠したのだ。俺は隠されているその部分を知らないという状態の筈なのだから、その預言の通りに行動しなくても文句を言われる筋合いはない。預言通りに人を引き連れて鉱山の街へ行ってきましたよーってなもんだ。

 しかしそれを快く思わない者がいる。大詠師派を中心としたローレライ教団だ。ローレライの力を継ぐ若者が鉱山の街へ行けば預言の通りアクゼリュスが消滅して戦争が始まると思っていたのに、ローレライの力を継ぐ若者はひょっこり戻って来てしまった。ユリアの預言は絶対な筈なのに。

 今のキムラスカ上層部は預言通り戦争を起こそう派が追いやられ、預言の通りにして良いのか派が力を得ている筈だ。そして上層部全体からローレライ教団……主にモースが責められている筈だ。お前の言う通りにしたのに預言の通りにならないじゃないか! と言ってな。

 

 この緊張状態……奴がいつ偽姫騒動を起こしても不思議じゃない。マルクトの方は心配いらない。ユリアシティへの見学隊、アクゼリュスへの調査隊、そして俺が進言した通りならキムラスカの職人の街 シェリダンへも軍を派遣している筈だ。アクゼリュスが崩落しなければセントビナーも大丈夫だし……。

 

「ルーク! いい加減になさいまし! わたくしが居るというのに帳面(ノート)ばかり見て!」

 

 おっと。ナタリア姫がおかんむりだ。しまったな。

 

「悪い悪い。ちゃんと話は聞いてるよ」

 

「全く。ルークといいお父様といい……」

 

 憤懣やるかたないというご様子だな。そりゃ今のキムラスカ上層部は秘預言(クローズドスコア)の内容で揉めているんだろうから、秘預言を知らされない彼女としては自分がつまはじきに合った様に感じているのだろう。

 

 俺は不謹慎だと思いつつも、偽姫騒動が起きるなら早く起きてくれないかなぁなどと考えていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 それは俺が今までと変わらずに屋敷に軟禁されて、日課の鍛錬をしている時だった。白光騎士団が俺に切羽詰まった様子で報告してきたのだ。

 

「ルーク様。お城のメイドから連絡がありました。ナタリア殿下が軟禁されたとの知らせで……」

 

 来たか。この予想通りの出来事が起きるのにも慣れてきたな。俺は報告してくれた騎士をあしらいつつ、ガイの部屋へ急いだ。

 

「ガイ! ティア! 報告があった。ナタリアが軟禁されたらしい」

 

 既に二人にはこれから起きる出来事は話してある。ティアはマルクトの方でユリアシティの見学隊に欲しがられたが、無理を言ってこちらに引っ張ってきた。俺が軟禁された屋敷を抜け出すのも城で囚われの身となったナタリアを助け出すのもティアが必要になると思ったからだ。

 

「ティア、頼む」

 

 トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……

 

 すっかり耳慣れた旋律が響き、屋敷の玄関前を警護している騎士が眠りにつく。

 

「いいのかねぇ。こんな事して」

 

 ガイが気がとがめるのかそんな事を言うが構っていられない。

 

「構っていられるか! ナタリアの所まで一気に行くぞ!」

 

 

 

 城の中に入り、ナタリアの私室を目指す。と、

 

「この先はナタリア殿下の私室となっております。通行はご遠慮下さい」

 

 なーにがご遠慮下さい、だ。軟禁されたって知ってるんだぞ。事前にナタリアのメイドに動いてくれる様、白光騎士団の者を通じて頼んであったんだからな。

 俺達はティアの【ナイトメア】で先を塞ぐ兵士達を眠らせると、ナタリアの私室に入った。

 

「ナタリア!」

 

 俺の目に入ってきたのは。ワインの瓶とグラスだった。――毒!!

 

「てめぇらぁ!!」

 

 俺はティアの【ナイトメア】で眠らせる暇も惜しむ様にそのトレイを持った人物を殴り飛ばしていた。

 

「ナタリア! 大丈夫か!」

 

「あ、ルー、ク。どうして、ここに」

 

「メイドからお前が軟禁されたって聞いてきたんだ。俺、助けだそうと思って」

 

 俺はとにかく行こう、と言ってナタリアの手を引いた。

 

「お待ちになって! お父様に……陛下に会わせて下さい! 陛下の真意を……聞きたいのです」

 

 原作でもあったな。別れ際の会話か。どうする? 原作より味方が少なくて脱出に苦労する状態だぞ。……だけどナタリアと陛下に関しては出来るだけ原作知識通りにした方がいいか。

 

「分かった。一度だけ、陛下と話をしよう。つき合ってくれるか? ガイ、ティア?」

 

「まーかせろ」

 

「ええ、私も大丈夫よ」

 

 

 

 俺達は【ナイトメア】を頼りに謁見の間へと駆け込んで行った。

 

「ナタリア……」

 

 インゴベルト陛下は玉座で酷く頼りない顔をしていた。

 

「逆賊め! まだ生きておったか!」

 

 玉座の前に立っていたモースが吐き捨てる。てめぇが言うなこのクソ野郎が!

 奴の後ろには六神将のディストが居た。原作だと確かここにはラルゴとディストが居るんだったよな。でもラルゴは俺がタルタロスで殺したから居ない……と。

 

「お父様! わたくしは本当にお父様の娘ではないと仰いますの!?」

 

「そ……それは……。わしとて信じとうは……」

 

 言葉に詰まる陛下。その時モースが前に出てきた。

 

「殿下の乳母が証言した。お前は亡き王妃様に仕えていた使用人シルヴィアの娘メリル。そうだな?」

 

 話を向けられたのは、そこに立っていた老婆だ。

 

「……はい。本物のナタリア様は死産でございました」

 

 原作でも思ったけどさぁ、中途半端だよ。意思を持ってすり替えを行ったのなら、最後まで黙ってろよ。ここで告白するぐらいの気持ちなら最初からすり替えなんてやるなよ。

 

「しかし王妃様はお心が弱っておいででした。そこで私は、数日早く誕生しておりました我が娘シルヴィアの子を王妃様に……」

 

「……そ、それは本当ですの、ばあや」

 

 ナタリアの声はか細く、今にも倒れてしまいそうな感じがした。

 

「今更見苦しいぞ、メリル!」

 

「陛下! 本気ですか! そんな話を本気で信じているんですか!」

 

「わしとて信じとうはない! だが……これの言う場所から嬰児の遺骨が発掘されたのだ!」

 

 やっぱり物証があるのは大きいのか。それにナタリアは赤髪の陛下と黒髪の王妃から生まれたのに何故か金髪という事で前々から不義の子ではないかという疑いがあったのも痛い。

 

「もしそれが本当でも、ナタリアはあなたの実の娘として育てられたんだ! 第一、有りもしない罪で罰せられるなんておかしい!」

 

「他人事の様な口ぶりですな。貴公もここで捕らえられるのですよ。アクゼリュスへ行くためにね」

 

 やっぱりそうきたか。アクゼリュスを消滅させる筈の俺だ。一度行って消滅が起きなかったのならもう一度アクゼリュスへ行かせるという話になるんじゃないかと思っていたのだ。

 

「あの二人を捕らえろ!」

 

 その言葉でディストと謁見の間に居た兵士が動き始めた。……ふざけんな。なんでナタリアが責められなければならないんだ。交換された事は罪だろう。だがそれは交換した奴が負うべき罪だ。ただ生まれただけのナタリアに罪なんてあるものか。

 

「ふざけんなああああああああああああああああ!!」

 

 俺は全身に満ちた怒りに任せて力を放った! 自分の立っている場所から謁見の間を縦に割る様に亀裂が伸びる。

 

「な、何ですか!? これは!?」

 

「超振動、だ。お前らがアクゼリュスで使って欲しかった力だよ。追いかけて来てみろ。この力で塵まで分解してやるからな!」

 

 怒りのままに超振動を使ってしまった。パッセージリングの操作もまだだというのに。俺は突然の超振動で呆然とする皆を尻目に、ナタリアの手を取って謁見の間を後にした。

 

「ナタリア。行くぞ! 今は、お前はここにいちゃいけない」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 俺達は城を強引に抜けると昇降機の前までやってきた。そこにはファブレ公爵家の白光騎士団がいる。だがその先頭に居るのは庭師のペールだ。

 

「ルーク様! ご命令通り白光騎士団の者がこの先の道を開いておりますぞ」

 

 屋敷を出る際、自分と懇意にしている騎士団の者にだけ、退路を確保してくれる様に頼んでいたのだった。

 

「ありがとう。だけどペール、あまり無理するなよ!」

 

「お気遣いありがとうございます。ですがここで微力ながら皆様の盾になります」

 

「危険です! お逃げなさい!」

 

 ペールの出自を知らないナタリアが心配して声を上げる。

 

「心配するな。ペール爺さんは俺の剣の師だ。後は頼むぜ、ペール」

 

「ご無事をお祈りしております。ガイラルディア様」

 

 最上層から昇降機を使って下に降りる。下の階層は軍施設だ。だがまだナタリアの捕縛命令が達していないのだろう。特段の抵抗も見せず通り抜ける事ができた。……これは俺が、事が起きてすぐ行動に移したのが功を奏したのか?

 

「待て! その者は王女の名を騙った大罪人だ! 即刻捕らえて引き渡せ!」

 

 その声を発するのは特徴ある髪型をした男、ゴールドバーグ将軍だった。将軍は一小隊を率いてこちらに歩いてくる。だが彼我の距離はまだある。俺は先行するガイとティアに追いつくべく全力でナタリアの手を引いて走った。

 




 偽姫騒動前倒し。原作と違いアクゼリュスが崩落しない → ローレライ教団責められる → 苦し紛れに王家の問題として偽姫の件を持ち出す、という安易な流れです。
 主人公の超振動初披露。原作と違いラルゴがいませんがこちらにもアッシュがいないので相手を足止めする要素として出しました。又アッシュがいないので市民が立ち上がっていません。その分ナタリアが軟禁されてからすぐに動いた事でプラマイゼロっぽくしてあります。


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第18話 発進

 バチカルを全速力で走り抜けた俺達は、徐々にペースを落としながら街道を走っていた。

 

「はぁっ、はぁっ。どうだ? 後ろ、追いかけてこないか?」

 

 ガイが苦しげに顔を歪めながら後ろを振り向いて言う。

 

「ふぅっ。はぁっ。だ、大丈夫。みたいだぜ。諦めはしないだろうが、一定距離は引き離せた様だ」

 

 バチカルから移動する経路は二つ。街道をそのまま進みザオ砂漠に入るか、街道を南に移動してイニスタ湿原に入るかだ。俺達は後者の経路を辿っていた。

 

「ペールや白光騎士団達は大丈夫かな。旦那様が上手くさばいてくれているといいが」

 

「だな」

 

 湿原の水に濡れた足下をぴちゃぴちゃといわせながらそんな言葉を交わす。

 

「この湿原の先はどこに繋がっているの?」

 

「キムラスカの音機関都市、ベルケンドだな。港があるからそこから船で対岸のシェリダンに移動しよう」

 

 ティアの質問にこれからの予定も含めて答えてやる。あっと、そうだ。

 

「この湿原には凶悪な魔物がいるんだ。それに気をつけて進もう」

 

「凶悪な魔物?」

 

「ああ、ベヒモスっていうんだけどな。でも大丈夫。そいつが苦手にする花がこの周辺には植えられているんだよ。ラフレスの花粉……だったか。その魔物を封じ込める為にな。花を見かけたら摘みながら進もう」

 

 原作だと何度か襲われるが、この世界でベヒモスに襲われたら全滅必至だからな。人数分花を摘んで全員に持たせよう。加えて今回湿原を抜ける事を想定していたからガイにホーリーボトルを買っておいて貰ったのだ。花&ホーリーボトルでベヒモスと魔物を遠ざけつつ俺達はベルケンド港を目指して歩いた。

 

 湿原を歩いているとナタリアが足を止めてしまった。悩んでいるのか。

 

「ガイ、ティア。少し休憩しよう!」

 

「ナタリア様、大丈夫ですか。辛いと思いますが……」

 

「いえ、わたくし。わたくしは……。……ごめん、なさい。いやですわ。泣くつもりでは……」

 

 今まで気丈にこらえていたのだろうが。ふとしたことで糸がぷつりと切れてしまったのだろう。両の瞳から涙をぽろぽろとこぼしてしまっていた。

 

「いいんだ。泣きたい時は素直に泣いた方がいい」

 

 俺の言葉なんかでは励ましにならないだろうが、少しでも気が楽になれればと思い、言葉をかける。しばらくすると、ナタリアは涙を拭いて前を向いた。

 

「……ごめんなさい、みんな。もう大丈夫ですわ。ルークも……ありがとう」

 

「気にするな」

 

 こういうとき、気の利いた言葉が言えない自分が恨めしい。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ベルケンド港についた。定期船の出港まではまだ時間があるらしい。俺はその時間を活用すべく、鳩を飛ばす為の手紙を書いた。多分ジェイドが対岸であるシェリダンに居るだろうから彼に宛てて手紙を書く。

 ナタリア姫が軟禁されそうになり助け出した事。ベルケンド港にいるのでこれからシェリダンに向かう事など、簡単に自分達の状況を書いて鳩を飛ばした。

 やがて定期船がやってきたので乗り込む。目的地はシェリダン港だ。

 

「あの、ルーク。これからどこに向かうのですか?」

 

 ナタリアが聞いてくる。まだちょっと自信なさげだ。

 

「これからシェリダンへ向かう。そこで飛行実験ってのをやってる筈だからそれを見にな」

 

「飛行実験……ですか?」

 

「大昔の浮力機関が発掘されたそうでな。創世暦の頃はそれを乗り物につけて空を飛んでたそうなんだ。現代の技術でも飛ばせるか試しているらしいから、それを見に行く。そんで多分そのままグランコクマへ行く事になるだろうな」

 

「グランコクマに、ですか。何故?」

 

「あー。そこら辺の事情は後でまとめて説明するよ」

 

 今はナタリアも全てを受け止める心の準備が出来ていないだろうから、そう言ってごまかす。

 

 

 

「アクゼリュスのパッセージリングを破壊する場合に、必要となる物があります」

 

「必要な物? 一体なんだ?」

 

「キムラスカのシェリダンで、今か少し先に行われる飛行実験。その浮力機関をつけた乗り物です」

 

「ふむ。飛行実験か」

 

 実物が無くていまいち要領をえない様子のピオニー陛下に、俺は簡単に説明した。発掘された浮力機関をつけた乗り物をシェリダンで開発している筈という事。一号機は失敗して墜落してしまう事。知識の中では、回収した浮力機関とタルタロスから部品を取って作った二号機で世界中を歩き回った事。

 後々世界各地を回る為にも必要だし。パッセージリングを壊して崩落するアクゼリュスから脱出する為にも必要だ。なのでマルクト軍に、タルタロスでもってシェリダンに行って貰わなければならなかった。

 

「確かに、空を飛べる乗り物というのは魅力的だな。だがその為にタルタロスの部品が必要になるというのは……」

 

 そりゃそうだよなぁ。いまだに見た事のない乗り物の為に軍の備品として登録されているタルタロスをばらすというのはリスキーだよな。でもそうして貰わないと困るのだ。

 

 

 

 シェリダン港からしばらく歩いてシェリダンに着いた。ガイは初めて見る職人の街にヒャッハーしている。

 

「シェリダンはキムラスカの領土ではあるんだが、全世界から優秀な技術者が集まってくるんだ。シェリダンの周りには大峡谷があるだろ。あそこの乾いた石は音機関……特に、譜業兵器には欠かせないのさ。地理的にもダアトに近いから、ダアトを経由することでマルクトへ戦艦や陸艦を売ってるんだな。つまり……」

 

「だーーーっ。うるせーーーっつーの!!」

 

 あまりにうるさいので俺もキレてしまった。

 

「ガイの音機関好きにも呆れますわね……」

 

 ナタリアがそう言う。言葉には出さないがティアも呆れている様だ。

 

「それにしても、空を飛ぶ音機関なんて、想像もできないわ」

 

「本当ですわ。ガイ、音機関で空なんて飛べるものですの?」

 

 ディストの奴は椅子で空を飛んでたけどな……。

 

「元々、今の音機関では空は飛べないんだ。だけど、創世暦時代の浮遊機関が発掘されて、研究が始まったのさ」

 

「でも、シェリダンの職人達は頑固だという噂ですが、そんな貴重なものを貸してくれるのでしょうか?」

 

「そ、それは分からないな……」

 

 そう、俺もそれが気にかかっていたのだ。原作においてはマルクトのセントビナーが危機に瀕していて、住民を避難させる必要があった。人命救助というお題目があったので、シェリダンの職人達も納得してくれたのだ。だが今回は差し迫った危機がないのである。しかも俺が頼んで派遣して貰ってるのはマルクトの軍だ。シェリダンは一応キムラスカの都市だからマルクト皇帝の威光もどこまで通用するか……。

 

 シェリダンの街に入った俺達は街の人に聞いて浮遊機関を乗せた飛晃艇……アルビオールの船渠(ドック)へ向かった。

 

「おいっ! 見てみろルーク。譜業の山だぞ、この街!」

 

 ガイの奴は相も変わらずはしゃぎまわっている。

 

「分かった。分かったから少しは落ち着いてくれよガイ」

 

「お前なぁ。シェリダンと言えば、世界でも最高の技術を誇る譜業の街だぞ。これが落ち着いていられるかっての!」

 

 そんなもんかぁ? 俺にとっては譜業といえば現実世界の機械と同じイメージだが、ガイはあれだな。偏執的な機械オタクなんだな。

 

「ガイって、本当に譜業が好きなのね……」

 

「そりゃーもう。好きなんてもんじゃないよ。譜業やら音機関やらに目が無くて、色々作ったりしてるしさ」

 

「普段は落ち着いているけど、今ははしゃいじゃって、まるで子供ね」

 

 ガイを見るティアの目が微笑ましいものを見る目になっている。まああれだけはしゃいでいたらなぁ。

 

「ガイにとっては夢の様な街だもんな……」

 

 普段はファブレ家の使用人として過ごしているから、この街に来たくても来られなかったのだ。それを考えればまあしゃあないか。

 

「お! 音素(フォニム)式冷暖房機だ! 三人とも、説明してやるから見に行こうぜ!」

 

 そんな事を考えているともう新しいものに目を付けたらしい。今にも駆け出そうとしている。

 

「……ガイ……。目的忘れるなよー……」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ああ、ルーク。お久しぶりですね」

 

 アルビオールの船渠に行くと、懐かしい青色の軍服が出迎えてくれた。

 

「ようジェイド。お疲れ様」

 

 久しぶりに会ったジェイドと挨拶を交わしつつ、ナタリアを紹介したりする。

 

「それで? 現状はどんな感じなんだ?」

 

「大体は貴方の言った通りですね。私達が着いた所、一号機の建造を進めている最中でした。ちょうど到着した私達が、設計図を総ざらいして設計ミス等がないか点検して貰い、必要であればタルタロスの部品を使用して貰う事を提案した所、喜び勇んで部品を持っていかれましたよ。」

 

 その時の様子が目に浮かぶ様だ。シェリダンの職人達にとってタルタロスはさぞ魅力的なブツに見えたのだろう。

 

「それで一号機は完成したのか?」

 

「ええ、昨日完成しました。これから初フライトだそうですよ」

 

 操縦士は……兄のギンジだろううな。

 

「じゃあ俺達は、一号機が墜落しないか見物させて貰うとするか」

 

「『墜落しないか』とはなんじゃ!」

 

 俺の不用意な言葉に反応した爺さん連中の怒声が聞こえてきた。やべっ。

 

 イエモンさん、アストンさん、タマラさん。シェリダンの職人は俺が知る通りの人達だった。……後々シェリダンの惨劇で亡くなってしまう人達ではある。だがそれは原作知識の話だ。俺が生きているこの世界ではそうはさせないぜ。

 その後、タルタロスの部品を使って作られた真・アルビオール一号機は無事初フライトを終えた。だけどまだこれで終わりじゃない。俺の持つ原作知識ではアルビオールは三号機も建造されたのだった。浮遊機関は二つ発掘されたからな。その為、俺は今後の事も考えて、この世界でもアルビオール二号機を建造してくれる様にシェリダンの職人達に頼むのだった。俺の予想が当たれば二号機も役だってくれるはずだ。

 そして、俺達はマルクト皇帝ピオニーと王女ナタリアの口利きもあり、アルビオールでグランコクマへ向かったのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 グランコクマに到着するまでの空の旅の間に、俺は大体の事情をナタリアに説明した。俺がレプリカで本物のルークが今は別の場所に居るという事も。偽姫騒動に加えて突然の告白にナタリアはだいぶ混乱した様だった。だが偽姫騒動はともかく俺の告白については何かを言う事は出来なかった。冷たい様だがそりゃそうだろう。自分が本物の婚約者ではない別人だと分かっていたのに、のうのうとその座に居座り続けたのだ。俺が何を言えるというのだ。

 

 それはそれとして、今の現状を整理してみよう。シェリダンへ向かったジェイド、バチカルへ向かった俺、ガイ、ティアは無事合流し、目的のブツであるアルビオールも手に入れた。

 次にアラミス湧水洞を通ってユリアシティに向かったユリアシティ見学隊だ。こちらはユリアシティで障気にあふれた魔界(クリフォト)を見学すると同時に、パッセージリングやセフィロトについて教授を受ける手はずになっている。報告は鳩による手紙でグランコクマに届く筈だ。

 最後にアクゼリュスへのパッセージリング調査隊だ。こちらにはタルタロスと同型艦でダアト式封咒を解けるイオンと、ユリア式封咒を解けるヴァン(俺の提言でそれぞれ十人の警護をつけて貰っている)、パッセージリングを調べる研究班、耐用限界のメッセージを確認するマルクト軍の将校といった豪華メンバーだ。こちらも報告は鳩で届く手はずだ。

 俺達がグランコクマに戻った時点で両方の隊から報告が上がっていた為、俺はすぐさまピオニー皇帝に呼ばれる事となった。そうして、皇帝と議会の主要なメンバーを集めた会議が始まった。

 

「…………という訳です」

 

 会議で報告を行ったのはあのアスラン・フリングス将軍だ。ここで出会う事になるとはな。

 

「なるほど。残念ながら、こちらのルーク殿の話した未来の知識は今の所全て的中しているという事か」

 

 ピオニー陛下が報告をさらっとまとめてくれた。

 

 現状は悲しいかな俺の原作知識通りだった。二つの封咒を解いたアクゼリュスのパッセージリングは、耐用限界を迎えていると表示してくれやがった。

 ユリアシティの方は外部の人間に対してそうやすやすとは説明してくれなかったらしい。だがユリアシティの理念はユリアの預言(スコア)を違えないという事だ。預言を違えないと固く約束したらなんとか、との事だ。それによるとやはりパッセージリングには三種のセキュリティがあり、ホドが崩落した事でアルバート式封咒の片方は解かれている状態らしい。

 

「で、これからどうするのかって話だ。俺達の前には二つの道がある。ルーク殿の言う通りアクゼリュスのパッセージリングを破壊し、他のリングを操作できる様にして大地を降下させるか。ルーク殿の言う事を妄言と切って捨てて、アクゼリュス含めて世界全土が崩落するかどうか確かめるか」

 

 会議場は静まりかえっている。それもそうだろう。自分達の領土であるアクゼリュスを、自分達の手で崩落させるかどうか決めろと言っている様なもんだからな。……俺が口火を切るしかないか。

 

「マルクトの皆さん。確かに、俺の言っている事はそう簡単に認められないかも知れない。でも現状集まった情報ではこの世界が危機に瀕している事は分かって貰えた筈です。お願いします。世界全てを救う為にも、アクゼリュスのパッセージリング破壊を認めて下さい!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 う、沈黙はやめてくれ。また胃が痛くなってきたじゃねーか。その時だ。

 

「俺からの決定(・・)を伝える。アクゼリュスのパッセージリングを破壊する。マルクトはルーク・フォン・ファブレの言を信じて動く」

 

 え?

 

「了解しました」

 

「それしか……ないでしょうな」

 

「私は今も信じている訳ではないのですが……それでもこれからの推移を見極めていこうかと思っております」

 

 え? え? え?

 

「……という訳だ。ルーク殿。俺達は貴公の知識を元に動く。だが、その前に一つだけ確認したい事がある」

 

 確認したい、事?

 

「この世界には預言がある。分かりやすい未来の指針だな。だが……“預言”とルーク殿の“未来の知識”それに差はあるのか? ルーク殿の知識を元に動く事は、預言に唯々諾々と従う事と何が違うんだ?」

 

 ……あー。それは確かに、な。俺も七年間の間に何度も思ったよ。原作は預言から離れていこうとする世界を描いている。絶対的な指針を盲信するのではなく、自分の耳で聞いて、自分の目で見て、自分の頭で考えて、選ぶ。それが原作の大きなテーマともなっている。だが俺が原作知識を元に動くのはある意味ではそれと真逆の事だ。原作知識を元に動くというのは、絶対的な指針を盲信しているも同然なのではないかと何度も思った。……けどな?

 

「陛下。俺もそれについては七年間の間に何度も悩みました。けれど結論は出ています。大事なのは指針を信じるかどうかではない。指針を利用するかどうかも含めて、自分達を幸福にする為に行動するかどうか、です。だから俺は未来の知識を元に動く事を悪い事だとは思わない。俺は自分の意思で知識を信じると決めた。そしてその知識を利用して自分を幸せにする為に行動すると決めたんです。……俺に言えるのはそれだけです」

 

「……そうか」

 

 俺の言葉に、陛下は静かにうなずいてくれた。

 そうして、マルクト帝国は動き始めた。後で知った事だが、会議が始まる前に、既に議会への根回しは済んでいたらしい。そりゃそーだよなぁ。現実世界の商談とかも大体は事前の話し合いで決まってるよーなもんだしな。

 

 よし! まずはアクゼリュスだ!

 

 




 アルビオール発進と同時にマルクトが主人公の知識を元に行動し始めるという事でタイトルをこうしました。
 原作知識持ちの主人公が居るので、一号機墜落せず、です。その為一号機の救援作業も行われず、恐竜型ボスのブレイドレックスも放置です。これからの行動は主に一号機で移動するのでギンジさん大活躍の予定。残念ながらノエルはほとんど出番なしです。好きなんだけどねぇ……。
 ナタリアに原作知識バレです。ナタリアだけでなく、自分の本名を知られていると気づいたガイやジェイドなどがいますが、彼らは彼らで色々と考えています。ただ今は世界の危機なのでルークと話す事が後回しになっていますが。主人公もそこら辺フォローしたいと考えてはいるのですが、世界の危機に対応するのが自分しかいないので手が回っていない状況です。
 原作の預言盲信者と原作知識で動く主人公の何が違うか。大事なのは知識を利用しない事ではないんですよね。知識を利用しようがしまいが、自分で考えて自分の幸福の為に行動できるかが大事なんだと思います。預言を利用した方が幸福になれると思うのなら預言を利用するのも悪い事ではないと思います。天気予報を信じて傘を持ち歩く人の様にね。


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第19話 アクゼリュス崩落

 さて、アクゼリュスのパッセージリングを破壊すると決まったのだが、事はそう簡単にいかない。まず、マルクト側キムラスカ側両方ともに通行規制をして崩落に巻き込まれる人がでない様にする必要がある。ただまあ、これは思っているよりも楽だろう。だってあの辺りに都市はアクゼリュスしかない上に、アクゼリュスは数ヶ月前から被災地と認定されて既に通行規制されているのだから。

 次に、アクゼリュスが崩落した後の想定だ。俺の原作知識通りならアクゼリュスが崩落するとセントビナー周辺のセフィロトツリーに負荷がかかってセントビナー周辺が崩落し始める。原作と違いこの世界では知識持ちの俺がいる為、アクゼリュスのリング破壊前に、既にセントビナーの住民を避難させる事が出来るのだ。

 その次は戦争の準備だ。アクゼリュスが崩落すると、すわ秘預言(クローズドスコア)通りになった! と喜んで自分達が勝つと分かっている戦争を始めやがるキムラスカに対応しなければならない。マルクト軍を戦争が起きると想定して準備させておく。加えてエンゲーブも戦場の近くなので、エンゲーブの住民も避難させておく必要がある。

 更に更に。その戦争を止める為にザオ遺跡のリングを操作して戦場を降下させる。俺の想定通りなら移動はアルビオールで行えるので、戦争は始まったとほぼ同時に終結する事になるだろう。少しでも戦争で負傷する人間が減れば幸いだ。

 そこまでの作業が終わったら、次は世界各地を巡ってパッセージリングに降下準備の文章を書き込みに行く事となる。最終的にラジエイトゲートのリングを操作して、全ての大地を一斉に降下させ、作戦は終了だ。

 そこに至るまで、六神将や神託の盾(オラクル)騎士団の妨害もあるだろう。気が抜けない。あ、ちなみにスパイをして貰っているアッシュには主な拠点としてグランコクマを伝えてあるので、アッシュから連絡がある時はグランコクマに鳩が飛んでくる筈だ。

 長い道のりとなるだろうが、俺は必ずこの“戦い“に勝ってみせる!

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 そして、アクゼリュスへの崩落隊(嫌なネーミングだ)が組まれた。既に二つの封咒が解かれているのでイオンとヴァンはグランコクマに待機だ。

 あー、今気づいたけどアニスと合流できてないな。イオンの護衛はマルクト兵を十人単位でつけて貰っているが、専属の護衛であるアニスは今そばに居ない。バチカルで(恐らく漆黒の翼に)攫われてから、ずっとイオンを探しつづけているんじゃないか? まあ一応(何故か)キムラスカに居るモースとダアトには、攫われた導師イオンは発見済みでマルクトの首都グランコクマで保護していると伝えてあるが。その情報がアニスに伝われば、彼女もグランコクマにやってくるだろうな。いつになるかは分からないが。

 今回の旅路にはもちろん超振動でリングを破壊する俺と、俺の護衛のガイ、研究者として、又リングの破壊や崩落を観察し報告する人間としてジェイド、六神将達の襲撃を警戒してティアとマルクト兵を二十人ほど、そしてキムラスカの人間も居た方が後々和平を結んだ時に問題にならないという理由でナタリアも同行する。以上がアクゼリュス崩落隊のメンバーだ。

 準備が完了したので皆してアルビオールに乗り込む。既に乗った経験のある人ばかりだから怖がったりする人もいない。さあアクゼリュスへ行こう。

 

 

 アクゼリュスに着いた。相変わらず障気が蔓延している。長時間浴びると危険なので、素早く移動する。そしてやって参りました第14坑道。魔物はいつも通りホーリーボトルで回避回避。

 奥に進みダアト式封咒があった場所を通る。

 

「ここだな。ダアト式封咒があった場所は。ここから通路の様相が変わるぜ」

 

 アクゼリュスのセフィロトは紫色をした建造物になっていた。皆は地下にこの様な広大な空間があるので驚いている。円環の形をした通路を通り、最奥まで移動する。

 

「これが……パッセージリング」

 

 さすがのジェイドも初めて見る装置に口を開けている。俺もつられて上を見上げる。空中にはセフィロトの樹形図が浮かんでいる。俺は本の様な形をした操作盤に近寄った。

 

「これが操作盤だな。事前に調査隊が来た時にここでユリア式封咒が解かれたはずだ」

 

 ふと気づいたが、俺ユリア式封咒を解くデメリットに関して説明してなかったな。やべーやべー。一応は受刑者であるヴァンといえど、逮捕しているマルクト軍の許可なしに殺したりしたらやっぱり問題だよな。

 

「あー、ティア。ヴァンに解かせたこのユリア式封咒だけどな、実はちょっとしたデメリットがあるんだよ。アクゼリュスの崩落が終わったらグランコクマで説明するわ」

 

「……? ええ?」

 

 ティアは急に言われて戸惑っている。デメリットの詳細を伝えてないからそーなるよな。何故わざわざ自分にそんな事を言うんだろう、とでも思っているのかも知れない。……まあいっか。

 

「さて、そんじゃそろそろ見物も終わっただろうし、リングを破壊するぞ。」

 

「了解しました。退避の準備をしておきます」

 

 よし! 行くぞ! 俺は七年間の間に培った音素のコントロールを駆使し、超振動を発動させた。バチカルでは怒りに任せて適当にやったが、今回はそうはいかない。細かなコントロールを必要とするのだ。

 

 パッセージリングを完全に破壊した。ゴゴ、ゴゴゴとセフィロトが揺れる音がする。崩落が始まったのだ。

 

「……よし。リングの破壊は終わった。急いで退避しよう!」

 

 俺のその言葉を合図に、俺達は一斉に退避し始めた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「すごいな、こりゃ」

 

 崩落してゆくアクゼリュスから飛び立ったアルビオールから、俺達は外を眺めていた。終わったんだな。原作よりだいぶ時間がかかってしまったが、アクゼリュスは崩落した。犠牲者も……いないはずだ。

 

「感嘆している暇はないぜ。ここのセフィロトツリーが消滅した事で隣のセントビナー周辺の大地に負荷がかかるんだから。急いでシュレーの丘に行って降下作業をしないとな。」

 

「その前に、グランコクマで報告ですよ」

 

 ジェイドに注意される。おっとそうだったな。それにシュレーの丘のリング操作にはイオンとヴァンの両名が必要だし、どの道グランコクマに行かなければならないのだった。

 

「それじゃあギンジ、グランコクマまで飛んでくれるか?」

 

「了解っす!」

 

 アクゼリュスを崩落させた俺達は、そうして外殻大地のグランコクマへ移動したのだった。

 

 

 

 セントビナーの東にあるシュレーの丘に着いた。グランコクマについては特段変わった事はなかった。一連の事を見守ったジェイドからピオニー陛下に報告がなされ、イオンとヴァンが全く逆の待遇で連れ出された。あ、変わった事あった。ユリア式封咒のデメリットについて説明したのだ。

 

 

「ユリア式封咒を解くと、障気に汚染された第七音素(セブンスフォニム)を取り込む事となります。確か、俺の知識ではパッセージリングそのものに障気が蓄積されている筈です。封咒を解くと同時に、封咒を解いた人物に汚染された音素が流れ込む訳です」

 

「それは……つまりヴァンに障気が流れこむという訳ですか? それではヴァンは障気蝕害(インテルナルオーガン)になってしまうのでは?」

 

「そうなるな。しかも量が桁違いだ。通常の第七音譜術士(セブンスフォニマー)が一生に消費する量の百倍以上……だった筈」

 

「そんな!?」

 

 ティアがたまらず声を上げる。

 

「普通に考えればかなりの障害だ。でも俺はこれを障害だとは思っていなかった。……ヴァンが封咒を解く人間だからだ」

 

「受刑者だから障気蝕害になっても構わない、という考えですか」

 

「ヴァンはアクゼリュス崩落の未遂犯だ。それ以外にも余罪はたっぷりある。生物レプリカの作成とかな」

 

「…………」

 

 こればっかりは考えてどうにかなる問題じゃない。現在判明しているユリアの子孫はヴァンとティアの二人だけ。そして片方が受刑者なのだ。他に取れる選択肢は無いと思うが……。

 

「だとしても、事前に説明しておくべきだったな。これは貴公のミスだぞ、ルーク殿」

 

 ピオニー陛下からの厳しいお言葉。ごもっともです。

 

「はい。確かに俺のミスです。ですが……どうされますか。世界各地のパッセージリングを操作する作業はこれからが本番です。それに健康体であるティアで封咒を解きますか?」

 

 俺がそう言うと、その場の人間は一様に口を閉ざした。他に選択肢はないんだよなぁ。

 

「少し待て。議会で議論して結論を出す」

 

 結局それで一日ほどグランコクマに足止めをくった。だが最終的に議会でもヴァン・グランツを使って解咒すると結論が出た。妹であるティアは納得していないだろうが、彼女に解咒をさせる事はできないのだから納得して貰うしかない。

 

 さて話を戻そう。シュレーの丘だ。ここの仕掛けはゲームをプレイしていても厄介だった覚えしかない。しかし、実際にはその面倒な仕掛けを解く必要は無かった。俺も勘違いをしていたのだが、ゲームでプレイヤーの前に立ちはだかったあの仕掛けは、一度リングを操作した後に再びリングを操作できない様に施したヴァンの仕掛けだったのだ。だがこの世界ではタルタロス襲撃の時にイオンが連れ出される事はなく、ヴァンがシュレーの丘に入ってリングを操作する事もなかったのだから仕掛ける暇など無かったのだ。

 

「さて、ジェイド。初めての降下作業になるわけだが、文言は『ツリー上昇。速度三倍。固定』で問題ないよな?」

 

「……ふむ。ええ、確かにその文章で問題ないでしょう」

 

 ジェイドのお墨付きも貰ったので超振動でその文字を彫り込んでいく。まずはセキュリティになっている赤い外縁部分を削り取って……と。上向きの矢印と、次に文言を彫り込んで、これでセントビナー周辺の大地はゆっくりと降下し始める筈だ。既にセントビナーの住民は軍によって避難させられているので問題ない。

 

「……降下し始めた様ですね」

 

 ジェイドが呟く。それはそれとして、つ、疲れるな。アクゼリュスでもそうだったけど、超振動を使うとやたらめったら疲れる。とはいえこればっかりは仕方ない。俺が頑張るしかないのだから。

 

「念のため降下が完了するまでパッセージリングの傍に待機していましょう」

 

 そう言うジェイドに従ってしばらくの間待機する。降下作業を行ったので、俺達の周囲にはセフィロトの記憶粒子(セルパーティクル)が吹き上がっている。……綺麗だなぁ。

 

「完全に降下した様です。パッセージリングにも異常はないですね」

 

「成功……だな」

 

「何だか上手く行きすぎて拍子抜けするぐらいだな」

 

「そうは言うけどなーガイ。俺は超振動を使うとめっちゃ疲れるんだぞ」

 

「そっか、悪い悪い」

 

 ちっとも悪そうじゃないぞ、ガイ。

 

「まあ、油断だけはしない様にしよう。六神将達はまだ健在だからな」

 

「そろそろ外に出ましょうか。魔界(クリフォト)に辿り着いているのか確認した方がいいですから」

 

 外にでると、紫色の障気が渦巻く魔界だった。良かった。どうやら初めての降下作業は上手くいった様だ。この後はキムラスカとの戦争だったな。あまり魔界に長居するのも健康に悪い。さっさと外殻大地に上がってしまおう。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ふぅ。疲れたな。」

 

 俺はそう言って全身の力を抜いた。ここはグランコクマ宮殿の客室だ。ふかふかのベッドに体を沈めて脱力している。

 

「気ぃ抜いてるなー」

 

 ガイはそう言うが、せっかくの休憩時間なのだから休まないともったいないじゃないか。っとアッシュから手紙がきてたからそれの確認もしないとな。俺が手紙を広げるとガイがのぞき込んできた。

 

「なんて書いてあるんだ?」

 

「どれどれ……えっと」

 

 アッシュからの報告によると、六神将は現在行動の指針に迷っているらしい。本来であればヴァンが俺を使ってアクゼリュスを崩落させる予定だった。だが時間が過ぎてもアクゼリュスは崩落しないしヴァンも戻ってこない。何でも、俺達が一度引き上げた後のアクゼリュスにも行ったらしい。だが誰も居なかったのですごすごと帰って来たそうだ。その後はとりあえずヴァンを探す事になったらしい。だがヴァンは見つからない。その頃はグランコクマの牢屋に入っていたからな。情報についても、ヴァンが捕らえられている事は最重要機密として扱って貰ったからグランコクマにいるとは思ってもみなかったとの事。そうこうしている内に今度はアクゼリュスが崩落した。ヴァン総長は行方不明なのに何故!? というのが今の状況の様だ。

 今のところは何とかごまかせている様だな。だがいつかはばれるだろうな。俺達がヴァンを捕らえている事を。これから先降下作業で各地を巡るのだ。その際に数十名の兵士で引き立てたヴァンの姿は確実に目撃される。いつかは目撃情報から辿ってこられるだろうな。

 

「それにしても……いいのかねぇ。『戦争待ち』なんて」

 

「仕方ないだろう。俺達は降下作業を行いたいけど、もしキムラスカが仕掛けてきたらすぐにザオ遺跡のリングを操作しなきゃいけないんだから」

 

 俺達はキムラスカが戦争を仕掛けてくるのを待っている状況だ。というのも理由がある。本来であれば俺達は世界各地のセフィロトを巡ってパッセージリングに降下の文言を刻む必要がある。だが、キムラスカが戦争をしかけてきた場合、ザオ遺跡のリングを操作して大地を降下させ、戦争を止めなければならない。

 さすがに戦争が起きそうだからといって先に大地を降下させる訳にもいかない為、今の様な戦争待ちという奇妙な状態になっているのだった。もちろん戦場に近い位置となるエンゲーブへは、既に避難指示が出されている。

 

 戦争か-。そういや恋愛系のサブイベントとかあったっけ。それも全部無くなるな。まあでも死ぬ事も無くなるんだからそれで勘弁して貰うか。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 戦争が起きた。こうまで予想通りだといっそ怖くなってくるが、まあそんだけキムラスカの連中が即物的だという事だろう。ユリアの預言(スコア)に詠まれた俺がナタリアを連れてだけど行方知れずになって、アクゼリュス周辺の大地がホドと同じ様に崩落した。やっぱりユリアの預言は絶対だったんだーって言って戦争をおっぱじめたんだろう。

 

 さて、ザオ遺跡に赴くかね。といってもアルビオールは砂漠に着陸できないので、俺達はケセドニア手前にアルビオールを乗りつける事にした。その際、街の代表者であるアスターさんに挨拶に行った。

 

「……魔界ですか。俄には信じがたい話です」

 

全ての説明を聞いた後、アスターはそう言った。

 

「しかしどのみち、私達にはあなた方を信じるより他に方法はない。住民への通達はお任せ下さい。ケセドニアをお願いします」

 

 いきなりこんな話をして信じてくれるか不安だったが、アスター氏の度量は格が違った様だ。俺達はケセドニアを抜けて南東にあるザオ遺跡を目指した。砂漠のオアシスには寄らない。薬品などの準備は万端だったから大丈夫だろう。ただ今回はボス戦があるからなー。どうなる事やら。

 

 ザオ遺跡は石造りの遺跡だ。進む場所に本来であればミュウアタックで壊す岩などがある。原作だとここでソーサラーリングを強化するんだよな。んでチーグルのミュウが岩をぶち壊して先に進める様になる。だけどチーグルの森に行かなかった俺達にはミュウもソーサラーリングも無い。だけど

 

「狂乱せし地霊の宴よ――ロックブレイク!!」

 

 こうやって譜術で壊していけばいいだけなんだよなー。ミュウいらずだわ本当に。そうして先に進んでいく。言い忘れていたが今回はヴァンを連れているがイオンはいない。バチカルで攫われた後、六神将によってここのダアト式封咒は既に解咒済みだからだ。

 

「橋が……揺れてる?」

 

 橋になっている所を歩いていた時、足下が揺れ始めた。アクゼリュスとセントビナーの影響か? 原作でも外殻大地で地震が起きる描写が何度もあったっけ。

 

「帰りに橋がなくなってる……なんてのはごめんだな」

 

「おいおいルーク、嫌な事いうなよ」

 

「まあ大丈夫だと思うけどな。それより、そろそろだぜ」

 

 本来ダアト式封咒があった辺りに来ると魔物の気配がした。名前までは分からないが岩で出来たサソリの様なボスが姿を現した。

 

「っ!? 来ますよっ!」

 

 ジェイドのその叫びと共に、戦闘に入った。とはいってもそこまで緊張する戦闘ではない。こちらにはマルクト兵二十名がいるのだ。半分くらいの兵士は譜術を得意とする後衛だが、前衛型の兵士もいる。俺は彼らと一緒になって攻撃すればいいだけだ。

 

「荒れ狂う流れよ――スプラッシュ!!」

 

「氷の刃よ。降り注げ――アイシクルレイン!!」

 

「唸れ烈風! 大気の刃よ、切り刻め! ――タービュランス!!」

 

「仇なす者よ、聖なる刻印を刻め――エクレールラルム!!」

 

「出でよ。敵を蹴散らす激しき水塊――セイントバブル!!」

 

 後衛からどしどしと譜術が降り注ぐ。それに合わせて攻撃していく。

 

「雪月花……ってな! ――氷月翔閃!!」

 

「穿破斬月襲!!」

 

 前衛と後衛で絶え間なく攻撃を続けると、しばらくしてその魔物は耐えきれなくなって消滅してしまった。……なんだか弱い者いじめのようなフルボッコで申し訳ない気持ちになるが、降下作業をスムーズに行う為にも戦闘には時間を取られている暇などない。

 

「こいつは一体……?」

 

「創世暦の魔物じゃないかしら。以前ユリアシティにある本で見たことがあるわ。ただ、こんなに好戦的ではなかったと思うけど……」

 

「何でもいいよ。倒せたんだから。先に進もう」

 

 魔物に関する考察なんかあとあと。さっさと行こう。この先も長い道が続いているのだから。

 

 

 

 長い長い旅路の果てにようやっとパッセージリングに辿り着いた。アクゼリュスやシュレーの丘と同じに譜陣が刻まれている。

 

「ティア、操作盤の近くには行くなよ」

 

 俺はユリア式封咒がティアの方に反応しないよう声をかけると、ヴァンを引きずっている兵士さん達に指示を出した。

 

「ヴァンをこっちへ」

 

 ヴァンが操作盤の近くに移動すると、操作盤が本の形に開いて上空にセフィロトの樹形図が浮かび上がる。さて超振動の出番か。俺は軽く首をひねると図形に向けて意識を集中させた。

 

「ツリー上昇。三倍。固定っと」

 

 そうしてシュレーの丘と同じ様に文言を刻む。全て操作が終わると俺は膝に手をつき息を吐いた。

 

(これで、ケセドニア周辺の大地も降下した。後は各地を巡ってリングを操作して行くだけだ)

 

 俺は終わった作業とこれから行っていく作業を想像しながらその場に座り込んだ。

 

 




 アクゼリュス崩落。こんなに平和的に崩落するのも珍しいんじゃないかしら。そしてシュレーの丘とザオ遺跡も終了。これからしばらくはこんな箇条書きの様なイベントが続きます。
 転生ルーク君の言葉がぞんざいになってきてますが、さすがにずっと同じメンバーと行動してるので遠慮がなくなった様です。


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第20話 降下した世界。降下する世界

 それは全くの偶然だった。ジェイドが「降下したマルクト軍の様子を見たいのですが」と言い出したので、俺達はエンゲーブに駐留しているであろうマルクト軍の所に行ってみる事にした。

 

「ルグニカ大陸は丸ごと降下した形になるな。南はカイツールまで降下している筈だぜ」

 

 自分の声がどこか他人事の様に聞こえる。これを自分がやったんだ。自分の超振動が――どこか夢うつつな感じになってしまう。

 エンゲーブは、先日キムラスカとの戦争に備えて住民を避難させてある。今はマルクト軍が駐留していた。そこで俺達は二人の男がもみ合っている姿を目にした。一人がもう一人を殴っては地面に転がして、更に蹴りをくわえようとしている。

 

「やめろ! ダアト条約を忘れたか! 捕虜の扱いもまともに出来ない屑共め!」

 

 きつい言葉と共に殴っていた方の男、マルクト兵を止めたのは赤い軍服を身にまとった女性、キムラスカのジョゼット・セシル将軍だった。

 

「うるさい! キムラスカ軍の奴らは黙って地面に落ちた残飯でも食ってりゃいいんだよ!」

 

「貴様!」

 

 これはマルクト兵を諫めた方がいいか。つかジェイド、お前もぼーっと立ってるなよ。と思った時だった。マルクト軍の将校が駆け寄って来てセシル将軍の腕を掴んだ。

 

「は、放せ!」

 

「そうはいきません。彼は私の部下です」

 

 こちらはマルクト軍のアスラン・フリングス将軍だ。どうやら降下に巻き込まれていたらしい。一人の兵士を従えている。

 

「マルクト軍は最低限の礼儀すら知らないのか! その兵は、我々の食べ物を床に投げ捨て、這いつくばって食べろと言ったのだぞ!」

 

 それは酷い。戦時下ではダアト条約がまともに守られていないのか。

 

「それでも、彼は私の部下です。――ディラック! その者をハイデスの営倉へ連れて行け」

 

 どうやらフリングスは正しく現状認識できている様で、無礼を働いていたマルクト兵を営倉入りさせるらしい。

 

「フリングス将軍。自分は何も……!」

 

「私が何も聞いていなかったと思うか? 敵の将軍に対し、残飯を食えと言い捨てるのは、我がマルクト軍の品位を落とす行為だ。お前の言い分は後ほど取り調べで聞いてやる。連れて行け!」

 

 拘束されてマルクト兵は連れて行かれた。それを見送ったフリングス将軍はセシル将軍に頭を下げる。

 

「セシル将軍。私の部下が失礼しました。部下の失態は私の責任です。どうかお許し頂きたい」

 

 二人の視線が合う。セシル将軍は急に落ち着かない様子になった。二人は少しの間無言になった。……見つめ合ってやがる。

 

「……も、もう結構だ」

 

セシル将軍は赤面した顔のまま、殴られて倒れていたキムラスカ兵を起こすと宿屋に入って行く。

 

「カーティス大佐! 皆さん!」

 

 俺達の姿に気づいたフリングスに向かって、俺は尋ねた。

 

「フリングス将軍! 今の騒ぎは……」

 

「お恥ずかしい所をお見せしました。障気に包まれているこの状態に部下達が浮き足立っていて……」

 

 フリングス将軍はマルクトの上層部に当たるので、詳しい事情は知っている筈だ。だが部下までは降下に対応しきれなかったという事か。

 

「フリングス将軍、勝手を言って申し訳ないが、セシル将軍と面会させて貰っても構わないだろうか?」

 

「構いませんよ。話は通しておきます」

 

 そうして、俺達はキムラスカ兵の捕虜達を収監する場所、エンゲーブの宿屋に居るセシル将軍を訪ねた。

 

「これは! ナタリア殿下! それにルーク様も!」

 

 セシル将軍は魔界(クリフォト)に現れた俺達に驚いている。

 

「セシル。一体何故捕虜に?」

 

 ナタリアが尋ねる。

 

「いえ、それは……」

 

「将軍は自分を助けようとして下さったのです」

 

 セシル将軍の背後、ベッドで横になっているキムラスカ兵が答える。

 

「貴方を助ける?」

 

「戦場にいる時、突然大地震が発生して、私は地割れに飲み込まれそうになりました。それを将軍が助けようとして……」

 

「私とこのハミルトン上等兵は大地の亀裂で孤立してしまいました。それをあのフリングス将軍が……助けてくれて……」

 

 将軍としては敵の将軍に助けられたのは不本意な訳か。しかし大地の亀裂か。そういう形でキムラスカ側に出る犠牲者は防げなかったという訳か。……これは俺の行動の結果だな。原作ではヴァン一味が悪いで済む事も、この世界では俺主導で事が動いている。何か起きたら俺のせいなのだ。

 

「無事で良かったです」

 

 ガイが本当に嬉しそうに話す。

 

「……恥ずかしい話です。敵将に命を救われるとは」

 

「そのような事を言うものではありませんわ」

 

 そういえば、国境の砦であるカイツールが降下したキムラスカの駐屯地になってるんだよな。

 

「そうだ、カイツールにセシル将軍の事伝えておくけど、何か伝言はないか?」

 

「殿下達に伝言をお願いするのは気が引けますが、宜しければアルマンダイン伯爵に私の無事とお詫びをお伝え下さい。アルマンダイン伯爵は恐らくカイツールにおられると思います」

 

(父親の事は……わざわざ言わなくてもいいか)

 

 宿屋を出た俺達をフリングス将軍が出迎えた。

 

「もしや、カイツールへお向かいになりますか?」

 

「そのつもりですけど」

 

「もしよろしければご伝言をお願いできませんか。ノルドハイム将軍がグランコクマに戻られた後降下が始まった為、今では自分がここの大将となりました。そこで一時的に休戦を申し入れたいのです」

 

「よい考えですわ」

 

 ナタリアが喜んで声を上げる。

 

「もしそれが受け入れられるのであれば、カイツールにて捕虜交換をと考えています」

 

 捕虜交換か、妥当な所だな。キムラスカにもマルクトにも自分達以外の兵士を養う余裕なんて無いだろうからな。

 

「セシル将軍を解放してくれるんですか」

 

 ガイはセシル将軍を気にしている。親類だから当然か。

 

「無論です」

 

「……あまり賛成しませんが」

 

 ジェイドはそうくるか。セシル将軍はキムラスカの優れた将軍だ。彼女を捕虜にしておく事は休戦状態にあるとしてもマルクトに有利をもたらす、とでも考えているんだろうな。

 

「大佐ならそう仰ると思いました。ですが、あの方は人質には不向きです」

 

「甘いですねぇ」

 

 甘いな。キムラスカ側の俺が言うのもなんだが甘い。フリングス将軍がセシル将軍を手放そうとしてる理由は甘い。戦場で何をやってるんだか。

 

「それでは、宜しくお願いします」

 

 

 

 カイツールへやってきた。キムラスカ側はマルクトと違って降下の事を何も知らないのだ。何も知らずに魔界へ投げ出されたキムラスカの皆を思って、心が痛んだ。偽善かもしれないけれど。

 カイツールの状況はそこまで悪くなかった。ほぼ一日で戦争が強制的に終結した影響もあるのだろう。倒れている負傷兵は少ない。俺達はキムラスカ側の施設へと足を運び、アルマンダイン伯爵と会見した。原作では何度か会う彼だがこの世界では今まで会った事無かったな。

 

「休戦ですか……。そうですな。この状況ではそれも仕方ありますまい。さっそく準備を進めます。この様な事にご足労頂き誠にありがとうございました」

 

 エンゲーブへは使者を送るらしい。原作だと最後までこのイベントにつき合うとセシルとフリングスの仲が進展するんだが……さすがに世界が危機に瀕しているこの状況でそれに長々とつき合う事は出来ないよな。俺はエンゲーブに居る二人の未来が幸せなものになる事を祈ってその場を後にした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 さて、これでアクゼリュスが崩落してセントビナーとケセドニア周辺の大地が降下した訳だが、ここらでやっておかなければならない事がある。ユリアシティの住民、代表者のテオドーロさんに理解を求める事だ。ユリアシティは監視者の街。世界が預言(スコア)通りに動くかどうかを監視するだけの街だ。だがこの世界はユリアの預言から外れようとしている。その事をローレライ教団の中枢とも言うべきユリアシティに認識して貰わなければならない。

 

「お祖父様、力を貸して下さい!」

 

 ユリアシティとの話し合いでは主にティアが頑張ってくれた。ローレライと完全同位体の俺が未来の知識を有していると聞いた時は色めき立ったが、ユリアシティはおおむね理解を示してくれた。パッセージリングが耐用限界を迎えているのは大勢の人間が確認してる事実だ。テオドーロさんも認めざるをえなかったのだろう。

 

 こうして、俺達はマルクトだけでなくユリアシティも味方につけたのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 さて、世界を降下させる作業に戻ろうか。既に操作が済んだものは16年前に崩落したホド、リングを破壊して崩落したアクゼリュス、降下したシュレーの丘、ザオ遺跡、だな。これから操作していくセフィロトは、アブソーブゲート、ラジエイトゲート、ロニール雪山、メジオラ高原、ザレッホ火山、そしてタタル渓谷だ。だが、まずはダアトだ。

 

「ダアト? 何故です?」

 

「ダアトには創世暦の歴史書があるんだ。ローレライ教団の禁書だ」

 

「禁書……ですか」

 

 いぶかしげな様子のジェイド。

 

「えっと、魔界の液状化している原因とかが分かる筈なんだ。地核の振動を止める方法も書かれている筈……だ。とにかくその禁書を調べて、地核の振動を停止する作戦を立てないと、降下した後の世界で暮らせない」

 

 ここら辺の詳しい理屈とかうろ覚えなんだよなぁ。原作でも大体ジェイドが担当してくれていたし。

 

「とにかく、ダアトに行かなければならないんだ」

 

 

 

 報告の為にグランコクマへ戻った所、アニスが来ていた。どうやら俺の予想通り、グランコクマでイオンを保護しているという伝達を聞いてやってきたらしい。久しぶりのイオンの傍という事で彼にひっついている。

 

「それで……イオン。俺達は今度ダアトに行くわけだ。同時にダアトにあるセフィロトでも降下作業を行うんだ。お前にも来て貰いたい」

 

「ダアトに……ですか。そうですね。しばらく帰っていませんし、行きましょう」

 

 

 

 と、言う訳でダアトへ移動中。今回はイオンも一緒だ。ヴァンの奴もな。

 

「あのぅ~これって一体どういう事なんですかぁ~」

 

 事態を全く説明されていないアニスがたまらず声を上げる。既に行動を共にしているメンバーは現状を正確に認識しているが、新たに加わったアニスは説明されていないのでこの集まりが何か分からないのだ。

 

「ルーク」

 

 イオンが説明しても良いか? とでも言いたげに俺の名前を呼ぶ。まあ仕方ないだろう。

 

「うーん。分かった。アルビオールでの移動中にでもイオンから説明してやってくれ」

 

 ただし、ちゃんと釘は差しておくけどな。イオンが大体の事情を説明し終わった辺りで俺が口を挟む。

 

「タトリン奏長。言うまでもないが、これは余人に話してはいけないからな。特に! ヴァン・グランツを捕らえている事は最重要機密だ! もし漏らしたりしたらマルクト軍の刑罰に処する事になるぜ」

 

「は、は~い」

 

 アニスは汗をタラリと垂らしている。まあアニスは大詠師派のスパイであって六神将と繋がっている訳じゃないから、直で六神将に連絡を取られる事はないだろうが。後で俺からイオンに言っておくか。アニスがスパイである事を。

 

 さて、ダアトだ。まずここでやらなくてはならない事がある。

 

「タトリン奏長。確か君の両親はダアト住まいのローレライ教徒だったよな。六神将の現状を知りたいんだ。案内してくれるかな?」

 

「ほえ? どーして私の両親の事を?」

 

 俺が未来の知識を持ってる事まで話してないのか。アニスは両親の事を知られていて不思議そうだ。

 

「まあまあ、とにかく両親の所に案内してくれよ。いいだろう?」

 

 

 

「やあ、アニス! 久しぶりだね。元気にやっていたかい?」

 

 アニスの父親、確かオリバーとか言ったっけ。は娘の顔を見るなり破顔して近づいて来た。タトリン夫妻の私室は教会の中に用意されている。この事からみても夫妻が教団の中で要職についている事がうかがえる。

 

「パパ、ママ。六神将の奴らがどうしてるか知ってる?」

 

「まあ まあ まあ。そんな言い方よくないわよ、アニスちゃん」

 

 アニスをたしなめる母親。名前はパメラだったか?

 

「ぶー」

 

「あはははは。アニス、膨れっ面しちゃ駄目だぞ」

 

「そんな事より六神将とか大詠師モースは? 何してんの?」

 

「モース様とディスト様は、キムラスカのバチカルに行かれたよ」

 

「リグレット様はベルケンドを視察中よ」

 

「シンク様はラジエイトゲートに向かわれたなぁ」

 

「アリエッタ様はアブソーブゲートからこちらに戻られるって連絡があったわ」

 

 丁度もぬけの殻だな。これは都合がいい。だが、

 

「あの、すみません。ちょっと事情があって六神将と顔を合わせたくないんです。もし六神将が戻って来ても、俺達が教会に居る事は黙っていて貰えませんか?」

 

 俺のその言葉にタトリン夫妻は怪訝な顔をしつつもうなずいてくれた。よし、これでアリエッタと顔を合わせる事もあるまい。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うーん。中々見つからないな」

 

 俺達は人海戦術でもってダアトの図書室を調べていた。例の禁書を見つける為だ。原作ではイオンが見つけてアッシュに託していたアレだ。イオン一人で見つけられた物だからそんなに時間がかからず見つけられると思ったのだが。俺達は人数もたくさんいるし。

 

「あ! あの、これじゃないでしょうか!」

 

 その時、マルクト兵の一人が大声を上げた。図書室の司書にじろりと睨まれるが構っていられない。俺達は皆で兵士の周りに集まると本の中身に目を向けた。

 

「どうだ。ルーク、これで間違いないか」

 

 俺は本の内容に素早く目を滑らせる。……どうやらこれで間違い無いようだ。

 

「これで間違いないみたいだ。やったな」

 

 これで今回ダアトに来た目的の一つが達成された。

 

「よし。それじゃダアト、つーかザレッホ火山のセフィロトに行こうか。今回は直の降下じゃなくて降下の前段階、準備だけだけどな」

 

「準備だけ?」

 

 ティアが不思議そうな顔をする。まあ説明は後だ。さっさとセフィロトに行こう。

 

 

 

 そんでセフィロトに向かう事になった訳だが、ここでも障害があった。入り口が分からないのだ。俺は原作ゲームをプレイした事があるので、そのゲームの知識と実際に目の前にある景色を照らし合わせて移動すればいいだけなのだが、このザレッホ火山への道だけは隠されているのだ。原作においては何故かその道を知っていたアニスが下手な芝居で隠し扉を開いてくれるのだが……。

 

「見つからないなぁ。本当にここに隠し扉があるのか?」

 

 疑問の声を上げるガイ。いやホントにここにあるんだって! そんな疑わしそうな目で見ないで!

 

「ひゃっ、転んじゃったよ~ぉ!」

 

 隠し扉を探している途中、いつか見た様にアニスが転んだ。…………。

 

「あ、あれぇ?」

 

「こんな所に隠し通路があったとは……」

 

 呆然と呟くイオン。

 

「しかし、何でイオンはこの通路の事を知らないんだ? 導師なのに」

 

 ガイが質問する。あ、この世界ではまだイオンがレプリカだって皆知らないから。

 

「ま、まあいいじゃないか。行こうぜ」

 

 原作知識を利用するのはいいが、原作と違う事があると途端に困っちゃうな。なんとかしなければ。

 隠し扉の中は小さな部屋になっていた。中央の床に譜陣が描かれている。

 

「あ、この譜陣に入ったら行けるんじゃないですか?」

 

 そう言ったかと思えばさっさと一人だけ譜陣に乗ろうとする。

 

「アニ~ス、ちょっと」

 

 ジェイド、声怖いよ。

 

「貴方はここを知っていましたね?」

 

「本当ですか?」

 

 ジェイドの言葉にイオンが驚く。

 

「知りません! 全然知りません。それより行きましょう! ほら! 早く早く!」

 

 焦るアニスは譜陣から浮かび上がる光に包まれてその場から消えた。あからさまに嘘くさい態度しやがって……。

 

「ルーク。お前は何か知らないか?」

 

 ガイやジェイドがこちらを向く。こういう時未来の知識を持ってるという俺の立ち位置は最悪だな。

 

「あー。知ってるといえば知ってるよ。うん。でもそれはこのセフィロトでの作業を終えてからにしよう。うん、ちゃんと説明するから」

 

 俺はそんな言い訳の様な事をいいながら、アニスと同じ様に譜陣でワープするのだった。……後でちゃんと説明しないとな。

 

 

 

 譜陣で移動した先は熱気に包まれた洞窟の中だった。自分達が立っている岩の下には溶岩が蠢いている。

 

「ここは……何かの研究をしてるみたいだな」

 

「モースのものでしょうか。こんな所で何を……」

 

 譜陣の周りにある施設らしきものを見回してガイとイオンが言った。

 

「そんなことより、パッセージリングはどこなんでしょう!」

 

 あ、怪しい。怪しすぎる。少しは自重しろアニス。

 

「……アニス。あまり怪しすぎると、突っ込んで話を聞きたくなりますよ」

 

 ジェイドに見つめられ、アニスは言葉を詰まらせる。

 

「……う……」

 

 ティアがその場の空気を変える様に話を変える。

 

「パッセージリングはこの奥でしょうか?」

 

「行こう」

 

 俺は皆を促すと先に立って歩き始めた。ここの仕掛けは単純だ。空に浮いている燭台に火を灯すと、空に浮かぶ透明な通路が浮かび上がる。本来はミュウファイアというチーグルの力が必要となるのだが、この世界では以下略。俺達は譜術でもって燭台に火を付けて先に進んだ。

 パッセージリングはさほど遠くない場所にあった。

 

「じゃあイオン、ここも頼む」

 

「はい」

 

 イオンはいつもの様に扉に両手をかざす。譜陣が回転して砕ける様に扉が消える。それと同時にイオンがふらつき倒れそうになるのを支えてやる。

 

「っと。大丈夫か。イオン?」

 

「……は、はい」

 

 どう見ても大丈夫じゃないよな。だがこれはダアト式譜術が使えるイオンにしか出来ない事なのだ。この世界にいる他のレプリカ・イオンは二人。六神将烈風のシンクと、後にフローリアンと名付けられる彼だけだ。だがどちらにもイオンほどの力はない。イオンに頼むしかないのだ。俺達に出来るのは、封咒を解いた後に充分休ませてやる事ぐらいだ。後はヴァン、おまいの出番じゃ。キリキリ来んかい。

 

 そして行われるのはいつもの超振動だが、今回は違う。

 

「違う? 何がだ?」

 

「ええっと、まずはセフィロト同士を線で結んで、このセフィロトの横に『ツリー降下。速度通常』と書いて、それから『第一セフィロト降下と同時に起動』と書く」

 

 俺の説明があまりに端的なので分からないのであろう、ガイやナタリアは頭に? マークを浮かべている。

 

「それって、どういう意味なんですの?」

 

「第一セフィロト――つまりラジエイトゲートのパッセージリング降下と同時に、ここのパッセージリングも起動して降下しなさいっていう命令よ」

 

 俺の後方で作業を見守っていたティアが説明する。ナイス説明。

 

「こうやって、外殻大地にある全てのパッセージリングに同じ命令を仕込んでおくんだ。で、最後にラジエイトゲートのパッセージリングに降下を命じる。そうすっと外殻が一斉に降下するんだ」

 

「なるほど。大陸の降下はいっぺんに済ませるってことか」

 

 この説明でメンバーも大体理解してくれた様だ。……よし。超振動の操作完了。

 

「終わったぜ」

 

 その言葉と同時に、俺達は引き上げの準備に入ったのだった。

 

 




 セシルとフリングスのイベントをちょろっと。全部やるとさすがに長いので。その代わり主人公の原作知識で色々変わったこの世界でも二人は出会ってますよーという描写でした。
 そしてやっと、やっとアニス合流。長かったなー。ですが転生ルーク君はアニスを信用しておりません。
 ザレッホ火山の降下準備完了。ゲームをプレイした人なら知ってると思いますが順番が前後してます。一番最初に降下準備完了するのはタタル渓谷ですね。ですがこの世界ではイオンがダアトに戻っていないので禁書をゲットする必要があったのです。そのついでに降下作業も行いました。



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第21話 降下に向けて

 いつもの通りにグランコクマへ戻って来た。イオンや皆を休憩させつつジェイドに禁書を読み解いて貰う。おっとそうだ。

 

「イオン、今大丈夫か? 出来れば二人で話したい事があるんだが」

 

「ルーク? ……ええ。僕は構いませんよ」

 

 護衛役であるアニスに頭を下げてイオンと二人きりにして貰う。話すのは主にアニスの事だ。アニスの両親が借金をしている事。それによって大詠師モースのスパイになっている事。……それから、俺の知る未来の知識、原作ではイオンはアニスの裏切りによって命を落とす事を説明した。

 相手の死ぬ事まで説明するのはアンフェアかも知れないが、説明しておかないとイオンは同じ様に死を選んでしまうかもしれなかったので話した。少なくとも俺はイオンに死んで欲しくない。そう思っている人間が居るって事をイオンに認識して貰いたかった。

 

「…………」

 

「とにかく俺に言える事はだ。アニスには重要な情報を話さない事。アニスが裏切ったとしても自分から死を選ぶなって事だけだ。イオン、例えお前がどう思おうとお前は世界にたった一人の存在なんだからな」

 

 俺の話を聞いたイオンは混乱、戸惑い、悲しみ、色々な感情に翻弄された様だったが、俺の最後の言葉に少しだけ表情を明るくしてくれた。……後、アニスの態度を不審に思っただろうジェイド達にも話しておかないとな。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ジェイドの読み込みが終わった様なので皆で集まって話しを聞く。

 

「それで? ジェイド、何か分かったのか?」

 

「はい。魔界(クリフォト)の液状化の原因は地核にあるようです」

 

 ジェイドに対してナタリアが問い返す。

 

「地核? 記憶粒子(セルパーティクル)が発生しているという惑星の中心部の事ですか?」

 

「はい。本来静止状態にある地核が激しく振動している。これが液状化の原因だと考えられます」

 

「それならどうしてユリアシティの皆は、地核の揺れに対して何もしなかったのかしら」

 

 ティアが疑問をぶつける。

 

「ユリアの預言(スコア)に詠まれてないからとか?」

 

 俺が一番可能性が高そうな事を言ってみる。

 

「それもありますが、一番の原因は揺れを引き起こしているのがプラネットストームだからですよ」

 

「プラネットストーム……確か人工的な惑星燃料供給機関だよな?」

 

 俺の説明にティアが補足してくれる。

 

「地核の記憶粒子が第一セフィロトであるラジエイトゲートから溢れ出して、第二セフィロトのアブソーブゲートから、再び地核へ収束する。これが惑星燃料となるプラネットストームよ」

 

「そう言えばプラネットストームは、創世暦時代にサザンクロス博士が提唱して始まったのでしたわね」

 

「ええ。恐らく当初は、プラネットストームで地核に振動が生じるとは考えられていなかった。実際、振動は起きていなかったのでしょう。しかし長い時間をかけてひずみが生じ、地核は振動する様になった」

 

 なるほど。今の俺達の生活にかかせないプラネットストームが液状化の原因という訳か。

 

「地核の揺れを止める為には、プラネットストームを停止しなくてはならない。プラネットストームを停止しては、譜業も譜術も効果が極端に弱まる。音機関も使えなくなる。外殻を支えるパッセージリングも完全停止する」

 

「打つ手がないじゃないか」

 

どうしようも無い、と諦めた様にガイがつぶやく。

 

「いえ、プラネットストームを維持したまま、地核の振動を停止出来ればいいんです」

 

「それが出来るって言うのか?」

 

 ジェイドは手に持った本を示して言う。

 

「この禁書には、その為の草案が書かれているんですよ。――セフィロト暴走の原因が分からない以上、液状化を改善して外殻大地を降ろすしかないでしょう。もっとも、液状化の改善には禁書に書かれている音機関の復元が必要です」

 

 ここで技術者の話が出てくるか。

 

「技術者については任せてくれ。ちゃんと心当たりがあるんだ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

俺達はアルビオールを使いキムラスカの音機関都市、ベルケンドへやってきた。

 

「ここでヘンケンっていう技術者を探すんだ。それとスピノザって奴も」

 

 そう言いつつ、第一音機関研究所と書かれた研究所へ入る。今回は余分なマルクト兵士がいない、少数精鋭のメンバーだ。六神将にみつかる危険があるしな。タトリン夫妻の話だと、少し前までリグレットが居た様だし。

 

 研究所の中ははっきり区分けされていて、分かりやすかった。その中をズンズン進んで行く。レプリカ研究所と書かれた場所があったのでそこに入る。入り口のセキュリティが「カシュッ」と音を立てた。あー原作でもあったなコレ。確か通る人間を識別して開閉を自動で認証しているんだっけ。なら俺が来たのは正解だったな。レプリカの俺だからこそレプリカ研究所に入れたんだろうし。

 中に入った俺は一発でヘンケンさんを見つけた。ゲームと同じ顔だから間違い無い。って事はスピノザも近くに……。

 

「あっ。居た!」

 

 俺は周りに注目される様な大声を出すとスピノザに向かって突撃した。

 

「な、なんじゃ。あんたは。……おまえさんはもしかしてルークか!?」

 

「禁忌を犯したってのにまだぬけぬけとこの街にいるとはな」

 

 まあ居てくれてこっちは助かったんだけども。

 

「まさかフォミクリーの禁忌に手を出したのは……!」

 

「ジェイド、あんたの想像通りだよ」

 

 ジェイドの名前を出した所、とたんに反応した。

 

「ジェイド! 死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド!」

 

「フォミクリーを生物に転用する事は禁じられた筈ですよ」

 

「フォミクリーの研究者なら、一度は試したいと思う筈じゃ! あんただってそうじゃろう、ジェイド・カーティス! いや、ジェイド・バルフォア博士。あんたはフォミクリーの生みの親じゃ! 何十体ものレプリカを作ったじゃろう!」

 

 皆が驚いてジェイドを見る。だがジェイド自身は涼しい顔のままだ。

 

「否定はしませんよ。フォミクリーの原理を考案したのは私ですし」

 

「なら、あんたにわしを責める事は出来まい!」

 

 ジェイドには、そうだろうな。だが他の人間には、責める権利があるって言ってる様なもんだぞ。

 

「すみませんねぇ。自分が同じ罪を犯したからといって、相手を庇ってやるような傷の舐めあいは趣味ではないんですよ。私は自分の罪を自覚していますよ。だから禁忌としたのです。生物レプリカは、技術的にも道義的にも問題があった。貴方も研究者ならご存知の筈だ。最初の生物レプリカがどんな末路を迎えたか」

 

 最初の生物レプリカ……あいつか。しかしそれはそれとして、罪を自覚してる割に償いとかはしてないんだなジェイド。現実世界で言えばクローン人間を何十体と作ったのにその後無罪放免になってるようなもんじゃねーか。

 

「わ、わしはただ……ヴァン様の仰った保管計画に協力しただけじゃ! レプリカ情報を保存するだけなら……」

 

 その後のスピノザはブツブツと言い訳の様な事をつぶやくだけだったので無理矢理引き立てた。ついでと言ってはなんだがヘンケンさんとキャシーさんにもついて来て貰う。

 俺達はベルケンドの宿屋に部屋を取るとそこで話を始めた。

 

「知事達に内密で仕事を受けろと言うのか? お断りだ」

 

 説明したが、ヘンケンさんはそう言って断ってきた。

 

「知事はともかく、ここの責任者は神託の盾(オラクル)騎士団のディストよ。ばれたら何をされるか……」

 

 優しい老婆という外見がそのまま具現化した様なキャシーさんも乗り気ではないようだ。しかし俺には切り札がある。

 

「へぇ、それじゃあこの禁書の復元は、シェリダンのイエモン達に任せるか」

 

 俺がそう言ったとたん、

 

「な、何ィ~!? イエモンだとぉ!?」

 

「冗談じゃないわ! またタマラ達が創世暦時代の音機関を横取りするの!?」

 

 煽り耐性ゼロやなぁこの人達。

 

「……よ、よし。こうなったらその仕事とやら引き受けてやろうじゃないか」

 

イエモンさん達と彼らは大学院時代から音機関研究で争っている競争相手だ。『ベルケンドい組』にイエモン達『シェリダンめ組』だったか。

 

「しかし、俺達だけではディストに情報が漏れるかも知れない。知事も抱き込んだ方がいいだろう。知事邸に行くぞキャシー!」

 

 そう言うとヘンケンさんは走って外に出て行ってしまった。

 

「……追いかけるか」

 

 

 そうして無事知事の抱き込みも成功した俺達はその後の算段を話し始めた。

 

「まずは地核の振動周波数を計測する必要があるな」

 

「それはどうやって調べるんだ?」

 

 俺の疑問にさらっとジェイドが答える。

 

「パッセージリングからセフィロトツリーへ計測装置を入れれば分かると思います。ですから、まだ降下していない外殻大地のセフィロトへ行く必要がありますね」

 

「それならタタル渓谷のセフィロトが一番良いだろうな」

 

 その後、計測装置の復元をベルケンドでは無く(彼らにとっては)敵地とも言えるシェリダンでやって欲しいと伝えた所、更に一悶着あったのだが……それについては割愛させていただく。

 とにかく、ベルケンドで作業すると六神将に気づかれる危険性があるという事で、彼らにはアルビオールでシェリダンに移って貰ったのだった。スピノザは原作でこの事を六神将に漏らすので、決して六神将に連絡を取らない様に厳命し、他の研究者達にも見張っておいてくれと頼んだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 それから数日が経ち、振動周波数の測定器は完成した。

 

「話は聞いたぞい。振動数を測定した後は、地核の振動に同じ振動を加えて揺れを打ち消すんじゃな?」

 

 イエモンは自分達の集会所で行われた事に興味津々の様だ。

 

「地核の圧力に負けずにそれだけの振動を生み出す装置を作るとなると、大変だな」

 

 ヘンケンさんにとっても大変な事なのか。

 

「ひっひっひ。その役目、わしらシェリダンめ組に任せてくれれば、丈夫な装置を作ってやるぞい」

 

 シェリダンのアストンが自信満々に言う。

 

「360度全方位に振動を発生させる精密な演算器は、俺達ベルケンドい組以外には作れないと思うねぇ」

 

 そんな事でいがみ合うなよ。

 

「睨み合ってる場合ですの!? このオールドラントに危険が迫っているのに、い組もめ組もありませんわ!」

 

 ナタリアが老人達に憤慨している。どうどう、落ち着け。

 

「そうですよ。全員が協力して事に当たれば、この計画は完璧になります」

 

「おじーちゃん達、いい歳なんだから仲良くしなよぉ」

 

 俺の言葉の後にアニスが続く。こんな小さな子供から仲良くしろと言われるのは効くだろう。

 

「……わしらが地核の揺れを抑える装置の外側を造る。お前らは……」

 

「分かっとる! 演算器は任せろ」

 

 どうやら協力してくれるらしい。

 

「よーしっ。頼むぜ『い組』さんに『め組』さん!」

 

 

 

「きゃっ」

 

「おっと、大丈夫かナタリア」

 

 俺は坂道になっている所でバランスを崩しかけたナタリアをとっさに支えてあげた。

 

「え、ええ。大丈夫ですわ」

 

「坂が急だからな。気をつけなよ」

 

「…………」

 

 気をつける様に言ったがナタリアは何だか考え込んでいる……大丈夫だろうか。いまだに解決していない自分の偽姫問題とかあるしなぁ。それに俺の正体を話して、今度は世界を救う旅ときたもんだ。ぼーっとするのも無理はないといった所か。だけどナタリアの心情はナタリアにしか解決できないんだ。俺は前を向くとタタル渓谷のダアト式封咒を探す作業に戻った。

 

 俺達は今タタル渓谷に来ていた。降下作業プラス振動周波数の測定を行う為に。この時に注意しなければならないのは、ユリア式封咒を解くヴァンをある程度離しておく事だ。このタタル渓谷には「ユニセロス」という魔物が出るのだ。その魔物は障気に鋭敏に反応するので、ダアト式封咒を解く間などはヴァンを一定距離離さないといけない。

 まあそれに気をつければさほど難しい場所ではない。音叉を鳴らして扉を開いたりする仕掛けもあったが、鈍器類の武器を持つ兵士さんに叩いて貰って事は済んだし。

 

「後は地核の振動周波数だな」

 

超振動の放射を終えて両手を下ろす。

 

「大佐、どうやって計るんですかぁ?」

 

 アニスが尋ねる。

 

「簡単ですよ。計測器を中央の譜石に当てて下さい」

 

「俺がやろう」

 

 ガイが計測器を受け取って譜石に当てる。ピンポンと軽い音が鳴る。

 

「これだけか?」

 

「はい」

 

「つまんないーい。拍子抜けだけよぉ」

 

「楽しませる為の計測ではありませんからね」

 

 全くだ。ゲームであれば飽きさせない為にイベントが順番に起こったりするが、現実は違う。楽しむとかそういうのは無縁なのだ。そこにあるのは淡々とした現実の積み重ねだ。

 

「今回は思いの他すんなりと事が運べましたわね」

 

「パッセージリングも起動してくれたし」

 

 ナタリアもティアもそれぞれ力を抜いて楽にする。なんか俺一人だけ超振動で疲れてるのが納得いかないぞ。

 

「よし。シェリダンに戻ろう!」

 

 

 

「おお、よく戻ったの」

 

シェリダンの集会所に戻ってきたらイエモンさんがねぎらってくれた。

 

「これが計測結果です」

 

 俺は計測器を手渡す。

 

「こっちはタルタロスを改造している所さ」

 

「タルタロスを?」

 

 ジェイドが珍しく驚く。

 

「タルタロスはとても頑丈なんだ。地核に沈めるにはもってこいなんだよ」

 

 俺達の計画では地核の揺れを止める必要がある。その為に地核に沈める振動する機械をタルタロスで守ろうって事か。

 

「タルタロスは大活躍ですねぇ」

 

「まだ準備には時間がかかる。この街でしばらくのんびりするといいぞい」

 

 という事で休憩というか待機というか、する事となった。

 

 

 

(このタイミングかな)

 

 俺は以前からタイミングを見計らっていた行動を取ろうとする。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

「どうしたの?」

 

 ティアが尋ねてくる。

 

「ずっと考えてたんだけど、大陸の降下の事。俺達だけで進めていいのかな?」

 

「ん? どういう事ですか」

 

 アニスが首をかしげる。

 

「世界の仕組みが変わる重要な事だろ。やっぱりマルクトだけじゃなくキムラスカのインゴベルト陛下にも事情を説明して、協力し合うべきなんじゃないかって」

 

 俺がそう言うとナタリアが虚をつかれたようにハッとする。

 

「……ですが、その為にはバチカルに行かなくてはなりませんわ」

 

「行くべきなんだ」

 

「ルーク……」

 

 俺はナタリアに取って酷な事を言おうとしている。だけどこれは必要な事なんだ。

 

「ちゃんとインゴベルト陛下を説得して、うやむやになった平和条約を結ぼう。それでキムラスカもマルクトもダアトも協力し合って、外殻を降下させるべきなんじゃないか?」

 

「……ルーク! ええ、その通りだわ」

 

 ティアは賛成してくれた。しかし

 

「……少しだけ、考えさせて下さい。それが一番なのは分かっています。でもまだ怖い。お父様がわたくしを……拒絶なさったこと……。ごめんなさい」

 

 ナタリアはまだ勇気を持てないらしい。そのまま背を向けて歩いて行ってしまった。

 

「仕方ない。ナタリア姫が決心してくれるまで待つしかありませんね」

 

 ジェイドがまとめる様にそう言った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あの後結局シェリダンで宿を取る事になった。仲間達とも話したが、結局は見守るしかないという結論に至った。

 

(原作知識ってのは……ホントに厄介だよな。こういう事も“分かっちまう”んだから)

 

 俺は夜になっても眠らずに、シェリダンの海を見ていた。このタイミングで、ナタリアが外に出る筈だと分かっていたから。けど……

 

(どうすっかなぁ。原作ならここではアッシュが現れてナタリアの心を決めてくれる筈なんだ。けれどこの世界ではアッシュはやってこない。俺が六神将の元に帰しちまっているから)

 

 俺は意を決してナタリアの前に姿を見せた。朝日が波に反射してきらめいている。

 

「ルーク」

 

「眠れないのか? ナタリア」

 

 ナタリアと微妙な距離を取って立ち止まる。

 

「怖いのか? バチカルに行く事が」

 

「わたくしだって! ……わたくしだって怖いと思う事ぐらいありますわ」

 

 強く叫んでうつむく。普段は見せないナタリアの素の顔――。

 

「そうか? お前には何万というバチカルの市民が味方についているよ。それでもか?」

 

「……そうでしょうか。わたくしなどに市民が……」

 

 厄介だな。ナタリアは自信を失っているんだ。これを俺の言葉で取り戻させなければならないのか。

 

(~~~!!)

 

 俺は考えて、考えて、言う事にした。

 

「いつか俺達が大人になったら、この国を変えよう。貴族以外の人間も貧しい思いをしない様に。戦争が起こらない様に」

 

「……死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう」

 

 俺の言葉をナタリアが引き取って完成させる。

 

「ごめんな。ナタリア。俺、本当は知ってたんだ。このプロポーズの言葉。俺の持つ未来の知識にこの言葉もあったから。でも俺はお前にこの言葉を言わなかった。俺は本物のルーク・フォン・ファブレじゃないって事も知っていたから。……俺にはこの言葉を言ったアッシュ――本物のルークの気持ちは分からない。でもな、ナタリア。ナタリアが本物の王女じゃあなくたって、この約束を守る事は出来る筈だ。俺はそう信じてる。ナタリアなら、きっと出来るって」

 

「ルーク……」

 

 それだけ言うと俺はナタリアに背を向けた。自分が思いつく限りの言葉は言った。後はナタリア次第だ。

 

 

 

 翌朝――夜眠ってないのでかなり眠い――仲間達は集会所の前に集まっていた。

 

「……ごめんなさい。わたくし、気弱でしたわね」

 

 生まれてからずっと育てられた相手に実の子供じゃないと言われたのだ、仕方ないさ。ナタリアは気弱なんかじゃない。

 

「では、バチカルに行くのですね?」

 

「ええ、王女として……いいえ、キムラスカの人間として、出来る事をやりますわ」

 

 イオンが尋ねた事にきっぱりとナタリアが返す。

 

「そう言ってくれると思って、今までの経過をインゴベルト陛下宛ての書状にまとめておいたぜ」

 

 俺はそう言ってまとめておいた書状を見せる。

 

「外殻降下の事、インゴベルト陛下は理解してくれるかなぁ?」

 

 アニスが不安そうにつぶやく。

 

「ルークもナタリアも、危険を冒してまでバチカルに戻るのだもの。陛下も分かって下さる筈だわ」

 

「絶対に理解して貰う必要がある」

 

「そうですわ。遠からず外殻大地は崩落してしまうのですから、無事に降下させる為に、両国が手を取り合わなければ」

 

 どうやらナタリアの決心は固い様だ。……良かった。どうやら俺の言葉だけでもナタリアを奮起させられた様だ。

 

「ナタリア、決心してくれてありがとう」

 

「わたくしが今やらなければいけない事は、生まれに囚われる事ではありませんもの……。覚悟を、決めましたわ」

 

「よし! 行こう、みんな!」

 

 俺は仲間達を見回して決意を表明する。

 

「ええ、行きましょう、バチカルへ。お父様を説得してみせますわ」

 

 




 サブタイトルにすごい迷った回。ほぼ原作通りの展開だけですからねぇ……あと2話くらいこんな感じが続きます。
 ユニセロス回避。原作知識があるとこういう事が出来るのがいいですね。後ろくに描写してないけどヴァンは猿轡・手錠・足枷で引きずられています。


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第22話 世界を一つに

 イオンがなにやら考えがあると言うので、俺達は正面からバチカルに行く事にした。ナタリアを連れてバチカルに入ると、警備の兵士達は皆呆然とした。あっけに取られる者や困惑する者など、反応は千差万別だ。だが捕らえようと武器を構えてくる奴はいなかった。そして王城の前に辿り着いた。

 

「ナタリア殿下……! お戻りになるとは……覚悟は宜しいのでしょうな!」

 

 城門前の兵士はいきり立つ。その時イオンが前に進み出た。

 

「待ちなさい。私はローレライ教団導師イオン。インゴベルト六世陛下に謁見を申し入れる」

 

「……は、はっ!」

 

「連れの者は等しく私の友人であり、ダアトがその身柄を保証する方々。無礼な振る舞いをすれば、ダアトはキムラスカに対し、今後一切の預言(スコア)を詠まないだろう」

 

「導師イオンのご命令です。道を開けなさい」

 

 ここぞとばかりにアニスが強気でものを言う。兵士達はゆっくりと道を開けた。

 

「行きましょう。まずは国王を戦乱へとそそのかす者達に厳しい処分を与えなければ」

 

 モースか。あのタル豚野郎。

 

「ナタリア、行こう。今度こそ陛下を説得するんだ」

 

「ええ!」

 

 

 

 城の中を移動して国王陛下の私室へやってきた。

 

「お父様!」

 

「ナタリア!!」

 

 部屋に堂々と入ってきた俺達に陛下は驚愕している。

 

「へ、兵達はなにを……」

 

 部屋には他にアルバイン内務大臣が居た。執務でもしていたのか?

 

「陛下! ここに兵は必要ない筈です。ナタリアは貴方の娘だ!」

 

 陛下に対する説得には力を入れないとな。和解できなかったらシャレにならん。

 

「……わ、私の娘はとうに亡くなった……」

 

「違う! ここに居るナタリアが貴方の娘だ! 十七年の記憶がそう言ってる筈です!」

 

 陛下は俺の言葉に少し押された様だった。

 

「記憶……」

 

「突然誰かに本当の娘じゃないって言われても、それまでの記憶は変わらない。親子の思い出は、二人だけのものだ!」

 

 更に追い込む様に言葉を重ねていく。

 

「……そんな事は分かっている。分かっているのだ!」

 

 陛下は認められない事に苛立つ様に言葉を吐く。

 

「だったら!」

 

「いいのです。ルーク」

 

 言葉を重ねる俺をナタリアが止める。

 

「お父様……いえ、陛下。わたくしを罪人と仰るなら、それもいいでしょう。ですが、どうかこれ以上マルクトと争うのはおやめ下さい」

 

 そこでイオンが口を挟んだ。

 

「あなた方がどの様な思惑でアクゼリュスへ使者を送ったのか、私は聞きません。知りたくもない。ですが私は、ピオニー九世陛下から和平の使者を任されました。私に対する信を、あなた方の為に損なうつもりはありません」

 

 イオンがそこまで言った時だ、後ろにいたジェイドが口を進み出た。

 

「恐れながら陛下。年若い者に畳み掛けられては、ご自身の矜持が許さないでしょう。後日改めて、陛下の意思を伺いたく思います」

 

「ジェイド! 兵を伏せられたらどうするんだ!」

 

 キムラスカに信用のないガイが叫んだ。

 

「その時は、この街の市民が陛下の敵になるだけですよ。しかもここには導師イオンが居る。いくら大詠師モースが控えていても、導師の命が失われればダアトがどう動くかお分かりでしょう」

 

「……私を脅すか。死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド」

 

「この死霊使いが、周囲に一切の工作無く、この様な場所へ飛び込んでくるとお思いですか」

 

 ジェイドと陛下の間で応酬が続く。でもジェイドは自分達は工作してきてるよーとにおわせているけど、実際はブラフなんだよなぁ。工作なんてする暇無かったし。俺は陛下に近づくと跪き、両手で書状を差し出した。

 

「この書状に、今、世界に訪れようとしている危機についてまとめてあります」

 

 陛下は……それを受け取ってくれた。

 

「……これを読んだ上で、明日、謁見の間にて改めて話をする。それでよいな?」

 

 よし! ここまで来れば九分九厘やったも同然だ!

 

「失礼致します。……陛下」

 

 最後にナタリアはそう言って頭を下げ、部屋を後にした。

 

 

 

 王城を出る。兵士達はこちらに注目しているが、先ほどのイオンの言葉が効いているのだろう。直接は何も言ってこない。まあナタリアはそもそも人気の高い姫だったからな。

 

「ペールや白光騎士団の皆は大丈夫だったかな……」

 

 父親が何とかしてくれたと思いたいが。さて。

 

「寄って行くか?」

 

 ガイが声をかけてくれる。

 

「いや、父上は陛下の味方だ。今は行かない方がいい。今日の所は街の宿屋に泊まろう」

 

 宿屋に向かって歩きながら話す。

 

「時間をあけた方が揉めるんじゃないか?」

 

 ガイの信用ならないというスタンスを崩さない。

 

「でも、陛下は迷ってらしたわ。ルークとナタリア姫の言葉、きっと届いていると思う」

 

 それに対してティアはフラットな目で見てくれている。

 

「陛下の中でもう答えは出ているでしょう。認める為には後押しが必要なのですよ。その為に作った猶予、です。悪い結果にはならないと思いますよ」

 

 そーだな。俺もそう思うよ。

 

「世界に訪れている危機……それを分かって貰えればきっと……」

 

「まぁ、明日には分かる事です。今は信じてみましょう。ランバルディア王家の器量を、ね。」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 宿屋の中で荷物を下ろし、ほっと一息をつく。するとティアが尋ねてきた。

 

「明日、もしもインゴベルト王が強攻策に出てきたら、どうするつもり」

 

「説得するさ。なんとしてもな」

 

「だが、陛下が簡単に納得するかな」

 

 ガイは一貫して疑うらしい。その言葉を聞いたナタリアが口を開く。

 

「その時はわたくしが城に残り説得します。命をかけて」

 

「ナタリア……!」

 

 多分陛下は和解してくれると思うが、してくれなかった時は仕方ない。許可なく世界各地のリングを操作していくしかない。その時はナタリアも一緒の方がいいのだが……。

 

「愚かでしたわ、わたくし。苦しんでいる人々を助ける事がわたくしの仕事だと思っていました。でも違いましたのね。お父様のお傍で、お父様が誤った道に進むのを諫める事が、わたくしの為すべき事だったのですわ」

 

 前を向いたその言葉に昨日までの迷いは欠片も見受けられない。

 

「ナタリア姫。やっぱり貴方はこの国の王女なのですね」

 

 ティアが感心した様にそう言うと、ナタリアは答えた。

 

「そうありたい……と思いますわ。心から。わたくしは、この国が大好きですから」

 

「まあ、采は投げられたのです。ともかく、明日陛下にお会いしましょう」

 

「ええ」

 

 ジェイドの言葉にナタリアはうなずく。全ては明日だな。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 翌日。俺達はバチカル城の謁見の間に来ていた。玉座にインゴベルト陛下、その傍にはアルバイン内務大臣と大詠師モースが立っている。……だからなんでモース? おまえダアトの人間だろ? いつキムラスカの人間になったんだよ。

 

「そちらの書状、確かに目を通した。第六譜石に詠まれた預言(スコア)とそちらの主張は食い違うようだが」

 

 陛下の質問に俺が答える。

 

「預言はもう役に立ちません。私が生まれた事で預言は狂い始めました」

 

「……レプリカ、か」

 

 これ原作をやってる時から疑問だったんだけど、陛下達はいつ俺がレプリカだって知ったんだろうな。多分ディストかモース辺りから知らされたんだろうけど。

 

「お父様! もはや預言にすがっても繁栄は得られません! 今こそ国を治める者の手腕が問われる時です。この時の為に、わたくしたち王族がいるのではありませんか? 少なくとも、預言にあぐらをかいて贅沢に暮らす事が王家の務めではないはずです!」

 

 ナタリアが強く訴える。

 

「……私に何をしろと言うのだ」

 

「マルクトと平和条約を結び、外殻を魔界(クリフォト)へ降ろす事を許可していただきたいんです」

 

 俺の言葉にアルバイン大臣が反論する。

 

「なんということを! マルクト帝国は長年の敵国。その様な事を申すとは、やはり売国奴どもよ」

 

 この人の見方も偏ってるな~。

 

「騙されてはなりませんぞ、陛下。貴奴ら、マルクトに鼻薬でも嗅がされたのでしょう。所詮は王家の血を引かぬ偽物の戯言……」

 

「黙りなさい。血統だけにこだわる愚か者」

 

 イオンも言うね。

 

「生まれながらの王女などいませんよ。そうあろうと努力した者だけ王女と呼ばれるに足る品格を得られるのです」

 

「……ジェイドの言う様な品性がわたくしにあるのかは分かりません。でもわたくしは、お父様のお傍で十七年間育てられました。その年月にかけてわたくしは誇りを持って宣言しますわ。わたくしはこの国とお父様を愛するが故に、マルクトとの平和と大地の降下を望んでいるのです」

 

 ナタリアが強く言い切った。少しの時間が過ぎる。

 

「……よかろう」

 

 やった! 和平がなった! これで残す問題がほぼ解決したも同然だ!

 

「なりません、陛下!」

 

「こ奴らの戯れ言など……!」

 

 アルバインとモースがうるさいが、陛下が宣言したのだ。もう大勢は決したも同然なのだ。

 

「黙れ! 我が娘の言葉を戯れ言などと愚弄するな!」

 

 陛下が二人を怒鳴りつける。これで奴らの言葉は封じた。

 

「……お父……様……」

 

 娘と言われてナタリアは呆然となった。

 

「……ナタリア。お前は私が忘れていた国を憂う気持ちを思い出させてくれた」

 

「お父様、わたくしは……。王女でなかったことより、お父様の娘でない事の方が……辛かった」

 

「……確かにお前は、私の血を引いてはいないかもしれぬ。だが……お前と過ごした時間は……お前が父と呼んでくれた瞬間の事は……忘れられぬ」

 

「お父様……!」

 

 ナタリアは玉座に座っている陛下の元に飛び込み、膝に顔を預けた。その体を、陛下はぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

「よかったな。ナタリア」

 

 謁見の間から退室した所で、俺はナタリアに言葉をかけた。

 

「十数年も同じ時を過ごしたんですもの……。もう、血の繋がりなんて関係ない筈よ」

 

 そうだといいな。

 

「ありがとう。認めて貰う事が、これほど嬉しい事だなんて、わたくし初めて知りましたわ」

 

「いーや。まだまだこれからだぜ。もう一回、親子のやり直しをするんだからな」

 

 ガイも嬉しそうに笑って言う。

 

「モース様はどうしたのかな」

 

 アニスがぽつりとつぶやく。

 

「ダアトに引き上げた様ですね。ひとまず動く事はないと思いますが」

 

「ダアトに……」

 

 アニスはモースの事が気にかかる様だな。出来ればイオンの事とか報告しないでいてくれると助かるんだが。

 

「次はマルクトだな。グランコクマに行こうぜ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「そうか、ようやくキムラスカが会談をする気になったか」

 

 グランコクマにやってきた俺達は挨拶もそこそこに陛下に和平の取り次ぎをしていた。

 

「キムラスカ・ランバルディア王国を代表してお願いします。我が国の狼藉をお許し下さい。そしてどうか改めて平和条約の……」

 

「ちょ、ちょっと待ったナタリア。それ以上はまずい」

 

 俺は慌ててナタリアの言葉を止める。

 

「ナタリアがそう言うと、キムラスカ王国が頭を下げた事になるんだぞ。和平を結ぼうって時なんだ。言動には注意してくれ」

 

 俺がそう言うとピオニー陛下は笑って対応してくれた。

 

「そうだな。それ以上は言わない方がいい。ここは、ルグニカ平野戦の終戦会議という名目にしておこう。で、どこで会談する?」

 

 陛下がジェイドに会談の場所を聞く。

 

「本来ならダアトなのでしょうが……」

 

 ダアトか。ダアトはまずいな。

 

「今はマズいですね。モースの息の掛かっていない場所が望ましいです」

 

 会談をするなら中立の場所が望ましい。だけどダアトは駄目ってんなら場所は一つしかない。

 

「ユリアシティはどうかな? ティア」

 

「え? でも魔界よ? いいの?」

 

「むしろ魔界の状況を知って貰った方がいいよ。外殻を降ろす先は魔界なんだから」

 

 俺がそう提案するとジェイドも納得してくれた様だ。

 

「悪くないですね。では陛下、魔界の街へご足労いただきますよ」

 

 魔界に行くといえばあまりイメージは良くないよなぁ。でもこの陛下なら……

 

「ケテルブルクに軟禁されてた事を考えりゃ、どこも天国だぜ。行ってやるよ」

 

 

 こうして、キムラスカとマルクトの和平がユリアシティで行われる事となった。

 その際イオンが「ケセドニアの代表者であるアスターも立ち会わせてくれませんか?」と言い出した。ケセドニアは国ではなく自治区なので両国が和平を結ぶ今、蚊帳の外になってしまうのだ。俺達は快く了承し、一路魔界に降りたケセドニアを目指す事となった。

 




 主にバチカルでの会話劇。原作台詞ばかりで半分くらいノベライズみたいな形に……精進します。


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第23話 平和条約締結

 ケセドニアに着いた俺達はアスターさんの屋敷を訪れていた。

 

「……なるほど。それで私めを。ありがたき幸せにございます。イヒヒヒ」

 

 相変わらず誤解されそうな笑い声だ。本当はいい人なのに。

 

「先に降下を体験した者としての注意事項や、障気の弊害などをご説明できると思います」

 

 それは確かに助かるな。まあ障気の問題はもう少ししたら解決できるんだけど。

 

「そういえば障気の影響はどうですか? 他にも何か具合の悪い事は?」

 

「年寄りや子供が障気に当てられて寝込んでいます。症状の重い者はユリアシティの方が連れて行ってくれますが、流石に全員は……。あとは、戦争の最中でしたから、備蓄した食料が減っていまして、その点が気がかりです」

 

「陛下達に陳情してみたらどうだろう」

 

ガイが提案する。俺も解決策の一つを提示する。

 

「それなら、もうすぐ完成するであろうアルビオール二号機が役に立つかと」

 

 以前シェリダンで製造を依頼したアルビオール二号機である。振動関係の方にも手をつけて遅れているかもしれないが、もうすぐ完成するはずだ。場当たり的な解決方法だが、障気に当てられた者はグランコクマなどのまだ降下していない土地に移せばいい。物資についても、アルビオールなら外殻大地から魔界にすぐ運べるだろう。この為に俺は二号機の製造を依頼しておいたのだ。

 そんな話し合いも終わったので宿に泊まろうとすると、アスターさんが気を利かせてくれた。

 

「では宿の代金はこちらで支払いいたします。ごゆっくりどうぞ」

 

「ありがとう。助かります」

 

 ……ホントいい人だな。

 

 

 

「ガイ、ちょっといいか?」

 

「ん? どうした?」

 

 宿での一室で、同室になったガイに俺は話しを持ちかけた。

 

「明日ユリアシティで行われる平和条約だけど……俺に任せてくれないか」

 

「任せる? 一体どういう事だ?」

 

 こんな言い方じゃ分からないよな。はっきり言おう。

 

「ガイ……前にも言ったが俺はお前の本名も出身地も知ってるんだ。そのお前が今回の平和条約に思う所がある事も俺は知ってる。だから言う、今回は俺に任せてくれ。お前としては平和条約の場で何か一つでも言いたい事があるのかも知れないが、俺に、任せてくれないか」

 

「ルーク……お前」

 

 俺が言った言葉に、ガイは驚いた様子だった。自分の心の内が見透かされて気持ち悪いと思っているのかな。そう思われるのも仕方ない。でもこの平和条約の前に釘を差しておく必要があったのだ。

 

「本気……なんだな。分かったよ、ルーク」

 

 ガイはそう言って一応は納得してくれた様だった。だがその瞳にかかる影は晴れないままだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 平和条約の調印式が始まった。実際には始まるまでマルクトとキムラスカの首脳陣をアルビオールで移動させるというギンジさん大活躍の一幕があったのだがさておき(ギンジさんには調印式の間ゆっくり休んで貰っている)。

 ユリアシティの会議場で、キムラスカ側はインゴベルト六世陛下、王女ナタリア、俺の父親で軍の元帥のファブレ公爵、アルバイン内務大臣。マルクト側はピオニー九世陛下、ゼーゼマン参謀総長、何故が大佐という結構下の階級の軍人ジェイド……皇帝の幼なじみだからって身内贔屓かよ。中立者としてローレライ教団からイオンとユリアシティ代表で詠師のテオドーロさん、ケセドニアのアスターさんが参列した。また、正式な参列者という訳ではないが俺、ガイ、ティア、アニスも立ち会いを許された。俺としてはこの4人プラスジェイドは会議場に入らなくてもいいと思っていたのだが、どうも俺が考えるより両国のトップはフランクだったらしい。

 

 そう言えば、久々に父親の顔を見たな。相変わらず何も言ってこないが。陛下が知っていたという事は父親も(ついでに母親も)俺がレプリカだと知っている筈だが、それについても何も言ってこない。まあ俺の方からも話す事は特に無いが。

 

「……ではこの書類にお二人の署名を」

 

 そんな事を考えている間に調印式は進んでいた。両国のトップが書類に署名を行い、これで式は終了……の筈だが。

 

「ちょっと待ってくれませんか?」

 

 俺はそこに言葉を差し挟んだ。

 

「ルーク!?」

 

 その場にいる者は皆突然の行動に出た俺を見て驚いている様だ。だが俺には言わなければならない言葉がある。

 

「同じ様な取り決めがホド戦争の直後にもありましたよね。今度は守れるんですか?」

 

 俺は両国のトップ、とりわけインゴベルト陛下の方に気持ちを向けながら聞いた。

 

「ホドの時とは違う。あれは預言(スコア)による繁栄を我が国にもたらすため……」

 

 陛下がそこまで言った時だった。俺の後ろで立っていたガイが進み出てきた!

 

「そんな事の為にホドを消滅させたのか! あそこにはキムラスカ人もいたんだぞ。俺の母親みたいにな!」

 

 俺は剣にかかったガイの右手を慌てて押さえた。

 

「ガイ! ここは俺に任せてくれるって言っただろう!」

 

 これがあるから条約の前に口約束をしたというのに!

 

「ガイ、頼むから剣から手を離してくれ。このままだとお前は世界の平和を決める式を血で汚した罪人になってしまう。俺はお前をそんな風にしたくないんだ!」

 

 原作では剣をインゴベルト陛下の首に添えていた。にもかかわらずその後特に処罰などされず、なあなあで事が済んでしまったが、この世界でもそうなる保証はない。ここで剣を抜けば冗談じゃなくガイの命に関わる!

 

「お前の母親……?」

 

 剣を向けられ様としているインゴベルト陛下が怪訝な顔をする。彼に向かってガイは言葉を放つ。

 

「ユージェニー・セシル。あんたが和平の証としてホドのガルディオス伯爵家に嫁がせた人だ。忘れたとは言わせないぜ」

 

 その時、今まで黙っていた父親が立ち上がった。

 

「……ガイ。復讐の為に来たのなら、私を刺しなさい。ガルディオス伯爵夫人を手にかけたのは私だ。あの方がマルクト攻略の手引きをしなかったのでな」

 

「……父上!?」

 

 本当にガイの母親を直接手にかけたのかよ!?

 

「戦争だったのだ。勝つ為なら何でもする。……お前を亡き者にする事で、ルグニカ平野で戦いを発生させた様にな」

 

 覚悟していても、結構くるな。お前を殺すつもりだった、というのは。

 

「母上はまだいい。何もかもご存知で嫁がれたのだから。だがホドを消滅させてまで他の者を巻き込む必要があったのか!?」

 

 そっか、ガイはキムラスカがホドを消滅させたと思っているのか。原作知識を持つ俺とは違う見方をしていたんだな、この時はまだ。

 

「剣を向けるならこっちの方かもしれないぞ。ガイラルディア・ガラン」

 

 成り行きを見守っていたマルクト側から、ピオニー陛下の声がかかった。

 

「……陛下?」

 

 ホド出身のガイにとってはマルクトは自国側だ。そちらに責めるべきは自分達と言われてガイは戸惑った顔をした。

 

「どうせいずれ分かる事だ。ホドはキムラスカが消滅させた訳ではない。自滅した。――いや、我々が消したのだ」

 

「……どういう事!」

 

 ガイと同じくホド出身のティアが叫ぶ。

 

「ホドではフォミクリーの研究が行われていた。そうだな、ジェイド」

 

「戦争が始まるという事で、ホドで行われていた譜術実験は全て引き上げました。しかしフォミクリーに関しては時間がなかった」

 

 この時の為にジェイドが居たのか?

 

「前皇帝――俺の父は、ホドごとキムラスカ軍を消滅させる決定をした」

 

「当時のフォミクリー被験者を装置に繋ぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしたと聞いています」

 

 そう、それがホド消滅の真実だ。被験者と装置の間で発生した超振動がセフィロトのパッセージリングを破壊したのだろう。

 

「それで……ホドは消滅したのか……」

 

 ガイは突然自国からもたらされた真実に呆然としている。

 

「父はこれをキムラスカの仕業として、国内の反戦論をもみ消した」

 

「アクゼリュスの時と全く同じやり口ですね」

 

 アクゼリュスをキムラスカが俺の超振動で崩落させ、その後それをマルクトの仕業だと言って戦争を仕掛けようとした。それがこの前のかりそめの和平で行われ様としていた事だ。

 

「ひどい……被験者の人が可哀想」

 

 年若いアニスは泣きそうになっている。

 

「そうですね。被験者は当時11歳の子供だったと記録に残っています。ガイ、貴方も顔を合わせているかもしれません」

 

「俺が?」

 

「ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だったそうですよ。確か……フェンデ家でしたか」

 

 ジェイドは淡々とその事実を告げる。

 

「フェンデ! まさか……ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ!?」

 

 ティアが反応する。そりゃ自分の兄の事だもん分かるよな。

 

「ヴァン・グランツ。彼の本名がヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデです」

 

 俺のその言葉で、その場は騒然となった。

 

「そうか、だから封印した生物レプリカをヴァンは知っていたのか……」

 

 それってつまりホドでは生物レプリカの実験が行われていたって事だろ? しかもお前の指示で。スピノザが言った様に生物レプリカを山ほど作ってたんだろうな、こいつは。

 イオンが間を取り持つ様にガイに語りかける。

 

「ガイ。ひとまず矛を収めてはいかがですか? この調子では、ここにいる殆どの人間を殺さなくては貴方の復讐は終わらない」

 

「……とうに復讐する気は失せてたんだがね」

 

 もう調印式どころではなくなったその場の雰囲気を察知し、テオドーロさんが提案した。

 

「思わぬ所でヴァンの名が出た様ですが、ここは一度、解散しましょう。よろしいですな」

 

 書類への署名は終わっている。ここで一度場を切っても問題ない筈だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ガイ……」

 

 俺はガイに何を言えばいいのか分からなかった。知識があってもこの場では何の役にも立たない。

 

「すまなかったな、みんな。俺はどうしてもけじめを付けたかったんだ。……母上や姉上や、消えていったホドのみんなのためにも」

 

「戦争って、ホントに酷い。勝手すぎるよ」

 

「自国の為とはいえ、あんまりですわ」

 

 アニスとナタリアも戦争の酷さを嘆いていた。

 

「それが、戦争なのですよ」

 

 ジェイドの奴は冷静だな。こいつは自分が山ほどの生物レプリカを作ったりしていても冷静な奴だからしゃーない。人の死……というより命を身近に感じられないのだ。

 

「ルークは……ひょっとしてこれも知っていたのか?」

 

ガイが俺に聞いてくる。そりゃあ不審に思うよな。

 

「ああ、知ってた。頭の中の知識にあったからな。……俺だけ、皆の事情を知っていて申し訳ないとは思う。けど、俺は自分からそれを話すことは出来ないんだ。未来の知識を持ってる俺は、その知識が必要になった時にだけ開示するしかしてはいけないと思うから」

 

「…………」

 

 沈黙が降りる。皆俺の持つ原作知識に対して思う所はあるのだろう。だが俺からは何も言う事が出来ない。出来ないんだ。

 

 

 

 調印式が終わった翌日、テオドーロさんから伝達があった。

 

「両陛下から外殻大地降下作戦について一任された。障気については、ベルケンドにユリアシティの技術者を送っている。お前達には、まず地核の振動を止めて貰いたい」

 

 パッセージリングの耐用限界があるので、外殻大地はいずれ崩落する。だがそれを防ぐ為に外殻大地を降下させるにしても、液状化した魔界(クリフォト)に大地を降ろすには、液状化を防がなければならない。液状化を防ぐには地核の振動を止めろ、という訳だ。

 

「よし、なら俺達はシェリダンに向かおう」

 

 地核の振動を打ち消す音機関などをシェリダンとベルケンドの職人に造って貰っている。その確認に行こう。いよいよ地核振動停止作戦だな。

 

 アルビオールでシェリダンに移動中、グランコクマに届いていたというアッシュからの手紙を見る。

 

『ヴァンがマルクト軍に捕らえられている事が六神将にバレた。セフィロトを巡っている事も分かっているからいずれ待ち伏せされるぞ』

 

 シェリダン、か。原作では地核振動停止作戦で多くの人が亡くなった場所だ。……この世界には預言《スコア》がある。シェリダンの人達に死の預言が詠まれているとしたら……俺は嫌な予感がして、アッシュからの手紙を握りしめるのだった。

 

 




 作中でも言っていますが、原作では和平会談の最中に国王の喉に刃を突きつけるという暴挙にでる常識人()のガイさん。ですがこの作品でそれをやるとシャレにならないので(マジで死刑コース)、転生ルーク君は必死に止めました。


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第24話 決戦

 決戦です。ですが戦闘描写に期待はしないで下さい。


 アッシュの手紙で六神将の動きを知った俺は、シェリダンで地核振動停止作戦を開始する前にキムラスカの協力を仰ぐ事にした。ナタリアと陛下の和解、両国の和平がなったからキムラスカの兵士を動員させる事が出来るのだ。

 そうしてシェリダンには警備の兵士達が配備された。小隊規模で、三十人だ。

 

「やけに物々しいなぁ」

 

 ガイはそう言うが、原作のシェリダンの惨劇を知っている俺からすれば、事前にこれだけの準備をしなければ不安だったのだ。六神将達に襲撃された場合を想定して、打ち合わせもやっておく。

 

 それはそれとして、タルタロスの改造は既に終わっている。

 

「タルタロスはシェリダン港につけてある」

 

 イエモンさんは自信満々にそう言った。それを受けてタマラさんも説明してくれる。

 

「後はオールドラント大海を渡ってアクゼリュス崩落跡へ行くだけさ。そこから地核に突入するんだよ」

 

 シェリダンからアクゼリュス崩落跡へは、航海すると大体五日程度の日数を要する。

 

「ただ注意点がいくつかあるぞい。作戦中、障気や星の圧力を防ぐため、タルタロスは譜術障壁を発動する。これは大変な負荷が掛かるのでな。約130時間で消滅してしまう」

 

 130時間か、なんか中途半端だな。

 

「130時間かぁ。ずいぶん中途半端ですねぇ」

 

 アニスと感想がカブッた!? なんかショックだ……。

 

「負荷が強すぎるんでな。ここからアクゼリュスへ航行して地核まで辿り着く時間を逆算して、何とか音機関をもたせてるんじゃ」

 

「それと、高出力での障壁発動には補助機関が必要なんだよ。あんたたちが地核突入作戦を開始すると決めたらあたしらがここから狼煙を上げる。すると港で控えているアストンが譜術障壁を発動してくれる」

 

 いや、ちょっと待て。

 

「今の説明だとシェリダン港を出発する時に譜術障壁を発動させて、それがアクゼリュス崩落跡に辿り着くまで持たせるって事ですよね?」 

 

 それで合ってる……よね?

 

「む、そうじゃな」

 

「だったら……あの、譜術障壁はシェリダン港で発動させるんじゃなくて、崩落跡に辿り着いた時に発動させればいいんじゃ。障気や星の圧力がかかるのはその時なんだから」

 

 なんで無駄にシェリダン港で発動する必要があるのだ?

 

「…………」

 

「…………」

 

 どうやら職人達はそこに気づいていなかった様だ。

 

「譜術障壁は崩落跡で発動させる、でいいですよね」

 

 譜術障壁発動は俺の提案通りにする事に決まった。そんで後は脱出についてだが、

 

「脱出はアルビオールで行う。その為に、圧力を中和する音機関を取り付けねばならん。作戦を開始すると決めたら、アルビオールはこちらで港に送る」

 

「音機関を取り付けたらアストンがタルタロスの格納庫に入れておいてくれるよ」

 

タマラさんは続けて説明してくれた。

 

「地核到達後、タルタロスの振動装置を起動させたら、アルビオールでタルタロスの甲板上に移動しとくれ」

 

「甲板に上昇気流を生み出す譜陣が書かれておる。それを補助出力にして脱出するんじゃ」

 

「アルビオールの圧力中和装置も3時間しか持たないよ」

 

「急いで脱出してくれないとぺしゃんこになるぞい」

 

 何から何まで命がけって訳か。上等だ。

 それから俺達は準備を開始した。

 

「ルーク、貴方は六神将の襲撃があると読んでいるのですか?」

 

 準備の最中にジェイドが聞いてくる。

 

「うーん。俺の知る未来の知識と、現在の状況を合わせて考えると、今回の作戦を邪魔してくるのが最も可能性の高い敵の行動だと思う」

 

 ローレライ教団は死の預言(スコア)は詠まない。だが人が死ぬ事はこの世界に存在する預言には記されている筈だ。だとしたら原作でシェリダンの惨劇があった地核振動停止作戦で、同じ様にシェリダンの人達が死ぬ可能性は……。

 

「襲撃の可能性は、高いだろうな」

 

 アッシュは待ち伏せされるぞ、と言っていたが、俺がパッセージリングの操作を行う必要があるセフィロトは、アブソーブゲート、ラジエイトゲート、ロニール雪山、メジオラ高原、の残り4つだ。それと今回の地核振動停止作戦の5つから考えると、残り5つの行動全てで敵の襲撃を想定して動いた方がいい。俺が自説を披露すると仲間達は納得してくれた。

 

「狼煙が上がりました」

 

 よし! 地核振動停止作戦開始だ!

 集会所の扉を開けて外に出ると、予想通りの光景が広がっていた。

 

「魔弾のリグレット……!」

 

 やはり襲撃してきたか! だが、お目当てのヴァンは今回ここに居ないぜ。残念だったな。

 

「キムラスカ兵! 皆! 臨戦態勢!!」

 

 俺は配備されているキムラスカ兵と皆に声をかけた。やはりというか何というか、向こうも神託の盾(オラクル)騎士団の兵士を従えている。幹部連中は仲間達で対応するしかないか。敵は魔弾のリグレット、烈風のシンク、妖獣のアリエッタ、死神ディスト、の四名だ。ディストは相変わらず自分は空に浮かぶ椅子に座って、ロボットを持ってきている。

 

「散開!! ……イオン、アリエッタは任せたぞ!」

 

 今回は細かい指示を出す必要は無い。既に打ち合わせ済みだからだ。事前に決めた通り、俺はリグレットに向かって行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 事前に決めていた事だ。六神将が襲撃してきたら、俺とティアがリグレットに当たる。ガイとナタリアがシンクに、ディストはジェイド。そしてアリエッタはイオンが説得する。本当ならキムラスカ兵の数で押したい所だが、神託の盾兵士の相手をしているのでそこまで余裕が無い。

 

 トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ……

 

 いつもの様にティアが【ナイトメア】を詠う。しかも複数人に向けてではなくリグレット単体に向けてだ。六神将といえど鈍痛と眠気のコンボは相当効く筈だ。

 

「くっ」

 

 予想通り! だいぶ効いているみたいだ。俺は譜銃に備えて剣を構えながらリグレットに近づいた。譜銃から弾が撃ち出されたので射線を見極めて必死に躱す。無理に攻める必要はない。前衛である俺は回避に専念して後衛のティアからの【ナイトメア】が効くのを待てばいい。その内焦れて相手の方から近づかなければならない筈。

 

「焼き尽くせ! ――シアリングソロゥ!!」

 

 おっと、奥義を使ってきやがったか! だが回避に専念していた俺は余裕を持ってリグレットの放った火球を躱すと、一気に近づいて剣を振るった。

 

「はぁっ!」

 

 素早く三連撃。一撃は譜銃で受け止められたが、二回は敵の体を斬りつけるのに成功した。見たか! HPがあって何度も剣で斬りつけるゲームとは違うんだ。一度の攻撃が致命傷になる。

 

「そこまでだッ!」

 

 続けて攻撃しようとしたその時、リグレットの体から闘気が放出された。オーバーリミッツか。俺は攻撃動作を途中で止めざるをえなかった。

 

「光の欠片よ……! 敵を撃て! ――プリズムバレット!! 終わりだッ!」

 

 !? マズイ! 秘奥義だッ!

 

「調子に乗るなぁっ! ――粋護陣!!」

 

 俺も――オーバーリミッツだ! 全身から闘気を放出して攻撃に、耐える。痛い、リグレットの譜銃から放たれた弾丸が俺の身を苛む。だが、今なら俺もある程度はダメージを気にせずに攻撃できる。

 

「やってやるぜ! 響け! 集え! 全てを滅する刃と化せッ! 

――ロスト・フォン・ドライブ!!」

 

 俺が放ったのは、原作では第二超振動で行っていた秘奥義だ。この世界ではアッシュと合体(?)していないのでただの超振動でしかないが、それでも超振動と剣撃の合わせ技だ。これには耐えられまい。俺は超振動をまとわせた剣でリグレットを何度も斬りつけた。

 

 俺の攻撃を食らったリグレットの体は、もの凄い勢いで吹き飛んで行った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「弧月閃!」

 

 ガイはその素早い剣撃で持って敵と相対していた。だが敵である烈風のシンクもかなりの素早さを誇るスピードタイプの様だ。……ルークはこれも見越して担当する人間を決めていたのかも知れない。

 

「ピアシスライン!」

 

 剣を避けた先に待っていたのはナタリアの弓矢による狙撃だ。さすがのシンクもこの連携には手を焼いている様だった。

 

「双撞掌底破!」

 

 シンクは一瞬でガイの懐に飛び込むと技を放った。気の籠もった掌の一撃にガイの体が吹き飛ばされる。

 

(マズイ。このままじゃナタリアが!)

 

 後衛が危険に晒されると思い、素早く受け身を取ると相手に向かって行く。

 

「おおおお! ――絶空魔神撃!」

 

 魔神剣から真空破斬のコンボで敵を仕留めようとする。一撃目は手甲で防がれたが二撃目は入った! その一瞬油断が生まれたのだろう。シンクが攻撃する隙を生んでいた。

 

「連撃行くよ……! ――疾風雷閃舞! これでとどめだぁッ!」

 

 シンクから神速の連撃が放たれ、ガイの体を打ちつける。

 

「ぐっ。ぐがっあぁ」

 

 ガイの体は鞠の様に飛んで壁に激突した。だが大技を放った一瞬の空隙を、ナタリアもまた見逃さなかった。

 

「譜の欠片よ、私の意思に従い、力となりなさい。これで決めますわ!

――ノーブル・ロアー!!」

 

 ナタリアの弓から放たれた矢がシンクの腹に突き刺さった。

 

「僕は……認めない」

 

 その言葉を最後に、シンクは倒れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「アリエッタ! もうやめて下さい!」

 

イオンは自身を止めるアニスを引きずりながら前に出ようとしていた。

 

「イオン様……でも」

 

 イオンがアリエッタを説得する。それが事前の打ち合わせ(という名のルークの独壇場)で決まった事だった。だが「真実」を告げるかどうか、それはイオンの手に委ねられた。「お前の好きにしたらいいよ」とはルークの弁だ。

 

「……アリエッタ。聞いて下さい。僕は、貴方の知っている導師イオンではないんです。貴方の知る導師イオンは……二年前に既に死亡しているんです」

 

「え……」

 

「僕は……僕は、貴方の知っている導師イオンから作られた、レプリカなんです。ヴァンとモースが僕を作りました。病死してしまった導師の空位を埋める為に」

 

「レプ、リカ……え、死亡。え? え?」

 

「だから、僕は、貴方が望むイオンではないんです。……今まで黙っていてすみませんでした」

 

 アリエッタは突然の告白に、動きを止めた。……彼女がその真実を受け止めるのに、幾ばくかの時間を要した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「出でよ。敵を蹴散らす激しき水塊――セイントバブル!!」

 

「あああ、私の可愛いカイザーディスト号RXが!」

 

 前衛をキムラスカ兵に任せ、ジェイドはその強力な譜術を遺憾なく発揮していた。

 

「譜業である以上、水が弱点なのは前と変わりませんねぇ。学習しない鼻垂れですね」

 

 ルークが聞けば、そんな挑発してる暇があるならさっさと詠唱しろよ! と言われそうなそんな言葉をつぶやいていた。

 

「これでとどめです。雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け――サンダーブレード!!」

 

 水の譜術をたらふく食らわされたロボットに、雷の譜術が炸裂した。ロボットはガガガ、と音を立てると少しの間をおいて爆発した。

 

「覚えてなさい! 今度こそお前達をギッタギタにしてやりますからねっ!」」

 

 ディストはそんな捨て台詞を残すと、空飛ぶ椅子に乗ったまま逃げて行ってしまった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 戦闘は、終わった。自分の敵であるリグレットが沈黙したのを確認して辺りを見回すと、爆発したロボット、涙を流すアリエッタ、矢を腹に受けて倒れ込んでいるシンクの姿が見える。敵の神託の盾兵は、1.5倍ほどのキムラスカ兵に鎮圧されつつあった。

俺は吹き飛んだままのリグレットに近づいた。……とてもじゃないが、これでは生きてはいられないだろう。背後にいるであろうティアの顔が見れない。振り向くのが怖い。俺はその場を後にするとシンクに近づいた。こちらはまだ息があるようでうめいている。ガイに治癒術をかけているナタリアに、それが終わったらシンクも回復してやって、死なせないでくれと言っておいた。

 

「ルーク」

 

「そっちも終わったみたいだな」

 

 次にロボットを倒したジェイドに声をかける。どうやらロボットは倒したものの、ディストには逃げられた様だ。まあディストならいいか、と思いすぐに忘れる。アリエッタはイオンに任せていればいいだろう。……なんだかずいぶんいい加減になっている気がするが、リグレットを殺しただけで俺ももう手一杯なのだ。これで勘弁してくれ。

 

 その後、シンクとアリエッタ含む神託の盾兵はそのほとんどが捕縛された。中には最後まで抵抗を続け戦って死んだ兵もいたが、おおむね捕縛出来た。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「おれはついて行くぞ。ここまできて仲間外れなんて冗談じゃない」

 

 シンクの攻撃で息もたえだえな様子のガイがそう言う。……いや大人しく寝てろって。そう言って宥めようとするがガイは聞かない。怪我をしているのだから作戦から外れて回復してろと言うのだが聞かないのだ。自分が仲間外れになる事が我慢ならないらしい。ジェイドが叱責しているが、どうなる事やら。

 最終的に、アクゼリュスまで五日あるんだからその内治る! というガイに押し切られ、俺達は地核振動停止作戦に出発するのだった。

 

 




 六神将との決戦です。せっかくの決戦ですが私の力量ではこの程度の鼻くその様な戦闘描写が限界でした。盛大な決着を期待していた皆さんすみません。
 リグレット死亡。シンクとアリエッタ捕縛。ディスト逃亡です。リグレットの死亡は書き始めた時から決めていました。理由はまたその内話します。
 シンクも生かすかどうか迷ったのですが、戦闘シーンを書いている内に矢なら頭とかに当たらない限り死なないか、と思ったので生存しました。適当です。まあ前も言った通り作者である私の都合で登場人物を動かす事は極力したくなかったので、生かそうとか殺そうとか考えては書きませんでした。あくまで作品世界の流れを優先させました。そうしたら自然と生存していたのですが。
 六神将を倒してしまったので、後はもう消化試合です。適当にセフィロトを回って適当にリングを操作して終了です。一応見せ場みたいなものは用意してありますが大したものじゃありません。


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第25話 地核振動停止作戦、メジオラ高原

 俺達はシェリダン港を出発してアクゼリュスの崩落跡を目指していた。タルタロスでの船旅は快適とまではいかないまでもそれなりに充実している。……ガイの傷は日増しに治ってきている。ほら見た事かとドヤ顔をするガイがちょっとうざい。

 しかしそれにしてもシェリダンの惨劇を回避出来たのは嬉しかった。この世界にある預言(スコア)を変えるという事なら、アクゼリュスの民を崩落させずに救った事で証明出来ていたが、それでも本来死ぬ運命だった人を救えた事は素直に嬉しい。それだけ俺の行動に意味があったという事だからな。

 

 アクゼリュス跡に着いた。海水が魔界(クリフォト)へと流れ込んでいっている。譜術障壁を発動させたタルタロスはその中に飛び込んでいく。タルタロスの底面に展開された譜陣が魔界の泥をかき分けて地核へと侵入していく。様々な光が瞬く空間を抜けて、タルタロスは地核に到達した。

 

「着いた、のか?」

 

「その様です」

 

 ジェイドが冷静に受け答えする。こういういつも冷静な人物というのは居てくれるだけで心を落ち着かせてくれる。ジェイドが居てくれて良かった。

 

「さっき一瞬見えたあれは……」

 

 ガイが何かを考え込んでいる。ああ、そう言えば地核に第七譜石があるんだっけ?

 

「どうかしましたの? 確かに地核に飛び込む直前、何かが光ったみたいでしたけれど」

 

「……ホドでガキの頃に見た覚えがあるんだ。確かあれは……」

 

 ナタリアの質問にガイが答える。それをジェイドが遮った。

 

「詮索は後です。こちらは準備が終わりました。急いで脱出しましょう」

 

 甲板に出た俺達は早速アルビオールに乗ろうとした。言い忘れたが、この作戦には俺、ジェイド、ガイ、ナタリア、ティアの5名だけだ。イオンと護衛役のアニスは万が一の事も考えておいてきた。本来であれば王女であるナタリアも連れてきたくはなかったのだが、「それを言うならルークも王族でしょう!?」と言われ、押し切られたのだ。ナタリアがこなければ最低限の航行に必要な人員はキムラスカ兵でまかなおうと思っていたのだが……。え? 俺? 俺は作戦の立案者だから逃げる事は許されないよ。

 

 さっさと地核を脱出しようとした所で、いつもの頭痛がやってきた。

 

「くぅっ」

 

 痛みが脳を刺す。

 

――我が声に耳を傾けよ! 聞こえるか、私と同じ存在よ。

 

「この……声は」

 

 あまりの痛みにしゃがみ込む俺にティアが駆け寄ってくる。

 

「ルーク? 大丈夫? 癒やせないか、試してみるわ」

 

――私を解放してくれ。この永遠回帰の牢獄から……

 

 ティアが俺の頭に手をかざして治癒術を使ってくれる。その光に接触したからだろう。

 

――ユリアの血縁か……! 力を借りる!

 

 その声がしたら頭痛が引き、代わりの様にティアが立ち上がった。

 

『ルーク。我が同位体の一人。ようやくお前と話をする事が出来る』

 

 俺は立ち上がってその体を白い光に包まれたティアを見た。そういやこんなイベントもあったっけ。

 

『私は、お前達によってローレライと呼ばれている』

 

第七音素(セブンスフォニム)の意識集合体……! 理論的には存在が証明されていましたが……」

 

 ジェイドが驚きの声を上げる。まあ俺にとっては今更だ。頭痛によって何度も交信してきた事は知っていたし。

 

『そう。私は第七音素そのもの。そしてルーク、お前は音素(フォニム)振動数が第七音素と同じ。もう一人のお前と共に私の完全同位体だ。私はお前。だからお前に頼みたい。今、私の力を何かとてつもないものが吸い上げている。それが地核を揺らし、セフィロトを暴走させている。お前達によって地核は静止し、セフィロトの暴走も止まったが私が閉じ込められている限り……』

 

 そこで言葉は途切れ、ティアの体も糸が切れた様にふっと倒れ込んだ。

 

「ティア! 大丈夫か!」

 

「……大丈夫。ただ、目眩が……。私どうしちゃったの……?」

 

「ここは危険です。とにかく今はアルビオールへ移動しましょう」

 

 俺は頼りないティアの体を支えて、アルビオールへと移動した。格納庫から譜陣の力によって上昇したアルビオールは取り付けられた音機関で障壁を発生させ、地核を抜けて魔界に来る事ができた。魔界へ上昇して出るのは初めてだったが、ギンジさんは難なく操縦してくれた。

 ローレライの言った言葉は気になったが、突然ローレライに体を乗っ取られたティアを皆が心配した為、ベルケンドでティアの体を検査する事になった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ベルケンドでの検査では、ティアの体に問題などある筈もなく、無事に終わった。そこで俺はティアと話す事にした。

 

「ティア。あのな」

 

「どうしたの? ルーク」

 

「リグレットの……事なんだけど」

 

「…………」

 

「謝るのも変、というか筋違いだと思うけど、俺……」

 

 筋違いと分かっていても謝ろうかと思った。

 

「そう。貴方は、リグレット教官が私の教官だって知っているのね」

 

「ああ」

 

「一つだけ……一つだけ聞かせてくれる? 貴方の知る未来では、教官はどうなったの?」

 

 それは。

 

「同じ、だよ。俺達との戦いで命を落とすんだ」

 

「…………そう」

 

 そこで俺は、原作において存在した一つのイベントを思い出した。

 

「そう言えばティア、リグレットが君のペンダントに手紙を仕込んでいたと思うんだ」

 

「え? ……あ、そう言えば」

 

 ティアは自分のペンダントを探ると、中に仕込まれたリグレットの手紙を取り出した。

 

「『メシュティアリカへ。この手紙を貴方が読んでいるという事は、私はもうこの世にいない。今だから告白できる。ティア。私は貴方の兄、ヴァンデスデルカを殺そうとした大罪人だ。私は弟をヴァンに殺された。それすらも預言の定めた所だったが……。』」

 

 

 

『ヴァン・グランツ! 弟の仇!』

 

『お前は神託の盾(オラクル)の兵か。』

 

『貴様がっ! 貴様が預言で殲滅されると知っていながら弟を……。お前を信頼していたマルセルをケセドニア戦に送り込んだのだな!』

 

『……一介の教団兵が秘預言(クローズドスコア)を調べるのは死罪に相当するぞ』

 

『だからなんだ? ケセドニア北部戦は明らかにキムラスカの負け戦で、戦略的意義もダアト介入の意味もなかった』

 

『しかし預言に詠まれていた。覆す訳には行かない』

 

『貴様の理想の教団作りとやらにマルセルを巻き込んでおきながら、むざむざ死なせたくせに!』

 

『私の為に働きたいと言い出したのはお前の弟の方だ。強要した覚えはない。……私が憎いか?』

 

『……憎い!』

 

『ならば私はお前を副官に任命しよう』

 

『……貴様っ! ふざけているのか!』

 

『公然と私の横に立ち、隙を見て私に手をかける事が出来るぞ』

 

『……何が狙いだ』

 

『フ……! 私の命が預言に勝てるのか。それを確かめようというだけだ』

 

『後悔するぞ。……私は必ず貴様を討つ』

 

『フ……フハハハハハッ』

 

 

 

『……こうして私は閣下の副官になった。私が貴方の教官についたのも、貴方を使ってヴァンを討ち取る為だ。だが、その結果、私はヴァンの過去に触れてしまい、惹かれるようになってしまった』

 

 ちょ、ちょろい。ちょろすぎるぞリグレット。

 

『だから私は、貴方の指導が終わった時、過去の自分を捨てる事に決めたのだ。貴方を指導している間、貴方の信頼を感じながら、私は貴方を裏切っていた。許して欲しいとは言わない。私は貴方が私を何の疑いも無く理想化している事に不安を感じていた。私はただの人間だ。貴方は私の後を追うのではなく、貴方の理想を追いなさい。最後になったが、私は貴方の幸せを祈っている。いつまでも壮健で。ジゼル・オスロー』

 

 ティアは、手紙を、読み終えた。

 

「……ごめんなさい。しばらく一人にしてくれる?」

 

「分かった」

 

 その場を立ち去る寸前「教官……ごめんなさい……」というティアの弱りきった言葉が聞こえてきた。だが俺はそのままその場を立ち去った。

 

 ……結局、原作序盤のルークがヴァン師匠を盲信していた様に、ティアもリグレットを盲信……とまではいかなくても、理想化していたのだ。リグレットの死と、彼女の手紙で、ティアもそこから一歩踏み出す機会が訪れたという事だろう。

 

 俺は、自分が手にかけて殺した相手の事を思った。預言から、自分の愛する男に信じるものを変えた女を。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 地核振動停止作戦は問題なく終わった。そこでパッセージリングの操作……降下作業を続ける事となったのである。次の目的地はメジオラ高原だ。ここではガイが必須となる。

 

「俺が? 何でまた?」

 

「パッセージリングに行くまでに、昇降機があるんだが、動力が死んでいて動かないんだよ。そこで同じ場所にある機械人形から動力を奪って動力を補填する必要があるんだ。その作業をガイにやって貰いたいんだよ」

 

 俺が詳しい事情を説明すると、ガイは張り切った表情をして任せろ、と胸を叩いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 メジオラ高原のパッセージリング操作の前にやっておかなければならない事があったのを思い出した。……はいそうです忘れてました。すみません。俺は誰に謝っているんだろう?

 さて、やらなければならない事とは捕らえた六神将……の内シンクへの尋問だ。これを怠ってしまうとマズイ事になる。

 

「で? 何が聞きたいってのさ?」

 

 キムラスカの牢屋で、傷を回復したシンクはふてぶてしくそう言った。仮面が取られているので、素顔であるレプリカ・イオンとしての顔がむき出しになっている。

 

「お前には前置きなんていらないだろうから単刀直入に聞くぞ。シンク、お前と同じ導師イオンのレプリカはどこにいる?」

 

「……!!」

 

 おーおー驚いてるな。まあ自分達の機密情報を俺が知ってるとなればそりゃ驚くか。

 

「アンタ……」

 

「そう、俺は知ってるんだよ。俺達が導師と呼ぶイオンと、お前以外のレプリカ・イオンが存在する事をな。でもその正確な居場所は知らないんだ。でもなぁ、お前達ヴァン派の主要メンバーが捕らえられた事で、そいつの保護も充分じゃなくなってるんじゃないか?」

 

 俺が危惧するのは、そのレプリカ・イオンが食べる物もなく放っておかれている状態になってるのではないか? という事だ。俺達がヴァン派の主要メンバーを捕らえた事でそいつが餓死でもしたら寝覚めが悪いなんてもんじゃない。

 

「…………」

 

「と、言う訳で頼む。シンク。そいつの場所を教えてくれないか? こっちで保護するからさ」

 

 俺がそう言うと、シンクは顔を横に背けた。

 

「僕がそれを素直に喋ると思うかい?」

 

「思うね」

 

 俺は即答した。

 

「!?」

 

「お前はこの世界を呪ってる。俺はその事も知ってる。だけどそんなお前が唯一呪っていない相手がそいつだ。これといった役割を与えられず予備としてだけ存在する筈の彼。そんな彼はお前の唯一の同類だ。その同類が放っておかれて餓死でもしたらお前だって気分良くないだろ? だからお前は教えてくれる筈だ」

 

「…………」

 

 その後、だいぶ時間はかかったが、シンクはレプリカ・イオンの居場所を教えてくれた。俺は急いで彼を保護しに行った。予想通り誰も傍に居ない状態だったので、少しばかり衰弱気味だったが、何とか間に合った様だ。だが、困ったのは彼の処遇だ。

 

「処遇……ですか。珍しいですね。貴方が困るというのは」

 

「そうは言うが、ホントに困ってるんだよ」

 

「未来の知識を持つ、貴方が?」

 

 相変わらず嫌味な奴だな、こいつも。俺はジェイドに向き直ると相談するていで話しかけた。

 

「俺の持つ未来の知識じゃ、彼はダアトで保護される事になるんだよ」

 

「ダアトですか。まあ妥当な所ではないですか?」

 

 うん、俺もそう思うよ。原作通りならな。

 

「ただ、俺の知る知識では、俺達が導師として認識している方のイオンが“いなくなった後”にダアトに保護されるんだ」

 

「……それは……」

 

 そう、原作で彼が保護されるのはイオンが死んだ後なのだ。それであったとしても死んでしまったイオンと重ねて見る人がいたりして大変だっただろうに、この世界ではイオンは生きたままなのだ。彼をダアトで保護するという事は、同じ場所に全く同じ顔、姿形をした人物が居るという状態になってしまう。それはあまり良くないのではないかと俺は思うのだ。

 

「だから困ってるんだよ。彼をどうしたらいいか」

 

「…………」

 

 悩み、仲間達(特にイオン)とも話したが、一時バチカルのファブレ公爵家で預かる事となった。家にいる母親に相手をして貰おうという考えだ。

 

「ルーク、本当にいいのでしょうか」

 

 イオンが心配そうな顔をする。

 

「つってもなぁ。何度も話したけどお前と同じ場所におくのは望ましいと思えないからなぁ」

 

「ルーク、いっちゃうの?」

 

 まだ精神が成熟していないのだろう。赤ん坊の様に俺にすがる彼を優しく宥める。

 

「ああ、やらなくちゃいけない事があるからな。家の人の言う事を聞いて大人しくしてるんだぞ」

 

「うん」

 

 そこでナタリアが声を上げた。

 

「ところで、彼はなんとお呼びすればよいのかしら?」

 

 あ、そっか。名前。何か俺忘れてばかりだなぁ。疲れてるのかな?

 

「それならちょうどいい名前がある。フローリアン だ。」

 

「古代イスパニア語で無垢なる者……ですか」

 

「ああ。お前の名前はフローリアンだ」

 

「ふろーりあん……」

 

 自分の名前だという実感がないんだろう。ぽつりとつぶやいている。

 

「それじゃ、メジオラ高原に行こうか」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 メジオラ高原に着いた。いつものメンバーでだ。もう六神将を警戒する必要は無いのでヴァンを引き立てている人数が減っている。ダアト式封咒はすぐに見つかった。岩壁ばかりの場所で緑と黄色に彩られたダアト式封咒はよく目立つ。

 

「じゃあイオン、頼むな」

 

「はい」

 

 そしていつもの様に封印を解く。ふらついたイオンの体はアニスが支えた。……そういえばイオンは自分がレプリカである事を皆の前で告白したんだよな。アニスはどう思ってるのだろう?

 

「妙な気分です。……私が始めた研究が、こんな形で広がってしまうとは」

 

 その時ジェイドが不意にそう言った。……自分の考えとは違う形で広まったレプリカ技術に、思う所があるのだろう。

 

「……前も言ったと思うけど、俺はマジ感謝してる。ジェイドがフォミクリーを考えてくれなきゃ俺は生まれてねーからな」

 

 ふと気づくとお綺麗な貴族言葉ではなく素の言葉で話している自分に気づく。このメンバーで行動するのも長いからなぁ。俺ももう慣れちゃったのかな。

 

「…………」

 

 ジェイドが俺の言葉にどう思ったかは分からない。少しは救いになったのだろうか? そんな事を思いながら歩を進めた。

 

「はぁ~ん。こんな所にこんな音機関があるとはな!」

 

 ガイが発奮しとる。

 

「嬉しそうだなー。お前」

 

「キムラスカで暮らす様になってから、すっかり譜業に目覚めちまったからな」

 

 ガイは余程嬉しいのだろう。きょときょととあちこちを見回している。

 

「やっぱ、創世暦時代の音機関は出来がいいなぁ!」

 

 ……女性陣はそんなガイに呆れている。まあ女性には分からない世界だよな。

 

「いいんだよ。女には分からないロマンなんだからさ。さ、奥に行ってみようぜ!」

 

 そうして先に行ってしまったガイを追いかけて俺達は奥に進んだ。大きな半円状の扉を通ると原作で見た機械人形がいた。

 

「おおっ! すっげー! 機械人形だぜ!」

 

「喜んでいる所悪いけど、ガイ、それが動力を取る機械人形だからな」

 

 俺がそう言うと、ガイは何とも情けない顔をした。

 

「これの動力を取らなけりゃならないのか……」

 

 ええい! 情けない顔をするな! さっさと作業するのじゃ!

 ガイが機械人形から奥にある昇降機に動力を映してくれた。機械人形との戦闘は特に言うべき事もなく終わった。そりゃ水属性が弱点なんだからそーなる。ディストのロボットと同じ倒し方するだけだし。俺達は昇降機に乗って下へ移動する。パッセージリングはすぐそばにあった。さあいつもの様にヴァンを近づけたら俺の超振動の出番だ。

 

「終わったぜ」

 

 無事に降下準備の文言を刻み終えた。その時だ、ヴァンの姿を見ていたガイがおもむろに質問してきた。

 

第七音素(セブンスフォニム)はどうして障気に汚染されているんだ?」

 

「障気は地中で発生している様ですから、あるいは地核が汚染されているのかも知れません」

 

 ジェイドがガイの質問に答える。

 

「って事は星の中心が汚染されてるって事か。中和なんてしきれないんじゃないか?」

 

 俺は既に答えの分かっている質問をする。これはジェイドが閃く為に必要な会話なのだ。

 

「いえ、地核が発生源なら、活路が見いだせそうですよ」

 

「え? え? 障気を何とか出来るの?」

 

 アニスが嬉しそうに声を上げる。

 

「ええ。星の引力を利用できれば。ただそれは私の専門ではないので、確約は出来ませんが……」

 

「それでも可能性はあるんだな」

 

 どうやらジェイドは閃いてくれたらしい。

 

「ええ。それにベルケンドでは引力についても研究が盛んです。私の知識よりは頼りになると思いますよ」

 

「ならベルケンドに戻ろうぜ」

 

 俺の原作知識が確かなら、ベルケンドのスピノザがこの研究を進めてくれる筈だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ベルケンドにやってきた。ジェイドは物理学に優れた研究者が必要だと言うので、俺はスピノザに協力して貰う事を提案した。

 

「スピノザさん? でも……彼は」

 

 ティアが言葉に詰まる。俺を作った犯罪者だと言いたいのだろう。だがこの研究には彼が必要なのだ。

 

「貴方にやって貰いたい事があります」

 

 ジェイドが切り出す。

 

「な、なんじゃ?」

 

 スピノザはどうやらこちらに怯えている様だ。それもそうか。自分の罪が人の形をして具現しているのだから。

 

「障気の中和、いえ、隔離の為の研究です。これには貴方が専門にしている物理学が必要になる」

 

 しばらくの間ジェイドの話を聞いていたスピノザは、どうやらやる気になってくれた様だ。

 

「やらせてくれ。わしに出来るのは研究しかない」

 

「俺はこの人を信じてもいいと思うんだ。スピノザ、あんたに任せるよ」

 

 この人は小心者だが、心底の悪人じゃない。信じてやれば力を発揮してくれる筈だ。

 

「この研究、粉骨砕身で協力する。信じてくれて本当にありがとう……」

 

 さて、これで外殻大地に降下させた後の障気についてはめどが立った。次は……俺はズボンに入れておいた帳面(ノート)を見た。……あ、あれも忘れてた。

 けど、これは……ああそうか。コーラル城を回避したから、ディストはチーグルのレプリカを作ってはいないのか。んじゃいーや。

 俺は思考を切り上げると、次に行くべき場所。ロニール雪山に思いを馳せた。

 

 




 消化試合その1。メジオラ高原。機械人形との戦闘はバッサリカットです。本編でも言ってるけどカイザーディストと全く同じ倒し方になるだけだし。ジェイドのセイントバブル無双ですよ。
 主人公が最後に考えた事は、原作ではワイヨン鏡窟にいるチーグルの事です。チーグルがいれば貴重な完全同位体ですから保護する必要がありました。この世界ではコーラル城でルークの体をディストが調べていないので、完全同位体のチーグルレプリカが作られていません。それで、んじゃいーや、となったのでした。
 イオンのレプリカバレなども含めて色々と事が起こっていますが、主人公以外の人物の心情描写はする気がない(出来ないとも言う)のでバッサリカットです。皆様で想像してみて下さい。


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第26話 ロニール雪山、アブソーブゲート

 次のセフィロトはロニール雪山となる。雪山だし出る魔物も強いというので、俺達はいつもより入念に準備をする事にした。防寒着を着込み、戦闘の為に兵士の皆さんにも出張って貰う。マルクト領なのでマルクト兵だ。アルビオールでは雪のある場所に直接降りられないので、俺達は雪の街ケテルブルクに寄る事となった。

 

「思い出すか? ジェイド」

 

 宿を取ったホテルで窓の外を眺めていたジェイドに声をかける。

 

「いえ……そうですね。貴方には全て知られているのでしたね」

 

「そうなるな、申し訳ないけど」

 

 沈黙がおりる。俺は原作知識があるのでジェイドの事情をほぼ全て把握している。ジェイドがそれをどう思ってるかは分からない。未来の知識を持つ俺でも、この他人の心情は絶対に分からない。

 ふと、俺はある事に気づいたのでジェイドに言ってみる事にした。

 

「そうだジェイド。思い出したんだけどな」

 

「何ですか?」

 

「あー、えーと、これ言っていい事なのか判別がつきにくいけど、一応言っておく。お前が最初に作った生物レプリカだけどな……生きてるぞ」

 

「……!?」

 

「老マクガヴァンさん、元・元帥のあの人が現役を引退するきっかけになった譜術士(フォニマー)連続死傷事件、あれをやったのもそいつだ。自分に足りない音素(フォニム)を補填しようとしてな」

 

「…………」

 

「今はとある場所に封印されている。俺の知る未来の知識ではその封印を解いて完全に倒す、消滅させていたんだ。……お前が望むなら同じ様に倒す事も出来るぜ」

 

「私は……」

 

「まあ今すぐ結論を出さなくてもいいけどな。ゆっくり考えればいい。ただ俺は封印されているという状態は好ましくないと思っている。封印なんていつかは解けるもんだ。十年後か二十年後か五十年後になるかは分からないけどな。でもその未来の誰かが苦労するくらいなら、今の時代で倒してしまうのが一番良いと俺は思う」

 

 俺は一方的にジェイドに言葉をぶつけると、その場を後にした。あとはジェイドが考える事だ。勝手かも知れないがな。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「あ!?」

 

「どうしたルーク?」

 

 ロニール雪山での道行き、雪道をえっさらほいさと歩っていた時だ。俺は重要な事に気づいた。

 

「重大な事に気づいた」

 

「どうしたの?」

 

 ティアが聞いてくる。

 

「アッシュの事を……忘れてた」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 俺がそう言うと、場には沈黙がおりた。そーだよ六神将のスパイをさせていたアッシュはもう六神将を倒したんだから帰ってきていいじゃないか。いや、このメンバーに加わってもやる事は俺の超振動でリング操作するのを代わるしかないけどさ。でも一緒に行動出来るじゃないか。

 

「ルーク……」

 

 皆はアッシュの事を忘れていた俺を、しょーがない奴、とでもいう風に見ている。なんだよーみんなだってアッシュの事忘れてたじゃんかよー。

 

「今回のリング操作が終わったら手紙出さないとな」

 

 そう言いつつも、あの捻くれ者が素直にメンバーに加わってくれるのかね、などと俺は思っていた。

 

 

 

 吹き抜ける風が強い。防寒着を着込んできて正解だったなこりゃ。凍った木々すら強い風に揺られている。

 

「以前六神将がここに来た時は、魔物だけでなく、雪崩で大勢の神託の盾(オラクル)兵が犠牲になったそうです」

 

「雪崩は回避しようがないからな」

 

 イオンの説明に、ガイが難しい顔をする。

 

「必要以上に物音を立てない様に。いいですね」

 

 ジェイドが注意する。皆自分の命に関わる事なので素直にうなずいた。確かここでは原作だと六神将三人が襲ってくるんだっけか。あの戦闘はきつかったなぁ。そんな事を考えていると、ダアト式封咒を発見した。恒例となったイオンの鍵開けタイムである。

ふと、今はバチカルの屋敷にいるフローリアンを思い出した。彼にはダアト式譜術を操る力は無いよな? もしあったらわざわざ護衛されているイオンを攫ってまでダアト式封咒を開けさせようとしないもんな、ヴァン一味も。

 パッセージリングはダアト式封咒のすぐそばにあった。俺もいつもの様に超振動を照射する。後は全てのセフィロトをアブソーブゲートとラジエイトゲートに連結して……っと。

 

「これで終わりだ。寒いからさっさと引き上げようか」

 

 俺は皆に声をかけるとロニール雪山から引き上げるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ケテルブルクのホテルで暖まり、体の疲れを癒やす。これで残す所あと二つ。アブソーブゲートとラジエイトゲートだ。ラジエイトゲートは最後にやるから、次はアブソーブゲートだな。あのダンジョン面倒だから行きたくないんだよな。まあしばらくはイオンを休ませなければならないので、ケテルブルクで待機だ。俺も最近疲れているからな、アッシュに手紙を出したらゆっくり休もう。

 イオン……か。そういやアリエッタはどうすんのかね。本来の導師イオンの死は受け入れられた様だけど。レプリカのイオンを代わりと思うのか。母親であるライガクィーンの元に戻るのだろうか。ライガクィーンと言えばチーグルだ。俺は考えない様にしていたけれどやはりライガに食われたのだろうか? 今になって通り過ぎてきた事が頭をよぎる。どうにもいかんな。やっぱり疲れているのかね。もうすぐ全てが終わる。全てが終わったら……どこかでゆっくり休みたい。

 

 アブソーブゲートに行く前に、スピノザに頼んだ検証を確認したいとジェイドが言い出したので、ベルケンドへ向かう事となった。ベルケンドの第一音機関研究所を訪ねると、スピノザは俺達を待っていた様に喋り出した。

 

「流石はバルフォア博士じゃ。あれなら上手くいくかもしれん」

 

「って事は、障気は問題なく隔離出来るんだな」

 

 俺がそう言うと、仲間の皆はどういう事だ? という顔をした。

 

「外殻大地と魔界(クリフォト)の間にはディバイディングラインという力場が存在します。そうですね。ティア?」

 

「え、ええ。セフィロトツリーによる浮力の発生地帯です。その浮力で外殻大地は浮いています」

 

 ジェイドとティアの会話にスピノザが口を挟んだ。

 

「正確にはディバイディングラインの浮力が、星の引力との均衡を生み、外殻大地は浮いているんじゃな」

 

「外角大地が降下するという事は、引力との均衡が崩れるという事。降下が始まるとディバイディングラインは下方向への圧力を生む。それが膜になって障気を覆い、大地の下――つまり地核に押し戻します」

 

 ジェイドが詳しく説明してくれる。でも……。

 

「でも、それだと障気は消えない……よな。また発生しないのか?」

 

「障気が地核で発生してるなら、魔界に障気が溢れるのはセフィロトが開いているからです。外殻の降下後、パッセージリングを全停止すれば……」

 

「セフィロトが閉じて……障気は外に出てこなくなる!」

 

 ガイが喜びの声を上げた。

 

「地核の振動は停止しているから、液状化していた大地は急速に固まり始めていますわ。だからセフィロトを閉じても大陸は飲み込まれないのですね」

 

 ナタリアもうなずいている。

 

「障気の問題は解決って訳か!」

 

 俺は原作を知っていても詳しく把握してなかった理屈を実感出来た。

 

「これを思いついたのが物理学専門のわしではなくあんただとは、流石じゃな」

 

「そうはいっても、専門家に検証して貰わなければ確証は得られませんでした」

 

「これで、後はアブソーブゲートのセフィロトをどーにかするだけだね」

 

 アニスがそう言って締めくくった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ケテルブルクから北東の海上、そこにアブソーブゲートはあった。

 

「すごい音素(フォニム)を感じますね」

 

「ここは最大セフィロトの一つ、プラネットストームを生んでいるアブソーブゲートですからね」

 

 ティアが緊張した面持ちで言うと、ジェイドがそう返した。プラネットストーム、か。昔の人はよくこんな物を作ったよなぁ。

 

「ギンジさん、いつもの事ですがここで待機していて下さい。心細いかもしれませんが……」

 

「おいらは平気です。皆さんもお気をつけ下さい」

 

 ギンジさんに見守られながら、俺達はアブソーブゲートに入った。その入り口で俺は皆を集める。

 

「俺の持つ知識だと、ここでの移動は困難を極めるんだ。それに加えて地震が起きたら通路が壊れる危険性がある。もしも分断されてしまったら、皆は各自下を目指してくれ。あと、ヴァンの手綱はちゃんと握っておいて下さいよ」

 

 原作ではここでパーティーの分割があったからな。事前に注意しておくにこした事はない。特に注意するのがヴァンだ。通路が割れたりして奴が自由になってしまわない様に、捕まえている兵士へ指示を出す。

 

 俺達は慎重に歩を進めた。しかし……。

 

「め、面倒くせぇ」

 

 俺のその言葉通り、アブソーブゲートは面倒臭い作りになっていた。赤や青の音素を集めて並べる必要があったからだ。この音素集めが思った以上に面倒臭い。そして更に、

 

「今度の地震はでかいぞっ! 気をつけろ! 地面が……」

 

 縦揺れの大きな地震が起きて、俺達は分断された。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「大丈夫か?」

 

「ええ」

 

「大丈夫ですわ」

 

 分断された後、とりあえず周囲を確認した俺はうめいた。何でこの二人なんだよ。いや確かにティアもナタリアも分断される前には俺の近くに居たけどさぁ。そっか、近くに居たから分断された後も一緒なのか。アレ? 何か俺錯乱してね?

 

「どうしたの? ルーク?」

 

「いや、何でもない。それより分断される前に決めた通り下を目指そう。そこで皆と合流できる筈だ」

 

 今は深く考えるのはよそう。先に進むのだ。俺達は狭く立体的な通路を歩いて進んだ。進んだ先に音叉があったのでティアの杖を借りておもっくそぶん殴り鳴らす。シーソーの様に片方が沈むと片方が上がる場所では、片方にティアとナタリアを立たせて音叉を鳴らした。そうして先に進むと青い炎があって通れない場所にでた。これ以上は向こうに行ける人がどうにかしなければならない。俺達は炎の前で待つ事にした。

 

「ルーク! ナタリア!」

 

 待っていると向こう側にガイの姿が見えた。その後ろにはジェイドや兵士達の姿もある。ガイ達は炎の手前にいた魔物に襲われたので戦いになった。ああ、確かあの魔物がキーなんだっけ。ジェイドの譜術で散らされた魔物と同時に、俺達の進路を塞ぐ炎も消えた。

 

「ガイ、ジェイド。サンキュー」

 

 炎の向こう側に出ると、転移する場所があったので下方に向けて転移する。

 

「んっと。まだここじゃないな。もっと先がある筈だ」

 

 転移してもまだパッセージリングが無いので、更に移動できる場所を探す。どこまでもどこまでも下に降りて行く。

 

「あった。やっと見つけたー」

 

 俺はパッセージリングを見つけると気の抜けた声を出した。さ、さすがに疲れたな。移動だけでこんなに疲れたのも久しぶりだ。最近はほとんどアルビオールで移動してたからなー。

 

「さて、さっさと操作を終えちまおうかね」

 

 そう言い、起動したリングに向けて超振動を放つ。両腕の先に意識を集中し、強く強く念じる。俺の全身が光を帯びてきた。そしてどこからかいつか聞いた声が聞こえてきた。

 

――……シュ、ルーク! 鍵を送る! その鍵で私を解放して欲しい!

 

(はぁ!? 解放しろだぁ? ふざけんな今こっちは超振動の微妙な操作中だっつーの)

 

 俺は最後の力で超振動の照射を終えると、ぐらりとその身を崩してしまった。

 

「ルーク? どうしました?」

 

「ローレライが……」

 

 ジェイドが聞いてくるが、力を使い果たしていてとても答えられない。俺はしばらくその場で休憩させて貰った。

 

「ローレライが、自分を解放しろって言ってきたんだ」

 

「ローレライが、解放……ですか」

 

 仲間達は皆一様に頭にハテナマークをつけている。俺だって訳わかんねーよ。でも解放しろって事は何かマズイ事があるんだろうなぁ。とにもかくにも、これでアブソーブゲートの作業は終了だ。残す所はラジエイトゲートでの全外殻大地の降下作業だけだ。

 

「とにかく、ローレライの事は今はおいておこう。地上に帰ろうぜ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 地上に帰ってきた。ギンジさんや今回はダアト式封咒がなくて出番がなかったイオン達が迎えてくれた。さて、最後にラジエイトゲートに行くわけだが自分達で勝手に行うわけにはいかない。今ある外殻大地が一斉に降下するのだ。各国への周知が必要となる。まあアブソーブゲートに行った時点でほぼ作業は完了してるから、各国とも準備はできているだろうが。

 

「アッシュからの手紙はなし……か」

 

 ローレライからの交信もあるから連絡をとりたいのだが。ローレライからあの交信があったという事は、俺はローレライの宝珠を、アッシュはローレライの剣を受け取っているはずだ。あー、後でジェイドにコンタミネーションのやり方聞いておかないとな。ローレライの宝珠を受け取ったとはいっても、俺はレプリカだからその音素(フォニム)を体の中に取り込んでしまっているのだ。コンタミネーションで取り出さないと。

 

「まだまだ面倒は終わらない……か」

 

 俺は一人、部屋の中でぽつりとつぶやくのだった。

 

 




 本作では既にヴァンと六神将を倒してしまっています。原作の様に逃げられてもいません。なので原作の第三章にあたるレプリカ編には突入しません。障気は復活しませんし、エルドラントは浮上しませんし、プラネットストームも停止しません。崩落編で終了です。最後にローレライの解放だけはやりますがね。


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第27話 ラジエイトゲート、後片付け

 

 さあ外殻大地を降下させようか! 行くぜ行くぜ行くぜ!

 

「な、何かテンション高いな、どうした?」

 

 最近なんかダウナーだからテンション上げていかないとな!

 既にキムラスカ、マルクト、ダアトへの周知は終わっている。後はラジエイトゲートで最後のパッセージリングの操作を終えるだけだ。ローレライ関係は俺とアッシュだけの個人的……個人的? な用事だから皆は関係無い。そうだアッシュの野郎、やっぱり連絡よこしやがらねぇ。何か手段を考えないとな。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 アルビオールでラジエイトゲートにやってきた。アブソーブゲートのさらに北。バチカルなどから見ると南海に当たる場所だ。俺の原作知識だとここはアブソーブゲートほど面倒ではなかったはずだ。

 その予想通り、俺達はゲートについて簡単にパッセージリングに辿り着いた。

 

「なぁんか拍子抜け~」

 

 などとアニスは言っているが、簡単な方が良いに決まっている。俺は早速リングに超振動を放出し始めた。いつもの様に両手を空にかざし、中空に浮かんだ樹形図に超振動を照射する。すでに樹形図で全てのセフィロトは繋がっているのだ。ラジエイトゲートから全てのセフィロトに第七音素(セブンスフォニム)を送り込んでいく。

 

(ぐ、ぐぅっ)

 

仲間の皆には平気な顔を見せているが、結構きついぞ。そういや原作でのルークが力が足りないとか言ってアッシュに助けて貰ってた様な? 今からでもアッシュを探して助けて貰うか?

 

(ざけんなっ!)

 

 俺は最後の力を振り絞って超振動に力を注いだ。ここまできてアッシュに頼るなんて軟弱な事してられるかよ。最後まで、俺の力で事を完遂させる。

 第七音素に俺の意思が反応したのか、超振動はその力を緩める事なく照射できた。

 

「想定通り、障気がディバイディングラインに吸着していますね」

 

 俺の隣に歩み出てきたジェイドが言う。それなら、障気の問題はこれで解決できる。よし、終わった。アッシュに頼らず俺の力だけで何とか終える事が出来た。良かった。

 

「障気を隔離しておくにはパッセージリングを全部停止させる必要があるんだよな」

 

「ええ、その通りです。操作をお願いできますか?」

 

 任せろ、と答えて連結した全てのパッセージリングを停止させる。これでOKだ。

 

「終わった……のか?」

 

 ガイが聞いてくる。ああ、終わったよ。

 

「ああ、これで全ての作業は終わりだ。外殻大地は全て降下してユリアシティとか既に降下したケセドニアとかと地続きになった筈だぜ。パッセージリングも停止させたから障気の問題も解決できた筈だ」

 

 俺はそう答えると全身の力を抜いた。アレ? もしかして俺……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 目を覚ましたらバチカルの屋敷だった。どうやら俺はラジエイトゲートで気を失ってしまったらしい。ガイが慌てていたと聞いた。そっか、全てが終わったという事で気が抜けたんだろうな。ゆっくり休むといい、と言う父親の言葉通り、しばらくは休むか。外殻大地が完全に降下するという世界にとって大きな出来事が起きた後だしな。

 さてゆっくり休むといった所で何をしたらいいのかしら、と思い帳面(ノート)を開いた。あ、あれをやり忘れてる。あれもだ。ああこれはあいつの返事待ちだな。そんな事を考えていたら休んでいる暇なんて無い事に気づいた。早速行動せねば!

 俺はいいから休んでいろよ、と押しとどめてくるガイとナタリアを説得し、後片付けの旅に出るのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 俺とガイ、それと強引について来たナタリアはまずアルビオールを借りる為、シェリダンにやってきた。

 

「ルークさん!? もう大丈夫なんですか?」

 

 ああもう大丈夫だよ。とギンジさんに答える。

 

「そんですみませんがギンジさん、またアルビオールを借りたいんですが」

 

 俺がそう申し出るとギンジさんは快く返事をしてくれた。えっと、まずはグランコクマだな。ジェイドに会わないと。

 

 

 

 グランコクマに到着。さすがにアルビオールは早いぜ。

 

「それで? 倒れたばかりだというのにどんな用事ですか?」

 

 この嫌味な感じ、さすがジェイドである。

 

「ああ、ヴァン一味の利用していたフォミクリーの装置があるんだよ。それを破壊して回ろうかと思ってるから、一応お前も連れて行った方が良いと思って」

 

「…………」

 

 ジェイドはその言葉を聞いて沈黙したが、最終的に俺達について来た。やはりフォミクリーの装置となると気になる様だ。

 

 

 

 次に移動した先はコーラル城である。原作では立ち寄る場所だけどこの世界ではタルタロスを使ってショートカットしたからな。来るのは初めてだ。

 

「こんな所にフォミクリーの装置があるとは……」

 

 ジェイドは驚いている。俺も驚きだよ。だってここ放置されているとはいえファブレ公爵の別荘地だよ。なのにヴァンの野郎はここに装置を設置しやがって。どんだけ厚かましいんだよあいつ。

 

 ヴァンもなー、原作ではカリスマがあって深謀遠慮の人物だという「設定」だけど、ゲームをプレイしている人間からしたら隙だらけの穴だらけなんだよな。タルタロスで一般兵にルークが殺されていたらどうするつもりだったんだあの髭。アッシュに仮面も付けさせずルークの前に姿を現すのを自由にさせてたけど自分がレプリカだって気づかれたらどうするつもりだったんだあの髭。あの髭、髭め。髭野郎め。

 

 とにかく今はフォミクリーの装置だ。せっかくなので(?)ジェイドの譜術で壊して貰う。剣を振り回すのも面倒だしな。装置でかいし。

 

「これで一つは終了だな。あともう一つ……じゃないか二つかな」

 

「そんなにあるのか」

 

 ガイは辟易した様な顔をする。俺だって面倒で嫌だよこんな作業。

 

「……ふと思ったけど、この城を貰ってもいいのかもな」

 

「何の話ですの?」

 

「ああ、今アッシュの奴と連絡を取ろうとしてるけどさ、あいつが帰って来たら俺の居場所はなくなるだろ? その時に別荘地であるこの城を貰い受けて、別荘地の管理人になるってのも楽でいいかなーと」

 

「…………」

 

「……そういえば貴方はイオン様とフローリアンの時も同じ事を言っていましたね。同じ顔、姿形の人物がそばに居るのは好ましくないという事ですか?」

 

「それもあるけど、単純に今は俺がアッシュの居場所を奪っている状況だからな。俺はそれが嫌なんだよ。アッシュが帰ってくるかどうかは分からないが、あいつの居場所は空けておきたい」

 

 コーラル城の城主か、思いつきだけど良いかもな。七年間の考察期間の間に考えた「全てが終わった時の身の振り方」ではマルクトで気ままに暮らすとか、エンゲーブで農夫をやるとかがあったけど、それも悪くないかもな。

 

 

 

 次の破壊活動の場所はワイヨン鏡窟である。フォミクリーの装置ではないが、ここもヴァン一味の隠れ家なので施設を破壊しておこうと思ったのだ。

 ジェイド の ふじゅつ が さくれつ

 さー終わった終わった。次に行こう。

 

 

 

 次にやってきたのはダアトだ。何故ダアトかというとシェリダンで捕らえられたヴァン一味が牢屋に入れられているのがダアトだからだ。フローリアンの居場所を聞き出した時はまだキムラスカの牢屋だったけどな。今は移送されてダアトに居るのだ。

 

「ルーク。手続きはしてきましたが、アリエッタに聞きたい事とは一体……」

 

「ありがとうイオン。ヴァン達の隠れ家がある筈だから、それを聞き出したくてな」

 

 俺がアリエッタに聞く事は二つ。フェレス島廃墟群の場所とエルドラントの事だ。シンクも知ってるだろうがあいつにはフローリアンの事を聞いたからな。もう俺には何も話してくれないだろう。エルドラントは確か海の中に隠してある筈なんだよな。辿り着くには潜水艦とかがないと駄目なのか。ああ面倒だ。

 

 アリエッタに聞いた所、フェレス島は常に移動しているので逮捕された今どこにあるかは分からないとの事。エルドラントについてはホドがあった辺りとの事。ホドがあった辺りか、そういやホドのセフィロトもレプリカで作って浮上するんだっけか。

 余談だが、大詠師であったモースは更迭されたらしい。放っておくとどんな悪さをするか分からないので、厳重に監視しておくように言っておいた。ディストもまだ捕まってないしな。

 

 

 

 フェレス島廃墟群である。探すのにめっちゃ時間がかかった。海のどこかを移動している浮島なのは知っていたが、ゲームと違って現実は移動するのに時間がかかるんだよ! 

 更にここは敵を倒さないと開かない扉があって面倒だった。まあ弱体化していないジェイドがいれば楽勝だ。俺とガイはジェイドの譜術が邪魔されない様に前衛を務めればいい。あ、ナタリアは安全な所から矢を撃っていればいいよ。

 

「雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け――サンダーブレード!!」

 

「貫く閃光! ――翔破裂光閃!!」

 

「紫電の光! ――獅吼爆雷陣!!」

 

 ま、楽勝だ。

 俺達は一番奥にあるフォミクリー装置を壊すと、その場を立ち去ったのだった。

 

 

 

 さて、海中にあるエルドラントに来たぞっと。だがこのエルドラントについては扱いが難しい。原作でも最終決戦から二年経っているのにその場に放置されていた気がするし。そこでホド諸島を領土としていたマルクトのピオニー陛下に伺いをたてた。かつてのホドをそのままレプリカで作った島があるのですがどうしたらいいでしょうか? とな。とりあえず浮上させてみろとの事、それももっともだ。海中にあったのでは扱いも何もあったものではないしな。

 俺達は海中にあるエルドラントをどうにかこうにか操作して(レプリカのセフィロトを利用した)エルドラントを浮上させた。一大スペクタクルだなこりゃ。ガイもジェイドもついてきたマルクト兵も皆驚いていた。

 それとここではやらなければならない事がもう一つ、いや二つあるのだ。エルドラントの中を進んでいる時だった。

 

「ここは……俺の……」

 

 俺達が立ち寄ったのはとある家のレプリカだった。煉瓦の暖炉がある。なるほど、ここが……。

 

「やっぱりそうだ。……俺の屋敷跡だ。」

 

「ここはホドのレプリカだ。おかしくはないだろ」

 

 ホドをそのままレプリカとして作ったのが、栄光の大地・エルドラントだ。ガイの家があっても不思議ではない。

 

「……そうか。ここは本当にホドなんだな。もう二度と、ここに戻れる日は来ないと思ってた。不思議な気持ちだ」

 

 せっかくならティアも連れてくれば良かったかな。ティアにとってもここは故郷だ。もっともティアはユリアシティの生まれ、ホドが崩落した時は母親の腹の中だからそこまで望郷の念はないかも知れないが。

 それはそうと、俺はやらなければならない事の為、ナタリアに合図を送った。

 ナタリアが口を開く。

 

「ガルディオス家の跡取りを護れたのなら本望だわ」

 

「!?」

 

 さあ、どうだ?

 

「……思い、出したっ!」

 

 どうやら上手くいった様だ。ガイは幼い頃に目の前で姉を殺されている。そしてその体でガイを庇ったのだ。ガイはその時の恐怖と女性に護られた事が一緒くたになって、女性恐怖症になってしまったのだ。俺はそれを原作知識で知っていたけれど、原作においてガイが記憶を取り戻すイベントを潰してしまったので、今回ナタリアに一芝居うってもらった訳だ。ガイが姉に庇われた時の台詞を言って貰ってな。

 

「ガイ、思い出したか」

 

「…………ああ、これもお前は“知っていた”のか」

 

「ああ、悪いな。ガイ」

 

 俺達はしばらくその場で休憩する事にした。ガイも急に記憶を取り戻して少し混乱しているだろうからな。

 

「わたくし、フォミクリーという技術を嫌いになれませんわ。使い方次第で素晴らしい事が出来そうですもの」

 

「なんでもそうだと思いますよ。全ての道具は、素晴らしい事にもくだらない事にも使える」

 

 ナタリアとジェイドが話してる。

 

預言(スコア)や俺の未来の知識もそうだよな」

 

 そういえば、ここでティアが七番目の譜歌を思い出すんだっけ。やっちまったか、な。まあいいか。ユリアの譜歌が失伝してしまっても世界にとって問題ないだろう。しかし結果的にではあるが強引についてきたナタリアさんはファインプレーだった。というか俺がもっと計画的に動けよって話なんだけどね。七年間の間、自分の命に関する事以外は全然想定してなかったからなぁ。ガイのイベントとか起こすつもり全然なかったのよ。

 

 ガイが回復した様なので先に進む。光の譜術か闇の譜術で倒す事で玉を落とすゴーレムなどの仕掛けを解いて、隠された扉を開いた。

 

「……綺麗だな」

 

「……誰かのお墓の様ですわね」

 

 そのナタリア達の言葉通り真っ白なお墓がそこにはあった。ガイがその正体を教えてくれた。

 

「ユリアだ……。ガキの頃、ヴァンに案内して貰った。フェンデ家はユリアの子孫として密かにユリアの墓を守ってるって話だったな」

 

「すると始祖ユリアはホドで亡くなったという事か」

 

 ジェイドが瞠目している。なおの事フェンデ家の人間であるティアを連れてくれば良かったな。俺はそんな事を思いながらその墓の前にある杖を抜いた。

 

「それは?」

 

「惑星譜術っていうすげー譜術の触媒だよ」

 

「ユリアの墓にあったという事は、彼女に縁の品なのでしょうか」

 

「そうだな、ユリアは預言士(スコアラー)だったらしいし。これは彼女が使っていた杖なのかもな」

 

「その杖、持って行くのか?」

 

 ガイの質問に、俺は意味ありげに答えた。

 

「そうだな。ちょっとあることに使うんだよ」

 

 後はマルクト軍がエルドラントを調査して、ここでやる事は終了だ。さて、屋敷に帰るかね。

 




 外殻大地が無事降下しました。前々から言っているとおり第三章であるレプリカ編はやりません。あと細々した後片付けが残っていたのでくっつけました。
 とってつけた様なガイの女性恐怖症克服イベント。原作と違う流れにして潰してしまったので、ここで起こしました。ナタリアさんは金髪で、ガイの姉に似ているのも利用してあります。


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第28話 ネビリム

「ジェイド、これで大体の俺達の旅は終わりだ。俺の未来の知識も打ち止めだよ。あと残ってるのは、前に話した最初の生物レプリカぐらいのものだ」

 

「…………」

 

「前にも話したけど俺は倒すのなら今の世代でやってしまうのがいいと思う。どんな事がきっかになって復活して、また誰かが犠牲になるとも限らないしな」

 

「……そう、ですね。私の愚行の結果で、また犠牲者を出すわけにはいきませんね」

 

 ジェイドが決心を固めてくれた様なので、俺達は封印されている最初の生物レプリカ、レプリカ・ネビリムを封印から解く為に惑星譜術の触媒を集める事となった。

 

 最初はメジオラ高原に出現する恐竜だが、こいつは簡単だ。こっちには幾多の戦闘を乗り越えたジェイド(俺ではない)が居るのだ! しかもこいつ火属性が弱点なんだよな。こりゃ勝てない訳がない。

 

「終わりの安らぎを与えよ――フレイムバースト!!」

 

「業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ――イグニートプリズン!!」

 

「吹き飛びな! ――紅蓮襲撃!!」

 

「業火に飲まれろ――熱波旋風陣!!」

 

 楽勝その二って所か。恐竜に勝った俺達は背中に刺さっていた剣を抜いた。これが魔剣ネビリムか。たしかに形は禍々しいな。とても斬る為の剣とは思えん。

 

 次の触媒はピオニー陛下が持っている筈だ。俺達は陛下の私室に突撃した。陛下は気分屋な人だが、ネビリム先生に関わる事だと言ったら素直に貸してくれた。その際、ジェイドにとって決して悪い結果にはならないから、と念を押したのが効いた様だ。聖剣ロストセレスティゲット。

 

 その次の触媒はマクガヴァン将軍が持っている筈。今度はセントビナーだ。セントビナーは降下の影響であちこち壊れていて今は復旧中だ。そんな中魔槍ブラッドペインを貸してくれと頼むと、逃げ出したブウサギを探してくれと交換条件を突きつけられた。俺達は泥だらけになりながら頑張ってブウサギを探す事になった。一人で優雅にしているジェイドが恨めしい。ブウサギを何とか見つけ、槍をゲットした。

 

 次は特に問題のないバチカル廃工場だ。入り口だけ兵士に言って入らせて貰ったが、ジャンプして届く梯子に登り、火の譜術でスイッチを入れれば聖弓ケルクアトールゲット。

 

 最後のもう一つの杖、魔杖ケイオスハートはダアトで保管されている。イオンの許可があれば持ち出し可能だ。二つ目の杖ゲット。

 

 これに最初に手に入れた聖杖ユニコーンホーンを合わせれば、六つの触媒武器が揃う。

 

 

 そうして、準備を終えた俺と護衛のガイ、ジェイド、アルビオールに乗れるだけのマルクト兵を連れて、俺達はネビリムの岩――ロニール雪山の奥地――へと向かったのだった。

 俺達はそこで地面に敷かれた譜陣を見つけた。

 

「ここじゃないか?」

 

「そうですね。この譜陣が惑星譜術の譜陣でしょうか?」

 

「この譜陣によると、指定の位置に光と闇の触媒を設置しなければ譜陣が完全には機能しない様だな」

 

 俺、ジェイド、ガイはそれぞれが譜陣から見てとれる情報を口々に話す。

 

「よし。そんじゃ設置していくか」

 

 その時、ジェイドが異を唱えた。

 

「いえ……おかしいですよ。この譜陣は別の譜陣の上に新しく書き足されたものです。しかも書き足された譜陣はどうやら封印の様だ」

 

 それはつまり、ここには惑星譜術というもの凄い譜術の譜陣と、その上に目的の人物を封印する譜陣があるって事だろう。

 

「はーっはっはっはっ! さすがですね、かつての我が友よ!」

 

 そんな事を考えていたら、背後から逃げ延びていたディストの声が聞こえてきた。

 

「死神ディスト! 生きていたのか!?」

 

 生きている事は分かっていたが様式美としてそう言ってやる。

 

「薔薇です! 薔薇! ……まあ、六神将での名前などもうどうでもいいですけどね。私が探していた触媒を、あなた方が揃えてくれるとはねぇ。くっくっくっ。さあ、その譜陣に触媒を並べなさい」

 

「……何が起こるか分かりませんが、構いませんか?」

 

 ジェイドがそう聞いてくるので黙ってうなずいた。

 

 そして、いよいよ六つの触媒が設置された。

 

「やった! やりましたよ! これでネビリム先生が復活するっ!!」

 

 ディストは自分の思い通りになって喜んでいる様だが、それはこっちも同じだ。

 

「ここには貴方が最初に生み出したレプリカがいます! 我らが愛するゲルダ・ネビリム先生がね!」

 

 並べられた触媒によって、目の前の岩が開いていく。

 

「……ごくろうさま……サフィール……」

 

「ネビリム先生っ!! 先生にお話したい事がたくさん……」

 

 ディストがそこまで言った時だった。ジェイドが気配を察知し注意する。

 

「まずいっ! 伏せろっ!」

 

 岩の隙間から放たれた光がこちらに飛んできて、ちょうどディストに当たった。

 

「しぇんしぇい……」

 

 そしてついにレプリカ・ネビリムが姿を現した。

 

「こいつ……強い……」

 

 肌にビリビリと感じる圧迫感。本物だ。

 

「貴方達が持ってきてくれた触媒のおかげで、私に足りなかったレムとシャドウの音素(フォニム)が補給できたわ。ありがとう」

 

 ジェイドも言葉を無くして構えている。

 

「ふふふ。お久しぶりね、ジェイド。昔はあんなに可愛らしかったのに今は随分怖そうなお顔をしているのね。……レムとシャドウの音素が欲しくて、譜術士(フォニマー)から音素を盗んでいたら、こんな所に封印されてしまったの」

 

 知ってるよ。

 

「この触媒があれば、私は完全な存在になれる。ねぇ、ジェイド。貴方、私を捨てて殺そうとしたわね。私が不完全な失敗作だから。でももう完全な存在よ。そうでしょう?」

 

「……それは……」

 

 おいおいジェイド、こんな事で崩れるなよ。

 

「黙れよ。何が完全だ。元々の、オリジナルのネビリム先生は自分の生徒を殺そうとする人だったのか? 平気な顔でディストを攻撃したお前が、完全な訳ない!」

 

「……いけませんね。私とした事が取り乱してしまった。この際、貴方が完全かどうかはどうでもいい。譜術士連続死傷事件犯人として、貴方を捕らえます」

 

 どうやら持ち直してくれた様だ。このレプリカ・ネビリムは桁外れに強いからな。お前の譜術が勝利の鍵だぜ。ジェイド。

 

「あら、面白いわ。それなら試してみましょうよ。勝つのは……私だけれどね!」

 

 戦闘になった。とは言っても基本の戦術は変わりない。数で押す! 前衛のマルクト兵がそれぞれ武器を構えて近接攻撃を仕掛け、後衛のマルクト兵とジェイドが譜術を連発する。

 

「さあ、どんな風に楽しませてくれるのかしら……!」

 

「戦いを楽しむ余裕なんて、作らせないぜ!」

 

「生け捕りにするとは言っていませんよ?」

 

「いくわよ――サンダーブレード!!」

 

 詠唱くっそはええ。一瞬で唱え終わりやがった。まあ素直に食らってやる程こちらもぼんやりはしてないけどね。

 

「いくわよ――セイントバブル!!」

 

 だから詠唱はええって。くそ、俺が剣で止めるしかないか!

 

「グランドダッシャー!!」

 

 調子に乗るな!

 

「ぶっ潰れちまえ! ――烈震天衝!!」

 

 これで少しでも相手を拘束して……ッ!

 

「ふふふっ――ビッグバン!!」

 

広域殲滅譜術!! マズイ、ガードしろおおおおっ!

 

「粋護陣!!」

 

 耐えた! だがこっちの体力は相当削られた。マルクト兵も死屍累々、立っているのは半数といった所か。だが半数でも残っているぞ。まだまだ俺達はやれる。俺は腰のポーチからグミを取り出すと口に放り込みながら前進した。

 

「はぁっ!」

 

 一瞬で四連撃の剣撃を食らわせる。ッマズイ!

 

「バニシングソロゥ!!」

 

 一瞬の隙で近接技を放ってきやがった。こっちの後衛は何してるんだ? まだ詠唱が終わらないのか?

 

「煌めきよ、威を示せ――フォトン!!」

 

「食らえ! 光の鉄槌! ――リミテッド!!」

 

「歪められし扉、今開かれん――ネガティブゲイト!!」

 

「狂乱せし地霊の宴よ――ロックブレイク!!」

 

「燃えさかれ。赤き猛威よ――イラプション!!」

 

「荒れ狂う流れよ――スプラッシュ!!」

 

「終わりの安らぎを与えよ――フレイムバースト!!」

 

「全てを灰燼と化せ――エクスプロード!!」

 

「唸れ烈婦! 大気の刃よ、切り刻め! ――タービュランス!!」

 

「炎帝の怒りを受けよ。吹き荒べ業火! ――フレアトーネード!!」

 

 俺がそう思った時、一斉に詠唱が終わった中級譜術の山が降り注いだ。よし、チャンスだ。こいつを少しでも後衛から遠ざける。吹き飛ばすのに最適な技は――。

 

「貫く閃光! ――翔破裂光閃!!」

 

 吹き飛べええええ!

 

 そこから戦いは小康状態になった。俺や前衛のマルクト兵が攻め、後衛はひたすら譜術を撃ち続ける。その中で俺は大技をぶち当てるチャンスをうかがっていた。

 

「連濤雷光弾!!」

 

 あぶねっ! 少しでも隙があると凶悪な威力の近接技が飛んでくる。既に二人の前衛がこれにやられた。油断は出来ない。

 

「白銀の抱擁を受けよ――アブソリュート!!」

 

 後衛に譜術を撃ちやがった。うめき声が聞こえたからやられたのか。だが振り返っている暇はない。

 

「逝かせてあげるわ――ディバインセイバー!!」

 

 今度は前衛に譜術をッ! 俺は何とか躱したが一人がもっていかれた! くそっ! このままじゃ。

 

「獅子戦吼!!」

 

 俺が奴の攻撃を躱せるのは一重に原作知識やこの世界での経験による所が大きい。奴の使う技は大抵仲間達が使う技だから見極めやすいのだ。譜術はいくら早いといっても詠唱する時間があるので動き回ってターゲットから逃れる事が出来る。後はこちらの大技を当てる隙さえあれば……。

 

「閃光墜刃牙!!」

 

 それにしてもホントやりたい放題だなこいつッ!

 

「この重力の中で悶え苦しむがいい――グラビティ!!」

 

 ジェイドから過重力空間を発生させる上級譜術が飛んだ。この譜術は相手の動きを鈍くする効果がある。チャンスだ。

 

「神速の斬り、見切れるか! ――閃覇瞬連刃!! 勝てない勝負はするもんじゃないぜ!」

 

 一瞬の隙に素早さの高いガイが斬り込んだ。ここが最大のチャンス!

 

「無数の流星よ、かの地より来たれ――メテオスォーム!!」

 

 は!?

 

 

 

 凄まじい衝撃を受けて、俺は吹き飛ばされていた。周りを見回すと立っているものが数名、半数は倒れたまま。数名が俺と同じ様に吹き飛んでいた。

 

(グミを……)

 

 まだ戦おうとしている自分に驚きつつ、俺はグミをまとめて食いかじり、前に出た。何が俺をこうまで突き動かすのだろう? それは分からない。ただ俺は死にたくない。生きたいのだ。こんな奴にやられて死ぬなんてのはごめんだ。もうほとんどの面倒事を終わらせたというのに。

 

「おおおおおっ」

 

 遮二無二剣を振るう。基本に忠実なアルバート流。何度も剣を振るい注意をこちらに向ける。その隙に立て直してくれる事を祈って。

 

「凍結せよ――タイムストップ!!」

 

 何ィ!!

 

 

 

「サンダーブレード!!」

 

 一定空間の時間凍結……もはや手がつけられないな、こりゃ。それでも前に出るしかない。少しの望みを信じて(俺が狙われなくて良かった)。

 

「ストローククエイカー!!」

 

 奴が飛び上がった! チャンス! 俺は一気に近づくと四連撃を食らわせ、技に連携させた。

 

「穿衝破! ――閃光墜刃牙!!」

 

 四連撃で斬りつけた後、突き刺しからの右拳でのアッパー、そこから剣を旋回させての突き刺しに移行する。奴の体を俺の剣が貫いた! 俺は体に突き刺さったままの剣から手を離すと、意識を両腕に集中させた。

 

「やってやるぜ! うおおぉぉぉぉ! これでも……食らえ!!」

 

 超振動。戦闘で使うのはリグレットを殺した事から抵抗があったのだが、もうそんな事を言っていられない。俺の放つ超振動が敵の体を文字通り引き裂いていく!

 

「天光満つる所我はあり、黄泉の門開く所汝あり。

出でよ、神の雷。これで終わりです! ――インディグネイション!!」

 

 ジェイドもとっておきを出した。……これなら!

 

「……くっ……また音素が乖離する! 惑星譜陣で癒やさなければ……」

 

 弱っている! 今だ!!

 

「ジェイド、もしかして封印の下に書いてあった譜陣ってのは惑星譜術の……!」

 

「試してみます」

 

ジェイドはそう言うとすぐさま惑星譜術の詠唱に入った。

 

「――母なる大地よ。その力を我に与えたまえ。天の禍、地の嘆き、あらゆる咎を送らんがため断罪の剣が降り下ろされる――滅せよ!!」

 

「いゃやぁああぁやあぁあ」」

 

 ジェイドの詠唱によって惑星譜術が発動し、その叫び声と共に、レプリカ・ネビリムは消えた。

 

「……すげー威力の譜術だな」

 

「……ええ。セフィロトを利用して星の力を解放する譜術ですから」

 

「じゃあ習得したのか?」

 

 起き上がりながらガイが尋ねる。

 

「いえ、残念ながら。譜陣が書き足されていたので本来の力の半分も出せなかった。ディストなら正しい惑星譜陣の資料を持っていたかも知れませんが……」

 

 ジェイドがそう言った時、吹き飛ばされていたディストから声が聞こえた。

 

「……むにゃ……痛いよ……蹴らないでよジェイド……」

 

「…………」

 

 とりあえずディストは逮捕しておいた。それでようやく、ネビリムとの戦いが終わったのだった。あー疲れた。あ、でもこれから幾つかの触媒武器を返却しなきゃいけないな。ピオニー陛下には事の顛末も話さなきゃいけないし。あー疲れる。

 




 このネビリム戦に関しては、実際にゲームで戦った様子を書きおこしてみました。まあ実際はもっともっと長丁場なんですけどね。そこは全て書くとテンポが悪いので泣く泣く削っていますが。少しでも臨場感などが出ていれば幸いです。
 最初はネビリムイベントなんて書くつもりは全くなかったのですが、SSを書いている内に妄想が止まらなくなり、書く事にしました。まあアビス二次でちゃんと完結しているもの、かつネビリムイベントやっているものなんて数える程しかないので書いてみてもいいかな? と思いながら書きました。


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最終話 カルマ

 今回は話の中で視点変更があります。


 全ての面倒事を終わらせた俺は大人しく屋敷で静養する日々を送っていた。……実はまだネビリム戦でのダメージが抜けていないのだ。まあこれはガイも同じだが。そんな安穏とした日々を送っていた所、ナタリアがある知らせを持ってやってきた。

 

 メイドに呼ばれて応接室に入ると、ナタリアとガイ、父親と母親が揃っていた。

 

「ルーク! 喜べ! お前にランバルディア至宝勲章が与えられる事になったぞ」

 

 おお、この父親のこんな声初めて聞いたな。浮かれている様だ。……にしてもこのイベントか。

 

「お父様がお決めになったのです。素晴らしい事ですわ!」

 

「大変な名誉だぞ」

 

 ガイも弾んだ声で喜んでくれている。

 

「おめでとう、ルーク」

 

母親のシュザンヌもいつになく嬉しそうだ。そして勲章に関して説明してくれた。

 

「ランバルディア至宝勲章はこの国で一番栄誉ある勲章です。兄上様はお前の偉業に報いる為、この勲章を下さるのですよ」

 

「それと、まだ正式に社交界へ出ていないお前だが、特別に陛下が爵位を下さるそうだ。いずれ世界が落ち着いたら盛大にお披露目をせねばならぬな」

 

「だけど俺はレプリカで……」

 

 俺はレプリカを理由に一応断ってみようとする。

 

「またそんな事を……。貴方もファブレ家の一員です」

 

「もちろん陛下は、もう一人のルークにも爵位を授けて下さるだろう。しかし今回の勲章と爵位はお前の働きによるものだ。胸を張って受け取りなさい」

 

 おお、この父親が微笑んでるよ。ここまで言われると断りづらいな。仕方ない。受け取っておくか。

 

 

 

 そうして後日、式典が催される事となった。

 

「窮屈だな」

 

 俺は家で仕立てられた礼服を着ていた。原作でもあった衣装だ。

 

「ははは。一応王子みたいなもんだからな。似合ってるぞ」

 

 ガイが茶化してくる。ちくしょー顔が笑ってるぞ。

 

「それなりに着こなせていますわね」

 

 ナタリア、お前も顔がピクピクしてんぞ!

 

「……ふん。だからこんなカッコするの嫌だったんだよ。しかし勲章か……俺は自分が生き残りたいだけで、世界を救うのなんてついでだったんだけどな。こんなんで勲章を貰ったりしていいのかな?」

 

「いいじゃないか。お前は頑張ったと思うぜ」

 

「そうですわ。お父様はルークにお詫びをしたいのだと思います。あなたを見殺しにしようとしたのですから……」

 

 アクゼリュスか、確かにあれはきつかったな。自分の死を望んでいる人が居るというのは予想以上にストレスになった。

 

「うん。分かったよ」

 

 俺が勲章を貰う事で気がすむ人がいるのなら貰っておこう。

 そして式典が始まった。うーむ、俺、ただの一市民だった筈なんだけどなぁ。何を間違ったか王族になって勲章まで貰っちまったよ。どうすんの。

 

「ただ今より、ファブレ公爵家長子ルークへのランバルディア至宝勲章、及び爵位の授与を執り行う」

 

 アルバイン内務大臣の声が謁見の間に響く。この人とも一時は敵対してたんだよなぁ。赤い絨毯の両脇には大勢の人々が並んでいる。両親はおろか執事のラムダスもいる。インゴベルト陛下が玉座から降りて俺の方に歩いてくる。陛下は俺の胸に勲章を着けると握手してきた。

 

「ルーク。よい働きをしてくれたな」

 

 

 

「いえ」

 

 陛下が玉座に戻るとアルバインがもう一度声を響かせる。

 

「王国はルーク・フォン・ファブレを子爵に叙するものである」

 

「おめでとう、ルーク。いや、これからはファブレ子爵かな」

 

 陛下は笑ってそう言う。……子爵、かぁ。

 

「ふふ。おめでとう、ファブレ子爵」

 

 ナタリアからも祝いの言葉を貰う。

 

「ありがとうございます」

 

「そちが働いてくれたからこそマルクトと和平を結ばれ、世界は救われた。感謝するぞ。そちは我が国の英雄だ」

 

「……いえ、俺は英雄なんかじゃありません」

 

 いつかヴァンの奴が言っていた英雄。それに俺は“なっちまった“んだなぁ。

 

「謙遜するな。ルークよ、本当にありがとう。わしは今日という日の事を一生忘れまいぞ」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 勲章を貰って屋敷に帰って来た時だ、あるものが俺の目に止まった。すると俺の視線を意識したのだろう、父親の視線もそちらに移動した。

 

「父上! その剣は……」

 

「ルーク。……それにガイも。怨んでいるだろうな。父親の形見の品が仇の家で飾られているなど」

 

 俺の視線の先にあったのは、ホドのガルディオス家に伝えられていた剣だ。父親がガルディオスに攻めいった後、ガルディオス伯爵の首とともに持ち帰って来たのだ。

 

「怨んでいないと言えば嘘になります。でも、私はルークに教えられましたから。いつまでも過去に囚われているだけでは駄目なのだと」

 

「ガイ! でもそれは……」

 

 俺が、原作知識で知っていたから言った言葉なんだ。原作のルークの様に真実その身から出た言葉じゃないんだ。

 

「ルークが?」

 

「ええ」

 

 公爵にガイがうなずく。

 

「ルークはこう言ったのです。『昔の事ばかり見ていても前に進めない』過去に囚われていた俺には、正直、不愉快な言葉でした」

 

「それが何故……」

 

「その時思ったんですよ。賭けをしてみようと。最も憎むべき仇の息子が、自分の忠誠心を刺激する様な人間に成長したら、その時は復讐する気持ちも失われてしまうんじゃないかって」

 

 その賭けは、原作の様に正当な賭けじゃないんだ。俺がズルをしていた事の上に成り立った賭けなんだ。

 

「そうか、思い出したぞ。ルークが誘拐から無事戻ってきて暫くしてからだったか、剣を捧げるに値する大人になれるかガイと賭けをしたと言っていた」

 

「ええ。そしてルークは賭けに勝ってくれました」

 

 違う、違うんだよ。ガイ。

 

「すると、お前はルークがそれだけの価値のある人間に成長したと思っているのか」

 

「そうあろうと努力している……と思います」

 

 努力、努力か。確かにしてきた。でもそれは立派な人間になろうとかそういう類いの努力じゃない。

 

「それだけで、俺には充分だ。ルークは世界を変えようとした。それなら……」

 

「お前も変われる、か」

 

 父親はガイの事を認めてくれるのだろうか。

 

「ならば、この剣を取れ。そしてルークに永遠の忠誠を……いや、友情を誓ってやってくれまいか」

 

「父上!」

 

 そんな事言い出さなくていいって!

 

「この子には父親がいない。レプリカだからではないぞ……父親である私が、預言(スコア)のもと、息子を殺そうとしていたのだからな。父とは呼べまい」

 

「アクゼリュスと共にルークが死ぬと詠まれていた、あの預言ですね」

 

「私はずっと息子から逃げていた。いつか死ぬ息子を愛するのは無意味だと思っていたのだな」

 

 父親はじっとガイを見つめた。

 

「そんな私に比べて、お前はよくルークの面倒を見てくれた。お前はルークにとって兄であり父であり、かけがえのない友であろう」

 

 確かに、記憶を失ったという体の俺をガイは面倒見てくれた。ガイは確かに兄の様な、父親の様な友達だ。

 

「……分かりました」

 

 ガイは俺の前に跪いた。

 

「おいちょっと待て! 俺は忠誠の儀式とかそんなのしないぞ。俺とガイは今まで通りで……」

 

 俺はそれを慌てて止めた。ただでさえガイに負い目があるというのに、これ以上は勘弁して欲しい。

 

「それより父上、その剣はガイに返して下さい。これはガイの父上のものなんでしょう?」

 

「うむ、そのつもりだ。ガイ、その剣は主の元へ返そう……すまなかった」

 

「……公爵……」

 

「良かったですわね、ガイ。お父様の形見が戻ってきて」

 

 それまで少し離れた位置で見守っていたナタリアが言った。

 

「ああ。それに公爵が実は慈悲の心を持っている事も分かったしな」

 

 ガイにとって父親は、怨むべき仇だったのだろう。それが少しでも変わったのだろうか?

 

「ガイ……俺は……」

 

「細かい事は言いっこなしだぜ。ルーク。俺の気持ちはさっき言った通りだ」

 

 俺はずっとガイに負い目を感じていた。意識的にガイを変える言葉を吐いてしまったと思っていたからだ。でも、少しはガイも俺を認めてくれたと思って良いのだろうか? 俺はこれから先のガイと自分の関係に思いを馳せた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「アッシュ、街へ出たらこんなものを見つけたよ」

 

 俺はそう言って手に持った紙を差し出した女――漆黒の翼のノワールを見つめた。

 

「なんだ?」

 

 俺はノワールの差しだした紙を手に取った……!!

 

『アッシュへ お前が家に帰ってこないと母親のシュザンヌ様が病気で倒れてしまいます。怒っているのは分かるけど素直に家に帰ってきて下さい。母親は倒れそうな程貴方を心配しています。

お前と同じ顔をした出来損ないの屑より』

 

 俺は手に持った紙をぐしゃりと握りつぶした。

 

「あの……野郎!!!」

 

「……ねぇアッシュ、あんたが素直になれないのも分かるけどね。ここは一度帰っちゃどうだい。その張り紙は聞いた所によると世界全土の張られているそうだよ」

 

「屑が!!」

 

 俺はその場にある机を蹴り飛ばしながらあいつを罵る言葉を吐きだした。

 

「~~~~~!! ~~~~~~~!!!!」

 

「やれやれ」

 

 

 

 俺は今バチカルに帰って来た。ここに来るのはアクゼリュス崩落前に導師を攫った時以来だな。俺は黙って昇降機に乗ると一路屋敷を目指した。

 屋敷の前に来ると、玄関前にあの屑野郎が座り込んでいやがった。

 

「お? おーおーおー。アッシュじゃんか。来てくれたんだな」

 

 てめえがあんな張り紙をしやがるからだろうが!!

 

「いいからさっと家の中に入れよアッシュ! あ、こんな風に仕切られると腹立つか? まあいいや行こうぜ」

 

 引っ張るんじゃねぇよこの屑が!!

 

「お前がここに足を踏み入れるとはな……」

 

 久しぶりに会ったガイはそう言った。

 

「二度とここに戻る事はないと思っていた」

 

「アッシュ、ローレライはどうだった」

 

 屑がのんきにそんな事を尋ねてくる。

 

「……ローレライは俺に鍵を送って来た。それで自分を解放しろと……」

 

「あ、やっぱそうなのか。俺も鍵、つーか宝珠を受け取ったんだよ。俺かお前のどっちかがローレライを解放する必要がありそうだな」

 

 レプリカ野郎と俺が同列に見られているかと思うと反吐が出る。

 

「ほら、アッシュこっちに来いよ。5分でいいから付き合えって!!」

 

 だから引っ張るなと言っているだろうがこの屑がぁ!!

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ぎゃーぎゃーとうるさいアッシュを引き立てて、俺は両親の寝室に入った。母親は最初同じ顔があるので驚いていた様だが、すぐに気がついたのだろう。アッシュの顔を見つめた。

 

「ルーク! ……ルーク!?」

 

 ちょうど今は父親も寝室にいてくれた。ナイスタイミングだアッシュ。

 

「父上。母上。本物のルークを連れてきました」

 

「貴様! 何を考えて……」

 

 アッシュにこれ以上喋らせると面倒になる。俺は早々に引っ込む事にした。

 

「俺、庭にいますから!」

 

 

 

「なるほどね。旦那様と奥様にアッシュを会わせてやりたかったのか」

 

「ああ。あいつは本物だからな」

 

 俺がそう言うとガイは微妙な顔つきになった。

 

「これはジェイドにも言った事なんだけどな。俺はヴァンやスピノザさんが俺を生み出した事、ジェイドの研究が元で俺が生まれた事に関しては怨むとかそういう感情は一切ないんだ。どんな事があっても生きていられる今は大切だと思うからな。でもルーク・フォン・ファブレの居場所を奪う形にさせられた事は、入れ替えられた事については怨んでいるんだよ。だからアッシュにも居場所を返してやりたいとずっと思っていたんだ」

 

「……そうか」

 

 俺は自室に行くとローレライの宝珠と、長い旅を共にしてきた剣を手に取った。これから必要になるからな。そうして中庭でしばらく待っていると、アッシュの奴が出てきた。

 

「……俺はもうルークじゃない。この家には二度と戻らない」

 

 まーだそんな事言ってるよこの人は。知ってるんだぞ。原作の最後の一騎打ちの後にルーク・フォン・ファブレって名乗った事。ホントは戻りたがっているんだ。それを認めさせてやる。俺は剣を構えるとアッシュに言った。

 

「アッシュ。勝負しないか。純粋な、剣の勝負だ。ヴァンから剣を学んだ者同士、最後は剣で決着をつけようじゃないか」

 

「ルーク!」

 

 ガイが叫ぶ。が、意識的に無視する。

 

「お前が勝ったらお前の好きにしたらいい。家に戻らないのも、ルークという名前を名乗らないのも。ただし俺が勝ったらお前は家に戻れ。俺は家から出て行く」

 

「……てめえ」

 

「怒ったか? アッシュ。なら剣でこいよ。剣でなら勝負してやるぜ」

 

 同じく意識的にアッシュを挑発してやる。……乗ってこい。アッシュ!

 

「上等だ! そのへらず口、二度と利けない様にしてやるぜ。行くぞ! 劣化レプリカ!」

 

 アッシュは腰に差したローレライの鍵……剣を抜いた。よし、これでいい。後は俺が勝負に勝てるかどうかだけだ。

 俺達は鏡あわせの様に立ち、決闘が始まった。俺の人生最後の勝負だ!

 

「崩襲脚!」

 

 いきなりそんな技を繰り出してきても当たるかよ。俺はアッシュの繰り出した蹴りを余裕をもって躱すと背後に回り込んだ。

 

「はぁっ! てやっ! せいっ! はぁっ!」

 

 俺はアッシュに近づくと一瞬の内に四回の剣撃を放った。残念ながら全て剣で受け止められてしまったが。

 

 俺達はそうして戦った。間合いを計り、攻撃し、受け止め、技を繰り出し、だが決着は中々つかなかった。当然か。同じ人物が同じ流派を学んで同じ様に訓練してきたのだ。差がつかなくても不思議ではない。原作において俺、レプリカ・ルークとアッシュは二度戦っている。アクゼリュス崩落直後のユリアシティとラストダンジョンのエルドラントでだ。だがこの戦い、どちらも参考にならない。ユリアシティの戦いは、アクゼリュス崩落直後でルークの精神状態がまともではなかっただろうし、エルドラントでの戦いは大爆発(ビッグバン)の影響でアッシュがだいぶ弱っていた筈だし。この世界においては俺とアッシュが戦うのは二度目だ。譜術も超振動もない純粋な剣の勝負。どちらが勝つか本当に分からない。

 

「崩襲脚!」

 

 今度はこちらが技を繰り出す。

 

「閃光墜刃牙!!」

 

 だから、そんな大技がいきなり当たるかってーの!

 

「烈破掌!」

 

 と思ったら閃光墜刃牙は見せ技か。突っ込もうとしたら左手で烈破掌を打ってきやがった。俺はとっさに自分の右手で烈破掌を出した。

 

「烈破掌!」

 

 掌が合わさって気が爆発する。俺達は互いに吹き飛ばし合った。こんどは俺から技を仕掛ける。

 

「穿衝破!」

 

 するとアッシュも技を合わせてきた。

 

「穿衝破!」

 

 全くもってアホらしい。俺達は何をやっているんだろうな。同じ人から同じ技を習って同じ様に訓練し、同じ相手に技を振るってる。

 

「同じ様な技ばかり!」

 

「てめえがレプリカだからだろうが!」

 

「いやこれはレプリカ関係ないぞ」

 

「うるせえ!」

 

 理不尽な奴だな。

 

「通牙連破斬!!」

 

 大技を多様するなっつーに。

 

「斬影烈昂刺!!」

 

「魔神拳!」

 

「飛燕瞬連斬!!」

 

「双牙斬!」

 

 最後の技が、決まった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「くそ……。被験者(オリジナル)が……レプリカ風情に負けちまうとはな……」

 

「俺の勝ちだな。アッシュ。さっき言った通り家に戻れよ。ここはお前の家なんだ」

 

「チィ……くそっ!」

 

アッシュが手に持っていた鍵を投げ出す。俺はそれを拾うと持っていた宝珠と合わせた。剣と宝珠が合わさり完成された鍵になった。代わりに俺がずっと使っていた剣は庭に差した。

 

「アッシュ。鍵は俺が持って行くぜ。面倒なローレライの解放も俺がやってやる。だから家に戻りな」

 

 俺はそう言い捨てると、最後の挨拶とフローリアンの事を頼む為、両親の元へと歩み出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 屋敷から出た俺はローレライの鍵を背中に差すと、うーん、と伸びをした。

 

「さーて、これからどこに行こうかねぇ」

 




 これにて臆病な転生ルークは終了となります。登場人物のその後などについては、全体的な後書きにでも書くつもりです。


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後書き
全体の後書き


 ここまで物語を読んで頂き、ありがとうございます。ここでは全体的な後書き、登場人物達のその後などを書いていこうかと思っております。時間に余裕がある人だけ読んで下さい。


 転生ルーク:主人公ですね。この物語をここまで書けたのは彼がいてこそですね。彼については今更語る事もないかと。その後についてはホントに決めていません。マルクトへ行ったのか、キムラスカにとどまったのか。エンゲーブで農夫になったのか、セントビナーで薬屋にでもなったのか、シェリダンやベルケンドで職人や研究者にでもなったのか。ダアトに行って自給自足の生活を始めたのか。本編で言った様にコーラル城を貰い受けて城主にでもなったのか。ただ分かっているのは、ローレライの解放だけはちゃんとやったって事ぐらいですかね。

 

 ティア:後半はほとんど描写がなくなった人物です。その分序盤はそれなりに出張っていますが。告白してしまうと、私は彼女が苦手です。アビスをプレイした大半の人は、序盤のルークが嫌になると聞きますが、私はルークに関しては好意的に受け取って、ティアの方が序盤からなんか嫌な女性だなぁと感じる事が多かったです。その際たる例は当作品でも触れているファブレ公爵家への襲撃と、地核振動停止作戦の時の無神経な一言ですね。一周目のプレイでは、はっきり言って嫌いでした。ですが何度も周回プレイする内に「好きな所もあれば嫌いな所もある、でもちょっと苦手」くらいに収まりました。この作品でもそんな感じの扱いになっていますね。その後は……どうなるのかな。この人、原作ルークがいない状態だと結婚とか出来るのかしら? 何だか他人から誤解されたままいつまでも独り身でいそうな雰囲気。

 

 ジェイド:彼については「全ての元凶」という言葉が似合いますね。スピノザとの会話で、自分はスピノザとは違うみたいな事を言うのですが、じゃああんたは何か罪の償いとかしてるのかと言うと何もしてる様子が無く、なんだか口だけ反省したって言っている様子であまり好きじゃないですね。その部分は。ただ原作において原作ルークと旅をする事で一番変わったのは彼なんじゃないかなぁと思ったり。サブイベントであるネビリム戦を描けたので、作品世界のジェイドも一応のケリはついたんじゃないかなぁ。結婚とかはしないでしょうね。いつまでも一人な気がします。原作の様にレプリカ研究を再開させるかどうかですが、転生ルーク君から要請されて大爆発(ビッグバン)の回避方法を模索する為、同じ様に研究していくのだと思います。

 

 

 ガイ:彼はネットの批評などを見ると肯定的なコメントばかりなんですよね。でも私の意見は違っていて、彼は人の家に暗殺しようとして入り込む様な危険な人物でもある、という認識です。ガイの善性を完全に否定する訳ではなく、良い所もあるけど悪い所もちゃんとあるよねって言うか、悪い部分を無視して常識人だとか言うのは違うんじゃないかなぁと思ったり。彼は女性恐怖症が治ったので普通に所帯を持つでしょうね。ただネットなどで言われている様に良いパパになるかと言ったら……微妙ですね。復讐の為には体の弱い女性を殺そうとしたり、復讐相手の子供が赤ん坊でも殺すのはOKだとか、親友と呼んでいる相手が明かに騙されているのに笑顔で見守ったりするのを子供に教えそう。うーん、ガイについてはホント二面性と言う言葉が似合いますね。恐ろしい部分はホントに恐ろしい人です。

 

 

 アニス:原作のパーティーメンバーなのに最後まで救済されなかった人。彼女を助けないのは早い段階で決まっていました。話数としては第9話くらいで言ってましたっけ? 救うつもりはないって。理由は本編で語った通り、リスクとリターンが見合ってないから。もっと性格の良い転生者だったらもっと頑張ってアニスも救済するルートとかを考えたのかも知れませんね。ですが私が産みだした転生ルーク君では当作品でやった事が精一杯です。ですが、本編でモースが更迭されてますので、借金についてはうやむやになって何とかなったんじゃないかなぁ。その後については原作の様に初の女性導師などを目指す事なく一神託の盾(オラクル)兵として一生を終えそうですね。導師守護役(フォンマスターガーディアン)は何年かごとに入れ替えすると言う話ですから、何年後かにはただの神託の盾兵になるでしょうし。あ、でもどうだろう。彼女を気に入ったイオンが強権を発動してしまったら……。

 

 

 ナタリア:原作において自業自得という言葉が似合う人です。アッシュの前で「本物のルークはここにいますのよ」と言ってしまったが為に、「本物のナタリアは既に死んでいるあの子だ」と言われてしまいどうにもならなくなった人。ただ原作ゲームではそこら辺結構ぬるい印象がありますね。ナタリアはなんだかんだ言って陛下と和解してしまうので、原作ルークの本当の苦しみが分からないと言うか。当作品に関しては何だかアッシュより転生ルーク君よりになってしまった様な印象。転生ルーク君が無駄に頑張っちゃって距離が縮まった様な……将来についてはアッシュ次第ですかね。アッシュがナタリアを受け入れるのであればアッシュとくっつくでしょう。アッシュがあくまで「俺はルークじゃねぇ」と言い張れば転生ルーク君とくっつく未来ももしかしたら……。

 

 

 アッシュ:彼に関してはアンチっぽく糾弾したい場面があったのですが、それが分岐点となるアクゼリュスでの話だったので、結局糾弾せずじまいでした。ただ一つ言いたい事があるのなら、アクゼリュスの崩落に間に合わなかったのはてめー自身のせいだろって事ですかね。その後はどうなるか皆目見当もつきません。私が彼の人物像を把握していないからですが、転生ルーク君に負けた後家に戻るのか、それともあくまで反発して家を出るのか。ナタリアを受け入れるのか、受け入れないのか。全く分かりません。彼のその後については読者様の想像にお任せします。

 

 

 サブキャラ:イオン、ミュウ、ギンジ、ノエル、セシルとフリングス、フローリアン。イオンについては序盤に何回か注意したくらいですね。後はダアト式封咒を解く事とレプリカという事が関わってきたくらいでしょうか。ミュウとノエルは原作と違う展開になったので出番が無くなってしまった人物達です。ちなみに私のアビス内好きな人物は1位ルーク、2位ミュウ、3位ノエルです。1位のルークが転生ルークになって存在を消された事を思えば、好きな人物皆消えてますね(汗)どうしてこうなった。ギンジさんは逆に活躍や出番が増えたパターンですね。セシルとフリングスは描写出来ませんでしたが幸せになれたと思います。両国の和平の象徴になったでしょうね。フローリアンはバチカルのファブレ屋敷で幸せに暮らしたと思います。

 

 

 敵方、まずはヴァン:一番最初にゲームをプレイした時はそれなりに信念を持ったゲス野郎という印象でした。ただ後々出された設定でガチの狂人だという事が判明したので、まーいーかとばかりに障気を吸わせて死亡が確定した人物です。本編ではあえて描いていませんが、獄中で障気蝕害(インテルナルオーガン)により死亡する、というのが私の想定です。

 

 リグレット:アビスの登場人物の中では、珍しくはっきり「嫌い」と言える人物です。アビスのテーマの一つが自立だとすると、リグレットはその真逆の人物だと思います。全く自立していない人物。生死に関してはヴァンに準じて決めました。彼女は良くも悪くもヴァンの信奉者なので、ヴァンが生きるのであれば生きるし、ヴァンが死ぬのであれば死ぬだろうな、という考えで死亡する事になりました。ヴァンが生存するのであれば、看病しながら傍に寄り添う。という終わり方もあったかも知れませんね。

 

 シンク、アリエッタ:アビス二次では救済される事の多い二人ですが、私にはこの二人を救済するつもりは全くありませんでした。その証拠に捕まった後はろくに描写してませんからね。描写していないという事は転生ルーク君が関わっていないという事ですから。救済もありません。むしろ救済する二次があまりに多いので救済しない方が差別化されていーか、ぐらいに思ってます。その後については……シンクはアッシュと同じくどうなるか分かりませんね。自由になったらあっさり生きる意味とか見つけて変わりそうな気もするし、世界中を巡ってもからっぽの状態から抜け出せないかもしれないし、分からないですね。アリエッタは、どうなるでしょうね。釈放されてしばらくはイオンの傍にいるかもしれませんが、フローリアン含めて自分のイオン様じゃないと思ってライガクィーンの元に戻る気がします。

 

 ラルゴ:第8話の後書きに書いた事が全てです。あの場面に居合わせたのがリグレットであれシンクであれアッシュであれ、殺せるのならば転生ルーク君は殺していたでしょう。厄介な敵、それ以上でもそれ以下でもありません。ゲームじゃない、現実の生き死にがかかっている戦いなのです。後々ナタリアと触れあいがあるから見逃そう、なんて出来ませんよ。

 

 ディスト:特にどうするかも決めていなかった人物。どーでもいい存在。ただサブイベントのネビリムをやる事にしたので、シェリダンでの決戦で死なずに逃げる事になった。ただそれだけ。

 

 

 人物についてはこんな感じですね。後は物語について、序盤はどこにでもある様なアンチもの、厳しめ系SSだったと思います。中盤以降はヴァンを捕まえた状態で世界を降下させる為に動いたら、というシミュレーションものになっていった様な気がします。終盤はネビリムとの戦闘(戦闘描写はめっちゃ下手くそ)、アッシュとの一騎打ちくらいでしょうか? 見るべき所は。まあ良くも悪くも、良くあるアビス二次になったのではないでしょうか。完結させられたのは素直に嬉しいです。ローレライの解放と消滅預言(ラストジャッジメントスコア)はあえて描写しませんでした。前者は描かなくても簡単に想像できる一場面でしかないから、後者はそれを話に出すとややこしくなるからです。描かなくてもこの世界は消滅預言から外れていくでしょう。原作でローレライが言った様に未来は変わったと思います。

 後書きはこれで終わりです。

 それで、こんな後書きを書いておいてなんですが、IF AFTER というものを書き上げました。正史ではなくあくまでIF もしものAFTERの物語です。ちょっと、いやかなり短いですが良ければ読んでやって下さい。

 

 ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。

 

 



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IF AFTER
IF AFTER 1


 このお話はもしものお話です。正史ではございません。あくまでIFです。


 その城の城主はたいそう気さくで気安い人物だと言う。ほら、今日も……。

 

「おじさん、リンゴ一つちょうだい」

 

「おお、城主様。リンゴなんて一つと言わず二つと言わず持っていきなよ」

 

「いや、一個でいーよ。これお金」

 

 その青年は代金の代わりにリンゴを受け取ると、美味しそうにかじりついた。そのままリンゴを食べ歩きしながら、辺りをきょろきょろと見回して……。

 

「……! ナタリア……?」

 

「久しぶりですわね。『ルーク』いえ、ファブレ子爵」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 俺は城に戻ってナタリアをもてなしていた。急に来るんだもんなー。

 

「評判は聞いていましてよ。キムラスカ、マルクト、ダアト、ケセドニア。全ての場所から人を募っているそうですね」

 

「ん? まーね。ここは荒れ果てた土地だからさ、でもその分商売のチャンスはあると思ったんだ。エンゲーブの農業、セントビナーの薬、シェリダンやベルケンドの職人、ダアトのローレライ教団、片っ端から呼び込んだ。ここに新しい商売の種がありますよーってね」

 

「変わりませんのね」

 

 変わらない、か。他人から自分がどう見えてるかなんてあんまり意識してないけど、一緒に行動してた頃と変わらない風に見えたのかね?

 

「それに、シェリダンとベルケンドに橋を架けましたわね。実際に見てきましたわよ『ルーク橋』」

 

「あっちゃあ、知られてるのか。その名前言うのやめてくれよ。恥ずかしいんだ」

 

「何を言うのですか、領地経営で得た資金を個人名で投資したそうではないですか。立派な事です」

 

「あそこはなー、ベルケンドがファブレ公爵の領地でシェリダンが別の貴族の領地だろう。貴族同士の微妙な力関係があったからなぁ。個人で投資したんだ。橋を架けた理由は……あそこはお互いに技術協力して貰った方がキムラスカの為にも世界の為にも良いと思ったんだよ」

 

「本当に、変わりませんのね。貴方は世界の為にばかり動いていて」

 

「んなこたーないよ。あれをやったのは完全な思いつきだって。……まあ思いつきでついやったらシェリダンの人達にやたら喜ばれて橋に名前を付けられちまったんだが」

 

 俺はそんな世間話もそこそこに、用件について切り出してみる事にした。

 

「それで? 今日はどんな用件でここに?」

 

「…………」

 

「……言いづらい事なのか?」

 

「わたくしの……婚約者の件なのですが」

 

 婚約者? そりゃアッシュだろ? ……え、まさか?

 

「…………」

 

 そこで沈黙するなよ! えーだってナタリアはアッシュが好きだろー。それが何で俺が出てくるんだよ。俺は試しにアッシュの話をしてみる事にした。

 

「アッシュ、いや、『ルーク』はどうしてる?」

 

「王族として、公務に励んでいますわ。ふふ、何でも貴方に対抗して自分もランバルディア至宝勲章を得るのだと張り切っていますわ」

 

 へーそうなのか。公務だけで至宝勲章は無謀だと思うが、あいつらしいっちゃあいつらしいのか。

 

「彼は……わたくしとの婚約に関しては何も仰いませんの」

 

 はあ、それでどうして俺の話になるんだ?

 

「貴方は……わたくしとの事をどう考えていますの?」

 

 はいぃぃ? 俺がどう思ってるか? そんなのナタリアはアッシュの嫁としか思ってなかったよ。それに、俺は君の実の父親(ラルゴ)を殺しているんだ。

 

「いや、前も言った様に俺は生まれた時から自分がレプリカだって自覚があったからさ、プロポーズの言葉も自分でないルークが言った事だって思ってたから。自分はナタリアの婚約者だなんて思った事なかったよ」

 

「…………」

 

 だからそこで沈黙するなよ! アレ? 俺いつのまにそんなフラグ立てたの?

 

「ナタリア、あのさ」

 

「はい」

 

 いや俺もナタリアは嫌いじゃないよ。好きか嫌いかで言えば好きな方だよ。でもそれとこれとは違うだろう。

 

「…………」

 

 もじもじするなよ。言葉を待つなよ。ど、どどどどうすりゃいいんだ!

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 しばらくして、キムラスカにて王女様の結婚式が執り行われたそうです。

その相手の髪の色が朱金だったか真紅だったか、はてさてそれはまた別のお話。

 

 




 突発的に思いついたから書いた。後悔はしてる、反省はしてない。
 リンゴのくだりは原作のあのエピソードを意識しました。二人の再会にちょっとした描写をしたかったので。橋のエピソードは当初入れる予定が無かったのですが、ゲームをプレイしていてそのイベントを発生させたので、突発的に(以下略。


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IF AFTER 2

 このお話はもしものお話です。正史ではございません。あくまでIFです。あと檄短いです。駄文です。




 今日は盛大な結婚式の日。そんな日にこんな顔をしているのは自分だけだろう。いや、あの男も同じ様な顔をしているのかも知れない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 今日はキムラスカ・ランバルディア王国の王女様の結婚式。マルクトやダアト、ケセドニアからも多数の来賓が呼ばれている。自分にも招待状がきた。でも……。

 

(何故私は、ここにいるんだろう)

 

 所在なげな気持ちが抜けない。自分が酷く場違いな存在に思えてならない。街では皆盛り上がっている。国中に愛されている王女様の結婚式だから当たり前と言えば当たり前だ。あの旅を共にした仲間達も彼らの結婚を祝福している。

 

(私も……祝福、しなければ)

 

 そう思うのに体がついていかない。顔がこわばる。何故だろう。素直に喜ぶ事が出来ないでいる。

 

(私は、薄情な人間なのだろうか?)

 

 いいや違う。兵士として感情を殺すのは当然と思っていた。けれど。

 

「ティア、お待たせしました」

 

「あ、いえ、大丈夫ですイオン様」

 

 導師が戻ってきたので慌てて襟を正す。

 

「良かったのですか、挨拶してこなくて?」

 

「はい……」

 

 本来であれば、自分も導師と一緒に挨拶に行くべきだ。その筈だった。

 

「気が……進みませんか」

 

「申し訳ありません」

 

「謝らなくていいのですよ。でも、そうですね。貴方はもっと自分の感情に素直になった方がいいのかも知れません」

 

 自分の感情に? 自分の感情とは一体なんだろう。分からない。何もかもが分からない。

 

「分かりません。何故こんな気持ちなのか」

 

 何故私は素直に二人の事を祝福できないのか。

 

「…………もうすぐ式典です。そろそろ行きましょうか」

 

「……はい」

 

 控え室を出る。そうして式典が始まった。おごそかな、だけれども簡素なその式典は控えめに見ても良いものだった。そしてその中で優れない顔をしているのは自分だけだった。

 

(何故……何故私は)

 

 式典は進む。指輪の交換。花嫁は幸せそうだ。

 

(……あ)

 

 気づいた。唐突に、気づいた。そうか。そうだったのか。

 

(私、は……)

 

「貴方はもっと自分の感情に素直になった方がいいのかも知れません」

 

(そうか、そうだったんだ。私は)

 

 今やっと自分の気持ちに気づけた。でも、全てが遅かった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 式典は終わりを迎えていた。でも自分はこの場所を去りたい気持ちで一杯だった。

 

(早く終わって、終わって欲しい)

 

 こんな気持ちでいる事を申し訳なく思いつつも、とにかく早く終わって欲しかった。その時だ。

 

「それっ」

 

 花嫁がブーケを投げる。それが、ゆっくり、落ちてくる。

 

――次の幸せは、貴方に――

 

 彼女の元に静かに、ブーケが舞い降りた。

 

 




 短すぎだろ! というツッコミとこれはあまりに酷くね? という声を避けつつ後書きです。
 IF 1 と同じくこの話も完全なIF話です。もしもの可能性と思っていただければ幸いです。
 この話で本当にこの作品は終わりです。続きを書くつもりは全くありません。
 ここまでおつきあい頂きありがとうございました。


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