End of war (貴神蒼雅)
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序章 終焉戦争
全ての起源


 

『我々の計画を、知られてはならない。

 

惑星 地球(エラーテ)の生命体に、知られてはならない。』

 

 

 

法暦(ほうれき)2347年。

その55年後、2402年まで実験は行われた。

惑星全体を実験地とした、史上最大の実験である。

 

対象は惑星 地球(エラーテ)。

実験立案から計画・調査を経て、発見に至る。

 

発見当時の惑星 地球(エラーテ)は霊長類が出現し始めた頃であり、文明らしい文明は存在していなかった。

さほど知能のない知的生命体を必要としていた我々は、この惑星を最高の実験地と決定付け、実験を施行段階に移す。

 

 

 

尚、本計画の実験内容は、次に開示する。

 

①同一惑星内に、異なる言語・通貨・信仰・芸術・道徳・法律・慣習を持つ国家間の、貿易・外交及び意志疎通の手段

 

②法術(聖法・魔法・霊法・闇法)が存在しない環境下での知的生命体の生活様式と思考理念

 

③惑星外生命体との貿易・外交及び意志疎通の断絶による文明の進度

 

 

以上、三点が本実験の概要である。

 

 

 

本実験では、我々が手を加えることによる人工的な文明を築く必要があるため、相当な時間を要する。

この点について我々は、時空系 法魂力(フェスカメイラ)を持つ法術師の協力を募(つの)い、惑星内の時間を早めることで解決した。

 

続き、我々の意図する三項目の正確な検証には『伝超脳波(ヴェースフェーブ)』を使用し、洗脳を施す。

これにより地球上の知的生命体は、決められた思考及び行動・言動を脳に植え付けられ、我々の実験を行(おこな)える条件・環境が整えられる。

 

最低限の知識は我々と統一するため、 発明・発見者を地球(エラーテ)の知的生命体から選抜の後(のち)『伝超脳波(ヴェースフェーブ)』を使用して恰(あた)かも自らが発見したかのように仕向ける。

 

 

又、観測は、完全な文明が築かれた時点から開始する。

 

 

 

以上の本計画を、『惑星 地球(エラーテ)創造計画』と仮称する。

 

尚、本計画は惑星 地球(エラーテ)の生命体に知られてはならない。

これを、固く遵守せよ。

 

 

 

尚、本文は貴方以外の者の閲覧を厳禁とし、ヴェルシス7世に献上する。

 

また、

 

①惑星ヴェレティス・スフィンデルト王国 国王 イザート=デルトロア

 

②惑星ヴェレティス・スフィンデルト王国立レイドリック聖法学院 理事長 スペルシア=ヴァイロヴュレク

 

③聖法銀河帝国中央議会中央聖法軍 大軍帥 ダイド=ロザルトファリオン

 

④聖法銀河帝国中央議会聖法省闇法対策研究開発本庁 長官 アクロフォローニ=ファントムキラー

 

この四名には、ヴェルシス7世の許可が得られ次第閲覧を許可する。

 

 

以上。

 

 

 

D.V

 



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第一章 亡者の創物
秋泉媛奏


私はよく、夢を見る。

 

『将来の』の方ではなく、

『睡眠中に見る』方の夢だ。

 

私ほど、寝る度(たび)毎回のように夢を見る人間も珍しいだろう。

 

 

部活は帰宅部、

バイトをやっているわけでもない。

疲れ果てることがほとんどないから眠りが浅くて、夢を見やすいのだろうなんて最初こそ思っていた。

が、文化祭や体育祭、友達と海へ遊びに行った時、

立つのが億劫になるほどくたくたに疲れて熟睡しても、私はその夜に夢を見た。

 

人間は『熟睡時、すなわちノンレム睡眠時にも夢は見るが、記憶できないから見てないように思える』らしい。

それを私は、記憶力が凄いとかそういう次元ではなく、人間の脳科学的に不可能なことを可能にしてしまった。

 

最初は、何か脳の病気かと疑った。

しかし起きている時は何でもないし、睡眠に関しても寝付けなかったり目覚めが悪かったりするわけじゃない。

害が無ければ何でも無いんだろうとそう決めつけて、今も医者には診(み)せていない。

 

歳を重ねるに連れて見る回数が増える、その夢の内容は実に様々だ。

普段全く仲良くないクラスメイトと遊園地に行って仲良さげに言葉を交わす夢。

プライベートで会えるはずもない人気歌手と一緒にその人気歌手のライブを見に行った夢。

現実にあり得ると言えばあり得るものから、現実には絶対あり得ないものまで本当に様々である。

 

ただ、一様(いちよう)に様々と言っても、自分が知っているもののみが登場するという点では一貫している。

自分の脳内にある記憶が材料となって作られるのが夢なんだから当然と言えば当然だろう。

 

しかし───最近では特に───この一貫性を持たない夢を私はよく見るようになった。

 

つまり、自分が全く知らないものが登場する夢だ。

 

それも、不気味なマントを羽織った男の人達の剣戟(けんげき)だとか、

目に傷を負った男の人が女の人を殺す夢だとか、

黒い眼球に赤い虹彩の瞳を持つ男の人に私が首を締められる夢だとか、

物騒なものばかりだ。

 

よく言われているものに、『歯が抜ける夢は家族を失う前兆』だとか『空を飛ぶ夢は逃避願望の表れ』だとかがある。その類いだと括(くく)って良いだろうか

 

だとすれば一体何を表しているのかが疑問だが、生憎(あいにく)さっぱりわからない。

 

例え何を表していたとしても、

私は平和な日々を送れればそれで良いのだけれど。

 

 

 

◇───◇───◇───◇───◇───◇

 

 

 

カーテンを越えて窓から射し込む朝日、外から聞こえる鳥の囀さえずり。

 

────それらを上から塗り潰すかのごとく、けたたましく鳴り喚く携帯のアラームが私の目を覚ました。

 

12月も中旬、部屋の中とは言えど、もう外の冷気が窓を隔てて私の肌を差す。眠気より寒気が勝って、布団から出られない季節だ。

部屋の暖 房を点ければそんなこともないだろうけれど、部屋が暖まるまでずっと布団の中で身を縮込ませていられるほどの時間は、学生身分の私にはない。

 

一先ず私は、全身を布団にくるんだままベッドから降り、窓際までのそのそ歩いてカーテンを開ける。

 

「っ………」

 

同時、目の奥が痛くなるほど眩しい光が視界を覆う。まるでカメラのフラッシュを目の前で焚かれたかのような衝撃にしばらく何も見えなかったが、やがてやんわりと治まっていく。

半開きの眼が全開となって見えたのは、

 

「……………………」

 

全てが純白に覆われた世界だった。昨日までこの窓から見えた景色とは全く違う銀色に輝く世界。

 

屋根も道路も線路も庭も、何もかもが雪化粧を施し、各々が持つ色を白に塗り替えられていた。

 

東京でこんなに雪が降るなんて何年ぶりだろうか。17歳にもなって、少し胸がときめく。

と、

 

「……?」

 

虫の羽音じみたものが聞こえて部屋の方に顔を向ければ、ベッドの上で放置された携帯が、バイブレータのみで私に着信を知らせていた。

頭から布団を被ったまま、また私はベッドまで戻って着信────電話だった ────に応じる。

 

画面には『藤名汐理(ふじな しおり)』の文字。

 

私は先を読んで、少しイタズラを仕掛けてみたくなった。

 

「凄い雪積もってるね」

 

『ひめ!ちょっと外見てみ外!凄い雪積もってるから…………って、あれ?』

 

「読まれてやんのー」

 

モーニングコールにしては、まだまだ不十分だった。

 

『……なぜ分かったし』

 

「勘」

 

『適当だなぁ』

 

「電車動いてる?」

 

『私まだ部屋ん中だからわかんない』

 

「まじかー」

 

喋りながら、部屋の時計を見る。時刻は七時丁度を少し過ぎた辺り。

家を出るまで30分を切っていた。

少し、急ごう。

 

『動いてなかったらどうするん?』

 

「徒歩かなー。あーでも徒歩はちょいキツいなー」

 

布団をベッドの上に放り、携帯を右耳と右肩に挟んで、私はパジャマを脱ぐ。

 

「うお、寒っ」

 

『え?』

 

「あ、いや独り言」

 

半裸になっただけでより寒さを痛感した。クローゼット内のチェストから適当なブラジャーを引っ張り出し、身に付ける。

 

『はぁ……。て言うか今日、休校にならないかなぁ?』

 

「休校だったらもうこの時間には学校メール来てるんじゃない?」

 

『……私、それ登録してない』

 

「あ、そうだった。いい加減登録したら?」

 

付け終えたところで、次はクローゼットの左扉のハンガーにかかった制服に手を伸ばす。

 

『いやさぁ、それが面倒だからこうやってひめに電話してるわけよ。ひめが私の学校メール的な?』

 

「電話する方が面倒じゃない?」

 

胸ポケットに校章の入ったブラウスの袖に腕を通し、第一ボタンを除いた6つのボタンを上から順番に閉める。

そのあと襟を立てて、学校指定のリボンをそこへ通し、襟を直して襟ボタンを留める。

 

「メールの方は登録だけしたらあとは勝手に来るわけだし」

 

『そんな情報社会の中で頑なに電話でコミュニケーションを取ろうとする健気(けなげ)な私の女子力偏差値は?』

 

「直接私の家に来て訊いていたら68」

 

続いてパジャマの下を脱ぎ、白のラインが横に入ったプリーツスカートを穿く。昨日穿き忘れて丸1日心身共にヒヤヒヤした為、忘れないようあらかじめ自室の椅子に掛けておいたホットパンツもその後から穿く。

 

『あ、その手があったか!』

 

「実行しないでよ?」

 

『え、駄目なの?』

 

「当たり前でしょ」

 

再びクローゼットへ向かい、次はチェストから一組、ハイソックスを取り出す。立ちながらは厳しいので、ベッドに腰掛け、それを履く。

 

「て言うか学校の有無が分かったんだから、そろそろ切っても良い?」

 

『え、いや、結局学校有る感じなん

「メールが来てないってことは通常通り有るってことでしょたぶん」

 

『えぇめんどくさぁ』

 

「文句は校長に言って。じゃ、学校でね」

 

『うぅい』

 

電話を切ってから再び携帯の画面を見るも、やはりメールは来ていない。

新着メールを問い合わせても、出てくるのは『新着メールはありません』の文字だけだ。

このメールシステムが存在する以上電話での連絡網がまわってくる訳もなし、本当に今日はいつも通りの通常授業だと諦めるしかない。

 

ベッドから立ち上がり、携帯をスカートのポケットにしまって、ハンガーにかかった紺色のセーターを引ったくって部屋を出た。

後ろ手で扉を閉め、セーターを頭から被りながら階段を降りていく。

 

リビングへ行く前に、洗面所に寄った。顔を洗って、寝癖と静電気で無造作に乱れた黒髪に二、三、櫛を通し、整える。今日は結うか迷ったが、うなじを出すと寒そうなのでこのままにしておく。

鏡に映る自分と睨みあってから、

 

「……よし」

 

それだけ呟いて、リビングに歩みを進める。

 

「おはよう。もう焼けてるわよ」

 

リビングの扉を開けると同時、母の第一声がそれだった。しかし私のお弁当作りで忙しそうに動いていて、私には目も向けない。

 

既に四人用ダイニングテーブルの椅子に座って、テレビを凝視しながら食パンを頬張る父の斜め正面に座る。

焼けたと言われた私の食パンと、その横に置かれていたミルクティーは父の隣に置かれていたが、自分のこの位置まで引っ張った。

 

何も手の施しがされていない、ただ焼いただけの食パンを好む人間で私はないので、テーブルの中央に置かれたマーマレードをそのパンに塗りたくって、

 

「いただきます」

 

オレンジの香り漂うパンを口につける。

父の凝視するテレビを見てみれば、ここ連日報道されている例の破壊事件だった。

 

『────の損壊に続き、今月11日にアメリカ・ペンシルバニア州のフィラデルフィア美術館の屋根が何者かによって大きく損傷していることが分かりました。アメリカでの一連の事件はこれで7ヶ所目で、全世界では計42ヵ所が被害にあっています。

日本でも既に六本木ヒルズ、東京カテドラル聖マリア大聖堂、京都国立近代美術館、北海道庁旧本庁舎の4ヶ所で被害に────』

 

この事件のせいで最近、国連だか国際警察(インターポール)だかが中心となって、全ての国が常に警戒体制で物々しい雰囲気となっている。

普段あまり意識的にニュースを見ない私も、私以上に見ない人ですら事件の概要を覚えてしまうくらい、最近はこればかり報道されるようになった。

世界史の先生が、「これは将来、世界史の教科書に載るくらい大変なことだ!」なんて興奮気味に言っていたが、たかが庶民の私にとっては至極どうでもいいことだった。

世界中の様々な建物が破壊されたとしても自分の家までがその被害に会うわけでもなし、何だかんだで他人事でしかない。

それより、いつまでこの厳戒体制の窮屈な世の中で過ごさなければならないかの方がよっぽど気掛かりだ。

 

「ふー……」

 

父が、深い溜め息をつく。「なんの溜め息?」なんて質問は、警察官の父にはするだけ愚問というものだろう。

連日連夜の出勤による疲れに決まっているのだから。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

テレビだけが喋り続け、私と父は無言。

 

娘として、疲れている父に何か労(ねぎら)

いの言葉をかけてあげるべきだろうか。

しかし、何て言えばいい?父との仲は別に険悪というわけでもないけれど、かといって良いわけでもない。

普段から忙しい父と話す機会はこの朝の時間くらいしか無くて、だけどお互い無言というのをもう何ヵ月も繰り返している現状から、いきなり声かけしろと言われても厳しいものがある。

 

そうこうしているうちに、

 

「ごちそうさま」

 

早々に食事を終えた父は、自分の使用した皿とマグカップを持って席を立った。

やっと半分まで食べ終えたパンをくわえながら、気まずい雰囲気から逃れられた私は少し、胸を撫で下ろすのであった。

 

 

時刻は7時28分。

 

朝食をのんびり食べていたので間に合わなくなると思い、そのあとの行程を全て急ぎで済ました結果むしろ2分ほど早くなってしまった。しかし、早い分には問題ないだろう。

 

3年間使っていくうちに丁度いいサイズになるだろうと予測して入学時に買うも、2年後期になった現在でもブカブカのままのローファーに足を滑り込ませ、

 

「行ってきまーす」

 

リビングにいる母に向けて、朝出せる最大の声を張る。

 

「行ってらっしゃい」

 

返事だけが返って、母は顔も見せないのであった。

まぁ、もう馴れたことだが。

 

「……まかろーん」

 

今日もまた、いつものようにフランス発祥の洋菓子の名前を呼ぶと、白い毛並みのマルチーズこと我が家の愛犬『まかろん』が、玄関まで続く長い廊下を短い足で全力疾走して、私の足元までやって来た。

 

「んー!今日も可愛いなーまかちゃんはー」

 

相手は犬だが、私は猫なで声で愛犬持ち上げ、自分の鼻をまかろんの鼻に擦りつける。勿論まかろんは何も言わないが、尻尾がはち切れんばかりに左右しているところをみると嬉しいらしい。

 

「今日は雪だよ、ほら」

 

私は玄関の扉を開け、積もった雪の上にまかろんをそっと降ろす。

しかし、

 

「おっ!とっと」

 

降ろした瞬間にまかろんは私に飛び付いて来た。

 

「あはは。肉球に雪は冷た過ぎたかなー?ごめんね」

 

うちの犬は、雪が降っても喜んで庭駆け回るタイプではなかったらしい。

 

飛びかかってきたまま抱き上げ、さっきまかろんを持ち上げところに再び降ろし、雪のように白い毛並みの頭を撫でる。

 

「じゃ、またあとでね」

 

その小さな頭に軽くキスをして、私は家をあとにした。

 



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ランディール・ヴェントル

「まもなく到着します」

 

宇宙艇の操舵主の横に座る情報通信員が、展望型の広いコックピット全体に響くほど大きな声を上げると同時、艇(ふね)は超光速航行路を抜けて、青い惑星の前に飛び出た。

 

「……思ったより小さいな」

 

俺の斜め後ろで腕を組みながら、その惑星を見てジャックが呟く。

 

「ヴェレティスが大き過ぎるだけで、これでも地球は平均的な方だ。キャプテン・ベリウス」

 

呟きに言葉を返しながら、俺は作戦総司令官としての指示を出すため、作戦指揮官を呼び寄せる。

 

「はい騎卿(リッター)ヴェントル」

 

「透過ステルスの用意だ。大気圏突入直前でステルスモードに移行しろ。それ以外は降艇(こうせん)の準備を急ぐよう伝えてくれ」

 

「了解しました(イエス・サー)」

 

ベリウスが俺の言ったことをコックピットにいる全員に聞こえるような声で復唱している間、

 

「じゃ、俺達も準備を始めよう」

 

俺はマントを翻し、コックピットを出る。ジャックはその後ろに続いた。

 

「そういや、先に着いてたダートハイドの部隊はどうしたんだ?」

 

無機質な宇宙艇の長い廊下を歩きながら、ふとジャックがそんなことを言った。

 

「……騎卿(リッター)ダートハイドの部隊はもう全滅寸前らしい」

 

「え、マジで?」

 

「今回は援助というより加勢になりそうだな。闇法師もまだ10人前後残って暴れ回っているなんて報告があった」

 

「半数も減らせてねぇのかよダートハイド……」

 

「まぁ、あの人ももう若くないからな」

 

しばらく歩いたところで『聖法騎士専用室』に辿り着いた。その扉を開け、中に入る。

 

中には、何か特殊な装置が付いたマントを、いつもの騎士装束の上から羽織るヘレナと、その横で椅子に座りながら、艇(ふね)の先端に付けられたカメラに映った映像が見られるモニターをじっと見つめるティアラがいた。

 

「そろそろ着くぞ」

 

俺が一言掛けると、ティアラが伸びをするその傍ら、そのモニターを一瞥して、

 

「そうみたいね」

 

と、ヘレナが素っ気なく返事をする。

 

「二人は、その格好で行くつもり?」

 

「まぁ……」

 

俺が曖昧に返事をすると、

 

「つーか、お前のそのマントは何?」

 

それに被せるようにして、後ろからジャックがヘレナに訊(たず)ねた。

 

「何かすげぇ色々付いてるけど」

 

「重力操作用のマントよ」

 

「……え、いやでも、重力はヴェレティスとあんまり変わらないんじゃなかったか?」

 

「ええ。でも今回はそんな悠長にやっていられないみたいだし、さっさと済ますためには、身体は軽い方がいいでしょう?」

 

「……それまだある?」

 

「これは私の私物よ」

 

ジャックとヘレナの会話を傍らで聞きながら、俺は自分の左腕に通信機をはめる。

必要最低限の装備が揃っていることを確認し、他に何か役に立ちそうなものは、と探していたら、

 

「あの、ランディール……」

 

椅子から立って、か細い声で引き留めるのは、ティアラ。

 

「ん?」

 

「私も一緒に降りた方がいい、のかな……?」

 

「あぁ……」

 

そう言えばヴェレティスを出発した時にそんなことを問われ、答えを濁していたことをすっかり忘れていた。

俺やジャック、ヘレナと同じ聖真師の一員ではあるが、それとは違って非戦闘要員のティアラは、俺達と全く同じ動きはしない。

今回も例によって救護要員ではあるが、どうするかは正直まだ考えついていなかった。

 

「……えーとじゃあ、とりあえず降りて野営ベースで待機……って感じでいいか?」

 

これと言って策があるわけでもない、その場で咄嗟(とっさ)に考えた案に、

 

「うん、わかった」

 

しかしティアラは快(こころよ)く頷き、早速準備を始めた。

 

「……ジャック」

 

未だヘレナと話し込むジャックに、たった今自分の左腕にはめた通信機と同じものを掴み、投げる。

 

「おっ、と」

 

「お前もそろそろ準備しとけ」

 

「準備って言われてもなぁ」

 

掴み取った通信機を腕にはめながら、何か装備出来そうなものを求めて辺りを見回すジャックだが、

 

「特にねぇんだよなぁ」

 

最低限しか装備していない俺が言うのもなんだが、いつもことながらどうもコイツは完璧に装備しているとは思えない。

そこで、確かめてみる。

 

「……法剣(イディア)は?」

 

「ある」

 

「通信機」

 

「今付けた」

 

「応急止血剤」

 

「この通りっ」

 

「透過装置」

 

「……………………」

 

応急止血剤をこちらに見せつけながら、動きを止めるジャック。

出発前散々言ったにも関わらず、案の定これだった。

 

「……現地人に発見されないように装備しとけとあれだけ言っただろ」

 

「……………………どこにあるんですかね」

 

「高度機器保管室だ。所属証明なきゃ貸し出してもらえないから、騎士証持って行けよ」

 

場所すら知らないとは、もう溜め息が出そうだった。

ジャックは、騎士証が要ると知らされて胸ポケットから尻ポケットまで手を突っ込んで探す。

 

やがて出てきたカード状のものは、しかし騎士証ではなく、

 

「……………………これじゃ、だめかな?」

 

真面目な顔付きのジャックがプリントされ、聖法科2年B組ジャック・スティーリブと書かれた生徒証だった。

はにかんだ笑みがイラっとくる。

 

「……学生を証明してどうすんだよ」

 

「ですよねー」

 

今度こそ本当に溜め息が出た。

 

「法剣(イディア)を証明代わりに交渉してみろ。一応、騎士の証明にはなるだろ」

 

俺の話など最後まで聞かず、一目散に部屋を出るジャック。

 

「あの緊張感の無さは、どうしたら身に付くのかしらね」

 

俺とジャックの一連のやり取りを見ていたらしく、ヘレナが皮肉を呟いた。

 

「知ったところで、ああなるのは御免だけどな」

 

と、その時。艇(せん)内放送を知らせる音が鳴った。

 

『艇(せん)内全者に連絡する。これより惑星の大気圏に突入する。突入時の揺れに備えよ。繰り返す。これより本艇(せん)は惑星の大気圏に突入する。突入時のーーーー』

 

「因(ちな)みに、地球に降り立ったことは?」

 

壁に取り付けられた滑り出し式の椅子に腰掛けて、誰となく訊ねるヘレナ。

まぁたぶん、俺になのだろうけれど。

 

「……こんな銀河の端っこまで来たのが初めてだ。ヘレナは?」

 

「私もよ。こんな長旅は、最初で最後にしたいわね」

 

俺もティアラも椅子に座ったところで、まるでこのタイミングを狙ったかのようにして艇(ふね)は揺れだし、轟炎に包まれ、大気圏へと突入した。

 



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