不可能男との約束 (悪役)
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三河編
始業式を告げる鐘


始まりを告げる鐘

しかし、音は直ぐに鳴り止む

はたして、この音は誰のため

配点(始業式)



「なぁ、約束しようぜ」

 

「何を約束するんだ?」

 

そこにいるのは、どこにでもいる普通の二人の少年だろう。

何一つとして、変ではないし、特徴もそこまでないであろう二人の少年。どこにでもいる普通に生きている少年のように客観的には思える。

だけど、実は、片方の少年は馬鹿で、何一つ、一人では何もできない少年で、もう一人は剣であった。

ある意味対照的で、ある意味似たような二人であった。

 

誰かの助けを貰わなきゃ、何一つとして、何かを達成できない馬鹿の少年。

 

誰かの意志がなきゃ、振るうことも、何を斬ればいいのか考えなきゃいけない剣のようなやはり馬鹿な少年。

 

後者の少年はある程度、何かを成し遂げることが出来るかもしれないが……それでも、一人では、そこまで何かを達成するのは難しいだろう。

何せ、ここは極東の地。

東の極みと言われ、世界各国から暫定支配を受けている土地だ。自分達の夢すら叶える事が難しい場所。

夢を見る事は許されても……夢を叶える事は赦されない被罰者達の土地。

そんな場所で、二人の少年は約束をしようとしている。

 

「ああ、俺さ。何時か、王様になるんだ───皆の夢が叶うように、■■■■■が夢を持てるような、そんな王様になるんだ」

 

「……ふーん」

 

何もできない馬鹿の少年の台詞に、もう一人の少年は興味なさそうな姿勢(ポーズ)で聞いてるだけ。

後半の人名が出た時、少年は眉をひそめたが、馬鹿の少年は気にしない。

だから、剣の少年は思った。

この馬鹿は自分の言っていることを本当に理解しているのかと。

皆の夢を叶える事が出来る王だなんて、馬鹿げた夢物語だ。子供でも解るアホらしい話。そういう意味では、子供らしいと言えるのかもしれないが、それ本気(・・)で望むというのならば話は別だ。

さっき言ったように極東は暫定支配を受けている。

皆の夢を叶えるというならば、それを何とかして変えるしかない。そして、それは勿論のことだが、容易どころか、それならば、世界チャンピオンとかを狙った方が遥かに楽だろう。

つまり、こいつは世界を変えてみせる(・・・・・・・・・)と言ったのだ。馬鹿らしい妄想だというのは簡単だろうけど、この馬鹿は絶対本気で言っているから達が悪い。

こちらの思いを知らずに、馬鹿の少年は話を続ける。

 

「俺は何もできやしねぇ。でも、俺は上を望む事だけは忘れねぇ。だから、夢も諦めねぇ」

 

「馬鹿らしくて結構な話だなぁ、おい。それで? そんな話を聞かせて、俺にどうしろと。斬ればいいのか? あん?」

 

「おいおい。お前のその何でも斬ればいい思考は話が速すぎるぜ。男なら、やっぱ、斬るより突くだろう! なぁ!?」

 

「ば、馬鹿野郎! 俺、それに答えたら絶対に変質者だろうが! 男なら、やっぱり、モミングだろうが!! 擬音でモミャっと! そう、大胆かつ、激しくだ!」

 

緊張感台無しのギャーギャー騒ぎ。

二人だけの馬鹿騒ぎ。それに、二人は本当に楽しそうに騒ぐ。それこそ、年相応の子供らしく、元気な大騒ぎ。

だけど、二人は直ぐに話を戻した。

 

「で、だ? 結局、最初の大層なお約束っていうのは何なんだ? 早く言え。言わなかったら斬るからな。5・4・321ブー! はい、終わり! 斬るぞー」

 

「おいおい、お前の芸風は本当に突き抜けてんなぁ……流石俺のそうぼう! ああ! そうぼうって何だかエロくねぇか!? くぅーー、言葉って本当にエロエロだよなぁ!」

 

「話逸らすなよ、おい。いい加減にしないと怒るぞ、てめぇ。後、相棒だ」

 

えー、マジーという馬鹿の台詞は、そろそろ修理に出すべきだと思い、一発殴って、話を進めさせた。

これ以上、馬鹿と話していたら馬鹿菌が移ると本気で思う少年であった。

そして、ようやく、ちょっとはまともな雰囲気になって話を始める馬鹿の少年。

 

「ああ。つっても、大したことじゃないんだ。おめぇは何時も通りにいてくれという事なんだ」

 

「は? 何だ馬鹿。その意味深の頼みは」

 

「別に、おかしな事言ってねぇよ。おめぇは何時も通り、俺達と一緒に馬鹿をしてくれてたらいいんだ。そして───出来たらでいいから、俺が王になる道に行けたら、お前は俺達の剣になってくれよ」

 

「───」

 

「強制はしねぇ。お前にも、叶えたい夢ってもんがあるんだから。だから、出来たらでいいんだ。それだけで、俺は安心できる。何せ、お前がいるんだからな」

 

それは、完全な信頼。

何一つとして、不純物が混じっていないこちらを支持する信頼。馬鹿だからこそできるのかなと思ってしまう馬鹿みたいな信頼。

それに対して、少年はどんな顔をしたのか。上手い事、光のせいで見えなかった。

 

「じゃんじゃん馬鹿をしようぜ。馬鹿でいられるっていうのは幸せな事なんだぜ。だから、じゃんじゃん馬鹿をして、俺は王になるんだ。だから、その為の馬鹿な剣がいるんだよ」

 

「……誰が馬鹿だ。お前にだけは馬鹿呼ばわりされたくないわ。」

 

二人とも苦笑しながら話す。

言葉とは裏腹に剣の少年は内心では、違いねぇと思っているし、馬鹿な少年も何言ってるんだよと思っている。

馬鹿だからこそ、こんな会話が出来ているんだろと。

 

「……そういう役割なら、ネイトで十分だろうが」

 

「ネイトとおめぇは違うさ。ネイトは騎士だから、俺を導いてくれるけど、おめぇは剣だからな。お前は俺の横に立ってくれるっていう事じゃないか」

 

「その台詞を腐れ魔女に聞かせたら、どうなるか楽しみだぜ……」

 

「ああ……俺の横で立つだなんて、何ていやらしいんだ、お前! そこまで愛されているとは……俺もびっくりだぜ……!」

 

少年は笑って、馬鹿を蹴り飛ばす。

壁に思いっきり、穴をあけて吹っ飛んで行ったが、馬鹿だから死んでねぇだろうと予測する。

ゴキブリっていうのは何故か死に難いからなぁと少年が思っていると、予想通り、馬鹿が戻ってきた。

 

「おいおいおい、俺をピンポンボールみたいに吹っ飛ばしやがって……そんなに玉を吹っ飛ばしたいのかよ!! この俺の立派な御玉さんを!」

 

もう一度馬鹿を蹴って、新しく穴を作った。

修理代は全部、馬鹿が作ったから、馬鹿の方に行くだろうと思い、そしたらまた帰ってきた。

ふぅと溜息を吐き

 

「───帰っていいか? 飽きてきた」

 

「こ、この野郎……! 散々、俺を詰った癖に、最後には捨てるだなんて……! 貴方を信じてたのにーーーー!!」

 

流石に三回目には容赦がなくなってしまったので、かなり吹っ飛んだらしく、帰ってくるのに時間がかかった。

はぁと溜息を吐いて、少年は腕を伸ばす。

馬鹿な少年はそれを最初から変わらない微笑で見て、一言。

 

「で、どうなんだ?」

 

少年は答えなかった。

ただ、彼は彼らしく、へっと笑うだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に浮かぶ土地が空を色付けする。

巨大すぎて、全体を俯瞰することなどはほぼ不可能であろう巨大航空都市。

武蔵と呼ばれる準バハムート級と言われる大きさである。ようは、かなりの大きさと思ってもらえばいい。

竜の名を冠するに相応しい巨大さであると。

そんな、都市から、一つの歌が通された。

歌は響き、奏で、音を作り上げる。

通ってもいいのだと許す童謡の歌が、空に染み込んでは消える。そして、最後の音が消えると共に8時半を示す鐘がなる。武蔵アリアダスト教導院と言われる学校の鐘が。

そして、武蔵アリアダスト教導院の門と校舎の間の橋から、一人の女性の声が響いた。

黒い軽装甲型ジャージを着て、背中には長剣を背負っている、髪の短めな先生らしき女性が、目の前にいる生徒らしき人数にに向かって話しかける。

 

「三年梅組集合してる? じゃあ、授業を始めるわよ」

 

女性は目の前にいる三年梅組の超個性濃いめの生徒たちを見て、笑いながら告げる。

楽しそうに、面白そうに。

楽しめるように、面白いと思えるように。

 

「じゃあ、これから体育の授業を始めるわよ。各自、準備運動はした?」

梅組担任。

肉食教師、オリオトライ・真喜子がそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始める前に出欠確認するけど、ミリアム・ポークゥはともかく、あと、東は今日の昼間に帰ってくるって話は聞いているけど、他にいる?」

オリオトライは出席確認の声を皆にかけ周りを見回させ、誰がいないかを条件反射で探してもらう。

すると六枚の金翼を背に、黒い三角帽の少女。傍から見ると物凄い魔女っぽい姿をしている少女腕章に”第三特務 マルゴット・ナイト”と書かれている少女が手を上げて答えた。

 

「ナイちゃんが見る限り、セージュンとソーチョー、後、フクチョーもいないかなぁ」

 

その言葉に、確かに……と言った調子で周りの人間も頷く。

そして、マルゴットの腕を浅く抱いている六枚の黒翼の少女”第四特務 マルガ・ナルゼ”は首を傾げながら告げる。

 

「正純は今日は自由出席の筈。総長は多分遅刻だと思うわ」

 

「まったく……総長兼生徒会長がそれじゃいかんわねー」

 

その言葉に対して、皆はその通りとは答えず、ただ苦笑という力の無い笑顔を浮かべるだけであった。

周りの笑顔に、オリオトライも苦笑する。

でも、次の名前には思わず、こいつ……という顔になって会話を続ける。

 

「……で、熱田の奴は……またかしら?」

 

「小生、思いますに、またさぼりかと」

 

今度は袋からお菓子を取り出しながら喋る丸い体型の御広敷という少年が答えた。

周りの皆もその答えにうんうんと頷いている。

 

「あの斬撃馬鹿……また体育の授業をさぼりね……出席点だけは生意気にもゲットしているから殴り辛いわ……」

 

「……殴れないんじゃなくて、殴り辛いだけで御座るか……」

 

顔をスカーフと帽子で隠している自称忍びの点蔵・クロスユナイトがツッコミを漏らすが、オリオトライは気にせず、ぶらぶらと手を振るだけで返事とした。

 

「まったく……トーリの馬鹿はともかく。熱田の馬鹿は思いっきり戦闘系なんだから、こういう時ははしゃげるでしょうに。」

 

「その割には、出席点稼ぎの時に来ていた時は、「おお! 大空に羽ばたいてるぜ……!」とか言ってボケて吹っ飛ばされていただけのような……」

 

「そこら辺は気にしない───で、浅間。あいつは遅刻なの? それともさぼりなの? はい、どっち」

 

「ぶっ! な、何で私に聞くんですか!? 」

 

長身の黒髪、左目に緑の義眼、そして何とも言葉にし難い胸にある大艦砲が特徴の浅間智が慌てて、手を振る。

いきなりの無茶振りに周りは自分も含めまたまた~という顔になる。

端的に言えばむかつく顔である。

代表して、再び大艦砲を両手で支えるように腕を組んでいて、黒と白の制服を着ている少女。葵喜美が喋った。

 

「だってそうでしょう。二人とも、もう暇があれば何時でも一緒にいるじゃなーーい? ああ、もう! いっその事、合体しなさいよもう! 合体よ、合体! でも、合体事故には気を付けるのよ!?」

 

「な、何の比喩ですか! あ! や、やっぱり言わなくていいです! そう! 私は巫女ですからね! 巫女! だから、そんなエロ系の質問には答える事も、考える事も出来ませんからね!───建前上」

 

「本音! 本音でてるよ!」

 

周りの全員が何かツッコんでくるが、気にしちゃ負けだと浅間はそう思っているのか、無視している。

馬鹿な生徒ばかりだと笑っていると、どうやらまだ話は続くらしい。

 

「そ、そんな事を言うなら、喜美だって、トーリ君は当然、シュウ君とも昔から仲が良いじゃないですか!?」

 

「あら、浅間。私がその答えを言っていいの? 言ってもいいの? ねぇ、行ってもいいのかしら!? じゃあ、容赦しないわよ!! ───知らないわ!」

 

「ええーー!」

 

「だって、愚弟は私が起きた時には既にいなかったし。愚剣に関しては会ってもいないもの」

 

「お前、考えて喋れよ!!」

 

皆のツッコミに、喜美はくるくると意味不明に回るだけだったので、駄目ねこれはと結論付けた。

まぁ、この調子だと全員元気という事で、表示枠に皆の調子のという表示に、全員にはい、変です! と書いておいた。

 

「まぁ、いいわ」

 

そして、表示枠を消して、そして何気ない仕草で、足を後ろに出し、その動作で腰を落とし、構える。

その行為で、何人かの生徒がハッという顔や態度になったので、その反応に良しと頷く。

 

「良し。反応はまぁまぁね。まぁ、戦闘系のはこれくらい反応してくれないと困るんだけどね。とりあえず、ルール説明はしておくわ。目的地である事務所までに私に攻撃を当てる事。それが出来たら───」

ちなみに事務所というのは所謂、ヤクザの所である。

何故、ヤクザの事務所に行くのかと言うと、そこのヤクザがオリオトライの住んでいた所を地上げして最下層に行きになり、その後色々とあって、ようはまぁ、生徒達は巻き込まれたのである。

でも、生徒というのは、つまり自分の物。つまりは、自由に使っていいのよねと考えているので、巻き込んだなんてそんな事は考えていないのよ。

一緒に楽しもうと思っているだけなのである。だけど、流石にそれではやる気が出ないのは、自分も学生の時に体験をしたので、ここは一つご褒美をやろうと思う先生である。

 

「出席点を五点あげる。学校の授業を五回もサボれるなんて素晴らしいと思わない?」

「先生! それはつまり、こっちの遠慮は無用ってことでよろしいんですね!」

 

「先生も容赦はしないけどねー」

 

「先生! 方法とかは、勿論、何でもありですよね! ズドンとか!」

 

「んー? いいけど、それをやられると先生、理性が保てるか自信がないわー」

 

「オリオトライ先生! 先生の体のパーツで、どこか触れたり、揉んだりしたら、減点されるところはあり申すか? または逆にボーナスポイントが出る所とかは……!」

 

「はっはっはっ、点蔵。あんただけ先に死にたいか?」

 

「じ、自分だけマジ返しで御座るか!?」

 

やっぱり、馬鹿は死ななきゃ治らないわねーと思いながら、密かに表示枠の点蔵の所に治療無用、情け無用と書いておき───そして、たんと軽い音で階段を飛んだ。

あ……! と叫ぶ者も言えば、くっ……! と叫ぶ者もいる。中にはカレーですねーという人間がいるが、そこは気にしても、もう脳が意味はないでしょうねーと結論付ける。

それでも、悔しがっているのならば、それでいい。悔しいと思う気持ちを持っているのならば、次回の時は、今度こそはと思えるものなのだから。

だから、訓練で思いっきり、悔しい思いをして、本番で成功させろと思う。

そして、そのまま階段の下から、奥多摩中央通の”後悔通り”を走る。

後悔通りの入口。

普通に走ろうと思っていたが、視線はついそっちに向いてしまった。

そこには石碑がある。記されている言葉は短く、だからこそ、覚えようとしていなくても、勝手に心に覚えてしまう。

 

───一六三八年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住人一同

 

「……」

 

漏れた吐息に重さがある事に苦笑してしまう。

自分が考える事ではない事であったとしても考えてしまうのは人間だからか、もしくはただの未熟からかと考えてしまうのは、ただ己に浸っているだけなのだろうか。

結論はそう思う事こそが己に浸っているという事だろうと再び苦笑。

苦笑している間に背後から声が聞こえる。あの子らとの付き合いも長いもんねと思うけど、悪い思いはしない。

出来が悪くても、悪くなくても、それだけ長くいればどんな子でも愛着を持ってしまうから。

だからこそ、頑張れと思う。

何度も叩きのめされても、意志さえあれば再起は出来るのだと、それを知ってほしいと思う。

だから、苦笑を微を付ける笑いに変えて、走り続ける。

後ろから来る期待を楽しみながら。

 

 

 

 

 

 

「賑やかだねぇ……」

 

「Jud.騒がしい事を賑やかと判断するのならば、確かに賑やかだと判断できます───以上」

 

場所は中央前艦の展望台となっている付近。そこに、武蔵と腕章に書いてある少女と中年過ぎの男が会話していた。

中年過ぎの男の名は酒井忠次。

アリアダスト教導院の学長をやっている男で、既に、もう老いているというイメージがあるかもしれないが、その実、体全体が老いているという感じがしないので、ある意味要注意人物かと思われる人物である。

もう一人の少女はその名の通りの武蔵と言われる───自動人形である。

人ではなく、歯車を持って動く自動人形。現に、その傍には持ち手がいないデッキブラシが勝手に動いて、周りを掃除している。

自動人形の特性である重力操作を使っての掃除である。

だけど、そんな光景を二人は無視して眼下の騒ぎを見ている。

弓を持った少女の攻撃が、先生に無効化されて、何故か少女が「───アイスが!」とか叫んでいたが、二人は気にせず話をする。

 

「自動人形である"武蔵"さんとしては、皆の技能はどう思う?」

 

「Jud.聖連の指示によって、戦科が持てず、警護隊以外の戦闘関与組織も持てない極東の学生としては、十分過ぎる能力を皆さんは持っていると思います。これで後は実戦の空気をもっと経験すればと思います───以上」

 

そう思う? と酒井が面白そうに聞く声に、武蔵はJug.と無感情に答えるだけ。

それでも面白そうな表情を消さずに語り掛け続ける酒井。

 

「うーん。火力としては、堕天墜天コンビが結構カバーしてくれているし、パワーに関してはミトツダイラ君が。遠距離としては、浅間君。結構良いバランスなんだけど、一つ足りないねぇ……」

 

「? それは何でしょうか? 派手さでしょうか?───既に色々と派手に迷惑をかけていますが───以上」

 

「Jud.単純な凄腕の近接武術師(ストライクフォーサー)が足りないんだよなぁ、これが」

 

その答えに武蔵は首を傾げる。

納得がいかないと判断しからだ。自動人形は優秀である。だから、記憶能力とかも勿論優秀であり、その記憶の中には梅組のステータスもある。

だからこそ、首を傾げるという判断に繋がったのである。

 

「何故でしょうか? 近接ならば、特務で言うと点蔵様、ウルキアガ様、ミトツダイラ様、一般生徒ならばアデーレ様やノリキ様などがいます。これだけいれば十分と判断できます───以上」

 

贔屓をしているわけでもなければ弁護をしているわけでもない。

大体、自動人形には感情がないのである。だからこそ、彼女がいった事は事実としての答えである。だからこそ、さっきの酒井の答えに納得が出来なかったのだろう。

しかし、酒井はその言葉に飄々とした仕草と共に答える。

 

「それは特務クラスか、もしくは一般生徒だけど、能力が特務級なだけであって、まぁ、副長クラスではないというわけよ。それに点蔵君は忍者だし、ウルキアガ君は異端審問官、ミトツダイラ君は確かに近接系だけど、パワータイプだからなぁ………高速戦闘は苦手なんだよ"武蔵"さん。だから、全員が全員純粋に斬り合うバトルスタイルじゃあないよなぁ」

 

「……Jud.確かにそうですね。酒井様に言われると思わず、思考が嫌な意味で乱れてしまいますけど。許容範囲内です、ええ。"奥多摩"に比べればマシですとも───以上」

 

「………怒っている?」

 

「いえ。自動人形には感情がありませんから───以上」

 

苦笑する酒井に武蔵はあくまで無表情である。

とは言っても、自動人形の態度としては別段おかしなところは一切ない。

だから、二人はそのことについては何も言わずに話を続ける。

 

「副長クラス………確かに見たところ、副長の姿が見えませんね───以上」

 

「本当のことを言ってもいいと思うよ。またさぼっているって」

 

「自動人形である私は確証がないことを言いません。だから、私は酒井様を日々このぐーたら野郎と思っていますが、ええ、確証つきですとも───以上」

 

おおこわなどと全然怖がっていない様子で、わざとらしいリアクションを取る酒井に対して、武蔵は無視した。

その反応に笑いながら、酒井は話を続ける。

 

「熱田・シュウ。生まれだけで言うならば、完璧な戦闘系だよ。熱田の(かばね)を持つから当然といえば当然だけどね。戦闘という部門だけで言うならば最強クラスと言っても良いくらいなんだけどね」

 

「ですが、偶に見る熱田様の体育の授業光景では、何もできずに吹っ飛ばされているだけか、もしくはただ走っているだけです。とてもじゃないですが、戦闘系とは思えません───以上」

 

「はは、はっきり言うねぇ"武蔵"さん。まぁ、だからこそ、聖連から与えられた字名(アーバンネーム)が終剣。名前だけ見れば、ただのイタイ名前だけど、実際はかなり皮肉った意味だものなぁ。彼の名前のシュウという名前から取った皮肉と終えるための剣じゃなくて、終わってしまった剣っていう意味で付けたからなぁ」

 

終わってしまった剣。

二度と振るわれず、斬らない剣という彼の存在と在り方を完璧に侮蔑した名称である。

本人はそれに関しては何も思っていないようだが、周りは色々と思っているようだ。

 

「何せ、副長という武蔵の最大攻撃力を示す立場にいるのに、何の強さも示さないんだからなぁ」

 

「Jud.確かに市民の副長に対しての不満は良く聞きます。率直に言えば……あれでいいのかと───以上」

 

市民は厳しいねぇと酒井は呟くが、その口調から考えると、その考えは当たり前であるという事は分っているらしい。

それはそうだろう。

武蔵の攻撃力という事はいざという時は守ってくれる存在であるという事と同義なのだから。

それが、腑抜けていて弱い存在なら、だれもが疑問に思うしかない。

 

「まぁ、そこら辺はトーリ次第だね。さて───そろそろ、俺も用意をしてくるかね」

 

「Jud.ようやく、松平四天王との約束を思い出して、準備をするという小学生もできる行いをしようと思いましたか。───以上」

 

ははと笑いながら、松平四天王という単語を懐かしく思いながら、彼は歩いて行く。

今、武蔵は三河へ向かっている。

懐かしの三河へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、体育の授業は結局誰も肉食教師に攻撃を与えることはできないという結果で終わってしまったと浅間は落ち込んだ。

しかも、先生は疲れた様子を全く見せずにそのまま魔神族のヤクザを張り倒す始末ですし、この人、本当に人間なのかなぁと思う私がいけないのでしょうか?

そう思ってたらヤクザもこっちのリアルアマゾネス先生を警戒したらしく、正面玄関を慌てて閉じて鍵をかけたらしい。

うん、賢明な判断ですねと思ってたら、先生は何と私達を突撃要員に加えるつもりらしい。

 

……そんな! 現代に蘇った野性の本能の塊である先生に付いて行けだなんて……!

 

とてもじゃないが現代人である自分には不可能な所業である。

だけど、周りの人間は外道が行き過ぎた元人間の集まりだから意外と大丈夫かもしれないと思うのは、私が間違っているのでしょうかとどうでもいいことを考えていると。

 

「───あれ? おいおいおいおい、皆、何やってんの?」

 

聞き覚えしかない声が聞こえた。

振り返るとそこには能天気と言ったら悪いかもしれないが、それでもにへらと笑った顔が印象である葵・トーリ君がそこにいた。

武蔵アリアダスト教導院の総長兼生徒会長で一応権限的なもので言えば、ヨシナオ王を除いたら最上位の位なんですけど……本人は身体能力はおろか頭も良くない。

 

だから、聖連から総長兼生徒会長に選ばれることを許されたんでしょうけど……。

 

その事に付いては言いたいことがあるけど、言っても仕方がないので皆も何も言わないことにしている。

だから、付けられた字名が不可能男(インポッシブル)

何も出来ない人間という侮蔑の意味なんだろうと思うし、感情とは別の部分もそうなんだろうなと思ってしまうのが少々以上に腹立たしく感じてしまう。

だけど、それとは別に感情もそうだと告げてしまう部分がある。

それは

 

……何でこの人は朝っぱらからエロゲを広げて嬉しそうに語っているんですか……!

 

周りの人間も半目で彼を見ているのが解るし、先生がもうキレかけているというのが感覚的に解ってしまう。

これは駄目ですねとありとあらゆる意味でそう思いながら、ふとトーリ君が周りを見回して、そして私達に呟く。

 

「あれ? シュウの奴はどこなんだ? せっかくあいつにこのエロゲを自慢してやろうと思ったのに……!」

 

「後半部分は無視しますけど、トーリ君も知らないんですか?」

 

代表して、トーリ君に聞くと、首を縦に振った。

皆もふぅんと言う顔になる。

てっきり、トーリ君と一緒にいるのかと思っていたと思っていたんですけど……何処に行ったんでしょうね? と浅間は思う。

案外、マジで病気なのかと思ったけど、馬鹿は風邪を引かないはずという目の前の実証論を見ながら、浅間はううむと考える。

すると

 

「───♪」

 

「な、何ですか……! この地獄から響くような呪いの音は……!」

 

「……現実から目を逸らしたいのならば言わなくてもいい」

 

すると近くの無愛想少年のノリキ君がツッこんできた。

 

……ええ、解ってますとも。

 

解りたくない理解でしたけど、解ってしまうのは付き合いの長さだろうか。

そう思っていると声が聞き取れるくらいの距離まで近付いてきた。

聞き取りたくもなかったが、耳が勝手に聞き取ってしまう。これ程自分が健康であることを呪ってしまうとは……。

 

「ナニーを見つけたくてー服をー斬りー裂ーいて! 掴んだ現実はーーー! Oh My god! リーアルな感触ーーーNo!!!!」

 

皆が嫌な顔をして、声が聞こえる方に振り向く。

そこにいるのは黒い髪を短くして、武蔵の制服をだらしなく着こなし、そして何故か顔にはふぅとやり遂げたような表情をした、整ったというよりはそれこそ野性味がある顔の少年がいた。

はぁと皆が重い溜息を吐いている間にトーリ君が彼に声をかける。

 

「よう親友! 朝っぱらからすげぇ歌を歌ってるよなぁ! 真正面から言うのはどうかと思うから、遠回しに言うけど頭イカレテねぇ!?」

 

「馬鹿野郎トーリ。いいか? この歌は俺の魂から溢れ出した祝詞。つまりは、変な歌じゃねぇ。それでも変な歌に聞こえるっていうんなら───それはお前等の脳が異常だから歌が変に聞こえるんだ」

 

「最もうぜぇ自己中だ!」

 

周りのツッコミを聞いても彼は何の反応もせずにトーリ君と話している。

これだから……と思ってしまうけど、今更だろうと諦めてしまうのは駄目なのだろうかと思う。

 

「ふふふ。それにしても愚剣。あんたはあんたでどこ行ってたの? もしかして、下駄箱にLoveレターとか入っていて、それで伝説の木の下で告白とかされたの!? 素敵! でも、駄目よ! やるならもっと皆の目の前でガツンとやらなきゃ! 周知で羞恥よ!」

 

「おいおい喜美。お前は本当に朝っぱらからテンションがハイ過ぎるやつだなぁ……その巨乳揉むぞこらぁ!」

 

「お前もテンション高ぇよ!!」

 

二人の狂人の会話に付いて行けない事に浅間はほっと息を吐いていると、二人の狂人がぐるんと何故かこっちを不安にさせるような振り向きをする。

 

「あら浅間。どうしたの? そんなノーブラでたゆんたゆんな胸に手をついてほっとして……まさか! 浅間式揉み揉み沈着術式!? 自給自足だなんていやらしくて素晴らしいわ!」

 

「な、なにぃ!! おい、智! そんなけしからん乳を自分だけのものにするだなんてけしからん! そんなけしからん事をしようとするけしからん奴にはそのけしからん乳にけしからんな事をして罪を償わせてやるぜ……!」

 

「おいおいおい! 姉ちゃんもシュウも、俺以上に場を乱すなよ! 俺の存在意義が疑われるだろう!? だからここは俺が浅間の乳を揉むことで解決にしねぇか?」

 

「こ、この幼馴染ーズは……! 朝っぱらから奇襲を仕掛けてきたかと思えば、む、胸にしか興味がないんですか!?」

 

「あーーー! 当たり前だろうが浅間! そんな浅間のエロ罪の象徴のような大きさを見せられたら、俺達みたいな仲良しは、その罪を消してやろうと善意で揉もうとするに決まってんじゃねーか!!」

 

弓を向けると三人は逃げようとする。

まったく……と本当に変わらない自分達の関係に思わず心の中で苦笑してしまう。

何時までもこの関係が続いてくれれば……なんて夢みたいなことは言えないのだが、やはり、こうして皆でいる間はこういう関係でいたいですねと思う。

でも、カラダネタはノーサンキューですが。

そうして、はぁと溜息を吐いているとトーリ君がいきなりという調子で皆の方に視線を向ける。

 

「あのさ、皆、ちょっと聞いてくれ。前々からちょっと話してたと思うんだけど」

 

本当にいきなり彼は仰天発言を繰り出した。

 

「───明日、俺、コクろうと思うわ」

 

 

 

 

 

 

 

その発言に皆が息を呑み、そして、トーリを除いた皆がスクラムを組んで小声で話した。

 

「コクって一秒でお断りの平手が来るに一票。どうよ?」

 

「自分はその前に目を合わせてもらえないんじゃないかと思うんですけど……」

 

「というか、あの馬鹿を見ることが出来る女がこの世にいるのか? 幾ら私でも、世界を買えるくらいのお金を貰わねば見ようとも思わん。むしろ、消す為に金を使ってもいいくらいだ」

 

「んーシロ君。そこまではっきり言ったらトーリ君。きっとまたおかしくなると思うからもっと穏やかに言った方がいいと思うよ。こっち見んな馬鹿って」

 

「な、何で皆してそんな事を言うんですか! もうちょいトーリ君の為に何かいいことを言ってあげましょうよ!! だって、これからトーリ君はコクった相手に振られるどころか見られる事も喋られる事もなく汚物のような扱いを受ける未来しかないんですから!」

 

「悲観の祝詞を告げる巫女がここにいるぞ!」

 

「お、おめぇら……! 少しは他人の幸福夢気分を祝おうとかそんな気持ちはねぇのか!」

 

トーリの意見は全員無視することによって会話が進んだ。

この匠の流れにさしものトーリも打開する術がなかったので、「ち、ちくしょう……! こうなったら、今、新開発中の餃子をここでやるしかねえのか……!」などとほざいていた。

そんな馬鹿に喜美が狂った言動を言いながら誰にコクるのかを聞いてみると、トーリは何時もと同じ笑顔で当たり前のように告げた。

 

「───ホライゾンだよ」

 

皆の呼吸が一瞬止まる。

誰もがトーリが告げた名に軋みを覚える。その少女の名を知らない人物は梅組にはいない。

そして彼が何をしようとしているのかも。

でも、誰もが息を止める中、一人だけ態度を変えない人間がいた。

熱田だ。

 

「訂正してやる。0.5秒でいきなり股間を殴られて悶絶するのがお前の未来だ。昔からお前はあいつのサンドバッグだ───標的は股間だがな」

 

「おいおいおい! そんな想像しやすい未来を口頭で語るなよシュウ! だけど、先に言っておくぜ! 俺をその時の俺と一緒だと思うなよ!」

 

「死亡フラグを立てていることについては無視してやるが、だって、あの女。お前のギャグには何時も手厳しかったじゃねぇか」

 

「ああ!? それはお前もだろ親友! お前の『情熱の昂ぶり………! 狂い咲き乱れパンダー!』っていうお前の持ち歌をお前、ホライゾンに真正面からお前の感性は異常だと思いますとか言われてたじゃねーか!」

 

「こ、この野郎……! 人の敗戦記録を暴露しやがって……! だけど、先に言っておくぜ! 俺をその時の俺と一緒だと思うなよ!」

 

ループするなよと周りがツッコむが二人はギャギャー騒いで聞いていない。

あんなドッキリをかましたのに二人は本当にいつも通りだと思った。

だが

 

「でもま。」

 

ポンと熱田はトーリの肩を軽く叩いて、そして少しだけ真剣な表情をして一言を告げる。

 

「告白するんなら"後悔通り"を通れるようにしておくんだな」

 

「───」

 

言った意味を理解して再び周りが沈黙する。

今回はトーリもだ。今は熱田の背中でトーリの顔は周りから見えないようになっているが、どんな表情を取っているかは想像し辛い。

でも、熱田は直ぐに彼の肩から手を離して、離れた。

そこにあったトーリの表情は……困ったような微笑だった。だから、誰も何も言わなかった。

だけど、彼ら二人の肩に背後から手を置いた人物がいた。

オリオトライ先生である。

 

「うーん。先生、いい話が聞けたことには満足しているんだけど、今が何の時間か解ってる?」

 

先生の怒った微笑に周りは詰んだな……と他人事のように同情する。

肩を掴まれた二人は一瞬でアイコンタクトを済まし、そし二人して笑顔で先生の方に振り返る。

 

「ああ、勿論解ってるさ」

 

「そうだぜ、先生。今の時間は」

 

「「保健体育の時間だろ?」」

 

そして言葉と同時にトーリとシュウは先生の胸を揉んだ。

むにっと意外に柔らかい感触をもんだような音が周りに聞こえて、思わずひぃっと叫ぶ皆。

先生が固まった笑顔を保ちながら、馬鹿二人が笑顔でサムズアップしているのを見た。

そして遠慮なく二人を回し蹴りでヤクザの事務所に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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祭の前の静寂

歌が 歌が聞こえるよ

祭りを呼ぶ歌が聞こえるよ

騒ぎを起こす角笛の歌が

配点(準備)



 

 

「ハイ、それではこれから生徒会兼総長連合会議を行います」

 

少年の声がアリアダスト教導院の正面橋架、正門側の降りていく階段の上から発せられる。

そこにいるのは三年梅組のメンバーだ。

会議とか言っているが、そんなの建前である。

少年、トゥーサン・ネシンバラは溜息を吐きながら、議題を告げる。

 

「本日の議題は"葵君の告白を成功させるゾ会議"という事で。書記である僕、ネシンバラの提供でお送りいたしまーす―――何でこんな成功なんてしない無意味な事をしなきゃいけないかなぁ。あ、葵君何か言いたいことがあるのかい? そんな馬鹿みたいな顔をして。君は本当に馬鹿だなぁ」

 

「の、のっけからそれかよ! お前らは少し優しさっていう言葉を知った方が良いぞ!」

 

「優しさか……それで誰かが救えるのなら良かったね……」

 

「優しさを使っていいんなら、まずはお前を殴って告白を中止させないといけないさね。相手がトラウマを得ないように」

 

「待て待て貴様ら。そこまで言うとこの馬鹿は更に狂ってしまう。だから、私が代わりに言ってやろう。まずは金を払え。そして土下座だ。それもコクる相手にだけではなく世界に対してだ。これで万事解決だ。さぁ、金を払え」

 

ネシンバラのわざとらしい悲しそうな顔に、第六特務の直政が何時もの表情で返し、生徒会会計のシロジロ・ベルトーニが冷たく答える。

周りもうんうんと頷きだすのでトーリは嘘泣きをして「うっふん! 酷いわ! こんな全員で俺を責めるなんて……! はっ。これって、周りのみんながツンデレって仮定したら俺って今、もしかして人生で最大のモテ期が来てんじゃねぇ!? ありがとーー! お前たちーー!! 俺も愛してんぜーー!」などとほざくので皆そこは無視した。

 

「では、葵君。明日の話をしてくれ」

 

「んー。ここは俺が振られた方が意外性があってウケが取れるんじゃね?」

 

「お前もその気だったのかよ!!」

 

皆の馬鹿を見る視線に馬鹿は腕をくねくねさせることで躱す。

皆して狂人のしている事は理解できないと自分を棚に上げる事によってどうでもいいという結論を付ける事で無視した。

そしてとりあえずといった感じでトーリは点蔵を見る。

 

「なぁ点蔵。告白ってどうすればいいんだ? お前、回数をこなして自爆ばっかやってんだから反面教師に向いているだろ?」

 

「ひ、否定されている! 自分、今、色々と否定されてカースト最下層に突き落とされているで御座るな!!?」

 

「馬鹿野郎! 俺達がそんな事をするわけねーだろ! たかが最下層くらいで済ますなんてするなって先生から習ってるもんな!!」

 

「この御仁は本当に変態か最悪の二択しかないで御座るな!」

 

「いいから、いいから。話してみ」

 

むぅと仕方なさそうに呻いて、その後に少し考えた後に懐を探る。

そして出したのは手帳だ。

 

「ここはシンプルに手紙作戦なんてどうで御座るか?」

 

「成程……経験のねぇトーリが本番で全裸をぶちかまさないようにこっちで誘導しとくって事か」

 

「流石、シュウ殿。話が早いで御座る」

 

「おい待てよ二人とも。まるで俺が告白の時でさえ全裸でいるのが決まっているみたいじゃねーか。俺がそんなおかしなことをすると思ってんのか?」

 

「うむ、拙僧思うに、トーリ。貴様は一度鏡を見ろ」

 

第二特務、キヨナリ・ウルキアガが遠慮なく言うが、トーリは笑うだけだったので溜息を吐くだけであった。

そしてトーリは首を傾げて点蔵の提案について聞く。

 

「でも、俺。手紙なんて書いたことねーぜ」

 

「ふふ、愚弟。じゃあ、ここは練習としてそこのエロゲ忍者の嫌いなところとか書いたらどう?」

 

「おいおい姉ちゃん。そんな友人の嫌いなところなんてうまく言葉にできねぇだろう? そうだ! おい、シュウ、点蔵、ウッキー! お前らも同じ話題で書いてくれよう! 赤信号エロゲ仲間で渡れば怖くないだぜ!」

 

「おいおいおい、この馬鹿。俺がそんな友人の嫌いところなんて書けるわけねぇだろうが」

 

「そうで御座るよ。自分、そんな友人を貶すなんて……とてもじゃないが出来ないで御座るよ」

 

「そうだな。拙僧にもそんな真似は流石に出来んなぁ」

 

「あ、やっぱりぃ。俺達仲良しだもんなぁ」

 

トーリ→点蔵

 

・いつも顔を隠してるのは人としてどうかと思うが上手く言葉に出来ない

・ゴザル語尾はそれギャグのつもりかと思うが上手く言葉に出来ない

・たまに服から犬のような臭いがするのは本当にどうにかして欲しいが上手く言葉に出来ない

 

点蔵→ウルキアガ

 

・異端審問官の癖に拙僧というのは変だと思うが上手く言葉に出来ないで御座る

・半竜の癖に姉好きというのが痛々しくて見てられないと思うが上手く言葉に出来ないで御座る

・時々異端用の拷問器具を見てうむと頷いているのを見て正直引くと思うが上手く言葉に出来ないで御座る

 

ウルキアガ→シュウ

 

・いつものあの変な歌とは呼べない歌が本気で受けていると思って歌っているのは正直可哀想と思うが上手く言葉に出来ないな

・そのヤンキー口調は個性確立の為なのかと思うが上手く言葉に出来ないな

・巨乳巨乳言って見境なく襲うのは原始人レベルだと思うが上手く言葉に出来ないな

 

シュウ→トーリ

 

・いい加減全裸ネタには飽きてきたのだが上手く言葉にしない

・もうそろそろ人としての常識を身に着けるべきだぜと思うが上手く言葉にしない

・そもそもこいつは生きていていい存在だと本気で思っていやがんのかなと思うが上手く言葉にしない

 

ハッハッハッと笑いあう馬鹿四人衆。

それを周りは可哀想な目で見ているのだが、気付かず暫く笑いあった後。自分を批評した相手に真面目な顔で人差し指を指して叫んだ。

 

「お前、最悪だな!!」

 

「お前ら全員が駄目なんだよ!!」

 

四人のツッコミと周りのツッコミがその場を炸裂する。

ツッコミにツッコミを仕掛けるという上位ツッコミスキルを如何なく発揮する梅組。こいつらもう駄目だというツッコミを入れるべきだ。

 

「フフフ、でも愚弟。エロゲ友情のお蔭でいい練習が出来たじゃない。さぁ! ここからは愚弟。あんたのターンよ! その思いの丈を手紙に乗せまくるのよ! いい!? 乗るのよ! 英語で言えばmountよ!! いやらしいわね!」

 

「姉ちゃん姉ちゃん! どうやって手紙に乗るんだよと言う当たり前のツッコミは置いとくけど、ぶっちゃけ言うけど姉ちゃんの常識おかしくねぇ!?」

 

「フフフ、それはね愚弟。あんたの常識が私の常識に劣っているのよ。だって私は賢姉だもの! 凄いでしょう!」

 

確かに凄いな……と周りが小さく呟くが葵姉弟には届いていないし、届ける気もないので皆無言で空を見上げた。空の青さが目に染みてしまった。

凄い事とまともなのはイコールじゃないんだと一つ大人の階段を上った梅組であった。

 

「ねぇ、ソーチョー。ぶっちゃけて言うと話逸れてるとナイちゃん思うんだけど」

 

「あ? あーー本当だ! 危ねぇ危ねぇ……周りの外道どものインパクトにやられて危うく本来の目的を忘れるとこ……あーー! 駄目駄目駄目ぇーーーーー! そんな! 俺の股間を乱暴に扱っちゃらめーーーーーー!!」

 

全員の蹴撃が見事に股間に命中したので皆でふぅと気分悪くなり、当たった足をトーリに擦り付けて元の場所に戻る。

トーリが涙目でこちらを睨んでくるが無視の一択。

だがそこでお……! と叫んで立ち上がったので男性陣はおお……! と感心したように息を吐いた。

 

「と、とりあえず、これで準備は整ったってわけだな……! 準備までに幾つもの試練を超えちまったぜ……!」

 

「これで葵君も心配ないね。君はきっと隠された力を解放したはずだ……! さぁ! 声高らかに叫ぶんだよ! 例えで言うなら「唸れ俺の必殺……! マキシマムカンチョー!!」とかね!」

 

「フフフ。オタクが何か言っているけど無視しなさい愚弟。今はただアンタの心の中にある彼女の良い所を書いてみなさい」

 

「よーし! 俺やってみるよ姉ちゃん! 上手く言葉には出来ないと思うけど、上を目指すことは止めないぜ……!」

 

などと色々と馬鹿な事をやって結論はとりあえずホライゾン枠の乳を揉むという結論になった。

うむと周りの皆は何時もの自分達だなと思って、何も思わない事でその異常事態を解決せずに解決させた。ようは現実逃避である。

すると、階段の上から足音が聞こえたので、皆振り返った。

第五特務のネイト・ミトツダイラと酒井学長であった。

三河に降りるという事で、梅組は挨拶をし、そして何故こんな場所で集まって話しているのかという事になり、その目的をトーリは酒井学長に話した。

その目的を聞いて苦笑するのは当たり前の反応だろうと周りは思う。そして最後に酒井学長が告げる。

 

「まぁ、頑張れトーリ。俺はもう年だからお前さんらに何かをしてやる事は出来ないが、外野なりの応援はさせてもらうさ。それにいい加減、律義にお前を待っている馬鹿を何とかしてやれ」

 

その言葉に周りや、密かにその騒ぎを茶道部の和室から見ていた浅間も首を傾げた。

だけど、一人。

言われたトーリだけは頭を掻いて振り向く。その振り向いた視線の先はさっきまで熱田・シュウがいた場所なのだが

 

「っていないで御座る!?」

 

そこには誰もいなかった。

周りを見回すがやはりどこにもいない。目を逸らした隙にと言えば楽に思えるかもしれないが、ここには常識などは最低ランクの人間が集まっているかもしれないが、戦闘スキルでは各々得意分野は違うとはいえ全員トップクラスである。

それなのに逃げられたことに誰も気づくことが出来なかったのである。

その事に酒井学長は頭を掻いて喋る。

 

「逃げ足が速いなぁ」

 

「学長先生。俺の親友はああ見えて実は照れ屋なんだよ~。可愛い所、あんだろ?」

 

それに何故かトーリが親指を立てて我が事のように喜ぶ。

それに苦笑しながら、酒井学長は先に去った。

ちなみにその後、ネイトは葵姉弟の陰謀によって酷い事になるのだが、そこはあの姉弟に関わったのが間違いだったという事だろう。

 

 

 

 

 

 

関所への道上を中年のおじさんと男子の制服を着た学生が歩いていた。

一人は酒井忠次。

そしてもう一人はアリアダスト教導院副会長の本田正純である。

二人とも三河に向かっているのである。だが、その間にこっちに来るのが空の貨車などで疑問に思いながらの行動である。

まるで形見分けだと正純は思った。嫌な例えだとは分かっているが、それでもここまで異常だとそう思ってしまう。

その間に上空をK.P.A.Italia所属の教皇総長インノケンティウスが所有するガレー船栄光丸(レーニョ・ユニート)が通り自然と大罪武装(ロイズモイ・オブロ)の話になってしまった。

暴食

淫蕩

強欲

悲嘆

憤怒

嫌気

虚栄

驕り

それらをモチーフにされて作られた武装。そしてそれらを持つ人間を八大竜王と呼んでいる。

今の栄光丸に乗っているはずの教皇総長が正しくその八大竜王の一人である。

武器関係に関してはあんまり詳しくはないが、それでも大罪武装の一つ一つが都市破壊級の武装だと聞いている。勿論、全部が全部破壊だけをする武装ではないのだが。

そして酒井学長が言う。

大罪武装に纏わる噂を知っているかと。

 

曰く、大罪武装は人間を部品にしているものだとか。

 

正純もその話は実は聞いたことがあるが、それは根も葉もない噂話だと思っている。

確かに人間の大罪をモチーフにして作ったのだから、部品には人間が必要だろうとつなげる事は出来るとは思っている。

でも、だからと言って、飛躍し過ぎだろうと思う。

でもまぁ、そういう風に勘ぐる気持ちと言うのも解る。大罪武装の製造方法が解っていないからである。

作った人は松平元信というのは解っているのだが、彼はその製造方法を明かしていないのである。

だからこそ不安が現れる。

松平元信は今、武蔵が向かっている三河の君主である。とは言っても極東は暫定支配を受けている。だからこそ、せっかく作った大罪武装を各国に渡すことで恭順を示している。

それなのに、そんな所の人間がどうしてあれ程の武装を作れたのかと言う疑問がある。

それは大罪武装を知っている人間なら誰でも抱く疑問であり―――脅威でもある。

大罪武装の威力を知っているからこそ知る脅威だ。こんなものをもしも大量生産されたらどうしようという当たり前の脅威である。

そこまで考え……ふと思考が勝手に暴走している事に気付いて止める。

 

……そんな事を今、考えても答えは出ないだろうに。

 

情報がなさ過ぎる。

そして次に酒井学長からの一言。

 

……こっち側に来て見なよって。

 

過去を平気で語れる人間になりなよって……。

無理だとは答えられない。だけど、今の自分では難しいだろうとは思う。周りの人間相手にも一歩下がって、躊躇している人間だ。

そんな人間が簡単に語れるはずがない。

それで政治家志望と言うのは自分でも呆れてしまうのだが。

その思いを解ってくれたのか、酒井学長は苦笑するだけだった。その事に今の自分は有難いと思い、ふと口が滑った。

 

「今日は調べ事があるので、そちらに専念したいと思います」

 

「へぇ、何を」

 

「"後悔通り"です。それを調べると、皆の事が解るからと言われて……」

 

そこまで言った瞬間、変化を見た。

酒井学長が笑ったのだ。

その笑いにえ……と思うが、驚きで口が動かない。

そんな自分に酒井は語り掛ける。

 

「いいねぇ―――まだまだ迷っているけど、逆に考えればそれはこっちに来れる可能性を示しているという事だよね。良い事だ。トーリやシュウ達、三河と様々な場所が違う理由で祝いという騒ぎを起こそうとしているねぇ。トーリは後悔を抱えたまま、だけど進むことを決意し、シュウはそんな馬鹿を見てきっと戦いを選ぶんだろうねぇ……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

いきなりの展開に付いて行けない。

そんな自分を酒井学長はただ笑っている。

見下しているわけでもない。

憐れんでいるわけでもない。

ただ笑っているのだ。

だからか、口は勝手に動いた。

 

「い、一体何を言っているんですか……? 葵が決意? 熱田が戦う? 一体何を……」

 

「だから俺は言っているんだよ、正純君。君が俺達の側に来てくれることを願っているって」

 

こっちの言い分を無視するかのように酒井学長は笑って告げる。

まるで、何か幸いなことを喜んでいるようだと思うのは私の気のせいなのだろうかと思い、そして最後に酒井学長は告げた。

 

「俺はもう老いて何もできないけど……正純君達が馬鹿を何とかしくれたらと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

多摩の表層部右舷側商店街で浅間、直政、鈴、アデーレが買い物袋を抱えて歩いていた。

 

「はい。これで明日の打ち上げ用のは確保できましたか?」

 

「人数分とはいえ……ちょっと買いすぎたんじゃないかねぇ」

 

「ガ、ガっちゃんや、ゴッちゃんが、……い、いてくれてると、良かった、けど」

 

私の確認の問いに苦情を言うマサと苦笑するような感情でたどたどしく答えてくれる鈴さん二人に苦笑する。

今は明日の打ち上げ用の食料や何やらを買っている最中なのです。

明日がどうなるかは知らないですけど、でも、きっと最後にはどんちゃん騒ぎになると思うのはただの前向きですかねと思いながら浅間は自分が抱えている袋を見て、ちゃんとみんなの分があるかを再確認をする。

その行為を見て、アデーレとマサがひそひそと何かを話している。

 

「見てみるといいさね………あの年でもうかーちゃん気質全開だよ」

 

「本当ですね~……周りの狂人に色々と辛い目に合っているから精神年齢を上げることによって耐性を上げているつもりなんですかね?」

 

やかましい。

特にアデーレ。上げているつもりっていうのはどういう事です?

私は認めるのは不本意ですけど、周りよりは精神年齢は高いですし、保身のために言っておきますけど狂ってなどいませんよーう。

そう言いたいのだけど、こういう会話にツッコんだら駄目だというのは長い付き合いからわかっている。

だから、ここは無視の一択だと思い、わざと、まだ無視を続け―――

 

「そんなかーちゃんアサマチがどうしてあんなリアルヤンキーに恋しちゃったかねぇ……」

 

足の力を誤ってMAXにしてしまい、左右の力の配分がおかしくなってしまい、こけてしまった。

そのリアクションにアデーレがおお……! とわざとらしく驚いているのを聞くが気にしちゃいけない。

即座に立ち上がって弓を構えてマサに振り替える。

 

「マ、マサ!? い、いいいいいいいたたたたたたたいいい何言っているんですか!?」

 

「ヒップホップ調で弓を構えられてもこっちが冷や汗をかくだけさね……」

 

とか言いつつ表情を変えてないくせに……!

これがトーリ君や喜美、シュウ君とかなら何の遠慮もなく射っているのだが、マサはそこら辺、まだ狂気度が低いからちょっと打ちにくい。

仕方ないので今度シュウ君を射つことでチャラにしようと思い、弓を収めた。

修羅場の雰囲気を察したのか、密かに鈴さんを連れて離れていたアデーレが戻ってきた。

ちゃっかりしてますね……と思わず半目で見てしまうが、アデーレはまぁまぁと言いながら会話を繋げる。

 

「やっぱり浅間さん。副長の事が気にかかっていたんですねー」

 

「……アデーレまで……私ってそんな解りやすいですか?」

 

「だってあんた。シュウの馬鹿に対しては本気で射っているじゃないさね」

 

「私の基準はそこですかっ」

 

というかどうしてそんな事を読み取れるんでしょうか? 修行不足ですか?

そう思ってきっと睨みが周りはにやにやするだけ。

戦況は不利ですねーと他人事のように考えてしまうのは現実から逃れたいからでしょうかと思っていると助け舟が現れてくれた。

鈴さんである。

 

「で、でも……シュ、シュウ君……いつも……や、優しいよ……?」

 

覚束ない声で、でも確かに告げる。

その声に私はおろかアデーレやマサですら毒気を抜かれたかのように苦笑する。

鈴さんもその事に付いては気付いているのだろうけど、彼女は彼女で何時もの前髪で目を隠しながらの笑みを見せながら続ける。

 

「何時、も……皆で、歩くとき……わた、私を、気遣って、ゆ、ゆっくり歩いて、くれるよ……? そ、れはトーリ君も……皆も、けど」

 

やられたという感じで三人で笑う。

こんな風に言われたら何だかこっちが申し訳なくなってしまう。その評価に私達まで入っているのが逆にくすぐったく感じてしまう。

 

……よくぞ梅組にいてくれました……!

 

周りが外道だらけのクラスの唯一の清涼剤!

よくぞあれだけのヨゴレを見ていても、ヨゴレずに済んだものですと本気で慄く。ある意味奇跡のような存在ですね鈴さんは。

 

……あれ? この言い方だと……自分はヨゴレてしまったと認めているような……?

 

……何も無かった事にしましょうと勝手に決めた。

 

「ま、鈴の言う通りさね。そういう意味ならアサマチの男の趣味もそう悪くないという事さね」

 

「鈴さんの言う事は素直に聞きますね……」

 

「アサマチ。良い言葉を教えてやろう―――人徳っていう言葉をね」

 

殴った方が人徳を理解させられるんじゃと思ったけど、鈴さんが目の前でこっちを見ているのでこの場は耐える事にした。

 

「それにしても……副長。あの後、どこ行ったんでしょうねー」

 

「あ、そういえばそうですね。シュウ君。あの後、どこに向かったんでしょうね?」

 

「さぁて……あの馬鹿はかなりの神出鬼没だからねぇ……時々ああいう風に消えるからある意味点蔵よりも忍んでいるんじゃないさね。ああなった馬鹿を捉えられるのは―――鈴。どうだったさね?」

 

「え……?」

 

この場面で呼ばれるとは思っていなかったのか、鈴さんは本気で何? という顔で首を傾げている。

その仕草に可愛いなぁーと思うのは当たり前だと自分で自分を擁護する。

鈴さんは目が悪く、そういう意味で言えば私達の事は見えていないのだが、その代わりというかのように吊柵型補聴器音鳴りさんによる補聴をされているとはいえかなり優れた聴覚を持っている。

その優れた聴覚なら、シュウ君がいなくなった時に鈴さんは『見えて』いたんじゃないかとマサは言ったのだろう。

ふんふんという感じでアデーレと一緒にちょっと期待しながら鈴さんは少し縮こまるように荷物を抱え、少し迷い、そして告げた。

 

「………歌」

 

「……え?」

 

「シュウ君……歌の、方に、行ったの……何時も、お墓の、方から、聞こえ、る……童話の、歌」

 

鈴さんの言っている意味を理解して私達は固まってしまう。

その様子を鈴さんは見ながら、それでも続けた。

 

「……ホライゾン、が……よく、歌って、た、歌……」

 

 

 

 

 

 

石畳の階段を俺は鼻歌付きで登る。

結構、段数が多い階段かもしれないけどこれくらいでは疲れにもならない。

この程度はあの焼肉センコーの授業を受けていたら大体の人間がそう思うだろうと熱田はそう思っている。

まぁ、俺はさぼっているんだけどと内心で苦笑する。

別にその事で罪悪感は覚えないし、周りからも色々と言われているが別にそれに付いてもあっそうで済ますくらいの心の余裕を持っているのがヤンキーである。

いや、別にヤンキーであることに誇りなどは持ってはいないのだが。

それはともかく、さっきから耳に響く懐かしく、つい顔の表情を緩めてしまいそうな歌が聞こえてくる。

通し道歌。

童謡の歌であり、こういう風によく聞くような歌ではないのかもしれないけど、それでも極東のメジャーな童話である。

そして過去の記憶にも刻まれている歌である。

その事に苦笑しつつ―――階段を上りきる。

 

そこには銀髪の髪をした儚げな少女がいた。

 

少女は無表情ではあったが、顔自体は整った顔であり、その小さな口から通し道歌が流れている。

何故かしゃがんで排水溝の方に向いているが、そこは気にしない。

もしかしたら、排水溝の中に悟りでもあったのかもしれねぇなと思い、一歩一歩近付いて行く。

そこでようやく気付いたのか、少女がこっちに振り返り―――即座に目を逸らされた。

 

「おい、てめぇ………俺だと解ったから露骨に目を逸らしやがっただろ?」

 

「いえいえそんな事はありません―――目だけではなく体も逸らしました」

 

「上方修正かよっ」

 

「ともあれ、P-01sに一体何のご用でしょうか熱田様?」

 

「あん? 決まっているだろうが……今日こそお前に俺のソウルビートを認めさせるために決まってるだろうが……!」

 

「Jud.非常に理解しやすい目的でした―――では、P-01sは先に帰りますので」

 

「待てやおい。いいか? 歌って言うのはなぁ聞き手がいる時に歌えば普段より上手く歌えるっていうロマンが溢れるモンなんだよ。つまりな。俺が言いてえのは黙って俺の歌をきけぇおらぁ!!」

 

「Jud.では、歌詞は聞きましたので帰っていいですね」

 

「こ、こら! お前は今のを歌詞にすんのかよ! はっきり言うがてめぇおかしいぜ!!」

 

「Jud.では、返答させてもらいます。鏡を見たらどうですか?」

 

お、己……! と思わず憤ってしまいそうになるのを内心で待て待てと自分に抑制を聞かせる。

OK.落ち着け俺。

そうだ俺。解ってるだろ? こいつは悪意なしで毒舌家の女だってことは。なら、こういう風に返されることも想定内だろ? じゃあ、大丈夫だ。俺はまだまだいけるぜ。

 

「おやおや。では、その程度の事も出来ずに私に挑みにかかってきたという事ですね―――ふっ、ちょろ甘ですね」

 

「こんちくしょう!」

 

挑発だというのは解っているが、これに応えなければ逆に聞いてやらないと言われている気がする。

そうだ。逆にこの挑発に答えてやればこいつは俺の歌を聞かざるを得ない状況に持っていけるのではと思考する。

論理的な結論だぜと思う。

ならば実践しろと体に命ずる。リズムや音などはどうするという当たり前の疑問にはこう答える。

そんなもんはそれこそ俺のソウルで刻めと。

だから歌う準備として息を大きく吸い、腹筋に力を籠め、そして。

 

「待みゃ!!」

 

思いっきり舌を噛んだ。

 

 

 

 

 

目の前でいきなり倒れて蹲る人型をP-01sは冷めた目で見ていた。

この人型とは何回も何故か出くわす。

しかも、その度に歌というには余りにも酷いものを………いえ、アレを歌と言ったら歌に失礼だと思いますし、努力をしている歌手達に失礼ですと思い、歌ではなく呪歌と自動人形的に判断しました。

そう。

自分は自動人形である。

人間とは違い、血も通っていなければ肉もない。頭脳に当たる頭部も中身は人工物の集まりでしかない。

故に感情も持ち合わせていない。

だからこの人が何故自分のところに来るのか理解できない。

いや、それならば自分が働いている青雷亭によく来る何故か何時も去り際に手を握ってくる客もそうなのだが。

だから、店主と相談してある種の判断を持ってその人の字名を「湿った手の男(ウェットマン)」と名付けたのですが。

おや、私とした事が、考えが逸れてますねと思い、だから問うた。

 

「ともあれ……一体何のご用でしょうか。もし青雷亭のパンが欲しいと事ならば店に行ってお金を出せば買えます―――この常識、理解できましたか?」

 

「てめぇは悪意を話すごとに言わなきゃ話せねぇのかよ!」

 

「いえ、それは言いがかりというものです。自動人形であるP-01sには感情がないので悪意などありません。つまり、私が言っているのは全て事実です」

 

「こ、こいつ……諦めって言葉を知らねぇな……!」

 

「では用はないんですね?」

 

その言葉に待て待てと肩に手を置かれる。

ようやく本題に入るのかと思い、少しだけ無駄な時間を過ごしましたと思いますが、一応相手は人なので少しは聞いてあげないと自動人形としておかしいと思い、彼と目線を合わす。

 

「ではどうぞ」

 

「ああ。お前って好きな奴っていんの?」

 

自動人形の聴覚回路が故障したかと思いました。

だからこそ、混乱を見せないように焦らずに答えた。

 

「―――は? 何言っているんですか? 馬鹿なのですか?」

 

「へっ。てめぇの悪意なんぞもう慣れてきたんだ……その程度で俺は揺るがないぜ……!」

 

「ほほう。器が小さいですね。P-01sはまだ一割も力を出していないというのに」

 

「え……? マジで……? それはそれで逆にお前の性格は闇色しかないんじゃねぇ……?」

 

変なものを見る目で見てきたのでその眼をお仕置きしました。

目の前で「目が! 目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」などと目を抑えて転がっている変な人間がいるが問題ないと判断します。

他人を変なものを見る目で見てはいけないと店主さまからも教えられてますと心の中で理論武装する。

そういった人間は憐れんだ目で見てやるんだよと店主さまは教えてくれましたので。

だから、目の前で転がっている人類を憐れんだ目で見ていたのだが、意外と直ぐに復活して立ち上がったので、これには素直に驚いた。

ともあれ、一応話題を戻すことにした。

 

「一体どういう事ですか? 自動人形に好きな人間がいるかなどと。自動人形には感情はありません。だから、好意はおろか嫌悪、憎悪なども理解できません」

 

「教科書の答えだろ、それ」

 

「Jud.ですが、それはつまり、当たり前の答えという事です。貴方は人形相手に愛しているなどと狂った事を言う人間なのですか?」

 

だとしたならば、速攻でこの場から離れないといけないと判断した。

だけど、予想は微妙に外れた。

 

「いや、違うぜ。そんなアホみたいな解答をするのは世界最高級の馬鹿だけだろうが」

 

「……?」

 

言っている意味が理解できない。

遂に頭がおかしくなりましたかと思うが、それは今更ですしと判断できるので意味がないと判断した。

そして思考をしようにもこの話を自動人形である自分では恐らく理解は出来ないと判断して本人に聞こうとしたら―――何時の間にか階段を降りようとしていた。

 

「……!」

 

全く気付かなかった。

確かに多少意識が逸れていたことは認めるが、目を逸らした覚えはない。

だから、一、二歩なら納得できるのだが、階段までは自分の場所からは自分の足で大股で五、六歩といった所だ。

だからこういう風になるには、自分が考え始めた瞬間に移動をしとかないとこうはいかないと自動人形の計算能力が答えを導く。

その結果から自分の機能が故障してない事を理解する。

だから、逆に現実が自分の計算能力を超えた事で処理が落ちてしまい、呆然としてしまう。

そんな我を失っている中、少年の声が聞こえる。

階段を一歩降り始める音と共に声が聞こえる。

 

「別に理解し無くていいんだよ。むしろ理解しちゃ困る―――パーティっていうのはサプライズだから面白れぇもんなんだからなぁ」

 

階段を二つ、三つと降りていく音でようやく現実に復帰する。

擬音ではっという音が付きそうな感じで振り返る。

既に少年の体は半分見えなくなっている。

それでも声は聞こえてくる。

 

「良かった良かった。これで好きじゃないから振られるならともかく実は好きな人が他にもいましたで振られたら流石にフォロー出来なかったからなぁ……明日は面白い日になりそうだ。」

 

二つ、三つ。

最早、頭しか見えない。

 

「本当に楽しみだ―――不可能が世界を動かすことが出来るのか。どうあれ、明日はきっと―――」

 

一つ。

 

「お祭り日和であることを―――馬鹿みたいに祈っとくか」

 

そして彼の姿は見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 



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そして日々はいとも簡単に壊れ

何時もと言われていた幻想は崩れ

変わるという現実が押し寄せてきた

同じと言う言葉は夢でしかないのか

配点(終了)



三河の郊外に位置する呑み屋の座敷で、三河の警護隊の総隊長である少女、本多・二代は今の状況に思わずふむぅ……と唸っていた。

何がどうなったらこうなるのだと。

実は先ほど、三河に降りてきた今、目の前で騒いでいる人間の一人、松平四天王が一人。酒井忠次に勝負を挑んだのである。

実は父に嗾けられたともいうが、そこら辺は割愛するで御座る。

結果は、自惚れを含めて言えば、勝負の流れという意味なら勝っていたような気がするが

 

 

 

……まさか、最後に尻を触られる余裕があったとは……拙者としたことが……!

 

 

 

まだまだ修行不足で御座るなと未熟の二文字を頭の中で浮かべる。

今、そこで騒いでいる自分の父。

東国最強の異名を持つ本多忠勝ならどうだったのだろうかと思うが、自分は父の本気もそうだが、酒井様の本気も見た事がないので、自分の中の情報では判断は不可能と断じた。

ただ、父は「ふっふーーん! 俺が酒井の馬鹿に負けるわけねーだろ! 割断しまくるんだかんね!」とか以前に言っていた。

割断というのは神格武装である蜻蛉切りの事を言っているのだろうけど、それ、思いっきり遠距離攻撃ばっかりで御座らんかと思うのは、拙者が父を信じなさ過ぎるからで御座ろうか?

未熟という言葉をもう一度脳内に浮かべながら周りを見る。

さっきも説明したようにここにいるのは松平四天王の内の三人。

酒井忠次

本多忠勝

榊原康政

自分で言うのも何だかと思うが、はっきり言えば自分がここにいるのは間違いなのではと思ってしまう―――主に一人だけ話が合わないという点で。

いやいや、だって、五十代頃の男ばかりの集団で、18の少女が話に入れるはずがないで御座ると自己弁護みたいなことを考えるが、当たり前の考えである。

故に自己紹介が終わったら、ただぼーっとしているだけしか出来ないと二代は思っていたのだが

 

 

「ダ娘君。君、こっちに来てみない? 君みたいな子が来てくれるとおじさん、かなり嬉しいんだけど」

 

「え? いや、それは……」

 

 

いきなりの申し出。

正直に言えば、かなり嬉しかった。自分は戦闘訓練は積んではいるが、実戦経験は全然積んでいない。

ようはかなり自分の自信に不安な状態であった。

今は三河の警護隊の総長を務めているから、過信ではなく拙者はそこそこのレベルにはなっているので御座ろうと思っている。

そこに元とはいえ松平四天王からの誘い。それはさっきの試しから自分の実力を認めれくれたというのであろうか? それともこれはただの自惚れなのだろうか?

それを隠すことが出来ないというのは、やはり未熟という思いがある。

そこに酒井学長が話を続けた。

 

 

「空いている場所は副長補佐だね。ダ娘君みたいな真面目な子だったら熱田も少しは感化されてくれたら……いいんだけどねぇ」

 

「……熱田、ですか」

 

 

その名を聞くと何故か冷静になれた。

熱田という姓を知らないというわけではない。戦闘系の人間だったら誰でも知っている姓だ。

そう思っていたら父が問いかけた。

 

 

「おい、そういえば酒井。その副長は呼んでこなかったのかよ。熱田っていうから期待していたのによー!」

 

「おお、一応聞いてみたんだぞ。そしたら何て言ったと思う?」

 

 

知らん知らんと父と榊原様が手振り付きで答える。

拙者も雰囲気を呼んで首を横に振る。

その返答に満足したかのように笑い、そのまま告げる。

 

 

「『てめぇが本気で来るっていうなら相手にしてやらんでもないぜ爺』って言っといてくれって」

 

「……」

 

 

 

沈黙した。

一瞬、気まずいような、怒っているような、別にどうでもいいような雰囲気が漂って、そして

はという音が連続で繋がる笑いが起きた。

松平四天王の三人がいきなり笑い出したので。その事に二代は驚いて三人を見るが、三人はそれを気にしなかった。

 

 

「おいおいおい! その台詞! 我、思いっきり昔を思い出してしまったぞ!!」

 

「俺もだよダっちゃん。熱田の個性は生きているだろ?」

 

「懐かしいですね……確か、本多君がいきなり『暇だから熱田倒すか!』とか脳に蛆が湧いたんじゃないかという発言をして熱田神社に喧嘩を売りに行ったんですよね……いや、あの時は本当に若かったですねぇ……むこうも喧嘩を売りに来たこちらに『ああ!? 三下どもがこの俺様に勝てるとでも思ってんのか!? この金魚の糞共が!』とか叫んできたので同点でしたが」

 

「馬鹿野郎! あれは我の勝利だ。我の必殺と・き・め・き☆ホンダリアンパンチ! で判定勝ちだったではないか!」

 

「ああ……ダっちゃんのあの無駄というくらいの脳震盪を起こすための顎狙いの攻撃にはそんな気色悪いネーミングがついてたの?」

 

「まぁ、あっちはあっちで面白いくらい本多君の人中を狙ってきたから、確かに外道レベルという判定では同点だったと思いますが」

 

「あれは我でも喰らいすぎて思わずSHOW・天! とか叫んだなぁ……」

 

 

成程……過去というのは美化されるので御座るなと二代は初めて哲学というのを理解できた気がした。

というか最初の疑問を問うのを忘れていたので、忘れぬ内に問わねばと思い、慌てて問うた。

 

 

 

「皆様は……剣神・熱田に挑みにかかったので御座るか?」

 

 

 

剣神。

そう剣神である。これはよくある眉唾物ではないし、神肖動画(アニメ)でもない。

さっきも言ったように熱田という姓は戦闘系の人間には有名な存在である。戦闘系としては剣を取ればそれこそ最強クラスの存在である。

勿論、熱田以外にも鹿島などという軍神もいるのだが、ただ戦うというだけならばこれ程強い存在はいないだろう。

弱点といえば、剣神はその内燃排気を己の身体の強化に全てを注いでいるので、それ以外には使えないという事だろう。

剣には成れるが、剣以外には成れない存在といえばいいだろうか。

故に遠距離からの攻撃には弱いのだが、その分近接では正しく剣の神に相応しい存在と聞く。

とは言っても噂のみで見た事はないのだが。

 

 

 

「おお。我は果敢に挑みにかかったぞ、二代よ。だが、そこの二人はチキンでな。我は突っ込んだのに、この二人は外野で賭けなどしておったからな」

 

「ああ……確かに全員が全員ダっちゃんの敗北にかけていたから、皆でダっちゃんに「負・け・ろ! はい! 負・け・ろ!」コールを連続で言ってたよねぇ……それで負けないんだからダっちゃんは本当に空気が読めないよねぇ」

 

直ぐ傍でお皿が飛び交うがそこは無視させてもらうで御座る。

成程………つまり、この三人は剣神の強さを知っているという事になる。

だけど……

 

「確か、武蔵の副長……」

 

「ああ。別に聞いた通りの事を言ってもいいと思うよ? 本人もそれは否定していないし、否定できる事実もないからね、今のところ」

 

 

 

Jud.と気を遣わせてしまったで御座ろうかと思うが、気を遣わせたのであれば乗らなければ失礼だと思い、意を決して今まで聞いたアリアダスト教導院の副長の風聞を言わせてもらうことにした。

 

 

「その……副長とは、名ばかりのただの……人間だと」

 

 

最後の言葉はつい修正してしまったと思う。

本当ならば最後の方はかなり汚いことを言われていたのである。それを口に出すことは憚れるというのはただの同情か、そう信じたくないだけだと思う。

見たことも、話したこともない相手に同情をするのは失礼だとは思うし、本当に信じられ

る相手なのかも解らないのだが。

そして拙者の言に対して、酒井様はただ苦笑した。

 

 

「まぁ、そう思われても仕方ないだろうねぇ。副長というには戦闘力を示さないし、実技でも何もしないどころかさぼる。そんなのを見たら誰も認めようとはしないだろうねぇ……現に武蔵内でもあれでいいのかという意見が出てるくらいだし」

 

「ならば何故」

 

 

そんな人物を副長に……という意見は自分の立場から言えるものではないと思ったので口を閉ざした。

だが、ばればれだったようで周りから苦笑が響き、思わず体を縮めてしまう。

 

 

「選んだのは俺ではないからねぇ……ただ、一つだけ言えることはあるよ」

 

「それは……」

 

「Jud.選んだ三年、特に同じクラスの奴らはそんな馬鹿に何の不平も言ってないってことだよ」

 

「―――」

 

「面白いでしょ?」

 

 

 

そう問われても困る。

言われた内容をどう考えればいいという考えだけが、頭の中をぐるぐると回るだけで答えが出せない。

頭が固いと自分でも常日頃から思っていることがここでも出てきてしまった。

だからという代わりに父が質問を出した。

 

 

「おい、酒井」

 

「何だよ、ダっちゃん」

 

「我はもう一度だけ聞きたいことがあるだけだ―――熱田の個性は引き継がれているか?」

 

「―――Jud.」

 

 

二代はその言葉から生まれる反応を見た。

ここにいる松平四天王が同じ反応をしたのだ。

微笑だった。

期待するような、面白いというような微笑だった。その反応に二代は何も言えなくなった。

それ以降はお流れみたいな感じで流れた。

途中で自分の世話役で師匠役の鹿角様が来て、自分はその流れでそこから退出することになった。

考えていることは幾つかあるが、一番といえるのはやはり、武蔵に来ないかと言われたことと

 

 

……武蔵副長・熱田・シュウ殿で御座るか……。

 

 

考えても解りはしないというのは自分でも解っているがそれでも考え込んでしまうのは興味があるからだろうと思う。

武芸者としても、一個人としても。

副長という力という責任の位置を望み、されどそれを示さず非戦を選んでいる名高き剣神の末裔。

武芸者としての自分は純粋に戦ってみたいと思う。やはり、強いと称される、しかも父が戦って面白かったという相手の子ともなれば、血は熱を持つ。

そして一個人としては───問いたいことがある。

それは今も自分が常に自分に対して思っていることである。

それは自然と誰にも聞かせないような音量で口から出された。

戦わないのは

 

 

「自分が未熟だと……そう思っているからで御座ろうか……?」

 

 

解りはしない。

そう自分に言い聞かせて歩く速度を少しだけ上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の学校。

それは何だかテンションがおかしくなる時だと浅間は思った。

現に周りのテンションはヒャッホーー! という感じでおかしくなっている。でも、何時も梅組のメンバーはおかしいから、つまり梅組には夜のテンション効果は通じなかったという事になる。

流石は狂人の集団。

月の魔力とかいうロマンティックなものに狂わせるような繊細な心は持っていませんねと納得した。

 

 

「……何だか浅間さんが私たちを物凄い味がある表情で納得したように首を縦に振ったんですけど……」

 

「……ふぅ。末期さね」

 

「な、何でそんな結論をマッハで出しますか!? も、もうチョイ考えましょうよ! ほら! 私はかなり良い巫女ですよ?」

 

「語尾が疑問形ですよ?」

 

「自分で結論出しているさね」

 

「だ、大丈、夫、だよ……? み、皆、気にし、てない、から……」

 

 

疑問、結論、優しさの三連コンボで思わず仰け反る。

 

 

一番鈴さんの言葉にダメージを受けてしまった気が……だ、大丈夫です! 鈴さんは良い人ですからね!? ですから、これはただの被害妄想……!

 

 

すると、左目の義眼"木葉"が何かを捉えた。

 

 

「あ。良いところに」

 

 

その何かに躊躇わずに矢を放った。

丁度運よく? アデーレの頭の上、ほぼ1㎝くらい上を矢が通り、そして背後の空間に消えていった。

その一連の動作にアデーレは笑顔で動きを止めて、こちらを見る。

 

 

「……自分、浅間さんに何か酷いことをしたでしょうか……? 今のは正直恐怖を通り越して、もう死んだ父を見る勢いだったんですが……これ以上自分の背を縮めることはしたくないですよー」

 

「ち、違いますよ! 別にアデーレを狙ったわけじゃありませんし、アデーレはそのー……言葉を選んで言えばもう完全体なのでこれ以上の進化はないですよ?」

 

「自分、人生で一番の屈辱を感じてますよ!?」

 

 

まぁまぁと落ち着けと手を振る。

この程度で人生で一番の屈辱と感じていたら梅組で生きていけないだろうにと浅間は内心でそう思うが言わない方がいいだろうと思い沈黙する。

とりあえず今、射った方向を見る事にした。

さっき射った場所には所謂、幽霊らしきものがいた。

幽霊とは言っても今のは残念が薄い存在。どちらかというと地縛霊の方が概念的にはそっちの例えの方が正しいかもしれない。

夜の学校というのはそれだけで霊的なものを招きやすい。それは過去に何かがあったとかそういう怪談話とかの所為かではなく、雰囲気がだ。

勿論、そういった怪談も実際にあったりするが、今の場合は学校の夜という嫌な雰囲気という力場に引き寄せられて、雑念が集まっているという感じだろう。

だからそういう意味ではトーリ君のこの肝試し? は丁度いい提案だったのです。巫女としてこういう怪異はほっとけませんからね。

怪異

そう怪異である。

最近は怪異が多発している。そして原因は恐らくというものだが、解っている。

武蔵……いや、世界中の人間すべてが知っている単語である。それが恐らく原因とされている。

末世

それがどういった物なのかは、よく解っていないというのが世界の現状。

ただ唯一の理解は世界が滅びるという事だけ。本当にそれだけである。

一説によれば時が止まるとか、色々言われていますが一説と言っているのならば、それは結局の所何もわかっていないに等しいという事でしょう。

それが解ったのは聖譜という前地球時代の歴史を百年先まで自動更新してくれるはずの物が一六四八、つまり、今年で止まっていることから発覚した。

そうそれはまるで

 

 

……ここから先の歴史は私達にはないって言われているみたいで……。

 

 

まるで歴史から諦めろと言われているみたいだと末世を知った時に思いました。

そして次に思ったことは確かいきなりそんな事を言われても……でしたっけ。

でも、これは当たり前の感想だと思う。

いきなり世界が滅ぶと言われて実感何て湧く筈がないですし、世界が滅びるという事を経験しているわけでもない。

だけど、それでも現実は受け入れなければいけないという事でしょう。このままでは自分達は卒業すること出来ず、自分の進路……夢を達成できないという事なのだから。

そこまで思って、つい、とある少年の事を思い

 

 

「お。アサマチがまた馬鹿熱田の事を考えているぞ」

 

「なぶっ! ど、どうしてそこまで的確に人の考えを読むことが出来るんですかマサ! ま、まさか……! 心眼とかですか!? 何時からそんなイタイ奥義を身に付けたんですか!?」

 

「面倒臭いから前半だけ答えるけど顔」

 

 

直ぐに近くの窓を見て自分の表情を見ると───納得してしまったので俯いた。

 

 

ま、不味い……! 明らかこの表情は不味いですよ……!

 

 

周りがにやにやしている事は明らかなので絶対に顔を上げない。

自分の表情を言葉にすると絶対発狂するので意地でも言葉にはしない。自分でもこの表情はどうかと思っている。

一体何のせいだろう? 

あ、わかりました。

そう、彼のせいです。

ええ、彼のせいです。

間違いなくあのリアルヤンキーのせいです。

そうに違いありません。

というかそうに決定しました。

全部全部。

 

 

シュウ君のせ───

 

 

 

「ひゃっはーー!! 爆発は料理……!」

 

 

 

謎の声と共に調理室が爆発する音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

……は?

 

アデーレは本気で何が起こったかさっぱり理解できなかった。

いやいや、少し違いますね。

何が起こったか理解できないのではなく、何故そんな事になったのかが理解できないが正しいですね。

爆発がした場所は調理室。外の窓から視覚で確認しましたし、聴覚でもそうだと判断しています。これでも耳は良い方なのだ。

そしてその良い耳が爆発する前に聞こえてきた少年の声を捉えている。

あの声は

 

 

……副長でしたね。

 

 

声の色からして思いっきり楽しんでいるのがひじょーーーーに解ってしまった。

という事は深刻な事ではないのでそんなに深く考えるべきではないのでしょうか。

 

ううむ……難しい判断ですねーー。

 

あれでも一応副長ですし。いや、だからこそ副長なのかも。いやいやいや、疑ってばかりではいけませんよ自分ーー。もっとこう何時もの副長を思い出して考えてみれば……あ、駄目ですね。

 

 

「浅間さん! 副長が何時も通り変態活動をしてますよー」

 

「……アデーレ。対応が速過ぎじゃありませんか?」

 

「あれれ? 自分、何か間違いましたか?」

 

 

理解力の速さで憐れまれるなんて初めてのシチュエーションです。

そういえば確か副長と一緒に確か第一特務と第二特務も一緒だったはずでしたが……あ、遅れて出てきまし、た?

変な抱き枕と一緒に。

おやおやぁ? これは私の目が夜の暗さに適応できずに変なものを幻視してしまったのでしょうか? これはいけませんねぇ……今日はゆっくり休みませんといけませんねー。

 

 

「だ、第六特務! 私は今、疲れているんですか!?」

 

「大丈夫さねアデーレ───後でちゃんと腕のいい脳の病院に連れて行ってやるさね」

 

「……自分の真面目な思考。さっきから捻じ曲げられてませんか……?」

 

 

酷い誤解ですよーと思うが聞いてくれないのは理解しているので溜息を吐くだけに留めた。

とりあえず現実逃避は終えてしまったので、現状を再確認する。

恐らくというか間違いなくあの抱き枕は絶対総長の差し金だという事は解っている。あの人以外に誰があんな馬鹿な事をすると……あれれれ? 自分以外のクラスメイト全員に当て嵌まりますよ?

自分、もしかして今まで気付かない内に変態の巣にいてしまっていたんですか? 何て恐ろしい事をしていたのでしょう……!

そんな馬鹿な思考をしていると近くの掃除ロッカーから何かが這い出てきた。

それは白い塊で、その塊からは何故か人間が持っている両足という概念がついており、毛深い所を見ると男性の足なのかもしれないと思考が勝手に結論を出す。

そして今気付いたことなのですが、片方はシーツですが、もう片方は抱き枕。それに表面には最近武蔵放送で流されている人気の美少女キャラ"魔法(ケルト)少女バンゾック"じゃありませんか。

確かあれ。第一話で出てきたマスコットキャラクターを誤って魔法の素材にして何故か触手系のアニマルが生まれてしまって大騒ぎになってしまったんですよねーと思い出す。

それでも人気があるのはバンゾックが物凄く可愛いから見逃されているんですけど。

とりあえず目の前にいる物体はそんな可愛い存在じゃないんですけど。

そしたら何故か目の前の物体から、そうシーツを被っている方の物体の人間に例えたら鼻あたりから何故か赤い色が広がっていた。

 

 

「だ、大丈夫、大丈夫?」

 

「ん、だ、大丈夫コニたんっ、ちょっと鉄分が出ただけ……!」

 

 

意味が解らない。

理解力はいい方だと思っていたのですがここまで理解できない存在が目の前にいるなんて……世界は本当に広いですねー。

そしてその後に目の前の物体はこっちに襲い掛かってきた。

決め台詞は

 

 

「新しい……価値観……! It's destiny!!」

 

 

 

 

 

 

 

その後、ヨシナオ王が出て来て、そのままの流れで今日はお開きかなとそこに集まっている全員が全員何となくそう思っていた。

明日で何かが変わる。そう思っていたからこそ───今日起こった変化はただの驚きでしかなかった。

最初に気付いたのは鈴であった。

彼女が持っているのは視覚がない代わりに鋭いという言葉では言い表せない聴覚だ。それを持って彼女は何かを確実に聞き捉えた。

そしてその事疑問に思う人間はその場にいなかった。

トーリの呼び声で直ぐに皆は何も言わずに鈴の聴覚を邪魔しないために黙り、そして伏せる。

それのお蔭で鈴は他の余計な雑音に囚われずに、ただその変化を聞き取ることに集中できた。

そして見つけたのは───炎であった。

各務原の山渓。三河の聖連が監視する番屋があった場所ではとネシンバラが検討を付けるがここからではそこまでだ。

現状ではそこまでが武蔵の限界であった。

ちなみにその後、何故か東の服を引っ張っている半透明の幽霊少女に梅組全員が馴染みのリアクションを取るのだがそれとこれとは別である。

 

 

 

 

 

酒井忠次は走っていた。

いきなり響いた轟音に体が反射的に榊原邸を駆けていた。

正直何が起きているのかさっぱり理解できていない。

現にさっき起きていたことも理解できていない。

榊原康政が消えたのである。

比喩でもなんでもない。本当に榊原康政はこの三河から。もしかしたら世界からかもしれない。消えてしまったのである。

あの榊原がだ。

同じ松平四天王で、死線を何度も一緒に潜り抜け、もうこいつら何があっても死なないだろうと根拠なく信じていた仲間が呆気なく消えた。

聞くと同じ松平四天王の最後の一人、井伊直正も消えているという。

その現象の名は公主隠しと言われている、一種の神隠しかもしれないと言われている怪異だ。ある意味これも末世の証かもねぇと思考するが今はそんな所ではない。

その公主隠しに井伊はちょっと前に消え、そして榊原も今消えた。

そして不穏な事にメッセージが残されていた。

 

 

"なにをしてるの"

 

 

創生計画

 

 

二境紋

 

 

追え

 

 

解らない。

かつての仲間たちが自分に何を伝えたかったのか解らない。ただ意志だけは伝わっていた。

最後に消える前に榊原は言っていた。

 

 

「私達は松平四天王。井伊君も含め、皆、共にいると信じていますよ」

 

 

その言葉を。

ただ思い出し、そして玄関の遣戸を無理矢理開けると目の前には

 

……石突き!?

 

 

 

 

 

右足を縮める事は間に合わず、仕方なしに無理に動こうとせず、逆に受け、そのまま左腰を上げる事で回転の力を強め、一回転をすることで転ぶことを回避した。

そのままの勢いで右越しに差している短刀を半抜きにして石突きを持っている人間を見る。

 

 

「ダっちゃん……」

 

「老けたなお前───今のを避けれないんだもな。大総長(グランヘッド)の名も既に老いたか……」

 

 

事実である。

だが、今ここで昔の自分ならなどという考えに老けている場合ではない。

この状況で、この場所に、この松平四天王の自分を除けば最後の一人である本多忠勝がいる事が問題である。

 

 

「……持っているのは蜻蛉切りか。事象すら割断できる神格武装……そんな物騒なもんを持ってどこに行こうっていうんだいダっちゃん?」

 

「解らんか?」

 

 

返事は短い言葉と───地面から響く音であった。

地面が揺れている。

その事に酒井は驚いた。

何故揺れているのかではなく、この響きが昔、経験した揺れに似ている……ではない。何もかもが同じだからである。

 

 

「おいおい……ダっちゃん。これは───」

 

「久しぶりだろ? この揺れも。我らにとっては懐かしさを現すだろ? 昔はこんな風に地脈炉が暴走している中で我らは平気でメシ食ったりヤニ吹かせていたからな。まぁ、もっとも……こんな風に五つも暴走させたことはなかったがな」

 

「───」

 

 

予想していたとはいえその答えに酒井は愕然する。

無茶苦茶だ。

地脈炉の暴走と目の前の男はあっさり言っているが、事の重大さはかなりやばいの一言に尽きる。

かつて、重奏統合争乱が起きる前に、重奏神州の露西亜にて地脈炉が暴走自壊したことがある。その他にも八年前に信長の襲名者が現れたP.A.ODAもまた、地脈炉の暴走を利用して領地内に残るムラサイ反勢力を強制的に滅ぼした。

その滅ぼし方の結果は

 

 

「半径数キロの土地が消滅したんだぞ? それを五つも行ったら、名古屋どころか三河が消えるぞ!!」

 

「だからお前は老けたんだよ」

 

 

本多忠勝はただ笑った。

その微笑に酒井は何も言えなくなった。

ただ既視感を感じた。

この笑顔を見た事がある。そしてこの笑顔を浮かべた人間が最後にどうなっていったのかという事を。

 

 

「見ろよ。三征西班牙の武神だ。予定にない地脈炉の稼動に遅まきながら気付いて、偵察を行って来たんだろうさ。対空装備で上がってるたあ、運がねえ奴等と言うべきか、運が良いな我らと言うべきか。ともあれ番屋の連中も鎮圧用の山岳装備で纏まって来ているから、三河に乗り込んでも我らの優勢は揺るがぬわな」

 

 

言われた通りに空を見上げるとそこには人型の機械。

武神が空を疾っていた。その能力は一体一体でもかなりの能力を有しており、武神相手に一人で勝てるのは英雄クラス。

こっちだとミトツダイラか……副長くらいだろう。

しかし、そんな事は今はどうでもいい。

 

 

「どういう事なんだよダっちゃん……お前達は……一体何をしようとしているんだよ?」

 

「榊原から聞いているだろ?」

 

「榊原は消えたよ。公主隠しでな」

 

 

その言葉に本多忠勝はほう、と興味深げに呟き、そうかと前置きを置いた。

 

 

「残念ながらな。我は殿の命令で動いているだけだからな。井伊や榊原は何か知っているようだが、我は何も聞かされていない。ただ、殿から聞いているのは……」

 

一息を吐き、そして何でもなさそうに告げる。

 

 

「これが、創世計画の始まりだってことだ」

 

 

 

 

 

 

 

創生計画。

ぶっちゃけた話。これについての詳細は知らないのが酒井の本音であった。

ただ知っているのはP.A.Odaの末世対策だという話だけである。具体的に何をするのかなど全く話がされていないので信憑性も定かではない話だ。

それなのにここでその名が出てくるという事は

 

 

「……創生計画は三河がP.A.Odaに持ちかけた計画だという事か!」

 

「ようやく、一つは理解出来たか。まぁ、ここまで言われて気付かない方がおかしいか」

 

 

そこまで語り、もう語る事はないと思ったのか彼は踵を返してこちらに背中を向ける。

その隣には終始無言であった鹿角が傍にいた。

その背中に酒井は腰の短刀を引き抜き、一歩近寄ろうとした。

 

 

「止めとけ───結ぶぞ」

 

 

目の前に蜻蛉切りの刃が出された。

その刃の刀身には上手い事自分が写されている事に気付き呻く。

 

 

「我はお前に構っている暇がねえんだよ。―――直ぐにでもK.P.A.Italiaと三征西班牙の部隊がやってくる。これから鹿角と迎撃しなきゃならん」

 

「……! 馬鹿かお前! そんな事をしている間に地脈炉が暴走したら……」

 

 

間違いなく死ぬという言葉は飲み込んだ。

そんな不吉な言葉を……さっきの笑顔を見せた男に言えるものか。

そしてそんな酒井を忠勝はただはっと笑い、振り返る。そこに張り付いているのはさっきと同じ微笑。

その事に酒井は背筋に寒気が走った。

そして忠勝はそんな事は知らないといった感じで謳った。

 

 

「忘れたか酒井?我の忠義は殿が望んだことを守り抜き、成し遂げ、ただ勝つ事が我の忠義だ───そこに何故はねぇ。忠義ってのはそんなもんだろ?」

 

 

昔から思っていた事だが駄目だと酒井は思ってしまった。

この馬鹿がこういう風にスイッチが入った瞬間にはもう止めれない。

昔からそうだ。この馬鹿の生き様はもう完成されている。こんな鉄のような忠義を叩き壊すことなど不可能だと酒井は確かに知っていた。

 

 

「酒井。お前の忠義はただ次へ繋げる事だろう? だったらここはもうお前の居場所じゃねぇ」

 

「……榊原は、俺たち四天王は常に共にあるって言ってたぜ?」

 

「ああ。その通りだとも───我らは常に過去の中で共にあるとも。故に我は先に過去になるだけ。ただそれだけだ」

 

 

だからな

 

 

 

「酒井。お前もいずれ来い。そして教えてくれ、創世計画が何だったのかを」

 

 

 

そして

 

 

 

「我らが為したことが末世を、世界を救う一歩になったというのなら」

 

 

 

その時

 

 

 

「我を褒めてくれ」

 

「ダっちゃん!」

 

 

 

さっき昔の自分ならば後悔するのは無駄と思ったがそれでも思考が止まらない。

今の自分ではこの東国無双を止めることが出来ない事を理解できるが故に歯噛みしてしまう。

言葉では止められないと知っていても口が勝手に動いてしまう。

 

 

「娘、どーすんだよ!? うちの熱田も口ではああ言っていたが、お前と会いたいと思っているんだぞ! それに他にも色々あるだろうよ! それを───」

 

 

言葉は止められた。

自分の意志ではない。理由は先程まで揺れていた鼓動が震えに変わったからである。

直後、三河が割れた。

比喩ではなく本当に割れた。血管が破裂するかのように空間が弾け、目に映る光景に全てに破壊と言う意が生まれる。

崩壊の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

その日の朝は何時もと同じであった。

代わり映えの無い朝。

いつもと同じ光景。

どこにでもある日常。

でも、何時までも続くと思われていた桃源郷(ひび)は儚く壊れ、終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




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小さな意志


余りにも脆く

余りにも小さいものだが

それは何よりも強靱だ 

配点(想い)



 

『ようし、じゃあ全国の皆! こんばんはあー!!』

 

その言葉は言葉通り世界に届く言葉であった。

どうやら共通通神帯で全国に放送中みたいなので、世界各国にこの映像と言葉が伝わっているだろうと熱田は思った。

表示枠から見える人間は知っている人間だ。

総長連合の人間としても知っているし、個人的にも一応知っている人間である。

松平・元信

字名は"傀儡男(イエスマン)"と呼ばれている男だ。

学帽を頭に乗せ、白衣を纏い、ギャグのつもりか、右手にはマイクを持っている。しかも、暴走寸前の統括炉の前に立っているので彼の背中からはまるで後光かと思われるような光が漏れている。

 

『この放送! 共通通神帯で全国に放送中だからね! よい子の皆、これから先生の一挙手一投足を見逃しちゃいけないよ! ではチャンネルはそのままでね! 変えちゃいけないよーー!』

 

つい、反骨心で目の前の表示枠を手刀で割ってしまった。

 

「あ! シュ、シュウ君! 何やっているんですか!? そんな事したら、今、三河がどうなっているのか解らなくなっちゃうじゃないですか!? 確かにちょっとイタそうなおじさんに見えましたけど、蔑むのはもうちょっと後から!」

 

「この巫女ダイレクト過ぎるぞ!!」

 

智は周りのツッコミを俺を盾にすることによって無視しやがった。

この女……! と思うがまぁ、事実は事実だったので今回だけは癪だが聞いといた。

 

「ああ、わりぃわりぃ。つい、あの爺、何ほざいてんのぷぷーっと思ってつい割っちまったんだ。他意はねぇから怒んなよ馬鹿ども」

 

「こいつもこいつで反省してねーーー!!」

 

俺は空を指すポーズをとることで無視した。

はいはいと浅間は呆れたように呟きながら新しい表示枠を出して、俺に見せてくれた。そのせいで少し智と距離が近くなり、智の甘い匂いが鼻に付いて、ちょっとだけ顔を逸らした。

待て俺。今はセンコー気取ってる爺の話を……

 

『はーーーい! ちなみにーー! チャンネル変えた奴は先生にちゃんと告げ口するんだぞーー!』

 

「あ! てめえら!! 何、思いっきり告げ口を大量に送ってんだ! やるなら内容はかなり派手にするんだぞおい!!」

 

「さっすが俺の親友!! まさかそこで止めるんじゃなく煽るなんて! 思考回路に俺様回路とかあるんじゃね!?」

 

『おーー! 色んなところから告げ口が来てるねーー。じゃあ、先生が罰を言うから実行するんだぞー? 武蔵在中の某剣神君は迷わず廊下で自分の好きな変態行為をやりなさい。そしてP.A.Oda在中の小物君は先輩のパシリをやりなさい。以上だよーー!』

 

「シュ、シュウ君! 何でじりじりと私のむ、胸を睨んで近寄ってくるんですか!?」

 

「すまねぇ……智……でも、俺が悪いんじゃねぇ……! そう。これは罰なんだ……だから仕方なく……! 仕方なくお前のオパーイを揉みまくるんだ……!」

 

間髪入れずに矢が股間に命中した。

ふぬぅ! と思わず呻いた。周りの男性陣も全員おおう……! という顔になってこっちを見た。

思わず内股になって股間を手で抑えた。

 

「と、智……お、お前……しょ、しょ、将来俺の子供を、生むために必要な器官を、な、何の遠慮もなく撃ち抜くか普通!?」

 

「大丈夫ですシュウ君なら───剣神ですから一つくらい剣が折れても大丈夫ですよね?」

 

「平然と下ネタを吐きやがった……! この淫乱巫女!」

 

二発目が同じ場所にクリティカルヒットした。

おぶぅ! と流石に耐えれずにその場に女の子座りで崩れ落ちた。ひぃっと周りの皆が智を恐ろしいものを見るような目で見るが、本人は物凄い笑顔だ。

 

……こ、これ…! 人の命を奪うことが出来る笑顔だぜ……!?

 

「ひ、必殺の一撃が二撃で高(コー)カ(ウ)ントというか……! だ、大丈夫! 生成機能は生きているはずザマス……!」

 

「……何故にザマス語尾……?」

 

しかも微妙にカラダネタだし……というツッコミは無視して腹に力を込めて何とか立ち上がる。

その行動に周りの男共が尊敬の眼差しでおお……! と驚いている。

とりあえず今は体を張っている場合ではないと目尻から大人になった成長を流しながら表示枠の方を見る事にした。

 

『ではではーー! 今日は先生は地脈炉がいい感じに暴走しつつある三河で実況をしていまーーす!!』

 

最初からふざけたことをと言いたくなるが、松平元信の背景の光は正しくそれの事だろう。

つまり、目の前の男は死を背後にしながら、このようなふざけたことを言っているという事になる。

ふざけたことをともう一度だけ考えて、ただ目の前の男の語りに耳を傾ける。

そうしていると新しい動きが生まれた事に気付いた。

新名古屋城の入り口から松平元信の居場所までの隔壁の陰に隠れていたのであろう自動人形が大量に姿を現した。

そして逆光で見えづらいが各々がそれぞれ何か楽器らしきものを持っているのが見えた。

そんなものを持っているのならば次にすることも解る。楽器を持っているのだ。ならば、その音を作り出すものを使って、音楽を作るのが当たり前だ。

そして予想通り、楽器は使われ、そして無手の自動人形は己が機能を使って、一切乱れない、リズムもコンマ一秒単位で揃った正しく自動人形だからこそ出来る音楽が生まれた。

肝心の歌は通し道歌。

今日の昼も聞いたとある自動人形がよく歌っている歌であり、とある少女が良く歌っていた歌でもある思い出の歌というには少し血生臭い歌。

その歌に当てられたのか。

馬鹿の顔色が少し変わった。気付いたのは喜美と俺だけだろうと思う。周りは既に松平元信の事に熱中している。

こういうのに気づくのは俺じゃなくてネイトの出番だろうがと内心毒づくが今の俺や馬鹿ではこういう構図しか生まれないという事に知っているから、俺は周りに気付かせないように溜息を吐いた。

とりあえず、喜美が見ているから大丈夫だろうと思い、見なかった振りをして再び表示枠の方を注視する事にする。

 

『ハーイ皆さん! これ! 今唄っていたこの歌、これから末世を掛けた全てのテストに出ます(配点:世界の命運)。じゃあ、皆さん。先生に何か質問はありますかあー?』

 

そりゃ誰もが質問してーだろうがと内心で呆れるが、その行動は目の前の表示枠に映っている人物が代理となった。

西国無双の名を持ち,"神速"の字名を持ち、そして八大竜王の異名を持つ立花宗茂である。

しかも,宗茂の前には東国無双の本多忠勝がいる。

東西無双が同じ場所に立っている.それだけで少しちっと舌打ちをしたくなる気持ちが多々あるのだが,意地でも表に出すつもりはなかった.

 

………剣神の業かねぇ………?

 

どっちにしろどう思うかは自分の勝手だ。

なら,そんな事を考えずに今しかえられない情報を得るべきだろう。だからこそ、表示枠から目も耳も絶対逸らさないと思い、行動に移す。

 

『元信公……! 一体何のために地脈暴走と三河の消滅を行い、極東を危機に追いやるのですか』

 

貴方は

 

『ただ徒に人々を死なすつもりですか……!』

 

その一言で立花宗茂の性格がどういうのか大体解った気がする。

格好いい男だぜと本心から思い、松平元信の返答に意識を向ける。

 

『良い質問と良い気迫だね。ならば、先生はその質問に本気で答える事で君への返事とさせてもらおうじゃないか!!」

 

それはね

 

『危機って面白いよね?』

 

普通に聞けば不謹慎すぎる一言だと誰もが思うだろう一言である。

ただでさえ、今年は末世という世界の終りが迫っているのだ。そんな時に危機が面白いだなぞ不謹慎極まれないと言う人間は多いだろうけど

 

『先生、よく言うよね? 考えることは面白いって。じゃあ、やっぱり、どう考えたって、―――危機って、面白いよね?』

 

………確かに否定はできねぇな……。

 

熱田個人としてはその意見は否定できるものではない。

元来の性格か、剣神としての性質なのかは自分でもわからないが、危機に対して挑むという事は恐怖もあるが、それを乗り越える時の達成感などを考えれば面白いと言っても良いだろう。

そこまで考えてこの男が言いたい事が大体推測出来た。

俺が推測出来たのだから文系のシロジロやネシンバラとかも絶対推測出来ただろう。

 

『危機って言うのはとても面白いものだ───だけど私達にはもっと面白い危機があるよね? それが何だか。解るかな?』

 

『───意味の解らない問答は止めてください!』

 

『はい、残念。立花宗茂君。君はこの時点では不合格だ。何故かって? 君は理由はどうあれ考える事を止めた。いや、それよりも酷いね。君は考えなかったんだ。でも、人間としては正しい行為だね。誰だって嫌な事や悪い事は考えたくないものだもね』

 

でも

 

『それでは君は危機以上のモノに遭遇した時、君は目を逸らして死んでしまう』

 

『───』

 

表示枠の中で沈黙をする立花宗茂。

悪いとは微塵とは思わないが、意見としては確かに松平元信の方が正しいと心の中で首を縦に振る。

恐怖に震えるの仕方がないが、その恐怖がこちらに能動的、もしくは自動的に襲い掛かってくるものならば対処しなければならない。

それは老若男女平等である。

震えるだけでは待っているのは当たり前の結果である。だから、松平元信はこう問うたのだ。

考えろ。

考え、考え、考え、考え、考え、考え、考え、考え、考え、考え、そして生き残る方法を模索しろと。

それをしなかった立花宗茂は失格だと言ったのだ。

 

『それが嫌なら今度こそ考えなさい。では、本多君は───どうせ解らないだろうから罰として首から自動人形をぶら下げて街道に立ってろ』

 

『おい先生。扱いが全然違うじゃねーーか!!』

 

『Jud.実に正しい判断だと思います』

 

おいこら! と何故か微妙に和んでしまった雰囲気に梅組全員で半目で表示枠を睨む。

まさか俺の周り以外もあんな風にシリアスシーンにギャグを言い合う雰囲気、通称共食いをする環境があるとはなぁ……まさかこれが末世だったりしたら面白いぜ……。

そしてコホンとわざとらしい咳でさっきまでのお馬鹿雰囲気をとりあえず消しておいて、そしていいかい? という前置きを作って話を続けた。

 

『極東の危機よりも恐ろしいのは今の世ではただ一つ』

 

それは

 

『───末世だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は謎の解明であった。

そのなぞというのはただ一つ

 

大罪武装(ロイズモイ・オプロ)と役割とそれの素材に付いての。

 

大罪武装の役割は末世を救うための物。

どういう風に使用するかは自分で考えろみたいな答え。そういう意味では解決法を提示していない。

それは自分で考えろという事なのだろう。

だが

そんな事は今はどうでもいい。そんな事は小事だ。今だけはそんな事はどうでもいいことだ。今だけは三河の事も世界の事も考える気が起きない時だ。

曰く、大罪武装は六つの国に送られたのだが、実際は七つという事。

それ自体はどうでもいい。それが嫉妬を司っている事とか、何やらをK.P.A.Italia総長のインノケンティウスと何やら揉めていたがそんな事はどうでもいい。

問題はその後だ。

大罪武装には人間が材料とされているという噂。

それをあろう事か、それは事実だとほざいたのだ。

いや、それ自体もまだ良かった方の事実なのかもしれない。悪く言えば友人以外はどうでもいいと極論。

他人がそうなっているとは思いたくはないのだが、やはり人間はそれでも自分や周りの人間の大事が一番なのである。

自分は聖人君子でもなければ正義の味方というわけでもないのだから仕方がない。

だけど、その後の台詞がいけなかった。

 

『その人間の名はホライゾン・アリアダストという』

 

こんな状況では聞きたくなかった名前であった。

 

『ホライゾン。十年前に私が事故に遭わせ、大罪武装と化した子だ。───今は自動人形の体とP-o1sという名を持って武蔵の上で生活している』

 

梅組の誰もが目を見開き、現実に驚嘆するしかない。

 

『そしてその子の魂こそが───"嫉妬"の大罪武装"焦がれの全域(オロス・フトーノス)"なんだよ』

 

ああ。

もう駄目だ。何もかもを破壊したくなるような衝動が胸の内で鼓動を打っている。

やはり、十年前に■しにいくべきだったか。

既に拳は握られている。

否。

そもそも自分の戦いは拳を握って戦うものではない。そも剣神なのだから、剣を使ってやらなきゃ意味がない。

ああそうだ。

失った物は尊い。なのに、この男はその失った物を弄ったというのか。

もう沸点を突破し、そして───

 

『今日、ホライゾンを見たよ……私に手を振ってくれた───手を、振ってくれたよ……』

 

一瞬で鎮静した。

血が出るくらい握りしめていた手はもう緩く開いているし、血走っていたであろう目は既に平常通りになってしまっているし、何時の間にか地面に亀裂を入れていた足には力が籠っていない。

 

……だから、俺はこの爺が嫌いなんだよぉ……。

 

最後まで悪人らしく振舞ってくれよなぁ……そうじゃなきゃ思いっきり憎めねぇじゃねぇか……。

だからこそ最悪だ。

最後の最後に親としての顔を見せられたら何も言えなくなる。

だからこそ、俺はトーリの疾走に付いて何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……! トーリ君……!

 

急な彼の行動に最初に気付いたのは多分、彼の姉である葵喜美と密かに気にしていた熱田シュウを除けば恐らく向井鈴だろう。

視覚がない代わりに、最早進化していると言っても過言でもない聴覚で彼女はトーリ君がぼうっとした顔をしているが内心はかなり焦っている事も解っていた。

だから彼が駆け出したことについては本当のことを言えば驚いたわけではなかった。

だから驚いたのは別の事で。

トーリ君は走ったのはいいが、途中で立ち止まってしまったのだ。

 

何故なら目の前には後悔通りが広がっているのだから。

 

……駄目…な、の……?

 

彼がホライゾンが死んでから一度も通ったことがない後悔通り。

トーリ君だけではなく誰もがその通りの名を自分に刻んだ。

誰一人として忘れた事はないと思う。誰もがホライゾンの死を悲しんだと思う。少なくとも梅組の皆は悲しんだ。

そしてトーリ君が一番悲しんだことは誰もが解っている事だと思う。

だから、彼があの日以降、後悔通りを通れなくなったのは仕方がないと誰もが納得した。悲しいけど誰もが納得した。

 

……一人を除いて。

 

「───行けよ、親友」

 

ポツリと今度こそ鈴以外には聞こえない声が聞こえた。

鈴は条件反射でその声が聞こえる方に向いた。本当ならばトーリ君の方を見なきゃと思っていたのだが、だけど、その声には強さはなかったけど

 

……力、があ、る……?

 

そして振り向いた先にいたのは───シュウ君であった。

顔はまるで仕方がないなとでも言いたげな表情で、でも、その顔には優しさも含まれていて、その口から洩れたものだ。

余りにも小さくて、彼の直ぐ傍にいる人間ですら気づいていない。

そして恐らく、彼も誰にも聞かせる気がない言葉なのだと思う。

そんな言葉を聞いてもいいのかと思い、鈴は罪悪感に駆られるけど、彼の言葉は止まらなかった。

 

「お前の言葉は今はきっと届かないだろうがよぉ。でも───行けよ。出来ないお前の代わりに俺がそれを言ってやんよ。」

 

掠れる様な声だが、その小ささには不思議と温かみが感じると鈴は思った。

そこから何故か鈴は違う人を連想してしまった。

 

……トー、リ君……?

 

そう。

まるで彼が二人いるような錯覚を覚えてしまった。顔も声も背丈も全然違うのに何故か今、後悔通りの前で立ち止まっている彼みたいに思えてしまった。

何でかなと思ったら直ぐに答えが出た。

彼みたいに何故か自信に溢れていたからだ。

何についての自信かはそれは違うと思う。でも、その何かに対しての自信の質としてはトーリ君と同じくらいだと思う。

だから、つい彼と似ていると思ったのだろう。

そしたらまた違う音が聞こえた。

 

「十年前の後悔を」

 

聞き覚えはある。

 

「十年前の約束を」

 

毎日聞いている音である。

 

「果たす為に」

 

誰もが必ず聞いている音である。

 

「通す為に」

 

人間、魔神、妖精、神、竜。誰もが持っている鼓動の音。

 

「行っちまえよ。何も出来ない馬鹿」

 

だけど、その鼓動は普通のリズムだけを刻むものではなかった。

 

「行きたいと思う気持ちに従えよ」

 

そのリズムの名は───期待。

 

「何も出来ないお前だろうけどよ……」

 

ただ未来に、親友に期待する音が彼の声と一緒に聞こえた。

 

「お前が出来る唯一の誇らしい事だろ、それが」

 

そしてトーリ君は振り切るかのように背を縮めながら、後悔通りに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

予定時刻は本日午後六時。

 

三河君主 ホライゾン・アリアダストの自害が決定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雰囲気が暗いという事が嫌でもわかってしまいます……。

 

浅間は教室で自分の席に座りながらはぁと息を吐いた。

今日は予告通りならばホライゾンが自害される日。本当ならばトーリ君の告白で楽しい一日を、いつもの一日を迎えられるはずだった一日。

だけど、たった一日でそれらは全部木端微塵に破壊された。

またとか何時もと思っていたものがここまで簡単に壊されるものとは思ってもいなかった。何度も繰り返されているものだから大丈夫だと思っていた。

それこそ時の流れくらいしか壊せるものはないのではと馬鹿なことを思っていたくらいだ。

なのにと思い、浅間は窓際の席の方を見る。

そちらの方にはトーリが俯せで倒れている姿があった。

さっきから身じろぎ一つもしていない。俯せでいるから表情も読めない。そして誰もそれを起こそうとしない。

もしくは

 

……誰も見たくないからでしょうか……?

 

元気のないトーリ君など見たくもないと。

嫌、確かに元気がないトーリ君なんて逆に気持ち悪いだけですけど、逆に元気がありすぎるトーリ君も厄介というか、あれ? 実はトーリ君。元気があっても無くても厄介な存在じゃないんですか?

ここまで敵どころか味方? にすら思われるなんてやっぱりトーリ君ですね……。

あ、思考が逸れてしまいました。

危ない危ない。

ここで真面目思考をしないと周りの外道達と同じ考えをしているっていう事になってしまいますよね。じゃあ、ここは真面目路線に走らないと……!

そう思い、次に見るのはトーリ君の目の前の席に座っている少年、シュウ君。

そこにある姿はトーリ君とは正反対だ。

何せ、鼻歌を吹きながら、メスを鑢で削っているのだ。はっきり言えば、この十年で一番(・・)のハイテンションかもしれない。

ここが梅組じゃなきゃ不謹慎だと思われてもおかしくない態度。

相変わらず鼻歌は最悪だけど。というかそのメス、どこから持ってきたんですか?

とりあえず何故かハイテンションだ。昨日にあんなことがあって、そして今日もホライゾンが自害するかもしれないって日なのに……。

 

何を……考えているんでしょうか……?

 

彼とはおそらく梅組の中で一番付き合いが長いと自負している。

彼とは神社の付き合いで小さい頃から会っている。昔はこんなヤンキー少年ではなくて、本当にどこにでもいるような少年だったのだけど。

でも、急にといった感じで彼は熱田神社からこっちに来た。てっきり、出雲の方の教導院の方に行くと思っていたから来た時は本気で驚きましたけど……本当に驚いたのはそれの事ではなかった。

 

武蔵に来た彼には笑顔が無くなっていた。

 

何かあったかなんて一目瞭然だった。

だけど、何かあったかなんて聞けなかった。聞いたら傷つけるかもしれないし、嫌われるかもしれないという子供みたいな感情で聞けなかった。

そして年月が経ってしまったことで余計に聞き辛くなった。

聞きたいという思いはまだあるけど、踏み込む勇気がない。

駄目ですねと自嘲のような思いを胸に秘めるけどそれだけで終わってしまうのが自分の悪いとこだと思っている。

 

……トーリ君や喜美とかならばさり気なく雰囲気を作って聞けるんでしょうけど……。

 

いや待て。

あの二人だから目的ではないものを聞かせるような雰囲気を作っていらん事を聞くのではないか。

いやいやいや。

一応、付き合いはかなり長いのだ。シリアスな部分で異世界に旅立つようなことをする二人では……ない……は……ずなわけがないですね……。

駄目だこの人達。

 

「浅間ーー。ちゃんと書いてるーー? さっきから進んでいないようだけど?」

 

「あ、す、すみません……少し考え事をしてて……」

 

「んーー。まぁいいわよ今回は。でも、次からは気を付けてね。そしてさぼっている熱田はちょっと外に飛んで来い」

 

処刑予告をされて汗をかく。

そしてシュウ君は有無を言わさずに窓を突き破って外に飛ばされた。

おお……!? と本人の叫び声が聞こえたが、周りは窓が……と呟くだけで飛ばされた本人についての心配は一切なかった。

というか黒板消しで人を吹っ飛ばすなんて人間技じゃないです。

ハイディが壊れた窓の勘定をしているのを無視して今やっている作文の方に意識を向ける。シュウ君の方は大丈夫だろう。

何だかんだ言って彼も体育の授業は出席日数分は取っているのである。ここは三階だけど、それくらいならば彼は大丈夫だ。

現にもう戻ってこようとしているのか廊下から音が聞こえ、そして何事もなかったように扉を開けてきたので意識から外した。

それにしても

 

自分がして欲しいことって……何ですかこの致命的かつ根源的な命題は。

 

時々目の前の暴力教師はこっちがどういう役職を持っているのかどうかを無視して問うているのではないんじゃないでしょうかと思う時がありますけど、今回は特に顕著です。

いえいえ、今はどっちかというとホライゾンの話に付いてであって、自分はおまけみたいなものだという事は解ってますよ?

それでも巫女相手にこんな質問何て……いやいや、自分に対してにだけに注目するからいけないんです!

本当ならばトーリ君がホライゾンに告白してハッピーになるはずだった日になるはずだったんです。

だからそう、彼にはホライゾンとやるはずだった告白をしてほしい。

だからそう、まずは彼らしく胸を揉んで……って最初から振られるナンパ男みたいなストーリーが出来上がってますよ!? 駄目駄目駄目! もっとそういうのは段階を踏んでからで、やっぱり、最初はそのぅ……や、優しい言葉で告白して、それをホライゾンがピッチャー返しをして……ってまた駄目な方向に! だ、駄目ですよ! もっと明るい方向に! そ、そうだ! こういう場合はまず明るくなれそうなカップルでまずは想像してみれば……! えっと、ナルゼとナイトは……でも、女の子同士だからちょっと違う気がしますし、他は……あれ? 想像できませんよぅ? ええと、じゃ、じゃあ、こ、ここは仮想かつ、つ、その、願望じゃなくて! そ、そう! 周りの人間を勝手な想像に付き合せるのは駄目だと思うから、ここは仕方がなく! 仕方がなく私とええと点蔵君とウルキアガ君と御広敷君とネンジ君とハッサン君は論外ですし、ペルソナ君はちょっとそういうのではないでの仕方がなく! シュウ君との妄……もとい想像で! えっと、やっぱり最初はああで……次はえ、えっとこ、これくらいいいですよね? え、ええ!? そ、そこまで行っちゃいますか! で、でも、わ、わああああ! そ、そんなとこまでやってもいいんですか!? 倍プッシュでいいんですか!? いいんですよね!? 止まらないから止まらないんですよ! 理論的ですよね!? じゃあ、仕方がありませんよね!? じゃあ。私は正しい事をしているんですから、もっとクリティカルにゴーゴー……!

 

「……浅間。新しい原稿用紙あげようか?」

 

「……え?」

 

先生に言われてふと机の上を見てみる。

そこには最初から最後までぎっしりさっきの想像をぎっしり書き込まれている原稿用紙。そして書く場所がないから、机の上にまで文字は及んでおり、それでも足らずに今は虚空に文字を書いている。

あ……! と思わず書いている内容と行為に顔を真っ赤にする。

 

こ、こんなところでエロ小説を書いてしまうとは……!

 

しかも、題名は私がして欲しい事。

これが暴露された日には私はお日様の下を歩くことが出来ずに、知ってしまった人を射たなければいけない日々が続いてしまうと本気で恐れた。

どうしよう? ここでいきなり破りだすと絶対周りは不審がって破った紙を再生させる。そんな面倒な事をするかなどという疑問は思わない。

周りの外道達は絶対人の弱みになるであろうという情報に関しては死に物狂いでゲットしようとする真性なのだから。

 

……その情熱をそれこそもう少しまともな方に向けましょうよ……。

 

このまま、もしも末世が来なくてもこの外道達が世界に進出されたら、やはり末世になるんじゃないでしょうかと本気で不安になるが自分にはどうしようもない事である。

 

「はいはーい。大体出来たようだから締めるわよー。じゃあ、浅間」

 

「はい?」

 

「それ。読んでくれる」

 

言われ、気づいた。

そういえばこれの処分を考えるのを忘れていました。

不味いという思いが条件反射で体で原稿用紙を隠す動きをして、そして慌てて何とか回避しようと口を開く。

 

「だ、駄目です! こ、これ───実は作文じゃないんです!」

 

「ほう……新説ね。じゃあ、何なのそれ?」

 

「ええと、これはですね……」

 

何とかしなけばという思いが視線に宿り、周りを見回して打開策を入手した。

 

「こ、これはそう! 御広敷君からロリコンという邪念が漂っていたので、クラスメイトとして急いで禊がないとと思い、邪念を文字に変えたもんなんです! だから先生が聞くと呪われます!!」

 

「あっれーー!! 何故に飛び火が小生に来たんですか!? 大体小生はロリコンではありませんぞ! 小生はただ生命礼賛という、つまり幼い命、つまり幼女を信仰しているだけで決してロリコンでは……先生? 何故に拳に息を吹きかけているのでしょうか? そんな事をしても肌の艶は治りません───」

 

御広敷君は教室の後ろの壁を突破して吹っ飛んだ。

御広敷君は戦闘系じゃないからキツイかもしれませんねーと思っていると、ウルキアガ君が仕方なさそうに飛んで行った御広敷君を拾いに行き、机に戻した。

空いた穴はペルソナ君がいそいそと窓のカーテンを一つとってそれで応急処置をした。

閉める前に向こうの教室の人にお辞儀をするのが礼儀正しいなぁと浅間は見習わなきゃと思い、密かに焼却炉焼却炉と思い、教室を出て行こうと席を立とうとするが

 

「浅間。外に出ていくのは授業が終わってからね」

 

……ええ!? じゃあ、授業が終わるまでこのまま!? と戦慄する。

周りの皆が既に怪しいなこやつという目で見てきている。

 

この授業が終わったら、私の行動如何で人生が決まってしまいます……!

 

勝とう……! と本気で浅間は心に誓った。

 

「じゃ、鈴。貴女の読んでも大丈夫?」

 

「……は、い。だ、大丈夫です」

 

……本当に? とそう思うのはただのお節介なんでしょうか……?

そう思う事こそがお節介だろうと考え直して鈴の方に視線を向ける。

 

「……自分で読める?」

 

先生の言葉に鈴は首を横にふるふると振った。

無理もないと思う。鈴さんは聴覚などは優れいているが、その代わり視覚が閉じている。だから、書くことなどは出来るが、それを読み上げることはできない。

 

「あ、の……誰か、代わ、り、に、お願いしま、す」

 

「ん……浅間代わりに読んであげて」

 

「───はい」

 

先生に言われ、立ち上がり、鈴さんの方に歩く。

鈴さんも立ち上がり、こっちに件の原稿用紙を渡す。

 

「……いいんですか?」

 

自分が代わりに読んで。

本当ならば自分で伝えたいだろうと、悔しいだろうと知ったかかもしれないけど、きっとそう思っているだろうと思い、それ故に私が読んでもいいのかと聞いた。

貴女の思いを私が代わりに告げてもいいのかと。

その問いに鈴は

首を縦に振った。

だから、私もそれ以上、何も言わずに自分の役目を果たそうと思った。

 

「浅間智───代理に奏上いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは告白の手紙であった。

 

───私には好きな人がいます。

 

ずっと昔からいます、ずっと昔の事でした。

 

初等部入学の時でした。

 

私は嫌でした。

 

教導院に行くのが嫌でした、私のお父さんもお母さんは朝から働いています。

 

二人は来られませんでした。

 

私の入学式は一人でした。

 

お父さんもお母さんも心配するので泣きませんでした。

 

本当はおめでとうと言って欲しくて、笑って欲しかったです。

 

教導院には私の嫌いな階段も長くあります。

 

だから、階段の前で考えました。

 

おめでとうと言われないなら登らなくて良いかと思っていると、他の人達は私に気づかずお父さんもお母さんと一緒に登っていきます。

 

私は一人でした。

 

だけど、私の好きな人達も二人でした。

 

その二人は私が立っているのを見ると、一緒に行こうと言って、私の手を引っ張ってくれました。

 

私は覚えています。風の匂い、桜の散る音、気づけば私は一人で階段を登って言いました。

 

家に帰ってお父さんとお母さんに話をしたら、喜んでおめでとうと言ってくれて、頑張ったねと言ってくれて、私はまた泣きました。

 

中等部は二階層目で階段がありませんでした。

 

高等部は階段がありましたがもう一人で登れました。

 

でもトーリ君は一度だけ入学式の日に手を取ってくれました。

 

それはかつてホライゾンが取ってくれた左手です。

 

でもそこにはホライゾンはいませんでした。

 

誰もが黙って聞いていた。

普段はどんな時でも馬鹿をやっているクラスだが、それでもこういう時に外さないからこそ、誰もがまぁ、良いかと思って、一緒にいるのである。

授業中でも金の計算をしているシロジロとハイディも、小説を書いているネシンバラも、同人誌を書いているナルゼも、さっきまでメスを磨いていた熱田も。

誰も彼もがその告白を黙って聞いていた。

覚悟を決めた女の子の一世一代の告白を誰も絶対に邪魔はしないという意志を持って、この場でただ黙って続きを聞いた。

 

私には好きな人がいます。

 

私はトーリ君の事が好き。

 

ホライゾンの事が好き、皆の事が好き、そしてホライゾンと一緒のトーリ君が一番好き。

 

だからお願いです。

 

だからわたしの手を取ってくれたように───

 

わたしの手を取ってくれたように……

 

「お願い!ホライゾンを助けて……トーリ君!」

 

そして叫んだのは代わりに読んでいた浅間ではなく

何時も、声を掠らせ、たどたどしく喋っていた鈴であった。

その小柄な体のどこからそんな大きな声が出たのだろうと思うような大きな声。

でも、誰もその事について驚いたりなんてしない。彼女がどんな思いを抱いていたのかはさっきの告白で誰もが理解したのだから。

だから誰もが思った。

立てよ主人公と。

女の子をこれだけ泣かせて懇願させて、それでいいのかと誰もが思った瞬間。

その声が聞こえた。

 

「おいおい、ベルさん。舐めちゃいけねぇぜ」

 

はっと鈴が顔を上げる。

すると、そこにはさっきまで机の上で俯せになって倒れていたはずの葵・トーリが何時もの表情で立っていた。

 

「俺は最初からそのつもりだぜ」

 

「……トー、リ君……?」

 

「おお。そうだぜ。俺、葵・トーリはここにいるぜ」

 

ようやく───不可能を背負う男が立ち上がった。

さっきまでの落ち込みはどうしたのだと思わず周りは問い詰めたくなったが、ここは我慢だと思い、皆沈黙を選んでいる。

 

「トーリ、君……」

 

「おお、そうだよぉ。トーリ君だよぉ」

 

「あ、のね……」

 

「ん?」

 

その後、鈴は何を思ったのか、彼の方に近づき、彼の両手を手に取る。

そんな彼女にトーリは彼女に合わせて膝を着く。

その様子だけ見れば、まるで姫に忠誠を誓う騎士のように思えたのだが……その後にまさか鈴がトーリの両手を自分の胸に持ってきたのは意外だった。

はぅあ! と周りが仰け反るのを無視して二人の空間は時間を進める。

 

「私、ね……ちゃん、と、大きくなって、るよ……?」

 

「ああ。衝撃的事実だ」

 

その事に周りがひそひそ声で思わずその実況を語る。

 

「あれれ? さっきまで確か物凄いいい雰囲気を吸っていたはずなんですが、何時の間にこんな摩訶不思議空間に転移しているのでしょうか?」

 

「シッ。確かに一見、騎士の忠誠シーンに見えるようだけど、これから、もしかしてメインヒロインを救うかもしれないっていうルートに進むとは思えないね。僕的感想だと、絶対これ後ろから刺されるパターンだよね」

 

「くくく。流石は愚弟ね。まさか昨日のミトツダイラの経験をここで持ち出す事で側室フラグを立てるだなんて……BADエンディングには気を付けるのよ!?」

 

「おいおいおいお前ら! 俺は今、ベルさんとのオパーイ忠誠を立てている所なんだから、邪魔すんなよー。」

 

そこで周りに梅組の皆がいる事を思い出したのか顔を真っ赤にしてトーリの両手を胸から遠ざける。

その事に解り易い絶望の表情を顔に張り付けて、トーリは懇願する。

 

「ちょ……! 待ってベルさん! もう少し! もう少しだけ……! もう一度ロードさせてーーー!!」

 

「お前、最悪だよ!!」

 

「ああ!? そんな事を言ってるけど、お前ら! 本当に俺の立場になったら、こうしねぇって断言出来んのかよ! こうやってベルさんが恥ずかしがりながら、オパーイを触らしてくれてんだぞ! それでお前らは何もしねぇって断言出来んのかよ! なぁ、御広敷!」

 

「さ、最後に何故に小生だけが名指しで指されているんですか! 大体小生は幼女にしか興味がないので、向井君には悪いですが……あれ? どうしたんですか女性陣の皆さん。そんな怖い顔をして……」

 

御広敷が再び吹っ飛んで行ったが全員で無視した。

とりあえず、元の空気に戻させるために全員で無言にトーリに視線を向けた。

それに対して、少年は解っているという感じで鈴に再び向き合う。

 

「ちょっとだけ、訂正いいか?ベルさん。」

 

「……? な、何……?」

 

ああと前置きを置いてトーリは静かに彼女を労わる様に告げる。

 

「俺がベルさんの手を取るのは別に気遣ってじゃねぇさ、ベルさん可愛いし優しいから手を繋いでみたいのさ。そうすると楽しいってそう思えるからさ」

 

そしてくるりと周りの俺達に視線を向け

 

「なぁ───お前らもそうだろ?」

 

「───Jud.」

 

審判の答えで誰もが返答した。

鈴は周りの暖かな声に、暫く驚いたようにおどおどしたが、直ぐに彼女の表情は柔らかくなっていき

 

「あ、りが、とう……」

 

笑ってくれた。

その事に、トーリも含めて、安心したように笑う。

 

「で、どうすんだ馬鹿。無駄に時間を使いやがって……そこまで大言を吐いたんなら、何か手があんだろうな?」

 

「同感だ。無駄な泣き寝入りばかりしたな」

 

「あーん? 俺は泣き寝入りなんかしてねぇぜシュウ、シロジロ。よく見ろよ、俺の机を」

 

「ふふふ、愚弟。何かしらこのエロゲ雑誌。銀髪キャラ特集みたいだけど」

 

「ああ。ホライゾンもジャンルはそれだろ? だから俺はそれを見て益荒男ゲージをさっきからずっと貯めていたんだぜ! 今の俺は超必殺技を三回くらい連続で出せるぜ!」

 

「───っしゃああああ! その台詞貰ったわ! ネームを大量に切らなくちゃ! ああ忙しい忙しい! 何よもう! 時間が足りないじゃないあんたら!」

 

「お前の都合で世界は動いてんのかよ!?」

 

まぁまぁと何人かの人間で軌道修正をする。

とりあえず、代表のトーリに何か言えという視線を向けて、先を促せる。

視線を向けたら、何故かバッチコーイというアイコンタクトをしたので皆で一度殴ったが問題はない。

 

「いやー。ホライゾンを助けるっていう事は明確なんだぜ。でも、俺、馬鹿だから何をどうすればいいのかは解んねぇんだわ。つーわけで、シロジロ。説明頼むわ」

 

「何だ馬鹿。何故私がそんな事をしなければいけない。」

 

「だって、さっきお前、これは経済活動だって言っただろ? つまり金の話だ。じゃあ、お前の専門じゃねえか。金しか言えないお前なんだからちゃんと出番を作れよ」

 

「待て待て待て。それではまるで私が金の事しか何時も言ってない人間にしか聞こえないではないか」

 

「その通りだよ!!」

 

皆のツッコミにシロジロは視線をハイディに向ける。

 

「私は金の事だけか?」

 

「……いや~ん! シロ君! それは私の口からは言えないかな~」

 

うむと謎の頷きをしてから真っ赤になってくねくねしているハイディから視線を逸らし、再びトーリの方に向く。

 

「聞いたか、つまり、私は金の事しか話していないわけではない───本当に貴様はそんな事も理解できない馬鹿だな! 一円の価値もない馬鹿め!」

 

「偶にお前の芸風、俺を超える時があるよなぁ」

 

確かにと思うが、そこはそれ。

いい加減真面目にやりなよという視線に流石に答えるシロジロ。

 

「───臨時生徒会を開く」

 

この場合権限者の不信任決議。

生徒会は勿論のこと、総長連合ですら力を取られている。

だからこそ、唯一、権限をまだ持っている本多正純の不信任決議をし、呼び寄せ、そして出来るならこちら側に引き込む。

それが唯一の方法だと。

 

「つまり、お膳立てはしようと思えば、既に何時でも出来るという事だ。解ったか馬鹿」

 

「Jud.Jud.まぁ、何だ? つまり───」

 

その時に全てを決めろって言うわけだなとトーリは言葉にはせずに、視線でシロジロに問うた。

それに対して、シロジロは沈黙を選ぶことによって、答えた。

ふぅとトーリは溜息を吐きながら、次にシロジロから窓際の席で足を組んで目を閉じている少年───熱田の方に視線を向けた。

 

「そうだな……そろそろお前との約束も始めなきゃいけねぇよな」

 

「……ああん? 何、意味あり気に呟いてんだよ?」

 

そして二人が苦笑する。

その事に何も知らない周りのメンバーが疑問を抱くが、熱田が手の平をひらひらと振るだけで何でもないという意思を作った。

 

「ま……やるんなら、とっとと早めにするんだな。時間は待ってくれないし、それに剣神は気が短けぇんだよ」

 

「へいへい───だが一つだけ言わせてくれよ」

 

「……何を」

 

ああと何故か意味深な真面目さを発揮したトーリ君を皆、気持ち悪いものを見るような目で見ながらトーリの行動を注視する。

そして何を思ったのか、トーリは急に窓際のカーテンを取って、自分に巻いて、そのままぴょんぴょんと跳ねながら教卓の上に横たわって、そして言った。

 

「んーー! ぎょーーーざっ」

 

全員でトーリを殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 



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選択の始まり

選ぶのは貴方

決めるのは君

責任を負うのはお前だ

配点(決意)




後悔通りの道のりの中。

三人の女が歩いていた。

一人は直政。右腕が義碗であり、役職は第六特務。機関部代表の人間であり、武蔵の戦闘系のパワー部門の一位、二位を争う存在である。

二人目はネイト・ミトツダイラ。こちらも武蔵パワー部門で、直政と競い合っている存在である。役職は第五特務であり、武蔵の騎士代表。六護式仏蘭西出身の半人狼で、そして水戸松平の襲名者でもあるというキャラとして立ち過ぎな存在である。

そして最後の三人目が武蔵生徒会副会長である自分、本多正純である。

 

……改めて考えると濃いなぁ。

 

今の状況を考えれば不謹慎だが、そう思ってしまうのは仕方がない。

ミトツダイラはクラスの中ではトップクラスの権力者だし、半人狼というある意味特殊な種族でもあり、襲名者でもある。

今更だが、私は結構権力者の傍にいるなぁとしみじみと思う。

直政は

 

大きいなぁ……。

 

背丈の事だ。

クラスで身長ならば浅間、葵姉、直政と三人が一番身長が高い。ともすれば周りの男子よりも高いのである。余りの大きさに凄いなと本気で感心する。

そこまで考えてみた、改めて今の自分は結構落ち着いているなと思う。

自分が今、何の為にこの三人と一緒にある場所に向かおうとしているのかははっきりと理解しているし、その場に置いての自分の役割も理解している。

もしかして、現実逃避をしているのだろうかと思うが、無意識でやっているかもしれない事を自分に問い詰めても答えは出ないだろうにと思い、考えるのを止めた。

代わりに考えるのはやはり、今の事。

 

臨時生徒会か……

 

それも自分の。

まぁ、自分を選ばれたのは今のアリアダスト教導院で唯一権限を持っているからという事なのだろうけど、抗うという意味ならば上手いなと素直に思う。

だけど、私の事は建前で本音は

 

……ホライゾンを助けたいからか。

 

その思いを笑うなどしない。

むしろ、正しいと思っているし、出来るなら自分でも助けたいと思っている。

だけど、そんな事をしたら聖連との戦争は避けれないし、それに聖連だけで済むとは思わない。

もしかしたら、世界を相手にすることかもしれない。

そんな重大なことを一人の少女を救うだけでしてもいいのかという考えがどうしても生まれる。

それが自分だけならまだいいなどとヒロイズム思考は流石に持ってはいないが、それでは武蔵の住人さえも巻き込んでしまうことになるのだ。

駄目だなと思う。

今の自分の思考は危険だ。これから暫定議会派。つまり、どちらかと言うと聖連側として級友を説き伏せなければいけないというのにこの思考では駄目だ。

私は今からクラスの皆からしたら悪という立ち位置に着かないといかないので、本当は助けたいんだけどみたいな態度で彼らと相対するのは失礼だ。

 

「さて……正純は結構考え込んでいるみたいだけど、大丈夫かい?」

 

「……あ、ああ。済まない。あんまり考え込まないようにしようとは思ってるんだが……性分かな」

 

直政の気遣いの言葉に苦笑で返事すると二人も苦笑する。

その反応に少し恥ずかしくなって頬を赤くしてしまった。

駄目だなとまた思い、そしてそういえばという思いを得る。

 

こういう風にクラス皆とちゃんと話したのは初めてじゃないか……。

 

ホライゾンが危機になってからというのはかなりの皮肉だがという前置きは忘れない。

他のメンバーは小学校からの付き合いらしく、自分だけが途中で転校してきたので、正直に言えば馴染めていないというのが本音だったが……馴染めなかったのは自分のせいだったみたいだなと思う。

本当にこれで政治家志望というのだから情けないと思ってしまうけど、あんまり沈黙ばかりしていたらまた気遣われてしまうと思うのは自惚れかもしれないが、とりあえず話を続ける。

 

「二人のここにいる理由だが……」

 

「ああ。正純の事だから何となく解っていると思うけど……あたしは機関部代表としてここにいるからね。難しいことを言うのは好きじゃないから単純に言うけどあの馬鹿共の力を見て来いってことさね」

 

「私の方も……まぁ、似たようなものですわ」

 

直政の方は本当だと思うが、ミトツダイラの方は少し違うだろうとは思っている。

一応、騎士としての考えも立場も理解しているつもりなのだから。

だから、ミトツダイラが何も言わなかったので正純も何も言わなかった。

 

「となると相対するのは……」

 

「セオリーなら、あたし達のような戦闘系とやるんだから、あっちもそれに対応する奴を出すだろうねぇ」

 

「ええ。それに───あっちには戦闘部門で最強クラスの役職の人物がいるんですのよ?」

 

「……熱田の事か」

 

生憎だが、自分は文系なので戦闘系の人間がどれだけ強いのかを見て感じるなどという事は出来ないのだが……ミトツダイラは熱田の事を評価しているようだ。

その事に思わず首を傾げてしまう。

政治系ではあるが、やはり体育などで多少はやらされるものであるのだが、その時は熱田は確か何も出来ずに吹っ飛ばされてるだけか、走っているだけだった。

あれだけ吹っ飛ばされているのに何で無傷なんだろうとは思ったが、そこは無視した。

だから、熱田がそこまで強い存在には思えない。それともやはり、理解できていないだけなのかなと思う。

それにしても

 

「……ミトツダイラ。何だか嬉しそうだな」

 

「え? そ、そんな事はないのですよっ」

 

「ああ。正純。ミトはこう見えなくても戦闘陶酔者(バトルジャンキー)破壊陶酔者(クラッシュジャンキー)でね。だから戦えて壊せるものなら嬉々として叫ぶ性質(タチ)があるんだよ。正純も気をつけた方がいいさね」

 

「マ。マサ! 何を平然と嘘をついているんですの! ま、正純もこわっていうような目で引かないでくれませんですの!?」

 

「い、いや、個人の趣味をどうこう言うつもりはないから……」

 

誤解ですのよーー!? という叫びに直政がまぁまぁと仲介する。

そしてその後に付け加えた。

 

「───色々と決着を着けたいことがあるんだろ?」

 

「───」

 

ハッとした顔でミトツダイラが直政の顔を見る。

その様子に少し眉を顰めるが、今の言い方から察すると詳しく話してくれそうだ。

ただ、答えとしてミトツダイラが苦笑で

 

「───Jud.」

 

と答えたくらいだろう。

 

「ここずっと溜まっていた鬱憤も含めて───決着を着けたい所ですの」

 

「……何の話だって聞くのは野暮なんだろうな」

 

すみませんと苦笑するミトツダイラに気にするなと答える。

 

……色々、あるんだな……。

 

当たり前のことだと思うが改めて思う。

何もない人間なんていないだろう。内容は人違えど、それでも色々とあるのは誰でも同じだ。

こういう事で自分は特別だと思うのは間違いだろうと思っていると、いつの間にか目の前には既に教導院の特徴的な階段があった。

見慣れた……というにはまだそこまで過ごしていないのだが、それでもこんな事情と感情を持って、この階段を上るとは思ってもいなかった。

ふぅと思い、上を見る。

それは階段の上から気配がするからだ。それも複数。誰だなんていう疑問は挟まない。

この場に自分達がいる理由がそれなのだから。

だからと思い、三人同時に上を見ると

巻物がいた。

 

「……」

 

三人が三人とも半目を持って沈黙した。

その巻物の周りにはベルトーニや熱田や浅間や葵姉などがいるのだが、その取り囲んでいる中央には何故か巻物がいる。

何時の間に異世界に紛れ込んだと思い、何となく目が合った葵姉とアイコンタクトを図る。

いきなり踏ん反り返って、胸を強調するポーズをとった。

意味不明だ。横でミトツダイラがくっと唸っているが、気持ちはわからんでもないと内心で同意する。

とりあえず、何か言わないと始まらないだろうと思い、嫌な役目だと思いつつ、正純が語りかける。

 

「───ベルトーニ。それは何だ?」

 

「ああ───食えない春巻だ」

 

「違ぇよ! 今の俺は巻き寿司だよ! わかんねぇかなぁ? この光沢! この巻き具合! そして活きがいい具材……何時でも私を食べてぇん!!」

 

気色悪い裏声が食えない巻き寿司から聞こえたので、巻き寿司を取り囲んでいる連中は無言で巻き寿司を蹴って、階段から回転して落とした。

当然、回転すると海苔として使われていたカーテンが剥がれて、中の具材が出てくるのだが。

中から出てきたのは全裸の馬鹿であった。

しかも、急所にはモザイクがあるという摩訶不思議。

正純は知らなかった。

これが所謂、ゴッドモザイクという術式であることを。

しかし、そんなどうでもいい事は気にせずに、全裸の馬鹿がこちらに能天気な顔でこちらに喋ってきた。

 

「あーー! おめぇら!! 最高の巻き具合が台無しになっちまったじゃねーーか!! ったく……しょうがねぇなぁ。おいセージュン、ネイト、直政。巻きなおしてくんね? 何なら俺を───た、食べてもいいんだかんね!!」

 

食えない巻き寿司が喋るというのは自然の摂理から外れているだろうと思い、ミトツダイラと直政と視線を合わせて同時に元の場所に戻すどころか、そのまま学校に突っ込めと言う感じに思いっきり蹴る。

あひぃん! と何故か喜んでいるようにも聞こえる声を発しながら、元の方向、つまり、梅組メンバーの所に吹っ飛ぶ。

それに対して全裸のクラスメイトは

 

「うわーー!!?」

 

本気で避けた。

清々しいくらい本気で一応級友の全裸を避けた。誰一人として全裸の馬鹿を受け止めようという奴がいない事でこれが当たり前なのか……と察してしまった。

そして馬鹿はそのまま慣性の法則で、そのまま吹っ飛び、地面を二回くらいバウンドし、そしてごろごろと転がって、大体十メートルくらいでようやく止まり、そして即座に立ち上がって、こちらを指さして叫んできた。

 

「お、お前ら! 少しはクラスメイトを助けようとか、危ない! とか言って可愛い行動をしてくれる奴はいないのかよ! 信じられないくらいのチームワークに俺も本気で脱帽だぜ! 俺もそん中にいれてくれよぉーー」

 

「Jud.そうね───まずは服を着る事ね」

 

「ガっちゃん。その前にまずは常識を知る事から始めた方がいいんじゃないかなぁとナイちゃん思うんだけど」

 

「いや、トーリ殿の事だから、どうせまた変な方向に走って暴走するだけで御座るから───率直に言えば諦めた方がいいで御座ろうな」

 

「て、てめぇら……! しかも、点蔵までズバズバと言いやがって……! お、俺がそれくらい出来ねぇと思ってんのか!?」

 

「じゃ、愚弟。試しに聞いてみるけど、そこに女風呂があります。はい。レッツアンサー」

 

「ああ? バッカだなぁ姉ちゃん。そんなの覗かなきゃ失礼だろ!? この前だって浅間が風呂でまた大きくなりました……って物凄い爆弾発言を俺は聞き逃さずに浅間の成長を喜んだんだぜ! 俺、メッチャ良い事したんじゃね!?」

 

「のわーーーーーーーーー!! ど、どうやって覗いたんですか!? シュ、シュウ君? な、何ですかそのまた新しい挑戦が出来るぜ……! みたいなぎらぎらした目は……って、さ、三要先生!? ど、どちらにーー!?」

 

何だかカオスにしかなっていないなというか、どうしてこいつらは共食いを起こすんだ。

横にいる二人に視線を向けるが、二人は顔を逸らした。

その事に、もしかしてこいつらも同類かなと思ってしまうが、いかんいかん。そんなに簡単に人を疑っては駄目だと一応思って、溜息をついて仕切り直しをしようと思った。

 

「先生」

 

「ん? 何かしら正純。今から私は青雷亭で買ってきた肉弁当を消化しようとしているんだけど?」

 

「……別にそのままでいいですけど。とりあえず、ここで臨時生徒会を開始するという事で宜しいんでしょうか?」

 

「ええ、そうよ。基本はまぁ、相対と同じよ。手段も方法も問わないわ。バトル良し、討論良し。なんならゲームでもいいし、じゃんけんでもいいわよ」

 

最後ら辺は冗句だろうと思い、笑うだけで留めた。

とりあえず、ようは自分の実力を出せる方法でお互いが納得するような相対をしろという事だろう。

となると、やはり直政とミトツダイラは戦闘で、自分は討論という形になるかなと思った。

 

「成程……こっちは解りました」

 

「Jud.トーリ達も解ったーー? あ。トーリが解らないのは何時もの事だから答えなくていいわよ」

 

「おいおいおい先生! そんな最初から決めつけるような物言いは良くないと思うぜ! 人間は成長する生き物なんだぜ!?」

 

「んーー。でも、あんたは下にしか成長できないでしょ? だから無理だと思ってね」

 

「し、下に成長…………!? せ、先生が下ネタを言ってくれたぜーー! この変態教師め!」

 

瞬間、馬鹿が吹っ飛んだがもう気にしないことにした。

 

「ほかに質問ある人いる?」

 

「あ、先生。俺俺。俺が質問じゃないが、少し言いたいことがあるぜ!」

 

「……呪歌を歌うつもりじゃないでしょうね?」

 

「……! それは期待って取っていいんだろうな!? 仕方ねぇ……そんなに期待されてるんなら歌うしかね───」

 

熱田は浅間に思いっきり射たれて吹っ飛んでいた。

その事についても、皆、気にしている様子がなかったから改めてここはおかしいなと思った。

だけど、意外にも二人が早く戻ってきたから驚いた。

まさかギャグなら死なないという体質を持っているのだろうかと疑いたくなるが気にしないことにした。

 

「で、何? つまらないことじゃなかったら言っていいわよ」

 

「おう。安心しろよ先生。一応、副長として発言するからな」

 

その言葉に目が細くなってしまうのが止められない。

副長の権限は無くなったとしても、一応は武蔵の武を示す立ち位置だ。そんな人物が、わざわざ副長としてなどと言うのだ。

自然と警戒度が高まる。

そしてオリオトライ先生はあら? と珍しいものを見るようなものを見るような態度で先を促す。

そして熱田はああと前置きを置いて告げる。

 

「武蔵アリアダスト教導院副長熱田・シュウとして、この場で俺の立ち位置を言わせてもらうぜ」

 

周りの疑問と警戒を無視して、ただ熱田は自分が言いたいことを言った。

 

「───俺は絶対にこの臨時生徒会に関わるつもりはない」

 

時間が停止した。

誰もが沈黙を選んだ。それはその光景を表示枠で見ていた武蔵住人や他の国の人も同様だ。

そこで、梅組皆が表示枠で見ている人たちの前でせーのとタイミングを合わせ

 

「ええーーーー!!」

 

驚いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいシュウ君!」

 

代表として浅間が彼女の方に歩き寄って質問することで一端叫びを止める。

そうだ。落ち着け本田正純。ここで落ち着かなきゃ駄目だろうが。

 

「関わるつもりはないって……どうしてですか!?」

 

「どうしても何も……別に関わる気がないだけだぜ。それにだ。無能の副長が何もしなくても何も影響はないじゃねーか」

 

ケラケラと自分を落とすような台詞を笑いながら告げる。

その事に何を思えばいいのか解らずに、本当に思考を停止しかけるところだった。

だが、その笑いを許せない人物がいた。

 

「……ふざけているんですの!?」

 

ミトツダイラだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……また何ですの……!?

 

火のような怒りに浸かりながら、ミトツダイラの心の中にあるのはそれだった。

だが、それは少し表現が違う。

自分はこの思いを何時も胸の内に秘めていた。

彼がまるで道化のように弱者を装い、それによりたくさんの人から誹謗中傷を受けている事。

それに関して、本人はまるで何とも思って無く、まるでそれが正しいと言わんばかりに笑う時、何時もこの考えは出てきた。

そんなわけがないというのは梅組のメンバーは当然知っているだろうけど、ミトツダイラは絶対に違うと断言できる。

いや、断言しないといけない。

そうしないといけない理由もあるし、根拠もあるのだ。

だからこそ、自分は今回の事に純粋ではないが歓喜したのだ。

自分は今回、一個人としてではなく騎士代表としてこの場に立っているのだ。そしてこの場にいる誰かと相対して───負ける為に。

武蔵の騎士達と話し合った結果、自分達だけではまず聖連に刃向う事などできないという単純な事実を理解し合った。

当たり前の結論である。

個としての力ならまだしも、集団としてならば絶対に勝てる筈がない。人員もそうだが、武器もこちらには満足にないのだ。

それでどうやって勝てと言うのかと騎士達全員が苦渋の顔を浮かべていた。

その表情から誰もがこのような状況を悔しんでいるというのがよく解った。

当たり前だろうとミトツダイラもそう思っている。騎士という名を背負った人間なら、この状況で悔しいと思わないとそれは騎士ではない。

民を守り、仲間を守り、そして主君を守る。

騎士として行う事が当たり前の三つを、どれ一つとして達成できないというのだからだ。これで、自分が本当にただの無能ならば、仕方ないと思えたかもしれない。

しかし、自分達には力があるのだ。自惚れでも、過信ではない。人を傷つける事も、守る事も出来る力があるという事を実感しているのである。

それなのに自分達はこの状況で何も出来ない。

不甲斐ないの言葉以外は思いつかないのである。

だけど、そこで問題が発生する。

騎士というのは人々を守る存在である。だから、今、ここで動こうとしている人々は騎士達の力も頼りにしているのではないのかと。

本来なら誇らしいと思う評価だが、この状況では最悪としか言いようがなかった。

自分達を頼ってくれるのは嬉しい。だけど、自分達では民を守りきることが出来ないのだ。信頼を仇にして返す事しかできないという最悪の連鎖。

だからこその今回の臨時生徒会で騎士代表として自分がわざと負けて自分達は上の立場から、民と同じ立場に降りる。

そうすることしか、武蔵を守れないと歯噛みしながら。

そして自分と相対するというならば、特務クラスの可能性があるのも確かだが、普通ならば勝てる可能性が高い副長が出てくると思っていたのだ。

そしてそこで自分が負ければ───今までの評価を全てとは言わなくとも、少しは覆すことが出来ると思っていたのだ。

それなのに

 

「どうして……!」

 

どうして

 

「貴方の強さを示すことが出来るのに……」

 

それなのに

 

「何故、貴方はそうやって何時もちゃんと相対してくれませんの……?」

 

悔しいですわ……と思う。

自分では彼の汚名を払拭することも出来ないと言われているみたいで。

だけど、それを知られるのが嫌で、ミトツダイラはきっと挑むかのような視線で、ただ彼を見た。

そんな彼はその顔を珍しく困ったという感じの表情を出し、何かを言うべきか、それとも何も言うまいかを悩み、口を無意識に動かそうとして、何かを言おうとしたが

 

「……」

 

沈黙した。

何も語る事はないと言わんばかりに。

 

……上等ですわ。

 

そういうつもりならこちらが手加減する理由などない。

今の自分は感情や理由はどうあれ、彼らの敵に回っているのである。なら、本気で戦っても別に問題ないだろう。

言う気がないなら、無理矢理言わせたようと思い、一歩前に踏み出した。

そのタイミングに

 

「あーー。ちょっと待ったネイト。ステイステイ」

 

馬鹿が割り込んできた。

 

「……何ですの? 今、私はそこのリアルヤンキーを思いっきり痛めつけて、あひんあひん言わせて、その後に言いたいことを言わせて屈服させる気なんですが……」

 

「……それ。俺がマゾだったらこの時点でかなり興奮してんじゃね?」

 

そうだったらどうしましょう?

痛めつけても喜ばれたら、逆に言わせたいことを言わせられないかもしれない。

困りましたわ。私、テクニックで拷問するのは苦手なんですけど……。

 

「……やべぇ……! さっきから際限なく嫌な予感が膨れ上がってくるぜ……! この不安を払拭するには智。お前の胸を揉ませ───」

 

もう一度吹っ飛んでいく副長を尻目にとりあえず一応、総長のいう事を聞こうかと思って返事をする。

 

「で、何ですの? ここで下らない事を言ったら流石の総長でも許しませんのよ?」

 

「Jud.Jud.ネイトには悪いんだけど……シュウについては許してやってくれね? あいつがああなのは俺のせいでもあるんだし」

 

「……はい?」

 

初耳にも程がある発言であった。

正直、そんな事があったという事を考えてなかったので、思考と体が停止してしまった。それは周りも同じらしく、え、マジで? といった感じで硬直しているメンバーであった。

どうでもいいですけど、付き合い良すぎじゃありませんの? と一部の思考がこの状況をツッコんでいる。

そうしていると、当の本人たちが会話をし出した。

 

「おい馬鹿。何、気色悪い事言ってんだ。ああん? 誰がてめぇのせいでこんな愉快な状況になるって言うんだ」

 

「おいおい親友。幾ら照れ屋さんだからって、そこまでツンデレになったら俺もときめいてちまうぜ。もーーーう! ツンツンしちゃって! このテ・レ・ヤ・サ・ン!!」

 

「ぶっ殺す」

 

落ち着け落ち着けと周りで彼を抑えにかかるのを見る。

気持ちは解るが今はこれを聞かないと話にならないので、結果放置する。

総長に先を促らせる。ナイトとかが録音を開始しているけど、そこは気にしないでおこう。自分には関係がない事だし。

 

「総長。続きを」

 

「───その前にギャグ、いらねえか?」

 

拳を握る。

 

「───総長。続きを」

 

「ひ、一つ仕草を変えただけで、言葉の雰囲気が変わりやがったぞ……!」

 

いいからいいからと半目で睨みながら先を喋らせる。

ああと前置きを置いて彼は先を続けた。

 

「ネイトがどうしてそこまで拘ってんのか知らねぇけどよ……この話し合いの結果で、あいつは動いてくれると思うぜ。」

 

「……それは……どうして……?」

 

「だって、それが俺とあいつが交わした約束なんだ」

 

約束。

その言葉では自分が思い出す思い出もある。それこそ、総長と交わした約束である。

だけど、それとは別に彼とも総長は約束を交わしたという事だろうか。

そう思い、彼の方を見る。

彼の性格だと、見当違いとかならば直ぐに否定するだろう。

だけど、彼の反応は沈黙して、だけど、何となくふんっといった感じに顔を背けている。

その態度を可愛いとか言って喜美が頭を撫でようとして彼がそれから嫌そうに逃げているが───否定はしていない。

つまり、この話し合いの結果で───彼は力を示してくれるという事だろうか。

 

「……」

 

何も言えなくなった。

そんな風に言われてしまったら、こちらから何も言えなくなるし、そして立場上、どうすればいいのか解らなくなってしまう。

本当ならばその結果を起こしてはいけない立場にいるのに、その結果を望んでしまう感情が生まれてしまった。

こんな調子では、自分に任せてくれた騎士の方たちに申し訳ないという感情が生まれてしまう。

そうして、困っている自分に今度こそ彼が喋りかけてくれた。

 

「……ネイト」

 

「……な、何ですの?」

 

彼との二人だけの会話というのなら、多分梅組の中で一番経験が少ないと思う。

十年前のあれ以降、自分は彼に喋りかけ辛くなってしまったし、彼もそんな自分を気遣ってか、自分と二人っきりになるとか、語り掛けるという事を避けるようにしていた。

集団でいる時ならば冗談を言い合えるのだが、今はこんな風に固くなってでしか話し合えない。

その事に自己嫌悪しながら、彼の台詞を聞く。

 

「……まぁ、俺のせいでお前もそうだが特務メンバーにも色々と悪口が言ってんのかもしれねぇが……まぁ、そこの馬鹿が言ったように───その馬鹿が剣(オレ)を振るうって決めたなら、俺は動くさ」

 

「───あ」

 

本音を言わせてほしい───嬉しかった。

今まで不動を自分に課していた剣神が、自分の持ち主である不可能の王が決めたのならば、振るわれようと言ってくれたのだ。

その言葉に自分はおろか、特務クラスのメンバーも息を吐いたり、帽子を少し下げたり、苦笑したりと反応した。

勿論、他のメンバーも似たような反応をしていたし、特に智は喜んで笑っていた。

つまりは、誰もが彼が周りから言われている批判に対して思う事があったという事だ。

良かったと本当に思った。

自分の立場からそんな事を言えるはずがないのに本気でそう思った。

だからこそ、これから自分はこの相対を本気で挑まなければいけないと思った。

方針は変わらない。

自分はやっぱり、騎士として動くから、目的は変わらない。でも、さっきまでのもやもやとしていた感情は消え失せてくれたのでまだ良しと出来る。

とは言っても、次はホライゾンに対しての罪悪感が生まれてしまうのだが、それは仕方がない事だろう。

だけど、一つの問題が消えたと相対になっていない相対で、そう判断できた。

 

「……話し合いは終わった? それなら熱田の宣言を受け入れる事にするけど?」

 

「……Jud.私からは特に何もありません」

 

答えは正純が返した。

もっとも、いいな? とアイコンタクトでこちらを見てからの返事でしたけど。

その事にもう異存はなかったので、マサと一緒にJud.と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……最初から一悶着があったが、収まったか……。

 

正直、びっくりしたが今回はどちらかと言うと梅組メンバーの問題だったから自分はそんなに関われなかったなと思う。

付き合いの長さが違うので仕方がないと思うが、それでもやや寂しいと思うのが、自分勝手だろうか。

はぁと一息を吐いて頭の中を切り替える。

どうあれ、普通に考えれば副長が今回の件に参加しないというのはこっちにプラスに働くのは間違いない。

自分は政治的な交渉で対処するため関係ないと言えば関係なかったが、少なくとも直政との相対が熱田とは別の奴と一戦をすることになっただろう。

ミトツダイラも同じだ。

とは言っても、直政はこっちにはいるが、機関部の方針は抗える力があるか示してほしいといったところなので、どっちかと言うとこっちではなくあちら側だし。

ミトツダイラは今の話を察すると本気で相対はするみたいだが、やはり心情はあっちの方に寄りかかっている。

 

……って心情だけで言うなら、誰だってホライゾンを助けたいと思うよな。

 

馬鹿だなぁと内心で苦笑しながら、これからの展開を考える。

既に直政が前に出て、交渉を開始しようとしている。

いきなり武神が出てきたのは本気でびっくりしたが、確かにここで武神を出すのは、試しとしては上出来だろうと思う。

戦闘系の話は全く知らないが、それでも武神の基本能力ぐらいは知っている。

一機一機がかなりの力を持つ戦闘機械。あれを倒すには英雄クラスの実力がいるらしい。

アリアダスト教導院で言うならばミトツダイラと───話から察すると熱田くらいだろう。

だからこそ、これにミトツダイラと熱田を除く誰かが勝てるのなら、それは十分に力を示す結果となるだろう。

どうなるかなんて知らない。戦闘は自分は専門外なのだ。

だから、疑問はこうだ。

どうなるかではなく───どうなる?

この相対が

この臨時生徒会が

ホライゾンが

そして───これからが。

 

「……どうなっていくんだろうな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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抑制という名の衝動


抑えた心は落ち着かず

しかし、それは裏切らない

それが今までの自分を支えたものなのだから

配点(抑制)


 

ようやくかと内心で熱田は呟いた。

長かった。

十年は本当に長かった。

別に、トーリと約束したことについて何の不満も、後悔もないし、間違ったことをしたなんて微塵も思ってはいない。

しかし、不満はなくても───やはり、満足感は得られなかった。

自分で決めたこととはいえ、剣神が剣を表だって振るわないというのは、やはりストレスが溜まるものである。

文字通りの剣神にとっての半身をずっと表だって使わなかったら、ついその半身が体育などを見ていると疼くというものである。

だけど、それでも押さえ続けてきた。

トーリが動くまで我慢すると自分で誓ったのだ。この中で一番悲しみに囚われて、後悔を抱き続けた親友が動くと決意するまで絶対に我慢すると決めたのだ。

それくらい我慢できなかったらトーリの横に立つ資格はないと思ったからである。

そしてその我慢は報われたと思う。

今はもう臨時生徒会は終わりに向かっている。

直政の地摺朱雀に対して、シロが相対し、勝利し、ネイトが騎士代表として降伏をしようとする相対に鈴が出ることによって騎士の誇りを思い出させ、そして今は正純とトーリとの相対。

 

……まさか初っ端からいきなりかましてくれるとは思ってもいなかったぜ……。

 

この臨時生徒会を始める理由であったホライゾンを助けに行くという俺達の目的を一瞬でポイ捨てして「やっぱ、ホライゾン救いにいくの……止めね?」なのだ。

お蔭で鈴が倒れたり、正純が狼狽したり、喜美が踊りだしたり、ウルキアガが無駄に竜息を吐いたり、イトケンが何故かサムズアップしたり、ネンジのねばねばが何故か光ったりと大変だった。

というか、正純と鈴以外の人間の行動は狂っていたので、こりゃ駄目だなと一瞬で判断したが。

相も変わらず、人の意表を突くことが上手い馬鹿である。

あ。だから馬鹿なのかと改めて理解した。

 

『おい! 初めて馬鹿を哲学的に理解できたぜ!!』

 

『馬鹿は馬鹿を理解できるっていう哲学ね……』

 

『流石はトーリの親友だな……拙僧、思わず塩を撒きたくなってきた』

 

『塩で撃退出来ればいいんだけどねぇ……』

 

『ナルゼ……ウルキアガ……ナイト……てめぇ……何か俺に恨みでもあんのかよ……』

 

表示枠で密かに皆にメールを送ると痛烈な返しで思わず呻いてしまった。

ヘルプに智の方に目を向けると、何故か良いんですよと儚げな微笑をされて顔を背けられた。

敵はやはり、世界ではなく身内であるらしい。

今度絶対復讐してやると心に誓い、トーリと正純の相対を観戦する。

そこにはうちの欠食従士であるアデーレが何か桶を持って正純に渡している。

そこから出てるのは黒藻の獣である。

 

「あれって……」

 

「確か下水道とかに住み着いているよね。色々と汚れとか取ってくれるんだけど……それのせいでこっちに懐かない……じゃなくて近寄らないんだよね。こっちに色々と気遣って。ナイちゃん的には、別に気にしなくてもいい事なんだけど……」

 

「そうだな……私も以前、金を綺麗にしてくれないかと頼んで小銭を渡すと金貨かと疑いたくなるくらい綺麗になって返してくれた───とてもいい存在だぞ」

 

「うわぁ……」

 

守銭奴の言っている事に全員で引き、無言で視線を逸らした。

 

「やだっ、シロ君! そんなお金の魔力を更に引き出すためなら獣の力も借りるなんてもう! 素敵過ぎるよっ」

 

逸らした先にも金に狂った守銭奴メスバージョンがいたので、皆は黙ってトーリ達の相対に集中した。

狂人に視線を向けたら感染する。

そう思っていたら守銭奴二人がため息を吐き、そしてシロがだがと前置きをして言葉を作った。

 

「……あんな風に名前を覚えて喋りかけてくる光景なんて見たことないぞ」

 

黒藻の獣達が願っているのはただホライゾンの救出だった。

ただただ助けてほしいと正純に願っていた。正純は政治家だから、お金を使ったら、ホライゾンも助けてくれると言って、ここからでは上手く見えなかったが、何か綺麗なものを正純に渡していた

何なのかは解らないが、理解できることはある。

正純の体が震えている。

何の感情でその震えが起きているのかを考えるのは無粋と言うものだろう。それを持つ資格があるのは体感している本人だけだ。

だから、次の言葉で皆で納得した。

 

「───そうだ、な。政治家が意志を通さなきゃ政治家じゃないもんな……」

 

そして正純が選んだ表情は微笑だった。

それでいいと熱田も思う。

悩んで苦しんで出したのならば、最後には笑わなきゃ損だ。だから、トーリも喜美も満足そうに笑っている。やっぱり、このお馬鹿姉弟は似た者姉弟だぜと改めて実感する。

あのおばさんの教育の賜物かねぇ……いや、だったら何故喜美はホラー相手にあんなヘタレているのか?

という事は自前か。

自前であそこまで馬鹿な全裸と狂った変態女が生まれてしまったのか。原因は一体なんだ?

改めて考えるが、考えるとアホらしく思えてきたので、止めた。

そしてそれ以降、正純は完璧に自分の意志で口を動かして、ホライゾン救出の術と理由を語った。

曰く、ホライゾンが三河君主として責任を取る必要がないとのこと。

そして三河を航空都市艦として認定して三河消失をなかったことにする。そうすれば誰も責任を取らなくてもいいとのことだった。

思わず、皆で息を呑む結論だった。

だが、それならば……と誰もが思った瞬間に空に一つ巨大な表示枠が出てきた。そこには白い長衣を纏った男。

 

『───詭弁だな』

 

「教皇総長……」

 

『おう、そうだ。K.P.A.Italia の教皇総長インノケンティウスだ』

 

ホライゾンに自害を求めた張本人が現れた。

ぶっちゃけ第一印象はただのおっさんだったが、一応臨時生徒会に関わる気はないと言ったので、素直に言っては不味いだろうと思い黙っといた。

それにこっから先は完璧な政治系な話なので、戦闘系の俺には全く理解できないだろうと思い、暫く己の内を見つめる事にした。

内容は聞いていても俺には理解できるとは思えねぇし、気に入らなきゃ斬ればいいだけだと思っているので大丈夫だと己を理論武装して少し目を閉じ、意識を内に向ける事で外界を遮断した。

集中する事なんて、この十年で慣れたものである。

そして集中して考える事なんて、今は一つしかない。

すなわち、これからどうなるかという単純な疑問だ。

何せ、どう足掻いても、最低でもこのままK.P.A.Italia に喧嘩を売ることは確かだろう。そうなると必然、聖連に喧嘩を売る事にもなる。

完璧に敵に回すというわけではないかもしれないが、それでも出会ったら肩を組むなどという事が出来る関係じゃなくなるだろう。

とか言っても、前からそんな仲じゃないので別にいいかもしれないが。

でもまぁ、そうなると基本、世界各国は聖連に従っているような関係だから、そうなるともしや世界大戦になるかもしれない。

 

……世界VS武蔵か……。

 

笑える展開だ。

もしくは燃える展開だ。そういうのは一度はやってみたいものだと思っていたからある意味ラッキーかもしれない。

男なら一度は世界征服を夢見るだろう。

勿論、トーリがその気がないのならばする気はないが。

まぁ、あの馬鹿は馬鹿だから何をするか解らないが。そこが面白い所なんだがな。

そしたら自分の肩を叩く感触がしたので、目を開けてみると目の前に智の顔があった。

 

「───ああ、智か。どうした?」

 

「えっ。いや、えっと……話、聞かないんですか?」

 

「……俺が聞いても理解できないぜ……」

 

「……何故にそこで誇らしげな表情を浮かべますか……?」

 

おかしい。

何故そこで奇妙なものを見るような目つきでこちらを睨んでくるのだろうか? 最近、この幼馴染は視線で人を脅す事も習得しているようである。

こんな未知な体験はかなりいらないものであった。

そうしているとはぁと何故かかなり深い溜息を吐きながら、こちらの隣に座ってきた。

まぁ、こうなる事は大体予測できたので、俺は気にせず普通に座っていた。周りは教皇総長と正純の討論に夢中だったが、喜美だけがこっちにちらりと視線を向けて苦笑している。

あっちの幼馴染は逆にいらん所で鋭いので困ったもんだと思い、智に見えないように角度を調節した位置で手を振るってこっちを見んなと言っておいた。

すると何故かあっちはこっちに尻を向けてぷりぷりと無駄に尻を回すという異常行為をして来た。

まるで意味が解らないので思わず、頭に痛みが走ってしまったがここは無視一択がグッドエンドの最善の一択だと思い、無視した。

 

「……これからどうなるんでしょうね……」

 

そして智の台詞はさっきまで俺が考えていたのと同じことだった。

違うとすれば俺は未来に対してどうなるかと多少期待しており、智は未来に対してどうなってしまうのだろうかと不安を抱いている事だろう。

これに対しては言えることはない。

未来なんて読める筈がないのだから。だから、そういう意味では聖譜は違うと言ってやりたいが言っても仕方がない。

智は何時もより少しだけ沈んだような表情でこちらを見てくる。そんな彼女に言えることは一つしかない。

 

「とりあえず───昨日まで過ごしてきた日常じゃない事は確かだな」

 

「……はっきりと言いますね」

 

「お前が黙って、沈んだ表情でこっちに相談してくるときは甘えたいと思っているときだからな」

 

苦笑する幼馴染に長い付き合いだなと内心呟く。

この中で一番付き合いが長い少女なのだから、これくらいは読み取れて当然である。

 

「仕方ねぇよ……失ったもんは戻って来ねぇ。でも、逆にそれは大事だったからとも言えるだろ? じゃあ、つまり悪い人生を送ってたわけじゃねぇって事だろ───この外道共と出会ってしまったこと以外」

 

「良い事言ってたのに最後に毒を蒔きましたよ!!」

 

周りが何故か最後の台詞にだけ反応して、お前に言われたくねぇ! などとほざいてきやがった。

とりあえず嘘を吐けと叫んで、お互いがお互いに殺意を向けるという修羅場を発生させた。

皆、考えている事は同じだ。

すなわち、この外道が……!

非常に殴り合いたかったのだが、各国などの目線があったので、全員舌打ちすることによって今回はお開きにすることにした。

決着はいずれ……と目で語り合う俺達。

 

「……この外道達は……!」

 

その如何にも自分は外道じゃないですけどねという口調に全員がぐるんと首を回して智の方を見る。

それに何か危機でも感じたのか、智は身構えながら問うた。

 

「な、何ですか……!」

 

「いやー。アサマチのまるで自分はそんな外道じゃないですよ発言に思わず驚いちゃってね」

 

「そうね……武蔵最強のズドン巫女の二つ名を得ていて、そして浅間神社の特権を自由自在に使うある意味武蔵最強の巫女の癖してね……お蔭で私の同人誌で浅間は物凄い活躍してるわよ!」

 

「それに僕達が青春を溢れさせている時に、物凄く都合よく浅間君が来て、煩悩滅殺術式で雷とか落とすじゃないか……僕としてはそのコミカルなシーンを小説のネタに使えるからいいんだけどね」

 

「冗談じゃないぜ……俺なんかこの前、普通に歩いている最中にふと巨乳揉みてぇ……って思っていると、物凄い轟音と強烈な衝撃波を感じたと思ったら、吹っ飛ばされていたんだぜ……あれが矢と気づくのに時間がかかっちまったぜ。しかも、吹っ飛んだら行先は女風呂だったから、そのまま番屋直行。最悪だぜ……」

 

「……! そ、そこに幼女はいましたか!? だとしたら小生は許しませんぞ! この巨乳フェチが……!」

 

「一番最後は面倒だから無視しますけど、何ですかその私が悪いみたいな発言は! 嫌だったら、そっちが外道を止めたらいいじゃないですか! そっちが止めたら止めますけど?」

 

「お、脅しにきやがったぞ……!」

 

隣の巫女に対して全員で恐怖の視線を向けるが、本人は笑顔だった。

そんな冗談をかましあっているが、それでもちゃんと正純たちの話は聞いていた。

現に

 

「ハイ、チェックーーーーーーー!!」

 

「……え」

 

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

正純のズボンが下される瞬間を男子メンバーは見逃さなかった。

俺は見ようとした瞬間に智の何かによって吹っ飛ばされたが。

吹っ飛ばされている間にシロがハイディに目を潰されているところを目撃した。しかし、あの商人は正気じゃない行動をとった。

痛みに悶えるよりも、この映像をリークすることによって金を得る事を選んだのである。

 

恐ろしいくらいの金への執着……!

 

そんなツッコミを入れようとして、そして地面に激突。

する寸前に、まずは右足から地面に下す。そのまま踵まで地面に着けるが、このままでは衝撃のせいで、また後ろに転ぶ。

なので、そのまま左足も後ろに置いて、数歩下がる。そのまま慣性が無くなるところまで歩いて、ようやく止まったところで俺を吹っ飛ばしたのが矢だった事に気付く。

 

「おい智! 俺はトーリみたいにボケ術式持ってないから、ボケてもダメージは受けるんだぞ! ───躊躇いがねぇ巨乳巫女だぜ!!」

 

股間に二連打が入った。

 

「あぱぁ……!」

 

死ぬ。

これは死ぬ。間違いなく死ぬ。死なない方がおかしい。痛みを超越して、もう何故か下半身どころか体全体が痛く感じてしまう始末。股間にはもしかして体全体に繋がる神経でもあったのだろうか?

とりあえずこれは痛すぎる。

周りの男性陣はもう怖いものを見るどころか、地獄を見るような瞳でこっちを見て、そして逸らした。

せめて手を貸せよ! と思うが、そんな事を言える痛みではない。

またもや、女の子座りで痛みを耐えていたら、智が目の前に来て微笑んでいた。

 

「ふふ、シュウ君───私はそんなカラダネタを言う子にはお仕置きをしちゃうんですよ」

 

「お、お、お、おっかねぇ……!」

 

「おっかない? とんでもないです───何も悪い事を言わなかったら何もしませんよ?」

 

「J、Jud.……」

 

いい子ですねーと呟きながら、智はこっちの頭を撫でてきた。

何時もなら嫌がって、避けるところなんだが、痛みに耐える事しかできない状態で体を動かすことも出来なかったこともあるし、女の子に撫でられているというより猛獣に頭を撫でられている感じしかしないのである。

お蔭で汗がさっきから引かない。

蛇に睨まれた蛙という単語が頭の中で何度も繰り返される。今度から怒らせるときは股間に何か防具でもつけた方がいいかもしれない。

とりあえず、ようやく痛みをこらえて立ち上がり、さっきまでいた所にまで戻って座った。智も付いてきたが、流石に頭からは手を離していた。

していなかったら、俺が離れていたが。

それにしても

 

正純が襲名を失敗したねぇ………。

 

正直意外だったという思いしかなかった。

それは単純に正純が襲名を失敗するような人物ではないと勝手な偏見を持っていたからである。

女であることは実は予想していた。歩き方とか、些細な仕草とかがかなり女の子していたから、もしかしたらという思いは持っていた。

それをなぜ隠していたのかという理由を今知った。

正純は自分には欠けている政治的思考や判断、そして単純に頭が切れる。文系の能力としてはかなり上だと思っていたのである。

戦闘とはまた違う戦う才能を持っている人物と俺は正純の事を判断していた。

真面目過ぎるのはどうかと思うが、それは武蔵の住人が狂っているからそう思えるのかもしれない。出来れば正純が狂わない事を祈ろう。

何せ、そうじゃなきゃ清純キャラが鈴だけのままになってしまう。このままではその内、狂気濃度が充満して、何れ俺まで狂ってしまうかもしれない。

頼むぜ……! と本気で願う。

そしてインノケンティ……面倒だからおっさんでいいだろう。おっさんからの意地悪のフォローは全部トーリがやってるようだから大丈夫だろうと思い、再び目を瞑る。

目を瞑っている感触が心地よかった。

 

智に……ネイトか?

 

二人の視線を感じるが、今、胸裏で大きくなっている感情に目を向けているから、そっちを見ようと思わない。

二人には悪いが、偶にはセンチにさせてくれやと思いながら、そして再び長かったと思う。

でも、絶対にこの臨時生徒会に参加するつもりはなかった。

自惚れるつもりはないが───俺の行動で、周りが動こうとしても駄目なのだ。トーリの覇道なのだから、その始まりはトーリの意志で始めるべきだし、そこに俺と言う不純物が混じってはいけない。

周りの奴らは良い。この梅組メンバーはトーリを王にする為に頑張り、そして自分達の夢を叶えるのだから。

あくまでトーリの夢なのだから、この物語では主人公はトーリでなければいけないのだ。

別に俺はトーリの夢を手助けしないとは言わない。むしろ、手伝う気満々である。

だけど、いや、だからこそ───この覇道はちゃんとトーリだけのものだと周りに認識してもらわないと困るのだ。

俺がいたから、トーリが動いたなどと余計な無粋はされたくないのだ。俺がいなくてもトーリは動いたという周りの認めが欲しいのである。

トーリ本人はそんなのどうでもいいじゃんかようとか言って苦笑するだろうが、そうはいかない。

俺がせっかく律義に約束を守ったのだから、お前も守ってくれなきゃ釣り合わないだろうが。

お前の横に立ってやるとは言ったが……合わせてやるとは一言も言ってねぇ。俺が横で馬鹿をして欲しければ、お前が自力で横に来てもらわないと、俺は無視するぞ。

でも、そうはならないと思っていた。

何も出来ねぇ馬鹿の癖して、いや、だから諦める事も出来ない馬鹿らからこそ、絶対にそんな事は起きないと思っていた。

 

ああ───だからこそ、お前を俺が誇らせるために決着を早くつけろよ親友。

 

その瞬間を聞き逃さないために、外界に耳を澄ませる。

すると、何か嫌な予感を感じるようなセリフをおっさんが言った。

 

『成程なぁ───決裂するわけだな。そうだよなぁ。お互いに平行線でなしに。そうかそうか───じゃあ、ガリレオ、やれ』

 

言葉と共に今まで感じていなかった場所に急に気配が生まれる。

それに体が勝手に反応し、目を開ける。

既に視線と体は勝手に生まれた気配の方に動いている。視線に籠もる力はもとより指先や足先まで力がいい感じに貯められていく感覚がある。

体が反応している。

剣神なのだから、勿論、剣を振るう場所───すなわち戦いの雰囲気を。

体育などの訓練などとは違う。正しく本音を出し合える場の雰囲気と匂いを自分の血と肉と意識が反応する。

 

「……そっちです!」

 

智の声が聞こえ、ようやく全員が俺が感じ、見ている方に視線を向けた。

そこにいるのは魔神族であった。

K.P.A.Italiaの制服と黑の外套を身に纏った赤の魔神。顔には眼鏡をかけている。おっさんが言った名前から誰かは想像できる。

K.P.A.Italia副長 ガリレオ・ガリレイだ。

だが、周りの馬鹿どもの対応は見事で、既に動こうとしている人間がいるので、ここは素直に頼りになる馬鹿どもだなと思った。

言うとつけあがるから絶対に言わないが。

ともあれ、少しむかついた。

せっかく、俺が似合わねぇ禁欲かまして事の経緯を楽しんで見ていたのに最悪な気分だ。

素晴らしい本を見ていたのに、終わる前にネタバレをされた気分だ。はっきり言って面白くねぇ。

そうと決まれば、やる事はただ一つ。

 

 

つまり───つまらん輩は殴ってご退場願おうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拙・僧・発・進……!」

 

ガリレオ・ガリレイが公邸に現れた途端、動いたのは半竜であるウルキアガ君であったと浅間は見た。

いや、それとも異端審問官であるウルキアガ君と言った方が正しいかもしれない。

異端審問官の人がすることは名の通り、異端の人間にを審問する事である。だからこそ、彼は今回の戦いに自分は余り参加できないと愚痴っていたのである。

本当ならば彼も暴れたいのだろうけど、夢を蔑ろにする気もないのである。ここにいる誰もがそうだと理解しているので、それに付いては誰も文句は言わないし、そんな甘い仲でもないと理解している。

だからこそ、今回の戦いで唯一の異端であるガリレオ・ガリレイが出てきた時に最初に動いたのかもしれませんねと浅間は思った。

ガリレオ・ガリレイ。

特に説明はいらない有名人物である。

説明するまでもない。要約すれば、旧派に諸に喧嘩を売った異端の人物なのである。

ならば、ウルキアガ君が遠慮をする理由はないし、遠慮するようなまともな性格もしてないので彼は明らか殺る気である。

全身の加速器から竜息を出して加速し、疾走する。半竜の種族特性としての飛翔を如何なく発揮した突撃。

その両手には彼特製の拷問器具の一つであるペンチを握っての突貫。

半竜としての怪力に、飛翔の加速。既に水蒸気爆発もしている。更に武器も含めている。あれでは幾ら魔神族でも、ぶつかったらただじゃおかないですね!

だから、浅間は両手でその決定的なシーンを見たら血とか見てしまいますと思い、隠す。そしてこういう時は悲鳴を上げた方が女の子として正しいと思い、悲鳴を上げた。

 

「きゃーーー!! ぐしゃげちゃあ!!」

 

「あんた。偶にかっ飛ばすわよねぇ……」

 

喜美のツッコミと共に、そしてウルキアガとガリレオの距離は零になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルキアガは衝突と共に違和感を感じた。

腕に持っているペンチは合体して、巨大な鋏みたいな物になっている。人間相手に使うと相手があっさり音を上げてしまうから、これは頑丈な奴に使えよと教えられている審問具。

事実、甲殻系などにこれを使うと堅い外殻を潰すのに、使いやすいし、最後にひねったら素晴らしい声をあげてくれるというすばらしい逸品である。

なのにだ。

 

……手ごたえがない!

 

いや、そもそも当たっていない。

目の前の魔神族の手に何時の間にか杖みたいな物が握られていた。

それは

 

「……鎌か!?」

 

「いや。これでも戦槌なのだよ」

 

奇妙な形をしている戦槌であった。

まるで骨……肋骨を編んで作ったかのような槌。ある種の生物らしさを感じるような武器。それに似たような武器をウルキアガは知っている。

 

「まさか……」

 

「気付いたかね?」

 

気付かないはずがない。

つまり、これは昔、級友で今まさに助けに行こうかを議論し合っている少女の一部。

 

「K.P.A.Italiaに預けられた大罪武装”淫蕩の御身”。まぁ、もっとも正式使用者ではないので、本来の力を発揮できないが、対人レベルくらいの力は出せるものだよ」

 

まるで生徒に教えるような教師口調で、ガリレオは続きを説明する。

 

「効果は精々……触れた力を放棄させ遊ぶと言った所か」

 

言葉と同時にペンチが砕けた。

潰れたのではなく砕けた。分解という砕きだ。砕かれたペンチはバラバラ散り、組み立てなおさなければ使えないだろう。

その結果に、ガリレオは苦笑しながら問うた。

 

「力を遊ばれた気分はどうかね───とろけるようだろう」

 

「───行け!」

 

その言葉と同時に彼の背から一人の少年が出てきた。

 

「ノリキ!」

 

「名を呼ばなくてもいい」

 

何時も通りの無愛想な返事と表情と共に、既に両腕は構えられている。

そして彼が右腕に巻いている荒布を叩くと同時に緑色の鳥居型の術式紋章が展開される。

 

『創作術式”弥生月”:━━━発動』

 

ノリキはその腕をコンパクトに構えて、即座にガリレオの脇腹に全力と全速を込めて殴る。

拳が着弾するある種の良い音が響く。

だが

 

「───それだけかな?」

 

ダメージはまったくなかった。

魔神族の外殻はそれだけで防具になっている。並の衝撃では砕くどころか触感にすらならない堅さである。

何らかの術式を使っているようだが、ガリレオはそれはどうせ拳の強化だろうと見当を付けながら、それでもこの結果しか起こせてない事を解り易いように教える。

 

「君の拳は軽いようだ。痩せすぎている事もそうだが、そもそも君は総長連合ではないから、戦闘技能を鍛えていないだろう。嘆くことはない。一般生徒が私に挑んだこと気概は認めよう。だが、私を打倒するには───拳が軽い」

 

「……同じことを二度言わなくてもいい」

 

その瞬間、ウルキアガが動いた。

 

「返してもらおうか……!」

 

狙うは淫蕩の御身。

元より相手は副長なのである。いくら第二特務である自分であっても、そう簡単に勝てるなどと夢想していないし、狂っていない。

そもそも副長というのは戦闘に狂っている可哀想な生き物であるというのが自分の認識である。

自分みたいにエロゲや審問具に興味がある常識竜とは違って、戦闘しか興味がないのが副長である。

自分達の馬鹿は戦闘何て出来ねぇぜみたいな態度を取っているが、実際は全然違うというのが特務である自分達には解っていた。

何だかんだ言ってミトツダイラもそうだろうと思っている。

あれは戦闘に飢えている獣であると。

だから、あれは副長なのだとウルキアガは内心で納得しながら、戦槌を取りに行こうと腕を伸ばす。

 

「頼むぜウッキー!! それがあればホライゾンがエロく、そうエロく! いやら晴しいホライゾンになれるんだ……!」

 

「気が抜けるようなことを言うなーーーー!!」

 

味方からのまさかの妨害に物凄いダメージを受けたが気にせず、戦槌を盗ろうと腕を伸ばす。

半竜と言うのは魔神族と同じで腕とかは長い。

多少離れているがこれくらいならば……といけると判断できた。

淫蕩の御身の効果は武器限定の能力だと判断している。なら、武器ではない腕ならば触っても弾かれたりはしない。

だが

 

「おっと───残念だが、王手にはまだ早いな」

 

言葉によって作られた嫌な予感がウルキアガとノリキに疾った。

だが遅いとでも言いたげに、ガリレオは右手の三本指をこっちに向けて、ポツリと呟いた。

 

天動説(ゲオセントリズム)

 

言葉と同時に現象が起きた。

何故か自分とノリキが地面に叩きつけられて、そのままガリレオを中心に円弧を描いて吹っ飛ばされたのである。

 

「……がっ!」

 

ノリキの呻き声が耳に入る。

仕方がないと三半規管を乱されたウルキアガも思う。

地面を転がされたというが、それは地面を削るくらいの転がし方なのである。自分のように甲殻がある種ならば、内にダメージが積もるくらいだが、ノリキはそうはいかない。

人間なのだから、転がされたことによって皮膚が削られる事によって血が出ている。

運がいいとすればここが土である校庭であったことだろう。

そうでなければ今頃ノリキは戦闘不能であろう。

 

『おいおい、それ。奪われないでくれよぉ。信頼してるんだからなあ、おい』

 

「異端の術式を使ったのに、御咎めは無しかね」

 

『後で地動説の否定証書を提出しろ。それで不問にしといてやる』

 

「その前に一仕事だな」

 

そう言って、ガリレオは周りを見回し、そして何故か御広敷を見て一言。

 

「君だな」

 

「な、何故にそこで小生が……! 最近、周りからの飛び火が激し……って、皆さん、何故そこで小生から離れるんですか!」

 

「作戦は決まったわね」

 

「そうだねナルゼ君。まずは御広敷君が相手の謎の術式を喰らって、地面這いずりまわっている間に、謎の術式の解明&ナルゼ君、もしくはナイト君の遠距離攻撃でガリレオ副長を攻撃。そして隙が出来た瞬間に僕がサインを貰ってくる───完璧な作戦だ」

 

「おおっとぉ!! 来ましたね!? 書記の唐突な病が来ましたね!」

 

「いや、でも、最後を無視すればそれが最善の策だと自分も思うで御座る。だから、御広敷殿はここで空に浮かんで歯を光らせる序盤で死ぬキャラになってもらうのが一番で御座ろう───あ、それもむかつくキャラで御座るな」

 

「本当に最悪ですなぁ!!」

 

相変わらず共食いが起きてるなとウルキアガは冷めた心で思うが、ガリレオはそこら辺無視したらしい。

体に力を溜める様な姿勢をして、いざ何かをしようとした瞬間。

 

「そして現れる、格好いい俺様ぁーーーーーーーーーーーーーーん!!!」

 

彼の肩に馬鹿が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唐突な感触にガリレオは驚きよりも疑問が先に浮かんだ。

 

……何時の間に私の肩に乗った……?

 

完全に知覚出来ていなかった。

そもそも、肩に乗るどころかこちらに来るところですら知覚出来ていなかった。

術式か?

否。

それならば術式を使用した形跡が見つかるはず。流体光か表示枠。何かがあるはずだ。

ならば、加速術式か。

それならば───否、無理だ。

それならば逆にここまで来るのに遅すぎる。加速術式を使っているのならば、元いた場所から、ここまでにそこまで時間がかかるはずがない。

武蔵副長の場所はここに転移する時に一番に確認されている。無能の副長とは言っても副長ではあるのだ。逆にそうやって正体不明でいるのが一番怖いと思っているので、やはり警戒はしていたのだ。

相手が錆び付いた剣であっても油断だけはしていなかった。

自分は副長ではあるが、純粋な戦闘系ではない。むしろ、文系である。魔神族故に身体能力は並の人間を凌駕しているが鍛えてはいない為に逆に並ではない人間には及ばない。

剣神というのは、その最たるものだとガリレオは思っている。

だから、彼は周りの意見など気にせずに、彼を注意していたのだが、この状況を見る限り、まだ甘かったという事だろう。

だから、ガリレオはそのまま淫蕩の御身を持っていない右の腕を肩に突き刺すように振るう。

だが、その直前に

 

「……!」

 

また消えた。

いや違う。今回は本当に彼を注視していたお蔭で、絡繰りは解らないが、どうなっているのかは解った。

言葉で表すなら───見えているのに見えていないのだ(・・・・・・・・・・・・・・・)

視覚には映っている。

視界の端に彼の存在が見えている。

だけど、それを何故か知覚できないのである。見えている、だけど見えていない。故に体の反応は止まってしまう、腕も止まった。

そして丁度、目の前に彼の姿が見え……いや、知覚出来た。

 

「よう。どうした? そんな間抜けなポーズをとって?」

 

「……いや」

 

にやにやと笑う武蔵副長の少年。

それを見て、ガリレオは冷静に理解した。

自分が、今、倒れていないのは彼がその気になっていないからであると。

 

「……元少年」

 

『ああ、解っている』

 

表示枠の元生徒である教皇総長が呆れたように目の前の少年を見ながら嘆息した。

 

『誰だ、奴を無能だなどと判断した奴は……節穴にも程があるぞ、おい』

 

そうだなとガリレオは頷きながら内心では歓喜に震えていた。

そう、解らないのである。

少年が何をしているのか。これから何をするのかも解らない。

そう。解らないからこそ───面白いと笑う。いいぞとガリレオは思う。こうでなくてはいかんとも思う。

未知を前に立ち止まっていては学習にはならない。未知を前に、面白いと思いながら、理解し合うのが学ぶという姿勢なのだと思いながら、声は冷静さを装いながら目の前の少年に問う。

 

「聞き間違いかな? 君はこの臨時生徒会が終わるまで手を出さないと宣言していた気がするが?」

 

「ああ、そうだぜ。今でもその発言を撤回していないし、破った覚えもないぜ」

 

「だが、君は現に臨時生徒会に、このように関わっている気がするが」

 

「じゃあ、言わせてもらおうじゃねぇか───アホかてめぇ」

 

「シュウ君! 駄目ですよ! 馬鹿であるシュウ君にも解り易いように言わせてもらいますけど、その人はガリレオ・ガリレイっていって、何をしたかと言ってもシュウ君には理解できないですから、簡単に言いますけど、その人頭いいんです! だから、シュウ君にはアホって言える資格がないんですけど、そんな酷い事言えませんから、婉曲的に言いますけど、もう少し自分の事を知った方がいいですよ?」

 

「ふふふ、馬鹿ね浅間。それを理解できないから馬鹿なのよ。ね? 現に愚弟も愚剣もトッコンしかできない……あらやだ。噛んじゃった……って突根!? 何それ素晴らしくエロく聞こえるわ!! もう! 流石、愚剣ね! そそり立つ、その根のような剣で突くってわけね!?」

 

「ねーちゃんに浅間! 何、当たり前の事言ってんだよ! 俺の親友は芸風も馬鹿も突き抜けているから俺の親友なんだぜ!!? そう! 親友、シンユー、シーユー……やべぇ! 何か段々切なさを感じるような存在になっちまったぜ!」

 

「おいこら。この気狂い幼馴染共。人が格好よくバーーン! と登場したのに何台無しにしてやがる! だが、俺様も大人だ。寛容な態度で応対してやる……トーリは何をしても快楽に繋がるから、無視するけど、智と喜美は後で胸を揉ませてもらうぜ……これぞレディファースト……!」

 

「言葉の意味、間違ってんぞ!!」

 

周りのツッコミを武蔵副長は人差し指を立てて、上げ下げすることによって無視した。

些か、理解できない事だったから、これに付いては無視した。

何もかもを理解するのは危険だと判断したからだ。

この世には理解すべき事柄と理解しなくてはいけない事柄と、絶対に理解してはいけないモノがあるのだと経験則で知っているのである。

とりあえず、無言で先を促らせる。

それに嘆息しながら、少年が答える。

 

「ああ、いや……別にこれが終わった後ならばいくらでも来いよ。敵として完璧に相対する理由が出来たんなら俺は今回のような奇襲は大目に見るぜ? でもなぁ───まだ中途半端なんだよ」

 

その一言ともに目の前の少年が獰猛な野獣に変わる。

理解している。

目の前にいるのは飢えた野獣であると。

 

「まだ何も始まっていないんだ。まだ何も決まっていないんだ。まだ何も選んでないんだ。それをしようとしている所にてめえらが邪魔しやがる。はっきり言ってうぜぇの一言だぜ」

 

「悪いが、これも私達の仕事でね」

 

「ああ。だから────」

 

少年は袖からメスを取り出した。

それも両腕から。

武装……と言うには余りにも頼りなく、余りにも細く、余りにも小さい武器である。とてもじゃないが戦闘に使えるとは思えない。

自分の甲殻にぶつかったら直ぐに折れてしまうようなか細さである。

なのに、少年はまだ笑っている。

 

「それを邪魔するのが、俺の仕事だな」

 

「……それで敵うと思っているのかね?」

 

「逆に聞くが───俺に勝てると思ってんのかよ」

 

傲慢な答えだ。

まるで自分が無敵であるかのような返答に目を細める。

既にこの少年は自分の力を隠す気はなくなったらしい。既にここまで動き始めたから、隠す必要性がなくなったという事だろう。

 

「何だよ親友! そんなお姫様を守るような騎士様みたいに格好つけやがって! ちくしょう! 俺、惚れちまいそうだぜ!! ───終わったら、俺をあ・げ・る♪」

 

唐突に不敵な笑顔をそのまま凍らせたまま、こちらに少し待てのジェスチャーをして、後ろに振り返って、そして手には何時の間にか本が握られている。

 

「あ! それはさっきまで俺が見ていた銀髪特集ページ! 何だよ~。もしかしてシュウも銀髪キャラが好みだったのかよ! 恥ずかしがらずに教えてくれたら俺の厳選エロゲをプレゼントしてやったのに!」

 

「……」

 

その笑顔と沈黙のまま、武蔵副長はその本を懐から取り出した火打ち石で燃やし始めた。

 

「ああーーー!! お、おおおおおめぇ!? 一体何してんのか解ってんですかーー!!? え? 十分に解っている? だから俺は止まらない? 馬鹿野郎! お前が今やってることはすなわち男たちの秘宝を潰すという試み……! つまり、世界中の男共を敵に回してるんだぞ!! それを本当に解ってやってんですかーーー!! え? てめえと世界の男共を一緒にするんじゃねぇ? 皆、お前よりは穢れていないんだから?」

 

「……何でお前は喋っていない熱田と会話できるんだ……」

 

「え……?」

 

「ちょっ! 何だお前らのその無駄に変で高等なスキルはーー!?」

 

何やら向こうで興味深くない行いが起きているが、興味深くないので無視させてもらった。

武蔵副長がやれやれといった感じで再度こちらを見たからである。

 

「───ここで私と相対をする気かね」

 

「勘違いすんな。俺は今はお前らとバトルする気はねぇんだよ。今は。だからなぁ───」

 

にやついた笑顔をそのままに、彼は挑発を続けた。

 

「頼むから俺をこのままにさせねぇでくれよ。いいか? まだ俺は戦っちゃいけねぇんだよ。なぁ、頼むよ」

 

俺に約束を破らせないでくれ(・・・・・・・・・・・・・)

 

と正反対の表情と感情をこっちに見せながら、それでも彼は戦う気はないと告げた。

その凄惨な顔に、思った事はただ一言であった。

 

見事と。

 

正しく敵ながらよくぞそこまで我慢できたものだと思い、そして引けぬことも知っているからこそ、自分は先に動こうと一歩踏み込もうとする。

だが、それは止められることになった。

間にまた別の人物が突如乱入したことによって。

 

「極東警備隊総隊長、本多・二代」

 

槍の刃と石突きをこちらと武蔵副長に突き付け、黒髪を結えた侍であった。

その刃のような視線でこっちをつっと見て、そして最後に一言付け加えた。

 

「双方、ここで刃を引いてくれないで御座ろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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確固たる行進


さあ行こうよと君が言う

だから、私はこう言う

一緒に行こうと

配点(行進)



 

唐突に目の前に現れた女侍に周りがざわめく。

少なくとも戦闘系の特務クラスは目の前の少女のスピードに驚いているだろうなぁと熱田は一応、目の前の少女から密かに間合いを取るためにじりっと一歩下がる。

すると、しっかり瞳では見ていなくても、しかし、目の前の少女はしっかりこっちを捉えている事を気配で気付く。

 

……へぇ?

 

疼く血が止まらない。

正直に吐けば、トーリがやる気になったせいで、自分の自制心はさっきから罅割れ状態だ。まだ割れてないことが奇跡だぜと思っている。

いけねぇいけねぇと自分に言い聞かせる。

だから、両手を震わすんじゃねえよ、俺。

 

「……二代か!?」

 

「正純か……中等部以来か」

 

正純が目の前の少女に叫んで話しかけるのをガリレオと同じ風にどうでもよさそうにしながら聞く。

知らない関係だったが、この場で驚く事ではない。

だから、既にガリレオは目の前の刃を見ながらも、それを認めた上で更に前に一歩進んだ。

その行為に本多・忠勝の娘である本多・二代は少し、目を細める。

 

「───邪魔する気かね」

 

「邪魔をしているのはどちらで御座るか」

 

おいおい。

止めに来たお前らが一触即発になってどうすんだよと思わず内心で思うが、こういう争いごとを止める才能が自分にはない事を知っている。

どちらかと言うと俺は

 

「おっしゃぁ! どっちが勝つか見物だぜ。ま、最終的に勝つのは俺だけどな」

 

「ここで煽ってきやがった!」

 

周りのツッコミに俺は投げキッスをする事で応えた。

物凄い嫌そうな顔で睨まれた。

 

あの野郎ども……ノリって言うのが解らねえのか……!

 

後でシメてやると心に誓って、トーリたちの方に向かう気配を感じ取る。

気配の数は二人。

そして知らない気配と言うわけでもない気配であった。

 

「お! 麻呂に麻呂嫁だぜ! 何だよー、二人とも俺の活躍を見に来てくれたのかよー! よっしゃ! じゃあ、俺の象さんの偉大さを見せる時が……!」

 

「いらんわーー!! 麻呂を馬鹿にするな! 麻呂は武蔵王ヨシナオであるぞ! 大体、忘れていないか? 総長連合及びに生徒会の権限を預かっているのは麻呂だぞ!」

 

「お? お? お? おいおい皆! どうやら麻呂は自分を倒さなきゃ権限を奪えないぞってご丁寧に魔王宣言をしてきてくれたぜ!」

 

「つまり、麻呂王を倒せば権限を奪回……これってマジで下剋上ってやつじゃねか!? おい!!」

 

「この馬鹿総長&馬鹿副長は……! 麻呂に向かってなんてことを……!」

 

「ヨ、ヨシナオ王! すいません! この外道共が失礼を……! 後でズドンしときますからここは落ち着いてくれませんか!?」

 

「ふふふ、浅間。あんたの発言に皆が戦慄したわよ───ねぇ、点蔵! そうでしょ!?」

 

「な、何でそこで自分に回し……そ、そんなわけないで御座るよ! そうで御座るよな! イトケン殿!!」

 

「おおっと来たね来たね! こうやって周りにパスを回して皆を巻き込む梅組シンパシーだよね!」

 

『うむ。こうして我らは更に友情を深め、高めあうことが出来るのだ。そうだとも。我らの友情レベルは正に無限の力だとも……!』

 

「点蔵。率直に申しますけど、これパスを回す相手間違えていませんか?」

 

「くっ……!」

 

「まぁまぁ……」

 

何故かしまったという顔で正純が取り直している光景が後ろに広がっている。

その顔を見て、俺もつい外道達に餌を与えてしまったと内心で思うが、こう思うと智が射撃してくるので何も言わないことにした。

逃げじゃねぇ。

これはそう前を向こうというポジティブシンキングに違いない。ああ、そうだ。それしかないぜ……。

とりあえず麻呂王の要件を正純が聞いているので、耳を傾けてみると、どうやら俺達を諫めに来たという事らしい。

それをしに来たこと自体は有難いっちゃ有難いんだが、はて? どんな方法でこの場を諫めんのかと思っていたら、成程というモノであった。

 

「麻呂の警護に付いている警護隊隊長がおります」

 

すなわち、恐らく現、武蔵にいる中で最大戦力を俺達にぶつけて負けたのならばそこまでだという事だ。

同じような事なら直政とネイトがやったが、それとこれは少し違うだろう。

二人の実力が低いというわけではない。

むしろ、戦闘力は他国の特務クラスに劣らずとも勝らずといったところであると熱田は思っている。

二人とも同じパワーファイターで、故にパワーだけならば副長クラスにも通じるし、戦い方次第では勝つこともできるとも思っている。

だが、やはり、副長クラスは少し違うのだと思う。

自惚れみたいで言う気はないが、副長クラスは単一特化で強い特務とは違い、総合力全てが揃っている戦闘民族だと自分でも思っている。

勿論、相手によってタイプは違うが。

例えば、三征西班牙の副長や英国の副長は攻撃性が特化している副長とは少し、タイプが違う戦い方らしい。

出会ったらバトリたいものだぜと熱田が内心で思いながら、本多・二代を見る。

さっきの唐突な出現。

しかし、それは自分のそれとは違い、単純なスピードである事というのは看破していた。

何らかの加速術式を使った速度を武器とした近接系だ。

例で言うなら、完璧に昨日の立花・宗茂と同じタイプ。速度を武器にしたといえば簡単に思えるが、その実、かなり鍛え上げて作り上げた芸術めいた戦闘技能を持っている事は勘で分かる。

いや、それくらい楽に斬っちまうのが剣神魂なのだが。

 

「なぁ、シュウ! おめぇ、今、物騒なこと考えてねぇ?」

 

「何を言ってやがんだトーリ。俺はただ人一人を斬る際の労力を考えていただけで、物騒なことは一切考えてねえよ」

 

「それを物騒って言うんだよ!」

 

「いや違う! 良く考えてみろよてめぇら! これからするかもしれない未来に対してどれだけ面倒な事か考えねえ奴がいるか? いねえだろ? つまり、俺が考えているのは物騒な事じゃねえ───要はどれだけ楽に斬れるかって事を思案しているだけだ」

 

「こいつはもう駄目さねぇ……」

 

うるせえととりあえず落ちている石で攻撃を開始したら、向こうは人海戦術で大量の石を投げてきた。

偶に巨大な岩やら矢やら御広敷やネンジが飛んでくるのはどういう事だと思いながら、とりあえず逃げた。御広敷に関しては撃退した。ネンジは勝手に散った。

とりあえず、最後まで点蔵の股間を執拗に狙いまくったので、個人的なストレスは解消されたのが素晴らしい事だった。

ともあれ、彼女が強い事は確かだろう。

この場で純粋に斬り合うという意味で、彼女に勝てる人間はいないという事にしとく。

そう頭の中で考えていると、何時の間にか暴力教師が教皇総長に対して結論を言っていた。

 

「武蔵アリアダスト教導院の問題なのですから、他校の生徒が関与しないでくださいね」

 

『以後気を付けよう』

 

そしてガリレオは一度、こちらを興味がありそうな視線で一度こちらを見たが次の瞬間には消えた。

そこでようやく肩の力を抜いて楽にする。

やれやれと思いつつ、とっとと観客席に帰るかと思っていたら

 

「……」

 

「……おい」

 

何故か目の前の女武者がこちらに刃を向けてきた。

何だか嫌な予感がする。

だって、何故か目の前の少女の瞳には好奇心というか、何というか、つまり、こちらに対して物凄い武者震いをしているような表情でこちらを見ているのである。

 

……おいおい。

 

似たような視線を見た事がある。

というかさっき見ていた。

俺が臨時生徒会に関わらないと言う前のネイトの視線である。動機とかは違うだろうけど、その好戦的な視線は結果的には似たようなものである。

 

「いいか? 待ちやがれ。俺はさっきも言ったように───」

 

「近接武術師、本多・二代」

 

聞いちゃいねえ! と思わず内心で憤るが状況は待ってくれない。

いけねぇとこの女を諫める手段を考えるが、正純や智と違って、俺は口が達者な男ではないのである。代わりに歌は達者な男だが。

煽る事は得意でも諫める事は不得意なのである。

 

「剣神・熱田殿とお見受けするで御座る」

 

「だから、人の話を聞けって……!」

 

断言してやる。

こいつは熱中したものをしている時は誰の言う事も聞かねえ馬鹿だ。一つの物ごとに憑りつかれたら、そこから脱却出来ねえ馬鹿だ。

となると言葉で止めるのは不可能かもしれねえと結論が出てしまう。

いかん。こういう時は正純を目の前の少女にぶち当てなければいけなかったかと、ようやく思いついてしまい、しかし悲しいかな。

正純とは距離が遠過ぎたし、目の前の少女に近過ぎたのである。

 

「いざ尋常に───」

 

どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする? と頭の中で混乱して、混乱しまくった結果。

出た言葉はただ一つ。

とりあえずぶった斬るか。

 

「待ちやがれーーーーーーーー!!!」

 

叫びの勢いでそのまま右手のメスを振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……これは!

 

二代は武蔵副長からの攻撃に物凄く驚いたと言ってもいいだろう。

距離からしたら、振るった攻撃は大いに空振らなければいけない距離である。

当たり前である。

こっちは長物で、あっちは武器どころかメスである。人間を相手に振るって当たるようなものではない。そもそも攻撃になるとは思えない。

それなのに、振るった斬撃は飛んできた。

 

何と面妖な……!

 

術式ではない。

そんなものが発動したのを見ていない。そして、そもそも剣神・熱田には術式は使えない。

その身に宿る流体は全て外ではなく、内にしか向かないという事らしくて、術式などが使えないらしい。それでも近接最強の称号を得ているのは、その流体を全て自己の強化に使っているからと

 

確か……剣神は自身の配下と言ってもいい剣と同化することによってその威力を発揮するとか……!

 

だとしたら、これがそれか。

言葉だけで全く理解できていなかったという事になるが、そんな事を言っている暇はない。

既に飛ぶ斬撃は地面を削って、五メートル近くに来ている。

対してこちらは突撃しようとする瞬間であり、体勢は前に行こうとしている。

初動が遅れたという事実に悔しさを感じながら、避ける為に前に出ている右足を自分の左足で、右に払う。それで右に勝手に転ぶが、このままでは第二射がが来た時に耐えられない。

ならば

 

……蜻蛉切り!

 

剣神に向けていた蜻蛉切りの石突きで地面を穿つ。

その衝撃で自分の体は猫の体のように丸まって跳ね飛ぶ。そしてその後に右足から足を付けて、視線を前にする。そしてこのまま加速術式で───

 

「おーーー!? やっちまったーー!! つい、誤って思いっきり、メスを振るって潰しちまった!!」

 

「熱田ーー。今、気付いたけど、それって学校の備品のように思えるんだけど?」

 

「!! 違うぜ! これはアデーレの犬達が奪おうとしていたところを俺が奪い返した戦利品だぜ! むしろ、俺、正義の味方!」

 

「ここで何で自分に弾を逸らすんですかーー! ち、ちが、違いますよ! 自分の犬達はそんな躾けの悪いことしませんよ!?」

 

「でも、そういえば先生。以前、アデーレの犬達に肉を奪われたことがあった気がするわねー。」

 

「来ますか!? ここで来ますか!? 回避不能の一撃必殺をここで出しますか!? ですが、それは諸刃の剣ですよ先生! 一撃必殺故に一撃しかそのツッコミは使えないのですから……!」

 

「ネシンバラ君。アデーレに良い脳の施療院を教えてくれませんか?」

 

「んー? 素人意見だけど、多分、もう駄目だね」

 

「断定されましたよ自分!?」

 

「あたぼうよアデーレ! おめえ自分がまともだと思ってたのかよ、可哀想な奴だなあ。でも、俺達はアデーレが凄く可哀想な奴だと解って付き合ってるから全然大丈夫だぜ!」

 

「ぜ、全裸に大丈夫だとか可哀想とか言われたくないですよ!」

 

思いっきり空気に滑らされてしまったで御座る。

思わず半目でこれらの馬鹿どもの仲間である正純の方を見てしまう。

その視線に慌てて正純は手を勢いよく横に振って答える。

 

「ち、違うぞ! 私はこんな奇妙集団の一員じゃないぞ! 私は至って普通の生徒だ!」

 

「んー、でもナイちゃん思うに、女子なのに男子の制服で毎日登校しているのは奇妙としか言えないと思うんだけど」

 

「シッ。言っちゃ駄目よマルゴット。正純はあれで普通だと思っているの。あれよあれ。自分の常識こそが、世界の常識と思っている可哀想……哀れな思考回路を持っているのよ。だから、せめて私達だけでもイタイものを見るような目で見てあげないと───それに同人誌のネタになるから私的にはOKよ。受け入れはしないけど」

 

「長いし、酷いし、最悪だなお前!」

 

どうやらお取込み中だと思い、遠慮することにした。

拙者、良い事をしたで御座ると思いつつ、そういえば熱田殿と戦闘中で御座ったと思い、慌てて構え直す。

そこに目の前にいきなり手が現れた。

 

「……!」

 

「ああ待った待った。落ち着け、女侍」

 

何時の間にか間合いに侵入してきた剣神。

その滑らかさに息を呑むのを止められない。

今のは自分の油断か? 周りの馬鹿騒ぎに目を逸らして、相手の動きを視界に入れなかったから当たり前の結果か?

否。

それは違うと断言する。

確かに熱田殿から目を逸らしていたことは認める。周りの馬鹿騒ぎに目を逸らしていたことも認める。

しかし、だからと言って目の前にいる相対の相手から気を逸らす事だけはしていないと断言できる。

自分は未熟な身だ。

なればこそ、油断などする気もないし、してはいけない。……いや、目を逸らしていたことを油断と指摘されたら困るので御座るが、それについては全裸のせいという事にしておくで御座る。

とにかく、自分は無意識で相手から気を逸らさないような訓練を受けている。

鹿角様からも「これならば、忠勝様が背後からだーれだ! などと馬鹿げたことをやってきても対処できます」と保証してくれたので御座る。

父上はそこで鹿角様にしようとしたのだが、逆に肉包丁を父上の首に目がけて叩こうとしていたのだ。

まだまだ甘いで御座ると内心で思いながら、とりあえず意識を逸らしていたわけではないと思う。

 

……なら、単純に熱田殿の体術で御座るか!?

 

それならば素直に恐ろしいと思う。

どういう理屈かは解らないし、簡単に理解できるとは思えない。

ただ内容が何であれ、その技術には脱帽物である。

実際、今のがもしも首を取る一撃だったのならば、自分は躱せなかったのである。

 

───見事!

 

だからこそ待てと言う言葉を聞かなければいけない。

自分は情けをかけられたのだから、答えなければいけない。

 

「Jud.何で御座ろうか?」

 

「おう。ようやく話を聞く気になったか」

 

「待つで御座る。その言い方では拙者はさっきまで人の話を聞く気がなかったように聞こえるで御座る」

 

「聞こえるじゃなくて、そうだったんだよ!」

 

周りの声が大きいで御座るなぁと思いつつ、熱田殿の話を聞く。

 

「とりあえず……俺は残念ながら、この臨時生徒会には絶対に手出ししねえって宣言してるもんでな。だから、さっきみたいに邪魔してきたならばともかく、お前みたいに相対する奴とは俺は残念ながら闘れねえんだわ」

 

「……ぬ」

 

「悪いな」

 

「……いや」

 

それならば仕方がないという思いと、悔しいという思いが出来るが、やはり結論は仕方がないの方だろう。

怠惰とか、そういう理由ならば異議を申し出ている所なのだが、ほんの一瞬の攻防だが、相手の思いを一方的に理解はした気がする。

解った事は怠惰などという理由で彼は戦う気がないという事ではないという事。

彼の剣から感じた事は───まるで戦端を斬り開くかのような曇りのない強さだけである。そして彼はその戦端を誰かに捧げている。

この場でその相手が誰かといえば───武蔵総長兼生徒会長の事だろう。

まっこと見事な忠義と思い、二代は侍だからこそ何も言わなかった。

 

「それがこの場の決定ならば、拙者はそれに従うのみで御座る。であれば、誰が拙者の相手を?」

 

その言葉にいきなりアリアダスト教導院メンバーがスクラムを組み始めた。

 

「とりあえず、点蔵は却下だ。キャラクターで負けてやがるからな」

 

「くっ……! た、確かに自分もあそこまで開き直れないで御座る……!」

 

「んーー。じゃ、ネンジ行ってみる?」

 

『吾輩に行けと申すか……! いいだろうトーリよ……然らば、その眼に吾輩の華麗な戦い方を見ておくがいい!』

 

「散り際の間違いじゃないかな?」

 

「マルゴットよ……率直に言えばいいというわけではないと拙僧思うぞ」

 

「じゃあ、どうするのよ。遠距離でいってもあの蜻蛉切り狙えるんでしょ? じゃあ、私とマルゴットは術の出が遅いから相性が悪いと思うわ───盾がいれば別だけど」

 

「な、何故にそこで小生を見るんですか! それに相手は幼女じゃないので、小生はあんなババア相手に近寄る気はな───ど、どうして殺気が周りどころか、表示枠からも感じるのでしょうか……」

 

「無視するけど、シロ君と私じゃあパワーとかは代用系の術式で補えるけど、技術がないから多分駄目だと思うかなー?」

 

「私とマサはパワーは多分勝っていると思いますけど……さっきの動きや神肖動画で見た動きを察するにスピードで対処できませんから、無理だと思いますわ……」

 

「となると僕なのかなぁ……一応ベルトーニ君みたいな代用系の術式は僕も使えるから。キャラもクロスユナイト君みたいに負けていないし」

 

「ここは私が超遠距離からズドンで……とか、なんちゃって……」

 

「───それだ!!」

 

「冗談に皆反応しないでください!!」

 

何だか寒気を感じるで御座る。

そう思い、何となしに周りを見回し、そしてさっきまでいた場所を見直すと───戦慄した。

さっきの斬撃が凡そ二十メートルくらい先まで斬れていたからである。単純な斬撃でここまでの威力を出せるとは………ならば、中距離であっても熱田殿は戦えるという事である。

恐ろしいで御座るなと武者震いをしているところを本人がその傷跡をじっとみている拙者に気付いたのか、何なしにこちらを見て心底駄目だぜと言いたげな一言を呟き、その呟きに再び驚愕した。

 

「やっぱり────剣じゃなかったらその程度か(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三河君主、ホライゾン・アリアダストの奪還を極東の判断と決定いたします」

 

それ以降の流れは割とあっさりしたものと言ってもいいだろうと浅間は思った。。

本多・二代さんの相対にはトーリ君の姉である葵・喜美が出た。

一般生徒である彼女は己の術式"高嶺舞"の自分が認めた相手以外には触れさせないという力を使い、見事副長クラスの相手を撃退した。

その事によりもう意志は決定された。

最後に正純が教皇総長に対して、ヴェストファーレン会議で決着を着けようという事で宣戦布告をして、臨時生徒会は終わった。

その後に来たのは一瞬の静けさであり、そして直ぐに大歓声へと変わった。

その声には喜びや嬉しさが籠っていたと、勝手に解釈する。

 

……それは嫌ですよね。

 

目の前で罪もない子供であり、同世代である女の子が死ぬのは。

実際、さっきまで敵側の位置に立っていた正純やマサ、ミトもほっとしたような顔で笑っている。

 

良かった……。

 

本当に良かったと思う。

私も、皆も勝手な勘違いかもしれないけど、やっぱり友人を助けたいという思いは真摯な気持ちだったのだと証明できた気がしたのだ。

そう思い、そういえばこの事で一番喜んでいるであろう二人組はどこにいるだろうと思い、顔を回していると───いた。

 

トーリ君とシュウ君。

 

二人とも喧騒から離れた場所でこの場の大歓声から切り離されているかのような穏やかな雰囲気で喋っていた。

 

「……ハァ。長かったな」

 

「そうだな……オメェの場合は勝手に禁欲かましているのがいけなかったと思うけど?」

 

「何言ってやがる馬鹿トーリ。俺が何時禁欲なんてしたんだよ。俺はちゃっかり先生の部屋から酒を盗んで飲んだりしているから禁欲なんてしてないぞ」

 

そして二人は何時もとは全然違う苦笑をして笑いあう。

思わず、その光景をボーっと見てしまう。目の前にいる良く見知った二人がまるで別人のように思える。

二人の事に気付いたのか、梅組メンバーも何時の間にか二人を注視していた。

 

「さてと……」

 

「行くか、トーリ」

 

「別に無理に頼む気はねえぜ? 俺が一人で行った方が俺一人で叱られるだけで終わるだろ」

 

「そうもいかねえ。アホらしいことに俺はどっかの馬鹿と馬鹿らしい約束をしているからな」

 

そうしてシュウ君が虚空に手を伸ばす。

すると

生徒会室から窓を突き破ってくる布に巻かれた巨大なものが彼の手まで飛んで行って、そして握りしめられた。

 

「あーーーー!! オメェ!! あそこには俺が密かに隠していたエロゲが大量にあったのに……!」

 

「ああ。だから、派手に登場するためにわざとこの剣をあそこに置いといてやったんだぜ。感謝しろよな」

 

「前から言おうか迷っていたんだが、親友!! 実は俺のエロゲに何か恨みがあるのか! そうなのか! 解った! 巨乳モノを俺が一部独占していたのが悪かったのか! そいつは悪い!!」

 

「お前ーー!! まさか俺が欲しがっていた『デルモミクエストVER.O・O』とかはお前が買い漁っていたのかよ!!」

 

「あ、それ俺だ」

 

「俺の巨乳信仰を妨げやがって……!」

 

あれれ?

さっきまで私が思っていたのは勘違いですかね? 私の脳が血迷っただけですかね? そもそも何で私は血迷ったんでしょうか? 

結論=あの二人のせいですね。

そうしているとどこからともなく声が聞こえた。

 

『ヒサシブリナノ』

 

「おう、久しぶりだな」

 

声は明らかにシュウ君の手元の巨大な物体から聞こえていた。

布に巻かれているから中身は見えませんけど、恐らく大剣といった所ですかねと想像し、そして人工の知能があるところを見ると

 

……神格武装級ですか!?

 

驚きはしたけど、熱田並の神社ならばそれくらい持っていてもおかしくはない。

剣神なのだから、それくらいの武器を持っていないと釣り合わないでしょうし。

 

『キルノ? キルノ?』

 

「勿論だぜ。俺が振るうんだから斬るしかねーだろうが」

 

『タノシミ』

 

……何か小動物みたいな言動に騙されそうになりましたけど、今、かなり物騒な事を言いましたよ!?

やはり、飼い主があれだったら、ペットも同じ性格になるという事でしょうかと新しい哲学を知った気分になった。

 

「ま、とっとこ行こうや。あの毒舌女を捕まえたら、その後、どうせ打ち上げだろ? なら、速い方がいいだろ?」

 

「そうだなー。後でホライゾンに餃子でも作ってやるか……!」

 

「やってもいいが、その馬鹿に関しては俺を巻き込むな」

 

そうして彼らは何となしに散歩しに行くかのような感じで階段に向かっていった。

 

ちょっ……!

 

何で二人で勝手に行くんですかと思い、思わず体勢が前のめりになったところにトーリ君の言葉が飛んできた。

 

「悪ぃ、ちょっと行ってくるわ」

 

本当に気負いも何も無しに、彼はその一言を告げた。

 

「お前らは皆、俺に皆でやればホライゾンを救えるという事を教えてくれた───でも、別にお前らはホライゾンを助けなくてもいいよ。だって、これは俺がしたい事であって、お前らがするべきっていう事情はないからな」

 

即座にならば……という視線でシュウ君の方に視線が向く。

すると、彼は仕方なさそうに溜息を吐いた後に、答える。

 

「馬鹿げたことに……俺はこの馬鹿の隣で馬鹿をするだなんて脳がいかれた約束を過去の狂っている俺が約束しちまっててな。本当に馬鹿らしいが───約束を破るのは性分じゃなくてな。こいつの横に立ってなきゃいけねえんだよ」

 

「……! な、何よそれ! 私の指を動かせる気ね!? もう! せっかちな馬鹿二人組ね! 人の予定を気にしてネタを蒔きなさいよ! ───でも、礼は言うわ総長!」

 

「っしゃあああ!! ほら、親友! 十年前に賭けた金を渡す時だぜ! やっぱり、最後に俺に礼を言っただろう!!?」

 

「ああ、クソ!! ナルゼ! てめぇ……何、俺の予想を裏切っていやがんだ!!」

 

「……何、あんたら私をネタにしてるのよ!! 本当に最低ね」

 

「お前が言うな!!」

 

全員の睨みにナルゼは無視して表示枠にネームを書きだした。

途中に「ここで浅間にズドンをさせて……いや、もしくは乱入させるべきかしら?」という台詞に戦慄してしまいましたが、こ、後者でトーリ君を除外するならば……と心の中だけで考えて、今回は見逃した。

前者だったら、御望み通りズドンですけど。

とりあえず、皆で落ち着けと落ち着かせ合う。これはこれで私達は一体何をしたいんだろうと思わなくもないですが、とりあえず、空気を戻せればいいと思い、何とか戻した。

 

 

 

 

 

 

 

そして少年の微笑と共に声が届いた。

 

「まぁ、俺達だけで行けば叱られるのは俺達だけで済むだろうしさ───俺が行ってちょっと叱れば俺の分はそれで終わりなんだ」

 

でもなぁ

 

「俺はそれだけで十分なんだ。ホライゾンが死ぬしかない存在ではない、殺されるだけの存在じゃないってだけで俺はもう十分なんだ。それさえあれば俺は行けるし、笑える」

 

だからな

 

「お前らにもしも大事な人が出来たんなら、こう思ってくれよ───お前らは救えることが出来る人間なんだ。出来ねえ俺が保証してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……馬鹿ねー。

 

オリオトライは苦笑と共に二人の馬鹿が階段を下りて行くのを見ていた。

何時も力を隠して、しかし、ずっと馬鹿に期待していた熱田に。

何も出来ねえと思ってても、それでも自分の夢をずっと諦めなかったトーリ。

だから、二人で馬鹿をしに行くと言う二人。

ベクトルは多少違えども、やっぱり、二人の馬鹿は根本的には似たようなモノねと苦笑を深くする。

隣で光紀がおろおろしているけど気にしない。

ヨシナオ王が二人を引き留めようとしているけど、気にしない。

だって、私はこの後、子供たちが何をするのか大体予想しているのだから。

 

「あ……」

 

隣で光紀がその光景に漏らす。

誰も彼もが二人の後を追って行ったからである。梅組メンバーも、そうじゃない生徒達も。

誰も彼もが王とその剣を追いかけた。

誰も彼もがやれやれといった感じに笑い、苦笑して、二人の後を追いかける。

何て素敵な子達だろう。配点は満点。

素敵過ぎて、さっきまでの苦笑が微笑に変わっているのが解る。

そして追いつかれた二人が、その光景を見て、仕方なさそうに笑った。

 

「頑張れ……頑張れ……」

 

頑張って前を向いて、歩いて、辿り着いてほしい。

そう、これはただ進路を選んだだけなのである。

じゃあ、テストを受けなきゃ。

夢を叶える為にテストを受けて、そして合格点を取るの。平均点くらいじゃ認めるのは難しいわね。やっぱり、夢を叶えるのだから満点を取らなきゃ。

だから

 

「頑張れ……頑張れ……」

 

頑張って───夢を叶えに行きなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく物好きな馬鹿どもだぜ」

 

「それに関しては同感だぜ親友。というか、東。来ても大丈夫なのかよ」

 

「大丈夫だよ……余にだって出来る事があるはずだから」

 

元皇族の東の言葉を聞いて皆苦笑する。

何一つ気負いのない行進。

これから世界に喧嘩を売る態度とは思えない、昨日までと変わらない姿であった。

そして彼らが階段を下りると、そこにはアリアダスト教導院学長の酒井・忠次学長が何時も通りの笑顔でそこに立っていた。

 

「おう派手な出陣だねぇ」

 

「派手あってこその始まりだろうが」

 

「ちょっ……熱田。少しは礼儀を……」

 

「はっはっ、いいんだよ正純君。この馬鹿はこれくらいで丁度いいくらいの調子なんだよ」

 

そこでとりあえずと前置きを作って

 

「その剣。使う気になったのかい?」

 

「……まぁな。俺の剣になってくれているんだ。使わなきゃもったいないぜ」

 

「使ってこその剣。でもね。使うからには───」

 

「勝ちを拾えっていうんだろ。何を当たり前の事言ってんだ爺。熱田の剣神が剣を抜くときは必勝だぜ」

 

二人の会話の意味は誰も理解できていなかった。

だけど、二人はそれを無視して熱田がそれにだと前置く。それを酒井学長は興味深そうな顔で聞く。

その宣言は

 

「俺は世界最強になる男だぜ。こんな所で負ける様な熱田様じゃねーンだよ」

 

「……はは」

 

皆が熱田の発言に流石に驚いた。

だが、酒井学長は少し驚いた後に、本当に可笑しそうな顔で、お腹の痛みを耐える様な震える笑いを吐き出した。

 

「ははは……その台詞───ダっちゃんに聞かせたかったよ」

 

「天国まで届けば問題ねーよ。もしくは地獄か?」

 

はは、とまた笑い、そしてそのまま視線を全体に向けた。

 

「まぁ、でも、ホライゾンを連れてちゃんと帰ってこいよお前ら。遠足は家に帰るまでが遠足ってよく言うでしょ。それと同じだ」

 

「おいおい学長。これからちょっと聖連に喧嘩売るのが遠足と同じなのかよー」

 

「お前さんが一番そんな風に思っている気がするけどね、トーリ」

 

苦笑して、しかし言葉は続ける。

 

「現場に置いては努力をするな。ただ全力を出せばいいんだ。限界何て超えたら無駄に肩に力が入るだけなんだから。ただ今まで積み重ねたものだけを信じろ。そしてそれでも無理だったら……」

 

一息を入れて、そして言った。

 

「生還しなよ」

 

「───Jud.!」

 

言葉を合わせてその言葉を皆が受け入れる。

その言葉を皆が胸に刻んでいる中、トーリが浅間に喋りかけた。

 

「なぁ、浅間」

 

「……何です?」

 

「俺がオマエに預けていたの借りていいかな。きっと、これから必要になる事になると思うんだわ」

 

その言葉に誰もが視線をトーリと浅間の方に向ける。

その言葉の意味を解らない梅組じゃないのだ。

その言葉に反応したのは喜美であった。

 

「ふふふ、愚弟。別に構わないんだけど、忘れちゃいないでしょうね?」

 

「ああ、大丈夫だよ姉ちゃん。俺は何も出来ねえから、直ぐに人を頼りにすると思うけど、それを皆のせいにする気はないし、それに───死ぬ気もねえよ」

 

「ふふふ、ならいいわ」

 

「……まったく。本当に人の話を聞かない姉弟ですね……解りました。こっちで通す準備をしときます」

 

「ありがてえ」

 

その言葉に浅間は苦笑しながら表示枠を開いて、何らかの操作をする。

そして最後に酒井からホライゾンの入学推薦書を貰い、そして一言。

 

「じゃあ、皆、行こうぜ───全員、頼りにしてんぜ」

 

「───Jud.!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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戦場へ


急げ急げ

前だけを見ろ

前にしか行くべき場所はないのだから

配点(鍔迫り合い)


 

光の部屋の中でホライゾンは周りが騒がしくなっている事に気付いた。

 

何でしょうか……騒がしい。

 

と言っても、ここから何かを言っても、それで騒がしさが無くなるわけでもないので言っても労力の無駄というモノだろうと判断する。

だけど、やはり周りの騒がしさを無視するという事は難しくて、さっきまで読んでいた本から視線を外して、周りを見回す。

すると、そこには

 

「武神……」

 

どういう事だと思考する。

まさか自分の処刑に武神を使うのだろうか? 一体、それは何時の時代の切腹だろうか? 介錯を武神にやらすとは斬新というよりは残酷過ぎませんかと普通に考える。というか、そもそも武神の剣で武神よりも小さい人間サイズの自動人形の、それも首だけを狙えるのだろうか?

どうやらK.P.A.Italiaの人達の性格はかなり良い性格をしているみたいですと結論を出しておいた。

すると、自分の世話をしてくれている女性との声が聞こえた。

 

『外が気になりますか』

 

「いえいえ。私はK.P.A.Italiaの人達が残酷ひゃっはーー! な性格でも目を細めるだけで、蔑んだりはしませんよ」

 

『は?』

 

「失礼、何でもありません」

 

思わず隠すべき本音が出てしまいましたと反省。

あんまり相手を刺激させて、更に過激にしては私が辛いだけなのでと思い、少し自重しないといけないと決める。

とりあえず、世話係の彼女の言葉に甘えて聞こうかと思ったが───止めた。

 

『……聞かないんですか?』

 

「率直に申しまして……聞いてもホライゾンには意味も、関係もないと判断したので。ですから、御安心下さい」

 

ここで自分は死ぬべきなのだと周りにも、自分にも納得させる言葉。

少し、相手はその言葉に罪悪感でも感じたのか、少し沈黙したが、それでも処刑前の自分に喋りかけてくれる。

 

『すいません……あ。出来ればその分解力場壁には触らないで頂きたいです。その……危険ですから』

 

「分解力場壁……?」

 

『Tes.簡単に申せば、触ればその壁に自分を解読され、自分の大罪を突き付けられます。大罪というのは、つまり自分の一番の後悔の記憶。それを否定できなかったら、単純に分解されます。そして今の所、この力場を否定できた者はいません───過去の罪を否定することは誰にもできませんから』

 

「それならば、ホライゾンが直接その壁に触った方が手っ取り早いのでは?」

 

『ホライゾン様は大罪武装の抽出とかもありまして……』

 

そこで世話役の少女は自分の失言に気付いたのか、慌てた様子で

 

『すいません、そのままでお願いします……』

 

「Jud.」

 

ここで何かを言えば彼女が委縮するだけだろうと思い、ホライゾンは読んでいた本の方に視線を向き直した。

そして真面目に考えてみれば、武神が出てくるという事は、これから戦闘が起きるという事である。

嫌な予感が当たるのならば───相手は

 

「……関係ありません」

 

誰にも聞こえないような小さな声で無関心という言葉を吐く。

そう。自分には関係ない。これから死ぬだけの自動人形には何も関係がない事だろう。

死人に口なし……というのは些か速いのかもしれないが、どうせ死が決定している身である。ならば、別に使ってもいいだろう。

だから、誰も自分に関わらないでいいのだとホライゾンはただ惰性に任せて本を読もうとして

 

「あ……図書券が挟んでありました」

 

ちょっと未練が残ってしまいそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……そろそろ宴の始まりってとこかな」

 

「くくく、眼鏡が何か格好つけた事を言っているけど、今日は機嫌が良いから特別に発言を許すわ! さぁ、眼鏡らしく知的に狂った発言をかますといいわ。そう知的。漢字変換すると痴的! んーー! もう!こんな所で痴的にならないでよ! 私的にはオッケーだけど!」

 

「ごめん。葵姉君がもう頭の狂気スピードメーターが振り切れているんだけど、どうすればいいと思う?」

 

『とりあえず、トーリ君と喜美のお母さんを呼べば治るんじゃないですかね?」

 

「あ、あんた……! 何て事を言うのよ! うちのお母さんはマジでリアル侍だから、こういう場面で冗談を言っていたとか言ったら私のお尻が刀でぺんぺんされるかもしれないわよ! 掛け声はは・い・と・く・て・き!! でお願いね!?」

 

『パス1でシュウ君へ』

 

『お化けでも見せればいいんじゃね? ……ああ、喜美。解った解った。お前の一瞬の反応で次のリアクションが解ったから何も言うんじゃねえ。だから、パス2でネシンバラに』

 

「……って結局僕の所に戻っているじゃないか!!」

 

役に立たない囮だとネシンバラは少し絶望して、結局無視することにした。

それに今考えるべきなのは近くにいる狂った踊り子ではなく、目の前の戦場の踊り相手の事だろう。

 

「まったく……現実は困難だというのは当たり前のことなんだけど……」

 

ここまで来たら逆に笑ってしまう。

数は勿論、経験、武器。そういった物でこっちは世界に負けているのである。術式だってあからさまな攻撃術式は抑えられている。

せめて、特務としての実力は互角だと思いたいけど。

笑えるくらい絶望的な戦闘。

だけど、それを笑い飛ばすことが出来るくらい余裕がある。

これくらい出来ないと武蔵の王の所で馬鹿をやる事は出来ない。何も出来ない馬鹿が、この状況を笑うことが出来ているのだ。なら、自分は笑い飛ばすくらいしないといけない。

支持を受けたのならば、それに答えるのが義理というものだろう。

ようやく彼はこっちの期待に応えてくれたのだ。なら、後は僕達の出番だ。

既に作戦の指示は各方面に出している。

空はナルゼ君にナイト君に頼み、地上はクロスユナイト君、ペルソナ君、バルフェッド君、ノリキ君、槍本多君。そしてヒロインお迎え役の今回の主人公の葵君。

そして熱田君は個人行動中。

作戦係としては、もうやる事はない。

だけど、言いたい事はある。

 

「皆、聞いてくれる? 作戦などは既に皆に伝わっていると思うし、もう僕がやるべき役割は終えたけど、ちょっと言いたいことがあるんだ」

 

表示枠を通して、皆にこの声が聞こえている事を確認しながら、続く言葉を吐く。

 

「誰も戦争は好きな人はいな……あ、うちの副長は例外にしてよ───あれは少し頭の血が溢れすぎているヤンキーだから」

 

『いきなり嫌味かよ! この眼鏡!! 後で覚えていろよ……!』

 

忘れる事にするので、いらない表示枠を断ち割った。

 

「だけど、美化するわけでもないけど、精一杯生きる。それだけならば戦場にも価値が生まれると思うし、参加したのならばせめて全力を出して価値を見つけに行こう。ほら? よく言うでしょ? 生きる事は戦いだって。なら、戦おう。何を相手に、何を目的にして戦うのかは君達の自由だ。」

 

誰も強制しない。

 

「姫を助ける事を目的に戦ってくれてもいいし、何だったら自分の力を試してみたいとかでもいい。何だっていいんだ。自分の人生だ。君たちの人生の戦いは君たちが決めてくれ───そして僕らの王の代弁をさせてもらうよ。絶対に死ぬなって」

 

彼ならばこう言うだろう。

 

「無理はしてもいいけど、無茶はしちゃ駄目だ。頑張る事と限界を超えるという事は一緒じゃないんだ。だから、勝手な意見だが言わせてもらう。死地を思わないでくれ。帰ってくるその歩みが生地を作っていくんだ」

 

だから

 

「どうだい皆。死亡フラグはちゃんと立てた? 伏線はしっかり張った? その回収の準備が出来ている? 危険な時に救ってくれる友はいる? 絶望した時に叫ぶ名前はある? いざその時に逆転する隠し玉は持っているかい? 俺がヒーローだと、安っぽいけど高らかな信仰は持っている? そして何より───帰るべき場所はあるかい登場人物達?」

 

「───Jud.!」

 

いい返事だ微笑し、なら、作戦係として言おう。

 

「ならば、僕は君達の選ぶ選択肢を伝えよう。僕の好みは山あり谷ありの盛り上がる物語が好きだからね。だから、僕が示すルートは───一直線だ」

 

ざわっと周りが騒ぎ出す。

まぁ、無理もないかと思い、少し耳を傾ける。

 

「おい……遂に、あの眼鏡。自分が生きたいだけで、俺達の命を差し出してくれって婉曲に言いやがったぞ……!」

 

「何時かはやると思ってたんだ……」

 

「……私、遺書の書き方なんて知らないんだけど……「眼鏡の無茶な要求に懐広く応じたらあえなく人生落馬」とか書いたらいいのかな?」

 

「どうせならヤラレル前に射的訓練を……!」

 

とりあえず、何人かは最前線に放置しようと決めた。

三征西班牙とK.P.A.Italiaの訓練された学生たちによってきっと生まれ変わって帰ってこれるだろうとネシンバラはどうでもいい事を考える。

それに、何を言われても変える気はない作戦だ。

 

「色々と言われているようだけど……三征西班牙とK.P.A.Italiaの英雄達や武神などに武蔵がこれら相手にホライゾン・アリアダストを奪還して、なおかつ大罪武装を取り返したとなれば、かなり世界に注目される事になるんだ」

 

今の武蔵が注目されるというのは、かなり利点になる。

それは政治系本多君も同意の上だ。

だからこそ、ある種無茶とも思われる作戦にGOサインが出たのである。じゃなければ、僕は前線メンバーに自爆術式を持たせてゴッドウインドウ作戦を出させて、葵君だけをアリアダスト君の所に出すという作戦を出すつもりだった。

きっと、皆、派手に爆発するだろうになぁと少し期待していたのだが、バルフェッド君から笑顔で×を出されてしまったので止めといた。

理想というのは中々実現できないものだとネシンバラは頭の中で何度も首を縦に振った。

出来なかったことをごちゃごちゃ言っても仕方がない。

もう、後は進むだけなのだから。

 

「さぁ、行ってくれるかい登場人物達。聖譜なんてつまらない歴史書よりも僕のネタ帳の充実のために行ってくれ。何、後はヒロインを救出してハッピーエンドを見るだけだ。迷わずこの話を終わらせて、続きの話に繋げよう。そして主人公───そろそろ何か言ったらどうだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公と呼ばれ、その主人公集団を囲っていた人物は全員唸っていた。

西側山岳回廊の出口に集まっている点蔵、かなりごつい機動殻を装着しているアデーレ、ノリキ、二代、ペルソナはとりあえずその先の関所の門の方を見た。

あの門を潜れば三征西班牙とK.P.A.Italiaの混成軍が見えるだろう。

その数およそ千。

 

「面倒すよねー。こっちは二百くらいで単純な戦力差なら五倍くらいありますし……」

 

「恐らく、こっちの集中突破の事も予想されているで御座ろうな」

 

「うむ、となるとかなりの激戦でなるで御座るな。しかし、それは上に行ったナルゼ殿やマルガ殿も、熱田殿も同じで御座る。なら、拙者達だけ楽できるわけかなろうで御座る」

 

「……第一特務? 既にキャラがかなり負けているような気が……」

 

「……アデーレ殿? 思っていても言わないのが優しさという概念で御座るよ? え、ええい! そんな目で見ないでほしいで御座る! じ、自分は負けと思ってないし、そもそも勝負とかそんなものにこだわるようでは忍びとして失格で御座るし、有体に言えば忍びの懐はこれしきで敗れない……!」

 

「もう、解ったから言わなくていい。それよりも、その主人公はどこに行った?」

 

主人公……と二代以外が俯いてしまうが、とりあえず探すが、あれ? という展開に。

確か、さっきまでそこにいたはずなのだが何故かいない。

流石に、帰ったとかはいないだろうと思い、全員でふと何となくで門の方に視線を向けた。

そこには

 

「おいおい、オマエら。遅えよ、何やってんだよ。向こうが待ってるんだから、俺達もとっとと行こうぜ?」

 

「ぬおおおおおおお!! ちょ! そこ! ば、馬鹿総長! 一体! 今! 何を! しようと! しているんですか!!」

 

「おいおいアデーレ。一々"!"で止めるなよー。俺は親友の言ったように行くなら早めに行った方がいいっていう言葉を有言実行しようとしているだけだぜ?」

 

『も、もう!? この馬鹿総長と副長はどうして私に仕事ばかり与えまくるのよ!? まだこっちはようやく浅間を登場させてズッドーーン!! させている所なのよ! 絡ませるのはもう少し後!』

 

『最後の台詞は一体何ですかーー!? というか、トーリ君! 話聞いていましたか!? そっから先は激戦区! シュウ君みたいに馬鹿みたいな防御力がないと突っ込んじゃいけない場所なんですよ! ギャグならともかく……あ、そっか。トーリ君はありとあらゆる場面をギャグに変えますから、ボケ術式で死にませんね。じゃ、いっか』

 

『待て待てーー! 浅間もナルゼも言いたいことは色々とあるが、とりあえず葵! 少し待てよ! いいか? 待てよ? 絶対に待てよ!?』

 

「おお、ちゃんと解ってるぜ、セージュン。俺はお前の期待に応える為に絶対に待たないぜ……!」

 

『振りじゃないんだよ!!』

 

『……セージュン。何か、もう凄く梅組に慣れたねー』

 

絶望するような事を言うな! というBGMを聞きながら、トーリは止まらなかった。

 

「よいっしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

重い関所の扉をトーリの両腕がぎぎぎっという音と共に開けていく。

その開いていく扉に皆がああ! と叫びながら諦めた。

開けた先にはこれからシリアスバトルが始まるでやんすと几帳面に待機していた三征西班牙とK.P.A.Italia軍団。

誰もが突如現れた馬鹿を前に時を止め、そして判断を各隊の隊長に任せて現実逃避。

それをされた隊長達はやはり混乱しており、最初の数秒は武蔵が引き攣った笑顔、三征西班牙とK.P.A.Italiaの混成軍がどうすればいいのか解らないという疑問顔。

そして最後は

 

「う、撃てーーーーーー!!」

 

銃撃の斉射音と空の航空間の砲撃で戦場が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだか、あの馬鹿は」

 

呆れた溜息を吐きながら熱田は森の中で苦笑する。

メインの戦場ではなく、ここにいる理由はちゃんとある。

ここから武蔵は丸見えである。

そんな所で例えば、大罪武装の攻撃でも喰らったら、武蔵は間違いなく落ちるという選択肢しかない。

そしてそんな都合のいい大罪武装を持っている存在が相手にいる。

立花宗茂。

西国無双と神速の二つ名を持ち、大罪武装悲嘆の怠惰を持つ男。

正直に言えば、彼を相手するのに一番相応しいのは二代である。お互い加速術式で速さで勝利を取る戦い方。

単純なスピードならば、恐らく宗茂の方が速いかもしれないが、チャンスは多い。

俺も遅いとは言わないが、それでも加速術式を使った人間に勝てるだなぞ自惚れてはいない。

 

「とは言っても、それもやり方次第だけどな」

 

そして因縁の部分でも二代がやりたかっただろう。

自分の父親と最後まで打ち合っていた人物だ。自分の父が。東国無双と呼ばれ、最強の一角であった人物が最後に勝ったのか負けたのか。それも知りたかったはずだ。

普通ならば譲るべき相手であった。

だが、今回、このタイミングでは、こっちも譲れない相手だったのである。

本気で悪い事をしたと思っている。自分はそういう意味では彼女に対して最低な事をしたと思っている。

だが、それでも譲れないものは譲れない。

なら、二代に対してしてやれる事は勝利を持ってくることだけだろう。

つーっと近くに置いてある布で巻かれた大剣に視線を向ける。

 

『ーーー♪』

 

その剣は歌っていた。

歌詞ではなく、ただの鼻歌である。

狙ってやっているのか、曲は通し道歌。と言っても、こいつがこの歌以外をうたっているところを聞いたことがないが?

そう───家では子守唄代わりに良く聞いていた。

だから、解らない。

この剣は一体、誰だろうか(・・・・・・ ・・・・・)

 

「……言っても意味がねーことだけどよ」

 

『───? ドウシタノ?』

 

「何でもねぇよ。何時でもヤレルぜって事だ」

 

『ガンバルノ』

 

再び苦笑して、剣から目を離す。

今、考えても意味もないし、答えも出ない。この十年間、ずっと考えたり、悩んだりした問題なのだ。いきなり答えが降って湧いたりするわけがない。

逆にいきなり閃いたら、今までの自分が馬鹿みたいに思えるだけだ。

ふぅ、と改めて溜息を吐く。

 

『暇そうですね、シュウ君』

 

「お前こそ、そっちは艦隊射撃をしないといけないんじゃないのか? 智」

 

『ええ……そうなんですけど……』

 

『浅間様。よろしくお願いします───以上』

 

『お? お? 来ましたね? 来ましたね!? じゃ、じゃあ、射ちますよ? う、射ちたいから射つんじゃないですよ? これは仕方なく、武蔵を守るために射つんですからね? シュウ君? よし!』

 

『拍手ーー』

 

『会いました!!』

 

声と共に武蔵から光が発射された。

そして実は三征西班牙艦隊から撃たれていた流体法の一撃を、その射撃で禊いだのだろう。それにより、流体砲の一撃は消滅した。

思わず、最初に来たのは恐ろしさだったのは間違いではないと思う。

 

「俺はあんなのをほぼ毎日股間で受け止めていたのか……」

 

『ち、違いますよ! 派手に見えるかもしれませんけど、あれは砲撃を禊いだだけです! シュウ君にやっているのは、単純な射撃です! だから、痛みという意味ではシュウ君が受けている方が強いですね』

 

『恐ろしい……今、この巫女はとてつもなく恐ろしい事をさらりと言っているで御座るよ……!』

 

『流石は武蔵最恐の射撃巫女の二つ名を得た色物巫女であるな……』

 

『怖い時はカレーですネー』

 

『元気を出すんだよ熱田君! 君はこんな所で負ける様な人間じゃないってことは僕らが一番知っているさ!』

 

『そうだとも! 貴様は吾輩が認める忍耐力を持つ素晴らしい男だとも!』

 

「インキュバスとスライムに慰められる俺って……」

 

正直へこんだが、気にしていても仕方がないので、表示枠に映っている光景を見る事にした。

 

「まったく……」

 

何してんだかと苦笑しながら、馬鹿の行動を見ておく。

だが、それと同時に内心ではそれでいいと肯定する。

何も出来ねえんだ。なら、馬鹿は馬鹿らしくすることで周りを支えるのが役目だと言葉にはせずに理解だけをする。

まだ、相対する相手は来ない。

なら、それまでは馬鹿の馬鹿なりの覚悟というモノを見させてもらおうかと決め、熱田は油断はせずに、けれど表示枠に集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿が馬鹿をした瞬間。

二代は直ぐに加速術式"翔翼"で馬鹿を追い抜いた。

翔翼は足の先に出て、それを一つ一つ貫くことによって加速が累積される。速い話、一歩進めば進むほど速くなるという事である。

一歩だけでは遅いが、だが、加速は続く。

要は術式とはいえ走りと同じだ。

一歩を力強く踏みしめる事により、加速という力は強くなる。

そして結果は風を切った速さという結果。

馬鹿総長の隣を抜き、そこから構える。

 

「結べ───」

 

蜻蛉切り! と叫ぼうとした所で相手がいきなり煙を上げた。

 

「何……!?」

 

煙幕術式。

危険のあるようなものではない。目くらましには成るが、攻撃には使えないもの。

精々、一瞬の虚を突くようなものだ。

だが、今は

 

「蜻蛉切りで御座るか……」

 

蜻蛉切りの能力は刃に映すものの名を介して対象を割断する。

つまり、刃に映さなければ割断することが不可能という事である。

勿論、この程度の煙では蜻蛉切りを妨害する事は出来ないかもしれない。

しかし、自分はこの蜻蛉切りを手に入れたのは、今日である。試し切りはしたが。こんな悪条件で使った事はない。

それに対して、蜻蛉切りに確認を取ろうとしたところで相手も近接武術士が加速を使って、こちらに突っ込んできた。

 

……面白い……!

 

自分の思い通りにならない展開。

それでこそだと思う。戦場こそ人生の縮図だと拙者はそう思っている。

なればこそ、それを覆す事こそ戦いだとも。

 

「武装警護隊! 突撃ーー!!」

 

「Jud.!!」

 

自分の掛け声とともに武装警護隊が言葉通りに突撃する。

加速を使っての力任せの突撃。こちらのちゃんとした戦闘技能と経験を持っているのは、自分達だけだと思っている。

とはいえ、武蔵の特務クラスとかの実力を疑っているわけではないのだが。

さてと周りが騒がしくなったのを契機に自分も突撃する。

周りは既に戦場。

前も後ろも横も戦っている。

なら、どっちに行くべきかと言われたら前だろう。

何せ、前にしか我らが君主、ホライゾン様はいないのだから。

前に翔翼使って、突っ込む。

しかし、相手はこちらの動きを察知していたのか、何時の間に前は自分が突っ込もうとしたところが開けており、その奥には

 

「大砲で御座るか!?」

 

しかも、拙者一人に使う気である。

そこまで過大評価されていたとはと思考の片隅でどうでもいいことを考えていたが、そんな事を言っている場合ではない。

既に放たれる一秒前である。

回避は可能ではあるが余り得策ではない。

神道の加速術式は乱れたら暴発する。暴発するだけで、死ぬというわけではないのだが、戦場でそんな事をしたら危険極まりないし、周りの足を引っ張るだけになる。

そして、普通に避けれたとしても、今、避けたら確実に後続に当たる。

となれば、ただ一つ。

意志を回避にではなく、前進につぎ込んだ。

それと同時に大砲は発射された。

腹の奥底にまで響きそうな低い音共に術式砲弾が発射される。大きさは大体4、5メートルくらい。あの加速で当たったら間違いなく致命傷では済まない。

その事実に冷や汗が流れるが、気にしてはいられない。

当たるまでにこちらが走れるのは大体三歩といったところ。ならば、その三歩でタイミングを合致させなくてはいけない。

その難易度に思わず

 

「はっ……!」

 

笑いがこみあげてきてしまうが構いはしない。

ここで生きて帰らなければホライゾン様を御守りすることが出来ないし、まだやりたい事も決まっていないのである。なら、ここで死ぬわけにはいかない。

外すわけにはいかない。

身を鋭角に、体を左斜めにして、槍を突きの構えを取らせる。

一歩。

上々の歩幅。槍を持っている腕は既に限界まで後ろに捻っている。腕のタイミングも外してはいけないのである。

しかし、これならば生きる難易度よりははるかに下だ。

二歩。

既に術式砲弾はほんの十五メートル先である。

お互いの加速を考えると、もう目と鼻の先といっても同じ距離である。体全体に無駄な力が入りそうになるのを全力で止める。

力でやれば斬れてしまうだけ。斬っても、火薬に引火して爆発すれば意味が無くなる。

そして

 

「三!」

 

三歩目で体を地面に固定するかのように右足を地面に縫いとめ、砲弾と歩を合わせた。

理想的な距離だった。

砲弾は四メートルくらい前。

それならば、槍も届く。

 

「……!」

 

息を漏らす事すらもったいないくらいの死地。

しかし、そんな事は考えずに槍を突きだす。水平に突き出し、砲弾を乗せる。一瞬の擦れで火花が槍の先端で散る。

それと同時に衝撃が腕に疾るが、力づくで捻じ伏せる。だからといって無理矢理力を入れてはいけない。

そのまま逸らすように槍の角度を調整し、力の流れを変化させ

 

「……でやぁ!」

 

逸らした。

甲高い音と共に直線に走るはずだった術式砲弾は逸れた。

 

「───浅い!」

 

もう少し派手に逸らしたかったのだが、やはり土壇場ではこれが限界だったようだ。

あれならば、身長が高いものは反応できなかったら当たる。

舌打ち一つで何とかならないかと反転しようとするが間に合わない。

そして後ろから

 

「いったあーーーー!!」

 

余裕がありそうな悲鳴が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アデーレ……殿……?

 

点蔵は砲弾がアデーレの機動殻にぶつかるところを見ていかんと思って、何とかしようとした人間の一人である。

正直に言えば、直ぐに助けに行けるような距離ではなかったし、頭の片隅では間に合わないと解っていたが、それで諦める様な賢い人間は武蔵にはいないので、自分も最後まで馬鹿みたいに諦めないで御座ると思っていたのだが、結果は

 

「いたたたた……」

 

何だか、膝擦りむいてしまいました程度のリアクションしかとらないアデーレ。

いや、確かに機動殻を装着しているのだから、普通の人間よりも堅いのは頷けるので御座るが、それでも今の時代の機動殻はスピード重視の物なので防御自体は術式砲弾を防げるようなものではなかったはずなので御座るが……?

どういう事だと敵味方全員で首を傾げる。

とりあえず、全員で落ち着けのジェスチャーをして、とりあえず三征西班牙はもう一度という結論に達したらしく、それをアイコンタクトで二代殿に伝えていた。

すると、彼女も真面目な顔で頷いて、道を開けた。

 

「え? ちょ、ちょっと! どうして道を開けるんですか二代さん!? え? 出力用の符を三枚追加……いや、四枚追加ってどういう事ですか!」

 

三征西班牙の人達は親指を立てる事によって返事として、再び大砲を発射した。

普通の機動殻ならば避けれる攻撃だったはずだが、アデーレ殿の機動殻は避けれず、努力だけはしたが叶わずに着弾。

ド派手な音が鳴り響くが、そこには

 

「アイタタタタタ……! び、びっくりしたー! ほ、ホント、マジにびっくりしましたからね!」

 

どういう事で御座るか……?

 

同じ疑問を思ったのだろう。

トーリ殿がネシンバラ殿に連絡を取って、どういう事なのかを尋ねている最中であった。

ネシンバラ殿の話によると時代を一周した機動殻という事で、高速型が主流の時代にいきなり重装甲の機動殻など使うとは思わないし、そこまで役に立つとは思えない。

何せ、堅いだけで速度は普通の人間が走るのよりも遅いのである。

とてもじゃないが、戦闘に参加できるとは思えないが

 

『盾にはなるね!』

 

『マルゴット……時々かっ飛ばすけど、そこも素敵よ───とりあえず盾ね』

 

『今、一瞬、初夏のような太陽光線を受けましたが───やはり盾ですね』

 

『と、智にナルゼっ。そ、そこまで断定していうのもどうかと思いますのっ───でも、やっぱり、盾にしかなれないのですが』

 

「な、何で擁護してきたと思った人まで敵に回るんですか!? そ、それに今はもう乱戦状態ですよ? ざ、残念ながら、自分の機動殻はスピードが遅いので盾にはもう慣れないんですよ。いや~、ざ、残念ですね~」

 

『大丈夫だよ、バルフェット君───君の為に僕が盛り上げよう』

 

「い、良い事言っている気かもしれませんが、しょ、書記は自分を死地に放り込むつもりですか!?」

 

アデーレ殿が表示枠に叫んでいる間にトーリ殿がペルソナ君殿に何かを言っているのを見つけた。

そのままペルソナ君殿は頷き、今まで持っていた釘バットをどこかに収納して、密かにアデーレ殿の白熱している背中に近づき、そして掴み、持ち上げた。

 

「え? あ、あの……ペルソナ君? い、一体どうして、自分を持ち上げて、そのまるで大きなものを投げる様な投擲体勢を取っているのでしょうか? え? すまないって何が? って、どうして皆さんカタパルト術式を表示するんですか!」

 

『ああ……だけど、これは君だからできるんだ……そう。これはバルフェット君にしか出来ない偉業なんだ……!』

 

「待って下さーーーーーーーーーーーーーーい!!!」

 

誰も待たなかった。

ペルソナ君殿は勢いよくアデーレ殿を一度、捻って後ろに回し、そして発射。

術式カタパルトに乗ったアデーレはそのまま加速し、狙いは術式大砲。

その事に術式大砲を扱っていた人達はうわぁーーーー!! と叫びながら離れていく。

そのまま勢いよくドッガーーン! という感じで術式大砲に思いっきり頭から突っ込むアデーレ殿大砲。派手な音が聞こえたので、これは生身で受けたら即死で御座ろうなぁと冷静に思ってみた。

そして何回かバウンドして、最後には動かなくなったアデーレ殿。

はて、どうなったやらと全員が疑問を、トーリ殿が代表して聞いてみた。

 

「おーーーい。アデーレ。大丈夫かーーー?」

 

「あいたたたたたたたーーーーーーー!! か、体がぐるんぐるんと回りましたよーーー!!?」

 

即答であったで御座る。

どうやらかなり頑丈らしいで御座る。周りの三征西班牙の者達がかなり嫌そうな顔でアデーレ殿を見ているのがよく解ったし、理解できた。

とりあえず、少しだけ流れをこっちに持ち込めたのは良い事で御座ると前向きに思考する。

後は空をナルゼ殿にナイト殿。

恐らく奇襲してくる相手を熱田殿。

そして、後はホライゾン殿をトーリ殿が連れて帰ってこれるか。

それにより、この戦いの勝敗が決まるで御座ると考え、点蔵は前に進む。

どちらにしろ楽は出来ぬで御座るなと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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王の勅命


やってくれと願い

やってやるぜと答える

配点(馬鹿二人


 

ようやくですわとネイト・ミトツダイラは戦場の大地を見下ろしながら、ただそれだけを思った。

この思いをずっと胸の内に秘めていた。

我が王との約束を記憶の奥底でずっと思い続け、騎士として生き続けた。

昔とは違い、戦闘の技能を高めたし、勉強もし続けた。王の一番の騎士として戦えるように強くなり続けてきた。

ホライゾンが死んだという後悔から、何とか這い上がり、されど、忘れずに抱え込み続けた。実は、王は既に自分との約束は忘れたのではないかと思った事もあった。

でも、彼は決して忘れてはいなかった。

そして副長も。

そういう意味でならば、自分は彼ほど、我が王を信じていなかったという事になる。そこが素直に悔しい事が悔しい。

だからこそ

 

「この戦場で、王の一番の騎士としての誉れを見せますわ」

 

騎士として戦場でするべきことを世界に見せつける。

それが自分の出来る彼らへの答えだろう。

 

「ノリノリさね。ミト」

 

すると、少し背後から声が聞こえる。

声に反応して、顔だけ後ろに向ける。後ろにいるのは直政。しかも、既に地摺朱雀の肩に乗っており、戦闘準備は万端である。

かくいう自分も、地摺朱雀の左手に乗せられており、服装も制服ではなく水色と白を基調としたドレスのような恰好。

ミトツダイラの戦装束。

これから行こうとしているのは舞踏会ではない。ただの戦場である。

だけど、それは正しい。戦場こそ、騎士にとっての舞踏会場。だから、戦装束はドレスと変わらない。魅せる相手は敵であり、味方。

最高の結果は王に凄いなと言われる事だろう。

その事を内心で考えながら、直政に微笑する。

 

「あら? その理屈で言うのなら、今、戦っている皆は既にノリノリですわよ」

 

「違いない」

 

苦笑して直政も同意する。

その事に自分も苦笑していると、自分達の丁度、顔の正面の場所に表示枠が現れる。

相手はネシンバラだ。

 

『準備は大丈夫かい。制空権はナルゼ君とナイト君が取ってくれた。武神相手にね』

 

「なら、二人よりも攻撃特化しているあたしらが二人よりも更に成果を出すことがあたしらの仕事さね」

 

「Jud.当り前ですわ」

 

これは言う必要なかったかなと苦笑しているネシンバラに当然と返す直政。

それを見て、ふと思った事を聞いてみた。

 

「あの……副長は今はどうしてますか?」

 

『ん? ……ああ、落ち着いて相手を待っているよ。見たところ、葵君の馬鹿騒ぎを楽しんで見ているように思えるけど』

 

「呑気だねぇ……」

 

呑気なのは認めるが、落ち着いているというのを聞いてほっとする。

何せ、彼の力は認めてはいるが、経緯はどうあれ、彼は梅組で一番、実戦経験を体験していないはずだ。

誇れる過程ではあったが、現実は結果主義だ。

今までの訓練が、結果に表れてしまう。才能だけでは、突然に起きる事に対応できないことが、この世に一杯あるのだ。

それに経験をしているという事は慣れを得れるという事である。

すなわち、命を取られるかもしれないという雰囲気と空気を体に覚えさせることが出来るという事だ。

こればかりは、慣れても出来ない人間は出来ないものである。如何に力があっても、それを振るえる気力がなければその力は発揮できない。

当たり前の理屈である。恐怖を感じている体がどうやって全力の力を出せるというのだ。そればかりは副長の気が強い事を信じるしかないのである。

余談だが、力を持っているというのはそんな場ではやはり、安心感を生み出す。

だからこそ、力がないのに戦場の中心で笑っているあの総長は一体、どれだけの胆力を持っているのかという話になる。

とりあえず、ネイトはちらっと副長のがいるはずの森を見る。

そんな仕草に何を思ったのか、直政はやれやれとわざとらしく首を振って、苦笑しながら言った。

 

「いい女二人に心配されるとは……うちの副長も幸せもんだよ」

 

「……卑下するわけではないのですけど、その言い方では誤解されるので止めてくださいません?」

 

「誤解なのかい?」

 

「………」

 

そう言われると心配の部分は否定はできないし、だからといって肯定するのは癪だったので、結果として沈黙を選ぶしかなかった。

それを見て、直政は更に笑顔を深めるが、気にしてたら余計に癪になるので無視することにした。

断っておくが、自分は智みたいに恋愛感情を持って、彼とは接していはいないのだ。

自分はただ、十年前の出来事を、その、ただ謝りたくて……あ。私、まだ彼に謝っていませんの。

 

『……どうしたんだい? ミトツダイラ君。急にテンションを下げて……そんなに何かを壊せないことに苛立っているのかい……?』

 

「……私の事をどういう風に曲解してますの……」

 

『失礼ねぇ。曲解なんてしてないわ。私達はミトツダイラの破壊の前奏曲であるガルルル吠え声を、慄きながら待ち焦がれているのだから!! これは曲解じゃなくて期待よ!!』

 

『待て。破壊というのはどういう事だ』

 

『つまり───これからミトツダイラ君主演の大量虐殺物語が開幕されるって事さ……!』

 

「されません! そんなの絶対に開幕されませんのですよーーー!!?」

 

そんな一方的な屠りを実行できるような能力も、性格もしていないのである。

というか、一方的に虐殺する騎士とか、物語で言うならば明らかに悪として滅ぼされる立ち位置である。

私は王道の騎士が良いですのっと思わず吠えそうになるが、そんな事を外道集団に言ったら、夢見がちとか言われて弱みを握られてしまうのは解りきった結論なので黙る事にした。

改めて思う事ではないとは思うのだが、どうやったら、こんな外道モンスターが生まれてしまったのだろうか。少々解剖して調べたくなってきてしまう。

そう思ってたら

 

『お助けプリーーズーーー! おーーまわりさぁーーーーーーーーん!!』

 

『馬鹿め! そんなものがどこから来るというのだ!』

 

自分の王の声が表示枠に乗って聞こえてきた。

自分で言うのもなんだが、反応は劇的ですぐさま声の方に振り向いてしまう。

 

『あるともよ! 名付けてデリック最強伝説! ───頼むぜ皆! そして来てくれよ騎士様!』

 

たった一言を聞いただけで、もう待てなかった。

欲張りながらも、たくさんの夢が着々と叶えられるこの現実に土下座をしてもいいくらいであった。

周りに誰かいなかったら泣いていたかもしれない。

王の危機を救える騎士でいたい。

王に助けを呼んでもらえるような騎士になりたい。

そして王に道をつける騎士になりたい。

騎士としての夢が一気に叶っていった。その夢を叶えるような場を作ってくれた我が王。なら、その夢を叶えるのは自分自身の手である。

だからこそ

 

「───Jud.! 今すぐ、そこに行って、貴方に道をつけます。我が王よ!」

 

「だったら行くさね! 例え呼ばれていなくてもね!!」

 

直政の意志に応え、地摺朱雀に力が籠る。

その腰には野太いロープが宛がわれており、そのロープはデリッククレーンに使用されているもので、とりあえず頑丈である。

そして、その頑丈なロープは地摺朱雀の重量と体勢によりV字になっている。

それもロープはぎりぎりまで引っ張っている。頑丈が取り柄のロープを千切れる寸前のV字にしているのである。

つまり、ここで地摺朱雀が力を抜いたらどうなるのかなんて、小学生でもわかる理屈である。

だが、それだけでは王がいる場所には残念ながら、全然力が足らない。故に他の力を借りるまでである。

地摺朱雀の両サイドから伸びたロープは地上百五十メートルの高さに位置する左右のアームの、それぞれの滑車部に渡り、下に垂れ下がっている。

そこに二機の重量化装備を付けた武神が射出され、そのまま垂れ下がっているロープを

 

接続(コンタクト)!!」

 

落下の勢い+重量込みで掴んだ。

そうなると必然的にロープが張り詰め、デリックの先端部分がしなり、そして

 

「行きやがれ!」

 

言葉は現実と化す。

まるで、投石機に投げられたかのように女性型の武神は空を駆けた。

二人の魔女が、文字通り命と体を張って空けた空を、武蔵の武神と騎士が飛んでいく。そして、その成果に飛ばした整備班のメンバーがよっしゃ! とガッツポーズをとる。

激化する戦場を更に激化するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強烈なGに耐えながら直政とミトツダイラは加速する。

既に戦場は見えている。

加速も既に消え始めている。このまま行けば、丁度戦場の真ん中に落ちることが出来るだろう。

しかし

 

「そう簡単にはいかないみたいですわよ……!」

 

ミトツダイラの叫びに反応して、直政も下を見る。

下を見ると、最早、空に対しての壁となるくらいの術式防盾の壁。見ただけで、大体千以上の防盾が貼られているのが解る。

理解して、二人がした行動は焦る事ではなく、考える事でもなかった。

直政はミトツダイラに託し、ミトツダイラは直政の力を受ける、それだけであった。

 

「行くよミト……!」

 

「わざわざ言わなくても準備は万端ですのよ」

 

お互いが挑発的な笑顔を浮かべ、そして直政の意志を受けて地摺朱雀が体を動かす。

ミトツダイラを持っている手が投擲体勢に入る。

勿論、この場合、投げられるのはミトツダイラである。

しかし、その事に付いて疑問を抱いている様子は二人には一切なかった。

そして振りかぶって投げられるという運動エネルギーをミトツダイラは託された。

最初に感じるのは空気を切る音。

そして落ちている時に感じる特有の足が地面に着いていないという不安定さ。

しかし、それらは今のミトツダイラにとって恐怖を生み出すものではないし、狼がこの程度で狼狽えていてはプライドに関わる。

故にミトツダイラは微笑を持って、飛翔をし、目の前に群がる盾を見る。

そもそも、ここで盾に止められているようでは王の騎士を名乗る資格もないし、戦う資格もない。

ならば、力を振るいましょう。

振り回すのではなく振るう。

 

力は意志の下で振るえば、それは暴力ではなく、進む力になるのですから……!

 

「行きますわよ銀鎖(アルジョントシェイナ)……!」

 

言葉と共に両手と肩に持っていたケースから引き抜かれたのは一メートルはあるオベリスク。

それらを両肩背部のハードポイントに接続。鈍い金属音が響いたことで合致が終わったことを知り

 

「給鎖開始ーーー!!」

 

声が力を引っ張り出す。

ジャランと一種の綺麗さを感じる様な音と共にオベリスクから現れたのは鎖であった。

人の手よりも太い鎖の先端には宝石のような三本の爪を感じさせる赤いものがあり、そしてそれは瞬時にミトツダイラの手を伝って、数メートルの長さに変化した。

いきなりの虚を突いた武装に盾を構えていた人達は一瞬怯んだが

 

「怯むな! 単なる鎖だ! 一撃耐えれば反撃できる!!」

 

「あら? 目利きが悪いですのね。これは単なる鎖ではなくインテリジェンスチェーン(インテリジョンスシェイナ)ですのよ」

 

相手の隊長格の叫びに余裕の表情で答えると、背後から何かが外れる音が聞こえた。

それは背後から地摺朱雀の腕の補強パーツである鉄塊である

武神の視点で見れば単なる補強パーツに見えるのだが、当然人間の視点で見れば、それは単なる巨大な鉄塊である。

それもミトツダイラに直撃コースである。

空中にいる故に躱せるはずがないと誰もが思った。

しかし

 

「気をつけろ! 武蔵第五特務は───半人狼だ!」

 

その言葉に術式防盾を構えていた人物たちの表情が変わった。

つまり

 

「な、何だってーーーー!!?」

 

付き合い良すぎじゃありませんの? と疑問を抱くが気にしてはいられない。

とりあえず礼儀として一撃を与える事にしょうと思った。

 

「私の銀鎖は、私の力を伝播する体の一部のような物……それに狼の力を伝播させればどうなるかお分かりですわよね?」

 

その言葉を聞いて息を呑む音が狼の耳に聞こえるが、それでも逃げ出そうとする者も、恐怖で縮こまる者もいなかった。

その事から、相手が覚悟を持った集団だと即座に判断し、だからこそ手加減抜きの一撃を言葉通り、狼の力を込めて放った。

 

銀狼(アルジョント・ルウ)の名の元に……力を示しなさい銀鎖」

 

力は示された。

盾を構えたK.P.A.Italia学生達、一千人は力任せの双の巨大な打撃を持って、盾ごと粉砕されたのだ。

それだけでは済まない。

盾を壊された衝撃は、それだけで止まらず、そのまま持ち主にまで衝撃を与える。反射で、受けた一千人は堪えようとするのだが、人間の膂力では狼の膂力に耐えられない。

術式で強化はする事は出来るが、それでも勝利することは難しいのだ。

その結果。

一千人は何かの冗談のように地上から追放された。

時間にしては恐らく十秒いくかいかないかの空中遊覧。それも、自分の意志を持って起こした結果ではなく、無茶苦茶な力を持って起こされた結果。

吹っ飛ばされた方はたまらないものだが、それを引き起こした騎士は優雅なものだった。

蹂躙された戦場の真ん中に、むしろ静けさを感じる様な着地をするミトツダイラ。周りは悲鳴と驚愕の阿鼻叫喚図だというのに、ミトツダイラの場だけ空気が違うように感じる。

 

「武蔵アリアダスト教導院第五特務、ネイト・"銀狼"・ミトツダイラ。我が王に道をつける為に馳せ参じました」

 

ゴクリと周りの学生たちが息を呑む音が響く。

半人狼としての自分の力に恐怖と驚愕を抱いたのだろうとミトツダイラは思う。

怖がらなくていいのですよ? だって、うちの総長と副長は私の事を全く怖がりませんし。

そう思っていると

 

「ネイト~~!」

 

戦場の中でも呑気と思える声が響く。

彼は、今は仲間と共にK.P.A.Italiaと三征西班牙混合隊に囲まれ、何を思ったのか木にコアラのように掴まり、回っている。

ツッコむ部分しかないが、ここは何も言わずにシリアスを通すべきですわねと一人納得して、総長の狂行を無視する。

しかし、狂行は無視してもいいのだが、その危機を無視する事は出来ない。

 

「今、救いに行きます。我が王よ!」

 

地面に刺さっていた鉄塊が腕の振りで、あっという間に宙に浮かぶ。

その間に、周りの学生たちも落ち着きを取り戻したのか、武器を構える。

しかし、問題はない。

右足を後ろの方に下げ、体の体勢を低くする。そして、これからの力の発揮で滑らないように左足のソールだけを地面に刺す。

そのまま、力任せに回転。

何をするのか解った者はぎりぎりでしゃがんだり、飛んだりする者がいたが、武器を構えていた人は間に合わなかった。

そのまま、宙に跳ぶ人間が+四百人前後。

おまけで、一回転した後にわざと鉄塊を離す。離されると思っていなかった者達は当然回避する事は出来なかったし、ここは密集地帯だ。

例え離されると予期していたとしても回避するのも難しい。

更に合計で百人くらいは吹っ飛んでいた。しかし、流石と言うべきか、直前で恐怖に固まる前に防壁を張っていたのを見た。

あれでは、ダメージは受けていたとしても、倒す事は出来なかっただろう。

しかし、奇襲はまだあるのだ。

 

「ぶちかませ! 地摺朱雀!」

 

背後から十トン級の武神が、その落下の勢いを落とさないまま落ちてきたのが震動で分かった。

敵どころか味方まで、その震動に浮き上がっていた。

着地地点の者は事前に察知でもしたのだろう。加速術式で退避をしようとしたらしいが、直撃を避けるだけで、諸に震動のダメージを受けていた。

震動は脳を揺らし、あれでは地上に立つことも難しいだろう。

そこに、情け容赦なく拳を向ける直政であったが、その寸前に周りが助けに入る連携も流石と言うしかなかった。

そこまで見て、ミトツダイラは左足のソールを抜いて、総長の方に向かって行った。周りが身構えるが気にしない。

そのまま銀鎖を二本追加しようと思って───

 

「おっと。残念ながらここでストップだ」

 

「……な!」

 

全員が聞き覚えがある声に、味方どころか敵も驚く。

走り出した加速を止めずに、視線だけを越えの方に向ける。

そこには教皇総長・旧派首長。“淫蕩”の八大竜王であるインノケンティウスがいた。

 

……馬鹿な!

 

教皇総長がここで自ら出陣?

危険すぎる。ここにはうちの馬鹿総長はともかく、相対権限を持つ暫定副長補佐である二代がいるのである。相対をされたら一瞬で崩壊だ。

だから、教皇総長はすぐさま自分の右手に持っている淫蕩の御身を放とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

不味いで御座る!

 

淫蕩の御身の効果はガリレオという借りている人物が使った場合の能力しか見ていないが、それで個人の武器を遊ぶという、こちらの力を無効化するという力を発揮していた。

ならば、所有者である教皇総長が使ったらどうなるか。

考えるまでもない。

故に、自分の手にある蜻蛉切りを構えた。

 

「結べ……蜻蛉切り!」

 

蜻蛉切りの割断で淫蕩の御身の効力を割断するしかない。

そう思い、蜻蛉切りを使ったのだが

 

「……?」

 

おかしい。

割断の手応えがない。

そう思っていたら

 

「残念だったな───俺は囮だ」

 

笑って、そんな事を告げる教皇総長がいた。

そして同時に違う声が聞こえた。

 

天動説(ゲオセントリズム)

 

瞬間、地面に術式が浮かんだと思った時には遅かった。

そのまま二代は謎の引力に地面を引き摺られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

二代が何か見えないモノに引き摺られているような光景に皆が息を呑む。

 

『乙女の柔肌を情け容赦なしに引き摺るなんて……何て鬼畜行為! 気をつけなさい愚弟! 相手は真性のドSよ!』

 

『何で喜美は人が思っていても、言い辛い事を遠慮なく言っちゃうんですか』

 

『おいおいおい! じゃあ、か弱い小動物系の俺はどうすればいいんだYO! 俺、滅茶苦茶狙われそうじゃねーか!』

 

『今度は囮候補が出来たね!』

 

『ええ。そうねマルゴット。今日はいい日ね───武蔵に新しい盾と囮が出来た日よ』

 

『じ、自分、盾になるために生まれたんじゃないんですよ!? ただ、能力的に盾になってしまっただけですよ!?』

 

『つまり、自発的か……』

 

『その"……"は止めてくださーーーい!!』

 

『つまり、自発的か』

 

『あ~……どっちでも同じ結果でしたか……』

 

『大丈夫だよ? もしも傷だらけになってもお金さえあれば、絶対に治るから! だから、遠慮なく命賭けてね。あ、お金がないなら助けないから。そして無駄だった場合はお金払っても諦めてね』

 

『最悪という言葉が霞んで見える言葉を遠慮なく言いやがる!』

 

狂人達は相変わらず狂行を繰り返している。

何故か脳内に変態後という言葉が浮かび上がってきたが、これはつもり、諦めろという事だろうか。

何とかするには変態前の彼らをちゃんとした方向に導かなければいけなかったという事だったのか。騎士として導くのに失敗するとは……智風に言えば騎士道ガッデムっですの。

 

「さて、どうする武蔵? ここでチェックメイトか?」

 

すると、そこで教皇総長が語り掛けてくる。

隣には、副長としてガリレオ・ガリレイまで来ている。

 

「聖下! どうしてこの場所に……!」

 

「お前らの想像力では俺は座ったままなのか? なあ?」

 

「君の行動力は相変わらずだな」

 

悪いかと軽口を叩いているが、とりあえず大問題ですわ。

別に総長、もしくは副長=強いという法則はない。

現に、うちの総長は馬鹿しかできない全裸ですし、英国の副長はそんな武に秀でた能力を持つような人物ではないらしい(弱いというわけではないが)。

しかし、ガリレオの方はともかく教皇の方は不味い筈。

詳しい事は知らないが、教皇総長は優れた身体能力と術式技能を持つ、つまり万能系の戦闘技術を持つという噂を聞いている。

そして、この場に相対権限を持っているのは二代と総長だけ。

相対を申し出たら、二代なら止める事は出来るが、そうなると今度はガリレオがいる。

どちらにしても、我が王が勝てる相手ではない。

となると

 

一撃必殺……!

 

相対をさせる前にここで倒すしかない。

ちらりと点蔵や直政の方を見る。そこで二人は不用意にこちらを見たりはしない。その無視を肯定として受け取り、足と手に力を入れる。

既に、銀鎖はさっき放り投げた鉄塊を掴んでいる。

距離と能力からして、自分が一番槍だ。

一番槍が失敗したら、後に響く。武蔵初の戦争で、いきなりのハードルの高さだ。しかし、そういう意味では遣り甲斐のある場所だと内心で苦笑しながら一歩を

 

「おーーーい! おっさん! こんな所におっさんが来て大丈夫なのかよーー? 腰とか大丈夫かぁ?」

 

へなと銀鎖まで力を抜かれてしまい、一歩も力ないものになってしまった。

 

「聖下と呼べよ小僧。そして年ならまだ小僧に心配されるような年齢ではない」

 

「とか言いつつ、確か、この前、大量の本を運ぶ時にぐほぉ! とか意味不明な叫びを上げながら腰を抑えて倒れていなかったか元少年」

 

「いいか? あれはポーズだ。変に俺がこの人は本当に年を取っているのだろうか? 元気過ぎないか? という疑問を抱かせない為に、俺は毎日頑張って人間だぞポーズを取っているんだ。解るか、この苦労が、なぁ?」

 

「そもそも、その人間だぞポーズを取らなければいけないくらいの、その元気さがおかしいと思うのだがね」

 

どうやらK.P.A.Italiaの教皇総長も、方向性は違えど、変人の部類に入るらしい。

まともな総長はこの世にいるのだろうか? いて欲しいと思う事自体がおかしいことなのだろうか?

不条理という言葉が浮かぶが、それを認めたら悲しくなりそうなので認めないことにした。

 

『だ、大丈夫ですの! きっと! きっと、どこかにまともな総長とかがいるはずですの!』

 

『……』

 

『な、何で誰もそこで肯定してくれませんのーーーー!?』

 

周りの武蔵学生も表示枠を見て、こちらから目を逸らしている。

 

も、もっと、夢を見ましょうよ皆さん!!?

 

何だか、自分だけ現実を見ていない夢見がちな子供みたいな扱いを受けてる気がする。

正しく理不尽である。

 

「さて、じゃあ、小僧。とっとと終わりにするか。俺はお前とは違って仕事が大量にあるからな」

 

「何だと! 俺にだってやる事は大量にあるぜ! エロゲとか! 覗きとか! モミングとか! 芸とか!! 見ろよ! 俺、結構多忙じゃね!?」

 

『とりあえず、こいつ斬っちまった方が良くねえか?』

 

『落ち着きましょう、シュウ君。まずは、トーリ君に自分の罪を自覚させなくちゃいけません。じゃないと来世でも同じことをしてそうです』

 

『誰だこんなのを総長に選んだ奴。私はこの結果を遺憾に思うぞ』

 

『何で武蔵にいると、過去の過ちをかなり悔やんでしまうケースが多発することが多いんですかねー……』

 

『それはそれで今更のような気がするで御座るが……』

 

全員の意見に同感ですのよと思った。

とりあえず、この戦いが終わったら、総長は番屋に繋がれてもらわなくてはいけませんと脳内スケジュールに書いておいた。

 

「……おい、武蔵連中。こいつ、何で日の下を歩いているんだ、なぁ」

 

「言われた! 遂に、俺達言われたぞ!?」

 

「何時かはこうなるとは思ってたけど……そうなると本当に自分が馬鹿だと思ってしまうわね……」

 

「そうだよな……何で俺達、こいつを今までこんな風になるまで許していたんだろう? ちょっと過去の自分が憎いな……」

 

「おいおいお前ら! 一体、どっちの味方なんだよ!? 俺みたいな素敵な総長、そうはいねーぜ! 今度、俺の女装を見せてやるぜ! きっと、オメェら悩殺だぜ!」

 

全員が総長を無視して、さぁさぁ、戦い戦いという姿勢を取った。

その事に総長が悔しそうに地面を叩いた後に何を思ったのか

 

「くっそー! こうなったら俺の良さを理解させるために、一丁、凄いとこ見せてやるぜ! おい、おっさん!」

 

「聖下と呼べっつってんだろ小僧。で、何だ?」

 

教皇の方も、反応がおざなりになってきている。

これでは、今後の武蔵と相手する国の反応が悪くなってしまうのではないかと思ったが、とりあえず、今は我が王が何をするつもりかと内心焦りながら聞いていると

 

「ここでする事なんて決まってるだろ? ───相対だよ相対。俺と相対しろよおっさん」

 

「……」

 

沈黙が両陣営に流れたのをはっきり自覚した。

そこに、今、手が空いている武蔵の学生たちが表示枠で、沈黙している皆の前に現れ、無表情のままさん、はいとタイミングを合わせ

 

「えーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

余りの事態に思わず、自分のスカーフがずり落ちてしまいそうになってしまった点蔵。

だが、今はそんな事を気にしている場合ではないので、即座に言葉にした。

 

「ト、トーリ殿!? 直球に言うと傷つけてしまうと思うので、遠回りに申すで御座るが、トーリ殿は今、自分がどんな馬鹿げたことをしているか自覚できているので御座るか!? あ、自覚できていないで御座るか……」

 

「オメェ、結論が速過ぎんだよ! 俺が何も考えていないと思ったのか!? へへーーん、残念でした~。俺はお前と違って、何時も無我の境地という一種のエロゲ奥義を使っているんだぜ!」

 

「トーリ殿! 出てる! 出ちゃってる! トーリ殿の馬鹿さ加減が出ちゃってるで御座る!」

 

神に見捨てられたという言葉が、うちの総長に体現されている。

何でこの馬鹿総長は自分で自分の首を喜んで絞めるので御座るか。

 

「……あ~。で、相対でいいのかよ」

 

「おう! 俺に二言はねーぜ! 格好いいだろう?」

 

『クロスユナイト君! いっそ、葵君の首を君が刈り取ればこの状況を何とか出来るんじゃないかい?』

 

『バラやんも時々かっ飛ばすね……』

 

狂人の台詞は無視した。

というか、もう相手の方は呆れを通り越して、憐みの目でこちらを見ている。

見られる理由は解るのだが、自分達ではなくトーリ殿だけにして欲しいで御座ると内心で思う。

 

「じゃあ、とっととするか……これ程馬鹿みたいな相手と相対することになるなんて俺も思ってもいなかったわ、なぁ」

 

「こ、このおっさん! 俺がもう負けることが前提で進んでる気がするぞ! ───全裸でなら俺は絶対に負けねえ!」

 

「誇らしげに言うなこの馬鹿が!」

 

「自分の体を誇らしげに言って何が悪いんだおっさん!」

 

「誇らしげの方向性が違うのですわーーー!」

 

いかん、さっきから状況が一歩も進んでいないで御座る。

いや、進んでいいのだろうか?

この場合、拘泥している状態の方がいいので御座ろうか?

こんな状況は人生初なので、自分にはどうすればいいのか解らないので御座る。

 

「……で? 相対方法は? せっかくだからというか可哀想だから、お前に決めさせてやる。何でもいいぞ。ガチンコ勝負でも、交渉でも。何ならチェスとかでもやってやるぞ……まさか考えてないとか言わないだろうな?」

 

「そそそそんなわけないだろう、おおおっさん。 俺はちゃんと考えているぜ……!」

 

不安を煽る言葉にこの場にいる全員が汗を流す。

ミトツダイラ殿など、我慢し過ぎて嫌な感じの汗を垂れ流しているのが、目に見えてしまった。

 

「ほら。さっさと言え。相対方法は何にするんだ?」

 

「おう! えっと……」

 

しまったと内心で思い、しかし、現実は止まらずに進行してしまった。

何故か、トーリ殿は何かを探すようにきょろきょろとして、そしてびしっと何だか変な方向を指さし始めた。

 

「あっち! いや、あっちか? それともあっちか!? んん~~あっちかな~?」

 

「この餓鬼……!」

 

前向き的に喧嘩を売り過ぎで御座るよ、トーリ殿!

 

このまま怒り狂ってバトル展開になったら、こっちが不味いというのに。

というか、何を探しているので御座ろうかと考えていると

 

「……もしかして総長。副長がいる方を探しているのですか?」

 

「ん? あ、そうそう。よく解ったなぁ、ネイト」

 

そこをミトツダイラ殿が答えた。

その事に、ああ、成程と素直に思えた。

そういえば、さっきからずっと違和感だらけなのである。

トーリ殿とシュウ殿は、ほとんど何時も同じくらい馬鹿をしていたので、こういう風にトーリ殿が馬鹿をしている時に、彼がいないというのは物凄い違和感なのである。

とりあえず、でしたらという感じでシュウ殿がいるはずの方角をミトツダイラ殿がトーリ殿に教え、ようやく正しい方向に指を指した。

 

「あそこ! あそこに俺の親友が変な歌を歌って、一人で怪しいことしてると思うんだけどよーー」

 

『馬鹿野郎! 俺の歌は変な歌じゃねぇ!! 俺の歌は正しく聖なる歌と書いて───』

 

(嘘はいけないよーーーby神)

 

神道厳しいで御座る……と思いつつ、とりあえず無視した。

 

「それで相対するのが……えっと、えっとぉ……りっかそうしげ?」

 

「立花宗茂だ馬鹿。というか、どうせなら最後まで変えてみせろ」

 

『惜しいわ愚弟。最後を直せば男前の名前に変わっていたわ! くわぁーー……賢姉、ちょっと悔しいわ!』

 

無視一択で御座る。

もしかして、シュウ殿を売って、何とかしようという外道作戦で御座ろうかと結構真剣に級友の心配をしたのだが、最後の言葉を聞いて、そんな心配は吹っ飛んだ。

 

「俺の親友が勝ったら、おっさん。道を譲ってくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

その一言に武蔵の学生、先生が苦笑した。

浅間もそれに乗っかかり、つい、彼が映っているはずの表示枠の方を見たのだが、そこは何時の間にかサウンドオンリーになっており、つまり、彼の顔が見えない。

その事に苦笑を更に深める。

 

……絶対にこれ、照れてますね……。

 

解り易過ぎる。

そう思っていると、つい弄りたくなってきちゃうというモノである。

 

『シュウ君ーー。トーリ君が恥ずかしい事を言ってますよーー』

 

『……』

 

律義に"……"を返してくるところは面白い所ですけど、何も言わないというのはこれは相当キテいるみたいだ。

何時もなら、ここでヤンキー用語を爆発させるのが常の彼だが、今回は沈黙を選んでいる。

つまり、相当キテいるのだろう。

苦笑を微笑にしていると、トーリ君の台詞の続きが届いた。

 

『俺の親友は凄いぜ? 何せ剣神とかいう明らかなチートキャラだからな。りっかそうしげとかいう奴なんか目じゃないぜ?』

 

『大した自信だな小僧。幾ら、剣神が凄かろうが、腕を錆び付かせた剣神が西国最強に勝てるとでも思っているのか?』

 

『バッカ、自信じゃねえよ───これは確信て言うんだよおっさん』

 

これは決まったと思う。

もう完璧なくらいトーリ君のペースである。

別にトーリ君には皆を圧倒するような気迫とか、自信とか力とか器とか弁舌能力とかはない。

そう言う意味なら、普通の王としての能力は一切ないと言ってもいい。

元々、それだからこそ、武蔵総長兼生徒会長になれたのだから。

だから、彼は不可能男と呼ばれている。

自分の力では何もかも実現することが出来ない。何もかも不可能。

故に彼は他人の力を借りる。

嫌な言い方で言えば、他力本願と蔑む人もいるかもしれない。諦めているだけだと罵る人間もいるかもしれない。

本当にそれならばその通りとしか言えないかもしれない。

でも、トーリ君はそれでも何もかもが不可能であったとしても、諦めなかったのである。

誰も彼もが、無理だ、不可能だ、そんな物は夢物語だ。現実を見ていないなどと何度も"殺されてきた"のに、それでも諦めなかったのだ。

故に、武蔵の皆は昔誓ったのだ。

お前が諦めない限り、自分達はその夢を手助けしようって。

だから、彼の言葉には強さはないのに力があるのだ。

 

『あ、でもそっちが勝てると思っていなかったんなら、俺は止めてもいーぜ? それなら、次こそはお互いの全裸対決で勝敗を決しようというだけだからな! 何なら女装対決でも可……!』

 

『後半は無視するが───良いだろう。受けて立ってやる』

 

『……! 聖下!?』

 

『狼狽えるな。たかだか、剣しか振るえない小僧に西国無双が敗れると思ってるのか、なぁ? 経験も自分から捨て、何もしてこなかった餓鬼が。八大竜王にして"神速"の異名を持つ男が。常識的に考えて負けると思ってるのか』

 

それにだ。

 

『我らよりも弱くて、馬鹿で、年下の小僧が真っ向から立ち向かおうとしているのに───我らK.P.A.Italiaは逃げて、安全策で勝負か? おい』

 

『───いいえ!』

 

そうだとも。

 

『故に我らは正しき行動を持って相対をする。いいか? 正しい方法は常に勝つ。そして、それは俺がいる限り無くならないし、失わせない。故に我らは全戦全勝────違うか!!?』

 

『───Tes(テスタメント)!』

 

なら唱えろ。

 

『聖譜ある世界に結果はすべて正義に満ちている!!』

 

おと続く音が熱のように広がる。

その音に満足したかのように溜息を吐いた教皇はそのままトーリ君の方を睨んだ。

 

『俺は勿論、立花宗茂の勝利に賭ける』

 

『俺は勿論、熱田・シュウの勝利を信じるぜ』

 

『負けたら、俺はお前に道を譲ってやろう』

 

『負けたら、俺はホライゾンを諦めていいぜ』

 

『だが、この勝負───』

 

『だけど、この勝負───』

 

そして最後は二人して笑って告げた。

 

『貴様の負けだ』

 

『俺の勝ちだよ』

 

どちらも自分の必勝をまるっきり疑っていない、けど違う王の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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刃の始まり


斬れ 斬れ

斬って前に進むことこそが剣神魂

配点(疾走)


 

瞬間、立花宗茂は斬り裂かれたかのような錯覚を得た。

 

「なぁ……!」

 

思わず、立ち止まって、体を触ってしまう。

無論、無傷。

さっき感じ取ったのは、ただの錯覚である。ならば、現実の自分の体に傷などついているはずがない。つまりはただの勘違いである。

だが、得た感覚は錯覚でも、それを得る理由については錯覚ではない。

自分はさっきまで彼らの城であり、今回の勝利条件の一つでもある武蔵の攻撃をしに来た。

あれだけでかいのに剣術など通じる筈がないというのは、同感だが、自分には大罪武装、悲嘆の怠惰(リピ・カタスリプシ)がある。

これならば、流石に準バハムート級の武蔵を落とすとまでは行かないが、航行は不可能レベルの損害を与える事は出来る筈だ。

無論、武蔵の総長連合もそこは読んで行動しているはずなので、迎撃に誰かを出しているとは思ったが、この感じは

 

「剣神ですか……」

 

本多・二代ではないことは知っている。

彼女は本陣の側に出ているらしい。来るのならば、彼女と相対することになるであろうと思っていたから、多少は驚いた。

そして、彼女以外に私と真面に相対できるものは武蔵にはいないと思っていたのだが

 

「……」

 

さっきまで目印代わりにしていた気配が、さっきまでとはまるで別人かのような剣気を振りまいている。

教皇総長も言っていたが、彼を無能と扱ったことは見落としだ。

もしくは、彼の演技力が高かったのかもしれないが、これは別格だ。

この雰囲気を知っている。

三征西班牙で、私達の副長、弘中・隆包副長と似て非なる雰囲気だ。

武芸を少しでも齧った人間から副長クラスを見ると、やはり、何かが違うのだ。実力もそうだが、その纏う雰囲気が並の戦闘者や特務のレベルである我らと何かが違う。

だが、そこまで考えて自分の考えを振り払う。

 

何を馬鹿な……。

 

確かに、相手は副長だ。

違う教導院とはいえ自分よりは役職は上だし、剣神という存在は未知数なので、何をしてくるのか解らない。

そう言う意味では、不確定要素ではあるが───彼は訓練をしていないのである。

幾ら、才があったとしても、それならば恐れるに足らず。

たかだか、才ごときに負ける様な、訓練もしていなければ、矜持も持っていないのである。

自分に勝っていいのは、最低、それくらいをしている人か、誾さんだけである。

それ以外に負けたら、自分が自分を許せなくなる。

故に引く筈がない。

止めていた足を再び動かす。目指す先は、この木々を超えたこの鋭い剣気を放っている気配の元。

 

剣神・熱田の下に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直ぐに彼は見つかった。

彼はこの森の少し開けた場所で、布を巻いた剣を肩に担いで立っていた。

そして、何故かは知らないが、少し俯いていたので、前髪で目から鼻まで隠れていたのだが、表情は口を見ただけで理解できた。

笑っていた。

心底快いと、心底面白いと、心底愉快だと笑っていた。

その気持ちは、さっきまで表示枠を見て、武蔵の総長の言葉を聞いていたから男として、侍として理解できる。

そして、自分が顔を俯かせていたことに気付いたのか、笑みの形を少し変え、私と向かい合った。

 

「よう、お互い大変だな。いきなり戦争の勝敗を握る立ち位置に勝手にされて。お前の場合は、まぁ、結構期待されてのことらしいが、俺の場合は馬鹿の勝手な判断だからなぁ……勝手しやがって全く」

 

「……よく言いますよ」

 

明らかにさっきから戦る気満々であるのは、向かい合って気さくに接しながらも剣気を引っ込めていない事から丸わかりである。

しかし、だからと言って、それに付き合う義理はない。

出来れば、自分はこの提案を言うためにこの場に来たのである。

 

「非礼を承知で言わせてもらいます───降伏してください」

 

「……あん?」

 

睨まれることは承知の上での提案である。

だからこそ、構わずに続けた。

 

「はっきり言わせてもらいましょう。仮にですが、もしもこの場で貴方たちの姫を奪還して、勝利を得ても、このままでは武蔵は孤立してしまいます」

 

「……」

 

一応続けろというような視線を受けたので、そのまま続ける。

 

「そうなってしまえば、どうなりますか? 武蔵は世界から弾き出され、敵として今後扱われることになるのです。針の筵という言葉を体現するような状況になってしまうのです」

 

そうなってしまえば

 

「貴方たちはどうなってしまいます? 少なくとも今日まで過ごしてきた平和な毎日は失われるのです」

 

それがどういう事だというのか

 

「解らないというような子供ではないでしょう。変わり映えのない毎日と言えば退屈と思われるかもしれませんが」

 

それのどこがいけない事でしょうか

 

「少なくとも姫を諦めてしまえば、まだ間に合います。その後は私が出来る限りの助力を申し出ます」

 

嘘ではない

 

「昨日までと同じとまではいかないとは思いますが、それでもここで貴方達が堪えてくれれば、まだ間に合うはずです」

 

ですから

 

「どうか、降参してください」

 

そして私は目礼をした。

解っている。

自分がしている事は筋金入りの偽善者が吐くような台詞である。対岸の火事を見て、可哀想だなと思う人と自分がしている事は何も変わらない。

自分達が当事者ではないから、こう言っているだけなのだと解っている。

それでも、だからと言って、目の前で自暴自棄な事をしようとしている武蔵を見て、見捨てる様な行いはしたくないのである。

そして、果たして通じたのか。

 

「……んー?」

 

彼はまるで困ったかの様な表情で頭を暫く掻いていた。

だけど、直ぐに彼はにっこり笑顔になった。

その事に、宗茂は理解してくれたのかと内心で笑みを得ようとしていた。

しかし、もしもこの場に梅組メンバーが一人でもいたら、間違いなく、宗茂に逃げろと面白おかしく伝えていたかもしれない。

この剣神が、こんなにっこり笑顔を浮かべる事なぞ、間違いなく裏がある場合か、余程の感動シーンでしかないのだから。

 

「まぁ、とりあえず……」

 

にっこり笑顔はそのまま。故に宗茂は一瞬、反応に遅れた。

 

「その馬鹿な事を言っている首から上を落としていけや」

 

何の躊躇いもなく、右肩に担いでいた大剣らしきものを宣言通りに首を狙って放たれた。

体が驚きで硬直する前に体に染みついている体術が体を勝手に動かす。

膝から無理矢理力を抜くことで、首への斬撃を躱す。

すると、ほんの少し時間がたつと背後から巨大なものが倒れていくような音が連続して聞こえたきた。

この状況で背後を確認するなどと言う愚行をする気にはなれないが、自分の耳に異常がなかったのならば、凡そ、四十メートル先くらいまで斬撃が疾ったような音が聞こえた。

計ってもいないので正確な距離ではないが、少なくとも三十メートルは超えていると直感が判断を下している。

その事に、表面上は戦闘の真面目な顔を作りながら、内面で汗をかく。

 

「……どういうつもりですか?」

 

「逆に言わせてもらうぜ───馬鹿じゃねえのか」

 

挑発だと心の中で思い、精神を冷めず、熱過ぎずというテンションに上げていく。

とりあえず、続きを促す。

 

「世界を敵に回す? 昨日まであった日常は戻らない? まったくもってその通りだろうな。昨日まであった日常は失われた、故に戻らない。そこらの阿呆でも解る理屈だな───百も承知の事実だぜ」

 

そう言って彼は完全にさっきまでのにっこり笑顔を捨てて、呆れ果てた顔をこっちに向けてきた。

 

「武蔵の全員がその事を理解している……なんて綺麗事は言わねーよ。これから降りる人間もいるだろうし、何でこんな馬鹿達に付いているんだと疑問を抱く人間もいるだろうよ。それでも俺達、極東人は目の前に生を諦めようとしている人間をそのままにしておくような人間ではないんだぜ」

 

そうだとも。

 

「諦めようとしている人間はケツ叩いても、無理矢理生かそうとするのが俺達だ。まぁ、俺は馬鹿どもと違って、そこまでお人好しではないから、それでも諦めたままなら、じゃあ、自殺しとけっていう人間だがな。だから、てめぇのその偽善な言葉を聞いても、今更だし、止める気は毛頭ねぇ。諦めな」

 

「馬鹿な……気持ちは解りますが、それで貴方は武蔵を戦乱の渦に巻き込むつもりですか!?」

 

「面倒なんで、説得する気はないんだが、敢えて言うなら───お前の奥さんが俺達と同じ立場になっても、その台詞を言うのかよ?」

 

「……ッ」

 

痛い所を突かれた。

立花・宗茂を知っているのならば、自分には立花・誾という妻がいることくらいは総長連合や生徒会の一員ならば誰でも知っている事だろう。

そしてその答えは内心では決まっている。

だから、自分は偽善だったのだ。

 

「そうだと言うなら、人間としては正しいぜ? 自分の命が大事? 結構だ。自己犠牲だなんて下らない事を言うよりは何百倍もマシだ。周りを巻き込むのは悪い事? 一概にそうだとは言えないが、そういう事もあるだろうな。だから、人間としては正しい───ただ男としては最低だけどな」

 

「───違う!」

 

見捨てれるはずがない。失くすつもりなんて一片も存在しない。彼女を失うくらいなら、世界なんぞどうだっていいし、打倒するくらいの気概は持っていると確信して言える。

彼女を守りたいと願って鍛えた武芸を、そんな事で迷ってしまうなどとは言えない。

だからこそ、自分は表情を歪めたのだと思う。

自分は武蔵の行動に対して、何かを言えるような立場ではないのだと。

 

「なら、キャンキャン吠えるなよ。自分に出来ねーことを他人に押し付けんなよ。はっきり言って迷惑だぜ」

 

「……」

 

「で、だ。長々と語っちまったが、どうすんだ? ヤんのか? ヤんねえのか?」

 

迷った。

本当に迷った。

自分のもしかしたら一%にも満たないかもしれないが、あったかもしれない可能性の武蔵を否定して(たたかって)もいいのかと。

だけど

 

「───戦います」

 

自身の大罪武装を構え直す。

構えは基本の正眼の構えを少し、崩し深くしたもの。悲嘆の怠惰は大剣にカテゴリされるため、普通の剣みたいにまともに構えるには骨が折れるのである。

故に構えるのは何時もこうである。

力を入れ過ぎず、かといって入れていないというわけではなく、そして何時でも自分の瞬発力を発揮できるようにした構え。

そこまで思い、ふと気づいた。

そういえば先程の一撃で、彼の剣を覆っていた布は斬り千切られた。

ならば、どんな剣なのかが解る。戦う相手の剣がどういうのかが解れば、やり易いし、見て理解できるとは思えないが、名有りの剣ならば能力が推測できるかもしれないからだ。

そして見た瞬間───唖然とした。

その剣の銘を理解した───からではない。

全く理解できなかった───からではない。

ただ、見覚えがあったから愕然としたのだ。

知っている。そのフォルムを。だが、その全部が全部似ているというわけではなかった。

どこか生物的な形をしているのは、自分の知っている通りであった。だが、そこに少しばかり機械的な物をつけられており、まるで機械と生物を合体させたかのような奇妙なアンバランスな大剣。

刃は太く、まるで斬馬刀のような印象を与える。

そう───まるで大罪武装のような。

 

「馬鹿な……!」

 

そんなはずはないと声高らかに叫びたいが、違うともいえない。

何せ、今のこの戦闘の理由が隠されていた大罪武装という事なのである。もう一つくらいあってもおかしくはないと言えばおかしくはないのだが……。

 

それにしてはおかしい!

 

既存の大罪武装は生物的な所だけであって、あんな機械的なイメージは湧かない。

なのに、何故かこれだけ異形なのか?

そしたらこちらの疑問を察したのか、ああ、と前置きを置いて剣神は語った。

 

「残念ながら、これは人間の大罪を象徴している大罪武装なんていう大層な武器じゃねえよ。まぁ、似てはいるし、クラスも大罪武装級ではあるが」

 

「では……」

 

わざわざ大罪武装に例えたのだ。

それならば、アレもこっちと同じ歴史には残っていない武装。未知なる兵器という事である。

 

「まぁ、強いて言うなら───これは俺の(・・)大罪ってとこかね。勿論、名前もない。無銘でも何でもいいぜ?」

 

「……」

 

聞き逃せない台詞。

だが、この場では意味がない台詞。ならば、それを追及している場合でもないし、別段、深く知りたいとは思わない。

今することは戦意を磨く事だけである。

その態度に、ようやく剣神は自分の笑顔を浮かべた。

すなわち、野性味のある闘争心たっぷりの顔を。

 

「そうだよ、そうさ。俺達は今、結構格好良い所に立っているんだぜ? なのに、つまんねえ説教させやがってよぉ」

 

今は戦場

 

「そして俺達は意志とは関係ないが、今、世界の一部を背負っているんだぜ?」

 

それならば

 

「テンション上げないわけねーだろうよ、男ならよぉ!」

 

キメテやろうじゃねーか、なぁ。

 

「世界を決めれる闘争を出来るんだぜ? ここで格好つけなきゃ男が廃るってもんだぜ!」

 

「……言いたいことはありますが、男が廃るという意見には同意です!」

 

よく言った。

ならば

 

「武蔵アリアダスト教導院副長・剣神・熱田・シュウ」

 

「アルカラ・デ・エナレス教導院第一特務・神速・立花・宗茂」

 

「いざ!」

 

「尋常に!」

 

そして最後は揃えて吠える。

 

「勝負しましょう!」

 

「勝負しようぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初手はお互い突撃。

違いは、宗茂は加速術式を使い、熱田はただ純粋な身体能力で突撃。

しかし

 

これは……!

 

速い。

言葉で表すなら、普通の身体能力以上、加速術式以下という所だろう。

術式なしで、これならば十分に合格点である。

恐らく、爪先から足の付け根までの力を全部利用した理想的な疾走。更には術式を使えない代わりに、その体にある内燃排気を全て自分の身体に利用している故の恩恵だろう。

不謹慎とはいえ心躍る。

だけど、一番の怖い所はその身体能力より、攻撃力。

問題はその一撃にこちらが耐えられるかという事だが、その事に関しては正しく神のみぞ知るという所である。故にぶつける。

真っ向勝負である。

如何に、こちらのスピードが速くても、相手が強敵である以上、剣をぶつけ合う事は避けられないのである。

あんまり刃と刃でぶつけ合うのは刃こぼれを生じさせるので、注意しなければいけない事なのだが、そうも言っていられないのが、戦いである。

故にやるのならば、全力で相手の刃ごと断ち切る全力の切断。

 

「おお……!」

 

咆哮さえも加速の力にして突撃をする。

そしてそのまま袈裟切りを放つ。

そこを狙われた。

相手も大剣でリーチはほぼ同じなのに、刃はまるで滑らかに滑り、突きの形で自分の体と刃の間に差し込まれ、そして無理矢理な力を持って、まるで剣に乗せられて転がるかのように、背後に吹っ飛ばされる。

 

「くぅ……!」

 

解ってはいたが、力ではこちらに不利。

純粋な力では熱田の力には拮抗しえない。だが、刃が断たれていないだけ、遥かにマシである。

無論、あちらもこれは姫の感情の一部であるが故に全力を出せないという事情があるのだから、力を出し切っていないのかもしれないが、それでも僥倖には違いない。

そのまま、吹っ飛ばされている体を肩から回す事によって空中で一回転することで着地。

後ろで斬撃音。

恐らく飛ぶ斬撃が来ている事を察して、振り返らず、そのまま前に疾走。

横に不用意に回避しては殺られる。そのまま前に加速し、そして木に到達。

そのまま助走を利用して木登りをする。だが、普通の木登りとは違って、加速に物を言わせて、駆け上がっているのである。

それにバランス感には自信があったので、加速があるのならば、これくらいのレベルは簡単と言えば簡単であった。

そしてそのまま木を駆け昇り、そして頂上辺りに着いて、右足を思いっきり踏み切り、後ろに跳んだ。

それと同時に斬撃が木にまで届き、砕いているのが見えたが、先に下でこちらを迎撃しようとしている剣神を見る、

 

「おおぉ……!」

 

まるで発条に乗って飛んできたかのような跳ね上がりだが、地面に罅割れるほどの破砕音を聞いたら、どんな脚力をしているんだと叫びたくなる。

咄嗟に迎撃。

剣神相手に防御としての攻撃では返せないというは体感している。この相手には攻撃としての攻撃ではなくては、対処できない。

そして真っ向から迎撃のタイミングは合ったとはいえ、相手の突進力に押し負けるのは自明の理なので、そのままわざと弾かれた。

先程と同じ体の運用で着地する。

今回は自分が相手の背後を取った。なら、こちらが圧倒的に有利だ。相手は十メートル先に着地しようとしている。

なら、この距離ならば、加速術式を使えばあっという間だ。

だから行った。

自分の蹴った足の力にも比例して、加速は伸びる。

だが、その加速が入りきる前に、相手が着地した瞬間に───相手の姿が消えた。

 

「───」

 

驚愕は今まで作り上げてきた鋼の精神で押し止める。

表示枠を通して見てはいたが、体験して理解できた。これは、体験しなければ、理解できないものである。

恐らく、ガリレオ副長も同じことを思ったのだろう。

見えているのに見えない。

視界には映っているのだ。視界の右端に映ってはいる。だが、それを捉えられない。

否、知覚できない。

故にどう対処するべきなのかが解らない。前にはいると見えているのに、知覚出来ていないので前にはいないと思わされるのだ。

これを回避するには、この技を解明しなければ避けれないと宗茂は直感で理解したが、それを理解する暇がない。

故に彼は違うものを信じた。

 

「結べ───悲嘆の怠惰」

 

悲嘆の怠惰の通常駆動。

能力は蜻蛉切りとまったく同じ。刃に映す名を介した対象の割断。その能力を使用するために前方の空間を刃に映した。

前方を映したのは、勘でありそして理解であった。

そう、目の前の少年との会話で理解した事だ。

 

彼は正面突破を選ぶ人間です……!

 

勝つために卑怯な手段を容認する人ではあるが、彼は単純に前から突っ込むような人物だと思うという勝手な一方通行の理解。

だからこその勘である。

効果は実証された。

甲高い音と共に、何かにぶつかるような音がした。

決まった、と内心で思った。ならば、即座に応急処置をしないといけないだろう。蜻蛉切りも悲嘆の怠惰も、そこら辺をセーブするようなものはない。

だが、直ぐに治療すれば生き残れるだろうし、それくらいの時間はあると思う。相手の剣について、まだまだ知りたかったが、こんなものだろうと思い、前を見ると

 

「あったぁ……結構イテェ……」

 

倒れてはいるがコキコキと肩を鳴らせて余裕そうな態度をしている剣神がいた。

 

「……まさか結果が嘘を吐くとは」

 

自分でも意味が解らない言葉を吐きながら彼を見る。

見たところ、傷とかがないのはよく解る。そして彼の周りを見ると地面の砂が抉られている。

 

……成程。

 

どうやら、咄嗟の判断で地面の砂を斬る事によって、砂の壁を作る事により、こちらの割断能力を弱めたという事か。

だが、それでも傷がついていないのはおかしい。

幾ら、名の隠す努力をしても、それが岩とかの壁ならばともかく砂ならば全部を隠せるわけではないだろう。

減衰はしても、力は発揮されるはずだ。

その疑問を察したのか、彼は平気そうに起き上って、こちらを見る。

 

「ああ……まぁ、卑怯なのは承知なんだけど加護って奴でな。ちょっとばかり頑丈なわけなんだよ。まぁ、流石に神格武装級か、大罪武装級なら傷は負うんだが……」

 

「それは砂による威力の減衰をする事で耐えられるダメージにしたって事ですか……」

 

判断能力も侮れないし、新しく知った能力も無茶苦茶だ。

どうやら防御系の加護。堅いというよりは頑丈と言ってもいいくらいの堅さ。まともに神格武装級か大罪武装級を受けたのなら斬れそうだが、通常の武器ではダメージも通せないという事か。

えげつないという事はこの事か。

だが、この場においては加護に付いては置いといていいだろう。自分の武器は大罪武装。なら、防御の加護があろうと無意味なのだから。

だが、それとは別で疑問はある。

 

「聞き間違いでしょうか? 貴方は戦闘訓練を受けていないという話だったと思いますが?」

 

ここまでの動きを見て、これで戦闘訓練を受けていないという話なら、全世界の努力をしている人間に謝って貰わなければいけないレベルだ。

そして、それは違うだろう。

踏み込みや剣の握り、咄嗟の判断力。短い戦闘ではあったが、それくらいは読み取れている。

絶対に誰かからか手ほどきを受けている人間の動きであるし───とてもじゃないが十年間サボっているような体つきではない事は出会った時から見て取れた。

その事に関しては、彼は誤魔化すかのような笑いを表情に出して

 

「ああ……確かに俺は授業をさぼってはいたが───誰も訓練をしていないだなんて一言も言っていないぜ?」

 

いけしゃあしゃあと答えた。

だが、それならば納得だ。

十年間、親友を待ち続けた事は見事と言うしかないが、かといって待ち続けるだけでは力になれないと理解していたのだろう。

ならば

 

「誰が貴方を指導したんですか?」

 

「どこぞのメイドさん達」

 

 

 

 

 

 

 

 

そのやり取りを表示枠で見ていた酒井は苦笑と共に隣にいる"武蔵"に視線を向けた。

視線を向けられた侍女の方はと言うと、やはり相変わらずの無表情であった。

 

「……口止めされてたの?」

 

「Jud.口止めもされていましたし、酒井様は口が軽い方なので、言ったら言いふらすと予測できましたので───以上」

 

信用無いなぁ、と苦笑の色を深めながら事情を聴く酒井。

 

「十年前に、予測を含めて言うならトーリ様とシュウ様が約束をした直後ですね。突然、私達に土下座をして修行を頼むと申されました───以上」

 

「だからこの前、確証がない事は言わないって言ってたわけか……」

 

「Jud.私達の誰かが手を空いている時に、誰かがシュウ様の修業をする。毎回毎回誰にも知られないようにするのに工夫をしていました───以上」

 

「面倒じゃなかったかい?」

 

「いいえ」

 

その事に関してだけは武蔵を含め、全自動人形が拒否を現した。

 

「皆様に頼られるだけで私達、自動人形はそれだけで是と答えます。それなのに頭を地面に擦られてでも頼まれたシュウ様に対して何もしないのは侍る事を忘れたただの女どころか、自動人形の風上にも置けません───以上」

 

故に

 

「だからこそ、鋼鉄の指を持ってシュウ様を指導し、鋼鉄の足を持ってシュウ様を先導し、鋼鉄の思考を持ってシュウ様を谷底に落としました───以上」

 

それは

 

「我ら自動人形は求められたのならば、その倍を持ってお答えするのが常」

 

と"武蔵"が言い、そして共通記憶と表示枠両方から

 

『故に手加減はなく』

 

"奥多摩"が答え

 

『故に躊躇いもなく』

 

"武蔵野"が答え

 

『故に惜しみもなく』

 

"浅草"が答え

 

『故に全力を持って』

 

"品川"が答え

 

『故に強さを持って』

 

"村山"が答え

 

『故に平等さを持って』

 

"多摩"が答え

 

『故に万全を持って』

 

"青梅"が答え

 

『故に充足を与えるのが』

 

"高尾"が答え

 

「我ら武蔵の侍女としての行いと理解しています───以上」

 

"武蔵"が以上を告げる。

その返事に酒井は苦笑の色を深めながら、だったら、と前置きを置きながら表示枠に映っている熱田の姿を見る。

 

「格好つけが大得意の馬鹿が見栄を張れないってことはないだろうなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連続で吠える声が二つ聞こえる。

そしてその吠える声に違う音が響く。

それは甲高い音。金属と金属がぶつかり合った時に響くような金属音。

それは自分と立花宗茂が作っている剣戟音。

この空間は今だけはただの斬撃空間になっている。入ってきたものに相応の力がなければそのまま粉微塵になってしまう一つの地獄の姿だ。

しかし、そんな中で自分の表情が歪んでいくのを自覚した。

 

「は……!」

 

笑いの表情に。

これでいい。

剣神はこうでなくてはいけない。常人ならば恐怖するか、尻込みするような闘争の中で笑いながら戦うのが剣神だ。

だから、これでいいのだ。

闘争は俺の領分。

トーリは夢を突き進むのが領分。

お互いの役割に不満何てこれっぽっちも存在しないし、異議もない。

そもそも、自分の役割に不満何て抱いている時点でこの戦いに参加なんてしない方がいい。

それに自分の人生は一度なのだ。ならば、納得できない事をしていたら勿体ないだけではないか。なら、馬鹿な妄想なんてせずに疾走する。

そして勝利を掴む。

馬鹿は理由はどうあれ闘争を望んだのだ。なら、俺は馬鹿の剣らしく、馬鹿らしく勝利をもぎ取るのが俺の役割ってもんだ。

故に、と目の前の強敵を前に獰猛な笑顔を浮かべつつ、相手に聞かせるつもりはない小さな声で自分の信念を告げる。

 

「今こそ疾走して駆け抜けよう」

 

自身に刻み込んだ言葉を敢えて口に出す事で誓いとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお……」

 

表示枠を見つめている学生達が驚嘆に声を上げた。

 

「俺達の副長が……」

 

今まで無能を装っていた副長が、その隠していた力を遠慮なく振り絞って戦っている。

特務クラスの反応も様々だった。

遅いのよと告げる魔女がいた。

長い間待ち続けていました……と呟く騎士がいた。

ようやくで御座るかと溜息を吐く忍者がいた。

誰もが、副長の戦っている姿に期待をしていた。

故に皆が思った。

 

「戦える」

 

「そうだ。俺達は戦えるさ」

 

何せ無能であった副長があんな風に戦えるのだ。

ならば、自分達みたいに訓練を受けている人間が戦えないはずがない。

それは隠れて訓練していたから戦えた? ならばこそ、隠さずに訓練していた自分達が戦えないなんて言う道理はないではないか。

故に誰もが隠れていた英雄に向かって叫んだ。

 

「勝て……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、両者は悟った。

次が最後の攻防であると。

既に、攻撃回数はお互い三桁をとうの昔にこえている。

だが、同じ三桁でも、その差は歴然であった。

加速術式を使っているから、仕方がないとはいえ立花・宗茂は速過ぎたと誰もが言うだろう。

現に、厳密な攻撃回数を言うならば、熱田・シュウは百二十近い斬撃に対して、立花・宗茂は四百近い斬撃を繰り出している。

熱田は連続攻撃という攻撃だけならば、宗茂に遥かに劣っていた。

しかし、それだけで熱田が負けているというわけではなかった。

連続という分野では確かに負けてはいるが、攻撃という分野では遥かに宗茂を圧倒していた。

近距離では重過ぎる斬撃を出し、中距離になると飛ぶ斬撃を連続で放つ。時には謎の消える技を使って、奇襲をする。

何もかもを使っての勝負であった。

故にお互い隠してはいるが、肩で息をするレベルまで疲れている。

まだ続けられるかと問われたら二人とも応と答えていただろうが、続けられると勝てるかでは違うと二人とも当然のごとく悟っていた。

故に余力が残っている今。

それがこの勝負を決する時だと、二人とも合図も無しにお互い理解しあっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宗茂の前で熱田の斬撃が疾る。

だが、その斬撃は遠い。

少なくとも、加速術式使いの宗茂の前では五メートルは近くて、躱す距離としたら充分であった。

しかし、疾った方向は自分ではなく

 

「むっ……!」

 

傍に立つ木々であった。

当然、ただの木など熱田の斬撃に耐えられるはずがなく、そのままばっさり斬られる。

それも斬撃は質の悪い事に飛んでしまうので、結果としてあっという間に自分の横にある木を通り越して、後ろまで斬られる。

すると、そこで当然重力という力が当てられ、しかも、斬られ方が横からの斬撃の所為か、梃子の原理により、そのまま即席の自然ハンマーと化した。

木である以上、間隔は当然空いているのだが、その安全地帯に辿り着いたら自分はそのまま突っ立っているか、横に動くくらいしかできない。

そんなのは狙い撃ちの的と同じだ。躱すのに横しか動かないと解っているのに、読めないはずがない。なら、縦も同様。通常駆動も立ち止まっているので同義。

故に取るべき進路は前方。

また新しい加速の表示枠を割りながら、前進する。

 

「ぐ……ぅ……!」

 

脚の筋肉が嫌な感じに鼓動する。

既に本多・忠勝との戦いで足は一度限界を超えているのである。応急処置をしたとはいえ本調子には遠い。

既に加速は一万七千倍以上を超えている。

冷却もしてくれてはいるのだが、それでも両足はかなりの熱を発している。

だけど、前に出る。

 

「おぉ……!」

 

何度目かの叫び声。

それと共に悲嘆の怠惰で突く。

残像を切り裂くレベルのスピードでの刺突は、しかし手応えを返さなかった。

 

「……!」

 

いない。

今度は知覚できないではない。

不味いと内心で本能が警鐘をガンガン鳴らすが、鳴らしたところでどこから来るのか教えてくれないのならうるさいだけである。

苦し紛れに周りを見ようとし、ふと足場を見ると───影が。

そこで背後の木が倒れた音を聞きながら上を見る。

そこには剣を上段に構えている剣神が獰猛な笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。

 

「だが……遅い!」

 

もう一、二秒遅かったらやられていたかもしれなかったが、今ならば対応の方法は大量にある。

一番、安全な方法は躱す事。

そうすればまた仕切り直しになって、戦いが続くだけになるのだろうけど、間違いがない

 

それでは意味がありません!

 

ただ、だらだらと戦うのでは意味がない。

決着を着けなくてはいけない。それもお互いが納得いく決着を。

その為にも

 

「参ります……!」

 

「応とも。てめぇがそれくらいする事くらい信じてたぜ?」

 

それは光栄です、と心の中で呟きながら、足場を強く踏んで空中に出る。

全身を加速砲弾として体当たりの斬撃。

それが今の自分の最大の一撃である。

だが

 

「加速できんのは何もてめぇの技だけじゃねーンだよ!!」

 

すると、彼は剣を直ぐに振るった。

また飛ぶ斬撃かと思ったが、構わない。あの斬撃は確かに脅威だが、攻撃力自体はどちらかというと直接攻撃の方が高い。

自分と悲嘆の怠惰なら耐えられる、と理屈で納得して気にせず突撃をしようとする。

だが

 

「行くぜ……! ブーストでかっ飛ばすぜ!」

 

『ガッテンショウチ!』

 

瞬間、彼が柄にあるスイッチを押したら巨大な刃の峰の方が開いた。

そしてそこから何か漏れる輝きがあった。

 

「流体光ですか……?」

 

何をする気だと思っていたら───その流体光が爆発した。

比喩である。

ただ、その漏れていた流体光が目に見えて大きくなり、そのまま加速するためのブースターになっただけなのだから。

唐突な爆発的な加速に自身の速度が打ち負けた。

初めての敗北であった。

勝敗としてではなく、加速としての。今まで一度たりとも、その分野だけで言うならば、本多・忠勝にも、本多・二代にも負けなかった速度での敗北。

大きく見れば負けではないのかもしれないが、これは敗北だ。

何せ今度は力ではなく、加速によって自分は弾かれたのだから。

 

「……!」

 

漏れそうになる苦痛と悔しさを唇を血が出るくらい強く噛む事で抑える。

まだだ。まだ自分は負けていない。

自分は今、空中で地面に頭を向けて、無重力状態みたいに浮いているが、それは弾かれた時の加速により浮いているだけ、直にそのまま落ちる。

今迄みたいに空中での姿勢制御も、ここまでになったら直しようがない。

そして、敵である剣神は既に着地して、こちらを見ている。

あの体勢ならば、そのままこちらに足を向けて、斬るのに何の支障もないし、いざという時は彼が言う第一形態がある。

なら、こちらを斬るのにミスをするなど剣神が許すはずがない。

負けるのか? 負けていいのか? ここで自分が負けたらどうなる?

いや、そもそも負けていい勝負などない。負ければすべて終わりとまでは言わないし、敗北が時には経験になるという事も理解している。

だからと言って、今ここで負けていい理由にはならない。

そうだ。自分には帰る所に待ってくれる人がいる。故に敗北なんて認められない、許さない。

故に───ここで両足を断ち切る。

 

「あぁ……!」

 

咆哮というよりは叫び声をあげて、大気(・・)を蹴った。

大気というのは何も触れるはずがないと誰もが思うが、それは間違った答えだ。

大気には窒素もあるし、酸素もある。目に見えないレベルでの塵やごみがあるし、埃もある。

それらにも抵抗というのもある。

だが、無論それらを足場として使うのならば、今よりも倍以上の加速を行わなければ足場として成り立つはずがない。

そして、立花・宗茂が使っている加速術式は神道の禊を利用した加速術とは違って、術者への負担を取り除いてくれない。

代わりに、神道の物よりもスピードだけならば、圧倒するのだが。

だからこそ、両足から破壊の断裂と粉砕が起きた音と痛みが発生したのは当たり前の結果。

だが、その代償として彼は頭を下に、しかし地平を水平に飛んで加速するという偉業と言ってもいいレベルの動きを作った。

正しく神業。

故に、ただの一度の奇跡であるし、それ以降に動けなくなるというのも当然の報いでもあった。

だが、行った。

一直線に、剣神に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あり得ない軌道を取ってきた立花・宗茂を前に感じたのは驚嘆でも、死の予感でもなく、あったのは煮えたぎるような怒りであった。

 

この馬鹿野郎……!

 

だが、しかし、その意気ごみは良しと認めてしまうのは男だからだろうか。

躱すか?

楽勝だ。自分の足でも十分だし、いざという時は第一形態で無理矢理躱せばいい。そして、その後に倒れて恐らく動かなくなっている宗茂に止めを刺す。

実に教科書通りの終わり方だ。

だが

 

……俺はそんないい子ちゃんになった覚えはねぇわな。

 

やるならド派手に。

それが俺らしさというモノだろう。

だから

 

「正面突破ぁ……!」

 

足を一歩宗茂の方に踏み込む。

利き足の右足。そして、それを起点にその一歩にあり得ないくらいの力を込める。

それに伴って、地面に罅割れていくのが目に見えるが気にしない。

そして最後に

 

「お……!」

 

地面を爆破するつもりで走るというよりは飛ぶ。

そして、互いの加速により一秒とも言えない時間で激突。

お互いの激突の火花が一瞬太陽のように煌めくが、気にせず、そのまま指にあるスイッチを押す。

光が花と咲き、押し込む力が増大する。

位置関係上、自分はブーストの流体光を諸に受ける事になっているが、それは加護で問題にはならない。

宗茂は驚愕する前に、ブーストの力も借りて、刹那と言ってもいい時間で、彼を空に跳ねあげる。

 

そこが決着の場所だぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「がぁ……!」

 

弾かれた衝撃で体と肺が軋む。

最後の加速も敗れた。このまま自分はただ重力に負けて、落ちて敗北するだけ。足は既に使い物にならなくなっている。

だが

 

……まだ負けては……いない……!

 

しつこいと言われることは承知だ。

実際、もうほとんど負けているようなものであるし、ここからの逆転は難しいを通り越して終わっているレベルだろう。

だからこそ、相手も油断が生じているかもしれない。

 

そこを狙って、空中から通常駆動を……!

 

腕はまだ動く。

まだいける。

私は勝って、誾さんに向かって、ただいまと言わなければいけないのだ。

ここで誾さんを悲しませるのは男として、そして夫として出来る筈がない。夫婦というのはお互いがいてこその夫婦なのだ。

それを私の敗北で

 

失わせたりは……絶対に……!

 

無理矢理に体を動かす。

五体は既に鉛のような重さを持っているが、空中であったのが幸いか、何とか空中で体を地面に向けれた。

だから、目の前に見えてしまった。

剣神が空に向かって疾走してくる姿を。

 

「……」

 

不覚にも見とれてしまった。

彼はブースターで空を駆け上がってきている。

故に、彼の背後は流体光の軌跡が残っており、まるで空への階段を上ってきているような錯覚を覚えてしまった。

だから、彼がそのまま宗茂を追い抜いてしまったのを見逃してしまったのもある意味仕方がない事。

そして彼はそのまま自分の上を取って、剣を叩きつけたのを躱せられなかった事も当然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その光景を全員が沈黙して見ていた。

誰かは驚きを。

誰かは喜びを。

誰かは信じられないという呟きを。

だが、最後には武蔵の最大の喜びの叫びとK.P.A.Italiaと三征西班牙からは悔しさの呻きが響いた。

その光景を、一人、終始笑顔のまま見ていたトーリは勝利した自分の親友を見て、ただ一言呟いた。

 

「さっすが、俺の親友。頼りになるぜ」

 

その顔には何時もの笑顔と共に、何か誇らしげなものを自慢するような感情も込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と……」

 

熱田は勝利した後、立花・宗茂が使っている悲嘆の怠惰を奪って、そのまま本陣の方に走ろうとしていた。

立花・宗茂は空中から落ちた場所で横たわっている。

最後の一撃は刃ではなく、峰で叩いたのでどちらかというと打撲になっているが、それを除けば足以外重傷はないようだし、血も出ていないようなのでほっとくことにした。

脚はどうなるか解らないが、リハビリをすればもしかしたら治るかもしれないという楽観視をするしかなかった。

流石にそこまで診断をする事は素人である自分には出来ない事だし、剣神の影響故に治療術式も使えない。

だから、宗茂の根気を信じるしかないのである。

それに、余りここにいると彼の嫁が来るかもしれないし、トーリの馬鹿の方もどうせまだ問題だらけだろうし、どうにかしてやらなきゃいけないだろう。

頼れる親友っていうポジションも大変なもんだと溜息を吐きながら森を出ようとしたところ

 

「……止めを、刺さないんですか?」

 

そんな声が聞こえた。

自分達の会話が聞かれているかどうかを確認しながら振り向かずに答える。

 

「残念ながら……どっかの馬鹿との約束の一つでね。出来る限り傷つけず、そして殺さないというので殺しは無しの方向なんだよ」

 

「……貴方はずっと十年間、何もしない彼をよく信じれましたね……」

 

「まさか」

 

そんなわけがない。

何もしていなかったのならば、それを信じられるはずがない。トーリが何もしていなかったら、俺は十年間も律義に待つはずがない。

では、何故? と当然の疑問が返されたので、他の連中には聞かれていない様子だったので俺はそれに正直に答えた。

 

「だって、あの馬鹿───相変わらず馬鹿だったんだぜ?」

 

「……」

 

最後に聞こえたのは苦笑だろうか。

それを最後に何も言われなかったので、俺はそのまま駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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勇気の玉砕


告白

それは愛ゆえの暴走……!

配点(愛の告白)


 

インノケンティウス総長はこの状況に、驚きはしていたが、プライドに賭けて焦りだけは表に出さなかった。

武蔵の副長の実力を見誤ったのは確かだ。

そこは自分の責任であるし、失敗でもある。認めるし、否定などしない。

自分の慢心が招き寄せた事態である。甘んじて受けるし、反省はしよう。

だが───後悔は一切ない。

相手が真正面から向かってきた。なのに、自分はそれを躱して、攻撃? 許せるはずがない。

しかも、相手は聖連から何も出来ないが故に不可能男(インポッシブル)という字名を貰っている馬鹿なのに、教皇総長の俺が背を向ける? あっていいわけがない。

子供が大人に精一杯背伸びをしているのに、自分はそれに負けないよう同じく背伸びをして引き離そうとする大人がどこにいる。

だからと言って

 

「じゃあ、おっさん。ホライゾンの所に行かせてもらうぜ」

 

このまま相手を見逃すわけにはいかなかった。

一瞬の目配せと共に、傍らのガリレオが動く。

 

「天動───」

 

説、と言って発動までの残り二、三秒という短い時間で、しかし、特務クラスが動く時間には十分だった。

じゃらり、と鎖の音と共に鎖が武蔵総長の腹に巻きついたかと思ったら、何時の間にか浮き上がっていた。

武蔵の第五特務の神格武装と気づいた時には、視界に闇が降りた。

思った瞬間に視界を広げてみると、第六特務の武神の拳であることが判明した。

 

「洒落さいわ、小僧共!」

 

即座に前に出て、目の前の空間に術式譜を防盾として作り、武神の拳を防ぐ。

目の前にある鉄拳を見ながら、上にいる筈の武蔵総長を見る。

天動説は発動していない。

あれは発動するには相手の存在の認識をまず第一とするので、途中に武神の拳がガリレオの意識を逸らした所為で認識が途切れてしまったのである。

だから、代わりというわけではないのだが、武蔵総長がどこまで飛んでいるのかと確認をしようとしただけなのだが

 

「あ~~~~! これが、まさかの剛速球か~~~ん~~~ら~~ん~~しゃ!!」

 

遂に頭がイッタか、と冷静に頭の中で思いつつ、武蔵連中が表示枠を開いて、何か連絡を取り合っていたので、何かの作戦かと思い、何とか真面目思考を取り戻してその表示枠を見る。

 

『見た目は楽しそうに見えるんですけど、小生からしたらただの恐怖の心臓ストッパーゲームに思えるんですが……』

 

『本人楽しそうだからいいんじゃないんですか? あ。この狂行に関しては浅間神社は関係ないので、絶対に神社の風評を貶めないでくださいね?』

 

『……! 皆! 気を付けるのよ!? この巨乳巫女! 何の躊躇いもなく弓を味方に向けているから! ふふふ、恐ろしいわ浅間。でも、その潔さはもてる女の秘訣よ! アグレッシブ巫女なんてジャンル的に最強じゃない!?』

 

『ま、待ってくれ葵姉君! その場合、一番近い僕か、君かのどちらかが狙われるんじゃないかい!?』

 

『いい、ネシンバラ? ───根性よ』

 

『もしくは気合かな!?』

 

『というか、この状況でもしもミトがコントロールミスったらトーリの馬鹿。大ダメージ受けるんじゃないさね?』

 

『!? いいかネイト。ぜってー落とすなよ! いいか? 落とすんじゃねーぞ! 絶対だぜ! ───振りだからな!?』

 

「……何を言っているのかさっぱり理解できないのは俺の語学力の問題かガリレオ、なぁ」

 

「武蔵の芸風を理解しようとしたのが間違いではないのかね? 元少年」

 

成程、と言われた言葉はその通りだろうと思ったが、そんな事をしている間に武蔵の第五特務が自分の横を通り抜けていた。

 

「行かせるかぁ!」

 

確かに、通すと言ったからには体を張って邪魔をする事は出来ないが、通す以外の妨害行為はしないとは約束はしていない。

言いがかり結構。

それで完全な敗北を決定されるよりは百倍マシだ。

そのまま手に持っている淫蕩の御身の超過駆動を使おうとする。

これを使えば、武蔵の第五特務の鎖の力は失い、馬鹿はただ落ちてくるだけになるだろう。その後に約束をしていない学生たちが馬鹿を捉える。

あの馬鹿本人には何の能力もない事が幸いだったというべきだろう。これで、総長までが何かしらの能力を持っていたら困難を超えて、至難の戦場になっていたはずだ。

それに

 

「最早、貴様らの内燃排気は空に近い筈だ!」

 

乱戦はお互い様だが、こちらは数の利がある。

多いだけで勝てるなどという戯言を吐くつもりはないが、やはり、戦争の基本の一つに数という要因があるのは事実ではある。

こちらにも何人かは内燃排気が尽き掛けている奴はいるだろうけど、少なくとも武蔵の学生より多いという事はない。

ならば、こちらの方が有利だと思い、淫蕩の御身を振り下ろし、超過駆動発動させ───

 

「結べ───蜻蛉切り!」

 

発動させたゼロコンマ一秒でガラスが割れるような音と共に淫蕩の御身の超過駆動が消された音がした。

誰がやったかなんて一目瞭然であった。

 

「拙者がいる事を忘れないで頂きたいで御座るな、教皇総長」

 

「小娘……!」

 

蜻蛉切りの割断能力。

ならば、担い手は本多・二代以外にはいない。

心底厄介な能力だと内心で舌打ちする。大罪武装を持っている自分が偉そうに言える立場ではない事は百も承知だが、蜻蛉切りは倍くらい厄介だと自分でも言える。

三河は本当に厄介なモノばかりを残して行って……! と愚痴りたくなる。

それを言うならば、大罪武装もそうなのだが、それはそれである。

 

「だが……貴様らの内燃排気が空という事実は覆せんぞ!」

 

既に周りの学生達は指示無しで動いている。

それは、全員が全員、武蔵総長の方に動いていた。

誰もが理解している。

ホライゾン・アリアダストを救う可能性を持っている人間は葵・トーリだけであるという事を。

馬鹿な事をと思考の裏ではそう考えてしまうが、間違いではない。直感がそう告げているのである。

ならば、止めるべきは武蔵総長一人のみなのである。

そしてそれは当然武蔵の連中も解っている。

だが、理解はあっても力が出ない。五倍も差がある人数差で、逆に良く持ちこたえたと内心では感心している。

だが、ここまでだ。

神道の代演でも、限界はある。後は時間の問題だと笑みを浮かべた時に空中から声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オメェら……今でもホライゾンを救いたいって思ってくれてるか!?」

 

空中からの叫びに、地上で土に汚れたり、戦闘で服が破れたりしていたり、武器を振るっていたり、盾を構えていたりしている学生は全員その叫びに反応した。

 

「当たり前だ! 極東の人間は……目の前で理不尽であろうが、なかろうが、死を直前にした人間を助けたいと思う!」

 

それに

 

「馬鹿の副長も言っていたように……俺達は目の前で生を諦めかけている人間を前に、ならば、諦めればいいなんてお人好しな台詞を吐くような賢い人間ではないんだよ!」

 

他の皆もそうだそうだと叫んでくれている。

その光景を見て、トーリはそっかと呟いて、そのまま空いている両手を使って、表示枠を開ける。

相手は

 

「浅間───俺の契約をやっぱ、認可してくれよ」

 

『……』

 

帰ってくる反応は沈黙。

でも、それは浅間だけではなく、何時もの馬鹿連中全員が違う反応だが、内心ではそういう反応をしてくれていると自惚れのような理解をする。

現にネイトとペルソナ君とアデーレはこちらに視線を向けているし、直政とノリキは敢えてこちらを見ていないし、点蔵は……うん……点蔵は……いっか。

だから、どうしようかなぁ~って思ってると違う表示枠が開かれた。

 

『よう馬鹿』

 

「何だよぉー親友。オメェ……いきなりの台詞が馬鹿ってどういう事だよこの馬鹿野郎!」

 

『後で鏡を見ろ───でだお前。智の代わりに聞いてやるが……まさか傷ついている馬鹿どもを見て、力にならなきゃ……なんて事を考えて契約を迫っているだなんて言わねーだろうなぁ? あん?』

 

自分の親友の物言いに内心苦笑しながらちげーよと答える。

 

「俺は何も出来ねーから……周りの皆を頼りにしてるだけだ。だから、俺が何かを成すには誰かの手を借りなきゃいけないわけだけど……俺が何も出来ねーって事じゃねーだろ?」

 

『あっそ。じゃあ、好きにしろ』

 

そう言うと直ぐに表示枠を消していった。

その速さに浅間は何か言いたげだったけど、俺は親友がそんな風にするのは解っていたので、ただ俺は浅間に言うだけだった。

 

「頼むわ」

 

『……ああもう。貴方達姉弟といい、シュウ君といい、本当に人の話を聞かないんですから……』

 

その言い方からちょっと怒ってると思ったが、黙る事にした。

だって、浅間。

俺、馬鹿だからよ。こういう風に思った事を直ぐに言うしかしないんだよ。

でも、それは皆も解っているだろ? 俺が底抜けの馬鹿だっていう事くらい。だって、お前らは出来るからさぁ。

だから

 

「出来ねえ部分は俺の領分だろ?」

 

だから、浅間からの契約認可を受け、そして最後にこう言われた。

 

『トーリ君……これから貴方がもし、悲しみの感情を得たら加護の反発としてその穢れた全能力を禊ぎ消失します』

 

そのリスクを背負う代わりに

 

『トーリ君の全てを皆に伝播し、分け与えることが出来るようになります』

 

その言葉を何時もの笑顔で受け止め、そして空中で構える。

 

「行くぜ、俺達!」

 

効果は劇的だった。

 

 

 

 

 

 

 

「何……」

 

ガリレオは目の前の光景のおかしさに気付いた。

排気を失ったはずの武蔵の学生達が防御系の術式などを使って、K.P.A.Italia戦士団を吹っ飛ばしているからだ。

内燃排気が急に回復した? 不可能だ。そんな簡単に回復するような物だったら、無くなっただけでこちらが有利不利などとは叫ばない。

神道の代演か? それもおかしい。

そんな事はとうの昔にやっているはずである。それも限界に近づいていたから、こちらの勝機だという事になっていたのだから。

ならば、原因は何だと周りに目を向けてみると、何か武蔵の連中には何か光が繋がっているように見える。

 

「流体光……」

 

あれが武蔵の学生達に排気を供給しているという事は解った。

だが、その供給源はどこから……。

そう思い、光の元を探して、上空を見ると───武蔵総長の背から、流体光の光の尾が大量に出ていた。

 

「伝播術式……?」

 

K.P.A.Italiaの周りの学生も気づいたのか、その光を見ながら呆然とした表情でそれを見ている。

伝播術式。

ならば、供給する手段の方は理解した。

だが、やはりおかしい。不可能男という字名を受けているとはいえ、多少の内燃排気を持っているというのは別におかしくないが、それでも、ここまでの人数をカバーできるはずがない。

ならば、何故とそこで思考を更に深める。

そして、数秒で応えに辿り着いた。

そういえば、彼は臨時生徒会の時に武蔵のヨシナオ王に、王座を譲ってもらう事をせがんでいた。

結局、最終的にホライゾン姫と同様に副王になっていたが、それでも武蔵総長には重過ぎる立ち位置だとは思ったし、何をしたいのだと思ったのだが

 

「そういう事か……!」

 

隣で悔しそうに呟く元教え子の様子からどうやら同じ答えに至ったようだ。

つまり

 

「副王権限……! 自分の命をベットすることによって、武蔵の流体燃料を他者に分け与えるのが、貴様の王としての在り方か! 小僧!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その行動と宣言を表示枠越しに見て、熱田は爽快に笑った。

 

「よく言った馬鹿! それでこそ馬鹿の極みって奴だ!」

 

ここまで馬鹿だとは誰も思うまいと思うが、武蔵全員はお前がそれくらいいとも簡単にする馬鹿というくらい楽に理解していた。

逆にこれくらいの馬鹿くらいじゃなきゃ、剣を振るい甲斐がないってもんだ。

よっしゃ、こりゃあ急がなきゃいけねーなと思い、そういえばさっきから結構走っているのになーと思い、つい剣に聞いてみた。

 

「なぁ、後、どんくれぇで着くと思うよ?」

 

『ギャクー』

 

熱田はお約束を守ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

形勢はこれでまた逆転でもなく、ただ均衡状態に戻された。

だが、それでもこのままずるずるやっていたら、武蔵の連中の方が有利なのは自明の理である。

ならば、やはり、当初の目的は変わらず

 

「武蔵総長を狙えーーーー!」

 

教皇総長の声が戦場を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

やはりそう来ましたか……!

 

ネイトは走りながら、自分の王が狙われているという事を意識に更に刻んだ。

ホライゾンがいる場所まではもう残り数キロという地点だが、逆に言えばまだ数キロあるという事だ。

自分の足は一般の人よりは速いかもしれないが、特務クラスとしては遅い方である。

総長が走るよりは速いというくらいは自負しているけど、やはりその程度である。

既に、周りは包囲されつつある。

銀鎖の内、二本は総長に使っている。

本人は「ラァ~ラァ~ラリボッ、ラリボッ、ラー!」などと何の言語を喋っているのか解らない言語を使って、こちらの神経を削っている。

 

あれ? もしかして、私、四面楚歌の状況ですの?

 

実は追いつめられているのは総長ではなく、自分なのかもしれないと思うと嫌な汗が溢れてきた。

 

『おやおや? ミトッツァン? どうしたの? 何か凄い汗をかいてるみたいだけど』

 

『ククク、解ったわミトツダイラ───答えはあんたの部屋の中に処分し忘れた何か嫌なモノを思い出したんでしょ!? 仕方ないわねぇ。この優姉が自らそれを調べて、処分してあげるわね! もう。私、まるで浅間みたいな母性を持ってしまったわね。で? 内容は何? エロゲー? エロ本? エローイ器具?』

 

『姉ちゃん姉ちゃん! そういうのって、やっぱネイトも同性に見られるのは恥ずかしいと思うから、ここは俺が行くってのはどうよ!?』

 

『待て待てトーリ。ここは拙僧がまずは姉ジャンルと純愛物があるかどうかをミトツダイラが持っているかどうかを調べてからでないと、不味いだろ?』

 

『待てやウルキアガ。ここは俺が巨乳モノを探してからだろうが。あ、でもお前は巨乳は興味なかったんだっけ? じゃあ、点蔵よりも先にと付けさせてもらうぜ』

 

『じ、自分! そんな他人の物を欲しがるようないやらしい忍者ではないで御座る! そういうのはネシンバラ殿ではないで御座ろうか?』

 

『失礼だなクロスユナイト君。僕は君達と違って燃えたぎる様な本じゃなきゃ取りに行かないよ。でも、ミトツダイラ君なら可能性はあるかな……よし、じゃあ、僕、今手が空いているから僕が処分するっていうのはどうだろう?』

 

『秘密を暴くにはカレーが必要ですネーー』

 

『その前に私がエロ系を持っている事とか、不味いものを持っているとかを前提に話を進めないでくださいですのーーーーー!!』

 

これは危険だ。

とっととこの戦いを終わらせて、帰らなきゃ家探しされる。

勘と経験で分かる。

全員やる。間違いなく、言ったことを実現しようとする。そんな有言実行精神はもっと違う所で使った方が格好いいだろうに、何故にうちの外道共は外道行為にしか使わないのだろう。

結論、外道だから。

 

「ミト! 何だか打ちひしがれているようだけど、その前にあんた問題を発生させてるよ!」

 

「え!? な、何ですの! 私が? 総長ではなく私がですか!?」

 

遠くから聞こえてきた直政の声に、物凄い驚いた。

自分が問題を?

総長やほかのキチガイではなく、自分が? 他のメンバーが言ったのならば、疑っていたのだけど、狂気度が薄い直政が言ったのならば、信用は出来るかもしれない。

 

でも、私……何かミスをしたでしょうか?

 

身に覚えがあるところでは全く思いつかない。

となると無意識の部分でしょうかと諦めて、直政に聞こうと思ったら、その前に周りから答えを聞かされた。

え? と思い、上を見ると、何故か総長が銀鎖から離れて飛んでいた。

その事に驚きで表情を変えながら

 

「あの……総長? 何時の間に飛行の術式なんて覚えたんですの?」

 

「お前が飛ばしたんだよ!」

 

周りからの丁寧なツッコミに少し体を小さくしてから、思わず失態を……! と呻いてしまった。

どうやら、さっきの外道会話の最中に力み過ぎて投げてしまったらしい。

どうしようと思ったが、でも、我が王ならば意外と大丈夫なのではと思ってしまう。

 

『よっしゃあ! よくやったぜネイト! 俺が振りをやった甲斐があったって感じだぜ! 後で成功祝いに浅間の胸でも───』

 

『熱田様は股間部のダメージにより一時退出されることになりました』

 

あの副長は本当に仲間なのか時々疑う時があるけど、今はこの状況をどうするかを考えなければいけない。

 

『1.ミトツダイラの脅威の貧乳で愚弟のマットになる。でも、衝撃を吸収できない

 2.ミトツダイラの脅威の腕力で愚弟を捕まえる。だけど、これじゃあ、愚弟林檎みたいに潰れる。

 3.ミトツダイラの脅威の諦め。

さぁ、ミトツダイラ! 三択よ!』

 

『2が一番可能性があるんじゃないんですか?』

 

『時には潔く三をすることも商売ではよくある事だよ!』

 

『第五特務! 自分は味方ですよ! だから、一を選べない事を悔しがったりしないでください……!』

 

さっきから何一つとして前に進めていない気がする。

建設的な話という言葉は既に末世に喰われてしまったのだろうか? 出来れば取り返したいものだと思うが、副長の言った事が正しいのならば失われたものは戻ってきませんねー……。

 

「ミトツダイラ殿。先に行っているで御座るよ」

 

すると、何時の間にか点蔵が自分よりも先に駆けており、そのスピードに少しだけ悔しさを感じたが、まぁ、人によって向き不向きもあるという事で納得した。

すると、奇跡的というべきか我が王はそのまま点蔵の目の前に落ちて行き、点蔵の視界に入った瞬間、点蔵は落ちてきたのが人という事で反射的に両手を上げたのだろうけど、そこに落ちてきたのはヒロインではなく、主人公であった。

 

「ぬ、ぬおぉぉぉ! 自分の人生初のお姫様抱っこをここで消耗してしまったで御座るよ!? ト、トーリ殿! 今なら怒らないから、とりあえず落としてもいいで御座るか!?」

 

「いやぁん! 点蔵~。そんな激しく扱っちゃ駄目よ~」

 

非常にむかつく裏声だったが、とりあえずあのままにしておいた方がいいだろう。

点蔵の方が足は速い。

なら、自分はここで王の邪魔をしようとするものを払うのが自分の務めであろう。

最後までエスコートをすることが出来なかったのは残念だったが、仕方がない。今度から、もうちょっと走力の訓練をしようと思い、銀鎖を構える。

周りにいるのはK.P.A.Italiaの学生ばかり。武蔵の学生もいるにはいるのだが、やはり、数ではあちらの方が上だ。

見える知り合いというのは、直政と地摺朱雀と二代とノリキである。

二代は教皇総長と相対しており、またノリキはガリレオ副長と相対している。

二代はともかくノリキの方はどういう事だろうと思ったが、恐らくさっきのタイミングから察するに点蔵がノリキをオリオトライ先生と訓練した時と同じように姿を消させて、ノリキがガリレオ副長に奇襲をしたのだろう。

卑下するわけではないのですが、武蔵のメンバーは頭がおかしい癖に能力は一級であることに、やはりちょっと驚く。

 

ならば、私も武蔵の一員として力を示さなければいけませんね……。

 

そう思い、自分も銀鎖を伴って戦場を踊る。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてその後のトーリたちは意外にもするりとホライゾンの元に辿り着いた。

しかし、その展開も当然といえば当然の展開ではある。

何せ、K.P.A.Italiaの主力であるガリレオ副長も、イノケンティウス総長も、今は本多・二代とノリキに足止めをされており、しかも、トーリを誘導しているのは第一特務である点蔵である。

その主な行動は陽動。

純粋な戦闘技能だけで言うならば、他の特務と違って特徴はないかもしれないが、逆に言えば総合力は高いからこそ、第一特務に着けたという事もある。

故に彼は自分の任務を行っただけで、トーリは自分の姫の元に辿り着けることが出来た。

その時、トーリは何よりもハッピーな気持ちでいた事は否定できない事実であった。

そして本人も否定する気なぞなかった。

何よりもハッピーであり、この瞬間を永遠に続いてほしいと思い、人生の最高潮であったからこそ───ただ、親友に対して申し訳なかった。

自分にはこうして取り戻せる機会を与えられた。

だからこそ、失った物は取り戻せないと本気でそう思っている親友から見たら、自分はどんだけ幸運なんだろうと思ったからだ。

それを噛みしめないと親友の後悔に失礼だと思う。

故にホライゾンと話し始めてからの時間は楽しい時間であった。周りが戦闘中にも関わらず、テンションは鰻登りであった。

彼女がホライゾンと自覚してからの初めての会話。

相変わらず、俺のギャグには厳しい所や、毒舌な所とかが懐かし過ぎて笑えてきた。

 

昔からホライゾンは俺とシュウにはかなり厳しかったからなー。

 

二人してギャグと歌の事に付いて、色々と言われたものだ。

最終的にはシュウはプライドを捨てて、俺とのデュエットをぶちかましたのだが、一瞬で斬られた。

剣神もびっくりな斬られ方だった。

記憶が今も、ホライゾンを蘇らせている事に、何かもやもやとするのを感じながらホライゾンを説得しようとする。

俺はお前を助けたいと言ったら、ホライゾンはこう返した。

 

「疑問なんですが───世界と貴方と、どっちが上なのですか?」

 

お前はどう思うんだよと返したら、直ぐに世界の方ですと答えられた。

当然と言えば当然の答えに俺はなら、こうすればいいと頭で思った事を何の疑問なしに直ぐに吐いた。

 

「じゃあ───俺が全世界を従える王になればいいんだな? そうすれば俺の方が世界よりも上だし」

 

目の前のホライゾンが硬直するのを楽しく思いながら俺は続きを言う。

 

「だって、オメェの大罪武装があれば、それは不可能じゃないんだし、大罪武装はオメェの感情なんだろ? じゃあ、俺が回収するのはおかしい事じゃないし、使うのはホライゾンなんだからそれも問題なし。一石三鳥ってのはこの事だぜ」

 

そうさ。

それに元々、それが俺の夢だったわけだから、一石四鳥だわな。

だから、オメェは心配しなくていい。

 

「俺がこれからやる事が決まったぜホライゾン。俺はこれから……いいか? 大事な事だからもう一回いうぜ? 俺はこれからオメェといちゃいちゃしつつ、馬鹿連中と馬鹿やりながらお前と一緒に世界征服をしに行く。そして、ついでに末世を解決して、お前が俺のせいで奪われた全部を俺が取り戻してやる」

 

だからよぉ。

 

「頼むわ全世界。末世解放でも、何でもいいから俺に大罪武装を渡してくんね? それが嫌なら戦争やろうぜ。ホライゾンの感情をくれるっていうなら、何だって俺はやるぜ」

 

殺し合いは除いてだけど。

相手するのは何でもいいし、誰でもいいぜ?

 

「神道、仏道、旧派、改派、唯教(ムラサイ)、英国協、露西亜聖協、輪廻道(ダンバイ)七部一仙道(オウト)魔術(テクノマギ)、剣術、格闘術、銃術、騎馬、機動殻、武神、機獣、機凰、機竜、航空戦艦、人間、異族、市民、騎士、従士、サムライ、忍者、戦士、王様、貴族、君主、帝王、皇帝、教皇、極東、K.P.A.Italia、三征西班牙、六護式仏蘭西(エグザゴンフランセーズ)、英国、上越露西亜(スヴィエートルーシ)、P.A.Oda、清、印度連合、金、権利、交渉、政治、民意、武力、情報、神格武装、大罪武装、聖譜顕装、五大頂、八大竜王、総長連合、生徒会、男も女もそうでないのも若いのも老いたのも生きているのも死んでいるのも、そしてこれらの力を使って相対できる武蔵と俺達とお前達の全感情と全理性と全意志と、他、色々、多くの、もっともっと多くの俺がまだ知らない皆の中で───」

 

一息。

 

「誰が一番強いか、決めてみねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

無茶苦茶過ぎる発言に正純が頭を抱える。

 

……何馬鹿な発言をしてんだあの馬鹿はーーー!

 

ここで世界相手に喧嘩を挑んでどうする。

いやいや? 既に自分達が色々と敵に回しているは事実だし、葵が言っている事は、葵が遅かれ早かれやるつもりだったのかもしれないし、だから仕方がないのかもしれないが……まさか、本気で女の為に世界を敵に回す馬鹿だとは。

そういう意味でなら尊敬できるが、かと言ってこの発言を許容するのは、少しばかり自分は常人なので難しい。

 

『おい、馬鹿。何言ってんだ』

 

そこに葵と対面する側にようやくといった調子で、現れた熱田。

いきなりの出現に吃驚したが、恐らく前にも見せた姿を消す何かを使っていきなり現れたのだろう。

背には、謎の大剣。左腕には大罪武装で立花・宗茂が使っていた悲嘆の怠惰(リピ・カタスリプシ)が握られている。

しかし、その間にはK.P.A.Italia戦士団が大量にいるが。

それにしても、遅い到着にはて? と首を傾げてしまう。

 

『よーーう親友。遅かったじゃねーか? 俺は今、世界に対してビックリ発言を……あり? 何で俺、コクりに来たはずなのに、世界に対してビックリ発言をかましてんの? あっれっれーー?』

 

『これを機に考えるというコマンドを覚えやがれ。遅れたのは、何故か俺が行きたい進行方向を世界が狂わせてな。文句言うなら世界に言いやがれ馬鹿』

 

『お前ら二人とも考えて喋れ!!』

 

表示枠越しに被るツッコミ。

何で、この仲良し馬鹿どもはお互い理由の下らなさを抜いて、世界に喧嘩を売ろうとするのだ。

その好戦的な所は今だけでいいから、少しは潜めて欲しい。

 

『大体この馬鹿。お前、何が世界最強を決めようだ』

 

おう、そうだそうだ。

本当に初めて熱田と意見が合ったぞ。ある意味、これは神の奇跡か。

合った相手が剣神だから、むしろ神様と意志が通じたという偉業を私は今、成し得ているのではないのだろうか?

でも、相手はあの物騒な熱田となれば、これは喜ぶべきところか、悲しむべきところか……少々、本気で悩んでしまう。

だが、とりあえず熱田の意見はとりあえず同意なので私の意見を代わりに言って欲しい。

 

『全く……何が世界最強だ───そんなの俺に決まってるだろうが』

 

「正純! しっかりして下さい! まだ倒れるには早いですよっ───せめてこの場の責任を取ってから倒れてください」

 

「最後の敵は身内かーーー!!」

 

余りの強大な壁にぶち当たって気絶したいのだが、ここで私が倒れてしまって、何時の間にか世界全部を相手にしてしまいましょうルートになってしまってたら洒落にならん。

だから、ここは気力で何とか意識を繋ぎ止める。

負けるな本多・正純。まだお前は大丈夫のはずだ───状況はもう全然大丈夫じゃないが。

 

『何だったら、トーリの代わりに俺が証明してやって良いぜ? 世界最強は武蔵の剣神であるこの俺ってな。』

 

なのに勝手に熱田が話を進めてしまうので思わず、ああ……!と叫んでしまう。

その様子を非常に憐れんだ目で見ているナルゼが何故か表示枠に絵を描いている事なんて、もう全く気にする余裕がない。

だが、続きの言葉はこんなんだった。

 

『挑戦権は今ならただにしてやる。何も出来ねえ馬鹿の代わりに、最強である俺が全部引き受けてやるよ世界。その代り、負けた奴らとかは大罪武装を寄越せよな』

 

現にほれとか言って、熱田は左腕に持っている悲嘆の怠惰を見せた。

その事実を前に、敵対している者は全員呻いた。

表示枠を通して知った事実ではあるが、やはり直接目で確かめた方がショックは大きい。

西国無双と謳われた立花・宗茂は目の前のルーキーである熱田・シュウに敗れ去ったのだと。

それを見せて、しかし、熱田は誇らず、まだゴールには辿り着いていないという様子で全世界に語り掛け続ける。

 

『手段に関して言えば、トーリが言ったように何でもいいぜ。ありとあらゆる勢力、能力、人種、権力。それら全てを俺がぶった斬ってやんよ』

 

そんな馬鹿げた台詞を近くにいる葵姉が苦笑した。

それに直ぐに浅間が何事かを聞く。

 

「どうしたんですか喜美。シュウ君の狂った発言には、やっぱり喜美も苦笑しか出来ませんか?」

 

「勿論、それもあるけどね……だって、滅茶苦茶ホモ臭い上に、使い古された友情物語みたいなんだもの。ここまで徹底されると笑えてこない?」

 

「前者を否定できない事を嘆くべきか、悔しむべきか悩むところですけど、とりあえず、友情物語っていうのはどういう事ですか? 聞いたところ、ただのシュウ君の自惚れ語りなだけだったような気がするんですけど」

 

「Jud.格好つけの馬鹿の格好つけを外させるために言うけど、愚弟の発言……どう言い繕っても、やっぱり、世界に喧嘩売ろうぜ発言だったでしょ?」

 

「逆にどこが喧嘩を売っていない所があったのですか……」

 

非常に同感とその場にいる全員で首を縦に振った。

現に表示枠に映っている教皇総長は物凄い怒った顔で、二代に攻撃を続けている。本当なら、葵本人でしてやりたいんだろうけど、それを見逃すような二代ではないので、逆に二代が困っているという状況になっている。

あいつは味方を生贄に捧げるつもりか。

そう思ってると、苦笑を微笑に変えた葵姉がだからよ、と前置きを作って語った・

 

「そこでその後に愚剣が世界最強発言でしょ? 流石に愚弟の発言全部を振り払う事は出来ないでしょうけど───怒りの内、何割かは愚剣の方に向かったんじゃない?」

 

「あ……」

 

浅間の呆けたような声を聞きながら、確かにと内心で頷く。

そんな意図を込めて言ったのかどうかは、本人しか解らない事なのだが、結果としてそういう結果になったのは確かだろう。

あのまま行けば、悪印象を……とまでは行かないが、少なくとも葵に対して、何かを思う人間が出ないという事はあり得なかった。

それを熱田の発言がそう言った人間を二分したと思う。

別段、それで武蔵の評価が変わるわけではないのだが、そこは友人だからというわけなのだろう。

 

「となると、流石の熱田の世界最強発言は冗談という事になるのか」

 

すると、奇妙な事にそこで全員が私から視線を逸らした。

嫌な予感がしたので、直ぐに聞いてみた。

 

「……どうしたんだ皆。ここはうんうんと頷くところだと私は思うのだが……」

 

「いやぁ……そのー……正純? 非常に言い難いんですけど……」

 

何だよー……その不安になるような言い方は……。

 

もうちょっと安心させるような言い方で言って欲しいと切に願う。

せめて、仮初の安心感ぐらい欲しいじゃないか。

そして、結局爆弾が投下される。

 

「意図の方はともかく……恐らく、俺様最強発言はシュウ君、かなり本気だと思います……」

 

「確か、あいつの夢、世界最強の剣になるだったよね?」

 

浅間とナルゼの言葉に、意識がブラックアウトしかけたが、寸前で踏み止まる。

どうしてうちのクラスは、悪いとは言わないが、スケールがでかい夢ばかりを持っているのだろう。

嫌、それ自体は良いのだが、タイミング悪い時に、そんな発言はしないで欲しい。

 

「全くもう……」

 

呆れて笑いが込み上がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳だ。文句があるならかかって来いよ」

 

俺はそう言って手をちょいちょいとかかって来いと振る。

その挑発に乗ってきて、周りにいた大量の戦士団がこちらを睨んできた。

 

「吠えたな……! 吐いた唾は戻せないぞ!」

 

何だか、古臭い言葉と同時に武器を構える敵の御一行。

よっしゃあ! こういうのを望んでたんだよ……! と背中にある剣の柄を握る。

 

「成程……お二人の理論は解り易かったと判断できます」

 

「え……マジで!?」

 

「二人でハモるなーーー!」

 

遂に、毒舌女を認めさせることが出来たと感動しているのだから邪魔すんなよ脇役共。

この場の主役は俺とトーリとホライゾンだぜ?

だが、そこでホライゾンはしかし、と前置きを置いた。

 

「それは貴方達の理論であって、ホライゾンの理論ではありません。そして、ホライゾンの理論では自分一人の都合で極東に方々に迷惑をかけるという事を良しとはしません」

 

自動人形らしいと言えば自動人形らしい正論である。

思わず舌打ちをしてしまうが、トーリに発破でもかけるかなと思ったが、その前にトーリが勝手に喋った。

 

「お前が消えたら俺が悲しむって言ってもか?」

 

「どうして悲しむのですか?」

 

『どうしよう親友!? 俺! 今! 物凄いホライゾンに求められている!?」

 

『構いやしねえ! トーリ! 今こそお前の男としての男気を見せてやる時だぜ! 躊躇わずに世界に告白シーンを垂れ流せ』

 

『よ、よ~し! やるぜ俺は! 見てろよ親友! 何も出来ねえ俺だけど、コクることを成功させてやる!!』

 

表示枠での密かな連絡をしながら、最後にやっちまえ! と書く。

剣を構えながら、表示枠を操作するという裏秘奥義である。これは武蔵全員がいざという時は何時でもツッコめるようにと練習したものである。

後に、全員であれ? という疑問を抱いたこともあったが、結論は気にしないという事になった。後で正純にも教えてやらなければ。

 

「そ、そそそそそれはだな~……ああ、もう、俺、ちょー恥ずかしい!」

 

「くねくねしてないで早くしてくれませんのーーーー!!?」

 

ネイトの叫び声が物凄く聞こえたが、ここは確かに急かす場面である。

 

「おらぁ! とっととコクりやがれ! じゃねーと、またお前のエロゲをぶった斬るぞ! 次はファイナルモミテスギュー! しかも、初回限定版!」

 

「あれ、確かヒロインは黒髪ロリ巨乳で御座ったような……」

 

『早速不倫の兆しね愚弟! しかも、ロリを狙うなんて……カーブが効いてるわ!』

 

『あれでよくコクりに行ける存在と思うことが出来ましたね……』

 

『小生思いますに、これ、成功していても後に破局エンドなのでは?』

 

『大丈夫だよトーリ君! 君は色々と性癖の部分で言われているけど、僕の個人的な意見だと愛には性癖は関係ないと思うよ!?』

 

『そうだぞトーリ! 愛さえあれば愛は生まれるとも……!』

 

「お、オメェら! 発破をかけたいのか、意気消沈させたいのか! どっちなんだよ!」

 

いいからとっととコクれ! と表示枠で送ると全員でハモった。

時々思うが、俺達付き合い良すぎる。

自分でも悪癖とは思っているのだが、中々治そうと思っても治らないのである。

困った悪癖だぜ、と内心で溜息を吐きながら録音を開始する。

 

「えーと、そりゃなぁ……」

 

とっとと言え! 言ってしまえと内心で叫びながら、盛り上がってきた。

何故か周りの戦士団さえもが、グッと手を握っている。

そしていよいよ

 

「俺がお前の事を好きだからに決まってんだろ」

 

よっしゃあぁぁぁぁと武蔵勢と敵さんの女子勢が叫ぶ。

他人の恋の告白程、面白いものはないというのは全国共通の女子勢の趣味らしい。これはこれで病気だと断定するが、今は返事の方が大事だ。

さぁ……どうなる!?

 

「Jud.残念ながらホライゾンは自動人形なので好きという感情が理解できません。なので、率直に申させてもらいますと───お帰り下さい」

 

「……」

 

世界が一瞬沈黙する。

ごくりと唾を呑む声が連続して聞こえたために、物凄い大きな音のような錯覚を覚えてしまった。

誰かの汗がポタリと落ちた音を機に全員で叫んだ。

 

「ここまで煽っておいて振られやがったぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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哀しみの味


辛さも、悲しみも、怒りも、喜びも

全てを呑みこんでいくのが当たり前

配点(人生)



 

まさかの全世界にも見られている告白会場での一世一代でのコクりが。

まさかの一撃必殺で瞬殺。

この事態に敵味方問わずに固まってしまう。

流石のインノケンティウス総長でさえも固まってしまっている。

いや、だって、ここまで煽っておいて、まさかの一番大事かもしれない告白シーンがまさかのお断りになるとは誰も思わなかったのである。

勿論、コクった本人であるトーリと発破かけたシュウも固まっていた。

ちなみに片方はサムズアップして、もう片方は来いやーのポーズで止まっていた。

そして、遂に二人が動き始める。

 

『おいおいおいおいおい!! 流石は毒舌女で予想外女のホライゾンだなおい! 流石の俺様もこの状況は全く予想にはなかった……でも、お前が告白するんだから予想するべきだったぜ……』

 

『お、おい親友! お、おおおおおおお俺はこう見えても失恋のショックで結構傷ついているんだぞ! というか、この場合どうするべきなんだYO!』

 

『知るか! 俺にどうにかできる空気じゃねーし、この空気を斬っちまうにも、オレ的にどうかと思うしよ……一言、ガンバ』

 

『簡単に見捨てないでくれよ親友!』

 

流石に振られた用の作戦なぞ考えていなかったのである。

いやいや、普通の告白なら考えるべきなのだけど、空気に流されて全員がこの告白は成功するだろう見たいに思ってしまったのである。

親友にさえ匙を投げられたトーリはくぅ……! と一人呻いていたが、親友の言う通りここはガンバの一言だと思い、再び何とかホライゾンに立ち向かうために、背筋を伸ばす───揺れていたが。

しかし、全員はここでトーリがまた立ち上がれるとは予想していなかったのでおおっ……! と少し驚いていた。

 

「ま、待ってくれホライゾン! そ、それはちょっとはやい判断だと思うで御座る! ってあ! 間違ってもてない忍者の点蔵の物真似とかしても絶対にホライゾンにもてねえよ! ちょっと待った! リテイク! リテイク!」

 

「し、失礼で御座るよトーリ殿!」

 

どこからか忍者の叫びが聞こえてくるがトーリは今、気にしていられる余裕はない。

血走った顔でホライゾンを見るトーリ。

 

「ほ、ほら! お前はまだ大罪武装が揃ってないから、感情が足りていないだろ? だから、マジ返しはまだご勘弁を……!」

 

「おやおや。振られた原因を他の物のせいにするとは……駄目なナンパ男の典型的な文ですね。でも、駄目です。私はこれで死ぬので」

 

「ぬ、ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! 自分でも思った事をスパッと言われてもうた! やる! やりおるこの女! ああ!? 待って待って! 奥に行かないでぇぇぇぇ!!」

 

一方的にやられているトーリを見て、全員が無言で汗を流す。

というか、戦闘をする雰囲気ではない。

一部はとりゃー、とかやー、とか言って武器を振り回しているが、全然本気になれないのである。

全員が思う事はただ一つ。

 

頼む……この空気を誰か何とかしてくれ……!

 

こういう時に暴れそうな熱田や教皇ですら汗を流していた。

正直、こういうシチュエーションは流石に初だったので、何をすればいいのか誰も解らないのである。

 

「大体、自動人形が好きなどとは……病院に行ってきてください」

 

「て、展開速いぞホライゾン! ここはもうちょい、何で私なんかを好きになってくれたの!? とか、うるうる涙目で聞くシチュじゃねーの!? もっと! もっとロマン見ようぜ!」

 

「冷静に言わせてもらいますが、ロマンを見るのならば、既に私が処刑されそうになっている所に告白というのは、確かに本で見た通りならばロマンはあるのでしょうけど、ぶっちゃけロマンだけで現実は生きられないのです───解りましたか? この理論」

 

「くぅ……! 斜め左下四十五度からのツッコミが激しい……! おいシュウ!? ここで俺は何て言い返せばいい!?」

 

「ここで俺を巻き込むんじゃねーーーー!!」

 

「マジ? じゃあ、セージュン!」

 

『私も巻き込むなーーーー!』

 

「マジ? マジマジマッジ!? じゃあ、次はどうしよっかなーー? んーー? あそこで振って頂戴って尻尾を振るっているネイトかなー? それとも気配をゼロにまで隠している点蔵かなーー?」

 

「貴様……!」

 

全員で睨んで叫ぶが、トーリはくるくるバレエみたいに踊る事で殺意を逸らした。

全員で俺達が先に殺してやろうかと視線で相談するが、先に展開が動く。

 

「ホライゾンと貴方の意見は平行線だと判断できます」

 

その一言に何かの感情が込められているように、その場にいる全員はそう感じた。

そして誰もがそれを錯覚だと判断する。

相手は自動人形。多少、普通のとは違うが、大罪武装を集めていない今の状態では、まだ普通の自動人形と同じはずだと思うからである。

しかし、トーリはその言葉を聞いて、何時もの笑みを取り戻して聞いた。

故に武蔵勢は沈黙して、彼に託した。

ホライゾンが口を開く。

 

「平行線ですね。だからホライゾンは言います───お帰り下さい」

 

 

 

 

 

 

その言葉をトーリは待っていた。

その言葉を聞いた直後にセージュンから諦めるなという言葉を聞かされた。

何を当たり前の事言ってんだよと内心で言いながら、ホライゾンと話した。

俺はお前に生きていて欲しいとただ言い

ホライゾンは自分は死ぬべきですと正論を吐いた。

でも、そんな会話を聞きながら、俺は思った。

正しいのはホライゾンだ。

感情論を無視して言えば、世界を思って行動しているのはホライゾンだ。

俺はただ、自分の都合で世界なんて知ったこっちゃねえって吠えてるだけの餓鬼なんだと思う。

世界に喧嘩を売るなんて凄いって思う奴もいるかもしれないけど、これは本当にただの馬鹿の所業だ。

本当に我ながら馬鹿だなぁと内心で苦笑する。

でも、後悔なんて一切なかった。

自分が正しい行動をしていると思ったから? んなわけねえ。主観はともかく客観的に見れば、俺は明らかに世界の敵になるような行為をしてんじゃね?

そこで自分が正しいと思っているからなんて、ただの言い訳だろと思う。いや、そういう理由で動くことを否定する気はないし、どう言い訳しても、俺がホライゾンを失いたくないと思う気持ちが間違いだとは思わない。

でも、俺はこういう時にどう言えばいいか知っている。

俺の近くにそんな思想を体現している馬鹿がいるから。

 

つまり───俺は俺のやりたいようにやっているだけなんだ

 

言葉に出せば物凄い大層な事を言っているみたいに思えるけど、そんなに大したことではないと思う。

そりゃあ、家族とか仕事とか学校とかで、自分は自由じゃねぇと思う奴もいるんだと思うけどよ……やっぱ、基本は俺らは自分のしたい事をしているはずなんだ。

だから、俺は世界に対して罪悪感なんて湧かさせない。

俺はただホライゾンに対して、勝手な思いを抱くだけなんだ。

俺はお前と一緒にいたい。

お前の笑顔が見たい。

お前の泣いている声が聴きたい。

お前の怒った表情に謝りたい。

お前が楽しんでいる姿を笑いたい。

だから、お前が俺の応答を聞きたくないって平行線から言われた時、俺は直ぐに返した。

 

「俺は───お前の声が聞きたい」

 

返答は一言だった。

 

「───Jud.」

 

だから、俺はこう言った。

 

「じゃあ、頼むよ。お前の言葉を聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先はホライゾンの生の訴えであった。

解っている。

自分はここで死んだ方がいいのだという事は自動人形の最善の判断で理解している。

でも、自分は生きたいのだ。

生きていたいのだと、そういう訴えであった。

なら、俺達の納得の場はどこにあるとトーリは聞いた。

平行線上に位置する俺達は一体どこで重なり合うことが出来るんだと。

その場所は

 

「───境界線上の上で、私達の異なる考えは一致します」

 

その言葉をトーリは笑って聞いた。

 

「俺は何も出来ねえ不可能男だぜ?」

 

「いいえ。貴方はきっと何かを可能にすることが出来ると思います」

 

そっかと頷き

 

「……後でホライゾンといちゃいちゃも出来ないよね?」

 

「Jud.その通りで御座います」

 

「そ、そこだけ平行線上じゃねーのかよ!? がっかりだぜ俺!?」

 

『こっちががっかりだよお前!』

 

武蔵全員どころか敵からのツッコミを表示枠で受けたが、トーリは気にしない。

 

「お前はこれからどうしていたい? 最善の判断じゃなくて、お前の判断はどうなんだ?」

 

「……ホライゾンは本来なら三河の君主としているべきなのでしょう。しかし、ホライゾンは軽食屋の店員であることが良かったです」

 

「なら、簡単だ───両方やりゃあいい。俺なんか総長兼生徒会長をしつつ馬鹿やっているし、ネシンバラは書記をやりながらキチガイ小説を書いているし、浅間なんか浅間神社の巫女をやりながら、砲撃巫女もやっているんだぜ」

 

「何故か後半の人は愉快な方ばかりですね」

 

『ちょ、ちょっと待ってくださーーい! そこでどうして私達を例に出すんですかーーー!?』

 

『全くだよ葵君! 浅間君の方はともかく僕の小説は青少年の心から溢れる感動巨編だよ!? 誤解が生まれる様な発言は止めて───浅間君。矢を向ける方角を間違っ───』

 

途中で文字が消えた不審さなんか構ってはいけないと思う二人。

だから、トーリは聞いた。

お前はどうなんだと。

その言葉を聞いて、最初はホライゾンは揺れた。

望んで良いのかと。願ってもいいのかと。実現してもいいのかと。

だが、そんな悩みの前に意志は関係なかった。

 

「Jud.……正直に申しまして───ホライゾンもそんな生き方を最善としたいです……!」

 

その声を聞いて

トーリは解ったと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「やらせるか……!」

 

その言葉を聞いて動いたのはトーリだけではなかった。

今まで、沈黙を選んでいたK.P.A.Italia戦士団はすぐさま行動に移した。

武蔵の学生もそれを止めようとするのだが、如何せん数の差が多すぎる。技量が違う。経験が違う。

くそ……! と叫ぶ武蔵学生がいる。

ちくしょう……! と悔しがる武蔵学生がいる。

その声を聞いても、現実は止まらない。

そのまま大量の学生が武蔵総長を止めようとする十秒前に、トーリがその大量の学生に今だ背を向けたまま、言葉だけを後ろに発した。

 

「頼むシュウ。ホライゾンと俺のいちゃいちゃの邪魔だ。お前の格好良い所をもう一丁見せてやってくれよ」

 

「仰せのままにって言ってやろうか?」

 

瞬間。

K.P.A.Italia戦士団の学生は轟音と共に花となって開き、そして吹っ飛ばされるという乱暴な散り方をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の敵の吹っ飛びにネイトは驚いて、そちらを見る。

 

いきなり何ですの……!?

 

二代かと思ったが、二代は今、教皇総長と相対しているから手が空いていない。ここにいる他のメンバーもあんなことが出来るのは自分か、直政だが、自分はここにいたし、直政の地摺朱雀も見えている。

となると、こちらの戦力でこんなことが出来るのは

 

「副長ですの!?」

 

いた。

丁度、人が吹っ飛んだその中心地に剣神は立っていた。

その両手には悲嘆の怠惰と謎の剣が握られている。

ただでさえかなりの業物である剣なのに、それを二刀。しかも、握っているのは剣神なのだ。

なら、この結果は当たり前である。

彼はただ謎の体術を使って、姿を消して中心地まで歩き、そして二刀を振るった。ただそれだけの結果なのだ。

それだけでこの結果。

 

ちょっとチート過ぎじゃありません!?

 

これでは彼を止めることが出来る人物は戦闘系の特務クラスか、総長、もしくは副長しかいない。

とは言っても、副長クラスの大半はそんなものの集まりだろうと思うとそこまで変ではないのだろうか。

基本としての剣撃。

ただ、それだけでしかない攻撃に耐えるにはただの防御や術式、武器では耐えられない。

最低限で準神格武装や神格術式、神格武装、武神、大罪武装くらいでないといけないし、それだけではなく技量でも彼の能力に迫るか同等でないといけない。

彼の攻撃に対して守りに入ったら即斬られる。あれは攻撃で立ち向かわなければ即座に斬られる斬撃だ。

またこちらの攻撃に対しても、加護のせいでほとんど効かない。

攻守とも最高クラスの剣神。

ゴクリと自分の喉が思わず鳴った。

それが合図だった。

熱田・シュウは疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

疾走先はトーリ達がいる艦の所。

右手に自身の罪ともいえる刃を持ち、左には悲嘆の怠惰。今だけの二刀流。後でホライゾンに渡すから仕方がないとはいえ、ちょっと惜しい剣である。

そして相手にとっても欲しい剣である大罪武装。

故にトーリ達の道の間に割り込んでくる学生がいるのは当然である。

数だけで言えば、四、五十くらいの学生。

前衛が盾を持ち、後衛は既に銃と槍を構えている。着く途中まで銃で牽制し、ぶつかってきたら盾で持ちこたえ、そして槍で止めをするという事だろう。

さっきの一撃を見ていただろうに、見事だぜと思い、だから褒美に

 

「ほれ」

 

悲嘆の怠惰を相手に投げた。

 

「……!」

 

予想外の行動に一瞬狼狽える相手。

その隙だらけの姿に思わず笑えてくる。

 

「おら……どうした? てめぇらの欲しいもんだろ? 遠慮せずに受け取れやぁ!」

 

投げ飛ばした悲嘆の怠惰の柄頭を右手に持っている剣で思いっきり突く。

悲嘆の怠惰は一瞬で水蒸気爆発を起こしながら、一直線に人という名の壁を壊した。

そのまま自分は速度を上げ、空中に散っている学生達が落ちる前に、下を突破する。

勿論、その程度では止まらずに、左右から敵という名の壁が迫ってくる。

咄嗟に柄にあるスイッチを押す。

峰の方から流体光が漏れ、バーニアと化す。そのまま、その勢いに抗いもせず、逆に右足で思いっきり、地面を蹴る事によって加速を足す。

タイミングを狂わせられた、相手は虚を作ってしまい、その隙を横薙ぎの一撃でまとめてぶった斬る。

自分で思うのもなんだが、呆れた一撃だ。

正直、卑怯臭くもあるが、これも自分の実力である。それで、世界にはどうせ三十メートルもの斬れる斬撃を見て、それがどうしたとか言う存在もいる筈だ。

ならば、こんな程度で驕ったりなんかしない。

だけど、それでも自信満々に不敵。

それこそ、剣神流だ。

そして、さっきまでは左にいた学生達が、後ろから攻撃を仕掛けてくる事を気配で察する。

持っているのは、多分、短剣。

この至近距離でぶつかってくるという条件なら適しているなと思いながら、俺はそのままひょいと目の前の自分の斬撃で吹っ飛ぼうとしている人間を摘まんで場所を交代する。

力はそこまで使わない。

手首の返しを持って、反動を消し、足首の動きで後ろに投げ飛ばす。

故に、解らなかった人間はそれこそ目の前にいきなり横倒しの人間が現れたようなモノだろう。

そして、一番最初に俺に攻撃しようとした人間がつんのめったので後ろも影響も受け、その間に俺は何も持っていない左手を虚空に出す。

そしてそこに丁度落ちてくる悲嘆の怠惰。

相手の顔が引き攣っていくのを見届けてから、悲嘆の怠惰を振る。

斬撃は飛ぶ。

こうして、左右に前は安全を取った。

だからこそ、これだけの時間を費やしたからこそ、背後から追ってきた存在がいるのは仕方がない事だったが

 

「頼んだぜ、ネイト」

 

じゃらりと鎖特有の音がしたと思ったら、直後に轟音。

最早、背後を見るまでもないが、そこで俺の真後ろに立つのは少々やり過ぎじゃねえかと苦笑するが、まぁ、良いかと思い、話を続ける。

 

「初めての息合わせだが……思いの外上手い事言ったな」

 

「よく言いますの……あんな人の喉の音を合図にするだなんて典型的な事をして、こっちに気付いているというのが理解できていないと思う人間はいないと思いますわ」

 

それもそっかと相槌をしながら、トーリたちに背を向け、そしてネイトとは共に並ぶ。

 

「まぁ、お前も俺に言いたいことはあるだろうけどよぉ……今は水に流すっていう事でどうよ?」

 

「……そこはやる気になっても変わりませんのね……」

 

何の事だかさっぱり解らないので、そこだけは無視した。

右の剣を肩に背負い、そして一歩前に出る。

後ろは振り向かない。

後ろはトーリの領分である。俺は前に疾走する係り。

どちらかと言うと俺とトーリの関係はこれの方が正しいんだろうなと内心で苦笑する。

まぁ、今は関係ないので、今度こそトーリの事は意識の外に出して、前の戦士団の方を見る。

 

「わりぃが……こっから先を通ろうとするのはご自由だが、代償として俺にぶった斬られてもらうぜ。安心しな。そっちにもいい医者はいるだろ?」

 

「喧嘩を売るのも得意ですわね……」

 

呆れたように呟くネイトに何を今更と横目で告げる。

軽い雰囲気はそこまでだった。

後ろからの唐突な光と

 

「エロ不注意だーーー!」

 

の叫びが聞こえてきた。

 

「っ! 我が王!?」

 

ネイトはすぐさま後ろを振り返ったが、俺はすぐさま前に向かった。

周りもそうだろうけど、俺は違う。

俺は武蔵の剣ではあるけど、ネイトみたいに騎士でもなければ、喜美みたいに家族でもない。智みたいに優し過ぎるわけでもない。

あいつを守るのはネイトと喜美の役目である。

その代りに俺はあいつの夢を叶える為に未来に向けて疾走する。

故に俺が振り向く必要はない。後ろはトーリの領分。前は俺の領分。

だから、心配なんて一切していないし、あいつがこの程度で死ぬなんて一欠けらも思っていない。

だからこそ、俺は前に向けて疾走できる。

 

「おら……かかって来やがれ! 俺が全てをぶった斬ってでも勝たせてもらうぜ……!」

 

諦めるっていう言葉を知らねえ馬鹿だからどうせ何とかしちまうだろと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

トーリとホライゾンは変に不自然な空間に立っていた。

彼らはパレードの中にいるのだが、おかしな事にトーリとホライゾンを除いて、他にいないし───何故か、目の前に自分達の子供時代の自分が固まっている。

見ると、少女の方は馬車に轢かれそうになっており、少年はそんな少女を助けようと手を伸ばしている。

正直に言えば───どう足掻いても届かない距離であった。

もう、トーリは解っている。

これは過去だ。

自分の後悔の記憶。今の自分を形作った原初の記憶と言ってもいい罪の記憶。

ホライゾンが死んだ場所だ。

 

「……懐かしいっていうのはおかしいのかな?」

 

こうなった原因は言っちゃあなんだが、些細な事だった。

何時もは飯を作ってくれる姉ちゃんは何か用があって、朝早くから違うパレードの方に行っていた。

ホライゾンは母親がいなくなってから、俺達と一緒に住んでいたから、必然的に俺かホライゾンが飯を作らなきゃいけなかった。

そして、ホライゾンは料理を作れなかったので、結果的に俺が作らなければいけなかったのだが

 

……寝坊したんだよなー。

 

日常的によくある事だった。

だからこそ、ホライゾンは起きた俺が朝食を作らなかったことを何か思うのではないのかと思ったのか、彼女が作ってくれたのだ。

そこから先は、今なら当時の俺を馬鹿だなーと言っていたかもしれない。

女心とかいうのを無視した言葉だったのだから。

俺は彼女の料理を食って

 

「不味いって……普通正直に言わねーよなー」

 

そして彼女は泣いた。

普段は仏頂面の彼女が瞳に涙を溜めていたのだ。そして、彼女は俺から逃げた。

そして逃げた結果がこれだ。

死ぬ最後まで彼女は泣き顔であった。

馬鹿な少年が少女を無思慮に泣かした結果がこれだった。

どうやら、これを否定しないと自分達は死ぬらしい。

現に

 

「……! 手が!」

 

ホライゾンの声を聞いて、右手を見ると右手から先が消えている。

これが全身にまで回ったら最後という事なのだろう。

解り易いと言えば解り易いのだが

 

「つってもなぁ……」

 

否定するにも否定する箇所がない。

どう言い訳を繕っても、これは明らかに俺のせいだし。

運や偶然のせいにするなんていうのはあってはならない事である。

 

「参ったなぁ……俺、ここで死ぬのか」

 

「その場合、ホライゾンも巻き込まれて死ぬのでしょうか」

 

「そん時はマジ御免」

 

そして変化は今度は俺意外にも起きた。

 

「っ! ホライゾン!」

 

ホライゾンの腕も消え始めてきたのだ。

タイムリミットが近づいてきたというのを無理にでも自覚された。

だからと言ってどうしようもないのも事実である。

だって、そもそも俺はこの罪を否定する気とかがないのである。

これは俺の罪。

認めているし、受け入れている。

だから、もう───諦めるしかねーんじゃね?

 

「月並みの言葉ですが……ここで諦めたら皆さまはどうなるのでしょうね?」

 

「……そこら辺は出来る奴ばかりだからよぉ……いざという時はシュウがいるから大丈夫だと思うけどよ……」

 

「仲がよろしいのですね」

 

「お? お? ホライゾンの可愛い嫉妬ですか? 大丈夫だぜホライゾン! 俺の愛は全部お前に捧げているぜ!」

 

「愛? ああ……調味料の事ですか? ふっ……甘々な告白ですね。五点です」

 

「ぬぉぉぉぉぉぉ! この女! 一丁前に俺の告白を採点しやがった! ちなみに何点満点?」

 

「一京満点ですが何か?」

 

「ホライゾンの愛の難易度がたけぇ……!」

 

思わず現実逃避をする俺達であったが、ホライゾンがそこを切り上げた。

 

「信頼が高い事は良いのですが……逆に考えれば熱田様から貴方への信頼も高いのでは? なら、それは信頼を裏切るという事になるのではないのでしょうか?」

 

「それはまぁ……」

 

その通りだろう。

あの馬鹿はどうせ俺が絶対に生きて帰ってくるとか思っているに違いない。

ああ見えて、ロマンチストの上に、人を過大評価する馬鹿だ。

俺が死ぬとか思ってもいないだろう。

そこまで考えて俺は昔を思い出して苦笑した。

 

「……? どうしたのでしょうか? 何か笑うべき個所がありましたでしょうか」

 

「ああ……いや、ちょっと昔を思い出したんだよ。今では、あんな風に俺とシュウは仲良しだけどよぉ。こう見えて、昔は超仲が悪かったなぁってな」

 

「───意外だと判断できます」

 

ホライゾンでもそう思うとは……まぁ、日頃俺達はいちゃいちゃしまくってるからなぁーと苦笑する。

 

「昔はちょっと、シュウは根暗でなー。浅間相手でもほんの少ししか話さなくて……それで俺と姉ちゃんとホライゾンで何とか笑わしてやろうとやってたんだけど、中々思うように笑わなくてな」

 

今なら絶対にこうだと思えることがある。

あれは絶対に意地だ。

俺達が笑かそうとしていたから、意地でも笑ってやるかと絶対に思っていたに違いない。

超負けず嫌いの馬鹿だから解り易い。

 

「……ですが、その程度で貴方が仲が悪いと思うとは思いませんが」

 

「ああ。まぁ、その後もずっと続けていたんだけど、あいつも鬱陶しくなったんだろうけどよぉ……その後にちょっと、まぁホライゾンに対して悪口を言ってよぉ───だから、そこで思いっきり喧嘩した」

 

あれは自分で言うのも何だけど壮絶だった。

何せ、周りの馬鹿どもが何とか止めようとしても俺達止まらなかったからなぁ……先生が来ても、シュウが蹴散らすから無意味だったし、周りは止める事なんて当然できなかった。

 

「ちなみに勝敗はどうなったのですか?」

 

「ああ? そりゃあ、勿論、シュウの圧倒的勝利だぜ。何せ俺は喧嘩上手くないし、一方的に殴られていただけだったぜ」

 

しかも、相手は剣神。

拳だからと言って、攻撃力は落ちても、やっぱり子供のころから武術を嗜んでいるから、素人の俺なんか全然歯が立たなかった。

それでも俺は何とかホライゾンに謝らせてやろうと必死になって立ち上がったんだが

 

「何故か急にシュウの野郎。いきなり俺の負けだとか言って止めたんだよ」

 

「……? 何ででしょうか?」

 

「いや、それだけが今でもあいつの最大の謎。しかも、その後、ちゃんとホライゾンに土下座したし」

 

罪悪感とかを感じたのか。

いや、それだけは有り得ないだろう。

昔とはいえ、根っこの部分はあいつは根暗の時でも変わらなかったと思う。

一度やってしまったのならば、あいつは最後までやると思うし、勝利の二文字が大好きな馬鹿である。

あのまま、もう少しやっていたら絶対にあいつが勝っていた。

なのに、そこで自分を曲げてでも敗北を認めたのは、今でも謎である。

 

「それからようやく少しずつ笑いだしてくれてよ……結果は斬撃ヒャッハーになっちまったが……そういえばホライゾンが死んだときなんか過激だったらしいぜ? 教室に遅刻して入って皆が暗い顔で泣いてたりしたから、どうしたんだよとか聞いたら、ホライゾンの死だったからさぁ……」

 

「上手い煽り方ですね。それで?」

 

「いや、その後、あいつ、普通の顔で掃除ロッカーから箒をいきなり取り出したから、先生に何をする気ですかって言われたら、こんな風に即答したんだぜ? 「ちょっと元信とかいうおっさんを斬り殺してくるぜ」って」

 

「中々過激なテロ行為ですね。昔のホライゾンは中々フラグを大量に作っていたようで」

 

「その一言で終わらせんのかよ!」

 

いかん。

ホライゾンを前にすると何故か俺がツッコミ役になっているような気がする。

違うぜ! 俺がボケ役の筈なんだ……! なぁ、そうだよな……!

 

「何だか悩んでいるようですが、さっきから結構疑問になっていたことを聞きたいんですが」

 

「ん? 何だよホライゾン。今なら俺のスリーサイズでも何だろうと答えてやるぜ……!」

 

「無視して聞きますが……貴方はどうして今のホライゾンを好きになったのですか?」

 

「……それは」

 

最初はよくある既知感であった。

どこかで見た事がある自動人形の少女。

そして、よく考えてみれば、それはまるでホライゾンをもしも成長させたらの姿によく似ていた。

いや、似過ぎていたと言ってもいいかもしれない。

今でこそ理由が解るが、当時の俺はその似過ぎる姿に、何度ホライゾンと呼びかけようとしたことか。

それは、彼女の個性を無視する行為であるという事を理解しても、思ってしまう事であった。

そして次に驚いたことは

 

「朝食を作る練習をしてるって聞いたからさ……」

 

「……残念ながら、今のホライゾンはかつてのホライゾンの記憶がないので重ねても無意味かと思われますが」

 

「ああ。でもさ。朝食を作る練習をしてるっていう事はさ。誰かに食べてもらっておいしいと思われたいって事だろ? 何かを為したいって、俺みたいにっていうのも何だけど、そんな頑張っている奴の───」

 

そんな

 

「お前の一番になりたいって思ったんだよ、ホライゾン」

 

「そうですか」

 

では

 

「どうしてかつてのホライゾンを貴方は好きになったのですか」

 

それはと答えようとする前にホライゾンが俺の声を遮る。

 

「自惚れかもしれないですが、貴方がかつてのホライゾンを好きになった理由が、今のホライゾンを好きになった理由と同じというのならば……今と同じ。貴方とかつてのホライゾンは平行線上からお互いを否定し合えることが出来るパートナーだったと思われます」

 

ならば

 

「かつての私は貴方から逃げたのではありません」

 

「で、でも……かつてのお前は現に俺から……」

 

「今のホライゾンは自動人形なので、少々当てにはならないかもしれませんが……人間は泣いている自分を余り見られたくなく、そういう場合は、逃げてしまいたくなるものなのではないのでしょうか」

 

「───」

 

よくある当たり前の答え。

自分の今まで抱えていた後悔が、それだけで済まされた。

その事に、俺はただ本当にボーっとなってしまった。

そんな俺を知ってか、ホライゾンは言葉を続けた。

 

「恐らくですが、その後にホライゾンは貴方と笑顔で再会したかったのでしょう。何故なら一度自分は泣いて、貴方に負い目を負わせたと思ったのです。ならば、だからこそ、再会の時に笑って、大したことじゃなかったと言いたかったのでしょう」

 

そして彼女はかつての自分とかつての俺を見て、そして最後に今の俺を見た。

 

「貴方はかつて、平行線上から泣いているかつての自分にこう言ったはずです───今からそこに行く、と」

 

ならば、平行線上の私は

 

「来ないでと言ったはずです」

 

だから

 

「貴方は私と共に境界線上に至るために、ホライゾンに対してどんな言葉をくれるのですか」

 

さぁ

 

「お答えください」

 

無意識に息を呑むトーリ。

さっきまでとは違い、まるでこちらが諭されているような気分に……いや、実際諭されているのだろう。

その意志の強さについ、目を背けると、そこにかつての自分がいた。

馬車に轢かれそうになっているホライゾンを必死に助けようと手を伸ばしている自分。

どう足掻いても、距離が遠過ぎる。

でも、諦めないで必死な顔で助けようとしている。

どこかの馬鹿が俺に対してよく言う。

お前は諦めという言葉を知らない馬鹿だ、と。

そんなわけねーだろうが過大評価馬鹿。俺だって、諦めという言葉も、感情も知っている。何も出来ねえって事も知っている。

でも、それでも───俺はただ諦めたくないだけなんだよ。

そして

 

俺は何も出来ねえけど……オメェらが今みたいに助けてくれるから、俺は俺のままでいられんだよ……。

 

「ホライゾン」

 

だから、俺は諦めない為に過去の罪を否定させてもらう。

 

「何も出来ねえ俺一人で俺はお前を救う事は出来ねえ」

 

だから、俺はお前を求めるんだ。

 

「そこは危ねえからよ───俺も行くけど、お前もこっち来い、ホライゾン」

 

そして手を伸ばした。

 

「───ん」

 

返答は崩れかけた手をこちらに繋ぐという行為だった。

そしてそのまま自分は彼女を引っ張り抱き寄せた。

彼女はそれに抗わずに、こちらの胸に抱かれてくれた。

その温もりを有難く思い、そして空間が光に満ちてきた。

そんな中で、トーリはふとかつてのホライゾンがかつての自分に手を伸ばしている事を。

その事実に目を広げ───そして光が自分達を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おお……! と周りから声が張り上げられるのを聞いて、熱田は笑った。

周りに危険がないかを見て、熱田は剣を肩に乗せて、声を上げる。

 

「遅いんだよ馬鹿が……! お蔭で、全員ぶった斬る所だったぜ!」

 

俺の声に反応はない。

まぁ、当然だろう。見てないけど、どうせ今頃、二人でいちゃいちゃしているところなんだろう。

そして正純の終戦宣言が発され、同時に武蔵の輸送艦が来た。

既に直政は乗っており、確保用のネットも降りている。

急がないと追撃が来るのは自明の理だろう。故に俺も急がねえとなと思っていると、視界にいるトーリとホライゾンがまだ何故か遅れている。

 

「あの馬鹿……!」

 

さては、強欲にも教皇おっさんの大罪武装も欲しがってやがるな。

舌打ち一つでトーリたちの方に向かう。

 

「おい馬鹿諦めろ! 俺も少々淫乱になった毒舌女を見たい気持ちはあるが、ここは我慢だ! お楽しみは最後まで取っておくもんだぜ!」

 

「おおおおおおおお! 何故かその説得に物凄い説得力を感じるぜ親友! お前、もしかして説得の天才じゃね!?」

 

「客観的に判断して───お二人とも最低ですね」

 

とりあえず、トーリは何とか諦めて、ネットの方に手を伸ばす。

 

「させるかよ小僧共! 大体、何が姫の推薦入学だ馬鹿者! 遠足は家に帰るまでが遠足だというのを最近の若い者は知らんのか! とりあえず、武蔵に戻るまではそんなのは無効だーーーー!」

 

「癇癪ったぞあのおっさん!」

 

思わずツッコミと共に、教皇おっさんから符による光の一撃が発射された。

狙いは輸送艦だが、落とす事よりも、トーリとホライゾンが乗るのを妨害する一撃だろう。

そうはいかんと光の方に加速する。

ホップステップジャンプで、一気に四メートルくらいジャンプする。すると、ドンピシャで光の一撃と相対する。

同時に光を斬撃する。

シャランと甲高い音と共に光は霧散される。そして、横目でホライゾンとトーリがネットを掴んで宙に浮いているのを確認できた。

それを悔しそうに呻く、K.P.A.Italiaの連中。思わずざまぁ見やがれと笑ってしまうが、そこで教皇おっさんの声が響いた。

 

「だが、そこのヤンキー馬鹿は戻ることが出来ないだろう……!」

 

まぁ、確かにネットを掴むチャンスは無くなったのだけど……

 

「じゃあ、答えてやるぜ───馬・鹿・野・郎」

 

『トブノーー』

 

柄にあるスイッチを押して、ブーストを起動。

峰に当たる場所から流体光が漏れ、そして自分はそのまま重力に引かれずに、空に飛翔する。

その光景を見て、生まれた間抜け面を、思わずからかいたくなったので、つい言葉を残してしまった。

 

「あばよ~、教皇おっさーーん」

 

「教皇って呼べよ小僧!!」

 

言ってるじゃねーかと思いながら、俺は輸送艦の上に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘がようやく終わり、周りは全員疲れたという顔で膝から地面に着いているのが大半であったのを表示枠越しに見る。

 

まぁ、これは仕方がないことなんだろうね……

 

ネシンバラは一つ息を吐いてから、今の状況を判断する。

本当ならば、この後に追撃警戒などもしなければいけない。まだ戦闘領域から脱出はしていないのである。

正直に言えば、この状況は今後の問題にもなる。

まずは人数の差。

はっきり言って、これは仕方がないとしか言いようがないのである。暫定支配をまだ解除できていない今、極東は学生の年齢上限が決まっているために、どうしても人数が少ない。

次に経験と技量の差。

これもどうしようもないと言えばどうしようもない。

さっきも言ったようにこっちは学生の年齢上限が決められている。そしてこれからの相手はそんな制限はない。

つまり、歴戦の勇士などが続々と出てくるような状況になるかもしれないのである。

武蔵も決して弱いという訳ではないのだけれど、個々の力で言えば、特務クラスと副長クラスは大丈夫だろうけど、総合的に見られたら絶対にこちら不利である。

どんな戦場でも適用できるというのは槍本多君と熱田君くらいしかいない。

とりあえず、暫くは神クラスである熱田君がいるから持つとは思うけど

 

「時間の問題だよなぁ……」

 

幾ら彼本人が強くても、今回みたいに数対数になるとどう足掻いても、人数と経験の差が現れてしまう。

出来れば、最後まで隠し通せたら嬉しいけど、それは現実を甘く見過ぎというものだろう。

故に

 

「やっぱり見逃してくれないか……!」

 

輸送艦の後ろから追撃の栄光丸(レーニョ・ユニート)が来ているのは当たり前のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

背後からの白い艦、栄光丸の接近に疲れ切った体を癒している武蔵学生は驚きに顔を歪める。

 

『おい、どうする!? ぶった斬るか!? ぶった斬るか!? ぶった斬ろうぜ!?』

 

『シュウヤン! 最後の方は本音になっているよ?』

 

『ふぅむ……では、自分と熱田殿でちょっと割断できるか試してみるで御座るよ』

 

『幾らなんでも、馬鹿の剣や蜻蛉切りではあの大きさは斬れんだろう? かと言って拙僧達が乗っている輸送艦では振り切る事も出来んか』

 

『ネイト! オメェの馬鹿力ならどうよ!? 俺、ネイトの格好良い所を見てみたーーーい!!』

 

『え、ええ……!? い、幾ら私でもあれをはっ倒すのは無理ですわーーー!!』

 

『こうなったら、愚民共! 武蔵の最終兵器を出す事を賢姉が提案するわ!』

 

『流石は葵姉君! 僕も同じことを考えていたよ! せーの!』

 

・約全員:『我らが砲撃巫女! 頼んだ……!』

 

『無茶振りですよーーー!! そして巫女は基本、積極的に攻撃しちゃ駄目なんですよ!?』

 

『またまたーー。私達はアサマチがどんだけ射ちたがっているか、ちゃんと解っているよ!?』

 

『そうよ!? つまり合意の上よ浅間! ほらほら~、そのぷるんぷるんした胸もちゃんとそうだそうだって上下に揺れているじゃな~い?』

 

『あ、こら! 喜美! 人の胸を揺らさないで……!』

 

『おいおい姉ちゃんたち! 余りの事態にシュウが鼻血吹いて、ナルゼの腕が攣っちまっているから、出来れば揉ませてやってくれね!?』

 

『み、皆さん!? 現実逃避をしたくなるのは自分にもよく解りますが、とりあえず速く対策をして下さーーーーい!!』

 

ハッハッハッハッと全員で一通り笑いあってから、真面目な顔に戻る。

 

「……やべぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

栄光丸は明らかな高速突撃を狙っていた。

武蔵は巨大さなら、圧倒する大きさだが、その大きさは八艦の連動によって作られた大きさである。

だから、一艦だけでもやられたら、航行に支障が出てしまうのである。

故に栄光丸は、自分よりも巨大なものに対して、臆面も怯まずに加速する。

必死という二文字を背負っての、攻撃だ。

振り切ることが出来ない武蔵は、当然、選択肢は迎撃のみである。

つまり、お互いがお互い激突を望みあう。

栄光丸は一直線に輸送艦を狙い、武蔵は回頭する。しかし、自重故に遅過ぎる。大きさ故の欠点である。

だが、このまま激突するには武蔵の艦首が鋭角過ぎるのだが

 

「構わん! ぶちかませ! 我らが聖下の艦は、巨大なだけの艦に負ける様なものではない……!」

 

言葉に乗り、加速力は武蔵の輸送艦と激突するための力と変わった。

衝撃と音は劇的であった。

火花が散り、装甲が砕け散ったのが、見ていないのに理解できた。

だが、どちらも致命傷を受けいていない。

戦闘は続行である。

故に次が来た。

 

「結べ───蜻蛉切り!」

 

叫びは現実を引き寄せる。

蜻蛉切りの割断能力が、栄光丸に亀裂を刻む。

装甲が割られ、内部がむき出しにされ、流体燃料が、雨のように漏れていくのが光から察せられた。

だが、まだ終わらない。

 

「おらおらおらぁーー! 剣神様のお通りだぜ!」

 

ハッチから出てきたのは暫定武蔵副長補佐だけではなく、武蔵副長もであった。

そのまま武蔵副長はそのまま柄にあるボタンを押して、ブーストを起動。そのまま、自分ごと砲弾となって、こちらに突っ込んできた。

一瞬の水蒸気爆発を経て、こちらの装甲を突破して逆側から出てくる。

爆発と震動が同時に来て、全員で呻くが、まだ動く。

損傷は蜻蛉切りが左装甲版を割断し、剣神にそこから内部の冷却装置や配送管が抉られている。

最早、真面な激突は危うい状態にはなっているが

 

「まだ飛べている! ならば問題はない」

 

「Tes!」

 

最早、この戦闘が終わるまで飛べればいい。

帰りなどという事は欠片も考えていない。

だから、加速をする。

後はこれを武蔵の一艦にぶつけるのみ。

そう思っていたところに、後ろからの轟音。

 

「何事だ!」

 

背後から攻撃されたという事実に驚愕しながらも、この場の艦長らしき人物は冷静に何が起こったかを問い詰めた。

背後には何もない。

それは術式でも反応していないし、後部の乗組員に肉眼でも確認させている。

そのはずだったのだが

 

「武蔵の剣神です!」

 

その事実に全員で抜かったという顔になってしまった。

考えてみれば、当然だ。

武蔵の剣神が持っていた剣は、ブーストになる機能を持つ。

そして、彼は輸送艦に乗り移るときに、それを利用して空を飛んでいた。

ならば、つまり、空中で自由自在とまでは言わないだろうが、動く事も出来る筈である。

というか、そもそも動けなければあんな風に砲弾となって飛んでくるはずがないのに、一直線しかできないと思って油断した。

これで、こちらの加速用のブースターは破壊された。

最早、追いつくことは難しい。

己、忌々しい……! と視線を剣神に向けると

 

『おおーー!? 我ながらよくやったぜと思いたいけど、爆風の事を考えていがふっ』

 

『あ……副長、普通に落ちましたね。 どうします?』

 

『どうせ直ぐ復活するから大丈夫じゃない? 魔女(テクノへクセン)もびっくりの頑丈さだものね』

 

ちらっと映った表示枠を見て発狂しそうになったので無視した。

とりあえず、これ以上、剣神が邪魔にならなくなったという事実を良しとすると同時に、この情報を教皇総長に送る。

剣神は有名ではあるが、情報が少な過ぎる。

名だけで、その実、中身がどうなっているのかが解らなかったのだ。

だから、今、自分達が少しでも教皇総長の為になるような情報を送る。

そして送った後に、自分達の突撃という攻撃手段が取れなくなったという事を理解させられる。

スピードは既に普段の五割も出ていない。まだ浮く事は出来ているようだが、落ちるのも時間の問題と思われる。

幸い、武蔵はまだ回頭中である。ならば、一回だけ。こちらから攻撃を与えることが出来る。

だが、念には念をという言葉がある。

 

「加速器の───」

 

「後、一回だけなら、派手な爆発と共に行きます!」

 

「───俺の台詞を取るな馬鹿者」

 

苦笑を一つついて、全員が迷いなしだという事に溜息を吐く。

しかし、その苦笑を微笑に変えて、命令を下す。

 

「流体砲を発射しつつ、突撃しろ!」

 

自爆。

誰もがそういう判断をしても、誰も彼もがそれに異議を唱える人はいなかった。

出来過ぎた連中だと内心で苦笑しながらも、艦長はその事に悪い気はしない事を感じながら、主砲を発射させる。

 

旧派(カトリック)とK.P.A.Italia、そして教皇総長(パパ・スコウラ)に勝利と栄光の輝きあれ……!」

 

叫びながら、砲を撃とうとした瞬間。

頭上を武蔵の輸送艦が通り抜け、武蔵の盾になるような位置に入り込んできた。

馬鹿め……! と素直に思った。

武蔵の輸送艦の装甲ではこちらの主砲を耐える事は出来ないし、砲撃などは暫定支配さをされている極東ではそれ程警戒するようなものではない。

特務クラスか、副長クラスで言うなら、後、一撃か二撃は耐えられるはず。何だかんだいって、三回受けたが、致命傷はまだ一度も受けいていないのである。

故に、苦し紛れの行為だと判断する。

 

「潰れろ! 武蔵! 我らが聖下の艦の御前だぞ……!」

 

そうして流体砲を撃とうとする。

だが、目の前に違う光が現れる。

それは武蔵野に降り立っていた一人の少年と、一人の少女。

武蔵生徒会長兼総長と君主ホライゾン・アリアダストであった。

その光の出所は

 

「大罪武装……悲嘆の怠惰です!」

 

直後にこちらの流体砲の一撃と悲嘆の怠惰の掻き毟りが発射され、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで握ったことがないような武器を持つ感触と、今まで味わった事がないような衝撃にホライゾンは正直、両腕が限界であった。重さを感じないとはいえ、やはり、このような大剣を握ったことがない自分では正直しんどかった。

自分は自動人形だが、戦闘用には調整されていないので重力操作も弱いし、普通の腕力という点でも強くも弱くもない。

ましてや、こんな大罪武装を使うなんて初めてな事である。

自分の感情故か、所有者認識は握った途端に勝手になったので、手間が省けてよかったのだが、やはり使い慣れない物を握るというのはそれだけで疑似神経を使う。

しかも、超過駆動を使っているから、反動が凄まじい。

正直、隣の馬鹿が吹っ飛ばされないのが不思議なくらいである。

だが、そんな努力は無駄と言わんばかりに悲嘆の怠惰の掻き毟りが押され始めた。

途中で隣の馬鹿が「押し返しーー!」とか叫んだので、思わず爪先を踏んだが、今はどうしましょうかと考えるだけである。

悲嘆の怠惰の流体燃料ゲージはまだ残ってはいるのだが

 

『個体感情表現:超過駆動:出力:60───』

 

つまり、自分は今、まだ悲嘆の怠惰の出力の六割しか出せていないという事である。

どうするべきかと考えようとした瞬間、その答えが宙空に表れた。

 

『ホライゾン様:第三セイフティ解除"魂の起動":お願い致します』

 

魂の……起動……!?

 

自動人形は人間で言うと魂というのが体のどこかにある。

自分の場合は喉。その魂を起動してくださいとまるで頼まれたかのように言われた。

しかし、そんなに簡単に言われても、自分はその魂の起動の仕方など知らないのである。

ぶっつけ本番で成功出来るだなんて神肖動画(アニメ)の世界だけである。

なら、自分はここまでだろうか。

いや、この場合は、自分だけでは終わらない。後ろには武蔵がいるのである。自分達が勝ってくれるであろうと思ってくれている武蔵の人達が。

そして隣でこんな時でも変わらない笑顔を見せている少年も。

全部消える。

全部失う。

そう思った瞬間、一つの記憶が瞳に映った。

それは昨日、墓にいた時に空を行く船の中から一人の中年に迫った男の人が自分に手を振っていたという事だった。

それは自分にとっての父であった。

自分には記憶がない。だから、実は今でもそれに関して、本当にそうなのかと思っている最中である。

決定的に実感というのが欠けているのである。

それでも、あの人は父だったのである。

そしてあの人はこう言っていたのである。

 

『今日、ホライゾンを見たよ……私に手を振ってくれた───手を、振ってくれたよ……』

 

その時に込められた感情がなんだったのか。

自分にはまだ理解できない。

だが、それ故に逆の膨大なナニカが、体の内で音を立てた。

 

「……あ……」

 

何という事だろうか。

自分は何時の間にか大切な人を失っていた。

その事実に、ホライゾンは今の状況を無視して、内から溢れそうになるナニカにただ、狂わされるかのように流されようとした時に、声が聞こえた。

 

「安心しろよホライゾン! 俺、葵・トーリはここにいるぜ! ───だから、何も考えずにお前が思った事をしろよ」

 

その一言。

その一言を聞いただけで、それを押し止めようとした理性は切れた。

自分はそれをしてもいいのだと許しのように感じたホライゾンはその安堵のような何かに、ホライゾンは総てを任せ

 

「あ……!」

 

まるで、産声のように泣いた。

それと同時にホライゾンの周りに大量の表示枠が生まれる。

 

『セイフティ解除"魂の起動":認識』

 

『━━━大罪武装(ロイズモイ・オプロ)統括OS:Phtonos-01s:初接続:初期化:認識』

 

『ようこそ感情の創生へ━━━Go the Middle of Nowhere』

 

そうしてそこから先は物語の大団円。

負けるかと思われていた掻き毟りの一撃は抉る様な一撃へと変化をし、流体砲を突き破り、栄光丸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして勝利は一瞬だったなーとトーリは思った。

悲嘆の怠惰の掻き毟りの直撃を受けた栄光丸とやらの乗組員は避難をしているようだったから、大丈夫だろうと思う。

問題なのは自分の腕の中にある温もり。

ホライゾンである。

ホライゾンは悲嘆の怠惰を撃ち尽くした後に、直ぐに悲嘆の怠惰を投げ捨て、こちらに抱きついてきた。

最初は思われ、俺の益荒男が反応しかけて、うっほぉう! と叫びかけたが、一秒でそんな気が無くなった。

腕の中の少女は震えていた。

理由はさっき泣いたことから大体は予想できる。

親父さんの事でも思い出したのだろう。

尤も、ホライゾンの中での親父さんは、実感はないが、事実ではあった。故に、だからこそ、現実が今になって押し寄せて来たって感じだろう。

だから、最初の一言は

 

どうして、感情というのはこんなに辛い物なんですか、か……

 

本当ならば、人間であったホライゾンはそんな思いを抱かなかった疑問だろう。

しかし、今のホライゾンは既存の自動人形とは違うとはいえ、今まではそれこそ他の自動人形とはさして違いはなかったのである。

しかし、今、さっきまで握っていた大罪武装・悲嘆の怠惰。

つまりは、悲しみの感情を彼女は知った。

いきなりだったはずだ。

今まで感情というのは知らなかった彼女はいきなり悲しみの感情を無理矢理という感じで刻み込まれた。

俺達にとっては当たり前の感情だったが、自動人形には感情はない。

しかも、最初に得たのが悲しみである。

なら、辛いと、痛いと思うのは間違いではないし、他の感情であっても大体似通った感想をホライゾンは得ていたかもしれない。

どう言うべきかと思う。

そして、例は直ぐに思いついた。

本当なら、自分の言葉で言うべきなんだろうけど、今回は親友の出番あっての勝利でもあったのに、折半で丁度いいくらいだろうと思い、内心で笑う。

そして口を動かす。

 

「なぁ、ホライゾン───とりあえず、今は泣け。だけど、最後には笑う為に、今と過去だけを見るんじゃねえ」

 

反応は直ぐに来た。

彼女は何時もの仏頂面を完璧に崩して、自分の方を睨んできた。

ホライゾンには悪いかもしれないが、俺はそんなホライゾンの悲しみが混じった表情を愛おしく感じてしまう。

惚れた男の弱みってこういうもんなのかなーと笑いながら、ホライゾンの悲嘆の叫びが耳に届く。

 

「どうして……!?」

 

「そりゃ、簡単だ。お前がこれから全てを取り戻した後は嬉しい事しか残っていないし、俺達は生きているんだ。じゃあ、生きている限り、未来(あした)に疾走しなきゃいけない」

 

自分で言ったセリフで脳裏に親友の姿を思い浮かべる。

今こそ、疾走して駆け抜けようという台詞を馬鹿みたいに実行しようとする馬鹿。

ちょっと悔しいが、俺が使うという事でチャラにしようと内心で理論武装しちゃう俺。

 

「馬鹿な友達(ダチ)がよく言うんだ───過去は振り返らない。ただ、忘れないだけ。故に前のめりに駆けんのが好きなんだよって。まぁ、ここまで割り切らなきゃいけねえってわけじゃないんだけどよ……でも、ホライゾン。過去と今だけに囚われんな」

 

でも、まだ大罪武装はたくさんある。

オメェに出来るだけ、悲しみは与えたくはねえけど、でも、それすらもやっぱ

 

「良い事なんだよ、ホライゾン。悲しめるっていうのは、それだけ大事だったっていう事なんだからよ」

 

俺はもう泣けねえから。

だから

 

「お前が俺の代わりに泣いて、叫んで───そして一緒に未来(あした)を目指そうぜ。だから、今はこの辛い感情を楽しもう」

 

そうして俺はホライゾンに顔を近づける。

そうするとホライゾンも察してくれたのか、目を閉じてくれた。その事に、流石に内心で苦笑しながらも、彼女の涙に濡れた瞼を舌で拭う。

そして、最後に彼女の唇に重ねた。

抵抗はなかった。

ただ

 

「悲しみの味がするよ、ホライゾン」

 

涙の味が舌に広がりながら、俺はそれを言った。

 

「なら……この私に……他の味も教えてくれますか……?」

 

自分の言った言葉に合わせて、彼女は他の感情も教えてくれるのかと願ってくれた。

それに俺は微笑して答えた。

その質問の答えはずっと前から決まっていた。

 

「ああ。教えてやるよ、絶対に取り戻してみせる。俺のせいで失くしたお前の感情を。そしてお前に繋がる全ての大罪を俺とお前の境界線上に取り戻して」

 

そして

 

「何時か、俺と一緒にまた笑ってくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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英国編
日常の変動


普通の事態 突然の事態

それらを含めて日常と言う

配点(予定)


二週間前に起きた三河消失からの三河争乱を経て、武蔵は何かがいきなり変わった……という事はなく、前とそこまでは変わらない日常に戻っていた。

空は洗濯物を干すのなら、丁度いいくらいの青さであったし、風も気持ちいい。

率直に言えば晴れ空の下。

そんな青空の下、違う国からしたら巨大と評される武蔵の一艦である左舷・二番艦である村山には、何時もの梅組集団が───横たわっていた。

女性陣は息絶え絶えで済んでいるが、男性陣はほとんど倒れていて動けていない。

そんな中の中央で、普通に平然としている人間がいる。

オリオトライ先生である。

 

「はーい。休憩はしてもいいけど、倒れたままでいるのは駄目よー。倒れても、次の戦いに生かせるような戦いをして倒れなくちゃ駄目よ」

 

「くっ……この暴力教師……! 人類の限界を図り間違えてると思うのは私だけなのかな!? ああ、シロ君! 大丈夫!? ほ、ほら! シロ君の好きなお金の音だよ!」

 

「ふ……大丈夫だハイディ。お金ある所に我あり……お金なき所に我無しの信条の私がお金の音があるのに倒れるとでも……思ったか?」

 

「さ、さっすがシロ君! すて───あ」

 

ハイディは手の中でジャラジャラとお金を持っていたのだが、忘れてはいけない。

ハイディも早朝訓練で疲れているのである。

女性陣にも手は抜いていないオリオトライだが、男性陣よりはマシな扱いではある。だが、それでも疲労は蓄積されているし、そもそもハイディ自身が戦闘能力などは低い方である。

故に自分が意識している以上に体は疲れており、誤って手からお金を落としてしまったのである。

普段なら絶対にしないようなミスだが、今回は仕方がない。

だが、そこをシロジロは許さなかった。

立ち上がりかけていたシロジロは一瞬で膝を曲げて、まるで獲物に飛びかかる様な姿勢になり、そして膝を発条にして跳ねた。

その光景を死にかけているクラスの戦闘者達はおお……! と驚いた顔で結構、賞賛していた。

まるで、水泳部が水に飛び込むような跳ね方。水泳とは違い、両手はまるで何か大切な物を乗せる様に、両手をくっ付けており、そしてシロジロがその両手に入れるのはお金しかない。

重力によって落ちていくお金。

それに向かってジャンプするシロジロ。

そして、最終的に手の中にお金が入った。

その瞬間、シロジロは人生最大の笑みを浮かべてから───地面に頭から突き刺さった。

微妙に斜めに落ちていたので、運悪く頭から落ちてしまい、そして数秒後に体は地面に落ちて行った。

そのアホみたいな光景を梅組メンバーは無表情で見ていたが、二秒後にふ~、疲れた疲れたの台詞を吐いて、無視した。

ハイディが何とか顔を地面から引っこ抜こうとしているから大丈夫だろうと思ったのである。

 

「……やれやれだな」

 

そんな光景を見て、本当に呆れて呟く正純。

正直、慣れない体育だけでも、かなり疲れているのに、その後にあんな茶番を見させられるとは思ってもいなかった。

はぁ、と溜息を吐いて、そこで喉が渇いている事に気付くが、お金がない。

周りみたいにスポーツドリンクがあれば文句なしなのだが、そこは仕方がないので、ハードポイントの竹ボトルから水を飲もうとしたら

 

「ほれ」

 

いきなり、違う竹ボトルがこちらに放られた。

 

「うわっ」

 

いきなり来たので、慌ててキャッチした。

一体誰からだと飛んできた方向を見てみたら、そこは男性陣で唯一平気そうに座っている熱田からである。

どうやら、彼が私に放り投げたらしい。

 

「どうせ金が無くて水しかないんだろ? 水が悪いとは言わねーが、お前みたいな虚弱体質が、それだけってのはどうかと思うぜ?」

 

「……悪かったな虚弱体質で……まぁ、ここは礼を言うよ。後で返させてくれ」

 

「気にすんな。最近、ようやく剣腕解禁で、剣道場のアルバイトでお金を溜めてんだ。お前みたいに切羽詰まってはいねえ」

 

何時もの野性味の笑みとは違い、苦笑して笑う熱田。

そういえば、確かに三河の戦いが終わった途端、彼は今までの生活とは異なり、自分の剣を見せるようになったし、こうして授業にも真面目に出るようになった。

どういう内容なのかは知らないが、葵と約束をしたという事だったので、誰も何も言わなかったようだが、こうして全員で訓練できるというのはとりあえず良い事だと思う。

 

「……騙されるな正純よ……この脳筋は、何を狂ったのかは知らないが、オリオトライ教師の胸を揉みに行こうと全力で暴走したせいで、拙僧たちはここまで疲れ切っているのだぞ……!」

 

「そうですよ正純! だから、あんまりシュウ君と一緒にいい空気を吸っていると共犯者と思われてしまいますから、今すぐそこを退いて私にシュウ君へ止めをささせてください……!」

 

「とか言いつつ、浅間はただ単に愚剣と仲良くしている貧乳政治家に嫉妬しただけでしょ? ククク、いいわ! でも、嫉妬機能で一番はホライゾンよ! さぁ、ホライゾン! この巨乳巫女に見本を見せてやりなさい!」

 

「Jud.」

 

すると、さっきまで確か傍でぶっ倒れていたはずの葵の面倒を見ていたはずのホライゾンがいきなり現れた。

何をするのかと思わず眉を顰めたが、彼女も楽しんでいるのではないかと思い、なら、この愉快な環境もホライゾンにとっては良い事かもしれないと内心で考え、頷いた。

しかし、残念なことに愉快ではあるが、周りの全員が外道なのは間違いではないので、絶対にプラスばかりには働かないのが非常に残念である。

というか、マイナスの方が大きいのでないかと、さっきまで浮かび上げかけた考えを亜光速否定したくなってきてしまうが、とりあえずホライゾンが何をするのか楽しみだったので、とりあえず置いといた。

ホライゾンの方を見ると、相変わらずと言ってもいいのか、解らないが表情はそこまでまだ現出しておらず、しかし、どこか生き生きとまでは言わないが、元気があるような表情にはなっている気がする。

その顔で、何故か彼女はキョロキョロと周りをまるで、探し物を探すような仕草をするので、皆で何だ何だと見ていると、彼女の視線はそのまま近くで、ぐてーっと疲れ切っている葵に向かった。

 

「丁度良い所に素材が」

 

「へっ?」

 

何を思ったのか、いきなりホライゾンは地面に倒れている葵を重力制御で回転させながら、自分の手元に引き寄せた。

何故かは知らないが、回転速度は異様に速くて、あれでは葵は何をされたのか解らないまま脳を揺らされただろう。哀れとは思わないが、やりたくはないと思う。

そして、ホライゾンはわざわざ葵を上下逆の逆立ち状態で宙に浮かせ、直立させる。

そのまま彼女は、体を葵の体で隠し、そしてそのまま物凄いガクガクブルブルしながら、血走った顔で

 

「こ、この泥棒猫……! 如何でしょうか浅間様。これぞ、完璧な嫉妬表現だと書物などを見て、知りました。さぁ、是非とも浅間様も御一つどうでしょうか? 今なら、いらない穢れた壁も一つついてきますよ?」

 

「い、いや……そんな通販みたいなことを言われても、そんな事は流石に常識人である私は出来ませんし、後者は正直いらないので……」

 

死にかけている奴らも全員くわっと目を思いっきり開いて、浅間を睨む。

 

「な、何ですか皆! 先に行っときますけど、私は無実ですよ!?」

 

「ダウト」

 

即座に肩にナイトをもたれさせているナルゼがツッコむ。

その速さに、浅間はぐっと仰け反ったが、ここで引いていたら駄目だと思ったのか、まだ諦めない。

 

「だ、ダウトって何ですか! 嘘なんて、私は今の台詞ではついていませんよ!」

 

「聞いたか皆! 智の常識じゃあ、人に対して弓砲弾を向けるのは当たり前らしいぜこの鬼畜巫女!」

 

「恐ろしい巫女で御座るよ……何をすればそんな巫女になってしまったのか……」

 

「小生思うに、これはもう本能かと」

 

「だ、大丈、夫……だよ……? み、んなは……もう……ちゃ、んと、覚悟、してる、よ……?」

 

「そ、そんな鈴さんまで……! ち、違います! 何でそこまで私に罪を擦り付けるんですか! まず、最初に自分がその時に悪い事をしていないかどうかの記憶を掘り返してください!」

 

「胸を揉もうと女風呂に行こうとした時だったぜ」

 

「あんたの同人を書こうとしている時だったわね」

 

「あんたの家にある同人を愚民共にリークしようとした時だったかしら?」

 

「小学校に思い出を作ろうとカメラを持っていこうとしていた時かと」

 

「カレーを作っていた時でしたネー」

 

「……これで自分は罪人じゃないって言うつもりですか下劣畜生同級生ーー!!」

 

……もう少し、武蔵の法案を改正した方がいいんじゃないかなー……。

 

自分でも思うのだが、何故ここにいる奴らはまだ日の下を歩いていられるのであろう。

後半二人は、健全な理由に思えるのに、人によってはここまで違う意味で聞こえてしまうのが、逆に恐ろしい所である。

こんな奴らが、世界征服をしてもいいのか果てしなく頭が痛くなる。

今でも十分武蔵は悪役になっているのに、この事が各国に知られたら、間違いなく悪役ではなく、悪者にされてしまうのは間違いない。

何とかしなければ、と内心で誓いを立てていると壁役にされていた葵がようやく復活したようで、逆さになりつつも、ホライゾンの方に勢いよく視線を向けた。

 

「お、オメェ!! 今、俺は非常にホライゾンに対して、言いたいことがあんだけどよ!!?」

 

「Jud.少しなら文句を聞いてあげてもいいですよ」

 

「お、おし! じゃあ、言わせて───」

 

「───はい。少し聞きました。では、もう文句は聞きませんので……何でしょうか? その殴って頂戴の顔は」

 

「ちげぇよ!! 俺は今、お前に対して不満を表している顔になっているはずだぜ!?」

 

「ではいい言葉を教えてあげましょう───嫌よ嫌よも好きの内。どうでしょうか、この至言。今のトーリ様を的確に表すことが出来ると思うのですが」

 

「お、己……! 敗北を認めない女だぜホライゾン!」

 

ホライゾンは親指を立てることによって簡単に応対した。

その余りにも何時も通りさに何やっているんだかと苦笑するが

 

「───いや、何時も通りのままではいられないんだったな」

 

と、即座に考えを変えた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、それ以降は三征西班牙(トレス・エスパニア)についての、歴史などの授業に変わり、そして、やはりと言うべきか、現在の特務クラスとかの話に移行する。

 

「そして、まぁ、最近、熱田が西国無双と言われている立花・宗茂を打倒したわけなんだが……」

 

「先生。シュウ君が開眼睡眠をかましているので、起こしてもいいでしょうか?」

 

「よろしくお願いするわ」

 

熱田の鳩尾に矢が吸い込まれる光景を見せられて、何をしているんだこいつはと呆れた溜息を吐く。

 

「おい熱田。理解できるような頭をしていないのは知っているが、せめて話だけは聞いとけ。お前にも関係がある話なんだから」

 

「あ、ああん!? 正純……てめぇは貶したいのか、真面目な話をしたいのかどっちなんだよ!?」

 

「両方だ馬鹿」

 

「正純も言うようになりましたね……」

 

良い意味で言われているのならば、政治家志望としては嬉しいのだが、明らかに良い意味で使われてはいなかったので、喜べなかった。

良い言葉と良い意味が繋がっていないとは残念な極東語である。

とりあえず、下らない思考をそっと捨てて、あのなぁ、と前置きをして熱田に話しかける。

 

「さっきも言ったようにお前はあの西国無双を倒したわけだろう?」

 

「斬り倒したでもいいぜ?」

 

「物騒にしてどうする。バトルジャンキーのお前だから釘を刺させてもらうが、恐らく、最低でも一人はお前狙いで戦いを挑んでくる人間がいる筈だ」

 

「まぁ、宗茂の嫁が来るだろうな」

 

あいつらの愛が本物ならな、と最後に付け加えながら、意外とちゃんと答える熱田。

そう言えば特務クラスとかでも、ちゃんと聖譜についての知識を勉強しなければいけなかったなと思いだし、もしかしたら一番自分が油断しているのかもしれないと思い、気をつけようと思う。

ならば、聞くことは一つだけだろう。だから、小声で葵には聞こえないようにしながら

 

「───戦えるか」

 

「何を当たり前のことを言っていやがんだ」

 

真面目に聞いたら、呆れきったような声が聞こえた。

 

おいおい、こっちはそういう何というか復讐みたいな相手でも迷わないかって気を使って聞いてやったのに、まさかの即答かよー……。

 

まぁ、でも、結構こう言われるとは思っていた。

馬鹿だし

 

「俺の疾走を邪魔すんなら、俺は迷わず斬るぜ? 大体、剣神が斬るのを躊躇っちゃあ、剣神じゃねーだろうよ」

 

野性味たっぷりの表情で言われ、再確認。

言葉で表せれば、熱田の信念、もしくは夢でもいいが、そういうのが既にこの時点でほぼ完成されているから、迷わないんだろうなーと正純は考えた。

もう少し、迷いを持っていた方が可愛げがあるもののと思いながら、若干、尊敬はする。

とは言っても、これからは更なる苦境が待っているだろう。

今回は突発的な戦争だったから、相手もそこまでレベルの高い武装を持ってきていなかった。これからは、聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)やこれから向かう英国では、今はアルマダ海戦の歴史再現の為に準備をしているはずである。

難易度が低過ぎるのも、問題と言えば問題だが、難易度全部が全部、最高難易度になっているのもどうかな、と今日何度目かの溜息を吐きながら、御高説を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

困りましたわー……

 

ネイト・ミトツダイラはとぼとぼと品川を歩きながら、溜息を吐いた。

あの授業の後、皆は一度解散という事で解放された。

そして、今、特務クラスは武蔵の自動人形のお願いで、武蔵の各艦にばらけて移動しているのだが、ここら辺は問題ではない。

問題はどちらかと言うと私的な部分である。

 

……結局、八年前のことでの謝罪を出来てませんのよー……

 

内心でエコーが掛りそうな落ち込みの声を出しながら、とぼとぼ歩く。

ネイトは今は、周りの事を気にしていないのだが、周りからは何だ何だという視線で見られているのである。

普段なら気付いているはずの視線なのだが、今はネイトの視線は己の内に向いているので仕方がない事ではある。

ともあれ、どうしてこうなったかと言うと、三河の時はまぁ、あの時は色々と忙しかったから、仕方がないという言い訳が成り立つ。

それまでは、力を発揮しない彼に対して、どう接すれば良かったのか解らなくなったという事。

そして、三河以降は───はっきり言えば惰性である。

彼と二人で会話する機会がなかったのだと言えば、それも事実なのだが、その気になれば、その機会を得られなかったという訳でもなかった。

つまりは結局の事は怠惰である。

王の一番の騎士でありながら情けないと思いつつも、決心がつかないのである。

 

我ながら嫌な性格ですわね……

 

王は自分の一番の罪を受け入れつつも、否定することが出来たというのに、その騎士がこの有様では、我が王に申し訳ないし、彼にも申し訳ない。

そういう時は誰かに相談するべきなんだろうけど……

 

喜美はちょっと問題がありますし……智は、副長限定なら相談し辛いですし……ハイディはお金を払わなきゃいけませんし、ナイトとナルゼは絶対ネタにしてきますし、アデーレもこういう悩み事なら、ちょっと合わない気がしますし、鈴もちょっと違いますし……ホライゾンもそうですし……。

 

こういう事で相談し易い友人がいないというのも困ったものである。

というか、し難い理由がネタにされるとか、お金を払わなければいけないというのはどういう事だ。

ともあれ、消去法的には直政と正純が一番適任であるのだが、これに関しては、自分が勇気を持てない。

一番簡単な解決方法は素直に謝りに行くことなのだが、それが出来ていたら苦労しない。

はぁ、と溜息を吐いて、ようやく配置に付く。

そこで表示枠を繋げ、他のメンバーと話をする。

 

「こちら第五特務。品川に着きましたわ」

 

『おお、早かったで御座るな。こちらも位置に付けた所で御座るし……ナイト殿の方はどうで御座るか?』

 

『うん。こっちも着いたよ。見たところ、まだステルス障壁は解いてないから、後、五分ってところかなー?』

 

どうやら、他の特務達も着いたらしい。

そうなると、少し暇になるので、雑談でもと思って、話を始めた。

 

『今頃、他の人達は……何か、今、多摩の方から変な音が聞こえたのですが……?』

 

『ああ。今、確か多摩の方にはトーリ殿とホライゾン殿が行っているはずで御座る』

 

『あ、成程。じゃあ、別に異常事態じゃないね』

 

うんうんと全員で頷く。

 

『他の者は……ちょっと盗聴でもしてみるで御座るか』

 

それは問題があるのではないかと思うのだが、もうやっちゃっているみたいなので遅かった。

表示枠に明らかに違う人物の言葉が乗る。

 

『ちょっ! ま、待ってください! しょ、小生はこんな所で花と散りたくはない……!』

 

『もう。諦めなさいよ御広敷。今、鈴が馬用のカンチョーを持ってこようとしているから、皆もしっかり体を抑えるのよー』

 

『フフフ……まさかロリコンをカンチョーするだなんて、あんまり見たくないような世界珍光景をこの手で起こす事になるだなんて……私、今、伝説を作っている!?』

 

『あ、喜美。興奮していないで、ちゃんと抑えていてくださいよ。ただでさえ、御広敷君。一応が付くとはいえ男の子なんですから、暴れる力が強いんですから……矢で抑えちゃ駄目ですかね?』

 

『浅間さんは今日もかっ飛ばしますねー……正直、自分はこんな珍光景に関わりたくないんですが』

 

『解っているから、言わなくてもいい』

 

瞬間的に目を閉じた。

本当ならば、表示枠を断ち割りたかったのだが、一応、連絡をしているためにそれは出来なかった。

一応、理性は残っているらしい。

数秒後に溜息を吐いてから、点蔵達とまた話し合う。

 

『……何時も通りで何よりですわ……』

 

『ミトツダイラ殿も、もう少し肩の力を抜いてはどうで御座るか』

 

『気遣い上手だねぇ……そういった所は女子からは好感を持てるような性格だとナイちゃん素直に思うんだけどなー』

 

確かに、とミトツダイラも思う。

そして、今は普通の会話が出来てますね、と今の状況を思いながらも続ける。

 

『第一特務はどういった女性が好みなんですの?』

 

『ああ───金髪巨乳で御座るよ』

 

『そういった所が、駄目だっていうのが解んねえのかこの駄目忍者は……ああ、駄目だから点蔵なのか……』

 

『いきなり混神されたと思ったら、駄目だしを速攻でしないで欲しいで御座るよシュウ殿!? し、しかも、結論早!』

 

余りの突然な乱入にネイトは思わず、表示枠から少し離れてしまった。

 

い、いきなりビッグチャンス!? で、でも、点蔵とナイトが……!

 

仕事での連絡であったというのが悔やまれる。

というか、今、思えば直接会わずともこうして表示枠ならば、連絡が取り合えたのではないかと思うが、でも、それだったら不誠実ですわねと結論を出した。

我ながら何とも難儀な性格を……と思いつつ、会話に加わらなければ不審がられると思い、慌てて、表示枠に近づく。

 

『あれ? どうしたのシュウやん。授業の方に出てたんじゃないの?』

 

『そうしようと思っていたんだが、ステルス障壁を解くに当たってで、特務クラスが動いているのに、副長の俺がぼーっとしているっていうのも変な話だろ。まぁ、集団としての動きはお前らに劣っているから、挽回もしなきゃいけねえしな』

 

『別に気になさらなくてもいいですのに……』

 

むしろ、よくまぁ、そこまで信頼し合えたものだと思う。

そう考えると、また自己嫌悪に陥りそうになるのだが、そんな事をしていても意味がないというのはよく理解できているので、出来るだけ考えないようにする。

 

『事実を否定しても、次に繋がらねえだろうが。集団性の連携に置いては、俺は特務クラスどころか、それ以下かもな。まぁ、梅組メンバーなら合わせることは可能だけどな』

 

今、かなりさらりと凄い能力を言いませんでしたか?

連携のための訓練をしていないというのは、残念がら事実なので、彼はそれを素直に受け止めているだけなのだろう。

だから、彼が時々、特務メンバーや他の学生達と組んで訓練をしている時を見る時がある。

 

……私の所には、まだ来てくれてはいませんのですが……

 

悪意ではないというのは解っている。

単純に、気まずい、もしくはこちらの事を気遣っているだけなのだという事を。

ただの馬鹿でもあるのですけれど、そこら辺は総長に似ていて、自分の方が悪いのだろうとか思ってしまう人なのである。

はぁ、と本当に小さく溜息を吐いて表示枠に向き直す。

 

『梅組メンバーだけならとは……? それならば、他の学生達とも……ああ、成程で御座る』

 

『お前らもこれくらいは朝飯前だろうが』

 

『うーーん。ナイちゃんはコメントを控えとくねっ』

 

『右に同じくですわ……』

 

幾ら、長年の付き合いとはいえ、それだけで息を合わせられるとは……それが剣神の技なのか、もしくは彼の才能なのかは知らないが、とりあえず凄いとだけは言える。

私もしっかりしなければという意識を強く持たなければいけない。

まぁ、本人は言葉通り、これくらい当然のことと思っているらしいから何も言わないが。

 

……そもそも他のメンバーも武蔵は何だかんだで規格外ですからね……。

 

意地でもそんな事は言うつもりはないが。

そんな事をしていると"武蔵"からの連絡が来た。

 

『こちら"武蔵"です。長い事お待ちさせて申し訳ありません皆様。外部の位置情報を確定できたので……おや、熱田様もいらっしゃるのですか───以上』

 

『どうも"武蔵"さん。まぁ、副長としているという事で』

 

『シュウやんがまともな話し方で話している……!?』

 

『これは熱田殿のキャラ崩壊に繋がってしまうのでは……!? 既に個性が無くなっているで御座るし』

 

『お、お前ら! 俺がまともに話しかけたのがそんなにいけねえのか! 俺だってチンピラ語以外喋れるわ!』

 

『チン・ピラゴ……! 何それ! 賢姉! 新しい発見に胸がブルンブルン震えるわ! さぁ! 浅間も一緒に揺れるのよ!』

 

『やーめーーてーくーだーさーいーー!!』

 

『ちぃっ……! 幾らだ喜美!』

 

何時の間にか色々と混神してきている状況に付いていけなくなりそうだが、そこは騎士としての矜持で、とりあえずいらない話を頭から省いて、会話することにした。

聞いていたら、脳が汚染されるからである。

 

『ええとぉ……む、"武蔵"と副長は仲がよろしいのですね!?』

 

『あ? そりゃあ、まぁ、一応、修行をしてくれたこっちの師匠ではあるわけだしな』

 

『Jud.昔の熱田様は可愛らしい子供でした───以上』

 

おお……! と女性陣と一緒に盛り上がる。

何というかクラスメイト以外でのクラスメイトの評価というのは気になるものなのである。

しかも、相手が自動人形とはいえ大人ならば尚更である。

 

『ど、どんなんでしたか"武蔵"さん! い、いえ! 私はその興味とは言ってもあれですよ!? 幼馴染としてですからね!?』

 

『Jud.熱田様は昔は素直な子供で、自分達に訓練をして欲しいと願ってきたので、ここは自動人形の見せ所だと思いまして。難易度はと聞くと地獄クラスでいいぜとの事でして───以上』

 

『ふんふん!』

 

『だから、自分も自動人形的な素直になろうとして、私があちらを少々見てくださいと言って、素直にそちらを見たシュウ様に素直にその背中を押して、武蔵から落としてしまったりしましたね。武蔵地獄滑りです───以上』

 

『……シュウ君……あの……辛かったら何か言ってもいいんですからね……?』

 

『……シュウ殿。後でジュースを奢るで御座るよ……』

 

『な、何だよオメェら!! まるで俺が物凄い可哀想な奴みたいな顔しやがって!! ちゃんとその後にやり返そうとしたぞ!』

 

『Jud.熱田様の剣のブーストで何とか上がってきた後に、何か言いたそうな顔をしていらっしゃったので、今度は落ち着かせようと普通に押しました───以上』

 

『───解ったかお前ら!! 必要なのは個人で生き残るためのサバイバル技術が全てなんだよ! ヒャッハー弱肉強食ーーー!!』

 

余りにも哀れな姿にちょっとだけ涙ぐんできた。

ともあれ、今はそんな事をしている場合ではなかったので、皆も切り上げ始めて行った。

今回の"武蔵"の要件はステルス障壁を解除する際の警備みたいなものであった。

それならば、自動人形たちだけでも十分なのではと思ったのだが

 

『私達、自動人形は公平かつ完璧です。故に作業も公平かつ完璧に進めなければいけません───以上』

 

『……それはつまり』

 

全ての情報などを完璧かつ公平に計算してしまう為に突発的な出来事には弱いという事でしょうか……?

 

自動人形の計算力は人間のそれと比べたら遥かに高い。

人間の計算力を一としたら、自動人形の計算力は百万を超えるかもしれない。だから、戦闘系の自動人形とかは相手の動きを計算して、最善を選べる事が出来るのだが、それはつまり、予想外の行動には弱いという事。

そして今回の場合も似たようなものである。

常に最善を選び、仕事を完璧にこなす自動人形であるが故に些細な情報でさえ、計算してしまう。

普段ならば、その完璧さは頼もしいのだが

 

『言い方悪いかもしれないけど……戦闘中だとそれはちょっと危ないねー。戦闘中って本当に予想外のアクシデントばかりだものね』

 

『Jud.ですが、私たちがよく思考停止してしまう原因がトーリ様の気がするのですが、気のせいでしょうか?───以上』

 

『え!? 俺!? やっべ、俺、もしかして自動人形たちに惚れられている!?』

 

『呆れられてんだよ!!』

 

全員の息を合わせた突込みに体力を消費してしまって、また溜息を吐いてしまう。

自分は武蔵に乗ってから、どれだけの幸せを溜息に乗せて吐いてしまったのだろうか。

そして一番不幸なのはその行為をして間違っていると自分で思えない所である。

 

『あまり、話をしていたら時間が足りなくなってしまうので本題に入りたいと思います。つまり、今からステルス障壁を解除しますが、その間、皆さんにも見張っておいて欲しいという事です』

 

『成程……ですが、私の方は目よりも鼻の方が利くのですが、それでも大丈夫でしょうか?』

 

『大丈夫だろ、ネイト。目で駄目だったら、気配とかで読めばいいじゃねえか』

 

『ナチュラルにさっきから爆弾を放っているねシュウやん!』

 

本当だ。

彼のハイスペックさはどういう事だろうか。一度、スペックに付いて話して貰った方がいいかもしれない。

海を割ることが出来るとか言われても、驚かないかもしれない。

あ、現に三十メートルくらいなら出来るんでしたっけ? しかも、術式無しの己の力だけで。

もう数えるのにも飽きた溜息を吐いたら、空に色がようやく戻り始めた。

ステルス障壁を解除しているのである。

そこで、ようやく残念な溜息ではない息を吐く。ステルス障壁が嫌とかそういうのではないのだが、やっぱり、空には青色があってこその空であると思うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ステルス障壁が解除された時。

学校の廊下を歩いている、鈴もほっと息を吐いた。

ステルス障壁によって、いきなり外界の音が良く聞こえるようになるのは、昔は苦手であったが、皆のお蔭で怖くなくなったので、今では外の音が聞こえるようになるのが嬉しい事である。

そう思い、笑顔を浮かべようとして───過敏な聴覚が何かを捉えた。

 

え……? こ、これっ、て……!

 

そして、鈴は自分で出せる速さで表示枠を出して、連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『み、皆、あ、あの……!』

 

突然の鈴の行動に皆が珍しさに驚いた人もいたが、即座に声に籠もる感情から、尋常ではない事態ではない事を悟る。

だから、何かを受け答えようとネイトは口を開こうとしたところ

 

『サンキュー、鈴。お蔭で俺も確信が持てたぜ』

 

え、と声をだし、そこでつい息を吸った事によってネイトも知覚した。

 

これは……工業油の臭い……?

 

似た臭いで言えば、直政の服などによく付いている臭いなのだが、ここは海上で更に周りにはそんな臭いを発生させるような物はない。

それに、さっきまでしていなかったから、品川にあったのではないとは断言できる。

つまり、ステルス障壁を解除した時に発生したもので

 

『武蔵の武を担う副長権限を持って、武蔵全員に警戒態勢を促すぜ……!』

 

副長が表示枠で、武蔵全域に警戒を促しているのを見て、そして、彼の手に剣が降ってきた。

 

『キルノ? キルノ?』

 

『おお、それは親友の小動物系の大剣じゃないかぁ! 今度、俺にも可愛がらせてーーー!!』

 

一瞬の間。

 

『……? キルノ? ソノキタナイケン……?』

 

『お、おい親友! その剣、早速去勢するのかとか提案してきたぞ! オメェの躾け間違ってね!?』

 

『お前が全裸であることが間違ってんだよ馬鹿』

 

冗談を言い合っている馬鹿達を無視して、ネイトが状況を報告した。

 

「三征西班牙の襲撃! 数はクラーケン級2にワイバーン級6! 位置は真上五百メートル! ステルス状態からの奇襲ですわ! 総員、副長の言う通り、警戒ーーー!』

 

どうやら、今日はかなり忙しい一日になりそうだとネイトは走りながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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青空の下での奇襲


一つたりとも上回る事がない事実

だけど、それは戦わない理由にはならない

配点(努力)


 

余りの突然の事態に、武蔵の住民たちは全員が改めて理解した。

自分達は今は追われ、攻撃をされる立場にいるのだと。

覚悟はしていたという在り来たりな思いはあったが、やはり、実際されるとその思いは変わってくる。

その事実は、姫を取り返した後も、ヴェストファーレン会議まで終わらない。

その事実が、三河争乱から二週間の武蔵に攻撃という名の現実が襲ってくる。

 

 

 

 

 

 

「んー。一応、奇襲できたけど……ちょっとだけ、予想より対応が速いなぁ、と……」

 

声が響いたのは、武蔵を見下ろす位置を飛んでいる三征西班牙(トレス・エスパニア)の艦の上に立っている女性である。

しかし、彼女の足先は掠れて見えない。

霊体。

つまりは死んで、しかし残念があったが故に、この地上に残っている証である。

三征西班牙総長連合所属、第二特務、江良・房栄が同時襲名アルバロ・デ・バサーン。

この場の指揮官である。

 

『何か知らねえけど、房栄(フサエ)。多分だが、直前に奇襲に気付いて、即座に警戒を促されたらしいぞ』

 

そんな彼女の近くに十字架組みの表示枠に、同じく足先が掠れて見えない、同じ霊体の三征西班牙総長連合所属、副長、弘中・隆包と同時襲名のアロンソ・ペレス・デ・グスマンである。

ヘルメットを被り、自分は野球選手であるという矜持を見せるかのように持っている武器はバットを神格武装化したものである。

他の副長達とは違い、攻撃ではなく防御に特化した武人である。

そんな隆包を見ながら、房栄は耳に聞こえる爆音などをバックにしながら、それでも笑いかけた。

 

「タカさんはどうしてだと思う?」

 

『そういうのはお前の方が得意だろうが』

 

そう言われると信頼されている、と勝手に自惚れられるから笑いの色が濃くなってしまう。

それで、戦場から意識を逸らしては不味いので、表示枠を見つつ、戦場の方に意識を割くことを忘れないように心掛けながら、頭に思い浮かんだ意見を口に出す。

 

「んー。何個かは考えられるけど、一つはまず武蔵の能力と言う可能性。ぶっちゃけた話、まだ武蔵が戦闘という意味での戦いをしたのは一回だけだから、こっちの収集した情報から漏れた能力を持っている可能性があるという事」

 

『まぁ、あんだけデカけりゃあ、何らかの装置を着け放題だろうしなぁ。俺だったら変形機能を着けてるぜ』

 

「タカさんも男の子だねぇ……」

 

そこら辺は私、合理主義派だし、ちょっと解らないかなぁ、と苦笑し、説明を続ける。

 

「次は武蔵総長連合、もしくは生徒会の何らかの術式。探査術式でも捜査術式でも、何でもいいけど、こっちの術式レーダーに乗らない神道系の術式。これも、さっきと同じように武蔵の情報が少ないから否定する材料が少ないんだよね」

 

『慎重なお前が情報少ないで、集めないとは思えないんだがな』

 

それはそれ。

集めるべき情報はちゃんと広報部などに頼んだり、年鑑などを見て、集めはした。

でも、決定的な物は得られなかったというのだから、それは集められなかったと同義と見做すべきだと私は思う。

そこで、息を一つ吐き、そして、と前置きをして、最後の方法を言う。

 

「最後は武蔵住民の個人的な能力っていう所ね。一応、住民って一括りしたけど、九割の確率で総長連合の能力だと思う」

 

『それに関しては年鑑で調べているだろ? つまり、知られている情報に乗っている限りではそんな能力を持っている奴はいない』

 

その通り。

強いて言うならば、武蔵の第五特務は半人狼であったので、五感の特に嗅覚が強かったはず。

それによって工業油を嗅がれたという可能性が無い事もない。

ステルス障壁で姿は隠せても、流石に臭いまで隠す事は出来ないのである。

 

「でも、それにしてはちょい早すぎるのよね、と……」

 

早いと言っても一、二分レベルではあるけど、間違いなく早い。

となると、襲撃を更に早くに読んだ存在がいる。

だが、さっきも言ったように年鑑では、そんなのを感知出来る様な人物は武蔵にはいない。

そう───つい、最近まで力を隠していた人物以外は。

 

『やっぱ、剣神か?』

 

「逆に聞くけど、どうしてタカさんは剣神だと思う?」

 

『そりゃあ、簡単だ。唯一、能力が解ってねえ奴だし……何より表示枠越しの映像でしか見ていないけど、そんぐらいは解る。あの野郎も、副長としての鼻を持っていると思うぜ』

 

「鼻って?」

 

『戦いを感じる才って奴さ』

 

成程と頷く。

副長になれば、ほとんどの戦闘の最前線に立つ存在である。

それは、普通の戦争や、相対戦でもそうだが、奇襲とかでもそうでなくてはいけない。

副長=英雄と言っても過言ではない存在なのである。

 

……どんな戦況であっても引っ繰り返す英雄かぁ……

 

うちで言えば、タカさんや自惚れで言えば私、そして

 

誾ちゃんや宗茂君とかだったよね……

 

二人には申し訳ないとは思うし、残念だとは本気で思っている。

しかし、私達、三征西班牙には余裕というのがないのである。

故に

 

「宗茂君の襲名解除か……」

 

武蔵の副長に敗れ、そして大罪武装を盗られた事から、襲名を解除することによって、この立花・宗茂は間違いであったということにするのである。

政治的な手段としては普通。

感情込みで言えば───吐息一つ。

 

『おい、房栄。溜め込むのはお前の悪い癖だ。それに、そうしない為にも立花嫁が今、戦場に立っているんだろうが』

 

「……解っちゃう?」

 

『長い付き合いだからな』

 

そう言ってくれる彼に苦笑し、そして下を見る。

下には武蔵が爆発の光と音と共にある。

その巨大さは何度見ても感嘆を覚えてしまうけど

 

「大きいだけで勝てるなら、誰も苦労しないよね」

 

日の沈まぬ国として、日が昇る国に負ける気はないし、例え沈んだとしても灯を残していかないといけないのだ。

その為にも

 

「──皆! 開戦だよ! 準備運動はできた!?」

 

「Tes!」

 

開戦である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……本当にいきなりの戦場だね!」

 

奥多摩後部の武蔵アリアダスト教導院の橋上に立っているネシンバラは思わず、声を出して今の状況を愚痴った。

 

……でもまぁ、まだ熱田君が、ちょっと早めに相手の奇襲を見抜いてくれたお蔭で、体勢を整えられられたのは幸運だったけど。

 

本当にハイスペックな剣神である。

今後とも利用しやすいなと笑みを浮かべながら、指示を続ける。

 

「皆! さっきあっちからこの襲撃の大義名分が届いたよ!」

 

『何ですか!?御広敷君のロリコン罪ですか!? それならば、絶対この程度の襲撃じゃ贖罪にならないと思うんですけど!』

 

『やっぱり、熱田君のおっぱい揉み過ぎによる処刑ですか!? 小生、何時かは天罰が落ちると思っていましたよ』

 

『ウルキアガのキチガイ姉好きに、人間代表として狩りにきやがったのか!? あのクソ竜、こっちに迷惑を掛けやがって………!』

 

『やはり、ナルゼの同人に対しての諸処の文句が来たか。何時かはこういう日が来ると拙僧も思っていたのだ……』

 

『浅間の射殺が遂に三征西班牙にばれたの? 巫女の癖に暴れまわっていたのが、ここで現れてしまったのね───巻き込まれ損だわ』

 

沈黙が一瞬流れる。

そして

 

『貴様ら………!』

 

全員元気がいいなぁ、とちょっと表示枠から視線を逸らしてしまうが、そのままでいても意味がないので、嫌々、視線を向き直す。

 

「ほら、君達。そんな愉快に面白げな馬鹿騒ぎをしてないで………え? 後でシメル? 何で僕が被害にあわなきゃいけないんだよ!?」

 

何て理不尽な連中だ。

この外道共はやはり、地獄に落ちるべきだと思う。

というか、閻魔が実在したら、間違いなく武蔵メンバーの大半は地獄に落ちるだろう。

もしかしたら、実は地獄の哀れな亡者が、何故かこっちの世界に迷い込んできたのが彼らなのかもしれない。馬鹿な考えなのに否定できない事に汗が流れた。

今度、祓ってもらおうかと考える。

 

「本題に入るよ。今回、三征西班牙の大義名分───もうリアクションはないね?」

 

いいから本題はいれよ! というツッコミに思わずキレそうになるのを抑えながら、先を続ける。

 

「内容は"三征西班牙の領域において、英国への援助物資を輸送する船舶の拿捕を行う"だって」

 

『典型的な言い訳だね。いっそ、そこまで言い繕われたら、呆れも感じないさね。そこら辺、正純。三征西班牙の本音はどう思う?』

 

『Jud.本音としては聖連の主力属国として武蔵と敵対しているという意思表明をし、後のヴェストファーレン会議での交渉権を得る事。次に単純に武蔵の情報を得る事。ただでさえ、表には出てなくて、しかも、どこかの馬鹿は禁欲をかまして能力の詳細が解ってないとかいうのもあるからな』

 

『誰だろうなその馬鹿は。ちなみに俺は知らねえぜ』

 

そのどこかの馬鹿の呟きに、恐らく全員が苦笑し、続きを促させる。

恐らく、ナルゼ君はネームを進めているだろうし。

 

『───最後は、こちらにこう伝えたいのだろう。今は戦争中だぞ、と。武蔵は狙われる立場にあるのだと。覚悟をしていた人達もいるとは思うが、やはり、予想と実際は違うからな。これからの反応が怖い所だな』

 

そこから先は僕の役割なので、間を挟ませてもらった。

 

「ベルトーニ君。その辺りは……」

 

『ああ。現在武蔵に乗船している住民には、"今後、武蔵内部で不慮の死に見舞われたとしても、自己責任としてもらう"という捺印をしてもらっている』

 

『でも、どうせトーリの馬鹿が何か言っただろ?』

 

『ああ、一言だけな───"あんまし良くねえな"とな』

 

ふぅ、と息を吐く音がベルトーニ君の表示枠から聞こえてきた。

その事に、こっちも同じ種類の息を吐いて合わせた。

 

『万が一の場合は三か月の補償金と話を聞く事を約束された───相変わらず無駄な仕事が好きな馬鹿だ』

 

『本当ですわね……』

 

皮肉な言い方に今度こそ全員が同意。

そうやって、嫌な風に言葉を吐くのが、ベルトーニ君流なのだろうと思いながら

 

「相手の数は二百人前後。皆も解っていると思うけど、この数じゃ、武蔵は落とせない。だから、これは一種の海賊行為みたいなもの。つまり、耐え凌げれば、それだけで僕らの勝利だ───一応聞いておくけど、武蔵の武を預かる副長としては何かある?」

 

『じゃあ、一言───俺達の馬鹿の方針は?』

 

『失わせない事、ですわ』

 

『じゃあ、解るな───例え、それが敵であろうと失わせんじゃねえ。その為に、ありとあらゆる手段を使って行け。そして、当たり前だが、絶対に自分達を失わせるなよ。出来なかったら、馬鹿相手に土下座な』

 

『Jud.!!』

 

『よっしゃ。じゃあ、勝っちまおうぜ』

 

気楽に言ってくれる、とネシンバラは苦笑し、報告を聞く。

 

「観測から報告きました───降下隊、来ます!」

 

『小生の記憶が間違いでは無かったら、武蔵の重力障壁範囲は数百メートルくらいありませんでしたか?どうやって飛び越えるつもりです?』

 

『重力障壁をぶった斬るんじゃね?』

 

「皆が君みたいに馬鹿みたいに斬るのに特化してるわけじゃないんだよ。それ以外にも方法があるんだよ」

 

『そんな褒めんなよ』

 

己……! と叫びたくなるが我慢する。

本当はしたいのだが、そんな事をしていて武蔵がやばい事になったら、洒落にならない。

この戦場が終わった時に、絶対に浅間君に頼んで成敗してもらおうと心に誓いつつ、表示枠を操作する。

 

「相手は壇ノ浦を持つ三征西班牙だ……八艘飛びなんていう夢みたいな技術を使ってくるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあて、行くわよ陸上部。普段の練習の成果を武蔵相手に見せてあげましょ!』

 

「Tes.!!」

 

三征西班牙の指揮艦の甲板後部に八つのレーンがある。

当然、そこに並び立つのは走者である。

脚は加速の為。

肺は体を動かす為。

筋肉は力を起こす為。

目は走る方向を見る為。

意志は前を見る為。

ただ、脳だけは加速に入る為、余計な思考を一切排除している。

陸上選手として、彼らはそのレーンに手足を着いている。

 

「On your mark───!」

 

しかし、陸上選手としては両手には不必要なものを持っている。

跳躍用重量物としての砲弾や投げ槍。

そして、彼ら走者はレーンに立ち、すると同時にレーンが弓のように引かれ、力を蓄える。

その光景に、武蔵学生はマジで!? マジで飛んじゃうの!? という顔になって各々ポーズを取って、指をそっちに向ける。

レーンが引かれる中で、房栄を含む、三征西班牙学生達全員が笑顔で親指を立てることによって返答する。

その後に、武蔵学生は両手をほっぺに付け、そして、出来る限り頬を萎ませるという絶望表現を三征西班牙学生達に見せつけた。

三征西班牙学生は全員親指を上から下に向けて、返答とし、そしれレーンが完璧に引き絞られた。

 

「───mark!!」

 

そして女生徒が長銃を空に向けて、構え

 

「───Get set!」

 

そして、レーンに乗っていた学生達は身をかがめ、自分の体が加速をしやすい、クラウチングスタートの構えを取り、そして轟音と共に───駆けた。

轟音は二つ。

合図となる長銃の音と、引かれたレーンの勢いが弾け、カタパルトになった音。

それらの光景を見た、武蔵学生の一人が思わず叫んだ。

 

「来るぞ! 相手は三征西班牙陸上部、幅跳び部隊だ! 気をつけろ! ───奴らノリノリだぞ!」

 

その一言に思わず、長銃を構えていた女生徒が叫び返した。

 

「当たり前でしょ! 私達、陸上部が走るのにノリノリにならないで、何が走者よ!」

 

言葉と同時に飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幅跳び部隊が飛び立つ光景を武蔵特務クラスも自分の目で見たり、表示枠越しに見たりの違いはあったが、誰もが流石に驚いた。

 

『うわぁーー! すごっ! あれ、どれだけの飛距離があるか解る人はいないかな!?』

 

『計算出たよ! 大体、あれ八百メートルを超えているみたいだよ! ちなみに熱田君とミトツダイラ君はあれくらい行けるかい?』

 

『無理無理無理! 俺でも大体二、三百くらいしか無理だぜ! 俺だって限界ってもんがあんだよ!』

 

『そうですわよ! 私も頑張って、それくらいが限度ですわ!』

 

『……ミトツダイラは半人狼だからともかく、仮にも人体の構造としては普通の人間であるシュウが術式無しにそれだけ飛ぶのは拙僧、おかしいと思うのだが』

 

『んー。でも、ウッキー。ミトッツァンも術式無しで、しかもシュウやんは一応、流体で肉体を強化しているけど、ミトッツァンはそんなの使ってないから、同レベルだとナイちゃん思うよ』

 

『つまり、単純に言えば二人とも人外ね』

 

『お前らーー! それが味方に言う台詞かーーー!!』

 

『同感ですのよーーーー!!』

 

その会話を見た学生隊はお蔭で、肩から力を無理矢理抜く結果になり、緊張から少しだけ解放された。

それに自分達で、自分の行動を本気で呆れながら武器を構え直す。

 

「お前ら! 術式は大事に使えよ───俺は死んでもあの全裸総長に頼むなぞ御免だぞ」

 

「非常に説得力があるぜ……!」

 

うむ、と全員でマジ顔になって頷き合いながら、飛んでくる相手に視線を再び向けようとする。

そして実際に撃とうとした瞬間。

 

『対空攻撃待て!』

 

全員がその声に反応して術式を止める。

何故だ、と言う声に反応した誰かが声を上げる。

 

「武蔵内部に運ばれていない大型貨物だ! 下から撃ったら、思いっきり当てちまうんだよ!」

 

「中身は何だ!?」

 

「食糧だ!」

 

その単語に全員が一瞬沈黙して、何となく表示枠を見た。

 

『おいおいオメェらー。それ、壊すとネイトが怒るぞーー? 怒っちまうぞーー? ネイトは肉好きだから、肉を潰したら怖いぞーー?』

 

『ひ、否定はしませんけど、こんな状況でそんな事はしませんわ! ───そういうのは後でですわ!』

 

『最近の女連中は何故こんなにも恐ろしくなっているので御座るか……』

 

『真面目な話しますけど、それらを失うと第五特務もそうですが、武蔵のこれからの食事情が混乱してしまうので、やっぱり守らないといけません! ───だから、書記! 後は任せますよ!』

 

『投げたね? 全部こっちに投げたねバルフェット君? パス練習をしていたはずなのに、何故か千本ノックに何時の間にか切り替えられた気分だよ!』

 

『いいから何とかしなよコラ』

 

全員が冷や汗をかいて、冷静に狙わなければという思考に至った。

そう思っているうちに、幅跳び部隊が既に大型貨物の上に到達しようとしていた。

そして、よく見れば両肩のハードポイントに何かを装備している事を発見した。

何だと、思考する前にそれが落ちてきた。

 

「気をつけろ! あれは投下弾だこんちくしょう!」

 

『弾頭に迎撃開始ーー!』

 

学生と書記の声が重なり、そして迎撃を開始する。

対空用の術式には被追尾性を敵に与えてから迎撃するもので、迎撃としては高性能の能力を持っている術式なのだが

 

「横を忘れるなよ……!」

 

すると、今度は左舷側から強烈な音と鋭い声と共に破壊の音が響き渡った。

ワイバーン級3艦が左舷側に浮いており、その中央の艦には二人の男女がグローブをつけ、帽子を被っていた。

その姿を見たものは息を呑んで語った。

 

「あれは"四死球"バルデス兄弟! 何て、恐ろしい秘密兵器を出してきたのだ三征西班牙……!」

 

「うわー。兄貴、聞いた? 秘密兵器だって。私ら人気になったものだねー。去年はベストエイトで終わったっていうのに」

 

ああ……と神妙そうに頷く両軍。

そこで、何故三征西班牙の学生までもが、頷くのだと眉を顰めたら

 

「兄が最初に四球投げたら、全部が全部、打者の鳩尾に吸い込まれて、一点入り、それを笑った妹が兄と交代をして、投げたと思ったら、それは全部打者の股間に放たれて、全員が保健室送り。そこで相手に四点追加だったが、選手が既に八人いなくなって試合終了───お前ら、ルールって言葉と概念、知ってるか?」

 

「ち、違う! 別に打者相手に狙って投げたんじゃなくて、単にボールが友達を求めて違う玉に向かっただけだからね! そもそも、最初に兄貴が余計なアホシーンを見せたせいで、頭にイメージがこびりついたんだよ!」

 

「妹よ。兄はお前と違って、ちゃんとルールに従ってボールを投げた」

 

「……兄貴のルールって何?」

 

「ああ───つまり、兄が思うがままに投げるという事だ」

 

「お前、常識を学べよ!!」

 

両方の学生から叫ばれて、妹の方は全くだ、と頷いた。

しかし、そこで会話の流れを断ち切るように構えを取った。

野球部が構えを取るときに、どんな構えを取るかは四択だ。

ボールを取るのか、ボールを打つのか、走るのか───投げるかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹の姿勢は右からのアンダースロー。

兄の姿勢は左からのオーバースロー。

余りにも、逆な姿勢から放たれようとしている鉄球。

だが、その前に彼らは祈るような仕草をした。

 

「───我らが豊後水軍、渡辺家より航海の聖者セント・エルモに祈りを捧げます」

 

祈りは声に、声は力に、とでも言いたげな態度と姿勢に力が籠る。

振りかぶるのである。

彼等の腰からは聖術符の発動によって光の霧が生み出されており、一種の幻を見ているかのように錯覚する。

 

「───走徒(マウス)"導きの焔(エル・フエゴ)"迎受」

 

瞬間、彼らの間に青白い炎が浮き上がり、投げる方の手や足腰に十字型の紋章が浮かび上がり

 

「風は背に、見るべきは前に、力は肩に、意志は胸に、たとえ天に光無くとも、我らの力を思い起こさせ闇の中で照らし賜えよ聖なる炎」

 

祝詞が完成された。

選手としての、勝利の祈りは済まされた。

後は投げるだけ。

振りかぶるその姿勢は、敵味方問わずに感嘆の溜息を吐かれ。

投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「燃えろ魔球……!」

 

 

剛速球となった鉄球は確かにえげつない勢いと力を込められているのが素人目でも解る。

故に、直撃を受ければ背後の町が粉砕されるというのが理解できたが故に、あえて鉄球の前に躍り出る学生達。

十人の学生が集まり、術式防盾を構える。

甘く見積もって、6。

厳しく見積もって8つは抜かれると考えての防御。

だが、相手は特務クラスである。故に万全の防御に見えても、突破してくる可能性の方が高い。

故に

 

「防盾を傾斜させろ! 垂直だと付き抜かれる可能性が高いぞ!」

 

言葉通りにした。

そして、一瞬の衝撃が腕を通して、体に伝わる。

そのはずだった。

 

「……?」

 

その一瞬は何も感じなかった。

外したか、もしくは目測を誤ったかと一瞬考えたが、それは甘い思考だと誰もがそう判断したし、自分達がそこまで凡ミスを、それも10人揃ってするはずがないと判断できた。

では、ボールはどこにという考えは背後から聞こえた。

背後の町が破壊されたのだ。

 

「……!」

 

馬鹿なという言葉が脳内に浮かび上がると同時にバルデス妹の声が、その場に響き渡った。

 

「ストライク……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後の町の破壊された光景を見て、やはり、鉄球が町を破壊したという事実を受け入れなければならない。

言うなれば

 

「消える魔球って……何だその夢みたいな必殺技は……!」

 

正しく魔球だという事を全員が認識すると同時に思い出すのは、自分達の副長の技である。

あれも、確かに消える技ではあるが、しかし、剣神は術式を使えない。

己の流体を全て、自信の強化に注ぎ込んでいるからである。

つまり、あれは純粋な体術であるという事だ。

こちらは術式により発生されたものである。

どちらの方が厄介かというのは、どちらの技も解明できていない故に、何も言えないのだが、ようはどちらも困難であるという答えが出てしまうのである。

だから、こんな世界につい

 

「……ハッ」

 

笑ってしまうのは許してもらいたいものだと学生達は思うが、現実は残念ながら刹那の連続である。

上空からの攻撃による投下弾から、中身が零れ落ちる。

内容は反射の勢いで誰かが叫ぶ。

 

「燃焼系の術式符だ!」

 

全員が、即座に計算をし、間に合わない事を察して、体の反射と言う反応に身を任せる。

爆破が来るのだ。

そして、それは一瞬の間を得て、来た。

熱風はそれ自体で凶器となる。それを誤って吸えば、間違いなく肺や喉が焼けてしまう。故に息は止め、目を瞑る事によって、熱風を防ぐ。

そして、脳内思考ではこの状態を危険と判断する。

こんな状態で、どうやって、敵と戦えと言う。

余りにも無防備過ぎる状態だ。狙ってくださいと言う格好が今の自分達の姿だとはっきり言える。

 

「や、やべぇ……! お、俺、戦場で土下座なんて初めてやっちまったぜ……!」

 

「ば、馬鹿やろう! 情けなくなるから言うんじゃねえ!」

 

「とか言いつつ、あんたの土下座が一番……!」

 

皆で内燃排気を無駄にしてのボケをかましながら、この状況をどうする!? と内心で叫んでいると

 

「───会いました!」

 

澄んだ声と共に、一つの轟音が炎を払った。

勿論、祓ったのは音ではない。

水だ。

何故そんなものがと思うが、今は自分達が普通に息をすることが出来るようになったという事に感謝の念を感じる。

故に彼らは叫んだ。

 

「流石は我らの最終巫女型決戦兵器……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、誰が最終巫女型決戦兵器ですか!?」

 

不名誉な渾名に思わず叫びながらだが、手を動かす事は止めない。

狙うは大型木箱(コンテナ)に詰められている水である。

それにより、町の鎮火をする事によって、巫女として出来る限りのことをするのが、自分の仕事である。

 

……何故か、私が出るって言ったら、皆がまるで畏怖するかのように私を見ていたことが気になるんですが……

 

何故自分はそんな誤解を受けるようになってしまったのか。

少々、問い質したい気分だが、そんな場合ではないのは知っているので、内心に封じ込めながら、次の弓を構えていると、自分を捉えたのか。

三征西班牙の学生が全員、何故か血走った顔でこちらを見ながら

 

「ひぃ……! あ、あれは、噂の武蔵の股間破壊巫女!」

 

浅間はその台詞に笑みを込めて、弦を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「書記! 大型木箱を宙に回していた輸送牽引帯を全て切除できました!」

 

学生の一人から、その報告を聞きながら、ネシンバラは礼を言って、戦況を見渡した。

さっきまで、あれだけ普通の姿を見せていた、武蔵は今や、破壊と煙の町に変わっている。

その能動さに、ネシンバラは忘れないという考えを、脳に留めながら、期待を発する。

軍師である自分は動けないし、そもそも、自分の力は集団性では対応が難しい。

相対ならばともかく、乱戦では普通に特務クラス達に任せた方が安全である。

それを悔しいなどとは思わないし、力が足りないとも思わない。

自分だけで何とか出来るだなんて自惚れを持つ気なんて更々ない。

僕には僕に出来る事があるし、彼らには彼らの出来る事がある。要は役割分担である。当たり前の常識である。

そして、武蔵はその役割分担という概念が他の国よりも強い。

何せ、トップが無能で芸人で馬鹿である。

そうなると、当然、周りがその馬鹿の代わりに自分達の役割と言うのを自覚して動かなければいけないのである。

一番顕著なのが、馬鹿副長で、次が狂人姉君かもしれない。

自分達が、馬鹿の代わりに何をすればいいのかという事をしっかりと理解した上であんまり迷わない。

葵姉君の方はともかく、熱田君の方に付いてはホモかと疑ってしまう時が大半なのだが

 

「今は君達に期待させてもらうよ」

 

そう

 

「誰が物語の主役か、教えに行ってくれ」

 

太縄を伝って戦いに行く学生達を見て、それを期待した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何とか、反撃に移す事は出来たみたいだけど……」

 

正直、やはり奇襲されたのは武蔵には痛い事だとマルゴットは空を飛びながら思った。

そもそもが、武に関してだけで言えば、個々の力を除けば、ほとんどの国に劣ってしまうのが武蔵であり、極東である。

特に酷いのが武器と経験。

武器は制限されており、経験に付いては年齢通りでしかない。

いやいやいや、若さは力だというパワーは勿論、あるんだよ。

年寄りに負けてやるものかと言う意地は当然あるし、そうじゃなくても負けたくないなーと言う思いはあるけど、やはり、年を重ねているというのはそれだけで知識となっているものである。

 

「まぁ、逆にその知識を裏切ることが出来れば予想外を狙うっていう事が出来るんだけどね……」

 

とりあえず、今は自分の仕事である。

ネシンバラに注文された仕事は一つ。

相手の指揮官の艦橋に傷をつけるという事。

すなわち、私達は何時でもそっちを狙い撃つことが出来るんだぞと言う証明をしろという事である。

 

魔女(テクノへクセン)にはぴったしの役割だね……!」

 

魔女とは昔から災厄を運ぶ者とされている。

なら、これは自分の役割だろうと思う。

ガっちゃんは、前の出撃で白嬢(ヴァイス・フローレン)を大破させている。

だから、今は

 

ナイちゃんだけでも、生還できるっていう、安心感をガっちゃんに与える!

 

二人でいる事は至上だけど、甘えるのはよくない。

馴れ合いたいのではない。一緒にいたいのである。

それを目的とした魔女の飛翔。

そして、ここで戦端を終わらせる切欠を作るのだ。

腰の携帯金庫から、棒金を即座に黒嬢(シュバルツ・フローレン)に入れ、普段使い慣れている砲撃術式を展開させる。

使う棒は百円棒五本。

二万五千円分の価値を持った棒金を

 

「Herrlich!」

 

艦橋部に目がけて発射した。

当たると、自然に思えた。

 

「おい、隆包。お前のだけで十分じゃないか?」

 

「そう言って、物臭すんなよべラのおっさん。ちゃんとしなきゃ、俺が房栄に怒られる」

 

二つの声が、何故か響き渡った。

そして、放たれた棒金は、威を発すどころか、コン、と小さい音を響かせるだけであった。

 

……え?

 

何が起きたのか理解できなかった、マルゴットの意志は自然とさっき聞こえた声の方に傾いた。

目線の先は艦橋の上。

無精髭が生えた痩躯の長寿族と思われる男。

 

「───三征西班牙生徒会書記、ベラスケス!?」

 

しかし、それだけではない。

声はもう一つ聞こえたのである。

もう一人は甲板の上に立っているバットらしき武装を持って、しかし、足が透けている霊体の男。

 

「三征西班牙総長連合副長、弘中隆包……」

 

最悪の組み合わせである。

自分は第五特務ではあるが、相手は自分よりも上の役職な上に、二人である。

流石に、自分一人で役職者二人を相手に出来るとは思えないし、思わない。

そんな無茶は、それこそ副長クラスの仕事である。

あのヤンキーなら、逆に喜んで、この死地を迎えただろう。ヒャッハーっと叫んでいる馬鹿の姿を一瞬で脳裏に浮かべてしまい、危うく飛行術式の制御を怠る所だった。

とりあえず───今は引くべきだと即座に反転しようとする。

バラやんには悪いけど、この場で自分一人で戦って、勝てるどころか足止め出来るとは思ってもいない。

だが、そこを見破られたか

 

「おいおい墜天の嬢ちゃん。せっかく、来たんだから、俺達の力を見て行けよ」

 

「俺達の力じゃなくて、これの力だろうが隆包」

 

その言葉が指し示すものを見た瞬間、マルゴットは息を呑んだ。

流体光を発する羽のような大剣。

それは

 

聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)!?」

 

「おうよ。その聖譜顕装の一つの身堅き節制(クルース・テンペランティア)旧代(ノウム)新代(ウェトゥス)よ」

 

何て無茶を……! と本気で思う。

聖譜顕装の力は確かに凄い。

しかし、それは大罪武装とは違い、自国でしか使えないという弱点がある。

何事も、万能とはいかないという事である。

大罪武装は、威力は強力だが、使うには大量の流体がいるし、うちの副長も弱点がなさそうに見えて、まず術式が使えないというのがあるし、それと戦法のせいで遠距離には超弱いというのがある。

実際、前に訓練で遠距離の時用の訓練をしていたのだが、面白いくらい相手にシュウやんは何も出来なかった。

最終的には、浅間と一緒に頭を五点、胴体を三点、手足を一点、股間を十点で競い合ったものである。

ナイちゃんもやりたがっていたが、誘導術式が上手いナイちゃんではフェアにならないのを解ってくれていたので、ナイちゃんは笑ってデッサンをするだけに止まってくれた。

最後は浅間が股間を三連発で当ててしまったので負けた。

あそこで、まさか巨乳目がけて突っ込んでくるとは思っていなかったので、動揺したのが悪かったと、反省している。

とりあえず、現実逃避はしたが不味い。

 

確か、身堅き節制の旧代と新代の力は……!

 

そこで隆包が口を開けた。

 

「俺の旧代の力はかなりシンプルだぜ───相手の体感時間を倍に引き延ばす。時は金なりを体現した聖譜顕装だろう?」

 

続いて、ベラスケスが

 

「俺のも簡単だ。相手側の能力を使用回数分だけ、減衰させる」

 

まぁ、何だ。

 

「節制しろよ極東人。お前ら、そういうの得意だろ?」

 

瞬間、こちらは全員節制された。

節制が及ぶのは攻撃だけではない。

防御も、速度も、力も、何もかもが節制された。それは、自分だけではなく眼下に見える牽引帯の学生にも及び、そして

 

「……あ!」

 

自分のはばたきと速度も減衰された。

不味い、と思う。

自分の空戦技能は速度があっての技である。術式自体は使えると言っても、それも減衰される。

そこで、視界に自分を狙う砲撃の打者の姿が見える。

 

「くっ……!」

 

避けれないという事を理解できたので、防御の術式陣を出す。

しかし、そこでベラスケスの減衰と隆包の減衰が両方かかっているせいで、自分の視点からしたら、自分の速度は何時も通りなのだが、自分の体感時間は倍に引き延ばされている。

故に、相手の動きはまるで加速術式を使っているかのように速い。

これでは、間に合わない、と頭の中で思考を引き延ばされた時間で思ってしまい

 

「なら、元々十トン級の武神ならどうさね!?」

 

上から鋼の力が落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来てくれたのマサやん!」

 

「Jud.ネシンバラにも頼まれていてね。第六特務、直政と、それに地摺朱雀が力を振るうには十分の戦場だからね!」

 

とは言っても、厄介な戦場である。

何やら、難しい言葉で言っているが、要はこっちは遅くなり、攻撃、防御、速度は減衰されるというこちらにマイナスしかない戦場であるという事だ。

重力航行するまで、まだもう少しかかる。

ならば、そこは自分と地摺朱雀の出番である。

武神の腰のラッチに吊るされている武神用スパナの剛速球。

それを見ていた、野球部の隆包はひゅうと下手な口笛を吹いていたが、それは無視だ。

 

「くっ……」

 

やはり、遅い。

自分だけでなく、自分に付随されるもの全てに影響するらしい。

いや、遅いというよりは、相手が速く動いているように見えているせいで、遅いと対比しているだけである。

自分からしたら、自分の全能力は減衰されているとは知覚できない。

だが、それがどうした。

 

「武神の力ならやってやれない事はない……!」

 

投げた先はナイトが狙った場所。

つまりは艦橋である。

状況は変わったが、目的は変わっていないのである。

今でも、艦橋を傷つければ、目的は達成できるのである。

ナイトに関しても、失敗したという訳ではない。状況に、能力が合わなかっただけなのである。

故に自分だ。

武神使いの自分はナイトやナルゼみたいに術を使っての攻撃は出来ないし、点蔵みたいに器用さはない。

どちらかと言うと、自分の戦い方は馬鹿副長と同じである。

つまり、力づく。

単純故に裏切らないそれが、耐爆硝子を破壊するだろうと疑わなかった。

しかし、何も救いという概念は自分達だけにあるものではないのである。

突然、隆包の背後の艦橋が割れた。

そこから、押し上げられるかのように大型カタパルトが上ってくる。

この状況で、自分に対して来る相手で、大型カタパルトに乗る存在なぞ一つしかない。

 

「───武神か!」

 

それは、地摺朱雀と同じ女性型であり、しかし、朱雀とは違い白い武神であった。

特徴的なのは、その両肩が異様に肥大化している事。

その肩に長寿族と思わしき、女がその両足を埋めるかのように立っている。

否、あれは埋めているのではなく、両足がそもそもないのだと考え直す。

霊体の証拠である。

それに武神。

それならば、三征西班牙で該当するのは一人しか知らない。

 

三征西班牙総長連合所属、第二特務、江良・房栄とその武神の道征き白虎かい……!?

 

最悪の展開である。

こちらはただでさえ、ありとあらゆる力が減衰されているのである。

それなのに、総長連合所属の武神とやりあうなんて洒落にもなっていない。

それに、こちらはただでさえ暫定支配を受けている極東。

武器はおろか、術式、そして武神ですらその抑制は響いている。

出力では負けていると思ってかかった方がいい。

本来ならば、せめて、聖譜顕装から離れて戦う方が賢明であるというのは解っているのだが

 

ここを任せられているんだよ……!

 

武神を相手にするには生半可の実力では不可能である。

やるならば、最低限、人海戦術を用いるか、もしくは英雄クラスの実力者を当てるか、武神をぶつけるかの三択である。

無論、余程良い作戦を使えば、武神を突破する事も出来るかもしれないが、この場では、そんなのはナンセンスだと思えたし、自分の頭はそういう風な思考は向かないと理解している。

ただ、だからこそ、自分はここでは引けないのである。

どの戦術も残念ながら、人も術式も能力も足りていない。

自惚れ判断なしに、この場では自分しかいない。

やるしかないという判断のもとに、地摺朱雀を構えさせる。

その構えに、何を思ったのか、長寿族の女はこちらに口を微笑の形に歪めさせた表情を見せ、直ぐに真顔に戻り

 

「───道征き白虎! ───Go!」

 

「結べ───蜻蛉切り!」

 

同時に響いた声が、甲高い音を創造した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二代かい!?」

 

起きた結果と声からきてくれた援軍が自分達の副長補佐であることに気付き、素直にほっとした。

敵の方を見ると、さっきまで加速していた姿はない。

聖譜顕装の効果が蜻蛉切りの割断能力で割断されたからだ。

三河の時も思ってはいたのだが、本当に心強い武装と存在である。

 

……有難い……!

 

だが、そこまで思ってふと思った。

副長補佐が来ているのに、副長が来ていないというのだろうか、と。

答えは耳に聞こえる摩訶不思議すぎる歌であった。

 

「感ーーーじたいーーーー! あの日感じたーーーーオパーイーーーー!! もう一度、あの感触ーー! 味わいたーーーーい、もと強くヘーーーーーーーーイ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ、という溜息以外が全て沈黙に変わった。

敵味方問わず、全員が真顔で動きを止めた。

そんな中で、一人、何時の間にかふと縄に立っている少年───熱田・シュウが剣の柄尻をマイクに見立てて、立っており、その表情は何故かやり遂げたという表情であり、そして

 

「さぁて、斬るか」

 

「───お前ら! こんな馬鹿副長と全裸総長で世界征服をするだと!? ───世界を地獄に変えるつもりか!!?」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

三征西班牙学生全員からの叫びに、武蔵学生は全員で本気の謝罪を返すしか出来なかった。

そこを見ていた、熱田がおいおいと呼び止めた。

 

「何を言ってんだよ馬鹿ども。確かにトーリの馬鹿に付き従う立ち位置にいるのは馬鹿らしいともうのは仕方がねぇが、俺は素晴らしい上司だろうが。じゃなきゃ、斬るからな」

 

「きょ、恐喝しにきやがったぞ……!」

 

全員が嫌な汗を流すのを止められなかった。

その中で、急に熱田の近くに表示枠が現れた。

 

「ん? おぅ、どうした智。そんないやらしい胸をして? 揉んで欲しいのか? え? それ以上キチガイ発言をしていたら射ちます? おいおいおい、今は戦場だぜ? そんなふざけた事をしている場合じゃねーだろうが。もっと、真面目になれよ智」

 

「お前が一番不真面目なんだよ馬鹿野郎!」

 

全員のツッコミを熱田は謎のポージングをする事によって回避した。

そこで、ようやく剣を肩に乗せて、視線を戦場にいる者───隆包の方に視線を向けた。

 

「おう、お前が三征西班牙の副長、弘中・隆包でいいのか?」

 

「おうよ。俺みたいな地味な選手がお前みたいな有名な剣神に覚えられていて光栄だぜ」

 

「ほぅ、まだ一戦しかしていないのに、俺の知名度は一気に変わったようだな」

 

「他は知らねえが、こっちじゃ有名だぜ? うちの西国無双を打倒した剣神とその剣、八俣ノ鉞(やまたのまさかり)ってな」

 

「……あ?」

 

全く聞き覚えがない名前に熱田は本気で訳が解らないという反応をして、一歩前にである。

そして、そのまま顎の動きで、続きを促させた。

続きを促させられた隆包の方も、苦笑しつつである。

 

「大したことはねえよ。お前が、その剣は自分の大罪だとか抜かすじゃねえか。だから、こっちでは名無しでは面倒だから、そこから取って八俣ノ鉞だ」

 

「……あーあー成程成程」

 

そういう事かと頷く熱田に、苦笑を取りつつ、距離を測る隆包。

 

「八俣はつまり、八岐。八岐大蛇をお前の熱田神社のスサノオ信仰から、取ったお前の罪を現したものとし、鉞は罪人の首をはね、王権の象徴とされる物。そして、お前が剣を振るう理由が(それ)。だから、八俣ノ鉞───つまりは、お前は罪と言う名の王権を現す剣を振るう処刑人って事だ」

 

「……別に処刑人になったつもりはねーんだけどよぉ……」

 

溜息を吐きながら、しかし、答えは理解している。

単純な皮肉だろう。

失わせないという信念の元で戦っている自分に処刑人という真逆の名称を与えるという皮肉。

嫌われてやがると思うが、まぁ、三征西班牙からしたら自分の西国無双を倒した憎い奴だから仕方がないと言えば、仕方がない事である。

 

「……まぁ、変な名前じゃないから、今後使わせてもらうかね」

 

人生憎んで、憎まれるが当たり前の真理なのであると心の中で深く頷きながら、体を何時でも動かせるように体から力を抜く。

相手もそれに対応して、帽子を深く被り直してから、バットをバント姿勢で構えている。

笑顔は苦笑と疲れたような顔だったそれから、一気に獰猛な笑顔に切り替わる。

周りも、それを察知して両方が副長から離れる。

特に熱田からは離れなければ巻き込まれるというのは、皆が周知の事実である。

ちなみに本人は敵味方関係なしにぶった斬る気満々である。

 

「───お前とは一戦やり合いたかったんだよ弘中・隆包。副長の癖に、戦術は防御に徹した攻撃特化の副長とは逆の在り方で戦う強打者(スラッガー)───俺の攻撃がどれくらいのレベルかを世界に示せるチャンスじゃねえかよ」

 

「抜かせよ小僧。こちとら、年長者だぜ? 敬えよ。と言いたいところだが、その点は同感だ。俺の地味な戦法がどのくらいお前に通じるかどうかは個人的に試してぇ」

 

「それは光栄だぜ」

 

言った瞬間に熱田は知覚外に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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貴方は私の敵


振り向け 振り向いて欲しい

こっちが貴方の敵だ

配点(登場)


 

こいつはやべぇ……!

 

素直に隆包は思った。

恐らくだが、これを喰らったガリレオ副長や宗茂も同じことを思ったに違いない。

完璧に知覚から外されている。

視界には映っているのに、それを熱田・シュウであると理解できていないのである。

これならば、いっそ見えない敵とかの方がマシだ。

見えていないだけならば、視覚以外で反応すればいいことなのだからである。聴覚、嗅覚、何でもいい。視覚で見えなくても、それくらい出来る能力は持っている。

しかし、これは見えないだけではない。

これは知覚から外れているのだ。どの感覚からもずれている故に五感は全く使いようがない。

なら

 

勘でやるしかねーじゃねぇか……!

 

初撃から勘に頼らざるを得ない技なんてえげつないという言葉しか思いつかない。

つまりは、この剣神と相対する資格を得るには、この技を乗り越えてからではないと掴めないという事だ。

神と相対する資格を得るのだから、これくらいはもしかしたら当たり前なのかもしれない。

となると、何を持って己の勘を発生させるか。

既に。剣神が消えて、三、四秒たっている。

自分と剣神は、最初に相対場所から目測で、大体、三、四十メートルくらいは離れてはいたが、それだけあれば、副長クラスには十分な時間である。

既に、相手は自分を倒す必殺距離に入っていると思うと、汗がたらりと流れてくる。

霊体の体なのに、冗談のような寒気を感じてしまう。

 

だが、それはまだ俺が動けているという証だ……

 

そう思い、体の全ての感覚が鋭敏化した瞬間───耳に風切り音が聞こえた。

その刹那にか、体を動かす。

バント体勢で持っていたバットを全力で上に捧げる様に持ち上げる。

勘だ。

だが、そこに信じる理由がある。

風だ。

風は俺達野球選手にとって、救いの女神ともなるものであり、同時に最悪を作るかもしれないものだが

 

この場合は、俺に最悪を知らせる救いの女神になってくれた!

 

答えは超のレベルと言ってもいい衝撃だった。

 

「く……ぅ……!」

 

両腕が一瞬で痙攣しそうな勢いが腕を伝わって、全身に伝わるが問題はない。

 

これで、資格は獲れた!

 

だからか、視覚にはさっきまでは知覚外にいた剣神の姿がちゃんと映っていた。

その表情は、まだまだ全然足りないとでも言いたげな顔だ。

その顔を見て

 

「そりゃ、悪かったな……!」

 

故意に右腕の力だけを消す。

すると、バットは力関係から、斜めに横たわる様になり、そこに縦に斬ろうとしていた剣神は、その刃に滑る。

黒板を嫌な風に掻いた様な音が響き渡ってしまうが、構いやしねえ。

そうすると、相手の体は空中から、地面に下されていき……ほら、どんぴしゃに顔面の前にバットが置かれるような体勢になった。

そこで、右腕を瞬間で放し、そしてバットを叩く。

その衝撃はバットに勢いをつけて、剣神の頭蓋を破壊しようとするが、ガチャリと物々しい音が聞こえると同時に刃が開いた。

 

これは……

 

思案と同時に閃いたことを口から吐く。

 

「八俣ノ鉞のブースト……峰からだけじゃなく、刃の方からも出来んのかよ!」

 

答えを聞く前に、右足を地面に叩くかのように打ち付けて、後ろに引く。

流体光が煌めいた。

轟っという音が目の前で炸裂するのに、相手に何の躊躇もない事が解ったし、あのままいれば噴射の爆発に視界を奪われていたという勘が当たっていたことを理解。

これで、自分達よりは経験が少ないというのだから、武蔵はこの副長を除いても、魔窟であると言っても過言ではない。

しかし、剣神の怒涛は続いて、今度こそ峰側から流体光が爆ぜ、こちらの方に文字通り、爆走してくる。

地を這う流星という洒落た言葉が浮かび上がるが、キャラじゃないから、即座に忘れる。

大剣にカテゴリされている八俣ノ鉞を突きの形で攻撃してくる相手に合わせた方で、こっちも対応するしかない。

自分はまだ浮いているが、元々霊体故に両足はない。

感覚としては感じるだけで、実際には触る事も出来ないし、地に足が着く事もない。

故に空中であろうとなかろうと同じである。

バットの腹のあたりに、一度話した右手をあてて、剣先を見極めつつ、バットで防御する。

しかし、注意して触らなければいけない。

当てるのではなく、バットに触らせる。

キィンっと甲高い音が集中力を削ろうとするが、これくらいで集中力を切らしているようでは、副長なんて務まらないし、務めさせていてはストレスで倒れてしまうだろう。

大剣の先がバットを通過したところで、両腕に力を上に向ける。

それにより、剣を宙に上げることにより、自分から攻撃を逸らすと同時に隙を作ろうとしたのが、本人がそのまま剣ごと宙に浮いている。

こっちはそんな気はなかったし、あっちがそんな非力なはずがない。

つまりは、自分でこっちの攻撃に乗ったという事。

後ろに弾け飛んでいく剣神。

だが、その行為自体に冷や汗が流れる。

剣神は猫のように空中を飛んでいるが、忘れる筈がない。

ついさっきされた戦法の焼き直しだ。またもや剣神の剣から流体光が弾ける。

 

「くぅ……!」

 

即座に地面に足が着いたばかりの感覚だけの足で、後ろに振り向き、同じ方法で弾くが、それはつまり、同じ結末を迎えるという事で

 

こいつ……!

 

「攻撃しか考えていないのかよ……!」

 

突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃突撃。

それ以外を全く考えていないように思える猪のような単純さ。

まるで、獣のようだと考えている思考は間違えてはいない筈。こいつは今、獣のようにこちらをぶった斬るという単一思考しか考えていないだろう。

だが

 

「そんな相手だからこそ、俺が相手だ……!」

 

自分が相手のエースを押し止め、その間に周りがケリを着ける。

正しく、俺の信念が発揮される場だ、と自覚して、バットを振るう。

その視界の端に、道征き白虎が武蔵の地摺朱雀に激突している姿が一瞬捉えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

武神同士の激突の轟音のせいで直政の聴覚は一瞬だが、間違いなく使えなくなってしまっていた。

 

くぅ……!

 

二、三秒くらいで聴覚が復帰して、聞こえてきたのはパーツが砕き散らされる音と、潤滑油が沸騰している音である。

聖譜顕装を潰されたお蔭で、この場におけるハンデは失せたが、武神の出力でのハンデが抜けていないし、あっちはこっちに駆けてきた分、その速度が威力に変化されている。

加速プラス自重だけで十分な凶器である。

それに加え、警告として現れた表示枠を見てみると

 

出力比五倍何て笑えない冗談だね……!

 

ギギッと嫌な音が地摺朱雀の内部から響いている。

圧力によって、内部の冷却チューブなどが押し潰されようとしている音だ。

接近戦は不利という判断を頭が下すが、残念ながら地摺朱雀には、内蔵武器もなければ、遠距離用の武器類も持っていない。

それに、自分が離れれば、どうなるかという事も理解しているので、離れる事も出来ない。

故に

 

「御免」

 

攻撃は地摺朱雀の肩を足場にして左腕を伝って駆ける二代に任せた。

翔翼は既に展開されており、駆ける後ろ姿は既に視界に映す事も難しい。その事に、内心で口笛を吹いてしまう。

この少女もやはり、能力的には桁違いだ。

もしも、熱田がいなければ間違いなく、この少女は武蔵の副長を任せられていたはずである。

そして、相手も当然、二人相手だと気付き、間合いから逃げようとするのだが

 

「ぶち当たれ! 地摺朱雀!」

 

させまいと朱雀を突撃させる。

狙うは、後ろに下げる時に突出させた右腕。あれを握るだけで出力が五倍の差があるとはいえ、時間を稼げる。

そう思っていたが、不審なものを見てしまい、疑問を抱く。

この状況で、相手が笑っていたのである。

そして声が

 

「右肩───”一重咆哮"」

 

声と共に白虎の右肩にダース単位の表示枠が発生し、装甲が展開される。

背部側と連結アームによって形造られた物は獣の顔。

 

「虎だと!」

 

「Tes.新大陸ではあんまりいない機獣だけど───その本質は変わっていないよ? 獣として相手を震え、恐れさせる道征き白虎の基本装備」

 

嫌な予感が極限まで高められたので、腕を引き戻せるか思案するが、間に合わない事を即座に決断し

 

「地摺朱雀! 左腕をパージしろ!」

 

二代ごと腕をパージさせることによって、躱した。

結果は不発。

二代は慌てて、何とか体勢を整えようとするが、いきなりだったので軸線が通らずに、加速術式が暴発して空中に飛んでいるのを見たが、あれならば大丈夫だろうと思い、無視した。

この距離で不発。

となると

 

「接触型の破砕兵器かい!?」

 

「Tes.」

 

返答を答えとし、しかし、そのまま白虎の足が膝蹴りの形に整えられ、朱雀の鳩尾に当て嵌まる部分に激突した。

内部からアクチュエーターなどが破砕される音を聞きながら、至近距離となった三征西班牙の第二特務、江良・房栄の顔を見ることになる。

さっきまで浮かべていた微笑は消え、しかし、代わりに声が口から洩れる。

 

「これまでの様子を察すると、やっぱり外れかな、と。貴方も知っているよね? この世には神代から引き継がれたり、歴史再現として作られた神格級の武神が幾つもあるけど───」

 

そんな事は知っていると思い、後ろに下がろうとした地摺朱雀の足を、道征き白虎の足で縫いとめられ、引くことが出来なくなり

 

「五十年前に起きた三征西班牙の極東歴史再現での旧派の反乱で、反乱軍が何を作ったか知ってる?」

 

問う理由も中身も知ったし、理解できている。

だからこそ、この話を続けて時間を少しでも稼ぐことが出来ると思い、直政は口を開ける。

 

「Jud.守護としての武神を四聖に肖って作り、しかし、今でもその内の二機は行方不明って事だろう? ───その内の一機の朱雀の名を冠している事が、そんなに気になるのかい?」

 

返答はTes.という答えであった。

だが、その声の口調には明らかな落胆が混じっている事に気付いてしまったので、思わず眉を顰める。

だが、その落胆の感情がどこに向けられているのかも、理解してしまったので、再びこっちから言う。

 

「……四聖武神としての神格術式の山川道澤が出ないから、その表情かい」

 

「Tes.それぞれ、の四聖武神に備わっている神格術式。本来朱雀はその内の澤が出る筈なんだけど……その様子だとフェイクかな、と……」

 

その言葉と同時に、縫い付けられている足から光が溢れた。

これは……などとは思わない。

さっきから、話されている言葉から容易に察せられる光である。

道征き白虎は四聖武神。そして、四聖武神にはそれぞれのOSに対応されている神格術式が備えられている。

そして、総長連合の知識として知っている道征き白虎の神格術式は

 

「山川道澤の内の一つの"道"いかなる状況でも場所でも大道として絶対の足場と回避能力。それが道征き白虎の真骨頂」

 

道征き白虎の両足の左右に術式表示枠が浮かび上がるのを見て、汗がどっと沸いてしまう。

道の説明が正しいのならば、逃げる事も避ける事もほぼ不可能と思った方がいい。

防御に徹するにも出力差があり過ぎて、耐えるのが難しい。

打つ手なしの言葉が脳に浮かび上がるが

 

引けないなら、その情報は貰おうか……!

 

要は、最後に勝った者が勝ちという事である。

ここでの敗北を、ただの敗北にさせるのは、それこそ敗北どころか惨敗になってしまう。

壊れることくらいは許容範囲である。それくらいで、膝を着いてもう駄目だなんて思う奴は、少なくとも梅組メンバーにはいない。

そう思考し、道征き白虎の表示枠が割れた瞬間、世界が変質した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───」

 

その光景に一瞬ではあったが、直政は本気で感嘆の吐息を吐いた。

世界はさっきまでのような物騒な空間から剥がされたかのように麦穂の世界に変わっている。

余りにも、幻想的な世界。幻想と断ずるのは、それが美し過ぎるだけではなく、半透明で出来上がっていて、本物ではないという事が明かされているからである。

しかし、これは幻想的な世界ではない。

虎が大道として、駆ける為の大地だ。

瞬間、目の前の虎が吠えた。

刹那のタイミングによる肩を用いた零距離タックル。意識をそちらに向け、残った右腕によって、ガードをする。

しかし、衝撃総てを逃がす距離も暇もなかったので、後ろにたたらを踏む。ピキリという、右腕から嫌な音が聞こえてきたが、考えるといらん事を考えてしまいそうになるので、思考を削除。

そして、目の前の虎の顔が急速に近づいてくる。

虎が疾走したのだ。

元々が巨大な武神。たかが、たたらを踏んで、離れた距離など無いに等しい。僅か一歩で、追いつめられる、体勢が直っていないこっちは迎え撃つという選択肢しか存在しない。

更には、長い事触れていたら、道征き白虎の一重咆哮にやられてしまうという地摺朱雀からしたら、相性が悪いことこの上ない展開ばかりだ。

まるで、飛びかかるかのように襲ってくると思い、上体を張りつめさせたら、即座に白虎は体を小さく丸め加速。

 

「……何!?」

 

至近距離から、狙いを外して、脇を抜けられる。

自然と追いかけようとする視線の端に、道征き白虎が膝を着けている所を見て、視界を下に下げる。

すると、白虎の左足が鎌のようにこちらの両足をとろうとしているのが見えてしまい、急ぎ、一歩前進させるが間に合わない。

ギャッっと嫌な音と共に踵が抉られる。

途端に体の体勢を制御できなくなる。

倒れる、と思う時点でもう遅い。既に、背後には体勢を立て直して、獣よろしくこちらの方に今度こそ、飛びかかろうとしている道征き白虎がいる。

飛びつかれ、組む伏せられたら最後、一重咆哮による連鎖破壊によって、こっちはゲームオーバーという事になる。

なら

 

「裏拳ぶちかませ!」

 

その通りに動かした。

背後に倒れようとしている地摺朱雀は見事に言葉通りの無茶を実現してくれた。

倒れようとしている右足を無理に引き、丁度尻の後ろくらいの位置に足を持っていかせ、右半身を捻らせる。

右の脇腹のケーブルやシリンダーが千切れていく音が断続的に聞こえるがそんなのは全部無視一択である。

問題は生き残るか、生き残らないかであり、この一撃が届くかである。

いった。

狙いは右肩に乗っている江良・房栄。

こちらの右腕に込められている力は無茶の行動な故に手加減なんぞ何一つ籠っていない。

だから、相手は防御しなければいけないし、事実そうした。

こちらの裏拳は何の技術も無しに、相手の右手によって捕まえられ、そして連撃で一重咆哮が発動しようとする。

そこで

 

「右腕もパージしろ!」

 

そうした。

音と共に右腕は外されていく。その動きが聖譜顕装で減衰されていないのに、秒刻みにされているような錯覚を得てしまう。

冷や汗をかきながら、ようやく現実が動き出したと馬鹿の事を考えている最中に目の前で地摺朱雀の右腕が割れ砕かれた。

目の前の光景が、ありえた未来だと内心で受け取りながら、腕を失った事により体重が変わった動きに付いていけずに、体勢を崩し、道征き白虎の蹴りを真正面から受けることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの蹴りにより胴体を陥没させながら、遂にそのまま武蔵上に落ちていく地摺朱雀を見ながら、思う。

 

……まぁ、並の武神よりは良かったな、と。

 

武神使いの第六特務の判断も良かった。

特務に付いているだけのことはあるっていうのは、ちょっと上から目線みたいで嫌だけど、素直に上手いと言える実力者であった。

武神の差がなかったら、どうなっただろうと考えるくらいではあった。

しかし、意味もない仮定であったので、全部無視することにした。意味もない仮定の話など、それこそ仮定の世界でやっていればいい。

問題は、落ちていく武蔵の第六特務の顔。

その顔に張り付いている表情が笑みの形であることだ。

ただの負け惜しみかと思うが、楽観的な判断は全部捨てる。思考は全て何か意味があるものと今は考える。勿論、罠の可能性もあったが、そんな感情(イロ)には思えない。

となると本人ではなく……

 

「時間稼ぎだったって言うの!?」

 

「Jud.何もあたし一人だけで、何でも出来るだなんて自惚れは持っていないさね。なら、他の部分は他の馬鹿に任せるに限る」

 

苦笑と共に落ちていく第六特務を見ながら、即座に頭の中で周りの情報を取り入れる。

だが、取り入れるまでもなかった。

艦首側の方角から、武蔵の輸送艦がこちらに目がけて突進してくる光景であったからである。

ふぅーという溜息を吐くような音を聞き、意志とは関係無しに聞こえてきた方角、武蔵の第六特務が落ちて言っている姿の方を見る。

何時の間にか、彼女は懐に入れてあったのであろう煙管を口にくわえており、紫煙が漂っている。

そしてこちらの視線に気づいたのか、最後に煙を吸い、煙管を口から外し、煙を口から出した後に一言。

 

「そら、ズドーン」

 

言葉通りの結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激震という言葉が空中に発生する。

輸送艦、指揮官の両方の装甲版はあっという間にめくれ、爆発と衝撃を生み、人工物によって空中で地震が起きる。

余りの震動にさっきまで競り合いをしていたメンバーはこけそうになるのが大半であった。

 

『おわおぅ! お、おいネシンバラ! 俺はこんな事をするとか全然聞いてねえぞ! 少しは他人の迷惑っていうのを考えやがれ!』

 

『勝手に女風呂に突っ込もうとするシュウ君がそれを言いますか……』

 

『大体、君は人が作戦を話そうとした時に勝手に突っ走っただけじゃないか。まぁ、それは槍本多君もそうだけど』

 

『ふぅむ。拙者、今は人間がどこまで空中遊泳を出来るかという限界にチャレンジをしていたので、運良く巻き込まれなかったので御座るよ。日頃の行いと言うのは、やはりこういう時に出るので御座るな。拙者、これからもじゃんじゃん日頃の割断をするで御座るよ』

 

『あれ? さっきまで一般論を話していたのに、何故か最後にストレートが、フックになりましたよ?』

 

同感だと正純は輸送艦の今も揺れる足場の中で手すりに捕まりながら、前を見る。

何だかんだ言いつつ、熱田も二代も、この揺れる足場の中で、揺れに負けずに立っている。

その体勢調整に本当に同じ人間かと結構本気で思いつつ、この数秒で、自分に課せられた役目を果たそうと息を吸い、発する。

 

「───武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純が休戦を提言させてもらう!」

 

「───貧乳は断る!!」

 

斬新な向こうからの挨拶に一瞬、顔が無表情になってしまった気がするが、ここで負けてはいけない。

しかも、何だか断ると言った連中に敵味方関係なく攻撃をしているのはある種の戦術的な行程なのだろうか。

理解しても、絶対に得てはいけない物を得てしまうだけだと思ったから、見なかったことにした。

 

『セージュン! 気にすんなよ! 貧乳って言うのは、つまり、まだ成長を残している可能性があるって事なんだぜ!? オメェも努力次第で巨乳の仲間になるのも不可能じゃねーよ! 俺も協力すんゼ!?」

 

『ククク、愚弟? よく言ったわ! って言ってあげたいけど、貧乳政治家の場合成長した胸を削って、ああなったのよ? つまり、成長期はもう終わってしまってるのよ……でも、諦めるのは早いわ! 大丈夫よ貧乳政治家! 一人で駄目なら皆でコネ回せばきっと発芽の因子が発生するわ! 皆は一人の為! 素敵な言葉ね! ビューティフゥゥゥゥゥルゥーーーーーーーー!!』

 

『その論で行くと、一人は皆の為理論が働いて、ナイちゃん達がセージュンに揉まれる気がするんだけど?』

 

『いいわ! じゃあ、まずは巨乳見本の浅間から揉むのよ!? きっと、乳の精霊が手からあんたに乗り移って、あんたの貧乳の成長を促してくれるわ! 浅乳間……!』

 

『喜美? 後で説教しますからね? それもトーリ君と喜美のお母さんも含めての三者面談で!』

 

しかも、どうやら外道達にも餌を与えてしまったようだ。

色々と気をつけなければと、内心で冷静に考えて、今度こそ目的を成就させようと考える。

 

……今回の三征西班牙の闘争の目的は英国への援助物資を運んでいるからという建前を使った襲撃だ。

 

確かに、武蔵はそういった貿易の能がかなり高いので、建前じゃなくても、それは当たり前に疑う戦であるし、ただでさえ三征西班牙と英国はアルマダ海戦の歴史再現を控えているのである。

虚と実を混ぜているので、攻撃理由としては十分だ。

だが、逆にそれは、援助物資など持っていないと証明できたら、あっという間に崩される理由だ。

だからか、自分の停戦宣言に相手の副長、及び第二特務の弘中・隆包と江良・房栄は一旦、後ろに下がった。

その事に、熱田の表情が物凄く残念そうな表情に変わったのが、印象に残ったがバトルジャンキーに付き合ってはいられないので、無視した。

私は周りの外道達とは違い、平和主義なのである。

暴力反対、戦争反対は政治家志望として当然のことであると、自分を理論武装してうんうんと頷く。

とりあえず、襲撃はこの膠着を持って終えたと見做してもいいだろうと思う。

そう思い、言葉を吐こうとした瞬間に後ろに気配が現れた事を悟る。

相手が誰だかは解る。

 

「正純様───ホライゾン・アリアダスト。悲嘆の怠惰を出前でお持ちして、到着しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、実はホライゾン。余り、アドリブが得意ではないので、いきなりのこの羞恥プレイに何をすればいいのか、と思うのですが……」

 

とりあえず、後半は聞かなかったことにしたい正純なのだが、彼女は気にせずに、きょろきょろと周りを見回し、そして自分の手の中にある悲嘆の怠惰を最後に見て、ポツリと

 

「解りました───撃てばいいのですね?」

 

「早まるんじゃない、ホライゾン……!」

 

まだ味方がいる……! と叫びたかったが、内心であれらが味方? という疑問が浮かび上がってしまったので、言葉にするのが難しかった。

いや、うん。仲間だよね? うん……仲間の筈……。

少し、葛藤していたら、ホライゾンが言葉を続ける。

その視線は熱田の方に向いており

 

「おや───丁度いい的が」

 

『撃つ気か! 撃つ気なんだな!? この毒舌女! 流石に俺でも大罪武装級は無理だってわかってその所業を行うつもりか!? く、くそ……あ、アデーレ! ちょっと、こっち来いやぁ!』

 

『嫌ですよ! どうせ、盾にするつもりですよね!? 幾ら、奔獣でも悲嘆の怠惰の上位駆動を防ぐ何て無茶この上ないですよ!!』

 

『余はあんまり戦いの事は解らないんだけど、熱田君とバルフェット君の防御力って凄いの? それとも、大罪武装が凄いの?』

 

『難しい議題ね……片や、ヤンキー馬鹿と貧乳による根性防壁で、もう一つは悲嘆の怠惰なんていうぶっちゃけ悲しみ砲撃……つまり、ある意味ホライゾンの感情によるんじゃない?』

 

『ぶっちゃけ返ししますけど、ホライゾンが負ける姿が想像できないんですけど……ああ、シュウ君とアデーレがゲログチャアに……!』

 

『想像早いわ!!』

 

駄目だ、ツッコミに入れる反射神経が足りない。

別にいらないとは思うのだが、逆に目立た無すぎると、クラス内カーストが結局落ちてしまう事になってしまう事にクロスユナイトを見ていて理解したから、中くらいが丁度いいという真実に辿り着いたのである。

そして、ホライゾンはこっちの携帯社務を見て、うんうんと頷いたかと思うと

 

「どうでしょうか皆様。アドリブで、この人気……ホライゾンの基本性能がレベルが高いという事が理解できたでしょうか?」

 

「いや、ちょっと待ってくれホライゾン……私にも色々と言わせてくれないか」

 

「───Jud.では、皆様。こちらの正純様が今から、ホライゾン以上に面白い事をしてくれます。静かに聞きましょう」

 

「───え」

 

いきなりの理解不能展開に子供みたいに首を傾げて、純粋に何を言っているのか解らないという感情を口から出す。

そう、解らない。

何故そんな状況が今、私の身に降りかかっているのかが解らない。

だが、そこで周りは何かを察したというのか

 

「……」

 

とりあえず、拍手が来た。

 

ぎゃ、逆に嫌なリアクションだぞ……!

 

どうする?

というか、しなければいけないのか。

というか、そういうのはそれこそ、葵とか葵姉達、芸人の仕事だろうが。

他の馬鹿どもでもいいけど、目で映る熱田と二代は色々と期待してこっちを見ているし、ナイトはこっちに録音用の魔法陣を向けて、笑って見ている。

どちらにしても、こちらを助けるつもりがないらしい。

進退窮まったというのはこういう事なのかと、愕然するが、最早、沈黙のレベルは取り返しの無い所まで来ている。

ここで、実は無しと言ったら、最悪またバトルが勃発するかもしれない。

 

……くっ。

 

なら、やるしかない。

原因となったホライゾンを思わず、睨んでしまうが彼女は無表情で右手の親指をぐっと上げるだけであった。

 

駄目だ……格が違った。

 

そうなるとどうする。

やはり、ここは極東風のボケで攻めた方が良いかもしれないと思い、ようやく顔を上げる。

 

「あー、突然だが、うちの馬鹿副長は何と剣神とかいう大層な奴でな」

 

お? と周りがいきなりの切り出しにどうでるかな……と考えている。

例にされた熱田は、ほほうとか言って余裕ぶってる。

とりあえず、話を続ける。

 

「その癖、この馬鹿は影で密かに訓練していてな」

 

「……で?」

 

オチはという促しにああ、と前置きをして

 

「───感心するだろ?」

 

熱田が目に映らないスピードで膝を着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『がっ……ゴフッ』

 

『酷い! 酷いわ! この貧乳政治家! まさか、個人攻撃で心臓破りの一撃を放つなんて……! 鬼畜よ鬼畜! 鬼畜生ってこういうのを言うのね!』

 

『だ、大丈夫ですかシュウ君!? やはり、シュウ君の加護には滑るギャグ抗菌はなかったんですね……!』

 

『ちょっと、正純。幾らなんでも、それは酷いわ。あんた、副長に対して何か恨みでも抱いてんの?』

 

『そうだよ本多君! 幾らなんでも酷いよ!』

 

『そうだぞ正純。シュウもあれはあれで精神は硝子のハートで出来ているのだぞ。それなのに、そのような暴言は吾輩はクラスメートとしてどうかと思うぞ』

 

いらん表示枠は断ち割りながら、しかし、周りからの半目に思わずたじろぐ。

 

……しまった!

 

やるなら、個人ではなく、全体を絡めて、共有できるようなギャグを言った方が良かったか。

アドリブは苦手なのである。

しかも、最後にまたまばらな拍手をして、心底同情するという表情が熱田の方に向けられている。

出来れば、こちらにも同情して欲しいとも思うが、逆にそれの方が辛いかとも思い、考え直す。

というか、とっとと本題に入ろうかと思い、周りの空気は意図的に無視した。

その行為に熱田の凶悪なものを見る様な視線でこちらを見て来たが、隣のホライゾンを見て思ったのだろうと思い、無視した。

 

「ええと……話を戻すが、この場の戦闘理由は既に」

 

消失していると、続けようとした時に五つの動きが連続した。

最初に動きが発生したのは、道征き白虎の右腕化碗のスナップである。

その動きから、武神の手で隠せる程度の物が投じられたのかと一瞬の思考が発生しようという思考の時に熱田が動こうとした。

剣は右の両手持ち。切っ先は地面に掠るくらいになるくらいで、体は自分の膝くらいまで落としての疾走。

私からしたら、無理な姿勢に見えるのに、熱田はそれが当たり前かのように駆ける。

そこに割り込むのは向こうの副長である弘中・隆包である。

速度に置いては熱田よりも遅い。

霊体ではあるが、能力自体はやはり、生きていた頃の動きに縛られる。

しかし、仮にも副長クラスである。

並の学生よりは速い。あの速さなら、道征き白虎の前に立って陣取ることくらいは余裕である。

だから、彼はそうした。

そこに熱田が激突する。

技も何もない力だけの上段からの斬撃であった。

ここまでに距離でも実は零距離の音ではないかと思うくらいの錯覚を得てしまう大きな音であった。しかし、二人はそんな事は気にせずに、ただ隆包は手に伝わる衝撃に顔を少し歪めている。

そこに二代が熱田の背中を蹴って、空を滑空するかのように前に進む。

そして、最後に激突音が響く。

ここまでに秒間でおよそ三、四秒。

実はほとんど見えていなかったのだが、何故かそこは表示枠に書き込まれた情報で解っただけである。というか、仕事しろ、とツッコミを内心でしながら、投げられたものが何かを判断できるようになった。

 

「三征西班牙アルカラ・デ・エナレス第三特務の立花・誾……!」

 

そして、その名の意味は

 

「立花・宗茂の妻か!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくです、と内心で呟きながら、視線を前に向ける。

目の前にいるのは本多・忠勝の娘であり、現、武蔵の副長補佐に付いている本多・二代である。

彼女にも因縁がある。

そもそも、最初に西国無双の名に傷をつけたのは彼女の父だ。

八つ当たりなどはする気などは一切ないが、やはり、気になるかならないかと言われれば気になる。

しかし、今の自分の目的に比べれば些末事である。

本当に見るのは、本多・二代の向こう。

剣神・熱田・シュウ。

私の夫である宗茂さまを傷つけた張本人。

その本人はこっちを見ていない。

理由は当然、目の前にいる隆包副長から目を話す事は危険だというのは戦いをするにあたって当たり前のこと。

誰が、理由無しに敵から目を離すようなことをするというのだ。

だが、その当たり前のことが

 

「武蔵副長……」

 

こっちに色々と思いを燃やさせた。

 

「返してもらいます……私達の今までとこれからを……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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ラッキーは無罪


予想外も偶には良いものだ

配点(ラッキースケベ)



 

ぬぅ、と熱田は呻きながら、はて、どうしたもんだぜ、と結構微妙に悩んでいた。

目の前にいるのは弘中・隆包。

今、絶賛鍔迫り合いをしている最中である。

そこはいい。

それは、自分が望んだ状況なのである。

それはいいのだが

 

立花・誾がなぁ……

 

ぶっちゃけ、実力もしくは興味云々なら弘中・隆包の方が興味がある。

まぁ、それは副長と第三特務という上位役職者としての当たり前の事実であるから、別におかしなことはない。

だけど、俺はこの前、どんな理由があろうとなかろうと立花・誾の夫である宗茂を斬っちまったのである。

そうなると、最低限の行いとして、彼女と相対するのが筋というものではなかろうか、と苦手な考えるという事をする。

現実時間では一秒にも満たない時間で、結論がピンと出た。

 

あ、じゃあ、目の前にいるおっさんを叩き斬ってから、相手すればいいんじゃね?

 

だから、そうした。

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃が腕の中で暴れる。

 

ぐぉ……!

 

呻きは年上の意地で絶対に外には出さないと隆包は思いながら、バットの軋みを聞く。

既に、零距離で鍔迫り合いをしていたのだが、目の前の剣神は少し手を引いて、スペースを開け、こっちの拍子抜けを誘った所で改めて刃を振り下ろしに来た。

それにより、一瞬気が抜けたせいで、腕への衝撃は深刻だった。

しかし、次に来るのはさっきまでの重量が消えた事による腕に伝わる浮遊感みたいな物。

何かと思う暇もない。

目の前の剣神が剣から手を放しているのである。

視界と体感速度はスローに切り替わる。

手を離し、しかし、さっきの剣戟の衝撃で浮かび上がろうとしていた剣を再び、剣神が握る。それも、どちらかと言うと持ち上げる様な持ち方で。

そして、一歩前に出ると同時に剣をくんとてこの原理で押すと、それはアッパーみたいな剣戟に変化した。

冷や汗が浮かぶが、スウェーバックで、何とか避ける。

顎に冷たい切っ先が触れる感触に内心で口笛を吹きたくなる感情を収めていると、目の前が光が咲いた。

思う間もなく光が爆発であるという事を体で理解しながら、体は吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その光景を房栄は唾を飲み込んでみていた。

 

……竜族みたいに加速器爆発を起こせるの!?

 

あの八俣ノ鉞の出来る事の範囲はかなり広そうである。

とは言っても、力自体は竜族のよりも当然小さく、精々接近戦による衝撃を与えるレベルである。

現に、視線の向こう、タカさんは無事であった。

 

……あの瞬間にバットを顔面に持って行って、そして後ろに転ぶように力を抜いて、爆発の衝撃波に乗ったみたいね、と。

 

だから、吹っ飛び方はバックステップみたいに飛んでいる。

あれならば、次の動きにも対応できるはずであると思い、視線を動かす。

視線の先は激突してきた武蔵の輸送艦の方。

そこに乗っているのは、武蔵の副会長と姫とその手に持っているのは

 

悲嘆の怠惰(リピ・カタスリプシ)!」

 

ある意味で、大罪武装として一番シンプルで強力な悲嘆。

それの上位駆動を放とうとしている。

射線は空いているし、ここにいる武蔵の副長達は自力で何とか出来るだろうという判断を持っているからだろう。

どちらも気にしていない。

というか、気にする気がないのかもしれない。二人とも何だか物凄い楽しそうな顔で武器を振り回しているので、正直関わり合いたくない。

武蔵はあんな危険人物が大量にいるのだろうか。

そんなのに世界征服などされたらいろいろと困ると結構真剣に考えて、声を上げる。

 

「フーさん! 出番よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正純の視界にまた新しい人物が見えた。

艦橋屋上に烏帽子型の帽子を頭に乗せ、眼鏡をかけた女性が立っていた。

誰だという疑問が、自分の中の知識にアクセスして、立っている人物の正体を口に出して確認する。

 

「三征西班牙アルカラ・デ・エナレスの副会長のフアナか……!」

 

「八大竜王の一人と言わなかっただけ、マシと返しましょう」

 

落ち着いた知的な声を姿からイメージされた声にぴったしだな、とどうでもいいことを思いながら、しかし、視線は違うものを見た。

それは、フアナの手に握られている長剣である。

奇怪な剣であった。

白と黒のまるで、骨でできたような表装を持つ巨大な武装。

それと似たような武装を私は知っている。

今、恐らく持ち主を除いて、一番近い所に私はいるのだから。

 

大罪武装(ロイズモイ・オプロ)か!」

 

「Tes.嫌気の怠惰(アーケディア・カタスリプシ)。既に展開済みです」

 

余りにもぞっとするような事実を平淡な声で語られたから、逆に冷静になれたが、やはり、焦りの感情が混ざってしまう。

 

……不味い……!

 

こんな状況での切り札としては間違いなく最上の切り札である。

効果はどうなるかは解らないし、効果範囲も解らない。

ただ、今までの例だけで見てきたのは教皇総長の淫蕩の御身とこの悲嘆の怠惰。

どちらにも当てはまる例と言うならば、通常駆動は対人能力であり

 

上位駆動は対軍能力だ……!

 

そして、ここにいるのは集団。

そうでなければ、切り札たり得ない。

故にそれは起きた。

 

「くっ……!」

 

胸部を圧迫される圧力に覚悟を持っていなかった正純は息が一瞬詰まる。

その圧迫に瞬間的想像で死をイメージしてしまい、ぞっとしたが、数秒経って、それ以上締め付けられない事に気づき、ようやく胸元を見る。

青白い光の輪が、束縛するみたいに胸部に装着されている。

見れば、周りの皆も同じらしく、だが、その束縛される場所が違う。

 

「……っ、嫌気という事か……」

 

つまり、そういう事なのだろう。

自分に対して、余り好きではないとか、そういう部分に対して嫌気が空間に束縛するように働く。

見たところ、全員無事という事から、殺傷能力はないらしい。

その事に内心、安堵を得るが

 

「くっ……! まさか、最近頭の髪が後退しているのを気にしているのをこんな場面で公開することになるとは……!」

 

「な、何だこの両足全体にかかる束縛は……! ま、まさか、俺の嫌気が短足であることを責めているのか……!?」

 

「や、やべぇ……きょ、今日、鏡で見て気になった眉毛の形に嫌気の束縛がかかって、もっとファンシーな眉毛の形になってしまったぞ! しかも、それだけで動かなくなるって言うのはどういう事だ!?」

 

「だ、大丈夫ですわ! ほ、ほら、正純……わ、私達は別に、む、胸が無い事で僻む様な小さい器じゃないですわよね!?」

 

安堵の後にいらん物を見せられたせいで、一気に頭が冷えた。

というか、ミトツダイラ。私を巻き込むな。

とりあえず、元気そうで何よりだ、と適当に思いながら、視線を直ぐ傍に向けると、感情は一瞬凍結された。

 

「……ホライゾン!?」

 

彼女の姿は最早、ほとんど見えなくなったと言うと言い過ぎだと思われるかもしれないが、それくらい私達とは比ではないくらい束縛されていた。

体の全箇所が嫌気という光に束縛されている。

凄惨な光景と言ってもいい姿に、味方はおろかかけた本人であるフアナも少し驚きの表情を浮かべていた。

しかし、こちらがそれを見ているという事に気付いたのか、すっと表情を消して、そして語った。

 

「成程……感情はおろか、記憶や体の全てを奪われた喪失の姫……故に何もかもが"足りない"と、そう思っているんですね」

 

その言葉が頭の中で事実であると計算したが故に正純は唇を噛んだ。

 

そんなのは……!

 

誰にでもある事だろうと、言う所だが、彼女の場合は失った物が多すぎる。

元々、武蔵はそういった人間が集まる所ではあったが、だからと言って、ホライゾンは少々特殊過ぎる。

どうすればいいか解らなくて、しかし、何とかしてやりたいと思い、正純は彼女を束縛している光に手を伸ばして何かをしようとした。

 

「───」

 

すると、ホライゾンの口から、しっかりとした苦鳴が漏れる。

それに気付き、慌てて、正純は手を引きながら、原因を知り、すまないと内心で謝る。

自分に対する嫌気を他人にいきなり知られ、比喩表現無しに触られたのである。

明かす覚悟も資格も持っていないかもしれない相手が、それを触れたのである。痛いに決まっている。

 

……だが、どうする!?

 

見たところ、この大罪武装に死角はない。

敢えて言うならば、効果範囲外からの狙撃。

だが、狙撃メンバーのナルゼは今、黒嬢(シュバルツ・フローレン)を修理中故に裏方に回ってもらっているし、ナイトは今、視界に移る中

 

「だ、大丈夫……! な、ナイちゃん、ガっちゃんの攻めくらい平気なんだからね!? むしろ、ドンと受けるんだからね!?」

 

などと、発狂タイム中だったので無理だろう。ってか、捕まっているし。

どうでもいいけど、何故下腹部を束縛されている。

とりあえず、無理であるという事実。

他の魔女(テクノへクセン)の学生達でも、効果範囲外からの狙撃など流石に難しいと思った方がいい。

そもそも、どこまでが効果範囲外なのかどうかが解らない。

対処方法は、簡単に言えば自分に嫌気などがない人は、この効果を受けないのだろうけど。

 

……でも、そんな人が……

 

いるのか、と内心で呟こうとした時にふと、前を見た。

そこにいるのは、昔、三河の時の友人である本多・二代。

何で、彼女を唐突に見たのだろうかと疑問したのだが、答えは直ぐに判明した。

彼女はまるで、おや? という顔で辺りを見回していたのである。

明らかに、嫌気の怠惰の上位駆動の束縛を受けていない証拠であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立花・誾はある意味で愕然とした。

目の前にいる武蔵副長補佐の本多・二代。

普通なら、おかしい所はないと判断するところなのだが、今は逆におかしいところが無い方がおかしいのである。

 

何でこの女には嫌気の怠惰が効いていないんですか……!

 

いや、理由は大体推測できる。

というか、嫌気の怠惰に対応できる手段はそれしかない。

だから、目の前の侍女も普通に考えればそれなんだろうけど、つい、聞かなければいけないというよく解らない義務感に急き立てられ、

 

「あ、貴女は自分の体とか、そういった物に嫌気とか持っていないんですか!?」

 

その言葉にむっ、とこちらに反応して、ようやくこっちを見た。

まだ、周りがどうして動けなくなっているのかが解っていないようだが、ようは頭が足りていないのかと思った。

というか、フアナ様の話をちゃんと聞きなさい。

そこで、ようやく質問の内容を理解した侍女は胸を張って

 

「拙者! 別に自分の体とかに不満などないで御座るからな!」

 

この女は……!

 

いや、別に悪い事ではないのではあるが、何というかこの馬鹿女にこう言われると何故かちょっと癇に障るというかなんというか。

いやいや、別に私は自分の体に嫌気など持っていない。

他の女性と較べたら、それは鍛えられていてごつごつとしているかもしれないが、武家の女としてそれは逆に誇りですし、それに宗茂様は私を綺麗ですよと褒めてくれるので、つまり、それは私の人生は勝利しているという事確定という事であり、そして、それならば、もう少し宗茂様はアドリブを増やしていただきたいと思うのだが、こう、もっと情熱カモン……!

そう思ってたら、目の前の侍女が小首を傾げていたので、わざと咳をして、空気を変える。

そして、つい思った言葉を口に出す。

 

「……自分は未熟ではないという事ですか?」

 

「む? いや、拙者は未だ未熟者であって、修行不足で御座る。例えば、ここの筋肉とかもう少し着いて欲しいで……」

 

すると、その部分に嫌気の怠惰の光の輪が生まれた。

おっ、と言う言葉と共にもう何も思うまいと思い、周りを見る。

すると、もう一つ驚きを得た。

 

……武蔵副長がいない!?

 

あの副長も馬鹿かと頭の中の冷静な部分がそう告げて来たが、気にしない。

問題はこの場にいないという事はどういう事かという事だ。

 

……フアナ様が危ない!

 

見れば、隆包副長も周りを見回して、探しているが見つからないようで、視線がこちらを見てお前が探せと言うアイコンタクトを受け、頷く。

いないのはあの、剣神固有の消える体術。

特務クラスどころか副長クラスでさえ効くあの体術は厄介を通り越して恐ろしいというものがある。

だからこそ、そんな危ない体術はここでネタをばらさせてもらおう(・・・・・・・・・・・・)

そう思い、誾は息を止めた(・・・・・)

そして、改めてフアナ様の方を見ると───呼吸どころかすべての生命活動が一瞬停止したかのように思えた。

何故かと言われれば、それはフアナ様の左隣に全裸がいたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が鈍い汗をかいた。

何かを言おうとして、酸素を求め、喘ぐように呼吸をして、しかし言えない者がほとんどであった。

何かを言うべきだ、とそれは解っているのに、何を言えばいいのか解らなくなっているという謎の状況である。

そこでフアナの方に動きが発生した。

左手を上げたのである。

その理由は敵味方両方が察した。

恐らく、この嫌気の怠惰で武蔵が動けなくなっている所を、打者たちによる集中打撃で、武蔵に強烈なダメージを与えるという、酷く当たり前の戦術を行おうとする合図を出そうとしているだけなのだろう。

だが、一つ重大な欠陥問題がある

左隣には全裸がいるという事である。

全員が全員、心が一致したと確信した。

 

何故、全裸でそこにいる……!

 

疑問に一番比重を置いたのは何故全裸の部分であり、その次がそこにいるという何とも状況的に合わない比重だが、間違ってはいないと全員が再び確信する。

いや、この際全裸なのは許そう。

だが、場所がフアナの左隣と言うのが頂けない。

そう───そのままでは気付いていないフアナの手が振り下ろされる時に股間にジャストフィットしてしまうという計算結果があるからである。

一番近くにいるベラスケスも口をあんぐり開けて、何かを言おうという意思が意味が解らないという疑問に押しつぶされている状況である。

ごくりという誰かの唾が鳴る音が聞こえた。

そして、フアナは腕を振り下───

 

「待てーーーーーー!!」

 

敵味方関係なく、叫び声をあげたのでフアナは驚きで、手の動きを止める。

 

「何ですか? 敵どころか味方まで声を上げて……今は戦闘中なんですよ。ちゃんと、真面目にやってください」

 

「フ、フーさん? そ、その意見は今、結構哲学的にも同意したいんだけど、と、とりあえず、後ろ! 後ろ、見てくれないかな、と!」

 

「後ろ?」

 

右手の方から後ろを見、確認するフアナ。

当然、右側から後ろを見れば、左側にいる全裸は死角に入って、見る事は叶わない。

だからと言うように、疑問顔でフアナは

 

「……何もないじゃありませんか」

 

「うんうん! そうだね! でもね、フーさん! 不味いのは逆! 逆がそれこそ大罪級に危険なのよね!」

 

「逆?」

 

言われ、少しの間、何かを悩むような間を空け、そして、ああ、と丸で何かを理解しましたと言う風に頷き

 

「私の嫌気の怠惰が、味方にかかるのではと言う心配ですか? 私が使っているので、それはないと思いますが……念には念をという事ですね? 解りました。書記、下がってください」

 

そして、突然にフアナは左の手を後ろに振った。

あ……! と皆が叫ぶが時すでに遅し。

ギュムっと柔らかい物を掴む時に発せられるような音がフアナの左手の方から発せられる。

は……? とそこでようやく異常に気付いたフアナは左手の方を見る。

そして、そこにいるのが全裸の時点でフアナは思考停止。

 

「───おっと、悪いな。それは、俺の"リアル派"だ」

 

全員がその台詞に半目になって睨むが、全裸は無視した。

 

「いやー。やっぱ、ほら? 俺ってさぁ、高い所が好きだからさぁ。ここまでいそいそ登ってきたんだけど、何時、隠密道具の効果が解けるかというスリルがもーーたまんなかったぜぇ」

 

武蔵全員が一度、全員で視線を逸らして、そして表示枠の方を見る。

 

『おい、誰だ! あの馬鹿を自由にさせた奴は!? いや、億歩譲って自由なのはいいが、あいつに服を脱がさせる自由を与えんな!』

 

『普通なら、これ。市民に服を脱がす事も許さない鬼政治家の言葉に聞こえるけど、馬鹿相手だとまともな意見に聞こえるわねぇ』

 

『ククク、ねぇ、貧乳政治家? その場合、風呂入る時とか寝間着に着替える時とか、どうするわけ? やっぱり、メイドよろしく着替えさせるの!? ご、ご主人様ぁ~ん! だ、駄目、そんな勝手に着替えないで~~!! あん! 着替えテクニシャン! とか!?』

 

『あ? そん時は洗濯機にあの馬鹿事、ぶち込めばいいだけだろ?』

 

『正純! 正純! 結構、いい空気を吸い過ぎですわ!!』

 

現実逃避している表示枠を見て、役に立たない事を理解し、そして、結局事態を見守る事を選択肢で選んだ。

というか、あの中に入れる勇気がなかった。

 

「お! あんたチームベラスケスの社長だな!? すんげぇ! 俺、マジで運が良いぜ!? アンタの所のエロゲはよく買ってるけど、俺の親友向けにもうちょい巨乳ヒロイン増やしてやってくれね? あいつ毎回、アンタのが出る度に「乳をもう少し増量してくれ……!」って叫んでんだよ」

 

「お、おう……」

 

あの冷静そうなベラスケス書記もかなり驚いているらしく、そんなボケーとした声しか、出せていない事に敵味方関係なしに使えない! と思考で叫ぶ。

 

「というわけでさぁ、その大罪武装、俺にタダでくれね? それ、ホライゾンの感情だから、必要なんだよ」

 

そうして、一歩。

トーリがフアナの方に不用意に踏み込む。それに対して、フアナは条件反射で一歩下がる。

まだ、脳は今の状況を理解していないようだが、体は理解しているのだろう。

それが、全裸に一歩詰め寄られたからなのか、大罪武装を奪われるという危機から出たのかが周りからは理解できないのだが。

しかし、トーリからしたらそれは拒否のポーズと取ってみたのか、それ以上進まずにうーーんと数秒唸り、そしていきなりぱーっと笑い

 

「よっしゃ! じゃあ、親友! その大罪武装! 俺のた・め・に、奪い取ってーーーーーん!!」

 

「気色悪いこと言ってんじゃねーーーーー!!」

 

突然の言葉とともにフアナのほんの二、三メートル上空に熱田・シュウが現れた。

 

 

 

 

 

 

何時の間に……! という思考が頭に浮かび上がるが、その前の全裸事件が原因でフアナは未だに思考回路がまだ停滞している。

そのせいで、目の前の光景がまだ現実であると認められていない。

つまり、まだまる他人事のように感じているのである。

剣神と自分の距離はほんの二、三メートル。

ここまではどうやら八俣ノ鉞のブーストでここまで飛んできた、ここで強襲という事なのだろう。

姿が見えなかったのは、恐らく例の消える体術。

そして、嫌気の怠惰の束縛を受けていないという事は、かなり開き直った馬鹿だという事なのだろう。

全てにおいて危険な存在だとぼーっと考えたが、それはいけないと内心で自分のイメージに張り手を食らわす。

 

ここで嫌気の怠惰を取られたら……!

 

三征西班牙へのイメージ低下は避けられないものになる。

ただでさえ、衰退を背負っている三征西班牙。

そして、今回の襲撃はこちらからの奇襲であり、むしろ、優位を持って戦いに来たというのに、それによって大罪武装を奪われるという事になれば、諸外国から舐められることは必定である。

 

そうなったらあの人を助けることが……!

 

あの人のことだから、きっとただ笑って、大丈夫だよ、などと言ってこちらを誤魔化すかのように慰めると思う。

そんな笑いを見たくないのだ。

誤魔化しの笑ではなく、ただ

 

別にどこにでもある……そんな普通の笑みを……あの笑みを……

 

再び見たいからここに立っているのである。

それを自分のミスで

 

失くす気なんてありません……!

 

そう思い、気を取り戻し、無駄でも後ろに下がろうとして、剣神の体勢が変わった。

今までは、空中にまるで跳ねたかのような姿勢で、大剣を下に構えていたが、大剣を振り回し、自分の背の後ろに置き、左腕を前に出す。

そして、いきなり口を開いたかと思うと

 

「眼鏡委員長巨乳……! その胸、揉ませてもらうぜーーー!!」

 

一瞬で無理解の世界に叩き込まれ、そして、何故か感情とは別に目尻にじわりと涙が込み上がってきた。

 

あ、あれ……?

 

駄目ですよフアナ。

貴女はもう十分に大人なのです。それなのに、公衆の面前で涙を見せるだなんて、大人であり女でもある自分はしちゃ駄目ですよ。

でも、何故か込み上がってくる涙は止まる様子がない。

そして、目の前には物凄いいい笑顔をした変態が迫ってこようとしている。

自分はこういう存在をどういうのかを知っている。

勿論、ただの知識であり、そんな人物とは幸運にも出会った事はないのだが、まさか、こんな重要な戦場で出会うことになるとは思いたくなかった。

嫌だ、離れたい、近づきたくないという思いが増大し、しかも、さっきの全裸によるストレスもあって遂に臨界点に達してフアナは口を開けて、怯えを隠さずに叫んだ。

 

「レイパー……!」

 

瞬間、熱田の剣に加速の光が伴い、疾走し、フアナと激突しようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり、何、問題発言かましてやがる……!」

 

余りの台詞に思わず、加速の後に叫んでしまう。

そして、胸を狙っていた左腕はそのまま貫手で相手を気絶させるつもりで放ったのだが

 

「……んん?」

 

左手が何かに包まれている。

うむ、まるで人肌のごとく暖かく、マシュマロを超えるような柔らかさ。

間違いなく、オパーイである。

いや、だが……

 

なーーんか、ちょっとちっせぇ気が……

 

いや、別にこれはこれで大きい。

少なくとも、アデーレよりは五倍くらいでかいオパーイである。うむ、実に研鑽されているオパーイだぜ。

だが、俺ビジョンで見た眼鏡委員長系の胸は、これよりももう少しでかいはずであると揉みながら、ふと自分が何故か目を瞑っているという事実に気付いた。

はて? 何で俺は戦闘中に目を瞑るという愚行をしているのだろう。

まるで、これでは現実から逃避しているように思えるじゃねーかと思い、普通に目を開ける。

すると、至近距離に顔があった。

しかし、想定した顔とは違い。眼鏡をかけていない。

というか、別人である。

お? と思い、改めてその顔を確かめてみると、何と立花・誾の顔であった。そして、俺の剣の方は彼女の双剣によって抑え込まれていた。

これはどういう事だ、と数瞬考えた結果、熱田は納得いく答えを脳内で思い浮かべることが出来たので、それをそのまま言う事にした。

 

「イリュージョンって奴か……!」

 

揉みながら答えを叫んだ瞬間、目の前に鉄の十字架が出現した。

おおう? と思い、ちょっと近づきすぎて、何か解らなかったので、ちょっと焦点を合わす為に、少し、顔を引いてみると、それは砲であった。

何故こんな所にこんなんが浮いてんだと思うが、それはこちらの顔面を捉えたまま逃さない。

そして、ようやくと言った調子で、目の前の女がぷるぷると震えながら、目じりに若干涙を溜めながら、何だか、さっきよりも凄い殺気を滲ませて

 

「……この変態を穿ちなさい……十字砲火(アルカブス・クルス)!」

 

そして、撃たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、武蔵の学生と三征西班牙の学生は幾つもの動きを一瞬で見た。

熱田は撃たれた瞬間に、双剣で阻まれていた大剣の刃の方を開き、スラスターを作動させ、ほんの一瞬の間合いを開け、そこに砲弾がぶち込まれ、スラスターの勢いと手首の動作で剣を砲弾の間に持っていき、壁とする。

そこに、砲弾の連続射出がぶち込まれ、一気に四発が大剣に当たり、しかし、本人には当たらずに防いだという表情を浮かべた熱田に背後から矢型砲弾が迫り、結果として空中で五回転くらいしてから熱田は地に落ちた。

皆は暫く真顔でその光景を見ていたが、次の瞬間にむくりと起き上がった剣神を見て、とりあえず、無かった事にした。

 

『おい、智! 戦闘中に何しやがんだ!? 出来れば、もう少し揉んでいたかったんだぜ!?』

 

『浅間法廷で、裁判した結果、シュウ君は即刻死刑と言う結果になったので、結論から言えば私が正義なんです』

 

『おやおやぁ? 副長? 何なら、お金をくれたら逆転してあげてもいいんだよ? でも、相手がアサマチだから相場の倍になるけどねー』

 

『というか、君はどうしてそこで頭を狂わせたんだ。理由を言ってごらん? あ、元から頭が狂っていたから? それなら、僕にもどうしようもない……』

 

『け、結論速いぞ眼鏡! 俺は目の前に巨乳があったから、ただ揉もうとしただけだぜ!? 誓って疚しい気持ちはなかった!』

 

『逆にそれはそれで失礼なんじゃないんですかねー?』

 

こいつら……と思わず頭を抱えたくなるが、今はどうしようもないのでぐっと我慢する。

すると、遂に眼鏡委員長巨乳も現実を見始めたのか、きゃあ系の悲鳴を上げて、トーリを殴り飛ばしていた。

その先に点蔵が出て来ていたので、そっちは問題ないだろうと思い、無視した。

どうやら、相手しないといけないのは目の前に現れた女に変更になったっぽいっし。

とっ、と軽い音と共に目の前五メートル先に立花・誾が降り立った。

軽い音である。

幾ら、目の前の女の体重が軽いとしても、あんだけ巨大な義碗と双剣を持っていて、艦橋からここまでは二、三十メートルくらいの高さである。

それなのに。苦どころか、まるで、階段を一歩降りてきたかのような気軽さである。

姿勢制御とバランス感の賜物だろう。

目の前の女が決して、隆包のおっさんよりも弱いなんて決めつけは出来ないという証である。

とりあえず、目の前の女も四発ぶち込んだから少し、冷静になったようなので会話を試みておく。

 

「よぉ、立花・誾でいいんだよな? 旦那の敵討ちかい?」

 

「まさか」

 

こちらの軽口に首を振って答える立花・誾。

お? と少し、目の前の女に対する認識を変える。

てっきり、返して下さいなどと言うから、夫の敵を討ちに来たとかいうので来たのかと思ったが、これは完全にこっちが相手を舐めていた。

こりゃ、人を見る目ないな、とどうでもいい事を考えつつ、とりあえず、会話をまだ続けてみる。

 

「ほう? じゃあ、復讐以外に俺を狙う理由は何だよ?」

 

「無論───夫の復権を」

 

「ああ……返してっていうのはそういう意味かよ。そりゃまた」

 

前向き思考な事で、と内心で呟きながら、こいつは敵だと改めて認識し直す。

単純に武蔵の敵になるとか言う認識ではない。

俺の疾走を邪魔することが出来る障害としての敵と言う認識。

それは何も理由だけじゃない。

 

「てめぇ……俺の歩法を見破りやがったな……」

 

「Tes.と、自慢したい所ですが、見破ったことによって逆に貴方の実力が疑いようがないという事を証明してしまって素直に喜べませんが」

 

そりゃどうもって言いたいが、俺としてはそれで斬れていないので、別に嬉しくない。

 

「貴方の歩法とやらは、言うだけなら簡単ですね……簡単に言えば、貴方はこの場にいる全員からズレたという事です」

 

どういう事だ、と周りの疑念が空気に伝わり、立花・誾はその空気に頷きながら、こちらから視線を外さない。

 

「簡単な所から言えば、視覚から。そして全知覚、全タイミングから貴方は周りから解らないようにズレているのです」

 

一息。

 

「一つ一つは小さい隙間なのでしょうが、それらが全て噛み合った時に、貴方は知覚外へ抜け、誰にも認識できなくなる」

 

そして

 

「それに対抗する手段はただ一つ───ならば、自分も何時もの自分からズレるのみです」

 

故に息を止め、何時もの自分とは違う心拍数に変わり、目を見開き、自らからズレた。

そう答える立花・誾の台詞に俺は普通に感心した。

確かに、その通りである。

 

「ま、そん通りよ。でもな。こんなのはただの手品だぜ? 周りの奴らを多少驚かせる。そんな程度の技だ。別に、誇るもんじゃねーだろ?」

 

「戯言を……貴方はこんな相手の癖やタイミングを熟知しなくてはいけないものを、初対面の相手に対して、しかも、この場にいる全員の全てからズレた。正直に脱帽物です」

 

「それで、諦めるのかよ?」

 

「それこそ、まさか」

 

瞬間、立花・誾の姿が一瞬大きく見えた。

無論、錯覚である。

単純に立花・誾という存在の圧力が増しただけである。その事に、口が勝手に笑おうとするのを我慢するのに大変である。

 

「諦める? たかが、技一つ、知覚外に消える力を知ったから? 成程、確かに凄いですね。貴方が宗茂様を倒した相手と理解していても、純粋に武人として賞賛します。しかし、その程度で諦める等と、こちらを見下すとは……訂正を願います」

 

それは

 

「私達は西国無双、立花の姓を持つ武家の者です。それが、たかだか剣神などという存在に対して脅えるなんて言語道断。無双の名を遊びと思っては困ります」

 

「───上等だ」

 

余りにも素敵な言葉に敵であり、いい女であるという認識に変える。

道理で、立花・宗茂が格好いい男なわけである。

じゃなきゃ、この女に失礼だというものである。

うちの女衆といい勝負である。

というか、こうじゃなきゃいけねえ。

神に対して刃向おうって奴は、神に対して唾を吐く程度の傲慢くらい持ち合わせてもらわなければ困る。

牙がない獣なんて狩っても腹の足しになどならないのである。

 

「そこまで言うならペラ回さずにかかってこいよ立花・誾。ぶった斬ってやんよ」

 

と、本来なら言っておきたい所なのだが。

生憎だが、どうやら今回は時間切れだったらしい。

少々、はしゃぎ過ぎたぜと別に後悔せずに思わずに、顎コンタクトで立花・誾にそっちの方を見てみろよと示してみる。

そこには、嫌気の怠惰の上位駆動から、解放されたホライゾンが悲嘆の掻き毟りを放とうとしている姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲嘆の掻き毟りが放たれる数秒で、全員の動きが連続で瞬発された。

起きた事は、まずは艦事態の動きであった。

 

「垂直下降ーーー!」

 

房栄の指揮の言葉により、艦が下降しようとするが、艦橋の方は輸送艦が喰らいついているために、後ろだけが下がるという状況変化しか起きなかった。

そこに次の動きが生まれる。

艦橋に乗っているトーリと点蔵が、救いに来たマルゴットの箒に飛び移り、脱出をしていった。

そして、掻き毟りの砲が放たれる刹那。

更なる動きがまた生まれる。

弘中・隆包とベラスケスは聖譜顕装を発動させ、武蔵学生は防盾の術式を発動させ、三征西班牙の野球部員が砲撃を発動させ、そして、房栄の道征き白虎が駆け

 

十字砲火(アルカブス・クルス)!」

 

立花・誾は十字砲火を剣神に牽制として放ち、道征き白虎の方に駆けようとした。

剣神はそんな妨害は当然として駆けた。

狙いは右脇腹と、左足。

その狙いを強化された視力で即座に読み取り、彼はまず右脇腹の方を避ける事にした。

一歩。

ほんの少し左側に寄る。それで、右脇腹の一撃は意味のないものに処理された。

そして、最後に飛んできた弾には合わせる為に、右足の踏切に力を何時もよりも加える事で、飛翔に近い、疾走をする事により無理矢理合わせた。

ほんの、二、三メートルの滑空ではあったが、タイミングを合わせるという意味では丁度いいという場所を踏みしめ、そして左足で砲弾を踏みにじった。

丁度、脛辺りを狙っていた砲弾は強化された剣神の踏み潰しに耐えられずに、破壊の結果を残した。その事に、誾は自分の援助は難しいという事を悟り、この剣神をそっちの手助けに行かせないという事に専念すると心に決める。

そこで、全ての出来事が関連付けられた。

まず、最初に完成した動きは武蔵の防盾を生み出す行為。

しかし、そこに両の聖譜顕装が力を示し、全員の力と速度が半減されるが、問題ないと思い、構えようとしたところに、三征西班牙の野球部の砲弾が突き刺さる。

人体の下の方。つまり、股間部だけを狙った砲撃に、武蔵学生の女生徒は男子を犠牲にする事によって助かった……と叫び、全員が慄く。

そこに、遂に悲嘆の怠惰の掻き毟りが走る。

当然、そこに旧代と新代の両方の節制がかかる。大罪武装とはいえ例外ではないという事である。

しかし、それこそ悲嘆が、そんな事は知った事ではないと掻き毟りを走らせる。

威力こそ、減衰できているが、それでもまだ艦橋を破壊する力を有している。

 

「行くよタカさん……!」

 

「おう……!」

 

道征き白虎の"道"に乗り、掻き毟りに対して正面から突っ込む房栄と隆包。

共に武装には流体光の光が灯っている。

両の肩とバットと灯っている場所は違うが、どちらも流体に干渉する力を発揮している。

長震動破砕の武装と守りの要の武装が掻き毟りの群れに激突した。

最初に激突したのは隆包のバット。

振り方は典型的なスイング。

既に生涯で何千何百何万何億振るったか解らない型。

染み付いた手順は体を最適な方に当て嵌める。

体が型を作るのではなく、型に沿って体がそうのように勝手に動いてしまうのである。

一撃を入れたら、瞬間的に足首に力を籠め、左に流れそうな体を押し止め、体重を右にかけ、逆にスイングをする。

後はその連続をくれる。

打撃の重連奏。

結果は目の前に黑の光が千切れ、花と散る光景であった。

全員がよっしゃ! とガッツポーズを取った後に、止めとしての声。

 

『左右通信用教会塔破損……環境中央部などは無事です!』

 

わ……! と声が広がる響きが生まれるが、結果として隆包のバットは損傷が激しく、真ん中から先が消えている。

道征き白虎にも爪の抉りが多々ある。

どちらも、無事とは言い難いが───瞳に力がまだ籠っている。

そこに荒れた息を吐いている房栄が息を整える事もせずに、突撃の叫びを放とうとした瞬間、違う声が遮った。

 

『皆様───これより、武蔵は重力航行に移行します───以上』

 

直後、武蔵と言う名の巨竜は姿を輸送艦ごと消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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女の意地


前を見る事は良い事だ

進むことならば尚良し

それが自分を見た上ならば

配点(強がり)


 

行かれてしまう。

そんな単語だけが、誾の脳内に浮かび上がってきた。

そして、反発するかのように出てきた単語はただ口の中から発せられた。

 

「行かせません……!」

 

莫大な物体が急激なスピードで生まれたエアポケットによって生まれた衝撃で、艦が揺れる中、誾のみが揺れずに、ただその言葉を吐いた。

房栄が管板上の人間は中央に集まれと指示をしているのが聞こえる。

最も揺れない場所は艦の中央であるという事であり、つまり、これからが本番であるという事を彼女は理解しているのであろう。

だけど、誾は敢えてその指示を聞いていない振りをして、前に進んだ。

その瞬間に武蔵は発進した。

轟音が炸裂した。

武蔵の巨大さが音を作り、真空を作り、霧を作りながら発進する。

巨大なのに、最早自分の足では間に合わない事に頭が勝手に理解して、足を止めさせようとするのを無理矢理動かしながら

 

「……!」

 

十字砲火(アルカブス・クルス)の一斉掃射を放つ。

二つの砲から火を吐き、出された数は限界突破をして五つもの砲弾を吐き、それら全てが、武蔵に繋がれている輸送艦に向かう。

一発だけ、輸送艦をつないでいる牽引帯に食い込み、残りは輸送艦の故にいる敵軍に当たるはずだったのだが

 

「結べ───蜻蛉切!」

 

二発は蜻蛉切による割断により割られ、残り二発は見えない衝撃で斬られた。

剣神の剣圧による斬撃。

それを為したのは

 

「熱田・シュウ……!」

 

彼はこちらを一瞬だけ見た。

ある意味、言葉よりも雄弁に、しかし、シンプルにメッセージが伝わってきた。

足りてねえな、と。

その目に、思わずカッと気持ちが沸騰するのを感じたが、既にこの距離では何をやっても防がれるという事実を目の前で見ている。

つまり、この場での相対は既にもう終わっているという事を示している。

それは、誾も既に理解できている。

戦の終了を感じ取ることは、彼女にとって授業を終える時のベルを聞くのと同じような感慨と思っていたからである。

だが、今は違う。

何時も一緒であった夫の姿は今はなく、ただ一人で。

目の前に、しかし、離れている少年を前に自分は感情を抑えることが出来ずに、何かを言おうとして口を開けようとしたその刹那に。

直ぐに、武蔵は再加速をし、こちらとの距離を一気に離していった。

そして、最後の本当の刹那に。

剣神はこちらから視線を逸らした。

理由はないのかもしれない。ただ、もう戦闘が終わったと思い、周りの様子を見に行こうとしただけなのかもしれない。

しかし、捻くれてしまった自分にはそれが安い挑発に見えてしまい、何かを言おうとしていた口からは

 

「───!!」

 

意味のない叫びが放たれた。

しかし、それも全て武蔵の大気との衝突による水蒸気爆発によってかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、武蔵の輸送艦の甲板上で、とりあえずという事でそれぞれの傷とかの治療をする事になった。

とは言っても、ここでも影響が出るのか、あんまり応急手当などをした事がない連中はそれこそ慌てて

 

「よ、よし! お、俺が心臓マッサージをしてやるよ! さ、ささ! 横になって、服をちょーーーっと……って、お前オカマかよ!」

 

「お、おい! 誰だ露骨に傷薬の配列の所に間違ってエロゲを置いた奴は!? ある意味、すげぇドキドキしちまったじゃねーか!」

 

「あ! 包帯の代わりに何故か男性用のゴム製品があるぞ! これで巻けって言うのか!? 保健委員出てこい!」

 

ある意味、戦場よりも修羅場になってしまったが、気にしていられないなーとナイトは帽子を深く被りながら、そちらは見なかったことにした。

問題は

 

「ホライゾン!」

 

ソーチョーの声に反応して、そちらの方を改めて見る。

そこには、恐らくこの奇襲で、最も消耗してしまったホライゾンが膝を着いて、苦しげにして座っていた。

そこに駆けよる全裸ことソーチョーは彼なりのスピードで彼女に駆け寄ろうとしている。

その姿に自分を含めた女勢がおおう……! とつい、息を吐いてしまうが、そこは女の子として仕方がない事だよねと理論武装。

そして、ホライゾンの方も、ソーチョーが近寄ってきたのが解ったのか、苦しそうな顔をしつつも、ソーチョーの方に振り返り

 

「ト、トーリ様……こ、こっちに来て頂けますか……?」

 

「だ、駄目だぞホライゾン! そんな状態でそんなセリフを言うのは死亡フラグなんだぞ!?」

 

とか言いつつ、彼女の傍によりクネクネして抱きつき体勢に入っている状態を見て、何時も通りか……と全員で溜息を吐いて微妙な視線を向ける事にした。

後から来たシュウやん達も白い眼でソーチョーを見ているので、ある意味一致団結してるなーと素直に思った。

だが、そんな視線の中、ホライゾンはくわっと目をいきなり思いっきり開けたかと思うと、いきなり重心低く立ち上がり、そして、そのまま駆け寄っていくソーチョーへのカウンターの拳を全裸である彼の股間に向けて、勢いよく放った。

めきょと嫌な音が響き、女の自分からしたら理解できない痛みに一瞬、ソーチョーは無我の境地に至り、今までで一番真面目な顔をした後に

 

「……ふっ」

 

タメのある動きで背後に倒れた。

周りの男性陣全員がひぃぃっと叫んでホライゾンを恐怖そのものとして見ているのだが

 

「あれ? シュウやんは脅えないの?」

 

「いや……だって、俺はあれよりも更に強い智ので慣れているからなぁ……」

 

そういえばそうだった……と周りの男性陣は心底同情するかのような視線で彼を見ていたが、本人は無視していた。

 

「でもさぁ」

 

「あん?」

 

「逆に男として、そういうのに慣れちゃ駄目じゃないのかなってナイちゃん偏見で思うんだけど、そこら辺はどうなのかな?」

 

「……む、一理あるな……」

 

自分の言葉に何か男として考える事があったのか、少しだけ悩むように顎に手をつけながら、彼はまるで閃いたというような表情を浮かべたかと思えば、表示枠を操作して何かを書いた。

書き終わった後のシュウやんは物凄く何かをやり遂げたような顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……? シュウ君から何か連絡が来てます」

 

浅間は喜美と一緒に被害状況などを確認している最中に急に幼馴染からの連絡が来たので、少し驚いて立ち止まった。

別に珍しくはないのだが、戦闘の後にというのが、何となく珍しさを感じさせる。

こちらの気の持ちようだというのは解っているのだが、まぁ、そういうのは人の感受性によるものなんでしょうねと思っていると、喜美がこちらに変な笑顔を見せて、一言。

 

「ラブレター?」

 

「ぶっ!」

 

余りにも直球な一言に考える前に噴いてしまう。

げほっ、ごほっと急き込んでいる私を心底楽しんでるわ~と言う顔がむかついて、慌てて、息を整える。

落ち着くんです、浅間・智。

これは、喜美の何時も通りの攻撃です。攻略方法としては、まずは落ち着く事です。

 

「あのですね……いいですか、喜美?」

 

まずは自分を落ち着かすようにゆっくり前置きの言葉を吐いて、狂った空気も落ち着かせる。

そこで、結論だ。

 

「何でこんな場面で、そんな物をシュウ君が送ってくるんですか? 理屈で考えておかしいでしょうが」

 

「あの愚剣が理屈で考えられるような生き物なの?」

 

「……」

 

暫く、沈黙して考えた後に、速攻で結論。

 

……あれ!? 速攻で論破されましたよ!?

 

余りにも直球で隙のない返しに、汗がだらだらと流れてしまう。

 

え……でも、いや……シュ、シュウ君でも流石にそんなこんな状況でこ、ここ告白なんてするような突拍子まないような事をす、するはずないですよ、ね……?

 

そして、つい、その事を考えてみて顔が赤くなってきているのが解る。

いや、だって、あの斬る事しか考えていないシュウ君がそんな事を考えているはずがないと往生際悪く考えるが、頭は勝手に自分の期待した世界を作ってしまっている。

その姿を喜美が楽しそうに笑っているのを見て

 

う……

 

顔がまた赤くなってしまう。

喜美の策略であるという事は理解しているのだが、体の反応を理性で止めるのは難しい。

せめてもの、抵抗として喜美から体を逸らして、顔を見えないようにして

 

「……ん」

 

表示枠を恐る恐る見てみた。

少々、我ながらドキドキし過ぎると思ったのだが、次の瞬間に熱は猛烈な勢いで冷め、顔の赤みが一瞬で消え失せ、表情が無表情になるのが解った。

内容はこうだった。

 

『今度からチーンコを射つのは止めて、撫でるように攻めてくれ』

 

一瞬で弓を組み立て、狙いを探し、そして矢を放った。

 

 

 

 

 

 

 

やり遂げたような顔で笑っている熱田に突然の轟風が飛来したのを正純の動体視力がぎりぎり捉えた。

突然、上空から熱田からしたら上からの微妙な斜めからの攻撃を熱田は無防備に股間で受け止めていた。

やり遂げたような表情は一瞬で修羅場にいるような表情に変わり、瞬間、熱田の全運動が間違いなく止まる。

そこに改めて第二射らしきものが彼の股間に改めて直撃する。

ズドンという効果音が響いたような気がするくらいの衝撃でマジ顔のまま熱田は遂に耐えられずに後方に吹っ飛ぶ。

そして、最後に吹っ飛ぼうとした熱田に止めの股間破壊の一撃が加わり、後ろに吹っ飛ぼうとしていた熱田は無理矢理体の動きを止められ、更に衝撃を逃す事も出来ずに地面に叩けつけられる。

最終的にまるで、地面に縫い止められる様な感じで、熱田の動きは停止した。

それから、数秒したが動く様子がない。

これはもう駄目だなと冷静に判断を下した。人間、やはり、どうしようもない事には諦めるという事が必要であると正純は真理を悟る。

 

「お、おいシュウ! 大丈夫か!? よぅーし。こうなったら、俺の愛の人工呼吸と心臓マッサージで助けてやるぞーう。ほれ、ハッスルハッスル!」

 

とは言っても、流石に死者に鞭を打つのはどうかと思うので、全裸は甲板縁の手すりに繋がれていたロープで首に巻いておいた。

ワンワン鳴いて、煩かったが、そこら辺は無視した。

有害なものと喋っていても、こっちの利にはならないと最近学習した事である。

いらんのが二名追加してしまったが、まぁ、許容範囲内であると判断し、問題はホライゾンであると改めて抱きかかえている彼女を見た。

 

「搬送に必要な者には急ぎの搬送の準備をしてくれ……ミトツダイラ。お前の銀鎖でホライゾンを何とか搬送できないか。恐らく、嫌気の怠惰の影響だとは思うんだが……」

 

如何せん、自分達とホライゾンではある意味で症状が全然違い過ぎて判断に困る。

嫌気に反応した束縛の質も、その体が自動人形であり、大罪武装であることを鑑みると素人判断で判断するのは正直危険である。

そう思ったのだが

 

「……上下差があって銀鎖じゃ無理ですわね、重力航行が終わってからじゃないと安全性が確保できませんし……」

 

そして、ミトツダイラは語り掛けながら、こちらに歩いて来て、そっと膝を着き、ホライゾンの様子を見てくれる。

そして、そこに頷きの動きを入れ

 

「見たところ、疲労みたいなもので寝ているみたいですから、深刻な事にはならないと思いますわ」

 

「それならいいんだけどな……」

 

疑うわけではないのだが、やはり油断はできない。

とは言っても、ミトツダイラの意見は尤もなので焦っても無駄という事であろう。

落ち着きが足りないな、と正純は思いながら、一息を吐く。

 

……だが、今回はどちらかと言うと凌げたと言ってもいい戦闘ではあったと思う。

 

奇襲の感知に付いては熱田が。

そして、それ以外の相対については押され気味な所もあったが、それは相手の実力が不明であったことも少し引いたらとんとんになると素人判断ではあるが思う。

直政の地摺朱雀はかなりのダメージを負ったが、それは極東の暫定支配によって戦闘系では無かっただけなので、どちらかと言うと大したものだと言ってもいいと思う。

副長戦も、そういう意味では良かった。

膠着状態ではあったし、そういう意味なら弘中・隆包の目的は達成していたと言ってもいいかもしれないが、それでもお互い同点の攻防であったと思う。

まぁ、でも、一応聞いておこうと思い

 

「ミトツダイラ。副長同士の攻防はお前から見たらどうだったんだ? 参考に聞かせて貰いたい」

 

「そうですわね……」

 

ミトツダイラは少し沈黙し、考えを纏め、こちらに改まって喋りかけてきた。

 

「はっきり言えば……お互いまだ本気でやっていない感じがしたので引き分けって感じがしますわね」

 

「……そうなのか?」

 

私からしたら二人とも全力全開でやっていた気がするが戦闘系からしたら、やはり違うと思われるのだろうか。

その疑問にええ、と前置きを置いたミトツダイラは続ける。

 

「今更思ったのですが……副長の能力は輸送艦などでの上での戦闘は不向きですわ。剣神の剣圧だけで、輸送艦が斬れるんですもの。足場がその内、持ちませんわ」

 

「まぁ、その分シュウやんはブーストの補助能力で機動力を補っていたから、あんまり表立っては見られてないけど……まぁ、ちょっと攻撃特化だという事は向こうも理解されたかなとナイちゃん思う」

 

途中でナイトも話に入ってきて、ミトツダイラの論を補強する。

む……と確かに思う。

熱田の能力ははっきり言って攻撃特化過ぎる。

加護の方も凄いと言えば凄いのだが、副長が持つ得物は実力に応じた武装である。そういう意味で言えば加護の方はあんまり無いものと見た方がいい。

だが、それを補って攻撃力があり過ぎる。

斬撃特化の剣神だからと言えば納得できるが、ちょっと物騒過ぎる。

まぁ、それは熱田とこれからの私達の状況製作次第かと思い、話を続ける。

 

「じゃあ、弘中・隆包の方は?」

 

「……本気ではあったと思います。ですが……」

 

全力ではなかったという事か……

 

口には出さなかったミトツダイラの言葉を脳内で作り上げて、少し溜息。

霊体とはいえ人間っていうのは鍛えたら、そこまで強くなるんだなぁとしみじみとちょっと人体の神秘を理解する。

 

「理由は、実力を隠すためか」

 

「恐らく……」

 

「まぁ、でも、総力戦になってくれたお蔭で三征西班牙の総長連合と生徒会の能力の大半は見えたから、プラマイゼロかな」

 

「前向きだな……」

 

「後ろを向いていても何も変わらないっしょ?」

 

確かに、とナイトの言い分を理解して、頷いていると、ふと艦の行く先。

東の方を見る。

そこには

 

「……英国か」

 

 

 

 

 

 

 

 

学生寮の方を飛んでいたナルゼもその光景を見ていた。

 

「何だか、ようやくって感じがするわね……」

 

さっきまでは、もうちょいだったはずだったのに、たったの一戦闘で思っていたことが一気に変わった気がする。

英国というのは鍾乳石の集まりのような浮上島国家である。

その土地は一枚岩ではなく、無数の術式稼働構造体で固めた四ブロックからなる浮上島。

別に初めてという訳ではないが、何回見ても飽きない光景ではある。

絶景と言ってもいい風景ではあると認めている。

初めてのホライゾンには丁度いいんじゃないかしら、と思うが、今はどうやら気絶しているようである。

厄介なものである。

大罪武装とされた自動人形と言うのは。

 

「総長もよく我慢してられるわね……」

 

まぁ、自分達がその事で馬鹿のことを心配するわけにはいかないだろう。

逆に、私達はしっかりしろと尻を蹴って嗾ける側でいいはずだ、と思い、頷き、そこであら、という声を作る。

英国側からの空から艦影が見えてきたのである。

水先案内の為の船と護衛艦だろうと思う。

そして、"武蔵"の声がアナウンスで聞こえ

 

『本艦武蔵はこれより、英国領海県内に入ります。英国周回軌道をとって速度を落とし、英国側の指示に従い、英国周回に向かいます───以上』

 

やれやれね、と溜息を吐いて、ようやくという感情を抑えてナイトの方に向かおうかしらと思っていたら

 

……ん?

 

違和感に気付いた。

違和感の正体は自分でもなく、武蔵でもなく、水先案内の為の艦ではない。

護衛艦の方である。

別段、護衛艦におかしいところがあるわけでもないし、護衛艦がいる事がおかしいわけでもない。

問題は護衛艦の質である。

艦の種類は明らかに高速型。

幾つもの砲を両舷に備え、術式帆はまるで槍のように前に尖らせている。

その武装や艦の質が明らかにレベルが高い。

物自体はありふれた感の付属物かもしれないが、一つ一つの装備の質が明らかに水先案内の為の艦を守るための艦ではない。

そして、最後の違和感はこれだ。

見た事はないが、別で、そう───年鑑か何かで見た気がすると思い、記憶を思い出した瞬間、違和感が嫌な予感に切り替わるという素晴らしい斬新。

武蔵は世界一飽きない場所であると断言していい。

 

『極東、武蔵アリアダスト教導院所属艦、武蔵に伝達……!』

 

語調は明らかに水先案内をしまーすという雰囲気ではないもの。

前回は確か、オカマが「では、これより、英国拷問巡り・ドキっとしちゃうぞあの子の意外なし・ん・じ・つツアーを始めまーす! ウフッ」というものだったはずだ。

美味しいネタだったが、拷問の実況をするところに全裸が乱入して、年齢制限に引っ掛かってしまい、相手側は悔しい思いをしたという結論で終わったはずだ。

というか、全裸は駄目で拷問は大丈夫なのか、と当時の私は疑問に思いながら、ネタにしてネームを書いた記憶がある。

 

『こちら英国オックスフォード教導院所属、護衛艦"グラニュエール"。艦長は女王の盾符(トランプ)の4のグレイス・オマリ。その立場を持って警告する……!』

 

ナルゼは自分の主翼を開こうとする。

行かなければいけないのである。

どこへ、と聞いてくれる人はいないが言うなら、ただ、一言の呟き。

 

「戦場へってね」

 

ネシンバラ病が炸裂しているみたいで、変な感じだけど、そこら辺は無視っとこう。

ナイトが今回、頑張った。

なら、次は自分が頑張る番だろう。

黒嬢(シュバルツ・フローレン)がなくても、自分は大丈夫だ、と言葉ではなく行動で伝えるのだ。

そして、最後の締め括りの言葉が聞こえた。

 

『英国は貴艦の停止を実力行使する!』

 

瞬間、グラニュエールから四つの蔦と共に四つの影が派生した。

影の形は明らかに人の形。

この場で、武蔵の強制停止を実力を持って行おうとしているのだ。

なら、相手はグレイスと同じ女王の盾符だ。

つまり

 

「相対を望むって事ね……!」

 

はン、とそれを笑い飛ばしながら、ナルゼは戦場に向かいながら、叫ぶ。

 

「上等よ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国の宣言に対して、輸送艦側にいた怪我人などを含む全員が呻いた。

 

「問題は戦場だと思うんだけど……」

 

と、ナイトが切り出し、そして周りを見る。

ここにいるのは三征西班牙(トレス・エスパニア)を相手にした者達であり、実質、武蔵の主力のほとんどがここに集まっている。

全裸は無視して、副長の熱田に補佐に二代。特務としては点蔵や自分、それにミトツダイラもいる。それに、元警備隊の者もいる

向こうにいるのは残りの特務。

とは言っても、直政は地摺朱雀を大破させているので、カウント出来ない。

なら、戦力としてカウント出来る特務は実質、ウルキアガと

 

「ガっちゃん、大丈夫かなぁ……」

 

彼女は三河の騒乱で武神に黒嬢を壊されており、実質、戦力はダウンしている。

戦えないという訳でもないけど、相手も英国側の特務である女王の盾符達だ。

はっきり言って、キツイとしか言いようがない。

 

「なら、俺がちょっと走って助けてやっか?」

 

そこで、何時の間に復活したのか、シュウやんが復活して、何時もの野性味のある表情を浮かべている。

その言葉にうんうん、と頷いているミトッツァンもいるが

 

『いえ。間に合わないと判断できるので、お止め下さい───以上』

 

その言葉にミトッツァンと顔を合わせるシュウやん。

そして、二人とも息を合わせて

 

「何故!」

 

『Jud.───ぶっちゃけ足が遅いと───失礼。冗談です。だから、ミトツダイラ様は落ち込まないでください───以上』

 

「お、俺に対しては冗談じゃないのかよ、"武蔵"さん!?」

 

「実際、かなり中途半端の速さだもんねぇ……」

 

二人とも高速型の戦種(スタイル)じゃないから、ある意味仕方がないと言えばそうなのかもしれない。

かくいう、自分の速さは大体白嬢(ヴァイス・フローレン)に頼っている自分である。

そして、ミトッツァンはぶっちゃけ、特務クラスでマサやんの次に遅いし、シュウやんは中の上くらいである。

とは言っても、それだけが理由という訳ではないのだろう。

それを促すと"武蔵"も頷いて、説明を続ける。

 

『Jud.端的に申しまして、武蔵は残り三分ほどで英国の至近にまで辿り着けます。故にこれからの相対は三分以内に英国が武蔵を止めるか、三分間、こちらが凌げるかの戦いになります。ですから、勝敗に関しては、そこまで重要視されておりません。三分ならば、如何に二代様であっても、恐らく助けになる様な機会を得れぬまま終わるでしょう』

 

ううむ、と呻く全員。

たった三分じゃあ、確かにこの場にいるメンバーでも、ほとんど手助けできるような時間はない。

ただの、徒労になるというのは誰でも解る結論である。

と言っても、ミトッツァンの方はともかく、シュウやんの方はそこまで落胆はしていないので、実は結構気付いていたんじゃないかなぁ、と思うが、言う必要な無いだろうと思い、沈黙しておく。

 

「という事は結局───」

 

『武蔵側にいる人物だけで、女王の盾符を相手に持ちこたえる。それだけだよ』

 

突然、浮かび上がった表示枠のバラやんが結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

浮かび上がった表示枠に熱田は溜息を吐きながら、言葉を吐いた。

 

「そこまで大言を吐いたんなら、当然、目的は達成できるという目論見があるって事だろうな?」

 

『別に。策はそこまでないけど、こっちとしても、やられ役というのはつまらないって事だよ。まぁ、敗北も悪い事じゃないんだけどね』

 

違いねぇと思いつつも、まぁ、そこまで言えるんなら問題ないだろうと熱田は判断する。

というか、やっぱり、上に立っているような発言は俺には似合わないぜ、と内心で愚痴りたくなるが、まぁ、そんなのはどうでもいい。

ネシンバラは、こちらの周囲を窺うように視線を動かして、一言呟いた。

 

『───すまない。随分と負傷者が出てしまった』

 

それに今度こそ呆れの溜息を吐くが、まぁ、悪い事ではないだろう。

人心を窺えない軍師では、やはり、士気に関わる。まぁ、そんなのは全員知っていると思うが、まだ武蔵に入って間もない元警備隊などもいるのだから、そういう意味ではイメージに良い。

まぁ、そんなのを狙って吐くような馬鹿じゃないから、何も言わない。

軍師というのは大変なもんだ、と内心で思いながら台詞を生む。

 

「自惚れが酷いぜ眼鏡。いいから、とっとと活躍して来い。剣神(おれ)の出番を獲るんだから、精々派手にやって来い」

 

『……それはまた……剣神の出番となれば戦場の主役かい? 軍師としては、ちょっと間違っている気がするけどね』

 

まぁ、そこまで戯言を言えるんなら十分かと思い、苦笑で返す。

そこで、ネイトが会話やネシンバラの表示枠に不自然さに気付いたのか、会話に混ざる。

 

「……ネシンバラ? まさか、貴方───」

 

『Jud.僕も迎撃に向かっているよ。本当の所を言えば、僕じゃなくベルトーニ君にはしゃいで欲しかったんだけど、彼は彼で大忙しだ。まぁ、今回は相対戦だから軍師は楽でね。手が空いているから、行こうというわけなんだよ』

 

その言葉にネイトは少し、心配そうな表情に眉の形を変える。

そして、何か言おうとするネイトを遮る形で、俺が言葉を放つ。

 

「いいじゃねえか、ネイト。ネシンバラも男の子って奴だよ」

 

「い、いえ……男の子関係ありませんのでは?」

 

そういう事にしとけよ、と苦笑気味に伝える。

そこで改めてネシンバラの表示枠に向かい

 

「はしゃげよ男の子。男がはしゃがなくて、どーすんだよ。精々、爺、婆連中を疲れさせてやれよ。ただし、手抜くなよ? 遊びも仕事も何事も手抜いたら面白味が欠けるからな。やるなら、徹底的にしやがれ」

 

『相変わらずの狂った発言だ』

 

言葉に対してネシンバラの声の響きには苦笑が伴っていた。

しかし、否定しない所を見ると、つまり、そういう事なんだろうと思い、俺も笑う。

 

『Jud.副長にそこまで言われたなら、僕も頑張らざるを得ないね。ま、程々に頑張るよ。この三分間をはらはらどきどきしながらそこで待っていてくれ』

 

そこで、表示枠が宙から消える。

暫く、周りは無言であったが、俺がその雰囲気を笑いながら、周りを見回しながら口を動かす。

 

「な? あの眼鏡。ノリノリだっただろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「英国の判断。どう思うかね元生徒よ」

 

白く、広い聖堂の奥の祭壇の前の階段に座っている教皇総長に向かって喋りかけているのは魔神族のガリレオである。

その言葉にあん? と前置きを置きながらも答える教皇総長。

 

「どうもこうも、英国が建前として保守的にシフトしたって事だろう。さっきの寒い滑りを聞いた後だから、どうも温度差を感じるなぁ、おい」

 

「武蔵を相手にするには出来る限り真正面で見るべきではないぞ。鋭角に見る事も、君には偶には必要だと思うがね」

 

嫌そうな顔をするインノケンティウスの表情は無視して、続きを黙って促らせる。

それに、溜息をしつつも答える教皇。

 

「ま、要は堅実な選択をしたという事だ。英国にも選択肢は合った。今のように武蔵を良しとせずに、本音はともかくとりあえず迎撃する、つまり、武蔵の考えに賛同しない道。そして、もう一つは武蔵の考えに賛同する道」

 

「君としては賛同してくれていた方が面白かったのではないなかね?」

 

「俺は教皇だぞ。教皇がそんな事を思っていたら、不味いだろうが、なぁ」

 

苦笑一つ。

 

「まぁ、当然な判断だろうなぁ。武蔵に付くという事はつまり、聖連を敵に回すという事に同義。そもそも、英国はアルマダ海戦に歴史再現によって国力を温存しなければいけない時期に、厄介事を持ち込みそうな武蔵を内に入れる様な無謀な賭けはしないだろう。良い事とは思わないかガリレオ。英国は武蔵みたいに馬鹿だらけの国じゃあないらしいぞ」

 

「君が望んでいるのはその馬鹿だと私は思っていたのだが、それは勘違いだったのかね」

 

はンと笑い飛ばされるが無視するガリレオ。

そこに溜息をしつつも、声を重ねる。

 

「契機となったのは三征西班牙の襲撃なのだろう。だが、まぁ、これを機にこちらとしても武蔵の残存戦力の偵察を行えるので、君としては文句を言える場所はないのだろう」

 

「Tes.と言っといてやるよガリレオ。神クラスの熱田もそうだが、それ以外の特務や生徒会も武蔵は混沌とし過ぎているんだよ」

 

「そもそも、熱田の剣神を政治的に抑える事は出来ないのかね?」

 

「駄目だな。剣神はそもそも戦場を駆ける事を前提として定義された戦神だぞ。しかも、あれでスサノオを意味する剣神としては最高神だ。奴の行動は荒の王としては間違ってはいない。逆に荒の王の名を否定しろなどと言ったら、こっちが文句を言われるわ」

 

「かと言って真正面から神クラスと相対するのは苦労すると思うがね」

 

「今更だ。まだ、鹿島のとこの軍神が学生じゃなかっただけでも感謝しとけ」

 

旧派(われわれ)が言うのも何だがね。神道も中々えげつなさでは劣っていないな」

 

そうだな、と頷きを作りながら、神道の残りの剣神とかが、剣工の道に着いてくれた助かったとしか言いようがない。

まぁ───だから、あの剣神は武蔵にいるのだが。

 

「ともあれ、我々聖連もするべき事をさせてもらおうじゃないか」

 

「───重双血塗れ(ダブルブラッディ)メアリの処刑の歴史再現かね」

 

Tes.の頷きと共に、顔の向きを表示枠の方に向き直す。

 

「アルマダ海戦は一人の王族の処刑で始まる。聖譜によれば、元スコットランド女王にして、エリザベスの従妹であり、そしてエリザベスの暗殺未遂を犯したメアリ・スチュアートの処刑だ」

 

「そして、エリザベスの義母姉である先代メアリ。チューダーの二重襲名者……正しく、英国の不貞の証だろうな」

 

「結論を言ってやろうか? ───世の中はままならんだ」

 

「君にしては一般的な模範解答だな元生徒」

 

茶化すなよ、と苦笑付で返すが、表示枠を見ると、自然と表情は違うものに変わる。

 

「厄介だとは思わないか? 武蔵は喪失を認めようとしない馬鹿連中。英国は率先して、喪失をしようとする現実派。互いの了見は今のところ噛み合っていないし───特に武蔵総長と副長がどんなリアクションを取るか……楽しみだと思わないか、ガリレオ」

 

「武蔵の総長は解るが、副長もかね?」

 

ああ、と意図的に間を空け、会話に隙間を作る。

ほんの刹那の沈黙を楽しむように、味わいながら、しかし、直ぐにその沈黙を破る。

 

「ホライゾン・アリアダストが葵・トーリの後悔の形ならば、恐らく、メアリ・スチュアートの処刑は熱田・シュウの過去の象徴になるだろうよ。どう足掻いても、過去を思い出さずにはいられないだろうよ」

 

「ホライゾン・アリアダストも二人の過去の象徴ではないのかね?」

 

「自分で言ってるじゃないか。武蔵の姫は二人というよりは武蔵の、と言うべきだろう。これは熱田・シュウの過去の象徴だ」

 

そこまで、言って一際強烈な爆発音が表示枠から聞こえたから、そちらの方に再び視線を集中させた。

 

「今こそ疾走して駆け抜けよう、か……」

 

その言葉は剣神の信念であり、真実の言葉である。

だが

 

「それが、ただの強がりの言葉か、違うのかはこの英国を持って見抜くことが出来るんなら……見ものだと思わないか?」

 

 

 

 

 

 

 




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魔女の意気


望んだものはただ一つ

でも、少ないからといって、それが達成可能という訳ではない

配点(落ち込み)


 

「まったくもう……次から次へと大忙しだわ……」

 

右舷一番艦品川前部の倉庫区画の大型木箱が立ち並んでいる場所にて、黒の六枚翼を背に担う第四特務であるナルゼが愚痴を宙に吐き出す。

それに構っていられる余裕はこの現場位にいない事は理解しているが、吐きたくもなる。

手にしている魔術(テクノマギ)式用のペンを軽く握りながら前方を睨む。

前方に降り立とうとしていた英国の女王の盾符(トランプ)。こちらは既に前提からして、かなり不利な状況なので、相手が誰かも確認せずに、初手を貰ったのである。

結果は目の前の蒸気が教えてくれるが

 

……はっきり言って、倒せたなんて思えないわよね。

 

この程度で終わる存在は役職者にいないと思った方がいい。

最近の傾向を考えてみても、英国の女王の盾符も、きっと濃い奴等に違いない。何せ、K.P.A.Italiaや三征西班牙の面々も全員濃い連中だけだったのだから。

これで、英国が濃くなかったら、恐らく世界にキャラで負けてしまうからそれはないだろう。

後ろには牽制の弓隊がいるが、当てにしてはいけないだろう。

彼等は訓練でしか、その弓を扱った事がない。

浅間とは違うのである、そう。

 

「何の躊躇もなく、人を射る浅間みたいな人非人と一緒にしてはいけないのよ……!」

 

『な、何をいきなり人を人外みたいに! 私がそんな喜んでぶった斬ったり、割断したり、全裸になったりする狂人と同じと思うんですか!? 私は射る事に喜んだりしてません。ただ、結果的に射る事で問題がなくなる事を喜んでいるだけです』

 

この狂人も言う事が違うわね、と思い、表示枠を無視した。

小等部入学式の縁日の時に、いきなり人を射つ人間は格が違うわね、と過去の記憶を思い直しても、思うんだから間違いない。

狂人は恐らく生まれた時からその素養を持つのだろう、とどうでもいいことを思いながら、視界に影を見つけた事で目を細める。

動きに傷などを慮っている様子はない。恐らく無傷である。

どうして、などと思う必要はない。

思う必要があるとすれば、ならば、である。

思考は行動に即繋がった。

腕は制服のポケットの中に入り、中にあるものを取り出す。そこにあるのは、中身自体はどこにでもあるような水が入った瓶である。

投げても、簡単に避けれるし、目とかに当たらない限り、ダメージにもならない。精々、相手が女だったら、制服が透けてサーヴィスショットになるくらいだろう。

周りの男連中は喜びそうだが、ありふれたネタなので却下だ。

斬新さが必要なのよ、斬新さが、と内心でコメントを言いつつ、水が入った瓶に、その魔術(ざんしん)さを詰める。

魔術というのは自然や流体を数学的に捉え、加減算的に変質させる術式である。

そして、自分が使う白魔術は生成と回復を司る加算的な魔術。

それを利用すれば

 

「───喰らいなさい!」

 

描くという生む行為によって、ただの水は加熱による水蒸気爆弾へと変化する。

さっきも同じものを投じたが、二度目の爆発により、蒸気は少し薄くなりつつある。

その向こうからさっきよりも確かな影が見えた。

その事に舌打ちを露骨にする。

明らかに、相手はダメージを負っていない。自分の攻撃術の力が足りていないとは思わない。

必要以上の卑下は好きではないのだ。

ならば、単純に相手がこちらの術式を超えて、立っていると考えるしかないのだが、それはそれで癪ね、と思うのは魔女(テクノへクセン)として当たり前と思いながら、続いて連続投下。

 

「質で駄目なら量で勝負よ……!」

 

今回に限って、排気なんて遠慮なく排出(アウトプット)よ。

赤字覚悟って素敵よねっ。

敵を倒せたら尚

 

「───Herrlich(上出来)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発は過激の一言に尽きた。

既に熱のレベルまで昇華した蒸気のほとんどは大気となってナルゼ達の方に向かい、ぶつかった。

ナルゼはそれらを翼で受け止めながら

 

「やった!?」

 

その言葉にナルゼの周りに表示枠が浮かび上がりまくった。

 

『いけないよ……ナルゼ君……! 君は非常に迂闊な事をした……! 略して非闊……!』

 

『ええ……自分でも、確かにこれは不味いと思うんですよね……』

 

『気にしないでいいんだよマルガ君! 一人の失敗をフォローするのが僕達仲間の役割なんだから!』

 

『うむ……! 気にせずどんどん攻撃するがいい……! 吾輩がそれをぷるぷるしつつ見守ろう……!』

 

やかましい。

現実と二次元を一緒にするんじゃない。

そんな物を現実で守れるのは、それこそ変態くらいである。

 

……ああ……だから、武蔵の変態共はその理屈を守れるのね……

 

総長とか熱田とか喜美とかネンジとかイトケンとかハッサンとか。

該当者が多過ぎて困るのが、武蔵クオリティね。

嫌な場所ね、と思いながら、念には念をと次の術式を構えた瞬間。

前の前の霧の空間から聞き覚えのない声が飛んできた。

 

「ああああら? 私達相手に小娘一人でいいのかしらね」

 

距離十五メートルの間で放たれた声。

その後に、煙の中から四つの影が現れた事を視認する。

その動きにぶれは一切ない。

つまり

 

「無傷……!?」

 

あれだけの攻撃に対して、何のダメージも受けていない。

それはつまり、何らかの手段で回避、もしくは防御したという事になる。

回避なら、爆発だけならともかく破裂することによって細かな刃となった瓶の破片をあの距離で躱せるとは思えない。

そんなのを出来るのは、二代か、もしくは立花・宗茂みたいな高速戦闘を得意とする化物クラスのみだ。

年鑑では、英国にそんな高速戦闘をこなすような人物はいなかったと記憶している。

という事は、何らかの手段で防御をしたという事だ。

そんなことが出来る人物は

 

「変態……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

変態と断ずるのは何もこの攻撃の中で生き残ってきたという事実だけではない。

まず、ナルゼの目の前の位置であり、一番近い位置になっている女。

その女は足に巨大な鉄球をつけており、更に痩せ過ぎと断ずることが出来る枯れ木のような女であり、今でも痩せ過ぎているせいか、がくがく震えている。

恐らく、合う制服がないからか。その英国の女性用制服を占めるように来ており、しかし、表情はむしろ強気と言ってもいい表情を浮かべ

 

「"女王の盾符(トランプ)"10(テン)の一人、オックスフォード教導院・副長のロバート・ダッドリーよ。いいい以後お見知りおきよってね」

 

脳内辞書により、史実のロバート・ダッドリーの事が頭の中で思い浮かぶ。

ロバート・ダッドリーとエリザベスは確か、秘密裏に結婚していたと噂されていた人物であり、しかし、ロバート・ダッドリーは殺人事件の犯人と示唆されていた人物だったから、エリザベスは殺人犯扱いされたくない為に、自分は生涯結婚しないと決める要因になった人物であったはずだ。

だから、英国は問題人物になりそうなロバート・ダッドリーを史実通りの男性ではなく、女性に襲名させることによって、そんな問題を起こさせないようにしたって噂らしい。

 

それでも……エリザベスはロバート・ダッドリーの事を「私の目」と言って、死んだ後に部屋に引きこもるくらい落ち込んだって言う話だけど。

 

史実の話だから、今言っても意味はないんだけど。

それにしても、このロバート・ダッドリーが同性もOKだったら、英国はどうするつもりだったのかしら。その場合のIFストーリーでも描いてみようかしら?

 

「それじゃあ、アンタの後ろにいるのが……」

 

こちらの言葉に応じるかのようにダッドリーの背後に立っていた影が動いた。

その影は長身であるダッドリーよりも高く。

そして

 

丸い……

 

何だかほんわかするような丸さであった。

絶対にあれは子供達に突撃されるような、うずうずとさせるような丸さを感じる。

 

「10のひとりー。ふくかいちょー、うぃりあむ・せしるなのーー」

 

知識がフルに活動して、再びウィリアム・セシルがどんな人物だったかを頭の中で想起させる。

確か、弁護士であり、エリザベスの財産管理を任せられており、エリザベスの忠実な臣下であると言われていたらしい。

そして、次に現れた人は褐色の肌の長身の男性であった。

彼に付いては、文科系の人間であれば、知らない人物はいないと言っても過言ではない人物であった。

 

「英国文化系部活の盟主のアスリート詩人であるベン・ジョンソンがこんな武蔵に来るだなんて、何時から武蔵は偉人万博を始めたのかしら?」

 

「Yes───何、"女王の盾符"は私の発案だからね。だから、出来る限り女王の盾符には関わる事にしているんだよ。今回は私の秘蔵っ子も紹介したいのでね」

 

秘蔵っ子と聞き、私は四つの影の内の最後の一人の方に視線を向ける。

ジョンソンの背後に立っている少女の事だろう。

 

どう見ても、内気なオタクにしか見えないわ……

 

ある意味で、珍しいかもしれない。

今まで見てきた人物はどちらかと言うとハッチャケ系統の人間ばかりであったからだろうか。そういえばそういった内気系はあんまりキャラがいないわね。

強いて言うなら鈴が当てはまるのだろうけど、鈴はどちらかと言うと恥ずかしがり屋で敏感なだけで、内気と言われるような弱さはない。

とりあえず、少女は耳の長い長寿族の少女みたいであり、あんまり自分の御洒落などに気を使っていない事は、見ただけで解る。

髪もただ無造作に後ろで結っているだけであるし、着ている白衣もちょっとよれよれである。

そして、手と背には紙袋とリュックを背負っている。

そして、残った左手には文庫本があり、今もその文庫本を読んでおり、こちらに視線を向ける気がない。

 

「英国で今、最も人気作家のシェイクスピアはこんな雑事なんかに気に掛ける気もないっていう事かしら」

 

「Oh……そこはまぁ、勘弁してもらうと言っておこうか───彼女は今も真摯に作家として文字と向き合っているのだよ」

 

「あら? ベン・ジョンソンの有名な名言を今、言ってくれるのかしら? 『言葉は人を最もよく表す。だから何か言いたまえ、そうすれば君がわかるだろう』って」

 

私の言葉にベン・ジョンソンは苦笑を持って答えるのを見て、こちらは微笑する。

そして、後ろに控えている学生達に手を振って下がるように指示する。

言っては何だが、はっきり言って特務クラスに後ろにいる学生達の攻撃が通じるとは思わないとまでは言わないが、少なくとも防御面でついてこれるかが不安である。

攻撃面は自分と連携したり、囮になってくれればいい。それだけで、十分の攻撃力である。

だが、目の前の相手達は英国の女王の盾符。

そして、確か記憶が正しかったら

 

「しかも、英国の聖譜顕装と大罪武装も持ってだなんて、英国も破産する気?」

 

アピール精神が激しいわねと思い、笑う。

よし。

自分のテンションは何時も通りだ。他の馬鹿どもみたいに狂うようなテンションにもなってないし、ネガティブにも陥っていないし、ポジティブが行き過ぎてもいない。

万全の調子だ、と思い、言葉を続ける。

 

「来なさいよ、英国の代表者。ここは武蔵。貴方達が排斥した異族はおろか魔女や竜、神がいる場所よ。伊達に色々集まっていない事を教えてあげるわ」

 

「ああああら? 年下の小生意気な小娘が私達に、泣いて教えを乞う方が先じゃないかしら」

 

ざっと一歩、相手との距離を測るために前に出る。

それに、ダッドリーも合わせて前に出た時に同時に前に出てきた人物がいた。

セシルである。

 

「いくのー」

 

彼女は戦場には似合わない。

どちらかと言うとほんわかした声を保ちつつ、そして、体つきに似合わない軽快な足取りで前に進み出た。

てっきり、後ろでサポート的な事をする要員だと思っていたので、多少の驚きはあったが、とりあえず、向かってくるタイプではないと思った瞬間に何か違和感があると思った。

その違和感に辿り着く前に。

激震と共に地面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

普段、見下ろし、当たり前としている地面に急激に押し付けられたという異常といきなりの上からの奇襲に対処もほとんど出来ずに、肺に入っていた空気をほとんど吐き出してしまう。

 

「かはっ……!」

 

吐き出された息の分を取り戻そうと体が勝手に呼吸するのに任せて、何とか立ち上がる。

だが、立っているだけ。

とてもじゃないが、動ける余裕は一切ない。

だが、地面に這い蹲っているよりはマシだ。相手の行動が見れないし、何よりも屈辱的だ。

 

「くっ……!」

 

しかし、やはり、立ち上がれば、更に重圧が凶悪なものに変わる。

膝がガクガク震えてしまっているし、羽も重圧に負けて、垂れ下がっている。

既に後ろに対しきしていた学生は膝を着いている。

重力と言う当たり前の力は、当たり前であるが故に防ぐ方法がない。重力なんてそれこそ鳥でなければ反発できないのであるし、これはそれを強力にしたようなものに思えるが、少し違うな、とナルゼは思った。

目の前でこの術式を展開している張本人。

ウィリアム・セシルが浮いているからである。

それこそ、私達とは正反対に重力という力から解き放たれているように見える。

さっき感じた違和感の正体はここだ。

歩いている時に、その一歩一歩が浮いていたせいで、背が高くなったような違和感を感じていたのである。

だけど、どうして浮く意味がある、と思う。

この重圧を与える為に浮いているのが、当たり前の答えだと思うのだが、その浮くというルールが何故生じる。

考えている間も体が重くなっているが、術式の正体がわからないのは致命的だわ、と思い、考え直し、出た結論を言葉に出す。

 

「その術式……術者の全体重を"分け与える"術式!?」

 

T,Tes(テ、テスタメント).ウィリアム・セシルの来歴は当然知っているでしょ?」

 

重力に押し潰されそうになっているこっちが返答できないが、それに対して疑問しない事を、知っていると受け取ったのか、頷き

 

「ウ、ウィリアム・セシルは女王の秘書官で、良き友人であり、それ故に周りからの嫉妬によるストレスや激務で過食症になり、英国での肥満の象徴となってしまったんだけど、その襲名に一番適任したのがフードファイターの彼女なの。そそ、そして、能力はお察しの通り……」

 

「とめるものはまずしいものにほどこしをー」

 

「いらんわーーー!」

 

後ろにいる女生徒と共に叫ぶ。

ふざけんな。これでも、体重は痩せ過ぎず、太り過ぎないようにちゃんとカロリーを計算して食べているのである。

羽のせいで、カロリー消費が多いので、多食ではあるが、食べ過ぎらないように注意しているのである。

後ろの女生徒も同類だろうと思い

 

今、この場の女子連中は心を通わせたわ……!

 

相手が女じゃなかったなら、呪ってたわね。

女だからしばき倒すくらいに留めるけど。

そう思っていると、ダッドリーがクククと笑って、こっちを指さす。

 

「ままままぁ、そこの堕天。ちちち超貧しい癖に、余裕なんか見せて───胸の。たたた多少は夢は見てもいいんじゃない? もしかしたら、あったかもしれない重さを体験するのは、い、今だけよ」

 

「くっ……!」

 

この女……痩せこけてるくせに言ってくれる。

というか、あんたはどうなんだ、あんたは。痩せこけているせいで胸が逆にマイナスレベルになっている気がするのは、こっちの気のせいか、あっちが自分のことを棚に上げているだけか。

どっちにしろ、自分が答える答えは決まっている。

 

「良いのよ、少しくらい胸が無くっても……!」

 

そういうのは、アデーレが担当している。

それに

 

「こっちの貧しい所は、マルゴットが全てカバーしてくれているから大丈夫なのよ! いい? 言っとくけど乳だけじゃないわよ……尻もよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

輸送艦上で、その宣言を聞いていた皆は戦況を見て、がやがやしていたのだが、それがその発言により、ぴたりと止まり……そして、全員がそっとマルゴットの方に視線を向けた。

視線を向けられたマルゴットは別に何ともない、何時もの微笑顔で向けられた視線に手を振り

 

「うーーん、謙遜するわけじゃないんだけど、そんなに言われるような事じゃないと思うんだけどなー。胸ならアサマチがいるし」

 

「えっと、その……そ、そうですわよね! そういった局部的身体的特徴が全てじゃありませんよね!? そうですわね!? 正純!」

 

「そこで、私に回すなーーー!」

 

何か、必死になっているミトツダイラにアハっと笑いかけるマルゴットだが、近くの熱田がわきわきと手を動かしている事に、嫌な予感を感じたのか、羽で自分を守るように覆いながら

 

「そうそう───満足させるのに使うのは身体だけじゃないもんね」

 

「い、意味深! 意味深すぎますわその発言!」

 

まぁまぁ、落ち着けと周りの皆がミトツダイラを宥める。

それを尻目に熱田が溜息を吐きつつも、戦闘中の品川の方に視線を向けているマルゴットの方に、もう一度視線を向ける。

 

「おい、ナイト。お前の相方……珍しくって訳じゃあないが、あんまり良くない傾向が出てるぜ?」

 

「だよねぇ……ガっちゃんは否定するだろうけど、溜めこむタイプだからねー……」

 

言った後に帽子を深く被り直し、品皮の方を見続けるマルゴット。

そして、小さく息を吐いて

 

「あんまり、無茶しなかったらいいんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! 無茶上等テンコ盛り爆発ーーー!」

 

分け与えられている体重という最大の敵に耐えながら、更なる爆発を望んで水瓶を投げるナルゼ。

必死という表情を持って再射する事を望む。

上からの重圧を防御術で防いでいる状態なので、負担は倍くらいになるが構いやしない。

 

勝てば帳消しよ!

 

狙いは一番近くのダッドリー。

他の人物を狙おうとしても、この荷重がある状態では弾道も落ちるだろうから、出来ても近くのダッドリーだけという事だっただけだ。

決して私怨ではない。ええ……多分、きっと、そうよ!

上空に放って投げた水瓶は荷重により、普段とは違い、早く落ち、大体、ダッドリーの喉に当たるくらいの軌道になった。

 

「ああ在り来たりの戦術ねえ魔女(テクノへクセン)

 

ダッドリーはそれを笑い顔で右手で打ち払った。

それを切っ掛けに爆破が生じた。

だが

 

「爆発を素手で打ち払った!?」

 

何らかの術式を使ったようには思えなかった。

周りの女王の盾符も同様である。明らかに、ただの素手で爆発を打ち払っていた。

ただの素手でそんな事が出来るわけない。

 

「まさか……打ち払いの聖術(テスタメントサイン)!?」

 

「Tes. かか、"かかる困難を打ち払いたまえ"ってやつね」

 

成程、と頷こうとしたが荷重があるので、そんな余裕がないので沈黙するだけに止まる。

要はどんな攻撃でさえ打ち払うことが出来るという事なのだろう。

熱田の馬鹿の攻撃でさえ払うだろう。

攻撃としても使えなくはないのだろうが、それには接近して、手首のスナップで地面か、壁に叩きつけなければならない。

やはり、どちらかと言うと防御用の聖術である。

成程。では、相性としてはウィリアム・セシルと手を組んで戦うのにベストな能力なのだろう。

ダッドリーが横に飛ばすだけで、セシルの分け与えの術式で倒れるのは避けられないのだから。

 

「よよ、余計な事を考えている暇があるのかしら」

 

そこに飛んでくるダッドリーの声に反応し、荷重状態だが、意地でふんっ、と返してやる。

その態度がツボに入ったのか、多少、面白そうに笑い

 

「ななな生意気な態度が治らない魔女(テクノへクセン)ね。いいわ。じゃあ、生意気さに免じてちゃんと相対してあげる。本当なら、使わずに女王陛下にお褒めの言葉をいただければと思っていたけど……これじゃあ、武蔵を一時的に止めるだけのお褒めしか頂けないからね」

 

すると、ずっと右半身を前にだし、左半身を右半身で隠していたダッドリーは遂に、全体を現すように左足を一歩前に踏み出し、左手を差し出すかのように右手と交差させる。

そして、その左手を見たナルゼは一瞬、息を呑み

 

「英国の聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)の一つ、大手甲の巨きなる正義(ブラキウムジャスティア)旧代(ウェトゥス)を見れるなんて……ネタの宝庫ね……!」

 

 

 

 

 

 

左手に付けられた巨大な銀色の手甲。

羽群のような形であり、表面には幾つもの箱十字をつけている。

製作者の趣味が窺えるわね、と思いつつ、舌打ちする。

 

確か、巨きなる正義の旧代の力は……!

 

「───せせせ戦場の武器を遠隔操作する力よ。は、範囲は大罪武装と違って、そこまで広くないし、それこそ、在り来たりの能力なんだけど数十メートルの範囲内にある武器なら……」

 

がちゃりと無数の金属音が鳴る音が聞こえた。

嫌な予感が際限なく膨れ上がってしまうけど、悲しいかな。そういうのは武蔵のせいで慣れているので、結構簡単に諦めて、周りを見回してしまう。

現実理解が速いだけよ、と内心で言い訳をして見ると、周りで荷重によって潰れそうになっても、武器だけは手から放さなかった、弓と矢が───こちらに向いている。

 

「くっ……!」

 

咄嗟の判断で、防御術式を展開しようとする。

躱すのは荷重で不可能だ。

しかし、展開のためのペンを動かす力さえも、荷重のせいで思うように動かない。

間に合わない、と至極簡単な結論を頭の中で思い浮かべてしまい。口からあ……と漏れる。

そこに

 

「おおおっと。動かないで頂戴ね。解る? あああ貴女、今───人質なのよ」

 

「……っ!」

 

脳細胞が焼切れるかのような怒りが、一瞬頭を支配して、形振り構わずに動いてしまえ、という思いに一瞬囚われそうになったところで、ぎりぎり落ち着く。

屈辱自体が消えたわけではないが、ここで自分が暴走しても無駄なのだ。

怒りで、自分の力が上がるだなんて根性論はあんまり好きじゃないし、そんな事が起きるとも思っていない。

武器を握っている学生も、聖譜顕装の力を理解したのか、武器から手を放そうとするのだが

 

「くっ……! は、放せない……!」

 

放すどころか武器を更にこっちに照準を向ける動きしか取れていない。

完璧なピンチって結構、多発するっていうのが、現実の嫌な所と思うが、嘆いても何にもならないのも現実である。

どうする、と思考するが

 

「こ、このままでは浅間様と鈴様の連載同人誌、"浅間様が射てる"に、熱田副長と全裸の"熱田君がおトーリなさる"の連載が打ち切りに……!」

 

『貴様……! 仲間以外はネタに出来ねえのか……!』

 

『同感ですよ!? ネタにするなら、御広敷君や点蔵君やウルキアガ君とか一杯いるじゃないですか!? ヨゴレ系はヨゴレキャラに任せるのが、世界の常識ですよっ』

 

『貴様ーーー!!』

 

全員が揃ったツッコミを浅間に返す表示枠が周りに出るが、浅間はそこら辺気にしていない。

というか、この馬鹿ども。

ちょっとは、級友の命の危険について、考えなさい。あんたらの命と私とじゃあ価値が全然違うのよ。

私が死ねば、それらの続編が出ないんだから。

 

「そうよ……まだ私はナイトとのいちゃいちゃの日々を続ける為に犠牲と言うお金を得る為に……!」

 

「それは違うだろう」

 

聞き覚えのない声だ。

武蔵の人間でも、ついさっきまで聞いていた女王の盾符の声でもない。

となると、今まで一度も声を聞いておらず、目線すら合わせていない相手。

トマス・シェイクスピアだ。

口調は、どちらかと言うと男っぽいが声色でそんな口調は無視されている。

しかし、結局、声をかけてきているくせに、こちらに目線を合わせずに、まだ本から目を離していない。

 

「君の作品は金目当てに作っているような意志は感じられない。そう言っているんだよ、マルガ・ナルゼ」

 

その言い方から、自分の作品を見ている事は普通に解る。

その事に苦笑しつつ

 

「かの有名なシェイクスピアが私の作品を見ていただなんて……光栄って言うのは癪だから、感謝って言ってあげる」

 

「僕はシェイクスピアだけど、だからと言って読む方に回ればそれは他の人とは変わらない読み手になるだけだ。特に何かを思われるような事じゃない」

 

……成程、本に真摯って事ね……

 

もしかしたら、女王の盾符のメンバーの中で一番の変わり種なのかもしれないと推測した。

例えで言うが、ダッドリー達が女王に仕えているに対して、これでは、まるで本に仕えているという感じがする。

現に、シェイクスピアは私と相対するよりも、本を見る事に没頭している。まるで、本を読むこと以上に大切な事はない、と言外に宣言しているようにも思える。

どういう事かしらね、と思うが、シェイクスピアはこちらの疑問は関心無い様で、そのまま自分が言いたいことを続ける。

 

「マルガ・ナルゼ。武蔵アリアダスト漫画草紙研究部部長であり、一時期は"黒髪翼"というペンネームを名乗っていた時期もある。性別を超越していない肉体的交流を手段として精神を主軸とした物語にしており、これは、今まで執筆したどの本にもその傾向が認められている。つまり、君の本は君の信仰(ファイデス)を描いている」

 

「……ストーカーレベルね」

 

皮肉を言っても、本から目を離さない。

だけど、言われた内容に関しては、驚きを禁じ得ない。

自分の書いた同人の、自分が求めている物をすべて捉えているし、それに何よりも───黒髪翼というペンネームは小等部の時にしか使った事がないペンネームである。

たちが悪いストーカーね、ともう一度頭の中で繰り返して、汗が足れ流れる。忘れていなかったが、今は荷重のせいでかなり体に負担がかかっているのである。

もう、足がかなりがくがくしているが、隠す余裕もない。

 

「ああ」

 

まだ何か言いたいことがあるの? と思った所に、シェイクスピアはただ、端的に一言だけ告げてきた。

 

「君がパートナーと自分をモデルとした完成形を書き上げる事を、僕は祈ってるよ」

 

「───」

 

今度こそ、呆然とした。

誰にも言っていなかったぼんやりとした目標であった。

梅組には勿論の事、マルゴットにも言っていなかった密かで、ささやかな計画であった。

別に隠すほど壮大なものではない。

ただ、単純に自分が満足にできるものを描けるようになったら、サプライズにして、でも、それを二人で笑いあおうという単純で、小さな───でも、目標とした物であった。

見透かされたという思いがある。

赤の他人にばらされたという思いもある。

そんな感情ばかりが生まれていくが、感情とは別の思考が頭の中でこの状況を分析する。

これは、攻撃だ。

相手を揺るがす言葉を持って生まれる動揺で、こちらの動きと思考を阻害する攻撃だ、と。

シェイクスピア自身は狙ってやったのか、ただ、思った事を言っただけなのかは知らないが、これは揺るがすための一撃だ。

そこにダッドリーが苦い顔で割り込んできた。表情から察すると、英国も一枚岩な国ではないという事なのだろう。

 

「ははは話は終わりよね? じゃあ、武蔵の総長連合及びに生徒会に命令するわ」

 

誰が……! と言いたいところだが、ぐっと我慢する。

ここで、不用意な一言を放って、それが切っ掛けに攻撃が始まったら、勝つのは難しい、と普通に計算が出来たからである。

だが

 

「ここここれ以降───武蔵は英国の管理下に置かれることを了承しなさい」

 

ふざけた事をと言う言葉しか思い浮かばない一言に、冷静になれと言う言葉がすべて消滅する。

そして、何かを言おうと、息を吸い、言葉を放つ初動を見せた所で、ダッドリーの聖譜顕装によって、制御を奪われた武器が音を鳴らす。

その音によって、冷水を浴びせられた気分を体感することになり

 

……くそっ。

 

どうにかしたいが、どうにかする状況ではないという事が、更に苛立たせるのだが、状況はこちらの状態に構ってはくれず、そのままダッドリーは追い詰めるように言を放つ。

 

「こ、降伏しなさい武蔵。それとも、武蔵は自分達の姫を救った事例を撤回するつもりなのかしら? ももももしくは」

 

そこで、ダッドリーは己の聖譜顕を装備している腕を掲げ、指を曲げ

 

「───主力と姫では価値が違うというのかしら───武蔵は差によって救いの判断を選ぶって事?」

 

その言葉に、自分や周りが何かを言う前に即答をする表示枠が出現した。

 

『おいおい。んなわけねーだろうが姉ちゃんズ。俺達が見捨てるわけねーだろうが』

 

答えたのは総長であった。

いや、違う───全裸であった。

その事に真顔になった女王の盾符は、とりあえず、場の勢いで、そのままダッドリーに任せるという感じのアイコンタクトをし、その事に血圧がダッドリーは多少高まったようだが、そのまま息を吸い

 

「何故に全───」

 

裸!? という言葉を言おうとして、表示枠の中で変化が起きた。

馬鹿は全裸に何故か首に縄をつけているという、荷重が無かったら、間違いなくごみを見るような視線と共に視線を逸らしている格好だったのだが、変化はそこから起きた。

突然、表示枠の上から強襲を仕掛けた熱田が総長をそのまま大剣の峰でもぐら叩きみたいに叩くという事をし、結果として輸送艦が衝撃を受け止めきれずに、総長が床を突き破り、そのまま首だけを残して、落ちるという珍妙な体勢に変化した。

その事に、更に英国勢はマジ顔で沈黙するが、熱田は気にしていない。

そのまま、ふぅ……と、溜息を吐いて

 

『危なかった……』

 

とやり遂げた顔で額を拭う動作をするだけであった。

 

 

 

 

 

突然の狂った出来事に脳内が情報をシャットダウンしようとする浅間の脳内だが、もしかしたら、実は意味があるのではという希望的観測を頭が生み出してしまい、感覚が現実に戻ってきてしまい、結論として地獄戻り。

無間地獄とはこの事か。

神は死んだ……! と叫びたいところだが、巫女として流石にその発言はいけないだろう。

 

『うむ……熱田殿。少々、拙者質問があるので御座るが』

 

『おう、何だ』

 

その狂った行動に疑問を抱いてくれたのか、二代が表示枠の外から現れて、疑問顔でシュウ君に何かを問いかけていた。

 

『その馬鹿をどうして危険扱いに? あ、いや、拙者も当然全裸を見ていていい気分がしないので、そういう意味なら十分に理解しているので御座るが、それなら無視をすればいいだけでは? 蜻蛉切りも触りたくなさそうで御座るし』

 

『イヤーー』

 

ペット共々素直な性格ですね、と微妙に感心しつつ、シュウ君がああ、前置きを置いて返事をする。

 

『それはだな二代。この馬鹿は特別と言うより珍妙でな───全裸ーリ一族という存在だ』

 

ツッコんだら負けですね、と無表情を保つように顔の表情を操作する。

 

あ、表示枠に移っているミトの顔から物凄い汗が……。

 

ミトも、こういう時はもう少し肩の力を抜いたほうがいいのに。

真面目に付き合った所で、何の得もない話だから。

 

『全裸ーリ一族……?』

 

ほら。二代も信じてしまったじゃないですか?

 

『Jud.全裸ーリ一族は共通点は頭が狂っていて、そして全裸になるという恐ろしい一族だ。不幸中の幸いか……余りにも珍妙過ぎて、数が少ないっていう事だが、こいつらの存在は迷惑でな……見ると穢れる』

 

間違っていないから、何とも言えないですね、と思う。

隣の喜美は何故かくるくる回って、こちらの胸を凝視しつつ「いいわ浅間! ボインよボイン! 母音って書いて母の音よその乳は!」などと狂っている。

トーリ君が全裸ーリ一族なら、喜美は仰喜美るでいいですかね? ネーミングセンスが足らないですねーと無視しておく。

 

『何と……では、対処方法は……』

 

『ああ───砕き散らせばいい』

 

そうすると、下を見たシュウ君が不可解なものを見るような目つきになり

 

『何だこの馬鹿。何で砕けてねえ。てめぇ……俺の攻撃を受けたんだから、その汚い全裸を砕かせるのが、自然の摂理だろうが』

 

『オ、オメェ……! こっちがオメェの攻撃を受けて、軽い脳震盪を受けている最中に何、新言語作ってんですかーーー!? ちゃんと俺が理解できる言葉と理由を示せるんだろうな……!』

 

んーー? とちょっと考える仕草をシュウ君はわざとらしくして

 

『オヤオヤーー? どうしたんでちゅか全裸くーーん。どうして、全裸で床に埋まっているのかなーー? モグラが羨ましくなったのでちゅかーーー?』

 

『こ、この野郎……! 迷わず赤ちゃんレベルでしか、俺に理解できないって思ってやがる……!』

 

うにょんうにょんと上半身のみで、くねくね曲がるトーリ君を見て、気分が悪くなるが、そういえばこんな事をしていてよかったんでしたっけ?

 

『あああ貴方達!? こ、こっちの話を聞きなさい……!』

 

その思いに反応してくれたのか、血管浮かべて叫ぶ女性の姿が、前から映っていたもう一つの表示枠に視線が映る。

女王の盾符、ロバート・ダッドリーである。

 

 

 

 

 

 

 

ななな何なの、このキチガイ共!

 

何が起きているのかさっぱり理解できない。

周りの女王の盾符達も、全員不理解を表情に示している。というか、この状況を理解した方が間違いの気がする。

 

「とととというか、ちゃんと話を聞きなさい! い、いい!? あんたらのお仲間は人質になっているのよ!? そそその意味、理解している!?」

 

『はーーーーー!?』

 

総長&副長が声を揃えてうざい表情をして

 

『その女を人質!? お前……ネタにされんぞ!?』

 

「うっさいわね馬鹿ども。あんたらはネタにしたわよ」

 

『興味本位で聞くけど俺とシュウ。どっちがウケで、どっちが責めよ!?』

 

「残念ね───どっちもウケよ」

 

『───』

 

『な、何でシュウ君ははっていう顔をして、こちらを見て、御柱を隠すんですか!? ち、違いますよね? そうですよね?』

 

「そうね……まだ触手を出しているところだが、それは後ね」

 

『最後の二文字は忘れろ!!』

 

くくく狂ってるのね!? と結論を下す。

こいつらの行動に真面目に疑問を抱いてはいけないのだ。真面目に疑問を抱いた瞬間、ストレスで胃が空く。

 

あ……か、代わりに持病の高血圧がっ。

 

痩せ過ぎのせいである。

怒らないように、と自分でも解っている理屈の筈なのだが、感情はそう簡単に抑制することが出来ないのである。

平常心平常心と心の中で何度も思っておく。

 

「ももももう一度言うわよ! 良い? 最後通牒よ───降伏しなさい武蔵。仲間をここで無意味に失くしたくはないでしょう」

 

その一言にうーーんと唸る武蔵総長兼生徒会長。

そして、そのまま後ろに踏ん反りがえっている副長に対して疑問をそのまま吐き出した。

 

『なぁ、親友。ナルゼってこのままだとヤベェ?』

 

『そうだなぁ……』

 

その総長からの言葉を受け、言い淀んでいるような声の調子を出しているが、表情が真逆だ。

その顔は笑っている。

悪魔の顔と言ってもいいかもしれない、まるで、こちらに、いや、この場合は武蔵の第四特務であろうか。

そちらの方に向かって、まるで対価を差し出せと言うみたいに

 

『何なら───俺が一っ走りで、助けに行ってやろうか?』

 

決定的な一言を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

「───」

 

その一言が一番、私の神経を一番断裂させる原因になった。

ああもう、何、この剣神。

ロバート・ダッドリーより、シェイクスピアよりも、私への挑発の仕方を分かっているじゃない。

流石は私達の副長。良い性格をしている。

とりあえず、絶対にこいつは神様とかしているよりも、悪魔をしている方が性に合っているに違いない。

ある意味で、誑かす事にかけてなら、結構得意分野の馬鹿である。

ただ、馬鹿の言葉は魂を揺るがすのではなく、こちらの本質を揺るがす。

つまりは、性格。

 

ああ、もう……最高(サイテー)。あんた、やっぱり、私達の副長よ。

 

その感想をもう一度心に思って

 

「死んでもごめんよ……!」

 

魔女(テクノへクセン)の意気を吐いた。

その言葉をトリガーに状況が生まれる。

ダッドリーの聖譜顕装によって、生まれた武器の制御が遂に動いた。

こちらに向けて、全弾発射されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

「ううう撃ちなさい……!」

 

左手に命じる事によって、武器達は独りでに武蔵の第四特務を狙って狙い撃ちする。

相手はこちらの指示を無視した。

ならば、その命を粗末にしたのは彼女のせいである。

ならば、当然、こちらが黙る道理なんてない。

数十本の矢は当然、そのまま吐き出される。

だが、正面にいるダッドリーは、武蔵の第四特務の行動を二つ見た。

一つはその表情に汗を流しながらも、笑みを浮かべていた事。

二つ目はその袖から何か零れる物を見た事。

 

……さっきの水瓶!?

 

何時の間にか、もしくは最初から隠されていたものだったのか。

恐らく後者。

念には念をでここに来る前に奇襲用に隠していたのだろう。

そして、彼女は勝利したかのように笑いながら

 

「───Herrlich!」

 

自らを爆破によって吹っ飛ばした。

最低限の爆発。

自分を最低限傷つけ、攻撃範囲から逃れるための爆破。荷重すらも跳ね除けて、そのまま後ろに向かって吹っ飛ぶ。

彼女への攻撃に武器の発射速度が間に合わない。

全て、彼女がいた場所に刺さり、自分の攻撃は総て無意味になった。

 

『走る心を更に高ぶらせ、己が足で踏みしめ、憤りを示せ』

 

その瞬間に、傍のジョンソンがこちらから前に突撃しようとする。

術式は作家の術式。

己の書いた文を現実に表わす精霊術である。

瞬間的、加速で水蒸気爆発を起こし、目の前の爆破で発生した、新たな蒸気をも突破し、そのまま武蔵の第四特務に突撃しようとする。彼女は今も尚、爆発の影響で転んでいる。

自分も追撃で、巨きなる正義(ブラキウムジャスティア)旧代(ウェトゥス)を構え直す。

ジョンソンの追撃が万が一に失敗した場合の為の用意。

だが、それは不可能であることを目の前の煙を無理矢理広げる存在を知覚したことによって理解する。

水蒸気の煙を突破するのは人の形ではない。

 

「は、半竜!?」

 

「第二特務、キヨナリ・ウルキアガ参上……!」

 

青と白の外骨格に覆われた巨体がセシルの荷重を無視し、こちらに身を飛ばす。

 

「異端者大歓迎……! 拙僧、テンション激烈アップ……!」

 

武器は構えていない。

当然である。

武器を構えても、こちらには左手の聖譜顕装がある。一瞬で武器の制御を取られ、終わる。

故に素手。

だが、半竜の素手ならば、生身の人間なんて一撃で破壊できる。

危険ではある。

だが

 

「Mate! これは危機ではないな!」

 

そこに急遽進行方向を半竜に切り替えたジョンソンが半竜に向かって、激突を望んだ。

既に空気抵抗を加速で突き破ったジョンソンは、そのまま両足を強く踏み、跳ぶ。

そのまま、両足は半竜に向けてのダイブ。

俗に言うドロップキックである。

 

『響け……! そして、穿て努力の日常……!』

 

直撃。

半竜の肩辺りを狙った強引な蹴撃。

しかし、その種族差を覆すかのように、轟音が響く。

結果はジョンソンの勝ち。

半竜はジョンソンの蹴りの勢いに押され、そのままこちらから見て、前に吹っ飛ぶ。

だが、そこにジョンソンの目の前に人が現れた。

柱に用いる様な角材を持ち、恐らく半竜の背に乗って、ここまで来た少年。

 

「───You、ガリレオ教授を倒した少年か!?」

 

「解っているなら、言わなくていい」

 

狙いを即座に理解したせいで、舌打ちが良くなる。

どうやら、武蔵の総長連合にしてやられたと言ってもいいだろう。

まさか、全員が全員アドリブのみで、戦いを形成できるという事はどういう理屈よ、と愚痴りたいが、言っても無駄である。

 

「ととととりあえず───三対二かしら」

 

 

 

 

 

爆発の衝撃で揺れる頭を押さえつつ、地面に横たわっていた体を少しだけ上げる。

目の前には盾としては武蔵の中に三番目くらいに優秀じゃないかしら、と思うウルキアガの背があり

 

「はン……もう少し紳士的に運んでくれないの?」

 

「生憎だが、拙僧は別に英国産ではなくてな」

 

私が爆発で後ろに吹っ飛び、ウルキアガがジョンソンに吹っ飛ばされ、その威力を利用して、体の加速器(ブレス)を使って、こっちに飛翔し、抱えて止めてくれたのである。

魔女らしく、皮肉を吐いて、とりあえず、立とうとするが

 

「……あ」

 

膝が震えて立てない。

爆破による衝撃によるダメージと荷重に対する気力と体力の減少が体を絶たすことを拒否している。

そして、ウルキアガはその事に付いては何も言わずに、ただ一歩、敵の方に向かうだけで返事をした。

 

「くっ……」

 

引くしかない。

邪魔でしかない存在は戦場に置いては味方の足手纏いである。

黒の羽を散らしつつ、目から零れそうになるいらないものを無理矢理に拭う。

次は勝つ。

それだけは、必ず自分に誓わせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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文字の語り合い


文字は人を裏切らない

文字が示すのは真実のみ

それが虚構であろうが、本当であろうが

配点(文学)


 

 

武蔵にいる学生、住民の全員が固唾をのむ展開になっていった。

品川全部の倉庫区画は英国の代表と武蔵の代表が集う場所へと意味を変えつつある。

表示枠越しに、その光景を見ている、一般生徒と一般市民は文字通り唾を呑んで、その光景を理解する。

最早、疑いようがない。

武蔵は世界を相手にする舞台に上り、踊る役者になったのだという事だ。

踊る事を止める事は出来る。

しかし、それはほぼ不可能だという事を武蔵の住民は知っていた。

踊りの主役は無能でありながらも、高望みは忘れない馬鹿だからである。

故に止めるという選択肢はほぼないという。

なら、思う事はただ一つである

 

「どうなる……!?」

 

 

 

 

 

戦闘は荷重下に置いての打撃戦に移っていった。

ジョンソンをノリキが担当し、ウルキアガはセシルの方に向かおうとする。

 

「ええい! こう言った変態の相手をするのはシュウの仕事であろうに……!」

 

「解っていても仕方がない事を言わなくていい……!」

 

憎まれ口を言いつつも、荷重下による行動を無理に行う。

 

『後、二分だ! そこまで凌いでくれ! そしたら、勝っていようが負けていようが、英国の周回軌道に入る───英国は不可侵を守れなかったという事実を得れる! だから、それまで持ちこたえてくれ!』

 

「そこは、勝ってくれ、と煽った方が盛り上がるぞ正純」

 

さて、とウルキアガは息を吐きながら、相手を見る。

相手は女王の盾符(トランプ)

英国の特務級の存在であり、それが、四名。

今のところは、シェイクスピアは動く気がないみたいなので、三名だが、特務級はいるだけで、脅威といえば脅威なので四名と思ってもいいだろう。

そして、こっちは特務一人、一般学生一人。

 

「正直、泣けてくる話だな」

 

「労働は何時も厳しく、面倒。当たり前の話だ」

 

無愛想ながらも乗ってくるノリキをちらっと見つつ

 

二人合わせて、突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

「セセセ、セシルゥゥゥゥゥゥ! 集中攻撃、行くわよーーー!」

 

「がんばるのーー!」

 

武蔵の半竜がセシルに向かって、突撃する。

そこに、セシルの荷重がかかる。

避ける術などない。

だが、同時に半竜は止まらない。

荷重の下、半竜と言えども飛翔する事は出来ない。しかし、一歩一歩、着実に床を踏みしめて、前に進んでいる。

足元の木床に足跡が残っているそれが荷重が効いている証でもあり、荷重が効いていても前に進めるという証でもある。

 

「止まらない……!?」

 

流石は半竜と言うべきか。

神代の時代に高重力惑星や領域で生存するために種族的改造をした種族である。

性能で言うならば、人間よりも遥かに上である。

基礎の能力だけに限って言うならば、凌ぐのは鬼か、竜くらいだろう。

そしてウルキアガに荷重が集中されたことによって、ノリキが多少、楽になった。

しかし、多少レベル。

未だに、荷重は自分にかかっている。

その事を深く理解した上で、角材を持って、前に進んだ。

そんな自分を見て、何を思ったのか、目の前の肌黒スポーツマンは笑い

 

「Youが私の相手をするのか!?」

 

「解りきった事を言わなくてもいい」

 

相手は女王の盾符(トランプ)

能力や閃きで比べたら、明らかにこちらが不利である。

術式のみで言えば、勝敗は同点かもしれないが、特務級と真面に打ち合おうとは思わない。

故に、角材を持って、相手を引き付け、防御し、時にシールドバッシュを行い、手や足などを全身を持って、相手の動きを止める事に専念する。

自分で言うのも何だが、不格好な戦い方である。

動き方は素人のそれ。

ポーカーフェイスなどする余裕など一切ない。

汗なんか垂れ流し。

こうして、相対に出るとクラスの特務クラスのレベルの高さを理解する。

しかし、そんな自分を相手は笑う。

嘲笑いの表情ではない、と勝手に判断できる。それは、むしろ授業の時に、熱田がこちらに向けて、笑う時と同じような顔であるからだ。

そして、その表情で一言。

 

「素晴らしい……!」

 

 

 

 

 

 

素晴らしいとも! と内心でもう一度同じ言葉をジョンソンは繰り返す。

技術、能力云々ではない。

それで言ったら、戦闘訓練を受けていない一般学生なので、そこまで凄くはない。

強くはない。

だが、この少年を弱いなどとは絶対に判断しない。

その表情は必死だ。

余分なものは一切ない。

余裕がないともいえるが、だからこそ、それを必死の表情で埋めようとしている。

ありとあらゆる力、技術などを未熟なまま使ってくる。

 

詩的だ……!

 

賞賛されるべき精神性だ。

自分は勝つ事は出来ないと諦めているのではなく、ありとあらゆる手段で武蔵を勝たせようとしている。

なら

 

「その情熱に答えず、何が作家だ!」

 

角材によるシールドバッシュを押しのけ、後ろに軽く飛ぶ。

本当に、軽くだが、後ろに飛ぶ勢いは軽くではなく、大型木箱(コンテナ)の上に乗るレベルでの浮遊である。

そして、着地する瞬間に、ジョンソンは文字を重ねた。

 

『舞い上がってしまえ』

 

 

 

 

 

ジョンソンが着地した足場の大型木箱は言葉通りになった。

二十メートル長の木箱は、再び飛ぶために床となっていた木箱を蹴るだけで、こちらに飛んでくる。

つまり、今のところは重さはないとみてもいい。

だが、傍にウィリアム・セシルがいるだけでそう思ってはいけない。

なら、この大型木箱をそのままにしておくのは不味いかもしれない。

ならば、とノリキは角材を置き、拳を構える。

それと同時に腕に鳥居型の表示枠が拳から肘を超えて伸び

 

「三発殴って大型木箱(コンテナ)を破壊しろ」

 

 

 

 

 

目の前に蹴りだされた大型木箱はまるで、紙細工かのように破裂した。

木屑が散らばる中、そこを突っ走ってくる少年がこちらを真っ直ぐに見つめている。

その術式は知っている。

ガリレオ教授の術式を打ち砕き、自身を勝利に導いた術式。

二度の打撃を奉納とし、自分の攻撃力の無さをカバーしたある意味、剣神や半竜よりも厄介な術式。

弥生月から如月。そして、睦月に至る術式である。

しかし、その事実とは別に笑う事があった。

 

……止まる事も考えないか!

 

思考においても余分な事は考えていない。

目の前に大型の木箱が飛んできたというのに、恐怖や焦りを表に出さない。

どちらの感情がないという訳ではない。

どちらの感情も出すのが惜しいくらい必死であるという事だ。

成程、と小声で呟く。

この少年は特別強いという訳ではない。だが、この少年は敵であるという思いを頭に浮かべて、改めてダッドリー達の方に叫ぶ。

 

「Mate! こっちは手放せないから、そっちは頼んだぞ!」

 

 

 

 

 

 

「いいい言われなくても解ってるわよ!」

 

目の前の半竜は止まらない。

セシルの荷重を受けて、尚動くというのは種族差というものなんだろうけど、その種族差に言い様がないこんちくしょうという思いが浮かんでしまう。

というか、この武蔵の過剰戦力はどういう事だ。

特務級の武神使い、半人狼、半竜、魔女、剣神、大罪武装、淫乱踊り子、全裸、股間破壊巫女。

どれをとっても、頭がおかしいクラスの戦力である。

というか、大罪級におかしい連中である。どういうふうに育ったら、こんな変態の連中が生まれるのだろうか?

 

何て恐ろしい所なの、武蔵……!

 

少なくとも英国なら、こんな事は起きない。

ジョンソンとかはちょっと歯が浮くような台詞を連発していたり、ハワードは土下座を極めるのに忙しかったり、万年水着を着ているホーキンスなどは少々どうかと思うが、それを除いたら普通とは言えないが、ここまでは酷くない連中である。

そして、恐ろしい事にこの連中は世界征服を謳っている。

つまり、解り易く言えば汚染。

 

「そそ、そんな事をしたら英国人としてだけではなく、人間として終わりよーー!!」

 

そして、彼女は先程撃って外れた矢を一つ取り上げる。

 

「せせ、セシルゥーーー! これに、わ、分け与えられる!?」

 

「Tes.! だいじょうぶなのーー!」

 

言葉を聞くと同時に即座に矢を投げた。

途中まで、普通に飛んでいた矢だが、途中で不自然に身震える。セシルの荷重が矢自体に設定されたという事である。

 

「と、とととりあえず、メインフレームまで一気に吹っ飛んだらいいわねぇ!」

 

止めに自分の右手を振り下ろして、矢を落とす。

これから、起きる予測は激震と破壊。

一発では難しいかもしれないが、矢はまだ幾らでもある。それをすれば幕引きである。

その事に内心苦笑しながら

 

「デデ機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)なんて、この世には存在しないのよ……!」

 

そして、矢はそのまま床を豆腐のように突き抜け、下にあるもの総てを貫きつつメインフレームへ───

 

「あいたぁーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

セシルは奇妙なものを荷重によって浮いている空中から見た。

 

とってもまるいのーー?

 

従士用の青い機動殻であると、セシルは推測はしたが、あれは確か防御に特化し過ぎてスピードは遅いとか言うのだった。

今は、バケツを頭にかぶせた上半身裸のマッチョが足の代わりになっているのが見えた。

つまり、まんま盾に使われている。

 

「あ、あちょ、あ、頭が! 頭がぐるんぐるんしますよーー!?  じ、自分の頭! このままにしておいて大丈夫なんでしょうかーー!?」

 

中身はかなり喚いているようだが、喚いている余裕があるという事は無事だという事なのだろう。

 

「とってもかたいのーー」

 

自分の荷重なら間違いなく地下三、四層くらいは軽く突破する事は出来たはずの攻撃である。

それをあの機動殻はあいたーーの一言で防いだという事になる。

 

「セセセシル! つ、次、行くわよ!?」

 

「がんばるのーー」

 

ダッドリーが今度は右の方に矢を放り投げるので、その矢に再び荷重をかける。

矢は当然落ちるし、その落下スピードに鈍重な防御重視の機動殻では間に合わないようにという判断で、バケツを被っているマッチョの学生は機動殻を掲げているので、視界が良く見えないだろうという判断だろう。

だが、開いた貨物の穴の下、左舷側の壁にまたもや逞しい体つきをしたマッチョで全裸のインキュバスが爽やか笑顔の飛翔で

 

「はははは! こっち! こっちだよ、ペルソナ君! 頑張ってみよう……!」

 

ペルソナ君と言うのは名前だろうか。

呼ばれたバケツを装着しているマッチョはそっちの方に移動し

 

「え? え? あ、あいたーーー!!」

 

悲鳴が再び発生するが、無視してダッドリーは今度は右舷側に投げるので、そっちに荷重をかける。

すると、今度は右舷側に何時の間にか張り付いているスライムが

 

『むっ! 今度はこっちだぞアデーレ! さぁ、吾輩の所に来るがよい……!』

 

「ちょ、ちょ!? 連チャンは厳しっ、あいたたたーーーー!」

 

激震は連続するが、それだけである。

致命的な一撃は与えれてない。

ふっと何故かダッドリーが悟ったような息を吐く。

おちつくのーと思うが、言ってももう遅いだろうと思い、続きを黙って見守る。

 

「連射よ……!」

 

 

 

 

 

その光景を輸送艦にいる人物は黙って見守った。

正純は何か、語るべきかと思ったが、その前に点蔵が手を上げて来たので、何だ、と問い質してみる。

 

「Jud.───ぶっちゃけ、アデーレ殿の脳はもう衝撃でやばい事になっているという可能性はないで御座ろうか?」

 

「……お前は皆が言い辛い事をズバッと言って……」

 

「案外、一周して、まともなアデーレが見れるかもしれねえぞ?」

 

熱田の一言で周りがうーん、と考えるが、おいおい、と思い、流石にアデーレの為に発言する。

 

「おい、お前ら……アデーレは一応、武蔵を守ってああなってるんだぞ───だから、衝撃で頭がおかしくなっても大丈夫だからまだ頑張れとせめて言ってあげろよ」

 

「お前も言っている事をもう少し考えてみろ!」

 

あっれ、おっかしいなぁ……言葉の選択を間違えたかな、と周りのツッコミを聞き逸らしながら思う。

というか

 

「真面目な話、アデーレの機動殻は大丈夫なのか?」

 

「……」

 

全員が無言に表示枠を指し示す。

なので、そちらを見るが

 

『あい! たたたた! たたたたた! ちょ! 旋毛を連続はちょー痛っ、て、あいたたたたたぁーーーーーーーーー!!』

 

「……流石は武蔵が誇る従士だな」

 

「……ナイちゃん思うに、正純はちょっと武蔵に順応するのが速い気がするなぁー」

 

「絶望するようなことを言うな」

 

そう思っていたら、ウルキアガの歩がセシルまで残り十歩の距離に至っていた。

体験していないから、どれだけの荷重があそこにあるのかは解らないが、半竜であるウルキアガがここまで時間がかかったことから推測したら、かなりの荷重であったのだろうという事は理解できる。

だが、恐らく辿り着いた瞬間、こちらの勝ちだ。

恐らく、セシルは術式に頼った戦種だろう。

あの体格では、自衛の為の体術を持っているとは思えない。そして、セシルさえ倒せば、不利な条件は一気に解放される。

そうすれば、残り時間を耐える事は出来る筈だと思う。

楽観し過ぎかと思うが、表示枠に移るジョンソンも似たような事を思ったのか、ノリキと相対しながらも、ただ一人、この場で動いていない少女に声を飛ばす。

 

『シェイクスピア! ダッドリーとセシルの援護を頼む!』

 

ジョンソンの緊迫した声に、しかし、シェイクスピアはやはり、顔を本に向けたままで、見もせず、よく見ると肩が震えている。

 

『……何? 今、月天チャオズがチャオ! って叫びながら月と天に変わって世界にお仕置きするために核抱えて敵に突っ込んでいるシュールなシーンを楽しんでいるんだから邪魔しないでよ』

 

『Youの趣向はどこに向かっている!? いや、その前に現実を見てくれーーー!!』

 

ジョンソンの叫びに、はぁ、と心底煩わしそうな顔で溜息を吐き、ようやく顔を前に向ける。

しかし、本はそのまま閉じることなく手に持ったまま

 

『……煩いな。面倒だけど書くよ。それでいいんだよね?』

 

『おおおお待ちなさい!!』

 

表示枠の音声素子を振るわせるくらいの声を放ったのはダッドリーであった。

その言葉に思わず、眉を顰める。

 

待った……? どういう意味だ?

 

序盤はどうなるかと思えた女王の盾符(トランプ)との戦闘と思っていたが、結果としてはまだ膠着状態。

しかし、勝利条件云々だけで言えばこちらの方が有利である。

こちらは時間内まで負けなければいいで勝たなくてもいい。

しかし、女王の盾符は勝って、こちらに武蔵の運航の停止を要求しなければいけない。

つまり、勝利が前提である。

故に短時間勝利を狙うために聖譜顕装(テスタメント・アルマ)も持ってきたのだろうが、このままでは、こちらを止める事は恐らくできないと思われる。

なら、そこに未知の戦力であるシェイクスピアを投入するのは戦略上、間違いではないと思われる。

どういう意味だ、と再び思う心に良いタイミングでダッドリーが次の言葉を続けてくれる。

 

『ええ英国の武を預かる私の言葉を忘れたの!? ほ、本土外であんたの力を解放するのは禁止! そそその条件でアンタを連れてきたのを───』

 

『僕は別に勝敗とかには興味がないよ。あるのは、勝った後の本命の武蔵の本屋だ───勿論、古本屋にもね。自分が書いた本が大安売りされている所を見ると結構たまんないからね。それに、僕の事を言う前に君の事を考えた方がいいんじゃないかな? ロバート・ダッドリー。愛する女王の為に』

 

ロバート・ダッドリーの表情がみるみる変わっていく。

しかし、変わりだしたのは主軸の言葉ではなく、最後を飾る言葉であると正純は思った。

愛する女王の為に。

それが、ダッドリーが動く理由か、と正純は胸に刻んだ。

そして、それを証明するかのようにハン、と鼻を一つ鳴らして好戦的な笑いを浮かべ

 

『いいい言い方は気に入らないけど、女王陛下の事を忘れていないから釣りという事だとしても、の、乗ってあげるわ……!』

 

ダッドリーの手が新たな矢を放つために払われる。

放った数は

 

『ささ三本同時……!』

 

 

 

 

 

 

息を呑む武蔵住人。

三本同時。

幾ら、ペルソナ君がアデーレの機動殻の足代わりをしていても、違う場所に同時に三本落ちていくそれに同時に違う場所を守りに行けるわけがない。

 

「……!」

 

何人かが声にならない叫びをあげる。

ちくしょう、と悔しがる声が響く中、一つ剣神がその光景を呆れたように笑いながら、パチンと指を鳴らす。

 

「走んの……遅ぇなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

《風は遊び、故に矢は静かに地面に落ちた》

 

絶体絶命の四文字熟語を前に起きた事はささやかな変化であった。

落ちていくという当たり前の力を味方にした矢は途端に軽やかな動きで、まるで風に遊ばれる髪のように地面にただ落ちて行った。

重さは風に遊ばれることによって、力が抜けたという感じに。

そんな力を持っている人物はこの場にいない。

なら

 

「ああ……」

 

シェイクスピアが息を吐く。

その息に、どういう意味があるのかは誰も理解していないし、余裕もない。

ただ、彼女は新たに来た人物に対して息を吐いた。

新たに来た人物は幾つの通神文を宙に浮かべ、荒れた呼吸で、しかし、意志を込めて己の名を告げた。

 

「武蔵アリアダスト教導院、書記、トゥーサン・ネシンバラ。短い間だけど、よろしくって言えばいいかな?」

 

 

 

 

 

 

新たに表れた武蔵書記。

しかし、その息が荒くなっているのを見てダッドリーは私達と同じで文系の人間だと思った。

しかし、ジョンソンは除くだが。

だが

 

《彼の息は徐々に、しかし、確実に静まり、位置は確かに見据えた相手に近付いていく》

 

動きが緩やかだ。

セシルの荷重術式はちゃんと発動している。

例外は、女王の盾符のみであり、それ以外の武蔵勢にはちゃんと全員にかかっている。

だが、よく見るとネシンバラという少年の頭上や肩辺りから流体の青白い光が行く度も散っているのが見えた。

季節外れの六花が散るのを見て、答えを思い浮かべる。

 

……セシルの荷重を破っているのね。

 

術式だ。

恐らく、神道の術式。

見たところ、何らかの文系の術式だろう。

書記がアグレッシブな攻撃系術式を使ってきても困る。

そんな脳筋は私以外の副長で十分である。

 

《時間は残り三十秒を切った。見せ場としては十分だ。だから、彼は自分の意志を示すための位置に着き、気を吐く》

 

「すまない……遅れた。まぁ、文系なもんでね───人並みレベルの足の速さしかないんだよ」

 

ギシッと床が軋む音が聞こえる。

はっ、と音が聞こえた方を見ると、そこにはシェイクスピアが立ち上がり、そして、こっちが不利になっても本を顔から離さなかったのに、その本は手に提げられている。

 

……この自己中娘が自分から……!?

 

そして、言葉を吐こうとしたのか、何かをしようとしたのか、解る前に武蔵書記が先に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

「悪いね」

 

ネシンバラは立ち上がり、何かをしようとしたシェイクスピアに対して文字を叩きつけた。

 

《立ち上がり、何かを為そうとしていた敵は、果たせぬまま地に崩れ落ちる》

 

《己にかかっていた荷重を、分解保管し、敵として相手に叩きつけたからだ》

 

言葉は総て現実に変わる。

 

「別に手品みたいに人を驚かせるものじゃない。一種の願掛けみたいなものだよ。神道ならではのね。仲介通せば決行すること自体は可能なんだけど、僕は文章の神、スガワラ系イツルでね。だから、まぁ───」

 

《彼は勿体ぶる様にタメを作りながら、そして言った》

 

「僕の術式"幾重言葉"は、僕が奉納した文章を願掛けとして現実に再現する小説家ならではの術式だ」

 

《音は轟の力を持って、床を軋め、敵を叩き伏せる。そして、荷重は落ち、衝撃となってその場にあるものを等しく打撃する。例外はない。空間事綺麗な音を響かせ、風すらも轟の力を得ることになる》

 

 

 

 

 

先手で相手を倒せてよかったとネシンバラは思う。

軍師であるが故に戦闘は出来るが、得意という訳でもない。

あくまでも、戦闘は特務と副長の方が基本は上であある。

 

……まぁ、やり方によるけどね……。

 

うちのクラスは全員馬鹿だから。

もしかしたら、特務クラスの馬鹿達はお互いやり合っても負ける気はないとか思っていたりするかもしれない。

というか、熱田君は間違いなくその思考を持っている気がする。

強いて言うならある意味、例外はミトツダイラ君と槍本多君くらいか。

勝てないという訳ではなく、避けているという意味だが。

ともあれ、軍師である自分が相手を倒したというのは市民がこの戦闘に対するイメージを変える事にもつながるし、評価の向上にもつながる。

世は戦国の時代。

情報や風評も全て戦いにおいて重要なファクターである。

良かった、と評価するべきだ。

なので、後は援護に回るべきだろう。

"幾重言葉"は強い術式ではあるが、信奉者が書いた文章を読むことで喜び、それを奉納として発動とするもので、些か術の出が遅い。

高速戦闘には不利な術式である。

強力=万能という訳にはいかないのである。

まぁ、その分頭狂った副長組がいるから、別にいいんだけど。

自分の場合は、準上級契約をしているために、今まで書いたものを奉納ペースト素材として使用し、大部分を省略できているのでマシな方である。

だが、そこにもやはり、穴というのはあり、同じものを再利用しているような物なので奉納変換効率が落ちる。

そこはネシンバラが今、自分で書いている同人誌から走狗ミチザネに自動ペースト化をしてもらい、未使用状態の奉納ペーストとして蓄積しているのである。

まぁ、今のところはまだ余裕があるので大丈夫だろう、と思い、まだ戦闘をしているノリキとウルキアガの方に視線を向けようとする。

全島の音は消えていない。まだ、全部は終わっていない。

だから、行こう、とそう思った思考に

 

「───え?」

 

待ったをかけられる。

よれよれの白衣を羽織り、少々痩せ気味の長寿族の特徴的な長耳をした少女、シェイクスピアは無傷のままである。

何もおかしなところはない。

攻撃を受けたはずなのに、何のおかしなところがないという異常以外は。

 

「面白い術式だね、それ」

 

「……僕は今の君に興味があるけどね」

 

「興味がある事は良い事だと僕は思うよ? ───何事も、無い状態からは生まれないからね。物も感情も、ね」

 

視線にはさっきまでの外界への拒否の念は籠っていない。

感情が籠っている。

敵意とも好意とも微妙に似ているようでいて、似ていないような何かがある、とネシンバラは思う。

つまり、相対されているという事である。

 

「じゃあ、始めようか。作家同士って言っとくよ。お互い、表現を求め合う仲だ。互いの出来を話し合おうよ───文字は等しく僕達を判断してくれるよ」

 

「……Jud.でも、その前に頼みたいことがあるんだけど」

 

「ん? 何だい。手早くね」

 

ああ、と一息を吐き、真剣な顔で少女の顔を見つめ

 

「サインをくれないかな? 出来れば、そっちにいるベン・ジョンソンの方も」

 

言葉と同時にネシンバラの周りに大量の表示枠が浮かび、そのすべてに同じ言葉は書いてあった。

 

『……ふぅ』

 

「せ、せめてコメントを書くのが礼儀ってもんじゃないのかい!? 大体! 僕みたいな歴史好きはこういう襲名者と会うとはしゃぐんだよ!?」

 

『お? ミトっつぁんとホライゾンを遠慮なく差別した発言がついに出たよ!』

 

『別に気にしませんが……それでも、ホライゾンが起きたら何が起きるか楽しみですわねぇ……』

 

「くっ……!」

 

いや、待て。

僕の相手はこの外道達ではない。

というか、こんな外道共を相手して堪るか。

今は、そう。今、相手をすべきは小説家として偉大な先達を襲名している少女の方だ。

だから、僕は大量にある表示枠を無視して顔に手を当てて、敢えて、彼女からは左半身になる様なポージングを取り、残った手で、彼女を指さし

 

「───どうだい!?」

 

返答は突然の光であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その微妙に真面目じゃない光景を見て、浅間は半目になりながらも、一応心配した。

 

「……大丈夫でしょうか、ネシンバラ君───脳が」

 

「フフフ、最後に付けた語句に関してはともかく、それ以外は何とかするでしょ。浅間も信じていないわけじゃないんでしょ」

 

「……よくある文句ですけど、その言い方って言われてみたら超卑怯な言葉ですよね」

 

心配の一言は信じていないという事になってしまうのである。

あんまり好きな文句ではない。

信じていないわけでない。

だが、やはり、信頼しても心配という感情は付いて回ってしまうので、気をつけなきゃとは思うのだが、培ってきた性格はやはり、中々治らない。

これからも、こういう事は度々あるだろうに。

駄目ですねぇ、と溜息を吐く私に、近くにいる喜美が苦笑の声を上げるのが耳に入る。

 

「あんたは本当に母ちゃん気質ねぇ……愚剣がよく言ってたわよ? 智は良い女過ぎるって」

 

「な、何を馬鹿な事を……」

 

「あら? あんまり自分を卑下するのは出来てない女がいう事よ? 男だって誇ってもらった方が嬉しいでしょうし、相手も女の事を誇れると思うわよ?」

 

「……前から思っていましたが、喜美のその自信に溢れた偏見はどこから自信を生んでいるんですか?」

 

「女の勘」

 

酔っている人間はいう事が違いますね、と思いながら、まぁ、若干尊敬する。

口に出してだけは絶対言わないが。

そんな事を言ったら、絶対にそれをネタにして遊んでくるだろう、という事にしとく。

 

「まぁ、ともかく浅間はもう少しアプローチを覚えた方がいいわね。控えめという言葉も度が過ぎたらただの拒否の姿勢よ? 浅間も女なんだから男を多少は喜ばせた方がいいわよ」

 

「い、いきなり何を言っているんですか!? なな、何でそんなシュウ君に対して、アプ、ア、アプローチなんてしないといけないんですかっ!!」

 

「あら。私はアプローチした方がいいとはいったけど、相手が愚剣だなんて一言も言ってないわよ」

 

「ぐっ……!」

 

自滅点。

自分のストレスがマッハの勢いで増えていくのを感じるが、そこは自制。

というか

 

「どうして、ネシンバラ君達の話から、そんな話になっているんですか……真面目に答えてくださいよ」

 

「失礼ね。これでも、真面目に答えているわよ」

 

「……どこが?」

 

狂人の言う事は理解できないという真面目だろうか。

その通りならば、確かにその通りだ……と頷くしかないのだが。

あのね、と前置きを置いて、喜美は続きを言う。

 

「あんたは信頼はしているんだけど心配するっていう、要は信頼が不安の前では長続きはしないっていう事でしょう?」

 

「ま、まぁ、穿って言えばその通りですけど……」

 

「なら、簡単よ───足りない部分は頼りたい男に埋めてもらいなさい。あの愚剣も馬鹿ではあるけど、女を受け入れる甲斐性ぐらいはあるでしょ。なら、あんたが飛び込めばそれで万事解決よ」

 

「……いやいや」

 

何故そんな結論になるのだろうか。

一つどころか、十くらい飛躍しているような気がする。

 

「だ、大体っ。そんな事してもシュウ君の迷惑です」

 

「それを決めるのは浅間?」

 

「喜美でもない事は確かです」

 

本当にどうかしている。

シュウ君は基本、自分本位な人間である。

例外はトーリ君くらいかと思われるが、まぁ、放任主義なのは変わらないだろう。

実際、生徒総会の時は、頑なにトーリ君に手を貸す事はしなかった。

基本、シリアスにはドライなのである。

現に、今でも、彼はミトに対しては甘い(・・)

そんな彼が、幼馴染だけで、普通に甘えさせるとは思えないし、ただ甘えるだけというのはちょっと遠慮したい。

ククク、と何故か機嫌の良さそうな喜美の笑い声が聞こえてくるが無視する。

 

「ま、浅間と私の偏見じゃ答えは見つからないわね。だから、そこは期待しときましょ」

 

だから、最後に聞こえた戯言も無視し、再び戦場を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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再開の語り合い


過去からの追求

否定することも、拒絶することも出来はしない。

何故なら、それはお前が成して来た事だからだ

配点(再会)



 

視界の端にネシンバラが光る文字によって圧倒されている光景をウルキアガは見る。

ほんの少ししか、見れなかったので、凡そという言葉が付くが、押されているようだ。

だが、何だかんだ言ってネシンバラもキチガイ集団の一員であるから、恐らく死にはしないだろうと思われる。

死んだら死んだで、どうせ馬鹿共がネタにするだろう。

拙僧はそんな事をしない。

精々、ネシンバラが好んでいるキチガイ小説の最後の方だけを見て、恐らくそれにより霊体になったネシンバラに聞かせ、成仏させるくらいである。

うむ、拙僧、優しいであるな。

ともあれ、残り時間は僅か。

拮抗状態のままでいても、大丈夫とは思われるが、だからといって、そこに甘んじるのも半竜としてどうかと思われる。

人よりも強い種族として、課せられた目的よりも上を狙うのは当然の事だと、ウルキアガは思っている。

それには、この重さが邪魔だと思い

 

「拙僧、発進……!」

 

飛翔する。

 

 

 

 

 

 

 

目の前で荷重に抗っていた半竜が、その抗いを極限にまで抵抗する形でこちらに向かってきたのをダッドリーは視認した。

竜息を使っての飛翔。

だが、余りにも鈍いし、低い。

荷重には抗えている所だけは流石は半竜だと言ってもいいだろうが、これでは殴り易い的だ。

狙いはセシルみたいだが、まだセシルの浮いている所にも届かない。

だからと言って看過する事は出来ない。

こっちから見ると、やや右側を飛んでいる、

その動きも荷重による重みのせいで乱れている。飛行するので限界、という事なのだろう。

 

「は、蠅叩きならぬ竜叩きが、でで出来るなんて」

 

素敵だわ、と素直に思う。

だから、素直に迎撃の為に前に出た。

そのまま遠慮なく右手で外側に払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

輸送艦の上。

そこに熱田がぴんと閃いたかのようにトーリに耳打ちをした。

 

「なぁ、馬鹿。」

 

「あ? 何だよ親友。唐突に俺の耳に近寄って……仕方ねえなぁ……特別に俺の耳を舐めてもいいんだぜ!!」

 

躊躇いなく耳を削ぐためにメスを振るった。

慌ててトーリは首を逸らしてメスを回避する。髪の毛が数本くらい斬れたが、肝心の耳が千切れてない事に舌打ちをする。

この馬鹿、最近反応が良くなってきやがる……

 

「お、おいこの馬鹿野郎! 何の容赦もなく首を繋がれた俺に対して耳を斬ろうとしやがったな!? 親友に対しての態度がこんな物騒なモンでいいと思ってんのか!?」

 

「え」

 

周りに視線を向ける。

すると、周りの連中も全員驚いた顔で馬鹿を見ている。

だから、代表してもう一度トーリの方に視線を向け

 

「え?」

 

「く、くそっ……! 本気で思ってやがる……」

 

馬鹿の言う事は無視するに限る。

それよりもだ。

 

「トーリ。見ろ、あのホライゾンを」

 

「あん? 何時も通りのホライゾンだな。寝てるけど、あ! ホライゾンの乳は揉ませねえぞ!?」

 

「巨乳じゃないから、興味はないから、安心しやがれ。だが、論点はずれてないぜ」

 

「論点?」

 

ああ、と前置きを置く熱田。

この会話を聞いている女性陣は全員、冷たい眼で彼らを見ているのだが、二人はそんな事は気にしせずに話を進める。

 

「今、あの毒舌女は寝てる───この意味、解るか?」

 

「ご、ごくり……!」

 

「即座に喉を鳴らすお前を見て、変態だと思ったが、利害の一致があるから今回だけは見逃してやる……」

 

言いながらに良い笑顔で気絶しているホライゾンに近付く。トーリの首の輪は密かに斬って外して、変態の行動を今だけ許す。

そして俺達は懐から取り出したペンやら何やら、つまり、遊ぶ気満々の装備をしながら、気絶しているホライゾンに近付いていく。

それを見たネイトが止めなくてはっ、と義憤に駆られるのだが、面白そうというナイトの魂胆によって、背後から膝を入れられて、地面に膝を着いている。

最後の止めるメンバーである正純は真面目に武蔵で起こっている光景の方を注視している。

有体に言えば、最早止めるメンバーはいない。

周りにいる学生では、変態に近寄る気もなければ、剣神を相手にする実力もないのである。

そろりそろりと気絶しているホライゾンに近付く。

ごくり、と熱田までもが唾を飲み込む。

その内心は

 

……これで、この毒舌女にやり返すことが出来る……!

 

ホライゾンを取り返した後もだが、十年前の死ぬ前もこの女にはあらゆる意味で勝てなかった。

だが、今は違う。

今は、ホライゾンは無防備。

それ、すなわち、何をしても相手は反撃する事も、喋る事も出来ない。

 

ビバ世界……!

 

ハハハハ! と二人で思いっきり笑い

 

「もらったーーーー!!」

 

突撃をかます事にした。

その大声を聞いて、ようやくこっちの状況に目を向けようとしたのか、正純が驚いた顔でこっちを見て

 

「な、何だ!? また、熱田と葵か!」

 

またっていうのはどういうことだとツッコミたくなったが、今はどうでもいい。

目的まで、もう目の前なのだから。

そうすると、いきなり目の前にいる一応、整った顔の目が開き

 

「何ですか、騒々しい」

 

何事もなかったかのように、トーリは股間を殴られ、俺は両目に指を入れられた。

 

「あーーーーーーーーーー!!」

 

トーリは内股になり、俺は両目を抑え転げまわる結果になった。

そうして、ホライゾンはこちらに来た正純の制服で手を拭い、悲鳴を出させた後に、再び、何事もなかったかのように寝始めた。

暫く、唖然という空気が充満したが、あーー、という前置きを置いたナイトがポリポリと頬を書きながら、笑顔でこちらに顔を向けてきた。

 

「……シュウやん、加護があるから、普通の攻撃は痛くないんじゃないの?」

 

「くっ……! 残念ながら、無効化じゃなくて、頑丈になってるだけなんだよ……! 両目は潰されないが痛みはあるし、この眼球がぷにっ、と押された感覚が新感覚……!」

 

「え、えーと、ホ、ホライゾンもそれを分かって、眼球を突くという、ちょっと常人には危ない事をしたのでしょうか……?」

 

すると、再び、かっ、と目を開けたホライゾンが少しだけ、起き上り、涙を流しそうな俺を見ていると

 

「……? おや? どうして、熱田様は両目が潰れていないんでしょうか? おかしいですね……生態が違う生物にはこの程度では潰れないという事なのでしょうか。ホライゾン、ちょっと失敗です」

 

意味不明の反省をした後に再び、何事もなかったかのように眠るホライゾンを見て、笑顔を氷付けさせているネイト。

その様子に苦笑しつつ、ネイトの頭に手を置いているナイトがよしよし、と呟きながら

 

「……ホライゾン、何だかレベルアップしてない? まだ、悲嘆の感情だけの筈なんだけど」

 

「……外道の感情って何に当て嵌まんだ?」

 

「さ、流石はホライゾン……! 俺が唯一勝利を確信することが出来なかった女だぜ……! だが、俺は負けねえからな!? 俺の象さんはこの程度ではくじけね、あ、駄目駄目駄目駄目! そんな、まだホライゾンの手によってビンビンなそこを刺激しちゃ駄目ーーーーーーー!!」

 

ナイトが連続でコインを馬鹿の股間に連射している光景を無視して、両目をごしごし腕ですりながら、ぼやけた視界を取り戻す。

すると、その視界に呆れた顔をしている正純を見て、真面目な奴だなぁと感想を得る。

 

「全く、この馬鹿共は……一応、ウルキアガとかがピンチなんだから、もう少し応援してやるとかしてやれよ……」

 

「は?」

 

「いや、は? ってお前……」

 

そこまで言われて、ようやく正純の勘違いとこっちの誤解が繋がったので、ああ、と頷いた。

そういえば、正純は智と同レベルで戦闘に関しては問題外……なのか?

あんまり深く考えると、ズドンが来るので、考えを捨てて、とりあえず、正純の懸念を失くすために一言一と言っとく。

 

「どこが?」

 

「は?」

 

疑問顔の正純に顎の動きで、表示枠をもう一度見ろと伝える。

疑問は解けなかったようだが、とりあえず、俺の要求に素直に答えて、彼女が再びウルキアガ達が映っている表示枠を見始める。

そこには、やはり、ウルキアガが吹っ飛ばされている光景である。

その行く先は───ノリキとベン・ジョンソン達の中心近くだが。

そして、後ろでは浅間の矢が顔面にめり込んで吹っ飛んでいる熱田の姿があったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そそそれが狙い!?」

 

武蔵の半竜は吹っ飛びながら、ジャストにガリレオ教授を倒した一般生徒とジョンソンの間に割り込もうとしている。

狙いは元からセシルではなく、ジョンソンであったという事か。

右側に飛ばされるようにわざと右側に寄っていたという事。

下や上に殴る事も出来たが、そうなるとセシルに近いし、左に張り飛ばすには半竜が飛んでくる場所が絶妙に右手を振ってストライク出来る位置だったので、何も考えずに条件反射で右に殴り飛ばしてしまった。

失敗だ。

他の副長達と違って、戦闘系でないことを言い訳にしたくはないが、完璧に自分の失敗だ。

故に失敗は何とかしなければいけない。

 

「ジョジョジョンソン! ───死んでも無視するからね!」

 

「Mate! 君は普段から何故! 私だけに辛く当たるのかね!? 流行のTUNDEREかね!?」

 

「ししし死ねーーーーー!!」

 

余りにも戯けた事を言うので、ついでに矢もぶち込んだら、流石のジョンソンも慌てたのか、術式を使って後方に十五メートルくらい跳躍した。

あれだけ逃げていたら、追撃も何とかなるだろうと判断する。

そこで声が響く。

 

「ノリキ……!」

 

「解ったことは言わなくていい」

 

瞬間、三打撃分の音が響き、何をと思考しようとする前に、氷が割れるような空間を伝った後に、理解を得た。

 

「セ、セシルの荷重術式を砕いた!?」

 

その結果は良くわかる。

まず、第一に相手の動きを制限していた力はなくなり、行動の自由度がぐんと上がる。

第二に後ろで控えていた武蔵野学生たちがいつでも動けるようになるという事。武器はこちらが奪っているが、いざという時に動けるかもしれないというのはかなり大きい。

そして、一番最後は

 

「セセセセシルゥゥゥーーーーーーー!!?」

 

自分の重量を振り分けることによって浮いていたセシルは、術式が砕かれたことにより、振り分けていた重量は自分に戻り、そして当然───落ちる。

 

「あうーーーーーー」

 

落ちていくセシルを見て、慌てる。

普通の総長連合ならば、あの高さからでも傷などは負わないのだが、セシルの場合、その体重と体型から上手いこと体を動かすことはできないし、自分の重量分、ダメージはそのまま帰ってくる。

下手したら死ぬ。

何とかしなければ、という思考に声が入り込む。

 

「拙僧! 再跳躍……!」

 

荷重を振り払った半竜は崩れた体制を強引に戻し、再びこちらに向かってきた。

迎撃するしかない。

自分は元々、戦闘に関しては精々、特務級くらいの実力である。

武蔵の剣神や、副長補佐、三征西班牙(トレス・エスパニア)の戦闘系みたいな人外とは違うのだ、人外とは。

だから、半竜の突撃を身体能力で躱せる様な力はないので、迎撃が自分にとってベストなのである。

だが、そうすれば

 

……セシルは誰が助けるのよ!?

 

「Mate! セシルの方は任せたまえ!」

 

振り向きたくなるが、前から敵が来ているから自制。

何やら、さっ、と取り出すような音が聞こえたから、恐らくジョンソン得意のドーピングをするのだろう。

 

何という不健康な……!

 

だが、セシルが助かるので文句は言わない。

ジョンソンの体は知らない。

なら、何とかなると思い、迎撃に右手を構え、左手の聖譜顕装(テスタメント・アルマ)の指を軽く、開いたり、閉じたりしながらタイミングを判断する。

竜砲による加速などで、何時、加速力が爆発するかなども、予想しながら打たなければいけない。

力強さなどは、この場合、無意味。

 

「ささささぁ! き、来なさい!」

 

ざっ、と改めて地面を踏み直し、半歩進めることにより、こちらから距離を合わせる。

さっきの払いで大体のタイミングは掴めている。

払うのは自分の仕事なのだ。

それが、敵であろうがゴミであろうがジョンソンとかであろうが。

別にジョンソン一人だけに悪意を向けているわけではない。何となくである。何となく。

殴りやすいキャラをしているのがいけない。

そうしていると

 

「……は?」

 

武蔵の半竜は自分の攻撃範囲から離れた。

自分の攻撃範囲から離れたという事は、相手も自分から離れたということになり、どういう事だと思考するまでもない。

 

「……! こっちが狙いかね、You!?」

 

狙いは理解できる。

ジョンソンを妨害することによって、セシルを救うのを妨害し、そして、こちらには

 

「……」

 

ノリキという少年が迫っている。

 

「……っ!」

 

不覚にも舌打ちする。

連携の練度が異様に高い。こんな状況になることを読めるとは思えない。

ならば、これはアドリブだ。即席でここまでの連携が取れるというのはいったいどういうことだと思うが、それら纏めて

 

「ここ小細工ねぇ!」

 

言葉と同時に打撃が飛んでくる。

打撃の型は、基本の右正拳。正し、拳に当たれば、術式の奉納が溜まる。それが、こちらの聖術であろうと大罪武装であろうと肉体であろうと厄介なことには変わりない。

だが、しかし

 

「あ、当たればでしょう!?」

 

そのまま右手で無愛想な少年の手首を下に払った。

 

「……!?」

 

確かに目の前の少年の術式は厄介を超えて剣呑な術式ではあるが、奉納するには拳での打撃が必要である。

ならば、拳以外に触れれば全く問題無し。

それにより、聖術によって払われた右腕は勢いよく下に体勢を崩され、顔を下に下げてしまう。

その顔がちょうどいいところに来たことに笑い

 

「たたた大罪パンチ……!」

 

そのまま左腕で思いっきり殴った。

顔面にめり込むような感触が、仕事をこなしたみたいな感じを獲れたので、絶好調である。

吹っ飛ばされた少年の顔を見ると、鼻血は出ていたが、骨まではいっていないと思われる。

だが、鼻血を流すことによって多少、呼吸し辛くなって息を吸う事になり、動くので数秒時間がかかる。

数秒あれば永遠と同じだ。

そのまま後ろ歩きで数歩下がる。

そこで、セシルの落下地点の真下である。だが、自分ではセシルの体を受け止めるような膂力はないし、右手の力は打ち払いの術式であるが故に弾くしかできない。

ならば

 

「セセセシルーーーー! が、我慢してね……!」

 

「こんじょうなのーー!」

 

というわけで右手で上に打ち払った。

受け止めるのが不可能なら、自分は弾くしかない。とは言っても横や下に打ち払ったらセシルは死んでしまう。

ならば、もう一度セシルには上空に戻ってもらうしかない。

当然、弾いた衝撃が体に響き、落ちていた体が勢いよく空に飛ぶことによってブラックアウトするだろう。

だけど

 

セ、セシルも女王の盾府よ!

 

そのくらいの覚悟はお互い言わなくても当然の如く持っているはずだし、わざわざ確認しない。

そして、この程度で死ぬとは思っていないからである。

 

「セセセシルゥゥゥーー! あ、あああれが見える……!?」

 

ダッドリーはそのまま手鏡を放り投げる。

その鏡に映っているのは───従士の機動殻。それには、セシルの荷重術式が復活していなければいけないのだが

 

「ひとりならだいじょうぶなのーーー」

 

流石は親友と思わず、抱き着きたくなるようなセリフを言ったセシルに惜しげなく笑顔を浮かべ

 

「レッツ、振り分け……!」

 

瞬間、品川という武蔵を支える竜の一つが激震した。

 

 

 

 

 

 

 

 

アデーレはその瞬間、一体何があったのか理解できなかった。

ただ、いきなりペルソナ君に支えられて動いていて視界は前を見ていたはずなのに、何故か今では視線は空を見ている。

だが、その視界もぐわんぐわん揺れていて定まっていない。

視界というより頭が揺れているという感じだ。軽い脳震盪みたいな感じであると思い、そこまで他人事のように考えてようやく自分が倒れているということを理解した。

 

「い、いったい何が……」

 

あったんですか? と問いたいところだが、周りに誰もいないので問いようがない。

そこに視界に移る光景に変化が起きた。

空へと至るまでの階層から、こちらを覗く顔があったからである。

相手は

 

「ややっ! アデーレ君! 大丈夫かい!? 頭ぶつけておかしな方向に目覚めようとしていないかい!?」

 

『何を言う! 例え、アデーレがどんな方向に目覚めようとも、それを気にせずに付き合うというのが友としての在り方であろうが。だから、吾輩。アデーレがどんな方向性に目覚めようとも引きはせぬとも……!』

 

「……」

 

一気に色々と目が覚める言葉と、頭が冷える言葉だったので即座に冷静になれた。

というか、ネンジさんは台詞とかは格好いいのに、スライムだから、あんまり心に響きませんねー……と思うのは失礼だろうか。

ペルソナ君さんは心配そうにこちらを見ているようなので不問とする。

鈴さんとペルソナ君さんは我がクラスに残された最後の良心です。副会長は期待していたんですけど、あっという間に染まってしまったので、具体的表現をしないためにノーコメントです。

何ていうかあれですね。人間が変化していく過程がすっ飛ばされて異常識人が生まれましたね。あの人も立派な武蔵の人ですねーと思いつつ、彼らの場所を確認する。

 

ええと……一……二、三……? 地下三層まで一気に突き落されたっていう事ですか?

 

となると、もう一度あの攻撃をやられたらどうなると思考すると

 

「やばいじゃないですか!?」

 

ようやく働き始めた思考に慌てて体を動かそうとするのだが

 

「あれれ?」

 

全く動けない。

どうしてかと思い、周りを見回したら体の一部を動かしてみるとどうやら貨物のフレームが噛み込んで動けないようだ。

つまり、動けない狙い易い的兼砲弾。

 

「ぜ、絶対絶命多いですねっ!? じ、自分! 今までそんな酷いことしていないというのにこの扱いはどういう事ですか!!?」

 

思わず叫ぶと周りに表示枠が浮かび上がってきた。

嫌な予感はぷんぷんとしたのだが、どうせ後から同じ状況が起きそうなので、今の内に消費しておこうと思い、中身を見る。

 

『アデーレが今、マッハの勢いで現実逃避しているんですけど、どうすればいいと思います?』

 

『フフフ、馬鹿ね。そういう時は自分の女としての魅力を確認すれば現実を確認することが出来るわ! さぁ、アデーレ! そんな暗い中で嵌っていないでこっちに来なさい! この私、直々に揉んであげるわ!! たとえ無くてもね!』

 

『お、おいおいおい姉ちゃん! そんな事を言ったらアデーレ。また傷ついておかしくなっちまうだろ? だから、こういう時は嬉しい事じゃなくて悔しい事を頭に刻み込んだ方が目覚めんだよ! だから、姉ちゃんか、浅間がその乳を揉ませてやればいいんだよ!!』

 

『いけねえな……そりゃいけねえ……俺がいないところでそんな乳天国をするだなんて、そりゃいけねえぜ……! だから、待ってろ……俺が今すぐそこに行く……! そう、全ては乳の為に!!』

 

『ミトッツァン、ミトッツァン。格好いい風にいっているけど、これって犯罪予告かな?』

 

『どうして、そこで私に振るのかわからないんですけど……とりあえず、間三人は控えめに言って処刑ですわね……後、アデーレ……えっと、その……お、お互い頑張りましょうね!?』

 

狂言が続いたかと思うと、最後は同情と応援。

絶対にストレスで脳細胞が幾らか消し飛んだ気がするが、狂人の言葉を真に受けていたら禿げるので無視する。

というか、非常に不味い事を今、気づいた。

 

───この状況で、もう一度荷重術式を受けたら……

 

さーーっと頭から血の気が引いていくのが理解できるが、体が動かないのではどうにもならない。間違いなく、次は品川のフレームを喰ってしまいそうである。

生き残るには、やはり、ウィリアム・セシルを倒すしかないのだが、ダッドリーとジョンソンがウルキアガとノリキと争っているので、恐らく、短時間での攻略は不可能と見た方が良い。

残りは

 

書記の方は……!?

 

そう思い、視界の倍率を変えて、書記がいるであろう場所のほうに視線を向けてみると───そこは光が満ちている空間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

状況の最悪度に思わず、荒い溜息でも履きたくなるネシンバラであるが、そんな事をやったら間違いなく落とされるので我慢するしかない。

最悪の状況が連続して起こるこの武蔵の現場を笑って迎えればいいのか、呆れて笑えばいいのか、解ったものではない。

とりあえず、人生の難易度だけは、どう軽く見積もってもVery Hardだ。Normalが良いとは流石に言わないが、ずっと同じ難易度というのも新鮮味がないものだ。

その感想を抱くと同時に文字という名の呪いが迫ってくる。

 

「……しつこい!」

 

《吐き出す言葉と同時に迫る呪いを叩きのめす。》

 

狙ってきているのはシェイクスピアの術式。

宮内大臣一座(ロード・チェンバレンズ・メン)と確か、そんな感じの術式であったはず。

簡単に言えば、演劇脚本の内容を現実化させるというような夢術式であり。

人類はとうとう、そんな所まで行ったかと感慨深くなるが、別にどうでもいいことである。

喜ぶのは、うちのエロゲ四天王くらいだろう。とりあえず、地獄に落ちるべきだと思う。

そして、その術式によって開かれたのは

 

……第二悲劇(マクベス)

 

ハムレット、オセロー、リア王に続く四代悲劇の作品の一つ。

端折って言えば、王殺しの物語であり、最終的に主人公であるマクベスも悲劇的に終わるという作品であったはず。

物語自体はいい。

悲劇云々はともかく、本としては面白いと素直に言っていい内容であるし、読んだ時に凄いなぁと思ったこともある。

だが、問題はシェイクスピアの術式によって

 

言葉による呪いが配役と同じ運命を僕に課そうとする……!

 

そうなれば、僕は王殺しの物語を意思とは関係なしに、なぞってしまう。

僕の場合は、葵君を害なす運命を作ってしまうということになる。

他の国の総長とかならば、自前の能力や何やらで対処をしてくれるのであろうけど、うちの馬鹿は無能が売りの馬鹿なので当てにすることなど全然できない。

まぁ、もう一人(・・・・)の馬鹿は大丈夫だろうけど。

とりあえず、軍師としてその状況は不味い。

それを解決する策は至って単純で

 

……僕が確実に勝利して呪いを振り払ったと確信すればいい!

 

〈愚かなるマクベス夫人。夫に連れ添い、しかし、その野心に共鳴して燃えた女よ。王の暗殺を手伝い、成功させ、されど───王たちの亡霊に怯え、やがて闇に落ちて死ぬ〉

 

《関係ない。知った事ではない。だが、立ち塞がるのならば、それは自分の敵だ。一撃で済ますつもりはない。ゆるみない連の打撃だ》

 

と言いたいところだがシェイクスピアに合わせて戦っている暇はない。

連続描写を書き入れ、背後と前のマクベス夫妻を打撃し続け、足止めさせ、自分はこの戦闘の鍵であるダッドリーの方に向かおうとする。

だが、向かおうとしておかしなものが見えてしまい、急がなければいけないという意思に反して足が止まる。

光だ。

文字を血肉として作られているのは人影である。

十や二十そこらの数ではない。どう軽く見積もっても、三桁は越えている人数であり、それらはまるで木々にも似ており、しかし、剣と盾を握っている。

森が自分を狙っている、と錯覚ではなく、事実としてそれを認める。

文字の障壁で、こちらの打撃を防御していたシェイクスピアは、やはり、何事もなかったかのような表情でこちらを見ている。

 

「どうしたんだい、マクベス?バーナムの軍勢が君を睨んでいるよ?」

 

「マクベス? 馬鹿な。僕はまだ」

 

呪われていないはずだ、と言おうとしたときに自分の足元からも光が見えることに気付く。

自分の足元に文字列が渦を巻くように広がっていた。

その光景が、少し気持ち悪く、一歩下がりたくなったが、気合で耐える。

そこで、シェイクスピアが、この乱戦の中では小さい音なのに、不思議なほど響く声で囁いてくる。

 

「役そのものが取り憑くのに失敗しても、役をする配役が潰されたら、別の誰かが代わりにするよね? 本来する役者が風邪で来れなくなったから、舞台は中止、なんていうのは小学生でもやらない。プロなら尚更だ───だから、スポットライトが次の演者を選ぶのさ」

 

この光の輪によって照らされている状況を言うのならば、皮肉が効いている。

良い性格している、と舌打ちをしつつ、疑問に思ったことを吐き出した。

 

「それだけの文字列を排出する術式を、どうやって賄ってる!? 個人レベルで補える排気じゃないはずだ!」

 

「気になるかい?」

 

当然だ、と頷こうとした所で、頭の中で何かを閃いた。

戦術とかではない。

知識として、お前は知っているであろうという無意識の警告である。

何がだ……と思考したところで、思い出した。

 

確か、英国に渡された大罪武装は強欲(フィラルジア)を司る大罪武装で、その所有者は……!

 

その答えに政界を示すように、シェイクスピアは横に置いてある紙袋から無造作に何かを取り出した。

腕甲のようにも思えるが、恐らく盾として使われる白と黒色の立体によって構成されたもの。

 

「大罪武装か!」

 

 

 

 

 

「Tes.英国の大罪武装"拒絶の強欲"。八大竜王なんて大仰な名前を名乗る気はないけど、使い勝手はいい武装だ。通常駆動は、頑丈なただの防盾だけど、その超過駆動は単純だけどいい効果だ。強欲なだけはあるよね。能力は"自分が受けたあらゆる痛みや傷を持ち主に流体として与える"という、まぁ、盾なのにダメージを受けるのが前提というのが、面白い矛盾だけどね」

 

まぁ、盾自身が受けたダメージも流体には変えてくれるんだけどね、と呟きながら、無造作に突きつけてくる。

 

「君が放つ衝撃……つまり、攻撃とか勿論、吸収するけど、僕はこれとは比にならないくらい莫大な攻撃を現在進行形で受けている。昔、君もそれを僕にぶつけてきたよね?」

 

自分とシェイクスピアに接点はない筈である。

あるとすれば、それは同じと言っていいのか知らないが、作家同士であり───

 

「……まさか」

 

「Tes.批評だよ」

 

持っている八大竜王と大罪武装の相性の良さに思わず呻いてしまう。

批評。

小説を書いていると、否、ありとあらゆる行動に付き纏ってくる言葉の羅列。批評というのは、悪いことばかりではないはずだが、当然、酷評もあるのだろう。

そんな文字の攻撃ですら、大罪武装は攻撃と見做して、流体を蓄積するということだ。

チート武装過ぎるだろう、と叫びたくなったが、よく考えればうちもそこまで言える立場ではないということに気づいてしまったので沈黙することにした。

そこで、シェイクスピアはふと顔をあげ、何かを思い出すかのような表情を浮かべながら、口を動かし始めた。

 

「ネシンバラ・トゥーサン。元々、三征西班牙(トレス・エスパニア)出身であり、両親は六護式仏蘭西(エグザゴンフランセーズ)との戦闘で失い、諸事情で小等部入学前に武蔵に移住。そして、中等部二年次に、聖連が執り行っている学生小説賞に応募して、見事に優秀賞を受賞。最年少受賞記録を作って、注目を浴びる。だけど───」

 

一息

 

「以後、注目に関わらず、本を出すこともなければ、小編を雑誌に載せることもなくなる。やっていることは、同人誌の政策と批評活動のみ───何故書かないんだい?」

 

その問いかけに答える理由なら幾つかある。

学業が忙しいからだとか、同人製作も立派な創作活動だとか、葵君が世界征服する宣言をしたせいで、生徒会活動が忙しくなったからとか、インスピレーションが湧かないからとか色々言えることは出来る。

だが、どうしてか。どれも、彼女が納得するような理由には思えなかったし、何よりも、どう言っても言い訳にしか聞こえないな、と自覚できたからである。

 

「どうして?」

 

こちらを攻めているのか、と思うが、何故そこまで接点もない、たかが、一度の受賞者に大物である彼女が責める理由があるというのだろうか。

背後にバーナムの軍勢を置き、無表情でこちらに語りかけてくる彼女は

 

「"作品世界の設定が薄い"、"最貧に矛盾がある・問題点がある"───僕の作業と、準備設定を知らずにいい、指摘しながら、その具体的な理由も箇所も言わない。まるで、こちらからの成否の追及を避けるように批評を行っている」

 

そして

 

「"この人のやり方は間違っている"と───僕の生き方を全否定した……僕が生きるために必要な、やり方を」

 

待て、と思う。

おかしいだろ、とも思う。

ここで、どうして、批評論になる。別に関係ないだろう。そんな事は、僕じゃなくても似たようなことを書いている人はいるはずなんだから。

 

「まぁ、別に君が僕の本にどう思うかなんて君の自由だ。批評云々もそうだけど、どんな物を書いても、絶対にこれは違う、あれは違う。こうした方がいい。ああした方がいいという意見は必ず出るものだ。人間の感性は人一人違うものなんだから、出る答えも千差万別。一つの本に、読んでくれた人達全ての答えは違うに決まっている。僕が書いた一行を何人かに見せたら、絶対に感想がばらばらな答えは返ってくる。だから、僕は別に君の批評についてどうこう言うつもりはない───でも、君は己の批評も正解の一つにすぎないとは思っていないようだけど」

 

まぁ、それも僕には関係ないことだ。

でも、だからこそ

 

「僕は君に対してこう言いたいんだよ」

 

君の文は

 

「僕には届かない」

 

 

 

 

 

 

 

〈おお、マクベス。マクベスよ。遂に、覚悟を決める時が来たのだ!〉

 

 

……くっ!

 

揺らしに来たのか、と今の状況を試みて思った。

さっきの批評論については罠だ。それを用いることによって、マクベスの敵わぬと知って、尚覚悟を決めて討ち死にするマクベスと同化させたのだ。そうする事によって、自分を彼女が演じる舞台に、更に深いところに巻き込まれたのだ。

だが、ここで終えるわけにはいかない。

 

ここで負けるわけにはいかないんだ……!

 

『ここで、眼鏡が負けたらどうなるんだ、テメェら』

 

『とりあえず、バラやんに呪いがかかって、総長に命の危険が生まれるよね?』

 

『え!? や、やっべぇ! 俺、何時、ネシンバラのヤンデレフラグなんか立てちまったんだろ……ちょっと、ロード! ロードさせて!』

 

『無視しますけど、そうなると、ネシンバラ君かトーリ君……どっちかを立てるって事ですよねぇ……』

 

『フフフ、皆、避けそうな話題だけど、でも、私は言っちゃう! うちの愚弟と眼鏡! どっちが不要でしょうか! はい!』

 

『そんな……全裸とおかしな軍師じゃあ比べる事ができませんですのよ!?』

 

『既に比べてるじゃねーか!!』

 

『そうだよ皆! 葵君もネシンバラ君も、同じクラスメイトだけど人としては違う人なんだから比べることなんてしてはいけないよ!』

 

『そうだとも……我々は全員、違うからこそ協力して力を発揮することができるのだ。なのに、人を比べるなどということはしてはいけないぞ!』

 

『はい……』

 

落ち着け僕……!

一瞬、負けてこいつらに汚名を着せてもいいんじゃないかと思ったが、結局、負けても汚名を着るのは自分だけになるので、あんまり意味がないし、既に汚名ばかりのメンバーだから一つや二つ増えても動じないキチガイ共だ───やるなら豪快にだ。

 

そう納得し、動こうとするネシンバラに待ったをするかのように、シェイクスピアが声を上げる。

 

「ああ……一つだけ。純粋に聞いておきたいことがあったんだ」

 

これ以上、何を言うつもりだ。

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)には、密かに、前総長兼生徒会長であるカルロス一世が残した、小等部以前の子供を育てる機密教会施設があったんだ。エナレスの特待部にも、繋がり、内部では運動部、文化部、教譜部に……まぁ、要はこれからの三征西班牙の衰退と経済危機に備えた人材作成所だったんだろうね」

 

落ち着けと思う。

冷静にならないと、とも思う。

 

「でも、十三年前にその施設は内部崩壊が起きてね。原因としては過酷な修練をさせている事によって放火が起きたということにされているけど───実は、一部の子供たちが仕組んだことでね」

 

「……その子供たちは?」

 

「Tes.逃げ出しらしいけど、ほとんどは捕まり、悪魔憑きとかもっともらしい事を言われて処刑されたよ。逃げ延びた子供たちは、他国に移住したりして生き延びた」

 

その問題の施設の名が

 

「第十三無津乞令教導院───知っているかい? いや」

 

知っているだろう? と今まで表情を全く動かしていなかった少女は、ここで初めて動かした。

口を歪めることによって。

 

「ネシンバラ・トゥーサン。姓のネシンバラの方は松平四天王の榊原康政から木を取った姓らしいけど、名のほうのトゥーサンは極東所属を示すために漢字が当てられているよね」

 

その漢字は

 

「───十三(トゥーサン)

 

 

 

 

 

 

「───」

 

ぞぞっと嫌な予感が背中から頭まで這い寄ってくる感じがする。

あんまり思い出そうともしない過去の事を、まさか、こんな時に、こんな場所で言われることになるだなど誰が思うか。

思考しようとすると、真っ先に言われた過去の内容を思い出してしまい、表情を歪めてしまう。

直後

 

〈決着の時だ、マクベス。君を守る全ての加護は今、失われた〉

 

シェイクスピアによる文字列の波が、こちらの連撃を打ち砕いた。

余りにも呆気ない快音と同時にミチザネが扱っていた表示枠も破片となって飛び散り、ミチザネがわたわたしているが気にすることなど出来ない。

視線を彼女から離すことができない。正面にいる少女の笑みを

 

「やっとだ……ようやく見つけたよ。思い出してくれたかいNO.13。君はあの頃も───」

 

表情は一転し……ではなく、ぐちゃぐちゃになった。

笑いと怒りと悲しみとかが、混ざり、溶け合い、最終的にどれを浮かべればいいのか解らないというような表情になり

 

「君は───君は僕を傷つけた!」

 

これが最大の攻撃だと勝手に頭が思考を作る。

でも、そうだろうとも思う。

前や後ろからマクベスだったものや、マクベス夫人やバーナムの軍勢が迫ってきているが、そんなものはこの叫びに比べたら力にはなりはしないと。

 

「セシルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

「もういちどいくのーー」

 

「ちょ、ちょっと待ったぁ! じ、自分なんかに荷重をかけても、その、ホラ! そこまで、重くないですからダメージになんかならないですよーーーー!!」

 

ダッドリーが狙いをつけたのを察知する。

それを恐らく、冷静に判断し、彼女に何かを言おうとしたのか、口が勝手に動こうとして、それを無理矢理飲み込んで違う言葉を放つ。

ここに来る直前に伝えておいて正解だと思い

 

「"品川"! やってくれ!」

 

《衝撃を己の左半身へと放ち躱す》

 

右腕に絡んでいたマクベスであったものごと、無理矢理振り払い、吹き飛んでいく。

衝撃に追って左半身が軋み、肩の関節や爪などが割れた感じがしたが

 

『Jud.!!』

 

返答が来てくれたことへの安心が買った。

 

『再加速して、左へと旋回します───以上!』

 

言葉通りに武蔵は動いた。

強烈な横Gが身を抑え、全員が倒れそうになる体勢を必死に、自力で支える。

品川を先頭とし、重力加速を用いてのかなり急な左へのターンをすることによって英国との距離を無理に詰め、旋回を予定よりも早い動作でする。

チェスや将棋などを引っ繰り返すようなものだ。

 

「つまり、敵に決着の時を与えない───勝負の無効化だ!」

 

 

 

 

 

「やってくれたなYou! こんな強引な手段を……!」

 

ジョンソンはドーピングによって得れた感覚強化で、緩衝術式を使っても、軋んでいる武蔵の音を聞きながら、高速思考をする。

武蔵は今も無事とは言い難いが動いている。

それは、つまり、武蔵を止めるだけのダメージを与えられなかったことということになる。

個々の勝負では負けてはない。むしろ、このまま勝負を続けていたら勝利となっていただろうという自信はある。

だが、勝負に勝っても試合に勝てなかったということだ。

悔しいという思いはあるが、このまま残っているのは危険だ。

このまま自分達が残れば、捕虜になってしまい英国の恥と化す。離脱手段はグレイスの船があるが、このままでは振り切られる可能性がある。

故に

 

「Mate! 撤退するぞ! 英国の恥となっては妖精女王に申し訳が立たないからな!」

 

全員、それぞれの形で首肯し、グレイスの船に向かうが、一人だけ何の返事もせずに立っている人物がいた。

シェイクスピアである。

 

「……」

 

彼女は何も言おうとはしていないし、何かをしようとはしていなかった。

ただ、見ていた。

彼女が見ているものを、敢えて無視し、こちらの呼びかけを無視したという風に捉え、再度、声を上げる。

 

「シェイクスピア! Youも早く離脱したまえ!」

 

二度目の叫びに、今度こそ反応し、シェイクスピアは離脱の動きを取り、自分も離脱する。

だが、武蔵も、問題が解決したわけではない。

英国には近付いて来ている。それも、激突の形で。

その事に、武蔵艦上にいる全員で、艦の傾きを変えるために左舷後部へと移動する。

武蔵八艦による凶悪なドリフトは、そのまま英国の空へと突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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覚めない思い


己を語って、浸る

己を語るということは、他者も語るということだ

配点(謎?)



 

武蔵が派手なドリフトをかけている中、輸送艦の連中は左舷後部に避難しているのだが、俺達の勢いは止まらない。

 

「おいおい、どうしたもんかなぁ……おい、正純。どうなると思うよ?」

 

聞いてみたが、返事が返ってこない事にどうしたと思えば、正純は艦にへばりついて身動きできない感じになっている。

 

「……正純。もう少し、ちゃんとしろよ。仮にも俺と同じ権限だろうが」

 

「……あ、あ!? 私はお前みたいに、こんな横Gやら、何やらが凄い中で仁王立ちできるお前ほど! 人間止めてないんだよ!」

 

最近、このヅカは中々言うようになってきやがったな、とある意味感心するが、ここまで簡単に武蔵に染め上げられる正純を見ると少し、将来が心配になってくるが、気にしても仕方がない。

もう、手遅れだし。

 

「おい、ネイト。言ってやれ。俺達は戦闘が仕事だが、人間を止めることは仕事じゃねぇって事を……」

 

逆側に立っていたネイトは銀鎖で必死に自分を支えようと縛っていたので、こりゃあ同じかね、とどうでもよくなってきた。馬鹿は転がっているし。

バランスには多少、自信があるが喜美や最近で言うなら宗茂程じゃないから、別に自慢にもなりゃしねぇ。

現に、多少、剣を地面に刺して支えているくらいだし。

 

「と言っても……ちょっと回頭する距離が足りてねぇ気がするが……」

 

そうは言っても、さっきから緩衝制御込みでも武蔵全体がギシギシいっている状態である。

速度を落とせば、艦の傾きで英国に激突する。

かと言って、俺たちが何か出来るかっていえば、当然出来ることはほとんどない。機関部のおっさん達や、"武蔵"さん達に任せるしか手段がない。

こういった事は、匠の出番だろうと、慣れてきたドリフトのバランスを取りながら思い

 

「……あん?」

 

強烈な、何か、違和感みたいな感じを得た。

何故か知らないが、西の空を見てしまう。そこには別に何もない。こんなドリフト中だから、空は一気に過ぎていくが、故におかしなところはないはず。

 

「……?」

 

感じが悪い。

何故か、そっちにばっかり意識が向いてしまう。迫っている英国すら気にしなくなってしまう。

だから、逆に自分がそっちに意識を向ける理由はなんだと自分に問う。そこまで、思い───一気に背筋が震えた。

警告を発しようと考えるが、頭の計算では絶対に間に合わないと出てしまい、ちっ、と大きく舌打ちをする結果になる。

 

 

 

 

 

 

第四階層の西岸の白い砂浜の上に立っている緑色のフード付き長衣を着、足には鉄杭の鎖がついた足枷を嵌めている、有体に言えばおかしな恰好をした者。"傷有り(スカード)"が、不可思議……というよりは違和感を感じる音を聞き、改めて急接近しつつある武蔵の方を見る。

接近速度と距離を計算すれば、正直、かなり危険としか言いようがないし、海は武蔵のドリフトのせいで荒れに荒れまくっている。

そういった部分は、自分の精霊術で収めたからいいのだが、危険なことには変わりはない。

とは言っても、流石に他国の者に、それらを突っかかるのもおかしいだろうと思うし、相手も必至であるというのは理解できているので、わざわざ口に出して言うことではないのだが

 

「……ミルトン。さっきから、何か妙な音がしないか?」

 

「妙な音……ですかな?」

 

ミルトンと呼ばれた相手は烏であった。

それも、三本足であり、紺色の学生服を着た烏である。

その烏は"傷有り"からの疑問に、耳を今まで以上に澄ますが、鳥類として風には詳しい自分でも違和を感じるような音は、それこそ武蔵周辺くらいしか聞こえない。

だが、そこで更に念の為に他に何か音が聞こえないか、集中して耳を澄ますが、やはり何も聞こえない。

 

「風に詳しい私めにも、おかしな音は聞こえませんな。言い方はよろしくありませんが"傷有り"様の心配性の為に、多少、聞き違えをしているのでは?」

 

「Jug.ミルトンにも聞こえないとなると、そうかもしれんな」

 

そこまで答えて、最後にそういえば、という言葉を付け足す。

 

「子供達がお前に対してしたい事があるらしいぞ?」

 

「ふむ? それはこの男ミルトンに今までの感謝を込めてという素晴らしい感動イベントでありますかな? 成程……ならば、逆にその感謝を受け入れないというのは失礼でありますな!」

 

ああ、と"傷有り"は相槌を入れ

 

「ミルトンは他のカラスと何か違うから、味も違うかなーーという事らしい───どうしたミルトン? いきなり忙しなく羽の調子など見て。長距離飛行の予定でもあるのか?」

 

突然のミルトンの奇態を不思議に思い、そして笑っていると、ふと、空に武蔵以外のものが映った。

それは何だろうかという疑問に答える前に、頭が答えを出す。

砲撃だ。

武蔵の向こう側から、白の直線軌道を軌跡にしながら武蔵に向かっている。

 

「馬鹿な……!」

 

余りにもおかしな事態に体の動きが停止してしまい、疑問に体が支配される。

 

「"傷有り"様!」

 

そこをミルトンが大声を上げて、こちらを気付かせてくれたので、はっ、としながら内心でミルトンに礼を言う。

 

「対艦用の低速弾だと……!? 大型艦でなければ速度を確保できないような物だぞ!?」

 

なのに、それを撃ち出した艦隊の姿は肉眼に移っていない。

となると答えは

 

「ステルス航行できる敵艦が、英国近海まで来ていたということなのか!?」

 

ぞっとする。

自分の力を過信するわけではないが、世界の異常に気付く事については、結構、敏感なほうだと思っていたが、そんな自分も気付かないステルス艦がこんな近くまで、そして、弾を撃っているのである。

酷い言い方ではあるが、これが自分達の村ではなく武蔵に撃たれていてよかったと思ってしまう。

そうでなければ、今、目の前の武蔵野左舷側から起きているような爆発が自分たちに降りかかっていたのであろう。

 

 

 

 

ガクンと武蔵に住んでいる全住民が視界が揺れる擬音を聞く。

ステルス艦による奇襲を、武蔵は二つの事態が重なったせいで、防ぐことができなかった。

重力航行によって、各艦長権限の大半が"武蔵"に移行されており、尚且つ、自動人形はありとあらゆる情報を均等に整理するせいで、奇襲に弱いということ。

それ故に、重力障壁は当然間に合わずに諸に武蔵野左舷一番艦と二番艦に被弾。

破壊の圧力が広がっていくのを、武蔵住民は見るのではなく、振動によって感じる。

外壁、内殻、装甲版、流体送熱管、循環系など、全てが砕かれ、空と海にぶちまけられる様を見せられ、耐ショック体勢をとっている住民全員が息を呑む。

だが、こうも思った。

もう、これ以上被害が広がる心配はない、と。

これだけでさえ、かなりのダメージがあったのだし、見切れてはいないとはいえ敵がいると理解している自分達にもう一度攻撃を放つような危険行為はしないだろうと。

故に

 

『英国側の第一階層アングリアから流体反応を確認! 出力照合による確認から本土防衛用術式剣・王賜剣二型(E.X.カリバーン)と確認! 皆様、耐衝撃体勢を至急に!───以上』

 

続く警告は絶望を無理矢理生み出させるものであった。

 

 

 

 

空に走る光は流体による光の斬撃砲弾。

スケールの大きさは、ある意味で武蔵レベルにおかしいと誰もが思った。誰も王賜剣二型の実物などを見たことがあるわけではないが、使っている人物はエリザベス。

人間と妖精のハーフではあるが、その姿かたちは人間のそれである。つまり、剣の形も人間サイズであるはずなのである。

なのに、振われた力は形状は幅二十メートル、厚み二メートルもあるブレードである。

大罪武装も含め、威力やスケールが違う能力や術式、武装は確かに、この世界にはたくさんがあるが度肝を抜かれることは確かである。

そして、最も異常なのはその長さである。

英国中心部から、武蔵まで軽く見積もっても直線距離でまだ十キロ以上はある。その長さを軽く突破して、光剣は空間を切り裂く。

そして、その光剣が行く先には砲弾がある。さっき、武蔵を狙っていた三発の砲弾の一つ。

当たらずに、武蔵野上空を通り過ぎ、つまり、英国にあわや当たるかもしれないとされた砲弾。

それを音もなく、本当に普通に斬り裂く。規模と剣の由来を考えれば当然の結果故に、そのことについては何も驚かない。

驚く事実はその後だ。

王賜剣二型について、多少の知識を知っていた浅間がぼんやりと呟く。

 

「英国の守りの象徴の剣……王賜剣二型の一撃は、斬る対象を切り開くもの……」

 

剣神が操る剣とは、ある意味で真逆の属性。

切れ味だけで言うなら、格の割には恐らく悪いものである。逆に剣神の剣は切れ過ぎるのが玉に瑕なのだが。

だが、王賜剣二型の真価は斬ることではない。

むしろ、斬ることなど二次的な効果である。王賜剣二型は先も言ったように英国の守りの象徴。

斬ることではなく、守護する事が存在意義。

それ故に、王賜剣二型は己の国を侵略しようとする輩を一つたりとも許しはしない。一度振えば敵の存在、攻撃、防御を薙ぎ払うという理想を体現した妖精女王の剣。

それ故に、英国には近づかせないという理念の元に、剣から生まれた莫大量の衝撃波によって全て切り飛ばされた。

例外はない。

砲弾の残骸はおろか、武蔵すらも吹き飛ばす大気の津波が武蔵に一気に襲い掛かった。

 

 

 

 

「かー、こりゃ、やられたわな」

 

輸送艦にいる熱田はある意味感心した口調でつぶやく。

武蔵レベルの物でなくては、沈んでいなければおかしい攻撃をバンバン受けてきたのである。

極めつけに聖剣の一撃というのはロマンが効いていると思うが、問題はそこではない。

先の一撃に対して、"武蔵"さんはどうやら、旋回のために後方へと送っていた左舷艦群の高度を下げ、右受けからくる爆圧に、右舷艦群を前上側に出すことで横転をしないように堪える体勢を作って、衝撃に対しての体勢を整えていた。

横転を封じるという一点のみは正しく、成功したと言っていい。

問題は

 

「……」

 

自分達の輸送艦を率いている牽引帯の一本が、断裂している。

何故この一本だけ、断裂しているのやらと思ったが、よくよく考えれば立花・誾の一撃がそういえば一発だけ入っていたなと思いだした。

お蔭で輸送艦は牽引帯に引っ張られて、高尾表層部に激突しそうになる始末。

最早、方法は一つしかない。

 

「おい、馬鹿」

 

「あ!? 何だよ、親友!? 俺は、今、人生最長のごろごろローリング俺の記録を更新中なんだぜ!? 邪魔すると記録が途絶がっ!」

 

命も途絶えさせてやろうかと思わず思ってしまいそうになっちまうが、無視して首根っこを掴み、そのまま輸送艦の右舷側に放り投げ、そのまま縁を超える。

全員の視線が驚きに染まる。

まだ、浮遊して落下する時間がある数秒で、語ることだけ語っておこう。

 

「こっちにてめぇがいても何の役にも立てねえから、てめぇはそっちで腹括っとけ。まぁ、智が怒らないようにしとけ」

 

「───!」

 

この野郎という台詞を作ろうとしてその前に落ちていく馬鹿。

一瞬、物凄いすっきりした感覚が生まれてしまったが、そこら辺は、今は置いとこう。とりあえず、周りの驚いた顔をしている馬鹿達を何とかしてやらねばなるまい。

 

「───二代。お前はとっとと逆舷の牽引帯をぶった斬れ。遠慮はいらねえ」

 

「……! Jud.!」

 

「他の馬鹿どもは、慣性含みで、ぶらんこになるような感覚を得るだろうから、自分で衝撃に備えろ!! 解ったら返事しやがれ!」

 

「───Jud.!」

 

全員がようやく正気に戻ったような顔で、再び何かにしがみついたのを見て、はっと息をつく。

自分でやっておいてなんだが、やっぱり、こういう率いる系は俺には苦手だ。

それこそ、そういうのはトーリか、ネシンバラとか正純の方が性に合っているのだろうと思うが、非常時ゆえにこんなものだろう。

こういうのは覇を唱えたトーリが上手くなってくれよなぁと、他の教導院なら思うのだろうが、無能が選出される武蔵なのだから、これが当たり前だ。

やれやれと思いつつ、体のバランス感覚に意識の網を広げながら

 

「───結べ、蜻蛉切!」

 

武蔵から無理矢理離され、慣性含みによる宣言通りのぶらんこのようなスイング感覚を自分たちが得るという得難い感覚を得る。

 

 

 

 

そして、ハイスイングされる輸送艦上のメンバー全員が騒然とするどころの最中ではないのだが、嫌な事実に気づいてしまったのは、やはりというか役職付のメンバーであった。

 

「……! あ、あの副長! 私の眼がおかしい事を非常に願いたいのですが……!」

 

「安心しろ、既に脳がおかしいから付属である目も十分おかがはっ!」

 

「馬鹿は放っといて、今、偶然ちらりと見えてしまったんだが、眼下の海岸に子供達がいるぞ! しかも、嫌な偶然なことに私達の落下予想地点に!」

 

「意外とセージュン、余裕だね!」

 

「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお! 幼女ですよ幼女! こんな事態ですが思わず、小生眠れる野生が目覚める興奮を覚えてしまいましたよ! おっと、いけない! そんないけない野生はめっ! です小生。こ、このままではいけないので熱田君! 剣神というとんでもなんだから自分で艦をぶった斬って、あの幼女を生かして死んでください! というか、幼女以外は死んでも結構!」

 

幼女以外である御広敷を近くにいる全員が殴ることで対処する中、とりあえず、全員がこれは不味いと呻く。

 

「いい方法を思いついた……頑丈副長をあの子たちの盾にするのが一番だろ」

 

「いや、ここはあの忍者を人身御供にして、子供たちだけでもという感動ドラマを制作するのがベストに決まっているだろうが」

 

「……もしかしたら、ここで姫がいきなり起き上がって何ですか、うるさいですね。また熱田様ですか。では、うるさいので騒ぎの原因を自分で斬ってくださいとか言うかもしれないわよ……」

 

「もっと、すごい未来を考えてみろ想像力貧困共め……股間撃滅巫女がもしかしたら、こんな脅威を撃滅してくれるかもしれないじゃないか!?」

 

どいつもこいつも他力本願な未来に頼っているみたいで結構だと、特に話題に挙げられた二人がひくひくと口を動かす。

どうでもいいが、最後のに頼ると結果は自殺ではないだろうかとは思わなくもない。

どうでもいい事に意識を集中していることによって、地面に近づいていることに今更気づく。

 

「ちっ……やるっきゃねえな……おい、馬鹿共! あの子供を絶対に救える案とそれを出来ると断言できる奴! ───何とかしてこい」

 

そこに副長からの無茶無理無謀な要求に

 

「───では、私が行きます」

 

武蔵の騎士が挙手する。

そこに、熱田が視線をネイトに集中する。

 

「お前一人じゃ無理だ」

 

冷静であり、冷徹な判断。

副長としてのただの当然の結果を第五特務に突きつける。だが、事実であることは認めているのであろう、ネイトもええ、と素直に答えている。

確かにその通りだ。

ネイト・ミトツダイラの能力では、この状況を何とかするには能力の相性がそこまで良くない。

良くないからこそ

 

「故に、二代。貴女も一緒に来ていただけませんか?」

 

「むっ……? 来る不祥事に対しての予約介錯で御座るか? 残念ながら拙者、斬首については蜻蛉切の割断の方がやりやすいと思うので、ある意味神格武装任せになるで御座るが、宜しいか?」

 

「ホライゾンの侍らしい台詞をどうも……」

 

思わず全員状況を無視して俯いてしまうが、何とか気力で持ち直し、ネイトが顔を上げる。

 

「武蔵にいる直政から素晴らしい忠告を頂きましたので実践しましょう。上手くいくかは私達次第ですが───」

 

「出来る出来ないは事前に語るものではなく、事後に決めるもので御座る」

 

その潔さに、思わず苦笑するネイト。

成程、確かに彼女はホライゾンの侍に相応しい存在かもしれない。今はまだ、ホライゾンは迷ってはいるが、吹っ切れたら案外似た者主従かもしれない、と。

なら、自分と我が王はどうなんでしょうね、と思っていると二代がこちらに振り返っていることに気付く。

その顔を見て、ああ、と現実に振り返り苦笑を微笑に変える。

そんな彼女に表示枠を飛ばして、これから何をするのかを簡易的に説明する。

それを確認し、そして、この現場にいる最高責任者である正純と副長の方を見る。正純は直ぐに頷きを返し、彼は

 

「行ってこい」

 

簡潔な言葉で送り出してくれたので、迷わず艦橋側に向かい、走り、艦内を目指す。

 

「上手くやって、私と貴方の君主の笑顔を作りましょう、二代」

 

それこそが

 

「私達、騎士と侍の最大の報酬ですわ……!」

 

 

 

 

 

「結べ───蜻蛉切」

 

その一言によって海が割られ、海面が見える。

そして、海面を見ることが出来たということは、すなわちそこにいる魚類がぴちぴち動き回っているということで、結果として男衆が全員血走った顔で割れた海面に駆け降りた。

わぁ! という音が響く喧騒の中、本多・正純とネイト・ミトツダイラと点蔵・クロスユナイトはタイムスリップした原始人を見るかのような気持ちを持ってその光景から他人の振りを全力でしていた。

 

「おい、見ろ、ミトツダイラ……何故か男共は石器を利用した槍を使って魚を狩っているぞ。ここは、何時から石器時代にタイムスリップしたんだ……?」

 

「それよりも貴方の幼馴染が現人神のように祭り上げられているのは無視していいんですの? 正直、そろそろ新たな宗教を生み出して宗教戦争が勃発してしまいそうな勢いに見えますわ」

 

「その場合、間違いなく唯一神で御座ろうな……どう見ても、救済の戒律は生まれる要素がない気がするで御座るが……」

 

とりあえず、武蔵と合流したら、ここにいるメンバーには文化をもう一度理解させなければいけないであろう。

このまま行けば、猿にまで知能が戻りかねないで御座るなと点蔵は本気でそう思った。

 

……というか、一部は既に危険領域を突破して原初の自分に先祖返りしている者も……。

 

洗脳というのは恐ろしいもので御座ると深く思う。

絶対に自分だけは真っ当な人間でい続けたいものであると心の中で誓う。生きるという事は壮絶な人生を歩むことで御座るなぁ……。

 

「ともあれ。無事にこうして生きているだけで感謝するところか」

 

「でも、今頃、武蔵の方は大変……ですわよね?」

 

「最後の方に自信を無くすのはどうかと思うで御座るよ?」

 

自分も言ったら同じようになる気がするのを棚に上げるが。

だが、まぁ、普通に考えればどっちの意見も正しい評価であると点蔵も同意する。

何せ、この輸送艦が落ちても、人的被害がゼロで済んだのか、奇跡と言ってもいい評価である。流石に怪我人は避けれなかったが、致命的な傷を受けているものもいなかった。

その代わりに、自分達はまだ帰還することを英国から許されていない。

実質の人質状態で御座るなと思う。価値としては十分にある人質である。何せ、こちらには副会長に副長、副長補佐、第一特務、第三特務、第五特務とまぁ、武蔵から戦力と交渉役をほぼ奪い取れたのだから。

嫌なもしもだが、もし今、武蔵が襲撃されたら武蔵には戦える人材がいないので、端的に言えば非常に不味いことにしかならないだろう。

あっちには全裸と姉好きとネタ魔女とキチガイ小説家と金好き商売人しかいない。

 

……武蔵、大丈夫で御座るか……!?

 

残っている普通の学生も思えば変態の姉とズドン巫女と労働者である。

積んだと思わず叫びたくなる言葉を必死に止める。問題が平常時からあったので、危険時に膨らむことに気付かないとは……!

まぁ、ここで気にしても意味がないのだが。

 

「あっちには私や熱田がいないから交渉が余り進んでいないだろうしな……まぁ、それも残り数日か」

 

「やはり、副会長と副長不在は色々と厳しいで御座るよなぁ……トーリ殿は当てにならんし、シロジロ殿とハイディ殿は……当てにしたら後が怖いで御座るし……」

 

「後はネシンバラくら……」

 

い、と言おうとしたところで紡ごうとした声を無理矢理に納めたミトツダイラ殿には聞いていない振りをする。

途中で言葉を止めた理由は解る。

恐らく、今、ネシンバラ殿は色々と大変な状況で御座ろう。何故かと言うと襲撃の時の指揮を執っていたのは書記であるネシンバラ殿。

つまり、今回の戦闘による武蔵の被害の原因とされているだろう。

無論、ネシンバラ殿が手を抜いてやったわけではなく、むしろ、どちらかと言うとよくやったと言ってもいいはずである。

それこそ、最後の想定外の被弾以外はなるだけ被害を抑え、軍師として次の可能性を持たせたまま終えているのである。

それでも───勝てていないという事実が恐らく武蔵の不満を作り上げて、彼の方に向かっているであろうというのは解り易い結論である。

 

「理解できる分、厄介ですわね……」

 

「ああやっていればいいのに……私だったらこうしていて、こんな事にはならなかったという思いを消すのは難しいだろう。ましてや、戦いに出ているのは自分たちの子であり、被害を受けているのは自分達の街だからな。他の国とは違って、そういった不満が溢れるのが武蔵は簡単に表現される」

 

「他の国のように艦隊で戦いに出向いているのではなく、武蔵は正しく国を率いて戦争をしているで御座るしな……民に対して隠せるかもしれない被害を武蔵は隠すことが出来んで御座る」

 

移動都市みたいなものの弊害というものである。

まぁ、愚痴を言っても仕方がない部分だし、それらはこれからも降りかかってくる部分なので否定しても始まりはしないで御座ろう。

それにしても

 

「……シュウ殿がこちらに来てるのはネシンバラ殿には良かったかも知れんで御座るかもしれん……」

 

「ですわね……」

 

「……? 何でだ? まぁ、交渉事には武力で示すしか使えないとは思うが、副長がいるだけマシというか、安心感が生まれると思うが?」

 

それに関しては、ミトツダイラ殿と曖昧な表情を浮かべて、逸らすことにした。

こういう時、自分はスカーフを巻いて表情を隠していて正解だと思った。

隣のミトツダイラ殿が若干、何か言いたげな怖い表情を浮かべていたが無視した。無視しなければ食われる。

大体、言っても恐らく正純殿にはまだ解らないだろう。いや、やっぱり解るかもしれない。

まぁ、簡単に言えば、文字通りトーリ殿の親友であるで御座るなぁと実感する。特に色んな意味でバカなのが特に似ている。

あんな人物が、性質や方向性が多少違えど似たようなのが同じ時代に二人いて、友人しているのはある意味奇跡ではないかと思うが、あんまり意味がある思考ではないので速攻でゴミ箱に捨てた。

そこまで考えて、そういえばと思い、周りを見回して、間違いがなかったことを確認して再び二人に顔を向け

 

「そういえば、その件のシュウ殿は何処に? あの斬撃ヒャッハー副長なら喜んで海やら人を斬っているシチュエーションだとは思うので御座るが……」

 

「海もどうかと思うが人を斬るのは不味過ぎるだろう……」

 

まだまだ理解していない証拠であろう。

彼はやる時はマジでやる人間である。倫理とか常識とか置き去りにしている存在なので、いざという時、自分の身を守れるのは自分の力である。

身内ですら気が抜けないというのはどういう事だ。

それに苦笑しつつ、ミトツダイラ殿が口を開いてくれる。

 

「今、副長はあそこで現人神化している二代に代わって、寝ているホライゾンの護衛をしていますわ……何時から守護神に鞍替えしたのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

外ががやがや騒いでいる中、輸送艦の一室にある椅子に座って欠伸をする。

気を抜いているわけではないが、退屈にはなってしまうものである。こういう護衛とかいうのは性には合っていないものである。

まぁ、能力的にも護衛は合っていないのだが。

余波で周りのもの全てぶった斬ってしまうし。それに、今、思えば、あっちの方に行っても俺では漁業にならん。海も斬れるが魚も斬ってしまうのである。何というジレンマ。魚が柔らかすぎたのが原因だ。

というわけで、今は目の前で眠っている毒舌女の似合わない護衛をしているわけだが

 

「……今、思えばよく寝ている女子の護衛とはいえ同じ部屋にいる事を承認したもんだぜ……」

 

我ながらミスったかもしれない。

というか、どいつもこいつも何も言わなかったので問題はきっと起こらないに違いないとか思っているのであろうか。

いや、まぁ、目の前にいる女は姿形は美形ではあるのだが、如何せん、乳が俺好みではねえので、ぶっちゃけ色々とやる気が起きねえし、人の女相手にそんなことをする気は欠片も起きねえわけである。

まぁ、簡単に言えばそそらねぇって事だろう。

やれやれ、と首を振りながら、ぼーっしとこうと思った先に───何故かいきなり目の前のお姫様の目がパチクリと開いた。

あん? とは思うが、驚きはない。

別に、この輸送艦生活の中でも一時間くらいはご飯やら何やらの用事で起きてはいた。とは言っても、嫌気の怠惰の束縛はやはり、同じ大罪武装と言ってもいいホライゾンの体には人体である俺達とは影響が違うのだろう。

その時間しか起きてこないのである。

でも、見たところ飯時とか風呂とかそういう時間に起きていたので、自分の意志で起きているはずなのだが、ここで起きたというのは何故だと思う。

というのをぐだぐだ考えるのは面倒くさいので直接聞くことにした。

 

「何だぁ? ホライゾン……便所か?」

 

「同年齢の女子の寝起きに言うような言葉ではありませんね。率直に申しまして、流石はトーリ様の親友ですね」

 

寝起きに貶してくる毒舌女に言われると欠伸も色んな意味で吹っ飛びそうである。

この懐かしい虚脱感に苦笑を覚えそうになるのを堪える。最早、懐かしがる必要はないのである。

この毒舌女はここにいるし、これからもいる。

その存在(キセキ)を───幸福だと笑う馬鹿がいる。なら、俺は何も言わないし、懐かしがらない。

 

「で? 別に今、起きても飯はまだだぜ? 間違って起きたんならもう一度寝とけ。どうせ、まだ起きていられねえんだろ」

 

「Jud.珍しく正論を熱田様から頂きましたが、何となく熱田様に聞きたい事を思い出してしまい、丁度いいので聞こうと思いまして」

 

「悪態を言わなきゃ話を繋げれねえ女め……で?」

 

ホライゾンが俺に聞きたい事があるというのは、少し意外なことではあるが、まぁ、そういう事もあるかもなとあんまり態度も変えずに問い、はい、と前置きを置いた少女の次の言葉は

 

「何故、熱田様は負けを認めたのですか?」

 

想定外な台詞だったので、思わずずりっ、と椅子から落ちそうになる。

不自然にならないようにずり落ちそうな体を停止させて、本気で溜息を吐く。

何の話なのか、と問う必要はない。

熱田・シュウの敗北は、家族を除いたら、否、家族を入れても、やはり二回(・・)しかない。

それも、同一人物を相手に。

 

「言ったのは……あのバカだよなぁ……」

 

こくりと目の前の少女が頷くので更に溜息。

否定もしないし、その敗北を俺は受け入れているので、馬鹿みたいに否定はしないが、言いふらすあの馬鹿にはとりあえず、今度、ぶった斬っておこうと誓っておく。

 

「どこまで聞いてんだ」

 

「Jud.かつてのホライゾンに対し、熱田様が私に酷い事を言って、トーリ様が何故かキレて、殴りにかかろうとして、逆にぼこ殴りにされて、そしたら何故か熱田様が負けを認めたというくらいです」

 

端折ってはいるが大体全部である。

 

「一応、聞いておくがお前の敗北の定義は?」

 

「状況によって変わります。例えば、それが試合ならばルールに則って負けた場合。相対戦ならば条件が毎回変わるので何も言えません。国と国との戦争の場合も同じであると判断できます」

 

ですが

 

「熱田様とトーリ様がやったのは試合でもなく、相対戦でもなく、ましてや戦争でもありません。ただの喧嘩です。なら、勝ち負けははっきりと出ると思います」

 

つまり、倒れた方が負け。もしくは、戦意喪失。

ならば、勝利する条件は全部、こちらにあるということだという事か。まぁ、ある意味、ホライゾンらしい理屈である。

というか、この態度から察すると……結構、勝負事に拘る様な姿勢を取るべきか、昔のことに興味を持っていると取るべきか、もしくは、トーリの事とかに興味があると言うべきか。悩むところである。

 

……まぁ、どれでも良い影響ではあるというべきかねぇ……

 

惜しいところといえば、もう少し感情に興味を持ってほしいが。

そこら辺は全部トーリの仕事なので何も言うつもりはないが。

まぁ、でも

 

「それでも、あれは俺の負けだ」

 

誰が何を言おうと、別に構わないが、俺の中ではあれは完璧に敗北と認め、誇っている。

人生初の大負けである。

あれを己の中で脚色したり、曲解したり、言い訳したりなどするのは許されないし、忘れない。

例え、この先に何があろうとも絶対に忘れない記憶の一つになる事だけは確定事項である。

それを目の前の女にどう説明したものかと考える。正直、自分の考えを他人に伝えるというのは苦手である。

そういうのは理解されなくてもいいし、必要ともしていないとも思っているので、そういうところも智に叱られる要因の一つになっているのかもしれない。

 

いや……そりゃねえな。だって、智はそんな事ではなく乳の事とかでしか射ってこないし。乳はデカいくせに器は小せぇ……。

 

今度から、もう少し落ち着けという言葉を彼女に贈ろう。

贈ったからといっても治るように思えないのが、智クオリティだが。

とりあえず、その時の事をホライゾンに言えば理解を獲れるかもしれないと思い、口を開く。

 

「まぁ、拳とはいえ俺も一応、戦闘訓練は物心つく前からしていたからな。専門家よりも弱かったかもしれないが、あの無能の馬鹿には超えられない壁みたいな強さではあったと思うぜ」

 

しかも、その時には加護も得ている。

敗北の要素は何一つなかったし、トーリの方にも勝利する要素は欠片もなかった。

それは、周りの誰もが思っていたことだろうし、俺も絶対にそうだと思っていた。

でも

 

「あいつ、立ち上がるんだよ」

 

何度叩きのめしても、何度膝をつけさせても

 

「痛くなかったわけでもないし、怖くなかったわけでもなかっただろうし」

 

瞳は俺への恐れで濡れていたし、膝は震えていた。

それでも

 

「あの馬鹿……正気じゃねえくらいの馬鹿だからな───今時、惚れた女の為に死に物狂いで戦ってくるような……そんな廃れた主人公(ヒーロー)みたいな事を本気でやってくんだぜ?」

 

ならよぉ

 

「そりゃ負けるしかねぇじゃねえか」

 

何度、絶望しても諦めない。そんな本当に馬鹿としか言えないような主人公(ヒーロー)を───光と仰いでしまった。

その閃光を。煌めきを……阿呆だと言えるような自分ではなかったのだから。

むしろ、その光を心の中で欲していて、そんな馬鹿がいて欲しいと願った可能性がいてくれたのだから。

どう足掻いても、自分にはなれないからこそ、希ったが故に、馬鹿らしいと思っても、視線がそちらに固定されたからこそ───馬鹿らしく十年待ったのだ。

 

 

 

 

成程、と相槌を打つ。

ホライゾンからしたら、実はそこまで深く理解はしていなかった。

浅間やミトツダイラがここにいたら、男の子ルールなんですよ、きっと、とか言っていたかもしれないが、いない人について言っても意味はない。

だから、ここで判断するのはホライゾンの意思である。

深く理解することはできなかったが───一つ解ったことがある。

浮かべている表情がトーリと同じ表情である。

あの、もしかしたら死んでしまうかもしれない後悔への罰の場で、彼が熱田を語った時の表情とまるっきり同じである。

まるで、何か宝物について語っているかのような表情を浮かべている。

語っていることは、昔の喧嘩という懐かしいと思うことや、恥ずかしいとかを思うのならば、知識として知っているのだが、二人が浮かべている表情は誇らしいという表情。

何ででしょう、と思う。

確かに、二人の性格や好きなもの、今までの思い出、能力を全て知っているなどという事ではないが。どうしてだろうと思う。

トーリ様は知っている限りでは基本、博愛主義で逆に彼一人を親友と言っているのが意外な感じがする。

熱田様は本気でバトル脳の御方で、基本、強い人間か、オパーイが大きい人間と武蔵の人間以外興味なしという感じである。

それにだ、お互いに微妙に思想が食い違っていると感じる気がするのである。

トーリ様はただ、歴史再現などで理不尽に人の死が起こされるのを拒否する。極端に言えば失いの否定である。

そして、熱田様は極端にはっきり言えば破壊の権化である。剣神の能力で生み出せるのは技術くらいであり、剣術も殺人術といえば更にお終いな、要は解り易い失いの肯定である。

勿論、本人は人を殺すのを良しとはしていないのだろうが……やはり、微妙に食い違うのではないかと思う。

破壊は何も生み出さないとは流石に言わないが、剣神の破壊が破壊以外を起こすのだろうかと思う。

そして、何よりも───熱田様の信念は未来に向けての疾走。その疾走を止めていたトーリ様を、どうしてそこまで誇っているのだろうか?

読み解くにはパーツが欠けていると思考し───眩暈が起きた。

 

「……あ」

 

この唐突な眠気が何かは理解している。

まだ、本調子ではない体を無理矢理にでも寝かそうとさせているだけだろう。少しの時間とはいえ、今のこの時間は自分の体を保つのに必要な時間ではないと体が判断したのだろう。

自分の意思ではない判断なので、余計に抗う事が難しい。

ならば、仕方がないと判断するしかない。無理に今すぐ聞かなければいけない理由があるというわけではないのである。

こっちの様子に気づいたのか、彼もひらひらとまるで厄介なものを払うような手の払い方で寝てろ、と暗に告げている。

杜撰な態度です、と告げたいところだが、正論なのでこちらが何を言っても言い訳になるしかない。

その事に、別に抱かなくてもいい反感を抱いていると

 

……え

 

彼は気付いているのか。

凄く嬉しそうに苦笑し

 

「どうして、お前らは俺の言う事が聞けないかね……」

 

その言葉に欠けた一言を想像した。

彼もトーリ様と同じで、自分を忘れていなかったのか、と思考を沈んでいく意識に加えつつ───最早、耐えられずに心地良い微睡に意識を放棄した。

 

 

 

 

 

 

 

 




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留まる美しさ

巫女巨乳

真理を表す四字は神の元へ……!?

配点(乳査定)


 

武蔵は戦闘による補修を朝から晩まで行い、補修の音が止むことはほぼ無かった。

止むことは無かったが、作業の間にふと、違う場所を見る者が、必ず、どこかにいる。誰も、それについては何も言わない。

見るだけ見せて、そしておい、と声をかけて再び作業を始めさせることの繰り返し。

誰もが見る方向が同じで、何を見ているのかを理解しているからである。

視線の先に映るのは英国───ではなく輸送艦。この間の戦闘によって、武蔵から切り離された輸送艦の一隻。

連絡すら取りあえないが、とりあえず、無事であるということは情報と知っているが、やはり、思いを停止させるのは不可能に近いだろう。

情報を聞くことと、無事であるという本人からの報告を聞くのでは効果が倍近く違う。

あそこにいるのは、自分達の子供達であり、友であり、仲間であり、知り合いであるのだ。心配の二文字はそう簡単に取り外せない。

誰だってそうだ。

故に

 

「……浅間。視線」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

突然言われた言葉に浅間は、眠りから覚めたというような感覚を得て声をかけた喜美の方に反射で振り返る。

そこには呆れた様な苦笑を浮かべている喜美。

というか、周りにいるメンバーも全員苦笑やら何やらをこちらに向けてきている。一人、全裸の格好をこっちにアピールしている馬鹿がいたが、ウルキアガ君が黙って蹴り転がしてうひゃーって叫んでいるから問題無しと判断する。

 

「えーーと……」

 

自分は確か、今までの情勢、つまり、武蔵の補修やら不安に思っている武蔵の人達や輸送艦にいるメンバーの帰還とかについて話し合っていてという思い出さなければいけない思考に気付き、自分が今までどこに視線を向けていたかに気付く。

 

「す、すいません。ぼーっとしちゃって……」

 

「ボーーン! と!? ボーーンね!? いいわ浅間! 自分のナイス乳を見せつける事を態度だけじゃなくて、言葉でもするのね!? 正しく、言葉攻め! ドSのような単語をまさか、自分の乳を見せつける単語に改造するなんていやらしいわね!」

 

「姉ちゃん姉ちゃん! 流石の俺もそこからそんな思考に至る経路が理解できねえぜ!? 姉ちゃん相手だから優しく言うけど脳味噌どうなってるんだよ!?」

 

「フフフ、だから、あんたは愚弟なのよ……いい? 賢姉の脳味噌がどうなっているかですって? 馬鹿ね。見たことないから知らないに決まってるじゃない! ただ、知っているのは賢姉の脳味噌に詰まっているのはエロと賢さよ! 後は知らない」

 

「賢さがあるなら、そんな馬鹿な答えを言うな!」

 

全員で声を合わせて叫ぶが、喜美は耳を塞いで無視するだけ。

全員でこの野郎という意思が生まれたことを悟るが、無駄になる未来は見えているので、拳の力を霧散させる。

この兄妹は、本当にどうして無駄なところで体力をここまで使わせるのやら。

 

「ええと……どこまで話しましたっけ?」

 

「確か、商工会に今回の被害について色々と文句を言われている中、そこの馬鹿をシロジロが全裸砲弾させて、混乱している中、話を無理矢理纏めたところで浅間が視線を逸らしたのであるな」

 

「この馬鹿は何も役に立たないくせに、場を混乱させるのには便利だからな。無料全裸砲弾を受けた時の商工会は凄い顔だったぞ。金になる顔だ」

 

「小西さんとか、直撃してとっても筆舌し難い顔になっていたよねシロ君。ちゃんとエリマキが録画したから、次回の交渉の時に使おうね」

 

「次回は回転も加えたほうがアグレッシブさが増すよな! なぁ……浅間!」

 

ご要望に応えて、回転を加えた矢を彼の鳩尾に放つとイヒィン! などという謎の叫びと共に吹っ飛んで行った。

まぁ、急にこちらに振ったのは理解できる。

今の振りの本当の向きはシュウ君に向けるものだったのだろう。大体、馬鹿をするのも何時も一緒な二人である。時々、兄弟みたいに仲がいいんですから。

性格や好きなものとかは似ているようで違うくせに、知人とはいえ血が繋がっていない他人とよくまぁ、あそこまで仲が良くなるものです。

 

……ですが、どうしてそこで私に振るのかが理解できません……

 

振るのに適した人材は大量にいるではないか。

ここには、キチガイ姉に、姉好き半竜やおかしな金好き商人夫妻という多岐にわたる変態共がいるのである。まともである自分に振るのはおかしい。

 

「纏め役の正純やネシンバラ君がいないのが、こうも話がごちゃごちゃになるとは……」

 

「ククク、一番、話をごちゃごちゃにしている人間が言うと説得力があるわねえ……で、そのネシンバラの呪いの方はやっぱり禊げなかったの?」

 

その言葉でああ、そういうえば伝えていなかったと思い、一息吐いてから答える。

 

「やれるだけのことはしましたが───結論から言ったら、無理でしたとしか言えません」

 

「浅間の通常禊では駄目だったのか……では、もうズドンするしかないではないか」

 

この半竜も言う事が違うと思う。

思わず、本当にズドンしてやろうかと思うが、気配を察したのか、いそいそと離れていくので仕方がない。次の機会にするしかない。

 

「マクベスの呪いは王殺しの呪いですが、マクベスという話を考えればおかしな事ではなくむしろ、真っ当な終わりです……舞台の話を変えられるのは作家か、役者くらいです」

 

それに

 

「舞台演劇は元々が神に捧げるものですから、神道と相性が悪すぎるんです……」

 

「それは、浅間神社以外の禊でもか?」

 

シロジロ君の疑問にうーーん、と流石に悩む。

 

「……難しいと思います。自惚れるつもりはありませんが、浅間神社が武蔵内だけではなく、上位に入る能力と知名度と言える位には思っています。だから、武蔵の他の神社では……それに大きいのは後は」

 

熱田神社くらいしかないと言おうとして

 

「───はい。こちらの方でも難しくて浅間さんと同じで追い払うくらいしか出来なかったです」

 

聞き覚えのない女性の声が鼓膜に直撃した。

 

 

 

 

「───」

 

一瞬、全員が動揺で止まるなどということは悪手は誰もしない。

最初に動いたのは、全身体能力が人間よりも遥かに上のクラスであるウルキアガ君が声が聞こえた方角……出口の方に一歩近寄る。

それとは逆にシロジロ君とハイディが一歩、下がり窓際でさっきまでぐわんぐわんしていたトーリ君の方に近寄り、そして、喜美はトーリ君の直ぐ傍によって前だけではなく、外からの攻撃にも警戒しているようである。

各自、それぞれ術式や武器を構えて待ち構えているのに対し、自分も何か用意しなければと思い、条件反射で弓を組み立てて、矢を……シュウ君用に爆砕術式が付いていますけど……大丈夫ですかね?

相手が敵だったら不味いかもしれない。当たったら、トーリ君やシュウ君以外なら間違いなくグッチャグチャレベルである。

ぬぅ……! と思わぬ戦力外通知を自分から発信してしまう。

これは、色々と不味い。さっきから色物兄妹がどうして弓を構えているのに、矢も構えないのかという疑問が顔に出まくっている。

 

バれたら、武蔵の浅間神社の巫女は敵を最初から殺る気満々であると誤解される……!

 

何時でも、あの幼馴染に対して落ち着けという反射をしているのが痛恨のミスであった。

神よ……! と思わず膝をつきたくなるが、考えてみたら、この状況を生み出したのが神である。

どっちにしても敵であった。巫女なのに。

そう思っていたら

 

「あ……すいませんっ。敵じゃないので武器を下してくれませんか……?」

 

またもや知らない声が響いたと思ったとたんに声が響いてきていた扉の前からいきなり姿が現れた。

前知識がなければ、かなりの驚きの事実ではあったが、逆に考えてみれば成程という事であった。

 

歩法……

 

シュウ君の十八番の技……というには滅茶苦茶の難易度の技らしい。

体術とかは基本、余り解らないのだが、点蔵君や二代が言うには人間止めていると言われても文句が言えないくらいおかしいレベルの技術らしい。

誰でも努力すればできる技術ではあるらしいが、一対一でも難しく、それが初見の相手なら倍以上に難易度が跳ね上がり、それが、シュウ君クラスの集団に対してならば、正しく神技らしい。

そして、それを使ってきたということは

 

「熱田神社の縁の者ですか!?」

 

「Jud.」

 

審判の受け答えを持って、その通りと答えられる。

 

「失礼しました───私、熱田神社の方で巫女をさせてもらったいます。神納・留美と申します」

 

 

 

 

 

いきなりの来訪に、とりあえず、お茶でもと思い、ばたばとと色々、用意をして動き回り、そこをハイディは浅間に小声で問いかける。

 

「シュウ君の所の巫女さんって話だけど……アサマチは知らなかったの?」

 

「いやー……実は、昔からの幼馴染ですけど、あんまりシュウ君、熱田神社について語りませんし……知っているのはシュウ君のお父さんとお母さんと妹さんだけですからねー……」

 

「えっ。あのヤンキーに妹いたの……?」

 

それってかなり性格が歪んでいるか、菩薩のような心を持っている妹なのではないのだろうかという考えをアイコンタクトで送るとうーーん、と考える仕種をアサマチはしながら

 

「……というか、シュウ君がヤンキーになったのは武蔵に来てからですから、妹……ミヤちゃんは変になっていないとは思いますよ……多分」

 

最後は断言しないのか、と皆で半目で睨みながら、ふーーん、と頷く。

 

妹ねー……

 

そういえば、彼の過去については全く知らない組の人間であった。

武蔵はそういう人間が集まる場だから、過去については話そうとしないなら、気にしないという不文律みたいなものが生み出されている。

だから、そういう意味ならばおかしくないか、と思う。それに、今の話を聞いてみたところ、どうやら今は全然会わずに、話もしていないみたいである。

考えているところから、それは読み取れる。

だから、余り考えないようにしようと思う。考えすぎたら、変な路線に行ってしまいそうだから。

 

「それで? 要件の方は?」

 

そして、今、ようやくお茶用意を終えて、シロ君と留美さんでいいかな? 二人の話し合いの場が作られた。

シロ君が聞くのは、この中で、そういったのを出来るのがシロ君だけしかいなくて、トーリ君は論外なので、仕方がない。

今は邪魔にならないように縛って、その辺にウルキアガ君が転がしてくれている。時折、ぐわーとかいう叫びが聞こえてくるが無視である。

そして、改めて相手の方を見る。

はっきり言って外見は凄い整っている。髪型は長髪をポニーテールに纏め上げており、顔立ちは整っている。そして、話し方からか、雰囲気のせいでか、物凄いお姉さんというか年上みたいな感じがしており、喜美ちゃんとは違う意味での年上っぽい雰囲気である。

そして何よりも

 

大きいねー!

 

胸のことである。

別に、アデーレや正純みたいに現実逃避するほど絶望していないし、素直に思う。

アサマチと同じか、ちょっと小っちゃいかなと思うレベルである。背丈の方は、普通レベルなので、尚のこと目立つ。

 

『神社の巫女査定にオパーイ査定とかあるんじゃないかな?』

 

『フフ、それって、つまり、巫女になるには巨乳検査があって、条件を満たしていない貧乳とか中乳じゃ駄目ってこと? つまり、それって至高の巨乳は全部神社に集まるってこと!? エクセレント! 乳は神の元に集まるのね……!?』

 

『うわっほーーい! くっそぅ……どうして、俺は全国神社巫女乳査定があるという噂を親友から聞いていなかったんだ……だったら、その査定のアルバイトで俺自身が揉んでいたのに!』

 

『ね、根も葉もない馬鹿話をしないでください! 信じる人間が出たらどうするんですか!?』

 

そこで、思わず、場にいる全員で周りを見回す。

ここで、本来ならシュウ君やナルゼ辺りが乱入してくるのが、大体の流れなのだが、二人ともここにはいないので調子が狂ってしまう。

 

『いても、いなくても迷惑をかける連中だな……拙僧、思わず嘆きたくなってきたぞ』

 

『あんまり、知りたくない事実を知っちゃったね……』

 

全員で思わず俯きそうになるが、耐えなくてはいけない。

耐えなければ現実は生きていけないのである。悲しい事実である。

 

「いえ。シュウさんが輸送艦に行って、流石に熱田神社として、神様の様子を知りたくて、藁に縋る思いで、立ち寄らせてもらったんです」

 

成程と思う。

そういえば、あの副長も剣神などという大層な存在だから、熱田神社側からしたら、いないのはかなり問題なのだろう。

普段、自由人過ぎて、法からもある意味で束縛を受けていないので忘れていた。

あれでも、現人神みたいな存在なのである。

 

「残念だが、こっちも連絡を取れない───個人的な考えを述べるなら、あの馬鹿は海に捨ててきても、一日くらいで無事に戻ってきそうな馬鹿だから問題ないとは思うが」

 

「やだ、シロ君! 素直すぎて素敵……!」

 

「金以外でも狂うんですか……」

 

非常に不名誉なことを呟かれた気がするが無視する。

ともあれ、お話はそうなるとこれで終了となるが、問題が何も起きないことを祈りたいという思考が生まれる前に耳にくすくすと笑う声が聞こえる。

目の前の少女が心底愉快と笑っているのである。

 

「……あ、失礼。つい……シュウさんが言ってた通りな人達だなぁと思いまして……」

 

悪い意味で笑っているわけではない、という事は、まぁ、いい事かなと思い

 

「ええと……確か、貴方達は……お金の亡者商人であるシロジロさんとハイディさんですよね?」

 

「何て失礼な乳剣神……!」

 

一瞬にしてその思いが吹っ飛ばされた事で、素直な自分の叫びが吐き出される。

 

「ククク、その例で行くと私とかはどうなるのかしら?」

 

「確か……乳ブラコンとか言ってましたよ?」

 

「……ふっ。何それ? まるで、ブラと結婚しそうな名前……私、まさかブラと結婚するの!? ねぇ、浅間! ブラと結婚するだなんてそんなの私達には縁がないわよね! 何せ、ブラとは大きくなる度に離婚しまくりなんだから! 私達、プレイガール!?」

 

「何でそこで私を巻き込むんですか! 巻き込むんなら、直政辺りを巻き込んでくださいよ! 私はそういうのは会話はあんまり───」

 

「あら? そういう会話って何かしら? 浅間はどういう会話って思ったのかしら? 別に女の子同士なら変な話じゃないわよねぇ……? ヨゴレ巫女は何を思ったのかしら? ちょっと賢姉に教えてくれないかしら?」

 

「くっ……!」

 

相変わらず、アサマチだなぁ、と思う会話である。

付き合いがいいのだろうと思う。そして、その光景をクスクスと笑うお姉さん系巫女さん。同性である自分が見ても、かなり綺麗な人だなぁと思ってしまう。

と、そこでふと思った事がある。

 

「あ、少しいいかなぁ?」

 

「Jud.何でしょうか?」

 

「熱田神社の巫女っていうのは解ったんだけど……それって、つまり……アサマチみたいに住み込んでいるの?」

 

ぴたっ、と全員の動きが一瞬止まり、沈黙を示す。

特に、確かアサマチがいたはずの方向からは鬼のような殺気みたいなものを感じる。本人不在なのが悔やまれる状況であった。

そして、それを全く気にせずに留美ちゃんはニコニコ笑顔のまま

 

「はい───生活のお世話などは私が全部やっております」

 

ざわりと空間が振動した。

 

 

 

 

「……あれ?」

 

「どうしたんさね、アデーレ」

 

機関部の一部であり、今、現在、己の武装である地摺朱雀と奔獣の整備をしていた直政とアデーレの間でアデーレがいきなり疑問の声を上げた。

そもそも、別にここで見てなくても、訓練や馬鹿共と行動を共にすればいいのにとは思うが、まぁ、人それぞれと思い、何かを問う直政。

 

「いや……これ……」

 

「……あ?」

 

アデーレが恐る恐るといった感じで差し出されたのは表示枠。

どうやら、通神帯(ネット)で何やら情報などを見ていたのであろうと思い、何か変な情報を入手したのかと思い、覗き込んでみると

 

「……何さね? この"あの乳ストーカー不倫なんて許せねえ……!" という(スレ)は……」

 

「しかも、これ、さっき作ったばっかりなのに既に10を突破してますよ……うわぁ……半分以上が梅組メンバーと浅間さんのコメントですねー……」

 

「……特にアサマチのコメントの"馬鹿・即・去勢"については殺意しか込められてないし、巫女としてその発言は大丈夫かい……?」

 

とりあえず、あの馬鹿共が何かをしたのだろうと思う。

結論はそれしかないし、何時も通りなので直政はそのまま、また作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

全員が何故かこっちを見ながら汗を垂れ流している姿を見ながら、浅間は自己を落ち着けせるための言い訳作りの作業中であった。

 

落ち着くんです、浅間・智。そう、相手は巫女として神の割には馬鹿なシュウ君の代わりに家事の手伝いをしているだけで、別に何のおかしいことでもないです。

そう、だから、同棲しているとか、何やらは別に私には関係なく、巫女巨乳を嫁にしているということはすなわち処刑しても何の問題も、罪悪感も感じなくてもいいということで、すなわち神殺しを達成しても、相手は悪神であり、邪神であるので、全く無問題ということでありますよね?

 

神道言い訳は完璧です、と笑顔すら浮かべる余裕を獲れた。

何故か、その笑顔に全員が震えた目でこちらを見てくるのだが、そこは無視しようとして、一ついらん気づいた。

この留美さんという人も、私と同じで巫女。

それ、つまり、全部の神社が一緒であるというわけではないのだが、基本、巫女は神様第一。

そして、熱田神社ではスサノオを意味する現人神であるシュウ君が神様であるから

 

「あ、あの……」

 

「はい? 何でしょうか、浅間さん」

 

ニコニコ笑顔をそのまま維持している留美さんにぬぅ……! と謎の敗北感を感じながら、恐る恐る余り聞きたくないことを問い質す。

 

「そ、その……シュウ君とはどういう関係で……?」

 

「まぁ」

 

すると、気のせいか、顔を少しだけ赤くして、手を頬にあてる。

その仕草に、周りの皆がばたばた暑さを出張するが、今は気にしていられない。

そして

 

「私とシュウさんとの関係ですか……お恥ずかしいながら一言で説明すれば」

 

それは

 

「私が一方的にお慕いしている関係です」

 

轟っと、まるで重力が倍近く増えたかのような感じで仰け反る馬鹿達が、何故かこっちを見ていた。

 

 

 

 

「ぬぁ……! な、直政さん! 何故か、さっきの(スレ)が止まるどころか一気にえげつない勢いで怒りコメントが……! しかも、今度は大半が浅間さんだけです!」

 

「末世と遭遇する気分ってのが一足先に体験できる気分だね……しかも、珍しく葵姉も戦々恐々しているじゃないか……何が起こってるんさね……」

 

 

 

 

フフフ、と笑う留美さんを見て、思わず、はっ、と色々な情念を堰き止める。

 

だ、駄目ですよ! 相手は別に悪いことなんてしてないんですから───やるならシュウ君です。

 

そう、彼女は本当に何も悪くないし、思っててなんだがシュウ君も悪くない。

別に、ただの幼馴染程度がそんな事を言えるわけではないのに……何をしているんでしょうかと溜息を吐きそうになる。

それでも、彼女はただこちらに笑いかけてきてくれて、そして

 

「ご心配なく。先も言ったように一方的なだけであって……シュウさんが慕っている人物は他にいます」

 

「……え!? そ、それは……?」

 

「それは秘密です」

 

本当に楽しそうに唇の前に人差し指を立てて内緒という風に首を傾げられたら一撃必殺の凶悪さを作りますね、と思う。

 

「そ、そうなんですか……ほ、他にもいるんですか……へぇ……?」

 

「ククク、まぁ、あの馬鹿、昔の草子に出てきそうな一人に恋している主人公っぽい感じがあるものねぇ……ハーレムとか目指す程鈍感でもなければ器用でもないんじゃない?」

 

「はい……出来れば、もう少し脇目に視線を向けてくれたら嬉しかったんですけどね」

 

おお……! とこの場にいる女子衆で思わずドキドキする。

何というか凄い。

恐らく、恋愛系でここまでドシドシ行くキャラは梅組にはいなかった。

強いて言うなら、ナルゼやナイトにハイディなのだろうけど、三人とはまた違った積極性である。

凄いなぁ、ともう一度思う。

すると、彼女は視線をこちらではなくウルキアガ君に転がされているトーリ君の方に視線を向けた。

 

「あ……ええと、確か、貴方が……ええと……な、ナチュラルですね……」

 

「ほ、ほら、トーリ君! 初対面相手に全裸なんてかますから、気を遣わされているじゃないですか! 留美さんが汚染されるんですから、ちゃんと掃除されてください!」

 

「時々、浅間が何を言っているか微妙に解んねえことがあんなぁ……その乳に詰まってんのは頭に届くはずだった栄養か! そうなのか!? そうなんだろ!」

 

矢を向けたら逃げ出したので無視した。

やれやれ、と首を傾げて、ふと、留美さんの方に視線を向けると変わらない笑顔で、しかし、彼を見る目にはさっきまでの慈しみが失せ、真剣な感情を映している。

どうしたのだろうか、と一瞬身構えるが、相対しているのは私ではなくトーリ君の方なのだろう。彼女はこちらを見ずに

 

「シュウさんがよく語ってましたし、注目はしてたんです───私達の神様を十年間縛り付けていたのは誰だったのか、と」

 

温度が数度くらい下がったような感覚を得た気がする。

喜美が笑みではない目の細め方をし、トーリ君は気付いているのか、気付いていないのか、頭をポリポリ掻いている。

その顔は

 

困惑……というよりあー、しまったなーって顔ですね……

 

つまり、彼も十年もの間、彼を禁欲させたことについては悪いと思っているのだろう。

それについては、自分達では知らない約束とか友情の問題であると思い、誰も聞いたりはしていないが、気にならないかと言われれば嘘になる。

とは言っても、ここではそんな事を問える状況と雰囲気ではないので黙っていると

 

「あの馬鹿が禁欲かましたのは確かに、ちょっと俺としても想定外だったんだけどよぉ……熱田神社で何か、それ、問題になったの?」

 

「Jud.───いえ、別に」

 

ただ

 

「私達は、何れ私達の暴風神が疾走する時を待ち望んでいただけです。愛するものを守るために壊す、その生き方を信仰したのが私達ですので」

 

故に

 

「私達、熱田神社は不可能を背負う王の刃の一欠けらである事をご理解して頂ければと思います」

 

 

 

 

 

 

「おや、隆包に誾ってぇのは、珍しい組み合わせじゃねえか……何かあったのか?」

 

アルカラ・デ・エナレス教導院の校庭での一角に、三征西班牙での主力が揃っているのを見てベラスケスが素直に思った事を吐き出す。

 

「そういうベラのおっさんこそ、一人歩きして何してんだよ……言っとくが俺に絵心なんか求めんなよ」

 

「お前に絵心なんか求めるくらいなら、まだペンに対して喋りかけた方が痛々しくないわ」

 

放っとけと吐きながら、隆包は手に持っているバットを素振りし、誾の方は双剣を点検している。

その様子から、二人が何で揃っているのかを理解した。

 

「武器の点検かぁ? まぁ、隆包の方は砕けてしまったから理解出来るとして、誾の方はどうしたんだよ?」

 

誾のような武士の鏡が、もう武蔵襲撃からかなりの時間がかかっているのに武器の点検をこんな遅くにするとは思えないと言外に告げると、誾はTes.と前置きをし

 

「実は、副長と一緒に武器の点検……というよりは武器の強化に勤しんでいたのです。一人でも出来たかといえば出来たのですが、意見が欲しいというのもあったので」

 

「意見つーと……」

 

二人に共通するこれからの事で、尚、強化しなければいけない事情と言えば一つしかない。

 

「武蔵の剣神対策か?」

 

Tes.と二人揃って、返事をし、そして、思い出したかのように呆れたかのような表情を浮かび上げる。

 

「実は、あの時は大丈夫だったんですが……私の方の双剣もあれだけしか打ち合っていないのに、既にぼろぼろになっていたので……一応、流体強化でそこらの武器よりは頑強にしていたはずなんですが……」

 

「あんま、落ち込むなよ。対峙してわかったが、ありゃあ、化物だ。人間の形をしているのが余計に性質が悪い類のだ。世界から恐れられているなんて言われる様な能力を当たり前のように実現させているキチガイだ───不足を嘆いているだけじゃあ、止まらねえよ」

 

副長らしい意見といえば意見だというのは、理解できるのだが

 

「……の割には、笑ってんぞ?」

 

表情が言葉の割には緩んでいる。

例で言うならば、今から友達と遊ぶ約束をしていて、それを楽しみにしているという感じの。

指摘されてから気付いたのが、直ぐに仏頂面に戻そうとするが、指摘されている時点で遅い。

その殊に、罰が悪い顔になり

 

「あーー……いや、こりゃ、悪いとは思ってんだが……つい……」

 

「……いえ、共感できるので、大丈夫です」

 

……共感?

 

誾がそういう事を宗茂以外に言うとは珍しいと思う。

昔はあんな刃のような嬢ちゃんだったのに、宗茂はどうやって口説き落としたのやらというのは毎回の疑問である、と苦笑しつつ続きを待った。

 

 

 

 

 

 

そう、共感できる。

ある一定のレベルに達してしまうとそれを理解してしまうのである。

事実、副長程ではないだろうが、私や宗茂様も得た思いである。

それは

 

競える相手が……いなくなるんですよね……

 

スタート地点は多少の差があっても、ほぼ同じであった力は、術式、技術、経験、才能によって一気に差が開いてしまう。

宗茂様でも、最初は自分にただ、叩かれて斬られる、ただの一学生であった。

そして、遂に私の両腕を断ち切れる頃には、既に総長連合を除けば、誰も彼についていけなかった。

無論、特務がいるから相手がいないというわけでもないし、誾と宗茂もお互いで訓練をし合っていたので文句などは一切なかったが───新鮮さを欲していたことだけは否めない。

そして、副長となるとその思いは別格だろう。

国の武力を示す立ち位置の人間は、はっきり言って別格である。勝てないとは思えないが、十回中一回勝ちを狙えるというのは自惚れ判断であると思うくらいである。

防御型とはいえ副長。武蔵の副長を人外扱いしているが、自分からしたらこの人も十分人外であると思う。

国の武力となるために人間性を疑われるレベルにまで能力を昇華させたのが副長だと、立花・誾は思っている。

感服しかしない。

そこに種族の差と言う物は存在しないほどの領域。

相手が、異属であろうと長寿族であろうと霊体であろうと神であろうと関係しないという世界最高峰の存在へと昇華される高み。

戦闘系副長というのは大体それである。その領域にいると知っているのは、誾が知っている限りだけで言うなら、鬼柴田くらいだろう。別に、副長といっても、その領域に至っているとは限らないのだから。

そこに、あの剣神を入れてもいいのかはまだ解らない。

ただ、やはり、自分が知っている副長というカテゴリーに入れるというだけなら、英国のロバート・ダッドリーも目の前の隆包副長も、剣神も入れていいだろう。

つまり、勝利のみを渇望する魂というのは。

 

……だからこそ、ですね……

 

勝利のみを渇望している。

その事だけで言うなら、歴史再現も無視するのが副長であり、彼ら個人であろう。

理由はそれこそ、利他、利己と変わるのだろうけど、要は負けず嫌いを狂っているレベルにまで上げているというだけだろう。

そんな自分みたいな馬鹿を相手に戦って、勝ちたいというのは副長の望みという事なのだろう。

ですが

 

「ああ───わぁってるよ、誾。武蔵とやりあう時は奴さんの相手はお前に任せるわ」

 

「……Tes.そんなに私は解り易いのでしょうか?」

 

大人二人の苦笑を見てしまったので無視した。

どうやら、この話題では多数決の方が強そうなので、他の話題に変えることを決断する。

 

「武蔵も強敵ですが……我々の一応の敵は英国です。そちらの方の戦力は」

 

「何回シミュレートやってる思ってんだよ……まぁ、とりあえず、負ける気はないが」

 

「三征西班牙の衰退は、やはり、避けられねえだろうなぁ……"俺達は金があれば使ってしまう。ただ、情熱に任せて祭りをやって、嫌なことは忘れてしまう"って言いたい所だがなぁ……」

 

言いたいことは解る。

その言葉通りにいくには、人間にはきつ過ぎる。人間は確かに、忘れて生きていける種族だが、如何せん、不確定の未来の不安ならまだしも、決定された未来の不幸を忘れるほどではない。

他の種族からしたら難儀なものだと思われるのかもしれない。

異属や長寿族みたいに、自分達は長命ではないので、百年の短いスパンで測ることしかできないのだから。

 

「ま、そこら辺は暗くなっても仕方がないだろう。大将や娘っ子に期待するしかあるめぇよ、俺達は」

 

「他力本願ですか? まるで、武蔵総長みたいな言い方ですね」

 

「その本人が言っているセリフを借りるなら、出来る奴に任せるってやつだ。俺は絵を描くことしか能がないただのおっさんだぜ? 情熱に任せるような年齢でもないしな」

 

「というか、ぶっちゃけ何歳ですか」

 

「おっさんの年齢を聞いても面白い事ねえだろ」

 

本当に何歳かどうか好奇心はあるが、まぁ、確かに別に無理に聞きたいことではなかったので、そうですね、と答えるだけにとどまった。

そして、時間を見て、気付く。そろそろ、宗茂様に会いに行く時間と、自分が決めていた時間であるということを。

 

「すみませんが……」

 

「おう、片付けはこっちに任せとけ。遠慮なく、旦那の見舞いに行って来い」

 

旦那と言われて、多少、頬が赤くなるのを自覚するが否定なんてする気もないし、恥ずかしがったりもしない。

だから、黙って手の重荷を自覚しながら、保健室に向かおうとして

 

「……おい、誾」

 

書記に急に止められたので、アイコンタクトで何でしょうかと問うと

 

「……どうして、お前はさっきまで研いでいたであろう二枚刃を両腕に握りしめているんだ?」

 

「Tes.───そろそろ宗茂様の髭が伸び始めているころでしょうからと思い───何でしょうか、その嫌そうな顔は」

 

おかしなものです、と思い、今度こそ保健室に向かう。

ああ、本当に

 

「何時になったら、また宗重様と元通りに一緒にいる事が出来るでしょうか……」

 

 

 

 

 

 

 




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夢心地は人心地


安心、安楽、安堵

温もりとはつまり、人心地である


配点(安楽椅子)



 

第四階層の海を見回すことができる場所で毛布を着込んで座っているのはネイト・ミトツダイラであった。

海が近くに面していることもあり、静寂とは言えない空間ではあるが、夜の星や月明かりなどを見ていると、それなりに雑音を排除できる。

もっとも、排除したら見張りの意味がなくなるのだが。

こういう静かな夜も慣れてきたが、最初は懐かしいと思ったものだ。何せ、周りは外道しかいないので、夜でも色々と騒がしい。

まさか、暇だからと言って家に突如侵入してきて、エロゲ爆撃をしてきた王がいたが、張り倒してしまった自分は不忠ではないはずだ。

同時刻に、智の方にも似たような被害を副長から受けて、同じような仕返しをしていたので、つまりは、前例があるのできっと大丈夫。

 

……というか、どうして巨乳物や背の高い姉系エロゲなどを私に爆撃するんですの?

 

嫌がらせだろう、と一瞬で結論がついてしまうのは仕方がないことだ。

ちなみに、副長は拉致が明かないと思ったのか、そのまま智の胸に突撃しようとしたらしく、つまり、玉砕だ。潔いという評価は間違っていると思うので、変態だったという結論の方が正しいだろう。

 

「……いや、最初にどうして、こんなあんまり思い出したくないような思い出を思い出しているんですか私……」

 

思わず、声を出して生まれた頭痛に手を当ててしまう。

何故、青春を謳歌しているはずのこの年代で、いい思い出という嘘でも語れるシーンを思い浮かべることができないのだろうか。

それとも、青春だからこそ、こんな馬鹿みたいなことをしていられるのか?

 

……まぁ、こんなのを言っても、赤の他人が聞いたら幸せな世迷い事といって切り捨てられますわよね。

 

最も、馬鹿げたことは、それを違うと言えないところだろう。

離れてみて考えると、武蔵はかなりおかしい場所ですわね、と冷静に考えると足音が聞こえてきたので、あら? と首を傾げる。

敵の音ではないことは、聞き覚えがあるという記憶野の引き出しで理解している。だから、続いての言葉が誰かは直ぐに理解できた。

 

「交代しよう、ミトツダイラ」

 

振り返った先には、上着を脱ぎ、インナーシャツの袖を外した正純。

予想通りの人物ではあったが

 

「二代か、もしくは点蔵ではありませんの?」

 

「そこで、熱田の馬鹿が出ないのはどういう事なんだ?」

 

「副長は……その……言葉を選んで答えれば、護衛対象ごと斬ってたり、破壊しそうなので……」

 

「分かりやすい未来予想図だな……」

 

二人して項垂れるが、能力的に仕方がないだろう……そう……能力的……きっと……。

同じ悩みを思い浮かべたのか、正純も溜息を一つ吐いて、話題を戻す。

 

「二代はホライゾンの所だ。ホライゾンの侍として、今夜がサバイバル最後の夜だからこそ、気が抜けないという事らしい」

 

「彼女らしいですわね……肝心のホライゾンはまだ……」

 

「───Jud.まだ眠り続けているな。"嫌気の怠惰(アーケディア・カタスリプシ)"の束縛を受けたのが、ホライゾンの体のせいか、自動人形という人ではない体のせいかは解らないが……一日、四時間くらいしか起きれないから大変そうだな。専門の人間がいないというのは怖いことだな」

 

「ぞっとする事実ですわね……」

 

ホライゾンが規格外なのがいけないのだろう。

感情云々を無視して、三河製の自動人形というだけで直政や機関部の人間もお手上げらしい。

蜻蛉切りや悲嘆の怠惰を見て、同じことを言っていたので、ホライゾンも同じであろう。

それについては、語っても意味がないし、いい気もしないのでここまでにしておこうという場の空気になる。

 

「……まぁ、でも、明日、総長達が来るのでしょう? ───事件が必ず起きますわ」

 

「い、嫌な前振りだな!」

 

希望を持ちたいのでしょうけど、無駄としか言いようがない。

 

……正純はまだあの外道達の事を深く理解していないだけですわ……後、もう少しですわね。

 

後半の台詞だけ聞くと、何だか、私、正純を調教している人間みたいに思われますわね、とちょっと反省する。

きっと、調教するのは、他の外道共だ。自分は違う。あの外道達と違って、まともな騎士なのである。

 

「と、とにかく、ミトツダイラはもう部屋に戻って休んでくれていいぞ。十時前に寝る健康な生活も久しぶりだろ?」

 

「でも、正純……言葉を選んでいえば、ここでもしも襲撃があったら、正純があんな事やこんな事になって……!」

 

「段々と盛り上がるような煽りだな……」

 

いや、でも、結構、本気で正純に敵襲が来たらそうなりそうな気がするのですが……

 

ま、まぁ、そうならないようにしないのが、私たち、特務がすることでだろう。

それ以外では知らない。正純もきっと、窮地の事態になればネシンバラの小説みたいにウルトラ覚醒して、私達が要らなくなるレベルまで変化するだろう。

 

「と、とにかく、この二週間、思わぬ事態でしたけど……中々のアバンチュールでしたわね」

 

 

 

 

 

ああ、と前置きを置いて正純は返答する。

 

「私の場合は、自分の至らなさを改めて自覚するような二週間だったが……文系だからも含めて言い訳しても、体力ないなぁ、私……」

 

「まぁまぁ、その分、二代が張り切っていたから十分だったですわよ。今では、神格化しているじゃありませんか」

 

「フォローになってないぞ、ミトツダイラ……」

 

上野様やら漁業ー長などというレベルアップは絶対にいい事ではない。

自分の幼馴染が、自分とは全然違う人生の方向性に向かおうとしているのが、余りにも殺生な……! と叫びたいところだが、聞きやしないので無意味と思い、胸の内に押し込む。

 

「心底ほっとしてくれたのは、ここで英国が攻めなかったことだよな……最初の二、三日は全然眠れなかった……だが、まぁ、本来なら喜んじゃいけないんだろうけど、副長の馬鹿と、二代とお前達がいるとかなり安心感があった……」

 

「あら? 素直ですわね。恐悦至極に、と騎士として答えましょうか……いえ、どちらかと言うと副長の存在感が一番ですから、私が言うのもおかしな事ですわね」

 

そんな事はないぞ、とか、副長と第五特務では求められるものが違う、とか答えたいところだが、これをどう思うかは本人だから、外野が言っても無駄かなぁ、とミトツダイラに気付かれないように内心で溜息を吐く。

墓穴掘ったかなぁ、と思ってしまうが、そんな事を思うのがミトツダイラに失礼だろうと思い、直ぐに取り消した。

 

「とは言っても、あの馬鹿も、何だか時々、やりにくそうにしていたみたいだが?」

 

「それは、単純に我が王がいないからと思いますわ。馬鹿する時は大体一緒にいましたし」

 

「……伊達に親友と呼び合っていないかと言えばいいかな」

 

お互い苦笑するという事は、考えている事は同じかと笑みを深める。

 

「でも、ああ見えて、本当に最初はあの二人険悪な仲だったんですよ?」

 

「それは……本気で意外な事実だな」

 

葵の方はじゃれる程度ならともかく一方的に嫌うなんてことをするようなタイプには見えないし、熱田の方は……どうだろう? ちょっと、微妙に分らん。

 

「いえ……まぁ、実際は副長が私達との関係を拒否しようとして、総長達は仲良く……というより笑わせようとしていたという感じだったんですけど……」

 

「となると……熱田が笑わず、周りから孤立しようとしていた……って事なのか?」

 

Jud.と返される返答に思わず、聞いていいのだろうかという思いを作ってしまう。

梅組のメンバーが全員、距離感が近いせいか、偶に、どこまで自分が聞いてもいいのかと解らない時がある。

気を回し過ぎかとは思うが、止まれるのならば、今、考えてないだろうから仕方がない。

 

それにしても、熱田がか……

 

それに関しては驚きは覚えても意外とは思わない。

性格は変わるものであるし、過去なんてものは誰にでもある物であり、そして、勝手に詮索はしないものだ。

だから、何故、周りから孤立しようとしていたかなどという疑問は言わない。

代わりに

 

「じゃあ、どうやってあの馬鹿達、今みたいに仲良くなったんだ」

 

「簡単ですわ───副長はいざ知らず、王も男の子だったんですの」

 

「つまり?」

 

「盛大な大喧嘩をした後に、仲良くなったんですの」

 

「───」

 

思わない答えを聞き、一瞬、思考に空白を打ち込められ

 

「───はは」

 

思わず、二人で軽く微笑した。

今時のライト草子でもしないような友情美談を、まさかあの馬鹿二人がしていたというのは本気で驚きの事実である。

成程、流石は武蔵が誇る馬鹿二人である───実に面白味がある王と頼もしい剣である。

 

「おや、お二人とも、ここは自分達が今から見張るので先にお休みをするで御座る。女衆は先に寝ても構わんで御座る」

 

「というか、女は先に寝とけ。こういうのは、男の仕事だろうが」

 

 

 

 

 

目の前の女二人が慌てて、こちら……というよりはシュウ殿の方を見ている。

その態度から、大体の事を予想できたので、幸運な事に、何故、自分を驚いて見ているのか、理解できていない彼の注意を逸らす位はしてもいいだろうと思い

 

「シュウ殿。どうやら、二人は共通の悩みを相談し合っていたご様子で……だから、気にせず、ほら。上げていこうで御座る」

 

「共通……あ。ああ、Jud.Jud.そういう事か、すまねえな……希望を失わせないように言うが、成長期はまだ少しだけあるわなぁ」

 

「……点蔵? 後で、お話がありますので、お忘れないように……!」

 

無視する。

悪いのは自分ではない。隙を見せた人間が悪いのが武蔵ルールなので、自業自得である。正純殿も半目で、此方を睨んでくるが、最近、そういう系のスキルを習得しつつあるで御座るなぁ

それにしても、武蔵はちゃんと罪が誰にあるのかが解るルールで御座るなと思いつつ、まぁまぁ、とミトツダイラの怒りを鎮める。

 

「とにかく……ここは、自分とシュウ殿に任せて早く眠るで御座る。二人とも、慣れない生活で疲労していられる様子なので、眠気に任せるのが一番で御座る」

 

「ほほう……じゃあ、偶に俺が智の射撃を受けて、暴力的な眠気が起きて、つい、眠たくなるのは、これは健康的な事なのかよ」

 

全員が目を逸らす。

そこで、あー、とか唸りながら、正純殿が

 

「ほ、本当にいいのか? お前らも、そこまで休んではいないだろう?」

 

「おい、お前ら……何故逸らす」

 

無視する。

惚気を聞く元気までは、流石に残っていないのである。ただでさえ、サバイバルなので、明日に補給が来るとはいえ、まだ続くので残しておきたいのである。

 

「心配御無用。自分もまだまだ大丈夫で御座るし、シュウ殿はその……簡潔に言えば野生化しているから問題はないかと」

 

「そうか……この前、巨乳物のエロゲをお前名義で通販で買って、お前の実家にトーリと一緒に着いた途端に、『これは、エロゲです。ピーッとなった後に開けないとあっは~~ん系な点蔵君の好きそうな男の声が出ます』という録音付のを送ったんだが、どうやら、俺達は友情に報いたらしいな……」

 

「さ、最悪! 最悪で御座る! どうして、そんなに仲間を地獄に落とす術がだけを達人級に精進しているので御座るか……! というか、この前、自分の家の団欒に虫を見るような視線が加えられたのはそのせいで御座るか!?」

 

流石は、副長。侮れぬ。

一番の敵は、最高に侮れないクラスメイトである。最早、殺意すら湧かないレベルにまで達するこのストレスを何と称するべきか。

 

「ともあれ、自分達は気にせずに。元より、忍者というのはこういう役割を主として活動する戦種で御座る」

 

「刃の下に心あり……今更ですけど、名前を考えた人はセンスがありますわね」

 

「昔の人間ならともかく、今の人間が考え付いたなら、恐らく何らかの責めを負いそうだがな───痛い人として」

 

「……正純のこの浸食度……正直、やばくね?」

 

「シッ」

 

失礼だぞ!  と言う叫びは更に無視する。

やはり、武蔵汚染は避けられない症状であったらしい。自分みたいに抗菌が無い人間は武蔵に触れるとこうなってしまうというのが証明されるのは怖い事である。

 

「……まぁ、こうして英国が攻撃をしなかった事とこのアバンチュールの間に誰も騒いだりしなかった事だけが不幸中の幸いだったな」

 

「そうですわねぇ……まさか、ここで授業をさせられるとは思ってもいませんでしたわ……」

 

「あの暴力教師の御高説が役に立つとは思ってもいなかったがな……こういう意図が……あるわけねえよなぁ……」

 

「……自分思うに、そういえばオリオトライ先生がまともな授業をした事が……」

 

全員で首の角度が下に落ちる。

嫌な現実を改めて理解してしまったことに全員でしまった、と思った事が解る。

 

「まぁ、それにしても……助かった点蔵。お前がいなかったら、ここまでまともに暮らせなかっただろう」

 

思わず、条件反射でずり足で後ろに下がる。

 

「な、何か、裏があるで御座るな!?」

 

「これだから、疑心暗鬼忍者はいけねえ───もう既に表に出てるのによ」

 

「事前ではなく事後!? 実はこの副長、敵で御座るな!?」

 

「逆に日常では味方であった方が少なかったような気がしますが……」

 

「この頃、よく思うが、お前らや他のメンバーは逆に葵よりもキャラが立っていないか?」

 

まぁ、他愛無い事を言える元気が生まれたことはよろしいかとと思う。

自分のクラスはそういうの事に対しての嗅覚とか、能力が異常なので、こういった事に対して読んでくる事もするので、本当に隙がない。

でも、見たところ、読まれたような気はしないので、内心で溜息を漏らす。

だが、恐らくこのような企みをしたのは、隣にいるシュウ殿もだろう。

 

……本当ならちゃんととまでは言わなくても、シュウ殿にも休んで欲しかったので御座るが……

 

この今までで(・・・・)一番働いているのは、この御仁である。

だからこそ、この場で休んでほしかったのである。

無論、まともな睡眠をとることは不可能であることは子供でも容易に想像できる。故に、完璧な休眠は出来ないことは目を瞑るしかなかった。

だが、予想外というべきか、いや、予想内と言うべきなのだろう。

 

……強過ぎる(・・・・)で御座る……。

 

その肉体も、精神も、命も。

流石は、剣神。桁違い過ぎる。

本来ならば、明らかな過重労働(オーバーワーク)。彼の信念に寄り添う形で生きていたとしても、それを休みもせずに、まだ大丈夫というのはどういう事か。

そんな事はないはずだ。剣神といえども、彼も人である。

自分の目が節穴としか言いようがない。必ず、見えないところで、疲弊しているはずなのである。

 

何れ……何とかしなくてはいかんで御座るな……。

 

何れ、と付けなくてはいけない所に、自分の力量不足を思うが、不足を嘆いても意味がない。

厄介な御仁で御座るなと思いながら

 

「───あら?」

 

というミトツダイラ殿の声を聴いて、意識は外界に。

彼女が東を見ていることから、条件反射で身を翻しながら、その視線の先には

フード付の長衣の姿を着込んでいる人間がいる。

向こう側では、確か"傷有り(スカード)"と呼ばれている御仁であった。

 

 

 

「ありゃあ、確か、点蔵が飛び込んで助けた奴じゃあなかったか?」

 

「ええ……確か、向こうでは"傷有り"という名で呼ばれていましたが……」

 

「時々、あそこから、こっちを見ているよな……まぁ、そりゃあ、目と鼻の先に武蔵(わたしたち)がいたら、仕方がないか」

 

まぁ、それもそうだと、俺は正純の答えに肯定しながら、"傷有り"とやらを見る。

 

……結構、出来るっぽいなぁー。

 

特務クラスくらいの実力があるように思える。

無論、勘である。基本、強者の気配がする……! 足腰や鍛え方などが凄い……! などという見分けができないというわけではないのだが、熱田・シュウは大体、そういう七面倒くさい細かな技能を使って見分けるのは面倒なのである。

故に、ただの勘。剣神の勘である。

 

まぁ、襲ってこられても、俺だけでも十分だろうな。

 

と、言っても全く敵意がなさそうなので大丈夫だと思うが。

精々、どうなるか解からないという不安くらいである。あっちの態度としたら、こっちが何かをしたらやり返すというくらいだろう。

それなら、問題ないだろう。出来るなら、いざという時の武蔵が誇る盾従士と全裸シールドがあったら、心強かったのだが、如何せん、どちらもここにはいないし、後者は味方にも被害が出る。

 

何れ、あの全裸芸にケリをつけてやらねえといけねえな……!

 

武蔵の支持率のためにも、汚れ仕事は副長である自分がしなくてはいけない。

悲しいことだ、耐え難いことだ───でも、過去に出来るので大丈夫だろう。

次に出会った時にぶった斬ればいいかと思っていると、こちらを見ていた長衣の人影が、こちらに対して、一人一人に礼をし始めた。

礼をされたら礼をし直すのが、最低限の礼儀である為に、それぞれ頭を下げつつ、しかし、点蔵の方に視線を向けると

 

「……あん?」

 

点蔵にのみだけは頭を下げる速度が異様に早く、そして、そのまま背を向けて去って行った。

 

 

 

しまったと"傷有り"は自分のした行動に判断を付けた。

どう見ても、自分が今してしまった事は、武蔵の忍者にいい印象を与えないどころか、相手によって態度を変える人間と思われるだろう。

ましてや、相手は今は停戦状態にいるとはいえ一応、英国とは敵対関係にあるのだ。

しまった、と再び思うし、何をしているんだと自問自答してしまう。

どうして、こうなったかという理由ならば、今も覚えているし、忘れるつもりはない。

あの武蔵の輸送艦が、落ちていく最中、自分の目は落ちていく先に、子供達が恐怖で震え、動けなくなっている姿を見た。

故に、自分は動いた。

方法は簡単である。自分の術式で輸送艦を攻撃して、軌道をずらす。

できないと思わない能力があるので、それをただ、しようとしていた。輸送艦はさらに振り回されるだろうが、こっちにも都合がある。

だから、しようとした。

そこで

 

「危のう御座る!」

 

空から忍者が落ちてきた。

一瞬、この説明をすると、ちょっとおかしくないかと思ったが、事実なので仕方がない。

そして、もう残り、数秒とかからずに発射できたはずの術式は突然の襲来に対応できず、結果

 

「───」

 

言わなくても解る結果になった。

違う。言語化して、理解したくない結果になってしまったのだ。

呆然自失。

自分を失う怒りは、失ったものと、自分の後悔の質によって増大する。

助けることが不可能であったのならば、今の自分はただの自惚れによる自室であるといえるかもしれない。

しかし、自分は助ける能力とタイミングがあったのである。

故にこれはいけない。

だからこそ

 

「大丈夫で御座るか?」

 

そう、こちらの身を案じる忍者の問いを黙殺し、手を振った。

子気味が良い音がしたと思う。

思わず、笑みを浮かべてしまったのではないかと思うほどであった。そして、同時に浅ましい自分だと思いながら、自身の感情を抑制することが出来ずに

 

「何てことをしてくれたんだ……!」

 

酷い言い掛かりだったと今なら思えるくらい、あの時は感情がごっちゃごちゃになっていたのだろうと思う。

武蔵の忍者が何を思って行動したのかは、今でも解らないが、少なくとも最初の一声から、こちらを案じての行動だということは確かだと思う。

それを前に何てことをしてくれたんだというのは、随分と酔った言葉だ。

感情というのは厄介なものだと、今だからこそ、思える思いを抱き、だが、そこで意外にも、子供達は救われていた。

武蔵の人狼と侍に。

その時に、心底ほっとしたと同時に、さっき忍者にした事を思いだし、一瞬、何を言えばいいのか解らなくなっている間に忍者が隠遁の忍術と共に消え、後に残ったのは地面に残った血の跡のみ。

そこまでを思い出し、思う。

今こそ、現実を理解するために自分の口でそれを言語化する。

 

「どうしてだ……」

 

何故自分がしようとしたことを止めた。

止めた人間が何も知らない人間ならまだ解るが、彼は武蔵の第一特務の忍者である。術式などに精通しているはずだから、自分が何をしようとしていたかは理解しているはずである。

こちらの力量に不安があったから? それもまた違うだろう。武蔵の人員は人手不足かもしれないが、特務クラスは全員出来るメンバーであるのは三河で証明されている。

そんなメンバーの中にいるのに、相手の力量が読み取れない、または術式の精度を読み取れないということはないと思われる。

ならば、何故だ。

 

「どうしてなんだ……」

 

答えのない問いが外界と内界で繰り返される。

自問自答しても無駄ということは解っているが、ただ、答えが欲しいという一心しか判断を支えていない。

だから思った。

もう一度、会って話がしたいと。

 

 

 

 

 

 

ネシンバラはふぅ、と溜息を吐きながら、BGMとなっている話し合いを無理矢理聞かされる。

 

『へっへーーー! おーーい、お前ら! 俺達は今日、くにまじっちゃうんあいぎをするんだぜーー!? 羨ましいだろーー! 特に、親友! ほ、ほら! お、俺……国にいるボイーーーーン! と混じっちゃうんだぜ!? やっべ……俺……どんなヘブンに行くんだ!?』

 

そして、数秒たった後に

 

『てめぇ……人がお前を斬れない位置にいるからって馬鹿丸出しにアホな事を言いやがって……! ボインはやらねえ。てめぇはホライゾンで我慢しとけ! あ、言っとくが、智の乳は絶対に俺のだからな!』

 

『お、大声で何を言ってんですか!? い、今の無し! 皆さん! 今のは色々と無しですよ!?』

 

『でも、賢姉は無しにしないわ! いいわ、浅間! そのオンリー乳を愚剣から奪える快感を私にくれないかしら!? 大丈夫大丈夫! 優しくするから! ……これって寝取り!? じゃあ、寝なきゃいけないわね! さぁ、浅間! 私と夢のグッナイをしましょう!』

 

相変らず過ぎる。

熱田君に関しては、わざわざ拡声術式を借りてまで、ツッコんで来るとはノリが良すぎだろうと思う。

やれやれ、と再び溜息を吐きながら黄昏れる。

どっちにしろ今の自分では彼らに関わることはできない。関わればシェイクスピアが僕に施した呪い、マクベスが発動して、王殺しを我知らずにしてしまう。

何とも難儀な呪いである。軍師が王の近くに寄れないだけならともかく、王に関わること全てが、王を害すという結果の選択肢を選んでしまうので何も出来ない。

出来る事と言えば、王とは関係ないことしか出来ない。

だから、未来の事ではなくて、過去の事に目を向けたのだが

 

「やっぱり、へこむなぁ……」

 

通神帯(ネット)に書かれている、この前の事は予想通りの内容。

予想通りだから大丈夫という強がりはどうやら僕のは無理なようだと嘆息する。そこまで、馬鹿になれたら楽だったんだろうけどと思うけど、馬鹿で軍師が務まるのだろうか。

でも、よく考えれば武蔵の戦力のほとんどは馬鹿ではあるが、一応、有能だし……能力と性格は関係ないのだろう。という事は馬鹿になるべきなのか……!?

 

「……いやいやいや、そこで、外道になる選択肢を選ぼうとしてどうする」

 

危うく外道に落ちるところであった。

しょうもない現実逃避をしてるもんだと嘆息しながら、再び、表示枠に視線を戻そうとしたときに

 

「あら? 祭りにも授業にも出てこないから、遅めの反抗期にでもなったかと思ってたら……こんなところで何をしてるのネシンバラ」

 

上から落ちてくる声に、そのまま見上げる。

上からという条件で、もう大体、見当はついている。

 

「ナルゼ君か……君は僕を葵君達みたいに常時、常識に反逆している外道共と同じ評価をしているのかい? 酷い誤解を受けたもんだよ」

 

「その常時、常識に反逆している教導院の作戦を執っているのはあんたでしょ、作家志望の引きこもり」

 

痛い所を突いて来るね、と苦笑しながら、降りてくるナルゼ君を迎える。

わざわざ手すりの上に立つのは狙い過ぎだとは思うが

 

「今回の負け犬が揃ったわね───愚痴でも語り合う?」

 

 

 

 

「負け犬ね……君は主武器を失っていて、得意とは言えない地上での戦闘の事を踏まえなくても、よくやったと思うよ?」

 

「そうかもしれないわね───でも、マルゴットの心配を払拭出来なかったわ。なら、私は負けたと言うわ」

 

「魔女は何事も上しか見ないね」

 

「上を見上げることを忘れるなんて魔女じゃなくてもしないわ。それが、女なら尚更よ」

 

私の言葉に苦笑するネシンバラを見て、笑う余裕はあるのねと思う。

上から目線の感想ではあるが、笑えるのなら大丈夫だろうと思う。大体、諦めた人間ならそんなものを見ないであろうし。

 

「大変ねぇ」

 

「ま、君達が現場で苦労しているのに、無駄にしてしまったんだから、もっともなコメントだとは思うよ。軍師は勝つ作戦を考えることが仕事。勝てない軍師なんて税金泥棒みたいなもんさ」

 

そこら辺を理解しているから厄介ねぇ、この眼鏡。

 

「あっそ。でも、そんな眼鏡でも、いなくなったら誰が作戦を考えるのよ。言っとくけど、私はあの馬鹿副長の考えた作戦なんかで命を懸けたくないわよ」

 

「恐らく作戦はぶった斬れオンリーな気がするからねぇ……」

 

ふぅ、と思わず同時に溜息をついてしまうが、気を取り直す。

 

「でも、真面目に考えてくれるなら、案外、考えてくれるかもしれないよ?」

 

「歴史再現無視する可能性がありそうな案外ね……それでも、作戦立案の能はあんたの専売特許でしょ」

 

「別に僕だけの能ってわけじゃないんだけどね……」

 

そう言い合っているうちにネシンバラが、また通神帯で新しいネタを見つけたのか、表示枠のほうに一瞬だけ視線を向けて、ああ、と頷く。

 

「何よ」

 

「いや───やっぱり、こう思われるよなぁって思って。昔に僕も言ったことがあるし」

 

それは

 

「僕が考えた風にやっていれば上手くいったのにって。思うよね、これ」

 

よくある事よねと同意する。

 

「私の本でも似たようなことはあるわよ。目の前で広げて、そんな事をいきなり言われて、買わずに去っていくなんて普通にあるわ」

 

「それで?」

 

「───別に。やろうと思えばできることを言われても響かないわ。何よその顔」

 

引くとは失礼な眼鏡である。

ネタにするのは何時がいいかしらと内心でスケジュールを作ろうと思ったが、未だに総長、副長ネタの本のメモの内容が消化できていないのである。

あの二人は、こちらのネタの都合を読んでから、再びネタを生み出せというのだ。

まぁ、目の前の眼鏡も少し、テンションが上がったようなので、こっちも楽になれるというものだろう。

 

「あんたも祭りに出れば、無理矢理テンション上がったでしょうに。何で参加しなかったの?」

 

「それは簡単だ───今の僕は呪われているからね。呪われた勇者とかならともかく呪われた軍師ってのは珍しいんじゃないかな?」

 

ああ、そういえばそうだったわね、とネシンバラの右手を見る。

右手には術式書き込み有の包帯を巻いているが、中にあるものを隠すことが出来ないままでいる。

包帯から滲み出た文字列───マクベスである。

 

「王位の簒奪者の呪い……これ程、中から壊すか、弱体化させるのに効率がいい呪いはないでしょうね。どう? 主役になった気分は?」

 

「それが、悲劇じゃなかったら感動する余地があるんだけどね」

 

「悲劇も喜劇も一緒だとは思うけどね───最後には色んな意味で笑いたくなるでしょうから。ま、気にする事はないでしょ。総長も、他の誰も何も言わないって事は問題ないって事だわ。そのぐらいは理解できているでしょ」

 

魔女(テクノへクセン)は、自分が理解していることは周りも理解しているみたいな事を言うね」

 

否定しない男が何を言うのだか。

そして、ナルゼは自分と彼が相対した相手の事について問う。

 

「シェイクスピアが言っていた……13? 第十三無津乞令教導院って聞いて良い?」

 

「とっても詰まらない話だけど……ネタにする?」

 

「ネタにしないと思ってたの?」

 

即答したらネシンバラが何故か額に手を当てて考え込んだ。

何を考え込んでいるのかは知らないが、いいわその恰好。後で、同人誌のネタとして何かに使えるかもしれないわね。あ、やっば、またネタ帳が……!

そしたら、自分の中で都合をつけたのか、ネシンバラが溜息を吐きながら、顔を上げる。

 

「でもま。期待させておいて何だけど僕も細かな事は知らないんだよ? 中にいる時は単純にやな事ばかりの場所だなぁくらいだったし。正直、そこまで思い出したい場所じゃあなかった」

 

「中にいる時はって事は、外に出た時に一応、調べたって事でしょ」

 

まぁね、と答える眼鏡を見て、前置きの長さに嘆息する。

小説家の職業病だろうかと指摘したいところだが、同人誌作家の自分も他人のことは言えないであろうとは流石に思うので自重する。

 

「まぁ、調べた結果によるとどうも三征西班牙(トレス・エスパニア)の前総長の孤児院施設みたいでね。子供の時から英才教育ってやつだね。別に、それだけなら、全然特別でも、おかしくもないんだけどね」

 

「つまり、そこは特別で、おかしな所があったって事?」

 

Jud.の返答を聞き

 

「───襲名者を作る所だったんだ」

 

 

 

 

ナルゼが瞳の形を変えたのを見て、だよなぁと思う。

これを調べた時の過去の自分もそんな風に瞳の形を変えたというのを思い出す。

 

「カルロス一世は三征西班牙と神聖ローマ皇帝総長を兼任していて、三征西班牙側よりも、むしろ

M.H.R.R.(神聖ローマ帝国)よりでね。だから、三征西班牙は総長が欠けることが多いから、その穴埋めの為に襲名者を重ねたり、多くを得ることで個人の権力で国を強化していったというわけ。でもま、それが貴族とか商人の子孫なら利権問題が生ずるし、事故とかで襲名者が死んだ場合、即座の穴埋め要員が必要だしね。感情云々を省けば、かなり効率的に国を回して、強化することが出来る事業だっただろうね」

 

「その肝心の感情を口に出す気はないの?」

 

「いやぁ、別に今更、過去の事についてとやかく言う気はそこまでないよ───まぁ、強いて言うなら僕の代で終わってよかったんじゃないかなって。仲間が一人死にかけてね」

 

「───」

 

ナルゼ君が口籠るのを敢えて無視して、努めて軽く言うようにする。

 

「まぁ、かなり出来る子だったんだとは思うんだよ。少なくとも僕よりは。言葉を使わせたら、何て言うかな……言葉を選び取るセンスって言えばいいかな? そういうのが大人よりも良かったんだ。だから、まぁ、出来る子だったんだけど……ちょっとプレッシャーに弱い子だったから」

 

「待って───言いたくない事を無理に聞く気はないわ」

 

「聞きたくないことを無理に聞かせる気はないよ」

 

彼女の表情が即座に嫌な風に変わったので、これは従ったほうがいいかなと思い、話を飛ばすかと決断する。

 

「飛ばすけど、でも、その後は特に語ることはないんだ。怖くなったので、逃げ出しましたって一言だし。皆で、六護式仏蘭西(エグザゴンフランセーズ)の国境まで辿り着いて後は、それぞればらばらに自由解散。もしも、この先、出会うような事があっても他人の振りをしようって後は決めてね」

 

いやもう、それなのに

 

「何で約束を破るかなぁ……」

 

「確かに詰まらない話ね……相手がメジャー系襲名者で女なんだから、もっと色のある話をネタとして期待していたのに」

 

「そういったのは葵君か、熱田君に期待してくれよ……僕はそういうのはどうも苦手なんだよ」

 

「見栄を張るわね……単純に出来ないって言えば?」

 

やかましい。

そういった事で、盛り上がるのはエロゲ四天王のみでいいのである。僕は関係ない。まぁ、そりゃあ、空気を読んで騒ぎはするけど。

 

「ま、運が良かったと思いなさい。副長がいたら、区切りが良い所であんたの後悔を奪われてたわよ。それとも、あの馬鹿の言葉で言えばぶった斬られたと言ったほうがいいかしら」

 

「ああ……それはマジに思う……でも、どうせ熱田君、向こうでも休憩してないだろうしなー。しかも、合流は明日だし」

 

「あっちに点蔵とミトツダイラがいるとしても……ま、無理でしょうね」

 

はぁ、と思わず溜息を吐く。

本当ならば、いっそ無理矢理力づくで休ませたいところなのだが、そこで副長という教導院最強の力のせいで無理矢理寝かしつける事も出来ない。

一番、タチが悪いのは、彼本人が自覚……というか認めていないところである。

 

「今のアンタに聞くのもおかしな気がするけど、アンタは副長の事をどうするつもりだったの?」

 

「……まぁ、英国では、流石に副長としての力を借りるつもりだったよ。武蔵はまだ始まったばっかりだから、他国への印象は強烈の方が好ましい。そういう意味ならば、熱田君の力は正しく丁度いい。強さ的にも、キャラ的にもよく目立つ」

 

「後者の方が目立ちそうね……」

 

ああ、と頷いて気落ちそうになるが我慢する……そう……我慢しなきゃいけないんだ……!

 

「でもま。流石に英国を超えたら、一度くらいは何とか言いくるめて休ませるつもりではあったよ。あのままじゃあ、何れ無理が来るのは自明の理だったし。人間の癖に神なんて微妙にチートなのかチートじゃないのか分かり辛い設定のせいで困ったもんだよ」

 

「あんたの小説なら、あの馬鹿みたいなのは無双でしょどうせ。す、すげぇ……! もう、俺……あいつに勝てる気がしねぇ……! とか言わせて無双でしょ。ちなみに、アンタは序盤に死んで空に顔を浮かべてそうなキャラ……嫌な出番ね……空を見たら眼鏡だなんて……」

 

「わ、悪かったね!? いいだろ、無双! 男なら一度は憧れてしまうんだよ! それに、序盤に死ぬキャラは結構、いいキャラで人気や回想シーンを取ったりするんだぞ!」

 

無双し過ぎたら駄作に落ちてしまうというのもあるのだが。

後半の部分はへーと丸で信じていない。

くそっ、見てろよこの魔女。武蔵常人ランキングとかをすれば、間違いなく、僕は上位ランキングに入れるはずだ。少なくとも君には勝てるはず……!

 

「馬鹿ね───トップランキングは鈴よ。他は全員ほぼ同率っていうオチ……むかつくわね」

 

「既にやったのかい!?」

 

「ええ……コメントにあったのは『最下位を選ぶには外道の種類が違うな』 『正直、鈴さん以外を選べばどれも悪い意味でOK』 『底辺って集まれば山じゃなくて害悪になるんですね』とか。後でネタにしたけど、中々、度胸はあることは認めたわ」

 

「という事は、僕以外の大抵は反撃したな……」

 

改めて恐ろしいクラスだと感じる。

でも、だからこそ、今も周りで騒いでいるからこそ、落ち込んでいる自分がまるで馬鹿みたいに思える。

 

「全く……困ったもんだね……」

 

溜息一つ。何時も通りのクラスに何時も思っている一言を漏らすのが精一杯であった。

 

 

 

 

 

フェリペ・セグンドは今、猛烈に息を殺していた。

忍者じゃないので、そんな凄い気配隠蔽とか出来るわけではないのだが、それでも、我流隠蔽を以てセグンドは一世一代の勝負をしていた。

疾しい事をしているというわけでもなく、極悪な事をしようとしているからとかいうわけでもなく、こそこぞするのが好きだからというわけでもなのだが。いや、こそこそするのが好きかもしれない。目立つのは苦手だし。

まぁ、今回のは実に仕方がない状況なので仕方がない。

今の自分は三征西班牙、アルカラ・デ・エナレスにある生徒会及び総長連合の統合居室に息を潜めている。

息を潜めている理由は別にここが、入ってはいけない秘密の部屋でバれたらえらいことが起きるとかそういうのではない。

というか、一応、仮にも総長なので大抵の場所には入れるから、こそこそする必要など一切ないのである。

では、何故かというと

 

「……フアナ君」

 

彼女の姿はある。

何時も通りの彼女の姿であるが、どうやら眠っているようである。

しかも、圧縮睡眠の符での四倍圧縮。正直、無茶しすぎと言いたいところではあるが、柄でもなければそんな関係でもないから言えない。

自分の元になんかいなければ、恐らく、もっと自由で、今よりも断然に自分らしく動けただろうに、と。

 

「って、そんなのは僕が言える立場じゃないか……」

 

思わず、小声で呟き自嘲する。

自分が襲名しているフェリペ・セグンドは三征西班牙の絶頂期の王と共に衰退を示す王の名である。

絶頂の方はともかく、衰退の方は襲名したとき、成程、僕には相応しいなと内心で苦笑したものである。

ある意味で、三征西班牙の国民から恨みと諦めの視線を向けられても仕方がない人物である。

むしろ、その方が気楽だし、彼女もそういう視線を自分に向けてもおかしくないだろうに、未だに彼女は自分を持ち上げようとする。

 

……年頃の女の子の心境をおじさんの僕が察するのも変な話かな

 

とりあえず、あんまり女の子の寝顔を見るのは失礼だと思い、ここに来た用事を終わらせようとする。

 

「手紙……」

 

レパントにおける自分の唯一の戦果。

何もかもを取りこぼした戦場で、ただ一つ掴む事が出来た命。こんな自分でもと自嘲しか出来ない自分によくやったとそれだけは言える自分の人生での最大の報酬。

長寿族の孤児の子供からのである。

どうやら、他の手紙と一緒に重ねているようで、これらも自分用なのだろうと思う。

 

「……というかベラスケス君が管理する孤児院にいるんだから、彼が直接持ってきてもいいだろうに……そこら辺が機微が疎いっていう性格じゃないし、女の子的醍醐味なのかな、ねぇ、宗茂───」

 

何時もの習慣で語ろうとした友人の名に息を詰める。

駄目だなぁ僕、と小さく吐息を吐きながら彼女が持っている手紙をとって、邪魔にならないように帰ろうとする。

そうしていると

 

「ん……」

 

神的タイミングで、彼女は身をよじった。

悪い夢でも見ているのかなと思考する前に、よじった結果が目の前に現れる。

よじった動きに合わせて椅子がこちらに向いたのである。そして、その態勢が、自分にとって楽な姿勢だったのか、彼女は肩から力を抜き、抱くように抱えていた手紙を全部落としてしまった。

わわ、と慌てて手紙を拾う作業に入る。

ふぅ、と片膝を曲げて手紙を一枚一枚拾っていると、少しだけ微妙に遠い位置に手紙が落ちてしまったのがある。運の悪いことに椅子の下なので、ちょっと取り辛い。

だから、もう一つの膝も曲げて、その手紙を取ろうと手を伸ばそうとしていると

 

「……むっ?」

 

背中に圧を感じる。

どうやら、フアナ君の足が、寝相で自分の背中に乗ってしまったようだ。

とは言っても、目の前で両膝を曲げて、体を伸ばして手紙を取ろうとしているのである。少し、動いたら触れてしまうのは仕方がないと思ったところで

 

「───あれ?」

 

今、自分は非常に変なことをしていないだろうか?

落ち着け、フェリペ・セグンド。お前は最高に冴えない男だ。それに、今、自分は別に特別疾しい事をしているというわけでもないし、彼女は僕みたいなおっさんに微塵も興味があるはずがないのであるから、つまり、今、僕は一種の機械と化していると考え、そして、彼女は悪い例えかもしれないが、石や木として考えて行動すれば、少なくとも間違いは起きないはずなのである。

と、そこまで思考を重ねていると、いきなりドアが開いて、聞き覚えのある声が

 

「すいません、忘れ物をしたので───」

 

少女、立花・誾が声を止めたのを機に、自分の今の状況を顧みて、慌てて彼女に声をかける。

 

「ぎ、誾君!? いや、ちょっ!」

 

「Tes. ───大丈夫です総長。この第三特務、ちゃんとこの戦況を理解しています」

 

「ほ、本当に!? いらん誤解とかしてない?」

 

「Tes.今の総長は自分は最高に冴えない男で今の自分は別に特別疾しい事をしているというわけでもなく、フアナ様みたいな人に自分のような高齢者が好かれるはずがなく、自分は今、フアナ様が落とした手紙を拾う一種の機械と化しているのでフアナ様は今は石や木に置き換えている───そんな状況ですね?」

 

どこまでこの子は読めているのだろうかと思うが、今は感謝するのみである。

 

「そ、そう! 正しく、そんな感じ!」

 

「Tes.解りました───そういうことにしましょう」

 

「それじゃあ、解けていない!」

 

まぁまぁ、と誾はこっちを落ち着かせ

 

「フアナ様もそんなに総長の事はまんざらではないご様子ですし、それにしても───」

 

一息吸い

 

「まさか、総長が八代竜王であるフアナ様に寝たふりさせた上で開脚踏み込まれ土下座をしているとは。これ、正に快男児(マスチモ)。宗茂様にも、こういった技が欲しかったです。では、御機嫌よう」

 

「な、何もかもがおかし過ぎて何も言えないぞ!? あ、そのまま帰ったら駄目だ!?」

 

無情にもドアが閉じられ、こちらの大声に反応したかのようにフアナが再び、身じろぎをして、がたりと椅子が動く。結構、寝相が凄いな、と内心で微笑するが失礼だと思い、無心で手紙を全部拾う。

そして、改めて手紙を拾う。

 

えーと、中身は"清らかな大市(サン・メルカド)"、高等裁判の報告に、K.P.A.Italiaの教皇総長(パパ・スコウラ)からの時候の挨拶……あの淫蕩総長、こういうのは豆だなあってあれ?

 

「あの子からの手紙は?」

 

見落としたかな、と思い、周りを見回して、そして気づいた。

何故か、上手いこと、胸の間にまるで選定の剣みたいに刺さっている封筒がある。

 

「───」

 

一瞬、思考が完璧にフリーズしたが、ここで止まっても解決にならない。

ここで必要なのは、決して焦らず、触らず、くじかないこと、略してあさくだ。

略したところで何も意味もないのだが、少し、現実逃避することで、何とか冷静になれたので深呼吸一つで雑念をけし、意を決して手紙を握り、引っ張ろうとして

 

「……ぬ?」

 

抜けない。

理由は単純で、つまり圧が高い。落ち着くんだ自分。ここで、今、余計な単語や脳の活性は無駄であるし、罪なのだ。単純に仮定して、浅く見ても彼女が起きてこれを見たらセクハラで火刑だ。恐らく、歴史上最低最悪の罪による火刑だ。余計な歴史再現を生み出してしまった自分は恐らく末代の恥というか、自分が末代になるのでつまり、自分一人で済むのでって前向きに思考する向きが違うって!

とりあえず、もう少し、頑張って力を入れて抜こうとしたとき───再び、ドアが開く音がする。

 

「ふんぐ……!」

 

思わず、ヤバイと何か思考して力加減をミスってしまう。

しかも、方向は後ろではなく、前に。

そうなると、必然的に手が動く方向は胸の方に向かい

 

「失礼、総長。あの後、熟考したのですが、総長のような真面目な大人がフアナ様みたいな真面目女教師系の年下の生徒にその───」

 

腕が左右から肉に包まれる感触を得ながら、脂汗が大量に流れるのを知覚し、しかし、理性が先制を取らなきゃ不味いことになると理解し

 

「ぎ、誾君!? こ、これはね───」

 

「Tes.───そういうことにしましょう」

 

「て、展開早! もう少し、熟考して!」

 

まぁまぁ、と再び制され

 

「フアナ様もこんな総長の事を気にして、頑張っていられますし、それにしても───」

 

一息

 

「まさか、総長がフアナ様に寝たふりさせた上で、乳挟み極楽キャバレーごっことは、これ正にダブル快男児(ドブレマスチモ)。宗茂様にもこういった技が欲しかったです。では、御機嫌よう」

 

「くっ……! も、もう気にしないぞ! って、帰っちゃ駄目だって!?」

 

と、ドアの方に向かおうとした時に、体重移動によって腕が勢いよく胸から抜け、それと同時に圧から一瞬解放されたお蔭か、手紙が抜け、もしかしたら緩んでいたのか。彼女の制服の合わせが外れ

 

「───」

 

その前に、恐らく人生史上初の最高速度を出して、部屋の隅にある仮眠用の毛布を取り、彼女にかけた。

自分の人生で最高の仕事をしたのではないのだろうかと思い、ようやく一息つけた。

ちょっと、糖分がほしくなったので机の下にある林檎のパイを一つ拝借し

 

「……お」

 

以前より甘くなっている。

病院に持っていき、子供が食べるとなればどういうものが好かれるということを理解しているからこその甘味であることに気づき、また思う。

 

……どうして、これだけ出来て、学習も怠らずに成長する人が僕の下にいるのだろう……?

 

今までに何度も思った疑問だが、結局、それを問う事も、答えが出る事もなかった。

とりあえず、手紙などが無くなっている事に気付くと彼女も混乱するだろうと思い、置手紙を書き、帰ろうと思ったところで

 

「あ……」

 

苦しみに喘いでいるような声が彼女の口から洩れた。

 

「───」

 

普段の彼女から似つかわしくない救いを求めるような微かな声に自然と足が止まってしまう。

苦しい、助けて、許して、といった感情が凝縮された音が何時も頼りになり過ぎる長寿族の女の子の口から洩れている。

どうして、と思う感情があることは否定できないが、それよりも気になるのは

 

「や、ぁ……」

 

彼女の口調と表情はそのまま下がったもので、それでは丸で

 

救いを諦めているようで……

 

だから、どうしてと思う感情は封印し、動いた。

 

「御免」

 

自分の言葉に内心で苦笑しつつ、彼女の手……この場合、彼女は悪夢の成果、手すりを結構な力で握りしめているので握り返すことは出来ない。だから、そのまま毛布の上から手を握った。

劇的というほどではないが、効果はあったらしく、彼女の表情から険が抜けていった。

だが、完全ではないということに気付くが、自分にはここまでだろうと思い、手を放す。

最後に、ずり落ちないように彼女にかけた毛布を整え、部屋を出、そして、渡されたあの子からの手紙を開ける。

 

 

 

 

 

『おじさんへ

おじさんはお元気ですか。私は元気です。ちゃんとべんきょうもしています。ちゃんと食べて、あそんでねむっています。

もう教どういんが始まって一月です。友だちはまだあまりいませんがおじさんもいるのでだいじょうぶだと思います。本もあるので一人でもだいじょうぶです。

おじさんは知っているでしょうか。さいきん、お空にくもがあります。

びっくりなことに、あのくもの中にはふねがたくさんあるらしいんです。どうしてと聞くとせんせいやみんなはせんそうだからと言います。

おじさんはせんそうするんですか。

私はおじさんにすくってもらいました。せんそうはすきじゃないです。

だけど、おじさんはきらいなせんそうで私をすくってくださいました。

もしまたせんそうがあってもおじさんは私をすくってくださいますか。

教どういんのみんなの中にもせんそうを恐がる人がたくさんいます。そのとき私はみんなにおじさんの話をします。何があってもおじさんがいるから大丈夫と言います。

もしまたせんそうがあってもおじさんは私をすくってくださいますか。

言ったことがうそにならなければいいと、そう思っています。』

 

 

 

あの子からの手紙は、戦争に関する不安と期待であった。

その言葉に喜べばいいのか、苦しめばいいのかと思うが、子供の言葉に苦しむなんてものを持ってきちゃあいけないだろ、と思い

 

「……」

 

苦笑することにした。

でも

 

「どうだろうなぁ……」

 

もう一度救いに来て、と酷く簡単に、でも、ある意味重く告げられた言葉にどうなんだろうな、と再び思う。

 

「勿論、"おじさん"は絶対に救いに行くよ───君を救った時みたいに手を伸ばすよ」

 

でも

 

「今の"大将"の僕はどうだろう」

 

大将の僕は

 

「君の言葉を嘘にしないように、君を含めた皆を今度こそ守れるのかな?」

 

 

 

朝日と共に静かな海の光景……というわけではなく、既にそこには無機物と人が活動している仕事場であった。

幸いなくらい洗濯日和な天気に一つの影が生まれる。

外殻で装飾を付けた大型艦。

艦の側面は武蔵アリアダスト学院の紋章とロゴ部分を取り換えた武蔵の紋章。つまり、武蔵の外交艦である。

そのまま、外交艦は岩むき出しの海岸に近づき、そのまま塔みたいに突き立って、ひしゃげた輸送艦に近づく。

そこで、外交艦で一つの姿が舳先に向かって動く姿があった。

トーリであった。

 

「ホライゾーーーーン! 今、俺がそこに行くぜ……!」

 

少年はどこから調達してきたのか、空中浮遊用の符を両手で持ち、そのまま

 

「いやっほぅーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

飛んだ。

距離は甘く見繕ってもまだ五十メートルあるのだが、空中浮遊の術式符はその無理を通す。

そのまま、何事もなく輸送艦側に着くかと思えば、輸送艦側の方でも一人の人物が動いている姿があった。

熱田である。

 

「丁度いい……てめぇ……そこを動くなよ……!」

 

彼はそう言って自らの大剣のブーストを開封し、空を飛翔する。

空と海に流体光による絵具を落としながら、外交艦から飛んできた少年に向かって飛んでいき───躊躇いのない笑顔でそのまま剣を振り下ろした。

馬鹿は慌てて、わざわざしなを作って避ける事に成功したが、剣圧を躱すことを計算に入れておらず、衝撃波に巻き込まれて、ぐるぐる回転しながら、お、覚えておけよ~~~~んという叫びを残して海に沈没した。

どちらの艦にいる人物も一瞬、無言になったが、男子制服の上着を着た女生徒の気にするなというジェスチャーと共に

 

「作業続行ーーー!!」

 

一気に慌しくなった。

 

 

 

 

 




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妖精の国

問いとは

答えを聞くためだけの言葉なのだろうか

配点(知識欲)


浅間は走っていた。

走っている理由は何かと問われれば別にないのだが、何となく心情的に小走りしてしているのである。

ただまぁ、やっぱり長くと言えば大袈裟かもしれないが、離れていた友人と会いたいと思うのである。

今は輸送艦の甲板上におり折艦作業をしている最中である。

お互いの艦を結ぶのは太縄であったので、少し足場が不安定であったから多少恐怖があったが、元々武蔵自体が高所にあるのでそこまで不安はなかった。

途中、何人か落ちていたが多分大丈夫だろう。何せ落ちて行っているくせにポーズをとる余裕があったのだからきっと大丈夫だろう。頭は大丈夫ではないと思うが。

そしてきょろきょろと探している内に目当ての数人がいた。

 

「ミト! 正純! 無事で───」

 

したか、と続けようとした先に新たな人物がそこに降りてきた。

先程トーリ君を水中に叩き落とした馬鹿。

シュウ君である。

 

 

 

 

 

 

「……ぬ?」

 

感動の再開シーンになると思いきや、何故か智が俺を見た瞬間に動きも声も止めた。

はて、止める要素などあったかと思い、推理してみる。

1,俺がいきなり上から降りてきたから

別に武蔵では上からいきなりあらわれるのは珍しいことではない。どこぞの腐った魔女や姉好き半竜がクラスメイトにいるのだから智がそこまで驚く必要はない。

2,実はここで正純とネイトにだけ話しておきたい事柄があった。

皆無とまではいかないが、幾らなんでも再会していきなりそんな無粋なことを智は言い……そうではあるが副長である自分に隠すようなこととなるとプライベートの話だから女心を察する秘奥義を習得しなければ理解不能。

3,それ以外。

考えてみると意外にあるっぽいからどれだ、と思う。

そこまで考えていや待て、と思った。

 

……もしかして三番か!?

 

三番。つまりそれ以外。それに俺はこういう推論を入れる。

 

……俺に何らかのロマンスアクションをしようと思い悩んでいるんだな……!?

 

成程、再会の抱き合いなどというのはとてもいいシチュエーションである。

それを狙ってくるとは流石智である。

だが、智はかなりの恥ずかしがり屋なので今、躊躇っているのであろう。人目もあるし、ましてやクラスメイトの前でと思っているのだろう。

ならば、自分から抱きつきに行くか? いや、しかしそれは智の勇気を無視する行いになるだろう。

せっかく彼女が悩んでいるのに俺の好意でそれを無駄にするのはちと駄目であろう。

となると、どうすればいいと考える。

彼女の勇気を無駄にせず、かつ彼女の助けになるような行動。

一瞬だが、永遠を感じるような思考の中で、遂に答えを見つけ出した。これだ、と。そしてすぐさま実行に移した

膝を軽く曲げ、前方から来るであるちょっとした衝撃の耐ショック体勢。

そして両腕を翼のように左右に広げ歓迎の体勢。

そして決め手の笑顔と共に一言。

 

「さぁ」

 

さぁ

 

「智……俺の胸に───飛び込んでくるがいい!!」

 

神速の勢いで組み立てられた弓による矢が胸に飛び込んできた。

 

 

 

 

「ふぬぉう……!」

 

神速もかくやと思いたくなる轟音と共に発射された矢を今度こそ俺は躱そうとする。

 

甘ぇな智!

 

今までは確かに甘んじて受けていたが、離れて何となく思ったのだ。

つまり

 

受けに回っているだけでは智を甘やかすだけになっちまう……!

 

それでは駄目なのである。

そう、やはり甘やかすのはいけない。飴と鞭というのは言葉だけではなく実践してこその言葉なのである。

それ故に、心を鬼にして躱す。

躱す方法は簡単である。

横に一歩ずれればいいだけなのだから。

智は制裁の為と思い、俺の股間を狙い撃つ癖がある。無論、全部が全部というわけではないが統計的に股間を粉砕しようとする行為が多い。

そしてやはりこの射撃もそれである。

 

だがいけねえ……それじゃいけねえぜ……智!

 

股間は確かに男でも女でも急所ではある。

あんまり褒められる急所ではないが、確かに一撃必殺の効果的なクリティカルポイントである。されど股間など胴体と違って広くはないのだから射撃などでは躱されるのである。

しかも、矢は点の軌跡。そんなものは一歩ずれれば躱せれるのである。

故にそうした。

 

「───!」

 

何故か周りから物凄い驚きの声が響いたので、ちょっとだけ耳を澄ましてみると近くにいるネイトから

 

「そんな……副長が智のズドンを躱すだなんて……趣味だったから受けていたんじゃなかったんですの!?」

 

やかましい。

そういうのは全部トーリのキャラである。俺ではないのである俺では。俺のそう……強いて言うなら愛なのである。あいつはボケ。この違いは大きい。

そこまで考え、勝利を確信する。

 

ふっ、勝った! 勝ったぜ智! 何、心配するんじゃねえ……アフターケアはばっちしだ!

 

この後くるりと一回転して智の方に近づき惜しかったな、と言って頭を撫でれば完璧である。

自分のセンスに時々驚くが今日はそれの極みである。

 

これぞ最強の嗜み……!

 

誇っていたら横を通り過ぎるかと思っていた矢が何故かこっちに急カーブしてきた。

追尾術式付であった。

 

 

 

 

 

その場にいる全員が轟音を響かせた矢が直撃したのを見た。

何時も通りに、熱田の股間にメキリと何時も以上にめり込んでいるように見える矢が一瞬、体が耐えようとする動きと矢の突き進む動きが重なり零となり止まる。

だがそれも束の間。あっという間に矢の勢いに体が耐え切れずに吹っ飛ばされる。

かなりの勢いで吹っ飛ばされる熱田だが途中で欄干に引っ掛かる。そのお陰で本来ならば海に落ちるところを引っ掛かる形で止まった。

だが、衝撃は止まってもダメージが止まるわけではないので彼は暫くその体勢のまま突っ立ち、数十秒してようやくふらりと顔を傾け無理な笑顔を張り付けぷるぷるする右手の親指を上げ

 

「……グッ智!」

 

その言葉と同時に矢が爆発した。

 

 

 

 

股間が爆発する人体というのを正純は初めて見た。

恐らく矢の先に爆発術式でも付けていたのだろうけど、まさか幾ら酷いボケを熱田がかましたからとはいえ

 

そ、そこまでやるとは……!

 

身内にする攻撃ではないと思う。

現にミトツダイラも口を横に広げている。つまり、これはやはり、何時もよりも酷い事なのだろう。

そして熱田は爆発の勢いで、結局欄干を超えて海に落ちて行った。

ドボンという音が非常に虚しく聞こえる。

まぁ、あの馬鹿なら流石に死にはしないだろうけどとは思うが。

そして周りの皆もいきなりの爆音に一瞬驚いたようだが、それをやっているのが熱田と浅間と知るとあっという間に作業ムードになっていった。

こいつら慣れ過ぎだろと思うが気にしちゃ負けだ。

そして残心を解いた浅間が今までの事など無かったみたいな笑顔を見せて

 

「ミト! 正純! 無事でしたか!?」

 

あ……そこまで戻るのか……。

 

こういう時の作法をまだ余り知らない自分なので、正純はミトツダイラに視線で振った。

するとミトツダイラが信じられないものを見るような目付きでこちらを見ていたが仕方がないじゃんかよー、と思い目を逸らす。

その後、数秒くらいミトツダイラは葛藤したが、ようやく決意をしたのか一歩前に出て作り笑顔を作って浅間と相対していた。

 

「あ、あの……智?」

 

「はい?」

 

ここで躊躇いない笑顔を浮かべるのが凄い。

その笑顔に一瞬圧倒されたのか、ミトツダイラも少し躊躇ったが躊躇っても無意味と思ったのか諦めたかのような溜息を吐いて再び話し始める。

 

「その……怒ってます?」

 

「何でですか?」

 

こりゃあ、マジ切れだな……と思った。

だから、浅間には聞こえないように小声で

 

「ミトツダイラ……何か、心当たりはあるか?」

 

「一杯あるにはあるんですけど……でも、その程度なら何時も智は通常ズドンで禊いでいるので……私の知るところにはないかもしれません……」

 

溜まり過ぎて一気に発散したんじゃないか、それと思うが浅間はそんな簡単に怒る様な人間じゃないからちょっと違うかなーと思う。

 

……まぁ、結論はとりあえずあの馬鹿が悪いの一点だけだろ。

 

なら理由についてとやかく言わなくてもいいかと思い話を切り替える。

 

「浅間一人か?」

 

「ええ……トーリ君が暴走しましたが、結果として海の藻屑になっているでしょうからここは平和です」

 

「……今日の智はいい空気吸っていますわね?」

 

私もそう思わないでもないがツッコんでいたらキリがないので先に進める。

 

「まぁ、何はともあれ身内と会えるのは色々と安心するものだ。暫く輸送艦生活ではあるが安心感が数倍だ」

 

「そうですわね……その分、不安も上がるのですが……」

 

「……ミトはそこでどうして素直に喜ばないんですかっ」

 

失礼過ぎるかもしれないが、確かにと思ってしまう。

何せ自分以外は酷い変態と外道集団であるので不安が増す。今ここにきているの浅間も結構相当なので油断は全くできない。

 

「ともあれ……女の子向き用の道具は私が持ってきたので使ってください───随分と疲れた感じがしていますよ」

 

そうか? とミトツダイラと一緒に首を傾げるが二週間前の記憶が最後の浅間から見たらそう見えるのであろうと思う。

 

「Jud.使わせてもらうよ」

 

「ええ……助かりましたわ」

 

いえいえ、と謙虚な態度を取る浅間を見てミトツダイラと一緒に苦笑する。

そんな和やかな雰囲気が流れてきたな、と思った瞬間。

 

「きゃああああああああ!! そ、総長が! 全裸の馬鹿総長が突然海から海坊主みたいに! しかも、股間にワカメを装備して! 端的に言って意味が分かんな、きゃあああああ!!」

 

三人で一緒に数秒間、穏やかな雰囲気の終わりを惜しんでそして行動に移す。

狙いは最早語るまでもなかった。

 

 

 

 

 

「あの~~」

 

「はい?」

 

「ええと、シュウさん……熱田副長を御存じありませんか?」

 

「副長ですか? ……いえ、知りません」

 

そう答えると巫女服を着ている彼女はそうですか、と微笑しお邪魔しましたとお辞儀してまた違う場所に行った。

質問を受けた全員が誰だろう、と思い話し始める。

すると武蔵側にいた人間がああ、と事情を説明し始めた。

 

「あの子はどうやら熱田神社の巫女。つまり、浅間のところの子と同じ巫女って事だ。探してるんのも熱田神社の荒王の代理神だからまぁ、変じゃねえわな」

 

「……そうか……大きかったなぁ……」

 

「───胸のことしかないから身長を言い訳にはできんぞ?」

 

「い、言い訳なんてしねえよ!? も、ももももしかしたら尻の事かもしれねえだろ!」

 

「何? てめぇ……尻派か。けっ、どうやら俺とお前の袂は別れてしまったみてぇだな……おら。とっととお前のあさいてを渡してもらおうか……!」

 

「き、貴様……! まさか、それ狙いで、あ、待て! どうして、他の奴らも……!」

 

女子衆が遠慮なく蔑みの視線を男子衆に注ぎながら、話題は繋がっていく。

 

「でも、あの子……どう見ても表情が……アレよねぇ……年を取れば若い子が羨ましくなるってよくマンガ草紙に書いてあるけど、どっちかと言うと羨ましいっていうより微笑ましさを感じてしまうのはアタシがもう現役を引退しているからとかかしらねぇ……」

 

「いやいや、若くても思いますよ。青春っていうのは年じゃなくて状態と状況って事ですよ」

 

「……でも、確かうちの馬鹿副長の狙いは……」

 

全員でその事実に至って、結論はこう思った。

男連中は無言で、武器の整備をし始めた。流石にこれからの事も考えているのか武器は輸送艦側で作られた原始武器である。ちゃんと先は尖っているので真っ当な人間に当たれば凶器だが剣神は規格外なのでこの程度ではダメージを得ない。

だから、ちゃんと流体強化して凶器になるようにしてから彼らは行動した。

さっき副長が落ちて行った先に。

 

 

 

 

 

「ぬ……? えらい騒がしいで御座るな……」

 

輸送艦の所から物凄い騒がしい声が聞こえる。

それは、色々と荷物やら交流やらをしているので騒がしくなるのは仕方がないが何故かドボンドボンと海に投げ捨てるような音が聞こえる。

まるで原始時代の魚を狩るために槍を投げているような音が。

錯覚で御座ろうと思い、そのまま丘の上を歩く。

行先は決まっている。

行先は船の上から毎日見ていた場所で、そこは剣が大量に刺さっている場所であり戦場の跡……つまり墓所だろうと見当をつけた場所だ。

行く理由としては、地盤とかがおかしくなっているように見えたからである。だから気になった。

それだけである。

忍者の性……というよりは自分の性格で御座るなと思い、早く着かなくてはと思う。別に悪いことをしているわけではないのだが何となく武蔵の皆が作業しているのに自分だけという思考が生まれてしまう。

他人が働いているところを見ると、自分も何かをしなければいけないと思うのは忍者でなくてもつい思ってしまう事であろう。

どこぞの全裸や副長は無視するが。アレらは逆に作業を邪魔するか破壊するしかできないのでノーカウントだ。

 

人間、どう成長してどう歪んだらあんな先天的非協力キャラになるので御座ろうな……?

 

馬鹿の方は姉も狂っているので理由は解かり易いがシュウ殿は天性だろうか。

いや、親と言う可能性もあるかもしれないので結局は過程ではなく結果であろうと思い結論を出す。

やれやれという感じで首を振って、吹いてくる風を心地よいと思っていると

 

「ぬ……」

 

人の気配が前から来ている。

 

 

 

 

 

敵か、と思う思考は即座に捨てた。

気配の揺れみたいなものがこちらに気づいているような揺れをしていない。だから、普通に考えてここら辺の住人なのだろうと思う。

問題はないのだが一応、敵対状態である武蔵の特務である自分が出歩いていると怖がらせるかと思うがこの距離では隠れるのも難しい。

直前まで考えことをしていたのが、この状況を生み出したようである。

普段ならもう少し早く気付いていたが、別に害はないだろう。ここで特務とはいえただの忍者に対して何かをする価値もなければ、印象も最悪になるだろう。

だから、ただの住人だと思い直ぐに擦れ違ってしまおうと多少、足早に動きそして遂に前からの気配が肉眼に確認されたかと思うと

 

「───え?」

 

以前、助けた長衣の男であった。

 

 

 

 

 

アデーレは輸送艦上に渡り、暫くして久しぶりの顔を見てほっとした。

第一特務だけは別件でいないが、それ以外の人物がここに揃ってやっぱりほっとしたと思える。

まだ完璧とは言わないがとりあえず、連絡が取りあえるようになったのである。性格には問題が多々あるが能力は文句なしの一流が多いので最悪だ。

 

……あれ? 自分、内心ではそこまで喜んでいないですか?

 

才能で帳消しにしたい外道をどうやら帳消しに出来ていない様である。

やはり頼りにできるのは鈴さんくらいである。

 

「あれれ? 副長はどうしたんですかぁ? さっき留美さんが探していたんですけど……」

 

「シュウ君ですか? 今はお忙しい様子ですから、後の方がいいと思いますよ?」

 

そうして浅間さんが答えてくれるのだが、何故か副会長や第五特務が青褪めた顔になっている。

この話はやばい方向ですねと思い、話の方向性を変えなければいけないと考える。

そうしていると

 

「ちょっと待った───留美って誰だ?」

 

「え? ───あ、ああ、そうでした。副会長達はまだ知りませんでしたね」

 

すっかり全員知っていると思って話してしまっていた。

隣にいる第五特務もうんうん、と首を縦に振っているので自分、もう少し思慮深くならないといけないですねぇ……と思う。

すると自分と手を繋いでいる鈴さんがおずおずといった感じで声を作る。

 

「留、留美さん……シュウ君、の所の、巫女さん、なの……」

 

「……熱田神社の巫女というわけか……そういえば、あの馬鹿から神社についてそこまで聞いてなかったな……時々、熱田系の人間が葵の馬鹿を追い回している光景は多々見るのだが……」

 

「まぁ、一応あそこ戦闘系とはいえ神社ですから……あそこまでの汚れは許せないんでしょうね……最近はホライゾンがいるので我が王に対してのツッコミは隙無しになっていますが」

 

「ええ……さっきも見事でした……まさか寝てもトーリ君に対しての股間クラッシャーを忘れないとは……記憶を失っても魂がトーリ君へのツッコミを忘れられないのでしょうか……?」

 

「……浅間さん。最後の方、良いことを言っているように騙されそうになりましたが、それじゃあまるでホライゾン副王は総長へのツッコミが魂みたいになってしまいますよ……」

 

この人も大概ですねぇ、と思うが今更である。

というか、この人も副長に対しての股間破砕だけならば誰にも譲らないではないか。

つまりは類友なんですね、と内心で深く頷く。汚染されないように気を付けよう。

 

「待て───重要な事を一つ聞きたい」

 

「え? Jud.何のことですか?」

 

いきなりの副会長の真剣な声音に少し驚いたが、一体何のことだろうと思い考える。

考えるが、所詮一従士の考えでは答えは出ないのではないだろうかと考え直し即座に答えてくれそうなのでその一瞬を待つ。

そして副会長は息を吸い、一言。

 

「彼女も───ズドン巫女なのか?」

 

全員が一斉にしーんと痛い沈黙を得る。

ごくり、と第五特務が喉を鳴らし自分は汗を流し鈴さんはわたわたしている。非常に可愛い。

そんな中、浅間さんが笑顔を凍らせているが今は気にしてはいけない。気にしたら死ぬかもしれない。

今は盾の副長がいないのだから。

 

「……どうでしょうねぇ……一応、剣神の巫女ですから剣が専門じゃないんですかねぇ……?」

 

「アデーレ……でも、ええと……姓は言いませんが、とある神社の巫女も別に弓だけが専門っていうことじゃありませんのよ? ただ弓に関しての才能が異様レベルなだけですわ───ですわよね? 智?」

 

「名前だけルールは有りなんですか!? そして、私のズドンはそこまで恐れられる技術ですか!? 何度でも言いますけど、危険そうに見えますけど基本、巫女は人を射てないから危険度はそこまで高くないんですよ!?」

 

副会長が無言で自分と第五特務の肩を叩き一回、深く頷く。

それにはっ、と二人で同時に気付き重く頷く。決意は心の奥底に秘め表情は出来る限り明るくすることを務めて浅間さんを改めてみる。

 

「……えっと、そういえば我が王は何処にいったのでしょうか……?」

 

「……どうして私のキャラについて真面目に語ったら話題を変えられたんですか……?」

 

ここで気にしたら浅間さんが傷つくだろうと思い、無視する。

 

「えーと、普通に考えたらホライゾン副王の所にいるんじゃないんでしょうか?」

 

「いや、さっきホライゾンの所で馬鹿をやったところでそこから帰ってきた所だから可能性は低い。もしかしたら、また不祥事が見つかって番屋か熱田系に追われて逃げてるかもしれない」

 

「いえ、それならばトーリ君は愉快奇怪なボケを放ちながら逃げるでしょうから騒ぎになっているはずです。だから、セオリーでいけばホライゾンか、喜美か、シュウ君か、ここの四択だと思います。そして、シュウ君はきっと奈落の底に落ちているでしょうから二択です」

 

何か最後に殺意がブレンドしていたので思わず、浅間さんを除いてスクラムを作り、小声で話し合う。

 

「なぁ、アデーレ。今日の浅間はどうしてこんなに熱田に対して怒っているんだ。何時もよりも殺気が増している……対外的に副長が死ぬのは問題なんだが」

 

「対内的にはOKですのね……でも、確かにそうですわね。そっちで、智のストレスをマッハの勢いで貯めるような外道イベントでもやらかしたのですの?」

 

どうしてここでこちらが犯人説という疑惑を持ち出してきますかねーと思うが、周りにいる外道が外道だから仕方がない。

 

「ええと、そのですね───簡単に言えば副長が修羅場イベントを発生させたので浅間さんルートを選ぶための選択肢がリバースされて封殺状態になっているんですよ。これを何とかするには浅間さんへ通い妻の如く通い、好感度を上げなきゃいけないっていうところです」

 

『そっかぁ……武蔵を離れている内にそんな面白いことがあったんだぁ……ガっちゃん? そこら辺大丈夫? 同人誌に反映することが出来た?』

 

『フフフ、大丈夫よマルゴット……私、貴女がいない間余りの寂しさについネタ帳のネタを一割くらい使って、熱田君がおトーリなさるを大幅改変してしまったのよ……今、留美の清純フィールドで浅間様がズドンを躊躇っている名シーンよ。ここから先はマルゴットと一緒に考えようと思って取ってあるの。一緒に完成させましょう……!』

 

「ちょっと待った---!! ナルゼは今、非常におっそろしい事を平然と吐きましたね……!? というか、もう、それ! トーリ君が出ている意味があるんですかーーーー!!」

 

ああ……そっちに重点を置くんですね、と目が憐みの視線にならないように気を付けたら半目になったが仕方がない。

まぁ、ともあれ総長がいないというのは危険……というのは大袈裟かもしれないが念の為に探すべきですかね、と思っていたら

 

「おや?」

 

本人がこちらに来ていた。

見慣れた全裸が何時もの笑顔でこちらに向かってきている。

 

……見慣れて嬉しいものじゃないですけどねー。

 

全裸ネタは全員で何度も阻止しようと過去幾度もチャレンジしたのだが、何をどうしても止めない。

まさか、第二特務の拷問や副長の剣撃やハッサンさんのカレーやイトケンさんとネンジさんの友情レボリューションを受けても止めないとは思わなかった。

この全裸は全裸になる事に何か命を懸ける理由でもあるのだろうか。どうせ下らないだろうから聞こうとは思わないが。聞けば腐る。

 

「何していたんですか総長? 外に何かあったんですか?」

 

「おうおう、アデーレ。オメェ、知らねえのか? 今、下の海に世にも奇妙な武蔵産の雄型人魚が狩られそうになるっていう愉快アクションが行われているんだぞぉー? 爽快だぞぉー?」

 

「武蔵にそんな珍種がいましたっけ……?」

 

何時からそんな愉快動物園になったのやら。

非常に気になる前振りだったが、気にしたら武蔵内カーストが落ちてしまいそうになるので好奇心に蓋を閉めとく。

だから背後で二人が息を呑んだのに残り一人が何のリアクションも起こさなかった事に恐怖を感じているなどという事はない。

 

「それを見に行っていたんですか?」

 

「いや、点蔵の奴が何かディスコミュッてたからよぉ。ちょーとぉ、トーリ君が選択肢を押してやったんだよ───長衣の旦那ルートを」

 

「……葵。お前はクラスメイトを落とすところまで落とすつもりか……というか、英国とこれ以上問題を作んなよーー!」

 

どうやら被害者を作りに行っていたようだ。

そして被害者が出来たからといって油断はできない。時たま有り得ない角度から飛び火が来ることがあるのだ。これが戦闘ならばクラスカースト最下位は何回死んでいるだろうか……全員殺しても死ななさそうだから問題がないっぽいが。

 

「ところで……その長衣の旦那っていうのは?」

 

「あ? ああ、何か知らねえけど、点蔵とアッハ~~ンな関係な雰囲気が出ている旦那。面白そうだから、煽っといたぜ!!」

 

「葵。後でお前。クロスユナイトと一緒に反省会な」

 

そこで第一特務も説教に加えるのが厳しい……!

 

流石は副会長。

纏め上げる事に暴力を使うのを躊躇しない。つまり、総長連合及び生徒会の恐怖の象徴である。権限的に総長の方が上のはずなのに人間として下にいるせいで抗える人物がいない。ちなみに、副長は論外である。

 

「いやいや……ちょっと待ってください。微妙に話がずれ───」

 

既に総長が副会長に引き摺られて説教する流れになっていた。

後じゃなく今やる気になったらしい。

とりあえず無言でまだいるメンバーに話の続きを促すことにした。

 

「ええと……まぁ、簡単に言えば輸送艦墜落の時に点蔵が救った人なんですけど……」

 

「成程……でも珍しいですね? 第一特務が救った人と一緒にいるなんて」

 

どうして、どうやって、第一特務が人を救ったなんかは聞かないがそこは疑問に思った。

第一特務は忍者故か往年の性格故か人助けやパシリをしているのは知っている。

だから、救う理由についてなんて問い詰めるほど野暮じゃない。

そしてそれ故か第一特務は基本、助けた人に対して何も求めない。精々、助言と注意くらいだろう。

それが違う国の住人なら尚更自分の心に封じる人なのに。

それに関しては第五特務も同感なのか一度頷き、でも苦笑しながら

 

「でも偶にはいいんじゃないんですの? 忍者が主役になるのも今では珍しくありませんですし───まぁ、まさか点蔵が男方面に心の民族移動をするとは思いもよりませんでしたが」

 

 

 

 

 

 

 

 

シェイクスピアは荘厳と言ってもいいような教導院の廊下を歩いていた。

正直、ここまで豪奢なのは日常生活としてどうかと思うが小説の資料になるのは確かなので偶に観察をする。

下に敷いてあるレッドカーペットを豪奢と評するか悪趣味と評するのも個人の趣味だろうしそんな感想は在り来たりだ、とシェイクスピアは思う。

 

……早く自室に帰って執筆をしよう……

 

いいインスピレーションが湧いたから書こうと思ったら、紙とペンが残り少ないことに気づいて仕方がなく買いに行って帰る最中である。

別に表示枠に書き留めてもいいし、紙なども誰かに頼めばもって来てはくれるのだがやはり自分のことは自分ですることはあらゆる職業での礼儀だと思っているので、そういった事はしないようにしている。

仕事に熱中することは否定しないし望んではいるが、他が全て疎かと言うのは仕事をしている人間としてはいけない。

まぁ、最低限ではあるが。

だからいそいそと脳内メモ帳に書き留めてある話を速く実物として吐き出したい所に前の方から見知った顔が歩いてくる。

 

「何だ、シェイクスピアかい。我らが英国の代表作家が珍しく出歩いていたのか? 健康の事を考えれば重畳だな」

 

「それじゃあ僕が引籠りみたいに聞こえるから止めてくれないか? 世の小説家に対しての偏見だし、何よりも外を出歩くことは素晴らしいんだよ? ───人の営みという物語が見れるからね。そんなに偏見を持ち出したいなら、君こそ珍しいと言おうか? グレイス。海賊女王。英国のもう一人の女王はこんな見た目豪奢な教導院は目に毒なんじゃないかい?」

 

おお、言うねぇという笑いと共に僕は嘆息する。

周りを歩いている生徒がこちらの会話で時々動きを止める者がいるが構いやしない。

 

「それにしちゃあ買ってる物はペンと紙じゃねえか。あたしはアンタが外に行って買い物から帰って来たときに見るのはそれくらいしか見たことがない気がするがねぇ……」

 

「それは残念。ちゃんと生活に必要なものも買ったりしているよ。一応、簡単な自炊くらいはマスターしているよ」

 

「それは資料の為か?」

 

「Tes.残念ながらそれは否定できないけどね」

 

「はっ、作家ならではの職業病だな」

 

「じゃあ君の職業病は海賊らしく略奪かい?」

 

「違うな。英国の海賊女王としてはこう答えるんだよ───女王の言う事を気分で無視するって」

 

その台詞に思わず苦笑しようとしたところで更に追加される声がこちらの耳朶に響いた。

 

「───おいおい、グレイス。貴様のそういう所は私のツボを押さえているが、流石に女王のお膝元で言うのはどうだ」

 

周りの全員が慌てた動きで振り返り、そして膝を着くのを見て幻聴じゃない事をグレイスと一緒に嘆息し振り返る。

そこには豪奢と威厳の絶世の美女というのを体現した女性が立っていた。

襲名者であり、人と妖精のハーフ。名をエリザベス。総長連合でもない他国の人間ですら聞き覚えが有り過ぎる女王の名であろう。

そこまで自分の事を気にしていないシェイクスピアですら初めて会った時は目を見張ったものである───いいキャラしてると。

そんな感慨を抱いている間にグレイスが呆れの感情を前面に出して現れた人物と接した。

 

「なーにがどうだ、だ。ここまで近付くのにわざわざ精霊術使ってまで気配隠していた演出家が。女王が遊び好きなのは国が亡びる要因の一つっていうのが在りがちなネタだぞ。それがロマン溢れる妖精女王がやるのなら洒落になってないな」

 

「女なら一度くらい傾国の美女などと持て囃されるのも面白いだろう? それにそうならないように私の周りは面白いくらい優秀だからな」

 

「おかしなくらい変態が集まっているの方が正しいだろうよ」

 

グレイスの意見には大いに賛同できるな、と感想を思いつつ今度は女王はこちらを見る。

 

「シェイクスピアは……成程、買い物か。うむ、私も久々に買い物に行きたいものだ。最近は仕事仕事で肩が凝る。人生、娯楽がないと終わるな」

 

「へぇ……じゃあ、今、どうして妖精女王はここにこうしているのかな?」

 

「それは簡単だ───周りが優秀だからな」

 

「……じゃあ、その優秀さをどういう風に利用しているかは聞かないよ」

 

すると、妖精女王の笑いのツボに的中したのか、ははっ、と楽しそうに笑う。

いい笑顔だ、とシェイクスピアは思う。

とてもじゃないがこれから色んなごたごた(・・・・)がある人間が浮かべる笑顔とは思えない。

が、それについて問う立場でもなければそこまで礼儀知らずでもない。

 

「それよりもいいのかい。エリザベス女王。さっき色々慌ただしかった様だけど……向かったんでしょう、武蔵に」

 

「それを言うならばシェイクスピア。貴様も付いて行かなくて良かったのか? 貴様の会いたかった人がいるのだろう」

 

「なれなれしいのとくどくどしたのは嫌いでね。それにその言い方じゃあ誤解が生まれてしまうよ」

 

「生憎とロマンの女王でな。思考もついそっちに走ってしまう。許せ」

 

気負いのない笑顔で語りかけてくるとこちらも釣られて緩んでしまいそうになってしまう。

そういう意味でならば、この女王は一番付き合いやすい。

他の女王の盾符は変人だらけで女王コンプレックスが多いので話すのに骨が折れる。略してクイックス。微妙に語呂が悪いな。

 

「向かったのはハワードやウオルシンガムってとこか? ま、丁度いいところっていえば丁度いいタイミングか」

 

「ああ。後、ついでにジョンソンも一緒だ。Mate! 私に任せて情熱を綴ろうではないかね!? などと叫んでいたが、正直、向こうで出番があるように思わないがどう思う」

 

「盾くらいにはなるんじゃないか? もしくは囮。あのアスリート詩人に何をやってもポジティブリアクションしか返ってこない気がするが……後で上野に叩き込んどいたらどうだ」

 

「何をやってもポジティブアクションしか返さないといったのは貴様だろうが、グレイス。以前、マジ光翼でしばいたらどうなるだろうかとチャレンジしたのだが大量出血しながらLady! 君との友情は正しく光り輝くその翼の散る美麗の景色の如きファンタスィックだな! と叫んだぞ。数秒後に血が足りなくなって倒れたが。後でダッドリーが形式的に怒ってきたのも愉快な話だったな」

 

「……以前、ジョンソンが血だらけで運ばれていたのはそんな理由があったのかい。どうでもいいけど僕はそんな友情はいらないからね」

 

「失礼だな貴様。私とて力を振るう相手を選ぶ良識はあるぞ」

 

そうである事を祈っているよ、と気楽に返事をしとく。

そうじゃなきゃとりあえず近くにいてもらったら困る。

 

「しっかしまぁ、アイツらで大丈夫か? いざという時、女王。あんたと同格を相手にしなきゃいけないだろ。勝てないとはアイツら意地でも言わないだろうが」

 

「同格、とは?」

 

解かっているくせにと前置きを置き、グレイスは言葉を地に落とす。

 

「いるだろう? 荒の王の代理神。攻撃という一点のみならばあんたといい勝負しているかもしれない神が」

 

「奴と私では専門としているのが大幅に違うから比べるのはどうかと思うがな───それに私の方が当然上だ」

 

「……根拠は?」

 

「私は妖精女王。奴は剣神───どちらの方が受けが良さそうなのか一目瞭然じゃないか」

 

「妖精女王の脳は妄想のみか。というか、アンタの力は人気が全てかっ」

 

全部グレイスがツッコんでくれるから余計な事をしなくて済むな、と思う。

粗暴に見えて付き合いが良い海賊女王。いいキャラだ。

 

「で、今話題に出た剣神だが……シェイクスピア。お前の事だから調べているんじゃないのか?」

 

「僕が言わなくてももう既に調べているだろ?」

 

「他人の口からの報告が醍醐味なのだよ」

 

面倒な女王だと思い、でも今回は自分にとっても面白い要素がある話題であったから同意することにした。

ネタというのは自分一人で吟味するのもいいが、他者との会話で熟成されていくものでもあるのだから。

グレイスも拒否するような姿勢じゃなかったので二人まとめてで行こう。

 

「参考までに聞くけど、二人の知っている情報は?」

 

「何でもぶった斬りたくて、巨乳大好きな神様って話だね」

 

「うむ。何でも武蔵では毎回の如く風呂の覗きに行って、番屋相手に戦争を仕掛けているらしい。最後には浅間神社の巫女による射撃によって万事解決しているという……神は自由だな」

 

僕も確かに同じ情報は調べたら聞いたけど、ここでどうしてここのメンバーは頷きにくい事を言うのだろう。

無視するけど。

 

「それは剣神の情報じゃなくて、今代の情報だろ。僕が言っているのは剣神という一緒の種について聞いているんだよ」

 

「さぁ? 滅法強いくらいしか知らないな」

 

グレイスの簡潔な言葉に成程、と頷き次は女王の方に促しの視線を送る。

すると返ってきたのは微笑である事から溜息を吐き、口を開く。

 

「滅法強い。確かにそれが彼らを表す言葉ではあるだろうね。じゃなきゃ荒ぶる王の代理になれるはずがないからね。まぁ、それ以外の剣神、軍神も似たようなものだったのだけど。ちょっと昔の情報を調べたら出てくるのはよくある煽り文句だったよ」

 

「勝てるとは思えねぇ、化物だ、みたいな最強系の主人公みたいな感じって事か。まぁ、本多・忠勝みたいな純正の人間の癖に頭おかしいクラスがいるんだからおかしくはないな。現にこの女王も異常識だしな」

 

「……グレイス。確かに、半分は人間じゃないから半分は人間からしたら異常識と言われても否定はしないが、貴様も似たようなものだろう……だがまぁ、つまり初代の剣神はかなりの荒くれ者であったのか?」

 

「Tes.って答えるには過去は答えくれないから言わないね。それに、自分達の納得で勝手に作り上げる答えを何て言うか知っている? ───無粋って言うんだよ」

 

二人が降参と言うように両手を軽く上げて苦笑しながらTes.と答えるのを見て、軽く自分も笑い話に戻そうとする。

 

 

「だけど、その歴史を紐解くと謎が一つだけ浮かび上がる」

 

「……謎?」

 

グレイスは解からないという疑問を素直に出し、エリザベス女王は成程という表情を浮かべる。

こういう時に自分の口で言うのはそれこそ無粋であろうと思い、女王に促しの視線を送る。

すると、ああ、と前置きを置き

 

「謎は一つだ───何故過去の剣神、軍神になれるような存在は中途半端に人のままでいたかという事、だろう?」

 

「───Tes.」

 

それが最大の謎である。

 

「人は神になれる。それは過去の歴史が証明している。それに修練の結果、人が別の存在に変わるというのは別に珍しくない。生きぬいた結果、術式による影響、まぁ例を出すならば霊体とか一番いい例だよね。死んだ後に人ではない存在になる───まぁ、霊は人であると言われたら間違っている例かもしれないけど」

 

未練は魂を幽体に変え、修練は人の肉体を上位に成長させ、成果とは人という種族を転化させる。

人間は一生人間のままでいるという思考は、最早頭が固い人間の思考でしかない。

それに人間は偉業を達せればその瞬間、人の扱いを受ける存在ではなくなるのだから。

少し思考が脱線しているなと思い、話を戻そうと思う。

 

「神になる事で何か弊害、障害があるかと言えばYes.事実、幾つかの剣神と軍神はこの制約があるから中途半端に神になっているのかもしれない。けど熱田の剣神の場合は違う。彼は暴風神の神に認められたんだ───風は移ろい、流れる。束縛するなんて出来やしない。つまり熱田の剣神は神になっても別に何の制約もあるはずがなかったんだ」

 

「神になるのが気に入らなかったって言うのは?」

 

「グレイスらしい話だけど、確かに一番有力かもしれないね。人から神……いや、違う存在になる事の忌避感。当事者になってない僕が語るのもどうかと思うけど、可能性の一つとして拒否感が生まれるかもしれない」

 

人でないものに成る。

文で書けば、この程度なのだがこの文から発生する感情はやはり、人によって変わるだろう。

歓喜する者もいるだろう。

恐怖する者もいるだろう。

悲観する者もいるだろう。

嫌悪する者もいるだろう。

どれが正解であるなどと論じるのは作家の仕事ではないが、仕事ではない故に何も語らない。

だから結論を言おう、と。

 

「結局、人でもなければ神にもならないという中途半端な者に成る事を決めた。極東の最大にして最初期の英雄の神に認められた存在はその道を選んだ。そしてそれが一番愉快な事だね───分かるかい?」

 

この問いに二人は苦笑で先を進めるように促す。

作家の言葉が聞きたいと。

作家は言葉じゃなくて文字で語る職業なんだけどな、と内心で苦笑しながら

 

「この中途半端を───神は認めたんだよ。その生き方を良しと。その生き方は面白いって。ユーモラスを理解していたのか、それとも気紛れか」

 

その下りに妖精女王が口を微笑の形に歪めて口を開いた。

 

「お前はどっちだと思いたいんだ? シェイクスピア。英国の文化の象徴の一人よ───私が笑えるような答えをくれよ?」

 

「Tes. ───当然、僕が面白いと思える答えを選ぶに決まっているだろう。作家らしく面白いほうをね」

 

ははっ、と女王が笑ってくれたので客を笑かすことは出来ただろう。

ともあれ自分の感想はここまでだ。

作家の感想をどう捉えるかは、後は見てくれた人の自由だ。

 

 

 

 

 

 

「立ち話にしては長い話になってしまったね……僕はそろそろ部屋に戻るよ。書きたい事があるしね」

 

「Tea.引きとめて済まなかったな」

 

別に、の一言で去っていく作家の背中をグレイスを消えていくまで見て、そして改めて妖精女王の方に視線を向ける。

 

「アンタもそろそろやらなきゃいけない事があるんじゃないかい?」

 

「……Tes.私もそろそろ行くとしよう。有意義な休憩だった」

 

そう言い、離れようとする背中に挨拶代わりの台詞のつもりで今回の話し合いで思ったことを話す。

 

「それにしても女王。誤解かもしれないけど、剣神に対して興味を覚えているようだな───これか?」

 

「おいおい、グレイス。何故そこで中指を立てる。普通は、そういう下りの場合は小指を立てるところだろうが。しかも、それでは私に死ねと言ってるぞ。実に海賊らしいが、海賊女王だけではなく私の友人らしさを出す事を忘れるなよ。歴史再現に引っ掛かるぞ」

 

「そんな事を言って面白がっている女の言う事を聞くほど、素直じゃなくてね」

 

ククク、と楽しげに笑っている姿を見てこりゃ、かなりの上機嫌だね、と思う。

はてさて何がこの女王の笑いのツボになったのかと思うが、最近で変わったことは起きてもいないし、してもいないはずなので無いと思うのだがもしかして、女王の所のシルバー一郎が女王の膝の上にでも乗って甘えたのだろうか。

どうでもいいが、そのネーミングセンスは英語弁か極東弁かどちらを主軸にしたのだろうか。

だがやはり、このご機嫌……というよりは楽しんでいる雰囲気には心当たりはない。最近何かあったとしたらそれこそ武蔵か、もしくはさっきの剣神の話題くらいである。

考えても結論は出ないかと思い、素直に口を開く。

 

「何か楽しみでもあるのかい?」

 

「Tes.───知ってみたい……いや、ご教授してもらいたい事柄が一つあってな」

 

一歩、女王が歩き出し二歩、三歩と進み、そしてそのまま歩みは連続する。

その歩みの迷わさに、何時も通りという単語を思い浮かべつつ何を、と問う。

その問いを歩くことで頷く代わりとし話すために空気を肺に入れる。

 

「疾走……その言葉がただの現実逃避なだけではないのかということだ。後ろを振り返らずに前だけを見る……言葉面だけを見れば素晴らしいが、それは今を見ていないということではないか、と」

 

そして

 

「それは過去から逃げているだけではないのか、とな」

 

グレイスは女王の言葉に一瞬停止した。

ただ、自分が彼女のどの言葉に反応して止まったのか理解出来ずに、思わず停止した体を振り切って視線だけ女王の方に目を向けるが既に背は小さい。

既にこちらから問う権利を失ってしまったと思った。

故に声を放つのは妖精女王のみであった。

 

「ああ、楽しみだ……どんな事でも知るというのは実に面白い。不謹慎だが、武蔵は私への良いサプライズだ」

 

その小さな背中に何となしに何かを言った方がいいと思ったが

 

「───」

 

止めた。

それは海賊女王の役割ではないだろう。

だからまぁ、余計な一言のみで十分だろうと思い、聞こえるかどうかは無視して口を開く。

 

「まぁ、がんばんな」

 

そして女王とは逆の方向に背を向ける。

背の方から微笑の気配がしたので最後に溜息をつけるサーヴィスをして、そのまま去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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覇は未だに唱えられず


まだだ

まだ、始まらない。まだ進まない。

だけど、もう止まらない

配点(これから)


 

「───さて諸君。私は今、実に機嫌が良い……」

 

本多・正信邸の一室において、暫定議会議員のメンバーに囲まれながら、本多・正信が深い感慨とともに言葉を吐き出した。

その感慨深さを理解しているメンバーは全員、うんうんと頷き、次の言葉を待つ。

正信ははぁー、とわざとらしく息を吐き、その間を楽しんでいるかのように笑い

 

「まだ正純は帰ってこれないが……ようやく会いに行ける。解るか? 私は今から再会の時に正純に抱きついて心配するという行為が許されるのだぞ……!」

 

「くっ……! 何とも卑怯な父親……!」

 

全員が演技ではないマジな悔しさという表情を前面にだし、睨みつけるが本人は無視する。

 

「悔しいかぁ? だが、この権利は如何な権益を渡されても譲る気はない。無論、見る事───」

 

も不許可だ、と告げようとした口の動きよりも早く動く者がいた。

 

「コニタン……やはり、ここで貴様が動くか……」

 

「なぁに……別に特別な商品や権益を渡すというわけではないですぞ」

 

正信は危機感を感じる小西の表情に何かが来る、と身構えていたら何時の間にか目の前に表示枠が浮かんでいる。

その表示枠は思った通りに小西からのであり───録画術式であった。

そして内容は

 

「コニタン……貴様……!」

 

「おやおや、ノブタン。どうしたのですかなその表情は? 別に私は攻性術式を出しているわけではないですぞ。ただ、私はノブタンが娘との交流を思い悩んでいるから、手助けをしようと思い、君のここ二週間の記録をアルバムとして一緒に見ればどうですかなと提案しているだけですぞ」

 

「くっ……!」

 

全員が小西の言った内容に息を詰めた。

理由が解らなかったからではない。理由が物凄い解ったからである。

普通の御家庭なら冗談レベルで済むが、本田・正信の名誉の為にボヤかして言えば、見せた瞬間に本多家が崩壊してしまう。主に、本人の悲嘆と娘の感情表現によって。

今まで作り上げたキャラが崩壊させられる驚きにに娘が耐えられるのかがポイントだが、中々難問である。

本多・正信……絶対の危機!? と全員で思わず中腰で様子を見守る中、正信はいきなり、という動きで立ち上がる。

その姿勢は前傾の姿勢であり、周りはごくりと唾を飲み、小西は口を横に広げた。

 

「やる気ですかな、ノブタン? 今の所、我らの勝率は五分五分───二分の一で地獄ですぞ?」

 

「Jud.前回は私の権益ゲージが溜まらずに必殺技を放てなかったが、今回はそうはいかんぞ───正純がいなかった事で私のリミットブレイクは5まで突破しているぞ……!」

 

「何の当たらなければどうと出来るのですぞ……! 必殺技はモーションが激しいので躱されたら絶死であるという事を何度でもその脳に刻みますぞ……!」

 

互いに構え、気を溜める。

 

「ミラクル充填!! 元気リンリン意気ヤァッホォーホォーーーーーー!!」

 

気合充電、元気満点。

神話が今始まる……! とテンションMAXになった瞬間。

 

「あ。輸送艦の方……正純君の方で女王の盾符(トランプ)が接触したみたいです」

 

全員が服装を正し、暴れたせいでずれていた椅子や机を直して、速攻で座り、表示枠を開いた。

表示枠に映った人物は三人。

 

「先の襲撃の時のベン・ジョンソンに……」

 

もう一人は女性の、しかし人間ではない。

自動人形である。

背後に十字型の操作機によって自らを操っている、正しく人形の

 

「"2"のF.ウオルシンガムか……」

 

そして、もう一人の眼鏡の短軀が

 

「"7"のチャールズ・ハワード。英国艦隊の所有者まで来たか……」

 

豪勢とも言える陣営に思わず驚愕よりも呆れの感情の方が強い。

大袈裟なと思ってしまう感情を否定することが難しい。

何せ、こちらは今まで武蔵という巨大な艦と貿易力を持っただけの暫定支配を受けていた極東の船である。

人材、経験、武装などを含めて明らかにどこよりも劣っている存在だったのだ。

そこに歴史の動きを許可する特務級の襲名者が三名。少し前を思い出せば、このような襲名者相手に接するとすれば多少の交流くらいしかなかったのである。

その事実に、一人笑う男がいた。

正信である。

クク、と押し殺そうとして失敗した声を、しかし無かった事にはせずに微笑を浮かべて表示枠を見る。

睨むのではなく見る。

そこには当然、彼が愛する愛娘がいるはずだ。ならば、娘が今、思っている事を自分は一方的に想像できる。

自分達は武蔵の、そして本多の政治家なのだ。ならば

 

「楽しいだろう、正純……歴史がお前と対面しているぞ……!」

 

襲名者と相対するというのはそういう事である。

彼らは力のみで襲名の権利を得るのではない。その力と意思を研ぎ澄ました人間こそが襲名者になるのである。

力を持っているだけでは三流。

意思だけでは二流。

二つを持ってこそ一流である。

その一流の人間に課せられた者こそが襲名者という存在なのだ。

なぁ、正純。

 

「ぞくぞくするだろ……? 歴史を相手にするという事は。政治家である私達の言葉で歴史、いや世界を動かせるのだから」

 

だから

 

「楽しめ、正純。恐れるものはないだろう? 何もかもを笑う不可能の王の支持を受け、疾走する刃がお前達の先導をしてくれる。王道を共に歩むのが武蔵のやり方だ」

 

ハッ、と心底愉快気に笑い、この瞬間さえも愉快の延長上だと思うと今までの人生がちょっと詰まらなくなってしまうのがまた面白い。

ハッ、ともう一度笑おうと思い───次の瞬間を見て呼吸が止まる。

原因は表示枠の中にある。

女王の盾符の背後に何時の間にか発生した水浸しのワカメを持った馬鹿がいたからである。

 

 

 

 

 

 

「へ、変態だーーーー!!」

 

全員で何時の間にか生えた副長を見て思わず合わせてしまうこの一体感にミトツダイラは冷静な自分が何ですの、これと思わず呟くがあんまり意味がない。

というか、どうしてこの副長はわざわざ女王の盾符の背後に立って、しかもこちらに指を突きつけるポーズ付きで出現するのだろう。

脳の病気か。じゃあ、仕方がない。

 

「おいおい、何だテメェら……俺様の華麗な登場を変態扱いってぇのは……脳の病気か。じゃあ、仕方がねえ……」

 

「ふ、副長! 冷静に言わせてもらいますが、頭、イカれてますわよ!?」

 

「率直過ぎるのもどうかと思うけどね?」

 

ハイディに言われるともう駄目かもしれない。

ともあれ、この狂い始めている空気を何とかしないと武蔵の威厳やら何やらがやばい。

全裸が総長である時点で既にやばいですわ、と理性が叫んでいるが気にしてはいけない。気にしてたらストレスがマッハで溜まる。

 

「ふ、副長? ど、どうしてそんなに濡れているんですの? 風邪ひきますわよ?」

 

とりあえず、無難にそのままだと風邪をひくのでとっとと離れてという言葉を丁寧にしたので出来ればこれに乗ってくれれば物凄い有難い。というかお願いしたい。

すると、彼は何を思ったのか。顎に手指をかけてふんふんと頷くと

 

「───聞きたいか!?」

 

ポーズを決めて笑顔を浮かべたので諦めが八割を支配した。

ぐっ、と思わず膝を着きかねん程の敗北感に身を浸しそうになったが、ここで負けたらプライド的な何かが砕ける。

だから、勇気を胸に秘めて頑張って微笑を作り、拳を握る。

 

「え、ええ! 出来れば簡潔に!」

 

「OKぇ……簡潔に言えば───智の愛で水も滴るいい男になったんだよ!」

 

横にいきなり表示枠が浮かんだ。

 

『こらーーー!! シュウ君はいきなりない事を大声で叫んでいるんですかーー! あ、ちょっと待って下さいハイディ! まだ上訴が聞き届けられて───』

 

笑顔で浮かび上がった表示枠を手刀で割っているこの商人相手にどんな感情を抱けばいいのか、と思うがこの固まった微笑を誰か何とかして欲しい。

そう思っていたら、脈絡もなく全裸が自分達の隣に出て彼と話し合う。

あっ、と思う暇もない。

 

「おいおい親友! 馬鹿な俺でも浅間に何をされたか想像できるから言うけど、実はオメェ、サドを装ったマゾじゃね!?」

 

「馬っ鹿野郎! トーリ……テメェは何も解っちゃいねえな……それでエロゲソムリエを自称すんのか!? ああ!」

 

「へっ。巨乳と巫女にしか拘らねえシュウに言われる気もねえぜ!? 悔しかったら信仰増やしてみやがれ!」

 

「俺は一筋なんだよ……テメェみたいにフラフラしてホライゾンに股間を殴られるようなマゾじゃねえんだよ……!」

 

「───おいおい! 皆! 俺、今、物凄くお前にだけは言われたくねえ! って内心で叫んじまったけど俺の感想間違えてねえよな!?」

 

同感ですけど、密かに否定していない気がしますわよ我が王。

そして、こっちを巻き込もうとしないで欲しい。正直、もうストレスが限界である。

あれだけ、会わなかったらちょっと、そうちょっとだけ。ものすごーーーーーーーーーぅくちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉだけ張り合いがないと思っていた気持ちはどうやら一瞬で脳内ゴミ箱に捨てられてしまった。

再会の喜びという言葉が非常に無価値なのが残念過ぎる。

涙を浮かべて抱き合いなどというロマンは言わないが、もう少しまともな喜び合いはないのだろうか。

そうして、溜息を吐いて溜まっていくストレスをどう対処しようかと思っていたら

 

「あ、いました。シュウさん」

 

聞き覚えのない声で副長の名を呼ぶ声が聞こえた。

あら? と思い、声が聞こえた方向を見ると、そこには背はそこまで高くはなく、髪を後ろで括った巫女の少女が小走りで副長の方に向かっていった。

 

……成程。

 

彼女がさっきから話に出る留美……さん? という熱田神社の巫女なのだろう。

姿だけを見ると、可愛らしさを感じるのだが表情やら雰囲気が年上な雰囲気を出しているので一種のギャップが生まれているのが凄まじい。

智も見た目美少女なのだが、ジャンルが違う。

色々と大丈夫だろうか、と思う思考を別に時は勝手に進む。

 

「おう、留美か。他の馬鹿共はどうよ?」

 

「はい。コウさんもジンさんも碧ちゃんもハク君も元気ですよ」

 

聞きなれない名前を聞いて、そういえばと思う。

 

私達……余り、プライベートの副長の事、知りませんね……

 

もしくは私達じゃなくて私なのかと思うとあわ~~と少し落ち込んでしまう。

落ち着くのですネイト・ミトツダイラ。

そこでネガティブ思考に陥っては駄目なのです。何故なら陥っても結論は一緒で……あーーーー。

駄目ですわー私ーと思うが、最早性分ですわねーと思ってしまう。

自分でもこの性分はこれからの人生に支障を来たすだろうとは思うのだが、性分をそんなコロコロ変えることが出来ないのも事実なのでどうしたものか、と毎回悩んでしまう。

悩んでも解決策が一向に出ない脳は自分の数多くある欠点だと思い、再び無視してしまうというのも欠点なのだが。

ともあれ目の前には女王の盾符もいるので、こうも無計画なのはどうかと思うので何とかしなくては。

正純なんてもう脳がショートしているようで、さっきから固まっている。

ハイディは録画術式を構えたままだし、我が王は最初から除外である。

 

ここは騎士である自分がしっかりしなくては……!

 

自分しか今、まともに脳が働いている人間はいないのである。

ここで武蔵の騎士としてちゃんと働かなければどうする。武蔵の尊厳は今、この両肩に背負っているのである。

そう思って奮起しようと思い、無防備なメンバーに声をかけようとした刹那に留美さんが先に何らかの表示枠を副長に見せた。

 

「あん? 何だこ───」

 

れ、と言おうとした表情がそのまま固まった。

その態度に注意を促そうとする行動よりも、何だ何だという疑念が打ち勝ってしまい思わず?マークを浮かべてしまう。

そしてそれに答えるかのように固めた笑顔のまま、こちらも曇りのない笑みで微笑んでいる留美さんに聞く副長。

 

「おい……もしかして……これは……!」

 

「はい───シュウさんが隠していたエッチなゲームのタイトルです」

 

ついさっきまで感じていた感情が一瞬で抹消されて、代わりに生まれたのは同情というか哀れという感情であった。

二人がどういう関係かまでは流石にこの短い時間では読み取れないが、まぁ、少なくとも友人。深くいけば家族みたいな関係なのだろう。

恋人と思うには、ちょっと智応援派として待ったをかけたから。

まぁ、それでそういった対象にエロいのを見られるのは物凄い恥辱であろうと思う。どこぞの全裸と狂い姉は例外だ。あれは二人ともキチガイオープン系であり、彼女はそんな感じには見えない───

 

「姉と巫女系以外全部処分しましたので」

 

「お……あ……あ、ああ……!」

 

訂正。かなりの豪傑であった。

余りのショックに副長が膝をついてマジ泣きしている。

いいのですか、それでと思う所を副長が先に叫ぶ。

 

「ま、負けていねえ……! 俺は負けちゃいねえ……! 負けて諦めた時が本当の負けなんだ!? な、なぁ、そうだろ馬鹿親友!」

 

「シュウ! オメェ、格好つけているつもりなんだろうけど、絶対に物凄く負けているからアウトだぜアウト! そして解ったか……普段、オメェが俺にしている仕打ちが! このエロゲ嫁を砕かれる理不尽に対しての憤りが……!」

 

2人とも格好いい事を言っているように見えるが、内容は非情に馬鹿みたいな事を言っているので両者アウトである。

故に両者が持っている役職については忘却したい。これで、一国を率いる総長&副長なんて武蔵の恥である。

出来るなから縛って隠し置きたいレベルだが、既に女王の盾符に全恥部を見せてしまっている。

武蔵の国際的威厳、潰えたり。

後は騎士ではどうしようもない領分なので正純に任せよう。それが一番、最善策である。決して投げたわけではない。きっと……。

そして、項垂れていた副長も項垂れているだけではいけないと思ったのだろうか。とりあえず、立ち上がって深呼吸をし、何かを言おうとしたところを留美に先手を取られる。

それは

 

「……今度は何だ? この紙袋?」

 

「いえ……流石に他人の物を勝手に燃やすだけじゃいけないと思って……代わりの物を」

 

ぐっ……と再度ダメージを受けたかのような表情を浮かべる。

こちらはと言うと思わず半目で睨んでしまうのを止められない。

いや、まぁ、いやらしいゲームを買うのは男の人として仕方がないかもしれませんし? それを隠すのも解るが、最初の辺りの話を聞かずに聞けば同年齢の女の子にエロゲを買いに行かせた酷い男の図である。

剣神、情けない。

 

「そ、そうか……あー、いや……うん、サンキューな。かはは……ちなみにどんな物を?」

 

「Jud.その辺りは余り解からないので、店員さんに聞いて買いました───姉系と巫女系と巨乳系のタイプのものを」

 

 

 

 

 

ハイディはゴクリと息を呑む音が周りに響いたのを聞いた。

自分もその響かせた者の一人である。

 

……まさかエロゲ攻めとは……新しい攻略法……!?

 

男の方から自分のタイプの嫁のエロゲを買うことはよくある。

しかし、まさか女の方からエロゲを利用して自分を売り込むとは凄い恋愛好戦家である。

 

『アサマチ! アサマチ! いいの!? 絶対に今までの消極的な戦法がヘタレである事を証明するような光景が目の前に広がっているけど!? このままだとワンサイドゲームだよ!?」

 

『ククク、恋愛好戦家と恋愛ヘタレじゃ分が悪いわねぇ……最終手段よ浅間! 乳じゃ同レベルなんだからもう押し倒すのみよ! 安心しなさい! いざという時はあの馬鹿の根性加護を殴り倒せる悲嘆の怠惰をホライゾンに借りて殴って気絶させればKOよ! 後はその乳を押し付けて窒息死させたらイケるわ!? カンカンカン! エイドリアァァァァァァァァァーーーーン!!』

 

『あ、明らかに二人とも楽しんでいますね!? い、何時も何時もネタにばかり飛びついて……! だ、大体、シュウ君がどうなろうとわ、わ、私には関係ありませんから!』

 

『浅間。端的にいうが無理をしない方がいいと拙僧思うぞ』

 

以下同文。

アサマチはそこら辺、往生際が悪いねーと思うが、それもアサマチの性分だろう。

だから、からかうが。

ついでに、色んなところに売るが。

とりあえず、現在、敗色が強い我等が副長はそれはもう冷や汗だらだらである。絶対に海水などではない。

それに、さっきから周りから殺気が凄い。これはもう、シュウ君は今日寝れないなと思う。

 

「そ、そうかよ……ちなみに何て風に買ったんだ?」

 

「はい───片思い中の人へのお詫びとしてのプレゼントが欲しいのですがと尋ねました。すると、何故か周りの皆さんが急に真面目な顔になりましたが」

 

笑顔で小首を傾げる小動物チックなアクションと共に止めを刺された神様。

ふっ、と何故か彼は微妙に男らしい笑顔を浮かべて

 

「トーリ。後は頼んだ」

 

そのまま笑顔で後ろに倒れた。

ドサッという軽い音が嫌に空しく聞こえたが、何時も通りだねと思い、正純に目配せをする。傍にいるトーリ君が「き、汚ねえぞ! 親友!」などと叫んでいるが無視だ。人工呼吸しようとしていたのは流石にミトツダイラが止めていたが。

そこで呆れ返ったどころか冷たい目でシュウ君を見ていた正純もあ、ああ……という感じでコホンと咳払いをして

 

「───女王の盾符(トランプ)よ。何の要件だ」

 

女王の盾符の皆が正純を信じられないものを見る目で見るが、正純は必死で無視している。

 

「えーと……You。今のは……」

 

「お気になさらず───あれはただの変態でして」

 

その言い方じゃ外交問題だよ……!

 

ハイディもその言葉には物凄い同意なのだが、それでは不味い。

副長が変態だと脅すのに……別に問題ないか。じゃあ、いっか。完璧だね、シロ君!

だが、正純はそれでは不味いと思ったのか笑顔のまま汗を流しながら

 

「すまない、間違えた。あの副長はただの変態というわけではなく……」

 

続きを何故か正純が止めたので、何故? と思っていると答えが見えた。

後ろに倒れた彼だが、その手には何時の間にか彼女から渡されたエロゲを大事に持っており、しかも彼女からあらあら顔で肩を揺さぶられている始末。

色々ともう何も言えない状態を見た正純は

 

「───あれはただのではなく唾棄すべき変態だ」

 

すっごく駄目じゃん! と全員で声を合わせて叫ぶが正純は余裕がないのか、もう女王の盾符しか見れてない。

毎度の事ながら、余裕がないなーと思い、まぁ、楽しければいいんだけどねと自分の中で結論を出す。

さてさてと思う。

多分、こっからは商人の仕事かなーと楽しみに期待しながら、己の勘が正しかった事を数十秒後の土下座で知る事になる。

 

 

 

 

 

昼前の日差しだが、流石に日向は少し暑いかなと正純は外交艦のテラスでの急増の交渉上のイスとテーブルを前にどうでもいい事を思った。

少々、緊張しているかもしれないなぁ、と思う。

自分の場ではないが、これはつまり、世界征服宣言を出した武蔵の初交渉という事になるのではないだろか。

いや、それはまだ気が早い。まだ、葵からあの暴言をもう一度吐けるかどうかの意思確認はとってない。

いかんな、と思う。

自分が結構冷静じゃない事を自覚する。政治家志望が、これでどうする。

教皇総長の時は、勢いがあったし、葵の支持の熱もあって緊張は消し飛んでしまっていたが、毎回あの馬鹿に頼るのは自分が情けない。

今回も気を抜いていいというわけではないが、これはまだ始まりではない。

そして、それで油断するなと思いを視線の先のチャールズ・ハワードとF・ウオルシンガム、そして、ベン・ジョンソンを見て再度確認する。

目の前にいるのは襲名者なのだ。

どんな姿やキャラや能力だからといって油断などあってはいけない。むしろ、これからの事を思って彼らの技や知識を吸収しろ、と深く思う。

内心にケリを着けたところに、給仕代わりの浅間とアデーレが何か食べ物を持ってくる。

腹が空いているわけではないが、純粋な興味ではて? 何だろうと思い視線をそちらに向ける。

刺身にカレーがかかっている珍品であった。

 

「……」

 

そういえば厨房にいたのは御広敷とハッサンであったな、と思い視線をそらす。

腕はいいらしいが、頭があれじゃあ料理もこうなるのかと思い、以後気を付けようと思う。

ちなみに刺身の方は海に落ちた熱田が何となく狩ったらしいものである。何となくで死んだ魚に軽く黙祷を捧げておこう。

向こうでハワードが生贄になっている中、ふと足元の方に光が来たのを理解する。

ハイディの走狗(マウス)のエリマキである。

何故、エリマキがこちらに来たのかという意図は十分にわかる。

すると、エリマキがこちらに見えるように表示枠を掲げた。女王の盾符をちらりと見るが、珍妙な料理を食っているハワードに釘付けである。

これも、作戦の内なのだろうかと思うが、考えても詮無き事なのでチラリと表示枠の方を見る。

 

『ちょっと、上がっていい?』

 

了解の意の代わりに指でちょいちょいと手招きすると白狐は足を駆け上り右腿辺りの位置でお座りをした。

その感触に思わず、うわーとちょっと感動してしまう。

 

……いいなぁ、小動物。

 

さり気なくこういう動物が好きな自分にとっては至高の感触である。

人型の走狗も悪いというわけではないのだが、やっぱりこういうのにも憧れる。

とは言っても、走狗を持つほどお金がないから無念しか貯まらないのだが。

いいなぁ、凄いなぁ、欲しいなぁ、と欲丸出しでそんなことを考えていると

 

『じゃ、ちょっと皆にもリアルタイムで理解して貰う為に実況通神にするね? ───接続っと』

 

『接続:共有設定表示枠:神社間共通通神・浅間神社代行により限定領域許可:───確認』

 

・〇べ屋:『ん。繋がったみたいだね。ありがとアサマチ。皆も初期設定で入っているから好きに話していいよーー』

 

・俺  :『え!? 好きに話していいのかよ!? じゃあ、俺はオッパイについて話すぜ!? 皆! オパーイについて語り───』

 

『・───俺様が強制退出されました』

 

『・───俺様が再入場されました』

 

・あさま:『もう、そういう事をするのは止めてください。重くなって仕方がないんですよ?』

 

・剣神 :『ククク、馬鹿め。そんな正攻法で行くから駄目なんだよ。こういう風に婉曲的にチチって言えばいいんだよ! ほーれ見ろ! どっちの意味で言ってるか解んねえだろ! 胸の意味で捉えたらむしろそんな風に解釈をした神がエロいって事だ! どうよ……今、俺は神に喧嘩を───』

 

『・───剣神様からの反応が消えました』

 

表示枠から少し目を離してみると給仕をしていた浅間が少し離れた場所で何時の間にか弓を手に取っていた。

残心をしている所から放った後であると見える。

見なかったことにしよう。

神に喧嘩を売った馬鹿神について考えても時間の無駄であるし、というかさっきまで倒れていたくせに無駄に元気だな、あの副長。

そして別に神様=エロくないというのは神話的に否定できないだろ。あ、だから、あの馬鹿はエロいのか。

 

……納得しても満足する要素が一欠けらもないぞ!?

 

ここまで無意味な真実もそうあるまい。

会議が始まる前から倦怠感に身が包まれる様な状況に溜息を吐きそうになるが負けてはならない。負けたら正義が悪に負けることを良しとするバッドエンドな風潮が流れ出す気がする。

頑張れ、本多・正純。武蔵の秩序はお前に守られているのだと自惚れるんだ。

そこまで考え、ふと無駄にあった肩への力が抜けている事に、危うく苦笑を漏らすところであった。

 

……まったく。

 

この馬鹿達は狙っているのか、狙っていないのか解らないから悪態しかつき辛い。

そして皆もそんな改まっての礼を言われるのを黙って受け入れるような素直なキャラではない。

楽しもう、とそう思った。

自分が主役の舞台ではないからこそ、観客席ではない端役の役を楽しもうと。それが武蔵にとっても、自分にとっても最良の道だろうと思う。

それをあの馬鹿が支持しているものだろう、と内心の苦笑を残しながら会議に対して期待を持つ。

楽しむ舞台がまさかの土下座祭りとは思ってはいなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

輸送艦での会議が進む中、勿論、武蔵の住民全員がそれを見守りながら仕事をする中、ひとつの場所だけが注視している場所があった。

その場所は神社であった。

神社の大きさとしては大きい。武蔵最大の浅間神社とそこまで変わらない。

玉砂利が敷かれた庭に本殿。

ただし、浅間神社と違って違う部分がある。

それは信者が武器を握っていること。本殿とは別に訓練するための道場などもあること。

浅間神社とは違う、純戦闘系神社。

荒の神を信仰する熱田神社の境内であった。

信者達が修行する中、それを見つつ、輪の中から外れているメンバーがいた。

その数は四人。

 

「おっ? おい、皆! 熱田センパイのクラスの交渉……ってはえぇな! 皆!?」

 

「うっさい、コウ。ちょっと黙ってて。あんた……声大きいのよ……」

 

「碧さんも少し落ち着いて……あ、コウはもう少し黙っててもいいですよ?」

 

「女尊男卑の権化が……! おい、ハクセンパイよぉ! ちょい、ジンとミドリになんか言ってやってくんないっすか!?」

 

「……」

 

「……コウ? ハクさんは若様にご執心だから諦めなさい。後で飴あげるから。味は青春! の男の初恋失恋涙味……! でいい?」

 

「余計に虚しくなるし、んなゲテ商品……んげ……IZUMO製かよ……」

 

一人はコウと呼ばれた男子。

見た目は結構、年の割には厳つい感じがするのだが浮かべている表情自体が子供……というよりは邪気がそんなにないので怖いイメージを浮かべさせない。髪を金髪に染めている辺りはイメージ通りだが。

何というか尊敬する人を親分と呼びそうな感じである。だが、その彼のイメージを裏切らない両手に持っている野太刀が物騒さを出している

次は碧と言われた少女。

少女は肩まで伸びるショートの茶髪交じりの髪と顔は少女らしい顔だが、その周りの騒ぎにやれやれとする態度が少し年上のような雰囲気をだし、手に持っている薙刀が彼女の雰囲気を落とすどころか精錬とされた雰囲気を生み出している。

もう一人がジンと呼ばれる少年

髪は男子としては少々長く、邪魔にならないように後ろで軽く纏めており、顔は一言でイケメン。

腰に吊ってる双剣が、少年をまるで騎士のようなイメージに作り上げてしまいそうになる。

そして、最後の少年がハクと呼ばれた少年。

彼だけは個性溢れる四人のメンバーである意味で一番、普通であった。

黒髪の短髪であり、今は無表情……ではなく会議の光景を無心になって見つめている少年。

それの視線の熱中度なら、正しくこの四人の中で一番であるが故に周りを気にしていない。

そして、異様な事に彼の周りには剣が大量にあった。明らかに自分の腕の数を超える数であり、投剣と使うには明らかに大きい。

剣神の八俣ノ鉞よりは小さいが、大剣クラスではある。

それらが彼の周りに刺さっているのだが、周りも彼も気にした様子がない。

 

「あーーー。こういうのを見ると、何か体がウズウズしてしゃーーねぇ。全く……どうして熱田センパイは三河で俺ら戦わせてくれなかったんだよーー」

 

「恐らく、それはまだ熱田先輩の王がまだこれからも志を貫けるから宣誓してないからですよ……ってこの話。僕、以前も話しましたよね?」

 

「脳筋に記憶力を要求する方が間違ってるわよ……ま、それでもこの英国で嫌でも総長の宣誓が見れるわよ、コウ。どっちであってもね」

 

あの無能な総長はどう考えているか知らないが、ここが分水嶺である事くらい……理解できていると……うん、思う……と三人で首を傾げる。

結構悩んだが、そうであると祈るという事にした。

大体、ここにいるメンバーでも何故、熱田・シュウがあんな馬鹿な王を王として認めているのかの経緯を知らないのである。

いや、まぁ、そりゃあ彼の理不尽な死を否定するという願いは共感できるし、あそこまで開き直ったらついて行きたくなるという気持ちは理解している。

ただ、強いて言うなら親友と。

どちらとも同じクラスメイトなどを友と呼んでいるのに、この二人の強固な絆が発生した所以が解らない為、少々判断が全員解らないのである。

お互い、そういうのはあんまり上下などしない人間に思えるから余計に。

そこに一つ声が放たれた。

 

「───笑っている」

 

全員でその呟きに反応する。

呟きの主は声で既に分かっているし、彼が何を見てその呟きを発したのかも全員理解している。

 

「笑っているって……熱田先輩がですか? それは別に───」

 

「───あの笑顔は今を楽しんでいるものじゃなくて先に期待する笑顔だ」

 

何時も通りと答えようとする言葉を遮って喋る答えに思わず、全員が会議と共にばらばらに別れてはいるが、梅組が映っている表示枠の内の剣神が映っているのを見る。

笑っている。

彼はそういえば三河での宣言があってから終始笑っているように思える。

無論、別にずっと笑顔というわけじゃなくて状況に応じて表情を変えたりするからおかしな事ではないのだが……ハクはその笑顔は未来に向けたものであると判断した。

 

「過去を忘れず、今を感じ、未来に疾走する事が我が生き方也。つまり、そういう事なのだろう。若はその生き方を貫く覚悟をとうに終えている」

 

過去を忘れたわけじゃない。過去は常に彼は覚えている。忘れるはずがない。

今を無視しているわけではない。今を常に彼は感じている。その幸福を噛み締めている。

だからこそ、その魂は更なる未来を求めている。

まだだ。もっと欲しいという現状の幸福のみで我慢できないという傲慢な強欲。

その生き方を───どこかの誰かに似ていると気付いているものは気づく帰結。

 

「……逆に言えばこれからが本番ということだ……私は若と道を共にするのは決定している。君達は好きにしろ」

 

「ハッ、水臭いっすよハクセンパァイ! 俺だってあの人に拾われた恩があるんですから存分にやらせてもらいますよ!!」

 

「だから、声が大きいって……まぁ、それについては同感だけど。ハクさんや留美さんには全然、及びませんが出来る限り、自分のやりたい事をさせてもらいます」

 

「僕は元より。誰に言われるまでもなく。というか、基本、僕はやりたい事をするしか出来ないので」

 

成程、とハクは苦笑の響きで言葉を吐く。

単純、などとは言わない。

そんな輩はこの熱田神社にいないことは理解しているし、知っているつもりである。

ここにいる人間は自分の中の論理を信じて疾走する人間が集まっている。

要は馬鹿の集まりである。

全員が、それぞれの武や内面に没頭しているのを確認すると、ハクは一人密かに目を閉じて独り言を放つ。

 

「……何時か……貴方が覇を語る……そんな未来も……私はあってくれればと私は祈ります。我らに疾走を教えてくれた神よ……」

 

それが個人に向けた祈りなのか。

本当に神に対して祈ったのか。

簡易だが、その祈る姿に問いかけるものは無粋であると思われる。

その目の前の映像がトリプルアクセル土下座をかましているのが、微妙に台無しであったが。

 

 

 

 

 

 

 




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肉の晩餐会


焼いて、取って

漬けて、食え

配点(食欲


 

「明後日からの春期学園祭か……祭好きな皆からしたら意図はどうあれうきうき気分がほとんどだろうなぁー……」

 

捻くれた考えしかしないなぁ、と自分にツッコんでしまう自分を自嘲するしかない自分に更に自嘲しながら夕暮れの武蔵をネシンバラはただ見ている。

あの会議はベルトーニ君の土下座勝利とやけっぱちのお蔭で何とか勝てた。

武蔵商人の意地汚さは大したものだと本気で思ってしまうのがどうしようもない。

少々、嫉妬めいた考えが生まれるのは現状の自分のせいだろう。それも込みのマクベスならシェイクスピアはかなり酷い性格である。

それにしても、改めて、というか何度も思っていることだが武蔵って大きいなぁって思う。

八艦を連結させて作られた航空都市艦。極東唯一の独立領土。

普段、乗っている自分としては昔はともかく今は少々有難みというのが薄れてしまいそうになるが、戦闘という面でいえばプラスマイナス両極端の船だな、と思う。

 

……って、有難み云々語ってるくせに失礼な奴だなぁ、僕。

 

色々と助けられたくせに、つい軍師っぽい語りを入れてしまう。

やれやれとアリアダスト教導院の橋上で座って首を振りながら

 

「酒井学長。学長が明日からの準備で何かしなくてもいいのですか?」

 

横で三人分くらいの距離を取っている学長先生に話を振った。

どうして、この武蔵には子供も大人も含めてこういった人が集まるのかなぁ、って思う。いや、まぁ、そりゃあ例外はあるけど。

 

「学長先生。今、暇になる事が出来るような感じじゃないですよね? 武蔵の入港準備とか待機している輸送艦の上陸手続きとか。仕事を終えてきたんですか?」

 

「いやいや。話を聞いてみたら貿易っていうけど、屋台にカモフラッたお祭り騒ぎ形式みたいじゃない? 立場的にってさ。俺、産業委員会の所に行って取引中止促さなきゃいけないんだけど、どうすればいいと思う?」

 

「ベルトーニ君みたいに土下座するのはどうでしょうか? ───いやいや、冗談ですから。誰も年取ったおじさんの土下座を見たいと思うような好きものは……恐らくいないでしょう」

 

「お前さんも大概だなぁ、トゥーサン。落ち込みまくっているって聞いたからもう少し元気がないと思ってたが、面白味がないねぇ」

 

「……誰かに僕のことを頼まれていたんですか?」

 

「真喜子君からね───放置しておいてくださいって」

 

精神破綻した人間が多いのも武蔵の特徴なんだろう、と空に半目を向けて頷く。

この程度でストレスが溜まっていたら武蔵では直ぐに禿になる。

そういえば以前、ミトツダイラ君に媚を売っていた商人に突撃を馬鹿達がかました事があるが、風の噂だとその商人は最近、生え際のことを気にしているらしい。

気を付けよう。その人は失敗した自分達の将来だ。

まだ現役だから大丈夫だと思うが、油断はいけない。そんな余裕をあのグループが維持させてくれるとは欠片も思ってはいけない。

生存競争というのはどんな時でも悲惨だ、と心の中で悲しみ

 

「……それだけですか?」

 

「いやね? 年取ったおっさんの好奇心にちょい付き合ってくれないかなぁっていうの本音なんだよ。年をとると周りからの反応とか気にしなくなるからね」

 

「……別に、昔のことならばナルゼ君にも語ったりしましたが?」

 

「いやいや、別件別件───二境紋の事だよ」

 

自分の姿勢が単語ひとつで変わったのを理解する。

成程、と思いながら何か今の雰囲気に変わったのを別に懐かしがらずに済んでいる自分に内心で苦笑する。

 

「一応、先日に言われたとおりに武蔵内の情報の入手と整理はしました」

 

「答えは出たかい?」

 

いえ、と首を振る。

 

「精々、三十年前くらいから発生している、各国でも発生しているくらいのネタですね。調べれば解る程度くらいしか……ただ……」

 

「言い悩むんなら口に出してみない? 言葉に出してみたら意外と頭の中で思っていたのと違う答えが見えるかもよ? 俺は聞く派だけど」

 

Jud.と答え、息を吸う。

まだ答えと意思を持って答えることが出来ない。プロットレベルの解答をするのは少し気が引けるがそんなことを言ってる場合ではない。

そして息を吸っている間に覚悟を決めて返事する。

 

「断定するには材料が少ないんですが……二境紋と深く関わりがある"公主隠し"。それにはパターンと言っていいのが存在すると思います」

 

無言の促しを受け、自分も無言の首肯をする事で返答とし、結論を出す。

 

「恐らく、"公主隠し"で隠された人物は襲名者……もしくはその縁がある人間が被害に遭っていると思います」

 

「ふぅん。それは怖い話だなぁ……それ。武蔵の襲名者の人達にも言ってる?」

 

「いえ……確証もない暴論ですし……現に」

 

ちょっと一息ついて内心で整理しながら答える。

 

「政治系の本多君の所は彼女の母も父親も襲名をしていないのに"公主隠し"に遭っています。だから、法則が今一掴めてないですね……」

 

ネシンバラは大丈夫かなぁと思いながら包帯が巻かれた右腕で表示枠を立ち上げる。

立ち上げた瞬間に直ぐに右腕を確認するが、マクベスが動かない。

なら、大丈夫だろうと思い、自分の情報領域(データバンク)から一つの図を表示する。

その図を覗き込んだ学長先生が先に答えを告げる。

 

「これ。系統図かい?」

 

「Jud.各国の生徒会や総長連合を中心とした襲名者のものです。その中で調べてみるとどう考えても消えているとしか思えない人物が結構いると思います」

 

「うっわ。夏のリアル風物詩を聞いている気分だねぇ……俺とか最近、そういうのに出会ってんだけど」

 

「そういう意味なら酒井学長は消えませんねぇ……まぁ、情報少ない中で僕が整理した中で推理したものですから絶対とは言えませんが酒井学長、かなり死亡フラグを持っていそうなんですが」

 

「おいおい……そんな事を言ったら襲名者自体が死亡フラグみたいなもんだ」

 

そういえばそうだった。

襲名者の人からそんな微妙な事を言われると、どうかなぁ、って思ってしまう。ちゃんと往生した人物ならともかく昔の、それも戦国時代の武将関係なら大抵早死にだ。

病死、戦死、自害など死に方は大抵、報われない方が多いのが英雄の業と言うべきか。

そういえば、学長が襲名した酒井・忠次は隠居して最後は普通の死去であったとか。まぁ、そこら辺は今はどうでもいい事だろう。

 

「まぁ、そこら辺は調べ続けてくれると俺は嬉しいんだけどね? 年取りすぎたせいで、そういう今の方法とかには疎くてねぇ」

 

「酒井学長は自己分析を盾に人を働かせるのが上手いですね……Jud.と他人事ではないのでそう素直に答えたいのですが……」

 

苦笑を浮かべながら包帯を巻いている右腕を持ち上げ、空にかざす。

大仰な仕草をして浸る自分に酔っているな、と内心で更に苦笑を深める。別に僕はシェイクスピアみたいに演技までする人間ではないのだけどと思いつつ

 

「このマクベスをどうにかしないと……満足に調べ物も出来ない状態ですからねぇ……」

 

 

 

 

「ふぅん……現代風の呪いはそんなに厳しいわけ? 古い世代の俺とかはそこら辺、ぴんと来なくてね」

 

「Jud.。まぁ、厳しいって言うより面倒って言うか危険って言うか」

 

「ふぅん……そこら辺、熱田にそれこそ聞いてみたらどうよ? 馬鹿だけどあれでも神社の代理神っていう神道での偉い立場でしょ? 昔、俺も熱田の連中に歌唱祓いで祓って貰ったことがあるけど」

 

「本人に頼んだら「任せろ───呪いごとぶった斬ってやんよ。大丈夫大丈夫! 痛くしねえ! 痛くしねえって!  ただ暫く生活が不便になるだけだからよぉ」などとほざいてきたので丁重に断りました」

 

「ってぇ事は無理だったって事ね」

 

でしょうね、と溜息を吐きながら同意する。

断り方が何故、そこまでネタに走るのだと思うが本人が言っているのは遠回しに無理だと叫んでいるだけの内容である。

無駄に元気が特徴なのが剣神の特徴なのか、馬鹿の特徴なのか。絶対に後者だと思うが。

ああ、だからクラス全員、元気過ぎるのか。

向井君がいなくなったら、梅組はどうなってしまうやら。政治系の本多君も最初はまともだったが、既に駄目な予兆が出ているのに悲しむべきか、慄くべきか。悩みどころである。

 

「で? 最近の洒落た呪いはどんなんなの?」

 

「Jud.不始末な右手が勝手に王を害そうとするんですよ」

 

苦笑する。

 

「色々と面倒ですよ? 通神帯(ネット)を使っているだけでも勝手に生徒会の情報を流そうとしたりしますし、さっきも間違って泣き系エロゲを勝手に生徒会当てに発注してしまったりで。まぁ、あっちには毒見役のウルキアガ君と浅間君がいるから心配はしていないんですけど、代わりに僕の財布が軽くなってしまって、どっちかというと遠回りな自殺をしている気分がしてきて不思議な状況です……」

 

「洒落てるねぇ……でも、その口調から察すると通神帯だけじゃなさそうだけど?」

 

「……jud.授業中にちょっと」

 

ちょっと? と返される言葉に肩をすくめる。

 

「コークスペンをナイフで削っているつもりだったんですが、何時の間にか葵君の方に投げようとしてて……」

 

「自分で止めたの?」

 

「いえ……槍本多君と熱田君が……それでまぁ……その……近づいてきた熱田君に対しても……その……」

 

言い淀んだ自分に学長先生は一瞬、眉をひそめたが、数瞬後に理解を得たという顔をしたら顔の形を変えた。

苦笑の形に。

ああ、これは見破られてるなぁと諦めにも似たような感情を息に宿しながら会話を続ける。

 

「それ? 本人は?」

 

「いやー……本人は茶化すだけで……馬鹿ですけど、頭が悪くないのが彼の特徴なのに、そういった事だけ鈍感なんですよ」

 

「気づいているだけで、本人が嫌がっているだけなんじゃない?」

 

「本人は引っ張る素質はないって言い張ってますからその可能性も無くはないですね……」

 

聞いた話では輸送艦の混乱状態を指示したのは彼だという。

リーダー気質を持っているくせに、自分にはそれは合わないと思っている。面倒なことに自虐とかじゃなくて本気に。

まぁ、自分本位で求道的素質もあるのは事実だが、別にリーダー気質をそこまで否定しなくていいだろうに。

 

頭を使うようなのはどうせ僕や政治系の本多君に任せる癖に……

 

そこまで考えて、気付いた。

こんな風にテンションが上がっていないくせに、まだ自分は彼らの軍師として動こうとしているようだ。

往生際が悪いというのか、ただの現実逃避か。

それもそうか。

 

「まぁ、だから出来る限り葵君と熱田君に近づかないようにはしているんですけど……家にいれば今度は自分の批判とかをつい通神帯で見ちゃって……じゃあ、それに捉われずに執筆をしようかと思うと被害妄想ばかり浮かんで……酒井学長はどんな風にしていたんですか? 現役の時は」

 

「俺かい? 現役の頃は今みたいに通神帯はここまで発達していなかったからね。それこそ、現役の熱田とかに聞いたらどうだい? あいつ、結構、嫌われ者でしょ」

 

「……まぁ、あんまり噂はよくないですよね」

 

実際は嫌われ者の嫌われ者なのだが。

格好つけたりするからそうなるし、何よりも力を見せなかったというのが大きい。お蔭で一部は彼のある事ない事を作って疫病神みたいな扱いをしている人間もいるのだろう。

まぁ、そんなのはどこの教導院でも少しはある問題なのだろう。それに問題といっても本当に一部だ。それこそ、役職者や襲名者によくある関連の問題だ。やっかみなんて気にしちゃいられない。

 

「まぁ、でもそこら辺は三河で力見せたからイメージ回復は結構していますよ?」

 

「よく知ってるなぁ」

 

笑って言われたことにちょっとだけ息を詰める。

ああ、クソ、ミスった。

この人も何だかんだ言って武蔵アリアダスト教導院の人なんだから捻くれているに決まっているだろうが。

 

「……別に。ただの書記として総長連合と生徒会の風評について調べた時に知っただけですよ」

 

「じゃあ、そうなんだろうねぇ」

 

話を変えようと思う。

隙を一度見せてしまったのなら、そこからの挽回は中々難しいものだというのはよーく学習している。

 

「まぁ、熱田君はそういう人に対してはオリオトライ先生が放置なら、熱田君はもう怖いくらい甘やかしてくるんですよね……学長先生は気づいていましたか? 彼、ミトツダイラ君にはかなり甘いでしょ?」

 

「ああ。確かミトツダイラの母ちゃんの事件以降からだったかね? 流石の俺も引いたね、ありゃあ。まぁ、ダっちゃんみたいな例外も人間でいるから驚くことはなかったけど」

 

「自分はそこにはいれないんですか?」

 

「おいおい……俺はもう現役を引退しているし現役の頃もそういうのはダっちゃんにやらせてたからね。年寄りの楽しみの一つは記憶を美化することだけど俺だって限度ってぇのがあるよ」

 

「じゃあ、そういうことなんでしょうね」

 

お互いに苦笑の形を張り付けて言葉を交わす。

ある意味で、僕にとっては久々な休暇みたいな感じがする。被害妄想逞しいなっと内心でも苦笑を深めながら話を続ける。

 

「だから、まぁ、ミトツダイラ君からしたら堪ったものじゃないっていう状態じゃないですかねぇ。熱田君の甘やかしって何だか、もう直感とかに頼らなくても裏があるって簡単に思えますから」

 

「愉快な信頼関係だねぇ」

 

余り答えたくないので無礼であるとは思うが、言葉を被らせてもらう。

 

「いや、だって何となく彼の嫌味が伝わってくるんですよ───別にそんなの俺に全部預けてもいいんだぜって」

 

そんな裏の意味をつい読み取ってしまったら

 

「意地でも張り合うしかないじゃないか……」

 

分かっててやっているのか、天然でやっているのか。

微妙な所だと思う。

だから、まぁ、ナルゼ君みたいな負けず嫌いは意地でもそういうのを熱田君に預けたりはしないだろう。

熱田君のこれ(・・)の被害にあっていないのは、恐らく葵姉弟に浅間君くらいじゃないだろうか。

全くもっていい迷惑である。

それも、普段ではそんな事をせずにテンションが落ちている瞬間などを狙ってやってくるので悪質だ。彼は神ではなく悪魔になるべきではないかと時々思う。

悪魔というのは結果はどうあれ契約を持ちかけてくる時は人間にやさしいというのだからぴったりである。

ただ、この悪魔は馬鹿な事に自分が得をするような契約を持ちかけない。むしろ、自分に不利になるような契約しか持ちかけない。

そして、悪魔はこう笑うのだ。

楽勝だぜ、と。

葵君の親友に相応しい。

そう、一種の感慨に浸っていると酒井学長は笑いながら表示枠を一枚出してこちらに見せる。

何だろうと思い、それを見る。

 

「第四階層で焼き肉? 温泉も出るよ? ……オリオトライ先生……正気、なんでしょうねぇ……」

 

「まぁまぁ。楽しい事は若いうちからやっとくもんだよ。俺達も昔は徹夜で色々騒いでいたからねぇ……榊原は途中で雰囲気読まずに逃げようとするからよくダっちゃんと一緒に関節極めたけど時々手加減ミスってピクピク震えるだけになった時があったから、あん時は焦って証拠消そうとしてたっけ」

 

「……今も昔も変わりないですね……」

 

笑うべきか、呆れるべきかを悩んで結局苦笑を選んで学長先生の話を聞き、するとタイミングを読んだのか、ミチザネが新たな表示枠をこっちに出現させた。

まず、酒井学長に失礼といい彼が手を振って構わないと反応するのに頭を下げ、最後にミチザネに礼を言って表示枠を見る。

そして、その内容を見た途端。思いっきりネシンバラは肩をすくめ、溜息を吐いた。

全くもって気分最悪だ。

人をネガティブにさせないっていうのもどうかと思う。それが、ネシンバラの素直な感想であった。

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、潮騒が聞こえる砂浜で極東制服を着ている集団と一部地元の人間が集まっている。

音頭を取るのは

 

「諸君! 今日は私、武蔵アリアダスト教導院生徒会会計ことシロジロ・ベルトーニの偉大な私腹を肥やす今後の繁栄に前向きに私はうはうはな気分に……! ───という裏向きな理由はさておいて明日からの春季学園祭準備と本祭に向けて───」

 

「色々台無しだぞ!」

 

全員のツッコミを総スルーすることにより回避することによりジト目を貰うことになったがそれすらも無視する。

それにより更にプレッシャーが増したが結局無視する。

視線やプレッシャーを気にしていたら未来は禿だ。

だから、視線でものをいうメンバーは全員無視して要訳。

 

「───諸君! 〇ベ屋の安寧と繁栄の未来を願って食え……!」

 

諸君のしの部分で全員無視して焼肉に没頭する。

ここに腹べこ勢と金欠勢による一つの戦場が生まれることになった。

 

 

 

 

 

久しぶりで賑やかだね……

 

鈴はアデーレや浅間、喜美が近くにいる場所で全員と言えないのが残念だけどメンバーの大半が集って盛り上がる焼肉を楽しんでいた。

 

「さて……草も取り終えましたので肉の方を……って誰ですの!? 私の肉類を遠慮なく奪って毟っていったの! 処刑モノですわよ!」

 

「へっ……甘いな……ネイト。この世は弱肉強食。先に食ったほうが強いんだがはっ!」

 

あ、オリオトライ先生が投げたジョッキがシュウ君の顔にめり込んだ。

あんまりそういった事はされた事がない鈴だからちょっと解らないけど痛そうだということは解る。

他にも

 

「ぬ……! 御広敷! 貴様ぁ! 拙僧が折角丁寧に熟成をした肉を奪い取りおったな! それ以上肉を得てどうする! 何かのマスコットキャラクターになるつもりか!?」

 

「小生、ウッキー君には言われたくないですな! リアルマスコットっぽい種族のくせに! あ! ハッサン君! カレーをまさか焼くなんて斬新過ぎ……!」

 

「カレーは焼肉にも通用しますからネー」

 

「はははは、おや、ネンジ君。焼肉が消化しきれていないからか、まるで都会の汚れに汚れたスライムになっているよっ」

 

「なぁに……! 我等の年齢くらいならば多少、汚れることが成長になるのだよ……! ただし、汚れ自体が悪いわけではないからな! 問題はそこから自分がどのような信念で生きるかが重要なのだ……!」

 

この場合、我等というのはネンジ君みたいな種族のことを言うのだろうか?

それにしても皆、テンションが高い。

でも、そんな風に無意味に楽しむというのはそれこそあの三河消滅の時の肝試しの時以来だから懐かしいといえば懐かしい。

だから、素直に

 

「楽し、いね……」

 

小声で発声したつもりだったのだがアデーレ達には聞こえたのか、こちらに顔を向け微笑を返してくれる。少し恥ずかしい。

 

「はい、鈴さん。焼けたのはここに置いておきますからね。これから私は五穀チャーハンを作りますが、鈴さんもいります?」

 

「ん、浅間さんの、チャー、ハン。美味しいから、好き」

 

「あ、自分もよろしくお願いします! 自分、最近まともな食事をしていなかったので今回は超嬉し……何ですか皆さん! その圧倒的憐憫視線は……!」

 

多分、皆ちゃんとアデーレの事を理解してくれたんだと思う。

うん、本当に久しぶりだ。

それに、特に一番なんかほっとしているというか、楽しそうな声があってそれが自分の事にように嬉しくなる。

トーリ君とシュウ君だ。

 

「おいおい親友! その更に高く積みあがった肉タワーはなんだよ! そんなにとって肉がなくなったらネイトのキャラが薄れるだろ!? オメェ、その責任が取れんのかよ!」

 

「ああん!? んなもん知るかよ! 弱肉強食だよ弱肉強食! だからネイトは胸の方にも肉がねえんだよ!」

 

「さ、最低ですわこの副長!」

 

あ、ホライゾンが二人に近寄ってる。

 

「おやおや、熱田様。それはいけませんな。その猿には勿体ないお肉をこのホライゾンがミトツダイラ様に献上しようと思っていたのです。ここでその肉を消されるのは痛恨の極み……! さぁ、このホライゾンとミトツダイラ様のフラグの為に肉を寄越しなさい」

 

「て、テメェ! 言うに事欠いて猿と言いおったな貴様! だが、この肉タワーは誰にも渡さねえぜ……! 肉キャラはネイトだけだと思うなよ!」

 

「ちょ、ちょっと! さっきから私、色んな誤解と誹謗中傷が重ねられている気がしますのですが弁護人は何処に!? な、何ですか喜美、その視線は? わかってるから無理は止めときなさいよっていうその視線!」

 

「ホ、ホライゾン! そ、そのラブラブフラグは俺に対してもあるのかなぁ~? そうなのかなぁ~? よっし、準備OKだ! バッチ来い!」

 

「何ですかトーリ様。そんな全裸で……お腹を冷やしたら大変ではありませんか。ちゃんとお腹を温めましょう」

 

「ひょおおおおおおおおおお!? 駄目駄目駄目ぇぇぇぇぇぇぇ! 流石の俺も焼けた網を押し付けられるのは想定外すぎる……!」

 

ホライゾン、凄い……? と思わず真剣な顔で頷いてしまう。

周りにいるメンバーも全員神妙そうな顔で目を逸らしている。巻き込まれ防止のスキルを皆、如何なく発揮している。

 

「大丈夫かトーリ! 俺が止めさすまでちゃんと生きとけよ! な!?」

 

「あっれ!? あっれ!? 友情を感じるように見せて全然ないというその不可思議リアクションはなんだ親友! さてはツンデレだな!?」

 

「テメェにデレる感情はねーよ!? あ、ナルゼ! テメェ、その表示枠はなんだ!」

 

「は? ただの投稿完了確認の表示枠だけど何か問題あんの?」

 

「ひ、開き直った! 開き直ったぞこの有翼肉食系!」

 

「あ、ガっちゃん。こっちの豚、焼けたから一緒に食べない?」

 

「ええ、あ~んよね」

 

「ええ、からの後が明らかに繋がってねーよ!」

 

最後は皆でツッコんでいるのを見て、うん、やっぱり皆楽しんでるな、と思う。

 

・貧従士: 『皆さん、元気ですねー。絶対に何人かこの焼肉で弱みを握られるポロリを出すと思いますね!』

 

・あさま: 『アデーレって時々、非常に可哀そ……無防備な発言をしますよね。そんなんじゃ、外道共に脇腹突かれますよ?』

 

・貧従士: 『い、今! 今がその脇腹を抉られた時ですよ!?』

 

・賢姉様: 『何!? 脇腹抉って食べたいほど肉が欲しいのアデーレ!? 遠慮せずに食べるがいいわ! ほら! 浅間も一緒に肉を差し出すのよ! せーーのっ、どっこらせーーーーーー!!』

 

・銀狼 : 『こ、こら喜美! そこで胸を持ち上げてどうするつもりですの!? そんなにアデーレの心を抉ってどうするつもりですの!』

 

文字に関しても皆のテンションについていくだけで一苦労である。

皆、凄いなーと真面目に感心する。

自分じゃあんなにおかし……じゃなくて元気よく活動できない。

もっと自分も頑張った方が良いのかな? と何度も思っているのが最近の悩みである。

ただ、これについて父や母や浅間さんやネシンバラ君、シュウ君、"武蔵"さん達などに伝えると皆笑顔でそのままでいいって言われる。

浮かべる笑顔に慈愛と焦燥があるのはどうしてだろうか、と思ってたら

 

「あ、れ……?」

 

知覚に何かが引っ掛かった。

 

 

 

 

 

 

音鳴りさんと自分の知覚の反応の確かさを信用するのは鈴にとって普通に生活するためには必要不可欠の事である。

だから、鈴は自分が間違っているのではないかと言う思考は出来るだけ排除して、とりあえず知覚で感じた方に視線を向けた。

そちらにはシュウ君やトーリ君とかが騒いでいる焼肉宴会場の中央近くであり、それこそあるのはお皿とかコップとか茶碗とか段ボールとかであって

 

……段ボール?

 

何故、段ボールがあるのだろうか?

いや、段ボール自体があるのはいい。現に紙皿や紙コップなどを入れていたり、ゴミ入れとして使うのに幾つか使っているし、周りにもある。

問題はその段ボールの封がまったく開いていないことである。

ここにあるのは全部使っているものである。だから、普通ならこれは封が開いていなければいけないのだ。なのに、あのダンボールだけ封が閉じている。

そして、その理由を鈴は気づいた。

すると、周りの皆も私の視線に気づいたのか、そのダンボールの方に視線を向けている。

 

「……さっきまでなかったわよね、その段ボール? 一応、聞くけどあんたらの誰かの仕業じゃないでしょうね」

 

「小生達は予備のお皿とかはそんな中央に置いたりしていませんし、小生達が持ってきた段ボールとそれ。少々違いますね」

 

「先に聞くが犯人いるなら手を挙げてみろ」

 

「セージュン! セージュン! 俺が言うのも何だけど、オメェ、本当に適応力高ぇな!」

 

それで時々手を挙げる人がいる時もあるけど、それってうちのクラスだけの個性なのかな……?

 

自分達の個性と聞くとちょっとだけ嬉しくなるのはいいことなのだろうか?

思わず、ちょっと口が微笑の形に変わりそうになるのを我慢我慢。

そうしていると

 

「あ~……鈴。一応、聞きたいことがあるんだけどよ……」

 

困った顔というか呆れた顔というか、それらをミックスさせたような顔でシュウ君が声をかけてきたので、その声色に珍しい? と思いながら返事する。

 

「え、と……何……?」

 

「Jud.───その中に人、いるよな?」

 

「ん……いる、よ……?」

 

ざわりと周りがいそいそとその段ボールから離れていく。

自分もアデーレと浅間さんに肩に手を置かれ、手をゆっくり握られて後ろに下げられる。

 

「シュ、シュウ君? ダイレクトに聞きますが───変質者ですか?」

 

「おいおい。最大の変質者がうちのクラスにいるのにこれくらいで騒ぐことねえだろ?」

 

「そりゃ該当者は大量に……ちょっと皆。一応、非常事態なんですから、視線で牽制していないでシリアス保ちましょうよぉ……」

 

真剣な雰囲気って長く続かないよねって思うけど、楽しい雰囲気がよく長く続くから結局、良い事かもしれないと思う。

でも、どうやらシュウ君はどうやら段ボールにいる人の事を知っているようだ。

誰なんだろう? という私の疑問に答えるように心底面倒だという口調で彼が段ボールに告げた。

 

「おい、ハク。いい加減出てきやがれ」

 

「───ばれましたか」

 

瞬間。

段ボールをそのまま突き破って人が飛び出た。

 

 

 

 

 

 

「ぬあああああああああああ!!?」

 

思わず、全員の流れに乗って段ボールから突き破った人間から一気に走って逃げた。

 

うわぁい、ナイちゃん。自分でも思ってたけど結構、ノリがいいなぁ……

 

いいなぁ、と最後に着くのに何故か人間的に駄目になっている気がする。

大丈夫、まだカースト最下位になっていないから大丈夫だよ。

中には走って逃げて、丁度いい距離が開いた人間はポーズを付けて振り返って

 

「何奴……!?」

 

とか叫んでいる変人がいる。

叫んだ後に逃げてくるメンバーにぶつかって倒れて、踏まれていたけど生命力は高そうだからきっと大丈夫だろう。

そうじゃなかったら知らない。

そして、距離が五メートルくらい離れて隣のガっちゃんと一緒に停止して後ろに振り返り構える。

出てきた人型は見た目自分達と同年齢くらいと思われる少年であった。

うちの制服をきっちり着こなしており、顔とかは上から目線風に言えばまぁまぁといった感じで、キリッとした表情が格好よさを与えているような気がする。

ガっちゃんは真面目な表情で既に横で絵をとっているようだから新刊に出るキャラは決定だね。

 

「毎度毎度奇怪な登場かますんじゃねえよハク。偶には趣向を変えねえとそこの売れねえ芸人みたいになっちまうぞ」

 

「おい、親友! 幾ら、親友でも言っていいことと悪いことがあるっていうのがあると思うんだけどそこら辺どうよ!? ほら、仮にも俺はお前より役職は上なんだぜ!?」

 

「うっわ、権力を利用してクラスメイトを見下すなんて……お前、芸人どころか人としてひどいんじゃね……?」

 

「くっそ、シュウ……オメェ……正論言えたのか!?」

 

「お前にだけは言われたくねーよ!」

 

ギャーギャー叫ぶ二人をミトッツァンとアサマチがまぁまぁと抑えるのを余所に件のハクという少年がこちらに軽く挨拶をしてくる。

 

「……お騒がせしてすいません。私はハク。姓無しで熱田神社の者です。若輩者ですが若様の力の一つと思ってください」

 

「ガっちゃん! ガっちゃん! あんまり外伝を進めても本編のあさいてが進まないと結構批判来るよ!?」

 

「大丈夫よ、マルゴット───趣味は仕事のように。仕事は趣味のようによ」

 

「お前、正気じゃねえよ!?」

 

全員が一致団結でこちらにツッコんでくるがナイちゃんもガっちゃんも気にしない気にしない。

何せネタも鮮度が第一なのである。

余り、時間をかけていると他の作者が美味しいネタを奪って行ってしまうので油断は出来ないのである。

日常の隠れた場所で戦いはあるのである。

そして、シュウやんが呆れたようにハクやんを見つつ

 

……? 意識はハクやんの方に向いていないね?

 

対狙撃、暗殺用の訓練をしていると無意識でも相手が発している殺気などは読み取るのではなく視線のように感じる。

よくある嫌な予感と纏められるのがそれを経験則と己の五感を組み合わせた戦術として体に組み込まれる。

無論、忍者などはそういった殺気を隠すのは上手いし、狙撃に関しても一つレベルを上げるとそんなのを意識しない"自然体"で狙うのは当たり前だ。

シュウやんも歩法などでそんなのは当たり前に"自然体"になるのだが、今回はどっちかというとわざとというよりこちらに気付かせるように意識をちらつかせている。

周りも"出来る"メンバーは気づいたのか、少なくとも補佐の二代のみが先にその視線の先を見ているので流石だなぁと思い、そちらを見る。

そこには特に何か不思議じゃないまたもやうちの制服を着た女生徒がおり、顔は少女らしさがあるのだがきりっとしていて雰囲気がルーやんや喜美ちゃんとはまた違った感じに年上雰囲気を出しており、髪はロングヘアーで胸は抑えてあるし、と全体を見ようとして足と手指を見た瞬間にどうしてその人物が注目されているのか悟った。

 

……手指にタコが出来ているね……?

 

教導院の学生なら余り、おかしくはない武芸者の特徴。

術式によって確かに消せるといえば消せるのだが、やはり術式に頼りがちになるのは問題ではあるし、それも訓練の一環で生まれた傷なのだし、実践においても起きうる傷の一つなのだ。

だから、そういったのを消すのは余りない。

だから、普通はそういった事はないのだが

 

……あれって一般学生だよね?

 

総長連合揮下の人間でもなければ三河から参加した警護隊のものでもない。

そういった人物リストは総長連合と生徒会には必ず回されチェックされる。

だから、一般学生がそんな武芸者であるとは思えないとは言わない。実際、うちでもノリリンやアサマチといった規格外はいるのだから。

問題はその動きの質だ。

普通に見ていたら何気ない仕草なのだし、動き自体もただこの焼肉に来てさっきのハクやんに驚いたって感じなのだが……動きのキレに無駄がわざとらしく有り過ぎる。

溶け込んでいるが故に違和感。周りに合わせ過ぎているのだ。

つまり、とそこまでの思考に答え合わせするかのようにシュウやんがそちらに振り返りもせずに

 

「碧も来てんだろ? 似合わない変装せずに普通に来いよ」

 

「じゃあ、遠慮なくいくわ」

 

その女生徒がいきなり近くに立てかけていた長い布から薙刀を取り出してシュウやんに迫った。

 

 

 

 

 

 

 

碧は怒りに駆られていた。

勘違いしてもらっては困るが、別に彼に対して凄い恨みがあって虎視眈々と狙っていたとかそんな悲劇あふれる今時ストーリーとかではない。

そんなのがあったら今頃もっと酷い目に合わせている。いや、マジで。

だから、今回のは有り触れた仕返しである。

それすなわち

 

「襲撃の前の晩のおかずを取られた恨み……!」

 

だいぶ前の恨みだが忘れたりはしない。

基本、怒ったことは余り忘れないのである。怒ったことを忘れたら仕返しするのを忘れてしまうからである。

留美さんが作ってくれたそんじょそこらの料亭よりもかなり上手い唐揚げ。その一つを流れるように攫っていったのが、この我らが神の代理神である。

信仰している神に何という事をと言う感じだが、神道アバウトだから大丈夫。

元より暴風神なんだからそこら辺は許してくれるだろう。本物もこの人も。

だから、遠慮なく

 

「死ねーーー!!」

 

「少しは遠慮しろ」

 

瞬き一つした瞬間に目の前に一つの物体が浮かんでいた。

訂正するところがあった。

浮かんでいたのではなく、飛んできていた。お箸の一つが。

 

……何時の間に!?

 

瞬きする寸前にはこんなものはなかったから必然的に投げられたのは瞬きした瞬間になるのだが、投げた本人はこちらに振り向いてすらいない。

こちらが目蓋を閉じるタイミングなんて計れるはずがないのにどんな風に計ったのか。

しかも、躊躇いなく目に当てる軌道で投げているのが恐ろしい。

 

躊躇とかないの……!?

 

そこに怒りよりもむしろ感嘆を覚えてしまうのは私も熱田寄りの人間であるという事だろうか。ちょっと鬱になる。

だが、問題は箸である。

気付くのは直ぐだったので反応は簡単だ。

無理せずにそのまま左足を一歩進め、体を左半身に預けるように傾ける。それだけで右目を狙った箸は簡単に躱せた。

そう思った。

 

「あいた」

 

額に何か固いものが当たって一瞬視界がそれに集中する。

 

……箸!?

 

さっき避けた筈のものがと思うが、一秒くらいで理解を得る。

 

……もう一つあったものを投げたのね!?

 

箸なんだから使うなら当然二つ棒が必要である。

というか、それ自体は別段問題にしていない。一つしか投げられていない時点でもう一本来るくらいは予想していた。

問題はその投擲速度とタイミングである。

前者はまだいい。剣神という規格外の存在が投げたものとしては普通である。問題は後者。

投げられたタイミングは自分が回避すると決めた段階くらいしか、振り返っていない体勢ではそれくらいが投擲スピードの限界だと思われる。

そのタイミングで彼はこちらがどんな風に避けて、どこに額が来るのかを予測したということになる。

流石と今度こそ純粋に感動を覚えてしまう。

戦闘系副長となるに相応しい我等が神様。自分の信仰を捧げるには相応しい存在であると改めて自覚しながらも、視覚を取り戻す。

取り戻した視界が移すのは服であった。

 

……制服を脱いで視界潰し!

 

よくある手段であると思った。

箸と制服の二段目潰し。だから、既に彼の場所の正確さを知らない。横から暴風のような痛みを感じるような風の圧を感じながら必死に脳内でどこにいるのだろうか、と考えつつ

 

「───」

 

結局、思考総てを無視して、経験と勘で薙刀の石突を後ろに突いた。

 

 

 

 

 

凄い決断力で御座るな……!

 

恐らく、このクラスでかなりこの二人の勝負を気になっている人間として二代は二人の動きを見ていた。

いきなり現れた女生徒が何者かは知らないが、シュウ殿の知り合いであったようだからこれは一種の訓練と思って行動していたが感嘆する動きばっかりで見るのを忘れそうになる。

今もそうだ。

少女が取った判断力に感嘆を示している。

後ろに放った石突き。一見、無茶苦茶に放った軌道にしか見えないのだが、それを二代は素晴らしいと称賛できる。

何故ならそっちの方角にはシュウ殿がいるからである。

この目で訓練以外で彼の動きを見るのは初めてだが、速い。

スピードは加速術式を使っている自分の方がやはり速いとは思っている。彼のはあくまで肉体強化で常人よりも身体能力がおかしいという速度なのだ。

能力の限界なのか、加速術式よりも多少遅いが、加速術式と違って自由度がある驚異のスピードで後ろに回った。

スピードも凄いのだが、足運びも見事であった。自分はドタドタ走っているようなものだから、純粋に美しいで御座るなと感想を抱いた。

だからこそ、少女の反応は素晴らしかった。

正直に見れば、ほぼ勘のようなものだったのではないかと思うが、あやふやな理由での攻撃なのに鋭さがあった。

そして、その勘も補強するものがあった。

 

……音と風で御座るな!?

 

足音に関しては恐らく日々の経験による慣れ。

日常で慣れ親しんでいる人間の足音を見なくても何となく解る。そういった経験からこの焼肉会場の大量の人間の足音から読み取った。とはいってもやはり、そうかな? レベルの読みだろう。

一番の補強材料は恐らく風である。

人が走る事によって発生する風の流れ。それも、この場合は強化された人体が生み出した強風だ。

細かい場所はともかく大まかな位置くらいは掴め、そして音で更に位置特定を補足する。

基本中の基本の行動予測の足掛かりだが、あの状態でそれを冷静かつあそこまで特定できるのが凄まじい。

見事で御座るな、と素直に賞賛できる。

ならば、逆にこれからを括目してみなければと思う。

まだ、熱田殿がまともに戦っているところをこの目で見たことはない。訓練で動きは見ているが実践と訓練はやはり違うというのは普通だ。

宗茂殿との戦いは映像としては見ているが、やはり生で見るのと映像で見るのは違う。

 

……どうするで御座るか!?

 

彼の体勢は今は前屈みで、彼女の背後から襲いかかるような姿勢を取った直後だ。

あれでは横や後ろに跳ぶのは難しいだろうし、上など以ての外だろう。

なら、自分ならばどうする? と思ったところで

 

「───」

 

剣神が動いた。

 

 

 

 

 

へぇ、と直政はその判断に素直に同意する。

熱田は迫りくる石突きは無視して、そのままの直進を願った。

無論、ただ直進するだけでは相手の攻撃をもろに喰らうだけ。

だから、当たらない位置に着いた。

 

「獣のような前傾姿勢にしただけだがね」

 

まぁ、効果はあるし、それが一番有効だとは思う。

左右なら恐らくあの少女は合わせてくる力量があるし、後ろは論外。飛べばその間無防備。かといって下にいるだけでは相手が体勢を直してくる。

ここは攻めの姿勢で間違えていない。

それに薙刀とは珍しいが、リーチで言えば長物だ。そういった武器は下に向けるには不向きである。槍でも薙刀でも、地面に当たれば刃は歪むし、石突でも反動で手が痺れる。

だから、一見熱田が押したように見えるけど

 

「お」

 

その前に少女の背が一気に低くなる。

否、低くした。

膝を曲げて、前傾姿勢で傾いた姿勢に合わせたのだ。これならば、下に姿勢が下がった熱田を狙えるし、いざという時の次の動きに繋げられる。

慌てて後ろに振り替えるなどをするよりもいい判断だ。

そして軌道修正された石突きは直撃……とまではいかないようだ。精々、当たるのは肩くらいだろうがそれでもあの勢いなら罅は確実な気がする。

さて、ではうちの副長はどうするやらと煙草を吸いながら見ていると

 

「───」

 

そのまま前に進みながら左に多少傾いた。

あん? と思ってそれを見る。被弾面積を少しでも減らそうとして左に傾いたのだろうか。

だが、あの位置だとまだ左肩に食らうが、まぁ無理に肩を動かせば避けることは可能かもしれないが

 

……それじゃあ次の変化に対応できないさね。

 

あれだけの力量を持っている少女だから万が一の外れた場合の攻撃方法くらい構築しているだろうと思う。

例えば薙刀を手首だけで方向転換するとか、空いている左手で肘打ちをかますとかなど。

それらがわかっていない剣神ではないとは思うが

 

「まぁ、お手並み拝見か」

 

だから、自分はじっと次の動きを見ることに専念した。

 

 

 

 

 

……やるじゃねえか、碧。

 

対峙している自分でも思わず感嘆してしまう。

はっきり言えば、トーリに合わせて俺も熱田の方はほぼ留美とハクに放っておいていたからこの練度になっていたのは結構、驚きである。

この調子だと他の馬鹿どもも期待できるなぁ、と思う。まぁ、留美が指導してんだからこの程度にはなるかとも思うが。

ずっと昔から頭が上がらないとは思っていたが土下座で許されるだろうか。やはり、素人の土下座じゃあ無理かなぁと思っている間に

 

「お?」

 

そういえば薙刀が迫っているのを忘れていた。

今のままだとまだ肩に少し当たる角度である。

加護があっても罅くらいは避けれないくらいは理解できているし、避けることはできてもその後の変化についていけないことは理解している。

だから、避ける気はなかった。

 

「よい、しょ……」

 

右足を一歩前に進めることにより腰の連動で右肩を前に押し出す。

すると右半身が前に出て、それで本当に紙一重の回避をすることができるがそれじゃあ意味がない。

来た。

薙刀の石突きが本来自分の肩があった位置を貫こうとして風を切る。

そして、本当にギリギリで回避ということなので当然、服と肩の削るように触れようとして

 

「ふん……!」

 

体を少し後ろに流れるようにずらし突きの勢いに合わせるようにして、そのまま薙刀を弾いた。

 

「……!?」

 

碧が驚いた顔をするがチャンス到来と言う物だろう。

直ぐに、前に詰め寄りまずは左肘を抑える。これによって左腕はまず動かせない。足も間にこちらの足を入れて動くのを制限させ、後は罰だ。

 

「喰らえ……! 先祖直伝! パイクラッシャー……!」

 

そのまま空いている右手で思いっきりその乳を揉んだ。

 

 

 

 

 

 

聞きなれた種類の悲鳴を蔑みの視線で見ながら先程の攻防をミトツダイラは思い出す。

 

……無茶苦茶な!?

 

最後の薙刀を弾いた方法に関しては理解できる。

腕を痙攣させるかのような力の入れ方で触れた薙刀を横に弾いただけだ。

言葉で語れば簡単で、理屈でも解ると言えば解るのだが実戦でそんなのを上手く出来る筈がない。

タイミングをずらせば触れた個所が切られるだけだし、突きの勢いに乗って後ろに流れるはずの体を無理矢理前に戻すのも、何よりも武器に対して斬られに行くようなそのメンタルが有り得ない。

心技体とよく言うが、正しくそれらを全て兼ね備えなければ無理であるキチガイ度である。

そしてそれを成した本人は別にこれといって表情を変えることなく少女の胸に触れた右手をわきわきにぎにぎさせながら、唐突にその手を挙げて待ったのポーズをとった。

 

「待て智! まずは俺の謝罪を聞いてから対応を考えてみねえか?」

 

「ほほぅ? ようやく謝るということについて理解できるようになってちょっと私、嬉しいです───喜ぶにはほぼ違う感情が胸を占めていますが」

 

反応早いぞ、と皆で一緒に呟くが既に矢まで構えている智と副長は無視していた。

 

「ああ……確かに俺は今、お前に不義理を働いたな……罰のつもりでやったが確かにこれはいけねえ……」

 

「……私に?」

 

とは言ってもやはりシリアスの雰囲気への移行ではなさそうなので、どうでもよさげにその成り行きを見守る事にした。

恐らく、予想が正しければ結末は一つですわね、と思いつつ無我の気分で聴衆に変化する。

 

「……この場合、不義理を働いたのは私ではなくそちらの人だと思うんですけど……?」

 

「否───お前の乳を至高だと思っているのに他人の乳、しかも普乳を揉むとは……これぞ痛恨の極み……!」

 

ポーズを付けながら叫ぶ副長を智は固まった笑顔で見ながら───黙って矢を十本以上取り出してから全部一斉に放った。

効果音で言えばズドドドドドドドドドドーーーーン!! という感じ。

悲鳴で言えばぐげっ、と蛙が潰れた様な声が響いてその後に壁に激突したような音が響いて無音になった。

壁のほうを向いたらきっとグロく死んだ何かが見れるから見てはいけないだろう。智の方も同じ理由で見てはいけない。

グロではないが、見たら巻き込まれる。

だから、ミトツダイラが見たのは二人ではなくさっきいきなり登場した2人の方。

碧と言われた少女も恐らくハクという少年と同じで熱田神社の人間。

そして、このタイミングで二人がここに現れたという事は

 

「熱田神社もこれからの武蔵の行く末を考えているということですのね……」

 

その中心人物になっている全裸とホライゾンと壁で死人ごっこしている副長とかを見て思う。

大丈夫ですの、これ?

 

 

 

 

 

 

 




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男女の綱引き

不足した言葉で満足する自分

……甘いですねぇ

配点  (ちょろい)


これは一体どういう試練で御座るか……!

 

と、忍者学生点蔵・クロスユナイトは脱衣場で悶えていた。

そう、脱衣場。英語弁で言えばDressing room。

敢えて付け加えるならば即席のと付けてもいいかもしれない。

 

その用途は?

 

当然、ここで服を脱ぐことである。

 

何故、服を脱ぐのか?

 

それは勿論

 

「風呂に入るからで御座る……!」

 

思わず拳を握って力説してしまったことにはっ、としてしまう。

いかん。ここで大きな声を出して叫ぶと

 

「あの……点蔵様? 如何しましたでしょうか?」

 

「い、いや! 何でも御座らんよ!? 傷有り殿!? そう! これは極東の忍者の基本の精神統一! 口に出すことで覚悟を決めるもので御座るよ!」

 

「まぁ。そうなんですか? 極東の忍者や侍はいざという時はHARAKIRIというものをして主君に覚悟を示すと聞きますが……まさかそれを?」

 

覚悟の難易度が一気に上がったで御座る……!?

 

まさか冗談を言ったら腹切りをしている事になるなどとはどんな人間が予想できようか。

思わず風呂場の方を見て───敷居に傷有り殿のシルエットが諸に映っており思わずふぬぅ……! と唸る結果になってしまった。

そこに映っているシルエットが明らかに男性ではなく女性らしい柔らかなもので胸部と思われる場所にはそれは見事な御手前なOPPAIがありまして

 

な、何とけしからん事を! 自分、忍者としてそう! 刃の下に心あり……心は心でも下心ではないで御座るよ!?

 

誰に言い訳をしているのかと内心のツッコミに身悶えしながら正気に戻るために精神的チンコをフルボッコして冷静になる。

というかうちの副長はリアルでこれの数倍の威力を受けているのか、と思うと凄い冷静になれた。

どうしてこうなった……! と少し回想する。

 

焼肉での副長吊るし上げ

    ↓

トーリ殿による風呂作ってくれたんだから一番風呂入ってこいよという有難い言葉。ただし、傷有り殿と一緒というハッピー

    ↓

  今に至る。

 

OH,簡単だし微妙に何一つ繋がって御座らんよと嘆く。

だけど今回に限ったことだけを言えばトーリ殿は別に悪くないという不思議がある。

あの御仁のせいでなかったことは珍しい。

明日は血が降るで御座ろうなと思いながら、ふと思う。

 

……シュウ殿には気付かれているような感じで御座るがなぁ……。

 

磔にされながら風呂に行こうとしていた自分達を見て物凄い笑いを堪えている表情になっていたし。

鏡を見たほうが笑えるのではと言える状態ではなかったので言わなかったが。

そしてその事について彼は黙認した。

つまり、彼は傷有り殿が男性ではなく女性で嘘……と言えるものではないとしても周りから見たら騙している形になっている点蔵の独断を認めたということになるが、当然自分は気づかない振りをしたので無問題だろう。

 

でもこの状況は問題ありまくり……!

 

先程、女子共がこちらを確認しに来たし時間はない。

しかしそのまま女子を無視するのは外道メンバーだから有りかもしれない。ただしその後に生き残れるかが問題だが。

入るのか、入らないのか。

金髪巨乳の人と風呂? 自分は明日悶死するのだろうか。世界は何時からこんなに輝く星のような世界になってくれたのだろうか。

ビバ世界。こんな日陰者の忍者に光を与えてくれるとは……!

 

「って人として間違ったルートに入ってはならんで御座るよーーー!?」

 

いかんいかん。

恋仲でもない男女が同じ風呂に入るなどとは忍者どころか男の風上にも置けないではないか。

そう思うとどこぞの総長兼生徒会長と副長は男の風上にも置けない存在であると思ったが今更の事実だ。何も問題ない。

元々生物として埒外だからアレらは。

 

「あ、あの……点蔵様……?」

 

「……はっ。は、はいで御座る!? 何かおかしなものでもあり申したか!? どんなもので御座るか!? もしかして三流ヤンキー口調の馬鹿で御座るか!? それとも全裸股間モザイク馬鹿で御座るか!? 直ぐに滅菌するので傷有り殿はお下がりを……!」

 

「い、いえ……そんな特異な精霊は今のところ見えていないので大丈夫です」

 

まさかあの二人が精霊に昇華されるとは思ってもいなかったで御座る。

いやまぁ、精霊も精霊で全てがファンタジーみたいな性格をしているわけじゃないのだからいいのかもしれない。

あの二人も脳内ファンタジーだし。

そして自分の戯言で遮ってしまった傷有り殿の言葉に耳を傾けようと思い

 

「その……私は構わないのでどうぞ点蔵様もお入りください」

 

「───」

 

いいので御座るかと反応する前に思わず鼻から込みあがってくるものを堪えた。

これではナルゼ殿のキャラと被るではないかと必死に抑え首をトントンとし、はぁ~~と息を大量に吐き

 

まさかこのようなイベントが起こり得るとは……!

 

人生とは何という意外性に満ちたものだろうかってその言い方は傷有り殿に失礼だ。

というか流石にあちらがこちらを慮って言っているということくらいは理解できる。

 

「───別にこちらの事は気にしないでもいいで御座るよ。自分達のクラスメイトも器量が狭い人間では御座らん故に多少待たせても大丈夫で御座ろう」

 

「それならば尚の事早く御風呂に入った方がよろしいのでは? 女性ならばやはり待つ事に苦はなくとも汚れを落としたいとは思います」

 

女性視点の言葉には流石に否定できる言葉が無かった。

自分の勝手な女性像はそういうものではないか、と告げ、そして現に女性である人からもそう告げられると否と答えられない。

 

「───私なら大丈夫ですから」

 

二度目の促しに点臓は覚悟を決めるしかなかった。

 

 

 

 

 

点蔵はそうして風呂に入ろうと扉を開けると真っ先に顔面に当たるのはまず湯気であった。

温泉特有の熱いのではなく粘つくようでいてそのままするりと顔を抜けて温度だけを与える曇り。

ネシンバラ殿とかアデーレ殿ならば眼鏡が曇る……って風呂場まで眼鏡をかけているわけではないで御座ったなとどうでもいい事を考えながら進み、そして目の前の肌色を見てそんなどうでもいい思考は一瞬で弾けた。

 

「───」

 

その字名(アーバンネーム)を裏切るかのようにその背は体の表面にあった傷の一欠片も存在しておらず白磁のような肌とよく小説などで使われる例えがあるが語彙が足りない自分では確かにそれ以上の褒め言葉を探す事など出来なかった。

女子の肌を見慣れていないからと言われたらその通りなのだろうが、クラスの女子と比較するのはどっちに対しても失礼だろうと思いつつ、この人がどんな生き方をしてきたのかを改めて実感した。

 

「? ……あの……?」

 

「むっ……あ、Ju,Jud.失礼したで御座るっ」

 

慌てて彼女からの視線を逸らし、先に体を洗う。

極東の風呂の入り方としてまずは体を洗ってからっ。そう、それが一番大事。

決して振り向いた彼女の体の前面が視界に入ったからではないで御座るっ。

ないったらないで御座る。

いそいそと間違いなく逃げるように体を拭きながら思う。

あの御仁らはちゃんと会議しているんで御座ろうな。

 

 

 

 

 

 

「はいいいいいいいいい! 早取り肉競争また俺の勝ちぃぃぃぃぃ! どうしたんだよネイトぉ? このままだと俺の十五連勝だぞぉ?」

 

「くっ……! まだですわ! 如何に副長の勘が人並み外れていても肉が焼けた臭いは私も覚えましたわ! 後は反応速度だけ……!」

 

「では拙僧は遠慮なくシュウに票を入れようか。どうやら暴食レベルは今のところシュウに軍配が上がるようだしな」

 

「へっ、ウルキアガ……てめぇの勘が間違ってない事を証明……あ、テメェ! こんのクソ商人! 俺に対してどうして金を向けている!? 妨害工作でこの賭けを乗り越える気だな!? おいネイト! 騎士としての誇りとやらで止めろよ!」

 

「ふふ……騎士として敗北の汚名を晴らせるのならば何の躊躇いがあるというですの……!」

 

「肉! これ肉だからな!?」

 

正純はとりあえず無視して草を食うのに専念する。

肉も別に嫌いというわけではないのだが、こってりしているのはそこまで得意ではないので焼肉でも野菜を多く頼んでしまう気質なのだ。

まぁ、その分はあそこに集まっている肉食獣共が食うから大丈夫だろう。

先生もいるし。

 

「やぁねぇ光紀。人間食べたいもの食って、飲みたいものを呑むのが一番なのよ? へ? 太るんじゃないですか? や、私あんまりそういう事ないし……あ! 光紀!? どこ行くの!?」

 

表示枠越しの会話が酷い、と思うが気にしたら巻き込まれる。

 

やれやれ……さっきまでの会議が嘘の様だなぁ。

 

周りの騒ぎに飲まれないように思わず現在ではなく過去に視界が逆走するが気にしない。

過去へと帰る起点は自分の内面ではなく人物だ。

そこにいるのは見慣れたとも言える巫女服を着た人物であり、同性の自分でも見惚れる顔と黒髪の美髪を持った少女であり葵姉が物凄くいい顔を向けている同級生であり、顔を物凄く真っ赤にしている少女。

浅間だ。

 

 

 

 

 

浅間の意識は今も過去に飛んでいる。

飛んだ行く先はほんの数分前……と自分では思っている時間帯。

もしかしたら実は数時間前とかになっているかもしれない。

隣で喜美が意味不明にクネクネしているがそれすらも自分の視界に入ってこないくらいに意識が過去でループしている。

その原因となった映像が頭の中で再び思い浮かぶ。

それはまず正純による対英会議はどうなるか、ここでならまだトーリ君の世界征服宣言を撤回すると事は出来るといったことであった。

その部分を聞いたときは思わずシュウ君の方を見てしまったのだが───真面目な話の中で躊躇わず私が作った五穀チャーハンを凄い勢いで食べているのを見て半目になるのを実感した。

 

 

・剣神 :  『智が作ったチャーハンは全て俺の物……! あ、気にすんな鈴。お前の分はちゃんと取っているからよぉ。ただしアデーレ。お前は駄目だ……!』

 

・貧従士:  『な、何て外道な! 差別か区別かは知りませんが平等という二文字を尊びましょうよ!』

 

・金マル:  『平等という文字を尊ぶには格差が世の中あるからねぇ……』

 

・●画 :  『ええそうね……特にアデーレには大きな差があるものね───身長っていう。さぁアデーレ。今あんたが思った世の不平等を遠慮なく叫びなさい。ちゃんと同人誌に反映してあげるから』

 

・貧従士:  『じ、自白させて自分のストレスを上げさせるつもりですか……!』

 

アデーレが可哀想な事になっているので仕方がないのでアデーレの傍に肉を置く事にした。

野菜とかも置こうとしたがもうこの場所にはほとんど無くなっているのでそこは我慢してもらうしかない。

 

基本、皆食べる人が多いですからねぇ……。

 

自分も別に小食というわけではないのだがナルゼやナイト。ミトといったメンバーには流石に負けるしかない。

いや、別に勝つ気もないのだが。

まぁ、そこら辺は種族差とかそういうのもあるから仕方がない。シュウ君は種族差を超越してちょっとミトの芸風を乗り越えようとしているが知らん。

そこはミトに任せよう。

 

「あ!? 浅間君! 浅間君! 何やらシュウ君、チャーハン喉に詰めて死にそうな形相になっているよぉ?」

 

『シュウの加護には喉詰まり予防などはなかったか……』

 

イトケン君とネンジ君の言葉にはいはい、と頷き水はどこだったですかねぇ、と思って探そうと視界を回そうとすると

 

「はい、シュウさん。ゆっくり飲んでくださいね?」

 

何時の間にか彼の傍に後ろで髪を括った小柄の少女───留美さんがいてにこやかな笑顔で水を渡していた、

 

……む。

 

思わず色々と思考してしまう自分なのだが……なのだが。

そもそもその色々と思考してしまった内容を外に吐き出すには自分には色々と足りていないことがあるというくらいは流石に頭を冷やして考え付いている。

そう思って何もなかったかのようにまた何か取ろうかと思っていると件の彼がこちらに来て

 

「智! 智! 食っちゃ寝してぇから膝! 膝貸してくれ!」

 

などと枕を要求して来るので思わず笑顔を浮かべてそのままこちらに寄せようとする後頭部を片手で掴み、そのまま網を突き破って焼けた炭に顔面を押し付けた。

ひぃぃぃ!? などと言って周りが怯えて逃げるが、加護があるからノーダメージでしょうに、と思う。

 

……あれ? そういえばシュウ君の加護は頑丈になるだけで痛覚はあるんでしたっけ?

 

思わず彼を見ると既に両手両足はまるで死体のように垂れ下がっており、顔面は焼けた炭に埋まっていて見えない。

数秒、周りが嫌な沈黙をするがまぁ、大丈夫でしょうと思いそのまま後頭部から手を放して水を飲む。大丈夫じゃなかったら知らん。

周りが修羅嫁とか剛殺な鬼嫁などと騒いでいるような気がするがそれも無視する。

そして馬鹿な事をしている最中でも当然話は続いており、途中まではシリアス話だったのだがいきなりトーリ君がホライゾンに対してデートを申し込む。

 

曰く、お前が感情に興味を持てるか試してみねぇか、と。

 

途中までにホライゾンが泣いたりしてハプニングがあったがそれでも最後は纏まってくれたので良かったです、と思ったのだが

 

「おいおいおい! テメェ、トーリ! オメェだけデートってぇのを俺が見逃すと思ってると思うのかよ!」

 

ガバッ、とさっきまで焼けた炭に顔面を埋めて死んでいたシュウ君が突然復活していきなりトーリ君に文句を言ってるのだ。

 

「ああ? 何だよシュウ! オメェ、相手がいないからって俺に嫉妬するなんて……オメェとのデートはまた今度な!?」

 

「誤解しか生まない言動をするんじゃねーーーー!!」

 

既にナルゼの指が動いている時点でその叫びは無意味だという事には最近学習してしまった。

理不尽っていうのは何時だってこんな場面で生まれてしまうのだ。

 

「じゃあオメェ、何が言いてぇんだよ?」

 

「はン、決まってんじゃねぇか───智!」

 

すると何故か急にポーズを決めてこっちにいい笑顔で振り返る剣神。

 

……む。

 

このパターンは知っている。

こういう時のパターンは大抵シュウ君が馬鹿な事を言う、もしくはすることによって外道タイムが発動する時間帯だ。

そして私をここまで指名するということは……胸を揉んでくるかもしれないということなのでとりあえず腕を組んでガードする。

すると自分の腕で胸を抑えることによって胸は当然膨らんだかのようになって周りがマジ顔になってこっちを見た。

 

・銀狼 :  『格差……! これが格差……! 世界が平等にならない原因がここに有りますわ……!』

 

・煙草女:  『憤ってもどうしようもない事を言ってどうすんのさ』

 

・貧従士:  『い、いえ! それはみ、認めてますよ! ええ……認めた上で広がるこの下剋上魂……! 争いってこういう感情で起きるんですね……』

 

・あずま:  『……この話題ってもしかして最終的には誰も救われないエンディングしか用意されていない?』

 

確かにそんな気がしまし、私に憤られてもと思うのはこれは相手にとっての理不尽なのだろうか。

でも鈴さんやナルゼは気にしていないし。

性格と言うか人格と言うか、とりあえずそういうものの差異によって生まれる憤りなのだろうと思うだけ思ってとりあえず無視して恐らく次に来るであろう馬鹿な台詞に対して完全ガード耐性発言を放つ。

 

「俺達もデートしようぜ!!」

 

「お断りします」

 

瞬間、何故か彼がいきなり攻撃を受けたかのように弾かれた。

 

 

 

 

 

 

 

あらあら、と喜美は笑いながら馬鹿がフィフスアクセルかまして焼肉の台にぶつかってその煽りを御広敷がぐわーと受けているのを見て思わず笑いながら、しかし視線は浅間に固定した。

何故なら本人が断った直後に浮かべた表情を見ている方が楽しいと思ったからだ。

そして浅間は今、自分は何を言われたんでしたっけ? という表情を諸に浮かべており、現実を全く直視出来ていない子供みたいな表情を浮かべており、一秒ずつ理解が彼女の頭に浸透して

 

「……へっ!? え!?」

 

一気に顔を赤くして頬などを抑えにかかったのが可愛い。

ここ最近ではあんまり見なかった悶えようだ。

いいわ、と思う。

存分に出しなさいよとも思う。

幸福を抑えて我慢するような面白くない女などではないでしょう? あんたはもう少し"高い"わ。ならその"高さ"を自慢しなさいよ、と。

まぁ、そう言って素直に振る舞わない生真面目な性格であることも知っているのでなら促進させる役割は当然原因の馬鹿なのだが、本人は吹っ飛んだ先で

 

「ば、馬鹿な! あのタイミングと状況でこうも手痛いカウンターを受けるとは……! な、何を間違っちまったんだよおい!」

 

「親友! 親友! よく考えてみようぜ!? 一番間違っているのはもしかしたら鏡に映っている存在っていうのが答えっていう単純な方程式があるかもしんねぇぜ!?」

 

「て、テメェ……! 勝ち組だからと言って偉そうに……! 大体! 俺のどこが間違ってるって言うんだよ!? 言ってみろよこの馬鹿! 俺は常にエロスと乳とぶった斬り欲旺盛なただの神様だぜ!?」

 

「そこが間違ってんだよ!」

 

周りの皆がツッコんでも神はめげない。

愚弟も一緒にヒートアップしている。

 

「もしかしたらシュウ。オメェの下心が浅間に読み取られたのかもしれねぇぜ! よし! シュウ! これ飲んでオメェに下心がないかを浅間に証明してみろよ!」

 

「ああ? 上等だぜテメェ。俺のピュアな心を聞いて逆に赤面すんじゃねえぞコラァ!」

 

全裸の懐から取り出した瓶を迷うことなく手に取って瓶の口を開けるのではなく握力だけで潰してそのまま飲む。

こういう時は加護とか剣神なのね、と思うが状況はこちらの思考よりも前に進む。

 

「よし! 智! 俺はお前の乳乳乳尻太腿首筋……いかん! 俺の思春期が!?」

 

「それはただの性欲だ!!」

 

くるりとトーリに振り向きながら商品を見る熱田。

 

「ってあ!? これ頭が幸の村製作所製品の自白剤『も、漏れちゃうぅーーー!!』 じゃねえか!? てめ、トーリ……謀ったな!?」

 

「謀ってねーーもぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!! オメェの欲望が勝手に漏れただけだもぉぉぉぉぉぉぉぉん! ざまぁみやがれ極東神話のエロ神め!」

 

「なろっ……! テメェこそこれを飲んでも毒舌娘相手に下心を漏らさないって言えんのかよ!? そのLOVEに不純物がないって言えんのか!? ああん!?」

 

「はーーーーーーーー!? オメェとは違うんですだよオメェとは!? んなの簡単にやってやんよ……!」

 

そして愚弟も熱田から残った中身を奪い取って飲み干して

 

「よしホライゾン! 俺は乳乳尻尻尻尻太腿太腿太腿首筋……! ───人間素直が一番だもんな!?」

 

「小生思ったのですが、これ企画から失敗しているのでは?」

 

「全くもって同意だが残念なことに金にならんからどうでもいいな」

 

「ネタにはなるから使うけどね。自白剤ネタ……でも薬で攻めると単調になりそうねぇ」

 

賑やかねぇ、と思うが何時もの事である。

愚弟がはしゃぐ気持ちも解らないでもないが、今は乙女の時間帯なんだから男が一度攻めたのならば焦らさず攻めなさいよと思う。

そういう時は焦らすのは女の特権よ、と。

仕方がないからぼーっとしている浅間の肩にわざとぶつかるように触れることによって目覚めさせた。

触れ合った肉の感触にはっ、と目覚めしかしやはり顔が赤いまま胸の前で指を絡めてもじもじしている。

可愛いわねぇ、と思うがこれ以上の行動は野暮だろう。

間女など趣味ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ええと……シュウ、君?」

 

浅間は必死に今の自分を抑える。

喜美のお蔭で多少思考能力を取り戻したのでパニックにはならずに済んでいる。

だがやはり今の自分が上がっているというのは自覚している。

声が微妙に裏返っているし、顔も熱い。

視線を彼に合わせようとして微妙にずれていることも。

何故かホライゾンが両腕で"もっと! もっとテンション!"と指図をしている。どういうレベルのジェスチャーだろうか。

軽く摩訶不思議だが気にしている余裕はない。

 

「その……どうして私と?」

 

「ああ? 何を言ってんだ智」

 

何を変なことを言っているんだという調子でこちらを見るシュウ君に思わずぞくりする。

もしかして自分は自分の都合がいい風に解釈をして彼からしたら変な風に緊張をしているように見られたのかと。

でもそれは杞憂であった。

 

「俺がお前を選ぶのがそんなに不思議なことか?」

 

「……あ」

 

ごく普通に彼は私といるのは当たり前であると答えてくれた。

少し言葉としては物足りないというのが素直な気持ちではあったのだけど、正直にこれでいいやと思ってしまった。

自分で言うのもなんだけどちょろい自分である。

もう少しちゃんとした言葉を貰ってから喜ぶべきであると内心では理解しているのだが性格がこれで十分ですと納得している。

単純な性格ですと思いまだ顔が赤いとは思うが口は多分微笑の形になっているとは思う。

とりあえず慌てないようにコホンとわざとらしく咳をしてから息を整えてから

 

「楽しませてくれるなら、まぁいいですよ?」

 

「あ!? 俺がお前を楽しませれないようなデートコースを考えると思ったのかよ!? 残念だぜその信頼レベル! 俺はこんなにもお前を楽しませようとしているというのに……!」

 

「いや語られましても」

 

「いーーや語るね! いいか! 俺は──」

 

突然隣に現れたホライゾンがいきなり彼の鳩尾を貫く剛腕を振りぬいた。

かっ……とやばそうにせき込みをした後、その後バタリと崩れ落ちた。

思わず全員、無表情でその光景を見てしまうがホライゾンはふぅ、と一仕事を終えたと汗を拭きながら

 

「熱田様……そんなに叫んだら唾が焼肉に飛んでしまうではないですか」

 

「ホライゾン! ホライゾン! 愚問かとは思うのですが副長不要論ですの!?」

 

「不要だなんてそんな事は言ってません──ただ汚いと」

 

剛速球という言葉を魔法陣に書いてこちらに見せてくるナルゼがいるがこっちとしては突然の空気のカットに戸惑ってリアクションが取れないので何も言えない。

とりあえずこの調子だとさっきまでの雰囲気は終わりだろうと思い、ふぅ、と思わず息を吐いて力を抜いてしまう。

そこにいきなり背後から抱きついてくる柔らかさがあった。

喜美だ。

 

「良かったわねぇ浅間。もやもやした状態から進展があって。もっと喜んでもいいのよ?」

 

「何がですか。単純に遊びに行くだけです。デートっていっても幼馴染としてですよ」

 

「あんたと一緒にいたいと言われても?」

 

「一緒にいたいと言われただけです」

 

「ククク───いいわ浅間」

 

何がいいというんだこの狂人はと思うが何も言わなくても勝手に続きを語り始めた。

 

「いいわ浅間。ちゃんと自分の価値を解っている女は素敵よ。そうね、あんたはもっと言葉を貰える価値がある女だものね。下手糞な愚剣の拙い言葉だけで満足するには全く足りないわ。もっと本気の言葉じゃないとね?」

 

流石は狂人の理屈だ。

聞いていて意味不明なので後ろの狂人の腕は外して何かを食べようと箸を伸ばそうとして

 

「浅間? そこは空よ?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

碧とハクは先程までの光景を全て見届けた上で碧は恐る恐る視線を別のほうに向けた。

その視線の先には浅間神社の巫女とはまた違った巫女服を着た小柄な少女であり、髪を後ろに纏めて尻尾のように揺らしている

 

「その……留美さん?」

 

「Jud.何ですか?」

 

微笑でこちらを見てくる人に対して言える言葉を持っていない時点で私って語彙が足りていないなぁ、と思う。

まだ決定的な言葉を発してはいないがそれでもあの雰囲気を見て何も感じないほど女も捨てていなければ馬鹿でもない。

時間というか切っ掛けの問題という雰囲気の二人に自分の先輩格で尊敬していると言ってもいい人に何かを言うのは侮辱みたいなものだろうか。

そういった経験が全く足りていない私には何かを言うことが世間一般ではどういう風に捉われるか解らないので語りかけておいて考え込むという状況になる。

 

……うわぁ~。

 

何を言えばいいんだろう。

大丈夫ですよ? なんだその根拠のない言葉は。

しっかりして? 何様だ私。

いい人は他にもいますよ? 最低な言葉じゃないか私。

あうあ~~! と思わず内心で頭を抱えて悩みこんでしまう。

この周りにいる先輩とかを見習うべきなのだろうかと思うが、周りにいる先輩は先程の光景を録画して即座に通神帯に乗せたり、商品にしたり同人のネタにしたりしている。

駄目だ。レベルと次元と住む世界が違う。

というかうちの神様死ぬんじゃないだろうか。まぁいいや。馬鹿だから死なないだろう。

 

……じゃなくて!

 

都合よく現実逃避する頭を抱えてうがぅ~~と悩む。

駄目だ私……と軽く鬱になりそうな所をちょっとした笑みの声が耳に入った。

誰のかは解る。

 

「ふふ……碧ちゃんは真面目ですね。別に私の事にそこまで気を遣わなくてもいいんですよ?」

 

「いや……やっぱりそういう風にした方がいいのかとは思うのですが……」

 

どうも自分は気が回らない性分らしい。

空気を呼んで察するのは得意だと思っていたのだが、相手が留美さんだとちょっと難しい。

お姉さん属性で先輩みたいなのでつい何か手助けしたいと思ってしまう。本当は助けられる分際なのに本当に何様だと思う。

それを察してかハクさんが呆れたかのような溜息を吐きながら留美さんに喋りかける。

 

「……昔からのその性格はそういう時でも変わらないなお前は」

 

「都合のいいように振る舞うには少し生真面目っていう事なんだと思います。ハク君もそうですよね?」

 

二人の会話は長い付き合いからの言葉だからか少し羨ましい。

この二人は私達みたいに武蔵から合流した熱田神社組とは違い分社じゃない本社からの付き合いだ。

 

「……Jud.似た者同士だということにしておこう」

 

言い包めて負けたと言わない方が良いのだろうと後輩としてと思うが、無視したいのだが性格ゆえに無視できない事をハクさんに聞かなくてはいけない。

 

「あの……ハクさん。その手作りらしい椅子は一体……」

 

彼は何故か組み立て式のしかもオリジナルと思わしい椅子を手に持って移動しようとしている。

何だかその椅子は組み立てれば内部が空洞になりそうでしかも人が一人入れそうな感じがする。

こちらの疑問に無表情のまま頷きながら椅子を組み立てる。彼の視線は私からうちの馬鹿神に変わっておりそのまま一言。

 

「───次こそウケを狙ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

とそこまで思い出した碧は結局どうなったのだろうと思い肉を食いながら視線を回して探してみた。

いた。

中身にハクさんがいるであろう椅子は確かに目論見通り座られる椅子になっていた。

ただし上に載っているのは剣神じゃなくてバケツを頭に被って上半身裸マッスルの人だったが

 

「……」

 

あれでは当分何もできないだろうなぁと思い見なかったことにした。

誰だって自分が大事なのだ、うん。

でもよく見たら凄いマッスルな人だ。

とてつもなくマッチョだ。

 

「やだ……! 素敵!?」

 

思わず焼肉そっちのけでそっちを見てしまう。

あの筋肉はたまらない。

筋肉フェチな私には実にたまらない。興奮ではぁはぁ息が乱れているが気にしない。

 

これは是非ともお近づきにならなくては……!

 

何か相手の人がびくっと怯えて立ち上がってその拍子にハクさんが擬態している椅子を薙ぎ払っていたがどうでもいい。

逃がしてなるものかと思い、接近し

 

「あ、碧ちゃん?」

 

「ひいっ!? な、何でしょうか?」

 

いきなりの声に思わず悲鳴に近い叫びを発して答えてしまう。

声をかけてきた人物───留美さんはこちらの悲鳴に驚いて考え込んだが直ぐに大丈夫だろうと思い笑顔に変えた。

その大人の対応にほっとする。

これが他のメンバーなら絶対に色々と攻撃してくる。それも陰湿的に。しかも恐らく筆頭はうちの神様だ。

神様最悪っと思うがよく考えれば極東神話の神様は結構酷かったりエロかったりだった。

うちの良心は留美さんだけだ。

 

「実はですね……この光景を鹿島さんに写真で送ろうかなと思ったんですけどどんな事を書いて送ればいいかと思いまして……」

 

「カシマ? ……ああ、鹿島・黒緒さんですか?」

 

一瞬、何のことだろうかと思うが直ぐに感じに脳内変換すれば答えが出た。

鹿島・黒緒。

鹿島神社の人で建御雷の代理神だ。

どんな人かというと普段は剣やら何やらを作っている剣工であり見た目はそういったイメージを強くする眼鏡を着けて白衣を着てて気の弱そうな親馬鹿の変態なのだが───強さだけで言うならチート過ぎる。

うちの神様も大概だけどあれはない。本当にない。酷いったらありゃしない。

雷関連の神様だからといってそんな方向性(・・・)を求めるなよって感じである。

各国にいる副長クラスでもあの人に勝つのは難しいんじゃないかなぁと思う。

それこそうちの神様クラスの存在じゃなきゃ勝てないだろうと思う。

 

……まぁ今は代理神の方は隠居しているみたいな感じだけど。

 

「別に写真だけでもいいんじゃないんですか? タイトルくらい付けて。あんまり大層に書くよりはシンプルな方が伝わることもありますし」

 

「成程……わかりましたっ」

 

そうして直ぐに表示枠を立ち上げて速攻でスクショをして即座にタイトルを付けて送った。

速い……と思うが一瞬だったが見えたタイトル内容が『原初の光景』と書かれていた気がするが気のせいだろうか。きっと気のせいだろう……うん。

彼女はそんな人じゃないはずだ。きっと遊び心とかだ、うん。自分が映ってなければいいや。

そう思っていると一分くらいで返事が返ってきた。

留美さんがちょいちょいと手を振るので私もその表示枠を見れる位置に移動し中身を見ると

 

『いやぁ、そちらは原人達がうほうほ叫んで元気そうで何よりだね。まぁ、そっちの猿の息子はともかく最近娘が風呂に一緒に入ってくれなくて寂しいんだ……! む、昔はパパの愛人になるーーー! なんて幸せなことを言ってくれていたのに反抗期寂しい……! い、いや僕はまだ諦めないぞぉ? パーパは幸福の前にある壁なんかに負けませ───あちょっと待った待ったハルさんスパナで股間をねじ───』

 

音声入力で打ち込んだものらしいから断末魔まで入っていなくて良かったと思う。

きっとあっちも幸福なのだろう。

あーーあ、と思う。

どこもバカップルばかりねぇ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして四日間の準備ち五日目の豪勢な打ち上げ。

そして第二層での開催式を持って一週間も続く長い祭りは始まった。

その中には二組の男女がおり

 

「ほらトーリ様。エスコートをどうぞ。ホライゾンも初デートの為に色々と勉強しました───男が前に出るのですね?」

 

「間違っちゃあいねえがそれは蹴って前に出すって意味じゃねえんだぜ!?」

 

男の方がくるくるとあーれぇ~声を出しながら異端の開幕デートをしてから何とか立ち上がるノーマルに持ち直して喧噪の中に入り込む。

そしてもう一人の男女は

 

「どれ智。デートらしく腕でも組んでみるか? 何だよその猜疑な目は? 別に俺は腕が組むことによってたゆんたゆんを感じ取れるなんて一言も言ってないし語ってもないないぞ? ───今から語るが」

 

「開き直ったら勝てるとか思っていませんかそれ」

 

呆れた表情と溜息を吐きながら少女の方はそれでもつかず離れずの距離。

一歩横に寄れば触れ合えるが一歩横に寄らなければ決して触れ合えない位置をキープしながらこちらも喧騒に紛れ込む。

 

───祭りはこれからである。

 

 

 

 

 

 

 




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初デートの予定外


初めてと言うのは常に予想外であり

予想外というのは全てサプライズである。

配点(Oh My God)


 

ここが正念場だと熱田は切に思う。

 

集中力を切らすな。

武蔵アリアダスト教導院副長としての威厳を見せろ。

否、これはそんな程度のプライドで進むべきものじゃない。

 

男の矜持を賭けろ……!

 

そして俺は口の中に溜まった唾を呑み込み───人差し指を押した。

 

 

 

 

 

 

「よっしゃ智! 射的でお前へのプレゼントゲットしたぜ!?」

 

「……それはまぁ、純粋に喜びたいんですが……これ、何ですか?」

 

「遠回しに言うが英国は結構過激だかんなぁ」

 

英国名物拷問忍者ゴウエモン。

結構、子供には人気らしい。さっきから周りの子供が意外と持って遊んでいるし。

 

「……キャッチコピーがかなり直接的で『吐くがいい!!』って書かれているんですか……」

 

「愉快なことに吐いた後助けるとは書いていないな」

 

他も似たようなものが多かったのでこんなものだろう。

まぁ、最低限の矜持を保てたので結果オーライでる。

 

「というか私の方がこういうのは得意なんですから私がやった方がよくありませんか?」

 

「……幾らぶっ壊すのが能の俺とはいえ祭の余興に屋台と人を潰させるのはよぉ……」

 

「───前々からの誤解を解きたいと思っていたのですが巫女は壊すとか人を射つとかしてはいけないんですよ?」

 

「……何か食うか」

 

隣からの視線が激しくなったが気にしないことにした。

デートもまだまだ序盤。

ここで油断するなかれ。

デートで女を楽しませない男なんて塵屑だぁ! 

喜美に言われなくても解る理屈である。

次の飯でちゃんとフラグを立たせなくてはと思い、しかし表情では何でもいいやっという感じで保持していたのだが

 

「もう……別にそこまで必死に探さなくてもいいですよ」

 

何故か一瞬で俺のポーカーフェイスは破られる悲惨。

 

「たくよぉ……昔からお前は俺の考えていることをずばっと言い当てるけど何かコツとか癖とかあんのか?」

 

偶には俺にも格好つける暇くらい欲しいのだがこの巫女型決戦兵器は何時も認めてくれないのである。

無駄に格好つけたいわけではないが必要よりちょっと上くらいは女に格好つけたいものである。

だから前々から思っていた疑問を口にしたのだが当の本人は口に指を当てて思案顔。

 

「はて……? まぁ、長い付き合いで何となく解るっていうものじゃないですかね? ───シュウ君だって解りますよね?」

 

「ああ成程。じゃあしょうがねえな」

 

肯定すると智が少し顔を赤らめるので眼福である。

脳内記憶には最早留めておけない記憶量である。

 

……歩法を覚えて正解だった……!

 

実は密かに左手だけ周りからの知覚から外れてカメラを握らせている。

お蔭で胸が揺れる様も含めて智コレクションは増える一方である。

そこまで考え俺はふと思った。

 

俺がやっていることは犯罪じゃねぇだろうか?

 

少し、今度こそ智にばれない様に考えてみる。

確かにこのカメラは智に許可を得ていない。

だからある意味犯罪なのかもしれないと言われればそうなのかもしれないが

 

これは思い出作りだ……

 

悪いことに使うつもりではないのである。

むしろ、後で智の父ちゃん相手にこんな思いであったぜって一緒に酒でも飲んで楽しめることでもある。

つまり良いことだ。

ならば問題ないと思い、カメラを動かすことは止めなくていいと結論付けた。

 

「……シュウ君……さっきから貴方の手元でカシャカシャとまるでカメラのシャッター音らしき音が聞こえるんですがさっきからまるで透明人間みたいに消えているその左手を見せてくれないでしょうか?」

 

「───話せば解る」

 

問答無用に没収された。

ああ……俺のメモリー……音を消せなかったことが弱点であったか……

 

「……項垂れているのは無視して突然シリアスを話したいんですがいいですか?」

 

「Jud.何だ? アイスが欲しいのか? 何段がいい? そうか……十三か……」

 

「ど、どうして私の話を聞かずに結論出して項垂れるんですか! しかも十三は不吉です……!」

 

無視してここら辺の屋台で歩き食いに向いているのは何かな~と探しながら智に話の続きを促せる。

 

「いや、まぁ私でも野暮だとは思っているんですけど……トーリ君とホライゾンの方はどうなっているでしょか?」

 

「そりゃあトーリがホライゾンに這いつくばされてヒィヒィ喜びながらデートしてるだろうよ」

 

「……それってむしろ犬の散歩……」

 

 

 

 

「トーリ様。何ですかその射的のミスは。男が女に格好つけるシーンをミスるとは。これはホライゾン法典的にミスポイントですね。暇潰しの役にも立たないとは……」

 

「お、オメェ! そんなに俺を責めて楽しいか!? 楽しんだな!? あ、待って待って置いていかないで! ほ、ほら……俺這いつくばってヒィヒィ言いながら追いかける楽しみを……! や、やべぇ……文字面だけなら負け犬だ俺!?」

 

「Jud.実によく飼いならされた負け犬です。では伏せるのです───無論土下座で」

 

 

 

 

 

 

 

情景を一瞬で浮かべてしまって鬱になりそうな自分を自粛した。

これはいけねぇ、デート中だというのに精神が坂を転げ落ちる光景だ。

よく考えたら奴ら番屋に追われてねえだろうかとも思うが、それならば他人の振りをするしかねぇな。

 

「いや、ちょっと待って下さいっ。シリアス。シリアスの話を遮らないでください」

 

「───たいじゅ」

 

何時の間にか彼女の右手に構えられている弓を見て断念した。

 

「その……トーリ君達が結論をどうするかとか気にならないんですか?」

 

「……んーー」

 

生真面目な智だなぁ、とは思うがそこが智の性格なのだからと思い、とりあえず周りを見回しながら歩き続ける。

 

「ぶっちゃけて返したらどうなんのか俺が解るわけがねぇ、と感じだな。あいつらの意志はあいつらのもんだし。智こそ。どうなると思ってんだよ?」

 

「あえ? ……あ、私ですか……全然考えてもいなかったですねぇ……」

 

そりゃお前はどっちになっても二人を助けることが丸解りだからだよ、と口に出そうと思ったが何か癪だったので閉じておくことにした。

 

「お……型抜きの屋台がありやがる。何々……襲名者&総長連合&生徒会型抜き……? 女王の盾符はおろか武蔵のもあんぞ?」

 

「そうなると一番面倒なのはウルキアガ君ですか? 色々、パーツとかがあって細かい作業になりますし……いえ一番難しいのはミトですね間違いなく……」

 

「難易度たけぇなぁ……お、俺のもあんぜ。この調子だとトーリとかも……なぁ、あそこにモザイクっぽい型があるんだが……」

 

「……子供達に配慮しているんだと思います……」

 

他国から自分達がどう思われているかを再確認して落ち込み、とりあえず復活してまた何かを探そうとして

 

「───もしシュウ君はトーリ君が世界征服を諦めたらどうします?」

 

今まで一度も考えたことがない疑問を耳に入れられた。

 

 

 

 

 

 

 

浅間は一瞬で彼が不理解の世界に叩き込まれたのを理解した。

 

「……んーーー?」

 

仕草から表情まで何もかもを悩みというものに置き換わっていくのをある意味で楽しんで見てしまった。

 

……もう、馬鹿なんですから。

 

彼も馬鹿とはいえ一応副長だ。

国の武力として国の将来を考える人間である。

馬鹿ばっかりしていて無能に見えるが、既に無能はトップに立っている。

そして彼は何もできない王様の剣なのだから行く先を切り開くものだ。

そんな彼が行く先の事をまるっきり考えずにいるだなんて事はない。

むしろ逆だ。

彼は既に行く先はもう決まっているだろうと完全に思い込んでいたのだ。

判断するまでもなくそうするだろうと信じ込んでいる。

私は知っている。

彼は敵対者に対しては遠慮無用、容赦無用の荒くれ者だが内にいる相手には甘いことを。

暴風の中心点は無風地帯。

つまりとことん気に入った者は懐に入れまくるのだ。

特にトーリ君に対しての入れ込む具合はナルゼの同人でもはっちゃけている。ナルゼ曰くまだまだ再現できていないわね、との事らしいがあの魔女は新概念でも作るつもりなのだろうか。

どうしたものですかねぇ───買いますけど。

 

「……? どうしたよ智。何かまだ聞きてぇ事でもあんのか」

 

「───えあ?」

 

絶妙なタイミングで思考の隙間に言葉を挟まれてしまったので馬鹿みたいな言葉を発すると同時に頬を赤くして少し混乱してしまう。

思考内容が内容なのでばれたら遠慮なく死ぬしかないのだが、死ぬならば部屋にあるトーリ君用の毒見フォルダを消さなきゃ死んでも死にきれないので却下だ。

シュウ君もこちらの混乱に気付いたのか、明らかにこっちに対して不審を露わにしている。

不味い。

このままでは浅間神社の巫女の不祥事が……!

そう思い、焦りに焦りに焦った結果、出た言葉は

 

「そ、そういえば───シンさんや幸さん、ミヤちゃんは元気ですか?」

 

凡そ考えられる中で最悪の選択肢であった。

 

 

 

 

 

 

「……私の鼻がおかしくなっていないのならば何故かここで我が王は犬の様に這いつくばっているのですけど……」

 

「恐らくそれはきっと事実ねミトツダイラ───あんたは優秀だものね」

 

「……この誇れない結果を見つけても……」

 

「まぁまぁミトッツァン。想定内想定内」

 

二人のデートをナルゼとナイトと一緒に追っていたらまさかの事態。これが想定内になってしまう自分の王に俯きそうになるが我慢我慢。

私、騎士。騎士、こんなもので負けてはいけない。

武蔵の騎士であり我が王の騎士なのだ。一番必要な忍耐を鍛えていなければ仕えられないのだ。うん、そう。忍耐は誰にとっても必要なものだからこれはおかしい事ではないのだ、うん。

忍耐だけカンストなどしていない。

 

「まぁ、総長とホライゾンのデートだからこんなものでしょう」

 

「うんうん。言葉選べば犬の散歩だね」

 

マルゴットは時々、直球過ぎと思いますの。

 

「じゃあ副長と浅間はどうなってると思う?」

 

「───公開処刑?」

 

英国の祭りでエロ神が一人昇天する事態になるんですの、それ?

しかも、処刑者は浅間神社の巫女。

神殺しの伝説をまさか身内の巫女が生み出すことになるとはどんな物語ですの。しかも動機は恐らくセクハラ。

何とも物騒な内容だが今思えば我が王も告白場は処刑場であった。最近では死ぬかもしれない場所で告白すると成功するというジンクスでもあるのだろうか。

 

「ま、まぁ、そこら辺は置いといて……どうなってるのでしょうね? 智が心配ですわ……」

 

「その"が"がどういう意味かは無視してあげるけど、どちらかと言うと私が気になるのは留美とかいうあの巫女ね」

 

ナルゼの疑問も解らないでもない。

留美は恐らく、というより間違いなく……その……副長に懸想……しているようなのだが今日も二人がデートに行くのを笑って見送っていたのだが、よく解らない。

 

……それでいいんですの?

 

智応援派の自分がこんな事を思うのはおかしいのかもしれないがそれでも思ってしまう。

恋愛となると勿論、自分はそんな経験がないので語れることもないし、人によって想う事もする事も違うことくらいは理解している。

そしてもう一つ理解していることもある。

副長はかなり阿呆なくらい一途だから───複数の人と付き合うなんて器用な事は絶対に不可能だ。

一度、智が彼に聞いているのを知っている。好みのタイプとかあるんですかって。

そしたら

 

「あ? んなもんエロ巨乳巫女で料理上手の女に決まってんだろうが!?」

 

笑顔でその後智に吹っ飛ばされていたが我が友人は中々鈍感だ。

明らかにその好みのタイプ……本当なら"エロ巨乳巫女で黒髪長髪の片目義眼で料理上手の女"って間に入っているでしょうに。

逆なのだ。

好みのタイプだから好きなんじゃなくて、好きだから己の好みに定着したのだ。

つまり、彼がエロゲで買い込んでいる巫女モノや巨乳モノは実は密かなアプローチなのだ。いや、まぁそんなアプローチをしてどうすると思うが。

というかもう少しまともな方法でアプローチをするべきだと思う。

 

本人も度胸無しというわけではないのに何故か本番に突撃しませんですものねー……

 

自分が判断するのもなんだが何というか───彼はタイミング、もしくは切っ掛けを待っているっていう感じがする。

だが逆に言えば切っ掛けを得れば彼はそのまま智に対して一気に攻めてかかると思う。そしてそれを私達よりも長い付き合いである彼女が解らないとは思えない。

確かにある意味で彼女はアクティブではあったが……逆に言えばそれだけであった。

たった数日の付き合いで強く言えるわけではないが、彼女は彼女で自覚もしているならば見た目とは逆に直ぐに行動タイプに見える。

そして彼も人の好意を鈍感に捉えて女性を軽く扱うような人ではない。

むしろそういった曖昧さを嫌う人だ。

ならばどうして、と思うがあんまり聞くにはどうかと思う話題だ。

そして

 

「……あの、ナルゼ、ナイト。貴方達は副長の身元……というより熱田神社について聞いたことがあります?」

 

「ないわね。よくよく考えれば剣神である事は聞いてたけどそれ以外は全くないわ」

 

「まぁ、武蔵にはよくある事だから気にしていなかったけど、考えれば熱田神社の代理神なんて大物が武蔵にいるのは普通びっくり事態だよね……でも大物かどうかはともかく似たような存在、武蔵多いからなぁ……」

 

確かに武蔵はそんな場所だから謎っぽい人間や結構な元or現権力者など結構多いのだ。

しかも人によっては隠しているので驚いている暇もない。

 

「……うちだとペルソナ君とか怪しいよね」

 

「いやー。意外とノリリンも怪しいかもしれないよガっちゃん。まぁ、流石に他のメンバーがそういう系ではないと思うけど……」

 

「……ネンジやイトケン、ハッサンがここで更に意外性を発揮したらもうキャラが……」

 

カオスになってしまう。

そういうのは既に私とホライゾンで賄っているはずなのにインフレしてどうするというのだ。

まぁ、こんな世の中なのだから王族と知り合いになったり友人になったりする可能性があるというのはある意味で歴史再現のお蔭である。

そしてその枠組みを内から暴れ回るかどうかを決めるためのデートを我が王はしているのだ。

どうするだろう、という思いは当然内に生まれてはいるが我が王がそれこそ自分と境界線上の強力なパートナーであるホライゾンと決めた答えならばそれに騎士として応える気概は持っている。

だから自分はこのままでいいが───出来れば友人達にはこれからの未来に対する報酬みたいなものを得てほしいと思うのは傲慢だろうか。

だから留美の事を考えるのは彼女に失礼を働いていると自覚はするのだが、してしまうのは性分なのだろう。

だから

 

「……智も失敗していなければいいんですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

血が凍る、汗が流れる、寒気がする。

浅間・智という人生において最悪な事というのは確かに幾つかあった。

ホライゾンが死んだこと。

トーリ君に対して何も出来なかったことなどが最も分りやすい例であり、勿論それ以外でも小さいところで失敗や失礼を働いたことは多々あったし、あったのだろう。

それらの失敗に対して自分は出来る限り前向きに取り組んだと思う。無論、後悔の念を覚えたこともあったがマイナスばかり考えないようにと出来る限り心掛ける様にもしていた。

しかしこれはない(・・・・・)

身内でも踏み込んでいい場所と悪い場所の区別をつけれないというのは巫女としても人としてもやってはいけない事である事など子供でも分かる。

どうしよう、というその思考だけが頭を埋め尽くし

 

「そぉい」

 

間抜けな声とともに放たれたデコピンが空回りしていた思考を少しだけ落ち着かせた。

あいた、と思わず額を両手で押さえ、痛みを止めるかのようにするが当然無意味である。

条件反射で犯人の顔を見てしまうとそこにある表情は呆れた溜息を吐いているというポーズに似合う表情であった。

 

「勝手に決めつけて勝手に状態異常混乱になって勝手に鬱になんなよ。それにお前の疑問も普通なら誰でも思うことなんだからおかしくねぇだろ」

 

「で、でも……」

 

「そこでJud.って答えろよバーロ」

 

苦笑する彼を見て自分はどんな表情を浮かべればいいのか一瞬悩む。

結局、浮かべてしまった表情は彼に溜息をもう一度吐かせるものであったことは確かであった。

 

「……お前の事だからどーせ俺が何を言っても気にしたり悩んだりするんだろうけどとりあえず嘘偽りない真実言っとくぞ───皆、元気にしている(・・)よ」

 

「……え」

 

ということは何だ。

全部私の早合点による混乱だったということなのか。

 

「ほ、本当に……?」

 

「へっ……俺が今までお前に嘘を吐いたことがあったか?」

 

「ええ……嘘というよりも想像以上の事をしでかした事は多々……」

 

それはもうたくさん。

最早、記憶と言うより経験と言う物で頭に刻み付けられているから殺意も怒りも湧かないレベルだ。

これってある種の洗脳を受けているんじゃないか、と思うが気にしないでおこう。

いざという時は怒る。超怒る。

 

「で、でも……余り話も聞かなかったし連絡を取り合っている姿も……」

 

「誰が好き好んであの人外家族に連絡を入れるか」

 

どうしよう。一瞬、凄い納得しましたけどそれでいいのだろうか。

シンさんやユキさんも確かに大概だけど妹のミヤちゃんも小さな頃ですら怪物っぷりの片鱗を見せていましたからねぇ。

いやまぁ、ここにいる剣神やどこぞの建御雷の代理神さんも酷いものなのだが。

 

 

 

 

「おや? どうしたんだいハルさん? ああ僕が爪楊枝で蠅を貫いた? ああ。それくらい簡単簡単! タイミングと技量が合致すればあの猿の息子でも出来るから! でも最近は娘も成長したのか………歩法+隠行をしてもばれるん………いやごめん待ってくれハルさん。ドリルを出すのは百歩譲って問題なしだけど問題は掘る場所……ああ! やっぱり躊躇せずにそこなんだね! 素敵だよハルさーーーーーーん!」

 

 

 

 

 

 

だがそれを認めると神道人外説が生まれてしまうから止めておこう。いや結構神道は無茶苦茶をする事が多いから人外説も間違ってはいないが自分が巻き込まれるのは勘弁願いたい。

 

「じゃ、じゃあ……本当に私の早とちり……?」

 

「最初からそう言っているだろうが」

 

何故か冷たい風が私達を通り抜けた気がしてならない。

頭の中でやってもうた! とかしまったしまった! などという愉快な反応が起きるが今はこの現状をどうするかが先決だ。

 

お、重っ! 空気重! やっちゃった感満載じゃないですか私!? 

 

何たることか。私の母は術式などは当然として料理やその他色々大切なことを教えてもらったのだが空気を読む方法だけは教えてもらっていなかった。

巫女がOh……myGod! と叫んでもいいのだろうかと変な思考を続けていたら

 

「おらよ」

 

「むぐっ」

 

口の中に何か甘いものが無理矢理入れられた。

すると何時の間にか彼の手には甘い砂糖菓子……綿飴を握っておりその欠片を千切って私の口に入れたのだろう。口の中に甘い味が広がっているところから解る。

そうすると最初に思いつくのがカロリー計算である自分に脱帽だが、そこら辺はあのキチガイの姉と弟と付き合っていると自然に絞れるし気を付けているので問題ないし、この祭りの中で考えるには少し場違いだとは流石に思う。

だから最初に思いつく言葉は

 

「甘い………」

 

「そりゃそういうもんだかんな───まさか意外性を欲してたのか!?」

 

丁重にお断りしておいた。

だが、彼の行為の意味も理解った。

極東の祭りでの代表的なお菓子を口の中に入れながら彼が射的で私にぬいぐるみをプレゼントをした後に屋台を探しながら受けた私の発言に彼はこう言ったのだ。

 

お前は俺の考えていることが解んのかよって。

 

そしたら私は何となく解ると答え、事実理屈云々で何となく解るのだ。

だから、彼がこのデートの切っ掛けとなったあの焼肉の時に言った言葉。

それは

 

"俺がお前を楽しませるデートコースを考える"

 

その時はかなり冗談のように、いや間違いなく冗談風に言っていたがそれがかなり"本気"であった事には当然気づいていた。

彼の考えは読める、と言ったがそれは彼がそのまま。つまり自然体の時であり隠そうとするものは察するのは難しいのだが、それでも彼が恐らく今日の日の為に色々と調べてくれていたという事は知っている。

だってさっきからよし、この屋台にしようぜとか言ってその屋台までの道筋が迷っている風情ではなかった。

無論、時折アドリブを混ぜて適当に見回る事もあったが恐らくそれも彼が考えていたのだ。

決まっただけのルートを行くだけじゃあ私が楽しめないんじゃないか、と。

そして彼は確かに私に楽しみをくれた。

その流れを壊したのは自分だ。だが、彼のことだからそれも含めて自分のミスと捉えかねない。だから、浅間はどうすればいいだろうと思い何か手段を考えようとすると

 

「あっ」

 

人波によるものか、急に後ろから何か押すような衝撃があったかと思えば抗えずにそのまま私は前にたたらを踏み、シュウ君の腕に飛び込むように収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

オパーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

と点蔵は飛び込んできた感触に対して素直なリアクションを取ってしまった自分を恥じた。

飛び込んできたのはオパーーイ……じゃなくて傷有り殿。

と言っても飛び込んできたというよりは転げ込んで来たと言うべきか。麦畑の中で作業をしていると一緒に作業をしていた傷有り殿が転んでそれを助けて胸板にボンボンしたものが乗っかって状況としては幸いだ。

 

ではなくて!

 

「だ、大丈夫で御座るか? "傷有り"殿?」

 

「あ……Jud.大丈夫です。ありがとうございます……」

 

そうして無理なく立ち上がる姿には確かに問題がある様子はない───外的要因の意味では。

 

……"傷有り"殿?

 

何か彼女が見ているのが違うと思う。

彼女が見ているのは今ではあるが"ここ"ではない。視界に移っているのは間違いなくこの場所ではあるが内心がここを見ていない。

そして彼女は精霊使いだ。

ならば精霊関連で何かを発見した、もしくは何かが起きたかを察知したのか。

そうしていると点蔵も気付く。

 

……祭りの様子が……。

 

先程までは喜びや騒ぎといった祭りとしては当たり前の感情(イロ)が強く見えたのだが今では戸惑いや驚き───そして何か期待の感情が色濃くなっている。

祭りならば何かサプライズがあるから発生はしない感情とは言わないが……これは何かが違うと忍者の経験が語っている。

そうしてそちらの方に意識を向けていたせいか。傷有り殿が最初に何かを言ったのを聞きのがした。

 

「───いな時間を送りました……」

 

恐らく彼女も聞かすつもりで言った小さな声。

途中あたりに彼女の顔を見てつい癖で読唇を使ってしまったせいで聞き取ってしまった言葉。

最初の言葉は確かに聞き取れなかったがこれだけ聞き取れば逆算して何を言ったか解る。

 

……幸いな時間を送りました……で御座るか……。

 

色んな意味で取れる言葉ではある。

だからこそ自分はどんな意味で取るべきかをつい悩み

 

「───」

 

横に振う事でするべきではない、と断じた。

今の言葉はこちらに聞かすつもりはなかった言葉だ。それに対して勝手に自分が意味づけするのは間違いであるし、自分のような数日限りの付き合いでする事ではなかろう、と。

だがいきなりという感覚で

 

「点蔵様。上層に行ってみませんか?」

 

といきなり誘われた。

想像もしていなかった言葉に思わず返事することも忘れて視線を傷有り殿に集中してしまう。

まさか自分の都合のいい幻聴を聞いているのでは御座らんか、と思い耳も集中させ

 

「私、上層まで行けますので」

 

幸せな妄想であることは振り払われた。

だがそれだと逆に何故、と思ってしまうのは性格か習慣か。

 

「え、いや……その……何かご了見でも?」

 

「───点蔵様と一緒に行ってみたいのです」

 

「───」

 

瞬間沈黙を発動する自分を思わず客観的に見ながら自分の反応は外道メンバーによるものと思考が浮かぶが一瞬で消去する。

このモテない忍者に春が来たので御座るか? とかいやただの馬鹿な忍者の戯けた勘違いと率直な現実意見が脳内でかち合うが、それ以上に傷有り殿のその透明な笑みに対して反応した感情がどう答えるかを悩ませた。

これが何かを隠す為だけの透明ならばただ受け答えをしよう。

そうすれば少なくともこの距離感による誘いをそのまま受け入れる事が出来る。

しかしこの透明さは彼女の素の感情によって生まれた物であった。

それに対してただの一介の忍者であり、余所者である自分がどう答えればいいのか。

人生経験の少なさか、もしくは自分が阿呆だから起きる躊躇いか。

ただ一点。彼女が自分のような者に無意味な傷をつけないようなとそれだけを考え

 

「ご案内します───私が知っている"公主隠し"の現場へ」

 

彼女の口から告げられた第一特務としての使命と彼女からの義務と義理が混ざったような情報提供によって己の使命を持って躊躇いは捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───浅間っ!」

 

後ろから聞き覚えのある声を無視するほどに浅間は咄嗟に反応した手が既に必要なものを取ってそれを地面に突き刺すプロセスを取っていた。

 

……結界用の玉串!

 

唐突な自分の反応を、しかし間違いではないと判断する根拠がある。

それは結界用の玉串から瞬間的に広がった円紋に青白い文字列がまるで絡むように巻き付いているからだ。

これは、という自問自答に自分の記憶が答えを持っていると告げる。

 

……シェイクスピアの脚本ですね!?

 

瞬間過ぎてそれの効果や何故、このタイミングで仕掛けるなどという判断を持てないままだがそれでも右足のかかとを強く踏み、音を鳴らし柏手を一つ強く打ち

 

「奏上ーーーー!」

 

巫女の奏上に結界は答えた。

絡み付く文字列を存在証明を確定するために粉砕し、完成を結果として残したのだ。

これで防げた、と自信を持って証明でき役職者としての上位にいるシュウ君に判断を聞こうと思い

 

「……いない!?」

 

さっきまで体温すら感じる場所にいたはずの彼の姿がどこにもなかった。

最初は歩法かと思ったが違う、と判断できる。

歩法はどちらかというと守る技ではなく仕掛ける技の系統だ。仕掛けられた場合は効果が半減する。

立花・誾に歩法外しの方法を全国に放送されたのが痛い。

あれのせいで後手からの歩法の有用性はほぼ消失した。

勿論、相手の視界から一瞬外れることも出来るし、攻め手においても隙を生み出す強力な技であることには変わりないが今の受け手において使っても役職者クラスなら確実に躱せる技のレベルに落ちただろう。

そして彼もそれが解らないわけがない。

となると、本当に消えたと思っていい。

いや、むしろ消えたのは自分達の方ととれるかもしれない。

 

「ねぇ、浅間? これ、どうなってんの?」

 

「……その前に喜美がどうしてここにいるのかを聞いてもいいですか……」

 

愚問と解っていても脳が聞くことを望んでしまう。

そう思っていたらこの狂人はクネクネと尻を回して笑い出した。

理性が一瞬、蕩ける様な理解不能の境地に叩き込まれたような錯覚を得てしまったが、このままそれを見続けると錯覚が現実に変わる可能性があるから見なかったことにした。

だけどここに喜美がいるお蔭で多少の条件付けみたいなルールが理解できた気がする。

狙われたのは私達でもなく私達だけでもなくましてやシュウ君だけではない。

狙いはきっと

 

「トーリ君とホライゾンです」

 

何故ならこの結界は───

 

 

 

 

 

 

 

役職者を狙った結界……!

 

ネシンバラは目の前と周りの様子と騒ぎを見て冷静に決断を下した。

自分は今、第二階層の自費出版物の即売会に出てより、その中で恐らく必然的な再開でシェイクスピアと出会い明らかな嫌味か、とは思ったが出来るだけ無視しようと思っていた矢先にシェイクスピアは術式を発動した。

術式"空騒ぎ"。

効果としては結界術式であり、結界に巻き込まれた人間は観客として参加し、目的となった人物は舞台の役者として舞台に上げられる。

恐らく巻き込まれた観客としての、例えばノリキ君や御広敷君などはそれらをおかしくは思ってもその舞台を楽しむ観客としての役割にその違和感を封じられるのだろう。

そしてこのような役職者を狙った相対の理由はただ一つ。

 

葵君にアリアダスト君が標的か!

 

馬鹿ではあるが権限としては最上位の総長兼生徒会長の葵君。

アリアダスト君は役職こそないが武蔵の副王故にやはり権限は高い。

故にこの相対での勝利を持って自分は上位の役職に対して挑める存在であるという証明を得て葵君の方に直接相対する。

聖連に対しての言い訳も含めていやらしい策だと思う。

しかし、これを葵君に伝えようとも目の前の少女がそれを許さないし戦うには自分は一度負けた上に呪いがある。

 

「……」

 

だから僕は立ち上がっていた体を椅子にわざとらしく強く座り鼻を鳴らす。

 

「生徒会書記として僕はまず言おう───後悔するぞ、と」

 

「Tes.じゃあ君自身は何て言ってくれるんだい?」

 

「Jud.───運がよかったねって」

 

「理由は? っていう僕の三文台詞に乗る気はあるかい?」

 

シェイクスピアのわざとらしい言葉に僕は再び鼻を鳴らすことによって肯定を示し、僕の嫌味たっぷりの負け惜しみを語り聞かせる。

 

「これが葵君が決断をした後ならどっかのホモ臭い馬鹿が暴れていたからね───幾らどんな豪壮で頑丈な舞台を整えても暴風の前では潰れるのが掟だからね」

 

「成程。実際の全力を見たことがないから仮定でしか言わないけど確かにうちの女王クラスの出力を出されたりしたら僕の舞台も形無しだろうね。それなら僕もTes.と頷いておこうか」

 

……まぁそれも神としての顕現をしないといけないんだろうけど。

 

剣神(ヒト)ではなく暴風(カミ)として振る舞うのならば彼は今の所出会った役職者よりも更にえげつない存在になるのだろうから。

本人は剣神として行動している方が好きだから滅多に顕現する事はないとは思うが脅しの一つになるんならなる、ならないの問題は排除できる。

他国もこれで武蔵への警戒心を更にアップしてくれたら幸いだ。

 

……ってまだマクベスの呪いでリタイアしている癖に手癖……口癖? 悪いな僕。

 

武蔵の馬鹿どものド根性……というよりいやがらせ精神がここに来て感染してきたか。

超絶怖いな、と少し汗を鳴らしながら椅子に少し体重をかけ鳴らしながらただ心の中で頼む。

頼んだよ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

智と別れ、さっきまで祭りの喧騒で賑やかであった一角で劇場の役者として観客に注目を受けている役職者の一人として熱田はただ少し空を見上げていた。

術式によって舞台となった英国の祭りで見える空は当然、先程と空の模様が変わっているとかいうわけではなくそのままの青い空。

祭り日和の風景であった。

周りの期待の視線を全く気にせずに熱田は心をまるで凪のようにして空を見つつ、やれやれと首を動かし───両膝を地面につけた。

そして心底絶望したという表情を浮かべながら決定打の言葉を吐いた。

 

「俺の……初デート……!」

 

周りの期待の視線が直ぐに憐みの視線に代わってしまうのは止めようがなかった。

いっそ血涙を流せれば、と思いながら絶望に沈み込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回が更新出来るラストですね……あの忍者の部分さえなかったら……己……!

感想・評価よろしくお願いします。


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拳神現る……!


ス、ス、ストレス発散っ、楽しいな♪

でも許さない……!

配点(お前、それ剣神じゃねえよ!!)


 

"女王の盾符(トランプ)"であるベン・ジョンソンは色んな意味で筆舌し難い光景を目撃してしまっていた。

 

Oh……嘆きが……言葉も不要なほどの嘆きがダイレクトに……!

 

伝わってくる。

その方法は表情であり、仕草であり、雰囲気であった。

それら全てを持って伝わってくるこの悲壮感の何たる切なさか。

第三者である自分ですら胸が張り裂けそうという感情を抱きそうになるのだから、この嘆きを抱いている人物はどんな痛みを覚えているのか。

そしてジョンソンは隠れながらその件の人物───熱田・シュウの絶望表現を見ていた。

 

 

 

 

歓迎会という名の女王の盾府による相対戦……相対ロワイヤルとでも言うべきか。

それらを実行するのも、戦うのも問題はなかったのだが相手に一つ問題があった。

ずばり───剣神クラスの敵と相対するにはこちらが不利であるという事であった。

ただでさえ格としては妖精女王クラスの存在である。

何人かは敬遠するべきだという意見も出たのだが、放置して戦場を掻き乱されたら困るという考えがあったのでこうして自分が来ることになったのだが

 

……逆に言えば掻き乱されるという考えを持っていても放置すべきと言われたGod……

 

つまり最高ランクの人外と全員が認識し、つい妖精女王の方を見ると

 

「お? お? どうしたゴールデンタマ。私の膝に甘えてきて───ジョンソン、ハワード。何か買ってこい」

 

瞬間的なパシリにまさかハワードのブースト土下座に負け、アスリート詩人のプライドなどを全て砕かれた先日が懐かしい。

そのせいで罰ゲームとして剣神の相手をすることになったのだが流石にこの光景は予想だにしていなかった。

今も両手と両膝を地面につけながら

 

「初デート……悲劇で終わる、最悪だ……季語がねぇなぁ……」

 

謎の五七五調の詩に思わず詩情だ……! と内心で叫ぶ。

しかしその詩を聞く限りどうやら初デート中にシェイクスピアの術式によって恋人と離され絶望しているらしい。

流石に同情はするがむしろ好都合と取るべきだろう。

あらゆる行為というのは技術や体力、才能というのが当然物を言うのだがそれらはテンションというものが深く作用する。

ならばチャンスだと改めて剣神を見ようとすると

 

「───いない!?」

 

思考に意識を割いたのは一秒にも満たない時間のはずだ。

その一秒以下の時間で行動をしたという事自体に驚きはない。

術式含めて何らかの能力を使う副長クラスなら何もおかしくないのだから。

そう思い、ふと視界が下を映した瞬間、何処に居るか。どう対処するかと言う思考を全てかなぐり捨てて全力で後ろにジャンプした。

そうした理由はある。

何故なら

 

影が……!

 

そこに増えていたからという思考を言葉にするよりも早くにその影を潰すかのように上から踵落としが落下してきた。

 

 

 

 

 

 

生物的には人間というカテゴライズされている剣神の踵は、しかし大地に触れた瞬間、大地は耐えられないと叫ぶかのように破裂した。

 

「く……!」

 

破裂した大地を舗装していたコンクリートなどが飛来してくるが、それらは体を逸らしたり弾くことによって応対する。

そうしてようやく礫の嵐が終わった頃には武蔵副長が蹴り砕いた7mくらいの小規模だがそれでもクレーターとして作られた道が見れた。

最上位の暴風神とはいえ剣神のはずの武蔵副長のただの踵落としの攻撃がここまでの効果を出すのかは予測はできる。

例え剣がなくても彼の一挙一動が神の加護と格があるのだ。

ただの神の一撃なのだ、これが。だからこそただの道具や道、武器、そして人体は神の一撃に耐えられない。

つまり、剣がなくても十分な強さを発揮できる存在だ。

だが、別に驚くことはない。

妖精女王と同格の存在と言われる副長なのだ。この程度で驚いていても始まらない。

そして件の剣神はゆらり、とまるで幽鬼のようにクレーターの中心で揺れ

 

「運が良かったなぁ、アスリート詩人……近年稀にみる神様の鉄槌をその身で受け止めれるんだぜ? 感想は?」

 

「───まだまだ感想を吐き出すには盛り上がりが足りないと思うよYou?」

 

ほぅ? と剣神が愉快そうにこちらを見てくる。

中々、見応えのある獲物を見つけたという表情だ。

期待の感情にまるで色を塗る様に殺意を張り付けようとする。

まるで獣だとジョンソンは表情を変えないようにしながらそう思った。

 

「流石……流石は女王の盾符。それとも流石はベン・ジョンソンって言った方がいいかよ?」

 

「前者で頼むよGod」

 

Jud.と答えられる事にまるで理解を得たと思うのは錯覚だろうか、と思うが今は戦闘中だ。

無駄な思考は封じて頭の中でパターンを考えている自分に目の前の少年は語りかけてくる。

 

「まぁ、そんくらいの気概がなきゃあ速攻でぶっ潰していたし、何よりも今のこの何とも言い難い感情をぶつけられねえよなぁ……?」

 

話しやすい感じになったように思えるが燻っている感情が消えたわけではないことに今度こそ汗をたらりと流す。

 

「お前ら英国は幾つかミスをした……」

 

ゆらり、と揺れる。

 

「一つ、俺と智の初デートを邪魔したこと。二つ、予定である智とのイチャイチャ恋人繋ぎを邪魔したこと。三つ、更に予定である智と肩を抱いてラブラブブラスターを発生させること。四つ、それで密かに乳を愛でる時間を奪ったこと。五つぅ……色んな意味で興奮して溢れた涙を拭って俺が悶えることぉ……」

 

後半に口調が崩れ始めたことに明確な危機を抱いた瞬間、再び彼の姿が視界から消え、しかし

 

───とった! 

 

という思いに反応するかのように

 

「───!?」

 

再びいきなり現れた剣神ががくりと膝を着きかねない勢いで両膝から力が抜けそうという光景が生まれた。

 

 

 

 

 

何だ……!?

 

唐突な脱力に流石に一瞬混乱状態に陥りそうになるが、直ぐに体を立て直そうと力を入れようとするのだがどうもおかしい。

何らかの攻撃を受けたのかと思ったが、その割には体に痛みや熱を覚える個所はない。

だが、力が入らない事もそうだが視界も定まっていない。ゆらゆらと眼球が揺れているかのように揺れている。

何だこりゃあ、と思考まで霞がかかったような感じになりそうになる。

この現象は何か、と思うが結構、まだガキの頃に似たような現象を体験した覚えがある。

 

「酔っぱらってんのか……?」

 

だが、そこにこの俺が? という思いがついてくる。

自慢でもなんでもないが熱田・シュウは剣神でしかも荒王の代理神である。

そして神道において神と酒の結びつきは強いし、奉納にも使われるものだ。

そしてその例に漏れずに個人的にもそうだが、加護的にも酒には強いほうなのだ。

 

まぁ、智に勝てるかと問われれば頷けないんだが……

 

俺の幼馴染の肝臓はどんな風に構成されているのか偶に気になる。

ともかく、自分はいきなり酔うような人間ではないしそもそも今日は酒を飲んでいない。

なのに何故唐突に酔うのかと思い、ふと足元を見るとよく見れば足元あたりに何やら赤いモノがあり、更にじっと見るとそれはまるで蔦のようでありそれらが足首に食い込んでいた。

 

「───」

 

咄嗟に条件反射で10mくらいバックジャンプをしようとするのだが体調のせいで5mに抑えられたショートジャンプだが、しかし絡まっていた植物が千切れ、その後も注意するが足元から生えてくる様子がない。

しかし、これではっきりとした。

植物が赤かったのは酒をこちらに入れるため。

そして血管から入れた酒はマジで直ぐに酔っぱらうという事らしいから、普通に飲むよりも遥かに簡単に酔っ払うだろう。

 

だがそれでも俺がここまで酔っぱらうのはおかしい……!

 

俺にかけるような術式なら加護が弾く。

となると、あるとすれば酒の方に何かを仕込まれたか。

そしてこんな術式を使ってくるのは英国では一人しかいない。

 

女王の盾符(トランプ)の一人、海賊女王のグレイス・オマリか……!」

 

 

 

 

 

 

「喜んでもらえて光栄だよ。極東の荒くれ武者」

 

グレイスは二人の戦場からは離れたところにいた。

何故なら自分がこの場における支援はあれで終わりであり、最大だからだ。

そしてグレイスはそのまま接敵しないように、現場から離れるように歩き、そして手元の剣神に捧げた日本酒を見る。

 

「これが毒とか敵意を表したものなら加護で弾くことができたんだろうけど、ただの酒として振る舞われるものには奉納として加護も扱うみたいだね」

 

神への捧げものも弾いてしまったら神の狭量になるという事なのだろう。

神様も完全そうに見えて不完全なんだな、と思い再び酒を見る。

 

「IZUMOの暇人共が生み出した謳い文句は"これを飲めば誰でも天才から猿になれる!"で名前が……」

 

ラベルには神殺しの魔剣(かごしまけん)と書かれているのを見て深く溜息をつく。

絶対にこれ、名前決めるときにこれを飲んで酔っ払ってただろうに。

そして付けたネーミングの痛々しさに冷静になってルビを振ったのだろう。それでもどうかとは思うが。

 

「だが、まぁ効果としては謳い文句通りに本当に一口で酔っ払わせるくらいえげつないものだから耐性持ちの剣神でもちょいとふらつくだろうね───何せ酒精が入った一押しだ」

 

 

 

 

 

「おおぅ……」

 

くらりとマジで頭がぐらつく。

ここまでの酔いによる混迷は久々を通り越して初見である。

そして周りも基本、酒程度で倒れる柔な連中がいないからこういった場合の対処方法を余り知っていない。

足がまるで生まれたての小鹿のようにガクガクプルプルして格好悪いったらありゃしない。

おいおいおい、ここで酔っ払ってどうすんだよ俺。

この後、俺は華麗に奴をぶっ倒して恐らく不安そうにプルプル震えている智を救出してそこでこう、ギューッと、ギューッと抱きしめて! それで胸が俺の胸に当たって潰れる感触を味わって天国を予習してそしてその後に智のズドンを得て地獄を予感するんだぜ? やべぇ……! 余りにもリアルな未来学習に俺震撼したわ……! ───これはつまり、俺が智を完全に理解しているという事で誤解なんてこれっぽっちもないという事だな! 流石俺と智! 最早、以心伝心なんて言葉じゃ足りねえぜ! な!?

 

「あ……?」

 

そう思ってたら目の前に何やら汚い靴底があった。

直撃した。

 

 

 

 

 

数m単位で吹っ飛ぶ剣神を見て間違いなく手応え……ではなく足応え有りと判断できる衝撃が自分に返ってきたことを認めた。

だが、しかしそれと同時に応えとしては足りないものも感じていた。

 

……今の蹴撃なら骨の砕ける足応えがあるはずなのに……!

 

全くない。

あるのはただ肉を打ったという反動だけであった。

つまりは

 

「───加護を貫けてないなYou!?]

 

反応はそのまま立ち上がりの動作で帰ってきた。

どこにも慮っている様子がない。

無傷だ。

酒の影響で神の加護も緩んでいるはずなのにどんな防御力だ。

試に一度同格の妖精女王に飲んでもらって、結論だけを言わせてもらえば教導院が聖剣によって蜂の巣になりかけたというのに。

 

───よくよく考えれば弱体化していない気もするなMates

 

むしろ狂暴化させた気もするが相手は妖精女王と違い神だ。

ふざけた名称とはいえ神殺しの名の加護によって弱体化はしているはずなのだが。

効いている様子はない。あるとすれば酔って意識が混濁し、体に力が入っていないというくらいだろうか。

 

……だが、それだけで十分過ぎる成果!

 

それだけあればお釣りが来る。

副長クラスに対してこれ程好条件が揃って挑めるなら上出来であるという思考のまま体を前方に傾けようとしようとした時相手に動きがあった。

左の手を口元に持って行ったのだ。

最初に思いついたのは

 

「噛んで痛みで感覚を取り戻すつもりかねYou!?]

 

成程、もっとも単純且つ楽な方法かもしれない。

しかし、それは逆に自分の加護が邪魔をすると思われる。

加護は自傷にも効果を発揮する。

ただ噛むだけでは効果は薄いはずだ。

 

「その程度で振り払えるほど、私のMatesは甘くないぞGod!]

 

私の叫びに、しかし構わずに彼はそのまま噛んだ。

だからこちらも構わずに

 

『情熱こそが活力……! その活力を持って神に挑め……!』

 

術式を使用した地獄突き。

しかし、用途は喉を突くのではなく、貫く。

躊躇などすればそれは神を侮ったという事になる。

そしてそれは同格である妖精女王を侮ったという事になる。

 

「不敬を抱くような軽い一撃はしないともQueen……!」

 

吐き出す思いに詩情を思い行った。

良い一撃だと思う。

術式の作用も含め、空気の壁をぬるりと通り越すような感覚を突き破って行く足刀は常人なら捉えることも出来ないだろう。

必殺という言葉に専念したキック───だからこそいきなり額にぶつかったものを見逃した。

 

!? 何だね!?

 

当たったモノは小さいモノなのに如何な方法か。まるで石礫が当たった様なダメージが頭に浸透するのを実感する。

そして額に当たったそれが額から離れ目の前に落ちていくのを見る。

それは爪みたいな大きさであり、爪みたいな形であり、どう見ても爪であった。

それだけで理解は十分であった。

 

「肌を噛むのではなく爪を剥がしたのかねYou!?」

 

返答と同時にこちらのキックに合わせるかのようにこちらの足裏に同じ足裏が来た。

互いの蹴りの威力は、結果としてはこちらが勝り、そして相手に距離を離すことを許してしまった。

こちらの蹴りの反動で6mくらい離れていく彼を見て自身の不出来を納得した。

なまじ彼がハイスペックであるが故に見落としてしまっていた。

剣神で暴風神の代理であるから副長クラスなのだと。

しかし、違う。それは違うはずだ。

その程度の者が副長を

 

最強という単語を軽々しく背負うはずがない……!

 

 

 

 

 

 

思い出すのは三河争乱の時の彼の言葉であった。

彼は言った。

俺は世界最強だ、と。

最初はただの冗談と思っていたし、今までもそうであると思っていた。

しかし違った。

違ったのだ。

 

「───武蔵副長!」

 

「あ! 何だよ英国産の詩人!」

 

返ってきた返答にTes.と答え、彼に問うてみたいことを問うた。

 

「───君にとっての最強とは何かねGod!」

 

「そんな簡単な問題でいいのか!? じゃあ答えてやる───最後に勝つのが最強だ!」

 

「───見事……!」

 

最初から性能を頼りに勝つのは最強の流儀ではない。

それは無敵のつまらなさだ。

かかる困難に対して真っ向から挑んで、苦しみながらも最後に立って勝つこそが最強だと声高らかに叫ぶのが最強の流儀。

剣神だから強いのではなく。

暴風神だから最強なのではなく。

俺だからこそ最強なのだという自負。

 

素晴らしい……

 

思わず感嘆の吐息を戦場に出してしまいそうになる程であった。

先日のノリキという少年といい、武蔵はこんな人間が溢れているのかと思うと感情を封じれない。

 

武蔵はこんな詩情を持って世界に挑む集団なのかね……!

 

ならば、それは間違いなく現時点では英国の敵だ。

だからこそ

 

「ならば私に対しても最強を謳えるかねYou!」

 

「謳えねえと思ったか色黒詩人……!」

 

その言葉を互いの開始の合図とし、速度がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

そこから先は連打の繰り返しであった。

 

「おお……!」

 

詩人の癖に吠えてくる相手は間違いなく手加減などしてこなかった。

左左左右右左右左左、とこちらの爪を剥がした左の方に攻撃を集中してくる。

こちらの弱い所を攻めることに躊躇いもなければ手加減もなかった。

 

いい空気吸ってるぜ……!

 

だからこそ、こちらも加減なぞしない。

フックが来たら肘で弾き、ストレートが来たら右にステップ、アッパーが来たら手で弾く。

逆にこちらの貫手は半身で逸らされ、フェイクと共に出される蹴りは膝で防がれ、殺る気満々のメスは本気のストレートで破壊される。

実にいい。

英国住民がこんな気質なのか。もしくは女王の盾符がこんな気質なのかは知らないが実に愉快だ。

勝負を捨ててこない。

昨今は歴史再現云々を語って負けても仕方がないじゃないかみたいな雰囲気があり、更には自分が剣神であるが故に大抵の存在は自分に対して畏怖と諦めを伝えてくるのにこいつらは気にせず神相手に拳を向ける。

 

「いい不遜だ……!」

 

そうだとも。

神様に対して不満やら傲慢を見せる相手でないとこちらもテンションが下がるというものだとフェイクを織り交ぜた貫手を躱しながら思う。

本気だ。

本気を持ってこちらに相対してくる。

いいな、と素直に思う。

剣神で最強の自分が思わず負けるかもしれないと頭の中で想定できるこの感覚が堪らなく愛おしいと同時に

 

「はン……」

 

殺意に塗れた笑顔を浮かべていることも自覚する。

負ける? この俺が? 最強の熱田・シュウが、と。

そしてその脳内の問いに答える言葉は何時も同じであった。

冗談じゃない。負けるはずがない。

何故なら、既に俺の敗北は捧げている。

唯一無二の敗北はもう不可能の王に捧げているのだ。

だからこそ、この身に敗北は与えられないし、与えられてはいけない。そして負けるはずがない。

だってこの世で俺に勝っていいのは───

 

俺に勝っていいのは……!

 

その後に続く言葉は内心でも無理矢理断ち切るようにして更に前進する。

何一つとして敗北する理由はないと証明する為に。

 

 

 

 

 

一歩、確かな一歩を大地に着ける。

それは敵に近付くためのものであり、こちらが勝つのだという示しだ。

だから、当然というように相手からは引け、という返事の拳が返ってくる。

ならこちらも返事に拳を返そうと思い、ぶつけるように拳をフック気味に相手に送る。

水蒸気爆発すら起こる拳に、しかし相手はインパクトの瞬間に拳を開き、こちらの腕を掴もうとする。

だからこちらも更に一歩進み、相手の膝裏に足を入れる。

 

「よっと……」

 

そしてまるで草刈りのように振るうと相手は綺麗に後ろに倒れようとする。

だからこちらも遠慮なく

 

「───」

 

追撃の拳を放った。

 

 

 

 

 

「がっ……!」

 

どうにかして拳に対して腕を合わせることによって直撃は避けたが数メートル以上飛ぶ威力をその身に受けて体がミシミシいうのが聞こえる。

だがそれ以上に

 

「今のは何かね……!?」

 

いきなり自分は後ろ側に転んだ。

確かにいきなり足裏に衝撃みたいなものは来た。

しかし衝撃を受けるようなものは何もなかったのだ。

なのに自分はまるで何かに引っかかったかのように転んだ。

だけど答えは半ば出ている。

何故ならこける前に相手の右足が急に消えたのを見たのだから。

 

「歩法……」

 

しかも体が消えるのではなく一部が消える限定的な死角移動。

攻撃の動作故に恐らく消える瞬間はそこまでは長くはないとは思うのだが

 

瞬間的にとはいえ攻撃が見えなくなるというのは……

 

背筋に汗が流れていくのが実感できる。

これからの流れが読めるが故に対処方法を考えるために知恵熱が生んだ汗だ。

恐ろしいと思う。

剣神であることがではない。

今、現状で追い詰められている事がではない。

 

一体、どれ程の修練と死を経験して来たのだね……!

 

ここまでの領域に来るにはただの修練では物足りない。

恐怖という意味の死を両手の指では物足りないレベルで体験し続けていないければこれ程の密度にはならない。

何が非武装で暫定支配を受けている極東を象徴する武蔵の総長連合だ。

質なら負けてはいないではない───

 

「───ぼさっとしていいのかよ?」

 

「……っ!」

 

今度は普通の歩法で知覚から失せた剣神は既に左のミドルキックを放っている最中だ。

 

……ならば!

 

先の先を取れないなら後の先を狙う。

襲い掛かってくる足の首を狙って両の手を絡ませる。

 

「とった!」

 

「じゃあ大事にしろよ?」

 

トン、とまるで階段を上るように地に残った足を大地から離す。

転びはしない。

何故ならこちらが絡め捕った左足を支えに使われているから。

咄嗟に手放し防御に腕を使う。

間に合う、と思ったところで

 

「───」

 

再び消えた右足が防御に構えた顔面ではなく胴体を捉え、今度こそ10m以上飛ぶ自分を知覚した。

 

 

 

 

 

そこから先が決着だろうと思い、だからこそ熱田は手を抜かなかった。

吹っ飛んでいくジョンソンに大地についた地面を一発蹴るようにして飛ぶ。

それだけで体はまるで木の葉のように舞う俺。

内心でヒャッハーと叫びながら着地し、クルリと回るとそこには飛んでくるアスリート詩人。

それに対して俺は奴に不安にならないように満面の笑みを浮かべる。

アスリート詩人はそれを見て何やら口が横に伸びているが気にせず両手を握りしめ

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」

 

ラッシュを放った。

肉を何度も打つ感触を堪能しながら、しかし相手が防御をした感触を手に入れ

 

「……っしゃぁ!」

 

ラッシュの勢いによる発射が生まれる前に伸ばした腕をそのままジョンソンの足に延ばし、

 

「ん……!」

 

そのまま腹筋と腕力頼みの

 

「秘技! 腕力頼みのジャーマンスープレックス……!」

 

反りに反った投げに近い叩き付けを敢行し、コンクリートが叩き割れるような衝撃がジーンと手に響くのをうむ、と納得しながら

 

「───あ。やべ、死んだか?」

 

つい、外道メンバーを相手にしていたようなテンションでラッシュやら何やらをしてしまったが大丈夫だろうか。責任は取るつもりはないが。

これで相手がトーリとか喜美ならば間違いなく生きているという確信を得れるのだが、他国の人間だと怪しい。

というかどうして芸人馬鹿よりの方が特務クラスよりも頑丈と思えるようになっているのだろうか。

武蔵の生態系がおかしいのかもしれんと思い、とりあえず確認するかと腰を曲げている今の状態で確認しようとして

 

「……む?」

 

いない。

手に持っているのは足首と思っていた靴の片っ方だけであった。

 

男の靴を持たされるとは……!

 

これが智の靴ならば狂喜乱舞してハードポイントに……いやいや頑張ってパンツの如く頭に被るしかあるまい。

バランスが大事だ、と頭の中でその場合のシチュエーションを立てながら

 

「あ? なんだぁ? この如何にもな爆発物らしいもんは?」

 

如何にもな爆発物はその期待に応えて爆発した。

 

 

 

 

 

「人罰覿面……!」

 

造語を発して起きる現象をジョンソンは見届けた。

というか生まれた爆発の規模に逆に驚いている最中であった。

貰ったものは妖精女王から直接貰ったもので暇つぶしに自分の精霊術で作って強化したらしい。

 

「いざという時はこれな、ジョンソン。何事も派手。いい言葉だろう?」

 

笑顔で告げられた言葉に真顔で周りを見回すと見ていた全員が視線を逸らしていた。

妖精女王が派手にといった時点で多少の予想はしていた。

しかし、まさかクレイモアクラスに小規模とはいえきのこ雲が生まれるような爆発が起きるとは思ってもいなかった。

 

「ぬぉ……!」

 

予想以上の威力ゆえに距離を取れてなかったことで自身も爆発の余波に巻き込まれる。

爆風に押し出される体がコンクリートに削られるが構わない。

その勢いを消さないまま手を着き、その手を支点に体を膝立ちにまで移行し

 

「……どうなったかね!?」

 

そうして爆心地を見ようと大地から上に見上げようとした時に上から何かが落ちてきた。

何だろうと思い、それを見ると簡単に理解できた。

靴だ。

それもジョンソンが身代わりとして剣神に掴まれて脱いだものである。

 

 

 

 

 

「───」

 

ただ爆風に吹っ飛んできたものという都合のいい解釈は既にない。

それは単純にこれから向き合うであろう未来に覚悟を持てていないというだけの怯えに近い予測だ。

だからそれは一番最初に捨てた。

そしてならこれは何故目の前に落ちてきたかというと実に解りやすい。

 

「忘れ物だぜ?」

 

本当に教導院で忘れ物をした友人に話しかけるかのように爆風を抜けて正面で相対する少年がいる。

無傷だ。

多少の傷や擦過はあるがどれもダメージと言える様なものではない。

 

「あれだけの爆発の中どうやっ───」

 

て、と言おうとして視界に光ったものがあった。

それは剣神の量の手の指の間に挟まっているもので破砕の結果を受けているものであった。

メスだ。

普段、剣神が牽制用に放っているただのメス。

だが、そのメスを握っているものが握っているものなだけに剣神の加護を得ている。

それで読み解けた。

 

「爆圧に対して剣圧を重ねる事で衝撃を相殺した……」

 

"……"という風に途中で自信が無くなって行くのを止める事が出来ない。

何故ならジョンソンをしてそんな事態に会ったことがないからだ。

いや、対処として似た事をされた事ならある。

例えば攻撃の代わりに音速の領域で発生するソニックブームで対処されたこともある。

術式や武装などを持って対処されることもある。

だが、あの如何にも不利な体勢で出される剣圧で爆圧を斬り抜けられるのは人生初という事態であった。

化け物かね? と思わず苦笑してしまいそうになる自分を戒める。

化け物と彼を扱うのは簡単だ。

恐れ敬うものとして視点を変えれば即座に私の彼への認識は化け物という扱いに代わるだろう。

だがそれこそ妖精女王に対しての不敬だ。

私は、いや私達は皆、あの場で女王に対してこう言ったのだ。

 

「Save you from anything」

 

剣神にもこれは聞かれないように小声で呟く。

その言葉を自分が言ったという事。それを忘れない事を忘れなければ

 

「違える事はないとも……!」

 

 

 

 

 

 

何やら小声で呟いていたベン・ジョンソンが無理矢理自分の体を糸で釣り上げるように自身の体を立ち上がらせる光景を見ていた。

見たところ相手も大きな傷はないようだが、常人なら隠せる程度で膝が震えているのを見るとダメージはあるみたいだ。

だからこそ無理矢理立ち上がったという事実を黙認し、とりあえず確認を取っておく

 

「続きやっか?」

 

「───いや、ここは私の敗北だYou」

 

Jud.と返答し、とりあえず潰れて使えないメスはそこらに捨ててお───こうとして何か智にポイ捨てですよと言われそうなのでポケットに突っ込んでおいた。

やれやれ、と頭で振りながらジョンソンの方に改めて視線を向ける。

 

「勝負は確かに俺の勝ちみてぇだが……目的は果たせたみたいだし、そっちも満足か」

 

「……Tes.これで君も他の相対に介入するのが難しくなった」

 

やはりと言うべきか。最初から女王の盾符の狙いはこれであったのだろう。

何故なら女王の盾符のメンバーははっきり言って俺と相対するには相性が悪すぎる。

文科系メンバーが固まっているのを悪いとは言わないし、きっと他の場所でうちの総長連合メンバーや生徒会メンバー相手にも渡り合っているとは思うが、俺クラスの突出したレベルになると中々難しい。

 

「やるならそっちの風紀委員長のF・ウオルシンガムか、ウォルター・ローリー辺りがベストなんだろうけど───まぁ、予想じゃあ二代とネイトん所かね」

 

「その通りだよYou.今頃どうなっているかは流石に予想はしてはいないが───英国の猟犬と侍は手強いよ?」

 

「奇遇だな。こっちの薄い銀狼と温室侍もまぁまぁやるぜ?」

 

「かなりとは言わないのかねYou.」

 

「あいつらはトーリとホライゾンの騎士と侍だぜ?」

 

それだけで成程と頷き引いてくれるので有難い。

期待値の上げ過ぎとは思わない。

それくらいになってくれないと世界征服に差し障るのだから。

 

なのに片方は真面目堅物わんわん騎士ですわでもう一人は温室御座る侍だかんなぁ……

 

キャラだけ濃くしてどうする。

親の顔……と思い思い返すとアレだった。だったら仕方がない。遺伝だろう。うん。そうに違いない。つまり救いはない。

何とかするべきだとは思ったのだが、そこになると人生経験が足りない自分に溜息が生まれてしまう。

喜美みたいな風に捉えるべきなのかもしれないが、そう考えている時点でまだ自分がガキなのだろうと考えてしまう。

もう少しオリオトライ先生を見習うべきなのかもしれないと思う。

 

「……まぁ、とりあえずこの場は俺の勝ち。それだけは譲れねえ結果だからな。ちょいと不完全燃焼だが」

 

「卑怯と言うかね?」

 

「お前に勝つ気が微塵もなく逃げ回ることしか考えていなかったならな」

 

酒やら爆弾やら投げてくる阿呆がチキンっていう賢い人間なわけがない。

時間稼ぎと自分の役割を決めていたくせに勝つ気満々。

この調子だと他の女王の盾符も楽しみになるが……俺が相対できるかと言われると難しいかもしれない。

特に妖精女王となんて相対出来ないだろう。

まぁ、相対したいのはバトルだけで個人的には余り関わり合いにはなりたくないんだよなぁ。

だからそこら辺は正純とかに任せたい所存である。決して逃げたわけではないから。適材適所適材適所。

 

「あ」

 

そういえば正純は確か古本巡りするとか言ってなかったっけ?

うちの外道共で恐らく鈴を除いたら唯一の非戦闘系な気がするがやばいかもしれない。

 

「……まぁ、でも俺と同じレベルの役職だから何とかすんだろ。俺なら何とかできるし」

 

ジョンソンが何か異様なものを見る目でこちらを見てきたが無視しておくことにした。

まぁ、真実そこで終わるような馬鹿は奇妙なことに梅組には多いのだから何とかするだろう。

なるじゃなくてするの所が俺達らしいが。

ともあれ

 

「よく考えたらこれってあの馬鹿のデートの妨害阻止作戦って事になるんだよなぁ……」

 

きっと結果は色々あったがなんとかなりました。めでたしめでたし方向になるんだろうけど俺と智のデートはこのままご破算の流れだろう。

何とも何時も通りだ。

かつてよく言われていた言葉をつい思い出してしまう。

他人からもそうだが親父からも言われていた気もするから何とも面倒な家系に生まれたものだと思ったこともあったものだ。

それは

 

「……望んだものは中々手に入らないねぇ」

 

よくある御言葉だ。

別に今となっては完全にどうでもいい言葉だし、気にするような性格ではなくなった。

そんな言葉で悩むような可愛い性格ではなくなったのだろう。

それに副長っていうのはこういうのも含めるのだろう。

ついでに剣神……いや暴風神にもそれは当て嵌まるのだろう。

風と雨というのは標準なら皆からありがたや~~とされる存在だが標準を超えたものは恵みから外れて恐怖にされる。

よくある話だ。

何時の間にかジョンソンの姿が消えていることを確認して頭を腕に組む。

 

「───ま、それも含めて俺の役割か」

 

手に入れる入れないは俺自身で決める。

どうでもいい言葉に集中するほど暇ではないのだ。

そういったネガティブの専門はトーリの担当だろう。

俺は馬鹿とはまた別系統の馬鹿の道を疾走する。

それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




自分が出せる最新話……これで終了です!

ああ……就活と忍者さえなかったら……!

一応、次もちょろちょろ書いてはいます!
出来ればお待ちしてくれると幸いです!
感想・評価よろしくお願いします!!


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祭の終幕と夢の開幕

始めて終わらせ進めて止める

でも、もう待つことはない───

配点(待ち時間)



 

神納・留美は恐らく英国の現場にいる者を除いたら、早くに英国の異変に気付いた方だろう。

恐らく、シェイクスピアによる舞台術式とも言える結界が英国に生まれ、そして役職者達が巻き込まれていると気付いた。

既に武蔵の役職者達は戦闘か何かに巻き込まれ、女王の盾符(トランプ)のメンバーと相対しているだろう。

───無論、それは武蔵副長でも例外はない。

だが

 

『~~~♪』

 

預けられた大剣。

名前は何時の間にか八俣ノ鉞という名前を付けたらしいが、その剣がただ通し道歌を歌うだけで何の反応もしていない。

だからこそ、留美はやるべき事を把握して手筈を整え、それを頼んだ。

だから、やるべき事をした自分は縁側でお茶とお菓子を持って碧ちゃんと一緒に楽しんでいる。

 

「碧ちゃんも甘いお菓子好きですから、一杯用意しました。幾らでも食べていいですから楽しみましょう」

 

「Ju,Jud.……でも、その……このミミズっぽく、しかも動いているこのお菓子は……」

 

「あ、それはこの前、鹿島さんから送られたミミゼリーですね。何でも再現度MAXの一押しだから是非シュウさんにっていう事だったんですけど、シュウさんの好みにマッチしなかったみたいなので折角だから貰っちゃいました」

 

何故か碧ちゃんが真面目な顔で"やるしかない"という顔になってたけどどうしてでしょうか。

とりあえず、お茶も用意して臨時のお茶会みたいな雰囲気……というよりは女子会みたいな感じになっているのと思い、内心で苦笑する。

 

「でも、碧ちゃんは良かったんですか? 英国に降りなくて?」

 

「いえ……それは今の状況をみると自分の選択肢が間違っていなかったという感じですが、降りてもまぁ一緒に歩けるメンバーがうちの馬鹿共だけですし……ペルソナ君様とコミュニケーションが取れなかったのが唯一の敗北で……」

 

あらあら、と思いながら落ち着かせるために食べましょうと促せる。

 

「……この饅頭みたいなものは?」

 

「ああ、それはシュウさんが日頃お世話になっている頭が幸の村製作所の代表の人が日頃の礼にという事で送られたキャッチフレーズが"誤爆"という饅頭で、何でも今回は一切ネタ抜きで作りましたとの事で」

 

「……留美さん。ちょっとだけ目を瞑っていてくれませんか」

 

頼まれたのでそうしたら数秒後に何か大きな音が聞こえ、その後に目を開けてもいいと許可を得ると息を荒げる碧ちゃんがいた。

あらあら? と思いタオルを持ってきて汗を拭いてあげ、今度こそお菓子を食べ始めた。

 

「その……それを言うなら留美さんも祭りに行かなくてもよかったんですか?」

 

「私も留美ちゃんと同じです。一緒に行く人はクラスの人達もいたけど、悪い癖がずっと続いているの」

 

「悪い癖?」

 

「Jud.───何時までも夢を見続けてしまっているから」

 

彼女がお菓子を食べる手を止めるのを理解するが気づいていない振りをしてお茶を飲む。

少しだけ沈黙と私のお茶を飲む音が響くが、碧ちゃんも直ぐにお菓子に再び手を付け

 

「聞くまでもないし、失礼な質問なのかもしれませんが……留美さんはうちの神様の事が好きなんですよね?」

 

「私がどう思っていても、シュウさんには関わりはない事ですよ?」

 

「Jud.───つまり告白はしたんですね?」

 

「見事に玉砕しちゃいましたけどね?」

 

苦笑でこちらが笑うのを見たからか。

少しだけお菓子を動かす手が何時も通りの動きになってくれているのを見て、自分も再び小さいお菓子に手を出す。

 

「どちらからで?」

 

「───どっちからでもあった気がするんですよね。シュウさんは察しが悪そうですが、こういった事には間違う人じゃないですし、私も隠す気がなかったですから」

 

「留美さんはそれでいいんですか?」

 

「あの人がそんな器用な生き方が出来ると思う?」

 

そういう人だから私も好きになった、と言ったらロマンがあるのかもしれないが、残念ながら私はこういった事に関しては論理とか理由付けとかではなく感覚で求めるタイプだったから上手く言葉には出来ない。

それに最初から負ける事が決まったような勝負でもあった。

だから振られた時もショックではなかったし、逆にもっと早くても良かったのにと思ったくらいであった。

 

「じゃあ、その……」

 

「───簡単ですよ。私が甘えたがりなだけですよ」

 

本当ならすっぱり諦めるべきなのだろうとは私も思っている。

いっその事、熱田神社の巫女も止め、それこそ新しい人生をスタートするべきであったのかもしれないし、それとも巫女だけして違う人を見るべきであったのかもしれない。

ただ、これは予想外に自分の器が小さかったというのか。

今までの人生で色んな人と出会ったし、格好いい人も偶には出会ったことがあるし、純粋にいい人だなと思った事もあった。

きっとこれからも色んな人と出会うことになって自分が変わるかもしれないという可能性がある事も理解しているのだ。

でも……とりあえず現時点で振られたというのに何故か一切捨てる気が起きないのだ。

 

自分の事なのに普通に驚きましたねー……

 

いや普通に不味いです、と思って諦めようと試行錯誤したものである。

すると不思議な事に最終的には結局、彼の事を考えているのだから。

ストーカー気質なのでしょうか? と思い、素振りで煩悩退散と頭の中で繰り返したが何も変わらなかった。

そして色々として、振られて一週間経った頃くらいだっただろうか。

そこまで行くと逆に清々しくなって、だから彼と一対一で話し合う場を整えてもらい

 

「これからもお慕いしてもいいですか?」

 

と笑顔で聞いた時の彼の表情は私の宝物であった。

本人としては殴られたり、三行半を叩きつけられる覚悟の面会だったらしいし、それが普通なのかもしれないがどうもそういった事は苦手らしい。

何とも諦めの悪い自分である。

 

「……うちの神様は一体留美さんに何をしたんですか……?」

 

「凄い事をしたりとか特別な事をされたりとかじゃないと思いますよ───単にシュウさんが私の好みに当て嵌まり過ぎたんだと思います」

 

碧ちゃんが凄い勢いで手で自分を仰いでいるが、暑いのだろうと思い団扇を持ってきてあげた。

 

「あ、言っておきますけど、私はこれだけアタックすれば彼も心変わりしてこっちも見てくれるとか思ってませんしね?」

 

「ないのが留美さんの凄い所ですしね」

 

解ってくれていてほっとした。

まぁ、自惚れ発言で思わず頬を赤くしてしまう発言だったのだが、きっとシュウさんが心変わりする事なんて那由多の彼方の確立以上にない事だと思いますけど。

自分に勝っていいのは一人だけと思っているのと同じくらい、彼は自分が愛するのはこの世で一人だけと思っている。

まぁ、だから普段の意地悪くらいは許してほしい。

惚れている私でもいい加減、告白しては? と伝えたいのに何時までも何もアクションをしないのだから普段の仕打ちくらいは許してほしい。

 

「……本当に無駄なくらいロマンチストなんですから……」

 

 

 

 

 

「智ーーーー! どこだーーー! 俺は今、お前の胸と尻と太腿と首筋、髪、顔、そしてお前自身に凄い会いたいぞー!! 俺はここだぁーーー! どこにいるんだ智よ! 俺の三次元ロマン……!」

 

 

 

 

きっと彼の事だから浅間さんを今も探しているのだろう。

守るのは苦手分野とか言いつつ大事な人にはそのルールを適応させない人ですし。

 

……今度はちゃんと自分の手で守りたいんですよね?

 

"自分では"、"自分には"という後悔を持ちながら、それでもすると決めた事を邪魔する程野暮ではない。

だから、それ以外の些事を手伝う……ではちょっと嫌味に聞こえるかもしれないから

 

「好き勝手させて貰いますね」

 

 

 

 

 

ウェストミンスター寺院から急いで逃げる本多・正純は首元をかばう仕草を続けながら必死に逃げていた。

既に自分がどういう揉め事に巻き込まれているかは理解している。

武蔵の総長連合、生徒会と女王の盾符による相対によるものなのだろう。

だから、私も狙われている。

ただ、まさか狙ってくる相手が

 

「待つのデーース! そこのエロ死刑囚ーーー!」

 

「保険の成績だけで勝手にエロキャラ扱いするな……!」

 

思わず叫んで、そのまま慌てて首元に衝撃が来ていないか確かめてしまう。

そこの首元にあるのはハードポイントであり、そこにはついこの間、契約したばかりの走狗であるアリクイがいる。

契約した場所は風呂場だが、風呂場で契約というとシチュエーションに反応してしまうのはクラスの毒の影響だろうか。おそろしい。

冗談を考える程度には冷静になれたようだが、余裕は一切ない。

何故なら負傷の度合いについては細かくは解らないが、アリクイが怪我をしているという事実があるからだ。

不詳の原因は簡単な事であった。

先に背後から来る変な骸骨……一体、どんな残念があって残ったかかなり疑問で遺憾だがとりあえず気にせずに考えて、一応女王の盾符のメンバーの一人であるクリストファー・ハットンの奇襲を男子用の上着を犠牲にする事で避け、そして逃げようとした所に投げ槍が飛んできた。

問題はそれに対してぎりぎりに避けたのがいけなかった。

それが原因でアリクイはこのような負傷を得ている。

 

「くそ……!」

 

すまないとしか言いようがない。

このアリクイが一体どれくらい幼いか解らないし、走狗に自分の知っている常識ルールが通じるのかも少し謎だが、それでも間違いなくまだ親に頼って生きていた子供であった事だけは間違いない。

外の事なぞまだ何も理解できないに等しい小ささなのだろう。

それに思わず嘗て、母に甘えていた自分を想起し

 

「六十二年三組ーーー! 全員起立ーーーーデス!!」

 

唐突に地面から競り上がった白骨の群れに対処出来なくなる未来を得てしまった。

 

……しまった……!

 

馬鹿か私は、と自分を詰りたくなるが詰った所でこの状況をどうにか出来るわけでもない。

切り返そうにも間に合う気もしなければ、背後にはハットンがいるので後方は当然無理。

横に跳ぼうにもそこまで激しい動きをすればハードポイントからアリクイが零れ落ちてしまうのではと考えてしまえば、動こうにも動けない。

だから、せめて首元を抱えてこれ以上、アリクイに恐怖を与えないようにすることだけであった。

未来に待ち受ける串刺しを思い、思わず思った事があった。

そういえば自分がこれ程、命というものに対して必死に抱え込もうとするのは初めてではないか、と思い、それと同時にショック体勢をになる自分に間違いなく衝撃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

ハットンが見た光景は本多・正純が槍によって串刺しにされてグロ画像になる光景───ではなかった。

ハットンが見た光景は自分が召喚した白骨クラスがその骨を散らせて、断たれて、砕かれる光景であった。

 

───What!? ----デス!

 

いきなり何が起きたのか。

役職者で襲名者ではあるが、戦闘系ではない自分にはいきなり何が起きたか理解するのは難しかった。

しかし、唐突ではあったが何がどこから来たかは視覚が捉えた。

飛来してきたものは武器であった。

それも分類的に言えば剣とカテゴライズされるものであり、中には巨大な大剣やナイフのようなものも入り混じった剣の集合体であった。

そしてそれらは上から落ちて、否、攻撃されてきた。

落下軌道に明らかに人の意思が介在されていた事には流石にハットンでも気づく。

何故なら、剣の落下地点はどれもハットンによって召喚された白骨クラスにのみ命中しており、本多・正純には刃どころか破壊によって生まれた礫すら当たっていない。

つまり、これは

 

「敵襲ーーーデス!?」

 

「Jud.───背後からのサプライズプレゼントです」

 

声が聞こえる頃には既に首から下の骨格が全て粉砕される音を出していた。

 

 

 

 

 

 

骸骨の頭蓋骨が英国の空に吹っ飛ぶという謎の大シーンを背景にしながら、ハットンの背後に立っていた人物をようやく正純は視認する。

 

「───熱田神社のハクか!?」

 

「Jud.無事で何よりです」

 

ありのまま悠々とこちら側に散歩のような調子でくる彼に思わず、ほっと息を吐くのが止められなかった。

役職者じゃなくても、戦闘系の神社の者なだけに莫大な安堵を獲れるのを止めれなかった。

だが、そこでようやく疑問に辿り着く。

 

「ど、どうやってこの演劇空間に……?」

 

「うちの巫女が即座に対処してくれました。若や他の特務はともかく副会長は非戦闘系だから危険と判断し、自分が護衛に」

 

そして予測が事実になりそうな所を助けてもらっというわけか。

有り難い、と心底そう思い、立ち上がろうとするが

 

……あ。

 

膝に力が入らない。

今更、ここまで震えるとは情けない。

自分のような非戦闘系も、何かの拍子に戦闘に巻き込まれるかもしれないというのは予測はしていたが直面すると来るものがある。

そうやって考えると総長連合のメンバーの苦労が一端とはいえ理解できる。

自分から見てもハットンは戦闘系と見るには、少し普通レベルなのだろう。

現に戦闘系神社の人間とはいえ後ろを取られ、そのまま───って

 

「ハットンは!?」

 

「ええ───どうやら頭蓋骨噴出脱出によるもので逃げられました。今度からは骨タイプを見たら頭蓋を狙うという反省と教訓にしておこうかと」

 

ええ、から繋がる内容かそれ……!

 

見た目普通そうに見えるがやはり、彼も熱田系なのか。そうなのか。やはり、私の心のオアシスは向井と浅間くらいなのだろうか。いや、浅間も浅間で輸送艦とか軽く落とすからなぁ……つまり、一般人は御広敷とハッサンとネンジとイトケンとノリキとペルソナ君か!

……でも、それもロリコンとカレーインドとスライムとインキュバスとバケツ被ったマッチョだぞ!? ノリキはまともそうに見えるが、女王の盾符と限定的だけど相対出来る一般生徒だからなぁ……やはり向井だけか……。

葵姉? あれは論外だ。葵と熱田レベルに生物範疇外だ。

 

武蔵の一般人代表として向井は守らなければいけない……ああ、絶対だ……。

 

重い覚悟を作りながら、近づいてきたハクが警戒を続けながらこちらに近寄る。

 

「首にお怪我でも?」

 

「あ……い、いや……走狗が……!」

 

言葉少ない言い分で理解してくれたのだろう。

少しだけ表情を変え、膝立ちになってこちらの首元を見る。

 

「参りましたね……走狗関連なら留美の管轄で……───いや。丁度良かったみたいですね」

 

「は?」

 

何がだ、と答えを問う前に、視界が暗色に染まった。

何らかの攻撃か!? と思うが前に黒色に意識が同調してしまい、せめて首元に手を置く事だけは念頭にした。

 

 

 

 

 

───は!?

 

急速に目が明けて見たものは巨大な立体であった。

 

何だこの立体は……!?

 

何故か驚愕する自分に逆らえずに瞳孔が開いた気がする。

何故だ。

何故か、この立体は大きいと驚愕する存在な気がするのだ。

この謎のロジックで生まれる遺憾という感情はなんなのだろうか……そう思い、思わず両手を上げてそれを掴むと

 

「きゃっ」

 

立体から声が聞こえた。

違った。

厳密に言うとその立体は付属物だ。

自分の状態も頭だけが浮き上がっており、後頭部の下に何か温かいものを引いている感触。

膝枕であった。

そして掴んでいるのは巨乳であった。

そしてしてくれている人物は浅間であった。

 

……これは何のイリュージョンだ!?

 

 

 

 

「どこだ智……! これだけ呼んでも見つけられないとは! 足りないというのかこの偉大なスピリチュアルブラスターが……! く……いや、まだだ! 俺達の前にどんな壁や問題があっても俺がぶった斬れば何の問題もねえ……! そう! そして最後は俺と智の合体……! ってこれ街頭じゃねえか! 畜生……俺の巧みな妄想力によって補われた俺の脳内イリュージョンに騙された……!」

 

 

 

 

……今までの記憶はもしかして自分の都合のいい脳内妄想によって生み出されたイリュージョンではないで御座ろうか。

 

思わず、そう考えつつも倫敦塔を登るのは止めない。

ここまで来るのに傷有り殿とこの祭りを見回った。

と言っても、どちらかと言うと自分がエスコートされていたようで少々、面目ないというか。

忍者としても男としても微妙に情けない気がする。

 

……いやいや。これは倫敦塔に登るための作法。作法で御座るよ?

 

傷有り殿が語ってくれた作法だ。

うちの外道メンバーなら間違いなく、ここで"来る"所だが、彼女なら安心を通り越して癒される。

鈴殿と同レベルの清浄度である。

疑うなんて以ての外で御座る。

これで相手が喜美殿やナルゼ殿なら間違いなく裏しかない。

 

……いや、だが、逆に二人がまともになったら怖いで御座るな。

 

もしもあの二人に例えば「点蔵、大丈夫?」などと心配されたらストレスで崩れ落ちる未来しかない。

だが、そういった心配の間に思わず脳がと括弧で加えそうになってしまうのは慣れだろうか。

恐ろしい症状だ。武蔵病とも言える疾患だ。何とかしなければ。問題は治療する医者不足な事なのだが。

 

「どうかしました? 点蔵様?」

 

「え?」

 

いきなりの呼びかけだったので、声に呼ばれるままに視線を向けるとそこには尻があった。

おお、これはまっこと見事な立体。

流石は傷有り殿。精進を怠っていない素晴らしい立体をお持ちで。

 

って、これは明らかに変質者の思考で御座るよーーー!

 

いかんいかん。

自分、少し傷有り殿に対して甘え過ぎではないか。

彼女が器が広い事を利用して、このような下心で接するとは……トーリ菌はしっしっで御座るよ。

 

「い、いや……その……装いを見て、改めて見事かと」

 

「まぁ」

 

嬉しそうに微笑んでくれているのは、本気にされていないのか。もしくはお世辞と思われているのか。

まぁ、自分でも流石に無理があるし、キャラではないと自覚しているのでそんなものであろうと思う。

気を付けなくては。

尻を見て発情期になるような獣みたいになってはいけないのだ。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……流石、我が娘……! 他のどうでもいいケダモノ集団にわざわざ笑顔を振り撒くなんて……父さん許しませんよ! 娘の尻を見ても罪に問われないのは父の特権! あの餓鬼共は去勢を───はっ。ハルさん!? どうしてこの場所を!? これは授業参観ですよ!?」

 

 

 

 

 

 

ケダモノになるのはいけない。

大体、そういうのはミトツダイラ殿やシュウ殿がいるのでキャラ被りで御座るよ。

そう思っていたら

 

「こちらです。こちらに点蔵様にお見せしたいものがあります」

 

傷有り殿が示した先をそのまま見るとそこは明らかに

 

「部屋で御座るか?」

 

一見すると普通の部屋の扉にしか見えない。

それに傷有り殿はjud.と笑みと共に答え

 

「八畳くらいの書斎です」

 

誰ので? と問おうと思ったら、彼女は懐から鍵を取り出してそのまま扉を開けるために使用した。

流石に疑問を浮かべる事は禁じ得なかった。

鍵を使ったという事は、この部屋は一般に対して公開するものではない。つまり、隠しているものなのだ。

そんな部屋の鍵を傷有り殿が持っているという事は、彼女が英国に情報閲覧の公開の許可を得れる程度の力か繋がりを持っている事になる。

それに対して、何かを問うべきかと考え

 

「───」

 

選ばなかったのか、選べなかったのかを少し考え、部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

点蔵が入った部屋は半円形の暗い部屋であり、それは今、傷有り殿がカーテンを引く事で対処しようとしている。

その間に点蔵は先程の傷有り殿の台詞を脳内で再び唱える。

 

妖精女王の父……万能王、ヘンリー八世の書斎とは……

 

聖譜によればテューダー朝第二代の王であり、有名な話と言えば六度の結婚とローマ・カトリック教会からのイングランド国教会の分離をした人物であり、自らが国教会の首長となった人物だ。

とりわけ、絶頂時代においては最も魅力的で教養があり老練な王とされていた王らしく、カリスマというものでは間違いなくうちの馬鹿の遥か上であったのだろう。

いや、そもそも全裸と比べるものではないかもしれないが。

ともかく、為政者としては凄い人だったのだろう。

だが、晩年は男の世継ぎを渇望した為、好色、利己的、無慈悲かつ不安定な王になったともされる王であった。

結果が全てという視点と結果だけが全てではないという視点の違いによって評価が変わる王ではあったのだろう。

とは言っても、それは聖譜のヘンリー八世であり、今の襲名者であったヘンリー八世とは別人なのだが。

現に過去の王族といえばというイメージと部屋に置いてある物の位置などが中々違うのが面白い。

 

中々、背が高くて、体格のいい方であったので御座るなぁ……

 

そういえば、あの教皇総長もかなり体格はいい方だったのを思い出すと意外とトーリ殿みたいなのは少数派なので御座るかな? と思ったりする。

まぁ、あの馬鹿は無能として選ばれたから他国の総長選択基準から些か外れてはいるのだから比べる方がおかしいし、失礼かと思う。

全裸と同列にしてはならん。

そんな益体もない思考をしていたら、傷有り殿から驚きとも言える事実も教えて貰った。

 

ヘンリー八世とカルロス一世が交友を……?

 

最近はそういった偉人の実はこんな事があったのだ、という話を聞くことが多いで御座るなぁ。

そもそも、よくよく考えれば武蔵の総長連合及び生徒会には襲名者が少ない。

あやかりなどは結構いるので御座るが、襲名しているのはミトツダイラ殿とホライゾン殿くらいである。

勿論、先輩や後輩には襲名者はいるし、確かトーリ殿と喜美殿の両親も元襲名者であったと記憶している。

だから、アリアダスト教導院の内部でも襲名者と関わる事は皆無では無かったのだが

 

……内輪の事だからそういった驚きとは無縁で御座ったなぁ。

 

やはり、こういった刺激は外部の事の方が衝撃的で御座るな。

傷有り殿が実は金髪巨乳美少女であったのが今まで一番の最大の驚きであったで御座るが。

うむ、あの記憶は今でもこの忍者にとって最大の驚きであったで御座るな。

まぁ、それは置いてだ。

まるでその言葉を証明するかのようにヘンリー八世がカルロス一世に言ったらしい。

 

"Long time my friend"

 

どう訳しても"久しぶりだ我が友よ"という意味を持っていた。

後でお茶を濁したらしいが、幾らなんでもわざととしか思えない。

あからさまな大仰な台詞を疑うなと言うのは無理がある。

そして傷有り殿は違う話題を続けた。

 

キャサリン王女が血塗れ(ブラッディ)メアリを生めなかった事に対して妖精に隠されたという言い訳を放ったと。

 

どう見ても苦しい言い訳。

うちの馬鹿共が覗きに行った時

 

「ああ!? これは覗きじゃないぞ!? 青春を分かち合う友情みたいなもんだよ! なぁ親友!」

 

「応とも! 俺達はエロ目的だけで覗いているだけじゃねぇ……! 裸の付き合いで心まで深く繋がり合おうという……! いよっし! ナイスなエロ言い訳だ! 相手が男ならこれで通らねえ訳がねえ!」

 

勿論、番屋で寝る事が決定した瞬間であった。

残念な事に言い訳を聞いている相手は女性であった。男性であっても職務に忠実ならアウトだろうが。

それよりはマシではあるが、それでも妖精に隠されて生めなかったというのは流石に無理がある。

しかし、その言い訳は通った。

そして無茶な言い訳が通るという時の理由というのは恐らく単純に

 

「……前例があったので御座るか?」

 

「Jud.仲の良かった男女3人が一度」

 

その3人が

 

「襲名前のヘンリー八世総長にキャサリン王妃……そしてアン・ブーリン」

 

それらの情報はほぼ抹消されており、それを知っている人も遠ざけられたり消えたりしていて明確ではないらしい。

ただ噂だと3人が消えたのは1年くらいの期間。

その間にカルロス1世に出会ったのではないかという事。

そして

 

「だからこそ誰も疑われなかったのです」

 

二度繰り返された言葉に同じ内容を語ったのではないと気付き、何をと問うよりも前に彼女は鎧戸を引いた。

少々暗い部屋だったので突然の光に少し目を細めるが、逆光で顔が見えないながらも彼女の視線が自分……いや自分の背後を指し示す力を見つけ、そしてそこに振り返り───見つける。

 

「二境紋……!」

 

「極東ではそう呼ぶらしいですね。または公主隠しとも……点蔵様。これが私が点蔵様にお見せしたかった事……英国の万能王ヘンリー八世は点蔵様達が探している謎によって消失していること───これは妖精の仕業なのでしょうか? それとも別の何かなのでしょうか?」

 

それに答えられる解答を自分は持ち合わせていない。

だから代わりに自分は傷有り殿ではなく二境紋と共に書かれていた一文を見ていた。

 

"Long time my friend"

 

それは一体、誰の言葉なのだろうか。

自分にはやはり解らなかった。

 

 

 

 

こうして色々聞かされた点蔵は傷有りと一緒に昼の光を浴びるかのように外に出て歩いている。

こうして色々な情報と出来事を経て膨らむ思いが一つある。

それは

 

……この御仁は一体誰なので御座ろう……

 

少なくともヘンリー8世の部屋の鍵を所持できるレベルの身分である事は間違いない。

まさかエリザベス女王……なんて事は流石にないだろうしメアリ殿……というのもおかしな話だ。

何故ならメアリ様は南西塔に収監されているし、その姿は民に目撃されている。

だからそれもおかしいと思われる。

なら、普通に考えると彼女達の傍付きの侍女とかの身分だろうか。

そこまで考えて気付いた。

 

……深入りしているで御座る

 

他国の人間に世界征服を宣言した武蔵の第一特務の忍者が。

無論、情を持つなというのは人間として割り切るのが難しいからそこはいいとする。

しかし自分は一介とはいえ忍者。

刃の下に心ありという言葉の成り立ちの戦種だ。

そんな自分が他国で、しかもヘンリー8世の部屋の鍵を所有出来るレベルの相手に深入りするのは忍者としてなっていない。

ただでさえ自分ら武蔵はこれからが大事な時期である。

無論、その大事の度合いは今日のトーリ殿とホライゾン殿とのデート結果で変化はするだろうけどうちの外道トップが揃って楽な道に行けるとは今まで積み上げてしまった悲しい経験が不可能と告げている。

お前らの不可能は俺の物と断言している馬鹿にこの不可能を叩き込んでやりたいものである。

だからまぁ、色々と内心で悶々としていると当の本人がいきなり

 

「点蔵様。───私と勝負をしませんか?」

 

「……? 勝負で御座るか?」

 

一瞬、色々と考えてしまったがここまでの彼女の人柄や口調に多少の幼さのようのものを感じたのを考慮して出来るだけ普通にどんな勝負で御座るか? と訪ねると彼女も笑みの成分を混じらせた口調で

 

「Jud.私が点蔵様の御顔をご覧に入れる事が出来れば私の勝ちというのはどうでしょう?」

 

あ、それは無理で御座る。

 

と、即答しようと思った。

忍者にとって顔を見せるという事は死ぬのと同義である。

それを彼女に伝えようとして

 

「……!?」

 

唐突に倫敦塔の北西塔が崩壊し、石組みと木板の礫が空から崩落した。

突然の事態だが点蔵は落ちてくる礫が濠に落ちていくものと判断を一瞬で下し

 

「───傷有り殿!」

 

そう一言告げ、自分は倫敦塔の破砕によって生じた爆音と事実に驚いている子供達の方に向かう。

一瞬だけ傷有り殿の事は考えるが彼女には術式がある。

これぐらいの事なら大丈夫であろうと思うし、先程の自分の叫びも理解してくれると思っている。

だから、今は自分は当たりはしていないが守られていない子供3人を一気に抱きかかえその瞬間に

 

「……っと」

 

背後からの落下音が背中に直撃するが当然当たりはしない。

大事がなくて何よりであると思い、抱えている子供達をとりあえず下し、出来る限り気楽に

 

「危のう御座るよ?」

 

そう告げて子供達がゆっくりだがじっくりと理解したという風に頷くのを見て自分も頷き、ゆっくり離れる。

既に子供達の背後から彼らの親と思わしき大人が駆け寄っているのを見ている。

なら目立たない事を主義とする忍者は離脱すべし、と思い離れ

 

「すっげーーよ母ちゃん! 何かすっげー忍者のお兄さんに助けて貰ったよ!? 何故か犬の臭いしたけど!」

 

子供とは素直なもので御座るな、と点蔵は内心に刺さる刃を引き抜きつつ場から離れる。

 

さて……傷有り殿は……

 

「点蔵様!」

 

どこにいるやら? と思う前に人の流れを挟んだ向こうの濠向かいのアーケードから金髪の少女がこちらに手を挙げながら走り寄ってくる。

それに自分も自然と近づこうとして

 

「……?」

 

何か小さな違和感を覚える。

些細な違和感ではあると思うのだが、それを偶然にも重ねて見つけたが故に見つけた偶然のような感じ。

だけど意味が分からない違和感であったので気にする事ではないと思い、怪我の有無だけを聞こうと思い彼女に小走りで近付き、彼女も迎えるようにこっちに走り

 

「御無事で何よりでした……!」

 

そのままぶつかるように自分の懐に潜り込んで引っ付き、細い両腕をこちらの背中に回した。

つまりは抱きついてきた。

 

 

 

ハッピーハッピー!! はっ、い、いやけしからハッピー!

 

本能に抗えておらんで御座るよ!? と自分にツッコミを入れて現実逃避をするがあわあわと体がガチガチに───ならずに何故か反射的に抱き着いてきた彼女をそのまま突き放した。

それも少々乱暴と言ってもいいレベルに押し出した。

こちらの態度に傷有り殿の表情は分かり易く悲しい、というよりショックというような表情を浮かべるが逆に表情を注視していた為に気付く。

 

───彼女の髪に白の水連がない事に。

 

視覚的な証拠を見つけた事により違和は確信へと至った。

膝を曲げ、腰に差している短刀に右の手を添え、何時でも抜けるようにする。

明らかな敵対行為に彼女の顔は何故? という悲哀に塗り潰されていくが騙されるつもりはない。

例え、白の水連が偶々落としただけだとしても彼女はおかしな位置にいた。

彼女の位置はまるで危険から逃げるような場所に避難していた。

無論、これが一般人なら正しい行為である。

しかし、自分は知っている。

彼女が術式使いとして強力な使い手であると共に

 

傷有り殿は理不尽な恐怖に立ち止まる者に手を差し伸べる人間で御座る!

 

輸送艦が落ちてくる中、巨大な質量に対して迷うことなく周りの震えている子供の為に力を振るうのに躊躇わない人だ。

なら、彼女はきっと己の視界に入らない場所で人を助けている。

その為に先程、発した言葉があり、その意味を捉えていない彼女は傷有り殿ではない。

 

「───何者で御座るか?」

 

こちらの変わらぬ態度に。

残念……とは全然思っていない。

むしろ愉快だと言わんばかりの肉食獣のような笑顔と共に

 

「───ばれたか」

 

 

 

 

熱田の感覚が遂に捉えた。

最早、面倒臭くなって爆走したり出店を恐喝してついでに商品を値切って買ったり、観客として固定されているはずの御婆さんが腰を痛めたので椅子に休めさせたり、巫女服を着た人間を見つけたと思ったら仮装した男と気付いて思いっきり殴ったりして探し回ったのだがそれでも見つからなかったのでもう全部ぶった斬ってやろうかと思った瞬間に遂に捉えた。

英国ぶった斬り事件の発生を阻止したのは剣神としての鋭敏な知覚能力と鍛え上げた勘と培ってきた一つの感情によるミラクル。

しかし、先程生まれた辻斬りも魅力的な提案だったので少し迷ってしまったがまぁ、いっかと思いそのまま脚力任せの大跳躍をかまして現場に急行した。

うむ。使い古されたヒーローみたいに飛ぶ俺様。

ここで何か建物が崩壊したりしたら絵になるのだが今度やってみよう。

点蔵やウルキアガ、御広敷の家なら何も問題はないだろう。

そうして大体、十数回程度の跳躍で目的地点に到達。

そして空中で最低限の身嗜みを整え、そのまま地面を粉砕……っていうのは美味しいが流石に周りの迷惑を考え、普通に高度からの着地を取り

 

「よし! 智! デートの続きを……」

 

しようぜ? と言おうとして周りの風景を知覚した。

とりあえず、予想通りに智はいた。

いたが周りは見覚えのある外道メンバー。

喜美やら正純やらハクとかいる。

そこにトーリとホライゾンがいるのを見てみるとどうやら話し合いは終わったのだろう。

中には気絶しているメンバーもいるので後で扱かなくてはと思う。

まぁ、そこまでは別にいい。

次に梅組と相対する体勢で女王の盾符(トランプ)がいるのもまぁいい。

何やら英国の制服を着た金髪ロング巨乳の女がやけにドーン、と効果音が付きそうなくらい偉そうに腕を組んで立って、しかも傷を除けばそっくりの少女がいたりしたがそれも些細である。

 

問題は二つの勢力の間に見覚えのある忍者が何やらぶった斬られて倒れている事である。

 

まぁ、致命傷ではないみたいだし、ピクピクしているから問題はないだろう。

他のメンバーが騒いでいないしOKとする。

問題は

 

「テメェ……点蔵……まさか俺と智とのデートを邪魔する為にぶった斬られたのか!?」

 

「おい親友! まさかお前……世界の中心に立っているつもりか!?」

 

「あー? 何言ってんだ阿呆トーリ。世界の中心なんて馬鹿げた事言うわけねえだろ───もうちょい範囲広げろ。宇宙が入ってないだろ? 後、智も混ぜとけ」

 

「そ、そんな中心に立つのは常識人の私として御免ですよ!? ……何ですかホライゾン? その無理はしないで下さいと言わんばかりに肩に置いてくるこの手は?」

 

「Jud.これは無理をして下さいと言わんばかりに置いている手です。ちなみに実際に置いています」

 

「え? ……うぉわぁ!?」

 

何時の間にか実は腕だけ置いてある事に気付いていなかった智の悲鳴を心地よく聞いてうむ、と頷く。

何やら点蔵のピクピク具合が増したがこれも些細な事である。

だが、まぁ状況確認は必要だなと思い

 

「で、そこの忍者がピクピクしている経緯について」

 

「ふふ、知りたいのね? 知りたいのね!? じゃあその疑問はこの賢姉が声高らかに叫んで教えてあげるわ! ───答えは全く知らないわ! だってこの賢姉も着いたばっかりで忍者のピックピクを観察している最中だったのだから! はい愚剣! 今、あんたの思っている心境を言葉ではっきり示してみなさい! 五文字よ!?」

 

「許さねぇ……!」

 

「───はい駄目! つまんないわ零点よ零点! 売れない芸人よりも価値がないあんたは罰としてファーストキスを愚弟に渡すのよ! でも唇はホライゾンの先約があるから尻よ尻! ファーストケツチューーー!!」

 

「貴様ーーーー!!」

 

「あれ? ガっちゃんも気絶しているのに指がピクピクしてるよ? あ、ペンを握っている風に丸まった。ガっちゃんナイスガッツ!」

 

有翼系の結論は無視する。

有害なのは何時の間にかトーリが全裸になっている事だろう。

さっきまで普通に服を着ていたくせに副長である自分ですら気付かせずに全裸になっているというのはどういう事だ。

これが芸人か。

違うな、趣味か。

そんな全裸がわざと尻をくねくねさせながら猫撫で声

 

「まさか俺のファーストケツチューが親友によって為されるとは……でも……親友になら……いいぜ?」

 

まさかの頬を赤らめた後の上目遣い+涙目という最悪のコンボに精神的なHPは赤いゲージになり現実的なダメージとしては嘔吐感がやばいレベルになってきた。

思わずえろえろ、と吐いてしまおうかと思ったがここで吐くと負けが確定する。

さぁ! と四つん這いに態勢を移行した馬鹿は無視してとりあえず智の乳を愛でようかと思ったのだが視線を感じてそちらに振り向くと女王の盾符共が口をへの字にしてこちらを見、その中心の金髪巨乳は

 

・約全員: 『受けてる……?』

 

・賢姉様: 『このレベルで笑うなんてまだまだ成ってないわねぇ。ほら、浅間。本場のボケとツッコミを見せてやりなさい! 丁度、あんたの相方ならぬ相棒が来たわ!』

 

・あさま: 『な、何でそこで相方じゃなくて相棒に言い直したんですか!?』

 

・賢姉様: 『あら? 私は単にこっちの方が適した言い方かしらと思って言い直しただけなんだけど浅間が憤るなんて……ちょっとこの理解が足りてない姉に語ってくれない?』

 

・あさま: 『く……!』

 

とりあえず内股にならないようにして周りを代表して告げてみる。

 

「───羨ましいのかよ?」

 

「ちげーーよ!!」

 

何故か観客も含めて大合唱された。

成程。

 

「よし、正純。後は任せた」

 

「ここに来て人身御供か!?」

 

愕然とした声を出されるが何を言う。

俺とお前の役割分担を考えれば間違っていないだろうに。

お前は喋って戦争を誘発……おっと欲望に素直過ぎた。

正純は喋って戦争を回避し、俺はぶった斬って戦争を終わらせる役割なので間違いなく正しい判断であるだろう、うん。

だから、とっとと智を連れてデートに逃避しようとしていたのだが

 

「───ほう?」

 

などと呟かれた瞬間に逃亡失敗は悟った。

面倒だなぁ、と心底思いながらとりあえず背後の呟きと共に体に纏わりつこうと指示された"モノ"を一睨みで抑える。

それに更に愉快気な微笑を響かせるのでしゃあなく背後に振り返る。

背後……女王の盾符が集まっている中でやはり笑っているのは中心に立っている金髪の女性。

そいつは名乗りもせずに勝手にこちらに話しかけてくる。

 

「やはりと言うべきか。大気の精がこちらの言う事を聞いてくれないではないか。流石は暴風神。風に関する事だけなら妖精女王の威厳も形無しだな」

 

「そいつはどうも。だが、この程度の事で一々賞賛してたら口が回らなくなるぜ? 何せ褒める所があり過ぎるからな」

 

「何でも斬れる所とか言うんじゃないだろうな?」

 

「はン……何でも斬れるが褒め言葉と思ってんならそりゃ学が足りてねぇな」

 

ほぅ? と再び愉快気に笑顔を浮かべてくる先を促してくるのでこちらも答えといてやる。

 

「最初から何でも斬れる……なんてものはただのつまんねぇヌルゲーだ。いいか? 至高の剣技っていうのはな───何でも斬れねえから始まるから格好いいんだよ」

 

成程な、と実に納得したように頷き

 

「自己否定か?」

 

「いんや? 剣神だからと言って何でも斬れるわけじゃねえからな。自画自賛。血とか選ばれたという言葉に居座るのが趣味かよ?」

 

そんな風に挑発してみると相手は今度こそ口を少し開けて笑い声を上げ

 

「成程。己に酔っているだけの小僧かと思っていたが中々に人間らしいではないか自称世界最強よ」

 

「酔ってはいるぜ? 自分に酔えないような面白味の無い生き方をしているわけじゃないからな。何せ何れ他称世界最強になる男だからな」

 

この(・・)妖精女王が相手でも?」

 

たかが(・・・)妖精女王が相手でもな」

 

ニヤリ、と互いに口を綻ばせる。

お互いに殺意は一切ない。

こちらもあちらも挨拶程度の物と弁えている故の挑発であり、一種の友愛表現である。

何せお互い同レベルの格だ。

その気がなくともつい口が軽くなる。

背後の副会長やら女王の盾符のメンバーは青くなったり、赤くなったりしているけど。

 

「不敬だな。武蔵副長。貴様の口先で英国と武蔵に亀裂を入れるほどの権限を持っているという傲慢か? 付き合わされる武蔵が可哀想だろうに」

 

「おいおい、お前こそ。ここをどういう場だと思ってんだ? ここは今、祭り。無礼講ルールだぜ? 子供も大人も一緒に楽しむ場所に政治を持ってくるのはそれこそ無粋じゃないのか? それとも妖精女王には冗談も遊びも通じないっていうのかよ?」

 

とりあえず最後まで周りのストレスを高めておいて俺はあっさりと妖精女王に背中を向ける。

相手もそれに関しては特に何も言わない。

ここは祭りの場だ。

英国と武蔵の態度を決める場ではない。

相対ロワイアルを持って武蔵は武力的に対等というのを恐らく示しただろう。

こんな風に総長連合と生徒会を含めるメンバーと女王の盾符と相対し合っている状況からもそれは間違いない。

 

ま、どうせこの後も面倒臭い状況になるだろうけど……

 

そこら辺は出来る奴に任せる。

具体的には負けてはいけないと今、奮起をしているヅカ副会長とかに。

何と勝負しているかは定かではないが。

まぁ、でもこの場所で男を見せる立ち位置にいるのはどうやらぶっ倒れている忍者みたいである。

最後まで向こうのメンバーで頑なにこちらを見なかった妖精女王と激似の少女。

歩幅や仕草からそれが点蔵と親しげに語りあっていた傷有りというのは理解している。

まぁ、それについて問うのが野暮である事くらいは理解できているので俺はだから違う相手に問う。

 

「おい、トーリ」

 

「何だよ親友。このタイミングで俺のケツチューを希望か……おいおいおい、まるで絵が変わるくらいに力強い拳で殴られたらか弱い俺は儚く死ぬと思うんだがそこんとこどうよ!?」

 

「どこに躊躇う理由があるかさっぱりなんだが?」

 

酷いと嘘泣きを始める馬鹿を無視して

 

「決めたか?」

 

「モチのロンよ」

 

そうかと俺は答え

そうだぜとあいつも答え

 

 

パァン、といい音を互いの手の平で生み出した。

 

 

阿吽の呼吸による最高の片手ハイタッチ。

色々と考えてたり、何やりしてた頭の中を全て吹っ飛ばすような爽快感。

酒とか薬とかでは到底及ばないハイテンション。

この世界全てを敵に回してもいいこのテンションを他の人類が経験した事がないんじゃね? と思うともうマジで笑っちまう。

目の前の馬鹿も笑っているのを見ると似たような心境なのかもしれねえと馬鹿みたいな事を思ってしまう。

 

実に馬鹿らしいし、阿呆らしい。

 

周りにいる喜美やら智も呆れたような表情で溜息を吐いているし、ナイトは映像取っているから間違いなく後で二人でネタにするに違いない。

他の面々も似たようなものだ。

唯一、新人の正純と二代が何だ何だ? という顔をしているくらい。

ホライゾンは何やら微妙に意味の分からない感心をしているが今ぐらい全て無視しようと思ってしまうくらいに馬鹿なハイテンション。

ああ、くそ何度テンションって言葉を使ってんだ俺はと思い

 

「……っく」

 

必死に口から吐き出しそうになる笑い声を抑える。

我慢し切れずに時々漏れてしまっているけどそれくらいいいだろう。

だって、ようやく俺の夢が。

俺達の夢の始まりが。

長い間待ち続けていた疾走を始められるのだから───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしました……!

相対ロワイアル終了ーーーーーー!!!

点蔵による障害をようやく潜り抜けて一話だけですが投稿……!
いやここに来て長いあとがきが無粋!
待っててくれていたかは定かではないですが待っててくれた人には感謝の念を持って出します!
長い間放置していたのでもしかしたらクオリティ下がっているかもしれませんが出来れば皆さんのご期待に添えるストーリーになっている事を思って入稿ーーーー!!

感想よろしくお願いします!!!




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会議は始まる されど踊りまくり


名言って言葉あるな

───あれは事実だ

配点(驚きの納得)


「うぉーーい? トーリ。俺の衣装ってどこよ?」

 

ウルキアガは熱田の声を拾いながら男子更衣室で己の衣装を着込んでいる最中であった。

半竜故に基本、人類が多い梅組の他の男子衆とは毛色が違う服を着込みながらオックスフォード教導院で行われる宴の準備を各自している。

ここにいるのはやはり、基本、役職者のメンバーである。

今夜は宴とは言われているが、本質は教導院会議である。

国としての対話レベルになるので役職者は基本、総長連合、生徒会問わずにフルメンバーである。

 

まぁ、例外はおるがな……

 

点蔵とナルゼは昼の相対ロワイアルでの傷の治癒の為に今回の話し合いには参加できなかった。

負傷という意味ならばミトツダイラも結構、負傷していたようだが持ち前の回復力で無理矢理、というか意地で出席しているが。

自動回復キャラのタンクは手強いなと勝手に頷いておく。

他にもマクベスの呪いによってトーリの近くにいるとトーリを殺しかねないネシンバラも出席出来ていない。

余程の事があった場合も考えておくとうちは万全とはちょいと言えない。

 

まぁ悲観だけで語るのも現実逃避している事になるな。

 

周りを見ても緊張という言葉からはかけ離れたメンバーである。

シロジロは何やら表示枠を見てよし、とかうむ、とか頷いているのを見ると金の事を考えているのが丸分かりだし、トーリは全裸でふんふん尻と股間を振り回しているし、シュウは無意味にあの大剣をぶんぶん振り回してる。

何という馬鹿共だ。

拙僧を見習え。

これからの会議の為に姉系同人誌を見てエネルギーを溜めている拙僧を見て改心をせんのか? ううん? せんのか? ほぅ?

 

「うん? あ、そっか。オメェも姉ちゃんに衣装を頼んでたんだっけ?」

 

「おうよ。うちで用意して貰おうかと思ってたんだけど留美は完璧過ぎて違う意味でパーフェクトチョイスをしちまいそうで怖かったからな……そう思ってたら喜美が「何!? 服が無いの? 服無き子愚剣!? そんな涙を誘うあんたにこの賢姉がナイスチョイスの衣装を贈呈してあげるわ贈呈! 所で贈呈と童貞って似てるわね!? 童貞を贈呈!? 残念! 賢姉は馬鹿はお断りよ!」などと叫んで来たから頼んどいた」

 

全員が首を回す。

ここらで普通なら点蔵辺りがその流れで頼んだので御座るか……などとツッコむのだがいないので我らの調子を狂わせた。

慎みのない忍者である。

後で奴が現在やっているエロゲをサーチしてネタバレしてやろう。

 

「ああ。そこで姉ちゃんに一緒に渡されたぜ? そこの箱に入ってんの」

 

「おう、サンキュっておい。これ二つあるけどとっちが俺のよ?」

 

左左! 左だよ! と叫ぶトーリをシュウは左か! と意味の無いハイテンションで付き合い、箱を手に取り早速中身を開け確認した後に頷いていきなり速攻で部屋から飛び出した。

更衣室にいるメンバーで即座に箱に入っていた物を確認すると何も喋らずに馬鹿を追いかける事を共通の目的とした。

 

 

 

 

 

浅間達は全員がホライゾンドッキリ収納ベース騒動に一区切りを終え、己の姿に変な所がないかの再点検をしている最中に唐突に女子更衣室のドアが開き

 

「智! 匿ってくれ!」

 

馬鹿が躊躇わずに女子更衣室に入ってきた。

 

 

 

 

オックスフォード教導院でせっせと宴の用意をしていた学生諸君は唐突な爆音に驚いて見る方角を変えると武蔵の女子達が着替えいている女子更衣室から男が矢やら鎖やらペンチやら長槍や悲嘆の怠惰などの打撃を受けて吹っ飛んでいる光景を目撃した。

そのまま武蔵の男子制服を着た男は同じ制服の男子集団に気絶している事を確認されたら縄で縛られ、そのままどこともなく連れ去っていった。

とりあえずその一連の作業を見た人間はうむ、と頷き

 

「よし、急ぐぞーーー」

 

と誰かが告げて順応した。

 

 

 

 

 

そうして広場では一つの列と集団に分かれていた。

列の中心点は青のドレスを着た長い黒髪の人物であり、顔は飾りの帽子で隠れていたがそれを見た英国人はあれが武蔵の副会長の貧乳枠かといそいそと手の甲にキスをしたりの列であった。

もう片方はそういうのをお断りしている薄い水色のドレスを着た人物であった。

基本は青のドレスを着た黒髪の人物と同じであり、体格もそこまで変わりはないが敢えて言うなら青のドレスの人物よりも少々、髪が短いくらいであり帽子を自分で深く抱えて顔を見せないようにしている。

それにもしや武蔵の貴重な前髪枠ではないかと思って近づく英国人である。

その度にわたわたするので全員が何故な感激の涙を流す。

 

「純だ……!」

 

「武蔵は外道世界で有名だが……弱肉強食の世界でよくぞ……」

 

「ああ……極めた白って一種のカリスマだよな……」

 

生の奇跡というものを見た男達は最早、悔いは無くなった気分である。

神よ……! という感謝の祈りを捧げている最中に今度は朱のスーツ型和服などを来た浅間達がやってきてその光景を目撃する。

 

「───は?」

 

浅間は実に意味わからないという顔でその光景に固まり、ミトツダイラは俯く。

他のメンバーはまぁ、何時も通りという顔になりそこに赤いドレスを着込んだ喜美がやって来る。

 

「あら? あんたらようやく来たの? 何か浅間が愉快硬直してるけど原因は?」

 

その質問に俯いたミトツダイラが表情を隠しながら件の風景を指差す。

その指に逆らわずにドレスを着た人物による発生している密集に目を向け

 

「愚剣はともかく愚弟はあんたどうして正純のドレスを着てんの?」

 

え? と全員の体が死後硬直のように凍りついた瞬間にドレスを着た二人の行動は早かった。

 

「テメ、喜美……! ふっざけんなよこんちくしょうーーーー!!」

 

「おいおい姉ちゃん! 折角逆ハーレムを俺と親友で築こうとしていたのに!」

 

水色のドレスを着た少年は帽子を地面に叩き付け、青色のドレスを着た少年は普通に鬘と一緒に帽子を外した。

密集していた男共の反応は正に神速であった。

 

「ふざけんな……!!」

 

神よ……! という嘆きの言葉が今度は広場で発生するのも時間の問題であった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても我が王はともかく副長まで結構、似合ってますねぇ……」

 

広場の災害はとりあえず無視しておいて、ミトツダイラは普通にドレスを着込なしている副長に目を向ける。

普段の言動こそ3流チンピラだが、顔自体は意外に童顔である。

本人も実はそこを気にして普段の言動から男らしく見せるように頑張っているのかもしれない。

だけど、それだけで我が王レベルの変身が出来るレベルの童顔ではないとは思うのですけれど。

その内心の疑問を察知したのか。

膝を着いている被害者に塩を塗りこむような言動をやっていた我が王がこちらを見て

 

「ああ。ちょいと顔の方は術式でちょちょいとパーツ弄ったぜ? いやもう面白いくらいに変貌するから俺は何時の間にか何かのキャラメイク設定をしているんだっけって思ったぜ。こりゃ明日はシロによる大儲けだなっ」

 

未来が確定した内容はどうでもいいがやっぱりそうか。

流石に地のままだと厳しい部分があるからそこは変装系か何かの術式で変えたのか。

でも顔の方はという事は

 

体とかは使ってないって事ですよね……?

 

確かにドレスの下などは鍛えられた筋肉があるのが分かるのだが、何というか……意外に小柄である。

別に凄い小さいというわけではない。

男子としての平均身長で見ればちょっと上か下レベルの身長なのかもしれない。

でもまぁ、それはつまり普通くらいの身長というわけだからおかしいわけではないのだが……何故か自分はもっと彼が大きい人間だと思っていた。

普段の言動によるものもあるのかもしれないが、あの大剣を構えてたりしている姿や頼りになる強さのイメージが強いのかもしれない。

後ろから見る背中が大きい、と自分の内心に刻まれているのかもしれない。

それを想いだし過ぎたのか。

現実の風景と過去の思い出に浸食されて、頭の内部だけの光景に八年前の自分を守ってくれた少年の背中を一瞬、思い出してしまった。

 

「───っ」

 

周りに気付かれないレベルで首を振って振り払う。

何とも甘えた思考だ。

まだ未熟とはいえ少なくとも頼るだけの保護されるような子供ではないはずだ。

狼として他人の背中に隠れるような恥知らずな生き方は御免被る。

あの背中を見るのは違う人であるべきだ。

もう自分ではないのだ。

するとハイディが首を傾げながらも二人の女装……というより副長の女装姿を動画で撮りながら

 

「シュウ君って女装は駄目な人? 何時もの馬鹿を見ると嫌でもやる時は乗る方だと思ってたけど?」

 

「こ、コスプレとかならまだいいが女装は駄目だ……女装をやると馬鹿ではなくマジでやっちまうから駄目なんだ……逸話的に!」

 

「何その意味が分からないヤマトタケル症候群?」

 

あー、そういえば熱田神社は草薙の剣を祀っている神社でしたわねぇ。

壇ノ浦で遺失したとか熱田神社に保管されたままと諸説あるけど、草薙の剣の持ち主としてヤマトタケルがいるのだが彼はクマソタケル征伐時に女装をして彼に近付いて暗殺をしたとされる。

 

「貴様まさか……Myフェイバリットジャンル!?」

 

などとクマソタケルは叫んだらしい。

人は死に直面した時に本性が現れるというけど現れたのは本性というよりは性癖な気がする。

本能が本性に勝ったのかもしれない。

死の間際でも理性を保たないと死後辱められそうだから大変だ。

で、まぁそれで女装をすると"本気"で演じてしまうと。

 

・銀狼 : 『恐ろしく安直な設定ですわね……』

 

・〇ベ屋: 『だよねぇ? ネタにして欲しいとしか思えないからもう量産してラミネート加工も一考してるからアサマチいる?』

 

・あさま: 『───全部で』

 

え? と思わずミトツダイラは声を現実で漏らす。

見ればハイディも言質として記録はしているが、それでもえ? と口に漏らしている。

表示枠のチャットを見ていた他のメンバーも一緒に口を横に広げて、そして視線を書き込んだ本人に向ける。

ただ彼女は女装している副長の元に向かっている最中だから立ち位置の関係で彼女の背中しか見れない。

ただ何かその背中から理解不能の莫大なプレッシャーが発生しているような……い、いやそんなまさか。

 

「あ、智! 頼む! 何かまともな衣装とか持ってねえか!? このままだと意味のわからねぇピンクな世界に飛び込んでしまいそうだ……!」

 

それに気付かない副長は頼む! と彼女に近付いていく。

何かその仕草に犬耳と尻尾が見えてしまうのは気のせいだろうか?

 

・貧従士: 『まるで総長と第五特務を見ているみたいですねぇ』

 

・銀狼 : 『そ、そこから来ますの!? の!?』

 

これが犬を飼っている者の観察眼だというのか。

それともあれ程に自分は分かり易いのだろうか。

 

……あら?

 

よく見ると智は何やらふらついて片手で鼻元辺りを押さえつけている。

あの仕草は……と頭の中の推理よりも先に答えが返ってくる。

 

・金マル: 『あ。ガっちゃんの鼻血芸風! アサマチも踏み込むみたいだね……!』

 

・煙草女: 『どうでもいいが嫌な予感しかしないのは私の気のせいさね?』

 

ばっさりと考えたくない未来の発言を聞かされて項垂れる人は項垂れる。

最早、考えたくないが───うちの巨乳巫女のテンションがやばいというのは推測される。

 

「とりあえずシュウ君」

 

「おう! 服あんのか!?」

 

ああ……副長の顔が希望に満ち溢れていますわ……

 

智オンリーで外道センサーが働かない男は自ら奈落に落ちていく。

これを愛故にとでも言うのだろうか。

嘆かわしい。

だから、きっと智は素晴らしい笑顔を浮かべながら彼に向って

 

「───後で服を見ましょうね?」

 

残念ながらその"後"については梅組の野次馬根性を持っても補足する事が不可能であった。

追跡しようとした某商人は謎の攻撃を持って意識を刈り取られ、商人女版と寸劇をかます羽目になったらしい。

気絶した男を抱えて空に向かって叫ぶというのを自撮りして売り込む商人魂にはもう白旗を上げよう。

唯一、証言として本人である某剣神は

 

「……何もなかった。そうだろう?」

 

と乾いた顔でそんな事を告げるだけであった。

勿論、現在の彼はそんな未来を知る由もなく

 

「おう! ……ん?」

 

と変な言い回しとあっれ? 結局、今は服を持ってないのかという疑問詞を浮かべるだけであった。

そうして結局、色々わいわい騒いでいる間に金のドレスを纏った妖精女王が完全武装の姿で現れた。

やはり彼女の視線が最初に向かうのは私達、武蔵の学生である。

ホライゾンを見た瞬間、笑みに表情の形を変えたが、やはり妖精女王でもホライゾンには注目しているという事なのだろうか。

だが、その表情は直ぐに変わり

 

「……武蔵の総長兼生徒会長と副長はどこだ?」

 

全員の視線移動が始まり、それに乗っかかる形でエリザベス女王の視線も移動し、先には青のドレスを着て固形ショコラ性のタルボザウルスを股間に挟みながら骨付き肉を食っている総長とストレス発散とばかりにそこら中の肉と飲み物を食い飲み散らかした罰で智によって正座させられている副長の姿があった。

ちなみに表示枠で「私はいやしんぼでぇ。どうか餌を与えんでくだせぇ」と微妙なべらんめぇ口調で飾られていた。

その光景をしっかり五秒程、妖精女王は認識し

 

「これが武蔵か!?」

 

国クラスの非常に困る汚名を受けてしまった。

正純が慌てたように見えないように冷静を装って皆の前に立って

 

「い、いえ……これは誤解です。確かに馬鹿ですが今回はそう───二人の趣味です」

 

それじゃあ誤解解けてねぇよ! と全員が視線で抗議する。

正純もはっ、として気付いたのが直ぐに完全な余所行きスマイルを浮かべ

 

「い、いや、失礼……そう、これはそういうのじゃなくて」

 

発言の間に総長は両肩に何時の間にかショコラ製のジンベイザメを乗せており、副長は何時の間にか正座ではなく土下座にレベルアップしており、表示枠の内容も「私は汚らしいケダモノなのだよ。どうか罰を与えたまえ。さぁ! さぁ!?」と今度は高圧的なハイテンションに内容がチェンジしている。

見るとテーブルの上にあった皿が既に空になっている。

正純の言い訳が始まる前には少なくとも4割くらいは残っていたはずであった。

それらの惨状をつい理解してしまった武蔵の副会長は作っていた営業スマイルを保ちながら

 

「───あれらは武蔵に発生した虫でして」

 

・約全員: 『直接的過ぎるわ!』

 

全員の代弁をした表示枠を正純はそのままのスマイルで遠慮なく手刀で断ち割った。

その反応速度に思わず二代がうむ、と感動し、とりあえず筋力系で武蔵に発生した虫を連行する事になった。

 

 

 

 

とりあえず正純は先程までの空気を改める為に自己紹介から始める事にした。

 

「改めて自己紹介を───武蔵アリアダスト教導院代表、副会長の本多・正純と申します」

 

私の言葉を聞いてくれているこの静かさに正純は密かに感動する。

これがうちなら何かしらの妨害が入るからだ。

自己紹介が何時の間にか処刑場に変わっている事など多々ある。

大事なのは心構えだ。

あらゆる攻撃……もとい変化に対応する心構えを持っているのが武蔵で生きていく上のコツだ。

もう一つは外道に染まるという選択肢があるが却下だ。

大丈夫……私には向井という圧倒的でありながら素晴らしい味方がいる。

味方が一人しかいない現状を考えるとおかしいとは思うが、なぁに、一人いるだけマシさ。

 

・金マル: 『何かセージュン膝とかすりすりしたり手を握り締めたりしているけどコーフンしてる?』

 

・賢姉 : 『何!? あんた! この土壇場で羞恥プレイに目覚めたの!? 見られるコーフン!? それとも見せるコーフン!? 貧乳政治家以上にキャラを立たせる気かしら!? いい度胸だわ! 胸ないけど! さぁ! 今すぐにその服をガバッと! ガバッと開けるのよ! 部屋の窓を開けて朝の日差しを浴びるように! 体も心もオーブンザウィンドゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』

 

やかましい。

緊張しているのは確かだが方向性が違うわ。

私が実況通神に参加できないからと言って好き放題しおって。

というかお前らある意味初の国際的な会議なのに緊張という状態異常はないのか? そんなまともな反応はないのか?

そうか。ないのか。

こういう時、自分は前向きに頼もしい奴らだ、と頷くのが正しい副会長の姿なのだろうか。

比べる為と言うと失礼かもしれないが、英国の副会長を見てみた。

外見だけを見ると店の前に立つマスコットキャラのような風貌であった。

あれが正しい副会長の姿か。

いや、待て。人の能力や性格を見かけで判断するのはよくないな。あれも歴史再現の一つだしな。

舌足らずな口調ではあるが、もしかしたらそういうのに限ってやり手という可能性があるではないか。

 

 

・副長 : 『セセセセシルゥゥゥゥーーー!? こ、この女王の盾符宛の陳情はな、何かしら!?』

 

・せしる: 『たくさんたべたのーーー』

 

・薬詩人: 『You! 状況説明が見事だな!』

 

・女王 : 『どれどれ……内容は訳せば店の在庫がなくなるので止めてください、か……うむ。我が英国の民がこんなチキンな叫びを出すとは思えんから没な』

 

・御鞠 : 『……これは女王を利用した新手の脅しじゃないか?』

 

 

 

何やら向こうもウィリアム・セシルに対して畏怖の表情を浮かべているように何故か見えてきた。

やはりかなりのやり手なのかもしれない。

 

人を見た目で判断するのはやはり良くないな……!

 

ああ、そうだな。だが、うちの全裸と副長に関してだけは枠内に入れなくていいだろう。

あれらは見た目通りの馬鹿だからな。

だが、まぁ

 

他の馬鹿共は何をしているやら……

 

この場にいないのは総長連合に所属していない一般学生や先の相対ロワイヤルによって負傷した面々。

頭でこれからの論を考えながら頭の本当の片隅にそんな思考を残した。

 

 

 

 

『さぁ、ナルゼよ! 吾輩が愚痴を聞いてやろう……!』

 

「……」

 

ナルゼはとりあえず言われた事について考えることだけはしてみた。

目の前にいるHP3くらいのスライムで同級生のネンジ。

自分は治療こそそこそこにしてようやく出歩いている所にこのスライムがいきなり現れ、そんな言葉を投げかけてきたのだ。

スライムに愚痴を言えと言われるのは中々ない体験ではないだろうか。

ともあれ、愚痴ね。

 

「ネンジ……あんた暇なの?」

 

『何を言うナルゼ。吾輩は常に動き回るような生活はしているとも。だが、しかし暇ではないのと友を心配するのはここでは関係ない事だ……! ペルソナ君なども誘ってはみたが他は忙しいらしくてな! 故に吾輩が来たのだ!』

 

「今、あんた自分の矛盾に気づいたけどスルーしたわね……」

 

間に"……"なぞ入れずにそのまま突っ切ったのは見事だ。

これが浅間やミトツダイラなら似たような仕草をしてネタにするのだがこのスライムは中々やり手である。

流石は梅組である意味トップクラスにネタにするのが難しいキャラである。

一番は喜美なのだが。

ある意味で言うと総長だが。

でもまぁ

 

「残念だけど私の愚痴の担当は私よ。魔女の愚痴をスライムが聞くっていうのはある意味らしいって言えばらしいけど遠慮しておくわ」

 

『む……そうか。Jud.余計であったな!』

 

本当にネタにし辛いわー……

 

苦笑してしまうがまぁ、偶には悪くはないだろう。

このスライムも付き合い自体は長いし、私が冗談以外でそういった事を言わないのは経験上知っているだろう。

出すとしてもそれは自分の相方に語るものだと。

それを知っているのにこのスライムがここに来て、そんな風に言うのは

 

「……最近の私、負けっ放しだものねぇ」

 

白嬢がないからなどという言い訳は言うまい。

それならば去年は見下し魔山(エーデルブロッケン)のテスターをしていなかったのだから。

装備の質の重要性は分かってはいるが、戦場において万全な状態でずっと挑めるわけではないのだ。

装備や状態が万全ではなかったので負けましたなど負け犬の言い訳であり、相手を舐めた言い方である。

 

負けは負け

 

それも英国では他国の総長連合である立花・誾にお情けで助けられる始末だ。

友人としてだけではなくても一般生徒……一般……まぁ、一応一般生徒のネンジとしても気掛かりになるのは当然の事だろう。

自国の総長連合の人間が負けっ放しではそれは心配する気がなくても心配する。

私がもしも一般生徒であったとしても負け続けの特務に不安は覚えるだろう。

今の時代に適応した言い方に変えるなら領地を守る武将が頼りないのだから不安は抱く。

通神帯を見ればきっとネシンバラにも負けず劣らずなコメントを見れるだろう。

暇じゃないからしないけど。

でも

 

「───時間とらせたようだけど私は大丈夫よ。次の戦いで挽回するわ」

 

強がりではなく確定事項だ。

少なくとも私にとってはそうだ。

マルゴットの為に勝つ。

そう言えないで何が特務で魔女だ。

それに

 

あの副長のせいで余計にねぇ……

 

常勝一敗の同級生の姿が目蓋の裏に浮かび上がる。

当然、ネタにはするけど同級生で身内という視点で贔屓と理解の目で見てもあの馬鹿には最早呆れ返るという感情が一番強いだろう。

 

「ねぇ、ネンジ? 副長が人外ヒャッハーかませれるようになるのにどんな方法を取ったか知ってる?」

 

『梅組のメンバーで知らん人間がいるのか? まぁ、鈴と浅間は窘めていたがシュウは頑固が人の形を取ったような性格であるし奴がやると決めた事なのだろうよ』

 

でしょうね、と恐らく同じ思いを共有していると思い苦笑を浮かべる。

そりゃあ浅間も鈴も毎度毎度血まみれになって膝をガクガク震わせながら帰ってくるような馬鹿を見たら戒めるだろう。

浅間なんか一度マジ切れして叱った事があったが、あれで部屋に戻って泣いてたら私的にいいわねぇ……流石に盗聴はしなかったけど。

同人には反映したけど。

まぁ、この呆れ返るという感情には総長にも当て嵌まる部分があるからやはり似た者同士なのだろう。

 

「馬鹿みたいとは思うけど……実際にああいう馬鹿を見るとおかしな事に羨ましくもあるわね……」

 

ネンジにも聞かせないように呟きながら最後になる気はないけど、と呟く。

いや、羨ましいと思うのもどうかもしれない。

なら、見ていて面白いけど程度の感想がやはりベストだろう。

 

「今こそ疾走して駆け抜けよう、ね……」

 

本当に正しく"今こそ"だ。

その"今こそ"という言葉を十年信じて待ち続けたなんて本当に馬鹿みたいだ。

不可能男(インポッシブル)の友人に相応しい。

そこまで馬鹿という単語を何度も思い浮かべた事によって、そういえば、と思いついた事柄があった。

 

「そういえばネンジ。点蔵はどうしたのかしら? あいつも負傷したって聞いたけどまだ治療中?」

 

『うむ。確か本格的な治療の前にトーリ達が色々と敗北の歴史再現云々のデマで色落ちしない系の筆で"股間の傷は変態の証……!"とかシンプルに"鬼"と一文字左手に書いて痛く書かれているのに気付いて風呂に向かったと思うが』

 

成程。他のメンバーは何時も通りの行いをしたのなら私も乗るのが学友としての付き合いだろう。

魔術陣(マギノフィグーア)でよく使う相手に連絡を取る。

音声変換に変更して連絡を取る相手は頭が幸の村製作所の社長である風見・幸夫である。

 

・●画 :『風見社長。ちょっとネタ商品欲しいんだけど何かいいのある?』

 

・ママ愛:『おや?……そうだねぇ……ではこのカン醒という商品はどうだい?』

 

紹介と同時に商品の詳細が送られてきたので内容を見てみる。

 

・●画 :『"目覚まし時計の代わりにカンチョーを持って二重の意味で貴方を覚醒させます……!"意外に普通のネタね』

 

・ママ愛:『いや、僕もそう思ったんですがこういったシンプルなのが受けが良くて。コメントとしては玄人からは"彼の新しい弱点を作るのに成功しました"、"彼女に言ったら引かれるので自己開発に便利です! はぁはぁ……"などと工夫し易い様で。僕も営業断られたら負け惜しみに相手のベッドに設置したら何か家庭内別居になったらしくてははは───もううちのママのお蔭ですね!?』

 

発案者は奥さんか……罠を設置するアイディアか商品のアイディアかはツッコまないでおくが。

値段とも相談して、とりあえず二つ程頼んでおこうか。

一つは忍者に対してだが、もう一つは熱田神社にでも送っておこうかしら。

どうせあの馬鹿、今頃ずっとテンション上げている頃だろうし。

気絶はしていたが、総長が"決めた"事はちゃんと聞いていたが故の判断であり、まぁ、多少のからかいくらいはしてもいいだろう、とナルゼはそう思った。

 

 

 

熱田は急いでいた。

既に服は自前のに着替えており、先程のような痒くなるドレスは脱ぎ捨てた。

何時も通りのアリアダスト教導院の服装だが、会議に出るような服が他にないのだから仕方あるまい。

あってもやっぱり痒くなる様な服装だろうから気乗りはしない。

だから、やっぱり何時も通りが一番と納得しているが、今はそんな事を考える余裕を失くして急いでいる。

急げ、と己に命じる。

やらなければいけない事があるのだ、と胸から生まれる思いに応、と頷く。

急いでやらなければ消えるものがあるのだ。

それは間違いなく大事なモノであり、失ってはいけないものだ。

それは個にとってのではなく全にとっての大切なモノだが、どっちでも失うのは良くないものだ。

長い前振りを心の中で語ってしまったが結局は何が失われそうなのかと言うと

 

武蔵の国際的威厳だ……!

 

それをまさか総長兼生徒会長自らが壊そうとしているフリースタイル。

何故、それを知っているのかと言うと先程、一緒に更衣室にいたはずなのに何時の間にかいなかった事。

そして嫌な予感とともに女子更衣室に突撃したら脱いであっただろう女子の制服が何やらごちゃごちゃになっているのと正純の男性用の制服だけが消え去っているのを目撃したからだ。

ちなみにトーリの服は何時もどこから取り出しているのかは副長である俺ですら分からないので更衣室になくても着ているかは謎故に確信は持てない。

とりあえず、これは事件の可能性があると思い、とりあえず智の服の無事を確認してこれ以上強奪されないようにせめて胸布だけを俺が死守するように鉢巻のように頭に巻きつけといた。

これによって俺のテンションは最高クラスに上がった。

これで下着とかが置いていたなら最早、テンションは宇宙を超えていたのだが智はノーブラなので仕方がない。

という事は制服に直にあの胸が押し付けられている……!? と気付き、暫く智の制服の内側の胸の辺りに顔を押し付けて天国の時間を得ていた。

何一つとして後悔は無かったが、それでトーリを見逃してしまった。

武蔵副長としての失態である。

というか俺から気付かれずに逃げるという事をやった芸人にマジ不覚……! と唸ってしまったがもう少しシリアスな事で俺から不覚を取れんのか。

 

「おっ」

 

見えた。

俺が今、目指すべき場所がこの目に移った。

まず最初に目についたのはやはり馬鹿が馬鹿をやっているシーンだ。

あいつ何を下半身露出して笑いを取ろうとしているんだ馬鹿野郎。それは芸人じゃなくてただの露出狂の行いだ。

あいつには何時か芸と犯罪の違いを教えてやらなければいかんとは思っているのだが神道的にOKサインが出されるネタなのが手強い。

まさか一番の敵は奴の背後に立つ神か。

今度、神系に出会ったらぶった斬っておこう。無論、自分を除いてだが。

ともあれ、馬鹿の周りを次に見てみると何やら見覚えのない新キャラらしい人物も見えたり、何か骨タイプが大量に湧き出たりする現場になっているようだが止まる理由には全く欠片にもならないので無視出来る。

だからそれらの有象無象は無視出来るが、問題は直ぐに武蔵の恥部を隠す行動をしなければいけないという事だ。

生憎、遠距離攻撃手段は余り多くない。剣神的にはそれは仕方がない。

メスでも投げればいいかとは思うが、それでは馬鹿はともかく周りが危険だ。いや、別に周りもどうでもいいのだが万が一にも智に当たったら不味い。

ならばここからホールに普通に入って殴るか?

それだけであの馬鹿が行った芸を頭から消し去ることが出来るだろうか?

 

否だ。

 

間違いなくあの馬鹿は脳内にめり込むレベルの馬鹿をやったはずだ。

ならば、武蔵の国際的威厳を守るにはそれを忘れさせる様な何かが必要だ。

そう、必要なのはインパクトだ。

だから、そのインパクトの為に走る勢いをそのままに両足を勢いよく蹴って宙を浮く。

剣神の足でのジャンプ故に飛距離は並みの人間には止まらないし、勢いもまずまずだ。

砲弾くらいならそのまま蹴り潰せる。

うむ、他国の人間ならどうかは知らないがうちのメンバーは耐えられる。特に馬鹿は間違いなく大丈夫だ。

 

これが恥ずかしい信頼っていうやつか……!?

 

青春という言葉がどういう漢字で書かれているのかを改めて納得し、うむ、と空中で頷きながら音速を軽く突破した事によって水蒸気爆発やらを起こし、ついでに何か群がっていた骸骨連中を弾き飛ばし

 

「秘技、インパクト剣神!」

 

ドロップキックは馬鹿の側頭部に直撃した。

悲鳴すら置き去りにしていく馬鹿をスローで見たらうぼるぅあぁぁぁぁあぁぁぁーと叫んでいるのを聞こえただろうがそこは自動人形だけのお楽しみだろう。

もしくはその他技能を使っての。

壁を突き破って真っ直ぐに突き刺さっているのを見るとどうやら余裕があるらしい。

あの馬鹿は防御力ないくせにHPだけはあるのだ。

ついでだから袖に仕舞っているメスを奴の尻に投げるとビクン! とエビみたいに反って

 

「ば、馬鹿野郎! オメェ、今、何をしているのか分かってんのか!? ホライゾンの為に大事にとっている尻を開拓しようとしてんぞ!? 責任取ってくれるのか!!?」

 

「ば、馬鹿はテメェだ! 何、お前は大事な会議で危険発言かましてくれてんだ! 今の状況は俺が武蔵の国際的威厳を守って周りから称賛されるシーンだぞ!」

 

「どこがだーーーーーーー!!?」

 

仲間の叫びにとりあえず標的を絞って答える。

 

「あ!? 何だ正純! まさかお前は下半身を露出した総長がこんな大事な場面でチーンコぶらぶらさせるシーンを放映したままが良いっていうのか!? 人としてそれでいいと思ってんのかよ!?」

 

「発言内容に関しては概ね同意するが、やっている事が方向性が違うだけでお前も同罪だ……!」

 

馬鹿な……! と俺は本気でショックの表情を浮かべ

 

「俺のどこに罪があるってんだ!?」

 

 

 

 

・あさま: 『副会長:誰か頼む───私は嫌だ」

 

・約全員: 『素直だな!?』

 

・金マル: 『んー、でもここで全部って言って治るようなら今頃武蔵は平和な場所になっている気がするなー』

 

・○べ屋: 『はいはいはい! そんな時はこの○べ屋特性"馬鹿に漬けさせてやる薬!"。これを飲ませると結論を言うと一瞬の全能感を得れるんだよ!?』

 

・ウキー: 『得た後は自己責任とも付きそうだがな』

 

 

 

 

やる気がないな貴様ら……と内心で唸っている正純だったが矛先を向けてきた本人の気が変わったのか。

視線と体を今度は浅間の方に向いて

 

「なぁ、智! お前なら簡単に答えられる質問だよな!?」

 

「とりあえず罪とかは置いといてもどっちもアウトというのはどうでしょうか?」

 

「俺の知っているお前はもっとはっきりとしてる女だぜ……! ズドンとな!」

 

あ、馬鹿、と思った。

正純は知っている。

浅間みたいに良識のあるような人間に見える女子でも武蔵の人間であるという事実を。

思った通りに浅間はやれやれ、という表情を浮かべながら一瞬でスカートから取り出した弓を組み立ててそのままの勢いで訓練用の矢を構えて、そのまま熱田に放った。

ぬぅ……!? と武蔵以外の人間は突然の事態に呻いたが、他のメンバーはまるで晴れてるからいい天気とでも言わんばかりに極自然に何時もよりはズドンの迫力がないな、とか今日の副長はどれくらいで復活するだろうかと表示枠内で賭けを行っている。

賭けられている本人はズドンが来る前に高速の動きで何やら鉢巻のように巻いている布を更にきつく締め、その速さで両手をまるで柏手のような格好で待ち

 

「来い! 誰もが格好いいと何故かほざく真剣……まぁ、いいか。真剣白刃取りを見せてやんぜ……!」

 

珍しく胸の方に向かっていた矢はその叫びに答えるかのように急激に沈んだ(シンク)した。

あ、と口を開けた熱田は降り下ろしの一撃を股間に受けた時の表情であった。

くぅ……! とがくがくぶるぶる震えながらゆっくりと膝を地面に着けるが

 

「倒れないだと……!?」

 

うちの半竜が大袈裟に叫び、それに周りもざわりと震えた。

他の国のメンバーも騒ぎ出したので思わず、他国からのうちのメンバーの評価はどうなっているのだろうと思って耳を澄ましてみると

 

「どうやら武蔵副長の防御性能は高レベルの防御系神格術式を遥かに上回る加護みたいですね。後で十字砲火の出力の調整をしなくては……」

 

「もうそれは何用の兵器になるんだよおい」

 

と、三征西班牙は分かりやすくうちの巫女の脅威を理解していた。

 

「うっわ! 凄いよようじょ! ようじょ! 僕は知らないけど男の人ってチンコに衝撃受けただけですっごいダメージなのに武蔵副長はあんな矢を受けても倒れないよ!? 他の人もそうなの!?」

 

「安心しろベーコン。英国、それもこの妖精女王に仕える男共が並みなわけないだろう? 後で根性チェックの時間を取って試すか」

 

と、英国は非常に分かりやすい恐怖政治で男共が真っ青の表情になっていた。

 

「うわっ、まっちゃんまっちゃん見て見て! 本当に浅間神社の巫女が熱田の剣神の股間に矢を撃ち込んだよ!? 今度こそ何か可愛らしくきゃーー!? とか叫んでみる!?」

 

『キモッ……!』

 

「まっちゃん! まっちゃん! 今日は切れてるね!?」

 

P.A.Odaの五大頂で4番でこの会議に乱入してきた前田・利家は分かりやすく意味のわからんリアクションであった。

どの反応も浅間神社の巫女が他国にとってどういう風に認識されているかを理解出来るリアクションであった。

まぁ、これに関しては浅間本人とまぁ、責任は熱田に放る部分だろう。

だが、確かに倒れないのは珍しいなぁとどうでもいいが思っていると何やら熱田は震えながら頭に巻いていた鉢巻らしきものを解き、顔の前でまるで宝のように持ち

 

「乳布様のご加護……!」

 

「や、やっぱりそれ私の制服の胸布ですね!?」

 

「ちげーよ! これは胸の精霊の恵みだよ! 恵み! 妖精女王のお膝元故に遂に俺の信仰に応えてくれたんだよ……!」

 

「い、意味の分からないことを……! というか仮にも極東神話最古の神様がそんな信仰適当でいいと思っているんですか!?」

 

「Jud.!!」

 

凄い力強いJud.であった。

予想外の返事だったのか。浅間はふぅ、と一息を吐き、

 

「───」

 

無言で力尽きて崩れた。

何気に珍しい浅間に対しての熱田の勝利であった。

おぉ……! と周りも呻いて拍手したので一応、乗っかっておいた。

手を振って拍手に感謝しながら再び浅間の制服の胸布を鉢巻代わりに頭に巻き、そしてそのまま何やら白い布みたいなものを頭に被り───

 

「…………え?」

 

死んでいた浅間がそれを認識した瞬間、何か違和感を感じて反応したというような声を出し、次の瞬間

 

「───!?」

 

ばっ、とスカートを上から抑える。

そこまでを見てようやく正純も熱田が頭に乗せた白い布が何か解った。

パンツだ。

それも恐らくあのリアクションを察するについさっきまで服の下にあったであろうものだろう。

 

……あっれ? おっかしいなぁ……ここは確か大事な会議場だったと思うんだが……

 

何時からここは武蔵空間に移行してしまったのだろうか。

間違いなく葵と熱田の登場であった。

いかんな。もしもこれに関してツッコまれたら否定出来ん。

それに何やら周りのメンバーが静まったが。遂にもう誤魔化せるレベルではないという事だろうか。

 

 

 

 

立花・誾は内心で憤りを感じた。

 

未熟な……!

 

それも自身に対しての憤りだ。

原因は目の前で巫女を前に馬鹿みたいに土下座をしながら、しかしパンツは返さない! という態度を崩さない馬鹿のせいだ。

叱られている原因の下着……何か真剣に考えるのが馬鹿らしく思えたが、とりあえず下着。

あれを何時取ったのか見切れなかった。

 

歩法ですね……

 

自分がネタをばらした技法。

されどその厄介な技法に内心で感嘆の吐息と共に理解する。

あの技はネタをばらされても尚脅威としてあり続ける技であると。

そしてそれを剣神はわざと曝したのだ。

 

ネタをばらされた所で、と言外に

 

「……」

 

今回は恐らく歩法の応用技だ。

あの技の骨子はあらゆる知覚から外れる事であり、全身を消す事が全てではない。

つまり、知覚から外れるのは体の一部分でも良いという事になる。

そして更には

 

自分が知覚から外すのではなくこちらを制御して嵌めることも出来るとは……

 

目の前の馬鹿……いえ、他国の人間をそんな風に評してはいけません。そう、あれは新種のキチガ……宗茂様に怒られてしまいますね、ええ、あれは一応、武蔵の副長である男が出現したと同時にやった事によって発生した騒ぎで確かにこちらの意識は弛緩してしまった。

無論、油断の域には行ってはいないが……そのレベルで彼の歩法は武闘派のメンバーに気付かれないという証明になった。

英国側も現れた五大頂も真剣な顔は浮かべていない。個人の普段の表情というレベルの物を浮かべている。

浮かべているが解る。

 

喧嘩を売られたという事実に

 

馬鹿なネタで済んで良かったな、と。

だから、きっと全員が共通した思いを普段の表情という仮面の下で浮かべているだろう。

 

 

───抜かせ、と

 

 

 

 

 

 

  




何一つとしてギャグオンリーだよ皆さんお久しぶりですホライゾンギャグ担当の悪役マンです。

いやぁ……我ながら今回は指が荒ぶった。
まさか意外にも自分は自分の指を今まで抑えていたんだな……って。人間って可能性の塊なんですね……

ともあれ次回でちょっとようじょとの会話をして……あっれ? 点蔵を出さないといけないのか……!(驚愕)
二巻の最大の敵は間違いなくあの忍者だ……!

ともあれ感想よろしくお願いします!!

PS
あ、途中で出てきた風見社長は完全なネタキャラです。
本編に関わる様なミラクルになったら作者の自分がびっくりしてしまいます。でも、時々そんなミラクルって起こるんですよね……


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終わった話

遅ぇ、遅ぇ

10年遅ぇ

配点(今更な話)


「───武蔵を英国艦隊としてアルマダの海戦に提供する!」

 

武蔵アリアダスト学院副会長、本多・正純のこの一言によって会議は間違いなく止めを入れられた。

終始、こちらに妨害を入れていた前田・利家、否、この場合は傭兵王、ヴァレンシュタインですらそれ以上の価値を持った商品を提供することが出来なかった。

だが、それでも前田・利家は素の笑顔のまま武蔵に気になる一言を告げた。

 

「"花園(アヴァロン)"に行ったことがあるかい?」

 

花園

 

その言葉だけは知っている。

それは浜での焼肉の時、傷有りという名前しか知らなったメアリから教えられた言葉であった。

それも公主隠しについて問うた時に教えてもらった言葉である。

英国のメンバーがその言葉に反応するのを見届け、そして前田・利家はこちらの反応を見届け笑みを浮かべた。

特に感情を込めていない笑みを。

 

まだその程度しか知らないのか、と。

 

その嘲りに近い言葉と一緒に自分達を置いて行って去って行った───二境紋という更なる謎を置いて。

一難去って一難という諺があるが、生きている限り一難所か百難くらい簡単に来る気がする。特に武蔵にいていると、と正純は心の中で溜息を吐きながら仕方がないと思う。

ワーカーホリックの気があるのは自覚しているので前向きにやる事がたくさんあると思うのが吉だ。

極東人というのは元々、そんな気質だからな、と誰に対しての言い訳をしているのやら、と自分で自分に苦笑しながら会議の解散に身を委ねようとする。

まるでHRが終わったみたいに全員で会場から立ち去ろうとした時に声をかけられた。

私ではない名で。

 

「おい、熱田・シュウ」

 

呼びかけた人間は妖精女王であった。

呼びかけた人物や呼びかけた事自体よりもその呼び名に引き留められた本人以外と葵を除いて振り向いて怪訝な顔をする。

妖精女王は役職名ではなく個人の名で馬鹿を呼んだ。

それはつまり公的な話ではなく私的な話をするという意味なのだろうけど

 

……妖精女王と馬鹿が私的な話?

 

うちの二大馬鹿の一人と私的な話をする妖精女王の話題といえばという事件を解決するには情報が全くない。

他の面々を見ると自分と似たような表情を浮かべているのがほとんどだ。

浮かべていない馬鹿は録音や録画に走っている。

誰とは言わないが、よくもまぁ、そこまでやるな。ネタか? それとも金か? そうか両方か。

金になるなら私もやるべきか?

ともあれその言葉を聞いた当の本人は無視するどころかわざと耳を塞いでそのまま逃げようとしている。

流石の無礼さに浅間がちょっとっ、と苦言を入れようとするが珍しく熱田はそれを聞いても突っ切ろうとする。

他の誰かならともかく浅間の苦言すらも無視して妖精女王の言葉を聞き入れようとしない熱田に眉を顰めているとおいおい、という苦笑付きのワンテンポを置く言葉を吐いて

 

「そう嫌うなよ───せっかくご家族は幸せ(・・・・・・・・・・)そうなのに(・・・・・)

 

「───」

 

熱田の方を見ていた人間だけが彼の無表情を見た。

何時も何らかの感情を張り付かせていた顔には代わりと言わんばかりに無を張り付かせていた。

その表情に英国はおろか武蔵の役職者が思わず何か反応を取ろうとしているのを正純は見───そこで何時ものように心底面倒くさいという表情を出した熱田のお蔭でまた場は静止した。

ぱたぱた、と手を振って熱田は周りに気にすんなと伝える。

それを聞いてやっと皆が緊張を解したのを見て、そこで熱田はようやく妖精女王に振り向いた。

表情はやっぱり面倒という感情ただ一つであった。

 

 

 

 

「随分とまぁ悪趣味だな。妖精女王というのはひょっとして悪趣味の代名詞という意味だったのかよ」

 

「流石に自覚はあるから許せ……と言いたいが女の誘いを無視しようとする貴様の無礼さもあったのがいけないな。男を誘おうとしている女を無視する男には多少の悪戯は許容するべきだろう? それに妖精というのは元来悪戯好きでな」

 

抜かせ、と言わんばかりに鼻を鳴らすシュウ君を見て不安に思いながらも成り行きを見守る浅間。

幼馴染という自惚れ目線で既にシュウ君のテンションが完全に超不機嫌になっている事は察しているし

 

どうして妖精女王がシュウ君の家族の事を……

 

国家を背負う人から他国の人間の家族について知っていると言われると嫌な予想しか思いつかないのは思考の幅が狭いからだろうか。

でも本当にそんな予想の場合、間違いなく彼はこんな風に不機嫌なだけで終わるはずがない。

その場合、正純の交渉結果が全て台無しの結果になる気がする。

 

・あさま :『平和っていとも簡単に無くなりますね……』

 

・銀狼  :『非常に重い言葉ですけど本気で副長に暴れられたら洒落になりませんわよ……』

 

・金マル :『英国終了?』

 

本当に洒落になりませんね……と思わず唾を飲み込む。

ぶっちゃけた話───シュウ君の上限がどこまでなのかさっぱりという話である。

立花・宗茂との相対や三征西班牙、英国での相対でも実力の一端は見せていたがそれら全ては剣神という枠内の実力である。

スサノオの代理神というのならば本領はあくまでも暴風神。

日本神話における国生みの神である伊弉諾尊の息子にして日本最大の竜である八岐大蛇を下した最古の英雄。

神に仕える巫女の視点……と言っても浅間神社が祀っているのはサクヤだ。

同じ神とはいえ役割が違う。

サクヤは安産や子育ての神であり、スサノオは暴風神。

だから、知っているのは彼の神社の巫女である留美さんや正純を助けてくれたハクさんくらいだろう。

まぁ、でも間違いなく……チートなのは確かだろう。

彼と相対している妖精女王と同じくらいに。

 

「で、何のようだ耳年増。正直、聞きたくねぇから無視していいか?」

 

「そこでTes.と答えるのなら声をかけるはずがないだろう? 何、私は先達(・・)としての貴様と話したかったというのもあるが───同時に思った事があってな」

 

「回りくどい。一気に言え」

 

他国の代表を相手にも不遜の姿勢を崩さないシュウ君に妖精女王は愉快だと言わんばかりに微笑し、Tes.と答え

 

「簡単な話───貴様にとって武蔵は居心地が悪い場所ではないのか?」

 

もっと分かりやすく言えば

 

「貴様にとって周りの人間は少々眩しい存在ではないのか?」

 

などという私にはやはり理解出来ない言葉を投げつけた。

思わず、周りと一緒に呼吸すらも停止するが投げられた本人は何も変わらずに面倒臭いという表情のままであった。

 

「どーでもいいがそのおめでた発想はどこから生まれた? 脳の病気なら病院に行っとけって言ってやるし、いらん同情や憐みなら大・き・な・お・世・話・だ」

 

「ははは、じゃあ良かったではないか───妖精女王からの大きなお世話だ。何かいい事があるかもしれんな」

 

ふむ、とシュウ君は何か頷くと唐突にこちらの胸をわし掴んだ。

思わずこちらが笑顔で固まるが本人は気にせずに

 

「成程……ドレスの時のノーブラは別枠……確かにこれは良い事だぜ……!」

 

とりあえずホライゾンに頼んで悲嘆の怠惰を出してもらって思いっきり後頭部を叩いた。

じ~んと腕に振るえるような手応えと

 

「くふっ」

 

という息が漏れる音を出したと思うとゆっくりシュウ君は倒れた。

無駄に凝っているとは思うがまだ真剣な話の途中だ。

面倒とは思うがとりあえずやれやれ、という感じになって

 

「ほら、シュウ君。無駄な芸はいいんでさっさと起き上がってください。加護があるからノーダメージでしょう?」

 

「……浅間。この賢い姉が乳に栄養が行ってしまったエロ巫女に言うけど───大罪武装だから加護貫くわ」

 

え? と喜美に言われた言葉に反応しながら倒れた本人をよく見ると後頭部が赤く腫れ上がりながら動かないシュウ君であった。

 

「え、う、うわっ、ちょっ! わ、私、無罪ですよね!?」

 

・ウキー :『いきなり保身から始めたな』

 

・金マル :『ここまで目撃者がいるのに保身に回れるから凄いよね』

 

・〇べ屋 :『まぁまぁ。ほら、アサマチみたいなのは悪いことすると見苦しく足掻いて最後まで冤罪だって抗うタイプだから』

 

己……! とその言葉全部返したいのだが今は目の前の惨劇が大事だ。

英国側もわざわざ表示枠を使わずにひそひそ声で

 

「Oh……」

 

「シッ」

 

という感じでつまり危険だ。

このままでは浅間神社代表に殺人……というより神殺しの疑いがかかってしまう。

巫女としてその汚名だけは避けなくては……! と思い、とりあえず生きているかどうかを確認しようと思って膝を着いて彼の頭を見るとよく見ると何時の間にか俯せだったのが仰向けになっており

 

「……シュウ君。どうして頭を上げているんですか?」

 

「分からねえか? ───膝枕だ」

 

ふぅん、と頷いといて

 

「じゃあこっち見ないで下さいね? 見るとやりませんから」

 

そう言って浅間は彼の頭の下に敷いた───悲嘆の怠惰を。

全員の無言の中、熱田は満足の表情を浮かべたままそのまま手を載せている悲嘆の怠惰に向ける。

 

「おいおい智。偉く足が固くなってんじゃねえか。ドレスの中に防具とか詰めてんじゃねえだろうな?」

 

「あ、あんまり無遠慮に触っちゃダメですよ? 色々と繊細で大事なモノなんですから?」

 

「そりゃ無理な相談って、お、おお! こ、ここには何か穴が……! 非常に興奮を生み出す意味深な穴があるなあるな!?」

 

「あ、だ、駄目です! そこは駄目です! だってそこはここで押しちゃ駄目なものです!!」

 

「ならばこの何やら感じる突起は智の弱点部位か!?」

 

躊躇わずに馬鹿はトリガーを引いた。

 

「来い! 愛の到来!!」

 

全員が慌てて銃口から逃れるがホライゾン以外が撃っても意味がないんじゃないかと思うと当の本人が密かに撃つのを手伝うかのように馬鹿の指を蹴ったので結果、悲嘆の掻き毟り(弱)が発射された。

全員、見事な反応したがやはり馬鹿だけ反応が遅れて吹っ飛んで行った。

何かボケようと口を開こうとしていたが、ホライゾンがそこについさっき判明した収納空間から何かを取り出してアンダースローで見事に口に何かを放り込んでいた。

だが、芸人は諦めない。

吹っ飛ばされながらも身振り手振りで飛んじゃいながら口まで犯されるの~などと伝えてきた事に流石……と思って壁に刺さる半裸を無視した。

もう一人の馬鹿もよく見れば凄い勢いで吹っ飛んだのか。元の場所にはおらずにトーリ君とは逆の方の壁にぶつかって、しかも勢いを殺せないままブレイクダンスをしている。

余りのおふざけに流石に叱らないと、と思い

 

「ちょっとシュウ君! お偉い人の前で何をブレイクダンスしているんですか! ちゃんとした態度で接しないと相手に失礼ですよっ」

 

「お前が一番掻き乱してんだよ!」

 

全員の叫びに浅間は耳を塞ぐことによって防御した。

だがこちらの叫びにシュウ君も反応してばっ、と起き上がり

 

「そうだな……智。今は真面目な時間だな……」

 

・銀狼  :『……智。私、何か言いたい気がするのですが……』

 

・約全員 :『シッ』

 

くっ……! と唸りそうになるがとりあえず本人が復活したので良しとする。

だが、しかし

 

私達がシュウ君にとって眩しい存在って……

 

今度はネタ抜きに考えるが、そんな事はないとは断言はしないがそんな風に考えられる要素はどれだろうと思う。

真っ先にあるのは単純に金であるが全員が商人を見て、違うな……という感じに首を振るのを見て考えている事は一緒かとは思う。

同時に皆も答えに辿り着いていない事も理解する。

だって彼はそこら辺に関しては無欲というか無頓着だ。

実家が極東有数の戦闘系神社であるからか、本人の性格からか。

多分、後者だとは思うが贅沢というのにはそんなに興味を抱いていない。恐らく日々の生活とエロゲを買うお金があればいいと思っているんじゃないだろうか。

唯一の欲がエロなのは健全なのか不健全なのか……考えるとおかしな方向になりそうだから無視する。

となると更にありがちな才能か。

でも、それこそ各々違う在り方でそこを突出している。

彼が戦闘面で突出しているように、正純が政治の面で突出しているように。

どちらも問題漢の自分ですら凄いと言える様なモノを持っているのに。

そして彼は副長である自分を満足しているように思える。勿論、まだまだ上を目指すことは止めていないのだろうけどそれでも武蔵の中で最高と言えるからこそその座に着いている。

その彼が

 

一体どうして私達を眩しいなどと思うのだろうか?

 

「で? その下らねえ妄想に思い至った理由は結局なんなんだよ、妖精女王」

 

「ま、それは貴様の言う私の悪趣味な部分によるものが一番の原因ではあるかな───何せ目に映るからな」

 

フン、とまた小さく鼻息を鳴らして続きを催促する彼を妖精女王は今度はその顔から微笑を無くし、真剣な眼差しで

 

 

「何よりも───貴様が親友と称する彼は大事な人を取り戻した。取り戻す事が出来た」

 

 

唐突な話題転換とし思えない言葉に浅間は条件反射で親友と称されている人を見る。

彼は何時の間にか穴から脱出しており───そしてやはり決してシュウ君の方を見ていなかった。

見ることを自分に許さないかのような姿勢を崩さないまま、けど決して耳までは塞がずに彼に向けられているはずの妖精女王の声をまるで自分に向けられているかのようにも見え

 

「……別に俺は何も失っていないぜ?」

 

「そうだ。貴様は何も失っていない───ただ、そこにあるだけだ」

 

浅間にはもう二人が何を話し合っているのか理解出来なかった。

当事者にしか理解できない会話に、しかし私は踏み込んではいけない会話を無遠慮に聞いているようで罪悪感すら感じそうになる。

だけど、やはりその思いは無視され、妖精女王の言葉は彼に放たれる。

 

「周りは取り戻す生き方を選び歩んでいるというのに貴様は余計な荷物を背負って這いずっているようにしか私には見えん。なぁ、熱田・シュウ。それでもお前は───今こそ疾走して駆け抜けよう、などと言えるのか?」

 

「……」

 

ふぅ、と一区切りをつけるように彼はその言葉を溜息と共に受け入れ、面倒な表情を捨て去りただ視線と一言だけで

 

「Jud.たりめぇだ」

 

斬り捨てた。

 

 

 

 

 

熱田はその斬り捨てると同時に再び面倒な表情を張り付けながら言う。

 

「そんなネシンバラが好きそうなお悩みシーンを今更持って来て説教しようだなんて十年遅いわ妖精女王。大体……そんな青臭い考えで悩んでいるくらいなら戦うのを選ぶかっつうの」

 

全くもって面倒臭い。

何故ならこれは既に完結した事柄である。

言葉通りに十年前に解決して、終わった話だ。

既にその話は俺の内側でただ残り続けるモノだ。縋り付くものでもなければ、主張するものでもなく、そして引っ張り続けるものでもなかった。

 

「大体、妖精女王……面倒だからようじょ」

 

「おい! 熱田! 問題発言をするな!」

 

あ? 別にいいだろ正純。言われた本人はむしろ喜んでいるんだから。

 

「そういう説教キャラは後のキャラ人気投票にえらい影響出るぞ。何せ人間、叱られるのが大好きな業の強い人間以外は面倒な人間が多いからな! 後の追加版に出たいのなら人気は大事にしておけ……!」

 

「貴様……今、何の話をしている……?」

 

「未来の話に決まっているだろ馬鹿野郎……!」

 

再び背後から後頭部を思いっきり叩かれる。

感じ方からしてやはり智だからつまり容赦がない。

一瞬、意識を失うが負けてはいけないという意地で意識を復活させ体勢を整える。ついでにパンツを頭の上から顔面の位置にくるように調節する。

ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? と背後から聞きなれた少女の悲鳴が聞こえるがきっと幻聴だ。

勢いよく鼻から息を吸い

 

「いいか!?」

 

「それが妖精女王に対する態度か!?」

 

「男に聴いてみろ! 絶対に一度はやってみたいと思った事があるって言うからよぅ!」

 

ようじょが女王の盾符の男衆を見ると全員がそんな事はないない、と言わんばかりに首を振るうがとりあえずようじょが何やら椅子の手すりを探っているとベン・ジョンソンが立っている床が開いた。

 

「Oh------──────」

 

アスリート詩人が重力に逆らえずに落ちていく様を見て、ふむ、と頷きながら仕方がないからパンツを頭に被せる形態に戻しながら

 

「それに俺は別に誰に強制しているわけでもないし、人の為に行動しているわけでもないから周りがあーだこーだなんて至極どうでもいい。俺が戦うのは俺が心に思い浮かんだ通りの理由に沿って動いているだけだ。そういう生き方が性に合っていたし、そこに不満もないし、後悔もない。だからお前の言う、それは本当にどーーでもいい───どんな馬鹿げた荷物を背負っても道を変える理由になんざならねえよ」

 

自分の言葉に全くその通りだと内心で頷く。

嫌々な気持ちを抑えて俺はここを望んだのではなく、仕方がないからここに立っているわけではない。

それだけは例えトーリだろうが智だろうがその他馬鹿の連中のせいではない。

友情や愛情があるからこそこの道を選んだのではなく、ただ俺がここがいいと願ったからここにいるだけ。

だから周りだけが幸いの道を行っているように見えるだなんて言われても気にする気なんてない。

むしろ本望だ。

 

「口には出してないかもしれないが俺の考えなんて一つだ」

 

「ほぅ? それは何だ? 教えてくれないか?」

 

「シンプル過ぎて教えるなんてもんじゃねえよ───邪魔するものは叩き斬る」

 

成程、と妖精女王は心底納得したという風に頷き

 

「貴様。自分が完璧に正しいと自惚れているのか?」

 

その言葉に思わず笑いが込み上げる。

無論、侮蔑的な意味合いではなくちょっとした笑いの意味だ。

成程、確かに自分の主張を取りまとめたらそんな風に聞こえるようにも思えるし、そう取られても仕方がないかもしれないという意味の笑いだ。

だからこそそれは勘違いだと笑って否定する。

 

「んなわけねぇよ。完璧に正しい? まさか。別に正しさなんて求めているわけじゃねえが……それでもこんなのただの邪神の理だってくらいは理解しているぜ」

 

正しい、間違っているを論じるような今時に興味はないが、まぁ他人から見たらただの傍迷惑な存在にしか思えないだろうなぁ、くらいには思ってはいる。

でもまぁ

 

「暴風っていうのはそんなもんだろ?」

 

 

 

 

成程な、と妖精女王は今度こそ理解した。

この男は熱田の血族だからこそ暴風神の代理神になれたのではない。

己が生き方こそが暴風の在り様だから暴風神に見初められたのだ。

他者の人生を傍若無人に切り捨て、我が道を突き進む。

暴風の中心は今でこそ無風などと言われているが、神代の頃には暴風の中心点には何かがいると恐れられていた。

神がおわすと畏敬の念を集めた。怪物が暴れていると恐怖を感じさせられた。

この少年はそれを生きながらに体現してすると言う。

その気持ちも心情もどちらかと言うと私には好意的には思える。そういった人間は厄介とは思うが個人的な意見のみならば好ましいと思う程度には気に入るだろう。

だが、妖精女王の視覚は別のモノも捉える。

人の流体を視覚で見る事が出来る自分が彼を見るとまるで違う物が見える。

視えるのはこれからの期待や今の面倒という色も見えるが

 

───それ以上に莫大な疲労とただ幸いの色を映す煌めきが視える。

 

酷いツギハギだ。

立って、まるで何事もないように会話をしているのにエリザベスは嘘偽らずに賞賛に近い驚愕を得ていることを認める。

流体の色からしてかなりの疲労である事は確かだ。

倒れそうになる一歩手前の疲労の色合いであり───恐ろしい事にその最悪一歩手前の体調で彼のポテンシャルには陰りが見えない。

いや、陰っているのかもしれない。

実際、戦闘記録を見る限り前線に出る事がほとんどないので可能性だけの話になるが私と彼とが相対した場合、正直負けるとは思えない。

まぁ、もっとも性能が互角であったとしても負けるしかないなどと思う事はないのだが。

噂通りならば明らかに性能は落ちている。

 

性能が落ちているのはそれだけではない気がするがな……

 

今日のジョンソンとの相対でジョンソンが告げられた言葉を信じるならば、の話ではあるが。

普通に考えて正気ではない。

そんな状態で剣を握って戦場に向かうなど私、今から自殺しに行きますね? と笑顔で行くようなものだ。

だから、戦闘時の記録映像を見た時に驚愕した。

馬鹿げた事に、この少年は戦闘というシーンに切り替わった時、その肉体や思考からも疲労という事実を忘れ去っている。

一種の精神が肉体を凌駕している、の典型例だ。

無論、余程の集中力で行っているのならよくある事である。

戦場でなら尚更に。

何せ一つのミスで命を落とす場所だ。集中力を失くした人間から危機を迎える。

だが、逆に言えばそれは過度の緊張状態になるという事だ。

戦場とは出来る限りがつくが万全の状態で挑むべき場だ。

だが、しかし、この少年は少なくとも現状の状態ではその万全を持って挑む事が不可能だ。

 

皮肉な事に、望んだ現状になるという事は彼にとって莫大な不安と疲労を得る生活になる。

 

無論、副長職というのはそういうものだろうと言われたらそうであると答えられる。

だからこそ副長職には国としては最高のコンディションを持って挑ませるべきなのだが

 

・副長  :『じょじょ女王陛下? な、何かあったでしょうか?』

 

我が国もある意味余所の事を言えぬな。

まぁ、それには愛い事情があるので良い事にする。

それに流石に武蔵としても今直ぐにこの少年を休ませる訳にはいかないのだろう。

何せ、世界征服を本格的に始める前の大事な時期だ。

その中で間違いなく戦闘系の役職者の代表である彼は中核とならなければいけないし、有事の際の切り札とならなければならない。

副長なら当たり前の事ではある。

当たり前の事ではあるが

 

……背負い過ぎ、というのは彼を侮辱する言い方だな。

 

少年にとってそれは好きでやっていることなのだろう。

彼の言葉を借りるなら彼の心に思い浮かんだものに従っているだけなのだろう。

だがらその愚直さに早計な人間は彼の事をこう評するかもしれない。

 

正気ではない、狂っている、と。

 

だが、真実の彼は───必死なのだ。夢を叶えようと。

子供か、と妖精女王は思う。

大人は夢に対してそんな眩しい物を見る目と姿勢で追わない。

夢に対して現実的に考え、理論的に可能か不可能かを考えて身の程を考える。

そして次に大体の人間が自分には無理であったと夢から視線を逸らす。そしてそれ以外の人間がそれでも、という思いで努力を重ねる。

そしてそこからまた挫折するか成功するか、努力を更に重ねるかに分かれるのだが。

だが、この少年は夢をまるで光輝くモノのような姿勢で追いかけている。

 

夢とはどうしようもなく尊く、だからこそ追いついて手に入れたい、と

 

子供か、と再び思う。

妖精女王と言われ、自分でも時たまネタにしている言葉でロマンと使われるが、目の前の少年に比べたら自分が如何に現実的なのかを知る。

ジョンソンはこうも言った。

間違いなく彼が年齢にそぐわない"死"を体験しているのは確かだと。

総長連合に入っている者だ。特別不思議な事ではない───と言いたいが、ジョンソンは恐らくそれを踏まえて(・・・・)こう言ったのだ。

間違いなく自らの意思を持って生き地獄を味わったはずだ、と。

それでもいい。それが自らの意志であってもそれを支える何かがあればいい。地獄を踏破した後に安らぎがあるならばそれは救いだろう。

 

だがこの少年は……

 

そんなものを持っていただろうか?

身内の梅組のメンバーは身内過ぎてそんな事を言い出せるような仲には見えない。私達ですらそんな事を軽く言い合えるような仲ではない。

浅間神社代表は恋仲なのかと思えば、何やらジョンソン情報では初デートらしいし何か曖昧な関係らしい。ヘタレか。

熱田神社は仕組み的に彼を敬い、畏怖する側になるはずだ。力にはなれど支えではなくむしろ彼が支えの柱にならなければいけないはずだ。

ならば外からだが……外からには最近まで彼は武蔵総長と一緒で無能の烙印を得ていた。

実際、評判に関しては最近は良くなったらしいがつまりはそれ以前は語るまでもないという事だ。

そして家族は正しく文字通りに後悔(チカラ)になった。

つまり、この十年、彼を支えたのはただ己の意志だけだ。意志のみだけで彼は十年間のフルマラソンを乗り越えてきたのだ。

身内からは期待の念を預けられ、周囲の人間は彼に対し嘲笑や見下しの目線を向け、家族にはただ重みを背負わされた。

武蔵総長は本当の無能だが、だからこそ支える人間がいただろうに。それこそ彼の姉辺りがそうなのだろうと思う。

私ですらそうだ。口では言わないし、能力的な事も含めて支えは間違いなく必要であった。

性格とかそういう問題ではなく、生物として誰かが居なければ、誰かの力がなければ、人間も鬼も妖精も霊体も竜もその他諸々の種族も性能が落ちていくものなのだ。

そこまで考え……聞きたかった事を聞いていなかった事に気付き、思考から現実に帰ると熱田は勝手にこっちに背中を向けて去ろうとしている。

おい、と声をかけようとした。

まだ聞きたい事を聞いていないと。

だが、その前に

 

「ああ。そういや一つだけミスがあるだろ」

 

意図と意味が分からぬ突然のミスの指摘。

条件反射で過去を思い返すよりも早く少年、自らが答えを出す。

 

「何やら人の事を勝手に先達とか何とか言ってるが……それは間違いだろ」

 

言葉を耳で咀嚼し、理解する。

自分はお前の先達ではない、と。

確かに、と思う思いはある。

同時に違いはないだろう、という思いもある。

差異は確かにあれど私の辿る道はお前が辿った道とそこまで変わらないだろう、と。

無論、過程も結末も同一なものではない。ないからこそ傲慢にも話を聞きたいと思った。

だから、私は口を開けてこう言おうかと思った。

 

それは違う。私と貴様では選んだ道も答えも違ってはいたが、その道によって見せられたモノは似たものだったはずだ、と。

 

だが、それすらも彼の口で閉ざされた。

 

「だってお前は少なくとも責任は取ろうとしている───俺より立派だよ。何せ」

 

 

───責任を取るどころか罪すら得られなかった。

 

 

「───」

 

音にならなかった言葉を意思で届けた彼は周りを停止させながらも、気にせずに軽薄そうに手をひらひらとこちらに振りながら

 

「ま、やりたいようにやれよ。女王なんだろ? 好き勝手生きていくのが吉だ。そこの全裸を見ろ。フリースタイルだろう? ああ、だからと言って全裸になりゃいいってもんじゃねえぞ? それは売れない芸人の犯罪行為だからな」

 

「お、オメェ、今、俺を全否定しただろ!?」

 

武蔵のメンバーが全員無視したからこちらも流れに乗った。

 

「私に躊躇いがあるとでも言うつもりか?」

 

「は? 知るかよ? 俺はその方が人生楽しいんじゃね? って言っただけだ。会って一日も経っていないようじょ相手にどうして俺が理解を示さなきゃいけねえんだよ。安易な同情が欲しいなら昨今の神肖動画(テレビ)で大量増殖されている鈍感ハーレムタイプの主人公(馬鹿)にでも頼んどけよ」

 

「生憎だが、私はエリザベス女王の襲名者だ。それに何より浮ついた言動と行動で身売りする程、自分を安くした覚えはないな」

 

「そいつは奇遇だな。俺も簡単に自分を売る女は好みじゃねえ。ついでに気軽に女を口説く言葉を自覚を持ってならともかく無自覚に吐く男もどうかしてる」

 

うむ、と二人揃えて視線を合わせずに納得の首肯をする。

どうやら恋愛観に関しては似たようなものらしい。いや、違う。問題はそこではない。

問題はそこではないというのに本人は一人去ろうとする。

去ろうとする方角には当然、出入り口があるが……そこには武蔵総長兼生徒会長がいる。

未だにこちらに背中を向けたまま……しかしまるで友を待つかのようにそこに立っている。

そして剣神は迷いのない足取りでその背中に向かっていく。

まるでそこに行くのが当たり前のように。

まるでそこに行くこそが望みという風に。

とりあえず、この男は私の言葉なぞ聞く耳も持たないという事は分かった。

だからこそ、聞く気がなかった言葉を聞いてみた。

 

「貴様は今、幸いなのか?」

 

間があった。

だけどその間に音は無かったが、その背中から何故か確信に近い形で彼がどんな反応をとったのか二つに絞り込めた。

 

苦笑か───微笑だ。

 

どちらの反応か。

結局、答えを得る事が出来ないまま答えは返ってきた。

 

「Jud.当然だとも───何せ俺は自分の道を選べてる。俺が望んだ幸いの道を。それを疾走してるんだ……贅沢だろ?」

 

 

 

 

ミトツダイラは膝を着きそうになるくらいの敗北感を感じていた。

否、敗北とすら言えないかもしれない。

何故なら彼が語りかけていた相手は妖精女王であり、彼の強さは全て自身の内に向けられていたのだから。

ミトツダイラは見失いそうであった。

誰かをではない。

余りの虚脱感に視野挟角に近い症状は起きているが、視覚は生きている。

だから見失いそうになっているのは自分の内にあったものであり、その名は自信と呼ばれるものであった。

今までの人生が片っ端から否定されていくような錯覚を覚えてしまっている。

無論、そんな事はないとは頭では分かっている。

今の第五特務という立ち位置も我が王の第一の騎士であるというのも自身の今までの在り方から得たというのは理解している。

頭では分かっている。

 

 

でも心が今、並んで出て行こうとする二人を見ているとそう思えない───

 

 

余りにも自然で当たり前のように並ぶ二人。

堂々としているなんてレベルではない。まるでそれが世界のルールであるかのように、あの二人は歩いているように見える。

最早、嫉妬すら覚えないというのはこの事だ。

総長は今の会話に何の反応もしていない。反応する必要がないと理解しているのだ。

 

・○べ屋 :『とりあえず今までの映像全部取ったけどナイトいる?』

 

・金マル :『自前で撮ったからお金は払わないよん』

 

どちくしょーーーー!! とこちらのシリアスを壊すつもりのように見える商人の狂行はとりあえず無視するが。

ああ……、と本気で感嘆の吐息を吐く。

ミトツダイラは知っている。

彼がかなりの疲労を抱えている事を。

そのせいで間違いなく体の動きや反応が鈍くなっているの事を。

訓練を経て、ようやく気付いた事の一つだ。

ただ最初は本当に気付けなかった。

理由は簡単だ。

もう彼にとって疲労を抱えているのは当たり前の事になったからだ。

自分の性能が落ちている事を前提に動いている。

余りにも当然な事だ。

自分達は知っている。

本人は隠しているつもりではあったのかもしれないが、聞いた通りならば恐らく十年前の我が王との約束の日から副長はずっと疾走していた。

小等部では恐らく肉体と基本を突き詰める地味な基礎鍛錬を武蔵の自動人形や自身の神社で詰め込み、その後、中等部で彼は技術だけではなく経験が必要だと思ったのだ。

そして結果は一年の時は一週間に一回は血まみれでぼろぼろになって帰ってきた。

二年の頃は三日、四日の周期で肉体を砕かれていた。

だが三年の頃には疲労と多少の傷を残して日々を過ごしていた。

どんな相手と経験と積んできたのか。

実に単純な話であった。

武蔵で相当な力を持っていて当時の彼を確実に上回るような相手など大量にいる───例えば総長連合と生徒会と教員、もしくは武蔵に流れてきた実力者だ。

クラスの皆はその事実を知っている。

私の場合は偶然、彼と相対した人間と出会う事が出来たからだ。

そして私はその人に対して他のメンバーが知っているのか分からない質問をした。

勝負の内容はどうだったのか、と。

そしたら

 

「勝負の内容なら間違いなく自分の勝ちだった」

 

攻撃力はともかく技や経験、流れ、閃き。

どれも自分が間違いなく勝っていた、と。

だが

 

「勝ちだったが……全く勝った気がしなかった。否───何をやっても勝てない(・・・・・・・・・・)んじゃないかと錯覚した」

 

怪物だった、と当時の自分にはまだ理解は追い付いていなかったがかなりの歴戦者だったであろう人は心底恐ろしい者に出会ったと言外に隠そうとして、しかし体が震えてしまったのを自分は見た。

もしかしたら副長が一番怪物染みていた時期は中等部の頃であったのかもしれない、と冗談にもならない事を高等部に入ってからよく考えたものであった。

経験や実力が足りていなかった時こそ一番恐れに満ちていたなんて笑い話にならない。

傍から見たら狂気に近い……いや、もしかしなくても狂気なのかもしれない。

だから本人ももしかしたら先程、己を笑ったのかもしれない。

 

自分の所業は邪神の理だと。

 

実に清々しく笑ってそう言っていた。

間違いなく、それが文句があるならかかって来いという意味でも。

何もかもが上に行かれている。

実力だけならミトツダイラとて納得はする。悔しくは感じるが、それに10年を懸けた副長の努力の一端を知っているならば納得は得る。

 

ただそれ以外の覚悟や執念というものが余りにも遠くに感じて───心が折れそうになる。

 

自分もそこに(・・・)行きたいのに。

自分がそこに(・・・)辿り着くイメージを全く想像する事が出来ない。

 

ミトツダイラは見る。

そこにはもう去っていく彼の背中が見える。

まるで自分を置いていっているようにというのは余りにも被害妄想が激し過ぎるというのを理解しても過ってしまう。

 

背中

 

位置関係上、見えてしまうものであり───かつて自分が無様と共に得るはずだったものをその頼りになる背中が守ってくれた記憶がミトツダイラにはある。

忘れてはいけない記憶だ。

そして忘れられない記憶だ。

当時の記憶よりも間違いなく大きくなった背中。

それを見て思う。

 

私は……あの背中に……

 

本当に追いつけるのだろうか。

答えは当然帰ってこない。

帰ってきたとしても怖くて耳を閉じたかもしれない。

余りにもネガティブ感情に最後に残った理性が溜息を誰にも聞こえないようにさせた。

それで出来る限り気分を入れ替えないといけない。

私は我が王と約束を持って第一の騎士となったネイト・ミトツダイラなのだと。

そう思いながらも

 

まるで約束に縋りついているようですわね……

 

と、最後まで自嘲の念を禁ずる事が出来なかった。

やはり、ミトツダイラの視界には彼の背中が見えた。

 

並ぶ事も超える事も出来ていない、あの背中が。

 

 

 

 

 

 

 

 




か、書き終わったぜ会議終了ーーーー!! 後は最大の難関のアルマダだーーーーー!! まだ二巻下なのかこれ……!?

またもや長い間お待たせして申し訳ない……! 悪役です! ああ、一体、何人覚えてくれているやら。

ともあれ今回でもうかなりカットしましたが会議終了です。というか会議に手を付けれる場所が全然無かったが故の結果ですが言い訳ですね、申し訳ない!
と、とりあえず今回はようやっと熱田の多少、過去に触れる話です。
この会話でかなり見抜けた人がいたら凄い。後で全裸を土下座に行かせます。

内容にあったように実はうちの剣神───実は性能大暴落中です、あはは───冗談じゃないんだこれが。
敢えて数字で表すと25%くらいですかね。
彼の疲労への止めは生徒総会で行く、と決めた時ですかねぇ───あれが彼にとって一番の安堵だからこそほっとしてしまいましたし。
まぁ、だからエリザベス女王の言う通り───と、言える様な可愛げがあるようなレベルじゃないんで安心してくださいククク。

ミトツダイラに関してもこれはある意味原作とかけ離れています。
何せ一人原作と違って異物が紛れているのが二次創作ですから。多少、やはり性格や意思の部分で変化が起きています。
このネイトはちょいとネガティブに入ってます。特に副長関連で。
だからそこはわざとなのでお気になさらずに。気になったならもうそこは諦めてもうらうしか……

ともあれ次回で点蔵とかその他の動きを書いて……うーーん海戦に入るのは二話、三話先になるのかなぁ。
ともあれ次回もよろしくお願いします!!
感想も出来るだけお願いします! それがやる気の源なので!

PS
外伝に関しては申し訳ない! 相棒を焚き付けているけど野郎、クネクネしてインマウスになってオリジナルヒャッハーやっているのでホライゾンやる気を出すのが難しい!
そろそろ一年放置してしまうのでやって貰いたいんですがねぇ(チラっ)



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各々の獲得

誰も彼もが道に迷い

誰も彼もが謎と答えを得る

配点(千差万別)


誾は宗茂が寝ている医務室に来ていた。

アルマダ前の最後の髭剃りの為に今回は対剣神用に完全に強化と研ぎを入れた二枚刃の本気具合で剃りに来たのだ。

 

立花・誾、参ります……!

 

その意気と共に刃を構え、剃ろうとすると宗茂は前回のようにそのタイミングで体を動かす。

そしたら顎の部分を剃ろうとしたのに頸動脈を危うくカットしそうになってドキドキである。

 

これが恋……!

 

これから宗茂様の頸動脈を見る度にこんな不整脈を起こしてしまうのだろうか。

確かにこんなに無防備に急所を晒されたらドキドキするかもしれない。思わず慣れた動きでそこに吸い込まれるように斬撃を放ってしまいそうだからだ。

しかし、実戦においてそんな分かりやすい隙を見せて最も危険な場所を晒す馬鹿はいない。

役職者じゃなくてもそういう時は何かがある、という判断を下すべき隙か。こちらが流れを引き寄せたという場合のみだ。

そう分かっているのに私の判断をこうまで狂わせるとは……!

 

「流石は宗茂様……! 寝ていても武人の生き方を損なわない人です……!」

 

自分と彼が過ごしたあの一時に間違いはなかったと、深く頷く。

そこまで考えて納得の感情から苦笑の響きに顔の表情を動かす。

 

「全く……随分と開き直ってしまいました」

 

穏やかに眠る宗茂の表情を見ながら余裕を得たというのか、単に覚悟が決まったのか。

随分と気分が楽になったものである。

宗茂が負けた時は意気消沈となって情けない姿を晒し、その度に辛気臭い面で医務室に来ていた小娘が口も開き直るとは。

時間が解決した、という事だろうか。

自分が思っているよりも前向きであったのかもしれない。

まぁ、少なくとも夫の寝顔を見ながら顔を歪ませ続けるよりかはいいだろう。

だからネガっている時の自分は酷いものであった。

寝ている宗茂様の顔を見ながら突然に背筋が震えて

 

このままでは私と宗茂様は"ずれて"しまうのではないのだろうか……

 

などと弱気を通り越して薄ら寒い被害妄想を浮かべてしまった。

同じ時間を共有していないと意思が通う事がないなどと思うとは不覚を通り越して自身への怒りに値する。

でも、だからこそその不安を思った瞬間に思い付いたのだ。

 

実はこれがあの剣神の歩法の肝なのではないかと。

 

知覚から消え去るという事は五感を含め、人の認識力から全てずれれば人は消えるのではないかと思ったのだ。

そこまで解れば歩法破りを編み出すのは難しい事ではない。

己に合わせてずれているのならその基準となる己を乱せばいい。

少し呼吸を止めればその時点で肉体のどこかが必ず乱れるものだ。

本当ならば試験として歩法を試しで使ってみたかったのだが無理であった。

歩法を使うというのは相手の癖や挙動、その他全てを理解しなければ歩法は成立しない。

宗茂様が起きていられたら自分は彼相手に歩法をかけれただろう。

かもしれない、とは言わない。

そのレベルまでお互い鍛錬を積んできた、という事実を解っているからだ。

だからこそ武蔵副長のレベルが理解できた。

初の交戦相手の、それもあれ程の数に対して歩法をかけるなぞ最早人間業を超越している。

 

正しく神業だ。

 

しかし

 

「───だからどうしたというのです」

 

その強さに敬意は持てども弱気は持たずが立花……否、武士の流儀だ。

極東最大にして最古の英雄の代理神とはいえスサノオ本人ではないし、付け入る隙は幾らでもある。

隙がないのならこちらから作る。

作れなかったのならばこじ開ける。

怪物に挑むのだ。それくらいの覚悟が無ければ打倒出来ない。

相手もそれを望んでいる。

何故なら彼は己が最強になると謳っている。

かかって来い、とも叫んだ。

その叫びに刃を持って挑まずどうする。

 

……意外ですね。

 

そこまで考え、自分の思考に言葉通りの意外さを感じる。

武蔵に乗り込んだあの時はあれ程恨みを吐き出したというのに、今はそこまでの恨みを持っていない。

何故だろうか、と自問する。

すると内心の己が答えを返した。

 

……何故なら彼の技には誇りを感じるからです。

 

傲慢という意味のプライドではない。

この技を得るために自身は間違いなく揺るがぬ努力と意思を持って日々を過ごしたという誇り。

剣神の剣からはそれを感じる。

きっと剣神だからではない。

剣神は剣と同化する事によって多少の体捌きや剣術を術者である剣が教えると聞くがそれだけではあのレベルには到達しないだろうし、受けた自分が勝手にそう思ったのだ。

 

この剣には正しさはないかもしれない。

でも、同時にそれがどうした、という迷いの無さを感じる、と。

 

国を左右する戦いなのに不謹慎かもしれないがそんな相手と戦えるのは武人として誉だ。

 

ならば恨みのみで戦うのはお互いにとっても侮辱なはずです。

 

「西国無双の理を持って暴風の刃を全力で手折りに参りましょう」

 

己にしか聞こえない宣言を耳に入れ、誾は何時の間にか宗茂の世話を終わらせていた自分に気付き、苦笑を入れて部屋から出る準備をする。

そうして部屋を出ようとするがその前に再び彼の方に向き直る。

やはり、そこには彼の寝顔。

寝息に変化は無く、符も効いているので寝たふりという事はない。

こういう時はお約束では私が部屋を出た後に宗茂様が起きるというパターンがあるのかもしれないが、まぁ、やはりそういう事はない。

もしくは寝ている彼に対してキスの一つでもして向かう、というシーンなのかもしれない。

王道パターンだ。

しかし

 

「───私達の王道ではないですね」

 

そんな他人に同情や可憐さを醸し出すような為の付き合いではないし、浅い関係ではないと信じてる。

だから自分は特別な事なぞせずに

 

「では宗茂様───凱旋してきます」

 

それだけを言い残して彼が寝ている部屋から去っていく。

 

 

 

 

 

点蔵は走っていた。

先程まで靄がかかっていた内面は綺麗さっぱり晴れ模様を描いている。

同時に思う事はある───これは間違いなく忍者としてはあってはいけない行為ではあると。

忍という言葉から反した行動である事は自覚している。

武蔵に余計な責を作る結末になるかもしれないというのも理解している。

だが、もう動かない理由がないのだ。

何故ならさっき馬鹿に教えて貰ったのだ。

 

「オメェ、何だそれ? 右肩甲骨の後ろにやけに目立つ傷が残っているぜ? 杜撰な処置でも受けたのかよ?」

 

その傷を自分は知っている。

その傷は英国に来た時、傷有り殿を庇った時に負った傷であり、そしてそれはその本人に処置をされた傷のはずだ。

風呂に入った時にそれを指摘され、彼女に治療された。

それが完全な形で残っていると言う。

点蔵は覚えている。

祭の最中、ついテンションが上がったせいか。それとも本心だったのか。

自分はつい彼女に聞いてみたのだ。

 

好いている人はいるで御座るか、と。

 

自分は照れてつい自分には関係ないけど、という態度を取ってしまったがその時の彼女はただ透明な笑みで

 

「そのような人がいたら、その人にとって一生消える事が無い傷跡を残せるような女でありたいですね」

 

と。

そう言ったのだ。

その言葉を自分は覚えている。

これから先、ずっとこの言葉を記憶出来るかどうかは謎だが、それでも今、この時は覚えている。

なら動かない理由がない。

行かなければ。

否。

 

行こう

 

そう思ったのだ。

義務で行くのではなく、己の魂がそこに行きたいと叫んでいるのだ。

忍者でも第一特務でも武蔵アリアダスト教導院所属の学生ではなく点蔵・クロスユナイトとして行きたがっているのだ。

自儘な本心を、しかし抑えるつもりはない。

そう思い、行くための準備を、速度を自然と上げようとしていた所で

 

「よう、点蔵。何時になくマジ走りしてるけどマジパシリ最中か?」

 

 

 

横で走っていた点蔵がいきなりびーん、と背筋を伸ばすように硬直したのを見てあん? と思った。

何やらトーリと点蔵と麻呂王がはしゃいでいるからと思ってきたら件の人物の一人が青春っぽく駆けていこうとしていたのでちょいと気配と甘歩法を使って横に並んで隣を走っていただけなのだ。

まだまだ鍛え方が足りんようだ。

その証拠に驚いた表情を帽子に乗せながら

 

「シュ、シュウ殿!? い、何時からそこに!?」

 

「ああ、お前がやけに青臭い雰囲気を発しながら意味の分からんくねり具合を見せて気持ち悪くなった所辺りからだ。何やらネシンバラ臭の匂いもしたからお前、人として大丈夫か?」

 

「ひ、人という分類に入るのか分からん人外に心配されたで御座る……!」

 

何という失礼な忍者だ。

というかテメェも一度も顔を見せなかったなんちゃって人類だろうが。

むかついたので

 

「点蔵。オメェ、アルマダ終わったら訓練な」

 

「ちょ、直接的で御座るな……!」

 

何をお前殺害予告されたみたいなリアクションを取ってんだよ。

うちの神社の連中なら全員テンション上げて「今日のヒャッハー! 来ましたぞーーー!」、「保険に入ったか野郎&女共! ───じゃあ逝くぞ!」とか言って笑いながら斬りに来るというのに。

留美ですら「はい、不束者ですがよろしくお願いします」と非常に綺麗な微笑でこちらを斬断しようとするのだから。

いや、時たま台詞回しや微笑を狙っているのか天然なのか区別がつかないからマジで困る。

特に振ってしまったこちらとしては凄く困る。

そしてそれらをにやにや笑顔で馬鹿四天王が見てくるのでむかついて斬りに行くと奴らも必死になるので鍛錬が捗る。

 

……意外にうちの神社、いいサイクル出来てんな……

 

梅組の馬鹿共にも適用できるだろうか?

いや無理か。何故なら全員が何か想像を狂った方向に破る達人だからだ。

成り立つサイクルは外道な事だけだ。

結論。

あのサイクルを生み出す事が出来るのは留美だけという事にしておこう。精神衛生上それがいい。

だからまぁ、少し気分転換にさっきまでちょちょいとやっていた事を共有し合おうと思い

 

「おい、点蔵。実はついさっきむかついたからちょっと頭が幸の村製作所を襲撃した時の動画があるんだがちょっと見てみろよ? 愉快だぜ?」

 

「……ま、まぁグロシーンがないなら」

 

決まったので表示枠で録画したのを少し画面広げて見せてみる。

動画は少し薄暗く、如何にも工房という感じな場所を移しながら時折ドギャーーン、とかドッカーーンとか効果音を響かせながら

 

『ば、馬鹿な! 第三次防衛ライン突破! 最終人身御供粉砕! 我らの秘蔵同人が丸ばれです!!』

 

『ち、ちっくしょう! 我らむさくるしい男共の防壁を一顧だにせずに潰すとは鬼か……! しかもさっき纏めて吹っ飛ばされたシーンを"女が腐る"部門に撮られたぞ! ネタにされた……!───って風見社長!? どこに行かれるつもりですか!?』

 

『どこにだって!? 決まっているじゃないか! 最終防衛ラインにはママが僕の為に作ってくれた手作り弁当があるんだよ!? 守りに行かないと僕の今日のママ愛成分が欠乏しちゃうじゃないか! どうだい!? ママ! 愛娘よ! パパ、無駄に格好よく頑張るよ!』

 

動画にいきなりアップで白衣と眼鏡をかけた大人の男性が無駄に胸を張りながら誇らしげに叫んでいるが、そこに隅にいる男性があっ、と前置きで呟いて

 

『社長! 残念ながら奥さんのお弁当は剣神の嗅覚によって狙われてお陀仏です! ざまぁみろって言っていいですか!?』

 

『げ、下種ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』

 

一瞬、凄い表情が写ったのではないかと思った瞬間に画面が暗くなった。

そこから先は撮れていないのだ。

 

「どうだ? 点蔵。現場から持ち出した証拠だけど中々迫力あるだろ?」

 

「自分……今、事件に巻き込まれて御座らんか……?」

 

またまた失礼な事を言うな。

それに現場は最早、誰が襲ったか分からんくらい荒れているから異族か悪戯怪異が何かしたと思うんじゃないだろうか。

絶対的な証拠は今、手元にあるし。

身内にばれなければ恐らくばれない。多分。

ちなみに動機は私怨である。

何せ会議から帰ってきてベッドにダイブした瞬間にいきなりベッドを突き破って股間を突こうとする謎の何かに攻撃されたのだ。

咄嗟にベッドから転げ落ちて事無きを得たが何かと思ったらカンチョーの形をした物体が恐らく加速術式でベッド下から発射されたものだろう。

場所的に身内の犯行かと思ったが、留美に聞くと製作所の人間が来たという事で犯人はこいつらだ。だから制裁した。

 

つまり正義的な行動だなっ

 

うんうん、と自分の考えに頷きながら

 

「で、点蔵───どこに行くつもりなんだよ?」

 

 

 

参ったで御座るなぁ、と点蔵は思う。

まさか決心した次の瞬間に武蔵のラスボスと対峙するとは。

ただどこに行くべきかを聞かれただけという楽観はまずないと思う。

何せすっごいいい笑顔を造ってこっちを見ている。

それにこういった事に関してはこの副長は恐ろしいレベルの嗅覚を持っている。

 

そういった部分がやけに昔からトーリ殿に似ていたで御座るなぁ……

 

だからまぁ、気付かれているので御座ろうなと思う。

ならば隠すのは逆効果だろうと思い

 

「Jud.───自分に傷を残してくれた人に会いに」

 

さよか、とシュウ殿は答え

 

「だけど否定されたから鬱ってたんだろ? ───行った所でまた無意味だったらどうするんだ?」

 

痛い所を突くで御座るなぁ……と若干現実を見させられたが

 

「大丈夫で御座るよ」

 

根拠はあるのだ。

そしてそれは既に語った事だ。

 

「自分は傷を残されたで御座る。その事実だけで十分で御座る」

 

「ふぅん……傷が残されて十分で行くって超絶ストーカー理論にしか聞こえないがぶった斬っていいか?」

 

「そ、それは罪の指摘ではなくただの斬る言い訳で御座るよ……!」

 

まぁまぁ、と落ち着かされるが目が真剣であった事は誤魔化せない。

趣味が人斬りの人間は恐ろし過ぎる。

そしてもっと恐ろしいのはそれに付き合って練度が上がってしまう自分達であった。

嫌でも効果的である事に気付いた時の特務組の絶望感を梅組は知っているだろうか。いや生徒会組もつき合わされて同じ絶望をしていたか。

被害に遭っていないのはトーリ殿とホライゾン殿と浅間殿と正純殿くらいだろうか。

トーリ殿と浅間殿は依怙贔屓。

ホライゾン殿にはキャラで勝てないからだろう。

正純殿に関しては副長として副会長の仕事に専念させたいのだろう。何だかんだで同クラスの役職者である正純殿には期待しているので御座ろう。

 

まぁ、それでもこの御仁の修練に比べたらマシな方なので御座ろうが……

 

教導での授業は各戦種によって当然内容は異なるし、量も人の努力と才能次第だろうがその中で十年間付き合っていた友人が一人ずば抜けている。

この事実に才能だからなどと人を見ぬ意見を言うような付き合いの浅さは自分らには無かった。

全くもってこの御仁のトーリ殿への友情には感服するしかない。

だが、今は相手の事ではなく自分の事であるからその事実だけを忘れずに胸に残しつつ

 

「だから、まぁ……自分、どこまで行けるかは分からないで御座るが行こうかと」

 

「それで武蔵を余計に痛めつける結果になってもか?」

 

またもや痛いところを突いてくるで御座るなぁ。

だけど、副長としては当然の質問であり、確かめなければいけない事だろう。

普段を見ているととてもじゃないが責任感云々を持っているようには思えないがやはり……うん……いやきっと……持って……持っていたのだろう。多分。

とりあえずどう答えるべきかと考えつつも、よくある返し方だが気になったので聞いてみた。

 

「シュウ殿なら───」

 

「行くぜ?」

 

即答であった。

何一つ迷いがない所か脊髄反射を超えた速度のように思えて思わず絶句する。

これが考えていないで出た言葉ならこの速さも頷けるのかもしれないがそうではない事を彼の口元は笑っていても目が笑っていない所から簡単に悟る事が出来る。

本気だ。

本気の目とそれを隠すような笑みを浮かべながら気楽な散歩の足取りで歩きながら語りかけてくる。

 

「そりゃもう一目散に行くとも。結果が英国だろうが世界だろうが敵に回しても。あいつに嫌われようが憎まれようが。何なら───」

 

お前らが相手でも(・・・・・・・・)

 

と言われたように感じた言葉は微笑の形をした口からは発されなかった。

色んな意味で背筋を震わせるような言葉を聞きつつ、敢えて点蔵は聞き取れなかった部分を問い直すことはせずに、本気で御座ろうなぁ、と思う。

 

……それだけの想いを抱いていて何故告白をしないので御座るか……!

 

相手が誰かなんて最早言うまでもないので語らないがその度胸で玉砕すればいいではないか。おっと本音が出てしまったで御座る。

普通に男らしい癖にやはり土壇場ではヘタレなので御座ろうか。

いや、他人の事は言えないが。

 

「で、お前はどうなんだよ? 点蔵」

 

「あ、Ju,Jud.まぁ、そこら辺は一応考えているで御座るよ?」

 

さよか、とシュウ殿はそれだけ聞いて、そのままんじゃ、と踵を返した。

は? と余りにもあっさりし過ぎてこちらが面食らう。

普通ここは自分のその考えを聞いた後、アウトかセーフかを判断する所ではないだろうか。

そのセオリーを無視して彼は普通にそのままどこかに去ろうとする。

足取りにわざとらしさは欠片もない。

本気で去っていくつもりだ。

 

「シュ、シュウ殿?」

 

「あ? 何だ点蔵? 俺はそろそろ日課の覗きに行くつもりなんだがお前も来んのかよ? 覗き場所は内緒だぜ?」

 

違う意味で行かせない方がいいかと思ったが、そこはきっと浅間殿が何とかするだろう。

何とか出来なくても制裁が来るのは確実だ。

いやそうではなくて

 

「じ、自分を止めに来たのでは無かったので御座るか?」

 

「はぁ? 何で馬鹿を止めにわざわざ俺が時間を使わなきゃいけねえんだよ。大体、俺、お前が何をするつもりとか知らねーしー」

 

白々し過ぎる……!

 

明らかに解っているのを前提の会話だっただろうに。

道理で嫌にぼやけた言葉で聞いてくると思ったら様式ではなくこういうオチに持ってくる為か。

いや、それにしても無理があるだろうとは思うが、何か最近、同じような事をロンドン塔で考えたで御座るなぁ。

だが、副長はこちらの反応に苦笑しながら

 

「大体、お前も俺のキャラぐらい付き合いで察しているだろうに。俺は止める側でも話す側でも問う側でも答える側でもねえよ───俺は"やる"側だろ」

 

シュウ殿の台詞回しに思わず自分は心の底から成程、と頷きかけた。

やる側。

確かにこれ程シュウ殿の人生を一言で纏めたのはないかもしれん。

やると決めた事をやるを地で行っている御仁だ。

だけどその台詞に続きがあった。

 

「点蔵。お前はどうよ? お前は"どの"側だ?」

 

「───」

 

聞かれて自分も考える。

自分はどう言った側にいたいのか。

短い時間だがそれを真剣に考え───微かな笑いと共に

 

「それを言って来いよ───お前の大事な人に聞かせてやれ」

 

はっ、と思わず顔を上げた時には既に彼の顔はこちらを見ておらず背を向けていた。

自分の答えを敢えて聞かずに去っていく背中に不覚にも尊敬の念を覚えそうになるのを堪え、だが副長の態度に忝いという念を

 

「───Jud.!」

 

審判の言葉で返した。

そうして点蔵は再び走り出した。

今度はもう止まる事はないだろう、と思いながら。

 

 

 

 

 

その背を熱田が見る事はない。

後ろをテンション高く去っていく点蔵の気配を癖で追いながら熱田は無心に徹する。

何も見るモノも思うモノもない。

そういう柄でもないし、考えるのも面倒だ。

 

「ちっ……本当にあの女王はいやらしい言葉回ししやがって……」

 

種族特徴は仕方がないとしても性格に関しては悪趣味だ。

女王という位なら仕方がないか───なんて絶対に思ってやるか。

女王の言葉にも誰が頷いてやるものか。

あの時に言った言葉は全て嘘偽りがない。

何より

 

「誰かを守るとか救うとかいうのは苦手分野なんだよ……たった一人で手一杯だぜ……」

 

誰にも聞かれない言葉を吐きながら溜息を吐こうとしてそれを意識的に留めて熱田は行く。

行くという在り方こそが自分なのだから。

 

 

 

 

 

浅間は我慢をするのは得意な在り方な方だと思っていた。

巫女としての職務的なものも勿論あるが、それ以上にクラスの外道達との付き合いには必ず我慢スキルが必須項目だからだ。

そのスキルを持ってないとネタにされる事が多いからだ。

ちなみに正座を長時間座るのも得意だ。

巫女として、いやさ一人の人間として欲などに負けないように生きるべし、と志して生きているのである。

それを周りが婉曲して人をズドン巫女とか欲深巫女とかエロ巫女とか失礼な。

エロゲをやっているのはトーリ君の術式的な面倒を見る為の毒見役ですし、ズドンをするのは某幼馴染が暴走をするのを止めるための治安維持の為の行いですし、幾ら欲を抑えているとはいえ節制ばかりしては心と体に悪いと思って偶にお酒やアイスを飲食するだけです。

おお、自分、物凄くちゃんとした巫女じゃないですかと自画自賛してしまいそうだ。

偶に父さんがエロゲをしていたり、お酒を飲んでいる所を見られると「智! 思春期だね!? パパも頑張るよ!」と結論が謎なのだが気にしない。

でも父さん、もう少し年齢を考えて。

そんな風に現実逃避をする中、視界には

 

「ふふ……お茶で構いませんよね?」

 

と、綺麗な笑顔でこちらに笑顔を浮かべる人物。

神納・留美さんがいた。

 

 

 

 

 

「い、いえ……お、お構いなく……!」

 

どうしよう。私、接待されるのに慣れていない。

何時もは接待というかお世話する側だったので逆になるパターンは中々無い。

というかそういう格式ばった行いをするほど遠慮というのが身内にはないのだ。

しかい、今回の相手にはそうもいくまい。

相手は何せ熱田神社の巫女である留美さんだ。

他社の巫女さんに粗相などしてはいけない。

これは浅間神社の巫女としてしっかりしなければならない問題である。

そうしてガッチガチになっている私の心境が目にとって見えたのか留美さんは苦笑と共に

 

「今回はプライベートなのでそんなに固くならなくてもいいんですよ? クラスは違いますが同じ教導院で同じ歳なので。普通に接していただけないと私の方が固くなりそうですし」

 

この人上手い……!?

 

そして同い年……!? と言葉の使い方と空気の読み方と雰囲気から年上だと錯覚していた自分は見事に全てにノックダウンされた。

これが新型巫女型決戦兵器……! って、いやいやと周りの皆の新言語に毒されてますよぅ。

でも、確かに留美さんの言う通りだろう。

分かりやすく考えればシュウ君が遊びに来たと思っているのにあっちは仕事だ仕事という雰囲気で堅い雰囲気で接してきたら場が違うというものだろう。

 

ま、まぁ……確かに自分は仕事で来たわけではないですしね……

 

私的な理由で熱田神社に来たのだ。

だから留美さんも私的な立場で迎えてくれたというのに勝手に現実逃避をしてガッチガチになったこっちに非がある。

だから出されたお茶を出来る限り自然体でいただきます、と告げ、飲む。

美味しい、と素直に思い、喉を潤し、飲み終わった瞬間に思わずほっとする。

 

「本当ならお菓子も出したかったんですけど……丁度この前、碧ちゃんと女子会している時に切らしてしまって……あ、そういえばこの前シュウさんが隠し持っていたエロゲを処分した時についていた特典で"母の味……"というお菓子がついていたので持ってきましょうか?」

 

「そ、それは色んな意味で危険なんで……!」

 

そうですか……と本気で残念そうに呟いているのを見ると危険だ。

この人、悪意とか外道とかじゃなくて善意で何かをしてしまうタイプだ。

というかどうしてそのタイトルを見て不穏な気配を感じ取れないのだろうか。

 

「あ、あのー……その……その呼称に何かえっと……ほ、ほら? 思う所ありません?」

 

「え? え、ええ……確かにその、変な名前ですけど……シュウさんが得たものですから大丈夫だと思いまして」

 

思わず息を呑む。

今の言葉の裏の意味をはっきり読み取ってしまったからだ。

 

……こ、この人、シュウ君への信頼度MAX過ぎて何があっても大丈夫状態……!?

 

恋は盲目と言う状態かと言われたらそれは違う。

何故なら留美さんはしっかりと名称に関して奇妙という真っ当な感性を保持している。

ただ留美さんは真っ当な感性を保持したまま、シュウ君によるものならば結果を受け入れるという状態なのだ。

愛の深度による完全なる信頼行為。

最早、頬すら染められないレベルだ。

 

一体シュウ君はこの人に何をしたんですか……!?

 

ああ、もしかして今のシュウ君では望み薄かもしれないけど昔のシュウ君が何かイケメン行為でもかましてしまったのだろうか。また現実逃避か自分。

落ち着くのだ自分。

確かにここに来た理由は彼の事だけど彼女との事ではない。

彼女との事ではないけど……

 

「その……」

 

事ではないはずなのに思わずふと過ぎった弱みから、浅間・智の性格の檻から放たれた言葉から口から洩れた。

 

「留美さんは───何でシュウ君を好きになったんですか?」

 

 

 

 

 

「───」

 

返事は直ぐには返って来なかった。

当然だ。

今のは遊びに来たの範疇に入る言葉ではない。

完全に他人のプライベートな領域に立ち入る言葉だ。

ここで怒られても文句を言えない内容であり、ふと冷静になればやってしまったという思いはあるがもう引き返せない。

肝心な事を聞けていないがもうその時はその時だと開き直るしかない。

自業自得という言葉で帰るしかない。

そう思っていたのだが、少し空いた間の後に来たのは怒りの声ではなく

 

「……ふふ」

 

ちょっとした苦笑であった。

流石に予想外な反応に困ったような表情を作ってしまったが、留美さんもそれに気付きすみません、と前置き

 

「実は似たような会話を先程話した女子会でも聞かれまして……あんまり語るような事でもないのに話題にばっかり上がっちゃって……はしたないですね」

 

「い、いえ! そんな! それではしたなかったらうちのクラスメイトは汚いに……!」

 

いや実際汚いクラスメイトなのだが汚さの方向性が各自違う。

お金とか同人とか胸とか生命礼賛とかカレーとか。

意外と汚さにバリエーションがある事に気付いたが、気付いてもどうしようもないので黙殺。

こちらの言葉にまた上品に笑う仕草が凄く似合っていて何故かこっちが恥ずかしくなる。

そして少し笑いの余韻を味わいながら留美さんはその表情のまま話を続けてくれる。

 

「でも残念だけど……私は何か特別な事があった、言われたとかそういうのでシュウさんを好きになったわけじゃないの。確かにそう言うのにも憧れがないと言えば嘘になりますけど……」

 

おおぅ……凄い話を聞いている気がする。

つい前のめりになってしまいそうになる体を必死に抑えている。

留美さんもちょっとテンションが上がっているのか少しだけ頬を赤く染めながら

 

「まぁ、個人的な結論ですけど、自分でも納得している答えを述べるなら……長い間巫女としても一個人としても接して思ったんですよ───ああ、この人となら日々を幸いに過ごせるのではって」

 

「───」

 

うわぁ……

 

本当に凄い話だ。

そしてある意味で現実的な話だ。

つまり、この人は特別な事から彼を見ているのではなくあくまでも普段の自分の視点で接した中でシュウ君と一緒だといいな、と思ったという事だ。

草子とかと違ってロマンはないかもしれないが、逆に強固な想いなのではと思う。

何故ならそれは特別下の中で起きた感情ではなく日々の日常で培った積み重ねだ。

どのような事が起きても砕けない。

何故なら日常という何でも起きる毎日で積み重ねたものなのだから。

 

いいなぁ……

 

思わずついそんな事を思い───慌てて内心で首を振った。

いかんいかん、自分から聞いた事とはいえ自分まで流されてどうする。

大体、他人様の事にこんな嫉妬なんて……いえ嫉妬じゃありませんよーう。そうこれは単にシュウ君が誰も彼もにいい顔をしているからちょっとこれはどうかと思うっという事で……

 

超絶私面倒臭い……!

 

ああ、私、どう見ても面倒で人気が低くなるような行為ばかりしているキャラになっていますよ。

そういった意味では常に単刀直入な喜美やナルゼやウルキアガ君やシュウ君やホライゾンが羨ましい。

単刀直入に意味が分からん個性が発揮するがそこは綺麗に無視させて貰う。

今日は自分の弱点やら欠点やらを自覚する日のようだ。

そうして頭の中でモヤモヤしているとこちらを見かねたのか

 

「それで……今日はどのような要件で?」

 

気遣いの一言を受けてようやく頭を冷やせた。

そこでとりあえず小さく息を吸って吐き、頭を切り替え、姿勢を整える。

こちらの雰囲気を察したのか、留美さんは目を真剣の意味で細め、あちらも姿勢を整えていた。

その態度に申し訳ないと思う。

彼女はプライベートと言った。

確かにプライベートでここに来たつもりであった。

ただしそのプライベートはプライベートと言うには余りにも失礼で重いモノで

 

「単刀直入に言います───シュウ君の家族は今、何をしているんですか?」

 

間違いなく人の隠し事に土足で踏み入る行為であった。

 

 

 

 

「───」

 

ピタリ、と一瞬、留美さんの雰囲気ですら止まったのをはっきりと浅間は感じてしまった。

直ぐに立て直して笑顔を浮かべようとしていたのは流石だが、その態度を予想していた自分からしたら申し訳ないが流石に察しが着いた。

その事に留美さんも気付いたらしく、はぁ、と自分の未熟を恥じるように息を漏らした後、真剣な表情のまま

 

「何故……今になって?」

 

当然の質問だ。

何せ今までずるずるとモヤモヤした状況のままを良しとしていたのにここに来ての直球だ。

騙したような形で問うたようなものだ。

答えるのは義務だ。

 

「やはり会議の時の妖精女王の言葉もそうですが……それ以前に。祭りの時のシュウ君の言葉を改めて思い出すと違和感を感じて……」

 

「違和感?」

 

はい、と答える。

あの時は少々テンパっていたせいで気付かなかったが、よくよく考えれば極東語がおかしい。

 

彼は家族の事を元気にしている(・・)よ、と答えた。

 

おかしくないようには聞こえる。

聞こえるが……彼の口調ではまるで今、直ぐ傍にいてそれを見ているみたいな言葉の使い方であった。

間違いなく武蔵には彼の家族は乗船していないのに。

それにおかしな所と言うのなら実はそれ以前から感じている部分は多々ある。

 

例えば三河異変による地脈炉による三河消失。

 

あの時、三河にある熱田神社の主社も巻き込まれ、武蔵に合流したのだがその中にも彼の家族の名前はなかった。

勿論、可能性は低いが他の国に向かったという可能性は一応ある。

そして他にも

 

「八俣ノ鉞……なんて名前がこの前ようやく付けられましたが……神格武装クラスのあの剣を熱田神社が所持しているのはおかしくはないんですが……その割にはスサノオ、もしくは草薙に由来する名が付けられていないというのもおかしいな、って思っていたんです……」

 

スサノオなら幾らでもあるというわけではないがスサノオが所持していた十握剣など彼が握るに相応しい名だ。

そうでなくとも名を持たない剣を持つ理由が普通は無い。

彼も神道だ。

名の重要性を理解していないはずがない。

それにだ。

 

「シュウ君は誰にでもなのかは知りませんが……少なくとも私の経験上では冗談は言っても嘘を言うのが苦手なんですよ……だから代わりに本当の事を言わない癖を作っているんです。特に私達が心配する事は」

 

小等部から中等部は正にそれであった。

余りの酷さに一度本気で怒ったがそれでも頑としてその生活を貫いた。

岩とか金剛(ダイヤ)なんて物で例えれる頑固さじゃない。

一度くらい弱音を吐けばいいのに……そこだけがある意味トーリ君とは似ているようで似通っていない。

冗談では幾らでも言ってもそこに本気の要素を込めて言葉に出したことだけは一度もない。

究極クラスの馬鹿の石頭である。

厄介な事にそれが彼のやりたい事なのだ。

血反吐吐いても誰かに嘲笑されてもやりたいと決めたことなのである。

それでは誰も無理をするな、と言えなくなってしまう。

その旨を留美さんにも告げると彼女は苦笑を顔に刻み

 

「質問を変えます。何故、聞きに来ようと思ったんですか?」

 

聞かれるかなぁ、と思っていた問いだったので驚きはないけどやっぱり言わないと駄目ですよね、と内心でやっぱり何を言われても大丈夫なようにちょっと覚悟をして

 

「いや……その……多分、シュウ君も近い内に自分の失敗に気付くと思って……それだといきなり言われて身構える形になってしまいそうだから……ほ、ほら……シュウ君って思い立ったら即行動みたいな所があるじゃないですか? だからせめて心構えだけでも」

 

と思いまして、と続けようとしたが口が開かなかった。

自分の内面で起きた出来事で口を閉じたわけではない。

口を閉じた理由は外部の出来事だ。

それは目の前の少女の表情が酷い言葉を聞いたという風に笑ってしまっていたからだ。

いっそ沈痛そうな顔をしてくれたら咄嗟に自分が粗相をしたのかと思うのだが彼女の笑みは取り繕った形で出た笑みの形ではないと直感的に理解出来てしまっている。

自分が"失敗"したのではない。いや、もしかしたら失敗なのかもしれないが……自分の言葉が彼女の"失敗"に触れてしまったのかもしれない。

だから思わず口を閉じてどうすればいいかという疑問に襲われるがその前に

 

「……酷い人ですね」

 

一瞬、自分の事よりもどこかできっと何か馬鹿をしているだろう幼馴染の顔を思い浮かべてしまった。

責任転嫁のようにも思えるが真実は彼女の表情の奥にしかない。

それを見透かせる程、私と彼女の仲は深くなかった。

でも私は達とは言われなかったが私と彼、二人に言われた気がした。

そんな疑問もやはり彼女の口が勝手に答えを音にした。

 

「きっと言ってくれるだろう、って思っている貴女も……きっと待ってくれているだろうって思いっているあの人も……本当に……酷い人……」

 

「───」

 

そんな事はない、と言えるわけがなかった。

シュウ君が貴方の事を信頼しているのは確かな事です───なんて恐らく彼女にも分かっているであろう慰めにもならない言葉なんて欠片も意味がないだろう。

彼女は信頼も欲していたのは確かだろうけど……本当に欲しかったのは信頼だけではない事くらいよく理解できる。

 

立ち位置は違えど同じ立場の人間として余計に。

 

でも彼女の場合は私みたいに不明瞭から来る曖昧さがない気がする。

それはつまり彼女は自分よりも早くに一歩、先に彼へと近付こうとして───途端にとてつもない嫌な気分に襲われそうになって慌てて首を横に振るう。

何度私はこの人に失礼な事をすればいいのだろうか。

思っている間にふと正面を見ると彼女は何時の間にか立ち上がって襖を開けていた。

襖から漏れるそとの光に照らされている様が余りにも似合いで、性別とか関係なく見惚れてしまった。

見惚れたが……その眩しい物を見てまるで自分の泣き顔を誤魔化すような仕草にも見えてしまい、罪悪感を覚えてしまう。

そして何時の間にか顔を逸らしていた自分に余りにも小さい苦笑の音を留美さんは漏らしながら

 

「貴方の質問に答える資格を持っていないので残念ですが先程の問いには答えられませんでしたが……恥の上塗りついでにあの人に対して二つ程嫌がらせをさせて貰いましょうか」

 

「嫌がらせ……?」

 

「そう。嫌がらせ」

 

何を……? とこちらが口を漏らす前に彼女はくしゃり、と絵画の絵の女性の表情が突然に崩れて生まれたような笑顔を浮かべて

 

「私は貴女が苦手です。だって───嫌わせてくれないんですから」

 

「───」

 

苦手。

嫌わせてくれない。

 

浅間・智の短い人生では余り言われた言葉ではなく───そして間違いなく人生でトップクラスの大打撃の言葉だった。

大打撃の言葉を放つ存在は強いて言うなら喜美がいるがやはり彼女とも決定的に違う。

何故なら喜美はこんな口調で、こんな眼で、こんな事を絶対に言わない。

 

 

こんな心底悔しそうな(・・・・・・・・・・)感情(コトバ)を私は聞いたことが無い。

 

 

いやまぁ、アデーレ辺りにはよく言われているようなという普段の思考が一瞬、過ぎったが流石に空気を読んでないのでアデーレの記憶からは脳から退場して貰った。

余りにも扱いが悪い気がするが今はそっちに構ってられない。

何故なら彼女は嫌がらせを二つする、と言った。

私に対してではなく"あの人"に対して、と。

そして彼女はそれを私に聞かせている。

どういう理由と理屈と感情があって私に言葉を放っているのかは分からない。

だけど彼女は意思を止めるつもりは見えない。

ならば聞くべきだ。

いっそ血を吐くような表情で言った方が気が楽になるのではないかと思う笑顔で話しているのだ。

聞くべきだ、その答えを内心に抱いた時を狙ったかのようにして、留美さんは口を開く。

 

「もう一つは───あの人がここに……武蔵に来ると決めた日」

 

その時

 

「最初は全く来る気なんて無かったんですけど……だけどとある人がとある人物の名前を出した途端にあの人泣いて(・・・)こう言ったんですよ?」

 

泣いての部分で思わず浅間の体が固まってるのを無視して彼女は何故か楽しそうな口調で

 

「"俺にもまだ守りたいと思える人がいた"って……」

 

「───」

 

守るとかそういうのは苦手。

 

そういう言葉が口癖の彼。

何せ調理実習の時に包丁で野菜を斬ろうとしたらよくあるネタのまな板を切るどころかキッチンを軽くぶった斬ってしまった事がある。

思わずアデーレやミトが無意識に両腕で胸を守ろうとする光景であった。

ちなみに慌てたシュウ君は何故か真っ先に野菜をくっ付けようと無駄の努力をしようとして

 

「……あれ? 野菜、くっ付いたぞ……?」

 

「ま、まさか……! 熱田君、君は遂に戻し斬りの境地に辿り着いたんだね……! 唸るよ僕の右手……!」

 

流石にキッチンは戻らなかったが。

これって俺のせいか!? と叫びながらとりあえずオリオトライ先生に吹っ飛ばされたあの光景を覚えてしまったのは良い事か悪い事か。

だが、それくらい彼の力は確かに破壊の方向性に突出している。

無論、破壊も方向性によってはそれは正しい方向にも使えるものだ。

土木関係なぞ正しくそれだ。

 

だけど彼は剣神で副長で、そして最強を目指している。

 

だからこそ余計に守るのは苦手。

そういうのはネイト辺りに任せると苦笑交じりに漏らしているのが常の彼であり、常の彼の生き方であった。

その彼が自分が定めた生き方を否定してでも守りたい、という人がいる。

守らなければならないという義務感ではなく守りたいという意思と願望から。

 

 

それが彼を知っている人からしたらどれだけ良かった、と言える事か。

 

 

その事を間違いなく理解している人は先程までの痛みを感じる笑顔を何時の間にか外して真剣の表情を張り付けて真正面に座り───お辞儀をした。

お辞儀には願いが付いてきた。

 

 

「どうか───シュウさんの事をよろしくお願いします」

 

浅間はそれに応える事が出来なかった。

何故なら私はその"とある人物の名前"を聞いていないからだ。

彼はまだ私に何も言ってくれてないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よ、ようやく書き終えました……

いやぁ~~巫女二人を書くのが余りにも楽しすぎて本来終えるはずだった文字数を軽くオーバーしちゃいましたよ、あはは。

ともあれ次回からアルマダの始まりまで……! ───と言いたい所ですがその前に外伝の作業に入らせて貰います。
この前、ハーメルンにも相方が投稿したのですが自分とクロの合作……と言ってもほとんどクロ主導ですが南海に咲く桜と剣舞の方もどうかお願いします!

奴のあとがきに言っていることは大抵嘘だ。何でも自分に罪を擦り付け様としているのだ。実に卑怯なやり方でしか鬱憤を解放出来ないいやらしい作者なのだ……!

やろう、ぶっ壊してやる!

では感想・評価よろしくお願いします!

ひゃっはーー! FGO面白いですーー!


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最大の失敗


これまでと一緒

これからも同じ

配点(最初のミス)


 

点蔵は四面楚歌の状況にあっていた。

右にも敵、左にも敵。正面にも敵。背後にも敵。上空にも敵。

何故なら

 

まさか自分の行動が即バレするとは……!

 

点蔵は自分に傷が残されているという事を知った瞬間に実家の荷物を纏め上げ、退学届を密かに置いて傷有りと一緒に過ごした丘でミルトンと一緒に行こう、と覚悟をしていたのだ。

最早、文字通り、身一つ。

己の行動で武蔵に非は生まれないようにしたのならば、良かろうと思って覚悟した瞬間に現れたのが全裸であった。

自分でも何を言っているのかさっぱりなのだが事実なのでどうしようもない。

 

「おいおい点蔵……オメェ……その犬臭さのままどっかに行こうとしていたのかよ!? 忍者だからって清潔さを失っていいわけじゃないだろうがYo! 俺を見習えよ! この全裸芸が見苦しくねえように浅間に頼んで脇とか股間とか気を使ってんだぜ! ───特に股間」

 

「ち、違いますよ!? 私が何とかしているわけじゃないんですよ!? ただ担当巫女としてそこら辺、不潔にされたらこっちまで風評被害が来るから仕方がなくやっているだけなんですよ!?」

 

「というか最後に真面目な顔で意味深な事を二度言うのは無しで御座るよトーリ殿! そして自分も確かにそこはきちんとしてるで御座るよ!」

 

えっ、という声と共に女性陣がスクラムを作るのを見る。

 

「きちんとして犬の臭いがするって事は元から……?」

 

「ほら、きっとアレよアレ……人生の負け犬の臭いよ……ああ臭う。臭うわ。あ、やっぱりいらないわ。マルゴット、吸い込んだら駄目よ? え? もう吸い込んだ? 何て事をするのよ点蔵! マルゴットの肺に入っていい空気は私のだけよ!?」

 

「ガっちゃんガっちゃん。正直、ナイちゃんでもそれは反応困る」

 

白魔女の呪いはともかく無視しておく。

とりあえず、このままでは自分は外道共の餌になってしまう。

ならば

 

「シュウ殿……!」

 

ここは生贄を増やす。

自分がこうなる事を予見しながらも、見過ごした彼は本人が思ってなくても勝手に共犯に仕立て上げて、この場の責の半分くらい受けて止めてくれれば幸いである。

一人増えればこんなにも楽になるとは素晴らしいと思って、梅組の人混みから探し出した本人は

 

……寝てる!

 

それも明らかに下手な寝たふり。

忍者じゃない自分以外の者も、自分の視線で気付いて副長の方を見て、半目でその光景を見ている。

しかし、馬鹿は諦めない。

う~~ん、とあからさまな寝相で

 

「くっ……点蔵……お前って奴は最後まで犬臭……」

 

ガクリ、と渾身の下手な寝たふり演技が決まる。

というか、演技とはいえそんな台詞をわざわざチョイスするのはセンスを疑うで御座るよ?

 

「おい、熱田───物臭なだけに犬臭、と最後を省略するのはどうかと思うぞ」

 

しかし、その後の正純殿の恐ろしい一撃で全員が息を止めた。

代表してトーリ殿が待て、と全員に合図をかけ

 

「駄目だぜセージュン! それじゃあ受け取れねえよ! てんぞーをネタにした程度で笑い取れるんなら俺達世界狙えるぜ!?」

 

「くっそぉーーーー! 今のタイミングは"来た"と思ったのに……!」

 

「というかさっきから自分をネタにしまくるのはどうかと思うで御座るよーーー?」

 

「じゃあてんぞー君から面白い重大発表がありまーーす」

 

己……! と拳を震わせるが、既に全員の視線がこちらに向いている。

ある意味、トーリ殿らしい逃げ場の封じ方だが、何人かが録音、録画の術式を出しているのは流れで御座るか? 習性で御座るか?

だが、ここまでお膳立てされたのならば仕方がない。

それに何だかこうされると最終的にはどうあってもこんな感じにされていたみたいな気分がして苦笑するしかなくなりそうだから早めに終わらしたいと思い

 

「自分……今からコクリに行くで御座るよ!」

 

と、自分なりの重大発表を盛大に発表した。

一気にすっきりしたという感覚を自分の中で消化していたのだが、周りの反応は

 

「────それで?」

 

「え……いや、本当にコクリに行くだけで……」

 

そんなオチがあるような言われ方をされても困るしかないのだが、と思う。

大体

 

「と、トーリ殿は自分の想いに同意しなければいかんで御座ろうに! 三河での自分を否定するつもりで御座るか!?」

 

「あっれえええええええええええ? てんぞー君、俺の真似って認めるんでちゅかあああああああああああああああ!? 俺の芸風すげぇって認めるんでしゅねえええええええええええええ!!」

 

「でも、確かに自分も思いますけど、これってもうほとんど総長の三河ネタですよねぇ。ジャンル違うだけでエンディングがほぼ一緒ですね」

 

「うーーん、でもその割には規模がトーリ君よりも下だから、同じネタっていうよりランクダウンした結果になってるよねぇ……お金になるかなぁ?」

 

くっ……! と唸る。

確かに一理はあるのだが、この外道共に言われると超むかつく。

しかし、救世は意外な所からやってくるもの。

トーリ殿の背後には銀髪の少女、つまりホライゾン殿が立っている。

彼女はちっちっちっ、と舌を打ち、腕を振りかぶり

 

「オラオラオラオラオラオラオラァっ!!」

 

「ホ、ホライゾン! 無駄に力強く叫びながらオラオララッシュを股間に叩き込むなんて男らし過ぎますのよ!?」

 

ツッコむ所そこかよ……と全員の呟きに便乗する。

ラッシュ攻撃を股間に全て叩き込まれた馬鹿は身動き一つ取れていない。

芸風に走れないトーリ殿というレアさにホライゾンが名実共に梅組外道ランカー最上位に入ってきたのを実感する。

正しく、これが恐怖か……! 状態である。

だが姫の暴走は止まらない。

 

「ともあれ一体何なんですか……そこの忍者」

 

「て、点蔵で御座る! 点蔵・クロスユナイトという同じ学年で同じクラスの同級生で御座るよ!?」

 

「それを決めるのは果たして貴方でしょうか?」

 

何か哲学的な事を言われた。

更には

 

「大体何ですか。突然、コクリに行くなどとイカレ……狂って退学届を出すとは。今がどういう時期か分かっているのでしょうか? アルマダ海戦で武蔵は傭兵事業をして正純様が望んだ戦争に涙を流しながらヒャッハーしたり、浅間様はズドン衝動を暴発したり、ミトツダイラ様は溜まりに溜まった破壊衝動を必死に抑えて喘いだりしなければいけないのですよ? その中で一人コクリに行くとは……頭がトーリ様になられたのですか? 迷惑な……」

 

「ど、どこからツッコめばいいので御座るか……!?」

 

「というか、おい……今、私、物凄い曲解を押し付けられたぞ……!」

 

「こっちもですよ!? 誰ですか! ホライゾンにいらん事叩き込んだのは!?」

 

「全くもって同感ですのよ!? ホライゾン、流れ弾がフリーダム過ぎますわよ!? 味方に対する誤射設定の解除を要求しますわ……!」

 

間違いではないのでが御座らんか?

政治的な結果による現在で御座るし。浅間殿とミトツダイラ殿は何時も通り過ぎて何が問題なのか分からんで御座るよ?

しかし、姫の言葉は続いた。

 

「それに───奪われる事を望んでいない御方を無理矢理奪いに行くのは何故ですか?」

 

「───」

 

これは、と思う。

この問いは間違いなくこの少女の本心だ。

歴史再現に自ら殉じようとしている人を無駄に救おうとするのは何故か? という感情への興味。

思わず、自分がそれに答えていいのか、と思い、トーリ殿の方を見ると何時の間にか復活して笑っている。

まるで頼むぜ、と笑い掛けられているように思うのは誇大妄想かと思い、今度はシュウ殿を見ると寝たふりしながら耳だけわざとらしく向け、しかも手話で「詰まらなかったらぶった斬る」と伝えてきたので無視した。

でも、そうならば彼女が求める答えに自分は実に簡単に返せる。

 

「Jud.何故なら……彼女が失われば自分が哀しいで御座る。何時か、必ず失われるのだとしても、喪失を望めば必ず自分が誇れない傷を得てしまうで御座る」

 

三百人斬りをし、体に傷を得た少女を思い出した。

彼女がその傷をどう思っていたか。

傷有りとしての言葉ならともかくメアリとしての言葉を自分は聞いていない。

だが、しかし思い出す事はある。

風呂の、そう……あの耽美で素晴らしく柔らかい自分の信仰の象徴が背中に乗ったと錯覚するようなあのボイン……! ああ、いやボインなどと言ってはいかない。そう、あれはそう何と申すべきか。あの雄大さ、そう、あれこそが

 

「世界……!」

 

大量のメスが自分に降りかかった。

速攻で横に跳んで避けたが、服に普通に切り傷があるのを見ると本気だ。

今も寝ているふりをしている副長は本気だ……躊躇いなく味方も刺し殺す気でおる……例外は浅間殿のみである。

ともあれ、とりあえず今度はシリアスに思い出す。

至る所にあった彼女の傷だが……しかしそれら全てが彼女の前面にあったのを思い出す。

それはつまり彼女は300人、全ての人の対して過たずに正対したという事である。

確かにその傷は彼女を傷つけただろう。

だが、しかしその傷を得た事に誇りを持ったかはともかく後悔で傷を恥じた事は無いだろう。

誰よりも重んじたからこそ今、処刑台に向かうのを待とうとしている御方だ。

それを間違いだ、と言える言葉を己は言っていいのかは分からない。

だが、それを正しいと言える様な前だけ向いているような人間ではないという事くらい分かっている。

そんな自分の言葉に

 

「では───ホライゾンが失われた時でも……誰かが傷ついたのでしょうか?」

 

その言葉に答える言葉を持っているのは自分だけではない。

 

「───Jud.」

 

誰もが答える事が答えである、という風に全員が唱和した。

Jud.、貴方の喪失は必ず誰かに哀しみを呼ぶと誰もが審判した。

その答えに瞳を少し開き、呆然としながらも受け止め

 

「では……メアリ様がこのまま失われれば……ホライゾンも哀しむのでしょうか?」

 

分かりきった答えだ。

 

「Jud.何れ必ず。自分達がホライゾン殿を失くしたのを知った時に哀しんだように。ホライゾン殿もメアリ殿の人となりを知れば、惜しい人を亡くした、もっと話をすれば良かった、したかったと思うで御座るよ」

 

自分の言葉に、ホライゾン殿は受け止め、そしてほんの数秒だけ眠るように瞳を閉じ、そして何時も通りの無表情を浮かばせ

 

「では───もしもメアリ様が失われるのを止めれば、哀しむのを止める事が出来るのでしょうか?」

 

同じように

 

「もしもホライゾンが全ての喪失を止めれば、ホライゾンは哀しみの感情を止める事が出来るのでしょうか」

 

余りの答えに唖然となったり、苦笑したりする面々の感情表現を見る。

全くもって同感だ。

世界征服する方針である武蔵で世界平和を、哀しみの無い世界を追及すると言っているのだ。

途轍もなく途方もない願いを、ただ己が哀しみたくないという願望から吐くとは。

正しく、強欲(フィラルジア)だ。

 

強欲による世界平和に、少女の為の世界征服。

 

何ともまぁ、似た者同士の二人だ、と全員が思い、そしてトーリはホライゾンの意思を確認し、何時もの調子で笑いながら振り返る。

そこには全てを聞き届けた剣神がおり、だから彼は神頼みをした。

 

「じゃ、そういう事だ。頼むぜ、親友───何時も通りぶった斬り一丁頼むわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

剣神は何も答えなかった。

ただ、彼は手を動かした。

そして生まれるのは表示枠の数々。

それも様々な人の姿が浮かび上がったものであり、その中にはつい先日知り合った留美達の姿があった。

そこまでヒントを出されば分かる。

今、彼は熱田神社に所属している人に連絡を取っているのだと。

現れた表示枠に対して、しかし熱田本人はずっと寝ている体勢のまま、特に真剣な感じではない声で

 

「今から俺は馬鹿共の馬鹿らしい夢に付き合って一足先に疾走する事になるから、興味ない奴、嫌な奴、その他諸々は好きに熱田神社辞めてもいいぜー。あーー、留美、そこら辺集計頼んだ。あ、金の問題があったか……おい、シロジロ」

 

「金の話か!!?」

 

「ああ。後で○べ屋襲撃しようかと思って───おいおい、どうした守銭奴共。そんな決死の覚悟を持ったような眼をして。そんな眼で見られたら3割くらいで済まそうかと思ってた気分が6割くらい奪いたくなる気分に変わってしまうだろうが」

 

ナチュラルの恐喝に二人の商人がぬぅ……! と唸る。

天災とは避けられないもの。

一度やらかして剣神の襲撃を受けた事がある商人二人は理解しているのだろう。

この男はやる。言ったらやる。自分らが以前騙し(トーク)で賽銭箱の中身をちょろ……商談成立させた時みたいにやる、と。

○べ屋半壊が前回の危機だったが、今度は全壊するまでやりかねん、と。

故に商人二人は理屈が通じない馬鹿よりも理屈が通じそうな留美との商談をする事で危機を回避するようスケジュールに組み込んだ。

ともあれ

 

『シュウさん、集計が取れました』

 

「お、早いな。で、どれだけ残った? 4割か? それとも2割辺り?」

 

『はい───全員残ると言ってくれました』

 

「……さよか。物好きな馬鹿共め、と言っといてくれ」

 

『その物好きな人達に手を伸ばしたシュウさんの今までの結果ですよ』

 

ふんっ、と鼻息を鳴らして表示枠を解除し、ようやく立ち上がる。

ナルゼがネームを書く中、シュウは何時も通りのさっぱりした表情で

 

「で? 世界征服と世界平和続行か。10年前から走り続けた目標とはいえ実際、改めて宣言すると実に馬鹿らしく感じるなぁ、トーリ」

 

「難しい?」

 

トーリが首を傾げるのを見て、ホライゾンも首を傾げるのが実に可笑しく俺は笑う。

 

「まさか。要は無茶無理無謀の難題をクリアする奇跡を連続させればいいだけだろ? ───楽勝だぜ」

 

周りが馬鹿を見る目でこちらを見るがやんのか? あ!? ととりあえずメンチを切りながら、しかし根拠はあるのだ。

何故なら

 

「何せ俺は世界最強になる男だぜ? 最強の人間がたかがその程度の奇跡、起こせないわけねーだろうが。世界征服に世界平和? いいじゃねえか、遣り甲斐しかねえよ。それを強欲による罪深さだなんだとペラ回す奴には終わった後に言やぁいい───テメェら、俺達の罪深さに救われてやんのってな。現実見て勝ち組になっている奴らに一泡吹かせる為なら俺は誰よりも速く何よりも(・・・・・・・・・・)速く疾走してやるぜ(・・・・・・・・・)

 

成程と馬鹿とホライゾンが頷くと全員でスクラムを組み始めやがる。

 

「見て下さいトーリ様。ホライゾン達のシリアスな理由を人を切る理由にしてテンションを上げています」

 

「ああ……やっべぇ、やっべぇよ親友……親友の俺ですらちょっとびびるくらいに真っ直ぐな犯罪予告だぜ……!」

 

「拙僧思うに、あれ、本気で格好いい事を言っているつもりで且つ格好良ければ斬って良しとか思っているだろう」

 

「全くですよ! ただでさえ幼女では無いというのにしかも男! この世で最も最悪な存在ではないかと小生思うのですが! これ程、幼女に危険な存在を放置するとは……!」

 

武蔵は自殺志願者が多いのが欠点だよな、とふっ、と殺意を込めた微笑を浮かべる。

とりあえず、ホライゾンには何かするのは考えるとして男3人は魔神族が経営する鬼畜道至高店~光の到来~店にぶち込もう。中身はホモ魔神族の群れだが死にはしないだろう。死んだら知らん。

まぁ、それはともかくとして

 

「やるんだろ? 英国との戦争。俺的にはあの妖精女王をしばき倒せるチャンスがある英国側に行きてーけど、副長だしなぁ……なぁ、二代。ちょっとだけ、ちょっとだけ俺と副長代わらね? ほんのちょっと、ほんのちょっとだけだから? な? な?」

 

「正純! 二代が洗脳される前に早く!」

 

おお、と二代がほんのちょっと副長で御座るか!? 下剋上に興味は御座らんが響きは好きで御座る! と叫んでもうちょいで陥落しそうだったのに舌打ちする。

正純は自分の携帯社務を取り出して連絡を取ろうとする。相手はあの妖精女王だろう。やっぱり一発ぶった斬ってやりてぇが、まぁしゃあない。

確かにあんな風に格好つけて言ってみたが、やる事は何時も通りだ(・・・・・・)

10年間やってきた疾走を続ければいい。

ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

正純は何故か壮絶な違和感に悩まされながら、携帯社務を扱って連絡を取ろうとしていた。

自分自身でも何故そんな違和感を持っているのかがさっぱり理解出来ない。

場所とか状態に違和感があるわけではない。

当然、馬鹿とホライゾンの凄い発言について気にしているわけではない。驚きはするものもある意味でこれは当然の流れだったのかもしれないと逆に納得しているからだ。

 

では何が納得いかない。

では何がおかしいのだ。

 

それはやはり今も梅組の中心メンバーとじゃれている存在。

熱田であった。

熱田がおかしいわけではない。いや、頭は間違いなくおかしいが今はそういうのではない。

別に熱田も何かが変わったわけではないし、先程までの発言も全て今までの熱田の性格と夢に沿った発言であった。

 

何も変わっていない。

何も狂っていない。

何もおかしくない。

 

 

だからこそそれが最大(・・・・・・・・・・)の失敗である(・・・・・・)と頭の中が意味のなく叫んでいる。

 

 

 

つい、首を傾げる。

余りにも意味が分からない本能だ。もしくは理性なのかもしれないが。

どこに失敗があるのかが分からない。

失敗になる原因が不明だし、何が失敗するのかもさっぱりだ。

いや、そもそも違和感を持つ事こそが疑わしく感じる。

何か適当な思い込みを勝手に違和感と思っているのかもしれない。

まぁ、それにしてはやけに具体的で意味不明な感覚だが……しかし今は時間が一秒でも惜しい状態だ。

今はホライゾンの要求に答え、武蔵の進む道を歩み続ける事が最も大事な事だ。

その考えに達したと同時に繋がった社務を耳に当て、感じた違和感はそのまま忘却の彼方に放り込まれた。

梅組に一番参加したのが遅く、巫女とはまた別に言葉を司る彼女が感じた違和はこうして後に何の影響も及ぼさないまま消えていった。

 

 

 

 

 

統合艦橋部に一人人間として座っているアデーレは周りを自動人形の皆さんで埋め尽くされている中、緊張でちょっと深呼吸していた。

何故なら何故か特務でも生徒会でもないただの従士である自分がアルマダ海戦における作戦司令部"足りない本部"の指揮を受け持つ事になったからだ。

本当ならばこういった事は書記であるネシンバラがやるのだが本人は今、倫敦でメアリ奪還メンバーになって、更には大罪武装を奪い、マクベスの舞台を終わらせようとしているからだ。

いや、本当ならば役職的に副長がやってもいいのかもしれないが野生の獣に出来る事は襲う一択である。

自分が世話している犬達の様に待てと言っても聞かん肉食動物だからつまり自分がやるしかない。

そこら辺補佐も方向性は違えど種類が一緒なのはどうかと思う。

まぁ、だから自分はこの席にいる事になったのだが

 

それでもここまで大きな歴史再現の指揮官になるなんてのは自分の人生プランには入っていませんよ……!

 

人間、下を見るときりがないとはよく聞くが上を見るとインパクトしかないイベントが有り余っているものだ、とアデーレは悟る。

周りのインパクト外道だけではまだ足りないのですか、インパクト、と項垂れるが人生そんなものである。

 

「アデーレ様……何やら項垂れていますが御心配無く───胸が無くても人間は生きていけると今までの統計から言わせてもらいます───以上」

 

「あれれ? 自分、自動人形の皆さんに一体どうしてそんな屈辱的なアドバイスを受ける立ち位置になっているんですかね?」

 

この場にいる全ての自動人形と目を合わせる事が出来なくなり、屈辱イベントを体験する。

だが、この程度で負けていたら金が無い事を恐怖と戦う事は出来ぬ、とアデーレは即座に復帰する。

 

・剣神 :『おーーい、"足りない本部"ー。智の方もナイトの方も二代の方も準備OKっていう事らしいぜー……智が準備OK……やっべぇ超卑猥だな! 何てけしからん乳を持ちながら準備OKだなんて神が許しても俺が許せねえな! 待ってろ智……! 今からその準備を俺の手で───』

 

『・───剣神様が消失しました』

 

流れ作業のように命が無為に消えていくのを眺めながら、まぁ何時もの事、と無視してアデーレはとりあえずこれからの戦場の流れを改めて自己確認と同時に士気の確認の為に

 

・貧従士:『えーと、とりあえずアルマダ海戦の流れについておさらいしますね。あ、総長と副長は理解出来ないのは悟っているんで総長は邪魔をしないように、副長は流れを壊さないように且つ味方を斬らず、そして無駄に戦わないようにしてくださいね』

 

・俺  :『おいおいアデーレ! お前、時たま言うよなぁ! あ、でも邪魔をしなければOKっていう許可を得れたぜ!? よーし、じゃあイトケンとネンジと一緒に切羽詰まっている戦場で応援しまくろうか!』

 

・粘着王:『成程! 皆の士気の為の応援か……! 重要な役割だな……!』

 

・いんぴ:『うんうん! 皆の為になるなら頑張るよぅ!』

 

・約全員:『それを邪魔だと言うんだよ!!』

 

外道達に餌を与えてしまった、とアデーレは慌てて、今回反応が遅れた外道副長にこれ以上騒がせないようにと祈りつつ

 

・貧従士:『ふ、副長からは外道もしくは変態発言を除いた言葉を口から出す事が生物的に可能ですかね?』

 

・剣神 :『ふ、ふんぬっ……こ、こっちが熱田家の子孫がどうなるかの瀬戸際の時にテメェいい空気吸うなよ貧乳……後で削りに行くとしてそうだな……テメェが余程のうっかりをしない限りは聞いといてやる?』

 

前半と最後の疑問形はとりあえず無視するが怖い事を言う。

普通に聞けば皮肉に聞こえるかもしれないが、この男が言うこの台詞の意味を付き合いから自分は知っている。

この男はやばくなったら自分が何とかしてやると言ってきているのだ。

プレッシャーですよぅ、とアデーレは思う。

そんな事を知ってしまったら自分は意地でも折れる事が出来ない。

 

そして折れたら間違いなく酷い”何か”も起こりますからね……!

 

恐ろしいほど単純な有り得る未来に到達しないように決意しつつ、空気を元に戻すようにアデーレは自分から話題を戻す。

 

・貧従士:『ええとですね……アルマダ海戦の流れですが、基本的に"超祝福艦隊(グランデ・フェリシジマ・アルマダ)"の侵攻を英国艦隊……まぁ自分達ですね。自分達は迎撃するものの"超祝福艦隊"は撤退はするものの英国の周回軌道に入るというものです』

 

・金マル:『まぁ、厄介というか面倒な状況を進行していくって事だねー……』

 

皆の感想を纏めてくれた第三特務のメッセージに苦笑をしつつ、アルマダ海戦の戦闘概要を再掲示しとく。

反応はそれぞれ、自分の記憶と相違ないのかを確認する者もいれば何かボケようとしていたり、カレーに入ろうとしたり、幼女にテンションを上げている変態ばどがいるので、面倒ですねぇ、と思いつつ番屋に通報しとく。

今回の歴史再現に関しては英国側である武蔵は連戦ではあっても勝利に記述ばかりである。

だが、勝利であればいい、と言えないのが現実の厳しさだ。

 

・貧従士:『自分達の目標は勿論、歴史再現の成就ですが、それによって武蔵がボロボロにされたら本末転倒であるという事です』

 

・俺  :『あの……皆さん……ここらで一つ……ボケ、いりませんか……?』

 

別に誰も理解をする事は期待していないのに馬鹿を継続する馬鹿にしょうがないですねぇ、とアデーレは微笑みつつ無視した。

だが芸人はめげなかった。

 

・俺  :『おいおい、見ろよホライゾン。皆、無言で俺の存在と芸を期待しているぜ? すげぇだろ俺の人望!! どうだホライゾン……! 俺に惚れ直したか!? え? 何? どうして握り拳に溜息? ホライゾン冷え症? じゃあ俺のゴッドモザイクの内部の益荒男で温めてやるから手を突っ込んでみろよ! お前になら……いいぜ?』

 

『・───俺様の家族計画がピンチになりました』

 

・剣神 :『おいおい、マジかよ。神様、意外と反応いいな。』

 

・○べ屋:『その代理をやっているシュウ君が言う事かな?』

 

・労働者:『別に解っても意味がないから言わなくていい』

 

・あさま:『というか文字通りなら葵家、喜美が何とかしないとキチガイ二人が末代になるんですけど……うっわ想像難易度激高ですよそれ! ナルゼでもちょっとネタにするのに躊躇いそうな未来絵図……!』

 

・金マル:『アサマチ、もしかしてガっちゃん挑発して喜美ちゃんへの今までの鬱憤晴らそうとしてない?』

 

成功の確率を考えれば、かなりの無謀な挑戦だが、ちょっとリアルに真剣に考えるとそれこそ想像難易度激高の未来絵図だったから諦めた。

とりあえず話の流れをもう少し軽く追補し、それぞれの理解を得た所で

 

・剣神 :『ま、要は何事も要努力が必須だって事だな───だが、まぁ強いて挙げるなら前回、向こうの奴らとやり合ってちょい旗色悪かった奴』

 

副長からの突然の言葉につい、思い浮かんだ名前が連座名に浮かび上がった。

 

・煙草女:『何さね。上役として珍しく説教かい?』

 

 

 

 

 

 

地摺朱雀を半壊以上にされ、結果として道征白虎を自分の手では止めれなかった直政は機関部で騒音を耳に響かせつつ、馬鹿の皮肉を受け止めていた。

全くもって同感だ。

馬鹿の癖にやけに言葉を選んでいるが、あれは旗色悪い所ではなく敗北だっただろうに、と直政は前回の敗北を素直に受け止めている。

武神の差やら未知の能力といったのを言い訳に使う気はなかった。

武神の差などは技術職の自分からしたら恥同然の言い訳だし、四聖の術式OSの山川道澤の一つの道が凶悪だったからといって負けていい理由にはなるまい。

特務となったからには如何なる不利が相手も勝つ事は基本条件だ。

無論、自分の"勝ち"に拘って全体の"勝ち"を忘れるのも駄目だが。

 

・剣神 :『準備は出来てんだろうな直政』

 

・煙草女:『やられた分をやり返す準備かい?』

 

・剣神 :『ばーろ』

 

あん? と思わず繋がってない返答に眉を顰めて続きを待つと

 

・剣神 :『やられたらやり返すなんて遅ぇんだよ。戦争だぜ? やり返すなんてやられてからちまちま動くなんて行儀のいい事やる必要はねえんだよ───一方的にぶっとばす準備をしてるんだろうなって聞いたんだよ』

 

顰めた眉を一瞬、ちょいと広げてしまうが、その後にはっ、と直政は笑う。

 

「全く馬鹿の要求は一々高くてしゃあない」

 

一番いやらしいのは無茶を要求する男が倍くらいの難易度の高い無茶を常に通しているからだ。

 

人生、一敗のみ

 

他に敗北など不要。

俺の唯一無二の敗北を誰にも捧げるつもりなぞ一切無し、などと長い付き合いをしていてもどうかしている、と思える生き方だ。

お前らちょいとばかしホモレベルがおかし過ぎだろ。

ナルゼの同人ですら比べるとまともに見えてしまう辺り、酷いものだ。

馬鹿につける薬はないとよく言うが、成程、正しい。

こんな馬鹿が治るような薬があるのならば、歴史再現なんぞしていない。

つまり、まだまだ人類は未熟であるという事なのだろう。

一人でも溜息を吐くしかないのに、それが二人も揃っているんなら尚更だ。

そんなレベルの馬鹿の癖に

 

それで発破でもかけているつもりかい、下手糞が……

 

機関部にある自分の武神、地摺朱雀がある方に視線を向ける。

先の戦いで半壊にまで陥りかけた自身の武神だ

つまりはそういう事だろう。

 

「失わせるなって言いたいのかい」

 

例え意識が無くても。

武神と一体化し、人によってはもう生きてなどいないと判断されるかもしれない家族を、それでも失わせるな、という事なのだろうか。

深読みし過ぎか、それとも自分の中で勝手に作った馬鹿のキャラ像から生まれてしまった思いか。

後者だと恥辱で死にそうだが、とりあえず置いとく。

だから、直政は敢えて表面上のその言葉に対し、返す事にした。

 

・煙草女:『Jud.やるだけやってみるさね』

 

元より一方的にやれるなら望むところ。

無論、そんな事が現実に起きたならヌルゲーもいい所だが、だからと言って望んでいる方向を諦めるのは物臭というものだ。

そういったのは全裸の方の馬鹿に預けて、自分らはやればいい。

だからまぁ、特別重要な話のようにしない為に直政は軽い気持ちで逆に問い直す。

 

・煙草女:『そういうお前さんの方はどうするんだい? 今回は基本、艦隊船だから出番無しじゃないか?』

 

・剣神 :『おいおい、何だその役に立たない無能みたいな扱いは……安心しろって。暇な場合は押されている場所に向かって応援斬撃するからよぉ』

 

・約全員:『それはただの暴君だ……!』

 

洒落になってないさね、と直政は煙草を吹かして遠くを見る。

敵に押されている中、背後から超笑顔で大剣振り回して応援している同級生の姿を絵で想像するととんだ地獄絵図である。

何せ振り回している大剣からビュンビュン衝撃のような剣圧が飛んでくるのだから堪ったものではない。

敵は身内にあり、思っているとまぁまぁ、と宥めていた熱田から続きが飛んでくる。

 

・剣神 :『ま、確かに艦隊船だから基本は飛んでくる砲弾やら何やらをぶった斬っておくかねぇって所だろうよ』

 

まぁ、それも向こうのやる気次第だろうけどよ、と言わんばかりの言葉に恐らく全員が同意しただろう。

歴史再現のルールとして、この海戦は天上に至った歴史を基本は繰り返さなければいけない。

聖譜に則ったが故に歴史再現だから負けても仕方がないなどという風潮が生まれたりもするのだが、歴史再現と言っても必要なのは基本だけだ。

応用的にどうするかは確かにこの場合は相手次第。

 

日の沈まぬ大国

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)

 

どうなるかは直政からしたら今一読め切れない。

三征西班牙の個人として接した相手も立花・誾とベラスケスと江良・房栄くらいしかいないからだろう。

それも会議の場と戦闘の一瞬だけだ。

それにもっとも重要な国の代表としての総長兼生徒会長は見ることすらしていない。

 

フェリペ・セグンド。

 

年鑑を見る限り、長寿族ではなく人間なのでもうかなりの高齢だが、とりあえずうちの無能のような存在ではないとは思うのだが……憶測で決めるのもどうかは分からない。

 

・剣神 :『ま、どうなるかは分からんが、それでも未来の(キボウ)が足りねえアデーレの策が勝つなら良し』

 

・貧従士:『ま、まだ未来は確定していませんよ!? あ、や、止めてください自動人形の皆さん! そ、その物量すら感じる配慮の目線……!』

 

アデーレが何やら盛り上がっているようだが無視をする副長に全員が合わせる。

 

・剣神 :『でも、まぁ、それでやばくなるようなら───』

 

うん、と一息空ける間を自分らは得、そして

 

・剣神 :『荒らすか』

 

 

 

 

 

 

うっわぁーーーーー…………

 

ナイトは羽先から背筋にまで到達した震えを相手にしていた。

まるで黒板を爪で掻いた時に生じる嫌な音を聞くような反応だが、これは少し違う。

有体に言えば、自然災害を前にした生物の一種の防衛反応だ。

ここはやばい。死んでしまうぞ、という危機感のような予感がここにはいてはいけないと促すように震えとなって退避を推奨させる。

これはそういった類の震えだ。

それも自分達に向けて放った物ではなく、それもまだ本性を欠片も見せていない段階でこれだ。

自分達も当然、昔と比べて実力を挙げてきているというのは事実として実感しているが、これはもう頭がイッちゃってる。

 

「後でガっちゃんにネタ提供しないとねーー」

 

そして表示枠越しにアデーレから状況開始の合図の言葉が放たれるのを見聞きし、ナイトは常の笑顔のまま歴史が始まる実感を脳に感じる。

何かバラやんみたいな病気みたいな感想を抱いてしまったけどこれ、ガっちゃんに言ったらどうなるだろう? あ、バラやんやっちゃう? 魔女(テクノヘクセン)の砲撃でも呪いでも、バラやんが常々言ってた畳の上でご臨終っていうの出来ちゃうから最低限の義理は果たせるよねーー。

そうなるとアデーレ辺りが大出世しちゃうかもしれないねー? 総長と副長は頭なんて無いし、セージュンは政治一筋だしねー。

そういう風に何時もの自分の思考を回しながら、戦争が始まる空を見て

 

……あれ?

 

ナイトは空を翔ける魔女として必須の視力を使って湧いた疑問をそのまま口に出した。

 

「……超祝福艦隊が東西に分割していく……?」

 

 

 

 

 

同じ光景を熱田も見た。

超祝福艦隊の大半が西に、三征西班牙に帰ろうとする動きが多い。

英国に行こうとする艦隊は西に向かおうとする艦隊に比べれば余りにも微量。

武蔵の大きさも相まって余りにも脆く感じてしまう。

もう西側の艦隊は戦闘領域を外れようとしている。

挟撃じゃないのか……? と周りの人間が漏らすがそうではないのだろう。

さて、どうなるのかと八俣ノ鉞で肩を叩くように置いていると

 

『え、ええと……聞こえているかな?』

 

表示枠が唐突に浮かび上がる。

そこに映っているのは失礼を承知で言わせてもらえばくたびれたおじさん、という感じだろう。

響いた声も余り強気ではなく、今まで相対してきた爺連中と違って年齢によって培った覇気、という感じは余り感じれない。

こんな場でなければ近所の優しいおじさん、と言っても通じそうな感じを受けた。

だが

 

「……」

 

ふぅ、と一度息を吐き、そして急いで表示枠で武蔵全域に警告を告げる言葉を乗せる。

無論、これからの戦闘に関してもそうだが、今映っている男───フェリペ・セグンドに対して油断するな、あれは脅威だという感じに。

何故なら熱田は映像越しでも感じるものがあったからだ。

それは()であった。

体温とかそういうのではない。

人の意思や感情から発する"熱"だ。

勿論、それはどんな人でも差はあれど発するものだが、文字通り熱量が常人が発するのよりも桁が違う、と感じられる。

襲名者や総長連合、生徒会などそういったメンバーにはよくある事だから珍しくはないと言えば珍しくはないかもしれない。

だが、この"熱"は他と少し違う。

他の面々だと"熱"は内に秘められながらも、隠しきれない熱さを感じれるという感じだが、これは今にも自分達を燃やさんばかりに届いてくる。

そんな風になる時がどういう時か自分は知っている。

 

"やる"のだ

 

何をするかは知らない。

だが、この男は自分がしようとする何かに恐ろしい程の熱量を込め、しかし未だ自分の中に生まれ続けている"熱"をこちらにぶつけようとしている。

こちらが常々馬鹿が馬鹿なりの"熱"でこちらを支持するように。

 

「覇道比べかよ。面白れぇ」

 

例え、これが傭兵事業であったとしてもこれは確かに正純がうちの馬鹿の為につけた道だ。

ならば敵対する相手はそれがどんな形であっても覇である事は違いない。

ああ、面白れぇ、こうでなくてはいけない。

何故ならこれは夢の為の行進だ。

夢を叶える為の苦労だ。

内容が戦争であってもそれを忌避するのは道理に合っていないし、する気もない。

無論、別に人死にが出るのを望んでいるわけではない。

そこは馬鹿とホライゾン二人の総意だ。それを違える気も無いし、俺だって失わせるつもりは毛頭ない。

例え馬鹿が俺に対して特に言われなくても、無言のオーダーを受けている事は承知している。

 

失わせんなよ、と。

負けんなよ、だ。

 

「ああ、勿論。勿論だとも。そうじゃなくてはな。Jud.、全て委細承知だし当たり前だよ馬鹿野郎」

 

人からしたら馬鹿げた事を、無茶無理無謀な要求を、というのを俺は余す事無くすべてを理解した上で飲み下した。

吐いた唾を地べた事舐める様な無様さを許容するつもりが元から無いのだから当然だ。

俺は約束した。

お前がその道を変えず、違えない限り俺はお前の剣になろう、と。

似たような事をしたのは俺だけではないだろう。

ネイトなんて分かりやすいし、喜美なんて隠す気がない。智ですらやれやれ、と小言は言っても止める気がない。

他の外道共もまた同類だ。

だが、そうであっても最初は俺だ。間違いなく俺だ。俺が最初のあの馬鹿の刃だ。

だから、トーリ。

どうせこの戦場でも馬鹿を装って……装ってはないな。あれは素面だ。素面の全裸だ。ホライゾンの股間ラッシュで懲りたかと思ったら全く懲りねえから今度は痛めつけるつもりではなく、砕くつもりで殴らせなくては。それとも俺自らがやるか。気色悪いから遠慮したいが。

まぁ、でも馬鹿しながらも馬鹿なりにどうせ何か色々考え込んでいるんだろ?

お前、ポーカーフェイスが下手のようで上手いし。

だが、確かに世界征服だ。

考え込むのはしゃあねえし、止めんのもどうかと思うから何も言わねえよ。

 

───だが、他の奴らはともかく俺に関しては何も心配いらんから気にすんな。

 

何せ俺は誰にも負けねえ。

負けていいのはお前だ(・・・・・・・・・・)()だ。

そして敵はお前じゃねえ。

なら、俺が負ける要素なんて一つも無い。

つまり、最強だ。

だからお前が気にする要素なんて無いし───それに俺はお前の夢を手伝っているつもりなんてねえ。

 

 

 

これは俺の夢だ(・・・・・・・)、そしてこれは俺の願いだ(・・・・・・・・)

 

 

 

だから何も気にする事はない。

お前の道は俺の道だ(・・・・・・・・・)

 

「だから俺が先に疾走してやるさ」

 

お前も、お前に連なる皆がこの道が安全に通れるように。

俺が誰よりも速く疾走してやるさ。

だから、その始まりとなるこの戦争を前に俺は笑おう。

夢の始まりだ。寿ぐのは当然だろう、と俺は宣言通りに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふぅ……もう長々とは言いません。


───待たせたな(CVスネイク)




あ! 現地人として言いますけど京都にあんなルールありませんからね! 本当に無いですからね! ちなみにこれは京ルールの言葉じゃないからね!

間の正純の疑問は本当に惜しい……もしも正純が昔からの知り合いで熱田の疲労を知っていたら気付いていたかもしれないけど……でも前からの知り合いでも一種の協力体制みたいな感じで熱田なら大丈夫かって思ってしまうかなぁ……

次はどれを書こう(真剣)

では長い間お待たせして申し訳ありません。皆さんが楽しんでいただければ幸いです。
長い間離れていたからギャグとかつまらなくなってなかったらいいんですが……うっわこっわーー。

感想・評価などよろしくお願いします。



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力の寄る辺


力しか無い者達が力によって導かれた場所

故にこここそが力が望む場所

配点(ばかばっか)


 

フェリペ・セグンドは巨大なモノと相対する恐怖を相手にしていた。

目に見える恐怖は竜のような形と成していた。

それは知識など知らなかったのならば空に浮かぶ神殿のような荘厳にして巨大な竜と思えるもの。

事実、あれがそのまま落ちてきたりしたのならばどれ程の恐怖か。

考えたくもない。

準バハムート級と言うけどもう立派なバハムート級じゃないのかな? っと思わず思ってしまう。

竜の名前は武蔵。

暫定支配を受けた極東においての象徴とも言える場所であり、今や世界征服を謳う竜の名前だ。

 

……凄いもんだなぁ。

 

『ど、どういう事なんですか!? 超祝福艦隊を下げるなんて!?』

 

通神によって声と姿を届けられる。

相手は武蔵の特務や生徒会ではなくても、その中心にいるクラスの子であったとセグンドは記憶している。

確か従士でやたら硬い機動殻に乗っている少女だった。

小柄な自分でさえ小柄だなぁっと思う少女を見て、素直に凄いなぁ、と尊敬する心をセグンドは捨てれなかった。

だって、どの子も僕みたいな年寄りからしたら孫世代の子達だ。

それは中心にいる梅組だけではなく他の生徒も似たようなものなのだろう。

何せ武蔵は18になれば卒業である事が決められている。

若い子しかいないのだ。

そんな若い子が世界に対して抗っているのだ。

彼らと同じ年齢であった自分は間違いなくそんな大それた事に挑めるような人間ではなかったし、力もなかった。

そんな子が隆包君や房栄君やフアナ君に対しても頑張って挑んで戦えているのだから本当に凄い。

無論、それは自分を基準にしているからだ、という風に捉えられなくもないのだけど。

子供と相対した事が無いわけではないのだが、こればかりは余り慣れないもんだなぁ、と内心で苦笑しながら武蔵の従士の声に答える。

 

「い、いや、下げてないよ」

 

何故なら

 

「僕が今乗っているこの旧式艦と───これから集まる艦隊こそが僕の、否、三征西班牙(トレス・エスパニア)の超祝福艦隊だ」

 

ほら、見てごらんと指示してから自分に苦笑する。

見てごらん、だなんて相手からしたら敵に言われる調子ではない、と思われそうだ。

相手が子供だからといって年長者振ろうだなんて思っているんじゃないんだろうな、と自分に苦言を申しとく。

 

ああ、でも───僕を自慢するわけじゃないからいいかなぁ……?

 

自分を自慢するんじゃない。

今から僕が自慢するのは自分の部下だ。

なら少しくらい我儘は許して貰おう。

そして、ほら。

来たよ。

僕が昔、集めた篝火が。

 

 

僕にとって最後の火祭(ファリヤ)の炎が。

 

 

 

 

 

「う、わ……」

 

鈴は唐突に知覚に灯った篝火を感じた。

一つ一つは先程まで展開されていた戦艦などに比べたら小さいかもしれないが、鈴には大きさ以外での違いも明確に感じ取っていた。

それは熱気だ。

機械のではない。

人の熱気だ。

凄い数で浮かんでくる船の中にいる人の熱気こそが船を浮かせているのだと言わんばかりに鈴の知覚に熱さを押し付ける。

 

「す、すご、い……」

 

艦隊の数や装備が、ではない。

いや、勿論、旧型らしいからさっきまで向かい合っていた本来の超祝福艦隊より性能は落ちているとは思うけど、それでもこれだけの数が一杯いるのは凄い事ではあるとは理解している。

でもそれ以上に凄いのは先程感じた熱気という意気をどの艦からも感じられるからだ。

熱さの強弱はあっても無い艦は一切無い。

これは個人の意思だけで起きる熱さではない、と鈴は目が見えない代わりに感覚が人一倍鋭いからこそ思った。

自分だけの意思は確かに容易く起きるけど、その分、揺れ幅が大きいみたいな感じがする。

例えば勉強をするぞ、と思って行動する。

それに対して1,2時間ぐらいは多分、やる気は継続する。

でも、その後が難しい。

勉強に対して楽しさを見出していたのならばやる気は継続するのだろうけど、見出せていないのならば人は苦痛に対して続けようとする意思を保てない。

だから、浅間さんやミトツダイラさんやネシンバラ君や正純の皆は凄いなぁって思う。

それを言うと皆が「ネシンバラは見習わなくていい」とか「それは危険ですよ鈴さん……!」とか「いいか? 鈴。頭がいいのと性格がいいのは別なんだぜ……?」と懇切丁寧に説明されるけど、何か間違った事をしただろうか。

それは置いといて、そんな難しいやる気を継続する方法は幾つかあると思う。

私達の一番分かり易い例は

 

トー、リ君……

 

大丈夫。安心しろ。お前なら出来る。出来ねえ俺が保証するよ、と何時も支持してくれる彼がそれだ。

こちらの不可能を全て持っていく彼がいるからこそ皆、それぞれの態度でそれぞれの道を歩いて行っている。

私はそんな風に歩めているように思えないので何時も皆を凄いなぁ、と思っている。

そしてもう一つ、分かり易い例がある。

それは

 

・剣神 『おい、お前ら落ち着け───馬鹿に笑われたいか』

 

彼の一言で息を呑んでいた皆の雰囲気が変化する。

何故なら彼が示す彼が

 

・俺  『ちょーーーーーーーーーーーーこええええええええええええええええ!! うっわもう駄目か! 駄目なのか武蔵! 駄目なんでちゅね武蔵ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! もうこのまま俺、ホライゾンのオパーイの中でちゅっぱちゅぱして沈んでいくんでちゅねーーーーーーー! どうした皆! 羨ましいか!? お前も! お前も! そんな事出来ねえもんな死ぬ時も人生勝ち組ヒャッホォォォォウ!! え? 何、ホライゾン? 早速か!?』

 

その後、暫くトーリ君のコメントが流れていない事を察し、全員が無視をする流れになったのを鈴は感じ取った。

何時もの流れを維持してくれたお陰で皆の肩の力が抜けたのを察知して、鈴は微笑して自分が先程まで思った事の先を許した。

シュウ君も分かり易い例の一つだ。

シュウ君のはどういったもの、と説明するのは難しい気がする。

自分の内にある熱を本当に周りとか関係なくずっと保っていたような気もすれば、周りがあるからこそ熱を保てたかのように思える。

こんな事を考えるのはちょっと自惚れているみたいであんまり良くない押し付けをして悪い事をしている気分になる。

でも、例え熱を保ち続けた理由が内ではなく外にあったとしても、一つだけ絶対というものがあった。

その熱を消さず、燃やし続ける不断の努力を行ったのは間違いなくシュウ君の強さだという事だ。

本人にこの事を伝えたらやりたい事があるだけだっただけだよ、と苦笑して努力を"出来て当然"の事柄にするのだろうけど、違うと断言出来る。

何せ、彼の努力の中身を知って皆が引くのを知覚したからだ。

ガっちゃんとか

 

「バトルジャンキーに漬ける薬は無いわね……」

 

と言って描くのを諦めたのだ(・・・・・・・・・)

もうその時点で一つの偉業である事を鈴は知っている。

正直、それを知った私は傷だらけの友達を見ていて、何故か自分が泣いて、自儘な事をシュウ君に頼んだが

 

「悪いなぁ……」

 

と言われて、逆に申しわけなさが出張してまた泣いてしまった。

そんな顔と声を出させてしまった自分がまるで彼を責めてしまったかのように思えてしまった。

 

そんなわけがないのに

 

彼はただ必死に夢を叶えようとしているだけなのだ。

誰よりもと言うと他の皆が努力をしていない風に捉われるので言わないけど、夢に本当に真摯にたどり着こうとしているのだ。

ただ生きていただけでは届かない、追いつけない。

 

だから彼は疾走するのだ。

 

誰よりも早く、何よりも早く疾走するのだ。

それが彼が何時も言っている

 

「さ、さいきょ、うの嗜み、なんだよね……?」

 

それで何時も傷だらけなのは困ったものだけど、流石にもう泣かない。

泣いたら彼は生き方を変える事が出来ない事実に謝る。

きっと彼の生き方を変えれるとしたら"彼"かもしくは……"あの人"くらいだと思う。

それを知っているからこそ、その事も含めて今の状況も含めて皆に言う。

 

・ベル 『み、みんな、が、頑張っ、て』

 

 

 

・剣神 『鈴からぶった切り応援されちまったぜ! 分かっているな鈴…! ああ……リクエストに応じて花火を打ち上げればいいんだな……!』

 

・あさま『違いますよシュウ君! 鈴さんは今、全力でコクリに言って振られる未来が持っている点蔵君に対してめげないで頑張ってくださいって言ってるんですよ! もっと頭を使って未来の事を考えましょうよ!』

 

・約全員『頭を使って忍者の未来を否定している巫女がいるぞ!』

 

・金マル『アサマチは相変わらず頭がおかしいよねー』

 

・あさま『あ、相変わらずって言われましたよ……!?』

 

 

何か変な結末を迎えているけど皆にちゃんと届いている、と思うとほっとする。

外からも

 

「鈴さんから頑張って応援を受けたぞーーーーー!!」

 

「ああ……! うちの学生では超SSRのピュアな前髪枠の応援だ……!」

 

「こらぁ! そこの男共ぉ! ピュアな少女の応援保存すんな! あんたら男には女の子の素敵シーンにのみ発揮される無駄録画装置が脳にあるんだから外付けは捨てな!」

 

「ああん!? ばっきゃろう! 美しい記憶を多角的に見ようとする当然の欲求を理解出来ねえのかこの差別脳筋女が……!」

 

何だか戦争始まる前から内部分裂が起きている気がする。

私いけない事をしただろうか?

 

「む、武蔵野、さん」

 

「Jud.如何いたしましたでしょうか───以上」

 

傍に一緒にいた武蔵野さんの返答に安堵を覚えたまま、不安をそのまま口に出す。

 

「わ、わた、し……悪い子、かな……?」

 

 

 

・武蔵野:『武蔵に乗艦していられる皆々様に自動人形から代表して言わせてもらいます───黙れ───以上』

 

・約全員:『は、はい……』

 

 

 

何だか凄い周りが静かになった気がする。というかなった。

自分の知覚の範囲だと誰もが息を止めている気がするのだけれど気のせいだよね?

 

・粘着王:『いかん! 御広敷が窒息しかけているぞ!』

 

・○べ屋:『あちゃー。ロリコンには無理があったかー』

 

・あずま:『余はあんまりロリコンについてよく知らないけど、ロリコンはそうなの?』

 

・いんぴ:『これはまた難しい問題だね!? 御広敷君に聞いてみるのがいいかもしれないね!』

 

・ばけつ:『……!』

 

・粘着王:『おお……! ペルソナ君が救助の為に釘バットを抜いたぞ……!』

 

意外と容赦のないインキュバスのクラスメイトの発言と何時も世話になっているペルソナ君の行動に汗が流れ出すが、そんな事は露知らずと言わんばかりに武蔵野さんはどこからかタオルを取り出して

 

「先程の質問ですが今までの統計から考えまして鈴様は悪いと言われるような行為、もしくは言動などはありませんでした───以上」

 

今、すっごく私"は"って強調したような。

汗の流れが止まらないからタオルを借りる。その顔を拭っている間に表示枠に乗っている皆の会話には「御広敷が息を吹き返したぞ!」、「流石、ペーやん! ハアクヅラットでもお世話になった釘バットによる回復法はリアルでも発揮だぜ……!」、「あれ、お前がよく考えずに全裸装備で突撃していたらホモ触手に色々開発されそうになったのを確か諸共にペルソナ君が始末したよなぁ」と意味が通じそうだが現実には通じない難しい事を言っている。

皆の余りに早い反応速度に鈴は付いていけなかった。

これが皆が実力者という証なのだろうか。

だが、そこで

 

「……え?」

 

鈴の鋭敏な知覚にも聞こえない何かを、しかし何故か鈴は捉える事が出来た、と理屈の無い確信を胸に得た。

音として捉える事の出来なかった感覚を、鈴は否定していなかった。

もしかしたら風の音などをそういう風に捉えたのかもしれないけど、鈴にはその音が

 

叫び、声……?

 

否、それでは足りない。

叫んだ事は確かである。

しかし、その叫びに色付ける感情がこちらの心を乱したのだ。

その色付けられた感情の名を鈴は知っている。

それは昔、自分が口や表情で吐き出したものだ。

それはかつて、私達の周りやそうではない人間が叫んだものだ。

それは

 

な、泣き声……?

 

武蔵の中からではない。

恐らく三征西班牙(トレス・エスパニア)の方だ。

何が起きたかまでは分からない。

でも、何かが起きたのは確かでそしてここから何かが起きるのは分かった。

始まるのだ。

アルマダ海戦が。

 

 

 

 

 

 

「おいおい、大丈夫だろうな武蔵は……」

 

第二階層の倫敦に辿り着いた私達は南西の空で生まれた光を見て、思わず、といった調子の正純の声を聴く。

ミトツダイラとしても確かに我が王やホライゾンへの心配が生まれはする。

生まれはするが

 

「正純。現場は今、懸命に武蔵を支えようとしているはずですわ。それを疑うのは貴方がつけた道を疑うのも同然ですのよ?」

 

「Jud.確かにその通りなんだが……喪失を考えると臆病になってしまうのは悪い癖だな」

 

あら、まぁ、とミトツダイラは内心で正純の言葉に微笑する。

随分とまぁ、うちの方針について深く考えていますのね、と思った。

ついこの間まで武蔵どころかクラスの間でも壁を作っていた喜美曰く堅物政治家であった正純の異様な対応力に苦笑しそうになる。

昨今、その対応力が外道方面にも発揮されているようで何よりだ。

発揮されていなかったら、今頃正純はもっと酷い目に合っていただろう。間違いなくそうだ。

確信出来る。

 

まぁ、でも元からおかしかったという可能性が残っているのですが……

 

「おい、ミトツダイラ。何だその目は」

 

「い、いえ。人の可能性は否定してはいけない事だと思いますの?」

 

はぁ? という言葉をとりあえず無視しておく。

まぁ、今は正純の外道才能に関しては置いとく。どうせ浅間辺りがそこら辺数値化していると思うから。

ここにいるメンバーにそれとなく視線を向けると全員が頷くのを見て、とりあえずの一体感を得ておく。

とりあえず、それは置いといて正純の不安を払拭する手段。何かあるだろうか、と考える。

真っ先に我が王とホライゾンを思い浮かべ、とりあえず心の中で謝って除外する。

我が王はともかくホライゾンに関しては後が怖い考え方だったが、二人とも不安が増大するメンバーだったので仕方がありませんの……というか鈴以外大なり小なり不安にさせる人間しかいないですの。

人々を不安がらせる事ならば間違いなくうちのクラスは世界最大の最悪集団ですの……

 

「おい。ミトツダイラ。どうした俯いて」

 

「正純。これはミトツダイラが無い胸を見て現実を見ようとしている努力だから気にしないでいいのよ? 大抵現実を直視した上で現実を許容しないけど」

 

「Jud.幾ら胸が大きくなっても姉にはなれんというのに……姉になるのは両親に掛け合うがいい……信心深いものならばミトツダイラを姉にする為に世界を賑やかにする行いが生まれるだろう……!」

 

「ウッキー殿! ウッキー殿! 旧派の教えを忘れたので御座るか……!?」

 

「というか君、半竜で旧派で拷問道具好きで姉好きってキャラが立ち過ぎて何を主流としているのか分からなくなってくるよ」

 

やかましい。

しかも、姉云々は洒落にならないから止めてくださいまし。

母ならやりかねない。否、やっているに違いない。

まぁ、それは置いといて、今、正純の不安を払拭する事が出来るかというのが主題だ。

正純は政治家であっても騎士でもなければ侍でもない。

ならば、戦争を前にした不安に対して適した言葉とはなんだろうか?

するとさっきまで母の事を考えていたせいか。

思いついたのは背中。

 

 

とっても小さかったけど、何よりも大きかった背中。

 

 

「大丈夫ですわ正純───向こうには誰よりも強い人がいますのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そうか……」

 

と、とりあえず了承した風に取って正純は一旦、ミトツダイラから密かにという感じで周りに声をかけてみる。

 

「なぁ……どうしてミトツダイラはあんなに熱田を持ち上げるんだ?」

 

「決まっているわ───犬は飼い主には尻尾を振るのよ」

 

「しませんのよーーーー?」

 

本人に聞こえてしまったので仕方がなく、ナルゼが表示枠をミトツダイラに見えないように自身の主翼の陰に隠して続きを語る。

 

『ま、実際は簡単よ。誰だって無様から救われた記憶は頭に刻まれるわ』

 

……無様?

 

ミトツダイラが無様をしようとしたのを熱田が救ったというのか? 逆ではないのか?

っていかん。これは武蔵思考だな。でも9割くらいこれが正しいのだが判定が難しい……

まぁ、でもそれなら義理堅いミトツダイラの事だから熱田に感謝とかそういうのを持つのは確かにおかしな事ではないか。

でも

 

「意外だな。熱田が人助けをするとは」

 

流石に浅間や葵に甘いのは私でも知っているが逆に言えばそれ以外にはスパルタ主義っぽいあの男が何時の話かは知らないが、ミトツダイラを助けるとは。

あーーでも、子供の時とかならば人格……いやこいつら子供の時からこうだろう、という意味不明な確信があるのだが、これは馬鹿は死ななきゃ治らないという暗示だろうか。

そう思って、適当に言ったつもりなのだが

 

「……は?」

 

全員にはもって何言ってんのこいつは? という表情と声をぶつけられた。

こっちこそ、は? と言い返したい所なのだが突然の私以外の反応の一致に戸惑っているとナルゼが先に反応した。

 

「ああ、ごめんごめん。そういえば正純、うちのクラスで一番副長と関わり薄かったわね。まぁ、どうせ後で酷い目に合うからそこはいいとして」

 

「おい、止めろ。その頷かなければいけないみたいな言い方……!」

 

普通に全員に無視された。

はいはい、ととりあえずナルゼはこちらに苦笑を向けながら

 

「まぁ、面倒だからばっさり言うけど───あの男は大きなお世話のツンデレホモ野郎だから」

 

「ナルゼ───二次元を超えるホモ、というのを忘れているぞ」

 

「いやいや。やる事成す事はデカい癖に肝心な部分ではヘタレというのもあるで御座ろう」

 

「君達は本人いないから無敵モードのつもりかい? お陰で僕が言えるのは巨乳巫女好きの変態馬鹿くらいしか残らなかったじゃないか……」

 

とりあえずこいつらの仲が良いのは良く分かった。

総括すると二次元を超えたホモの癖に巨乳巫女好きなヘタレお世話野郎という事になるのだが矛盾が成立してるぞ。人間じゃなければ出来ない現象だな……、と哲学めいた事を思っておく。

変態と馬鹿はもう言うのも疲れて来たしなぁ。

でも、そうか。そうだよな。

何せあの葵がミトツダイラのように騎士ではなく、刃として欲したというならば性能はともかく方向性は決まっているようなものか、と素直に思ってしまう辺り慣れてきた感があってどうしたものかなぁ、と思う。

 

……まぁ、そんな奴じゃないとこいつらも無意味に反抗しそうだしなぁ。

 

個性しかないような集団だ。

カリスマとか合理的とかそういうのじゃ絶対に纏まらない集団を纏めれたのは王様のしたい事が自分の望みに繋がる事だからだ。

私もその一人であるというのは流石に諦めがついた。

ああ、でもそうなると

 

……熱田の夢も繋がるのか?

 

最強になる事が夢だという。

最強になる方法なぞ、どうなるのかさっぱりであるというのが本音である。

それこそ我こそはという相手を全て片っ端から打倒していくのだろうか。

流石にそれは無理があるだろうから、そうなると分かり易いのだと全国の副長クラスを打倒するというのが妥協点かも、と思う。

だが、それだけが熱田の願いなのだろうか。

そもそもの話

 

「……お前にとって最強とはどういう意味だ……?」

 

 

 

 

 

 

「あー……超ぶった斬りてぇ……」

 

最強たる熱田はアデーレ指揮による武蔵と現超祝福艦隊の対峙を見守っていた。

歴史再現的にこの戦争は艦隊戦争だ。

無論、やろうと思えば武神などを使って空襲する事は可能だろうけど、向こうさんはそれをやるとするならば後ろに置いた本隊からエースナンバーの武神隊を使わないといけないだろう。

 

「使って来たら叩き落しに行くのによぅ」

 

現在、熱田神社への階段に座って足をぶらつかせている身としては己を利用するタイミングを欲しているのだが、流石に海戦で手前勝手に飛び出して混沌とさせる趣味はあるが、周りの馬鹿共に先手を打たれてネタを封じられた。

俺はただ八俣の鉞のブーストで空飛んで戦艦を叩き斬りに行こうとしただけなのに……

 

「……なぁ留美。人間、やりたい事を制限された場合のストレスはどういう風に付き合えばいいと思う……」

 

「Jud.シュウさんの場合は何かを斬ればいいと思います」

 

近くでひっそりとにこやかに笑っているうちの巫女の発言に実に俺の事を分かってらっしゃる、と周りから声が響く。

まぁ、そりゃあここに熱田神社に所属している馬鹿共が集まっているから響いているわけだが。

 

「そのぶった斬りを制限されているんだが、その場合はどうするんだ?」

 

「成程……でも敵を斬るのを制限されているだけで味方を斬る事は制限されていないんですよね?」

 

「おいおい留美。それじゃあまるで俺が敵味方関係ないぶった斬る快楽殺人鬼みたいな扱いじゃねえか。いいか? あの外道共は斬っとかないと間違いなく恥としか言えねえ何かをするからその前に斬っとこうと思ってるだけだ。ついでに斬ると良い事をしたって思えるな」

 

「否定出来てねえよ!」

 

周りのツッコみを無視して、よっこらせと揺れる足場を気にせずに立ち上がる。

そこでようやく俺は周りにいる馬鹿共を見る。

そこには老若男女問わずに境内の中で神社の敷地を小さく感じさせる人数が集っている。

人種も含め関連性が無さそうな連中に唯一関連があるのは持っている物───あらゆる武器のみが繋がりであった。

 

「全く。どいつもこいつも馬鹿らしい。こんな馬鹿騒ぎに乗る理由なんてお前ら無ぇだろうに。好奇心は寿命を縮める病気だぞ」

 

「ではどうして若は行かれるのですか?」

 

集団の中からうちの最古参のハクが苦笑してそんな事を聞いてくるから俺はそっちを見ずに答える。

 

「何だハク? テメェ、まさか俺が約束なんてモノにしがみついて付き合っていると思ってんのか? んな美談じゃねえから安心しろ。最強の証明の為だ」

 

「Jud.───想定通りの美談で何よりです」

 

けっ、とどいつもこいつも捻くれた対応しやがると心の中で愚痴る。

人の事を言えた義理ではないからこそ、お前らくらいは馬鹿な道に付き合う必要はないというのに。

 

「全く、まさか拾われたからとか、んな馬鹿げた考えで動いているんじゃないだろうな?」

 

「何を仰りますか? ───それは前提条件です」

 

半目でハクを睨んでいると素知らぬ顔で視線を逸らしやがる。

そうしていると周りの野郎、と女どもが口々に言葉を吐いてくる。

 

「我ら世界から爪弾きにされたならず者。武蔵の住民からも怖がられる嫌われもんでっせ?」

 

「そんな嫌われ者にモノ好きな若が居場所をくれたんだ───そりゃついていくってものよさ」

 

「ええ……ついていった先で予想外の事件にしか巻き込まれないと悟った時前向き思考って大切なんだなって気付きました……」

 

「おい、こらテメェら。話にオチをつけなきゃ駄目な病気なのかよ」

 

全員が視線を逸らすので後で全員斬り倒そうと誓っておく。

そこで留美が視線を逸らしていないのが可愛げがあるのか無いのか。

こうしている間も武蔵は揺れたり騒いだりの大騒ぎなのだが、俺が気にしていないので周りは揺れに対応したり、聞こえる騒音に視線を向けたりだけする。

 

「若は手伝わないので?」

 

「若言うな。ま、艦隊戦だかんな。別に暴れられないってわけじゃあねえが賢くはねえし、何よりちまちましてるしな───狙うなら小物よりかは大物だな」

 

俺の言葉を聞いて、それぞれが見るのは現在の超祝福艦隊ではなく、本来の超祝福艦隊。

現在、相対している艦隊が弱いというわけではないが、やはり性能、数、人、武神なども含めれば元の本隊がいた方が今よりも間違いなく戦況は厳しくなる事だけは誰もが読み取れる。

しかし

 

「……熱田センパイはあいつらが来ると思ってんですか?」

 

「いい質問だなコウ。答えは簡単だ───俺が知るか」

 

言われた後輩がそりゃねーよ! って叫んでいるが愛すべき後輩は無視して熱田は持っている鉞を適当に回しとく。

鉞は『カイソクブッタギリー』と楽しそうに回っているので、つまりペットの遊びだ。

そうやって遊びながら

 

「だが、あのフェリペのおっさん……本当に何も守れなかったのかね、とは思うわな」

 

それは先程、フェリペ・セグンドが自嘲して語った言葉であった。

 

僕は何も守れなかった、と。

 

力のない笑みで、しょうがないとしか言えない表情と声音であちらの総長は語っていた。

それらの苦悩と苦痛を苦笑で封じはしていたものの、その無念は隠しきれるものではなかった。

だが、確かにそれらの事実は彼の主観によるものではあるだろう。

人は案外己が為した事に鈍感である事が多々ある。

 

「でも、どうしてそう思うんですか若様」

 

「若様やめぃジン。ま、簡単だそれも───泣いてただろ?」

 

その意味を察せれるのは流石にこの場にいる熱田に近しいメンバーでも全員がとはいかなかった。

だが、最も近しい巫女と最も付き合いが長い少年は不動の在り方を貫くことを選択していた。

ただそれだけであった。

でも少年の苦い笑みで吐かれる言葉に不動は無かった。

 

「泣くほど大事な人が戦っているのを黙って見届けるのは男でも女でも難しいもんだ。涙ほど人を我儘にさせる演出は無いってな」

 

「……神様もそんな経験を?」

 

薙刀を構えている少女の問いかけに剣神は沈黙か、もしくは無視の態度を選んだと皆が思った。

問いかけた本人も踏み込みし過ぎたと後悔し始めた瞬間に返答は帰ってきた。

 

「剣神だからな───刃の感触しかなかったわ」

 

その言葉に不動を貫けなかった少女がいたが、熱田は今度こそ無視という態度で見て見ぬ振りをした。

熱田は座り込んでいた姿勢からよっ、という掛け声と共に立ち上がる。

肩に担ぐように刃を持ちながら、表情は何時もの戦意に溢れた笑みだ。

 

「ちと喋り過ぎたな───さて、そろそろ副長として動くかね」

 

熱田が見ている何時もの外道チャットでは俺のさぼりの発覚を見つけ、野郎酷い目に合わせてやる! という結論でテンションを挙げているのでこっちも酷い目に合わせてやる、と反撃の決意を心の中で燃え上がらせておく。

 

「お前らは適当に好きに動け。俺の為に動きたいだなんて臭い理由で動く奴はぶった斬るからな。俺は別にお前らに恩着せたかったわけじゃなくお前らの力に目を付けただけだからな」

 

今度こそその場にいる全員が全く同じ動きをした。

 

笑みに苦みを持たせた顔を全員が作ったのだ。

 

少年の偽悪趣味を知っている身からしたら、指摘しても絶対に素直に答えないと知っているので何も言わない。

だが、彼の表向きの言葉を素直に受け取った。

何故ならそれもきっと真実だからだ。

そしてその真実こそが何よりも自分たちが欲したもの。

力を手に入れ、成りたいモノ、守ろうとする為に得た力をしかし果たせなかった無力で居場所も失くした自分達をやるじゃねえか(・・・・・・・)、の一言で少年に欲せられた事がどれ程の奇跡であるかなど、この場にいる者ならば誰もが知っている。

その言葉を受けて涙を流して少年を困らせる者もいた程だったのだ。

故にここにいる者は命じられたからここにいるのではなく、ここにいるという意思があるからここにいる。例え、少年が無間地獄の主であったとしても。その先が無間地獄に連れられるのであったとしても力の先をつけてくれた神に信仰を捧げ続けるだろう。

 

故に熱田神社を離れる者はいない。

 

こここそが無間地獄。

我らは無間の刃の一欠けら。

最も愚かで正しく間違った神の、否、少年の離れぬ力である。

 

だから誰もその言葉に答える者もいない。

当然の事を一々自慢するような事をする程、面倒な人間はここにはいないという証明であった。

だから、代表して留美が少年に声をかける役を請け負った。

 

「シュウさんの考え通りなら……立花・誾を?」

 

「おお、それな。俺も順当に考えてそうしようかなぁって思ってたのよ。前回のバトル的にそんな感じだと俺も流されていたわけよ」

 

成程、と思いつつ留美は首を傾げる。

何故なら台詞的に、こちらの言う事に同意していない。

むしろ全く逆で

 

「宗茂が復活していないのが残念だなーーー。まぁ、思いっきりぶん殴ったからしゃあねぇよなぁー」

 

まるで子供のように笑う彼を見て───上空から降ってきた流れ弾が少年の頭上に落ち、彼を影で塗り、最終的には己で塗り潰そうとするのを知覚する。

当たれば、まぁ人間なら間違いなく死ぬ一撃だろうとは思う。

古いとはいえ戦艦の砲弾だ。

人など直撃すれば形が残れば御の字である。

だから、留美は特に気にせず頬に手で触れてあらあら、と全く困っていない調子で呟くだけ。

周りも上からの飛来物に一瞬、視線を向けて、しかし何も言わない。

 

少年に1秒で当たる所で砕け散っていく砲弾についてわざわざ何かを言う必要が無いからだ。

 

肩に担がれていた大剣は振り上げる姿勢に何時の間にかなっている少年に

 

『イツモドオリダネッ』

 

うむ、と少年は頷き、笑みの種類は変わらないまま

 

「さぁて、どんな嫌がらせをしてやろうかねぇ……」

 

剣神が遊びを望む。

そして此度の戦争は彼の王が夢を叶えに行くと決めた戦争。

つまり、彼のやる事成す事全てが肯定された戦争だ。

10年前から約束されていた物語の序幕だ。

そして自分の好みの始まりとなると

 

「へへっ……派手にやるとしますかね……!」

 

 

そう───狙っていい敵は別に一人ではないよなぁ?

 

 

 

 

 

 

 




はい皆さんお久しぶりです。悪役です。
本当ならどこぞのキチガイシリアス男が昨日更新出来るなどとのたまっていたのでその日に合わせて更新するかーと思っていたらヘタレかまして無しになったので自分だけ更新です。
あのヘタレ、ついに自分はヘタレの神になったぜ…! などと自慢してきた超うぜぇ邪神になったのだが、何を今更というものですな。

そして今回はまぁ、熱田神社の紹介というのがメインでした。
熱田神社は作中で言ったように熱田が興味を抱いて、且つ未来を見れなくなっていたチンピラ達を拾ったような場所です。犬猫かよ。
まぁ、だからこそ主神に対する信仰はかなり強いのですが。

次回はもう一気にかっ飛ばす気がします。具体的にはおじさんシーンまで。
何故ならここら辺は介入する隙間や必要性がマジで無いんですよねー。無論、悪役の筆力の無さという理由もありますが……え? 忍者は? 忍者の活躍とキスシーンなどむかつくだけだぞ!

ともあれ遅くなりましたが、感想・評価などばしばしくれたら、と。くれたら悪役のやる気が上がって嬉しいので御座います。




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さぁさぁ

ぶった斬りのお時間ですよ?

配点(や、止めろよ!)


 

セグンドは余韻に浸っていた。

 

アルマダ海戦

 

長い間、三征西班牙(トレス・エスパニア)に不安の感情を与え続けた海戦の名の終了を、セグンドは感じ取り、そして浸っていた。

自分が開始した戦争はそう長くは続かなかった。

自分の言葉に篝火を付けて、参加してくれた戦友達が乗っていた戦艦の数は心許ない数にまで減らされ、残っている艦に無傷の状態の物は無かった。

無論、その分だけ武蔵にもダメージを与えた。

自分が敷いた車輪陣による攻撃により武蔵は中破と言ってもいいレベルにまで追い込めている。

しかし落ちていない。

所々から燃料が漏れ、火災の煙が上がり、戦争前の雄大さが陰ったが、それでも竜は空に浮いている。

落とせなかった理由は色々とあるのだろうけど、やはり最大の理由は

 

「……凄いもんだなぁ」

 

自分のようなおじさんからしたら子供である世代の子達が大人の嫌がらせに屈しなかったのだ。

英国の会議だけ見ただけで何やら無茶苦茶な個性ばかりが集まった子供達のようだが、でもその無茶苦茶さで会議を乗り越え、このアルマダ海戦を乗り越えた。

戦場を支えたのは総長連合や生徒会の子達なのだろうけど、戦場を支える子供達を支えたのが彼らの王なのだろう。

その少年が三河で言っていた言葉を思い出す。

 

……俺には何も出来ねぇ、か

 

映像に映った少年の表情には一切の陰りも澱みもない微笑があった、とセグンドは思っている。

きっと本人の言う通りなのだろう、と素直に思った。

聖連が付けた字名とか、武蔵の総長のしきたりとかそういう事ではなく、少年の言葉の口調からそうなのだ、と察したのだ。

 

きっとこの少年の能力では大事な人を助けに行く事も出来ないのだろう、と

 

だから、誰もがしょうがない、という感情を元に彼に付いて行った。

この足らない王様の道を自分達がつけよう、と。

凄いもんだなぁ、と再び思う。

才能がある人間が人を引き連れている光景は別に珍しくない。

才能とは良くも悪くも求心力となるものだからだ。

無論、才能の部分を経験に置き換えている場合も多々あるが、その二つともがあの少年には恐らく無い。

だから、その代わりに彼が出来るのは他人を支持する事だ。

 

俺には出来ねえ。でもお前らは出来る。出来ねえ俺が保証するよ

 

邪推する人間なら、ただいい言葉を使って人々を煽っているだけではないか、と言われるのかもしれない。

だが、少年は一人の友人を連れる以外は誰も誘うような事はしなかった。

そして一人戦場に連れられる友人の少年も特に何も言わなかった。

その後に見た光景は誰もが己の心のままに王に付いていくという光景であった。

特に人間に絶望しているわけでは無いが、それでもあの光景を見ていると根拠のない"大丈夫"という言葉を信じてしまいそうになるのが怖いものだ。

ああ、でも

 

「そうか……僕も"大丈夫"と思えるものがあったんだなぁ……」

 

自分の為に泣いてくれた女の子を思い出して、空を見上げる。

自分が座った艦上からはよく見える。

それも周りが火の海のような状態になっているのならば尚更に。

もう自分しかいないこの戦艦は浮き続けるどころか、何時まで存在出来るかの状態になっている。

何故かなど問うまでもない。

僕が沈めたからだ。

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)を救う為に

 

 

 

 

「おい、どういう事だ……?」

 

武蔵上からもはっきりと見えた敵の指揮官が乗っている戦艦の自沈による炎。

無論、こちら側から攻撃は入れたからダメージによる発火という可能性も無くはないが

 

「いや、見た所機関にまでダメージは入ってねえ。詳しく見たら違うのかもしれねえが、それにしても爆発のタイミングがおかしい」

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

三征西班牙の総長による自沈に戦争の終結に向かっていた心と肉体は停止する。

その中で一人動くものがいた。

巫女服を着、武蔵の防衛に動いていた少女だ。

彼女は急いで、という様相を出さずに、しかし彼女が出せる速度で表示枠を出し、連絡を取っていた。

音声入力で声を向ける先は

 

『トーリ君。シュウ君?』

 

掛けた言葉に、しかし返答は無かった。

掛けられた当人の一人である少年は燃えている戦艦を座って見上げていた。

傍には銀髪の自動人形の姫がいたが、少女の座っている位置では見上げている少年の表情が見えなかった。

適当に座ったせいで、隣でも微妙に後ろ斜めにいた事による弊害だ。

銀髪の少女は前に出るべきか、多少、考えた、そこで見た。

無能の少年の手が力強く握られている事を。

 

 

 

 

 

 

そしてもう一人の少年は動こうとしていた。

己が握っている刃を持って、件の戦艦に乗り込もうとしていた。

地上ならともかく鉞を使用しての空中移動では専門の魔女や半竜などには速度で遥かに負けるが、最悪、自沈に巻き込まれても自分なら生き残れるという判断を脳内にて下している。

その行為が後々どういった事になるかなどとは一切考えていない(・・・・・・・・)

故にそのまま行くつもりだった。

力を手に込めて不動であった無能の少年の対極であると証明するかのように、刃の少年は行こうとする。

しかし、その行こうとする意思も止まった。

第三者が介入したわけでもなければ、臆病風に吹かれたわけでは無い。

何時か最強になろうとしている少年の感覚が気付いたのだ。

あの戦艦の傍に何かがある、と。

それに気付き、行こうとしていた姿勢を崩す。

そして思う。

 

それなら、いいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「動くんじゃねえオメェら! 動くとここにある弁当に股間を擦り付けるぞ………! それが嫌なら俺に弁当を最初に選択させんだな!」

 

「さ、最低ですよこの総長! 形振り構わない人間の恐ろしさ……!」

 

「おやトーリ様。ではこちらのホライゾン作の"もう寝させない……!"など如何でしょうか。店主様と一緒にテーマは一撃必殺で仕込んだのでしょうがお残しは許しません」

 

「あれぇーーー!? それ、寝させないんじゃなくてもう寝続けるんじゃね!? でもホライゾンのドS発言に俺の中の愛欲が疼いちゃう……! ああ! もうホライゾンに染められちゃう……!」

 

「誰か番屋ーーーーー!!」

 

「よーし、最強の俺、到着。あ? なんだ? 飯の取り合戦か? トーリが股間で弁当をガードしている? んな面倒なのは本人が望んでいる風にすればいいだろうが」

 

「あひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 駄目駄目ぇぇぇぇぇぇ!! 股間にジュージューに温められてまるごとステーキ弁当を押し付けたら俺のチーンコが食べごろなお肉になっちゃううううううううう!! 駄目よシュウ! 俺のお肉をレアで食べちゃいたいだなんて……! で、でも……だ、誰にも見られてないなら……」

 

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! マジ演技でホモを強要するのは止せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「自分で蒔いた種じゃないかなぁ?」

 

酒池肉林、否、弱肉強食?

とりあえず、混迷にお茶漬け海苔をかけたような休息タイムが武蔵の艦橋内で行われていたが、とりあえず周りは巻き込まれないように全身を逸らす事を前提としていた。

 

「くっそ……まぁいい。智ー何か飯無いーー 肉肉肉が欲しい。出来れば智の胸についているその貪り甲斐しかないその肉も含めてガッ!」

 

「ひ、人の身体的特徴を肉とか貪るとか言わないで下さい! 矢が勿体ないじゃないですか!?」

 

「撃った後に後悔するなよ!!」

 

全員のツッコみを浅間は耳を塞ぐ事によって躱す。

吹っ飛んだ本人は亡者のように体を引き摺ってこちらに来ようとしているので問題は無い。あっても知らん。

まぁ、その後はやはりと言うべきか。この後というより未だ近くにいる三征西班牙の艦隊の事だ。

武蔵は現状、中破状態。どう見繕ってもこのままだとやはり艦隊に追いつかれるという結果になるという事。

 

・賢姉様: 『ふふ、じゃあいっそいらない人間を囮にして突っ切るっていうのはどう!? これで本当に要らない子がいる子かが判明出来るのよ!? どう!? 誰が行く!? お前か!? それともお前らか!!?』

 

・あさま: 『こ、こら喜美! 御広敷君やウルキアガ君やシュウ君を入れるのはともかくそこにトーリ君まで入れるのは豪気ですけど、そんな事をしたら無視の一択で役立たずである事が判明するじゃないですか!? ただでさえ皆、害悪なんですからこれ以上酷い方向に行きそうなネタは止めてください!』

 

・約全員: 『考えて喋れよ!!』

 

・〇画 : 『その点、浅間は卑怯ね。浅間は恐らくほとんどの者が自主的に守ろうとするのだもの───私のネタの為に』

 

・〇べ屋: 『ああうんうん、ほんとほんと。私としてもアサマチは守って貰わないと───私達の商売の為に』

 

・あさま: 『さ、最低な言葉を聞きましたよ……!?』

 

ちなみに浅間関連で一番のお客は某神社の代理神をやっている者なのだが、本人は

 

「はぁ!? うちの守り神だよ守り神! エロ祈願のお守りだ! でも危ないから俺が全管理しないといけねえけどな! 何せ触れるとエロくなる加護が──」

 

などと戯けた事を言っていたのだが、一度本人に気付かれて守り神を守る為に脅威の20連射を己の体で受け止めた後に潰されたが、実にどうでもいい話である。

だが、梅組が、未だ集ってはいないとはいえ同じ方向に向いて語っているというのは何故か久しぶりな気を感じつつ、どうせ直ぐに後悔する羽目になるなと全員が思った。

だが、とりあえず逃げる事は不可能という結論。

ならやる事は

 

「叩っ斬る事だな!?」

 

『それを個性にしてんだけど無理に叩き斬るって表現すんのは主張し過ぎじゃないさね?』

 

『止めろ直政。それしか無い男の金にもならん足掻きだ』

 

剣神の手刀が即座に反応してくるいらんツッコみを叩き割っていく。

わざわざ音速超過で放って表示枠を叩き割っている剣神の動きをBGMに周りはやはり全身を逸らしながら、悟る。

武蔵が中破していてもこの馬鹿共は馬鹿のままであると。

こちらの勝利条件に敵武神団の攻撃の阻止、主力艦の砲撃の阻止、揚陸部隊の撃破、そして未だ見る事が出来ていないサンマルティンの撃沈などと要求として無茶なモノが多くても、あの馬鹿達は止まる気が無いのを悟り、全員が未来の苦労に苦笑を浮かべる。

やれやれ、と恐らくこの場にいる全員が──否、一人だけそれらを察せずに本当に何時も通りの口調で

 

「頼むわ」

 

という言葉を無遠慮にこちらの事情も知らずに頼み込んでくる。

はぁ、と梅組のメンバーも含んでの苦笑の合唱を行い、そして誰も返事をせずに動く。

己がすべき事をする為の場所に。

 

 

 

 

 

 

第二次アルマダ海戦と称してもいい戦争は正しく混迷を表現していた。

武蔵側が不利だ、とこの戦争を見ている者は口を揃えて同じ事を言うだろう。

無論、武蔵側とて無力ではない。

総長連合と生徒会のメンバーは未だ全員が全員、力を出し尽くしたのかは分からないが、それでも三河騒乱に英国での相対を乗り越えるだけの力があるという事は判明されている。

しかし、今は相対戦ではなく艦隊戦。

そうなると個人ではなく艦隊の運用と武装の差などが大きく出る。

そして極東は基本、非武装。

不利なのは最初から武蔵の方である。

だが、三征西班牙のメンバーは既に知っている。

非武装であっても武蔵は間違いなく強敵である事を。

でなければ第一次アルマダ海戦において己の総長の戦術に食らいつく事など出来ないからだ。

だが、だからといって

 

「俺達、日の沈まぬ国を舐めさせんなよ……!」

 

「Tes.! 日輪を背負う覚悟を日が出る国に叩き込んでやるとも……!」

 

弘中・隆包が率いる野球部と陸上部の揚陸部隊が武蔵に乗り込みながら意気を叫ぶ。

 

「敵が天晴れですげぇ───なんていうのは既に何度も経験してんだよ……!」

 

自分達が今までで乗り越えてきた敵は容易く勝てる相手であったか。

その疑問には全員が同じ感情と答えを持っているだろう。

故に三征西班牙は武蔵を恐れない。

 

「主人公が貴様らだけだとは思うなよ! こちとら借金大国を背負って戦ってんだ! 主人公属性は十分だ!」

 

「全くですよ! 俺、今回、リアルで"俺、この戦場を終えたら……"云々かましたんですよ!」

 

「格好つけたんならフラグは拾うなよ……!」

 

「Tes.! ───戦勝の土産話で盛り上げます!」

 

いい返事だ、と話していた者も聞いていた者も頷き、進む。

前に。

意気も意思もきっと同じだ、と全員が馬鹿げた感情を抱いている、と苦笑し、引き締め

 

「行くぞ! 意気を見せるには相応しい相手だ!」

 

全員がその言葉に契約の言葉を述べ、そして突貫の態勢に入ろうとする。

隆包はその光景に内心で苦笑を浮かべながら、皆の前に出ようとして

 

「後退ーーーー!!」

 

唐突の叫びに、しかし部員達全員の心より早く体が反応する。

全員が前に踏み出そうとしたものも、相手の攻撃に備えようとしていた者も含めて無理矢理背後に飛んだ。

攻撃の為に、武蔵に乗り込んだ直後だ。

人が重なり合うのをどうしても避けられない事を覚悟した跳躍は、しかし正しかった。

何故なら踏み出そうとしていた位置に落雷のように落ちていく刃を見たからだ。

それも一つではなく複数。

最低でも二桁を超える剣群が空から落ちてきたのだ。

 

「まさか空に向かって剣を投げれば増えて落ちてくるという必殺技か!?」

 

「何だと!? それは一度はつい誰かが見ていない場所でやってしまう痛い現実逃避じゃ無かったのか!?」

 

「流石、極東……! 世界を相手にしても一歩も引かぬ変態集団だな!」

 

「す、すいません! じ、自分……極東の文化の恩恵諸に受けています! 和服美少女のエロゲーとかもうサイコーーーーーー!!」

 

「戒律は破ってねえだろうな!? 破ってなかったら俺にリークしろよ……!」

 

「Tes.!」

 

男同士の熱い友情を女子連中は躊躇いなく軽蔑の半目で睨みながら、迎撃のボールや術式などを握って引いた自分らにも降りかかる刃に対応する。

 

「主将!」

 

野球部部員は一人の剣の雨の中に残った主将に声をかける。

その声に心配の色は一切無い。

何故なら落ちてくる刃を丁寧にカットしているスラッガーに対して期待する以外の感情は中々生まれないからだ。

隆包は落ちてくる刃に対してバットの全体を使って殺傷範囲にある刃を弾く。

野球部としては邪道だが柄頭も使って打ち払いだ。

わざわざバットを構え直さずに、振ったら次は柄を次に合わせて当てていく為の方法は無駄に力を入れない事だ。

力を籠めれば肉体は固まる。

それが武神の一斬とかならばまた別の話だが、これは本当に雨のように発射されただけだ。

角度とタイミングさえ合わせれば隆包からしたら楽な話だった。

 

「満塁時のプレッシャーに比べれば楽なもんよ……!」

 

剣の雨が落ち切った後に残るのは砕け切った鉄の残骸だ。

 

 

 

 

弘中・隆包

 

 

 

 

副長としては異例極まる防御型の副長。

俺がここで踏ん張っている間に誰かが点を入れりゃあいいのだよ、という姿勢を野球だけではなく戦闘にまで持ち込んだ男の在り方の成果を両軍は確かに見届けた。

三征西班牙(トレス・エスパニア)の学生は男子はガッツポーズを女子はうわぁ……! と驚嘆し、武蔵の学生は全員が息を呑む。

武蔵の学生で特に目の良い学生が思わず呟いた。

 

「最低でも三桁は降り注いだぞ……」

 

流石に300とかには届いてはいないだろうが200くらいはいっていたかもしれない刃の豪雨だ。

恐ろしいのは勿論、技量もそうだが、それだけの数を前に一切怯まず、在り方を一切崩さない姿だ。

その言葉に

 

「成程……」

 

と、戦場には響かない小さい音が、しかし合図となった。

それに対応するのは口笛を吹くスラッガー。

 

「粋がいいじゃねえか」

 

軽い調子で、彼は片腕でバットを前に突き出した。

動き自体は軽いが、その速度は高速の所業故に突き出されたバットの先は二つの武器を同時に受け止めていた。

武器の形は薙刀と斬馬刀。

担い手は少年と少女。

人の列から一気に駆けて、副長に対して刃を振ったのだ。

薙刀の少女は逆袈裟から、斬馬刀の少年は袈裟切りを放った。

簡単に言えばどちからに対処すればどちらかに斬られる、シンプルな連携であった。

だが、二人からしたらこの程度で当てれるなどと毛ほども思っておらず、軽く躱されるか何らかの手段を行われると思っており、今の状況は確かに後者だが……

 

「なんつー精密さ……」

 

斬馬刀を握る少年が漏らした呟きに少女も同意する。

あの瞬間に弘中・隆包がしたのはまず突き出したバットを斬馬刀の方に当てるという事であった。

当てられた少年はその瞬間に武器を吹っ飛ばされるか、もしくはここから体術か術式でこちらを崩して少女の攻撃を妨害するか、と考え、身を何時でも動かせるようにして且つ万が一の場合は武器を離す心構えをしていた。

だが違った。

隆包が当てたバットは刃でも峰でも無く、平たい箇所にバットの先端の丸を押し当ててそのまま刃を少女の薙刀の方に誘導したのだ。

反抗されると思っていた少年は力の誘導に逆らえず、しかし抗おうとしたのだがまるで後ろから指導されて振らされているかのような感覚に負け、少女の薙刀にぶつけさせられ、今に至る。

だが、二人は状況に拘泥せずに即座に離脱を体に命じた。

隆包も己の力なら追い打ちは簡単だったが、それをする事無くバットを引き、油断なぞ無いという事を示す事にした。

何故なら少年少女の離脱した先には百花繚乱に彩られる鋼の華が咲いていたからだ。

その華の名を武蔵の学生の一人が思わずといった調子で呟く。

 

「熱田神社……」

 

スサノオを奉る極東の武装集団。

極東随一の英雄であり、無法であったスサノオの元に集うのはやはり似た者達であり──武蔵の副長が代理神となっている神社の者達であった。

 

「助けに来てくれたのか!?」

 

「馬鹿野郎。勝手に懐くなよ武蔵」

 

救いを求める声を、暴風に仕える者が一蹴する。

即座に返された否定に、敵も武蔵も一瞬、惑っている間に別の者が答える。

 

「貴方達が言ったでしょう? 私達はその姓の力よ。ま、流石に宿代は返すつもりだけど」

 

「駄賃は斬撃で両替してくれよ? 何せ俺らそれくらいしか能がないチンピラ集団でな」

 

違いない、と全員が苦笑し、刃を三征西班牙の方に向ける。

向けられた一人である隆包は、しかし意識を別に向けていた。

熱田神社が動いた。

それはいい。

熱田の姓が副長にいる以上、それくらいの乱入は想定内だ。

故にここで問題なのは想定内である熱田神社ではなく、想定外の被害を起こし得る事が可能な剣神だ。

ここで歩法を使われれば厄介だ。

歩法破りを知っても、破る為には使われている、というのを知っておかなければ乱すタイミングを取れないのだ。

故に奇襲を取られれば、歩法は完全に機能する。

そして同時に武蔵副長が動かないとは絶対に思わない。

何故なら少年は三河で告げたのだ。

 

 

俺は世界最強になる男だ、と。

 

 

伊達や酔狂で言っていないとするならば──否。

あの時、聞こえた熱量には間違いなく嘘など一片の欠片も含まれていなかった。

ならば動く。間違いなく動く。

艦隊戦であった第一次アルマダ海戦とは違い、今のように揚陸され、己の力が有用になったこの戦場で動かないのならば少年は自分の言葉を嘘にしてしまう。

そして彼は自分の言葉を嘘に出来る人物か。

 

 

 

否、そうやって自分を許せる人間が十年も誰からも蔑まれながら力を得ようとなどするか。

 

 

 

そうして隆包の鋭敏な感覚が捉えた。

俺達が揚陸した部分の直ぐ傍にある恐らく通常なら散歩コースの憩いの場であろう場所の手すりの上に座っている剣神がいた。

 

「───」

 

コンマ一秒以下の視線の交差。

たったそれだけでお互いが理解出来る事があった。

 

ああ、こいつは変わらない(・・・・・・・・・)──

 

無論、人である以上、何かは変わるのは分かっている。

立ち位置だったり性格だったり目的であったりと幾らでも変わるものがあるだろう。

だが、剣の振るい方、バットを振る理由、そういったどうしようもない(・・・・・・・・)事だけ変わらない、と何も言わずとも──だよなぁ、と馴れ馴れしさすら感じられるレベルで誤解を信じ合った。

無論、共感を覚えたからといって刃先の向きが同じになる事は少なくとも現時点では無いのは確かだ。

どんなに感慨を抱いたとしても──敵だ。

敵だが

 

「──」

 

強打者は自然とヘルメットの先を掴んで、下に引っ張る。

剣神は刹那の間だけ目を瞑る。

その場にいる身内ですら気付かない敬意の表現をする。

本人同士でも通じ合うかどうかも分からないサインを、しかしお互いが敢えて互いを見ない形で表現し合い──即座に刃金の音が空間を破裂させた。

 

 

 

 

 

「は?」

 

敵味方問わずに漏れるのは疑問の声。

目に映る光景は隆包がバットを片手で打ち下ろし、刃を叩き落している光景だ。

その光景には何時の間にか、と思える箇所が二つあった。

まず一つが剣神が何時の間にか立ち上がり、手を、まるで物を投げた後のようにスナップしたような姿勢を保っている事。

二つ目が彼の刃が隆包によって叩き落され

 

『イタイノ』

 

と呟いている事。

しかし、これらは別に問題がある事ではない。

副長クラスの動きが視認出来ないくらいはまだいい。

だが

 

「あの刃、投げた瞬間に姿が消えたぞ……!?」

 

音速突破して視認する事が出来辛くなった程度の事ではない、武蔵も三征西班牙の学生も気付いている。

ならば、何を持ってかの答え合わせをしたのは弾くために使用したバットで肩を叩いている隆包であった。

 

「応用力の塊だなぁ、その歩法」

 

「一発芸には事欠かねえだろう? 何なら別に使ってもいいんだぜ?」

 

「Tes.って言いたい所だが止めとくわ──野球に使うと水を差しちまう」

 

「Jud.そりゃそうだ」

 

二人が同時に苦笑する。

持っている物が武器じゃなかったのならば、そのまま焼肉にでも行きそうな気安さのまま視線は互いの挙動を高速移動を捉える瞳で確認をしていた。

 

一切の隙無し。

隙を見たいのならばこじ開けろ。

作れないなら無いまま打ち倒せばいい。

 

結論が実に素敵で熱田は苦笑を危うく微笑に変えそうになり、面倒な世界だよなぁ、と思って立ち上がる。

 

「良し。挨拶は済んだ。じゃあぶった斬るけど幽霊だからって呪ってしがみつくなよ?」

 

「勝手に呪縛霊にすんじゃねえよ────それに、お前にしがみつく奴はもう一人心当たりがあるだろ?」

 

問い返す前に内心でやっぱりかーーと思い────右の視覚の死角から飛んできた砲弾を殴ろうと

 

「結べ──蜻蛉切り!!」

 

殴ろうとした砲弾が突然割断され、あらら? と空振り。

思わず、砲弾を撃ってきた相手より聴き慣れた語句を叫んだ方に視線を向けた。

 

「何だ二代。こっちに来たのかよ。しかも余計な手も出しやがって。やるならそこに屯っている無賃乗車共にくれてやれよ。股間辺り狙うと悲劇だよなぁ……」

 

「おお。以前、父上に男がどうしてそこまで股間狙いをされるのを恐れるのか知りたいので試そうとして逃げられた思い出があるので御座るが、今、ここで実地検証で御座るか!?」

 

「ああ。そこに赤白制服の馬鹿と黒白制服の馬鹿がいるだろ。赤を当てたら1点、黒に当てたら-1点だ。表向きにはな。俺に当てようとしたらオパーーイ揉み揉みされる刑だ。いいか? すり揉みだぞ」

 

「さ、最低だぞ!!」

 

敵味方関係なく発せられる叫びに俺と二代は普通に無視した。

 

「まぁ、そうしようにも」

 

「立花の姓が見逃さなかったで御座る」

 

そうして二人揃って撃ってきた方角に視線を向けると。

そこには赤の女性学生服を着こなし、特徴的な巨大義腕と十字砲火を宙に浮かせている女がいた。

 

 

立花・誾

 

 

向こうからしたら俺を狙うあらゆる理由も、あらゆる目的も、この自分の一撃には劣る理由だと俺に言いたい気分なのだろうとは思う。

ふむ、と熱田はとりあえず思った事を適当に二人に向けて言った。

 

「これは膠着状態ってやつか?」

 

それに対して答えたのは立花・誾であった。

結構、苛々した口調で告げられるのは

 

「白々しい。この程度で膠着などと全く思ってもいないのが分からないとでも」

 

ふむ、と俺は頷き

 

「なぁ、二代……何かあの人妻すっげぇキレてんだけど、これはアレか。最近、流行りのキレる若者って奴か。立花も流行には乗るんだな……」

 

「ふむ。しかしうちでは昨年のエロゲ流行語大賞の"みるみる出るわ! 脳が!"という流行に対して父上が"本当かよ! 開発陣にそんな経験があんのかちょっくら聞いてみるわ!"と言って結論からしたら開発陣が泣いてしまって鹿角様に父上追いかけられて、以来うちでは流行語大賞は毒と変わらぬと決められたので御座るが」

 

「嘘はイケねえなぁ嘘は……相手も自分も泣くからな……」

 

何やら人妻が憤って地面を蹴り飛ばしているが、二人で立花の流行なのだろう、と結論付けといた。

 

「じゃ、ま、簡単だな───2対2の不規則相対戦だな。断るか?」

 

「断ったらテメェ、ここで乱戦に持ち込むつもりだろ」

 

「俺達の方が有利だぜくらい言わねえのか?」

 

「お前の方は不利になるぜ、と言わんばかりの表情なんだが。熱田神社の手勢を抜けば」

 

「ああ、そいつらはアルマダ海戦勝ったらぶった斬りだな」

 

ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! と背後から聞こえる悲鳴を録音して後で留美に本人を特定させとこう。

俺が有言実行タイプである事を世界は知る事になるだろう。

しかし、それに対してやはり不満のある声で少女の声が問いかけた。

 

「………武蔵副長。私の刃を無視すると?」

 

「テメェこそ、さっきからちまちまと。俺はお前の旦那に勝った勝利者だぜ? 傲慢を通さずにどうするってんだ」

 

「あくまで自分が上だと?」

 

「お前の旦那は下にいたか?」

 

すると不満そうな顔はそのままだが立花・誾は沈黙した。

やれやれ、人妻っていうのは強情だなとは思うが、逆に言えばあのさわやか無双、幸福過ぎるだろって思ってしまう。

ここまで頑固で強情な女を打ち崩したのならば、あの男もまぁ、相応の何かをしたのだろうから、その報酬は正当なモノなのだろうけどと苦笑しながら、しかし口はバットを握っているおっさんに向けた。

 

「随分と熱い職場だったっぽいな」

 

「羨ましいかよ」

 

「いや───どこも似たような教導院でこの手に関しては洒落が通じねえなって」

 

ちげぇねぇ、と男二人は苦笑し、女二人は一人は首を傾げ、一人は唇を噛む。

そうして少しだけ笑い合って───

 

「じゃあ───俺達の洒落が通じる遊びと行こうぜ」

 

全員の笑みの質と深みが変わる。

全員が互いの洒落が通じる遊びに興味津々だ、という顔に変貌する。

話が分かる人間しかいない事に内心で苦笑しながら

 

「じゃ───頑張れよ馬鹿共」

 

 

 

 

 

その場にいた武蔵の学生達と三征西班牙の学生は自分達の総長連合に所属する4人が一斉に姿を消すのを知覚した。

そして実際は姿が消えたのではなく、自分達の動体視力では捉えられない速度で高速移動した事を理解している。

その事に、どちらの陣営も呆れの溜息を隠す事は無い。

 

「ったく、うちの副長達が同い年であるかより同じ人間かどうかマジ疑う領域だけど普通に似た芸風が他にもいるっていうのを見ると世界は色物が多いよな」

 

「それに関しては同意する武蔵───色物度ならそちらの方が上だと思うが」

 

ああん? とそれに今度は熱田神社の人間も混ざってメンチを切っていく。

 

「んだとこら? そっちは幽霊夫妻に両腕義腕とさわやか無双の夫妻とデッドボール専門の兄弟とエロゲー製作のおっさんとエロイ委員長タイプの副会長じゃねえか! テメェらに人の事が言えんのか!!? ああん!!?」

 

「はああああああああああああああああああ!!? 全裸をトップに多種多様の変態がいる武蔵と一緒にすんじゃねえよ!! こっちはそっちよりもハッピー入っているのが多いんだよ! ───上だけ、な……」

 

「た、隊長! 傷を曝け出さずにしっかり! しっかり!!」

 

ふぬぅ、と意気込んでいた武蔵側+熱田神社の男衆が息を漏らす。

想定外の同意出来るダメージに武蔵側が思うのは自国の総長であった。

全裸で馬鹿でド畜生な癖に最近、彼女が出来て超調子乗っていて、つまりストレスの塊だ。

時たま無差別に彼女いねえんだろ攻撃をされると時たま意識を失ってしまう、気付いたら総長が血だるまになっている事が多々あるが、駆け付けた番屋も被害者を見ると黙って肩を叩いて飲みに行こうぜ、と言われると逆にハイダメージなのが辛い。

しかも、その後に100%の可能性で後々酷い事が起きてしまうのが武蔵の凶悪な環境である。

実家に品名エロゲ在中は勘弁してください。

 

どこも上のせいでダメージを負うのは同じらしい。

 

しかし、お互いが出すのは口では無く手や術式といった武器であった。

やれやれ、と再び武蔵生徒の誰かが今度は誰にも聞かせない程度の音量で

 

「世界平和も征服も遠いもんだ」

 

その直後にタイミングを読んだように響いたのは巨大な打撃音のようなモノ。

それが誰が何をもってどういう目的で生まれたモノかを問うまでもなく、そして

 

「───!!」

 

こちらも叫びを放って戦端を再び開くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




はい大分端折った最新話で御座います。
早く3巻に行きたい今日この頃。だが、まだ最低でも2,3話は書かないと終わらないこの事実……! 己、2巻下……!

これだけ端折ってもまだ終わらないって原作の怖い所ですなこんちくしょう!!

ともあれ次回がバット男と両腕義腕娘とのバトルですな。原作には余り無い2対2の相対。頑張らなくては……! この手の事はどこぞのクロチン子の得意分野な気もするが頑張らなくては! 奴にチンコはいらねえ!!

と、言っても次回の更新はFateでその後はどうなるだろう。こっちかもしれないし外伝かもしれないのでお許しをーー。


では感想・評価などよろしくお願いします。



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西国無双の理

み、皆さん!

ギャ、ギャグはいりませんか……!

配点(すっこんでろ馬鹿)


 

立花・誾は想定した成り行きになっていない事に脳内で不可解な! という困惑と戦っていた。

 

何ですかこれは……!

 

立花・誾は様々な戦争と闘争を経たという自負がある。

襲名する前は立花の家で父や宗茂と。

襲名後は当然、その後の歴史の流れや明記されない小競り合いなどにも参戦した。

どの闘争とて楽である、などと思った事は無い。

それは慢心の元であり、武家の人間にっては戦に命を懸けている敵や味方に対しての恥だからだ。

故にこの立花・誾。

あらゆる状況下の戦いでも、己の刃を迷わずに叩き込んできた。

だが、だがだ。

 

これは本当に何なのですか……!?

 

現実に帰還した視界が超高速に流れていく己の体と風景だ。

現状、自分の体は空中に浮き、頭を下にした状態で飛んでいる。

飛ばされる力が強いため、未だに落下に至っていない状況で見るのは地上で煌く見慣れた輝きと聴き慣れた戦の音だ。

相手は自身の味方である弘中・隆包と敵対者である武蔵副長熱田・シュウとその補佐である本多・二代だ。

そこまではOKだ。

何一つとして問題は無い。

敵対者と鎬を削り合い、打ち倒そうとする戦闘の光景だ。

それだけなら心が滾るだけだ。

だが、今見える光景は

 

「死ねーーーー!!」

 

本多・二代が丁度弘中副長と鍔迫り合いをしている最中に武蔵副長が本多・二代の背後から遠慮なく横一文字に斬りかかっている最中であった。

 

 

 

 

 

これが武蔵か……!

 

隆包は恐ろしい理解を目の前の光景から知りつつあった。

防御に関しては強国の副長相手でも容易く奪わせないという自負があるその目で視れば武蔵副長が如何に本気で刃を振るっているのかを理解出来ている。

どれだけ本気かと言えばこのまま行けば本多の娘が真っ二つに裂けるくらいには本気だ。

武蔵はギャグに関しては本気だ、という情報は隆包も知ってはいたが、仲間ごと纏めて斬ろうとするのはギャグじゃなくて邪悪ではないだろうか、と思う。

だが、そうではない事を隆包はもうこの数分間で理解している。

そう思った瞬間に目の前で鍔迫り合いをしていた本多・二代の姿が消えた。

隆包は無理に追わなかった。

蜻蛉切りの伸縮機構で自分を上に飛ばしたのは理解していたし、何よりも目暗ましとなった瞬間に熱田・シュウが歩法で消えている事を察知しているからだ。

 

──最初はこうでは無かった。

 

この二人とて息を合わせようとしていたのだ。

だが、直ぐにボロが出まくった。

原因は単純に対応訓練をしていなかったのだ。

片や最近、武蔵に編入してきた本多・二代。

もう一人は最近まで力を抑えていた熱田・シュウだ。

どちらもその手の訓練はしてはいても足りてはいないはずだ。

だから、二人が思った事も何となく分かる。

 

これでは勝てない(・・・・・・・・)。だから、勝てる方法にシフトす(・・・・・・・・・・)()

 

「どっちかが考え合わなかったらどうすんだ……」

 

だが、そうはならなかった。

でも、思わず一つ納得する思いはあった。

道理で武蔵副長は本多・二代を己の補佐にする事に何も文句を言わなかったものだ、と。

未熟であっても勝利を求める意気はあると見出しているのだろう。

 

「はっ」

 

流石は武蔵副長。

流石は熱田・シュウ。

いい。それでいい。

同じ事しか考えていない馬鹿なら叩き潰すのに罪悪感何て一切感じずに済む。

だからこそ、お互い一切の呵責も無く敵意を沸かして武器を振るえる。

ああ、分かる。

見えるぞ熱田。歩法で見えなくても見えている。

勝つのは俺だと根拠なく本気でそう思っている、否、確信している瞳。

もうそれだけで俺でも英国のロバート・ダッドリーであっても十分な挑戦状だ。

故に俺も叩き込んだ。

 

 

 

 

……あ?

 

熱田は目の前にいるバット野郎がバットを下ろして片手を上げるのを見た。

降参のポーズ──なわけではないのは顔の表情を見れば分かる。

抑えていても分かるくらいに今、とっても愉快だという表情。

ならば何だ、と歩法を使いながら、見ていると

 

くい、くい、と手の先の指が内に向かって2,3回曲がった。

 

来い来い、とよくある風に。

 

「────」

 

自分が浮かべている表情が一気に変わるのを感じる。

きっと隆包のおっさんが浮かべているのと全く同じだと理解できる。

何だ、このおっさん。防御型とか言いつつ、全く枯れてねえじゃねえか。やっべ、マジで気に入りそう。

危うく尊敬しそうになりそうなくらい良い挑発だ。

だが、いい。

これはいい。

凄くいい。

ぶった斬るのに本気で躊躇わずに済む。

そして向こうもバットでこっちの頭蓋をヒットするのに躊躇わない。

 

やっぱ戦場っていいなぁ!

 

口先だけの関係で済まない殺し合いっていうのは下手な人間関係を凌駕すると思う。

楽しくて、面白くて、嬉しくなる。

自分レベルの馬鹿が世界には普通にいるのだと思えるのはかなり幸福で幸運だと思う。

そんな風に思っていたから、思わずついポロリと本音のような嘘が漏れた。

 

 

 

これが殺し合いなんて(・・・・・・・・・・)のじゃな(・・・・)……

 

 

 

一瞬で弱い自分を殺す。

そういうのはいい。

そういうのはトーリやネイトや正純辺りに任す。

俺はこれでいい。

だから、俺はここで誰よりも速く疾走する。

そう改めて心に誓い────挑発に応じた。

 

 

 

二代は立花・誾と空中を凌ぎ、弾き合い、空中に堕ちる間に地上で起きた戦いを見た。

最初に感じ取ったのは聴覚。

聴覚加護を付けていても耳に響くような甲高い音が空にまで響いた。

それが歩法で消えていた熱田殿の左手に握られていた刃の柄を正確にバットで打ち払った音だと目が捉えた時には既に次の動作が行われていた。

歩法も刃も見切られた事を切り捨てるかのように放たれた右の貫きを弘中副長が左の空いた手で打ち払いながら、右を囮にしたつま先を蹴り飛ばしたのも見る。

その間、1秒に見たかどうか。

だが、二代は二人の攻防の意味を悟った。

 

今のは互いの間と距離を把握する為の調整!

 

どちらも本気ではあったが、目線が今、互いに互いの動きを追い回っていたのを今度は目ではなく感覚で掴む。

見たはずだ。

お互いの動き、速度、間合い、呼吸、方向性を。

ならば

 

「次……!」

 

こちらの叫びに応じるかのようにまずは剣神が動いた。

抑えられていた刃を外しにかかった。

手首の揺れ戻し、視線の誘導、左の刃だけではなく右半身すらも敵の意識に乗せる為のフェイント行使による動き。

 

「っ」

 

戦場においての無駄な動きである事は重々承知の上であろうにここまで届いたかのような舌打ちの音をスラッガーが放つのを二代は聞いた気がした。

つまり、剣の抑えは解放された。

外された剣をそのまま戻すなどせずそのまま斬りに行く事を望んだ。

型で言うなら左の横薙ぎのような形。

決まれば肩下から両断。

至近で大剣ならば難しく見えるが、剣神の切れ味ならば楽勝だろう、と目測で判断できる。

 

一刀両断で御座るか……!

 

刃を握った人間ならば一度は憧れる一撃を見れるか、と二代は期待した。

隆包副長はスプラッターになるとは思うが、相手も戦場に出ている以上、覚悟の上だろう。

 

ならばいいで御座るな!

 

来い、一刀両断。

そう思い、目を輝かせていると

 

「おや、目の前に砲弾が」

 

 

 

 

上空の砲弾の音と共に隆包はしてやったりの感覚が一瞬でこの糞餓鬼、の感想に移り変わった。

結論を言えば剣の攻撃は即座にフェイントに合わせた調整で今度は刃ではなく手首を穿つことによって阻止した。

今度は目の前のガキから舌打ちが響いた時は笑顔を浮かべてやろうかと思ったが、次の瞬間、バットから手ごたえが消えた瞬間、奴の手首から先が視界から消えていた。

 

歩法か!

 

そう内心で言い切る前に奴の手首の先がこちらのバットを握っている人差し指と中指を捕まえている事に気付く。

 

ん・の・く・そ・ガ・キ……!

 

思わず内心でスタッカートで区切る。

ガキの癖に躊躇せず指折りしてくるとは肝が据わっている。

うちのバッター連中に見習わせたい所だが、そこは置いとく。

指が折られた程度で鈍る戦意は無いが、バッターとして指を捨てるのは矜持に反するし、単純に問題だ。

故に自分は指にかかる力に一切抵抗せずに、そのまま足を力の方向に向けて飛ばした。

 

「……っ」

 

武蔵副長が目の前を通り過ぎる足先を見て、視線でこっちに訴えてくる。

 

ん・の・く・そ・や・ろ・う……!

 

めっちゃ同意出来るからこそ、敵意を惜しみなく噴出できる。

回避の為に熱田の指はこっちの指から離れている。

拘っていたら顎の骨を砕く程度になっていたのにいい勘と判断してやがる。

だが、これで仕切り直しだ。

そして仕切り直しをしたからこそ分かる事がある。

 

うっわ、嫌なこった……ここまで相性が互いに良過ぎる相手は初めてだぜ……

 

お互いの戦い方が機能し過ぎているのだ。

俺は防御。

奴は攻撃。

無論、攻撃をしてこない敵手などいないのだが、この少年の思考は本当に攻撃本能しかないように攻めてくる。

そして向こうも同じような答えを出しているだろう。

本気で殺し合っているつもりなのに、まるで訓練をしているような事になっている現状をどう打破するかを。

その思考に思わず苦笑してしまいそうになってしまう。

 

何て嫌なガキだ……

 

思わず職分を忘れさせるようなその在り方は厭らし過ぎる。

何せここまで思いっきり防御させつつ互いに読んで読まれて冷や汗を流せる機会は中々無い。

恐ろしい事にこのままやれば完全燃焼出来るのではないか、という欲望が沸き上がってしまいそうになる。

そして更に最も厭らしいのは自分に任された仕事を行うよりもこいつを自由にする方が厄介だ、という事だ。

腹を空かした獣を檻から解き放つようなものだ。

さて、どうするかねぇ、と色々と頭を巡らしていると

 

「──」

 

上空を砲弾を捌いて飛んだ武蔵副長補佐を追いかけて飛ぶ誾と視線が合った。

その視線の意味を理解してしまうと軽く溜息を吐いてしまう。

 

やれやれ……おっさんは若い人間には弱くなるもんだなぁ……

 

自分がガキの時はそこを突け狙ってちょろまかしたものだが、同じ立場になってしまうと苦笑するしかない。

 

「ったく」

 

しゃあねぇなぁ、と呟いた瞬間──思いっ切りバットをフルスイングした。

 

 

 

 

 

 

熱田は今まで築いた経験を裏切るような攻撃に、しかし逆に感嘆の吐息を吐いた。

 

……うぉい。

 

なぁにが防御型の副長だ。

そのフルスイング、頭に激突したら軽く吹っ飛ぶ威力をここまで自然なモーションで放つことが出来るのか。

お互い簡単に届く間合いであったとはいえ、目の前でスイングのモーションに入るのを止めれなかった。

速かった。

だけどそのモーションを見ていると止められない理由にも納得した。

恐らくそのモーションは彼の人生そのものだ。

弘中・隆包という人間がずっと続けて生み出し、体に染み込ませ続けたフルスイング。

何十何百なんてそんな軽いモノじゃない。

何億何兆くらいは軽く繰り返したこの男だけの最高傑作だ。

まぁ、それがこちらに思いっきり振るわれたら溜まったものじゃないのだが。

鉞を即座に体とバットの間に入れるのだが、敵の勢いは止まらず、そのまま体も一歩こちらに踏み込み

 

「お……?」

 

力の行く先が上に向かうのを察したが、反応は追いついても肉体が間に合わず

 

「おおぅ……!」

 

上空に思いっきり吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

一気に30m程吹き飛ばされたが、別に恐怖心も何もない。

だが、疑問はある。

 

はて、何故、上に吹き飛ばされた?

 

上に吹き飛ばせれば足場がなく、次の攻撃に対処することが出来ない──何てつまんない常識を俺に当てはめるつもりならばぶった斬るだけだが、奴はそんなキャラではあるまい。

それに派手に吹き飛ばし過ぎだ。

これでは追撃までに無限に近い手段を取れる。

ならば、今すぐにこちらを何とかする何かがあるのだ。

 

上空にある何……

 

頭の中にある文面を途中で区切り、己の肉体の反射に全てを任す。

吹き飛ばされた勢いを落とさずに己の体を捻じり、回転する。

ゼロコンマ以下の時間で回転に成功させ、その勢いで刃を振るう──こちらを狙って放たれた砲弾を、

するり、と砲弾を切り裂いていくのを見るが、俺は俺で一つ失態に舌打ちをする。

 

前が……!

 

見えねえ。

自分の刃と敵の砲弾が己の前方の視界を殺している。

こういう時、大剣というのはうざい。

大きいから銃弾とかそういったのに盾にするには便利だが、振り回すとなると大きいから不便だ。ついでに持ち運びも。

 

『理不尽ーーーー』

 

刃の抗議も無視して、砲撃手の先を読むために考えようとして

 

「考えるの面倒だな……」

 

 

 

 

 

立花・誾は凄まじい反応を見た。

砲弾と戦闘の音に紛れ、自分は十字砲火の反動で剣神の上空に飛び、剣神が正面からの一撃に対処したのとほぼ同時に上空から撃ったのだが

 

「反応するのですか……!」

 

最初の一撃と対処法自体は同じだ。

斬った時の勢いを殺さずまた回転し、足りない速度を刃の噴射によって上げ、ほぼ一回転をしようとした所で足元辺りに来た砲弾をその回転の勢いで踵で蹴り飛ばしたのだ。

見た目的には蹴球(サッカー)のオーバーヘッドキックに見えるが、剣神は砲弾を蹴った反動を下に向け、一気に地上に落ちていった。

追撃避けだ。

その事を理解し

 

「成程」

 

武蔵副長の評価を更に上に修正する。

己の五感や勘を信じる速度が物凄く速い。

幾度も同じことをして自分の命を救った経験によるものだろう。

ならば殺そうとする事を躊躇う事は無い。

何故ならばそうせねば失礼になる相手なのだから。

自分も十字砲火を利用して、速度を上げて落下し、地面に降り立つ。

十メートル程距離を開けてはいるが、目の前に剣神が立っている位置に。

 

「…………」

 

剣神は明らかな不機嫌を顔に宿していた。

その瞳には隠す気もなく"お前じゃない"という感情が込められており、足は今でも向かいたい所に行こうと力を込めている。

その事に、歯噛みと震脚を持って否定する。

辺り一面が揺れる。

埃や様々な欠片などが浮かび上がり、直ぐに落ちるが、人の身で発揮されたその武威に、しかし少年の表情は変わらない。

その事実に立花・誾は一息、冷静になる為に呼吸を行います、頭の中を冷却する。

それだけで十分だ。

それだけで立花・誾は西国無双の妻でいられる。

 

「武蔵副長・熱田・シュウ。ここでその首を獲らせていただきます」

 

「やれると思ってんのか」

 

「Tes.」

 

誓約の言葉を躊躇わずに口から出す。

何故なら今の返事に躊躇う事は今までの自分の生涯を否定することになるからだ。

こちらの返事に成程、と頷く剣神も己の言葉自体を馬鹿にもせずに受け止めながら

 

「俺以外なら叶ったかもな」

 

「何故、とお聞きしても?」

 

俺に勝っていいのはお(・・・・・・・・・・)前じゃねえ(・・・・・)

 

一切、表情を変えず、語調を変えない言葉に誾は言葉を受け止めながらも冷や汗のような感覚が背筋を通った気がした。

何故なら今の一言は本当に一切、虚飾も強気も含まれていないのが強制的に理解させられ(・・・・・・・・・・)たからだ(・・・・)

まるで懇切丁寧に理論を説明されて納得させられたような感覚。

1と1を足せば2になるだろ、と教えられたようなものだ。

つまり、この少年は真実、私が彼にとって勝っていい人間では無いから俺には勝てない、と心底本気で思い込んでいるのだ。

否、思い込みなどというレベルでは到底足りない程に思い過ぎてどこまで行き過ぎているか不明の底なしの虚。

これを狂気と取るか別の言葉と表すかは人によるだろうが

 

「Tes.」

 

己の姓と夫を思い出せば、何と評せばいいのか一目瞭然だ。

自分は武家の女なのだ。

 

「その信念を真正面から切り崩しましょう」

 

そうして自分は覚悟を決めた。

 

 

 

 

熱田・シュウは目の前の両腕義腕女が腕の接続を解除する光景を見た。

諦めや降伏などという選択肢は無い。

何故ならこの女の目に宿る意気はそんな後ろ向きな思いなど一切存在していなかったからだ。

腕を外そうが何をしようがこの女は少なくとも今はまだ敵だ。

一瞬、あちらの副長の事を思い出すが、二代の気配が無いのを見る限りあっちを追っていったのだろう。多分、きっと。違う可能性が非常に高いが極小の可能性に賭ける分の悪い賭けは嫌いじゃねぇ……!

まぁ、それはそれとしてならばこの場で何故腕を外すのかというのはこの場が戦場である事を考えれば簡単だ。

そうすれば己にとって有利な状況を生むことが出来るからだ。

巨大な義腕が落ちた後は肩に背負っていた二つのケースが落ちる音だ。

ケースの中から現れるのは黒い義腕。

両肩に十字の紋章が刻まれた腕は自動的に肩の接合部に合致し、自ら嵌める。

合致が済んだ瞬間に十字の紋章は赤く光り、手指を動かす事が可能となり、その動きで己の自立空間から物を出した。

 

十字の砲だ。

 

ただし、今までの十字砲火よりももっと巨大な十字砲だ。

小型の十字を二つ、巨大な十字を二つ、そして両腕に十字双剣。

 

「それがテメェの正規装備かよ」

 

「Tes.かつて宗茂様に挑まれ、破れ、その後は人に使うには禁じられた装備です」

 

「俺は人じゃねえと?」

 

徒人(ただびと)の域を超えた武人と認めて出して差し上げました。如何に?」

 

その返答に苦笑して、大剣を肩に背負う。

 

「たかが城程度と思ってんならテメェの敗北が確定するな」

 

「思いませんとも───貴方は宗茂様を倒したのですから」

 

ならいい、と俺は頷き────戦闘の開始の音を武家の女が叫んだ。

 

「穿ちなさい───四つ角十字(クアトロクルス)!」

 

 

 

 

 

 

4つの砲弾の行く先を誾は見届けながら、走り出した。

 

一つ残らず断ち切られましたか…………!!

 

攻城砲弾であっても剣神の刃の切れ味には全て等価値になるという事だろう。

その圧倒的攻撃力は他の追随を許さない。

一つの到達点である事を認めながら、しかし今の一閃を見た。

全てに対処してはいたが、その瞬間、攻城の砲弾二つを剣閃で、砲弾一つを腕で、最後の一つを体捌きで避けたのを見たが、最後の一発がすれすれであった事を見た。

見切って躱したとも取れるが、その見切りに余裕を然程感じなかった。

そうだとも。

どんなに切れ味が鋭い名刀であっても、扱う腕は二本で、刀自体は一本しかないのだ。

弱点が無いわけでは無い。

あの男は最強クラスではあるかもしれないが、無敵では無いのだ。

その事実に亀裂に近い笑みを浮かべて、結論を出す。

遠距離からではあの男に余裕を与える。

必要なのは至近距離からの必殺の間合いだ。

無論、それは向こうの必殺に入るわけだが

 

「構いません……!」

 

何故なら私も同じだ。

武蔵副長と同じだ。

自分の敗北など自分の夫である人一人で十分だ。

他にはいらないし、入れる事など許せるはずがない。

故に自分が相手の必殺の間合いに入ろうが気にする事は無い。勝つのは自分なのだから。

そうして一直線に走っていると武蔵副長も同じようにこちらに前進してきた。

浮かべた笑みと戦術を見て、ああ、私もきっと全く同じ笑みを浮かべていると思い

 

「…………!」

 

砲弾と剣戟が交差した。

 

 

 

 

 

空間に炎で作られた花が幾多も咲く。

形作られる速度は音を超えて、消えるのも待てない速度で作られていく。

熱田・シュウは超至近距離で立花・誾と競り合っていた。

 

はっ……!

 

今日は実に楽しい一日だ。

何せ副長の次は攻城用の砲撃を超至近距離で対処と副砲二つと刃二つも処理しなければいけない。

敵の微かな呼吸音ですら聞けるような距離で全てを打ち落とすのは速度と体術だ。

刃を握っている右半身を四つ角十字に十字砲火二つ、十字双剣一つと重点に攻められながら、刃が無い左半身を四つ角十字一つ、十字双剣に攻められる。

特に左半身に来る四つ角十字が厄介だ。

流石に攻城クラスを殴り飛ばすと拳から先が折れるか砕かれかねない。

刃は下位の刃なら俺は傷付かないのだが、流体強化されているだろうから無意味だ。役立たずなスサノオめ。

故に己は今、出来るだけ重心を右半身に置いている。

そうなると右側の被弾面積が増えるが、右側に体を寄せると左側を四つ角十字で狙うのが難しくなる。

ただでさえ巨大な攻城砲だ。

二つとも近付けて置けばお互いが干渉しかねないし、射線が己に被って邪魔になる。

それを持って己は西国無双の妻の攻撃法に対処していたが

 

ああ、くそ! 俺、鈍過ぎるだろう……!

 

右半身の攻城の攻撃を刃で切り裂き、小型砲弾を斬りかかってきた立花・誾を押して作った空間に無理矢理入り込んで避けながら己への殺意で殺したくなるところだった。

全ての一撃を目では追えているのに、体の反応速度と単純な速度が間に合わない為に、ギリギリな上、攻撃を届けられていない。

己の無様さに憤死レベルの怒りを得るのを避けれない。

例え、相手が立花・誾であっても、己にとって許せない領域というものがある。

同時にこんなにも俺は鈍かったか、と純粋な疑問が一瞬、頭をよぎるがそんな物を考えている暇はない。

こっからの突破を考えないと、と思い、刃を構え直し、再び斬りかかろうとし

 

「……!?」

 

敵の姿が消えた。

術式をまず最初に思い浮かべるが、即座に否定する。

 

「……俺の歩法か!?」

 

視界の端に立花・誾の姿はある。

しかし、自分にはそれは認識できない。

普段自分がやられるから他人にやられるのは新鮮……というわけではなくやられた場合の対処の為に留美にやって貰ったりして訓練しているから新鮮さは無い。

が、明確な接敵はここくらいであるのにこうもかまされるという事は、たった数秒間の攻防でこちらのタイミングを掴めたという事か。

 

「気に入った!」

 

思わず、そう叫びながら歩法破りを行う。

呼吸を意図的に止めて、数秒で結果を得れると思った瞬間に目の前に十字架が現れた。

しかも、ぎっしりと4つ程。

つまり、何だ。

 

「これらを前に出す為の囮か……!」

 

答えはほぼゼロ距離による同時連続射撃であった。

 

 

 

 

 

 

 

「………やりましたか!?」

 

爆音と振動を発生させていた四つ角十字と十字砲火を一旦停止し、粉塵が飛び散る現場を見る。

賭けはとりあえず成功した。

歩法を成功させる事もだが、己の肉体と砲との位置入れ替えは高速で行わなければ対処される。

聖術による加速を己と砲に適用させつつのバック&アタックだ。

本当ならばゼロ距離射撃どころか、ぶつけながら撃ち抜きたかったのだが、先程から動体視力に関しては本当に目を見張るものがある。

目と肉体が連動していないのがやや腑に落ちないが、それは今は置いとく。

当たったのならば間違いなくグロ画像になっているのは確実だ。

例え加護があったとしてもあれ程の距離ならば軽く足首があればいいですかねレベルだ。

父にもよくバトル物がショッキングホラーになりかねないからやるならば肉体が残るであろう鬼型や竜、武神などにするがいい、と言っていたが、どちらにしろそこまで綺麗な死体は残らないのでは。

しかし、突風によって粉塵が晴れた先には

 

「──いない!?」

 

足首所か血飛沫一つない。

ならば生きているのだ、と頭で即座に思考の淀みを払い、敵がどこにいるのかを五感を研ぎ澄ませ

 

「しゃおらぁ!」

 

左の家屋から壁を轟音一つで吹き飛ばしながら、人影が飛び込んできた。

武蔵副長だ。

 

……刃の噴射を利用して右に飛びましたか……!

 

元々、右側に重心を置いていた身だ。

右側に飛ぶこと自体は体制からして容易であっただろう。

己の判断を一切過たず動ける所は流石だ。

賞賛はそこらにして、今はこの刃の対処だ。

砲を戻すには時間が足らない。

だが、それならば方法は簡単だ。

 

己の技を信じればいい。

 

誾は敵の刃を一切恐れず、武蔵副長に近づく一歩を踏み込んだ。

敵の間合いに近付く事で、まず大剣の刃の懐に潜り込む。

鍔本に近付けば、近付くほど、刃とは切れ味が悪くなる。

無論、それは剣神の刃には通じない理屈だろうし、私が狙おうとしている事ではない。

狙うは鍔だ。

己の体を割ろうとする刃の鍔に十字双剣を挟むように差し込む。

そうすると

 

「……っ!」

 

刃の加護は発生せず、こちらの剣を断つ事が出来なくなる。

剣である以上、加護が発生するのは刃のみだ。

鍔までは加護の範囲から外れている。

手首の捻りで外せぬよう更に奥に踏み込めば完璧だ。

前に踏み込んできている以上、後ろに戻るのは不可能だ。

故に己はそのまま右の十字双剣を腹に突き刺そうとして

 

「ぬっ……!」

 

左の十字双剣から手応えが消失した。

反射で左目のみでその理由を確認。

そこにはこちらの抑えに一切反抗せずに、剣が背後に押し込まれるように飛んでいこうとする瞬間。

相手は剣を捨てたのだ。

 

 

 

 

熱田は一切己を緩めなかった。

何故ならこの人妻は俺に対して首を獲る、と言ったのだ。

そこまで大言壮語を放ったのだ。

その礼儀として

 

「容赦しちゃならねえな!」

 

握った刃と押された反動を利用して即座に左側にステップ。

背を思いっきり前に曲げているので、敵の膝にキスしかねない態勢のまま動く。

そうすると己の胸を刺そうとしていた相手の右腕が頭上に来るので手首を両の手でホールドする。

そしてそのまま己の速度を一切緩めずに疾走する。

このままこの腕を折る。

この義腕には砲筒を管理する機構か術式があるというのならば、腕一本失えば敵は腕と砲二つを失う事になる。

一挙両得である。

そう思い、一歩で力づくで引き抜くように折ろうとし──まるで簡単に抜けた。

 

 

 

 

「──」

 

即座に腕を立花嫁から遠い所に放り投げながら、大地にしっかりと足を付ける。

何故なら

 

自分から義腕を外したって事は何かあるって事だ!

 

己の攻撃力と手段を捨ててもお釣りが出る手段があるという事だ。

つまり、危険だ。

それがどんな危険に繋がるかを一秒ほど考えて、俺は答えに辿り着いた。

 

「成程! さっぱりわかんねぇな!!」

 

次の瞬間、顔面に諸に何か丸い物が当たった。

直撃だった。

 

 

 

成功です……!

 

立花・誾は己の戦術の成功の手ごたえを感じた。

片腕一本を犠牲にして成し遂げたのは腕を取ろうとする時間で砲を放つ事であった。

何やら馬鹿が変な事を叫んでいたが、完全に脳天に命中させた。

それも十字砲火ではなく四つ角十字の方だ。

攻城の一撃を受けた人間がどうなるかなんて容易い、が決して気を抜く事なく即座に振り向き死を確認しようとして

 

「──」

 

肩に手を置かれた。

誰の手なのか考えるまでも無い。

不発だったのか、というのは無しだ。

それくらい自分には厳しくしていた人生だったと思うからだ。

ならば、向こうの方で何かをしたのだと思っていると

 

「ったく、超うざ面倒なシスコンストーカーを思い出させやがって……」

 

などと意味不明なコメントと共に嫌な予感に逆らわずに振り返らずに一歩前に出

 

「がっ……!」

 

背中の一点に拳の一撃が入るのを実感したと同時に吹き飛ばされる。

衝撃で体が回転する視界の中、一瞬、見えた武蔵副長の姿は頭から血を流しながらも、それ程重いものではなく、何故か彼の足元の地面が砕けていた。

破砕音に関しては着弾時の音で誤魔化したのかもしれないが、何故そんな物が出来たのかは、知識と経験が教えてくれた。

 

「まさか……」

 

吹き飛ばされながら呟く言葉の続きは思念が答える。

 

化勁ですか………!?

 

己に受けた衝撃を体内で吸収するかベクトル変換をして相手の攻撃を受け流す体術。

極東による体術ではない。

どちらかと言うと清・武田寄りの武術だ。

そんな物をどうして武蔵の副長で、剣神が修得しているのだ。

そう思うが、己の体を無事にするよう頭を義腕で庇っていると即座に家屋にぶつかる結果になった。

 

 

 

 

 

派手に家屋に激突する女を見ながら、俺は一切油断せずにそのまま疾走した。

狙いは立花・誾──ではなく砲の方。

あれらがこの女の攻撃力だ。

それら全てを例外なく剝奪し、破壊する。

それぐらいはしないといけない女だ。

手元に己の意志で戻ってきた八俣の鉞を肩に担いで疾走しながらそれを絶対の認識と脳に刻む。

現に

 

「……っ、十字砲火!」

 

吹き飛んだ場所から聞こえる女の声が砲弾を放つ。

今もまだ激痛を感じる身で尚こちらを倒す事を諦めぬその姿勢に自分が誤った判断をしなかった事を悟り、そのまま疾走する。

カウンターアタックをするように狙いは腹から上を狙った見事な射撃。

あの一瞬でよくぞここまで正しく狙った。

だから、俺はそのまま前傾の姿勢になる。

よく点蔵などが行う忍者の全力疾走のような体勢。

あらゆる場所においても軽く踏破する走法で、速度を更に上げる。

頭を下げた事によって砲弾は髪の毛一本を掠る位置で突き抜けていく。

この砲のもう一つの弱点。

遠隔制御式の為に即座に己の体を追従して、補正出来ない。

まぁ、そもそも対人に使うような砲弾では無いのだろうが、そういう不備がある時点で自業自得だ。

肩に担いだ上段のまま、すれ違うように十字架に刃を叩き込む。

ぬるり、と砲塔の先から入り、まるで紙のように切り裂く己の在り方に一つ、苦笑の吐息を吐きだしながら

 

「──」

 

断ち切った。

十字架の砲は二つに分かたれ、最後には自爆の光を灯す。

破砕音と共に夜に光を与える十字砲火を見ながら、そのまま即座に横に鉞を放り投げる。

何故ならそこには十字砲火を囮とした四つ角十字が己を撃ち抜こうとしていたからだ。

打ち出した砲弾をそのまま鉞が貫き、その勢いのまま四つ角十字の砲口に入り、刃として目的を果たし、二つ目の光となる。

 

『タダイマー』

 

即座に己の手元に帰ってくる刃を手で掴みながら、振り返ると己に甘えぬと言わんばかりに震える足を正せ、こちらに刃を向ける立花・誾の姿があった。

そこには一切の諦めの意志も無ければ、姿勢も無い。

実に俺好みだ。

例え片腕を失くし、砲塔全てを失っても、己の意志は無くさない。

確かに立花・宗茂は女を見る目があったな、と思い

 

「……!」

 

10m程あった距離を一歩で詰めた。

 

 

 

 

 

 

速い、というその感想を抱かくことを許されないまま立花・誾は条件反射で左の刃を突き刺す。

反射的な動きにしては己でも上出来な突きを、しかし剣神は反応した。

刃を手指の動作で半回転して、逆手で握りながらこちらの刃を己の刃の腹に沿わせたのだ。

刹那のタイミングで起こされたのは己の刃が、敵の刃の腹によって滑る感覚。

思わず、阻止しようと手首の動きで流れに逆らおうとするが

 

「あっ……」

 

ずるり、と前に出ていた左足が地面から滑る感覚を得て、視界が空に向こうとする。

一瞬だけ見えた物は、敵の片足が知覚出来なかったという事。

今の今まで一度も使われる事が無かった歩法を今、ここで使い見事に嵌められる事よりもぞっとする事実が己の頭を冷やした。

 

……負ける……!?

 

負ける。私が負ける。

負けたら、負けてしまったら

 

宗茂様が………!

 

襲名が、とかそんな問題ではない。

ここで己が負けるという事はこの男は完全に宗茂様と並び、超えていかれてしまうかもしれないという事だ。

違う。そんな評価で終わる人じゃないのだ。

あの日、あの時、この両の腕が断たれた時の宗茂様の速度を私は知っている。

きっと他の誰よりも速く、誰にも追いつけなかったはずだ。

そうだと私は信じている。

立花・宗茂の妻で、西国無双の妻は信じている。

 

 

この人はもっと高い所に向かい、辿り着ける人なのだと信じている。

 

 

それを穢してしまう。

私の敗北で穢してしまう。

それだけは駄目だ。

先程、宗茂様以外に敗北など受け入れないと誓っておきながらのこの軽さは相手からしたら侮辱にしか感じれないのだとしても

 

 

己は立花・誾なのだ(・・・・・・・・・)

 

 

だから、即座に己はある動作を行った。

 

 

 

 

 

女を断ち割ろうとした刃を、己は即座に止めた。

その距離はほぼ爪先くらいという超至近距離だったが、止めた。

何故かというと断ち割る寸前に女は己に残されたもう一つの義腕を外したのだ。

己の最後の武装を外し、俯く姿から察せれない程、立花・誾という女を理解していないわけではない。

一歩、己が離れると女はそのまま片膝を地面につけて跪く。

そして

 

「……立花・誾、武蔵副長の力に敗北を受け入れます……」

 

その言葉に堂々としたものは無かったが、弱さだけを込めないよう告げられた言葉であった。

あれ程諦めないという意思を持っていた女が、自ら武装放棄をして敗北を受け入れる理由を察せれないわけでは無い。

分かってはいる。

分かってはいるが

 

「卑怯者め……」

 

思わず口から出た言葉は恨み言。

何故ならこうまでされたら俺は刃を引かざるを得ない。

立花・誾に対する勝利"だけ"を手にするしかない。

そしてそれを責める事も許されない。

何故ならこの女がどれ程、夫の事を信頼して、理解しているのかも知ったからだ。

 

「……」

 

ふぅーー、と息を吐く。

改めて周りを見ると戦争は何時の間にかかなり進んでおり、佳境の状態になっていた。

この感じだともう俺の出番は余り無いだろう、熱田は実感した。

 

 

アルマダ海戦は決着を着けようとしているのだ。

 

 

その事実を思い、肩に剣を担ぎ、何時もの姿勢になりながら

 

「Jud.」

 

とその敗北を受け入れ、女の横を通り過ぎる。

通り過ぎながら、女にとっても俺にとっても言わなければいけない事を告げる。

 

「なら、今度は立花・宗茂を連れてこい」

 

立花・宗茂が今、どんな状況かは完全では無くても理解はしている。

俺はあの男と対峙し、負かしたのだから。

でも、だからこそ勝者として敗者に告げる。

 

「俺に負けた立花・宗茂でも、別の立花・宗茂でもねぇ」

 

それは

 

 

 

「西国無双の妻が完全無欠に誇れる最高の立花・宗茂を連れて来い」

 

 

 

その言葉に直ぐに帰って来る言葉が無かったが、別に気にせずに俺は戦場に戻ろうと思った。

一歩で、そのまま飛ぼうとするタイミングに返事は帰って来た。

 

「当たり……前です……!」

 

少し揺れて、鼻を鳴らす音を聞かない振りをしながら、熱田・シュウはその言葉の先を待つ事にした。

 

「宗茂様は……宗茂様は……! また笑って私を迎えに来てくれます……! あの時みたいにきっと……!」

 

あの時、という言葉の意味は分からないが、二人の大事な事なのだろう、と思い、その叫びを心に刻む。

その後に放たれた女の叫びを。

 

 

「あの時みたいに……何時もみたいに笑って、また私を迎えてくれます……!」

 

だってそれが

 

 

 

「私が信じて負けた西国無双なのですから……!」

 

 

 

涙が混じって告げられた単語にJud.と返す。

全ての言葉を受け止め、理解したという審判の返事。

西国無双の妻がそう叫んだのならば、そうであると俺も受け止め、少しだけ微笑を浮かべ

 

「ならとっとと来い。待つのは余り得意じゃねえんだよ」

 

本当になっ、と心の中でそれだけを告げて、俺はそこから離れた。

俺が信じて負けた最強の為に、俺も行く。

その夢が叶うまで俺は止まらず疾走し続ける。

立花の姓がそうであるように、勝者として俺もそうする事を改めて誓った。

 

 

 

 

 

 

 




ま、待たせ過ぎました……! 本当に毎度の事ですが申し訳ない!

でも、これでようやく二巻下が終われる……本当に……。

後、一話、もしかしたら何時もよりも文字数が半分以下ですが少し二巻下の終わりを語ってそれで英国終了ですぅ。
どうなっても一話で終わらせるつもりなんであしからず。

今回久々にホライゾン書いてギャグを書ける……! と思っていたら久々に書くとシーンが戦闘だけを書くしか出来ないシーンで思わず馬鹿な!! と叫ぶ所でした! これがクロの呪い……!

ともあれ、長々と書きましたが感想、評価などどんどんくれたら幸いです。
……覚えている人いるかなぁ……ちょっと怖いですねぇ。





先に言っておくがクロ! 俺はちゃんと言質取ったぜ!!


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当然の結果

……………あれ?


配点(現実問題)


 

熱田はぼうっと空を眺めていた。

熱田神社の屋上に上って、空を見上げていた。

 

 

──アルマダ海戦は無事に終了した。

 

 

まぁ、無事と言うと結構、語弊がありそうな感じになりそうだが、とりあえず歴史再現としてはこちらの勝利で終了したのだ。

何やら武蔵宙返りをしたり、点蔵の噛み噛み告白が発生したりと色々イベントが詰め込まれていた気がするが

 

・剣神 :『全く……お前ら馬鹿か?』

 

・約全員:『こ、この世で最も言われたくない男筆頭に言われた………!』

 

・●画 :『いや、うん、あれね。総長だと見苦しいんだけど副長に言われると何か本気で死にたくなるわね……』

 

・剣神 :『ああ。お前も中々青春していたらしいじゃねえか? 確か点蔵の為に荷重を受け止め、送り出し、その後に英国副長に仕返ししてその後にナイトとお空で新装備受けてヒャッハーだっけ? お前も中々ネシンバラだな』

 

・金マル:『ガっちゃん! 落ち着いて! 冷静に過去を思い出すとうちのメンバー結構恥多い過去を思い出しちゃうよ!?』

 

・銀狼 :『な、何かこちらを盛大に巻き込む黒魔女がいますわよ!?』

 

うむ、何時も通りの馬鹿共で何よりだ。

今回のヒーローの点蔵は今は何やらメアリの提案で引っ越し挨拶を行っているみたいで、これに関しては何か武蔵に転入してきた立花夫妻も行っているらしい。

どうでもいいけど、あんな風に連れて来いって言った手前、余りにも早い再会にスケジュールが狂わされた気もするが、まぁ、それも人生。

とりあえず、どいつもこいつも失われずに済んだ事だけは良かったというのは余りにも身勝手だろうか。

 

負けた側の事を考えてないアレだから、まぁ、身勝手だろうな……

 

と思いながら、やはり思うのはそういう事だ。

別に負ける予定が入っているわけじゃない。

というか負けねえし、負けていいのは馬鹿だけだから俺が負ける事なんて絶対にねぇ。

だが、負けない事と死なない事は別だろう。

己が短命の道をかるーーく疾走している実感は持っている。

勿論、だから死ぬしかねぇなんて弱音を吐くつもりは無いし、生きて帰って来る程度の覚悟なんて当然持っている。

でも

 

「そんなの敵も同じだしな」

 

三河以降で戦った相手はどいつもこいつも中々な奴だ。

特に俺を相手にしても勝つ気しか持っていないのは最高だ。

だからこそ、そういった相手と殺し合う時はお互い必死だ。

死んでいいと思って戦っているわけじゃない。

死んでも果たしたい思いがあるから戦っている。

俺だけが特別なわけじゃない。

 

 

人は容易く死ぬ。

 

 

異族はかなり頑丈だろうけど、人は余りにもそこら辺が繊細だ。

そう、俺みたいに繊細なのだ。

 

 

 

 

「留、留美さん? どうしたんですか? そんなボロボロになった服を持って」

 

「Jud.どうやら洗濯する時にシュウさんが服に仕込んだメスを取るの忘れていたらしくて。今、怒ろうと思ってシュウさんを探しているんですよ?」

 

「……日本刀を持ってどう怒るつもりですか? あ、いえ、やっぱいいです! ええ、そうですよね! 物理ですよね!? 止めは皆でやりましょう!!」

 

 

 

 

後、どれだけこの場所が持つだろうかを計算しながら、熱田は思う。

そう、俺がどんだけ負けなくても、負けないだけで死なないわけじゃないのだ。

死ぬ時は死ぬ。

そりゃしょうがない。

トーリがそん時どうなるかは知らないが、そこで悲しんで終わったら一生許さない。許すものか(・・・・・)

だから、自分が考える事はトーリや他のメンバーではなく別の存在。

ただ一人、俺がこの世で守りたいと思った大事な人の事だ。

 

「……」

 

立花・誾を思い出した。

立花・宗茂を思い出した。

妖精女王を思い出した。

メアリの事はまだ余り知らないが、それでも思う事はある。

失くしたモノを返せと叫ばれる事はいい思い出なのか、悪い思い出なのかは知らないが、逆に言えばそうやって他人に叫ぶ程に人に大事に思われるというのは悪い事ではない、と思うのは綺麗な側面だけを見ているからか。

失くそうとする側が言う言葉では無いのだろうけど。

壊す事しか出来ないからよく思う。

でも、だからこそそれならば俺であってももっと大事なモノを、もっともっと大事にするべきではないのではないかと思ったのだ。

こうして一瞬一秒生きれることがどれだけ奇跡なのかを知っている。

もしも創世計画や大罪武装のあれこれが全部ペテンだったとかでホライゾンの父親が糞だった場合、いや糞だったけどそうなった場合は末世で世界は滅びるのだ。

滅びるつもりはないけど、だからと言って一日一日を大事にしてはいけないという事はない、と思う。

トーリなんてあの野郎、ホライゾンが彼女になったからと言って時たまチラチラと女がいねえ組の俺らをん? ん? と煽って来るからつい蹴り飛ばして後悔通り辺りまで飛ばしてしまう。

トラウマの時にこれ、もっとやっておけば良かったと思った。

 

「後悔先に立たずか……」

 

まぁ、トーリは置いといて正しくそれだ。

後悔は先に立つ事はないのだ。

やりたかった事を後に回して後悔に繋げたら周りの馬鹿共に笑われても全く以て反論が出来なくてむかつく。

 

「と、なるとやる事はただ一つか……」

 

流石に最強であっても多少尻込みする。

何せ人生で最大のイベントだ。

これに比べたら歴史再現も末世も全く以て心に響かないイベントに堕ちてしまう。

本当ならば高等部に入った時にやろうとは思っていたのだが

 

その頃にホライゾン? かもしれない存在がちらついてなぁ……

 

そしたらまさかの本人だ。

だが、思わず気遣いを得てしまったのが実にいけなかった。

あ、これが正しく後悔か。

 

・剣神 :『トーーーーリぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 後で絶対に酷い目に合わせてやる……!』

 

・俺  :『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? ヘタレ系チンピラが何か言っているんでちゅけど何でしゅかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?』

 

・ウキー:『いかん。思わず馬鹿の言葉に頷いてしまった』

 

・御広敷:『何一つ否定できない熱田君がいけないんじゃないんですかね?』

 

・剣神 :『ああん!? 後でロリコンデブはその脂肪をぶった斬ってやるから待ってろよ!』

 

・御広式:『直接的に殺害予告をしてきましたよこの人外……!』

 

勝ち組だからと言ってウザイ芸風を覚えやがって……。

 

まぁ、だがそれが通用するのもここまでだ。

何故なら今日、やるしかない。

 

「告白をするしかねえな……!」

 

通神帯を見て、告白スポットみたいなのを探すと三河の処刑場と英国の処刑場が出てきた諦めた。

 

最近は告白する場所に特殊性を求め過ぎだぜ……。

 

告白する事に特殊性があるのであって、告白する場所に特殊性を求める必要はないのだ。

あ? 負け犬思考? ああん!!?

意味なく逆切れして、1ターンを消費して、一発頬を両の手で叩く。

ぱーーーん、と良い音がして良し、という気分になり

 

「なら、とっととやるしかねえな!!」

 

思い立ったが吉日。

やると決めたのならばうだうだ考えずにとっとと行くべきだろう。

表示枠で連絡をする事も考えたが、そうすると逃げるかズドンをしてきそうで怖いからサプライズ告白方式で挑ませてもらおう。

浅間神社に向かっていれば良し。

いなかったら見つかるまで探して、そっから告白だ。

 

「行くか……!」

 

そう思い、一気にジャンプをしようとし

 

 

「──」

 

一瞬、視界が揺れ、点滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

点蔵は熱田神社に向かう階段を上りながら、自分の妻となってくれた女性に声をかけた。

 

「メアリ殿。大丈夫で御座るか?」

 

「ええ、大丈夫です。極東の神社の文化なんですよね? 神社の階段が長いのは?」

 

今でもちょっと信じれないくらい美しい顔で微笑されるとちょっとドキドキする点蔵である。

単なる女性経験の無さである事は知っているが、これあっても緊張してしまうのではないで御座るかなぁ……。

 

「そんなに心配されなくても大丈夫ですよ? 私もこう見えても鍛えているんですから」

 

「む……Jud.そうで御座るな。自分、そういった部分の配力が足りないで御座るなぁ……」

 

「ふふ……いえ。点蔵様の配慮を疎ましく思う事はありませんから」

 

神はここにいた……!

 

これがうちの連中だと「そうね。駄目な奴ね。ジュース4秒ね」とか「は!?」とか素で返って来る。

人間、何時かは報われるもので御座るな……としみじみと思う。

しかし、そんな隣で

 

「宗茂様──この階段なら基礎トレーニングを行うには十分ですね」

 

「Te、とJud.そうですね誾さん。治療が終わり次第、武蔵副長か熱田神社の巫女さんに頼んで場所を借りれるか聞いてみましょうか」

 

などとずれた話題にシフトしている夫妻がいるのだが、世界を間違えたで御座ろうか……。

まぁ、この度は立花夫妻も合流となり、うちのクラスは余計に濃くなったものだ、としみじみ思う。

何でも宗茂殿は襲名解除、誾殿は留学扱いで武蔵に来ているらしいが、そこは正純殿が何とかするだろう。

今は自分達と同じ理由で引っ越しの挨拶回りをしている所を偶然出くわしただけである。

 

「まぁ、そうは言っても二度目なんですけどね」

 

「二度目?」

 

「Jud.──転入手続きをした直後に熱田神社にたのもーー! と叫んで入ったら道場破りと間違われて。危うく誾さんが四つ角十字を出して真剣勝負が始まる所でしたよ」

 

「ええ。流石は熱田神社の者達でしたね。時折いい一撃を入れてくる者もいましたので」

 

「成程。流石は極東における戦闘神社ですね。同じ剣を扱うものとして私も少し手解きを授かりたいですね」

 

別の挨拶を行っていたのか……と俯きそうになるのを我慢しつつ、メアリ殿にどういう風にそれは駄目であると告げるべきか真剣に悩む。

というか四つ角十字を出してからが真剣勝負なのか。

 

「点蔵様。私は武蔵副長……熱田様の事については余り詳しくはないのですが、どういった方かお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「勿論、それはよう御座るが……」

 

「御座るが?」

 

小首を傾げて、こちらの言葉を繰り返すメアリ殿は実にキュートで御座るな!!

 

隣で誾殿が凄まじい目つきでこちらを見てくるが気にしない。

だが、それはそれとしてシュウ殿についてか。

ここで素直に超絶3流ヤンキー口調で二次元を超えつつあるホモキャラの癖に趣向が片目義眼の巫女巨乳好きのヘタレ且つチートメンタル男と教えたら、メアリ殿はどこまで分かってくれるで御座ろうか。

いや、メアリ殿にこんな汚い言葉で教えるのはよくないだろう。他のメンツはとうにヨゴレまくっているから知らん。

まぁ、だから実に遠回しで、且つ確かに彼の事を語れる事を語るのが無難だと思い、口を開く。

 

「そうで御座るな。まぁ、一言で語るのならば──色々と強くて、また強がりを好む御仁で御座るよ」

 

余りにも抽象的過ぎたからだろう。

メアリは疑問の表情を浮かべるが、さて、どう説明したものか、と頭を搔きそうになり

 

「………ん?」

 

何やら境内の方がやけに騒がしいのに気付いた。

周りのメンバーも直ぐに気付いて、何事か、と考え始めた。

 

「……もしや武蔵副長が行った斬断現場がばれたのではないでしょうか?」

 

「いえ。武蔵副長は一度しか相対していませんが、あのキャラからするとその場合は現場逮捕でしょう」

 

「………まだ一度か二度しか会っていない人間に対してここまでダイレクトに個性を伝えるのも中々で御座るな…………」

 

これもコミュニケーションなのか、と思うが、とりあえずメアリに視線で了承の意を得ると少し速足で境内を上る事にした。

するとそこには

 

「………シュウ殿と確か、神納・留美殿で御座ったかな?」

 

何やら境内で尻をついて座っているシュウ殿に対して真剣な顔で問いかけて……否、案じている風に見える。

何が……と思っていると距離が近づいた結果で騒ぎの内容が聞こえてきた。

 

「んな大袈裟に騒がなくても大丈夫だって留美。ちょっとぼうっとしていたら屋上から落ちただけなんだからよぅ」

 

「一切受け身も取れずに落ちたのがどこがちょっとですか! いいから休みを取って下さい………!」

 

内容からどうしてこうなっているのか一瞬で理解できた。

屋上で何かをしていたシュウ殿が何かしらの理由で屋上から落ちて、それを案じた留美殿が休ませようとしているという事なのだろう。

そしてそれは思わず確かに、と思う事であった。

 

シュウ殿が受け身も取れずに落下で御座るか……?

 

確かにシュウ殿は加護がある故に常人よりも頑丈だ。

具体的に言えば浅間殿から恐ろしい数のズドンを股間に射られても復帰できるくらいには頑丈だ。

何故アレをまともに喰らって復帰できるのだろうか。恐ろし過ぎる。

だが、だからと言ってギャグ以外では受け身などを疎かにするような甘い人間ではない事も確かだ。

そんなに自分を疎かにする人間があんな狂ったような中等部時代を過ごせれるはずがない。

そんな男が屋上に堕ちた程度の事故で受け身を取り損なうなぞ有り得る筈がない。

 

「シュウ殿」

 

思わずそう呼びかけるとまぁ、とっくの昔に気付いていたのだろう、特に驚きもなくこちらを見て

 

「何だ点蔵。結婚報告か。宗茂も娶るとはお前は新しくなり過ぎたな………」

 

「な、何を人の宗派を最悪な方向に移行させようとしているで御座るか! あ、ぎ、誾殿! 出来ればその十字砲火を仕舞っていただければ……!」

 

余りにも何時もの流れに流されそうな自分を自制する。

この男の常套手段だ。

自分に不都合な事が有ったり、隠そうとするものがあれば話を逸らして誤魔化そうとする。

本当にトーリ殿と似たレベルの馬鹿だ。

そんな事をして、結局、この少年が隠そうとした事は大体が皆に悟られているというのに。

 

「と・に・か・く! 今日はお休みになって下さい! じゃないと斬ります!」

 

「おいおい。病人扱いしといて対処が病人扱いじゃないんだが、興味本位で聞くがどこを斬るんだ」

 

「大丈夫です。斬ってもくっ付けれるお医者様を探すので」

 

「………こ、この女、躊躇わずに視線を下半身に向けやがった……!」

 

やはりどこの巫女も似たような感じであったで御座るか……と項垂れるが、意外にシュウ殿が食い下がるで御座るなぁ、とも思う。

こういう時、まず口で勝てないこの男は逃げるか従うかのどっちかを行うのだが

 

……何か大事な用事でもあったので御座ろうか?

 

そう思い、ならばその用事を引き受けようかと思い、口を開けようとするが

 

「あーーー、わぁったよ。今日は用心する。そゆわけだ点蔵、メアリ、立花夫妻。どーせ挨拶とかに来たんだろうけど、まぁ、悪かったな」

 

「あ、いえ、その──どうか十分のお休みを」

 

メアリが頭を下げたのでつい、自分も頭を下げるが、本人は気にすんなって感じで手をヒラヒラさせて去っていった。

その背後を留美殿が追いつつ、こちらに頭を下げるのが出来た女性で御座るなぁ、と思うが

 

「点蔵様……その熱田様は何か御病気か何かで?」

 

「え? いや、そんな事は無かったで御座るが……」

 

無かったが。

無かったが、負担を得ていなかったかと言われればそんなわけがない、としか答えられず、思わず代わりの言葉でつい返答を逃げてしまった。

 

「メアリ殿の目からは熱田殿は今、どういう風に見えるで御座るか?」

 

木精の血を引くメアリには人の感情や状態を流体を捉える目で見える。

具体的にどんな風に見えるのかは分からないが、その目で今のあの男がどう見えるのか、純粋な興味はあった。

だが、その質問をするとメアリは顔を曇らせた。

何事か、と思うこちらに、しかしメアリは答えた。

 

「………私の感覚も万能ではありません。細かな感情や状態まではっきりと見えるわけではありません」

 

「……つまり、逆を言えば大雑把な、己の大多数を占めているものは見えやすいという事で御座るな?」

 

Jud.の返答に己の理解が間違ってはいない事を悟るが、だが逆にここまでメアリが顔を曇らせるものという事を考えれば、となると思わず去っていくシュウ殿の背を見てしまう。

しかし、メアリはそれに気付いてか気付かずか、そのまま言葉を続ける。

 

「………私には熱田様が何故今、倒れていないのか不思議なくらいの疲労しか分かりません──なのにあの人はそんな状態を理解しながら、その…………」

 

口ごもった先の言葉を点蔵は知っている。

何故なら自分は彼女よりも彼と付き合いは長いのだ。

知っている。

三河騒乱から始まり、この英国までだけで熱田が三河騒乱以前の熱田よりも生き生きとしている事を。

どれだけ待ったのだと思う。

話が本当ならばホライゾンが死んでから十年。

ずっと彼は走るのを止めなかった。

ずっとずっと信じて走り続けた。

信じる馬鹿がきっと馬鹿をしてくれると、だから自分もその馬鹿に付き合える馬鹿にならないといけないと思って走り続けていた。

その結果、誰からも期待外れ、役立たずと陰口を言われようとも溜め込んでも構いはしなかった。

己の夢の始まりを、心の底から信じていたから、彼は疾走し続けれた。

そしてその結果が

 

「…………」

 

帽子を深く被る。

自分は総長連合に所属しようとも、一介の忍者に過ぎない。

だから、これから自分が出来る事はネシンバラ殿や他の総長連合の人間に今の情報を回すくらいだ。

そこから先をどうするかの権限も無ければ、こっから先がどうなるかを読める能力もない。

だが、それでも一つだけ恨み言が許されるのならば

 

 

 

何と惨い………

 

 

 

あれ程、到来を願っていた道を走れるというのに、走者はバテバテで今でも倒れこむ寸前。

自業自得と言うべきなのかもしれないが、彼の十年を知っている者として口から出すには余りにも他人事過ぎる感想だ。

だから、点蔵はせめて少しシュウ殿に休みを与えれる機会があればと切に願った。

 

 

 

 

そして、本来ならばこういう時はそれこそ馬鹿の役目で御座ろうに、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は短めですが、更新が出来ましたーー。

……二巻終了です。あーいや、自分でも超無理矢理終わらせたなっていうのは分かっていますが、他の話は全部原作そのままになってしまうので書く必要が無くて……実に申し訳ない。

ともあれ、今回のテーマは現状の熱田の状態ですね。
ぶっちゃけて言えば、熱田の疲労はもうピーク状態です、お疲れです。
10年間連続残業しているようなものです、死ねますねマジで。

まぁ、この件に関しては熱田本人の自業自得も当然ありますが、作者的には悪いのはどちらかと言うとトーリが悪いになりますね。

次回から3巻……うわぁ、本当に長かったし、何か感動を覚えてきます……。

感想・評価などよろしくお願い致します!


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六護式仏蘭西・M.H.R.R.編
約束の限界


だって、それは

間違いなく独り善がり

配点(無理難題)


 

 

ネイト・ミトツダイラは既に視界から消え去ったアデーレの影を追うように、足を走るという形で動かしていた。

 

持久力ないですわー、私……

 

武蔵全艦を一周するというのが長距離である事は理解していたが、それを含めても仮にも特務で騎士である自分が従士のアデーレに置いて行かれるというのは余りにも情けない。

これだから自分は喜美とかに重戦士タイプとかそんな風に揶揄されるのだ、と悔しさを心に秘めながら走る事は止めない。

長距離では足を止める事は諦めに直結する事くらいは理解している。

この辺、我が王はソッコである。

大体、「俺はもう駄目だネイト! 俺をここに置いて点数だけ取ってくれ………!」などと叫んでいるが、これは信頼されているのか、パしられているのかどちらですの?

ともあれ、未だ武蔵は世界征服の途上。

むしろ強さはここから発揮されていく筈だ。

だから、少しでも弱点補強の為、アデーレについて朝から走り込みをしているのだが

 

アデーレの基礎の強さを実感しますわ……

 

基礎力、というありとあらゆる事柄において必須な能力でアデーレは梅組のメンバーでもトップに位置するだろう。

そこら辺は点蔵辺りも似たようなものだが、とりあえずこの走り込みを毎朝欠かさず続けているアデーレには純粋に尊敬の念を抱く。

何せ自分は異族だ。

身体の強度においては人間と比べられない強度を持っているし、純粋な身体能力でも自分は人より上なはずなのだ。

なのにこの様なのだから、修練が足りていないとしか言えない。

 

 

だって、自分はこの恵まれた身体を持ちながら、しかし自分よりも脆い人に守られたのだから。

 

 

「────」

 

いけませんわ、とネイトは思った。

今の自分は過去を理由に視点を逸らそうとしている。

自分の今の最優先事項は自分の強化のはずだ。

だから、それだけを考えるべきなのに、思考はあの日の事を思い出す。

視界に小さな影が映る。

それはかつてのあの人の背中で、今の自分でもまだ追いつけたとは思えない背中だ。

 

何て脆そうで、小さな背中だ。

 

今の自分の拳を使って本気で殴れば容易く砕ける、と事実として見て取った。

でも、実際は違う。

この背中の彼は今ですら届くとは思えない巨大な力を受け止めて、しかも立ち上がったのだ。

その後で思いっきりぶっ倒れたが、そんなのは関係ない。

この人は確かに自分を守れたのだ。

それは十分な強さであり、結果だ。

他の誰にも穢す事の出来ない正しさだ。

大人ですら恐怖した相手に立ち向かえただけでも凄いのだから。

 

「……」

 

幻の背中を見る。

自分の力を振るえば打ち砕けそうに小さくて脆い。

でも、今の自分の力でも倒せるとは全く思えない背中。

思わず、手を伸ばして届きたいと祈って

 

「どうしたネイト。虚空に手を伸ばしてもそこにはテメェが求める巨乳はねえぞ」

 

リアルのチンピラに唐突に絡まれて、思わず背筋を伸ばした。

 

 

 

 

走りこみながら背筋を器用に伸ばすワンワン騎士を見ながら熱田は並走していた。

なぁにをやっているんだこいつはぁ、と思いながらとりあえず喋ってみる。

 

「何だネイト。もしかしてネシンバラみたいに空中に幻を見る超能力を得たのか。悪いがそれは超能力じゃなくて単なる妄想だ。トーリに男らしさを求めるようなもんだぞ」

 

「に、二重三重に失礼ですわよ副長!」

 

いや事実だろう……とは思うが、まぁ、良しとしておこう。

何やらうちの自慢のワンワンですのよ騎士がえらい視線を前ではなく何もない空間に向けていたから、遂に病気か……と思ったが、その場合、どうすればいいのだろうかマジで。

 

・剣神 :『なぁ、お前ら。脳がやばい奴らに対して出来る事ってなんだ』

 

・〇べ屋:『そんな時は金を出してくれたら万事解決の道を出してあげるよ!?』

 

・未熟者:『いや、違うよ………! それはきっと新たな世界を開く準備が出来たんだよ! 世界の裏の闇に迫ったんだ……!』

 

・83 :『疲れた時はカレーですネー』

 

一番最後がまともな返答のように見えるのが恐ろしい事だ、と熱田はかいた汗を手で拭きながら思った。

早朝からテンションが高い馬鹿共め。

だが、まぁそれはそれとしてネイトの足取りが若干重いのは見て取れた。

何時も足は遅いネイトだが、今日のは何時もより若干足がべたついている。

技能とか体力の問題ではなく、これはメンタル系かもしれない。

 

ウオルシンガムに一度負けたのが効いたかねこりゃ。

 

そこら辺、トーリ以外は負けを得る事を許さなかった俺には少し理解が届かない問題やもしれん。

こういう時は智に頼むのがベストかな、と熱田は思うが、そういうのを頼むのは俺が苦手という。

何というジレンマ。

いや、だが、まぁ、ネイトがもしも実力不足で悩んでいるなら

 

「何だネイト───何なら訓練一緒にするか?」

 

 

 

 

 

………え!?

 

まさか副長からこんな申し出をされるとは。

もしかして走り過ぎて脳がおかしな方向に行ったのでは?

 

・銀狼 :『あの……もしも脳がおかしな方向に行った方がおられたらどうすればいいと思いますの?』

 

・賢姉様:『簡単よ! もうどうにもならないから歌って踊ってハッスルするのよハッスル! 男も女も関係なく全裸パーティーよ! おっぴろげ!!』

 

・●画 :『簡単よ。そいつの好みの同人を10冊くらい送り届ければいいのよ。何なら書くわよ? さぁ、ネタを寄越しなさいミトツダイラ』

 

・ウキー:『姉を出せばいい……! それ以外に何があるというのだ……!』

 

己の好みを押し付けてくる表示枠を全て砕きながら、しかしどうしたものかと思う。

 

……副長と訓練?

 

それは結構いい事ではないか?

実利として鍛錬を積み、副長と対話を重ねれる。

良い事ではないか、と思う。

副長の時間を取るのが、智に対して申し訳ないが、今は世界征服の為に力をつけておきたい。

だから、いいのですの? と答えようとし、

 

「────」

 

先日の副長の異常についての連絡を思い出す。

疲労に蝕まれている人間に対して時間を奪うという事は休息の時間を奪うという事だ。

その事を思い出すと頼む事は不可能だ、という結論になり、

 

「──いえ。お気持ちだけでも受け取りますわ」

 

と出来る限り礼を忘れぬよう告げれた事にホッとする。

そう思い、礼をしたまま走り抜けようとして

 

「そっか。んじゃ頑張──」

 

れよ、と続ける前にポンと肩を叩かれた。

気安い、それこそ部活動における励まし合いのような程度の触れ合い。

それなのに

 

「………っ!」

 

思わず、それを振り払った。

パシッ、と力ない音が空間に残る。

 

………あ

 

一瞬で顔を青褪める。

何をしているんだ自分は。

ただ彼は本当に軽く発破をかける程度の気持ちで肩を叩いただけなのに、過剰に反応して振り払うなど騎士とか女とかではなく、人としても最低な反応だ。

それにこんな反応をすればどうなるか予想が頭に思い浮かぶ前に見てしまった。

 

きょとん、と本当にそんな風に振り払われると思っていなかった顔が、ああ(・・)そうだった(・・・・・)納得した顔に変わるの(・・・・・・・・・・)()

 

ち、ちが……!

 

心で否定しようとも口が混乱で何も動かない。

8年前から経験を色々と積んできたくせに、何故肝心な時に何も出来ないのだ私は。

だから、私は苦笑に変わっていく少年の表情を止める事が出来ず、更には

 

「ああ、悪いな」

 

と、謝る人を止める事も出来ない。

違う。

違うのだ。

謝る事など無いのだ。

貴方の行いに間違いなど無いのだ。

私が悪い。

勝手に震えて、反射で振り払った自分が悪いのだ。

だから、そうやって、そうやって

 

 

自分だけが悪いなんて言わないでください……!

 

 

そう思うのに、口では何も言えない臆病者の自分に吐き気がする。

何て無様。

こんなにも疲労していても一生懸命に飛ぶ目の前の人と比べると自分は本当にどうしようもない。

 

「先に行く」

 

その一言と共に一瞬で少年の姿が搔き消えた。

その速度にまた手を伸ばすが全く届かない。

ああ、どうして

 

 

どうして何時も…………私は届きませんの…………?

 

 

 

 

 

授業が終わり、教導院を出た熱田が向かったのはIZUMOだった。

正純から極秘の会談があったから自分はナイトを護衛にして、手透きの役職者はIZUMOで"散歩"かもしくは"買い物"でもしといて欲しいらしい。

まぁ、気楽に行こうと思いながら、背に八俣ノ鉞を背負っていたが

 

「やべぇ…………食う事しかやる事ねえぞ…………」

 

暴食の限りを尽くすのも悪い手段では無いが、それは面白みのないネタを連発するトーリのようなものだ。

もう少し違う事をしないとつまらない人間になってしまうだろう。

それではいけない。

流石にいけない。

シリアスで対等になる気はあってもギャグで対等になるつもりはないのだ。

どうする? ここはボケる所か? シリアスに何か物色する所か?

 

「ふぅむ…………」

 

そこまで思って、そういや最近、周りの反応が微妙によそよそしいんだよなぁ、と思う。

反応が変わってないのは智と馬鹿とホライゾンと喜美くらいだ。

他の野郎と女共は何か露骨に俺を休ませようとしてくる。

トイレに立とうとして、背後から幾重言葉が飛んできたり、何か買うかと多摩を歩いていたら上空から地摺朱雀が落ちてきたり、素振りをしようとしたら留美が首を狙って抜刀してきたり、飯を食おうとしたらホライゾンメニューによってダメージを受けたりと様々である。

 

「………これは裏切りか? そうなんだな? 暗殺か…………」

 

何時かしてくるんじゃないかとは思っていたんだが、遂にこの時が来てしまったのか……、と熱田は深く頷く。

奴らは全員一級品の外道だ。

暗殺謀殺憤殺などならむしろ専売特許だ。

うちが世界平和とか唱えていなければ、世界はどれだけ酷い事になっていたか。

 

いや、唱えた本人が一番ハイダメージな暗殺を仕掛けていたな………

 

あいつ実は適当に世界平和言っただけじゃねぇよな、と思うが、半分以上当たりの可能性がある辺り超怖い。

 

「…………まぁ、あんな馬鹿と女が世界征服とか世界平和とか言っている時点で世も末か」

 

苦笑を漏らしてついでに欠伸も漏らす。

すると少しぶるり、と来た。

おっと、と思い、周りを見渡すと丁度いい所に目当ての場所があった。

ラッキーと思い、そっちに足を向ける。

そこは公衆便所だ。

つまり、単に生理的欲求の解消である。

 

 

 

 

 

ふぅ、と便座の前に出て、発射準備をして勝負の瞬間を待つ。

短時間勝負なので正純の護衛に響く事は無いだろうと思い、勝負の時が近づき、

 

「ふぅ………」

 

と勝負が始まった瞬間に

 

「おい、そこのクソガキ」

 

「あ?」

 

とかけられた言葉に条件反射で返すとそこにはロリがいた。

 

「…………」

 

はて、ここは性別が逆のトイレだったかと思うが、女のトイレに男子用のがあるわけがないので間違いなくここは男子トイレである。

つまりはこの幼女は悪いので、それだけならばただの笑い話になるだけなのだが実に残念な事にその幼女が大弓やら太刀を堂々と持っているという事である。

そして声をかけられる瞬間まで気配を察知しないその在り方からしてこのロリは…………よくよく見たら長寿族らしい女はつまりロリ婆だ。

だが、最悪の問題がある。

何故ならこっちは未だスタンディングオベーション中なのだ。

攻撃態勢になる所か、振り返る事すら出来ないという。

 

「…………待ちやがれ」

 

「ほぅ? 儂に待てというのか小童が」

 

「ああ。婆が何の用かは知らねえが、テメェだって一発勝負中に背後から打ち倒すのは余りにも情けなくならねえか?」

 

「ふむ。小童に言われるのは癪じゃが、確かに道理ではあるのぅ」

 

「ああ。だから待て」

 

二秒経った。

 

「待ったぞ小童」

 

「ま、待て!」

 

「二秒も儂に待たせといてまだ待つというんか貴様は。むしろ儂が二秒待った事に感謝するべきじゃろ。ああん?」

 

超イラッと来たがここでやれば流石に勝つ事は当たり前だが、勝利に恥を得そうなので問題だ。

男というか人としても問題がある気がする。

 

…………あ! よく考えたら正しくトーリじゃねえか! あれと同レベルになってたまるか………!

 

故にここは待ったコールだ。

それしかないし、それ以外にどうしろと言う。

こんな状況に陥った経験なんてねぇんだよ。

 

「よく考えろ。テメェがどこの国の人間かは知らねえが、ここで絶対有り得ないけど勝ってもテメェは"スタンディングオペレーション中の男を奇襲した最低な女"って言われて色々と国際評価が台無しになるぞ? いいのか? 世界の半数は男なんだぜ!?」

 

「仮にじゃがもしも厭わぬと言ったらどうする?」

 

一瞬、体を停止するが、ここで停止したら終わりである事は承知なので慌てて息を吸って叫ぶ。

 

 

「それが婆のする事か!? 本当に下劣だなこのロリ婆! そんなんだから女としてのテメェが腐って売れ残るんだよ!!」

 

 

 

 

 

「おや……?」

 

と二代は何やら家屋が破壊される音を聞いた。

中々大きい。

この感じだとその建物は打撃によって上からではなく下………否、内部からの打撃によって破壊されたらしい。

欠片も飛んでくるし、その内部にあった物が飛んでくるのが証拠だ。

 

「便器で御座るな」

 

要らずの1番と二番とかいう忍者と戦っている時にまさかそんな物が飛んでくるとは。

 

「まさかIZUMOでは便器に飛翔機能がついているので御座るかな?」

 

忍者二人がないない、そんなの無いからみたいに手を振るから、では無いので御座ろうと思う。

大体、便器が飛翔して空に飛んだら色々と阿鼻叫喚で御座ろう。

下にいる者は恐怖に震えるに違いない。

 

「…………あ」

 

成程、それを狙ったもので御座るか!?

 

精神攻撃で御座るな、と二代は理解した。

確かに空から便器が飛んでくるなど精神的に来るし、当たったらと思うと凶悪で御座るな。

そうなると忍者の二人が知らないのはIZUMOの秘密兵器的な物だったのだろう。

忍者ですら調べきることが出来ない最終兵器が今ここで見れるとは…………そう思っていると横に何やら人型の物が落ちてきた。

何で御座ろうかと思うと

 

「おお、熱田殿で御座るか」

 

何やら上半身が埋まっているが、見た感じダメージは無いみたいなので何も心配する事は無いだろう。

人外を心配する程、二代もお人好しではない。

しかし、そこに乱入者がもう一人現れるとなると別だ。

 

「むっ」

 

小柄な少女………見た目だけで言うなら子供の年齢に見えるが、装備している大弓や太刀の余りの自然さや余りにも自然に表れた出で立ちからそうではないと経験が己に訴える。

だが、しかし少女は一切こちらに興味を抱かず、視線も態勢も上半身が未だ埋まっている熱田殿に向いており

 

「どうした熱田、何じゃその無様な格好は? それで熱田を名乗るつもりか貴様はぁ?」

 

ただの挑発…………と二代は取れなかった。

挑発にしては何か余計というか余分に熱が籠っているような感じがする。

何やら熱田、と姓を呼ぶ時は特にだ。

呼ばれた本人は本人で上手い事上半身が埋まったせいか、下半身は物凄く暴れるのだが、抜け出せていない。

確かにこれでは無様な格好云々言われても否定出来ぬで御座るなぁ、と思う。

手を貸してやりたいが、敵の真っただ中で隙を作るのは流石に御免であるし、この男が勝負中に人の手助けなぞ欲しがるような御仁ではないだろう、とも思う故にどうしたものか、と思う。

見れば忍者二人も突然現れた少女にどうするべきか、と思案しているようにも思える。

今なら何をするにしてもチャンスか、と思ったが、次の少女の言葉がそれら全てを台無しにした。

少女は一瞬、口ごもるように口を閉じながら、しかし

 

 

「──────そこまで弱くなったか(・・・・・・)!!? 熱田!」

 

 

その台詞と同時に忍者二人と息を合わせるようにその場から体が弾かれたように勝手に離れた。

意識して離れたわけではない。

否、もう離れたなどと格好つける事が出来ない。

今、自分は確かに逃げたのだと思う。

距離にして30m程逃げた自分は他人から大袈裟過ぎと言われても仕方がない距離を、しかしそれが自分を救ったのだと次の1秒で悟った。

副長が刺さっていた場所を中心に地震と衝撃波が一瞬にしてIZUMOを揺らがしたからだ。

 

「くっ………!」

 

家屋が縦に引き裂かれ、そのまま左右に吹き飛ぶ光景を二代は初めて見た。

被害は家屋に止まらず、そのまま地面に食い込むような切れ味にぞっとするものを感じるが、その中心にいる剣神に比べれば恐怖は些細なものだ。

位置の関係上、こちらに背を向けている少年だが、その背から最早人間の感情は見て取れない。

そこにあるのは地獄(殺意)だ。

敵対者を滅ぼし尽すまで止まる事など考えもしない永劫疾走の無間地獄。

それがあんな所に立っている。

思わずこちらに振り返らないでくれ、と味方のはずなのにそう思わざるを得ない存在を真正面から見ているはずの少女はしかし笑顔を深めた。

 

「そうじゃ…………ようやくらしい顔にな(・・・・・・・・・・)ったのぅ(・・・・)

 

少女は地獄を前に一切揺るがない。

むしろそれでこそと言わんばかりに笑みを浮かべ、自然と太刀に手を伸ばす。

その事実に少年は何も言わない。

ただ、斬るのみと少年も無言で示しながら前傾姿勢を取る。

 

一触即発

 

そうなったらどちらも止まらないと二代は確信し、恐怖を感じていた心を蜻蛉切を握る事によって抑え、動こうと身に力を込め始めている忍者に対して戦いを挑もうとし──再度、物事が連続発生した。

 

一つは犬のような面貌をした武神が地上に降り立った事。

 

二つは突撃しようとした副長の顔の傍に表示枠が出た事

 

三つ目はどこからか書記の叫び声が響いた事。

 

 

「おおぉぉぉぉぉ!! 関東の生きた資料がこんなにも見れるなんて…………! 僕の主人公力に惹かれて来たな!?」

 

とりあえず書記は無視しといた。

何はともあれこの三つの流れは戦闘の流れを破壊した、と二代は思った。

武神という超巨大戦力が現れた事は否が応でもその巨大さで注意力を引きつける。

そして二つ目によって先程まで殺意しか読み取れなかった副長が今はどこにでもいる少年のように頭を搔いて、どーしたものか、と背中からでも読み取れるような人間に立ち戻った事が大きい。

これによって殺し合う気だった少女は出鼻をくじかれたという顔を隠さずに表情で表現している。

故に次の行為は誰にとっても予想外と言えるだろう。

 

 

この強制停止になった戦場で、掬い上げるような一刀を熱田・シュウは躊躇わず放ったのだ。

 

 

少女は驚きながら、しかし即座に横にターンスライドを行い、その一撃を躱すが、前髪の幾らかが切り落とされるのが見れた。

周りの者どころか武神ですら外からでもわかる緊張感を発し、再び重圧を纏った場で、しかし熱田殿はむしろ今こそ戦場は停止されたのだと言わんばかりに少女に背を向け、歩き出した。

その様子に少女────いや、長寿族の女は驚きの表情を好戦的な笑みに変えながら

 

「小童。どういうつもりじゃ」

 

という質問に首だけを背後に曲げて、少女と相対する剣神は

 

「さっき一撃入れただろうが? ただで俺に一撃を入れられると思ったら大間違いなんだよ雑魚が」

 

と告げて去ろうとする。

副長が去るのならばその補佐である自分も去るのが正しいが

 

「待て」

 

と少女は再び告げるが、今度は熱田殿も止まらない。

それがいいのか悪いのか、少女の正体も知らない自分では見当がつかないから正純に連絡を取るべきかと思ったが

 

「つまり───────引き分けという事か?」

 

「んなわけねぇだろ──────俺に勝っていいのはお(・・・・・・・・・・)前じゃねえんだよ婆が(・・・・・・・・・・)

 

風が吹き付ける。

光が一瞬無くなったような感覚。

そしてそこにある武神なんかと比べる事が出来ない巨大なナニカがそこにいたような錯覚。

それが一度瞬きをしたら消えるから自分は本当に幻覚でも見ていたのではないかと思うが、少なくとも少年はもう長寿族の女の方には振り返らないらしい。

ただ少女の方を見るとその顔には何時の間にか頬に血が伝っていた。

さっきの一撃が躱せていなかったのか?

いや、その時にあんな傷は無かった筈だ。

それは確認していた。

では、あの傷は一体何時ついたというのだ。

その疑問に答えられないまま、しかし少女はその垂れ下がった血を楽しそうに舌で舐めとりながら、彼女の視点では背を向けている剣神を見ながら

 

「ああ…………変わってはいかん所が変わっておらなくて安心したわい」

 

と全く理解出来ない言葉を、しかし何故か耳に止まってしまった一言を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

熱田は表示枠で正純達が会議を始め、また智からは焼肉でネイトの奢りがあるから来たらどうかという誘いを受けた所であった。

とりあえず智の指定した焼き肉店に向かっているが、一人である事を利用して熱田は酷く自己嫌悪をしていた。

 

「何やってんだ俺…………」

 

自己嫌悪を行う理由はやはり今日の戦闘だ。

滅茶苦茶分かり易い挑発だったというのに見事にそれに乗ってしまった。

危うく殺す気(・・・)で戦う所だった。

もし神がかったタイミングでトーリから

 

『何をしてんだオメェ?』

 

という表示枠が来なかったらどうなっていた事か。

 

「ダメダメダメだ…………それはトーリとの約束を破るだろうが……………」

 

出来る限り殺さないよう戦う事がトーリとの約束だ。

それを反故にする事は許されない事だ。

それなのにあんなに簡単に怒りで約束を忘れちまうとはなっていない。

 

『それは簡単です───────貴方が嫌われ呪われるのは貴方がそれだけ惨たらしい地獄だからです』

 

自己嫌悪によって脳が謀反を起こしたのか。

ふと余計な言葉が再生される。

 

『誰しも苦しいのは嫌です。辛い事から逃げたくなる思いがあるのは当然でありましょう。ですが、貴方はそれを許さない。生きて苦しめ、否、生きて苦しみ続けろと貴方は呪うように祈るのです。ほら────まるで私と変わらない邪悪(イノリ)──────』

 

生まれつきの邪悪な女の声がクスクスと脳内で笑う。

 

『敵対者には容赦ない殺意を、味方には容赦ない生存を。嗚呼、そういう意味なら貴方の御友人は上手い事鳥籠に貴方を収めましたわね。こんなに何もかもを殺したがるように生かす貴方を今まで真っ当に生かす道に歪めたのですから』

 

うるせぇ、黙れ。

死人が勝手に脳の容量利用して話しかけてんじゃねえ、と思うが脳の再生は勝手に余計な言葉を本当に最後まで吐き出した。

 

『でも同時に何も理解していないのですね? 貴方の肉も思考も魂も。壊す事が正しい使い方なのに。貴方の御友人も────貴方自身も理解を拒否して…………もしかして貴方───』

 

 

 

 

綺麗な生き方が出来る(・・・・・・・・・・)とでも思いましたか(・・・・・・・・・)?』

 

 

 

脳内で巨大な破砕音が響いたかと思うと、視界を取り戻してみればそれは現実の街灯が握り潰されている光景であった。

俺の手で。

 

「…………あーーー」

 

どうしたものか、と思うからとりあえずそこらに刺しとく。

うむ。

 

「見なかった事にしょう」

 

でも、それは流石に問題か、と思ったので表示枠を看板代わりにして『真田十勇士の攻撃の被害によって折れました』と書いて置いといた。

超遠回しだけど真実だな、と熱田は思いながら、ふぅ、と溜息を吐く。

 

言われるまでも無い。

 

綺麗な生き方が出来るような自分だとは思っていない。

綺麗なのはトーリ達に全て任せればいい。

俺は逆に皆に出来ないような汚れ仕事を担当する。

全く以てピッタリな役回りだ。

汚いのは俺だけでいい。

刃である俺の仕事の範疇でもあるしな。

 

「さて、そういう事だから」

 

目の前に智から貰った地図に載った焼肉の店がある。

それを俺は躊躇わず豪快に開け

 

「さぁネイト! テメェの財布の都合なんて知らねぇ! 俺に肉を食わせて安心を買うか! 俺に奢らずにぶった斬りを貰うか嫌いな方を選べぇ!!」

 

「か、開幕から超最悪な事を言う人間がいていいと思っていますのーーー!!?」

 

「分かんねぇのかネイト! これは親友の試練だよ試練! オメェの忍耐を鍛える試練なんだよ…………! あ、あれ、ホライゾンさん? 股間に炭火を近づけるのは何故で御座いましょうか?」

 

「Jud.試練ですトーリ様。つまらないギャグを言えば5㎝ずつ近付ける試練というのはどうでしょうか? 最終的にゼロ距離になった場合は七輪を借りて焼きましょう────ではトーリ様。面白い事をどうぞ」

 

「試練はオメェの存在の事だな!? そうなんだな!?」

 

そうして俺は何時もの喧騒に入り、何時もの熱田・シュウに戻る。

これでいい。

きっとこれが正しいのだ。

だって俺の真逆が何も俺の生き方について言わないのだ。

だからこれでいい。

俺は間違った正しさを貫いて疾走しよう。

 

 

 

 

その先に────皆の夢が叶い、失わない世界があるのだから。

 

 

 

 




何か意外と書けたので入稿です。

ええと、まずネイトと熱田はこれに関してはまぁ、どっちも悪い気がしますな。何せどっちもコミュ障故にネイトは勇気が足らず、熱田は自分が悪いだけと思っているという。
何とも負のスパイラル。
自分、こんなネガティブ系を書けるのだなと書いていて思いましたよ。

次に某長寿族のロリ婆。
これに関して皆は何でこんな感情的且つ固執しているんだ? と思った方が多いと思いますが、これはオリ設定です。
まだ、どういう設定かは書いてはいませんがこれについてはちゃんと3巻内で説明出来るのでもう少しお待ちを。

で、最後の誰だこの女は、と思ったでしょうけどこれもオリジナルキャラクターです。
これはマジで書けるのか謎な設定ではあるのですが、敢えて言いましょう。

皆さん、熱田がここまで酷く色々とネガティブになっているのはこいつが4割五分くらい占めております。

では長々と語るのもアレなのでここらで。
感想や評価などがありましたら気軽にどうぞです。




いや本当に。皆、Fateも来てーーー!!


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不器用な馬鹿

何でもかんでも抱えて

何でもかんでも黙って

何でもかんでも馬鹿を見る

配点(コミュ障(字余り))


「義経さんをどうにかして腹立たせるかですか………」

 

焼肉屋で何時ものメンバーで集いながら、浅間は掲げられた話題を反復した。

この話題が出没した理由は簡単だ。

武蔵の、否、松平である私達がやらなければいけない歴史再現、"三方ヶ原の戦い"を私達にとって有利な形に持っていく為に正純が交渉したのだ。

 

 

三方ヶ原の戦い

 

 

それは松平である私達にとっては完全な敗戦の歴史再現だ。

それも相手は清武田という強国相手だ。

なるべくならばその被害を小さく収めたいという正純の交渉に、何かよく似た双子のお爺さん相手に色々としていたのだが、途中で酔っぱらっていた義経さんが色々言ってつまりこうなったのだ。

 

「智! 智! 何か最後ら辺は焼きそばに夢中になってましたわよ!?」

 

「ああ、ほら、食材を台無しにしたら駄目じゃないですか」

 

まぁ、そういう事だ。

そしてそれをどうにかする条件として義経さんは自分のような感情的な不感症相手をどんな感情でもいいから呼び起こす事は可能かという事になったのだが。

 

「面倒なんで喜美。やってきたらどうです? 一発で義経さんもストレス上限解放されるんじゃありませんか?」

 

「ふふふ、何、あんた。私を神格化して自分の主神を疎かにしていいの? 私のエロイボディに欲情してエロ巫女として目覚めちゃったのかしら? 罪作りなボディには罪たっぷりの信者が生まれるのね!? ほぅーーら浅間ー。その罪の象徴揉み揉みされても怒っちゃ駄目よ! 神の試練よ!!」

 

握り拳を握って一発かまそうとしたら迷わず逃げだしたので、流石……と思いながら、それならばと今度は周りを見回して

 

「────皆が遠慮なく向こう行けば解決じゃないですか?」

 

「あ、浅間さん! 今、物凄い他人事みたいな気分で話していますけど浅間さんもこっち! こっちのメンバーですから!」

 

「じゃ、じゃあ………み、皆、でい、嫌がらせ?」

 

鈴さんの一言にざわりと空間が揺れる。

その空気に瞬時に立ち上がったホライゾンが皆を目と手で抑えながら、鈴の元まで向かって

 

「流石です鈴様………武蔵が行うべき最適にして最善の方法を自動人形以上に分かっておりますね…………これにはホライゾン感銘を覚えました。そう、武蔵の最善な方法は嫌がらせ。トーリ様が汚い全裸で敵を混乱に陥れている間に正純様が冷たいギャグを放って相手の動きを止め、その隙に熱田様が全員を切り刻むという隙のない総長連合の連携こそが持ち味! 時にはその中に浅間様やミトツダイラ様やネシン…………点…………いやまぁそこらは置いといて、つまり多様な結果を生むのです!」

 

「ホライゾン! 誤射! 誤射機能については何時OFFモードにしてくれますの!?」

 

「い、いや! 今、明確に誤射ではなく狙ってかました台詞があるで御座るよ!?」

 

「ああ! 全くだよ! クロスユナイト君と意見が合う日が来るとは! でもその赤いマフラーについてはよくわかっているね………! と何時も思っていたんだよ! 君の燃える正義の具現なんだろう!!?」

 

点蔵君が無言でショックを受けているのは初めて見ました。

ナイトが点蔵、元気出せ、でもメーやんが隣で「そうですね。点蔵様のマフラーは実によくお似合いですものね」と言っているからしゃあないと手で伝えているのだが、どうして手から読み取れてしまうのだろうか………武蔵病ですかねぇ…………。

 

「あれ?」

 

だからこそ本来あるべきであったツッコミが無い事に最初に気付いた。

 

「シュウ君とトーリ君は?」

 

こちらの告げた名前につられて全員が二人がいた場所を見るとそこにはトーリ君と思わしき制服と明らかに人体を引きずった後が裏口にまで続いていた。

全員の沈黙と同時に何故か視線が自分に集まったので、仕方なくうん…………と頷き

 

 

「…………酷い事が起きますね」

 

 

 

 

 

 

 

正純はどうする? と自問した。

長寿族としては間違いなく最高齢である義経を相手に怒らせたり、笑わせたりするような事を行うにはどうすればいい?

 

・副会長:『やはりここは私が何か面白い事を言うべきか?』

 

・●画 :『止めて正純! 交渉が完全撤廃されるわ!』

 

・あさま:『そうですよ正純! そんな危険な事をしたらそこで三方ヶ原の戦いが起きかねませんよ!』

 

・蜻蛉切:『そうなったらそこで一纏めに割断というのはどうで御座ろうか? おお、拙者、提案しておいてなんで御座るが、そうなるとすっきりで御座るなぁ』

 

・立花嫁:『…………武蔵は何時もこんなレベルが低い会話で乗り切っていたんですか…………』

 

何か武蔵初心者に物凄い心配をさせてしまった。

だが、まぁそれはそれとしてならばどうする?

 

・副会長:『会計二人。嫌がらせで義経に何かしてみたらどうだ?』

 

・守銭奴:『いいだろう? だが、それをやるのにいくら出す? 70か? 80か? 無論、もっとでも当然構わん! 何せ金の数は増えれば増える程私の世界は輝くからな…………!!』

 

・〇べ屋:『やーーーだぁシロ君! そんな素敵な所ただで他に見せたら勿体ないよーー』

 

金の亡者はとりあえず使えない事は理解した。

どうしたものかなぁ、と思っていると視界に何やら二つの人影が追加された。

 

 

馬鹿と馬鹿であった。

 

 

 

 

待て……! と正純は思わず口をへの字に曲げて表現するが、義経はこちらの変顔を気にするだけで背後に現れた馬鹿二人の気配には気付いていないらしい。

馬鹿二人は何やら周りにどーもどーもとか告げながら、じゃんけんしている。

あいこでそいやこうやくたばえやとか呟きながら熱田はともかく葵にしては珍しく高速じゃんけんを行っている感じなのだが、どうしてお前らそんなあいこが続くんだ。

だが、それも50回目辺りで熱田が負ける結果に終わってトーリがやーいやーいお前、俺に負けてやがる! この馬鹿野郎ーー!! と叫んで喧嘩を買った熱田の拳に合わせてクロスカウンターを行い、二人して地に着く。

その光景に関東の雄達も無言で変なモノを見る目になり、その後にこちらに目を向けるから思わず目を逸らす。

 

「何じゃ。急に目を逸らして。急に儂に恐怖を覚えたか。中々愛い奴だのぅ、正純」

 

「ああ、いや、うん、確かに恐怖と言えば恐怖だな。一番の恐怖は止める為には同種にならないと止めれないという辺りがな…………」

 

「ほう。儂のようになりたいとは剛胆な事を考える奴じゃな!」

 

かかっ、と楽しそうに笑う義経は愉快だからか周りに全く頓着していない。

ああ、これが長命故の慢心という奴なのだろうか。

だから全裸馬鹿が座り込んでいる義経を相手に無言で背後に近寄っているのにも気付かず、結果

 

 

 

「ちょんまげ~~」

 

 

 

という悲惨な事態に繋がった。

数秒、間違いなくこの場所は時間が停止した。

しかし停止した時間を物ともしない馬鹿は不敵にふっと笑って親指を立て

 

 

「─────助けに来たぜ、セージュン」

 

「貴様ぁーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

ナルゼは第三者の立ち位置の心に入れ替えて惨劇を描いていた。

諸に頭にちょんまげされたロリ婆は総長の首を掴んで真っ赤な顔で

 

「き、貴様! な、何て事を! 何て事をーー!」

 

「おやおやぁ? ちょっとさっきどんな挑発やギャグ言われても動じないとか言っていたロリがいた気がするんでちゅが気のせいでちゅたかねえええええええええええええええ!?」

 

「くっ………!」

 

これは何時も通りの流れね、と思いながら描いていると次は副長がやれやれ顔で

 

「あのな、トーリ。お前と違ってそこのロリ婆は一応ちゃんと仕事して順調に年齢重ねて脳が腐りつつあるロリ婆なんだぜ? もう少し敬意っていうのを示さねえとそりゃ苛立つだろ? なぁ、義経」

 

「う、うむ? そ、そうじゃ。中々良く分かっているではないか」

 

「おーーそうだそうだ。王様っていうのはやっぱ高い所にいると威厳が出るものだよなぁ。よし、俺が高い所に連れて行くからそっから雑魚共を見下ろせよ」

 

言いながら熱田は義経の前に、総長は後ろに回って椅子を持ってきてそこに何故か立って諸に股間を突き出す態勢になっているのだが、義経が疑問に思うよりも早く動く事によって義経の思考を止めつつ

 

「よーしよし。そう、そこだ。その場所で頭の角度はそこに置いて、よし、ナイス角度だぜ。そっから正しく天をぶっ飛ばす目で下を見下してー────高い高いちょんまげ~~」

 

「貴様ぁーーーーーーー!!」

 

「あれあっれぇ? っかしいなぁー? 俺は世界を包まんばかりに包容力を持っている義経と会話しているのに何やらあっという間に沸点が上がったロリ婆がいるんですがもしかして偽物じゃねえかーーーーぁ?」

 

「くっ………!」

 

「おいおいおい、待てよ親友。ちょっと義経が見下げるには少し高さが足りていなかったんじゃないか? オメーこそちょっと世界の覇王とか自ら名乗る痛々しい奴に対して高さが足りてねえだろ。なぁ、義経?」

 

「う、む? そ、そうじゃ。全く気が利かない小僧じゃな」

 

うんうん、と今度は総長が椅子を動かしている間に副長は少し離れていた所に何時の間にか置いていた鉞を掴んでぶんぶんと振って家の間取りを確認して、うんと頷くとそのまま総長の方に向かって

 

「よし! 親友! もう一回義────」

 

つ、と次の言葉を言う瞬間に鉞を峰で上段からもぐら叩きをするように総長に思いっきり叩きつけた。

結果、当然躱す能力がない総長はそのまま諸にインパクトを受けて、地面にその姿勢のままめりこみ、頭頂部まで埋まる結果になった。

ちなみに下はコンクリートである。

何をやっているんだこの馬鹿共はの視線を受けても平然としている二人は構わずボケを続ける。

 

「おお、ボケ術式便利だなぁ。一般人にこれやったら間違いなく両足骨折とか頭蓋骨陥没くらい起きるだろうにボケで済みやがった! まぁ、それでもトーリにやってこのダメージなら今度頑丈なウルキアガにやってもいっか」

 

・ウキー:『貴様ーー!!』

 

邪魔な表示枠を即座に手刀で破壊して、とりあえず埋まった総長を片手で引きずり出す。

 

「どうだトーリ? 地中の中は? 一つ新たな世界を覗けた感じじゃねえか? 今度覗きに使うか」

 

「くっ…………! さっきまで超怒ってたけど覗きに使えるならしゃあねえか!!」

 

うんうん、と二人して頷き、最後に二人揃って親指を立てて

 

「んじゃ、そういう事で」

 

あ、これは来るわね、とナルゼは即座に耳と目を塞ぎ、直前に正純が俯いて耳を閉じるのを見ると自分の直感が正しい事を悟り、耳を閉じているから聞こえないが、それでも予想したであろう声が響いただろう。

多分、こんな感じ。

 

 

 

「そう言う事で、じゃねえよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の説得は全てトーリに任せて熱田は椅子で一人とりあえず酒を飲んでおいた。

馬鹿の付き合いは馬鹿らしいなぁ、と苦笑しながら酒を飲んで

 

「…………ん?」

 

外に一人気配を感じた。

足音も、周りも気付いてはいない…………否、反応は遅れたがそれでもトーリと正純を除いた全員が即座に外の気配を悟り、それぞれの対応を行っているのを見つつ、外の気配が中の動きに一切頓着せずに店の中に入って来る。

 

 

「随分とまぁ、面白そうな話をしてんじゃねえか。俺も混ぜてくれよぅ」

 

 

好々爺という感じの表情を貼り付けているが、この強者達に囲まれながらそんな顔を浮かべられるのならばかなりの修羅場を潜ってきていると楽に教えてくれる初老の痩せたおっさんがそんな事を言って入って来た。

しかも見事にP.A.Odaの制服を着ているが、逆に開けっ広げ過ぎて敵意を持ちづらい。持ってなくても斬るけど。

すると真田の鬼型が顔見知りなのか物凄い嫌な顔を浮かべながら

 

「松永・弾正・久秀………!」

 

「おぅ、政康じゃねえかよぅ。鬼型は見た目変わらねぇから若作り楽だよなぁ」

 

「今は清海です。貴方とのろくでもない思い出を刺激するのは止めて頂きたいものです」

 

「つれねぇなぁ。あんだけ一緒に謀反万歳犯罪万歳していた若い時代を否定するなんてよぅ? 一緒に女風呂覗きに行って番している婆さんにお前がしばき倒された事言いふらすぞぅ」

 

「さ、最悪! もう言いふらしている……! それにあの時自分だけ張り倒されたのは貴方が囮にしたからでしょーが!!」

 

黒歴史っていうのはどこにでもあるものだなぁ。

そのまま正純の方に向かうかと思えば、一旦どんな面がいるかという風に周りを見回し、最後に俺の方を見ると

 

…………は?

 

何かおっ? とまるで運よくタイムセールスに来れたラッキーみたいな顔をこっちに向けて来た。

生憎だが全く顔見知りでもない。

何やらトーリは知り合いだったみたいだが、俺は完全に記憶にない。

となると武蔵の副長だからか、もしくは

 

 

……まぁた熱田の悪名かね

 

 

前者ならまだいいけど後者なら面倒だぜとマジで思う。

何故ならそうなった場合、心底面倒だからだ。

憎悪というものは理屈に収まる感情ではなく、道理で通る者でもなく、ただ己の心の決着でのみ終わる勘定だ。

でもまぁ、俺を見て普通に笑うなら前者か、とは思うが

 

「ま、いっか」

 

そうなった時に考えればいっかと未来の自分に責任を押し付けた。

何かあったならばその時に何かすればいいんだし。

 

 

 

 

 

 

 

正純は松永が入った後に乱された会議に一区切りをつけて、溜息を吐いた後、松永が葵に何やら珍しいものはないのかよぅ、と煽ってどっか行かせた後にそのまま一人酒を飲んでいた熱田に近付くのを見た。

 

・●画 :『まさか副長! 爺とフラグを立てるつもり!? 時たま金を払いたくなるくらいにネタになってくれるわね……!』

 

・剣神 :『じゃあ払えよ』

 

・●画 :『いやよ。だってマルゴットとの生活に必要なんだから。その代り後で浅間の絵をくれてやるわ』

 

・剣神 :『高画質にしてくれよ。後、絵は4つくれよ。巫女服、制服、私服、全裸で』

 

・あさま:『か、勝手に人を交渉材料にしないでください! しかも衣装差分……!』

 

最後一つ衣装無かったけどいいのか?

まぁ、別にいいかと思って、正純はとりあえず松永の行動を一旦見守り、横のナルゼが絵を描きながら密かに何かいざという時の構えをしているんだろうなぁと思う。

 

「いよぅ、熱田の代理神よぅ。今代は随分と若けぇのがなったもんよなぁ」

 

「あ? 別に自慢する事じゃねえよ。成りたいなら変わってやろうか?」

 

背後から松永・弾正・久秀が喋りかけているというのに本人は本当に何時も通りだからもうこれは驚く必要はないなと正純は理解した。

妖精女王の時に一度驚いたのだからわざわざ二度同じことを繰り返していたら間違いなく周りの外道が酷い目に合わしてくるからな……!

 

「おいおい、神様ってそんな簡単に変えられるのかよぅ。威厳無くね?」

 

「マザコン拗らせたような神様に威厳があると思ってんのかよ。武力除けば基本ちょーーーーー面倒くせぇ奴だよ」

 

神罰堕ちないのかこの馬鹿。

でも、実際、スサノオって確かにまぁ、そういう話はあったからなぁ………事実には神様も黙るしかないのだろうか・

というか

 

…………何だその会って話したことがあるような言い方。

 

松永も思ったのか、同じ事を問うてみると本人はどーでも良さげな態度と口調で

 

「夢で何度か出て来た」

 

とあっさり言い

 

「体寄越してとかいうド変態だから出て来たら毎晩殺し合っている」

 

と恐ろしいのか馬鹿なのか分からない言葉を呟く。

 

「おいおい神様と殺し合いかよぅ? どんな夢バトルなんだよ」

 

「ああ、夢だからか神様だからかは知らねえがこの前は巨大隕石クラスの大きさと速度で堕ちてくる鎌鼬の塊とかいう素敵なの落とされた。頭吹き飛びかけたけどその前に野郎を真っ二つにしてやったから俺の無敗記録は更新だぜ」

 

ふっ、と笑う辺り冗談なのかと思ったが、この馬鹿、この手の冗談を作る頭ないよなと思ってナルゼを見るとナルゼはナルゼで頭に人差し指を指してくるくると回している。

気持ちは分かるが少しは味方してやろうという気持ちはないのか? ないんだな? だよなぁ。

 

「ま、最近はあんまり出て来なくて精々しているが─────で、何の用だよ爺。世間話をしてぇならトーリかそこの正純にしとけよ、ああ、トーリもトーリだが正純の扱いは気を付けろよ。周りを巻き込むお寒いギャグを平気で放つからな。正気じゃねえ」

 

「失礼をぬかすな馬鹿。正気じゃないお前からそんなショッキングな言葉を言われると凹むぞ─────どうした皆? そんな息を止めて。普通に笑ってくれて構わないぞ?」

 

「無理を言うな…………!!」

 

表示枠含めて約全員でツッコまれるとおっかしいなぁと首を傾げてしまうが、次に挽回すればいいのだ。

そう、まだネタは幾らでもあるし、作ればいいのだからな………!!

 

「まぁ、そこのお寒い副会長も楽しいけどよぅ、俺は今、昔から気になっていた疑問を解消できる相手とよーやく出会えたんだから付き合えよぅ」

 

「面倒くせぇ…………やるなら回りくどい事言わずにしろよ」

 

くぁ、と欠伸までして心底面倒を表現する馬鹿にへいへいと笑う辺り、これは松永公が大人なのか、熱田がガキ臭いだけなのか。やっぱり後者だよなぁ、と思って二人の会話に耳を傾けていると正しく直球の言葉が放たれた。

 

 

 

 

「じゃあお前さん─────数年前に女殺さなかったか(・・・・・・・・)? 具体的にいやぁ、3年まえくらいによぅ」

 

 

 

思わず周りが松永に視線を向けるのを熱田は感じ、その後に自分に集中するのを面倒くせぇと思いながら、酒を飲み

 

「知るか。こちとらその頃は色々と外から流れて来た奴らと相対とかもしたからな。殺すつもりで仕掛けたわけじゃあねえが、結果そうなった事はあったかもしれねぇよ」

 

「おーー、オメェさん長寿系にかなり恨まれているもんなぁ。うちからも時たまそっちに向かうジジババ連中が行ってたなぁ─────そいつらは大抵負けて帰って来たがな」

 

そんなテメェが殺して帰った奴なんて見た覚えねぇけどなぁみたいな事を言われても知るか。

俺だって知らねえよ。

 

「大体、それだけで勝手に犯人扱いされて堪るか。というかテメェのような爺に言われるのだけは癪に障るわ」

 

「ああ、別にこれでお前が犯人であっても何もしねぇよ。むしろ逆にお前が犯人なら少しは悪評が減るんじゃねえかぁ?」

 

「はぁ? 凶悪犯だったのかよ」

 

「おうよ」

 

それに思わず正純を見ると、正純ももしかして、という感じで

 

「……………それは確か、尼の格好をした女性が集団を洗脳して聖連に立てついた事件か?」

 

「そう、それだよ。聖譜にゃあ乗っていない事件だから名付けるわけにもいかないし、無視するには女は聖連だけを目的にしたわけじゃあ無かったのか、無差別にやったもんだからどこも大変だったよぅ。武蔵はそこら辺、宙に浮いていたから被害はあんま無かっただろうがよぅ」

 

あーー、そういやぁ、そんなのあったなぁ、と熱田も思い出した。

確か、何か尼の格好をした女が老若男女、種族、宗教、国会一切問わずに集団テロを起こそうとしていた事件だったとか。

だった、というのはテロが起きる前に止められたからだ。

だが、それは一つの国家ではなくそれこそ聖連所属国家からP.A.ODAまでが一致団結して壊滅させたらしい。

まぁ、そうは言っても結局の所、その女は何をしようとしていたのかはさっぱりだったらしい。

目的も知ろうとする前に叩き潰したとの事らしい。

そういう意味では女がどんな方法を持ってそれだけの人をまとめ上げたのかも不明だが………

 

良い噂は一個も無かったなぁ…………

 

特に女である(・・・・)事を強調された噂であった。

まぁ、余りこんな場で語る事でもあるまい。

 

「で? 何をどう思考捻ったらそんなとち狂った推理になるんだよ。ボケたなら俺を巻き込むなよ」

 

「おう、それがな。討伐の時、実は最も大事な首謀者の女を取り逃がしちまったらしくてよぅ」

 

そいつは大変だな、と熱田はどうでもよく同意した。

目的の人物を取り逃がしたのだ、様々な国が集まって討滅したのならば責任の押し付け合いなどもしていたかもしれないなとは思うがどうでもいい話である。

だが、そこで俺が絡められる話には確かに見当がついた。

 

「それで逃げ出した先が武蔵だったってか?」

 

正解と答える代わりに口を歪める爺に溜息を吐く。

何で最近、俺が接する男や女は一癖以上の面倒なのばっかりなんだ。

 

「成程、確かにまだ推理にはなっているがそれだけで俺に言うのもおかしな話だろうが。武蔵の人口、結構いんだぞ。その女がどれだけ強いかは知らねえが実力者ってぇなら当時の総長連合や引退しているジジババ連中含めたらかなりいるだろうが。無論、最強なのは俺だが」

 

「いいねぇ、最強─────尼の女が死んでいたのは山というより地上のちっけぇ村の近くだった。死因は心臓を一瞬で一刺し。あんだけすらりと貫かれていたら痛みとかは無かったんじゃねえかねぇ、経験ねぇけど」

 

「武蔵じゃないんだったら余計俺じゃねえ気がするが?」

 

「場所は武蔵の航路の下だった。降ろす手段なんて幾らでもある─────で、ここで推理に辿り着いた結論がここで出るんだが、よくあるだろぅ? 被害者の手荷物確認。それで奴さんの情報封(フォルダ)を開けたらよぅ───────どう見ても明らかに当時のお前らしい写真が盗撮角度でばっちりとよぅ」

 

成程、ぶった斬りたくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

浅間は表示枠から伝えられてくる情報に混乱していた。

 

・副会長:『…………皆。この事は知っていたのか? 当時、情報は追っていたが流石に武蔵に逃げたかまでは追えなかったからなぁ』

 

・銀狼 :『智? そこら辺、どうなんですの? 入国管理をしていましたわよね?』

 

・あさま:『確かにその頃にはもうしていましたが…………どの時期かは知らないから断言は出来ませんが、それらしい人物が入った事なんて記憶には………』

 

と、ふと思いだした事があった。

春終わり…………そうだ、桜が散る時期だったのを覚えているからその頃だ。

何か父が慌てて、朝っぱらに出かけた事があったような記憶がある。

思わず何だったのか、聞いてみたのだが父は

 

「少し昔の知り合いに問題があったみたいでね。ちょっと行ってくるよ」

 

と、どう見ても怪しいが、余り自分を関わらせたくないという意志を感じれたので問い詰めてもいいものかと思って、結局どうしようも出来なかった事があった。

だが、この情報を聞いてみると

 

…………確かに父さん、嘘はついていないですね………

 

シュウ君は(・・・・・)確かに昔からの知り合いだ(・・・・・・・・・)

それに問題があったと言うのならば確かに今回の件はそうだろう─────シュウ君が人を殺したというのならば。

 

「─────」

 

どうして? とは思わない。

もしもここでシュウ君がああ、俺が殺したとか言っても私はシュウ君を恐怖で見る事も無ければ、批難もしない。

だって、シュウ君がそんな事を好きでやるわけがないのだから。

相手の女性は聞く限り悪人………かどうかは知らないが、そうであったとしても絶対に、シュウ君が悪人だからで殺そうとするわけが無いのだ。

断言出来る。絶対だ。

だって本当なら誰かに向けて剣を振る(・・・・・・・・・・)うのが大嫌い(・・・・・・)な彼が殺そう、と思うわけないのだ。

そして何より

 

 

彼はトーリ君の剣なのだ

 

だからトーリ君が嫌だと思う事を彼が嬉々としてやるわけがない─────だってそれは彼も嫌いな事なのだか(・・・・・・・・・・)()

 

 

 

そう結論付けるとふと視線を感じて、そっちに振り返るとメアリと誾がこっちを見ていた。

何やら驚きやら納得やらがごちゃ混ぜになった表情をしているので何でしょうか、と聞くと誾がメアリにどうぞと振り、メアリがいちど一礼すると

 

「熱田様をご信頼なさっているのですね、浅間様は」

 

「え? あーいや、普段の外道テンションの時は一切信じていませんが…………いきなりどうしてです?」

 

まさか心に思っている事を口からつい漏らすなんてベタな事を? いやそんな馬鹿な。

それとも精霊としてのメアリの感覚がこちらの感情を読み取ったのだろうか?

いやいや、誾さんも同じような事を感じ取っているみたいだからそれとは違うような。

だから、理由を聞いてみるとメアリはとっても綺麗な微笑で

 

「jud.─────熱田様の事を信じ切っているという強い意志が顔に出ていました。素敵ですね」

 

まさか点蔵君が何時もどんなダメージを受けているのかを知る事になるとはと頭を抱えてとりあえず赤面した顔を手で隠していると表示枠から音声入力で彼の声が響いた。

 

 

『成程成程────知らねえから勘違いだばぁか』

 

 

 

 

 

 

おいおい、このガキ………

 

松永は思わず脳内で苦笑した。

少年の反応が余りにも素直な反応だったからだ。

無論、それは馬鹿扱いしてきた事ではない。

素直だったのは言葉通り────それで本当に噓を吐いているつもり(・・・・・・・・・・)なのかという事だ(・・・・・・・・)

ド下手糞にも程がある。

口調の問題とか台詞の問題とかではない。

顔面に諸に聞くな問うな喋らすなと言わんばかりの表情を貼り付けている(・・・・・・・・・・)からだ(・・・)

ここまで下手だと逆に笑えてくる。

 

「ほぅ、知らねえとぅ?」

 

「Jud.全く、これっぽっちも知らねえなぁ。尼とか言われても俺、巫女派だから興味ねえ」

 

「おいおい、自給自足じゃねえかよぅ、パワハラじゃねえか?」

 

「馬鹿め。うちの巫女にそんなのは通用しねぇ。むしろ押してくるんだ…………男には勝てない勝負を延々と押してくる恐怖が分かるか? ああん!!?」

 

「とりあえず尻に敷かれているのはよぉく分かった」

 

ガキはこれだから面白れぇなぁとカラカラ笑いながら

 

 

 

「そうかぁ、知らねぇかぁ─────地元で家族殺しで有名(・・・・・・・)だからてっきりオメェさんがヤッたかと思ってたのによぅ。ああ、その地元も吹っ飛んでんだけどなぁ」

 

 

 

 

正純は一瞬、松永が何を言ったのか理解できなかった。

しかし、時間が止まらないようにその言葉を受けた人間の反応も止まらない。

 

「───────ぷっ、く、ははは」

 

熱田は本当に心底愉快そうに腹を抱えて笑っている。

その笑みは全く嘘の形もしていなければ本当に腹が痛いとお腹を押さえている。

その反応に思わず松永の方も

 

「くかか」

 

と笑いだすので思わずどっちも大丈夫かと先に思うが

 

「───────え」

 

何時の間にかするりと扉から巫女服を着た少女が入って来ていた。

扉の開閉音も足音すらしない完全な足運びと気配の隠蔽。

それをわざとではなく自然と成しているからこその体術だと言わんばかりに少女は自然に店の中に入って来た。

周りの戦闘系が思わず武器や姿勢を変えるのに一瞬躊躇う程の完成度に、一人一切動揺しなかった義経がほぅと呟く。

 

「自然との合一。見事なもんじゃのぅ。剣狂いの巫女に相応しいのぅ」

 

一人勝手に上から目線している所が流石だが、少女───神納・留美はその感想に微笑を浮かべて一礼をしながら、しかしそのまま歩く。

目指す場所は彼女の主神の熱田────かと思った瞬間、手はそのまま刀に伸び、視線は完全に

 

「神納・留美!?」

 

松永の首に殺意が灯ったと思った瞬間に声を出したつもりだがか、と言った所でもう既に抜こうとして

 

「やめぃ、留美。一々騒ぐな」

 

甲高い男が響いて、思わず瞬きを一回すると松永の首が斬られると思われていた光景は振り返らずに鉞を後ろに突いて抜刀しようとしていた刀を刃の先で柄尻を押さえている熱田の姿であった。

一切振り返らずに大剣の先で抜刀しようとする刀の柄尻を押さえるのにどれだけの能力が必要なのかは知らないが、少なくとも並みの人間では無理なのは解る。

 

「……………ですけど、この人は貴方を好奇心で貶めました。それは私達に対する侮辱です」

 

「別に侮辱でも何でもないだろ。地元で言われていたのは事実だし、部分的には否定出来────」

 

「─────部分的にも完全に否定出来る事です!!」

 

留美の悲鳴にも似た叫びに流石に自分も含めて少女に注視せざるを得ない。

熱田ですら少し面食らって振り返るのだから仕方がない。

相も変わらず松永は笑ってはいるが、この人、悪びれないっていうの似合うなぁ。

だが、熱田は困ったもんだという感じで

 

「お前が怒ってどうするんだ留美。感謝はするけど疲れるだろ?」

 

「シュウさんが怒らないから私が怒る事になるんですっ」

 

「そうは言っても怒るとそこの爺、喜ぶだろ。その癖ちゃっかり獲物構えているから面倒くせぇし」

 

おおぅ、と楽しそうな顔で手元から切れ味が鋭そうな短刀をいけしゃあしゃあと取り出すのだから凄まじい。

ここには武蔵の役職者はおろか関東の雄達が集まっているというのにいざという時を躊躇う気が無いという事だ。

 

…………否、ここで仮に松永を消したとしたら逆に歴史再現の違反として咎められるからの強気か?

 

彼は信長に二度目の謀反を起こした時に自爆するのだ。

私達は倒す事は出来るが、潰す事は出来ない。

まぁ、そもそも葵が潰す事を容認しないし、私もそんなつもりはしないからそこらも逆手に取られているのかもしれないが、どっちにしろ食えない話だ。

だが、それは今、置いといていい。問題は

 

 

…………熱田が家族殺し………?

 

 

あの熱田が、自身の家族を殺したというのか?

里見義康が顔色を変えて熱田を見ているが、今は正直そこを気にしていられない。

 

・副会長:『おい、お前ら………』

 

・●画 :『武蔵は来るもの拒まず、去る者追わず。そして来た人間の過去には触らずが習慣というか暗黙の了解よ───あんただってそうだったでしょう?』

 

確かにその通りだ。

自分の時だけ恩恵を受けて他人は許さないというのは道義から外れる。

だからそこは文句は無い。

無いのだが………

 

・副会長:『浅間は?』

 

・銀狼 :『すみません正純………ちょっと今は………』

 

そうか、と正純は口の中で呟くだけに留めておく。

あれ程信頼していても信じる事はともかくショックを受けない事は別なのだろう。

浅間の事だから数分もしたら落ち着くとは思う。熱田の事だしな。

なら

 

・副会長:『立花夫妻。そっちはどうだ?』

 

・立花嫁:『正直に申すのならば断片的な情報であり、詳細までは────私が聞いたのは一夜を開けたら熱田の者は少年と刃を一つ残して他は誰もいなくなったという事でしたが』

 

・煙草女:『は? それだけ聞くと公主かは知らないが神隠し系に聞こえるさね?』

 

・立花嫁:『それはどうだか知りませんが…………ただ熱田神社はその事実を否定しましたが本人はノーコメントを貫いたらしいです。当時の年齢を考えれば貫くしか無かったのかもしれませんが』

 

・貧従士:『武蔵に来たのは小等部入学直前でしたからその前とすると6歳以下ですし………』

 

それならそうなるだろうよ………

 

その頃の年齢に何がどうなったかは知らないが最低でも両親が"いなくなった"というのならば感情に振り回される以外の方法をしろとか言われても無理でしかないだろう。

それを周りは強いたというのか。

流石に無理を言い過ぎだろうと思っているとああ、今でも私、まだまだ感情的だなぁと思えるのは余裕があるからか。

しかし

 

・●画 :『というか。同じ三河出身のあんたが何で何も知らないのよ』

 

 

 

 

 

 

熱田は正純がナルゼの目線と周りの表示枠を見て、狼狽える様に立ち上がり

 

 

「な、なんだお前ら! 見るな! そんな目で見るんじゃない………!」

 

 

と言うものだから成程、何時も通り狂っただけかと思う事にした。

 

 

 

 

 

 

・副会長:『い、いや待て! そうだ! 二代! お前はどうだ! お前の方もそこら辺疎かったよな!?』

 

・蜻蛉切:『まぁ、流石に拙者もそうで御座るなぁ────拙者もその頃には父上や鹿角様と一緒に初歩的な鍛錬をし始めていたから余裕なんて無いで御座るからなぁ』

 

責められない事情が……!

 

正純は同郷の友人の仕方がない事情を責め立てたような気分になって思わずふぬぅ系の顔を作る。

 

・金マル:『あちゃぁ』

 

・〇べ屋:『ほらぁ』

 

・賢姉様:『やっぱりぃ』

 

・副会長:『せ、せめて最後の語尾は合わせろよ! 何かすっごい違和感を感じるだろ!?』

 

・銀狼 :『ツッコむ所そこでいいんですの?』

 

やかましい。

とりあえず空気を入れ替えられたという事にしておく。

えーと確か議題は……そうだ、熱田の事だが

 

………有りか無しならば有りな話ではあるが………

 

例えばさっきの話だ。

もしも尼の話のように彼の家族がどうしようもない人間であったのならば可能性はあると思うくらいには熱田の動きを予想できる。

とは言ってもこれは流石に情報無しの勝手な判断だと思っていると熱田がまたもや面倒くせぇという溜息を吐いて

 

「爺は一々昔の話をぶり返すのが趣味かよ。留美がそういうの怒るからとっとと帰れ」

 

「オメェさんは怒らねえのかよぅ?」

 

「最強になるのに何の足しにもならねぇ」

 

頬杖突きながら言う姿にこれはマジで言っているなと思うが、神納・留美はシュウさん! とちょっと怒っているんだが、あいつ本当に尻に敷かれているよな、と思う。

 

「まぁ、陰口とかより愉快だったから笑えたがな────でもよく考えたら舐められるのは癪だよな?」

 

小首を傾げながらの呟きに今度は神納・留美がえ? というのに同意するように私も

 

「え?」

 

と言った瞬間、松永が宙を浮いた。

 

 

 

 

 

 

義康は何とか一連の動きを見切った。

まず最初に動いたのは武蔵副長だった。

彼は特に奇抜な行動をとらなかった。

やった事は簡単だ。

単純に足で松永が座っている椅子を蹴り上げようとしたのだ。

おかしいのはその速度と力だ。

地面についていた右足が一秒後にはもう松永の椅子の底を捉えて上に持ち上げようとしている。

初老過ぎとはいえ人が座っている椅子を軽く持ち上げているのだ。

人の膂力は軽く超えているな、と結論付けた。

そして見事なのは松永の方でもある。

身体能力など全盛期を当の昔に過ぎているだろうにその動きのキレは見事としか言えなかった。

松永はその攻撃に対して一切逆らわなかったのだ。

上に持ち上げ、押し上げられる動きに合わせるようにテーブルに右手を付きながら、そのまま軽く浮くかのようにジャンプしたのだ。

私には軽い動きに見れたが、それだけで老体はテーブルについた右手だけで倒立の姿勢になった。

飛ぶ時に右側に寄るようにしたからか、右側に即座に足が落ちていく。

しかも牽制用に左手には先程握っていた短刀を握りながらだ。

武蔵副長は追撃はする気は最初から無かったみたいだが、もしもそのまま追撃をしようとしていたら楽にはいかなかったのだろうとは思った。

 

 

そして松永が着地した時には椅子が天井を破壊しながら自壊する音だった。

 

 

ゴキッ、とわざとらしく肩を鳴らす松永に対して熱田の方は今のでいいやと言わんばかりに酒を飲んでいる。

松永は愉快そうな笑み、熱田ははい終わり終わりという感じ。

対照的だが、仮にもP.A.ODAの重鎮に手を出し、出された側の表情か? と義康は思うが松永は気にしていないようで

 

「なんだよぅ? 剣を使ってくれないのかよぅ?」

 

「喜ぶ奴に使っても嫌がらせにならないだろうが─────喜ぶ間もいらねぇって言うならいいけどな」

 

そう軽く言いながら松永は武蔵副長に遂に背を向けた。

思わず思わぬ修羅場の連続に緊張していた自分は一息を吐いてしまい

 

「大丈夫か義康?」

 

と義頼に察せられてしまったのが弱みを握られた様な感じがして思わず

 

「何でもない!」

 

と叫んで顔を逸らしたのがまた自分に苛立つ流れである事を後から自覚するから最悪だと思う。

これでは典型的な己が悪い事をしたのを叫んで否定して視線を合わせないようにしているような形ではないか。

 

「くそっ」

 

原因は解っている。

余り聞きたくない単語を聞いてしまったからだ。

 

 

家族殺し

 

 

余りにも良く知っている単語だ。

私の場合は家臣殺しだが、それでも自分の家族を奪われたという意味ならば一緒の扱いにしていいだろう。

しかも私の姉を奪った男が正しく今、私の気遣いをした男なのだから。

 

 

里見義頼

 

 

それは二人目の名前であり、今の義頼からしたら二つ目の名前。

私の姉から奪った名前。

本当に最悪なのは決してこの男がただ私欲から殺したわけでは無いというのが分かってしまう事だ。

だから、彼が黙っている理由が未熟な自分を守る為なのだというのが分かって余計に私自身と義頼を許せなくなるのだ。

だが、そうなると

 

 

…………武蔵副長もそうなのか?

 

 

家族殺しなどという汚名を受けても何一つ文句も反論もしないというのは義頼と一緒なのか?

誰か未熟な誰かを守る為に沈黙を続けているのだろうか?

最初の事件もそうだ。

実際に知らない可能性もあるが、結局の所、明言を避けている。

無論、これらはこちら側の勝手な妄想だ。

出会ってまだ数分、会話すらしていない相手の心情を知る事が出来る方がおかしいというものだ。

だが、もしもそうだとしたら

 

 

…………くそ。

 

 

まるで周りの全てが自分よりも遥か先を行っているような感覚を得て義康は最後まで一言吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そろそろ終わる、次終わる、後もうちょっとと書いていたら15000突破………自分の指めぇ!!

最新刊も買って超ハッピー! でも中身がやっぱりかぁ!の内容に色々とぶちまけそうでしたよ!!

ともあれ今回はほぼ熱田のお話でしたね。まぁ、ちょっと3巻はかなり熱田が色々と関わって来る内容なので申し訳ぬ。

次回が義経との次の会話で次がフランスとのバトルかなァ。

あ、所で─────うちの馬鹿共が非常にアレな事をいうのでアンケートのようなものを。



ぶっちゃけ──────この留美くっ付けろよと思っている人、挙手をお願いしたい。
あ、アンケートは感想では駄目なのかな?なら活動報告に作ってあるのでそちらの内容を見て御答えをお願い致します。



では感想・評価などよろしくお願い致します。



PS活動報告のもよろしくお願いします。


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疾走とは

では、熱田君。

質問にお答えなさい


配点(連続面接)


 

鈴は外舷テラスで皆と覗きを行っていた。

 

い、いつも、通りだね?

 

このように皆が変な行為をするのは何時も通りだ。

何故か次から次へと人が集まってくるのだけど、皆、実は全員に発信機みたいなのを付けているんじゃないだろうかと思うけど、冗談になるかなぁ?

まぁ、別に今はそれは置いといてもいいかな。

 

 

 

何故なら今、私は皆と一緒に覗きを行っているから

 

 

しかも相手はノリキ君と──────北条の総長の北条・氏直さんだ。

 

「………女子風呂と違って、修羅場なんて見ても萎えるだけだなぁ………弱味くらい漏らせよノリキ………!」

 

「シュウ殿。それはクラスメイトに言う言葉では無い気がするで御座るが?」

 

「いいからネタよネタ! さぁ、ノリキ……………私の好奇心とネタの為に身も心も捧げるのよ! その代り、私の本で輝かせてあげるわ! ノリキのノリノリ北条攻略よ! ああ、もう、すっごい気持ち悪いわ!」

 

「貶すのか、応援するのかどちらかに絞った方がいいか、と小生は思いますが」

 

「何よ、ロリコン。呪うわよ。みるみる幼女が近付かなくなるような呪いを」

 

「こ、この婆魔女は! それだからいけない!! 幼女達が小生に近寄れなくなって辛い思いをするかもしれないというのに婆は容易く他人の不幸を作っては見逃す……………!!」

 

「ロリコンサポートカモンの言葉を難しくしただけかな?」

 

朝から皆、速い。

その速度に鈍間な自分は中々付いて行くのが難しいのだが、自分も頑張らないと、と奮起しなくてはいけない。

そして点蔵君の読唇術を使って、二人の会話を聞く事になる。

その後、どうにも思ってた以上にシリアスな会話であり、分かるのはノリキ君が元北条出身で、でも武蔵を選んだという事は理解した。

その後、里見・義康さんが何か木刀を持ってトーリ君を探していたようなのだが、お陰で北条の事情を語ってくれて、ノリキ君や北条さんが何であんな会話をしていたかを知った後、

 

「ちょっと待った────先に言うが権力者サイドは手を上げろ。面倒だからな」

 

「さ、最後の本音が中々だねヅカ本多君…………!!」

 

正純は本当に素直、というか直球というか、何か凄くなったなぁ、と思うけど、とりあえず言われた言葉に周りを見回し

 

「………まぁ、副王や第五特務、メアリさんは今更だから言うまでもないですけど、一応、副長も権力者でしたよね」

 

「あーーー、私やシロ君も一応権力者サイド? 後、御広敷君も一応御曹司だよね…………犯罪者だけど」

 

「…………よくよく考えればメアリを除いたら権力者メンバー、全員、脳が……」

 

「シッ」

 

全員が視線と挙動でお互いを牽制するが、こういう時、皆、ノリがいいなぁ、と素直に思う。

でも、最後に点蔵君がノリキ君に何かあったのならば、手が空いていたら手を貸す、という事で話が纏まりそうになり、それについて鈴もうん、と頷こうとして

 

 

「──────」

 

小さな吐息を聞いた。

それは小さかったが、同時に酷く重い吐息だった。

まるで途轍もなく重い荷物がまた増えた、というような溜息。

 

 

……………え?

 

思わず、そう疑問する事を自分に許す。

何故ならそんな吐息を放ったのが、誰なのかを理解したからだ。

だから、思わず、直ぐにそっちに振り返り、その人の名前を言う。

 

 

 

「シュウ君……………?」

 

 

こちらの疑問の声を聴いた彼は、特に何時もと変わらない様子でん? とこちらに向き

 

「どうした鈴? トーリならあっちで素巻きにされて転がっていったぞ? ああ、義康にばれたら不味いから仕留めるならば一撃がベストスタイルだ……あぁ、勿論、鈴の手を汚させないとも………! ああ、やるなら俺がやるしかねぇよな…………!!」

 

と、本当に何時ものように冗談を言って、何時ものように笑う姿があった。

その姿を見ると、まるで自分の感覚が間違ったように思えるし、実際、そうなのではないか、と思うけど

 

 

 

疲れているんだよね……………?

 

 

もうずっと皆の為に走り続けているシュウ君。

とっても強くて、格好いい彼だけど、だからこそ誰よりも疲労しているのを皆知っている。

だから、皆、頑張って休ませようと行動しているんだけど、ホライゾンの料理以外、中々上手くいかないらしい。

でも、料理が上手く行きすぎて、一度呼吸が止まった時は皆で、うわぁ! と叫んでいたけど。

確か

 

「いかん! 喉にコンニャク納豆を詰まらせて窒息しているぞ!!」

 

「ほほぅ。ミトツダイラ様をモチーフに作ったコンニャク納豆ご飯。略して"コンなご飯"がクリティカルダメージを出すとは………料理の道は未だ終わりが見えませぬな」

 

「い、色々言いたい事はありますけど、まずは智ーーー! 医者ですのよーーー!!?」

 

浅間さんが上手い事矢で詰まったコンニャクを吐き出させていなければ大惨事になっていただろう。

二次災害でシュウ君、そのまま下層までめり込んだ上に修繕費と修繕作業に駆り出されていたけど、よくよく考えればシュウ君の疲労を蓄積させただけな気がする。

あんまり深く考えたら、とても謝らなくてはいけない気がして、一旦、過去を振り払う。

そして鈴は少し悩んだが、頑張って勇気を出して直接、言う事にしてみた。

 

 

 

「シュ、シュウ君………つか、れてる…………?」

 

 

こちらの言葉に、少しシュウ君は軽く目を開いた気がした。

でも、直ぐにシュウ君は微笑を浮かべて

 

「なぁに、大丈夫さ鈴。俺は最強だぜ? 最強なんだからつまり、何事も問題無し! 万事全ておちゃのこさいさいって奴だぁよ!」

 

ははは! と快活に笑う彼に、どうすればいいのだろうか、と鈴は思う。

やっぱり彼は私…………というより皆の声や行動では止まらない。

誰よりも行動的だからこそ、誰よりも止まるのが苦手な彼だ。

 

 

 

そして彼を止めれるのはこの世で二人しかいな(・・・・・・・・・・)()

 

 

その上でこの場合においての適役は一人なのだが、"彼"は何も言わない。

今は簀巻きにされているとか、そういう理由ではなく、"彼"は何故か何も言わない。

何時もならば誰よりも他人の機微に聡いのに、何故かシュウ君にだけは何時もそうしないのだ。

だからこそ、鈴や皆も容易く動いていいのか分からなくなって、結局どうすればいいのか迷っていると

 

 

 

「義康。ここにいたか」

 

 

と、新たな来訪者が現れる事になった。

 

 

 

     

 

 

 

 

義頼は義康と一悶着が起きた後、ある人物を探している、と武蔵の学生達に問うた。

 

 

「総長君はここにはいないのか? 会って、少し話をしたいのだが」

 

 

そう言うと、何故か周りは「簀巻きにして…………どこにやったっけ?」とか「確か馬鹿が吊り下げていたさね………あ、ロープ切れてる」とか言って騒いでいるが、つまりこの場には運が悪くいないらしい。

少し残念ではあるが、まぁ、それも仕方がない、と思いながら、しかし目当ての人物はもう一人この場にいるのだ、と思い、

 

 

 

「代わりと言っては無礼だが、武蔵副長。君とも少し話をしたいのだが」

 

 

あ? と素直に何だよ? と彼は即座に反応し、周りが即座に

 

「おい熱田! 国際問題にはするなよ!?」

 

「そうですよシュウ君! まずは斬る、という選択肢を外してください…………そしてゆっくり、深呼吸をして下さい─────でもシュウ君、深呼吸しても斬りますよねぇ」

 

「考えて喋れよ!!」

 

何やらとても速いな、と思うけど、これが武蔵の風潮なのだと思って納得する事にした。

今は、今まで問いたいと思っていた事を聞く事に専念しよう、と。

 

「君は最強になる事が夢、と聞いたが」

 

「ああ、それが?」

 

自分で言っても中々、言い辛い言葉を少年はそうだけど、と普通に頷いて、それの何を疑問に思う事がある? と逆に問い返されているような感覚に陥りそうになる。

 

 

…………成程。

 

 

疑っていたわけでは無いが、本当にこの少年は最強になろうとしているのだと実感のようなものを覚えた。

だが、それはいい。

先も言ったが、本当に疑っていたわけでは無いのだ。

だから、疑問点は本当に最強になるつもりなのか、ではなく

 

 

 

「──────何故、君は最強になろうとしているのか。良ければお聞かせ願いたい」

 

 

最強になる事ではなく、何故最強になるのか。

この少年はそれについては一切語っていなかった。

単純に己の武力を示したいのか。

将又はそれによって何か得ようとする物があるのか。

もしくはそれ以外に何かがあるのか、という本当に純粋な疑問であった。

 

 

「最も強い存在になりたい。私も、上を目指すという意味では理解している」

 

 

しかし……………それでは、何というか…………イメージが合わないのだ。

 

 

 

 

あの階段を、少年二人で降りていく時の光景から得られたイメージから

 

 

 

まるで、比翼連理。

否、むしろ鏡に映った相手と言うべきか。

どちらかが右手を上げれば、どちらかは逆の手で応じているような関連性。

動作はまるで逆なのに、結果は同じモノを導いている、と何故かそう感じた。

だからこそ、少年が主張する夢と王が主張する夢が聊か食い違っているように見えるのが、疑問なのだ。

故に、私は少年は何か望む物があるのか、と問うたのだが──────こちらの質問にキョトンとした顔で

 

 

 

「何も?」

 

 

一切を望まない─────ではない。

私の質問は少年が何か望む物があり、それを得れるのか、という質問だった。

決して、おかしな質問でも無いし、行動によって結果が発生するという意味では当然の計算式の答えを──────少年は何も(ゼロ)だと答えただけであった。

 

 

 

地位も名誉も─────報酬も何も欲していない、と。

 

 

 

「……………では、何故最強になるんだ?」

 

 

 

それしか返す物がないから、と少年は答えた。

 

 

 

……………何ともまぁ。

 

 

少し、不思議な感覚をまた覚えた。

何せ、これでは子供と話しているようなものだ。

何故そう感じるのか、と言えば、この少年の言葉には一切の裏表がない。

本当にありのまましか返していないのだ。

最強になっても特に得る物は無くてもいい、ただ最強になる事が何かを返す事が出来る、と本当にそんな事を言っているのだ。

隣の義康もは? という顔で呆然としているが、これに関しては私も同意するが、余計に増えた疑問をそのまま口に出す事を優先とした。

 

 

「返す…………というのは誰に、何を、と聞いても?」

 

「ぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーったいに言わね。言うくらいなら智以外のこの場にいる奴ら全員ぶった斬る」

 

 

私と浅間神社代表以外が無言で数歩引いているのだが、どうしたものか。

魔女の二人など

 

「ガっちゃん、空に上がればシュウやん、遠距離手段が無いから逃げれるよね?」

 

「待って。逆にそうだから真っ先に狙われる可能性があるわ……………盾と囮が必要ね………ちょっと点蔵と御広敷。私の話を聞く気は無い? 上手い話よ────私達にとって」

 

「さ、最後が絶妙で御座るなナルゼ殿!!」

 

何やら会談の時にも見れた共食いがギャーギャー始まっているが、これはこれで慣れれば微笑ましく見えてしまうのは、自分が老成し過ぎだろうか。

だから、少年も特に肩肘を張らずに己を語っているのだと思い、ならば自分もそのように聞くのが作法だろう、と思い、小さく微笑する。

 

 

 

 

「名誉も報酬も求めず、ただ返したいモノがあるから最強になる道を疾走する。まるで──────」

 

 

 

流れ星のような夢追い人だな、とは流石に臭過ぎて言えなかった。

だから、その言葉は胸に秘める。

何故ならばもう納得したからだ。

ああ、確かにこの少年は何も出来ない王様の隣を歩く者なのだと。

彼が語らない所にこそ、自分が聞きたい事が詰まっていたが、真実を聞く事は出来なくても、隠された真実を信じる事は出来る。

だから、義頼は隠した言葉の代わりに、己の誠意と感謝を込めた言葉を、少年に告げた。

 

 

 

「─────君も正しく間違っているのだな」

 

 

武蔵副長の顔が本当に呆然という表情に変わった。

そんな言葉を言われるとは思ってもいなかった、という表情に、彼の今までの人生が物語られているが、それでも彼のこれまでの懸命さを思えば、同情する事も笑う事もする気は無かった。

当事者の者達からしたら嫌味に聞こえるのかもしれないが、それでも義頼は良かった、と思う事にした。

この武蔵は、諦めろ、と言われる場所ではなく、生きて楽しもうぜ、と肩を叩くような気軽さで同道する場所なのだと知る事が出来た。

 

 

 

"彼女"が見れば、どれ程喜んでいただろうか………

 

 

この手で奪った人を想像するのは流石に痛みが湧く。

だけど、思う事だけは己に許した。

何故ならば、ここが彼女と私が望んだ場所なのだと実感したからだ。

だから─────何も迷う事は無くなった。

 

 

 

 

     

 

 

 

 

浅間は義康さんと一緒に去っていく義頼さんを見ながら、シュウ君が呆れたような吐息と表情を浮かべるのを見た。

 

「シュウ君、どうしたんですか?」

 

「あ? ああ─────いや、単に呆れるくらいお人好し且つ真面目な奴って思っただけ」

 

誰の事を言っているか、直ぐに分かったから思わず、あーー、と納得したような呆れたような声を出して反応してしまった。

確かに義頼さんはそんな感じの対応をする人だ。

何せ、最初から最後まで年上に対して素で対応するシュウ君に対しても、物腰柔らかで且つ真摯に受け答えをしてくれていた。

酒井学長よりも大人だ………と思うのは流石に無礼過ぎだろう、とは思うが、だからこそ周りの外道達も義頼さんに対してそんな失礼を……………

 

「……………新しいジャンルね。年上理性系は中々同人に絡めるのは難しいけど…………ジャンルの開拓者になるのも一興かしらね」

 

「うぉぉぉぉぉ!! 村雨丸の現ナマの資料に触れて調べれるなんて! レビューを書いて礼としなきゃ……………勿論、評価は星五つ!!」

 

「シロ君シロ君! ヨッシーの性格だと酒でも飲ませたら容易く契約取りつけれるかも! 夜辺りに仕込む!?」

 

容易く国際問題を起こそうとする同級生の姿は見ない事にした。

きっと政治家の正純が何とかするだろう。出来なければ知らん。

でもまぁ

 

 

 

「いい人でしたね、シュウ君」

 

 

浅間は純粋に微笑を彼に向ける事を許した。

何故なら、義頼さんは最初から最後まで決して彼を侮りもしなければ、否定もしなかった。

慣れている私達だと見逃しがちなのだが、義頼さんは彼の最強になるという夢も─────最強になりたいのが何故かを語ろうとしない彼を、そのまま信じてくれた。

いい人なのだ、と浅間も義頼さんを信じたいと思える。

 

 

 

 

─────例え、彼が里見・義康さんの実の姉を殺していたのだとしても、決して好きでやろうとしたのではないのだ、と。

 

 

こちらの思いをどこまで読んだかは知らないが、こちらの言葉に頷き─────でも、難しい顔をして

 

 

「あんまり思い詰めたりしなきゃいいんだがよぅ……………ああいうのって馬鹿な事を考えるタイプだからなぁ………」

 

と、分かるような分からないような言葉を彼は呟いた。

それは………? と聞こうと思った時、声が響いた。

 

 

 

 

「何じゃ全員一か所に屯いおって。その気になれば狙い撃ちできるぞ」

 

 

 

聞いた事のある若いのに老成した、という矛盾染みた声色の持ち主に全員が振り返る。

外舷の空に雲のような形をした船があり、そこに長寿族の少女…………老女の方がいいのでしょうか? が立っているから直ぐにああ、義経公の船、と気付き

 

 

「え………」

 

そこから文字通り飛んでくる義経公を見て、浅間は流石に絶句した。

 

 

 

 

     

 

 

 

 

立花・誾は先程の無茶な跳躍を行った義経公に対して、跳躍法の伝授を頼む宗茂と二代を見つつ、一人、輪の外に外れるのを見た。

 

 

おや…………?

 

 

武蔵副長だった。

少年は何やら外舷の柵の上に載って、顎に手を置きながら何かを考えているようだった。

何をやっているのやら、とは思うが、変人奇人の行動原理は理解出来るものではない、という悟りに辿り着きそうになったが、流石には、と思っていると

 

 

 

「こうか」

 

 

と、一言呟いて立ち上がったと思ったら

 

 

「え」

 

次の瞬間、武蔵副長の姿が消えた。

即座に義経公の方の船を見たのは、消えはしたが、追う事は出来た動体視力によるものだ。

見ると、佐藤兄弟が二人揃ってまるで飛び蹴りを受けたかのように吹き飛んでおり、その場に副長が着地したように立っているからだ。

一度、武蔵副長は小首を傾げながらも、しかし同じ技で即座に帰って来て

 

 

「後、も少しやれば覚えるか」

 

 

出鱈目な…………!

 

一度見ただけの本人すら理解出来ない技能を、即座に会得するなんて化け物か。

しかし、本人としては未だ出来が不満なのか、少し機嫌悪そうな表情を浮かべながら

 

「おい義経。これ、暇な時に使うからな」

 

「儂に一撃を入れてからならいいじゃろう」

 

再び、え、と思う間もなく斬撃が走った。

副長が袖から抜き取ったメスを即座に振り上げた事によって生じた衝撃波が風となって辺りを打つが、義経公は即座に左に一歩ずれるだけで躱しているので、つまりどちらもキチガイだ。

 

 

 

「おい! こら! 熱田ぁ!! 少しは躊躇いを覚えろーーー!!」

 

 

副会長の意見には心底から同意するのだが、当の本人達は

 

 

 

「躊躇い? しているとストレス溜まるぞ? 大丈夫か正純? あーー、だからお前、毎回ストレスと空腹で倒れているのか」

 

「正純。貴様が儂の事を超好きなのは理解しているからこその忠告じゃが、もう少し儂を見習うとよい。人生、愉快になるぞ?」

 

 

不憫な…………と、副会長に同情するが、巻き込まれるのは嫌なので視線は逸らしておく。

とりあえず、一撃は躱されたが、技に関しての著作権は妥協したらしい。

もう少し練習しとく、と言って再び瞬間移動にも見える跳躍を続ける副長を義経公は見ながら

 

「それにしても───おい、あの全裸はどこにいった?」

 

「ああ。多分、下じゃないかな?」

 

「何じゃ。儂が折角来ているというのに、あの全裸は気が利かん奴じゃのう」

 

その"下"が武蔵の下層とかではなく地上とかになっている可能性があるのだが、周りのメンバーが気にしていない以上、自分も気にしない方針でいいのだろう。

余り深く問い詰めると事件に巻き込まれかねない。

まぁ、それは置いといて義経公は何やら呆れたような表情と吐息を吐いて

 

 

 

「何じゃあの熱田は─────ボロボロではないか(・・・・・・・・・)。扱い方がなっとらん」

 

 

と、聞き捨てるには余りにも致命的な言葉をポロリと吐いた。

本当にごく最近合流した自分や宗茂様には流石にそこまで踏み込んだりもしていなければ、理解もしていないのだが、副会長と副長補佐を除いたメンバーが硬直をするのを見ると当たりだ。

 

 

 

 

「今のあ奴なぞ、例えるなら錆びてボロボロになった所を更に鞘を被せ、重りを付けたようなものじゃぞ。よくもまぁ、あれをあそこまで追い込めたものじゃ」

 

 

感心しているような口調だが、言葉の中身も目もそれとは真逆な感情を乗せているのは一目で分かる。

分かるからこそ、少し理解出来ない事がある。

 

 

 

「義経公─────何故、貴方はそこまで武蔵副長について知っておられるのでしょうか?」

 

 

最初の接敵は何やら男子トイレとの事らしいが、武士であっても中々レアな接敵ケースだろう。

自分の身に置き換えた場合、間違いなく攻撃してきた相手は遠回しに言えば足首だけになっていたに違いない。

だが、その最初はともかく話を聞く限り、どうにもこの長寿族はやけに武蔵副長について気にしているような感じであったらしい。

本多・二代の言葉であった為、微妙に信じていなかったが、こうしてその光景を見ると信じるしかない。

謝るつもりはありませんが。

周りもやはり、それについては気になるのか

 

 

・貧従士:『何故か今回、副長、色々な人からアプローチを受けていますよね。それも全員、年上』

 

・銀狼 :『ツッコむ所そこですの? いや、でも副長って何故か敵側からの受けがいいような…………』

 

・●画 :『敵側から! 受けがいい!? 総長と副長のカップリングですら十分に美味しいのにこれ以上美味しく且つ甘くしてくれるとか私を虫歯にする気!? いいわ! マルゴット! 私の虫歯も愛でてくれる!?』

 

・金マル:『ナイちゃん、流石にそれは考えたことが無かったなぁ…………』

 

・副会長:『特務が虫歯とか止めろよ? 虫歯なだけに無視は良くないってな』

 

 

全員が俯くのに自分も合わせるが、通りで武蔵のメンタルは鍛えられているわけだ、と酷く納得してしまう。

とりあえず、こちらの疑問に対しては手をぶらぶら振りながら

 

 

 

「なぁに、ただの縁じゃ。別段、特別、熱田・シュウの事を追っていたわけでは無い」

 

 

という肯定とも否定ともつかない答えが返ってきた。

だが、その答えの返し方では

 

 

・立花嫁:『つまり、何時からかは知りませんが、歴代の熱田の一族を見ていた、という事では?』

 

・賢姉様:『ふふ、つまり史上最高年齢の女にストーカーされていたのねあの愚剣は! 男女構わず年上ばっかりフラグ立ててるわ!! ねぇ! どうする浅間!? あんたも年上になってみる!? いいわ! まずは私の胸に泣いて甘えると良いわ! 姉の器を感じ取るのよ!?』

 

・銀狼 :『智! 智! 弓を構えてやる気ですのね!? しかも副長まで狙っていますわ………!!』

 

 

中々に凄惨な事になってきた。

だが、本当にそうとなると何故そこまで熱田の一族を特別視していたのか。

それは縁、という事らしいが、流石にそこは語る気は無いのか、義経公は武蔵副長が八艘跳びをくりかえしているのを見ながら

 

 

 

「スサノオの選定基準は毎度残酷じゃのう。儂が知る限り、どいつもこいつも馬鹿で阿呆で考え無しで────その癖、酷く夢見がちな者ばかりを選んどる…………全く。誰にも負けねえ、なんて」

 

 

また聞く事になるとは、と呆れの口調で───しかしどうしようもなくかつてあったモノを慈しむ響きがそこにあった。

見かけこそ少女の姿が、それは確かに子供を見る大人のような姿に見えて、これは他人が踏み込んでは良いモノではないと直ぐに理解できた。

 

「夢見がち、だったのですか? 歴代の熱田の剣神は」

 

「全ては知らんがの。知っている奴だけで言っているだけじゃ。まぁ、それでも誰にも負けないはともかく、最強且つ世界征服なんというのは今まででトップクラスの馬鹿だろうさ」

 

流石に今の馬鹿以上の馬鹿はいないか、と微妙に安心するような引くような事実を得る。

だが、そこに話を挟んで来る者がいた。

 

「ちょっと待ってくれ義経。あの馬鹿は最強になる事を望んでいるし、確かに私達も葵の馬鹿の夢を手伝っている立場だが…………あいつ自身が世界征服をしたい、なんていうのは初耳だし、そんな素振りなんて一度も見せていないが?」

 

副会長がそんな疑問を挟んできた。

確かにその通りだ。

私達は夢を叶える国を作る、という無能の王の手伝いはしているが、それはまぁ、まだそこまで手伝いをしていない身だが、外からでも見てきた感想だと、それはこの人達からしたら趣味のようなものなのだろう。

 

 

己の夢を叶える為に、夢を叶える場所を作ってくれる王の手伝いをする。

 

 

一人一人勝手な人間ばかりの武蔵でも、こうして繋がるのは王の夢こそが己の夢に直結するからだ。

だから、自称最強の少年もそうだろ、と副会長は問うたのだろう。

が、それに関して義経公は素で吹いて、腹を抱えて笑い

 

 

 

「そんな不器用な所も受け継いでいるのか!? 馬鹿は死んでもどころか、馬鹿を死んだ後も受け継がせておるとか本当に馬鹿な姓じゃのう…………!!」

 

 

何の事だか分からないが、この覇王のツボを見事にあの剣神が突いている事だけは理解した。

 

 

 

     

 

 

 

 

熱田が一旦、訓練を中止し、戻ってみると義経との話は終わったらしい。

元から片っ苦しい話は興味が無いから丁度いいか、と思っていたら

 

「おい、そこの馬鹿」

 

義経からの言葉と同時に何やら投げられたので受け止めると酒だった。

 

「あ? 奉納?」

 

「どうせ好きじゃろ? 安酒」

 

「馬鹿野郎。酒は中身で満足するんじゃねえ。雰囲気を飲んでこその一流なんだよ」

 

何か笑いやがったが、嘲笑ったわけでは無いのでいいとしておく。

まぁ、それはそれとして折角の酒だ。

渡されたからには飲むのが礼儀と思って開けようとするのだが

 

「あ、駄目ですよシュウ君。これから戦争したりするんですから。それに朝っぱらから飲んだりしたら駄目ですよ─────多分」

 

「今、お前…………自分が納得していない事を俺に押し付けているな?」

 

俺も納得は出来なかったが、まぁ、智が言うなら仕方が無いのでハードポイントに繋げて、戦争終わったら飲もうと思っていると義経が唐突に変な話をしてきた。

 

「昔、その安酒をお前みたいに好きな奴がいてな」

 

「ああ。きっとそいつは俺のように最強で素敵で歌もパーフェクトな出来る奴だったのだろう?」

 

全員が半目で睨んできたが無視した。

義経はそれに対してからから、と何やらこいつにしては珍しく普通に笑いながら

 

 

 

 

「とんでもない馬鹿な女じゃったよ。他人を表向きでは拒絶し、孤高を気取って馬鹿をし、私は間違ってないんだよ、と主張しながらも─────本心ではそうではないと否定したがっていた夢見がちな女じゃった」

 

 

ふぅん、と熱田は感想はそれだけに留めた。

無関心というわけでは無く、語り方が完全な過去形であったし、それに口出しするにはその友人の形は余りにも完成していたから、野暮だと思ったからだ。

だから、俺はその友人とか言う女についてを述べるのではなく、先を促す為にで? と問うた。

すると義経もああ、と頷き

 

 

「そ奴は最後の最後に儂に恨み言を残していきおったわ」

 

「そいつは女々しいじゃねえか。内容は」

 

「"もう少し早く出会えていたらねぇ"」

 

 

ふぅん、と俺は特に何も言う気は無かったが、義経が何やらじっと見てくるから、何でガンくれるんだ、と思ったが、途中で俺の答え、というより考えを待っているのだ、と何となく気付き、面倒くせぇ、とは思うが、酒を貰った手前何も返さないというのもあれだな、と思い、口を開く。

 

「一つ、理解出来る事がある」

 

「何じゃ」

 

「Jud.────確かにその女が馬鹿だという事だ」

 

ほぅ、と少女の姿をした老人は微笑みながら─────太刀を遊ぶように触れながら、何故、そう思ったのだ、と促した。

周りが馬鹿みたいに身構える中、俺は特に何も気にせずに、思った事をそのまま伝えた。

 

 

 

 

「たら、とかれば、とか言う前に疾走しちまえば良かったんだよそいつは─────残り少ない寿命であったとしても、願ったのならば進めば良かったんだよ。無駄に悩んだから、大事な事を見逃しただけだ」

 

 

 

「─────」

 

欠伸を一つして熱田・シュウは眠気を堪える。

何やら婆は一度瞬きをして呆然としていたが、数秒の後に仕方なさそうな笑みを浮かべ、

 

「それが数秒先には死ぬような状況だったとしてもか」

 

「死ぬ戦前に夢に向かえたんだぜ? ────何も出来ないまま死ぬよりかは俺はよっぽどマシだと思うぜ」

 

無駄な足掻きとは思わない。

例え、それが掴む事は出来ず、零れるしかないのだとしても、ならばその掴もうとした手を握る事は駄目な事なのか?

掴もうと、走ろうとしたその意思はやってはいけない事だったのか?

 

 

 

─────そんなわけがない

 

 

何かを成せなかった以上、それは価値がある行いでは無いかもしれないが、無駄では無かった筈だ。

一瞬、ただちくしょうと叫びながらの疾走であったとしても、その一瞬はその人物にとっては何よりも頑張った一瞬だったはずだ。

何も残せず、何も為せない一瞬だったとしても───────確かにその瞬間、その夢は"生きた"のだ。

それを恥と思う方がおかしいと思う。

己の夢を、その賢明さを、笑う方がみっともない。

だから、熱田・シュウは死ぬ一秒前だっだとしてもきっと笑って、最強を謳うだろう。

例え、それが全世界全てを敵に回して、どうしようもない絶望的な状況だったとしても、俺は胸を張って俺は負けねえ、俺に勝っていいのはあ(・・・・・・・・・・)の馬鹿だけだ(・・・・・・)、と叫ぶだろう。

 

 

 

まぁ、もっとも─────それは俺の持論であって、他人がどう思うかは勝手なのだが。

 

 

だから、俺は特に理解は求めずに再び欠伸をし、それを義経は苦笑して

 

 

 

 

「全く─────本当に、馬鹿は死んでも治らないのぅ」

 

 

 

と少女は空を見上げた。

 

 

 

まるでそれは空にいる誰かに語りかけるようで、熱田は自分に苦笑した。

 

 

 

 

そういう感傷的なのは馬鹿の役目だろうに

 

 

 

 

 




こんな時間ですが投稿ですお久しぶりです皆さま、悪役です。


長々と話すよりも投稿を優先しますが、今回はまぁ、前書き通り、熱田君の連続面接で御座います。
というか3巻が今までよりも熱田を注目する流れだから、自然とこうなってしまうのです。

久しぶりなのでちょっとギャグとかが上手く書けているかマジで不安ですが、どうか楽しんで頂ければ幸いです。

次回はもう一気に戦争入ります。出来る限り書くつもりですが、多分大事なシーン重視になるかと思います。


感想・評価などお待ちしております!! 


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嵐の予兆

刃を振りかざし

ひたすら前に走る

配点(振り返らず)


 

熱田・シュウは下で繰り広げられている戦争を見ていた。

 

 

 

「ヒューー、やっているねぇ」

 

 

六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)によって展開された武神隊に異属部隊、更には自動人形などは見ていて実に心躍る。

敵が素敵になれば成程、俺もテンションが上がるし、馬鹿共もテンションが上がる。

 

 

・未熟者:『うわあああああああああああ!! 何だこれはあああああああああ!!! くっそ、六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)め…………この僕に知識欲で攻撃してくるとは! 誰が武蔵で一番重大か分かっているね…………!?』

 

・●画 :『けっ』

 

・煙草女:『はン』

 

・眼鏡 :『君、馬鹿』

 

・未熟者:『意味不明な所からも混信して来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! くそ! 人気者の重責か……!』

 

 

身の程を知らないのも問題なので、後でぶった斬ろう。

周りの奴らに出遅れると俺が斬る分が無くなる可能性があるから早めに。

まぁ、ともかく、そんな愉快な戦争だというのに

 

 

 

「俺を後詰めになんかしやがってよーーーーー!!」

 

 

ぶんぶん、と八俣ノ鉞を振り回して叫ぶ。

鉞が『ヒャッホーーー』と楽し気に呟いているから、つまりペットの世話をしているな、と思う。

すると

 

 

「後詰めも立派な役割なんですから………余り我儘言ってはいけませんよ、シュウさん」

 

 

落ち着いた声で、こちらに落ち着くように促すのは留美だ。

熱田神社の巫女服に腰には刀を担った姿で立っているが、傍に立っているのは留美だけでは無い。

熱田神社のメンバーで出れる奴は全員ここに集まっている。

物好き且つ暇人な馬鹿共め、と思いつつ、鉞を振り回しながら

 

 

「だって見ろよ。ほら、あの武神連中。あいつら全員ぶった斬れたらぜってぇに爽快だと思わねぇか? ついでに奴らの貯蓄も切り崩せて最っ高な気分だ!」

 

「それはそうかもしれませんけど」

 

そうかもしれないのか…………、と留美の返事にツッコむ馬鹿共を天然にスルーしながら留美は頬に手を当てて

 

 

 

 

「少し前に、唐突に倒れたばっかりなんですから。今日はこれでいいんです……………と申したいですが、副長としての職務があるので私も今はとやかく言いません。ですから、どうかこの脇差も持って行ってください」

 

 

あ? と思いながら、渡された脇差を受け取る。

見た感じ、無名だがかなり手入れされて、それでいて中々綺麗な刀身だ。

更には流体強化も完璧だ。

これならば、今、そこで派手にやっている三銃士の砲弾も俺が使えば切れるだろうし、神格武装を相手にしても負ける事は無いだろう。

 

 

 

「うちにこんな脇差あったっけ?」

 

「Jud.──────私が心を込めて、手入れしていた物です。貴方の力に、そして守りになって頂ければと願って」

 

 

思わず汗を掻いて、渡して来た本人を見るが、本人はニコニコと綺麗な笑顔でこちらを見るだけ。

マジだ………とは思い、そして周りからジト目で見られるが、いや、これはマジで俺にどうしろって言うんだ。

一応、誠意でちゃんと謝ったんだぜ? 惚れている奴がいるって。それで縁切りされるか、最悪刺される事すら覚悟していたんだが、数日経ったら好きなままでいていいですか? なんてちょっとどう答えればいいのか全く分かんねえ切り替えし方をされて、マジでどう返せばいいのか分からなくて、それでズルズル引きずってこれである。

 

 

 

 

いや、俺、マジでどう答えれば良かったんだ………

 

 

 

駄目だ、とやはり、断ち切るべきだったのだろうか。

お前を見る事なんて出来ない、とはっきり伝えるべきだったのだろうか。

確かにそれは正しいようにも思える。

留美のこれからを考えれば、はっきりと否定するべきだったのかもしれない。

 

 

 

 

ただ────────今、この場において触れ合える家族は2人しかいないから。

 

 

 

幼少期からずっと一緒に育ってきたのはもうハクと留美しかいなくて。

つい甘えた結果になっちまったかなぁ、と思ってしまう事はある。

だから、正直、留美からの毎回の攻撃も耐えるしか無くなってしまったのだが………もしかしてこれも計算だったりするのだろうか? いや、まさか………そんな…………

 

 

 

「お?」

 

 

そう思っていたら、表示枠でネシンバラから至急来て欲しい、というメッセージが来た。

荷物を守る名義で関東の連中から手を借りていたが、それでも限界が来たらしい。

やっぱり、最後に全てを掻っ攫うは最強の役目だな! と思い、立ち上がる。

すると総員、即座に表情は変えないまま、しかし獲物をしっかりと握ったり、抜いたりするんだから、しっかり育ったなぁって感慨深くなる。

感慨深いが、だけど、俺はそれはあくまで日常の延長として捉えるから、次の言葉も酷く軽く放った。

 

 

 

 

「んじゃひと暴れしようぜ」

 

 

 

※ ※ ※

 

 

アンリは戦闘しながら、聴覚素子に届く音が聞こえた。

近場の戦闘音ではない。

自動人形の分割思考で、より注意深く聞けるよう、割り振った、武蔵の方から聞こえる様にしていたのだ。

今、武蔵は総力どころかそれ以上を出している。

自国の荷物を守るを言い分に、里見・義康に里見・義頼、北条・氏直に真田十勇士をかり出しているのだ。

無論、自国からも副長補佐に第一特務なども出しているが、このような乱戦の中でという意味ならば、今までの情報を吟味する限り、他の特務を除いてほぼ出している。

姫様の戦略が成功している証拠だ。

証拠だが─────未だこのような戦乱にこそ生きる副長を出していない。

こちらも未だ温存はしているが、だからと言って油断はしない。

何故なら姫様が言っていたのだ。

 

 

 

 

「ああいう手合いはまぁ、馬鹿に見えるし実際馬鹿なんだろうけどよ────あそこまで大っぴらに俺が最強だなんて言うのは馬鹿である以上に覚悟を決めてんだろうな。負けた瞬間に自分は失墜するって」

 

 

 

そこまでの馬鹿は怖いもんだ、と笑って言っていた姫様の言は自動人形の認識では中々難しいが、しかし理屈としては理解する。

人間は強気と該当する発言が達成されなかった場合、統計的には周りからの批難もそうだが、己の言を達成しなかった自分を責める傾向にあるのだ。

己の務めを果たせなかったから失敗してしまった、という事なのだろう。それならば、自動人形でも理解出来る。

故に、姫様の言葉に重きを置いて未だ出ない副長に注意していたのだが、ついにあちらは切り札を切りに来たのかと思い、自動人形の知覚でスローになった視界で武蔵を見て見ると

 

 

 

 

 

朱の武神に握られている武蔵副長がいた。

 

 

 

 

なんだアレは…………!?

 

いや、朱の武神が武蔵の第六特務が使用する地摺朱雀である事は理解している。

だが、味方であるはずの武蔵副長を何故握っているの。

武蔵は何やら共食い精神が激しく、正しく戦国に相応しい下克上が常に繰り広げられているというが、正しくそれの事なのだろうか?

見れば、何やら騒いでいるみたいだから、試しに聴覚素子を強化して聞いてみると

 

 

 

「こ、この野郎! 騙しやがったなネシンバラ!? 最強に相応しい最高の演出で登場させようだなんて言いやがって!! 人を砲弾にしようたぁ人道にもとると思わねえのか!?」

 

「何を言うか熱田君! こう見えても僕は真剣だ!! 君が過激に且つ斬新に登場してその上で速攻で戦場に出れるんだ! これ程、素敵な演出が他にあるかい!? だから僕の知的好奇心の為に空を羽ばたくがいい……………!!」

 

「や、野郎! 素直に言いやがって!! 見てろよネシンバラ! 絶対にテメェ、畳の上で死なせねえからな! ぜってーーだぞ!!」

 

「そもそも最強の単語にホイホイと釣られている時点でどっちもどっちさね」

 

 

 

「何を言っている……………!?」

 

自動人形の計算能力を持ってしても何を行っているのかさっぱりだ。

私が知っている極東語を使っているのに、何故か別世界の言語並みに理解出来なくなっている。

 

 

 

これが武蔵か……………!!?

 

 

さっきから、この単語をリピートしている事を"畏怖"と名付ける事にした。

あの従士といい副長といい、何故そこまで色々と突き抜けるのだ。

しかし、その後に地摺朱雀が取り出した物に関しては、畏怖している余裕は無かった。

 

 

 

 

「あれは…………パチンコか?」

 

 

賭け事に使用されるパチンコ台ではなく、子供達が遊んで、作る道具に小さな何かを挟んで飛ばす為の道具に似ている。

無論、武神用に大きく、そして木材ではなく明らかな鉄材で作られているが、見る限りはそういう事なのだろう、と思う。

 

 

 

「おい…………まさか…………」

 

 

 

あれは確かにお遊びに使うような物になってはいたが、実際は、挟んだものを飛ばす為の遠距離用の武具でも昔はあったのだ。

構造上、大きな物は飛べないが、武神用のパチンコならば大きな物は無理でも小さな物くらいなら飛ばせるだろう。

そして先程の戯言にしか思えない会話。

その中には、そう、武蔵副長の言葉に人を砲弾にするとは、という叫び声があったのを10回ほど記録を確認する。

確かに今は空は空いている。

砲弾は武蔵にはともかく、IZUMOに考慮してのものになっているから、イザックを除けばそう飛ばす事は出来ない。

だが、だからと言って武神クラスの力でパチンコで人体を飛ばせば、脳への衝撃もそうだが、そもそも投げた衝撃で肉体が砕ける、と計算出来るが

 

 

 

「それでも成すのか!!」

 

 

自動人形の視覚でなら、暴れ回っている副長の表情から、それを見て、拳を握っている武蔵書記に武神の肩に乗って飄々とした表情を浮かべている第六特務まで見える。

そして、自動人形の観測は完璧だ。

 

 

 

 

故に見て取れた─────三者三様の形ではあるが、その表情には硬さも無ければ、虚偽の反応も無い事を

 

 

 

ついでに、三人の傍に現れた表示枠を見て、作戦の指示かと思って、見てみるが

 

 

・〇べ屋:『ちなみにこれ、空を飛ぶお三方からしたらどうなの?』

 

・ウキー:『馬鹿の所業だな』

 

・●画 :『馬鹿の所業ね』

 

・金マル:『やる方も考える方も馬鹿だねえ』

 

・剣神 :『テ、テメェら! 他人事且つ種族的な有利で貶めていやがんな!?』

 

・貧従士:『これ、誰が正義で誰が悪ですかねえ』

 

・ホラ子:『勿論─────狼狽えている方が小物で泰然自若なこのホライゾンが大物です。では、トーリ様、ここ。跪いて。そう、後は少し頭を下げて、腰を上げて。そう、その位置が丁度良く股間を蹴れる角度!』

 

・俺  :『あひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!! ホライゾンに次々と性癖開発されちゃうぅぅぅぅぅぅぅ! あ、ダメダメダメ! 流石に悲嘆の怠惰を受け入れる器は…………!』

 

 

 

何て難読な暗号だ…………!

 

 

まるで何を言っているのかが分からん。

共通記憶でアルマンとイザックにも渡してみたが、結果はアルマンからは『サボっているのか?』でイザックからは『理解不能』だ。

アルマンは後で叩きのめす。

それはそれとして、第六特務の武神が遂に武蔵副長をパチンコに番え、構える。

数秒の間、どこに落とせば効果的なのかを探るような間が空き─────そして放たれた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

熱田は上下左右が回る視界の中、あいつら…………! と思いながら、空中で胡坐をかいていた。

人間をこんな簡単に砲弾にして使うとは。

俺であるからこのとんでもないGの中でも胡坐をかいて、冷静でいられるが、だからと言ってそれを当てにして砲弾にする事を許していいだろうか。いや許せねえ。

英国で彼女が出来てハッピーになって余計にうざくなったが、まさかこうまで頭をハッピーにしてしまうとは。

後で絶対にぶった斬ろう。

うむうむ、と胡坐をかきながら頷き─────己を覆う影を見る。

 

 

 

「地殻の塊か」

 

 

直撃した。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

あ? と戦争をしている両国の感想が一つになった。

まるで大地を裂くような巨剣のような岩塊の正体は六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)

3銃士の一人のアルマンの重力制御で作られた即席の棍棒。

地殻から太さにして3m、長さで25m程の、正しく"大地"を武器とした物だ。

流体強化されているわけではないが、振り落とせば、衝撃で自らを砕くような武器だが、それをまともに受ければ武神どころか地竜ですら砕けるだろう。

人間なんて言わずもがな。

そんな得物をただ一人の、浮遊する少年に向けた結果

 

 

 

 

─────横に真っ二つに断ち切られ、上下の上に当たる箇所が吹き飛ぶ光景であった。

 

 

 

「…………おいおい」

 

振りかざしたアルマンが自動人形の計算速度で見た光景は中々愉快な現実だった。

少年がやった事は実に単純だ。

人間からしたら大地が飛来したのと全く変わらない質量に対して、ただ背中にある大剣を抜いて、振りぬいただけだ。

それで地殻は切り裂かれた。

正しく単純な事実で─────どうしようもない程の切れ味。

自動人形に感情は無いが─────相手の性能を見て、理解する事は出来る。

 

 

 

あの剣はやばいな…………

 

 

己の性能で出来る攻撃手段を持って、あの刃を封じられるかを考えたが、自動人形の知覚で3秒程、計算した結果、己の機能ではあの刃に打ち勝つのは不可能というのが出て、是非も無いか、と帽子を押さえる。

まぁ、斬撃がやばい、のは元々百も承知の事実だったからな、と考えながら。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

何かあった大地を切り裂きながら、とりあえずその大地に着地する。

着地地点として丁度良く─────即座に右手の振り切った大剣とは別に、左手で左腰に差していた脇差を抜くのに適していた。

逆手抜刀による振り抜く、というより振り上げるような抜刀によって正面から再び飛来した丸い物が、刃に当たる。

大きさとしては己の体よりも大きいから、3銃士のイザックの砲弾か、とどうでも良い感想を抱きながら、左右に分けて飛んでいく砲弾を見届ける。

同じ3銃士のアルマンによる巨大地殻による攻撃によってその巨大さと作る時に伴う破砕音でイザックの射撃音を隠蔽する。

同じ型式だからこそ出来る共通記憶による最適解による協力攻撃。

 

 

 

 

─────だからこそ、即座に右の大剣を手首の捻りで刺突の構えに、着地姿勢から足を開き、前に踏み出す姿勢を作る。

 

 

本来ならば砲弾によって遮られていたであろう前方の視界。

アルマンという攻撃には対処しても、次のイザックの攻撃には対処に多少の時間はかかっていただろう、と考えていたのだろう。

事実、脇差が無ければ、負けは絶対は無くても多少の時間は稼いでいただろう。

否、そうでなくても俺の思考は決して油断を作る事は無いだろう。

 

 

 

 

三銃士(・・・)

 

 

そう呼ばれている自動人形を相手に目の前の3人目を忘れる方が馬鹿げている。

肩の無い朱色の武神を背に付随させ、武神のサイズの大剣を4つ、纏めて己に振り下ろそうとしている女性型の自動人形の顔は、こちらの連携の打破を見ながら、是非もなし、という顔を形作っている。

感情の無い自動人形ですらそんな顔を作っている事に、喜ぶべきか、敵として面倒だ、と思う方が正しいのかを考え──────唇が三日月に歪む。

 

 

 

そんなの関係ない(・・・・・・・・)

 

 

相手が大国、六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)切っての三銃士だろうが、知った事ではない。

 

 

 

 

 

 

 

俺に勝っていいのはあ(・・・・・・・・・・)の馬鹿だけだ(・・・・・・)

 

 

 

 

誰からも狂念と呼ばれたそれを、しかし恥じず、消さないまま─────瞳を一瞬、赤く輝かせながら(・・・・・・・・)剣は閃いた。

 

 

 

 

 

 

武神と剣神の攻撃は一撃のみだった。

片方は4つの腕を持って、武神刀を持って人どころか、アルマンが作り上げた地殻すら断ち割ろうとする一撃。

縦から一つ、左右から一つずつ、最後の一つが真正面からの一撃。

それに対して、熱田が選んだのは正面衝突。

左右も縦も考えず、真正面に構えられた刃に自ら突撃。

サイズ、強度を考えれば、何を取っても自殺としか考えれない方法を、熱田は一切頓着しないまま─────つい、さっき会得した八艘跳びと共に疾走した。

己の軸に、全ての速度をつぎ込みながら、敵の三銃士、アンリの顔が驚きの表情を浮かべるのを見る。

まぁ、誰だって構えていた刃が唐突にガラス細工のように砕け散り、敵である俺が、自動人形の視覚を持っても、高速で目の前で現れたら驚くだろう。

だが、即座に敢えて武神との接続を一旦切り、己の重力制御を持って、刃を複数取り出し、自動人形ならではの差し違える覚悟を取るのは見事としか言いようがない。

次辺りは同じ事は通じねえな、と思いながらも、とりあえず勝鬨を上げる。

 

 

 

 

「いいか? テメェが負けたのはテメェが弱かったわけじゃねえ」

 

 

 

そう。テメェは致命的なミスをしたのだ。

それは

 

 

 

 

「テメェは巫女と巨乳に対応していなかったぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

アンリは剣神の斬撃によって下に吹き飛ばされる自分を知覚し、重量制御で態勢と速度を整えながら、己の失敗を悟った。

 

 

 

「不覚…………!!」

 

 

アンリは空から落ちながら、己の背を見る。

そこには今は己の二律空間に折りたたまれようとする武神がある。

だが、その武神は胸から肩にかけて一つの跡を作っていた。

切り傷だ。

武蔵副長によって斬られた破損だ。

あの時、武蔵副長は相打ち覚悟で己に挑む事によって、私を絶対排除するよりも、確実に次に挑む為の万全な勝利を求めた。

その上で私を排除するために─────私ではなく、力である武神を狙った。

無論、あの唐突な高速移動の中、方向転換など無いと考えていたし、足場も無いと思っていた…………が、あそこには足場があったのだ。

 

 

 

 

砕かれ、ガラス細工のように散った我が剣が。

 

 

 

結果がこれだ。

簡易チェックだけで、既に左半身が上手く動かないのが判明している。

伝達経が斬られている。

これでは戦力としては期待する事は不可能だ。

 

 

 

 

「やってくれる…………!」

 

 

 

姫様の近衛としての職分を果たせない事は自動人形において存在意義の破壊と見做せる。

武蔵において、世界最強を誇る副長。

熱田・シュウ。

成程、確かにこの少年は間違いなく

 

 

 

 

姫様の敵になり得る…………!!

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

 

いい腕と心意気をしていたなぁ、アンリとかいう自動人形、と思いつつ、コキコキ首を鳴らしつつ、本当の大地に降り立つ。

見れば、敵味方と共に、余裕がある連中は降り立った俺を見て、注視しているが、よく慣れた目線なので苦笑一つ漏らすだけだ。

さて、とりあえず派手に色々はしてみたが…………中々向こうからしたらいいコストパフォーマンスの攻撃だぜ、と思った。

何せあれだけ派手にやって、失ったのは恐らく予定外であったアンリの武神の負傷だ。

それ以外は向こうは何一つ傷付いていないのだから、やってくれる。

アンリとて己自身は無傷なのだ。

武神がない故、派手な攻撃手段は失ったが、特務級の自動人形である以上、武神が失った程度で弱くなるような性能はしていないだろう。

 

 

 

それに何より─────未だ向こうは副長を出していないのだ。

 

 

「はん…………」

 

 

最強である俺の活躍を前に未だ動かさないとは全く以ていい度胸だ。ぶった斬ってやる。

こちらの出発時間もそうあるわけではないが、かと言って舐められっ放しな癪に障るし、後、後の評価に繋がりかねん。

己の足と最強具合ならば十分に間に合うのを考えると前進するか、と時たま飛んでくる砲弾をうるっせぇなぁ、と刃で切り裂き

 

 

 

「─────シュウさん危ないっ」

 

 

ん? と聞き慣れた声に反応して振り返るとそこには超高速スピードで走って来ていた大型機馬に乗った留美が背後にいた。

直撃した。

 

 

 

 

 

敵味方関係なく、大型機馬に轢かれて、空中でトリプルアクセルを超えた回転数を飛ぶ武蔵副長を見た。

ぐはぁっ、と苦痛の叫びを上げ、地面に激突する少年を全員が半目で見届ける中、機馬を止めて、とことこ駆け寄るポニーテールの美少女を見て、やはり敵味方関係なく舌打ちした。

 

 

「くそ…………選ばれるのはやっぱり大味な人間よりも突出した馬鹿なのか……………!!」

 

「真面目に生きているこそが損の証拠だと思われる時代だ……!!」

 

「もしかして最近のトレンドは馬鹿か全裸になる事がモテル道なのかなぁ…………」

 

うんうん、と頷きながら、武器を振り回す中、留美は気にせず、倒れた熱田の傍に駆け寄り

 

 

「シュウさん、シュウさん。大丈夫ですよね? うっかり途中でブレーキを踏んだんですけど、よく考えれば、シュウさんこの程度ならば無問題でしたね」

 

「る、留美………! お、お前という奴は俺を一体なんだと思ってんだ!!」

 

「? 機馬如きでシュウさんが傷を負う事は無いです」

 

「おぉ…………この完璧な信頼と確かな事実によるアバウトな生命管理………!」

 

即座に立ち上がる熱田だが、もう一人の幼馴染兼巫女兼家族のような人間に言われたら、膝を着くしかない。

 

「というか、それ。親父の機馬じゃねえか。結構寝ていた奴だと思っていたが、案外、問題ねえんだな」

 

「ええ。何時か使う時があるかと思って、ちゃんと私、整備していたので。あ、勿論、免許は持っているんで大丈夫ですよ? ─────でも久しぶりだったので、シュウさん以外の人も轢いちゃって」

 

「く、くそ………! 何かキャラ的に俺がやらなきゃいかない事を掠め取られ捲りなんだが! というかお前、巫女服でよく乗れたな!!」

 

「ええ。ちゃんとこういう時用にいざという時はスカートにスリットが─────」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! この戦場にいる奴らぁ!! 留美のお色気足を見た奴出て来い!! 全員ぶった斬るぞぅ!!」

 

「─────入りますが術式で風で捲れないようにしてるんで大丈夫ですよ?」

 

 

精神的ではなくリアルで膝を着く。

 

 

駄目だ…………ある意味、智以上に勝てねえ…………実はうちのフリーダム代表なんだから…………。

 

 

・賢姉様:『浅間浅間! あんた唯一の持ち味のズドンコミュニケーションを超えるパーフェクト夫婦漫才を向こうは繰り広げているわよ!? どうする!? オパイを使用する!?』

 

・あさま:『だ、誰がズドンコミュニケーションが持ち味ですか!? べ、別に留美さんはほら、シュウ君の身の回りの世話をしている人なんで、あれくらい仲が良いのは当たり前で良い事なんですっ』

 

・〇べ屋:『まぁた往生際の悪い…………そんなんじゃアサマチ負けるよぅ? ─────今、倍率では一応アサマチが勝っているんだからしっかりしてくれないと』

 

・あさま:『か、賭けていますね!? 全員ですか!!? ─────あ! 鈴さんとメアリ以外賭けている! しかも最近入った誾さんまで!!』

 

・立花嫁:『申し訳ありません。私達も生活をしなくてはいけなく』

 

・あさま:『せ、世知辛い理由で売られてます…………!!』

 

とりあえず、智のコメントだけは残して外道達の表示枠はぶっ壊しておくが、その間に複数の影がこちらに突撃して来るのを見た。

 

 

 

「我等が太陽と月に近付けさせんぞ…………!!」

 

 

歩兵………否、異族の歩兵だ。

小細工は通じないと思ったのだろう。

彼らは武器ではなく、己の身体を持って、力と速度でぶつけてくる姿勢を取っている。

しかも、全員が位置にタイミング、攻撃箇所をずらして突撃して来るのだから練度は高い。

だけど、熱田はそれを見て、よっこらせ、と立ち上がり─────それを無視して前進し、もう一人立ち上がった留美も立ち上がり、突撃して来る相手を見ながら、腰の刀に手をかける。

 

 

 

 

「神納・留美。この刀と術式、"荒疾風(すさはやて)"を持ってお相手仕ります」

 

 

言葉と共に表示枠が─────少女の刀の柄尻の前に現れる。

そして、抜刀の態勢になり、一秒、しっかりと己を刃に組み替え─────解き放った。

 

 

 

「え…………」

 

 

熱田は敵が驚きの声と共に飛びかかろうとした全員が血と共に崩れ落ちるのを見届ける事になった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

浅間は敵の砲弾被害の処理をしながら、今の光景を表示枠で見届けた。

 

 

「今のは…………」

 

・立花夫:『抜刀姿勢と抜刀は確かに素晴らしかったですが…………一太刀で、距離と数が無効になっていましたね』

 

・●画 :『どーーいう仕掛け?』

 

ぬぅ………担当だから答えたい所だが、流石に今、弓を外すわけに………あ、また砲弾が

 

 

「会いましたぁ!」

 

 

会心の一射を放ちつつ、今の間に、速攻で打つ。

 

 

・あさま:『えっと、速攻で説明しますけど、多分、あれは二代のと同じ加速術です。ただ方式が違います』

 

・蜻蛉切:『どう違うので御座るか?』

 

・あさま:『はい。分かり易く言えば、二代のは身体を中心に己の進行方向に向かって進めば進むほど澄んでいく、ある種極東の累積加速術式においてのポピュラーな形式が翔翼です。ですが、留美さんのは刀の柄尻の前で出ていました。恐らくですが、留美さんのは言うなれば累積加速抜刀術式という所ですかね。刃を抜刀し、その過程で加速と不純物を禊ぎ、己の速度を上げながら、更に居合の純度を奉納する事で距離と更には数すら見合った物を具現化しています』

 

・立花嫁:『つまり、己の技と形が良ければいい程、効果は威力と数は上がると』

 

・あさま:『はい。多分、後の残心も含めての奉納になると思いますが、その分、二代の翔翼と違い、切らない限り、スサノオが許す所まで積もると思います。ただ、その分、立ち上がりは翔翼よりは遅いかもしれませんが』

 

成程、と戦闘系の皆さんが納得したから、即座に自分も直ぐに仕事に戻ろうとして

 

 

・賢姉様:『浅間』

 

と、こちらに限定したメッセージが届き

 

 

 

・賢姉様:『──────悔しい?』

 

 

思わず、少しだけ止まる。

その目に映るのは表示枠に映る少年と少女。

少年─────シュウ君は留美さんのその一斬に対して、まるで相変わらずだなぁ、という風に見届け、留美さんは刀を収め、残心に入っている。

それが終わった後を狙って、シュウ君は八俣の鉞で肩を数度叩きながら

 

 

 

『──────』

 

 

何かを留美さんに呟いた。

表示枠が上手い事、言葉を拾えなかっただけなのだろうが、しかし聞いた少女が少しだけ顔を赤らめ、微笑んだのを見ると聞こえなくて正解だったかもしれない。

 

 

 

「…………まったく」

 

 

喜美は何時も、余計な事ばかりを言うのだから。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

さぁて、と熱田は刃と最前線を背負いながら、前を見る。

 

 

「留美。お前は下がれ。どうせ馬鹿共も勝手に後ろで騒いでいるんだろ。そっち行っとけ」

 

「嫌です」

 

ぬぅ、と敢えて振り返らず、留美のすげない返答を聞くが、だからと言って受け入れるわけにもいかねえ。

 

 

「副長命令。こっから先は足手纏い」

 

「生きて帰る気概は持っています」

 

「残念─────お前は優しいからだぁめ」

 

振り返らずに先程斬られた奴らを指差す。

そこには異族特有の高速治療によって、未だ立ち上がるとまではいかないが、己で術式を使って更に治癒を速めている光景だった。

 

 

「剣を振るう事自体はともかくお前は人を傷つけるのは得意分野じゃねえよ」

 

「…………そんなのシュウさんもじゃありませんか」

 

「ばぁか。俺は副長で皆、大好きの剣神だぜ──────誰よりも先に疾走するのは俺の役目だぜ」

 

微笑で告げられる言葉に何も返事が帰って来ないので、それを機に前に一歩を踏み出す。

事実、ここで攻めねばなるまい。

補佐とはいえ技能としては副長クラスの二代が今や武神団にかかりっきり。

更には各国の総長やら何やらを放出して尚、敵は未だ総長や副長を温存しているのだ。

 

 

 

正しく、武蔵の弱味を露呈された状態だ。

 

 

事、相対戦や武蔵を利用した艦隊戦ならともかくそれら一切を利用しない戦闘においては武神複数とこちらの戦士団を足止めする銃士隊が居れば十分という結果が出てしまったのだから。

非武装の武蔵としてはある意味しゃあない結果なのかもしれないが、それだけで終わるのは癪だ。

まだまだ武神は出てきそうだが、それら全て突破して疾走するのは実に俺らしい。

何なら突破に拘らなくても、出てくる奴ら全員をぶった斬れば、多少は溜飲が下がるというもの。

全てぶった斬られて尚、余裕を持てるかどうかは見物だ。

そう思って、殺気立つ敵陣営に突撃しようとし

 

 

 

「…………ん?」

 

 

向こうの旗艦から何かが発射されるのを捉えた。

砲弾かと思ったが、何か違う。

 

 

 

何かやけに輝いていた。

 

 

一瞬、太陽かと見紛うような何か。

術式による砲弾かと思ったが、そういや向こうの総長の字は太陽王だったか、と思うと

 

 

 

…………まさか…………

 

 

そういや、ついさっきどこかの副長が似たような事をしていたなぁ、俺だ。最強だからな。

落下地点は丁度俺の眼前辺り。

何時の間にか奴さん達は引いて着弾地点を見守り、ながら

 

 

 

 

「─────Vive(栄光) La(あれ) XIV(太陽王)!!」

 

 

と首を垂れ、跪く光景と共に太陽が地上に降臨する。

即座に留美の正面に立つと目の前で光が破裂する。

 

 

 

「むっ」

 

 

半円状に広がる熱気と衝撃は予想内だが、意外にも熱量が凄まじい。

まず足場が持たないし、他はどうでもいいが留美の肌を焼くかもしれん。

引くのはぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんぜん好きじゃ無いが、足場が溶けてずり落ちるのも、留美を焼かせるのもいけねえな、と思って、しゃあ無しに、留美の手を取って背後に軽く30メートル程ジャンプする。

あっ、と留美が反応するが、敢えてそれは見ずに、50メートル程のクレーターとなった中心を見る事に専心する。

無論、この程度の規模位驚く事は無いのだが、下手人はどんな奴やら、と思っていると

 

 

 

 

 

 

「ふっ─────初めまして武蔵。空を行く極東の竜よ。朕こそがルイ・"太陽王(ロワ・ソレイユ)"・エクシヴだ」

 

 

 

金の長い髪と長身瘦躯を纏い、黄色の瞳で絞った筋肉を纏った──────全裸が現れた。

熱田は空を見上げて、思った。

 

 

 

 

 

成程…………一人全裸がいれば二人目がいるってわけか…………

 

 

 

 

 

 




ふぅ、また久しぶりですが、投稿です。


まぁ、今回語る事はとりあえず留美の術式の補足をしましょう。
中身を聞けば、それ翔翼より強くね? と思われそうですが、これは実は使用者の技能の完成度ありきの術式です。
要は居合における立ち振る舞いの完成度が無ければそもそも術式が成立しないのです。
翔翼は比較的武闘派ならば多くの者が使える術式ならば、荒疾風は完全な上級者向けの累積加速術式。

それ故の効能の高さであり、そして扱い辛さもある術式なのです。


同じ理由で三銃士達も、今回はかませ犬みたいな役目になってしまいましたが、これはある意味で今回だけの結果と思って貰いたいです。
熱田の性能的には、相性がいいのはイザックとアルマンです。
この二人相手ならば、勝ち目が高いのは事実ですが、アンリに関しては本当はむしろ愛称は悪くはないレベルを持っています。
それが今回、こうなったのは情報収集と同時に真正面から挑んだからです。

熱田は未だ対外的には自動人形と武神とは戦っていないですからね。
そうなった場合、どうなるかのデータを向こうは欲していたのです。
そして真正面から挑んだ理由はこれは原作でも述べられたように、今回は覇王の出陣です。
覇を唱える以上、後はともかく最初に少しでも後ろ向きな何かを残すわけにはいかないのです。
ただの意地かもしれませんが、されど意地です。


王者が始まりの一歩を自信もって踏み出さなければ、後の覇道にも曇りが出るというものなのです。


ちょっと長々とぺら回してしまいましたが、まぁ、そういう事なのです。


では、感想・評価などよろしくお願い致します。



白翼さんとかもう見てくれてないかなーーーー。


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欧州覇王

馬鹿な………また全裸が!?

そんな! また全裸が!?

ちくしょう………全裸かよ!?


配点(二人目の全裸が)


 

アデーレは機動殻の中で、どうしたものですかねぇーー、と思った。

 

 

 

ルイ・エクシヴ

 

 

太陽王という字を持ち、後に欧州覇王となるルイ14世を襲名した人で、総長連合の年鑑を見れば、神の血を引いた半神との事らしい。

一応、父が六護式仏蘭西出身ではある為、地元………というには自分は生まれも育ちも武蔵なので、語弊があるが、まぁ、ニュースを追っていたくらいはしていたのだが

 

 

 

まさか全裸だとは…………

 

 

ああ、おとうさん。自分、どうなっても王様が全裸になっていたんですかねぇー、と半ば現実逃避をする。

 

 

 

・剣神 :『つまり─────ネイトの全裸崇拝は地元補正か…………』

 

・銀狼 :『ご、誤解を生みますわその表現! そ、それに崇拝しているのは全裸ではなくえっと! そう王の在り方! 王としての在り方ですの!』

 

・●画  :『つまり───全裸の在り方ね』

 

・労働者:『分かってしまった事を言わなくていい』

 

・〇べ屋:『まぁ、人の趣味なんて多種多様だよねぇ、特殊なんてよくあるよくある─────重要なのは売れるか売れないかだから』

 

・約全員:『直接的だな!!?』

 

 

外道の会話が何時も通り過ぎる。

というか武蔵で全裸に視慣れ過ぎる弊害ではないだろうか。

正しくこれ、病原菌。

迷惑ですねーー、と思っていると、近くにいた副長もおいおい、という顔で

 

 

 

 

「アデーレ見ろよ─────奴ら、全裸に跪いているぞ」

 

 

危険な質問を、と思っていると向こうの人たちから貴様……!! という言葉と共に

 

 

「我々に現実を見せるな! 辛いんだぞ!」

 

『そうだ! 嫌になるから武神でコラ貼り付けて現実を変換している事実を思い出させるな………!!』

 

「そうよ! 危うく番屋にコールしそうになっているのを我慢するこの忍耐力………! 24時間私達は試されているのよ………!!」

 

 

などとエライブーイングが帰って来た。

すると周りの人間が少し俯いて

 

 

「そうだよな…………見るに耐えねえ全裸が外を闊歩していたら気分悪くなるよな…………」

 

「…………最近、あれを見ると"なぁんだ"で直ぐに対応して、その後に、"いや、俺、おかしいだろ"って酷く冷静になった時、辛いよな…………」

 

「…………普通、ああいうのを取り締まる為に法ってあるんだけど、最近は政治家担当は寒いギャグ放つだけ放って、全裸咎めてくれねえもんなぁ…………副王と副長だけだよなぁ………」

 

 

いかん。うちの総長連合と生徒会の支持率にもダメージが。

しかし、恐ろしい事に完全事実のダメージなので、これ、否定したら事実隠蔽か、現実を見ていない痛い奴になるしか無いのではないだろうか。

 

 

 

あ、でも総長と副会長にヘイトが………!

 

 

総長は自業自得だが、副会長はどうしよう。

どうしようもないですね。

 

 

・貧従士:『副会長! 副会長! もう冷たいギャグを言わないって公約出来たりしますか!?』

 

・副会長:『何を言うバルフェット─────私はこれまでの人生でそんな事をした覚えがない』

 

・約全員:『………………そんな馬鹿な……………………』

 

 

機動殻の中でくっ……………と呻く結果になってしまったが、とりあえず奔獣に寒いギャグは通じないとかいう防御システムを組み込めるかどうかを検討してみよう。

そうやって馬鹿な事をしているとそこで、向こうの全裸がふっ、と何か笑い

 

 

 

「ふっ……………何やら朕の威光に異を唱えているようだが…………朕の全てに祝福するような光に嫉妬かね? 武蔵副長」

 

「いや、服を着ろ」

 

 

ばっさりと向こうの発言を切り捨てた副長に敵味方関係なくおお、と思わず頷く結果になるが、やれやれ、という風に全裸は首を振り

 

 

「君は太陽の光は常に雲に遮られておくべき、などと言うのかね? 否、太陽は常にあるがままであるが故に、世に光差す物────そちらの紛い物と違い、朕は真性だ」

 

「し、真性自ら言いやがったなテメェ……………!? 恥はねえのか!?」

 

「あるわけがないだろ? 朕が朕である事に一体、何を恥に思う必要があるんだい?」

 

 

これは確かに真性だ…………と皆と一緒に俯く。

 

 

・未熟者:『…………おっかしいなぁ。全裸である事を除いたらすっごいいい言葉だったと思うんだけどなぁ……………』

 

・十ZO:『とんでもなく大きな欠点はそこらの美点を埋め尽くすもので御座るな…………』

 

 

ですよねぇ、と思うが、そこでアデーレは気付く。

 

 

 

あれ? さっきからこういう馬鹿騒ぎには絶対に乗る人からのリアクションがありませんよ?

 

 

そう思い、何となく副長の方を見ると

 

 

 

 

「おいおい────こっちの紛い物の全裸って……………これの事かい?」

 

 

 

あ? と声に振り返る副長の動きを見届けながら、アデーレは周りの皆と一緒に叫ぶ。

 

 

 

 

「い、何時の間に総長! あ、後珍しくふ─────」

 

 

 

くを、と言おうとした言葉は何時の間にか副長の傍に生えた総長の手にある制服を見て止まる。

あれ? 服ですよね、でも総長、服を着ている。二重制服? また馬鹿な事を…………と即座に思考するが、その思考の正しい解答が、次の瞬きで発覚した。

 

 

 

 

総長の隣にいる副長がパンツを残して脱がされていたからだ。

 

 

 

敵味方関わらず真顔で結果を見つめる中、密かに留美さんが即座に激写をする為に表示枠を取り出しているのが、中々だが当の本人は馬鹿が隣に発生した事を注視している為、真実の確認に遅れている。

だが、それも数秒の猶予。

何してんだ馬鹿の顔は、何かさみぃな、という顔になっていく副長は無意識的に自分の体を見て、瞬間的に固まりつつも、成程、と笑みで頷き─────音速突破のアッパーを総長にぶち込んだ。

顎にメキリ、という擬音が響くくらいの見事なアッパーと共に空を飛んでいく総長をおーー、と見ていると副長は何時の間にか取り返した服を着ようとしている。

案外、脱ぎネタに反応する人では無いのだ。浅間さんの脱ぎネタには勢いよく反応するが。

やれやれ、という動きは、しかし再び止まる。

 

 

 

 

何故なら、残ったパンツに膝立ちで手にかけている巫女がそこにいたからだ。

 

 

 

「…………留美。何をしている」

 

「─────シュウさん。これは防御策です」

 

 

ほほぅ…………と至極真面目な顔で即座に反論する巫女に半目で見下ろしている副長。

自分達、今、何をしていたんでしたっけ…………と思うが、深く考えるとちょっと胃の辺りを擦る事に。

 

 

「いいですか? 今、シュウさんは総長さんに簡単に服を取られたのです。これは由々しき事態です」

 

「成程、論は間違ってねえな─────だが、最後に残ったパンツを奪う理由にならねえな」

 

「いえ、だからこれ以上盗られないように責任をもあいた!!」

 

結構な唸りを上げて放たれたデコピンが留美さんの額に炸裂するのを見届ける。

うぅ……と額を押さえる姿は同性視点で見ても普通に可愛らしいのがまた。

 

 

・●画 :『おっかしいわねぇ…………キャラを直さなくてもありのままを使えば十分に生きるキャラになったわ。副長のヘタレっ振りがより目立つけど』

 

・留美 :『あ、書く場合はそのままにして下さいね? 予約は既にしているので、ついでに初回特典で制服、私服、水着、全裸をくれたらとっても嬉しいです』

 

・●画 :『その率直さに免じて、サーヴィスしてあげるわ。後でアドレスを送って』

 

・銀狼 :『智! 智! 負けてる! めっちゃ負けてますわ色々と! 今なら手が空いていますから副長にズドンしたらどうですの!?』

 

・あさま:『それで一体何に勝つんですかっ!?』

 

。金マル:『ヘタレ具合かな』

 

 

 

第三特務、厳しいですね……!!

 

 

と表示枠の速度に付いていけなかった事にうーーん、と唸っていると

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! スカイダイビングから帰宅帰宅ゴーホーム! 俺のハウスは親友の腕の中! 中!? 俺、親友の中が魂の故郷!? 俺、親友の腕の中を出し入れするのか!? 正にソウルフレンドだな! 繋がる広がる巡り合うーーーーー!!」

 

 

 

何やら服を着ている全裸が発狂して落ちて来た。

何を言っているのかさっぱりわからん。

向こうの人たちからも半目で見られるので、武蔵メンバーは全員俯くしかない。

太陽全裸は何故かY字ポーズを取って、下半身を左右に振り始めた。

全裸の芸風はやはり、同レベルなのか、とこちらも半目を向けると向こうも俯いて逃げた。

とりあえず、結構な速度でわざわざ足を広げ、落ちてくる総長を、副長は服を全て着直して、両の拳を握って笑顔を浮かべ

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

怒涛のラッシュが総長の股間を襲った。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

点蔵は酷く惨い自業自得の結果を見た。

 

 

 

30…………いや、40? ぐらいやったで御座るなぁ……

 

 

音速突破の股間ラッシュ。

股間だろうが、一切容赦のないラッシュは嫌な手応えと共に男としての崩壊を得てしまったのではないだろうか。

周りの男連中は自分も含め、腰が引けているので、やはり共通の見解だろう。

シュウ殿はシュウ殿でとりあえず地面でピクリとも動かないトーリ殿の服で両手を拭いている。

そして、即座にトーリ殿を放り捨てて

 

 

 

「─────さて歌うか」

 

 

と、剣をマイクスタンドに見立てて、突然狂うから全員が副長を止めにかかって何とかなった。

しかし、太陽王はこちらの光景をどう見たのか。

やれやれ、と微笑みを浮かべながら

 

 

「やれやれ…………上がそんなにフリーダムだと場が混沌として仕方がないね、武蔵」

 

「お前だあああああああああああああああああ!!!」

 

全員で口を合わせて突っ込む中、点蔵は気付いた。

それは今もポーズを決め込んでいる太陽王の背後から一人の女性が近づいて来た事だ。

改造制服を着こなした長髪の少女がのしのし、という感じで太陽王の背中に近付き

 

 

 

「なげぇんだよ、馬鹿。とっとと先進めろ」

 

 

と、背後から足を振り上げ、つま先が諸に股間に突き刺さった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

向こうの全裸の股間を蹴る女、毛利・輝元の紹介とのお惚気シーンを流された後、ルイ・エクシヴはようやく話題に入った。

 

 

 

 

曰く、これ以降六護式仏蘭西は歴史再現の遵守について、時勢と解釈において執り行う

 

 

 

それはすなわち、解釈という言葉を利用して、歴史再現という絶対遵守の法を無視するという宣言。

引いては─────関が原に置いて敗軍の将となる妻の毛利・輝元を、松平を二重襲名する事で叶える事も出来るという宣言であった。

ふん、と思わず鼻を鳴らす。

手段はともかくその気概に関しては悪くはない。気に入った。ぶった斬ってやりてぇ。

大言壮語の傲慢を吐いた太陽王もだが、その横でその大言壮語を大言とは思わずに、受け止めている女もその態度には気負いもなければ、不可能と思っている節も無い。

こういう輩は折れねえからやり甲斐がある。

馬鹿が何やらじゃんけんやら何やらで向こうをかき回しているが、これに関してはどうでもいい。

 

 

 

 

何故ならこちらの選択肢に譲るというのはねえからだ。

 

 

 

それを、きっちりとトーリの言葉を正純が代弁したから、もう特に言うも見ることもねえと思って、欠伸をしていると

 

 

 

 

「武蔵副長も同意見なのかい?」

 

 

と、何故かこちらに水を向けられた。

あ? と思い、つい聞き間違いかと思って向こうの全裸を見るが、あっちは特に不思議な事を聞いたわけでもない、という感じでこちらを見るだけ。

おいおい、と思わず周りも見るが、トーリがくねくねして踊る以外は全員がじっとこちらを見ている。

だけど、留美は動画を撮るな。

とりあえず、トーリの股間に一度蹴りを入れてから

 

 

 

「俺に聞いてどうすんだ。うちの王はこいつだこいつ。ついでに政治家はあのヅカ。で、俺はただの刃だ」

 

「えぇーーーーーーー!! ただの刃がエロゲをしているんでしゅけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

隣で不屈に叫ぶ馬鹿の股間を黙って蹴り潰しながら

 

 

「エロゲは別だ。男だからな。よくぶつかって事故で胸を掴んだ、とか風で見えたパンツを見ていない、とかみっともなく言い訳する野郎がいるが、俺は真っ向からはい! 掴んだ! 気持ちよさそうだから!! はぁ! 見るに決まっているだろパンツだぞ!! と言う素直な純情少年だからな」

 

「それは純情じゃくなて欲望だ!!」

 

 

やかましい。

男が思春期拗ねらせて何が悪いと言う。

エロに興味を持って、女性の胸や尻に目を行く現象などなぁぁぁぁぁぁぁぁにが悪いと言うのだ!!

うむ、と頷いているとふっ、と太陽王は笑い

 

 

「成程─────君は立派な犯罪者だな」

 

「な、なにぃ…………!?」

 

全裸で光輝いている男に犯罪者と呼ばれるのは流石に来るものがあるが、しかし直ぐに取り直し

 

 

「その全裸は犯罪じゃねえって言うのかよ!! ついでに無駄に解像度を上げちまったゴッドフレスコも!!」

 

「何を当たり前な─────朕が服を着なければ、それこそ末世。太陽を失くした民が不安を得てしまうだろう。脱がない君では朕の生き様を理解出来ないのさ」

 

大体、と一度間を置かれた俺はお、おぅ…………と合いの手を入れていると

 

 

 

 

 

「最強最強とか言っているが────────たかが服を着ている人間が言うとは…………実に甘い話だ」

 

 

 

 

・剣神 :『あっれ!? あっれ!? あっれぇ!? 最強って、あれ!? マジか!!?』

 

・あさま:『シュウ君! シュウ君! 落ち着いてください! 最強云々のあれは完全な出任せですから!! ──────キャラは負けていますが』

 

・金マル:『まぁ、三流チンピラ口調で勝とうっていうのは少し虫が良すぎるよねぇ』

 

・83  :『オウ。キャラで勝てなかった場合もカレーですネー』

 

・あずま:『カレーってそんなに万能な力を持っているの…………?』

 

・剣神 :『くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 味方はどこに消えやがったあああああああああああああ!!』

 

 

何時だって現実は大敵だ、と舌打ちしながら、あいつらとりあえずしばき倒す、と誓う。

誓った後はとりあえず、首を回してコキコキ慣らして、相手を見る。

 

 

 

 

六護式仏蘭西

 

 

 

太陽王や毛利・輝元は元より未だ健在の三銃士は大国の特務として十分な力を持つ自動人形だ。

それだけでも脅威なのに騎士達による武神団に、自動人形。

更には異族部隊とファンタジー要素が盛りだくさんである。

武蔵にもそれらが無いとは言わないが、極東は非武装且つ政治に関われるのは学生である間だけ。

性能も人も全く足りていないのだ。

松平と後に覇者となる歴史を持っているから、ある意味まだマシなレールを使えるかもしれないが、それでも前途多難な先しか見えないのは馬鹿ではあるが、トーリ程馬鹿では無いので理解はしている。

 

 

 

強大で強敵。

 

 

その事実を一切の虚飾なく受け止め──────しかし、それを湧き上がる怒りと好感の奇蹟のコラボレーションみたいな感情と共に、笑みを浮かべて告げる。

 

 

 

 

「─────まぁた悪役になっちまうなぁ」

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

はっ、と笑う全裸の夫を、毛利・輝元は見た。

隣から見えるエクシヴの顔には嘘偽りのない微笑が形作られている─────が、これは私も同様だろうなぁ、と内心で苦笑する。

何せ明確にお前ら全員、叩きのめすなんて言われたら、馬鹿だろうが天才だろうが、流石に痛快だ。

 

 

 

 

「小気味いいじゃねえか」

 

 

 

毛利・輝元の襲名をしている以上、やはり極東に対して考えることが無い、とは言えない。

何れエクシヴの愛人を全員襲名するつもりではあるが、それで毛利・輝元としての歴史再現を疎かにするつもりはない。

しゃあねえ立場にいるとはいえ、やっぱり一極東人としてちゃんとしてくれよ、という思いが浮かんでしまうものだ。

無論、これは大国にいる人間の余裕と思われても仕方がない感想だ。

武蔵は非武装の上に、学生は若い奴らばっかりだ。

色々奪い取っている側が言うセリフじゃねえかって思い、空に浮かぶ漂泊の船を何時も見送っていた。

 

 

 

 

だが、そんな国が、船が、人が唐突に世界征服を謳いだした。

 

 

吐いたのは武蔵副長の隣にいる今は服を着ている馬鹿だ。

当時はそれこそ馬鹿故の向こう見ずさかと思ったが…………今、隣で笑っているエクシヴからしたらそれは違う、と告げられた。

 

 

 

 

「馬鹿である事もそうだが─────何より、武蔵総長は作りたいのだろう。彼曰く、夢が叶う国を」

 

 

 

勝ち筋も、道も作る事も出来ない王だが、ゴールの形だけは明確に作る無能の王。

 

 

 

 

俺には何も出来ねえ。だけど、オメェらは出来る。

 

不可能は俺が持っとくから、お前らはやれるだけやれよ。

 

 

 

何とも愉快な形の王道だ。

王の在り様の変革…………というより変異か。

 

 

 

馬鹿げた話だよなぁ…………

 

 

武蔵総長は気付いているのか。

他の奴らがやってくれるっていうのは無論、王からの信頼だが、それに必ず応えてくれる、というのがどういう事なのか。

 

 

 

「…………ったく」

 

 

戦場で美談のような惚気話を聞かされるとは思いもよらなかった。

こういう敵もいるんだな、と隠し切れない笑みを浮かべていると

 

 

 

「─────Tes.。武蔵諸君。君達の挑戦。欧州覇王がしかと聞き届けた」

 

 

格好つけやがって、とつい言いそうになるが、本心ではそれでいい、とエクシヴの態度に納得する。

そうだ、あたしらは欧州の覇王になるのだ。

歴史再現だとか、聖譜がだからじゃねえ。

あたしたちの意思が覇王への道となり、先となるのだ。

その覇王に対して征服をするという挑戦者が現れたのだ。

ならば、自分達が返す返答は傲慢ただ一つでいい。

今だけは虚栄の己は黙り、覇王としての傲慢と共に、告げればいいのだ。

 

 

 

 

 

「存分に挑むがいい武蔵─────朕は君達の挑戦を覇道の礎とさせて貰う」

 

 

 

 

 

 

互いが互いの覇を唱え終わった後、留美はそのまま再び開戦するかと思い、鯉口を切っていた時、両者の間を縫うように声が解き放たれた。

 

 

 

 

「待てよ」

 

 

男性の声だと思うのと同時に、私を含め、全ての者が声がした方角に振り替えるとそこにはやはり、一人の男性が立っていた。

浅黒い肌を晒し、サングラスをかけ、無手でこの戦場に一人現れた。

それもP.A.Odaの制服を着崩し─────ズボンに4という刺繍が縫われている事実に目を細めた。

彼はそのままズボンのポケットに両手を入れたまま、無遠慮にこちらに向かってくる。

 

 

 

「おい親友。オメェ、今日一日だけでキャラ被りが二人も出てんぞ」

 

「い、言いやがったなテメェ…………!」

 

 

いえ、シュウさんはオンリーワンです。

他のチンピラ口調はあっても、二番煎じという事でいいと思います。

だが、それはそれとして男の歩みは一切迷いなくこちら─────否、サングラスに隠された視線は間違いなく武蔵総長とシュウさんを見ていた。

その事実を理解した時、ようやく口を開いた。

 

 

 

 

「武蔵総長。武蔵副長─────お前らに用がある」

 

 

名指しを受けた二人は一度首を傾げ、しかし直ぐにお互いを見て

 

 

「おいトーリ─────あいつ堂々と俺ら二人に告白しに来たぞ」

 

「ああ…………俺、男から同時告白なんてされるの初めてだぜ…………」

 

「仕方がねぇ…………役職として一応、上のテメェに機会は譲ってやる…………!」

 

「じゃあ役職命令でオメェ、俺の代わりにホモって掘られて来て下さあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

 

「貴様ーーーーーー!!!」

 

 

総長の襟をつかんでガクガク揺らしているが、総長は笑うだけで堪えてないからシュウさん、負けてます、それ、ギャグ的に負けてますと言いたかったが、二人の芸を無視して男は二人に向かう。

 

 

 

 

「英国じゃあ利家(トシ)が世話になったようだな」

 

 

英国、トシで思い浮かぶのはやはり、同じP.A.Odaに所属して、且つ五大頂、六天魔軍の4番の片割れ、前田・利家を思い浮かべられる。

ならば、やはりこの男性は

 

 

 

 

「六天魔軍の4番………! 佐々・成正…………!?」

 

 

大国にして強国のP.A.Odaにおいて中核をなす六天魔軍の一人がここに立っている意味を唾と一緒に飲み込む。

しかし、そんな中、総長とシュウさんは一切、緊張感がないまま、しかしようやくシュウさんの方が気づく。

 

 

 

 

「ああ。テメェ─────六人揃ってようやく俺の半分軍の奴か!!」

 

 

 

何時ものシュウさんクオリティで何よりだ。

そう思って笑顔でうんうん、と頷いていると何故か六護式仏蘭西の三銃士のアンリから信じられない物を見る目つきで見られたが気にしない。

後で熱田神社勧誘パンフレットを叩き付けておこう。

サブリミナル効果も利用した3分で熱田神社に入りたくなるパンフレットだ。

3分後には見事に何かを斬りたくなる危険人物が生まれてしまうので、使いどころを間違えると大惨事なのだけど、これも布教の為である。

お陰でこれで人が増えたのだから問題ないです─────何故か後から悲鳴を上げて逃げようとする人がいましたけど。

ともあれ、シュウさんの挑発に近い言葉に、しかし佐々・成政は特に気にする事無く、一度、鼻を鳴らし

 

 

 

 

「─────見る目のねえ依怙贔屓の神がよく吠えやがる」

 

 

 

瞬間。

 

 

 

シュウさんは大地を蹴飛ばし、割り砕け、浮き上がった長さと厚さ、共に五メートル程の岩塊を、佐々・成政相手に蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

岩がどうなるかを見届ける間もなく、両勢力は行動を再開した。

武蔵勢は逃走に入り、六護式仏蘭西は追撃の形に入る。

佐々・成政という例外が来ても、関係ないと言わんばかりにそれぞれの攻勢に出る中、唯一武蔵勢の中で逃走に入らない者がいた。

 

 

 

 

『シュウ君…………!?』

 

 

わざわざ表示枠で幼馴染が注意喚起を行ってきたが、今回ばかりは聞く気は無い。

まぁ、そうは言っても六護式仏蘭西の軍勢を相手に一人残る、というわけではない。

何故なら目の前で俺が蹴り飛ばした岩塊を拳一つで粉砕する存在がいるからだ。

 

 

「ま、そんくらいはやるよな」

 

「はっ─────舐めくさるなよ餓鬼が」

 

 

拳に付随するように浮かび上がる相手の表示枠を見ながら、身体強化…………の割には派手だからもっと別のもんか、と思いながら剣を背負う。

 

 

「狙いは俺かトーリなんだろ? なら馬鹿よりも最強の方に負けた方が土産話になるだろう?」

 

「テメェ如きが俺に勝てるとでも?」

 

 

 

・●画 :『あんたら喋っているとどっちかわからないわ』

 

 

やかましいツッコミを空いた手で破壊しつつ、その手で来いよ、と招きつつ

 

 

 

「たかだか小物に負けている程、暇じゃねえんだよこっちは」

 

 

 

「…………」

 

みしり、と佐々・成政が踏んでいる地面が軋む音が聞こえる。

表示枠が佐々の全身を守るかのように立ち上がるを見守りつつ、背負っていた刃を下ろし、何時でも動けるように全身から力を抜く。

3秒後に唐突に自分の背の方から太陽が発生したかのような熱量を感じたが、俺が気にする事でもなければ心配する事でもない。

どうせ殺しても死なない馬鹿連中ばかりなのだから。

 

 

 

………………あ、留美は少し心配だがなぁ……………─────辻斬りしていないか

 

 

 

笑顔で人を斬るのに躊躇わない巫女なのだ。

時たまあの切れ味のある綺麗な微笑は俺も怖い。

その笑みのまま、愛を告げてくるのだから本当にどうしようもない。

 

 

 

 

もっといい男を探せよ…………いい女なんだから…………

 

 

俺みたいなろくでもない邪神じゃなくて、もっとマシな奴を探せばいい。

梅組の男は絶対に止めるが、それこそハクとかそういった奴らに目を向ければいいのに、と思うが

 

 

 

……………他人の事を言えた義理じゃねえよなぁ

 

 

ろくでもない邪神だと思いながら、別のいい女を見ている時点で説教する立場でもなければ、そもそも柄じゃねえ。

平和な日常のような思考をしつつ、刃を握れば、即座に今までの思考を捨てれている自分に苦笑しながら、敵の殺意を浴びる。

奴さんの顔が裂けるような笑みを浮かべているのを見て、おーー、おーー、いーー顔しやがって…………と同じ笑みを浮かべる。

その笑みの真意はただ生意気な俺を上から叩きのめしてや(・・・・・・・・・・)()、という殺意。

そこらの一般生徒がやったら即叩きのめしている顔だが、P.A.Odaで六天魔軍の一人で襲名者であるというならばむしろ俺を相手にそれくらいの顔と実力を示してくれなければ、それこそぶった斬りたくなるだろう。

 

 

 

 

勝者として君臨している癖に、実際は歴史にあやかっているだけのクソかよ、と。

 

 

 

そう思わずに済んだのは僥倖と言うべきか、厄介なと言うべきか。

でも、あの程度の挑発に乗ってくるとは。何か際どいワードでもあったのだろうか、と思っていると

 

 

 

 

「─────百合花ぁ!!」

 

 

叫びと共に物凄い速度でこちらとの距離を一歩で詰め切った。

空気抵抗の壁を越えた拳が、もう既にこちらの腹を狙って発射されている事を知覚する。

速い。

初速のみで言うのならば、二代や宗茂に迫る所を超す速度。

攻撃力という意味でも、この拳の圧を見る限り、凄まじいモノを感じる。

その上で腹という避ける事を考えれば、一番難しい所を狙ってくるものだからやってくれる。

故にそれに対応する為に体を動かそうとするが、その前につい笑みを浮かべてしまいそうになり

 

 

 

……………………れ?

 

 

─────浮かべる事が出来ない事に気づく。

 

 

いや、それどころか手足や指、舌すら動かない。

 

 

 

─────術式か!?

 

 

思考だけは止まらない事を感じながらも、このチート臭い能力を感じると個人のみで成立する力ではない事だけは確かだ。

何故か目の前の佐々・成政の動きは止まらないが、サングラスに隠された目も少しだけ開かれているのを察知するとこいつの能力ではないのはやはり確かだ。

しかし、今はそんな事は問題ではない。

問題は今、届きつつある拳に対して、俺の体が動くことが出来ないという事であり

 

 

 

当たり前だが、奇跡など起こさず、拳は諸に腹へ突き刺さった。

 

 

ゴキッ、と骨が幾つか砕ける音と擬音にはならなかったが、何かがひしゃげるような感覚を得つつ─────己の肉体が吹き飛ばされるのを他人事のように知覚した。

 

 

 

 

 

 

 

「強かじゃのぅ」

 

義経はIZUMOで起きている武蔵と六護式仏蘭西の戦争を見ながら、素直な感想を呟いた。

吹き飛ばされた熱田が土煙で見えなくなっているのを確認しつつ、先程の流れを読み解く。

 

 

 

 

「アレは確か、六護式仏蘭西の聖譜顕装の聖骸の賢明(コルプス・プルデンティア)じゃったかのぅ」

 

 

表示枠に映る毛利・輝元が何時の間にか円盤に似た翼を広げているのを見つつ、その名を口に出す。

能力は…………………なんじゃったっけ? まぁ、所詮、儂の器を相手にすれば脆く崩れる代物じゃろうから、特に覚えておく必要がないな。

ともあれ、今のタイミングを見る限り、六護式仏蘭西は武蔵という国を潰す事より、否、武蔵を倒すためにまずは熱田を打ち落とす事を狙ったという事だろう。

 

 

 

「若い癖に随分と機を読むではないか」

 

 

武蔵という国を良く分かっている。

別に武蔵の柱が熱田だ、とは言わない。

どちらかと言うと柱を構成している一つ、という物である、と思っている。

─────その代わり、構成としてはかなり大きな、という前置きが付くが。

副長である以上、当然だが、やはり武蔵における鬼札とされている存在だ。

あの少年が打倒されれば、それだけ衝撃は浸透する。

無論、それで崩れるような気風ではないが

 

 

 

「あの全裸はどこまで頼っているかのぅ……………」

 

 

馬鹿過ぎてある意味、読み辛い全裸を思い出すが─────そもそも童である前提を思い出せば……………有り得るかもしれんのぅ、と思う。

 

 

 

「良いのですか義経様」

 

 

そんな風に思っていると佐藤兄弟がステレオでそんな事を聞いているから何がじゃ、と問い返すと

 

 

 

「その武蔵副長が今、重傷を─────」

 

「なんじゃ。そんなもんか─────勘が鈍っておるぞ馬鹿が。ああ、兄とか弟とか無関係にな。押し付けるな」

 

馬鹿二人が横で殴りあうのを見切ってから表示枠を見る。

一つ、鼻を鳴らしながら、今だ土煙が晴れず、熱田は未だ現れないのを見る。

確かに今の一撃は加護を持っている熱田であっても重傷だろう。

肋骨三本に、内臓一つか二つが破裂寸前といった所か。

剣神ではあっても異族でもない体だ。

普通なら、間違いなくそれで戦闘不能だろう。

 

 

 

 

()だから(・・・)

 

 

 

そんな普通を享受できるような真っ当な生き方が出来るなら、今頃もう少し賢くなっているだろう。

そう思った瞬間に風が吹いたのか、ずっと晴れなかった土煙が一気に剥がれ────そこには二本足でしっかりと立ちながら砂埃を叩いて払っている剣神の姿があった。

その馬鹿みたいな負けず嫌いの姿に苦笑しながら

 

 

 

 

「膝などついておられんよなぁ? 世界最強になると誓ったのだから」

 

 

 

他者からは狂気と呼ばれ、事実、狂っているかもしれない渇望を抱いて疾走し続けたのだ。

たかだか重傷を負った程度で屈する正気など当の昔に捨てただろう。

今、奴の脳内にある思考があるとすれば

 

 

 

「─────舐められたままなど、許せぬだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

佐々・成政は目の前で何事もなく動く武蔵副長を見て、歯噛みしていた。

六護式仏蘭西の思惑に乗る形になってしまった事自体は怒りを感じるが、過ぎた事を考え続けるほど、成政は戦争を経験していないわけでは無い。

だから、けりを着けるために、俺自身の手で武蔵副長を討ち取るつもりではあったが

 

 

 

野郎……………!!

 

 

武蔵副長は晴れた土煙の中心で立って、土埃をはたいていた。

それだけを見るとまるで無傷、と思うが、そんなわけがない事は成政が一番理解している。

若いとはいえ一国の副長として挑んだが故に、最初の一撃はジャブのつもりで撃ったせいで致命的にする事は出来なかったが、それでも肋骨を三つ、内臓の幾つかをひしゃげさせた手応えは得ていた。

なのに、武蔵副長の動きはそんなダメージを得ているような感じでもなければ、庇う様子すら見せない。

 

 

 

「舐めてくれる……………!!」

 

 

その仕草が挑発にならない、と考えて鈍感を気取っているなんて言わせない。

間違いなく奴は─────俺の一撃を受けて、尚、俺に勝っていいのはお(・・・・・・・・・・)()じゃねえ、と誇示している。

これ程、殺したくなる生意気さは柴田先輩を除いたら皆無だ。

百合花─────本来は治療に使う筈の癒使を身体強化に転用した術式は何時でも使えるよう展開している。

武蔵副長の口元が細やかに小さく、しかし素早く動いているのは未だ聖骸の賢明(コルプス・プルデンティア)の影響下にあるのだ、と理解しながら向かおうとし

 

 

 

「あ?」

 

 

武蔵副長が唐突にこちらに視線を向けたと思ったら─────一瞬、世界が闇に包まれる。

思考が加速する。

幻覚ではないと即座に感じ取る。

術式と幻覚の差異など知らんが、何となくそう思っただけだ。根拠なんてどうでもいい。

そう言うとトシと不破はうるせぇが知った事じゃねえ。

益体のない思考はとりあえず、そこらに放り捨てて、その闇を見る。

 

 

 

 

何だ………? タンバ先輩みたいな劇場術式みたいなもんか? 

 

 

 

そう思い、周囲どころか見える世界全てに警戒を強めようとして

 

 

 

「ああん?」

 

 

またもや唐突に、闇が払われた。

闇であった時間は僅か一秒か、それ以下レベルだったが、幻じゃねえという結論と何故、解いたのだ、という疑問が浮かぶが、即座に武蔵副長に意識を絞り込もうとし

 

 

 

 

「やるぞ─────思いっきり殴る」

 

 

 

目の前に高速で飛び込んできた拳の一撃が成政の額に直撃した。

 

 

 

 

 

 

留美は今、一瞬包まれた闇と、負傷を押して高速で佐々・成政を吹き飛ばした少年の姿を見ていた。

 

 

 

「独り言をいいます。今のは……………」

 

 

留美は熱田・シュウという少年についてなら例え、彼が好いている少女にすら負けないと思っている。

だって、私は一度たりとも好き、という言葉を遊びに使った事なんて無いし、彼が望まないからしないけど、もしも彼が命が欲しいと願ったら喜んで差し出すのは前提条件である。

だからこそ、分かる事があった。

 

 

 

 

世界が一瞬、闇に包まれたのも─────今、シュウさんの速度が上がった理由も(・・・・・・・・・・)

 

 

 

「……………」

 

 

そんなの知っている。

最初にあの世界を見たのは私達であり、本当に強かったあの人(・・・・・・・・・・)を知っているのも私達(・・・・・・・・・・)なのだ(・・・)

でも、だからこそ、それが哀しい(・・・)

 

 

 

 

 

誰よりも強くなれる人が強くなるには、誰よりもしたくない事をする覚悟をしなければいけないのだから───────

 

 

 

「……………」

 

思わず、酷く疲れた顔を浮かべてしまった。

それを即座に口で呟いて行動宣言しつつ、顔を両手で叩く。

私がそんな顔をする資格はない。

何故なら一番疲れているのはシュウさんで、一番覚悟を決めているのはシュウさんなのだ。

覚悟の質で劣っている私に出来る事は彼を支える事だけだと、それこそずっと前から誓っていたはずだ。

今、必要なのはシュウさんの泣き所の一つである武蔵総長を無事返す事。

だからこそ、今、危機に陥っているシュウさんに駆け付けず、殿の一人を務めているのだ。

そうだ。

 

 

 

私は馴れ合いをしたいのでもなければ、傷の舐めあいのような愛を得たいわけでもないのだ。

 

 

熱田神社が奉るはスサノオ。

風と剣と力こそが我らの繋がりであり、祈り。

故に私はあの人の力であり、手足であり、誇りであり続けよう。

 

 

 

 

何時か貴方が貴方の地獄を肯定出来るように…………

 

 

そう、心に誓い─────留美は彼から視線を切った。

何故なら知っているからだ。

 

 

どうせ、あの人は負けないと

 

 

 

 

 

 

熱田は振り下ろした拳を戻して、少し振りながら

 

 

「呆れるぜ。大した石頭だな」

 

 

熱田は殴り飛ばした相手─────佐々・成政が20m程先で額から煙を上げながら、しかし両の足で立っているのを見る。

あの瞬間、佐々・成政はとんでもない馬鹿のようで─────向かってくる拳に対して百合花とかいう術式を使って、そのまま頭突きをかましてきたのだ。

一切の恐怖も躊躇いも無いまま、頭突きをかましてきたからこそ向こうは20m押されるだけで済み、俺は八の石頭に苦笑する結果になった。

あそこまで躊躇いがねえのは、俺の拳に劣らない一撃を知っているのかもな、と思いつつ

 

 

 

「挑発するぜ─────おら、来いよ第六天。ラッキーパンチ一つ入れて、調子に乗りたい所だろうが安心しやがれ─────テメェにも、誰にも、俺から得れる勝利の余韻なんて──────」

 

 

 

 

 

欠片も許すものか─────

 

 

と、己に向ける殺意が漏れる。

それに気づき、直ぐに自制する。

最強の癖にあんな不甲斐ない一撃を受けたのは確かに憎悪するべき事だが、かと言ってそれで己の地獄を漏らすわけにはいかない。

俺はトーリと約束したのだ。

 

 

 

出来る限り、人は殺さない、と

 

 

だから、地獄は展開しないし、敗北も許さない。

その気概こそが最強たる証だと思っているし、スサノオに頼りきりなんて死んでも御免だ。

 

 

 

 

俺はスサノオの代理神だから最強なのではなく、熱田・シュウが最強だから最強なのだ。

 

 

 

だからこそ、ここで佐々・成政に俺は熱田・シュウに一撃を入れられる存在なんだ、なんて自信なんてものを覚えさせない。

テメェがここで得るのは俺には勝てなかった、という敗北感だけだ、とそんな思いで敵を見ていると

 

 

 

「気に食わねえな」

 

 

などと言ってくるので首を傾げる、と宣言した上で首を傾げると

 

 

 

 

「アバラ数本折れて、内臓幾つかひしゃげてる餓鬼の癖に─────まだ俺に負けるだなんて一欠けらも思ってねぇ、そのツラが気に食わねえ」

 

 

あーあー、成程、結構よく言われる。

まぁ、敵側の気分になったら気持ちは良く分かるのだが、かと言ってそれを否定するとそれこそアイデンティティクライシスという奴だ。死んでも止めない。

というわけでそういう事を言う奴には何時も俺は同じ事を言うのだ。

 

 

 

 

「言うぜ─────止めてみろ小物」

 

 

 

と吐いた瞬間─────向こうが一歩踏み出した後に、宣言する。

 

 

 

 

「やるぜ─────疾走開始だ」

 

 

 

 

 




ふぅ、書き終わりました。
これを書いている間に8回くらい消えたから、危うくストレスで死ぬところですが無事終了。
さて、余り長々というより読んで貰いたいので、とりあえず言いたいことだけ。


まぁ、幾ら何でもあの程度で六天魔軍で佐々・成政を倒すのは虫がいいという物。

まだまだ、こっからですね。


では感想・評価などよろしくお願い致します。


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人狼女王

過去を超えようとして


今に塗り替えられる



配点(どうして?)


 

 

浅間は熱田が佐々・成政と激突する姿を映像越しに見守るしか出来なかった。

 

 

シュウ君………

 

六護式仏蘭西の聖譜顕装によって制限される中、唯一制限されない思考を持って、最前線で戦う幼馴染の事を思った。

巫女として人の身体の調整も行っている自分には、少年の身体が今、どうなっているかを診れるのだ。

 

 

 

右の肋軟骨と胸骨柄が折れ、第八肋骨にも罅が入っている。

 

 

折れた骨はそのまま中に突き刺さっている事も確認されており、軽く見ても大怪我だ。

ドクターストップを入れられるのならば、今すぐ入れるべき状況だ。

止められるのならば、幾らでもしている。

でも、浅間にはあそこに今すぐ行く力も無ければ、行った所で少年を守れる力も持っていないのだ。

元より、人を守るという大義名分が無ければ、戦闘行為などしてはいけない身なのだ。

留美さんはスサノオの神社の人間だからか、戦闘が出来るらしいが…………と思っていたら、己の思考に嫌な物が混ざっている事に気付き、思わず、自己嫌悪に陥る。

 

 

 

何を馬鹿な事を…………

 

 

己と同じような立場であるからと言って───────向こうは彼を守る事が出来るだなんて嫉妬して。

そんな簡単な事ではないのに、安全圏から好き勝手思うなんて見苦しい事この上ない。

首を振って顔を叩きたい所だが、制限の中では、行動宣言を起こさないといけない。

だから、内心でその感情を押し潰しながら、シュウ君の安全を祈願する。

 

 

 

お願い…………無茶はしていいですけど……………無理はしないで……………

 

 

 

届いて、と素直に思う事を己に許す。

だって、知っているからだ。

 

 

 

 

彼は無理ばっかりして……………それが当たり前になってしまったという事を

 

 

 

 

 

 

 

最初に振りかぶった拳に対して、俺は佐々の肘の内側に足を突っ込んで、その姿勢で止める事に成功した。

 

 

 

「……………っ!」

 

 

隠しようのない舌打ちはミドルレンジ主体の奴がこうも容易く内側に入られた事からか。

苛立ちに殺意が籠るのを見て、思わず口を笑いの形に歪めながら、

 

 

 

「やるぜ───────右手に持っている刃を小物の体の中央に突き刺す」

 

 

 

自然体で握っている鉞をそのまま突き出す。

ぬるりとした空気抵抗が剣先に引っかかったような感覚が生まれるが、構わず押し切ると容易く剣は音の壁を乗り越える。

その上で歩法によって腕から先を知覚外に置き、対応不可能な攻撃に変える。

サングラス越しの視線が一瞬、こちらの右腕からの先を探すように泳いだのを見過ごさずに、敢行した。

 

 

 

狙いは先程の意趣返しに体の中央。

 

 

そちらと違い、こちらが大剣の分、受ければ致命に至る負傷だ。

対処しなければ死ぬ一撃を、躊躇わずに突き込む。

何故なら何となく勘が言うのだ。

 

 

 

「────────百合花ぁ!!」

 

 

 

この程度で死ぬような雑魚ではない、と。

 

 

上半身ではなく下半身に咲いた百合花が震脚を伴って地殻を破壊する。

局所的な地震が発生する中、俺は少し姿勢を崩す。

砕け過ぎて、地面が割れ砕き、浮き、一瞬とはいえ斜めに傾げてしまったからだ。

それでも両足があれば、何とかなっただろうが、生憎攻撃の対処に片足を上げていた。

宗茂や喜美の馬鹿程、バランス感がない自分は数瞬だけ、体を揺らす結果に陥ってしまった。

刃の軌道が少し右にずれるのを感じながら、普通の神経ならばここで一度体勢を整えるために引くというのがあるが

 

 

 

「おぉ……………!!」

 

 

六天魔軍の4番の一人は、そんな普通の神経など無いと言わんばかりに、そのまま右足から踏み込んできた。

スライドするように前進する行動は乱暴だ。

最短距離を突き進むために、ずれたとはいえ、体の中央に向かっていた刃に向かって行っているのだ。

二の腕辺りに刃の先が当たり、そのまま裂かれていくのを見ながら、内心で笑う。

 

 

 

───────やるじゃねえか………!!

 

 

最短最速の道を進むのに一切の躊躇いを抱いていない。

今回は裂くだけに止まったが、もしも必要な負傷が、腕一本であったとしても同じ事をしていた、という確信が歩調から察することが出来る。

それくらいやってくれないと困るというものだ。

例え、それが俺がいない時に得た評価であったとしても、この戦国時代において最強の一角に数えられている六天魔軍であるのならば。

そうだ。

俺がそれを奪うのだ。

今までは許したが、もうこれからは許さない。

 

 

 

俺が最強だ

 

 

故に前進してくる相手に対して、俺は

 

 

 

「踏み荒らす」

 

 

と宣言し、そして宣言通りに足を地面に叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

「────────あ?」

 

佐々・成政は視界がおかしくなっている事を悟った。

理由は簡単だ。

先程まで目の前にいたはずの武蔵副長の姿が消えたからだ。

拳を突き出そうとしていた体は危機感から停止し、何故そうなったかを理解しようとする知覚が答えにたどり着いた。

武蔵副長はいた。

ただし、目の前ではなく自分の上───────否、位置情報を考えれば下と言うべきか。

 

 

 

自分の体───────正確には自分が立っていた地面ごと、奴の真上にまで浮かされていたのだ。

 

 

 

「────────」

 

原理は直ぐに理解で来た。

要はシーソーみたいなもんだ。

シーソーの片方の側を思いっきり踏めば、当然、逆側が持ち上がる。

今回はそれを一回転するまで踏み込んだ結果、という事なのだろう。

俺が一度、地面を砕いている分、し易かったというのもあるのだろうが、ただ素直にやるじゃねえか、という感慨を抱くが、それだけで終わるわけにはいかない。

何故なら、武蔵副長が剣を握っている右腕に力が入るのを見たからだ。

対応が来る事を理解する。

即座にどうするかを考えるが

 

 

 

 

構いやしねえ……………!!

 

 

 

年下のガキ相手に、ここで一歩引くというのは恥だ。

無論、年下とはいえ役職的には敵とはいえ上の人間。

故に馬鹿正直に正面衝突をするのではなく、甘えも慢心も許さない一手を持って、真正面から狙うのが敵であり、俺の生き方だ。

 

 

 

「百合─────」

 

 

百合の花が再び咲こうとする。

たった一つの花を持って百花繚乱を彩ろうとする術式を見ながら、真下にいる武蔵副長に超高速で突撃を使用とし────────視界が銀の形と影に覆われた。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

アドレナリンの大量分泌によって時間の速度が遅くなった事によって理解出来るのは、武蔵副長の刃が顔面に突き刺さろうとしているという事実であった。

どうやって、という思考はコンマ一秒以下の本能から叩き出される。

信じられねえが────────つまり、あの一瞬で手首の返しを持って、奴の視界的には真上にいて死角にいる俺の顔面に正確に投げ飛ばした、という事だろう。

 

 

 

「……………っ!」

 

 

反射で両の手で真剣白刃止めを行う。

勢いを殺げず、そのまま進もうとするも、百合花の強化で人外の域の出力を出せるので額に一ミリ突き刺さる所で止まり────────

 

 

 

即座に、真下のガキが足を振り上げようとしているのを見て取った。

 

 

どう考えても俺が今、持っている刃の柄尻を蹴り上げて、そのままぶっ刺そうという流れに────────頭の血管が千切れるような怒りを受け入れ

 

 

 

舐めんじゃねえぞクソガキが……………!!

 

 

 

口では言えない叫びの代わりに放つのは先程言いかけた術式(はな)の名前。

佐々・成政と言う名も、人間も、六天魔軍の4番もP.A.Odaの名も伊達ではないという事を、この舐めくさったガキに叩き付けてやる、という怒りによって今こそ咲く。

 

 

 

「──────花ぁぁぁあ!!!」

 

 

結果、熱田と佐々が乗っていた岩塊の両方が砕ける、という破壊の力が生まれた。

 

 

 

 

 

 

落ちてくる岩塊を拳で叩き壊しつつ、煙で晴れない周りを見つつ、その隙に口の中に溜まった血液を吐き出した。

飲んでもいいのだが、自分の血液を好きで飲みたくなる程、喉は乾いていない。

暴れまくったせいで、折れた骨が色々突き刺さりつつあるようだが、別にこの程度、何とでもなる。

たかが痛い程度で折れる人間なんて、一般人を除いたら役職就きでは見た事が無いし、なるつもりもない。

煙邪魔だな、と思っていると唐突に強風が吹いて視界を晴らしてくれた。

 

 

 

すると、ほんの10メートル程先に、額から少量の血液を流している佐々・成政がいた。

 

 

額と左腕の擦過を除いたら無傷な姿に特に驚きはしない。

何故なら、あの野郎は、真剣白刃止めをして動く事も難しい中、何をするかと思ったら────────そのまま持っている鉞をこちらに投げ飛ばしてきたのだ。

両手で剣の平を持った態勢からそのまま投げてきたというのに、人の膂力からはみ出した力はそのまま俺の振り上げた足に激突し、結果として先に足場が崩れ落ちたのだ。

それでも蹴り返しはしたのだが、向こうもあれだけ時間が出来れば楽に躱せた、という事だろう。

 

 

「……………」

 

一瞬だけ、武蔵の方を見るが、もう直ぐ退却が終わるという所までは行っているようだ。

殿に馬鹿とアデーレはともかく、留美がいるのを見る限り、また俺に気を遣いやがって、と思っていると

 

 

 

「余裕のつもりかテメェ」

 

 

と、こちらが武蔵の方を見ている事に気付いたのか、佐々がサングラスを上げながら、何時でもこちらに襲い掛かれる、という姿勢になっているのを見つつ

 

 

 

「たりめぇだろ。俺の余裕を崩してぇんなら後、30億くらい掛け算して来い」

 

「たったこれっぽっちで俺に勝てると思ってんのか? あ?」

 

 

額についた傷をわざわざ親指で示して挑発する敵に付き合いいいな…………と思いつつ

 

 

 

 

「それこそ馬鹿め────────この世に勝てねえ敵な(・・・・・・・・・・)んていねえ(・・・・・)

 

 

 

いいか、と前置きを置きつつ

 

 

 

「相性の差、種族の違い、才能の優劣、武器の質───────どいつもこいつも下らねえ言い訳だ。相性が悪かったから勝てなかった? 種族による能力差から手も足も出なかった? 敵がとんでもねえ天才だった? とんでもねえ神格武装や大罪武装が相手だったから? クッソ下らねえ────────んなの、勝てる自分に仕上げていなかったテメェの怠慢だろうが」

 

 

ふん、と一息を間を置きながら、結論を吐く為の酸素を得て、吐き出す。

 

 

 

「遠距離相手に手も足も出ねえなら、全てに対処しながら近づける自分になりゃいい。種族特徴なんかで勝てねえなら、そんなもんを覆す力か技術を得りゃいい。才能で劣るなら数をこなして積めばいい。武器なんかを言い訳にするなら阿呆だ──────あらゆる劣勢、あらゆる状態、状況で勝ってこそ────────最強ってもんだろうが」

 

 

 

「────────」

 

 

何やら沈黙してこちらの言葉を聞き届けやがったが、まぁ、別に同意なんてされようが、されまいがどうでもいい。

誰かに否定された程度で止まる疾走をしてきたわけではないし、今更止まるつもりもないのだから、と思っていると

 

 

 

「言いてぇ事は理解した」

 

 

ガツン、と両の拳を体の前でぶつけて、分かりやすいくらいやる気満々である事をアピールしながら───────しかし、佐々・成政の眼には一切おふざけの色も無ければ、哀れな者を見る目も無く、だが

 

 

 

 

「ただ──────その理屈はテメェにも帰ってくる事だ」

 

 

 

はん、と思わず、返してしまう。

んなの────────全く当然の理屈だ。

俺だけが強いなんてくそ詰まんないし、俺一人だけがまるで運命に守られているかのように一人独走しているなんてそれこそ神様にちやほやされている玩具だ。

その通り、俺は負ける可能性があるどこにでもいるちっぽけなただの弱い人間だ。

 

 

 

だが────────それでも俺に勝ってい(・・・・・・・・・・)いのはあの馬鹿だけだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

この矜持だけは誰だろうと折らせない──────それが例え、己であっても。

故に、佐々・成政の言葉を敵として受け止めつつ、しかし言動ではそんな事は起きない、というような態度で

 

 

 

「証明してみろよ」

 

 

俺の挑発に佐々・成政は再び百合花、という術式を表示させるのを見届けて、俺は再び、馬鹿共が何とか橋に逃げきろうとしているのを見届け、後、一分くらいか、と思う。

 

 

 

こいつを一分以内に泣かせないと、と

 

 

 

 

 

 

留美は総長と従士のアデーレさんと一緒に武蔵に戻る算段を考えていた。

 

 

「アデーレさんの運搬が大変そうですね」

 

『あーー。すいません、自分の機動殻、固いのはいいんですが、重くて遅いんで、最悪は乗り捨てするんですが…………』

 

機動殻で謝ろうとして姿勢を正すのを見て、いえいえ、と会釈する。

頑丈なだけ、と言うがそれで十分に武蔵の防御に役に立っているのならば、それは大戦果である。

一つ取り柄があるのならば、それは長所だ、とその旨を告げると

 

 

・貧従士:『うぉぉぉぉぉぉぉ!! 自分、メアリさんと同レベルの神様を見つけましたよ!? ど、どうですか皆さん! 自分、偶には調子に乗っていいですか!?』

 

・ウキー:『それ、完全な盾としての利点にされてないか?』

 

・●画 :『じゃあ、アデーレ。今度は貧乳である事の長所を告げられたら?』

 

・御広敷:『金欠の長所ってなんでしょうか。小生には中々見つけれないですが』

 

・貧従士:『う、うぉぉぉぉ……………!! 調子に乗って本当にすいませんでした……………!!』

 

 

私にも見えているのですが、目の前でも一切構わずにやるのは流石だ。

この状況でも一切、折れてもいなければ揺れてもいないと確認も出来るので一石二鳥ですね、と留美は少し小さく笑いながら、あの人のクラスメイトの底力を嬉しく思った。

 

 

 

 

IZUOMOの地殻のメインフレームを投げつけられた後でも、それでも前を見ているんですから…………

 

 

 

人の力では、否、並大抵の異族の力を持っても不可能としか思えない化け物の所業が起きた、つい数分前を思い出すと流石に刀を握る手に力が籠ってしまう。

該当する相手は現状を考えれば一つしかない。

 

 

 

 

六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)の期待の新人であり、今もまだ謎の副長だ。

 

 

 

あれ程の行動を…………ただ、怪力でどうにかしているというのならば軽く見ても妖精女王やシュウさんクラスである事だろう。

普通に考えれば、絶望に陥ってもいいのだろうけど、梅組の皆さんは大丈夫そうですし────────私は条理を覆した怪物なんて常に見ている。

だから、どんな相手でも膝を折る事だけはないだろう────────無限地獄を超える地獄なんて熱田神社にいる人間なら誰もが認めない。

だが、そのお陰で視界が霧に満ちて、視界が悪くなるのは嫌ですね……………と思っていると

 

 

 

 

・金マル:『ソウチョーー。今、ミトっつぁんとナイちゃんでそっち向かっているから無駄に動かないでねーー』

 

 

 

第三特務からの通信に、それならば、とは思うが

 

 

 

……………第五特務さんは宜しいのでしょうか?

 

 

留美がそう思うのは彼女に関しては間接的に近いが────────八年前にシュウさんが彼女を助けた現場を知っているからだ。

そういう意味ではそこら辺については梅組に近い情報は持っている所は持っていますね、と思いつつ、しかし確かに総長はともかくとしてアデーレさんを連れていくには丁度いい役割か、とは思う。

その間に総長がさんこ節を歌いだしたのは驚いたが、何とか護衛は出来ましたかと思っていると

 

 

 

「そちらにいるんですの?」

 

 

と、いう声が霧の中、背後から響く。

口調と声色、更にはシルエットから第五特務さんですね……………と思っていると即座に総長に鎖が巻かれるのを振り向きながら見届けて

 

 

 

……………あれ?

 

 

 

シュウさんと違い、梅組のメンバーとの付き合いは別に深くはない。

敢えて言うならば非常に個性的且つ性格の特徴を知っているくらいだ。

毎回、色々と一番派手な事をしますし。

その中で第五特務さんの人柄、というか特徴は武蔵総長を王として仰いでいるという事だったはずだ。

 

 

 

それがこんな風に無造作に鎖を巻きますでしょうか……………

 

 

 

うーーーん、とは思うが、でも普段よく鎖で振り回したりする光景も見ているから意外と普通ですかね?

アデーレさんも特に何かいわ────────

 

 

 

 

「あれ!? 第五特務! ────────その裏切りの乳はなんですか!!?」

 

 

 

 

何やら聞いた事が無い極東語を聞いた気がするが、しかしその叫びに思わずもう一度シルエットを見る。

まず、見たのは個性的な膨大というか巨大なロールの髪だ。

これに関しては間違いなく第五特務の個性であるはず。

次に見るのは、叫び通りに胸の方を見ると

 

 

 

「あ……………」

 

 

でかい。

というかよく見れば、背丈も普通に第五特務よりも大きい。

そう認識すると同時に

 

 

 

「我が王。そちらですの?」

 

 

という疑問視が自分達の背面から(・・・・)聞こえた瞬間、確信を得た。

 

 

「っ…………!」

 

 

即座に刃に手を伸ばし、一歩踏み込もうとし

 

 

 

「あら。鋭い」

 

 

視界一杯の銀色を認識したと同時に、やられた、という思いを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉ!! なんだこのオパイは!? 馬鹿なネイト! オメェ、どうやってこの乳を今まで隠していたんだYO! 制服と騎士服の胸の部分は実は四次元か!? 四次元オパイか!? 揉み損ね……………!!」

 

「ひ、酷い誤解を貰いましたが、まずそれ別人! 母! うちの母ですのよーーー!!?」

 

 

何だと! とトーリはネイトのツッコミに鎖に巻かれた身を捻ると確かにネイトではなかった。

いや、髪の量とかは超似通っていたんだけど、まず胸が違う。

 

 

デケェ

 

 

最初に言っておくが、背丈も結構大きく感じるけど、やっぱり胸だ。

ネイトと全然違う。

浅間や姉ちゃんや金マル、直政ですら打ち勝てない巨大さだ。

 

 

 

こんな乳があるとは……………!! 後で親友に報告せね…………あ、いや、ダメか。あいつ、根本的には浅間しか見てねえしなぁーー。あ、でもさっき、めっちゃ吹き飛ばされた神納に対してもメッチャ複雑そうな顔していたっけ。でも、どうなんだろ? あいつかなーーーーり一筋馬鹿だけどなぁ…………あ、でも一筋だから同じジャンルの奴に弱いんじゃね? じゃあ親友はこの巨乳相手には巫女要素がねえから無意味? あいつすげぇな……………!! 尊敬したぜ……………!!

 

 

 

「……………何か急にくねくねしたと思ったら、真顔になって黙って、最後にはガッツポーズして敬礼しているんですけど…………ネイト。こんなおかしい子を王様にして大丈夫ですの?」

 

「お母様! それは武蔵にいる皆に効きますの!」

 

・約全員:『巻き込むなよ!!』

 

 

おいこらぁ!! と俺は叫ぶのだが、鎖に巻かれた体はくねるくらいしか出来ず、あ、これ、確かにネイトの怪力にそっくりだわぁ、と思うが、つまり俺単独で抜けるのはMURI。

 

 

 

 

六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)副長…………そうですね。聞こえがいい名だと人狼女王でいいですわね。此度、ルイ・エクシヴの声に応えましたの」

 

 

ネイトが絶句の表情をするのを見て、あれ? ママンの事なのに知らねえのかよって思ったが、まぁそれはいい。

問題は次の

 

 

 

「ネイト────────武蔵総長兼生徒会長、貰っていきますわね?」

 

 

 

という言葉だ。

ネイトは今度こそ顔が真っ青になるくらい絶句しているが、とりあえず俺としては

 

 

 

「おいおい!! 同級生の母ちゃんに攫われるって中々ねぇよ俺! 現実ってエロゲを凌駕するもんだったっけ!!?」

 

 

 

 

 

 

人狼女王は何やら終始テンションが高い武蔵総長兼生徒会長を少し揺らして黙らせながら、自分の娘の方を見る。

久しぶりに肉眼で見た我が娘は可愛らしい事に、母を前に身を固くして、まるでお気に入りの玩具を奪われるのを怖がる子供だ。

八年前と何も変わらない。

ならば、この子は障害でも何でもない────────ただの子供だ。

故に、自分は娘から視線を切って、別の場所────────先ほど、巫女服の少女を吹き飛ばした方角を見る。

 

 

 

「総長連合でも無いのに上手く躱しましたわね」

 

「……………賛辞は素直に受け止めます」

 

 

一瞬間があったが、ばれていると気付いたのだろう。

巫女服に刀を腰に差した少女は霧の間から出現した。

多少の傷や汚れは目立つが大きな怪我はない。

咄嗟にこっちの攻撃を、刀を抜くよりも鞘ごと抜いて防ごうとした閃きと反射によるものだ。

人間の枠で見るならば見事な力だろう。

そしてその少女も確かに態度こそ固いが……………しかしこちらを見る瞳には娘のような震えや惑いは無く、抗うという意思の炎が見える。

ならば、こっちは敵だ。

他にも黒魔女も上にいるが、上を見上げて喋るのは難しいのでそこは許して貰おう。

従士の機動殻も直ぐ傍にいるが、弱いわけでは無いが、相性が悪い。

だから、今はこの少女を敵として喋らせて貰いましょう、と思う。

 

 

 

「人狼女王程の強者が人質ですか?」

 

「人質になるか、ならないかはそちらの王様次第ですわ」

 

 

こちらの言葉を理解したのだろう。ネイトは息を飲み、巫女の少女は険しい目つきになった。

巫女はともかくネイトは一々驚いて可愛らしい。

人狼とは食人の家系である、という事は別に隠している事でもないのに、それだけこの変な王様が大事なのかしら……………大事……………下半身だけ脱いでいる少年が大事……………

 

 

 

「……………ネイト。もしかして武蔵で洗脳されていたりしているんじゃ……………?」

 

「な、なんですのその唐突な癖に微妙に的確な疑問……………!」

 

「ネイト────────こんな下半身裸で前向きに犯罪している人を大事にしている、と言われてうちの娘は立派になって……………って言えると思いますの?」

 

 

 

 

・約全員:『……………確かに』

 

・銀狼 :『ちょ、ちょっと皆! 一体、どっちの味方ですの!?』

 

・あさま:『いや、ミト。よく考えれば、全裸に慣れているのがおかしいんですけど、そこら辺、うちは総スルーしている弊害で、全裸に寛容的になっていると言うか……………』

 

・〇べ屋:『トーリ君通報した人間が、むしろ哀れまれる不思議環境になっているもんねーー。お陰でトーリ君、指名手配してもなぁーーんも価値ないんだよねーー」

 

・俺  :『お、おいこらオゲちゃん! 無価値の人間だって懸命に生きているんだぞ!? スマイル0円! 握手0円! 土下座0円! 全裸0円! こんなにサーヴィス精神旺盛な無価値な人間が他にいるか!?』

 

・副会長:『おい、葵。馬鹿なのは分かったから、もうそこのミトツダイラの母に食われたらどうだ』

 

 

 

 

娘が俯いているようだが、現実を見れるようになったのならば何よりだ。

何やら表示枠でギャアギャア叫んでいる、武蔵総長をまた揺さぶって黙らせていると

 

 

 

「ならばこちらは武力行使させて貰います」

 

 

と、再び巫女の方が構え始めたので、その戦意の継続は見事ですわ、と思いつつ

 

 

 

「この少年の為に命を賭けますの?」

 

「いえ、命を捧げたい人は別にいるので、そこまでは……………」

 

 

思わず無言で真顔になる少女が、ちょっと待って下さいっとハンドサインをするので女王としての余裕でOKすると表示枠で何やらまた会話が行われる。

 

 

 

・留美 :『す、すみません皆さん……………役職的には大事な人なのについ私情を優先して……………』

 

・ウキー:『いや、完全同意だろ』

 

・●画 :『総長の為に死ねる人って武蔵にいたっけ?』

 

・労働者:『分かってしまってもどうにもならない事なら言わなくていい』

 

・副会長:『おいおい待て待てお前ら。確かに葵はどうしようもなくウザくて馬鹿で全裸だが、一応、仮にも人間であるからな。だから命としての観点で見れば、やはり、重いもので、つまり、葵自身はどうでもいいが、一人の人間としての命だけは尊重しなくてはいけないだろ? ────────建前上ではな』

 

・貧従士:『ふ、副会長! メッチャ本音出てます! 出てますって! ほら! 頑張って下さい────────自分は無理ですが!』

 

・約全員:『意味ねえじゃねえか!!』

 

 

 

 

巫女さんは何やら難しい顔で顎に手指を掛けながら、とりあえず、と言った感じで頷きつつ

 

 

 

「とりあえず────────命は大事ですからやはり、そこは守ろうという事で…………」

 

「……………何か浅くありませんの?」

 

 

何だか、ドンドン心配になる方向性だが、まぁ、動画とかを見ている限り、常にそんな感じなのだからそういうものなのだろう。

それに

 

 

 

余りそれで騙されてはきっといけないのですわ……………

 

 

 

そういう戦い方(・・・)なのだ武蔵は。

まだフィーリングでしかないが、狼の嗅覚がそうであると告げている。

それでも最大の獲物の一人はこの少年なのだと。

ただ

 

 

 

 

「本当ならもう一人、連れて帰りたかったのですけど……………」

 

 

 

別に聞かれても気にしない独り言だったが、巫女の少女は一瞬、無表情になりつつ

 

 

「誰の事ですか?」

 

「分かっているのでしょう? 熱田神社の巫女さん」

 

 

言外に誰の事かを告げると、少女の顔は武蔵総長の時と比べれば一段と険しくなっているのに、この子も可愛いですわね、と思う。

私と一緒、というのは流石に失礼かとは思うが、さっきからこの少女から誰かと一緒になりたい、という匂いがするのだ。

それも誰か、と疑問することが無粋な事だろうと思っていると

 

 

 

「……………8年前の事ならば、引き分けのようなものだったと思いますが?」

 

 

 

やっぱり、知ってましたのね、と苦笑しながら、告げられた内容に過去を想起する。

自分の人生、人に比べれば長いが……………あ、いえ、長いと言ってもちょっと。ほーーーーーーーーーーーーーんのちょっとの事ですのよ? 

まぁ、人生を過ごしたが、夫の事は永久不変の1位の思い出ではあるが、その次か次辺りに強烈さを味わわされた記憶は正しく8年前の少年の行いくらいだろう。

 

 

 

 

何せ、顔を血だらけにしながらも、ネイトを背負ってこちらを見る、あの眼光の鋭さ────────それだけの負傷を帯びてなお、俺に勝ったと思うなよ(・・・・・・・・・・)、と叫ぶその目

 

 

 

正しく刃のような少年の記憶を思い出して興奮して

 

 

 

 

「ええ───────だから、あの子も食べたくて」

 

 

 

と、告げ────────数秒の間が開いた後

 

 

 

 

「あら」

 

 

 

周囲一帯から鋼の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

人狼女王の言葉に反応したのは武蔵では無かった。

厳密に分けるのならば、武蔵勢ではあるのだろう。

武蔵に乗艦している人間という意味では確かに彼らは武蔵勢であった。

 

 

 

しかし、その意思は違った。

 

 

彼らは確かに武蔵の総長連合と生徒会の意思も組み、力も貸す。

仮にも己が住んでいる船なのだ。

そこで恩を感じない程、恩知らずではない。

だが────────武蔵を守る事と、現総長連合と生徒会に与する事は別だ。

彼らが武蔵を守る以外で刃を振るう理由はただ一つ

 

 

 

 

────────己の神を傷つけ、侮辱され、そして窮地に立たされた時

 

 

 

故に今、熱田神社の一員は躊躇う事無く人狼女王という世界において最大の一つに、恐怖を忘却して突撃した。

 

 

 

 

 

人狼女王は周りから鉄の臭いと音が鳴り響くのを見て、微笑を深めた。

 

 

 

……………素晴らしいですわ……………

 

 

音の響きに一切の恐怖の音色が無い───────全てがこちらを斬ってやるという殺意の合唱だ。

人狼女王という名も力も感じ取っているだろうに、知った事か、と無遠慮に示している。

実に踏み荒らし甲斐がある。

そう思っているとまずは空から来た。

白髪をした少年が、空から己の二律空間から大量の刃を取り出しているのだ。

3桁に及ぶ武装だが、それがただ落ちてくるならば何も怖くない。

となると仕込みがあるのだ、という思考に答えるように、上空の少年────────熱田神社ではハクと呼ばれる少年がポツリと言葉を漏らす。

 

 

 

 

「術式、"荒嵐"起動────────」

 

 

 

所属する神社の神髄のような名と共に────────全ての武装が正しく嵐のように胎動した。

雨のように勢いよく落ちてくる物もあれば、物理法則では有り得ない、横から飛んでくる武器もあれば、見当違いな方向に飛んだと思っていた物がカーブを描いてこちらに飛んでくるのは人狼女王の知覚で認識する。

成程、と思う。

 

 

 

これは正しく嵐の術式だ。

 

 

 

武器というより風と化した刃が嵐の表現となり、敵対者を刻み付ける、という術式なのだろう。

さて、神道の術式である以上、奉納などもあるはずだが、流石にそこまで思考に逸れるのは失礼だろう、と思い、四方八方から来る嵐の刃に対して己は

 

 

 

 

吠えた

 

 

 

 

 

 

「るぅ……………おぉ……………!」

 

 

人のそれではなく、獣の獣声が空間を打撃する。

人の形をしている存在から、人の枠を遥かに超えた肺活量と存在としての格の強さによる叫びだ。

魔的さすら含んだ咆哮が空間に響き、打撃し────────最初に最も近づいて行った刃の先から崩れていった。

 

 

 

「っ………!」

 

 

3桁の数もある以上、どの武器も最上級というわけにはいかない。

無論、無銘とはいえ、どれも悪い武器では無かったのだが……………相手が人狼女王の咆哮相手ではむべなるかな。

人造の嵐はこの世唯一の人狼女王に全て打ち破られた。

 

 

 

────────故に次の槍が打開を果たそうと疾走する。

 

 

 

留美は即座に聴覚保護の術式なども行って、人狼女王の咆哮を防ぎながら、刃を片手に突撃していた。

ハクさんによる数による攻撃が通らなかった。ならば、次は

 

 

 

神格武装"荒桜"による攻撃ならば如何です……………!?

 

 

己の刃は過保護なあの人が熱田神社によって作られた神格武装の一刀を授けてくれたものだ。

その質はそれこそ最上級の業物に入るかもしれない一刀。

それこそ本来、シュウさんが振るっていてもおかしくない刀なのだ。

ちなみに渡した理由が

 

 

 

「刀、蔵においてどうするんだよ」

 

 

と、悔しいが普通に納得する理由なのだが、それで貰ってもいい理由にならないです、と告げると

 

 

 

「んーーーー───────貰ってくれね?」

 

 

小首を傾げて言われて、はい、貰います、と即答した私は悪くないと思います。

ともあれ、数による攻撃は無駄であった。

ならば、今度は単純な質による攻撃を当てるしかない。

そう思い、今もまだ飛び散る刃やその欠片を無理矢理進もうとし

 

 

 

「─────女が余り、肌を傷付けるのはよくありませんわよ?」

 

 

 

「────────」

 

目の前に莫大な量の髪と花の香りがするのを知覚する。

追加で気付くのは、その上で己の刀が柄尻から抑えられているという事だ。

優しさすら感じるのにどれ程力を込めても抜く事が出来ない。

 

 

 

「貴女の術式は極東で居合、抜刀術という物から発生する技。とても完成度の高い技が無ければ成立しない術式と思いましたわ────────ですが、こうして始まりを阻害すれば」

 

 

その通り。

荒疾風は安定性が高く、妨害されても高速を保てる術式だが、出掛かりが他の術式よりも弱いと言える。

言えるが…………

 

 

 

こんな簡単に……!?

 

 

まるで動画のコマが飛んだような感覚しか感じれなかった。

自分とてその弱点は理解しているが、それを踏まえて鍛錬をしてきているのだ。

相手が異族であるなんて事で封じられる程、自分に甘さを与えるわけがない。

 

 

 

だって、私はあの人の巫女なのだから

 

 

 

それなのにそれを容易く超えていかれた。

 

 

 

「っ……………」

 

 

流石に、それに対して何も思わないわけにはいかず、精神的に隙を作ってしまった、と気付いた時には

 

 

 

「く………ん……………」

 

 

何故か匂いをかがれていた。

首筋辺りに顔を近づけられ、隠さずに匂いをかがれるのは流石に中々無い体験だが、ここまで至近に迫れると居合すら出来ない。

引くか、それでも攻めるかを考えていると

 

 

 

「芳醇な匂い────────あの子と重なりたい、という願いのような匂い────」

 

 

ぞくり、と背筋が震える。

何故なら、その時の人狼女王の表情を見たからだ。

それは言葉通りにいいもの……………いい匂いをかいだ、という笑みと

 

 

 

 

────────なら、私を利用すれば釣れる(・・・・・・・・・・)のではないか(・・・・・・)、という狼の狡猾さを目に隠していた

 

 

 

「────────」

 

唇を噛む。

許せない、という怒りを、今、包み隠さず表現する事を許してしまう。

人狼女王にではない。

 

 

 

 

敵に対して、私は人質の価値があると思われた自分に対してだ

 

 

 

ふざけるな、と思う。

女の身で刀を持って、前に出ているのは、いざという時、仲間やシュウさんに助けて貰えるからか? 

 

 

 

────────断じて違う。

 

 

 

刀を持つのは敵に対して抗うため。

体を鍛えたのはあの人の隣で戦う為だ。

決して、誰かに庇われるような残念ヒロインになりたくて刀を握っているのではないのだ。

 

 

 

 

浅間さんだって……………!!

 

 

その辺りをよく理解した上で、守りたい者を守っていた。

自分が前に出ているとはいえ、他人が前に出ていないことを何か思うには、巫女という職業とその能力を知らないわけでは無かった。

事、術式能力という意味ならば、浅間さんがどれ程優秀な人なのかは嫌という程、これまでで理解していた。

直接的に守れているのは私かもしれないが、間接的に且つ、多くを守っているのは間違いなく浅間さんだ。

後顧の憂いを、という意味ならばあの人は確かにシュウさんをこの上なく守っている。

 

 

 

なのに、自分だけがただ彼の足を引っ張るわけには────────

 

 

 

「いかないんです……………!」

 

 

覚悟の声を吐き出しつつ、引くのでもなく抜くのでもなく抗う一手を行おうとして

 

 

 

『留美さん……………!!』

 

 

浮かび上がった表示枠と同時に、人狼女王の背後から青色の機動殻が槍を高速で突き刺そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

プレッシャーですよ……………!!

 

 

 

今までの短い人生で最大の試練となるのは間違いなく今日、この瞬間だ。

何せ、今、異族においての物理系頂点となる相手に、背後から奇襲を仕掛けるのだ。

それも囮ではなく、攻撃のメインだ。

 

 

 

書記も無茶言います……………!

 

 

しかし、やれる人間が今、ここにいるのが自分しかいないのも事実だ。

だから、まぁ、やるしかない。

腕についている機構を利用した簡易杭打ち(パイルバンク)

これで倒せるとは思えないが、少なくとも何らかの対応はするはず。

そうなれば、また新たな攻撃か、最低でも留美さんなどは逃げれるはずだ、と思い

 

 

 

「ぁ……………!」

 

 

打ち抜いた。

未だ背後を向いている相手に攻撃をするのは従士としては考え物だが、相手の格を考えれば、こうしなければいけない、と思って

 

 

 

「───────あれ?」

 

 

手ごたえが完全に失ったのをアデーレは悟った。

今、自分は機動殻を扱っている。

動作の全ては確かに機械任せ、というものではある。

だが、そうであっても己の延長線上になるようになるくらいは積んできた。

その経験から今、感じるのは

 

 

 

 

まるで突き込んでいた右腕自体が……………

 

 

 

 

と、思いながら、現実に意識を戻すと

 

 

 

 

「見事────────躊躇いの無い一撃でしたわ」

 

 

 

人狼女王がこちらに顔だけ振り返っているの────────と、片腕だけがこちらに挨拶するように上げているの────────と

 

 

 

「あ……………え……………?」

 

 

その片手にまるで握手するかのように奔獣の右腕が槍ごと引き(・・・・・・・・・・・)ちぎられて(・・・・・)ぷらーんと吊り下がっ(・・・・・・・・・・)ているのを確認してし(・・・・・・・・・・)まった(・・・)

 

 

 

 

「────────」

 

 

流石にここまで非常識だと逆に冷静になってしまう。

理屈としてはつまり、非常に簡単な事なのだろう────────勢いよく刺し込まれた奔獣の槍に対して人狼女王は槍ごと力づくでこちらの腕を引き千切ったのだ。

 

 

 

…………いやーー、それってどれだけの力があれば出来るんですかねぇ…………

 

 

半ば現実逃避しそうになる、思考を現実に繋ぎ止めるのがこれ程重労働だとは思わなかった。

とりあえず結論は攻撃は失敗────────だが、最低限は務めを果たした。

今の一瞬に留美さんは離脱したし、確かに人狼女王は対応したのだ。

腕一本で軽く済んだのだ、という言い訳で驚愕で現実から逃げようとする思考を封じ込め────────次の仕込みが発動する。

 

 

 

 

「結べ! ────────蜻蛉切!!」

 

 

 

 

 

 

二代は硝子が割れるような音を聞いた。

 

 

 

 

は……………?

 

 

 

視界に入る敵、人狼女王に傷はない。

ただ、変化は起きていた。

右腕は未だ、従士殿の機動殻を握っていたし、右肩には馬鹿を担いでいた。

ただ、左腕には先ほどまで無かった物体が出来ていた。

 

 

 

 

それは最早、宗教的な意味が感じれなくなるような巨大な十字架であった。

 

 

 

先程までは銀の板群だったものが密集して作られた武装。

一瞬にして完成された十字架は人間が片腕で扱うには余りにも異形だが、人狼女王が扱うには余りにも相応しい銀装備。

神格武装なのだろう、という勘が、先程の割れる音に対してをまさか、と思いつつ、しかし口に出す。

 

 

 

「蜻蛉切の割断を砕いたので御座るか!?」

 

「Tes.────────バッティングセンターで練習したんですのよ? 景品取るついでに」

 

 

簡単に言うが、蜻蛉切の発動は一瞬の線による発動のはずだ。

それに対して、これ程の混戦状態に奇襲に次ぐ奇襲の筈なのに、介入してくるのだ。

怪物としか言えない。

だが、ならば

 

 

 

「ミトツダイラ殿!!」

 

 

 

声に反応する前から動いているクラスメイトの動きに、時間稼ぎにはなったのだ、と納得する。

聊か普段のミトツダイラ殿の動きに比べれば、鎖の動きは遅いが、元が母親であるのならば多少は致し方無い。

そう、こちらは別に人狼女王を打ち倒すのが目的ではない。

うちの馬鹿さえ取り戻せれば、後は逃げるが勝ち。

どうやら馬鹿は気絶しているようだが、取り戻せれば問題は無い。

そう思い、己は再び割断を結ぼうとして

 

 

 

「え……………」

 

 

完全に人狼女王が消えた。

 

 

 

「っ……………!!」

 

 

目で追ったのは勘だ。

高速域での動きに慣れているが故の、高速の身ならば、どこに移動するかを予測した結果────────人狼女王はミトツダイラ殿の隣にいた。

 

 

 

速い……………!!

 

 

翔翼で相当テンションが上がっている自分くらいの速さではないか、と思うが、今はそんな思考をしている場合ではない。

こちらの策は総て、読まれて乗り越えられたのだ。

ならば次は────────攻撃が来る。

 

 

 

くすり、と狼の笑みが小さく響く。

 

 

 

「己を示しなさいな銀十字(アルジェントクロウ)

 

 

 

コッキング音と共に、銀の十字は天子を貼り付ける姿から敵を打撃するショートレンジ砲の姿に切り替わる。

その場にいる全員が息を飲む。

 

アデーレは鈍重な動きしか出来ない機動殻故に、ショック態勢に入った。

 

二代は出来る限り離れるために翔翼と蜻蛉切をガードの形にする。

 

留美とハクは術式、武装による個人で出来るだけの防御と回避体制を作る。

 

ただ、一人、ミトツダイラだけが総長を助けようとした姿勢から一切の防御も回避も間に合わず

 

 

 

「さぁ、ネイト────────躾の時間ですのよ?」

 

 

 

半径15メートル以内の空間が打撃された。

 

 

 

 

 

 

 

 

人狼女王は中々綺麗になった空間を見て、成果を上げた銀十字を撫でながら────────傍らで突っ伏している己の娘の首にあるチョーカーを手掛かりに指一本で引っ張り上げた。

ついでに邪魔な銀鎖のオベリスクも蹴り飛ばしたが、その時、上空にいた黒魔女が吹き飛ばされていたが、まぁ、誤差、誤差の範囲である。

ともあれ件の娘は

 

 

「ぁ……………う……………」

 

 

銀十字の広域攻撃をほとんど受け身も取れずにそのまま大地に激突したせいで脳震盪になっているが、半分とはいえ娘も狼。

この程度で死ぬほど軟ではない。

少ししたら直ぐに治るが────────肉体はともかく心はその眼を見れば一目瞭然だ。

己を勝てない相手と見て、命乞いする負け犬の眼でこちらを見ている。

 

 

 

 

「8年前から何も変わっていませんのねネイト──────己より弱い相手には勇ましく、強い相手には震えて」

 

 

 

こちらの言葉に、流石に思う所があったのか、娘は少し反抗的な目で見てきたが、私が笑みを向けるとすぐに怯えた顔になる。

何て可愛らしい。

別に敵意や殺意なんて混じらせていない、純粋な笑みだったのに、それだけでこんなに震えて。

 

 

 

「いいんですの? ネイト? 貴女、騎士になるのでしょう? それなのに守るべき人を前にただ怯えて」

 

 

 

眼だけでまた反抗するが、やはり手足や口は動かない。

つまり、そういう事だ。

駄目ですのね、と思い、ならば8年前もっとするはずだった事をしようかと思って、腕に力を込めようとして

 

 

 

「────────あら」

 

 

人狼女王は知覚した。

今度こそ本気で微笑を作る。

さっき、娘に8年前から変わっていないと言ったが、むしろその台詞は娘ではなく、彼に対しての方が適切だった。

 

 

 

何も変わっていない。

 

 

相も変わらず守りたがりで救いたがり。

その癖、表ではそんなのは苦手だから他の人に任せる、なんて態度で────────全く変わらない。

つまり、これからの結末も、だ。

 

 

 

「良かったですわねネイト────────貴方の王子様が間に合ってくれましたわ」

 

 

そう言って、私は娘を軽く放り投げる。

そして躊躇わずに────────銀十字の砲身を娘に向けた。

 

 

 

 

 

 

あ……………

 

 

母が自分に対して躊躇わずに銀十字を向けるのを揺れる脳で認識した。

銀十字はあくまで打撃を砲にしたショートレンジ砲だが、それでもこの至近距離で銀十字を撃たれたら如何に半人狼であるとはいえ、致命的だ。

流石に命の危険に母への恐怖心とか、何かより死にたくないという一心から体を動かそうとするが、揺れる脳で、空中に投げられている最中では身動きの一つも出来ない、

 

 

 

死ぬ

 

 

その冷たい言葉に、ぞっとする中、ネイトが見たのは今も母の肩で気絶している総長の姿であった。

 

 

 

 

……………申し訳ありません……………我が王……………

 

 

 

非力で無能な王がそれでも戦場に出てくるのは、周りがどうにかしてくれるだろう、と信頼しているからだ。

そしてそれを誰よりも速く、そして確実に行う者が王の第一の騎士である自分の役割なのに、結果は酷く無様な終わり。

情けないなんてものではない。

これでは確かに口先だけの馬鹿な娘ではないか。

そう考えると己が今、こうして死ぬよりも王を守れずに無駄死にする恥で3度くらい軽く死ねる。

 

 

 

 

悔しい

 

 

悔しくて、情けなくて────────もう王と一緒にいる事が出来ない。

その事に、瞳から涙をこぼし

 

 

 

 

「────────え?」

 

 

 

突如横から押された。

勢いは強い。

それこそ1秒後には銀十字の攻撃範囲から逃れるか、最低でも致命の範囲からは逃げれる強さだ。

一体何が、という思いは────────しかし、数秒後には絶望に変わった。

 

 

 

 

「あ……………あ……………ぁ……………」

 

 

 

視界が8年前とダブる。

そこにいるのはどこにでもいる人間の子供の頃の姿であり────────今は武蔵において常に強がる少年の姿であった。

少年の瞳には一切、迷いがない。

己に勢いを渡した以上、彼は銀十字の攻撃から逃れる術は無いというのに少年の瞳はこれからの不安よりも、己の安堵が確定した未来にホッとしていた。

 

 

 

待って……………ダメ……………どうして……………!!?

 

 

 

一度に複数の疑問が浮かんでは目の前の少年に叩き付けてしまうが、当然、口に出す時間も無ければ余裕も無い。

だけど、一番強い意志は、どうしてであった。

 

 

 

どうして、貴方は何時も助けてくれるの?

 

 

8年前から私は貴方の事をどう扱っていいのか分からず、それこそ腫れ物のように扱っていた。

それこそ8年前の事件の後、私は貴方に対して酷い八つ当たりもしたではないか。

だから、貴方も外道行為には躊躇わずに巻き込んでいたが、それ以外では無理に踏み込まず、近寄らずにいたではないか。

昨日だってそう。私は貴方を拒絶したではないか。

助け合う事はあっても、命を賭ける程の価値を私は証明しなかったはずだ────────それこそ8年前の時と変わらず。

なのに

 

 

 

どうして……………!?

 

 

 

何時も貴方は私を守っ────────違う。

本当の疑問はそうではない。

 

 

 

 

本当のどうしては────────何時までも、私は貴方に守られて、だ。

 

 

 

 

もう守られないような自分になりたくなかったから、あの後、己は荒んで、道を外れたはずだ。

 

今度は守れる自分になりたかったから、私は王の騎士となると誓ったはずだ。

 

 

 

なのに、結果は変わらず。

己の弱さに今度こそ死ぬような惨めさを感じながら────────体は必死に少年に対してどうして、と叫んだ。

するとこちらの意思を読み取ったのか。

少年はこちらを吹き飛ばした後、手に持つ刃を銀十字に対して振りかざしながら────────しかし、一切、そんな事を感じない、普段の強気とやる気の笑みを、苦笑に変えて

 

 

 

 

ばーーか、と仕方なさそうに呟いた。

 

 

 

 

その笑みを最後に、ネイトの意識は轟音と衝撃に合わせ────────意識は閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

銀十字の砲撃が解き放たれ、対象となったモノが轟音と共に音速突破で弾かれる。

水蒸気爆発を引き摺りながら、一切、衝撃に抗う事が出来ないまま、それは数十メートル先まで吹き飛び、衝撃緩和に武蔵と熱田神社による障壁を複数壊し────────最後には壁に激突した。

 

 

 

 

 

 

吹き飛ばされたモノは煙と霧に抱かれ────────動きはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




1、19000越え……………馬鹿か自分……………


いやぁ……………敵側のチームって楽しいですねぇ!! 主人公側はやり過ぎると主人公チート乙になるから気を付けなければいけないが、敵側はもう好き放題やっていいって素晴らしい!! 楽しかったです今回!!


まぁ、余り長々と語るより本編更新を優先します。


感想・評価など宜しくお願い致します!!


PS
今週、ちょいと旅行するので、もしかしたら感想の返信とか遅れるかもしれませんが、申し訳ありません。
でも、感想あれば本当に燃える悪役なので出来れば一杯来てくれたらとても嬉しいです!!
では!!


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暴風神

あらゆる負傷も嫌悪もどうでもいい

何故なら、我が渇望こそ邪神の理

無間地獄の疾走なれば(配点:立ち上がるとは)


 

戦場に置いて沈黙の華が咲いた。

 

 

無論、沈黙をしたのは六護式仏蘭西ではなく主に武蔵勢であった。

 

 

 

 

武蔵副長、熱田・シュウ

 

 

 

一時期はそれこそ副長である事すら疑われていたが、今は違う。

事、戦闘に置いては言葉でも態度でも出さずとも、無意識に信頼を置いていた存在が今、六護式仏蘭西の副長である人狼女王の一撃を貰い、そして立ち上がって来ない。

世界が注目する状態で、武蔵の面々ですら息を呑む状況で、世界でただ一人、この状況を期待し、笑う少女がいた。

 

 

 

 

「さぁ──────ここが真価の見せ所じゃぞ、熱田・シュウ」

 

 

天から見下ろすような笑みと声が驚愕と先を読む沈黙の中で響く。

声を発する少女の姿をした長寿族の名は源・義経。

現状の世界において、最も生きて、戦い抜いた命である少女は表示枠越しに霧と煙が広がる場所を見る。

そこからは未だ剣神である少年の姿は出てこない。

そもそも、この表示枠は見るだけであり、声が届く事は無いのだが、義経はそんな事など知った事ではない、と言わんばかりに告げる。

 

 

 

 

「敗北に直面した時こそが熱田の姓を持つ者の真骨頂──────下らぬ逃げ傷など得ようものならば、そのそっ首、うっかり叩き落としかねんぞ?」

 

 

 

酷く理不尽な事を告げる少女の事に虚偽は一切含まれていない。

あくまで少女は本気で、"この程度の一撃で膝を付くようならば殺すか"と思っている。

あの一撃を、世界最強の一角にある人狼女王が持つに相応しい、神格武装の銀十字の一撃を、あくまでその程度と判断し、こき下ろしているのだ。

無論、義経は銀十字の一撃がどれ程、凶悪であるかをはっきりと理解している。

具体的には儂が諸に受けたら上半身が綺麗に吹っ飛ぶかのう? まぁ、儂に当てる事など不可能じゃが、というレベルで見ている。

 

 

 

 

その上で(・・・・)

 

 

 

世界の王を自負する女は受けた少年を例外とする。

何故なら、少年は熱田という姓を担っているから。

何故なら、少年は最強という夢を追って、疾走しているから。

何故なら、少年はかつて──────自分が友として扱った女の血を受け継ぐ者だから。

故に妥協は許さないし、許せない。

だから、期待を押し付ける。

例え、少年の肉体が酷い疲労と責任感で押しつぶされる寸前であったとしても、その心臓が、思考が生きている限り、止まらぬ無間地獄だというのを知っているから。

だから、無責任に、少女は期待と理不尽を押し付けた。

 

 

 

 

「さぁ──────今こそ疾走する時じゃ」

 

 

 

 

 

人狼女王は己が成した事を見て、微笑を一切陰らさないまま、煙の先を見つめた。

 

 

 

 

「呆気ないですわね。かつての貴方はもっと素敵でしたわ」

 

 

 

届くはずのない挑発を、しかし無駄とは思わずに投げかけた。

銀十字の一撃を前に、少年は避ける事が出来ない事を悟りながら、取った行動を見届けたからだ。

取った行動は酷く単純。

 

 

 

握った刃を持って、銀十字の一撃を迎撃したのだ。

 

 

 

本質的には本多・二代の蜻蛉切の割断攻撃を割ったのと同じ行為だ。

神格、大罪武装同士であるならば互いの攻撃に干渉は可能だ。

ただ、こちらの攻撃は蜻蛉切のような美しい一閃ではなく、打撃型だ。

斬るにしても、受け流すにしても、タイミング、姿勢、相性の問題で捌ききれなかったが故に吹っ飛んだのだ。

致命傷は避けたが、先程のなんたら天のチンピラにやられた一撃も含めて、肋骨が追加で折れ、内臓が追加でぐっちゃぐちゃって所ですわね、と笑う。

人間ならば普通に超重傷。

動く事はおろか、戦う事すら以ての外の傷であろう。

だけど

 

 

 

 

「8年前の貴方は、それ以上の攻撃を受けても立ち上がりましたのよ?」

 

 

 

頭蓋に人狼女王である私の一撃を受けて、貴方は血塗れになりながら立ち上がったのだ。

防御するどころか、受け身すら取る事も出来なかった技能と体で、しかし意地だけで立ち上がったのだ。

 

 

 

 

 

俺に勝ったと思うなよ(・・・・・・・・・・)、と

 

 

 

その美しさを忘れる程、年は取っていない。

いや、私はまだまだ現役ですけどね! そう! 現役ですの!!

まぁ、それは当然として

 

 

 

 

「そこまで錆びついてしまったんですの?」

 

 

 

この8年で、少年が柵だったり、過労だったり、重責で縛り、重みを追加していく日々ではあったのだろう。

少年程の力と、性格ならば想像する事は難しくない。

 

 

 

人間の世界というのはそういうモノであり──────そこに混じるには少年は余りに純粋だったから。

 

 

 

勿論、それに同情する程、堕ちてはいない。

故に己が発する声は敵としての言葉。

決して、助ける言葉でも無ければ、支える言葉でもない。

だから、今から行う言葉は挑発であり──────8年前の礼であり、期待であった。

 

 

 

 

「哀れですわね──────それでは、誰も守れませんのよ?」

 

 

 

 

 

──────瞬間、空気がざわついた。

 

 

 

 

比喩ではない。

人狼としての鋭敏な感覚が大気が揺れるのを感じ取った。

否、私だけではなく、周りの人間ですら感じ取ったのか。

先程までの沈黙が動揺と先行き不明によるものだったなら、今の沈黙は何かが起こりつつあるのを感じ取る、不安の沈黙であった。

 

 

 

「あらあら…………」

 

 

 

たった一言で、ここまで世界を変えるとは。

どうやら相当溜まっていたらしい。

話を聞く限り10年間も我慢していたのだ。

自分なら一日で暴走して、多分、夫を押し倒して一か月ぐらい家から出てこないだろう。

一度それをしようとしてやってしまったから間違いない。

あの時の輝元の釘バットが太陽王の股間にめり込む様をスローモーションで笑いながら、見ていたから間違いない。

それにしても、あの二人は私達夫婦のセックス事情を聴いて、どうして股間に釘バットをめり込ませる事態になったのだろうか?

でも、太陽王も楽しんでいたし、別にいいのだろう。股間は知らないが。夫のではありませんし。

まぁ、それを他人に当てはめるわけではないが…………

 

 

 

 

「これで、貸し借り0ですわね」

 

 

 

私の鬱憤を止めた少年への義理をこれで晴らすとしよう。

 

 

 

 

 

「10年分の錆落とし…………付き合いますわ──────遅かったら置いていきますが」

 

 

 

人狼女王の瞳は霧と煙の向こうを見通している。

金の獣眼はそこに巨大なモノ(・・・・・)が出現しようとしているのを捉えている。

剣神である少年なのだ。

ならば、そこに発現しようとしているモノの正体は容易く察する事が出来る。

 

 

 

 

 

ここはもう暴風圏内(・・・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙と霧に包まれた世界で、熱田・シュウは立っていた。

夢の世界に落ちている、とかそういうわけではなく、少年は現実で、立っていた。

銀十字の一撃を受けて、肉体が破壊された少年は──────それでも膝を付ける事だけは拒絶して、折れそうになる膝と血を吐きそうになる自分を■す程に■んで倒れる事を病的に拒絶した結果だ。

しかし、その後、少年は顔を伏せたまま動く事は無かった。

傍から見れば、立つ事のみに専念して気絶したのか、と思うような姿勢に、当然、誰もいないから反応が無い──────というのはおかしい(・・・・)

 

 

 

 

 

周りに人はいなくても、表示枠などを使えれば何時でも会話できる距離であるというのに、少年の周りには一切、表示枠が立たない。

 

 

 

 

少年には知らない事だが…………彼の周りの人間は治癒であったり、意識の確認をする為に連絡を行っているのだが、今は一切、それが少年には届かなくなっている。

少年が非通知拒否の設定にしてるからではない以上──────当然、それを妨害する存在がいるからだ。

 

 

 

 

 

「随分とだらしない最強だな」

 

 

 

前提を語るのならば、少年の周囲には人はいない(・・・・・)

一番近い人間がいるとすれば、やはり人狼女王だろうが、人狼女王は少年を攻撃した地点から移動もしていない。

言葉を飛ばしたりはしていたが、少年の鋭敏な聴覚だから届いたが、ここまで近く、はっきりとした声を届ける程、大声でも無ければ近い距離ではない。

繰り返すが、少年の周りには人はいない。

 

 

 

 

 

少年の前に逆さまで浮かんで、佇んでいるのは、人ではなく神なのだから──────

 

 

 

神の姿は見た目は、熱田・シュウを少し大人のようにしたような形をしており、親にも見えれば、兄にも見えるような顔と体付きをしているが…………その存在感は人間を超越していた。

神気を帯びた体と視線を、半透明の形で世界に顕現した神は、状況も状態も、一切考えることなく、シュウを侮辱した。

 

 

 

 

「何て無様だ。あんだけ佐々・成政とかいうチンピラに豪語したかと思えば、舌の根の乾かぬ内に有言実行できねえ馬鹿になるたぁ、驚き桃の木山椒の木って奴だぁよ。おめでとう。お前は今、世界で最高の口先だけの男になったわけだ」

 

 

 

全ての言葉が熱田・シュウを間違いなく百回程切れさせるに相応しい言葉なのに、俯く少年は一切反応しない。

まるで、石造のように不動の少年に、構わずに神は告げる。

 

 

 

 

「まぁ、でも仕方がないかもな? 相手は人狼女王だし。事、種族を問うなら間違いなく最高最強の存在だろうな。あくまで格を問うなら、そりゃ剣神であっても、人間でしかねえテメェじゃあ、勝てねえよなぁ、抗えねえよなぁ、しょうがないよなぁ?」

 

 

 

ケタケタと笑う神の姿に、しかしやはり少年は何の反応も返さない。

その少年の態度に何を思ったのか、笑い声を不意に止め──────しかし、三日月に歪めた口をそのままに、ゆっくりと手を差し出す。

 

 

 

 

 

 

「ならば──────力をやろうか?」

 

 

 

酷くあっさりと妄言を吐く。

100人が100人、これを聞いたのならば悪魔の戯言と言い返しただろう。

契約ではなく戯言。

何せ、営業にしても余りにも直接的な言葉だ。

誰もが惹かれるが故に、そんな事が簡単に出来るのならば苦労しないし──────その代償がどうなるかなんて一々考えるまでもない。

そんなここにネシンバラがいたら

 

 

 

 

「ここで闇の力との契約か…………!! 僕の真の闇に惹かれたな…………!!?」

 

 

 

などと叫んでいただろうが、当然、熱田は何も言わない。

ただ、俯くだけだ。

神もそんな熱田に構わず、手を差し伸べ、言葉を連ねる。

 

 

 

 

 

「勿論、そんじょそこらのちゃちな力は渡さねえよ──────正真正銘、極東における最大最高にして、超嫌われ者の力をくれてやるよ──────たかだか獣の女王なんてかるーーく切り刻ませてやるよ」

 

 

 

 

先程、世界最強の一角と囀った口で、人狼女王をたかだか獣の女王と嘲るのだから、どの口が言うのか、と言われてもおかしくない、酔った言葉にしか取れないのに…………その言葉には強制的に納得させる言霊が宿っていた。

どこを取っても妄言であるはずなのに、喋る本人が一切、その事を疑っていない為に、まるで正しい言葉を吐いたかのような言葉。

それは世界征服を謳った馬鹿のようでもあり──────最強を願った少年にも通じる口調であった。

違う所があるとすれば年季と言うべきか。

少年二人の言葉は、多分に願望…………というよりなるんだよ、という自分に対して刻むように告げる言葉であるのに対して、神の言葉はそんな不確かさも不定形さもなく、ただ事実のみを語っているという口調だ。

 

 

 

 

この神は嘘偽りなく────────俺こそが最強だという自負を告げているのだ。

 

 

 

「……………………」

 

 

そんな言葉を聞いて────────熱田は遂に手を動かした。

伸ばされた手を掴むように少しずつ手を伸ばし始めたのだ。

 

 

 

神が笑う。

 

 

遂に心揺れ動かしたか、と。

 

 

 

神が嗤う。

 

 

 

遂に心が揺れてしまったか、と。

 

 

 

 

同じようでいて矛盾する感慨を抱きながら、しかし神は伸ばした手を戻さない。

ただ、少年が伸ばす手を見守りながら、権能を動かし

 

 

 

 

────────そのまま握り砕かれた自分の手を見て、笑った。

 

 

 

「はっ────────」

 

 

口が歪む。

痛みによるものではなく、少年の行動の結果にただ笑う。

現界しているだけの仮初の体だ。

片手が砕かれる事なんてどうでもいい。

今、重要なのは砕かれたという事実と、砕いた張本人である少年だ。

見れば、手で己の手を砕いた少年の体は震えている。

 

 

 

度重なる負傷による激痛────────からではなく。

 

神の言葉による様々な屈辱────────からでもなく。

 

 

 

 

────────純然たる怒りから来るもので、熱田・シュウは震えていた。

 

 

それも神に対するものでも無ければ、原因となる人狼女王に対するものでもない。

この自分の無様さにだ。

何だこれは?

たかだか(・・・・)人狼女王の一撃を受けて、無様に吹き飛ばされ、更にはクソったれな程、うざい神に哀れまれるように手を差し伸べられる。

 

 

 

 

これ程、ふざけた熱田・シュウが存在していいだろうか

 

 

 

 

熱田の頭の中には、これが友人を助けた事による損傷という考えはない。

あるのは、助けた上で、なお、それがどうした(・・・・・・・)、という態度を貫けなかった自分への憎悪に近い怒りのみ。

 

 

 

最強ならばそれくらい出来る筈だ、出来て当然だ、出来なければおかしい。出来ない方が馬鹿げている。

 

 

 

筋道どころか、理屈にすらなっていない思考だけが頭を埋め尽くす。

当然だ。

熱田・シュウがいう"最強"とはそういうモノであり────────そうなれない熱田・シュウなど存在価値など一切ない。

政治的な能力も、指揮能力も、何もかもを放り出して、それだけを追い求め、そうあれかしと刻んだのが今の己だ。

他の事を全て、他人に放り投げてしまうという無責任さを思いながら、ただ刃になる事を誓った存在が、周りに敗北感を感じさせるような事などしていいはずがない。

 

 

 

 

求めたのは誰もが追い付けぬ疾走

 

 

 

他は何もいらない。

地位も金も名声なんていらぬ知らぬ下らぬ。

世界征服と世界平和の為ならば、あらゆる汚れ仕事を行い、目的の邪魔をするものは全て斬り伏せるのが熱田の姓であり、俺の役目だ。

故に、と空を睨む目は神など見ていない。

彼が睨むは、己の疾走を阻むもの全て。

それが、神だろうが悪魔だろうが、人狼女王だろうが、国だろうが公主だろうが────────世界であろうが斬るのみ。

ああ、そうだ───────

 

 

 

 

「俺に勝っていいのはぁ…………!!」

 

 

 

元より我が渇望とはそれ。

誰よりも速く、何よりも速く疾走し、勝利する事こそのみを願った。

再認した渇望が比喩ではなく瞳を赤く染める。

その様子を砕けた手を無視して、笑う神を無視して────────怒りに染まろうが、冷静さを欠こうが、変わらぬ────────彼の誓いが今こそ新たに世界に吐き出された。

 

 

 

 

 

「俺に勝っていいのはぁ…………────────あの馬鹿だけだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

瞬間、神が笑う。

呵呵大笑に、盛大にその餓鬼の叫び声に、祝福の笑みと加護を授ける。

 

 

 

 

「は────────ははは…………!!」

 

 

 

何故ならば余りにも馬鹿らしい!

何が、俺に勝っていいのはあの馬鹿だけだ。

今、さっき敗北に等しい一撃を受けた後だというのに、その言葉には一切、それらを引き摺っていない。

怒りで我を忘れたから────────ではない。

少年が今も吠えているのは、己が無様を晒した事である以上、人狼女王の一撃を忘れるはずがない。

しかし────────少年の心の中には敗北感など一切なかった。

少年が敗北感を感じる感情がないというわけではない。

 

 

 

 

これは単に────────敗北感が体を染めるよりも早く、俺に勝っていいのはお前じゃねえ、と怒りにも似た意味不明な理屈が通じないルールが少年本人を染め上げたのだ。

 

 

 

最早、狂人一歩手前のような理解不能さを────────しかし神は叫んだ。

 

 

 

 

「はっ────────おせぇんだよすっとこどっこい! 十年も待たせるたぁなぁ! 錆び付かせた不可能男を何度ぶっ殺してやろうかって思ったか!!」

 

 

 

言葉と同時に、神の肉体が四散した。

己の顕現を解いたのだ。

顕現を解いた以上、神は地脈に帰り、人を見守り、力を貸す存在に戻る────────所を彼の力はそのまま熱田・シュウに憑依するかのように惹かれる。

だが、これは自明の理だ。

何故ならば

 

 

 

 

 

"さぁさお立合いだ世界! 今こそ極東史上における嫌われ者のスサノオ(・・・・)が認めたこの地上唯一の地獄の展開をご覧あれってなぁ!!"

 

 

 

わざとらしく傾奇者のように誰にも聞こえない言葉を叫ぶ神────────スサノオが、今こそ己の代理として振る舞う事を許した少年に己の権能を引きずり出し、世界を染め上げる。

元よりスサノオとは暴風の神。

剣神というのはむしろ、スサノオにとっては一側面であり、スサノオを表すには聊か物足りない表現だ。

故に、これこそが暴風神スサノオが本領。

一体、誰が最初にこの名を呼んだか。

スサノオが言う、地上唯一と告げられた────────その神威を、今、少年と暴風は声を合わせて叫んだ。

 

 

 

 

 

「無間地獄…………!!」

 

 

 

 

 

熱田神社の第二位である留美はこれから起こる事を、あらゆる表示枠から理解したが故に、まず最初に行ったのは浅間への連絡であった。

 

 

 

・留美 :『浅間さん! シュウさんが神格開放を行います! 神降ろしに近いから武蔵側の制御を!』

 

・あさま:『え!!?』

 

 

説明している余裕はない。

こちらは直ぐに柏手を行い、奏上し、複数の表示枠を立ち上げる。

直ぐ様にこちら側で行われるシュウさんへの負担を減らすための体調管理の術式を送り付け、浅間さん以外にも簡易的に武蔵、IZUMOに警告と避難の連絡を送り付ける。

それらが丁度終わった瞬間、それは来た。

 

 

 

 

「………………………っ!!」

 

 

 

一瞬で世界が闇に染まる。

空からは太陽が消えうせ、体にはまるで重力が増したかのような重みが背負わされる。

前者は事実だが、後者が気のせいであり、そして当然の気の迷いであった。

何故ならば、これは夜に染まったのではなく、光が消えたのだ。

世界においての最大の災害の一つである暴風域に立っているという危機感。

 

 

 

 

人間では立ち向かえない終末世界こそが、彼の心象であり、渇望であり────────この世で何よりも憎む世界だ。

 

 

 

「…………あの時と同じ…………」

 

 

そう呟き、しかし違うと首を振る。

あの時と同じならば、今、こうして立っている自分にも刃が飛んでくるはずだ。

それどころか何時の間にか自分の周りには風が渦巻いているような感覚がある。

風であるから視覚には映らないが、髪や服を揺らしながらも、しかし離れようとしない風を感じる。

その事実に思わず、もう、と小さく吐息を吐く。

 

 

 

 

「…………振った癖に…………こんな風に扱うから、何時まで経っても忘れられないんですよ…………?」

 

 

 

言われた本人にそんな余裕はないとは思うが、つい言ってしまう。

返って来ない問いに溜息を吐きながら、現実に思考を戻す。

神格開放による無間地獄を開いたのはいいが、これは本来、対人に使うようなものではない。

本来ならば対軍……………………最悪は対国を相手に開かれる超攻性術式だ。

対人であっても効果がないわけではないが……………………相手が人狼女王となるのならば、これが開かれた程度で終わるはずがない。

つまり、勝利を決するにはやはり

 

 

 

「超至近距離における一撃」

 

 

それはつまり、シュウさんも相手の必殺の距離に近付くという事だが、それに対する不安は一切ない。

何故ならば、それこそが彼の真骨頂であり、本来のスタイルだから。

だから、思う事はただ一つ。

 

 

 

「本当に無茶ばっかり……………………」

 

 

 

 

 

 

人狼女王は空間が闇に染まった瞬間に手刀を振った。

傍目から見れば、唐突に音速で虚空に手を振ったように見えるが、振った直後に何かが砕ける音がしたのならば、己の所作は迎撃となる。

ただ、砕けたものは通常ならば有り得ない形のない物であった。

 

 

 

「風………………?」

 

 

否、そんな生易しい物では無かった。

手応えとしては、むしろ分厚い刃物を砕いたような感覚。

風………………鎌鼬の方が正しいか。

ここまで、鋭利で重い鎌鼬など自然界に存在しない。

つまり、これは攻撃だ。

 

 

 

 

「っ…………………!!」

 

 

 

即座に二の太刀────────否! 続く、三桁の数で降り注ぐ刃の暴風に対処する。

一度に一つ二つの対処では身が削られる。

一つに最低、20を巻き添えにする為に、足は地にすり鉢状のクレーターが生まれるくらい踏みしめ、腰は勢いよく振り回し、肩には力を籠めず、己の身体と膂力を信頼した最も己らしいスタイルをもって、一斉に降りかかる災害を振り払う。

狼の爪と鎌鼬が接触する。

 

 

 

 

一撃を持って、27の形なき刃が砕かれる。

 

 

 

硝子が一斉に砕ける音を耳から除外しながら、即座に踏み込んだ勢いを殺さず、むしろ前に進んで続いて、左の一撃を前に出す。

ほぼ同じ数の攻撃が砕けるのを感じながら、敵の攻撃が前からしか来ていない事に気付く。

 

 

 

全く………………!! こんな地獄を展開しておきながら…………………!!

 

 

 

この術式は暴風神スサノオの形を反映した世界でありながら、使い手はあくまであの少年だ。

だからだろう。

先程から体の前面にばかり攻撃が来、その上で後ろどころか手首や首などの急所には一切攻撃が来ていない。

ここまで来ると最早綺麗事なんて言えない。

覚悟を決めているという事だろう。

 

 

 

楽な道を走る気は無いと

 

 

 

「馬鹿な子……………………」

 

 

刃の群れを砕きながら、思わず独り言を漏らす。

この世界がここまで闇に染まるのは、何も暴風の表現だから、ではないだろう。

自分も本性を発現させれば、欧州の森を広げれる故に、分かる所は分かる。

人狼の眼でも見通せない闇が広がったのは、偏に、この地獄の主人が光などいらぬと叫んでいるから。

それは光を忌避したのではなく、名誉も報酬も地位も、あらゆる見返りなどいらぬという覚悟。

あらゆる汚れ役は己が行う、という責任感。

8年前から何も変わっていない。

言葉など交わさなくても伝わる真実。

馬鹿みたいに前進しか考えない子供のような愚直さ。

8年前は何故、そこまで自分を削れるのか、と疑問に思ったが…………

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

200程砕きながら、視線を横に向ける。

そこには今は気絶している武蔵の総長兼生徒会長が横たわっている。

たかがこの程度の衝撃に耐えられずに倒れてしまった少年だ。

文系であったとしても、仮にも総長であるならば、確かに、無能の評価は否定する事が出来ない、と判断できる。

それでも、そんな少年に剣神は気が狂う程に夢を預け、娘もまた騎士として生きたいと思った、という事なのだろう。

なら────────

 

 

 

 

 

「欧州覇王の道を遮るのならば、私もまた奮い立たないといけませんわね」

 

 

 

 

台詞と同時に、鎌鼬を砕き────────そこで一旦攻撃が終了する。

これ程の攻性術式だ。

そう連続的に攻撃をし続けるのは難しいだろうし、役職者を相手ならばこれくらい裁けないのは戦闘系ならばそうそうはいないだろう。

恐らく、これはあくまで対軍仕様の攻性術式。

対人ではあくまでサポートに使う為のものか、あるいは

 

 

 

 

「人妻を囲うなんて、イケない趣味ですのね」

 

 

 

これも現役の魅力…………!! と笑いながら、世界が軋むのを感じ取る。

勿論、分かっている。

地獄に置いて未だ、苦しむどころか元気溌剌な獲物がいるのだ。

無間地獄が役に立たないのならば、次に来るのは地獄の主による裁きだ。

己の眼でも見通せない闇の中ならば、幾らでも奇襲し放題だが……………………

 

 

 

 

「地獄を穿ちますわよ銀十字」

 

 

 

己が纏う銀の十字をコッキングさせる。

コッキングには一秒もかからない。

そのまま、狙うは一切の迷いは無し────────正面だ。

躊躇う理由も無ければ、穿たない理由もない。

 

 

 

 

天使を打撃し、地面に縫い付けるショートレンジ砲が再び、目の前の空間に放たれ────────

 

 

 

 

刃の一閃が銀十字の一撃を完璧に切り裂いた。

 

 

 

 

「────────」

 

 

至近で10トンくらいある爆薬が爆発したのかという爆裂音が響く。

それにかまけるよりも、爆音の原因に思わず、笑いが起きた。

 

 

 

 

「…………真っ向から銀十字の砲撃を斬り伏せましたわね…………!?」

 

 

 

先程、自分も武蔵の副長補佐の蜻蛉切相手に似たような事はしたが、これはそれよりも派手だ、

自分は飛んでくる線、それこそ刃のような物を斜めから叩き折ったが、これはそんな技術的な物なんて一切使用していない。

真実、真っ向から銀十字の一撃を力任せに叩き割ったのだ。

その活きの良さに思わず、笑う。

ただの力任せを野蛮ななどと器が小さい事を言うつもりはない。

まぁ、力づくというより鋭さに任せた一撃なのだろうが、どちらであっても構わない。

獣に対して真っ向から挑む馬鹿に対して、後ろに下がる軟弱な弱肉に成り下がった覚えもない。

故に、暗闇の中でわざとらしく自分だけは浮かび上がるようにしている馬鹿が、真っ向から突っ込んで来るのを歓迎した。

 

 

 

「今まで散々強キャラアピールしてきたんだ!! 負けた時の屈辱はさぞ美味だろうなぁ!!」

 

「一言一句、そっくりそのまま返しますわ、自称最強さん?」

 

 

その一言と共に、人類の恐怖と世界の恐怖の象徴は激突した。

 

 

 

 

 

 

 

「何だこれ……………………?」

 

 

本多・正純は暗闇となった世界に対して疑問を投げかけていた。

まず、現時刻は夜はおろか夕方にすら程遠い時間帯だ。

闇夜になるには早過ぎるし、自然の闇と見るには、余りにもおかしい。

何せ、闇夜になっているのに、自分の視界はまるで昼間のように物の形がはっきりと見えるのだ。

夜目に自信があるわけではないので、正純は自分の眼がいいと勘違いをすることは無かった。

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉ!! まさか! 僕も遂にナイトアイのスキルを得れるとは……………………!! 闇が僕に見通せと叫んでいるのか……………………!!?」

 

 

ああはなるまい、と思いつつ、周りの連中を見てみるが…………周りの連中の反応を見る限り、これはどうやら未知の物らしい。

警戒を強めているのもそうだが、術式に詳しい連中が検索など、対応をしようとしているのだから、初見の物なのだろう。

 

 

・あさま:『これは…………多分ですが一つの神降ろしであり劇場術式です。暴風神スサノオがおわす所は暴風圏内。そういった演目を通して、地脈から精霊までここを暴風雨である、と演出しているんです』

 

・●画 :『まぁ、理屈は通っているけど…………そんなの当然、ただじゃないんでしょ? 大精霊、それこそ向こうの人狼女王なら生態系としての能力として自己を広げそうだけど…………熱田は人間辞めているけど生物学的には人間よ? 代理神ってそこまで融通利くわけ?』

 

・立花嫁:『聞いた話だと代理神としての能力は、如何に担当している神に気に入られているか、という実に大雑把且つアバウトな出力設定だと聞きますが…………』

 

・留美 :『そうですね。大体、皆様が言っている事は全部正しいです────────そのアバウトな設定で、ここまで世界に広げられた人間は歴代ではシュウさんが初ではありますが』

 

 

どういう事だ、と思っていると、正純の視界に人狼女王と熱田の姿が映る所があった。

あ、と思った時には二人は30m程離れており、私の常識では間が空いたのか、と思う所を

 

 

 

 

 

「────────!」

 

 

 

 

何時の間にか、二人の距離が接近戦(インファイト)の距離にまで近づき、

 

 

 

 

「うわっ」

 

 

 

慌てて、大音量が来るかと思って耳を塞ぐが、来るかと思ったタイミングで来ないと思った瞬間に

 

 

 

 

「えっ」

 

 

 

遅れて、正純の聴覚でも最低、数十に及ぶ打撃と斬撃音が響いた。

二人の手足と武器は最早、私の視界には映らない。

弾かれ見えたかと思ったら、次の瞬間には残像と化し、水蒸気爆発を多段爆発させ、音速の壁を容易く突破する。

生物の限界を多分に突破した戦闘行為に門外漢の正純でさえ、息を呑む。

その光景は他の連中ですら息を呑む光景であったらしく

 

 

 

・立花夫:『…………私や、誾さんが相手した時よりも確実に早くなっています。熱田神社第二位。先程、代理神としての出力は如何に神に気に入られるかと仰っていましたが…………心構えか覚悟かは分かりませんが、それらだけでここまで上がるのですか?』

 

・留美 :『失礼ながら、立花・宗茂様。逆なんです────────急に上がったのではなく、今までが下がっていたんです』

 

 

 

逆…………?

 

 

今までが低下していたのだという説明に正純は何故、と思う前に、つい、さっき言われた言葉を思い出していた。

それは長寿族の最高年齢と言ってもいい源・義経が言っていた言葉。

曰く、使い方がなっとらん、と。

つまり、それは…………これの事なのだろうか?

その疑問を、スサノオを奉る巫女が頷くように答えを明かす。

 

 

 

・留美 :『別段、責めるわけじゃないんですけど…………シュウさん、どこかの誰かさんと、出来る限り人を殺さないって約束したらしくて…………』

 

 

 

責めてらっしゃる……………………と、周りの皆が引くのに合わせつつ、ついでにどこかの誰かというのも誰か分かったので、同情の余地は無しである。

まぁ、そういうわけでは実にらしい約束と言えば約束だが……………………

 

 

 

 

・留美 :『そんなの────────シュウさん、口に出して言われたら絶対に必死になって守ります。殺すどころか、怪我ですら出来る限りさせないようにしていたんでしょうね』

 

・立花嫁:『…………そういえば、私に止めを刺す時、あんな無茶な方法で降参したのに、副長は止めれていましたね…………』

 

・立花夫:『よく良く考えれば、私の治療も、ほとんど彼からの傷は無かったですね』

 

 

 

えーと、つまり

 

 

 

「…………常に寸止めのような感覚で戦っていたって事か?」

 

 

そんなあっさりとした感想に答えたのは嘆息を吐いたナルゼであった。

 

 

「そんな単純な物じゃないでしょうけど……………………あらゆる戦闘行為で、そもそも振り切るつもりが無い一振りであったっていうなら…………弱体化も頷けるわ。そんな中途半端な人生(モノ)じゃ満足できねえって事なんでしょうね」

 

「でも、それって…………」

 

 

浅間が少し怒った顔で、言葉を切ったのも分かる。

何故なら、それはつまり、敵対者が殺すつもりの真剣で挑んでいるのに対して、熱田は木刀…………否、木刀どころか竹刀で戦っているようなモノだ。

刃を潰し、徹底的に傷付けないように、殺さないように、と石橋を指で叩いて叩いて……………………自分の指が潰れる程に叩いて、ようやく安心する────────約束が守れた、と。

だが、今、その約束を守るには難しい強敵が現れた。

 

 

 

 

故、敗北の傷を得るよりは約束を破る恥を選んだ、という事か。

 

 

 

 

何という────────らしい話だ。

そして、同時に納得する事でもあった。

つまり、今、この吹き荒れる暴風は正しく熱田の今の心象を表している、という事だ。

当然と言えば、当然だ。

 

 

 

 

 

あの男が、敗北するかもしれない自分を、約束を破ってしまった自分を、何があったとしても許すわけがない。

 

 

 

 

もしも、政治の分野で己が似たような事をしたと思えば、良く分かる。

互いに一芸を極めた同志だ。

そこで失敗を得たならば────今の自分が何をしているのか、強く、強く────怒りを覚えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首置いてけやおらぁ!!」

 

「タマ取りますわよ…………!」

 

 

首取りの一撃を心臓破りの一撃で相殺する。

続く、脇腹、胸、腹に連続して放たれる斬撃の嵐を手刀、銀十字、武器破壊のつもりで放った足技を持って対処し、回転数を上げた腰が入った一撃を頭蓋に向かって放つが、こちらの手首を破壊するつもりで放ったであろう頭突きのせいで阻止された。

 

 

 

 

────────お互い、防御のつもりで放つ一撃など一切ない

 

 

 

 

どちらも必殺を持って、攻撃を打ち続けている。

様子見なんて無い。

急所をわざわざ狙う気も無い。

手だろうが、足だろうが、首だろうが全てを抉り、斬り落とすつもりでどちらも攻撃を放っているというのに、結果は互いに無傷。

その事実に熱田は青筋を立て、人狼女王は唇を歪めた。

 

 

 

 

「らぁあああああああああああ!!!」

 

 

 

盛大な叫びと共に、空間が打撃されたような音が響く。

無間地獄の主の怒りに呼応し、闇は更に深まり、地獄が近づく。

当然、出力が高くなればなる程、術者である熱田に負担が高まるのだが……………………

 

 

 

 

どういう精神力をしていますの……………………!?

 

 

 

対峙している人狼女王は目の前にいる少年の形をした怪物に対して、流石に疑問を思う事を止めれなかった。

己も自分の領域を広げる能力を持ってはいるが……………………あれは生態としての、人狼女王としての能力だ。

修得した物でも無ければ、術式でもない。

元より、己の領域を広げるなんて人間の領域では許される力ではないのだ。

代理神の権限で、神の力を一時的に使用出来るからこその暴挙なのだろうが……………それを一人で、これ程の時間、展開するのは、本人の人生(ありかた)が余りにも神にとって美味しいのと─────己を締め付けるような痛みに対して何一つ動じぬという完成された精神力があるからこそ出来る無間地獄だ。

現に

 

 

 

「……………っ! にゃっ、ろう!!」

 

 

 

振り下ろされた武器を横なぎに弾き、大剣が反動で彼の背後まで弾かれ、隙が生じた、と思った瞬間

 

 

 

 

「……………………!!!」

 

 

 

即座に、引いた剣を取り戻すように力づくでそのまま突きを放ってくるのだ。

無論、弾かれた半身を無理矢理に修正し、引き戻すなんて行動をすれば、人間の柔い体では簡単に壊れるだけのはずだ。

それを一回だけならばともかく、何度も行えるのは当然、絡繰りがあるからだ。

無茶をする度に少年の体に灯る青白い光こそが正体だ。

 

 

 

 

 

武蔵副長を守る守りの加護────────そう思われていた(・・・・・・)モノだ。

 

 

 

 

そんな生易しい物では断じてない。

 

 

 

あれは別に私の攻撃から彼の身を守っているのではなく────────壊れる程、酷使している彼の体を壊れないように保護しているのだ。

普段は彼の守護を高める加護として動いているが、状況ごとに適切な守りを行う事こそがこの加護の本来の本質であり、使い方なのだ。

究極的には彼の加護は守護の加護ではなく────────戦闘続行の加護でしかないのだ。

 

 

 

 

 

筋肉が千切れる事は阻止出来ても、それに伴う痛みなどは抑えていない。

 

 

 

 

他に痛覚に対する対処の術式が出ていない以上、少年は自力で激痛に耐えているという事になる。

否、それだけならば別によくある事だ。

痛みに悶え、成すべき事を成せないなど理不尽にぶつかった時に、泣くしかない子供にのみ許される特権だ。

副長職の人間がする事ではない。

だから、そこはいい。

 

 

 

 

 

問題は、その挙動に一切、痛覚による影響が全く見えない事だ。

 

 

 

 

何度相手の肉体を弾き、その度に、無茶な肉体運用をする少年を見たか。

軽く三桁は見ていると断言でき────その動きに一切の翳りが無い事を実感している。

武蔵副長が痛みを感じない無痛覚の人間という情報はない。

 

 

 

 

 

つまり、ただの意志の力だけで少年は永続する激痛を、どうでもいい(・・・・・・)と扱っているという事になる。

 

 

 

 

恐怖を司る自分が、少しだけ唾を飲んでしまう。

何か異常な事をされるよりも、背筋を震わせる現象だ。

己も、獣の女王として様々な人間を見てきたが、これは格別だ。

ここまでイカレタ正気(・・・・・・)なんて見た事が無い。

 

 

 

「正気ですの………………!?」

 

 

だからこそ、つい、口から洩れてしまった言葉に、己自身の不甲斐なさを感じてしまった。

何故なら、自分の言葉に、少年がどういう反応を返してくるか、読めてしまったからだ。

 

 

 

 

「はぁーーー? 正気ぃーー? んなのなーーーーーー」

 

 

 

笑みを浮かべながら、殺意を持つ少年は決して矛盾していない。

何故なら、少年が殺意を向けるのは常に夢を叶えていない自分に対する憤りだ。

その破綻した生き方を人狼の女王ですら思わず、見惚れる程であり

 

 

 

 

 

「────────分かんねえから、とりあえずいっつも、母親が生む時に落としたって言ってらぁ!!!」

 

 

 

────開き直る姿に、真実を見た人狼女王は流石に自分の発言に後悔するしかなかった。

 

 

 

「そう言うと大抵の野郎共はこう言うもんだ! お前は生まれるべきでは無かった、とか怪物だ、とか生きているだけで害悪だ、とか実にくっだらねえ言葉ばっか! あーーーー!! つまんねえつまんねえつまんねえつまんねえくっそつまんねぇーーーーーー!!!」

 

 

叫びと共に周囲の闇が拉ぐ。

無間地獄の神の怒りに怯えるように風や空気の精が怯えるのを見ながら、人狼女王は手刀を少年に叩き込み、武蔵副長はそれに合わせて一刀を滑らせる。

弾き、弾き返された攻撃は地面と空間を弾かせ、その間隙に無間地獄の神は己の渇望を叫んだ。

 

 

 

「だが!!んななのはちっけぇ事だ!! 大事なのは一つ────俺に勝っていいのはぁ……………………────あの馬鹿だけだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

己の真実を叫んだ瞬間に周囲の闇夜がより密度を増し、瞬間的に約300後半くらいの数の鎌鼬が飛んでくるのを悟る。

止まらない。

まるで、無間地獄に停止の概念などないとでも言いたげに少年の攻撃は、行動は、成長までもが速度を上げていく。

その様は坂道を転げ落ちるように際限がない。

無間地獄とはよく言ったものだ。

事、疾走と殺傷に置いてならば止まる事は無いと、人狼女王ですら認めてしまう所…………だが

 

 

 

────才能が決して、本人を幸せにするとは限らない

 

 

人狼女王もそうであり…………そして熱田の剣神もまた。

故に共感出来るからこそ

 

 

 

「叩きのめしてあげますわ。貴方が望みながらも否定するこの世界を ────だからこそ、貴方は無能の王を望んだのでしょう?」

 

 

これ程分かりやすい戦乱向けの能力を持っていて、何故、追い詰められてからでしか使う気にならなかったのか。

私は気分だったり、種族特性だったりするからだが、この少年は違う。

代償は有れど、そんな事を気にするようなブレーキなど持っていない。

ならば、理由は恐らく一つだ。

 

 

 

「相応しくないと思ったのでしょう? おぞましいと自ら弾劾したのでしょう? 他者を否定し、切り刻むこの無間地獄を。だから、貴方は正逆を求めた。失わせない世界を、失わせないと叫ぶ人間を────貴方が否定し、諦め、しかしずっと願っていた、貴方を否定する世界を」

 

 

 

この世界は剣を、武力を持つ貴方が基準となった世界。

だからこそ、暴力的で排他的。

続く者も無ければ、残る物も無い。

彼の名の通り、行きつく先は終焉だ。

彼が大事だと思う者だけが手元に残り、それ以外は全てを滅ぼし尽くす。

ある意味で、最も効率的な世界征服と世界平和であり────それを誰よりも間違っている、と弾劾したのが、彼自身だった。

だから、英国で彼は自身の事を邪神だと嘯いたのか。

その覚悟に人狼女王も覚悟を決める。

地獄を謳うのならば、その地獄を踏破しよう。

ただし───生温い地獄であった場合、刻まれるのがどちらになるかは知らないが。

こちらが無間地獄に挑んだように、貴方はこの世の人間の恐怖に挑んだのだ。

 

 

 

宣言通り────狼に食い殺される覚悟をしているんでしょうね、と笑い掛ける

 

 

そんな意味を込めた笑みに、剣神も恐らく悟り、笑みを浮かべた。

殺意によって冷たくなりながらも、その瞳はテメェを斬りたくて仕方がないと告げており、ちょっと体の奥が熱くなりそうであった。

 

 

 

だって、これは広義の告白ですものね!?

 

 

それが、愛によるものではなく、怒りと殺意に満ちたものであっても、今、私達は互いの殺害許可証を交換したのだ。

ある意味で、互いを好き勝手にする、という許可証だ。

これには人狼女王もコーフンするしかない。

 

 

まだまだ現役! 現役ですのよ――――!!

 

 

くねくねムーブを一つ取り入れ、心の夫に報告をし、テンションをアゲアゲにしながら

 

 

「銀十字…………!!」

 

 

指運でコッキングを済ませ、コンマ一秒以下で武蔵副長に狙いを定め

 

 

「しゃらくせぇ!!」

 

熱田・シュウは剣を振り上げ────再度、爆撃音に近い爆発音が響く事によって、再び火蓋は斬って落とされた。

 

 

 

 

 

・〇べ屋:『正純正純! さっきからIZUMOからすっごい抗議が来ているんだけど! ちなみに内容はそちらの大怪獣バトルをどーーにかしてつかぁさぁい! だって! どうする!? 金せしめる!? せしめようよ!! 今ならシュウ君利用して脅し放題だったよ!?』

 

・副会長:『最後の過去形はどういう事だぁーーーーー!!?』

 

・貧従士:『いやぁーー。何がおかしいかって、大怪獣云々を一切否定できないのが、どうかしていますねぇ』

 

・ウキ―:『さっきからIZUMOの大地やら何やらが吹き飛んだり、砕けたり、切り裂かれたりしているが、そろそろ更地になるのではないか?』

 

・●画 :『良く考えたら、あそこら辺にミトツダイラだったり、総長だったりがいるんだけど、あの馬鹿、途中から救出よりヒャッハーに完全熱中ね。これで事故でどっちか潰れたらどんなリアクション返ってくるかしら?』

 

・金マル:『二人とも"あっ"で終わるんじゃないかな? キャラ的に』

 

 

武蔵勢のスピード感溢れる共食い会話を半目で見ながら、立花・誾は目の前の戦闘………否、戦争を見、危うく飛び出しそうになる体を押さえていた。

 

 

 

何ともまぁ………

 

 

化けたものだ、と言っていいのだろうか。

目の前の大怪獣バトルを見た後では、私との殺し合いはまるでチャンバラごっこだった、としか思えない。

それが、わざとであるというのが本来ならば怒りが込みあがるものなのだが…………流石にそんな子供じみた約束を前に出されては怒りを持ち出すほうが子供っぽくなるという。

面倒な、とは思うが、目の前の殺し合いを見れたのならば、帳消しにしてもいい、と思う。

 

 

 

………見事です。

 

 

剣神熱田の戦い方は実に不条理の合理だ。

どこまでも前に出、痛みも歪みも全てを無視し、勝利にのみ疾走する姿は一種の怪物であり、そして剣士の基本だ。

前に出る、という事は生きているという事であり、そして敵に少しずつ近づいているという事だ。

それまで諦めぬ、止まらぬ、揺るがない。

必ず勝利する。

進み行く先が断崖の先だろうが、地獄だろうが知ったことではない。

そこ(・・)を抜ければ、勝利を掴み取れるのだから。

 

 

 

「────」

 

 

思わず口から漏れた吐息に羨望が混ざっている事に気付き、慌てて首を振る。

くっ………、と内心で怒りのようでありながら、しかし受け入れるしかないという納得を得る。

熱田神社の者達はやけに武蔵副長を持ち上げるものだ、と思っていたのだ。

無論、それはもしかしたら何か恩だったり、普通に生活だったり、信仰だったりするのかもしれないが………武人として持ち上げている人間がいるのなら間違いなくこれだ。これに惹かれたのだ。

止まらぬという概念、掴み取るという狂念────誰にも勝利を譲らぬ、という執念。

武人としての憧れであり、理想形だ。

もしかしたら…………これこそを無双と言うのだろうか、と思い、その名を背負う為に、今は療養の為、待機している夫の方に視線を向けると────ある意味で予想通りというべきか。

宗茂はまるで子供の様に目を光らせながら、無間を前に唇を歪めていた。

 

 

 

まるで、それは子供が無邪気にヒーローを憧れるようでありながら………同時に、自分には決して形作る事が出来ない強さへの称賛と悔しさが込められていた

 

 

 

「………宗茂様」

 

思わずといった調子で夫に問いかけるが夫は振り返らず、戦場に視線を向けていて………しかし声だけが返ってきた。

 

 

 

「………私にはああいう形で無双を形作るのは無理ですね」

 

 

その言葉を夫がどういう気持ちで吐き出したかを感じながらも、誾は頷いた。

そう、あれは立花が目指せる形の無双ではない。

いかなる攻撃に対して怯まず、挫けず、ただ進むという覇道は私や宗茂様、父ですら到達できない形だろう。

勿論、自分達の形作りたいと思う無双が、目の前の地獄に劣っているとは欠片も思ってはいない。

だから、これは称賛であり、憧憬だ。

自分達が形作る事が出来なかった無双を形にした武蔵副長に対する賛歌だ。

それが例え、光が差さない無間の地獄という形であったとしても、称賛をしない理由にはならない。

だから、自分も夫が見ているものに視線を向ける。

ただ一人、この地獄を背負っている少年を。

 

 

 

 

 

 

「は────ははははははは!!」

 

 

熱田・シュウは結構、テンション上げて笑っていた。

戦場にて笑いながら剣を振るう様は狂人にしか見えないのだから、周りも俺を狂人と見ているのだろうし、俺自身そうなんだろう、と思っているから余り否定するつもりがない認識だ。

互いの攻撃のせいで煙が上がり、世界が暗闇になる中、今もまだこうして攻撃を繰り広げれる事に熱田は本気で感謝していた。

1.2.3.4.5.6.7.8.9────以下略で48の連続の手刀攻撃を同じ速度の斬撃をもって弾き、切り返し、叩き潰しながら熱田は笑う。

そのせいでさっきから体からぶちぶち、と何かが千切れる音だったり、あからさまにばきっとした擬音が響いて全身に痛みが走ったり、それら全てのせいで込みあがる血液が口から漏れたりするが、全くもってどうでもいい。

肉体の破損も激痛も、熱田・シュウからしたら昨日のご飯の内容がなんだっけ、と思い出すようなものだ。

 

 

 

つまり、あろうが無かろうがど(・・・・・・・・・・)うでもいい(・・・・・)

 

 

 

熱田・シュウにとって必要なのは完全無欠な勝利だけだ。

その結果、腕がもげようが内臓が零れ落ちようが────死んだとしてもどうでもいい。

そもそも負けた熱田・シュウなど何の価値がある?

害悪な存在から唯一の存在意義を零れ落としてしまったのならば、価値なんてどこにもない。

死ねばいい。否、殺してやる(・・・・・)

心底からそう思いながら、だからこそ、熱田はこの敵手が愛おしくて堪らなかった。

無論、恋愛感情によるものではない。

相手は巨乳だが、巫女属性も無ければ、人妻属性なんて余計なオプションがある。

だから、この場合における愛おしさとは────これだけ切り結んだのにまだ死んでいない(・・・・・・・・)、という事実からであった。

 

 

 

────きっと誰にも理解されないだろう

 

 

熱田・シュウの攻撃はどれも致命的で、一撃を受ければ運が良くて欠損。

運が悪くなくても死を迎える一撃だ。

だから、熱田にとって剣を振り切るという事は死なせる覚悟である。

なのに、三桁を超える斬撃を受けても、人狼女王は未だ致命的な傷を得ておらず、あまつさえ反撃までしてくる元気さだ、

それがどれ程の奇跡であるかを知っているからこそ、熱田の唇は嬉しくて歪む。

 

 

 

全力を出しても壊れな(・・・・・・・・・・)い相手が堪らなく愛お(・・・・・・・・・・)しい(・・)

 

 

 

何て言い草だ、と自嘲する。

殺せるような一撃を放っといて、死なない事に安堵するなんて糞の理屈だ。

正しく、塵屑のような自分には相応しい舐めた言い分。

しかし、俺にとっては安堵するべき事柄なのだ────何故ならダチの夢は失わせる世界の否定だから。

だから、俺が失わせようとするのはダチの夢の否定に他ならない。

そうやって言い訳(・・・)を並べて、己の剣が相手を失わせていない事に喜び

 

 

 

「────」

 

 

無間地獄が軋むと同時に、人狼女王が即座に音速を超えたサイドステップでその場を離脱したと同時に、空間が一瞬で400近い斬撃で削られる。

 

 

 

「────はっ」

 

 

嘲笑が口から零れる。

そのまま、即座に追撃の為に剣を振り上げるの躊躇わない己に、完全完璧な侮蔑の念を込めた笑いを浮かべる。

知っている、知っているとも。

殺さずに済んでいると安堵する癖に────未だ勝利を掴めていない、と激怒する己がそれを許さない事を。

正しく、どの口が言う、だ。

傷つけないように、と頼まれている癖に、いざそうなれば俺は喜々として誰かを切り刻むだの。

これを邪神と言わずして、何と言う。

破綻に破綻を重ねた無間地獄。

 

 

 

 

だから、夢なんて見ないし(・・・・・・・・)叶えない(・・・・)

 

 

 

 

誰も彼もが熱田・シュウを忌避し、憎悪するべきだ。

だから、俺は疾走する。

失わせようとする世界を否定する無能の王を支持し、その世界を実現させる。

そして、その世界は最後にこう、俺に告げるのだ。

 

 

 

もう無間地獄(さいきょう)はいらない、と

 

 

 

その為ならば、肉が砕けようが骨が砕けようが知った事か。

元より報酬なんていらないし、求めない。

否、もう充分位に報酬は貰っているのだ。

 

 

 

 

夢を預けられる親友ができた。

全てを賭して愛しても後悔することが無い女ができた。

 

 

 

十分過ぎる。

例え、無明の地獄に落ちることになっても、お釣りが返ってくるくらいの報酬だ。

だからこそ、熱田・シュウは自壊の疾走の一歩を躊躇なく踏み込める。

己の本懐を遂げる為に。

 

 

 

 

 

「はーーーはっははははははは!!!」

 

人狼女王は闇の中で輝く赤目を見る。

呵呵大笑と共に煌めく銀の刃の攻撃を連続の手刀攻撃を持って、弾き、吹き飛ばし、抉ろうとするのだが、それら全ての攻撃が真っ向から切り返される。

人狼女王の攻撃を、真っ向からだ。

幾ら代理神だからといって、ベースが人間である以上、出来る事には限りがある。

過去最高と言っても良いほど、スサノオと同調しているのであったとしても、人間を辞めようと思わない限り、規格はやはり人間のままなのだ。

故に、ここまでの無理の不始末は当然、少年の体を蝕んでいる。

 

 

 

「────!!」

 

 

音すら放棄して笑う少年の肉体は有体に言えばズタボロだ。

自分の攻撃のせいだけではない。

少年がボロボロになっていく理由は私が原因ではなく、己の限界を超えた身体の運用の結果であった。

術式、加護などを含めた上での限界駆動は少年の肉を割き、骨を砕き、内臓機能に異常を起こしていた。

身体からはこの季節には相応しくない蒸気にも似た熱による気炎が立ち上がり、口からは肋骨の骨折によるもの以上に血が込みあがっていることを、鼻で察していた。

 

 

 

陰惨な死体ですらここまで惨く無い

 

 

これを見れば、確かに少年が狂っていない、という方が正気を疑われるだろう。

何せ、ここまでの自壊を全く、一切気にせず、むしろ笑いながら斬りかかってくる様は気狂いのそれだ。

なのに………娘を、子供を持っているから、そう思えるのか。

それとも単に私が同情しているからか。

 

 

 

こんな風に自壊しながら笑って斬りかかってくる少年が────自分にはどうしようもなく哀れな、哀れな子供の悲鳴にしか見えないのだ。

 

 

 

笑いながら斬りかかってくる少年は泣いているように思えた────こんなはずじゃなかっ(・・・・・・・・・・)()、と。

自壊しながら疾走してくる少年は喜んでいるように思えた────これでいい(・・・・・)、と。

己が刃を、無間地獄を振りかざすのを嘆くように笑い、己が自壊していくのをざまぁみろ、と嘲笑するかのように笑っているように見えた。

余りにも変な見方だが………根拠はあるのだ。

 

 

 

何故、この無間地獄は彼を守らない?

 

 

 

闇夜の中、人狼女王でも全てを見通すのが難しくなる程の黒い暴風地帯の中、全てを見通す事は出来なくても、近くにあるものくらいは見ることが出来る獣の目は先ほどの熱田神社の巫女の少女が風によって守られているのを見ていた。

恐らく、それもこの攻勢の癖に防勢の要素もある術式の特徴なのだろう、とは思うが………少年にはそれらの加護が一切ない。

自分に回す分も攻撃に回しているという可能性もあるが………人狼女王にはそれらの機能がそもそも欠けているようにしか思えない。

だが、つまり、そうなるとこの地獄は………もしかしたら………味方や敵を苦しめるものではなく………展開している少年をこそ苦しめているのではないか、と思うのは愚考だろうか。

 

 

 

 

「………」

 

 

こういう時、細目は便利である。

お陰で瞳に宿った感情を外に見せずに済む。

ここまで来ると不器用を超えた病気ではないだろうか。

思わず、今は地に下したあの無能の王を脳に描きながら、懐に飛び込んで剣を振るってくる少年の刃の平に、指を、手を、腕を持って秒間68程の斬撃を全て捌く。

人狼女王とて武蔵の動向はチェックしていた。

その中には当然、武蔵総長の事も含まれている。

確かに、ある種稀有な王の形ではあるのだろう。

有能な王が人を導くのではなく、無能な王が皆の上に立ち、指針を示し、有能な仲間がその道を作っていく、というのは。

 

 

無能ではあっても無価値ではない。

 

 

その事を分かった上で、そこまでする価値になるのか、と人狼女王は思う。

不詳の娘ですら私との約束を破ってまでこの王を助けようとするのだから尚更に。

別段、魅力がないとは………下半身全裸、馬鹿………いや、まぁ、雄の魅力と馬鹿と全裸は別………別ですの………?

ともあれ、約束を破る価値がある、と娘はあの王に思っているのだ。

目の前の暴風のような少年も同じで。

そうなるとやはり、武蔵総長と語り合いたいとは思う。

まぁ、語り合いの結果、いただきます、になるかもしれないのだが、その時は娘もこの少年も見る目がなかった、と思うしかない。

間違いなく、目の前の少年は私を今度こそ殺しに来るだろうけど。

これだけ人を殺しそうで、人を殺したくない神様のような子供が、本気で殺しにかかる刃というのも実に甘美な響きだが、そこまで人生に飽きていないですし、何よりママン、常に絶頂期ですの。

だから、正直、惜しいのだが、この少年を攫うのは諦めて、あの半裸の少年だけ連れ去りたいのだが、この少年はそこまで甘くはない。

どっちかを諦める気にはなったが、どちらもとなると諦めきれませんの。女の子ですし。

さて、どうしたものか、と思っていると

 

 

 

「あら」

 

 

首を吹っ飛ばす斬撃を捻って躱している最中に、人狼女王の鋭敏な知覚が気配を感知する。

一応、覚えがある気配だが、別に知り合いというわけではない。

だって、見知ったのはさっきの事ですし。

でも、利用できるなら利用しましょう、と思い、踏み込んで剣を振るってくる少年の剣の柄に手を当て、そのまま吹き飛ばす。

 

 

 

「…………」

 

 

仕切り直しのつもりの一撃を、一瞬で理解したのだろう。

あからさまに不機嫌そうな顔になっていく可愛い子供の姿にあら、と笑いつつも本命を口に出す。

 

 

「今日の所はこれで仕切り直すのがいいと思いますけど?」

 

「へぇ………人狼女王が負け犬にジョブチェンジすんのかよ? 3回回ってわんわんしてくれるなら考えないでもないかもしれねえぜ?」

 

 

そんなボロボロの体で口だけは達者ですわねぇ、と思いながら、人狼女王は大人の余裕で指を指していく。

 

 

 

「あそこにいる子達」

 

 

先ほど、私に対して勇猛果敢に攻撃を仕掛けてきたこの子の神社の一員が今もいる場所を指差し

 

 

 

「私の娘」

 

 

この子が助けた私の娘が倒れている場所

 

 

 

「そして私の娘と貴方の王」

 

 

口に出した全ての地点を指で指し終えた後、私はにこりと笑いかけ、頑固な少年の頑固を解す様に問いかける。

 

 

 

「────守るの、苦手なんでしょう?」

 

「────」

 

 

 

そんな風に問いかけると、少年は不機嫌そうな顔を無表情に染め上げ────初めて(・・・)、私に対しての殺意を向けてきた。

掛け値なしの他者に向けての殺意に危うく、本当に食べたくなるくらいの食欲が湧き出てしまいそうだが、我慢、我慢ですのよ………!! いや、本当は我慢なんてしたくないのですけど、人狼女王を相手にしても初めて殺す気になったという事実に免じて、そこは敬意を表するしかない。

だから、自分の今の立場と考えで確約出来る事だけを確約する事が誠意だろう、と思い、提案する。

 

 

「連れ去るのは貴方の王一人。その上で、食べるのは貴方と次に決する時までは必ずしない、と確約しましょう────貴方の健気な夢に敬意を表して」

 

「………茶飲み話でもしてぇのかよ」

 

「とろくさい娘が熱中する訳を親としても知りたいんですのよ?」

 

「そいつは簡単だ────テメェの娘は男を見る目が中途半端にねえ」

 

 

中途半端に、という所に女に対する配慮があったので良しとする。

それに今の会話でツボに入ったのか、少年からの殺意が消えてくれたので、つまり取引は成功した、と思っていいだろう。

放置していた半裸の少年を拾い上げる為に、瞬発加速で駆け寄り指運で拾い上げながら、再び剣神の少年に向き直る。

そこにいるのは小さい体を全身、流血に染め上げながらも、しっかりと両の足で立っている小さな最強の姿だ。

 

 

 

………美しいですわね

 

 

月の女王である筈の、人狼女王ですら思わず見惚れる美しさ。

周りの闇とそこに浮かび上がる瓦礫も相まって、その立ち姿は本物の剣を握っている筈なのに、それを含めて一つの剣のように見えた。

自壊しながらも、進む、正しく刃の如き凄烈さ。

だから、思わず、少年が喜ばないであろう賛辞の言葉を、つい漏らしてしまった。

 

 

 

「────その血染めの姿。さっきの………いえ、今までの貴方よりも何億倍も、何兆倍も素敵ですわ」

 

 

 

返答は小さく鼻を鳴らす音であった。

それに苦笑しながら、人狼女王は飛び上がった。

軽く30メートルほど飛び上がりながら、人狼女王は武蔵の総長を背負いながら、IZUMOから立ち去る。

その背に、武蔵副長の視線を感じながら。

 

 

 

 

 

あっという間に小さくなっていく人狼女王を睨みながら、熱田は一息を吐く。

全身、バッキバキに砕けたり裂けたりしてるが、別に心臓が止まったり、脳が潰れたわけじゃないのだ。

痛みがある以外、一切問題ない。

何なら、このまま向こうの全裸に喧嘩を売りに行ってもいいくらいだが………俺は最強でも他の奴らは最強ではないのでついてこれないのである。

留美とハクは自力で帰還出来るだろうが、気絶しているネイトをそのままにしておくわけにはいくまい。

 

 

 

「面倒くせぇ………」

 

 

ヒロインネイトを世話するとかキャラじゃねえ。

それを世話するの主人公の役目だろうが、と思ったが、よく考えればあっちもヒロインだ。

ヒロインに惚れるヒロインか………と思うが、そこを取り締まるのがホライゾンか、と思うとどうでも良くなってくる。

ただでさえ、負傷について留美とか智からの説教が待ってそうで憂鬱なのだ。

この程度、人差し指を紙で切ったのと同レベルくらいだというのに、二人は取り合ってくれないのである。

はぁ~と未来の憂鬱に対して溜息を吐きながら、無間地獄を解除────するのではなく一気に己の刃に集結させる。

 

 

 

「武蔵副長………!!」

 

 

闇が一気に払われ、光を取り戻す世界で、俺の背後から超高速に突撃してくる小物一人。

六天魔軍の一人で………何番目かわかんねえ佐々・成政とかいう男。

さっきまで自分と小競り合いしていた男だが、人狼女王がはしゃぎ始めたから急遽戻ったのだが、ようやく今になって追いついてきた、という事だろう。

その間の悪さに、一度、息を吸い

 

 

 

 

「────やかましい」

 

 

 

 

 

IZUMOの大地に、巨大な竜巻が発生した。

無間地獄の闇が消えた直後に発生した竜巻にその場にいた者は例外なく驚愕に目を見開く。

 

 

 

何せ、発生した竜巻は縦ではなく横に発生したのだ(・・・・・・・・)

 

 

 

まるでトンネルのような形で発生した竜巻は発生した時と同じように即座に消えたが、傷跡までは消えない。

砲や爆弾などでは絶対にできないであろう、綺麗さすら感じる更地。

当然、そこに残るものは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「はは………!!」

 

戦いが終えた後、義経は呵呵大笑に笑っていた。

腹を抱え、顔を手で押さえ、楽しく笑っていた。

しかし、周りにいるものは誰も笑う事が出来なかった。

 

 

 

「義経様………」

 

 

佐藤兄弟が語り掛ける言葉には、隠しようがない心配の色が見えていた。

何故なら、笑っている義経は、同時に泣いてもいたからだ。

嬉しすぎて泣いていた。

悲しすぎて泣いていた。

楽しすぎて泣いていた。

悔しすぎて泣いていた。

今、義経が見る表示枠には戦場ではなく、戦場の後、無茶をした少年を迎える武蔵の梅組の姿があった。

血だらけの満身創痍の姿で、別段、変わりねえ、という風な感じの少年を巫女二人が迎え、説教するのを耳に両手を当てて無視する態勢をし、その隙を熱田神社の巫女が思いっきり鳩尾にボディブローをかまし、吐血させている光景であった。

そんな光景を見て、義経は笑って(泣いて)いた。

思わず、佐藤兄弟が一歩、義経に踏み込もうとしていたが

 

 

「よい………よい。気にするでない」

 

「しかし………」

 

「哀しくて泣いていたわけではない────あったかもしれない未来が惜しくなっての………」

 

 

義経は表示枠越しに映る少年を見ながら、友の姿を瞳に映した。

 

 

我が友よ………

 

 

数百年の歳月を経ても、尚、翳ることのない我が刃よ。

儂がもしも、貴様を早く見つけていれば、お前はあの少年と同じようなご都合主義になってくれたか?

お前に………お前に勝てるのは儂だけじゃ、と誇らしげに強がりを言ってくれたか?

 

 

 

「………何を馬鹿なことを言う義経」

 

 

思わず、自嘲して笑う。

そんなの決まっている────儂の友もまた最強じゃった。

応とも。この世の誰もが知らず、認めなくても、儂は知っているぞ友よ。

あの日、あの時、貴様は世界の王になる娘と一緒に倒れ伏したのだ。

つまり、貴様は世界の王と対等の存在だったのだ。

世界の王と対等となると………最強辺りが妥当、そうじゃろう?

だから、今代の熱田もその答えに辿り着き、そして貴様もだからこそ、何度も喧嘩を売りに来る儂に対して刃を取ったのだろう?

一緒に駆け抜ける事は不可能と悟っても………せめて己の刃だけは儂に届かせようともがいてくれたのだ。

 

 

 

許せ………我が友よ

 

 

 

その答えに辿り着くのに、貴様の後継者を見て、貴様を投影した事を。

貴様の王であるというのに、お前という刃に対して不信を抱いた事を。

だが、いい。

もうわかった。

 

 

 

 

「ああ、わかっているとも────死ぬ最後まで儂に勝つ事も負ける事もなかった我が刃よ。故に、儂もまた負けぬよ。儂に勝てるのは貴様だ(・・・・・・・・・・)けじゃ(・・・)

 

 

 

傍に置いていた安酒の瓶を掴み、蓋を開けると同時に一気に飲む。

味はやっぱり、不味い。

高い酒も買える癖に、決まって自分と飲む時は安いのを飲んでいた馬鹿じゃったが、何時も何時も飲む時は非常に美味そうに飲んでおった。

当時はそれを理解できなかったが、今なら分かる。

何故なら

 

 

 

「かっ────この味を独占しおってからに。儂の刃なら酒の飲み方くらい伝えい」

 

 

言うと同時に立ち上がり、表示枠を蹴り割る。

最早、見る必要はない。

あの熱田は儂の刃の後継者であって、儂の刃になる存在ではない。

何より

 

 

 

「はっ────そう何本も剣はいらんわな」

 

 

その言葉を持って寿ごう今の世に生まれた無間地獄よ。

この世の誰が貴様を否定しても、世界の王である儂が肯定しよう熱田の姓。

存分に謳え、だからこそ

 

 

 

「貴様の友は己を示したぞ武蔵総長。いい加減、男を見せい」

 

 

 

届かない言葉を、見えもしない武蔵総長に向けて語り、その意味の無さに笑い

 

 

「くっ………義経様が昨今流行りのキメ顔で独り言を延々と呟いていますぞ弟よ………!!」

 

「馬鹿もん………!! 義経様とてお年なのだ!! 宙に向かって独り言を漏らすくらい当然なのだ弟よ………!!」

 

 

とりあえずやかましい爺二人を思いっきりしばき倒すのであった。

 

 

 

 




よ、ようやく書けた………(呆然)


26000文字とか馬鹿じゃないのか自分………。ええと、ともあれ、あとがきを長々と書くより皆さんに見て、感想をもらえたら幸いです。
ギャグる余裕が無かったーーー!!


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かつてといま

かつてがいまに

いまがかつてとつながる

配点(ひらがなぜめか……!)


 

 

熱田は現在、武蔵アリアダスト教導院前の橋上にて自由を謳歌していた。

あれからトーリの追跡及び奪還部隊の編成をしたり、リュイヌ婦人が亡命してきたり、と色々あったが、俺は大怪我をしているという理由で留美が遠慮なくボディブローをぶちかまし、実は密かにギリギリ残っていた肋骨を躊躇わず圧し折って、その隙に拘束され治療されるという恐ろしい事をされていたのだ。

 

 

「留美め………治療する為に殺すつもりか………」

 

 

あの子には矛盾という概念を教えないといけない気がする。

しかし、実はその隣で弓を組み立てていた幼馴染もいたので、実は救われた気もする。

肋骨バッキバキ状態でズドンを受ければ、リアルに死ねる。

殺人行為を持って治療に繋げるのは良くないと思うぜ………!! 

 

 

 

「全く。どいつもこいつも少しは俺の常識ぶりを見習うべきだぜ………」

 

「その常識、ルビに馬鹿と付くタイプじゃないのか」

 

 

気付いてはいたが、遠慮なくツッコミを入れてくる声に振り替えると我らのヅカ政治家が呆れた顔でこちらに歩いてきていた。

 

 

「んだよ、正純。こちとら医務室ブッパしてようやく出てこれたんだから、気遣えよ。おっと、通報したら俺は今すぐお前をぶった斬るぜ………!」

 

「あ、すまん。見かけた瞬間に通報してしまったから、もう遅い。だけど、言われる前にしたからセーフ案件だな」

 

「き、貴様………!!」

 

 

その対応の速度は流石としか言いようがないが、もう少し別の事でそれを発揮するべきではないか?

武蔵病はこれだから………と思うが、見ると正純の顔は表情こそ普段のものではあるが、顔色が少し悪いようにも見えた。

また食か、とも思ったが、それ以上に正純は政治家だ(・・・・)

ならば、正純が顔色を変える理由はこれだろう、と思うものがある。

嘆息するしかないが、これは流石に言い訳が出来ない以上、口を開くしかなかった。

 

 

「────悪かったな正純。面倒かけたな」

 

「………お前達の面倒は常に受けているから、どれの事を言っているか分らんぞ」

 

「下らねえ傷を負ってお前の方針が揺らぎかけた事、トーリが連れ去られた事だよばーか」

 

 

俺が言うのもなんだが、殊勝な言葉を、しかし正純は敢えて視線を逸らしながら、口を閉じた。

物好きな奴め、と苦笑する。

そういうのは正直、嫌いじゃないが、別にお前も人間なんだから少しは弱音を吐けばいいのに、そんな所もうちの女共から見習いやがって。

 

 

「お前の事だ。頭脳労働はテメェの仕事だと思ってんだろ? いや、そりゃ間違っちゃあいねえし、背負わせている俺が言うのもなんだが………まぁ、そんなお前からしたら荒事関連のは俺に放り投げなきゃいけないのに、あんな無様な光景見せつけられたら、ふざけんなよって感じだろ」

 

「流石にそこまで加害妄想は得てないがな……まぁ、うん。悪い。確かにお前が吹っ飛ばされた時は、ちょいと焦ったのは認めるよ」

 

 

俺の言葉に、誤魔化せないと悟ったのか。

溜息を吐きながら肯定する様にほら見ろ、と思うが、別にそこまで罪悪感を感じていますーーみたいな認め方をしろって言うんじゃねえっつぅの。

 

 

「ばっか。お前の役割的に、お前がそう焦るのは当然だろ。お前は俺達が仕事を完遂する事を当然と思って無茶ぶりを吹っ掛ける。で、同時に俺もお前がやれる、と思って無茶ぶりを吹っ掛ける」

 

 

戦争と政治で分野は違えど、お互い一つの分野に特化しているからこそ、他の分野については頼むのが俺達の間柄だろう。

正しく戦の副長に、政治の副会長。

お互い完全に住み分けているからこそ、互いの職分は絶対に完遂する、という意地の塊が俺らの共通点だろう、と俺は思っている。

 

 

 

いや、まぁ………正純に俺みたいなイカレ具合を求める気はねえがな

 

 

気狂いは俺一人でいい。

他の戦闘系の馬鹿共も、文科系の馬鹿共もそこまで行かずに、ただ騒いで、遊んで、馬鹿やって、それで世界征服を行えばいいのだ。

汚れ役は俺一人でいい。

嫌われるのも蔑まれるのも一人いれば十分である。

 

 

 

………あ、でも正気とかならうちの連中、十分に正気じゃねえか

 

 

・剣神 :『なぁ、ナルゼ。お前、人をネタにするなって言ったら聞くか?』

 

・●画 :『あんた、鳥に飛ぶなって言えんの?』

 

・剣神 :『だよなぁ………おい御広敷。お前は絶対に無理だろうから、とりあえずとっとと番屋行け』

 

・御広敷:『なんですか、その見てもいないのに確信したその言い方………!! 小生の今までを振り返っても同じ言葉を言いますか!!?』

 

・貧従士:『いや、振り返るとうちのクラス、大半が互いに互いを捕縛する大事件になるんじゃないですか?』

 

・金マル:『犯罪歴無いの、ベルりんとメーやんくらいじゃないかな?』

 

・あさま;『何だか知らないですけど、今、盛大に私も巻き込みましたね!?』

 

・約全員:『無理があるだろ!!』

 

 

うむ、世界征服が終わった後の犯罪取り締まりについては知らん。

とりあえず、智と鈴とメアリ以外は全員遠慮なく捕まりやがれ。

そんな風に、どうでもいい事を思っていると、何時の間にか正純が、急に顔を抱えてうーーん、と悩んでいる。

どうした、とは思うが、その前に、正純がうん、と一息吐き

 

 

 

「私の自意識過剰ならいいのだが………熱田。お前、なんか私の事を無駄に買ってないか?」

 

 

 

 

※※※

 

 

はぁ? と首を傾げるクラスメイトを見て、そりゃそうだよな、とは思うが、正直な感想だったのだから仕方がないではないか。

 

 

 

いや、何か、お前……普通に私に任せる、とか領分だの………

 

 

勿論、武蔵の戦い方がそれである事はよく理解しているし、そういう任せるみたいな雰囲気はそれこそ他の梅組メンバーにも貰ってはいるのだ。

だから、それ自体は特におかしな事ではないのだが………それをこいつがやると、物凄い違和感がする。

別に熱田が冷血漢で、他人を頼りにしていない、とか言うわけではないのだが………あ、でも冷血漢………

 

 

・副会長:『おい、お前ら。熱田の冷血漢エピソードとかあるか?」

 

・ウキー:『鍛錬中に躊躇わずに逆鱗狙いのアッパーカットを叩き込まれたぞ……! しかも指の隙間にメスを隠し持ってな………!!』

 

・煙草女:『文句は言わんが、躊躇わずに地摺朱雀の妹がいる箇所狙ってきたさね。ありゃ、殺る気だった』

 

・83  :『食べさせようとしたカレーを叩き落されましたネー』

 

・粘着王:『見事に踏みつぶされて四散させられたな………!! 仲間相手でも躊躇わぬ心構えよ………!!』

 

 

鬼がいる………と思うが、まぁ、それが武闘派としての役割を全うしている、という事なのだろう。

自分が当事者になった場合は逃げるが。他は知らん。

まぁ、それはともかくとして、熱田はこう、何というか………壁役………いや、それはアデーレか。

こう………そう、お目付け役みたいな感じか?

信頼も信用も一度見定めてから、どうにかするタイプではないか、と思っている。

だから、実力不足だったり、何かしら不適格と思ったなら、身内であっても容赦なく役不足だ、と告げるキャラだ。

実際、英国で輸送艦が落ちる様な事態になった際、墜落地点にいる子供の救出にミトツダイラが救いの提案を出した時、真っ向からミトツダイラ一人では不可能だ、と告げていた。

危険という観点では自分が対処するから、と甘やかしているようだが、その上で生きるのに必要だったり、助けるのに不足であった場合、熱田はそこで身内だからで容赦するような男ではないのだ。

なのに………自意識過剰であるのならば、私が恥を得るだけでいいのだが………私に関しては、お前ならいいか、でもう任せているような節がある。

別にそれが奇妙だ、とか不審だ、とか言うわけではないのだが………私が、こいつに対して何か合格点を出すような基準を突破した覚えがないから、気にはなる、というだけだ。

そんな風に思っていると、熱田は先程の浮かべた表情のまま

 

 

 

「んなの───やれる奴だ、と思ったからいいかって思っただけに決まってんだろ」

 

 

 

※※※

 

 

 

何故か硬直する正純を見ながら、とりあえず周りに盗聴している気配がないかを伺う。

気配なし、表示枠無し、外道会話無し、同人コンビ無し、金キチ商人無し、全裸………そもそもいなかったな。

ともあれ、誰にも見られて聞かれていないならいっか、と思う。

他の奴らなら絶対にこんな会話しねえが、正純はここ最近、武蔵に入った奴だから言わなきゃ分かんねえ部分もあるだろう。

 

 

「あのな……お前、結構自己評価低いみてえだが──お前じゃなかったら英国が味方に付く事は無かったからな」

 

「馬鹿、それは言い過ぎだろ。私だけで全てが解決するなら政治家一人いれば、世界は平和になるぞ」

 

 

変な所でしっかりしやがって………と思いながら、まぁ、そこで自惚れられるよりはマシか、と思い

 

 

「じゃ、言い直す。お前がいたからどうにか英国は味方に付いた。他の誰かでもどうにかなったかもしれねえが………あの時、あの場所で、お前レベルの能力を発揮できたのはお前だけだ」

 

「それは………そうかもしれんが………」

 

「ただの偶然ってか? じゃあ俺もここで副長してんのは偶然だぜ? テメェとそう変わんねえよ」

 

 

俺が武蔵に来たのも、ただ守りたい人間がもう武蔵にしかいない、と馬鹿みたいに思いこんでいたからだ。

馬鹿な餓鬼がこの世で最も馬鹿らしい場所に辿り着いたっていうのは必然そうに見えるが、そうなるともう偶然と言うべきか、必然と言うべきか分からなくなるってもんである。

 

 

「馬鹿が何時も言ってるだろうが。お前は出来るから、出来ねえあの馬鹿に任せられてるんだろうが。俺とお前も同じだろ。俺は政治に関しては完全完璧な無能だ。だから、テメェに放り投げる。テメェは逆に戦闘関係に関しては門外漢。だから、俺に放り投げる。違うか」

 

「……jud.それはその通りだな」

 

「ま、だからお前が今回の件に関して文句を言っても仕方がねえんだぜ? お前、バトル以外無能なんだから唯一の取り柄くらいしっかりしろってな」

 

「悪いが、お前の自虐ネタにまでは付き合う気はないんだ。今の私はシリアスだからな」

 

 

一瞬、今、何を言っているんだこのヅカは、と思ったが、数秒後に正純が何を言いたいのかを悟り、思わず、通神を開く。

 

 

・剣神:『ああ! お前、自虐とギャグでかけたのか今の!!』

 

・副会長;『一々、通神帯(ネット)を開いてまで説明するなぁーーー!!』

 

・●画 :『あんたら、もしかして漫才コンビでも組んだの?』

 

・金マル:『売れないから辞めた方がいいんじゃないかな、とナイちゃん思うけど、単独でも売れないから一緒かな』

 

・未熟者:『ズバズバっとぶちかますねナイト君! いい切れ味だ………!!』

 

・あさま:『………というか、シュウ君。どうして、正純と今、喋っているんですか。今、治療中ですよね?』

 

 

やべ、と思い、即座に表示枠を畳む。

しかし、連絡手段を例え封じても巫女二人に対して姿を隠すというのは少なくとも武蔵上では不可能に等しい。

 

 

何せ方や術式万能ズドン巫女に、俺限定特攻スキル持ちのズバン巫女だからな………!!

 

 

「安息の地が無い場所で俺の命のサーヴィスデイが来るとは………!!」

 

「それは大変だな。とりあえず、誰にも迷惑かけない所でぶっ飛ばされてくれよな? 後片付けが面倒だし」

 

「……さてはお前、人間性を欠如したな?」

 

「怪獣大決戦をした馬鹿が目の前にいるようだが?」

 

 

こいつ、マジで言いおる。

戦闘能力欠片も無い癖に、俺に対してここまで強気でいけるのはマジでいい女だわ。

 

 

 

最も、巫女と巨乳とロングヘアー属性が無い為に好みにはならないがな………!! 

 

 

ともあれ

 

 

「じゃ。俺は逃げる。後、飯は食え」

 

「金がない。後、待て──お前、お前が私の事を認めている理由を言ってないだろ」

 

 

ちぃ………! やっぱりばれたか……!

 

自分が密かに他人を利用して己の価値観による評価を隠していたのは、やはりばれていたらしい。

慣れない事をするべきじゃない、というべきか、単に正純が口を使う、という分野においては俺みたいな木っ端では打ち勝てないのか。

両方だな、と思いつつ、さて、どう言うべきやら。

言うにしても直接的に言うのは癪に障る、と思いながら、適切っぽい言葉を選んでみた。

 

 

「正純。お前、今までの人生で何冊本を読んできた?」

 

「はぁ?」

 

唐突な質問に、隠しもしない疑問の顔を苦笑する。

意味が分からない、と思っているようだが、それでも律義に返そうと口を開ける辺り、お前、本当に人の言葉を聞く役だよなぁ、と内心で笑いながら、正純の解答を聞く。

 

 

「そんなもの覚えているわけないだろ」

 

「だろうな。ちなみに、俺も今まで自分がどれだけ素振りしてきたか、とかこれっぽっちも覚えていない」

 

 

俺の解答に、続きがない事を理解した正純は益々怪訝そうに顔を歪めるが、そういうもんなんだよ。

お前が、呼吸するかのように本を読んでいるから、じゃ、大丈夫だろって適当に思っただけなんだから。

人間の三大欲求に当たり前のように読書、という項目が追加されているんじゃねえか、オメェって思えたから、じゃ、こいつは政治活動に関してもそうなんだろう、ってな。

俺が三度の飯よりも剣を振るう方が性分に合っているように。

三河で正純はそれを証明したしな。

 

 

 

本当──まるで初めて触る玩具に夢中になる子供みたいに楽しそうに笑っていた癖に

 

 

正直──それが少し羨ましい、と思ったのは秘密だ。

何故なら正純の政治は砂糖菓子のように甘ーい綺麗事を政治、という現実に通る形に押し込めるものだ。

事、武蔵という馬鹿な王が率いる国にとっては恐ろしい程に合致する生き方だ。

反して俺の喜びは決して形に成ってはいけない無間地獄だ。

邪神の理として弾劾されるべき生き方だ。

だから、俺は決して喜んで本能のままに生きる事だけはしてはならず………全てを不可能男に預けて、ただ刃と化す。

そういうものでいい、と思う。

そういうものなのだ、と思う。

そう、別に羨ましい、と思いはしても、そうしたい、と思うわけではない。

他の馬鹿共が綺麗な生き方をする中、俺は他の奴らが目につかない所で汚れ仕事をする方が性に合っているし、気が楽だ。

だから、誰にも追いつけない速度で疾走を求めるのだ。

敵も──味方も決して追いつけない速度で。

 

 

「んじゃ、そろそろ俺は逃げる。いいか、正純。もしも更にばらしたら、斬るからな──その貧相な体を隠している服だけを。交渉中でもやるぞ!」

 

「さ、最低か………!」

 

親指を下に向けてくるので、負けじと中指を立てて、HAHAHA笑いを返す。

笑った分だけ俺の勝ちだな………と思いつつ、宣言通りに逃げようとして

 

 

 

「────お?」

 

 

正純の目の前に表示枠が浮かんだのを、ハモッて同音を口から零すのであった。

 

 

 

※※※

 

 

浅間は喜美と一緒にトーリ君を助けに行こうとするホライゾンの説得を敢行慣行している最中であった。

 

 

まさか大罪武装全部を持って救出しに行こうとするとは……!!

 

都市破壊級の武装を複数持って気軽に動き回られたら他国の人はびっくりでしょうねーー、と思うが、ホライゾンの感情なのだから仕方がない。

文句は三河でボンッした松平元信さんに、という感じである。

 

 

「ホライゾン! ホライゾン! そんなに愚弟を助けたいの!? 愛!? 愛なのね!? 愛がホライゾンを動かすのね………!?」

 

「────は? ………ああ、jud.jud.愛ですね。知ってますとも──誰に?」

 

「流石だわホライゾン! 安い女じゃないって証明ね!!」

 

親指を立て合う狂人に、思わず、悲劇が……と思うが、大体こんなものである。

 

 

・あさま:『やっぱり、ホライゾンは最高難易度じゃないとダメですよね………』

 

・〇べ屋:『何に対してダメなのかな、それ』

 

・ウキー:『しかし、ホライゾンが厳かに愛が呼んでいるとか言ってみろ──脳の病気だ』

 

・御広敷:『ちょっと。ウキー君。小生思うに流石に直接的かと──せめて狂った辺りで手を打っといた方が良くありませんか?』

 

・あずま;『それ、どこにフォローしているの?』

 

 

未だ、表示枠を持っていないとはいえ恐れ知らずが多すぎではないか、うち。

まぁ、でもそんな人間がいなければ、そもそも世界征服も世界平和も出来ないですかね、と思うと何かしっかりとバランスが取れているようないないような。

 

 

 

暴走し過ぎる人が多いからですしね……

 

 

代表格は全員である。

改めて考えると恐ろしい面子である、と思うが、今はそれよりもホライゾンだ。

悲嘆の怠惰と拒絶の強欲は確かに強力な武装でもあるのだが……決して無敵の武装ではない。

ホライゾン自身に戦う為の力や知識が無い以上、当てたり防御に使うにはそれ相応の訓練などが必要な筈。

ましてや特務クラスの相手と戦うのは難しい。

で、なければどっかの馬鹿な幼馴染がいっつもボロボロになるわけがないのである。

しかし……そう言葉で説明するのは簡単だが、納得と感情は別の物であるというのも理解しているので、どう説得したものか、と思っていると

 

 

 

「おーーい、何の騒ぎだこれ」

 

 

発せられた声に思わず振り返るとそこには

 

 

「シュウ君?」

 

本来なら治療室に叩き込まれている筈の彼が呑気に歩いていた。

 

 

「……シュウ君、怪我」

 

つい、本気で不機嫌な声を出してしまうが、言われた本人は気にすんなって感じで手を振るだけである。

成程、つまり先程、私や留美さんが本気で怒って治療室に叩き込んだ出来事は柳に風、暖簾に腕押しですか、へぇ……

 

 

「智、智。すっげぇ凄んでる凄んでる。可愛い顔が勿体ねえ勿体ねえ」

 

「──誰のせいですかっ」

 

そんなわざとらしい言葉で誤魔化せられるほどちょろい女になるつもりはない。

無いったら無いです。

だから、そこの馬鹿姉、愉快にわーーらーーうーーなーーー。

まぁまぁ、とシュウ君が手を振って間を作り

 

 

「で、結局、これどういう状況……」

 

 

なんだよ、と本来続ける所を視線でホライゾンが持っている荷物や大罪武装などを見、その上で私や喜美を見て理解したのか。

成程、と小さく吐息を吐き、ホライゾンの方に振り向いた。

 

 

「おいおいホライゾン。何だテメェ、遂に愛の到来か? 愛に目覚めて思春期特有の"ああ、私がトーリ様を救わないと……!!"とか"ヒロインは黙って私に守られてください!"とかいう感じか? そうなのか? そうなんだな? ───時々思うけど、テメェとネイトはよく見るに堪えねえ全裸をヒロイン枠に収めれたな」

 

「シュウ君! シュウ君! 途中まで挑発だったのに、最後は完全な本心になってます!! そんな誰もが心の片隅で思った事を直接的な! ──そういうのに満足する人もいるんですよ!!」

 

 

・約全員:『否定しろよ!!』

 

 

浅間は一度踊る事で無視の形を作った。

しかし、それはそれとして、という事でホライゾンがとっても強烈な半目でシュウ君を見て

 

 

「──それもそうですね」

 

「あれ!? そこで肯定しちゃダメな気がするんですがホライゾン!!」

 

「くくく、馬鹿ね浅間! ホライゾンだって男を選ぶ権利があるのよ!? それなのに、そんな勝手に肯定否定の空気だからって頷くなんてあるわけないじゃない!! あぁぁぁぁぁ!! さては浅間! うちの愚弟のヒロイン力の高さにホライゾンが屈服すると思っていたわね!? 残念ね! ホライゾンの難易度はULTRA EASYなあんたとは逆よ! いえーーい!! VeryHardよ!VeryHard!! VeryHardプレイ! 何それ!? あんたマニアックさの次期開拓者!? やるじゃない……!!」

 

 

筋が出来るくらい拳を握って振り上げると狂人が逃げていったので良しとする。

 

 

「よくよく考えれば確かに全裸の見るに堪えない男が一人消えただけなのですが……トーリ様が居なくなると……」

 

「い、居なくなると……?」

 

 

思わず周りの女子衆と一緒に前のめりになるが、半目で見てくるシュウ君の視線は無視していると

 

 

「──座る椅子が足りなくて」

 

「お、置物判定……!!」

 

 

余りの難易度の高さに何故か他人である私がくらりと来るが流石にここで私が倒れるのは筋違いである。

まぁ、でも、これはこれでホライゾンの照れ隠し……そう、照れ隠しであって……くれ、ますかねぇ……

 

 

・あさま:『ㇹ、ホライゾンも女の子なんですから照れ、とか恥とかそういうのがありますよね!?』

 

・●画 :『頷いたらその時点で負けね』

 

・〇べ屋:『信じた方が馬鹿を見る案件だよねぇ』

 

 

厳しい……!! そこまでギャグに厳しくなくても……! と思うが、言葉ではどうにも出来ない気がする。

故に一旦、その問題からは無視し、現実のホライゾンの方に対処する。

 

 

「ホライゾンなりに何かをしたい、というのは分かりますが……もう既に適任とされた人が救出に向かっているのはホライゾンも知ってますよね? 点蔵君にメアリに二代にミト──トーリ君を助けようとは皆がもうしているんです」

 

「知っておりますとも。しかし、その上でホライゾンの大罪武装があればより確実になると思います──昨今では全く当たらない悲嘆の怠惰ですが、まぁ、囮くらいにはなるでしょう」

 

「いや、それ当たらないんなら囮にならないのでは……?」

 

 

思わずガチで返すと、何やら背後で膝を着く音が。

 

 

「む、宗茂様!? 膝を着かれて如何為さりました!?」

 

 

いかん。二次被害が。

慌ててどうにかしようと考え

 

 

「ひ、悲嘆の怠惰ではほら! 効果範囲が広いからその勢いでトーリ君ごと皆、ゲログチャア! する可能性があるじゃないですか!」

 

・ウキー:『見事に全員虐殺したな貴様』

 

余計な表示枠を手刀で叩き割りながら営業用のスマイルを絶やさないのは修練の結果です……!! と内心で自己肯定する。

そんな笑顔に対して、見事な半目を作っている幼馴染とホライゾンが

 

 

「見事に味方を全て虐殺して解決しましたね浅間様」

 

「こりゃあの中に恨みを持っている奴が混ざってるな……」

 

「一番点蔵様、二番トーリ様、大穴でミトツダイラ様で如何でしょうか」

 

「ドロッドロ……!! ドロドロだぜ……!! おいおい、普段の二人の会話が怪しくなってきたぞドラマチック! 智! 後でお話があるからちょっと揉ませろよ!!」

 

「し、失礼な! 何を勝手に友情歪ませているんですか!? ミト相手にそんな事するわけないじゃないですか!」

 

・煙草女:『点蔵とトーリの事はいいのかい?』

 

余裕が無いんでそこら辺は自己責任で。

殺しても死なないタイプなので多分、大丈夫でしょう。

そう思っていると、一つ苦笑を入れたシュウ君はやれやれ、と呟きながら

 

 

 

「ま、とりあえず──馬鹿娘は一旦、落ち着け」

 

 

擬音で言うとバッチン!! という音が偉く甲高く聞こえた。

思わず、黒板を引っ掻いた時の嫌な音を聞いたような感じで体が飛び上がるのを感じ取り、慌てて音の発生源を見ると……シュウ君は手をこう、デコビンを打ち放ったような感じにしており、そしてホライゾンは凄い勢いで頭を前後に揺らし過ぎて残像が出来ていた。

 

 

 

ああ、つまり──シュウ君がデコビンをホライゾンに思いっ切り叩き込んだんですね……

 

 

しみじみと思い───いや、思っている場合じゃないですよ?

 

 

「ちょ、ちょっとシュウ君?」

 

「何だ? 甘やかし上手の智?」

 

 

滅茶苦茶レアな笑みでこちらを見る辺り、うっわ説教モードと気付く。

普段説教される方の立場だからアレだけど、こう見えて安全とか危険とかの意識に関してはうちではピカ一なのである。

人差し指を立ててまで言う辺り、案外、そういうのが似合うんじゃないか、と思うが、その頃には笑みを呆れの色に変え

 

 

「あのな、智。この馬鹿娘は大罪武装使える以外はほぼ女版トーリ(ギャグに厳しい)ぐらいの存在なんだから、甘やかすな甘やかすな。そこの狂人はこういうのに一切役に立たないのは分かっているが、智は甘やかし過ぎなんだよ。出来ねえ事を無理させてやらせんなやらせんな」

 

 

シュウ君からド正論を聞いていると何かすっごい恥ずかしくなるのはこれは心が狭い証拠だろうか……とは思うが、言っている事は頷ける事ばかりだ。

思わず、はい……と項垂れるしかないが、その間に残像作って揺れていたホライゾンが脳が揺れた衝撃で膝を着きながらも、しかし半目でシュウ君の方を見る。

 

 

「……何を為さるのですか熱田様。危うくアップデートでも無いのに自動スリープ入る所だったではないですか」

 

「やかましい。文句言うなら少しは自分がやれる事リストを整理整頓しておけ。テメェに出来んのは精々、馬鹿の手綱を引く事と青雷亭で愉快飯作るのと通し道歌歌うのとギャグに厳しいのと……後は精々、大罪武装を最大出力で撃てるくれえだろ。他の事は知らねえが、バトル関連で一人で何かやるのはトーリに武器持たせるようなもんだわい」

 

「大罪武装は一軍匹敵の武装です。多少、照準が甘くても撃つだけで牽制になると思いますが?」

 

「当たらねえ悲嘆と基本、防御の強欲で何の牽制になんだよ」

 

ガタリ、と何か人体が地面に倒れ伏す音と

 

 

「む、宗茂様! しっかり! 武蔵の方針を考えれば当たらない事はむしろ正しい事だと考え直しましょう!」

 

そんな声が聞こえた気がするが、とりあえずスルーで。

向こうの夫婦もこれを切っ掛けに芸風を磨いて頂ければ、と。

磨いた後は知りません。

それに……ギャグっぽくなったが、シュウ君の言っている事は確かに正しい。

拒絶の強欲の効果もその通りであり……その上で悲嘆の怠惰は確かに一軍匹敵の強力な武装だが……逆に言えば強力過ぎるのだ。

真面に当てれば、それこそネイトの母のような半分不死っている系レベルじゃないとほぼ即死だ。

頑丈さが売りのシュウ君でも真面に当たれば終わりの威力だろう。

真面に当たる姿が思い浮かばないが。

つまり、使い方によっては大量虐殺に使える兵器にもなってしまうのだ。

大罪武装が彼女の感情である事は重々承知ではあるが、だからこそ兵器のように振り回して欲しくない……というのは綺麗事かとは思うのだけど。

シュウ君ももしかしたらそういう気持ちでホライゾンに告げているのだろうか、と疑問を胸に秘めていると

 

 

 

「出来ねえ事を無理に焦ってやろうとすんな。お前はどっかの馬鹿みたいに後ろで踏ん反り返って成果を待つ感じでいいんだよ」

 

 

そんな風に告げ──一瞬、本当に刹那の間だけ、彼は両膝を着いているホライゾンの頭に手を置いた。

 

 

あ………

 

 

その事に、途轍もない懐かしさを感じる。

そうだ、そうだった。

ホライゾンが帰ってきた事による郷愁さは今まで何度も体験していたが、そういえば()()()まだであった。

子供の頃、ホライゾンがまだ生きている頃、シュウ君の反抗期……はある意味、現在進行形ではあるが。

それとは違う、他人を受け入れる事が出来なかった時期をトーリ君との大喧嘩で乗り越えた後の、幼年期の黄金期と言える頃。

シュウ君とホライゾンの関係は、こんな風に優しい否定をする関係だったのだ。

 

 

 

 

トーリ君のように境界線上に立つパートナーのような関係ではない。

勿論、男女のそれとは違うし、友達、ともまた違う距離感。

その関係性は自分の身近には居ないが、言葉にするなら──

 

 

 

「もう愚剣にホライゾン?」

 

 

まるでこちらの思考を読んだかのように楽しそうに笑う喜美が二人に呼びかける。

全く同じタイミングで振り返り、首を傾げる者だから、思わず私は小さく吹き出し、喜美は更に笑みを深めながら、しかし告げたい事を告げた。

 

 

 

「そうして見たら、まるで兄妹ね」

 

 

全く同時に全く同じ嫌そうな表情と半目を浮かべた二人は、同時に互いを指差し、

 

 

「こんな偏屈な妹はいらん」

 

「こんな不器用な兄は知りません」

 

 

遠慮なく笑う喜美のせいで、つい私も遠慮なくちょっと笑ってしまった。

ホライゾンはともかくシュウ君はわざとか。

この流れは……昔、喜美が同じ事を言った時に二人が返した言葉とほぼ同じだ。

 

 

ああ……

 

 

まるで、今までずっと皆が一緒にいたのだ、という錯覚を覚えてしまいそうである。

ホライゾンが居なくなり、それ以降は皆、変化したり気落ちしたり、逆にそのままであろうとしたりと様々な道を辿った。

少しずつ大人になっていった、というと気障なような、当たり前のようだが……そんな中でトーリ君とシュウ君は変わらないままでいた。

どちらも昔から変わらない。

やる事も出来る事も全く正反対なのに、結果は同じ結末に持っていく二人だ。

その変わらなさこそが私達をここに連れてきてくれたのだ、と思うと面映ゆいものがある。

今はトーリ君はミトのお母さんに連れ去られてしまっているが、それこそ自分や彼が言ったように連れ帰るのに適した面々が向かっているのだ。

 

 

 

なら、残った私達は大丈夫、と信じる事こそが仕事なのだろう、と思おう。

 

 

そう思っていると、何時の間にかシュウ君からは正純が向かってきている事を悟り、笑みを浮かべ

 

 

……あ

 

その隣に満面の笑みを浮かべている留美さんを見た。

 

 

 

 

※※※

 

 

ぞっとする感覚に熱田は後ろを振り返ってみるとそこにはとんでもなく綺麗な笑みを浮かべている留美がいた。

 

 

・剣神 :『あがががががが! 死が! 死が立っている! 誰だ殺し屋雇った政治家はぁ!!!』

 

・副会長:『面倒だから結論だけ述べるが、さっきそこでお前を探している神納と出会ってな。お前を探していたから後は合理的にここに居るぞ、と誘っただけだ』

 

・●画 :『いい仕事するじゃない正純……! ちょっと動画撮っといて! 新キャラのネタは貴重よ!』

 

・金マル:『ガっちゃんガっちゃん。同意だけど、流石に新キャラ扱いは不味いと思うから、せめて隠しキャラ辺りで手を打たないかな?』

 

・あずま:『手を打った意味、あるのそれ?』

 

・〇べ屋;『あぁーー!! その情報、こっちにも売って売ってーー!! 強請りのネタは幾つあっても足りないんだよーーー!!』

 

 

誰から斬ればいいのか、本気で考えるが、無言でこちらに向かってくるうちの巫女を前にすれば光速でゴミ箱に捨ててしまう。

 

 

「あーー留美? えーーと、そう、もう体調は万全でな」

 

「jud.足は要らない、という事ですね?」

 

「は、はや! 結論速いぞ! まだ速い! もう少し俺の言葉を信じるチャンスをくれないか!?」

 

「jud.──再生臓器は不要、という事ですね?」

 

 

・約全員:『ド的確な対応……』

 

・貧従士:『無駄に対話した方が馬鹿を見るってやっぱり知っていられるんですねぇ……』

 

・未熟者:『ちゃんと死なない程度且つ動けなくする線引きしている辺り、本気が伝わってくるなぁ……』

 

・賢姉 :『ほらどうしたの愚剣! 言ってやりなさいよ! "ああ、足も内臓も全て捧げるくらい耐えられないエロスがあったんだ……! 右手の重要さに比べれば、それ以外は最早、無価値だったんだ……!"って! 人妻にコーフンしたツケがここに返ってきた……!!』

 

・剣神 :『くっそーー!! お前ら楽しみやがってーー!! だが、待ってろよ! 俺の逆転劇はここからだぞ!!』

 

・約全員:『へーーーーぇーーー』

 

 

信じられるのは自分だけか……! と孤軍奮闘の決意を胸の内で燃やし、その炎を言葉とする。

 

 

 

「留美──怪我を押し」

 

「はい、斬ります」

 

 

逆転劇に繋がる事なく会話すら斬られた。

余りの素早さに思わず絶句していると、何やら勝手に周りが盛り上げ始める。

 

 

「見てみなさい浅間……何事にもはやい男の結末よ……」

 

「いやぁ……ここまで見事だとシュウ君のダメダメ振りが強調されますね」

 

「何で熱田様は芸風すらトーリ様に合わせようとするのでしょうか。愛ですか」

 

 

 

己、外野……!!

 

 

特にホライゾン、テメェ、言ってはいけない事を全て言いやがって。

誰が愛だ。誰が。

こっちはふつーに生きてるのに勝手にキャラ被っていないのに被っているような風になるあの馬鹿が駄目なんだよ。

そう思っていると目の前の少女からの威圧が万倍くらい跳ね上がった。

 

 

「シュウさん。何を余計な事を考えているんですか?」

 

「お、おいおい。幾ら何でも証拠のない問答じゃ俺からでも異議が生まれるぞ!」

 

「一体、何年付き合っていると思うんですか。その嫌々そうに、でも小さく笑っているのは大抵、武蔵総長の無茶ぶりに付き合っている時の"俺、わくわくが止まんねえぞ"顔です」

 

「変な通称を付けんな……!」

 

 

外野も"ああ、分かる分かる"みたいに首を縦に振んなこんちくしょう。

しっかしどうしたものか、と思う。

 

 

だって、俺は"俺"を変えれない

 

 

死ぬまでこうだし、死んでもこうだ。

馬鹿は死ななきゃ治らないよりも馬鹿は死んでも治らない派である自分としては正直、留美に幾ら言葉を重ねたとしてもそれは"嘘"なのだ。

昔、それで智や鈴に似たような事を問い詰められて、だから"嘘"になるくらいなら謝ったのだ。

だから、今回もそうするべきかな、と思って吐息を吐いていると何故か吐息が重なった。

誰と重なったかと言うと目の前で怒っていたうちの巫女である。

 

 

「──と、言っても、本当に斬られても、どうせ止まらないんですよねシュウさんは」

 

「え! マジ!? 俺の事を理解してくれる!?」

 

「チョロイとか思ったらマジキスしますよ」

 

「ああああああああ!! 難易度EXの最強巫女ーーー!!!」

 

 

プライドねえな……という周りのツッコミはどうでもいい。

うちの巫女は言った事はやる事はやる。

絶対にやる。

この前、冗談交じりに一緒に風呂に入るか、と告げたらその日の夜に実行してきた。

無論、水着とかタオルとかそんな隠す余地が無い状態で現れた。

一瞬で窓から脱出して逃げ出したが、結論を言えば全裸で番屋が動いた。

 

 

 

差別か……!

 

 

本物の全裸の時はお前ら梃子でも動かない癖に。

ともあれ、これで納得してくれたか、と安心していると何やら留美はピン、と人差し指を立てて、今から何か提案しますよ的なポーズを取って

 

 

 

「仕方が無いので、これから先、ずっと───傍にいます。それを覚悟して無茶してくださいね」

 

 

心臓破りの一撃に、周りと一緒に俺は停止した。

 

 

 

※※※

 

 

 

浅間は何かとんでもない敗北感を得て、先程の言葉を脳内でリフレインした。

 

 

 

これから先、ずっと───傍にいます

 

 

いや、ほら、うん、家族っていうのですよね?

こう、家族との絆的な意味でずっと傍にいるから過保護による過干渉を覚悟してくださいねっていう、そういう……いえ……そんな勝手な解釈は留美さんに失礼ですよね……。

自分で勝手に妄想を閉じながら、少し俯いてしまう。

留美さんがどういう気持ちで今の言葉を言ったかなんて分からない方がどうかしている。

本人も一切隠していないし、今もまた届いて欲しい、という気持ちから伝えているのだ。

私のような臆病な人とは違う、と思うと敗北感を抱く事すら烏滸がましい。

そうして、自分の痛みに蓋を閉めていると

 

 

……え?

 

ちらり、と今、留美さんがこちらに視線を向けた。

今、このタイミングで自分に視線を向ける理由が無いのに、何故、自分を見たのか、と思う。

同じように振り向きを気付いたホライゾンは首を傾げているし、喜美は何か愉快そうに笑っているので無視する。

何が、と思うと留美さんはまた固まっているシュウ君に笑みを浮かべ

 

 

 

 

「安心してください。これでも男の人を支える勉学はしています──ええ、私とキャラが被っている程度の人には負けないくらいには十分です」

 

 

 

「───」

 

 

───何か頭で亀裂が入る音が聞こえた気がする。

 

 

擬音で言うとカッチーン、とかムカッ、とかそういう系の擬音が脳内に響いた感じ。

あからさまな挑発の言葉は、浅間をして中々にない経験だ。

梅組のメンバーも煽ってきたり挑発は良くしてくるが、これは大分違う。

キャラとかギャグとかではなく──女としては私の方が遥かに上で、こちらはポンコツだからなんて堂々と言われるとは思ってもいなかった。

 

 

 

ああ、うん、これが俗に言う──喧嘩を売られたっていう奴ですね

 

 

「………」

 

自分が今、勝手に息を深く吸っている事を理解するが、止める気には一切なれない。

自分、今、めっちゃ暴走していますよ? と思考の片隅で囁くが、聞く気が起きない。

というか、むしろ逆にこう思いもする───売ってきたのは向こうだ、と。

私は喧嘩なんて好きじゃないし、嫌ったり憎んだりするのは怖い、とは思っているが──こうまで挑発されてええ、そうですね、と頷ける程、自分に自信を持てていないわけではない。

だから、私も自然と笑みを浮かべながら、敢えて留美さんを無視してシュウ君の方に近付き

 

 

「あ、シュウ君──そういえば治療した後、ご飯を食べる約束がありましたね?」

 

 

 

※※※

 

 

シュウは今、地獄も真っ青の修羅場に立たされた事を理解した。

 

 

───なんだとぅ!?

 

色んな戦いを経験しているが、これ程、恐怖と絶望しかない戦場は経験した事が無かった。

智も留美もとっても綺麗な微笑みを浮かべ、それだけ見れば眼福なのだが──どちらもちょっと眉が動いている事を知っている。

二人と付き合いが長い自分ですら滅多に見ないキレ具合であった。

 

 

・剣神 :『お、おいナルゼ! 今こそお前の出羽亀根性が試される所だぞ!? この空気を変える為に現場に来いよ!』

 

・●画 :『あっれぇーーー? 頼む立場のヘタレ&サイテー男が何か頼む態度じゃない言葉で頼んできているんだけど、これは見捨てて下さいお願いしますの副長版かしらーー』

 

・金マル:『うんうん、ここで他の女に頼る様な情けないヘタレ男じゃないもんねーーシュウやんは』

 

・賢姉 :『くくく、現場にいる賢姉にとっては最高よ! 何これおいちい! 賢姉フィーバータイムよ! フィーバー! ゲージ解放、必殺技打ち放題のエクストラステージよ! ほら、愚剣! 今こそ疾走するのよ! どっちかの胸に対して! お前が選ぶ巨乳はそっちか! こっちか!? はーーい! 熱田神社でおっぱいタイム始まりまぁーーーーーす!!!』

 

・剣神 :『テメェらぁ……!!』

 

 

事、害悪になる事なら無敵に近い最悪集団の煽りに青筋を立てるが、二人の笑みの圧は止まる事を知らない。

その中心にいる俺は死しか感じれないのだが、ここで退いたらそれこそ死ぬ。

硬直した体を息をする事によってスイッチを入れ、何とか笑みを浮かべ、まずは智と話す。

 

 

「あーーえーー智? 個人的にはとんでもなく嬉しい誘いなんだが、そ、そんな約束してたっけ?」

 

「ええ──同じ物ばかり食べて飽きて来たのだから何時でも新鮮な私の料理が食べたいって」

 

 

何故だぁ……!?

 

浮かべた笑みが一瞬で真顔に変じるのを悟るが、留美の方から進化した圧を感じる俺の気持ちを察して欲しい。

 

 

うっわ、こんな風に他人を挑発する智も留美も初めて……!

 

 

嬉しいのだが、この嬉しさは死に直結している。

そう、こういう時こそ二人の要求を叶えつつ、二人の矛を収める究極の方法を──

 

 

───ねえな!!

 

 

そんな上手い話があったら、今頃戦争とか殺し合いはねえな、と冷静に頷き、最早、逃亡するしかないか……

 

 

「─まだ話は終わってませんよシュウさん」

 

「そうです──まさか天下の武蔵副長がここで逃げ出すなんてしないですよねシュウ君」

 

「あ、はい! そう! そうだよな! いやぁ、というか逃げだすって何だ二人とも! そんな女二人から逃げ出すようなチキンな男がまさか熱田・シュウなんてあるわけねえだろ!?」

 

 

ですよね、と全く二人同時に笑いかけてくるものだから冷や汗が流れっ放しである。

もしかして人狼女王に連れていかれた馬鹿の方が安全な場所にいるのではないだろうか。

バトルでは絶対一敗男だが、こういう時にはどうやって勝てばいいんだ? 土下座か? 土下座で勝てるのか? いや、無理だろ。

 

 

「ふふ、智さん。シュウさんはそんな約束に覚えがないみたいですよ? 余り自分勝手な欲望で私達の神様を連れ回さないで頂きたいのですが」

 

「いえいえ、そんな巫女だからといって人のスケジュールを完全把握して拘束する程、留美さんは心が狭い人ではないと知っていますので」

 

楽しそうに笑う女二人に、このままでは二人の間に亀裂が生まれる可能性を危惧し、熱田は命を賭けるつもりで間に割り込むしかなかった。

 

 

「あーー! うん、そうそうえーーと、ほら、智と留美。その、確かに今日、智とご飯を食べに行く予定があったんだが、ほら、ちょいとトーリだったり何だったりでそーいう事するの不謹慎っぽい空気になったからな。お陰でちょーっとそういうのを忘れていただけなんだうんうん! だから、な! そう、後でトーリをぶっ飛ばすくらいで手を打たないか二人とも!!」

 

 

・ウキー:『どうしようもなくなったからトーリに全てを押し付けただけではないか』

 

やかましい表示枠をぶち砕いて、な! と再び強調すると何故か真顔でこちらをじーっと見てくる二人。

何故……と冷や汗がだらだら流れるが、ここで目を逸らしたり逃げたりしたらそれこそ終わりである。

負けないぜ……! と拳を握って震えていると、ようやく二人揃ってそうですね、と頷いたから俺は勝ちを確信した。

 

 

勝った! トーリの人生、完!!

 

 

持つべきものは犠牲に出来る友人だ……! と拳を握って有難みを感じ取り──次の二人の言葉にKOされた。

 

 

 

 

「所でシュウさん()──外食は無くなりましたがどちらを食べるので(ます)?」

 

 

 

※※※

 

 

喜美は膝を着いて倒れる馬鹿を見ながら、マジ笑いしつつ友人──ではない方を褒め称えた。

 

 

「いい女ね、神納・留美」

 

 

さっき、あからさまに浅間は今の状況に対して退こうとした。

自分の感情に蓋を閉め、"私は何もしていないから"という理由で負けようとした。

それはきっと間違いではないし、駆け引き、という意味ならば確かに浅間の一人負けだ。

 

 

神納・留美はそれに気づいたのだろう。

 

 

本来、留美の立場からしたらそれに勝ち誇る理由はあっても手を差し伸べる義理は無い。

そのまま放っておいてもいい事なのに、彼女は敢えて浅間を挑発して、舞台に上がらせた。

何もしなかった、という理由を持っていた浅間を、挑発されたから、という理由で舞台に引っ張り上げたのだ。

見方によっては同情しているかのようにも見えるやり方だが、強気な態度で愚剣に迫っている本人を見る限り、アレはキャラなのだろう。

 

 

 

言い訳の余地なく、完膚なきまでに真っ向から勝負して奪い去る、という

 

 

「全く……」

 

それに比べたら、愚剣はちょいとどちらに対しても疎かである。

大方、愚剣の事だから浅間に関してはタイミングを外してしまった、という感じ。

多分、愚弟に気を遣ってしまったせいで、踏み出していいものかを考えてしまったのだろう。

無い頭を使うからそうなるのよ。

そして、神納・留美に対しては遠慮……というよりは強く出れていない。

まるで負い目か何かがあるような……いやあの馬鹿なら正しく負い目だろう、と信じる事が出来る。

つまり、ほぼどちらも自業自得である。

 

 

不器用が必死に器用になろうとしてより不細工な不器用を得てしまっただけである。

 

どうしようもない──と評価するのは簡単だが、そこまで二の足を踏む原因の一つに愚弟がいるのもまた事実である以上、賢い姉としてはそれだけで終わらせたら"いい女"にはなれない。

無論、わざとらしく支援するのは上から目線のお節介な詰まらない行為であるから絶対にしないが。

はてさて、どうなるやら、と喜美はくく、と笑いながら、土下座している愚剣を見る。

 

 

 

そんな所まで愚弟をリスペクトしなくていいのに、と笑い───苦笑する

 

 

愉快な話だ。

大事な愚弟が人妻に攫われているヒロイン状態だというのに……弟はどうせ笑っているんじゃないかって思う自分がいるのだから。

まるで、ここにいる愚剣が困ったように笑っているから、愚弟の方もそうなっているのだろう、という風に。

 

 

 

 




唐突に久しぶりにホライゾン更新。

まさかカクヨムで無料でホライゾンやら新作を更新するとは誰が思うでしょうか……。

でも、それに反して未だこちらは3巻の中巻という。
本当に二次創作泣かせですな!!


次回はトーリと人狼女王視点での話になるかと。
あ、ちなみに救出メンバーがナイトではなく二代になっています。
こちらでは蜻蛉切壊れなかったので。


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鏡の向こう側

これだけは断言が出来る


初めて出会った時


感動したのは間違いなくオレの方だ


配点(ホモくせぇ!!)


葵・トーリは何かめっちゃ綺麗な、しかも御菓子の家で、同級生の母から何かすっげぇ接待を受けていた。

いや、まぁ、端的に言えば、ネイトの母ちゃんで、それで何でも六護式仏蘭西(エグザゴンフランセーズ)の副長で人狼女王とからしい。

 

 

 

六護式仏蘭西濃いなぁ!!

 

 

いやいや、でもやっぱり武蔵も負けてねえな……! 何せうちには超ヒロインホライゾンに、ヅカ&滑り政治家セージュンに犬の匂いがするてんぞーなど多種多様なすげぇ奴らがいるんだぜ……!! その上で芸人として日々精進する俺が……!! あ、駄目! ホライゾン!! 脳内で拳振り上げたららめぇぇぇぇぇ!! で、でちゃう! 味噌出ちゃうの! 脳から沸き上がるインスピレーションで味噌出ちゃうのぉぉぉぉぉぉん!! あ!? 何だ親友!? 空っぽの能が出てきても誰も困りゃしねえし、見ねえ? ばっかお前! 見た事も聞いた事もねえなら無いって言うのかよ!!? 夢もロマンも無くなっちまったなオメェ……!! 何て駄目な奴なんだ……!! 胸にしかロマンがねえと思ってんだろ!! 俺は尻も愛でるぜ! 

 

 

「……どうして背筋を伸ばして胸を張っていたと思ったら、急に怯えて土下座して、その後ビクンビクン震えながら自分の体を抱きしめていたと思ったら、急にシャドーボクシングし出して、最後に私の胸とお尻を見てるんですの?」

 

「分かってくれよネイトママン! 仲間自慢と嫁自慢をしたら、嫁からのドギツイツッコミに対して震えながら興奮していたら、馬鹿親友がつれねえから、ジャンルを紹介していたんだよ! あの極狭ジャンル一強、何時か崩してやるからっていう覚悟だよ覚悟!!」

 

 

はぁ……という滅茶苦茶反応に困るっていうリアクション返ってきたが芸人としてのキャラ的にこうしなくちゃいけねえから、ちょいとごめん、ママン。

……と、異族においても強者であり、その上で性格的にはマイペースにゴーイングマイロードを地で行く人狼女王がただの人間に反応が困っている、というレアな態度を晒しているのだが、トーリはその成果を全く理解していなかった。

だから、トーリは特に気にせず、何時も通りの全裸にアクセントとして首輪を着けられながら

 

 

「ネイトママン、俺に何か言いたい事とかあるの?」

 

「あら? 何でそう思いましたの?」

 

「いや、俺、馬鹿だけど、まぁ、色々とやらかしてるっていうのは理解してるし、皆がいりゃこぞって否定するんだろうけど、俺、色々と世界的ブラックリスト? みたいな感じ? なんだよな?」

 

 

首を傾げながら言うと、ネイトママンはあらあら、と微笑した。

その笑みに裏がねえのは馬鹿でも分かるから、何で笑うんだろ、と更に首を傾げたら頭を撫でられたから、つまり良かったって事かと思う。

 

 

「俺は何にも出来ねえし、事実そうなんだけど……こうしてネイトママンがわざわざ実家? に連れて来たって事は何か言いたい事とか聞きたい事があんのかなぁって。違ってたらごめん」

 

「Tes.事実から推察出来る事でしたわね。と言っても、別に特別な事を聞くわけでは無いのですよ?」

 

「ネイトの事?」

 

 

ママンからしたら娘の名を出したら、目を細めて再び頭を撫でられた。

落ち着け、と言われているようだが、普通に撫でられて嬉しい辺り、テンション上がるし

 

 

「おぉぉぉ……!! 人妻の乳が目の前で揺れてる……!!」

 

 

でけぇ。

無論、胸の事だ。

ここまでのボリュームは武蔵でも中々いねえ。

近いので姉ちゃんや浅間や直政だろうが、流石に女子と比べるのは失礼っていうのは分かるし、ネイトにもよく言われる。

しかし、ふふっ、と笑いながら胸の下で腕を組んでより見せてくれる辺りすげぇ! とマジ凝視するしかない。

 

 

「ママンすげぇな! これをネイトに分けてやれねえのかな!?」

 

「ふふっ、難しい問題を提示されましたが結論を言うと子供の頃にアドバイスしたら首を傾げられて……でも今ならきっと分かっている筈ですわ」

 

「ああ! アレか! 時折、女風呂で端っこに行ったと思ったら、自分の胸揉み始めるのママンの教えか!!」

 

「ネイト……ママンの教えを歪めて……」

 

 

何か違ったらしい。

でも、それはそれとして本命はネイトの事とかって感じだけど、他にも聞けるなら聞きたい事があるって感じなんだろうか?

何度もすまねえけど、つい首を傾げていると、やはりママンは愉快そうに笑い

 

 

 

「そうですね……完全に私事になりますが……貴方の自慢の親友の話とかお聞きしても?」

 

 

 

※※※

 

 

あらあら……

 

 

目の前にいる子供のような少年が、たった一言、耳に入れただけで様変わりした。

とは言っても姿形が変わった、とかではなく瞳に映る光が変わったのだ。

嬉しい事を言われた、と。

 

 

 

……そんなにお友達が自慢なのですね……

 

 

この子供のような少年に合わせるなら親友が。

さて、夫を自慢する事、つまり愛についてならば共感を持てるが、友となると中々に難しい。

勿論、友がいないというわけではない。

でも、輝元も太陽王も友というより仕事仲間、というか上司というか……面白そう且つ優秀という意識が強い。

アンヌも……友愛が無いわけではないが、少々、繋がりと接する機会が少ないのも確かだ。

無論、接する機会が無いとはいえ、友愛が薄いなどとは思わない……が、私は友人を語る際に、ここまで嬉しく、楽しそうに語る事が出来るだろうか?

 

 

「おいおいママン、親友の弱点とか聞きてえのか? ──一杯あるぜ!? 基本、巫女と巨乳とロングヘアに弱いんだよなぁ! あの親友! ジャンルを押さえていれば負けは無い……!! あ、でもママン、人妻属性あるからそこで一気にマイナス判定来るかもしんねえなぁ……くっそ親友……! あいつ我が儘かよ! ママンっていう一大ジャンルにも屈しねえつもりか! もう容赦出来ねえ! ママン! 次、ヤル時は盛大にぶっぱありだぜ!!」

 

「親友の性癖を盛大に公開しましたわねぇ……あ、いえ、既に大公開済みですけど。ですけど、いいんですの? 私が盛大にヤルって事は貴方の親友、爆裂四散しますけど?」

 

 

勿論、冗談である事は理解しているが、冗談の中にも真実は混ざるものだ。

そこら辺、政治家等なら敢えて狙って小出ししたり、誤魔化したりするのだろうけど、この子には恐らく無理だろう、と思う。

 

 

※※※

 

 

・副会長:『しっかし……一個人としてどうかとは思うのだが……葵の奴、誘

拐されている癖に愉快(・・)な目に合っているような気がしかしないんだが、これは信頼か? 信用か? ──あ、今、目逸らした奴ら、誠に遺憾だから笑えよ?』

 

・約全員:『恐怖政治か……!!』

 

 

※※※

 

 

さて、どんな返事が返ってくるか、と楽しみにしていると小さな王様はうーーん、と考えるように呻きながら

 

 

 

「うん──でも最後に勝つのはシュウだから」

 

 

 

申し訳なさそうに頭を掻きながら、しかし断言した。

 

 

 

……あら

 

 

少年の印象から外れる断言に、人狼女王は予想外、という言葉を思いながら笑みを深めた。

予想から外れる、というのは人狼女王からしたら楽しみが増えるかも、という期待に繋がる。

夫の出会いが正しくそれである以上、人狼女王は予想外という状況を楽しまないわけにはいかない。

さて、ではどうしてこの子が自分の友が絶対に最後には勝つ、と断言出来たのか。

無能故に戦力差を理解していない、というのもあるのかもしれない。

何より、この少年は先程の武蔵副長の戦いを全て見ていたのかどうか。

人間の脆弱さの象徴のような彼がどう答えるのかを楽しみにしながら、人狼女王は笑みを浮かべて、淡々と事実を述べた。

 

 

 

「こう見えて、私、種族としては頂点である事を自負していますのよ? 勿論、貴方のお友達の努力を否定するわけではありません。大変、よく頑張ってきたのだと思いますわ」

 

 

それこそ人を辞めるくらいには、という言葉は隠す。

人を辞める、と人を超えるは違う言葉であり、手段だ。

人の臨界に挑み超えようとしている代表例は武蔵の副長補佐や映像だけしか見ていないが、西国無双のお二人のような存在だ。

まだ全てを知っているわけではないが、武蔵勢のほとんどが恐らくこちらの形であると思われ……だから、一人、武蔵の中で浮き上がるように立っている武蔵副長が目立つわけだが。

一人、武蔵に染まるわけでもなく、かといって武蔵を否定するわけでも無く、ただ力になる少年はある意味で誰よりも孤独だ。

はみ出し者が集まる武蔵の中で、はみ出る、というのはそういう事であり……それを理解しているであろう昨日の少年はその事に笑いはしても傷ついたりはしないだろう。

 

 

 

少なくとも、誰かが居る前では絶対に。

 

 

 

だから、人狼女王は何も言わなかった。

関心がある事柄だけに意識を割いた。

 

 

「その上で断言しますわ。どれだけ鍛え上げ、神に愛されていたのだとしても、それでも人間を少し辞めただけ。異族であり、人狼女王である私には性能では超えれない壁がありますの──それでも貴方は私が彼に負けると思いますの?」

 

「うん、シュウが勝つ」

 

 

迷いのない返答が来、人狼女王は笑みを深めた。

 

 

──Tes.

 

 

内心の返事に同意するように首を縦に小さく振る。

それでいい。

仮にも人狼女王に打ち勝つ、と断言したのだ。

私の言葉で揺らぐような断言であったなら、余りにも言葉が軽すぎるし、こちらと彼を舐めている。

無礼者にまで寛容を示す程、人狼女王の慈悲は安くはない。

言葉にしない試練を突破した少年は、そんな事に気づきもしていないであろう、と思うと愉快で仕方が無い。

だから、次に疑問に思う事は

 

 

 

「何か、彼に対して絶対的に信頼する出来事でも?」

 

 

少し踏み込み過ぎか、とは思うが、気になる事である以上、遠回しにするよりかは良いだろう、と思う。

仮に答えられなくても仕方が無い事柄だし、その場合は、素直に諦めればいいだけだ、と思っていると武蔵の総長はその質問に困ったような顔をして

 

 

 

「シュウは、俺と同じ夢を共有したダチなんだよ」

 

 

と、告げた。

 

 

※※※

 

 

何て言やいーのかなぁーってトーリは本気で悩みながら、少しでも伝えやすいように言葉を考えながら喋った。

 

 

 

「えーーっとな、例えば、俺が鏡の前で右腕を上げるじゃん。すると、鏡の中の俺は左腕を上げるだろ? ママン。そんな感じなんだよ」

 

 

何をいきなり鏡での自分チェックの話をしてんだって思われてもしゃあねえけど、実際、これが一番分かりやすい例えなのだ。

俺が右を見れば、あの馬鹿は左を見る。

俺が上を見上げれば、あの馬鹿は下を見回す。

俺が後ろでビビっていると、あの馬鹿は笑いながら前に突っ込む。

やっている事は完全完璧に真逆だ。

 

 

 

ホライゾンと俺が境界線上に立つパートナーとしての正逆なら、シュウと俺はネシンバラ風に名付けるなら鏡界線上の真逆か……うっわネシンバラ芸風……!!

 

 

やる事も言う事も為せる事も全く正反対だ。

きっと、それはこれから先も変わらないだろう。

それでいて信じれるのは根本と結果が同じだと理解しているからだ。

無能だろうが、剣を持とうが求める結末は一つ。

 

 

 

少しでも、失わせるような出来事がが少ない世界があった方が気が楽だ、という夢があるから

 

 

故に信じる信じないの話じゃねぇんだよなぁ、これ。

だって、それ、(オレ)に向かって、裏切んのか!! って叫ぶようなもんだし。

裏切るも裏切らないも無いのである。

もしも、それが裏切るように見えたとしたら……他人を裏切ったのではなく、自分を裏切り、道を誤った時なんだろうなぁ。

そんな思考を、自分の言葉で伝えたら、何かママンは困ったような顔でこちらを見た。

 

 

 

※※※

 

 

 

「あーーやっぱり分かり辛いっていうか変?」

 

 

そんな風に頭を掻きながら問う少年に対して、Tes.とは言い辛いが、同時に言わずにはいられない、というのも事実だ。

これに比べれば、先程の自分の友情云々はお遊びに過ぎないみたいな感覚だ。

 

 

 

他人を自分自身だなんて……

 

 

願望や自己投影ではない。

何故なら、この少年は武蔵副長と自分は全く真逆で、違う存在だと認識している。

その上で、同じ夢を共有していた友であるからあいつなら大丈夫。

あいつが為す事やる事全て、失わせないという互いの夢の達成の為の疾走だと信じている。

そんな事を真顔で言っているのだ。

裏切る事が無い、というレベルなら分かる。

私とて輝元や太陽王、アンヌは私が私として貫き、力を貸して貸す関係を続ければ、裏切る事も無ければ裏切られる事は無い、という信頼関係を築いている、という思いはある。

 

 

 

しかし、この子達は違う。

 

 

裏切る裏切らない等一切考えていないだろう。

彼にとって、武蔵副長が裏切ると思わないのか、という問いは、手足……否、魂が裏切るのか? と問われるような事柄だ。

これが一方通行の考えならば、窘めなければいけないのだろうけど

 

 

 

「……」

 

 

無間地獄を小さな体に背負った少年を自分は知っている。

血だらけ傷だらけ、裏切られ続けたであろう少年が吠えた精一杯の強がりを自分は知っている。

 

 

 

"俺に勝っていいのは──"

 

 

どんな誓約や審判よりも高らかに叫ばれた強がり。

その事実に、人狼女王は思わず呆れの吐息を吐く。

成程、と頷くしかない。

難しい言葉で語り合ったが……要は彼と武蔵副長はとんでもなく似た者同士なのだ。

方法や才能、性格が違うだけで、後はそっくりな双子のようなものだ。

 

 

 

例えば、そう……この少年が堂々と失うのはあんまし良くねえな、と堂々と笑いながら告げるのであれば、武蔵副長は俺は守るのとか苦手、とか言っている癖に、やっている事はその真逆であるように

 

 

何となく言葉にするなら、素直で馬鹿な武蔵総長()と偏屈で融通が利かない馬鹿な武蔵副長()といったところか。

可愛げがあるのは武蔵総長の方だが、副長の方も方で、別の可愛らしさがありますわねぇ。

そこまで、考え、思わず小さく笑う。

 

 

……子供っ

 

 

通りでちょっと話が単純且つ素直な話になるわけだ。

大人と違って、二人の間には仕事だとか地位とか政治とか陰謀とか給金とか一切ない、単なる友情でここまで壮大な事を仕出かしているわけだ。

それを大人に通じるように、自分達の考えを政治だったり、武力だったりで現実に反映させ、夢を現実の形で刻む。

通りで強固な関係なわけだ、と人狼女王は納得し

 

 

でも……

 

 

その関係には一つ、危険な色が混ざっている。

二人の関係性を考えれば、それは特大の穴だ。

今直ぐに、という事ではないだろうが……あっちの少年の事を考えれば、そう遠くない未来に発生してもおかしくない事柄だ。

しかし、それを伝えるには私もまたこの少年達の敵である事を考えたら、塩を送る事になるのではないかと思い……どうしたものか、と思っていると

 

 

「なぁ、ママン。俺も個人的な、相談っていうか聞いて欲しい事あんだけど、いい?」

 

「え? あ、はい、Tes.構いませんわよ?」

 

 

意識の間隙に問いを挟まれた為、軽はずみに返事をしてしまい、しまったですの、と思うが、時を巻き戻す術は無い。

まぁ、この少年なら変な事を言う事はあっても、道理が通っていない事を頼んだりはしないだろう、と思って、改めて向き合うと──少し驚いた。

そこには先程の憧れのような、自慢する面貌は無く、ただ本当に俺は駄目な事をしてしまっただろうか、という迷いと不安が籠められており、理由は

 

 

 

「……俺、今、そういう風に親友の事語ったけどさぁ──それって間違ってたのかなぁ」

 

 

先程、あれ程自信満々に語っていた言葉は反転していた。

顔所か手指も抑えきれずに、小さく動かしているのを見ると、少年にとっては大きな不安で……後悔に繋がる道であるのかもしれない、と思っているのがありありに見えた。

 

 

 

「……どうしてそう思いますの?」

 

 

聞くと少年は小さく頷き、ぽつぽつとその疑問に抱くまでの内容を語り始めた。

 

 

 

「ここ最近、あの馬鹿、すっげぇ本調子から外れているような感じなんだよ。時々、えらく眠そうだし、終いには以前、唐突に屋根から落ちたって言うしさ。つい、この間だって、義経の馬鹿にトイレでスタンディングオベーション中に蹴り飛ばされたって言ってたけどさぁ……よくよく考えれば、あの馬鹿が、んな簡単に背後取られるのもおかしいし……」

 

 

……成程

 

 

それは確かに、今の質問に繋がってもおかしくない状況だ。

本来、他国の人間に漏らしてはいけない事柄ではあるが……少年は前もって一個人としての相談と告げていたし、私もそれを了承していた。

ならば、これは情報ではなく相談事ある、と念頭に置き、理解を深める為、先を促す意味で質問を告げた。

 

 

「貴方の目から見ても、疲労を隠せていない様子が見える、と?」

 

「Jud.いや、うん、そりゃ理由は分かるんだ……あいつは、俺との約束を守ってくれてるし……十年間、ずっと色々と面倒事が来たり、任せたりしちまっているし」

 

 

約束は内容が分からないから、アレだが、任せるはともかくとして面倒事が来たり、という点に関しては察する事が出来る。

熱田の代理神は長寿系の人間から酷く憎まれている。

何時かの時代の熱田の剣神が()()()()()()()()()()()()とは思うが、そのツケを未来にまで持ち込んでいるのは執念か……または不安と恐怖からか、と思うが。

人類の恐怖の象徴である人狼女王もかつては迫害され、狩りと称して命を狙われたが……それとほぼ同じような事をされるかつての暴風神は何をしたのかは

 

 

 

……今の彼を見れば、出来る事など多々あったでしょうしね

 

 

他を染め、世を染める神格解放が出来たかは定かではないが……それ以外はそう今の剣神と変わるものでもないとするならば、人間から恐怖され、憎まれ続ける事など()()()()()()()()()()だろう。

それが真実か、もしくは真実であってもしたくてした事かは定かではないが、そのツケが少年の代にまで回ってきた、という事だろう。

特に、本来、熱田神社があった三河ではなく人を受け入れる流浪の国である武蔵だ。

多少の守りはあるだろうが、神罰を恐れなければ、幾らでも事を為せる。

 

 

 

特に復讐という言葉は実に甘美で、度し難い

 

 

さて、8年前のあの時はそういう汚らしくも人間らしい感情に触れた後の彼だったのか、そうでは無いのか。

 

 

 

……いえ、そもそも武蔵に来た事を考えれば……

 

 

敢えてプライベートに振れる部分は詳しく調べようとは思っていないが、それでも副長として敵対国になるかもしれない相手は調べる義務がある。

その中にあった、幾つかの情報は結論を言えば、輝元は舌打ち一つした後、椅子を蹴り飛ばした。

 

 

 

……思考が逸れましたわね

 

 

ともあれ、少年は相方たる少年の疲労に気付いたのだ。

その上で、彼にとってご都合主義の具現である友がそこまで過労によって追い込まれている、という事は己が間違っているのではないか、と思った。

その事に安心を覚えてしまうのは母としての立場からだろうか。

先程、少年と少年の仲を聞いた際、感じた危惧を、少なくとも片方はしっかりと感じ取っている、というのについ安心を覚えてしまった。

その上で……さて、どう言葉を告げるべきか、と考える。

 

 

 

少年の危惧は理解出来た。

 

 

常に無茶と無理ばかりさせていた友人が保たないのではないのか、という不安。

ならば、その事を告げればいいのではないか、と普通に考えれば思うが

 

 

 

……無理ですわね

 

 

断言出来る。

絶対に従わない。

少しでも止まって息継ぎでもすれば、乾いた喉に水を与えるかのような安堵を得れるというのに、知らぬ要らぬ()()()()()()()()()()()()と言わんばかりの疾走。

最早、自分でも止めれない、否、止まる気が起きないであろう。

なら、大事な人が止めれば……とも思い、IZUMOで自分と向き合った巫女の姿を思い浮かべるが……それも恐らく駄目だ。

 

 

 

何故なら、彼にとっての疾走とはその大事な人を守りたいが故に起きるものだ

 

 

大事な人を守る為に疾走している以上、大事な人に幾ら言われても止められる筈がない。

止まったら大事な人が守れない、だから大事な人に何を言われようとも停止する事は無い。

無間地獄に停止の概念など要らない、とまた強がりを吠える。

改めて考えると面倒くさい子ですわねぇ。

そんじょそこらの人に止められても駄目。

大事な人に止められても駄目。解せぬ。

そして、敵に止められても駄目なのだ。

更には武だけを鍛え上げた少年故に、政治的、というより言葉でも止まる事は出来ないだろう。

あるとすれば、それは──

 

 

 

"俺に勝っていいのは──"

 

 

 

ふと、少年の言葉がリフレインされる。

まるで誓いのように、呪いのように──助けを乞う子供のように叫ばれる言葉を脳内に浮かべた時

 

 

 

……ああ

 

 

今の状況と組み合わせる事によって、ようやくあの言葉の真実に辿り着いた。

 

 

 

……本当に

 

 

不器用な子。

直接口に出せばいいだろうに、意地張って何も言わずにいるものだから周りに心配をかける。

そういう意味では自業自得だからこの子にそれを教える義務は無いのだが。

 

 

 

……Tes.

 

 

この子が先程、悪意なく人狼女王に対して頼む事に成功した事。

武蔵副長が人狼女王相手にしても尚、傷つけないように心掛けた事。

そして、8年前に随分と格好つけ、傲慢にも人狼女王の前に立ち塞がり、奇跡を起こした事。

その功績を見て見ぬ振りをする程、人狼女王の器は小さくない。

 

 

 

大人として、子供の背伸びに助言する事を、咎める事などないだろう

 

 

 

※※※

 

 

「まず前提条件として──彼はきっと言葉では止まる事は無いと思いますの」

 

 

ネイトママンに告げられた前提に、俺もだよなぁ、と思って頷く。

きっとあの親友は言葉では止まらない。

誰よりも剣であるべきだ、と心掛けて生きて来た親友は言葉だけで止まる様な性質を持ち合わせていない。

それは誰の言う事も聞かない、というわけではなく……言葉の勝負を持って俺達が危機に陥った際、言葉の制約の全てを知った事か、と裏切る為だ。

本当に最悪の時、全ての汚名を受けてでも刃を振るう為である事を理解している俺としては何も言えねえし、言う資格がねぇってつい弱気になっちまう。

だから、やっぱりネイトママンでもあの馬鹿をどうにかする方法は分かんねえかなぁって思ってたが

 

 

 

「ですが……かつて貴方は、一度彼を止めた事がありますわよね?」

 

 

言われた言葉に思い出すのは、やっぱりあの時の大喧嘩。

ああ、そういやそうだ、っていう思いもあるが

 

 

「あれ? 何でネイトママン知ってんの?」

 

「うちの娘は中々に達筆ですのよ? 口ではまだまだですけどね」

 

 

ああ、成程、ネイトが手紙で語ったのかな? と手を思わずぽんって打っちまう程に当たり前の解答だ。

まぁ、そりゃあんなド派手な喧嘩してたら話のネタになったりするよなぁ、って納得するしかねえ。

確かに、あれはあの馬鹿を止めれた唯一のエピソードなのかもしんねえけど

 

 

 

「あれは……あの馬鹿が勝手に引いてお流れになっちまった話だかんなぁ……届いたっていう話じゃないぜ? ママン」

 

「───分かってるじゃありませんの」

 

 

んん……? と首を傾げるとママンは微笑を一つして、手指を重ねる。

いや、マジ美人だなぁ、とその仕草に少し見惚れていると

 

 

 

「私はあの子の事をずっと知っているわけではないので断言は出来ませんが……でも、多分、ずっと言い続けてますわよ。()()()()()()()()()()()()鹿()()()()って」

 

 

 

そう

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()とは言ってませんわ」

 

 

「───」

 

 

たった少しだけ、言葉が、文字が違うだけ。

それだけで、言葉の意味は全く変わる。

俺に勝っていい、と勝てるでは全く意味が違う。

 

 

 

そんな簡単な事を──ずっと見逃していた。

 

 

それを理解したら、ママンが先程言った、"分かっている"発言もどういう事か読み取れる。

そう、俺はシュウに勝ったとは欠片も思ってもいない。

あれはあいつが勝手に引いて、お情けで譲ってもらっただけ。

勝っていない。

勝っていないのだ。

 

 

 

 

俺はあいつに勝っていないといけないのに……あいつに甘えて勝たないまま力を借りていたのだ

 

 

 

「……おいおい」

 

 

シュウ、オメェ……俺より馬鹿かよ。

 

 

オメェ、分かっていなかった、なんて言わせねえぞ。

分かってただろうが。

俺が中途半端な立場に甘えていたことも。

俺が──俺がお前に対してくっそ馬鹿な事を言って、お前を雁字搦めにして苦しめた事も。

 

 

 

お前の結果だけを俺が掠め取って、馬鹿していたのも全部分かってただろうが……!!

 

 

お前、俺よりは頭がいいだろ。

お前も馬鹿だけど、俺と違って馬鹿になる事を選んだだけであって、完全完璧な馬鹿じゃねえだろ。

それなのに、オメェ、俺よりも馬鹿な事してどーすんだ馬鹿じゃねえのか。

俺達は互いに互いが必要だから、共に夢を預け合った筈だ。

その前提条件を守れていねえ俺の言葉を素直に頷くなよ。

本来、お前と馬鹿をやる事は出来ても、馬鹿にする資格がねえ俺が、思わず馬鹿か、と言っちまうじゃねえか。

そんな風に思っていると、何時の間に隣に立っていたママンが俺の前に紅茶が入っているカップを置いてくれた。

おっと、と思っている間に、ママンは目にも止まらぬ速度で俺の前に座り

 

 

 

 

「──あの子からしたら、貴方の夢が、酷く素敵なものに思えたのでしょうね」

 

 

言葉が終わると共に紅茶を飲むママンを見ながら、出来る限りバレないように唇を噛む。

分かっている、これはフォローだ。

ママンの優しさに甘えているようなものだ。

 

 

 

……それでも、そうなのかもしれねえなって思うのは自意識過剰かなぁ

 

 

親友は俺にとっては形になる事も無かった夢が形になったようなもんだった。

別に自分が無能である事に苦しみとか痛みとかネシンバラ病のような思いなんてこれっぽーーーーーーーーーーーーーーーーっちも思っちゃあいないが……まぁ、そこら辺、男としての憧れみたいなものはやっぱりあった。

そりゃ、まぁ、ガキの頃にかっけぇなぁーー、でも俺と芸風違うから無理だなこりゃあって笑って諦める事すらしない、羨望だけで終わった憧れだった。

なのに、そんな言葉にすらならない願望が、まるで神肖(テレビ)から出て来たかのように現れたのがシュウだった。

 

 

 

きっと、あの時、誰よりも感激した事だけは誰にも知られていないだろう

 

 

姉ちゃんにだって喜んだ事はバレていたとしてもその度合いまではバレていないと思う。

同じような夢を望み、しかし全く同じ事が出来ない他人と出会えるなんてそうそうねぇって今の俺には分かる。

同じ目的を持つ人間なら武蔵がある。

同じような能力なら……まぁ、探せば居るんだと思う。

 

 

 

でも、同じ目的で、全く別の能力で、しかし互いに一人じゃMURI案件だっていうのは中々ねえだろって思う

 

 

だから、ただ友と言うのは違う気がして、親友と言い合っているのだ。

……まぁ、若干ホモ臭いのは自覚してるけど、ネタになるからしょうがねえな!

だから、俺の意思はシュウの意思で、シュウの意思は俺の意思って感じ。

互いが互いの"もしも自分が行えたら"を行っている、と確信している。

そこら辺、何か姉ちゃんやネイト、ホライゾンとも違うのだ。

 

 

 

こう、スカーってするっていうか、見てて楽しんでしまうっていうか……

 

 

それも含めて俺達の関係、というべきか。

ともあれ、ママンは俺の夢が素敵だったからあの馬鹿も命を賭けて付き合ってくれているって言いてえんだろうけど……なら、それは俺にも当て嵌まる。

あの馬鹿の最強っていう夢は聞いててわくわくしてくるし──その夢の裏側に誰よりも共感している。

夢もそうだが、それ以前の大前提──葵・トーリと熱田・シュウという存在の大前提に、失わせるような世界は見ていて息苦しい、というものがあるのだから。

 

 

 

「ぁーー……」

 

 

だから、俺は喪失を否定する世界を作る為に世界を征服し、その王となる。

そして、シュウはそれを肯定する為に、誰よりも速く、疾走し、駆け抜け──誰も追いつけない事を願ってしまった。

あるいは、それもまた自分の裏側のようなもんだからこもしれねえ。

何れは、死んじまうけど、それ以外では普通にビビるし、怖え俺の対極として、親友は死を恐れず、笑いながら自壊する。

そして自壊する度にぜってぇ、こんな風に思っている。

 

 

 

ああ──壊れるのが俺で良かったって

 

 

とりあえず、結論は一つであった。

 

 

 

俺は確かにすっげぇ悪いが……あいつもちょいとふつーーに悪い

 

 

 

 

※※※

 

 

はぁーーーーーー、ととんでもなく重たい溜息を聞きながら人狼女王は小さく笑いながら、しかし何も言わなかった。

少年の溜息の理由も分かる。

私が少年の立場でも同じ事をしただろう。

約束、とやらの内容は知らないが……少年の態度を見る限り、無茶振りをしてしまった、という感じなのだろう。

内容を聞いていないから断言は出来ないが、少なくともこの少年がやって後悔するかしないかの瀬戸際に立たされるくらいには少年にとって罪悪感を感じる内容だったのだ。

それだけならば、確かに武蔵総長の方が悪い、と言えるが

 

 

 

……間違いなく、それを承知の上で受けたっていうのに気づいたら、溜息も吐きたくなりますわよね?

 

 

自分は武蔵総長程、彼を深く知っているわけではないが、8年前とつい、数時間前の相対で彼が愚か者でないくらいは理解している。

そんな愚かではない彼が愚かな選択肢を取った理由は幾つもあるのだろうけど

 

 

 

 

命を預けてもいい友というのはいい事なのか悪い事なのか……

 

 

 

持っている友人である武蔵総長にとってはいい事も悪い事もある、という所だろうか。

男女の仲とはまた違う、という事なのだろう。

そういう意味では男と女の仲は複雑そうでシンプルだ。

大事である、という想いを持って、行動するのだから、道筋が複数あっても結果にあるのは笑って欲しい、一緒に幸せになりたい、という結末だけだ。

 

 

 

「10年間待たせてしまっているのだから、相当な事になりそうですわね?」

 

「……」

 

 

珍しくはぁ~~と溜息をする事で答えないようにする武蔵総長が中々に可愛い。

娘の事などについての前哨戦のような感覚だったのだが、ここまで掘り下げてしまうとは思ってもいなかった。

 

 

 

うちの娘も大変ですわねぇ……

 

 

ここまで極まったㇹ……友情を見せ続けられるというのは女にとっては中々にむっ、となる光景。

まぁ、それは男から見た女でも同じなのであろうけど、女の子の方がか弱いから別の話ですわね。

 

 

 

まぁ、それも含めて青春ですわね。

 

 

素直じゃないあの子だと無駄に自分でハードルを作って飛んだり跳ねたりしているのが簡単に想像付くが、甘やかすだけの母にも狼にもなる気が無いから頑張るといいですの。

まぁ、それこそ素直じゃない代表の武蔵副長を反面教師にするくらいは考えないと。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

「──ぶぇっくしょん!!!」

 

 

熱田はいきなり来たくしゃみに鼻を啜りながら、誰か噂でもしてんじゃねえか、とそこら辺にある石を蹴る。

今は浅草を適当にぶらついている。

もう周りは完全に夜に包まれているが、出歩いているのは何が何でも治療してやる、と刀を抜いた留美と弓を構え始めた智から逃げる為である。

途中で智の胸を遠慮なく揉めたから逃げれた物を、留美が途中で

 

 

 

「シュウさん! 貴方のおっぱいはこっちです!!」

 

 

と自分の胸を下から抱えた時には空気が死んだものである。

留美には羞恥心とかそういう事を教えるべきだと思うが、普通、そういうのは親がするべきじゃねえかって切に思う。

別に留美の両親は死んだりはしておらず、ただ三河に住んでいたからあの騒乱後、確か関東に向かったらしい。

一応、武蔵に来ないか、とは言ってみたが、慣れている地上の方が、との事らしい。

 

 

 

「まぁ、それに大戦争快進撃中の武蔵に無理矢理来させんのもなぁ」

 

 

でも、それはそれとしてお願いだからあんたの娘に真っ当な教育を。

具体的には羞恥心と──男を見る目についてとか。

男を見る目を男が教えれるわけねえんだから、せめて母親が教えてやって欲しいモノである。

熱田・シュウとはろくでなしなんだから……正直、智を愛している事に偽りはなくても、時折、同じ場所に立っている事にどうしようもない申し訳なさを感じる。

完全完璧な錯覚だ。

自分が勝手に枠組み作って、勝手に変な意識を作って、勝手に遠ざけているだけの自分だけが勝手に納得する下らない自己否定なのは承知している。

だから、戯言だ、と思って出来るだけ無視している──が、思う事を止めれない辺り、ネシンバラとか点蔵を馬鹿に出来んかもしれん。

 

 

 

「全くもって阿呆過ぎる」

 

 

そう思って再び石を蹴ると、蹴った先の石が思いっ切り桜の花びらが積もっている場所に突撃するものだから、簡易ストレス発散道具も消え去った、とどうでもいい事を考え

 

 

 

「──いや、桜っておかしいだろ」

 

 

二度見すると間違いなく桜の花びらは存在している──所か何時の間にか近くにある桜は季節外れの狂い咲きである。

思わず、袖からメスを取り出そうとするが……よく考えれば浅草のこの場所は見覚えがある。

いや、武蔵なら表層区なら全て見覚えがあるのは当然だが……浅草、桜、となると超ーーーーーーーーーーーーーーーーー絶に嫌な記憶がモリモリと込み上がってくる。

あ、くそか、と思い、引き返そうとするが

 

 

 

「──ええ。間違いなく阿呆の極みでしょうね」

 

 

すっげぇ嫌な声が聞こえた時点で逃げ遅れた事を悟ってしまった。

半目で声が聞こえた方に視線を向けると……一際大きな桜の下で尼の格好をした美少女が立っていた。

野暮ったい服装であるにも関わらず、顔立ちそうだが服を押し上げるように主張してくるプロモーションはとてもじゃないが仏道の人間とは思えない。

今は頭巾を取っているが、昔は頭巾の下にあった夜空のような髪は流しており、それが余計に女の美しさを際立たせている。

成程、これを見れば大抵の男は陥落するか膝を着くかの二択に迫られるのかもしれない。

 

 

 

トーリ辺りは絶対にダメだな。うん、ぜってぇ駄目だ。あいつホライゾン一筋……いや、まぁミトツダイラは例外にしていいけど、他の女にもフラフラする野郎だからなぁ……

 

 

今頃、人狼女王辺りにもコーフンしてんじゃねえだろうか。

 

 

 

※※※

 

 

「ああ! ダメ! ダメだママン! そんなエロスボディを強調した裸エプロンとかネイトが泣いて出来ねえ事するなんて! くっそぉ!! 俺、人妻ジャンルにもよえぇって認識したよ! 人の可能性は無限……!!」

 

「あらあら。もう我慢出来なくなったのですの? さっき絞めた鹿のお肉による焼肉パーティーが始まるといいますのに──ふふ、勿体ないですのよ?」

 

 

※※※

 

 

……駄目だ、勝っている姿が思いつかねえ

 

 

あいつ、そんなんだからホライゾンに勝てねえんじゃねえか? と思うが、俺には関係ねえから知らん。

はぁ、っと小さく溜息を吐くと、尼の女はそんな俺の姿にくすくす笑い

 

 

 

「──相変わらずですね。夜に桜、美女と男が一緒にいるというのに貴方は昔から変わらずつれないんですから」

 

「死人に対して何をときめけって言うんだよ」

 

 

しかも自分が殺した相手にときめくなんてどんな倒錯した趣味だ。

生憎と俺の好みは巫女とロングヘアと片目義眼と料理上手&大酒豪だ。

他の女なんて知るか。

 

 

 

「あら? その割には生前でもそんな感じでしたけど?」

 

「言っただろ。あんたは()()()()()。だから、いい加減、こんな場所で地縛霊なんてやってねえでとっととあの世に逝け」

 

 

しっしっ、と本音でどっか逝けと告げていると逆に女は実に嬉しそうに笑う始末。

本来ならばその笑みは男女問わず人を蕩かせる魔性の笑みであるのだろうが、全く興奮しない。

別に不感症ってわけじゃねえが、好みでもねえ女を前に興奮するような猿のような節操の無さを持っていないだけである。

 

 

 

……何でこんな女に死んでも付き纏われなければいけねえんだ……

 

 

……まぁ、これは智の母も時々やっている事だから、こいつ咎めると智の母も咎めないといけなくなるから強くは言えないんだが。

色々やったんだから、こいつはもう少しそれこそ本場の地獄に漬けるべきじゃねえか? 

 

 

「いえ、それが……正直、向こうの地獄は面白味が足りなくて……もっと阿鼻叫喚な地獄があると思ってましたのに……」

 

「例えば?」

 

「ええ。例えば名前の通りの等活地獄などですが、まぁ、端折って語れば本来ならば文字通りの殺し合い地獄が展開されているかと思えば、ヤンキー達が盗んだバイクを使って走り抜けて"ヒッーーーハッハーー!!"と叫びながら殴り合う思春期有り勝ちな物になってまして。お陰で時たま鬼の看守も混ざって暴走して、結果、両成敗になりまくってまして」

 

「……現代に毒され過ぎてねえかそれ。それは世紀末という名の別の地獄だぞ……」

 

「何を罰したいのか謎ですわぁ……」

 

 

死んだ先までそんな頭が花畑のような場所に行くのか、と思うと微妙に同情しかねないが、まぁ自業自得であるなら同情する理由もねえ。

発端が哀しみによる被害者であっても、その後、ブレーキを失い、哀しみを振りまいて……どうにも出来なくなってしまったのはこの女のせいだ。

情けを掛ける理由は特になく、だから俺はこの女を躊躇わずに殺したのだが

 

 

 

 

「──やっぱり、同じ地獄に堕ちるのなら無間地獄(貴方)に抱かれるのが一番ですわ」

 

 

クスリ、と流し目でこちらを見てくるド変態に付き纏われる事になるとは思ってもいなかった。

あーやだやだ、と思って耳塞いで無視するかと考えていると

 

 

 

「──随分と不機嫌ですね。そんなにも自称親友の約束を破ってしまったのが苛立たしいのですか?」

 

 

「──」

 

 

聞き逃せない質問に仮想の夜の帳に空想の闇の帳が重なりかける。

思わず舌打ちをする。

うっかりつまらない挑発に乗って、この女の望み通り無間地獄が開きかけるなんて実に馬鹿らしい。

その舌打ちに、女は呆れた顔で

 

 

「苛立つ所ですか? 今の。貴方の自称親友が縛り上げた約束は私からしたら遠回しに死ね、と告げているようにしか思えませんが」

 

「……失わせない国を作るのがあの馬鹿の夢だ。なら、出来得る限り殺さないでくれっていうのはらしい話だと思うが?」

 

「なら、その夢は夢ではなく妄想、と名付けた方がいいですね。もしくは吐き気を催す偽善、とかどうでしょうか?」

 

 

ミシリ、と空間が軋む。

女の死によって止まっている時間に地獄が重しとなって崩れそうになっている。

その軋轢を一心に受けているであろう女は、しかし一切気にしないまま言葉を重ねた。

 

 

「誰も傷つけず、苦しめず、死なせずに作り上げれるものがあるならそれはかみさまの奇跡によって生み出された素晴らしい(つまらない)御伽噺です。そんなのはただの俺が考えた妄想すっげぇーー! とかご都合主義のオンパレード、奇跡は主人公サイドの特権、誰も死なない、誰も傷つかないっていうつまらない作者が自分を慰める為に作り上げた自慰作品です。現実舐めんなっていう事です」

 

 

漏れ始めた無間が薄れていく。

……思わず納得した事によって、怒りがあっさりと収まってしまった。

暴論ではあるが、全くもってその通りだ。

例え、それが小説だろうが神肖(テレビ)の中だろうが、物語(じんせい)を作っている以上、ある程度の現実は必要不可欠だ。

勿論、それは現実に生きている自分達には諸に返ってくる概念であり、熱田・シュウにはよく分かっているつまらない普通であった。

 

 

 

「……むしろ逆に貴方がそこまで守れたのが問題なんですけどね……守れなかった方が楽でしたでしょうに」

 

「──馬鹿言え。守れているわけがねえだろ。現にこうして悪霊に憑りつかれている」

 

「悪霊になるような存在しか手を出さなかったでしょう? 貴方の一族への恨みとか馬鹿言う連中は全員生かして返したくせに」

 

「悪党だからな。正義の味方を減らしまくっていたら、その内、退屈してしまいそうだ」

 

 

再びの呆れた吐息を聞きながら、俺は後ろに振り返った。

来た道へと戻る行為は、この夢から覚める事に繋がる。

……智や智の父ならそれは頑張った報酬になるのだろうけど、俺には過ぎた夢だ。

例え、相手がろくでもない女であったとしても死人と再会するのは余計な重みであり、望むべきではない解放だ。

 

 

 

熱田・シュウは後ろに振り返るのではなく、前に向かって疾走するべきだ。

 

 

そんな俺に死人(かこ)が囁く。

 

 

「──分かっているのでしょう? 貴方の親友が貴方に望んだ事はご都合主義になる事。現実で空想を築き上げるようなありもしない夢幻。本来ならば不可能事を……でも貴方は成し遂げれる力をつけた」

 

 

勿論、知っている。

そうでなければ誰にも負けないなんて言える筈がない。

……別に勝負事で負けなかったわけではない。

内容だけならば中等部の自分は傍目からは負けに負けまくっていただろう。

届かない事なんて両手の指以上だ。

だから、自分に出来る不敗は心だけだ。

誰にも負けねえ、違う、俺に勝っていいのはあの馬鹿だけだ、と歯を食いしばり、膝を着かない。

無様だと嗤うがいい。

愚かだと罵るがいい。

狂気の沙汰だと震えればいい。

この身は永劫疾走し続ける無間地獄。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……そうでしょうね。でも、その奇蹟の代償は今も貴方を蝕んでいる。空想ではない現実の貴方が奇蹟を為し続けるには等価交換が必要だもの。どれだけ痛い主人公(ヒーロー)になれても……ヒトである貴方には必ず結末(エンディング)が待っている」

 

 

それも今更な話だ。

何れ世界征服と世界平和が成し得たのなら……そんな世界に無間地獄は不要だ。

どういう結末になるかは知らないが、怪物(ゴミ)怪物(ゴミ)らしく最後まで痛烈に笑う方がいいのである。

最後だけ泣くなんて、そんなネシンバラの本に出てくるような人間らしい結末何て笑い飛ばす方が、ほら、後腐れない。

 

 

 

 

「──愛している人の為に生き方を変えよう、と思わないの?」

 

 

 

最後の質問に、思わず空を見上げる。

夜桜に映えるような星空は仮想だろうが、本物だろうが変わらない。

時が止まったかのような空を見上げながら、熱田は笑う。

 

 

 

「──そうだな。世界征服だけなら智に言われたら変わる余地はあったかもしんねえけど……でも末世があるからな」

 

 

世界全てが滅ぶと言われている末世。

実質は希薄化との事らしいが、そんなのはどうでもいい。

大事な人が全ていなくなるかもしれない、という事態を前に、自分だけの事を考えている余裕なんてない。

確実に、絶対に何とかなる、という道をつける為ならば、俺は何度でも剣となる。

自分だってどこにでもいる人間だ。

何か違う可能性だったり、イベントによって方向性だったり、手段が変わる事はあるだろう。

だけど、目的だけは変わらない。

 

 

 

───何があろうとも……智だけは絶対に守り抜く

 

 

浅間・智が傷付く可能性なんて万が一にも許せない。

出来る事ならば、寿命による死以外で智を死なせたくなんてない。

そして何より、彼女が幸せに生きれる為の世界であって欲しい。

それを作る為に疾走しているのだ。

それを邪魔するのならば世界だろうが末世だろうが──武蔵であっても敵だ。

ああ、そういう意味ならばやっぱり、智が相手でも生き方を変える事は不可能かもしれない。

疾走を止めるという事は、智を守る事を放棄する事になるというならば

 

 

 

「──ああ、そりゃ止まれねえなぁ」

 

 

自分でも思うさ。

馬鹿な生き方をしているって。

誰からも狂っていると見做され、誰からも死んでしまえと願われるような生き方なんて馬鹿だろってそりゃ思う。

まぁ、でも……貧乏籤が一人で済むなら、それこそ正しい等価交換かなぁって思ったりもする。

自分が受けた苦しみを、もう誰にも受け継がせずに済むのならば、それは価値無しの俺に確かな価値が生まれた時ではないか、と思いたい。

 

 

 

 

自分勝手な自己肯定だが……それくらいのささやかな肯定くらいは願ってもいいだろう。

 

 

 

だから、熱田は過去にはもう振り返らず、そのまま歩き去る。

数秒後には消え去る夜桜の景色に別れを告げ、己が居るべき場所である現実に向かう。

──振り返らない己に対して、最後に心底から呆れた、しかし不機嫌そうな声が届けられた。

 

 

 

「──本当、憎らしい程、愛しているのですね」

 

 

はっ、と思わず笑いそうになった。

まさか、性悪女が最後の最後に、そんな実にらしいようでらしくない呪いの言葉を吐き出すとは。

だから、思わず、振り返らないまま、ちんけな呪いを斬り払う言葉を告げた。

 

 

 

「──ったりめぇだろ。この世の全てを引き換えにしても足らないくらいには愛してるわ」

 

 

 

 

※※※

 

 

「──いや、これ直接本人に言えよ俺!!」

 

 

浅間は何やら目の前で幼馴染が不規則発言をしている光景を見てしまった。

浅草の自然区画にあるもう散ってしまった桜並木がある場所で、幼馴染の彼が突っ立って唐突に叫ぶ、というのは何だか凄くネシンバラ君臭いですね……。

 

 

・浅間 :『ネシンバラ君ならこういう時、どうします?』

 

・未熟者:『ふっ、僕ならこう、片手を顔に当てて、震えながら語尾に"……!"を付けて地の底を震え上げるような叫びを放つね……!》

 

・眼鏡 :『ふーん。じゃあ、今度、君の作品で適したシチュエーションと台詞があったら僕の方で実演してあげるね。動画も送る』

 

・未熟者:『やめろぅーーーー!!!』

 

・眼鏡 :『やめろ?』

 

・未熟者:『止めてくださいお願いします!!』

 

・眼鏡 :『男らしく責任取ってくれるならいいよ』

 

・煙草女:『あったら今頃、こんな見苦しくなってないさね』

 

・貧従士:『だ、第六特務! そんなダイレクトな! 書記はもうどうしても変わりようが無いのですから、もう少し穏便に! 穏便になっても見苦しい事には変わりありませんけど!!』

 

・未熟者:『アデーレ君は僕の名誉を守る為に出てきてくれたんじゃなかったのかい!?』

 

 

共食いが過熱したようで何よりである。

後、名誉については知らん。

ともあれ、今はシュウ君の脳と体が心配だ。

 

 

「……シュウ君、何やっているんですか?」

 

 

とりあえず声を掛けると急にシュウ君の全ての動きが止まる。

何だか物凄い作られた笑みでこちらを振り返り

 

 

「──ちなみに何時からそこに?」

 

「いや、さっきの直接本人に言えよ、俺、の部分からですが」

 

「……そうか。ほっと半分以上、残念9割以上」

 

「何ですかその意味不明な割合」

 

 

気にすんな気にすんな、と手の平を振るシュウ君は確かに何時も通りだ。

別に何かが変わったようには見えないが……

 

 

 

「……シュウ君、何かありました?」

 

「何にも? 何時も通りの夜と散った桜があるくらいだろここは」

 

 

 

また下手糞な……

 

 

私が、シュウ君に風景の良し悪しだったりを聞くわけが無いし、本人だって今更武蔵の風景に見惚れるような細かい性格じゃないだろうに。

ここまで嘘が下手糞な癖に、隠し事だけは多いというのはどういう事だ。

その事に少しイラっと来て、川の流れのように弓を取り出すと、シュウ君は分かりやすく警戒する。

 

 

「おい智! そのまるで朝、太陽が昇ったから目が覚めるみたいな自然なシークエンスはなんだ!」

 

「分かっているじゃないですか。今、シュウ君が下手糞な芝居をして苛立ったから自然なシークエンスで弓を用意したんです」

 

「そんな鬼嫁みたいなシークエンスを常駐させんじゃねぇーーーー!!!」

 

 

いや、無茶な。

シュウ君だってトーリ君の芸が面白く無かったら川の流れのように拳か剣を振っている癖に。

ともあれ、どうせ追及しても天岩戸よりも頑丈なシュウ君がポロリと漏らすとは思えないので溜息を吐くしかない。

もしかして、ここで何時も理解という名の諦めを得て満足しているからダメなんですかねぇーーと思うが、とりあえずシュウ君の手を握る。

 

 

 

「ほら。とっとと家に戻って療養して下さい──リュイヌさん達の方も今の所怪しい様子は見れないから大丈夫ってナイトやナルゼ、自動人形の皆さんも太鼓判を押しましたから」

 

 

怪我を押して動き回っている理由が、もう大丈夫だから、ではない事くらいは流石に理解している。

現在、武蔵には他国の人間が多く乗っているのだ。

リュイヌさんやゲーリテさん、それ以外となると一応、同盟を築いている里見・義頼さんや義康さん、真田十勇士等、現状、武蔵は色々と抱えているモノが多いのは事実だ。

その中、武蔵の武力の象徴であるシュウ君が怪我で倒れているわけにはいかなかった、と思ったのだ。

ただでさえ、トーリ君は連れ去られ、それを救出する為に点蔵君やミト、二代が抜けているのだから、猶更に気を引き締めなければいけない、と考え、自分は健在である事を外にも内にも知らしめたかったのだ。

 

 

 

本当……そういう事だけには気を回せるんですから……

 

 

気を回せても、気配りが出来ていないのが致命的である気もするが、流石に今、思いっ切りツッコめば、治療が無駄になるから出来ない。

後でしよう、と思い、少年の手を引く。

すると、困ったかのような笑みを浮かべながら、ついてくる。

 

 

 

……ぁ

 

 

引っ張って気付く。

少年の肉体は鍛え上げられていて、見かけよりもやっぱり重い、と思っていたのだが……反抗していないのを含めても、予想以上に軽い事に気付く。

無論、トーリ君とかネシンバラ君に比べたらやっぱり重いのだが、その重さをはっきりと理解した瞬間、改めて少年の背丈が自分とそこまで変わらない事に気付いてしまった。

自分は女子の中では長身だが、男性に比べても大き過ぎる、というわけではない。

男子の平均身長よりも少し低いか、ちょっと大きいかくらいだろうと思ったが……そう考えると幼馴染の少年の体は酷く小さく感じてしまった。

 

 

 

「……」

 

 

握りしめた手の平はとても硬い。

……点蔵君やあるいはムネさんの手を見たわけではないが、やっぱりそういった剣を握る特訓をした人よりも硬いのではないか、と思う手だ。

鍛え上げた証拠だと思うが……それに反し、少年の手の平はとても小さかった。

女性である自分よりも少し小さな手。

とてもじゃないが剣を握っているとは思えない。

その小ささに、言いようのない感情を覚えながら、しかし前へと歩き出そうとしていると後ろから言葉をかけられた。

 

 

 

「なぁ、智。唐突過ぎて変だって俺でも思うんだけどさ──特別とかそういう意味じゃなくて、何かこうふと思う、幸せって智は何で感じてる?」

 

 

言葉通り唐突な疑問に振り返って顔を見るべきか少し悩んだが……やっぱり振り返らずにそうですね、と間を作る。

そんな質問を問うた意味は分からないが、問われた内容自体は別に答えるのが難しくも無く、嘘を吐く理由も無かった。

 

 

 

「──ずっと皆とっていうのは皆、やりたい事がありますから無理は言いませんが……ですけど、その中で出来る限り皆と一緒に普段通りでいれば十分です」

 

 

特別が欲しくない、とは言わない。

普段の、ずっと続くような平穏の生活も勿論好きだが、今みたいに懸命に走り回る生活も決して嫌いではない。

ちょっと不謹慎であるから流石に大きくは言えないが、確かな事をしているという実感と、トーリ君とホライゾンの下なら正しくは無くても間違ってはいない道を進んでいると信じれるからだ。

きっと、それは皆も同じ気持ちだから、ここに立っているとも信じれて、恥ずかしい様な嬉しい様な気分だ。

勿論、それは後ろにいるシュウ君も同じ気持ちだろうと思っていると、やっぱり、そっか、と答える声と

 

 

 

 

「俺にはそれを与えてやれねえけど──作れる馬鹿の手伝いくらいは出来るか」

 

 

 

「──」

 

放たれた言葉を咀嚼する。

咀嚼し終わった後に得るのは当然、呆れの感情だ。

どうしてどうでもいい事には鋭かったり何だったりするのに、当たり前の事に関しては自分を省いて考えるのか。

もう、と思い──そのまま勢いよく振り返り、そのまま両手で思いっ切り彼の頬を挟んだ。

ばっちーーん! という感じの甲高い音が響いたが、丁度いい罰である。

 

 

「ふぁにすんだ」

 

 

あ、ちょっと可愛い、と思うが、今は封印するべし。

いいですか、と前置きを置き、浅間にとっては当たり前な事を少年にしっかりと理解出来るように口を開いた。

 

 

 

 

「──シュウ君だって、もう居ないとおかしいくらいの"当たり前"の存在なんですから。シュウ君も十分に与える事が出来てます」

 

 

あぁーーー、とわざとらしく空を見上げて、数秒、彼は大きく溜息を吐き

 

 

 

 

「そーいうのは苦手だ」

 

 

そう言いながら、優しく挟んでいた私の両手を外し、先に帰ろうとする。

あからさまな逃走に溜息を吐くべきか、苦笑するべきか悩むところである。

他人から嫌われる事は疎まない癖に、他人からの好意を受け取るのはほんっとうに苦手なのだ。

そこら辺、得意そうで本当に素直に嬉しがるトーリ君とは正反対である。

別に他人の生き方を真似しろ、とかそんな事は思わないのだが、参考程度には見習うべきではないかと思う。

それは逆に然りでもあるのだが。

だからこそ、互いに互いの欠点を補っているのだと思うけど……とりあえず、言いたい事は一つである。

 

 

 

 

「……ダメ男」

 

「ぐぅっ……」

 

 

 

分かっているなら直せばいいのに。

 

 

 

 

 




おかしい……本当はトーリとママンの描写だけで終わる予定だったのに指が暴走して更に倍の文字を書いていた……。


あー、えーととりあえず端的にあとがきを。
今回はトーリと熱田の比較みたいな感じの一話に仕上げてみました。
現に同じような相談でも、色々と正反対の結論なのです。
トーリは昔の約束に対して失敗したのでは? という感覚に対して、熱田はその約束は正しかった、と肯定的。
ママンのアドバイスを受け入れるトーリに対して、死んだ尼の言葉も、実は密かに浅間の言葉ですら受け入れていない熱田。
等々という所で、二人の意見の相違、というか同じ約束に対してだけでも相対的、という感じなのです二人は。




似てるようで似ていない、違うようで同じ、というのが二人のコンセプトなのです。



ちなみにシュウの一番馬鹿な所は、ネガティブな理由で死にたがっているとかではなく、ポジティブに突っ走っていたら、周りのネガティブ達に色々と歪められ、結果、ポジティブにネガティブな事をしてしまう、という馬鹿かお前は! という所である。




後、あの尼は本当は生きていた、とか霊体とかではなく普通に死人。
原理は浅間の母と同じだと思いますけど……原作でもそこら辺、何故……? と思う所ではあったので、まぁ、あの尼にも適正はあったのでしょう。
本来は、この尼を見る度に誘惑対抗チェックをしないといけないレベルの魅惑ボディと美少女フェイスなのですが、熱田だけは一切合切効いていない所がこの尼がくねくねして嫌がらせのようなストーカーをしてくる根本的な理由になっているという。
まぁ、実際、熱田は効いていないのではなく見ていない、というのが正しいのですけどね。



どれだけ魅力的な女であっても、智じゃねぇし、と魅了に興味を持たないという



性格は本来、こんな風にアドバイスのような皮肉を吐かず、むしろ聖女のように他者と接し続けていた人なんですけどね──まぁ、某魔性菩薩がモデルなので当然、その聖女性には裏がありますが。
ただ、あの魔性菩薩のように破滅的な自己愛からくるものではなく、破滅的な怒りから来るものなのですが……そこは何時か語れる時があったらなぁ……って思います。




長々となりましたが、感想・評価など出来ればお願いします!!




PS
前回はどうしてあそこまで読んで貰えたのだろうか……!!


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鬼と人

悪意なんて微塵も無し

憎悪ですら欠片も無し


あるのはただ乗り越える、という決意のみである



配点(殺し合い)



 

人狼女王は自分の家で穏やかに眠る全裸の武蔵総長を見て、笑っていた。

 

 

「ふふっ。人狼女王の前で無防備ですわね」

 

 

仮にも人質としてここに連れてこられ、食人を行う事もある人狼の前でいい度胸……ではなく信頼、否、甘えのようなものなのだろう。

子供が母の前では自然体でいられるように、彼は人狼女王とか敵とか、味方ではなく、私は人を食べれる種族だけど、食べないだろうと信じているのだ。

ここまでの甘えた信頼は、もう一つの武器ですわねぇ、と小さく笑う。

何せ、ここで危害を加えたら、それは自分の器の小ささを露呈させる事になるのだ。

 

 

 

欧州覇王の下にいる狼がする事ではない

 

 

ここら辺、輝元なら苦笑してしゃあないなぁ、と肩をすくめ、太陽王は欧州覇王としては部下の気高さを賞賛しなくてはいけないな、等と言ってくれそうだ。

どっちかと言うと輝元の方が理解が深そうと思うのは、同じ女性同士だからだろうか。

 

 

 

で・す・が

 

 

人狼女王は全裸の傍まで音もなく歩み寄り、その上で首元に顔を寄せ、匂いを嗅ぐ。

年頃の男子にしては想像以上に身嗜みに気を付けているらしく、中々にいい匂いがするが──その中には疲労も紛れていた。

彼の親友の話から始まり、娘や自分と夫との馴れ初め、更には自分の夢への道についてを語り合った為、それだけでも戦闘系ではない少年からしたら一日の終わりに相応しい安堵の眠りを得れただろうが……その中にはこれまでやこれからの不安と努力による疲労が見え隠れしている。

頑張る子供達ですの、と思うが……この少年の言葉を全て信じるなら、まだこの少年は良い方だ、という事なのだろう。

疲労の全てを消す事は出来なくても、少年は甘え、格好つける事が出来る大事な人がおり、立ち止まる大事さを知っている。

 

 

 

 

しかし、少年は言っていた──自分の親友は鏡のように真逆の事を行う、と

 

 

 

つまり、少年が疲労を覚えながらも、しかし立ち止まれるのに対して、暴風の少年は疲労を確信しながらも延々と走り続けている筈だ。

 

 

 

止まれない、止まれない、止まりたくない、と。

 

 

それは少年が決して夢に安易に届けるような存在じゃないからこそ、保たなければいけないルールなのだろう。

自分は決して楽して最強になれるような存在じゃない。

せめて走り続けないと、走って走って走らないと己の価値が証明できない。

だから、走る。

走り続けているから心配するな馬鹿、俺に勝っていいのはお前だけだ、と。

 

 

 

「ほんっ……………………………………………………とうに面倒な子ですわねぇ」

 

 

一番面倒なのはそれが本当に理に適っているからだ。

己のように存在が他を超越していないのならば、常に最高速を維持し続ける事こそが最速の証明である、と理解しているのだ。

結果、生ずるのはオーバーヒートによる最大出力。

自壊すら恐れない嵐は己が消えるまで荒らし続ける。

本当に面倒で、厄介な子だ。

 

 

 

「……せめて」

 

 

夢ではなく少年の在り方に共感する存在がいれば、少しは気が楽になったりしただろうか、と人狼女王は無能の少年の寝息を聞きながら、御菓子の家でひっそりと溜息を漏らすのであった。

 

 

 

※※※

 

 

武蔵という船に関わる者は全員が警戒態勢を厳としていた。

現状、武蔵は現生徒会長と総長連合の方策と方針によってマクデブルクに向かっていた。

現状、武蔵は一つの歴史再現を前に、己の方針に沿って動いた。

 

 

 

マクデブルクの略奪

 

 

神聖ローマ帝国ザクセン選帝侯領のマクデブルク市が旧派のティリー将軍と軍勢によって陥落され、蹂躙された事件だ。

略奪と皆は称していたが、もう一つの呼び名としてマクデブルクの惨劇という名前がある。

つまりは、神代の時代でもろくでもない事件であり、武蔵が動くには十分な理由であった。

副会長である本多・正純──ではなく現在、誘拐されている馬鹿の代理として動いたホライゾン・アリアダストのサーヴィスによる趣味の働きに、梅組のメンバーは何時も通りだな、と苦笑し、武力の代表である武蔵副長は

 

 

 

「やりゃ出来んじゃねえか」

 

 

と告げたとか。

告げられた銀髪の自動人形は超嫌そうな顔で半目を向けたという。

その事に、周りの苦笑を得たのは当然の結果であり──また武蔵の行動に対して何かが起こってしまう事もまた当然であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

ネシンバラは朝っぱらから盛大に仕事をしていた。

 

 

 

「まさか第六天魔軍が二人も襲撃してくるとは……!!」

 

 

ガレーで超至近距離に迫り、そのまま二人が落ちてくる様を立花夫婦が確認していた。

一人は、佐々・成政。

IZUMOで襲ってきた一人が再度、襲撃していたが……見た感じ、全身に包帯等の治療の跡が残っている。

無理もない。

前回、最後に熱田君が放った一撃は正しく、天変地異の一撃だ。

小規模とはいえ、嵐の一撃を受けたに等しい。

 

 

 

大自然の一撃は戯れであっても、触れた存在を滅ぼす

 

 

そこから、五体満足で戦線と出れるだけで凄い偉業だ。

しかし、味方ではなく敵が不屈を発揮した場合、厄介、という評価しか生まれない。

一度、負けた人間は道を二つに分ける。

 

 

 

負けて、そのまま屈した負け犬になるか、負けた事を認めた上でどうにかしようと躍起するかだ。

 

 

特に後者が厄介だ。

後者を選んだ人間は更に道を分ける。

己の不足を認めた上で、その不足に見合う役割を選んで戦い続けるか……不足である事を認めた上でそれでも尚、上を見上げるかだ。

これに関しては厄介さ、という意味ではどちらも変わりはない。

だが、常に上を見上げ続ける人間は己に限界を定めたりはしない。

何度逆境に陥っても、それでも、と上を見上げ続ける。

 

 

 

「熱田君はちょっとルールが違う気がするけどね……」

 

 

あれは上を見上げる、とかそういうのではない気がする。

何度叩きのめされても、彼はその現実を認めない。

受け入れないのではなく認めない。

敗北を受け入れながら、敗北を否定し、地獄の底から咆哮を上げるのだ。

それは決して強者の咆哮ではない。

むしろ、それは弱者の唸り声だ。

強者の典型例は、それこそ人狼女王だろう。

 

 

 

彼女は決して、熱田君みたいにみっともなく叫んだり、吠えたりしないだろう。

 

 

強者は余裕をもって弱者を蹂躙する。

あの戦い方が基本であるならば、人狼女王は正しく強者の鏡だろう。

余裕の笑みを持って、狼の爪と牙を持って蹂躙する強者。

恐らくだが、地べたを舐めたり、膝を屈するような経験は皆無では無いか、と思う。

対して熱田君は真逆だ。

余裕があるようで、余裕なんて一切ない。

何時もギリギリ所か、常に限界突破。

傷だらけでボロボロで、強がりな所だけは崩さない。

何度も地べたを舐めながら──しかし膝だけは着けなかった弱者。

何度も何度も吹き飛ばされ、押し潰され、弾き出されながらも、立ち上がり、俺に勝っていいのはあの馬鹿だけだ、と狂念を流出させる地獄の神様。

 

 

 

人狼女王が地上最強の生物なら、熱田・シュウは地上唯一の地獄にして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

目の前で泣いている人間を見れば、我慢が出来ない弱くて情けない馬鹿な人間の象徴。

だからこそ、最弱にして最強。

勝つまで止まらない暴風の具現だ。

 

 

 

「全く……」

 

 

これだけ主人公属性が盛りだくさんの癖に……当の本人はそれを全部否定しているのが実に勿体ない。

僕なら、主人公に胸を張らせる。

どうだ、俺は正しくはねえけど、間違ってはいねえだろ? って俯かせたりはしない。

いや、本人も俯くようなメンタルの持ち主じゃないけど、何と言うか……前向きに後ろ向き精神、というクソ面倒臭さである。

 

 

 

「……別に、君は何も悪い事をしていないんだから気にしなくていいだろ」

 

 

思わず独り言を漏らす。

僕だって一応、彼とは長い付き合いだ。

葵君程じゃないが、馬鹿が馬鹿見て、馬鹿して、馬鹿な事ばかりやっているのは知っている。

そんだけ馬鹿なんだから、最後まで馬鹿やれよ、と思うが、現実は止まってくれない。

何せ敵は佐々・成政だけではない。

 

 

 

六天魔軍の一番を任じられているM.H.R.R.の副長にして五代頂のトップ、鬼柴田か……!!

 

 

織田・信長の腹心の一人、柴田・勝家。

文字通り、鬼型が襲名しているが、鬼の一字に恥じない力を持っている。

一応、今、ウルキアガ君に威力偵察をして貰っているのだが、全く効いていない。

それも技や力を使って効いていないのではなく、素で効いていないのだ。

 

 

 

「どういう身体してるんだよ……!!}

 

 

しかし、よく考えれば、身近にもふつーーの斬撃とか衝撃とかならケロリとしている馬鹿……更によく考えれば結構いるから案外、普通か。

 

 

 

「ふっ、没個性だな第六天魔軍……!!」

 

 

僕なら、ここでこう、鬼柴田の背後から鬼のオーラを出すね!!

ゴゴゴ、という効果音から現れる不動明王像! 

これを見れば、僕たちとはいえうわぁぁぁぁぁぁ!! と悲鳴を上げて逃げざるを得ないというのに何故しないんだ……!!

 

 

 

・眼鏡 :『今、君、馬鹿な妄想しているだろ。話して』

 

・未熟者:『な、何を勝手に僕のキャラを決めているんだよ!! 大体、僕の妄想は先人も歩んできた偉大なる道だ……! 無論、僕は乗り越える為に想像するけどね!』

 

・眼鏡 :『同じ道を歩んでいくんだって負け犬のような言葉を言わなかった事だけは喜ばしいね──うん、僕としてもトゥーサンは先人を超えるものを見せてくれるって信じているからね?』

 

・女衆 :『ひぃぃぃ!』

 

 

イザナミのような恐ろしい女だな、と汗を掻きながら、自分は作戦を表示枠に書き続け、皆に指令を送る。

その内の一つには副長、熱田君の待機指示がある。

本来、こういう時こそ彼の本領ではあるのだが、治療をしたとはいえ負傷は完璧には治っていない。

出すにしても、やるなら安全圏から一撃を加えてもらうくらいに専念して貰った方がいい。

熱田君は確かにジョーカーに等しい切り札だが……切り札というのは最後まで取っておく方が勝つんだよ……!! と僕は眼鏡を上げながら、思わずポーズを取った。

 

 

※※※

 

 

・奥多摩:『お忙しい所、申し訳ありません。避難指示などを出していたら、ネシンバラ様が唐突にポージングを取り出して、"どうだ!? そうだろ!? 至高の加護が僕に降り注ぐよ……!!"などという妄言を吐き出し始めたのですが、如何すればいいのでしょうか皆さま──以上』

 

・副会長:『あいつ、立案しながら何やってんだよ』

 

・労働者:『解っていなくても言わなくていい』

 

・あさま:『だ、駄目ですよホライゾン! 悲嘆の怠惰をネシンバラ君に向けたら! ──ネシンバラ君も点蔵君と同じくらい変にハッピー入っているんですから、普段、当たらない悲嘆の怠惰でももしかしたらゲログチャア! になるかもしれませんよ!?』

 

・立花嫁:『宗茂様! 宗茂様! まだ示唆です! 実際に外れていないのですからリアクションが速いと思います!!』

 

 

 

※※※

 

 

口をへの字に曲げて、実況通神を見るネシンバラは、しかしポージングだけは解除しない。

 

 

 

現実に負けたままの創作者でいられるか……!!

 

 

現実に打ち勝つ想像を書いてこその創作者だ。

負けてなるものか……!! と思いつつ、鬼柴田の武装についての更なる情報に再び歯噛みする。

 

 

 

「更に聖譜顕装とかチートか……!!」

 

 

 

聖譜顕装、意欲の慈愛(アニムス・カリタス・)新代(ノウム)

 

 

能力は敵対行動を一瞬停止させる、という一見地味に見えるが……鬼柴田の前で敵対行動全てが一瞬止まる、というのは最早、悪夢でしかない。

槍本多君がいたなら即座に蜻蛉切の割断能力で聖譜顕装の力を割断して貰っていたが、残念ながら槍本多は葵君救出チームだ。

同じ事が出来る人間なんて……ああ、それも熱田君になるのか。

それだけ頼むか、と悩める若人のポージングをしていたら、新しい表示枠が自分の前に形作られた。

 

 

 

 

・留美 ;『あの……書記さん』

 

 

ポニーテールの熱田神社の巫女が目の前に浮かんだ時点でネシンバラは嫌な予感に駆られた。

故に、即座にカウンターを放つつもりで、勢いよくツッコんだ。

 

 

 

「どうしたんだ神納君! ──まさか熱田君が暴走して前線に突撃したって言うなら浅間君に頼んで止めてもらうけど!!」

 

 

・●画 :『命を?』

 

 

そんな結果になりそうだけど、流石に愛している系巫女に言うにはなぁ……。

 

 

しかし、そんな僕の問いにも、神納はいえ、と歯切れ悪く返事し、暫く視線を漂わせていると

 

 

・留美 :『あの、ですね……昨日、勿論、私の方でも治療したのですが……どうせならもっと良くなって欲しいと思って按摩(マッサージ)店を紹介して見送ってまして……』

 

・御広敷:『……小生、オチが見えたのですが……』

 

・金マル:『シッ』

 

・あさま:『え!? いや、ちょっとそれ不味いでしょ!?』

 

 

いや、全く以てその通りだが、こっちとしては何故そうなる、としか言いようが無いのだが。

 

 

 

流石に偶然とか不運までも作戦に入れる事なんて出来るか……!!

 

 

そーいや、あの男、特に何も悪い事をしているわけではないのに事件の中心に浮かぶ男だった、とか思い出しそうだが無視する。

恐ろしい事に、その事で迷惑を被るのは何時も巻き込まれた本人のみに留めていたが、流石に鬼柴田を前にしては信頼が揺らぐ。

 

 

 

・未熟者:『いや、ちょっと待て! まだ按摩(マッサージ)店の場所が分かっていないじゃないか!? 場合によってはすれ違った、とかそもそも場所が遠いとか有り得る!!』

 

 

自分の希望に対して、数秒後に神納から按摩店の地図が送られてきた。

すかさず、その地図を今、作戦に使っている地図と見比べて──送られてきた方の地図を叩き割った。

 

 

・未熟者:『浅間君! 君の対熱田君用ストーキングスキルのアップの提言をさせて貰うよ!!』

 

・あさま:『そ、その元からあるみたいな言い方は冤罪です……!! というか今の状況の場合、覚えていてもふつーーに悪い事じゃないから見逃し三振ですよ!』

 

・●画 :『浅間は言った……"もう……店なんて行かずにうちに来てくれたら連コインしてくれてもいいのに……"っと』

 

・留美 :『いえ、待ってください。その場合、"私の"所に来た方が効率もいいですし、ぜ・っ・た・い・に・ま・け・ま・せ・ん』

 

・巫女's:『……ほぅ』

 

・約全員:『ひぃっ』

 

 

巫女二人が過熱しているのは何よりだが、ともあれどうあっても打つ手が無いので、借りようとしていた真田の忍者達やスタンバイしているアデーレ君達に一旦保留のメッセージを飛ばしながら、ネシンバラは嘆息する。

 

 

 

「……何でそこで六天魔軍が突っ切っている通りに面した店にいるかなぁ」

 

 

しかも、後、数秒で通り過ぎる地点に。

そのままどちらも気付かずに無視してくれたらさいっこうに幸運だが……結構なレベルで不運な熱田君には無理だな……と結論を出すしかなく、まぁた悪足掻きか……と嘆くだけであった。

 

 

 

※※※

 

 

佐々・成政は右横にあった按摩店から武蔵副長がさっぱりした顔で出てくるのを見て、不覚にも足を止めてしまった。

 

 

 

「は……?」

 

 

幾ら何でも用意が無さ過ぎる。

こちとら急ぎ足なのだが、流石にガキとはいえ副長の前を何の用意も無く通り過ぎる気はない……が、その本人は本人でんーーーと腕を上げて体を伸ばしている。

どう見ても、按摩を満喫して気持ちよかったぁーーと余韻に浸っている状態である。

一応、この場の上司でもある先輩に対して視線を向けてみると──遠慮なく御市様からの弁当をガツガツ食っていた。

 

 

「おい、こら柴田先輩! 目の前に武蔵の副長のガキいるんすよ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!? どっかで聞いた事がある名前だと思ったら、確かナルナル君を地平の彼方にまで吹き飛ばしたガキの名前ですねぇぇぇぇ!!? よぉぉぉぉく覚えていらっしゃるぅぅぅぅぅ!! さては負け犬メンタルで嫉妬心露わに"次会ったら、絶対に倒してやるぅ……!"とか覚悟を決めていたんですかねぇぇぇ!? 心が広くて御市様の弁当食べている俺にはビタ一分かんないから説明してくんねえかなぁぁぁぁぁぁ!! ナルナルくぅぅぅぅぅぅん?」

 

「こ、この野郎……! 容赦なくウザさの連チャンやってきやがった……!」

 

 

こんな時までやる先輩に、怒りで拳が震えるが──その癖、ちゃっかり弁当をハードポイントに繋げ、両腕をフリーにしながら、脇差を抜くのは流石だ。

本来ならば瓶割を抜くべきだが、今回は距離が近過ぎる。

鬼の中では小柄とはいえ、人よりは巨大な柴田先輩に合わせた刀だ。

人間からしたら斬馬刀みてぇなもんだから、ここまで近くになると無銘でもコンパクトに振れる脇差の方がいいと判断したのだろう。

その判断に成政は素直に舌打ちする。

 

 

 

脇差とはいえ柴田さんが"抜いた"以上、武蔵の副長は柴田先輩の獲物だ

 

 

言いたくはねえが、しかし立場上、後輩である俺は譲るしかねえ。

 

 

 

「……マジでやるぜ、柴田先輩」

 

「馬鹿野郎。テメェも男なら、その後に、"俺には負けるけどな"くらいつけとけ」

 

 

Shajaと苦笑して返答すると、ようやくそこで武蔵副長がおや、とこちらに気付いた。

ううん、と最初は怪訝そうに脇差を持っている柴田先輩を見ていたが、その後につつーと視線が逸れて俺を見ると

 

 

 

「──あっれぇーーーー? テメェ、この前ぶっ飛ばした俺の六分の一魔軍の佐々君じゃないかなぁーーー? 随分と早い再登場だけど、もしかして"この恨み晴らさずにはいられうか!"とか思っての復讐かぁぁぁぁぁっぁあぁ!!? 器の小ささがよく分かる行為だなぁぁぁぁぁあぁぁあ!!?」

 

 

※※※

 

 

・大先輩:『あっれぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!? ナルナルくぅぅぅぅぅぅぅっぅん? キミぃ、とぉぉぉぉぉってもよく理解されておらっしゃるようですけど、さては自己紹介上手なのかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 

・百合花:『こ、この野郎……!! というか何で向こうまでウザ芸風かましてくんだよ……! あんたの芸風、実は二度ネタじゃねえのか!?』

 

・大先輩:『ちーがーいーまーすぅぅぅぅぅ!! これは大物の証明ですぅぅぅぅぅ!! 大物に挟まれた小物は自分の器の矮小さに気付くでしょうが、大物である俺らは全く欠片も気にも留めませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

・百合花:『うっわ、ウゼェ……!』

 

・三立甲:『おーい。現場ぁー仕事しろぉーー』

 

 

 

※※※

 

 

一益に言われちゃしょうがねぇなぁ、と柴田は思いながら、笑って武蔵副長であるガキに喋りかける。

 

 

 

「よーーう、武蔵副長。前回はうちの小物達が世話になったようだなぁ」

 

「あ? ああ、前回はネイト母の方がインパクト強かったから、んな覚えはねえが」

 

 

もう一回成政にウザ芸でもかまそうかと思ったが、流石に間が無さ過ぎる。

我慢っていうのも大事だよな御市様! あ、今、想像の中の御市様が"いえ、勝家さんはどんな時でも素敵ですよ?"って言ってくれた!

だが、大物である俺は想像で満足なんてしねぇ……ちゃんと現実でその言葉を貰うぜ……!!

 

 

 

「その人狼女王に結構、やられていたような気がするがぁ……まだまだ療養中かぁ?」

 

「はっはっ──何言ってんだ馬鹿。たかだか鬼型一人相手するくらいなら余裕なのが俺だぜ?」

 

 

はっはっはっ、と武蔵副長と合わせて笑う。

思わず、成政が身を引いているが、小物だなぁナルナルくぅぅん?

こんな自己紹介にもならない程度の殺意の応酬で身を引くなんて。もう少し"スイッチ"を切り替えろばぁか──と思ったと同時にフリーにしていた左の脇差を一瞬で武蔵副長の口元辺りに突き刺した。

 

 

 

 

容易く音速の壁を突破した刃は、水蒸気爆発を起こしながら吸い込まれるように口を貫こうとする。

 

 

 

相手はガキとはいえ副長だ。

油断はしていないが……同時に、運が悪いなぁ、こいつ、とも思う。

意欲の慈愛(アニムス・カリタス・)新代(ノウム)には一切の例外は無い。

攻撃でも防御でも、何なら回避とかでも絶対に一瞬止める。

無論、それも距離や発想、もしくは種族特性次第なんだろうが、こいつは代理神とはいえ人間で、更にはこの距離だ。

 

 

 

相手が人狼女王であってもぶち殺せる

 

 

 

運がわりぃなぁ、とは思うが、手加減はしねぇ。

ここでこいつ殺したら楽だし、一瞬で終わった方がこいつも気が楽だろ、と思うからだ。

そして

 

 

 

お……

 

 

手応えが来た。

肉を貫く感触、刃が斬るのではなく貫く感触はぐちゃり、という擬音が聞こえるくらいだ。

殺ったな、と思い、柴田はそのまま目の前を見る。

 

 

 

口の中に刃を突っ込まれ、そのまま立って死んでいる──のではなく、何時の間にか刃を右手の親指と人差し指で挟んで生きている少年を

 

 

 

「……あ?」

 

 

親指と人差し指でつまんで止めた──わけではない。

それは防御行為だ。

その行為は止まるし、実際、指は触れているだけで脇差を止めれていない。

だから、剣は過たずに肉を貫いている。

そう、貫いてはいる──喉ではなく左頬の奥側を貫通している。

 

 

 

……おいおい

 

 

柴田は己の動体視力に映った出来事に笑いながら理解を進めていた。

このガキは刃が迫っていく中で、一つの動作をしたのだ。

攻撃でも、回避でも無い、普通の動作。

 

 

 

欠伸をしたのだ

 

 

欠伸をする事に、聖譜顕装は当然、反応しない。

攻撃に該当する筈も無ければ、防御行為でも無い。

故に動作は止まらずに行われた欠伸はそのまま、少しだけ首を傾げられた欠伸となった。

ただ、それだけだ。

それだけで、喉を貫く筈であった一刺しは左の頬を内側から突き破るだけの結果となった。

 

 

 

「──はっ」

 

 

油断。

そう言ってもいい結果ではあるのだろう。

しかし、聖譜顕装の効果で攻防が出来なくなり、その上で音速突破の刃を刺されようとなっている中で欠伸?

必死の現場で欠伸などをする精神もそうだが……これは演技などではない、という事だ。

必然的な欠伸なら、意欲の慈愛(アニムス・カリタス・)新代(ノウム)が対応する。

偶然的な欠伸だ。

幸運から命を掬い取った、と言ってもいい結果である筈なのに、今もまだ貫かれている少年の顔は正しくあーーねみぃ、といったような顔。

 

 

 

鬼と神の慈愛を前にして、少年の意識には特別な警戒心は生まれていないという証左

 

 

それは何というか──()()()()()()()

その感想に至ったと同時に脇差が砕かれる。

聖譜顕装の効果が終わり、慈愛から解き放たれた剣神は己を悪戯に傷つける刃を許さない。

 

 

 

──そんな事はどうでもいい。

 

 

 

つまり、今からここは殺し合いの現場だ、と鬼が哂った。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

成政は二歩ほど先輩が引くのを見た。

圧に押された、とかではない。

それは柴田先輩にとっては適性の距離──瓶割を振るうのに最適な位置取りだ。

 

 

 

「成政ぁ」

 

 

普段のそれとは変わらぬ声色に──成政は御市様と出会う前の、正に鬼のようであった頃の殺意の色を読み取り、危うく百合花を展開しかけた。

それは畏怖の感情を与える物ではあったが──同時に佐々にとっては唇を歪めるゴングのようなものであった。

 

 

 

「俺ぁ、こいつぶち殺しておくから、テメェは仕事な」

 

「時間制限とかあんの忘れてねぇっすよね」

 

 

馬鹿野郎、と返される口調は普段とそのままでありながら、温度差は歴然としているのがすげぇって思いながら、次の柴田の言葉に笑いを抑える事が出来なかった。

 

 

 

 

「──時間制限なんて気にしている時点で小物なんだよ。俺は数秒であっても敵を打ち倒す事しか考えてねえよ」

 

 

 

 

「──Shaja」

 

 

そうだ。それでいい。

鬼柴田はそうでなくてはいけない。

P.A.Odaの副長の在り方はそれでいい。

強烈にして圧倒的が柴田・勝家だ。

人狼女王や武蔵副長を見た後でも変わらない。

なら、俺がやる事は本来の仕事を果たすだけだ。

鬼を心配するなど人の仕事じゃねえ。

だから、俺は百合花の強化を持って、一気に駆け抜ける。

 

 

 

あそこは今から鬼と神の殺し合いの現場になる

 

 

 

 

※※※

 

 

 

駆けていく佐々・成政を見送りながら、熱田は目の前の鬼を見上げる。

今まで見て来た鬼にしては小柄だが、人からしたら十分に大きい。

手に持っている刀も長大で、間合いの広さは明らかに向こうの方が上であり──何より"雰囲気"がある。

その事実に、笑みを浮かべながら、熱田は声を掛ける。

 

 

 

「今まで出会った鬼型はどいつもこいつも鬼っぽくなかったが、テメェはちゃんと鬼なんだろうなぁ?」

 

「いーーや、それをお前が知る事は出来ねえなぁ──鬼と遊ぶ人間の最後は鬼に喰われて御仕舞なんだよ」

 

 

はっはっはっ、と俺達は互いに笑い合う。

空間が軋む音が聞こえるが、気のせい気のせい、と思いながら、俺は素直な気持ちを鬼柴田に吐露した。

 

 

 

「いーねぇ。俺、そういう大言壮語をする奴は嫌いじゃねぇぜ? 口すら動かねえ奴なんて期待も出来ねえし」

 

「気が合うじゃねえか。うちの小物なんて口は回らねえ癖に脳内だけ空回りのハムスターみたいになっていてよぉ」

 

 

はっはっはっ、と再び笑い合い

 

 

 

「──それに」

 

 

とお互い声が被さる。

その事に互いの殺意が笑みとなるのを理解する。

それはつまり、互いに同じ考えを持っているという証左であり──斬るに値する理由であった。

 

 

 

 

「──大言壮語を言った奴を負かしたら、後の屈辱感が増すってもんだよなぁ!!!」

 

 

 

全く同じ台詞を吐き出しながら、鬼柴田は刃を振り上げ──同時に硝子が砕けるような音が響く。

一瞬だけ、鬼柴田の動きが遅くなる中、俺は按摩店から出た時から呼んでいた己の剣の招来に歓喜を得た。

 

 

 

「行くぜぇ!!」

 

『イツデモ、ドコデモ、ドコマデモイクヨッ!』

 

 

その言葉に頼もしさと──若干の苦笑を得ながら飛んできた剣を掴み、剣神である己を自覚し──鬼と人は互いに笑い合いながら

 

 

 

「──っ死ねぇ!!!」

 

 

 

※※※

 

 

成政は武蔵野の中央辺り、つまりさっき、柴田先輩と武蔵副長が遭遇した場所から地震のような衝撃と大音が響くのを感じ取った。

 

 

 

派手にやってんな……!!

 

 

あれ程の音は最近は中々に聞けない。

しかも、相手は嵐の神の代理だ。

攻撃特化はお互い様って奴か、と思っていると

 

 

 

「おっ」

 

 

視界に人影が見える。

軽い残像を残す姿は高速の所業であり、六天魔軍に対して挑むという姿勢を崩さない相手だ。

面白れぇ、と成政は素直に思う事を己に許した。

武蔵の連中はどいつもこいつも意気がある。

最近の連中は歴史再現だからとか大国相手にはどうしようもない、とか軟弱な奴が結構いるが

 

 

 

イキがいいのが多いじゃねえか武蔵……!

 

 

お陰で拳を振るうのに躊躇わずに済むというものだ、と思い、声を上げる。

 

 

 

「──誰の前に出て来たか承知の上で来てるんだろうな!!」

 

 

俺の問いかけに、直ぐに声が帰ってきた。

 

 

 

「──Jud.! 襲名解除中ですが、立花・宗茂! 天魔に挑む意気です!!」

 

 

──西国無双か!!

 

 

武蔵の副長相手に負けたとはいうが、それは弱者の証明ではない。

まだ療養中ではあると聞いているが、多少の戦闘なら問題無い、という判断か。

強敵だ、と意識を持ちながら

 

 

 

「多少で済むって思ってるなら大間違いだぜ……!」

 

 

全身に百合花の紋章が浮かび、あっという間に音の壁を破る。

 

 

 

おお……!

 

 

ぬるり、とした形の無いゼリーを貫く感触が全身を襲うが構いはしない。

百合花で強化された身体なら一歩で30mくらいは容易い。

だから、躊躇わずに行った。

 

 

 

「──!!」

 

 

己の咆哮すら置いていく疾走に拳を合わせる。

まだ遠かった立花・宗茂はもう拳を当てれる距離だ。

故にぶちかました。

だが

 

 

 

おっ……

 

 

まるで軽業師のように西国無双は俺の拳に乗った。

文字通り、まるで足場のように乗って行かれる姿は成政をして中々無い経験であり、つまりしてやられた。

背後に回られたのだ。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

ここで決めます……!!

 

 

宗茂は己の技が成功した事に対する安堵を冷静に抑えながら、持っている剣を構えた。

相手は六天魔軍の佐々・成政。

油断など一切なく、躊躇なく殺すつもりで丁度いい相手の一人だ。

もう一人、鬼柴田もいるのだが、そっちは宗茂は敢えて一切、思考から排除した。

 

 

 

そっちは武蔵の副長が対処しています……!!

 

 

対処が出来ていない、とはこれから先、絶対に思わない、と決めている。

武蔵副長はそれが出来て、当然、という生き方を自分に義務付け、そうあれかし、と生きて来たのだ。

疑うのは侮辱に値する。

だから、宗茂が対処する相手は佐々・成政ただ一人だ。

 

 

 

「おぉ……!!」

 

 

久々に喉から発せられる咆哮が何と心地が良い事か。

足は現在療養中。

術式は現在、襲名解除している上に、金欠である為、正直に言えば前よりは劣化したとしか言うしかない。

しかし、だからこそ全力だ。

昔よりも総量としての力が下がった。

だからどうした、と吠えるのだ。

昔よりは確かに弱くなったかもしれないが、

 

 

 

──昔より、これからが最高です……!!

 

 

それこそが妻へと誓った無双であるという覚悟を胸に剣を突き刺した。

狙うは胴体。

右拳を前に突き出している状態であるならば、左右や下には逃げづらい。

仮に上に飛んだとしても、少々、胴体の中央からやや上を狙っているから対応可能。

更にはそのまま前に踏み出しても、療養中の足とはいえ追って貫ける、と判断した。

故にそのまま突き刺そうとし、

 

 

 

「百合花ぁ……!!」

 

 

六天魔軍の一人の声が響き、自分の狙いが失敗に終わった事を悟った。

成政は避ける事はおろか逃げる事もしなかった。

右の拳を前に突き出している以上、確かに避ける態勢とは言い辛いが──そのせいで左の肘が後ろに自然と下がっている。

その肘を、佐々は癒使による身体強化を持って、勢いと力を増やし──そのまま後ろも見ずに背後に振り回すような肘撃ちを打ち込み、見事にこちらの剣を粉砕した。

 

 

 

「──」

 

 

術式としての格の高さや刃に対して何の躊躇いも得ずに肘を撃つ姿勢にも感銘を覚えたが、それ以上に、背後に対しての正確な空間認識能力。

大雑把そうに見えて、戦闘に対しての意識は素晴らしいの一言だ。

繊細を持って、大雑把を表現している。

ともかく、初撃必殺は失敗した。

なら、後は──

 

 

 

 

 

※※※

 

 

「おお……!!」

 

 

男二人の咆哮が武蔵野に響く。

咆哮のアクセントに加えられるのは拳と、予備に持っていた剣による打撃と斬撃の応酬だ。

轟音を吐き出しながら、衝撃波を放つ拳に、それを迎え撃つ剣。

唸りを挙げているのは拳の方だ。

人体である筈のそれは、百合の花の加護によって金属所か、小型の物であれば軽く撃ち抜ける威力を与える拳は、最早、武器というよりは兵器だ。

それを迎え撃つ剣が儚さすら感じ──しかし、それでも剣は折れない。

決して、真っ正面から当てる事はせず、拳に添うように振りかざしながら、しかし逃げない。

ただ逃げるだけでも無ければ、時間を稼ぐ、という方法ではない。

隙を見せたら、その時がそちらの終わりだ、と匂わせる戦い方に、成政は苦笑しながら叫んだ。

 

 

 

「やるじゃねえか西国無双……!!」

 

「喜んで頂いたのなら何より……!!」

 

 

答えながらも、視線は真っすぐこちらを見、剣を振るっている。

笑みも無く、必死な姿でこちらに挑んでくる様は素直に敵として賞賛出来る。

 

 

 

 

「三征西班牙も勿体ねぇ事をしたもんだ……!!」

 

 

負けたとはいえ、これ程の男を襲名解除って言うのはマジで勿体ねえ。

いや、そういうのが政治っていうのは分かるし、襲名者が負けるっていうのは重いっていうのもまぁ、分かっている。

が、俺はそーいう面倒くさい話は正直、やってらんねぇって思うから不破とかトシに投げっぱである。

だから、二人なら俺を馬鹿にしながら、しっかりとした解答をするのだろうけど、俺には実力を見て勿体ねぇなってボヤくしかねえ。

未だ全快ではない体でここまでやれるんなら、そこらの小国なら軽く総長、副長クラスだろうに、と。

しかし

 

 

 

「──いいえ! 私に後悔はありません……!!」

 

 

叫びと共に放たれる剣は俺の拳を手繰り、絡めようとするので、即座に手を開き剣を弾く。

甲高い音共に、少しだけ距離が開くが、立花・宗茂は即座に隙間を埋めるように近付き、言葉を放った。

 

 

 

「負けた事にはフアナ様やセグンド総長、三征西班牙の人達には申し訳ないと思います!」

 

「相手が化け物染みた剣神であってもか!?」

 

「私は襲名者であり、立花・宗茂であり──西国無双だったのです!」

 

 

無双の名を持っていたからこそ、相手が誰であっても言い訳しないと叫ぶ男には、やっぱり勿体ねえ、という感想が生まれるが、もうそれは言わない。

お前が言っている事は無粋の極み、と言われている以上、俺でも空気は読む。

故に、聞くべきことは別の事だ。

 

 

 

「じゃあ、それで何で後悔がねぇ、と?」

 

「Jud.──私が望む場所と、望む人がいるからです。後悔の必要がありません」

 

 

笑みと共に振るわれる剣は驚くほどに澄んでいる。

殺意ではなく、決意による刃なら技術が伴っているのなら、鉄など容易く引き裂き──賢鉱石が含まれた手甲が軽く欠けている事に気付き、成政は3度目の感想を胸に抱く。

 

 

 

 

「ええ、更には──武蔵には心が震えるくらいには打倒を目指したくなる人もいるので」

 

 

今の一言には先程以上に熱が籠った言葉であった。

否、先程までも同じくらいには熱はあったが………熱の方向性が違う。

今までは己の意気を語っていたのに対して──今のは意気ではなく熱意だ。

今にもそうしたい、挑んでみたい、打ち倒して勝鬨を上げたい、という戦士特有の血気。

 

 

 

──武蔵副長か!!

 

 

その名前には同意せざるを得ない。

IZUMOの最初の相対を終え、人狼女王と出会った時のあのガキは正しく別物であった。

全身を己の血で染めながら、あくまで自然体に立ち、そこから放たれた嵐の一撃を成政は全身で知っている。

百合花による跳躍で何とか命は拾ったが、ほんの少し引っ掛けただけで全身が吹っ飛ぶ中、目の前で色々な物が"削られていく"光景を見た時は柄にもなく肝が冷えた。

しかし、その中で俺は目の前の光景に既視感も覚えたのだ。

 

 

 

それは見慣れた先輩の鬼の刃の一撃

 

 

まるで、瓶割の一撃のような強烈さ。

直接相まみえる事は出来なかったが、恐らく人狼女王も似たような一撃など容易く放てるのだろう。

つまり、あの年齢、あの状態であのガキは()()()立っている。

怪物の領域だ。

 

 

 

 

「──」

 

 

それは同時に人の身であっても、そこにいけるという証明であり──己が足りていないかったという証明でもあった。

 

 

 

 

ああ、そういう意味ではすっげぇ腹が立つ……!

 

 

身勝手な嫉妬だというのは解っているが……それでもそう思ってしまう自分を止めれない辺り、馬鹿な先輩に小物って言われるのかもしんねえな。

でも、それも含めて俺だ。仕方がねえ。

故に、俺は年下の餓鬼に負けている俺を恥に思う。

お陰で百合花が何時もよりも綺麗に光っているように見えるのだから単純だ。

ああ、でもそれはつまり──今、目の前に居る剣神に打ち倒された男。

 

 

 

 

己を負かした相手というのはあらゆる意味で特別にならざるを得ない

 

 

 

流石に俺は武蔵副長に負けた、と認めるには時と状況が足りなかったが……俺の上には鬼がいるのだ。

なら、俺が持つ負けん気とお前が持つ意気は

 

 

 

「──一緒か!?」

 

 

そう叫び──しかし次の俺達の行動は次の歪な爆音と衝撃によって封じられた。

 

 

 

 

──何だ!?

 

 

地震に等しい衝撃と爆音に対し、咄嗟に両足を地面から軽く離せたのは経験の賜物だ。

何故なら、成政にはこのレベルの衝撃と音を出せる物について心当たりがある。

 

 

 

柴田の瓶割だ

 

 

刃に映ったモノを斬ったりなんてまどろっこしい事などせず割砕する、まさに鬼の為の神格武装だ。

相手が武蔵副長である事を考えたら使う事自体は特に不思議ではない。

だから、衝撃に関しては特に驚く事はねえのだが、問題は音だ。

柴田の瓶割は使ったら、単純な割砕を与えるだけの暴力装置だ。

当然、音もまるで30mの刃を叩きつけたような音が出るだけだ。

 

 

 

 

なのに、実際は割砕を叩きつけられる前に一際甲高い音と、実際の爆砕が発生するのに遅かったのだ

 

 

瓶割にそんな機能が無い以上、あるとすればそうなったのは理由は一つだけだ。

 

 

 

 

「──何かしやがったのかあの餓鬼が!!」

 

 

 

その呟きに応えるかのように自分達の視線の中で高速にこちらに飛来する人間がいた。

やはり、と言うべきか。

その正体は武蔵副長であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

鬼と剣神の戦いは最初から噛み合わない戦いであった。

互いが互いの武器を取り、その上で躊躇いなく致命傷に剣を突き立てたのだ。

鬼は額目掛けて切っ先を、剣神は心臓目掛けて切っ先を振るった。

どちらも一直線であり、遊びも無い故に刃も交わらない。

だから、どちらも同じことを思った。

 

 

 

 

こいつは途中で軌道変化、もしくは何かしらをするか、もしくは回避に入る、と

 

 

 

故にどちらも限界ギリギリまで突き刺し、その上でそっからアドリブで合わせる。

そのつもりだった。

だから、互いが互いの刃を止めない事に気付き、その時にはもう互いの切っ先がそれぞれの急所の皮膚を一ミリ程突き刺し──

 

 

 

──あ、これ死ぬ

 

 

 

「──ぐぅっ!?」

 

「っあ……!!」

 

 

全く同時に体を捩り、めり込もうとする刃から体を引かせ、後、数秒すれば脳と心臓が貫かれて絶命していた一撃を、額を横一線に切り裂き、胸を切り裂く程度に納めたのだ。

タイミングを考えれば、ある意味で奇蹟を感じる瞬間だ。

しかし、二人にとってはそれは奇蹟ではなく──

 

 

 

 

「……」

 

 

 

一瞬の無言。

知覚するのは互いが流した血とどうでもいい痛み。

しかし、その傷は──己を貫く事が出来ずに付けられた逃げ傷にも等しい傷だ。

互いが互いの攻撃に対する絶対の信仰。

死ぬくらいなら敵をぶちのめした後、鬼としての矜持、友との約束等、様々な経験と過去を積み重ねて出来た絶対と任ずる己だけの戦い方だ。

 

 

 

 

鬼にとってはそうあるのが俺だ、と自分に任ずる鬼としての生き方であり

 

剣神にとってはそうあるのが最強だ、と自分と他人に約束した生き方だ。

 

 

 

──しかし、二人はそこで笑みを以て言葉を作った。

 

 

 

「──そういや自己紹介がまだだったなぁ」

 

「そーいやそうだった。周りの小物共がせっかちなんでつい合わせちまった」

 

 

互いの言葉にはどちらも棘が無い。

敵意や悪意、殺意すら存在しない。

むしろ、一種の親愛さえ覗かせて言葉を送り合っていた。

 

 

 

 

「武蔵副長、熱田・シュウ。あくまで最強」

 

「M.H.R.R.副長、柴田・勝家。普通に最強」

 

 

 

──親愛は親愛でも、もうこいつは斬るしかねえ、という納得による親愛であるが。

 

 

 

「へぇ、最強? いやいやいや、無論分かっているぜ? そりゃ男だもんなぁ。最強、憧れるよなぁ──それもこの熱田・シュウ相手っていうなら無理もねえなぁ。うんうん、しょうがねぇしょうがねぇよ()()()()が一番に憧れちまうのはしょうがねぇ」

 

「いーーーやいーーーや、お前みてぇな貧弱な小物なら、そりゃ俺みてぇに大物ですっげぇ偉大な先輩に憧れちまうのはそりゃしょうがねぇってもんよ。俺、格好いいし──先日、ぽっと出のババア相手にぶっ飛ばされてんじゃあ、そりゃそういうのをものともしねえ大物を見たら()()は見上げちまうよなぁ」

 

 

 

※※※

 

 

・留美 :『大変です皆さま! ──シュウさんとこんなにも息が合う人が鬼柴田らしいです!!』

 

・未熟者:『息が合う!? これはもう殺し合い寸前の挑発勝負の間違いじゃないのかい!!?』

 

・あさま:『いえ、これは留美さんの言う通りです。大体、気が合わない人相手に"憧れてもいい"なんて洒落でも言わないですしシュウ君は』

 

・留美 :『そうですね。初対面でここまで殺し合う気にさせるなんて侮れませんね鬼柴田……』

 

・〇べ屋:『……あ、ごめん。ツッコミ時、見逃しちゃった』

 

・●画 :『嫁(未定)と嫁(予定にさせる)の二人の理解度は今の所同レベルと見做していいのかしら……』

 

・金マル:『すげぇー……ガっちゃんがネタにするより先にツッコミを優先させちゃったよ……』

 

・礼賛者:『というか、これ。下手したら武蔵潰れませんか?』

 

 

※※※

 

 

もう、こりゃ斬り合うしかねぇなぁ、と熱田は笑いながら黙って結論を出した。

こいつ相手に妥協とかすんのは絶対に無理。

やるならとことんやらねぇと俺も止まらねえし、こいつも納得しねぇ。

手足が全部無くなっても首から上があるなら、敗北なんてしてねぇって堂々と言う奴だ。

 

 

 

 

それでいて、本当にそこからマジ勝ちするタイプだ

 

 

そーーいう相手はもう、本当に

 

 

 

 

──地べた舐めさせて負けて負けて負け尽くしましたーって思わせねぇとダメだよなぁ

 

 

無間地獄の勝者はこの世でただ一人。

相手が六天魔軍だとか鬼柴田なんていうのは例外を許す条件には一切関係ない。

()()()()()()()()()()()()鹿()()()()

武蔵の敵対者は須らく敗者となって沈ませるのは俺の義務だ。

しかし、それはそれとして三河以降、骨のある奴らばかりと殺り合える事につい、唇を歪めてしまう。

やっぱり日頃の行いっていうのはちゃんと反映されるものだぜ……と思っていると

 

 

 

「おい、武蔵副長。そういや、自己紹介で言い忘れていた事があった」

 

「ああ、何だよ。手短にな」

 

 

感心している最中に言われたから、思わず条件反射で返したが、柴田・勝家もおお、と合いの手を入れて

 

 

 

 

「──かかれ瓶割」

 

 

 

思いっ切り不意打ちされた。

 

 

 

 

※※※

 

 

柴田は何やら勝手にうんうん、と頷いて気もそぞろになっている馬鹿に遠慮なく瓶割をぶち込んだ。

見た感じ、熱田・シュウのバトルスタイルは剣神としての切れ味を前面に押してくる。

 

 

 

ありゃ、下手に鍔迫り合いしたら瓶割でも斬られるかもしんねぇな

 

 

神格武装を持ってしても斬られかねない切れ味を文字通り肌で感じ取っている。

素の防御力だけで言えば俺は他の鬼型よりも遥かに硬度である筈なのに、このガキの刃はぬるりと刃先が肉体に入っていく感触を覚えている。

 

 

 

 

もしも、あのままやっていたら互いに脳と心臓を持ってかれて同士討ち

 

 

 

ああ、つまり、こいつとはもう殺し合うしかねぇな、という結論を得ている。

己の鬼と比肩し得る程の攻撃意識。

しかも、さっきからの態度を見れば、頑固に更に頑固の皮を100重くらい重ねて作られたレベルの生きの良さ。

こういう奴は両手両足全部叩っ切られても首だけで勝てる、とかいう妄想を素で信じているタイプだ。

 

 

 

つまり、殺すしかない

 

 

両手両足じゃなくて心臓を潰し、首を落としてようやく止まるタイプの怪物だ。

お陰で俺としても殺る気がぐんぐん湧いてくる。

最近はこの手のタイプは大分減ったが、まさか武蔵とかいうお人よし集団の綺麗事集団の中にこのレベルのイカレ野郎がいるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

お陰で躊躇う事無く、俺がぶち殺してやるって思える

 

 

 

瓶割の発動の口上を述べる時の活舌の良さは過去最高である。

活舌だけで人を殺せれるのならば、間違いなくさっきので殺せていたな。

 

 

 

──そうなったら御市様とアフレコデビューか!?

 

 

いや、下々の者共に御市様の声を聴かせるなんてちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー駄目だね!!

当たり前の真実を思い出してしまったので、後で御市様の声を聴いている小物共をぶっ殺しておこう、と思っていると──ようやく瓶割の発動を前にした餓鬼が何をしようとしているかを理解出来た。

 

 

 

 

「あ?」

 

 

瓶割を前に餓鬼は逃げるでも、ましてや狼狽えるわけでもなく、奴はそのまま背負っている大剣を下段から一気に逆袈裟に振り上げようとしている最中であった。

 

 

 

 

「……おいおい」

 

 

その行為を理解出来ないのではなく、理解しているが故に呟く。

あくまで神格武装による現象とはいえ、瓶割が起こす事象とは割砕なのだ。

割って砕く、という行為は下段や中段からの攻撃では出来ない、上段からの攻撃だ。

つまり、瓶割を発動したという事は攻撃する軌道が確定したとも言える。

だけど、この相対中一度も瓶割を見せた事がねぇのに、何故理解出来る、とは言えねえ。

瓶割は鬼の俺が扱うには実に適当な大雑把な一撃だ。

 

 

 

解かりやすい単純さで、強烈。

 

 

故に、剣神レベルを相手にした場合、前兆の予知くらいが出来る隙間はあってもそりゃしょうがねえ。

だけど、だからといって

 

 

 

 

──瓶割を叩き斬ろうだなんて思うのかよ!!?

 

 

 

神格武装を相手に正面から捻じ伏せようとするなんてとんだキチガイだ。

気に入った、がその程度でどうにか出来る程、

 

 

 

「俺を舐めんじゃねぇぞ……!!」

 

 

 

※※※

 

 

 

熱田は自分の手にかかる重みを理解した。

 

 

 

お……?

 

 

こんな大剣を扱っている俺だが、実際問題、剣であるなら俺はどんな大きさや形の剣であっても扱える。

剣神である以上、全ての剣は俺の下であり、俺の力になる存在だ。

故にどんな刃であってもそれを振り回すのに苦と思った事など一度も無い俺が──今、初めて自分が持っている剣が重いという事を理解した。

 

 

 

──いや、ちげぇ! 剣が重いんじゃねぇ! 

 

 

 

しかし、直ぐに自分はその思いを否定する。

これは剣自体が重くなったのではない。

単に剣に与えられる衝撃の重さを誤認して剣が重くなっていると錯覚したのだ。

それを理解した瞬間、俺は瓶割の割砕の重さをはっきりと自覚した。

 

 

 

 

「ぉ……!?」

 

 

一瞬で両足が地面にめり込み、すり鉢状のクレーターが作られていくのを感じ取りながら、俺は"鬼"というものを完膚なきまでに理解させられた。

人狼女王も似たようなのではあったが……ここまで徹底的に"力"という概念には拘っていなかった。

触れたもの全てを壊すのではなく、"無かった事"にする程の圧倒さ。

妥協も容赦も一切無い、と感じ取れる強さという概念が圧縮されたような感覚。

 

 

 

 

これぞ鬼柴田の一撃だ、と知らしめるための究極の一撃

 

 

 

神格武装"瓶割"の力ではなく鬼柴田の力の象徴"瓶割"だと告げる様な感覚はそのまま俺の全てを割砕しようと押し込み──

 

 

 

 

「──っ!!!」

 

 

敗北を認識した瞬間、視界が真っ赤に染まる感覚を覚えながら、俺は手首を捻った。

赤眼が睨むのは割砕の力ではなく、それを操る鬼の方だ。

手首の返しにより、押し潰そうとする力に伝道するように斬断の理を押し込み

 

 

 

「──っらぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

捻じ込んだ

 

 

 

※※※

 

 

 

割砕は本来の物から遥かに歪められた形で発動した。

割砕の力は剣神による斬撃によって切り裂かれ、しかし消えないままに己を貫こうとし、結果、割り砕くのではなくただ砕くだけの衝撃が発生した。

割砕する筈の力が、逆に割砕される中で、しかし力は己の役目を果たそうとし、範囲内にある物全てを砕こうとする衝撃が武蔵を激震させる。

その中には当然、武蔵の副長の姿も有り、砲弾のような速度で背後に吹き飛んでいるが──柴田にとってそんな事は些事であった。

 

 

 

 

「あの野郎……!!」

 

 

 

剣神の一撃は神格武装に干渉出来る事は聖譜顕装を割られた時には理解していたつもりだが、瓶割となると話は別だ。

鬼柴田が納得した一撃だ。

これが、まだ同格の神格武装やもしくは異族としての強者なら話は別だが、人間の一撃に砕かれるとなると話は別だ。

ここまで来ると殺すしかねぇ、じゃねぇな。

 

 

 

 

ぶち殺してやる

 

 

そう考えると自然と足は真っすぐに走り出す。

鬼の膂力による走行は容易く人のそれを凌駕するが、知った事ではない。

作戦の事を忘れそうになる頭だが、どっちにしろ武蔵副長は奥の方に吹っ飛んでしまったから、つまり結局作戦の邪魔だ。

今は家屋にぶつかり、そのまま内部まで突っ込んでいるがどうでもいい。

あの程度で死んでいる、なんて楽観する程、奴をまともに見るつもりもねえし

 

 

 

 

「──膝でも着いたかぁ!?」

 

 

 

この一言だけで、家がこちらに()()()()()()()()

実際は、ガキが突っ込んでいたせいでガタが来ていた家の前面部だけだが、人間とはいえ神の代理をしているだけ、多少の膂力は持っているみてぇだが、全く気にする事ではない。

撃ち出された家を左腕一本で普通に砕きながら、前に出ると──そこには両目を赤く染めた小鬼がいた。

 

 

 

 

おー、おー、おーーー

 

 

全身から迸る鬼気は本物の鬼からしても中々良い圧だ。

そこらの雑魚なら、それだけで萎縮するレベルには仕上がっている。

人間にしてみれば十分に極上のレベルだろう。

だが

 

 

 

「ガキが鬼の物真似かぁ?」

 

 

柴田からしたらガキが頑張って強がっているように見えて、むしろ可愛さすら感じれる。

が、しかし

 

 

 

 

「鬼ぃ? スケール小せぇなぁ──俺は地獄だ」

 

 

 

生意気な事に俺様を前にしてもまだまだ粋がるのだからむかつく。

ちったぁよくあるようにガタガタ震えて命乞いしてみたらつまんなくなって一撃で仕留めているのに、そこまで挑発されたら()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「地獄ぅ? こーーんな快適な地獄は初めてだぜぇ? もしかして間違ってお気楽極楽な天国を作っているんじゃないですかぁーーーー?」

 

「いやいや、地獄だぞぅ? ──何せ好き勝手に斬撃が落ちてくるから」

 

 

言葉と同時に剣神の刃が振り下ろされる。

幾ら剣神の武器が大剣とはいえ、今の距離は俺達の足を以てしても一瞬を使う距離だ。

届く筈がない斬撃が──しかし、ぞわりと背筋を貫く感覚によって否定された。

何千何万と刃を受けて来た感覚が、今、剣が空を断ち切りながら、己を真っ二つに裂こうとしているのを感じ取る。

 

 

 

 

──多少の距離なら射程距離くらい何とか出来んのかよ!!

 

 

しかも、感じ取った感覚では凡その射程距離が30mくらいである事を考えれば、完全完璧な挑発だ。

だが、

 

 

 

「瓶割に比べたら薄いぜ……!!」

 

 

言葉通りに俺はそのまま瓶割を振り上げ、不可視の刃に叩きつけた。

手首をフリーにした高速の斬撃は、音よりも早く結果を作った。

 

 

 

 

架空の斬撃に対して、確かに砕いた感触が剣を握っている左腕に伝わってくる

 

 

 

1秒後に硝子が砕ける様な音を響かせながら──しかし、即座に左の刃を戻し、右の手を拳と変える。

武蔵副長は既に振り下ろした刃を突きの姿勢で構えている。

だからこそ、先程の迎撃はコンパクトな斬撃にして、次に対応する形を生み出したのだ。

 

 

 

「小物な発想だぜ……!!」

 

 

予想通りにそのまま放たれた二連の突きに対して柴田は瓶割と拳を叩きつけた。

瓶割は容易く空想の剣を砕きながら、しかし右の拳には一瞬、持ち応える様な反発を受けたが

 

 

 

 

「我慢しなければいけない時点で俺の勝ちだ……!!」

 

 

そのまま腰を捻って突き出し、力と加速を与えた拳はそのまま突き抜け、壊す感触を得ながら──続く第三の剣を柴田の目は捉えた。

 

 

 

──今度は刃を飛ばしてきやがったか!?

 

 

形作られた仮想の剣ではなく、現実の刃が第三の刃として飛んでくる。

先程までの鈍らと違って、あれはマジの剣だ。

生半な対処ではこちらが切り裂かれる。

故に、俺が持てる最大の対処は瓶割だ。

見るとまだ30秒のチャージが終わっていないと知り、自分が濃密な時間を得ている事を理解し、唇が歪みそうになるのを我慢しなければいけなくなった。

瓶割は袈裟に振り下ろし最中で、右の拳は突き出している。

どちらも直ぐに戻す事が出来ない──故に俺はその動作をそのまま続行させる事にした。

 

 

 

 

突き出した拳を、そのまま振り下ろしている瓶割にぶち当てたのだ

 

 

出来る限り、刃の側面に当てるようにはしたが、それでも多少は刃が手の甲に当たる。

それだけで鬼の装甲が切れていくのを感じ取り、瓶割の刃としてのレベルを実感出来て満足してしまう。

それはそれとして、瓶割の軌道は俺の右手の裂傷の代わりに変化し、そのまま剣神の剣に激突した。

 

 

 

 

『ガマンナノーー!!』

 

 

向こうの剣から何やらえっらいマスコット系の意思が見えたが、ペットか! と思いながら、しかし躊躇わずに吹き飛ばした。

ムネンナノー、と呟く剣に若干、いいノリしてるぜと思ったが──即座に首に巻き付く両足を感じ取った為、伝える事が出来なかった。

 

 

 

「貴様……!!」

 

 

自分自身を第4の攻撃として放たれたそれは首元をがっちりと両足で拘束されており、その後、にやりと笑う武蔵副長の顔を見て、大体次、何をするのかを理解した。

 

 

 

「秘技! フランケンシュタイナー……!!」

 

「おいぃぃぃ!! スサノオどこ行ったぁーー!!」

 

 

まんまプロレス技にツッコミ入れるが、それはそれとして見事にブリッジ状に反っていくにつれて自分の両足が地面から浮き上がる様な感覚を得るので、対応はしないといけない。

とは言え、幾ら強化されていたとしても人間相手に負ける様な俺様じゃねぇのに、普通に踏ん張ろうとして──両足を何かが貫く感触と共に自分の体が浮き上がってしまうのを悟った。

見れば両足の脛辺りに何やらメスが刺さっており、つまり、結論を言えば

 

 

 

 

「この野郎……!!」

 

 

諸に地面に激突した。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

激震と共に柴田が頭から地面に突っ込み、そのまま下の階層にまで突き抜ける感触を熱田は見て、感じ取った。

 

 

 

 

「っしゃあ! 熱田選手! 鬼柴田からダウンを奪い取りましたぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!」

 

 

第3階層辺りまで突き破った気がするが、気にしない気にしない。

近くに武蔵野が映った表示枠が出たが、即座に叩き割って無かった事にしつつ、

 

 

 

「おい宗茂! そこの小物しっかりとヤれるか!? 小物だから無駄にHPと攻撃全振りみてぇだけど、何なら俺がグラサン叩き割ってやろうか!?」

 

・未熟者:『待ってくれ熱田君! グラサンを叩き割ったら、もしかしたら佐々・成政の禁じられた魔眼が現れるかもしれない……!!』

 

 

痛い軍師の表示枠も叩き割っておく。

あんな脳筋馬鹿にそんな器用な力があるわけないだろうが。

ともかく、宗茂の両足もそろそろ限界だろう。

何なら代わってやろうか、とも思ったが、宗茂は宗茂で生意気な事に

 

 

 

「──いえ! 勝ちますので大丈夫です!」

 

 

などと愉快な事を言うもんだから、佐々・成政が苦笑してんのが見えてんぞ。

そういう馬鹿は大好物だから出来れば、応、任せたって言ってやりてぇが流石に副長として俺以外が限界突破して馬鹿するのを任せるわけにはいくまいて。

 

 

・剣神 :『おーーい。手空きはいねぇかぁー。宗茂拾ってやれー』

 

・あさま:『それも対応しますけど、それよりシュウ君! 体は大丈夫ですか!?』

 

・剣神 :『ああ──昨夜は確かに智が激しかったからな。俺の体もそれに合わせて絞られてーー!! あぁ!!』

 

・あさま:『な、何を唐突に体くねらせて堂々と嘘を吐いているんですか!? あ、ナルゼ! 戦闘機動中なのに、何を"こうね?"とか言って通神帯に絵を乗せているんですか!?』

 

 

つまり、拾い役はウルキアガになりそうか、と思いながら、いざという時は俺一人で二人相手するのも考えるが

 

 

 

「ま、大丈夫か」

 

 

周囲を見ると戦闘態勢になっている以外は普段の武蔵だが……うん、真田の忍者がいるのが何となくわかるし、ネシンバラも仕事しているようで何より。

山とか森なら難しかったけど、武蔵上ならプロは俺達だな、と思い、なら、柴田の方に注視するかと思い、

 

 

 

「むっ」

 

 

嫌な気配が背筋を通った瞬間、俺の足元から瓶割の切っ先が生えて来た。

それに合わせて地面をめくるように現れる柴田を見ながら、思う事は一つだった。

 

 

 

──モグラかテメェ!!

 

 

 

 

※※※

 

 

 

モグラか俺!?

 

 

と自分にツッコミを入れつつも止まらず刃を突き刺したが、手応えが余りにも微かな事から奇襲が失敗したことを悟った。

見れば、瓶割の切っ先が裂いたのは精々、鼻の頭辺りだ。

正しく薄皮一枚で躱されたのを見て、柴田は笑いながら舌打ちした。

 

 

 

見切られたか!

 

 

その上で、右の手に握った刃を振り下ろそうとしているのだから全く以て可愛げがねぇーー。

こいつ、マジで"死に慣れて"いやがる。

目の前所か、恐らく体の中を通り過ぎる死に慣れているのだ。

心臓を後、1㎝の所で切り裂かれる恐怖に比べれば、目の前を通り過ぎる死は不安に覚える必要が無い、と頭と体で理解しているのだ。

そのレベルにまで到達しているのなら、砲弾の雨の中にいようと軽口所か寝る事すら可能だ。

地獄を謳うには、まず己こそが地獄を体験しなければいけない。

このガキは生意気だが、そこら辺の事はよく理解している。

 

 

 

 

間違いなく、()()()()()()を覚悟している。

 

 

だからこそ手は抜けねえ。

その思いは鬼の笑みとして浮かび上がり──そのままこちらを刺しに来る剣を左の手で受け止める。

握った瞬間に切り裂かれる激痛を受け取りながら、そのまま地面から這い出、鬼の角で突き刺そうとする。

 

 

 

「っにゃろう!!」

 

 

それらの攻撃に即座に右の足を振り上げ、顎を蹴り上げようとしてくるので──躊躇わずにこちらから顎を蹴足に叩きつけた。

熱田の足指から見事にミシリ、という音が聞こえたし、顎から伝わる感触から指は折れたな、と感じ取るが、その激痛を前に少年の表情が苦痛に歪む──事は一切無く、むしろこ・の・や・ろ・うと激情に歪んでいたから、お陰で笑うしかない!

 

 

 

 

殺し合うしかない関係って面白れぇよなぁ!!

 

 

選択肢が

 

 

1.殺す 

 

2.殺す 

 

3.殺す

 

 

しかないような感じだ。

単純だからこそ迷わずに済むのは楽でしょうがない。

手加減も同情もいらない関係とか最高で仕方が無い。

取り繕うものもなければ、隠す事も無い関係だ。

 

 

 

敵だからこそ殺し合う

 

 

いいじゃねぇか。

ここ最近は歴史再現だから仕方がなく殺し合う、とかえっらい弱っちいからつい面倒臭がって手抜いたりしちまう。

それに比べれば、今の俺は思いっ切り後腐れなく殺し合っている。

それもこんな泥臭い、血塗れな殺し合いなんてもんがお上品そうな武蔵を相手に出来るとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

ガキはこれくらい生意気で元気がねぇと駄目だよなぁ!!

 

 

本気で呵々大笑しそうになりながら、そのテンションで突きをしていた瓶割を持っている右手を、瓶割を放り出す事によってフリーにし、そのまま顎を蹴ろうとしていたガキの足とは逆の足を掴み取り、そのまま鬼の膂力を以て一本釣りし、とりあえず近場の家に叩き込んだ。

一発で家屋の壁を貫通して、支柱に激突したが、敢えて手加減をしているからそれ以上は吹き飛ばねえ。

むしろ、そのお陰で武蔵副長の体は慣性がかかって上手く動く事が出来ない。

その隙に速攻で地面から這い上がり、左に刺さっている熱田の刃を放り出し、一歩で武蔵副長と距離を詰め、

 

 

 

 

「──おらよぅ!!」

 

 

 

ドロップキックを顔面に叩き込んでやった。

 

 

 

鬼の膂力を今度は一切加減せずに叩き込んだキックは武蔵副長を支えていた支柱を一瞬で折り砕き、そのまま砲弾の如く家屋の奥の壁を貫通して吹っ飛んで行った。

あのまま行けば多摩辺りまで吹き飛んで戦線離脱になるだろう。

 

 

 

「いえーーい! やっぱり現役最強は俺だな! そうだな成政! 後でちっと麦酒買ってこぉぉぉぉぉぉい!! 今日はナルナル君の奢りだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「それくらい自分で払えよ……!!」

 

「ぶっぶーーー。つまんねぇツッコミだったから今日もナルナル君の小物判定は満場一致で超小物でぇぇぇぇすぅぅぅぅ! 凄いねナルナルくぅぅぅぅぅん? きみぃ、俺と出会ってから今まで評価がずぅぅぅぅっぅっと変わっていませんんえぇぇぇぇぇ!! こんな大先輩に出会っておきながら成長出来ないなんて世界を狙える小物だなぁ!!」

 

「くっそ出会った時からウザさだけは進化させている……!」

 

 

 

まだまだ余裕が足りていねえ、と苦笑しながら、自分が今いる家屋が軋み始めているのを見て、やべぇ、と思い、即座に外に退避した瞬間に家が崩落した。

これ、もしかして戦後、民間人の家を叩き壊したっていうので文句言われるんじゃねって思ったが、そこら辺は不破に放り投げておこう。

後は知らん。

そう思い、とどめを刺してやれなかったのが気がかりだが、そろそろ作戦を終わらせるかと思い、拾った瓶割のチャージが溜まっているのを確認した後──視界の端に自分に迫っている物を確認した瞬間、持っている瓶割を即座に迫ってきている物に叩きつけた。

 

 

 

 

「──武蔵副長の剣か!?」

 

 

神格武装に該当するのは知っていたが、担い手がいないのにここまでスムーズに動くとは思ってもいなかった。

剣も剣でオシカッタノーとか呟いている辺り、いい性格している。

ここら辺、瓶割にもそういうのがあったら間違いなく気が合う性格しているのになーーと思いながら、武蔵副長の剣の悪足掻きを弾き飛ばし……ふと疑問に思う。

 

 

 

……何で今、このタイミングで邪魔しやがる?

 

 

 

もしもこの剣がしっかりとした自己判断で攻撃が出来るのなら、やるなら俺が艦橋を潰そうとした瞬間がベストだろう。

神格武装とはいえ持ち主が居ないのなら、これくらいがベストであるというならしょうがねえが──戦場に楽観を持ち込む奴はそこらでモブっぽく死骸を晒すというのがルールだ。

じゃあ、仮に結構、高度な自己判断能力を持っていたとして、あの剣が今、このタイミングで攻撃をする理由とはなんだ、という思考には条件反射で脳が答えた。

 

 

 

決まっている。このタイミングが最高だと思ったから仕掛けるのだ

 

 

即座に体を吹き飛ばした熱田の方角に振り向かせるが遅かった。

振り返った先には視界一杯に高速でこちらに飛んでくる武蔵副長の姿があったからだ。

 

 

 

「──」

 

 

恐らく理屈で説明するなら、武蔵副長は吹き飛ばされた瞬間に激痛に耐えるとか、意識が消えないように歯噛みするとかなど一切せずに、ただ戦線離脱など許さないという激情から即座に受け身を取り、数秒ほど、時間をかけながら、吹き飛ばされた衝撃を受け流し、再びこちらに飛んできたのだ。

この唐突且つ圧倒的な速度で飛来する方法は見覚えがあると思えば、義経のロリババアが使っていた八艘飛びに似ている事を思い出し、舌打ちしたくなるが、状況は変わらない。

武蔵副長はその勢いを止める事が無いまま、全体重を乗せて、俺の上半身に飛び掛かった。

鬼の力を以てしても堪え切れない加重に、両足が地面に離れ、五体が地面に到達するまでの短い浮遊感を覚える。

 

 

 

しかし、武蔵副長は容赦しなかった

 

 

そのまま地面に激突する瞬間を狙って、両の足で思いっ切り胸の中心を着地と同時に踏み砕き、飛んだのだ。

アバラが砕け、体内でグシャグシャになるのを感じ取りながら、柴田は俺の体をスプリング代わりに飛んでいる武蔵副長の顔を見た。

その顔は実に分かりやすく

 

 

 

 

"俺の勝ちか?"

 

 

 

と告げていた。

一瞬で全身に力と感覚が戻る。

即座に開いた腕を地面へと叩きつけ、肉体に残った慣性を捨て去り、腹筋で無理矢理体を起こして、立ち上がる。

瓶割も手放していないし、肉体は中身が結構ぐちゃぐちゃになってはいるが、この程度、昔はよくやった。

それに、()()()()()()()()()()()()()()

膝を着くには余りにも早すぎるし、勿体ねぇ。

 

 

 

 

「準備運動は終わったか熱田ぁ!!」

 

「ったりめぇよ!! 血反吐吐いてからがようやくおはようございますだよ鬼柴田ぁ!!」

 

 

 

 

※※※

 

 

宗茂は二人の立ち合いに対して、感動、という二文字を取り外す事が不可能であった。

恐ろしい事に今までの濃密な対決は時間に表してみれば、一分にも足りない殺し合いだったのだ。

それだけで並みの役職者なら数回は死ぬようなやり取りを交換し、互いにかなりのダメージを負いながら、尚も不敵。

幾つか骨も折っている筈なのに、宗茂の目には二人から隙を見出す事が出来なかった。

 

 

 

 

羨ましい

 

 

自分の浅ましさを理解しながらも、宗茂はそう思う気持ちに嘘は吐けなかった。

別段、宗茂は今の環境に不満も無ければ、誾との関係に不安も抱えていない。

しかし、宗茂と誾の関係の深い所にあるものは"立花・宗茂"と"西国無双"という夢であり、目標があるのだ。

二つの目標を頭に思い浮かべながら、二人の殺し合いを見れば何と自由に雄飛する二人か。

あんなにも無茶苦茶で、大雑把であるというのに互いの殺意と戦術はしっかりと噛み合っている。

 

 

 

 

殺意に光る赤眼と鬼の目はどうしようもなく相手を殺したがっているのというのに、裏腹にどうしようもなく友愛の吐露にも見えた

 

 

 

互いに殺し合うだけの関係だが、そこには一切の敵意も悪意も憎悪すらない。

ただ、目の前に立ち塞がっている。

だから、もう殺し合うしかない。

憎いから殺すのではない。

殺したいから殺すのではない。

 

 

 

 

乗り越えないといけないから戦っている

 

 

 

そこに敬意はあれどマイナスの感情は無い。

理想的な敵対関係の中、あれ程、空想のように雄飛するのがどれ程、素敵な事を武人として理解出来ているが故に羨ましい。

あれが本人曰く、最強の領域。

種族差も関係ない領域にまで踏み出した前人未到の"剣神"の域だ。

人のまま、あそこまで強くなれるという証明に宗茂は心躍らない筈がなかった。

 

 

 

 

私も……あそこまで辿り着けるのですか!?

 

 

辿り着けない、とは欠片も思わない。

人間でそこまでに至った張本人がそこに居る以上、"あそこ"までは到達出来るという証明なのだ。

それは才能があるから、などという泣き言は言うつもりも聞くつもりも無い。

才能があるかどうかを測っている時間があるなら、届こうと努力する時間にした方が何億倍も有意義だ。

叶うのならば今直ぐに、二人の間に立ち、参戦させて欲しい、と叫びたいくらいだが

 

 

 

……時間切れですか!!

 

 

 

内心の叫びに応えるように現実が動いた。

武蔵の側面に六天魔軍を乗せていたガレー船が一瞬、横切ったのだ。

ガレー船は所々損壊しており、つまり武蔵の第三特務と第四特務のお二人が努力した証だろう。

 

 

・●画 :『うっわつっかれたぁーー! マルゴット、大丈夫? 怪我していない? 服とか昔の少年系みたいに何故か一部だけ破けているとかなっていない? 防ぎに行くわよ!?』

 

・金マル:『ガっちゃんガっちゃん。白嬢潰した後にそれは豪胆だけど、そーいうのは家で我慢して欲しいかなーー』

 

・賢姉 :『それでナイトの大事な所を全部ナルゼがガードするっていうのね!? ナイトのエッロォイ場所にはナルゼの顔面シールが表示されて見えなくなるのよ! "あーーー!! ここはマルゴットの厭らしい所ぉー!! 誰にも見えないように私が責任を以てはぁはぁするわ!"ってね! 全力で厭らしい女ねナルゼ! でも嫌いじゃないわ!! 浅間の時は私がやるから作画協力するのよ!? あ、これアデーレのオパイシーンだったわ……上半身破けても問題無かったわ……』

 

・貧従士:『ぐっ……! も、問題ありますよ! 最近の作画関係については超厳しいんですから、例え、こ、こど、こどど、こどもももも、く、くそ! 自分の口からではとてもじゃないけど言えないです……!』

 

・ベル :『おちっ、おちつ、いて、アデーレ……!』

 

 

とりあえず大丈夫そうだが、武装が損傷したらしい。

向こうのガレー船も航行可能である以上、問題は無いのだろう。

むしろガレー船という物さえあれば直ぐに替えが利く以上、どちらが有利になったかは……書記と副会長が考える事案でもある。

しかし、こうして戦いに来ている六天魔軍二人にとっては己を迎える船があそこまで責め立てられた以上、潮時になったと感じ取ったはずだ。

 

 

 

が、しかし……あれ程熱を灯った戦いを、途中で止めれるか、となると話は別になる可能性が有る。

 

 

 

熱狂しているからではなく、冷静さがあるからこそ目の前の敵を放置したままではいられない、と感じ取られた場合、最悪はここで最後まで殺し合わなければならない。

無論、それは向こう側にとっても最悪の場合にはなるが……

 

 

 

 

それでも、互いの副長の首を取れる、という好機は後の面倒を無視しても掴み取る価値がありますからね……

 

 

 

鬼柴田と武蔵副長、剣神熱田の首だ。

値千金の値打ちがある。

それを互いに分かっているからこそ、絶好の好機の今を引く事が出来ない、と思っても無理ない事なのだ。

特に武蔵副長からしたらホームである武蔵で勝負が出来るのだから尚更に。

どうしたものか、と悩んでいると件の武蔵副長がこちらに対して手を振っている。

振り方を見れば、何となく気にするな、という感じに振っている。

見れば、鬼柴田も佐々・成政の方に向かって似たような素振りをしており、どちらも空気を読んだ──普通ならそう思うが

 

 

 

あ、これは不味いですね

 

 

と思ったが、もう遅い。

次の瞬間には、音よりも速く互いに一歩を踏み出した鬼と人の刃が交差していた。

しかし、結果は

 

 

 

「……相打ちですね」

 

 

鬼柴田の刃は武蔵副長の頭蓋に。

武蔵副長の刃は鬼柴田の心臓に。

どちらもほんの数センチ程、刺さっているが……あのまま突き進めばどちらも同じタイミングで脳と心臓を突き破り相打ちだ。

 

 

 

「……最短で殺し合えば俺とお前、相打ちか」

 

 

鬼柴田が呆れたような、しゃあねぇなぁ、という口調でそんな言葉を武蔵副長に投げかけた。

それに対して、武蔵副長も同じような口調で

 

 

 

「たかが鬼一匹相手に相打ちじゃあ釣り合わねえな」

 

「おいおい、釣り合うだろ? たかが小物一匹で俺のような大物を道連れに出来るんだぜ?」

 

「小物一匹で倒れる大物たぁ、とんだ見掛け倒しだな」

 

 

適当な言葉を返しながら、同時に得物を引く。

今度こそ信じられる。

二人は今の一撃で、短期で決めるには相討つしかない、明確な結果を得たのだから。

それは間違いなく、互いの本意ではないからだ。

 

 

 

 

「負け犬になって地べたを転がる覚悟でもしておくんだな剣神」

 

「抜かせよ──負け犬になる熱田・シュウなんていねぇ。俺は最強だし、例え那由他の彼方程の確率でそうなったとしても、負けた熱田・シュウなんて生きている価値ねぇよ」

 

 

はっ、と鬼が笑い、そのまま引いていく。

それに追従する形で退いていく佐々・成政が武蔵副長の方に視線を一度向けてから退いていくのを確認しながら、宗茂は武蔵副長に声を掛けた。

 

 

 

「──相当でしたね」

 

「震えただろ、宗茂」

 

 

図星を指されて、苦笑するしかない。

事実、見ていて武者震いした事は否めない。

 

 

 

「一応、向こうが武蔵から消えるまで追いますか?」

 

「必要ないだろ。ここから仮に艦橋の方に騙し討ちしようと思っても追いかけれるし、何より向こうのイメージが悪くなる」

 

 

それには同意だ。

武将とは圧倒的だからこそ敵味方問わずに畏敬を集めるのだ。

戦略的にならともかくここで騙して不意を討てば六天魔軍の名声に一気に傷がつく。

故に自分も武蔵副長の考えに同意し

 

 

 

 

「──後、テメェの妻も見ている事だしな」

 

 

 

──再び背筋が震える感覚に宗茂は笑うしかなかった。

 

 

確かに誾さんはいざという時に備えて、こちらを狙撃出来る位置にいるが……奇襲としての用意である為、敢えて武蔵副長には知らせない事を書記の指示に同意して伏せている筈だ。

現に誾さんはここから目視で見えるポジションには姿が見えないし、気配も隠している。

無論、誾に近しい自分には彼女がどこから自分達を見ているかは理解しているが……立花・誾が戦闘の意識を持って隠れているのをこの副長は見えず、知らずで捉えたという。

 

 

 

見事……!!

 

 

見事過ぎて笑うしかない。

お陰で武器を握る手には力が入ってしょうがないのだが

 

 

 

 

「止めておけ。足震えた状態で剣を持たれても怖くもなんともねぇよ」

 

 

自分の状態も見破られているので無意味だ。

流石に燻るが……この燻りこそが己を高みへと導いてくれるものだ、という確信がある為、外には出さないが、しかし大事にしておこうと思う。

 

 

 

「なぁに、そんだけ克己心があるなら西国無双くらいあっという間だろうよ。無論、最強にはまだまだ届かないがな」

 

「それは困りますね。最強に届くように誾さんと相談します」

 

 

言うねぇ、と笑う剣神は、しかし少しの間無言で何かを考え始める。

何か、と問いかけると、いや……と真剣な顔で

 

 

 

 

「……俺にとっては掠り傷だけど……これ、また智と留美に怒られるかねぇ」

 

 

 

その所帯じみた呟きに、宗茂は今度こそ普通の苦笑を浮かべ

 

 

 

「甘えるのも男の甲斐性ですよ」

 

「その分野に限っては、お前が最強だ」

 

 

中々な返し文句が返されたのでお互いに笑い合うしかない。

 

 

 

「マクデブルクに行くだけで、しかもガレー船を除いたら、たった二人でここまで攻められましたね」

 

「はっ。同じ条件なら俺らでも十分にやり返せる。それに……向こうが成果を出した後に俺らが弱腰になるわけにはいかねえんだよ」

 

「Jud.賽は投げられた、という事ですね」

 

 

そういう事だ、と呟きながら視線だけを武蔵副長はマクデブルクの方角に向ける。

それに合わせて自分もそっちの方に向けると、酷く小さな笑みのような吐息を武蔵副長が吐き

 

 

 

 

「全く……頑固な騎士様の事だろうから、無茶しまくったんだろうなぁ」

 

 

 

と、正直外から見たら兄か父ですか、と告げたくなる一言を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 




わぁーーい……わぁーーい……3万一千だよーー……わぁーーい……



流石に何かここで書くのもあれなのであとがきはこれで……



感想・評価などよろしくお願いいたします。
出来れば、もっと感想来てくれたら幸いです。



あ、多分ですが次回は時間軸を戻してネイトVS変態皇帝をやるかなって思っています。


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