カチコミ聖杯戦争 (福神漬け)
しおりを挟む

1話 旅に出る事になった

いつものように夕飯を食べ、いつものように風呂に入り、いつもの時間に布団へと入り込んだ。それは俺に取っては当然の生活リズムで、当然の如く変わった事はない日常。

だがしかし、俺は次に目覚めた時には、俺は既に記憶にあった俺ではなかった。

 

当然初めは困惑したさ。突然自分が若返っている上に、今世の親父が言ったのは前世の記憶にある型月作品の″魔術師″と言う言葉。

毎日のように″根源″への到達″根源″への到達と聞かされて、正気を保っていられるか? 俺には無理だね。

そう、だから俺は今日、親父へと告白する事にした。

 

「――と言う訳で前世の記憶があるんだけど、何か質問ある?」

 

「お前の妄言は聞き飽きたから、さっさと魔術の勉強をしろ」

 

恐らく今世最大の秘密を打ち明けたのに、親父はスパッと切り捨てた。

どこに信じられない要素があったのだろうか。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

俺は魔術の勉強を親父から習った後、部屋へと戻り高校一年の数学のノートを取りだし読み始める。

表紙には蒼倉空と書かれており、それが今世の俺の名前だ。どうやら今世の俺は数学がずば抜けて優秀であったらしく、歴史を除く他の教科は平均以下であった。

 

しかし、それも俺の家系の魔術系統を考えれば不思議ではなかった。

 

『カバラ数秘術』

 

それが俺の家系の魔術系統だ。

ルーン魔術等に比べれば知名度は低いのだが、その分汎用性は高く非常に扱い易い。どれ位扱い易いのかと言えば、カバラの術式を書いた紙を魔術回路が一本でもある一般人に渡し読み上げらせれば、それだけで神秘が扱える位には扱い易いのだ。まあ、実際には魔術回路を開いたりと少し面倒な工程が予め必要になるが、それさえ無ければこれ程扱い易い物はないだろう。

 

この家は魔術師の家系な為PC等と言う便利な物は同然存在しないが、記憶にある限りカバラ数秘術とはカバラから生まれた運命解読法であった筈だ。そして、かのピタゴラスが「万物の根源は数である」言ったように、俺達の家系は数で″根源″への到達を求めている。

つまり、俺の家は魔術と数学の学者の家系なのだ。この家で数学が出来ないのはおかしい。

 

勿論、俺は何の努力もなく今世のチート頭脳を受け継ぎましたが。

 

まあとにかく、カバラ数秘術をもっと噛み砕いてに簡単に説明すると、「全てが数列に出来るんだから、等価交換さえ成立させれば別に全て再現出来るんじゃね?」と言う事である。

最初それを聞いた時、勿論俺は喜び努力をし始めた。このチート頭脳のお陰で数学に関しては既に大学の教授レベルだし、極めればマジで根源到達出来るんじゃないかと思ってね。

 

「まあ、現状は甘くなくて、根源のコの字も見えない程手探りだったが。でも、別に俺根源とか興味ないし、別に良いかな」

 

結局はそれであった。

だが、俺は望む望まない関係なく第二の人生と力を手に入れた。コイツを使ってハーレムとか変な願望等考えていないが、俺には一つだけやりたい事が存在していた。

 

「やっぱり、異能バトルとかロマンですよね」

 

ただ、どうして異能バトルが一度だけして見たかったのだ。

SNの士郎のように投影でサーヴァントと戦うとかは真っ平御免ではあるが、それでも魔術師同士の戦いとかは心惹かれる物があったのだ。

切嗣や綺礼の戦い程までは行かなくとも、何となく雰囲気位は味わいたい。

 

「よし、明日は休みだし親父に相談して見るか」

 

そうして、ノートを仕舞った俺は今世での目的を胸に布団へと入り込んだのだった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「寝惚けてるのか? 魔術師は基本工房に籠るから戦い何て滅多にない。それ位知ってるだろ」

 

「oh……。この世界には引き籠りしかいないのか……」

 

翌日、親父に「異能バトルしたいの!」と打ち明けた所、即効で無理だと告げられた。

それ所か、親父は「お前他所の家系に喧嘩売って家潰す気なの?」と無言の圧力が投げ掛けられる。

 

はい、家の家系実は弱者の魔術師の家系なのです。他所の家系に喧嘩を吹っ掛ければ、先ず間違いなく潰されるのは目に見えている。戦闘戦争云々は抜きにして、単純に財力で。

 

「お父さん、どうして働かないの?」

 

「私は魔術師だぞ?」

 

だからどうした、俺も魔術師だよ。何故魔術師だと働かないのだ。基本ふざけた思考をしている俺でも訳の分からない理屈だぞ。

えっ? 何? 最近は魔術師なら働かなくてもお金が入ってくるの?

ちょっと、昼間何故か母さんの姿がみえないんだが、母さんは昼間何処に出掛けてるんだ。

 

「何を言っている。母さんは昼間俺達の為にスーパーで働いているだろう」

 

「アンタ最低だな」

 

割と本気で親父を殴りたくなった。

 

つまりはだ、俺達の家系のスケジュールはこうだ。

母さんは先ず朝に起き家事をして、昼は仕事に出掛けてお金を稼ぎ、夜は再び家事をして漸く就寝する。

そして次に俺のスケジュールは、学校に行って帰ると魔術の勉強をし、寝る。

最後に親父は、朝から部屋に引き籠り、数学の問題を解いては何やら満足気にニヤニヤし、俺に魔術を教えて再びニヤニヤした後寝る。

 

「……おい、何だよこの状況は。母さんにしか負担掛けてないじゃないか。俺家出するぞ」

 

余りの状況の酷さに、ついついそんな事を口にする。先ずこの家の事全てを母さん一人に押し付けている事自体おかしいのだから。

しかし、そんな俺の言葉を聞いた親父は暫く無言の間を開けると、次には予想外の言葉を放ったのだった。

 

「……分かった」

 

「えっ?」

 

「魔術刻印は渡せないが、こんな日も来るだろうと思ってちょっとした魔術礼装を用意しておいたんだ」

 

「ちょっと待て、こんな日ってどんな日だ。こんな事もあろうかと見たいに言うな」

 

「その魔術礼装と言うのは、術者の魔力を銀行のように蓄え、利子を付けて返してくれると言った物だ。勿論、蓄えられる限界は存在するが」

 

「聞けよおい」

 

「母さんも、こんな日が来ると思って毎日働き貯金をしてくれていたんだ。全く、私の蓄えを渡すから大丈夫だと言ったのに」

 

「おい、おい? その言い方だとまるで……」

 

まるで、俺を追い出す事を数年前から計画してたって言う風に聞こえる。元々この為に母さんが働いていたのではないかとさえ。

そんな俺の疑問を感じ取ったのか、親父は漸く俺の言葉を拾ってキャッチボールのように投げ返して来る。その返球が、受け取れるかどうかは別として。

 

「可愛い子には旅をさせろ。私達は、お前に旅に出て貰う。漸くその答えに辿り着いてくれたな」

 

成長した息子を見詰める瞳で此方を見る親父。この様子ならば、恐らく母さんもこの親父の言葉を信じて俺の旅費を貯めていたのだろう。

だがちょっと待ってくれよ。この様子だと、さっきの家出云々が冗談だと言えないじゃないか。確かに自炊は可能だ。これでも前世の経験があるからな。しかし、何故今世の両親は息子が旅に出る=成長の証と思ったのだろう。魔術師の家系と言うのはどこも16歳の子供には本来旅をさせるのだろうか。

 

「そんな訳ないよな」

 

「さあ、きっと母さんも喜んでくれる! お前の成長を見せてやれ。この数年間の貯金が無駄ではなかったと!」

 

これ、断れないよな。何か数年前から可愛い子には旅をさせる物だと信じて疑わなかったらしいし、ここで断ったら母さんの数年間を無駄にしてしまうし、親父も曲がりなりにも魔術礼装なんて一品を用意してくれていたのだ。魔力が自動で増えて行くなんて、並大抵の術式や期間で出来る物ではないと分かる。一体どれだけ時間を掛けてこの″冗談″の瞬間を待っていたのか。

 

うん、これ断れないよね。

 

「ウン、ボク旅に出るヨ!」

 

「そうか、既に荷物は準備してある。旅先で何をしようとお前の自由だ。この家と、旅に出たお前は関係がないのだから」

 

コ、コイツ予防線を張りやがった! 旅先で俺が魔術師とかち合おうと、その言葉でやり過ごすつもりだな。例えば「家を出て行く時に関係は絶った。今の私達とは関係がない。出た後まで責任持てるか」見たいな感じで。

 

「やっぱりアンタ最低だわ」

 

それが俺の心からの声である事を、冗談を言っていると思いフハハハと笑っている親父は知らない。

だが、まあ良い。どうせ根源になんて、俺の代に辿り着く筈もないんだ。事実、俺の魔術回路の本数は19本。サブなんて物はないから、ギリギリ平均以下の数値。俺はこんな先天的な物に人生を縛られるつもりはない。

やっぱり、俺は異能バトルがしたいのだ。だとするならば、目指すべき場所は決まっている。

参加何て危ない事はしないから、雰囲気だけでも味わう為に。

 

目指すは冬木市。

現在は1992年1月。

俺が旅と言う追い出しを受けたのは、実に聖杯戦争の一年前の事であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 異能バトルには勝てなかったよ

歩きながら視界へと映すのは長閑な町。俺のいた都会の光景とは見るからに違う場所。空気は旨く、大した排気ガスの臭いもしない微妙な場所だ。

なにぶん育ちが奇妙な物で、奇妙な趣味は許して欲しい。

 

「そう言う訳で、やって来ました冬木の町に。聖地巡りと行きたいが、動き回るは愚の骨頂。有名所は置いといて、先ずスーパーに来ましたよっと」

 

俺が家出と言う冗談で旅に出てから、既に半年が経っていた。その間俺は宗教のような事をしながら、ただ捕まらない事にだけ主眼を置いていた。

だってそうだろ? 子供が一人で旅なんてしてたら、補導されて警察のお世話になるのが落ちだ。満足な旅館にも泊まれないのに、どうやって旅をしろと。魔術師が世間に疎いのは経験済みな為知っているが、両親にはそれ位考えて欲しかった。

宗教に関しては、まあ特に言う事はない。ある程度の保険が人生には必要であり、俺はただそれをしていただけである。

 

とにかく、そんな事情で俺は昼にしか活動出来ず、吸血鬼とは真逆な半年を過ごしていたのだ。

まあ、ある程度の娯楽がなければそんな事やってられないので、適度に博物館等で気分を変えていたが。

 

「でも、ネットが無いのは不便だよな。まるで手足をもがれた魚の気分だ」

 

そんな冗談をブツブツ呟きつつ、俺は旅行鞄を引き吊りながら商品を物色する。先程から独り言を呟いてる俺を周りの奥様方が奇妙な目で見て来るが、生憎宗教でもう慣れた物だ。

 

「安物な双眼鏡と安物な虫眼鏡に、安物な食品その他諸々、とこんな物で良いかな。今から改造すれば軍のスコープとは行かないまでも、結構な距離が見えるようになる筈だ」

 

そんな物を選んだのは、これから起こるだろう聖杯戦争に備えた準備をしているからだ。自分で参加しないのは当然の事だが、やはり戦いと言う物は見てみたい。この世界では銃弾は″見てから″避けるのが基本故、傍観したいのならばそんな化け物並みの奴らが見えない距離の場所を陣取る事が必要となるだろう。

 

「とにかく、目先の問題は住居だな。家なんて俺の歳で借りれないし、居着くならやっぱ下水道になるか……」

 

正直に言えば気が進まない所の話ではないのだが、実際原作では行動を起こすまで龍之介と言う殺人鬼がそこにいると勘づかれる事はなかった。長期に渡り住み着く予定である為、警察の目を逃れるのならば下水道以上の物件はない。

問題は、鼻が曲がりそうになるだろうと思われる事だけか。

 

そうしてある程度の予定を決定した俺はレジへと向かいカゴの中に入れた物を差し出す。

営業スマイルと共にそれを受け取る女性は、素早くバーコードを通しながら商品の値段を読み上げる。

 

「合計5285円となります」

 

「はいはい、ちょっと待ってくれよ」

 

呟きながら、ポケットへと手を突っ込み財布を取り出す。両親の用意してくれたお金は銀行に預けてある為この財布には入っていない。あんな大金持ち歩けるか。

そんな事を思いながら、俺は財布から一万円と五百円玉を取り出しレジの女性へと渡した。

 

「きゃっ!」

 

「む?」

 

しかし、何があったのかその女性が唐突として声を上げた事で周りの注目を集めてしまう。両手を口に充て、いかにも「私驚いています」見たいな顔しなくてもそれ位分かるからな。

とにかく、この町で余計な注目を集めるのは得策ではない。まだ聖杯戦争の半年前とは言え、厄介な人間は確かにいるのだから。

そう考え、特にセクハラした記憶もない俺は仕方なく彼女の視線を追いソコへと視線を飛ばした。

 

「……なんだこれは」

 

「ち、ちち……」

 

「乳何て触ってない。誤解を招く事を言わないでくれ」

 

「そんな事言ってません! いやそうじゃなくて、貴方血が出てますよ!?」

 

見りゃ分かる。確かに俺の右腕からは血が流れているのだ。それも刃物で切り裂いたのではないかと思える位にはドベドベと出てるのに不思議と痛みは感じないし特に外傷もない為、恐らく新手のスタンド攻撃だろう。そうかつまり、これはスタンドによってペイント弾か何かで狙撃されたと言う事だな。

そんな風にこの半年で慣れたセルフ突っ込みごっこを終えた俺は、別に今は放置しても問題ないと判断し彼女へと大丈夫である事を伝える為に口を開いた。

 

「大丈夫、多分狙撃されただけだから」

 

「け、警察にっ……!」

 

しまった、思考が口を突いて出ていたようである。彼女も彼女でかなりパニックなっているようで此方の冗談には気付いていなかった。

まあしかし、流石に警察を呼ばれ身元を調べられるのは勘弁願う為、普通に鞄からタオルを取り出した俺は血を拭いこの場を誤魔化そうと再び彼女へと料金を差し出した。

 

「はい、これお金ね」

 

「えっ、あの、大丈夫なんですか……?」

 

彼女は困惑した様子のまま料金を差し出した俺を見詰めている。彼女からして見れば、狙撃された筈の相手が何て事ない表情でお金を差し出しているのだ。普通ならば先程の事が冗談だと分かっても良い筈だが、どうやら彼女はかなり純粋らしい。

そう判断した俺はポケットに再び手を突っ込むと、財布とは違う封筒のような物を彼女へと差し出し言ったのだった。

 

「俺は魔術師だぞ?」

 

「魔術師って何ですか?」

 

「撃たれても平気な人間の事さ」

 

「はぁ……」

 

どうやら納得してくれた彼女は俺の差し出した封筒と料金を受け取り、上の空と言う感じになりながらも精算をして行く。そんな様子でありながら手つきに淀みがない所を見れば、随分と慣れている事が理解出来た。

 

「5215円のお返しになります……」

 

「どうも。今度君と会う時は、同士と集う時になるだろうね」

 

「えっ?」

 

首傾げる彼女に苦笑いを浮かべながら、俺はスーパーの入り口へと足を動かして行く。そろそろ時間も良い頃合いの筈な為、暫くの住居になる下水道へと向かうのだ。

明日からの予定としては、聖杯戦争を傍観する為の場所を探す事である。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

まあ、そう思っていた時期が俺にもあった訳だ。

あれから何があったのかと言えば、別に大した事はなかった筈なのだ。いや、もしかすると純粋な彼女に冗談をけしかけた事が不味かったのかも知れない。しかし、それだけでこの仕打ちは酷すぎると言っても良いだろう。

 

「と言うかえっ? 何で? 訳が分からないよ」

 

まるで何処かの詐欺師のように独り言を発するが、そんな声は虚しく下水道の空間に響き渡るだけであった。寧ろ詐欺された側と言うべきだろうか。

だが、どう考えても納得が出来ない。頭を抱え、近くの出っ張りへと手を掛けて懸垂をし始めても納得の行く答えが出ない。

そして再び頭を抱えた俺は、この状況を簡潔に表した独り言を呟くのであった。

 

「あれ? 右手がムズムズする。ムズムズする時、なーんだ? 令呪、ボク聖杯戦争に行く! ふざけてんのか?」

 

アハハハと狂ったような声を上げ、俺は自分の右手の甲にあるそれへと視線を向けた。

その突然現れた令呪の型は、ミミズが這い回ったかのような訳の解らん丸が繋がっている感じ。無理やり例えるならば、セフィロトツリーに似ていると言えるかも知れない。

なるほど、あの血液ドベドベは令呪発現の前兆だった訳ね。勘違いするような量を出すんじゃない。

 

しかしだが、これが出たと言う事は俺に聖杯戦争の参加資格が与えられたと言う事。別に聖杯を望んだ記憶はないし、聖杯は相応しいと思う魔術師にしか令呪を分配しない筈だ。だとすれば何故。

 

「冬木に来てしまったのが原因か? 設定では聖杯は参加者が足りなかった時格の劣る魔術師にも令呪を分配するようだが、まだ聖杯戦争まで半年もある」

 

明らかにおかしいと言える状況。俺は記憶を掘り起こし、出来るだけ冷静な思考を保ちながら自らの言動を省みた。

そして、ある一つの言葉を呟く俺が脳裏に浮かぶ。

 

『異能バトルがしたいの!』

 

「お前だったのか」

 

割りとアッサリと見付かった原因がソコにはいた。直接的に聖杯を望んだ訳ではない以上これが原因とは言い切れないが、何故こんな気持ち持ったまま冬木に来てしまったのか。確かに異能バトルはしたかったが、どうせ勝てないからと傍観で良いと考えていた筈なのに。どうも心の底では未練が残っていたらしい。

しかし、ハッキリ言って聖杯戦争に参加すると言う事は殆ど死にに行く事と言える。記憶に有る限り、今回の聖杯戦争で生き残ったのは綺礼とウェイバーの二名のみだった筈。切嗣は数年後には聖杯の呪いにアブダクションされてしまったからな。

 

「ん? 聖杯の呪い……」

 

そう、確か聖杯はアインツベルンのアホどものせいで歪んでいるのだ。だとするならば、異能バトルがしたいという気持ちを「普通じゃない戦いを求めている魔術師だよね君? よし、聖杯戦争に参加させてあげるよ」と言う風に解釈したとしても不思議ではないのだ。

滅茶苦茶強引と言えなくもないが、物騒に変化してしまった聖杯は何を考えたとしても不思議ではない。事実、綺礼のそんな物騒な気持ちを聖杯は敏感に感じ取ったから選んだのだし。

 

「傍迷惑な話だ。となると、俺にあるのは四つの選択肢となる訳か」

 

聖杯くんに選ばれた以上、もう取り消しなんて事は出来ない。俺に取れるのは、この令呪が出た状況でどう動くかと言う何を選んでもフラグ設立率100%なアドベンチャーゲームも真っ青な物だけであった。

 

「一つ目は、逃げる事だな」

 

一つ目の選択肢は聖杯戦争終了まで逃げ続ける事。しかし、これには当然ながら穴が存在する。

最後のマスターがいないと言う事は、聖杯戦争の終了時期が不明瞭になってしまう。寧ろ、最後のマスターである俺を探し始めると予想出来る。そうなれば、半年前から実家に帰っていない俺がマスター判明してしまうのも時間の問題だ。

 

「二つ目、コイツを剥ぎ取って実家に避難する事」

 

病院へと向かい、皮膚移植でもすればマスター権限はなくなり聖杯戦争から逃げる事は出来る。だが、やはりこれにも穴は存在した。

これも一つ目の選択肢と同じように、最後のマスターが見付からない事で捜索される事となる。寧ろ病院で皮膚移植なんて事をしている以上、教会の連中に調べられれば一瞬で身元がバレてしまう。故に、これは一つ目以上に論外だ。

 

「三つ目は、教会への保護。いや、これは考えるまでもないか」

 

教会に保護なんて申し出た日には、魔窟へと自ら入り込んでしまった事となる。綺礼が悪に目覚めていない今の時期ならば大丈夫かも知れないが、やはりこれも時間の問題なのだ。

 

「最後は、聖杯戦争への参加」

 

これは死んでしまう可能性もあるが、今の時期ならば誰も召喚していない筈であり、原作知識のある俺がやればもしかするかも知れない。問題としては、聖杯戦争に勝ち残れるだけのサーヴァントが俺の元へと来てくれるかだ。触媒も何も無い以上、殆ど運任せなサーヴァントを呼ぶ事となってしまう。

セイバーのクラスは俺程度の魔術師が召喚した所で来る事は無いだろう。アーチャーの召喚も上手く行けばあのチート野郎を呼ぶ前に完封出来る事になるが、コイツも無理だと思われる。

いや、それ以前に俺程度の魔術師にはキャスターかバーサーカー、そしてアサシンの内のどれかしかないのだ。

となれば、俺が呼びつけるクラスは一つしか無いだろう。

 

しかし、ここである一つの事に思い至る。

 

「あれ? なんで俺参加する方向で考えを進めているんだ……?」

 

どうにも方向性がおかしい。先程まで訳も分からず三点倒立したくなる位には混乱していた筈なのに。

右手の令呪を見て、俺は考える。そうすれば、意外とアッサリと答えは見付かった。

 

「なるほど、やっぱり異能バトルに期待してるのか」

 

結局はそこであった。この先俺が動く事でどう原作に影響するのかは分からないが、それでも異能バトルへの熱いパトスを俺は捨てられなかったようである。

サーヴァントを召喚させてすぐ自害させると言う考えが思い浮かばなかったのが良い例だ。

そう思うと、我が事ながらに笑みが浮かび始めた。

 

「やる事は決まった。なら、これからどうするか考えますかね。恐らく、俺がマスターになった事で龍之介のマスター権限は剥奪された。既に電車は原作を脱線してるだから好き勝手するだけさ」

 

数年後に起きるSNなんて知らんね。今回生き残れば俺は異能バトルが堪能出来るし、後は士郎君の主人公補正が何とかしてくれるだろう。

 

だが、そんな時である。俺の耳へと予想出来た筈なのに、自らの間抜けで考えていなかった人物の声が聞こえて来たのは。

 

「なんで、俺の名前知ってるの?」

 

「はっ?」

 

思わずそんな声が俺から上がる。しかし、魔術師としてどんな時も冷静になる為の頭はしっかりと役目を果たし俺に答えを指し示す。

そう、予想は出来た筈だった。自ら、ここが安全であるのだと判断し来たのだ。ならば、そこに潜伏している筈の奴がいない筈がないのだ。

 

俺は右手の令呪から視線を外し、ゆっくりと背後から声を発したその人物へと視線を向ける。

 

「えと、雨生龍之介っす」

 

「知ってるよ、冬木を騒がすファッキンボーイ」

 

そこにいたのは、オレンジ色の髪が特徴的な中肉中背の見た目好青年な男性。しかし、その正体は冬木市を騒がすシリアルキラーと言う非常に面倒な人間であった。

 

これが俺、蒼倉空と雨生龍之介の始めての出会いとなる会話。

これからどう動くべきかと考える傍ら、タイミング悪く現れてくれた彼に俺は冷たい視線を向ける事しか出来なかった。

 

あれ? 確か龍之介って俺より歳上だったけ?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 仲間になりたそうな目で見られた

作者は英語が酷く苦手なので、苦肉の策として翻訳サイトを使用しています。
まあ、フリガナ振ってるので特に問題はないと思いますが、文法とか滅茶苦茶だろうから何か恥ずかし……。
とにかく見逃してくださいね?




目の前にいるのは、何故自分の名前を知っているのかと不思議そうな顔をして此方を見て来る雨生龍之介。

これから起きる異能バトルに心奪われていたとは言え、余りにも間抜けな行動を取ってしまったものだ。

 

あの一言目から龍之介は一定の距離を取ったまま、言葉を発する事もなく此方の様子を伺ってる。まあ、警戒するのは当然の事である為、俺は特に思う事はない。

しかし、お互いに無言になってから既に一分以上が経過しているのだ。いい加減痺れを切らし始めた俺は、このまま無言ならば立ち去ってしまおうかと思い始めていた。

 

だが、痺れを切らし始めていたのは俺だけではなかったようである。それは、龍之介も同じだったらしい。

 

「知ってるって言ったけど、やっぱりテレビ?」

 

そう言って龍之介は首を傾げると、何やら嬉しそうな表情で俺の反応を見ていた。何が嬉しいのか目下検討も着かないが、正直な話その獲物を見る目は止めて欲しい。

だがまあ、聞かれたのならば俺は正直に答えるしかないだろう。龍之介の顔は世間には知られていない為、この場凌ぎに嘘をついたとしてもすぐに足が着いてしまうだろうからな。全く、計画性もないのに足が着かないとか、今の俺の状況を馬鹿にしてるとしか思えないな。

 

とにかく、ここは真実を語り際奥を悟らせないのがベターなやり方だ。

 

「いや、残念だがアンタの顔写真はテレビでは公開されていない。公開されている情報は女性と子供を付け狙うシリアルキラーとなっているな」

 

「へ? じゃあ何で俺の名前を知ってるのさ?」

 

やはり、結局はそこへと論点が戻ってしまう。

俺が龍之介の事を知ってるのは原作知識による物だ。今ここでそれを明かす事に関しては大した抵抗はないのだが、それによって予想外の行動をされては俺へと返って来るかも知れない。さて、どう答えた物か。

俺は指先を米神に充て、暫く思考を巡らせる。

だがしかし、やはりそう簡単に良い考えは浮かんで来なかった。

 

このままもう少し考えていたい所であったのだが、俺は龍之介の言った意外な言葉に思考を止める事となる。

 

「まあ、どうでも良いや」

 

そんな予想外の言葉に、俺は目を瞬かせて驚いてしまった。幾らか彼の性格を把握しているとは言え、実際に会えば人は人。気持ちの動きまでは把握出来ない。まあ、だからこそ人間と言えるのだが、今は少し状況が悪かった。

本当にどうでも良くなってしまったのか、今までの様子とは違うと分かる程に今の龍之介の目は危ない。

 

「君って見た所高校生っぽいけど、何でこんな所にいるの?」

 

そんな事を問い掛けながら、龍之介は好青年善とした表情を浮かべ、一歩一歩俺へと近付いてくる。悪いけど、気持ち悪いから近付かないでくれるかな?

 

そんな感情を抱きながら、俺は龍之介が一歩進む度に足を引き距離を取る。

だがそれの何が嬉しいのか、龍之介は更に笑みを浮かべて進む速度を上げて来た。うわぁ、キモ。

 

「ねぇ? ねぇ? 怖いの? やっぱり殺人鬼とこんな空間で鉢合わせたら怖いよね」

 

言いたい事は理解出来るが、残念ながら俺は魔術師である為殺人鬼位ならば撃退出来るぞ。

そう考えて首を傾げた俺であったが、そこである一つの事柄に気が付いてしまった。

 

いや、待てよ。龍之介は俺は魔術師って知らないんだ。

 

思考の片隅にそんな事を考えて、俺は漸く龍之介と自分の認識の齟齬を理解する。

原作では小学生位の子供が人間楽器にされてる印象が強かった為に勘違いしていたが、龍之介は確かに言っていた。

 

趣味は殺人。好きなのは女性と子供であると。

 

なるほど、龍之介が俺が魔術師だと知らないように、俺も龍之介がどの範囲まで子供と見なすのか知らなかったんだな。だがまあ、とにかくキモいな。

しかしある程度の予想が着いた今ならば、ここから起きる事態も予想が着く。とにかくキモいけど。

 

「アハハ!」

 

まあ、こうなるよな。

そんな俺の思考を打ち切るように、龍之介は腰から一振りの包丁を取りだし駆け出して来た。足元は下水の湿気でぬかるみ、急いで動こうとすればバランスを崩してしまうだろう。

だけどもまあ、残念ながら――

 

「――Barrier deployment Catch and burst.(障壁展開。受け止め弾けろ)」

 

――俺は魔術師なのだ。

足先を地面へ叩き付けると同時、俺の眼前に魔法陣の壁が現れる。

突然現れたそれに龍之介は目を見開くが、それだけが精一杯。自らの足で生み出したエネルギーは魔法陣へと攻め込んで、止まる事なくその手の包丁を突き付けた。

 

「なんだコレ!?」

 

包丁はガリガリと障壁を削り進もうとしたが、俺が再現したのは残念な事に″核シェルター″だ。親父の最高傑作の魔術でもあり、生半可な物理や魔術は通らない。

何度も言うが、カバラ数秘術の汎用性は並ではないのだ。現代科学で出来る事が大抵出来る魔術があれば、シェルターを持ってくる事位訳はない。当然、それに見合うだけの膨大な魔力が必要となるデメリットはあるが、それ相応の防御力は誇っている。魔術刻印のない今の俺では、後一回の生成が限度と言った所だろう。

 

まあ、だからこそ態々工程を追加したのだが。

 

「あれ、動かな――ぐわぁ!?」

 

包丁が動かない事で戸惑っている龍之介を見た俺が指を弾くと同時に、龍之介は顔面を突然殴られたかのようにバランスを崩す。

 

言うまでもなく詠唱に加えたのは破裂すると言う物。現代科学で言う所の空気爆弾である。

 

これに関して詳しく説明する必要もないだろうが、俺が再現したのは自転車のチューブが空気の入れ過ぎで破裂する様子だ。これも親父の魔術であり、一工程(シングルアクション)で発動出来る為、発動速度は滅茶苦茶速いの一言なのだが、まあ、言っちゃ悪いが威力に比べて燃費は悪い。しかし、ゴムと言う意外と強固な物を破壊するだけの空気厚を再現しているのだから当たり前とも言えるだろう。

 

ではさて、最後の止めと行きますか。

 

「――Friction rise Speed acceleration(摩擦上昇。速度加速)」

 

靴底の摩擦を上げた俺は一歩踏み込み、ぬかるみに足を取られている龍之介へと近付く。

俺は摩擦が上がった事でぬかるみに足を取られる心配はないが、龍之介はそうも行かない。何の苦もなく近付く俺に龍之介はやはり目を見開いたが、どうする事も出来ないのだ。

 

「そら、よっと」

 

そうして龍之介へと近付いた俺は足を振り上げると、体を捻り龍之介の顔面へと回し蹴りを叩き込んでやった。

 

「アガッ――!」

 

ただし、それは魔術の補助を受けている為威力は見た目通りではない。

靴底は摩擦上昇によりしっかりと龍之介の顔面へと喰らい付き、加速された蹴りは高校生の一撃とは思えない程の威力を持っている。

当然の事ながら、龍之介はそれに抵抗する事も出来ずただされるがままに吹き飛ばされ地面へと尻餅を着いてしまった。

 

気絶位はすると思っていたのだが、人殺しをするだけあって鍛えてはいるようである。

 

とにかく、殺人鬼とは言えそんな予想すら出来ない謎の攻撃を受けた龍之介は、先程までのやる気がなくなったかのように鼻血を垂らしながら呆然とした表情で俺に視線を向けて来ていた。おいおい、そんな顔で見るなよ。多少なりとも罪悪感が沸いてしまうだろうが。

 

しかし、俺の考えとは違うのか、龍之介は呆然としながらも何か言いたい事があるようであった。必死に口を動かして、俺へと何かを伝えようとして来る。

そして、漸く喋れるようになった龍之介は、俺へとそれを問い掛けたのだった。

 

「……訳分かんない事起きるし、アンタ俺の名前も知ってるし、普通の奴とは思えない……。なんで、アンタはそんな事が出来るんだ?」

 

そんな龍之介の問いは当然の疑問だろう。しかし、そう問い掛けたいのは俺の方だ。なんで、アンタはいきなり襲って来れるんだ?

だがまあ、そう聞かれたのならば俺はこう答える。

 

「俺は魔術師だぞ?」

 

いかん、親父の訳の分からん理屈説明が便利過ぎて止められない。まあとにかく、魔術師ならば不思議ではないのだ。

なに、神秘の秘蔵? 知るか、俺は家と関係を絶ってるんだ。それに言うが根源とか興味ないし、一般的に魔術が出回った所で俺は困らない。困るのは″根源を求める魔術師″だけだ。そう言う訳で、俺は相手が一般人だろうと普通に正体をバラす。いや、相手は殺人鬼なのだが、この際関係はないだろう。

 

「……」

 

龍之介は無言のまま俺を見詰めていた顔を俯かせると、突然プルプルと震え始めた。言おう、気持ち悪い。

だがまあ、魔術師等知らない龍之介からすれば、馬鹿にされてると思ったのかも知れないな。

俺は一応警戒し、龍之介と距離を一定に保つ。もし龍之介がまた俺を殺そうとするのならば、今度はそれ相応の魔術の使用も辞さないだろう。

 

しかし、龍之介が取った行動はまたしても俺の予想外の事であった。

 

「――ちょ、チョーCOOL!」

 

「はぁ?」

 

「魔術師って何かCOOLだ! 俺柄にもなく震えちまったよ! アレで人を殺そうとしたら、きっとスゲー顔して怖がるぜ! 指を弾くだけでボコボコにして人を殺すとか本当スゲー!」

 

そう言って俺の手を握って来る龍之介が分からない。いや、本当に訳が分からないよ。

俺の感性で無理やり解釈するのなら、「魔術師ってカッコイイ!」って事なのか? 恐らく、いやかなり違うだろうがそう思う事にしておこう。

とにかく今の問題は、現在俺の手を握って頬を染めている目の前の変態だ。

 

「アンタ、いや旦那と呼ばせてくれ! その魔術って奴、俺にも教えてくれよ!」

 

「分かった、分かったからその手を離せ。何かお前凄い暑いし、手が汗でネチョネチョしてるんだよ」

 

「そこを何とか、頼むよ旦那!」

 

「分かったって。分かったって言ってるだろ。手が、手がネチョネチョして気持ち悪いんだよ」

 

「その突き放す感じもスゲー良い! 俺絶対魔術師になる! なあ、旦那の名前教えてくれ」

 

離せと言っているにも関わらず、龍之介は一向に手を離す事なくどんどんと近寄って来る。俺は先程から後退しているのだが、何と言うか気迫が凄い。はっ、まさかこの気持ち悪るさで俺の油断を誘う作戦か?よし、ならば逆にそれを利用してやろう。

俺は近寄って来る龍之介を我慢して立ち止まると、龍之介の問いへと返答した。

 

「俺の名前は空だ。蒼倉空。専攻魔術はカバラ数秘術で、これからお前、龍之介の師匠となる存在だ」

 

「蒼倉……蒼倉の旦那!」

 

「気持ち悪る」

 

龍之介が瞳をキラキラさせながら言ってくるその言葉に、淀みなくそんな言葉が口を出た。その呼び方は止めて欲しいと言いたいが、今の龍之介に言っても無駄だろう。くそ、負けてたまるか。

 

尽く自慢のふざけた思考を邪魔してくる龍之介に若干の苦手意識を持ちながらも、俺は必死にそれを抑え込みながら龍之介へと口を開く。

 

「それじゃあ、嫌々ながらも暫く宜しく。これは――」

 

脳内で完成された術式の図を思い浮かべ、魔術回路を走らせて世界に訴えかける。それを受け取った世界は現実へと術式を構成し、その効果を発揮する瞬間を今か今かと待っていた。

では、不本意ながらに師匠からの選別だ。お前も弟子なら心して受け取れ。

 

「――師弟関係成立の記念だ」

 

完全に龍之介の隙を突いたその攻撃は、華麗に鳩尾へと入り込みその効果を発揮した。

再現した現象は単純な衝撃集中。だが単純故に練度が物を言い、今回は龍之介が気絶してくれるだろう位に威力を絞った。

 

そして、「うっ」と声を上げた龍之介はその場に踞り、意識を失う前に俺に見ると、やはりキラキラした瞳でその言葉を口にしたのだった。

 

「スゲー……COOLだ……」

 

「……」

 

ドサリと倒れ行く龍之介を見詰めながら、俺は思わず言葉を失ってしまった。うん、気持ち悪い。

だが、その様子を見て俺は龍之介の評価を少しだけ改める。

 

もしかしたら、龍之介は人を殺さなかったら基本的に良い奴なのかも知れないと。いやはや、これは悪い事をしてしまったか? しかし、ネチョネチョした手で握手を強要してこられれば、俺でなくとも殴ると思う。

 

だがまあ、先の龍之介が良い奴なのかも知れないと言う考えは一考の余地があるだろうと俺は考える。

事実、龍之介が殺人鬼になったのは好奇心に負けてしまったせいだ。なら、上手くその好奇心を魔術のみに向けさせる事が出来れば、龍之介は殺人を止め一人の立派な魔術師になるかも知れない。

面倒ではあるが、やってみる価値はあるかも知れないな。

 

「ふむ、なら少し龍之介を組み込んだプランを練る事にするか。龍之介がいれば、聖杯戦争も思いの外上手く行くかも知れないな」

 

迷える子羊を救うのは神父の役目なのだが、あんな魔窟に龍之介を連れていく訳にはいかないだろう。やれやれ、真似事も度を過ぎれば身分偽造だと言うのに。

とにかく経緯はどうであれ、こうして俺は龍之介と言う新な協力者を得る事となった。

 

さて、遅過ぎる行動は身を滅ぼしてしまう。

冬木の聖杯が動く前に、先手を取るとしますかね。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 殺人鬼は割りとチョロい

何だか良く分からない理由で俺の弟子となった雨生龍之介は、あの攻撃で気絶した数時間後に意識を回復していた。

そんな事があって、図らずも龍之介と師弟関係を結ぶ事となった俺は、未熟ながらも魔術師の師として龍之介に魔術がどう発動されているのかを現在説明しているのであった。

 

しかし、ここでやはり予想外の事が起きる。

 

「――と言う訳で、俺の使ってる魔術であるカバラ数秘術は現象を数列として判断解析する事が重要になって来る訳だ。だから魔術を使って火を起こしたいのなら、その現象を起こしている酸素と燃料を仮想的に再現する事が必要になるのさ。ここまでで質問はあるか?」

 

「全然分からないんだけど……」

 

「うん、君は才能以前にその無気力さを何とかしなさい」

 

その予想外の事とは、とにかく龍之介が無気力であった事だ。

俺は龍之介が魔術師に興味を持った事で、その力の象徴たる魔術を使う為の努力をすると考えていたのだが、どうも見通しが甘かったようだな。カバラ数秘術で魔術を使うのならば、どうしても数列の構築が必要不可欠。俺としてはその最低限のラインとして、龍之介に数列の導き方を理解して欲しかったんだがな。

まあ、理解出来ないのならば仕方がないだろう。他の方法を考える事にするか。

 

「じゃあ、趣向を変える事にするか。取り敢えず、先ずは龍之介に魔術を体験してもらう事から始めよう」

 

「待ってました! 漸く俺も魔術師になれるんだな旦那!」

 

「単純な奴だな。まあ、俺達は根源を目指してないから、正確には魔術使いなんだけど、それはまた後で説明する事にするよ」

 

俺がそう言って魔術を体験させると言った途端、龍之介は目の色を変えてハイテンションになった。それに苦笑いを浮かべつつも、俺は魔術を体験させる為の準備を始める事にする。

 

そうして方向性を修正する事にした俺はポケットへと手を突っ込むと、レジの女の子に渡した物と同じ封筒を取り出し開く。その中に入っているのは一枚の紙切れと手紙。俺はその二つの中から紙切れを手に取ると、龍之介へと差し出しながら口を開いた。

 

「それじゃあ、魔術を体験するに当たって龍之介にはこの紙切れを渡しておく。持っておいてくれ」

 

分かったと答え、その紙切れを受け取った龍之介であったのだが、紙切れを間近で見た途端表情を嫌そうな物へと変えた。

 

「うわぁ、なんか数字がビッシリ書き込んでる……。俺こう言うの苦手なんだけどなぁ……」

 

そう龍之介が呟いた通り、俺が渡したその紙切れはところ狭しと数列を書き込んだ物である。我ながら精神病患者宜しくな事をしているとは思うが我慢してくれ。

そうして俺は龍之介が紙切れを受け取った事を確認すると、その紙切れでどう言う事が出来るのかを龍之介へと説明し始めた。

 

「それは単純な発火魔術の術式でな、さっき説明した酸素と燃料の仮想的再現が出来る物だ。カバラ数秘術には属性は対して影響しないから、龍之介の属性が何であろうと発動は絶対にする。その紙には既に魔力を籠めてあるから、Ignitionと言えば――」

 

「――Ignition(点火)」

 

「おい待てコラ」

 

俺の言葉を最後まで聞く事なく、予め鍵として設定していたキーワードを呟いた。

当然それによって仕込まれていた術式は発動し、龍之介の手にある紙切れは一気に火炎放射機宜しく燃え上がり効果を発揮したのだった。

 

そして、それを見た龍之介は例の如くキラキラと目を輝かせ叫び声を上げる。

 

「おおっ、スッゲェー! COOL!」

 

何処からどう見てもホットな光景だったと思うのだが、龍之介に取ってはクールであったらしい。俺とはやはり感性が違うと見た。

 

面倒な奴を弟子にしてしまったと思いつつも、俺は取り敢えず狂喜狂乱している龍之介を大人しくさせる為に指を弾く。使うのは勿論、親父作の名も無き一工程(シングルアクション)の魔術だ。

 

「落ち着け」

 

「ファグッ!?」

 

龍之介が跳び跳ねた所を狙ったその空気爆発は、ガクンと頭を仰け反らせ体を半回転させる。体罰以外での何物でもありはしないが、元々子供を教えている訳でもない。飴と鞭をしっかりと使い分け教育する事が、俺に出来る唯一の子羊の導き方である。

 

「さて、落ち着いた所で説明に戻るぞ」

 

「落ち着くって、黙らせただけじゃ……」

 

「黙ってないから大丈夫だ。これでも予定が詰まってるんでね、急ピッチで進ませてもらう」

 

当然の文句を切り捨てて、俺は魔術の説明に戻ると同時に先程の龍之介の反応から即興で考えた教育方法を実践する事にした。

今現在龍之介の好奇心は、殺人よりも若干ではあるが魔術へと傾いているだろう。ならば、今はその好奇心を更に増長させる事が先決だ。

 

「今の紙切れを使用した事で、龍之介は魔術が存在し使えると言う事が分かったよな。だが、本来魔術とは手間暇掛けて使用する物だ。今の紙切れも、俺が一般人でも使用出来るようにと術式を書き込み、その代償となる魔力を籠めていたから使えたんだ」

 

「じゃあ、アレと同じのを作ったら俺も魔術が使えるって事? でもそれってさ、旦那の言うマリョクってのがないと出来ないんだろ?」

 

「まあその通り何だが……。残念と言うか何と言うか、龍之介には魔術回路があるんだよ。まあ、今の龍之介は魔術回路が開いていない状態だから、さっきのような手段を取ったんだ。術式を作る事自体に別に問題はないし、龍之介には暫くそっちを専攻してもらう」

 

「えぇ!? 俺あの数字書くとか嫌だぜぇ!」

 

そう言って龍之介は地面へと倒れ込むと、面倒臭そうに動かなくなる。だが、そんな事は先程の喜び様から予想済みだ。こう言う時、予想通りに動いてくれるのは非常に有難い。まあ、そんな事を正直に言えば手をネチャネチャにして顔を赤くする事が目に見えてる為絶対に言わないが。改めて簡潔にまとめると変態以外の何者でもないな。

 

それじゃあ、早速龍之介が喜びそうな飴をぶら下げるとしますかね。

 

「そんな事言って良いのか? 数字を書くと言う事は、龍之介好みの魔術が作れるって事だぞ?」

 

「えっ? ちょっ、それってどう言う事だよ」

 

「言葉通りの意味さ。ちょっと待ってろよ」

 

そう言って俺は唯一の荷物である旅行鞄を引いて来ると、龍之介の目の前で開きある一冊の自作本を取り出した。その本のタイトルには、「初めてのカバラ数秘術マニュアル」と俺の字で書かれている。

そんな本を見た龍之介はと言うと、先程までの面倒臭そうな表情は消え、身を引き起こして本を覗き込んでいた。

 

「まあ、見ての通りではあるが、これは俺がカバラ数秘術を初めて使う相手の事を考えて作った魔道書なんだ。俺の専攻するカバラ数秘術ってのは周りの湿気とかの環境に影響されてしまう事が多いから、本来ならばその場で解を導き数列を作成するのがベストと言える。だから龍之介には数列作成のスキルを高めて欲しかったんだ」

 

俺の手にある魔道書を興味津々と言った様子で見る龍之介に、実は期待していなかった新の目的を告げる。

だが、そんな俺の言葉は今の龍之介には届かず、早く魔道書の説明をして欲しいと言いたげな様子であった。

 

「はぁ、簡潔に言うと、これにはカバラ数秘術の術式が書かれていて、炎とか水とか雷とか、それを再現する為の数列が見本として書いてある。簡単な魔術故に数列は短いし効果も低いが、組み合わせ次第ではオリジナルの魔術が作れるって訳だよ。龍之介の魔術回路が使えるようになるまでの間は俺が魔力を籠めてやるから、使用自体に問題はない。どうだ、興味が沸いたかな?」

 

「オリジナルってチョーCOOLじゃないか。なんでもっと早く出してくれなかったの旦那!」

 

少し抗議するような様子で、龍之介は俺へと理由を問い質してくる。

しかし、俺はそんな龍之介へと向けて冷たい視線を向けたまま逆に聞き返してやった。

 

「もし最初から出してたら、お前は俺の話を聞いていたか? 」

 

「え、あぁ、聞いてなかったかも」

 

「正直な奴は嫌いじゃないが、口は災いの元だ」

 

「アイテッ……!」

 

龍之介の額を指先で弾きため息を吐く。全く、この調子では先が思いやられてしまうな。

しかし、漸くやる気の出てきた龍之介は額を片手で押さえながら俺へと這いながら近付いて来ると、もう片方の手を差し出しながら口を開いた。

 

「それじゃあ、その本くれよ旦那」

 

とても良い笑顔で言ってくる龍之介は、殺人鬼にならなければきっと好青年であったのだと思えた。

しかし、そんな彼に対し俺は魔道書を持ったまま立ち上がると、突き放すように一言だけ口にする。

 

「嫌に決まってるだろ」

 

そう呟いた俺の言葉が周囲へと反響し、下水道を数秒の沈黙が支配した。

龍之介の反応を見れば、正に時が止まったと思える程に笑顔で固まっている。それ程までに先程の言葉がショックだったのだろうか。

 

「……え、なんでぇ!? 俺にジュツシキっての作らせてくれるって言ったじゃないか! アレは嘘だったのかよぉぉ!」

 

そして、暫くして正気に戻った龍之介は、今度は驚いたと一目で分かる表情で疑問の大声を上げた。

そんな龍之介の様子を見ながら、俺は魔術師として当然の答えを返す事にする。

 

「当然だ。俺は魔術師だぞ? 魔術ってのはその家の秘伝であり人生なんだから、そう簡単に教える筈がない。あと関係はないが、君は顔面のバリエーションが豊富だな。リアクション芸人を目指した方が良いかも知れない」

 

「じゃあ、なんで旦那はそんな物作ったんだよ。誰かに教える気がないんだったら、秘伝を態々書いたりしなかった筈だろ?」

 

龍之介はそう言って俺のボケをスルーすると、的確に行動の矛盾を突いてきた。

それを聞いた俺はボケがスルーされた事に落ち込みつつも、目を瞬かせて龍之介の鋭さに感心する。

 

事実、俺がこんな魔道書を作ったのは身を守る切り札の作成であると同時に、人に教える為の道具としてでもあったからだ。

条件が揃わなかった為に今まで使う事はなかったが、龍之介の指摘は正に確信を突いていたといえる。

 

だからこそ、龍之介の魔術への好奇心を増やしておきながら焦らしたのには訳がある。

俺は漸く本当の本題に入れた事に内心笑みを浮かべつつも、表情を取り繕いながら話を進め始めた。

 

「そうだな、龍之介の言う通りこれは人に教える為に作成した物だ。龍之介が本当に魔術を使いたいのなら、教える事に異義はない」

 

「だったら――」

 

「――だが、会話の途中にも言った通り俺にも予定が詰まってるんだよ。一人の足では足りない位にはな」

 

そこまで言った俺の言葉に、漸く龍之介も気付いたようであった。

つまり俺はこう言いたいのだ。

 

これが欲しいなら俺を手伝え。

 

正に魔術師善とした、等価交換の取引とも言えた。

そんな俺の言外の言葉を聞いた龍之介は、悩んだ表情となり考え始める。

初めて触れた未知の体験は、龍之介からすれば新しい世界に繋がる扉に見えただろう。そして、俺の持つこの魔道書はその扉を開く鍵。扉も鍵も、選択肢も全て与えた。ここで断るようならば、龍之介を加えたプランは全て白紙となる。

 

俺は固唾を飲み込みつつも、極めて冷静な表情を装いながら龍之介の反応を待ち続けようとした。

そう、待ち続けようとだ。

 

「分かったよ。旦那に協力するから、その本ちょうだい」

 

「バカだろアンタ」

 

しかし、予想外にもアッサリと口を開いた龍之介に思わず俺はそんな声を漏らしてしまう。どうやら俺は、龍之介と言う人間をキッチリと把握出来ていなかったようだ。

そう、何度も確認したように龍之介の行動原理は単純明白。

 

好奇心。

 

ただその一つあれば龍之介の考えは見通せた筈だったのだ。少しばかり、考え過ぎていたのかも知れないな。

 

まあ、こうして協力を申し出てくれたのだ。正確に言えばそうなるように誘導したのだが、強制されるのと自発的に動くのではモチベーションに差が出て来る。ここは不確定要素を無くしたのだと喜ぶ事にするか。

 

「それじゃあ、約束通りコイツはくれてやる。その代わり、龍之介にはしっかりと働いて貰うからな」

 

「分かったよ旦那」

 

放り投げた辞書程の厚さがある魔道書を受け取った龍之介は、興味津々と言った様子で早速ページを開き始めたのだった。

 

俺が書いたあの魔道書は本当に単純な物でしかない。題名が効果で、その下に書いてある数列が術式。題名さえ読めば効果が分かるし、本を持っているなら態々術式を暗記する必要もないのだ。普段は無気力な龍之介が、辞書並の分厚い本をスラスラと読んでいる事が何よりの証拠だろう。

 

とにかく、これにより本当の意味で龍之介と協力関係を築く事に成功した訳だ。随分と長い時間を無駄にしてしまった気がしないでもないが、これも先を見据えれば安い物だろう。

 

そんな風に考えをまとめた俺は、龍之介が魔道書を読んでいるのを傍らにこれからの準備を進める為に荷物をまとめ始める。

龍之介もその俺の様子に気が付いたのか、魔道書を閉じてそう言えばと問い掛けて来た。

 

「そう言えばさ、結局旦那が手伝って欲しい事ってなんなの?」

 

「ん? あぁ、言ってなかったな。俺の手伝って欲しい事ってのはだな――」

 

龍之介の事を視界に納め、言っていなかった本題の内容を伝えようとして、言葉を止めた。

俺はここで、龍之介が更に積極的に協力するようになるだろう策を思い付いたのだ。

 

俺はこれから仲間となる龍之介に殺人を止めさせるつもりで、その為に魔術へと興味を移させた。少なくともこれから半年は行動を共にするのだから、好き勝手に人を殺されては堪らない。そんな理由から始まった俺の矯正は、今はまだ魔術を僅かに教えただけでとても完全とは言えない。

だがしかし、ここは多少のデメリットを飲み込んででも今の龍之介が興味を持つ言葉を使って引き摺り込むべきだろう。

 

そう考えを改め、途中で言葉を止めた俺を不思議そうに見る龍之介へと再び口を開いたのだった。

 

「――手伝って欲しい事ってのは、聖杯戦争だよ」

 

「セイハイセンソウ?」

 

「そう、過去の英雄を召喚して聖杯を奪い合う――――亡霊殺しの殺人ゲームだ」

 

「……」

 

そう言った俺の言葉に、龍之介は目を見開いて数秒の沈黙を作る。

今の下水道には水滴の落ちる音だけが響き渡り、今度は流石の龍之介も即答する事はなかった。

 

数十秒の空白が出来上がり、我に帰った龍之介は口の開閉を何度も繰り返すと、言葉に出来ると確認したのか喉を震わせ漸く声を発する。

 

「――す、スゲェ……COOLだ……」

 

そして、次に口を開いた龍之介の瞳は、俺が何度も見たように、キラキラと輝いていたのだった。

 

 

 

コイツ、チョロい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 下準備をしたい

視界に映るのは窓越しに流れる景色。そんな物を眺めながらも、俺は新幹線の穏やかな揺れが誘う甘美な眠気に抗いつつ、指先へと挟んでいる一枚紙へと魔力を籠めていた。いっその事魔力を籠める事を止め眠ってしまいたいが、聖杯戦争に興味を持った我が相棒はそれを許してはくれないだろう。

 

「なあ旦那、そろそろ教えてくれても良いだろ? 聖杯戦争は冬木市であるって言ってたのに、何で態々離れた東京になんて行く必要があるのさ」

 

そんな風に問い掛けてくる声を聞き、俺は眠気を堪えながらも視線を動かして前の座席に座る相棒こと雨生龍之介へと視線を向けた。その視線は恐らく随分とやさぐれていただろうと推測出来るが、仕方のない理由とも言える。

 

「あ、あれ、旦那なんか疲れてる?」

 

「誰のせのいだと思ってるんだ……。昨日から一睡もさせずに魔術行使させやがって……」

 

その理由とは、前日から絶えず自作した術式を渡してくる龍之介にあったのだ。

 

龍之介は限定的とは言え、やはり魔術が使える事が嬉しかったのか、魔道書を渡してから僅か数分後には簡単な術式を作成し俺へと手渡して来た。

元々魔力を籠める事を条件に取り付けた協力関係であった為、勿論俺もそれを了承し魔力を数十分掛けて術式が発動出来る程度に籠めた。

そして、龍之介はその魔力の籠められた術式を受け取り発動すると、想像通りの結果になったのか喜び狂喜狂乱。そのままのテンションで俺が魔力を籠めている間に作っていたらしい術式を再び渡して来ると、魔力を籠めて欲しいとまた頼んで来たのだった。

俺は仕方ないと肩を竦めつつもそれを了承。

 

それが、この悲劇を生むことになるとも知らずに。

 

「ふざけやがって、何でどんどん必要な魔力が増えて来るんだよ畜生が……。アンタは知らないだろうけど、魔力生産するのって痛いんだぜ? さっきから魔術回路が悲鳴を上げてるから、本当そろそろ休ませてくれ」

 

そう言って俺は手に挟んだ紙を龍之介へと投げ渡し、最後に魔力は籠め終わってると告げておく。

その言葉を聞いた龍之介はその紙を嬉しそうに受け取ると、頬を赤くしながら興奮した様子で口を開いた。

 

「流石旦那。じゃあ次は――」

 

「――その首すっ飛ばす事にするか? 殺人なんてした事ないけど、今の俺なら英雄だろうと殺せそうだぜ」

 

勿論そんな事は出来ない為言葉の綾ではあるのだが、龍之介も漸く俺が苛々している事に気付いたらしい。渋々と言った様子ではあったが、大人しく差し出した紙を懐へと仕舞い込んだ。

そんな様子の龍之介を見て俺はため息を吐きながらも、漸く暇が出来た事で最初の質問に答える事にした。

 

「それで、東京に行く理由だったな。勿論聖杯戦争が起きるのは冬木市だが、別に逃げる訳じゃないから安心しろ」

 

「旦那の言動からそれは分かるけどさ、俺としては早く生きてる亡霊を殺したいんだけど……。ねぇねぇ、亡霊の中身ってどんな風になってるのかな? 俺スゲー楽しみなんだけど、旦那は亡霊の中身がどうなってるのか知ってるの?」

 

「そんなの知るか。その内見るかも知れないんだから、それまで我慢して妄想してろ。それで東京に行く理由だが、それは聖杯戦争のルールに関係してるんだ。龍之介には一応説明しておいたよな?」

 

「あぁ~……確か7人の英雄に殺し合わせるんだったよな。それにも確かクラスってのがあって、同じ種類のは呼び出せないとかなんとか……」

 

「まあ、かねその通りだ。それで質問だが、狙ったクラスを呼び出すには何が必要となるか。それも説明した筈だ」

 

「えと、触媒……?」

 

そう言った龍之介の言葉に頷き、俺はそれを肯定しつつ話を続ける。

 

「まあ、それで話が戻る訳だな。更に詳しく言うなら、今回東京に向かうのはその狙ったクラスの人物を呼び出す為の触媒を手に入れる為って訳だ。殺人はないけど窃盗はするから、龍之介にはしっかりと働いてもらう」

 

「うぁ……めんどくさぁ……」

 

そう言って肩を落とす龍之介ではあるが、完全な拒否をしない所を見ると協力はしてくれるようである。

 

しかしまあ、聖杯戦争の為とは言っても、国の重要文化財を盗む事になるとは、正直な話予想もしていなかった。警備はとんでもないだろうが、魔術を惜しみ無く使えば突破出来ない事もないだろう。なんたって、今の時代は携帯電話すら入手が困難なんだ。警備の固さ等高が知れている。

問題は、その触媒を手に入れてからだな。

 

「まあとにかく、他のマスターがサーヴァントを呼ぶ前にさっさと召喚する事にしよう」

 

俺が召喚するのが早いか、奴が召喚するのが早いか。残念な事に、俺は奴がサーヴァントを召喚した時期を把握する事が出来ていない。しかし、今は半年前である故にまだ聖杯に魔力が満ちていない。

となれば、俺にもまだ賭けに参加する権利は残っている筈だ。

 

そうしてある程度の考えをまとめた俺は、残り僅かな時間を有効に使う為に旅行鞄から本を取り出し読み始めた。まあ、失敗したらしたで天命に任せる事にするさ。

俺は実家から聖杯戦争の降霊術に対する理解を深める為にと持って来た心霊術に関する本を読みながら、眠気を堪えて東京に着くまで活字を読み続ける事にした。

 

 

――――――

 

 

体にGがゆったりと掛かり始め事に気付いたと同時。新幹線内にアナウンスが流れ東京へと着いたぜ事を俺に教えてくれた。

 

「むぅ……もう着いたのか……」

 

まだ半分程も読み終えていない本に栞を挟む。続きを読むのは暫く後になるだろうが、ある程度の理解は出来た為これ以上読む事に大した意味はないだろう。と言うか、恋人に会いたいが為に降霊術をした女の話とか興味がない処の話ではない。

 

俺は心霊術の本を旅行鞄へと戻すと、目の前でグースカと寝ている龍之介へと声を掛ける。

 

「おい、着いたぞ龍之介」

 

「ふぁ? んんぅ……」

 

「寝るな。寝たら俺の空気爆発が鼻の穴で火を吹くぞ」

 

立ち上がり龍之介を揺すりながら声を掛ければ、漸く少しずつ正気に戻り始めた。

こうして龍之介を起こしていると、中々起きない息子を起こす母親の気持ちを少しだけ理解出来た気がするな。全く、俺は龍之介の母親になったつもりはないのだが。

 

だが、苦労のお陰か漸く目が覚めた龍之介は、気怠そうな表情をしつつもゆっくりと立ち上がり大きな欠伸をする。

 

「ふわぁぁ……ふぅ……。……おはよう……だんなぁ……」

 

「ああ、おはよう。鼻穴バーストが出来なくて少々残念ではあるが、それはまた今度の機会にやる事にするよ。まあとにかく、俺はこれから″ある書物″を手に入れる為の下準備とかがあるから、龍之介は俺が準備をしてる間に寝床を探しておいてくれ」

 

「旦那は容赦って物がないや……。まあ、分かったけど」

 

そうして了承した龍之介に頷いた俺は、その準備をする為にさっさと新幹線を下りながら龍之介と今後について話を進めて行く。

 

それにしても、急いでいたとは言え新幹線はやはり高額であった。これからの準備にもかなりお金を使う予定がある為、そろそろ節約しなければならないだろう。

本当に魔術ってのは金食いな職業だ。親父がどうやって生きていたのか非常に気になる所である。まだ親父は死んでないのだけれど。

 

「さて、高額な料金を一人分多く払ってまで連れて来たんだ。しっかり働け。君が寝床を探している間に、俺は道具の買い込みから始めようかな」

 

「あ、そっちの方が楽そう。交代してよ旦那」

 

「俺は別に構わないが、魔術的な観点で品質の良い物を見分け、尚且つ買い込んだ大量の荷物を寝床へと運んだ後、現場に魔術を設置すると言う役目をしてくれるのなら喜んで交代しよう。その為には、先ず龍之介に魔術に使われる道具をどう言う風に見分けるかの勉強を施さなければならないな」

 

「あぁ……やっぱ良いや」

 

「ソイツは助かる。時間は効率的に使おうじゃないか」

 

隙あらばと楽をしようとした龍之介へと釘を刺し、俺達は新幹線から下りて駅のホームへと辿り着く。

本来ならここで別れてお互いのノルマを達成する為に別行動を取るべきなのだろうが、俺はその前に龍之介に更なる釘を刺さしておく事を忘れない。

 

「そうそう、言い忘れていたが、聖杯戦争が始まるまで人殺しは禁止な。師匠命令だ」

 

「え……?」

 

「えっ、じゃない。目立つ行動をしたら動き辛くなるだろ。聖杯戦争が始まれば好きに殺し合えるんだ。それまでの我慢だ」

 

その言葉を聞いた龍之介は、正に固まると言う表現がピッタリな程に動きを止めた。周囲から聞こえる騒動が俺達の間の沈黙を支配し、俺達は吐き気がする程に見詰め合う。おい、こっち見んな。

 

そして数秒後、漸くそう言った俺の言葉を理解した龍之介は目を見開き、言葉を理解した途端涙ながらに絶叫し始めたのだった。

 

「――えっ、ちょっ、そんなのあんまりだ! 人の唯一の娯楽を奪うだなんて、それが人間のする事かよぉぉっ……!」

 

その声は今まで聞いた事のない位に感情が籠められており、俺は思わず目を瞬かせて驚いてしまう。

崩れ落ちた龍之介は今も嗚咽を漏らし、余りのショックからなのか全く動こうとはしない。

 

しかし、考えても見て欲しい。今ここがどこであるのかと言う事を。

 

「何あれ、あの子が泣かしたのかな?」

 

「大の男が泣くだなんて、何かヤバい事したんだろ」

 

「カツアゲか?」

 

「何か脅迫されたんじゃない?」

 

「警察に通報した方が良いんじゃないか……」

 

そんな声が周囲から聞こえ始めた事で、俺は冷や汗を流し始める。

今龍之介が崩れ落ちているのは駅のホームなのだ。そんな所で絶叫を上げて、注目を集めない方がおかしい。

一般常識を説いただけだと言うのに、何故こんな事態になっていると言うのか。龍之介といると本当にペースを乱されてしまう。

 

とにかく、今はここを乗り切るのが先決だろう。

 

「なあ龍之介、考えても見ろ。お前に取って人殺しは食事見たいな物だろ? それも、食後の最高のデザートだ」

 

「旦那……」

 

「分かる。いや正直分からないけど、とにかくデザートなんだよ。そんなデザートを数日食べなかったとする。辛いよな?」

 

「……うん」

 

目元を赤くした龍之介は、俺の言葉に頷いた。

うん、何でそれで頷くのか理解出来ないが、まあ流れとしては良い感じだ。理解は出来ないが、理解出来ないなら理解出来ないなりに畳み掛けるとしよう。

 

「だけど考えても見るんだ。そんな変態的なデザートよりも、更に変態的なデザートが我慢する事によって手に入ると」

 

「それよりもスゲーデザート……? 一体それって……」

 

問い掛ける龍之介へと、俺は完全に引きつった笑みを浮かべて言う。

 

「そのデザートとは――英雄と魔術師だ。どうだ、変態的だろ?」

 

本当に変態的だ。まあとにかく、今はそれが龍之介に取って一般人とは一線をがすデザート的な何かだと錯覚させなければならないのだ。

龍之介は膝を着いたまま俺を見上げると、俺の言った言葉に頷き返す。

よし、あと一息。

 

「食事も空腹の時に食べれば最高に上手い。今は腹を空かせて、最高のタイミングまで待つんだ。そう、くーるな豹のように……」

 

「COOLな豹……」

 

「そうだ、今の君は豹になるチャンスを得たんだ。なれる、君ならくーるな豹に」

 

「俺が……豹に?」

 

そんな俺の言葉を聞いた龍之介は、焦点の合わない目で言った自分でも訳の分からない事噛み締めるように繰り返した。

だが、チャンスは今しかないだろう。暗示は完全に俺の専門外だが、やろうと思えば出来ない事はない。魔術的な方法ではないが、このまま変性意識に刻み込んでやる。

 

「さあ、立ち上がるんだ雨生龍之介。君は今、豹となる一歩を踏み出す事となる」

 

「旦那……俺分かったよ。豹も腹を空かせるまで動かない。獲物を狙うあの動きは、空腹だからこその物だったんだな。いつまでも満腹だったら、そりゃ豹になれない訳だ……」

 

そう言って目元を拭った龍之介の表情は、何かを悟った人間の顔をしていた。

 

言わせてくれ、訳が分からないよ。俺も途中からなんか適当に喋ってたし、龍之介が何を悟ったのかなんてそれこそ根源に辿り着かないと俺には理解出来ない気がする。

まるで熱血な教師を尊敬したような目で俺を見て来る龍之介ではあるが、それは俺が人殺しだと言外に言っていると受け取るぞ? 必殺魔術の鼻穴バーストしちゃうぞ?

 

とにかく、これで暫くは龍之介の行動にも安心出来る筈だ。随分と時間を使い、尚且つ注目を集めてしまったが、ここが冬木市でない事が唯一の救いであった。

 

「さて、時間を無駄にはしたくない。さっさと行くぞ龍之介」

 

そうして警察が来る前にホームを出る事にした俺は、龍之介を引き連れて意気揚々と駅から去るのだった。

 

しかし、そうして龍之介と別れ行動を始めようとした時、龍之介は今思い出したと言わんばかりの表情で俺へと問い掛けてくる。

 

「なあ旦那。聞き忘れてたんだけど、結局旦那はどんな英雄を召喚するつもりのなんだ?」

 

「む、そう言えば言ってなかったな」

 

その声が届いた事で、まだ説明していなかった事があったと思い出す。別に教えなくとも影響はないのだが、曲がりなりにも仲間なのだ。これ位の情報を開示しても問題は起きないだろう。

 

そう結論を出した俺は龍之介へと振り返ると、別れる前に龍之介へとそれを伝えるのだった。

 

「――俺が召喚するのは、アサシンだよ」

 

予想するタイムリミットは、綺礼が令呪が発現したからと時臣の弟子を止めるポーズを取るまでの間。

明確な時期を俺が知らないだけなのか表記されていなかったのか知らないが、恐らくそのポーズを取るまではサーヴァントの召喚はしないだろう。

その予想が外れない事を願いながら、今度こそ俺は龍之介と別れたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 ルール違反の何が悪い

色々とこじつけな所がありますが、出来るんじゃないかなと思う方法を選びました。



草木も眠る丑三つ時。最低限の光源のみで視界が確保された建物の中に、俺の足音は響いていた。

俺は一度立ち止まると、手に持ったパンフレットへと視線を向けて目的地を確認し、その方向へと今度は急ぎ足で進んで行く。

 

「やっぱり、光源が無くなったせいで雰囲気が変わってるな。物も移動させられてるし、パンフレットを取っといて正解だったな」

 

記憶頼りに動き回り、失敗してしまう事は出来れば避けたい。昼と夜では見え方が変わると聞いた事はあるが、まさかここまでとは思わなかった。

そうして目的の″書物″が置いてある部屋を淡々と目指し、俺はここを警備しているだろう人間達へ気を配る。

 

「と、早速お出ましか。ま、博物館に警備員は付き物か」

 

そう言って周囲を見渡せば、そこらかしこに沢山の展示物を確認する事が出来る。

そう、現在俺は展示物としてこの博物館に公開されているある″書物″を手に入れる為に態々こうして侵入していたのだった。

 

「さて、何の意味もなく昼間来ていた訳ではないと証明しようかね」

 

懐中電灯片手に制服姿の警備員が近付いてくるも、俺はそれを見ても焦る事なく指を弾く。乾いた音が静かな博物館へと浸透すると、薄っすらとした光が警備員の足元へと現れ、それは俺が呟くのとほぼ同時に効果を発揮した。

 

「眠れ」

 

バチン、と言う大きな音が響き渡ると、警備員は一度体を大きく仰け反らせてから意識を失う。

そんな彼を気にする事なく、俺とその隣を通り過ぎ先へと急いだ。少なくとも、彼が目覚めるのは一時間後の事となるだろう。

 

先程行使したのは電撃の術式であり、言わば死なない程度に手加減されたトラップである。頑張れば脳内信号に干渉し意識の停滞を引き起こすような術式を仕掛ける事も出来たのだが、一つの場所で立ち止まり続けるのはいかにも怪し過ぎる為断念する事となった。

 

人が一人仕事中に倒れてしまったと言うのも十分に大事ではあるのだが、まあ目撃されてしまうよりかは随分とましだろう。

 

「さて、それじゃあパパっと行きますか」

 

目的地を目指す俺の足は気を配る為軽いとは言えないが、それでも龍之介を連れて来るよりかは随分と早い筈である。

 

そんな思いを抱きつつ、俺は漸く目的の部屋へと辿り着いた。

その部屋の中にはやはり沢山の展示物が置かれていたが、その中でもやはり一際目立つのは″一枚の書物″が飾られているショーケース。それは人が触る事すら出来ないよう厳重に南京錠で鍵を掛けられている事から余程貴重な物なのだと判断出来る。

 

「それじゃあ、早速偽物とすり替えようかね」

 

そう言って俺は懐から飾られている物とそっくりな″偽物の書物″を取り出すと、ショーケースに付けられている南京錠へと近づいて行く。

この偽物は俺が似たような質感の紙を探しだし、魔術で風化させた事で一見見分けが付かないように出来ている。まだ科学の進んでいない今の時代ではオリジナルの方も詳しく調べられていないだろうし、この先調べられたとしても最初から偽物だったのだと思う事だろう。

 

「まあ、監視カメラが普及しだしたのは1999年からだから、今の時代ならこれが普通か。バンプキーで開けられるような物で鍵を掛けてるんだから……」

 

俺は呆れたような顔をしながら鍵穴へと特殊な鍵を射し込むと、鍵の頭をそこら辺にあった展示物で叩きながら捻った。

 

「はい、終わり」

 

そうすると、僅か一秒も掛からずに南京錠を開ける事に成功。最後の障害は呆気なく開いたのであった。

 

南京錠はピンシリンダーと言う構造で出来ている為、バンプキーと言うピッキングツールさえ手に入れば簡単に解錠する事が出来るのだ。

やり方も同じく簡単で、同じ形の鍵に加工を加え鍵穴に挿し込み、鍵の頭を叩きながら回すだけ。後はニュートンの法則に従って一秒も掛からずに開ける事が出来る。

時代が違うと言うのは色んな意味で便利なのだが、自分でやっておきながら少し不安になってしまった。

 

そうして偽物とオリジナルをすり替える事にまんまと成功した俺は、再び南京錠を掛けると何事もなかったかのように博物館の出口へと向かって行く。

 

「龍之介は近くのマンホールにいるって言ってたな。それにしてもまた寝床が下水道とは、俺の人生はどうなってるんだろうか……」

 

警察のお世話になる訳にはならない現状であるが故に仕方がない事だが、冬木に帰れば絶対に家を借りようと考えた。

 

 

 

――――――

 

 

 

翌日となるその日、俺は昼間の内に博物館へと赴き問題が起きていなかったかを確認した。

だが、ある意味拍子抜けの結果とも言える程に騒ぎは起きる事もなく、前日と同じように営業をしているだけだった。

恐らく、あの気絶した警備員が目覚めた後も報告をしなかったのだろう。仕事中に寝てしまったと思いその事が発覚する事を恐れたのか、俺にそれを知るよしはないが問題が起きていなかったのは俺に取って良い事である。

 

「ふむ、触媒も準備も整ったな……。そろそろ召喚する事にしようか」

 

そう呟いた言葉を目敏く拾った龍之介は俺が思わず引いてしまう程の速度で此方へと這い寄って来ると、興奮した様子で頬を染めながら口を開いた。

 

「え、やっと亡霊召喚するの旦那!? 俺スッゲー楽しみにしてたんだよ!」

 

「あ、ああ……まあな……。亡霊じゃなくて英霊なんだが、とにかくそうだ」

 

「やったぁ! どんな奴が出てくるのかな? 悪魔見たいなのかな? だとしたら生け贄とか要るから、俺今から捕まえて来るよ!」

 

「待ちやがれ変態野郎」

 

「ファガッっ……!」

 

立ち上がり下水道の出口へと向かい出した龍之介へと、俺はすかさず必殺魔術鼻穴バーストを叩き込み押さえ付けた。

これから召喚を行うと言うのに、何故こんな燃費の悪い魔術を使わせるのだ。

俺は龍之介を睨み付けながら立ち上がると、前日買い込んだある魔術を使う為の道具を手に取る。

 

「生け贄とか必要ない。必要なのは、今から作る簡単な魔術礼装だけだ」

 

詳しく説明するのなら、俺が作るのは結界を展開する限定礼装であり、予め定められた神秘を術者の魔力を用いて実行する物である。

龍之介が作っているカバラ数秘術の術式もある意味その限定礼装に入るのだが、残念な事に使い捨てであり使っている紙がなんの神秘も宿していない為本来の魔術礼装とは比べるまでもない。

 

「それに龍之介、召喚するのは丑三つ時だ。その時間じゃないとダメなんだよ」

 

「丑三つ時って何時?」

 

「夜中の2時頃」

 

そう言って準備に取り掛かった俺は、用意した品を改めて見直した。

結界を起動させる為の道具は系統で言えば陰陽五行に分類される類いの物や清められた塩等が殆ど。西洋の聖水でも問題はなかったかも知れないが、俺がやる事を考えれば念には念を入れる必要がある。

 

「聖杯戦争のルールを破るんだから、それ相応の事をしないとな」

 

そう言った俺は、恐らく非常に悪どい笑みを浮かべていただろう。

 

 

 

――――――

 

 

 

そして、時刻は亡霊が現れると言われている丑三つ時。

俺達は六本木に埋葬されているとある人生の墓の前でいそいそと準備に取り掛かっていた。

 

「あ、龍之介そこ違う。五芒星にするんだからもう少し右……。そう、そこ。そこに礼装置いてから塩盛っといて」

 

「亡霊の召喚ってめんどうだ……」

 

俺の指示にブツブツと文句を言う龍之介であったが、指示にはしっかりと従ってくれる。こうして見ると、龍之介を仲間にして本当に良かったと思う。

そうして龍之介が五芒星を書いている間に、俺は水銀を用いて英霊召喚の魔法陣を描いて行く。この水銀を揃えるだけで一体何個の体温計を買って砕いた事か。

 

本来ならば冬木市でしか召喚出来ない英霊ではあるが、それは聖杯のある土地の霊脈を使っているからである。英霊を招くのが聖杯ならば、聖杯の力の届く範囲でしか召喚出来ないのは必然だ。

アインツベルンの魔術師はそのシステムに介入する事でドイツでの召喚をしていたが、俺には残念な事にそれ程の腕はない為本来ならばここでの召喚は不可能なのである。

 

だが、英霊が元々その場にいるならば、話はその限りではない。

 

「悪いなハサン・サッバーハ。今回の聖杯戦争は休んでくれ」

 

そう、俺が行おうとしているのは、第五次戦争戦争でキャスターがした例外的なサーヴァントの召喚なのである。

アサシンのクラスはどんな触媒を使用しようとハサン・サッバーハと言う英霊しか召喚出来ないのだが、それを覆し可能としたのが神代の魔術師であるキャスターの力。

アレはその場にあった無名の剣士の魂を佐々木小次郎と言う偽りの形に変化させた故にとんでもない実力を必要としていた。俺では逆立ちしても真似する事は出来ないだろう。

 

だが、何度も言うようにその場に英霊がいるのならば話は別なのである。

ここでは冬木の聖杯の力が及ばない故に聖杯の補助を得た召喚は出来ないが、逆に言えば聖杯がハサン・サッバーハを押し付けて来る事もないと言う事。

問題となるのは、英霊の体を形成するエーテルを全て俺の魔力で補わなければならない事だが、それも冬木に行けば解消される。

 

後は、俺が英霊の魂と契約を結ぶだけなのである。

 

「さて、始めるぞ龍之介」

 

「これから殺し合いが始まるんだ……。暫く退屈ともおさらば出来るっ……! クゥゥゥッ……! 旦那っ! 早く召喚してくれよ!」

 

「分かったから、良いから、邪魔だから離れろよ」

 

相変わらず興奮すると人の話を聞かない奴だ。

 

とにかく、先ずは英霊の魂を呼びつけなければならない。その為の触媒として、目的の英霊の遺品である″書物″も用意した。

降霊術は専門外だが、ここまでの物が用意されているならそれも容易い事だろう。

俺は墓へと近付き″書物″を広げると、魔術回路を走らせてお経を紡ぎ始めた。

 

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減」

 

その瞬間、周囲の空気が変わり生温い風が吹き始める。

龍之介も断絶した魔術師の家系とは言え、元々サーヴァントが召喚出来るような人間だ。魔術回路がある故に、この変化を感じ取ったのだろう。それでも、興奮している辺り色々と手遅れであるが。

 

とにかく、これは周辺の魂が寄って来たと言う証だ。ここからが正念場であり、少しでもタイミングを間違えれば失敗してしまう。気を引き締めて行こう。

 

「無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵依般若波羅蜜多 故心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究境涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提」

 

段々と周辺の温度も下がり、異臭が漂って来る。周辺を見渡せば、異様な数の白い人影が此方へと向かって歩み寄っていた。

それを見た俺は、すかさず足先を地面へと叩き着けて陰陽五行の結界を発動させる。

 

その直後、白い人影達は戸惑ったように動かなくなった。

 

急いで作った礼装故強い魂魄にはそれ程の効果は期待出来ないのだが、この程度の霊にならば効果はあったらしい。

そうして、結界を発動させた俺はお経を唱えるのを止め、目の前墓へと近付き首から下げる親父がくれたネックレス型の魔術礼装をその上へと置く。

 

「お前の願いは俺が叶えてやる。最後まで戦いたいなら、さっさとここに降りて来い」

 

呟き、魔術回路を痛みを感じる程に走らせる。

しかし、周辺に変化はなく結界の周りへと霊が近寄って来るだけだ。

眉を寄せ必死に耐えてはいるが、そろそろ限界である。このままでは不味いと考えた俺は、仕方なく礼装へと手を伸ばそうとした。

 

その時。

 

『――本当……ですか……?』

 

霊達の呪念を弾いていた結界を貫いて、そんな声が結界内へと届いて来た。

周囲を見渡せば、そこには未だ結界に弾かれている魂魄達だけ。

しかし、俺は確信を持った。

 

「本当だ。舞台は違うが、絶対に最後まで戦わせてやる。いい加減そろそろ限界なんで、決めるなら早くしてくれ……」

 

『――』

 

どうしようもなく体が痛い。平均的な魔術師以下の回路しか持たない俺に取っては、これだけでもとんでもない苦痛なのだ。しかし、ここまで来ればやるしかない。

 

苦痛に耐え、待つ事数十秒。

声の主は、漸く決断した。

 

『――分かりました』

 

それを聞いた俺は龍之介へと目配せをし、声を上げて指示を出した。

 

「やれ――!」

 

「分かった旦那!」

 

その声に答え、龍之介は足元にあった盛り塩の一つを蹴り飛ばした。

それは結界を越えて周辺の魂魄へとぶつかり、それに驚いた彼等彼女等はその場から離れて行く。

俺はその様子を横目に墓へと視線を向け問い掛けた。

 

「お前をアサシンのクラスとして現界させる。良いか?」

 

『――良く分かりませんが、はい』

 

同意を得た俺は、それにより漸く本来の詠唱を始める事となった。

 

 

閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する。

 

――――告げる。

 

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者。

我は常世総ての悪を敷く者。

 

汝三大の言霊を纏う七天。

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。

 

 

その詠唱は周辺へと響き、墓の上にある礼装を発光させる。

目映い光を遮る為に手を伸ばし、光が収まってくれるのを待つ。

そして、光の収まったその時には、俺の目の前に彼女は現れていた。

 

 

「――新撰組一番隊隊長、沖田総司。貴方を主として、共に戦わせて頂きます」

 

 

色の白い、金髪のような白髪。

新撰組の代名詞とも言える羽織を着た彼女が、俺の目の前で膝を着き頭を下げる。

 

俺は口元を緩め、満足気に目を細めた。

聖杯戦争のルールを厳守するマスターが見たら激怒するだろうその光景だが、俺はそんなマスターに逆に言ってやりたい。

 

ルールとは、破る事で意味を成すのだ。ペナルティがあるからこそ、人はそのルールを守る。

 

だが、もしも最初からそのゲーム自体が破綻していた場合は?

手に入る筈の優勝商品がなく、勝ったとしても喜びすら与えてくれないゲームならばどうだ?

 

どうしようもなく、意味のない遊びだとは思わないだろうか。勝っても負けても得るものはないのに、破ったとしてもペナルティのないルールだけはしっかりと敷かれている。

 

そんな物であるのなら、一体どこに守る必要があるのだろうか。

破って破って破りまくって、楽しむ事が唯一の景品となるのなら、俺に取って正しいのは悪にならない程度のルール違反だ。

 

 

さて、全ての準備は整った。

それじゃあ聖杯戦争にカチコミと行くとするか。

これが俺の、聖杯戦争のやり方だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 行動方針を話し合おうか

東京の街は車の騒音が響き、排気ガスによって濁った空気が蔓延している。俺にとっては非常に良い感じの空気であり、前世から慣れ親しんだ騒音は耳に心地良い振動を与えてくれる。

俺はそんな心地良い街へと、先日召喚する事に成功したアサシンである沖田総司と共に繰り出していた。

 

「……江戸は変わってしまったんですね……。皆さん、なんだか幸せそうです……」

 

そう言って来たのは俺の三歩程後ろを歩くアサシン。

彼女は桜色の着物と袴を着こなして、ブーツを履いた格好となっている。

本来ならばこんな目立つ格好は避けるべきなのだろうが、色々な要因が混じり結局は元々の格好を出来るだけ再現する事となった。

 

しかし現在、そんなアサシンの表情は少しばかり複雑な感情を含んでいた。

 

「江戸幕府がなくなった後にも色々あったんだが、今は完全に法治国家だからな。刀なんて凶器になりうる物を持ち歩く事は法律で禁止されているから、お前のいた時代に比べると随分と安全にはなっているよ」

 

「だから、聖杯戦争と言う訳ですか……」

 

「まあ、そう言う訳だな」

 

本来、聖杯と言う概念と程遠い筈のアサシンがこの戦いに呼ばれる事はなかった。

それを可能としたのが、降霊術と聖杯戦争の令呪を借りた裏技的な方法。

 

令呪とは言ってみれば簡用的な魔術刻印である為、聖杯から配布された時点でどう使うのかはマスターである人間の自由となる。俺はその独立した魔術刻印を契約する際の要とする事で、聖杯戦争の美味しい所だけを掠めとる事に成功したのだ。

この方法を使えば、例えその辺に漂っている浮遊霊とだって契約出来てしまう。その為俺は態々陰陽五行の結界を張り、盛り塩を使う事で他の霊魂と契約してしまう可能性を排除したのだった。

 

ここまで上手く言ったのは、沖田総司の願いを俺が知っており、尚且つ近代の英霊であったからだと考えられる。

実際の所、何故アサシンが俺の声に答えてくれたのかは分からないが。

 

「とにかく、俺とお前はこれから作戦会議だ。少々不安だが、龍之介には一足先に冬木で家を契約してもらってるから、その間に出来る事をしないとな」

 

「はい、分かりました」

 

本当に素直だと思いつつも、俺はアサシンを引き連れて近くの喫茶店へと足を進める事にした。

着物を着ている為に目立ってしまう事は仕方がないが、一人でブツブツと喋っていると思われるよりかは随分とましだろう。

 

 

 

――――――

 

 

 

それから俺達は近くの喫茶店へと辿り着くと、その落ち着いた雰囲気で漸く一息つく事が出来た。

それもその筈であり、その原因であるアサシンはテーブルへと着いた途端グッタリとしてしまう。

 

「なんだか私、凄く見られていました。やはりこの時代で着物は目立つんですね」

 

まあ、正直俺も奇抜な格好をした奴を連れる事がどれだけ注目を集めてしまうのかを嘗めていた。それでなくもとアサシンはかなり整った容姿をしているのだから、そうなってしまうのも当然か。

そう考えた俺はそれに頷くと、そんな服を用意した理由を明かすと共にその場凌ぎの対策を伝える事にした。

 

「ああ、次からは少し考えないといけないな。戦闘の際出来るだけ慣れた格好の方が動き易いと思って揃えたが、一応洋服も用意する事にするよ」

 

「はい、お願いしま――こふっ!?」

 

「おいっ!? どこに吐血する要因があったんだ!?」

 

しかし、突然アサシンが口を押さおびただしい量の血を吐き出した事で俺の思考は一瞬で乱れてしまった。

と言うか、おいふざけるな。こんな所で吐血なんてしたら奇抜な格好をしている以上に目立ってしまうだろうが。

俺はガチャガチャと音を鳴らし旅行鞄からタオルを取り出すと、周囲を見渡しながらアサシンの口を拭き始める。

 

「す、すいません……。私、一度死ぬ前からこんな感じで……。今回は沢山の人に見られて精神的にきてしまったようです……」

 

「病弱系サーヴァントって事は知っていたが、間近で見ると恐ろしい程に血を吐くんだな……。これは流石に引くぞ……」

 

全く嬉しくはないが、最近は龍之介の奇行によってある程度メンタルは鍛えられていた。しかし、始めて見た実際の吐血によるインパクトは男に赤い顔で迫られるそれを大きく上回り、俺を盛大に引かせたのだった。勿論、物理的な意味で。

 

「あ、あの、何故態々私の斜めの席へと移動するのですか……?」

 

「えっ? いや、だって俺血とかかけられたくないし。仕方なく下水道で生活とかしてるけど、こんな普通の所でまで汚れたくない。あと、そのタオルもう使えないから上げる」

 

「…………こふっ!」

 

「……おい、なんで態々俺の方を向いて吐血した……? ああ? ふざけんてんじゃねぇぞこの病弱系サーヴァント……」

 

俺は顔面に散ったアサシンの血液をテーブルの上にあったお絞りで拭いながら少々ドスを利かせた声で抗議する。歴戦の剣豪である彼女にはこの程度の事そよ風だろうが、純粋な怒りが沸いてしまった俺にはどうする事も出来なかった。例えるなら、思わず令呪を使いそうな程には。

しかし、意外な事にそんな俺の怒りが伝わったのか、アサシンは自分が吐血した血液を拭きながらシュンと落ち込んでしまった。

 

「……だって、私の事を汚物見たいに扱うから……。確かに、私はこの病気のせいで最後まで戦えなかった人間です……。こんな病気を患わなければ、きっと最後まで戦うと言う未練なんて残らなかったんでしょうね……。そのせいで今のように迷惑を掛けてしまって……本当申し訳ない気持ちでいっぱいです……」

 

「うわぁ……」

 

思わず口から出そうになった、面倒臭いと言う言葉を必死に呑み込む。

メンタルが弱い事は知っていたが、何故俺に向けて吐血したと言う疑問からここまで話が逸れているのか。引くよりも先に大きく罪悪感を引きづり出されたせいで、感じていた怒りは成りを潜めてしまった。

 

「いや、すまん俺が悪かった。勘違いをする言い方をしてしまったな。表現を変えて嫌悪する何かが散るから止めて欲しいと言うべきだったよ 」

 

「ぅぅ……こふっ!」

 

「……はぁ」

 

俺はアサシンが潤んだ瞳で此方を見ながら吐血した三度目の血液を拭き取ると、諦めたようにため息を吐いてしまうのだった。何か変な事を言ってしまっただろうか。

 

その後も俺はアサシンを何度か慰めようとしたのだが、その度に吐血するので変に声を掛けられない。

結局、俺はアサシンを放置する事で精神の回復を図る事にしたのだった。

 

「ウェイトレスさん、コーヒー持って来て……」

 

「はい、畏まりました。……あんな綺麗な人泣かせるなんて……最低」

 

「……」

 

しっかりと聞こえてるよクソが。幸い吐血は見られていなかったようではあるが、これは新手の精神攻撃か何かか? 全く、俺が何をしたと言うのだろうか。

手元にある水を手に取り、俺は再び沸き上がる怒りを抑える為それを口へと含んだ。

 

「あ……それ私の血液が……」

 

「――ブフッ!?」

 

「やっぱり、私って……」

 

「クソッ……アンタ最低だなっ……!」

 

誰だって血液が入っている水を口に入れたらこうなるに決まっている。これはメンタルが弱いとかではなく卑屈の領域だぞ。スキルが突然変異でも起こしているんじゃないだろうか。

そう思い頭に頭痛を覚え始めてしまった俺は、現在の問題点を再び思い出す事で彼女が落ち着くまでの時間を過ごす事にした。

 

先ず、現在の問題点として上げられる最大最悪の物が一つだけある。

それは、第五次聖杯戦争でもあった例外的な方法で召喚したサーヴァントの行動範囲内の制限が掛かってしまった所にあったのだ。

 

「まさか、俺から500メートル以上離れられないとはな……。アサシンの適正によるメリットがこれで半分以上なくってしまった」

 

これの原因は恐らく、アサシンの魂を呼び込む為に稼働させた親父の魔術礼装が原因だと考えられる。

あの時俺がネックレスを墓の上に置いたのは、所謂撒き餌としての役割を果たしてもらう為であった。心霊術が魔術として扱える以上、霊力と魔力は似た力であると考えて良い。その為、大きな魔力を宿すこの魔術礼装が撒き餌として使えると俺は判断したのだ。

 

しかしその結果、契約の要となる筈の令呪だけでなく魔術礼装までもが要として使用されてしまったのだ。この現象により俺とアサシンのパスは令呪と礼装の二つで正確な物として扱われる為、現在のアサシンはこのネックレスと令呪からセットで魔力を供給している俺から離れすぎる事が出来ないでいる。

 

まあ、これは俺の魔術回路が軟弱過ぎた故に避けられない結果だったので仕方がないだろう。自分の責任である事位は自分で解決しなければ。

 

「次は、パラメーターの低下か」

 

次に問題となるのは、未熟な魔術師である俺が召喚した事によって起きたパラメーターの低下だ。

これについては、俺自身余り気にしてはいなかった。その理由としては、思ったよりもパラメーターの低下がなかった事が理由である。

今一度俺はパラメーターを再確認する為に、漸く落ち着いてきた様子のアサシンをジッと見詰めた。

 

 

 

【筋力】C

【耐久】E

【敏捷】A+

【魔力】E

【幸運】E

 

【宝具】C

 

 

保有スキル

 

気配遮断B

心眼(偽)A

病弱A

縮地B

無明参段突き

 

 

 

「うん、幸運と気配遮断のランクがお互いに一つ落ちてるだけ。宝具が一つ使用不可能になるのは予定調和だし、要であるスキルに変動もないから思ったよりも良い結果になったな」

 

俺が当初予定していたよりも、アサシンのパラメーターには大した変化がなかったのだ。寧ろ幸運が落ちたのはアサシンのクラスにした事によるデメリットであるとも考えられる。予想以上に良い結果だっただろう。

 

しかし、そんな中でも見逃せないスキルは一つだけあった。

 

「病弱Aねぇ……」

 

先程まで困らされていた原因のスキルであり、沖田総司の逸話による産物である。

元々沖田総司の死因は病死であり、1866年頃に行われた新撰組の集団診察でも肺結核の人物が一人だけいたとの記載があった。恐らくは、その逸話による死因がこのようなスキルと言う形で再現されてしまったのだろう。

 

今ならば肺結核の治療は可能ではあるが、こうしてスキルに記載されている以上治療して治ると言う可能性はないと言い切れる。何故ならば、アサシンはどこまで行っても霊体でしかないからだ。

魂の復元は既に人間の領域から離れ過ぎている為、アサシンのこのデメリットスキルを治すと言う事は不可能であるのだ。

 

「だがまあ、戦闘中に起きなければ問題はない」

 

不安なのは幸運が低い事によるデメリットスキルの発動だが、Eランクと言うのは普通の人間に比べれば遥かに高い。最悪運気アップの礼装等で高める事も可能である為、金が掛かるだけで問題は、あるがないと言っても過言ではないだろう。セイバーのクラスでない為に消えてしまった耐魔力のスキルについても、金さえあれば魔除けのアミュレット位ならなんとかなるしな。

 

「ははは、金の力は偉大だよ……」

 

少し、出費がかさんでしまうかも知れないな。

 

何はともあれ、そうして改めて状況を整理した俺は漸く落ち着いたアサシンの様子を確認すると、これからの事について漸く話し合う事が出来るようになったのだった。

 

「さて、落ち着いた所で話を戻そうか?」

 

「はい、すいませんでした……」

 

「構わない。どうせ……いや何でもない。とにかく、俺達は今後の動きについて色々と話し合う必要がある。約束通りお前の願いは叶えてやるから」

 

そう言った俺の言葉にアサシンはしっかりと頷いてくれた。

さて、それじゃ早速今後の予定について話し合いますかね。

 

「先ず、これから約五ヶ月後に冬木市と言う場所で聖杯戦争が行われる。ルールについては知っているな?」

 

「……ルールがあるのですか?」

 

「……ん?」

 

不味い、いきなり何か問題が起きてしまった気がするぞ。一体どう言う事だ。

俺は必死に頭を働かせ、「いい加減休ませろよ」と訴えてくる脳を無視しながら答えを探し求めた。

 

その結果、出て来たのは冬木市以外での召喚。

 

「なるほど、恐らくは聖杯の力から逃れて直接契約した事が原因でルールや一般常識の説明がされていなかったのか。この世界を見てアサシンが慌てなかったのは、異国の存在を知っていたからであって、確かに法律の事すら知らなかったな。アインツベルンは聖杯を作った御三家の一つだからその過程も含めて召喚する事が出来るって事か」

 

「あの、知らない言葉が沢山出てきて混乱してきました。結局、聖杯戦争のルールとは何なんでしょうか?」

 

「そうだな、難しい事は抜きにして話して行こうか」

 

そうして改めて聖杯戦争のルールを思い出す事と同時に、俺はアサシンへと簡単なルール説明を行い始めたのだった。

 

「先ず結論から言えば、聖杯戦争とは過去の英雄と契約した七人の魔術師によって繰り広げられる″殺し合い″の事だ。魔術師と言うのは詳しく説明すると長くなるから簡潔に言うが、つまりは俺のようにお前のような存在と契約する事の出来る人間の事を指し、この人間の事をマスターと言う」

 

「マスター……。では、貴方は私のマスターと言う事ですか」

 

「まあ、そう言う事。そして、ここからが最も重要な話だ」

 

俺はアサシンへとそう前置きをすると、恐らくアサシンも不思議に思っているだろう″殺し合い″の理由を説明する事にした。

 

「何故マスターは聖杯戦争を起こすか。その理由は、勝ち抜いた結果に得る事が出来る聖杯と言われる願望機の存在が理由だ。つまり、勝ち抜いたマスターと英雄はその聖杯を使って何でも好きな願いを叶える事が出来るんだよ」

 

「願いを叶える事が出来る……ですか。胡散臭いです。それに、私の願いは貴方が叶えてくれるんですよね?」

 

そう言ったアサシンに対して、俺は苦笑いする事を禁じ得なかった。

本当に、アサシンを呼んで正解だったと思う。

 

「まあ、約束だしな。それに、お前がもし願い事を持った日には全力で止めていたよ。今の聖杯には、人を不幸にする力しかないからな」

 

「そうなんですか? そんな物を取り合う為に殺し合いをするなんて、理解出来ませんよ」

 

「他のマスターはそんな事知らないから仕方がない。だが、例え教えたとしても信じたりなんてしないだろう。魔術師は自分の世界に閉じ籠る事が仕事なんだから」

 

「今の時代は難儀な物ですね」

 

「一部の人間だけだがな」

 

そんな事を言い合って、俺達は互いに苦笑いを浮かべた。さっきはメンタルが弱過ぎた事もあって扱い難い相手と思ってしまったが、意外と良い感じかも知れない。

とにかく、これで聖杯戦争の説明は終了した。今度こそ、今後について話し合わないとな。

 

「それじゃあ、俺は今から聖杯戦争が始まった後に動く基準となる三つの行動方針を提示する事にする。お前――アサシンにはこの中から好きな物を選んで欲しい。つまり、アサシンであるお前が最も動きやすいと思う物を優先して動く事になる。理解出来たな?」

 

「勿論ですよ――マスター。それで、その行動方針とは?」

 

そう言って再び苦笑いを浮かべると、俺は指を三つ立てて説明し始めたのだった。

 

「一つ目。サーヴァントではなくマスターの殺害を持って優勝を狙う方法」

 

指を一本折って、次の行動方針を告げる。

 

「二つ目。今回の聖杯戦争の切り札を確保する事で戦いを優位に進める方法」

 

更に指を折り、最後の行動方針を告げた。

 

「そして最後にオススメはしないが、英雄全員の打倒を持って勝利を狙う方法だ」

 

俺はそこまで言い切ると、それ以上口を開く事なくアサシンの反応を待つ事にした。

首を傾げて考え込んでいる様子から分かる様に、しっかりと考えてくれているらしくて嬉しい限りだ。

 

アサシンはそれからも暫くの間考え込んでいたが、漸く考えがまとまったのか顔を上げて口を開いた。

 

「……マスターが何故この意味のない戦いに参加したのか、私には分かりません……しかし、マスターが私の願いを叶えると言った時の瞳に偽りはありませんでした。ですから、マスターが理由を先程話さなかった事については何も聞かない事にします」

 

む、なにやら雲行きが怪しくなってきたな。漸くコーヒーの準備をし終えたウェイトレスの視線も怪しくなってきた。

そんな事を思う俺を他所に、アサシンはこれからの行動方針を告げるのだった。

 

「二つ目の方法でお願いします。――私はマスターの事を信頼しますから」

 

そう言って笑ったアサシンの顔には笑顔が溢れ、ふざけた思考の俺でなければ頬の一つは赤くしていた事だろう。

まあ、言えないよな。理由が安全な異能バトルだなんて。言えないよな。令呪が出たから最悪でも近くで傍観及び死なないようにしようと思ったなんて。

 

しかし、信頼してくれているのならそれには答えよう。

俺は約束通りアサシンを最後まで戦い抜かせる。

これは最低限の条件であり、出来損ないの魔術師としての最低限守るべき等価交換だから。

 

 

「……マスターって呼ばせる趣味があるとか……キモ」

 

最低な位に台無しだよこの毒舌お嬢様。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 作戦?カモネギ狙いだ

アサシンと共に行動方針を決定した翌日。俺達は龍之介に頼んでいた借家へと集まっていた。

家の広さは二部屋とあり、三人で一時的な寝床とするのなら問題点はないだろう。

 

「ありがとな龍之介、お陰で助かったよ」

 

俺は龍之介へと礼を述べ、改めて部屋の中を見渡し感動を覚える。

どこにでもある普通のアパートである筈なのだが、久々に感じる家と言う空間。一ヶ月もの期間を下水道で暮らした俺にはまるでエデンの園のように感じる。

 

しかし、龍之介には俺程の感動はなかったのだろう。俺の礼に何度も借りた経験があるから問題はなかったと答え、それよりも話を切り出した。

 

「それよりもさ、旦那にガソリン籠めて欲しいのがメチャクチャあるんだよな」

 

そう言って近くの押し入れから笑顔の龍之介が取り出したのは、術式の書かれた紙。

これについて全く問題はない。元々魔力を籠める事は予定していたからな。寧ろこれから使う予定である為褒めてやりたい位ではある。

 

ただし、それが思わず絶句してしまう程の大量の紙束でなければの場合だが。

 

「……まさか、これを全部一人で書いたのか?」

 

まさか龍之介は俺達が帰って来るまでの間ずっとこれを作っていたと言うのだろうか。

確かに俺達は冬木へと帰って来るのに二日間を必要とした。その理由としては、直前の駅から徒歩で戻り始めた事が原因だと言える。

 

そもそも、どうしてそんな回りくどい方法で冬木市に入らなければならないのかであるが、それは本来なら聖杯戦争で中立となる筈の教会が遠坂時臣へと肩入れしている事が原因なのだ。

 

聖杯戦争の開始は、七人のマスターがサーヴァントの召喚を終えた時点で監督役の教会により宣言される。

では、何故教会がその召喚した瞬間が分かるのかと言えば、教会が所持している霊器盤と言う物の存在があるからだ。

 

聖杯戦争において教会はその立場を中立な物とし、その進行を潤滑に進める仕事を請け負う。それにより公平に戦いを進めさせなければならない教会は、どの瞬間にどのクラスのサーヴァントが召喚されたのかを把握する事が出来る霊器盤と言う物を所持しているのだ。

 

聖杯戦争はその特性上、本来ならば他マスターがいつ召喚したのか等分かりはしない。

しかし、ここで中立である筈の教会が一人のマスターに肩入れしてした場合はどうだろうか。そのマスターは本来なら知り得ない情報まで手に入れる事が出来てしまう。そうなれば、肩入れされた人間は有利に聖杯戦争を進める事が出来るだろう。

 

つまり俺達が徒歩で冬木市へと入ったのは、霊器盤によりアサシンが召喚された情報を得たと思われる遠坂時臣にマークされているだろう駅を避ける為であり、徒歩での侵入なら予想は難しいと考えたから。

魔術的な方法で痕跡は見付かってしまうかも知れないが、俺の顔が知られる可能性は大きく下がるだろう。

 

そんな理由もあり、俺達は帰るまでに少し時間を費やしてしまったと言う事である。だがしかし、これは幾らなんでもやり過ぎだろう。

そこまで考えた俺は、龍之介に少々申し訳なさそうな顔をしながらも断りを入れる事にする。

 

「龍之介、悪いが今度にしてくれないか? この後に近くの山に向かう予定だから、魔術ならそこでしてくれ」

 

「えぇ!? なんでだよ旦那!」

 

龍之介が身を乗り出し俺の返答に不満そうな声を上げると、その振動で舞い上がった紙が俺の頭へと紙吹雪のように乗る。

俺はそれを指先で除けながら一枚を差し出し、龍之介へと理由を説明し始めたのだった。

 

「理由としては色々あるが、まあ一番の理由は魔術は必然的に魔力を使うと言う所にある。そんな事したら、魔力に敏感な魔術師はすぐに場所の特定が出来てしまうんだよ」

 

つまり、今こんな所で魔術の行使等してしまえば発見して下さいと言っているようなものであり、好きではない運動をした成果が水の泡となってしまうのだ。

そう言った事も含め龍之介へと改めて理由を説明すると、渋々と言った様子ながらもこの後に山へ向かうならと了承してくれたのだった。

 

「となると、話し合いを始めるにはあと一人連れ戻さないとな」

 

頭の中に浮かぶのはこの家を見た時のアサシンの姿。別に一軒家でもない只の家だと言うのに、来た当初の俺のように感動している様子であった。恐らくは、現代の家と言う事で興味が出たのだろう。

 

そう考えた俺は立ち上がると、台所へと繋がる扉へと向かいアサシンを呼ぶ事にする。最後に見たアサシンの様子だと、水道や電気に興味を持っていたようだから動いていないだろう。

 

そうして扉を開けた俺は、そこにいるだろうアサシンを目にすると、本来予定していたのとは違う疑問の声を掛ける事になった。

 

「……なあアサシン。お前は、一体何をしてるんだ?」

 

「あ、マスター見てください。コレって本当に凄いですね。綺麗な水がずっと出るんです」

 

そう呟く俺の視界に映ったのは、蛇口から出る水を止めては出し、止めては出しを繰り返すアサシンの姿。

彼女はそれを飽きる事なく繰り返しながら、声を掛けた俺へと陽気に返答する。

幕末では水道は一部の家にしかなかったと聞いた事があるし、今の時代では水質が非常に安定している故感動するのは分かるのだが、一言だけ言わせてくれ。

 

「お前、ずっとそんな事してたのか?」

 

「だって凄いじゃないですか! 見てくださいマスター。ここを回すと水が出ますし、この電気と言うものだって蝋燭も無いのに明かりが灯るんですよ!」

 

なにやら興奮して説明して来るアサシンに取っては、今の科学はカルチャーショックであったのだろう。逆カルチャーショックを受けた俺としては、その気持ちは分からなくもない。

それでもまあ、これからそんな物を見る機会はいくらでもあるのだ。申し訳ないが今は話し合いに参加してもらう事にしよう。

 

「分かった分かった。今度面白そうな物があったら好きなだけ見せてやるから、今は話し合いに参加してくれ」

 

「本当ですね? 約束ですよマスター」

 

「ああ、非常に不本意ながらの約束だ」

 

「マスターはいつも皮肉ばかりです……」

 

そう言って肩を落とすアサシンを受け流し、俺も龍之介が待っている部屋へと彼女を連れて戻る事にする。

さて、早速話し合いを始める事としよう。

 

 

 

――――――

 

 

 

「じゃあ始めるとするか。これからの方針については既に決定してあるが、その為の切り札を手に入れるにはもう少し時間が掛かるんでね。今回はそれを手に入れる前の事前準備について話し合う事とする。質問があれば遠慮なく頼む」

 

部屋へと三人が揃った所で、俺は話を始める前置きとしてそう切り出した。

龍之介とアサシンはそう言った俺へと視線を向け、早速質問したそうな雰囲気を発している。ほんと、素直な奴は面倒じゃなければ大好きだぞ。

 

「えと、その事前準備とはつまり何をするんですか?」

 

「旦那、切り札ってなんの話?」

 

そう言って来る二人の言葉に、俺はどこか夢を見ているような感覚に陥っていた。その理由は、勿論アサシンと龍之介にある。

いやはや、意外って言うのかなんと言うか。まさか龍之介とアサシンがこうも反発する事がなかったとは。いや、どちらかと言うと龍之介がアサシンを気に入っている感じだろう。

 

「いやいや、まさかアサシンが吐血した事で龍之介との関係が緩和するとは……。これが吐血の力か」

 

「好きで吐血している訳じゃありませんよマスター!? 大体、私は治安を乱すこの方と余り仲良くする気は――こふっ! ……すいません、興奮し過ぎました」

 

アサシンとしては俺の言った事が余程嫌だったのか、必死に否定した事で口から吐血する。吐き出された血液は床へと広がり、それを見た俺は掃除しなければならないなとため息を吐くのだった。

 

しかし、そんな中場違いな声を出す人間が一人。まあ、言わずもかな龍之介である。

 

「うわぁ……綺麗……」

 

「ひぅっ……!?」

 

キラキラとした目で血液を見る龍之介から、アサシンはそんな悲鳴を上げながら俺の後ろへと逃げて来た。おい、来るのは良いが血液を着けるなよ。

だが、そんな俺の願いはアサシンへと届く事なく、彼女は吐血を受け止めた手で俺の服を握り締めて来るのだった。

 

改めて確認した事で思うが、これは奇跡的な偶然によって起きた必然だったのだろう。

龍之介を突き動かす好奇心は、死の本質を理解したいが為の物。そんな龍之介がいつ死んでもおかしくない病気を患い現界したアサシンへと興味を抱くのは当然の事だったのかも知れない。

こっそり龍之介へと直接聞いてみたのだが、龍之介曰くアサシンは「殺している最中の人間と同じ」だとの事だった。俺には一生掛けても理解出来ない感性だろうな。

 

とにかく、自分で言うのもなんだが今回は珍しく俺自身が話を逸らしてしまった。この辺で軌道修正する事にはしよう。

 

「悪い悪い、話を戻そうか。アサシンもいい加減離れてくれ。ハッキリと言えば、今は血生臭いから来るな」

 

「――こふっ!」

 

「旦那、綺麗だ……」

 

「……」

 

頭からかかる暖かな血液。それを見てそう呟く龍之介。よろしい、ならば戦争だ。

 

「お、落ち着いて下さいマスター!」

 

「離せアサシン。テメェ等殺せない」

 

「私もですか!?」

 

お前等以外に誰がいると言うのだ。とりあえず、魔術は使わないから座れ貴様等。

 

そうして怒り狂っていた俺であったのだが、ふと本題について何も話していない事を思い出した。そして、そもそも原因は誰だと考え、話を逸らした自分が悪いと気付いた俺は、アサシンの吐血でヌチャヌチャになった頭をタオルで拭いながら十秒程も続く長いため息を吐いたのだった。

 

「……今回は俺自身にも責任があるから諦めるが、吐血沙汰は極力控えるように」

 

この中で吐血するのはアサシンしかいないのだが、何がショックで吐血しているのか俺には分からない為こうやって忠告する事が精一杯だ。

アサシンも俺の頭に吐血した事を気にしているのかシュンとしてしまっている。仕方ない、少しフォローしておく事にしよう。

 

「すまない、何が原因か目下検討もつかないが、傷付けてしまったらしい。せめて、俺に好き好んで吐血する変態と表現を柔らかくするべきだったと反省してるよ」

 

「――こふっ!?」

 

再び吐血するアサシン。訳が分からないよ。

俺がその様子を見て首を傾げていると、アサシンは血で口元を拭いながら涙目で俺へと口を開いたのだった。

 

「マスターは……表現を柔らかくすると言う意味を考えるべきです……」

 

「理解しやすくしてるんだから、表現が柔らかくなってるじゃないか。例えばそこで血液を見て赤い顔をしている龍之介を、″血液を見た事で自身の感性を刺激され高揚してしまう希少な人間″と表現するのと、″血液を見てうっとりする変態″と表現するの。さて、一体どっちが柔らかく表現出来てる?」

 

そう問い掛ける俺の言葉を聞いたアサシンはため息をつくと、柔らかくするの意味が違うと呟き黙り込んでしまった。

まあとにかく、話が戻ったのだからさっさと進める事にしよう。

 

「えと、確か切り札と事前準備についてだったな。まあ、切り札については実際そんな大それた物じゃない。俺の考えてたのは″人材″の事だよ」

 

「人材……ですか。なるほど、戦いは数が命ですからね」

 

そう言った俺の言葉に一番早く納得したのはアサシンであった。しかし、それもその筈。アサシンは元々集団での戦いを行っていた人物である為、人材がどれ程大切な物なのか理解しているのだろう。持論ではあるが、数に勝る戦闘力はないのだから。大量の武器然り。大勢の軍隊然り。

しかし、今回の切り札について事情が違う。

 

「だがまあ、今回狙うのは質のある人材なんだ。これについて俺達の力ではどうする事も出来ないし、最悪の時期にある最高のタイミングを狙う事にする。今は事前準備についてだ」

 

「まためんどくさい事かよ旦那……」

 

「その通りだが、諦めてくれ龍之介。聖杯戦争が始まるまでの辛抱だ」

 

その言葉でグッタリとする龍之介を見て、久しぶりに申し訳なく思った俺は雀の涙程度のフォローを送ったのだった。

 

「とりあえず、これで切り札の説明は終わりだ。次は事前準備について話すぞ」

 

俺はそう言って立ち上がると旅行鞄から初めて冬木に来た際に購入していた地図を取り出し、何に使うのかと言う疑問がハッキリと顔に出ている二人の間に広げる。

そして、その地図につけてある複数の赤点を指差しながら事前準備とは何かを説明し始めた。

 

「まず最初に言っておくが、この事前準備に関しては手抜きは許さん。これから四ヶ月、最も重要なこの三ヶ所を含めた計四十二ヶ所で準備をする事となる。龍之介の書いた術式については、有効活用する為に町のあちこちに仕掛ける予定だ」

 

「四ヶ月ですか……」

 

「めどくせぇよ旦那……」

 

流石に四ヶ月もの時間を要する事前準備とは思わなかったのだろう。龍之介はいつもの事だとしても、アサシンですら考える仕草をしたくらいだ。

そうしてやはりと言うべきか、疑問に思ったのだろうアサシンは俺へと声を掛けて来る。

 

「マスター。その重要な三ヶ所での事前準備とは、具体的には一体何をする事となるんですか?」

 

そう問い掛けてくるアサシンへと視線を向けた俺は、もう一度地図の三ヶ所を指差しながらその事前準備について簡潔に告げたのだった。

 

「この三ヶ所に、約100メートルに渡る超特大術式を書く」

 

「……え?」

 

そう疑問の声を上げたのは龍之介の声。アサシンはメートルと言う単位が分からないのか首を傾げているが、現代人である龍之介にはすぐさま理解出来たのだろう。

つまる所、俺はメモ帳の端から端まで数列を刻むそれを100メートル規模ですると言っているのだから。

 

「だ、旦那……流石にそれはめんどくさい所じゃ……」

 

珍しく視線を泳がせながらそう言う龍之介も、流石に約100メートルに及ぶ術式と言うのは予想外だったのだろう。俺自身、そんな大きさの術式は今までに書いた事がない。もし三年位期間があったのならば書き込む予定の術式に限った簡略化も可能だっただろう。しかし、今の時点ではハッキリ言って不可能である。この事前準備には相当の苦労が予想出来る為、二人には少々申し訳ない気持ちが思い浮かぶが仕方がない事だ。諦めて貰う事にしよう。

 

「まあ、龍之介についてあの量の紙を見る限り大丈夫だとは思う。この四ヶ月ってのは、俺と龍之介が全力で術式を書いたと予想する期間だから、休息を取りながらやれば約五ヶ月になるだろう。龍之介、五ヶ月分頑張った最高の花火を見せてやる予定だから、しっかりと頼むぞ」

 

「うぁ……」

 

頭を抱えてしまった龍之介はブツブツ呟き、部屋の隅へと縮こまってしまった。

俺にしては本当に申し訳ないと思っている為、ここで下手に声を掛ける事が出来ない。動き始めれば腱鞘炎は間違いない為、暫くは優しく接して行く事にしよう。

そして、アサシンはそんな龍之介の反応を見てある程度その大きさを想像出来たらしく、再び俺へと当然の疑問を問い掛けて来たのだった。

 

「一体どれ程大きいのか私には良く分からないのですが、それ程大きいのなら敵マスターに見付かってしまうのではないですか? 策も予め潰されてしまえば無意味です」

 

「確かにその通り――と言いたい所だが、一応考えてはいるよ」

 

そう言い、俺は一枚の紙を旅行鞄から取り出しアサシンへと見せた。だが、その紙にはただ赤い線しか引かれてはおらず、アサシンも一体それが何なのか分からないようである。

しかし、その反応を見た俺がそれを地図の上に重ねてやれば、アサシンは途端に納得したように声を上げた。

 

「なるほど、地下ですか。」

 

「正確には下水道だがな。つまり、ここに術式だけを書くって訳さ」

 

恐らく下水道に行こうなんて考えるのは切嗣か綺礼、あとは龍之介位だろう。他のマスターはそう言う所は嫌悪する筈であるし、下手な事をしなければバレる心配は殆どないと思える。

そう言った理由によりここを選んだのだが、ここで龍之介が声を上げたのだった。

 

「でもさ、旦那さっき言ってたじゃんか。ガソリン籠めたら勘づかれるって」

 

「良く覚えてたな。意外だ」

 

言葉の通り、俺は目を瞬かせて龍之介へと視線を向けた。しかし、俺は先程言った筈である。

 

「言っただろ、″術式だけを書く″ってな。龍之介の言う通り、魔力に関してはマスターに勘づかれるから籠めるに籠められない。だから、動力源に関しては他をあたる手筈になっている」

 

「宛てがあるのですか?」

 

「今はない。だが、待っていれば勝手に来てくれる。聖杯戦争が進めば進む程な」

 

「そ、そうですか……」

 

そう言って俺が笑みを浮かべれば、アサシンは表情を引きつらせて苦笑いをした。ふむ、どうやら俺は今相当悪どい顔をしているようだ。

 

それじゃあ、聖杯戦争までの後五ヶ月。俺達は事前準備をサクサク進めて行く事にしよう。

カモがネギ背負ってやって来るまでな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 始まり聖杯戦争

少々時間が飛びます




既に完全に日の落ちた夜の倉庫街。あちこちにある街灯がその中を照らし、少しだけ開いた場所にいる槍を構えた青年を映し出していた。その青年の容姿を一言で例えるのならば、きっと美形やイケメンと言う言葉が最適だろう。

 

しかし現在、そんな青年の全身からは穏やかとは言えないような闘気が溢れ出している。そう、彼はランサーのサーヴァントなのだ。

だがそれでも、現在彼が出している闘争に殺気すら含まれているのは明らかにおかしい。その原因は、きっと彼のマスターにあるのだろう。

 

「アインツベルンに雇われた人間……衛宮切嗣……。魔術師の面汚しめっ……!」

 

そのマスターである男性――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはギリギリと歯軋りの音を立てながら手元の紙を握り締めている。

そんなケイネスの怒りに反応してなのか、ランサーもまた怒りに表情を歪めていた。

 

「今だ見ぬセイバーのマスターの仲間よ……見損なったぞっ。正々堂々と戦う事をせずにあのような行為に走るとはっ! 来いッ、その根性叩き直してくれる!」

 

一体何故そこまで彼は激怒しているのか。その理由は、ケイネスの持つ一枚の紙にあった。以下、その内容を抜粋する事としよう。

 

 

『やあ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

僕は自称魔術師殺しを名乗っている者だ。

恐らく、君はこの街に来た時数々の不幸に襲われた事だろう。例えば、突然電車にスモークが投げ込まれたりとか、突然食事中にスモークが投げ込まれたりとか、突然空からスモークを投げ込まれたりとかね。

言うまでもないだろうが、それをしたのは僕だ。あのまま一酸化炭素中毒になって死んでくれれば結構だったんだけど、しぶといと言うか何と言うか。

とにかく、僕はこれからも君を付け狙う事にするさ。科学の結晶であるライフルとかでね』

 

 

以上がケイネスが握っている手紙の内容を軽く抜粋した物であり、明記してはいないがその中には騎士の侮辱やら魔術師はコミュ症等と言ったとても表現出来ないように事が書かれていたのだった。

恐らく、それを読めばケイネスでなくとも怒りを覚える事だろう。

 

そんな風にケイネスが思考している中、漸く倉庫街へと来訪者が現れた。

 

「――下がってください、アイリスフィール」

 

そこに現れたのは金髪の男装をした少女。翡翠の瞳はランサーを捉えると、マスターと思われる女性――アイリスフィールと呼ばれたその人物を背中へと隠した。

しかし、今のランサーとケイネスにはそんな事など関係がない。ランサーはその少女が女性を背後へと隠し、服装を騎士のような鎧へと変化させた事を確認すると、ゆっくりと静かに問い掛けた。

 

「お前がセイバーで間違いはないな?」

 

「そう言う貴方は、ランサーだとお見受けする」

 

問い返して来る少女――セイバーへと頷いたランサーは再び問い掛ける事とする。即ち、ケイネスの目的である人物はどこにいるのかと。

 

「単刀直入に聞こう。セイバーよ、衛宮切嗣と言う人間が今どこにいるか知っているか」

 

「――っ!」

 

背後で息を飲むアイリスフィールと、僅かに目を見開くセイバー。アイリスフィールの頭の中には、″何故″と言う疑問が浮かび上がる。

ここで衛宮切嗣について聞かれる事は想定外どころの話ではない。アイリスフィール陣にとって衛宮切嗣とはそれ程までの生命線なのだから。

故に、それを分かっているセイバーは明確に答える事なく再び問い掛け直した。

 

「何故、今貴方がそれを聞く……?」

 

しかし、ランサーの反応はセイバーの思わぬ物であった。

 

「何故……だと? 見損なったぞセイバー!」

 

「なっ!?」

 

突然の″見損なったぞ″と言うセイバーからすれば訳の分からない切り返し。一体先程の問答の何処に見損なう要素があったのかセイバー含めアイリスフィールにも分からなかった。

だが、その怒りが本物である事だけは感じ取れた。

 

「ま、待てランサー! 一体先程の話の何処が気に食わなかったのだ!」

 

「あくまでも庇い立てるつもりか……」

 

会話が噛み合わない。セイバーとアイリスフィールは勿論、その様子を遠くから伺っていた本人――衛宮切嗣もどう言う事なのかと内心焦っていた。

 

(一体どう言う事だ……? 僕が本物のセイバーのマスターと言う事はバレていないようだが、何故あれ程までに激昂している?)

 

切嗣は覗き込むスコープでランサーのマスターを探しながらも、思考を謎の現象へと向けていた。

切嗣が調べた所によれば、ランサーのマスターだと思われる人物はケイネス・エルメロイ・アーチボルトと言う時計塔の人物だ。ケイネスが生粋の魔術師であると言う事は調べがついているが、魔術師が科学を嫌うとしても自分へと向けられているあの怒りは異常過ぎる。

何か自分の知らない所で誰かが動いていると、切嗣の勘は告げいた。

 

だがしかし、そんな彼の思考が完結するまでランサーが待っている筈もなく、事態は進行して行く。

 

「主よ、この者達に救いはありません。宝具の開帳の許可を!」

 

まさか、とセイバーは今度こそ瞳を驚愕に開いた。僅かな攻防を行う事もなく宝具を開帳しようとすると言う事は、相手が此方を全力で仕留めに来たと言う事だ。セイバーは、それ程までにランサーが怒りを感じている切嗣へと疑念を深めると同時、油断出来ない相手だと表情を引き締めた。

そしてケイネスも、アインツベルンを追い詰めれば切嗣も出て来るだろうと思考し、言葉を紡ぐ。

 

「ランサーよ、宝具の開帳を許す」

 

「御意に」

 

殺伐とした空気が周囲を支配し、ランサーとセイバーの視線が混じり合う。

方やマスターに疑念を浮かべ、方や主の為にと闘気を更に増やす。

 

そんなサーヴァントの気配をライフルで狙えないだろうコンテナの裏から感じ取ったケイネスは、僅かに顔を出しながら切嗣を探している。

また切嗣も、思わぬ予想外の事態に動じながらもケイネスをスコープ越しに探していた。

 

そんな時だった。誰にも聞かれないよう、不気味な笑い声がある一角から漏れたのは。

 

 

 

――――――

 

 

 

「キヒヒヒヒヒクハハハハ……アァハハハハ……!」

 

「うわぁ……」

 

勿論、そんな笑い声を上げているのは俺に他ならない。

すぐ近くでそんな笑い声を聞いたアサシンは、手にリュックを持ちながら物理的に俺から引く。気持ちは分かるが、そこまでされたら流石に傷付くぞ。だがまあ、意外と思惑通りに進む物だな。

 

「ハハハ……ハハ……はぁ……あぁ、面白かった」

 

「知っていましたが、やっぱりマスターって外道ですよね」

 

「何を言っているんだアサシン。俺からしてみれば、親切以外の何物でもない行動だよ。アレは」

 

そう言って指差す先にあるのは、槍と不可視の剣をぶつけ合い戦う二人のサーヴァント。元より戦い合う運命にある彼等を、こうやって最初からしっかり敵と認識させてやったのだから。

そこまで考え再び口元が緩み始めた俺は顔を俯かせ、肩を震わせながら笑い声を押し殺す。

 

「キヒヒハハハ……」

 

「マスターが壊れましたぁっ!」

 

失礼な奴だな。まあ確かに、初めて英雄同士の異能バトルの最高点とも戦いを見てテンションが上がってしまった事は否めない。少し冷静にならなければな。

結論し、なんとか笑い声を押さえた俺は震える指先をポケットに伸ばして長方形の物体を取り出した。

 

「全く高い買い物をした物だ。まあ、この五ヶ月で色々と仕込むには必要な出費だったか」

 

「あ、正気に戻りました。それで、えーと確かそれは……」

 

俺がクツクツと笑い続けていた事で焦っていたアサシンだったが、俺が漸く落ち着いた事でほっと息をつき取り出した長方形の物を指差す。

それに対し俺は頷くと、プラプラとそれを指先で揺らしながら少しがっかりした声で答えた。

 

「ああ、古過ぎる携帯電話だ。ほんと、スマホ世代の人間にこれは酷すぎるよ。しかもスマホより高いとか、アサシンのメンタル並みに世の中終わってる」

 

「――こふっ!?」

 

相変わらずと言うべきなのか、そんな俺の本音にアサシンは毎度の如く俺へと血液をぶっかけてくれた。僅かな灯りに照される血塗れの青年とか、一体誰得なんだろうな。

とにかく、俺は慣れた事だとアサシンの持つリュックからバスタオルを取り出すと、血塗れになった顔面を拭い始める。アサシンを召喚してからと言うもの、俺は恋人の如くバスタオルを手放せなくなってしまったのだった。

 

「まあ取り敢えず、龍之介に報告するとするか」

 

「最近マスターが吐血しても無視するようになって来ました」

 

「なんだ、お前が吐血するのは構って欲しかったからなのか? 確かに吐血なら人の気は引けるだろうが、変態と思われるだろうから余りオススメは出来ないな」

 

「――こふっ! わぷっ!?」

 

素早くタオルで吐血を防ぎ、その血液の流れを殺さないように反転し俺はそれをアサシンへと投げ棄てる。その結果、アサシンは吐血直後の硬直の為に動けずまともに自らの血液を頭から浴びる結果となった。これぞ、俺がこの五ヶ月の間に極めた、無駄のない無駄に洗練された無駄な動き。全く、無駄に動かしやがって。無駄なんだよ、無駄無駄。

 

「これぞ無駄のゲシュタルト崩壊ってな」

 

自らの余りにセンスのない思考の冗談に失笑しつつも、俺は前世代どころか大昔の携帯電話を操りある電話番号をプッシュする。

そして待つ事無機質な数コール。漸く目的の人物は通話口へと声を上げた。

 

『もしもし、旦那?』

 

「よお、見てるか龍之介。面白い位に引っ掛かってくれたぜ」

 

耳へと押し当てた携帯電話から聞こえたその龍之介の声へと、俺は笑いを含めた声でそう返答する。

龍之介もどこかからサーヴァント同士の戦いを見ているのか、嬉々を含んだ声で返答して来た。

 

『見てる見てる! スゲーよアレ! 亡霊同士の殺し合いってスゲー迫力! どっちの中身が飛び出すのか楽しみだよ!』

 

「まあ、そうなってくれたら嬉しい限りだが……」

 

恐らくは無理だろうな、と言う言葉を飲み込む。龍之介には悪いが、ここには乱入者が三人も現れる予定なのだ。ここでの決着は付かないと見て良いだろう。

しかしだが、先ずは今回の功労者である龍之介へと労いの言葉を掛ける事としよう。

 

「とにかく、良くやってくれた龍之介。こうまで上手く行ったのも、全部お前のお陰だよ」

 

『あれぐらいヨユーだって』

 

龍之介はそう言うが、アサシンと500メートル以上離れられない俺には絶対に出来ない事であった。謙遜は良くないだろう。

そんな風に思考しながらも、俺はサーヴァントの異能バトルを見ながら喜びにうち震えるのだった。

 

まあ、言うまでもないだろうが、ケイネスがおこなのは俺達のせいだ。しかし、俺は別に切嗣に罪を擦り付けた訳じゃない。アレはケイネスが″勝手に衛宮切嗣のせい″だと思い込み、″勝手に怒っている″だけ。俺は″自称″魔術師殺しなのだから。

 

「いやはや、勘違いとは恐ろしい。これだから魔術師はコミュ症だとか偏見を持たれるんだよ」

 

主に俺からだが。しかし、本当にここまで上手く行くとは思わなかった。

俺はそんな事を思考の片隅で考えながら、数日前の事を思い出していた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「龍之介、少し頼みたい事があるんだ」

 

「またかよ旦那……」

 

俺がそう言っただけで、龍之介は目に見えて肩を落とした。残り数日で仕込みも完了する事もあり、急ピッチで進めている作業の疲れが出ているのだろう。

だが、今回はそう思ったからこその頼み事なのである。

 

「まあそう気を落とすな。今回のこれは仕込み作業よりも随分と楽だし、それが終われば今日は休んでもらって構わない」

 

「マジ……?」

 

そう呟いた龍之介の目には喜びの色が伺え、余程今までの作業が堪えたと分かった。完全な休日とは言えないが、心ばかりのお礼である。

とにかく、龍之介が乗り気になっている今の内に仕事の内容を伝える事にしよう。

 

「ああ本当だ。駅に仕込んでいた結界が壊れた。恐らく魔術師の仕業だろう。だから龍之介には駅に向かって異国人とか怪しそうな奴を見付けたら携帯で電話して欲しいんだ。下手な接触とか危ない事はせず、取り敢えず見付けたら電話しろ」

 

「ん、わかったぁ」

 

気怠げに返事をする龍之介に俺は少々の不安を覚えたが、アサシンが俺から離れられない以上俺は魔術師らしき人物には近付けない。取り敢えずは龍之介を信頼して任せて見る事しか出来なかった。

 

そうして、龍之介を送り出した俺は、聖杯戦争を掻き乱す為の小道具作成を始める。後は龍之介の報告を待つしかない。龍之介の連絡を待ちながら、俺は卓球に使うピンポン玉を砕いたり、アサシンにはアルミホイルをヤスリで削ったりしてもらないながら時間を潰したのだった。

 

そして、約二十分が経った頃。携帯電話が無機質な着信音を出しながら持ち主を呼び出す。

 

「もしもし、見付けたか?」

 

『旦那の言った通り二人組の外国人がいたよ。それで、このまま帰ったら良いの?』

 

二人組の外国人と言う言葉に、俺は喜びから口元を緩めた。二人組の外国人がこの時期に冬木に来る等、理由は一つしかない。

だからこそ、俺は龍之介へと脈炉のない質問をする。

 

「龍之介、今小道具は持ってるよな?」

 

『小道具って旦那がピンポン玉で作ってる奴? 持ってるけど』

 

「使い方も教えたよな」

 

『アルミホイルで巻いた底をライターで炙る……だっけ?』

 

龍之介は小道具の使い方を覚えてくれていたようである。ならば、やるべき事は一つだ。

俺は龍之介へと指示を出す為に、再び言葉を紡いだ。

 

「良いか良く聞け龍之介。その小道具に火を点けて、煙が出だしたら電車に投げ込んで逃げろ。顔はちゃんと隠せ」

 

龍之介へと渡したその小道具の正体は知っている者なら知っているスモーク弾擬き。運が良いことに丁度奴等が電車に乗り込んだようである為、仕込むのならば今しかないだろう。

そう判断した俺は、龍之介へとそう指示を出したのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

これが、ケイネスが衛宮切嗣に怒りを覚えている全貌だ。俺が態々そんな事をしたのは後に渡す予定の手紙を″発見しやすくする為″だけであり、手紙の名前に関しては聖杯戦争だから『魔術師殺ししちゃうかも』と宣戦布告しただけだ。何も悪い事なんてしていない。

まあ、それ以降も時々龍之介にスモークを投げ入れさせていた事は否定しないがな。純粋な嫌がらせの心を忘れずにいただけなんです。悪意しかなかったんです。

 

「本当に良くやってくれたよ龍之介。お前はそのままそこで亡霊同士の殺し合いを観察してな。ただし、絶対に近付くなよ」

 

『はいはい、今良い所だからじゃあね旦那』

 

言葉早くそう言った龍之介が電話を切ったのか、耳元の携帯電話からは通話が切れた事を示す音が鳴り始めた。堪え性のない奴だな。しかし、良い所と言うのは否定しない。

 

「来たな……」

 

そう呟く俺の視線の先に映り込んで来たのは、正しく雷鳴と言うべきか。

その雷鳴の主であるライダーのサーヴァントは牛車に乗り、殺伐とした二人の英霊の元へと降り立った。

ならば、もうすぐ来る事だろう。五ヶ月前にも言った通り、俺の作戦はカモネギ狙い。高々と宣言し始めるライダーを視界に納めながら、俺は僅かな黄金の粒子を見付け嬉々とした声を上げた。

 

「ほら、カモがネギ背負ってやって来た」

 

黄金が形付くるのは一人の英雄。太陽の下ではきっと目を痛めるだろう黄金の鎧を纏った彼を、俺はカモと称す。後は状況を読み取り、最適のタイミングを持って本物のカモとするだけだ。

 

「さあさあ、準備は整ったぞアサシン。――プラン開始だ」

 

そう宣言し振り替えると、俺は妙に静かなアサシンを視界へと納めたのだった。

 

「――むぐぅ!? まふふぁーらすへてください!?」

 

アサシンは、今だタオルとじゃれていた。

 

格好が付かない……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 物はついで、されどついで

お久しぶりです。
漸く熱が下がり、なんとか文字を見ても頭痛がしなくなったので続きを。
ただ、久しぶりに書いたせいか上手く書けているか不安です。


目の前で広がる怒濤の展開を視界へと納めながら、俺はアサシンが手こずっているタオルを剥ぎ取る事にした。見つからないような場合を予め探して潜んでいるとは言え、同じくどこかへと潜んでいる切嗣がいるのだ。いつまでもムグムグと叫ばれていては堪らない。

そう考えタオルをひったくるようにアサシンから奪った俺は、『ぷはっ!』と間抜けな声を出しているアサシンへと足元のリュックを投げ渡しながら告げる。

 

「ほら、もうすぐ出番だ。その中に入れてある衣装に十秒で着替えろ」

 

アサシンの見た目は日本人には見えないとは言え、日本刀と言う目立ち過ぎる武器や袴と言った日本特有の服装から真名を看破される可能性が無いわけではないのだ。故に、出来るならばそんなリスクはさっさと無くすに限る。つまりは、変装と言う事さ。俺の知っている限りでは変装して戦うサーヴァント等聞いた事もないからな。そう簡単に予想は出来ないだろう。

 

しかし、それに反論したのは予想外な事にアサシン自身であった。

 

「あの、マスター……。本当にこんな薄汚ないヒラヒラを着なくてはいけないんですか? それになんと言うか、この骸骨を模した仮面は気味が悪いです。なにより可愛くないですし」

 

「ハサンに謝れ」

 

戯言はズバッと切り捨てた。だがさて、無駄に時間を食ってしまった事で事態は既に動き始めている。これ以上は本当に計画に支障をきたしてしまうだろう。故に仕方ない、奥の手だ。

俺はアサシンへと真剣な表情を向けると、勿体ぶる様に告げるのだった。

 

「今回素直に従うのと、『マスターの良いところ作文』原稿用紙十枚。どっちが良い?」

 

「すぐに着替えますねマスター。そんな星のない天の川を探す位難しい事選ぶ訳ないじゃないですか」

 

そう即答し、アサシンは急々と準備をし始めるのだった。しかし、これは重大な認識の齟齬を見付けてしまったようだ。アサシンともあろうサーヴァントが、俺のような聖人君子の良いところを即答すら出来ず、ましてや星のない天の川を探すより難しいとは嘆かわしい。

 

「原稿用紙十枚確認」

 

「――こふっ!?」

 

見慣れた吐血を傍目に、俺は再び戦いの中心を視界に納めるのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

数日前の事。俺はアサシンと倉庫街へと向かう前にある軽い打ち合わせをしていた。何かをする以上、事前の打ち合わせなく即興でする事は計画性がない以前の問題だ。俺は動き始めたアサシンを見送ると、予め決めておいた所定の位置へ向かいながら当時の会話を思い出していた。

 

『まあ、先ずライダーには勝てないと思った方が良いな。お前達新撰組の必殺戦法である袋叩きを超大規模な方法で再現して来る』

 

『なるほど、それは脅威ですね』

 

俺はアサシンが一対一の戦いでそうそう負けるとは考えていないが、数の暴力はアサシンと相性が悪過ぎた。ましてやそれが全て歴戦の戦士である等、考えるだけでも最悪だ。故に、ライダーとの直接対決は間抜けのする事である。

そうなると、次はランサーとセイバーとバーサーカー。

 

『まあ、コイツ等は状況によるな。不意討ちならばともかく、真っ向勝負で英霊相手に瞬殺なんてほぼ不可能だ。お前の保有する病弱スキルが発動でもしたら絶望的だしな』

 

『確かに、長期戦なればその可能性は高いですね。申し訳ありません……』

 

その時に見せたアサシンの申し訳なさそうな顔が脳裏を掠めたが、それも含んで俺はアサシンを選んだのだ。後悔等する筈もない。

 

『そんな事で態々謝るな、元々承知の上での事だからな。それに、俺はお前が負けるだなんて思ってはいない。そっちは俺が何とかするから、お前は戦いになった時の事を考えろ』

 

『マスター……はいっ!』

 

そう言った事を伝え視線を向けると、アサシンは途端に上機嫌となり、曰く外道には見えない尻尾を全力で左右に振り鼻歌を歌い始めていた。口には出さないが、うざい事この上なかった。

しかし、問題は次だろう。

 

『次はアーチャーだ。言っとくが、コイツは不意討ち以外するな。最初の接触以外前に出るな。それ以降はシカト……いや、寧ろ関わるな。見付かった瞬間全力で逃げる事にする。ライダーの武器版だと思え』

 

『確か、キャラ被りと言うのでしたっけ? この間″そうだとも″でサモリと言う輩が言っていました』

 

強ち間違いではないが、それはギリギリアウトだから今後禁止だ。まあそれはともかく、結論から言うとだな。

正体の分からないキャスター以外割りと危険な訳だ。いや、寧ろ正体が分からない分キャスターの方が面倒と言う可能性の方が高いかも知れない。

 

「本当、やるせないなぁ……」

 

そうして軽い回想から意識を引っ張り戻した俺は、所定の位置からアサシンとの繋がり――″ライン″を意識しする事でその視覚を共有し始めたのだった。

後は此方で指示を出しつつ、アサシンが上手く動いてくれる事を願う他ないだろう。

 

だが、ここで俺はふと閃く。

 

「そうだ、物はついでだ。古傷も抉っておこうかな」

 

何故かは分からないが、その時の俺は音符が付きそうな程軽い声が出せていたと思う。

 

 

 

――――――

 

 

 

倉庫街の中心。そこは現在、四人のサーヴァントにより酷く殺伐とした空気に満ちている。それも当然の事であり、その理由はランサーがセイバーへと癒えない傷を付け止めだと言う直前にライダーが乱入して来たからだ。真剣勝負を邪魔されてしまった事は当然ではあるが、しかしそれだけではない。

それは、三人の目に映る黄金の鎧を纏ったアーチャーも理由となっている。

 

「おい雑種ども、俺を差し置いて王を名乗るとは……不敬にも程があるぞ」

 

その唯我独尊の物言いには明らかな怒気が含まれており、アーチャーが怒りを覚えている事が分かる。

そんな突然の二人の乱入者により、今現在その場は混沌と化していたのだった。

 

暫し沈黙が訪れ、その場は三つ巴ならぬ四つ巴となる。

その四人の内の誰か動けば、きっとその場は戦場となった事だろう。

 

だが、その時は訪れる事はなかった。

このような最高の状況を望み作った者が、態々絶好の機会をうやむやにする筈もないのだから。

 

「うぅ……臭いですぅ……マスターのばかぁ……」

 

『――ッ!』

 

その突然上がった声を聞き、四人のサーヴァント――否、マスターを含めた全員が一斉にその方向へと視線を飛ばした。

 

そこにいたのは、大きな鞄を背負った黒ずくめに骸骨の仮面を付けた人物。その人物は彼等全員の意識が一斉に向いたにも関わらず、何をしようとしているのかゴソゴソと動いていた。

 

しかし、何も彼等はその人物の声が聞こえたから突然振り向いたのではない。一斉に振り向いた理由は、ここでその様な声が上がる筈がなかったからだ。故に、彼等は一瞬で意識をその声に移す事となった。

 

セイバーは考える。自分の『直感』と言うスキルを持ってしても察知出来なかった相手。その直感が発動しなかったのは相手から敵意を感じる事がなかったからと理由もあるのかも知れないが、しかしだとしても四人もの英霊が誰一人と気付かないのはおかし過ぎた。

 

そして、結論を出す。

気配一つ感じさせず現れたその人物のクラスを。

 

「……アサシンのサーヴァント?」

 

そう呟いたのはアイリスフィールだ。理由としては、その出で立ちと場の英霊全員が気付く事なく目視する事で漸く認識した相手と言う所にある。

セイバーも概ね同じ考えであった為に、アイリスフィールの言葉へと頷き呟いた。

 

「恐らく、間違いないでしょう。これだけの英霊を欺く『気配遮断』スキルはアサシンのクラスでしかあり得ない……。ですが……」

 

おかしい、と言う言葉は飲み込んだ。それはその場の全員が感じている事であった故に。

それ即ち、何故暗殺者である筈のアサシンが奇襲を仕掛ける事もなく現れたのかと言う所に他ならない。

明らかな異常事態。この状況の理由は考えられるに二種類。

 

一つは、アサシンのマスターが考え知らずの大馬鹿であるか。

もう一つは、何らかの思惑がありアサシンの姿を晒したかである。

 

前者であれば嬉しい事この上ないが、後者であった場合は考えが読めない。ここでアサシンの姿を晒す事のメリットをその場にいる者は考え付く事が出来なかったのだ。

 

そんな考えが周囲を支配している中、しかしアサシンは我関与せずと言わんばかりに何らかの作業を続ける。時折苦悶の声を漏らしながら動いているが、その手つきが淀む事はなかった。

 

だが、例外と言う物は存在する。

この場で唯一警戒等する事もなく、彼はそのカリスマ溢れる凛々しい声をアサシンへと向けて放ったのだった。

 

「――おい雑種……王の御前であるぞ? この我を許可なく視界に納めなかったのは評価してやるが、我の許可なく我の視界に入ったのは万死に値する。礼儀がなっていないな」

 

自己理論の塊とも言えるそれではあったが、その言葉は確かにアサシンへと届いていた。

そして、その声を聞いたアサシンはピクリと肩を揺らすと、一二秒程虚空を見詰めて振り返った。

 

――直後。

 

「何故我の許可なく我の姿を視界に納めた?」

 

「――っ!?」

 

一筋の閃光が輝き、異常とも言える速度で何かがアサシンへと飛来した。

だが、アサシンはそれを予見していたかの様に腰を捻り、手に持った鞄を放り投げると必要最低限の動きを持って回避する。

流れた閃光は流星の如く、目標を失ったそれは複数のコンテナを貫いて真っ黒に染まった海面に水柱を立てながら姿を海へと消した。

 

その一連の動作を終え、漸くアサシンはその場の者へと口を開くのだった。

 

「……無粋ですね。礼儀がなっていないのはお互い様だと思いますが……残念ながらアーチャーとは必要以上の接触はするなと言われています。これ以上話す事はありませんので悪しからず」

 

「貴様……っ!」

 

アーチャーの額には青筋が浮かび上がり、それに反応してか背後からはある変化が訪れ始めた。

その変化とは――黄金の波紋。

煌めく輝きが夜の倉庫街を照して行けば、一つ、また一つとその黄金の波紋の数は増えて行く。

 

そしてその波紋か五つを越えた時、その波紋から現れた剣や槍を見て再びその場の者達が驚愕の表情を見せる。

 

「あれ、全部″宝具″だっ!」

 

「嘘……」

 

ライダーの戦車から顔を覗かせた青年――ウェイバー・ベルベットが声を上げると、アイリスフィールも驚きから絶句した。

そしてサーヴァント達は、視線を鋭くさせそれぞれの思考へと移る。

 

「一つや二つなら分かるんだがなぁ……。むぅ、アレはどういう事だ小僧」

 

「そんなの知る訳ないだろ!此方が聞きたい位だ!」

 

怒鳴る様に返答するウェイバーの声を聞きながら、ランサーもまた不可解だと考えていた。

ライダーの言う通り、一つや二つ宝具を持っていると言うのなら頷ける。事実、自分も二つの宝具を持っており、それを上手く使い分ける事でセイバーへと痛手を与える事が出来た。

しかし、最初に放たれた物も含めて六つの宝具。短剣や短槍もある事からどの様な英霊なのか全く判断が出来ない。何しろ、アーチャーの所有している宝具が六つだけなのかも分からないのだから。

その余りの情報不足と言う事実から、ランサーは下手に動き標的が自分へと変わる事を避けた。

 

そして、事態は動き出す。

 

「王直々に手を下してやる。喜べ雑種」

 

「……本当に言うんですか? はい……。黙ってなチキン野郎。お前はジャックの鶏みたい黄金の卵を産む家畜の方がお似合いだ……です」

 

「この……雑種がぁぁあ!」

 

その挑発に、アーチャーは完全に沸点を越えた。彼の怒りは最高潮となり、背後から五つの『宝具』が高速で放たれたのであった。

 

そしてその場にいた誰も予想した事だろう。

アサシンの英霊として現界したパラメーターを確認出来たマスターならば尚更である。そのパラメーターはお世辞にも高いとは言えず、唯一敏捷性が高いだけ。しかしそれも、飛来する五つの宝具の前では無意味であると。

 

だが、笑ったのは一体どちらか。

アサシンの表情は骸骨の仮面で確認出来ない。しかしそれでも、最初からこうなると予想でもしていたかの様であったのだ。

 

「うぅ……やっぱり臭いですよぉ……!」

 

「なっ――!?」

 

そう言う呟きが聞こえたと同時、アサシンは忽然とその場から姿を消した。比喩ではなく、まるで″瞬間移動″の如く。代わりとばかりに空中へと残ったのは――三つの小包。

聞こえた驚愕は誰の物か。最早取り返しのつかない流れの中、放たれた宝具の内の三つは小包を貫き海面へと落ち、残りの二本はアスファルトの地面へと突き刺さり粉塵を巻き上げた。

 

――数秒の間。

 

誰一人口を開く事をせず、その宝具の威力とアサシンの瞬間移動に無言となったのだった。

しかし、そんな中今までとは違う声色で呟かれたアーチャーの声に全員の背筋が凍る。

 

「……殺す」

 

静かだが確かに殺意の籠ったその声は、静寂の支配する倉庫街へと嫌に響き渡った。

そんなアーチャーの血の様な瞳は粉塵の先を見詰め射抜いている。

 

「雑種……我の宝物にあれ程不浄な物を擦り付けて、生きて帰れると思うなよ……」

 

そして漸く粉塵が晴れれば、そこにあったのはビニール製の袋の破片。マスター達には確認する事が出来なかったが、人間離れした視力を持つサーヴァント達にはハッキリとその文字が読み取れたのだった。

それを確認するように、ランサーは静かにその文字を読み上げる。

 

「『植物イキイキ!動物糞尿肥料薬』……?」

 

植物イキイキ!動物糞尿肥料薬は大手の某会社が自信をもって進める肥料薬だ。その中身には動物の糞尿が最高の状態で詰められており、使いやすい小分けパックとなっている。

それを全員が理解した時、沈黙が再び訪れた。

 

一体、誰がそのような物を身代わりとする等予想が出来ただろう。マスターは勿論は、その場にいるサーヴァントはそれ以降の声を上げる事が出来ない。

 

そんな沈黙が何秒程過ぎただろうか。

唐突として、魔力に乗った何者かの声が聞こえた。

 

Access(接続)――Start(起動)

 

――直後、どこからか発生した突然の破裂音。

 

一体何なのか全員が理解する間もなく、突如大量の紙束が上空へと広がった。その紙束は風に揺られながら倉庫街全体へと流れ、全てのマスター全てのサーヴァントの目へと入る。無論、それは隠れている切嗣やケイネスも例外ではない。

 

「一体今度はなんなんだよっ!?」

 

ウィエイバーは混乱の余りそのような声を上げるが、なんとか事態を理解する為とその紙を拾い上げ涙目で確認する。

その紙は点と棒の枠取りがされた中に日本語が書かれており、ウィエイバーには何の事か分からない内容が書かれていたのだった。

 

『スモークは良い。視界を遮り、まるでタバコを吸っている気分にしてくれる。

丁度ここにいるのだが、御一つスモークはどうだろうか?

 

貴方の親愛なるスモーカーより』

 

「そこいるのか、衛宮切嗣!」

 

「ひぃぃぃ!?」

 

混乱の中上げられた怒りの声。それはウェイバーが通っている時計塔で教授をしているケイネスの声であり、彼はその怒りに満ちた声に思わず悲鳴を上げてしまった。

そしてまた、切嗣も冷や汗を流しながら考える。

 

(これは……。内容はデタラメで中身がないが、これはフェイクだ。重要なのは、この外側の点と棒……。モールス信号かっ)

 

切嗣は直ぐ様モールス信号の内容を解読し、それを理解する。

内容は、『狙撃』『発見』『撤退推進』。明らかに自らの存在がバレている事が読み取れた。そして、切嗣だけはこの紙の出所をしっかりと確認している。

 

(これはアサシンの投げ捨てた鞄から出た。まさかランサー陣営がアサシンと協力者関係結んでいるとは。モールス信号が読み取れる事から奴は恐らく軍事関係も学習している。最悪だっ……)

 

モールス信号を読み取り自らの存在に気付いたと判断した切嗣は、ケイネスが自分の事を調べていると考える。

もしかすれば、自分の″切り札″すらバレている可能性もあると、最悪を想定した。

 

「えと、すいません……」

 

そのように現場が混乱している中、アイリスフィールとセイバーの元へ今回の騒動の原因が音もなく現れる。

 

「――っ! 下がってアイリスフィール!」

 

「きゃあっ!」

 

その声の正体がアサシンだと″直感的″に理解出来たセイバーは、アイリスフィールを背後へと押し下げながらアサシンとの間に入り込み武器を構える。

全く理解出来ない奇行をするアサシンではあったが、その瞬間移動とも言える移動速度を一度目にしたセイバーは油断する事なく不可視の剣を突き付けた。

 

だが、やはりこのサーヴァントがまともな行動をする筈もなく、何やら申し訳なさそうに。そして、とても言い難そうに一度咳払いをする。

 

「では、コホンッ……」

 

そうしてアサシンが一歩後ろに下がると同時、セイバーの″直感″は告げる。聞いてはダメだと。聞けば心が揺れると。

しかし、現実は非情であり、セイバーが耳を塞ぐよりも早くその声は自らの耳へと入り込んだのだった。

 

――やはり、貴女には人の心が分からないんですね。

――貴女は……王になるべきではなかった!

――貴女が王でなければ私はこの様な道には決して堕ちなかったのだから……。

 

「な……にを……」

 

その言葉はセイバーの耳へとすんなりと入り込み、胸の奥へと広がるように落ちる。

――何故、何が、貴方は誰だ。

そんな疑問が浮かぶよりも早く、アサシンはその場から姿を消していた。元々気配等感じる事の出来ない相手。肉眼で確認する事が出来なければ捕捉する事は出来ないだろう。

 

「出て来い……雑種っ!」

 

今のセイバーにはアーチャーの裂けんばかりの声が遠くに聞こえる。自らの前で心配そうな表情で呼び掛けるアイリスフィールもどこか夢のように感じていた。

間を置かず、セイバーの″直感″は再び告げる。次の敵が迫っている事を。しかしそれを理解していても、セイバーは自らの上手く動かす事が出来ないのだった。

 

 




うわぁ、自分で書いといてアレだけど、ついでで古傷抉る主人公とか外道以外の何者でもないなぁ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 命が等価値? とんでもない!?

お久しぶりです。随分と間を空けてしまいました。
その理由については活動報告に記載している為、気になる方はどぞです。
そして、久しぶりに書いたせいかいつもよりもとんでもなく駆け足気味で、何やら調子が悪い気がする……。
少しずつリハビリして行くのでどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m


隠れているコンテナの裏から、俺は呆然とするセイバーを視界に納め口角を吊り上げた。

何故なら、高々相手サーヴァントの煽りを受けた程度で普通はあのようにはならないだろうから。歴史に残る程の英雄なのならば尚更だ。故、導かれる答は二つに絞られる。

 

一つは、自分の過去を知っていると言う事柄から同郷の人物と考えたから。

そして残るもう一つは、古傷をしっかりと抉れたから。

 

本来ならアサシンとして召喚されるのはイスラムに出来た暗殺集団の″ハサン″と名のつく人物のみだ。これを他の魔術師が知らない筈もない。故にセイバーの故郷からイスラムに渡った騎士がいると言う話は聞いた事がない為、後者である可能性が高いだろう。まあ、偏った考えは危険である為、もしかしたらの可能性も考慮しておくが。

 

そのような思考を巡らせながらも、込み上げる笑いを抑えられなかった俺の喉からはクツクツと言った笑い声が漏れている。きっとここにアサシンがいたのなら、常識的な正論を聞かされているんだろうな。

そんな考えやここまで聞こえてくるアーチャーの怒声が、更に俺の笑いを不気味な物へと変えていた。

 

そんな時、俺の背後からこの場に似つかわしくないようなソプラノボイスが聞こえた。

 

「マスター、言われた通りにして来ましたよ」

 

「ご苦労様だアサシン。抜かりなく完璧な立ち回りだったよ。そろそろバーサーカーも来る頃だから、それに便乗して逃げるとするか」

 

背後の声に驚く事なく振り返れば、珍しく絶賛された事に驚きの表情を浮かべているアサシンが視界へと映り込んだ。俺だって素直に誉める事はあるのだが、普段の態度が態度なだけに奇妙に映ったのだろう。今回は不問にする事にしよう。

そうして苦笑いを浮かべる俺とそれを見て更に驚きの表情をするアサシンと言う構図の中、先程の俺の言葉を体現するかの様に自体は更に動き始めた。

 

「ほら、言った通りバーサーカーが来たぞ」

 

「本当に来ました……。常々思いますが、何故マスターがそこまで先読み出来るのか今だに分かりませんよ」

 

俺の言葉に漸く正気を取り戻したアサシンは、視線を戦場へと向け疑問と驚きが混じりあったと言うような表情を浮かべた。しかしまあ、俺のやっている事は軽く未来予知だからな。当然の反応と言えば当然の反応だろう。寧ろ気持ち悪いと思われないだけましだ。

故に、俺はこれ以上踏み込まれないようにこう返すのだ。

 

「――当然だろ、俺は魔術師だぞ?」

 

案の定、アサシンは首を傾げ良く分からないと言うような表情を浮かべた。

だが、まだそんな顔をされちゃ困るな。今夜の計画はまだまだ始まったばかりなのだから。

 

 

 

――――――

 

 

 

暗がりの街で異色の雰囲気を放つ、近所では有名なある一軒の幽霊屋敷。碌に手入れのされていない庭や、雑草や枯れた蔓が伸び放題となっている事が余計にそう言う雰囲気を漂わせていた。

これでは、他人から幽霊屋敷と言われても仕方がないと言えるだろう。

 

そんな館の主人である人物ーー間桐臓硯は、明かりの灯った廊下にてある一人の少女と話していた。

 

「桜や、準備を整えたら地下の蟲蔵に来なさい」

 

「……はい、お爺様」

 

桜と呼ばれたその少女は、生気のない瞳で淡々と臓硯の言葉へと頷く。その様はまるで人形のよう。

否、臓硯は今正に桜と言う自分の命令に従う人形を作ろうとしているのだった。

臓硯はそんな様子の桜に一つ頷くと、それ以上興味がないと言わんばかりに踵を返す。臓硯にとって、桜は自分の目的を果たす為の道具以上ではないからだ。

 

長い廊下を杖を突いて歩き、臓硯は地下へと続く階段を目指す。しかし老いた体は思う様には動いてくれず、この無駄に広い屋敷での移動は一苦労だ。

 

そうして、漸く目的の地下へと続く扉の前へと来ると、先程別れたばかりの桜が既に準備を整えて立ち尽くしていた。既に準備が終わり、蟲蔵へと行こうとしていたのだろう。

この家に来た当初は抵抗していたにも関わらず、今では随分と従順になっている。臓硯は内心で凶悪な笑みを浮かべた。

 

「今日は六時間程蟲に浸かってもらうぞ。安心しなさい、すぐに慣れる」

 

「は……い……」

 

優しい爺を装った口調で話してはいるが、その内容は恐ろしく気味の悪いものだ。

これから桜は自らの血肉を食い千切られ、その傷口に蟲を擦り込む事となるのだろうと他人事のように考えた。桜が自らの心を守る為には、そう言った普通ならあり得ない方法しかなかったのだ。

 

「……入りなさい」

 

無言で頷き、桜は臓硯の開いた扉へと体を潜らせた。

そんな桜の様子を見て、臓硯はまだ足りないと考える。目の前にいる少女の心は完全に砕けている。しかし、それはまだ再起不能と言われる領域ではない。完全に砕き、起き上がろうとも思わない程に踏み躙り、自分以外の命令には従わない従順な人形にする。臓硯の目論見はそこまで行って漸く始まるのだから。

 

「やはり、今日は十二時間にするか」

 

――そう臓硯が呟き、扉を潜ろうとした時であった。

 

『ところがぎっちょん』

「そうは問屋が卸しませんよ……下衆め」

 

「――何者だっ……!?」

 

言葉を最後まで呟く事が出来ぬまま、臓硯は自らの頭と胴体が分裂したのを自覚した。傾く視界の中、見開く目に映るのは日本刀を振り抜いた一人の女。もう片方の手には複数の数列が所狭しと刻まれた妙に場違いなアクリルケースを持っている。

臓硯は人一人の首を容易く切断した腕と、何処か生きている人間とは違う雰囲気を持つ彼女を見て一目でその者がサーヴァントであると判断した。

臓硯の首が地に落ち、ゴトリと廊下へとその音を響かせる。

 

「……お爺様?」

 

そんな音に反応したのか、桜は背後へと振り返り感情のない瞳でその様子を把握した。

臓硯の胴体から噴き出す血液に似た何かと、転がった頭部を見下ろす女性。普通の少女ならば悲鳴を上げる何処かトラウマを植え付けられる光景だろう。

しかし、桜の心は既に壊れていた。故、そのような光景を見ても何も思わない感じない。ただ認識しただけであった。

 

「……っマスター」

 

『えっ、なんて? もしも〜し、携帯は耳に当てて話せ』

 

桜の様子を見て悲痛な表情を浮かべた女と、この場に似つかわしくない能天気にな男の声がアクリルケースとは違う小さな箱から聞こえる。

女は小さく息を吐き、耳へと箱を当てて再び口を開いた。

 

「……この屋敷の主人と思わしき人物の首を落としました。マスターの言っていた少女も近くにいます……」

 

『そうか、分かった。その幼女はこっちに拉致って来い。……あぁ、それと――』

 

そうして耳へと届いた言葉は、この場を動かす一言であった。

 

『――そのジジイの心臓も持ってこいよ』

「――!」

 

その一言が響いた瞬間、先程まで動かぬ死体であった筈の臓硯の体が動いた。表情を驚愕に染めた頭部と胴体が徐々に崩れ始め、その形を無数の蟲へと変え始める。

 

だが、目の前にいる女にとってその行動は恐ろしく遅い。

小さく息を吐いたかと思えば、次の瞬間には手に持っていた刀で臓硯の心臓部分が崩れ切る前に斬り落とし、アクリルケースへと押し込み蓋をしていた。

一瞬と言える刹那の間に総ての蟲が放り込まれると、押し込まれた心臓は最早形を失い無数の蟲となって必死にアクリルケースから逃れようとする。

しかし、その行動を止めたのは例の箱から聞こえる能天気な声だった。

 

『やっぱり刻印蟲を心臓に隠してたか。あと、無駄な抵抗は命を縮めるから止めとけ。幾ら小さいとは言え、魔術師が工房の魔力隠蔽に使う遮断結界を三十重ねに刻んであるんだ。外界の蟲には干渉出来ないし、無理やり食い破ろうしたら摂取3000℃に至る擬似的なテルミット反応と水蒸気爆発が付いてくるぞ。幾ら御三家の魔術師でも、その数の蟲じゃこのデスコンボから刻印蟲を守り切れまい』

 

やっぱり自爆装置は外せないよね、とカラカラ楽しそうに笑う声が響き渡る。その余りにも場違いな明るい声は、桜の脳裏へと懐かし記憶を一瞬だけ蘇らせた。

そしてアクリルケースに収められた無数の蟲はその動きを止め、その中から現れた赤い眼光を放つ一匹の蟲が臓硯の声で声を上げる。

 

『何処の魔術師かは知らんが、儂にこのような事をしてタダで済むと思うなよっ……!』

 

『そうカッカッするな。何も取って食おうって訳じゃない。俺みたいな格下の魔術師がアンタと“実りある話”をする為には、これ位の保険が必要なのさ。俺の命と、アンタの命は釣り合わない』

 

『この小僧がっ!』

 

怒りを滲ませた臓硯の声に、何が楽しいのか男の声はカラカラ笑う。命は平等ではないのだと、その声は在ろう事か数百年生きた臓硯へと告げたのだ。

 

『さて、さっさと幼女とジジイを連れて外に出て来い。後、そこは不慮の事故によりガス漏れで爆発するからな。巻き込まれない内に帰って来い』

 

「分かりましたマスター」

 

そう言って女は小さな箱を懐へと仕舞うと、優しい笑みを浮かべて桜へと手を伸ばす。ここ数ヶ月、自らの叔父となった人物以外からは見ていない表情だった。

 

「行きましょう。マスターは意地悪ですが、絶対に此処よりは良いと思いますから」

 

「……」

 

その言葉に、桜は何一言返さない。元より自分に選択権はなく、なすがまま流されるしかないのだと。

そうして伸ばした手は、ただ言われたからと従う以外の行動ではなかったのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「やぁやぁ、初めましてだな間桐臓硯。俺が事件の首謀者だ。それじゃあ、仲良く話し合いと行こう」

 

アクリルケースに掛けられた布が取り去られるのと殆ど同時。臓硯の視界へと映ったのは暗い部屋と、自分へと声を掛けて来た青年の姿であった。

しかし臓硯はその青年の言葉へと返答する事なく、射殺さんばかりの眼光で睨み付ける。

 

『……』

 

「わぁ怖い。コッチは仲良しこよしで行こうって提案してるのに、そんなに殺気立ってくれるなよ」

 

『儂の蟲蔵と屋敷を爆破しよって、一体どの口が友好的だと? 巫山戯るなよ小僧がっ!』

 

そんな臓硯の怒りの篭った言葉に青年はキョトンとした表情を浮かべると、一体何がおかしかったのか突然クツクツと笑い声を上げ始めた。

そのような態度が、臓硯の怒りへと更に拍車を掛ける。

だが青年もそんな臓硯の怒りを察知したのか、今度は一転して申し訳なさそうな苦笑いを浮かべると、軽い謝罪と共に再び話を切り出した。

 

「いや、すまないすまない。どうも勘違いと言うか、お互いに認識の齟齬が発生してるって分かってな」

 

『ハッ、勘違いだと?』

 

臓硯はこの後に及んでまだ友好的に話を進めよう等と言い出すのかと嘲笑いを浮かべた。

しかし青年はまるで臓硯の思考を読んだかのように片手を振りながら否定すると、思わぬ事を口にしたのだった。

 

「違う違う。俺が言ってる勘違いってのは、命の事に関してだ」

 

『なんじゃと……?』

 

その言葉に疑問の声を上げたのは、今度は臓硯の方であった。

何故ならば、臓硯はこの部屋へと連れて来られるまでの間に自らを閉じ込めているアクリルケースの解析を終えている。その結果判明したのは、青年が屋敷で言った通り工房で使う類いの結界と無理やり解除しようとした場合に発動する術式があったと言う事。結界については何ヶ月掛けたと言うのか、単純ではあるが数分毎に解除方法がランダムに変化すると言う単純故に悪質極まりないものだ。内側からの解除は軽く見積もって数年は硬いだろう。

どう考えても、自らの本体である刻印蟲を捕らえている青年が自分の命を握っている事に間違いはなかった。

 

しかし、青年はそれこそが間違いだと否定する。

 

「違うそこじゃない。『俺の命とアンタの命じゃ釣り合わない』ここの認識が間違ってる」

 

『……』

 

その言葉で、漸く臓硯も青年の言いたい事が分かった。

つまり、青年はこう言いたいのだ。

 

――お前の命は俺より重い。

 

理解出来なかった。その言葉が単なる臓硯を持ち上げる為のお世辞であるのならばまだ分かる。

しかし、数百年生きた臓硯の相手を見て観る観察眼は並みではない。故に分かる。それが、青年の本心からの言葉なのだと。

 

『どう言う意味じゃ……』

 

「言葉通り」

 

揺さぶりを掛けるも青年に呼吸、脈拍の乱れはない。臓硯の命を自らの命よりも重いと称しながらも対等――下に扱っている矛盾。臓硯が初めて対峙するタイプの人間であった。そうして思考の渦へと入り込んでしまった臓硯を見て、話しが進まないと思ったのだろう。

青年は腰を落とし臓硯の本体である刻印蟲へと視線を向けて、答え合わせだと口にした。

 

「良いか? アンタは数百年生きた事で蓄えに蓄えられた知識を保有している人外だ。そして、逆に俺は数十年しか生きていない魔術師のひよっこ。どちらに価値があるかなんて、考えるまでもないだろう。だからこそ、お互いに“実りのある話”する為には、お互いの命の価値を釣り合わせる必要がある。ここまで言えば、もう分かるな?」

 

青年は臓硯が分かっていると確信した様子で、そう問い掛けた。

 

『……貴様は儂とここで話し合う為だけに儂の命を引きづり降ろし、儂の新たな命となる蟲を殺したと言う訳か。全てはこの“取引”の為に……』

 

「取引だなんて、とんでもない。俺達が今からするのは、“実りのある話”だ。例えば――」

 

――今の聖杯じゃ願いは叶わない。故に、不老不死にはなり得ない……とかな。

 

その言葉は、臓硯の声を止め沈黙させるのに充分な力を持っていた。

 

『……本気で言っておるのか小僧』

 

「おや、興味を持ってくれたようで嬉しいよジジイ」

 

青年の事情に巻き込まれた臓硯にとっては迷惑以外の何物でもないが、ここまでお膳立てされた“実りのある話”だ。きっと釣り合う命に見合うだけの話を用意している事だろう。

 

だが、もしそうでなかった時は。

 

『覚悟しておくんじゃな、身の程知らずのクソガキ』

 

「仰せの通りに、頭の腐ったクソジジイ」

 

今ここに、誰も預かり知らぬ所で異色の協力関係が成立する事となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 外道は真実しか言わないが、その内容は保証しない

「あぁ……もう朝か……。蟲爺いつまで喋る気だよ。早く眠れよな……」

 

 窓から射し込む朝日の眩しさに目を細めつつ、俺は間桐臓硯を監禁している部屋から体を這い出した。臓硯の時間感覚を曖昧にさせ精神的に追い詰める為に暗幕で光を遮断していたのだが、どうやらその負債が我が身に帰って来たらしい。

 本来ならば手早くすませる手筈だったのだが、現在の俺は眠らないジジイに付き合ったせいでグロッキー寸前なのであった。

 そんな俺の気配に気付いたのか、壁を背にして瞳を閉じていたアサシンは眠りから覚めその目を開いた。

 

「マスター、お疲れ様です。例の下郎との話し合いはどうなりましたか?」

 

「えっ? 外道?」

 

「下郎ですっ!」

 

 アサシンは俺が部屋から出て来た事で話し合いが終わったと判断したのか、労いの言葉と問いを投げかけて来る。先程までは確実に寝ていた筈であるのに、聞き間違えた俺の言葉へと眠気を感じさせない的確な突っ込みを入れる様はやはり武士なのだと俺に再確認させた。

 そんなアサシンの質問に俺は長時間の話し合いで凝り固まった背骨鳴らしながら、詳しい内容を省いた結果のみを伝える。

 

「ん、まぁ取り敢えずはコッチの有利になり過ぎず、かと言って向こうの有利になり過ぎずって感じだな。予定通りの落とし所と言って問題はない」

 

「なんだか不本意な所で称えられたような気がしましたが……。しかし、と言う事は……」

 

「あぁ、あの幼女の親権は勝ち取ってやった。まぁ、あのジジイに言わせたら所有権らしいがな」

 

「……っ! おめでとうございます!」

 

 そう言った俺の言葉にアサシンは嬉しそうな表情を浮かべると、声を張り上げてそう言った。

 しかし、この家は一軒家であるとは言え時間が時間である。隣接されてる家に声が届かない訳がない為、俺は人差し指を口元に一本立てて静かにしろとジェスチャーを送る。

 アサシンは初めはそのジェスチャーの意味が分からなかったのか首を傾げ疑問符を浮かべていたが、俺が追加で布団に寝ていた幼女を指差すと漸くその意味を理解したようであった。

 

「すいません……」

 

「いいさ、お前は今回の作戦の立役者だったからな。大目に見ておく事にするさ。この程度の部下の粗相、近藤勇なら笑って許す」

 

「マスター……」

 

 そんな俺の言葉に何を思ったのか、アサシンは目を細めて俺に笑顔を向けて来た。何故かわ分からないがイラっとした為、やっぱり頬を捻ってやる事にする。

 

「なんだその、『この外道にも人の心が……』と言いたげなその顔は」

 

「いひゃいですまふたーっ!? わらひくひにらしてまへんよ!?」

 

「ほほぉ、つまり心では思ったと……」

 

「――!?」

 

「フハハッ、貴様の考えてる事が手に取るように分かるぞ。お前、生前で詐欺にあった口だろう? 阿呆め」

 

「ぅぅっ……こふっ!?」

 

 俺の言った事が図星だったのか、涙目になったアサシンは堪え切らないとでも言うように俺の頭へといつもの如く吐血の雨を降らせる。数ヶ月で鍛えたカウンターも、アサシンの両頬を抓り上げている状態では意味を成さず、俺は文字通り血を見る結果となった。

 竜之介とは違う意味でネチャネチャにして来るアサシンにため息を吐くと、常に常備しているハンドタオルで血液を拭いながらある一点を指差し俺は口を開いた。

 

「ほらアサシン、どうやら幼女が起きたらしいぞ。お前にはない色気を放つ幼女だ。しっかり見て学べ」

 

「ぅぅっ……子供と比較される私って……」

 

 先程の俺とアサシンのやり取りで目が覚めたのか、間桐から拉致って来た少女はハイライトの消えた瞳を開き、子供とは思えない雰囲気を放ちながら緩やかに上半身を起き上がらせた。因みに、アサシンより色気を放っていると言うのは心からの本音だ。

 アサシンは俺の言葉に肩を落として暗くなりながらも、やはり彼女が心配だったのかすぐに優しげな笑みを浮かべて話し掛けていた。俺もそれに便乗し、幼女が少しでも話し易い雰囲気を作ってやる事とする。

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

「煩くて起きたのに快眠な筈ないだろ。バカなんだろ?」

 

「うぐっ……。あ、あはは、気分はどうですか?」

 

「遠慮する事はないから素直に言ってやれ。朝一番に自分を攫った誘拐犯の顔を見て良い気分なる奴がいると思うのかとな。バカなんだな?」

 

「ぅぅっ……。で、ですが安心してくださいっ! 私達は貴女に危害を加えるつもりはありませんからっ!」

 

「おい幼女、鏡はそこにあるから好きに使え。口元の血液のどこに安心出来る要素があるのかと、小一時間無垢な表情で問い詰めてやれ。バカだ」

 

「――こふっ!?」

 

 最早問い掛けですらなくなった俺の言葉でとうとう限界が来たのか、アサシンはせてめ少女に掛からない様にと顔を背け吐血した。朝日に照らされた血液はキラキラと光を反射し、まるで最高級のルビーのよう。

 

「いや、やっぱムリ。血液は血液だわ」

 

 表現を幾ら変えようとも俺の目に映る血塗れなフローリングに変わりはなく、結局いつものように掃除しなければならないのかとため息を吐く。

 しかし、今はそれよりもと俺は視線を動かし上半身を起き上がらせた少女を視界に収め、その前に陣取り胡座を掻いて話し掛けた。

 

「やぁ幼女。興奮した大きなお友達の前に突き出されたくなければ、その完全に『私事後です』とでも言うような目を止めて早々に質問に答えろ」

 

「……はい」

 

 ハイライトのない瞳は結局治っていないが、俺の質問には抑揚のない声で素直に返事を返して来る。これは重症だと思いつつも、これが心の壊れた人間なのだと認識した。幸い質問には答えてくれる様なので、俺はアサシンを放置して次々と質問を始める。

 

「まあ、取り敢えずおはよう。先ずは君の名前を聞いておこうか」

 

「……桜……です」

 

「じゃあ桜と呼ぶ事にする。良いな?」

 

「分かりました……」

 

 あくまでも機械的に答える様子は、臓硯の言っていた通り出来の良い人形と言った感覚だ。必要な事だけを口にし、それ以降自分から口を開く事はない。

 その反応を見た俺の感想を一言で表すのならば、色々とやり難い、と言うのが適切だろう。俺は相手を煽る事は大の得意だが、目の前にいる幼女改め桜はその煽るべき感情が極端に薄いのだ。煽った所で舞う火がない。

 

「これは、手こずりそうな予感がするな……」

 

 面倒臭さいと思いながらも、俺は先ずは仕切り直そうと朝食の準備を始める事とした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 数時間程前の事。

 暗幕であらゆる光を遮った部屋の一室。その暗さのせいなのか部屋へと満ちる空気は重く、ドンよりと濁ってるいるように思える。

 俺はそんな部屋の中で、現在は目の前のアクリルケースに閉じ込められている間桐臓硯と言う約五百年もの時間を生きた化け物と対峙していた。この話し合いは計画の第一段階の締めに当たる為、失敗は許されない。

 

『それで、詳しい話を聞こうではないか小僧』

 

「そうだな。それじゃあ、先ずはクソジジイを捕まえるまでの経緯を話す事としよう」

 

 その臓硯の声に答えた俺は、癪に障ったのか射殺さんばかりの眼光を向けてくる臓硯の視線を受け流し会話を続けようとする。

 実際のところ内心ではかなりヒヤヒヤしているのだが、命の価値を等価にしたと言った手前何があっても表面には出せない。この場合、流石は数百年生きた人外だと臓硯を褒めるべきだろう。

 一度息を吐き、俺は呼吸を整える。さて、では今回の計画の概要を話す事としよう。

 

「先ず一つ。俺はある情報源から、アインツベルンの魔術師が前回の聖杯戦争でルール違反を起こした事を知った。勿論情報源については話せないが、その結果俺は今回の聖杯が使い物にならない事も知ったって事さ」

 

『だが、その情報源が話せんのなら儂が貴様の言葉を信じる理由はないの』

 

「その通り。だから信じる信じないについて俺は口を出さないし、例えアンタが俺を出し抜いて聖杯に願った所で何も思わない。どうせ思った通りにならずに破滅するのが落ちだからな。だから、これについてはアンタが自分で結論を出すと良い」

 

 歪んだ形で願い叶える呪われた聖杯。そんな物の力に頼って不老不死を願ったが最後、碌な結末にならない事は想像に難くない。元より俺の交渉のカードは別の別のものなのだから、穢れた聖杯について話を続ける必要はないだろう。

 臓硯は原作知識から知り得た情報故証拠の提示出来ない俺の言葉に何も答えなかったが、否定してこなかった辺り自分で調べる算段なのだと予想する。

 

「まぁ、それもその制作期間四ヶ月の封印擬きが解けたらの話になるがな」

 

『忌々しい小僧じゃっ。“封印術であったのならば”解除も容易だと言うにっ……』

 

 そう言った俺の言葉に臓硯は苛立った様子でアクリルケースを小突くと、再び解析する類の魔術でも行使したのかイライラを隠そうともしなくなった。俺からすれば解析の魔術は超難易度の魔術なのだが、それをこうポンポン使われると嫌でも実力差を理解してしまう。良く捕獲出来たものだと自分を褒めてやりたい位だ。

 

「すまんな。封印術には明るくなくてね。知性のない獣相手には意味のない代物ではあるが、アンタには効いてくれたようで嬉しい限りだよ」

 

 アクリルケースに手を這わせ口元を歪める俺は、今回の案は正解だったと改めて思いを馳せる。

 元より俺は現象の再現をする魔術以外は専門外である為に、今回の捕獲作戦については封印術を使う事が出来なかったのだ。知識を無理やり頭に詰め込めば簡易封印は出来たかも知れないが、即席で覚えた付け焼き刃の魔術で臓硯と言う人外を捕獲するには余りにも心許ない。故に今回俺が考えたのは、別方向からのアプローチであった。

 

 ――封印術が使えないのなら、使わなければ良い。

 

 そうして生み出されたのが、目の前にある二つの魔術を併用されたアクリルケース。

 魔術師の家系に生まれたのならば普通は教えられる工房の作成方法と、俺の十八番である現象再現の数秘術。

 何も獣を捕獲する訳ではないのならと、俺は生物であれば誰もが持っている命を握る事とした。

 今回俺が相手にしたのは言葉を介する事の出来る相手で、その上“不老不死”を望むような最高の相手だ。命を握る事が出来たのならば、大きな行動制限を掛ける事が出来ると判断したと言う事である。

 結果は、見ての通り。

 

「それじゃあ、アンタを捕まえるまでの経緯を話し終えた所で、議題を元に戻すとしよう。内容は言うまでもなく、俺がアンタに何をして、アンタが俺に何をするかだ」

 

『……』

 

 俺の言った言葉を最後に、臓硯の雰囲気も苛立ったものから魔術師のそれとなる。これから行われる話し合いに、お互いの等価を持って挑むと言う事だろう。

 

 数秒の沈黙。

 先ず言葉を発したの、この場を作り上げた俺だった。

 

「俺がアンタに要求するのは二つ。知識と実物だ」

 

『ほぉ、一体なんの知識を欲する小僧。まさか儂と同じ体を手に入れる外法か?』

 

「まさか、冗談」

 

 そんな事は頼まれてもお断りだと、お俺は大袈裟に大手を振って否定する。長生きとはとても魅力的ではあるが、目の前のジジイのようになると言うのなら話は別だ。

 臓硯はそんな俺の嘲笑いの混じった言葉に自らの不老不死の願いを侮辱されたとでも思ったのか、アクリルケースの中から殺気を迸らせている。

 それに対して少し苛ついた俺は、アクリルケースに新たな数列を刻みつつ、臓硯へと更に言葉を連ねた。

 

「そうカッカッするなよ。手が滑って術式を追加しちゃうじゃないか」

 

『おい小僧ヤメロ』

 

「それでだがな、俺が欲しいのはある魔術の知識なんだ」

 

『聞け。そんな事をすればこの術式が崩壊するかも知れんぞ? 良いのか?』

 

「生憎俺の属性は火だけでね。術式を用意すれば他の属性を使えない事はないんだが、なんと言っても効率が悪い上に今回のはそれじゃ逆立ちしても無理なんだ。……因みに、そのアクリルケースは全ての術式が単体で起動している故に崩壊はあり得ない」

 

『……この外道が』

 

 外道に外道と言われるとは、俺の悪名も高まったらしいな。余りの嬉しさに、苛立ちと術式を刻む手の速さが神懸かって来たぞ。

 

「クハハハハハッ……!」

 

『……』

 

 臓硯もう何も言わない。これでアクリルケースの術式解除は更に困難を極める事となるだろう。

 そうして幾つかの術式を刻み終え満足した俺は、臓硯へとニヤついた笑みを浮かべながら再び話を元に戻す。

 

「それで俺が欲しい知識だが、それは――」

 

 視線を隣の部屋へと飛ばしそこにいるだろう人物を頭に思い浮かべ、俺はその言葉を放った。

 

「――虚数属性の知識。それをあの部屋にいる幼女と共に欲しい」

 

『貴様それはっ!』

 

 此処に来て初めて聞いた臓硯の焦った声。

 だが、それもそうであろう。これから起こる事を事前に知っている俺からしてみれば、それは自らの計画を一つ潰す事と同意義だと知っている。既に魂が大きく磨り減っている臓硯にとってその要求は自らの寿命を差し出す事と違いないのだろう。

 しかし、だが。

 

「断れないよなぁ? その体にガタが出始めている事は例の如くある情報源で知っている。だから俺がそのアクリルケースの術式を解除しなければ、アンタは蟲の交換すら出来ない。一体どれ位もつかな? 一年か、半年か。はたまた数ヶ月って事もあり得るかな?」

 

 今俺は正しく臓硯の命を握っているのだ。臓硯ならアクリルケースの魔力の流れを変える事は容易かも知れないが、既に半分起動している術式に干渉するとなると話は別だ。ふとした拍子に完全起動等したら笑い話にもならない。

 俺より長く生きている臓硯にそれが分からない筈もなく、奴は言葉を発する事無く俺の言葉に耳を傾けていた。

 

「それで、どうする? 勿論黙りを決め込まれたら俺も困るから、アンタにとって有益な情報をもたらそう」

 

『……先にその有益な情報とやらを話せ。虚数属性についてはそれからじゃ』

 

「ほぉ、つまり虚数属性については知っていると言う事か。これは良い事を聞いた。余裕がなくなって来た証拠だ」

 

『……チッ』

 

 臓硯の放つ舌打ちに気分の良くなった俺はクツクツとした笑い声を漏らすと、本当に黙りを決め込まれても困る為軽い謝罪を述べて臓硯へとその情報を話す事とした。

 

「ハハハッ、すまんすまん! 俺も切羽詰まってるんだよ。本当にアンタに死なれちゃ俺も道ずれになるからな。情報はしっかりと話してやる。等価交換の鉄則だ」

 

『等価交換じゃと? 儂が差し出すのは『命』と『桜』と『知識』の三つじゃ。釣り合いがとれとらんわっ!」

 

 臓硯の怒声により、この部屋の空気がピリピリ振動した錯覚が襲う。まるで、声そのものが物理的な力を得たかのよう。

 俺はこれが数百年生きた人外の気迫かと思いつつも、臓硯の言葉へと首を振って答えた。

 

「いいや、釣りは取れてるよ。だから答えてやる。俺が差し出すのは、アンタの『今後の命』と『情報』。そして――」

 

 ――確実な根源への到達方法だ。

 

『――なっ!?』

 

 臓硯の驚愕の声が、俺の言葉を真実だと判断した事を理解させた。数百年生きた人外だからこそ、真実と虚実を見通す目は凄まじい。故に、この場で俺は真実しか語らない。

 

「さあ、話を煮詰めるとしようか。『根源』へと繋がる――『両儀』の家について……な?」

 

 それが実行可能かは、保証しないがな。

 

「クククッ……!」




まさに外道!


補足

『両儀』空の境界 出演

両儀式
直死の魔眼保有者。その身は『』(から)と言う場所に繋がっており、『』とは根源そのものであると言える。
故に彼女さえいるのならば態々根源へと辿り着く方法を模索する必要がなく、存在する道を辿るだけで根源への到達が可能。
しかし、その戦闘能力は凄まじく捕らえるのは容易ではない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 各陣営

 倉庫街での戦闘をスナイパー越しに見ていた衛宮切嗣は、倉庫街へと侵入して来たバーサーカーだと思われる新たなサーヴァントを捉えると同時、尋常ならざる様子のセイバーを見て即座に撤退の二文字を頭へと浮かべた。

 切嗣の想い人であるアイリスフィールとセイバーの近くには怒り狂ったアーチャーとランサー。そして、判断は付かないが何らかの思惑を持って近づいて来たライダーのサーヴァントがいる。考え得る限り最悪の状況と言って良かった。

 

「クソ……。何を吹き込まれたのか知らないが、こうも簡単に使えなくなるとはな……」

 

 切嗣の目に映る限りでは、セイバーは現在戦える状態ではない。目の焦点は合っておらず、手に握る不可視の剣は今にも手放しそうだ。これではアイリスフィールを護る事すら出来ないだろう。

 その上、切嗣の視界に映ったバーサーカーは何を考えているのか他のサーヴァントには目もくれず、一直線にセイバーへと向かって来ていた。絶望的と言う表現は、こう言う事を言うのだろう。

 

「……使うしかないのか?」

 

 切嗣は右手に浮かぶ十字架のような令呪を視界へと収め、目を閉じると数秒間思考の海へと潜った。今ここで令呪を使った場合に得られるメリットとデメリットを、即座に頭の中の天秤へと掛ける。

 そして、ドス黒く濁った目を開いた切嗣は判断を下す。

 

「――令呪を持って命ずる」

 

 天秤が傾いたのは、令呪を使うと言う判断。今の状態でセイバーを戦わせれば、間違いなく負傷すると考えたのだ。そして、それはそれだけでなくその近くにいる想い人も傷付いてしまう事を意味した。

 

「――セイバーよ、アイリを連れて即座に撤退しろ……」

 

 切嗣の右手の令呪が光り輝き、その一角を消失させた。

 その様子を見届けた切嗣が視線を再びセイバーへと戻せば、令呪の命令通りにアイリスフィールを抱えて即座に撤退の姿勢を見せている。だが、そのセイバーの表現は相変わらず焦点が定まらず、今にも立ち止まりそうな雰囲気を醸し出していた。

 しかし、その身体能力は人外の物。撤退だけを行動させれば、かなりの距離を置いているバーサーカーを撒くことは不可能ではないだろう。

 そう判断した切嗣は、珍しく表情を険しい物へと変え苛立たしげに首元のマイクへと声を発した。

 

「……舞弥、撤退するぞ」

 

『了解です』

 

 耳へと装着しているインカムから返って来た女性の声を聞き届け、切嗣は細心の注意を払いながら倉庫街を後にする。しかし、安全圏にまで退避した後も切嗣の表情は険しいままであった。

 今回の戦闘で得た物は、ライダーとランサーの真名とアーチャーの強力な力の一端。

 そして、ランサー陣営とアサシン陣営が同盟を組んでいるとかも知れないと言う可能性。

 特に、ケイネスがモールス信号を理解していると言う事は収穫であった。

 しかし、それを得た結果に失った物は大き過ぎる。

 

「セイバーの負傷と令呪一角の消費……。割に合わないどころじゃないな」

 

 切嗣は今後のプランが大きく変更になるだろうと想像し、もしもセイバーが使えなくなれば――即座に切り捨てる事も考えた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 『ええい、何処へ行った雑種ッ! その身八つ裂きにしても罰としては軽すぎるぞ!』

 

 そんな怒りに満ちた怒声が、視覚と聴覚を同調させているアーチャーのマスターたる遠坂時臣へと届いた。

 時臣は自らの拠点である工房へと篭り、そんなアーチャーの怒りへと頭を抱える。この調子では宝具を全力で解放しかねない。

 

「……令呪を使い、王へと撤退を進言するしかないのか?」

 

 このままでは、アーチャーの宝具の性能を他陣営へと晒してしまう事となる。ここで手の内を明かす事は愚策としか言えない。

 そう判断した時臣は葛藤の末右手の令呪を目の前へと掲げると、祈るかのように念を込め始めた。

 

「……王よ、どうか怒りをお収めお戻り下さい」

 

 すると、時臣の右手へと浮かんでいた円形の令呪の内一角が消え去りなくなった。

 それを見届けた時臣は小さなため息を一つ吐き、こんな下らない事で令呪を使ってしまったと自己嫌悪する。

 今回のアーチャーの勝手な行動や、当初予定していたアサシンの召喚が出来なかった事。思い返せば、今回の聖杯戦争で自分が考えていた当初の計画はあらゆる所で綻び始めていた。

 

「まさか、アサシンが最初に召喚される等とは……」

 

 アーチャーの視界を通して見た、黒尽くめのマントを着用し骸骨の仮面をつけたサーヴァント。今回は逃げられてしまったが、戦闘に限って言えば負ける事はないと考える。しかし、それでも偵察の役割を任せられる駒は惜しかった。

 時臣はそこでまで考えると、既に終わってしまった事は仕方がないと思考を切り替える事とした。そう、そんな“当初の計画”に固着しても仕方がないと。

 

「それで、綺礼君。例のキャスターは説得出来そうかね?」

 

 そう言って時臣が背後へと振り返れば、黒い神父服を纏った二十代の男が視界へと映り込んだ。

 綺礼と呼ばれたその男は時臣の言葉を聞き一歩近付くと、その問いに対して首を振り返答する。

 

「いえ、今も頑な拒否しております。令呪で強制させる事も可能ではありますが、長期間に渡るとなれば効果は薄くなってしまうかと」

 

「そう……か。いやしかし、彼が協力さえしてくれれば最早聖杯等不要の賜物だ。綺礼君、何としても説得してくれ」

 

 その言葉を言い終わった時臣の表情は、何故か笑みに染まっていた。そう、既に時臣にとって現在の聖杯戦争は保険以外の意味をなくしていたのだ。

 その理由を知る者は、キャスターのマスターである綺礼と協力者である聖杯戦争の監督役しかいない。

 

「あぁ、私は本当についているよ……」

 

 もし神と言う存在がいるのならば、それが自分に『根源へと辿り着け』と言っているようにしか時臣には思えなかった。

 綺礼はそんな時臣へと頭を下げ、言葉を発する事なく工房を後にする。

 

「そのまま、争い続けていると良い。フフフフフ……」

 

 時臣は抑えきれない笑い声を口元から漏らし、自らの輝かしい未来を頭へと思い浮かべたのだった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、撤退して行くセイバーを横目に見ながらそろそろ引き際かと考えた。

 先ず始めに倒すべきなのは衛宮切嗣であると考えるケイネスは、その手掛かりたるセイバーがいなくなった事でこの場に留まる意味を無くしたからだ。

 

「ランサーよ、引き際だ」

 

『畏まりました主よ』

 

 自らの居場所を悟られないように魔術で音を反響させ、ケイネスはランサーへと撤退の命令を下す。数週間前までのケイネスならば、このような小細工等せずにある程度姿の隠せる場所から声を張り上げていた事だろう。

 しかし、それも衛宮切嗣の犯行書により考える事となった。

 

「衛宮切嗣め、巫山戯た事をっ!」

 

 この数週間、ケイネスはあらゆる場所で人目を憚る事なく謎の煙を嗅がされていた。

 それについて気になり魔術で調べてみれば、その煙には癌を誘発させる有害物質が多量に含まれている事が判明。

 その事実を知ったケイネスは、魔術師ですらない一般人を巻き込もうとした衛宮切嗣へと怒りを覚えた。

 もしケイネスが魔術以外でその調査を行っていたならば、また結果は違ったのかも知れないが。

 

「主よ、すぐに戦線の離脱を」

 

 そんな時、背後から現れたランサーが怒り心頭なケイネスへとそう問い掛けた。

 その声により現実へと引き戻されたケイネスは、この怒りはいずれ衛宮切嗣本人へとぶつけようとランサーへと振り返る。

 

「分かった。お前も怒りを感じているだろうが、相手は一般人のいる場所でも躊躇なく毒ガスをばら撒く者の仲間だ。セイバーを深追いすれば、この街の者へと危害を加える事も厭わないだろう。今宵は撤退するぞ」

 

「クッ……なんと卑劣なッ!」

 

 ケイネスも衛宮切嗣への怒りは感じていたが、ランサーの怒りもそれに負けてはいなかった。元よりランサーは国と民の為に戦った戦士であり、戦士でない者を巻き込む衛宮切嗣のやり方に怒りを示していた。

 そんなランサーの感情を読み取ったからこそ、ケイネスは今婚約者が彼へと向けている視線にも耐えられる。

 同じ目的を持った者同士だから、ケイネスはランサーが婚約者に興味を持っていないと理解出来たのだ。

 

「では行くぞランサーよ。あの紙を送り付けて来た例のアサシンは恐らく衛宮切嗣のサーヴァント。お前の槍を、私の正義を示す為に使え」

 

「勿論ですマスター!」

 

 力強く頷き同意を示したランサーはケイネスを抱え、夜の闇へとその姿を溶けるように消した。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ウェイバー・ベルベットは拠点となっている小さな一般人の家の部屋で、倉庫街での事を思い出していた。

 つい数時間前に起きたその出来事は急展開の連続で、その内の一つが自らのサーヴァントであるライダーが起こした物であるとなれば振り返らずにはいられなかったのだ。

 そしてその問題であるライダーが起こした事とは、サーヴァントとして弱点となり得る真名を堂々と明かし、挙げ句の果てには他サーヴァントを仲間へと引き込もうとする始末。

 ウェイバーはこれからの戦いをどうするべきかと、ライダーに荒らされてしまった汚い部屋で頭を抱えた。

 

「だけど、それにしてもあのアサシンは何がしたかったんだ?」

 

 そうしてウェイバーが次に思い出したのは、意外な事にアサシンのサーヴァントだった。

 本来なら、アサシンのクラスはキャスターのクラスと並んで弱いと言われている。ウェイバー自身が調べた聖杯戦争の文献を見てみても、アサシンはマスターの殺害を優先したタイプのサーヴァントと書かれていた筈だと思い出す。

 しかし、そうであると言うのに態々姿を晒した愚行。ウェイバーにはそれが良く理解出来なかったのだ。

 故に、ウェイバーは問い掛ける事にする。恐らく自分が考え続けるよりも、戦いのプロに聞いてみた方が早いのではないかと。

 

「なあライダー。お前はあのアサシン、どう思う?」

 

「あの暗殺者か? そうさのぉ……」

 

 そう言ったウェイバーの問い掛けに、珍しくライダーは真剣な表情で悩み始める。いつもならば、この目の前いるかの名高き“征服王イスカンダル”は悩む事なく即答する。だと言うのに適当に答えないのは、ライダーが本当の戦いを知っているからこそだとウェイバーは思った。

 そして数秒。ライダーは顎へと充てていた腕を降ろし、自らの考えを述べ始めた。

 

「恐らくじゃが、ありゃ最初から戦う気なんぞなかったな。坊主も見たじゃろ、あのアサシンが背負っておった道具を」

 

「あのリュックサックの事か? そう言えばよく見えなかったけど、アレからアサシンが何かを取り出した後にアーチャーが怒り出したんだった。……あれ? あの後リュックどこに行ったんだ?」

 

「気付いたか。空中に舞った紙は全て、実はアレから吹き出した物だ」

 

 そう言ったライダーの言葉を聞き、ウェイバーの中にあった不可解な理由が一つだけ解ける。態々姿を晒したのは、そのリュックから出た紙が理由なのではないかと。

 

「まさか、あの紙を全員に見せる為だけに出て来たって言うのか!? 一体なんの為に……」

 

 しかし、姿を晒した理由は分かってもそのメリットが理解出来ない。あの紙をばら撒くだけが目的であったのなら、最初現れた瞬間にリュックを置いて逃げれば良かった筈だ。

 あの紙が舞う直前、ウェイバーはどこからか確かに魔力を感じる事が出来た。恐らく、紙をばら撒いたのはリュックに仕込まれた魔術だと思われる。であるならば、アサシンは態々姿を晒してアーチャーを挑発する必要な等なかったのだから。

 そうして断片的な情報をブツブツと口に出していれば、自らの考えに引っ掛かりを覚えた。

 

「……なあライダー。確かお前達は、最初アサシンの存在に気付いてなかったよな?」

 

「まあ、そうだが?」

 

 アッサリと答えたライダーに自らが狙われた時の不安を覚えつつも、ウェイバーはその答えを聞いて発想を少しだけ変える事となった。

 アサシンが姿を晒したのは、晒したかったから。

 そしてあの紙は、メッセージを伝える為じゃなく伝えない為の物なのではないかと。

 

「あの紙がばら撒かれた途端、怒鳴り声が聞こえたんだ……」

 

 アレは間違いなく、時計塔にいた自分の教師の声。“衛宮切嗣”と叫んでいたのを確かに聞いた。

 

「もしも、その衛宮切嗣にしか分からないメッセージがあって、アイツにしか分からないメッセージがあったとしたら……」

 

「……どう言う事だ小僧?」

 

 ウェイバーの言葉を聞き、ライダーは首を傾げて問い返す。

 

「多分だけど、する必要のない姿の露見は何か勘違いさせたかったんじゃないか?」

 

「むぅ……では一体何を勘違いさせようと?」

 

 次々とパズルが合わさって行き、頭の中で少しずつ謎が解ける。そうして点と点が繋がって行き、ウェイバーある一つの可能性へと思い至った。

 即ち、アサシンのマスターがあの場にいなかった第三者だと言う可能性に。

 

「重要なのは、アサシンのサーヴァントがあの紙をばら撒いた事……。もし二人にしか分からないメッセージを送る事が出来たとしたのなら……勘違いを起こさせる事も不可能じゃない……!」

 

 お互いの疑心暗鬼と言う形を持って。

 

「あのメッセージの内容がもし相手が警戒する物だったら、アサシンが敵の協力者だとお互いに勘違いする。アサシンはそれを狙ったって事か!」

 

「おおっ! そう考えば辻褄が合うぞ小僧。少しはマスターらしい事が出来るんではないかっ! ガハハ!」

 

「――ウギュッ!?」

 

 豪快に笑いながら背中を叩いて来たライダー腕力に、ウェイバーは苦しげな声を上げて床へと崩れ落ちた。

 痛みと悔しさにウェイバーはプルプルと震えるがやり返す事も出来ず、心の中で『いつか見返してやる』と思ったのだった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

『では、次のニュースです。

 前日、高級住宅街にある間桐さんの家から火事が発生しました。ガス漏れによる爆発のようで、間桐さんの家は全焼。幸い、住人である鶴野さんは火事の前に外で倒れていたそうで、周りに家がなかった事もあり火は燃え移る事はありませんでした。

 鶴野は共に火事前後の記憶がないとの事ですが、命に別状はありません。

 ガス漏れの原因を警察が調べた所によると、間桐さん家の地下からは大量の異形の蟲の死骸が発見されており、警察はその蟲が何らかの原因を作った事故だと言う線で捜査を進めております。

 では、次のニュースです――』

 

「クハハ、全く不用心な奴もいたもんだぜ。余程地下を気にしてなかったんだな。その間桐さんって人は」

 

「焼け跡しか残ってないですね」

 

 簡素なリビングにある古いボロボロのテレビから流れて来たその声に、俺は隠しきれない笑みを浮かべながら朝食の準備を進めていた。そろそろニュースになっている頃だろうと考えていた為、全く驚きはなかった。

 因みに、ボロボロのテレビは粗大ゴミに出されていた使える物を龍之介にアンテナを繋げて貰った物である。俺の中で密かに龍之介万能説が有力になった瞬間でもあった。

 

「さてさて、これで奴も動かずにはいられんだろう。ボロボロの体に鞭打って、今頃は桜を探している筈だ」

 

「マスターって悪巧みをさせれば凄いですよね。今の所全て綺麗に進んでいますよ」

 

 アサシンの感心したような呆れたような声を聞きながら、俺は笑いを噛み殺し朝食の目玉焼きに胡椒を掛けた後フライパンに水を入れて蓋を閉じた。これで、後は熱せられたフライパンの熱で出来た水蒸気が目玉焼きの表面を薄皮一枚程度に蒸してくれる事だろう。

 後は適度に千切ったレタスにシーチキンとカットトマト、コーンを入れた簡単なサラダと炊き立ての白米に浅漬けを用意して朝食の準備は完了である。僅か三十分で作り上げた朝食であった。

 

「まあ、話は朝食を食ってからにしよう。寝てないせいで腹が減ってるんだ」

 

「じゃあ、最後に昨日の事で一つだけ聞いていいですか?」

 

「ん、何か問題でも見つかったか?」

 

 何か計画に問題でもあったのかとアサシンへと尋ね返せば、それは首を振って否定される。では何なのかと俺が首を捻れば、その答えは意外にも納得出来る話であった。

 

「結局、昨日の戦いは何が目的だったんですか? 変装して態と気配を漏らすと言う話でマスターが相手に私を何者かと勘違いさせようとした事は分かりましたが、あの紙とアーチャーとやらの挑発に何の意味があったのかと」

 

 その問い掛けを聞いた俺は確かに話していなかったと思い返し、その内容を目玉焼きが出来るまでに手短に話しておく事にした。

 

「まあ、変装させて気配を漏らさせた理由としてはお前の言った通りだ。俺はお前を『ハサン』と勘違いさせる為に態と姿を晒させた。そして、あの手紙をお前がばら撒く事である二人のマスターに『アサシンは他の陣営と協力しているだろう』と更に勘違いさせたんだ。勝手に向うで推測して、勝手に勘違いして完結する。本当の難易度を考慮せずに、自分で難易度を上げたり下げたりしてる事にも気付かずな。クソジジイと同じく手口だよ」

 

 恐らく、切継とケイネスはお互いに相手がアサシンと協力していると考えるだろう。相手にアサシンがいるとなれば、無闇やたらに街を歩く事は出来ない。アサシンと言うマスター殺害に特化したクラスは、それだけで相手への牽制となってくれるのだ。

 しかし、逆を言えばこの作戦は切継とケイネス以外には意味をなさない。あの手紙はモールス信号を知っている筈の切継と、過剰な程にスモークを投げ込んだケイネスだからこそ理解出来て勘違いするものなのだから。

 

「へぇ、そんな作戦だったんですか。では、あの場でアーチャーを挑発した理由の方は?」

 

 そう言った事を噛み砕いて説明してやれば、アサシンは感心した風に納得の声を上げもう一つの質問を問い掛けてきた。

 まあ、そちらの説明は簡潔に一言で済む。

 そうして、俺は丁度良い具合になっただろう目玉焼きへと向かいながら簡潔に告げた。

 

「そんなの、嫌がらせに決まってるだろ? 言わせんな恥ずかしい」

 

「……えっ?」

 

 アサシンの『何言ってんのコイツ?』とでも言いたげな顔に若干の不満を覚えつつも、俺は肩を竦めて更に答える。

 

「確かにアーチャーを挑発したのは重要な計画を進める事に不可欠だったが、あの煽り耐性ほぼゼロの慢心王だぞ? チャンスなんて急がなくても向うからやって来てすれる。それでも挑発したのは、折角のチャンスだからってのが二割で、嫌がらせが八割だ。それ以外に、何か理由が必要か?」

 

「あぁ……いえ……。そう言えば、マスターが意味もなく煽るのが好きな方だと言うのを忘れていただけです……はい」

 

 そう言って以降言葉を話さなくなったアサシンは、部屋の隅で虚空を見詰めている桜を連れて大人しくテーブルへと着く。

 俺もそんな今更なアサシンの言葉に肩を竦め、皿へと移した目玉焼きを持ってテーブルへと着いたのだった。




外道が無駄に予定を詰め込んだ時は要注意。その殆どの理由が嫌がらせ以外にないから。

雁夜叔父さん忘れてた……。
い、いや、次回は多分叔父さん回だから、ここで出さなくとも問題はない筈だ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 釣りに行こう。なに、得意分野だ

久々の投稿。見てる人はいるかな?
久しぶりで文字数は少ないし、頭のプロット殆ど消えちゃったけど、夜中のテンションでなんとかしてみたよ。
それと、あの人は本当丁重に扱われてるから大丈夫だよ?


 翌日の朝の事。俺は現在食卓にて目の前に座るアサシンに奇妙な目で見つめられていた。

 まあ、これについては反論のしようもない為我慢してはいるが、やはりムカつく物はムカつく物で、俺は現在発散しようのないストレスをガンガン溜めている。

 

 それもこれも、理由は俺の隣で食事を摂っている桜に集結していた。

 

「ほら桜、口を開けろ。あーんだ」

 

「……あーん」

 

「よしよし良い子だ。俺の料理は手抜きだから、桜の口に合うか心配だったんだよ」

 

「……美味しいです……よ」

 

「お世話でも嬉しい事を言ってくれるなぁ。ほら、もう一口どうだ?」

 

「あーん……」

 

 この会話のように、俺は現在ベビーシッターよろしく桜の世話を焼いているのだ。手間ではあったが、漸く少し話してくれ出したので無駄ではなかったと言える。

 ただアサシンの視線が物語っているように、現在の俺はかなり気味の悪い人間なのだろう。

 普段の態度から180度別方向に向かっているからな。これからの為とは言え、羞恥プレイをしている気分だよ。

 

「ご馳走様……です」

 

「ああ、お粗末様だ。食器はキッチンに持って行けるか?」

 

「はい……」

 

「よし、良い子だ」

 

 そうこうして朝食を桜に食べさせ終えた俺は、彼女の変色した髪をひと撫でしてキッチンの方向を指差す。

 正直上手く桜を教育出来る自信は俺にはなかったが、今はその場凌ぎで十分だろう。

 キッチンに食べ終わった食器を持って移動する桜を傍目に、俺は取り敢えず順調ではあると確信した。後は、ちょっとした“劇薬”を用意すれば良い。

 

 そうしてこれからの予定を少しずつ形にして行く俺であったのだが、そろそろ我慢の限界だったのだろう。一人別空間へと追い出されていたアサシンが漸くチャンスを見付けたとばかりに話し掛けて来た。

 

「ど、どうしちゃったんですかマスター……」

 

「言いたい事は理解出来る。が、それ以上は石畳四枚からになるぞ。次点で貫通蝋燭からの四肢欠損だ」

 

「それは土方さんより酷くないですか!?」

 

「まだ優しい忠告の段階だよ。それ以上突っ込むなら容赦はしない」

 

 俺に真顔でそう言われ此方の本気度が伝わったのか、アサシンは顔を青くして無言で頷き返して来た。

 そうして少しばかり静かになってくれたお陰で、漸く俺も本題を話せそうである。

 

「まったく、人の心を抉るなんて最低の行為だぞアサシン。折角俺が釣りにでも行かないかって誘おうとしてたのに」

 

「マスターにだけは……って、釣りですか?」

 

「そう、釣りだよ」

 

 キョトンとした表情で問い返して来たアサシンへ頷いた俺は、窓の外を指差しながら続きを口にし始めた。

 何を隠そう、俺はこう見えて釣りが大の得意分野なのだ。

 

「ほら、昨日は色々予定が詰まってて一息も付けなかっただろ? こんな日は桜と親睦を深める意味も込めて、気分転換に行くのが良いと思ったのさ」

 

「マスター……」

 

 アサシンは目を見開いて俺を見詰め、すぐ様目元を拭い笑顔で頷いた。

 きっと、俺の心遣いに感謝でもしているのではないだろうか。

 俺は口元を歪めて手のひらで顔を隠し、最後に改めて得意分野だと口にしたのだった。

 

「あぁ……本当に得意分野だ」

 

 電話一本で大物を釣れる位にはな。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 今は懐かしき臭いが鼻を刺激して来るその場所は、俺が冬木市に始めて来た頃と何一つ変わってはいなかった。

 初めの頃は慣れないこの臭いに不眠症寸前まで追い詰められたが、慣れれば色々と役に建つ事もある。

 

 この説明から分かるように今の俺逹三人が空気の綺麗な湖に居る筈もなく、釣竿もないままアノ場所に来ていたのだった。

 

「いやぁ、懐かしいな下水道。最後に来たのは仕込みの時以来かな。なあ、アサシン」

 

「……マスターですもん。マスターなんですから……」

 

「元気がないな。折角釣に来たってのに、もう少し面白そうにしろよ。滑稽な様子を真上から見下ろす愉悦は堪らないぞ?」

 

 しかし、そんな俺の言葉を受けても尚アサシンは何故だか落ち込んだ様子のままであった。

 どうやらアサシンはこんなところで“魚釣り”をすると思っていたらしく、下水道に入った辺りから首を傾げていた。正直釣竿がない時点で首を傾げろと言いたかったが、まあ無理もない。

 

「アサシンだもんな。アサシンだから」

 

「ぅぅ……こふっ!?」

 

 自分の言われて嫌な事は積極的に使って行こう。きっと相手にも大ダメージが入る。

 

 とにかく、折角釣りに来たのだから何も釣らず帰る訳には行かない。ここは俺が、今の時代にはない未来の釣りを手本に見せてやるとするか。

 そう考えた俺はポケットから携帯電話を取り出すと、ある一つの電話番号に向けてコールを始めた。

 

「良いか、この携帯電話は釣竿だ。そして、釣り餌は話だ。まあ、所詮餌は餌だからルアーにしておこう。

 特に、桜はよく見て勉強しておくように」

 

「はい……」

 

 そう言って素直に頷く桜の頭を再び撫で付け、俺は耳元のコールが止まると同時に目的の場所に繋がったのだと確信した。

 

『はい、藤村組本部』

 

「あ、すいません。アウトコースと言う者ですが、実はお嬢さんをお預かりしましてね。返して欲しくば、今日の午後4時冬木中央公園にいる男へ500万持って来やがれと言う訳さ」

 

『おいテメェふざけてるとドタマカチ割るぞゴラッ!』

 

「はいはい、それじゃあ取り敢えずお嬢さんの小指一本宅配で送りますね。なに、親切な忠告ですよ」

 

『このっ――』

 

「あーあー電波があー。はいプッツンと」

 

 俺は相手の男が何か言う前に通話を切り上げると、一息も着いて頷いた。我ながら見事な手際だったと思う。

 

「よし……完璧」

 

「いや、『よし……完璧』じゃないですよ!? 一体いつ誘拐なんてしたんですか!?」

 

 しかし、俺が余波に浸る間もなくアサシンがそんな突っ込み入れて来た為に、仕方なく思考を切り上げてその質問へと答える事にした。

 

「昨日夜龍之介に頼んどいたんだ。それで朝連絡が付いたからこうして電話した訳さ。まあ、手は出さないように言い含めてはいるよ。多分大丈夫」

 

「全然安心出来ませんよ!?」

 

 おいおい、仲間なんだから信じてやろうぜ? 俺だって八割位信用してるのに。

 しかしまあ、今回誘拐してもらった人物は少々特殊だからな。正直なところ全力で言い含めてはいる。

 ヤクザと事を構えるつもりなど元々ない為に、藤村さんのお嬢さんは快適に過ごしてもらっている。龍之介からの電話によると、竹刀を与えれば勝手に素振りしだしたそうだ。

 

「まあ、今のは手本を兼ねた事前準備だ。本番はこれから桜にやってもらう事になる。出来るよな桜?」

 

「はい……」

 

 実際の所は桜が電話をしなくても大丈夫なのだが、相手の混乱と動揺、そして希望と言う撒き餌を信じ込ませるにはそちらの方が都合が良い。

 俺は聖杯戦争前必死で探した漫画喫茶っぽい所で手に入れた電話番号のメモ帳を取り出すと、手早くプシュして耳元でコール音を聞き始めた。

 

 ワンコール、スリーコール、十回程コールしても出ない相手に少々不安になって来るが、二十回を過ぎた辺りで漸くコールの音が途切れたのであった。

 

『は……はい……』

 

 妙に力のない声色で電話に出たその声を聞いた俺は、口元を歪めて笑いを必死で噛み殺す。

 クツクツと込み上げる笑いが俺の喉を震わせる事で苦しくなってしまう。

 

 しかし、やはりこの時ばかりは本当に釣りが楽しいと思ってしまうな。

 

「桜ちゃんは預かった。時限爆弾を外して返して欲しいなら、今から言われた場所に来い。

 分かってるとは思うが、時限爆弾は手動でも発動するからな?」

 

『お、お前はだれだぁ!』

 

 相手、“間桐雁夜”の息を呑む声を聞いた俺は、桜の耳へと携帯電話を押し付けて口を開いたのだった。

 

「なに、しがない“正義”の魔術師だよ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 ルアーは丈夫な張りぼてに限る

お久しぶりです。
現在スランプに陥っており、中々投稿出来ない状況にあります。
何カ月も執筆活動から離れていた事が原因だと思います。
多分かなりスローかも知れませんが、出来る限り頑張る所存です……。


 今、何の為に自分はここにいるのだろうか。全ては愛する幼馴染みの為であり、その愛する幼馴染みの娘を酷すぎる苦痛から救う為だった筈だ。

 身体はこの身に寄生した忌々し蟲達に食い尽くされボロボロ。今まで自分を支えていた気力さえも既に尽きてしまった。

 薄暗い路地裏に横たえた身体には一切の力が入る事なく、ただぼんやりと無意識に涎をたらして虚空を見詰める。

 こんな事になってしまったのは、つい数時間前電気街で見ただった一つのニュースが原因。

 間桐雁夜を今の今まで支えていた根本である少女、今は間桐桜と名乗るその少女が姿を消したと言う報せだった。

 

「……なんで」

 

 雁夜には何故こんな事になってしまったのか理由が分からなかった。

 自分は確かにあの化け物と契約を交わし、聖杯を手に入れる事で桜を解放すると約束をした筈だった。

 なのに、何故聖杯戦争二日目にして化け物の家がニュースになっているのだ。

 

「事故……だって……?」

 

 ニュースによれば、あの化け物の家は爆発事故により炎上して焼けカスしか残ってないと言われている。

 雁夜にとってはあの家は忌々し記憶の溜まり場であり、寧ろ聖杯戦争に参加する前ならば喜びすらした事であろう。

 それ程までに、雁夜にとってあの家は最低の物であったのだ。

 

 しかし、今回ばかり事情が違った。

 

「兄貴……だけ……」

 

 そう、ニュースでは自らの兄である鶴野しか生存報告が上がらなかったのだ。

 あの化け物である蟲爺と、救うと決めた桜の名前は報道される事なく。

 

「ぁぁぁ……ッ!」

 

 喉から溢れ出る絶叫には恐ろしいくらい呪詛が込められ、誰を恨めば良いのかも分からない雁夜は自らの精神が削られている事を自覚しつつもそれを止める事は出来ないでいた。

 憎い。何が憎いのかも最早思考する事も出来ないが、とにかく憎くて憎くて堪らなかった。

 助ける相手のいなくなった自分の存在意義は、もうないのではないだろうか。

 そんな考えが頭を過ぎ去り、今度こそ雁夜は考える気力さえも失ってしまった。

 時間の感覚もなくなり、薄暗い路地裏で雁夜は世界にただ一人取り残されたような錯覚を感じた。

 もう、抗う事を止めてここで自らの人生に終止符を打つのも良いかもしれないなと、最後に残った気力で考え自虐的な笑みを浮かべる。

 雁夜は自分の死に場所をそこに決めた。

 

「……」

 

 何秒も、何分も、何時間も微動だにせずに、雁夜は自分の寿命が終わるのを待つ事にした。

 だが、雁夜にはそれすら許される事はなかった。

 いや、正確には外道が許す事はなかったのだ。

 

「……?」

 

 ふと気付いた時、雁夜の耳に酷く懐かしい無機質なコール音が入り込んで来る。この街に戻って来てからは決して鳴ることのなかった携帯電話が、雁夜のポケットからその懐かしい音を溢れさせていたのだ。

 

「電話……」

 

 一体誰から掛かって来たのだろうか。雁夜は今の自分に電話を掛けて来る人物に心当たりがなく、どうせイタズラ電話だろうと思い込む事で意識を泥沼へと落として行く。

 しかし、どう言う事だろう。電話は十コールを過ぎても切れる事がなく、いつまでも鳴らされ続ける。

 

「クソッ……!」

 

 雁夜はそんな相手に苛立ちを募らせ、自らのポケットから携帯をひったくるように取り出す。

 責めて死ぬ前くらいは何もせずいたかったと怒りを高めつつも、元来の性格か通話ボタンを押した雁夜の返答に怒りを垣間見る事は出来なかった。

 

「は、はい……」

 

 少々気だるげに応答した雁夜の内心は二つの感情へと別れる。

 一つは、こんな応答をしてしまった良心の呵責による罪悪感。いくら苛立ちを募らせているとは言え、相手は自らの事情とは関係がないと言うのに。

 そしてもう一つは、これくらい当然の対応だと思う冷徹な感情。死ぬ直前なのだから、この程度許されると言う自分本意な考え。

 雁夜の心は既に壊れ掛けていた。自分でも分からな数種類の感情の波が押し寄せ、思考が分裂し剥離して行く。

 このまま後一時間でも過ぎていれば、恐らく雁夜は本当の意味で壊れていた事だろう。

 だが、それはせき止められた。

 

『桜ちゃんは預かった。時限爆弾を外して返して欲しいなら、今から言われた場所に来い。

 分かってるとは思うが、時限爆弾は手動でも発動するからな?』

 

 そんな、開口一番の脅迫によって。

 

「お、お前はだれだぁ!」

 

 思考の停止した雁夜がそう叫んだのは、条件反射に近い物だろう。

 今の雁夜に取って、『桜』と言う名前は良い意味でも悪い意味でも劇薬であったのだ。

 だからこそ、壊れ掛けていた雁夜の心は刺激され、停滞していた思考が吹き飛び一回りして正常となった。

 

『おっと、死に掛けにしては随分と元気なオッサンだな。元気があれば何でも出来るってか? 例えば、“全身蟲に這いまわられたり”? うぇ、気持ち悪りぃ』

 

「お、お前っ……」

 

 しかし、その正常となった思考も相手の言葉によりグラグラと揺さぶられてしまった。

 雁夜は怒りのままに怒鳴りつけたい衝動へと駆られるが、それを何とか堪え問い掛ける。下手に相手を刺激しないよう、下手な態度で。

 

「す、すいません、気が動転していて……」

 

『おいおい、人質を取られてる人間の対応がそれかよ。気が動転していようが狂っていようが構わないが、今の対応はマイナス評価だ。証拠を見せよう』

 

「しょ、証拠……?」

 

『ああ、そうだ。桜が無事かどうか確認出来るんだから良いだろう? なに、ちょっと心が抉れる程度さ』

 

 その言葉を聞いた雁夜は嫌な予感が過ぎり、全身の血の気が引いた。

 まさか、そんな事をする筈がない。あんな幼い少女にそんな事をする筈が。

 雁夜は現実を否定するかのように頭を左右に振りながら、制止の声を上げようとした。

 

「ま、待っ――」

 

 直後、携帯電話から音が割れる程の大音量が響く。

 

『あーぁ、可哀想に』

 

 耳から聞こえて来る男の声が上手く分からない。一体何が可哀想だと言うのだろうか。

 雁夜は心の底では理解していたそれを、必死に首を振り否定する。

 だが、男の声が止まる事はなかった。

 

『う? 貫通してないな。引き抜くのも面倒だし、このまま止血するか。まあ、二度と片足使えなくなる程度だろ。障害って事で国の援助も降りるから安心しな』

 

「ま、待て……待ってくれ……」

 

『はい、減点』

 

 そして、また音が割れた。

 

「――うぁぁああぁあ!? お願いします止めて下さい! どんな事でも聞きます! だから、どうかぁぁあ!」

 

 雁夜の目からは、いつの間にか涙が溢れていた。大声を上げ、相手が目の前いないと分かりつつも地面へと額を擦りつける。

 相手の差し出した劇薬により持ち直した心が、再び相手の差し出した劇薬により壊れかける。

 だが、ギリギリの所で雁夜の心が壊れないのは桜の存在があるからであった。

 

『おぉ、少しはマシな態度になったな。俺は素直な奴は嫌いじゃない。だから、ちょっとしたご褒美をやるよ』

 

「あ、ありがとうございます……」

 

『うむ、良きに計らえ』

 

 どこまでも雁夜の感情を煽って来る男の声。ご褒美と言う物が何なのかは分からないが、雁夜は一安心と行かないまでも心の余裕を取り戻す事が出来た。

 

『フヒヒヒヒッ……余裕は与えん……』

 

 スピーカーから響く笑い声は不気味な事この上ない。

 余裕を与えない。その言葉に雁夜は疑問を感じる事となったが、直後に意味を悟る事となる。

 

『――痛いよ……助けて……叔父さん……』

 

「ぁぁぁ……ざぐあぢゃん!?」

 

 雁夜は枯れきった喉で大声を上げた。

 聞き間違える筈がない。弱々しい少女の声。電話越しで少し変質しているが、間違いなくそれは桜の声だったのだから。

 先程男が呟いた通り、雁夜に余裕が訪れる事はなかった。

 

『おっとここまでだ。それ以上の発言をすれば三発目が火を噴くぜ?』

 

「――ッッ!?」

 

 叫びそうになった雁夜であったが、下唇を噛み切る事で何とか堪える事が出来た。

 電話の男もそれに満足したのか、機嫌良さそうに声を上げる。

 

『よしよし、GOOD。それじゃあ、一方的な交渉へようこそ。決して発言せず、俺の要求にはハイかYesで答えろ。良いな?』

 

「……ぁぁ……ッ」

 

 だが、その言葉によって雁夜は泣きそうになる。

 決して発言せず、一体どうやってハイやYesで答えろと言うのか。

 それが単純に相手の言い間違いならば良い。だが、もしも本気で発言していた場合。

 

『返事しないの……?』

 

「は、ハイッ!?」

 

 最早考える時間はなかった。男から要求があったのだ。発言したとしても問題はないはず。

 殆ど反射的であったとは言え、雁夜は最善の選択をしたと言えるだろう。

 そう、それが“非常識な誘拐犯”であったのならば。

 

『あーぁ、発言しちゃった。フハハッ……減点』

 

 だが残念な事に、そいつは“常識的な愉快犯”だった。

 酷く楽しそうにケタケタ笑う声を聞いて、雁夜は自分が分からなくなって行く。

 

「ぁ、ぁぁ、ぁぁぁあああぁぁ!? 止めて下ぁあさい!?」

 

『おっと、もしかしてまた喋った? 俺の聞き間違えかな?』

 

「――ッッ……!」

 

『ク、ククク……返事がない、どうやら減点のようだ』

 

「ぁぁ……ッあああぁぁ」

 

 遊ばれている。そんな事は雁夜も理解していた。

 例え自分がどうなろうと助けると誓った少女がこれ以上傷付く事だけは許容出来ない。だが、かと言って相手は狂った愉快犯だ。発言すれば何が起こるか分からない。

 だから、雁夜は耐えるしかなかった。

 しかし、その耐える行為すら桜の苦痛になってしまうかも知れない。

 しかし、発言は危険。

 思考がまとまらなくなり、雁夜は電話に出る前よりも自分が狂って行く事を自覚した。

 

『と、良い感じおかしくなって来た所でそろそろ本題だ。あぁ、後さっきの『決して発言せず、ハイかYesで答えろ』っては冗談だから安心しろ』

 

「……はいっ」

 

 電話からの声。それが壊れかけた雁夜の心を何とか繋ぎ止めた。

 そして、とうとう男からの要求が始まる。

 

『じゃあ、要求を始める』

 

「はい」

 

『ん、まあ難しい事じゃない。これから今日一日の間、お前は指定する場所である一つの言葉のみ口にしろ。例え子供が話し掛けてこようと、美人のお姉さんが話し掛けてこようと、猫だって犬だってアメンボだってだ。良いな?』

 

「はい」

 

 雁夜はそんな良く分からない要求に素直に答えた。

 今の雁夜ならば、本当に猫や犬にも言われた通りの発言をするだろう。

 それが分かっているのか、電話の男はケタケタ笑いながらさらに要求を続けた。

 

『ククッ……おっと、すまん。それで、発言の内容だが、『この子は俺が助けた』だ。それ以外の発言は移動した場合のみ許可する。因みに、場所は冬木大橋だ。暫くしたらそこで落ち合おう』

 

「はい」

 

 その言葉で、雁夜に希望の光が見えた。

 酷く人目に付きやすい場所ではあるが、雁夜の中の優先順位は桜が一番である。

 相手が聖杯戦争参加者だろうと、本当にただの愉快犯であろうと、直接会う事が出来ればバーサーカーを使えるのだ。

 出会った時が唯一のチャンス。例えルール違反であったとしても、桜さえ助ける事が出来れば。

 雁夜の中には、その時一筋の光明が差していた。

 

『よろしい。それじゃあ走れ』

 

「は――」

 

『――おっと、忘れてた』

 

 男の言葉へと返答しボロボロの身体を走らせようとした雁夜であったが、それは男自身の言葉によって止められる。

 一体どうしたと言うのか。

 訝しげに顔を顰めた雁夜だったが、後に後悔する事となる。

 何故、聞こえないフリをしなかったのか。

 

『俺は確か言ったよな? 『決して発言せず、ハイかYesで答えろ』ってのは冗談だと。……だけど、減点は冗談じゃなかったりして』

 

「……えっ?」

 

 音が、割れた。

 

『ハイかYesって言ったよな? 減点』

 

 再び、音が割れる。

 

『よし、それじゃあお前はその辺の地面で頭をかち割って指定場所へと向かえ。じゃあな』

 

「……ぁぁ」

 

 一切の返答を許す事なく切られた通話。

 目の前が真っ暗になって行く雁夜の取った行動は、やはり従う事だけであった。

 

「ぁぁぁあああぁぁ!」

 

 路地裏へと、何か肉質的な物がぶつかる気味の悪い音が響く。

 グチャグチャと言う嫌悪感を引き出すその音は、十回二十回と響き、いつしか雁夜の呻き声だけが木霊していた。

 

「――ご、ごろじでやるっ……!」

 

 雁夜は立ち上がり、フラフラと覚束ない足取りで歩み始める。

 

「ごろじでぇ……!」

 

 そして、一般人が見れば間違いなく悲鳴を上げる血塗れの形相で駆け出した。

 

「……ごろズゥウううッ!」

 

 そんな、心の悲鳴を言葉にして。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 俺は現在、それは酷く機嫌が良かった。

 それは、思った通りの反応を間桐雁夜が返してくれたからだ。

 そんな俺の様子が分かったのだろう。アサシンは俺とは対称的な憂鬱顏で問い掛けて来る。

 

「マスター……アレだけであれば態々下水道まで行かなくても良かったのではないですか? それに、悪趣味過ぎますよ……」

 

「おいおい、交渉事にブラフってのは付き物だ。それが例え、人質の安否であったとしても」

 

 そう言って俺は視線を下げると、トコトコと付いて来る桜の頭へと手を伸ばした。

 そう、俺は桜に一切手を上げていなかったのだ。

 普通に考えれば分かる。大事な切り札を態々傷付ける訳がない。

 

「それに、下水道を選んだのはちゃんと理由があるぞ? なんたって、あそこ音が反響するからな」

 

「音が……ですか?」

 

「ここまで言って分からないのは最早才能だな。流石アサシン、ばかわいいぞ?」

 

「……こふっ!?」

 

 いつものように吐血するアサシンを視界から外した俺は、いつもならば掛ける追い打ちを止めて説明してやる事にした。

 

「いいか、俺があそこで行ったのは大きな音を立てる事だ。家であんな音を立てれば不審だろ? あの場所は音漏れを塞いでくれる上に、反響する事で相手の精神を上手い具合に煽ってくれる。まるで、“鉄砲”でも発砲したみたいにな」

 

「……なるほど、そう言う事でしたか」

 

 俺の説明を聞いたアサシンは納得したように呟くが、『それでも今回は酷すぎます』と俺に意見を述べて来た。

 いつもであれば反論に屁理屈を重ね吐血させてやる所であるが、あまりの機嫌の良さにそれを敢えて無視する。運が良かったな。

 

「まあ、今回のこれは計画の起点となる物だ。多少外道な所はあったかも知れないが、慈悲に満ち溢れた行動と言えるだろう」

 

「多少……? 慈悲……?」

 

「アサシン、今日の夕飯はデザートをつけてやる。ハバネロと言う果物があってだな、凄く美味しいそうだ。高いから一個しか買えないが、特別だぞ?」

 

 やはり今回もお仕置きである。

 とにかく、今回は相手の精神に余裕を与える隙をなくす事で操る事に成功した。

 間桐雁夜は桜が生きている以上決して壊れる事が出来ない。精神的に追い詰め、上下関係を押し付け、潜在意識的に隷属化させる。

 それが、今回の目的であった。

 

「今回も上手く行ったが、問題はこの後だな」

 

 間桐雁夜へと仕掛けた賭け。俺には全く被害がない為大丈夫だが、失敗すればプラン変更もやむを得ないだろう。

 故に、それは賭けと言えた。

 そんな風に俺が今後の計画へと想いを馳せていた時だ。アサシンがふと疑問に思ったように俺へと問い掛けて来る。

 

「そう言えば、いつ向かうんですか?」

 

「う? 向かうってどこに?」

 

「えっ?」

 

 問い掛けられた疑問は、俺に取って訳の分からない事であった。

 しかし、それはアサシンも同じであったのかポケッとした表情で疑問の声を上げる。

 アサシンはそんな俺の反応が予想外だったのか、慌てたように言葉を重ねた?

 

「いえ、ですから例の人物の所にですよ!」

 

「ああ、そう言う事ね」

 

「もぅ、そうですよ。マスターもおっちょこちょいな所があるんですね」

 

 そう言ってアサシンは安堵の息を吐いた。

 だが、何を言っているのだろうコイツは。そんな物は、態々言わなくとも分かるだろうに。

 

「馬鹿だなアサシンは」

 

「何故罵倒されたんですか私!?」

 

 そんな物は当然、考えなくとも察せる事を聞いて来たからに他ならない。

 俺はヤレヤレとばかりに額を抑えると、出来る限りの笑顔で答えたのであった。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

「……この子は俺が助けた」

 

「フシャァー!」

 

 間桐雁夜は待っていた。一時間も、二時間も。

 目の前へと現れた三匹目の猫へとそう告げると、猫は血だらけの雁夜へと驚いたのか威嚇の声を上げて去って行く。

 そう、間桐雁夜は待っていた。電話の来た午前中から、既に夕日の沈みそうな冬木大橋で。

 三時間も、四時間も。

 

「……この子は俺が助けた」

 

「グルルルルッ!」

 

 今も、目の前を横切った野良犬にそう呟きながら。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

「当然、ドタキャンに決まってる」

 

 沈み行く夕日は、今日もいつも通りであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。