旅の跡 The past of the glory (鯱(しゃちほこ))
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人の痛みがわかる国 ーI see You.ー
緑の海の中に、茶色の線がのびていた。
それは土を簡単に固めただけの道で、西へ向かってまっすぐ走っていた。辺り一面には脚を覆うほどの高さの草が、風の通り抜けるさまを示すように、緩やかに波打っている。近くにも遠くにも、木は一本も見えない。
道の真ん中を二台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばない物だけを指す)が走っていた。後部にあるキャリアには、両方とも鞄がくくりつけてあるが、片方には鞄のしたに剣のような物が置かれていた。
二台のモトラドはエンジン音を響かせて道の通りにかなりのスピードで走っているが、たまに小石を踏んでバランスが崩れる度に運転手がハンドルを切り、進路の修正をした。
運転手の体躯は二人とも若い青年のようで、黒い髪の青年は黒いパーカーをたなびかせて、ベルトにはハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)のホルスターをつけている。後ろに剣のあるモトラドに乗っている青年の髪は黄色く、黄土色のジャケットを着ていた。そして腰のベルトにはには二丁のハンド・パースエイダーのホルスターが二つあり、フルオート式とリボルバーが入っていた。顔には二人とも同じようなゴーグルがあり、風から視界を守っていた。
「なぁ、射抜!もう少し速度をもう少し落とさないかい!?もう次の町は見えてるんだよ!?」
黄色い青年がモトラドのエンジン音に負けじと声を張り上げる。
「別にいいだろ、流夜!この次の町が見えるときが一番長く感じるんだよ‼︎近くて遠いってやつだ‼︎」
射抜と呼ばれた黒髪の青年が同じように声を張り上げて答える。
その瞬間、いきなり地面にある段差から弾かれ、射抜のモトラドがちょっとだけ宙に浮く。これにはたまらず少しだけ速度を落とした。流夜もやれやれと言った感じて速度を落とし、口を開く。
「まったく。旅の途中に大怪我しても治せないよ?この町にも入れてもらえるかわからないんだからね?」
「悪かったって。でも、おかげてもう目の前だ。」
悪びれた様子もなく射抜が答え、もう大きくなった城壁を見上げる。城壁の周りには堀があり、少し回り込むと跳ね上げ式の橋があった。射抜と流夜はその手前にある小さな小屋に目をつけ、モトラドから降り、中に入る。
その建物の中には誰にもいなかった。
代わりに大きな自動販売機のような機械が置いてあり、それは二人が入ると同時に作動し、幾つかの簡単な質問をし、あっさりと入国許可を出してしまった。橋が降りる。
「随分とハイテクなんだな。機械で判断するなんて少し危ない気もするが。」
小屋から出て、素直な感想を射抜が口にする。
「町に入っても、誰もいなかったりしてねー。」
流夜がからかうような感じで言った。
そして、そのとおりになった。
射抜と流夜が街に入ると、そこには誰もいなかった。町は立派で、よく整備されていた。
「これは…あれか?文明が発展しすぎて人が消えて機械だけ残ったとかそんな感じか?」
流夜の言った通りになって少し驚く射抜。
「う〜ん、変だねぇ、それにしては店ばっかりだ。もしかしたら住んでる場所は固められてるのかもよ?」
辺りを見回して流夜が言う。それもそうか。と射抜が歩を進めようとした瞬間車が走って来て、中からまた四角い機械が出て来て入国歓迎の挨拶を述べた後、町の地図を渡して来た。射抜と流夜の二枚を受け取ると、車はすぐに何処かに走って消えた。地図に目を通すと、この辺は『東ゲート・ショッピング街』と書かれていた。
とりあいず近くの燃料ステーションでモトラドの燃料補給をしに行くと、やっぱり誰もいなかった。整備を機械がしてくれるそうだから、ここは任せてレストランで食事を取ることにした。どれもタダ同然の安さだった。
日もくれてホテルを探し、行ってみると、やっぱり誰もいなかった。そして当然の如く機械があり、全ての仕事をテキパキとこなしていく。値段もやはり安かった。
機械に案内されて部屋に行くと、ハンパなく豪華な部屋だった。洗濯サービスもしてくれるそうなので、二人は風呂の後に着る寝巻きと今着ている服以外を出した。明日の朝には終わるそうだ。
風呂からあがり、明日の予定を考えるべく地図を最大まで絨毯の上に広げて見る。町の中央に『中枢・政治エリア』と書かれていて、その南に湖があり、はずれの北に『工場・研究所』があって、それら以外は全て『居住エリア』だった。
「人がいるな。」
当然のように書かれている地図を見て、呆気なく感じる。
「これだけの機械を作って全てきちんと作動してるもんね、誰かいないとおかしいよ。この前みたいに一人しか残ってない。ってことはないといいけど。」
「なんで外に出ないんだ?」
「それはわからないけど…やっぱ人に聞くしかないね。『工場・研究所』にも行ってみたいけど居住エリアに行こう。」
「決まりだな。」
二人は頷くと、それぞれのベットに寝転がる。布団はフカフカで、すぐに眠ってしまった。
朝になって居住エリアにモトラドを押して歩いて行ってみた。が、結果から言って誰一人として出会うことは無かった。ただ、いないと言うわけでは無かった。大半どころか全ての人間が二人を見かけた瞬間家の中に消えていった。
「一体なんだってんだよ?コミュ障か?」
徐々に射抜の機嫌が悪くなっていく。
「そうだとしたら国中の人が障害だよ。病気じゃあるまいし。それに、皆がみんな一人暮らしになってる原因がわからないよ。」
流夜が憶測を立てると納得がいかないのか射抜はうなだれてしまった。
それから『工場・研究所』エリアまでモトラドで飛ばして、全自動制御の工場を見て回った。丁寧に説明してくれたガイドは、やはり機械だった。
結局その日は元のホテルまでわざわざ戻り、一泊した。
次の日、食料、弾薬、燃料を補給すると西のゲートへ向かった。居住エリアにモトラドの騒音が響くが、どうせ人は会おうとしないなら別にいいかと考えた。そのうち森に入り、森の中を走ってると丘に出て、横を見ると町が一望できた。が、すぐに通り過ぎた。
「お。」
もうすぐ西のゲートというところで、射抜が道沿いのベンチに腰をかけている男を見つけた。モトラドのエンジンを切り、ゆっくりと近づく。男はヘッドフォンをしていてこちらの様子に気がついてない様子だ。
「ここまで来ると、かなり珍しい生き物に感じるね。他の国では考えられない。」
流夜がまるで珍獣を見つけたかのような言い方をする。
男は三十歳後半の黒縁の眼鏡をかけた男だった。
目の前まで気がつくと男は喜んだ様子でヘッドフォンを取り飛び跳ねた。
「やっぱり‼︎僕の予想は当たってたんだ‼︎」
「なぁ、全く話が見えないんだが。なんでこの町の奴らは誰も外に出ないんだ?」
男が歓喜の声を上げたが、射抜が聞いてないかのように間髪入れずに聞いた。
「すまないね、つい嬉しくて叫んでしまった。そうだなぁ、君たちは誰かから言われたり自分で思ったりしなかったかい?【あの人の気持ちが、考えが分かればいいのに。】って。」
「あるある‼︎」
流夜がモトラドから身を乗り出して言った。射抜は手を強く握って軽く俯いた。
「二人ともちょうどいいや、いまから僕の家に来なよ。歓迎するよ。」
男はすぐ横の家に入って行き、玄関から身を乗り出して手招きをした。二人もモトラドを停めて入っていく。
家に入ると、明るくて広い部屋に案内された。しゃれた造りの木の椅子とテーブル。綺麗に縁取られた窓の向こうには木が綺麗に配置されていて、木漏れ日を作っていた。地面にはあちらこちらで花が咲いている。
射抜は無駄に緊張して椅子に座り、流夜は辺りを見回した後、すんなり椅子に腰掛けた。
「どうぞ。何のお茶かわかるかい?庭で採れた植物で作ったお茶なんだけど。」
男がマグカップをテーブルに置いた。
二人は顔を見合わせて話し合う。
「麦茶?」
「違うと思うよ、香りも色も違う気がするし。緑茶ってわけでもなさそうだね。」
「じゃあなんだ?烏龍茶?」
「庭からは取れないんじゃないかなぁ。よく知らないけど。」
「あとは…」
「「カモミールティー?」」
二人がハモると、男は声を高くして笑い声を上げた。
「いや、すまない。あまりに面白かったから。これはドクダミ茶って言うのさ。知らないかい?」
男は目尻を拭くと向かいの席に腰掛けて言った。
「「ああ、なるほど。」」
また二人がハモると、男は同じように笑った。
「いろんな茶を知ってるんだね。君たちが言った中には僕にも知らないのがあったよ。旅人と話すとこう言った違いが見えて面白いね。前の旅人はドクダミ茶のことを毒があると思って最初心配して確認して来たよ。」
「そろそろいいですか?この町で人が外に出ない理由を。」
流夜が尋ねる。
「いいよ。さっき聞いただろ?人の気持ちが分かれば…ってね。この国は、元々機械が仕事をして僕ら人間はやることが無かったのさ。食べ物も豊富でなにをするにしても資材に困らないような。そこで皆は暇を色々な事に挑戦するとこで埋めていった。科学研究、音楽、文学…あるとき脳研究の医者グループが画期的な発明をしたのさ。簡単に言えば、テレパシーができるようになる薬さ。皆はより互いを分かり合えると言って飲んだ。どうなったかわかるかい?」
男のパスを流夜が受け取る。
「知りたく無いところを知ってしまい、知られたく無いところを知られてしまった。それで本当に本当の、想像なんかじゃないストレートな対人恐怖症になった。かな?」
男は一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐに嬉しそうな表情になった。話が続く。
「その通りだよ。それと全く同じことを前に来た旅人に説明したなぁ。懐かしい。そうそう、一週間ほどは国中でパニックさ。そして僕らは自分や他人の考えが分かるという恐ろしさに気がついた。さらにその解決方法は遠く離れるしか無かった。治療薬を作るにしても、制作班が成り立ってないからね。この国ではここのところ数十年の間子供が生まれていない。そのうちに滅びるだろうね。」
男は思い出したかのように立ち上がると後ろにある機会のスイッチを入れた。すると曲が流れ出した。電子フィデルが奏でる穏やかな曲だった。
「いい曲だな。」
しばらくして射抜が言った。流夜は目を瞑って聞いている。
「だろう?前の旅人もそう言っていたよ。僕はこの曲が一番好きだ。前にここで流行った曲なんだけどね、彼女もいい曲だって言ってくれたけど、本当のところはわからない。実際のところ、君たちがどう思ってるのかももうわかりたくないけどね。」
そして、男も目を閉じ、射抜も続くように閉じた。
曲が終わる。
「じゃあ、二人とも、道中気をつけて。」
家のガレージの前で男が言った。二人ともモトラドにまたがり、いつでも出発できる状態だった。
「いっそのこと、お前も旅に出たらどうだ?そもそも、生きてる人間全てとうまくいこうなんて考えてるからそうなるんだよ。んなもん捨てて、どっかいってみろよ。何かが変わるかもよ?」
射抜がふと思ったことを口にする。その通りだが、男は顔を横に振った。
「僕はもうこの国で生きて行くよ。もう楽しみを見つけたからね。それに、その点君たちはバッチリだね。何回もハモってたじゃないか。」
男が言うと射抜と流夜は顔を見合わせて
「まぁな!」
「まぁね!」
少しズレたが、ハモった。
「それじゃ、さよなら。」
男が寂しげに言う。
が、二人ともキョトンとして今度は射抜と流夜が大声で笑った。そして男がキョトンとし、一緒に笑った。
「じゃあな‼︎」
射抜が言うと、二人合わせてエンジンをかけ、西ゲートに向かう。
「それじゃあ、さよならー‼︎」
男は今度は手を口に当て笑顔で言い、手を振った。
すると射抜がモトラドをフラフラと運転させながら、振り返って手を振った。
「じゃあな‼︎」
少し遅れて最後の言葉が男の耳に届いた。
始めまして。初投稿です。
この小説なんですが、構成上かなり原作と似ることになるんですよね。一応、省略したり変えたりはしているんですが、「原作の大幅コピー」対象にならないか心配です。
実は結構文章隠してたりするんですよ。キーとなるところは
「やっぱり‼︎僕の予想は当たってたんだ‼︎」
もう楽しみを見つけたからね。
綺麗に縁取られた窓
の三つです。最後のは原作と比べないとわからないかもしれません。
まぁ、文章力とかは無いことは自覚してるんでそこのとこの了承はオナシャス( ̄Д ̄)ノ
あ、でも〈ここが違う〉〈ここはこうした方がいい〉等の指摘がありましたら、ドンドン言ってください。ただし、ガラスのハートなのでソフトにお願いします。
ではでは( ̄^ ̄)ゞ
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多数決の国 ーOurselfishー
草の絨毯が、果てしなくどこまでも続いていた。緑の大地が緩やかにうねり、幾重にも重なりながら地平線の向こうへと消えていく。
空ははっきりと蒼く、高い。ところどころに眩しいほど鮮やかな雲が流れている。遥か遠く地平線の空では、巻立つ入道雲が白亜の神殿のようにそびえ立っている。蟬が激しく鳴く声が囲むように聞こえて来る。
その草原には一本だけ道があった。
それはわずかに土が見えることで、かろうじて分かるほど細い道だった。まっすぐ進んでは、ところどころに群生している木々をよけるように、たまに急カーブを繰り返している。そして西へと続いていた。
二台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばない物だけを指す)が、その道を走っていた。モトラドはカーブをかなりのスピードで抜いて行った。長い直線に入ると、さらにスピードを上げ加速して行く。
荷台に鞄がくくりつけてある方の運転手は、黒髪で黒い長袖のパーカーを着ていた。前は留めてないせいで、風で大きくたなびいている。ベルトにはハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)のホルスターがあり、中には細身のハンド・パースエイダーが入っている。
もう一台の荷台に正方形の変形ギミックのついた大剣を敷き、その上から鞄をおいてくくりつけてある方の運転手は、黄色い髪で黄土色のコートを来ていて、腰のベルトにはリボルバー型のハンド・パースエイダーとハンドガン型のハンド・パースエイダーのホルスターがついていた。
二人とも同じような黒いゴーグルをつけて、道から外れないように前方を睨みつけている。
ふと、前方にいた黒髪の青年が顔を少し上げ後方の黄色い髪の青年に手で合図して話しかける。
「見えて来たぞ。」
黄色い青年がそれに応える。
「やっとかい。」
「誰がいないの〜?」
黄色い髪の青年が声を上げたが返事がない。
二人の目の前には高い城壁にあいたアーチ状の門があった。しかし本来侵入者を防ぐための分厚い扉は、完全に開いている。奥に石造りの家も見えているが、人がいる様子もない。もちろんだがこの門にも番兵らしき人はいない。
「誰もいないみたいだよ?どうする、射抜?」
黄色い髪の青年が黒髪の青年に尋ねる。
「入ればいいんじゃね?この様子だと拒んでる様子じゃねぇし、俺と流夜なら襲われても生き残るだろうよ。」
射抜と呼ばれた黒髪の青年はモトラドの運転でぐしゃぐしゃになった頭をガシガシと掻きながら言う。
二人は門をくぐって国の中へと入って行った。
「街中で野営ってなんだかホームレスみたいだな。」
射抜が焚き火の横で寝っ転がり自嘲気味に言った。辺りは真っ暗で、雲一つない晴天の夜空には星々が邪魔されることなく輝いている。
「それ、言ってて悲しくならないの?」
その横で流夜が座った状態で笑いながら言った。
射抜は苦笑すると表情を戻し空を眺めた。
「にしても、なんでこんな人がいないんだろうな。寂れている様子はねぇのに。」
射抜は手足を伸ばすとそのまま力を抜いて大の字になる。
「なんでだろうね?街並みはこんなに整備されてるのに、誰もいない。こりゃどういうことだろう。」
射抜と流夜が野営しているここは、大きな交差点の真ん中だった。石畳の、車が並んで数台は通れそうなほどの太い道が、綺麗に四方に延びていた。道沿いには石造りの建物が隙間なく並んでいる。全て同じ様式の4階建て、歴史がありそうな立派な建物だった。しかし、どの家からも光は漏れていない。
射抜と流夜は、半日彷徨ったが、誰一人として出会うことはなかった。ちょうどよくここが緩やかに窪んでいて、そこに前に誰か来たのか焚き火を焚いた跡があったから適当な木を集めて火をつけて座っている。
「まるでゴーストタウンだな。」
「なにそれ?」
「俺の国の街が昔そうだったみたいなんだよ。大きな戦争に負けてさ。終戦の後様子を見に来た敵軍長官だっけか?が言った言葉だよ。」
「へぇ。」
二人とも携帯食料をちぎって食べる。栄養しかないそれは、2人の腹を満たしそうになかった。
「明日はどっちに行くんだよ。」
「そうだね、当分は探索かな。まだ行ってない場所は沢山ある。例えば、あそことか。」
流夜の指差した方向を見れば、巨大な城のような建物が建っていた。
「じゃ、今日は寝るよ。おやすみ。」
「おぅ、おやすみ。」
流夜と射抜が寝袋の中に入る。焚き火はしばらく燃え続けていた。
翌朝。
2人は日が覗く前に起きた。まだ日が差していなかったが、辺りの様子は見えるぐらいにはなっていた。なっていたが、霧が辺り一面に立ち込めていた。
射抜は軽く運動して、流夜は焚き木の後を綺麗に始末して荷物を整理する。準備ができた頃にはもう霧は晴れて太陽が顔をだしていた。
街中を捜索するが、全く人がいない。昼前、何も進歩が無いことに気が滅入った2人は途中に見つけた公園で休息を取ることにした。
緑の広大な敷地に白い石畳の道が伸びている。モトラドでしばらく走り回っても端にたどり着けそうに無いほど広い。やはりここにも手がかかった様子は無く、木々や芝生は伸び放題、池の水は干からびひび割れ、花壇の花は生えた後すら残っていなかった。
休息を終え、公園を進むと白亜の大きな建物を見つけた。
「すげぇな、めちゃくちゃ手がかかってる。何というか、すげぇ。」
射抜が関心しきって声を漏らす。
2人は白い大理石で作られた建物の正面にいた。目の前のそれは2人の視界からはみ出るほど大きい。作りはひたすらに豪奢で端から端、上から下まで美しい装飾が施されていた。
「元は王宮か何かだろうね。これは相当だ。案内人が今一番生きて来た中で欲しいよ。」
2人はモトラドに乗るのをやめ、押して歩いていた。
これを無視して進むのは勿体無い気がした。
何十枚ものステンドグラスで飾られた巨大なホール、遥かに大きい浴場、果てし無く続く廊下。内装も外装に負けず豪華だった。
一通り見終わった2人は建物の裏に出た。そこはテラスになっていて広大な裏庭が一望できるようになっていた。
「ありゃりゃ…」
流夜がついつい、といったふうに声を漏らす。
射抜はその光景をみて顔をしかめた。
ー墓だった。
裏庭の芝生の緑の中に、簡単に土を盛り薄い板を一本立てただけの簡単な墓があった。
そして墓は、視界いっぱいに広がる裏庭を、文字通り全てを埋め尽くすように並んでいた。幾千、幾万あるのか、到底数え切れそうに無い。
裏庭が昔なんだったのは知ってる者も掲示板もない。そこに後に残ったのは墓だけしかない。
2人は感嘆深くそれを眺めていた。
「この国の人はどうなった?死んだ?虐殺なら墓なんてないし死体も、ましてや血痕も無いんだ、どうなった?」
空が暮れ始めた頃、射抜が墓を眺めたまま問いかけた。
流夜もそれらから目を離さずに答えた。
「知らないよ。ただ、墓はある。何処かに生き残りがいたはずだ。何処かに旅立ったか、あるいは1人果てたか。どうだろうね。…そろそろ行こうか。もう何も無い。」
西に向かって走って明日の朝出発するよ、と言いながらモトラドに乗ってエンジンをかけた。射抜は何も言わずにそれに続いた。
夜は小さな小屋を借りて過ごした。ゴーストタウンの朝は、他より圧倒的に静かだった。モトラドのエンジン音が周りは覆われていないのに響いて聞こえる。
城壁が見えて来た頃、一台のトラクターが止めてあるのを見つけた。誰もいないだろうと思って通り過ぎようとしたが人影らしきものが動いたのが見えて止まった。
トラクターの後ろの荷台には野菜や果物が山積みにされていた。運転席には、1人の男が帽子を目深にかぶって座っていた。三十代ぐらいの男で、土に汚れた作業服を着ていた。
「ありゃりゃ、こりゃ予想外だなぁ…。」
流夜が頭を掻きながら呆気にとられたように呟いた。
男が帽子のツバをクイっと上げてこっちを見ると次は思いっきり帽子をとって起き上がった。
「おはよー、今聞きたいことがあるんだけど、大丈夫?」
「旅人か…おおよその事は予想がつく。この国の過去だろう?」
「そのとおりだよ。公園の墓についても。」
「あそこに行ったのなら話はだいたいわかる。
ここは建国以来ずっと王政が続いていた。王1人が国と人を全て我が物として支配してきた。それでも、何十人いた中には立派な政治で国民から慕われていた人もいたが、やっぱりそうでもないロクデナシの方が圧倒的に多かった。
特に最後の王だったやつは最低だったよ。皇太子時代が長かったせいか王になった途端自分勝手なことばかりした。逆らう者は1人残らず殺された。当時不作で財政難だったことなんて全く関係なしに遊んでばかりいた。不作は3年も続き、飢え死にする人は溢れていた。無論、奴は御構い無しさ。
少ししてあまりの生活苦に税率を下げて欲しいと訴えた農民が、全員殺された。我々の怒りは頂点に達した。王による暴力はもう歯止めがきかない。この状況をなんとかするためには、その時の歯車自体を壊すしかないと、革命計画が本格的に動き出した。当時俺は、大学院で文学を研究していて、比較的裕福だったが、貧民の痛みはわかった。そして俺はその計画にかなり初期段階から参加した。」
「見つからなかったのか?裏切りは?」
睨みつけるように聞いていた射抜が口を挟んだ。
「裏切りは無かったよ。それだけ王は人望が無かったんだろうな。だが、見つかったやつは死刑さ。この国の伝統的な死刑方法を知っているか?手足を縛って逆さまに吊るし、道路に頭から落として殺すのさ。この国では家族も一緒に処刑される。交差点の広場の公開処刑を、何度も見ることになった。まず仲間たちの家族が殺される。親、配偶者、子供の順にな。そんななか、仲間達が俺や他の仲間を群衆から見つけて、目隠しを断って、落下するほんの刹那に何かを訴えて、そして頭蓋骨を砕かれ、首の骨を折って死んで行くのをみたよ……何度もな。
計画から一年、とうとう俺たちは蜂起した。まず警備隊の武器庫を襲った。無論大量のパースエイダーと弾薬を手に入れるためだ。それ以前は、一般の民衆が武器を持つことが一切許されなかった。当たり前だがな。」
「ろくでもない奴でも知らんぷりをしてるだけで、本当は何をやらかしてるのかわかってる。ただ、今が良ければと思ってるだけで。それで民が武装するのを恐れるから。」
また射抜が口を挟んだ。男はチラッと射抜を見ると頷いて話を続けた。
「そうだ。とにかく、各地から武器を手に入れることは成功した。俺たちに賛同してくれた警備員もいた。そして後は一気に王宮に突入し王を捕まえる、筈だった。だがやめた。」
「はぁ?なんでだ?」
射抜が素っ頓狂な声をあげる。
「逃げたんでしょ?武器庫を襲うなんてでかい出来事、王に届かないわけないもの。」
すぐに流夜があたりまえだと言わんばかりに発する。
「ご明察。王は家族…と言うか財産と共にトラックの荷台に隠れて国外に逃げようとした。まぁ、案の定野菜と宝石に埋れたやつなんて誰だって怪しむに決まってる。そして革命は犠牲を出さずにあっけなく終わった。」
「で、それからどうなったんだ?民主制?」
射抜が間髪入れずに問う。
「その通り。多数決で決めることになった。最初は王の処罰について。親族以外皆死刑に賛成して決まった。例の方法でね。死刑が執行された瞬間、恐怖と絶望の時代が終わった気がしたよ。それからは皆で新しい法律を作った。あの時は楽しかったよ。皆で集まっていろいろ決めた。」
感慨深そうに男は目を閉じ頷いた。
流夜が"それはまぁ、極端な…"と、呟いた瞬間男が目を開けて話を続けた。
「そう、極端なんだ。ある時、多数決だと手間がかかるからリーダーを決めて運営を任せようと言い出す輩が現れた。王政が復活するのと同然なそんな提案は反対されたよ。そしてそんな奴らは今後国に危険だからと言って全員死刑も多数決で決まった。他にもこんなことは続いたさ。死刑制度撤廃、税金軽減……そこで足りなくなったものがある。」
「墓場か。」
射抜が答えた。
「そう。元王宮が中央公園になり、農地にする予定の裏庭を使うことにした。これも反対にするやつは死刑になったよ。死刑が行われたのは新政府になってからは一万三千六十四だ。」
「それで、最後の一回は?」
「ちょっと数年前の年さ。その時は俺と妻、そして昔からの親友だけ残っていた。その親友は国から出て行くと言い出したのさ。国を捨て、義務を捨てる奴は許せなかった。2体1で死刑が決まった。妻は、そのすぐ後に病気で亡くなった。医者もいないこの国ではどうすることもできなかった…。」
男は涙をこらえるように遠くをみた。少なくとも後悔してるようには見えた。
「…ちょっと前にな、旅人が来たんだ。俺はそこで考えを改める必要があった事に気がついた。恥ずかしいことに、それまでずっと今までが正しいと思ってたんだよ。だから、いろんな見方を知る為に、旅をすることにした。幸い、売るものはいっぱいあるし、銃器もある。そうだ、なにか旅に必要な心得とかあるか?」
男が二人に問いかけた。笑顔を向けてるが、裏には不安が見える。
「殺すことに抵抗を持たないことかな。」
「生死を分かつ時にプライドを捨てること。」
二人はずらすように言った。男は笑ってエンジンに火をつけた。
「いい旅になるといいね。」
流夜が笑顔を向けながら言うと男はフッと笑って先に門に向かって国からでた。
「…次はどの道を行く?」
流夜が車が去った方向を見ながら言う。
「次はお前の番だぞ。お前が決めてくれ。」
射抜も同じように顔を動かさずに言った。
「これはなんだろう?交代制王政?」
流夜がモトラドに乗りゴーグルをつけながら言う。
「ハッ、そんなものすぐに権力争いだろ。信頼だ。」
軽く笑いながら射抜も同じようにしてゴーグルを付ける。
「じゃ、行こうか。何処かに。」
はい、二話です。まぁ実際の本に沿ってるので2連続で人がいないとかになってるんですが、次回も書いた時は国じゃなくて道中の話です。しかも出てくるモブは三人。どうなるんでしょうねぇ。(更新速度的な意味で)
あ、その次からはれっきとした人のいる国です。安心してください。それでは。
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レールの上の三人の男 ーOn the Railsー
そこは巨木の森だった。
切り株がダブルベッドになりそうなほど太い木々が、まるで神殿の柱のように、しかしこれといった法則性はなく点々と立ち並んでいた。
見上げると緑で一面染まっている。地上二十五メートルほどから始まる枝と葉が、隙間なく空を埋め尽くしてしまっている。かすかにしか日が当たらないため、地面にはまったく草が生えていない。黒く湿った土が、どこまでも続いてるだけ。そこは黒と緑に挟まれた、自然が作り出した不自然な空間だった。
「俺は森の中を走るのはあんまり好きじゃないな。なんでかわかるかい?、射抜」
巨木に手を当てて立つ成人になるちょっと前らへんの青年が言った。
黄土色のコートを着て黄色い髪を持った青年は、腰の両側にそれぞれ右と左にホルスターがありその中にハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)が入っていた。
横に停めてあるモトラド(注・二輪車。空を飛ばない物だけを指す)には、ハンドルに黒い縁の大きいゴーグルが無造作にかけられていて、荷台には四角形に折りたためられた大剣の上に鞄が置いてあり、上からロープでくくりつけられていた。
「ん〜、木に何度もぶつかりそうになるとかか?、流夜」
少し前方に射抜と呼ばれた年は同じぐらいの黒髪の青年が、モトラドに逆向きに座り荷台にくくりつけられた鞄に手を組みもたれながら返した。
「違うよ。お前じゃないんだから。正解は、森の中だと進むべき方角を簡単に間違えやすいからさ。北に進んでいるつもりで、東を向いてることもある。なにせ、太陽が見えないからね」
流夜と呼ばれた黄色い髪の青年は、そう言いながらゴーグルをとってつけ、モトラドに跨った。射抜も本来の座り方に座る。
「進むべき方角ねぇ、難しいことを考えるなぁ」
「そうなんだ。俺たちは真北に行けば、この森は終わる。そうすれば道に出る、ハズだ」
「ハズだね」
流夜はスタンドを外す前に胸ポケットからコンパスを取り出して北を確認した。
「それじゃ、行こう」
二人は前に体重をかけ、スタンドを外し、同時にクラッチを切る。少し走りながらブレーキの利きを確かめて、スピードをあげていく。
そしてそれほど走らずに止まった。流夜はモトラドに跨ったままコンパスを取り出し、北を確認した。
そして発進させて、止まって、確認する。流夜は同じことを何度も繰り返した。
「ええい、面倒くさい」
流夜はいつまでたっても終わりそうにない森に文句を言いつつもしっかりと確認作業を続けた。
「お疲れ」
百回ぐらいの方角確認を終えて走り出すと、進行方向の緑と黒の間に、白線が混ざった。やがてそれは上下に広がって、明るい帯になった。
二人はスピードを緩ながら進み、明るさに目が慣れた頃、最後の一本の脇を通り過ぎて、2台のモトラドは巨木の森を抜けた。
森の北側の終わりに、道は無かった。二人の前には、うっそうと茂るジャングルしか見えなかった。
「道がないけど、間違えた?」
射抜が呟いた。
「いいや、これでいい。足元を見てみて」
茂る草の間に、何か細くて赤茶けた線が見えた。少し離れてもう一本あった。平行に並んでいるそれは、
「おお、レールじゃん!」
「そのとおり。」
流夜はモトラドを押して一本目を超えてモトラドを二本目のレールの間に入れて西を向いた。射抜は一本目に入れて同じく西を向いた。
「道を教えてくれた人が言ってたんだ。『モトラドなら行けると思うよ、細いけどしっかりした道に出るから』っていうのはこれのことだったんだろうね」
「汽車が通ったりは…なさそうだな」
疑問は投げる前に、さびさびのレールの上に落ちた。
よく見ると線路に沿って同じ草が生えていて、まるでジャングルの中に緑色の道があるようだった。
「これはいいな。少なくとも、『進むべき道』は、間違える心配はないな」
「そうだね、でも、『進むべき方角』だよ」
流夜は頷きながらエルメスを発信させた。あちゃー、と声を出した射抜も続いて発進させる。レールに前輪が弾かれないように、それだけを注意して走る。あまりスピードは上げられなかった。
レールの上にまでたくましく伸びる草を踏み潰しながら、二人は走り続けた。
そして太陽が一番高く登る頃、1人目の男に出会った。最初に気がついたのは、射抜だった。
ジャングルの中の緩やかなカーブを抜けた途端、射抜が、
「あれ人じゃね?」
短くそう言った。
流夜も延々と続く曲線の道の先に人影を見つけて、ブレーキをかけた。
二人とも何も言わず近づいて行くと、男が1人、しゃがんで何かをしていた。彼は一瞬だけ顔を上げた。彼の後ろには、汽車と同じような車輪を持つリヤカーが一台、荷物を満載にして停めてあった。二人は男の少し手前でモトラドを止めた。エンジンを切り、降りる。
「こんにちはー。」
射抜が挨拶をして、男は立ち上がった。
背の高い老人だった。堀の深い顔をしていたが顔中シワだらけで、小さなグレーの目を持っていた。
白髪がほとんどの髪は長く、髭も伸び放題だった。黒い帽子はボロボロで、ところどころがシミのように色褪せていた。服は同じく黒で、しかしボロボロであちらこちらにツギハギがあった。
「やあ。旅人だ」
老人はそれだけ言った。
そして、
「わーお」
周りを確認していた流夜が変な声を上げた。
「おお、マジか」
射抜もソレに気づいて驚愕のあまりかなり大きな声を上げた。
老人はゆっくり振り向いて、二人と同じものを見た。そしてやっぱりかといった風な表情をしてそしてゆっくりと顔を戻して、若者に、何気なく呟いた。
「ああ。わしがやっとるんよ……」
流夜は一瞬、老人を見た。そしてもう一度それを見て呟いた。射抜はレールから目を離さなかった。
「信じられない……」
射抜と流夜の視線の先、レールだった。そしてそこに、あれほど茂っていた草は一本も生えてなく、綺麗に敷き詰められた砂利と、恐ろしいぐらい等間隔で並べられた枕木が見える。
そして二本の鉄は、まるで工場から送られてきたかのようにピカピカだった。太陽の光を受けて、上も横も金属光沢が鮮やかに浮かび上がっていた。
「悪いが、あのリヤカーは簡単にはどかせられんでなぁ。すまんが、モトラドをいったんレールからはずしてくれんか?」
「ああ、はい、はい。」
流夜は慌てたように言った。再び頭を下げた老人に近づいて一緒に横に座り込んだ。射抜は、停めたモトラドの上でただ見ていた。
「ひとつ、聞いていい?」
「何かな?わしが答えられることなら」
「全部、草抜いてレール磨いて、全部1人で?」
「ああ、それが仕事なんでな。」
「どのくらい、続けてるの?」
「五十…そろそろ六十になるかな。多分、それくらいじゃ。」
「五十年?その間、ずっとレールを磨いて来たの?」
「ああ、わしは18の時に鉄道会社に入ってな。その時に、今は使ってないレールがあるが、使う機会が出てくるかもしれんということで、できるだけ磨くように言われたんじゃ。まだ止められてないのでの、こうして続けとる。」
「国には、まだ?」
「ああ。わしには妻と子供がいてな。あいつらを何としてでも、食わしていかにゃならんのじゃ。今どうしておるかのう。わしの給料が出てるはずじゃから、生活には困っとらんじゃろう。」
話してる間にも、老人は手を休めなかった。射抜が何か言ったが、2人には聞けれなかった。
「旅人さんがたは、どこに行かれるんじゃ?」
老人は、何気なくそう訊ねた。
光り輝くレールの上を、2台のモトラドが走っていた。射抜と流夜は日の出から走り続けている。途中見つけた小川で少し休憩し、水をくんだ。
線路はジャングルの中を、緩やかにうねりながら伸びていた。灰色の砂利が道を作り、二人を導いている。
「昨日の爺さんさまさまだね」
流夜が今日何度目かの台詞を吐いた。草が取られ、空が映るぐらいに磨き上げられたレールのおかげで、昨日と比べると走りやすさは圧倒的だった。枕木からくる規則的な振動を楽しみながら、二人は走り続けた。
二人のお腹が空いてくる頃、2人目の男にであった。
最初に気がついたのは、流夜だった。
「おや、また人だ。」
かなり急なカーブを抜けて、流夜が急ブレーキをかけた。射抜もすぐに人とリヤカーがあることに気づき、モトラドを停めた。
「こんにちは〜」
流夜が軽くお辞儀をした。射抜はモトラドの上でまた座っている。
「ああ、こんにちは」
男は老人だった。背は流夜よりやや低く、痩せてひょろっとしていた。ほんの少し口髭を生やしていて、禿げ上がった頭に、帽子をちょこんとのせている。
そして昨日出会った老人に似た、黒い上下お揃いの服をきていた。そして、やはりあちこちにつぎはぎが当ててある。
流夜が近づいて何か言おうとした時、気がついた。
「あらら、レールが…」
そうひとりごちた。後ろで射抜がうええ…と変な声を出している。
リヤカーの向こうで、輝くレールがぷっつり切れていることが分かった。枕木もなく、砂利だけが、ジャングルの先へ消えている。
「ああ、わしが外してるんじゃよ」
流夜の嘆きに、老人が答えた。そして、輝きを失った砂利道を呆然と見ている流夜に、
「すまんがのう、リヤカーは退けられないきに。そちらさんでよろしゅう頼む」
そう言って、先端がほんの少しだけ折れ曲がっている、長い鉄棒を手に取り、荷物が溢れそうな後ろに回り込んだ。
流夜は射抜に指示し、急いでモトラドを外し、横に運ぶと、老人と同じようにリヤカーの後ろに回り込んだ。
老人は片側のレールの下に、鉄棒の先を差し込んだ。そして、
「せいっ」
と、掛け声と共に、棒に体重をかけた。するとレールは外れ、砂利の盛り上がりの脇へ、転がって落ちた。
流夜がよく見ると、その先にも、外れて転がったレールがあった。それらはジャングルの赤い土にまみれ、輝きは見えなくなってしまっていた。
「聞きたいことがあるんだけど…」
「なんじゃ」
「レールを外してるのはなんでなの?」
「仕事でのう、一人でずっとやっとるよ。枕木も全部取っ払うきに」
「…ずっととは、何年ほど?」
「50…いや、そろそろ60に入るぐらいかの?正確にはわからんな」
「…………。」
「わしは、16のときに鉄道会社に入社して、使ってない線路を、もういらないから取り壊すように命令されて、初仕事じゃき、張り切ってやっとる。まだ止めろと言われてないしのう」
「国にも、帰ってない?」
「ああ。わしには弟が5人いてな。あいつらの食い扶持を稼ぐために休んではおれんて」
「そっか…」
流夜は何も言えなかった。射抜が何かを呟いたが、やはり届かない。そして流夜は何気無く聞いてみた。
「レール、使ってない割りには綺麗だよね?」
すると老人は、
「ああ、ずっとじゃ。不思議じゃのう。外しやすくて助かっとるがな」
「そう…」
流夜には、やはりこれ以上いえなかった。
「旅人さんがたは、どこに行かれるのかな?」
老人は、静かに尋ねた。
灰色の砂利道を、モトラドが走っていた。
流夜と射抜は日の出から走り続け、休憩はほとんど取らなかった。
道はジャングルの中に比較的まっすぐに線を引いていて、脇には外されたレール、掘り出された枕木、レールを固定していたスパイクが、一定の間隔おきに山積みにされている。
「 走りにくいなぁ」
「お お お お お お お お お お お お お お お お お お」
流夜が今日何度目かのセリフを吐いた。
射抜はガタガタと伝わってくる振動で遊んでいる。
枕木のない砂利道はタイヤのグリップが悪く、カーブでも少し傾けただけで滑った。二人はスピードの出し過ぎに注意して、神経を使いながらハンドルを握っていた。
三人目は、二人同時に気づいた。
まっすぐ走る砂利道の向こうに、人影が見えた。
流夜がアクセルを戻したから、射抜は何も言わなかった。ゆっくり近づくと、男は二人に気がつき、大きくてを振った。男の手前でエンジンを切り、流夜は降りて、やっぱり射抜は降りずにそのままだれた。
「こんにちは〜」
「おう!旅人さん」
男は立ち上がりながら返事をした。
老人だが、たくましい男だった。上半身裸で、腕にも肩にも筋肉がでていた。顔の皺を見なければ、働き盛りの中年と言った風だ。昨日と一昨日出会った男達と同じ、黒いズボンを履いていた。裾はボロボロになっている。
流夜が話しかけようとしたところで、射抜が後ろで声を上げた。
「レールがある…」
老人の後ろの先に、荷物満載のリヤカーが1台あり、そこからレールが始まって、ジャングルの先に消えていた。
老人は、持っていた巨大なハンマーを担ぎながら、
「おう、俺がやった」
元気そうにそう言った。
「1人でやってるの?」
流夜が恐る恐る聞いた。
「なぁに、慣れりゃどうってことない。材料は全部そこにある。」
老人は転がっている枕木とレールとスパイクを指した。
「とてもいや〜な予感」
流夜が小声で呟き、尋ねた。
「いつからこれを?」
「ん〜、かれこれ50と…ちょっとかな?ちと計算は苦手でね。」
「ああ…」
「俺が十五の時かな。鉄道会社に就職したんだ。そしたら、前にあった線路がひょっとしたらまた使われるかもしれないと言われて、治すように頼まれたんだ。まだ止めろと言われてないしな。」
「国には、やっぱ帰ってない?」
「そうだな。両親が病気でな、働けなくなったから、俺が三人分稼がないと」
「そう」
流夜が予想通りの回答に、寂しそうな表情をした。
射抜が何か呟いたようだが、二人に届いた様子はない。
「これからも、頑張ってね」
「おうよ。任せとけ」
二人は無言で、エンジンをかけた。
「ところで旅人さん方は、どこへ行かれるんだい?」
老人は、ニヤッとして問いかけた。
続くレールの途中、ただ黙々と導かれている中、流夜が口を開いた。
「射抜。」
「なんだよ」
射抜は雑に返事をした。
「ジャングルの抜けたところに先の国がない限り行かない。あったとしても、鉄道会社には寄らない。いい?」
「でもさ…」
「ダメだよ。アレがその会社のシステムなんだ。僕らが介入したら、会社が倒れ、もっと大勢が苦しむかもしれない。この方法が間違っていれば誰か探しに来てるはずだし、いまの状態が仕方ないんだよ。」
「でも…」
「納得いかない、でしょ?俺もそうだよ。」
「……」
「俺らのやってる事だってそうさ。誰かが『これを行わせるのは危険だ』って言って
「…そうだな」
射抜はもう、何も言わなかった。
流夜もまた、何も言わなかった
今回は少し主人公達が何故色々な世界に出てるのかヒントを書いてみました。これ以外を読まない人は、あまり関係の無いことですが。
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