斬れぬものなど全くない (きんつば)
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1話 斬ること

◇注意・この小説には原作と違う点(キャラ、話の流れ、解釈)があります。お気をつけください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所詮、刀など殺しの道具だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからそれにどんな感情を込め、振るったとしても、それの成す意味は変わらない。

それは一つの意味しか存在することはできず、他者から見ても、それは永遠に変わることはない。

 

きっと、そんなもんだ。

 

そして俺は、そんなもんを知っていて、それが綺麗なことじゃないと理解していても、それを振るわずにはいられなかったんだ。

 

それはしょうがないことだと、済ませてしまえたんだ。

 

そんな俺の姿を見て、誰かは滑稽だと笑うだろうか?

愚者の所業だど怒り狂うだろうか?

 

ーー哀れんで、くれるのだろうか?

 

 

…それならそれでいいさ。

 

 

人生なんてもんは何が起こるか分からないもので、真っ直ぐ歩いて来たと思っていても、ふと振り替えって後ろを見ると、道はぐにゃぐにゃに曲がりくねってしまってるものさ。

 

そして今度は前を見ても、一本道ではなくて、途中で何本にも分かれてしまっている。

~につながってます、なんて看板も立てられてなくて、どこに繋がってるかさっぱりだ。

だからめんどくさいと思っちまうのさ。人間は。

 

 

 

その点、刀はいつでも真っ直ぐだ。

 

銀色の刀身は光を反射させ、銀光を瞳に焼き付かす。振るうと風を切り裂き、銀の残像を残す。

 

それは神秘の象徴、魂の輝きのようなものに錯覚させるかもしれない。

 

でも、刀は善くないものだ。

それは赤色に染まるためのものだから。それは恐怖の象徴でもあるのだから。

 

そして、だからこそ、俺はそれが欲しかったんだ。

俺には必要だったんだ。俺の望む願いを叶えるには、それが、どうしても必要だったんだ。

 

ーーもしこの先、俺のこの願いを誰かが間違ってると言っても。その願いの後には何も残らないと断言されても。それでも、弱い俺には、それに頼るしかなかったんだ。

だって、それは何処までも真っ直ぐだったから。

たとえ血に染まって、銀色ではなくなっても。

錆びて、誰一人見向きしなくなっても。

ーーそれは、いつまでも真っ直ぐだったから。

そんな風に、この願いを貫き通したかったから。

 

 

 

 

だから、刀を手に掴んだ。

 

それを振るった。

 

ただ単純な感情だけを刀に込めて、振るい続けた。

 

 

刀に込めた感情なんて簡単さ。それこそ、あくびがでちまうくらい。

 

 

ーーただ、斬ること。

 

 

ーーー刀に込める感情なんて、そんなもんさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、妖夢?」

 

 

庭で刀を振るっている魂魄 妖夢を、この白玉楼の主、西行寺幽々子は呼んだ。

なんてことはない。幽々子が刀の訓練をしている妖夢を呼ぶのは珍しくはない。

「お腹が空いたからごはんを作って~」だの「おやつが無くなっちゃったわ~」だの、気軽に呼び出されるのだ。そんなことで訓練を一時中断される妖夢の気持ちを考えてほしいものである。

しかし、そんなことを指摘することなく、律儀に要望に答える妖夢は、少し自分が甘いのかな?と最近になって思い始めていた。

 

 

まぁ、今日も今日とて要望を聞くため訓練を中断してしまっているが。

 

「…何ですか今日は?幽々子様。」

 

そんな自分の主の幽々子に妖夢は問いかける。料理を作ってほしいのか?おやつの補充か?もしくは呼んでみただけか?彼女ならありうる。

気分屋の自分の主は突然理解できないことをしでかしたりするのだ。何と言い出すか分からない。

刀の訓練をいち早く再開したい妖夢にとっては、時間があまりかかるものではなければいいなぁと淡い期待を抱かずにはいられなかった。

 

「それがね。昨日言い忘れてたことがあるのよ。」

 

と、幽々子は微笑みを浮かべ妖夢に言う。

昨日言い忘れていたこと、ということは料理を作ってほしいでもなく、おやつの補充をしてほしいでもないだろう。では食糧の調達だろうか?

まだ決まったことではないが、少なくとも時間がかかる事の確率がぐんと上がった。

 

少し憂鬱な気分になりながらも妖夢は幽々子の次の言葉を促す。

 

「何でしょうか?幽々子様。食糧の調達でしょうか?」

 

「いや、違うのよ。今日はある御方がこの白玉楼においでになるの」

 

「ある御方?」

 

それは誰だろうか?しかし、ある御方、と自分の主が言うのだから身分が高い、もしくは主の尊敬に値する者なのだろう。

 

「それは何という御方でしょうか?」

 

妖夢がそう幽々子に問うと、幽々子はいつもよりも微笑みを濃く浮かべだした。

 

 

 

あ、これはダメなやつだ。

 

 

 

と、妖夢は長年幽々子に連れ添ってきた経験から悟った。幽々子がいつもより微笑みを濃くし、他者から見ると美しさをより強く思わせるこの表情になると、大抵何か仕出かそうする時なのだ。

 

「だ、誰が来るのですか?」

 

「別に警戒しなくていいわよ。こちらに危害を加えてくるようなことはないから。安心なさい。寧ろこちらのためになる御方なのだから」

 

全然安心などできない。妖夢は冷や汗を浮かべながら幽々子にその答えを促す。

 

「それで…誰なのですか?」

 

鬼が出るか、蛇が出るか。

妖夢は警戒を強くし、主の言葉を待つ。

 

そして幽々子は笑いながら、言う。

 

「ふふ、そうね。その御方の名は伝蔵。貴方のーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー剣の指導をしてくれる方よ」

 

妖夢は体が固まった。それはそれは長く。

自分の刀の指導?本当に?え?と数々の困惑と驚きの言葉が頭の中を駆け巡った。

 

今まで自分は祖父に剣の訓練をしてもらっていたが、祖父が白玉楼の庭師を引退し、自分がそれを引き継いでから一度も誰からの剣の指導などされなかったのだ。しかし今、自分の剣を鍛えてくれる方が来てくれると聞き、妖夢はあたふたと混乱状態に陥ってしまった。

 

どんな方がくるのでしょうか?

 

自分よりは強いでしょうね…!

 

訓練は厳しいでしょうか?

 

まず何と挨拶しましょうか?

 

いや、それよりも今は失礼なくするため、おもてなしの準備をしなくては!

 

善は急げである。妖夢は混乱状態から復活し今はここに来るであろう御方に対しての準備を早々と行うことにした。そしてまずは何をしようかと思考を凝らし始めた。

 

 

そんな妖夢に、幽々子は一言、

 

 

 

「あ、ちなみに来るのはあと数時間後ぐらいだからよろしくね♪」

 

 

 

 

 

 

その日、庭師の滅多にない叫びが白玉楼に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏が景色を彩る。

 

 

風が葉を揺らし、木に引っ付いている蝉の鳴き声が耳に響いてくる。太陽の光は雲に遮られることはなく、陰が存在することなど許さんとばかりに地面を照らし尽くしている。

 

そう、今の季節は夏。夏なのだ。

 

夏ということは暑い。

暑いということはだるい。

この法則が導きだされるのだ。

本当に、夏ってのは嫌になるね。まったく、何が海だよ。何が花火だよ。何が彼女だよ。

 

こっちには、そんなもんねぇよ。

 

 

 

ここは幻想郷。幻想となったものたちが集まって来る場所だ。まぁ簡単に説明すると、忘れられた、もしくは存在を否定されたものが流れ着いてくる場所である。

 

つまり、「強力な化け物などもいてとっても危険な場所なんだ!」という認識で今は理解をたのみたいと思う。そのぐらい大雑把な感じで今は構わない。

 

何故なら、「今」のテーマは夏なのだから。

夏という季節。俺は現在、このテーマについて考えていきたい。

それでは始めよう。ゴホン!

 

夏という幻想がある。

 

人々は夏という幻想にとらわれ、目先の誘惑に負けてしまう。それは太陽の熱を最大まで高めているこの季節の効力のせいだろう。

 

そして、この夏という季節は生物を二種類に分ける。

それは簡単だ。実にシンプル。

 

この季節を楽しめる者と、楽しめない者だ。

 

楽しめるものにとってこの季節は天国のように感じるだろう。

友達と炎天下外に出かけ、スイカを共に食べ。日陰で一休みして談笑し。肝試しでもすれば気になるあの子とペアになって、ハッピーイベントが起こるかもしれない。

 

ああ、素敵ですね。とても微笑ましいよ。

 

だが、だがしかし。

そんなものが存在しない、楽しめない者達にとっては?

 

断言しよう。地獄である。

 

それはそうだろう。このくそ暑い中、遊ぶことなどできない者、黙々と仕事をしなければならない者にとって、夏は苦行といえるものだ。

誰かが遊んだり、青春してるのを横目で確認できてしまい、とても切ない気持ちになる。だって、その人達は仕事してるんだよ?暑いなかだるいのに。汗かいて頑張ってるの。働かなければならない者達は。

 

本当に凄いよね。今、自分が家のなかで麦茶を飲んでのんびりと過ごしていることがどれだけ幸せなことか分かる。

 

本当、手放したくないこの平和。

 

 

 

だから、そんな風に思ってるとき、仕事をしてくれと頼まれたらどう思う?

 

そんなこたぁ誰だってしたくないと思うに決まってる。誰だってそうさ。賭けてもいいね。

 

そうさ。俺は普通の考えに基づいているのさ。だから今、幻想郷の管理人のスキマ妖怪に、

 

「少し、貴方に頼みたい仕事があります。引き受けてくれますわよね?」

 

と言われても、言う言葉は決まってるし、言っても別に咎められたりはしないはずである。

よし、はっきりと言いましょう。

 

 

 

 

 

 

「働きたくないでござる」

 

 

 

 

…さあ覆してみよ。我が鉄の意志を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎が立ち込めるこの猛暑の中、幻想郷の管理人であり、その創設者でもある八雲 紫はある場所に向かって歩いていた。

別に自身の能力を使えば徒歩で来る必要はなく簡単に来れたのだが、彼女は自分の足をつかい目的地を目指している。

そして彼女は今、自身の選択を後悔していた。

「…暑い…わねぇ」

何故自分はこの暑い中徒歩で行こうと唐突に思って、そして行動に移してしまったのか。

 

最初は軽い気持ちであったのだ。たまには景色を見て楽しみながら行くのも悪くないかな?というポジティブな考えであった。

しかし、楽しかったのは最初のうちだけである。

 

 

凄く暑い。

 

 

当然と言えば当然の事だが、今の季節は夏だ。

少々この季節を甘くみていたと後々になり酷く痛感した。蝉の鳴き声が頭にガンガンと響くし、何より汗が止まらない。

 

途中でもうスキマ使おうと何度も思ったが、自身の決めたことをすぐに変えるのは、自身に対して甘いのでは?意志というものは貫き通なければいけないのでは?という謎の概念にとらわれて現在歩き続けているのである。

 

しかし、それもそろそろ終わる。もうすぐ目的地に着くからだ。

 

今、八雲 紫が目指している場所は村から離れぽつんと建てられている小さな一軒家だ。彼女はそこに住んでいるある人物に用があった。

 

その人物の名は伝蔵。

 

彼の名は特別有名という訳ではない。いや、知らない者のほうが圧倒的に多いだろう。だが、八雲 紫はその伝蔵について聞かれたら自信をもって言えることがある。

 

 

 

彼は幻想郷一の剣豪である、と。

 

 

 

彼は妖怪であるが妖力は極端に少ない。そして彼は強力な能力を秘めているわけでもない。しかし、それでも彼は一番の剣士と言えるわけがある。それは、

 

斬れない物が何一つとして存在しないからだ。

 

彼はただの刀で何でも斬る。

 

大木でも、大岩であっても、鉄の塊でも、妖力などを全く使わずに斬ることが出来てしまう。

始めにそれを目の当たりにしたときは能力によって行われたものだと思ったが、彼が言うにはただ刀を振っただけらしいのでひどく驚いたものだ。

 

だからこそ、白玉楼の庭師の剣を鍛える者として丁度いいと思ったのだ。

彼は単純に剣技のみを極めた者だ。ならばたとえ教える者が誰であろうと、剣の技量が確実にあがるはずである。

 

 

しかし、何故白玉楼の庭師の剣を鍛えることになったのか。それは紫の友である西行寺幽々子と雑談をしていた時のことであった。

紫は雑談をしているとき幽々子に、困っていることはないか?と尋ねた。それはどんなときでも微笑みを絶やすことはない自分の友人に、悩んでいることなど存在するのかとちょっとした好奇心からした質問だ。

すると幽々子は、

 

「う~ん。困っていることはないけど、心配してることはあるわ」

 

と言ったのだ。ではその心配していることは何か?と再度尋ねると幽々子は、白玉楼の庭師である妖夢の剣の訓練方法が心配だと答えたのだ。

 

幽々子が言うには、妖夢は自分の祖父である妖忌の教えを忠実に守っており、毎日訓練に熱心に励んでいる。しかし、その訓練方法は昔に教えられたもので今ではその方法では半人前から脱出することは出来ないのではないか?という懸念らしい。

 

確かにそうかもしれない、と紫は思った。何故そう思ったのか。それは半人半霊である魂魄 妖夢はそれこそ身体的な能力は常人より高いが、剣の技量では祖父の妖忌と比べると遥かに劣ったもののように見えたからだ。

それなら祖父の妖忌に鍛えなおして貰えばよいのでは?と思った紫であったがそれは言葉に出さず考えを改める。

そんなことは幽々子だって始めに思いついたことだろう。だがそうしないということは、断られた、もしくは妖忌ではだめな理由があるのだ。だからこそそれ以外の案が見つからず、幽々子は妖夢のことを心配に思ってしまうのだ。

 

ではどうすればよいか?と考え始めると紫はすぐにその答えを見つけた。

幻想郷一の剣豪と言える伝蔵に師事して貰えばよいのだと。

彼は妖夢の祖父の妖忌と比べると身体能力は低いが、剣の技量では妖忌の上だと言うことが出来る者だった。

そして今必要としていることは身体能力の向上ではなく剣の極め方。これほど適任な者はいないだろう。

 

紫は自分の考えを幽々子に伝えた。すると幽々子もその考えに賛同してくれた。その御方なら大丈夫だろうと。

 

そのようなことがあって紫は今伝蔵の家に向かっているのだ。

 

「…あと…少し…」

 

もう家の全貌がはっきりと分かる位置まではきている。着いたら先ずは家の中に上がらせてもらい、冷たいお茶の一杯でも貰おうと紫は考えながら伝蔵の家に歩を進めた。

そしてやっとのこと家に着くと玄関の戸を開け、

 

「伝蔵ー。いるー?」

 

と、この家の住人の有無を確認するために声を少し大きくし呼び掛けた。別に伝蔵とは親しくないわけではない。むしろ仲が良いほどだ。だからこのように気安い感じで

名を呼んでも構わない。

 

「…えー…いますよー」

 

奥から返答が聞こえた。なんか歓迎されていない感じだが、別に構わないだろう。

 

「上がらせて貰うわねー」

 

音をたてながら廊下を進む。そして伝蔵がいるこの家の居間へとつき、腰を降ろした。

 

彼の姿はいつもと変わらなかった。

小麦色に焼けた肌に、黒く短めに切られた髪。黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣。

 

この男が伝蔵。

彼こそが幻想郷一の剣豪である。

 

 

 

 

 

「…で、何か用なの?」

 

彼は開口一番私が訪ねてきた理由を聞いてきた。しかし、私はその問いにすぐ答えることはしなかった。

 

「その前に何か飲み物をくださいませんか?暑くて暑くて、もう死にそうです。」

とにかく今は水分を取ることを優先したい。私は我慢せずに自分の要望を伝える。

 

「…へいへい。わかりましたよ」

 

「出来るだけ冷たいのでね」

 

いかにもめんどくさいといったような足どりで、彼は部屋から出ていった

こんないい加減そうな態度の者が幻想郷一の剣豪だというのだから世の中はわからないものだ。剣士というのはもっとこう、威厳があるというか、いかにも強いと見ただけで認識させられる者だと思うのだが。

 

彼は確かに剣において幻想郷一だ。

だが、強者には必ずある圧倒的な存在感というものが感じられない。普通は少しでも感じるものなのだが。それは保有妖力の関係上なのかもしれない。深く考えてもわからないだろう。

それに、それは良いところでもあるのだ。

彼に圧倒的な存在感はないが、逆にそのおかげで人妖関係なく接っせられる。

そしてすぐに友好な関係を築くことが出来るのだ。これはこの幻想郷において最も好まれるものだ。実に素晴らしい。

 

…人妖どっちにもなめられているだけかもしれないが。

 

「ほれ。麦茶だ」

 

そうこう考えているうちに彼が戻ってきて飲み物をくれた。ありがとう、といって湯飲みを受けとる。中身は澄んだ茶色のお茶だった。

 

「…私は緑茶が良かったんだけど」

 

「麦茶のほうがお茶って感じがするじゃないか」

 

頼んだこっちが文句をいうものではないな。私は麦茶を少しだけ飲み、早速用件を伝えることにした。

お互い机ごしに顔を見合せた状態で言う。

 

「少し、貴方に頼みたい仕事があります。引き受けてくれますわよね?」

 

すぐに返答がこない。彼は頭上を見上げたまま静止していた。そして数十秒後、真剣な表情の顔をこちらに向けて一言。

 

 

 

 

 

 

「働きたくないでござる」

 

「内容ぐらい聞きなさい」

 

その気持ちも分からなくはない。自分の身をもって感じたことだ。今日はとても熱い。

この熱いなか仕事をしたくないのはよく分かる。だが、そんなことは関係ない。

 

「白玉楼にいる庭師に剣を教えて欲しいのよ」

 

私は彼に詳しいことを伝えた。庭師の実力が足りないこと、庭師の主がそれを心配に思っていることなどだ。

彼はそれを聞いてしばし黙りこんだ後、こう言った。

 

「大丈夫大丈夫。剣なんていうのはな、人それぞれだし。ほら、言うだろ?みんな違ってみんな良いって。そんなもんそんなもん。逆に、自分を信じろ!って言ってやりなさいな。とにかく、俺は働かない。」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもこうしても」

 

…じゃあ、仕方ない

 

「じゃあ仕方ないわね。…いってらっしゃい」

 

私は説得はしなかった。熱いなか頭を働かせたくないのもあったが、何より彼の意志がかなり強いものだと感じたからだ。

それにこっちには便利なスキマがある。強制的に行かせて後はのんびりしよう。

能力を使い彼の足下にスキマを開かせる。

そして、彼を白玉楼に向かわせた

 

 

 

 

 

ーーはずだった。

 

「ーーーなっ」

 

彼は自らの右手を目の前の机に置き、それを支えにする形で私の背後に前宙してスキマを回避したのだ。

その行動は刹那の閃きからか、それとも彼のこれまでの経験から培われたものだったのか。

伝蔵のそれは自らの判断を越えて、反射の域で行われたように思われた。

 

「…言わなかったか?」

 

唖然としている私に対して、伝蔵は言う。

 

「俺はこう言ったんだぜ、八雲紫。……働かないって」

 

伝蔵は畳みに方膝をつけたまま、こちらを見据えて、そう言った。

その姿は絶対的強者の風格を漂わせており、此方を見る瞳からは確固たる決意を感じることができた。

しかし、だとしても、そんな感情論で避けることは不可能だ。いったいどうしてーーー

 

「…どうして、避けることが出来たのかしら?」

 

「理由なんてないさ」

 

伝蔵は私を真っ直ぐに見て言葉を紡ぐ。

 

「どんな言葉を飾ったって、どんな言い訳をしたって、お前が俺を無理矢理に働かせようとしているのはわかってた。理由なんてない。でも、分かったんだ。だからスキマに吸い込まれる前に回避することが出来た。それだけさ。」

 

「…そう。だったら、何度でもーーー」

 

「まぁ、何度でもやるよな。……でも」

 

彼は私の言葉を聞き笑っていた。そんなことはどうでもいいというように、そんなことは些細なこととでもいうように。

そして、彼は自分の重心を後ろに向け、言う。

 

「今の俺を、お前は絶対に捕まえられないよ」

 

そう、断言した。

それはもう決まっているこ

 

とだと。覆らないことだと、彼は言っている。

そこまでの決意、覚悟。

だったら私もそれ相応のものを持ち、立ち向かわなくてはならない。

 

「いいでしょう。」

 

私はスキマから自分の扇子を取りだし、口元を隠しながら彼の瞳を射抜く。

 

「これから行うのは一つの戦争。どちらが勝っても、恨みごとなどは言わないようにお願いしますわ」

 

そして、彼と私の戦いの火蓋が落ちるーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終的に私は勝ったには勝ったが、その時の言動を思い浮かべ恥ずかしさに悶えてしまうのはまた別の話だ…

 

 

 

 

 



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2話 出会うこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和の心って大事だと思うんだ。

 

 

 

 

 

なんじゃそりゃと言う人もいるだろう。確かに、一概に和の心と言っても人によっては解釈の仕方に違いがあるし、その言葉自体を知らない人もいる。結論を言ってしまうと、分かりづらいからもっと分かりやすくしろやボケということになってしまうわけだ。

だから、俺にとっての和の心の捉え方を説明したいと思う。俺にとっての和の心というのはつまり、おもてなしの気持ち、その態度だと思う。

初対面の人に対しどれだけ礼儀を尽くすことが出来るか、よく知らない相手にどれだけ配慮することが出来るのか。ここがポイントである。

……でも、結構こういうところで人間性ってわかると思うんですよ。なんていうの?こう、「我に対して敬意をはらえ」とかいきなり言ってくるやつと、「私は◯◯と申します。貴方の名前を聞かせて貰っても構いませんでしょうか?」と言ってくる人では断然後者と仲良くしていきたいと思うはずである。敬意?そんなこと言ってくる奴に払えるのかと。

 

そして、俺はそういう所でこれから仲良くしていくかどうかをはっきりと決めてしまうタイプだ。そんな俺のことを器が小さいと思うだろう。心が狭いと思うだろう。でもさ、もし現実で、「気に入った。お前、オレの仲間になれ!」的な発言をしてくるやつはその後に(強制)が絶対付くんだよ。もうね、お前は大物だと、いつの時代の王を目指してるのかと。

 

でも、今俺の話を聞いて疑問に思っている人もいるだろう。「あれ、わざわざ和の心って言う必要なくね?単純に礼儀正しくしてる奴が好きだって言えばよくね?」と。

 

まさにその通りである。

だが、俺が何故わざわざ和の心と言ったのか、それにはしっかりとした理由がある。それは、

 

「ようこそ白玉楼にいらっしゃいました。私は白玉楼の主、西行寺 幽々子と申します。ここまでの道のりはさぞ大変だったことでしょう。屋敷に御上がりになって少しお休みください 」

 

こ、これがモノホンの大和撫子やでぇ……!

 

それは今目の前にいる、西行寺 幽々子が原因であった。

これはやばいね。何て言うのかな?大和撫子度が凄い。佇まいから雰囲気、何から何まで非がない。まさしく大和撫子である。

 

まぁ髪の色が桃色なのが少し西洋風に感じるが(西洋でもそれはない)、それすら覆ってしまうほど和として完成された存在のように思える。

日本よ、これが大和撫子だって具合である。

なんだいなんだい。紫ちゃんってば最初から目の前の彼女の話をしてくれたら無駄な抵抗はしなかったのに。ハッハッハ。

……でもね、 幽々子さん。僕は ただスキマに吸い込まれただけなんすよ。だから、なんかその優しさが心に刺さるというか、なんというか、とても申し訳ないっす。

 

そして、 幽々子さんに促され白玉楼の屋敷の中を進んでいく。かなり広い屋敷だ。この建物だけでなく、今歩いている廊下からはとても広い庭を見ることができた。整備もしっかりされているようで、感心してしまう。全く、あんなに広い庭を掃除するのは大変だろうに。よく取り組めるものだ。

そう思うと同時に、俺はここに来た目的を思い出した。

あれ?紫は俺に白玉楼の庭師に剣を教えるようにって言われたんだっけ……あの庭を見るかぎり、立派な人格をした御方ではありませんかね?俺よりきっと凄い奴だよね。俺、場違いな感じがするよ。申し訳ないよ。

……落ち着け、よく考えろ俺。あんなに立派な庭が一人で整備して出来るわけがないだろ?そうだよ。これは絶対に一人で出来る事じゃない。これは、この庭はきっとたくさんの人たちの手によって作られたものなんだ。そう、これは白玉楼の庭師というチームの力なんだ!

危なかった……そうだよ、俺はいつの間にか白玉楼の庭師は一人と言う先入観にとらわれていた。これじゃダメだ。飲み込まれるんじゃない。こういうとき、先に慌てた方が負けなのよね理論だ!

 

「おお、これは立派な庭ですね。幽々子さん。」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

よし、安心するためにこの考えを確信に変えよう。心に安定を、信頼を、やすらぎを……

 

「この庭は何人の方によって整備されているのですか?」

 

「一人ですよ」

 

………え?

 

「またまたご冗談を~」

 

「いいえ、事実で……いや、正確には一人というより0.5人ですねぇ」

 

いやいやいやいやいや、つまりどういうことだってばよ?!

 

「は、はっはっは。それは愉快な光景でしょう」

 

「ええ。あの子は0.5人でよく働くけど、もう0.5人分の霊もよく働くところは見ていておもしろいわ」

 

お、おい。何が起きてるんだこの白玉楼に。いや、これはもしかしたら幽々子語なのかもしれない……誰かぁー!通訳の人を呼んでぇー!!

 

 

「では、この部屋にてお待ちください。今から伝蔵様に剣を教えていただく者を連れて参りますので」

 

そうこうしてるうちに、俺は一つの部屋へと案内されていた。

 

「はい!承知しました!待たせていただきます!」

 

幽々子さんは俺の様子を見て笑みをこぼし、この部屋を出ていった。そして俺は自分だけとなったこの部屋で心を落ち着かせることにつとめる。

 

ーーヤバイぞ、俺。余裕がなくなってる。さっきの幽々子語のせいもあるがそれだけじゃない。

だって、俺今回、教える奴に「大事なのはこれ(刀)じゃねぇ、ここ(心)だ」って言ってやりゃいいと思ってたもん。そう言って帰ろうと思ってたもん。でも、明らかに俺が教える奴は聖人君子的な奴だよ。一瞬で看破されるよ。…あれ、でもその聖人君子は0.5人でよく働いてでもそれは霊で庭師で……あぁぁぁあああ!!!

 

 

 

 

 

ああ、どうしようかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

二つの刀を畳みの上に置き、正座。

精神を集中させる。

 

これは私が毎日行っている日課だ。

剣を振るうとき大事なのは剣ではなく、己自身だと祖父は私に言った。

それから、この訓練を毎日するようになった。祖父が指示した時に行うこの訓練。でも、今では暇な時間を見つけてはそれをするようにつとめている。

ーー私はまだ弱い。半人前である。だからこそ、私は少しの時間でも訓練に励み、強くならなくてはいけない。一日でも早く、一人前になるために。

 

「妖夢。伝蔵様が来られたわ。いらっしゃい」

 

幽々子様が私を呼んだ。畳みに置いた二つの剣、楼観剣と白楼剣を手に取る。

さて、伝蔵と言う御方はどんな者なのだろうか。 幽々子様は幻想郷一の剣士だと私に教えてくれた。だが、どのように私に剣を教えてくれるのだろう。

厳しくてもいい、辛くてもいい。私が早く強くなれるのなら、それは構わない。

私はそう、強く覚悟を決めた。

 

そして、伝蔵様が居られるであろう部屋へと歩を進める。一歩一歩、確実に近づいていく。

前を歩いていた幽々子様が歩くのを止め、ある部屋に向かい合った。この部屋なのだろう。

 

「妖夢。いいわね?」

 

私は一回だけ深呼吸をする。そしてーー

 

「覚悟は出来ました」

 

私がそう言うと幽々子様は部屋の障子に手をかけ、開いた。

その部屋に入り、指導してくれるであろう御方を私は見た。

 

小麦色に焼けた肌に、黒く短めに切られた髪。黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣。 この部屋に平然と座りながら、入ってきた私をじっと見つめている。

きっと私がどれ程の力量かを推測しているのだろう。

 

沈黙が部屋を支配する。誰もが声を出すのを躊躇う緊張感。そして、第一声に

 

「…………あれ、予想してたのと違う」

 

そんなことを伝蔵様は言った。

 

……あの、私も予想してた反応と違うんですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イケメンの出来る奴の聖人君子風の聖人君子の0.5人の庭師を予想してたら普通に女の子供が来ました。

 

「…… 幽々子さん、つかぬことをお聞きしますが………彼女ですか?剣を学びたいというのは」

 

「はい。そうでございますよ」

 

 

あっれー何これ。予想してたの大分違うんですけど、聖人君子でも0.5人でもないんですけど。普通の女の子なんですけど。

 

「……確かに私は未熟ですが……そんなにはっきり言わなくても……」

 

 

そう言い、落ち込んでいる女の子の様子は剣を扱うようにはとても見えなかった。

単純に普通の一般人の雰囲気を醸し出している。

 

この子が剣ねぇ……?

 

しかし、俺は自分の考えを即座に改める。

いや、これはよくあるパターンのやつだ。きっとこれは、私弱いです、と謙遜しつつ虎視眈々と相手の弱みに漬け込んでいこうという、手段を選ばずに勝ちにこだわるタイプの強者なんだ。

 

そう考えると、……ヤバい、何て奴だこの少女。この若さで戦いというものを熟知してやがる。

 

でも、そう考えると紫が何故俺にこの少女を任せたか納得できる。

俺にしっかりとした奴を押し付けても、俺は誰にも剣を教えたことがなく、結果として教え方が下手だから大して成長しない。でも、この少女は違う。この少女はもうすでに、何をしても勝つという一種の使命感にとらわれているんだ。だから、俺が何を言ってもそれが勝つために正しいことだと疑わない。故に、自分なりに創意工夫し、俺の教え以上の結果を叩き出す。

だが問題はこれからだ。急速的な速さで力を手にしたこの少女はどうする?

 

………考えたくはないが、きっと少女は破滅の道へと進んでしまうだろう。

 

だから紫はこう考えたんだ。ただ斬ることに特化した俺なら、相手の強さなど関係ない。少女が危険だと判断したら、即座に切り捨てることが出来る俺を側に潜ませて置こうと……

 

 

でもな、紫。そんなことはさせない。

俺がこの少女に剣を教えるとともに、しっかりとした本当の剣士に育ててみせるから。

紫も俺なら出来ると思ったんだろ?確かにこの少女が成長した力は幻想郷には欲しいよな。でも、それが逆に幻想郷にとっての悪になるようなことは認められない。

だから紫はもしもの時のためと、少女を正しく導くための両方の役割を俺に与えたんだ。

クッ、何だよ紫。お前めっちゃいい奴じゃんか。だから、お前は俺をあんなに必死に白玉楼に送りたかったのか。

……ごめんな。察せなくて。でも、もう大丈夫だ。もう、俺のやるべきことは分かったから……

 

 

 

 

「ーーー少女、お前の名は?」

 

突然、目の前の伝蔵様の雰囲気が変わった。それは確かに一流と言えるような、そんな、強者の威圧感を出していた。

これが、幻想郷一と言われる剣士の力……!

今までの私の彼に対する評価を改めなくてはいけない。さっきまで私は、本当に強いのか?と、疑問を持っていた。だって、さっきまでは強大な妖力など感じず、振るまい方も普通としか思えなかったからだ。

でも、今は違う。妖力がなくともこの、圧倒的存在感。彼が、彼こそが、私に剣を教えてくれる、一流の剣士ーー!

 

「わ、私の名は 魂魄 妖夢と言います 」

 

私はいつもより緊張感を感じ、だがいつもより喜びを感じながら自分の名前を言った。そして、それを聞き、彼は小さく笑みを浮かべながら言う。

 

「ーー妖夢、俺の名前の後に様はいらない。別に呼び捨てでもいい。俺とお前はただ剣を教えるか、教えられるかの違いしかないからだ。ーーだが、忘れるな。剣とは斬るためにしか存在せず、何を斬るのかは剣ではなく、己で決めるのだということをーー」

 

 

「ーーっはい!」

 

「フッ、いい返事だ」

 

 

そして、私は確信した。伝蔵様、いや、伝蔵さんに剣を学べば、絶対に、間違いなく、私は強くなれるとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、スキマ妖怪は一人で麦茶を飲みながら一言。

 

「伝蔵、頭が弱いから心配ねぇ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話 教えること(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間について考えてみた。

 

 

 

 

 

人間とは頭の良い生き物。

 

自分達より強い動物を仕留めることができるし、一方的に虐殺だってすることだってできる。そして、してしまう。

それは自然界の真理。咎められるようなことなどない。そういうふうに成り立っているから。成り立ってしまうから。

だから、

別に自分達が殺されても文句は言えないはずだ。

別に殺されて食われてもしょうがないはずだ。

別に娯楽として殺されても割りきれるはずだ。

 

だって、そういうものなんだから。

そうやって、人間だって生きてきたんだから。

 

 

 

 

ーーでも、俺は許せなかった。

別に奴らが間違ったことをしてるとは微塵も思わなかった。世の中は弱肉強食だということだって知っていたし、自分達だって同じようなことをしているから。だから、奴らが間違っているとは、俺は少しも思わなかった。

 

ーーーでも、やっぱり俺も人間だったからさ。

人間だったから、同じ人間達が殺されて、動かなくなった姿を見たら悲しかったし、何で殺したんだと叫んだし、生きる気力がなくなって、ただ空だけをみる案山子に成り果てたりもした。何も感じなくなって、青い空が何処までも憎く思えてしまうようになってしまった。

そして、そうなってしまったら、もう、人間ってのはさ、一つのことしか考えられなくなるんだよ。いや、もしかしたらそれは、すべての生物に通じるのかもしれないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーああ、あいつらも同じ目に遭わせてやる、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、妖夢よ。これから訓練を開始する」

 

「はい!」

 

俺は今、白玉楼にて妖夢の訓練を開始しようとしている。

俺が妖夢を正しい道に導くと決心してから次の日、早速訓練を始めようということになった。でも、最初なんでね。軽く妖夢ちゃんの力量を、最初は見極めるようにつとめようと思うでござる。

 

「じゃあ、まず白玉楼の周り50週」

 

「え?」

 

「ああ、もちろん妖力とか使うなよ?自分の足でしっかりと走ってこい」

 

妖夢が本気ですか、というような驚愕の表情を顔に浮かべる。もちろん、本気と書いてマジと読むくらい本気である。

 

まぁ俺も白玉楼の周りを50週も妖夢ちゃんが走れるとは思わない。むしろ走れない、という前提で行うのがこの訓練である。

この訓練の狙いとして、とりあえずはどれくらい体力があるのかということと、どれ程の根性で取り組むことが出来るのかということ。この二つを、この、伝蔵式訓練法・体力編(偽)で調べるというわけである。

…さあ、妖夢ちゃんのガッツを俺に見せてくれ。

 

「……わかりました!では行ってきます!」

 

「おう。あ、ちなみに2時間以内なーーって、ちょっと待て」

 

「?他にも何かあるのでしょうか」

 

「いや、さっきから気になってたんだが、…妖夢の周りをふよふよ漂ってる霊魂はなんだ?」

 

白玉楼には霊魂がたくさん漂ってるからさ、別に霊魂自体は珍しくないんだけど。何かあれだけ妖夢ちゃんのとこにいるんだよね。なに?とりつかれてるの?呪われてるの?

 

「えっと、これは私の半霊です」

 

…ハンレイ?ただの幽霊じゃなくて?いや、ハンレイっていう幽霊の中の種類なのか?

うーん、わからんなぁ。…あっ、そうか。妖夢ちゃんは私のハンレイって言ってたよな。ということはあの霊だけは妖夢ちゃんにとって特別……つまり、ペットとかそんな感じか?ではハンレイっていうのはあの霊の名前か。成る程、だからあの霊魂はご主人様である妖夢ちゃんといつも一緒なのか。

 

「成る程。すまないな、引き留めてしまって。では行ってこい」

 

「はい!わかりました!」

 

そうかー、この白玉楼では霊魂をペットに出来るのかー………って、

 

「ちょっと戻ってこーい!」

 

「ええー!?はい、わかりましたー!…で、他に何か?」

 

「いや、その、ハンレイと一緒に走るのか?」

 

何かハンレイも一緒にランニングについていっちゃってるんだが。…いやいや、走るときぐらい、ついていかせなくてもよくね?

ハンレイだって生きてるんだよ?……いや、死んでるからハンレイ。で、でも!ハンレイだって意思があるはずだよね!?だってあんなに元気よく妖夢ちゃんの周りぐるぐるしてるんだもん!何かしらの意識はあるに決まってる!だったら、50週もの苦行な挑戦を一緒に行う必要なんてないんだよ!俺だったら「イジメですか?」って真顔で問いかけるもの!!だから、だから……!

そんな俺の思いとは裏腹に、妖夢ははっきりとした声で、言った。

 

「はい!だって私と半霊はーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一心同体なんですから!!」

 

そう元気いっぱいに声を出し、妖夢ちゃんは言った。言いきった。俺はその言葉から、妖夢ちゃんの伝えたいことをしっかりと認識することができた。

…そうか、もう、妖夢ちゃんとハンレイの間には立派な絆が出来ているのか。それも友達同様、家族にだって負けないぐらいの。…そうだよな。もし、ハンレイだって嫌だったら何らかのアクションを起こすはずだ。だって、嫌なことは嫌だって言える、そういう、固い絆で結ばれているんだから。

だったら俺が言うことは何もない。この伝蔵式訓練法・体力編(笑)だって、きっと、二人なら乗り越えていけるだろうよ。

 

「ーーそうか。すまないな、つまらないこと聞いちまって」

 

「は、はぁ。」

 

「よし、じゃあ今度こそ行ってこいーーーハンレイと一緒に、な」

 

「はい!では行ってきます!」

 

フッ、もしかしたら俺が妖夢ちゃんを正しい道に導けなくても、ハンレイなら、あるいはーーー

 

 

 

 

 

ーー2時間後

 

 

 

 

「ハァ、ハァ」

 

これで、37週目……あれ?この子めちゃくちゃ速いんですけど?おい、誰だよ走りきれないとか言った奴。このままじゃ完走しちゃうよ?

ま、まぁ?流石に時間も時間なんで?もう次の訓練に移ることにしますけど?べっ、別に悔しくなんかないんだから!

 

「よし、妖夢。もうやめていいぞ」

 

「ハァ、ハァ、でも、まだ、走りきって、ません」

 

「いや、初めてにしては上出来だ。次の訓練に移る。その前に少し休んでおけ」

 

「…では、そうさせていただきます」

 

そう言って妖夢は走るのをやめ、白玉楼の中に入っていった。

ふむ。体力、根性共に十分あるな。なら、もう本格的な訓練に入るか。もっとも、これが最後の訓練。そして、これは訓練とは言えないがーー

 

 

……

 

 

「それでは、次の訓練を始める」

 

「はい!」

 

さっきからこの子いい返事するよね。いやーされた方もすごくいい気分になるからとても嬉しいことです。

こんな元気な子、俺の周りには今までいなかったから、なんか新鮮だな。いつも俺の周りには人の家に勝手に入る程度の能力の持ち主とか、いい年してお人形に全力を尽くす魔法使いとか、右腕に包帯をぐるぐる巻きにして「中二病ですか?」ってツッコミ待ちしてるような奴しかいなかったからね。本当、普通な子が知り合いになって良かった……

 

だが、だからこそ俺は次の訓練のことを言いづらいと感じていた。こんなにやる気に満ちあふれている子にこの訓練はさせたくなかった。

…実は昨夜、あのまま白玉楼に泊まらせていただいたわけなんだが、その時俺は自分がどうやって剣を学んだかな~と過去を振り返ってみたんだ。

そしたらなんと…

 

あれ?俺、ただ剣振ってただけだよね?…という結論に行き着いたのだ。

 

…これはまずい。だって、だいだい教える方は自分がこうやったから強くなれたとか、自分のあのやり方は悪かったからそこを改善して教えよう、とかそういう、「経験」をもとにして指導するものなのだ。

逆に俺が、自分のそのままの「けいけん(笑)」を言って教えても、は?なに言ってんのコイツ?となるわけである。

それに俺は実践などは感覚でやるタイプだ。だから実践に関しても「考えるな…感じろ」としか言えないのである。くそ、どうすればいい?と苦悩に苦悩を重ねて一晩を過ごした。そして、解決策を思いつくことはなかった。

なので、俺は教えるのを諦めた。

 

だがら、妖夢には俺の代名詞とも言えるものを、幻想郷一と紫がいう由縁のものを、教えなくして会得してもらうことにした。

つまり、見て覚えてくれませんか?戦法である。

 

 

「よし、じゃあこの二つの大岩に注目してくれ」

 

「…あれ?こんなの白玉楼にありましたっけ」

 

「いや、なかっただろう。これは俺が紫に頼んで運んでもらったものだ」

 

俺は自分が教えられないと知るやいなや、早速この全長8メートル以上ある大岩を紫に運んでもらうよう手配した。…もう、俺にはこれぐらいしかないよ!ただ、斬ることしかできないよ!

 

 

「いいか、妖夢」

 

「は、はい」

 

 

ごめんな。ほんっとーにごめんな。こんなことしか出来なくて。でも、俺は妖夢ちゃんなら出来るって信じてるから!信じれば救われますよね。きっと。そして、紫に「やはり天才か……」っ言わせてやってくださいよー!

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前にはこの岩を斬ってもらう。勿論、妖力などを抜きにして…真っ二つに」

 

 

 

 

…言っちゃった。もう、あと戻りはできへん。

 

 

 

 

 

 

 



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4話 教えること(後編)

 

 

 

 

 

静寂が場を支配する。

 

周りから聞こえる音はすべて気にならなくなり、目の前の物、自分よりも何倍も大きいこの大岩を切るために刀を構え、集中する。

しかし妖力などを使わない、使わずに切る。だが、もし妖力を込めても切れるかどうか。いや、きっと切ることは出来ないだろう。この岩の前に立って、改めてこの岩は巨大だと強く感じた。

 

この岩を切ることは不可能だ。これは岩を切れるという前提から始まっている。だから切れないことはないと思うのだが、それは現実的に考えて、もっと小さい岩のはずだ。まず、刀と岩の大きさからあっていない。切ったとしても岩の断面積の長さと刀の全長が違うのだ。刀の長さが圧倒的に足りない。これでどうやって切れと言うのだろうか。

理論がわからない。理屈があるはずがない。きっと、もしそれが出来てしまったのなら、それはこの世の決まりごとを、ルールを無視している。

 

極め付きに、それをただの腕力のみで、だ。

不可能だ。まず刀の刃が岩に食い込まない。妖力で何も強化していない刀では、確実に弾かれる、もしくは刀自体が岩の硬度に負けて、折れてしまう。なぜ、初めから無理だとわかっていることを実行しなくてはならないのだろう。

 

妖夢は刀を構えながらそう思っていた。

これは不可能だ、自分では無理だと。

自分は伝蔵ではない。伝蔵が出来ると言っているのだから彼は実際に出来るのだろう。だが、それは彼だからこそだ。

自分みたいな半人前、いや、自分以外の剣士だってそんなことは出来ないと断言出来る。そんなことは選ばれた者のみの特権だろう。この世界には確実に才能、というものが存在する。たとえ自分が出来るからといって、それが絶対相手にも出来るなどということはない。それは世界に生まれたときに決められたことだ。努力云々の話ではないのだ。

 

だが、自分に、「この大岩を切れ」と言っているのだ。切ることは出来ないだろうが、全力で取り組もう。

妖夢はそう思い直し、抜刀した、

 

ーーその抜刀した刀の速度は速い。

普段と比べると妖力を込めていない分速度は劣っているが、同じ剣士にこの速さで刀を振れと言われても実行に移せるものはそういないだろう。それほどまでの速さ。それは妖夢が今までどれだけ剣の訓練を欠かさず行ってきたのかがわかるものだ。

しかし、その刀が立ち向かうのは巨大な大岩。もちろん、その刃は岩に少しも食い込むことなくーー

 

「くっ!」

 

妖夢の声と共に岩に弾かれた。

 

妖夢はやっぱりな、と自分の思っていた通りの結果を見てそう思った。やはりいきなりこの岩を切れといわれても無理なのだ。それも、妖力無しで。いや、きっと自分では不可能なことだったのだ。だから、別にこれはしょうがないこと。あたりまえのことだ。

 

 

「すみません。やっぱり無理でしたーーー」

 

 

まぁ伝蔵は自分みたいな半人前が出来るとは思っていないだろう。別に予想通りの結果だと思ってーー

 

「……妖夢、お前、初めから斬れると思ってやったのか?」

 

しかし、伝蔵は妖夢のその結果を見て、責めるような口調でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イカン、イカンですよこれは。

 

俺は妖夢のさっきの行いについて不満を持っていた。

まぁ流石に成功はしないだろうとは思ってたよ?でもさ、あれはダメだと思うんだ。

俺が不満を持ったのは妖夢の岩を切るときの剣の軌跡だ。確かにあの剣には速さが十分にあった。確かにあの剣には力強さが十分にあった。

だが、あの剣が描いた軌跡からは、「斬る」という意志を微塵も感じることが出来なかった。

 

それは、「もう斬れない」という運命を暗示していた。

 

それじゃあダメなのだ。自分が斬れないと思っていたらダメ。そう思ってしまうと絶対そうなってしまう。

 

俺の剣とはそういうもの。

 

絶対斬れないだろう。

絶対理論上不可能だろう。

絶対真っ二つにはならないだろう。

絶対刃は弾かれるだろう。

それらを理解し、納得した上で、

 

自分は斬れる、と思わなくてはならないのだ。

でないと確実に斬ることは出来ない。

俺は何故切れるのか、と聞かれるとそのようなことを教える。そして、それを聞いた奴はいつも笑いながらこう言う。

そんな思い込みで斬れるはずがないだろうと。

 

……でも、俺は毎日斬れると自分に言い聞かせてきた。いつもいつも自分が斬っている姿を思い浮かべた。そして、何時しかそれは夢の中でさえ反復されていって、それから現実の様々なものを斬れるように成っていったのだ。

だから、先ずは妖夢の考えを変えなくてはいけない。でないとこれは確実に成功しない。

 

「妖夢」

 

少しずつ、最初は斬れるかも?と思わせることから。そして徐々に、斬れると断言出来るようにさせよう。何より、この子に足りないのは自分に対する自信だ。何故かこの子からはそんな、どうせ自分なんて、というような感情がいつもとりついて回っているように思える。だから、そこを変えさせてあげよう。何だ。別に剣は教えられなくても、教えられることはあるじゃないか。

 

「よく、見てろよ」

 

妖夢の切ろうとしたものとは別の、もう一つの岩の前に立つ。

 

「ーーいいか。大事なのは、見ることではなく想うこと。自分が斬った姿を夢想しろ」

 

そして、鞘から刀を抜く。

それは何も特徴のないただの刀。何の異名も無く、何の特別な力も無い。そんな刀。

 

「先を見るな。今を視ろ。そうすればーー」

 

そんな刀が岩に向かって右斜め一直線に振られた。

 

その刀に速さは無かった。

その刀に音は無かった。

 

だが、

 

「ーーお前にも、斬ることが出来る」

 

その刀は、確かに、この大岩を斬って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、妖夢は?」

 

「…まだ、あの大岩に挑戦してますよ。もう3時間は経ってます」

 

「夢中になってやってるのねぇ。…はぁ、流石にお腹が空いたわぁ」

 

伝蔵が妖夢の元から離れ屋敷のなかに戻ると、この白玉楼の主である西行寺 幽々子はぐだーっと力なく畳の上に寝転がっていた。

別に伝蔵はそれを見て特に驚くことはしない。いや、最初に幽々子のこのような姿を目にした時は「大和撫子が…」と言って泣き崩れてしまったが、彼の順応能力は高かった。もうこれこそが西行寺 幽々子なのだと認識してしまった。まぁそれは紫の友達だからしょうがないか、というような納得の仕方だったが。

 

「それで、伝蔵様は本当に妖夢があの岩を切れると思っているの?」

 

「さぁ?それは俺もわかりませんよ」

 

幽々子の疑問を伝蔵は軽く受け流す。その態度は、別に妖夢が出来るかどうかなどはどうでもいいといったような態度だった。

それを見て幽々子は更に疑問を投げ掛けた。

「あの岩が切れなくても、何か身に付くことはあるの?」

 

「いえ、別に剣術に関しては何のためにもなりません」

 

伝蔵はそう言いきった。幽々子は、だったら他の訓練をするべきではないか、と思った。伝蔵は時間の区切りをつけず、ただ妖夢の気がすむまであの大岩を斬ることに挑戦させている。でも、剣というのはただ固いものを切れるだけではダメなはずだ。

剣という物を使うのは戦闘のときだ。戦闘は互いに攻防を繰り広げ、そして互いに勝利を掴もうとするもの。では、戦闘では何がものをいうか。

 

幽々子はそれはどれほど戦闘の経験を積めたかだと思っている。

ただ単純に剣で何でも切れたら勝てるのだったら苦労はしないのだ。幽々子は妖夢に強くなって欲しいと思っている。強くなるということは、勝てるということ。戦闘で敗北しないこと。

あの大岩を切る訓練が勝利のためにならないというのなら戦闘形式での訓練を行うほうがためになるはずだ。

 

「なら、実際に訓練として剣による戦闘をしたほうが良いのではないでしょうか?この方法だと妖夢が戦闘に対し慣れることができ、戦い方も個人で確立することが出来るのでは?」

 

「……」

 

幽々子がそう案を出すと、伝蔵は静かに目をつむり黙った。

そして数秒後、目を開き言う。

 

「…剣術は身に付きませんが、それよりも大事なものが身に付きます」

 

伝蔵は静かに、だがはっきりと声にだしそう言った。

幽々子はその伝蔵の発言に対する答えを聞きだす。

 

「それは、何ですか?」

 

「なぁに、ありきたりなことです」

 

伝蔵は自分の右手の親指を立て、それを胸にあて言葉を続ける。

 

「ーーここ(心)ですよ」

 

そう笑顔をみせて言った。

 

「ここ(心)、ですか」

 

「はい。妖夢は観たところ、自分を卑下する傾向が強い子です。それでは自分より強い相手と戦うとき、消極的な行動ばかりとってしまう。これはその時の為に備えての訓練です。もし、妖夢があの岩を斬れたならそれは自分の自信にそのままなります。もし、あの岩が斬れなくてもその時は「あの岩を斬るよりは現実的だ」というような一種の開き直りをし、擬似的ですがそれが自信となるでしょう。これはそのための妖夢の訓練になるのです」

 

確かに、戦闘において気持ちというものは大事だ。もし、戦う以前に心が折れてしまったなら、それは、直接敗北に繋がる。伝蔵はまず、剣術よりも先に心を鍛えようとしてるのだろう。

この心構えがあったからこそ、幻想郷一の剣士と言われるようになったのかもしれないなと幽々子は感心した。

 

「遅めの昼食は俺が作りましょう。ではーー」

 

そう言い伝蔵は部屋を出ていこうとする。

 

「伝蔵様」

 

その前に幽々子が彼を呼び止めた。そして、静かに彼に向かって微笑み、

 

「妖夢のことを、宜しくお願いします」

 

正座をし、頭を下げてそう言った。そして、伝蔵はその幽々子の姿を見て答える。

 

「ーーはい。もちろんです」

 

そして今度こそ部屋から退出していった。

 

 

 

一人、部屋に残された幽々子は、足を崩し庭を眺める。そこから見える空はどこまでも透き通っていた。

 

 

 

 

 

 

「…剣を使った実戦の訓練は妖夢ちゃんのためになる、か……」

 

三人分の昼食を作りつつ、伝蔵は一人静かに言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その発想はなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話 名前のこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中で笑い声が響いた。

 

 

その笑い声は、見た目からは人間だと認識してしまう、そんな男の妖怪のものだった。

その声は高らかに、だがどこか奇怪な、そして不気味な、そんな笑い声だった。

 

そしてそんな妖怪を見下ろす女がいた。

その女の眼は不気味に笑っている彼を見て、哀れみ、悲しみの感情を瞳に映していた。

女が男に対して想った感情は同情。

女は男に優しい言葉を投げかける。

 

しかし男はその女の声を聞き、さらに声を大きくして、笑う。

もっと奇怪に、もっと不気味に、笑う。

 

そんな男の様子を見ても、女は諦めずその男に声をかけ続ける。

 

男と女はこれが初対面。

女の方は別に男に構う必要など無い。

 

でも、女は男を何とか慰めようと努力し続けた。自分が彼に何かするたびに笑い声が大きくなっても、それを気にせず次の行動に移し、笑い声を今度こそ止めようと尽力し続けた。

 

だって、彼女は優しかったから。

 

そんな優しい彼女は、目の前で笑い、「泣き続けている」彼を放ってはおけなかったから。

 

だから、彼女はそんな彼にこう聞くことにした。

 

 

ーーーどうして泣いているの?

 

その質問の返答として男は、その理由を彼女に明かす。

 

そしてその後、彼と彼女は何回か言葉を交わしたーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー苦しく、無いのですか?」

 

「ああ、全然苦しくないね」

 

本当は苦しい。

 

「ーー貴方の願いは、たとえ叶ったとしても、何も残らないことを理解していますか?」

 

「そんなの、叶わなきゃわかるわけないだろ」

 

……いや、本当はわかってる。

 

「ーーだったら…」

 

だったら?

 

 

 

「貴方は今、なぜ私を殺さなかったのですか?」

 

 

 

 

 

「……ずるいなぁ」

 

その質問は、ずるい。だって、その答えなんてもうわかってるくせに。

そして、その質問をするってことは、さっきした質問に対する、俺の本当の答えも理解しちまってるくせに。

 

 

 

 

ーーあんたが俺に、自分の本音を気づかせたくせに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

 

初めての訓練から数日経ったが、妖夢はまだ岩を切ることができずにいた。

 

もう、通算何百回もこの大岩を斬ることに挑戦しているが、一度も岩に刃が通ることはない。何故自分は成功することが出来ないのか、と妖夢は岩の前に座り込み考える。伝蔵は斬れると思わなくては斬れないと言った。そんな、思い込みで斬れるわけがないとは思う。もし、思っただけで斬れたら苦労はしない。誰だって同じ事が可能になってしまうだろう。妖夢は伝蔵の言葉を聞いている時そう思っていた。

だが、妖夢は伝蔵が実際に岩を斬る姿を見て、「自分にも出来る」と何の根拠もない自信が胸を占めた。

本当に漠然と、自然とそう思った。

だからこうして諦めず何度も挑戦しているのだが……

 

「やっぱり、斬れないな…」

 

それはただ残念な結果に終わった。

はぁ、とため息をつきながら仰向けに地面に寝転がる。そして顔を横に向け、横にある伝蔵が斬った岩を見た。

その岩は見事に斜め一直線に斬れ、岩の断面は凹凸が無く平らだった。どうすればこんなふうに、綺麗に切る事が出来るのだろうと妖夢は思考を再度開始する。そして、すぐにそれを止めた。

これは理屈では理解出来ない、考えてもわからないに決まってる。妖夢はまた大きなため息をつき、仰向けの状態で左手に持っている刀を顔の前に上げた。

その刀の名は楼観剣。妖怪が鍛えた剣だと伝えられている業物。

その刀を見て、妖夢は自分にだけ聞こえるような、小さな声で言う。

 

「…斬れないものなんて、たくさんあるよなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

また今日も、俺が昼食を作る。

別に料理は嫌いというわけではない。誰かの為に調理して、それを食べていただくというのはやりがいがあるし、それを「美味しい」と言って食べてもらうのはやはり嬉しいものだと思うからだ。

だが、

 

「伝蔵様ぁ…またこれぇ」

 

俺の作った料理を見て、幽々子は不満の声を挙げた。

まぁそれも当然のことだろう。男の俺に料理の知識などあるはずがなく、故に俺は一つの料理しか作れないからだ。

ここ数日昼食に同じものを持ってこられたら不満だって言いたくなるのも納得だ。

 

でもさ、一つ得意な料理があるんだからすごいよね?何も作れないというわけではないからさ、男の中では出来る方だと思うのは、僕の偏見でしょうか?

 

「これ、美味しくないのよねぇ…」

 

まぁそれもしょうがない。

人によって好き嫌いと言うものは存在する。自分が好きだからといって、相手もそれを美味しく感じるとは限らないのだ。

でも、紫は結構好きなんだけどなぁ、これ。友人だからといって味覚まで似てるとは限らないということか。

俺がそんなことを思っていると、幽々子は不満な言葉をそのまま続けた。

 

 

 

 

「でも…ご飯に麦茶をかけるのは、ないと思うのよぉ」

 

 

 

 

…そこだけは反論したい。

第一、ご飯に麦茶をかけてお茶漬けにするのは別の家庭だって行っている立派な製法なのである。俺が最初に考案し始めた料理ではないのだ。だから、幽々子がこれはないと思ってしまうのは独自の偏見によるものだ。よし、幽々子のその考えは徐々に矯正していこう。明日も麦茶漬けだ。

 

不満を言っている幽々子と一緒に昼食をとる。不満を言っていても残さず食べてくれるのは良いことだ。食材に感謝しているね。食べ物を残すということはいけないからね。ほんと。食べれない子達だっているわけだから、粗末にしてはいけないよ。うん。

 

「妖夢はまた自分が昼食を作るのをわすれているのねぇ」

 

「たぶんそうでしょう」

 

素で忘れているらしいから、怒るに怒れないのよねぇと幽々子さんは言葉を続けた。

妖夢ちゃんは基本しっかりしてるがどこか抜けているからなぁ。ここ数日で得たこの白玉楼での発見である。でもそこが年相応のものを感じて安心するところでもある。子どもってのはね、無理して背伸びしなくていいんですよ。無理するのは大人の特権。そして甘えるのが子どもの特権なのである。フッ、俺今いいこと言ったな。今度紫に言ってやろう。

だが、俺はここであることに気がついた。妖夢ちゃんって妖力持ってるんだから妖怪じゃね?と。

…それじゃあ、もしかしてもう何百年も生きてるのかなぁ。子ども扱いするのは良くないのかもしれない。今度さりげなく年齢を聞いてみる…いや、ダメだな。女性に年を聞くのはNGだったぜ。俺は学習能力が高いからね!一度、いや、二度した失敗は繰り返さないのだ!

 

「ちょっと俺、妖夢の様子を見てきます」

 

「ああはい、お願いしますねぇ」

 

 

だが、やはり昼食抜きでそのまま訓練しているのは好ましくない。しっかり食べないと元気がでないからね。よく食べ、よく寝る。これが上達の為の近道なのである。

そんじゃあ、麦茶漬け食べるように言ってきますか。…露骨に嫌な顔をするんだろうけどさ。

 

 

………

 

 

 

 

 

 

 

「妖夢」

 

「ああ、伝蔵さん。何か御用…って昼食作るのまた忘れてました!すぐに作ってきます!」

 

俺が妖夢ちゃんのことを見つけ名前を呼ぶと、すぐに妖夢ちゃんは自分の忘れていたことを思いだした。そして慌てて屋敷の方に走りだす。

 

「別にそんな慌てる必要はないぞー」

 

走っていく妖夢ちゃんに声をだしそう呼び掛ける。

すると、妖夢ちゃんは走ることを止めこちらの方を振り返った。

 

「もしかして…また伝蔵さんが作ったんですか?」

 

「ん?ああ」

 

「…また、あれを食べるんですか……」

 

そして顔を両手で覆い隠しそう言った。

……そこまでオーバーな反応することなくね?美味しいじゃん麦茶漬け!この白玉楼は好き嫌いが多すぎるよ。贅沢言わないで!俺に料理を作れってのが無理な話なんだよ!俺だって知ってました~お茶漬けが料理だって言えないことぐらい。でも、見栄はったって良いじゃない。虚勢だって、いつかは本物になるかもしれないじゃない。

 

「で、岩を斬ることについて何か掴めたか?」

 

「うっ」

 

俺が仕返しとばかりにそう聞くと、妖夢ちゃんは返答に困ってしまったようだ。こちらに目を合わせずさっきから瞳が泳ぎまくっている。

でも、まだ全然日は経ってないしね。ゆっくりやっていって欲しいな。焦ると結果はなかなかついてこない。じっくりと、だが確実に進んでいってほしいものだ。

そう俺が考えていた時、ふと妖夢ちゃんが持っている刀が目に入った。その刀は一目でかなりの代物だということがわかるものだ。

その刀の真っ直ぐな刀身。

華やかさはないが、しっかりと作られた鍔。

まるで刀から反射される太陽の光までが、この刀を構成しているように見える。

 

「…ほう…気づかなかったが、いい刀だな」

 

「ええ。これは妖怪が鍛えた剣、楼観剣と言います」

 

そう言い妖夢ちゃんは俺にその刀をよく見せるために、自分の目の前にそれを掲げた。

 

その刀は傷一つなかった。

もしこの刀を出来たばかりのものだと言われても、信じてしまうほどのものだった。

きっと、この刀は一般的な「剣」というカテゴリーには入らない代物だ。人はその類いを「魔剣」と言う。だが、この刀は「魔剣」というほどには「剣」から離れてはいない。信じがたい話だが、この刀はこの刀だけの、「個の属性」というモノをを形成している。

それほどのものだった。

 

「何か、その刀には能力が付加されているのか?」

 

そういう珍しいケースの剣には、何か特別なものが付加されていることが多い。この刀も例外ではないだろう。俺は半ば確信を持って妖夢にそう尋ねた。すると、

 

 

 

「能力かはわかりませんが……幽霊十匹分の殺傷力があります!」

 

 

そう、妖夢ちゃんは自身満々に言った。

なるほど、幽霊十匹分の殺傷力がある剣かぁ。

俺はそれを聞いてこう思った。

 

 

……それって、すごいの?

 

いや、そう思わね?いきなり「幽霊十匹分の殺傷力があります(キリッ)」と言われてもさ、こっちは基準が解らないんだよ。普通は幽霊一匹分に対してどれだけ労力がかかるのかわからないからね?というか第一に幽霊に対して殺傷力があるってどういうことですか?幽霊は死んでるから幽霊であって、殺せるものは幽霊じゃないんじゃあ…

 

「そ、そうか。それはすごいな」

 

「そうです!すごいでしょう!」

 

俺は何かやりきれない思いを感じながらもそう言った。別にこの刀がすごいって言うのは本当のことだしね。深入りする必要はないだろう。別にめんどくさいとかそんなんじゃあないからね!

 

「そういえば伝蔵さんの刀はどうなんですか?」

 

「ん?これか?」

 

妖夢は期待の眼差しをし、俺の身に付けている刀について聞いてきた。

その期待を裏切るようで悪いが、別にただの刀だからなぁ。自慢するほどのものでもないんだが…正直に言うか。

 

「下手すりゃどこかに落ちてる、そんな普通の刀だが?」

 

「そ、そうなんですか?伝蔵さんが持っている物ですから、何か特別な名があるような刀だと思いました」

 

…名、ねぇ

 

「別に剣に名前何か要らねぇんだよ、本来は」

 

「…え」

 

俺がそう言うと、妖夢は俺の言ったことに疑問を持ったらしい。すぐに俺にその理由を聞いてきた。

 

「な、何故ですか!?」

 

「ん?だってーー」

 

まぁ、当たり前のことなんだが、

 

「ーーだって、どの剣でもやることは同じだろ?」

 

俺はそう言った。

 

俺の言ったことに対して反論してくる奴はいるだろう。そんなことで納得できるわけがないと。それは当然のことだと思う。俺の言ったことは全然答えになっていないから。

でも、それはある程度刀に精通した人にとっては、だ。

想像して見てほしい。もし、自分が剣に全く興味がないと仮定する。そして二つの剣を見せられ、「形や色以外でこの二つの共通点は何?」と聞かれたとする。すると困ったことに共通点なんか他に見つからない。どちらの剣が本当は丈夫なのか、どちらの剣が本当は斬りやすいのか、そんなのは素人目ではわかるはずがないのである。

 

だが、結果として剣に何の関心がない者でも、最終的にある共通点を見つける。

 

「どちらも殺しの道具だ」と。

 

俺が言っているのはそういうこと。

凄かろうがショボかろうがどちらも物を「斬る」為の物。それを剣と呼ぶのだ。こしてそこはどの剣でも何の違いがない。これだけは覆ることはない。

 

だったら別にわざわざ名前なんてもんで区別を作らなくてもいいじゃないか、という

超横暴的解釈だ。

刀は刀。頭が良くない俺にとってはこれが一番シンプルで、しっくりくる。

 

「やることは同じ…ですか」

 

妖夢は俺の言葉を聞き、理解しようとしているのか、その言葉を復唱した。

いや、真に受けなくて良いよ!?こんなの別に戯れ言以下の代物だからね!ただの脳筋の発想だから!

 

「いや、お前が理解出来ないならわかろうとしなくていいぞ?」

 

「いえ!大丈夫です!」

 

俺がそう言っても、元気よく俺の求めていた返答とは別のことを言い返されてしまった。

くそう。何かもう妖夢ちゃんの考え覆せないみたいだよ。いつか誰かに同じこと聞かれたら妖夢ちゃんはこのままじゃあ痛い目で見られてしまう。痛い目に会うのではなく、確実に見られる。

どうすればいい。もう何言っても覆すのは無理か?それじゃあどうする?……あぁもう!適当なことを言ってうやむやにするしかない!!!

 

「妖夢よ」

 

「はい!何でしょうか伝蔵さん!」

 

「刀に名は必要ないと言ったな。だが、それよりも覚えておいてほしいことがある」

 

「はい!」

 

いいぞ。この流れで言えばうまく上書きされるな。よし、頑張れ!俺!

 

「当然、斬るのは剣だがーー何を斬れるのかを決めるのは、自分自身だということだ」

 

「何を斬れるのか……決めるのは自分自身…」

 

「ああ、それを忘れるな。そしてお前がいつかあの大岩を斬ったとき、俺はお前に問おうーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーお前が、何を斬れるのかと」

 

 

……決まった。自分でもほれぼれするほどの出来。確実に妖夢ちゃんはもうさっきの俺の「どうせ斬るんだから剣なんてどれでも一緒じゃん(笑)」発言は忘却の彼方に消えたな。

 

後はクールにこの場を去っていけば完璧だ。フッ、何か最近脳の働きがいいな。気づかないうちにもう紫クラスまで行っちまったか?自分が恐ろしい。

 

そして俺はこの場を去っていく。自分の最初の目的は果たしたし、後の問題も上手く誤魔化せた。もう何も思い残すことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分が、何を斬れるか…」

 

伝蔵さんは私にそう言った。

 

私はまだその答えがわからない。だけど、いつかはその答えを見つけよう。そして自信を持って、その答えを言うのだ。

 

「ーーよし!」

 

そう決めるとやる気が湧いてきた。

まだ、この岩は斬れない。でもそれはこれからも斬れないと決まったわけじゃない。

きっといつかは斬れる、いや、斬って見せるんだ!

 

そして、私は訓練を再開する。

 

絶対に、斬ることが出来ると信じてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんで、妖夢ちゃん昼食食べに来ないのー?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 操ること(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

「幽々子様」

 

「うん?どうしたの妖夢」

 

「伝蔵さんがどこにいるか知っていますか?さっきから探しているのに見つからないのですが」

 

「…伝蔵様にはある大切な用事を頼んでいるわ。だから、今はこの冥界にいないの」

 

「そうなのですか…なら仕方ないですね。教えていただきありがとうございました。では、失礼します」

 

そう言い妖夢はその場を後にする。そしてその姿が見えなくなった後、幽々子は笑みを浮かべながら、言う。

 

 

 

 

「ーーそう、大切な用事をね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリス・マーガトロイド、という者について聞くと一割の人は誰それ?と答え、三割は人形みたいで綺麗な人、と答え、残りの六割は笑わらない人、と答える。

 

アリス・マーガトロイドがそのように言われるのは理由がある。

彼女は時々人里に行き、人里の子供たちを対象とした人形劇を行う。その人形劇はとても完成度が高いもので、大人たちが見ても楽しめるものになっている。

劇の中の人形の動きは軽やかでまるで生きているかのように感じるし、その人形が浮かべている表情は自然なものであり、変化もして普通の人形とは一味も二味も違う。なのでよく印象に残るものとなっている。

 

そう、印象に残ってしまうのだ。

 

劇中の人形が喜怒哀楽を上手に表現しているのに対し、その人形を操っているアリスの方は表情が全く変わらない。

せいぜい人形劇が終わって周りの人たちから拍手された時に笑みを浮かべる程度だ。そして、その笑みも口角が少し上がったか?程度で、笑っているのかいないのか彼女をよく知っている人物でしかそれを認識することができない。

 

だから、彼女を知っている人物からの大まかな評価はそのようなものになっている。なってしまうのだ。

 

「おおー」

 

「すげー」

 

そして、そんな彼女は今日も人里で人形劇を行っていた。

別に彼女は表情が変わらないからといって喜怒哀楽が無いというわけではない。むしろそれが無かったとしたら人形劇なんてしに来ないだろう。ただ彼女はそれを表情にだすのが苦手なだけであって、感受性などもきちんと備わっているのだ。

 

「こいつわるいやつだな」

 

「がんばれー」

 

「おお、こりゃ今回も凄いな」

 

今彼女が見せている劇は「白雪姫」という物語だ。大まかな内容としては白雪姫というとても美しい王女と、その実母である自分こそが一番美しいと思っている王妃がいて、その王妃は魔法の鏡に「世界で一番美しいのはだれか?」と質問する。その質問の答えとして、今までは「それは王妃様です」と答えていたが、この日からは「それは白雪姫です」と答えるようになってしまう。

それを聞いた彼女は白雪姫に対して怒りを覚え、白雪姫を殺そうと様々なことをする。しかし何度もそれは白雪姫と共に生活している七人の小人によって無駄なものに終わってしまった。だが、最後の殺害方法としてリンゴ売りに成り済まして毒リンゴを彼女に食べさせることに成功し、その殺害方法は小人たちに看破されることなく白雪姫はその遺体をガラスの棺に入れられるのだ。

でも物語はここで終わらない。そこに王子が通りかかりガラスの棺に入れられた白雪姫を見て、遺体でもいいからほしいとその棺と一緒に白雪姫をもらい受ける。そしてその棺を担いでいた家来が木につまずき、その衝撃で死んだ白雪姫の喉に詰まっていた毒リンゴが吐き出され白雪姫は生き返る。

結果として白雪姫と王子はそのまま彼女を王妃として迎えることにし、その結婚式の時に、実母の王妃を真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせ、死ぬまでその王妃を踊らせ続けて物語は終わる……これが物語、「白雪姫」の大まかな内容だ。

 

だが流石に子供たちが見ている中なので残酷な表現は軽いものに変換し、この劇を行っている。特に最後のシーンは大幅に変換して行う予定だ。流石にあの場面は後味が悪いものになること間違いなしだからだ。

 

そして、今劇は王子がガラスの棺に入った白雪姫を見つける場面に差し掛かったところだ。子供たちが劇に注目を集める。

 

「ここからどうなるんだ?」

 

「ハッハッハ。ここで王子がな?白雪姫に接吻して生き返るんだよ」

 

「そうなの!?」

 

「ああ。この前落ちてた絵本で読んだからな。間違いない」

 

……何かの間違えではないだろうか。「白雪姫」にそんな方法で息を吹き返すということは書かれていないはずだが…

まぁ気にすることではない。確かにその方法の方が綺麗だと感じるが、今は自分のすることに集中しよう。

 

王子は死んだ白雪姫を棺に入れたまま家来に運ばせる。

 

「あ、あれ?」

 

「おい伝蔵ー。まだ接吻しないのかー」

 

家来が木につまずいた。その拍子に白雪姫が毒リンゴを吐き出し、そして白雪姫は息を吹き返した。

 

「え、えぇぇーーー!!なんじゃそりゃー!」

 

「おい伝蔵ー。話が違うぞー」

 

「いや、えっ、ええ?」

 

そしてそのまま王子と白雪姫は結ばれ、実母である王妃を二人は許してあげ三人仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

……最後の改変は無理矢理なものだが、子供たちにとっては特に気にならないだろう。後ろの方で視ている大人たちも受け流してくれるはずだ。

 

「はい。それでは今回の人形劇は終了よ」

 

「ありがとう。アリスお姉ちゃん!」

 

「面白かったよ!」

 

「そう。よかったわ」

 

そして劇が終わった後、子供たちは感謝の言葉を伝え、元気にその場を去っていく。今日の劇も楽しんでくれたようだ。アリスはその事に喜びを感じ、意識せずに自然と口角が少し上がる。それを笑みと認識出来るのは何人いるのか。彼女は今日も相変わらずだった。

 

しかし、皆が去っていく中。一人だけ立ちながらアリスの方を見ている男がいた。

小麦色に焼けた肌に、黒く短めに切られた髪。黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣。

その男のこちらを射抜く視線が、男自信のの存在感をより強くしているように感じる。

 

そして周りの人たちがいなくなり、アリスと男だけになった。そして、彼は言う。

 

 

 

 

 

「……アリス。どういうことか説明してくれ」

 

 

そんな彼の言葉を聞いたアリスは、彼女にしては珍しく面倒、といった感情を顔にはっきりと浮かべ、大きく溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーと言うのが本当の「白雪姫」の話よ」

 

……なにそれ恐い。

 

 

 

俺は今、アリスと一緒に人里を歩いている。人里は今が真っ昼間なため活気があり、多くの人で溢れていた。だが、なぜ白玉楼にいた俺が今こうして人里を歩いてるのか。それは深い事情があった。だいたい、オレだってこの夏真っ只中外に出たいなんて思うはずがないのである。とても重要な用事ができてしまい、嫌々ながらここまで遠出してきたわけだ。それでは、少し前に時間をさかのぼってみよう。

 

ーーー

 

 

 

 

 

「伝蔵。頼みがあるんだけど」

 

「ん?おう、紫か」

 

「私、これから幽々子のところに行くんだけどね。持ってくるはずのお土産の団子を買い忘れちゃったのよ」

 

「へぇー」

 

 

 

 

 

「ーーだから、ちょっと人里に行って買ってきてくれない?」

 

「へ?」

 

そう言ったと同時に、俺はスキマに落とされた。

 

ーーー

 

 

 

…ちょっと俺の扱いが雑すぎると思うんだ。だってこっちは「はい」も「いいえ」すらも言ってないし、相手の了承を得る前にかなりの暴挙にでるのは如何なものか。…まぁ別に?僕も大人ですし?気にしてないけどね?

それに俺が落とされた後、一緒に紫の財布も落ちてきたしね。それは当然のことだけど好感が持てる。しゃあない、今回は財布の中身を空にするだけで勘弁してやろうかな?

まぁそういう理由で今人里にいるわけである。

 

それでどうやって財布の中身をへらそうかなーと考えていたところでアリスの人形劇を見つけたわけだ。

 

 

いつも思うんだけど、この人形劇って完成度が高いんだよね。こう、細かいところの演出まで凝ってるし、何か時々魔法?を使って色んな色の光とか出してるしね。たびたび夢中になって見てくんだよ。でも今回はその内容がね…俺の知ってるのと大分違うんだ。特に今アリスから聞いた白雪姫のお母さんの最後が、ね。

……き、切り換え!切り換え!今はそんなことより他のこと考えよう!ほら、最近妖夢ちゃんが頑張ってることとかそういう話をしよう!

俺がそんなことを自分に言い聞かせていると、今一緒に歩いているアリスが俺に話しかけてきた。

 

「そういえば、貴方に聞きたいことがあるのよ」

 

「ん?なんだ?」

 

聞きたいこと、か。俺何かしたっけかなぁ。心当たりがありすぎて困るんだが。

そんな風に内心ビクビクしているオレに構わずアリスは言う。

 

「いつも人形劇を見るときに、前の子供たちに混ざるのは何でなの?」

 

「え?そんなのよく見えるからに決まってんだろ」

 

「……」

 

子供か、と言いたげな表情をしながらこちらを見てくる。いや、言葉にだして言いましょ?どんな奴だって無言の圧力が一番キツイからね?言葉にだして伝えた方がいい場合だって、あるんだよ?っていうか何で俺の時だけいつもそんな表情をはっきりとだして訴えてくるんだよ。もちろん、表情を表にだすことは悪いことではないよ?むしろ君はもっとじゃんじゃんだしなさい。でもね、それが不満の感情オンリーなのはどげんかせんといかんよね?俺のメンタル的に考えて。

 

「あ、あんな所に団子屋がありますよ。今日は僕が奢りますので一緒にどうでしょうか?アリスさん」

 

まぁだいたい甘いものを食べさせておけば女の子は機嫌が良くなるって法則がこの世にはあるからね。今回はそれを使わせてもらいましょう。俺の金じゃないから遠慮は入らん。

 

「……私は別に良いわ」

 

「やっぱり団子っていうとみたらしだよなー。ほれ、アリスちゃんも早くこっちに来て選びなさいな。」

 

「………」

 

何かアリスって俺といっしょにいるときだいたい何か言いたげな表情をすることも多いんだよね。言葉にだしてはっきり言えばいいのになぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 操ること(後編)

 

 

 

 

 

 

ーーーこれからが、あるから辛いんだろ

 

 

 

小さな声で、とてもとても小さな声で、彼はそう言った。

それを聞いていたのは、金色の髪に青の瞳をした女性。その女性は声を鋭くし、彼に言う。

 

「……なんですって?」

 

彼女の声に込もった感情は怒り。今、彼女の目の前で俯き、「泣きながら」その言葉を語った彼に向けてのもの。しかし、それを向けられた彼は臆せず言葉を復唱する。さっきよりも声を大きくして、言う。

 

「これからがあるから、辛いって言ったんだ……!」

 

彼の言葉に込められた感情も怒り。だが、それはその言葉を聞いている彼女に向けられたものではない。それはこの世界にか、この現状にか、いや、それは自身の存在自体に向けられたものだったのかもしれない。そして、それを聞いた彼女は、それらを全て理解したうえで、

 

 

 

「ーーっ逃げるな…!」

 

彼に、さらに怒りを込めて言葉を続けた。

 

「逃げるんじゃないわよ!自分から!!だって、もしそこで逃げてしまったら、貴方はっ、未来に向かってもう進めないでしょ!」

 

「……いいんだよ。未来とか、そんなの。……だって、ただ、虚しくなるだけじゃないか…」

 

強く言葉を言う彼女に対して、彼は弱々しく、そう言った。その彼の姿には何もなかった。本来、生物にはあるであろう希望とか、夢とか、生きる意味とか、絶望とか、恐怖とか、こだわりとか、とにかく全てが無くて、空っぽだった。

そんな彼の様子を見て彼女は、本当に少しの間だけ、自身の唇を噛んだ。なぜそうしたのかはわからない。だが、確かに彼女はそうしていた。それは目の前の彼に対する苛つきからか、それとも自身の後悔からか。それは、わからない。

 

「……だったら、一つだけ聞くわ」

 

彼女は怒りを沈め、静かに彼を見つめる。

言葉を紡ごうとする彼女の青の瞳が、彼の黒の瞳を射抜く。彼にはその視線が、どんな刀よりも鋭利に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー貴方は救いたかったの?それとも、救われたかったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

彼にはその問いが、これまでの自身の全てを語ってくれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大勢の人が行き交う人里。そこには一軒の団子屋がある。

その店は名の通り団子しか売っていない。みたらし、あんこ、三色団子など、種類は様々だが、その他の料理は頼むことができない。団子一筋で経営しているのだ。そのおかげかは知らないが、その店の団子の味はどんな甘味物よりも美味しいと人里で評判だ。今日も、団子屋は大勢の人で賑わっている。

 

そんな団子屋に、人達から変わった目で見られている二人がいた。

一人はこの人里では名の通った女性、アリス・マーガトロイド。そしてもう一人は人里で知ってる人は知っている男性、伝蔵。二人は人里にいることを認められている妖怪だ。だから別に、人に不自然な者に認定されているわけではない。では何故、今この団子屋で二人が変わっていると見られているのか。それは彼女らの現状に理由があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無表情で団子を食べているアリスの足元で、伝蔵が腹を抑え呻き声をあげていたからである。その呻き声は、とても重く響いていた。

 

そしてそんな彼は苦しそうだが、何故か無理やり表情を笑みの形にし、なぜか勝ち誇ったような声で、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こ、これは何本か…アバラがイッたな(ドヤァ)……」

 

 

 

 

 

 

 

それを言った後、彼は抑えている箇所をアリスに蹴られた。

 

けっこう強めに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分前の出来事を話そう。

そう、数分前のことだ。

俺とアリスは人形劇が終わった後に人里を一緒に歩いていた。オーケー、ここまでは何も問題ない。

その次に一緒に団子屋に入った。うん。何も問題はないよね?

そして、団子屋で注文するときにアリスに何を食べるのか聞いた。→アリスから腹に右フックをぶちこまれた。(大問題発生)

 

……えっと、つまり、何がどうなったら僕はグーをもらうのでしょう?

だって俺何も悪くないじゃん。ただアリスに「ハッハッハ。たくさん食べていいぞ、アリス。……いや、お前は言われなくてもいっぱい食べるか。ははっ!」って言っただけじゃん。なのに、何故貴女様は無表情で「ムカつく」ってボソッと言った後右拳を繰り出してくるの?何なの?俺が悪いの?何故ぇ!?

 

「貴方……本当にデリカシーというモノが欠片すら見当たらないわね……」

 

冷たい目を俺に向けるアリス。まるでその目は、俺自身を全否定するかのような、まるで、俺を生物とみなしていないかのような、そんな、冷たい青の目だった。

 

……え?そんな目を向けられるほど悪いことしたんすか?いやいやいやいや、そんな筈はない。ただ俺は、アリスちゃんは何食べる?遠慮せずにたくさん食べていいのよ?って気づかって言葉を伝えただけじゃないか。かなり気をつかったよ、俺なりに。それなのに何故拳を腹にねじ込むの?不機嫌なの?あの日なの?

…ヤバイなぁ。殴られた理由が見つからない。でもね、きっとこれは俺が悪いんだ。いや悪いらしいのだ。

前にもこの団子屋にアリスと一緒に来たとき「よし、アリスちゃんどれを食べてもいいよー。アリスちゃんたくさん食べそうだけど、お兄さんはしっかりお金を持ってるからね!」と言ったら腹にパンチがジャストミートされました。その時に理由を聞くと、ただ俺が悪いと断言されたのである。いや、でりかしーとか言われてもわからんから。それどんなかしー?ってなるから。

そんなこんなで、今でも何故俺が悪いのかはわからないが、アリスの言うことで間違っていることは全くないはずなのだ。ほら、俺より頭良い雰囲気が充満してるからね。そんな彼女がそう言うんですもの。大人しく僕は謝った方が良いのでしょう。よし、とりあえず謝る。それが相手と接することで大切なことだからね。

 

 

「なんていうか…すみませんでした」

 

「本当にわからないのね……貴方は本物よ……」

 

そう、俺に哀れみの表現で語りかけるアリスさん。

…え?何?何が本物なの?もしかしてモノホンのバカって言いたいの?……しゃあこら、ケンカなら買っちゃうよ。女の子でも容赦しないよ。女の子には優しく紳士的にがモットーの俺でも、優しく丁寧に悪魔に魂売っちゃうよ?……何か自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。ま、今からここはお団子を食べる微笑ましい空間に移り変わるからね。ボディブローの件は置いていきましょう。

 

「おばさん。僕にもみたらし団子を5本ください」

 

「あい、わかったよ!」

 

俺の注文を聞き、元気良く返事を返してくれるお婆さん。やっぱり元気いっぱいで対応されると心が暖かくなる。なんていうか、こう、生きることに喜びを感じてるのがわかるからかなぁ。うーん。言葉じゃ、上手く表せないな。

 

「…貴方、変わったわね」

 

今は隣に座っているアリスが、無表情でそう言う。

 

「なんだよ、藪から棒に」

 

「昔は甘いものなんて、全く食べなかったでしょう?」

 

「……まぁ、そうかなぁ」

 

昔は昔、今は今。誰だって変わるものだ。だから別に、これといった深い意味は……あるのかなぁ。

 

 

 

 

「昔の俺はどんな感じだった?」

 

そんなことを、彼女に聞いてみる。返ってくる返事はなんとなく理解出来てるが、直接、彼女の口から聞いてみようと思った。

昔の俺と、今の俺。どちらも姿形は変わらない。ーーだが、きっと、眼に映ったのは全くのベツモノだっただろう。……それが俺という個を、今でも形成しているものだから間違いだったとは思わない。でも、ただ一言で、昔の自分を振り返って語るとしたら…「ただの子供だった」と、俺は言う。

 

「そうね…」

 

団子と一緒にだされたお茶を一口飲む彼女。その顔に浮かぶモノは何もなく、相変わらずの人形のような美しい姿で彼女は佇んでいた。そして静かに、だがはっきりと俺の質問に答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー今よりかっこよかったわ」

 

 

 

 

 

……え、なにそれ。予想してた答えと大分違うし、心が木っ端微塵で砂と化したんだけど。

これは酷くね?何なのでしょう、今の僕に対する評価の低さは。

いや、わかってるよ。俺があまり女性に好かれていないのは。だって紫先輩だって、もし俺のことを好意的に思ってたらさ、突然スキマの中に俺を落として「団子買ってこいよ。答えは聞いてない」なんて言わないし。もう少し俺に気を使ってくれるに決まってる。大体世の中の知り合いの女性はきっと俺のこと「伝蔵?ああ、あの冴えない男ね(笑)」なんて言ってんだよチクショー。

 

でも、僕は信じていたのです。結構前から知り合いのアリスさんなら、そげなことは言わんと。

ですが本人を前にしての、見えない拳によるアッパーカット。これはもう、泣いていいよね?泣かなきゃやってられないよね?やってらんねぇよバカヤロー……

 

「すみませんおばさん、団子30本追加で!!!」

 

「おお、今日はよく食べるねぇ」

 

もうやけ食いである。 ん?幽々子さんへのお土産?……草でも食ってろ!

 

「それじゃあ私は行くわね。ご馳走様」

 

「ははっ。……どうぞお帰りになってください」

アリスは立ち上がりこの場を後にしようとする。そんな彼女に対して、俺は乾いた笑いと悲しみに満たされた心で対応する。

……涙は見せません。男ですもの…

 

 

「ああ、でも」

 

アリスは団子屋から数歩歩いた後、振り返って俺に何かを言おうとする。

ですが、聞きませぬ!絶対聞きませぬ!!どうせ追い討ちをかけられるから。俺の全細胞がそう語りかけてくるから。あーはやく団子こないかなー。待ち遠しいなー。みたらし団子はね、全ての者に平等に微笑むんだ。これはこの世のルールだから、しっかり覚えておくように。

 

 

 

そんな今にも崩れそうな自我を必死に保とうとしている俺に対して、彼女はいつも通りの、だが、少しいつもとは変わって見える『無表情』で、言葉を続けたーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ーー私は、今の貴方の方が好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい!お待たせ!注文通り団子35本!」

 

「おお!ありがとうございます!」

 

有り金全部使い果たしてやりますよ。ええ。…こんなんじゃ足りないのでござる。俺の心の傷は癒せないのでござる!悲しみの渦に巻き込まれた拙者は救われないのでごさる!!

すみませーん!もう30本追加でー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーその後、白玉楼にてーー

 

 

 

 

 

「……伝蔵様。お団子は?」

 

「……代わりに草でも食べてください(汗)」

 

「うがぁぁぁあああ!!!!!」

 

「 幽々子様!お気を確かに! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話 紅夢異変のこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処までも紅い館で、二人の妖怪は話し合いをしていた。その妖怪の両者はともに実力者といえる、それほどの妖力、存在を傍目に見ても認識することが出来た。

そんな妖怪達の話し合いの内容は新しい幻想郷の決まり事、スペルカードルール(弾幕ごっこ)についてだった。スペルカードルールとは幻想郷内での揉め事を解決するための手段であり、その解決手段を人間と妖怪が対等の立場で行えるようにするものだ。この決まり事で幻想郷内の秩序が保たれることになるだろう。

しかし、その決まり事を幻想郷に浸透させるには何かしらの大きな実績がなくてはならない。そのルールによって何かしらの功績を残さなくては決まりを守るものもいないだろう。

だから、この話し合いはそのためのもの。幻想郷でスペルカードルールによる実績をつくるためのデモンストレーション。

そのための話し合いを、両者の妖怪ーー八雲 紫とレミリア・スカーレットは話していた。

 

「それでは、このような流れでお願いしますわ」

 

幻想郷の創設者である八雲 紫は、後に「紅霧異変」と呼ばれる異変の流れを説明した。この異変は幻想郷にとって、とても大きな一歩となる。そのために入念な打ち合わせは何度もしていた。この話し合いはこれが初めてではない。何度も確認しておいて損はないだろう。

その言葉を聞いた吸血鬼であるレミリア・スカーレットは如何にもめんどくさいといった口調で返答する。

 

「わかった、わかったよ。つまりは私が起こした異変を解決するために巫女が来て、私はそれを悪まで『スペルカードルール』という遊びで対処しなくてはならないんだろう?」

 

「その通りですわ。貴女だけでなく、貴女の部下にもそうするように徹底づけてくださいな」

 

「チッ、わかったよ。ったく、めんどくさい」

 

レミリアはこの異変を起こすのにあまり協力的にはなれなかった。第一にこの異変を自分が起こすメリットが全くない。巫女とごっこ遊びをして何の得があるというのか。

されど、この幻想郷を創った八雲 紫からの要請ーー脅迫に従わなくては何と彼女が言い出すかわからない。それにこちらは前同胞たちが起こした異変の借りがある。それを今回のことでチャラに出来るのが数少ないメリットである。レミリアはテーブルに置いてある紅茶を一口飲み溜め息をついた。

 

「あら、小さい身で苦労をされているようで」

 

「……ふん」

 

一体誰のせいで苦労していると思っているのだろうか。レミリアは八雲 紫という妖怪を好きにはなれなかった。この妖怪は胡散臭く信用ならない。それに加えていつでも自分に主導権があると思っているような態度が気に食わなかった。

 

「それでは私はこれで失礼しますわ」

 

「ああ、さっさと帰れ」

 

八雲 紫はそう言い自らの背後に目玉がたくさん浮かぶ空間を出現させた。どうやらそれが彼女の能力らしい。いや、能力による副産物なのかもしれないが、それはとても奇妙なもので、妖怪の彼女をより不気味に感じさせた。

 

「ああ、最後に一つだけ」

 

空間に片足を入れたまま彼女はそう言う。レミリアはまだ何かあるのかと彼女の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

「地下にいる貴女の妹さん、しっかりとしつけておいてくださいな。もしものことがあってからでは遅いので」

 

 

では、と言い八雲 紫は完全に空間に入っていき、それは消え去った。

残された吸血鬼はその言葉に対して、ただ下を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いいか、妖夢。岩を斬るコツはな…」

 

「…はい!」

 

緊張感に満ちた空間のなか、俺はいつもより真剣に、言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

「バッと刀を振って、グッと力を入れて、ゴォォオオンって感じだ!」

 

「…は、はい?」

 

「いや、だからな、バッと力を入れてグッと刀を…」

 

「伝蔵、少し話があるわ」

 

 

白玉楼にて妖夢に岩を斬るコツを教えているとき、紫が突如スキマから現れ俺を呼んだ。

妖夢ちゃんがコツを聞いてきたからちょっと真剣に教えてるんだけどなぁ。バッドタイミングだよ。

 

「妖夢。すまんが後で良いか?」

 

「は、はい。」

 

妖夢ちゃんには申し訳ないが、紫との話を優先させてもらう。……紫先輩がこう話を切り出してくる時ってだいたい頼み事なんすよ。それもだいたい面倒な。……マジ勘弁してほしいっす。いや、本当にね?もう俺も年なんすよ。ちょっと肉体労働は厳しいっす。……まぁ頭働かせるよりは体動かす方が楽だけどさ。そこ!脳筋って言うな!

 

「で、何か用か?」

 

「ええ、少し頼み事を」

 

ふぅ、分かってました。ええ、分かってましたとも。そしてこれは逃れられない運命だということも理解しております。いや、もうこういうとき僕の選択権ってないんよ。もう紫先輩の頼み事には強制(従わなかったらどうなんのか分かってるよな?)が含まれてますからね。…ああ、働きたくないでござる!働きたくないでござる!

 

「少し厄介事になるかも知れませんが、ね」

 

その言葉の後に、紫はこれまでの経緯を説明した。スペルカードルールのこと、これから起きる異変のこと、そしてその異変を起こす吸血鬼のある問題のことーー

 

「そして、貴方にはこれからの幻想郷での掃除屋をしてもらいたいの」

 

「掃除屋?」

 

「ええ」

 

俺は紫の言葉の意味が分からず、少しの間思考に移る。

なにそれ怖い。何がどうなってそうなるの?俺これから箒を片手に幻想郷を走りまわるの?ええー、やだよそんなの。そんなことしたら今でも幻想郷一の剣豪(笑)なのに、幻想郷一の剣豪(ただし剣の代わりに箒を使う奴(笑))もとい短縮し幻想郷一の箒使いにジョブチャンジしちゃうよ。

それに俺、掃除嫌いなんよ。なに?何で皆掃除するの?どうせまた汚くなるじゃないっすか。だったら!俺は!掃除なんて!しなくても!いいわけないっすよねスミマセン。

と、とにかく、俺はそんな箒を使うプロフェッショナルではないのでね、職業選択の自由を訴えたいと思う、んだが俺には拒否権がないんだった……せ、せめて白玉楼だけとか、そういう範囲を狭めてくれるように頼もう!おお、もし白玉楼だけで許されたら俺も庭師になるのかな?ふむふむ、……何かさ、庭師って響き、かっこよく感じない?何か魔術師より庭師の方が完成された言葉のように感じる。俺だけかなぁ。

 

そんなことを考えている俺に、紫は言葉を続けた。

 

「……つまり、貴方にはスペルカードルールに反対を示す、またはルールに背く行動をとるものに対する「駆除」を行って貰いたいのよ」

 

ほーう。そういうことね。

 

「なるほど……俺は妖力が無くてスペシウムガーデンルーラが使えないから、スペースカートルーキーを使わない相手を倒すという役割が与えられたということ、か」

 

 

「…スペル、カード、ルールよ。まぁ、それ以外はあってるわ」

 

…すぺる、かーど、るーる?めんこい名称やなぁ。初めて聞くから分からなかっただけだよ。ほんとだよ?断じて、俺の頭が弱いわけではない!……弱いわけじゃないよね?ちょっと心配になってきたでござる。だ、大丈夫大丈夫。俺しっかり九九できるからね。完璧完璧。

 

「それで、その姉妹吸血鬼はどんな奴なんだ?」

 

吸血鬼ってどんな感じなのか俺には全く分からないからね。聞いたことはあるんだけど。結構協力な妖怪ってことぐらいしか理解してないからなぁ。

 

「姉の方は幼い容姿に水色の混じった青髪、そして瞳が赤いことが特徴ね。でも、危険視している問題の方は…」

「妹さん、だろ」

 

「…そうね、ごめんなさい。妹の方はよく分かっていないわ。ただ姉と違って狂暴なことだけは確かよ。彼女は潜在妖力からして姉とは別物だわ」

 

紫さんにそこまで言わせるってめっちゃヤバイじゃないっすか。そこまでのものかい。『鬼』ってつくのはみんな化け物ってことかね。

 

「でも、余程のことがない限り彼女は現れないでしょう。余程のことがなければ、ね」

 

ふーん。俺としては、余程のことがあってくれた方がいいと思うんだがね。それは神のみぞ知るってことか。

 

「じゃあ、その異変を解決するハクレイの巫女ってのは?」

 

「彼女は見た目は普通の巫女と変わらないわ。でも、彼女は天才よ。スペルカードルールなら幻想郷最強であり、それ抜きでも彼女を倒すことは難しいわ」

 

お、おう。紫さんそいつのことベタ褒めじゃないっすか。っていうか今回の異変って強い奴多いんだね。その内強い奴のインフレの世界になったりするのかなぁ、幻想郷。こう「ハハッ!この攻撃を避けたら幻想郷は破壊されるぞぉぉおー!」「かっ、考えやがったなぁ!ちくしょうー!!!」みたいな。……やだなぁ。何回も幻想郷破壊してほしくないよ。

 

「そして、今回の異変でスペルカードルールに背く行為が見られたら貴方を投入しますわ。準備だけはしておいてくださいな」

 

「…わかったよ」

 

まぁ、スペルカードルールに参加出来ない分、しっかり働かせて貰いますかね。でも、今回は出番はないと思うけどさ。さてそれでは、妖夢ちゃんのところにもどりましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何日も紅い霧に包まれ続けている幻想郷。

その中の博霊神社に、変化があった。

 

 

「ようやく動く気になったのかよ霊夢。遅いぜ」

 

「めんどくさいけど、流石に職務放棄するわけにはいかないわ。誰だか知らないけど、さっさと元凶をぶっ飛ばしましょう」

 

「……これが幻想郷の博霊の巫女かぁ」

 

そして、紅い霧に包まれた幻想郷の空を、巫女と魔法使いは飛んでいく。

この「紅霧異変」を解決するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは冥界。

冥界には紅い霧が及ばず、空は青く太陽がいつも通り輝いていた。そんななか、二人の訓練は続いている。

 

 

 

 

「だからな妖夢。ドカン、シュイン、ガキンなんだよ」

 

「……伝蔵さん。なんかさらに適当になってません?」

 

白玉楼の屋敷から、二人の訓練風景を見ている八雲 紫は言う。

 

 

 

 

 

 

「……これが幻想郷一の剣豪かぁ……ないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話 働くこと

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。こんなもんでしょ」

 

幻想郷の巫女、博麗 霊夢は今、スペルカードルールで氷の妖精であるチルノを完封し、そして撃墜した。その戦いは一方的と言えるものだった。霊夢が打つ弾幕は必ずチルノにぶつかるのに対して、逆はあり得なかった。まるで後ろに目でもついているかのような、すべての弾幕がどこにくるのか予めわかっていたかのような、そんな動きをし、全てを回避した。彼女には未来が見えるのだろうか?そんな疑問を投げかけてしまう、そんな結果を見せつけられた。

 

霊夢と一緒にいる魔法使いの霧雨 魔理沙は、そんな霊夢の弾幕ごっこの一部始終をぷくーと頬を膨らませて見ていた。

 

「……何よ」

 

霊夢は弾幕ごっこが終った後も様子が変わらない魔理沙にそう言う。

すると、魔理沙は今度は唇を尖らせ、

 

「べっつに~。ただ、ジャンケンで勝った方が向かってくる敵の相手をするって決めて、ずっと負け続けてて弾幕ごっこが一回も出来てないことなんて何とも思ってないぜ~」

 

そう言った。

 

それを聞き、霊夢は大きくため息をつき言う。

 

「……はぁ…あんたが負けるのが悪いのよ」

 

「なに!私だって好きで負けてるわけじゃないんだぜ!いつでも全力でジャンケンに取り組んで……」

 

「魔理沙、あんたね、全力で取り組み過ぎて、手を出す前の拳にかかってる力加減で次にパーだすかグーだすか分かるのよ。次から気を付けなさい」

 

「な!そうだったのか……でも分かってたなら一回ぐらいわざと負けてくれてもよかっただろ!?」

 

「私はやるからには負けたくないのよ。それよりしっかりなさい。…もうこの異変の首謀者のすぐそこまで来てるんだから」

 

そう言い、霊夢は眼前に映る紅い館を見る。その場所の周りは特に紅い霧で覆われており、まるで、自分達がこの異変を起こしましたと主張しているかのようだった。

「…妙ね」

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「……いえ、何でもないわ。やることは変わらないし、別にいいか」

 

そして、二人はその館の前に降り立つ。

そこにはこの館の入り口である門があり、門の前には紅い髪をし、緑の華人服を着た妖怪が立っていた。

 

「おい、霊夢。何でわざわざ門から入るんだ?別に空とんだままはいっちまえばいいじゃないか」

 

しかし、霊夢の隣にいる魔理沙は目の前の妖怪ではなく、何故わざわざ門から入ろうとするのかを聞いてきた。

 

「…魔理沙、あんた魔法使いよね?だったらわかるでしょ。…この館の周りには、魔法によって門以外からは入れないようにされてるってことが」

 

「え?…ああ!もちろんわかってたぜ!」

 

魔理沙は当然だぜと言葉を続けた。だが、慌てている様子を全く隠せていなかったので霊夢にはもちろん目の前の妖怪にもバレバレだった。何故か妖怪の方は魔理沙に暖かい眼差しを向けている始末である。

 

そんな雰囲気の中、霊夢は気を取り直し目の前の妖怪に向かって話しかける。

 

「で、私達はその中に入りたいんだけど……大人しく入れてくれないかしら?」

 

「いえ、入れることは出来ません」

 

「そう、じゃあ弾幕ごっこで決めましょう」

 

「……?ああ!スペルカードルールですか!良いですよ」

 

霊夢は目の前の妖怪の言葉を聞き、眉をひそめた。

 

「…やけに協力的じゃない。こんな紅い霧を広めた奴の仲間だから、ごっこ遊びなんてしないと思ってたんだけど」

 

「まぁ良いじゃないですか。」

 

「……そうね。平和に終わるなら、それ以上のこともないし。このことはこの異変を止めてから全てを明らかにするわ」

 

そして、二人は向かい合いお互いに構える。これからが本当の始まり。後に、紅霧異変と呼ばれる事件の「本番」の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!霊夢!まだジャンケンしてないぜ!」

 

 

「あんたは少し黙ってて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー変わらないモノが欲しかった。

 

 

だって、それがあったなら安心することが出来たから。

だって、それが手に入ったなら立ち上がれる気がしたから。

ああ、でもそんな話はもうやめだ。

そんなモノなんて無いんだから。

そんなモノなんて現れないんだから。

そんな、だってとか、そういうのは、思考する必要がないよ。無駄無駄。

それが私なんだから。だから、しょうがない。そう納得してしまおう。その方が楽だ。その方が、絶対、正しいんだ。

 

 

きっと私はーー私のセカイは、何処までも平坦に見えて、でも凸凹で、広く感じて、でも狭くて、何かがあるように観えて、でも、何もない。そんな、あやふやなセカイ。

 

そんなセカイは認められない。

それは、不安定だから。その状態が不変だから。そして、そんなセカイは怖いから。

 

 

だから私は独りぼっち。

誰にも視られることはなく、誰にも近づかれることもない。そんな呼吸をするだけの御人形になったんだ。

 

でも、それで良いんだ。だって、私の周りのモノは何でも壊れてしまうから。どうやったって、壊してしまうから。だったら、わざわざ壊れに来てほしくない。私だって、疲れちゃうからさ。あれ、自分のことを御人形って言っておいて、疲れるなんて、変だよなぁ。御人形がそんなこと思うはずないのに。変な話だよなぁ。

 

……あれ?さっきまで何を考えてたっけ。……そうだ、御人形の話だった。御人形は可愛いよね。どんなに見てても飽きないよ。まん丸お目めに可愛らしいお口。いつもぎゅって抱き締めてあげてるんだ。でもね、ツイツイ強く抱きしめっちゃってナカの綿が飛び出しちゃうの。それをミルと泣きソウになっちゃう。デモね、それとドウジに、何故かウレシクなってくるの。オカシイよね。ドンナニ大事にしていても、カンジルことはいつもイッショなんだ。

 

アあ、デモなんでソウ感じるのカ、理由はワカッテるんだ。そシて、ソレハどうシヨウもない理由。

 

 

 

 

ーーソレガ、ワタシノ世界ダカラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっこら、えっこら、庭整備。

楽しい、楽しい、楽しいな~

 

ふぅ。俺、庭師に向いてるかもしれないな。

 

紅い霧による異変が起きている最中、俺は訓練している妖夢ちゃんの代わりに白玉楼の庭掃除をしていた。俺が庭を世話するって言ったとき、妖夢ちゃんがやらなくていいと言ってくれたんだけどさ……こっちは申し訳ない気持ちで胸がいっぱいで張り裂ける段階なのよ。

 

だって俺はさ、紫に剣術を教えるように頼まれて来たのにさ、俺が出来たことって「ほら、お前もこの岩斬ってみろよ(ドヤァ)」ぐらいだからね?もう今すぐ土下座するふりして頭を地面につけて一点倒立したい心持ちなのよ。ああ、本当申し訳ない。真面目に、刹那に、申し訳ない。

 

そんな心情から俺は、今こうして妖夢ちゃんの負担を減らすために庭師の仕事を代わりに行っているわけである。

 

でもね、意外にこれが楽しいのよ。俺も最初の頃はだるそうだな、と思っていたのだが、実際にやってみると、あれ?楽しい、となっていった。何かね、この綺麗に掃除し終わった後の庭をみるとね、この広い庭を自分が全部綺麗にしたのか…という達成感をすごく感じるんだよ。それで、次も綺麗にしよう!というやる気に満ち溢れるんだ。

なんだ、掃除ってこんなに素晴らしいものだったのか…次は自分の家も綺麗にしよう!最近帰ってないから埃とかたまってると思うけど、俺、頑張るよ!

 

ああそれとさっきも言った何か紅い霧?で人里とか調子悪い人が続出してるらしいね。長く続けば作物にも影響がでるって言って人々は大混乱だ。

 

……僕はね、人様に迷惑をかけるのはいけないと思うのです。紫が、紅い霧で異変起きるぜ!って言ってたときは特に関心も持ってなかったんだけど。まさか、霧でそういう被害がでるとは、ね。

 

たかが霧、されど霧、油断ならない女の蹴りってね。……女は理不尽だよ。俺はいつも女性に暴力をふるわれるんだ。なんでも、でりかしー?ってのがないんだってさ。……まったくどんな菓子だよ全部持ってこい!!

 

そんないつも通りのくだらないことを考えていたとき、目の前の空間がさけ、そこから隙間妖怪である紫が現れた。

 

「伝蔵、仕事よ」

 

「…何か起きたのか?」

 

紫の真剣な口調に俺もいつも通りの話し方を止め真面目に返答する。

紫がこのような態度をとることはあまりない。だから、今から俺に頼もうとしている仕事もふざけたものではないだろう。俺は心を落ち着かせ答えを待つ。

 

「吸血鬼の妹が閉じ込められている地下の魔法の結界が、突然不安定になり始めたわ。このままだと、外に出てしまうかもしれない。……今はマズイのよ。ちょうど今、博霊の巫女が門番を倒して、中に入ったところなの。…きっと、スペルカードルールを知らないでしょうから、戦うとしたらそれぬきの戦闘になるわ。それでは、今回の異変を起こした目的を阻害してしまう」

 

「余程のことが起きそうってわけかい。人生ってのは、上手くは廻らないもんだねぇ」

 

…そうか、吸血鬼の妹か。全く、姉は何をやってるんだか。呆れて言葉もでないぜ。……お前のせいで俺が死地に向かわされるんだからね!ほんとふざけるなよ!しっかり妹を導いてあげなさいよ!あー!もうイヤーー!何で俺が紫先輩お墨付きの最強吸血鬼のところに向かわされなきゃいけないんだよ!畜生め!!

 

 

 

……はぁ、腹、くくりましょう。覚悟しましょう。もう、やり直せないんだから。あの日には戻れないんだから……

 

「了解した。じゃあ、今すぐ向かおう。」

 

「頼んだわ。出来れば殺さないで、無力化してくれる?その方が後がスムーズに進められるから」

 

あの、僕の心配をしてくれませんか?

僕、真面目に妖力無いんすよ?一発当たったら即・死☆よ?そこんところ理解出来てないよね。何?前、紫先輩の財布の中身全部使いきったことに対する当て付けなの?

俺だけじゃなくて共犯者もいたからね?そっちの方にも制裁しとけよ!絶対、絶対だかんな!!

 

 

 

 

ま、ふざけるのはこれくらいにして、と。

 

ーー目の前に空間の裂け目ができ、それが広がる。その裂け目の中から見えたのは、独りぼっちの変わった帽子をかぶった幼い少女。

金色の髪に変わった翼。

その翼は、様々な色の宝石のようなモノがぶらさがって出来ている幻想的なモノ。

俺はその少女がいる場所へと、スキマを通り入っていく。目の前の少女は、そんな俺を見て笑っている。ワラッテイル。俺が通ったスキマが閉じてもずっと、ずっとずっとこちらを視てワラッテイル。

 

「ダメだめ。子供は『心から』笑ってなきゃ、一人前とは言えないぜ?」

 

「フフフ、ハハハ、ハハハハハ!ネェ、アナタハコワレナイ?」

 

なぁにをいってるんだか。壊れるとか、壊れないとか、そんなものは云ぬんかんぬんどうでもいい。それはただの『結果』だ。壊れたらとか、壊れなかったらとか、そんなものは何の意味もない『結果』なのさ。そこに価値はないよ。まったく、若いやつはそこんところがわかってない。

 

「まぁ、かかってきなさいな。そこから話をすることにしますかね。」

 

「ハハハ!!コワレチャエ!!!」

 

願わくば少女には、俺に価値のある『答え』を掲示してくれることをーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝蔵が完全に目的の場所に到達したのを確認して、私はスキマを閉じた。

別に様子を見る必要はないだろう。伝蔵はああ見えてしっかりと仕事はこなしてくれる。たとえ無茶なことでも最終的には成功させるのだ。まぁ流石に無傷というわけにはいかないが。

 

 

 

さて、それでは私は、幽々子と一緒にお茶でも飲んでのんびりしていましょう。

伝蔵も霊夢も私の望む結果を運んでくれるのだから、安心だ。

 

そう思い、私は幽々子が居るであろう白玉楼の屋敷の中の一室に、スキマを通し向かう。そしてその場所には幽々子と庭師である妖夢がいた。

 

「あら、紫じゃない」

 

「こんにちは。 幽々子、それと妖夢 」

 

「紫様。よくおいでになられました。」

 

ちょうど二人は昼食をとろうとしていたところらしい。二人で挟まれている机の上にはしっかりと調理された三人分の食べ物がのっていた。

 

「あら、今日は忘れずに妖夢が作ったのね」

 

「……ははは。しっかりとした昼食を食べたかったので。…そういえば伝蔵さんがどこにいるか知っていますか?ちょうど御呼びしようとしていたので」

 

「ああ、伝蔵?伝蔵ならさっきまで庭掃除をしてたけど、今起きてる異変で少し問題が生じたからそのまま向かわせたわ。帰ってくるのは遅くなるでしょう。だから、この伝蔵の分の昼食は私が食べるわ。そういうことでいただきます。」

 

私は正座をし、目の前の昼食に目を向ける。流石は妖夢が作っただけあって様々な種類の料理が机の上にある。どこかのだれかさんとは違い単品と言うことはなかった。よし、それじゃあいただきましょう。そう思って私が箸をとり料理に手をつけようとしたときだった。妖夢が突然元気よくこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「そのまま向かったのですか!では伝蔵さんは剣術以外も優れておられるのですね!」

 

 

 

 

 

箸が空中で止まる。

 

 

……え?今なんて言ったの?この子?

 

「ごめんなさい。妖夢。今、何て言ったの?」

 

私の聞き間違いかもしれない。私は妖夢にさっきの言葉を聞き返した。だが、それは間違いないではなくーー

 

「え?ですから、伝蔵さんは剣術以外も優れておられるのだと。伝蔵さんは庭整備をしてくださっていただいている時、必ず身に付けている刀を白玉楼で宿泊している部屋において行くのですよ。なんでも重くて邪魔だそうで。それにしても知りませんでした!まさか剣術以外も優れておられるとは!今度、私も教えてはくれないでしょうか?」

 

妖夢が目をキラキラと輝かせながらそう言うのに対して、私は手に持っていた箸を机に置き、両手で自分の顔を覆う。

 

 

 

 

 

……そうだった。すっかり忘れていた。あの男は、あの剣士はーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頭が、残念だった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話 壊すこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーまぁ、かかってきなさいな。そこから話をすることにしますかね。」

 

 

 

俺がそう言ったと同時に、目の前の少女ーー吸血鬼がこちらに向かって飛びながら突っ込んでくる。少女の背中にある色とりどりの宝石のようなモノが輝き、幻想的な光を発する。その姿は、思わず見とれてしまうほど綺麗だった。……だが、意識を切り替えよう。相手の見た目は幼い女の子そのものだが、発せられている妖力は尋常ではない。妖怪の中でもトップクラスの実力者と言えるものだ。気を抜くと間違いなくこちらが殺られてしまうだろう。

 

ーー想像してたより、速い。

 

俺は自分の両目に妖力を集中させる。俺は身体能力が低い。だからこうして自分の中のなけなしの妖力を両目に集中させ、反応を早めなくてはいけないのだ。故に、戦う時自身の体の周りをなんの力でも覆っていない。どんな攻撃も一つでも当たったら致命傷、直接死に繋がってしまう。そんな大きな危険を背負ったまま戦わなくてはいけないのだ。相手の少しの挙動だって見逃せない。

 

俺は目を凝らして少女を視る。

 

少女は俺との距離が半分になった瞬間、空気が吸い込まれていく音と共に自らの右手に何かを出現させた。

それは焔の剣。いや、それは剣ではないだろう。確かにあれは剣の形を炎で型どっているが、あれは『焼き』払うためのもの。『斬り』払うという本来の剣の役割には程遠い。少女はその焔の剣モドキで俺に攻撃するらしい。少女が目の前で大きく腕を振りかぶる。その動作と共に空気はまた大きく音をあげた。灼熱の業火を体現しているそれからは、他を圧倒する強い力を十分に感じられることができた。そして、俺はそれを見て、

 

ーー俺の刀なら斬れる

 

そう、確信した。

普通はそうは思わないだろう。少女がもつあの焔の剣モドキは、通常なら何でも燃やしてしまう。それは普通の刀も例外ではない。容易く刀の刀身を呑み込んでいくだろう。

だが、俺が使うならきっと、刀だって耐えてくれるはずだ。

そんな何の理論もない、非現実的なことを信じる。それが俺。俺はこの長い時を『斬る』という行為と共に過ごしてきた。その年月は未だ色あせることなく、真っ直ぐなものだ。だから、例え俺の持つモノが刀とは言えなくても、例え持つモノがそこら辺に落ちてる細い木の棒だったとしても、『斬る』ことが出来ると思えるのなら、炎だって『斬る』ことが出来るーー!!!

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

だが、鞘から刀を引き抜こうと柄に手を伸ばしても、手に掴むのは空気ばかり。

…あっ、あれ?おかしいな?いつもはここら辺に刀の柄があるのに…

そう思い俺は少女から視線を外し、自らの左腰にあるはずの刀に目を向ける。そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

あ、あれー。何か刀ないアルネー。

 

 

 

 

……し、しまったあああああ!!!

そういえば刀白玉楼に放置したままだったぁぁあああ!!!

俺はその事実を、今この場で、今更思い出した。

…え、え?嘘でしょ?なにこれ笑えない。何が「まぁ、 かかってきなさいな。そこから話をすることにしますかね 」だよ。何かっこつけてるの?逆でしょ。正しくは「すいません、かかってこないでください。間に合ってるんで」だろ?いや、これも若干何か違うけど。

でもこれ無理じゃね?何かさっきまで妖力がうんぬん言ってたけどさ、それ以前の問題っすよ。いきなり王手だよ。始まり早々チェックメイトだよ。

何で自分で自分を追い込んだの?俺。いいんだよ自分を極限まで追い込んで覚醒とか。今そういう空気じゃねえから。今は仕事を完璧に遂行させる感じだから。

…今から謝ったら許してくんないかな?無理だよね。だって俺めっちゃ威張りまくってたもん。余裕ぶっこいてたもん。相手はの女の子は怒り心頭だよね……いや、でもいけるか?相手はまだ幼い少女だぞ?可能性は五分五分じゃない?ワンチャンあるんじゃない?……いける、いけるぞ!これはきっといける。誰がなんと言ってもいけるね。ハッハッハ、大丈夫。俺のコミュニケーション能力は伊達じゃない。何せあの友達少ないアリス(笑)と会話できるんだぜ?すごいだろ?これは俺が唯一自慢できることだからね!……でも、アリスちゃん本当にまともに会話する相手いないんだから。困ったもんだよね。全く。今度誰か他の知り合いでも連れていってあげようかしら。うん。それがいいな。

…って今はそんなこと考えている場合じゃない!!現実逃避するな俺ぇ!!!話合いに持ち込むなんて無理に決まってるだろうが!見なさいよ今の現状を!特に会話すら多く交わしてない相手が全力で向かってきてるのよ?あの子やばいって。頭のネジ何本かとんでるって。絶対戦闘民族だって。

やっべー、本格的に不味いなこりゃ。目の前の少女は正気じゃない。少し戦いながら徐々に落ち着かせる算段だったんだけど……こりゃ、無理でごさる。詰みでこざる。ほら、見ろよ?少女の目を。ありゃあ完全に異常ーーー

 

俺は彼女の目を見て動きが完全に静止する。思考すら完全に止まってしまう。

それは少女の視線が恐ろしかったからではない。そして、彼女が明らかに異常者の目をしていたからではない。それは、彼女がーー

 

 

 

 

 

「ーー何でお前、自分が狂ってるふりをしてるんだ?」

 

彼女が、明らかに「自分の意志」で偽りの自分を演じていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗 霊夢は緑の華人服を着た妖怪を倒した後、ゆっくりと歩きながら館の中を進んでいた。

隣にいた魔理沙はいつの間にかどこかにいってしまったらしく、自分の話し相手もいなくなってしまったため少々この異変に対して面倒だという気持ちが大きくなっていった。

 

「はぁ、退屈ね…」

 

「あら、私は貴方達が来てとても忙しくなってしまったのだけど?」

 

そんな時、突然背後から自分の言葉に返答する声が聞こえた。霊夢は慌ててお祓い棒を構え、振り返る。自分が声が聞こえるまで相手の存在に全く気づかなかった。霊夢はそのことを不思議に思った。気配を消し自分の後ろに立つことができる者など今までいなかった。きっと今、自分の目の前にいる変わった服を着た銀髪の女は強者だろう。それを認識し気を引き締める。

 

「…へぇ。あんた人間なのね」

 

「ええ。この館の主、レミリア・スカーレットお嬢様に使える人間の従者、十六夜 咲夜よ。よろしく」

 

そう言い、目の前の女は頭を下げた。霊夢はそんな彼女に言葉を返す。

 

「ご丁寧にどうも。私は博麗 霊夢。博麗神社の巫女よ。それで、あんたに聞きたいことがあるんだけど」

 

「なにかしら?」

 

「その服は何?」

 

霊夢はお祓い棒で咲夜の服を指す。咲夜はそれを聞き、ああこれ?と言った後言葉を続ける。

 

「これはメイド服と言う物よ」

 

「へぇ……」

 

「なに?気に入ったの?」

 

咲夜は霊夢の反応を見てそう言った。だが、霊夢が獰猛な笑みを浮かべ出したのを見て戦闘体制に入る。

 

「ええ、とても気に行ったわ。……冥土服なんて、これからあんたをぶっ倒すのにピッタリじゃない!」

 

「…はぁ、…その冥土じゃないわよ」

 

 

そして博麗 霊夢と十六夜 咲夜による戦闘がーーこの幻想郷での「スペルカードルール」による戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー地下の結界が安定しだしたわ」

 

白玉楼にて、八雲 紫はそう呟いた。

紫は今まで早く伝蔵に刀を届けなくてはと焦っていたが、その必要はないことを知りホッと肩を下ろした。伝蔵は自分で剣術以外は全く出来ないと言っていたが、それは謙遜だったらしい。まったく、心配するこちらの気持ちも考えてほしいものだ、と紫は思った。

 

「も、もう仕事を終えたのですか!?流石伝蔵さんです!」

 

さっきの紫の呟きは妖夢に聞こえていたらしい。妖夢は伝蔵の仕事を終える早さに、驚きと尊敬の態度をあらわにしている。

紫はその妖夢の様子を見て小さく笑みが零れる。妖夢が紫の前で見た目相応の態度をとることは今までなかった。前までは自分の意思を殺して幽々子の従者を演じていたが、妖夢は伝蔵が来た日から少しずつ変わっていった。妖夢は自分のことを、伝蔵を通して前向きに捉えていけているように感じる。

 

(彼の剣の指導は滅茶苦茶だけど、それ以外の指導は上手くいっているのね)

 

と、紫は漠然とそう思った。伝蔵が意識してそうしようと努めているとは到底思えない。だが、結果として妖夢には確実に変化が表れている。今まで伝蔵に頼んだことが間違いだったかも知れないと思っていたが、そんなことはなかった。剣は鍛えずども、心は育っている。これからどのように妖夢が成長していくのか、将来が楽しみになってきたな、と紫は未来に思いを馳せた。

 

「紫様、アレですか?伝蔵さんはなんちゃら拳法とか使える感じなのですか?」

 

 

 

……良い方に育っているのよね?と紫は妖夢の将来が少し不安になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー何でお前、自分が狂ってるふりをしてるんだ?

 

まさにフランが炎剣で攻撃を加えようとした瞬間、伝蔵がそうフランに問いかけた。

その言葉を聞き、フランの動きは伝蔵のすぐ前で静止し、剣は振り上げたままの状態で止まった。

 

「…ナンノコト?」

 

フランは狂人の笑みを浮かべながら、愉しそうにそう言う。その姿は誰がどう見ても破壊を楽しむ異常者の姿だった。まるで壊しても楽しければいいと思っているかのような、その先に悲しむ者がいても知ったことかと本気で思っているかのような、そんな姿を体現していた。

だが、伝蔵はそんな彼女の目を視る。表情や言動などは気にかけない。ただ彼女の目を見続けていた。

そんな伝蔵の視線に堪えきれなくなったのか、フランは彼の視線から逃れるために横に目を逸らした。伝蔵はそんなフランの様子を見た後、自分の右手で後頭部をかきながら言葉を紡ぐ。

 

「…ハァ、それがお前の答えだった、ってわけか」

 

そう伝蔵は言った。フランはそれを聞き、小さな声で、この世の誰よりも小さな声で、叫ぶように言う。

 

「………あなたに…貴方に何がわかるの…?」

 

伝蔵にその声が聞こえたのかは分からない。彼はフランがその言葉を言った後、その場に座りこみ胡座をかいた。

これからのフランの独白を待っているかのように、ただ真顔でフランを見つめていた。フランはそんな彼に、今までの生きてきた年月分の怒りをぶつけるかのような、強い口調で言葉を続ける。

 

「わたしは、わたしは何だって壊せた!命の価値なんて、そんなの、すべて同じのように感じてた!だって、この手を開いて、閉じただけで、全部壊れたんだから!

……でも、全ての命の価値が…同じなわけがなかった……ーーー私はね、お姉様が大好きだったの。」

 

フランは今までの強い口調とは逆に、優しい口調になり、言葉を続けた。

お姉様は何でも出来たとか、お姉様は誰よりも優しかっただとか、そんな、何処にでもある妹の姉自慢。それはとても暖かみのある話だった。それを聞いている伝蔵は、自らの両目を閉じ、黙って自慢話に耳を傾けている。

 

「ーー小さい頃から閉じ込められてた私にね、お姉様だけは優しく接してくれたの。しっかりと私の話を聞いてくれていてね。絵本だって読み聞かせてもらってた……嬉しかったなぁ。こんな私でも、生きてていいんだな、って実感出来てた」

 

そう、笑みを溢しながらフランは言葉を続けていた。だが次の言葉を続ける瞬間、その笑みはなくなり、悲しみの表情を顔に浮かべ始める。

 

「ーーでもね、それとは反対に、私は自分の両親が大嫌いだった。……私を視る目が、嫌いだった。まるで、何でお前が生まれてきたんだって、何でお前はまだ生きているのかって、そんなことを、常に私に伝える、そんな目が大嫌いだった」

 

だからね、とフランは言葉を一旦そこで区切り、一呼吸してから言葉を続けた。

 

「ーー壊したんだ。あいつらの「目」を。……「目」っていうのはね。景色とかそういうものを認識する方じゃなくて、モノの中で最も緊張している部分のこと。そこに力を加えると、どんなモノだって簡単に壊れてしまうの。…私の能力だったらそれが簡単に出来るの。だからね、一瞬で壊しちゃった」

 

フランがそう奇怪に笑って言った。だが、伝蔵は黙ってその話を聞き続けている。いまだに両目を閉じ、表情も変えずに。フランはそんな彼の様子に構わずに言う。

 

「でも、問題はその後だった。それを知ったお姉様が、初めて私に怒りながら言ったの。何てことをしてくれたんだって。……そこで初めて分かったんだぁ。私にとっては、あいつらの命の価値なんてどうでもいいモノなんだけど。お姉様にとっては、凄く大事なモノだったんだって。ーーだから、私は今こうしてずっと地下にいるの。もう、お姉様の大事なモノを壊さないように。」

 

それが彼女が今この地下にいる理由。別に彼女の能力を使えばこの地下の魔法の結界を破ることなんて容易いだろう。『壊す』ことこそが彼女の得意分野なのだから。でも、そうはしなかった。彼女はそんなことはせず、おとなしくこの場に閉じ込められることを選んだ。自分の姉の、大事なモノ壊さないように。

 

「私が正気じゃないふりをしてれば、自然と私の周りから全てのモノが離れていくから。だから、演じていくことにしたの。……だって私にはわからないんだもの。お姉様の大事なモノなんて、判断出来ないんだもの」

 

そして、彼女はそこだけは狂っている。いや、狂ってしまったのだ。親に大事なことを全く教わらなかった彼女は、その感性だけは磨くことができなかった。自分以外の世界を視ることができなかった彼女は、相手の心を見通す能力が欠如してしまったのだ。

そんな彼女に、自分は何と言えばいいのだろう?伝蔵は目の前の少女のことを考える。どうすれば、彼女は救われたのだろう。

自分がもし昔に彼女と会っていたとしても、きっとどうすることもできなかった。この少女の『親』には決してなれないのだから。本当の意味で、彼女を救うことは出来ない。それは今だってそうだ。今彼女に同情したって、「苦しかったな」なんて優しい言葉をその後に続けて慰めたって、きっと彼女には届かない。きっと、彼女の心には浸透していかない。だから、伝蔵はそこを考慮したうえで、彼女のことを深く考えたうえで、両目を閉じたまま、だが確かに広角をあげて笑い、

 

 

 

 

 

 

 

「ーーんなもん、壊せばいいじゃねぇか」

 

 

 

 

 

そう、言った。フランはその言葉を聞き一瞬呆けるが、すぐに怒りの表情を浮かべ言う。

 

「っだから!そんなことしたら、お姉様がまた泣いてしまうから!そんなことは!!できないっ!!!」

 

「そうか?俺は簡単な話だと思うけどね?お前が何かを壊しちまって、それが姉ちゃんの大事なモノだったとしたら、もうお前は同じモノは壊せないだろう?」

 

何を言ってるんだこの男は、とフランはさらに怒りを覚える。だってーー

 

「一つだって、同じモノなんてない!壊してしまったら!もう元には戻らない、だから壊せないんだろう!!だからーー」

 

「ああそうだな。まさにその通りだ」

 

伝蔵はフランの言葉を途中で遮り、そう言う。さっきと変わらず笑みを浮かべながら、だが眼は開き、フランの目を見ながら言う。

 

「壊しちまったらもう元には戻らない。だから壊しちまったら悲しいと思うし、怒りもする。まさにその通りだ。……でもさ、そんなの、簡単な話だったのさ。お前のその悩みはさ、本当に、本当に簡単な方法で解決出来たんだ」

 

伝蔵は笑みを止め、フランを哀れみながら、悲しみながら、言葉を続ける。そう、簡単な話だったのだ。目の前の少女は、そんな簡単な話を両親から学ばなかった。だから、こんな遠回りな道を進むことを選んでしまった。全く別の方向に歩を進めてしまったのだ。伝蔵はそのことを哀れみ、少女の両親に怒りを覚えながら、言った。

 

 

 

 

 

「ーーお前は壊す前に、姉ちゃんに聞くだけで良かったんだ。これが壊していいモノか、悪いモノなのかを。……それだけでお前は、救われていたはずだったのに」

 

きっとそういうこと。子供が両親から最初に教わる、最も大事なこと。分からないことは誰かに聞く、そんな、簡単なこと。

 

伝蔵はそう言った後、立ち上がり少女に背を向けて、この部屋の出口らしき扉に向かって歩き出す。

 

「まぁ、俺が言えるのはこれだけだ。後は自分でどうすればいいか考えな。」

 

そう言い伝蔵はこの場を去っていこうとする。フランはその姿を見て何も言えずに、ただ俯いていた。

 

「ーーああ、それと」

 

そんな彼女に対して、伝蔵は言う。

 

 

 

 

 

ーーー少し、お願い事があるんだがーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何か不気味だな」

 

霧雨 魔理沙は地下に通じてるらしき階段を進んでいた。

霊夢と別れた後、彼女は紅魔館の中をなんの目的もなく箒に乗り飛び回っていた。すると偶然、この館の隠し通路のような小さな道を見つけたのである。好奇心が強い彼女はその階段を何の恐怖も抱くことなく降りていた。

だが、魔理沙はこの通路の終点らしき扉の前に立ち、怖くなった。

ーーこの扉の向こうにはナニカがいる。そう彼女の直感が告げていた。そして、それが危険なモノだということも無意識に理解してしまっていた。

しかし、それでも退かないのが霧雨 魔理沙だ。彼女は自分の頬を両手で叩き、気合いを入れてから扉のドアノブに手を飛ばす。その瞬間、

 

ーーガチャ、ガチャッ

 

「ひっ」

 

ドアノブが向こうから回されたらしい。彼女の手によってではなく、ドアノブが動いた。

向こうにいるナニカがこちらに来ようとしている。だが、鍵がかかっているせいでこちらには来れないようだ。そのことに魔理沙は安堵し、息を吐く。しかし、

 

ーーガキッ

 

「ーーーえ」

 

ドアノブが、壊れた。

この向こうにいるナニカは自分が今扉の前にいることがわかっている。だから、このタイミングでわざわざ鍵を壊してまで来ようとしているのだ。彼女は恐怖に包まれる。そして一歩後ろに後退するが、それまでだった。

扉が開きだした。

魔理沙は瞳に涙を浮かべてしまっていた。まさかこの向こうにいるのがここまで危険な奴だとは思わなかった。自分のために扉の鍵を壊してまで来るその執着心。まともな相手だとは思わない。もしかしたら殺されるかもしれない。そんなことが脳裏をよぎる。ああ、しまったなぁ、こんなことになるなら、好奇心に身を任せるんじゃなかった、と彼女が一種の諦めに入った瞬間、目の前の扉を開けた者の姿を彼女の瞳が捉えた。

 

ーー小麦色に焼けた肌に、黒く短めに切られた髪。黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣。そんな人間の形をした男は、こちらを見てから、言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?何で俺が出てきたら泣き出してるの?傷つくんですけど」

 

 

 

 

 



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9話 折ること

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、伝蔵さんとやら。聞きたいことがあるんだが」

 

「…なんだよ」

 

俺は妹吸血鬼のいた部屋から出た後、何故か俺を見て泣き出した女の子、霧雨 魔理沙と行動を共にしていた。

 

まぁ後に彼女は、俺を見て泣いたわけじゃないと必死に身ぶり手振りを加えながら説明してくれたけどさ……何か、もう今度は、お兄さんが泣きそうなのよ。

何か彼女が慌てて、泣いてない!泣いてないんだぜ!って必死になって言うのよ。俺はこの時、このぐらいの年頃の女の子が自分の涙を見られて恥ずかしがるなんてなぁ、なんて少しほっこりした気持ちになっていたのだけど、そこで僕は察しました。

あっ…これは俺のためにここまで必死になってるんだな、って……

……なんかね、もう、死にたい。何?俺の顔そんなに怖いの?このぐらいの年頃の女の子には、初めて見ると涙を浮かべてしまうほど怖いの?

もう、なにさ。なんなのさ。

言っとくけど自分の気持ちってのは簡単に変えられるけど、自分の顔ってのは一生変わらないんだからね?君は僕のハートにクリティカルな行動を現在進行形で行っていたからね?やめろよその、あっ顔が怖くて泣いてしまってたけど何とか気付かれないように誤魔化そう、相手の為に。っていう優しさ。

その優しさはどんな刀よりも鋭利だからね?スパッといくからね?

ていうかもっと上手く誤魔化してくれませんか?必死すぎてもうね。なんていうか、ああ、もう、何でも良いや。死に場所を捜そう……

 

そんなことがあり、現在の俺の精神は少し不安定になっていた。そんな中、今俺は彼女と一緒に紅い廊下を歩いているのである。

 

「お前はこの館に何をしに来たんだ?」

 

そう隣の彼女から問いかけられた。

何をしに来たか?えっと、あれだよね。あれだよ…何だっけ?……そうそう、妹吸血鬼を無力化させることだった。いやほんとに、大変だったわ。ちょっと心臓に悪かったわ。でもあの妹さんが話が通じる奴で良かった。もし通じなかったら死・亡☆だったよ。今ごろ。

だが、その仕事はもう俺は終えてしまった。現在の少女の状態なら同じことはもうしないだろう。何せ演じているだけだ。周期的なものだったのだと俺は思う。それが偶然この異変時にあたってしまっただけだ。少女が、周りに自分の偽りの存在を知らしめるための行動が。偶然に。

 

運命は虚ろだ。未来はきっとそれよりもあやふや。……そんなものなんだろう。

 

さて、それでは隣にいる彼女には何と言おうか。正直これから何をしようとしているのか言ってもいいんだけど。その、なんだ、めんどくさい。

いや…めんどくさいっすよ。だってこれまでの経緯を長ーく話さなくてはいけないからね。短くして話してもいいんだけど、俺は脳筋だから誤解が生じるかも知れない。

まぁ、こんな時は大人の、嘘は言わないけど本当のことも言わないという汚い手を使いますか。

 

「仕事だよ。それで今からは残業だ」

 

「残業?」

 

「ああ。まったく、めんどくさいもん背負っちまった」

 

本当に、かったるい。

だけどそのまま放置ってのは、ねぇ?流石に後味が悪い。それに、やはりここは大人がしっかりとするべきなのである。

……頑張るか……ハァ。

 

そのまま歩くこと数分。俺達はある扉の前に着いた。

 

「…結構デカイ扉だな……よし!じゃあ早速いくぜ!」

 

そう言い、隣にいる魔理沙は勢いよく突撃していく。うん、ちょっち待って?ちょっと待ってください。

俺は彼女の襟を後ろからつかむことで進行を止める。

 

「ぐっ!な、なんだよ!」

 

「まぁ待て。ここはまず大人の俺から行こう」

 

「なんでだよ!別にそんなのどうでもいいだろ!?」

 

いや、今回ばかりはいけません。

この少しの間俺は君と話をしたけどね、わかったことがある。

君は礼儀というものを知らないだろう?

さっきから言葉使いがなっちゃいないぞ。せめてもの救いとしては偉そうな態度をとらないので話しやすいことかね。うん。

僕はね、子供がこういう態度をとってしまうのは許します。背伸びしたい時期だもの。多少の無礼は寛大な心で受け止めます。具体的には呼び捨てされるレベルぐらいまで。

でもね?今この館では僕のような広い心を持った人は少ないと思うんだ。

実は前から薄々と思ってはいたんだけどね、妹吸血鬼が強いとかハクレイの巫女最強説とか聞いた辺りぐらいから。

たぶん、この館は今ね、幻想郷の最強の最強による最強のための異変の中心部なのよ。大体つよい奴って偉そうな態度とる奴多いからね、もし君が「……この異変を…終わらせにきた!」とか無い胸はって言ったら瞬殺されるのよ。だから、ダメ。

 

まぁ見てな。俺が大人の礼儀ってのを見せてやるよ。

 

 

 

 

 

「あ、すんませーん。誰かいますかー。怪しい者じゃないっすけどー」

 

そう言い扉を開き中を見ると、目に映ったのは本と本と本。とにかく、たくさんの本が並んでいる広い部屋だった。

 

「…すごい。これほとんど魔法についての本だぜ!」

 

魔理沙は自分の身近にある本棚を見ては嬉しそうにそう言う。

こらこら、かってに誰かの物を触ってはいけないでしょうに。マナーがなってないぞ。怒っちゃうぞ。いいのか?

 

「はーい。ちょっとまってくださいねー」

 

俺が注意しようかと迷っているとき、この部屋の何処かから声がした。そして奥から一匹の黒い羽をはやした悪魔?が俺達の所にやって来た。

 

「はい。御待たせしました。何か御用でしょうか?」

 

目の前の長い赤の髪を揺らす女性はさっきの俺の声が聞こえていたらしい。礼儀正しく、そしてこちらに笑みを浮かべ俺に用件を聞いてきた。

 

……これだよ!これが、これが大事なんだよ!

俺は心の中でガッツポーズをとる。

今までこの館にいる奴等はめんどくさい奴ばかりだと勝手に思い、多少の偉そうな態度などは目を瞑ろうとしていた俺であったが、目の前の彼女を見て考えを改める。

そう、偏見はいけなかった!見てくれよ、この相手との対応に配慮しようとする姿勢!素晴らしいね。

きっと彼女だってこの館に居るのだから多かれ少なかれ力は確実に持っているはずだ。だが、だがそれでも凄まないこの姿勢。素晴らしい。フッ、世界ってのは、悪い奴の方が少ないのかもなぁ。

 

「ああ、すみません。お忙しいところ。少し聞きたいことがあるのですが」

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

目の前の彼女は首を傾げる。

 

「…えーと。……姉の方の吸血鬼御嬢さんはこちらにいらっしゃいますか?」

 

「レミリア御嬢様ですか?」

 

「ああ、はい。たぶんその方です」

 

よく考えると俺は探している奴の名前すら知らなかったでござる。恥ずかしい。しかし、そんな俺に律儀に対応してくれる彼女。素晴らしすぎて涙がでそうでござる。

 

「今はこちらにはいらっしゃいませんね」

 

「…そうですか…ではどちらに居られますかね?」

 

「すみません。それはわからないです…」

 

申し訳なさそうにそう言う彼女。

そっかぁ、知らないかぁ。じゃあしょうがない。この場は後にするしかないか。

 

「そうですか、すみませんお時間をとらせてしまって。それでは」

 

そう言い、後ろを振り返りこの部屋から出ようとする俺。だがーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁ、この本持っていっていいか?」

 

その時、そう魔理沙が彼女に言った。

 

 

………ん?

 

 

「いや、それは少し困ります……」

 

「えー?別にいいじゃんか少しくらい。こんなにあるんだから」

 

 

………お?(怒)

 

 

 

「で、ですが…」

 

「大丈夫大丈夫。借りるだけ、借りるだけだぜ」

 

 

彼女が困っているのにも関わらず、魔理沙は構わずにそう言う。

…ま、まぁ彼女はまだ子供なんだからね。しょうがないよ。だから、だから拳を握るな俺ぇ、落ち着くんだ。相手は子供だぞ?優しく大人の対応をするんだ。

そんなこんなで怒りを静めることに務めていた俺であったが、次の彼女の言葉を聞いた瞬間、完全にキレた。

彼女はどや顔になってこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に借りるだけだぜ。死ぬまでな!!!」

 

 

 

「ちょっと正座しろやクソガキィィイイイ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…貴女、強い、わね」

 

「そう、あんたが弱いんじゃないの?」

 

「ふっ、よく言うわ」

 

人間のスペルカードルールによる戦闘は、博麗の巫女の勝利で幕を閉じた。

だが、その戦闘はこれまでの一方的な内容のようではなかったようだ。霊夢の着ている服にはいくつもの刃物で切り裂かれた後が残っており、彼女の頬には一筋の汗が垂れていた。霊夢はそんな自身の姿を見た後、

 

「まぁでも、……楽しかったわよ」

 

そう咲夜に語った。

咲夜はそれを聞いて少しだけ笑い、自らの両目を閉じ、そのまま立つことはなかった。

そんな咲夜の様子を見た後、霊夢はゆっくりと歩き前に進んでいく。

 

「ーーこの先が終着点よ。せいぜい、頑張りなさいな」

 

歩いている霊夢の後ろから、咲夜がそう言った。それを聞き霊夢は一瞬動きが止まるが、すぐにもとの歩く動作へと変える。そして自分にだけ聞こえる小さな声で言った。

 

 

 

 

 

「ようやく。この異変の首謀者をボコすことができるのね。……はやく終わらせましょ」

 

 

次第に霊夢の歩調は速くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、だからごめんって」

 

「謝って許されるならねぇ?神様なんて、いらないんだよなぁ?」

 

「は、はぁ!?「ああん!?」す、すみません」

 

「いや、もう許してやってくださいよ。私だって、怒こってませんよう」

 

「いや、このぐらいの年頃のクソガキには早めに対応しないとダメですよ。でないと今よりも生意気になってしまいます」

 

「私のどこが生意気「ああん!?」す、すみませんです」

 

俺は生意気な魔法使いこと、窃盗魔理沙に説教していた。

でもね、この行動は大人なら誰だってとるはずなのである。だって、どうどうと盗みを働こうとしてるのよ?これはどげんかせんといかんでしょ。叱らんといけないでしょ。第一この子反省してないと思うでござるよ?きっとこの子、俺が解放した瞬間「バーカ、バーカ!」とか言い出しそうだもん。

ふむ……困ったなぁ。どうすれば反省を促せるか…

 

「もう許してくれよぉ。正座なんて普段してないから足が痛いんだよ。解放してくれるなら何でもするからさぁ」

 

……何でも?なるほど。これはいい妥協案を思いついた。

 

「ふむ。わかった。じゃあ、えーと」

 

「あ、私は小悪魔と言います」

 

「あ、ご丁寧にどうも、俺は伝蔵って言います。小悪魔さんですね。じゃあ、貴女は正座してる彼女に何か命令していいですよ。何でもするらしいですから」

 

「ええ!?」

 

正直魔理沙に反省を促すことはほぼ不可能だろう。だったら被害に遭いそうになった小悪魔さんに、謝罪の形として何かをするということで今回は妥協しよう。

それに、少しこの場所で時間をかけすぎた。俺は早く姉吸血鬼を捜さないといけないのである。

 

「な、何でもですか……グヘヘ!」

 

…小悪魔さんの方から何か変な声が聞こえたが気のせいだろう。うん。気のせい気のせい。それにしても本当に本がたくさんあるなぁ~(逃避)

 

「ご、ゴホン!でも、やっぱり御客様に命令することなんて出来ませんよ。やるんでしたら伝蔵さんが代わりに命令してください」

 

「俺ですか?」

 

え?いや、それじゃあ意味無い気がするんだけど。それに……してほしいことなんて無いしなぁ。

そう思いつつ俺は魔理沙の方を見る。うーん。何かしてほしいこと、してほしいこと。

その時俺は魔理沙の足元にある箒が目に入った。

ん?……そうだ、この箒の長さなら……!

 

「よし、じゃあそのお前の箒を俺にくれ」

 

「わかった……って、ダメに決まってるだろ!これは私の大事な物なんだぞ!!」

 

えー、やっぱり駄目か。でもなー、結構こっちも切羽詰まってるのが現状だし、何とかしたいのが本音だ。

 

「じゃあ借りるだけだ。今日一日だけ、今日一日だけだから」

 

「……っ~~~!!!わかったよ!……でもなぁ、まだ使うかもしれないのになぁ……」

 

そう言いながら、魔理沙は渋々こちらに箒を渡してくれた。

本当にすまん。でも、俺もこれから大変になってくるから、どうしても譲れなかったんだ。

 

「よし。それじゃあ俺はこれから別のところに行く。魔理沙はどうする?」

 

「私はここにいることにするぜ。色々勉強になると思うしな」

 

そうか、それじゃあこれから俺は一人行動か。話し相手もいなくなるから寂しくなるな……

 

「じゃあ、くれぐれも盗みなんてするなよ?おい?わかってるよな?」

 

「わかってるよ!ったく、あんな大人には成りたくないもんだぜ」

 

おんおん?君あと見た目年齢が二年ぐらい後だったらグーがとんでたからね?気を付けるように。

 

「それじゃあ小悪魔さん。失礼します」

 

「はい。またのお越しをお待ちしています」

 

最後まで完璧だった小悪魔さんに感謝の念を感じながら、俺は部屋から退出して扉を閉めた。きっと次この場所に来るときは、全部終わらせた後のことになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、それじゃあ早速…」

 

俺は扉を閉めるとすぐに、ある行動に移すことにした。これからすることを思うと気が進まないが、背に腹は代えられないでござる。

俺は魔理沙の箒を床と水平になるように持つ。そして両腕に力をこめーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいやっ」

 

箒を折った。

 

……ごめんね。箒くん。君はなにも悪くない。でも僕には君の、木の棒の部分がどうしても必要だったんだ。

うう、良心が痛む。魔理沙は大事な物だって言ってたから、よけいに。

 

でも大丈夫だから。俺の用事が終わったら箒を直してくれるように、同じ魔法使いの奴に頼むから。あのアリスさんなら手先器用だから行けるでしょ。うん。いける。というかいかせる。いってくれないと困る。それに、用件は即行で終わらせて刹那で謝罪に行きますから。それで今回は勘弁してくだしゃあ。

 

木の棒を右手に掴み、上から下に一振りする。いつもの刀と違って十分な重さがないが、大した問題ではないだろう。

 

 

 

 

「剣の代わりも出来たことだし……行きますか」

 

 

 

 

そして俺は歩いていく。

目的地は姉吸血鬼の場所。

残業内容は埃のせいで見え難くなっている場所を見えやすくするだけの簡単なお仕事。

 

 

そして、俺は歩きながらこう思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?俺って魔理沙よりも悪いことしてね?

 

 

 

 

 

 

 

 



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10話 動きだすこと

 

 

 

「ーーああ、ようやく終わりを迎えるわ」

 

八雲 紫はそう、一人静かに言葉を紡ぐ。妖艶な笑みを浮かべ、自らの口元を扇子で隠しながら。これから始まる出来事が、楽しみでしょうがないと傍目からでも分かる声色で、

 

 

 

「ようやく、後に紅霧異変と言われるであろう、この異変がーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大人ってのは大変だ。

 

 

 

自分が子供の時は微塵もそうは思わなかったが、やがて自分も子供から大人になった時、その責任の大きさを実感した。

子供は自分の行動を縛られない。それはもし何かに挑戦し、失敗しても、咎められることがないからだ。「次からは気をつけろよ」この一言で大体のことは許される。失敗は子供にとって悪いことではないからだ。その失敗を糧とし、子供は成長していくことが出来るから。

でも、大人は違う。

大人ってのは自分の行動を制限される。もし失敗したら、もし間違っていたらの場合を考えて常に行動する。ハイリスク、ハイリターンの道は極力選ばない。失敗してしまうのが怖いから、失ってしまうのが恐いから。

だが、そんな大人でもいつかはその縛りから脱け出し、闘わなくてはいけない時がくる。それは自分が、自分自身が「そこだけは譲れない」という意志を、誇りを護る時だ。

子供は多くのモノを守ろうとしてしまう。それが例え自分には抱えきれない数だったとしても、それがまだ自分には理解出来ていないから。

大人はそこが理解出来ている。だから、多くは守ろうとは思わない。自分が一番大切にしているモノ、自分がいつでも抱えていなくてはいけないモノを護るのだ。まぁ、それすらも、この世の中じゃあ難しいものだけれど。

でも、良いじゃないか。大切なたった一つのモノを護り通そうとするのは、すごく格好いいだろ?

たとえ護れなかったとしても、その生き方が素晴らしいんだと俺は思うんだ。そして、そんな姿を子供に見せていくのも、大人の仕事の一部だと俺は思っている。やり遂げなくてはいけないことだ。

 

 

うん。だからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?この道、さっきも通ったような……」

 

 

 

 

未だに姉ちゃん吸血鬼を見つけることが出来なくて、スタートラインにすら立ててない俺は、最っ高に格好悪い大人だよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたがこの異変の首謀者で間違いないわね?」

 

「ええ、まぁそうね」

 

幻想郷の巫女、博麗 霊夢と吸血鬼のレミリア・スカーレットは赤の絨毯が敷かれた大広間で対峙していた。場には一つの雑音も響きはしない。あるのは静寂のみ。それが、これから行われる出来事の重要性を感じさせた。

どちらの表情にも笑みはない。ただ、両者から感じられるのは「目の前の敵を討つ」という強い意思だけだった。

 

「人間って聞いてたから大したこと無いと思っていたけど……貴女、中々ね」

 

「そう?私はアンタの姿がもっと恐ろしいもんだと思っていたから、なんか、がっかりだわ」

 

何が面白かったのか、レミリアはそう言う霊夢の姿を見て、クスッと少しだけ笑う。その笑みから霊夢は何を感じたのか、彼女は目の前の吸血鬼に対してより一層強い警戒を始めた。それは幻想郷の博麗の巫女としての直感からか。それとも、霊夢自身にそうせざるをえなくさせたレミリアの在り方からだったのかもしれない。

 

「ーーああ、それにしても、今日はこんなにも月が紅いから」

 

レミリアは目を閉じそう囁く。その言葉は重いモノに感じられるが、どこか一種の美しささえ感じられた。

 

ーーようやく動きだす。この異変の終結に向かって、歯車は動き続ける。だが、終わりとは始まりだ。何かが完結したのなら、また違う別の何かが開始されていくのは必然だろう。では、この異変が終わってしまったのなら、次は何が始まると言うのだろうか。それは博麗 霊夢にも、レミリア・スカーレットにも、八雲 紫にもわからない。次に歯車がどの方向に回りだすのか、知ることはできない。

ーーその先にあるのは正か負か、光と闇か、絶望と希望か、見えないモノには目を向けることはできないだろう。それはきっと、確率論から導かれる運命からではなく、結果という掴めない未来によって理解しえるモノだからだ。

 

レミリアは自らの両目を開く。その瞳で目の前の人間を見つめる、いや、睨みつけるという表現の方が適切かもしれない。その吸血鬼からの巫女に向ける視線には、明らかな敵意、殺意を感じることが出来たからだ。そして、レミリアは鋭い声で霊夢に言う。

 

 

 

 

 

「ーーー本気で殺すわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういうことか」

 

 

ようやく、気づいた。

だって、これは明らかにおかしい。同じ場所をぐるぐると回っていることも変だとは思っていたが、今現在の俺の状況は、決定的だ。

 

「…そういうことだったのかよ、ちくしょう!!!」

 

もし俺の考え通りだったとしたら、状況は最悪と言っていいだろう。まんまと敵の術中に嵌まってしまったというわけだ。くそっ、どうする?まさかこの短時間の間に俺の位置を捕捉し、こんな作用を起こすことが出来るなんて。相手は相当のやり手に違いない。でなくては、俺が『違和感なく館の外に歩かされることなんてない』。ちっ、なんで気づかなかった。こんなことが出来る奴なんて、身近にいたじゃないか。なぜ、敵に「そいつら」がいないと仮定していた?もし、いると思っていたら、対策だってたてられたのかもしれないのに。

……後悔は止めだ。今そんなことをしたって、現状が変わってくれるわけじゃない。打開策を考えろ。奴らの作った迷路から脱け出すための。俺の目的は奴らを倒す事じゃない。もっと小さな、だけど当事者には大きく見える、そんな問題を解決するためなんだ。

急げ。時間は待ってくれない。

紅の館の全貌を外から眺める。俺にはその館が、自分に見える姿よりも遥かに大きく感じた。

きっと、ここからなんだ。

本当の意味でこの館に挑むのは、今からなんだ。俺は気を引き締める。

よし、最初にやることは決まった。先ずは奴らが作った迷路の攻略からだ。でなくては、ここから脱け出すことは出来ない。そう、「奴ら」ーーー

 

 

 

 

 

 

「ーー待ってろよ、『魔法使い』…!」

 

 

「いや、きっと違いますって」

 

 

 

……へ?

 

 

「いや、何が違うんですか?美鈴さん」

 

「…さっきの伝蔵さんの話を聞いて思ったんですが。……きっと原因はパチュリー様ーー魔法使いではないと思われますよ?」

 

美鈴さんはなぜか苦笑いをしてそう言った。

ちなみに美鈴さんと言うのは、俺が先程館の外に出てしまった際にバッタリと出くわした妖怪のことである。緑色の華人服と長い紅の髪が印象的な女性だ。口調も穏やかで話しやすい。どうやら「この館に住んでいるのは偉そうな奴ばっか」という俺の自論は完全に間違っていたのだろう。反省します。

 

「少し、言いにくいんですけど……」

 

美鈴さんは申し訳なさそうに言葉を濁す。

 

「何ですか?遠慮なく言ってくれて構いませんよ?僕は何を言われても驚きませんから(笑)」

 

「そうですか…それでは言わせてもらいます!」

 

何か自分でフラグを建ててしまった気がするが、気のせいだろう。だって魔法使い意外にこの現状を説明できることなんてないだろうしね。もしかして「魔法使い」じゃなくて「魔術師」とかそういう言い方の問題かな?別に俺には厳密な違いとかわからないんだけど。やっぱり微妙に違うんだろうね。知らんけど。

 

「たぶんですけどね……」

 

美鈴さんは俺の方を見て言葉を紡ぐ。その目からは、何故か俺のことを哀れんでいることがはっきりと認識できた。そしてーー

 

 

 

 

「きっと、伝蔵さんはーーー方向音痴なんです」

 

そう、言った。

 

 

…ごめん。ちょっとお兄さん、言ってることがわからない。今の俺の心中を上手く言葉に表すとしたら「君、面白いこと言うね~!(爆笑)」である。だって、俺が、方向音痴?ハハッ。そんな、そんなのは、嘘に決まってる。確かに、今まで生きてきて道に迷った回数と迷わなかった回数では前者が圧倒的に多いが、でも、そんなのって、……そんなことが、許されるのか?許されてしまっていいのか?(それが普通です)

 

「……はっはっは。大した推理だ。君は小説家にでもなった方が良い」

 

「伝蔵さん!?しっかりしてください!目が虚ろになってますよ!?」

 

……まだだ。まだ、諦めてはいけない。方向音痴なんて称号がつけられるなんて嫌でござる!超嫌でござる!!これから俺が一人でどこかに行こうとするときに「大丈夫?一人で行ける?」なんてこと言われたくないでござる!この年でそれを言われてしまったら末代までの恥になるでござる!

 

「フッ、確かに美鈴君、君の推理は筋が通っているよ。でもね、証拠がない。この僕が方向音痴だと言える決定的な証拠が!」

 

「なんかさっきからキャラがぶれまくってますよ!?伝蔵さん!?」

 

今はキャラなんかに構ってられない。自分の全力を尽くすのだ。

……考えてみてほしい。俺はこの館に来るのは初めてなんだ。だから道がよくわかっていなくて同じ所をぐるぐる回ってしまうのもしょうがないし。故に迷子『扱い』されてしまっても当然だと言えるのだ。

……『扱い』だよ?俺は迷子じゃないからね。絶対、完全に、必然的に違うから。第一、どこからどこまでが迷子と言えるのだろう?

相手に指摘されたら?道を合計百回以上間違えてしまったら?一人で目的地に到達することが出来なかったら?

いいや、違うね。迷子というのは、方向音痴というのは、そんなもので決まるのではない。そんなもので、決めてはいけない。

迷子とは、方向音痴とは、自分で『認めた』時。その時にようやく、名乗ることが出来るのだ。自分で理解し、受けとめる。そんな覚悟が無い俺は、そうだと認めることは、出来ない。

…絶対に!

 

そんな紙のようにペラッペラな理論で身を固めている俺に対して、美鈴さんは暖かい眼差しを向ける。その目からは「大丈夫です。私はわかってますから」という同情の気持ちを多分に感じた。そして俺もそんな彼女に笑みを返す。

へっ、なんだ。この館の住人は礼儀正しいだけじゃなく、空気を読んでくれる暖かい心でさえ持っているんだな……ああ、本当、助かるよ。こんなちっぽけな俺じゃあ、その称号からの重圧に耐え続けることは出来ない。そこを察してあの眼差しを向けてくれたんだ。…フッ、人と言う字は人と人とが支え合って出来ていることの証明だな。まぁ、俺と美鈴さん妖怪なんだけども。

 

「ーー伝蔵さん!」

 

すると突然、美鈴さんは俺の両方の肩に自らの手をおき、元気に俺の名前を呼んだ。

ん?何ですか?いきなり。なんか流れ変わった気がするのですが。

そんな俺の考えなど挟む余地無く、美鈴さんは言葉を続けた。天真爛漫な笑みを顔に浮かべ、元気いっぱいに声を張り上げて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現実を見てください♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ハッハッハ。

 

 

 

 

「ちっくせう!!!こんな館の住人なんて大っ嫌いでござるぅぅ!!!!」

 

そう言い美鈴さんに背を向け走り去る俺。

きっと俺は逃げているのだろう、あの明らかに悪気のない笑みを浮かべている美鈴さんから。そしてなにより、方向音痴だと認めてしまいそうな自分自身から。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそして俺はまた、吸血鬼探しを始める。

どこにいるのか、どんな姿なのか知らない相手を探し続ける。それは無駄なことなのかもしれない。これは決して、俺自身が触れるべき問題ではないのかもしれない。余計なお節介だと、糾弾される確率の方が高いだろう。

でも、今の少女達の状況は天気に例えるとしたら、空全部が雲に覆われ光が射し込まず、雨が降り続いてる、そんな状況だろう。そして、その雨は中々止まないんだ。強くも弱くもない雨の日が、長い間続いているんだ。

だったらその雨がどんな方法であれ、止まってくれたのなら嬉しいはずだ。少なくとも、悪くは思わないはずだ。

ーーだって、長い間雨が降り続けていた空は、晴れるといつもより透き通って見えるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそして、霧雨 魔理沙は動き出す。

 

強く床を蹴り、落ちる自身の黒い三角帽子に気をとめることなく。自らの右手に藁の束を握りしめ、長い紅の廊下を走り抜ける。

 

 

 

 

 

 

ーーーただただ、友(箒)のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回の更新は一週間ほど後になってしまうと思います。これからが本番だと思っているので、頑張ります。


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11話 嘘をつくこと

長くなってしまったので、誤字、文の見にくさ、矛盾点が見つかるかもしれません。見つけたら報告してくださると幸いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーそれじゃあ、ありがたく頂戴するな」

 

紅魔館の地下の部屋で、彼と私は話しをしていた。

 

「……うん。でも、何で?」

 

私が彼にそう問うと、目の前の彼は目を泳がし始め、すぐには答えを返さなかった。「えーと…」と呟いてるところから察するに、必死に頭を働かせ理由を考えているのだろう。大した考え無しに私に『それ』を要求したのだろうか。だとしたら、別に彼のお願い事を聞いてやる必要はなかった。損をしてしまったな、と今になっては思う。

 

「…えーと……そ、そう!実は俺の知り合いに似たようなのを使ってる奴が居てな。そいつにあげようと思って、お願いしてみたんだよ。いや、本当にありがとうでござる。そいつもきっと喜ぶでござるよ」

 

即席で考えた嘘だと誰が見てもわかる。彼はどうやら隠すということが苦手な性分らしい。彼の弧を描いている唇は若干ひきつっているし、話した言葉の語尾も先程の会話と比べると違和感を多分に感じる。私に対する彼の落ち着いた様子は完全に無くなってしまっていた。彼は今では頼りなく、だが話しやすい雰囲気が感じられる。きっと、これが彼の在り方なのだろう。私には、その彼の在り方がとても羨ましく思え、そしてそれが、何処までも眩いものに見えた。

 

「……ハァ。全く、下ばっか見てんなよ」

 

そんな私に、彼は呆れながら言葉を紡ぐ。

 

「今までの自分を見るからダメだと思っちまうんだ。だから、これからの自分を見据えろ。考えて、考えて考えて、新しい自分の姿を見出だすんだ。……そうしたらようやく、結果は答えに移り変わるんだろうよ。……そうじゃなきゃ、この世界は嘘ばっかになっちまう」

 

 

彼は私に無邪気な子供のように笑い、そう言った。私は、そんな彼の笑みも羨ましく見えた。だって、その顔は何処までも優しくて、何処までも透き通っていたから。そんな表情を同じ様に私が出来たら、絶対に、幸せに生きていけると感じさせるものだったから。

 

「……じゃあ、俺は行くよ。『これ』は大事にしとくように言っとくから。本当にありがとうな。そんじゃあ」

 

彼は私に背を向け、この地下の出口である扉に向かって歩いていく。私はそんな彼の背中に手を伸ばしかけた。

何故だろう?私と彼は全く違う。なのに、私には自分と彼が何処までも似ていると想ったのだ。そしてそれはきっとーー

 

 

 

 

 

ーーガチャ、ガチャッ

 

ドアは開かない。

…彼が開けようとした出口のドアは、当然だが、鍵がかかっていた。その事を知らなかったのか、彼はドアの前で立ち止まってしまう。

 

「……フッ。すまないが、吸血鬼ちゃん。お願い事をもう一つ追加で頼む」

 

そして彼は私の方に振り返り、とても申し訳なさそうに、私にその願いを言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーこの扉を開けてくださいませんか?

じゃなきゃ何も始まらないよ。いきなり詰んじゃうよ。今まで思い描いてた僕のサクセスストーリーが、数秒で破綻しちゃうよ?」

 

 

 

 

 

 

……やっぱり、彼と私は似てないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

霧雨 魔理沙は激怒した。

 

 

その怒りは、今まで彼女が生きてきた中で最高と言っても過言ではない。その証拠として彼女の頬は真っ赤に染まっており、目付きも鋭いモノへと変貌していた。

その怒りは例えるとしたら荒れ狂う波のようであり、吹き荒れる竜巻のようでもあった。先程まで被っていた彼女のトレードマークとも言える黒い三角帽子は今はなく、彼女の金色の髪が激しく揺れるだけだ。

 

霧雨 魔理沙は今、紅い廊下を駆けている。

 

何故、彼女がこのような事態になってしまったのか。それは少し前のある出来事が原因となっていた。

彼女はその時、図書館で魔法の本を読み漁っていた。「あーこの本もいいなー」などと呟きながら、図書館を歩き回っていたのである。そんな時、その図書館の管理人(引きこもり)のパチュリーと出会ったのだ。魔理沙は先ず、彼女に挨拶をした。初対面なら先ずは挨拶は必須だ、と思っている彼女の心からの行為であった。だが、そんな彼女の行為をパチュリーはガン無視。魔理沙は『ありゃ?聞こえなかったのか?』と思い、今度は大きな声で彼女に挨拶をした。しかし、パチュリーは先程と変わらず無視を決め込んでいる。『おいおい。耳が遠いってレベルじゃないぞ』と魔理沙は思いつつ、今度こそはパチュリーに聞こえるように、彼女の右耳に触れるか触れないかの位置で「大きく」挨拶をした。

 

きっと、それがいけなかったのだろう。

魔理沙とパチュリーは初対面にも関わらず、その出会いは口論から始まった。

『そんな近くで大声を出さないで!バカじゃないの!?』

『はぁ?お前が聞こえなかったみたいだからしょうがないだろ?』

『聞こえてたわよ!聞こえてた上で返事しなかったの!!』

『はぁ!?』

と言う具合にだ。そしてさらにその口論はエスカレートしていき、それは物理的な意味での『喧嘩』へと移っていった。

さてそれではその喧嘩方法はどうするか、という問題に対して、魔理沙は『弾幕ごっこ(スペルカードルール)で白黒つけよう』と意見を出したのである。魔理沙は目の前のパチュリーを見た時から人外の者だと理解していた。そんな彼女に、本当の意味での『喧嘩』と言える勝負をするには、スペルカードルールによるものでしか成立しないだろうという判断から提案したのだ。そして、それを聞いたパチュリーもその意見に賛同した。パチュリーは体が弱く、満足に動くことができない。弾幕ごっこなら魔法の詠唱に問題はあるかもしれないが、あまり移動せずに勝負することができるという考えから賛同したのだ。それと相手側から出した提案を真っ向から叩き潰すという意思も含めて。

 

そして弾幕ごっこを始める時、魔理沙は自身のあることに気づいてしまった。そう、魔理沙は今空に飛ぶことが出来ないのだ。

彼女は自分の箒がなくては空中に浮かぶことが出来ない。弾幕ごっこは別に空を飛ばなくてはいけないというルールはないのだが、空中に浮いているのと地に脚をつけているのではどちらが有利なのか考える必要はないだろう。図書館という場所では、空中に浮かばないと本棚などで行動が大きく制限されてしまうし。移動速度だって、魔理沙は箒があるのとないのとでは天と地の差が生じてしまうのだ。

魔理沙はパチュリーに、少し時間をくれないか?とお願いした。今自分に必要なものが持ってかれてしまっているから、直ぐに取りに行ってくるとその後に言葉を続けて。それを聞くと、パチュリーは渋々とその願いを受け入れてくれた。そのパチュリーに魔理沙は本当に少しだけ感謝して(喧嘩中なので)、自分の箒を持っていった張本人、伝蔵から箒を返して貰おうと図書館の扉から出ていったのである。

 

 

 

 

ーーそして、本当の問題はここからだった。

 

 

魔理沙は図書館の扉から出た瞬間、足元に違和感を感じた。床と自分の足の間に、『何か』が挟まっているような、そんな違和感。

その違和感の正体を知るため魔理沙は自身の足元を見ると、案の定、自分は細く茶色い何かを数本踏みつけていることがわかった。

そして、それは藁であった。

何故こんなところに藁が?と魔理沙は不思議に思った。自分が図書館に入るときにはそんなものはなかったし、何より今この場所にそれが落ちていることがあまりにも不自然だったからだ。

そして少し時間がたち、魔理沙は落ちている藁が自分が踏みつけた数本だけではないことに気がつく。その藁は細い道となっており、魔理沙はその落ちている藁で出来ている微かな道の先を見ていった。その藁の道は廊下の左隅まで繋がっていて、そしてそこにはーー何故かどこかで見たことがある、そんな、木の棒を囲った藁の束があった。

 

魔理沙はそれを初めて見た時、ソレが何なのか、いや、ソレが何で『あった』のか、無意識の内に理解してしまった。

そしてその次には、その自分の理解してしまったことを、否定し出した。目を閉じ「違う、絶対に違う」「絶対にこれは、私の物じゃない」「だって、だって、だって」と。だが目を開け再度ソレを見ても、それは紛れもなく、今自分が探し求めているモノであった。それは間違いなく、『自分の箒』であったーーー

 

 

 

 

長い、長い、紅の廊下。

駆けて、走って、ようやくーー見つけた。

 

 

見つけたのは伝蔵。それが自分の箒を壊した、張本人だ。

 

 

伝蔵は自分のすぐ近くにある部屋を覗き込んでるせいか、後ろにいる私にはまだ気づいていないようだ。だから、私はゆっくりと、だが確実に彼に向かって歩を進める。

何故か、彼の後ろ姿を見つけた瞬間、今まで私を動かしていた憎悪や怒りは途端に静かになっていった。頭の隅から隅まで冷えきって、思考がクリアになった。今ならーー確実に仕留められるだろう。

 

 

 

 

霧雨 魔理沙はポケットからある六角形の道具を取り出す。

それは、ミニ八卦炉と呼ばれるマジックアイテム。小さいが異常なまでの火力を持ち、その威力は山を吹き飛ばすほどのモノ。それを彼女は伝達の後ろから背中に押しあて、彼女が今まで出したことがないであろう低い声で彼に言った。

 

 

 

 

 

「ーーなぁ、その手に持ってる物は……何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと、辿り着いた。

まさに、悠久の時をさまよい続けていた俺であったが、ようやく、目的の吸血鬼を見つけることが出来た。その吸血鬼の容姿は幼く、背中には人外の者と一瞬でわかる蝙蝠のような羽が付いていた。頭には妹と同様に変わった帽子を被っており瓜二つ。だが、妹の髪の毛が金色だったのに対して、今俺が目にしている姉の方は水色が混じっている青髪をしていた。

そんな吸血鬼に対して、現在、スペルカードルールで彼女に対抗している紅白の服を着た人間の少女がいた。

黒い髪を紅いリボンで結んでおり、自身の回りに幾つかの陰陽玉を展開している少女。きっと、これが紫の言っていたハクレイの巫女なのだろう。確かに、この少女なら紫が誉めていたのも納得だ。なにせ、スペルカードルールによる戦闘だったとしても、あの吸血鬼と同等のスピードで動き、尚且つ優勢なのだから。これは天才としか、逸脱しているとしか言えない。全く、世界は残酷だよね。俺にその才能を少し分けてほしいよ。だってあのぐらい強ければ無双できるからね。伝蔵無双が始まるからね。俺の言ってみたい台詞ベスト10が言い放題だからね!くそっ!何で神は平等には微笑まないのだ。やってられッか!!あっ、ちなみに言ってみたい台詞ベスト1位は『努力したものが全て救われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!』です。フッ、いつか絶対妖夢ちゃんに言ってあげるんだ。そしてリスペクトされまくるでござる!へっへっへ!

 

まっ、今はあの弾幕ごっこが終わるまで隠れて見てるしかない。一応この異変をスペルカードルールで終結させないといけないようだし。それが目的でもあるんだから。よし、じゃあ終わったらいつでも逝けるようにスタンバっとこう。うん、逝けるようにね。……実は俺が考えた『頑張るぞ!姉と妹のサクセスストーリー!』の構想だと、約8割の確率で俺が……葬られるのね。いや、真剣に。だってしょうがないよ。賢くない俺が出来ることなんて、体張ることだけだもん。体張って胸張るぐらいだけだもん。全力でやるから許してください。ガチでやりますから。

 

 

 

よし、それじゃあ少し準備体操でもするか!と思っていた頃。俺の背中に何かが押し付けられた。そして、その背後からは圧倒的なプレッシャーが浴びせられていた。……おいおい、不味いぜこりゃあ。やっべーよ。もし、今後ろから感じる圧力の持ち主が俺の頭に浮かんでいる人物なら、殺られる。おそらく、考えられる悲惨な殺し方よりも悲惨な方法で殺られる。具体的に言うとアリスのボディブローの五倍の威力で殺られる。べっー、やっべー。……どうか魔理沙先輩じゃありませんように!神様、今度は私を見捨てないでくださいまし!!力など入りませぬから!幸福と平和をギブミーネバーギブアップ!

 

しかし、現実は冷たく、何処までも残酷だった。

 

「なぁ、その手に持ってる物は……なんだ?」

 

その声の持ち主は俺が予想していた人物、霧雨 魔理沙のものであったのだ。

 

………やっぱりお前かよぉ!!!何でこの場面で気づいちゃうんだよぉ!?だって、あともう少しなんよ。あともう少しで本番が始まるのよ。なのに、なんでギリギリでギロチンの刃が落ちてくるんだよ。なんでこんなにもこの異変は俺に牙を剥くんだよ。虐めですか?嫌がらせですか?……やべぇ、マジ震えてきやがった。主に自分の膝が。……魔理沙さんキレてますよね。もうだめだ、おしまいだ。勝てるわけがない。だって俺が十割悪いもの。反論のしようがないもの。

そんな絶望の渦中にいる俺に対して、魔理沙は言葉を続ける。

 

「なぁ、答えろよ。まさか図書館であんなに説教したくせに、自分が人の物を壊したわけじゃあないよなぁ?」

 

それは魔理沙の本心からでた言葉であろう。だが、その言葉が俺に火をつけた。

……その通りだ。俺は魔理沙に対して、人の物を勝手にどうこうして良いわけがないと長々説教した。そして、それを理解した上で、箒を『折った』のだ。……だから、貫き通す。この行動を、この信念を、この選択を。だって、この行いは間違いじゃなかったと、過去を振り返った時に必ず断言出来るから。嘘ばっかのこの世界で、唯一嘘じゃなかったと言いきれるだろうから。たとえ失敗したとしても、絶対に後悔が少ないモノにできるだろうから。

 

「……なぁ、魔理沙」

 

「……なんだ?」

 

覚悟は決まった。だったら、やることは一つだけ。それは、今この場にいる魔理沙をどうにかすること。何とかして、背後にいる魔理沙を動かすこと。そのために必要なものは、覚悟と勇気だけ。……覚悟は十分にある。あとは、勇気だけだ。ーー妖夢ちゃん、幽々子さん、アリス、紫。俺に、勇気を。奴に対抗できるだけの、ありったけの勇気をーー!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー紅 美鈴って知ってるか?」

 

 

そして、ごめんなさい美鈴さん。許して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊符「夢想封印」

 

様々な色をした光球が輝く。

そして吸血鬼レミリア・スカーレットは光に呑み込まれた。それが最後であった。ーーそれが、この紅夢異変と呼ばれる異変に幕を下ろしたのだ。

 

「参ったわ。私の負けよ」

 

「……ええ、そうね。私の勝ちだわ」

 

霊夢はレミリアの敗北宣言を聞いても、あまり嬉しくはなかった。

それは目の前の吸血鬼が自分に対して、本気になっていなかったと理解していたからだ。

ーーーやはり、この異変なオカシイ。

霊夢は自分がまるで舞台の上で無理矢理踊らされている様に感じていた。ーー突如発生した紅い霧、確かにそれは村に被害をもたらした。だが、作物に被害がでたことや、調子が悪くなった『だけ』で済んでいる弱々しい被害だ。ーー迫り来るこの紅い館の住人。だが、それらは皆、戦闘はスペルカードルールを用いて。ーー強大な力を持ったこの異変の首謀者。だが、やる気が感じられない。矛盾してしまっている。

 

「……ねぇ」

 

霊夢はレミリアにこの異変を起こした理由を聞こうとする。

それは、あまりにも不可解だったからだ。レミリアではない何者かが、裏で糸を引いているとしか思えなかったからだ。

だが、その後に続いたであろう霊夢の声は響かなかった。その代わりにーー

 

「ーーいや、とても見事な戦いだった。しばらく見とれてしまっていたよ」

 

何者かの声と拍手の音が、この部屋に響いた。

霊夢とレミリアはその声の持ち主に視線を向ける。 小麦色に焼けた肌に、黒く短めに切られた髪。黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣。そんな人間によく似ている男の妖怪が、そのような行動をした張本人のようだ。

 

「…お前は誰だ?」

 

レミリアがその男に対して敵意を隠さずに声をかける。それを聞いた男は、ニヤッと嫌らしく笑い、言葉を返す。

 

「俺は八雲 紫に雇われた者でね。君ならわかると思うが、俺はこの異変の掃除屋と言ったところだ。」

 

レミリアはそれを聞き、一瞬眉をピクッと動かす。

 

「そうか。……で?そんな奴隷が今更なんのようだ?」

 

「なぁに、そんなたいした事ではないのだが。やはり姉の君には伝えておかないといけないと思ってね。」

 

そう言うと、男は自分の浴衣の懐から布のような物を取り出した。それを見て、レミリアの目が大きく見開かれる。

ーーそれはレミリアが被っている帽子とよく似ていた。それが妹のフランが被っていた物だと姉のレミリアは理解できた。それが、この異変の『掃除屋』と言う男が持っているということはーーー

 

 

「ーー君の妹が暴れるものでね。処理させてもらったよ。紫は忠告したと言っていたのだから、覚悟はしていたんだろう?」

 

 

 

 

大地が揺れる。

その言葉の返答として、レミリアは紅い、何処までも紅い槍を右手に構え、狙いを定めた。

標的は男の妖怪。

その槍に込めた思いはただ一つーー何処までも純粋な殺意だった。

 

「キサマァァアアア!!!!」

 

そして、その槍がレミリアの手から放たれる。それは瞬きより速く、男の妖怪の元に到達した。

だが、その場に居た霊夢は確かに見た。

目の前にいる男の妖怪が、先程の嫌らしい笑みではなく、心からの笑みを一瞬浮かべたのを。そして彼が左手に握る木の棒が、瞬きより速く上から下に振られたのを。

 

 

ーー紅い槍は両断される。二つに分かれた槍であったものは、男の背後の壁を壊す。それから生じた激しい音の雨の中、男だけが静かに声を響かせる。

 

 

 

 

 

「我が剣にーー斬れぬものなど、全くない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





客観的に見た現在の状況。

伝蔵「我が剣にーー斬れぬものなど、全くない(キリッ)」

霊夢(……あれ?アイツの手に持ってるの剣じゃなくね?)

こんな感じですね。


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外話 正月のこと

この話は僕が好きなように作った話です。
色々ぶっ飛んでいます。笑って許してください。
笑えなくても許してください……。
時系列としては、紅霧異変が終了してからの正月というのを題材にしています。そこをご了承願います。


 

 

 

 

 

陽があがり、黒い空が明るく染まった。先程まで輪郭しか見えなかった物たちも、今では様々な色彩、書いてある文字や絵がはっきりと視認できる。しかし、いつもと変わらない景色のはずなのに、今日この日は全ての物たちが輝いて見えるのは目の錯覚だろうか。

 

ーー雲ひとつ無い晴天なり

明けては醒める年初めーー

 

……新しい年が来た。今年もきっと、自然は四季の変化を明瞭にし、生き物たちは喜怒哀楽を浮かべ続けるだろう。変わらず、ずっと。永遠とまではいかないだろうけれど、出来るだけ長く。そんな当たり前のことを大事にしたいものだ。

 

さて話は変わるが、様々な生き物がいれば、それらの年初めの過ごし方だって千差万別だ。ある者はいつもよりのんびりとして過ごしたり、またある者はいつもより忙しく過ごすこととなるだろう。それでは、今日はある男と女の妖怪の年初めについてーー御覧いただきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正月といえば『羽根突き』、これで決まりである。

 

 

 

いや、もっと他にあるでしょ?と疑問を投げかけようとする人達。少し待ってほしい。切実に、超究極的に待ってほしいのだ。

確かに正月といえば様々なイベントがあるだろう。凧揚げや駒回しの遊びや、初詣で近くの神社に行ったりしたりなど。とにかく多種多様、たくさんのモノがあると思う。僕もそりゃあね、それらたくさんの遊び、行事をして過ごしたいよ?でも今一番したい遊びがこれ。羽根突きなんだよ。

羽根突きって言うのは羽子板を持って、二人で羽がついた種?みたいな物を打ち返し合う遊びなんだ。俺も最初その遊びを見たときは「何が面白いんだろう?」と思ったものなんだけど、どうもこの遊び、羽がついた種を打ち損じると罰ゲームがあるらしいんだよね。

そして、なんとその罰ゲームは「打ち損じた相手の顔に、墨がついた筆でイタズラ書きをする」と言うモノみたいなんだ。

……感動した。こんな合法的に、相手を心の底から打ち負かせる遊びが、…いや、競技があるなんて!もうこれはやるしかないと決意してしまったのですよ。僕は。ヒヒッ!

 

しかし、俺がこのことを知ったのは去年の正月の終わり頃、前はもうこの競技の練習をする暇がなく、羽根突きをやっている人も少なかったので取り組めなかった。でも、今年は違う!違うのよ!!……俺は去年からこの日まで、暇を見つけては特訓に明け暮れた。雨の日も、風の日も、全ては羽根突きのために、費やし続けたのだ。

あるスキマ女はそんな俺の姿を見てこう言った。「頭でも打ったの?」と。俺の努力の軌跡を見て、嘲笑ったのだ。その仕返しとし、そいつにはさっき羽根突きをして負かし、額に『肉』と書いてやったが。

 

ある庭師は汗をかき、努力をしている俺にこう言った。「……伝蔵さん、それは何かの訓練なのですか?」と。……訓練と言わないと恥ずかしかったので「あ、ああ。反射神経を鍛えるには~」と適当に誤魔化してその時は難を逃れた。ちなみにその子とも羽根突きをして勝ったが、流石に肉とは書かず頬にバツ印を書いただけに留めておいた。自重が出来る大人だからね!

 

ーーしかし、これらは全て前哨戦にすぎない。俺はこの一年、ある人物にその罰ゲームをするためだけに特訓に明け暮れたのだと、そう言っても過言ではない。言い過ぎではないのだ。

 

ある森の中、西洋チックな家の前に立つ。そして扉を三回ノックした。

すると扉の奥から声が聞こえ、その指示に従って暫し待つ。ーー数十秒後、ようやく向こうから扉が開かれ、その人物の姿を視認することが出来た。

その人物が俺の想定していた者と違わないことをまず確認し、次に俺は決意を力に変え、彼女に声をかける。

 

 

 

 

「アリスー、羽根突きしようぜー」

 

 

その人物とは、アリス・マーガトロイド。

ーー幻想郷のぼっち担当である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやよ」

 

 

 

伝蔵の誘いに対して、アリスは躊躇なく断った。

 

「即答ですか……」

 

「…だって面倒くさいじゃない。寒いし」

 

アリスの断る理由は伝蔵にはなんとなくだが予想出来ていた。今まで彼が「アリスちゃんのぼっち癖を治そう運動」と心の中で名づけている運動に取り組み、様々なアプローチを彼女に施しているのだがそれらはほとんど断られ失敗に終わっている。その断る理由第一位が「面倒くさい」という単純な理由からであった。

 

「アリスちゃん、僕はね……そろそろ君は自分の家という狭い世界から、他人と親しくなり仲良くしていくという、輝かしい未来に向かって羽ばたいていった方がいいと思うんだ」

 

「余計な御世話よ。それじゃ」

 

「まぁまぁちょっと待っ、いや!本当に待ってくださいませんか!扉を閉めようとしないで俺の一年間がパーになっちゃう!」

 

アリスの扉を閉めようとする手にかなりの力が込もっているのを感じた伝蔵は焦り出す。このままでは彼の羽根突きに対しての努力が無駄になり、もしかすると来年にまた再チャレンジする形になってしまうからだ。しかもここで引いてしまうとアリスはまた同じ理由で来年断ってくるかもしれない。悪循環に陥ってしまう。

だが、先程も言ったが伝蔵にはアリスが断ってくることは予想出来ていた。そしてその対処法も用意していたのである。

 

それがーー

 

 

 

 

「ーーあれ、アリスちゃん太った?」

 

 

 

「………は?」

 

それが、言葉による揺さぶり攻撃である。

伝蔵は頭は良いとは言えないが、これでもそれなりの歳月は経ている妖怪だ。だからこそ彼にだって知恵は身に付くのだ。

女性は、自分の体型について気にすると言う法則(ルール)でさえもーー

 

「いや、若干太ったかなって」

 

「…太ってないわよ。規則正しい生活を送っているとは言えないけど、魔法を使ってるから健康には問題ないわ」

 

「いや、気持ち的に太ったよ」

 

「気持ち的に太ったって何よ?」

 

「いや、ね?」

 

「……?」

 

「……別にいいじゃない!太ったよ!見た目も気持ちも太ったよ!鳥瞰視点的に視たとしても太ったよ!…だから、運動しよ?汗をかいて脂肪を燃焼だよ!わぁったか!!」

 

対処法を一つしか用意していないと、失敗に終わったときに結果としてゴリ押しになってしまうのは彼の悪い癖であった。しかもその後彼は何がなんでも折れない、強い意思を持って執拗に迫ってくる。それを理解してしまっているアリスは一つ溜め息をつき、しょうがなく伝蔵に付き合ってあげることした。

 

 

「…ハァ、わかったわよ。それじゃあ場所を移しましょう」

 

「さすがアリスちゃん!デブ!!」

 

「おいそこは太っ腹だろぶん殴るぞ」

 

 

 

 

場所は変わって草原。

周りは木に囲まれていなく、上を見上げると青い空と白い雲が確認できる。地面に生えている草もそれほど長いものではなく、風が吹いても大きくは揺れない。

そんな場所で、二人は対峙していた。お互いに羽子板を持ち、勝負を始める前にルールを確認している。

 

「それじゃあミスしたら1点取られる形式で、最初に10点とった方の勝ちってことでいいか?アリス」

 

「それで構わないわよ」

 

「罰ゲームは羽子板特有のアレだからね。勿論、負けた方が罰ゲームだから。」

 

「罰ゲームって何よ?」

 

「あれ?アリスちゃん知らない?……まぁ無理難題ってわけじゃないから気にしないでいいでござる。へっへっへ」

 

「……まぁ、いいわ。最初は私から始めるわね」

 

「ああ、わかった。それでは、……油断せずに行こう」

 

「?それじゃあ始めるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、アリスちゃんって左利きだっけ?」

 

「両利きよ」

 

 

……言ってみてぇ。なにそれカッコイイ。

まぁ、そんなこんなで始まった羽根突き10点勝負。先程の言葉通り油断せずに行きます。でも、アリスちゃんはルールも知らない完全な初心者みたいだから、最初の5点ぐらいまでは緩くやっていった方が楽しいと思うんだよね。やっぱりお互いが楽しいと思えるのがスポーツでしょ。うん。あんなに練習したんだから流石に初心者に負けることはないと思うしね。ハハッ!(でんぞう は ゆだん の たいせい に はいった! )

 

「じゃあ、はい」

 

そう言いアリスは羽のついた種(長いのでこれより以下は『球』と表記します)を打った。それはガキッ!と羽子板とぶつかる音がして、斜め下へと進む軌跡を描いて俺の頭の真横を通り抜けていった。

 

……え?あれ?見えなかったんだけど。飛んで来る球が羽子板とぶつかった瞬間消えたんだけど。音が遅れて聞こえた感じなんだけど。

 

「…って、なんで羽根突きでオーバーハンドのガチサーブなんだよ!!!おかしいだろ!!」

 

「えっ、羽根突きって球を打ち返し合う遊びでしょ?じゃあ相手の返せる範囲だったら何でもいいんじゃないの?」

 

えっ……そうなのかな?確かに打ち返し合う遊びとしか俺も聞いてないし、アリスの言う通りかもしれない……。でもさぁ、俺とアリスの離れてる距離って、たかが数メートルよ?普通はさぁ、球を打ち上げるでしょ。何で上から下に打ち下ろしてくるんだよ。思いやり無しかよ。

 

「いや、スマン。何でもない。再開しようぜ」

 

「そう。あ、私初心者だからこれから最初に球を打たせてもらってもいい?」

 

「……どうぞ」

 

もしかして、コイツ俺のこと殺りにきてない?

 

 

 

 

「さて、アリス対伝蔵。スコア9対0とアリス選手が早くもマッチポイントとなりましたがどうでしょう?解説の霊夢さん」

 

「……魔理沙、なんで私をつれてきたのよ?ぶっ飛ばすわよ?」

 

「そうですか、やはりあのアリス選手のサーブを攻略出来るかが鍵となると言うわけですか」

 

「よしぶっ飛ばす」

 

知らない内にだぜっ娘とハクレイの巫女がいるが、そんなことはどうでもいい。いいんだよ。重要なことじゃない。今はこの羽根突きに集中しなくてはならない。

っていうか、やばいよこれ。普通に負けそうなんだけど、ストレートで初心者に負けるんだけど。俺の一年間台無しになるんだけど。

 

クソッ、あのアリスのガチサーブが悪いんだ!絶対200キロ越えてるでしょ、あのサーブ。というより羽根突きでサーブと表記するほどの威力なのはやっぱりおかしいよね。無秩序だよ。あのサーブで9点取られてるからね。あのサーブのせいで1点も取れてないからね。

 

…だが、もう大丈夫だ。目がようやく慣れてきた。あのサーブにさえ対応できれば後は問題ない。こっちもガチショットで応戦してやる。初心者だからって手加減しないからね!やぁってやるぜぇ!

 

アリスの手から球が上に投げられる。そしてそれを、彼女は先程と変わらずに打ち下ろした。それを俺はーー

 

「おらぁあああっ!!!」

 

ーー跳ね返した。

よし、もうこれからは俺のターンだ。ここで点を取って次を良い形で迎えられるようにする!

 

 

「ああっと!激しい攻防だ!!この数メートルの距離でまるで散弾の雨と言える打ち返し合いが始まっているぅ!!!」

 

「あんたもう魔法使いやめなさいよ」

 

第三者から見ると互角の勝負をしているように見えるが、実際は違う。それは今相手にしているアリスもわかっているだろう。そう、この打ち返し合いを掌握しているのは……俺だぁ!!

 

「……へぇ、そういうこと」

 

「どうしたんですか?霊夢さん」

 

「あんたいい加減その喋り方やめなさいよ……よく見なさい。一見するとお互いに返ってくる球に反応してから打っているように見えるけど、伝蔵はあの場から体を動かすことなく腕だけ動かして対応しているわ」

 

「あ、本当だぜ。でもそれがどうしたっていうんだ?」

 

「……おそらく伝蔵は打つ球に回転をかけて、返ってくる球を自分の元に導いているのよ」

 

「それはつまり、球を誘導してるってことか」

 

「そうね。相手の呼吸、返す球に加える力、角度を把握していないと出来ない芸当よアレは。もうこの打ち返しを制しているのは伝蔵ね」

 

「なんと!まさかそんなことが出来るとはぁ!!これはまさに伝蔵にしか出来ない技、名付けて『伝ゾーン』だぁ!!!」

 

「……それ大丈夫?」

 

「大丈夫だろ。あっちにはファントムもあるから」

 

そう。まさにあの巫女が言った通りだ。俺はアリスの心理まで見通し、球を打ち返している。これはもう試合(ゲーム)を制したと言っても過言じゃない!この試合、貰ったああ!あと魔理沙そのネーミングつけるのやめろ、わかんない人もいるから。

 

「クッ!」

 

アリスは打ち返し合いに耐えきれなくなったらしく、球を大きく上に打ち上げた。

ここだ!これに俺の今までの一年の成果を発揮させる!!

 

「くらえ!アリスっ!必殺ーー!!!」

 

「ああっと!伝蔵選手、大きく飛んだぁぁ!」

 

「あ、まだ実況するんだ」

 

これが俺の一年と唯一の特技を合わせた奥義!必殺技は必ず殺す技ということを完全に体現させている技!!

 

「ーー打つと球が二つに斬れて飛んでいくショットおおお!!!」

 

「球が二つに別れて飛んでいったぁ!それよりもネーミングセンスの無さの方が気になるがアリス選手どうするぅ!?」

 

「まだ伝ゾーンの方がましよね」

 

ネーミングセンスがないのは自分でもわかってるが気にしないでほしい。触れないでね?傷つくから。

 

ーー結果として、二つに分かれた球をアリスは打ち返すことが出来ず、無情にも球は地面に落ちていく。この打ち返し合いを制したのはこの俺。ようやく、ようやく反撃の狼煙があがったのだ。

 

「よっしゃあ!!これで9対1!まだまだ試合はこれからだぜアリスちゃんよぉ!!」

 

「……いや、これ反則じゃない?」

 

「まぁ、反則だぜ」

 

「まぁ反則よね」

 

 

……あれ?

 

 

「え?反則?」

 

「いや、反則でしょ。偶然二つに別れたのならともかく、故意にやったのだから」

 

「わざとは良くないよな」

 

「良くないわよね」

 

 

…おいやめろよ、そうやって多数決の原理使うの。自分でも反則だと思えてきちゃうだろ。別にいいじゃん!これくらいやらないと必殺技とは言えないし!1点ぐらいちょうだいよぉ!!

 

「じゃあ10対0で私の勝ちね。それで?罰ゲームってどんなモノなの?」

 

「……僕が持ってきたこの筆に、墨をつけて顔にイタズラ書きをするとです」

 

「…何を書けばいいか思いつかないわね」

 

「本当に何でもいいとです。今思ってることでも悪口でもいいとです。敗者の僕は貴女の行いを咎むことは出来ないとです」

 

「そう。じゃあ……」

 

そして、俺の頬に負け犬の印が刻まれる。アリスはその行いを俺にした後、すぐに自分の家の方に帰ってしまった。

 

ちくせう。来年、来年またリベンジしてやるでござるぅうう!!!

 

「……はぁ、だぜっ娘と巫女さん。俺の頬に何が書かれた?」

 

そう近くにいる二人に聞くと、二人は互いに顔を見合せ首を傾げる。

 

「?どうした。何が書いてあるんだ?」

 

「いや、なぁ?」

 

「私たちには、その言葉に至る過程が全く見えて来ないんだけど、ねぇ?」

 

二人にその疑問に思っている言葉を聞く。その墨で俺の頬に力強く書かれていた言葉はこうだ。

 

 

『太ってない』

 

 

それを教えてもらった後、俺は上に広がる青い空を仰ぎ、こう思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

ーーまだ気にしてたのか、と。

 

 

 

 

 




魔理沙「あの後詳しく伝蔵に聞いたんだが、あの言葉は伝蔵がアリスに太ったんじゃないかって面と向かって言ったのを気にしてたかららしいぜ」

霊夢「へぇそうなの。もしかしてあの強烈なサーブも、伝蔵さんへの怒りから放たれていたのかもしれないわね。全部顔の真横の当たるか当たらないかの位置に打っていたし」


魔理沙・霊夢「「まぁ、因果応報だな」」



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12話 戦闘のこと

 

 

白玉桜の庭にて、魂魄 妖夢は剣を降り続けていた。これは彼女の日課の一つである。彼女はいつもそれを速く、しかし丁寧に取り組むことを頭に入れて行動していたが、今日の彼女の日課には乱れが生じていた。

 

「……伝蔵さん、遅いですね」

 

そう呟いて、妖夢は剣を降る手を止めた。

伝蔵がここ、白玉桜に来て約一月が経つ。彼女はこの一月がとても充実していたものだったのではないかと思った。だってそれは彼女が、伝蔵が来てもう一月経ったのか、と今思えたからだ。

彼女はまだ、伝蔵に多くのことを教えてもらっていない。ほんの少し、一言二言と数えられることぐらいしか言われていないのだ。だが、彼女にはそのたった一言二言が自分にとってとても大きく影響を及ぼしていると感じた。

まだ、彼女は伝蔵に切れと言われた大岩を斬ることが出来ていない。

しかし、それでも彼女は自分が昔よりも強くなったのではないかと思えた。

剣は強くなっていないが。(わたし)が、強くなったのだと。

 

妖夢は、日課を再開する。

自分が手に持つ桜観剣が、上から下へと滑らかな曲線を描いて振るわれる。

桜観剣から反射される太陽の光が、彼女にはいつもより輝いて見えた。

 

「………あれ?」

 

だが妖夢は剣を振り上げた状態のまま、また動きを止めた。

その理由はただ単純な疑問からのものだった。

そう、自分が今では信頼している伝蔵のことについて、自分はあまりにも知らな過ぎるのではないか、と。考えれば考えるほど疑問は数多く妖夢の頭の中に浮かんだ。

 

何故伝蔵は、剣を始めたのだろう?

 

伝蔵はどのように、幻想郷一の剣豪と言われるまでに成長したのだろう?

 

いや、そもそも伝蔵はーー

 

 

 

 

 

「ーー伝蔵さんは、どういう種類の妖怪なんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空間が軋む。閃光で視界が覆われる。風は、鳴り響く。

レミリアと伝蔵の戦闘を言葉に表すとしたら、それで充分だった。それが彼と彼女の戦闘風景を創りあげていた。

空間と閃光、風を切る音はレミリアから生じていた。彼女個人だけが、この戦闘を演じているのだ。

彼女の多大な妖力が、さまざま形に変化し伝蔵を襲い続ける。その数は多く、大きさもバラバラ。彼女から発せられる紅色の妖力の塊は、一つ一つが様々な軌跡を描き彼の元へ向かっていく。

そして伝蔵の正面、左右、上下、背後、全ての方位から迫るそれを彼はーーぎりぎりの、しかしここしかないというタイミングでかわしていた。その回避方法は独特のモノだった。

まず今、彼と彼女は空中で戦闘を交わしている。レミリアは先程のスペルカードにおける戦闘のように、空中での戦闘を縦横無尽に速く動きながら『飛んでいる』。

だが、対する伝蔵の方は『立っている』という表現が適切なのだろう。

見にくいが、宙にいる彼の足元には薄く透明に近い、青色の足場があった。彼はそれを使い、空中での戦闘を可能にしている。

移動する時にはその足場を強く蹴り跳躍し、今度はその着地地点に薄い青色の足場を作って宙に留まる、というのを繰り返しているのだ。

故に、直線しか描けない彼の空中での戦闘方法と、彼女の曲線も直線も描ける戦闘方法では後者の方が機転が利くだろう。それは今現在、吸血鬼が男を翻弄していることからも知ることはできた。

 

そしてその戦闘を、博麗 霊夢は少し離れた場所から傍観していた。

別に彼女がそうすることしか出来なかったわけではない。彼女は博麗の巫女、この幻想郷の柱とも言える人物だ。だからあの戦闘の中でも戦える力は当然もっていた。そして通用するのだ。

だが、彼女が動かない理由は大きく分けて二つある。

まず一つ目として、状況が飲み込めないこと。何故レミリアが突然激怒し、あの男の妖怪との戦闘に発展したのか。それもレミリアは前の自分との弾幕ごっことは違い、本気であの男を殺しにかかっているのだ。霊夢はこの戦闘の状況に対して困惑し、どうすれば良いのかわからなかった。戦える戦えないを別にして考えるなら、確かに彼女はこの戦闘を見ることしか出来なかったと言えよう。

二つ目として、あの男の存在だ。

霊夢はあの男が発した言葉を整理する。

まず、彼は自分を『八雲 紫』に雇われた掃除屋だと言った。

八雲 紫。

霊夢はこの人物の事をよく知っていた。それは彼女が自分達が住んでいるこの幻想郷を創った者であり、自分が博麗の巫女と成るのに深く関わり過ぎている者であったからだ。そして、霊夢はこの人物の名前を聞いた瞬間、違和感を感じていたこの異変の全貌が見えてきた。これは、彼女が幻想郷のこれからを考えて起こしたモノなのだろうと結論づけることは容易だった。

でも、だったら自分に話を通してからやった方が方効率が良いのではないか?と霊夢は思ったが即座にその問いのおおよその解答を導き出す。多分面白がってそうしただけなのではないか、と言う単純な解答を。まぁ、もしかしたら自分のためなのかもしれないが。

 

「お疲れ様、霊夢」

 

「やっぱりアンタの仕業か」

 

霊夢の真横の空間が裂け、いま彼女が考えていた張本人が現れた。その人物、八雲 紫は口元を紫色の扇子で隠し、気軽に霊夢に声をかけてくる。霊夢はそんな彼女に一瞬視線を合わせるが、すぐに目の前に拡がる吸血鬼と男との戦闘に目をくれる。

 

「あの男、何なの?突然出てきたと思ったらすぐ戦いだすし。私には何がなんだかさっぱりなんだけど」

 

「彼と彼女(吸血鬼)には色々想うところがあるのよ。ここからは、貴女の出番はないわ。安心なさい」

 

まぁこれは予想外だったのだけれどね、と紫は困ったように笑い言葉を続けた。霊夢は少し驚いていた。紫に予想外なことが起きたと言っていたからではない。それは彼女の言った言葉、表情から、今目の前で戦っている男への多分な信頼が理解できたからだ。

 

「…で、結局あの男は何なの」

 

「そうね、実を言うと、私も彼のことはよく分からないのよ」

 

「はぁ?」

 

霊夢がその返答について追及しようとする前に、紫はでもと言葉を続けた。

 

 

「でも、私の中の認識として言葉にするとしたら。彼と貴女は私の有用な使用人。貴女は、この幻想郷の切り札(エース)。そして彼はーー」

 

 

 

 

 

「ーーこの幻想郷の古兵(ジョーカー)、と言ったところかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

吸血鬼との戦いの感想として、俺が始めに思ったことは単純なことだった。そう、とっても単純。

 

 

 

……相性、悪くね?

 

 

これはもうヤバいですね。はい。正直な話見誤ってました。吸血鬼のスピードを。

言い訳をさせてもらうけれども、俺だってさ、前やってたあのハクレイの巫女とのスペルカードルールによる戦闘を見て、「吸血鬼の女の子、あれより速くなるかもな~」って思ってましたよ?そりゃあ今やってるのはルール無用のガチ戦闘なわけですから。妖怪の彼女にとってはやり易くなるでしょうよ。うん。

 

ーーでもさ、さっきより二倍以上速くなってるのはおかしいよね?

 

もう無理やん。無理ですよね?だいたい俺の戦闘スタイルからしてさ、まず第一として刀で斬らなきゃならんのよ。ぶっちゃけ斬れさえすればこっちのもんなの。こう何かめっちゃ超高速再生するような相手でも意外となんとかなったりする。でも、吸血鬼速すぎるやん。しかも真正面から吸血鬼姉が来たから対応しようとすると、全く別方向から妖力の塊が僕に向かって突っ込んできますからね。何?完全追尾型妖力弾なの?せめて操気弾並みのボディランゲージしてください。お願いします。で、いきなりで悪いのだけれど、クイズを出したいと思う。

 

問、何でも斬れることで有名な伝蔵、その弱点は?

 

答えは限りなく簡単だ。弱点は数多く見つかると思うが、コレがもっとも弱点じゃね?というのを二つ上げてもらいたい。よし、それでは答えを言いましょう。はいっ!

 

 

 

答え、もの凄く速い攻撃・視覚に見えない予測不可能な遠距離攻撃

 

 

……なのですね。よってこの吸血鬼姉、完全な伝蔵アンチなのです本当にありがとうございました。

今まで数多くの伝蔵アンチを見てきたけれども、ベスト3に入るほどの猛者です。はっはっは。勘弁してくだしゃあ。

それではここで、戦闘を始める前の俺の当初の予定をざっくり説明しようと思う。

 

まずば姉に「吸血鬼妹○ったぜ!」と勘違いさせる→姉怒る→「実はそんなことはなかったぜ!」と教え、少し説教をする。→終わったあとアリスの家に行って魔理沙の箒を直してもらう→大団円、と言うのが当初の予定でした。

だけれども、姉怒る→「実はそんなことはなかったぜ!」に移行しようというとき、吸血鬼姉が攻撃を畳み掛けてきて、言うことが出来ず、現在に至るのです。

つまり、最初っから俺の計画は破綻していたんだよっ!うっへい。

 

「チッ!速く、死ねッッ!!!」

 

「ちょ、おま」

 

とりあえず高速近接攻撃と予測不可能遠距離攻撃のコラボはやめてよぅ!どっちにも対応しようとしたら避けるしか選択出来ないじゃん!おま、お前には人の心が分からんのかぁああ!!!

 

「消えろッッ!!」

 

「あぶっ!?」

 

ちくせう。コレがスピードと相性の暴力でござる。レベルを上げて物理で殴る理論なんて、スピードと相性の前では無意味なんや。当たらければ攻撃力は意味をなさないし、相性が悪いと戦況はやっぱり不利になる。ああ、時が見える……。妖夢ちゃんの笑顔が走馬灯のように頭の中を駆け巡る……って走馬灯だコレ。やべぇよ、もう死の一歩手前じゃないっすか。勘弁してくだしゃあ。せめてっ、妖夢ちゃんが嫁入りするまで生きさせて!もしくは「妖夢は俺が育てた」ってドヤ顔で語れるぐらいになるまで生きさせて!!

 

 

「速く、速く死ねえッッ!!!!」

 

「……そうかい」

 

そう、俺が心の中で反論していても、彼女の攻撃は続く。冷静さを失っているだろうか。彼女は確かにハクレイの巫女と戦っていた時より速くなっていたが、巧さの部分では圧倒的に前より劣っていた。

 

まぁ、本気で怒って殺しに来てるのなら、そうなる。全力で、相手を一欠片を残さないようにしようとするから、そうなる。

俺はそれを目の当たりにして、お前はそこまで妹のことを想ってたのか、と嬉しく思う反面、どうしてそこまで想ってたのに、妹にあのような対応をしてしまったのかと怒りの気持ちが大きくなっていった。

だって、

 

「……お前は、何も見ていなかったじゃないか」

 

「あぁ!?何がだッ!!」

 

俺のそんな小さな呟きに対して、目の前で今にも紅の槍を投げようとしている彼女は、俺に強く言葉を浴びせる。

ここからが、俺の本当の戦いだと思った。

そしてこの戦いには、気遣いとか同情は無しにしなくてはいけないと想った。だってこれは、お節介なのだから。お前なんかに言われたくないと、彼女が確実に思うことなのだから。だったら、どうせそう言われてしまうのなら、言いたいことを言わせてもらう。

さっきよりも力を込めて、左手にある箒の棒を握った。両目で、目の前の吸血鬼を睨んだ。息を大きく吸う、声を大きく出すために。そして殴るように、言葉を彼女にぶつけた。

 

 

 

「お前はッ!妹の未来(これから)を、全く見ていなかったじゃないかッッ!!」

 

自分の中の妖力を身体中から放出し、半径約五メートルの位置で留める。俺の身体は、自分の青色の妖力で包まれた。

 

ーーここから言い訳は許されない。負けるわけには、いかない。

箒の棒の先端を吸血鬼に向ける。今までは彼女の戦いだった。だからこれはその閉幕合図。そしてここから開始する俺の戦いへの、開始の合図でもあった。

 

妹の過去(これまで)を知っている彼女なら、未来を見る勇気がなくてはいけない。ただ、それを教えるだけの戦いを始める。それさえ終われば、笑える。夢も現も。そんなもんだ。そして、それが運命に繋がるのだろうさ。

 

 

 

 

 

 

 

ーー少女は檻の中にいた。狭く苦しい、そんな檻の中に。少女はそのことを嘆かない。ただ一人だけで、ずっと、座りながらそれに耐えている。

ーー檻の外にはもう一人、これまた幼い女の子がいた。その女の子は、中にいる少女を外に出してあげようと、檻に手を触れる。

そして今さら女の子は気づいた。この檻には、鍵がかかっていることに。

女の子は檻を開ける鍵を探す。必死になって、力を尽くして。しかしその鍵は見つからない。何処まで遠くを探しても、見つけることはできない。

それは当たり前のことなのだ。だってその鍵は、何時だって一番近くに存在していたから。何時だってその檻の側を離れることはなかったから。

そう、その鍵はーー

 

 

ーー他ならぬ、檻の中にいる少女が持っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 




後々書き直すかもしれません。そして、時期が開いてすみません。すみませんっした!


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13話 語ること

 

 

 

 

 

 

 

眼に映るモノと、映らないモノ。どちらが真実なのだろうか。

 

そんなことをいつも、自分に問いかけていた。それは生きている内には確実に解くことが出来ないというのは、分かっていたけれど。でもソレは、考えることを止める理由にはならないから。だって、ソレを理由にしてしまったら、生きていくことがバカらしくなってしまうし。つまらない人生になってしまうと思ったから。

 

ーーだから、精一杯拘ってきた。

無理だと言われることも。細かいことも。くだらないことも。自分には関係ないことも。全部、力を尽くしてやってきた。

勿論、失敗だってした。自分が定めた基準に到達出来なくて、悔やんだことはたくさんあった。頑張っても確実に報われるわけではないのだし、それは当たり前のこと。それが当然だ。

だから、だから今回もそれは変わらない。自分の全ての力を尽くして、頑張ろう。頑張るって言葉を逃げの言葉にはしない。自分からも他者からも「頑張った」と言われるぐらいには、足掻いてやろう。いや、「頑張りすぎだ」っと言われるまで、やりきろう。

力の足りない俺は、そこまでやってようやく、救えるのだろう?そこまでやってようやくーー救われるのだろう?

それでは、重労働の始まりである。

自分が本当に生きるために、仕事を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリア・スカーレットは、目の前の男が理解できなかった。

最初自分が投げた紅の槍を、男はいとも簡単にただの「木の棒」で切り捨てた。そこからレミリアは男が自分と同等、もしくはそれ以上の実力を持っていると判断したのだ。したのだが、

 

「チッ!速く、死ねッッ!!!」

 

「ちょ、おま」

 

現状では、男はレミリアが放つ妖力の弾やヒットアンドアウェイに近い近接攻撃に対して『回避』という手段しか行ってこない。その行動から、レミリアは最初に定めた男の実力を疑い始めた。

 

(ーー本当にコイツは強いのか?)

 

レミリアは攻撃を続けながらも目の前の男について考える。

 

(最初に私が投げた槍を切り捨てた、これは偶然では確実に出来ない。普通ならそれに見合った実力があるはずだ。しかし、現状を見ると……コイツは私の攻撃に翻弄されている)

 

「消えろッッ!!」

 

「あぶっ!?」

 

(それにコイツからは妖力が殆ど感じられないーーとなると)

 

コイツは、何かしらの能力に特化したタイプの妖怪かーーとレミリアは男の実力を定め直した。そしてその男が持つ能力は、今自分が行っている攻撃に対して全く効果を示さない。だから男は必死に回避し続けている、という答えを導きだした。ならば今自分がすべき最適なことはーー

 

(全ての攻撃を速くして、なぶり殺す)

 

それが最もより良い殺し方だとレミリアは判断した。それが最も安全な殺り方なのだと。だが、

 

(それだけで、済ますものか…!!)

 

頭で理解できても、レミリアの体がそれを実行に移すことは出来なかった。

それは目の前の男が、彼女の侵してはいけない領域に存在するモノを壊してしまったからだろう。だからきっと彼女は、自分を押さえることができず男に攻撃し続けているのだ。

 

「……お前は、何も見ていなかったじゃないか」

 

そんな中、そう男が小さく呟いた。それはとても弱々しく男の口から発せられたモノだった。レミリアはその言葉の意味が理解できなかったが、その男の力無く言う態度に苛つき、怒鳴り返答する。そして、気づいた。

今まで回避することに必死になっていた男が、自分を強く睨み付け始めていることを。

レミリアはほんの一瞬だが、その男の目を見て思考が停止した。別に彼女は、男の目に恐怖したから思考が停止したのではない。それは目の前でこちらを睨む男の視線から、自分に対して何かを訴えていることが理解できてしまったからだ。

「お前はッ!妹のこれからを、全く見ていなかったじゃないかッ!!」

 

そして次に男から発せられた言葉で、その抗議の内容を完全に理解した。そして理解できてしまったからこそ、

 

「お前に…お前に何がわかるッ!!!」

 

今度は彼女は、先程の怒りとは別のモノから生じた怒りを、彼にぶつけた。それはきっと、目の前の彼のことがさらに気に入らなくなったからだろう。余計なお世話だと強く感じたから、彼女は怒っているのだ。それは伝蔵にはよくわかった。やっぱりそうだよねぇ、なんて心の中では共感していたりした。そして彼もだからこそ、

 

「ーー分からねぇ。姉妹だからって同じ事聞いてくるなよ」

 

そう、言葉を返すのだ。

 

「お前ら姉妹のことは正直今でも同情してる。辛かっただろうな、と思っていたりもする。そしてなによりも、お前がそうは思ってほしくないことが、何となく理解できる」

 

伝蔵はそう言いながら、自分の身体の周りに留めていた自らの妖力を一つの部位に集めだした。それは箒の棒を持つ左手とは反対の右拳に、彼のありったけの力を圧縮させ留めていったのだ。

 

「だから、俺は慰めない。お前を責め続けよう。……物理的に拳で。精神的に、言葉で」

 

彼は箒の先端を彼女に向けていた。レミリアはその動作から彼が、今までとは違うと宣言しているのだと感じた。そこまでの気迫が、今の彼から発せられていたのだ。

 

「そんで、お前がまいって動けなくなったらーー無理やり動かさせてやる。後で文句は無しな。」

 

「ーー勝手に言ってろ」

 

レミリアはそう冷淡に呟き、今自分が持つ紅の槍を投げた。しかしそれが描く軌道は、最初に伝蔵に投げた時と同じではない。彼女はーーレミリアはその槍を、伝蔵から見て左から迫っていくように設定して放ったのだ。

そして、投げたと同時にレミリアの姿は消え去った。そう、彼女はそう言えるほどのスピードで、自らが先程投げた槍より少し速い、ちょうど槍と同時に伝蔵の元へ到達するように動いたのだ。

 

左から迫る紅の槍。右から迫る吸血鬼の爪。

伝蔵に迫る脅威は、どちらとも刹那の間に始まり、終わるものであった。だから彼がその間に行えたのは、一つの行動のみだった。彼は、

 

 

ーー左手に持つ木の棒を、大きく振るった。

 

 

 

 

(何を、している……?)

 

レミリアには、伝蔵のその行動が理解できなかった。それもそうだろう。何故なら彼のその一振りは、何も、無かったのだ。

正確に言うのなら、彼のその一振りは左から迫る槍にも、右から迫る吸血鬼に対しても振られてはいなかった。それは彼の左から右へ、槍が到達する前に、レミリアが到達する前に、振られたのだ。

レミリアはそれを彼の諦めからでた行動だと判断した。彼が木の棒で相手に出来たのは、この一瞬ではどちらか一方だけだったのだ。左を斬ってから、右を斬るのは間に合わない。右を斬ってから、左を斬るのは時間が足りない。どちらか一方に木の棒を当てると、その分遅れが生じる。それを知ってしまったからこそ、やけくそぎみに木の棒を振るったのだろう。

レミリアは落胆した。さっきまで偉そうに自分に声をかけてきた男が、こうも簡単に死ぬのかと、呆れたのだ。

ーー槍が伝蔵に到達する。吸血鬼の爪が彼の首を刈り取る。

それで終了。それが彼と彼女の戦闘の終わり。それをレミリアは確信し、あとは結果を待つだけだった。そのはずだった。

だが、その結果は、

 

「な、に?」

 

何故か、訪れなかった。

目を見開き、疑問の声をレミリアは呟く。彼女は困惑していた。何故、コイツ(伝蔵)が生きているのか。それがレミリアには分からなかったのだ。

槍は確かに、左から伝蔵の胸を貫くように進んでいた。レミリアは確かに、首を刈るため伝蔵に右手を伸ばしていた。そこまでは理解できていた。それから導き出されるのは伝蔵の死だけのはずだ。だが結果として彼は生き、今もこちらを睨みつけている。

そう、その後が問題だったのだ。確かに槍は胸を貫くように進んでいた。確かにレミリアの右手は首を刈るように伸ばされていた。だがそれらは何故かーーー伝蔵を避けるように、動きが変化したのだ。

 

「ーーくらえ」

 

伝蔵がそう呟く。それを聞き、レミリアはようやく自分の置かれている現状に気がついた。

理由は分からないが、攻撃を回避されたこと。そして避けられるはずがないと思ってしまっていたが故に、何があってもすぐに行動に移せる態勢を整えていなかったこと。何より彼からしたら、今の自分はダメージを与えるのには最適な状態のことを。

 

レミリアは目の前から消えたと思うほどの速さで移動していた。それに対し、伝蔵は自らの右拳に妖力を集中させていた。それだけだった。それ以外のアクションを、彼は行わなかったのだーーつまり、彼は最初から待ちの姿勢だったのだ。速さという相手の武器に対して、それをも利用して攻撃をする、という算段だったのだ。

 

「ーーくらえ、妖力流し(みぎなぐり)

 

それが、相手の勢いをも利用するカウンター。それが彼がレミリアに行った攻撃であった。

彼の青に輝く右拳が、容赦なく彼女の顔面に吸い込まれる。それを受け、レミリアは盛大に吹っ飛び、この部屋の壁にぶち当たった。壁が崩れ落ち大きな音が溢れだすこの空間の中で、伝蔵はレミリアの方を見て言う。

 

「こんなもんじゃないだろう。まだまだお前は動けるはずだ。……動けなくなってから動かすから、文句は言わないように。大事なことだから二回言ったぞ」

 

 

 

 

「……どうしたの?紫」

 

伝蔵とレミリアの戦闘を見ていた八雲 紫は、隣にいる博麗 霊夢の声に答えることが出来なかった。紫は今目に映った現実に、それほどの衝撃を受けていたのだ。

そう、先程の伝蔵の一振りは、空間を斬ったとかその程度の次元の話ではない。

おそらく彼はーーこの世界の境界に、刃を通したのだ。

 

(斬れぬものなど全くない、ね)

 

紫は伝蔵が言っていた言葉を思い出した。その言葉を嘘偽り、誇張なしと考えるならば、これほど厄介なモノはない。全ての弱点に成りうる特性、それが伝蔵の剣の本質なのではないかと紫は推測した。あくまでも推測であったのは、それを証明できる材料がまだ揃っていないからだ。そして、紫は今回のことで確信したのだ。伝蔵はやはり、

 

幻想郷(わたし)にとっての最悪手(ジョーカー)に成りうる、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

長い紅の廊下を走り続けていた彼女は、ようやく足を止めることが出来た。彼女は、ついにたどり着いたのだ。この物語の終着点に。その、鍵となる人物の元に。

 

「……お前が、紅 美鈴か?」

 

「え、はいそうですけど。……門で会ったとき名前教えましたっけ?」

 

そう言い、こちらに優しい笑顔を向ける美鈴を、彼女は睨み付けていた。

一体この笑顔の裏には、どんな残酷なことを考えているのだろうと、彼女ーー霧雨 魔理沙は思っていたのだ。

伝蔵は言っていた。自分は力を尽くしたのだと。でも、どうにもならなかったのだと悔しさを顔に浮かべ魔理沙に語ったのだ。奴はあまりにも冷酷で、卑怯な手を使い伝蔵に攻撃をしてきたらしい。その事から伝蔵は彼女のことを友達殺し(ブルームブレイカー)と言っていた。……その名付けられた単語の意味はよく分からなかったが、とにかくそれだけ彼女が残忍な者だと言うことだろう。そう彼女ーーこの紅 美鈴の前では、伝蔵は魔理沙の箒を守ることが出来なかったのだーー

 

「お前、私が言いたいことが分かるよな?」

 

「……いや、なんのことですか?」

 

いけしゃあしゃあとしやがって、と魔理沙は怒りから自らの唇を噛んだ。そうしないと、自分を抑えきることが出来なかったのだ。

 

「私の箒と言えば、わかるか?」

 

「箒……はて?それが私と何の関係が」

 

魔理沙は、理解した。

紅 美鈴は、最後までとぼけるつもりだと言うことを。純粋そうな性格を装い、自分を欺くつもりだと言うことが手に取るようにわかったのだ。

 

「ーーいいぜ」

 

魔理沙は寛大であった。もし、美鈴が素直に謝ってきたとしたら、許してやろうとも少しは思っていた。本当に少しだが。

ーーだが、結果はこの通りだ。現実はそう甘くない。全ての生物が皆正直に生きている筈がないのだ。魔理沙はその事をここに来て強く痛感していた。社会の闇を見た、という表現が今の彼女の気持ちに近いだろうか。

 

「お前が私の箒を壊したことを誤魔化そうってんなら」

 

魔理沙は右手にある自らのマジックアイテム、八卦炉を握りしめる。

彼女(紅 美鈴)を魔理沙は許すことが出来ない。それは魔理沙の本能が、存在が、魂がそうさせているのだ。だから、彼女は闘うことを決めた。そうこれは、自分の大切なモノを救うための闘い。勝って、自分の友(箒)に頭を下げさせるための闘いだ。

 

「まずは」

 

目の前の美鈴を睨む。そして八卦炉を彼女に向けた。魔理沙は目で彼女に語っていた。「覚悟は出来たのか?」と。「言い残す言葉はあるか?」と。それが、戦闘開始の合図であった。そして、彼女は怒りに身をまかせ言葉を紡いだのだ。

 

 

 

「 そ の ふ ざ け た お 前 を ぶ ち 壊 す」

 

 

 

 



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14話 正直なこと

 

 

「ーー守れなかった」

 

伝蔵は小さく、とても小さく言葉を呟いた。

 

「俺みたいなちっぽけな弱小妖怪じゃ、(コイツ)を守りきることは出来なかったんだ。……クソッ!」

 

伝蔵は自らの右手で壁を強く叩いた。隣でその行動を見ていた魔理沙には、目の前の彼の悔しさが手に取るようにわかった。

 

「俺にもっと力があればッ!こんなことにはならなかったはずなのにっ」

 

彼は顔をうつむかせ、叫ぶように言葉を紡いだ。

彼は、きっと必死に戦ったのだ。自分の全てをかけ、魂をけずって、力を尽くした。でも、奴には届かなかった。奴は何処までも愚かで、卑怯ものであったのだ。そう奴、紅 美鈴には敵わなかったのだ。

 

「すまない、魔理沙。……後で俺はまた奴の元に行く。俺の相棒と、お前の友達の借りをかえすために。でも、少しだけ時間をくれないか?俺は今から、残された仕事をしなくてはならない。それが、それが終わったら……絶対にアイツを倒すから…!今度こそ、アイツを倒してみせるから。だからッ!!!」

 

そう言う伝蔵の目に、魔理沙は強い意志を見た。

彼女にはわかった。彼のその覚悟の強さが、堅さが、輝きが。だからだろうか、彼女は笑っていた。さっきまで彼に向けていた冷たい顔はもう消えさり、暖かい、彼女らしい笑顔を彼に向けることができていたのだ。

 

「ーーすまねぇ伝蔵。勘違いして悪かったな」

 

「……!いや、悪いのはどう考えても俺だ。借りモンを守り通すことが出来ないなんて、な。……本当にすまない。次こそは絶対に奴をーー」

 

「いや、お前はその残業に集中して取り組んでいいぜ。奴のことは私に任せな」

 

「ぎったんぎったんにしてーーえっ?」

 

「だから、仇討ちは私に任せてくれていいぜ。お前のその仕事も大事なモンなんだろ?だったら後のことなんて考えないでやりな。その方が絶対に良い」

 

「え、いや、でも、やっぱり僕本人が仇を取りに行きたいな~、なんて……」

 

「その気持ちだけで十分さ。それにな、」

 

魔理沙はそこで言葉を区切り、両手を強く握る。そして、魔理沙という幼い少女からは信じることが出来ないような、とても重い声で、彼女は伝蔵に言った。

 

 

 

 

「ーー私ももう、自分を抑えることなんて、出来ねぇ……ッ!!!」

 

 

 

 

魔理沙は走って去っていく。その後ろ姿を黙って見送る妖怪の伝蔵。その彼の目は、何故か悲しげであった。そして、彼は一人静かに言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マズイ、洒落にならん」

 

 

 

 

 

 

 

 

紅 美鈴は善、悪のどちらの妖怪なのかという問題があったとしたら、その問題の答えは間違いなく、『善』なのだろう。

 

そう断言出来るほど、彼女の行いは暖かみに溢れるモノだった。彼女は妖怪の中では珍しく、とても温厚な者であり、とても友好的な妖怪なのだ。彼女の良いところを探すことより悪いところを探す方が難しいだろう。つまり、彼女は妖怪(にんげん)が出来ているのだ。誰かに怒りを買うこともほとんどない。本当に出来た妖怪なのである。

しかしそんな彼女は今、ある人物を怒らせてしまった。いや、正確には怒らせてしまったらしい。彼女には全く身に覚えのないことなのだが、それ(箒破損)が現実に起こっているのだ。美鈴はただただ困惑するばかりである。

 

「だっ、だから私はそんな事、してないって、言ってるじゃないですか~!!」

 

「うるせぇ!一発殴らせろォ!!!」

 

美鈴はその怒り追いかけてくる人物ーー魔理沙からの魔力による遠距離射撃を避けながら、必死に自分の無実を訴える。っていうか殴らせろと言ってるのに魔力で攻撃してくるのは何故なのでしょう、もしかして本気で殺りに来てね?っと思った彼女は聡明である。魔理沙はこのときマジであった。

 

「お前ッ、まずは誠意見せて謝れッ!そして箒直せッ!それから殴らせろォ!話はそれからだろうが!?っていうかまずは走らないで止まれぇ!殴れないだろうがッ!」

 

「嫌ですよ!なんで見に覚えのないことで殴られなきゃいけないんですか!まずは誤解を解きたいので話合いません!?」

 

「だまれぇ!お前がやったのを見たって言う証言者だっているんだ!!確定だろうが!!」

 

「り、理不尽だ!冤罪だ!!それでも私はやってないのに~!!!」

 

そう二人で叫び合いながら紅魔館の廊下を走る彼女達。その先には大きな扉があった。少し前に、伝蔵と魔理沙が通った扉ーーこの紅魔館への大図書館へと通じる扉が。

 

「もう我慢の限界だぜぇえ!!マスターっ……!」

 

「えっ?いやちょっとなにどでかい一発かまそうとしてるんですか?ちょっと待ちなさい、まままま、まって!」

 

「スパークーー!!!」

 

恋符「マスタースパーク」

それは魔理沙の必殺技とも言えるスペルであり、その内容はとてもシンプルなモノであった。

極太の光線を魔理沙が持つ八卦炉から出し、攻撃する。それがそのスペルの効果なのである。威力は凄まじい。

 

ーー結果、その光線は容易く美鈴を呑み込み、先にあった図書館へ続く扉ごと吹き飛ばした。図書館の中にあった本も巻き込まれたのか、辺りにはたくさんの紙切れがひらひらと宙を舞っている。

 

「フンッ!人のモノを勝手に壊した罰だぜ!」

 

そう、魔理沙は図書館の端まで吹き飛んだ美鈴に言った。それを聞いた美鈴は「私じゃ……ない、のに」と呟き、力無く気を失った。それを見て、やり過ぎたかもしれないと少しだけ反省していた魔理沙であったが、

 

 

 

 

 

 

「ーーそうよねぇ。人の(モノ)を勝手に壊すなんて、最低よねぇ……!」

 

 

 

 

そんな言葉が図書館の奥から聞こえた瞬間、心臓が鷲掴みされたかのように感じた。感じざるを、えなかった。

その声の主はこの図書館の管理人(引きこもり)ーーパチュリー・ノーレッジであった。

魔理沙は恐る恐るパチュリーに声をかける。

 

「ま、待たせてすまなかったな!でも、まだ箒手元にないんだよ~!じゃ、じゃあ今度こそ取りに行ってくるぜ!!」

 

「いいえ、もう取りに行く必要はないわ。ーー見なさい、貴女のせいで私の本が、見るも無惨な姿へと変貌してしまったわぁ。……ねぇ、どうするの?これ」

 

「……すみませんでしたッッ!!!」

 

魔理沙は全力をだして謝った。地面に膝と手のひらと額をつけて、謝った。それを聞き、パチュリーは何も言葉を返さなかった。そのことに恐怖を感じながらも、魔理沙は顔をあげパチュリーの方を見る。

パチュリーはーー笑っていた。にっこりと。まるで聖母のような微笑みを浮かべていたのだ。

それにつられて、魔理沙も笑ってしまった。しかし魔理沙はパチュリーとは違い、両目を閉じ何かを悟ったように「フッ」と小さく笑ったのだ。

 

パチュリーの体に魔力が充満する。錯覚ではなく空気が、ゴゴゴ…!と音をあげる。

パチュリーの顔から笑みが消えることはない。それが、魔理沙に諦めをつけさせるのに十分だった。魔理沙が抵抗を無くすのには十分すぎたのだ。

 

パチュリーが弧を描く自分の口を開く、そして、魔理沙の罰を残酷に告げた。

 

 

 

 

「愉快な死体(オブジェ)に変えてあげる♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぶねッ!!」

 

「チッ!!」

 

何故自分と男の戦闘がここまで均衡しだしたのか、レミリアはその理由が分かっていた。

自分が、遅くなっている。

それが今現在五分五分といえる男とのーー伝蔵との戦闘を作り出しているのだろう。両者にあった絶対的な差はスピード。それが縮まってしまったから、状況は一変したのだ。

 

「オラァ!!」

 

「クッ!」

 

レミリアは歯噛みした。

自分が先程のように速く動けないのは、目の前のアイツのせいだ。それがよくわかっていた彼女は、射殺さんばかりに彼を睨み付けながら攻撃を続ける。

伝蔵がレミリアにしたカウンターによる右殴り。これはただのカウンターではなかったのだ。彼は自身の拳がレミリアの顔に触れた瞬間、拳に留めていた全部の妖力を彼女に移した。ぶつけたのではなく、移したのだ。通常であればその行いには何の意味もない。力をぶつけた方が相手にダメージを与える量が増えるに決まっている。

だが彼はそうはせず、レミリアに妖力を移し、妖力の循環を乱すことを選択した。

妖力の循環を乱す、それが出来れば彼女は自身の妖力のコントロールが出来ず、結果として十全の速さで動くことが出来ない。

そう彼は考え、行動したのだ。そしてレミリアにはその彼の行動は、驚愕に値するモノだった。あの一瞬の間に、妖力を流し、吸血鬼(じぶん)の循環を乱す、いや、麻痺させることなど、出来る筈がない。そうレミリアは思っていたから、驚いているのだ。

自分の妖力を相手に流せば、相手の妖力の循環を乱せる。言うことは簡単だが、実戦でこれを成功させるのは難しい。何せこれは、針の穴に糸を通すよりも難しい、精密な妖力のコントロール術が必要となるからだ。理論上は可能なことだが、普通では有り得ない結果。目の前の男はその位まで踏み込んでいるのかと、レミリアは始めて伝蔵のことを称賛していた。

しかし、その件の伝蔵の体調は芳しくない。彼の体は少しずつではあるが、ぎこちなく動くようになっていた。

 

 

 

 

ーー彼は限界であった。

元々、伝蔵の保有妖力は少ない。それにも関わらず、自分の力を移すということは、自殺行為に等しいモノであったのだ。彼がレミリアの妖力の循環を乱しても、五分五分までしか戦況を拡大出来ないのはそれが理由であった。

彼はレミリアの攻撃を、確実には見切れていない。

例えレミリアが遅くなったとしても、先天的なスピード差を埋めきることは出来ていない。吸血鬼の性能としての速さは、彼にはどのような方法でも失わせることは出来ないのだ。よって、伝蔵はギリギリであった。しかし、彼は獰猛な笑みを浮かべてレミリアに声をかける。

 

「どうしたどうした。さっきより鈍いぞ?やる気出せやる気」

 

「この、奴隷の分際で……!!」

 

「ハッ」

 

声を出すのが、辛い。

 

「…ここまで私をコケにしたのは、お前が始めてだ。どういう風に死にたい?……おい、聞いてるのか!!!」

 

「ーーん、すまん。ぼっーとしてた。」

 

「ッ!!!」

 

「いや、わりと真面目にすまないでござる。」

 

目蓋が重い。

 

それでも彼が止まれないのは、譲れない意地があるからだろう。妥協してはいけないことだと、強く思っているからであろう。

ーー激しい攻防の中、間が生まれた。その時に伝蔵は、ある言葉を彼女に投げかけることにした。何でもないように、気軽に、

 

 

 

 

 

「まぁでもお前、もう気づいてるんだろ?ーーお前の妹がまだ、生きてるってこと」

 

 

 

音が止む。

伝蔵がそう言うと、レミリアは先程までの勢いを失い、静かに、地面に降りる。ゆっくりと、自分を落ち着かせるように、おとなしく。

 

「…………。」

 

「沈黙は肯定の証だろ?俺の知り合いの人形好きが言ってたことだからな。まぁ、実際そうなんだろう。うん」

 

そして、伝蔵は言葉を続けた。

 

 

ーーだったら、今本当にすべきことは俺と戦うことなのか、と伝蔵はレミリアに説いたのだ。

 

「違うよなぁ。これだけは、絶対に間違えてる。お前はまた、同じミスをしてる。

ーーいや、違うな。ミスをし続けてるんだ。」

 

「……ミスなんてしてない」

 

レミリアは伝蔵の言葉に小さく、とても小さく言葉を返した。二人は向かい合わせ静止し、会話を続ける。

 

「いいや、お前は全部理解できてて、何もしないっつう選択をしてるだけだ。それが、間違えてるんだよ」

 

「間違えてなんか、ない!!」

 

伝蔵を強く睨み付け、レミリアは声を荒げて言った。

 

「これが最良の選択だった!何をしない、ということが私がとれるベストの行動だった!だって、そうだろう!?私はあのとき、どうすればいいかわからなかった。自分の両親が、自分の妹に殺されて、もう、どういうふうにすればいいのか、わからなかった。……私は妹が大好きだった。でも、自分の両親だって大好きだったんだ。だから、」

 

続く声は小さく、だが重みを含めレミリアは言う。

 

「だから、何をするべきなのか、わかるはずがない。……あの子と前のように話がしたかった。でも、出来るはずがないんだ。私自身が、前のみたいに妹と接することが出来ないんだから。ーー妹の殺し(アレ)を許すことは決して出来ない。でも、妹とはやっぱり仲良くしていたい。……だって私は、どっちも大好きだったから。どっちも、私の大切なモノなんだから……!」

 

レミリアはそう言い、自らの唇を噛んだ。それを見ている目の前の伝蔵は、静かにその話を聞いていた。レミリアはそんな彼に言葉を紡ぐ。

 

「わからなかったから、何もしなかった。いつか私がどうすればいいか、答えをだすまでは、何もしない。現状を維持する。それが私のとった選択だ。これは、間違えてなんて」

 

「いや、それだけは間違えてる。それだけははっきりと言えるっ」

 

伝蔵は断言した。

レミリアの言葉を強く遮った。

 

「……じゃあ言ってみろッ!!私はどうすれば良かったんだ!!どんな行動をすればよかった!?言ってみろよッ、その場に立ち会ってもいない、ただの他人のお前がッ!!!」

 

レミリアはまた声を荒げた。しかしその声は先程よりも大きく、だけど哀しく、紅い館に響いた。

きっと、彼女は許せないのだろう。自分が最適だと思った行動が、ただの他人の伝蔵に間違っていると断言されたことが。それが頭に来ているのだろう。伝蔵はそれを承知の上で彼女に言葉を返すことにした。小さく、ポツリと、だけど目の前の彼女にはしっかり聞こえるように、

 

 

 

 

 

 

 

「なんでも、良かったんだ」

 

 

 

そう小さく、レミリアに言った。

 

「……は?」

 

「いや、本当になんでも、良かったんだよ」

 

伝蔵の言葉に対し、ぽかんとしたままレミリアは、声をだす。

 

「なんだ、それは」

 

「厳密に言うと、お前が『何かをする』ことが出来ていれば、お前の妹は苦しまずに済んだはずなんだ」

 

伝蔵は拳を強く握った。

 

「重要なのはお前の妹が、妹自身が、自分のしたことを『知る』こと。それが姉にとってどれほどの意味を成すのか、実感することだったんだ。」

 

レミリアは伝蔵の話に口を挟まずに聞いている。伝蔵は俯きながら言葉を紡いだ。

 

「お前が妹に決して許さないって叱れば、きっと妹は、お前の境界線がわかっただろうし。逆にお前が、無理に笑って許したとしても、妹はその意味がわかったはずなんだ。……だって、あの子はお前のことが大好きだったから。そんなあの子が、大好きなお前の偽りの笑顔に、気づかないはずがないんだから……!」

 

言いきり、手に持つ木の棒を吸血鬼(レミリア)に向ける。そして彼女を睨み付ける。その彼の圧力を受け止めきることが出来ず、レミリアは視線を彼から外し、俯いてしまった。

 

「確かに『何もしない』というのは賢い選択ではあった。それを間違いだなんて、糾弾することの方が間違えてるのかもしれない。だけど、俺は言ってやる。お前は間違え続けてた。その間違えを認めることが、出来ていなかった。ーーだから、変えろよ。先ずは『何かして』から考えろよ。それでいいんじゃないか?なぁ?」

 

「……!」

 

 

 

ーー沈黙が場を支配する。両者の間にあった空気は、ピリピリとしたモノではなくなっていた。それはレミリアだけでなく、周りで観ていた博麗 霊夢、八雲 紫も同様にそれを感じていた。レミリアはそんな伝蔵の言葉に、どんな返答を返すのか、そこに周りにいた二人は焦点を合わせた。

俯いていたレミリアが前を向く、覚悟を決めたとわかる目で伝蔵を見た。そして小さな口を開き、答えを返すーーその時に、

 

 

 

「ーーじゃあそういうことで」

 

「ーーえっ」

 

「は?」

 

「うわぁ」

 

 

 

彼だけは、持っている木の棒を宙に放り、それをレミリアに向かって強く蹴る(・・)という攻撃を、今この場でとった。

 

 

「ーーー。」

 

木の棒がレミリアの右肩に突き刺さる。レミリアは茫然とした。痛い、痛くないなんてことは考えられなかった。ただ頭の中に浮かぶ言葉は「えっ、ナニこれ」だけである。

 

 

「まぁ、俺は言いたいことは言い切ったから満足でござる」

 

レミリアが茫然としている間に、伝蔵は距離を詰め、レミリアの右肩に刺さった木の棒に手を当てていた。そして、

 

「ーー妖力通し」

 

そこから自分のなけなしの妖力を、レミリアの体に流し込んだ。

その行為の一部始終を見ていた霊夢は、口元がをひきつらせ。紫は頭痛に堪えるように、額に右手をあてていた。

そしてレミリアは、

 

「まぁこれで動けなくなるだろ。あとは、……無理に頑張ってくれ。じゃあな」

 

そう笑顔を浮かべて言う伝蔵を見て彼女は、薄れ行く意識のなか、ただただ「お前、空気読めよ」と思っていた。

だがそれと同時にレミリアは、今までよりも、自分の肩が軽くなった気がした。彼女はそんな彼の行為が、可笑しいと思い、今この場で笑えたのだ。ーー不思議なことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鍵がかかった檻の中にいる少女。

その鍵は、少女自身が持っていた。

ではなぜ少女は檻から出ようとしないのか。それは少女自身が、鍵を持っていることを忘れているからに他ならない。

だから鍵を開けるのは、至極簡単な話なのだ。

ーー少女に声をかけるだけ。

そうすれば、その声に少女が反応して、その拍子に鍵が音をたてて地面に落ちていくだろう。

そしてようやく、少女は気づくことが出来るのだ。

 

 

自分のセカイに、まだ救いがあることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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15話 それぞれの終わりのこと

 

 

 

 

 

争いは終わり、霧は晴れた。

幻想郷に広がるのは、何処までも青い空。そして地面を照らす、太陽の光。透明な風が吹き、草木は静かに音を鳴らす。

これにて一件落着。幻想郷は平和を迎えたーー

 

 

 

◆「八雲 紫」

 

 

 

 

 

「一つ質問に答えてくれないかしら?」

 

私がそう告げたのは、この幻想郷で最高の剣士、伝蔵。彼に私は、聞かなくてはならないことがあった。

 

「まぁ、いいけど」

 

そう簡単に、私に返事を返す彼。その表情は飄々としたもので、自分には何を聞かれても困る事がないと宣言しているようなものだった。

 

「貴方、視えてるの?」

 

「ーーッ!」

 

彼の顔が固まる。きっと私の言わんとすることが理解できたのだろう。そう、私が彼に質問しているのはーーこの世界の境界が見えているのかということ。先程の吸血鬼との戦闘で行った無の一振り。それは普通の者が見ればただの空振りに見えただろう。しかし、実際に境界を操る私にはわかった。彼はあの一振りでこの世界を裂き、あの結果を必然的に導きだした。これは異常でありーー魔的である。いつもバカなことばかりしている彼から垣間見えた、鋭利で悪性のある行為。

 

 

「ああ、視えちまってるよ。残念なことにな」

 

そう私に背を向け、悲しみに溢れた声色で彼は返答した。

それは、後悔からか。自身が境界が見えてしまうに至るまでの過去の行いを悔いているのか。それとも私と同じように、本からソレが見えてしまっていたのか。

前者と後者で、私の彼に対するこれからの態度が変わってしまう。前者であるのなら、より一層の警戒を。いつでも処分が出来るような状況を、これから造り出す必要性がある。それほどまでに、私にとって『視える』というのは厄介だ。それは私に対抗するための唯一無二の手段なのだから。警戒を怠ることは許さない。

ーーだが、もし後者であるとするのなら、それは彼が私の本当の意味での、理解者に成りうるのではないだろうか。

この世界の境目、それを私と同じように見続けてきたというのなら、彼は私のことに理解を、多大に示してくれるにちがいないだろう。

 

「そう。貴方はーーいや、何でもないわ」

 

先天的なモノなのか、後天的なモノなのか。それを私は聞こうとするが、一瞬考えてーー止めにした。

幻想郷一の剣豪、伝蔵。私は彼のことを全くといっていいほど、知らない。彼ほどの人物がどのようにここに入ってきたのか。いつ彼は、向こうの世界で忘れられてしまったのか。彼がーーどういう種類の妖怪なのか。そんな、些細なことでさえわからない。それが今はとても奇妙に感じられた。もしかしたら、それが彼が定めた私との境界なのだろうか。いつも明るく振る舞っている彼の、人には見せない部分なのか。だとしたら、それはとても悲しく、辛い選択だ。何者にも見せぬ顔があるのなら、それは自身の素顔に相違ない。彼はいつでも、偽りの仮面を着けて息苦しく、生活しているのだ。

 

 

 

 

 

◆「伝蔵」

 

 

「………ふぅ」

 

今まで、戦場と化していた部屋から離れる。足元には紅の敷物。壁に並ぶ無数の扉。その反対側の窓から差す光は、紅い霧が晴れたからか透き通ったモノに変化していた。

異変、と呼ばれるまでの大規模な事件も、これで幕が下ろされたのだ。俺はその異変の解決にあまり関わっていないのだから、大したことはしていない。後始末的なポジションに徹していたからそんなに時間もかかってはいない。でもね、凄く疲れました。寿命が結構縮んだんじゃないかと僕は思います、まる。

まぁ、アレですよ。今回の異変でわかったことは「世の中には強い奴がいっぺぇいんな!」ってことと、「無闇に人のモノを壊しちゃあイケないんだぞ!」ってことですね。前者も後者も身をもって理解しました。よく生きてるよ僕。九分九厘死ぬと思っていたけど生還出来たよ。帰ったらお祝いだな、これは。酒持ってこいさけー!

あ、ちなみに僕はお酒飲めません。飲んだらすぐ吐きます。飲んで、堪えて、吐きます。この三つのテンポを確実に守っちゃう。ある意味尊敬に値するのではないだろうか?しませんか。許してくだしゃあ。

 

 

「ーー満足かしら?」

 

目の前の空間が裂け、それは気味悪い目玉と妖しさ満点の黒色の空間で塗りつぶされる。

そこから現れた人物は八雲 紫。この異変の裏ボスみたいな奴である。だってもうこの登場の仕方が、裏ボス感をあからさまに匂わせてるし。さすがっす。

 

「ああ、満足だよ」

 

「……最後、適当に放り投げたくせに」

 

「ちがうよ?彼女達の自主性を促しただけだよ。本当だよ?」

 

「そういうことにしときましょう」

 

俺の言葉を聞き、バカにするように紫はにやっと笑っている。笑い続けている。うん、イラっとくる!僕は根にもって倍返しするタイプだから。百万倍返しで何も言えなくしてやるからねお前。なーにが「そういうことにしときましょう(笑)」だ。許しまへん。まぁそれは置いておこう、もっと大事な要件が紫にはある。

 

「ちょっとスキマを魔法の森に繋げてくれない?これ(箒)直してサンタさんのプレゼント方式で渡したい相手がいるんだよ。べっ、べつに直接渡すのが怖いとか、そんなんじゃあないんだからな!(必死)」

 

ビビってないし。全然だし。この通り膝だってガクガクしてるし。余裕ですよ、余裕。もう余裕すぎてどんとこい超常現象。

 

「彼女のところに行くの?」

 

「ん?」

 

「彼女よ、魔法使いの」

 

「ーーああ、アリスか。そうだよ。アリスちゃんにちょっと用があるのでござる。」

 

アリスにこの箒を生き返らせて貰うんだ。いや、わかってる。錬金術が等価交換であると同じで、直してもらうには何か対価を払わなくてはいけないだろう。

まぁ、ツケでお願いしたい。そして魔理沙理論「借りるだけだぜ、死ぬまでな!」と同じ理論の行動を実行するでござる。そして後に『もし幻想郷一の剣士(笑)が霧雨 魔理沙の泥棒理論を実行したら』、略して『もしドロ』を自費出版しようと思う。売れるなこれは。

 

「それじゃあ彼女の家に直接スキマを開いてあげるわ。……その代わり、一つ質問に答えてくれないかしら」

 

「まぁ、いいけど」

 

質問ねぇ。なんでしょうか。プライバシーに関わることはあまり話したくないのだけれども、ねぇ。

 

 

 

 

「ーー貴方、視えてるの?」

 

「………ッ!」

 

 

紫が突然そう聞いてくる。俺はそれを聞いて、固まってしまった。

俺はその紫の質問を聞いてーー口元が緩みそうになったのだ。

ぶふっ(笑)!!!わ、笑うんじゃない。堪えるんだ。なんで紫が『中二病なら一度はやりたい会話』ベスト1位を再現しようとしてくるんだ。くそっ、しかもなんでそんなに真剣な顔で聞いてくるんだよ!やめろよ!全く予想外の質問だったよ!

いや、でも紫先輩はもうそんな年頃のはずは……もしかして真剣に聞いてるのか?いやいやいや、そんなはずはないだろ。なんの脈絡もなく「視えてるのか?」だぞ。これはきっと遅れて来た中二病だな。きっと紫の身近にこういうことを言っても、予想通りの返答をしてくれる友達がいないから俺に言ってきたんだろう。なんとまぁ、健気じゃないか。

しょうがない、恥ずかしいけどのってあげますか。

 

「ーーああ、見えちまってるよ。残念な事にな」

 

……くそうっ!恥ずかしい!恥ずかしすぎて面と向かって言えなかった。後ろ向いちまったよ。でも、これで紫も満足だろう。俺はかなり頑張ったよね。もう聖人のレベルに達したよね。んじゃまぁ、それでは、

さぁ!開けスキマ!

 

「そう。貴方はーーいや、何でもないわ」

 

ーーや・め・ろ・よ。畳み掛けてくるんじゃねぇ!

中二の代名詞『肝心の言葉を途中でやめる』という高等技術を使うなぁ!コイツ俺を笑わそうとしてるのか?いや、だったらこんな深刻そうな声色で言わない。コイツは、マジだ……!

クソッ!まさかアリスちゃんのボッチ問題の他に紫の中二病問題が出来てしまうとは。世界は、俺に厳しすぎる。こんなん、どうすることも出来ないじゃん。時が経つのを待つしか、解決方々がないじゃん。これほど自分の無力さを感じたことはないでござる……。

 

目の間にスキマが開かれる。

異変は終わった。だが、また新たな異変が勃発してしまったようだ。そうだな、名付けるとしたら……紫、中二病始めるってよ異変、かな。

 

 

 

 

 

◇「吸血鬼」

 

 

「へぇ、お姉様も彼に会ったんだ」

 

「ええ。嘘もつくし、空気も読めない。アレは最低の妖怪ね」

 

彼女らは二人、静かに、そして穏やかに会話をしていた。

場所は紅魔館の地下、フランドールの部屋であり、そこにレミリアはぎこちない足取りで向かって、現在に至るのである。レミリアが自分の前に来た時、最初は恐る恐るといった態度で対応していたフランであったが、それは会話が始まってすぐに解消された。

姉であるレミリアが、自分と話しているときに、ずうっと綺麗に笑っていたからだ。

そのレミリアの表情を、フランは昔見たことがあった。そう、それは、自分が姉の大切なモノを壊す以前の姉の顔。自分に優しくしてくれていた頃の彼女の顔であった。

 

「お姉様、今日は普段と違うわね」

 

自分が感じた、ありのままのことを姉に言う。それを聞いて彼女は飄々と、

 

「まぁ、これからは簡単に生きていこうと思えてね。あんな妖怪も、幻想郷(ここ)で生きてるんだ。だったら、そんなに難しく考えて生きる必要はないのだろうさ。」

 

何て事もないように、そう言った。

 

「……ふぅん」

 

それを聞いて、フランはわかったかのように曖昧に言葉を返した。フランには姉と男の妖怪の間に何があったのかわからないのだから、これが当然の反応なのだろう。しかし、レミリアはそんな妹の反応を見て、脈絡もなく言う。

 

 

「ーーフラン、貴方はもう少しバカになって生きなさい」

 

「……は?」

 

そんな姉の言葉を聞き、フランはその意味がわからず茫然としてしまう。そんな予想通りの彼女の様子を見て、レミリアはクスッと笑った。

 

「それが一番なのよ。難しく考えて、頭を押さえながら歩くのと。後先考えず、ただただ走り続けるのじゃあ、後者の方が全然良いわ。だって、走り疲れたなら休めばいいのだし。道を間違えたのなら、走って戻ればいいのだから。きっと本当の意味で効率よく生きるってのは、そういうことなの」

 

レミリアは言葉を続ける。その言葉を紡ぐ彼女の姿に、フランは見入っていた。

彼女は姉の言葉を聞いて思った。「そういうふうに生きれたらいいな」と。しかし、それは自分には許されないのだとも、同時に思ったのだ。過去にあったことを、なかったことすることは出来ない 。壊れたら、取り戻せない。だから、もうそれは幻想なのだ。それは、自分には贅沢なことなのだ。そう、フランは心の底から思った。そんなフランに対し、レミリアは気だるそうに言う。

 

「また、難しくてかったるくてめんどくさいこと考えてるわね?そんなの全部忘れちゃいなさい。考えたって何にもならないわ。それよりも『今』、楽しい時を過ごしましょう?それがバカになって生きるってことよ」

 

気軽に言う姉。それを受け入れることが出来ない妹。正直な話、姉はそんな妹の様子を見て、もう満足であった。彼女は反省し続けていたから、自分の話を拒否しているのだ。だったら姉である自分が今することは単純。まずはお手本を見せればいいのである。

 

「ーーそれじゃあ、肩の力を抜きましょう。何か私に聞きたいことはある?適当に答えてあげるわ。テキトーに、ね」

 

少しずつ自分の事を、この世界の事を教えていけばいいのだろう。しっかり話して、しかし気軽で、活発に。それが最適なのだ。

 

レミリアは嘘つきで、空気が読めない妖怪の事を思い浮かべる。きっと彼は今でも、バカな事をしているのだろう。それを思うと、すごく呆れた気持ちになっていくのだが、レミリアはある意味では彼のことを、感心していたりするのだ。

 

 

 

ーー最も楽に生きれるのはバカである。それはそうであるが故に、悩みなどとは全く縁がないからだ。であるならば、バカであることが最も賢い生き方なのだろう。だから、あの妖怪は、もしかしたら頭が良いのかもしれない。もちろん、人に迷惑をかけるのはよろしいことではないのだが。空気が読めさえすれば、彼は素晴らしい人材であろう。そこが、唯一無二の問題なのだが。

 

 

 

 

 

◇「いつもと変わらない」

 

 

 

ーースキマを通った後の出来後ーー

 

 

「あ、ありのままの自分で今起こったことを話すぜ……!『俺は紫のスキマを通ってアリスの家の()に来たと思っていたら、それは何故かアリスの家の()に繋がっていた』そして何より驚いたのは、その家の中でちょうどアリスが着替えてる()に俺は来ちまったってことだ。……これから何が起こるのか、薄々気づいてはいる。だからありのままの姿の貴女を見てしまって超ごめんなさい。人形達にそんな恐ろしい武器を持たせないでそうすれば少しも寒くないわ」

 

「……貴方は許されると思っているの?」

 

「…やばい凄い寒気が俺をおそう。身体中の血液がまるで固まってしまったのかように錯覚してしまう。だが、覆せぬ運命というのなら、この際はっきりと言わせてもらおう。ーー確かにお前は被害者かもしれない。でもね、僕だって…僕だって被害者なんですぅ!僕だって!見たくて見たわけじゃねぇでぐはぁあああ!!黒ひげ危機一髪みたいにするきですかぁああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 



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16話 宴会のこと

 

 

 

 

 

白玉桜、そこは冥界に存在する立派な日本屋敷のことを指す。そこでは様々な霊魂が飛び交っており、春になると数多く植えてある桜の木に花が咲き一面が華やかに彩られる。その風景はとても綺麗で目を奪われてしまうものだ。だがしかし、今現在の季節は春ではなく夏真っ盛りなので、その風景を見ることはできない。ただただ、太陽の強い日差しが鬱陶しく感じるだけなのであった。

 

「……妖夢、本当にやるのか?」

 

「ええ、見ててください。伝蔵さんから貸してもらった本、とても勉強になりました。あれから私は学びました。私もいつまでもこの桜観剣、白桜剣にこだわってはいけないと。やはり強くなるにはあと一工夫必要だと言うことを!」

 

その白玉桜の中庭に、二人はいた。

一人は男性の妖怪の伝蔵。彼はいつも通りの黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣を着てその場に立っていた。そして何故か口元をひきつらせていた。

そしてもう一人は女性というより少女という表現が似合う半人半霊の魂魄 妖夢。彼女は自身の白髪の短髪を風にたなびかせ、伝蔵の前で刀を持ちそこにいた。

だが、妖夢が今持っている刀は普段と異なっている。彼女が右手にもつ長剣、桜観剣は変わらないが、左手に持っているのは短刀の白桜剣ではなかった。その彼女の左手には、いつも伝蔵が使っている無名の刀が逆手持ちで握られていた。そしていつもは手に握るはずの白桜剣はというと、何故かそれはーー妖夢の口にくわえられていた。

 

「今からでも遅くない。やめるなら今のうちだぞ?今しかないよ?止めた方がいいって」

 

「心配は無用ですよ伝蔵さん。ほら、よく口に刀をくわえたまま喋れるなと思いませんか?練習したんですよ!大変でした!」

 

「え?ああうん。そうなんだ……」

 

元気よく伝蔵に自分の努力の成果を話す妖夢であるが、それを聞いている彼は何故か目を虚ろにして笑っていた。その顔には「おいおいマジかよ」と言った驚きと憐れみを見ることが出来た。もちろん、それに少女は気づいていない。

 

「それではいきます!」

 

妖夢が伝蔵の前で刀を構える。その構えは、右手の桜観剣、左手の伝蔵の剣を前に掲げ、そしてーー回転させるというものであった。

回転は時計回り、右手に持つ刀と左手に持つ刀を高速で持ち替え続けて円を描く。その回転の速さから、彼女の周りの風が荒れた。

 

「三刀流、奥義ーー」

 

妖夢がそう呟く。それを聞いてしまった伝蔵は、白目になっていた。目が点になるのを通り越して、真っ白になっていた。

 

二本の刀の回転はさらに速度を増す。そして、その速度が音速の領域まで捕らえ始めた頃、妖夢は力強く一歩を踏み出しその刀をーー振り切った。

 

 

 

 

「ーー三・千・世・界!!」

 

 

 

 

その一部始終を見終わった伝蔵は、両手で自身の顔を覆い隠し、反省するのだった。

 

ーーああ、拾った漫画なんて貸すんじゃなかった、と。

 

 

 

 

 

異変が終わって数日がたち、いつもの平穏が戻ってきたことをようやく実感できる。そう、俺はそう、思っていたんだ。だが、それは幻想だった。何処までも現実は悲しみに彩られていた。大切なモノなんて、以外と近くに転がってるものよ?理論と一緒だ。異変なんて、以外と近くに転がってるモノなのだ。それは紫が中二病を始めだした時にわかっていたはずなのに、俺は今、直面している現実に負けてしまいそうだった。直視したくなかった。だって、まさか、まさかーー

 

「ーー三・千・世・界!!」

 

妖夢ちゃんまで、中二病になってしまうなんて。

自分の顔を両手で覆い隠す。視界に広がっていた現実から、目を背ける。

 

くっそぉ。俺が何をしたっていうんだ。なんで紫に続いて妖夢ちゃんまで異変に巻き込まれ、そして染まってしまうんだ。もしかしたら……これは俺が悪いのか?心当たりがないと言えば嘘になる。たしかに俺が、妖夢ちゃんに某海賊漫画を貸すときに「いいか、妖夢。この本には剣の極意が載っている。しっかり学ぶんだぞ」っとカッコつけて言ってしまったのだ。それを真に受けて真剣に彼女は読んでしまったのではないだろうか、漫画なのに。

ぐへぇ、妖夢ちゃんが素直すぎることを考慮するべきだった。素直であるが故に、ハデな技名の方に食いついてしまうのは必然じゃないか!

違う、違うんだよ妖夢ちゃん!俺はその後の「背中の傷は剣士の恥だ」っていう名言の方に着目して欲しかったんだ!!決して君を一流の剣士の技を真似させて、一流の中二病にしようと思ったんじゃない!一流の剣士の心意気を覚えて、一流の剣士に近づけさせようと思ってたんだよ!!なーんでこうなった?もしや……紫が自分だけじゃ恥ずかしいから妖夢ちゃんの境界を操ったのか?そうか、全ての謎は解けたぞ。

 

妖夢ちゃんが中二病になったのは全部、八雲 紫っていう大妖怪の仕業だったんだよッ!!(←責任転嫁)

 

 

「一体なにをしてるの妖夢。刀なんてくわえちゃって」

 

「出たな紫ィ!!!空中にスキマ開いて見てないで降りてこいよぉ!決着つけたらァ!!」

 

「え、なんでいきなり喧嘩腰なの?」

 

この異変を始めた張本人、八雲 紫が自身の能力を使いここに来た。彼女の背後には目玉が無数に浮かんだ気味の悪い空間が広がっており、彼女はそれに腰かけるような形で俺達二人を見下ろしていた。

 

くっ、なんて白々しいんだ。お前がやったことはもうわかってるんだよ。別に、俺はお前が中二行動をとってしまうのは百歩譲って許してやることにした。年齢的に厳しいことも、目を瞑ってやることにした。でも、でも!これは違うだろ!?一人の少女に強制的に黒歴史を作って、それを背負わせ続けるのなんて、そんなの間違ってるだろ!?

 

「紫、お前のしたことはたとえお天道さまが許してもな。この俺が許さねぇ!オラぜってぇ許さねぇ!!」

 

「……また何か勘違いしてるわね。相手にするのが面倒くさいから用件だけ言うわ。明日の昼、博麗神社で宴会をするわ。貴方も参加するように」

 

俺は紫の幻想をぶち壊そうとしていたが、その『宴会』っという言葉を聞いて体が固まってしまった。

 

「……え?なんでそんなことするの?」

 

「前回の異変が終わったことを記念して行うのよ。宴会という形でね」

 

「おい、おいおいおいおい。……なんで俺が参加しなくてはいかんの?俺今回の異変にほぼ関係ないよ。全くと言っていいほどだよ?」

 

「私も最初は貴方を呼ぶつもりはなかったのだけどね。どうしても、吸血鬼の妹の……フランと言ったかしら?彼女が貴方をご指名なのよ。それじゃあ、準備はしておいてね」

 

そう言い、紫はスキマに入り込み姿を消した。俺は茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

「別にそんなに悪いことではないじゃないですか、伝蔵さん。宴会ですよ?楽しんでくればいいのでは?」

 

「……タノシイ?タノシイって、なんだっけ?」

 

「で、伝蔵さん!?」

 

ーー宴会。それは俺にとって、悪でしかない。あの雰囲気、あの強制力。別にどんちゃん騒ぎが嫌いというわけではない。俺が嫌いなのは、ただ一つ。あのーー酒を飲まなきゃいけないんだぞ?っというノリである。元来日本人気質が強い俺は、そのノリを拒むことは出来ないのだ。悲しいことに。お酒飲めないのに。

そして、当然のことながら、酒を飲んだ俺の末路は決まっていた。ただ気持ち悪くなって、吐いてしまう。そしてすぐに吐いてしまうモノだから、まだ周りの人たちは酔いが回ってないまま俺のその一部始終を見てしまうのだ。するとどうだろう?その場はもちろんーーシーン、と静まり帰ってしまう。空気が死ぬ。否、俺が殺してしまう。

 

ターニングポイント。俺の明日の昼の「如何にして宴会で、酒を飲まないように行動するか」という醜い戦いの、幕が上がろうとしていたーー

 

 

 

 

日光を自分が持っている傘で遮る。私達吸血鬼にとって、太陽は最大の天敵だ。その光は身を焦がし、灰と化すことを躊躇わない。普通なら日が出ている時間帯は外出することなどないのだが(むしろどの時間帯でも引きこもっていたが)、今日だけは特別だ。

 

今は宴会の真っ最中。ハクレイの巫女や新しい箒を嬉しそうに振り回してる魔法使い、私の姉である吸血鬼にその従者であるメイド、門番に私以上の引きこもり魔女など、多くの人物で賑わっていた。

私はその中である人物を捜していた。その捜している人物はこの中で唯一の男性なので目立たないはずがない。それなのにこの場で見つからないということは、彼はこの宴会に来ることを拒んだのだろうか?

 

「ーー中々しぶといわね」

 

その言葉と共に、私の横に不気味な空間が広がる。そこから現れたのは八雲 紫。私が彼を連れてきてほしいと頼んだら、簡単に了承してくれた妖怪だ。お姉様は彼女のことを胡散臭い嫌な女だと言った。確かにそれには同感だが、彼女は別に、悪い妖怪なのではないと思う。そのことをお姉様に伝えると驚かれ心配されたのだが、私は自分の意見を変えるつもりはない。だって、もし彼女が本当に悪い妖怪であったのなら、こんな幻想郷(世界)なんて、創るはずがないのだから。

 

「何がしぶといの?」

 

「ああ、フランドール。すまないわね。伝蔵が脱走して中々捕まらないのよ」

 

「……別に嫌がってるならムリに連れてこなくてもいいけど?」

 

「いえ、八雲に二言は無いわ。必ず連れてきましょう。ーー道具屋にもいなかったし、人間の里付近にもいなかった。となると後は……あそこしかないわね」

 

そして紫は姿を消し、私は一人残された。彼が来るまで私は何をしていようか。そう一人思考していると、向こうで咲夜と一緒にいる姉が、こちらにこいと手招きをしてくれていた。

それでは、駆け足で向かうことにする。慌てて、遮っている日光を浴びないよう気をつけて。ーーこの世界の時間は有限だ。

 

 

 

 

「俺の名前は伝蔵。今日は今まで一番長い一日になる」

 

「そう。よかったわね」

 

相変わらずの冷たい反応を返すのは、お人形大好きアリス・マーガトロイド。孤高の戦士の彼女よりも、ぼっちレベルで上位の者は存在しないだろう。彼女はそこまでのぼっちニスト。そう、だからこそ俺は今回、彼女の家に隠れ潜んでいるのだ。

 

忘れもしない昨日の夜。白玉楼で自分に与えられた一室で俺はガタガタ震えていた。宴会に行かなくては行けないという運命に、心を折られかけていた。だが、そこで終らないのがこの俺こと伝蔵である。諦めの悪さに定評がある幻想郷一の剣豪(笑)である。

そう、その時ふと、俺にある言葉が脳内で響き渡った。その言葉、「諦めないで伝蔵君。こういう時こそ、発想を逆転させるの。『相手に酒を飲まない方向にどうやって話を進めていくか』なんて難しいことを考えるんじゃない。そもそも『どうして自分は酒を飲まなきゃいけない雰囲気にさらされてしまうのか』を考えるのよ」という神の言葉が。

 

そして俺は理解した。

そうだ、そもそもの話……宴会に行かなければいいんだよっ!と。

確かにこれはリスクの高い選択ではある。もし逃げてる最中その姿を目撃されてしまったら、後に宴会にいる奴らから顰蹙をかうこと間違いなしだ。だが、もし誰にもバレず、次の日になって紫に「すまねぇ紫。宴会にいけなくて。実は第三の魔王と戦っててな……」というような誤魔化しの嘘を伝えれば……?

「そうだったの。じゃあしょうがないわね」っという話になるに決まってるじゃないか(錯乱)!

というわけで俺は今、アリスに俺が今日ここに来たことを一応口止めしておき(まぁ、話す相手いないと思うけれども)彼女の家に居させてもらっているのである。ふっ、完璧すぎる、俺のこの作戦。アリスの人脈の無さまで考慮した隙のないタクティクス。自分が恐ろしい。

 

「でもアリスちゃん、そろそろ真面目に友達を作った方が良いのでは?俺は本当に心配なのだが」

 

「貴方がいるじゃない」

 

「バッカお前。友達はたくさんいた方がいいんです。なのにそれが俺一人って……涙ふけよ」

 

「ハァ。……面倒くさいわね」

 

「面倒でも諦めんなよ!熱くなって友達作れよ!!」

 

「いや、貴方の相手をするのが面倒くさいのだけど」

 

「そこは面倒くさがるなよ!泣いちゃうぞ!!」

 

こうかはばつぐんだ!伝蔵は泣きそうになっている!

や、やめろよ。そうやって言葉で抉ってくるの。結構傷ついちゃうんだぞ。今の俺の心境は例えるとするのなら、「コラ!たけし!今日もこんな遅く帰ってきて。今何時だと思ってるの!」と心配しているが故に怒っているのに、その息子は「うっせぇババァ!俺の勝手だろ!!」っと言って反抗心をモロにぶつけられ傷ついた母親のようなものである。いや、むしろアリスちゃんはストレートに俺の存在を否定してるので、たけしくんよりも酷いのではないだろうか。さすが、この年で人形に夢中な少女(笑)は格が違った。

 

「まぁ、前向きに考えておいてほしいでござる」

 

「……善処するわ」

 

こりゃあ今回もダメだなと確信した時、俺の予知に近い直感が危機を告げた。そう、この場に訪れるであろう、ーー危機(八雲 紫)を。

 

「ーーまずい!奴が来る!!」

 

「少し落ち着いてくれない?」

 

「これが落ち着いていられるか!俺の直感によると奴が来るまで後……24秒しかない」

 

「一体何を言って」

 

「アリス!ちょっと狭いけど、ここに隠れさせてもらうぞ!!」

 

「は?いや、ちょっと私の家のクローゼットの中に入らないで!!殺すわよ!」

 

「それしか選択肢がないんだッ!!!」

 

くそっ、この服邪魔だな。なんでこんなに衣装とか入ってるんだよ。うん?これは……布か。こんな三角形の布、何処に着けるのかね?ハンカチか?もしくは頭に被るのか?流石は都会派。流行の最先端にいやがる。

 

「ーー私は甘くないわよ。今すぐそこからでなさい。じゃないと……消すわ」

 

必死に部屋の中に籠ろうとしている俺に対し、アリスは声を低くして告げる。

アレ?これは真面目に怒ってる感じ?え、じゃあ仕方ないでごさる。場所を変えましょう。人の嫌がることはしたくないのでね。

 

「わかった、わかったでござる。じゃあ早く隠れられる場所を!時間がない、さっさと言うんだ!!」

 

「はいはい。それじゃあ魔法でなんとかーー貴方、その頭に被ってるモノ、は」

 

こちらは早く身を潜めたいというのに、アリスちゃんは目を見開いたままで動きを静止し、俺に何も指示をよこさない。くそ、本当に時間がないのに。

 

「すまない。早くしてくだせぇ」

 

「……伝蔵、貴方自分が今何被ってるか分かってる?」

 

「はい?ああさっきの狭い所にあった布のこと。これがどうしたっ、てん、だ」

 

頭に装着してあった布を外し、手に取る。別に頭に着ける見たいな形をしていたから何となく被ってみたのだが、何か間違っていたのかな?と思ってそれをよく見てみた。そして、ーー気づいた。

言い訳だが、当然狭い部屋の中は扉を閉めきっていたので暗かった。そして全く光が入っていなかったので、夜目を効かせることができる俺でも、形がぼんやりとみえるだけであった。

だから、しょうがなくね?俺は自分が今まで被っていたものを驚愕しながら、それを両手で前に掲げ、叫んだのだ。

 

「これは、下着じゃないかッ!!!!!」

 

「ーー死ね」

 

 

 

 

 

 

「フランドール。連れてきたわよ」

 

「そう。ありがと……うわ!なんでこんなに傷だらけなの」

 

「すまんな、妹ちゃん。少し遅れてしまった」

 

「いや、それよりもなんでそんなにボロボロに……」

 

「なぁに、ちょっと一仕事してきただけさ。気にするな」

 

伝蔵をこの宴会の席に連れてきた八雲紫は、となりの彼が何故このような有り様になっているのか知っていた。そして知っているがゆえに、その事情をフランドールに伝えることが出来なかった。

 

「そうだったの……ごめんなさいね、無理をしてまでここに来てもらって」

 

「フッ、気にするなよ」

 

紫は、なんだか情けなかった。

なんでこんなのがこの幻想郷の、剣における頂点に君臨しているのか。君臨させてしまっているのか。早めに妖夢に強くなってほしいとこのときほど紫が願ったことはない。

 

「それで、俺に用ってなんだ?」

 

「……うん。その、えっとね?」

 

フランが彼に言葉をかけるのを少し躊躇う。それで紫は察し、その場を後にすることにした。その紫の行動を見て不思議そうな顔をする彼だが、そんなのは一々気に止めない。もうそれは紫には分かりきっていたことであったし、紫は彼はそれでいいのだと思っているからだ。

 

向こうで宴会が行われている。それぞれ様々な妖怪と人間が存在する幻想郷。今回の異変がスペルカードルールの普及に繋がっていく。そして結果が表れれば、この異変は成功したと言えるのだろう。その結果を、紫は余裕をもって待つことが出来るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

吸血鬼から告げられた言葉は、とてもシンプルなモノであった。

 

昼の日差し、それを受けとめ輝く地面。しかし陽炎は見えず蝉の鳴き声だけが季節を形成している。今日は、夏というには少し気温が低い。昨日までの真夏らしいどうしようもない暑さは、姿に影がかかってしまい見ることが出来ないようだ。それでも、また明日現れる予感はするのだが、本当に憎らしい季節である。少しはこっちの気持ちをわかってほしいものだ。

 

「別に、俺は礼を言われるようなことしてないぞ?」

 

「そうね。お姉様もそう言ってたわ。『女性を本気で殴る奴に、感謝の言葉なんて言う必要ない』ってね」

 

「……そいつはごもっともでござる」

 

彼女の姉の言葉が胸に突き刺さる。

そういえばそんなこともしたなぁ、と昔のことのように思い出した。あの時の俺は本当に余裕がなくて、言葉を伝えるにはなりふり構ってなんていられなかったのだ。でも、巷では男女平等が盛んです。だから殴っても良いのでは?なんて最低な自己弁護をしそうになるが、やめておくことにした。ほら、あっちで宴会してる奴ら皆女だからね?もし聞こえたらボッコボコにされるからね?世の中ってのは男女平等を目指してしまったが故に、立場がいつしか逆転してしまったものなのである。ちくせう。

 

「ーーでも、ありがとう」

 

こんな時でもそんなバカなことしか考えてない俺に、それでも彼女はお礼の言葉を言ってきた。

紅い眼をした彼女の、心が込もった感謝の言葉。それはもちろん言われたこっちは嬉しいわけで、照れくさくないと言ったら嘘になる。こちらもそれに匹敵するほどの言葉で返したいのだけれど、なんとまぁ不思議なことに、そんな感動的な『どういたしまして』系統の言葉なんて俺の頭じゃあ当然、出て来ないわけで。だったらなんて言えばいいのかねぇ、なんて今でもまったり考えている。

 

「……伝蔵?」

 

返答を返さない俺を、下から不思議そうに覗いてくる彼女。小さな瞳と揺れる金色の髪。今になって、なんで彼女が晴れているのに傘なんて差してるのか?という場違いな疑問が頭の中に浮かぶ。そして、その答えはすぐに解くことができた。そうか、吸血鬼って日光が苦手だったか。

いや、そんな関係ないこと考えてないでそろそろ何か言葉を返さないと。そう思い脳みそをフル稼動させるけれども言葉は出ない。いやぁ、これは難しい。もう勢いに身を任せるのが一番なのではないだろうかねぇ。もともと頭が良くないと自分で分かりきっているのである。だったらそれでいいでしょう。妥協したわけではないっす。これが俺にとってのベストなのだと思うのだ。

 

「まぁ、なんだ。これからは、姉ちゃんとお手て繋いで生きてけるようにな。喧嘩したら相談しろよ?また俺が右ストレートを放り込んでやる。俺は男女平等をモットーにしてるから、遠慮なんてしないさ」

 

「ははっ。それじゃあ、そうすることにするね」

 

「おう」

 

そう、笑って彼女の言葉に答える。感動的な言葉とは全く関係ないことを言っちまったけれど、これが俺らしいと思う。うん、これでいいのだ。

 

向かい合った俺達の間を、ひとしきり風が吹き抜ける。それでも互いに視線を外すことはなく、お互いにただただ笑いあって。両目を閉じつつ、風によって生じた幻奏を聴いたまま。それが止むのを待ち続けた。

ーーそれではこれにて閉幕。

俺と彼女にとっての、小さいけれど大きい異変は、ようやく幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば美鈴が捜してたよ?指の間接をボッキボキ鳴らしながら」

 

「紫ぃー、スキマおねがーい」

 

 

 

 

 




斬れぬものなど全くない。『紅霧異変』、完。


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閑話 夏の終わりのこと

 

 

 

 

 

 

 

 

蝉の鳴き声が小さくなった。

 

風で揺れる木々。それにつく木の葉は未だに緑だが、やはり前より色に深みがない。太陽と地面が創造する陽炎も視認することが出来ず、気温の高さは肌でしか確認することが出来なくなった。静かに、集中して聴覚をフル稼動させれば虫のーー蝉の鳴き声を聞くことが出来るが、それは小さく今ではとても頼りなく感じてしまって、夏の暑さをそれで再現することは困難だ。

 

この幻想郷の夏がもうすぐ終わる。

 

白玉桜にいる魂魄 妖夢は、それを嬉しく思っていた。

夏のどうしようもない暑さから、すごしやすい涼しい秋へと季節が移り変わるのだ。秋になると落ちる木の葉を掃くのがかったるいとは思うが、それはうるさい蝉の声と肌を焼く強い日射しよりも断然楽だ。やはり生活しやすい環境であることが、生きていく上で好ましいものなのである。そしてそんな当然のことを、厳しい環境にいるときにはひどく痛感するものなのだ。それは妖夢も例外ではない。彼女は気分良く今日を過ごしていた。

 

「それでは行ってまいります」

 

「ええ、お気をつけください」

 

白玉桜の屋敷、その出入口である玄関で話し声が聞こえる。

その人物は現在ここで居候の身である妖怪の伝蔵。そしてこの屋敷の主、西行寺 幽々子のものであった。

廊下を進み、妖夢はその二人の元に向かい声をかける。

 

「どこかに行くんですか」

 

その声に幽々子は返答する。

 

「ええ、伝蔵様がね。今日は私用で外に行くのよ。今日一日は帰ってこないらしいわ」

 

「そうなんですか」

 

今日は伝蔵はこの屋敷にいない。その事実を今知った妖夢。ならば今回の鍛錬は一人でこなさなくてはいけないということか、と少し残念な気持ちが心中を占め出した。少し前までも伝蔵は前の異変の休養をとっており、一人の時間は多かった。つい最近になってようやく伝蔵が復帰し、質が高い(妖夢だけはそう思っている)訓練ができていたのに、また前のように戻ってしまうのだ。大きく肩を下して落胆したことをさとらせるような動作はしなかったが、彼女が幽々子に返した言葉にはその寂しさを感じさせるには十分だった。

 

目の前の幽々子はクスリと、その妖夢の様子を見て小さく笑った。妖夢はそんな自分の主をみて訝しんだが、その次に続いて今まさにこの屋敷を出発しようとしている伝蔵の方を見ると、彼もまた幽々子のように小さく微笑んでいた。彼の方は何かに納得したかのような、「俺にはわかるぞ」っといった一種の見守るかのような温かさもかんじられ、ますます妖夢はなにがなんだかわからなくなってしまう。自分だけが知らない秘密を共用しているかのような一体感。しかしなにかその間に齟齬が生まれていると感じられる些細な違い。そんな空気が今、白玉桜の屋敷の玄関を満たしていた。

 

そんな中伝蔵は妖夢に微笑みながら一言。

 

「妖夢もついてくるか?」

 

と、そう言った。

 

「え、いいんですか?」

 

「まあ、別にそんな大したことじゃないからな。構わないぞ」

 

その伝蔵の返答を聞き、妖夢は少しの間思考を巡らす。

伝蔵の私用での行先。

それは自身が伝蔵のことをより知ることが出来るきっかけになるのではないかと、妖夢は思った。

幻想郷一の剣豪と言われている妖怪の伝蔵、彼の正体はあまりに多くの謎に包まれている。それを本人に直接聞くのは憚られるものであり、どのようにすればそれを知ることが出来るのかとここ最近考えあぐねていたが。これは、その秘密を知る絶好の機会なのではと彼女は思い至った。

 

「――是非、是非お供させてください!」

 

伝蔵の行く先で彼をよく知る人物に出会えれば御の字。それではなくともきっと得るものはある。

確信に近い予感。それを彼女は抱いたのであった。

 

そんな彼女とは対照的に、伝蔵は妖夢がすごい勢いで自分に着いてきたがっているのをみて「やっぱ子供は自然に囲まれた外で遊びたいものだよな」といったような妖夢の着いてきたがる動機の解釈をしているのであった。

 

 

 

 

 

まあしかし何事も、確信に近い予感だとか未来は当たらないものなのである。

 

 

 

 

周りは多くの木々で囲まれていた。

地面は影一色。日光が全くと言ってよいほど射し込んでいないことが、所々に生えている苔達が証明していた。きっとこの辺りは一年中、このままの状態で不変なのだろう。じめじめした空気。木漏れ日を目にすることは全くない。

 

「ここが目的の場所なんですか?」

 

「いや違う。もう少し奥だ」

 

そんな森の中を歩いていく伝蔵と妖夢。

伝蔵はもう少し奥だと言っているが、妖夢は薄々と現在の状況を理解していた。

 

 

アレ?これ同じところぐるぐるまわってるだけじゃね?と。

 

「……伝蔵さん。もしかして、道わかってません?」

 

「……わかってるぞ?ただなんていうか、世界の修正力が働いてるっていうか。まぁ、そんな感じだ」

 

「いや絶対わかってないですよね。あの木もう何回も見てるんですけど。ていうか足跡くっきり今歩いてるところに残ってるんですけど。絶対同じところぐるぐるしてるだけですよコレ」

 

「心配するな。俺はこういう時、大抵誰かが来て助けてくれるからな。なんとかなるものだ」

 

「それ最ッ高に他力本願じゃないですか!ちょっと自分の責任放棄するの早すぎますよ!来ませんよ誰もこんな森に!」

 

断言する。妖夢はそんな拾った宝くじが一等に当選していたといったような可能性はないと否定する。しかし幸運はなくとも悪運というものはあるのだと感じられるのが世の中の仕組みなのだ。

 

「ーーん?ほら、来たぞ」

 

「えっ、本当ですか。こんなことがあっていいんですか」

 

「ああ」

 

人生って案外適当でもなんとかなるんだなという一種の謎の気持ちを覚えながら、妖夢はその伝蔵の言う目の前に現れた人物を見る。

 

 

その現れた人物は、女性であった。

チェック柄の暗い赤を基調としたロングスカート。くるりくるりと両手で持つ開いた傘を回している。髪の色は緑色。それに少し柔らかな癖が付いている。こちらに静かに歩いてくる女性。その彼女は透き通る綺麗な声で言葉を紡いだ。

 

 

「ーー貴方、今回もたどり着けなかったのね」

 

その言葉に伝蔵は頬を掻きながら返答する。

 

「いや、これから本格的に始動しようとしてたところだ。だからセーフだ」

 

「フフッ、それ前も言ってたわよ」

 

そう彼女は小さく笑った。

その笑みに、妖夢は見惚れてしまった。同じ女性でも自身は同じようには笑えないだろう。その笑みの美しさは例えるとしたら自身の主や幻想郷創設者である彼女たちのような、妖艶という言葉が浮かぶ、そんな系統のものだと、妖夢は思った。

 

「あら、今日はお連れの子がいるのね」

 

妖夢と女性の目が合う。妖夢はあたふたしながらも声をだして自己紹介した。

 

「は、初めまして!私は魂魄 妖夢と言います!」

 

「あら元気。良いことね。やっぱり生きがよくないと、駄目よね」

 

女性は妖夢を足の下から頭の先までを舐めるようにゆっくりと見る。それに少し怖さを感じた妖夢だが、すぐに目の前の女性はその行為を止めて優しく笑う。

 

「それでは私も自己紹介しようかしら」

 

そこで言葉を区切り、開いた傘を自身の顔が見えるよう後ろに傾けながら女性は言った。

 

「――私は風見 幽香。よろしくお願いするわね、お嬢さん」

 

 

 

 

眼下は黄金の輝きで溢れ、空の青色と雲の白色がより鮮明に映えて見える。

壮大な向日葵畑。暑い夏を綺麗に魅せる花の色彩。一本、一本が背伸びをしているその姿は、まるで自分が咲かせた黄色の花弁を見せたがっているよう。それがみんなで競い合って、それは言葉にできないほどに眩しくこの目に映る。

その花畑の全体を見渡せる位置にある小さな木下、その木陰に彼女たちは腰を降ろしていた。

 

「……。」

 

「……。」

 

それは微睡むような時間。聞こえるのは風で揺れて静かに擦れあう葉の音だけ。

――だがこの瞬間に一人だけ、焦りに焦ってちょっと胃が痛くなっている少女がいた。

 

 

 

(く、空気が死んでるッ!!)

 

 

魂魄 妖夢は苦労人である。

 

 

それは彼女の性質と呼べるものなのかもしれない。彼女の過ごす毎日には様々な胃が痛くなるイベントが起きる。そしてその大部分を占めるのが、残念な話であるが、彼女の主、西行寺 幽々子だったりする。

普段彼女は主である幽々子の願い事を出来るだけ叶え、幽々子のよくわからない難しいそうな話に適当にあいづちをうち、幽々子の出してくるちょっかいをキレそうになりながらも流している。その努力の数々は涙なしでは語りれないほどであるのだ。今まで胃薬を飲まずに活動してきたことは奇跡に近いものであろう。そのぐらいのレベル。そんな苦行の試練を彼女は乗り越え続けている。そう、彼女は苦労人の鏡であったのだ。

 

故に、彼女は伝蔵にとても感謝していた。

彼が自分の剣を見てくれていることは勿論のことだが、感謝しているのはそれだけだけではない。時々自分の代わりに庭師の仕事を手伝ってくれていることもあるが、それ以外の最も大変な仕事を代わりにしてもらっているのだ。きっと伝蔵は意識してその仕事を代わりにしているわけではないことは妖夢には分かっていたが、それでも彼女は感謝せずにはいられなかった。

そう、その肩代わりしている仕事の名はーー幽々子係。

 

正直な話、伝蔵が白玉桜に来てから幽々子係はほぼ彼に変更されたようなものだ。それはいつもの二人の掛け合いを思い出せば容易である。

伝蔵は毎日の彼女の無茶な願い事を「ああ、暇だからいいですよ(妖夢ちゃんの訓練手伝えないしなぁ)」と間髪いれずに了承し、彼女のよくわからない難しい話も「へぇ、そうなんですか(今日も幽々子語絶好調だな)」と余裕のある表情でやり過ごし、彼女の出してくるちょっかいにも「ハハッ、ちょっとおいたが過ぎるんじゃないかな(半ギレ)」と反応を返しているのだ。完全にとまではいかないが、それでも妖夢の負担はかなり減った。

 

剣だけではなくこのような姿勢も見習わなくてはいけないな、と妖夢は強く思っていた。しかしそれが間違った方向に進んでしまうことを危惧している幻想郷創設者の姿を彼女はまだ知らない。彼女は二人目の最高の剣士(笑)の誕生を恐れ、一人で奮闘しているのだ。まったく効果はでていないが。

 

だが今この状況はいつもと全くの正反対であり、『こんぱく ようむ』のいつもの苦労人スキルが発揮されていた。

 

「……」

 

「……」

 

伝蔵と幽香の二人に会話らしい会話が、全くないのである。

伝蔵と一緒にいるときはどんな時でも賑やかになることが多かったので、この状況は妖夢にとって困惑するばかりであった。

 

(っていうか森の中進んでた時はいつも通りだったじゃないですか!なんでここに来た瞬間にこんな重くなるんですか!?やばい、なんだコレ!?)

 

みたいなことを現在の彼女は心で叫んでいた。これが今日の彼女の苦労スタートである。

もしかして、この向日葵畑の前では静粛にするよう努めなくてはいけない、そんな厳しい暗黙の了解でも存在するのだろうか。

 

二人の間に挟まれている妖夢は考える。

それを確認するため、妖夢はチラッと伝蔵の顔を盗み見た。彼は大きな欠伸をしていた。

次に反対の幽香の顔を盗み見た。彼女は眠たそうに自身の右目の目蓋を擦っていた。

 

なるほど。そんな緊張感は彼と彼女には見られない。

 

 

 

(……どうやら、大変なことになってきましたね)

 

 

感慨深い気持ち。謎の清々しさを、彼女は感じていた。

俗にいう、「もう知るかバーカ(笑)」状態への悟りを拓いたのである。

 

 

 

◇◇

 

 

 

ぶっちゃけて言うとしたら、これは恒例行事みたいなもんである。

 

木陰の下、目の前に広がる太陽の花畑にただただ驚くばかり。毎年毎年お前、どうやってこんな壮大なモン作が出来んの?自然の力ってすげーと自身の言語力の低さがどうでもよくなってしまうくらい、この場所は光で溢れていた。

隣の隣にいる彼女ーー風見 幽香は謎が多い。こんなに綺麗な花達を育て慈しむ優しい心があるかと思ったら、あるときは遠距離から手にもつ自身の可愛らしい傘をスナイパーの如く俺に投擲してきたり。あるときは近距離でボクサーの如く俺に「フルコンボだドン!」してくるし。あるときは正月に羽根突きで負かしたら俺のmy羽子板をダイナミック真っ二つにしたりする。

実は俺こと伝蔵はあと数年先に『風見 幽香~ジャイアニズムとは~』というドキュメンタリー本を書こうと画策していたりするのだ。絶対売れる。これは売れる。出来レースほど最高なものはないのだぜと現在脳内でほくそ笑んでいるであった。

 

……話を戻す。

とどのつまり恒例行事ということなのだ。

夏になったら素麺を親戚に贈る、正月になったら神社へ参拝、バレンタインデーには『えっ?2月14日って2(に)14(ぼし)だから、煮干しの日でしょ?チョコ?なにそれ怖いわー超怖いわー』なんて強がってみたり、毎年するだろう。

 

だから、こうして黙して眼下に広がる太陽の花を見て、寝そべっているのもそういうことなのである。

 

「……暇ね」

 

風邪が止んで、木陰の振れ幅が無くなった頃。幽香はそう言葉を呟いた。

 

「なにか面白い話でもしなさいよ」

 

サッカーで例えたら日向くんの弾丸シュート。野球で例えたら星くんの大リーグボール。テニスで例えたらタカさんのダッシュ波動球を返して観客席にぶちこむ銀さんの二拾壱式波動球。

私の波動球は百八式まであるぞ、と告げられたかのような衝撃。絶望感。それが彼女が呟いた無茶ぶりだった。

 

難易度高くね?なんていう心の中のツッコミは言わない。だって彼女は強大なジャイアニズムの持ち主。

もしここで『上品な動作で湯飲みに入ってるお茶を飲もうとしたら予想外の熱さでたまらず「うわっちぃ!!」と言ってしまう八雲 紫』という俺の唯一の持ちネタを使ってしまうと、結局「それ話じゃなくてモノマネじゃねぇか」といって彼女のローキック旋風が巻き起こる。

 

なんて自分勝手な奴なのでしょう。というか「なにか面白い話しろよ」っていう言葉のハードルは高すぎてくぐったほうが早いですよ。

お前、逆に自分がこっちの立場に立ってみなさいよ?出来るの?面白い話?

芸人のコントで笑いをとるのとバラエティーでやる会話で笑いをとるのじゃあ難易度が別次元だからね。そういうことだぜこりゃあ。無理だぜ。無理だぜ。今なら神様だって殺してみせる(唐突)。⬅言ってみたいセリフランキング第4位

 

「ほら、早く」

 

そう言って幽香は俺を急かしてくる。

満面の笑みでにっこりと。

こ、このヤロー、ならこっちにだって考えが有るんだかんなっ!!

 

「ほれ、妖夢。言ってやれ。確か大爆笑間違いなしとか朝言ってた話があるだろう?」

 

「エッ!?」

 

まるで流れる川の和かさの如く受け流す。責任転嫁ってやっぱり最強の奥義だよな、と心の内で何度も頷く。今の現状はUNOでドロー2を出されたあと、さらにドロー2を出して第三者を貶める状況に酷く似ている。すまん、妖夢ちゃん。これも修行だ。絶対この経験は今後に生きるから!絶対だから!

 

「あら、貴女が話すの?楽しみね」

 

「そ、そうですね。え、えーっと、その、あの」

 

俺の方をチラ、チラっと何度も横目で見てくる妖夢ちゃん。

……ごめん、ごめんなさい。一人ぼっちは、寂しいもんな。でも、今回は無理でござる。ダンプカーの前に立ちふさがって訴えるような勇気は拙者は持ち合わせてないのでござる。一人でなんとか頑張って、ファイトッ!!

 

無情の応援を言葉なしで送る俺。妖夢ちゃんは視線で語る。「無責任すぎません?」と。

 

「ほら、早く」

 

「は、はいっ!そ、それじゃあですね……」

 

 

そうして彼女は語る。

大爆笑間違いなし、高すぎるハードルを背面跳びのような跳躍で避ける、そんなお話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に話をまとめると、妖夢の「八雲 紫が壁に向かって一人で話していた話」は風見 幽香に大いにウケた。

 

俺はそれを見て、やっぱり紫ネタは強いのだなと思いました、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

自分のしたいことは、何だって出来やしなかった。

 

 

 

 

汚れた血。形だけの身体。

 

いつだって気分は最悪で、でも、それが、ーー自分にとっての最善らしい。

 

きっとそれは、悪夢と言えるほど幽玄ではない。

 

 

小さい頃、ある人が言ってくれた。

 

『それでも、ーー貴方は人間よ』

 

その言葉は、どんな人よりも人らしくて、脳中に痕となって残ってしまう。

 

もう見えやしないし、触れることさえ出来ない自分の在処、その記録。

 

それは空に瞬き、いずれ消えてしまう星のようだ。

 

 

 

昔は良かったなんて言ったことはない。

だって俺は未だに、過去(ユメ)を追い続けているのだから。

 

 

 

 

――咲き乱れる彼岸花の紅の苑。彼は独り、憧憬を見る。

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 秋のこと

 

 

 

 

 

「伝蔵様。なんとかなりませんか?」

 

「……何がでしょう?」

 

お昼時、机を挟み畳の上に座っている俺と幽々子さん。ここにはいない妖夢ちゃんは現在、外で刀をブンブン振り回している。そして刀は大岩にぶつかり、カンカンガンガンと大きな音を鳴らしているのだ。刀が可哀想!っとは思わないでもないが、まぁどんまい。桜なんとか剣は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな……。

まあとどのつまり、妖夢ちゃんがお昼時に外にいるということは、またまた彼女は昼食の準備をすることを忘れているわけで。よってつまり、またまた俺が昼食を作ることになってしまうわけである。そうして幽々子さんは俺に言葉を紡ぐのだ。

 

「伝蔵様はなんで私に麦茶漬けしかださないんですか?嫌がらせですか?」

 

「いや、なんていうかその。食事も鍛練っていうか。そんな感じですよ」

 

「へぇー」

 

「……じゃあ幽々子さんは作れるんですか?料理」

 

「ふふっーー作れるわけないじゃないですか」

 

ここ一番のどや顔で言う幽々子さん。なぜそんな誇らしげに語れるのか。そこは恥ずかしがるところだよね、と俺は彼女のこの態度に戦慄に等しい困惑を覚える。男の俺でさえ恥ずかしいことを恥じないのはどうかしてるよね。どうかしてるぜ!!

虚しく心の内で響く声。そんな俺のことなど全く気にせず、彼女は言葉を続ける。

 

「そこで伝蔵様、貴方にお願いがあります」

 

「作れる料理の種類を増やしてくれ、とか言わないでくださいよ」

 

「作れる料理の種類を増やしてください」

 

「あっれー?」

 

お前タイムリープしてね?と言わんばかりの返答。時かけは面白い。

なんという理不尽さ。ジャンケンの時に「最初はグー!」が定例なのに、そこでいきなりパーを出して「はい俺の勝ちー!!」とか言い出す奴みたいなめんどくささ。

ここでジャンケンでめんどくさいと言えば……まぁ俺も、実際にじゃんけんでそんな感じのことはした覚えがある。

それは最初に、「俺絶対パーだすから!絶対だかんな!!」と言うような心理作戦のことだ。この作戦、ただやるだけじゃあ大して結果に変化はない。大事なのは『俺最初に~~だすから』と言った後すぐさま相手に有無を言わさずジャンケンを開始することだ。

そうすれば大々勝てる。ほとんどの人は焦ってパーをだすことになるからだ。『やべ、アイツの言うことを信じていいのか?いやダメかも?あ~!、もう何かださないと!』と取り合えず深く考えられず掌を開くだけのパーを出すのである。

 

しかしマイペースな人と、「自分、一人が好きですから」系ボッチにはこの作戦の効果は薄い。例としてこの幻想郷における、ボッチの原点にして頂点のアリスちゃんにこれをやったら、彼女は迷いなくグーをだして来やがった。全戦全敗である。なぜいつも勝てるのと、その理由を彼女に聞くと、

 

「ジャンケンなんて、相手の指の開き具合を見て判断してから出せばいいのよ。そうすればそんな小細工なしで勝てるわ」

 

と言っていた。

君のそれはどこのハンター×ハンター理論だよ。無理だわ。アリス先輩、なんか引きこもってるのに身体能力高くね?いつも人形に話しかけてるのに視力すごくね?いつも物理に全経験値割り振ってね?

なんというか、納得いかないのです。あの細身からなんであんな運動能力が沸き立つのか。こんなの絶対におかしいよ。物理の法則とか理論とかねじ曲げてるから、確実に。ちなみに俺は数多の理論の中でクラピカ理論だけは信じてる。俺のバイブルの一節に組み込んでるほどである。道に迷ったらよく使うし、頼りにさせてもらってますよ(ニッコリ)。

 

それでは話を、七つの大罪の内の一つ暴食を犯しかけている西行寺幽々子さんへと戻す。

といっても幽々子さんのそのお願いは叶えられるのだ。最近になって可能になったのだが。

 

 

「……まぁ、最近は新しいのも作れるようになったんですけどね」

 

「えっ、本当ですか?」

 

俺の言葉に目を丸くして、驚愕を隠すことなく幽々子さんは反応を返した。

 

「はい。ほら、前にあの吸血鬼姉妹の舘に招かれたじゃないですか」

 

「そうですね。異変が終わった後、その妹さんから呼ばれたとか」

 

「その時に新しい料理のレパートリーが増えたんですよね。ご馳走になったものから閃いたんですよ」

 

「へぇ」

 

感心の声をあげる幽々子さん。

そういう反応をされると、やっぱりこっちとしては嬉しく思ってしまうのである。俺はそういうのに慣れていないから、特に。誉めて伸ばすことが大事だと思う。何事も

うん。なんていうか、やる気がでてきた。

 

「それじゃあ今からまた作ってきますよ。幽々子さんの分の麦茶漬けは、訓練でお腹を減らしてくるに違いない妖夢ちゃんに食べて貰いましょう」

 

そう言って俺が姿勢を崩し始めたとき、

 

「……そうですね」

 

と言って、手を合わせ、鎮魂を歌うように幽々子さんはそう返答したのである。どゆことー?まぁ、いいけども。

 

よっこらせ、と腰をあげ料理を作るためにこの場所を後にする。その前に幽々子さんが、そういえばと俺に声をかけてきた。

 

「そういえば、その作る料理の名前は何なのでしょうか?」

 

そんな疑問を投げかけられた。

そういえば言っていなかった。

一番重要なことを伝えないのが俺の悪い癖である。言葉足らずといった方がいいか。

まぁそれは置いておき、幽々子さんの言葉に俺は返答する。そう、その作る料理の名は、

 

 

 

 

 

「紅茶漬けです」

 

 

 

 

一時、場は静寂に包まれる。

その俺の言葉を聞いた幽々子さんは、最初は全ての感情が失われたような顔をしていたが、次に憑き物がおちかのような表情で天を仰ぎ、そうしてーー

 

 

「妖夢ぅー!!!早くきてくれぇー!!」

 

 

と叫んだのであった。

酷くね?

おかしいなぁ。館で初めて作った時は咲夜さんが美味しいって涙を流しながら食べてくれたのに。ちくせう。

 

 

 

 

 

 

寒空の下というにはまだ少し早い、そんな季節の日々の中で、木の葉は淋しく舞っていた。夏の青々とした色は綺麗になくなり、潤いも枯れてしまっている。その彩りと光沢が嘘のような姿に変化した跡は、あの暑さの終わりを確かに示していた。

 

「あの異変からもう3ヵ月ぐらいたったのか」

 

「どうしたの突然?」

 

博霊神社の敷地内、紅白の巫女と白黒の魔法使いはそこで言葉を交わしている。

続けて彼女は軽い調子で、博麗の巫女である霊夢に言葉を紡いだ。

 

「いや、もうそんなに昔の出来事に感じられないか?なんとなくだけど」

 

「ま、人間なんて皆そんなもんよ。前の異変は規模が大きく、それでいて激しかったから余計そう感じられるのでしょうね。……アンタは何もしてなかったけど」

 

霊夢は魔法使い魔理沙にそう言葉を返す。それを聞き魔理沙は分かったのか分かっていないのか、そもそも特に何も考えていないかのような顔で返答した。

 

「ふぅん。そんなもんか」

「そんなもんよ。……アンタはあの異変でこれといった活躍は何もしてないけど」

 

「そういえばこの前レミリアが人里を訪れて来た時、慧音と一悶着あったらしいぜ」

 

「へぇ……アンタはあの異変の時自分の箒の無惨な姿を前にガチ泣きしてたけどね」

 

「くどいんだよッ!!!しかもそれは言うなよッ!!!忘れろッ!!!」

 

そう叫び、ぶんぶんと自分の背丈ほどの箒を振り回しながら抗議する魔理沙。それを見ても霊夢は涼しげな顔でそれを横目にみるだけ。魔理沙の取り合えず話を転換させようと言う目論みは容易く倍に返されたのだった。しかも急所に。

 

「というか、アンタも箒持ってるんだから掃き掃除手伝いなさいよ。それと私が枯れ葉を掃いてる横であんま暴れないでくれない?」

 

今度はうんざりしたかのような表情になって霊夢はそう言う。自分が境内の枯れ葉を集めている最中なのに、隣人はのんびりと声をかけてくるのである。手伝えよ、と暗には言わず直球で言うのは彼女の性格からだった。

それに対し魔理沙ははっきりと断言し、否定する。

 

「嫌だぜ。私はもう箒を大事に使うことに決めたんだ。これからは」

 

「……そう」

 

何のための箒なんだよ、という心の声が霊夢の中で聞こえた。だがそんなことを知らない魔理沙は、大事そうに両手で自分の箒を抱きしめ、あるがままの幸福を噛みしめているだけだった。

 

「でもさ」

 

「何よ」

 

せっせと色素が落ちた茶色の葉を集める霊夢を見、魔理沙はのんびりと言う。

 

「またこの次もあんな異変が起きたらどうする?いや、もしかしたら前よりもっと大きな、そんな異変だったらさ」

 

その言葉に霊夢の枯れ葉を掃く手が止まった。

 

そうね、とまず一つ呟いて、次に霊夢はこちらを見つめる魔理沙に顔だけ向けて言い放った。あまり大きな声ではないが、しかし力強く。

 

 

 

「もちろん潰すわ。だってめんどくさいもの。目障りだし」

 

 

 

それを聞いて魔理沙は、まぁ霊夢だしなと、やれやれといったような表情で頷いた。その様子を見てイラッときた霊夢が0.2秒後に右パンチすることを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、いるとは思わなかったけど」

 

人里の外れにある伝蔵の自宅に、アリス・マーガトロイドは訪れていた。

太陽が傾きだし、陽の光が優しいオレンジ色に移り変わってきた黄昏時。体に受ける風は少し肌寒く感じる。

アリスは自身が人里を訪れた後、このように伝蔵の家に向かうのが習慣となっていた。

 

彼が白玉桜へと居候しているのは知っているが、一応念のためとこうして家を確認している。しかし彼女自体に、伝蔵にこれといった用はない。暇だからなんとなく来たといったような、ある意味積極的な感情は彼女には持ち合わせていないのである。彼女はやることがなかったら自分の家で出来ることを考える。それが彼女の本質であった。

 

では何故伝蔵の家へ訪れたのか。それは人里の者たちからの言伝、伝えてほしいと頼まれた用件を伝えるためであった。

アリスは最近、買い出しなどで人里の中を周っていると呼び止められることが多くなってきた。それは大体、伝蔵関係のことでである。

 

伝蔵はこの何か月の間、人里の方へ顔をだすことは滅多になくなった。そのことから彼と親交があった人や妖怪の者たちから「アイツ何してんの?」みたいな事をアリスは聞かれるようになったのだ。比較的彼と仲が良いと思われているのかは知らないが、そのような質問を多くの人たちから受ける。静かに平和に人里を歩きたい彼女にとって、この出来事は疲れを感じるものであった。というよりその疲労は今でも溜まり続けていた。

 

そうしてアリスが『伝蔵が今は用事でここには足を運べない状況にある』と受けた質問に返答すると、「そうなの?じゃあちょっと伝えてほしいことがあるんだけど……」と伝言を頼まれる。

 

今まで頼まれたのは『農作業を手伝ってほしい』だとか、『無縁塚で漫画拾ってきて』だとか、『寺子屋の子供たちの相手を暇な時でいいからみてほしい』だとか、『ツケになってる代金いつ支払いにくるの?』だとか、そのようなことだ。

 

自分から彼には連絡を取ることは出来ないと言ってはいるのだが、会ったら伝えておいてと気軽に頼まれてしまっている。根が律儀なアリスはかったるいとは思いながらも、度々用件を伝えようと彼を探しているのだ。今では言った本人も忘れているかもしれない伝言もあったが、頼まれた自身が了承したことはやり遂げる、彼女は常に真面目な性格であった。

 

(それにしても……)

 

いつも言うだけのことはある、とアリスは心の内で呟いた。

普段から自分に友達を作れ、作りなさいと連呼してくる彼の交友関係は意外に広いのだと今回彼女は知った。それなりには知り合いは多いのだろうなとは漠然と思っていたのだが、それでも予想よりは大分多い。その理由として挙げられるのは、人妖関係なく好意を向けられてるから、だと思われる。

 

実際のところ、彼のように人にも妖怪にも好かれるというのは特異であろう。社会においては自分とは違うというだけで避けられたり嫌われたりすることはよくある。人間のなかでさえそうなのだから、妖怪という種族との違いとうのは避けて通れない問題であろう。そもそも古来より伝えられる、妖怪は恐れる者だという認識は間違っていない。警戒心というものは孫から子へ伝達していることは明らかだ。

 

(……つまるところ、貴方は今でもどっちつかずなのね)

 

アリスは帰路に歩を進める。

きっと、彼は両極端に位置する者。内面という意味では人間よりも人間らしく、それがまさに妖怪らしいのだと彼女は思った。結局のところ、どんなに性格がそうであっても、自身の形は変わらない。例えるとしたそれは脳だけであっても人は生きていけるという馬鹿な話。そんなもの無理に決まっているのに、考えてしまう。

 

人は確かに脳で物事を考え行動する。それは間違いない。しかし、それは考える対象が無ければ話にならない。例えば自身の腕。自分の手で物を触り、それをどう思うのかということ。例えば自身の目。それを実際に見て、そしてどんな感情を抱くのかということ。

 

人はどうしても自分の体に引っ張られる。それは抗うことの出来ない事実だ。

 

だからきっと、伝蔵は。

 

 

「――本当に、つまらない話」

 

 

そう今度は小さく声に出して、彼女は今までの自分の思考をそのように評価した。

 

そんなことを考えても、自分には何の為にもならない。それは確かなことなのだから、それでいいでしょう、と。

そう声にならない独白は希薄で、秋の涼しい風の波に乗って、容易く溶けていったのだった。

 

 

 

 

 



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