ボスとジョルノの幻想訪問記 (フリッカリッカ)
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プロローグ

「荒木先生、ZUN神主、お許し下さい!」
この作品は東方プロジェクトとジョジョの奇妙な冒険の二次創作です。勝って解釈 妄想 申し訳程度の百合もしくは薔薇成分 ディアボロとジョルノが主人公 スタンドのパワーを全開!を含みます。それでも読むというのですね。覚悟はいいか?俺は出来てる。


ボスとジョルノの幻想訪問記 1

 

 2012年某日! 世界は一巡し、歴史は繰り返すッ!

 だが、『彼』だけは一巡していなかった! 一巡とは一度世界は閉幕を迎え、そして新たに始まったということ。そう、全ての生命はその活動を停止させ、再び蘇ったのである!

 ――――だがそれも、しっかりと終幕を迎えたものだけだった。もう一度、繰り返すようだが、『彼』だけは一巡していなかったのだ! それはつまり、『彼』には終幕が、終焉が、幕引きがやってこなかったのである!

 

 

――――――――――

 

 男は目を覚ますと、周囲の確認作業に移る。地面に横たえている彼はまず、頬に触れる肌触りで地面が『塗装されたコンクリート』であることが分かった。瞬時にここは町中であると判断する。すぐに起き上がり、周辺に人間がいないか、危険が存在しないか確認する。

「・・・・・・ッ!!」

 彼は左を向き、そして右を向いた直後に、危険物を発見した。息を付くまもなく、自身に起こっている現象を整理し、痛みを最小限に押さえられる方法を思案しようと思ったが。――出来ない、分からない。

「・・・・・・畜生ッがぁあああああ!!!!」

 彼の視界に移ったのは『幼女』。茶色の髪をして、コカ・コーラのカップを手に持ってこちらを凝視しているだけの、何の変哲もない『幼女』だった。

 だが、彼には幼女は死神にしか映らない。彼は思った。

 いつもだ、いつも、こうなってしまう。

 次の死因が分かる前に幼女を発見してしまうと、予期しない死因が彼に無理矢理上書きされる。普通ならば予測できる死因も、幼女が現れると全く違うモノになってしまう。

 彼の死因は毎回様々で普通は予測などつけられないものだが、100、200、1000、10000と数を数えるうちに大体ではあるが『あたり』をつけられるようになっていた。

 町中なら、偶発的な事故や通り魔など。

 水辺なら、大抵が溺死。

 荒原なら、野生動物による搾取が主。

 山中なら、滑落と転倒による全身の強打だろう。

 飛行機や車ならば、必ず爆発事故だ。

 他にも、様々なパターンがあり、しかし、どれも死を避けられないのが共通事項である。

 パターンを知っているなら対策は立てやすい――――とは言ってもどちらにせよ死んでしまうのだが、痛みを最小限に押さえることは可能だ。

 だが。

「くそッ、やめろ! 近付いてくるな、俺を、見るなッ・・・・・・」

 『幼女』が目の前に現れるときだけ、彼は深い絶望の中、異常な苦しみを味わいながらゆっくりと死んでいくのだ。

「・・・・・・オジサン、大丈夫?」

 幼女は彼の声には全く耳を貸そうとはせず、不用心に近寄ってくる。酷く狼狽する彼を心配そうに見つめ、その距離を詰めてきている。

「近付くなッ! あああ、ヤメロ! く、あぁ、あッ! 俺の――、俺のそばに近寄るなぁぁぁああーーーー!!!!」

 彼が息を切らし、とてつもない脂汗を額に浮かばせて全力でそう叫んだ後、幼女の口角がひきつった。

「・・・・・・コ・・・・・・ロ・・・・・・セ・・・・・・」

 その幼女の声が放たれた瞬間、幼女の周りにいる人間、動物を問わず、周りの物体全てが彼を一斉に攻撃する――――!!

 男は抵抗を何一つできずに、全身を殴られ、切り刻まれ、砕かれる。地下から何故か電動ドリルが姿を現し彼の左腕をぐちゃぐちゃにかき回し切断する。突然落下してきた看板が彼の右足を綺麗に毟り取る。その間も彼は意識を残し、痛覚を残し、絶望的な痛みを受けながら蹂躙されていた。

 ――――幼女だけだ。幼女だけが、不明の死因になる。一体何なんだ? ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの能力と何か関係があるのか? こいつらは――俺を襲い、殺しているこのサラリーマンたちは俺が死んだ後どうなるんだ? それとも、俺にも何か原因が存在するのだろうか?

 理解できない、これだけは――――。

 

 ――――だがッ! 運命は変えられる!

 

 彼が死に絶える正にその直前だった! 彼は気が付いた、いつの間にか自分が横たわる地面がコンクリートではなく、土に変わっていることに! 更に、周囲の町並みはいつの間にか失われ、大地は割れていく!

 

「な、何だこれは・・・・・・!? 今まで、こんなことは・・・・・・!!」

 

 彼は目の前で起こる自然現象の異常な光景にしばらく気を取られていた! 太陽が早回しのように昇っては沈み、昇っては沈みを繰り返し、その速度は乗加算的に加速していく。いつの間にか世界が寿命間際の勉強机の蛍光灯のように、連続的に明暗を繰り返すようになった。そして、再び大地が割れて自分の周囲にいた人間たちがどこかに消えた。落ちたのだ、割れた地面の下に。

「――――ハァッ・・・・・・ハァッ・・・・・・!!」

 まるで、この地球が終焉に向かっているようだった。そして彼は目にする――――。

「そんな・・・・・・バカなッ!?」

 絶句し、眼前に広がる光を見つめていた。

 

 ――――あれは・・・・・・人影・・・・・・?

 

 そして地球は『彼』のみを残して、終焉を迎えた。

 

 

――――――――――――

 

 目を覚ますと、彼――ディアボロは多くの花に囲まれて仰向けに寝ていた。いつもの癖で今がどこで、どんな状況かを確認する。

 ディアボロはバッと上体を起こし、周囲を見渡す。辺りは鉢や花壇などに様々な花が植えられており、その多くが綺麗な赤色をしていた。手入れが行き届いているようで、ここがどこかの庭園のような場所であると理解した。

 そして背後を確認すると、彼は今まで見たことも聞いたこともないような荘厳で壮観な建物を目にする。

「・・・・・・紅い屋敷・・・・・・」

 それは建物全体が燃えるような情熱的な赤で塗りつぶされた西洋風の館だった。

(・・・・・・周囲に人間はいない。ということは、死因として上げられるのは植物の棘で動脈を切り失血死か、植物の毒で死亡・・・・・・というくらいか)

 ディアボロは庭園の花に目を凝らすと、茎の部分に棘の付いたバラを発見する。

「ふん・・・・・・、今回は死ぬまでに時間がありそうだな。さて・・・・・・」

 ディアボロは背後の屋敷を見据えるが、今はどうしてももう一つ。一つ前の死について考えていた。

(あれは・・・・・・一体何だったんだ? 俺は死んだのか? いや、あのとき、俺は最後たった一人だった。周囲の大地は消滅し、空はめまぐるしく昼夜が入れ替わる。何というか、先に世界が死んでしまったように感じた。そして、そして何より、俺が最後に見たあの巨大な人影は・・・・・・)

 ディアボロは空を見上げて思案する。空は先ほどのように変化は起きていない。実に爽快な晴れ空だ。

「考えていても仕方がない。いずれ迫り来る死の運命に備えなければ・・・・・・」

 空を見上げるのを止めて彼は回れ右をする。かなり巨大な建物だ。

 足下を見る。少なくとも、ディアボロの危険になりそうな類の毒虫などはいない。彼は細心の注意を払い、植物に全く触れることなく、慎重に、焦らず、ゆっくりと屋敷に近付いていった。

 しかし、広い庭園だ。これほどの敷地の庭園なのにどの植物も手入れが完全に行き届いている。庭師が5人は必要だろう。この屋敷の人間は随分な金持ちだろうな。と、ディアボロは思った。

「・・・・・・何だ? 何も起きないな・・・・・・」

 目を覚ましてから5分以上経過しているのに、彼に迫り来る死の運命は一向に姿を現さない。今までこんなことは一度も無かったのだ。必ず、長くとも3分以内にはディアボロは絶命していた。一日240回以上のペースで死に続けているのである。

(そういえば、さっきの死――――。あれも長かったな・・・・・・。体感で5分程度だったか?)

 何かがおかしい。何かが、少しではあるが変わっている――。彼は周囲を警戒しつつ、あることを思い出した。

(最近にも、こんなことがあったな・・・・・・。ホテル、DISC、・・・・・・再び絶頂に返り咲いたと思ったら夢だったとは・・・・・・。夢の中でも1000回は死んだがな)

 目が覚めても全く時間は進んでいなかった。本当にあの不思議な空間は彼の夢だったのである。

「・・・・・・今回のは、少しアレとは毛色が違うな」

 密室空間や迷路など、そういう類ではなく人も滅多にいない。ディアボロは屋敷を見上げた。

 

 植物に血管をぶち切られないように注意しつつディアボロは館の玄関にたどり着いた。

 既に彼が目を覚ましてから10分が経過していた。

「さて・・・・・・どうしたものか」

 扉の周りに罠が仕掛けられていないか注意しつつ、ドアノブに手をかける。何も起きないのでドアノブを回すとカチャ・・・・・・と小さく音を立てて回った。

「・・・・・・!! 鍵がかかっていないのか? もしかすると、ここには誰も住んでいないんじゃあないか?」

 ボスは扉を開けるか開けまいか迷っていたが、どうせすぐに死に続ける命だ。『変化』には積極的に臨まなければ、と覚悟し中に入る。

 ギギギギギッ・・・・・・

 扉はどこか壊れそうな軋みを上げて小さく開いた。

「・・・・・・進入者、ね」

「お手柄よ、咲夜。たまには昼に起きてみるものだわ」

 ディアボロが中を覗いた瞬間、背後で声がした。

「・・・・・・なッ!? 何ィィィイイイーーーーーーー!!!???」

 振り向くといつの間にかナイフを構え、彼を睨むメイド服を着た女と、日傘を持ちにこやかな笑顔を浮かべる幼女――――その背中にはなぜかコウモリのような羽がある――――が立っていた。

(な、いつの間に!? 音とか気配が全く感じられなかった!? いや、そんなことよりも・・・・・・マズイッ!!)

 彼にとって、目の前の人間がナイフを構え、今にも進入者を排除しようとしていることは注目の範疇になかった。また、超能力とか超スピードとかそんなちゃちなもんじゃ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗のような能力を持っていることも度外視だ。

 彼が真っ先に注目したのは、その隣に『幼女』がいる状況である。

「さて、いくつか質問を・・・・・・「待てッ! やめろ!!」

「え?」

 メイド服を着た少女が口を開いた瞬間、怪しいピンク色の髪をした中年の男性はそれを遮る。

「『2度』だと・・・・・・!? 一日に『2度』も、そして『連続』だとッ!! クソッ!! とんだ災難だ!! 折角『変化』が起きたのに、もうここで俺は死んでしまうのか・・・・・・??」

 ディアボロは『幼女』が目の前にいることで気が動転していた。何をされるか分からない。全く予想不可能。すぐに死ぬことだけは確定事項。食われるかもしれない。少なくとも、予想できる『ナイフで刺されて死亡』だけはあり得ないだろう。・・・・・・もっと、別の何かが起こるはずだ。数十秒、数秒後、数瞬後に!!

「俺は・・・・・・次は、どうなるんだ・・・・・・?? 予想が、予知ができない・・・・・・!!」

 訳の分からないことを口走る彼にコウモリの羽を生やした幼女とメイド服の女は眉を寄せて怪訝そうな顔をする。

「・・・・・・どうしたのかしら、咲夜」

「え、いや・・・・・・私にも分かりません・・・・・・」

「なんかコイツ様子がおかしいわ。咲夜」

 幼女が顎でメイド女を使う。メイドの方はしぶしぶそれに従い、ディアボロに話しかけた。

「ちょっと、いいかしら」

「うるさい! 近寄るな!! ウゥーー・・・・・・クソッ! 嫌だ、死にたくない・・・・・・『変化』だ・・・・・・折角起きた千載一遇の『変化』なんだッ!! これを逃したら、二度とないかもしれないんだッ!!!」

 右手を前に出して玄関に寄りかかり謎の弁明をする彼にメイド服の女――――十六夜咲夜は静かに溜息をついた。

「・・・・・・春は変な虫が沸くものね。気でも違っているのかしら? まぁ死にたくはないのでしょうけど、ご愁傷様ね。あなたは私のナイフに殺されるわ」

 と、咲夜がナイフを更に数十本取り出し眼前のマヌケな浮浪者を殺そうとしたとき。

「・・・・・・今、ナイフで殺す・・・・・・と言ったか?」

 ふと、気が付いたときにはディアボロは冷静さを取り戻していた。

「貴様は今、俺のことを『ナイフ』で殺すと言ったのか?」

 瞬間、咲夜は原因不明の寒気に襲われた。背筋がゾクっとし、ナイフを握る手に冷や汗がにじみ出る。

「・・・・・・だったらどうしたと言うの?? あなたは結局死ぬのよ、依然変わりなく」

 咲夜はナイフを構えたまま答えるが、男の不適な態度は変わらない。

「・・・・・・やってみろ。『幼女』出現の時は、予想できる死は訪れない・・・・・・」

 カチッ。

 咲夜が懐中時計を起動させる。

 

 ドーーーーーz______ン!!

 

「止まった時の中は『私の世界』。他人に一切干渉できないから攻撃はできないけど・・・・・」

 咲夜はDIOが承太郎に対してやった時止め&ナイフコンボを展開する。

「十分かしら・・・・・・量はこの程度で・・・・・・」

 扉を背にして全く動かないディアボロに咲夜は20を越えるナイフを投げつける。しかし、時が止まっているためナイフはディアボロには刺さらず、数センチ手前でピタリと停止した。

「そして時は動き出す・・・・・・」

 

「――――はッ!? 何ぃッ!?」

 ディアボロが気が付いたときには自分の目の前に数え切れないほどのナイフが飛んできていた!!

 な、何だこの女は!? 一体いつ、どうやって攻撃したんだ!? まさかこの女も『スタンド使い』なのか・・・・・・?

「回避せねばッ! 『キング・クリム・・・・・・』・・・・・・ッ!?」

 その時、ディアボロは余りに焦っていたためかスタンドを出せないことを忘れていた。焦りと動揺、そして「しまった」という精神的不安が体の行動に表れたのか。

 彼はナイフが刺さる前に足をもつれさせて、後ろに倒れていった。

「う、おおおおおおッ!?」

 倒れることによってナイフは顔には刺さらなかったが、彼は後頭部を打ちつけた。

 

 ドグシャァッ!!

 

 運の悪いことに、ディアボロの後頭部は勢いよくドアノブに突き刺さった。そして、ドアノブが突き刺さった直後に全身にナイフが刺さる。

 

「・・・・・・」

 咲夜はただただ言葉を失っていた。全く持ってマヌケな進入者だったと思うだけだった。

「・・・・・・興が冷めたわ。先に部屋に戻ってるわ」

 と、隣にいた幼女――レミリア・スカーレットは欠伸をしながら屋敷の中に戻っていった。

 それを見届けた後、咲夜は思案する。彼は確かに私のナイフでは死ななかった。何故ならナイフより先にドアノブに殺されたからだ。なんとまぁ、呆気のない・・・・・・。

「他に進入者はいないのかしら・・・・・・庭園を少し見て・・・・・・」

 咲夜は辺りを見回すがいつも通りの紅魔館だった。はぁ、と溜息をつく。たった一人の進入者に、しかもこんなマヌケに門の突破を許した門番に説教をしなければ。

「おっと、まずはこの死体を片づけなければ・・・・・・って」

 咲夜が先ほど自滅した男の死体の方を見ると・・・・・・。

「・・・・・・死体が無い」

 そこには咲夜のナイフが散乱しているだけで、死体はおろか、血液の後も全く残っていなかった。

 

今日のボスの死因:ドアノブに後頭部をドグシャァッされて死亡

 

*    *    *

 

「・・・・・・ハッ!?」

 彼が目を覚ますとそこはさっきとは打って変わって真っ暗な場所だった。地面をさわると土の感触だ。時間はそこまで変わらないはずだから、ディアボロは瞬時に地下か、洞窟内部だと判断する。

「地下か洞窟・・・・・・。濃厚な死因は毒ガスの充満や天井岩盤の崩落による圧死か・・・・・・どうしようもないな」

 特に天井の岩盤が崩れるといよいよ何も出来ない。そして、岩盤による圧死は即死しなければ異常に苦しいのだ。

 そんなことより、彼は先ほどの死について考える。

(ドアノブに刺さって死ぬのは初めてだったな。過去にも『ベビーカーにひかれて死亡』とか『臭くて死亡』とかあったが、どうでもいいことで死にすぎだと思うんだが・・・・・・。いや、それより『幼女』出現であるにも関わらず『即死』だった。それに、あの幼女と女・・・・・・今よくよく考えると普通に会話が出来たぞ)

 今までディアボロは死に続ける中で『幼女』と話が通じたことは一度もない。

「・・・・・・明らかに『変化』している。やはり二個前の謎の現象が何かを引き起こしているんじゃあないか?」

 と、ここでディアボロはあることに気が付く。

「・・・・・・待て、俺は今何をしゃべっているんだ?? 『何語』を話しているんだ? イタリア語じゃあないぞ・・・・・・何で俺は理解できているんだ? い、一体・・・・・・何が起こっているんだ・・・・・・ッ!?」

 彼は次々と引き起こる『異常』に戸惑いを隠せなかった。

 めまぐるしく変わる月と太陽。崩れ落ちる大地。突然の光、謎の巨大人影。『幼女』と『死』。不思議な言語。死に続ける運命。

「・・・・・・クソっ、なにかわからんが・・・・・・ここは・・・・・・」

 と、彼の耳に川のような水が流れる音が聞こえてきた。

(近くに川があるのか? ということは先ほどの予想死因に『溺死』も追加しなくっちゃあな)

 ディアボロは周囲を警戒しつつ、歩いていくと、目の前に川があった。

「・・・・・・やはり、川だ。川縁から1メートル以上離れなくては、滑って落ちたら死んでしまう」

 別段、流れが急なわけでも水深が深いわけでもない。子供が入っても大丈夫そうな川ではあるが用心に越したことはない。第一、人間は10センチ程度の水深があれば溺れてしまうのだ。今の彼ならば子供用のビニールプールでも溺死する自信があった。

(そんな自信、さっさと捨ててしまいたいのだがな)

 ディアボロは川の流れている方向に向かって歩きだした。

 

 しばらく歩いただろうか。彼はあるものを発見した。

「あれは・・・・・・橋か?」

 近付くと正に彼が予想したものだった。川の両岸を渡すために作られたのだろう。木製で出来た橋だ。

「・・・・・・道が伸びているぞ。つまり、この橋は誰かがこちら側の道に続くところとあちら側の道に続くところを行き来するために作られているというわけか」

 そう呟き、彼は橋を調べようとしたとき。

 

「そっから先は地底よ、お兄さん」

 橋の中腹に何者かが突然姿を現した!

「・・・・・・ッ!? だ、誰だッ!」

 ディアボロは橋から距離を取り声の主に大声で尋ねる。

「うるさいわね、妬むわよ・・・・・・。まぁ、初対面だし外来人っぽいから答えてあげるけど」

 声の主は気だるそうに呟き立ち上がった。すると、橋の上の人物に呼応したのか、橋周辺が急激に明るくなった。

「――――ウッ、ま、眩しい!?」

 突然の光源に目を眩ませながら、ディアボロは橋の上にいる人物を見た。

(・・・・・・女、か? 外見からして『幼女』ではないが、少女に近いことに変わりはないな・・・・・・。何をされるか分からん。警戒は怠ってはいけない・・・・・・)

 額の前に腕を据えて目に光が直接入らないようにしつつ橋の上の人物を確認する。

「私は水橋パルスィ。地上と地底を結ぶこの橋を守る者よ・・・・・・というか、ここは滅多に人が来ないから守るというか暮らしてるだけだけどね・・・・・・あぁ、地底の町に住む奴らが妬ましくなってきたわ」

「ミズハシ・・・・・・? 珍しい名字だが生まれはどこだ?」

「珍しいこと聞くわね。日本よ。決まってるじゃない」

「ニホン・・・・・・ジャッポーネか?」

 ここが日本であることを知ったディアボロは(では今俺が話している言葉も日本語なのか・・・・・・? 一体何がどうなっているんだ)とただただ疑問符を浮かべるばかりだった。

「まぁ、ここで説明するのも何だし。着いて来なさい外来人。すぐ近くが私の家だから」

 パルスィは橋を渡った先を指さしディアボロに着いてくるように命じる。

「いや、しかし・・・・・・」

 渋るディアボロにパルスィは「遠慮はいらないわ」と言う。

「違うんだ・・・・・・その、申し訳ないが橋を『渡る』のが怖いんだ。俺が橋を渡っているときに底が抜けたらきっと死んでしまう」

 ディアボロは『再び』と思っていた。『再び』訪れた変化なのだ。今まで他の『人間』がこうして彼に状況を説明しようなどと提案はしてこなかったのだから。無碍に死んでこのチャンスを逃してはいけない、と思っていたのだ。

「・・・・・・はぁ? ちょっと、用心にもほどがあるわよ? というか心配しすぎでしょ。子供が落ちても足が着くのよ、この川」

 パルスィは怪訝そうに眉を寄せてそういうのは当然だった。

「分かっている、だが俺の場合はそうはいか・・・・・・」

 と、ディアボロが事情を説明しようとしたときだった。

 

「お、ほらみろほらみろ! ほ~らほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら! 言っただろぉ~勇儀ぃぃ~、こっちの道で合ってるってさぁああああ~~。オマエやっぱり酔いすぎだって、自分の家の帰り道すら覚えてないとか、やっぱり酒船を一人で一杯はやりすぎたンじゃあないのかぁぁ~~~??」

 遠くから賑やかな声がしてきた。

「んんんんんっるせぇええよ萃香ぁあああ、酔い醒ます前にパルスィんとこ着いたら怒られるだろぉぉぉ~~? つーかここらへん道が暗すぎなンだよ~~。これじゃあクソしたくて早く帰っても迷子になっちまったらその辺でするしかねぇじゃあねぇ~かよぉ~~~」

 もう一人いる。

 そしてどちらも泥酔しているようだ。

「・・・・・・ごめんなさいね、外来人。厄介が帰ってきたわ」

 パルスィは深い溜息をついてディアボロの背後の暗がりから現れた二人を睨んだ。

 同時にディアボロもそちらの方を向くと・・・・・・。

(――――な!?)

 そこには、一人は片方の肩に身を任せて顔を真っ赤にさせて足を引きずりながら歩く体格のいい女性だった。それだけを見ればただの酒癖の悪いOLのような感じだが、彼女の額には本来の人間にはない物が存在していた。赤く、その存在を激しく自己主張するかのようにそびえる長い角である。

 そしてもう一人、その額に一本の角を持つ女性に肩を貸し、ふらふらとした足取りで手に持った瓢箪をあおる人物がいた。そいつにもなんと、頭の両脇部分から角のような物が二本あった。

 だが、ディアボロが驚愕したのはそんな理由ではない。

(あれは・・・・・・『幼女』!?)

 そう、後者を説明した人物は見た目年齢8歳程度の『幼女』だったのである。

「よぉーパルスィ!!! 元気ー? って、なんじゃそいつは??」

「あぁぁ、クソッ。萃香てめぇ、耳元ででけぇ声出すんじゃねぇよ、頭に響いちまうじゃあねえか」

 萃香と呼ばれた幼女はパルスィに向かって大声で呼んで手を振った。

「勇儀の言う通りよ萃香。少し声が大きいわ。――それと、こちらは外来人の・・・・・・名前聞いてなかったわね」

 と、パルスィがピンク髪の奇妙な男性に視線を向けると。

「・・・・・・あ、あの『幼女』を俺に近付けさせるな・・・・・・。でないと、ま、またッ! また俺はッ!」

「・・・・・・ハァ? 何、急に息荒くして。あなたロリコンなの? で、名前は?」

「・・・・・・ロリコンじゃあない、ディアボロだ。それより、・・・・・・簡単に言うと俺はもうすぐ死ぬ。だからあの『幼女』を俺に近付けさせるな」

「・・・・・・」

 パルスィは目を閉じて深い溜息をついた。

「あなたの言ってることは全く理解できないし、全然理解しようとも思わないのだけれど。余りの動揺ぶりが可哀想だから一つ、親切にも教えてあげるわ。――彼女、あなたの指している伊吹萃香は『幼女』じゃない。アレは鬼よ」

「・・・・・・何を言っている」

「額面通りよ。アレは人間じゃあない、そして隣にいる大きい方の彼女も鬼、星熊勇儀よ」

「・・・・・・全く」

 と、ディアボロはつぶやいた。

「全く持って意味が分からない。それではなんだ? 貴様は妖怪だ、とでもいうのか?」

「あら、そうよ。よく分かったわね」

 ディアボロは笑いながら冗談半分で言ったつもりだったが、パルスィがきょとんとした顔でそう即答したので――。

「・・・・・・ふふふ、ふははは!! 何だ、じゃあここはあの時のホテルと同じように夢か。今度は鬼と妖怪・・・・・・、『幼女』じゃないならどんな死でも可能性があるというわけか。全く持って、訳が分からんな」

「ふふふ、夢だったら良かった。とか思ってるの? でも残念ねここは・・・・・・」

 

「だから気に入った」

 

「・・・・・・ッ!?」

 急に冷静さを取り戻したディアボロに驚くパルスィ。だが、彼は言葉を続ける。

「夢ならよかった? ならば、そうか。じゃあ何にも問題なんてないじゃあないか。前回のは夢だったが、今回は違う『かもしれない』んだろう? だったら十分だ。1%でも可能性がある限り、この永遠の死から脱出してみせる・・・・・・」

 と、ディアボロが笑みを浮かべて言った。

「・・・・・・何のことよ」

「いや、こちらの話だ。少し嬉しくてね・・・・・・むぉッ!?」

 すると背後から突然誰かに肩を組まされた。

「何だ外来人。嬉しいことでもあったのかぁぁ~~?」

「クッソ、萃香ぁ! 私を地面に捨てたままいくんじゃねぇええ!」

 いつの間にか酔っぱらいの『幼女』が彼の後ろにいたのである。

(クッ!? 何だ、こいつ・・・・・・。く、臭すぎる、全部酒か!? ワインじゃあないようだ・・・・・・この国独特の物か?)

 ディアボロの脳内には『臭くて死亡』とかいうみっともない死因が浮かんだ。

「嬉しいこと祝いだ、この外来人も混ぜて飲むぞパルスィ! 勇儀! 今の私は気分がいい! 明日まで永遠に飲んでいたい気分なんだ! 酒ッ! 飲まずにはいられない! ってね!」

「い、いや。お、俺は・・・・・・」

 ふざけるんじゃあない。普段からワインは嗜む程度にしか飲まないんだ。こいつらの飲んでいそうな酒なんて飲んだら、急性アルコール中毒で死んでしまうかもしれない。

「んん~~~~? 何だねピンクのおっさん、私の酒を断るというのかそーかそーか。なら無理矢理でも付き合ってもらうぞぉ~~」

 萃香はとろんとした表情でディアボロの肩を組みながら顔をのぞき込む。

(うぉう! 口臭がッ! 鼻が曲がる!)

 その様子を見ていたパルスィは「そうねぇ。私もたまには飲んで妬みを和らげてみようかしら」なんて言っている。

「よぉぉしっ、そうと決まればパルスィの家に行くぞぉ~お前ら!」

 萃香は体重70キロはあるディアボロを片手で引きずり、橋を渡っていく。

「なっ、おいこら離せ!! やめろ、本当に死ぬ!」

 パルスィの話ではこの『幼女』は『幼女』では無く『鬼』らしい。明確な違いはよく分からないが、『少女』ではないならば予想される死因でも発生するだろう。だが、予想されるならば対策が立てれる。

 立てれるのだが・・・・・・。

(マズイ! これは急性アルコール中毒による心配停止が濃厚! な、何としても回避しなければ・・・・・・だが、うわあああ!? こいつ、なんて力だ! 全く振り切れん!)

 ディアボロはもがき、苦しむが萃香の手はディアボロの腕から全く引きはがれない。ミシミシと音を立てているが折れてはいないだろうか。

 こうしてディアボロは半ば強制的にパルスィの家に向かったのである。

 

*   *   *

 

 その頃、紅魔館では――――。

「美鈴」

「ゲェッ! メイド長!」

 先ほど謎の進入者を殺した(死体はなぜか消えた)十六夜咲夜は、ディアボロの進入を許したであろう紅魔館の門番。紅美鈴の元へ来ていた。

 咲夜にいきなり呼ばれてびくっと体を振るわせたのは門番の紅美鈴。仕事の時間よりも食事睡眠休養の方が10倍時間を使っている職務怠慢妖怪である。

「ゲェッて何よ。いつから私そんな嫌われキャラになったの?」

「いや、何でもないです。それよりどうかしましたか? 私今日はまだ寝てませんよ」

「さらっと日常の罪科を吐露したわね。・・・・・・まぁ、いいわ。あなた今日誰か門に通したかしら?」

「・・・・・・えっ? だ、誰か敷地内にいたんですか?」

 美鈴の顔から汗が流れる。

「いたわよ。なんか、ピンクの髪の毛にカビみたいな緑の斑点模様をつけた変なおっさんが」

「特徴的な髪の毛だ・・・・・・。組織の要人には向きそうにない人物ですね」

 要人どころか、トップに君臨していたわけだが。

「でも私はそんな人間、今日通してませんよ?」

 と、美鈴が首を傾げて言った。

「よねぇ。あなたの無傷具合から見てそうだと思ったけど・・・・・・」

 咲夜は顎に手を当てて何かを悩んでいるように言った。

 それに美鈴は少し引っかかったのか、心配そうに聞く。

「でも、咲夜さんソイツ倒したんでしょう? ならいいじゃないですか」

「そうよね・・・・・・とも、言い切れないわ。実際倒したのは私でもカリスマ(笑)でも紫モヤシでも引きこもりでもないのよ」

「(うわぁ、毒舌咲夜さんキマシタワ)」

 美鈴は苦笑いでその話を聞いていた。

 説明しよう! 『毒舌咲夜さん』とは! 第6作の東方紅魔郷より既に10年の歳月が経過していた! と、なるとあの吸血鬼は510歳の誕生日を迎え、貧乏巫女も生活費の工面のためにオトナの仕事に手を染め始めていた!

 そんなおり、普通の人間の少女(永遠の17歳)だった『十六夜咲夜』もいつの間にか27歳! 男性とのお付き合いなど恋愛経験皆無の彼女は30歳まで残り2年半となり、『焦り』を感じ始めていたのである!

 自分は人間だ。だったらもう大人の人付き合いの一つや二つ、なくてはならないだろう。そう言えば同期(自機の面々)だと自分が一番遅れているのだ。貧乏巫女は仕事柄多くの男性と接点がある。白黒魔女は同姓愛者のぼっち魔法使いと同居し、荒人神は外界から昔の彼氏を連れてきて幸せな家庭を築いている。更にあの短絡思考剣士でさえ最近彼氏が出来たという。ただし兎、てめーは私と同じだ。

 そんなこんなで十六夜咲夜はまだ『男』を知らなかった。だから、まぁ過保護にし過ぎるこの紅魔館の主たちに陰に隠れて毒づくのも分かる気がするが。

「じゃあ突然庭園に現れたってことですか? あの胡散臭い隙間妖怪でもないのに?」

「そういうことね。私最近疲れてるのかしら??」

「(明らかに疲れてます。いろんな意味で)」

 美鈴は咲夜の身を案じた。このままじゃ30歳になる前に暴動を起こしてしまいそうだ。

「じゃあ引き続き仕事頑張って頂戴。わたしはこれからクソガ・・・・・・じゃない。お嬢様たちの洋服の洗濯があるから」

 そう言って咲夜は美鈴と別れて屋敷に戻って行った。

「・・・・・・咲夜さん、疲れてレミリアお嬢様とかの前で暴言吐かなければいいんだけど・・・・・・」

 美鈴は心配そうにそう呟いた。

 

*   *    *

 

「なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ、パルスィパルスィ~~~~。聞いてくれよ、今日勇儀がさ・・・・・・」

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、パルスィパルスィ~~~~。聞くなよ、そいつの話をよ~~~~」

「あああああ? いいじゃねぇか別に減るもんでもないしさぁぁ」

「ざけんなよ萃香。私の話をネタにして私のパルスィを奪おうって魂胆かぁぁ?? 見え据えてんだよこのトンチキがッ!!」

 二人の鬼が酔った勢いで間にいる妖怪女を口説いている間。

 ディアボロは隣で『溺死』していた。

 

 遡ること15分前。

「ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら、ディアボロだっけ? 遠慮はいらんよさぁさぁ飲みたまえ飲みたまえ」

「据え酒飲まぬは人の恥、だぜ? しみったれた雰囲気なんて酒飲んで消しとばしちまおうぜ?」

 ディアボロは半ば強制的に二人の鬼から晩酌されていた。

「・・・・・・も、もうやめてくれ・・・・・・。は、吐きそうで死にそうだ・・・・・・」

 ディアボロは顔面蒼白の状態で既に生死の境をさまよっていた。

「(く、・・・・・・そ・・・・・・意識が、飛びそうだ・・・・・・! こいつら断ろうにもスタンド以上のパワーでこちらを拘束してくる・・・・・・! 割と華奢な俺では全く歯が立たん!)」

 と、小さい方の鬼が巨大な杯をどこからか取り出した!

「勇儀勇儀~。こいつを一気呑みさせてみるってのはどうだい? 瀟洒じゃねぇ?」

「いいなそれ。瀟洒って言葉は何だか知らんが、酒って漢字が入ってるから気に入った! やらせよう」

「(な、何だその大きさの杯はッ!? ピザを乗せる皿より大きく、グラスより底が深いぞ!?)」

 そんな量の酒を一気呑みなんてしたら急性アルコール中毒で死んでしまう。そんなコンパで調子に乗った大学生みたいな死因は嫌だ。

 と、ディアボロが必死に抵抗を試みるも無惨。

 すぐに体を固定され小さい方の幼女鬼から大量の酒を流し込まれる。

「ほれほれほれほれほれほれほれほれほれ~~~。私の瓢箪からも追加しているから飽きるほど飲めるぞ~」

「が、ぼッ!?(なんだこの量は!? まるで鉄砲水に飲まれているかのようだ!? 杯の許容量を完全にオーバーしている・・・・・・!? だ、ダメだ・・・・・・息が・・・・・・)」

 その様子を見ていたパルスィはため息をつきながら。

「全く・・・・・・。ほどほどにしなさいよ? あなたたちは酒のこととなるとホントに好き放題ね」

「おお? パルパルが嫉妬してるぞ?」

「構ってもらえなくて寂しいのか?」

「ばっ、そ、そんなんじゃあないわよ! バカらしいわね! ぱるぱるぱる・・・・・・」

「悪かった悪かったって。一緒に飲もうぜパルスィ」

 と、勇儀がパルスィの方に歩いていった。

「おい萃香。いい加減にその辺でやめとこうぜ。死んじまうぜその人間」

「分かってるって。でもこの杯分は飲ませないと・・・・・・」

 ・・・・・・そのとき既にディアボロは死んでしまっているのを彼女たちは知らなかった。

「よし・・・・・・って人間? お~い・・・・・・ダメだこりゃ。完全にノびちまってる」

 動かないディアボロを寝てしまったと勘違いした萃香はその場を離れ、パルスィとともに飲むことにした。

 

 今日のボスの死因:酒に溺れて死亡!

 

*   *   *

 

「うぅぅ・・・・・・くそッ! なにが鬼だ、なにが妖怪だッ! 騙したなあの女! 酒で溺死なんてそうそう予想できることじゃあないぞ!」

 ディアボロは目を覚ますなり先ほどの死因を思い出して悪態をついた。

「・・・・・・」

 だが、考えていても仕方がない。とりあえず自分は今非常に不可解な状況にあるということだ。

 なぜか二回連続で幼女と遭遇し、しかもどちらも日本語を用いて話しかけてきた。

「そして、ここもどうやらイタリアではないようだ・・・・・・」

 ディアボロは周りを見るとどこかで見たことがあるような植物の群生を認識する。

「どこかの本で見たことがある・・・・・・これは確か『竹』だな。日本に広く群生しており非常に早い成長速度を持つ背の高い植物・・・・・・。こんなに普通高いものなのか? 高すぎて空が見えないぞ・・・・・・」

 太陽は西に傾きかけていた。だが、竹林はまるで夜であるかのように、暗く静かだった。

「何とも不気味だ・・・・・・野生動物におそわれたら即死だな」

 幸いまだ『少女』は出現していない。それならば死因はある程度予想がつくはずだ。

「さて、歩くか」

 と、彼が一歩ふみだした瞬間。

 

 ズボォッ!

 

「――え」

 足下が崩れ落ちる感覚がしたかと思えば。

 

 ドスン!!

 

「ぐぅあぁっ!!?」

 体に激痛が走る。これは今まで何度も体験してきた痛み。

 『物体が体を貫通する』痛みだった。

「うおおおあああ!??(な、何だ!? なにが起きている!? この突き刺さるような鋭い痛みは・・・・・・ま、まさか)」

 と、ディアボロは途切れ途切れになる意識の中で自分の体を確認する。

 彼の腹部には竹槍が複数貫通していたのだ。

「――――がッ!(ま、まずい・・・・・・『幼女』が出現していない状況で俺は予測不可能な死はほとんど実現しない・・・・・・! だから刺される前に『竹槍が刺さって即死』と予想できなければ『即死』が出来ないッ!! お、おそらくこのまま失血死が妥当・・・・・・だが、死ぬまでこの痛みはずっと襲ってくるッ!!)ぐおおおおおおああああッッ!!!!」

 痛みに耐えるため彼は叫んだ。あと、あと何分だ? あと、どれくらいでこの苦しみから解放される・・・・・・??

 彼は早く死んでしまいたい状況下で痛みに耐えることしかできなかった。

 しばらく経過して、竹林から悲鳴がやんだ。

 

*   *   *

 

 時刻は少し遡り――――。

「ふんふふんふふーん♪ 落とし穴、おっとしあなー♪ 今日も鈴仙ひかかってくれるかなー♪っと。よしよし、これで10個目が完成ウサ! そろそろ瑛琳様が私を心配して鈴仙を派遣する頃ウサね。適度に足跡も残しといたし、この辺で隠れて・・・・・・ん??」

 ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら落とし穴(竹槍設置ver)をしかけ終えた妖怪兎、因幡てゐはあることに気がつき特徴的なうさみみを揺らした。

「およおよ? なーんであんな所に人が倒れているのかしらん。さっきまではいなかった筈なのに・・・・・・って、起きあがった」

 とっさにてゐは近くの竹藪の中に身を隠した。するとその人間(変な髪ー!)は何かぶつぶつと呟いて一歩を踏み出した。

「・・・・・・あっ、そっちは罠が」

 と、てゐが言う前に男は落とし穴に見事に引っかかってその場から消えた。そして直後に断末魔の悲鳴が聞こえる。

「ぐぅあ! うおおおおおああああ!! がっ・・・・・・ぐううううああああああ!!!!」

 てゐはその声を聞きながら何となく悪い気がしたが「引っかかった方が悪い」と思い直し、鈴仙が来るのを待った。

 ちなみに、鈴仙とは因幡てゐの上司(年齢的にはてゐの方が断然上)である鈴仙・優曇華院・イナバのことである。

 そして悲鳴が途切れるか途切れないかの時にもう一人の声が聞こえた。

「て~~~~ゐ~~~~~~!!!!! あんた一般人に迷惑かけて・・・・・・ッきゃああああああああイエエエ!!!??? あぶねええええええええええええ!!!!! 何今日の罠!? 直葬コースじゃん、直葬コースじゃん!!!」

「あ、鈴仙」

 知り合いの声が聞こえたので首を出すと両腕から血を流し、てゐとは少し違ったうさみみの少女が穴から出てきている所だった。すごい息切れしてる。

 ちなみに、鈴仙のうさみみは付け耳である。

「なんだ、両腕だけか」

「なんだとはなんだボケぇええええ!!! 殺す気かあんたああああ!!!」

「いやぁ、鈴仙の一匹や二匹、まぁ殺しても支障はないかと・・・・・・」

「二匹目をどっから持ってきたんだ! ってそうじゃなくて! あんた一般人も巻き込んでるでしょ!? 男の人の断末魔が聞こえたわよ!!」

「それは違うよ! 私は注意したんだけど、その男が私に危害を加えようと・・・・・・!」

 てゐがうるうるした瞳で鈴仙に訴えた。

「・・・・・・ま、まぁそういう理由なら・・・・・・」

「(ちょろい)」

「と、とりあえず助けるわよてゐ! 医者の弟子が人殺しなんて師匠に知られたら事だわ!!」

「あ、うん。分かった応援してみておくね! その辺で」

「あんたも手伝うんだよこのアホがああああ!!!」

 てゐと鈴仙はなんやかんや言い合いながら男の救出を始めた。

 

*   *   *

 

「はぁ、なるほどなるほど。ご苦労鈴仙、てゐ。あと1分遅れてたら間に合わなかったでしょうね。特にあなたたちの首が」

 その女性は地べたに正座する鈴仙とてゐににっこりと微笑みながら言った。

 彼女は八意永琳。彼女の医学薬学は世界一ィィィィィ! と言われている。鈴仙の直属の上司だ。

「「いや、だってそれはこいつが」てゐが」

「どっちもどっちよ。――――私は病気なら何でもござれだけれど、外的な裂傷・出血・欠損などにはうとい方だから、『彼』がいてくれて助かったわ」

 と、永琳は手で顎をさすりながら言った。その時だ。

「永琳さん、大体は終わりました。腹部を複数貫通した患者なんて初めてですから非常に大変でしたけど・・・・・・あの男に何があったんです?」

 と、正座する二人の背後からこの幻想郷には似つかわしくない珍妙な髪型と髪の色をした15歳前後の少年が現れた。

「あら、ご苦労ジョルノ君。あなたの給料はこの二人から差し引いた給料分上乗せするわ」

「ええ!? そんな師匠殺生な! そもそも私に給料とかあったんですか!?」

「私はそもそも人間からいろいろ貰える(騙し取る)から給料はあまり使ってないウサね」

「ええ!? てゐも貰ってるの!?」

 鈴仙はお小遣いさえもほとんど貰っていないのに、と言いたげな目で永琳を見つめた。

「それはあなたが欲しいとか言わないから」

「えええええ!? ジョルノも何か言ってよ! あんたもまだ貰ってないわよね!?」

 その言葉にジョルノと呼ばれた少年は眉をしかめて。

「鈴仙、僕はしっかりと日給で貰ってる。そもそも鈴仙は仕事をしてるんですか?」

「ギギギギギギギギ・・・・・・!!」

 彼の素っ気ない態度に思わず怒りを露わにするが、当のジョルノはそしらぬ顔。

「も、もういいわよ! 私は師匠の奴隷じゃないのにー!!」

「あ、逃げた」

 てゐがそう言うがもう遅い。鈴仙は文字通り、脱兎の如く部屋から飛び出した。

「・・・・・・何だか可哀想ね、あの子。ジョルノ君? 様子を見てきてくれるかしら?」

 永琳はため息をついてジョルノにそう言った。

「分かりました」

「あぁ、あと」

 と、永琳は早速部屋を出ていこうとするジョルノを呼び止めて。

「あの子はあれでも精一杯だから、助手同士仲良くしてね?」

 笑顔で言った。それに対してジョルノはふっと笑って。

「・・・・・・それも分かってますよ。彼女の頑張りは大体理解できています」

 そう言い残して彼は部屋を出た。

 めでたしめでたし。

「――――じゃあないでしょ。てゐ」

「ギクッ」

「なにがめでたしめでたしなのかしら? 一般人に怪我をさせた元凶はあなたらしいじゃない??」

 永琳は陰のかかる笑顔でてゐを見下ろした。

「あ、えーと・・・・・・あの、永琳様? まずはそのウィンウィン動く不気味な長い棒をしまってくれませんか・・・・・・?」

「ダメよ」

「ひいいいい!!! ゆ、許して助けて神様ァ!! もう悪いことしません! 落とし穴も1日5個までにします! だから、助けてぇええ!!」

「この幻想郷じゃあ神も仏も妖怪も医者も等しく平等よ。観念してケツの穴を出しなさい。そーれウィンウィンウィンウィン」

「穴ですか! うわ、ちょ、な、何をするだァァァァアアッー!!」

 

*   *   *

 

 私は永遠亭の入り口の反対側にある縁側に来ていた。

「はぁ~」

 何だか最近運がない気がする。てゐの罠にはすぐに引っかかるし、お給料は貰えないし、助手の座は奪われるし。

「何ため息ついてるんですか、鈴仙」

 と、すぐ背後で聞き覚えのある声がした。思わず耳を立ててしまう。

「ジョ、ジョルノ・・・・・・いつからここに?」

「今さっきですよ。永琳さんに言われてあなたを連れ戻してくるように言われたんです」

 ジョルノは若干あきれ顔でそう言った。

 こいつはジョルノ・ジョバーナ。最近永遠亭付近に流れ着いた外来人である。そして何故かは知らないが記憶喪失だと言う。

 そして、スタンドという能力が使えるらしい。私や師匠には見えないが。

「ふん、いいわよ。あんたに呼ばれなくても行くつもりだったし」

「とは顔は言ってませんよ。ほら、頬を膨らませてないで戻りましょう」

「そ、そんなことしてないし! そもそも今師匠が必要としてるのは私じゃなくてあんたでしょ!」

「・・・・・・本当にそう思ってるんですか?」

「え?」

「本当にそう思っているのか、と聞いたんです。もしそう思っているなら、それは彼女に対する侮辱だ」

「・・・・・・それって師匠があなたより私の方を必要としてるってことかしら? 笑わせないで、給料も貰えてない私が師匠の役に立っているわけが・・・・・・」

「ありますよ。というか、おそらく鈴仙は僕どころかてゐよりも彼女に信頼されているはずだ」

「そりゃてゐよりかは・・・・・・まぁ、アレだけど」

「逆に羨ましい限りですよ。お金じゃ結べない主従関係が今の君たちには成り立ってるんですから。――――外の世界じゃほとんどありえなかった、奇跡のような関係がね」

「・・・・・・」

 どうしてこいつはここに来て間もないのにこんなクサイ台詞が言えるのだろうか。スタンド使いってのはみんなこうなのか?

「まぁ、そうだね」

 頷ける私もある意味こいつの影響を受けていると言えるのだろうか?

「そもそも師匠とは月からの関係だから、あんたみたいな私と師匠の間に生えた雑草には負けないから」

「雑草ですか、酷い言われようですね・・・・・・でもその表現はなんか鈴仙と永琳さんの禁断の子供みたいな」

「お前は何を言ってるんだ」

「言ってみただけです。まぁ、端から見ればあなた方は家族に見えますからね」

「・・・・・・」

 またこいつは惜しげもなく恥ずかしいことを・・・・・・。

 ――――ぽちゃん。

「って、あれ? 今何か池に落ちたような・・・・・・」

 気になった私は縁側を降りて庭の池をのぞき込む。

「何やってるんですか、落ちたら即死ですよ」

「あんたはこの池を何だと思ってるのよ・・・・・・」

 ジョルノが少々バカにしたように言ったが、私はまだ波紋が立つ池を凝視した。

 何かがある。黄色い何かが・・・・・・。

「なんか落ちてる」

「なんかって・・・・・・今いち要領を得ませんね・・・・・・」

「拾ってみよ」

「あっ、こら。落ちますよ。僕が腕を掴んでおくので鈴仙はなんやかんやで頑張ってください」

「自分が取りに行こうって発想は無いのね」

「服が濡れるのはいやです」

 まぁ、ジョルノが私を押さえて(二回くらいわざと落とそうとしやがったが)くれたおかげで池の底に落ちていたそれを引っ張りあげることが出来た。

「・・・・・・よし、取れた! って、何これ。円盤??」

 と、私は塗れた手を振りながら手に入れた謎の黄色い円盤を眺める。

 もしかすると、と思い光にかざして見ていると・・・・・・。

「・・・・・・ッ!? れ、鈴仙! 危険だ! 今すぐそれを投げろ!!」

「え、えぇ!? は、きゅ、急に、何? 何なの?」

 ジョルノが急に大きな声を出すので驚いた私はその謎の円盤を手からこぼしてしまう。

 そして信じられないことに私の顔にぶつかったそれは瞬時に視界から消えてなくなった。

「あ、あれ? ジョ、ジョルノ? 今のはどこに・・・・・・どこに行ったのかしら?」

 と、私が後ろに立っているジョルノを振り返ると彼は何か異常なものを目の当たりにしたかのような形相で叫んだ。

「れ、鈴仙ッ!! 顔だ、円盤が顔に刺さってるッ!!」

 その異常な焦りようと声色でこれが尋常ならざる事態だと察知した私は急いで顔に手をかけると・・・・・・。

 ぐにっ。

「う、っわああああああああ!!? な、何よこれ!? 顔に、円盤が入っていくううううううううう!!???」

「れ、鈴仙――――ッ!!!」

 私たちの叫びが永遠亭の庭に交錯した。

 

*   *   *

 

 ずぶずぶずぶッ! と、円盤はどんどん鈴仙の顔に入っていき――――。

「く、『ゴールド・エクスペリエンス』!! 鈴仙からさっきの円盤を取り出せぇええええ!!」

 ジョルノは瞬時にスタンドを出し、鈴仙の脳内に入っていく円盤を掴もうとするが・・・・・・間に合わなかった。

「うわああああああああああ!!! な、何これ、私どうなっちゃうのおおおおおおお!?」

 鈴仙はひどく狼狽し、血が吹き出るほど頭をかきむしるが先ほど埋め込まれた円盤が出てくることはなかった。

「どうしたの優曇華! 叫び声がしたけど・・・・・・」

 と、そこに永琳が飛んできた。

「え、永琳さん! 大変なんです、鈴仙の頭に・・・・・・!」

「じじょおおおおおおおおお!!! 私死んじゃいますうううううう!!!!!」

 ジョルノの声は焦りと動揺が入り交じり、鈴仙は鼻水垂れ流し、頭から血を噴き流しで大泣きしながら永琳の元へとかけていった。

「・・・・・・な、何が起こったかは分からないけど、二人ともこっちに来なさい! 優曇華、歩けるわね?」

 永琳も鈴仙の焦りようには驚き、流石に面食らっているのだろうか。鈴仙は泣きながらこくこくと頷き奥へと入っていく。ジョルノもそれに続いて永遠亭に戻っていった。

 

 

「し、師匠・・・・・・えぐっ、すん、私、どうなっちゃうのかなぁああ・・・・・・」

「・・・・・・まだ何とも言えないわ。X線で検査すると確かに何か円盤状の物体があなたの脳内には存在しているようだけど・・・・・・」

 永琳は医務室で横になる鈴仙の隣に座り、さきほど撮影したX線写真を見てうなった。

「僕のスタンドでも取ることが出来ないだなんて・・・・・・」

 ジョルノは苦々しい表情をして申し訳なさそうに呟いた。

「まぁ、あなたの能力は・・・・・・たぶん優曇華の頭を割る羽目になるわよ」

「ひいいいい!」

「落ち着いてください、鈴仙。そんなことしませんってば」

 訳の分からない恐怖に当てられて、永琳の冗談(?)にも悲鳴を上げてしまう鈴仙。ジョルノは大変に申し訳なかった。

 自分が取りに行けば、こんなことにはならなかっただろうと。

「ジョルノ君」

「え、はい? 何でしょうか?」

 そんな様子のジョルノを見て瑛琳は口を開いた。

「自分を責めても仕方がないわよ。今は幸い、優曇華には何の害悪は起こっていない。もしかすると、無害な物質かもしれないわ。・・・・・・私の医学を持ってしても正体不明だなんて、少し悔しいけど」

「・・・・・・」

「それと、優曇華」

「は、はい?」

「あなたは絶対私が救い出すわ。私が患者を死なせたことがある?」

「・・・・・・ッ」フルフル

 永琳の柔らかな笑顔と自信のこもった言葉に鈴仙は首を横に振った。

「よろしい。大船に乗ったつもりでいなさい。――――じゃあ、ジョルノ君。優曇華をちょっと見ててね」

「あ、分かりました・・・・・・どこに行くんですか?」

「ちょっとね。――気になることがあるの」

 そう言って永琳はその場を後にした。

 

「鈴仙」

「・・・・・・」

 永琳が部屋を出てしばらくした後、ジョルノは横になって目を赤く腫らしていた鈴仙に声をかけた。

「これが君たちの絆ですよ。こんな状況でも、あなたに対する彼女の態度は頼もしくもある。そこに僕が介入できる余地はない」

「・・・・・・」

 鈴仙は黙って聞いていた。彼女は不安と同時に奇妙な嬉しさもまた、心に抱いていた。

「何言ってるのよ・・・・・・こんな時に」

「こんな時だからですよ。僕はただ黙ってあなたを見守るしかできません」

 ジョルノは嘆息しながら言った。

「じゃあ黙っててよ・・・・・・」

「・・・・・・了解しました」

 しばらくの沈黙の後――――。

「・・・・・・・・・・・・ありがと」

 その言葉に彼は何も答えなかった。答える必要はなかった。

 

*   *   *

 

 その頃、永遠亭付近の竹林。

 日は暮れて竹林の中は真っ暗だった。

「ふぅ~、なんだか知らないけど鈴仙が騒ぎを起こしてくれたおかげで永琳様のお仕置きルームから抜け出すことが出来たウサね。全く、不幸中の幸いというか・・・・・・ん?」

 てゐはお尻をさすりながら竹林を散歩していると――。

「行くよ、リグルー! そーれっ!」

「うわっ、ミスティア! 速いよ! スピードが・・・・・・ぶへっ!」

 虫の王、リグル・ナイトバグと夜の歌雀、ミスティア・ローレライがフリスビーで遊んでいた。

「・・・・・・むむっ、あの二人がフリスビーにしてるのは金色の円盤? お金の臭いがするウサね」ニヤリ

 悪い笑顔を浮かべながらてゐは二人に近づいていった。

「よっす、二人とも最近どお?」

「あー、てゐちゃん! 私はぼちぼち儲かってるよー!」

 てゐの呼びかけにミスティアは手を振って答える。

「いちち・・・・・・私は・・・・・・出番がないなぁ最近・・・・・・」

「そうかいそうかい、ところで最近聞いた話なんだけど、『金の皿』っていう怪談話知ってるウサ?」

「げ、怖い話かぁ私あんまり好きじゃないんだよな・・・・・・」

「ちんちーん! 私は結構好きだよ! 人間おどかす参考になったりするからね!」

 二人は両者反対の反応を返した。リグルの反応は「ホラー系苦手だけど見ちゃうの><」っていう感じである。

「ふーん、じゃあ教えてあげるウサ。金の皿っていうのは・・・・・・君たちアレ知ってる? お皿の小町さんっていう」

「あ、お皿が一枚足りないうらめしやー、って奴? それなら私は聞いたことあるよ」

「うんうん、私も知ってるけど・・・・・・。それ定番中の定番じゃないのー? もう聞いても怖くないよ私」

 すると、てゐが声色をドス黒く変えて言った。

「・・・・・・それは民衆が怖くないようにって改変した話ウサ。本当の『お皿の小町さん』にはただの皿じゃなくてもう一枚、『金の皿』っていうのが・・・・・・」

 てゐの語りは引き込まれるようだった。一つ一つの言葉が恐怖感を募らせるように配置され、聞く者を物語の深淵へといざなうようであった。最初は余裕そうにしていた二人の表情も次第に曇り始める。それを見ててゐは更に語りを加速させる。その様子は例えるならば義太てゐ節。彼女の独特の語りに二人は恐怖感に襲われずにはいられなかった。

「・・・・・・と、いうわけウサ。これがお皿の小町さんの真実。知らなかったウサ?」

「・・・・・・」

「あ、あああ・・・・・・」

 リグルは歯を打ち鳴らし、ミスティアは得体の知れない恐怖に刈られ、まともに言葉を発することが出来なかった。

「・・・・・・ところで、ふたりとも」

 と、てゐが見計らったようにしてリグルの持っていた円盤を指さして言った。

「それ、金の皿じゃないの?」

 

「「うわああああああああああああああああああああああ!!!!!」」

 

 二人はてゐの言葉に顔を見合わせた後、その円盤を手放し一目散に逃げていった。

 

「・・・・・・ふふん、毎度ありウサ~。バカルテットの相手なんてチョロイチョロイ」

 てゐは二人の落とした円盤を拾い上げると違和を感じ取った。

「ん? 何だこれ・・・・・・ぐにぐにしてて変な感触ウサね。お金になるウサか?」

 と、ふり返ってみると。

「・・・・・・ご苦労、てゐ。鴨が葱背負ってやってくるとは正にこのことね」

 そこには額に血管を浮かべて立ちふさがる永琳がいた。

「・・・・・・えっと、永琳様いつからそこに?」

「あなたが怪談の途中で『おっぱいお化けヤゴコロ』って言い始めたあたりから」

「・・・・・・」

「あとでお仕置きルームにいらっしゃい」

「はい・・・・・・」

「それと、その円盤も没収ね」

「はい・・・・・・」

 うなだれるてゐと怒りを抑える永琳。二人は仲良く永遠亭へと戻っていった。

 こうして永琳は優曇華救出の唯一の手がかりを鴨葱的に得たのである。

 

 

 ――――そして翌日、あの男が目を覚ます。

 

*   *   *




「文字稼ぎじゃない、尺稼ぎだ!」
あと、八意永琳さんの名前が間違ってた箇所があったので修正しました。何?全部間違っていた? おいおい、お前は何を言っているんだ? 彼女は月の頭脳だぞ? そんなことあるわけ……


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第1章【ファントムブラッド】
銃弾と氷殻①


ボスとジョルノの幻想訪問記2

 

前回のあらすじ

 死に続けるボス!

 なぜか幻想入りし、記憶を失ったジョルノ!

 27歳の咲夜さんの憂鬱!

 酒臭い鬼たち!

 気苦労が耐えない鈴仙!

 ケツの穴がピンチなてゐ!

 ・・・・・・そして、謎の円盤!

 

 以上!

 

銃弾と氷殻①

 

 ディアボロは目を覚ました。いつものくせで瞬時に状況を判断しようとするが出来なかった。頭に霧がかかっているみたいで、状況をうまく飲み込めないのだ。

「・・・・・・」

 体を動かそうにも思うようにうまくいかない。声を出そうにも何かが喉をつっかえている。

(・・・・・・? な、何だ・・・・・・俺は・・・・・・?)

 いまいち状況が飲み込めない彼の耳に、襖が開くような音が聞こえた。

「気分はどうかしら、鈴仙」

「あ、お師匠様。何とか、落ち着いてきました・・・・・・」

 と、二人の女性の声が聞こえる。声色からして『少女』ではないようだ。

「あなたもご苦労ね、――――君」

(・・・・・・ッ!!?)

 彼の耳に聞いてはいけない単語が聞こえてきた。今、この女は何て言ったんだ? 確か、何度も聞いたことのある・・・・・・。

 

「――――はい。かまいませんよ」

 

(な・・・・・・ッ!?)

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

(何ィーーーーーー!!!)

 そう! 彼の聞いた名前! それに呼応して返事をした声! 一生頭から離れないであろう恨み、憎むべき相手! 彼の絶頂を終わりにした張本人!

 

(ジョ・・・・・・)

 

 ジョルノ・ジョバァーナッ!!! がッ!

 

 なんと、ジョルノ・ジョバァーナが目の前にいる! しかも、こちらに気付いてはいないようだ!

(く、ジョルノ・ジョバァーナ・・・・・・! 何の因果で貴様に会えたかは分からんが、今ッ! ここで葬り去ってやる! ここで終わりが無いのが『終わり』を終わらせてやるッ!)

 だが、そんな敵意を持ってしても彼の肉体は動かなかった。

(クソッ! 何故体が動かないんだ! 今までこんなことは・・・・・・)

 その時、ジョルノはディアボロの方を見た!

(・・・・・・!! ヤバイ、気付かれた・・・・・・ッ!)

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 しかし、ディアボロの絶望感とは裏腹にジョルノはふい、と先ほどの女の方を向きなおり。

「彼、目が覚めているみたいですよ。どうやら体は動かせないようですが、意識は回復したみたいです」

「あら、良かったわ。死んだりしちゃったらてゐの穴がもっと広がる羽目になるところだったわね」

「・・・・・・何か残念そうな顔してません? 師匠・・・・・・」

 と、和気藹々としている。

 ディアボロは訝しむが、体が動かないのは事実。ジョルノが攻撃してこないならばそれなりの『理由』があるはずだ、と思った。

 そしてこの女の言葉を察するところ、どうやら自分は死に『かけていた』という。『死んだ』のではない。つまり、『死ななかった』ということである、とも思っていた。

 何かが――――何かが彼の死のサイクルを狂わせているのだ。

「さて、優曇華」

 首も動かせないディアボロはその恐らくは優曇華と呼ばれている少女と師匠と呼ばれていた女、そしてジョルノの会話を聞いていた。

「あなたの脳内に埋め込まれた謎の円盤だけど・・・・・・」

「はい?」

 と、鈴仙は耳と首を折り曲げる。

「ここにおそらく同じものが」

 そう言って永琳は懐から一枚の円盤を取り出した。

 直後にディアボロ――――少し遅れてジョルノと鈴仙がそれに反応する。とは言っても体が動かせないディアボロはうっすらと感じ取っただけだが。

「そ、そうです師匠! その黄色い円盤! まさしく池に落ちて拾い上げて手から滑り落ちたと思ったら私の脳内に入っていった円盤と同じ! 一体どこでそれを!?」

「・・・・・・この感じ・・・・・・! 何か、やっぱり危険な感じがするッ!」

 二人は似た感じの反応を示すが、ディアボロは思った。

(ス、スタンドDISC!? なぜそんなものがここに・・・・・・いやッ! それよりも、分かる!! 俺には、あのDISCの中にどんな能力があるのかッ!)

 なぜなら――――そこには彼の精神が閉じこめられていたのだから!

「・・・・・・『キング・クリムゾン』と、書いてあるわ。おそらく、この円盤の名前なのでしょう」

 そう! そこにはディアボロのスタンド、『キング・クリムゾン』が閉じこめられていたのだッ!

(ぐ、クソ! 何故かは分からんが『キング・クリムゾン』がここにあるんだ! 何としても取り返さなくては・・・・・・だが、体が動かんッ!)

「『キング・クリムゾン』ですか・・・・・・。ところで、鈴仙の方には何て書いてありましたか?」

 すると鈴仙は「うっ」と一言うなって。

「わ、分かんないわよ。そんな余裕なんて無かったし」

「レントゲンでも見えないわね・・・・・・。これはよく調べる必要がありそうだわ」

 そういって永琳は――――。

「そろそろ貴方たちももう寝なさい。優曇華は大事をとって、ジョルノ君は明日から優曇華の分まで働いてもらうから。――そこのもう一人の患者の相手は私一人で十分だわ」

 優曇華とディアボロのベッドの間にある仕切りカーテンを閉じて言った。

「分かりました・・・・・・おやすみなさい師匠」

「おやすみなさい」

「おやすみ二人とも」

 二人は素直に永琳の提案に従い、ジョルノは自分の部屋に戻っていき、鈴仙は布団を被った。

 それを見て永琳はディアボロのベッドに移動する。

「・・・・・・さて、おそらくはジョルノ君と同じ外来人よね?」

「・・・・・・」

「意識は回復しているものの、動けない、か」

(この女・・・・・・医者か? ジョルノと面識があるのか、随分と親しそうだが・・・・・・。俺のことを外来人と呼んでいることから、こいつもパルスィと同じく幻想郷の住民だ。そしてやはり俺は幻想郷にまだいるらしい)

 そこでディアボロは「何故、ジョルノもこっちに来ているのか?」という疑問が浮かんだ。さらに、彼の姿を見ても攻撃してこなかったことから推測するに彼のことを覚えてもいないらしい。

(やはり状況はよく飲み込めないが・・・・・・何としてもこの女からDISCを奪わなくては・・・・・・!)

「――――そのまま聞いてくれて構わないわ。これは私の憶測なんだけど・・・・・・」

 永琳はディアボロ耳に近づき鈴仙には聞こえないような小さな声でささやく。

「あなたはこの円盤について何か知ってるわね?」

「・・・・・・ッ!」

「あら、図星? やーだー、当たっちゃった?」

 永琳は似合わぬ口調で体をくねらせる。

「ちなみに、今あなたの体の自由を奪っているのは私の薬なの。怪我ならもう完治してるわ」

(な、んだと・・・・・・!! このアマッ!)

 と、叫びたい気分だったが声はおろか目線すらも動かせない。

「ふふふ、敵対心に満ち溢れてるわね。そんな貴方にはこれをプレゼント♪」

 永琳はそう言うと懐から指輪のようなものとメスを取り出し――――。

 メスでディアボロの胸を切り裂いた。

「・・・・・・ッ!?!?」

(な、なんだこの女はッ!? ヤバイ、やばすぎるッ! 何の躊躇いもなく、今治したばかりの患者の胸を麻酔無しでかっさばくなって!)

 だが、不思議と痛みは感じなかった。体がぴくりとも動かせなかったから分からなかったが、どうやら永琳の薬の効果で彼は痛覚を失っていたのである。

 シュパシュパシュパ~ン。

 次々と恐るべきメス捌きで彼の胸は切り開かれていき――――。

「見えた、大動脈」

(どこまで切り開いたんだコイツッ!?!?)

「すかさずこれを・・・・・・っと」

 そして永琳は切り開かれたディアボロの胸の奥の心臓、大動脈部分に先ほどのリングを取り付けた!

(な、なにィーーーーーー!? し、心臓に指輪があああああッ!)

「名付けて『死の結婚指輪(ウエディングリング)』! ・・・・・・何かしら、このネーミングセンス・・・・・・」

 永琳は若干自嘲気味にははは、と生気の宿らない遠い目で笑った。

「さてさて、ちゃっちゃと縫合しますか」

(お、おい・・・・・・これは一体どうなるんだ!? お、俺は・・・・・・また、死ぬのか?? こんな訳の分からない奴に殺されて・・・・・・また、また!!?)

 ディアボロは為す術もなく虚空を見つめていた。体を動かすことも、声を出すことも、視線さえも動かない。まるで精神だけが浮き彫りのような状態だ。この女に何も干渉できない。何と無惨な姿だろう。

 そんなことを考えていると永琳はどこからともなく糸と針を取り出してディアボロのむき出しの胸を綺麗に縫合していく。

「貴方にはセーフティーロックを掛けさせて貰ったわ。これで貴方は私に攻撃できない。――――何でこんなことするのかって疑問よね? まるで心を読まれてるみたいって・・・・・・」

 そんなことを言いながらディアボロは絶望する。攻撃ができない――どういう理論かは分からないが、さきほど心臓に取り付けた指輪がそうだろう。そして心を読むだって? そんなバカな話が――。

「いいや、無いわよそんなバカな話」

 と、永琳はディアボロの顔をのぞき込んでいった。

(いや、確実に心を読んでいるとしか思えない・・・・・・!)

 違うわ、と永琳はディアボロの『目』をのぞき込む。

「人の瞳孔は言葉より真実を語るのよ。よく言うでしょう? 目は口ほどに物を言うって。私の質問にあなたの瞳孔は顕著に答えてくれるわ」

 流石は月の頭脳と言うべきか、瞳孔の動きで相手の心内状況を読みとれるのは後にも先にも八意永琳、ただ一人だろう。

 もっとも、その程度の心読みはスタンド使いにもいたし、さらに言ってしまえば幻想郷にはそれの専売特許もいる。

 何も珍しくはない。その上、対策もはっきりしている。

(瞳孔の動きで感情を読むだと・・・・・・? 確かに恐ろしい能力だが・・・・・・ならば、目を閉じれば・・・・・・ッ!?)

「学習しないわね、動けない。と言っているでしょう?」

 しまった、とディアボロの瞳孔は語る。

 今の彼の状況は『心を丸裸で永琳の手元に投げ渡している』状況である。こっちの意志は駄々漏れ、相手の考えは全くつかめない。

「じゃあ、あなたのこと。色々聞かせて貰うわ」

 こうして一方的な尋問が始まった。

 

*   *   *

 

 時は若干遡り、紅魔館。そこでは二人の子供が夕食について駄々をこねていた。――二人とも500歳を越えた吸血鬼ではあるが。

「咲夜ー! ご飯変えてー! これ冷えておいしくないー!」

「咲夜ー! 紅茶おかわりー! もうちょっと甘いのが良いー!」

「はいはい、お嬢様方。少しお待ちを♪」

 その二人の駄々に深く刻み込まれたクマを携えた笑顔で応対するのは永遠の27歳と6ヶ月の十六夜咲夜メイド長だった。

「咲夜ー! このスープ辛いー! もうちょっと飲みやすくー!」

「咲夜ー! 肉焼きすぎー! もうちょっとレアでお願いー!」

「はいはい、お嬢様方。すぐにお持ちいたしますね♪」

 完璧で瀟洒な彼女といえど、それは10年前の栄光。最近は足腰に負担が来てほかの妖精メイドに家事を手伝って貰っているが、こと上手くいかず結局このように咲夜が全て尻拭いをしている。

「す、すみませんメイド長・・・・・・! 私たちが無能なばっかりに・・・・・・!」

「お、お嬢様方のお皿は私が片付けますので!」

「・・・・・・お願いするわ。料理は私が全部作り直すから・・・・・・」

 咲夜は料理を全て同時に進めながら妖精メイドたちの失敗を笑顔で許した。

 だが、彼女の内心はおそらくこんな感じであろう。

 

(ふざけてんじゃあねぇー!!! やってられるか料理の作り直しなんてよぉーーーー!!! クソックソッ! てめえら無能妖精たちのせいで私は何で毎日毎日家事労働地獄の目に遭わされなきゃならねーんだ! とんだブラック企業だ! 外は赤くて中身は黒い、まるでBAD APPLE!!(腐った林檎)! 何も面白くねぇええええええ!!!)

 

「・・・・・・これ、紅茶の入れ直しと炊き立てのお米。スープとメインディッシュも出来次第すぐにお嬢様たちの元へ! 急いで!」

 心ではそう思っても行動はお嬢様のために、流石は咲夜さん。瀟洒なお人だ。(意味違い)

 しかし、そんな日々がかれこれ10年続いてきた・・・・・・。彼女の心と肉体はすでに臨海突破爆発寸前5秒前。

(辞めてやる、もう、こんなところ・・・・・・)

「咲夜ー! ドレッシング取ってきてー!」

「咲夜ー! 紅茶がちょっと甘過ぎー!」

「咲夜ー! スープまだー!?」

(もう、もう!!)

「咲夜ー! ソコノシオトッテクレルー!?」

「咲夜ー! コウチャコボシチャッタワー! ナンカフクヤツモッテキテー!」

(辞めてやるんだからぁああああああ!!!!)

「咲夜ー!」

「咲夜ー!」

「咲夜ー!」「咲夜ー!」「さくやー!」「さくやー!」「さくやー「さくやー「サクヤー!」「サクヤー」サクヤー「さくやー」サクヤーサクヤーサクヤー!サクヤー」サクヤーサクヤー「さくやー」

 

「「咲夜ー!」」

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 しーん・・・・・・。

 突如として紅魔館は静まり返った。なぜなら厨房で包丁を持ってドレッシング片手に紅茶の味見をし、塩の袋を開けてエプロンポケットから布巾を取りだそうとしていたメイド長が突然叫んだからである。妖精メイドたちは唖然とし、二人のお嬢様方も彼女の名前を呼ぶことを止めてしまった。

(・・・・・・あ、やっちゃった・・・・・・)

 しばらく静寂が続き、その中で咲夜は突然自分が叫んでしまったことを後悔してしまう。

 どうしよう、すぐに謝らなきゃ・・・・・・と咲夜が思いスープと肉とドレッシングと紅茶と塩と布巾を持って二人の幼女吸血鬼の元へ急いだ。

「あ、あの・・・・・・」

「咲夜」

「は、はい」

 そこでは二人が不思議そうな顔で咲夜の方をみていた。

「どうしたの?」

「なにか嫌なことあった?」

 二人の幼女――レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットは同時に咲夜に尋ねる。

「えっとその、何で――――」

 何でもありません、と答えようと思った瞬間。

「まさか、フラン。咲夜に嫌なことなんてあるわけ無いじゃない」

 レミリアがフランの方を向いて言った。

「あはは、そうよね。フラン勘違いしてた」

「そうよそうよ。何度も言ってるでしょう? 咲夜は私たちの忠実な僕。つまりは犬よ。私たちにこき使われて咲夜もきっと幸せだわ」

(アレレ?)

 咲夜は首を傾げた。

「流石はお姉さま! 咲夜のことがよく分かってるわ! そうよね、咲夜は私たちの奴隷みたいなものだから、こき使ってやらなきゃだわ!」

(アレレレレ?)

 咲夜は持っていたスープを落とした。

「そうよ。何でも瀟洒にこなす十六夜咲夜。それを使ってやるのが私たちの義務であり、権利じゃない!」

(アレレレレレレ?)

 咲夜は持っていた肉を落とした。

「義務は果たして権利は行使、これ絶対だよね! 咲夜に義務はあれど、権利はないけど」

(アレレレレレレレレレ?)

 咲夜は持っていた物を全て地面にぶちまけた。

「そうよそうよ。だからね、咲夜」

「ねぇ、咲夜」

「私たちの可愛い可愛い奴隷ちゃん?」

「それ」

「うん、それ」

「今地面に落とした奴、片付けてね」

「うんうん、もちろん、舌で」

「舌で」

「綺麗に」

「舐め取れ」

 直後に十六夜咲夜の何かがぶちぎれた。

 それは一瞬の出来事だった。咲夜は何を思ったか、二人の幼女の首を掴み持ち上げていたのである!

 二人は何をされているか分からない、という風に目をぱちくりさせ、後ろでは妖精メイドたちが咲夜を止めようとするが誰も近づけずにいた。

「ちょ、ちょっと! 咲夜、何してるのよ! 何してるか分かってんのかしら!?」

「そうよ、今すぐ下ろしてよ! さもないときゅっとしてドカーンするよっ!?」

 まだ咲夜の悪ふざけか何かだと思っている二人は冗談めいているが――――とうの咲夜は泣いていた。

 その泣いている咲夜を見て二人はぎょっとする。

「・・・・・・お嬢様方、申し訳ございません。こんなご無礼を働いてしまって、咲夜はメイド長失格です」

 涙を流しながら咲夜は二人を交互に見た。

「そ、そう思うなら放しなさいよ! うー、ちょ、苦しい」

「ぐにに・・・・・・、どうしちゃったのよ咲夜! 咲夜のくせに!」

 二人は若干苦しそうにする。

「申し訳ございません、申し訳ございません。ですが、最後に一言言わせて下さい・・・・・・」

 涙を流し何故か嘆願しつつ、二人を下ろさない咲夜。何か、いつもの咲夜とは違う! と、二人が完全に思い直した直後。

 咲夜は鬼のような形相で二人を睨みつけていた!!

 

「ふっざけてんじゃあねええええええええ!!! このクソ幼女吸血鬼サイコレズシスターズがああああああああああああああ!!!!!」

 

 そしてその直後にドアが開かれる――――入ってきたのは咲夜のさっきの叫び声を聞いた美鈴とパチュリーだった。

「咲夜さん!? 一体どうしたんです!?」

「咲夜・・・・・・!? 何を叫んで・・・・・・??」

 だが、二人が部屋に入った時には――。

 

 すでに十六夜咲夜の姿は無かった。

 

 代わりに一枚、「辞めます」と書かれたメモ書きが残されていた。

 

*   *   *

 

「はぁ」

 十六夜咲夜は何の宛もなく、夜の幻想郷を一人でさまよっていた。

「勢いで辞めてきたけど・・・・・・これからどうしようかしら」

 季節は秋、だが夜になると霧の湖付近はすでに気温は10度を下回る。

「寒いわねぇ・・・・・・まぁ、我慢できなくはないけど」

 とりあえず出ていったからには紅魔館の連中から出来るだけ離れたかった。おそらく、美鈴が心配して私のことを捜しに来るだろう。

「しばらくは浮浪者か・・・・・・まぁ、気が楽でいいわね。あのブラック紅魔館に比べれば」

 やはり面白くない自分の発言に嫌気をさしながら、歩いていると一枚の謎の物体を発見した。

「・・・・・・何かしら、あれ」

 おそらく、咲夜がその物体に近づいたのは『何となく』だからであろう。

 理由はわからない、強いていうなら「惹かれた」のである。

「・・・・・・黄色いDISC? 一体どこから・・・・・・」

 とりあえずそのDISCを手にとって眺めてみる。何か、どこか惹かれてしまう。理由は全く分からないが、咲夜はそれを眺めずにはいられなかった。

 そして、本能的に自分の額にそれを当ててみたのである。

 すると咲夜の思惑とは斜め上の現象が発生した。なんと、DISCが彼女の頭に入っていくではないか!

「うわ、うわわわ!?」

 ずぶずぶッ、と入っていくDISCを急いで引き抜き自分の額を確認するも、特に傷を負っている様子はない。それどころか痛みも全くなかったのである。

「・・・・・・何なの、これ・・・・・・」

 訝しみ、すぐにでもこんな不気味な物体を捨ててしまいたいと思うのとは反対に、更に強くこのDISCに惹かれてしまう自分がいた。

 何故だろう、と思っていたが次第に何かがどうでもよくなっていた。

 紅魔館を突然辞めて何もかもが突然変わり果てた彼女は若干自暴自棄になっていたかもしれない。

 何の根拠もないがDISCを頭に入れてしまっても大丈夫だろう、と思い始めていた。正直、どうなろうがどうでもよかった。

「・・・・・・」

 最後には彼女は何も考えず、ただ本能のままに――――。

 

 DISCを挿入した。

 

*   *   *

 

「・・・・・・なるほど」

 永琳はディアボロへの尋問を終えて複雑な表情を浮かべた。

(・・・・・・くそ、何も出来ん。すべて、ばれてしまった――)

 永琳はそんなディアボロをよそに思案する。

 この男の正体、元の世界でのジョルノとの確執、スタンド『キング・クリムゾン』の持ち主であること、死に続ける運命――。

 正直言ってほとんど信じられないことだったが、彼の瞳に嘘はなかった。全てが現実の出来事である。

(でも、今のジョルノ君は彼の言う『終わりが無いのが終わり』にする『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』なる能力は持っていないし、しかもジョルノ君は彼のことを全く覚えていなさそうだった)

 これはどういう因果なのかしら?

 まるで、この幻想郷でディアボロを死の輪廻から救いだそうとしているような――――。

 彼の言う『キング・クリムゾン』とそれに付随する『墓碑名(エピタフ)』を持ってすればそれも可能だろう。ジョルノ君が記憶を失っている今、石の弓矢さえあれば彼を利用して死の輪廻から脱却できる。

 じゃあ、一体誰が? 八雲紫が? いや、彼女は幻想郷に危険を晒してまでそんなことをするような妖怪ではないし、なにしろ彼女にメリットがない。

 だったら、外の世界の変化か? それとも、外の世界にも紫のような人物が?

(全く、分からないわ――――。この男も何故ここに来たのか全く分かってないし、八雲紫の名前を挙げても特に反応はなかった)

「・・・・・・はぁ、あなたは・・・・・・一体何なの? 何のために、ここへ?」

(そんなこと、俺が知りたいぐらいだ! くそッ!)

 どうしたものか、と永琳は嘆息する。

 この男に今の私の推測を打ち明けるか? 幸い彼にセーフティーロックはかかってるし、上手くいけばジョルノ君とこの男をコントロール出来るかもしれない。

 でも、失敗すれば幻想郷が危険だわ。こいつの能力はそれほどまでに危険。思想も、何もかも!

「・・・・・・ふぅー」

 永琳は懐から一錠の薬を取り出す。

(・・・・・・!? な、何だそれは!? まさか、劇薬じゃあ・・・・・・!!)

「安心しなさい、ただの記憶安定剤よ。私にさっきされたこと全て忘れちゃうくらいに、強力な奴だけど。それと、このDISCは預かっておくわ。あなたに渡してしまうとかなり危険だから」

(なッ・・・・・・!? そ、そんな・・・・・・)

 そういって永琳はディアボロの口を開かせて薬を一錠放り込んだ。

「おやすみ、ディアボロ」

(この便器に吐き出された痰カスがぁアアアアアアアアアア!!!!!)

 薬は無慈悲にも彼の体内へと入ってしまう。直後に猛烈な眠気が彼を襲い始めた。

 永琳は段々と弱くなる彼の瞳の力を見て顔に手を当てて目を閉じさせた。

 これで、この男は全く無害な存在になった、そう確信し彼女は部屋を出ていく。

 

 ――――だがッ!!!

 

 彼の中の圧倒的邪悪はッ!

 

 記憶の崩壊という圧倒的な薬の力に全力であらがった末に!!

 

 再びもう一つの人格を作り上げたのだッ!!!!

 

 名をヴィネガー・ドッピオ!!

 

 天才医学者、八意永琳は彼の底知れない悪意を見誤った!!

 

 それが幻想郷の今後を左右するッ!

 

*   *   *

 

 八意永琳が部屋を出ていった1時間後、鈴仙とディアボロの眠る部屋から突然小さな声が聞こえた。

「・・・・・・! ・・・・・・ン! ・・・・・・!!」

 それは鈴仙の耳元でしている。一体誰だろうか、せっかく気持ちよく寝ていたというのに、まさかまたてゐのいたずらだろうか。

「う・・・・・・う~ん、うるさい・・・・・・よ、てゐ・・・・・・」

「・・・・・・! ・・・・・・ェヨ! ・・・・・・キロ!」

 だが、何となくてゐの声とは違う気がする。ちょっと片言なのかな?

「だから、静かにしてよぉ~・・・・・・zzz」

 かまわず鈴仙は寝返りを打つ。しかし、てゐはそれに併せて移動したのか、すぐに反対側の耳元で騒ぎ立てた。

「・・・・・・キロヨ! ・・・イセン!」

「・・・・・・ヤク! ハヤク!」

「レイセン!」

「ううううううるさーい!!! ちょっと、てゐ! まだ真夜中・・・・・・じゃ、な・・・・・・い」

 流石に啖呵を切った鈴仙は飛び起きててゐを叱り飛ばすが、目の前には誰もいない。

「んん~? 何だったの? 夢? いや、でも夢にしては・・・・・・」

 と、鈴仙が首を傾げていると。

「ダカラ、ユメジャネーヨ!!」

「オキロッテイッテンジャネーカ!」

「ミ、ミンナ・・・・・・レイセンコマッテルヨ・・・・・・」

「ウルセー! オレタチャハラガヘッテンダッツノ! イツマデモレイセンガヨバネーカラ、コッチカラデテキタッテノニヨー!」

「ハラヘッタゾー! レイセン、メシ!」

「メシ! メシ!」

 唖然とした。

 鈴仙はかなり唖然とした。

 何故なら彼女の耳元には――――。

 

「なにこいつらーーーーーーー!!!!!!」

 

 六匹の親指ほどの大きさをしたてゐが居たからであるッ!!

 

*   *   *

 

 現在の幻想郷:スタンド使い/スタンド名

 

 ジョルノ・ジョバーナ/『ゴールド・エクスペリエンス』

 鈴仙・優曇華院・イナバ/『セックスピストルズ』

 十六夜咲夜/『???』

 ディアボロ/無し

 

*   *   *




「これから3日間夜7時に投稿しようぜ?」


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銃弾と氷殻②

ボスとジョルノの幻想訪問記3

 

 前回のあらすじ!

 

 八意永琳によって尋問を受けるディアボロ!

 私はメイド長を辞めるぞおおおおお! オジョオオオオオ! 状態の咲夜!

 鈴仙に発現したスタンド、『セックスピストルズ』!!

 そして、ディアボロの中に芽生えた新たな人格ッ!

 

銃弾と氷殻②

 

 ここは幻想郷、永遠亭。不思議なウサギたちと、月の住民たちが共同で営む幻想郷唯一の病院施設である。

 普段からウサギたちによって騒がしいこの場所は今朝、いつもにもまして騒がしかった。

「オイ! ソレハオレノニンジンダロッ! トルンジャアネーヨ!」

「チゲーゾ、オレノダ!」

「ウエエエエン、レイセン! 6ゴウト7ゴウガオレノニンジンヲ~!」

「ウルセー!! コンナコトデナイテンジャアネー!!」

「ケツニニンジンツメコムゾ!! イイカラダマッテロ!!」

「こらこら! 仲良くしなさいよあんたら! 6号! 7号! 5号を虐めないの! ああ、2号も3号も! ちょっと、どうにかしなさいよ、1号!」

「ドーニモナラネーヨ、レイセン。レイセンノ『スタンド』ナンダ。オレハリーダーダガ、コイツラハマトメラレネーヨ」

「はぁ~、一体何なのよ・・・・・・このちっちゃいてゐ達は・・・・・・」

 鈴仙はベッドの上で6匹のミニてゐ達に人参を与えているところだった。・・・・・・何故かは知らないが、人参が食べたいという。仕方がないから鈴仙は朝の誰も起きていないうちに庭の畑から数本の人参を持ってきたのだが、これがどうも上手く食事が出来ない。いちいち喧嘩するのだ。

 しかし、その姿はスタンド使いではない永琳とてゐ(本物)には見えるはずもなく。

「・・・・・・ちょっと、永琳様。これは・・・・・・鈴仙、気でも狂ったの?」

「・・・・・・優曇華? 朝から一体何を・・・・・・?」

 ただ一人で朝から人参でお手玉をしながら独り言をぶつぶつと呟くイタい彼女を眺めていた。

「えッ!? あ、師匠! てゐ! えっと、これは・・・・・・その」

 鈴仙には小さなてゐ達は見えているが、二人には見えていない。そんなことを知らず、鈴仙はミニてゐ達を隠すが、二人にとっては虚空を掻く所作にしか見えなかった。

「・・・・・・優曇華、ごめんなさいね・・・・・・あなたが、こんなになってしまうまで傷心しきっているなんて・・・・・・」

「・・・・・・鈴仙、今度からあなたには優しくするよ・・・・・・今までちょっかいかけてゴメン」

 完全に頭がイかれてしまったと思い二人は視線を落としてそう呟く。

「え、ちょ? 二人とも何言って・・・・・・!? 何で泣いてるんですかー!? 謝らないで! そんな目で見ないでーーー!」

 その後、鈴仙が「落ち着いて」を1億2873万6807回ほど言った後にジョルノが病室に入ってきた。

 

*   *   *

 

 しばらくして、永遠亭は落ち着きを取り戻し今後のことについて話し合っていた。

「・・・・・・まさか、というかやっぱりか。優曇華にも『スタンド』が発現するなんて」と、永琳。

「複数体の自我を持ったスタンド・・・・・・僕には昔の記憶は完全に残っていませんが、これに近いものは何となく覚えています。――何だか、懐かしいような」と、ジョルノ。

「いやー、しかし驚きウサ。『スタンドは自己の精神の具現像である』っていうジョルノの言葉を信用するなら・・・・・・鈴仙あたしに気があったんだー」と、ニヤニヤしながらてゐ。

「そ、そんなわけないでしょー! ば、ばっかじゃないの!?」と、鈴仙。

 四人は四者四様の感想を述べる。

「レイセン、レイセン!」

 と、鈴仙のスタンド『セックスピストルズ』の内の一匹、額に1と書かれたミニてゐが鈴仙の耳元へと上ってくる。

「な、何よ・・・・・・1号。何か気になることでもあるの?」

「イマスタンドツカイハレイセント、ソコノジョルノッテヤツダケダ! ダカラ、スタンドツカイニナッタオマエニハキニナッテイタジョルノノスタンドモミエルゾ!」

 もちろん、その言葉はジョルノにも聞こえており。

「あ、そうですね。鈴仙もスタンド使いになったから、僕の『ゴールド・エクスペリエンス』が見えるはずですよ」

「・・・・・・? 今、その『1号』っていう優曇華のスタンドが何か言ったのかしら?」

 永琳とてゐには1号の言葉は聞こえないためジョルノの言葉から推測するしかできない。

 だが、言っていることは何となく分かった。

 つまり、鈴仙はもうスタンド使いになったという事実、それに応じて彼女にもスタンドが見えるようになったということ。

「そ、そうね。ジョルノのスタンドか・・・・・・見てみたいわね。というか、何で1号はジョルノのスタンドを見たいって思ったのかしら?」

「ソリャ、オレハレイセンノセイシンノグゲンダカンナ! ナントナクダガ、オレタチトレイセンハドッカデツナガッテンダ!」

「へー・・・・・・、飯ってあんた達が言ったとき、一番ほしいのが『人参』って分かったのも、そのためなのかな・・・・・・?」

 鈴仙は一人で得心する。

「あー、ごめんジョルノ。話切っちゃったね。スタンド見せてくれる?」

「いいですよ、じゃあ・・・・・・『ゴールド・エクスペリエンス』」

 バァアアーーーーz____ン!!!

 突如としてジョルノの背後に金色のスタンド像が現れた!

「・・・・・・うわ、強そう。大きいし、名前の通り金ぴか。何この格差・・・・・・全然ジョルノに勝てる気がしないわ」

 あまりの自分のスタンドとの格差に鈴仙は呆然とする。ジョルノのスタンドは鈴仙のそれより遙かに大きく、力が全身に漲っているように見えた。しかも無口であり、どうやらジョルノの意志に自在に動かせるようだ。彼女は『うそ、私のスタンド・・・・・・弱すぎ・・・・・・?』と思わずにはいられなかった。

 だが、ジョルノはスタンドの右手を挙げながら優しく言う。

「違いますよ、鈴仙。スタンド像は人それぞれ違います。やはり、精神に大きく左右されるものです。僕のスタンドは人型で能力は生命を生み出す程度の能力。あなたのスタンドは群生自立型で能力はまだ分かっていない。一匹一匹は弱そうでも、集まれば強力な力になるかもしれません。それこそ、僕なんて足元にも及ばないほどに」

 あなたにはスタンドともう一つ、別の能力があるわけですから。と、ジョルノは付け加えた。

 なんだか煮えきらない鈴仙のことをしってかしらずか、1号は鈴仙の顔の前にやってきて思いっきり頬をつねった!

「ソーダゾレイセン! オマエオレタチノチカラナメテンノカ!? コンニャロー!!」

「いたたた、痛いわよ! ちょ、はなひて!」

 ギリギリッ、と鈴仙の頬はつねられている。スタンドの見えない永琳とてゐには不思議な光景が映るが、ジョルノがくすっと笑うのを見て――――。

「ふふふっ、まぁ楽しそうでなによりだわ」

「あはははは、鈴仙最高だよ、その間抜け面! やっぱりあんたには辛気くさい顔は向いてないよ!」

 笑っていた。

「ちょっと、なんれ笑ってるのひょー! しひょー! てゐ! それにジョルノもー!」

 未だにほっぺをつねらせる鈴仙もまた、涙目で笑っていた。

 ここは永遠亭。やはり、今日も平和である。

 

 ――――だが。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 隣のベッドに眠る、『彼』を除いて。

 

*   *   *

 

 永遠亭からそんな笑い声が聞こえてくる中、霧の湖では一匹の妖精が唖然としていた。

「・・・・・・え、これアタイの力? 何これ、まだ秋だったよね?? 一体・・・・・・どうなってんの?」

 そこには氷の妖精、チルノが湖の畔で立ち尽くしていた。

 彼女の目の前には完全に凍ってしまった湖が広がっていたのである。

「あ、チルノ! 良いところに!」

 そんな彼女を呼び止めたのは紅い髪をしてチャイナドレスを身に纏った紅魔館の門番、紅美鈴だった。

「め、美鈴! どうしたの?」

「いや・・・・・・ちょっと咲夜さんを捜しに・・・・・・ってなんじゃこりゃああああ! 湖が一面凍って・・・・・・寒っ! まさか、チルノ・・・・・・」

「ち、違うよ! いくらアタイがサイキョーでも一晩で湖を全面氷付けなんて・・・・・・! それにまだ秋だし!」

「・・・・・・よね。まさか、冬の妖怪? いや、彼女はこの時期山にいるはずだし・・・・・・」

「レティはそんなことしないよ! ・・・・・・でも、一体誰が・・・・・・」

 チルノもかなり困惑している。だが、美鈴はこの謎の現象より優先すべきことがあった。

「――と、チルノ! このあたりで咲夜さんを見かけませんでしたか?」

「咲夜? いんや、見てないわ。アタイはさっき起きたばっかりだから・・・・・・」

「ですよね。・・・・・・早く探さないと・・・・・・」

 美鈴はチルノに一礼をしてからすぐにどこかへ行ってしまった。

 そこに一人取り残されたチルノは・・・・・・。

「・・・・・・ま、いっか! まさか冬でもないのに湖が凍っちゃうなんて、アタイの日頃の行いがいいから神様がプレゼントしてくれたんだわ! よおーし、今日は遊ぶぞー!!」

 一面に凍る季節外れのスケートリンクに飛び込んでいった。

 

 美鈴は凍った湖を迂回しながら人里の方へ向かっていった。咲夜さんなら恐らく慣れた人里に向かっていっただろう、と思ったのだ。もしかすると歴史妖怪の元にいるかもしれない――――。

 美鈴は昨日の夜の出来事を思い返す。思えば咲夜のストレスはすでに限界を迎えていたのかもしれない。朝の進入者の時に気付くべきだったんだ。

(おかげでお嬢様と妹様はブチ切れ、館内はむちゃくちゃ。ほかの妖精メイドたちはもちろん、私やパチュリー様も手が全くつけられない。あの二人を穏やかに止められるのは咲夜さん、あなたしかいないんですよ・・・・・・!)

 美鈴は昨日の惨劇を思い出し、今は暴れ疲れて眠っている内にまともに動ける自分が早く咲夜さんを連れ戻さなければ、と思っていた。

 なお、パチュリーはぼろぼろになりながらも二人の大癇癪を何とか凌ぎきり、今は再び暴れ出さないように強力な結界を張ってもらっている。それも、二人が本気になってしまえば意味を成さないのだが。

『早く、今の内に・・・・・・はぁはぁ、あの子を、連れ戻すのよ・・・・・・。お願い、美鈴・・・・・・!』

 死にそうな表情でパチュリー様は自分を送り出した。何としても、夜までには連れ戻さなければならない――――。

「はっ――――!?」

 と、美鈴は違和感に気付く。もうすぐで人里に着く頃だが、何となく肌寒い。そう、この脇道の奥にこの『冷気』を発する何かがいる。

 直感的に美鈴はそちらの方へ向かう。もしかすると・・・・・・いや、そんなはずは・・・・・・だが、この気配は!!

 美鈴は確信して駆けだしていた。そちらの方向へ向かえば向かうほど、冷気は濃くなっていく。チルノやレティとは比べものにならない冷気。――――何なんだ、この感覚は・・・・・・。

 そして、林を抜けるとそこは少し開けた空間だった。何の変哲もない、ただの森林によくある空間(ギャップ)。だが、そこは・・・・・・。

「――――!!」

 全面が凍っていたのだ。うっかりしていると、美鈴の全身も凍ってしまいそうなほどの『冷気』。その中心にいるのは・・・・・・。

「――――あ、ああああ・・・・・・ま、まさか・・・・・・」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

「あら、美鈴。何しに来たのかしら・・・・・・?」

 

 氷の衣装に全身を包み、猫の耳のような物が付いたヘルメットを被る彼女は――――。

 冷めた視線で美鈴を見る彼女はッ!

 

「さ、咲夜さん!?」

 

 十六夜咲夜ッ!! だったッ!!!

 

*   *   *

 

 十六夜咲夜 スタンド名『ホワイトアルバム』

 なお、ホワイトアルバムのスーツは実体のため、美鈴にも見える。

 

*   *   *

 

 私は戦慄していた。一体咲夜さんの身に何が起こったのか。いや、そんなことではない。

 今の彼女に全く敵う気がしないのだ。

 戦って勝てる相手じゃあない。幸い、私と咲夜さんの関係はまだ良好の方だろう。彼女の痛みも私は分かっているつもりだ。

「さ、咲夜さん・・・・・・」

 と、私は第一声を彼女に投げかける。

「さぁ、戻りましょう。今にも紅魔館は壊滅してしまいます。あなたが居なければ・・・・・・私とパチュリー様だけではお嬢様と妹様の制御は不可能です」

 イヤな汗が額を流れる。全く暑くないのに・・・・・・これは冷や汗か?

「・・・・・・美鈴、私はもう戻らないと誓ったのよ」

 影がかかるヘルメットの奥で咲夜さんは静かに呟いた。

「どの面下げて戻ればいいのよ・・・・・・私は、あんなことを・・・・・・」

 言葉から察するに咲夜さんは自分の行動を後悔している。どうやら本心から飛び出していったのでは無いらしい。ついカッとなってやってしまったのだろう。

 ――――だが、それだけではこの『冷気』の説明にはならない。

 何か、別の何かが彼女の背後にある。そんな気がした。

「――大丈夫ですよ・・・・・・、二人は・・・・・・もちろん貴方の行動にも怒っていますが・・・・・・何より貴方が居なくなったという『事実』に対して怒りを覚えています。きっと、戻れば許してくれます。だから、さぁ早く」

 私は慎重に言葉を選び、伝える。自分の精一杯の説得を。

「だめよ・・・・・・今更だわ。『今更』過ぎる・・・・・・もう間に合わないのよ美鈴」

 首を振って否定の意を示す咲夜さんだが、どこか違う違和を覚えてしまう。

 咲夜さんは本当に私の言葉を聞いているんだろうか?

 確証はないが、違う物を見ているようだった。

 しかし、説得を止める気は毛頭無い。

「そんなことはありません! お願いです、私たちにはあなたが必要なんです!」

「・・・・・・そんなわけ、ないじゃない・・・・・・あなたたちは・・・・・・」

 ――――と、美鈴は一瞬。自分の言葉を後悔した。

 必要、なんて言葉。後から思えば完全なNGワード。

 しまった、と思う間もなく美鈴は身構える――――。

 

「私の『時を操る程度の能力』だけを、欲しがっているじゃあないのよォォォオオオオオオオーーーーーーー!!!!!」

 

 一瞬の後、冷気が一気に私を襲った!

「・・・・・・!? ぐ、あああああ!?」

 全身が凍り付きそうな圧倒的『冷気』! 力を緩めてしまえばその箇所から一気にピキピキと凍ってしまうであろう『力』! 溜まらず私はジャンプで後退する!

 十数メートル離れた地点で冷気は急激にその力を弱める。なるほど、あの力には適応範囲があるらしい。弾幕よりも狭いが、360°全てをカバーする『能力』!

「URRRYYYYYYYY!!」

 ふと前を向くと咲夜さんは前傾姿勢を取り、ダッシュを始める! 彼女の氷のスーツの足の裏部分はブレードになっており、走ると同時に地面を凍らせることで爆発的な推進力を得ているのだ!

 は、速い!!

「貴様等紅魔館の連中にはこの私の『時を操る力』は必要なしッ!! この全てを氷の世界へと誘う『ホワイトアルバム』のみで圧倒してくれるわッ!!」

「く、くっそおおお!!」

 一気に彼女の冷気の及ぶ射程距離内に詰められてしまい、再び全身を寒さが襲う。私は後退しながらスペルカードを取り出し、発動。

「スペル! 『彩符「彩光乱舞」』!!」

 瞬時に私の周りに虹色の弾幕が展開される。が、咲夜さんはお構いなしに突っ込んでいき――――。

 

 ズガガガガガガァン!

 

 ほとんどを被弾してしまった。

「・・・・・・あれ? 避けなかった・・・・・・? まさか、やったか?」

 と、私は動きを止めて弾幕の巻き上げる土煙で視界が悪くなった方に目を凝らす。するとそこには・・・・・・十六夜咲夜は普通に立っていた。

(無傷ッ!? そんな、一体どんな硬度なの、あの氷の鎧は!?)

「・・・・・・ふふふふふ、ははははははは!!」

 咲夜さんは右手を顔に当てて突然笑いだし。

「・・・・・・」

 止まった。そして左手をこちらに指さすように向けて、見下しながら気持ちよさそうに言い放つ。

 

「貧弱、貧弱ゥッ!!」

 

「ぐっ、くそッ! だったら、直接攻撃してやるッ!」

 私の弾幕は攻撃が通らない。だったらスペルで強化したキック、名付けて『波紋蹴り』でその鎧を砕いてやる!

「くらえっ! 『波紋蹴り』!!」

 全力で相手に飛び込み、スペカで強化した両足をさながらドロップキックのように相手に叩き込む。これを破った妖怪は一人としていないッ!

「・・・・・・ククク、いいのか美鈴・・・・・・その技は、死亡フラグだぞ?」

 だが、咲夜さんはニタリと笑みを浮かべながら私の『波紋蹴り』を簡単に両手で受け止める。

「やはりな。このまま全身を・・・・・・むッ!?」

 しかしッ!!!

「かかったなアホが!!」

 私は両足を開き咲夜さんの両腕を大きく開かせることに成功する。さっきの『波紋蹴り』なんて簡単に神砂嵐でピチュっちゃう技は単なる囮。あなたの鎧を砕くのはこの技だ!

 

「『稲妻十字裂空拳(サンダークロススプリットアタック)』!!!」

 決まったッ!! 私の渾身の一撃は咲夜さんが身に纏う氷のヘルメットの脳天にぶち込まれる!

 

 べきんッ!!

 

「――――はッ!?」

 だが。

「・・・・・・」

 砕けたのは私の両腕だった。

「ぐうううううあああああああああ!!!??」

 何て硬さだッ!! ヒビ一つ入らず、私の両腕は完全に使いものにならなくなってしまった!

 急いで体制を立て直し、彼女から離れなくてはッ!

「――――な、なに!? う、動けん、ばかなッ!?」

 しかし、私はそこから動くことができなかった! 恐怖で体が硬直したのではない! 痛みで足が竦んだのではない!

「――――貧弱、貧弱ゥッ!!」

「うっわあああああああああ!!?」

 一瞬のうちに、顔以外の全身が凍っていたのである!!

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!! ちょいとでもこの咲夜に敵うと思ったかこの間抜けがぁ~! 『スタンド』は『スタンド』でしか太刀打ち出来んということ知らないのか??」

 すたんど・・・・・・?? 何のことだ、一体、彼女は何を言っている?

 い、いや、そんなことより。この全身を覆う氷! きょ、極低温だッ! マイナス5度とかそんなもんじゃあない! 寒いという感覚ではなく、痛いという感覚さえもない!! ま、まずい・・・・・・意識が・・・・・・。

「――――貴様にはもっとも残酷な死を与えよう・・・・・・死の忘却を迎え入れよ!!!」

 

 咲夜さんがそう言って手に力を込めたのが分かった。

 

 ま、まさか・・・・・・!!

 

「URRRRRRYYYYYYYY!!!」

 

 ガッシャーーーーz_____ン!!!

 

 私の体は――――。

 

「・・・・・・ふん、この力。美鈴に試すには少し強すぎたようだ・・・・・・。まぁいい。時間はたっぷりとあるわ・・・・・・」

 

 そう言い残して咲夜さんはどこかに行ってしまった。

 

 全裸の私を残して。

 

(・・・・・・何で全裸?)

 

*   *   *

 

 紅美鈴 再起不能!(恥ずか死)

 

*   *   *

 

 永遠亭に舞台は戻る――。

「さて、朝ご飯にしますか。今日の当番は僕でしたね」

「そうね、あたしゃ姫様を起こして来るわ」

 ジョルノの一言でその場は解散となり、てゐは姫様――――蓬莱山輝夜の寝室へと向かっていった。

「・・・・・・優曇華、体調は大丈夫かしら?」

「あ、もう大丈夫です。というか、特にスタンドが発現しただけで何も起こってないので・・・・・・」

「そういえばそうね」

 と、永琳が鈴仙の目の前まで迫ってくる。

「え、ちょ・・・・・・師匠??」

 鈴仙はどうしていいか分からず視線を逸らすと。

 

 『スタンド』使いは――――。

 

「・・・・・・?」

「だ、そうよ。・・・・・・気を付けてね、優曇華」

 そう言い残して永琳はその場を後にした。

「・・・・・・何のことなの・・・・・・?」

 鈴仙はきょとんとした目でその場に座っていた。

 師匠は私に何を伝えたかったのだろうか――――。

 

「あっ」

「? ドオシタレイセン」と、1号

「いや、そういえば隣の人。どうなったのかなーって」

 突然そんなことを言い出した鈴仙はベッドとベッドの仕切りカーテンを開けた。

「・・・・・・あれ?」

 そこには確かにあの男が未だに眠ってはいたが・・・・・・。

「・・・・・・こんな人だったっけ?」

 鈴仙は首を傾げるしかなかった。まぁ、私もあのときは結構動転してたし、・・・・・・以外とこんなものだったのかなぁ?

「ま、いっか。1号、あんた達はもう先に人参食べたんだからもう戻りなさいよ?」

「チェー、デキレバモットクイタカッタノニヨォッ!」

「・・・・・・その口調はどうにかならないのかしら・・・・・・」

 自立型スタンドはある程度しか制御がきかないらしい。まぁ、それはそれでミニてゐ達にもかわいげがあるのだが・・・・・・。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 鈴仙がそんなことをピストルズと会話しながら部屋を出ていったその後、彼は目を開けた。

 

「・・・・・・ここは・・・・・・」

 

 少年は起きあがると全身に痛みがあるのを感じた。

「いっつ・・・・・・!? 何だこれ? 病院? それより・・・・・・俺は何をしてたんだっけ・・・・・・?」

 彼の名前はヴィネガー・ドッピオ。ディアボロのもう一つの人格であり――――。

 永琳の薬で記憶をすべて失った少年だ。

「何だ・・・・・・? 一体、ここはどこで、いつだ? 何も・・・・・・覚えていない・・・・・・?」

 彼は痛む体を無理矢理起こしてベッドから降りる。

「・・・・・・俺は、ヴィネガー・ドッピオ・・・・・・。名前だけ、それだけしか・・・・・・」

 彼は名前だけしか覚えていなかった。だが――。

 

(く、ぅッ! ハァッ! せ、成功した!! 危なかった、何とか切り抜けたッ!! だが、ドッピオの奴。俺の存在さえも忘れてしまうとは・・・・・・このままでは上手く指示が出せない上に、自由にドッピオと変わることも出来ない! ・・・・・・あのクソ女にバレてしまう前にキング・クリムゾンを回収し、脱出しなくては!)

 

 彼の魂は生きていた! まだ、邪悪の魂は消えていなかった!

 

(いずれにせよ、ドッピオのスタンドもキング・クリムゾンの一部・・・・・・。精神ではリンクしているからきっとドッピオもあのDISCを見つけたら装備するはずだ! 俺を出し抜けたと思うなよ・・・・・・八意永琳!!)

 

「ふぅーん・・・・・・多重人格ねぇ」

(なッ!!!?)

 

 ドッピオは突然の呼びかけにはっと振り向く。心の奥底に隠れているディアボロは驚愕した。

「・・・・・・誰ですか? それに、今何て?」

「あぁ、あなたは気にしなくていいわ。――――私は八意瑛琳。傷だらけのあなたを保護して介抱した医者よ、ビネガー・ドッピオ君」

(ば、バカなッ! 気付いている・・・・・・!! こ、こいつッ!! まさかッ!!!)

 永琳の見透かしたような視線・・・・・・それはドッピオではなく更にその奥にいるディアボロの心を見透かしていた。

「・・・・・・ありがとう。ところで、何で僕の名前を?」

「んー、それはあなたを知っている人から聞いたわ。名前、何て言ったかしら? 忘れちゃったけど」

(・・・・・・それは俺のことかッ! どこまでもこの帝王をコケにしやがってこのクソカスがぁあああ!!)

「・・・・・・はぁ。俺には全く覚えがないんですが・・・・・・」

「きっと怪我による一種の記憶障害よ」

(――――ッ! こ、こいつ・・・・・・やっぱりドッピオのことに気付いて、ワザとドッピオの記憶をなくさせて、俺を封印しやがったッ!!)

 つまり、永琳は昨晩の尋問でディアボロには気付かれないようにドッピオの情報を抜き取っていた。そこで彼女は3つのセーフティーロックをかけている。

 

 1つはディアボロのスタンドを奪っておくこと。

 

 2つは心臓にさした指輪でいつでも殺せるようにしておくこと。

 

 3つはドッピオからディアボロの記憶を消去し、自由に入れ替わりをさせないこと。

 

「・・・・・・あ、あと私実は蓬莱人っていう種族で」

 と、永琳は唐突に話を切り替えた。

「はぁ」

 ドッピオは不自然そうな顔をする。

 

「死なないから」

 

(・・・・・・ッ!!!!)

 

「・・・・・・はい?」

 ディアボロは絶望した。これは完全に弄ばされてると確信した。

「言葉通りの意味よ。私は不老不死なの。例えば、これ」

 と言って永琳は短剣を机から取り出して――――。

「ひッ!?」

 なんと心臓に突き刺した!!

「う、わあああああ!!? い、一体何をッ!?」

「落ち着いて、落ち着きなさい」

 ドッピオは突然の出来事に唖然とするが、永琳は胸にナイフが刺さったまま平然としていた。

「まぁ、こんな風に私は不死だから。抵抗しても意味ないわよ、人間」

 にっこりと笑ってはいるが。

 

 その言葉は明らかにドッピオではない誰かに向けられていた。

 

(・・・・・・ッ!!! な、なんということだ・・・・・・!!)

 自分はこれからどうなってしまうのだろう。これから一生ドッピオの中の人格として生きていくのか? そんなことが・・・・・・そんなことが・・・・・・。

 と、そのとき。

「はい、これ」

 永琳は一枚のDISKを取り出してドッピオに投げ渡した。

「あなたのものよ。大切に使いなさいね?」

(は・・・・・・??)

「あの、ここは・・・・・・そしてあなたは?? 一体どうなってるんですか?」

 ドッピオは渡されたDISCを眺める。そこには確かに『キング・クリムゾン』とあった。

(!? い、いよいよ訳が分からんぞ?? あの女は一体何がしたいんだ??)

「ここは幻想郷。あらゆるものを受け入れる場所。でも、ビネガー・ドッピオ。あなたは元の世界に帰らなくてはならない」

「・・・・・・は?」

「そして私は八意永琳。あなたを助ける者よ――――」

 

 そして――――彼女の口はこう動いたように見えた。

 

『デ ィ ア ボ ロ』

 

 

第4話へ続く…

*   *   *

 

 解説。話がややこしくなるので一言でまとめます。

 永琳はディアボロの過去を知って興味が湧いたので自分とジョルノが危害を受けないように彼を死の輪廻から断ち切ろうと思っています。

 

*   *   *




一応、もうすぐ銃弾と氷殻のクライマックスがきます。
誰か鈴仙(セックスピストルズver)と咲夜(ホワイトアルバムver)描いてくださいお願いします(土下座)何でもしますから!

…ん?


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銃弾と氷殻③

ボスとジョルノの幻想訪問記4

 

 前回のあらすじ!

 

 鈴仙のスタンド『セックスピストルズ』は小さなてゐの集合体だった!

 ディアボロは永琳との確執の末にドッピオで出し抜いたと思ったが、やっぱり全部見透かされていた!

 咲夜さんは『ホワイトアルバム』のスタンド使いになっていた!

 美鈴が裸になった!

 

 銃弾と氷殻③

 

 しばらくして、永遠亭のダイニングキッチンに朝食が運ばれてくる。

「今日は目玉焼きです。一応あの患者さんにも準備しましたが・・・・・・こんな人でしたっけ?」

「あ、ジョルノもやっぱりそう思う? いやぁ・・・・・・なんか違うような気がしてたんだけど」

 と、ジョルノが皿をテーブルに並べながら今朝起きたという患者――ドッピオ少年をまじまじと眺めていた。それに同調するように鈴仙も彼の顔を見る。

 ドッピオは見知らぬ二人――1人は自分と同じイタリア人に見えるがもう1人は頭にうさ耳を付けたブレザー姿の少女の視線を浴びて居心地が悪そうにする。食事をする部屋に入るが入り口から一歩も中に入ろうとしない。

「気のせいよ、二人とも。昨晩はいろんなことがあったから」

「ん~、師匠が言うならそうなんだろうけど・・・・・・」

 そして自分の肩を叩く赤と青の変な色合いの服を着た女性は自分を救ってくれたらしい。

「えっと・・・・・・その、ヴィネガー・ドッピオです。どうも」

 永琳に肩を押されるがまま食卓に着く。彼の前に出されたのは皿に盛られた目玉焼きと人参のサラダ。それと――。

「・・・・・・?」

「あ、それは箸といいましてね」

 ドッピオは手頃な長さの二本の棒を両手に持って首を傾げる。

 そうだった、自分にもこんなシーンがあったな。と、ジョルノは数週間前の自分を思いだしていた。

「ふふっ」

 その二人のやりとりを見て永琳が微笑んだ。

「何笑ってるんですか、永琳さん・・・・・・」

「いやね、ついぞ前にその光景を誰かがやってたから・・・・・・」

「・・・・・・僕のことですか」

 ジョルノはむっとした表情をする。

「いいですか、ドッピオ。僕の手を見てください。・・・・・・ホラ、箸はこんな風に使うんです。・・・・・・いいや、そうじゃあない。違うんだ・・・・・・。違う違う、ペンを持つ感じで・・・・・・そうそう・・・・・・」

 ジョルノがドッピオに箸の使い方を指南している。その光景を鈴仙と永琳は「くくっ」と吹き出しそうになって見ていた。

「ちょっと、二人とも! 見せものじゃあ無いんだぞ。君たちだって僕に箸の持ち方を教えるのに苦労していたじゃあないか!」

 さすがに耐えかねたのか、ジョルノは二人(特に鈴仙)の方を睨んで言った。

「ふふふ・・・・・・い、いやぁ。別にそんなことを自慢されても・・・・・・ねぇ?」

「ぐっ、鈴仙後で覚えててくださいよ・・・・・・」

 鈴仙が口を押さえてそう答える。ジョルノは若干頬を赤くして悔しそうに表情を歪ませた。

 ――――と、そこでドッピオが口を開く。

「・・・・・・ジョルノさん、でいいのかな? すまない、ハシなんて使ったことは無くて・・・・・・」

「・・・・・・。いや、ジョルノでいいですよ。見た感じ、ドッピオの方が年上っぽいし。それに同じ流れ者で国籍も近そうだ。僕はジョルノ・ジョバァーナ。イタリアに住んでました」

「そ、そうなのか? じゃあ俺と同じだ! 俺はイタリア人なんだが・・・・・・記憶が無くってね・・・・・・。一体、どういった経緯でここにいるのか・・・・・・。さっき永琳さんに聞いたんだが、いまいちここがどんな場所かがよく分かってないんだ」

 ドッピオの言葉にジョルノは驚きの表情を見せる。

「へぇ、それはまるで奇跡のようなことですね・・・・・・。まさか、こんな場所で同じ祖国で育った同志と会えるなんて・・・・・・。あと、僕も記憶がないんですよ」

 二人は箸の持ち方を教え、教わり、会話を弾ませる。やはり、同じ境遇の身に置かれているからだろうか、二人はすぐに仲良くなったようだ。

 それを鈴仙はどこか羨ましそうな目で眺め、永琳は何かを企んでいるように注視する。

 しばらく朝食の穏やかな時間が進み、もうそろそろ食べ終わるという時間に。

 すーっと襖が開かれた。

 

「んー・・・・・・おはよー、永琳。イナバ・・・・・・と、えっとジョジョ。・・・・・・眠い・・・・・・」

 

 眠い目を擦ってそこに現れたのは蓬莱山輝夜。永遠亭の大重鎮(?)である。

 ちなみに、永遠亭でジョルノのことをジョジョと呼ぶのは彼女だけである。

「おはようございます姫様。今日は早いですね」

 永琳は挨拶をして輝夜の席を整える。

「あー・・・・・・今日は姫様の寝起きが良くて助かったウサ。まだみんなご飯食べてる途中ウサね」

 そして輝夜の脇からひょっこりとてゐが入ってきた。

「・・・・・・ッ!!?」

 と、ドッピオは何故か驚愕の目をした。それは自分でも分からない。当然だ。彼の精神の奥深くに眠る防衛反応。

(・・・・・・やっぱり、ドッピオの状態でも出るみたいね・・・・・・)

 永琳はその変化に気付いていた。

 遅れて横にいたジョルノがドッピオの変化に気付く。

 恐れているような、怒っているような・・・・・・汗を全身から流し何かに畏怖するその表情を。

「・・・・・・ドッピオ?」

 ジョルノは心配そうに彼の顔を見る、がドッピオは答えない。

 彼は輝夜の方向――ではなくてゐの方だけを見ていた。

「・・・・・・? あれ、そこの少年起きたんだね。というか、少年だったっけ?? まぁいいウサ」

 何で私の方ばっかり見てるウサ。と、てゐは呑気に耳を傾げる。

(・・・・・・これはディアボロのみが持つ固有の反応・・・・・・)

 

『幼女アレルギー』ッ!!!

 

 これは永琳が勝手に付けたアレルギー反応の一種だが、端的に言うと幼女を見るとヤバくなるアレルギーである。犯罪臭がすごい。

「はッ!? い、いや・・・・・・何でも、ない・・・・・・。どうしたんだろう、俺・・・・・・」

 当の本人は困惑していた。最初は食って殺されるかもしれない、と思っていたてゐに対する印象もすぐに薄れていくのだ。「こんな可愛い少女がそんなことをするはずがない」と、落ち着きを取り戻していく。

「・・・・・・すぅ」

 と、近くで寝息が聞こえた。

「って、姫様ーーーー!!!! だめです、目玉焼きの上で頭を横にしないでくださいいい!! あ、もうこれあかん奴や・・・・・・」

 鈴仙が気付いて止めようとしてももう遅い。輝夜は席に着くや否や、すぐにテーブルに頭を乗っけて――卵の黄身で髪が汚れるのもいとわずに――寝てしまったのである。

「うわぁ・・・・・・これはヒドいですね・・・・・・」

「なに人事みたいに言ってんのよぉおおおーーーー!!! あんたあれだけ姫様の目玉焼きは完熟にしなさいって言ってたのに!!」

「すみません、完全に忘れてました」

「うるせええええ!! いいから布巾持ってこい!!!」

「しかし、客観的には貴方が一番うるさいですよ鈴仙」

「そうよ優曇華。もうちょっと静かにしないと姫様が起きてしまわれるわ」

「あんたらそれでいいのかーーー!!! って、姫様ッ!? あの、うわああ止めて下さい! ちょ、目玉焼きまみれの手で耳引っ張らないで!」

「うるさいぞー・・・・・・イナバー・・・・・・」

「ぎゃあああああああ!!! 髪の毛に黄身が絡むううううう!!」

 

 しばらくして騒ぎは収まったが、鈴仙の髪の毛は痛む一方だろう。

「・・・・・・」

「・・・・・・これが幻想郷さ、ドッピオ。ちょっと騒がしいけど、至って普通の平和。僕がいたあっちの世界じゃあ、たぶんこんな暮らしは送れてなかったと思います。記憶がないから確証は持てませんが、今は楽しく過ごされてはどうですか?」

 ジョルノは呆然とするドッピオの手を取って優しく語りかける。

「・・・・・・そうだな。なんか、退屈はしなさそうだしね・・・・・・あと、その敬語、やめてもらってもいいかい? 俺もジョルノには敬語は使わないから」

「・・・・・・! そうですね・・・・・・ですが、これが僕にとっては一番の自然体なんですよ。気持ちだけは受け取っておきます。ですが――――」

 と、ジョルノは次の言葉を述べた。

 バカ丁寧な敬語を取って。

「これからよろしく頼むよ、ドッピオ」

「・・・・・・あぁ、こちらこそ」

 時空を越え、敵と味方も越えた奇妙な友情が芽生えた。

 永琳やてゐ、シャワーから戻ってきた鈴仙といまいち状況を読み込めていない眠そうな輝夜でさえも、笑っていた。

 そこには男二人の奇妙な友情があった。記憶のない二人の物語があった。

 

 ――――ただ、一人を除いて。

 

(・・・・・・吐き気がするぞッ!! このディアボロをこんな、こんなッ・・・・・・!!!)

 

 彼にとっては屈辱だっただろう。唯一の味方のドッピオにさえも裏切られた気がした。

 

 そんな時だった。

 

 ガラガラガラ!!!

 

 と、入り口のドアが開かれたと思ったら――――。

 

「おいッ!!! 永琳、永琳はいるかッ!?」

「た、大変なんだ、美鈴がッ! 人里近くで死にかけてたッ!!!!」

 

 つかの間の平和は終わりを告げた。

 

*   *   *

 

 永遠亭を訪ねてきたのは上白沢慧音と藤原妹紅だった。ここに来たときには既に息も絶え絶えでどれだけ美鈴が危険な状態であるかを物語っていた。

「・・・・・・ほぼ全身が凍傷になっているわ。今は季節は秋だから、こんなことが出来るのは・・・・・・チル・・・・・・。・・・・・・誰もいないわね」

 なぜ言い直したし、と数人が思ったがあえて聞かないことにした。

「でも、ありがとう二人とも。なんとか間に合いそうだわ。――特に妹紅。うまく体温調節してくれたのね」

 と、永琳は微笑んだ。

「えっ、いや、私はおんぶして美鈴を抱えてきただけだぞ? そんなこと、一生懸命で考えもしなかった」

 妹紅は手を前に出して感謝の言葉を拒否してしまうが。

「いえ、あなたのその無意識の一生懸命さがきっと炎を生み出したのよ。美鈴に代わって礼を言わせて。ありがとう」

 永琳は頭を下げる。妹紅は「えええっ、い、いや、そんな」と恐縮してしまっているが、そんな彼女の頭を押さえて礼をさせたのは隣にいた慧音だった。

「わわっ、慧音なにを・・・・・・」

「礼は受け取れ、妹紅。それと、こちらからも礼を言う。――まだ診療時間ではないのに、無理を言ってしまって」

「いいのよ。命に寿命以外の時間制限なんて、ないもの。救える命は今救わなきゃ。――――後は任せて、二人とも」

 そう言って永琳はすぐに奥へと入っていった。今から美鈴の治療が始まるらしい。

 永琳がいなくなり手伝いとして鈴仙とジョルノが治療室に入ってしまった今、玄関にはてゐ、慧音、妹紅、ドッピオの四人がいた。(なお、輝夜はこの時既に自室へと戻っている)

「・・・・・・えっと、何だこの微妙な空気はウサ・・・・・・。何であんたら帰らないウサか?」

「ちょ・・・・・・そんな言い方は・・・・・・」

 てゐははぁ、とため息を着いて頭を掻いて失礼極まりない言葉を放つ。ドッピオはそのてゐのあんまりな言葉にフォローを入れようとするがまだ幻想郷に慣れていない彼は言葉尻が弱くなる。

「すまないな、いや、いいんだ・・・・・・えっと、外来人か? 最近ここに来たっていう・・・・・・にしては、永琳の話と少し違うな。金髪じゃあない」

 と、慧音はまじまじとドッピオの顔を見つめる。金髪、という言葉でドッピオは彼女がジョルノのことを言っているのか、とわかり。

「あ、いや。俺は違いますよ、昨日ここに来た新しい外来人? です。あなたが今言った特徴を持った人物はさっき、永琳さんと一緒に治療室に言った奴です」

「へぇ、もう一人外来人が来てたのかー。慧音知ってた?」

「いや、初耳だ。そもそも昨日の話なら私が知っているはずがない」

 と、何故か玄関先で初対面だというのにいらだちを感じたのだろうか。てゐは我慢できずに。

「あー、もう! 立ち話もなんだし、中に入ったらどうウサ! お茶くらいなら出すウサよ!? まぁ、私が作るお茶だけどウサね!」

 その言葉を聞いて二人はおっ、という風に目を開いていった。

「気が利くな、因幡てゐ。それじゃあお邪魔させてもらうぞ」

「私もいいのか? なぁ、慧音」

 いいんじゃあないのか? と言いながら二人はズカズカと永遠亭に入っていく。

「・・・・・・えっと」

 ドッピオは不思議そうに慧音たちとてゐを交互に見るが、当のてゐはと言うと・・・・・・。

「・・・・・・くっそ、しまったウサ・・・・・・何で上がって来るのさ。毒本当に混ぜちゃうウサよぉ~・・・・・・?」

 と、あからさまに嫌そうな顔をした。

「・・・・・・毒とか入れちゃ駄目だからね」

 一応ドッピオは物騒な発言をするてゐに声をかけるも・・・・・・。

「ええい、分かってるウサ! このっ」

 げしっ

「いたっ」

 小さな足でドッピオの臑を蹴って永遠亭に戻って行った。対して痛くはなかったが。

 

 それからしばらくして客間には四人が鎮座していた。

「・・・・・・はい、毒とか無いウサよ」

「ほう・・・・・・てっきりてゐのことだからオシッコでも入ってるのかと・・・・・・」

「どんなド変態だよあたしゃ!!」

 てゐが仏頂面でお茶を注いできたから場の雰囲気を慰めようと思ったのか慧音はそんなことを言う。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 気まずい。特に接点もないてゐと慧音。妹紅は慧音と二人きりの時以外他人に遠慮がちになるし、ドッピオに至っては3人のことをまるで知らない。

 なぜこの四人を同じ茶席に入れたか、正直なところ作者も困っている。

 共通の話題がない。(ここで慧音と妹紅がいきなりアーンなことをしだしたらどれだけ文章が捗ることか。)

 と、ここで辛気くさいという形容詞が世界で一番嫌いな因幡てゐがついに口火を切る。

「・・・・・・で、何であの門番はあんな大けがを負ってたの?」

 するとその言葉に「やっと話題が」と安堵の表情を妹紅が浮かべる。

「えっと、私たちも彼女が倒れているのを偶然発見しただけだから・・・・・・詳しいことは・・・・・・」

「違うウサ。いや、本質的には聞きたいことは変わらないけど」

 言葉を変えよう。

「門番はあんたらがここに運んでくる間、何も話さなかったのか?」

「・・・・・・? いや・・・・・・? 分からない、でも気を失っていたから何も話してなかったと思うよ・・・・・・? でも、何だってそんなことを」

「――妹紅、おまえは一生懸命で気が付いてなかったと思うが私は彼女が一言だけ発したのを聞いている」

 途中で妹紅の言葉を慧音が遮った。妹紅は「えっ、そうだったっけ?」という表情を向けて首を傾げた。

 それを待ってましたと言わんばかりの表情でてゐは言葉を継いだ。

「そうそう、それだよ。あたしが聞きたかったのはソレ。門番の怪我の様子とか、そんなことじゃあ無いウサ。瀕死の妖怪が今生の最後の言葉として捻りだした一言に興味がある」

 けらけら、と笑いながらてゐは不謹慎な言葉を吐いた。

「お、おい・・・・・・それはあんまりじゃ」

 とドッピオはどうしていいか分からなかったが取りあえず何かを言おうとしててゐの方を向くと――――。

 

「――――取り消せッ!」

 

 そこにはさっきまで温厚だった彼女――――藤原妹紅が、今の一瞬でテーブルに全身を乗りだし、ギラギラとした獣のような瞳でてゐを睨み付けていた。

「・・・・・・っ!?」

 その表情はドッピオに恐怖感を与えるには十分であった。一瞬、妹紅の背後に獰猛な猛禽類の顔が幻覚で見えてしまうほどの気迫にドッピオはビビっていた。

「妹紅、座れ。ここには一般人もいるんだ」

「いや、止めないでくれ慧音。こいつは私の目の前でワザとあの発言をしたんだ。後悔させてやらなきゃ私の気が済まない」

 さっきまで慧音の言葉には従順だった彼女だが、今はお構いなしにてゐに食ってかかる勢いだ。

「そうだよー、妹紅。落ち着いてよ。何もあんたをバカにしたわけじゃあないんだし」

 対しててゐはその態度を崩そうとはしない。へらへらとしながら言葉を続ける。

「不老不死で人間のあんたが命の話になると熱くなるのは分からないでもないウサ。でも単なるあたしの知的好奇心にあんたの定規を当てはめないでくれるかな?」

「ッ知的・・・・・・『好奇心』だとッ!? どこまでも馬鹿にしやがってこのウサ公がッ!」

「ウサ公を馬鹿にするなよ? たかだか1000年程度生きただけの甘ちゃんが」

 まさに一触即発! 今にも妹紅が痺れを切らしててゐに殴りかかろうとしたその時ッ!

「や、やめろよ二人ともッ!」

 ドッピオは自分でも分からないまま、二人の間に入っていた!

 それに一瞬遅れて慧音も止めに入る!

「落ち着け妹紅! ただの挑発だッ! 乗るんじゃあない!」

 ドッピオはてゐを、慧音は妹紅をそれぞれ取り押さえる。

「うわ、ちょ、ドッピオ! 何するウサ!」

「慧音っ!? 離してよっ!」

 ドッピオはてゐを不意打ちのタックルで地面に転ばせ、慧音は妹紅を後ろから羽交い締めにする。流石の二人もただの人間と唯一の友人に手は出せず、その場は何とか収まった。

 

「・・・・・・で、だ。取りあえず二人は反省の意味も込めて正座をしておくこと。次はないからな。次は慧音先生のスペシャルヘッドバッドだからな」

 慧音は二人を仲良く並べて正座をさせ、くどくどと説教を始める。

「次があるのか無いのかどっちかにしてほしいウサ・・・・・・」

「あ?」

「何でもないです」

 てゐが小声で文句を言うが慧音に聞き取られていたようだった。

「えっと、ドッピオ君、だったか? すまないな。わざわざ手を煩わせてしまって」

「あ、いえ。僕も争いごとは好きじゃあないですから。えっと・・・・・・」

「上白沢慧音だ。慧音でいい。あと、こっちの白い髪の方は藤原妹紅だ」

 と、慧音は正座中の妹紅の方をみる。

「・・・・・・さっきはごめん」

 妹紅は照れくさそうに俯いて言った。

「あぁ、よろしく。慧音に妹紅。別に気にしちゃいないさ。明らかに悪かったのはてゐの方だったしね」

「ああ~! ちょっとドッピオ! おまえは誰の味方ウサ!?」

「少なくとも君の味方ではないよ」

「ぐぬぬぬ・・・・・・!!」

 てゐはギリギリと歯ぎしりするが無視。

 再び席に着いた二人。今度はすぐに慧音が口を開いた。

「さっきの話だが・・・・・・一応、永琳とジョルノという外来人にも伝える予定だったが君たちに先に言っておこう」

 慧音の言うさっきの話とは、もちろん美鈴が死に際に残した言葉についてだろう。(死んでないけど)

「彼女の最後に残した言葉・・・・・・君たちもここにいるからにはおそらく聞いたことがあるだろう」

 そして確かに慧音はその条件に当てはまる言葉を口にする。

 

「『スタンド』。彼女は最後に消えそうな声でそう伝えた」

 

 慧音の言葉にてゐとドッピオはピンと来た。

 そして、彼にもそれは同様だった!

 

(・・・・・・スタンド、新たな・・・・・・スタンド使い、か・・・・・・)

 

 ディアボロはドッピオの心理の海の中でその言葉を反芻していた。

 

*   *   *

 

「・・・・・・永琳さん」

 治療室でジョルノは治療中に瑛琳に尋ねる。

「何かしら? ジョルノ君」

 

「・・・・・・どうして、この人全裸なんですか?」

 

 ・・・・・・当然の疑問だったが誰もそこには言及しなかった。

「・・・・・・」

 何て言えばいいか分からない鈴仙。

「あらあら」

 と、永琳はつぶやいた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 ジョルノも鈴仙と同様に沈黙する。

「・・・・・・」

 気まずい雰囲気が流れた後――――。

「あらあら」

 何故か永琳がもう一度そう言った。

 

*   *   *

 

 その後、慧音と妹紅は永遠亭を後にして、居間にはドッピオとてゐが美鈴の治療が終わるのを待っていた。

 もちろん、その間てゐはドッピオに「余計なことを」とか「つまんなかったなー、誰かがとめたせいで」とかネチネチと責めていた。

「余計なことって、あれ。僕が止めなきゃてゐじゃあの子に勝てなかっただろ?」

「勝てばいいっていうもんじゃ無いウサよ。あたしゃ他人を煽ってそれを楽しむのが一番好きなんだから。その結果で勝ち負けが付いたところで、どうでもいいウサ」

 ぶっすー、とスネながらてゐはぶっきらぼうに答えた。

「・・・・・・そんなもんなのかなぁ? 変わってるね」

 やっぱり妖怪と人間じゃどこか違うんだな、とドッピオは改めて思う。てゐはさっきの二人のうち妹紅は人間だと言っていたが、てゐに対する反応を見るに人間くさいところがあった。

 他人のために怒ることが出来る――――これが人間と妖怪の違いなのだろうか。

「そういえば、ドッピオってスタンド知ってるの?」

 唐突にてゐはドッピオの元にとててて、と駆け寄ってくる。ドッピオは何となく不快感を覚えたが(主にディアボロの無意識の恐れ、『幼女アレルギー』のせい)すぐにそんなものは消え失せる。

「え? あ、うん。そういえば、永琳さんが僕にこれをって・・・・・・」

 と、ドッピオは懐から一枚のDISCを取り出しててゐに見せる。

「あー、これがスタンドの元かぁ・・・・・・ってこれ、あたしが昨日拾った(詐欺った)奴じゃん。ドッピオの物だったんだ」

「そうなの? ありがとう、君って実は良い奴なんだな。僕が落としたかどうかは分からないけど・・・・・・こんなのどうやって使うんだい?」

 途中の一言にかちんと来たてゐだったが、感謝はされているので抑えることにした。

「使い方知らないのにあんたのウサか? ・・・・・・確か、鈴仙はそれ頭に入れてたけど」

「えっ?」

「いや、頭に」

「・・・・・・こう?」

 と、ドッピオはDISCを持っていない方の手でDISCを頭に挿入する手振りをする。

「そうじゃないの? あたしは鈴仙が頭に入れるとこは見てないけど、鈴仙のレントゲンにはしっかりDISCが埋まってたし」

「へぇー・・・・・・」

 と、てゐの説明を半分にドッピオは何かに引き寄せられるようにDISCを頭に当てた。

 ずぶッ。

「うわわわああああッ!?」

「おー、本当に入っていくウサ」

 どういう原理かは分からないが、何となく頭に入れてみたくなってくる。と、ドッピオはDISCを引き抜きてゐを見る。

「てゐは・・・・・・このDISC見ても何とも思わないのかい?」

 するとてゐは「は?」と言う風に眉を潜めて。

「何言ってるウサ。全く興味ないウサね」

 彼女の性格を考えるに、DISCは奪ってでも手に入れたいと思うだろうけど・・・・・・。と、ドッピオは思った。

 ちなみに、これには理由がある。幻想入りしたスタンドDISCは誰にでも使えるわけではなく、それぞれのDISCは誰かの精神と繋がっている。よって、ドッピオのDISCに興味を引かれるのはドッピオだけであり、もしてゐの精神とリンクするDISCがある場合、ドッピオはそれに何の興味を抱かないのである。

「・・・・・・どれ」

 と、ドッピオは好奇心に任せてDISCを一気に押し込んだ!

 ずぶずぶずぶッ!!

 てゐは「おー!」という声を上げてその様子を見ていた。

「・・・・・・ど、どこか変わったとことかあるウサか?」

 DISCを全て挿入し終えるドッピオにてゐは尋ねる。

「・・・・・・い、いや? 特に何か変わったというわけじゃあ・・・・・・?」

 彼は視界にぼやつきを感じる。何か、重なって見えるのだ。

「ちょっと待って。視界が・・・・・・」

 ふらっとしつつドッピオはてゐの方を見る。すると彼女は何か口をパクパクと動かしているようだ。

「・・・・・・? てゐ、何を言っているんだ?」

 そう尋ねるとてゐは怪訝そうな顔をする。

「何もまだ言ってないウサ。それより、どうなんだ? 気分でも悪いウサ?」

「・・・・・・いや、何というか・・・・・・ちょっと待ってて」

 と、ドッピオは二重に重なるように見える視界を正す為に目を擦り、前髪を上げる。そして目を開けると、そこには何ということもない、普通の眺めだった。

「あれ? いや、普通に見えるなぁ・・・・・・」

 首を傾げて前髪を下ろすと・・・・・・。

「!?」

 再び世界が二重になって見えた!

「どうしたウサか? 何か分かったのウサ?」

「あ、ああ。分かりかけてきた。秘密は俺の『前髪』だッ!」

「・・・・・・前髪?」

 てゐは耳を折り曲げる。前髪って、『前髪』のことだよなぁと思っていると

「なぁ、てゐ。今から俺が言うことを行ってくれ。確かめたいことがあるんだ」

 ドッピオはてゐの肩を掴んで言う。

「えー、めんどくさいのは嫌ウサ」

「めんどくさくないぞ。いいか、今から僕と『じゃんけん』をしてくれ。五回勝負だ。『五回』のうち『三回』先に勝った方の勝ち。もしてゐが僕より先に『三回』勝てたら何でも言うことを聞こう」

「ん・・・・・・? 今何でもって言ったよね? いいウサか? 本気で勝ちにいくウサよ」

 にやり、とてゐは笑った。どんな面倒くさいことを言われるか分からなかったがじゃんけん勝負とはしめたものである。

 てゐの持つ能力は『人間に幸運を与える程度の能力』。実は彼女の能力は人間だけではなく『人型の妖怪』にも効果が適用される。

 つまり、自分が対象に入るのだ。

 じゃんけん勝負は運によって勝ち負けが決定する。運を引き寄せるのはやはり『幸運』。事実、てゐは幻想郷においてほとんどじゃんけんで負けたことはない。流石に『奇跡』に『幸運』は敵わないが。

 

 

「よし、行くぞ!」

 だが、因幡てゐはただ能力に頼ってこの世界を生き抜いてきたわけじゃあない。

(あたしには幸運の他にも、幻想郷一のずる賢さが備わってるウサ!!)

 ドッピオは大きく降りかぶり、じゃんけんを始める!

 

「最初はグー!」「パー!!」

 

 だが、てゐはパーを出していた。

「やったー! まずは一勝♪ まさか最初は絶対グーだなんていうルールは設けてなかったもんねー♪ 最初にルールを確認しなかったあんたが悪いのさッ! このスカタン!」

 てゐは上機嫌にくるくると回りながら最初の一勝を喜んでいた。

 すると、ドッピオは――――。

「そうだな・・・・・・『最初にグーを絶対出せ』なんてルールは無いし、『かけ声と同じ手を出せ』っていうルールも設けて無いな」

 ドッピオの手はグーでは無かった!!

「――――何ッ!?」

「よく見ろ、てゐッ! 俺の手は『チョキ』なんだぜェーッ!!」

 そ、そんな馬鹿なッ! あ、アタシの『ルールの裏をかく作戦』が・・・・・・完璧に読まれているなんて!!

「次にお前は『てめェー何であたしが最初にパーを出すって分かったんだッ!』と言う」

「てめェー何であたしが最初にパーを出すって分かったんだッ! ――――ハッ!?」

 完全にてゐはドッピオに先を読まれていた。

「悔しいかァ~? 悔しいだろうなァ~。自分の得意技で揚げ足を取られるなんてなぁ・・・・・・?」

「ぐぎぎぎぎッ・・・・・・! チョー悔しいぃいッ!」

 だが、ドッピオはどうやってかは分からないが完全な先読みをしたのは事実。

 でなければ、いきなりチョキを出すなんて不可能なのだから。

「どうする? 続けるかい?」

「・・・・・・いや、いーよ。おそらくだけど、『未来』が見えてるんだろう?」

 てゐはへらへら笑いながらドッピオに指さした。

「・・・・・・驚いた、そうだよ。すぐ分かったんだね」

「まぁー未来予知なんて幻想郷じゃ珍しくないからねー。・・・・・・ん? いや、あいつは『運命操作』だったっけ?」

「幻想郷は広いな。そんな奴までいるのか?」

「物理的には狭いけどね。他にもすごい奴らは一杯いるよ」

「・・・・・・あ、ちなみにてゐ」

「ん?」

 ドッピオは驚愕の事実を語った。

「いや、実はじゃんけんの前にてゐが最初にパーを出すように誘導してたんだ。俺のこの前髪に写る未来はどうやら『確定事項』のようで・・・・・・。だから俺がしたかった確認は『てゐがパーを出して俺がチョキを出す』っていう状況を作ったあとに未来を見て実際に事がそんな風に運ばれるか確認したかったってことなんだ」

「・・・・・・ってそれってつまり。・・・・・・えっと、ドッピオの見える未来の現象は『絶対に避けられない事』ってこと?」

「そうだね」

 瞬時にてゐは理解する。

 つまりこの男は私の『幸運』と『ずる賢さ』を『スタンド能力』無しで上回ったと言うことになる。

「・・・・・・えげつないウサね・・・・・・」

「・・・・・・?」

 ドッピオが何に対しててゐがその言葉を言ったかは分からないが、てゐはため息をついていた。

(こいつ、どっか抜けてる癖に実はとんでもない奴ウサ・・・・・・)

 その後、美鈴の手術が終わり三人が居間に戻ってきた。

 

 その頃、ディアボロは・・・・・・

 

(・・・・・・何にせよ、スタンドは戻ってきた! 意外と順調ではないか。・・・・・・だが、ドッピオよ・・・・・・なぜそんなに簡単にスタンド能力をバラしてしまうんだ・・・・・・)

 

第五話に続く・・・・・・はずです

 

*   *   *

 

 ヴィネガー・ドッピオ スタンド名『墓碑名(エピタフ)』

 

*   *   *

 

おまけ

 

てゐ「ん? ちょっと待って。じゃあドッピオのあの最後の『お前は次に~と言う』っていう下りは何だったの?」

 

ドッピオ「え? ノリ?」

 

てゐ「ノリかよウサ!」

 

ドッピオ「てっきりてゐが上手く乗ってくれたのかと思ったけど」

 

てゐ「・・・・・・ん、じゃあ・・・・・・それでいいウサ」

 

*   *   *




次から闘います。一部ディオ強いよね。


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銃弾と氷殻④

ボスとジョルノの幻想訪問記 5

 

 あらすじ

 

 ドッピオに再び発現した『墓碑名(エピタフ)』!

 仲の良いジョルノ君とドッピオ君!

 それを見て胸くそなディアボロ!

 そして、永遠亭の面々は物語の奇妙な中心へ・・・・・・!

 

*間違いの指摘がありました!「読者の皆さん、お許しください!」*

 これまでスタンドDISKと表記されていましたが正しくはスタンドDISCです! ちなみにDISKもちゃんとCD、DVDなどの媒体を指しますが、Kの方はコンピュータ関連用語の意味合いが強く、Cの方はそれら媒体に『焼き付ける』『吸い出す』の動詞的な意味合いが強いらしいです。また、Kは主にイギリスで、Cは主にアメリカで用いるそうなのでやはりCの方が原作準拠ですよね(でも辞書で調べたらDISK(DISC)って書いてあったんだもん)・・・・・・。

 まぁ、でも本編には全く関係ないので「気にするな!」

 

 銃弾と氷殻④

 

「無事、美鈴の安全を確認しました・・・・・・。が、犯人はまだ捕まっていないようね。――――美鈴の言葉を伝えた慧音と妹紅。あの二人の証言を信じるならば――――」

 と、美鈴の手術を終えて永遠亭の居間に戻ってきた永琳はそこで言葉を止める。

 言うまでもなく、美鈴の最後の言葉『スタンド』が意味するのは彼女を襲った犯人はやはり『スタンド使い』であるということだ。

「・・・・・・やっぱり、スタンド使いが・・・・・・」

 ジョルノは息を飲む。彼は何かを恐れていた。それはそのスタンド使いが相当のやり手であるという事。彼は曲がりなりにもこの永遠亭で暮らし初めて数週間。その間、永琳の手伝いとして鈴仙と一緒に手術に立ち会ったり、多くの患者の怪我を彼のスタンド能力、『ゴールドエクスペリエンス』で治してきたのだ。

 その経験を通して彼は人体をある程度まで熟知し始めていた。だが、本日運ばれてきた患者、紅美鈴の肉体はこれまで治療してきた者たちとは大きく、いや、かなり違っていた。見たこともないほど研ぎ澄まされた美しい筋肉だったのだ。妖怪といえど、別段肉体派でもない彼は彼女の素晴らしい体に賞賛の意を送っていた。

(そんな彼女をあそこまで痛めつけるスタンド使いッ・・・・・・!)

 想像するだけでもどれほどの強さかが分かった。

「――――てことは、私たちは『討って出る』。そういうことですね、師匠」

 ジョルノの横で冷や汗を流している鈴仙がつぶやいた。彼女もまた、スタンド使い――『セックスピストルズ』を持っているが、美鈴の強さはジョルノ以上に分かっていた。

 おそらく戦闘において自分より数段上の美鈴がスタンド使いではないといえど、かなり圧倒されたのが伺えた。それほどに全身に渡る冷気だった。

「そうね。現状、私が把握している内では八雲、博麗、西行寺、四季のどれもスタンドを保有していないわ。――――つまり、この犯人を捕まえられるのはあなた達、三人しかいないのよ。優曇華、ジョルノ、それに――――ドッピオ君」

「永琳さん、それはやはり『スタンドはスタンドでしか倒せない』という絶対のルールに従ってでしょうが、彼を、まだ幻想郷に来て間もない。しかも怪我まで負っているドッピオを戦場に出すのは・・・・・・」

 と、ジョルノがドッピオを心配してそこまで言いかけたとき。意外にもそれに答えたのはドッピオ本人だった。

「いや、行くよジョルノ、俺も。なんか知らないけど、『行かなくちゃ』って思うんだ」

「し、しかし君はまだ子供です。それにここは――」

「それを言うならジョルノだって子供じゃないのか? そしてここは幻想郷、だな。何でも受け入れるって言われてるらしいが、そこに住むお前は俺がお前の心配をして一緒に行ってやるって言ってるのを受け入れないのか?」

「・・・・・・そ、そうではないですが・・・・・・だめだドッピオ。やっぱり」

 と、ジョルノは首を振って答える。

「大丈夫だって。俺には未来予知ができるんだぜ?」

 ドッピオも食い下がる。だが、その間に割って入ったのはてゐだった。

「あ~! もう、うるさいウサ! さっさと行けよじれったいなぁ!」

「ちょ、てゐ! あなたには関係ありませんよ!」

「な~にが関係ないウサか! ドッピオはね、あたしにじゃんけんで初めて敗北を味あわせた人間ウサ! ぜんぜん頼りにならないとは思えないね!」

 てゐはさっきのじゃんけん勝負を思い出し、ドッピオの放つ異様な雰囲気を彼の強さであると勘違いしていた。

(・・・・・・実際に、あのアイデアを閃いたのは偶然だったんだけどなぁ・・・・・・)

 ドッピオはまるで『アイデアが間欠泉に押し上げられた』ように、偶然閃いただけであった。理由としてはやはり、彼が内なる心にもう一人の狡猾な彼がいるからであろうか。

 

 ディアボロとドッピオのリンクは完全に切れてしまっている。自由に交代することも出来なければドッピオが『ボスからの電話』を受け取ることもない。記憶を失ってディアボロのことさえも忘れてしまっているのだ。いわば電源の繋がっていない固定電話にディアボロが一方的に電話をかけようとしているようなもの。

 だが、心と電話は大きく違う。ディアボロの考えはドッピオの深層心理――――無意識の部分を突き動かすのだ。

 

「俺は行くぞ、ジョルノ」

 ドッピオは再びきっぱりと言った。

「・・・・・・」

 その覚悟を秘めた目を見たジョルノは、これはどうも説得するのは無理らしい、と判断してしまう。

「・・・・・・はぁ、分かりましたよ。勝手にしてください」

「ああ、そうする」

 そんな二人を横目に鈴仙は一つ、永琳に尋ねた。

「えっと、師匠? これって3人だけで行くんですか?師匠は一緒に来ないんですか?」

 その答えとして永琳はにっこりと笑って。

「そうよ。じゃ、頑張ってね」

 ・・・・・・鈴仙は今日もこき使われる。

 

*   *   *

 

「で? 鈴仙、どこかあてはあるんですか?」

 さっさと支度をして永遠亭を出たのは三人のスタンド使い。その内の一人、ジョルノ・ジョバーナが若干うんざりしたような声で鈴仙に聞く。

「えっ、あ。そ、そうだね・・・・・・。あては・・・・・・うーんと」

 鈴仙は慧音と妹紅の証言聞いていないため、代わりにドッピオが答える。

「確かあの患者を運んできてくれた二人は『人里付近の林中』って言ってたよ。・・・・・・って言っても俺は昨日ここに来たばっかりだから詳しくは分からないけど」

 その言葉に鈴仙は耳をぴーんと立てて。

「なっ、なるほど! 任せといて、その辺なら師匠にパシられて何回も行ったことあるわ」

 自分で言ってて悲しくないのかな、と余計な一言は心に留めておいてジョルノは「じゃあ、急いで向かおう」と言った。

 

 三人はしばらく竹林の中を走っていた。

「迷いそうだね・・・・・・これ。妖精も多いし、一人で歩くには危険だなぁ」

 きょろきょろと物珍しそうにあたりを見回すドッピオ。

「あ~、そうだね。きっと人間はすぐ迷っちゃうよねぇ~・・・・・・」

 てゐとかの罠とか結構残ってるし・・・・・・と鈴仙は小さくつぶやく。

「おや、二人とも。あそこ、見えますか?」

 と、ジョルノが立ち止まって指さした方向は・・・・・・。

「? あれ、こんな所に何で小道があるんだろう?」

 見ての通り、狭い道だった。だが、よく目を凝らしてみると竹を根本から切断して作ったもののようだ。

「うわ、見てよこれ。根本からスッパリ行ってるぜ」

「こんなとこ私初めてみたんだけど・・・・・・これさ、まさかこっちに人が行ってたりなんか・・・・・・しちゃってないかなぁ?」

 鈴仙はもしやと思い上空を見上げる。太陽は東側。ということはこっちが南で・・・・・・この道の延びている方向は・・・・・・。

「!! れ、鈴仙! 道を挟んで反対側にも同じように竹を切り開いて造った小道が!?」

「お、おい! ジョルノ、これって明らかに『まっすぐ』進んできたってことじゃあないか!? どっちに!?」

 ジョルノとドッピオは反対側にも小道があることを知り、驚愕しているが・・・・・・。

 鈴仙は心底やばいと思っていた。

「――――!! ふ、二人とも! 落ち着いて、聞くのよ・・・・・・!」

 鈴仙は二人の方向に向きなおり、指を指す。

「・・・・・・そっち」

 と、言って鈴仙の指の先はジョルノとドッピオが発見したもう一方の小道だ。

「こっちがどうしたんですか?」

「そっちは人里の方向なの。そして肝心のこっちが・・・・・・」

 と、鈴仙は背後を振り返る。

「永遠亭だわ」

 そう、彼女が指さした先にはついぞ出発したばかりの永遠亭がある方角。あそこにはまだ永琳、てゐ、輝夜、そして絶対安静下にある美鈴がいる。

「それは本当なんですか!? 鈴仙!」

 ジョルノが叫ぶが鈴仙は震えた声で独り言のように言う。

「ま、まさか・・・・・・!! もう一度、美鈴を狙いに来たんじゃあ・・・・・・!? そんな・・・・・・あそこにはスタンドに対抗手段のないみんなが・・・・・・!」

 同時に鈴仙は走り出した! その永遠亭に続く道を!

「お、おい! 止まれよ! 危険だ!」

「そうです鈴仙! 一人で行動はッ!!」

 駆け出す鈴仙を呼び止めるが鈴仙の耳には届かない。彼女は今最悪の状況を想像してしまっているからだ。

「し、師匠!! みんな!! お願い、無事でいて・・・・・・!!」

 そう鈴仙が言った直後である。

 

 ・・・・・・カチッ。

 

 鈴仙の耳元で時計の音が鳴った。何で? どうしてこんなところで秒針が止まる音が?

 彼女のそんな疑問は目の前の襲いかかる現実によって完全に打ち払われる。

「――――はっ!?」

 気が付いたときには前方――――数メートルの位置に5本程度のナイフがこちらに向かっていた!!

(ナ、ナイフッ!? 撃ち落とすか・・・・・・!? いや、ダメだ、私の弾幕じゃあ照準を付ける前に餌食になるッ!)

 およそ1秒先、自身の体に無数の刃物が突き刺さるイメージがよぎる。

(無理、死ッ――――!)

 ――――だが、背後で声が上がる。

「鈴仙ッ!! 『スタンド』で応戦しろォオーー!!」

 その声によってあきらめかけて停止していた鈴仙の思考は再び動き始める。

(ドッピオっ!? あそこからじゃナイフは分からないはず・・・・・・! いや、『未来予知』かッ!)

 ドッピオは未来を見ていた。――――鈴仙が小道に入って数秒後の世界を。

 

「――『セックスピストルズ』!!」

 鈴仙の合図に6体の小さなてゐ達が手元に現れる。

「話す暇はないわ! 6発! 真っ正面に撃ち込むから、みんなお願い!!」

 と、鈴仙はバラバラの方向から迫るナイフに対して照準を全く定めずに指先から弾幕を乱射した!

「マッカセロォォーーー!!!」

「キャッハーーー!!」

「ヨォークネラエヨテメェーラァーーーー!!」

 ババババババッ!

 弾幕発射の際のマズルフラッシュが鳴り響く中、ピストルズは鈴仙の命令通りそれぞれが弾幕の向きを調節する。

「YEARAAAAA!!!」「オラァア!!」「ウリャッ!!!」

 ある者はスライドさせるように、ある者は蹴り飛ばして方向を急転換させたりと思い思いに弾幕を拡散させ――――。

 キキキキキキィン!!

 迫ってきたナイフを撃ち落とした。

「――っ、はぁッ!! ぶ、無事なのよね?? 全部、落としたのよね??」

 鈴仙は瞑っていた目を開くと、全てのナイフが地面に落ちているのを確認できた。と、心配そうに地面を見ていると顔に衝撃が。

「痛いっ!」

「コォルァ! レイセンテメェー!! オレタチガムカッテクルナイフスラウチオトセネェトデモオモッテンノカ!?」

「ソーダゾ! ナメテンジャアネェー!」

「2、2ゴウ。3ゴウ! ヤ、ヤメヨウヨォ~・・・・・・タスカッタカライイジャンカ~・・・・・・」

「ウルセェー!! ナカスゾ5ゴウ!!」

「い、いふぁい! あやふぁるから、ほっふぇ抓らないれ~!」

 ピストルズはやいのやいの言いながらも鈴仙のほっぺたは相変わらず抓っていた。

 と、そこにドッピオとジョルノが追い付いてきた。

「何とか無事だったみたいで良かったですが・・・・・・鈴仙、勝手な行動を取られると本当に危険ですよ?」

「・・・・・・しゅん。ごふぇんなひゃい・・・・・・」

 鈴仙はしょんぼりしてうなだれる。ほっぺたは抓られたままだが。

「でも、私が助かったのはこの子達だけじゃない。ドッピオの声が無かったら、きっと私・・・・・・」

 ドッピオは目をぱちくりさせて「お、俺ぇ?」と言いたげだった。

「・・・・・・ですね。ドッピオが居てくれて助かりました。さっき言ってたことは前言撤回します」

「お、おいおい・・・・・・照れるだろ、よせよ・・・・・・」

 まさかここで自分がこんなに誉められるとは思ってなかったので若干顔を赤くするドッピオ。

「テメェー! ドッピオナンカイナクッテモ、オレタチデカッテニヤッテタゼ! ナァミンナ!」

「うえええ! だから抓るなっての2号ーー!!!」

 再び2号からほっぺを抓られていると、1号が突然声を荒げる。

「! オイ、オマエラッ! マエ、マエ!」

 

 ――――そこには一人。

「・・・・・・そうか、あなたも・・・・・・スタンド使いなのね?」

 『スタンド使い』という言葉を聞いて三人はそちらを向いた。

「ナイフの弾幕で100%断定できてたけど・・・・・・やっぱりアンタか」

 鈴仙はその人間に見覚えがあった。同じ従者的なポジション。気苦労の耐えない毎日。愚痴を交わし会う同士。そして男運のない27歳!

「十六夜咲夜ッ!!」

 ――この時、ドッピオとジョルノは咲夜と初対面ではある。しかし、彼は違った。しっかりと『覚えていた』。

 

(こいつは一度会っている!! 謎のナイフ術を使ったメイドだ・・・・・・。あのときはトリックが全く分からなかったが・・・・・・今なら分かる!! 一瞬だったが、この女・・・・・・『時間を止めた』!)

 

 ディアボロははっきりと『覚えていた』のだ! 最初に、彼が幻想郷に来て最初に彼を襲撃した人間! 十六夜咲夜のことを!

 

(おそらく、さっき時が止まっていたのを俺だけが理解できたのは俺のスタンド、『キングクリムゾン』と同じタイプの能力を持つだからだ・・・・・・)

 

 『キングクリムゾン』も時間に干渉する能力。『時の世界への入門』は十分に可能なのだ。

「・・・・・・鈴仙、分かります・・・・・・。この人はスタンド使いだ」

 ジョルノは鈴仙の横に並び咲夜を観察する。スタンドの像は出ていないが、何かを感じる。――おそらく、スタンド使い同士にしか分からない何かを。

「ってことは、こいつが例の事件の犯人ってわけか」

 ドッピオはディアボロの考えなどつゆ知らず、二人の背後で咲夜の様子を伺っていた。

「咲夜! あんた一体こんなとこで何してるの!? 紅魔館はどうしたのよ?」

 と、鈴仙が尋ねるも咲夜は・・・・・・。

 

 ふふふふふふふっっふふっふふ・・・・・・

 

「「「・・・・・・」」」

 不気味な笑みを浮かべて、三人をドン引きさせていた。

 

「ふふふ、ふふふふふふっ・・・・・・これは一体何の冗談かしらねぇ、鈴仙? 話したわよね・・・・・・『あなただけは私と同じ痛みを共有できる仲間よ!』って・・・・・・」

(うわ、何この咲夜。重たい・・・・・・)

 鈴仙はそう感じずにはいられなかった。

 そして咲夜は鈴仙ではなく左右の二人を指さす。

 ピタッ

「鈴仙、それは『男』ね・・・・・・??」

 

 ――そして鈴仙が「え? まぁうん。男と言われれば男だけど別にそんな関係じゃないし、しかも片方はただ昨日ここに流れ着いただけの外来人で、言っちゃあ悪いけど私こいつらは全然趣味じゃあないから、何か誤解しているようだけど決してそんな気はないからね?」と言おうとした。

 

 が、最後まで聞こうともしないのだ。十六夜咲夜は狂っていた。

 

「え? まぁうん。男と」「やっぱりそうなのねッ!!! 本当に本当に本当にさいっっっってえぇええええ!!!!! 私を裏切ったの!? 私を裏切ったのよね!? そうよねぇ!? ねぇ!!」

 

 叫ぶと同時に咲夜を中心に『冷気』がほとばしる。

「あなただけはッ! あなただけはッ!!! 私と同じだと思っていたのにッ! 絶対にゆるさなえ!! あなたの断末魔を聞いてあげなきゃ! 私は今日夜も寝られないッッ!!!!」

 そして彼女の周囲がピキピキピキっと凍っていく。

「うがあああ!!! クソックソッ!! イライライライライライラする!! こんなにコケにされた気分は初めてだわ!! まるで頭をウサギに足蹴にされながらクソまみれの便器に顔を突っ込まれているような気分!!」

 周囲が凍っていくと同時に彼女は氷の衣装に身を包む。手足を包む華奢な鎧、所々についた美しい白銀のフリル、頭を覆うのは大きなネコミミの付いた氷殻、無駄に容積の空いている胸元・・・・・・おっと誰か来たようだ。

 彼女の新たな世界が出来上がる。一瞬にして周囲は氷に囲まれた。その中心に立つのはまさしく『氷上の姫騎士』。美しさすら感じられるが――。

 そこには怒れる狂気があった!

 

「ねぇ、『瀟洒』って言葉があるじゃない? あれ、この前鬼たちに教えたら『へぇー、すっげえ良い響きだな』って言ってたのよ。私の二文字でもあるわけだし、気分が良かったのよねぇ~~~~。でもよぉ~、そのロリ鬼なんっつったと思う?『酒って感じが入ってるのが最高にハイだな!』って言ったのよ?」

 

「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・?」

 

 突然何かを話し始める咲夜。唖然に三人が思っていると・・・・・・。

「っざっけんじゃあねええええ!! 舐めてんのかクソッ!『瀟洒』って漢字はどう考えても『酒』じゃあねえだろッ!『洒』だよッ! さんずいの右側は『酉』じゃなくて『西』だろッ!!! クソックソッ!!」

 

 その怒りを気に、彼女の周囲は更なる極低温に包まれたッ!!

 

「――――間違いない! 『氷のスタンド』!! スタンド像が見えないが、はっきりと彼女を中心にスタンドエネルギーが感じられます!」

「圧倒的な冷気・・・・・・! 油断してると私たちまでカチコチよ! ジョルノ! 早く決着を付けないと・・・・・・やられてしまうわ!」

 鈴仙は両手を合わせて銃の形にし、いつでも迎撃できるようにピストルズを自分の周囲に配置する。ジョルノもそれに合わせて『ゴールド・エクスペリエンス』を出す。ドッピオは前髪を透かし見て、未来を見ることに集中していた。

 

 それを見た咲夜が一言。

「くくくく・・・・・・何だ、貴様等のよわっちそうなスタンドは・・・・・・。滑稽だな・・・・・・貴様等にも我が『時を止める程度の力』は全くの無用だな。すばらしき『ホワイトアルバム』の実験台として・・・・・・華々しく散るとするがいいわッ!!」

 と言って、姿勢を屈める。

「・・・・・・?? な、何をする気なの?」

 不可解な彼女の言動と行動に鈴仙が身構えると、直後に咲夜は三人の方へと全力で突っ込んだ。

「――ッ! よ、避けろ鈴仙! ジョルノ! そいつは『硬い』ッ!!」

 ドッピオは自身の見た未来で二人の攻撃が全く通っていないのを見てしまった。――この未来は実現するッ!!

「って言われても・・・・・・ッ! ピストルズ! 包囲した後、顔面狙いよッ! 動きを止めるの!」

「ここで黙って下がるわけには行きませんからね・・・・・・! 僕をあまり舐めないで下さいよ!」

 二人はドッピオの忠告にお構いなしに咲夜と真っ正面からぶつかり合う!

「ヨッシャアアアア!」

「イクゾテメェーラァアー!!」

「キャッッハァーー!!」

 鈴仙は弾幕を展開し、その無数の弾幕の間をピストルズは縦横無尽に駆け回りその弾道をひっかき回す。どれもがてんでばらばらに動いているように見えるが、それはピストルズの弾いた弾と弾が連鎖反応的にぶつかり合い――――咲夜の元に到達する頃には彼女を360度取り囲む形で弾幕が展開されていたのだ!!

 さすがの咲夜も周囲を取り囲む弾幕の目まぐるしさに特攻の足を止める。隙間なく、美しいほどの弾幕包囲だ。

「す、凄いわあんたたち!」

 鈴仙はあまりの美しい攻撃に驚きの声を上げる。

「ジョウデキダゼ!! アトイッパツダ!」

「ヤロウドモ、ネラエッ!」

 ピストルズ6体が一つの弾に集まり、弾速を加速させる。

「タタミカケロォ~!!!」

 咲夜は360度囲まれ身動きが出来ず、そのまま全身に鈴仙の弾幕を浴びてしまう!!

「ヨッシャア、ヤッタカ!?」

 ピストルズはもくもくと上がる煙の中、被弾した咲夜の様子を見ようと煙付近に停滞していると――――。

 

 ボっ!!

 

「ウッ、アガッ!?」

「ツ、ツメテェエエ!!!?」

「ウ、ウワアア!! 2ゴウ、3ゴウ!?」

 煙から伸びてきた突然の腕に2号と3号は掴まれてしまった!

 

「フゥー・・・・・・何だ? この程度か・・・・・・??」

 

 十六夜咲夜は――やはり、無傷だった。

 そのまま咲夜は手の中の二体のピストルズを冷凍していく。

「ウ、ゴッ!? コ、コオル・・・・・・?」

「アガッ、タ、タスケテ・・・・・・レ、イ・・・・・・」

「や、やめて咲夜!!」

 鈴仙は一発、咲夜の顔面に弾幕を放つが――

 

 チュインッ

 

「は、弾かれたッ!? 今のは私の弾の中で最も貫通力が高いのに??」

 鈴仙は愕然としてしまった。つまり、彼女のどんな弾幕もあの鎧には通らないと言うことだ。

「ふふふふ、笑わせてくれるわ鈴仙。雑魚と言っては魚に申し訳ないくらいの低威力弾幕。そんなんだからあなたのこのちっぽけな『スタンド』は――――」

 と、咲夜は全身の殆どを凍らされてすでに虫の息の2号と3号を。

「こんな目に遭うのだアァーーーー!!!」

 付近の竹に叩きつけようとしたッ!!

 

「無駄ァッ!!」

 

 バシィ!

 

 と、思いきやその腕は何者かによって弾き飛ばされてしまう。

「むっ・・・・・・?」

「ジョルノ、気を付けろ! 両腕で掴んでくるぞッ!」

「了解ッ!」

 ドッピオが指示を出し、ジョルノが闘う。いきなり腕を弾かれた咲夜はピストルズを手から落とし、ジョルノに向き直り腕を伸ばすが、やはりそれも弾かれてしまう。

「無駄無駄ァッ!」

「ジョルノ! 冷気の固まりを向けてくるぞ!! 背後に飛べ!!」

 うざったく思った咲夜がスタンドパワーを込めると瞬間冷凍の冷気がスーツから噴出される――が、それもジョルノによってかわされてしまう。

「ジョ、ジョルノォ~! ごめん、助かった!」

「いいんですよ鈴仙。これ、あいつから取り返しましたあなたのスタンドです・・・・・・。この二体はもう戦えそうにないですが・・・・・・」

 ジョルノはいつの間にか拾った2体のピストルズを鈴仙に手渡す。

「うぅ~、ごめんね二人とも。痛かったでしょ・・・・・・今は休んでて・・・・・・」

「ウゥ・・・・・・スマン、レイセン、ミンナ・・・・・・」

「ゲホッ、ウグッ」

 2号と3号は苦しそうにうめく。そこに他の4体が近づいて「ダイジョーブダ!」「アトハオレタチニマカセトケ!」と言ってくれた。

 鈴仙は2号と3号を戻し、残りの4体で何とか闘う術を画策していた。

(私の弾幕じゃ咲夜の氷は貫けない・・・・・・何か、方法を探さないと!)

 一方、その隣ではドッピオが未来を逐一見ており、闘っているジョルノに情報を伝えていた。

「ジョルノ! 背後からナイフだ!」

「右手の手刀だ! 上体を反らして交わせ!」

「上から来るぞ、気を付けろ!」

「すまん、やっぱり下からだ!」

 的確に指示を出し続けるドッピオだが、ジョルノに攻撃のチャンスは回ってこない。咲夜が無敵の防御力を誇るホワイトアルバムの鎧に防御を任せ、容赦のない攻撃を連続でジョルノに浴びせ続けているからだ。

「くッ、そ! せめて攻撃さえ出来ればッ!」

 あまりの防戦一方にジョルノはつい口に本心が出てしまった。

 と、咲夜がその一言を聞いて攻撃の手を止めた。

「・・・・・・負け惜しみ、か? このままゴリ押しで勝ったとしても後味が悪いわねぇ」

「・・・・・・? 何が言いたい?」

「私も、そこの未来予知君と君の防戦は崩すのに時間がかかると踏んだわ。つまり、他の方法で。と言いたいのよ」

 ジョルノはチャンスだと思った。このままでは全く勝ち目がないと思っていたがこんな所で意外な提案! 乗らないわけには行かなかった。

「ジョ、ジョルノ! 罠だ! 乗っちゃだめだ!」

「そうよ! 罠に決まってるわ!」

 ドッピオと鈴仙はそれとは真反対で、ジョルノを止めようと必死だが――――。

「大丈夫です、二人とも。何しろ、僕には考えがある。それに、おそらくこの人はそんなチンケな真似はしない」

 ジョルノは白い息を吐きながら二人にそう言った。

「あら、嬉しいわね・・・・・・あんなウサギの元に置いておくにはもったいないわ」

「僕もウサギの元には居たくないんですけどね。あなたの元はもっと嫌だ」

「・・・・・・減らず口を・・・・・・まぁ、いいわ」

 と、咲夜は『ゴールド・エクスペリエンス』の射程内に入ってきた。

「ルールは簡単。『ラッシュの早さ比べ』よ。お互いに全力で打ち合う。それだけよ」

「・・・・・・ベネ。シンプルで良いですね、気に入りました」

 ジョルノはゴールド・エクスペリエンスを身構えさせる。咲夜もより一層氷殻の強度を強くして身構える。

 

 

 ――――数秒後、二人は何の合図も無く同時に攻撃を始めたッ!

 

「「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!」」

 

 これ以上無い両者譲らぬ無駄無駄ラッシュ! 一発一発が弾丸のように速く、名刀のように鋭いこの気迫ッ! 流石の心配していた二人もこの凄まじい攻防には息を呑んだッ!!

 

「無駄ァ!」

「無駄無駄ッ!」

「無駄だッ!」

「無駄無駄無駄無駄ッ!!!」

 

 怒濤の全力疾走の如き拳の交わしあい! だが、無限にも思えたこの勝負も時間に換算してみればものの十数秒の出来事だった!

 

「無駄ァッ!!」

「ぐぅあッ!?」

 先に倒れたのはジョルノだった! 見ればゴールド・エクスペリエンスの両腕はすでに凍り付き、ジョルノ自身もスタンドの傷によってボロボロだった!

 一方咲夜は・・・・・・。

「ジョ、ジョルノッ!? そ、そんな! い、十六夜咲夜は・・・・・・ッ!」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

「無傷じゃあないかぁあああ!!!」

 

 そう、十六夜咲夜はやはり、あのGEのラッシュを持ってしても傷一つ、ついていなかったのである!

 

「ええい、貧弱、貧弱ゥッ!!」

 咲夜は勝ち誇った顔でジョルノを見下していた。

「まさに敵なし! こんな素晴らしい力がかつてあっただろうか!? いや、無い! 私の勝ちだ、ジョルノ・ジョバーナ!」

 咲夜は嬉しさから完全に決めポーズを取って勝利の余韻に酔いしれていた。

「ジョルノ! に、逃げるんだ! もうダメだ! こいつには勝てない!」

「そうよジョルノ! 立つのよ!! 早く逃げてぇ!」

 咲夜がジョルノを手に掛けようと近づいてきていた。ドッピオと鈴仙はジョルノに逃げるよう促すが彼が起きあがる様子は全くない。

「くくく・・・・・・さっき美鈴は生かしておいたが、外来人! 貴様を生かす理由は全くない! この場で殺してくれるわ。全身を凍らせて体内がシャーベット状になるまでぐるぐるとスプーンでかき回して殺してやろう・・・・・・」

「な、何をする気なの咲夜!」

「やめろ! 残酷すぎる!」

 咲夜は動かないジョルノに手をかけて首を掴んだ。そのまま氷付けにするらしい。

「ふふ、何をする気だって・・・・・・? 決まってるじゃない鈴仙。これは、そう・・・・・・人体実験よッ!!」

 

「――――心配ないですよ。僕の勝ちですから」

 

「は?」

 ジョルノの突然の声。突拍子もない上に内容もバカバカしい。心配ない? 何を言っている。これから殺されるというのに、なんとまぁ滑稽な・・・・・・。

「URRRRYYYY!! この後に及んで舐めた口を! まずはその舌からカチンコチンにしてやろうかァッ!!」

「だから、心配ないですって。ドッピオ、僕のラッシュに見入ってて未来を見るの忘れてませんか?」

 と、ジョルノはにやり。笑っていた。

「――――はッ!?」

 その表情に何かを感じ取ったドッピオは急いで『墓碑名(エピタフ)』により未来を見ると・・・・・・。

「こ、これはッ!?」

「どうしたの!? 何が見えるの!?」

 ドッピオは恐ろしいものを見たようだった。

「いや、すぐに・・・・・・鈴仙にもわかる。あれをみろッ!」

 と、ドッピオと鈴仙は咲夜を見る。

「ふんっ、がたがたとつまらんことを抜かすわね・・・・・・。何かわからんが食らえッ!」

 と、咲夜がジョルノを凍らせようとしたときだった!

 

「・・・・・・??」

 自分の氷の衣装の内側に・・・・・・何かがいる――!?

「う、ウウワアアアッ!!? な、なによこれぇーーーー!! しょ、植物!? 気味が悪い、全身に、スーツの内部に根を張ってるわッ!?」

 そうッ! 咲夜の『ホワイトアルバム』のスーツの中には大量の植物が成長していたのである!

「それは名を『ジャイアント・ホグウィード』。聞いたこと無いですか? 植物図鑑にたまに載ってますよ? 『第一級危険生物』としてね」

「な、どうして『植物』が内部に!? どうして育ってきているの!?」

 咲夜の疑問は当然だった。植物がここに生えることもおかしいが、極低温の中で成長するのもありえないのだから。

 それには首を掴まれたジョルノが答える。

「それが僕の『ゴールド・エクスペリエンス』の能力。このスタンドが触れたものを生物にする能力。更に、生まれた生物は生まれた『環境』に適応するッ!」

 彼が元の世界で毒のワクチンを作るために毒のある環境で生み出した生物から抗体を取り出したのと同じ原理ッ! とある『環境』で生まれた生物はその『環境』に適応するのだッ!

「そして、もう一つ。その植物はさっきも言ったように『第一級危険生物』。見た感じは麻のようだが・・・・・・」

 咲夜のスーツ内で成長を進める植物か咲夜の右腕の皮膚に触れた途端――。

 

 ぶちゅっ!!

 

 気味の悪い音を出して葉から白いどろっとした液体が染み出してきたのである!

 

「きゃあああああああ!!?」

 あまりの気持ち悪さにたまらず咲夜は悲鳴を上げた!

「――それには触れない方がいいですよ。それに触れた箇所はその後数年間、日光に当たると炎症を起こして皮膚が壊死するそうです」

「――――ッ!?」

 それではまるで吸血鬼みたいなものじゃない!? 咲夜は自分のスーツ内でどんどん成長する植物を見て涙を流す。このままじゃ、全身にこの『白くてどろっとした謎の液体』を浴びる羽目になる――!

「う、あああああッ!!」

「さて、これで証明できたでしょう? あなたの負けです。能力を解除しても良いですよ? その時は僕のスタンドで貴方の顔を判別不可能なくらいぶん殴りますから。・・・・・・今から降参すると言うのなら能力を解除しますよ?」

 咲夜は精一杯だった。こんな子供に自分が負けるのも嫌だったし、あんなお子様吸血鬼たちと同じ運命になってしまうのも願い下げだった。

 だから彼女は――――。

「――ふふふッ!! 私は、私はまだ負けてなんかいないッ!!」

「き、気を付けてジョルノ! 咲夜にはまだッ!!」

 スペルカードがあるッ!

 ジョルノはその声を聞いてまだ闘争心があると判断し、咲夜の手から首を離させて一歩下がる。

 

 そして、咲夜のスーツ内の植物が一気に成長スピードを早める。

 

「遅いッ!! スペルカード!!」

 十六夜咲夜はプライドを捨てた――。

 

 

「幻世『ザ・ワールド』!!」

 

 

 時計の秒針は動きを止めた。

 

*   *   *

 

 幻世『ザ・ワールド』。スペル使用者以外の時を止める禁断のスペルカード。止めれる時間は咲夜の精神状態に比例し、絶好調時で3分程度だが、今の彼女は大きく動揺しておりせめて1分程度しか止められない。

「十分だッ! 1分あれば、このスーツから脱出しナイフを展開するだけなら余裕で出来るわ!」

 咲夜は『ホワイトアルバム』を解除し、氷の衣装を消した。すると自分の周りにさきほどの恐ろしい植物が取り囲んでいるという状況になるが時が止まっている間に、その植物が謎の白い液体を出すこともない。

「ふん、うっとうしいわね」

 咲夜は念のためナイフで植物を切り開き、外に出る。右腕に2、3滴着いてはいるが包帯でもすれば大丈夫だろう、まずは目の前の敵を排除せねば。と考えてジョルノと鈴仙とドッピオの方に目をやると――――。

 

「・・・・・・あれ? 一人、足りない・・・・・・??」

 

 咲夜の視界にドッピオの姿は無かった。

 

「・・・・・・」

 そんなバカな・・・・・・。

「・・・・・・!!」

 ありえないッ!

「・・・・・・ッ!!!」

 私以外に、そんなことがッ!?

 

 十六夜咲夜は圧倒的な邪悪の気配を背後に感じて恐る恐る振り返った。

 そこには――彼。

 

 帝王。

 

「な、ッぜ、動けるのッ!??」

 

 ディアボロが『キング・クリムゾン』を出して咲夜の背後に憮然として立っていた。

 

「十六夜咲夜・・・・・・『時を止める』能力か。スタンドではなかったが・・・・・・俺と近い力を持っている・・・・・・」

 

 咲夜は動けなかった。動いた瞬間殺されると用意に判断できたからだ。

 

 それほどの圧倒的悪意。

 

「まさか、俺と同じタイプの能力とはな・・・・・・。普段ならここで貴様を殺すところだが、これからの俺には『必要』な力だ。この世界には私だけが対応出来る。ドッピオの意識は完全に無くなるというのは今の俺にとってはありがたい。ドッピオといつでも強制的に交代することが出来るのだからな・・・・・・」

 ディアボロは咲夜の抱く恐怖感はそっちのけでぶつぶつと呟く。

「一度、お前に私は殺されかけたが――俺には『お前』が必要だ。もう少し話をしておきたいが・・・・・・限界のようだな。ここは忌々しいがジョルノ・ジョバーナに勝ちを譲っておこう」

 と、ディアボロは『キング・クリムゾン』で咲夜の背中を蹴り飛ばした!

 

「――――っガハァッ!?」

 

「――『キング・クリムゾン』。止まっている時を『消し飛ばせ』」

 咲夜は凄まじい衝撃とともに彼の言葉を聞いたのだ。

 

 そして、次の瞬間である。

 

 咲夜の意識とは全く無関係に、『強制的』に止まった時が解除されたのだッ!!

 

 時が再び刻み始めた時には既にディアボロのその姿はドッピオのものに変わっていたが、そんなことを咲夜が確認する余裕もない。

 

 なぜなら蹴られた先に――――ジョルノ・ジョバーナ。

 

 

(やれ、ジョルノ・ジョバーナ・・・・・・)

 

 

「――――ッ!?」

「ジョ、ジョルノ!! 迎撃するのよぉお!! って、ドッピオ何でそこに?」

 突然こっちに飛びかかってきた(実際は吹き飛んでいる)咲夜に驚くジョルノだが、鈴仙の一言で拳を握り直し――。

「や、めッ」

 咲夜の絞り出した声も届かずに。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!」

 

 黄金のラッシュが咲夜にとどめをさしたッ!!!

 

 どちゃあッ! と受け身も取れずに倒れる咲夜。ぴくぴくとは動いているが完全に気絶してしまったようだ。

「か、勝ったのね!? ジョルノォーーー!!」

「やったぜジョルノって、あれ? 俺何でこっちにいるんだ?」

「そんなことどうでもいいじゃない! あの無敵と思われた咲夜に勝ったんだから!!」

「そ、そうだね! すっげえなジョルノ!」

 二人は傷だらけのジョルノに飛びつき、十六夜咲夜を倒したことを実感する。

「――最後は何が何やらでしたけど・・・・・・」

 と、ジョルノは「痛いです二人とも」と言いながら、咲夜の顔を見て。

 

「宣言通り、誰とも判断つかなくなりましたね」

 

 そう言い放った。

 

*   *   *

 

 十六夜咲夜 再起不能!

 

*   *   *

 

 補足だよ! 第一級危険生物「ジャイアント・ホグウィード」

 

 ジョルノ君が咲夜さんの氷のスーツに寄生させた植物ですね。えげつない効果が本編では説明されていましたが・・・・・・。

 

 結論から言います。

 実在します。

 触れると謎の白い液体をぶちまけてエロ同人みたいな感じになります。

 液体の毒性もそのまんまです。

 皮膚に付着すると患部が炎症を起こし、さらにその部分が日光に当たると反応して皮膚が溶けるように壊死します。

 別名『ヴァンパイアリーフ』。まさに吸血鬼化する毒草ですね!




極低温じゃ植物は育たないって原作でも言ってるだろッ!いい加減にしろ!
と、思われる方もいらっしゃいますが、そこは何とか御了承下さい……えっと、投稿後2ヶ月ほど経ってからこのシーンの矛盾に気が付きました。苦しいですが、理由説明(言い訳)をすると、「ホワイトアルバムのスーツの中はぬくぬくらしい」という説明に準拠して「スーツ内なら生命も頑張れば生まれる」ということにしました。それなら植物も生えてくるんじゃないでしょうか(ぶっ壊れ理論)。
苦しい言い訳(理由説明)で申し訳ないです。でもこのシーン書き換えると凄い面倒なので許して下さい。何でもしますから!


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銃弾と氷殻 後日談

ボスとジョルノの幻想訪問記 6

 

 あらすじ

 

 永遠亭に延びる小道を辿ると現れたのは十六夜咲夜だった!

 鈴仙の『セックスピストルズ』では咲夜の『ホワイトアルバム』の装甲には傷一つ付けられなかった!

 ジョルノと咲夜はラッシュで勝負するがジョルノの『ゴールド・エクスペリエンス』も咲夜の装甲の前に破れ去った!

 かに見えた!

 ジョルノのスタンド能力のおかげで咲夜を装甲から引きずり出すことに成功した!

 だが、咲夜もスペカを用いて時を止め、逆転をはかった!

 しかし、ディアボロは時が止まったことによってドッピオの意識が完全に消失したため、『キング・クリムゾン』の能力によって逆に止まった時を消し飛ばし、咲夜の時止めを無効化する!

 決着ゥゥーーーーーーーーッ!!

 

 

 銃弾と氷殻 後日談

 

 三人は咲夜を打ち破った後、気絶して動かない彼女を背負い永遠亭まで急いで戻った。

 鈴仙の読みでは「咲夜と私たちは入れ違いになったはずよ! つまり、先に咲夜は永遠亭で何かをしたはずッ!」というものだった。

 ところが、蓋を開けて永遠亭に着いてみると大した変化は見受けられなかった。

「あら、おかえり三人とも。意外と早かったわね」

 永琳がにこにこ顔で出迎える始末である。

「・・・・・・? 小道はちゃんと永遠亭まで続いてたのに・・・・・・」

 鈴仙は首を傾げる。

「咲夜も一緒なのね。って、ヒドい顔・・・・・・」

 ドッピオにおんぶされてうなだれている咲夜の顔を見ると・・・・・・前歯が数本折れて顎はずれ、・・・・・・これ以上描写すると咲夜さんファンが可哀想になるくらい、ヒドい有様だった。

「必要なら僕が完璧に治療しますよ。折れた歯のパーツも『GE(ゴールド・エクスペリエンス)』の能力を使えば元通りですから」

「そ、そうね・・・・・・いやでも、ジョルノ君これはやりすぎ・・・・・・」

 永琳は笑顔を若干ひきつらせながら笑った。

「――ところで、師匠。咲夜は一度こっちに来たんですよね?」

 鈴仙は口を開く。

「ええ、来たわ」

「・・・・・・何もなかったんですか?」

 鈴仙は永遠亭の方を再び見る。

 すると、永琳はくすっと笑って。

「中に入れば分かるわ。さ、いらっしゃい」

 一同は頭に疑問符を浮かべつつ、促されるままに永遠亭に戻った。

 

*   *   *

 

 一同は病室に通されるとそこには美鈴が上体を起こして座っていた。

「・・・・・・美鈴? 大丈夫なの?」

 鈴仙はひとまずほっとしていた。酷い凍傷だったにも関わらずたった半日で目を覚ますなんて、さすが妖怪は回復力がすごい。

「――――えっと、はい。まぁ、何とか」

 美鈴はほっぺを掻きながら申し訳なさそうに頷く。

「咲夜さんは・・・・・・」

「ここにいますよ。ちょっとやりすぎちゃいましたが・・・・・・」

「よっこいしょ」

 ドッピオは美鈴の横のベッドに咲夜を下ろす。その顔を見た美鈴は――――。

「・・・・・・ぷっ、あはははっ、酷い顔ですね~・・・・・・。こんなになるまで・・・・・・」

 美鈴は笑っているのか泣いているのか分からなかった。

「師匠、これって・・・・・・」

「咲夜はね、あなたたちが出ていった直後にここに来て『美鈴は無事なのッ!?』って凄い形相で入ってきたのよ。その時には美鈴も意識が戻ってたから、咲夜は自分がやってしまったことを謝罪してたわ」

 涙を流して。「ごめんなさい・・・・・・あなたは、関係なかったのに・・・・・・」って。

 ――咲夜は毎日のストレスで情緒を上手くコントロール出来なくなっていたのだ。

 

「『ごめんなさい・・・・・・あなたは、関係なかったのに・・・・・・』。それを聞いて私はこの人にはまだあの頃の気高く、瀟洒な咲夜さんが残っていると確信しました」

 美鈴は永琳の言葉を継いだ。

「だから、ふっかけたんです。永琳さんからあなた方三人の話は聞いてたので『だったら一回根性叩き直してきて下さい』って一蹴してやりました。――あなた方の方にし向けたのは私ですよ。上手くいったようですね」

 美鈴は笑っているが当の三人は複雑である。

 いや、そうは言うけど自分たち相当命懸かってたよ? と。

 しかし、美鈴が咲夜の顔を見て笑ったのを見てそんな気分もどうでもよくなる。事が丸く収まったのだ。ここは現実とは違う、幻想郷だ。

 

 争いの後に後腐れは存在しないのが、ここのルールなのだから。

 

 

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記

 

 第一章 銃弾と氷殻 完

 

 

 

*   *   *

 

「ふぅ、だからあたしゃ湿っぽいのは嫌いだって言ってるのにウサね~」

 てゐはとことん感動とかそういう類は嫌いな性格のため、永遠亭の庭でウサギたちを集めて日光浴を楽しんでいた。

「あ~、気持ちいいウサ~。幸せウサ~」

 ごろごろと一人呑気にウサギたちと戯れるてゐに客人が一人。

「――――およ、これは珍しいね。あんたは確か――――」

 ねっころがるてゐの前に仁王立ちしててゐを見下ろしていたのは。

 

「『八雲』橙だ。藍様と紫様の命令でお前ら永遠亭に客として用があって来た」

 

 爪を出して威嚇するように牙を剥く橙に対しててゐは体勢を変えずににやりと笑う。

 

「・・・・・・客とか、用があるとか言ってる割には敵意剥き出しだね。やる気か?」

 

 兎と猫の仁義無き戦いが勃発するッ――――!!

 

 to be continued・・・




というわけで、第1章が完結しました。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。続きもお楽しみください。


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『八雲』橙がやってくる!

 ボスとジョルノの幻想訪問記7

 

あらすじ

 

 十六夜咲夜の真の狙いが判明し、一時の平和を得た永遠亭に珍客が現れた!

 そいつは『八雲』と名乗った橙だったッ!

 

ボスとジョルノの幻想訪問記 第二章

 

 

『八雲』橙がやって来る!

 

 これは、咲夜との死闘から僅か30分後の話である。

「・・・・・・いつも思ってるんだけどさ」

 てゐは永遠亭の庭で寝返りを打って橙を一瞥する。

 橙は呑気に転がったまんまのてゐを見下しながら「何が?」と聞いた。

「毎回あんたと弾幕ごっこするとき、必ず『私は強いんだぜ』アピールしてくるけど・・・・・・恥ずかしくないの?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」←妖々夢2面ボス&EX中ボス

「・・・・・・」←永夜抄5面中ボス&花映塚自機

「・・・・・・」←アンプレイアブルキャラクター

「・・・・・・」←プレイアブルキャラクター

 と、橙がてゐとの扱いの差を見せつけられ若干涙目になったところで。

「って違う! 私はお前なんかと話しにきたんじゃあないぞ! 永遠亭の主を出せ!」

「いやぁ、出せって言われてハイそーですかってありえると思ってんのかウサ。なんかこのてゐ様に差し入れとかあるんじゃあないのかウサ?」

 てゐは嫌な笑みを浮かべて橙の足をげしげしと蹴る。

「い、痛い! やめろ! 差し入れとか何でお前にやんなきゃいけないんだ!」

「頼みごとには先立つものが必要じゃろ!」

「なにおー!?」

「やんのかー!?」

 両者にらみ合い! 橙はこんな兎なんかにかまけている暇は無いし、てゐは何となく人参が欲しいし、お互い譲る気は無いようだ。

 

「はいはい分かった分かった。やっぱりあんたとは弾幕ごっこで決着つけなきゃ」

「ぷすす、いいんですかウサ~? 今のところ戦績は私から見て8556勝763敗ウサよ?」

「そんなに勝負してるわけあるか! 何だヤゴコロ勝ナムサン敗って!」

「お、よくその読み方分かったウサね。誉めようか?」

「いらん」

 と、橙はさすがにしびれを切らして

「いいから八意永琳を出せ。今日の私はいつもとは違うんだ」

「・・・・・・」

 臨戦態勢をとる。やる気満々の表情だ。

「へぇ、いつもと違うって・・・・・・どこらへん? 私ちょっっっとわかんないウサから~、見せてくれると嬉しいなぁ~」

 てゐはまたうっざい顔で橙を煽りに煽る。こいつホントに味方サイドのキャラかよ。

「むかつく・・・・・・! いいよ、そんなに見たいならこれを見ろ!!」

 と、橙はまんまとてゐの口車に乗り、右手を突き出した!

「――――これが紫様から与えられた私の新しい力だッ!!」

 てゐは寝返りを打って腕枕をしながらその様子を眺めていると・・・・・・。

 なんとッ! 橙の爪が『回転』し始めたのであるッ!

「・・・・・・(地味ウサ)」

 てゐはもうちょっと凄いのが出ると期待していたのに、蓋を開けてみると爪が橙の指の上で皿回しのように回っているだけだった。

 が、そんなてゐのがっかり感を知ってか知らずか、橙はキリッ! とした顔で

「これはもう『爪』を越えた『牙』だッ! これからは『牙(タスク)』と呼ぶッ!」

 と叫んだ。

 

 ・・・・・・。

 

「――――で、その『新しい力』をどうする気ウサ? おそらく昨日考えたような決めゼリフを叫んで『私カッコいい』を演出してるみたいだけど・・・・・・え? それ本当になんなのウサ? 用途は? 使い道は?」

「・・・・・・ええい、うるさい兎め! これでも見て驚け!」

 おそらく図星を突かれたのだろう。橙は顔を赤くしながら近くの竹に照準を合わせる。

 

「『牙(タスク)』!!」

 

 橙が照準を合わせた指先から先ほどギュルギュル回転していた爪を発射した。爪弾はバシュゥーーという空気を切る音を発しながら竹に突き刺さる。爪は回転しているため竹に刺さっても勢いは止まらず、竹を切断して背後の地面を深く抉った。

「どうだ! これが紫様から頂いた新しい力だ! その名も『牙(タスク)』! 一発一発の爪弾が、貴様の体を削り取るのだぁぁッ!」

 ドバッドバッドバッ!

 橙が大声で攻撃宣言をしててゐに向かって爪弾を発射した。

 対するてゐはと言うと――――。

「・・・・・・うん。これ私たちの弾幕でも出来ない?」

 寝たまんまの状態で弾幕を展開し発射された爪弾をすべて相殺。

「・・・・・・あ」

 橙は「そういえば」という呆気にとられた表情をした。

「ばっかだねー、あんたも。あんたんとこの親玉も。この『力』が何なのかは・・・・・・まぁ、永遠亭を狙ってきた辺り簡単に分かるけどさ。わざわざ弾幕で出来ることをやる必要あるウサか?」

 おそらくこれは『スタンド』の能力だろう。と、てゐは予想していた。何でスタンド能力なのにてゐに爪弾が見えるのかは彼女自身も知らなかったが、さきほどの(5話参照)永琳の台詞からするに現在の幻想郷に『スタンド使い』はジョルノ、ドッピオ、そして鈴仙の三人だけといっていたことから、八雲が幻想郷のパワーバランスがうんたらという理由を付けて橙を派遣しても不思議ではない。

 しかも、橙はおそらくだがスタンド使いだ。予想の範囲を超えないが『そういう可能性もある』とてゐは踏んだ。つまり、『八雲紫は永琳に黙って実はスタンドを保有していた』ということになる。

(あの私並に胡散臭い狸ババアのことウサ。また何か良からぬことでも企んでんだろうねぇ)

 数億年生きてきたてゐにとってその程度の予測は至極簡単。問題はその後だ。

「こ、この! 私のみならず藍様や紫様までバカにするなぁーーー!!」

 そう、こいつの言っている『藍様』『紫様』の存在である。永遠亭という一大勢力からアタックをかけているというのに使いはこの橙だけ。不可解だ。こんな奴を一人で永遠亭に乗り込ませるなんて――――。

(余裕? いや、それとも何か別の理由でもあるのか?)

 突っかかってくる橙を眺めながらてゐはため息を付いた。どちらにせよ、こいつには聞きたいことが沢山ある。

「うああああ! 食らえッ『牙(タスク)』!!」

 回転する爪で直接てゐに攻撃するつもりだろう。しかし因幡てゐは動かない。

「気を付けな、そこ落とし穴あるウサよ」

 ズボォッ!!

「にゃあああああ!?」

 橙はてゐに飛びかかろうとして踏み切った地面が急に抜け、驚きの悲鳴を上げる。

「く、くっそおお! 卑怯だぞ! この兎詐欺!」

 落とし穴の途中で橙は持ち前の身体能力で何とか体勢を立て直し、両手足をつっかえ棒の様にして何とか止まることが出来た。

「卑怯? 詐欺? ははは、そう言われると詐欺師冥利に尽きるウサね。というかあんたはいっつもそうウサ。やる気だけで空回り。頭は悪いし攻撃も単調。かといって力があると言えばそうでもない。だからあんたはいつまでも『八雲』と呼ばれないのさ」

 てゐはニヤニヤと笑みを浮かべて穴をのぞき込んで言った。

「まぁまぁ、そんな不憫なあんたに同情できないわけでも無いし? 目的が何なのか、言うって約束するならそこから引っ張りあげてもいいウサ」

 必死で穴に落ちまいとする橙にドスドスと突き刺さる言葉を並べ立てていく。

(あぁ~、快感ウサねぇ~。弱い者いじめ楽しい~)

 と、てゐがうふふと笑みを漏らしていると。

「・・・・・・」

「ん? 何か言ったかウサ? 聞こえないなぁ、もっと大きな声で・・・・・・」

「うええええええん!! 藍しゃまあああああ、紫しゃまああああああ! 助けてぇえええ!」

「うぇえッ!? ちょ、待って、泣くなよ! 落ち着くウサ! い、今助けてあげるから!」

「うわあああああん!! びえええええええん!」

「あぁ! もうッ! あんたは調子狂っちゃうねぇッ!」

 数分後、泣きわめく橙をてゐはわたわたと仲間の兎たちと一緒に引き上げた。

 

*   *   *

 

(焦った、橙の泣きであの『二人』が来たらどうしようかと思ったウサけど・・・・・・どうやら来ないみたいね)

 荒い息を吐きながらてゐは縄で縛った橙を見る。

「・・・・・・ぐすっ、えぐっ」

「・・・・・・」

 弱い者いじめが好きとは言っても相手が泣いてしまうとやはり罪悪感が凄い。「お、泣く? 泣いちゃうの?」と言っておきながら本当に泣いたら「お、おい・・・・・・え、ちょ。泣くなよ先生来るだろ・・・・・・」って言う小学生の気持ちだ。恥ずかしい。

「で、結局目的は・・・・・・ちょ、もう泣くの止めて」

「・・・・・・泣いて、ない・・・・・・もん」

(いや、泣いてるだろ・・・・・・)

 橙は赤く腫らした目をキッとつり上げててゐを睨む。あぁ、橙可愛いよ橙。

 と、てゐは再び「はぁ」とため息を付いて。

「・・・・・・はいはい、わかったウサ。いいから目的を言って欲しいウサ」

「・・・・・・紫様に頼まれただけ。藍様は関係ない」

「うん、そこはどうでもいいウサ。なぜ言った」

「・・・・・・私は紫様に永遠亭の『力』をすべて回収して来いって命令した。それ以外の目的は知らない」

 橙はもう話すことは無い、と言う風にぷいっと横を向いた。

「ん~、『力』ねぇ? 『スタンド』のことウサか?」

「そうそう、・・・・・・あ。~~~!!」

「言っちゃいけなかったパターンか。まぁ、十中八九分かってたけど」

 『スタンド』の回収・・・・・・? 一体八雲は何を考えているんだ?

 

 てゐが「ふむ」という風に顎をさすりながら思案する横で橙は縄から何とかして脱出を試みようとしていた。

(ぬー・・・・・・、この兎。抜かり無く私の両腕縛ってるから『牙(タスク)』で縄を切ろうとしても届かないし・・・・・・)

 橙は自分を縛る縄を見る。そこまで太くはないが、体の自由が失われてしまっているため簡単に抜け出せそうにない。

(何とか、抜け出さないと藍様や紫様に叱られてしまう・・・・・・)

 と、橙は藍と紫の言葉を思い出していた。

 ――――いいこと? あなたは仮にも九尾に使役える式紙。今から与える任務は必ず果たすのよ。

 ――――無理はしないでくれよ、橙。・・・・・・紫様はああ言っているが、本当はこんな危険なことに橙を巻き込ませたくないんだ。ただ初めて手に入れた『DISC』が橙にしか合わないと言うからこうして・・・・・・。

 ――――ちょっと、藍! 甘やかしては駄目よ。この『スタンド』のパワーがあれば橙ももう立派な妖怪になれるの。

 ――――し、しかし・・・・・・分かりました。橙、これはあなたにしか頼めないんだ。危険だが・・・・・・頼んだぞ。

 

 藍様。紫様。私は、私は・・・・・・っ。

 

 ――――~ん・・・・・・。

 

「っ!?」

 突然のことだ。橙の耳に変な生物の鳴き声が聞こえた気がした。

 

 ―――み~ん・・・・・・。

 

 その『気がした』という感覚はすぐに橙の中で確信へと変わり、『声』のした方向を見ると――――。

 

「ちゅみみ~~~ん」

「――――ッ!?」

 

 橙の足下付近。地面から数センチ。ソレは、奇妙なソレは。

 宙に浮いたソイツは橙をじっと見ていた。

(な、んだこいつはッ!? い、いつ現れたッ!?)

 背中に寒気を覚え体を揺らした橙。その様子を見たてゐは「どうしたウサ?」と耳を傾けた。

(見えてないのか? まさか!! この角度からは明らかに見えているはずだ!)

 ・・・・・・私の顔に何か付いてるウサか? そういえばこのやりとり最近もどこかでしたような・・・・・・。と、てゐが訝しむ。

「いや、ちがッ」

 と、橙は足下に浮かぶ奇妙な生命体を示そうとしたときだった。

 奇妙な生物は奇怪な鳴き声を発しながら橙の足の指にちょん、と触れた。一体こいつは何を・・・・・・? と考えた直後。

 橙の足の先の指はグンッ! と不自然な方向に曲がり――――。

「う、わああああああああ!!?」

 ドバドバドバッドバッドバドバッ!!!

 爪弾を乱射した!

「――――!? ちょ、何するウサ!? わわっ」

 乱射された爪は数十発がてゐの方向へ、そして数発は全く見当違いな方向へ、そして一発だけ、橙を縛るロープを掠めて飛んでいった。

「まだ抵抗する気ウサか!?」

「ち、違う! 勝手に『スタンド』が・・・・・・」

 ここで橙は理解する。紫に教えられた『スタンド』は『スタンド』でしか干渉出来ない、という事実。そして今起きたありのままの現象。

(私の意志とは無関係に『牙(タスク)』は発動した――。しかし、それは何の前触れもなく、私の意志も干渉しない偶然的な物だったのか?)

 違ったッ!! 橙は理解したのだッ!

(そうッ! こいつは、このピンク色で背中に羽が生え、お尻から二本の尻尾を生やした妖精のようなこの生物は『スタンド』だ! つまり、私の『牙(タスク)』の精神の具現ッ! だからこいつによって私の意志とは関係なく『牙(タスク)』が発動するし、『スタンド使い』じゃあないてゐにはこいつは見えないッ!!)

 すぐさま解けた縄をふりほどき、てゐに向かって弾幕を展開する。

「まだ私は諦めていないぞ! 仙符『鳳凰卵』!」

 と、橙の周囲に円形の弾幕が発生し、次々と花が開くように拡散する。

「加えて『牙(タスク)』!!」

 そして自機狙いの爪弾を乱射した。

「ちっ、人の話は最後まで聞けよなっ!」

 てゐは橙と距離を取りつつ仲間の兎たちに退避するように命令する。

「あんたたちは危ないから下がって見てなー! てゐ隊長の取っておきスペルカードがお目にかかれるよ!」

 と、てゐは懐からスペルカードを取り出す。

「『エンシェントデューパー』」

 発動とともにカードは消え、てゐの手元で二本の鞭が発生する。

「さてさて、兎らしくぴょんぴょん跳ねてみようか」

 合図とともにてゐは跳ねた。同時に周囲からレーザー型の弾幕が二本現れ橙とてゐを一直線の道に縛り込む。

「――――てゐのスペカ・・・・・・? これは初めて見る――!?」

 と、なぜ一本道に誘い込んだのかは分からないが初めて見るてゐのスペカに戸惑いを隠せないでいる。だが、てゐが持っているあの鞭はよく見る通常の弾幕用に使う奴だ。

「関係ない! どんなスペカだろうと『私』で突破すれば!」

「ボム突破かい? 芸が無いねぇ・・・・・・得意のスタンドで突破すりゃいいじゃないのさ」

「ムカチン!」

 挑発に乗った橙はスペルカードを使うのを止めて、てゐに向かって全速力で直進する。

「一本道に誘い込めば私の速さに対応できると思ったのかっ! あんたの鞭弾幕はよく見慣れてるから避けるのは簡単だ!! 食らえッ『牙(タスク)』と私の身体能力が合わさった更なる応用編ッ!」

 橙は両手の人差し指、中指、薬指を中心に合わせてハーレーも真っ青なもの凄いスピードで疾駆し、てゐの懐まで潜り込む!

「くっ!? 速い――――」

 てゐは予想外の橙のスピードに驚き鞭状の弾幕を繰り出すが僅かな隙間を縫ってグレイズしていく橙。

 ついに、射程圏内まで橙に進入を許してしまった。

「遅いぞてゐ! とどめだッ!」

 そのまま橙は指先から爪弾を発射する――――。

 

「と、思うでしょ?」

 

 ハッと橙が顔を上げたときにはもう遅い。どこからともなく現れた数個の高速の弾幕がすでに橙の目と鼻の先にあった。

(い、何時の間にッ! 予備動作も一切無しにッ!? ま、まずい・・・・・・被弾する・・・・・・)

 

 ドバドバドバッ!!

 

 橙は『牙(タスク)』を発射するがてゐにそれらが当たる前に――――。

 

 ボボボボボッ!!

 

「にゃああああああ!?」

 てゐの弾幕の餌食となった。

 

「――――予備動作ならあったウサ」

 てゐは『牙(タスク)』の爪弾をかわしており、倒れゆく橙に向かって言葉をかける。

「これが私のラストスペル『エンシェントデューパー』。レーザーで相手の逃げ場をなくし高速の弾幕をいくつも浴びせる『ザ・初見殺し』。レーザーと高速弾の発生には多少のタイムラグが設定されているから大体の奴は油断してやられちゃうウサねー」

(――た、タイムラグ!? そうか、スペカ設定の際、自分の弾道をいじれるけど・・・・・・こいつはあらかじめ相手が油断してしまう一瞬の隙を突くタイミングで・・・・・・にしても)

「『ラストスペルを一番最初に使うなんて卑怯』とでも言いたいウサか? 甘いウサ甘いウサ! あんたは一体誰を相手に弾幕ごっこを仕掛けたと思ってるのさ!」

 どさっ、と涙目で倒れた橙に向かっててゐはあっかんべーをしながら

「『相手が勝利を確信したとき、そいつは既に私に騙されている』! 卑怯も詐欺も盛大なる褒め殺し! 見事に騙されてくれて兎詐欺冥利に尽きますなぁ」

 と、言い捨てる。

「・・・・・・ぐうの音も出ない」

 悔しそうに唇を噛みしめる橙に対し、てゐは快活に笑いながら叫んだ。

 

「お粗末っ!」

 

 

 

 

 ・・・・・・第8話に続きます。

 

*   *   *

 

 現在の幻想郷のスタンド使い

 

 スタンド使い/『スタンド名』

 ジョルノ・ジョバーナ/『ゴールドエクスペリエンス』

 ディアボロ/『キング・クリムゾン』

 鈴仙・U・イナバ/『セックスピストルズ』

 十六夜咲夜/『ホワイトアルバム』

 橙 /『牙(タスク)』

 

 こうして見ると五部ばっかですね・・・・・・。まぁ、私が五部好きなのでこんな感じになるのは当然といえば当然かぁ・・・・・・。

 

*   *   *



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恐怖!紅魔館の悪魔たち①

※キャラ崩壊が今回から酷くなっていくので、ご了承ください。


 ボスとジョルノの幻想訪問記 8

 

 前回のあらすじ

 

 自称『八雲』を名乗る化け猫・橙が永遠亭にやってきた!

 既に『スタンド』の才能に目覚めていた橙だったがてゐの卑怯な戦法の前に惜しくも破れ去ってしまった!

 

 あらすじ終了!

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第八話

 

 恐怖!紅魔館の悪魔たち①

 

 場面は変わり、ここは永遠亭の『お仕置きルーム』。ここに入ったが最後、二度とオムツ無しでは生きられない体になってしまうというドス黒い悪意の満ちた部屋である。ちなみに永琳の自室を通らなければ入れない。

 そして、現在その部屋には永琳の他に二人の妖獣が。

「・・・・・・さて、てゐ。私の大事なお友達の使いを勝手に痛めつけたことについて、何か言い訳がある?」

 捕らえられた橙は眼前でてゐが目的の人物、八意永琳に酷い目に遭わされている状況を震えて眺めていた。

「・・・・・・」ピク、ピク

「あら~、てゐも死んだフリが巧くなったわね~。感心しちゃうわ~」

 ケツの穴に入れてはいけない太さの物体(橙にはよく分からなかった)をぶち込まれ悶絶を通り越して白目をひん剥き泡を吐き続けるてゐ。どこからどう見ても死んだフリには見えないのだが、永琳は笑顔のままその物体を足蹴にして更に押し込まんとしていた。

(ら、らんしゃま・・・・・・橙は生きて帰れるのですか・・・・・・?)ガクブル

 そのまま目の前で公開拡張ショーを続けると橙が失禁してしまいそうだったので、永琳は陰の掛かる笑顔のまま橙に向き直る。

「ヒィイイイ!!」ジョバー

「あっ、懸念してたことが早速・・・・・・」

 永琳の表情がよっぽど怖かったのか、橙は涙を流しながら下の穴からも涙を流す。

「ああああああ、ご、ごめんなさいごめんなさい! 汚した地面は舐め取って綺麗にしますので、お尻の穴だけは許してぇええ」ジョババー

「え、いいのよいいのよ。あなたは関係ないわ。ほら、膀胱を閉じて・・・・・・」

 いきなりの失禁に流石の永琳も慌てて橙を慰めようとする。にしても、失禁中の相手に「膀胱を閉じろ」という慰めはどうであろうか。

 ちなみに永琳に『女児が自分の粗相を舌で舐めとる』ことに対する性癖はない。断じて言おう、彼女は掘るのが好きなだk・・・・・・。

 

*   *   *

 

 10分後、ようやく橙は落ち着きを取り戻しぽつりぽつりと自分の目的を話し始めた。

 橙の言葉は主語や目的語が時々抜けていたりしたので、裏で手を引いている者の目的が明確になるまで手間取ったが、それでもすぐに判明する。

 目的が分かったところで永琳は橙に脅しをかけた。

「そう、・・・・・・じゃあ今の話を聞いた上で、あなたは今何がしたいのかを聞いてもいいかしら?」

「え、そ・・・・・・それは」

 橙は少し口ごもった。

「言われた任務を遂行するというの? 今のこの状態では万に一つも不可能よ」

「・・・・・・」

「いくら『スタンド』が使えると言っても、てゐ程度にあっさりと負けるようじゃあ成功の見込みは全くない・・・・・・。自分でも分かっていることじゃないの?」

「いや・・・・・・私は」

「『任務を遂行しなければならない』。思考がその一辺倒。あなたの所の主、八雲紫は本当にあなたに任務を遂行させたくてここに送り込んだのかしら?」

「えっ――――?」

 俯いていた橙は急に顔を上げる。

「分かった? だったら今日はもう帰りなさい。そして、ありのままを告げるのよ」

「・・・・・・」コクリ

 素直に頷く。

 永琳はそれをみて今度は優しく微笑んだ。

 永琳はお仕置きルームの扉を開けて橙を促す。

「――――おい」

 と、それを呼び止めたのは・・・・・・。

「――――ウサギ・・・・・・」

「・・・・・・てゐだウサ。それより、あんたんとこの親玉に永遠亭を代表して伝言を頼むウサよ」

 てゐはガクガクと腰を震わせながら橙にグッドのハンドサインを向けた。

 そして親指を下に向けて――――。

「『挑発するならもっと真剣にやれ』ってな!!」

 ぎぃっ、と笑って吐き捨てた。

 それに対して橙は「・・・・・・ああ」

「『必ず』伝えるよ。そしてお前は『必ず』私が倒すから」

 そう答えて永遠亭を出ていった。

 

*   *   *

 

「てゐ。いい感じに一旦幕を閉じようとしてるけどアレは言い過ぎだわ。何勝手なこと抜かしてるのかしら。紫がマジギレしてこっちに直接きたらどうするのよ」ゲシゲシ

「いだああああああああ!!!! や、やめて穴と穴が繋がるぅぅぅ!!!」

 お仕置きルームにはてゐの断末魔だけが反響していた。

 

*   *   *

 

 橙が永遠亭のてゐに捕まり、さらにてゐもろとも永琳に拘束された後、拘束を解かれて紫たちの元へ帰っていく。

 なお、橙が永遠亭に来たことはてゐと永琳だけが知ることである。ジョルノやディアボロ、それに鈴仙にも知らせていない。

 全て、永琳の独断である。

「さて、てゐ。今の話を聞いたなら大体分かったわね?」

「う、ウサ・・・・・・。ちゃんと頭に入ってるウサ・・・・・・。もうケツは戻りそうにないけど」

 尻に走る激痛に悶えながらてゐは永琳と会話していた。

「なら、あなたも『傍観』に徹するのよ。私がそうするように、真実を知ったあなたもね」

 永琳は棚から痛み止めを取り出しててゐに渡した(もちろん座薬)。

「・・・・・・どうしてそんなことするウサ? さっさとジョルノ達に言った方が・・・・・・あ、ありがとうゴザイマス」

 激痛に耐えながら患部に座薬を投与する。・・・・・・と思ったら座薬じゃない。ジェル状唐辛子だった。

「・・・・・・・・・・・・っッッっッ!??!?!?!」

 声も出せない、と言った表情でてゐは地面にもんどり打つ。まるでこの世の地獄を体言しているようだ。

「あら、てゐ。理由が聞きたいのかしら?」

「~~~~~~!?!?!?!???!!!?」

 うふふ、と永琳は笑っているが当のてゐにそんな声は耳に入らない。いや、もうこの月の御仁は何考えてるか皆目見当もつかない。

「理由なんて求めてはいけない。そうね・・・・・・強いて言うなら――」

 永琳は底知れない笑みを浮かべて

 

「楽しそうだから」

 

 彼女の暗躍は留まるところを知らない。

 

*   *   *

 

 こちらは幻想郷のどこかにあると言われている大妖怪、八雲紫の邸宅である。

「・・・・・・ただいま戻りました」

 と、そこに橙が帰ってきた。

「!! お、おかえり橙! 大丈夫だったか??」

 橙の帰りを待ちくたびれていたのか、八雲紫の式であり、橙の使役者である八雲藍がすぐに玄関へとやってきた。

「け、けがをしてるじゃあないか! ちょっと待っててね今救急箱を取りに行くから」

(――――やっぱり、藍様は任務ではなく『私の心配』だけを――)

 橙は藍の反応を見て悔しかった。慌ただしく救急箱を取りに行く藍の姿を見て、自分が信用されていないことが身に染みたのだ。

 ――――だから私は『八雲』じゃあないんだ・・・・・・。

 そんな考えが首を擡げてくる。

 するとそこに

「・・・・・・おかえり、橙。意外と早かったわね」

 八雲紫が姿を現した。

(――――紫様は『任務』も『私』も見ていないのか・・・・・・)

 分かっていたことだが、永琳に改めて指摘されてこれでもか、というくらいにその事実は橙の心に刻み込まれた。

「申し訳、ありません・・・・・・。任務は失敗して・・・・・・しまい、・・・・・・ぐすっ」

 情けない、自分が情けない。この報告も紫にとってして見れば形式的なことでしかない。『任務』を与えられて『失敗』の報告までが流れ作業。そこになにもドラマが生まれない。

 自分はただ紫様が探りを入れるために投入されるその辺の石ころとなんの変わりもない。水面に波紋をおこせればそれでいい。ただ少しだけ違うのはその石が少しの時間を置いて手元に帰ってくるだけである。

 橙は理解していたつもりだった。でもそれは目を背けていただけだった。『失敗報告』で泣いたことは何度もあったが、それは『失敗』したことに対する涙だった。流れ作業の内の一つだった。

「・・・・・・橙」

 藍は救急箱を持って玄関へと戻って来たが、紫と橙が対峙している今自分がしゃしゃり出るべきではない、と判断していた。

 その時、紫は口を開いた。

「――――橙、その涙の意味は理解してる??」

 

 静寂したあと、橙は小さく頷いた。

 

「――――だったらあなたの『失敗報告』は不問にしてあげる。ただし、『次』は必ず『成功報告』をするのよ?」

 

 その言葉に橙は涙を止めた。

 

 ――――だって、今まで私は『次』を言われたことがなかったから。

 

「今日はゆっくり休みなさい。あと藍、早く橙の傷の手当てをしてあげてね」

 紫はどこからともなく扇子を広げて自分の部屋へと戻って行った。

「は、はい! 大丈夫だったか橙! 痛いところは――――」

 藍の手当を受けながら橙は今までに感じたことのない充足感の中にいた。

 それは彼女が自分の『弱さ』に真に向き合えたから。そして『弱さ』をくつがえす『強さ』を真に求めようとしていたから。

 『強さ』に飢える者の成長は早い――――。

 

*   *   *

 

 自室へと引き払った紫は机上の『スタンドDISC』を納めるケースを開いてぱらぱらと眺める。

 橙に適合したのは『牙(タスク)』だった。だが、現在自分と藍に適合するDISCは所持していない。『スタンド使いはスタンド使いでしか倒せない』のなら、自分はこの数枚の扱うことが出来ないDISCは不要である。しかし、手放すのは惜しい。

 ならば橙のように適合するものを駒として用いればいい。それが八雲紫の算段だった。

「・・・・・・『キング・クリムゾン』と『ゴールドエクスペリエンスレクイエム』・・・・・・」

 紫はスキマを用いて得た情報――――この二体のスタンドを何としても手に入れなければならなかった。

 幻想郷の秩序のため、『あの男』が完全に復活してしまうのは本当に拙いのだ。

「・・・・・・ディアボロ・・・・・・! いいわ、永琳。あなたの言う『挑発』を更に過激にしてあげるわ・・・・・・」

 紫は幻想郷の中で誰よりも『あの男』を警戒していた。

 自分から討って出ることが出来ないのは歯がゆいが対抗手段がないのなら仕方がない。ならばこちらは手を回すまで。

(幸いにも『彼女』が永遠亭にいる・・・・・・。ならば、この二体がベスト!)

 紫はケースから二枚のDISCを引き抜き、スキマの中へと姿を消した。

 

*   *   *

 

 場面は再び永遠亭。何も知らないジョルノ達はもうすぐ夕食の時間のため共同で準備を進めていた。

「おぉい、ジョルノ。野菜切ったが次何すればいいんだ?」

「ありがとうございますドッピオ。では洗っていない皿とか器具とか洗っててください」

「いやぁー、鈴仙なんかごめんね。私まで夕食頂けちゃうなんてさぁ」

「いいよいいよ美鈴。手伝ってくれてるんだし、みんなで食べた方がおいしいからね」

「うぅっ、有り難き幸せ・・・・・・(門番してると満足にご飯も食えない)」

「え、ちょ何で泣くの・・・・・・?」

 永遠亭の台所はジョルノ、ドッピオ、鈴仙、美鈴の四人でごった返しだった。いくら広い台所といっても大人四人が入れば結構ぎゅうぎゅうである。

 ちなみに何で四人で共同して料理を作っているのかというと・・・・・・。

「よっしゃあああああ!! 輝夜!! 飲み比べだ! 絶対負けないからなァ!!」

「ふわ~・・・・・・いいけど・・・・・・、どうせ私勝っちゃうよぉ・・・・・・ぐぅ」

「あらあら、姫様酒を飲みながら寝ると全身からミミズが這い出てきて死んじゃう夢を見るってそこの虫妖怪が」

「ええええ!? 私そんなこと言ってませんよ!? ていうか何で私たちここにいるんだ!?」

「しーらなーいっと! でも楽しいから私は騒ぐよー! 歌ってもいい?」

「いや、ミスティア・・・・・・。お前の歌は結構やばいからな・・・・・・妹紅や永琳が良くてもあの人間二人には酷だろう。やめてやれ」

「全く、二人とも私が呼んだ(DISCの件で借りがある)んだから感謝して欲しいウサね」

 と、まぁ。そこには十人十色人間妖怪人外何でもござれのお祭り騒ぎとなる様相でありまして。

 リグル・ナイトバグ、ミスティア・ローレライ、上白沢慧音、因幡てゐ、蓬莱山輝夜、藤原妹紅と見事に永夜組が集結し宴会をしているのだ。(ん? 主人公たちが足りない? 気にするな!)

「しかし、酷い宴会だな・・・・・・」

「僕もここでの宴会は初参加ですが、こんなにバカ騒ぎするとは・・・・・・」

 外来人組のドッピオとジョルノは客間で繰り広げられる大騒ぎに若干引き気味だった。

「ははは・・・・・・まぁ、異変の後の恒例行事みたいなもんかな? 今回は魔理沙も霊夢も行動を起こさなかったけど・・・・・・いつもは宴会に主役が二人いるんだけどね」

「へぇー」「誰ですかそれ」

 鈴仙は恥ずかしげに言うと二人は興味なさげに答える。

「・・・・・・えっと、うん。なんか凄い二人だよ・・・・・・」

 自分の自慢みたいな口調だったのが余計恥ずかしくなり、鈴仙は料理の支度に専念していた。

「そういえば、二人は元の世界では何かされてたんですか?」

 美鈴は鍋の火加減を調節しながら尋ねる。

「へ? い、いや俺もジョルノも前の世界の記憶がないからなぁ・・・・・・なにしてたんだろ?」

「・・・・・・僕はきっと『何か』と戦っていました。ぜんぜん思い出せないけど、特別なモノのために」

 皿を洗いながらのドッピオののんきな返事とは逆にジョルノは真剣な眼差しでふと呟いた。

「そうなですか、まぁそんな『気』はしましたが」

「? 美鈴さんだっけ? なんでそんなことが分かるんだい?」

 美鈴は一人でははぁ、と得心が行った感じで鍋の具のかき回していた。

「あ、私は固有の能力で『気を操る程度の力』がありましてね。生き物の気配を探れたり、相手の力量を把握したり出来るんですよ」

「なるほど、それでジョルノの内なる力を感じ取れたってことか」

 キュッ、と蛇口をひねり水で箸を洗い流すドッピオ。それに対してグリルで何かの肉を焼くジョルノは「いや、やめてくださいよ。内なる力とか恥ずかしい」と照れくさそうに答える。

「・・・・・・ん? ってことは俺にもそんな『気』が漂ってるってこと?」

 ドッピオは顎に手を当てながら箸の水気を切り、鈴仙に手渡す。「サンキュー」と言って鈴仙は箸と皿を持って台所を出て行き客間へと料理を運ぶ。ついでにてゐに足を引っかけられて派手に転んだ。

「うーん・・・・・・まぁ若干ですけどねぇ。もう、ホントに極小さいレベルなんですけど」

「ふーん・・・・・・」

 ごくごくわずかだが、俺にもジョルノのような戦いがあったのかもしれない。ドッピオは自分の『中』に存在する気というものに何か不思議な感じがしたが。

「うわー! 鈴仙酷い顔ウサ!」

「うううううるさーーーい!! あとで百倍に返してあげるんだから!!」

 客間から聞こえてきたいつものてゐと鈴仙のやりとりに笑いがこみ上げてきてすぐに忘れてしまった。

「ははっ、鈴仙そりゃ傑作だ。写真撮っとく?」

 鈴仙はてゐに向かって怒っているがその顔はパイまみれ。汚いの一言である。

「いいですね、それじゃ携帯を・・・・・・ってここじゃ使えないんですよね。鈴仙カメラ持ってる?」

「誰が渡すかクソがあああああ!! あんたら絶対覚えてなさいよ!」

「ちょ、その顔でこっち見ないでください。気持ち悪いです」

「ストレート!?」ガビーン!

 と、ドッピオには今のジョルノの単語が耳に残った。

(・・・・・・携帯・・・・・・?)

 なぜそんな単語が耳に残ったかは分からない。無意識の反射かもしれない。

 ドッピオの底に眠る『彼の意識』の。

 

*   *   *

 

「あーあー、さてと。そろそろこの辺がクライマックスって奴ウサね! レッディース&ジェントルメーン!! これが本日のメインイベント!!」

 てゐは酔いが回っているのかどこからか机を引っ張りだしてきて何か言い始めた。

「っててゐ。何が始まるのよ」

 鈴仙はそれほど酔ってないのか、人参をかじりながらてゐを睨む。

「おいおいおいおいおいおい、輝夜輝夜輝夜・・・・・・どうしたんだお前・・・・・・なんで分身してんだよ反則だろぉ~~~~~」

 まだ誰も酔いつぶれていない中、異常なハイペースで輝夜と飲み比べていた妹紅がそろそろヤバイ。

「お、おい妹紅・・・・・・お前もう焦点が・・・・・・」

「邪魔するんじゃねぇえぞ慧音・・・・・・。私はぁ、こいつにぃ勝たなきゃ気がすまないんだ・・・・・・」

 妹紅はぐだりながら輝夜と対峙しており・・・・・・。

「ゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュッ」

 当の輝夜は妹紅の目の前で一升瓶を一気飲みしていた(真似しないでください)。

「ふぅ、おいしい・・・・・・」シラフー

「ぐぬぬぬ・・・・・・」

 明らかに妹紅以上のハイペースで飲み続けている輝夜だが、その表情は全くの素面。全然まだまだいける口だ。

「お前にぃ! 出来て私に出来ないことはないいいい!!!」

 若干激昂しながら妹紅は同じように一升瓶を開けて

「だ、ダメだ妹紅! それ以上いけない!」

「ゴキュゴキュゴキュゴキュゴ・・・・・・」

 と、妹紅の手が止まった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 会場の視線は既にてゐでは無く、妹紅の方に集まっていた。

「・・・・・・えっと、ちょっといいウサ?」

 てゐは何とかこっちにみんなの視線を向けさせようとするが、みんなの視線は固まった妹紅と同じように動かない。

「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」

 と、永琳がおもむろに立ち上がり、脈を取った。

 

「・・・・・・」

 

「し、死んでる・・・・・・」

 

*   *   *

 

 藤原妹紅、急性アルコール中毒で死亡!(少ししたらリザレクション)

 

*   *   *

 

「・・・・・・今更死人がでてもあんまり驚かなくなっちゃったな」

「同感です」

 既に永琳が不死だとドッピオとジョルノは知っているため「すぐ復活する」と説明されたら直ぐに納得した。

「うわー、ほんとに死んでるね」

「ちんちーん! かわいそ!」

 リグルとミスティアはケタケタと笑いながら妹紅の死体をつついていた。

「・・・・・・全く妹紅の奴め・・・・・・。復活した後に説教が必要だな」

 慧音は親友が目の前で死んだというのに全く動じる様子もなく、そのまま永琳と晩酌を始めた。

「わーい、妹紅死んだ死んだー(棒)」

 輝夜は適当にそう呟いて一升瓶をもう一本開けて一気飲みをする。

 まさにカオス! 外来人二人は既に感覚が麻痺し始めていた。

「えーっと、ちょっといいウサか?」

 てゐは恥ずかしげに言った。

「何よてゐ。あんた妹紅に邪魔されて話折られたくせに」

 そうだそうだー、と適当にはやし立てるリグルやミスティア。彼女たちは本当に子供っぽい。

「ぐっ、そう言っていられるのも今のうちウサ! みんな、ちょっと聞いて欲しいウサ!」

 再びてゐの大声により会場の注目は彼女に集まった。

「本日のメインを始めようと思うウサ! じゃあ観覧する人は端に避けて欲しいウサ!」

「はぁ~? 何言ってるのよてゐ。観覧する人って一体何するつもりなのよ? だいたいアンタみたいなのに耳を貸す奴なんて誰もいやしないわ。さっきだって私を転ばせた挙げ句パイまでブツケて・・・・・・。そんな奴の言うこと聞くのは・・・・・・」

「そうだね~~~~~、アンタ以外ウサね~~~~~~~~」

「そうそう、私以外くらいしかいないわよ・・・・・・って」

 鈴仙がてゐに注目して周りを見ていない隙に――――。

 

「えっと・・・・・・何これ?」

 

 全員もう端に避けていた。

「はいはいはいはいはーーーーーい!!!! それじゃあついに鈴仙・優曇華院・イナバの幻想郷一、おもしろい爆笑必死の一発ギャグがお披露目されまーーーーーす!!!! みなさん腹筋が崩壊しないようにがんばって耐えてねーーー(笑)」

「うおおおお!!」

「頑張ってねーうどんげー」

「ガンバレー!」

「期待してますねー」

「鈴仙さん頑張ってくださーい」

 なんやかんやで盛り上げる外野。てゐのせせら笑い。一人取り残される状況。ハードルの上げ方。エトセトラ、えとせとら、etc...

 鈴仙の胸中はお察しするが、みんなはとりあえず「自分があの位置じゃなくて良かった」と思っているだけである。

 

「・・・・・・え?」

 

 鈴仙は呟くことしかできない。何この無茶ぶりとハードル。何て言ったあのクソウサ。

 

「じゃあみなさん静かにお願いしたいウサ! 聞こえないと困るからねー」

 てゐの一言で会場は静かになっていく。まだ状況が飲み込めていない鈴仙は。

「ちょっと、て・・・・・・」

「イナバー」

 てゐ、と言おうとして遮られた。

 遮ったのは蓬莱山輝夜。月のお姫様。

「面白くなかったら全身の皮が無くなると思えよー」ニッコリ

 

 

(冗談じゃすまされないッッッ!!!!???)

 

 

 頑張れ鈴仙、負けるなうどんげ! 我々に出来るのはそう願うだけである。

 

*   *   *

 

(くくくっ、私が酷い目にあったというのにお前だけ宴会を楽しむなんてそんなセコイことは許さないウサよ・・・・・・! 姫様もなんやかんや乗り気だし、大衆の面前で赤っ恥かいて死ね!)

 てゐの思惑通り、鈴仙は焦っていた。無茶ぶりにもほどがあるんじゃあないか?

「いやいや、し、しないわよてゐ! なんかみんなの雰囲気に飲まれそうだったけど、そんなことは・・・・・・」

 鈴仙は必死でやらないアピールをするが、てゐはおろか他のみんなまで怪訝そうな顔をする。

「おいおい、あそこまで言っておいて今更やらないのか」

「しけてるねー、冷えてるかー?」

「心なしか酒の味も悪くなるな」

 ため息まみれの会場。鈴仙は単なる被害者だが、こんなムードにしたのは彼女のせいでもある。可哀想だが、現実は非情なのだ。

「イナバー、早く早く」

「ひ、姫様・・・・・・」

 輝夜はいまいち状況が分かっていないようだが、『オモチャが何かする』くらいには認識しており、のんびりとした表情で鈴仙をせかす。

(これはマズイ。まんまとてゐの策略に引っかかってしまったわ! ギャグをしなければ会場は丸潰れになり私の命が危ないし、シラケたら姫様がごねて私の命が危ない。チクショー! あんだけ飲んでるから姫様笑い上戸になってよ!)

 と、思いつつ。

 

「・・・・・・え、では師匠。座薬ください」

 彼女は渾身のネタをするつもりだった。

「? いいけど、痔?」

「違いますよ! 一発ギャグです! 私の代名詞を使って!」

 座薬が代名詞とは悲しいことだがこの際四の五の言ってられない。例え不本意な仕事でもしっかりやり遂げなければならないのだ。

 永琳は鈴仙の覚悟を決めた瞳を見て何かを察したのか、懐から一錠の薬を取り出した。

「はい」

 ぽい、と投げ渡すと鈴仙はそれをキャッチ。そしてそれを指先で摘み直し、銃口を向けるような形で座薬を見せつける。

 

「今から一歩も動かずにこれを弾幕に見立てて私自身に投与します」

 

「・・・・・・」

 誰も鈴仙の言った意味が分からなかったのだろうか、しーんと黙りこくってしまった。

 そして鈴仙は――――。

「『BANG』」

 と呟くと予備動作もなしに座薬が指先から打ち出され、不規則な動き方をしながら鈴仙の周りを目まぐるしく動き回る!

「な、何だあの不規則な動きは!?」

「目で追うのがやっと! すごいすごーい!」

「ぐぬぬ・・・・・・い、意外とやるじゃないのさ」

「うわー」

 慧音は驚き、リグルやミスティアは目を輝かせ、てゐは歯ぎしりをし、輝夜は適当に声を上げた。

 右に左にまさに座薬が縦横無尽。かなり不気味な光景である。

 ――という風に普通の人間や妖怪は思うだろう。だが、ドッピオとジョルノには見えていた。

 

 『セックスピストルズ』が座薬弾を彼女の周りでお手玉している光景が!

 

「キャッホーーーー!!」

「レイセンハヤクアイズシヤガレェエエーーーー!!」

「オノゾミドオリ、ブチコンデヤルゼェーーーー!!」

 主のケツの穴に弾をぶち込むというアレなことを楽しみにするピストルズ。てゐと姿はそっくりだが対極のような楽しみ方である。

「・・・・・・あんなスタンドの使い方は僕らは思いつきませんね」

「いや、思いついても俺は絶対しないぞ??」

 二人はその様子をげんなりと見守っていた。一体いつあの小さなてゐ達に座薬投与のタイミングを教えるのだろうか・・・・・・。

 だが、二人とは違い意外にも会場は大盛り上がり。てゐは悔しそうにしているが輝夜は「うわー」と適当ながらもその視線は鈴仙に釘付けである。

「(よし、このタイミングね! あとは痛みに耐えるだけ・・・・・・!)ゴー!!」

 

「ヨッシャアアア!」

「ハァクイシバレヨレイセン!」

 

 ピストルズは座薬弾をうまく誘導し、そして――――。

 

 ドムッ!!

 

「・・・・・・ッ!!!」

 鈴仙の尻に見事に投薬された。

「「「「うおおおおお!!」」」」

 会場は一気に大盛り上がり! てゐの思惑は大きく外れたが結果的に宴会を盛り上げることにはなった。

「・・・・・・あ、鈴仙今の座薬は実は練り辛子入りなのよ」

「あああああああ!? ちょ、師匠!? 今言うんですかそれ!? ああっ、やばいかも! 投薬時の痛みが引いてきたと思ったら辛くなってきた!? 聞かなきゃよかった、ってヒリヒリするううう!!」

 結局はてゐにではなく永琳に騙されたが、姫様も満足げだったようだし鈴仙はほっと安堵の表情を浮かべる。

「すごいわイナバー、見直したわー」

 輝夜はにこにこしながら手を叩いてケツを押さえる鈴仙を称えた。そして――――。

 

「ところで今のちっちゃくて、可愛いてゐ達は何だったの?」

 

 永琳は耳を疑った。

 

*   *   *

 

 八雲紫はスキマから顔を出すとそこには二人の少女が広い部屋で大暴れ、もとい破壊活動に勤しんでいた。

「WRRRRRRRYYYYYYYYY!!! 咲夜はどこよッ! 咲夜を出しなさい!! そしてここから出しなさい!!」

「パチュリーーーーーー!!! 今すぐ結界を解かないといくらあなたでもブチ殺しだよ、ぶっ殺し!!」

 ガシャアン! ズガッ!! ドドドッ! ガァン!

「・・・・・・世話が焼けるわね・・・・・・。しかしよくもまぁ、この屋敷は倒壊しないものね」

 二人の吸血鬼を屋敷の大広間に三重結界で閉じこめて(流水の結界)動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジは静かに呟いた。

「当然ッ!! 私の紅魔館なのよ!! 派手な爆破エンド以外で倒壊なんてさせないわ!」

「じゃあ今からぶっ壊そうそうしよう! きゅっとして・・・・・・」

「やめてフラン!」

 紅魔館の主であるレミリア・スカーレットとその妹、フランドール・スカーレットは広間の床を殴りつけて陥没させながら叫んだ。言ってることとやってることがかなり矛盾している気がする。

「・・・・・・はぁ」

 パチュリーは呆れたように深い椅子に座ってため息をついた。

 レミリアやフランドールがこんな風に暴れると、決まって止めにはいるのが咲夜の仕事だった。彼女が仲裁すると何事もなく二人は静まるのだが、今日はそうもいかない。

(肝心の咲夜が屋敷を飛び出してもうすぐ丸一日・・・・・・美鈴は何をやっているの? この二人、今はまだ暴れ回るだけで済んでるけどこのままじゃ殺し合いに発展してもおかしくないわ・・・・・・)

「なら私が代わりに諫めましょうか?」

「そんなことが出来るなら最初からしてもらいたいものね・・・・・・」

 当然のように呟いて、・・・・・・今のは誰の声なんだ? と思い。

「むきゅ!?」

「今晩は、大図書館さん」

 背後を振り返るとそこには大妖怪、八雲紫がスキマから半身を出して手を振っていた。

「むきゅ、むきゅきゅきゅきゅ!!(いつからそこにいたのよ!)」

 ちなみにパチュリーは焦ると口調が少しおかしくなるが、大体言いたいことは伝わるので誰も気にしていない。

「紫?」「ばばぁ!!」

 パチュリーの驚きの声によってレミリアとフランは紫の存在に気が付いた。

「あら、口が悪いわねフランドール嬢。躾は受けていないのかしら」

「うっさいばばぁ! 暇だから咲夜を出すか、私に殺されろ!!」

「フラン。咲夜を出すのには賛成だけど殺すのはやめなさい」

 騒ぐフランを窘めながらレミリアは紫と結界越しに対面する。

「何のようかしら年増女。私たちは今あんたのことに構ってる時間は全くこれっぽっちも無いんだけど、さっさと帰れ」

「あらあらヒドい歓待ですこと。レミリア嬢もまともな教育を受けていらっしゃらないようで」

「私は教育『する』側だからな・・・・・・? あまり怒らせると勢い余ってぶっ殺すぞ?」

「お姉さまもぶっ殺すって言ってるよ」

「あら、そうね。じゃあ殺してもいいかもしれないわ」

「そうなの? じゃあ殺しましょう」

「そうね、殺しましょう」

「どうやって殺す?」

「あなたが殺して」

「あなたが殺すの」

「そうね」

「そうしましょう」

 フランはレミリアに寄りかかって、レミリアもまたフランに寄りかかって奇妙な会話を続ける。

「むきゅ、むきゅむきゅっむきゅ(この二人はいつもこんな会話するから気にしないで頂戴)」

 パチュリーは二人の意味不明な会話にフォローを入れるが

「そうね、あなたも含めて訳が分からないわ」

 紫の笑顔に一蹴されてしまった。

「むきゅう・・・・・・」

「で、何しにきたのかしら?」

「殺されに来たのかしら?」

 レミリアとフランは絡まり合うような姿勢で紫に同時に話しかけた。

「殺されに来たわけではないわ。ただ、あなたたちの捜し物がどこにあるのかを教えにね」

「「――!!」」

「捜し物むきゅか・・・・・・」

 パチュリーも含め、全員が瞬時に理解した。

 八雲紫は十六夜咲夜の居場所を知っている。

「咲夜という犬のことね!」

「犬のような咲夜のことね!」

 二人は目を爛々と紅く輝かせて言った。

「そうよ。私は十六夜咲夜の居場所を知っているわ」

 紫は言葉の裏でほくそ笑みながら肯定した。

「教えなさいよ!」

 レミリアは食ってかかるように叫ぶ。

「殺されたいの!?」

 フランは敵意剥き出しで威圧する。

「教えない気も殺される気も毛頭ありませんよ? ですが、あなたたち二人には協力をしてもらうけれどね・・・・・・」

 と、紫は指をパチンと鳴らすと――――。

「むきゅっ!?」

 結界の中にいたはずのレミリアとフランドールの姿はなく、もちろん紫の姿も消えていた。

「むきゅううん!!(しまった! 『境界を操る程度の能力』に結界なんて無いに等しかったんだわ! 油断した、二人が連れていかれた!)」

 パチュリーは一瞬焦るが・・・・・・。

「・・・・・・むきゅ」

 考えてみれば現在絶賛暴走中の吸血鬼姉妹が八雲紫に連れていかれただけである。自分にとってみればこれ以上結界を張る必要が無く、とりあえずはいずれ咲夜は戻ってくるのは確実になった。

「むきゅきゅ(部屋戻ろ)」

 美鈴も帰ってこないため自分がこれ以上この件に首を突っ込んだところで無意味と判断し、パチュリーは静かに図書館に引き払っていった。

 

*   *   *

 

「さて場所も変わったところですし、居場所を教えましょうか」

 紫はとある空間に二人を連れてきて言った。

「げほっ、こんなところに連れてきて・・・・・・何をしようって言うのかしら」

「頭くらくらするー・・・・・・」

 スキマでの移動は慣れていない者にとって若干乗り物酔いのような状態に陥りやすい。紫にとって二人が乗り物酔い状態にある間は安全である。

「十六夜咲夜の居場所を教える前に、頼みごとがあるわ」

「頼み?」

「そうよ、あなたたちにとってはすごく簡単な頼みよ」

「・・・・・・情報と交換というわけか。つまらない頼みなら今ここであなたの首をかき切ってもいいのよ・・・・・・?」

「首、かき切る? 私が切りたい切りたい!!」

「フラン、ちょっと黙って」

 かき切るという単語に反応したのか、フランは子供のように駄々をこねはじめるが紫は無視して

「ええ・・・・・・ある人間をぶっ殺す、単純でしょう? こちらの道具も与えるから、きっと二人は気に入るわ」

「「殺す?」」

 二人はその単語のみに反応する。と、紫に二枚の変な物体を渡された。

「道具なんて必要ないわ・・・・・・というかこれ何よ」

「殺す! 殺す! フラン一杯殺すよ!」

 レミリアとフランに一枚づつ手渡されたその物体は円盤状をしており、変な肌触りをしている。ぐにぐに曲がるが、元の形にすぐに戻るのだ。

「それは『スタンド』という特殊な・・・・・・そうね、精神の具現とでもいうべき存在が封じられていますわ。二人に殺してほしい人物――――ヴィネガー・ドッピオも同じようにその『スタンド』の能力を持っているの。『スタンド』を持つ者には『スタンド』でしか対抗できない・・・・・・これがルールよ」

 紫は説明しているが二人はあまり理解できていないようで

「とりあえずドッピオって奴をぶっ殺せばいいの?」

「フラン難しいことわからないよー」

 首を傾げてDISCをしげしげと眺めていた。

「・・・・・・まぁ、あなたたち二人なら無くても問題は無いでしょうけど・・・・・・。頼まれてくれるかしら?」

 こんなことは紫にとっては予定調和。現在はドッピオという人格に隠れているディアボロを引っ張り出しさえすればいいのだから。

「いいよ、別に。そんなことより咲夜の居場所を教えなさい」

「そう。なら、私からのお願いはもうないわ。――――十六夜咲夜の居場所は永遠亭よ。そして、そこに殺して欲しい人間も存在するわ」

 紫は空間に再びスキマを作り、その先を示した。

「こっちに咲夜がいるのね?」

「咲夜が? 本当に?」

「ええ、・・・・・・これで私は一旦自分の家に戻るけど、素敵な報告を期待してるわ・・・・・・。あ、あとあなたたちの『スタンド』の名前を教えてあげましょう。これで少しは興味がわいてくれればいいんだけど」

 するとレミリアはぎぃっと笑って

「よい、話せ」

 嬉しそうに言った。捜し物を目前にした興奮だろうか、鼓動がやけに速まっている。

「あなたたちの『スタンド』・・・・・・レミリア嬢のスタンドは『クレイジーダイアモンド』。フランドール嬢のスタンドは『キラークイーン』。そのDISCを頭に挿入することで『スタンド』は発言するわ」

 そう言い残して紫は再びスキマの中に消えた。

 

 

 スキマとスキマの狭間に悪魔が二人。レミリアとフランドールはお互いの顔を見合わせ、レミリアはフランドールを押し倒す。フランはそれを享受する。混ざり合うようにお互いの体、羽、舌、指を絡め合う。二人の吸血鬼の不気味で神聖な抱擁。

 

「フラン、ねぇフランドール?」

「何かしら、レミリアお姉さま」

「私ね、とってもとってもとてもとてもいいこと考えたの」

「あら、奇遇ね。私もすっごくすっごくすごくすごくいいことを思いついたところだわ」

「まぁまぁ、奇跡みたいね」

「違うよ、運命だよ」

「それでフランの考えついたいいことって何かしら?」

「いや、先にお姉さまの考えからでいいよ。私は後がいい」

「だめよ」

「どうして?」

「不平等だわ。考えたのが私が先で、言うのも私が先なのは不平等だわ」

「そうなのかな? でもお姉さまからでいいよ」

「本当に?」

「うん」

「本当は?」

「私が先に言いたい」

「奇遇ね、私も先に言いたいわ」

「二度目の奇遇は素晴らしいわ」

「この上なく素晴らしいわね」

「だったら提案があるの」

「一緒に考えを言いましょうって?」

「そうよ、それ」

「それね。私もそれがいいわ」

「じゃあせーので言っていこうよ」

「いくよ」

「せーの」

 

「「私の『スタンド』とあなたの『スタンド』、取り替えっこしない?」」

 

「うふふふっ」

「あはははっ」

「何でもあの妖怪には思い通りにさせないわ」

「何でも従うと思ったら大間違いよ」

「『殺戮の姫(キラークイーン)』は私の方がふさわしい」

「『狂気の宝石(クレイジーダイアモンド)』は私の方がふさわしい」

「だったら替えましょう」

「取り替えっこすればいいんだよ」

「そうすればお互い素敵」

「そう、素敵な交換ね」

「最高よ、最高の気分だわ」

「高鳴りを押さえきれないくらいに」

「あなたも?」

「そう、私も」

「みんな殺さないと、押さえられないわ」

「あなたも?」

「うん、私も」

「じゃあ殺しましょう」

「そうね殺しましょう」

「永遠亭を」

「死の香りで」

「一杯にしましょう」

「そうしましょう」

「うふふふふふふふふふふ」

「あはははははははははは」

 二人のどちらが発しているか分からない会話と高笑いはしばらく続いた。

 そしてお互いが絡み合う中で二人は持っているDISCをお互いの頭の中に差し込んだ。

 

 

第⑨話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 スタンド使い/スタンド名

 

 レミリア・スカーレット / 『キラークイーン』

 フランドール・スカーレット / 『クレイジーダイアモンド』

 

*   *   *

 



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恐怖!紅魔館の悪魔たち②

※注意※
この小説は東方projectとジョジョの奇妙な冒険とのクロスオーバー作品です。両者には多大なる敬意を払い作成しておりますが、クロスオーバーゆえの自己解釈が発生します。これまでも多々あったのですが、今回はかなりの原作改変(デザイン的な面です)を含んでおりますのでご了承ください。ちなみにレミ×フラは最高です。


ボスとジョルノの幻想訪問記9

 

あらすじ

 

 橙から明かされた八雲紫の真の目的を知った永琳とてゐ!

 八雲紫と八意永琳の暗躍!

 宴で盛り上がる永遠亭に忍び寄る影!

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第九話

 

 恐怖!紅魔魔の悪魔たち②

 

 八雲紫のはなった刺客は闇に染まる竹林に降り立った。

 彼女たちは吸血鬼。すなわち夜の女王たちだ。闇で視界が悪くなることなど当然の如く、無い。目をギラリと紅く光らせレミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットは永遠亭に向かう。

「お姉さま」

 フランはレミリアに声をかける。

「どうしたのフラン」

 先ほどの様子とはうって変わって、フランは通常の状態で話しかける。

 ちなみに、吸血鬼という種族は人間を好まない。だが吸血鬼は最も人間寄りの思考を持っている、という。そしてその特異性、希少価値ゆえに個体数が少ないためいわゆる『同族性愛』が成立しやすい。

 それは、彼女たち血を分けた姉妹でも例外なく――――。

 だから、彼女たちは気分が高まるとお互いを激しく求め合う傾向にある。その状態になると体を絡み付かせ、混ざり合うような会話を進めるのだが、普段は至って普通の姉妹だ。

 フランドールがやんちゃな妹、レミリアが気丈な姉。

 その方程式はまだ保たれていた。

「さっきババアから貰った『スタンド』ってさー。いまいち使い方が分かんないんだけど」

 フランの口の悪さには常日頃から辟易しているレミリアは「そんなことを言ったらスキマ送りにされちゃうわよ」と言って。

「そうね」

 と、つぶやいた。

 フランの言うことも当然だ。自分たちは紫から頼まれてここにいるわけだが、ついでのような感じ――――いうなれば成り行きで受け取った『スタンド』の使い方は一切教えて貰っていない。

 不親切極まり無い・・・・・・が、あの『八雲紫』が何も考えなしにコレを与えただけとは考えづらい。おまけに『使用方法』も教えない、とは何か絶対にあるのだろう。あの胡散臭さで構成された笑顔の裏に。

「・・・・・・『運命』でも見ましょうか」

 と、レミリアはフランの目を見た。

「お姉さま命名の『ディステニー・レンズ』だっけ? ダサいと思うよ」

 レミリアは最近気が付いたのだが、他人の目の奥をじっと見ればその人物の運命がぼんやりと分かる・・・・・・らしい。そんな曖昧な能力より彼女のネーミングセンスはもはや能力の領域だろう。すごい(小並感)。

「ふっ、あなたには私の超カリスマ的ネーミングセンスはまだ早いわ。紅茶を砂糖なしで飲めるようになってから出直しなさい」

 と、砂糖なしで紅茶が飲めるようになった(ミルクは入れる)レミリアはフランの瞳の奥を凝視する。

「・・・・・・お姉さま」

「どうしたのフラン・・・・・・今集中してるから・・・・・・」

「ちゅーしていい?」

「・・・・・・いや、・・・・・・遠慮するわ」

 若干の間を置きつつ、レミリアはフランから離れる。

 今の自分は『気分』じゃあない。妹よりも公私の弁えはあるつもりだ。

 そんな姉を知ってか知らずか、拒否された妹は仏頂面を作り皮肉げに漏らす。

「たかだか『ぼんやり』の運命ごときにこんなに時間かけるなんて、お姉さまの能力って強いのか弱いのか分かんないよ」

「なぜ今それを言うの・・・・・・」

 フランの『ありとあらゆるものを破壊する能力』ほど能動的に行えず、しかもかなりアバウトな『運命を操る能力』をレミリアは実は気にしていた。

 しかし「いや、でも操るなら運命でしょ」と割り切っているのだが・・・・・・。

「一応ぼんやりだけど分かったわ。フラン、『クレイジーダイアモンド』という言葉で何が思い浮かぶ?」

「・・・・・・うーん、・・・・・・私?」

 にっこりして自分を指さすフラン。

「狂ってるっていう自覚はあるのね・・・・・・えっと、自分以外でお願い」

「『クレイジーダイアモンド』って言われてもなぁ・・・・・・。一応、まぁ心にちょっと引っかかる所があるから・・・・・・うん。思い浮かんだよ」

 フランの『心にちょっと引っかかる所』とはいうなれば『スタンド』と自分の精神の取っかかりのようなものだろう。説明が難しいが、『スタンド』は『スタンド』でしか倒せない、という法則があるように、『スタンド』に関するあらゆることは実際に『スタンド使い』になってみなければ分からないのだ。

「思い浮かんだのね。そしたら、そのスタンド像が『あって当然』と思い浮かべるのよ。右手を動かすのと同じように、左足を動かすのと同じように、『スタンド』を出すことを当然と思うの。そしたら――――」

 と、レミリアが説明すると

「『クレイジーダイアモンド』」

 バァァァーーーーーz________ン!!

 瞬時にフランドールの背後からスタンドが出現した。

「おぉー、すごいすごい! 本当に私が思った通りのヤツだよ!」

 フランは飛び上がりながらパチパチと手を鳴らして声を上げた。

「・・・・・・うわぁ・・・・・すんごぉいセンス・・・・・・」

 ちなみに、レミリアの反応は上記の通りだが、実際にフランドールが発現させた『スタンド』の様相は・・・・・・。

 

 かなりヒドかった。

 

 その容姿はかろうじて人間のソレを為していたが、とてもこの世のものとは思えないほどのグロテスクな風貌だった。

 ベースの色は白であるが、ショッキングピンクのミミズ腫れのようなラインが不規則に全身を走っている。それは血液でも運んでいるのだろうか、時々波打ちそのたびにドクン、ドクンという動悸の音が響く。スタンドの表情は虚空を見つめており口の端から赤黒い液体がボタボタと顎を伝って地面に落ちる。その液体は地面に当たると煙を上げながら蒸発している。

 また、ところどころに可愛らしいハートのモチーフが施されているが、全身の狂気じみた印象によって逆に不安さをかき立てる。子供の発想をぐちゃぐちゃにかき乱したような印象。

 見るものを不快にさせる『スタンド』だった。

「お姉さま! 見えてる、見えてる? 可愛くない、これ可愛いよね!」

「・・・・・・え、えぇ。な、なかなかのセンスをお持ちで・・・・・・」

 レミリアは改めて「自分とフランは徹底的にセンスが合わないな」と思った。

「それで、お姉さまの『スタンド』は?」

 自分の奇妙なスタンドの頭の上に乗ったり肩車したりとやりたい放題のフランは呆然としていたレミリアにそう尋ねた。ちなみにフランのスタンドは何故か微動だにしていない。ダラダラと口から唾液のような液体を流しながら虚空を見つめ続けていた。

「・・・・・・あっ、うん。そ、そうね・・・・・・一応、もう見当はつけてるから・・・・・・いいわ、お見せしましょう。出よ」

 と、レミリアは突然の振りにびくっと体を跳ねさせて、平静を取り繕いながら

「『キラークイーン』」

 その直後。

 バァァァァーーーーーーz_________ン!!

 レミリアの背後にも『スタンド』が出現した。

 ちなみに、レミリアはネーミングセンスは皆無だが彫刻愛好家でもあるので美的センスは凄まじい。こと、このようなローマ彫刻やギリシア彫刻を意識して作品を想像することは彼女にとって容易だった。

「・・・・・・私の『スタンド』にふさわしい美しさだわ」

 と、自分の背後に現れた『スタンド』を見て

 

「・・・・・・うっとり」

 

 と呟く。

「うわぁ、きもい」

「傷つく!!」

 と、フランはレミリアのスタンド、『キラークイーン』を眺めうっとりしている姉の反応に不快感を露わにする。

 フランの感性は一般人のそれとは大きく逸脱しているため、一応擁護しておくと、レミリアのスタンドはフランのとは対照的に美しさが際だっている。

 無駄を省き引き締まった筋肉を持つ彼女の『キラークイーン』はフランの目からすれば綺麗すぎて不快に映ったかもしれない。

 だが、重ね重ね言うようだがレミリアのスタンドは美しく、また強さも兼ね備えているようだった。

「ネコミミだね、お姉さま」

「当然よ。淑女のペットはロシアンブルーと決まってるわ。説明しよう。『キラークイーン』の風貌についてよ」

「いや、いいです。興味ない」

「まずはこの首飾りのドクロが・・・・・・」

 フランはいいと言ったのに勝手に解説を始めるレミリアに厭きて、スタンドの肩に乗りながら永遠亭に一人で向かうことにした。

 ちなみに両者ともスタンドは自分の意志で動かせる近距離パワー型。フランは「こいつ動くのかな・・・・・・」と思っていたが『クレイジーダイアモンド』はフランの疑念とは裏腹にのっそりと歩き始めた。

「お姉さま先に行ってるよー」

「そしてこの背中に背負った巨大な十字架は私のスペル『不夜城レッド』を・・・・・・ってフラン!? 置いてかないで!」

 いつの間にかフランが『スタンド』を動かしながら去っていくのを見てレミリアも同じように『スタンド』にお姫様だっこをさせて、追いかけた。

 自分で歩け、と言ってはいけない。

 また、『キラークイーン(姫殺し)』なのに『お姫様だっこ』とは、こはいかに? とも言ってはいけない。

 

*   *   *

 

 永遠亭では鈴仙の一発芸のあと宴会は収束の一途をたどっていた。ジョルノやドッピオは鈴仙と美鈴などと一緒に片付けの手伝いをしていたが、てゐと永琳は輝夜を永琳の自室に連れこんでいた。

「姫様・・・・・・鈴仙の『スタンド』が見えるんですね?」

「うん」コクリ

 永琳はいつの間に・・・・・・と顔を歪めるが当の本人である輝夜は暢気そうだ。

「永琳様、姫様にも『スタンド』が発現してるって・・・・・・どうなっちゃうの?」

 てゐは深刻そうな永琳の表情を伺うように尋ねる。

「おそらく、紫の目的となっちゃうでしょうね。彼女の目的は『スタンドを回収すること』。幻想郷において異質な物を排除するためか、はたまた何か別の理由か。まだはっきりしないけど、これから紫の刺客は更に激しくなるでしょうね(てゐの挑発もあるだろうけど)」

「? 何の話をしているの永琳」

 てゐは何故永琳が永遠亭で所持しているスタンドを手放さないのかは知っていた。ジョルノの『GE』は医療面において有意義であり、またドッピオについても思惑があるからだ。

 だが、それも輝夜の絡まない場所での暇つぶしに過ぎない。主である輝夜が危険にさらされるならば、ドッピオはもちろん、ジョルノまでも排除するだろう。

 八意永琳はそんな人間――――いや、月の民なのだから。

(幸い、このことを知っているのは私とてゐだけ・・・・・・紫がここを監視していないとは限らないけど、姫様自身が能力に気付いていないならまだ安全か・・・・・・? いや、でも万が一・・・・・・)

 もちろん、永琳は輝夜が不老不死であることを知っているがだからと言ってそれで良いわけがない。

 最も忌避すべきことは輝夜が死ぬことではなく、輝夜が悲しむことなのだ。

「永琳」

 と、一人で画策しぶつぶつと呟く永琳に向かって

 

「私は今の永遠亭が好き。ジョジョも、新しく来たドッピオっていう青年も、その二人と会話してるイナバやてゐ達、何より永琳が楽しそうだから。私は『今』が好きなんだよ」

 

(来た! 姫様のスーパー名言タイム!!! これで勝つる!!)

 てゐはその言葉を聞いてガッツポーズを心内で作る。

 説明しよう! 姫様の(ryとは!!

 普段はのんきしている蓬莱山輝夜だが、たまに永琳に対してだけ名言を発するときがある!

 そうなれば、必ず『楽しいこと』が起こるのだ!

 輝夜の意に応えるために、永琳は最善を選びとるのだ!

 永琳のハートに火をつけるのだッ!!

 

「・・・・・・そうですね。私も、この生活。『今』が一番お気に入りです。姫様のために私がこの生活を守り抜きましょう」

 

 一度は傍観を決め込んだ永琳。だが、今は違う。

「てゐ。夕方言ったことは前言撤回よ」

 『覚悟』を決めた目。主のために『物語』を最高の形で終わらせる、その『覚悟』を。

「あいあいさー!」

 面白くなってきたと、てゐは満面の笑みを浮かべる。

 何だって見てるだけじゃあ、つまんないでしょう? と言いたげに。

 

*   *   *

 

「・・・・・・ん~~~~、よく寝たなぁ・・・・・・ってここどこだよ」

 片付けが粗方終わった永遠亭の和室で藤原妹紅は目を覚ます。

「おはよう妹紅さん。もう宴会は終わっちゃいましたよ・・・・・・気分は大丈夫ですか?」

 最初に彼女の目覚めに気が付いた美鈴は笑って言った。

「はぁ・・・・・・? 宴会、宴会かぁ。記憶がないな・・・・・・何してたんだっけ?」

 ぼんやりと目を擦りながら妹紅は欠伸をする。

「そうか、記憶がないか・・・・・・便利だな貴様の脳味噌は。私の能力を使うまでもなく、『歴史』を改竄できるというわけか」

「あれ? けーね? ちょ、何でもうブチ切れモードなの?」

 後ろに仁王立ちして怒りを露わにするのは妹紅の保護者のような存在、上白沢慧音だった。

「ならば教えてやろう。お前はまず輝夜姫との飲み勝負で惨敗し、急性アルコール中毒で死亡。その後復活するも気が動転していてミスティアを焼き鳥一歩手前まで火炙りにし、鈴仙と美鈴に止められてついでに死亡。再び復活したお前は幻覚でも見ていたのか、急に大癇癪を起こし部屋中を燃やそうとして、全員に袋叩きにあい死亡。そして今に至るというわけだ。お前のせいでミスティアとリグルはそのまま入院したぞ」

 何回死んでるんだ・・・・・・。まるでどっかの誰かのようだ・・・・・・。

 衝撃の事実(主に自分が知らない間に三回も死んでいたこと)を知らされ一気に顔面蒼白になる妹紅。

 彼女は慧音の「『無駄死に』はやめて欲しい。お前は平気かもしれないが、親友がたった一瞬でもいなくなるのは寂しくなる」という言葉を思い出す。

「す・・・・・・すみませんでした」

「いや、いいんだ妹紅。謝らなくて。私からこれ以上言うこともない」

「け、慧音・・・・・・」

「貴様には言葉が通じないからな。『こっち』で教えるしかあるまい」

「え」

 と、泣きそうになる妹紅の頭をむんず、と掴み――――。

 

「悔い改めよッ!!!」

 

 ガスンッッ!!!

 

 妹紅の頭は慧音先生秘伝の頭突きにより地面に叩きつけられた。

 

「――――ということで、私は先に帰ることにする。そこの阿呆はそこで畳と睨み合わせながら反省でもさせて置いてくれ」

「け、けー・・・・・・ね・・・・・・待って・・・・・・」

「うるさい」

 妹紅はぷるぷると震える右手を何とか伸ばしながら訴えるが、慧音は一蹴。

「お疲れさまです。上白沢先生は学校の先生でしたよね? 今度、町に行くときがあったら顔出してみます」

 慧音が帰ると言うことなのでジョルノと鈴仙は別れの挨拶をしていた。

「あぁ、ジョルノ君は生徒の人気者になりそうだな(主に髪型的な意味で)。それと私のことは慧音と呼んでくれて構わないぞ。生徒達からも慧音先生と呼ばれてるからな。――――それと、そこの・・・・・・えっと」

「あ、ドッピオです」

 慧音は台所で片付けの残りをしていたもう一人の少年に向かって

「そう、ドッピオ君も一緒に来ても構わないからな。生徒達の遊び相手は多いに越したことはないし」

「じゃあ行ってみよっかな・・・・・・学校とか行ったことないし」

 ドッピオは少し考えてそう呟いた。

「それでは、先に失礼する。ではまた機会があれば誘っていただきたい。・・・・・・永琳によろしくと伝えといてくれ」

「分かりました。慧音先生もお仕事頑張ってくださいね」

 最後に鈴仙が言って慧音は一礼をする。

 そのやりとりの間――――。

 

「妹紅さん、妹紅さーん」

「・・・・・・め、美鈴? 何だよ・・・・・・」

「慧音さん帰ってるけど、いいんですか?」

「ふん、余計なお世話だよ・・・・・・私は慧音に嫌われてるんだから」

 小声で二人にしか聞こえないように会話を交わす妹紅と美鈴。

「そうでしょうか? 私にはそうは見えませんけど」

「うるさいなぁ・・・・・・ほっといてくれよ」

「いや、でも謝るなら今が一番ですよ。私ほら、一応『気が読め』たりも出来ますから、慧音さんも本当は許したがってるはずですよ」

「・・・・・・」

「今から追いかけて真面目に謝れば大丈夫ですって」

「でも・・・・・・慧音が」

「・・・・・・じれったいなぁ、あなたそういうキャラでしたっけ?」

「メタいから。止めて」

「じゃあ行きましょう。ほら、もう靴履いちゃってますよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「ああ! もう、無言の圧力とかやめてくれよ! 分かったよ、行けばいいんだろう?」

「さすがもこたん。話が早い。死も早い」

「燃やすぞ」

「サーセン」

 そんなやりとりの後、妹紅は立ち上がった。

 

*   *   *

 

 いる。この建物の外に、すぐ近くに。

 ドッピオの深層心理にいるディアボロはその存在を感知していた。

(俺も『吐き気を催すような邪悪』と評されるほどの極悪人だが・・・・・・こんな強烈な気配は元の世界でも感じたことがないな・・・・・・。さて、おそらくは唯一のキーマンである十六夜咲夜はまだしばらくは目を覚まさない。俺が取れるアクションは無いが、ドッピオは死んだところで『レクイエムの状況下にある俺』が表に出れば復活はするだろう。――――このままドッピオがそいつらに大人しく殺されればいいが――――)

 おそらく、可能性は薄いだろうと踏んでいた。

 仮にも自分をこの状況に追いやった人間が二人、ジョルノ・ジョバーナと八意永琳がいるのだ。ドッピオが死ぬ確率は極めて低いと言える。

(ドッピオのおかげで死なずにすんではいるが、何も出来ないのではやはり死に続けているのと同じだ・・・・・・早くここから脱出して友好なままジョルノと交渉すれば・・・・・・そのあとは全員殺してしまって構わないが)

 だが、まだ足りない。ジョルノ・ジョバーナ、キング・クリムゾン、そしてもう一つのピースが足りない。

(『ゴールドエクスペリエンスレクエム』・・・・・・。今のジョルノがレクイエムでないならばもう一度あの『矢』で奴のスタンドを貫く必要があるだろう。『スタンド』がこちらに来ているのだ。『矢』が来ていても不思議ではない)

 ディアボロは既に構想を作り終えていた。

 記憶のないジョルノと友好のまま(ドッピオの状態)で、『矢』を入手し、そして『GER』の『終わりがないのを終わり』を逆転させるのだ。

(そうすれば平和的にかつ穏便に! 帝王に返り咲くことが出来るッ! そうなった後はジョルノがスタンドを出しておらず、油断しているときに殺せばいいッ! 手段はいくらでもある! だが、今はまだ・・・・・・今は息を潜めている時期だ・・・・・・)

 情報が欲しい。彼が一番必要としているのは『矢』の情報だった。

 既に永遠亭に『スタンド使い』が来ているのを彼は知っているが、『情報源』になり得るのならば願ったり叶ったりだ。

 例え、その課程で誰が死のうといとわず。

 彼はじっと待ち続ける。

 

*   *   *

 

「では、また」

 と、慧音が玄関扉に手をかけると

「ま、待って慧音!!」

 ふらふらとした足取りで妹紅が来た。

「・・・・・・どうした、まだ頭突かれたいのか?」

 慧音はふぅ、と息を吐く。

「えっと・・・・・・ご、ごめんっ!」

「・・・・・・」

 鈴仙とジョルノは突然の展開に戸惑うが、美鈴が奥でグーサインを作っているのを見てだいたい把握する。

「慧音の約束、守れなくて・・・・・・ごめんなさい」

「・・・・・・」

 空気を読め、と美鈴に口パクされたので鈴仙とジョルノはその場をそそくさと離れる。

「えっと・・・・・・慧音、その」

 いつまでも返事がない慧音の圧力に押されて妹紅はたじろぐ。

 

「――――お前の『信条』にお前は含まれないんだな」

 

 と、慧音は小さく呟いた。その声はあまりにも小さく、妹紅の耳には聞こえなかった。

「? 慧音、今何て・・・・・・?」

 彼女の小さな小さな叫び。妹紅に伝えればそれで終わる叫び声。

「いや、何でもない。私はもう帰る」

 慧音は妹紅が悲しまないために言わなかったのだ。彼女もまた、妹紅を悲しませることはしたくなかった。

 だが、それが妹紅のためにならないことは慧音自身も知っていた。

「ま、ちょ、慧音!!」

 妹紅の制止も聞かず、慧音は自分自身の煮えきらない思いをかき消すように勢いよく扉を開ける。

 

 ――――待ち人は来たり――――。

 

 

 

「レーヴァティン」

 

 

 

 永い夜が始まる。

 

 

第10話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 現在の幻想郷のスタンド使い

 

 ジョルノ・ジョバーナ 『ゴールドエクスペリエンス』

 ディアボロ 『キング・クリムゾン』

 鈴仙・U・イナバ 『セックスピストルズ』

 十六夜咲夜 『ホワイトアルバム』

 橙 『牙(タスク)』

 レミリア・スカーレット 『キラークイーン』

 フランドール・スカーレット 『クレイジーダイアモンド』

 蓬莱山輝夜 『???』

 

*   *   *

 

 フランドールの『スタンド』、『クレイジーダイアモンド』について。

 

 原作とほぼ違うじゃあないのよぉぉぉ~~~~!!

 と、思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 そうです。

 違います、ぜんぜんクレイジーダイアモンドっぽくありません。

 何でかというと理由は二つあります。

 

 

1、『スタンド像』は本人の精神の具現である。

 

 言うなら鈴仙の『セックスピストルズ』もそうですが、『スタンド』は本人の精神に強く影響を受けます。

 と、なればスタンドの様相も使用者によって姿を変えるのでは? と思ったからです。じゃんけん小僧はヘブンズドアーを露伴の様相と同じ具現をしていたのは、ボーイ・Ⅱ・マンの能力だからです(と、勝手に解釈)。プッチ神父のディスクにスタンドの像(スタープラチナ)が写っているのは『前回の使用者』の像が記憶されるからです(と勝手に解釈)。

(というか、鈴仙がちっちゃいてゐにほっぺた抓られるのとか最高じゃあないですか!!)

 そう考えると、ほかの人たちも若干違いがあります。

 咲夜は鎧がシャープになり、フリルがついたり。

 橙は牙(タスク)に二股の尻尾があったり。

 レミリアのキラークイーンも背中に十字架を背負ってます。

 ともすればフランの『クレD』もちょっと変更・・・・・・いや、でもフランドールだろ? もうちょっと狂ってていいよな・・・・・・と思い結果がアレだよ!パープルヘイズに近付いてますが、気にしないでください。

 

 

2、レミリアとフランがスタンドを交換しているから。

 

 紫はレミリアに『クレイジーダイアモンド』、フランドールに『キラークイーン』を手渡しています。

 つまり、よりがっちり適合するのはその組み合わせという訳なんですが、二人は姉妹なので波長が合ってたんでしょうね。

 ちなみに、フランがキラークイーンだったらデザインはそんなに変わってないです。レミリアも同様にデザインは原作のクレイジーダイアモンドと余り変えない予定だったんですが。

 交換したからちょっと不具合が生じたんでしょう(適当)。

 それでもキラークイーンのデザインベースを崩さないレミリアおぜうさまの美的センスは流石です。ネーミングセンスは無いけど。

 

 

 と、以上の理由によりフランドールのスタンド、『クレイジーダイアモンド』は完全にデザインのダウングレードが発生しました! おめでとうフランちゃん! 友達減るね!(元からいない)

 

 そんなわけで後書き(?)を終わります。物語が動き始めるので楽しみにしてください。いや、やっぱり期待しないで下さい。駄文ですので。

 

 ここまで読んでくださってありがとうございます。では、また10話で。



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恐怖!紅魔館の悪魔たち③

ボスとジョルノの幻想訪問記10

 

 あらすじ

 

 つかの間の平和に訪れた悪鬼、スカーレット姉妹。

 その時、『彼』は・・・・・・。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第10話

 

 恐怖!紅魔館の悪魔たち③

 

「――――レーヴァティンッ!!!」

 

 上白沢慧音が永遠亭の扉を開けると同時に、そのような声が聞こえた。直後、その場にいた全員――――慧音はもちろん、鈴仙、妹紅、ジョルノ、そして美鈴が突然の衝撃に巻き込まれた。

 何が起きたか? そして誰がいたのか? 等という疑問を解消する暇も余裕もなく、彼らは『破壊行為』に巻き込まれた。

 

 ズガガガガァアアン!!

 

 その『破壊』は凄まじく、永遠亭の玄関を吹き飛ばしそして燃え上がる。暗闇は爛々とした狂気の炎に照らされ、一気にそこら辺一帯は炎に包まれる。

 『レーヴァティン』。それは災厄を振りまく炎剣。彼女の――――フランドール・スカーレットのスペルカードの一種。

 

「あはははははっ、あはははははははッ!!!」

 

 その地獄のような情景に気の触れたような少女の笑い声が浮かび上がる。

 

 すぐに、永遠亭の奥にいたドッピオが駆けつける。彼はまだ台所にいたためフランドールの攻撃は免れていた。玄関までくると最初に目に入ったのは鈴仙とジョルノの倒れた姿があり、近くには美鈴もいた。

 美鈴は倒壊した玄関の柱に押しつぶされ、何とか息があるものの早く救出しなければ非常にマズイだろう。鈴仙とジョルノは建物の倒壊の被害は受けていないが動かない――――外傷があまり見られないため、おそらくは脳震盪を起こして気絶したものと思われた。

 ドッピオは自分が何をすればいいのか、そして何が起こったのかを把握できず、倒れている三人を前にしても呆然と立ち尽くすしかなかった。

 彼が立ってしばらくそこにいると、奥から永琳が飛んできた。彼女は衝撃の後、輝夜を最奥の母屋にてゐを護衛につけて匿い病室を確認後、被害がないことを知り玄関に来た。まず目に入ったのは立ち尽くすドッピオの姿。彼女は彼に話しかけようと近付いたところでドッピオが言葉を失い立ち尽くす原因を見る。美鈴とジョルノと鈴仙の姿だった。

 鈴仙とジョルノが動かない。彼女はすぐに二人の元へと駆け寄り脈を取る。幸い二人とも気を失っているだけだった。次に美鈴の方を見ると、美鈴は意識はあるが柱の下敷きになっており自力で動けそうにはなかった。すぐさま助けようとするが、美鈴は首を横に振った。そして視線を移す。

 その真意を理解した永琳は視線の誘導に従ってドッピオが眺める方向を見る。

 ここで、永琳とドッピオがほぼ同時に消し飛んだ玄関からもうもうと上がる炎の煙の中、こちらに近付いてくる影を発見する。

 影は、笑っていた――――。

 

 そして、その笑い声に呼応するように周囲の炎がドッピオと影の丁度中点に集まり始める。それは人の形を為していき――――人になった。

 

「――――あ?」

 

 それは不死鳥、藤原妹紅であった。彼女は復活すると今の出来事を瞬時に理解し『自分たちは攻撃されたのだ』と判断する。

 彼女の額に血管が浮かび上がる。血液が沸沸と沸き上がる。

 妹紅は戦闘を好んでいる節があるが、このような『命を軽んじる行為』には人一倍敏感だった。これは『生命』に対する侮辱だ。我々を侮辱しているのだ、許してはならない、と。

 妹紅の気配が怒りとは裏腹に酷く落ち着いたものになっていく。それを見た永琳は前方の敵は彼女に任せ、今は怪我人の救助を優先すべきだと判断しドッピオに声をかける。

 永琳は先ほどまでの楽観視を忌々しく思った。まさか、紫の差し金がいきなり、こんな危険人物だとは思わなかったから。

 ドッピオはまだ整理がついておらず、永琳の問いかけに生返事をするだけだった。永琳は焦りつつもドッピオを促し、まずは美鈴の救助を始めようとするが。

 私は後でいい、頼むから二人を。という美鈴の必死に永琳の心は揺れる。彼女の言葉に従いまず気を失っている鈴仙とジョルノをそれぞれが背中に担ぎ、二人はその場を離れた。

 

 二人が奥へと戻っていった後、煙の中から姿を現したのはフランドール・スカーレットだった。妹紅はその姿を確認し臨戦態勢に移る。

 容赦はしない、こいつは殺さなくてはならない、と。

 だが、フランドールは目の前にいる怒りを露わにする猛獣より他のことを気にしていた。彼女はさっきまでここにはあと4人いたはずだと思っていたが何人かがもういない。今フランドールの視界に写るのは妹紅と美鈴だけであり、ジョルノ、鈴仙、ドッピオ、永琳の姿は無かった。

 と、何を思ったのかフランドールは足下を見る。そこには血だまりがあった。フランの視線移動につられて妹紅もそれを認識する。

 いや、妹紅は認識するべきではなかった――。

 血はフランの脇の瓦礫の下から流れ出しており、フランと妹紅は同時に理解する。

 そして無邪気な笑みをギィっと浮かべたのはフランだった。

「♪」

 フランが笑顔でそれを持ち上げるとそこには彼女がいた。妹紅の予想通り、そこには上白沢慧音が横たわっていたが――――。

 

 ――――両腕が無かった。

 

*   *   *

 

 早く血を止めなければ慧音は今すぐにでも死んでしまうだろう。

 そんなことは医学に疎い妹紅でもすぐに判断できた。

 フランドールの攻撃を正面から直撃した彼女はとっさに両腕でガードをしたようだった。でなければ両腕が肘先から消失するなんて考えられない。

 つまり、フランドールは本気で殺しに来たと言っていい。

「き、貴様ぁああああああああああッ!!!」

 妹紅の怒りは最高点に達し、全身に炎をたぎらせた。今の彼女に近付けば一瞬で消し炭だ。

「怒ってるの?」

 と、首を傾ける。その行為は妹紅の熱を更に上げる。

 妹紅はフランドールに飛びかかる。弾幕を展開しながら自分で突っ込んでいく。足に高温の炎を集中させ、フランドールの脳天を蹴り抜くために。

 だが、フランドールは慌てない。

「『クレイジーダイアモンド』」

 彼女のすぐ前にスタンドが現れる。それは先ほどレミリアに見せた『見るものを不快にさせる』ようなスタンドだった。

 もちろん、スタンド使いではない妹紅にその姿を視認することは出来ない。彼女はそのまま突っ込んでいくが――。

「ドシャアアアアーーーーーッッ!!!」

 フランドールのスタンド、『クレイジーダイアモンド』は耳をつんざくような奇声を発しつつ拳で弾幕を相殺する。妹紅の目には突然、何もない空間で弾幕が消えたように見えただろう。何か、ヤバいッと思うが勢いは止まらず――。

 ドズンッ!

「がっ・・・・・・!? か、はッ・・・・・・」

 『クレイジーダイアモンド』は逆に妹紅の鳩尾を蹴り貫いた。

 何も無いはずなのに、見ることも感じることも出来ない何かが自分を貫いている。妹紅は頭に疑問符を浮かべながら塊のような血液を吐き出した。

 対するフランドールはスタンドを片足立ちのままにして、妹紅を高く串刺しに固定したまま側でボロ雑巾のように転がる慧音を掴んだ。

 慧音は気絶しているのか、少しも動く気配はない。

「ね、ね、見てよ。傷口、これ火傷で酷いよ。きっともう治らない。もうずっと、この人はこのままなんだよ? 可哀想だね」

「・・・・・・ッ!!」

 妹紅は見えない何かに串刺しの状態で慧音の痛々しい姿を見る。自分は何をしているんだ。慧音が死にかけているのに、死ぬことも出来ない自分は何も出来ないなんて・・・・・・。

 悔しそうに顔を歪ませる妹紅を見てフランドールはにこりと優しい笑みを浮かべて――――。

 

「でも大丈夫! 私がちゃんと『直』してあげるよ」

 

 と、『クレイジーダイアモンド』は両手で慧音の肘から先のない両腕を包み込み、能力を使う。

 『クレイジーダイアモンド』は殴ったものや触れたもの、破壊したものを治す能力を持つ。本来はとても優しい力なのだが――――。

 彼女の狂気は止まるところを知らない。

 

「――――ッ!!?」

 

 妹紅の目は見開かれた。そして、もう声も出せずにいた。

 彼女の目に映ったのは、怪我一つ無い慧音のきれいな腕。先ほどまで大火傷で大量に出血していた腕の怪我が完全に治っていた。

 だが、それはもう『腕』じゃなかった。

「け、・・・・・・い・・・・・・・・・・・・ね」

 喉から絞り出せたのはそれだけだった。唇がワナワナと震える。自分の心音が高く早く鳴り響く。あまりの現実に自分を見失いそうだった、押しつぶされそうだった。

 

 慧音の両腕は肘先と肘先で綺麗に繋がってしまっていた。

 

「――――――ッッ!!!!」

 妹紅は視界がぐるん、と周る。そして何かがブチ切れる感覚に陥った。自制という糸が切れるような――――。

 そしてさっきまで妹紅だったその化け物は声にならない叫び声をあげてスタンドによって貫通して動けない体を動かす為に、炎の温度を更に上げる。

「うわっ、熱いッ!?」

 その炎はスタンドによって穴を開けられた場所のほんの少し上側に集中し――――妹紅の上半身と下半身を焼き切った!

「う、うそッ!? 自分を真っ二つにするなんて・・・・・・!?」

 全く予期していなかった行動にフランは動揺する。

 貫通していた体はそこから上下に分かれ、下半身はそのまま炎に、上半身は周囲の炎を集めながら集積していき、フランドールに襲いかかった。

「く、『クレイジーダイアモンド』ッ!」

 フランはとっさにスタンドを構えカードの形を取らせるも、妹紅の攻撃の方が少し、早かった。

 彼女の攻撃はフランドールを捉え、その身を焼き尽くさんとする。

 

 ――そのとき。

 

「神槍・グングニル」

 

 炎を纏う妹紅の脳天を巨大な深紅の槍が貫く。

「全く、勝手に先走ったらダメじゃない。私の獲物が減るわ」

「お、お姉さま!?」

 見たことのある槍に反応してフランは後ろを見ると、そこにはやはりレミリア・スカーレットの姿が。

「甘いわねフランドール。あなたの能力ならスタンドに頼らずとも今の攻撃は防げたでしょうに」

 彼女は倒壊した玄関から律儀に永遠亭へと入り、そう言った。

「・・・・・・そうだったね、忘れてた」

 フランドールは新しい能力に浮かれ、自分の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を使うのを忘れていた。

「力は使い分けてこそよ。例えば、私の能力では不老不死の連中は倒せないけど、あなたの『クレイジーダイアモンド』なら無力化は出来るわ」

「? どうやって?」

 フランドールは首を傾げる。

「簡単よ。試しにそこの不老不死にでも試してみましょう。あなたがすべきことは『地面と区別を付けるな』ということ。わかったかしら?」

 地面と区別を付けるな。つまり、『土に還す』ということ。

「・・・・・・なるほどね、さすがお姉さま。素敵だわ」

「ふふふ、誉めすぎよ。さ、まずはやってみせて?」

「うん、分かった」

 と、フランドールは槍の貫通している妹紅の元までいき。

「『クレイジーダイアモンド』っ!」

「ドシャシャシャシャアアアアアーーーーーーーーッッ!!!」

 倒れている妹紅を何度も何度も殴りつける。永遠亭の床諸とも、何発も容赦なく破壊を刻印し――――。

「そして『元通り』。これで『地面と区別が付かなくなった』ね!」

 ぐちゃぐちゃになったところで妹紅と地面を『クレイジーダイアモンド』で同時に『直』した。もちろん、そうすれば妹紅の体は・・・・・・。

「あら、本当に出来ちゃうのね――――でも、これで不死への対抗手段は出来たわ・・・・・・。こうすれば、不死といえど二度と戻ることはない」

 レミリアは妹紅を見下すように言う。そこには妹紅はいないはずだが、不自然な人間の顔のような模様と、リボンのような物体が床の木目として刻まれていただけだった。

 

「・・・・・・あぁ、それと門番」

 レミリアは思い出したかのように美鈴の方に目を向けた。

「え、美鈴いるの?」

 フランドールは気付いていなかったらしく、レミリアに続いて美鈴の方を見る。

「・・・・・・」

 美鈴はすでに息絶え絶えで、返事をする余裕もなかった。

「咲夜はここにいるのね??」

 美鈴は目を閉じる。彼女の無言は肯定を意味を示していた。

「無言、か・・・・・・。何か考えあってのことでしょうけど、まぁそこから助けない代わりに今回のあなたの無能っぷりはチャラにしてあげるわ。頑張って帰ってきなさいよ」

「じゃあねー美鈴。おうち帰ったら遊ぼうねー」

 二人はそう言い残し、奥へと入っていった。

 

(・・・・・・また私は放置されるんですか??)

 

第11話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 上白沢慧音 再起不能

 藤原妹紅  行方不明

 紅美鈴   再起不能(放置)

 

 ※永遠亭玄関廊下の床に不自然な木目あり。

 

*   *   *

 

後書き

 

 今回は短めです。あと、結構酷い描写が多かったですがみんなまだ生きてるのでマシな方じゃないでしょうか?

 フランドールさんが生き生きしてるので私は満足です。

 あと、スカーレット姉妹強すぎんよぉ・・・・・・と思っている方、これくらいが丁度いいと思います。弾幕勝負だと種族間による力量差は発生しませんが、こんな感じの殺し合いとなれば吸血鬼は最強でしょう。人間のもこたんが勝てる道理もありません。

 

 とりあえず、次回でスカーレット姉妹編は完結しそうです。

 

 11話をお楽しみください。



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恐怖!紅魔館の悪魔たち④

ボスとジョルノの幻想訪問記11

 

 あらすじ

 

 フランドールの奇襲により半壊する永遠亭!

 ジョルノ、鈴仙、慧音、妹紅、美鈴と次々にスカーレット姉妹の前に倒れゆく者たち!

 奥の病室へと逃げ込んだ永琳とドッピオの運命やいかに!?

 あと、輝夜のスタンドって何!? 状態のてゐ!

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第11話

 

 恐怖!紅魔館の姉妹たち④

 

「てーゐー、暇なんだけどー」

「ちょ、姫様緊張感無さ過ぎ・・・・・・」

 永遠亭で最も奥にある部屋、輝夜の部屋となっている母屋にはてゐも護衛として一緒にいた。

 ちなみに、この部屋は最強クラスの結界と輝夜の能力が合わさり鉄壁の要塞と変わりない空間となっている(ゴミ屋敷だが)。

「(一体どんな生活してたらこんなに部屋が汚れるのか・・・・・・うわ、この靴下いつ脱いだ奴ウサ・・・・・・、しかも片方しかないし・・・・・・)」

 まぁ、てゐからすれば危険な戦場に駆り出されるよりかは遙かにマシだなと思っていた。

「永琳むつかしい顔してたなー・・・・・・」

「・・・・・・まぁ、永遠亭のピンチなわけですからね・・・・・・」

 相変わらず呑気なもんである。

「ふわああ・・・・・・なんか暇になったら眠くなってきちゃった・・・・・・おやすみーてゐzzzz・・・・・・」

「寝るの早いッ! って本当に寝るんですか!?」

 てゐは高速で布団をかぶり睡眠に落ちていった(おそらくは能力を使った)輝夜を振り返るが時すでに遅し。

「ちょっと・・・・・・姫様・・・・・・その緊張感の無さはあんまりだぁあああ・・・・・・じゃなくてあんまりですよ・・・・・・」

 と、てゐは布団をゆするがまるで鉄の塊であるかのように布団はビクともしなかった。何製で出来てるんだよ。

「うーん、こうなったら姫様は20話くらいまでずっと寝っぱなしだろうなぁ・・・・・・」

 メメタァなことを呟きながらてゐは部屋を眺めた。

 ・・・・・・姫という地位の御仁にあるまじき汚さ。

「(でも片づけたら片づけたで『私にはどこに何があるか把握してた』って言うんだろうウサなぁ)」

 てゐは困っていた。というか、てゐを困らせるのは輝夜くらいしか存在しないだろう。

 呑気を体言する輝夜にてゐはたまらず問いかける。

「姫様・・・・・・本当にあなたは『スタンド』見えてたんですか?」

「ぐぅ」

 彼女はのんきに寝息を立てていた。もちろん返事はないが――。

『・・・・・・・・・・・・』

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 ――――無意識に『スタンド』を発現させていた。

 

*   *   *

 

 幻想郷で最も『人間』に恐れられている妖怪といえば、真っ先に挙がる名前はこの二つである。

 レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットだ。

 特に前者はたまに人里に出没する分、その存在は広く知れ渡っている。もちろん『悪名』としてだ。彼女が入った店は翌日不幸なことが起こるという噂まである。

 そして後者は更に質が悪い。姉ほど表に出ないため知名度は低いが伝説級の存在として一部の人間からは非常に恐れられている。

 それだけではない。むしろ、彼女たちがそれぞれが一人で出没する分には危険度はそれほど高くはない(それでも見かけたら全速力で逃げることをお勧めする)。

 問題は二人が揃っているときだ。普段は人間を襲わないレミリアも、普段は人目に付かないフランドールも、それは一人でいるときだけである。

 二人が揃えば彼女たちの欲求は連鎖反応的に影響しあい、高まっていく。

 レミリアの『目立ちたい』という欲求と、フランドールの『殺したい』という欲求はこの上なく『最凶』の組み合わせである。

 

(そして今、私の目の前にその二人が揃っていると・・・・・・)

 八意永琳は大勢の意識のない患者を背に、二人に向き合っていた。

「ねぇお姉さま」

「何かしら、フランドール」

 『会話』が始まる。

「私、とっても『イイ』こと思いついたの」

「あらあら、聞かせてもらえるかしら? あなたの『イイ』ことは本当に本当に『イイ』ことだもの」

「やっぱり? えへへ、お姉さまが私を誉めてくれたわ」

「うふふ、誉められるのが嬉しいなら何度だって誉めるわよフラン」

「じゃあさ、じゃあさ! 頭なでてなでて! 私、お姉さまにイイコイイコされるのすっごい嬉しくなるの、気持ちいいの!」

「お安いご用よフラン・・・・・・私のかわいいかわいい妹・・・・・・どうかしら?」

「ん~・・・・・・あっ、ふにゃぁ・・・・・・し、しあわひぇえぇ・・・・・・」

「気持ちいいかしら、フラン?」

「うん、い、いいよぉ・・・・・・お姉さま・・・・・・もっと」

「うふふ、ふふふふ・・・・・・あなたが気持ちいいと私も気持ちいいわ・・・・・・フラン、あぁ、フランドール」

「ああああぁ~・・・・・・く、くすぐったいよぉ、お姉さま・・・・・・」

「ん? やめてほしいの?」

「ちがうよ、ううん。もっとして、お姉さまの好きなように、もっと。強くても、乱暴でもいいから、私をもっと撫でて、愛して!」

「素直ね・・・・・・かわいいわよフラン。誰にも、誰にもあなたは渡さないわ・・・・・・望むなら、私の愛をすべて注いであげるわ・・・・・・」

「あぁ・・・・・・んっ、首筋ぃ・・・・・・舐めるの、ペロペロするのやめ、ひゃんっ!」

「『ご褒美』よフランドール、喜んで私の愛を受け取りなさい。快感に身を委ねるのよ・・・・・・そしたら、ほら・・・・・・」

「あ、はぁあああん・・・・・・っ! お、お姉さま、お姉さまぁああっ!」

「かわいい、かわいいわフラン。今のあなたは・・・・・・『最高』よ・・・・・・私にとってあなたは今『絶頂』なのよぉおおおお!!」

 

 と、ここでドッピオは我に返った。

「・・・・・・永琳さん。これは・・・・・・夢じゃあないんだよね」

 未だに信じられないが、だが、ドッピオは永琳の答えはほぼ予知できた。

「当然夢じゃあないわ。誠に残念なことに現実よ。ん? それともあなたにとってはこの情景は『幸運』なことかしら?」

 永琳は突如として目の前で始められた行為に目を細める。

「・・・・・・いいや、『最悪』だ。ようやく状況が飲み込めてきたが、吐き気がする」

「奇遇ね、私もよ」

「あなたと気が合うとは珍しい。俺は『切れた』ぞ」

「あらあら、女の子二人に男が『本気』を出す気?」

「知らん。そもそも俺は本能的にああいった『幼女』が大嫌いだ。なぜかは知らないがな」

 ドッピオの心の内で何かがざわつく感じがした。

(ディアボロの『幼女恐怖症』・・・・・・。その身に染み着いた『恐怖』はドッピオでは『憎悪』に変換するようね)

 永琳はドッピオの目に『ドス黒い炎』のような輝きを見た。

 

「永琳さん、俺は『友達』をこんな目に合わせたこいつらを絶対に許さない」

 

 彼に漆黒の意志が宿る――――。

 

「何か対策は考えているのかしら?」

 永琳は前に出たドッピオに尋ねた。

「・・・・・・いや、無いけど。でも俺には未来が見える」

「そう。でもあっちの青い髪の方は『運命』をねじ曲げることができるのよ?」

「・・・・・・すいません、やっぱり策がないと勝てそうにないや」

 ドッピオは永琳の言葉を聞いて大人しく引き下がった。

 ちなみに、この間レミリアとフランは盛り上がっていた。でもこれ以上描写すると全年齢タグが付けられないので止めておきます。とりあえず、敵前にも関わらず二人は全裸でナニかをしていました。ナニとはいいません。お互いの尻尾とか使ってナニかしたんでしょう。あとは妄想で補完してください。

 と、ドッピオは読者のみなさんを代弁するような台詞を言い放った。

「・・・・・・なぁ、これさ。今攻撃したら勝てるんじゃあないのか?」

「違うわよ、繁殖期の野生動物と同じでアノ時が一番凶暴なのよ。止めといた方が良いわよ」

「・・・・・・分かった」

 ドッピオは確かに、と頷いた。

 

「と言っても私にはスタンドが見えないから・・・・・・戦力には数えられないわよ?」

 早速戦闘可能者が自分だけだという現実を突きつけられたドッピオは眉をしかめた。

「永琳さんは強いんだろう? 俺一人じゃあ無理だぜ?」

 正直、自分のスタンド『エピタフ』であの二人を同時に相手取るのは不可能だということは火を見るより明らかだった。

「やっぱり2対1じゃ厳しいぜ。せめてジョルノが目を覚ましてくれれば・・・・・・」

 と、ドッピオがジョルノが横たわるベッドを見ると・・・・・・。

 

「大丈夫よドッピオ。私が彼の代わりになる」

 

 鈴仙が起きあがっていた。

「おい、鈴仙動いて大丈夫なのか・・・・・・?」

 彼女もジョルノと同じくフランドールの攻撃を喰らっていた。だが、ジョルノより先に目覚めるのは彼女も人間ではないからだろうか?

「いいえ、ジョルノは私を『かばった』のよ。あの一瞬で、私より肉体的に弱い彼は」

 鈴仙はジョルノを見た。

「私もドッピオと同意見です師匠。私はあの二人を許せない」

「・・・・・・」

 永琳は何かを考え込んでいた。

「そうねぇ」

「?」

 ドッピオは首を傾げる。一体永琳は何を考えているのか・・・・・・と思ったら。

 

「やっぱり雌を狩るには繁殖期が一番かしら?」

 と、鈴仙を見て言った。

 

*   *   *

 

「あぁ、お姉さまっ! もっとフランを虐めてっ、かわいがって!」

「もちろんよフラン、でも私もあなたがほしいわ!」

「じゃあ一緒にっ、一緒に!」

「ええ、一緒にしましょうッ!」

「あ、ああああああっ!!」

「あん、んんっくぅ・・・・・・あっ!」

「お姉さま、私っ、お姉さまに虐められて虐めてる!」

「私もフランドールを虐めて虐められてるわッ!」

「にゃああああんっ、あ、あああッ」

「あっ、っ・・・・・・」

「お姉さま、お姉さまっ」

「あ、ああああっ」

「おね、え・・・・・・さ・・・・・・ま??」

「フ、フラン・・・・・・最高、最高よ・・・・・・あなたは、あなたはあなたは、フランフランフランフランンンンンン!!!!」

「ああああああッ!?! い、痛い、痛いわお姉さまあああああッ!!」

「フラン、フランっ! フランドォォォォォーーールッ!! あ、ははは、あははっ、ははっははははッ!!!」

「止めてぇえええええーーーーーーーーッ!! フラン、痛いの、いやぁあああああーーーーーーーーーッ!!」

「ははははははははははははははッ!!! 美味い、美味い美味いッ! あははっははははっ、はははははッ!!」

「あ、あっ、お、あッ? あ、おね、お姉さまっ、血、血ぃ・・・・・・血を吸わないでェェェーーーーーー!!!」

 

 

 と、二人の矯声は途中でレミリアの気の狂った笑い声、フランドールの困惑した悲鳴に次第に変わっていった。

 

「・・・・・・永琳さん、よくこんなエグイこと思いついたな・・・・・・」

 ドッピオはゲンナリして言った。

「あらあら? 私は当然のことと思ったまでよ? 人の家に勝手に上がり込んで、勝手にベッドを使って・・・・・・そんなお客さんにはキツいお灸を据える必要があるわ」

 永琳はにこやかに笑っていた。

「・・・・・・」

 鈴仙は能力に集中していた。それは『狂気を操る程度の能力』。相手の瞳を見て幻覚や半狂乱に陥らせたりする能力である。

 ちなみに作戦は至極簡単。あの二人が盛っている隙に鈴仙が片方の気を狂わせて共倒れにしようという作戦だ。スタンドで戦ってくれ。

「これで姉一人に絞れたわ。さぁ、貴方たちやっておしまい」

「口調変わってるよ」

 永琳は頃合いを見て鈴仙に能力解除を命じ、スタンドで攻撃するように言った。スタンドはスタンド使いでしか倒せない。永琳はそれを知っているから攻撃しないのである。

「『墓碑名(エピタフ)』!」

「『セックスピストルズ』!」

 二人はスタンドを出して恍惚の表情のレミリアに襲いかかる。

「ヨッシャアアアアアア!!」

「ブチヌクゼテメェエエエエラァァァーーーー!!!」

「キャッホーーーー!!」

 鈴仙は弾幕を可能な限り展開し、ドッピオはそのまま突っ込む。弾幕はドッピオを取り巻く形で進んでいくがドッピオに当たることはない。事前のうち合わせ通りだ。

 ――――と、ここでレミリアが我に返った。

「――――ハッ!?」

「もう遅いッ!! 喰らえクソサイコレズヤロォォーーーーーー!!!」

 

 ドゴォッ!!

 

 と、ドッピオはレミリアに『墓碑名(エピタフ)』の拳を叩き込む。そして息をつかせぬままレミリアの全身に『セックスピストルズ』による支援弾幕が叩き込まれた。

 

*   *   *

 

 ドッピオはすぐに体勢を立て直し『墓碑名(エピタフ)』で十秒後の未来を見る。そこに写し出されたのは「全身を弾幕に打ち抜かれ、右腕はもげ、断末魔を叫ぶレミリア」の姿だった。確実に自分たちの攻撃が効いた証拠だった。

「――――どうよ、ドッピオ! 未来はっ!?」

「カンッペキだぜぇーー鈴仙!! ばっちり、奴は死にかけだ!」

 その言葉を聞いて鈴仙は安心する。てゐから聞かされていたドッピオの未来予知は必ず起こる現象である。しかし、もしレミリアが運命を変えようとしてもそれは体調が万全の時に限るはず。

「勝ったわ! 確信できるッ!」

 鈴仙がそう言った直後、レミリアの叫び声が挙がった。

「GYAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

 全身から血を吹き出し、喉をバリバリとかきむしりながら彼女は悶えていた。

 ドッピオの言っていた未来予知の通りだ。レミリアはこれで死ぬ。――――と、思っていると。

「・・・・・・変だ、レミリアの右腕がまだ『繋がっている』」

 彼はそう言ったのだ。

「――――はッ!?」

 そういえば、と鈴仙は思う。ドッピオは顔面を殴り付け、鈴仙は『セックスピストルズ』には全弾急所を狙わせたのだ。『右腕』がもげるなんてあり得ない。そこに攻撃は当たっていないのだから――――。

 

「GGGGHAAAAAAAAAAAAッッ!!」

 

 そのときだったッ! 3人にとって全く予想外の出来事が起こったのだッ! ドッピオは確かに十秒後を見ていたッ! だが、それは課程をすっ飛ばして見た十秒後だ!

 どの段階でレミリアの右腕がもげるかなんて、彼は知らなかったのだ!

 

「「な、ナニぃーーーーー!?!?」」

 

 ドッピオと鈴仙は同時に声をあげた。それはレミリアの常軌を逸した行動を見たからである!

 彼女は叫びながら、左手で右腕を掴むと――自分でッ! それをもぎ取ったのだ!!

「な、何を考えているんだァァーーーーッ!!?」

 そしてレミリアは依然として叫び声を上げながら、その自分でもいだ腕を――――。

 鈴仙の幻覚によって根こそぎ血を奪い取ったフランドールの残骸に突き刺したのである!

「GYAAAAAAAAAAAA!!!!」

「く、狂ってるッ・・・・・・!!」

 レミリアの行動に鈴仙は表情を歪ませる。まさか、吸血鬼とはここまで『ネジが外れた』存在だとは思わなかったから。

「――――違うわ二人とも」

 その時、ドッピオと鈴仙の背後で声がかけられる。

 八意永琳の落ち着いた声だった。

「永琳さん・・・・・・」「師匠?」

「あれは『生命の危機に瀕した生物が最後に行う不明な行為』ではないわ。あれは・・・・・・言うなら『たった一人の愛すべき妹を救う姉の行為』よ」

 その言葉に二人は固まる。

 

 ――――まさか・・・・・・?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 レミリアの叫び声が止んだ。

 

 嘘だ、いや、嘘に決まっている。レミリアは死んだ。致命傷だ。いくら吸血鬼と言っても全身の急所を同時にぶち抜かれたのだ。再生力より先に死が訪れるハズだ。

 だから、背後にいる『二人』は――――。

 

 レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットな訳がない。

 

「「そんな訳あるのよねェェエエエエーーーーーーー!!!!」」

 

 二人は混ざり合うようにお互いの体を絡めながら、ドッピオと鈴仙を見下していた。 二人の予想は裏切られた。最高に悪い形で。

 

 それを見た永琳は肩をすかす。

 うーん、やっぱり失敗だったか、と言いたげに。

 

*   *   *

 

 レミリアは確かにあのままでは死んでいた。だが、それは『フランドールの血液を吸っていなかったら』の話である。

 吸血鬼の力の源泉とはもちろん血液である。そして彼女らは量より質を好む。

 また、吸血鬼は同族を手に掛けることは殆どない。以前も言ったが吸血鬼という種族は『もっとも人間に近い』のだ。少数の状態であるならば吸血鬼たちが争う状態は稀有だと言えよう。

 ゆえに、彼女たちはお互いの血の味を知らなかった。

「ごめんねごめんねフランドール・・・・・・私が、しっかり者じゃなかったばかりに辛い思いさせちゃったわ」

「ううん、いいのよお姉さま。仕方がないし、それよりも今私はお姉さまと血を共有しているのがなによりも幸せだわ」

「本当に? フランドールは幸せなの?」

「うん、幸せだよ。お姉さまと一つになれた感じ」

「・・・・・・あなたが幸せなら私も凄く幸せよ」

「私の方がお姉さまより幸せだよ?」

「いや、私の方がフランよりもっと幸せよ」

「じゃあ私はその何倍も幸せ」

「いいや私は更にその何倍も幸せ」

「無限に幸せ」

「無限に幸せ」

「同じだね」

「ええ同じだわ」

「嬉しいわ、お姉さま。こんなに嬉しいときは・・・・・・」

「そうね、フラン。こんなに嬉しいときは・・・・・・」

「殺しましょう」

「ええ、殺しましょう」

「どっちから殺す?」

「あっちから殺す?」

「私はお姉さまを操ったあの兎を殺したいわ」

「私は私の顔面を殴りやがったあの人間を殺したいわ」

「分けっこしましょう」

「そうしましょう」

「私が左で」

「あなたが右ね」

「そうね」

「そうしましょう」

 どちらが話しかけているのか、交互に話しているのか分からない錯覚に陥ってしまう不気味な会話。と、レミリアとフランドールは同時に臨戦態勢に移った。

「『キラークイーン』」

「『クレイジーダイアモンド』」

 ババァァーーーーーーーz_________ン!!

 

 

――――――――

 

 「藍、今なんか失礼な擬音語が聞こえた気がするわ」

 「気のせいでしょう」

 

――――――――

 

 二人の背後にスタンドが現れる。片方は見る者を魅了するほど『美しい』スタンド。もう片方は見るもの不快にさせるほど『汚い』スタンド。ドッピオと鈴仙は二人が完全にやる気なのを見て一瞬たじろいだ直後――――。

 

 ぶつッ・・・・・・!!

 

「――――は?」

 ドッピオのすぐ耳元で何かが砕ける音がした。

「ぎゅっとしてドカーン」

 

「れ、鈴仙ーーーーーーーーーッッ!!?」

 

 ドッピオの横にあったはずの鈴仙――――いや、鈴仙の頭部が一瞬にして砕け散ったッ!!

 

 い、いつ!? 一体、どこから、何がッ!? 攻撃!? いや、それとも――――

「う、うおおおおおおおおおおお!!?」

「そして『元通り』」

 

「――――あれ?」

 

 と、ドッピオが言葉を失っている間に――――鈴仙の頭は元に『戻って』いた。当の鈴仙は目をパチクリするだけである。

 自分の身に何が起きたか全く把握してない。

「あれれー? 自分に何が起きたか、全く分かってないみたいだねぇーーーー?」

 フランドールはにこにこしながら鈴仙に笑顔を向けた。

「今のは――」

 永琳は先ほどの光景を一部始終見て可能性を考える。

 今のは幻覚じゃあない。確かに優曇華の頭はフランドールの『あらゆるものを破壊する程度の能力』で吹き飛んだが――――一瞬で治ったのである。現実だった。

「――く、何したかは知らないけどっ! 同じスタンド使いなら負けられないわ!!」

 と、鈴仙は『セックスピストルズ』を出してフランドールに向かって乱射する。そして鈴仙はフランドールとの距離を詰めていく。

「全員配置について!! 取り囲むの!!」

「ブッツブスゼェエエエエーーーー!!」

「ドオリャアアア!!」

 ピストルズは鈴仙の放った弾幕に乗り、フランドールの周りで弾幕を弾き飛ばしながら囲んでいく。その間も鈴仙は弾幕を展開し続けているが

「・・・・・・はぁ」

 フランドールはため息を付きながら――――。

「ぎゅっとして――――」

「鈴仙ッ!! 頼むっ、逃げろぉおおおおおーーーーーー!!」

 未来を予知したドッピオは鈴仙へ力の限り叫んだ。彼は見てしまった。鈴仙に起こる地獄を――――。

 

「よそ見とはいい度胸ね?」

 

「はッ!?」

 

 ガンッ!!!!

 

 ドッピオは突然目の前にいたレミリアに顔面を思いっきりぶん殴られた!

 

 ドゴォッ!!

 

 ドッピオは病室の壁を突き破り外へと放り出される。

 

「――ってことでさっきの『借り』を返したけど・・・・・・永琳は何もしないのかしら?」

「冗談ね、スタンドを使えない私が貴方たちに勝てるとは思ってないわ。――――私は優曇華の援護に徹底する」

 永琳は横切るレミリアを流し見る。その右腕は既に再生していた。

「・・・・・・あなただけでも逃げればいいじゃあない。私たちはここを全滅させるつもりだけど・・・・・・。あなたくらいなら逃げきれるかもね?」

 スタンドを出現させて永琳を睨む。

「――――全滅?」

 と、レミリアの視界が歪んだ

「ゑ――――」

 永琳は普段では思いも寄らないほどの超スピードでレミリアの澄まし顔を蹴り抜いていた。

 

「やってみなさい。たかだか500歳程度の餓鬼が――私と姫様の箱庭を破壊そうだなんて」

 

 ズガンッッ!!

 

 先ほどドッピオがレミリアからぶん殴られて飛び出していった数倍の速さでレミリアは永遠亭から追い出される。

「――――っく、あのババア・・・・・・!! ぶっ殺・・・・・・」

 すぐに起き上がり永遠亭に向かって段幕を展開しようとすると・・・・・・。

 ごんっ!

「かっ――――!?」

「おまえがこっちに気付かないのは予知済みだマヌケがッ!!」

 背後からの衝撃に思わず足を着く。ドッピオが頭から血を流しながらレミリアの後頭部をかち割った。

「・・・・・・ええい、忌々しい・・・・・・ッ! 私とフランの包容を邪魔した挙げ句、こんなことをッ!!」

「・・・・・・頭割れてんのに何で生きてんだよコイツっ!!」

「吸血鬼だから。それよりお前は一体何なのよ?」

 展開していた弾幕を止めて挑発してくるドッピオの方を振り返る。

「俺はヴィネガー・ドッピオ。ただの人間だ」

「・・・・・・殺してもいい人間ね。紫が言ってたわ」

「『ゆかり』?」

 ドッピオが首を傾げていると「いや、貴様には関係ないわ」とレミリアは首を振る。

「謝っても許してあげないわよ? このレミリア・・・・・・容赦せん!!」

 レミリアは叫び弾幕を展開する。大小様々な大きさの弾幕だ。普通なら避けることはほぼ不可能な高密度弾幕だが――――。

「『見える』! 俺が避ける『未来』がッ!!」

 するするとドッピオは右に左に彼女の弾幕をかわしていく。弾道が予知できるのであれば、避けるのは簡単だ。

「人間の癖にやるわね・・・・・・」

 と、レミリアは懐からカードを一枚取り出した。

「スペルカード 獄符『千本の針の山』」

 彼女が唱え終わるとドッピオの予知には足下から大量の剣山が生えてくる状況が見えた。

「な、なにぃぃぃーーーーーーッ!!」

 レミリアの目の前から剣山が伸びる! その間もレミリアは高密度の弾幕を浴びせ続けているためドッピオに逃げ場はなかった。

「串刺しになれッ!」

「うおおおおおおおぉーーーーー!!」

 叫びつつ弾幕をかわしているがどうあっても逃げ場が見あたらない。次第に剣山はドッピオの目の前まで生えてきていたッ!

「死ねぇええええ!!」

 レミリアは止めとばかりに自機狙い弾をドッピオに乱射するッ!

 

 だが――――消えた。

 

「――――はッ!? 奴が消えたッ!?」

 ドッピオはレミリアの弾幕に為す術もなく殺された――と思ったが瞬時にレミリアの視界から消えたのである!

 弾幕を一旦止めて辺りを見回すレミリア。もしかするとあの人間はまだ何か能力を持っているかもしれない――。と、ドッピオが消えた辺りに警戒しながら近づいた。

「・・・・・・」

 が、やはり真っ暗なままだった。まさか瞬間移動か? と考えた瞬間!

 レミリアの下顎に鈍い衝撃が走る――――!

「――油断しすぎだクソマヌケがッ!! この攻撃が入るのもも予知で確定済みッ」

 突然ドッピオが下から現れたのである!

 レミリアは視界の端に『穴』があることに気が付いた。

 しまった――――落とし穴だ。何で、というか普通ないだろ。と思っていたが。

(ぐっ・・・・・・! そうか、兎の・・・・・・!)

 地の利はドッピオにあった。

「もいっぱぁあああつッ!!」

 レミリアは続けざまにドッピオの『墓碑名(エピタフ)』の拳を右顔面に叩き込まれる――――。

 ボギィッッ!!

「ぐ、あッ!?」

 彼女の綺麗な八重歯が飛んでいった。

「――――そしてッ! そこの地面も『落とし穴』であることは予知済みッ!! 串刺しになるのはお前だァアア!!」

 ボゴォッ! 

 ドッピオの宣言通り、レミリアが飛んでいった先の地面は落とし穴になっており――――。

(だから、何でこんなに落とし穴が多いのよッ!!)

 心底うんざりしていた。

 ザグザグザグゥ!!

「きゃああああああああッ!!」

 落とし穴の底にはてゐ特製の竹槍が敷き詰められておりレミリアは綺麗に突き刺さった。

(ぐ、畜生ッ! 運が悪すぎるッ! 『運命』は私に味方してくれるんじゃあないのかしらッ!?)

 幸いにも急所ではなく頬をかすめたり、腕を貫通しただけだったりと致命傷では無かったがこんなにも痛めつけられてレミリアは内心超、ぶちぎれていた。

「・・・・・・ッ!! ええい、このくらいっ」

 無理矢理竹槍から腕を引き抜き羽を広げて飛翔するもその動きはどこと無くぎこちない。続けざまに頭に打撃を食らっており巧く飛行できる状態ではなかった。

 が、なんとか穴から脱出する。

「くそッ・・・・・・、私の歯は・・・・・・」

 口元を押さえながらドッピオの方を見ると彼の足下にレミリアの八重歯を発見する。

「・・・・・・歯が取れたわ・・・・・・拾って頂戴」

「イヤだね。自分で拾いに来い」

「・・・・・・大事な歯なの。お願いだから取って」

「何言ってやがる。何で俺が取らなきゃいけないんだよ!」

「だって取ろうとしたときに貴方攻撃してくるでしょう?」

「・・・・・・まぁ、するだろうな」

「ほらね?」

「それでも俺が取ってやる理由にはならない」

「じゃあどうすればいいのよ」

「自分で取りにくればいいじゃあないか」

「だって攻撃するでしょう?」

「じゃあ分かった。攻撃しないよ。『約束』する」

「・・・・・・信じられないわ」

「じゃあお前の歯は一生このままだな」

「・・・・・・分かったわよ。取りに行けばいいんでしょう」

 と、レミリアは忌々しく顔を歪ませて地面に降り立ちドッピオの脇に落ちている八重歯を拾おうとしたとき――――。

 ガスッ!

「おおっとぉおお~~!! やっぱり気が変わった、『拾って』やる!」

「ぐぅぅッ!?」

 拾おうと伸ばした左手を歯に触れる直前でドッピオはレミリアの左手を踵で思いっきり踏みつけたのだ。

「ちなみに攻撃しないっていう『約束』は俺の気が変わった時点で『破棄』したからな? そのことで俺を攻めるのはお門違いだぜ?」

 ぐりぐりと骨が折れてしまうほど踏みつける。そのたびにレミリアは痛そうに顔を歪ませてしまう。

「よっと」

 ドッピオはそう呟きながらレミリアの歯を拾い上げた。

「俺の友達を殺そうとしたお前等が悪いんだぜ」

「・・・・・・そうね私が悪かったわ。だけど」

「――あ?」

 ドッピオは素っ頓狂な声を上げてレミリアを見下ろす。そこには血塗れでドッピオに屈服していた彼女の姿があった。だが、その背後に――――!

「貴方が間抜けなことは本当に良かったわ」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

「『キラークイーン』第一の爆弾ッ!!」

 レミリアはドッピオを睨みながらスタンドを発現させていたッ!

「しまッ!?」

 ドッピオは反射的に未来を見るが――――そこに映し出されたのは真っ黒な映像。それはつまり――!!

 

 『ドッピオの未来は存在しない』ことを示していた。

 

「こ、この人外の雌風情がァアアアーーーーッ!!」

 ドッピオは激昂して『墓碑名(エピタフ)』の拳をレミリアの頭部に叩き込もうとするが――――。

 

 かちっ!

 

 ドゴォォォォォオオン!!!

 

 レミリアの八重歯はすでに『爆弾』に変えられていたのだった!! 辺りに閃光と爆音が響き渡り、その爆弾は被害者をたやすく塵に変える。

 

 

 しばらくしてレミリアは起き上がりぺっと血を吐き出す。

「私の『キラークイーン』は触れた物体を爆弾に変える能力・・・・・・。フランドールにもまだ知られていないこの能力に『弱点』はない」

(だけど・・・・・・結構手間取っちゃったわね・・・・・・未来を読まれるとこうも苦戦してしまうのか・・・・・・)

 レミリアは歯を押さえながら自分の八重歯が既に生え変わりつつあることを確認して妹がまだいる永遠亭へと戻っていった。

 

*   *   *

 

 時は少しだけ遡り、レミリアが永琳に蹴り飛ばされた直後のこと。

「ぎゅっとしてどかーん」

 フランドールはスタンドを出しながらそう言った。すると――――。

 

 ぶつっ・・・・・・!

 

「優曇華ッ・・・・・・!?」

 永琳の目の前で再び鈴仙の頭部が爆散した。

 同時に鈴仙の弾幕とスタンドは消失し、鈴仙だった首のない死体は糸の切れたような人形のごとく崩れ落ちる――――直前で

「そして『元通り』」

 フランドールの合図で鈴仙の頭は元に戻っていた。

「・・・・・・??」

 もちろん、鈴仙はそのことに気が付いていない。おそらくは一瞬にして自分の弾幕が相殺されたと勘違いしている。

「く、くそ!? 一体何が起きているのっ!?」

 状況を理解していないのは鈴仙だけだった。

「待ちなさいッ優曇華! 今貴方は・・・・・・ッ!」

 永琳が説明しようとしたところで――――。

 

「ぎゅっとしてどかーん、そして『元通り』」

 

 悪魔は三度鈴仙の頭をすりつぶした。

「――――ッ!!!」

 流石に三回目となると永琳も理解する。これはフランドールの『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』と彼女のスタンド『クレイジーダイアモンド』を組み合わせて使っている極悪のコンボだ――! おそらく、フランドールのスタンドは『壊したものを元に戻す能力』とか、『一瞬にして怪我を全て治す能力』とか、そんな感じだろう。

「・・・・・・?」

 流石に鈴仙も疑問符を浮かべ続ける。自分の身に何が起こっているのだろうか、という疑問。そんな疑問を抱いている最中でさえ――。

 

「ぎゅっとしてどかーん、そして『元通り』・・・・・・ふふふ、あははは・・・・・・♪」

 

 フランドールは鈴仙を殺し続けていた。

 

*   *   *

 

 何だ? 私は今どうなっているの? 一瞬記憶が飛んで、そして全て最初の状態に戻ってしまう。状況を整理しようとする度に、再び記憶が飛んでしまう。

 フランドールのスタンド? いいや、彼女のスタンドは常にフランドールの背後にいるだけだ。

 ――――ほら、また記憶が飛んだ。どういうことだ? 師匠が何かを言っているが飛び飛びで全く話が理解できない。フランドールも何かを言っている。でもそれもよく聞こえない。

 でも、記憶が飛ぶときはフランドールが何かを言っている最中だ。彼女は笑っていた。師匠は必死に叫んでいる。何だ、何がおきているのかしら? フランドールは笑う。ただ笑い続ける。師匠は何かを訴えている。何を? 何が?

 

「――――飽きた」

 

 と、フランドールは呟いた。

「――はッ?」

 記憶の断続的な途切れが唐突に収まった。いまいち状況が把握しきれない。フランドールは何に飽きたのだろうか?

「フランドールッッ!!!」

 と、隣で師匠が叫び弓を構えていた。

「し、師匠?」

「落ち着きなよおばさん。当の本人は何も気が付いてないんだから」

 フランドールは矢を構える永琳にそう言った。

 

「たかが16回殺しただけじゃん。生きてるんだし」

 

「――――は?」

 私の頭では理解しきれなかった。フランドールの言葉が全く理解できなかった。

 

 ――――16回? 何のことだ・・・・・・??

 

 訳が分からないままフランドールは口を開けた。

 

「ぎゅっとしてどかーん」

 

 次の瞬間、私の体は崩れ落ちた。まるで支えを失ったかのように、ごろんと地面に倒れた。

 どちゃあ

「・・・・・・え??」

 いや、倒れた音にしてはやけに鈍い音だ。泥だらけの地面に転んだような汚い音。私の耳にはそう聞こえた。

 そして起きあがれなかった。

「・・・・・・あ、あれ?」

 起きあがるために手を突くが起きあがれない。何かが足りない。立ち上がるために絶対的に必要な――――。

 無意識に私は下半身を見た。見えなかった。角度的な問題ではない。

 

 そこになかった。

 

「うわあああああああああああああああああああ!!!!!???」

「フランドールッ!!! 今すぐ治しなさいッ!!!!」

 理解不能、理解不能。

「あああッ・・・・・・あっ・・・・・・」

「イヤだ♪ 今度は壊れる瞬間じゃなくて悲鳴が聞きたいの♪」

 理解不能、理解不能。

「貴方・・・・・・ッ!! この・・・・・・ッ!? がはッ!?」

 理解不能、理解不能、理解不能!!

「『クレイジーダイアモンド』。あなたには見えないよね? だから攻撃を避けられるはずがない――――」

「・・・・・・ッ!! れ、鈴仙・・・・・・ッ逃げ・・・・・・」

 理解不能、理解不能、理解不能理解不能理解不能ッ!!

「ドシャシャシャシャシャシャァアアアアアアアーーーーーッッ!!」

 理解不能、理解不能、理解・・・・・・

 

「そして『元通り』」

 

*   *   *

 

 フランドールが再び呟くと鈴仙は再び意識を覚醒させた。

「・・・・・・??」

 自分に今起きたことは果たして現実だったのか。いや、彼女は理解していた。

「い、あ・・・・・・」

 自分は彼女に『何度も何度も何度も何度も』殺されたのだと。

「どう? 『絶望』してる?」

 鈴仙に話しかけたのは無傷のフランドール。辺りに永琳の姿は見あたらない。

「あなたの師匠は私の能力で『壁』と一体化してもらってるよ。死ななくても、これじゃあもう動けないよね・・・・・・?」

 フランドールの視線の先には壁があった。不自然に顔の模様のある、『壁』が・・・・・・。

「あなたは殺さないであげるわ。でも、私たちの邪魔をしたんですもの。『慰み物』にはなってね・・・・・・?」

 悪魔は右手をかざした。これから何が起こるかは鈴仙にとって容易に理解できるものだった。

 

「ぎゅっとして・・・・・・」

 

*   *   *

 

 鈴仙の耳にはこんな会話が聞こえていた。

 

「フランドール・・・・・・こっちは終わったわ。ちなみにあいつが紫の言ってたドッピオって奴で・・・・・・。いや、こりゃまたヒドいことしたわね」

 

「あら、お姉さま。たった一人の人間相手でそんなにぼろぼろになるなんて・・・・・・。スタンド使ったの?」

 

「使ったわよ! あんたには教えてあげないけどね。と、そういえば咲夜は・・・・・・」

 

「こっちだよお姉さま! ほら、ヒドい顔!」

 

「うわぁ、ボコボコにもほどがあるわね・・・・・・」

 

「治してあげよっか?」

 

「早めに済ませてね。早くしないと夜が明けてしまうわ」

 

「もう治した」

 

「早い!」

 

「美鈴はどうするの?」

 

「・・・・・・あー、じゃあアイツに咲夜を運ばせましょうか。私たちじゃ重いし」

 

「そうだね。おーい、美鈴ー! 怪我治してあげるから手伝ってー!」

 

「しょうがないから私が美鈴のところまでは咲夜を運びましょう。『キラークイーン』、咲夜を運びなさい」

 

「あっ、お姉さま・・・・・・柱が邪魔で美鈴が取れないんだけど」

 

「直せばいいじゃない。柱を」

 

「そうだね、そうだった!『クレイジーダイアモンド』、柱を直してついでに美鈴の怪我を治せ!」

 

「おぉ~・・・・・・、スゴいわね。ぶっ壊した玄関まで元通りなんて・・・・・・」

 

「う、う~ん・・・・・・ここは??」

 

「美鈴! おはよー! ほら、咲夜運んで!」

 

「え? あ、はい・・・・・・あれ?」

 

「ほら、さっさと帰るわよ。こんなところにもう用はないわ」

 

「えっと・・・・・・あれ、記憶が・・・・・・」

 

「いいから帰るの! ほら、咲夜おぶって!」

 

「って咲夜さん!? 怪我は・・・・・・治ってる!?」

 

「私が治したんだよ!」

 

「え? 妹様が? も、もう何がなんだか・・・・・・って慧音さんが倒れてるんですが」

 

「あぁ・・・・・・ほっときなさい。見ちゃだめよ(説明面倒だし、さっさと帰りたい)」

 

「分かりました・・・・・・」

 

「お邪魔しましたー」

 

 鈴仙が聞いていたのはそこまでだった。

 

 

*   *   *

 

 ヴィネガー・ドッピオ スタンド名『墓碑銘(エピタフ)』

 死亡

 

 鈴仙・U・イナバ スタンド名『セックスピストルズ』

 再起不能(精神的破壊)

 

 八意永琳

 行方不明(永遠亭病室の壁に不自然なシミあり)

 

*   *   *

 

 ここは魔法の森。この中心である一人の男が倒れていた。

 

「っはぁッ!? ぐっ、くそッ! 久しぶりに死ぬとなると・・・・・・キツいな・・・・・・。だが、おかげで邪魔だった『記憶のないドッピオ』は絶命した!! これで俺が再び表に出ることが出来たぞ!!」

 彼――――ディアボロは復活していた。ドッピオの呪縛から解放され喜びに浸る。そして彼には確認すべきことがあった。

 

「『キング・クリムゾン』」

 彼が呟くと当然のように背後にスタンドが現れた。

「よしッ! スタンドは扱える! これであの憎き八意永琳に一泡吹かせてやったというわけか・・・・・・!!」

 彼は邪悪な笑みを浮かべた。そして我に返る。

 復活したということは、まだ自分にはレクイエムの効果が続いているということ。つまり、再び死の輪廻が迫っているということだ。

(一度目、二度目とこの世界でもしっかりと『俺』のときは死んでいたからな・・・・・・。再び用心の生活に逆戻りか)

 とにもかくにも、最悪だった状況が好転したのだ。あの悪魔姉妹には感謝しなくてはならない。

 ディアボロは周囲を確認する。まだ幻想郷は夜だ。ドッピオの中にいたときはここにはいくつかのルールが存在することを知ったのだ。

(夜は妖怪が出没しやすい・・・・・・まぁ、今の『キング・クリムゾン』がある状態なら負けることはまず無いと思うが・・・・・・あの姉妹のような妖怪はゴメンだ)

 ディアボロはまだ真っ暗の魔法の森を見渡す。次第に目が慣れていき、周囲に見たことがないキノコや不自然な形をした花が咲いていることに気が付く。

「ふん・・・・・・、予想死因に『中毒死』が加わったな」

 二日ぶりくらいの『予想死因』に若干の懐かしさを覚えつつ、ディアボロは『墓碑銘(エピタフ)』で未来を確認しながら歩を進めた。

 現実世界とは違い、幻想郷ではレクイエムの効果が薄くなっているのか、ディアボロに襲いくる『死因』は1時間おき程度まで減少していた。

 と、ディアボロが『キング・クリムゾン』で死ぬ瞬間の時(ほんの1秒程度)を飛ばしながら進んでいるととある民家を見つける。

 それは普通の洋風の一軒家だった。

 

(・・・・・・民家か。妖怪に襲われる危険が減るだけでもましか)

 

 彼はそう判断してその魔法の森に佇む民家をノックした。

「・・・・・・すまんが、道に迷ってしまったんだ。泊めてくれはしないか?」

 当然、返事はない。ディアボロは現在の時刻が分からないため無理はないだろう。彼は知る由もないが現在の時刻は午前3時。ふつうの民家なら誰も起きていないはずである。

 だが、なぜディアボロはこの家をノックしたのか?

 答えは簡単だ。『家の窓から暖かい光が爛々と漏れだしていた』からだ。当然、ディアボロの頭ではまだ時刻は深夜を回っていないと思っただろう。

 

 ――――もちろん、魔法の森という辺境の地で午前3時という真夜中にも関わらず部屋の明かりがついているような家はまともではない。

 

 ディアボロがしばらく待っているとドアがガチャリと開いた。

「・・・・・・こんばんは、ごめんなさいね。ちょっと出るが遅れちゃって」

 民家から出てきたのは肩に掛かる程度の長さの金髪でカチューシャをし、青い瞳をした見た目18歳程度の女性だった。若干『幼女』かと思い身構えたがどう見てもせいぜい『少女』が限界である。ディアボロは心を落ち着かせながら尋ねた。

「すまない、こんな夜更けだが・・・・・・一晩泊めてもらえないだろうか? 妖怪に襲われそうで・・・・・・」

 するとその少女はにこりと笑顔を作って頷く。

「構いませんよ。どうぞ、いらしてください」

 意外だな、とディアボロは感心した。こんな狂った世界にもこんなに優しい人物がいるとは。まるで自分とは対極にいるようだ。

 ――――彼女は礼儀正しい態度でディアボロを迎え入れた。

 

 現在時刻は午前3時。明らかに怪しいという疑問を持たず、ディアボロは民家に入ってしまった。

 

 第12話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 後書き

 

 というわけでボスとジョルノの幻想訪問記 恐怖!紅魔館の悪魔たちが終わりました。

 永遠亭メンバーほぼ全滅ですね・・・・・・姉妹が強すぎた。

 

 あと、祝!ボス復活おめでとう!そろそろタイトル詐称とか言われてもおかしくなかったけど、やったね!

 

 さてさて、お察しの通り、次回からは東方の可愛い専門、アリス・マーガトロイドさんのお話です。ん? 永遠亭はどうするかだって? ちゃんと考えてあります。気にするな!

 

 12話でまた会いましょう。では。



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アリス・マーガトロイドの秘密①

ボスとジョルノの幻想訪問記12

 

あらすじ

 

 レミリアとフランドールの強襲によって壊滅に追い込まれた永遠亭!

 よって記憶を失ったドッピオが消滅し、再び死のサイクルへ戻ったディアボロ!

 寝る姫様!

 そして、魔法の森に佇む奇怪な民家にいたのは・・・・・・!?

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第12話

 

 アリス・マーガトロイドの秘密①

 

「さぁ、どうぞ上がってください。まともなもてなしは出来ないけど、外よりかは安全だと思います」

 

 突然の訪問であるにも関わらず、初対面でしかも怪しげな格好をした俺を快く出迎えてくれた彼女の名前はアリス・マーガトロイドと言うらしい。

 

「ええ、覚えづらい名前とよく言われるんですけど。ええと、あなたの名前は聞かせてもらえますか?」

 

 彼女は廊下を歩きながら苦笑していった。見た感じでは普通の家である。少し古いが、暖房も入っているようで家の中はほんのり暖かかった。

 

「・・・・・・何と呼んでもらっても構わないが・・・・・・」

 

 口を濁してしまった。既に組織に属していない俺が身分を隠す必要はないのだが『クセ』だった。未だに見知らぬ人間に素性を明かすことにはかなりの抵抗がある。

 

「そうですか? うーん、でもぱっと思いつきませんが・・・・・・」

 

「では、・・・・・・適当に『ボス』と呼んでくれ」

 

 言った後で「しまった」と思ったが今更取り消せるはずがない。不審がられないだろうか、と思っていると。

 

「『ボス』? 何面の?」

 

「ん?」

 

「あ、いや。何でもありません」

 

 今彼女が何と聞いたのかはよく分からないが、どうやら承諾したようだ。危ないところだった。

 

(しかし、この他人に対する無干渉ぶり・・・・・・。もしかすると、俺のような客は珍しくないのかもしれん。こんな場所に住んでいるからだろうな)

 

 そのまま部屋に通されると、俺は目を伺った。そして全身が強ばる。動機が激しくなり、息が上がる。さらには汗が噴き出す。

 アリスが通した部屋には夥しい数の――『幼女』がいた。

 

「・・・・・・ッ!? な、何だこれはッ!! こ、こんな、こんな数ッ!!」

 

 今まで見たこともない数――――ざっと数えただけで20人はいるだろう。大きくても膝丈程度しかないが、全員『幼女』の見た目で動いていた。俺にとっては地獄絵図以外の何物でもない。

 『死』の象徴なのだから。

 

「うおおおおおおおおおおッ!! こ、こいつらはッ! マズイ!!」

 

「ちょ、ボス!? 落ち着いてください!」

 

 アリスが制するが俺はそんな言葉に聞く耳は持たない。腰を抜かし、ただただ叫ぶしかなかった。過去に一度も無かった・・・・・・こんなに大勢の『幼女』が出現することなんて、一度もだッ!! おそらくは到底予想も出来ないような死が発生するに違いない。

 そう、それこそ『生き地獄』を永遠に見せられるはずだ。

 死にそうで死なない一線をふらふらと綱渡りするように、いたぶり、蔑み、そして殺す。

 

「や、やめろおおおおおお!! い、嫌だ・・・・・・『予知』、予知が・・・・・・出来ないッ・・・・・・!? お、やめろッ、側に来ないでくれ・・・・・・」

 

 完全に気が狂ってしまっていた。ただ恐怖を目の前にした子供のように叫ぶしかなかった。動揺が最高潮に達し、呼吸もままなら無い。もちろん、そんな精神状況下で上手くスタンドが扱えるはずもなく、『墓碑銘(エピタフ)』は全く未来を移しこめはしなかった。

 

「お、俺のそばに近寄るなアアァァァーーーーーーーッ!!」

 

「ボス!!」

 

 と、俺の右頬に鋭い衝撃が走った。

 

「――――はっ!?」

 

 突然の出来事に頭が混乱する。なぜ、なぜ俺の頬に衝撃が走ったんだ? いや、それよりも俺のことを「ボス」と呼ぶのは・・・・・・一体誰なんだ・・・・・・? そして、この全身にかかる重さは、暖かさは・・・・・・一体。

 

「――――落ち着いてください。あなたの過去に何があったかは分かりませんが、この子たちは大丈夫です」

 

「――――あ」

 

 アリス・マーガトロイドは我を完全に失った俺を優しく抱き、宥めるように優しく言った。その言葉で視界が再び色を取り戻し、安定していく。

 

「落ち着きましたか?」

 

 アリスは恥ずかしそうにしながらも真っ直ぐ俺の目を見て言う。もちろん、俺は「あ、あぁ・・・・・・」とそら言のように頷くだけだった。

 

「えっと、何かトラウマがあるようですね・・・・・・。あなたのことは詳しくは知りませんが、この子たちは安全です。ですが、何も知らなかったとは言え非常にあなたを動揺させてしまったことを深く謝ります。ごめんなさい」

 

 俺は言葉を失った。それは俺が恐怖によって何も言えなかったからではない。このとき俺はアリスが何を言っているのかはほとんど理解できていなかったが、一つだけ分かった。

 彼女の『優しさ』が心で理解できた。

 しばらく呆然としていた俺の頬に何かが伝い、落ちていく。今まで一度も感じたことのない感覚――――。

 

「何か辛いことがあったんでしょう・・・・・・。思い起こさせた私が言うのも間違っているかもしれませんが、もう安全ですよ、ボス」

 

 そのまま俺は――彼女の腕の中で再び子供のように叫んでしまった。

 

*   *   *

 

「・・・・・・すまない。取り乱してしまって・・・・・・」

 

 落ち着いた俺は椅子に座って彼女と話していた。

 

「いえ、重ねて言うようですが私も悪かったです」

 

 そう言う彼女の言葉は少々小恥ずかしいものだった。

 

(・・・・・・まさか、こんな女性がこの世に存在するとはな・・・・・・)

 

「あの子たちも深く反省しています。急に驚かせてしまってごめんなさいってね」

 

 今はこの場にアリスの言う『幼女』たちの姿は見当たらない。アリスと話していた風は無かったが。

 

「出来た子供たちだな・・・・・・ここは孤児院のようなところか? こんな辺鄙なところで・・・・・・他の手伝いとかはいないのか?」

 

「えっ??」

 

 と、アリスは目を丸くした。何かまずいことでも聞いてしまったのか?

 

「えっと、子供に見えますか? あの子たちが」

 

「は・・・・・・? いや、どこからどうみても人間の子供だろう」

 

「・・・・・・そ、そっか」

 

 と、アリスは嬉しそうな顔をする。そして衝撃的なことを述べた。

 

「彼女たちは人間じゃあ無いですよ」

 

「・・・・・・そ、そうか」

 

 なるほど、妖怪なのか。と、俺は一人で納得していた。ん? 妖怪ならなおさらヤバくないか・・・・・・?

 

「私の人形です。自慢のね」

 

「そうか、人形か・・・・・・え?」

 

 ニンギョウ・・・・・・? ニンギョウって人形のことか? あれが?

 

「はい! 実はみーんな私が一人一人手作りで作った人形ですよ」

 

 アリスは鼻を高くして言った。

 

「・・・・・・いや、でも動いていたぞ? ロボットじゃあないのか?」

 

「あぁ、それはですね・・・・・・」

 

 と、アリスは両腕をテーブルの上に出して指を妙な動きで動かした。すると、がちゃりと廊下の扉が開きメイド服のようなものを着た先ほどの『幼女』が一人だけ入ってきた。

 

「・・・・・・っ!」

 

 少し動揺してしまうが、大丈夫だと心に言い聞かせて自分を押さえる。

 その間に『幼女』はとてててて、と歩きこちらに近寄ってきた。

 

「シャンハーイ」

 

「うおっ」

 

 と、突然声をあげたと思うとジャンプして――――そのまま宙に浮かんだままになる。

 

「・・・・・・!? これは、一体??」

 

「えっと、実は私が糸で操ってるんですよ。目を凝らせば細ーい糸が見えるはずです」

 

 彼女の言うとおりに『幼女』の周りを注意深く見ると発見する。微妙に光っている細い線が確かに延びており、それはアリスの指先まで繋がっていた。

 

「キヅカナイナンテ、バカジャネーノ?」

 

「しゃ、喋ったぞ!?」

 

「あはは・・・・・・それが私の人形です。そして、同時に私の能力です」

 

 『人形を操る程度の能力』と彼女は説明した。

 

 俺は再びその『幼女』をまじまじと眺めると・・・・・・確かに体の所々に縫い目が見られるのが分かった。しかし、ぱっと見ではほとんど人間と差し支えがない。表情も固定されていないのも、人間味を帯びている。

 

「その子は『上海人形』。首を吊っているのが『蓬莱人形』。踊りと歌が好きなのが『西班牙人形』。槍術が得意なのが『仏蘭人形』。小さいのから大きいのまでが『露西亜人形』。それから・・・・・・」

 

 彼女は楽しそうに人形についての紹介を始めた。彼女のせりふと共にどこからともなく「ホウラーイ」や「オルレアーン」などと言いながら人形たちが現れる。一度は恐れていた『幼女』だが、人形と分かれば何故か恐怖心も沸かなくなっていた。

 

「・・・・・・本当に人形が大好きなんだな・・・・・・」

 

 がやがやと騒ぐ人形たちに囲まれて彼女は幸せそうに頷いた。

 

 がたんっ

 

「む、二階からか・・・・・・? 何かが倒れるような音が・・・・・・」

 

 おそらく二階からだろう。するとアリスは「あっ・・・・・・」と声をあげて「また私の人形が喧嘩してるみたいね・・・・・・」と呟いた。

 そんなアリスを見てふと笑いが出てきてしまった。

 

「ふっ・・・・・・賑やかだな、ここは」

 

「あら、ボスは賑やかなのは嫌い?」

 

 本当は静かな環境が好きなのだが俺はそう言う気にもなれず――。

 

「悪くないな」

 

 本心からそう言った。

 

*   *   *

 

 場面は移り変わり、ここは永遠亭。

 

「・・・・・・」

 

 心を破壊された鈴仙・優曇華院・イナバは呆然と病室の床にへたり込んだままだった。

 すると、彼女の膝に水があたる感覚がする。何だ、と思い足下を見ると水色の液体がそこにはあった。それはどこからか流れ出ており、出所を確認すると『壁』だった。

 

「・・・・・・あ」

 

 鈴仙はおもむろに立ち上がり、病室の戸棚から大きめの瓶を取り出す。そして、無意識のうちに瓶のふたを開けてその液体を手で掬い取って瓶の中に入れた。

 彼女はほぼ無意識の行動だったが、それは正しかった。なぜなら『もしピンチのときに』と永琳が何度も何度も鈴仙に教えていた緊急時の対策だからである。

 

「――――優曇華、もし私が動けないときは『瓶』で私を詰めるのよ。入れ物だったら何でもいい。不死である私が戦力外になるとき、それはきっと何かに捕まったり全く動けない状況になるときよ。そうなった場合、私はとある薬を体内で作り出して自分に服用するわ」

 

 その薬とは『服用した者を液体に変える薬』だった。幻想郷が管轄ではない死神と共同で開発した薬である。永琳はそれを錠剤として体内で服用できるようにし、その死神は持っている武器にその効果を付与したという。

 ちなみに、もう一つ。輝夜の能力を利用して生み出した薬もあると言うが、鈴仙はそこまでは聞かされていない。

 永琳は鈴仙にそう教え込んだ。数十年以上前の話である。

 

「師匠・・・・・・師匠・・・・・・」

 

 鈴仙はうわ言のように繰り返し、壁から溢れ出る液体を瓶に詰めていった。

 

 13話へ続く――――!!

 

*   *   *

 

 後書き

 

 今回はここまでです。短いですが申し訳ない。

 ちなみに、永琳が使った薬の正体が分かる方、いらっしゃったら嬉しいですね。まぁ、彼は「作ったのは私ヨ」とか言いそうですが。

 

 あと、ボスとアリスがイチャコラしてます。パルスィ呼ぶぞ。

 

 というわけで12話が終わりです。まぁ、導入のような話ですから、短いのもしょうがないですね。

 

 では、13話で。



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アリス・マーガトロイドの秘密②

ボスとジョルノの幻想訪問記 13話

 

 前回のあらすじ

 

 ディアボロだ。八意永琳の策略によって『記憶のないドッピオ』の精神の内側に閉じこめられてしまった俺だが、都合よくスカーレット姉妹(姉の方とは一度会っている)が永遠亭を潰しに来た(十六夜咲夜の回収か?)ため、ドッピオは死にレクイエムの効果により復活を果たした。復活先が夜の森の中というのは少々運が無かったが、とある民家を発見しそこに泊めてもらうことにした。

 さて、これからどうしようか・・・・・・まずは情報を集めなければ。レクイエムから脱出するために。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第13話

 

 アリス・マーガトロイドの秘密②

 

 民家の主、アリス・マーガトロイドは自分で「こんな広い家に一人暮らしだから、泊まっていっても全然構わないわ」と言っていた。年頃の女性が見知らぬ男をそう易々と家に泊めてもよいのか、と尋ねると。

 

「多分ボスが思っている年齢の10倍は生きてますよ?」

 

 という返事が返ってきた。そういえば八意永琳も不老不死だと言っていたが、アイツも何百歳とか言うのでは無かろうか。幻想郷では年齢と見た目は必ずしも一致しない、というわけか。

 

 そんな会話を続けているうちにアリスは思いだしたように「もう夜も遅いですので、どうぞお休みください」と、言って一階の別の客間に通してくれた。

 

「すまないな。明日の朝にはもうここを出るから・・・・・・」

 

「そうですか? 朝食は作りましょうか?」

 

「いや・・・・・・あ、うむ・・・・・・。やっぱり頂こう」

 

 いらない、と言いかけたが先ほど飲んだ手作りスープかなりの美味だったので素直に頂くことにする。何しろここは森の中だ。ここを出ても半日以上さまよう可能性も捨て切れない。腹ごしらえは大事だ――――蛙なんてゲテモノを食う羽目になるからな。

 

「おやすみ、ボス」

 

「・・・・・・」

 

 アリスが就寝の挨拶を言うが何処か恥ずかしくて俺は答えられなかった。

 

 そんなやりとりは一度もしてこなかったから。

 

 

「・・・・・・」

 

 ベッドに潜り眠る。こんな落ち着いた夜は何時以来だろうか。死の危険の予知も来ない。自分を殺そうとする奴らの襲撃に怯える必要もない。八意永琳の術中にハマったときは暗い絶望の海の中に無理矢理沈められている気分だったが今は違う。まるで母親との会話を楽しむ少年のような穏やかな安心感だ。

 

 ここにいれば以前のような死とは無関係の平和な生活が送れるだろうか?

 

 そんな考えが頭をよぎって首を振る。

 

(いいや、まだダメだ。・・・・・・弱まりつつあるレクイエムの呪縛だが、まだ俺の運命はコイツに左右されている。ジョルノ・ジョバーナがここにいるのも、記憶を失っているのも俺にかかっている『GER』の効果のせいだろう。平穏な生活はこの因縁を断ち切るまで――――『試練』を乗り越えるまでは望めない・・・・・・)

 

 とかく、自分のすべきことは『スタンド使いになった幻想郷の住民』についての情報を得ることだろう。これまでの経験から明らかに『スタンド使い』を増やし、俺やジョルノを狙っている奴がいる。おそらくはドッピオが闘っていたとき、姉の吸血鬼が言っていた『ユカリ』とか言う奴の可能性が高い。

 

 俺やジョルノを狙う理由は分からないが、『スタンド使いを増やす』ことが可能なのはDISCと『矢』の能力だけだ。そして一人で大量のDISCを所持することは可能性としては十分低い。

 

 つまり、『矢』は『ユカリ』が持っている可能性がある。

 

(まだ憶測の域は出ないが、いずれにせよ『矢』がこちらに来るのはほぼ確実だろう。『矢』さえ手に入れば、俺は・・・・・・)

 

 まずは情報を集める必要がある。それに先立つのは体力である。

 

 俺はそのまま睡眠へとゆっくり落ちていった。

 

*   *   *

 

 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「――――ケテ」

 

 気のせいかもしれないが、それは再び聞こえた。

 

「――――タスケテ」

 

 タスケテ。そう、助けを求める声が聞こえる。どこからともなく、上から聞こえるようでもあり、下から聞こえるようでもある。

 

「だ、・・・・・・誰だ?」

 

 俺は目を開き、かすれる声でそう呟いた。そして、目の前にあったものは――――

 

 

「ワタシヲタスケテ――――」

 

 

 目玉をくりぬかれ、その黒い虚空から真っ赤な涙を流す、悲しげな『幼女』の姿が――――。

 

 

「うわあああああああああああああああああッ!!!!」

 

 突然、俺はベッドから跳ね起き大声で叫んだ。体中に嫌な汗が滲んでおり、動悸も激しく、呼吸は口でしなければ困難なほどだった。

 

「はぁっ、はぁっ!?」

 

 だが、次第に頭が冴えていく。そして俺はどうしてこんなに焦ってしまっているのか。一体何に怯えているのかを忘れてしまった。

 

 今のは夢だったのか? そのことさえも記憶から消えていた。

 

「どうしたの!?」

 

 俺の叫び声を聞いてアリスが部屋に入ってきた。彼女は彼女で俺が再び発狂したのではないかと思い、急いで飛んできたようだ。だが、俺には説明できなかった。

 

「い、いや・・・・・・すまない。何か、何かを見てたようだ・・・・・・」

 

「悪い夢にでも魘されましたか・・・・・・? 大丈夫ですかボス?」

 

「大丈夫だ・・・・・・心配をかけた」

 

 俺は顎を伝う冷や汗を拭ってベッドから降りる。少しめまいがし、ふらふらとした足取りで部屋を出るが・・・・・・。

 

「く、クソ・・・・・・」

 

 壁つたいに歩くのが限界だった。疲れがたまっているのか? それとも、俺の体に何かが起きているのか・・・・・・。

 

「まだ寝てた方が・・・・・・」

 

 アリスは俺を気遣ってくれているが、そんな時間はない。これ以上ここに迷惑をかけるわけにもいかないのだが、それ以上に彼女に俺の本質を知られてしまうのは嫌だった。

 

「いや、大丈夫・・・・・・だ。先に部屋に行っててくれ。すぐに俺も行く・・・・・・」

 

 正直体は重かった。近くのイスに一旦腰掛けてアリスにそう伝えると彼女は「じゃあ・・・・・・」と渋々了承してくれた。おそらく朝食の準備中だったのだろう。アリスは足音を立てながらキッチンのある部屋に戻っていった。

 

「・・・・・・」

 

 この部屋には窓がついている。俺は外を眺めていると霧が発生しているのが分かった。霧は薄い緑色をしていて危険そうだ・・・・・・あとでアリスに尋ねるか。

 

 がたっ

 

 また二階で音が聞こえた。昨日アリスが言っていた人形のじゃれあいか。人形はすべて自律で動いているのだろうか? スタンドの自動操縦型のようだな。

 

 俺がそんなことを考えているとコンコンとドアをノックする音がする。

 

「ボス、朝食ができました。部屋まで来れますか・・・・・・?」

 

「あぁ、すぐに行く」

 

 ドア越しに聞こえたのは優しく語りかけるアリスの声だった。俺はすぐに返事をしてドアを開ける。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「あぁ、大分落ち着いてきた。朝食を頂こう・・・・・・。それと、今日は霧が濃いみたいだが人体に害はないのか?」

 

「あ、それについて今から話そうと思ってました。朝食を取りながら話します」

 

「分かった」

 

 俺はドアを閉めてリビングに向かう。そこに入ると目玉焼きとトーストのいい香りが鼻の奥に広がった。また、部屋は暖かく昨日の晩には点いていなかった暖炉に火が灯されている。彼女が俺の体調を心配して点けてくれたのだろう。部屋はかなり暖かい。

 

「どうぞ、席についてください」

 

 促されるまま席について料理を見る。目玉焼き、ポテトサラダ、ミニトマト、バターの乗ったトースト、そして昨日頂いたスープ。ドッピオも永遠亭で似たような洋食を食べていたが、こっちの方が断然美味そうだ。見た感じ、怪しい食材や毒物っぽいものは含まれていない。

 

 だが俺はいつものクセでアリスが食べ始めるのを待ってしまっていた。

 

「ふふっ、毒は含まれてませんよ?」

 

 そんな俺の猜疑心を見たのか、俺の皿からポテトサラダを一口取ってアリスは自分の口の中に運んだ。ほらね? と言いたげな表情で笑うと俺の警戒も完全に無くなり。

 

「あぁ、いや。いつものクセでな。アリスを疑っているわけじゃあないんだ」

 

 一応弁護してからトーストを口に運ぶ。む、かなり美味いぞ。何というか、絶妙な甘さだ。普通のトーストには無い味が出ている。

 

「そのトーストにはこの森で採れるアマツメソウっていう白い植物の根が生地に練り込まれてますよ。アマツメソウは名前通り、ほんのり甘い成分が含まれていて30年前くらいにパンに混ぜると絶妙な甘さが出るように・・・・・・」

 

 俺の反応を見て満足したのか、求めてもないのに得意げに説明を始めるアリス。彼女はアレか、説明したがりなのか。

 しかし、聞いていてつまらない話ではないので俺は頷きながら食事を進める。だが、そろそろ霧について話してほしいぞ。

 

「ん? あぁ、そうそう。霧についてでしたね」

 

 俺が話を折るように尋ねると彼女は本当に忘れていた、という風に手をたたいた。

 

「ボスも察しているように今日は『魔法の霧』が濃いですね。この霧は主にこの森に生える植物が出す魔法性のガスから構成されているんですけど・・・・・・。例に漏れず、人体には悪影響という性質でしてね」

 

 一体何の例に漏れないのかは分からなかったが、いわゆる『よくある設定』と彼女は説明した。説明になっていないが、今日外に俺が出ることは危険。ということは理解できた。

 

「なるほど・・・・・・」

 

「えっと・・・・・・どうします?」

 

 彼女はそう尋ねてきた。普通ならこんな危険極まり無い日に人間を外に出すのは彼女にとってかなりきまりが悪いものだろう。ほとんど他人を見殺しにするようなものである。

 だが、俺がかなり急いでいると思ったのか。俺の意見を尋ねてきた。俺としては死んだところで幻想郷のどこかで復活するだろうが、彼女に後味の悪い思いをさせるのもどうかと思った。

 

「そうだな」

 

 ここまで他人に優しい彼女のことである。彼女の良心を無碍にするのも悪い。以前の俺なら考えもしない決断だったが――――。

 

「もう一晩、様子を見てから決めてもいいだろうか?」

 

 留まる決意をした。するとアリスは微笑んで「そうね」と呟く。

 

「その方がきっといいです。――――きっと」

 

*   *   *

 

 その後、朝食を終えて俺は寝室に戻ってきた。特に何もやることがないので彼女から俺でも読めそうな本を数冊借りて読むことにした。

 

「・・・・・・分からん」

 

 出来るだけ分かりやすいのを彼女はセレクトしたつもりだろうが、よく話が理解できなかった。彼女が言うには日本の代表的小説。とのこと。

 

「何でこいつらは自分の娘を好きになったり、従姉妹と結婚したりしているんだ・・・・・・??」

 

 そもそも恋愛というものに興味がない俺だが、いよいよを以て訳が分からない。日本の小説家は頭が狂っているんじゃあないのか。

 

「・・・・・・」

 

 娘と言えば・・・・・・嫌な思い出しかないな。アイツがいたせいで俺は今こんな目にあっているのだ・・・・・・。まぁ、アリスのような人間がいてくれたおかげで少しはマシではあるが。

 

 がたんっ

 

「む、また二階から音が・・・・・・」

 

 ちなみに朝食の時聞いた話だが、アリスの人形たちは全部アリス自身が操っているという。それを聞いたとき、『じゃあアリスは何で人形たちと時々会話をしているんだ?』と言いたくなったが寸での所で言わなかった。何か彼女のマズイ部分に触れてしまう気がしたのだ。

 

(少し共感はしたがな)

 

 そんなことを思いながら俺は二冊目の本を手に持った。・・・・・・これも冒頭から恋愛の話だ。だんだん読む気が失せてくるな・・・・・・。

 

*   *   *

 

「・・・・・・ん??」

 

 いつの間にか眠っていたらしい。机につっぷしたままだった。変な体勢で寝てたせいで腰が少々痛いな。

 

 俺は首を鳴らしながら立ち上がり体を伸ばす。――――と、そこで俺は机の上を見て気が付いた。

 

 本が一冊も無かった。

 

「い、いや・・・・・・よくみると机も違うぞ!? 俺が使っていた寝室にあったのは『木製の机』ッ! でも、これは昔の貴族たちが使っていたような『金属性の古めかしい机』だッ!」

 

 何かがおかしい、と思いあたりを見回すと――――カーテンで仕切られた大きめのベッドが部屋の中心にあった。明らかに俺の部屋にあった簡素なベッドとは違う。いや――――ベッドと机だけじゃあない。何だ、この部屋は・・・・・・どこの部屋だ??

 部屋は薄暗く周囲には大量の人形が並んでいる――が、そのどれもが動き出す気配はない。床にはカーペットが敷かれ、オリエンタルな絵柄をしている。

 

「ど、どこなんだッ!! 俺は一体・・・・・・ッ」

 

 突然の出来事に焦るが、俺の興味は次第に一点にしぼられていった。

 

 部屋の中心にあるカーテンで仕切られたベッドだ。

 

「――――お、俺の勘が告げている・・・・・・『ここに何かがいる』と!!」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 俺はおそるおそる、ゴクリとのどを鳴らしながらカーテンに手をかけて――――中を見る。

 

「――――ッ!?」

 

 そこにいたのは――――大量のぬいぐるみに囲まれている、金髪で眼球のない『幼女』の姿だったッ!!

 

 さらに同時にッ! 俺は理解する!

 

 これは『一度見ている』と! 今朝、俺が見た『夢』の中の現象と全く同じ!!

 

「う、うおおおおおおおおおおおお!!! 『キング・クリムゾン』ッ!!! その『幼女』を殺すんだァァーーーーーッ!!!」

 

 ただちにスタンドを発動させて目の前の幼女を始末しようとするが――『キング・クリムゾン』は現れなかった。

 

「――――ッ!! な、何ィィーーーーーッ!! 『キング・クリムゾン』も、『墓碑名(エピタフ)』も使えないなんて・・・・・・はッ!?」

 

 何かの気配を感じ取り俺は慌ててベッドから距離を取る。すでに俺は正気ではなく、スタンドが使えないことと、目の前の幼女のせいで完全にパニックに陥っていた。

 

「はぁーッ! はぁーッ! あ、ありえない・・・・・・な、なんなんだこれはッ!?」

 

 そのときだ。動揺する俺の耳に再びあの声が聞こえる。

 

「――――ケテ」

 

「ひっ!? ま、またこの『声』だ・・・・・・」

 

「タスケテ――――ワタシヲ――――タスケテ」

 

「・・・・・・く、うるさいッ! これは・・・・・・悪い夢だッ・・・・・・! 早く醒めてくれッ・・・・・・。早く、クソ・・・・・・」

 

「タスケテ、ワタシヲ、ミツケテ」

 

 次第に声が大きくなる。はっきりとした単語に聞こえてくる。

 

「う、うおおおおおおおおお!! 醒めろッ!! 『醒めろ』ォォォーーーーーーーッ!!!」

 

 俺は腰を抜かしながら後ずさる。その時、手が何かに触れた。見ると万年筆が落ちていた。

 

「頼むッ!! 『醒めて』くれェェーーーーーーッ!!!」

 

 俺は何が起きているのか、全く訳も分からないままその万年筆を思いっきり左手の甲に突き刺した!

 

「ぐううううああああああああッ!!」

 

 左手に走る激痛に思わず大声を上げる。

 だが、夢は醒めない。なぜだ? 何が起こっているんだ・・・・・・?? まさか、これもレクイエムの効果か??

 

「タスケテ、ハヤク、ワタシヲ」

 

「うるさいッ!! くそ、くそぉぉーーーー!!」

 

 俺は万年筆を抜きその辺に叩きつけた。夢が醒めない。いや、これは果たして本当に夢なのだろうか??

 

「タスケテ、タスケテ、タスケテ」

 

 声の主はただそれだけを繰り返していた。機械的な声。『タスケテ』とだけを繰り返していたのだ。正直助けて欲しいのはこちらの方だ。幼女発生のこともあって、俺はまともな判断が下せないでいた。

 

「ワタシヲ、タスケテ、ミツケテ」

 

 見つけて、助けて、声の主はひたすらにそう繰り返すだけだった。それ以外、なにもしてこなかった。

 

「・・・・・・な、何なんだ本当に・・・・・・何が・・・・・・全く理解できない・・・・・・」

 

 完全に怯えきっていた俺はいつ死が訪れるのかそれだけが気がかりだった。声のことなど全く耳に入らなかった。

 

「タスケテ、タスケテ」

 

 次第に大きくなる声。そう、まるで自分の背後に近付いているような・・・・・・。

 

「ハヤクワタシヲミツケテ」

 

 ついに俺の耳元で声が囁かれたとき――――。

 

*   *   *

 

「うわあああああああああああッ!!!!」

 

「ぼ、ボス!?」

 

 俺は目を醒ました。ヒドい汗をかいている。息も絶え絶えで焦点が定まらない。

 

「は、はぁ・・・・・・あ・・・・・・?? お、俺は・・・・・・何を?」

 

 ――――だが、一体先ほどまで俺の身に何が起こっていたかは完全に忘れてしまっていった。

 

「酷い夢を見ていたようですが・・・・・・」

 

 近くにはアリスもいた。俺の尋常ならざる様子を見て心配して来てくれたのだろう。

 

「・・・・・・夢? ぐっ!?」

 

 彼女の言葉に何か違和感を覚えていると、突然左手に痛みを感じた。何なんだ、と思って見てみると俺の左手の甲には直径1センチ程度の穴が開いており、血がどくどくと溢れていた。

 

「これはっ・・・・・・!!」

 

「怪我をしてます! すぐに治療を・・・・・・」

 

 アリスは慌ててリビングへと戻っていった。だが、俺にとって怪我の治療など二の次だ。考えるべきことがある。

 何故こんな所に怪我を・・・・・・いや、問題はそこじゃあない。

 

 ――――いつ、俺は怪我をしたんだ?

 

「・・・・・・夢、俺は寝ていたのか?? 確かに記憶が曖昧になる以前と同じ机に座って、目の前には読みかけの本もある。 そしてアリスが言うには『酷い夢』にうなされていたらしいが・・・・・・」

 

 当の俺は一体どんな夢を見たのか、はたまた本当に俺は夢を見ていたのかさえ覚えていない始末だ。こんなことが二度続けて発生しうるのだろうか?? 単なる疲れからくる睡眠障害の一種で片付けられる問題だとは思えない。

 

「何かが俺の周りで起こっている・・・・・・?」

 

 だが、ここにいるのは俺とアリス、あと騒がしい人形たちだけだ。ほかに人間の気配は無いし、ここは魔法の森のど真ん中。妖怪や妖精以外ここに来るものは滅多にいないだろう。

 

 じゃあ、一体誰が? 俺の思考はそこまでで頭打ちだった。

 

「とにかく・・・・・・『何かが』起こっているというわけか・・・・・・。現状俺は外には出れない。ここで乗り切らなくてはならない・・・・・・ッ!!」

 

 見えない何かが迫る。恐怖とともに、どこかこの緊張感は懐かしい気がした。

 

*   *   *

 

「これでよし、と」

 

 手の甲に巻かれた包帯の結びを確認しながらアリスはそう言った。

 

 さすが、全ての人形を手作りで作るだけのことはある。応急処置もかなり手際がよく、痛みはあまり気にならないくらいだ。

 

「・・・・・・何でも出来るんだな」

 

 俺はつい、そうこぼすとアリスは苦笑して「そんなことはないですよ」と謙遜する。

 

「手先は器用でも、他人には不器用なの」

 

 そう言ってみせた彼女の表情は少し悲しそうに見えた。だが俺は気にする素振りも見せず「ありがとう」と礼を言う。

 

「どういたしまして。何か飲みたい物があったら淹れてきましょうか?」

 

「気が利くな。では・・・・・・コーヒーはあるか?」

 

「ごめんなさい、コーヒー豆を切らしてて・・・・・・」

 

「む、そうか。・・・・・・なら紅茶でいい」

 

「そういえば紅茶の茶葉も買い置きがありませんでした」

 

「・・・・・・じゃあ、牛乳とかでもかまわない」

 

「昨日の夕食で全部使い切っちゃって・・・・・・」

 

「じゃあ何があるんだ?」

 

「お茶なら、なんとか」

 

「最初からそう言えばいいじゃあないか」

 

「見栄を張ってみたかったんです。ボスが最初にお茶と言ったら成功だったんですけど」

 

「・・・・・・」

 

 一体何のゴッコをしているんだろうか。緊張感が無い・・・・・・。

 

「いや」

 

 違う、これはあえてそんな話題を提示して俺の緊張をほぐそうとしているのか?? もしそうだったら少しは乗ってあげなくては・・・・・・。

 

「だったら最初に言おうと思っていたお茶を頂こう。アリスの見栄は大成功になるだろう?」

 

「・・・・・・」

 

 今度はアリスが黙ってしまった。何か変なことでも言ってしまったのではないかと思ったが。

 

「いやぁ、ボス。そういうのじゃあないんですよねぇ・・・・・・」

 

 何故か気を落としながらアリスは部屋を出ていった。お茶を淹れに行ってくれたのだろうが、いまいち彼女の意図が掴めない。

 

 女心なんて一生俺は理解できないな、と改めて感じた。

 

 

 

 

 そして時間はたち、夜――――。

 

 俺はまさに寝ようとしているところだ。

 

 第14話へ続く――――。

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 そういえば、前話から語りがディアボロに変更されていますが、違和感無いでしょうか? 私は時々ナレーションベースで書いてしまったり、途中でディアボロっぽくない言い回しが発生したりと結構大変です。

 

 えー、今回はボスが悪夢にうなされる話ですね。これはボスのトラウマのせいなのか、はたまたスタンド攻撃なのかは現在教えられませんが、察しの良い人はすぐ分かるんじゃあないでしょうか。

 おそらく、この作品でぶっちぎりの善人はアリス・マーガトロイドです。彼女の9割は優しさで出来ていると言っても過言ではありません。

 

 次の第14話で話が急転するハズなので楽しみにしていただけたら幸いです。

 

 では、また14話で。



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アリス・マーガトロイドの秘密③

ボスとジョルノの幻想訪問記14

 

あらすじ

 

 ディアボロだ。アリスの家に訳あって泊めて貰っているわけだが初日から幾度と無く『悪夢』に襲われているらしい。この『らしい』というのは俺が馬鹿だということではなく、全く記憶に残っていないからである。

 だが、何かが起こっていることだけは自分の身体的変化から明らかだった。極めつけはいつの間にか左手の甲についた風穴のような傷だ。俺は確信し、覚悟を決めて3回目の『夢』を見るために眠りにつこうとしていた。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第14話

 

 アリス・マーガトロイドの秘密③

 

 

 悪夢を見るに当たって俺は一つだけ仮説を立てた。これはアリスの言う『悪夢』にうなされている、という前提を元に立てているのだが、もし原因が違うのであれば再び考え直すだけだ。

 

 さしあたって、昼に『悪夢』を見た後、俺は何故か怪我をしていた。しかも普通の戦闘ではつかないような怪我だった。普段ならばよっぽどのことがない限り、『墓碑名(エピタフ)』で未来を予知し、『キングクリムゾン』で消し飛ばす。俺はこれまでそうやって生きてきた。そのサイクルは十分身に染み着いており、現に幻想郷でも数回行っている。

 

 では、何故俺は怪我をしていたのか? 仮説はそこに準拠する。

 

 出来るだけあり得る範囲で考えてみたところ、俺の中である一つの考えがまとまった。

 

 これは『スタンド攻撃』に違いない、と。

 

 何故その結論に至ったのか? 『悪夢』の中で攻撃を受けておきながら、その未来を消し飛ばせなかったのは俺が『スタンド』を扱えなかったからだろう。そして、『スタンド』は『スタンド』でしか倒せない、という絶対のルールを加味するならば、俺の『スタンド』に干渉できるのは『俺自身』か敵の『スタンド』以外にはあり得ない。

 

 この時点で『スタンドによる襲撃説』が濃厚だが、さらにこの仮説を裏付ける事実がある。

 

 永遠亭での戦闘に置いて、レミリア・スカーレットの放った『ユカリ』という謎の人物の名前。レミリアはドッピオをスタンド使いだと認識していて、それで『ユカリ』なる人物から殺すように言われたのだ。となれば『ユカリ』が『スタンド』に深く関わる人物であり――――この俺、『ディアボロ』の存在にも気付いているハズである。でなければ、ほとんど人畜無害の『記憶のないドッピオ』を殺す理由が見つからない。あるとすれば、『ディアボロ』を表に出すため。としか考えられない。

 

 そして仮説は一本の確信につながる。

 

 これは『ユカリ』の差し金による『スタンド』攻撃に違いない。

 

「・・・・・・」

 

 俺は布団を被り『墓碑名(エピタフ)』を作動させる。眠りに落ちる直前まで未来を見ることによって、俺が本当に『悪夢』を見るのか確認するためだ。

 

 だんだんと瞼が重くなる。『墓碑名(エピタフ)』は依然として真っ暗な部屋を映し出すだけだ。まだ何も変化は起こっていない。非常に眠い。だが、寝る寸前まで目を開けておかなければ『墓碑名(エピタフ)』で『悪夢』を予知することは出来ない。『墓碑名(エピタフ)』で見れる未来はせいぜい十数秒先だ。つまり、『俺が瞼を閉じて』『眠りに落ちて』『悪夢を見る』までの課程をその『数十秒』に納めなければ『悪夢』は予知できないのだ。

 

 既に3時間以上が経過し、アリスに貰った睡眠導入薬も効果を遺憾なく発揮している。おそらく一瞬でも瞼を深く閉じれば眠ってしまうだろう。だが、予知が『悪夢』を見るまでは・・・・・・眠ることが出来ない・・・・・・。

 

 くっ・・・・・・い、意識が・・・・・・もう・・・・・・。

 

「・・・・・・」

 

 瞼は鋼鉄のシャッターのように重く、ほとんど気力だけで目を開けている状態だった。だが、『墓碑名(エピタフ)』はまだ『悪夢』を映し出さない。

 

 く・・・・・・そ、まだなのか・・・・・・。

 

 そもそもの仮説が外れていれば全くこの作戦は意味がないのだが、と。そんなことを考えていると余計に眠くなる。今はただ信じて未来を予知し続けることだ。そうしなければ・・・・・・。

 

「・・・・・・!!」

 

 次の瞬間、『墓碑名(エピタフ)』で映し出していた未来が急に何かを映し出した! ついに、来た!

 

 その光景は西洋風の小さな小部屋だった。部屋の中心にカーテンで仕切られた大きめなベッドが一つある。

 

 いや、十分だ。『思い出した』ッ!! これは確かに『悪夢』で見た部屋と同じだッ!!

 

「キ、『キングクリムゾン』・・・・・・」

 

 俺は最後の力を振り絞り『スタンド』を出して――――。

 

 時を消し飛ばした。

 

*   *   *

 

「・・・・・・ッ!!」

 

 消し飛んでいる時の中で俺は奇妙な感覚を味わう。まるで体全体がどこかへと連れ去られるような・・・・・・そうか、これが『夢』に入っていく感覚か。まさかそんな感覚を得られるとは思いも寄らなかった・・・・・・。

 

 次の瞬間。俺は先ほど『墓碑名(エピタフ)』で見た景色と同じ場所にいることに気が付いた。俺は眠る直前に見た『墓碑名(エピタフ)』の予知によって今まで見てきた『悪夢』を思い出していた。

 

 ここには、あの『目玉のない幼女』がいる――――!

 

「目が・・・・・・冴えているな」

 

 夢の中には眠気は存在しないらしい。まだ継続中の時飛ばしの中で俺はある物を発見する。

 

 万年筆だ。俺が手の甲に突き刺したものと同一だ。

 

「間違いない。ここは『悪夢』と同じ空間だ・・・・・・一体どういう原理かは分からんが・・・・・・。む、そろそろ『キングクリムゾン』の効果が切れる頃だな」

 

 俺は背後に能力発動中の『キングクリムゾン』を確認する。どうやら『スタンド』を発現中に『悪夢』の中に来ると『スタンド』も連れていけるようだ。

 

 状況のある程度の整理はついた。ここにいるおそらくは『スタンド使い』であろうあの『幼女』を始末する。

 

「時は再び刻み始める・・・・・・」

 

 俺は『キングクリムゾン』の能力を解除し、『スタンド』にベッドのカーテンを開かせる。そこには同じように『瞳のない幼女』がいた。

 

「・・・・・・!」

 

 時を飛ばしていたおかげで、おそらくこいつにとっては『いつの間にか俺が目の前にいた』ように見えるだろう。瞳がないのに見えると言うのは間違っているが、ここは『スタンド』によって作り上げられた空間だ。何が起きても不自然じゃあない。

 

「いくつか質問をする。死にたくなければ正直に答えろ」

 

 俺は目の前の幼女に対して出来るだけドスを聞かせて話しかけた。

 

「・・・・・・」

 

 幼女は何も言わず少しだけ首を縦に振った。

 

「これはお前の『スタンド』能力だな? 一体何の能力だ」

 

「・・・・・・『夢』ヲ・・・・・・アイテヲ『夢』ノナカニツレテクル・・・・・・」

 

 夢、か。十中八九そうだとは思ったが・・・・・・だがコイツは俺をここに連れてきて何がしたいんだ?

 

「お前の目的は何だ?」

 

「・・・・・・」

 

 すると幼女は眼球のない目から涙を――――流し始める。

 

「・・・・・・ワタシヲタスケテ・・・・・・」

 

 それはただの懇願だった。

 

 何だ? この幼女は一体・・・・・・俺を殺すため、拘束するためにここに連れてきたんじゃあ無いのか?

 

「何が言いたい。一体何の目的があって」

 

「ワタシヲミツケテ、タスケテ・・・・・・」

 

 幼女はぽろぽろと涙をこぼして、そう嘆願し続ける。

 

 ・・・・・・謎が深まるな。まさか、こいつの目的が俺を殺すことじゃあないとしたら・・・・・・一体何のためなんだ? タスケテ、とは言うが・・・・・・こんな眼球のない幼女をどう助ければいいんだ?

 

「・・・・・・ん? 見つけて、だと? どういうことだ」

 

 俺は『キングクリムゾン』を背後に控えさせて尋ねる。すると幼女はこくりと頷いて話し始めた。

 

「・・・・・・ワタシ、元々人間・・・・・・。デモ、今、チガウ・・・・・・。ウマク、ハナセナイ、ウゴケナイ・・・・・・。ワタシハココニイイル」

 

「・・・・・・ココ、だと? 『ココ』とはつまり、『アリスの家』のことか?」

 

 その発言に対して首を縦に振る。

 

「元々人間・・・・・・だと? じゃあお前は今何なんだ? 死んでいるのか?」

 

「・・・・・・チガウ、死ンデナイ・・・・・・生キテモイナイ・・・・・・ワタシハ・・・・・・」

 

 と、幼女は言葉を紡ぐ。

 

「『人形』ニナッタ・・・・・・」

 

 その一言は俺に衝撃を巡らせた。

 

「に、人形だとッ! それはつまり・・・・・・アリス・マーガトロイドによってお前は人形に変えられた『人間』だとでも言うのかッ!?」

 

 思わず声が高ぶる。まさか、あのアリスが・・・・・・そんな非人道的な行為を働くはずがない。

 

「ソウ・・・・・・。アリス、ワタシヲ愛シタ・・・・・・。ワタシモアリスヲ愛シタ・・・・・・。デモ、アリスハ変わった・・・・・・。私ヲ人形ニ変えて・・・・・・私は・・・・・・、私はどうして・・・・・・アリス・・・・・・」

 

 自分のことを『人形』だと言った幼女は大粒の涙を流し続けた。いったい、この幼女とアリスの間に何が起こったのか、どうして彼女は泣いているのか・・・・・・。

 

「お願いだ・・・・・・。私とアリスを・・・・・・」

 

 動揺する俺を差し置き、彼女は――――。

 

 

「殺してくれ」

 

 

 助けてくれ、と言っていた。

 

*   *   *

 

 霧雨魔理沙 スタンド名『死神13』

 

*   *   *

 

 全て辻褄が合う。自分のことを『霧雨魔理沙』と名乗った眼球のない幼女の言うことは全て辻褄が合う。

 

 魔理沙はこの家のどこかで『アリスの愛玩』としてどこかにいるのだ。そして俺に助けを求めてきた。アリスの家――――二階から聞こえる『がたん』と言う音も魔理沙が必死で立てた救難信号に違いない。

 

 また、人形となっている魔理沙は『スタンド』をうまく扱えない。せいぜい対象を夢の中に引きずり込むのが限界だと言っていた。つまり、自分一人ではアリスからは逃れられなかったのだ。

 

 アリスの行動もそうだ。今まで全て彼女の優しさからによる行動だと思っていたが、違う。

 

 あれら全ての行動は『自分が怪しまれないため』の行動だったのだ。他人に親切であることはイコール信用に繋がる。目立つ行動を避けるために、魔法の森で迷っている人間全員に対して怪しまれないように行動していたに過ぎない。こんな人の寄りつかない辺鄙な地で一人で暮らしているのも良い証拠である。

 

 更に言えば大量の人形。人形化した魔理沙をカモフラージュするためと言っても過言ではない。万が一、迷い人に魔理沙を発見されても人形だと言いくるめられるからだ。

 

 じゃあ、もし俺が全てを知っているとアリスに知られたら?

 

 アリスはどう出るのか?

 

 決まっている。

 

「くそッ!!! よ、よくもこんな事を話してくれたな・・・・・・霧雨魔理沙ッ!!」

 

「・・・・・・」

 

 魔理沙は答えない。自分はもう殺されても良いからだ。だが、俺は違う。

 

「アリスに命を狙われるハメになる・・・・・・ッ!!」

 

 今すぐにでもアリスの家から逃げ出したいところだが、魔法の森が霧で満ちている今はそれも出来ない。

 

 アリスに怪しまれずにあと一晩を乗り切る? だが次の日に霧が晴れている保証はない。そもそも、アリスに嘘が通用するのか? これだけ用心深い奴だ。少しでも変な動きをしたら殺されかねない。

 

 何なんだこの状況は・・・・・・ッ!! 魔理沙の願いを聞き入れ、先にアリスを殺すか。それとも無視を決め込み、アリスを欺いてここから去るか。

 

 ――――だが、俺の選択は一つに絞られる。

 

「・・・・・・夢から覚める場所は・・・・・・ココ」

 

「・・・・・・は?」

 

「夢から覚めた時、あなたは私の・・・・・・目の前にいることになる」

 

 霧雨魔理沙はそう言った。そんな場所にいたら確実にアリスにばれるだろう。何しろ家の中には大量の彼女の人形がいるのだから。

 

「や、やめろッ!! ふざけるな、俺を巻き込むんじゃあない!!」

 

 俺は『キングクリムゾン』で魔理沙の息の根を止めようとするが――――。

 

「『死神13』解除」

 

 悪夢はそこで途絶えた。

 

*   *   *

 

「――――はッ!?」

 

 俺は体を起こすとそこは夢で見たのと同じような部屋――――だが、あたりには大量の人形が浮かんでいた。

 

「シャンハーイ!?」「ホウラーイ?」

 

 当然、俺はすぐに人形どもにバレてしまう。つまり、アリスに俺の居場所がバレてしまった。

 

 巻き込まれたくもない、知りたくもないことに、無理矢理巻き込まれた。

 

「き、霧雨魔理沙ァァーーーーッ!! 望み通り、ぶっ殺してやるッ!!」

 

 俺は血走った目で『キングクリムゾン』を出してベッドのカーテンを開ける。そこには大量のぬいぐるみに囲まれた夢と同じ幼女がいた。だが、眼球がある。しかしよく見てみるとそれは人工の眼球だった。

 

 後にはもう引けない俺はすぐに魔理沙を掴み上げ、『キングクリムゾン』の両手に力を込める。――――軽い。元々人間とは思えないほどの軽さだった。

 

「死ねッ!!」

 

 と、その時。

 

「シャンハーイ!!」「ホウラーイ!!」

 

 俺の両脇腹に激痛が走る。

 

「ぐ、ぐぅあああああああああ!!!?」

 

 見てみると先ほどの人形が二匹、武器を持って深々と俺の両脇腹を突き刺していた。『キングクリムゾン』に込めていた力が緩み、魔理沙はベッドに崩れ落ちた。

 

「――――何をしているの、ボス・・・・・・!」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 背後にいたのはアリス・マーガトロイドだった。彼女は俺を見下しながら大量の人形をこちらに向けて飛ばしてきた。その一体一体が弾幕を展開しながら突っ込んでくる。不意を付かれた俺は『キングクリムゾン』で時を消し飛ばそうとするが・・・・・・。

 

「があああああああッ!!」

 

 その前に何発もの弾幕が俺に被弾した。被弾した箇所は肉が抉れ、血が吹き出す。特に右足の被弾がヒドく、膝から下に感覚がない。

 

「『キングクリムゾン』ッ!!」

 

 俺は弾幕によって後方の壁に叩きつけられながら時を消し飛ばす。残りの弾幕は結果だけを残すように俺を透過していった。

 

「ぐぅううううッ!! み、『右足』がッ!」

 

 立ち上がろうとしても上手く右足に力が入らない。膝のあたりが深く被弾しており、骨が見えている。痛みも感じないほどの重傷だった。

 

「くそッ、畜生がァァーーーッ! アリス・マーガトロイドに霧雨魔理沙ッ!! 何の関係もない俺を巻き込み、殺すつもりかッ・・・・・・!!」

 

 地面を這いながら出来るだけアリスと距離を取る。

 

「・・・・・・げ、限界だ・・・・・・時が刻み始めてしまう!」

 

 そして、『キングクリムゾン』の効果が切れた。

 

「――――はッ!? 消え・・・・・・いや、そこ!? いつの間に、瞬間移動かしら??」

 

 アリスは人形を構え直し、こう言った。

 

「――――ボス、あなたは見てはいけないものを見てしまった・・・・・・。私と魔理沙の『秘密』を・・・・・・、知ってしまった。生かしてはおけないわ・・・・・・」

 

 彼女の声はいつも通りの『優しい』口調だった。どこか、俺を殺すことを惜しむような、しかし、仕方がないと割り切っているような。迷っているのだ。

 

「・・・・・・ッ!! アリス・・・・・・、貴様は一体・・・・・・何がしたいんだッ!」

 

 俺はそう尋ねずにはいられなかった。魔理沙が夢の中で言うには貴様等は道理からは外れてはいたが、お互いを思い合っていたんじゃあ無いのか? と、聞かずにはいられなかった。

 

 そして信じられないのだ。アリスが、あのバカが付くほど親切な彼女がこんな行為に及んでいるのが。

 

 すると、アリスは真っ直ぐに俺を見て答えた。

 

「・・・・・・魔理沙のためよ。あの子は私と違ってただの人間・・・・・・。寿命もわずか100年程度しかもたない。もし100年後、魔理沙が死ぬときになって私と別れるとき、一番辛いのは『私』じゃあない。魔理沙なの」

 

「・・・・・・どういうこと、だ!?」

 

「あの子を私と同じように魔法使いにすることも出来る。でもそれは魔法使いとしての苦しみを彼女も味わうことになってしまう。『私』の苦しみを知るのは『私』だけでいい」

 

 俺にはアリスが何を言っているのか分からなかった。だが、だんだんと分かりかけてきた。確かに、アリス・マーガトロイドは優しい。

 

「そして、私が先に死んだら悲しむのは私ではなく、やっぱり魔理沙なの。『私』じゃあない。『魔理沙』が悲しむ」

 

 だが、優しすぎる。

 

 極端すぎる。優しさが、自己犠牲が行き過ぎた結果が、目の前の自覚のない狂気なのだ。

 

 彼女は自分の行為は全て魔理沙の幸福に繋がると信じて疑っていない。魔理沙を人形にしたのも、魔理沙は自分がそばにいればそれだけで幸福だと思っているからだ。

 

 

 ――やはりここの恋愛観は狂っている。

 

 

「だから、ボス。私の魔理沙に手をかけるというのなら・・・・・・、それは魔理沙の幸福を邪魔していることになる。私はそれだけは絶対に許さない。――――あなたを殺すわ」

 

 言い終わると同時に人形を四散させて一斉に弾幕を俺にめがけて放ってきた。規則正しく並んだ赤い弾幕が俺めがけて飛んでくる。

 

 ババババババババッ!

 

「っ!!『キングクリムゾン』ッ!!」

 

 今度は被弾する前に時を消し飛ばせた。だが、右足がそれで治るわけではない。アリスと俺との距離が離れているため、『キングクリムゾン』で攻撃しようにも届かないのだ。

 

 このままじゃあジリ貧だ。状況を打開する策を考えなければ、出血の激しい俺が先に倒れてしまう。

 

 そう考えている間に時が来てしまった。

 

「――――ッ!? 弾幕が消えた!?」

 

 と、アリスにはそう見えただろう。消し飛んでいる時間は俺にしか認識できないのだから。

 

「人間のくせに一体、どういう能力を持っているかは知らないけど、上海と蓬莱人形の攻撃が利いたところを見るに・・・・・・」

 

 と、彼女は懐からスペルカードを取り出した。

 

「戦符『リトルレギオン』」

 

 アリスがそう唱え終えると彼女の懐から6体の剣を構えた人形が出現する。6体を同時に操るとは、さすが『人形を操る程度の能力』を持つだけのことはある。6体はアリスの前に出て円を描くようにゆっくりと回って――――突進してきた。

 

「今度の剣捌きはどうかしらァーーッ!?」

 

 人形たちはひゅんひゅんと舞踊りながらこちらに向かってくる。一見美しい剣舞を見ているようだが明らかな殺意が込められていた。おそらく数十秒後には切り刻まれているだろう――――。

 

「・・・・・・ッ! だが、そんな未来は・・・・・・ッ!!」

 

 俺は『キングクリムゾン』の能力を発動させる。そしてスタンドを操り自分を抱きかかえさせた。こうすれば俺が動けなくとも『キングクリムゾン』が満足に動けさえすれば移動は可能だ。

 

 人形たちが消し飛んだ時の中で意味のない踊りを舞う中、俺はアリスの方では無く魔理沙の方に移動する。時間がない。『キングクリムゾン』を操作して俺をベッドに投げ捨てさせてまずは魔理沙から殺すことにする。

 

 アリスから殺してもいいが、ベッドに逃げ込むことによって彼女の視界から一時的に隠れることも出来る。残り8秒。俺は『キングクリムゾン』にベッドのカーテンを閉めさせて、人形になってしまっている霧雨魔理沙を見た。

 

「望み通り、貴様から殺すことにするッ!!」

 

「・・・・・・」

 

 人形になり、ほとんど動かない魔理沙の口元が少しだけ綻んだ。

 

 『キングクリムゾン』は魔理沙の首もとを掴みあげる。そして時が刻み始めると同時に――――。

 

「・・・・・・まずは一人・・・・・・」

 

 ――――本当にこれでいいのか。

 

 そう思いながら、彼女の首を握りつぶした。そこから血が流れることはない。人形に血は通わない。

 

*   *   *

 

「・・・・・・またいつの間にか消えた・・・・・・人形も攻撃を終えてしまっている・・・・・・」

 

 時が再び刻み始めると、ベッドの外からアリスの声が聞こえた。

 

 俺はすぐに『墓碑名(エピタフ)』で未来を見てアリスの行動を予知し始めた。しばらく人形で辺りを警戒しているようだが・・・・・・。

 

「すぐにベッドのカーテンが閉じていることに気が付くはずだ。そこが叩くチャンス・・・・・・ッ!」

 

 と、アリスがこちらに気が付いたようだ。俺は『墓碑名(エピタフ)』を止めて『キングクリムゾン』を出す。

 

 その時、アリスの「まさか!」という声が聞こえた。もちろん彼女が向かってきたのは魔理沙のいるベッド。アリスは何の警戒もなしにベッドのカーテンを開いて――――

 

「魔理沙――――ッ!!?」

 

 俺は見せつけるように魔理沙の人形の首を掲げた。

 

「――――遅かったな・・・・・・。そして射程圏内だッ!!」

 

「こ、のッ!!」

 

 アリスは衝撃的な現実に目を見開くが、すぐに人形を大量に出して俺を始末しようと突っ込んでくる。

 

「殺してやるッ!! 私の、魔理沙をよくもォォーーーー!!」

 

 だがしかし――。

 

「一手、遅かったな・・・・・・!!」

 

 『キングクリムゾン』の蹴りがアリスの華奢な体に直撃する。

 

「がっはァッ!?」

 

「容赦はしないッ! 止めだァァーーーーーッ!!」

 

 壁に叩きつけられたアリスに追い打ちをかけるように、パワーAの『キングクリムゾン』の拳が炸裂する。

 

 ドドドドドドドドドドッ!!!

 

「キャアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 アリスの断末魔の悲鳴が上がり、全身から血を吹き出す。そして『キングクリムゾン』のラッシュの衝撃に耐えきれず壁が抜けた――――なんと壁の先には、火!

 

「むッ!? こ、これは『暖炉』の煙突!?」

 

 突然の熱気が部屋に入ってきた。ここはリビングの真上の部屋。当然暖炉の煙突が通っているわけだが、丁度そこにあたるとは・・・・・・。

 

「・・・・・・だがこれで確実にアリスは・・・・・・」

 

 アリスは悲鳴も上げれないまま煙突の下に落ちていった。燃え盛る炎の中へと。

 

「・・・・・・せめてもの土産だ・・・・・・二人で一緒に逝くがいい・・・・・・」

 

 俺は魔理沙の人形を首と胴体、両方をその穴に投げ込む。熱気は収まることはなく、二つの死体を燃やし尽くしている。

 

 これで人形の館の『悪夢』は終わりを告げた――――。

 

「・・・・・・く、そッ・・・・・・! 後味の悪い・・・・・・!! 怪我も深いし、何て最悪なんだ・・・・・・!」

 

 俺は悪態をついて『キングクリムゾン』に自分をおぶらせて部屋を出る。一階で医療道具を拝借し、一応の応急処置は施した。

 

「・・・・・・これからどうする」

 

 俺はもうこんな家にはいられないと思い、とりあえず外に出た。満足に歩けないため『キングクリムゾン』の背中に乗っているが・・・・・・まだ少し霧があるようだ。

 

 俺は何のあてもないまま深夜の森をさまよい始めた。

 

*   *   *

 

 人形の館、リビング。

 

「――――」

 

 誰もいないはずの空間で何かの声が聞こえる。

 

「――――甦りし者」

 

 本来ならば発せられないはずの声が噎せ返るような黒煙を吐き出す暖炉から聞こえてくるのだ。

 

「――――闇とともに喜びを・・・・・・」

 

 ぶつぶつと呟くような声は次第に、次第に大きくなっていく。

 

「『リンプ・ビズキット』闇の底から甦りし者、闇とともに喜びを・・・・・・『リンプ・ビズキット』闇の底から甦りし者、闇とともに喜びを、『リンプ・ビズキット』闇の底から甦りし者、闇とともに喜びをッ!!」

 

 炎の中から、見えない何かが二つ、這いだした――――。

 

 そしてもう一つ、人形の館から人形が全て『消え去った』。

 

 

 第15話へ続く・・・・・・。

 

*   *   *

 後書き

 

 東方側の主要キャラをどんどんぶっころ・・・・・・退場させていくスタイル。人気キャラをいきなり二人も退場(死亡)させてしまい、申し訳ない気持ちで一杯です。でも反省は全くしません。文句はディアボロにどうぞ。

 

 さて、今回登場した霧雨魔理沙のスタンド『死神13』ですが、魔理沙自身は人形になってしまっているので全くスタンド像を操る事が出来ません。そもそも魔理沙のくせに魔理沙らしい「~だぜ」という口調も言えなくなっています。今回一番可哀想なポジションですねぇ・・・・・・主人公なのに。

 あと、魔理沙の眼球がなぜくり貫かれていたのか。理由としてはアリスが魔理沙を人形にすると眼球が腐ってしまうんですね。皮膚は手入れが簡単だけど、目はマバタキをしない人形にとってすぐにダメになるんです。だから、アリスは目だけは魔理沙から抜き取って義眼を入れているわけですね。夢の中の魔理沙には義眼は入ってません。

 

 

 アリスについて。彼女は善人です。魔理沙の幸福を盲信する善人です。ディアボロが評するように、『行き過ぎた善人』なのです。過ぎたるは及ばざるが如し、という諺があるように『優しさ』も過ぎてしまえば『狂気』となんら変わりないのです。

 

 ちなみに、本編で至らぬ点、不明な点があった場合は「おい、訳わかんねぇぞ。説明しろ」とお申し付けください。

 

 ちなみに今まで出てきたスタンドは

 

 3部 『死神13』(魔理沙)

 4部 『クレイジーダイアモンド』(フランドール)

    『キラークイーン』(レミリア)

 5部 『ゴールドエクスペリエンス』(ジョルノ)

    『墓碑名(エピタフ)』/『キングクリムゾン』(ディアボロ)

    『セックスピストルズ』(鈴仙)

    『ホワイトアルバム』(咲夜)

 6部 『リンプ・ビズキット』(アリス)

 7部 『牙(タスク)』(橙)

 

 となっております。あと8部から出せば一応現行の部まで全て出ることになりますね。でも8部のスタンド基本的に弱いもんなぁ・・・・・・。

 

 というわけで14話は終わります。アリス編はまだもうちょい続くので15話でまたお会いしましょう。

 

 では。



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アリス・マーガトロイドの秘密④

ボスとジョルノの幻想訪問記15

 

 あらすじ

 

 アリス・マーガトロイドの家に隠されていたのは彼女によって人形へと変貌した霧雨魔理沙だった。

 魔理沙を「殺さざるを得ない状況」に追い込まれたディアボロは『スタンド』によって大きな怪我を負いながらも何とか魔理沙、アリスともに始末し家から出ていった。

 ディアボロは再び一人、夜の魔法の森へとさまよい歩いていく・・・・・・。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第15話

 

 アリス・マーガトロイドの秘密④

 

 魔法の森を何のあてもなく歩き続けるディアボロ。正確には歩いているのは彼のスタンド『キングクリムゾン』であり、ディアボロはそれにおぶらされて移動していた。

 

 彼の右足の膝下。そこは先ほどのアリスとの闘いの中で負った傷がある。気休め程度の包帯からは血が滲みだし、血の臭いをあたりに漂わせている。

 

 もちろん、夜の魔法の森は妖怪、妖精、その他諸々の住処でもある。そういった異形の者たちは彼の引く香ばしい血の香りに誘われて――。

 

「ちッ・・・・・・!」

 

 彼を捕食しようとわらわらと集まるのである。

 

「この俺を食らうというのか・・・・・・? 雑魚どもが・・・・・・」

 

「グルル・・・・・・」

 

 狼の様な風貌をした妖獣が数匹、群を成して彼の周囲に集い、一斉に飛びかかる!

 

「『キングクリムゾン』ッ!!」

 

 彼は時を消しとばし――――。

 

「貴様等には触れることすらも汚らわしい。自分たちの肉の味でも楽しんでおけ・・・・・・」

 

 時は再び刻み始める。

 

「アァぎゃあああああッ!?」「グルラルルアララッ!?」

 

 飛びかかったと思ったら、いつの間にか自分たちの肉を噛みつきあっていたのだ! 妖獣の顎の力は凄まじいため、お互いの頭や喉をいつの間にか食い破っていた狼たちは全員とも倒れになった。

 

「・・・・・・ふん、襲ってくのがこんな雑魚ばかりであればいいんだが・・・・・・」

 

 彼は自分の膝の怪我をみて呟いた。血は止まる気配は無くドクドクと流れ落ちている。

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 ぐらり、と彼を唐突な目眩が襲った。血を流しすぎているのか、いや違う。

 

 魔法の森を覆う霧は徐々に彼の体に悪影響を及ぼし始めていた。

 

(ま、不味いぞ・・・・・・こんなところで気を失ったら・・・・・・)

 

 いくら復活するとは言え、進んで死にたくはない。それは彼にとって『死』は恐怖でしかない。幾度と無く味あわされた絶望には出来るだけ陥りたくはない。

 

「せ、せめて魔法の森は抜けなくては・・・・・・ッ!!」

 

 だが、そんな彼の意志とは裏腹に――――。

 

「っ!?」

 

 ふとした瞬間、彼の体は地面に崩れていた。精神状態がかなり不安定なせいで、スタンドが維持できずにいたのだ。

 

「・・・・・・う、く・・・・・・」

 

 彼の疲労はピークに達していた。そもそも魔理沙の『死神13』を看過するために眠気も限界まで耐えていたのだ。そこに来てアリスとの闘い、深い傷、魔法の森の障気。彼は既に動けるような状態ではなかった。指一本すらぴくりとも動かない。

 

(ま、また・・・・・・俺は・・・・・・こんな・・・・・・)

 

 次第に彼は思考することさえも不可能になり――――。

 

 眠るように森の真ん中で息を引き取った。

 

*   *   *

 

 本日のボスの死因。

 

 衰弱して死亡!

 

*   *   *

 

 ディアボロが死ぬ約30時間前――――永遠亭。

 

 スカーレット姉妹の襲撃を受け壊滅状態のところに。

 

「ふぅ~、さてさて。もう敵さん方は撃退されたのかね~」

 

 因幡てゐは闘いの音が止んで1時間後に暢気なことを言いながら母屋から戻ってきた。

 

「永琳様~、姫様寝ちゃったんですけどそのままでいいですよね~って何じゃこりゃウサァーーーーッ!?」

 

 廊下から病室に入ると鈴仙が大きめの瓶を抱いてヘたり込んでいたのが最初に目に留まった。更にベッドにはジョルノ(あとリグルとミスティア)が寝ており、咲夜と美鈴の姿は無い。

 

 そして肝心の永琳の姿が見えないのである。

 

「ちょ、れ、鈴仙鈴仙! 一体どうしちゃったのよ! 永琳様は? ドッピオは!? 他の慧音とか妹紅とか、その辺の奴らもどこに行ったウサ!」

 

「・・・・・・」

 

「れ、鈴仙?」

 

 てゐが尋ねているのに鈴仙は俯いたまま、何も言葉を発さなかった。

 

「ねぇ、ねぇってば! なんか返事しろよ駄目ウサギ!!」

 

 てゐは普段からは考えられないほど焦っていた。こんな鈴仙は見たことがない。黙りこくったままの彼女をてゐは大きく揺するが返事はない。

 

「・・・・・・意識が無いの? でも、条件反射は起こってるっぽいけど・・・・・・」

 

 てゐは鈴仙の呼吸を確認する。脈拍も正常だし、呼吸も荒れてはいない。だが何故返事をしないのだろうか。それに、鈴仙が大事に抱えているこの瓶は一体・・・・・・。

 

 と、てゐの耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

「・・・・・・テ・・・・・・ヰ・・・・・・」

 

「はッ!? その声はまさか永琳様!?」

 

 声の出所は鈴仙が抱えている瓶だった。てゐはそれを鈴仙から奪い取り、瓶を凝視する。中の液体が動いているように感じた。

 

「え、永琳様なんですか!? 何だってこんな液体から声が・・・・・・!」

 

 てゐは瓶に向かって話しかける。それに呼応するように液体は波立ち『声』を発する。

 

「・・・・・・ツクエ・・・・・・、Bー31・・・・・・」

 

「机? Bー31・・・・・・って」

 

 てゐは永琳の部屋がある方を見た。アルファベットと数字が指すのは永琳の作った名前のない試験薬のことを指している。

 

「も、持ってきます!」

 

 てゐは瓶を抱えたまま、永琳の自室に入った。そして永琳の机の引き出しを開き、大量に詰め込まれた蓋付き試験管の中からBー31という名称の札が付けられた物を取り出す。

 

「で、これをどうすれば・・・・・・」

 

 注射薬だろうと思いてゐは薬を真新しい注射の中に移しかえる。すると瓶の水面が震えて

 

「・・・・・・ロウカ・・・・・・モコウ・・・・・・」

 

「ロウカ、モコウ・・・・・・? 『廊下』と『妹紅』ウサ?」

 

 取りあえずてゐは瓶と注射器を抱えて玄関の廊下に来ると――。

 

「慧音ウサ・・・・・・?」

 

 まず目に飛び込んだのは土間でぐったりとしている上白沢慧音の姿だった。てゐは瓶と注射器を置いて慧音をまず土間から引き上げようとする。

 

「って、何この腕ッ!? な、何で、こんな、一体・・・・・・ッ!」

 

 引っ張りあげようと慧音の腕を掴んだが・・・・・・右腕と左腕が繋がった彼女の腕を見て思わず慧音の体を突き放してしまう。

 

「あぁッ! ごめん慧音! 早く助けないと・・・・・・でもこれって・・・・・・」

 

 正直、誰がこんな状態の腕が治せるというのか。てゐはそう思いながら土間から永琳を玄関に引き上げて辺りを見回す。――――だがそこに妹紅の姿は無い。

 

「・・・・・・とりあえず、慧音を病室に運ぶウサ・・・・・・」

 

 てゐは慧音をその小さな体におぶらせて、彼女を病室まで運んだ。

 

 

 その後、すぐにてゐは玄関に戻ってきた。置いておいた瓶を拾い直すと再び瓶の液体から声が聞こえる。

 

「・・・・・・ユカ・・・・・・、ユカ・・・・・・」

 

 声に従って床を見ると一カ所だけ不自然な木目があった。不気味なことにそれは人の顔のように見え、ついでにリボンのような形の模様もあった。

 

「うわっ、この床だけ熱い! ・・・・・・ま、まさか・・・・・・ね」

 

 顔面のような模様と熱から推測して『ありえない』考えが思い浮かび、一応瓶の方に耳を傾けると。

 

「・・・・・・モコウ、・・・・・・ソレ」

 

「・・・・・・マジすかウサ」

 

 てゐは床を見て言った。確かに、妹紅の顔に似て無くもない。じゃあこれをどうすればいいのか、と思っていると。

 

「・・・・・・クスリ・・・・・・」

 

「え? く、薬って・・・・・・『床』に打ち込むんですか?」

 

 てゐは思わず聞き返した。全くもって不可解ではあるが声の主が永琳の声だという確証が彼女にはあるのでてゐは疑問を口にしながらも、注射器を『人面床』に突き刺し、薬品を投与する。

 

 ジュウウゥゥゥゥッ!!

 

「うわッ!? 床から液体が! しかもどんどん蒸発していってる!!」

 

 てゐの言葉通り、薬品を打ち込むと同時に床から液体が溢れ出て熱によりどんどん蒸発していった。だが、蒸発した液体は空気中に拡散することなく一カ所に集まっていく。

 

「・・・・・・ま、まさか本当に・・・・・・」

 

 てゐは口をパクパクさせて驚きの表情でその現象を見ていた。蒸発した液体は煙のように拡散せず一カ所に集まり――――何かを形成し。

 

「ほ、本当に『藤原妹紅』なのウサァァーーーーッ!?!?」

 

 ――――人の形になった!!

 

「Yes! I'am!!」

 

 驚くてゐを後目に妹紅は「チッチッ」と手首を回して、復活を果たしたのである。

 

*   *   *

 

 藤原妹紅 永琳の薬により液体化→蒸発→形成により復活。

 

 八意永琳 自身の薬により液体化、復活はまだ。

 

*   *   *

 

「・・・・・・」

 

 完全復活を果たした妹紅はてゐに連れられて病室に入った。そこは依然として惨々たる有様だ。

 

「てゐ・・・・・・あんたの説明を受けてある程度は覚悟していたが・・・・・・」

 

 妹紅は独りでにつぶやいた。何人もの犠牲者が生まれてしまった。特に彼女の心を抉ったのは上白沢慧音の両腕のことだった。

 

「・・・・・・輝夜は?」

 

「姫様ウサか? ・・・・・・えっと」

 

 こんな状況で『自室で寝てます』なんて口が裂けても言えなかった。そんなことを言ってしまえば妹紅がどんな行動に出るかわからないからだ。

 

「一応、遠くへ避難させたウサ。奴らの妹紅や永琳様を行動不能に出来る能力は姫様にも有効。だから私は」

 

 もちろん、そんな能力を知ったのはつい先ほどのことであるが物は言い様である。と、てゐが軽く嘘をついたところ――――

 

「え・・・・・・」

 

 妹紅はてゐの胸ぐらを掴み上げ、力を込めて地面に叩きつけた。

 

「きゃん!」

 

「お前等は黙って見てたのかッ!!」

 

 てゐは突然の妹紅の激高に動揺を隠せない。

 

「な、何すんのウサ!」

 

「永琳が、鈴仙が、慧音が! こんな状態で戦ってたのをお前等は安全地帯でただ見てたのかよッ!!」

 

 ――妹紅は怒りの矛先をどこに向ければいいか分からなかった。それに対してゐも反論する。

 

「し、知らないよそんなこと!! 私は永琳様に命令されただけだし、そもそも私じゃ絶対に勝てっこないんだからウサ!!」

 

「だからって・・・・・・こんなッ!」

 

 と、妹紅が若干涙目になっているてゐを再び掴み上げようとしたとき、二人の間に声が差し込まれる。

 

「・・・・・・うるさいですよ、二人とも・・・・・・。他の怪我人もいるんだ」

 

「じょ、ジョルノ!!」

 

 てゐは声の主の名前を叫んだ。二人の口論によって目を覚ましたジョルノ・ジョバーナである。

 

「今頃お目覚めか」

 

「妹紅、まずは怒りを抑えてください」

 

 目を覚ましたジョルノを見るなり妹紅は悪態を着いた。

 

「こいつらが、輝夜が戦ってればここまでの被害は無かったはずだ! それを匿ったコイツに当たって何が悪いのよ!」

 

 妹紅が逆上してジョルノに食ってかかると――――。

 

「黙れ、と言っているんです。二回も言わなきゃ分かんないのはそいつが馬鹿だからですよ?」

 

「・・・・・・あ?」

 

 ジョルノの言葉を聞くなり妹紅は既に殴りかかっていた。既に妹紅は正気ではない。怒りに任せて周りに八つ当たりをしてしまうほどだった。

 

「『ゴールドエクスペリエンス』」

 

 だが、ジョルノは慌てずスタンドを発動させ、妹紅の拳を弾いた。

 

「んなっ!」

 

 弾かれた拳はそのまま何もない空間を裂き、妹紅は拳をからぶらせる。だが、彼女の驚きはもっと別にあった。

 

「・・・・・・見えましたか? だから落ち着けと言っているんです。今のあなたからは僕と同じ『スタンド使い』の気配がする。おそらく床に埋まっているときに都合良く床下にDISCが落ちていた――――みたいな感じでしょう」

 

「・・・・・・は?」

 

 ジョルノは突拍子もないことを言っているが強ち間違いではない。スタンドDISCはその使い手のすぐ近くに現れる可能性が高いのだ。幻想入りした時点でDISCと使い手の精神は繋がっている。だから鈴仙の時も、咲夜の時も丁度彼女たちのすぐ近くにDISCが現れたし、紫が関与していないスタンド使いが現れるのである。(紫が回収する前に拾われるから)

 

「い、今のは・・・・・・」

 

 妹紅は自分の目を疑っていた。ジョルノのすぐ隣に『黄金の生物のようなもの』が一瞬出現し、そいつが妹紅の腕を弾いたからである。

 

「ジョルノ! それってまさか・・・・・・妹紅も『スタンド使い』になったってこと!?」

 

「す、スタンド使い・・・・・・!?」

 

 てゐの驚きの言葉に疑問を持たざるを得ない妹紅。そしててゐの言葉に応えるようにしてジョルノは頷き。

 

「そうです、藤原妹紅。あなたは僕や鈴仙と同じ『スタンド』の才能に目覚めた者になりました」

 

 妹紅はすぐにあの姉妹の会話を思い浮かべる。『スタンド』という謎の単語についての会話・・・・・・。何もないはずの空間からの攻撃。対象を床に埋め込むという不思議な能力の正体。

 

「・・・・・・そうか、あいつらもッ!!」

 

「おそらく、そうでしょう。でないと不死であるあなたや永琳さんを倒せるわけがありません」

 

「・・・・・・」

 

 てゐはこう考えていた。もしかするとこの二人はあの「スカーレット姉妹」のところに殴り込みに行くんじゃあないのだろうかと。

 

「ちょ、ちょっと、ジョルノに妹紅! あんたたち一体何を考えて・・・・・・」

 

 すると妹紅とジョルノは同時に答えた。

 

「「やられたらやり返す」」

 

 二人の目には覚悟の色があった。きっと二人はこうなったらテコでも動かないだろう。だが、てゐは申さずにいられない。

 

「危険だって! わざわざそんなこと! みんな助かってるんだし、もういいじゃあないウサ!」

 

 てゐの説得は二人には意味はない。

 

「慧音がこんなヒドい状況なんだ・・・・・・あいつらにはキッチリ責任を取ってもらうわ」

 

「そ、そうだけど・・・・・・でも怪我ならジョルノの能力で」

 

「僕一人では出来ませんよ。医療はかじった程度だし、永琳さんの助力がなきゃ両腕の切断・縫合なんて不可能です」

 

 その肝心の永琳さんがこの状態(液体)じゃあね、と付け加えた。

 

「たぶんだけど、フランドールって奴が『あらゆる物を直す程度の能力』を持っているはずよ。でないとたった一日で玄関が直ったりはしないし、私や永琳を壁に埋めることの説明も付かない。つまり、そいつを屈服させて慧音や永琳や鈴仙を治させるのが一番いいわ」

 

「で、でも・・・・・・」

 

 と、あくまで食い下がるてゐにジョルノはこう言った。

 

「――――ドッピオが見当たらないんですよね?」

 

「――――っ!!」

 

 てゐは言葉を失った。そう、幻想郷に来てすぐにジョルノの友人になった彼。ヴィネガー・ドッピオがいないという事実。

 

「・・・・・・連れ去られたか、あるいは・・・・・・。いずれにせよ僕は真実を確かめなくてはならない」

 

「決まりだね」

 

 ジョルノと妹紅はそう言って病室から出ていった。

 

「ここの守りは任せましたよ、てゐ」

 

「・・・・・・」

 

 てゐは唖然としながら二人を見送ることしかできなかった。何で、わざわざスゴく危険な目に会いに行くのか・・・・・・。

 

「わ、分かったよ! もう! 勝手にやりなウサ!! 私はここから離れないからねー!!」

 

 勢いでそう叫んで病室のドアを強く閉める。

 

「・・・・・・無事に帰ってきてよね・・・・・・」

 

 心配を紛らわすために、彼女はわざと強がっていたのかもしれない。

 

 第16話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 後書き

 

 タイトル詐欺と言っても過言では無いくらいのアリス行方不明の話でした。

 

 とりあえず、16話からはディアボロがアリスの家にお世話になっている間の永遠亭サイドの動きになっていきます。妹紅のスタンドが活躍するんでしょうか? 今までずっと不憫な扱いだったのでちゃんと活躍させたいですね。

 

 話の流れ上、ジョルノと妹紅が紅魔館に向かうようですが本来ジョルノのカップリング相手は鈴仙(のはず)です。今のところ鈴仙はほぼ活躍してないんですが、まぁヒロインポジということで許してやってください。彼女は一生懸命なんです。心を砕いてがんばってるんです。本当にフランに心を砕かれたんですけどね。

 

 ちなみに16話からはアリス編の閑話休題的な話です。たぶん楽しい話になると思います。

 

 それでは16話で、またよろしくお願いします。



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⑨爆撃注意報①

ボスとジョルノの幻想訪問記16

 

あらすじ

 

 結局衰弱死してしまったボス!

 時は遡って永遠亭の中ではジョルノと妹紅が再起し、紅魔館へと向かった!

 留守を任されたてゐは戦闘不能の永琳と鈴仙を守りながら二人の無事を願うのであった!

 あと姫様いつ起きるんですか?

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第16話

 

 ⑨爆撃注意報①

 

 黄金の精神を持つ男、ジョルノ・ジョバァーナと人生波瀾万丈、藤原妹紅は竹林を歩いていた。

 

 妹紅は竹林のことを熟知しているため、道案内はお手の物である。おかげでジョルノたちは全く迷うことなく竹林を抜けることが出来た――――。

 

「――――出来るんじゃあ無かったんですか?」

 

 はずだった。

 

「い、いや・・・・・・いつもは出来るんだけどねぇ? あっれぇ~~~? おかしいな・・・・・・」

 

 無責任にも素っ頓狂な声を上げてしまう妹紅。彼女のそんな態度に苛立ちを隠せないジョルノ。

 

「真面目にやって下さいよ。ただでさえ急いでるって言うのに、妹紅は馬鹿なんですか?」

 

 その心ない言葉にカチンと来る。

 

「あ? 誰が馬鹿だよちんちくりんヘアー。お前だって一人じゃあ迷いの竹林を抜けるなんて不可能だろ!」

 

「ちんちくっ!? ひ、人が気にしていることをよくも!」

 

「じゃあ隠せよ!」

 

 と、このように無駄な会話だけが続いていき――――。

 

 

 すでに永遠亭を出てから二時間が経過していた。

 

「・・・・・・ちょっといいですか妹紅」

 

「・・・・・・何だよ」

 

「・・・・・・竹林を焼き払いましょう」

 

 がたっ

 

「・・・・・・正気か?」

 

 突然の提案に思いがけず顔をしかめた妹紅だが、余りにも迷いすぎて反論する気にもならなかった。

 

 正直、妹紅も「竹林焼いたら早いよな」と思っていた。

 

「・・・・・・いや、でも焼いたら私永琳とかに怒られるかも」

 

「永琳さんがあなたのようにすぐ復活するとは限りません。僕が帰ってきたら『GE』で竹林を生やし直しておくので」

 

「竹林生やし直すとか便利だな」

 

 その言葉を聞いて妹紅は右手を出す。

 

 そして彼女が火の力を込めると、彼女の腕の周りは熱によって空気がねじ曲げられ、屈折を起こす。

 

「本当に燃やすが、大丈夫なのか?」

 

「いいですよ。僕は竹林が無くなったところで特に興味はありません。道を切り開くことが最重要事項です」

 

 どたっ

 

「いや、そういうんじゃあ無くて」

 

「熱への対策も考えています」

 

 どたたっ

 

「違う違う、私が心配しているのは『発生気体』の方だ。うまく火力を調整して出来るだけ完全燃焼させるつもりだけど、それでもこの辺一帯は二酸化炭素濃度が一気にあがるぞ。それに対しての対策は?」

 

 案外理詰めな妹紅にジョルノは黙るしかなかった。

 

「・・・・・・いえ、それは・・・・・・」

 

「でしょ? 物を焼き尽くすっていうのは言葉で言うほど簡単なことじゃあないんだ。あと私自身にも相当な負荷がかかるしな」

 

 と、妹紅が腕を下げた。もちろん、竹林への放火を止めるためである。意外と妹紅は冷静だったのだ。

 

「うーん・・・・・・すまないね。ジョルノの折角の提案だったんだけど」

 

 一応そうフォローを入れる妹紅に、彼は思いがけない言葉を口にする。

 

「いや、いいんですよ気にしないで下さい。――――犯人の居場所が分かったので」

 

 びっくぅぅ!!

 

「えッ!?」

 

 ざっざっざ、とジョルノは回れ右をして一つの方向に向かって歩いていった。妹紅の目にはそちらには鬱蒼と生い茂る竹林しか存在していないのだが・・・・・・と、ジョルノはピタリと立ち止まった。

 

「・・・・・・出てこい。お前たちの存在はもう僕は関知している」

 

「ま、まさか・・・・・・」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 ジョルノがそう言うと、妹紅の目には何も映らない空間から――――。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 ――――妖精が3体、現れた。

 

「・・・・・・は?」

 

「・・・・・・こ、これは予想外ですね・・・・・・」

 

 妹紅もジョルノも余りに呆気ない敵の出現に戸惑いを隠せない。どんな敵が現れるだろう、と思っていたらまさかこんな可愛らしい幼女三人とは・・・・・・。と、3体の内、赤い服を着た妖精が最後に出て謝っていた黄色の服を着た妖精の襟首を掴む。

 

「だーかーらッ! どぉーしてルナはちょっとでも動揺しちゃうと音を消し忘れちゃうの!」

 

「ちょ、痛い痛い! やめてよサニー! わ、私だって一生懸命なんだから!」

 

「役立たず! ルナ一人でこの人たちに謝ってよね! 私とスターは悪くないもん!」

 

「え、ええ~!?」

 

 驚く黄色(ルナと呼ばれた)妖精だが、背後のにこやかな笑顔を保ち続ける青色(スターと呼ばれた)妖精が

 

「頑張ってねルナ♪」

 

 と楽しげに言うもんだからルナは引き下がれなかった。

 

 そうやって二人の前に3体の妖精のうち1体、ルナが二人の前に進み出た。

 

「ご、ごめんなさい。えっと私たちは光の3妖精と申しまして・・・・・・えっと、丁度3人で散歩してたところに貴方たち人間がいたからつい・・・・・・」

 

「つい?」

 

 と、ジョルノが聞き返す。

 

「つい、迷わせました」

 

 その答えにジョルノはため息をついた。自分たちは急いでいるのに、妖精というものは何て呑気なんだろうと。

 

「あー、ジョルノ。怒っても無駄だぞ。そいつらは明日にはお前の言うことは全部忘れてるだろうから」

 

「・・・・・・丁寧な説明ありがとうございます妹紅」

 

 妖精とはそんなものである。

 

「――――迷わせた後はどうするつもりだったんですか?」

 

「どうって・・・・・・」

 

 妖精たちはお互いに顔を見つめあう。

 

「私たちどうしたいんだっけ?」

 

「はぁ? ちょっと、サニーが最初に竹林で人を迷わせようって言ったんじゃない!」

 

「あり? そうだっけ?」

 

「確かに、サニーが言ってたわよ(聞いてなかったけど)」

 

「ほら、スターも同じこと言ってるわ。サニーが言い出しっぺよね。何で私たちこんなことしてるの?」

 

「・・・・・・うーん、人を迷わす目的かぁ・・・・・・考えたこと無かったなぁ」

 

「ふふっ、どうせサニーのことだからどうでもいい理由だったんでしょうね」

 

「そうだな、うん。きっとそうだ。思いついたことを片っ端から言っていく奴だもんね」

 

「ちょ、酷いな二人とも。この私がノープランなわけないだろう? どっかの馬鹿妖精と同じにしないでよ」

 

「でも、サニーはアイツの次に馬鹿よ」

 

「え?」

 

「で、次はルナがちょっと抜けてる感じね」

 

「ちょっと? 何でスターが一番なのよ」

 

「そうね、そしてスターが来るわ。最後にあたいが一番ってわけね!」

 

「うんうん・・・・・・」

 

「ん?」

 

 3妖精の会議に横からひょっこりと割入ってきたのは・・・・・・。

 

「「「チルノ!?」」」

 

 氷の妖精、チルノだった。

 

「・・・・・・また増えましたよ妹紅」

 

「いや、私に聞くなよ・・・・・・」

 

 妖精たちの様子を黙って眺めているジョルノと妹紅には目もくれず、チルノと言う名の妖精はルナとサニーの間に入って肩を組んだ。

 

「ちょっとちょっと、なんか面白そうな二人がいるけど、あれ何なのさ?」

 

「ぐえっ、あ、あんたにはカンケー無いでしょ! というか何でここにいるのよ!」

 

「そうよ、サニーの言うとおりだわ! 何しに来たの!」

 

 と、チルノが目をぱちぱちとさせて「ふぇ?」と驚嘆の声を上げた。

 

「だって昨日の夜、サニーが『竹林でイタズラしようぜ!』って言ってなかったっけ?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・サニー?」

 

 サニーは「そういえば」という表情をする。どうやら前日の夜にチルノと遊ぶ約束をしていたようだ。

 

「チルノよりサニーの方が馬鹿なんじゃないの?」

 

 スターの心ない一言がその場に残った。

 

*   *   *

 

「おい、ジョルノ。こんなバカ共に付き合ってられるほど悠長してる場合じゃあない。こいつらは光の3妖精――――馬鹿な奴から順番にサニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア――――と言って、戦闘に置いては雑魚と言っても差し支えないが『かくれんぼ』に付き合わされると面倒だ。あと、チルノは無駄に強い。さっさと行くぞ」

 

 チルノは無駄に強い、という妹紅の評価は『妖精にしては力が強いがいかんせん馬鹿なのでまさに猫に小判、豚に真珠だ』という意味である。

 

「そうですね。『かくれんぼ』がどういうのかは分かりませんが、メンドクサそうなのは妹紅の顔色を見れば分かります。先を急ぎましょう」

 

 妹紅は妖精たちが見ていない隙にジョルノの手を掴み、さっさとその場から離れる。ジョルノも妹紅の意見に賛同し、ちゃんと妹紅の手を振り払ってから彼女の後に付いていった。腕を掴まれるのは嫌らしい。

 

 だが、4体の妖精の内、3体は馬鹿でも1体はそうではなかった。

 

「あら、3人とも? せっかくの獲物が逃げてるけどいいのかしら?」

 

 『生き物の気配を探る程度の能力』を持つスターサファイアによって二人のこっそり抜け駆けはいともたやすく看過された。

 

「な、何だってぇー! よし、チルノ! 逃がすなよ!」

 

「ちょ、サニー! 強そうだから止めとこうって!」

 

 サニーとチルノが二人に特攻をかける。それをルナは止めようとするが勿論、馬鹿の耳に念仏。

 

「がってんサニー! あたいを誰だと思ってるの!?」

 

「馬鹿だよ!! まごうことなき馬鹿だよ!!」

 

 ルナが必死で説得(?)を試みるもやはり意味はない。チルノは二人の先に回り込み仁王立ちで無い胸を強調して「えへん」と咳払いをした。

 

「・・・・・・妹紅。どうするんですか」

 

「どうもこうも・・・・・・いや、強行突破だろ」

 

 と、ジョルノと妹紅が戦闘の体制をとろうとしたところに――――。

 

 

「はーい、ストップストップ。チルノもサニーも落ち着いて。あなたたちが束になってかかったところでこの二人には勝てっこないわ」

 

 

 スターサファイアが手をパンパンと叩きながらチルノの隣まで来ていた。

 

「むっ、スターそれってどういうことよ」

 

 チルノがむっとしてスターを睨みつけるが無視。

 

「でも、このまま二人を帰すのはちょっと面白くない・・・・・・ってことで、私はこの二人に『かくれんぼ』を申し込みたいと思います。サニー、ルナ、異論は無いかしら?」

 

「・・・・・・えー、『かくれんぼ』かぁ・・・・・・うーん」

 

「わ、私はそれでいいわよ。怪我しないなら、全然かまわないわ」

 

 スターの提案にサニーとルナは違った反応を示した。

 

 と、ジョルノはさっきから『かくれんぼ』の単語が聞こえるたびに思うことがあった。

 

 『かくれんぼ』って何だ? という小さな小さな『興味』だ。

 

「すいません、参加する気は更々無いんですが、『かくれんぼ』って何ですか?」

 

「お、おい・・・・・・ジョルノ止めとけ。面倒なことに・・・・・・」

 

 それはふとした疑問だった。彼にとってはほんの些細なことだっただろう。だが、その一言は彼女にとっては『重要』なことだった。

 

「・・・・・・えっと、ジョルノさん? でしたっけ?」

 

 スターサファイアはサニーミルクとルナチャイルドの返事をそのままに、ふと疑問を漏らしたジョルノの方を見た。

 

「『かくれんぼ』に『興味』がおありで・・・・・・?」

 

「・・・・・・まぁ、無いと言えば嘘になりますね」

 

 するとスターはにっこりと笑ってジョルノの元に駆け寄り彼の手を取った。

 

「うれしいです! では説明しますね!」

 

 何だ、意外と子供らしいところもあるんだな。とジョルノが思ったとき――――!

 

「・・・・・・!? ジョ、ジョルノ!? そいつの手を離せッ!! お前の、後ろだァァーーーーッ!!」

 

「はッ!?」

 

 ジョルノは妹紅の叫びに反応して背後を見るが――遅かった。ジョルノの目には信じられない光景が写っていた!

 

「な、僕の『ゴールドエクスペリエンス』がッ!?」

 

 彼のスタンド、『ゴールドエクスペリエンス』がいつの間にか彼の意志とは関係なく発現しており! 『体が半分ほど何かに吸収されて』いたのだ!!

 

 『GE』の体半分がどこにいったかと、それを目で追うと・・・・・・更に彼の背後! そこには灰色地の水色の水玉模様のコートのような物を着た何かが、口を開けて立っていたのだ! 『GE』はその口の中に半分、吸い込まれていった!

 

「な、何だってェェーーーーーーッ!! す、『スタンド』使いかッ!? この妖精は!!」

 

 ジョルノは『GE』の残った半身でそのスタンドを攻撃するが、スタンドは『GE』の拳を軽く受け流す。かなり戦闘能力が高そうな動きだった。

 

「み、見えた! 私にも、ジョルノの『GE』がおそらくはスターサファイアの『スタンド』に吸い込まれていくのが、はっきりと!!」

 

「何今の!? か、カックィーーー!! 今のスターがやったの!?」

 

 妹紅は汗をかいていた。突然の出来事に目を疑ったのだ。

 

 チルノはそれを見て歓喜の声を上げていた。そしてジョルノは理解する。

 

 『こいつらは4人ともスタンド使い』だということを――――!

 

「く、何をしたッ!!」

 

「参加担保、よ。『かくれんぼ』のねー」

 

 スタンドの半身を奪われたジョルノは上手く立てないようだ。膝を着いてスターを睨んだ。

 

「さ、参加担保?」

 

「そう。ルールは簡単よ? 制限時間以内に『私たち3人を見つけたらあなたたちの勝ち』、『見つけられなかったらあなたたちの負け』」

 

「スターサファイア!! 私たちは急いでいるんだ! こんな遊びに付き合っている暇はない!」

 

 妹紅は片膝を着いているジョルノの代わりに言った。だが、スターサファイアはどこ吹く風、という感じで

 

「私たちには関係ないわ」

 

 と答えた。

 

「スター、うまくやったわね。これで怪我しないで済む・・・・・・」

 

「ちぇっ、私的には熱い弾幕勝負を展開したかったのになぁー」

 

 ルナとサニーはスターの元にかけよってきゃっきゃっと騒いでいる。

 

「・・・・・・えっと、スター? あたいは・・・・・・」

 

「チルノは適当にこいつらの妨害をよろしく」

 

「よかったね、チルノらしいよ!」

 

「えーっ! あたいもかくれんぼしたいー! 幻想郷全域かくれんぼー!」

 

「そんなことしたら尺が大変なことになるわ。範囲はこの竹林だけよ」

 

 メメタァ。

 

 妖精たちは自分たちで盛り上がっているが、ジョルノにとってはそんなことはどうでもいいことだ。

 

「――――もし負けたら、僕はどうなるんだ?」

 

 聞かずにはいられなかった。どうせ聞いたところで答えは予想できそうなものだが・・・・・・。

 

 スターはやはりにっこりと笑って述べる。

 

「負けた場合はあなたの『スタンド』は没収です! 二度と返さないので、死ぬ気で遊んでね! じゃあ今から60秒後! 制限時間は12時間!」

 

 絶対に負けられない『かくれんぼ』がそこにある。

 

「ゲーム・スタート!!」

 

 スターの宣言と同時に妹紅とジョルノの目の前から四人は忽然と姿を消した。

 

*   *   *

 

 サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア

 スタンド名『ボーイ・Ⅱ・マン』

 

 備考:3人で1体のスタンド。参加者のスタンドを半分『担保』として『かくれんぼ』を行う。参加者のスタンドを『担保』にするためには対象の興味を引いた状態で3体のうち誰かが対象に触れている必要がある。

 

 ルール:3妖精を1体見つけると『担保』にした『スタンド』の6分の1が返却される。制限時間内に3体全員を見つけられなかった場合、スタンドを全て吸収されてしまう。

 

 結論:スターサファイアは賢い。

 

*   *   *

 

 妹紅はすぐさま周りを見渡すがもちろん3妖精の姿は無い。あの3体に限れば『かくれんぼ』はまさにうってつけの遊びだということは妹紅は重々承知していた。

 

 サニーミルクは光を屈折させ自分たちの姿を消し、ルナチャイルドが音を消す。さらにスターサファイアが近づく生物を感知できるという、『かくれんぼ』における極悪コンボ。

 

 それを今まさに、ジョルノは『スタンド』を賭けて味あわされていた。

 

「・・・・・・ジョルノ、おそらく私の『スタンド』が『担保』にされていないところを見ると・・・・・・少し酷かもしれないが3妖精を見つけるのはお前だ。私は『かくれんぼ』に参加できていないからな・・・・・・」

 

「・・・・・・分かってます。妹紅は・・・・・・ハァっ、『妨害』してくる奴を・・・・・・おそらく、あの氷の妖精も『スタンド使い』です」

 

 チルノがスタンドを見て「かっこいい」と言っていたのをジョルノは聞き逃さなかった。

 

「分かってるよ。それより、12時間以内だが・・・・・・出来そうなのか?」

 

 3妖精の提示したタイムアップまでは12時間。それを過ぎてしまえばジョルノのスタンドは完全に3妖精の手中に落ちる。

 

「・・・・・・考えてます。・・・・・・クソっ、質の悪いイタズラを・・・・・・」

 

 ジョルノは悪態をつく。スタンドの半分を奪われ体に思うように力が入らないのだ。

 

「ジョルノ。私は参加できないが、アドバイスはしてやれる。さっきジョルノが3妖精を見つけたように、あいつらを見つけるのはそこまで難しいことじゃあない。確かに正攻法じゃ厳しいが、驚かせたり予想外の出来事でビビらせることでルナチャイルドの『音を消す程度の能力』は看破出来る。そして、サニーミルクに至っては姿を消し忘れているときがある。そういう隙をついて探すと意外とすぐに見つかるんだが・・・・・・」

 

「・・・・・・ハァッ、くっ・・・・・・体が・・・・・・万全ならそうでしょうね・・・・・・」

 

 ジョルノは体半分が思うように動かないと言う奇妙な状況に陥っていた。

 

「でも・・・・・・出来ることは全て試します」

 

 と、残った半分の『ゴールドエクスペリエンス』を出して

 

「無駄ァッ!!」

 

 近くの竹を殴りつける。するとそこから無数の蛇が生まれた。

 

「うわわっ! 竹から『蛇』がっ!?」

 

「大丈夫です妹紅。あなたがそいつらに攻撃しない限り、一切危害は与えません」

 

「・・・・・・えっと、もし攻撃したらどうなるんだ? 全員がおそってくるのか?」

 

「与えた攻撃が自分自身に跳ね返ります」

 

「・・・・・・それはそうとして、何で蛇なんだ?」

 

 妹紅はこいつらを焼いたら自分が丸焼けになる姿を想像して結構えぐい能力だなと思った。

 

「蛇は獲物を視覚で捉えるのではなく、舌をちろちろと動かしてレーダー替わりにし、獲物を『熱』で捉えます。あいつらがいくら姿を消し、音を消そうとも、熱は消せません・・・・・・」

 

 ジョルノは蛇たちを竹林に放った。これで奴らが見つかるのも時間の問題だ。ジョルノはとりあえずは見つかる、と思っていた。

 

*   *   *

 

「――――という風に、あのコロネヘアーの『スタンド』は『生物を生み出す程度の能力』を持っているみたいね」

 

 スターはジョルノから『担保』に預かった『ゴールドエクスペリエンス』で石ころをチョウチョに変えて三人に説明していた。

 

「すげー、神様みたいな能力だな!」「すげー!」

 

「・・・・・・ちょっと、スター。それってまずいんじゃない?」

 

 チルノとサニーは同じ反応を示しているが、ルナは違った。

 

「こっちの場所を感知する生き物とか生み出されたら・・・・・・」

 

「そうね。つまり・・・・・・視覚ではなくたとえば『熱感知』する生き物とかが考えられるわ。そこで、チルノ」

 

「? あたいか?」

 

 チルノはスターに名指しされてきょとん、としている。

 

「あなたの氷で私たちの熱を感じさせないようにすればいいのよ」

 

「おー! そういうことなら・・・・・・」

 

 と、チルノは『冷気を操る程度の能力』を用いて――

 

「これがあたいの力ね!!」

 

 竹林の一角に小さなカマクラを作った!

 

「チルノの家じゃん! しかも小さめ!」

 

 サニーはケタケタと笑っているが妖精が4人入るのには申し分ない大きさである。

 

「ほらほら、サニー笑ってないでさっさとカマクラまで屈折の範囲を広げなさい」

 

「はーい」

 

 スターとルナとサニーはカマクラの中に入った。意外とカマクラの中は暖かく、広さもそこそこなのでルナは「うわぁ、なんか楽しくなってきた」と感想を漏らした。

 

「じゃ、チルノは妨害よろしくー。あんたがサイキョーだってとこ見せてきてー」

 

 スターは適当にチルノに命じて、馬鹿単純なチルノは「はっはっは、やっぱりあたいって最強?」とか鼻を高くしながらジョルノと妹紅のいる方へ飛んでいった。

 

「さて、これで熱は外に出ないわね。あとは・・・・・・」

 

 スターはカマクラの氷を数個、『GE』に握らせてある生き物を生み出す。

 

「これで感知系対策は万全かな? サニーもルナもしっかり能力持続させといてよ?」

 

「分かってるって。あ、私蜂蜜持ってるけど、かき氷食べる?」

 

「サニー呑気ね・・・・・・でもちょうだい。スターはいる?」

 

「私も貰おうかしら。たぶん暇だし。ちょっとしたキャンプ気分ね」

 

 サニーはチルノから貰った手動かき氷機を出してゴリゴリと氷を削り始める。

 

「違う違う、ここはテントじゃなくて・・・・・・えっと、『かくれんぼ大作戦カマクラ基地作戦本部』だよ」

 

「サニー、それじゃあ作戦が二回入ってるわ。分かりにくい」

 

「いちいちうるさいなぁルナは・・・・・・じゃあ『かくれんぼinカマクラ基地作戦本部』で」

 

「カマクラの中だけで『かくれんぼ』してるみたいよ」

 

「じゃあ・・・・・・『カマクラ&かくれんぼwithサニーミルク』」

 

「何でサニーだけなのよ」

 

「えっと・・・・・・」

 

「もういいわ。それより私ポットに暖かいお茶持ってきてるんだけど」

 

「サニー、かき氷に熱いお茶って合う?」

 

「いや、ぜんぜん? とりあえずまだ私はゴリゴリしてるから後ででいーよ」

 

「ってよ、ルナ。私もかき氷の後に貰うわ」

 

「そうねぇ・・・・・・。かき氷で冷えた体に、の方がいいかしら? そうしましょう」

 

「そもそもかき氷に蜂蜜って合うの?」

 

「あ、スターそんなこと言うんならあげないぞ! 絶品だかんな!」

 

「そ、そう・・・・・・ルナは食べたことある?」

 

「いや、無いよ。でも興味はあるかも」

 

 と、サニーはようやく三人分のかき氷を削り終える。

 

「よっしゃ、これで蜂蜜をかけて・・・・・・」

 

 サニーは削り終わったかき氷にとろーりと蜂蜜を贅沢にかけていく。

 

「出来上がり! さぁさぁ、三人ともご賞味あれ!」

 

「うーん、いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 ルナとスターはスプーンを蜂蜜かき氷に刺して一口。

 

「どう? どう?」

 

 サニーはうずうずとしながら二人の反応を待った。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 二人はしばらく咀嚼して。

 

「・・・・・・意外とアリかも」

 

 と顔を見合わせた。

 

*   *   *

 

 ジョルノが蛇を放ってから30分が経過し・・・・・・何の反応もない。

 

「お、おかしい・・・・・・」

 

「ジョルノ、まさか感知できないのか?」

 

 いつまでたっても蛇から何の反応も返ってこない。攻撃をうけたら生み出した本体のジョルノでも感知出来るのに・・・・・・。

 

「・・・・・・熱感知・・・・・・だが、それってもしかするとチルノに阻まれているかもしれないぞ」

 

 妹紅は思いついた可能性を述べる。するとジョルノは「しまった」と顔を歪ませて

 

「そうですね・・・・・・冷気を操る奴がいましたか」

 

 すぐさまジョルノは別の作戦を考える。やはり、『GE』で感知系の生き物を生み出して探させる以外思いつかない。

 

「なら・・・・・・これなら」

 

 と、ジョルノが再び『GE』の能力を使おうとしたとき。

 

「ちょっと待ったァアーーー!」

 

 二人の背後から馬鹿っぽい声がかけられた。

 

 そこには氷の妖精、チルノ。彼女は何故か目元に『スカ●ター』のような物を装備しており「むむっ、戦闘力53万!」とか言って遊んでいる。

 

「あいつらから邪魔・・・・・・もといあたいのサイキョーたる所以を見せつけるために参上したぞ! 出会え、出会え!」

 

「・・・・・・妹紅」

 

 ジョルノは特に目も暮れず妹紅を顎で使った。

 

「あぁ、任せろ」

 

 ジョルノは現在戦えない。顎で使われようと、この馬鹿を止めるのは藤原妹紅の役目である。

 

「――――『弾幕』じゃあ勝負してやらない。一瞬だ。『スタンド』で一瞬で片を付けてやる」

 

 妹紅はチルノの前に進み出て熱気を迸らせる。

 

 だが、そんなことで怯むチルノではない。

 

「へっへーん! お前、あたいには『炎』が弱点とか思ってんじゃあないだろうなーーー!!」

 

「思ってるよ。氷なんだろう?」

 

 妹紅は構わずチルノに向かって距離を詰める。

 

 それを見てチルノはにやりと笑う。

 

「なんならあたいの『スタンド』を見て驚け!!」

 

 チルノは妹紅を指さした。直後に妹紅の耳元で音が鳴り始める。

 

 ドドドドドド、という何かのエンジン音が・・・・・・。

 

「う、後ろかよ!! って・・・・・・」

 

「ひ、『飛行機』!?」

 

 妹紅とジョルノは同時に驚きの声を上げる。妹紅はその正体は全く分からなかったが、ジョルノは知っていた。

 

 

 ラジコンの飛行機のような物体が空中を滞空していた――――!!

 

 

「『エアロスミス』ッ!! 風穴あけてやるわァーーーーーッ!!」

 

 チルノは『エアロスミス』についている二丁の小型マシンガンから銃弾をめちゃくちゃに撃ちまくった。弾の大きさはBB弾と変わりないが、スピードが違う。

 

「く、そッ!」

 

 妹紅はとっさに熱気を背後に集めて弾を溶かそうとしたが――――。

 

 弾は溶けなかった。否ッ! 爆発したのだ! 至近距離の爆発をモロに顔面に食らった妹紅は思わず声をあげる!

 

「ぐあああああッ!?」

 

「残念でしたァァーーーーッ! 弾は熱に反応して爆発する瑠弾なのさ! その一発一発の爆発がッ! 藤原妹紅! 貴様の体を粉微塵にするッ!!」

 

 そしてチルノは氷の弾幕を展開する。同時に『エアロスミス』からも弾を乱射し、爆撃と氷撃の二重包囲! 熱を使って氷を溶かそうとすると爆発し、かといって瑠弾を無視すると氷が体を切り刻む。

 

 馬鹿にしてはかなり合理的な攻撃だった。

 

「・・・・・・も、妹紅っ!!」

 

 ジョルノはうまく動けないため、妹紅を攻撃から救う手は無かった。幸い妹紅は不老不死だ。死んでも生き返るが・・・・・・痛みは伴う。

 

「――――まだだ! てめぇ、ジョルノ! 私が何もせず『ただやられて』『復活』を繰り返すマヌケだと思ったら大間違いよ! まだ私は『スタンド』を使ってない!」

 

 妹紅はそう言ってはいるがジョルノは「妹紅のスタンドは熱を操るスタンド」だと思っていた。スタンドの性質は使い手の本質によるところが大きい。

 

「――――とか思ってるよなぁ~~。ジョルノ・・・・・・私のスタンドは熱を操るとか・・・・・・そんなこと素でも出来るわ。違う違う・・・・・・」

 

「・・・・・・は!」

 

 と、ジョルノは妹紅の背後に人型のスタンドを見る。その姿は白とピンクを基調としたチェック柄のデザイン。頭には妹紅と同じリボンをしており、全身に力が漲っているようだった。おそらくは近距離パワー型、だがジョルノからすれば遠距離パワー型のチルノとは相性が悪い、としか思えなかった。

 

 そして、今のこの状況をどう打破するかと思っていると――。

 

「妹紅、派手ニヤッテ構ワナイワヨネ?」

 

「そうだな・・・・・・。この弾幕包囲を全てドロドロになるくらいまで『柔らかく』してくれ」

 

「了解」

 

 ――――妹紅はそのスタンドと会話していた。

 

 と、ジョルノが唖然としていると妹紅のスタンドが動いたッ!!

 

 

「WAAAAAAAANNABEEEEEEEEE!!!!」

 

 

 彼女のスタンドは超高速で迫り来る銃弾、氷弾を拳のラッシュで弾いた! そんな衝撃を加えたら瑠弾が爆発するのでは・・・・・・と思ったが。

 

「そ、そんな! あたいの『エアロスミス』の攻撃が・・・・・・不発?」

 

 チルノは驚きを隠せない。熱もそうだが、あの瑠弾は衝撃を加えるだけでも爆発するのに、あれだけ全弾全力で殴っておいて全て不発とは今まで一度も起こったことはなかった。

 

「簡単なことさ。衝撃が銃弾の内部に及ぶ前にコイツが銃弾を柔らかくして衝撃を吸収させたまでのことよ」

 

「私ガ殴ッタ物体ハ全テ『柔ラカク』ナル・・・・・・ソノ度合イハ私ノ自由ニ出来ル!」

 

 妹紅が説明をし、彼女のスタンドも補足で話す。どうやら完全に自立して、しかもスタンドが自我を持っているらしい。

 

「も、妹紅・・・・・・! 想像とは、かけ離れてましたよ・・・・・・」

 

 ジョルノは素直に感想を述べる。

 

 殴った物体を柔らかくする。だが、ジョルノにとってはどこかひっかかるところがあった。チルノのスタンド、『エアロスミス』もそうだ。

 

 どこか懐かしい気がした――――。

 

「ジョルノ・ジョバァーナデスネ。私ハ『スパイスガール』。妹紅ノスタンドデス」

 

 ジョルノが何かの懐かしさを感じていると妹紅のスタンドは律儀にそう名乗った。

 

「そうね・・・・・・『ひと味』、違うのよ」

 

 

第17話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 後書き

 

 藤原妹紅のスタンドは『マジシャンズレッド』ではありません。『スパイスガール』です。『スパイスガール』です。大事なことなので2回(ry。ちなみにこのことは最初から決めてました。最初から設定で決まってたスタンドは

 

 鈴仙の『セックスピストルズ』

 咲夜の『ホワイトアルバム』

 レミリアの『キラークイーン』

 フランドールの『クレイジーダイアモンド』

 妹紅の『スパイスガール』

 

 あとはまだ出ていませんが輝夜のスタンドも最初から決めてました。

 

 余談ですが、アリスはドッピオが死んだ後に『リンプピズキット』に決定し、魔理沙に至っては書いてる途中に付け足しです。光の3妖精も付け足しですね。

 

 妹紅はマジシャンズレッドという風潮がありますが、もこたんはあんなブ男じゃあないぞ! 一緒にしないでくれ!

 

 と、こんな感じです。でも何げ妹紅の『スパイスガール』はお気に入り。

 

 そういえば、サニー、ルナ、スターの3人のスタンド、『ボーイ・Ⅱ・マン』について。原作では『じゃんけん』だったのを『かくれんぼ』に変更しました。そっちの方が3妖精っぽいかなと思ったので。まぁ、でも子供っぽいスタンドには変わりありませんね。ジョジョの方でも『ボーイ・Ⅱ・マン』の主、大柳賢は少年でしたし。

 

 チルノの『エアロスミス』に至っては『馬鹿だから』という理由です。これは読めた人もいたんじゃあないでしょうか。まず題名がチルノは『エアロスミス』って言ってるようなものだった。

 

 ジョジョと東方ファンの方々なら一度は東方キャラがスタンドを使うなら、誰がどのスタンドになるかなぁ。と妄想したことはあると思います。ですので、私はそれらの妄想を出来るだけ裏切る形で物語を作っていきたいと思っています(正邪精神)。5部に偏ってるんですが、気にしないでください。

 

 まだまだ出したい東方キャラ×スタンドは沢山あるのでこれからも読んで貰えるとうれしいです。感想をくれるとなおGOOD。

 

 それでは長くなりましたが、これで16話は終わりです。

 

 では、次は17話で。



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⑨爆撃注意報②

あけましておめでとうございマァァァァァァァァァァァァァァァッ

新年ですが、内容は無関係です。相変わらず、シリアスとギャグの綱渡りを行っています。


ボスとジョルノの幻想訪問記17

 

あらすじ

 

 竹林に現れた光の3妖精とチルノに『かくれんぼ』に付き合わされ足止めを食らっているジョルノと妹紅。

 妖精のくせにスタンド『ボーイ・Ⅱ・マン』と『エアロスミス』を使い二人を追いつめるが、妹紅の『スパイスガール』のおかげで光明が見えた。

 果たしてジョルノはチルノの爆撃をかいくぐり、3妖精を無事に見つけだすことが出来るのか!?

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第17話

 

 ⑨爆撃注意報②

 

 瑠弾が不発に終わり自分が考えていたスタンドを用いた攻撃を全て(というか、一個しかないが)看過されてしまったチルノは『エアロスミス』を手元に戻した。

 

「・・・・・・どうした? もう終わりか??」

 

「ううぅ~~~」

 

 どうやらチルノはアレ(一斉射撃)しか攻撃方法を考えていなかったようだ。妹紅はチルノの方を向くとスタンドの『スパイスガール』を出して睨みつける。

 

 対するチルノは蛇に睨まれた蛙のようにびくっ、と小さく体を揺らしたのち、固まってしまう。悔しそうに歯を見せるが、所詮は若干強い妖精に過ぎない。

 

「無駄な時間を使いましたね・・・・・・。妹紅、早くそいつを再起不能にするんだ」

 

「分かってるって」

 

 と、妹紅はジョルノの言葉をうるさく思いながらチルノに歩み寄る。『スパイスガール』の射程距離は2メートル前後。だが、今のチルノに近づくことは容易である。

 

「サ・・・・・・」

 

 その時、あと2歩で射程距離に入ろうかという時。氷の妖精が言葉を発した。

 

「サニー! ルナ! あたいに能力をっ!!」

 

 ばばっ! と両腕を突きだし万歳の姿勢になった。するとそれを合図にチルノの姿が見る見るうちに消えていく。

 

「まずいッ!」

 

「テメェーーーマチヤガレッ!! クソガキィィーーーッ!!」

 

 妹紅は姿を消していくドヤ顔のチルノめがけて『スパイスガール』でぶん殴りにかかるッ! 『スパイスガール』も妹紅に呼応して罵声を発しながらラッシュをかけようとするが――――。

 

「ッチィ!!」

 

 彼女の足とスタンドの動きが止まった。完全に見失ったようだ。今からでも四方八方に弾幕を撒いても遅くはないが、もし背後のジョルノを盾にしながら逃走を計っていたら彼が巻き添えである。今のジョルノはまともに動けないため、妹紅の弾幕を避けることは不可能だろう。

 

「・・・・・・ッ! クソっ! 見失った!」

 

「いや、見失いはしましたが近いですよ・・・・・・。少なくとも姿と音を消せる奴はチルノに能力が届く範囲内にはいたはずです」

 

「あいつらの能力射程距離がどれくらいかは私はしらねぇぞ。結構広かったらあてにならないよな?」

 

「・・・・・・チルノの『声』だ」

 

 ジョルノの洞察力、判断力、推理力は並の人間や妖怪を越えている。妹紅では気が付かなかったこと、分からない断片的な情報などからあらゆる新情報を多角的な観点から見抜く能力は称賛に値する。

 

「あの氷精が『声』を発してから『消え始める』までの時間を逆算するんだ。チルノが叫んでから消え始めるまで体感で0.8秒。能力発動のタイムラグを無視しても3妖精が潜伏しているところは僕たちから半径300m以内の円の中です。仮に、チルノの声ではなく『万歳』を見てから、と仮定してこの竹林だ。目に見える範囲なら音よりももっと範囲がしぼられます」

 

「・・・・・・」

 

 妹紅は黙って聞くしかなかった。『かくれんぼ』が始まって既に1時間近くが経過していた。彼女の中では3妖精は既に出来るだけ遠く――――竹林の端の端まで逃げているだろう――――と思っていたため、300m以内にいるという情報を得られたのはでかい。

 

「少々時間がかかりましたが、これで結構追いつめることに出来ましたね・・・・・・。今度は僕らが詰める番だ」

 

 と、ジョルノはさっき蛇を生み出したのと同じように一本の竹を複数回殴り――――無数のコウモリを生み出した。

 

「熱がダメなら超音波で探索させます。半径300m以内なら10分とかからないでしょう」

 

 そう言ってジョルノは辺りにコウモリを飛び回らせた。キィーキィーという鳴き声とともに竹林を旋回しながら獲物を探すのだ。

 

 ジョルノの素晴らしい臨機応変な反応に妹紅は舌を巻く。それと同時に恐れのような感情を抱いていた。

 

 こいつは本当に人間なのか? という思いが・・・・・・。

 

*   *   *

 

 こちらは妖精サイド。情けなく一瞬で能力を破られたチルノはサニーとルナと一緒にカマクラに戻ってきた。

 

「あら、おかえり3人とも。心配でサニーとルナを派遣したのだけれど・・・・・・役に立ってよかったわ。お疲れさま」

 

 スターは3人を出迎えるや否や、にっこりと微笑んで労いの言葉をかける。それにまず答えたのはチルノではなくサニーだった。

 

「いやー、スターの勘は当たってたね! 私たちが駆けつけたときは蛇に睨まれた蛙みたいだったよ!」

 

 それに賛同したのか、ルナもうんうんという風に数回頷いて。

 

「そうそう。結構危機一髪だったから、私まで慌てて転んじゃったのよ? 感謝してよねチルノ」

 

「う、うううるさいな! さっきのはちょっと油断しただけだし! あたいってばサイキョーだし!」

 

 チルノはぶっすぅ~とふてくされながら地団太を踏んで悔しそうに言った。だがそれを見てサニーは更に大笑いする。

 

「どの口が言ってんのよ! あ~、おかしかった!」

 

「何だとサニー! お前あたいに勝てんのか~!?」

 

 ちょっと、喧嘩しないでよ。といがみあう二人を諫めようとするルナ。だが、二人の間に入ったせいでチルノから叩かれ、サニーから蹴られと結構散々な目にあっている。

 それをただ遠くから微笑みながら眺めているスターだが、ふと視線を外に移した。

 

「ちょっと、スターも見てないで止めるの手伝ってよ・・・・・・ってスター?」

 

「ん? スターがどうかしたか?」

 

 不意に外をカマクラに取り付けられた氷の窓から外を眺めるスターにルナは何か気付いたようだ。

 

「まさか、何か来てるの?」

 

 ルナはスターの視線の先を見る。――――だがそこには何も写っていない。

 

「いえ、結構な数のコウモリがこっちに・・・・・・」

 

 スターは能力の『生き物の気配を探る程度の能力』でコウモリが10匹程度こっちに飛んできていることが分かった。だが、そんなことは予定調和だ、と言わんばかりの表情でスターは微笑んだ。

 

「コウモリって・・・・・・さっきスターも出してたよね? 帰ってきたの?」

 

 そう、ルナが言うようにスターが先ほどジョルノから借りている『ゴールドエクスペリエンス』を用いて生み出した生物は、ジョルノと同じくコウモリだったのだ。

 

「コウモリは習性上、獲物を超音波の跳ね返りで探すいわばスコープのような機能を備えているわ」

 

「ふーん? そんな知識一体どこで・・・・・・」

 

「私たちが梅雨の時季に隠れ住んでいた館の領主の吸血鬼が言ってたわ」

 

「えっ?」

 

 いつの間にそんな情報をあの化け物から仕入れてきたのだろうか・・・・・・。ルナは言葉に詰まるがスターはさほど気にしない。

 

「まぁ、要するに『音波』ってことよ。ルナの能力でも消すことは出来るけど、『跳ね返り』を利用する超音波だと意味がないの」

 

 スターの言うとおり、超音波も音の一種のためルナの『音を消す程度の能力』で無くすことは可能だ。

 だが、音の跳ね返りを察知するコウモリにとって音が返ってこないのは『そこに音を吸収する何かがある』のと同じである。

 

「だから、こっちもコウモリを使うのよ」

 

 スターはあらかじめ竹林の随所にコウモリを配置していた。そしてジョルノがコウモリの超音波による探索をしたら同じようにこちらも超音波を発させるように命令している。

 

 つまり、超音波と超音波のぶつけ合いだ。

 

「音を操るルナなら分かるわよね? 同じ種類の音をぶつけると音と音がお互いの波にぶつかりあって――――」

 

「音は消える――――ってことか・・・・・・。でも結局は音の反射が無くなるわけだからコウモリには気付かれちゃうんじゃあないの?」

 

 と、ルナが尋ねるとスターは指を立てて「大丈夫よ」と言った。

 

「多分、今頃は困ってるだろうから」

 

*   *   *

 

 スターの言うとおり、コウモリの超音波を用いて探索をしていたジョルノだったが、困り果てていた。

 

「・・・・・・おかしい。いくつも、四方八方で音の消失が確認できます」

 

 既に『かくれんぼ』を始めて2時間半が経過していた。だが、何時までたっても3妖精の居所は掴めないでいた。

 

「ジョルノ・・・・・・どういうことだ?」

 

 妹紅は心配そうに空を見上げる。既に太陽は自分たちの真上にあった。もう正午なのだろう。

 

「分かりません・・・・・・が、音を消す奴の能力でしょう・・・・・・でもこんなに一度に、しかも広範囲に能力が使えるものなのか?」

 

「四方八方ってことは・・・・・・そうじゃあないはずだ。少なくとも、スターサファイアの能力は別としてルナやサニーの能力は一度に大量、しかも別々に能力を使うことは出来ないはずだ」

 

 そもそもは妖精の持つ能力である。複雑な能力は扱えないはずだし、最も言えば『スタンド』でなければそれほどまでに特殊な動きは――――。

 

「そうかッ! 『スタンド』だ!」

 

 ジョルノは唐突に閃いた。だが、この閃きは現状打破のためには対して役に立たないことは分かっていた。

 

「『スタンド』って・・・・・・妖精のか? そんな能力が付加価値的に付くとは考えられないけど・・・・・・」

 

「いいや、妹紅。あいつらの持っている『スタンド』の能力じゃあないんです。これはおそらく僕の『ゴールドエクスペリエンス』の能力・・・・・・同じようにコウモリを生み出して竹林各地で探索を妨害しているに違いありません」

 

 共震作用による音の打ち消しです。そうジョルノは妹紅に説明する。

 

「――――じゃあ、あいつらはお前の『ゴールドエクスペリエンス』の能力を使っているってことか?」

 

「多分、そうです。・・・・・・僕の『GE』の半身があいつらに取られたせいだと思います」

 

 ジョルノは左半身を失った『ゴールドエクスペリエンス』を見る。

 

「『熱には熱を、音には音を』ってわけか・・・・・・そんなにあいつら頭が良かった覚えはないんだけどな・・・・・・」

 

「確かに、4人のうち3人はただの5歳児と変わり無い気がしました。ただ・・・・・・僕のスタンドを奪いまんまと罠に引っかけたあの青い妖精は・・・・・・『猫を被っている』気がしました」

 

「・・・・・・スターサファイアのことか・・・・・・」

 

 3妖精はいたずら好きの妖精で知られているが、特に有名なのはサニーミルクだ。幻想郷最強(笑)妖精の次に知名度が高く、いたずら向きの姿を消す能力は人里の人間にとって迷惑以外何者でもない。

 

 ルナチャイルドもサニーに準ずるいたずら向きの能力を持っている。

 

 だが、スターサファイアはジョルノが言うように他の二人とは少し違う。妹紅も数回3妖精を目撃しているが、いつもサニーとルナの後ろでにこにこと様子を見ているだけである。

 

「確かに、あいつは賢い・・・・・・のか?」

 

 だが、ジョルノの探索をかいくぐっているのは事実である。

 

「妹紅・・・・・・もう少し、今度は別の方法を考えてみます。何かしら情報が得られればいいんですけど・・・・・・」

 

 妹紅がスターサファイアについて考えていると、ジョルノは辺りを見回しながら次の手を考えていた。熱もダメ、音もダメとなると・・・・・・。

 

 今二人は竹林の道のど真ん中。辺りに妖精や妖怪の気配は無くジョルノと妹紅の距離は3m前後、離れている。妹紅はジョルノとは別の方向の竹林に注意を配り、ジョルノも考えながら辺りを探していた。

 

 しばらくの沈黙が流れる。だが、沈黙を打ち破ったのはジョルノでも、妹紅でもなかった。

 

 

 ブロロロロロロロロロ・・・・・・

 

「「・・・・・・ッ!?」」

 

 二人が背を向けていたその間。前後3mの間の死角に突如として何かのエンジン音が響く。

 

 ガチャ、ガチャン!! という機関銃を組み立てる音がし、二人は同時に振り返る。そこにあったのは勿論――――。

 

「エ・・・・・・『エアロスミス』ッ!!?」

 

「よ、避けるんだァァーーーーッ!! ジョルノォォーーーーーーッ!!」

 

 今度の『エアロスミス』が銃口を向けていたのは不死の妹紅ではなく生身でしかも左半身が思うように動かないジョルノの方だった。

 

「コノポンコツガァァーーーーーーッ!!」

 

 すぐに妹紅もスタンドを出しジョルノ眼前に迫る『エアロスミス』を殴り落とそうとするが、『エアロスミス』は加速して『スパイスガール』の拳をすり抜ける。

 

「うッ・・・・・・ご、『ゴールドエクスペ・・・・・・」

 

 何とかジョルノはスタンドで反撃を試みるも、その前に『エアロスミス』に搭載された二丁のマシンガンの銃口が火を噴いた。

 

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!

 

 今度は榴弾ではなく通常弾のようだが、連射数が桁違いだった。小さいながらも威力・スピードは本物の銃と変わらず、一発一発がジョルノの肉体を削り、殺ぎ、撃ち抜いていく。

 

「ウオオオオオォォォォーーーーーッ!!」

 

「このぉぉーーーーーッ!」

 

 妹紅は左足、『スパイスガール』は右足に力を込め同時に『エアロスミス』を破壊しようと蹴り飛ばす。見事に二人の蹴りは炸裂し、メキョッ! という音を発してプロペラ部分がひん曲がり数十メートル先に飛んでいく。

 

「ジョ、ジョルノ・・・・・・ッ!! 大丈夫か・・・・・・!!」

 

 ジョルノは仰向けで地面に血塗れの状態で倒れていた。全身から血を流しているが意識はあるようだ。

 

「も・・・・・・こう・・・・・・ぐっ・・・・・・だ、大丈夫・・・・・・です」

 

 よく見るとジョルノの傷は動かないはずの左半身に集中していた。

 

「お前・・・・・・まさか、『スタンド』で・・・・・・!」

 

 妹紅は先ほどのジョルノの行動を思い出す。『エアロスミス』の銃撃を全身に浴びる直前、ジョルノはスタンドで応戦しようとしていた。だが実際は違った。そう妹紅の方からは見えていたが、本当はジョルノの『ゴールドエクスペリエンス』は『エアロスミス』を迎撃するのではなく――――。

 

 ジョルノ自身の体を無理矢理『エアロスミス』に対して左半身が前になるように捻らせたのであるッ!

 

「う、動かない左半身を犠牲にしたのか・・・・・・!?」

 

「・・・・・・それしか・・・・・・、いえ、それが・・・・・・『最善』・・・・・・だったんです」

 

「だからって・・・・・・! こんな・・・・・・!」

 

 妹紅の素人目でも分かる。並の医療じゃあどうあってもこの傷は治せそうにない。

 

「動く『右半身』を救うため・・・・・・。そして・・・・・・思いついたんだ・・・・・・奴らを見つける・・・・・・方法を。それには妹紅・・・・・・あなたの力が必要です・・・・・・」

 

「・・・・・・ッ!!」

 

 妹紅は言葉を失った。そして自分の中のジョルノに対する評価が一転したような気がした。

 

 今まで彼女は1ヶ月ちょっと前にこの幻想郷に流れ着いたジョルノに対して良い印象は抱いていなかった。この馬鹿丁寧な口調もいけ好かなかったし、何より同じ人間のくせに永琳や輝夜から一目置かれているのが腹立たしかった。

 

 特に、輝夜からあだ名で『ジョジョ』と呼ばれているのが腹立たしかった。自分の方が輝夜との縁は深いはずなのに、輝夜は私に見向きもせず、そのくせ新人のぽっと出のこいつとは・・・・・・。

 

 だからこれまでも・・・・・・今朝永遠亭があんな状況だったときでさえジョルノには強く当たっていた。ただの逆恨みだという事は分かっていた。でも心がこいつを許せなかった。分かってる、ただのお粗末な、ちっぽけな人間のプライドだということは。

 

 だが、今妹紅はジョルノの一切迷い無く左半身を切り捨てた『覚悟』を目の当たりにしたッ!

 

 

 ジョルノ・ジョバァーナの黄金の精神をその目に見たのだッ!!

 

 

「ジョルノッ! お前の命がけの行動ッ! 私は敬意を表するッ!!」

 

 妹紅は自分の手首を噛みちぎり、そこから流れる血をジョルノの傷にあてた。

 

「モ、モコウ・・・・・・!」

 

 自分の主人の突然の行動に、スタンドの『スパイスガール』は止めるように妹紅に触れようとするが。

 

「いいのよ、『スパイスガール』。私が怪我するところは見たくないでしょうけど・・・・・・。これはジョルノの覚悟に答える為よ」

 

「ワカリマシタ・・・・・・」

 

 そう言って『スパイスガール』はスタンドヴィジョンを消した。

 

「くっ・・・・・・」

 

「大丈夫よ、蓬莱人の血には痛みを和らげ、怪我の治りを早める効果がある。とりあえずは応急処置よ」

 

「・・・・・・だったら・・・・・・僕の『GE』に石を持たせてください・・・・・・。足りないパーツを・・・・・・補強します」

 

「! 分かったわ」

 

 妹紅はジョルノの言うとおり、近くから小石をかき集めて右半身だけが出ている『GE』に握らせた。すると小石はジョルノの手の中で肉となり、『GE』に欠損した部位を補強するように、肉を傷口に詰めていく。

 

「っぐぅうううううううッ!!」

 

 蓬莱人の血で痛みを和らげていると言っても、激痛は伴う。痛みに耐えながら傷を徐々に治していくが――――。

 

 ブゥン・・・・・・

 

 敵は待ってはくれない。

 

「ま、まだ動けるのかッ!! 『スパイスガァーーール』ッッ!!」

 

 ひしゃげたプロペラを回しながらも『エアロスミス』は妹紅とジョルノめがけてマシンガンを乱射する。

 

「ナンドモナンドモオンナジテガキクトオモッテンジャアネェェーーーーーーッ!! コノスッタコガァァーーーーーーーッ!!」

 

 『スパイスガール』は迫りくるマシンガンの弾から二人を守るように立ちはだかり、+や-のような模様が描かれた頭から妹紅と同じ柄のリボンをほどいて広げる。

 

 リボンはすでに『スパイスガール』によって柔らかくなっており、広げられたリボンに突入した銃弾は全て勢いを止められる。そしてそのままパチンコの要領でゴムの弾性力を利用し――――

 

「落とし物だ、返却ッ!!」

 

 全てをエアロスミスに弾き返した!!

 

 ――――しかし、妹紅と『スパイスガール』の考えとは裏腹に『エアロスミス』は完全なる不意打ちを避けたのだ!

 

「――――な、何だって!?」

 

 壊れかけの機体からは想像も付かないような俊敏性に面食らった妹紅は『エアロスミス』に次の行動をさせてしまう。

 

 その行動とは――――。

 

「う、『腕』!? こ、このヘリの操縦室から小さな腕が伸びてるぞ!?」

 

 そう、妹紅がただのラジコン型のスタンドだと思っていた『エアロスミス』には操縦士が乗っていたのである!!(名前はスミス)

 

 操縦室から伸びた腕は何かを握りしめており、操縦士はそれを妹紅の足下に投げつけた!

 

 とたんに彼女たちの周囲を煙幕がおそう。どうやらさっきのはスモークグレネードだったらしい。あの大きさなのに妹紅とジョルノ二人を一瞬ですっぽりと覆ってしまう煙幕だ。

 

「く、そ! 何も見えないわ!!」

 

「こ、・・・・・・このままじゃあ・・・・・・ぅぐ! き、危険だ・・・・・・!!」

 

 ジョルノの言うとおり、これじゃあ『エアロスミス』がどこから攻撃してくるかが分からない。そう思っている間にも煙幕はその範囲を広げていき周囲10mは煙で一杯になった。

 

「なんっつぅ威力よあの煙幕! ジョルノ、ちょっと我慢してねっと!!」

 

「痛いッ!? きゅ、急すぎますよッ!!」

 

 妹紅はすぐさまジョルノを(結構乱暴に)かつぎ上げて煙幕からの突破を試みる。

 

「――――でもこの煙幕は好都合よ! おそらく、こう煙が濃いとチルノだって私たちがどこにいるかは分からないはず――――」

 

「痛い痛い痛いっ! 痛いですって妹紅!」

 

 急いでいたため妹紅の左手はモロにジョルノの左足の傷口に当たっていたが、妹紅にそんな余裕はない。あれだけの『覚悟』があるならこの程度の痛みも我慢してほしいものだ――と、思っているうちに二人は煙幕から抜けた。

 

「一旦、『エアロスミス』から距離を置くわ! こんな状況じゃあ3妖精を探す暇も無い」

 

 煙幕の中で『エアロスミス』のエンジン音を聞きながら妹紅は全力で走った。ジョルノがいちいち痛みに声を上げているが関係ない。

 

 次第に『エアロスミス』のエンジン音から遠ざかって・・・・・・。

 

 ブロロロロロロロロ!!

 

「――――はっ!?」

 

 音が遠ざかっていた筈がすぐに距離を詰めてきたのである。妹紅が慌てて後ろを振り向くと――

 

 ガチャン、ガチャン!!

 

 『エアロスミス』はもの凄い勢いで妹紅の背後まで来ていたのだ!!

 

「な、何でだァァーーーーーーーッッ!!?」

 

 どう考えても煙幕の中でも妹紅とジョルノの居場所が分かっていないと追いつけない時間だった。まさか、視覚以外の何かで私たちの居場所を察知しているのか?

 

 いや、そんなことを考えている暇は無い。さっきのガチャンと言う音! あれはもう闘いの中で何度も聞いている『エアロスミス』が銃でこちらに標準を付けた時の音だ!!

 

「『スパイスガァァーール』ッ!! 『エアロスミス』をぶん殴って柔らかくしてくれェエエエ!!!」

 

「WAAAAAAAANNABEEEEEEEEEE!!!!」

 

 ドドドドドドドドドドドッ!!

 

 間一髪で『スパイスガール』は『エアロスミス』が銃弾を放つ前にそのラッシュを叩き込むことに成功する――――だが、妹紅の目は『エアロスミス』の機関士がラッシュを食らう前に何かをこちらに投げ込んでいたのを見た。

 何かって?

 

 それは妹紅とジョルノのすぐそばに落ち――――丸みを帯びた何かだった。妹紅はそれが何かなんて全く皆目検討は付かなかったが、直感的に。本能的に『やばい』と思ったのだろう。彼女はすぐに行動に移した。『スパイスガール』は間に合わない。抱えているジョルノを出来るだけ遠くに投げ飛ばし、すぐにそれに覆い被さる。

 

 投げ込まれたのは――――『手榴弾』だった。

 

「も、・・・・・・妹紅っ!! 逃げろ、危険だァァーーーーーーッ!!」

 

 投げ出されたジョルノが叫ぶがもう遅い。

 

 ――――次の瞬間、少女の体は爆散した。

 

 

*   *   *

 

 チルノは退屈そうにしていた。

 

「あぁーあっ、つまんないつまんない! つーまーんーなーいッ!! どうしてあたいは待ってるだけなの!?」

 

 チルノ以下、光の3妖精はこぞって隠れた要塞、カマクラもとい『かくれんぼ大作戦作戦本部』でのんびりと過ごしていた。

 

「だって、チルノが動かすより自動操縦の方が強いじゃん」

 

 サニーはやれやれだぜ、という風に両腕を上げてチルノを窘める。

 

 そう、チルノは『エアロスミス』を手動ではなく自動操縦で動かしていたのである。自動操縦になると目標が決められない代わりにチルノ本体が動かすより断然強いというメリットがある。

 

「自動操縦だとあたいは何にも面白くないわ!! もういい! あたい突撃してくるから!」

 

「わーっ! ちょ、ちょっと待ってチルノ! あんたはここで待ってて! 頼むからさ!」

 

 ルナはチルノを押さえる。ルナはスターから「チルノがついうっかりここの場所を喋っちゃうとも限らないわ」と聞いており、こんな馬鹿のせいで自分たちのいたずらが台無しにされるのは御免だった。

 

 いや、そもそもこれはサニーの言い出したことなんだけど・・・・・・。っていつものことか。

 

「ほら、蛙。確かチルノって蛙凍らせるの好きだったよね? 見てみたいなー私!」

 

 サニーはチルノを挑発するだけだし、スターはただ見てるだけだし。結局チルノを引き留めるのは私しかいないじゃない!

 

「はい」

 

「え?」

 

「もう凍ってるよ」

 

「え? って、あぎゃーーーっ!?」

 

 ルナが手に持っていたトノサマガエルは既に凍っていた。ルナの手ごと。

 

「あんたらの言うことなんかもう聞いてられるか! あたいは先に行くぞ!」

 

「ちょっと待てよチルノ! いいから座っときなさいよ!」

 

 サニーはチルノが出ていかないように腕を掴んだ。

 

「チルノそれ死亡フラグ」と、スター。

 

「もう! 離してってば!」

 

 ルナが氷の冷たさに悶えている間、チルノは苛立ちながらカマクラを出ていこうとした時――!

 

 

 ドグォォォォンンンッ!!!!

 

 

「「「「え」」」」

 

 どこか遠くの方で爆音がした。四人は一斉に顔を見合わせる。

 

 四人は藤原妹紅の顔を思い浮かべていた。確かに、彼女ならば威力250の大爆発を起こしそうである。しかも次のターンに復活する。

 

 そして音が聞こえるということはルナが現在音を消し忘れているということだ。

 

「・・・・・・ルナ、音消して」

 

「・・・・・・じゃあチルノ、氷取って」

 

「・・・・・・ならサニー、手離して」

 

「・・・・・・よしスター」「いやよ」

 

「・・・・・・あの」「いやよ」

 

 しばらくしてカマクラ内は落ち着いた。

 

*   *   *

 

 藤原妹紅の体が手榴弾によって爆散すると同時に、あたり一面に炎と熱気が拡散する。

 

「ぐぅぅッ!?」

 

 ジョルノがそれに身構えるが――――不思議なことにジョルノには熱気が来なかった。

 

「・・・・・・妹紅?」

 

 そういえば、鈴仙から聞いていたが妹紅は炎を操ると言っていた。まさか妹紅はその能力を使って爆発の熱気と熱線を自分の体の炎を使ってジョルノを避けるように誘導したのでは? 例えば、水路を掘って川の流れを変えるように、雷が一旦地上に弱い電気の通り道を作り大きなイカズチを落とすように。

 

 おかげで、ジョルノの周りには爆発による被害が少ないが、それ以外は悲惨な状況だった。約30m周囲の竹はなぎ倒され、激しく燃えている。

 

「くぅッ!! 半身は・・・・・・妹紅の血のおかげか・・・・・・結構痛みは引いているが・・・・・・」

 

 それでもジョルノは立つことは難しかった。それにしても爆発のせいか、かなり熱気が立ちこめている――――。

 

 ブロロロロロ・・・・・・

 

 その時、ジョルノの耳に弱いエンジン音が聞こえた。何と、『エアロスミス』がぼろっかすになりながらも動いていたのである。

 

「ぐっ・・・・・・くそ! この体じゃ・・・・・・」

 

 ジョルノはあきらめかけ、目を閉じていた。続けざまにガチャン、というマシンガンの標準を合わせる音が聞こえる。

 

 そして、『エアロスミス』は引き金を引いた。

 

 ドドドドドドドドッ!!

 

 

 

 だが、銃弾はジョルノではなく、周囲の燃え盛る竹を撃ち続けていた!

 

「・・・・・・??」

 

 ジョルノは傷口を押さえながら、その奇妙な『エアロスミス』の動きを見ていた。

 

(まさか、『エアロスミス』は僕たちを視認していなかった? 確かに、煙幕の中からすぐに追いかけてきたが・・・・・・)

 

 ジョルノがそう考えている間も『エアロスミス』は燃え上がる炎に対して銃を撃ち続けていた。

 

(音ではない・・・・・・。『炎』に向けているということは・・・・・・『熱』?? いや、だとしたら火器を使えないはずだ・・・・・・)

 

 ジョルノは『エアロスミス』を観察していた。『エアロスミス』は『炎』に対して銃口を向けているようだった。しかし、ジョルノは気づく。

 

 実は竹以外にも、所々燃えているところはあった。地面にも弱くではあるが残った手榴弾の破片がぐずぐずに溶けていたし、それを考えると燃える竹より明らかに高温だ。やはり、熱感知ではない。

 

 更に、地面も所々ぶすぶすとではあるが燃えていた。だが、『エアロスミス』はそこを狙うこともなく、ただただ燃える竹に銃口を向けていたのだ。

 

(・・・・・・まさか・・・・・・いや、これしかない!!)

 

 ジョルノは地面を『GE』で殴りつける。そこから生まれたのは『二匹』の小鳥。一匹は元気に飛び回り、その生を喜ぶように舞う小鳥。そしてもう一匹は今のジョルノのように地面に這い蹲り、ほとんど虫の息状態の小鳥だった。

 

 すると、『エアロスミス』は片方の小鳥に銃口を向けて、すぐさま撃ち殺した。――――それは元気な方の小鳥だった。

 

(――――間違いないッ!! 『エアロスミス』は『二酸化炭素』を追っているんだ!! だから高温の溶けた鉄屑より有機物の燃える竹を打ち抜くし、虫の息で殆ど呼吸をしていない小鳥より元気に飛び回りたくさんの呼吸をする小鳥を撃ち殺す!!)

 

 そうと決まればジョルノの取る行為は決まっていた。彼は両者とも虫の息になった小鳥を土に戻し、今度は別の生物を生み出す。それは二種類の生物でジョルノの手元には大量の広葉樹林の青々とし、みずみずしい葉っぱ。そして燃え盛る竹の近くに大量のサボテンを生み出した。

 

(砂漠に生育するサボテンの水分比は90%以上! なので普通の植物なら火がつくような環境下でも耐えられる)

 

 サボテンは火に当たったところから皮が破れ水分が大量に染み出していく。そうすることによって火は次第に鎮火されていくだろう。

 

(そしてこの広葉樹林の葉っぱとサボテンの水分で! 『光合成をするマスク』を作る!!)

 

 『ゴールドエクスペリエンス』を器用に操り葉っぱをマスクのように編んでいき――――完成した。

 

 これをつければすでに虫の息のジョルノならば、『エアロスミス』のレーダーに引っかからない。

 

(・・・・・・あとは、待つだけだ・・・・・・)

 

 ジョルノは『エアロスミス』が自分を狙わないことを祈りつつ、残った傷の手当てをしていた。

 

*   *   *

 

 1時間もすれば火は消し止められ、ジョルノの傷もかなり回復していた。目標を見失った『エアロスミス』はふらふらとその辺を飛び回り続け、ゆっくりと西の方向へと進んでいく。

 

 その間にジョルノの隣では消し飛んだ妹紅の体が徐々に再生を始めていた。

 

 ジョルノは痛む体に鞭を打ち、『エアロスミス』を追いかける。

 

 あの爆発だ。すでに竹林から妖怪や生物は消えているだろう。つまり、あの『エアロスミス』が向かう場所は――――。

 

「・・・・・・妹紅、ありがとうございます」

 

 あなたの命がけのヒントは決して無駄にはしない、と心に誓う。ジョルノは息が上がらないように、ゆっくりと、慎重にエアロスミスを追いかけた。

 

 

 しばらくすると、『エアロスミス』がスピードを急に上げた。

 

(ということは・・・・・・!)

 

 ジョルノは確信する。『エアロスミス』のレーダーの範囲内に『四人の二酸化炭素』が入ったということを!!

 

 ジョルノは更に慎重になりながら、『エアロスミス』を追いかける。

 

 ――――そして20mほど進んだとき、目の前に突然カマクラが姿を現したのである!

 

「・・・・・・!! これか!」

 

 と、先にカマクラの中に『エアロスミス』が入った。そしてその数秒後。

 

 がちゃん!!

 

「えええええええッ!?!? ち、チルノォォ!! は、早くしまって、しまって!!」

 

「も、戻りなさい『エアロスミス』ッ!!」

 

「し、死ぬかと思ったァァーーーーーッ!!」

 

「何で急に『エアロスミス』が??」

 

「さぁ? もう敵を倒しちゃったからじゃあないかしら?」

 

「ってスター! 大丈夫なの!?」

 

「大丈夫よ大丈夫よ~、きっと誰も来て・・・・・・・・・・・・」ピタァ

 

「・・・・・・来て・・・・・・どうしたのスター?」

 

「『来て』の後は何なのよォォ~~~~!!」

 

「スター!!」

 

 ジョルノがカマクラの中をのぞき込んだ。

 

 

 

「見つけた」

 

 

 

「やっぱり・・・・・・来てたわね」

 

 スターはやっちゃった・・・・・・という風に頬を掻いた。

 

*   *   *

 

 ジョルノが3妖精を見つけると、彼女たちのスタンド『ボーイ・Ⅱ・マン』が現れ、口から『ゴールドエクスペリエンス』の左半身を吐き出した。

 

「あぁっあああ~~~!! せ、折角強そうな『スタンド』だったのにぃ~~!」

 

 サニーは『GE』を捕まえようとするが、するりと手から抜けて――ジョルノの中に幽霊を降ろすように入っていった。

 

「これで・・・・・・返してもらったわけか・・・・・・」

 

 ジョルノは急に体が軽くなったように感じ、背伸びをする。

 

 全く違和感はない。妹紅の血のおかげで怪我の痛みもない。

 

「さて・・・・・・」

 

 とジョルノは妖精たちを睨みつける。彼女たちは身を寄せあって震えているがジョルノには関係ない。ただのごっこ遊びで自分たちの邪魔をしたのだ。受けるべき制裁を与えてやるつもりだ。

 

「や、やめて下さいぃーーー!! わ、私たちはただの妖精なんですよ!? ふ、普通の殴りあいなんて勝てるわけがないじゃあないですかァ~~~~!!」

 

 ルナが命乞いを始めた。

 

「ええ!? な、殴るって・・・・・・嫌だよ私!! 殴るんならスターをどうぞ!」

 

「ちょっと、サニー! 私だって嫌よ! 言い出しっぺのあなたが大人しくしょっぴかれるべきだわ!」

 

 スターとサニーとルナはそれぞれ責任の押しつけ合いの口げんか。完全にジョルノにビビっていたが一人だけ違った。

 

「はん! なっさけないわねぇ~~~!! こんな人間一人にビビりあがっちゃって! やいやいコロネとか言ったか!? あたいが相手だ覚悟しろ!! 『エアロ・・・・・・」

 

 まるで見当違いのことを言いながらチルノはジョルノの前に立ちはだかり、『スタンド』を出して攻撃しようとするが――――。

 

 既に『ゴールドエクスペリエンス』の拳が彼女の顔面にめり込んでいた。

 

「――――無駄無駄・・・・・・」

 

 そして続けざまにもう1発、更にもう2発、だがジョルノの拳は止まらなかった。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!」

 

 ドガバギボゴォメキョッドゴッドゴドゴミシバキィッッ!! 例えるならそんな擬音がチルノの全身から聞こえてきそうなほどの容赦なしのラッシュだった。

 

「ぎっぇええええええええエエエエエーーーーーーーーーーッッ!!?」

 

 チルノは叫び声を上げながらカマクラの壁に叩きつけられて

 

 ぴちゅーん! という音を上げながら消滅した。

 

 俗に言う『一回休み』である。

 

「あ、あわわわあわああ・・・・・・」

 

「ち、チルノがあんな一瞬で・・・・・・」

 

「や、やばいわ・・・・・・ちょっとヤバすぎよ・・・・・・」

 

 3妖精はお互いの肩を抱き合い泣きながらジョルノに懇願する。今度はお互いに責任を擦り付けたりせず、自分たちの非を認めて懇切丁寧に謝罪した。

 

「お、お願いです! 痛いのは嫌なんですぅッ! 許して下さいジョルノ様ぁ~~~!!」

 

「何でもしますから! 靴も嘗めてきれいに掃除します! レロレロレロレロ」

 

「二度とあなたたちにチョッカイかけないことを誓います! ですから、何とぞご容赦を~~~!!」

 

「・・・・・・」

 

 あからさまな態度の豹変にジョルノはため息をついた。やはり、こいつらは只の子供と何らかわらない。どうせ、ここで許しても同じことを繰り返すだろう。

 

 教育が必要だ。

 

「じゃあ、『一発』だけ。それも『一回休み』にはならない『ゆっくり』としたお仕置きをします。それで今回のことは見逃してあげましょう」

 

 チルノのあの有様を見ているせいで『一発』だけ、というのは3妖精にとって非常に有り難いことだった。一発耐えれば見逃してくれるのだから、これほど旨い話はない。

 

「ほ、本当ですか!? 何という慈悲! ありがたく承りますぅ~~~!!」

 

「やったぜラッキー! ・・・・・・じゃないや、ありがとうございますありがとうございます!」

 

 3妖精は喜んでいるが――――もちろん、そんな旨い話は存在しない。

 

「えっと・・・・・・じゃあ『ゆっくり』いきますよ」

 

 といって、まずジョルノは『ゴールドエクスペリエンス』で三人の頬に触れた。

 

 このとき、既にジョルノは『能力』を使っているのだが、そんなこと3妖精が知る由もない。

 

「・・・・・・」

 

 サニーからお仕置きを実行するようだ。サニーは痛みに耐えるように目を瞑っているが、ふと頬に何かが触れた。それは限りなくスローに動く『GE』の拳だった。

 

(な、なんだ・・・・・・ぜんぜんゆっくりじゃんかぁ・・・・・・これなら余裕だな! ・・・・・・って、え? ちょ、ちょっと・・・・・・、なに、こ・・・・・・)

 

 サニーを殴り終えたジョルノは次はルナ、そしてスターと普通に『全力』で殴り飛ばした。もちろん、サニーを殴ったのも全力である。

 

 だが、3妖精は動くことはない。

 

 何故なら――――

 

「君たちの精神を『暴走』させました・・・・・・。『鋭い』痛みを『ゆっくり』味わえ・・・・・・それが君たちへの『お仕置き』です」

 

 ジョルノはそう言い残してカマクラから出ていく。

 

 

 ちなみに・・・・・・感覚が暴走している3妖精はというと

 

(あああああああああああッッ!! な、何なのよォォ~~~~~!! い、痛いッ! でも、ぜんぜん動かないぃぃ!! 何で!? 『ゆっくり』激痛がおそってくるぅぅ~~~!! いやああああああああッ!!!)

 

(い、痛いのだめって! 痛いのだめって私言ったよねぇぇーーーーーー!! いやだぁぁぁっ! いやっ、いやぁぁっ! 痛いよ、誰か、誰か助けてえぇぇぇっ! うわあああああああああッ!!)

 

(こ、これはっ! ううううっ! か、感覚が、私たちの『感覚』だけが暴走してるんだわッ!! だから痛みがゆっくりとやってくるし、私たちは身動き一つ取れないッ!! あああああッ!! あ、がっ、顎が・・・・・・めきめき音を立ててるのが分かるうううううううううううッ!!!)

 

 ・・・・・・おそらくはチルノより酷い状況なのかもしれない。

 

 第18話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 後書き

 

 これで⑨爆撃注意報は終了です。この話で見物なのは遊び感覚の妖精たちと、命の危険を感じているジョルノたちとの間のギャップですね。二人が自動操縦の『エアロスミス』と死闘を繰り広げている間、妖精たちはカマクラの中でしょーもない話を繰り広げつつかき氷でくつろぐ。何一つ悩みのない妖精たちは羨ましいです。

 

 あと、『エアロスミス』が自動操縦型になっていた件について。これは作者のオリジナルです。どうやってもチルノでは『エアロスミス』を使いこなすことが出来ないので自動操縦も可能にしました。すべては操縦管握っている『スミスさん』の思い通りです。(原作でも操縦席に乗っているのはスミスという小さい人間)

 

 ちなみに自動操縦にした場合、『エアロスミス』は

 

 破壊力ーB  スピードーA  射程距離ー数十m

 持続力ーC  精密動作性ーA 成長性ーE

 

 備考:既に熟練の操縦士がそのまま操るかためスピードと精密動作性がかなり強化され、成長性がEに。また、『二酸化炭素』をより多く発する物体を優先して攻撃するため敵味方の区別が付かない、というデメリットがある。それでもチルノが普通に操縦するより格段に強い。

 

 となっております。まぁでも本体が最強(笑)なのでそこまで強くはないです。本体を見失わない限り。

 

 と、チルノといえば馬鹿! 馬鹿といえばナランチャ! ナランチャといえば『エアロスミス』! という発想(ニ●ニコ動画などからの影響)の元生まれたチルノ版『エアロスミス』でしたが、ジョルノたちにとっては相当な脅威でした。

 

 次の話はしばらく経ってから更新する予定です。それでは、また18話で。




今年もよろしくお願いします。


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主人公の資格①

3月まで上げない、と言っていたな?
すまんがありゃ嘘だ


 ボスとジョルノの幻想訪問記18

 

 あらすじ

 

 紅魔館へ向かう途中のジョルノと妹紅を襲ったのは光の3妖精と氷の妖精の4人だった!

 苦戦しながらもジョルノの機転や妹紅の勇気によりこれらの障害を乗り越えることが出来た!

 その後チルノは無駄無駄ラッシュをされ、3妖精は鋭い痛みがゆっくりやってきて再起不能へ!

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第18話

 

 主人公の資格①

 

 3妖精を倒したジョルノはすぐに妹紅の死んだ場所に戻ってくると。

 

「・・・・・・その様子だと倒したみたいだな」

 

 藤原妹紅が茂みに隠れていた。

 

「・・・・・・何やってるんですか。もしかして『うん・・・・・・」

 

 と、ジョルノが恥も臆面もなく妹紅にとって恥ずかしい言葉を言い放とうとするが、当然のことながら妹紅は言わせない。

 

「んなわけねえだろォォォーーーーッ!! 服まで全部燃えちゃったんだよォォーーーッ!!」

 

「復活キャラのくせに衣服は再生不可なんですか・・・・・・。いや、まぁ普通はそうなんでしょうけど」

 

 ジョルノはため息をついた。だが、妹紅が復活をし終えているという事実は同時に嬉しくもあった。それは無事五体満足で帰ってきたジョルノを見た妹紅にとっても同じことだ。

 

「「とりあえず、良かった」」

 

 二人は同時にそう言った。

 

「・・・・・・で、ジョルノ。ちょいと頼みごとがあるんだ」

 

「何ですか? 僕の服は貸せませんよ。言っておくけどこの下には何も・・・・・・」

 

「いや、何でだよ!! 『も』ってなんだよ、『も』って!」

 

「――――と、悪ふざけはここまでにしましょう」

 

 ジョルノは首を振った。

 

 いやいや、お前が言い出したんだろう。

 

 そう思わずにいられない妹紅を差し置いてジョルノは『ゴールドエクスペリエンス』を出して地面を殴った。

 その地面からは次第に大きな大きな葉っぱを付けた樹木が生まれたのだ。ジョルノは特に何も言わずその葉っぱを2、3枚取って『GE』に器用に編ませる。

 

「・・・・・・おい、ジョルノ」

 

「何ですか。ちょっと集中してるので話しかけないで下さい」

 

「・・・・・・いやお前の優しさは・・・・・・まあ分かるんだけどさ」

 

 と、ジョルノは完成品を妹紅に手渡した。妹紅の手には『葉っぱ』。

 

「私に密林の王者にでもなれと言うのか?」

 

 葉っぱの服である。ちなみに、葉っぱの服は古くは原始時代にもあったいわゆる貞操帯の一種であり、男性ならば下半身を。女性ならば上半身の一部と下半身を隠すための・・・・・・。

 

「いや、その説明はいいんだよッ!! お前っ、これっ! こんな恥ずかしいの私に着れっていうのかッ!?」

 

「ぐだぐだと文句が多いですね・・・・・・じゃあ全裸で行きますか? 僕は全然構いませんよ」

 

「構えよッ! 私がちょっと悲しくなるだろ!」

 

 妹紅は涙目ながらに訴える。だが、これ以外に方法も思いつかないので――――。

 

 妹紅はいわゆるアマゾネスになった。

 

 葉っぱ自体の大きさは申し分ないが、やはり粗末なものである。つまり、彼女の体を隠している面積が少ない。妹紅の体のラインをはっきりと浮かび上がらせ、慧音や永琳ほどではないにしても大きな胸がはっきりと分かる。また、お尻も彼女の輪郭に沿って丸みを帯びた美しいシルエットを描き、太股は彼女が内股で恥ずかしさを堪えているのも相まってかなりエロい。彼女の全身――――手の指の先から足の指の先まで、その白い雪のような肌がまるで人外のような荘厳ささえ感じられるようだ。さらに、その肌の白さとは対照的に、妹紅が顔を燃え上がるほどに真っ赤にしているのも興奮をそそる。普段は見せないその弱々しい表情から一筋の涙がこぼれていた。

 

「・・・・・・ジョルノ、人里に寄らせてくれ・・・・・・。服を買いたい・・・・・・。たのむから、あの・・・・・・私、これ、無理・・・・・・」

 

 妹紅は恥ずかしさの余りぷるぷると震えながらジョルノに懇願した。

こんな姿を里の男たちに見せたら一体どうなってしまうのか・・・・・・。それはもう、薄い本が厚くなることだろう。

 

「・・・・・・その格好で人里行くとか正気じゃあないですね」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 まぁ、妹紅が殺意を振りまきながら歩けば、そんなことは万に一つも起こらないだろうが。

 

*   *   *

 

 アマゾネス妹紅の案内によりジョルノたちは人里へと到着した。ちなみに人里への入り口は2カ所あり、両方とも簡易的な関所が存在する。

 

「こんにちはここを通るには簡単な・・・・・・って、ええ!? な、何その格好!? 変態ッ!?」

 

「うるせええええッ!! ぶっ殺されたいのかテメェーーーーッ!!」

 

「ブッコロスゾコラァァァーーーーーッ!!」

 

 ジョルノの後ろに隠れていた妹紅だったが、案の定関所の役員にそう言われて『スパイスガール』も一緒になって怒鳴り散らした。もちろん、役員に『スパイスガール』の罵声は聞こえないのだが、妹紅一人の声だけで十分だった。

 

「ひぃッ!?!? ご、ごごご、ごめんなさいいいいッ!!」

 

 関所の役員は突然の殺意の篭もった妹紅の叫びにビビり職務を放棄して詰め所の中に閉じこもってしまった。

 

「・・・・・・通っていいってよ」

 

「絶対そんなこと言ってないですよ」

 

 妹紅は変態呼ばわりされたことを気にしているのか、少し泣きそうだった。とはいえジョルノにそんなことは関係ない。何一つフォローを入れずに関所を無許可で通っていった。

 

 ざわざわざわざわざわ・・・・・・

 

 当然、関所付近の人通りは多く、妹紅の姿は一気に注目の的になる。

 

「えっと、妹紅・・・・・・まずは服屋さんに向かいましょう。お金は持ってませんが、僕が何とかします」

 

「・・・・・・み、みんなの視線が痛い・・・・・・」

 

「・・・・・・ほら、さっさと行きますよ」

 

 ジョルノは一歩も動こうとしないアマゾネス妹紅の手を引っ張ってすぐ近くの呉服店をのぞき込む。

 

「こんにちは」

 

「あら、いらっしゃい。って、八意さんとこの新人君? 今日は薬頼んでないけど・・・・・・」

 

 店に入るなり、店長のおばちゃんが話しかけてきた。ちなみにこの店は彼が鈴仙と数回薬の訪問販売で訪れたことのある店だった。

 

「はい、えっと今日は普通に買い物です」

 

 そう言いながらジョルノは妹紅の手を引いて店に入った。

 

「うう・・・・・・も、もうイヤだ・・・・・・はやく・・・・・・うう・・・・・・」

 

 妹紅は放心状態でぶつぶつと呟いている。

 

「はぁ。新人君に似合うような服は店にあったかねぇ・・・・・・って何その子ッ!?」

 

 おばちゃんは棚の商品を整理していたため妹紅に気がつくのが少し遅れた。

 

「うるせええええェェッ!! もういいだろ! 何回同じリアクションさせるつもりだコラァァーーーーッ!!」

 

「えぇっ!? ご、ごめんなさい・・・・・・??」

 

 おばちゃんは突然の妹紅の怒声に驚き、とっさに謝った。

 

「妹紅、もうお店ですよ。静かにしてください」

 

 ジョルノは妹紅を窘めながらおばちゃんの方に向かった。

 

「えっと、僕は服についてはよく分からないんですが、この人に似合う服が欲しいんですけど」

 

 ジョルノの言葉に呉服屋のおばちゃんは「ぽん」と手を叩き。

 

「あぁ、そういうことね。それだったらいくらでもあるわよ? 値段とか考えないなら、一番似合うを繕ってあげるよ」

 

「値段・・・・・・そう、値段なんですが、僕たち今お金を持ってきてないんですよ」

 

「ありゃ」

 

 おばちゃんは「困ったねぇ」という顔をした。

 

「流石にお金がないんじゃ売れないよ」

 

 当然の答えだった。いくらこちらが困っているといってもあちらも商売である。

 

 妹紅が『どうするのよジョルノ』とジョルノの脇をつつく。だが、もちろんジョルノが何も考えずに無一文で服屋に来る筈がない。

 

 ジョルノは「そう言うと思って・・・・・・」と、いつの間にか妹紅の足下にあった桶を取り出す。それには布が被せてあり中に何かが入っているようだった。ジョルノはカウンターに持ち上げて中身をおばちゃんに見せた。

 

「『これ』と交換でどうですか?」

 

「おぉ!? あ、あんた一体どこで『これ』を・・・・・・!?」

 

「永遠亭で僕と鈴仙で育ててるんですよ。これ全部を渡すと残りは殆ど無いんですが、この際ですから全部あげます」

 

「ちょっと、一体何を渡してんだよ・・・・・・」

 

 妹紅がその桶の中身を見ると・・・・・・。

 

「うっ!?」

 

「こんな大量の『蚕の繭』・・・・・・育てるの大変だったんじゃないの?」

 

 そこには妹紅が引くくらい、桶に大量に詰められた『蚕蛾の蛹の繭』だった。幻想郷では絹の材料になる繭は超高級品(まだ養蚕業が盛んではないため)。呉服屋のおばちゃんからすればこの店の最高級品を売ってもお釣りが来るくらいだった。

 

「あなたの言うとおり、確かに大変でしたよ。でも、全て妹紅の服と交換します」

 

 ジョルノはまっすぐとおばちゃんの目を見て断言する。そんな彼のはっきりとした物言いにおばちゃんの職人魂が輝いた。

 

「いいよ、あんた。買ったわ。そのお嬢ちゃんへの気概も含めてね。呉服屋『久光』第4代目久光徳子の腕が鳴るってもんだよ」

 

 おばちゃんは白い歯を見せながら不適に笑った。

 

「え、ちょ」

 

「ほら、葉っぱのお嬢ちゃん。こっちへ来な。新人君、すこーし時間がかかると思うから外を適当に見てきなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 おばちゃんは桶と妹紅を掴みながら店の奥に入っていった。妹紅は抵抗できずに、それにつられて奥へと引きずられていく。

 

 店の中に一人取り残されたジョルノは「ふぅ」とため息をつき、一旦店を出た。

 

 

 

 ――――もちろん、ジョルノは蚕など育てたことは一切ない。

 

(・・・・・・ちょろいな。自分の店で使っている桶だと気付かないなんて)

 

 ジョルノは呉服店にあった毛糸玉を積み上げていた桶を渡しただけである。お察しの通り、『ゴールドエクスペリエンス』の能力を使って毛糸玉を全て『蚕の繭』に変えて。

 

 流石は元ギャングの切れ者。タクシーでのトリックの様な鮮やかな手際だった。

 

 ともあれ、無料で妹紅の服の件は片づいた。あとは言われたとおり適当に時間をつぶして直ぐに出発するつもりだ。

 

 と、彼が商店街を歩いているととある一角に人だかりが出来ていることに気が付いた。

 

「・・・・・・何ですかね。ギャンブルでもやってるんでしょうか」

 

 ちょっと気になった彼がその人だかりをのぞき込むと――――。

 

「――――なッ!?」

 

 そこには衝撃的な光景があった。

 

「・・・・・・おいおい、いくら何でもやりすぎじゃあないのか?」

 

「確かに相手は妖怪で、本業だと言ってもなぁ・・・・・・」

 

「あそこまでやると可哀想だわ・・・・・・」

 

「関所の税程度でなぁ・・・・・・」

 

 周りの野次馬はその光景を見てそんなことを言っていた。

 

「うっさいわねぇー・・・・・・。あんたたち人間を妖怪から守ってやってんのは誰か分かってるのかしら? それに安全のために関所を作ったのも人里が経済的に豊かなのも全て私が管理しているからよ?」

 

 その騒動の中心には少女と女性。少女は地面にうつ伏せになって倒れており、もう一人は倒れている少女を足蹴にしていた。

 

「・・・・・・」

 

 片方の女性が周りの野次馬にそう言い放つと人々は黙ってしまった。それはおそらく図星だからだろう。

 

「ほらね? 何にも言えないんならさっさと消えて欲しいわ。『妖怪退治』の邪魔よ」

 

 『妖怪退治』という単語がジョルノの耳に届いた。それにあの紅白の衣装。それは彼女の正体を示すには十分な情報だった。

 

(あれが・・・・・・『博麗の巫女』?)

 

 話半分には聞いていた。確か宴会の準備中に鈴仙が『何だかんだスゴい人物』だと。

 

 博麗の巫女は『妖怪退治』を専門に行う人物だという。では足蹴にされている少女は妖怪なのだろう。よく見ると帽子の下に耳があり、尻尾が生えているのが確認できる。

 

「く・・・・・・そっ・・・・・・! れ、霊夢っ!! お前、自分が何してるか分かってるのか・・・・・・!?」

 

 踏みつけられている少女は悔しそうに言った。彼女は全身を酷く痛めつけられており、体中に何故か『焦げ痕』が伺える。博麗の巫女――博麗霊夢の攻撃だろうか。

 

 と、その問いかけに霊夢はにやり、と笑ってさらに踏みつける力を強めた。

 

「えぇ、えぇ。言われなくても分かってるわよ橙? 幻想郷最強の『ペット』を踏みつけているのよ?」

 

「ぐぅ・・・・・・っ!」

 

「でもね、あんたのご主人様たちはあんたを助けには来ない。どうしてか分かるかしら?」

 

 霊夢は屈んで橙という少女の髪の毛を掴みあげる。

 

「私が『人里における協定』を紫と結んでいるからじゃあ無いわ。確かに、そういう不可侵の協定は結んでるけど・・・・・・」

 

 そして橙の耳元でゆっくりと、残酷に呟いた。

 

「ひとえにあんたが役立たずだからよ」

 

「――――っ!! こ、このぉォーーーーーッ!!!」

 

 次の瞬間、ぼろぼろになっているにも関わらず橙は無理矢理起きあがり『地面』に向けて腕を付きだし――――。

 

 

「『牙(タスク)Act.2』ゥゥーーーーッ!!」

 

 

 なんと『スタンド』を出したのである!!

 

「――――『スタンド』ッ!?」

 

 ジョルノは面食らった。確かに少女の背後には小さなロボットのような見た目で猫耳と尻尾が二本生えたような『スタンド像』があった。そして、スタンド使いの橙の指先の爪が高速で回転し――地面に穴を開ける。

 

「またそれ? ――――私には無意味よ」

 

 と、突然霊夢は空中に飛んだ。だが、ジョルノが驚いたのはそこではなく、橙の爪弾の弾痕が動いたからである!

 

(あ、あれが『能力』なのか?)

 

 爪弾の弾痕は霊夢に向かっていったが、霊夢は飛んでいるため全く意味はない。だが橙は続けざまに霊夢に向かって爪弾を乱射する。

 

「『牙(タスク)Act.2』ッ!!」

 

 ドバッドバドバッ!!

 

 だが、霊夢はするりするりと華麗に空を舞い爪弾を全てかわしていく。――――と、霊夢は橙の側に何かを投げた。

 

 ――――ちゃりん。

 

「――――ハッ!?」

 

 橙が音のしたほうを見るとそこには一枚の『小銭』が。

 

「・・・・・・これで終わりよ。橙」

 

「――――あ」

 

 ドンッ!!!

 

 霊夢がそう言うと、橙の体がいきなり吹き飛んだのである。しかも、なぜか全身が真っ黒焦げになっていた。

 

「う、うわあああああ!!」

 

「博麗の呪いじゃあああ!!」

 

「やべえええええ!!」

 

 人里の人間たちはついに霊夢に恐れをなして散り散りに逃げていった。もちろん、ジョルノもそれに続いている。

 

 それは彼が博麗霊夢に恐れをなしたから、ではない。

 

(は、博麗霊夢!! 彼女の、いや、彼女はッ!!)

 

 村人たちには橙が突然吹き飛んだように見えただろう。だが、ジョルノの目には見えていた。

 

 橙の『牙(タスク)』同様、博麗霊夢にも『スタンド』がいたのだ!

 

(だが・・・・・・僕の角度から見えたのは『腕』だけだった! しかも一瞬!! あ、あんなに速い、そして強いパワーを持つ『スタンド』は初めてだ!! 金色に光っていたように見えたが・・・・・・あれは、あれは一体ッ!?)

 

 ジョルノはまずい、と思っていた。霊夢の『スタンド』の正体不明の強さもそうだったが、なによりあの言葉――。

 

 野次馬の一人が発していた――――「関所の税」という言葉だ!

 

(当然、払ってない!! そしてあの口振りから察するに、猫耳妖怪も払っていなかった!! だったら次は僕の番だ!! 早く、ここから、人里から出なくては!!)

 

 ジョルノは人混みに紛れながら近くの路地に入った。だが、道に見覚えがない。

 

(クソっ! 突然だったせいで道が分からない!)

 

 当然、適当に人里を歩いていた彼はそんなに道を覚えていなかった。

 

 と、その時。

 

「――――さて、さっき報告があったのはもう二人。確か、『アマゾネスの少女』と『金髪の少年』だったわ・・・・・・。で、あんたがそうよね? 『金髪の少年』?」

 

 ジョルノの背後には既に――――。

 

「『金』は払って貰うわ。100倍返しでね」

 

「は、博麗霊夢ッ・・・・・・!!」

 

 博麗霊夢が空中で見下ろしていたのだった!!

 

*   *   *

 

 ジョルノと妹紅が人里に至る30分ほど前――――。

 

「ほい・・・・・・よっと」

 

 橙はとある用事で人里へ進入していた。なぜ進入という言葉を使わなければならないのか。それは、現在の人里の警備が凄まじく、妖怪の類は入ってはいけないというルールがあるからだ。

 

 そのルールを作ったのは博麗霊夢である。つい最近まで異変が起こらなければ動かない巫女(異変が起こっても動かないときもある)と呼ばれていた彼女だったが、数ヶ月前から親友・・・・・・というか戦友のような存在が行方不明になってから博麗霊夢は変わってしまった。

 

 霧雨魔理沙が失踪したせいだった。

 

(といっても、こんなに人ってすぐに変わっちゃうのかな・・・・・・? まさか、人里の安全だけじゃなく経済・産業その他諸々も全て引き受けちゃうなんて)

 

 客観的に見れば博麗の巫女は成長したのだ、と言われるのも当然だった。以前の彼女とは似ても似つかないくらいの仕事振りだという。

 

 だからと言って、人里から一部を除いたほとんどの妖怪を追い出すのは少々やりすぎである。何度か命蓮寺やワーハクタクといざこざがあったらしいが・・・・・・。

 

 よって、妖怪追放令は八雲の者たちも例外無く。橙は仕方が無く警備の目を盗んで人里に進入していた。

 

 ちなみに今の彼女は耳と尻尾が見えないように、大きめの帽子やロングスカートでうまく隠していた。

 

(――とはいえ、これで進入成功! あとは・・・・・・)

 

 橙は懐からメモを取り出した。そこにはとある店の名前が書いてある。

 

(・・・・・・『花魁 巫女の里』・・・・・・。これって・・・・・・お水系の店だよね・・・・・・? 紫様と藍様はここに博麗霊夢がいるって言ってたけど)

 

 そこにはどう考えてもアレなお店の名前が書いてあった。まさか、聖職者のくせに水商売の仕事をしているのだろうか。とんだ罰当たりだ。

 

 ともあれ、与えられた任務――――『博麗霊夢からDISCを回収すること』をこなさなければならない。普通なら不可能だと思われたが今の橙には遂行できるという自信があった。

 

(スタンドを回収するには相手を再起不能にしなければならない。私が霊夢を倒せるとは全く思えないけど、今の私には成長した『牙(タスク)』による奇襲攻撃ができる!)

 

 道を歩き、目的の場所に向かいながら橙はそう思う。昨日の今日だったが、確かに橙の『牙(タスク)』は大きく飛躍的な進歩を遂げていた。

 

 『牙(タスク)Act.2』。橙が打ち込む爪弾はAct.1に比べて威力・スピード・回転力と軒並み強化され、さらに弾痕が橙の自由に操れるという能力まで身につけた。代わりに指の数以上の連射は不可能だ(時間が経てば伸びてくる)が、大幅な進化が見られた。

 

 橙は新たな武器を携え、『花魁 巫女の里』までやってきた。まだ店自体は開いていないようだった。昼間から神社ではなくこちらにいるのは巫女としてまずいのではないだろうか・・・・・・。仕方が無く橙は店の裏に回ると、小さなドアを見つけた。付近に浮浪者の影は無く、誰も見ていないようだ。念のため、『人を化かす程度の能力』を用いて極端に影を薄くし(気配絶ちのようなもの)、ドアに手をかける。当然、鍵はかかっているが、橙は人差し指をドアに向けて『牙(タスク)Act.2』を打ち込む。ドアには小さな穴が開き、それは橙の意志によって自在に移動する。穴はずずずっ、とゆっくりと移動しドアのロックがかかっている箇所にたどり着いた。そして橙が穴の操作を止めると――

 

 がぎょッ

 

 と、ドアのロック部分のみが破壊される音がした。こうすれば傍目には壊れているのが分からない。橙は更に念のため辺りをもう一度確認して誰もいないのを見取ると、ゆっくりとドアを開いた。

 

 中にはいると昼間だというのに室内はかなり薄暗かった。そう言えばこの建物には窓がない。かなり不衛生だが、客や遊女たちは気にしないのだろうか。

 

 どうやらここは控え室――というか、衣装部屋のようだった。中にはかなり際どい衣装もあるが、橙にはそれが『衣服』だとは思えなかった。

 

(・・・・・・下着? そんなわけないよなぁ・・・・・・変な場所に穴が開いてるし・・・・・・何に使うんだろう? もしかして、破れてるから廃棄するのかな?)

 

 純粋無垢な橙はかわいい。

 

 と、橙は裏口とは別の扉を発見した。この扉には鍵がかかっておらず、普通に外に出ることができた。

 

 衣装部屋を出ると、受付のような場所だった。もちろん、誰もいないため橙は特に警戒することもなく受付の中に入る。受付の中にも扉があるのだ。橙はおそらくここが従業員用のスペースで、霊夢はここにいるだろうと予測していた。

 

 扉に近づいて耳を傾ける。だが、誰かがいる気配はない。ドアノブに手をかけると音もなく扉は開いた。

 

「・・・・・・いない」

 

 橙の予想とは裏腹に部屋には誰もいないようだった。では、一体どこにいるのだろうか? 橙は首を傾げて再び受付に戻った。

 

(どこかの部屋か? 個室は全部で18部屋あるけど・・・・・・しらみつぶしに探すしか・・・・・・)

 

 彼女は気配を消して建物の中を見回ることにした。もし霊夢と鉢合わせでもしたら最悪だが、あっちの衝撃はもっと大きいはずだろう。常にこちらが臨戦態勢でいれば『牙(タスク)Act.2』ならば簡単に奇襲はできる。

 

 建物内部は受付から二方向に廊下が伸びており、回廊になっている。建物自体は2階建てで、1階に10部屋と衣装部屋、受付。2階に8部屋あるようだ。まずは1階の10部屋を見て回ろう、と考え手始めに一番近くにあった『すすきの間』に入る。

 

 部屋の中央に布団が一つ。簡素な部屋だな、と思いつつ誰もいないことを確認し次の部屋へと移動する。

 

 

 1階の部屋を全て見回ったが誰もいなかった。橙は「ならば2階を探すまで」と思い、階段を上がった。

 

 2階に上がって橙の嗅覚と聴覚は人間の気配を察知する。このフロアには誰かがいるはずだ、と直感したのだ。これが博麗霊夢じゃなかったらどうしようもないが、そんな可能性はほぼ0に等しい。

 

 橙はそれまでよりも更に慎重になって一番近くの部屋を見る。ここにはいない。と、その時。

 

「――――っやぁんッ!!」

 

「――ッ!?」

 

 いきなり、橙の耳に一際大きな矯声が聞こえた。そしてその声色には聞き覚えがあった。

 

 間違いない。この声は博麗霊夢の声だ。

 

 橙はすぐに声のした方へ向かう。おそらくはここから一番遠い部屋だ。

 

 ――――せめて、橙はここで気が付くべきだった。この状況と先の霊夢の黄色い声からそれほど知識のない橙でも容易に『霊夢はセックスをしている』と分かった。実は前々から霊夢は金に困り果て、ついにそっちの仕事に手を出しはじめたという噂が蔓延っており、特に霊夢も否定しないようだったので『汚職聖職者』と一時期言われていたほどだった。(既に霊夢は27歳のため、犯罪ではないし描写をしない限りこの小説も全年齢の枠を越えない)

 

 魔理沙が失踪してからの話である。もちろん、橙はそれとこれとに関連性は見いだしていない。

 

 だから、「今の霊夢は自分の進入に気が付いていない」という認識は至極当然の流れだろう。さらには「セックス中なら簡単に不意打ちが出来る」と思うのも無理はない。

 

 つまり橙は明らかに油断していた。この矯声が罠だということに全くの疑念も抱けなかった。

 

 

 

「油断大敵よ。――――ちなみに私はマグロなの」

 

 

 

 廊下を進んでいた橙の背後から、そう声がかけられる。橙が己の誤解に気が付く前に――――

 

 

 霊夢が小銭を橙に投げつける。

 

 

 直後に、光速の物体が橙の鳩尾を殴り抜いた。そのまま橙は呼吸も出来ずに建物の壁にブチ当たり――――。

 

 ドッゴォォォ!!

 

「な、何だァーーッ!?」

 

「急に建物の壁がぶっ壊れたぞ!?」

 

「みんな、逃げろぉー!! 破片に当たったら痛いじゃすまねぇぞぉーー!!」

 

 直後に廊下の壁を破壊し、全身を酷い火傷におおわれた橙が人里の通りに投げ出される。

 

(・・・・・・ッ!?)

 

 べしゃっ! と全く受け身もとれずに多くの人が行き交う通りに叩きつけられた橙。だが、すぐに痛む体を起こす。当然、背後に霊夢がいたからである。

 

「・・・・・・『牙(タスク)Act.2』ッ!!」

 

 ぼろぼろの体に鞭を打ち、爪弾を3発打ち込む。霊夢はそれを飛んでかわした。ボゴォッ!! と、辺りの建物の壁や柱に命中し、その穴を操るも飛んでいる霊夢には当たらない。

 

「へぇ、穴も動くの」

 

 面白いわね、と言いたげにその様子を眺めている霊夢。そのままほとんど動けない橙の顎を殴って地面に倒した。

 

「うっぐ・・・・・・!」

 

 抵抗もほぼ出来ずに橙は地面にうつ伏せに倒れ込む。さらに追撃を加えるように霊夢が彼女を足蹴にした。

 

「あんたの罪を数えな」

 

 そう言い捨てつつ懐から煙草を取り出して火をつける。だが、橙は物も言えなかった。

 

「フゥー・・・・・・、まぁ、言えないんならいいんだけど。試しに私が数えたところ、『人里の無断進入』『妖怪の進入』『店の無断進入』『店の器物損壊』の4つね。きっちり払って貰いましょうか」

 

 そしてまだほとんど吸っていない煙草の火を橙の頬に押しつけた。器物損壊はほとんど霊夢の仕業だが・・・・・・。

 

「あっ、づぅぁッ!!!」

 

「100倍返しでね。もちろん、『あんた』がよ」

 

 霊夢の能力が分からない。おそらくは『スタンド』能力だろうが、全く意味が分からない。理不尽な速さ、理不尽なパワー。

 

(ら、ん・・・・・・さま・・・・・・)

 

 意識朦朧とする橙を踏みつける霊夢に周りで見ていた人々は非難の声をあげるが、霊夢の言葉に全員口をつむってしまう。

 

 そして橙は思わずこう口走った。

 

「く・・・・・・そっ・・・・・・! れ、霊夢っ!! お前、自分が何してるか分かってるのか・・・・・・!?」

 

 と、その問いかけに霊夢はにやり、と笑ってさらに踏みつける力を強めた。

 

「えぇ、えぇ。言われなくても分かってるわよ橙? 幻想郷最強の『ペット』を踏みつけているのよ?」

 

「ぐぅ・・・・・・っ!」

 

「でもね、あんたのご主人様たちはあんたを助けには来ない。どうしてか分かるかしら?」

 

 霊夢は屈んで橙の髪の毛を掴みあげる。橙の目には涙がにじんでいた。

 

「私が『人里における協定』を紫と結んでいるからじゃあ無いわ。確かに、そういう不可侵の協定は結んでるけど・・・・・・」

 

 そして橙の耳元でゆっくりと、残酷に呟いた。

 

「ひとえにあんたが役立たずだからよ」

 

(こ・・・・・・こんな奴がッ・・・・・・!!)

 

「――――っ!! こ、このぉォーーーーーッ!!!」

 

 橙は無意識のうちに『牙(タスク)Act.2』のヴィジョンを出して指から無理矢理爪弾を発射させる。ドバッドバッドバ!! と爪弾は地面に穴を開けて、その穴は霊夢を追いかけた。

 

「またそれ? 私には無意味よ」

 

 橙の攻撃も空しく穴は霊夢の体には至らない。だが、橙は残った爪を全て霊夢に打ち込むために『牙(タスク)Act.2』を操る。

 

「『牙(タスク)Act.2』ゥゥーーーーッ!!」

 

 ほとんど自力で動くことが出来ない体を、橙は意志だけで動かしていたのだ。だが、その覚悟も全て圧倒的力の前に潰される。

 

 ――――ちゃりん

 

「――――ハッ!?」

 

 まただ。また霊夢は『小銭』を投げた。さっきもこの直後に私にとんでもない衝撃が走り、ヒドい火傷をおったのだ。今度も来る。橙は霊夢ではなく小銭を凝視した。まさか、『小銭』に関する『スタンド』なのか? ――――そして彼女の瞳は『スタンド像』を今度ははっきりと捉える。

 

 右腕と顔の半分だけだ。かろうじて見えたのはそれだけだった。金色に光り、鳥のような嘴が見えた気がした。確証はない。

 

 なぜなら彼女の体は直後には吹き飛び、意識も消し飛んだからである。

 

*   *   *

 

 橙 スタンド『牙(タスク)Act.2』

 

 博麗霊夢 スタンド『???』

 

*   *   *

 

 後書き

 

 というわけでボスとジョルノの幻想訪問記第18話はここで終わりです。

 

 1話で咲夜が言ってた『ほかの自機メンバーの状況』という複線を回収しました。仕事柄男性と付き合い(意味深)が多い博麗霊夢さんです。どうぞよろしく。ほかの自機メンバーの複線もいずれ回収していきたいので楽しみにしてください。忘れちまったよ、という方は1話へどうぞ。

 

 この話の副題、『主人公の資格』ですがジョジョの2部(確かローマでのワムウ戦)から取りました。他の副タイトルもジョジョのどこかから取っていると思うので暇な人は確認してみてください。

 

 主人公と言えば、次の話ではジョジョの主人公と東方の主人公同士の対決になりますね。ちなみに霊夢(ゲス)の『スタンド』のヒントをもう少しだけお教えしますと『ステータスは精密動作性以外全てA』です。たぶん。

 

 霊夢ファンには申し訳ないキャラ設定ですが、この理不尽さが彼女の強さたる所以です。あと非処女です。

 

 それでは19話でまた。



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主人公の資格②

ボスとジョルノの幻想訪問記19

 

あらすじ

 

 妹紅の着替えを調達しに人里へとやってきたジョルノ。

 そこに丁度居合わせたのは橙と博麗霊夢だった。

 幻想郷の主人公、博麗霊夢との邂逅は偶然か、はたまた必然か。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第19話

 

 主人公の資格②

 

 人里のとある呉服店。

 

「ちょ、ちょっと・・・・・・おばちゃん? これ、私には似合ってないんじゃあないかな・・・・・・?」

 

 藤原妹紅は色々紆余曲折あって振り袖姿になっていた。

 

「いやいや、あんたの綺麗な白髪によう似合っとるわ~。私の目に狂いはなかったようねぇ」

 

 おばちゃんの満足げな表情とは裏腹に一度も振り袖なる物を着たことがない妹紅はもじもじしている。彼女はかれこれ千年近くもんぺ姿だったからだ。

 

(着物ならちっちゃい頃・・・・・・1000年前に着てたんだけど・・・・・・振り袖は最近幻想入りしたらしいし、慣れてないよなぁ)

 

 着物とは勝手が違うのか、妹紅は何度も自分の体を確かめていた。

 

「とりあえず、これで完成! さっ、新人君のとこに行ってみな。きっとあまりの可愛さに飛び上がっちゃうだろうねぇ」

 

「飛び上がる? はぁ・・・・・・えっと、ありがとうございました」

 

 飛び上がるとは? まさか、ジョルノが驚いて飛び上がるなんて姿は想像につき難い。

 

「・・・・・・失礼な言い方とかを指摘されて殴り飛ばされる姿なら思い浮かぶけどなぁ」

 

 妹紅はジョルノが永琳に顎をぶん殴られて宙に舞う姿を妄想して、一人で笑った。

 

*   *   *

 

 その時、ジョルノは――――。

 

「・・・・・・がッハァ!!?」

 

 霊夢と対面した直後、顎に鈍い衝撃が走り宙を舞っていた。

 

「さて、あんたがどこの誰かは知らないけど。私の管理を抜けてよくもいけいけしゃあしゃあと目の前に姿を現したものね」

 

「・・・・・・!?」

 

 まさか、自分たちが無断で関所を通った(通らざるを得なかったのだが)ことが割れているのか?

 

 ジョルノは突然の顎への衝撃に脳を揺さぶられながらも考える。立ち上がる。だが、目眩が酷かった。

 

(今のも・・・・・・博麗霊夢は攻撃の直前に小銭――――金色の硬貨を足下に投げた・・・・・・。そして次の瞬間、『小銭から何かの腕が伸びて』僕の顎を殴り抜いたんだ・・・・・・!)

 

 ジョルノの顎は酷いダメージを負ったが、橙の傷ほどの深手ではなかった。攻撃条件は同じだが、ダメージに違いが出ているのは霊夢が手加減をしているからだろうか?

 

「・・・・・・立ち上がった。やっぱり『路地』だとイマイチ威力が出ないのね」

 

「・・・・・・」

 

 霊夢はそう呟いた。『路地』では威力が出ない・・・・・・? 場所も関係があるのか?

 

「仕方がない。このまま戦うか・・・・・・」

 

「待て! ・・・・・・くっ」

 

 今攻撃をされると非常にマズイ。相手の能力のタネも分かっていない上に顎への衝撃のせいで酷く精神が不安定なのだ。このままではこちらはうまくスタンドが出せず、一方的にタコ殴りだ。

 

「何よ、犯罪者。私はあんたに構ってる時間が惜しいのよ」

 

「そうだ、それだ! なぜ僕を犯罪者だと決めつけるんだ・・・・・・? 人違いかも知れないじゃあないか」

 

 とっさの繕いだった。きっと霊夢は何かしらの方法で僕と妹紅を察知しているはずだ。こんな質問は無意味だが――――時間を稼ぐという意味では有意義だ。

 

「それは教えられないわ。でもあんたは関所を税も払わずに通ってきた。私がこう断言できるってことは、証拠不十分なのかしら?」

 

 普通は不十分だ。

 

 だが、霊夢は時間稼ぎを許さない。すぐに服の中から大量の護符のようなものを取り出す。――やはり、『スタンド』だけで攻撃しないのは先ほど言っていた『威力が出ない』という理由からだろうか。だが、状況に応じて最良の攻撃選択をするその即決。今のジョルノにとって脅威以外何者でもない。

 

「人の話は最後まで聞くものだ・・・・・・!」

 

 ジョルノは何とかスタンドを出す。まだ脳が揺れていて本調子ではないが、迎撃するしかない。致命傷を避けつつ、機を伺うのだ。

 

「金色の『スタンド』・・・・・・。まぁ、橙よりかは強そうだけど私の敵じゃあないわね」

 

 しかし、敵もさりとて主人公。甘い弾幕が張られるわけもない。

 

「!? 数がっ・・・・・・多いッ!?」

 

「小手調べなんてまどろっこしいことはしないわ。さっさと死んでいいわよ」

 

 霊夢から放たれた護符はざっと100は越えていた。

 

 円形の陣を取り、回転しながら御札はジョルノに襲いかかる。ジョルノに被弾する前に路地の壁に護符が当たると、ザグゥッ! という鋭利な刃物が肉を切り裂くときのような音をあげて深々と突き刺さった。

 

(まるでカミソリのような鋭さだ! 直撃したら『痛い』じゃあ済みそうにない!)

 

 と、ジョルノは一歩後ろに下がり、『ゴールドエクスペリエンス』で地面を殴りつける。するとジョルノの目の前に突如として植物の芽が生え急激に成長し大樹になる。大樹は路地の家々に絡みつくように成長し霊夢の攻撃を止めるどころか、辺りの住居を飲み込んでいった。

 

 顎へのダメージのせいでうまくコントロールが出来ていないのだ。

 

「くそっ、攻撃を防げたはいいが制御がきかない・・・・・・! 無関係な人たちも巻き込んでしまう・・・・・・!」

 

 ジョルノは家が傾き始めたのですぐに大樹の成長を止めるため能力を解除する。すると大樹はすぐに収縮し、消滅した。するとジョルノの前には霊夢がいるはずだが――――。

 

「い、いないッ!!」

 

「残念、後ろよ」

 

 今の一瞬の攻防のうちに霊夢はジョルノの背後を取っていた。そうだ、こいつは空が飛べるんだ、とジョルノは思ったが今はそんなことに気を回している余裕はない。

 

「パスウェイジョンニードル」

 

 振り返ると同時に霊夢は針状の弾幕を展開していた。また、針状以外にも先ほどの御札による弾幕も混ざっている。

 

「・・・・・・無駄無駄ァッ!!」

 

 先ほどよりかなり低密度だったためジョルノは避けることはせず、また頭もだんだん冴えてきたため『GE』に全弾撃ち落とさせようとする。スピードAの『GE』ならば造作もないことだろう。

 

「――と、あんたはさっきの周りを巻き込むようなことはせずに普通に対処するでしょう。ではそのことを予め看過していた私は如何なるアクションを起こすでしょうか?」

 

 ジョルノが行動に移る直前。霊夢は確かにそう言った。だがもうジョルノは止まれない。

 

「正解はそれは『御札ではなく紙幣』。どういうことかは――これ以上言わなくても分かるわよね?」

 

「・・・・・・ッ!!」

 

 ジョルノの視界の端にあったのは攻撃するために力の込められた御札ではなく、ただの人里に流通している紙幣。だが、ジョルノの考えでは『紙幣』は危険信号でしかない。

 

 ジョルノが弾幕を撃ち落とす、まさにその時。紙幣からあの腕が伸びたのだ。

 

 ――――ドボォッ!! と、鈍い音を腹からあげながら再びジョルノは空中に投げ出された。

 

「――――『ゴールドエクスペリエンス』ッ!!!」

 

 正体不明の打撃に意識を失いかけながらも、落下すればそのまま弾幕の餌食になると無意識に判断したジョルノはとっさに『GE』の腕を民家の屋根に伸ばす。

 

「がッ・・・・・・げほッ! ハッ・・・・・・ゴホッ!」

 

 機転と根性のおかげで民家の屋根の上に逃れたジョルノだったが、巫女がまんまとそれを見逃すはずもない。すぐに『空を飛ぶ程度の能力』で上空に飛来し、屋根の上に無様に横たわるジョルノを見下した。

 

「外来人のくせに中々やるじゃあないの。でも、金は必ず払って貰うわ!」

 

 再び容赦の無い弾幕を展開する。仰向けに倒れるジョルノはその中に紙幣や硬貨が混じっているのをはっきりと見た。そしてその間を『光』のように高速で移動するモノがある。

 

 いや、違う。あれが『スタンド』だ。ジョルノは確信した。

 

「・・・・・・!! 『GE』・・・・・・!」

 

 ジョルノに針が刺さる直前、彼の体は弾幕から逃げるように高速で滑るように移動した。霊夢が不審に見てみると彼の体の下に数十匹の『ネズミ』がいるのが分かる。

 

(・・・・・・樹木といい、ネズミといい・・・・・・あの能力も訳が分からないわね・・・・・・)

 

 だが、大体は分かった。あの外来人の能力は『生物を生み出す程度の能力』だ。かなり厄介な性質だが、もうほとんど動けないだろう。自分のスタンドの攻撃を二発食らっているのだから。

 

「屋根の上は路地裏よりさらに弱いけど・・・・・・。あれなら私の弾幕ですぐに片付くわね」

 

 霊夢はそう呟いて高速で屋根の上を移動するジョルノを飛んで追跡した。

 

 ネズミに背中を文字通り預けて屋根の上を逃走するジョルノは霊夢のスタンドについて考えていた。

 

 今分かっているのは、硬貨や紙幣から出現する近距離パワー型のスタンドであること。表通り、路地裏、屋根の上と場所によってスタンドの力が変化するということ。ここから推測されるのは一つだった。

 

 

 博麗霊夢の『スタンド』は『経済力』に依存する。

 

 

 お金に準拠する物体からしか出現せず、なおかつ表通りでは相手が黒コゲになるほどの絶大な力を持ちつつ、裏通りではただの強烈なパンチに、そして屋根の上では更に弱体化。

 

 ではこの3つの『場所』による違いは何か?

 

 それは『カネが出回る量の強弱』だろう。つまり、『表通り』は経済が円滑になるためそれだけ『スタンドパワー』も強まり『路地裏』といった寂れた場所では経済は停滞しているため弱くなる。屋根の上など以ての他だ。

 

 つまり、彼女の『スタンド』の正体とは『金の暴力』だということだ。

 

 ジョルノはそう判断し、だったら戦う場所は決まっている、と次の屋根に移るためにジョルノを運んでいる大量のネズミを全て鳩に変えて飛び立たせ隣の屋根に移る。

 

 その姿を見て霊夢は「自由自在なのね」と舌打ちをして追いかける。弾幕を浴びせているがどうも動物に指令を下すジョルノがこちらをずっと見ているため全てかわされてしまっていた。

 

「ちっ、面倒くさいわね・・・・・・!」

 

 霊夢は懐からスペルカードを取り出す。

 

「夢符『二重結界』」

 

 すると霊夢とジョルノを取り囲むように巨大な結界が展開された。霊夢は永夜抄で使っていた『近付いているのに近付けない結界』とは逆――――遠ざかる相手をそれ以上遠ざけないために結界を張ったのだ。

 

 当然、そのタネを知らないジョルノはいつの間にか霊夢に近づいていることに気が付いた。

 

「――――はッ!? ま、待て『GE』!! 鳩を止めるんだ!!」

 

 すぐに『GE』は能力を解除した。もちろんジョルノは鳩から投げ出され、民家の屋根に倒れ込む。だがそこは霊夢の真下だった。

 

「残念ね――――観念なさい」

 

 霊夢は再度、御札を大量に弾幕として放った。ジョルノの逃げ場が無いようにかなりの高密度で。

 

(民家があるから大技は使えないけど・・・・・・)

 

 霊夢としては夢想封印とかで決めたかっただろうが、『経済力』を停滞させないために人里の被害は最小限に押さえたかった。

 

 だが、いくら通常弾幕だと言ってもジョルノにとっては危険そのものなのだ。

 

「――――『ゴールドエクスペリエンス』ッ!!!」

 

 ジョルノは覚悟を決める。そう、真っ向から立ち向かう『覚悟』だ。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 

 とにかく、手当たり次第に弾幕を相殺していく。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」

 

 だが、数が多い。それは分かりきっていた事実だ。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄・・・・・・」

 

 次第に圧倒的物量数に押されたのか、霊夢の耳に届いていたジョルノのラッシュ時のかけ声は遠のいていく。

 

「無駄無駄・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・ふふ、何が無駄よ。無駄なのはあんたの努力じゃあないの」

 

 霊夢はジョルノの声が消えていくのを聞きつつ弾幕を展開し続けながら皮肉気にそう言った。

 

 そして完全にジョルノの声が聞こえなくなった――――。

 

「これで終わりね。無駄な手間をかけさせてくれた代わりに1000倍で返して貰おうかしら」

 

 ――――と霊夢が言い終えた次の瞬間。予期しなかった出来事が起こったのである。

 

 

 

WRYYYYYYYYYYYYYYYYYY(ウリィィィィーーーーーーーーーーーーーー)!!!!」

 

 

 

「なァァーーーーーーッ!!?」

 

 なんと、霊夢の予想とは裏腹にジョルノは霊夢の弾幕を全て撃ち落としたのだ!! しかも、彼は霊夢の目と鼻の先にいるッ!!

 

 一体どういう原理だ、と霊夢がジョルノの後ろを見ると――――。

 

「そ、そうかッ!! 『竹』を生み出して、足場にッ!!」

 

 何本もの竹がジョルノの体重を支えるように、霊夢の目の高さまで伸びていたのである! 竹は生物の中で成長速度がトップスピードッ! 加えてジョルノの『GE』で更に成長を加速させ、飛び上がるような推進力を得ながら竹はジョルノの体を霊夢のいる高度まで押し上げたのだッ!

 

「さて、好き勝手言ってくれましたね・・・・・・努力が無駄だとか」

 

「・・・・・・ッ!!」

 

「僕の努力が無駄かどうか、その目で確かめろ」

 

 と、霊夢はいつ取り出したのか小銭をジョルノ前に突き出し

 

「『レッド・ホット・チリ・ペッパー』ッ!!!」

 

 と、初めて『スタンド』の名前を叫ぶが――――

 

 

「こんな空中で『カネ』が出回ると思っているのか?」

 

 

 ジョルノのその一言は的確に霊夢のスタンドの性質を捉えていた。その言葉に霊夢は動揺の色を隠せず。

 

「だから何だって言うのよォォーーーーーッ!!!」

 

 と、大して威力の出ないスタンドで殴りかかるが

 

「『無駄』という言葉はこういうときに使うんだ・・・・・・。あんたのその行為は・・・・・・無駄なんだ、無駄無駄・・・・・・」

 

 すでにパワーはジョルノが完全に勝っていた。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァッ!!!」

 

*   *   *

 

 博麗霊夢 スタンド名『レッド・ホット・チリ・ペッパー』

 

 元々は電気を操るスタンドだったが、幻想郷に電気は通っていないため世間に張り巡らされている電気に代わるものとして『お金』を操るスタンドへと変化した。スタンドは常にお金やそれに準拠する物体の中に存在する。スタンド像は元々の姿と殆ど変わらないが、電気のように完全に独立して移動が出来ないため小銭や紙幣などを飛ばして間接的に攻撃するしかない。

 スタンド使いの意志で自由にスタンドのオンオフが出来ない。またスタンドは『経済力』の強く及ぶ領域(市場など)の中では大幅に強化されるが、『経済力』の弱い領域(人気のない路地裏など)では著しく能力が低下する。また、『経済力』の無い地域(博麗神社など)ではスタンド本体が消滅し、スタンド使い自身も絶命する。

 

*   *   *

 

 ラッシュを叩き込んだジョルノだが、手応えはそこまで無かった。威力が弱まっている、とはいえ『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のパワーはAだ。顎、鳩尾と続けざまに急所に攻撃を受けていたためか、はたまた霊夢の弾幕を相殺し続けていたからか、『GE』による攻撃もいまひとつ威力が出せなかった。

 

「ぐふッ、はが!?」

 

「おい! 落ちてくるぞ!」

 

 だが、飛んでいる霊夢を撃ち落としきる程度の威力はあった。彼女は口から血を吐きながらキリモミ回転で落ちていく。下で見ていたらしい人々が散り散りに逃げていくのが見て取れた。ジョルノはまだ仕留め切れていないと思い竹を『GE』の能力で元に戻しながら降りようとしたとき。

 

 霊夢は地面に激突する直前にふわり、と浮いたのだ。

 

「あの状況で能力を使うほどの余裕があったのか・・・・・・? 思ったよりタフですね・・・・・・」

 

 浮いてはいるがまだ大きく咳込み血を吐いている。相応のダメージを与えたつもりだったが、この巫女のタフさは想定外だった。霊夢はギロリ、とジョルノを睨んで御札を取り出す。

 

「・・・・・・落ちろッ!!」

 

「なっ!?」

 

 高速で飛来した御札は正確に降下するジョルノを支えている竹を根本から切り裂き、ぐらぁっと体勢を崩す。

 このままでは地面に叩きつけられてしまう。いわずもがな、ジョルノは霊夢のようにふわり、と浮けないので代わりのクッションを作る必要がある。

 

「『ゴールドエクズペリエンス』! 竹を掴んで、地面に投げて――――」

 

 ジョルノは一緒に落下する竹片を持って地面に投げた。すると、地面に落ちた後すぐにそれは竹から低木へと生まれ変わる。低木は枝と葉が密集しており、その上は一応の緩衝材になっている。おかげで彼は大きなダメージを受けずに無事着地できた。

 

「・・・・・・」

 

「よくもやってくれたわね・・・・・・。でも、今度はそううまくいくかしら・・・・・・?」

 

 ジョルノとしてはこの対面はまずかった。場所が普通に人里の通りなのである。メインの道より少し小規模ではあるが、ここも多くの店が建ち並んでいる。『経済力』は豊かだ。少なくとも路地裏での攻撃より威力の高い打撃が来るはずだ。

 

「もう油断はしない・・・・・・私は『反省』すると強いわよ・・・・・・??」

 

 と、霊夢は口から流れる血を拭いながら懐から何枚もの硬貨を出す。ジョルノの見る限り、それは先ほどまで飛ばしていた銅貨や銀貨とは違い、手のひらほどの大きさのある『金色』の小判だった。

 

「『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の総合的パワーは『経済力』の強さにそのまま比例する・・・・・・合ってるわ、外来人。大正解よ」

 

 霊夢は金貨を構えてそう言う。

 

「更に言うと私の『スタンド』には更なる力がある。でもそれは私にとっても非常に非常に、危険を伴う・・・・・・。だから『使わない』。万が一にも看過された場合――あんたの未知数の能力によって打ち破られる場合があるからよ」

 

「・・・・・・何が言いたい」

 

 と、ジョルノが尋ねると――。

 

「つまり、こういうことよ・・・・・・『あんたがいくら未知数の能力を持っていようと、全く関係のない処刑方法を思いついた』。罰金は5000倍に払って貰うわ」

 

 処刑方法とはつまり金を払わせるということか? しかし値段がさっきからつり上がり続けているな・・・・・・と、ジョルノが思っていると。

 

 霊夢は突然、ジョルノに背を向けて走り出した。

 

「・・・・・・なっ!?」

 

 まるで『逃げるんだよぉぉ~~~!!』とでも言わんばかりの全力疾走!! それにジョルノが呆気に取られていると霊夢はそのまま一番近くにいた人間の腕を掴んで組伏せた!

 

「きゃああああッ!?」

 

「さぁああああって!!! こいつがどうなってもいいのかしらァァ!? 観念しなさいクソコロネ野郎ォォ!!」

 

 霊夢は近くにいた女性の腕と首を掴み、ジョルノの方を向いた。つまり、これは・・・・・・。

 

 人質作戦。主に『吐き気を催す邪悪』と評される人物などが取る行動である。

 

「・・・・・・その人を離した方が身のためですよ」

 

 だがジョルノは焦らず、冷静にそう告げる。大抵の場合、人質作戦は失敗に終わるのだ。

 

「はん! 私よりあんたの財布の中身を心配しなさい! 払って貰うまでこいつは解放しないわ!」

 

「・・・・・・」

 

 まるで強盗犯のような物言いである。

 

「・・・・・・あなたが・・・・・・。博麗の巫女が一体どれほどの権力を幻想郷で持っているのかは知りませんが・・・・・・一つ言いますよ?」

 

「・・・・・・?」

 

 彼の言葉には若干の呆れの色が見えていた。霊夢も人質の女性も黙って聞いている。

 

 

「あんたは『主人公』には向かない」

 

 

 その台詞に霊夢は眉毛をつり上げる。

 

「うるさいわねぇッ!! こちとら十数年主人公やってんのよ!! あんたみたいなちんちくりんにそんなこと言われたくは・・・・・・」

 

「まぁ、それは私も思ってたんだけどね」

 

 ――――と、霊夢の人質となっていた女性が口を開いた。

 

「――あ?」

 

 霊夢が怪訝そうな顔でその女性を見る。ただの白い髪を一つに結んで振り袖を着た霊夢と同じくらいの体格の一般女性が何を言い出すかと思えば、博麗式行政に文句だろうか。奥歯でも抜いてやろうか。

 

「・・・・・・僕でも一瞬誰かと思いましたよ・・・・・・いや、変わりすぎですよ」

 

 それに答えたのはジョルノだった。まさか、知り合いか? いや、この外来人の連れはアマゾネス(って何だ? 分からん)だったはずだ。まだどこにいるかは把握し切れていないが、いずれそいつからも払ってない税金を・・・・・・。

 

「――――まるで侵略者だよ、博麗霊夢」

 

 

 霊夢はその女性の瞳を見る。赤い、瞳をしている。見覚えがある。そしてこの白い髪。やはりどこかで見たことがあるような・・・・・・。

 

「私から言わせて貰えば主人公としての器はジョルノの方があると思うよ。私はね――――」

 

 ここで霊夢は理解する。やっと理解して、これは悪手だとも理解する。運が悪かったのか、それともこいつらの言う主人公としての器のせいなのか。

 

 だが、気付いたときはもう遅かった。

 

「あ、あんたは・・・・・・!! 藤原妹紅!?」

 

「Yes, I am!!」

 

 妹紅がにやり、と笑ったときには――――。

 

「テメェミタイナヤツニ、『シュジンコウノシカク』ナンテネェエエンダヨォォォーーーーーーーッッ!!!」

 

 すでに霊夢の背後に現れていた『スパイスガール』が完全に油断していた彼女の全身をその強力無比なラッシュで砕いていた。

 

「あびぎゃあああああああああああああッッ!?!」

 

「・・・・・・果たしてあんたに『反省』する時間はあるかな? 博麗霊夢」

 

 大きな弧を描いてぶっ飛ばされる霊夢を見ながらジョルノはそう言い捨てた。

 

*   *   *

 

 後書き

 

 まさか博麗霊夢のスタンドが『レッチリ』だとは夢にも思うまい・・・・・・。

 

 電力が無いので代わりに経済力って、ほとんどスタンドの性質が変わってるじゃあないか!! と思われるかもしれませんがクロスオーバー作品の時点であきらめてください(無反省)。

 

 主人公としての霊夢さんはいまいちだけど守銭奴としての霊夢さんは健在です。お金を辺りにばらまきながらお金を催促する姿は滑稽ですがね(無反省)。

 

 ちなみに戦闘で使ったお金は後で全部拾いに行きます。たとえ人里の人たちの手に渡ろうとも、『レッチリ』で経済の流通を探査すれば誰がいくら持っていったかが判るので絶対に取り立てに行きます。それを村人たちは恐れているので基本的にみんな落ちているお金は拾いません。

 

 なんか霊夢が可哀想に見えてきましたが、人質作戦とかどう考えても死亡フラグ見え見えな行動を取る方が悪い。

 

 まぁ、それでも霊夢の徹底的な経済政策で限りなく人里は安全かつ豊かになっているのも確かなんですけどね・・・・・・。根はいい子なんですよ? 風俗店経営者だけど。

 

 というわけで、おそらく次の話まで霊夢編は続きますね。本編とは関係ない道中イベント扱いなんですけど、レッチリ霊夢は書いてて楽しいので。

 

 では次は20話でお会いしましょう。



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主人公の資格③

ボスとジョルノの幻想訪問記20

 

 あらすじ

 

 博麗霊夢の弾幕とスタンド攻撃を交い潜り、ラッシュを叩き込んだジョルノ。だが、有効打には一歩及ばずすぐに体勢を立て直した霊夢に人質を取られてしまう。

 だがその人質は運の悪いことに、髪型と服装を変えた藤原妹紅。

 人質作戦の死亡フラグを伝説的な早さで達成した霊夢だったが・・・・・・?

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第20話

 

 主人公の資格③

 

 『スパイスガール』の全力のラッシュを目一杯喰らった霊夢はそのまま吹っ飛ばされ背後にあった果物店に突っ込んでいく。

 

 ガッシャアアアン!!

 

 大きな音を立ててゴロゴロとリンゴやミカンが転がり、様々な果物が店の中に散乱した。また、霊夢が突っ込んだ所は西瓜が置いてあったようで、霊夢は衝撃で砕けた西瓜の汁にまみれていた。

 

「・・・・・・ぐ、・・・・・・なんつー・・・・・・パワーよ・・・・・・」

 

 起きあがろうとするが腕に力が入らないのだ。意識も朦朧としていた。

 

「あんた、博麗霊夢じゃあねぇでか! なぁーに人ん店突っ込んでだか!? あんたこの果物どうすっとね!?」

 

 果物店の奥から店主のおっさんが現れる。大激怒だ。まぁ当然だろう。

 

「・・・・・・金なら払うわ・・・・・・。だから少し黙ってなさい」

 

 霊夢は全く動じず懐から数枚の金貨を取り出して地面に捨てた。店主はその態度にますます憤るが彼女は無視。そんな一般人の相手をする暇など今の彼女には皆無なのだ。

 

「『レッド・ホット・チリ・ペッパー』・・・・・・」

 

 と、霊夢は別の金貨を取り出し――――。

 

 がりんッ!

 

「な、何食ってんだァァーーーーっ?!?」

 

 何と金貨を口の中に入れて咀嚼し始めたのだ! もちろん、人間の顎で金を砕けるわけがない。霊夢は『スタンド』を発動させ砕かせていた!

 

「う、ぐ、おぇええええッ!!」

 

 当然、金属を噛むと人間には異常な不快感が襲ってくる。霊夢は嗚咽を漏らしながら次々と金、銀、銅と手持ちの小銭を咀嚼していった。

 

「・・・・・・何をしている」

 

 と、霊夢の目の前に立っていたのはジョルノ・ジョバァーナと藤原妹紅だった。

 

「それ以上・・・・・・変な動きをするんじゃあない。今すぐそれを吐き出すんだ」

 

 二人ともスタンドを出して彼女を睨みつける。全身から血を流し、汚い果物の汁まみれになり、その上嗚咽を漏らしながら金属を喰い続ける霊夢に不快感を露わにしていた。

 

「・・・・・・ふ、ふふ、おぇ・・・・・・ぐぎ、がり、・・・・・・う」

 

 だが霊夢はその手を止めることはない。不気味な音を漏らしながら涙を流してお金を食べていた。

 

 ジョルノは霊夢の『スタンド』の性質上、この行為を続けさせるのはまずいと思い、霊夢の右手を掴んだ。それに習って妹紅も逆の手を掴む。

 

 霊夢の攻撃手段は一度『お金』を経由しなければ意味がない。ならば、スタンドを出すのに必要な手を封じてしまえば彼女は攻撃ができないのだ。

 

「妙な動きをするな、ってのが聞こえないのか?」

 

「・・・・・・」

 

 妹紅が話しかけるも霊夢は答えない。ただ薄ら笑いを浮かべるだけだ。

 

 ――――気味が悪い。

 

「ふふ、ふふふ・・・・・・もう一度、もう一度言うわ」

 

「・・・・・・?」

 

 両腕を掴まれて身動きが取れないにも関わらず、せせら笑う。

 

「私は『反省』すると強いのよ・・・・・・?」

 

 次の瞬間――――。

 

 バリィィッ!!!!

 

「ぐ、がっ、ああああッ!?」

 

「ぎゃッ!?」

 

 霊夢を掴んでいた二人は全身に走る痛みに動きが止まった。

 

 電気のような力が彼らを通り抜けたのだ。

 

「『反省』した・・・・・・。やはり、あんたたちは『全力』で屈服させてやるわ」

 

 ――――痛みに気を取られ霊夢を離した二人が目にしたのは、動けないはずの霊夢が立ち上がる姿である。

 

 その姿は若干光っており、彼女の周囲にはパチ、パチと電気が発生していた。

 

「『お金の力を電気の力に変える』。これが『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の第二の能力・・・・・・」

 

 その言葉が終わる前に――――。

 

 ジョルノと妹紅のそれぞれに、凄まじい威力の蹴りがほぼ同時に入った。

 

「「――――!!?」」

 

 二人の目に霊夢の攻撃は見えなかった。お金を飛ばしてきた素振りも無いどころか、自分に衝撃が入るまで霊夢は動いていないように見えたのだ。

 

 しかし霊夢は右足を高く上げていた。蹴り終えた後のポーズだった。

 

 先ほどのお返し、と言わんばかりの速度で通りの反対側の店にたたきつけられた二人。そこは小物雑貨店のようだった。

 

 二人は意識を軽く失いかけながらも立ち上がろうとする。

 

「・・・・・・??」

 

 けれども体がうまく動かないのだ。それに蹴られた箇所が以上に熱い。ジョルノが震える手で蹴られた箇所――――おそらくは胸の部分を触ると・・・・・・。

 

 ぬるぉ・・・・・・、とした感触。血? と一瞬錯覚したが違う。

 

 胸のあたりの皮膚がどろどろに焼け溶けていた。

 

「ぐぅぅぁああああああッッ!!??」

 

 ようやく自分の身に何が起こっているか理解したジョルノは全身を激しい痛みに襲われた。それは妹紅も同じで――――彼女は顔面を押さえていた。

 

 これは橙が霊夢にやられたときに似ている。あのとき、橙は全身を火傷していたが今度は違う。火傷の範囲はかなり狭くなっているが深度がその比ではない。

 

 パワーが一点集中している。

 

「――――これが私の『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の真の能力。言ったでしょう? 『反省』すると私は強いって・・・・・・」

 

 霊夢の声はすぐそばまで来ていた。

 

*   *   *

 

 私は1ヶ月前くらいに、とある物体を拾った。神社の裏に落ちていた金色の円盤だった。いつも通り、謎物体は捨てるに限ると言うことでゴミ箱にそれを捨てたのだがふと気が付くと居間、廊下、賽銭箱、しまいにはトイレと、私がどこに行ってもその円盤は私についてまわった。

 

 異変ではないのか? もしかすると私以外にもこのような現象にあっている者がいるかもしれない。それならまず紫に話を聞こうと思った。

 

「・・・・・・何なのこれ?」

 

 紫の返答はこうだった。付属神の類いかと聞いたが紫の答えは分からないの一点張りだった。

 

「ちなみに、外の世界の物体じゃあないわ。だって私がそんな物体の幻想入りを察知していないんだから」

 

「・・・・・・あんたが仕事サボってただけじゃあないの?」

 

 失礼しちゃうわね、と大妖怪は言う。

 

「気になるんなら処分すればいいじゃあないの」

 

「何度もしたわ。でもいつの間にか手元にあるのよ」

 

「ふぅん」

 

 紫は興味なさげに呟いた。未知なるものだというのに、この紫の関心無しはどういうことだろうか。いつもなら喜々として調べたりするのに。

 

「そうねぇ・・・・・・地縛霊か何かかしら? 付きまとうって所が」

 

「地縛霊? でもこれは実体があるわ」

 

「妖夢だって実体があるじゃない」

 

「あいつは半分実体があるのよ。幽々子は無いわ」

 

「じゃあそれも半人半霊かもよ?」

 

 笑えない冗談だ。半人半霊とかいう面白種族は魂魄妖夢だけで事足りている。

 

「とにもかくにも、私じゃあ何も分からないわ。そもそも興味がないし」

 

 紫は欠伸をして言った。

 

「そう、それよ。今一番奇妙なのはあんたが円盤に対してちっとも興味を抱いてないことよ」

 

 紫が欠伸をしたタイミングで霊夢は畳のやさぐれをその中に投げ込む。

 

(あ、入った)

 

「そんなの私の自由じゃない。それより眠くなってきちゃった。おやすみ~」

 

「あ、待てコラッ! ・・・・・・ってもういないし」

 

 紫はスキマの中に落ちていった。

 

 やさぐれは食べたのだろうか。それとも口の中にスキマを作ってどこかに飛ばしたのだろうか。いずれにせよ紫は今回の件に関与しないと言う。

 

「処分・・・・・・封印するか?」

 

 誰もいない居間にごろりと横になって円盤を眺める。害は無いにしても奇妙なのは確かだ。

 

 ――――だが紫からすれば一番奇妙なのは奇怪な物体を霊夢が特に何の対処も警戒もなく傍に置いていることだった。それを言っていれば霊夢の運命は変わっていたのかもしれない。

 

 

 そのままなし崩し的に円盤は保留という形で適当に家の中に置いておいた。気が付くと霊夢の視界に入るのだが特に気にせずいつも通りの生活を送っていた。

 

 三日ほど経過して、なんだか急に円盤がチラチラと視界にはいるのに腹が立ってきた。いや、もう何なんだこいつは。

 

 私は円盤を掴み上げて苛立ちを込めて地面に投げつける。すると円盤は「ぼよよぉ~ん」とバウンドしてこちらに跳ね返ってきた。

 

「うわッ!?」

 

 まさかの返り討ちである。とっさに目を瞑り衝撃に堪えようとするが衝撃は来ない。無機物のくせに私を驚かせるとは、と謎の感心をしつつ目を開けると――

 

 ずぶ、ずぶぶ・・・・・・

 

「は・・・・・・?」

 

 頭に違和感がある。何かが、何かが頭の中に入ってくるのである!

 

「何これェェーーーーッ!!?」

 

 ぬぷん、何かが完全に頭に埋め込まれた。周りを見回すと円盤がどこにもない。もしや、と思い頭に触れるがそこには何もなかった。

 

 困惑する私にさらなる奇妙が襲いかかる。

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 全身を異常な疲労感が襲った。足が震え、視界がぼやける。すぐに私は立っていることも出来なくなりその場に倒れ込んだ。

 

「・・・・・・??」

 

 声がでない、力が入らない、体が異常に重い。何だ、私に一体何が起こっているんだ??

 

「だれか・・・・・・」

 

 必死で手を伸ばした先にあったのは小さな『硬貨』だった。何で家の中にお金が落ちているのか? いや、そんなことはこの時の私の考えには全く思い浮かばなかった。

 

 衝動的な『食欲』だけが私に動きを駆り立てた。

 

*   *   *

 

「霊夢~、私も円盤見つけたんだけど~」

 

 博麗神社の居間に紫は喜々として現れた。だが、そこに霊夢の姿は無い。

 

「? この時間は居間でお茶飲んでるはずなのに」

 

 彼女も円盤を持っていた。ただ偶然落ちていたのをスキマで回収したらしいのだが。

 

「霊夢~?」

 

 紫はスキマを縫って移動する。居間、台所、納屋、トイレ・・・・・・だが、神社の中に霊夢の姿はなかった。

 

「・・・・・・出かけてるのかしら?」

 

 この時間に霊夢が外にでるのは珍しい。紫は外に出て境内を見回す。石段の下を見るが掃除している人の姿も見当たらない。やっぱり出かけているのか、と紫が博麗神社の正面を振り返ると――――賽銭箱の蓋が開いていた。

 

「泥棒にでも入られたの~? まさか」

 

 蓋の開いた賽銭箱に近づきつつ天文学的な数値の上でしか発生し得ない事象を思い浮かべ笑わずに入られない紫。

 

 試しに賽銭箱をのぞき込んだ紫は言葉を失った。

 

 

「・・・・・・え」

 

 

 そこにいたのは探していた人物。だが、普段の姿からは想像も付かないほどやつれ、衰弱していた。

 

「霊夢ッ!!」

 

 紫はスキマから降りて賽銭箱の中で泥のように眠る霊夢を抱え上げた。

 

「・・・・・・ゆ・・・か・・・り?」

 

 声が殆ど掠れ目を開く力も残っていない。飢えによる衰弱ではない。少なくとも博麗神社には最低限の食料は残っていた。また、他人と争ったような形跡が神社にも霊夢にも見られない。どうして彼女がこんなところで死にかけているかが分からなかった。

 

「あなた・・・・・・何をしていたの・・・・・・?」

 

「・・・・・・『お金』・・・・・・」

 

「お、金・・・・・・??」

 

 紫は心配そうに首を傾げる。

 

 霊夢はただ一言そう呟くと「ごほっ、げほっ!」と大きく咳込んだ。すると彼女の口からあり得ない物が吐き出される。

 

 大量の金属片。

 

「――――ま、まさか・・・・・・!」

 

 と、紫は霊夢の腹に手を当ててスキマを作り出す。その中に手を突っ込み、手に掴んだ物を全て引っ張りだした。

 

 じゃららららららッ!! じゃらん!

 

 彼女が掴み取り出した物は大量の金属片。だが、いくつか形がそのまま残っているのがあった。それは紫もよく目にしたことのある物体。

 

「霊夢あなた・・・・・・、『お金』を食べたの!?」

 

「・・・・・・」

 

 霊夢はわずかに首を縦に振った。

 

 どうしてこんなことをしたのか、いや、今はそれを聞いても仕方がない。早急に霊夢を助けなければ死さえあり得た。

 

 と、霊夢は紫の腕を掴んだ。

 

「・・・・・・ひ、と・・・・・・ざと・・・・・・に」

 

「『人里』? 人里に行きたいの? でも今のあなたじゃあ・・・・・・」

 

 と、断ろうとしたとき。霊夢の手の力だけが跳ね上がり紫の腕を締め付ける。

 

(ちょっ、な、に!? この力ッ!? この死にかけのこの子のどこにそんな力が――――!?)

 

「――――いいから連れて行け」

 

 霊夢の声には怒りが混じっているような気さえした。紫は直感的に霊夢を救うには彼女の言葉に従うのがいいと思い、スキマの中へ霊夢を落とした。そして次の瞬間には霊夢は人里に投げ出されていたのだ。

 

 続けて紫も同じように人里に入ると――――。

 

「・・・・・・あれ?」

 

 なんと、霊夢は普通に立ち上がっていたのだ。

 

「え・・・・・・っと、あれ? 大丈夫なの霊夢?」

 

「・・・・・・不思議とね。でも分かりかけてきたわ・・・・・・この『力』が」

 

 霊夢はそう言うと紫に人里の管理を任せてほしい、と持ちかけた。紫は人里の賢者たちを集めて霊夢とともに会議を開き、現在の人里の運営システムに落ち着いたという。

 

 わずか3週間前の話である。

 

*   *   *

 

 博麗霊夢のスタンド、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は『お金』を食べた霊夢に寄生する形を取っている。そのため彼女は電気を身に纏い、様々な行動を光速で行えるようになっていた。

 

 こいつに関わるのはやばい。回復しつつあった妹紅は霊夢がこちらに来る前にジョルノを崩れた棚の山から引っ張り出し、その場から逃げようとするが――――。

 

「金を払わずして私から逃げるとはいい度胸ね」

 

「・・・・・・くっ!!」

 

 店から出ると妹紅の逃げようとした方向に霊夢は先回りしていた。

 

「今、払えるような金は持っていない!」

 

「そんな理由が通用するほどこの経済社会は甘くないわよ」

 

 妹紅は何とかこの場を突破する方法を考えていた。やはり博麗霊夢は桁違いに強い。逃げる以外の方法が見つからないが、相手は光速で動けるのだ。

 

(・・・・・・詰んでないか? 私たち)

 

 おそらくこの様子から察するに霊夢は自分たちから搾り取れるだけ搾り取るだろうと予想できる。私の全財産ならまだしも、ジョルノ――――つまりは永遠亭まで散財するのは駄目だ。

 

 捕まるわけにはいかないが、にっちもさっちも行かなくなってきた。

 

「とりあえず、大人しく捕まりなさい・・・・・・。あんたたちは人里にとって害悪でしか無いわ」

 

 電気を迸らせながらジョルノを背負う妹紅に近付いていく。彼女からすれば今の妹紅は取るに足らない敵だ。全ての能力が倍以上の性能を誇る彼女の『スタンド』に為す術はない――――。

 

「・・・・・・い」

 

「・・・・・・!? じょ、ジョルノ? お前、今・・・・・・」

 

 妹紅の耳元でジョルノがかすかに声を出した。霊夢には聞こえない大きさだが、ジョルノを背負っている妹紅には普通に聞こえていた。

 

 だが、彼の言葉はこの状況に全くそぐわない、意味不明な『提案』だった。

 

「お願い・・・・・・します・・・・・・。たぶん、・・・・・・アイツの弱点が分かったん・・・・・・だ」

 

 ジョルノの胸部分の皮膚は大きく爛れていて『そんなこと』をすれば万が一の可能性さえもある。しかも妹紅はいまいちその意図が分かっていない。

 

「お前、そんなボロボロで・・・・・・しかも可能性の低い作戦を実行する気か!?」

 

 妹紅の額から汗が噴き出す。

 

「はい」

 

「死ぬかもしれないんだぞ・・・・・・!?」

 

 彼女の声は震えていた。

 

「百も・・・・・・承知です」

 

「『生きる』か『死ぬ』かの賭けをッ!! 言うに及んでこの『私』に任せるってことなのよォォーーーーーーッッ!?」

 

「そうです」

 

 

 

「だから気に入った」

 

 

 

 霊夢が近付き、ジョルノが筋の通らない提案をするという精神がネジ切れそうなピンチの中。妹紅の精神は動揺していく声とは逆に酷く冷静さを生み出していた。

 

「『生きる』こと『死ぬ』こと。私はそういうことに非常に非常に敏感なんだ。分かるか、ジョルノ。お前は私に『頼んではいけない頼みごと』をしてしまったんだ」

 

 妹紅にとってそれは単なる独り言だ。もちろん霊夢の耳に突く大きさの声。

 

「何をぺちゃくちゃと話してるのかしら・・・・・・」

 

 不審に思った霊夢がさっさと再起不能にしてしまおうと更に二人との距離を詰める。

 

「――――『スパイスガール』」

 

 と、見計らって妹紅がスタンドを出す。抵抗する気か、と霊夢が身構えたその一瞬の内。

 

 妹紅は背負って守らなくてはならないはずのジョルノを大きく上に投げた。

 

「だが、それを全て見越した上での提案なら・・・・・・ジョルノ。あんたにはきっと『成功』のヴィジョンが見えてるんだろうね・・・・・・。だったら私はあんたが『命』を賭けるように、『あんた』に賭けてみるだけさ・・・・・・」

 

 何かを悟ったように妹紅は言葉を続けた。真上に投げ飛ばされたジョルノの目には妹紅の後ろ姿、怪しい動きを止めようと霊夢が走ってくる姿。そして・・・・・・。

 

「・・・・・・思いっきり、お願いしますよ・・・・・・」

 

 彼に向かって拳を向ける『スパイスガール』だ。

 

 

「ダレニムカッテ『メイレイ』シテンダァァーーーーーーーー!? テメェェーーーーーー!!!」

 

 

 『スパイスガール』の拳は霊夢が攻撃するよりも先に、ジョルノの全身に叩き込まれたッ!!

 

「WAAAAAAAAANNABEEEEEEEEEEE!!!」

 

*   *   *

 

 ジョルノの体は『スパイスガール』の全力ラッシュを食らい、凄まじいスピードで人里の大通り上を人間をうまく避けながら水平にぶっ飛ばされる。(ディオのウゲェー!! をイメージして下さい)

 

「・・・・・・『ゴールド・・・・・・エ、クス・・・・・・ペリエンス・・・・・・』」

 

 意識が飛び飛びになりながらもジョルノは『スタンド』を出した。『GE』はジョルノと重なるように出現し、地面を掴む。

 

 当然、そんなことでは殴られた勢いが死ぬはずもなく、ガリガリガリガリッ!! とジョルノは自分の指先が削れていった。だが、その行為を止めることはない。

 

「ウォオオオオオオオオオーーーーーーーッ!!」

 

 指がまるでヤスリで削られていくかのように先っぽから血を吹き出しながら無くなっていく。もはや指先の感覚は無い。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ァァァーーーーーーー!!!!」

 

 必死の叫びを上げ地面を掴むことで勢いを殺していく。

 

 ガリガリガリガリガリッ! と痛々しい音を上げてついにジョルノは――――。

 

「・・・・・・ぐ、ぅ・・・・・・!?」

 

 人里と外との境界を作る高い柵の少し手前で止まった。指先の激痛を感じて両手を見ると

 

「・・・・・・ッ」

 

 どの指も第一関節から上側が擦り切れていた。だが、なぜパワーAとはいえ『スパイスガール』のラッシュで彼の体は人里の中心から端っこまでぶっ飛ばされたのか?

 

 答えは、ジョルノはただ『スパイスガール』に殴られたのではなく、能力によって体をかなり柔らかく――――弾力があるようにして貰っていたからだ。

 

 『スパイスガール』はゴムボールを打つようにジョルノをぶっ飛ばしたのだ。もちろん、ジョルノ自身は柔らかくなっているためダメージも大幅に減らすことができた。

 

 では一体何のためにこんなことをしたのか?

 

 それは出来るだけ広範囲を一度に『GE』で触れるためである――――。

 

「妹紅・・・・・・あとは、・・・・・・任せましたよ・・・・・・」

 

 止血する必要はなさそうだった。擦り切れることによって酷い火傷を負った指先からは血が滲むことはあっても大量出血は無さそうだ。

 

 あとは妹紅が生きて帰ってきてくれるのを待つだけだ。彼はそう考えるとそのまま俯せに倒れ込んだ。

 

*   *   *

 

 ジョルノが『スパイスガール』によって弾き飛ばされた直後。

 

「余計な真似を・・・・・・!! 面倒かけさせんじゃあ無いわよ!!」

 

 霊夢は舌打ちをしつつ、電気の速さで妹紅をしとめにかかった。

 

「くッ、『スパイスガール』!!」

 

「ふん、遅い遅い・・・・・・」

 

 妹紅はビシィと構えてスタンドを前に出し、霊夢の攻撃を止めようとするが、光速にはかなわない。

 

 バヂィィッ!!

 

 再び妹紅の全身を凄まじい衝撃が襲った。霊夢が高電圧の電気を大量に流したからだ。

 

「・・・・・・ッ!?!? グ、カ・・・・・・??」

 

 ご丁寧に『スパイスガール』も巻き込む放電。たまらず妹紅は膝を付く。

 

「何がしたいのか全く分からないけど、逃がすためとしたら実に滑稽な動きだったわよ」

 

 霊夢はほくそ笑みながら妹紅を踏みつけた。もちろん、彼女の足の裏は帯電しているため再三妹紅に電流が流れる。

 

「あっ、ぐ!?」

 

「さぁ~て、払えないんなら『搾り取る』までよ。・・・・・・私の『店』で不休不眠で働きなさい」

 

「・・・・・・お前、良い趣味してんな・・・・・・」

 

 重ねて言うが霊夢は風俗店を営んでいる。・・・・・・つまりはそういうことだ。

 

「知ったこっちゃ無いわ。あんたよく見れば可愛いんだし(私よりブサイクだけど)きっと稼げるわよ」

 

「今本心が聞こえた気がするが・・・・・・くっ、・・・・・・自ら進んで汚物をくわえたくはないな」

 

「汚物じゃあ無いわ。金の成る木よ」

 

「つくづく悪趣味だ」

 

「ふふん、まぁせいぜいそこで這い蹲ってなさい。まぁ電流を流してるから動けはしないだろうけどね」

 

 と、ここで妹紅が口を開く。

 

「――――なぁ、あんたの弱点を教えてやろうか?」

 

「・・・・・・は? 何が言いたいのよゴミ。便所になりたいの?」

 

「いや、結構だ。だけど・・・・・・まぁ、『忠告』だね」

 

 霊夢は怪訝そうに妹紅を見下した。心底腹が立つ物言いだが、聞いてやろうと思った。その後で好きにしよう。

 

「言ってみなさい」

 

「ん? あー、いや。やっぱりいいや。忘れてくれ。なーんか気分じゃあねぇし」

 

 だが、妹紅は首を振って目を閉じた。踏みつけている方の霊夢はそんな妹紅の思わせぶりな態度にカチン、と来て。

 

「言え、って言ってるのよ」

 

「いやいや、いいよ。天下の主人公、博麗霊夢様にこき使わされるなんて光栄だ。いいよ、好きにやんな」

 

「いいから言えって言ってんでしょ!?」

 

 と、妹紅は霊夢の方をちらりと見た。

 

「・・・・・・どーしても聞きたい?」

 

「ええ」

 

「そんなに?」

 

「そうよ」

 

「どーしても?」

 

「ぬぐぐ・・・・・・!」

 

 霊夢が沸々と怒りをたぎらせ始めたので妹紅は「あ、ちょ。待って、話すって」と慌てて。

 

 ふぅー、とため息をついた。

 

「あんたの『能力』は『経済力』や『お金』に依存する、だったわね?」

 

 霊夢はきょとん、として首を縦に振った。

 

「そうよ。私の『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は『経済力』に依存するスタンド。場所を人里に限定してしまえば誰にも負けない無敵のスタンドよ」

 

「そうそう、そこだよ。それそれ」

 

 妹紅はパン、と手を叩いて指摘し始める。

 

「?」

 

「いや、人里に『限定』するってところよ。あんたの弱点はねぇぇ~~~~」

 

「・・・・・・そりゃ人里から離れれば・・・・・・、動けなくなっちゃうけど。ここは人里よ。関係ないわ」

 

「いいえ、『関係有り』。よ」

 

 そう言い切って妹紅が立ち上がった。

 

(って、え? 『立ち上がった』・・・・・・?)

 

 おかしい、確かに妹紅をふみつけて電気を流していたはずなのに・・・・・・。こいつはいつの間にか私の拘束をすり抜けた??

 

「・・・・・・そういえば霊夢。この人里はスゴいわねぇぇ~~~。ほら、あんたの後ろ」

 

 と、妹紅の視線誘導に従って霊夢は背後――――ジョルノの飛んでいった方向を見ると――――!

 

「なッ・・・・・・!? え、こ・・・・・・これは・・・・・・ッ!?」

 

 霊夢は驚愕の光景に目を見開く。そこに映っていたのは――。

 

 

「まさか、道ばたでこんなに大量の『米』が穫れるなんてねェ~~~~」

 

 

 人里に住む人々が長く続く道にたわわに実った大量の『稲』に対して大狂乱の大騒ぎを起こしていたのだ!!

 

「うぉぉッ!? すげぇ! なんじゃこりゃ!?」

 

「取り放題かよ!? これも博麗の奇跡って奴か!?」

 

「ちげぇーよ、こりゃきっと外から引っ越してきたあの3人の奇跡に違いねぇべ!!」

 

「おいおい、いくらとっても全然無くならねぇじゃん! おうい、みんなも来てみろよ!」

 

 人里に見渡す限りの稲稲稲。おおよそ普通じゃあり得ない現象だったが幻想郷の人々は全てを受け入れる。

 

 凄まじいことだったが、それは霊夢にとって地獄絵図でしかない。

 

「ぐ、・・・・・・!? か、体が・・・・・・」

 

 彼女は急激に体から力が抜けていく感覚に襲われた。

 

「あんたの弱点。それはあんたの『スタンド』自体じゃあなくて、『経済力』という基盤の脆さにあるのさ!」

 

 妹紅は膝をつく霊夢を見下ろして言った。今度は形成が逆になった。

 

「・・・・・・ッ!! 供給過多による物価の暴落かッ・・・・・・!!」

 

「そう、ジョルノがぶっ飛ばされた軌跡上に『ゴールドエクスペリエンス』の能力で大量の稲を生み出すことによって人里に物を溢れさせた。物が溢れれば当然、その地域の物価――――つまり『お金』の『価値』が下がるッ!!」

 

 つまり、経済力を基盤にする霊夢にとってそれは『スタンドパワー』の著しい低下を指していた。人々は喜んでいるが、経済的に見れば現在の人里は破綻状態。霊夢の能力はもはや彼女の肉体を蝕む枷でしかない。

 

「・・・・・・わ、私の夢の『マネーライフ』を・・・・・・よくもッ・・・・・・!」

 

 霊夢は妹紅を睨みつけるがもはや全身に力が入らないのだろう。上体を起こすことも難しそうだった。

 

(『マネーライフ』って・・・・・・本当にお金のことしか頭にないのかな・・・・・・)

 

 地べたに這い蹲り苦虫を噛み潰すような表情を見て心底蔑んでしまう。どうやら『経済力』が無くなると『スタンド』も『スタンド使い』も死にかけてしまうようだが・・・・・・。

 

 『スタンド』のせいで霊夢がこうなったのか、それとも彼女の性根のせいなのか。

 

「・・・・・・」

 

 妹紅は若干の後味の悪さを覚えつつ動けない霊夢の前から姿を消した。彼女は自分がぶっ飛ばしたジョルノを追いかけた。

 

(・・・・・・ジョルノ、死んでなきゃいいんだけど)

 

 半狂乱で舞い踊る人々の間をすり抜け、走る、走る。しばらく走ったところで人里の端っこまでやってきた。そこにはぐったりと柵に寄りかかっているジョルノがいた。

 

「おい、大丈夫・・・・・・じゃあないな。お前指が無いじゃあないか!」

 

 その驚愕の声にジョルノは少しだけ体を揺らす。

 

「・・・・・・『GE』・・・・・・で、治せ・・・・・・ま」

 

「もういいもういい。あんまり喋るな。・・・・・・不本意だが今日は人里のどこかで宿を取ろう。――――ってそういや金がないんだよな」

 

 妹紅はしまった、という風に頭をかいた。そして周りを見回すと――――。

 

 『花魁 巫女の里 場所は中央エリア・・・・・・』という掠れたポスターが・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・いや、何でだよ!!!」

 

 現在時刻は午後7時。

 

 既に妹紅とジョルノは狭い個室にいた。橙が探索していた部屋である。幸い管理人(博麗霊夢)は再起不能のためここは今日休みらしい。あんだけ迷惑をこちらは被ったのだから一晩部屋を借りるくらいいいだろう、と思ったが。

 

(これ、ただの宿じゃあないよね・・・・・・! どう見ても・・・・・・)

 

 お察しください。

 

 とはいえ、ジョルノは指と胸の火傷の治療に専念しなければならないためナニしてる暇はない。

 

「・・・・・・にしてもなんで布団が一つしかないんだよ・・・・・・」

 

 ジョルノは疲れからか、治療をした後泥のようにすぐ眠りに落ちたが妹紅の目はギンギンである。無駄に意識してしまっているせいだ。

 

「・・・・・・」

 

 どうにでもなれ。妹紅はついにふっきれて布団を被った。明日は出来るだけ早朝に出発するつもりだ。時間はかなり早いがさっさと寝てしまおう。

 

 だが隣に人肌を感じながら寝るのは彼女にとって随分久しぶりのように感じられた。

 

 そして若干の悲しさを覚えながら――――。

 

 こうして夜は更けていった。

 

*   *   *

 

 妹紅がジョルノの元に向かった直後。

 

 その場に残された霊夢は――――呼吸が段々浅くなっていた。

 

「・・・・・・」

 

 ざっ。

 

「・・・・・・?」

 

 耳元に誰かが立っているようだが、そちらを見上げる気力もない。すると突っ伏す霊夢の体をその人物は持ち上げた。

 

「・・・・・・橙?」

 

「勘違いするなよ・・・・・・。私はお前から『スタンド』を回収するだけで、見殺しにしても良い、とは言われてないからな」

 

 そこにいたのは橙だった。妖怪とは言え霊夢の攻撃を貰って彼女もボロボロのはずだ。証拠に右足を引きずっている。

 

「・・・・・・どこに・・・・・・行く気・・・・・・?」

 

「紫様と藍様の家だ。・・・・・・そこで『スタンド』は回収するが、一応の救済措置はとらせてくれるはずだ。博麗の巫女に死なれちゃあ困るからな」

 

「・・・・・・そう」

 

 霊夢はため息をついた。

 

「・・・・・・ごめんなさいね」

 

「・・・・・・」

 

 少女たちの会話はそれっきりだった。

 

*   *   *

 

 少し時間が経過して、橙と霊夢は無事に八雲邸宅に戻ってこれた。霊夢は橙の背中の上(ちっちゃい)で気を失っていたためどこを通ってきたかは覚えていない。

 

「ただいま帰りました」

 

 橙は疲れを帯びた声でドアを叩く。すると中から出てきたのは彼女の主人の八雲藍だった。

 

「おかえり! って・・・・・・ちぇ、橙・・・・・・! それは・・・・・・そいつは霊夢か!?」

 

「はい。えっと・・・・・・成り行きで連れてきました」

 

 かなり衰弱していますが、と付け加える。藍は人里でのことを全く知らないので橙が霊夢をどうやって倒したのか、と困惑するばかりだった。

 

 霊夢のスタンドが戦闘向きではないという説も考えられるが・・・・・・。

 

「~~~~!!! よ、よくやったなぁああ~~!! ちぇぇえええええええええん!! よし、今日は奮発するぞ! 紫様が大事に取ってるお酒を開けよう、な!」

 

「え? そ、それって大丈夫にゃぁ・・・・・・っ!?」

 

 突然の藍の喜びに動揺しつつ、橙は続ける言葉を藍の愛撫に遮られる。

 

「よしよし、偉いぞ橙! やっぱりお前は私の自慢の式だ!」

 

 だが、素直にうれしそうな主人を見ると満更ではない。むしろかなり嬉しかった。

 

「・・・・・・えへへ」

 

 一匹の妖怪の顔から笑みがこぼれる。

 

 彼女はもう子猫ではないのだ。

 

 

「うるさいわよ藍。――――それと、おめでとう橙」

 

 玄関先で大声を上げる藍を注意しつつ、奥から紫が現れた。若干眠そうではあるが、彼女はしっかりとした主らしく振る舞い、橙の前に立つ。

 

「・・・・・・えっと」

 

「そんなに堅くならなくていいのよ? まずはもう一度言わせて頂戴。――――『成功報告』をありがとう」

 優しく微笑む紫の顔を見て橙も思わず破顔する。

 

「はいっ!!」

 

 藍も紫も、霊夢やスタンドなどの様々な問題が山積みではあったけれど、今はただ自分たちの娘のような式の成長を喜んでいた。

 

*   *   *

 

 その後、藍と橙は夕食の支度に。紫は霊夢を連れて自室へと引き払った。

 

「・・・・・・さて、霊夢」

 

「・・・・・・」

 

 霊夢は深い眠りについていた。だが、紫は構わず眠り続ける彼女に話し始める。

 

「・・・・・・まさか、あのときは何も知らなかったとはいえこんなことになるなんてねぇ・・・・・・」

 

 紫は3週間前の出来事を思い出していた。まだスタンド使いが幻想郷に現れてから殆ど月日が経っていない頃。霊夢に発現した謎の現象に四苦八苦していた自分を思い出していたのだ。

 

「でも、この能力はあなたには必要ないわ。・・・・・・自分の首を絞めてるって、薄々気が付いていたでしょうに」

 

 そう言って紫は霊夢の頭に手をかざす。すると彼女の額にスキマが開き、そこからスタンドDISCを取り出す。

 

「・・・・・・『レッド・ホット・チリ・ペッパー』か・・・・・・」

 

 名前を確認して紫は数枚のDISCが納められているDISCケースにそれを仕舞い込んだ。

 

「・・・・・・」

 

 スタンドを失ったおかげで霊夢の顔色が若干良くなったように感じられる。このまま、霊夢は体調が戻るまでここで療養して貰わなくてはならない。スタンド使いでなくとも彼女は博麗の巫女なのだ。やるべき仕事は沢山ある。

 

「紫様ー! 夕食の準備ができましたー!」

 

 居間の方から声が聞こえる。

 

「はいはーい、今行くわ!」

 

 紫は眠っている霊夢に布団を被せて部屋を後にした。家族の団らん・・・・・・『八雲家』のひとときはそこにある。

 

*   *   *

 

 博麗霊夢 スタンド名『レッド・ホット・チリ・ペッパー』

 再起不能

 

*   *   *

 

 後書き

 

 もこたんインしたお!

 

 これで霊夢編は終わりです。ジョルモコの二人は一体いつになったら紅魔館に着くんでしょうか。

 

 でも、おかげでジョルノサイドとボスサイドの時間が合います。ジョルノはこれから紅魔館へ。ボスはこれからどこかに復活へ。そろそろ一つ目の山場を迎えそうですね。

 

 ちなみに霊夢さんのスタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の補足説明をすると、

 

 

 『レッド・ホット・チリ・ペッパー Act.2』

 

 博麗霊夢が『お金』を体内に取り込んで、『レッチリ』自体が霊夢に取り憑くことで発動。霊夢自体が電気を帯び、高速で動けるようになる。

 パワー:A スピード:A 精密動作性:A 射程距離:0(霊夢本体のみ) 持続時間:D 成長性:A

 お金を体内に取り込み続けなければパワーが落ちていく。なお、霊夢の身体が大幅に強化されるため、殴り合いではほぼ負けない。

 

 

 パワーとスピードの表記はAですが比較するとスタープラチナより上だと考えて貰って結構です(霊夢時止め可能説浮上)。ジョルノと妹紅を蹴ったときは軽めに蹴ってました。本気で蹴ったらお金が請求できなくなりますからね。

 

 今回もジョルノ君ともこたんは良いペアしてますね。書いてて楽しいです。若干消化不良なところもあるけど。

 

 次回はボスメインになります。それではまた21話で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

「姫様、20話になったんですけど起きないウサか?」

 

「・・・・・・zzz」

 

「はぁ・・・・・・」

 

 てゐのため息だけが永遠亭に残された。



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十六夜咲夜一揆①

ボスとジョルノの幻想訪問記21

 

 あらすじ(時系列順)

 

 スカーレット姉妹来訪 ドッピオ死亡 永遠亭壊滅の危機

  ↓

 ボス、復活しアリスの家へ 悪夢1回目

  ↓

 ジョルノ・妹紅、チルノと3妖精と戦う

  ↓

 ジョルノ・妹紅、霊夢と戦う ボス、悪夢2回目

  ↓

 ジョルノ・妹紅、就寝 ボス、悪夢3回目

  ↓

 ボス、アリス・魔理沙と戦う

  ↓

 ボス・アリス・魔理沙、三人とも死亡

 

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第21話

 

 十六夜咲夜一揆①

 

 ――――目が覚めた瞬間に彼は気が付いた。

 

 自分の意識では体が動かせない。この現象は最近までずっと起こっていたはずだ。

 

 しばらくの間、解放されていたがそれも一瞬の出来事だった。

 

 彼は目が覚めた。だが、それは『彼』では無かった。

 

 彼は内側にいたのだ。その、仮の姿の内側に押し込められていた。

 

 仮住まいはうつろな視線であたりを見回した。深層意識に潜む彼は今、この瞬間がチャンスだと思った。必死で彼は叫んだ。自分に気が付いてくれ、俺はお前の中にいる、と。

 

 ――だが、現実は非常である。

 

「――――俺は」

 

 ヴィネガー・ドッピオは自分の知らない場所で目を覚ました。

 

(く、そッ!!! なんてことだ、まさか復活したら再び『記憶のないドッピオ』が表に出てしまっているなんて!!)

 

 そして、先ほどアリスの猛攻を受けて絶命したはずのディアボロはドッピオの深層心理に再び閉じこめられていた。

 

 ディアボロは心拍数が速まる中、必死で自分を落ち着けて状況を整理しようとした。

 

(まず、あの悪魔姉妹にドッピオが殺されたおかげで俺は表に出てこれた。それによってレクイエムが再び効果を発揮し始め、死んだ。ここまではいい。だが、次に目を覚ましてみると表に出てきたのは俺ではなく、死んで消滅したはずの『記憶を失ったドッピオ』の人格だ! もしや、次ドッピオが死ぬとまた俺が表に出て、再び俺が死ぬとドッピオが出てくる・・・・・・そんなサイクルが成り立っているのかもしれない)

 

 普通ならばスタンド攻撃であってもあり得ない状況だったが、彼には引っかかるところがあった。

 

(・・・・・・だとすると、原因は八意永琳だ。奴は『セーフティーロック』だと称して俺の心臓に『指輪』を埋め込んでいた! それが何らかに作用して『俺とドッピオのサイクルレクイエム』が成立した・・・・・・その可能性は0では無い)

 

 実際に幻想郷では元の世界では起こり得ない現象が日常茶飯事的に起こっている。彼が永琳に対する猜疑心、敵対心からこのような考えに及んでしまうのも無理はない。

 

(つまり、この状況はドッピオが殺される前と殆ど進展なしッ!! しかもドッピオも俺もここがどこかは把握していない・・・・・・最悪だ)

 

 ドッピオの中でディアボロがそのような考えを巡らせている間、ドッピオは周りの状況を確認していた。

 

 暗い、まるで真夜中の森の中のようだ。だが、ここは森の中じゃあない。

 

 地面は固い煉瓦で出来ており、周りも通路のようになっている。明らかにここは建物の内部だった。

 

「・・・・・・俺は確か・・・・・・ッ!!」

 

 と、ようやくドッピオは死ぬ直前の記憶が戻った。幻想郷、ジョルノ・ジョバァーナ、スタンド、鈴仙、永琳、そしてスカーレット姉妹――――。

 

 そこまで思い出したところでドッピオは『自分は明らかに死んだ』と認識する。

 

「・・・・・・ってことはここが死後の世界ィ~~~~??」

 

 真っ暗な周囲をきょろきょろしながら率直な感想を述べる。

 

「辛気くさいところだな」

 

「・・・・・・悪かったわね、辛気くさくて」

 

 ドッピオの失礼な言動に背後から声がかけられる。それは最近聞いたことがある声だった。

 

「少年、ちょうど良かったわ・・・・・・ここから出してくれないかしら」

 

 声のした方向を見ると、暗がりの中・・・・・・彼は牢獄のような箇所を発見し、その中に見知った人物を認めた。

 

 いや、見知ったわけではない。当然知り合いでもない。

 

「お前は・・・・・・十六夜・・・・・・咲夜ッ!!」

 

「自分の名前くらい了承してるわ」

 

 牢獄の中にいたのは十六夜咲夜だった。

 

「な~んだ・・・・・・お前、あのあと殺されたんだなぁ~~~。くわばらくわばら・・・・・・」

 

 当然、ここを死後の世界だと思っているドッピオは勘違いを続ける。

 

「・・・・・・ここが地獄とでも言いたいのかしら」

 

 ドッピオが牢獄に近づいてみると、咲夜は服を身につけておらず、鎖を首と両手首に付けられて自由を拘束されていた。

 

「・・・・・・あ、ごめ」

 

 ドッピオは何かに謝った。

 

「謝るな。というかお前今、胸を見て謝っただろ。殺すわよ」

 

「・・・・・・げふん。まぁまぁ・・・・・・。というか、お前は鎖で繋がれてるのに俺には何も無いんだな。あれか? 生前の行いの善し悪しとかか?」

 

 彼はどこか得意げな顔をする。

 

「だから、ここはあなたが思っているような死後の世界でも無いし・・・・・・あぁ、もう。説明するのも面倒だわ」

 

 咲夜は呆れてため息をつく。その言葉にドッピオは「何をバカな・・・・・・」と閉口していた。

 

 自分が完全に死んだものと思っているようだ。話にならない。

 

 

「説明が面倒だわ・・・・・・幻世『ザ・ワールド』」

 

 

 咲夜はスペルカードを取り出しもせずにそう呟いた。彼女の時を止める能力は生まれたときから出来ることだ。スペルカードを使う必要はない。

 

 しかし、なぜ彼女は力が使えるのに鎖に繋がれているのか、といえば。つまり、単純にパワーが足りないのである。いまだに頭の中に残っている『ホワイトアルバム』を使っても、時を無限に止めようとも、パワーの無い彼女では鎖を引きちぎることは出来なかった。

 

 だからここにドッピオが突然現れたのは最大限の幸運だった。

 

 彼女は確信していた。時を止めれば奴が来る、と。そして咲夜の思惑通り、目の前の男は――――。

 

「・・・・・・何という『幸運』だ・・・・・・。俺にはまだ、ツキが残っていた・・・・・・」

 

 姿を変えて別の人間へと変貌した。――――底知れない悪意を携えて――――。

 

*   *   *

 

 止まっている時の中、ディアボロはドッピオの体を変形させながら表に出てきた。

 

「・・・・・・久しぶりね。・・・・・・何と呼べばいいのかしら?」

 

 その姿を見取り、咲夜は彼に話しかける。一度殺したはずの男、さらに自分の絶対的空間であるはずの『止まった時の世界』に干渉できるただ一人の男に対して、少なからず彼女は恐れを抱いていた。そのためか、若干声が震えていたが――――。

 

 

 それ以上に、この男に対して惹かれていた。

 

 

 十六夜咲夜は時を止めることが出来る、だがその『世界』は彼女だけの世界。孤独な世界。これまで十六夜咲夜はその孤独を延々と味わい、いわゆる『お嬢様』という奉仕対象に頭を垂れてきた。言うなれば単なる飼い殺し。

 

 咲夜の痛みは誰も分からない。

 

 だが、この男は違う。私の世界にこうやって確かに存在している。息づいている。

 

 彼は私の理解者たる人物だ。

 

 彼女がディアボロに対して『運命』を感じるのは当然の流れだと言っていい。

 

「・・・・・・命拾いしたな。普通ならこうして俺の姿を見てきた奴は全員殺してきたが――」

 

 と、彼の脳裏にジョルノの顔が浮かんだ。己の汚点を思い出し、自己嫌悪に陥るが頭を振って忘れる。

 

「ここはどこだ?」

 

「・・・・・・ここは、ご存じ私の『元』主のレミリア・スカーレットお嬢様の御邸宅――――の地下牢獄ですわ」

 

 咲夜は若干の皮肉を混ぜて答えた。『元』ということは今は違うのだろう。

 

「今は・・・・・・絶賛私がストライキ中よ。ストライキを起こしている従業員に対してこの仕打ち(牢獄行き)はあんまりよねぇ」

 

「そんなことはどうでもいい。つまり、俺はドッピオとしてここに生き返ったわけか」

 

 止まっている時の中、ディアボロに襲いかかる死の危険は存在しない。この空間では全くの、微塵の恐怖さえも感じないのだ。

 

「・・・・・・聞いてきたくせに冷たいわね。というか、『生き返った』ってあなたは一体何者なの? そんな変な黴が生えた頭をして・・・・・・」

 

「おい、最後の一言は余計だろう・・・・・・。これは生まれつきだ。黴じゃあない、地毛だ」

 

 ますます変よ、と咲夜は顔をしかめる。

 

「まぁ、いい・・・・・・。俺は貴様にはまだ名乗らないし、何故? という質問にも答えない。俺のこの状況は貴様に言ったところで何の解決にもならないからな」

 

「いいじゃあないの。減るものでもないし」

 

「時間が減るだろう。却下だ」

 

「――――協力する、と言ったら?」

 

 ディアボロは顔を上げた。時を止められる人間が協力する、と申し出ることは滅多にないことだ。そもそも、分母が少ないのだが。

 

 だが、ディアボロの性格上、もちろん答えは

 

「NO、だ。貴様に対する『信頼』は現状一切ない。そんな奴を手元に置いておくことが出来るわけ無いだろう」

 

「連れない男ね・・・・・・。今の私を好きにしても良いと言ったら?」

 

 ――現在咲夜は服を着ていない。鎖で体の自由を奪われている。プロポーションも一部を除けば完璧だ。男であれば大半は彼女に欲情するに違いない。

 

「俺にその手はきかない。だが・・・・・・」

 

 ディアボロは迷っていた。それは別に咲夜に気があるわけではない。ただ、『時を止める能力』は今の彼には必須だったからだ。

 

 咲夜が味方であれば、時を止めている間ディアボロはドッピオと交代が出来る。更に、レクイエムの効果も及ばないため限定的ではあるが自由に動くことが出来る。

 

 利点は大きかった。

 

「確かに、俺には貴様の能力が必要だ。味方になってくれるというなら願ってもないことだ」

 

「じゃあ!」

 

「――――なら、俺を『信頼』させて見ろ。そうすれば貴様を側に置いてやってもいい」

 

 ディアボロは言い終えるとスタンドを出す。『キングクリムゾン』は咲夜の閉じこめられている牢屋の檻に手をかけ、無理矢理人が通れるように広げた。

 

「・・・・・・ッ!! 何てパワー・・・・・・!」

 

 牢獄の中に入り、鎖で繋がれている咲夜の顎を掴む。

 

「うっ」

 

「何の意図があるのかは知らんが、他人に取り入る時はそれ相応の『誠意』が必要だ。それはすなわち『信頼』とイコール。貴様が信用に足る人物かどうか、試してやろう・・・・・・」

 

 咲夜の目を睨みつける。負けじと咲夜も「ふん・・・・・・一体何をしろって言うの?」と言い返した。

 

「簡単だ。『元』主がいるのであれば貴様はいつ寝返るか分からん。つまり――――『元』主の首を俺の前に持ってくるんだ・・・・・・」

 

 咲夜にとってそれはこれまで最も犯してはならない罪だった。

 

 つまり、レミリア・スカーレットの首を取ってこい、とのことだった。

 

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」

 

 咲夜の視線が一瞬下に落ちた。――――だが、すぐに視線をあげて

 

「・・・・・・分かったわよ。了解したわ・・・・・・だから、この鎖も壊してくれないかしら」

 

「安心しろ。もう壊しておいた」

 

 既にディアボロは咲夜が繋がれていた鎖の首輪と手枷を『キングクリムゾン』で粉砕していた。

 

「・・・・・・ありがとう。あと、一つ、いいかしら?」

 

「・・・・・・なんだ? 早く行け・・・・・・おい、何してる」

 

 と、咲夜が突然ディアボロの足を掴んで――――。

 

「あと、1秒で時が動くわ」

 

「――――はっ!?」

 

 直後にディアボロの意識はどこか奥に押し込められるように――――。

 

 3分。

 

「――――そして時は動き出す」

 

 咲夜がそう言うと、ディアボロの意識は完全にドッピオと交代される。それと同時に体がドッピオに戻っていくが、その間に咲夜は掴んでいた足を引いてドッピオを倒した。

 

 どさっ、と倒れたドッピオは「――な、何だ? これは――」と、何故自分が転んでしまっているのか分からない、という風に辺りを見回すと――――。

 

「いやん」

 

 ――――自分の下に誰かいた。

 

「なっ、えっ!? ハァァーーーーッ!?!」

 

 ドッピオは驚愕の声を上げる。当然だ。気がついたら女性を押し倒していたなんて驚くに決まっている。誰だってそーする、俺だってそーする。

 

 咲夜がうまくドッピオの足を掴んだことによって、ドッピオは咲夜を押し倒す形で倒れたのだ。

 

「あらあらあらあら、積極的ね。私の裸に欲情して我も忘れて、文字通り無我夢中で押し倒すなんて」

 

「いや、ちょ、待てよ! いや、俺はだなっ! その、というか牢獄の中だろ! どうやって・・・・・・」

 

 ドッピオは牢屋の檻を見る。するとそこには誰かがまるでこじ開けたようにひしゃげた鉄柵がある。

 

「・・・・・・まさか」

 

「そのまさかよ。あなた、もんのすんごい力で檻を突き破ってきたのよ?」

 

「・・・・・・」

 

 言葉を失う。いや、そんなはずはない。と言い聞かせるが、どうも確証がない。と、ここで咲夜がとどめに入る。

 

 なんとッ! ぎゅっ、とドッピオの体に抱きついてきたのだ。

 

「ふふっ、でも気に入ったわ。セキニン、取ってくれるんでしょう?」

 

「・・・・・・いや、あの」

 

「言葉で断っても体は正直よ。現にあなたの思考を越えてあんなことやこんなことまで・・・・・・」

 

「・・・・・・っ!!」

 

 ドッピオは急いで咲夜から離れる。顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。

 

「あぁん、乱暴ね・・・・・・」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!! 俺は何もしてない・・・・・・ぞ・・・・・・」

 

 再びドッピオは咲夜の体を直視してしまう。確かに、我を忘れて欲情し、押し倒してしまいたいほど美しい女性だ。だんだん自分の行動に自信が持てなくなってきた。

 

「・・・・・・ここまでしておいてヤリ逃げなの?」

 

「しらねぇよ!! というかアンタはそれでいいのかッ!?」

 

「私は全然構わないわ・・・・・・。むしろタイプよ」

 

 ドッピオは更に顔が赤くなる。女性にこんなことを言われて嬉しくない奴はいない。

 

「・・・・・・おいおいぃ~~~~・・・・・・。冗談は止めてくれよ・・・・・・」

 

「冗談じゃあないわ。真剣よ」

 

 ドッピオはその場にうずくまり頭をかきむしる。その様子を見て咲夜は薄く微笑み――――。再び背後からドッピオを優しく抱き込んだ。

 

「私を貰ってくれるかしら・・・・・・?」

 

 まさに悪魔の囁き。

 

「・・・・・・ちょっと、待て。待ってくれよぉ~~~・・・・・・」

 

 ドッピオはそんなはずはない、と再び頭をかきむしる。体全体が暑くなっていくようだった。

 

 だが、ついに咲夜は痺れを切らしたのか――。

 

「回答はYES、それ以外認めないわよ?? それとも、200年後まで冷凍保存されたい?」

 

 『ホワイトアルバム』を出してドッピオの背中に寒気を走らせた。

 

「――――っ!! す、すみませんでした・・・・・・」

 

 自分一人ではかなわない。ドッピオは遂に観念して咲夜の要求を受け入れることになった。

 

「・・・・・・これから、よろしくお願いします・・・・・・」

 

「うん、よろしくね」

 

 咲夜の笑顔とは逆に、まるで詐欺にでもあったような顔だった。

 

*   *   *

 

 こんにちは、ドッピオです。目が覚めたら目の前に美しい女性がいました。おそらく俺より10歳くらい年上の大人のお姉さんです。

 

 そして、気付いたらその女性を押し倒して、しかも取り返しのつかないことまでしたそうです。

 

 それから、責任を取って付き合うことになりました。詐欺に会ったような気分です。それから彼女は紹介する、と言って全裸のまま俺の手を引いてどこかに連れていきます。

 

 天国のどこかにいる顔も知らないお母さん。俺、初めて彼女ができたよ。

 

 ほら、喜べよ。記念日だぜ。

 

*   *   *

 

(・・・・・・ドッピオに対する扱いをどうするか見物だったが、まさかの方法だったな・・・・・・。これでドッピオは十六夜咲夜の尻に敷かれる駄目彼氏の立場となったわけだが・・・・・・面白い作戦だ・・・・・・)

 

 自分でさえコントロールが出来ないドッピオを咲夜はわずか数分間で完全に支配下に置いた。

 

 ドッピオ状態の制御も問題の一つではあったが、咲夜が味方となればこの問題も同時に解決されるわけだ。

 

(案外、このままの方が使えるかもしれないな。適当に駒として使うつもりだったが・・・・・・)

 

 ディアボロがそんなことを考えている間、咲夜はドッピオの手を引いて階段を上っていた。

 

「ほらほら、早く歩いて」

 

「・・・・・・うぅ・・・・・・」

 

 ドッピオは何故か泣きそうだった。可哀想に。

 

「まず、私の部屋に行くわ。服を着なきゃ」

 

「・・・・・・そりゃ、全裸で家の中を歩くのは・・・・・・というか、広いな」

 

 階段を上りきり廊下にでる。ドッピオは屋敷の広さに驚いていた。

 

「こっちよ」

 

 呆然とする彼の手を引いて咲夜は一直線に自室を目指した。しばらく歩くと、ようやく部屋にたどり着いた。

 

「しかし、これだけ広い屋敷なのに・・・・・・咲夜以外には使用人とか誰もいないのか?」

 

「いるけど・・・・・・きっと今は台所ね。全員で食事の準備をしてるわ」

 

 咲夜はドッピオを部屋に入れると適当に座ってて、と命令する。ドッピオは命令通り、座ろうとするが、部屋の中は簡素で座る場所が見あたらない。仕方がなく、彼は普通のベッドの上に座ることにした。その間咲夜はいつものメイド服に着替えるようだ。

 

 その前にシャワー室に入った。

 

「・・・・・・実は死んでなかったんだよなぁ・・・・・・」

 

 ドッピオは天井を見上げた。ここは死後の世界ではない、と言われ一人で『爆殺されたのではなく、ぶっ飛ばされ、気が付いたら地下にいた』と解釈していた。

 

 頭の中が混乱している。整理しようとしても断片的な記憶とおかしな状況から、更にこんがらがっていく。

 

 と、咲夜がいつのまにか着替え終わって出てきた。

 

「待たせたわね」

 

「・・・・・・やっぱりそのメイド服なのか」

 

「これしか持ってないのよ」

 

 十六夜咲夜はメイド長だと言うが、私服を持つことさえも許されないのだろうか?

 

 ブラック企業だと言われても仕方がない。

 

「さて、主の元に行くわよ」

 

「ちょっと待て、その主って一体誰なんだ?」

 

「ふふ、まだ秘密よ」

 

 咲夜は微笑むだけで答えてくれない。

 

 だが、どこかドッピオの心は落ち着かないでいた。

 

*   *   *

 

 二人はしばらく歩いてようやく目的の部屋にたどり着いた。ここまで来るのに使用人に一度も会わなかったのは、やはり食事の準備に追われているからだろう。と、咲夜はコンコン。とドアをノックした。

 

「失礼します」

 

 返事が返ってくる前にドアを開けるとは・・・・・・と思ったがお構いなしに咲夜は中に入った。中にはいるのを渋っていると、咲夜が小声で「入って」と言うのでドッピオも中に入る。

 

「・・・・・・咲夜?」

 

 部屋の奥から少女の声がした。

 

 もちろん、ドッピオは聞いたことがある。

 

「・・・・・・まだ私は――――独房から出て来て良いなんて一度も言った覚えは無いのだけれど?」

 

 声の主はこちらに背中を向けて座っていた。

 

 もちろん、ドッピオはその後ろ姿を見たことがある。

 

「お嬢様、実はお話があります――」

 

「おい、待ってくれ」

 

 と、咲夜の言葉をドッピオは切った。

 

「俺は突然の出来事に翻弄されてここまで来ちゃったが、今一つ、はっきりと断言できる。――――咲夜がここで何と言おうと、俺ははっきりと断言しなくちゃあならないことがあるんだ」

 

 そして、ドッピオは声の主を指さした。

 

「・・・・・・また会ったな、レミリア・スカーレット」

 

 その座っている人物の名前を呼ぶ。

 

 そう、彼女はレミリア・スカーレット。

 

 ドッピオのいた永遠亭を襲撃した張本人。

 

「・・・・・・」

 

 ふぅー、とため息をついたレミリアはパタンと本を閉じて立ち上がる。

 

「人の名をッ! 随分と気安く呼んでくれるじゃあないか・・・・・・」

 

 レミリアが紅い眼孔を二人にギロリ、と向ける。

 

「てめぇ・・・・・・覚えてるぜ・・・・・・! よくも俺たちを・・・・・・ッ!」

 

「・・・・・・あぁ、誰かと思えば未来予知君じゃあないか。どうして死んでいないんだ? ――――まぁ、もう一度殺せばいい話か」

 

 さして疑問を持つまでもなく、今更不死など幻想郷では珍しくはない、と言いたげにレミリアは両の手を広げる。

 

「あのー、ちょっといいですか?」

 

 そんなぴりぴりした空気に割って入ったのは十六夜咲夜だ。

 

「・・・・・・咲夜、あなたがどうしてこんな男を連れてきたのか聞くつもりはない。いいから私が許可をするまで独房に入って・・・・・・」

 

「いいえ、そういうわけにはいきませんわ。ねぇ、お嬢様――。私、十六夜咲夜は――――」

 

 レミリアの回答に喰い気味で話し始める咲夜。ドッピオもレミリアも咲夜の言葉を聞いて――――1人は呆れた顔をして1人は眉をつり上げた。

 

 咲夜の話した内容はこうだ。

 

「この男、ヴィネガー・ドッピオと結婚を前提にお付き合いいたします」

 

「・・・・・・いや、だから・・・・・・」

 

 当然、呆れ顔で「またか」とため息をついたのはドッピオ。ならば、眉をつり上げ怒りを露わにしたのは――――

 

「・・・・・・何ですって・・・・・・?」

 

 レミリア・スカーレット。

 

「――――咲夜、あなたの先日からの暴言・暴行の数々。全てが目に余り罰することも当然過ぎるものだったわ。そして当然、あなたも私もそれを受け入れた――――。でも、『結婚』・・・・・・? 結婚なんて・・・・・・認めないわよ・・・・・・。結婚なんて、絶対に絶対に、私は認めないわ・・・・・・」

 

 ドッピオは「おい、これやばいんじゃあないか?」という風に咲夜とドッピオを交互に見る。

 

 ドッピオの予感は予知するまでもなく、正しい。レミリアの『独占欲』は強く、咲夜を手放したくないという思いは誰よりも強かった。妹のフランドールよりも、理解者である紅美鈴よりも。

 

 レミリアは換言すると『十六夜咲夜』に溺れていた。

 

「私はッ!! 結婚なんて絶対にゼッタイに認めないィィーーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

 レミリアは翼を大きく羽ばたかせ、即座にスタンドを出す。

 

「『キラークィィィーーーーーーンッッ』!!! その咲夜をたぶらかす男を消し炭にしてしまえッ!!」

 

 俺かよッ!! というドッピオの表情を見て咲夜はその間に入る。

 

「大丈夫よドッピオ。あなたは私が守るわ・・・・・・」

 

「・・・・・・咲夜(俺関係ないよな・・・・・・)」

 

 咲夜のその言葉を聞いたドッピオは心底帰りたいと思った。

 

 一方、レミリアはその言葉に更に怒りを押し上げるッ!

 

「私の目の前でイチャコラしてんじゃあ無ぇぞクソ餓鬼ィィーーーーーーーッッ!!!」

 

 瞳を深い紅の宝石のように光らせながらドッピオを殺さんとするレミリアに向かって咲夜は『ホワイトアルバム』を発動させ――。

 

「駄目、だと言うのでしょうか・・・・・・お嬢様。私はこれまでお嬢様に誠心誠意尽くしてきたつもりです。そろそろ私も報われてもいいんじゃあないでしょうか?」

 

 氷の衣装を身に纏い窘めるように話しかける。しかし、猪突猛進を体現するかのように猛スピードで距離を詰めるレミリアは「否ッ!!」と短く答え、キラークイーンを前に出す。

 

 その瞬間、レミリアの顔面にカウンターの氷の拳が突き立てられた。

 

「さ、くやッ・・・・・・!?」

 

 攻撃するはずがない、と思っていたレミリアの予想はあっさりと打ち砕かれる。

 

 咲夜はここで初めて、本気で主を殴ったッ!

 

 

「――――お嬢様、いえ、レミリア・スカーレット。でしたら私は私の意を通すだけです。そろそろ『子離れ』の時期ですよ――――」

 

 

 殴られた箇所が――――凍る。レミリアが右頬を触ると酷く冷たかった。

 

 だが、それ以上に愛する自分の娘のような十六夜咲夜に反抗され、手を上げられたことに対し彼女の心は酷く傷つき、冷めきる。

 

「・・・・・・咲夜・・・・・・。そう、あなた・・・・・・死んでも文句は言えないわよ??」

 

 吸血鬼は娘を捕食対象として認識した。

 

「27歳独身、結婚願望有り十六夜咲夜。『親離れ』のため、いざ」

 

 かつて悪魔の狗と呼ばれた人間は親を退治対象として認識した。

 

 絶対に起こり得ないと言われていた闘いが幕を開ける――――!

 

*   *   *

 

 ――――と、若干テンションに置いてけぼりのドッピオはふと気が付いた。

 

(あれ? これって今逃げるチャンスだよな・・・・・・?)

 

 レミリアと咲夜はいがみ合っていてこちらに気が付いていない。逃げるなら今がチャンスだ。ドアも開いているし屋敷の中(紅魔館だっけ?)も使用人は夕食の準備中でいないと言っていた。

 

 しめしめ、と思い部屋を出て屋敷の廊下に出るドッピオは『墓碑名(エピタフ)』を出して未来を確認する。

 

 ・・・・・・誰にもバレていないようだ。というか、屋敷に他の人物がいるような気配もない。

 

(よし、さっさと逃げよう)

 

 ドッピオは足音を殺しながら廊下を隠れながら進んでいく。咲夜が案内した道を逆に辿れば一階に着くと思い進んでいく。

 

 ・・・・・・だが、いつまでたっても階段が見つからないのだ。

 

「・・・・・・あれ? おかしいな・・・・・・」

 

 まさか道に迷ってしまったのでは、と思い再び来た道を引き返そうとすると――――。

 

 道がない。

 

 そこはなんとッ!! 廊下の突き当たりだったッ!!

 

「こ、これは一体ッ――――!?」

 

 ドッピオはさっきまで通ってきた道だったはずの廊下が突き当たりとなっていることに驚きを隠せない。

 

「いやッ、これはスタンド攻撃だッ!! あの二人から離れたからッ! 恐らく進入者扱いされているんだッ!!」

 

 狼狽する進入者を見ていたのは一人。名前は無い。

 

 黒い服を着て長い赤髪をしており、頭からコウモリの羽が生えている女性だった。

 

(ふっふっふっ・・・・・・図書館秘書兼進入者探知係、小悪魔こと・・・・・・名前は無いんですけど・・・・・・。いいや、小悪魔参上ッ!!)

 

 ドッピオが気付かないかなり遠くから彼を確認していた。名前がないことにコンプレックスを抱えている小悪魔だ。

 

(さてさて、進入者をまんまと罠にハメることが出来ましたよ~~っ! あっとっは~♪ パチュリーさまでも呼んでとっちめてもらいましょ!)

 

 にやにやとする小悪魔はスタンド『ティナー・サックス』を使って紅魔館を幻覚で迷宮に変えていた。

 

 進入者を逃がさない為の能力だ。

 

 そんな事情を知らないドッピオは仕方が無く通れる廊下を進む。だが、小悪魔がうまく『ティナー・サックス』を操作しているため同じ場所をぐるぐると徘徊しているだけだった。

 

 だが、そんな時。小悪魔は思った。

 

(・・・・・・これって私、あいつから目を離さないようにしないと報告に行けなくない??)

 

 幻覚をいちいち変えるために小悪魔は常にドッピオを監視していなくてはならなかったのだ。そのため小悪魔もその階をぐるぐると一緒に回っていた。

 

 10分後。

 

「ちくしょォーーッ!! 何なんだよこの館はァーッ!!」

 

(ちくしょォーーッ!! 私も馬鹿みたいじゃあないですかァーッ!!)

 

 二人はお互いにもどかしさを覚えながらぐるぐると廊下を走り続ける・・・・・・。

 

 22話に続く・・・・・・

 

*   *   *

 

後書き

 

 咲夜 V.S.レミリアが見てみたい人いますか? これぞ二時創作の醍醐味でしょう。

 キャラ崩壊の著しいこの作品ならではのカードだと思います。

 それに個人的に題名が超お気に入りです。『十六夜咲夜一揆』とか、声に出して言ってみたくなりますよね(なりません)。

 

 いまいちおぜうがキラークイーンを使いこなせてない感が否めませんが、彼女はここぞ! という時以外能力は人に見せないという『奥義は隠すもの』主義なので了承してください。おかげでレミリアはロクなスペルカードも切ってませんよ。グングニールくらいです。

 

 あと、・・・・・・小悪魔ェ・・・・・・。いや、もう何も言うまい。

 

 ここまで読んでくださってありがとうございます。では、22話でまた。



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十六夜咲夜一揆②

1話〜3話においてディアボロの発言(少女→幼女)など一部訂正及び鉤括弧外の半角表現を改めました。
4話以降も順次訂正していきます。
それでは22話です。


ボスとジョルノの幻想訪問記22

 

あらすじ

 

 復活を果たしたのにまたドッピオが表に出てしまったディアボロの前に現れたのは、独房に入っている十六夜咲夜だった。

 咲夜はディアボロに惹かれ、またディアボロも咲夜の能力を必要だと考えていた。

 そして、咲夜の信用を試すために、ディアボロは『レミリア・スカーレットの首』を要求したのである。

 

 果たして咲夜はその『要求』を満たすため、元主のレミリア・スカーレットをその手にかけることが出来るのか・・・・・・。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第22話

 

 十六夜咲夜一揆②

 

 咲夜がドッピオを連れてレミリアの部屋のドアを開けたとき、紅魔館に住むもう一人の吸血鬼はとある気配を察知した。

 

 何かが敵意を持ってこの紅魔館に向かってきている。そんな気がしたのだ。現状でこのことに気が付いているのは彼女だけだった。

 

(・・・・・・何か来る・・・・・・??)

 

 フランドール・スカーレットは自室で仮眠を取っていたがすぐにベッドから出て外に出た。

 

 現在の時刻は午前3時。夕食まではあと1時間程度だったため運動もかねて向かって来るものと遊んでこようと思った。彼女の言う遊びとは、つまるところ一方的な虐殺である。

 

 門番の美鈴もこの時間は仮眠のため館内で寝ている。面倒ごとになる前に遊んできてやるか、とフランドールは背伸びをして勝手に外に出ていった。

 

*   *   *

 

 舞台は再び咲夜とレミリアに戻る。二人はお互いの意を通すために闘っていた。

 

 咲夜は『ホワイトアルバム』を駆使してレミリアに距離を詰められないようにしていた。レミリアも『キラークイーン』を用いて咲夜の鎧を剥がそうと画策していた。

 

 二人が闘いを始めてからまだ3分程度。だが、その中でレミリアが『キラークイーン』の能力を使ったのはわずか一回きりである。もちろん咲夜にはその能力の正体は分からなかった。

 

(一度だけ・・・・・・私の『ホワイトアルバム』の鎧が砕かれた。単純な打撃ならば傷すら付かない『ホワイトアルバム』だけど、まるで蒸発するかのように一瞬で塵になった・・・・・・。やはり、『スタンド能力』と考えるのが妥当なんでしょうけど・・・・・・)

 

 咲夜はその攻撃を食らってから出来るだけレミリアから離れるようにして弾幕で闘っていた。

 

 一方レミリアは咲夜の『ホワイトアルバム』の絶対防御を唯一壊せるのが、『キラークイーン』による『鎧の爆弾化→起爆』のコンボのみであることが分かっていた。鎧の硬度は異常で、単純な打撃や弾幕では傷一つ付けられていないのだ。

 

 更に、鎧は爆弾化して起爆をしても通常のような爆発は起きず、不発弾のようになってボロボロに崩れ落ちるだけだった。もちろん、それでは咲夜本体にダメージが与えられない。また鎧の爆弾化のために『ホワイトアルバム』に触れなければならず、危うく全身を氷付けされそうになったのだ。

 

(卑怯にもほどがある能力ね・・・・・・。爆弾化以外の突破口が見つからないなんて。しかも、咲夜に直接触れるのは氷付けの危険が伴うし・・・・・・。でも鎧をその方法で剥がしてもすぐに再生してたわよねぇ・・・・・・)

 

 だが、レミリアが最も危惧していることは『ホワイトアルバム』の装甲の強度とか、極低温の世界だとか、そんなちゃちなものじゃあ断じてなかった。

 

 もっと恐ろしいものの片鱗とも言うべき、『時を止める能力』だ。時を止められてしまえばいくら吸血鬼といえど、その間は無防備になる。だから常に対策を立てなければならない。

 

 その対策は至極単純なもの。レミリアには咲夜が『スペルカードを用いずに』時を止める際に必要なアクションを知っていた。だが、それは客観的に止めることは不可能だ。説明するが、咲夜は心の内で懐中時計を止めるように思い浮かべることで時を止めることが可能になる。つまり、他人がどうこう干渉して止められるような発動条件じゃないのだ。

 

 だから、その『仕草』――――心の内で行われるその行為に付随する咲夜の『癖』とも言うべき行動をレミリアは見切る必要があった。

 

 お互いが距離を取り、遠距離弾幕以外攻撃手段が見受けられないこの状況。咲夜が時を止めるタイミングとしては最も可能性が高い。

 

 よってレミリアは咲夜を凝視する。目を離してはいけない。彼女の時を止める際の『癖』を逃さないために――――。

 

 

「奇術『ミスディレクション』」

 

 

 レミリアの注意が咲夜本体のみに集中しているその一瞬の隙に咲夜はすかさずスペルカードを切った。唱えた直後に時が一瞬(止まっている時の中で『一瞬』という表現もおかしいが)止まり咲夜の立ち位置がレミリアの注意とは正反対の方向に瞬間移動するスペルカード。つまり咲夜が移動した先は――――。

 

(――――私の後ろかッ!!)

 

 レミリアの背後に咲夜がナイフを持って現れた。かなりの至近距離であったため咲夜はナイフを投げることはせずそのまま横薙ぎにレミリアの首を切り落とそうとする。

 

 スペルカードを切ってくるとは思っていなかったレミリアだが、吸血鬼の超人的な勘と瞬発力により背後から迫り来る咲夜の攻撃を避ける。だが、避け方がまずかった。

 

「背後からの奇襲をとっさに避けるには前方向に逃げることしかできませんわ。いくらお嬢様であっても方向転換を考慮に入れる余裕はない――――」

 

「はッ!?」

 

 ナイフを振りながら確かに咲夜はそう言った。そのおかげかもしれないが、レミリアは寸でのところで前方から迫る数十本のナイフに気が付く。

 

「『キラークイィィーン』ッッ!!」

 

 彼女はスピードを緩めることはせず、『スタンド』を出してナイフを全て打撃で相殺する。一瞬の猶予も許さない、時が動き始めてからナイフが刺さるまでのおよそ10分の1秒間の行為だった。

 

(・・・・・・予想外。あの『スタンド』、私の鎧を崩した能力の他にもスピードも要注意ね・・・・・・)

 

 レミリアはナイフ突破時の勢いのまま自室の壁に激突したかに思えた。だが、比喩でも何でもなく、まさに超人的身体能力によって体をたて回転にひねり着地ならぬ着壁。自室の壁に柔らかい足取りで膝を屈折させ、一気に伸ばすことで爆発的推進力を得る。まるで競泳選手が水中でターンを切る行為を空中でやってのけたのだ。

 

「っ!!」

 

 高速の切り替えし。弾丸がそのまま向かってきた方向に跳ね返るが如く、レミリアは咲夜に肉薄する。対して咲夜は体をうまく横に曲げて回避する。レミリアは掠めるようにして咲夜の脇を通り抜けた。

 

 その瞬間、両者の視線が交差する。一人は驚きと冷静、もう一人は怒りと愉悦。両者が両者、相反する感情をその瞳の色に滲ませていた。

 

 すぐに咲夜は体勢を立て直す。再び弾丸のような速度で反対側の壁に激突するレミリア。だがもちろんターンは切ってある。

 

 今度は反射ではなく、別方向に切り替えした。壁、天井、床、壁、床、天井と部屋を縦横無尽に高速移動を続ける。咲夜の視覚混乱のためだ。咲夜は焦ることなくそれを目で追う。一見すると紅い線が走っているようにしか見えないが、咲夜の動体視力はレミリアの動きを点で捉えられた。

 

「ふふふふははははははッ!!!」

 

 レミリアは笑い声を上げながら弾幕まで展開し始める。縦横無尽に駆け回っているのに、どの角度からでも正確に咲夜の頭・心臓・喉の3点に集中して高速の光弾を浴びせる。

 

 しばらくは回避していた咲夜だがまどろっこしいと考え『防御』に手段を移した。

 

「『ホワイトアルバム』」

 

 瞬時に再び咲夜を氷のスーツが身を包む。更に部屋を冷気が覆う。

 

「・・・・・・ッ!!」

 

 レミリアの速度が寒さにより少し落ちてしまった。なおかつ、自分の急所弾幕がことごとく絶対防御の『ホワイトアルバム』により阻まれてしまっていることも彼女の心に動揺を生み出す。

 

 その精神的ゆらぎを咲夜が見逃すはずもない。

 

 先ほどよりもガクンッ、と速度を落としたレミリアに向かって落ちているナイフを拾い上げて投擲する。標的の移動先を考慮したその投げナイフは正確に足首を貫くことに成功する。

 

「・・・・・・ぐッ!? あ、足がッ!!」

 

 足の違和感に気が付き着壁したレミリアはターンを切ろうとして失敗した。正確に足首の神経が切断されている。

 

 どさっ、と地面に倒れ込んだレミリアはすぐに起きあがるが、視線の先にいたのは『ホワイトアルバム』の装甲を身に纏った十六夜咲夜がナイフを構えている姿だった。

 

「チェックメイトよ、レミリア・スカーレット」

 

 と、咲夜が短く述べた直後。レミリアは「呼び捨てにするなッ!!」と怒りながら『キラークイーン』を出す――――が。

 

「既に囲んでいますわ・・・・・・」

 

 既に咲夜は落ちていたナイフを全てレミリアの周囲に滞空させていた。そう、あとは咲夜だけが知る『起点の一本』となるナイフを特定の方向・特定の力で弾けば連鎖的にナイフがナイフを弾き、全てがレミリアの方向に向かう銀刃の包囲陣となる。

 

「メイド秘技『殺人ドール』!!」

 

 確かに、いくら近距離パワー型のスタンドである『キラークイーン』といえど360度全包囲を取り囲むナイフを同時に弾き落とすなんて芸当は時でも止められない限り不可能である。そんなことは少々怒りと興奮で我を忘れていたレミリアでさえ分かっていることである。

 

 だから、レミリアが『キラークイーン』を出したのには別の理由がある。他意がある。レミリアの口の端が「くっ」と歪んだ。

 

「残念ね、咲夜――――。勝ち誇るなんて愚考を犯すなんて・・・・・・」

 

 『キラークイーン』の右手を突き出しながらレミリアはそう呟いた。すでにその言葉の意味を聞き取るころには咲夜はナイフを投げている最中であり――――彼女のナイフ投げのモーションの中で最も手に持っている『ナイフ』と『顔』の位置が近いタイミングを見計らい――――。

 

 

「『キラークイーン』、第一の爆弾ッ!!」

 

 

 右手のスイッチを押して爆弾を起爆させる。起爆したものはなんとナイフ。

 

 しかも、『咲夜が投げようとしている最後の一本』だったッ!!

 

 ドグオオォォォォン!!! と咲夜の耳元で爆発が起こった。いくら絶対防御の『ホワイトアルバム』といえどその破壊力はすさまじく、咲夜の体は横方向に吹き飛ばされる。それから少し遅れて咲夜の制御を失った周囲に浮くナイフが音を立てて地面に落ちた。

 

(粉微塵にならずに『吹き飛んだ』・・・・・・? やはり、『ホワイトアルバム』は爆発の巻き込みでは壊せないのか・・・・・・)

 

 実際に鎧を爆弾化して起爆しなければ意味がない。

 

 レミリアはそう思いながら足首のナイフを引き抜いた。傷はすぐに再生し、体はいつもの動きを取り戻す。

 

 そして立ち上がり咲夜が吹き飛んだ方を見た。

 

 一方。ガシャァアン、と派手に高級そうな品物が数々飾ってある棚に突っ込んだ咲夜だが外傷はほぼ無かった。爆発による衝撃で足腰の踏ん張りが利かずぶっ飛ばされたが『ホワイトアルバム』による防御のおかげで咲夜自身に傷は無かった。

 

 すぐに起き上がり首を振る。爆発の衝撃で変な方向に首を突然曲げられたせいで痛みが若干残ったがそれだけだった。

 

(・・・・・・突然耳元で爆発・・・・・・? どういうことかしら・・・・・・)

 

 まだレミリアの『キラークイーン』について咲夜は完全に把握できていなかった。

 

(第一の爆弾、と言っていたけど空間に爆発を自由に発生させる能力? いいえ、それだったもっと前から起こしていたはず・・・・・・)

 

 自分のナイフが爆発したとは気付いていなかった。『ホワイトアルバム』発動状態の視野の狭さがアダになっていたのだ。

 

 いずれにせよ、『何らかの条件下において爆発を起こせる』という能力であることは分かった。だが、それも『ホワイトアルバム』の装甲を突き破れないのであれば問題は無い。

 

 咲夜は立ち上がりレミリアの方を見た。

 

 再び視線が交差する。距離は離れており先ほどと同じ状況――――。

 

 ではない。この状況は明らかにレミリアの方が有利だった。

 

 直後にレミリアは『キラークイーン』を出しながら咲夜に向かって一直線に飛翔する。

 

「・・・・・・またそれか、お嬢様・・・・・・ッ!!」

 

 今度の咲夜はそれをかわさないつもりだった。冷気の放出を最大限にしてレミリアの特攻を真正面から受け止めるつもりだった。そこにはレミリアの能力を正確に把握しようとする意識が大きかった。

 

「ぬううううううううあああああああああああッッ!!!!」

 

「はあああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

 二人の叫びが交差する。レミリアは『ホワイトアルバム』の冷気を全身に浴び、氷漬けになりながらも咲夜への特攻を止めない。いや、止まらないのだ。

 

 ついにレミリアは咲夜の元まで到達する。だが、既に勢いは殆ど死んでおり咲夜がレミリアを捕らえるのは用意だった。

 

「全身氷漬けになりたいんですか? ・・・・・・まぁ、お望みとあれば・・・・・・」

 

 咲夜は体表面の半分以上が氷に覆われるレミリアを優しく包容する。すると一瞬でレミリアの体は氷漬けに――――

 

 

「・・・・・・舐めるな・・・・・・」

 

 なっていない。レミリアの全身に及んでいた氷は瞬時に消えてなくなった。いや、レミリアだけではない。咲夜が身に纏っていた『ホワイトアルバム』のスーツまで、ボロボロに崩れ落ちたのだッ!!

 

 咲夜の目が開かれた。これだ、レミリアが一回目の起爆の時に咲夜の装甲を崩したのだ。そして咲夜ははっきりと理解する。

 

 『キラークイーン』が自分に触れていた。おそらくそれが『発動条件』ッ!! さっきの爆発も思えば持っていたナイフが爆発したことに気がついた。そのナイフも『キラークイーン』で殴った内の一本だった。

 

(私が最後に投げるナイフが爆発したんだわ・・・・・・ッ!! 『それ』を引き当てたのも単なる偶然じゃあない、『運命操作』があるッ!!)

 

 つまり、レミリアの『キラークイーン』の能力は触れた物体を『爆弾』に変えること。しかもレミリアは運命操作によって爆弾化したナイフを咲夜の最後の一手に選択させていたのだ。

 

 更に咲夜は瞬時に以下のことも分析する。あの能力――――物体には有効だがおそらくスタンドを爆弾化は出来ないのだ。よってスタンドから作られる半物体の『ホワイトアルバム』の装甲は爆弾化されることにより起爆はせずただ崩れ落ちただけだったのだ。

 

 と、咲夜は考えを巡らしているが現在二人の距離はゼロ。しかも咲夜は『ホワイトアルバム』を出していない。『キラークイーン』を既に出しているレミリアの方が圧倒的有利だった。

 

「くらいなさいッ!! ぜ・・・・・・」

 

 レミリアが叫びながら攻撃を宣言した直後。当然咲夜が取るべき行為は決まっていた。

 

 慌てることなく、心の内で時計を止める。

 

「――――幻世『ザ・ワールド』」

 

 レミリアがあと数センチで咲夜の顔面を『キラークイーン』で殴り抜こうとするが――――時が止まった。

 

 咲夜だけの時間になった。

 

*   *   *

 

 時が止まった。

 

 すると当然、『彼』が出てくるわけである。

 

「・・・・・・やっと十六夜咲夜が時を止めたか」

 

 未だに紅魔館の内部を右往左往していたドッピオの中からディアボロは姿を現した。

 

 そして彼はすかさず行動に移る。まずはドッピオが迷っていた原因――――すなわち『ティナーサックス』の本体である小悪魔の撃破である。

 

(・・・・・・全く、ドッピオめ。よくよく注意すれば廊下の見た目は違っても同じ空間座標の軌跡を辿っていることに気付けるだろう。しかもこの程度の尾行にも気が付かないとは・・・・・・)

 

 ディアボロは咲夜がどの程度、時間を止めるかが分からないため行動は迅速だった。すぐに背後を尾行していた小悪魔の元にやってきて『キングクリムゾン』を出す。

 

「やれやれ・・・・・・私のドッピオが世話になったな・・・・・・」

 

 そして何の躊躇も無く動かない小悪魔の心臓を右腕で貫いた。

 

(・・・・・・もし、こいつも吸血鬼ならばこの程度では死なないだろうが、これでしばらくは邪魔は出来ないはずだ・・・・・・。あとするべきことは・・・・・・)

 

 と、ディアボロはふと窓の外を見た。ここからは紅魔館の中庭が見える。時間が時間なため暗くてよく見えなかったが、そこには見覚えのある少女の姿が映っている。

 

(・・・・・・あれは妹の方か? あんなところで何をしているんだ・・・・・・。しかも『スタンド』を出しているようだが・・・・・・)

 

 遠目からではよく分からない。何かと闘っているように見えなくもないがそこにはフランドール以外の姿は見受けられなかった。何にせよ動きが止まっているため把握できるはずがない。

 

 と、こんなことをしている場合ではない。さっさと十六夜咲夜のいるところへ戻らなくては。ドッピオとしては彼女の尻に敷かれるのは嫌だろうが、そんなことは関係ない。俺には『十六夜咲夜』という人間を見極める必要があるのだ。

 

(・・・・・・くそッ!! 十六夜咲夜がいる部屋はここから反対側の廊下じゃあないかッ!! 本当に面倒なことをしてくれる・・・・・・!!)

 

 ディアボロは悪態をつきながら心臓を貫かれた小悪魔の側を離れていった。

 

*   *   *

 

 咲夜は時を止めた。間一髪だったが、レミリアの体は表情まで固定されて動かなくなる。

 

「・・・・・・まさか、『ホワイトアルバム』を破る能力なんて・・・・・・」

 

 そう言いながらも、レミリアの『ぜ』の口で止まった表情を眺めながら咲夜はほくそ笑んだ。あとはレミリアの首を切って冷凍保存すればいい。いくら吸血鬼といえど、全身が凍っていれば何も出来ないはずだ。

 

「ふふふっ、お嬢様? あなたが、あなたがいけないんですよ・・・・・・。私は、咲夜は誠心誠意尽くしてきたのに、お嬢様がそんな扱いばかりするから・・・・・・」

 

 咲夜は笑わずにはいられなかった。あぁ、あの自分を苦しめた日々を、元凶を自らの手で断ち切ることが何と嬉しいことかっ!

 

 咲夜は懐から新しくナイフを取り出しレミリアの首に刃を当てた。今からこの細い首を私の無機質なナイフで切り裂くのだ。胸が高鳴る。心が躍る。興奮が冷めやらぬ。体の奥が熱く、燃えたぎる。

 

「ふふっ、うふふ、ふふふふふ・・・・・・お嬢様、あぁ、お嬢様・・・・・・? 分かりますかお嬢様。私のナイフが、暴力があなたの首を今まさに陵辱するところを・・・・・・うふふふふふ」

 

 咲夜はトン、トン、とレミリアの首に銀の刃を当てる。彼女の何も知らない白い肌がそのたびに揺れるのがどうしようもなく、そそるのだ。

 

 やった、私は、やった。私は。殺せる。主を、この手でぐちゃぐちゃになるまで、背徳的だ。きっと絶頂する。いままで感じたことのない幸福感だ。素晴らしい。あぁ、お嬢様。私という犬に陵辱される気分はどうでございますでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不肖私めは最高の気分にございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやっひゃあああああああぁぁああああッッ!!! 最ッ高!! 最高最高最高ッ!!! んッひぃぃッいいいいッ!! あっ、ははッ!! 興奮ございますでしょうお嬢様ッ!! 犬に犯される気分はどうでございますでしょうかァァアアアッ!!?? あッ、はッ!! 醜くッ!! 汚いッ!! 汚物にッ!! お嬢様の綺麗な綺麗なお体は汚されてしまいますわッ!!! 気分はいかがでしょうかッ!? いかがでしょぉおォォかァァアアッ!!!?」

 

 咲夜は気が狂ったかのように叫び、悶え、体を震わせて精神的及びに肉体的絶頂にあった。

 

「あはっ、いひはひゃあへあはっは、うききくへへはへええはッ」

 

 言葉にならない感情を一気に押しだし、瞳孔を完全に開放して絶頂に悶える咲夜はもはや人間とは呼べなかった。

 

「うひひっ、あへ、くふきっ、くふ、・・・・・・」

 

 と、咲夜は突然笑うのを止めた。そしていつもの表情に戻る。

 

「・・・・・・それではお嬢様。失礼いたします」

 

 言い終わるや否や、咲夜のナイフはレミリアの首を切り落とす動きに入る。咲夜自身は時を止めている最中は生物に関与出来ない。時を止める際の誓約である。

 

 だから、咲夜のナイフがレミリアの首に触れる直前に時を動かす。

 

 

 そして時は動き出す。

 

 

*   *   *

 

 ・・・・・・咲夜は再び表情を歪めた。

 

 嬉しさからではない。気持ち良さからではない。

 

 

 ただ単に「ヤバイ」と思ったからだった。

 

 

 

 第23話へ続く・・・・・・。



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十六夜咲夜一揆③

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第23話

 

 十六夜咲夜一揆③

 

 

「・・・・・・あれ?」

 

 小悪魔は声を上げた。気が付いたら目の前から標的が消えていたからだ。

 

「・・・・・・?」

 

 それに何となく不思議な気分だった。自分の心がどこかへと昇っていくような、安らぎの感覚だ。

 

 あぁ、いいや。なんか、どうでも。今はこの感覚をずっと味わっていたい。本当に心地が良い。

 

 まるで体中の重りを外したようだ。体が軽い。

 

 どこまでも昇って行けそうな気がした。

 

*   *   *

 

 咲夜が時を動かし始めるのとレミリアの首を切断したのは『ほぼ』同時。ほとんどそこに何かが入り込むような時間はないはずであるが、その僅かな時間と攻撃の隙間に――――

 

「――――全世界ナイトメア」

 

 レミリアのスペルカードが差し込まれた。

 

 『核の悪夢(全世界ナイトメア)』は悪意が花のように突然開くかの如く、レミリアを中心に弾幕が放射されるスペルカードだ。彼女のお気に入りの(名前の)カードである。

 

 咲夜の動きは止まらない。完全に不意を突かれたのだ。時間を止めている方が不意を突かれるなんてことは普通ではあり得ない。予め『時間を止めるタイミング』を分かっていなければとても出来ない芸当だ。

 

(・・・・・・もちろん、そんなことは分かってるわよ咲夜。あなたの時を止めるときに見せるほんの僅かな『癖』を・・・・・・私が見逃すわけがない)

 

 レミリアはそう思いながら自分の首を切り裂かんとするナイフを見る。だが、それはレミリアの首と胴を切り離す前に――――首の半分ほどの肉を抉ったところで止められた。咲夜に大量の弾幕が飛来したのだ。

 

「・・・・・・ッ!!?」

 

 なお、この時咲夜は『ホワイトアルバム』を装備していなかった。その理由をレミリアは以下のように推測していた。

 

 咲夜のスタンド、『ホワイトアルバム』と元から持っている『時を止める程度の能力』は相性が悪い。なぜなら時を止めてしまえば半物体である『ホワイトアルバム』も停止してしまい、装備した状態だと動くことが出来ないから。

 

 咲夜は無意識のうちに時を止めている最中は『ホワイトアルバム』を解除していたが、実は両方の能力は同時に扱えないものだったのだ。

 

(対して私の『キラークイーン』と『運命を操る程度の能力』の相性は抜群ッ!! さっき咲夜が丁度爆弾化したナイフを拾ったのも、『癖』を見出しタイミングを完璧に合わせることが出来たのもこの二つの能力の同時操作によるものッ!!)

 

 と、大量の弾幕を被弾した咲夜が血を吹き出しながら宙を舞うのを見てレミリアは確信する。

 

 自分の方が圧倒的有利だということを。

 

 咲夜はそのまま弾幕の勢いに押されて壁に叩きつけられる。

 

「『キラークイィィーーーーーン』ッッ!!! 飼い主に噛みついたあの哀れな子犬に自分の愚かさを示しなさいッッ!!」

 

 攻撃をまともに食らって動けない咲夜にすかさずレミリアは『スタンド』で追撃を加える。咲夜は何とかガードしようとするも『ホワイトアルバム』が出せない。精神が大きく揺らいでおり、『スタンド』を出せるような状況ではなかった。

 

 ごきんッ!!

 

「・・・・・・かッ!? はっ、あっ!!」

 

 焦点の合わない瞳でレミリアを睨みつけていた咲夜の視界が再び大きく歪んだ。『キラークイーン』の拳は彼女の顎を砕いたのだ。

 

「ちょっと待って、うっ・・・・・・うー、うっ・・・・・・うっうー♪ ・・・・・・そう、そうよ。殺さない程度に。うっうー♪ 咲夜は生かしておかなくちゃあ意味がないわ」

 

 レミリアはにこやかに壁を背に『キラークイーン』による暴力を一方的に受け続ける咲夜を見て言った。喉を押さえながら発声練習をしている。

 

「これから、というか今現在行われているのは『教育』よ。従者で汚らしい飼い犬は飼い主のご機嫌を取るのが信条。確か一度、陰でそう言ってたわね」

 

 どむゥッ!! 咲夜の鳩尾に拳がめり込んだ。「うごぉえええッ!!」と吐捨物と血液の混じったような液体を口から吐き出す。そんな苦痛に歪む咲夜の表情を見てレミリアは続ける。

 

「Exactly(そのとおりでございますわ)!! あなたの言ってることは正しいわ。確かにあなたは今、私のご機嫌を取っているもの。私の暴力の犠牲者となることで、私に愉悦をもたらし、同時にストレスの掃け口として立派に役立ってるわ」

 

 良かったわね、従者としての『信条』が果たせて?

 

 その言葉を耳元で告げて、レミリアが咲夜の鼻を掴んだ。そして思いっきり『捻る』。

 

 べきんッ!!

 

「あッ、あ、あっ、ああああああッ!!!!!」

 

「うっうー・・・・・・♪ ねぇ、咲夜。どこまで話したかしら? 確か縁談の話だったわね。あなたが私の元から離れて結婚をするとかどうとか・・・・・・」

 

 鼻を折られる痛みに声を上げるしかない咲夜。レミリアの言葉は半分ほどしか頭に入らず、あとは別の感情が彼女の中に渦巻いていた。

 

「駄目に決まってるじゃあないの。常識的に考えて? 理性的に判断して? 咲夜は何? 咲夜は私の所有物。つまり『人』じゃあないのよ? 結婚することが出来るのは人間。物は結婚することが出来ない。だから咲夜は結婚することが出来ない。こんな簡単な三段論法が分からないとテストで0点になるわよ??」

 

 十六夜咲夜はレミリアの所有物。その契約は10年以上前に彼女の従者となるときに決まったことだ。

 

 だが、10年以上前だ。何より咲夜は『人間』だ。

 

 それを否定される義理はない。

 

 『人間でない』はずがない。

 

「・・・・・・よ」

 

「ん??」

 

 震える唇の奥から絞り出された言葉は彼女のこれまでの全てを象徴していた。

 

 

「・・・・・・私は『人間』よ・・・・・・『自由』を、許される・・・・・・『人間』」

 

 

「・・・・・・あぁ」

 

 まだ反省しようとしないという意志が垣間見える咲夜の言葉を聞いたレミリアの表情に暗い影が落とされる。

 

「まだ自分の価値が分かってないみたいね・・・・・・死ぬか?? それもいいだろうね・・・・・・」

 

 明らかに雰囲気が変わった。

 

「『命を運んでくる』と書いて『運命』。あなたの命を刈り取るのに私の二つ能力はまさにうってつけなのよ・・・・・・」

 

 今度のレミリアの『キラークイーン』の攻撃は本気だ。殺意が容易に溢れているのを感じ取れた。それは、それまで咲夜を苦しめた生半可な拳ではなく、その細い胴体を貫こうとする凶弾である。

 

 もはや、指一本動かせない咲夜が出来る行動は残されていない。だが行動は出来なくとも思い浮かべることは出来る。

 

 これまでの人生の走馬燈ではない。彼女の心の中に存在する小ぎれいで小さな箱。その中にもう一つ汚れた箱があり、それを開けると壊れた懐中時計がある。それを思い浮かべる。そしてほんの少しだけ回すことが出来るネジを回して手を離す。その動作を思い浮かべる。

 

 そのときの『癖』――――。無意識に行う二回連続の『まばたき』を殺意に湧いていたレミリアは見逃してしまった。

 

 つまり、咲夜の心の中の壊れた懐中時計が秒針を刻む間――――。

 

 時が止まるのだ。

 

*   *   *

 

 再び、ディアボロが表に出る。一回目の時止めの際は無念にも咲夜とレミリアが闘っている部屋まであと数メートル、というところまで来ていた。ちなみに時が動き出してから二回目の時が止まるまでの間、つまり約23秒間。その時間ドッピオは辺りをキョロキョロと見回し首を傾げて「・・・・・・そうか! この道は覚えてるぞッ!! ここか確か」と言いかけることしか出来なかった。状況判断に20秒近く費やしていたのだ。

 

(・・・・・・再び時が止まった。まさか一回目で仕留め切れていなかったのか?)

 

 時を止める――――。普通に考えたら勝てないわけがないのである。先ほど彼が小悪魔を瞬殺したように、相手が自分の死に気が付かないことだってあるのだ。

 

(・・・・・・・・・・・・いや、違う。あいつは時を止めている最中は他に干渉できない。俺の『キングクリムゾン』と同じだ)

 

 咲夜の時止めしかり、ディアボロの『キングクリムゾン』しかり。発動者にはそれ相応の誓約があるのだ。

 

 そうだと判断したディアボロは再び走り出す。今度はすぐに部屋に着いた。

 

 バンっ!! とドアを開けると、部屋の端で少女と女性の姿を見取った。

 

 時を止めているハズの咲夜が横たえていた。

 

「・・・・・・どうした。そいつの首を取るんじゃあないのか?」

 

 ディアボロは動けない咲夜に向かって皮肉を込めて言った。

 

「・・・・・・ッ!!」

 

 咲夜は血だまりから顔を起こしてディアボロを見る。助けを懇願しようというのか、と思ったが違う。咲夜の視線はディアボロを睨み殺すほどだった。ギッ、と歯を軋ませてガクガクと振るえる腕で立ち上がろうとするが、べしゃっと崩れ落ちる。

 

「まだそんな目が出来るじゃあないか・・・・・・・・・・・・。どうした、早く起きあがってそいつの首を取れ」

 

 ディアボロは動けるにも関わらず咲夜を助けることも、レミリアを攻撃することもなく立っているだけだった。そして無情な命令を続ける。

 

「・・・・・・ぎっ、ぐがぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 再び咲夜は立ち上がる。――――今度はふらついてはいるが、しっかりと二本足で立っていた。だが、このままではすぐに倒れてしまうだろう。

 

(そんな立つのもやっとな状況でまだ闘う意志がある、というのか・・・・・・。弱い、が強いな・・・・・・)

 

 ディアボロは少しだけ思い直す。だが、状況はほとんど変わってない。咲夜のダメージから察するに時を止めていられる時間はあと僅かだろう。だが咲夜は止まっている時の中では他人に干渉できない。そもそもあの体で吸血鬼に致命傷を与えることは不可能だろう。

 

 と、ディアボロが予想したとおり咲夜はすぐに体のバランスを崩して倒れ始めた。しかし、倒れる方向は予期していなかった。

 

 咲夜は止まっているレミリアに向かって倒れ始めたのだ。

 

「・・・・・・『ホワイト・・・・・・アルバ・・・・・・ム』」

 

 そして彼女は僅かに声を発してスタンドを出した。『ホワイトアルバム』は咲夜を中心に氷のスーツを形作る。だが、時を止めているためスーツは作られた場所から動かない。

 

 つまり、咲夜はレミリアに倒れかかる形で固定された。

 

「・・・・・・5秒・・・・・・」

 

 最後に咲夜はそう呟いた。ディアボロは瞬時に『あと5秒で時が動き出す』と判断する。

 

「・・・・・・この俺に判断を委ねようと言うのか? 自分は殺される可能性は大になるだけだぞ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 咲夜が返事をすることはなかった。つまり、完全にディアボロに全てを任せたのだ。

 

 殺すのも自由。無視するのも自由。逃げるのも自由。助けるのも自由。

 

 そうするしか無いとはいえ、十六夜咲夜は確かにディアボロに全てを委ねていた。

 

(分かった・・・・・・いいだろう。貴様の狙いが分かった上で『あえて』乗ってやろう・・・・・・)

 

 ディアボロは『キングクリムゾン』を出す。残り1秒になった瞬間にディアボロは自分の未来を正確に『イメージ』する。

 

(・・・・・・俺は『戦士』ではない。だが、十六夜咲夜。貴様は『戦士』の目をしていた・・・・・・)

 

 今からジャスト10秒後、レミリアを『キングクリムゾン』の右拳で殴り飛ばす、そのイメージ。

 

「――――『キングクリムゾン』、俺の時間ごと消し飛ばせッ!!」

 

 ここから先は誰も記憶しない世界の10秒間である。咲夜の時止めを強制終了してディアボロは自身の行動ごと時を消し飛ばした。

 

 ディアボロさえも認知出来ない10秒。レミリアの『キラークイーン』の拳は咲夜に当たるが、『ホワイトアルバム』によってガードされる。咲夜自身は壁に再び叩きつけられるが、ダメージはほぼ0だろう。その間にディアボロは走り出し、二人との距離を詰める。消し飛ぶ時間の中でレミリアはディアボロに気が付く。この時点で4秒23。そして迎え討とうとして『キラークイーン』を彼の方に向けた。同時に咲夜の『ホワイトアルバム』が崩れる。恐らく咲夜の意識がスタンドを維持できないレベルまで弱まったのだろう。ディアボロは『キングクリムゾン』の右腕だけを出した。この時点で7秒08。そのままレミリアに殴りかかる。その前にレミリアの方が先にディアボロを殴っていた。だが、『墓碑銘(エピタフ)』で未来を予知していたディアボロはその咄嗟の攻撃を避けた。『キラークイーン』の拳は再び空を裂くだけだった。この時点で9秒11。そしてディアボロは一瞬溜を作る。時間の調整のためだ。この時点で9秒58。すぐにディアボロは拳を振り抜く。この時点で9秒89。

 

 そしてレミリアの顔面に『キングクリムゾン』の右拳が肉薄する。この時点で――――9秒99。

 

「時は再び刻み始める・・・・・・」

 

 10秒。

 

 鈍い音と共にレミリアの体は宙を舞った。

 

*   *   *

 

 10秒間の時飛ばし中、結果を残したのは最後のディアボロの行動だけだった。その瞬間にディアボロの体はドッピオに戻るが、彼は確信する。成功した。自分の行動を織り込んでの『時飛ばし』は今まで数回したことはあるが、時飛ばしが終了する瞬間に自分の行動をジャストで合わせることなんて初めてだった。

 

 この行動には理由がある。レミリアをぶん殴ったのは『ドッピオ』であるとレミリア、咲夜、そしてドッピオ自身に認識させるためだ。ドッピオはディアボロに気が付いていないため、これまでのディアボロの行動は全て自分の無意識の本能によるものだと勘違いしている。そこをディアボロは突いたのだ。

 

 この状況。どこからどう見てもドッピオは咲夜をレミリアから守ったようにしか見えない。するとドッピオはこれも『自分の本能』だと思い込むのである。ディアボロによって形成された思い込みの激しい人格であるドッピオはしっかりとディアボロの用意した狡猾な罠に引っかかる。

 

「・・・・・・ッ!! 『墓碑名(エピタフ)』かッ!! 今、レミリアが飛んでいったのは・・・・・・!! 俺が無意識のうちに『墓碑名(エピタフ)』で殴ったからかッ・・・・・・!?!」

 

 ディアボロの思惑通り、ドッピオは『勘違い』を始める。

 

(再び自分は無意識のうちに咲夜を助けていた。これは一体どういうことだ? 説明が付かないが・・・・・・まぎれもない事実ッ!)

 

 ドッピオは倒れている咲夜の方を見る。見るからに痛々しい凄惨な姿だった。おそらくもう立つことも出来ないだろう。

 

 ガァン! と今度は壁に叩きつけられたレミリア。彼女の方はいまいち状況が把握できていなかった。咲夜が時を止めたのは確かだが、自分は時を止める前とは若干違う場所で殴られていたし、何よりドッピオが何故止まっている時の中を動いていたのか。

 

「――――どういうことかしら?」

 

 レミリアはすぐに立ち上がる。体が吹き飛ぶほど強烈な拳を食らったわけだが、吸血鬼からすれば掠り傷だ。

 

「・・・・・・止まっている時の中を動いた? 私の位置が変わっていたのは・・・・・・奴(ドッピオ)が私に干渉したから・・・・・・?」

 

 何故、自分の位置をずらしたのかは分からないが、レミリアはドッピオが止まっている時の中を動ける、と判断する。

 

 レミリアはふふっ、と笑いドッピオと咲夜の方を見た。

 

「・・・・・・あなたたち、まるで『運命』ね。まさか、咲夜だけの時間を動くことが出来るなんて・・・・・・。だったらあなたたちが結ばれたいと思うのはその『運命』によるものなのかしら? そんな『運命』、私は絶対にねじ曲げてやるわ」

 

 ドッピオとしては「それは違う」と否定したかったが、これまでの自分の無意識の行動――――厳密に言えば全てディアボロの仕業なのだが――――は咲夜との運命によるものなのかもしれない、と思った。

 

 運命なんて曖昧なもの信じてはいないが、目の前にいる敵は『運命を操る程度の能力』を持っているのだ。

 

「・・・・・・よしんば運命だとして、そしてそれが認められない物としても、今まで自分に尽くしてきた従者に対する仕打ちが『コレ』とはあんまりじゃあないのか?」

 

 ドッピオはぴくりとも動かない咲夜に同情していた。

 

「あんまりじゃあないのか? ですって? ただの部外者が何を言い出すかと思えば・・・・・・私と咲夜の関係も知らないで」

 

 レミリアの表情が鬼のような形相に変わった。そしてドッピオに向かって殺意を向けた。今度こそ、殺す。咲夜も殺す。私に刃向かう人間風情が、みんな死ねば――――。

 

 と、その時。

 

 

 

 

「レミィ!!!!」

 

 大きな声を上げて、勢いよくドアを開いて部屋に入ってきたのは動かないはずの大図書館。パチュリー・ノーレッジだった。レミリアは予期しない友人の登場に眉をしかめる。

 

「――――どうしたの、パチェ・・・・・・。今あなたに構っている時間的な余裕はないわ・・・・・・。もちろん、精神的余裕も・・・・・・」

 

「いいから聞いてッ!!」

 

「・・・・・・」

 

 話の腰を折られたレミリアだったがパチュリーの余りの剣幕に言葉を飲み込んだ。それはドッピオにとっても同じことである。

 

「・・・・・・いい? 落ち着いて聞くのよ。咲夜の件も、そこの少年の件も今はほっといて」

 

 パチュリーは上がった息を整えながら静かに事実を述べた。

 

 

「――――何かがこの屋敷にいる」 

 

 

 そう言ったパチュリーの首から噴水のように血が吹き出るのは、それからすぐ後のことだった。

 

*   *   *

 

 小悪魔との契約が切れた。

 

「・・・・・・!!」

 

 直後にパチュリーの脳裏に不吉な予感が浮かび上がった。何ともいえない不快感がこの屋敷を包み込んでいる――――。そんな予感がしたのだ。

 

 彼女は図書館の机からすぐに立ち上がって、眼鏡をかけてレミリアの部屋に行こうとした。そして図書館の出口であるドアを開けるときに、彼女の不吉感は最高潮に達した。

 

 ドアの下の方に『落書き』があった。

 

 

 ――わタしたチはこコにいル、ウシロをフリむイてはいケなイ

 

 

「・・・・・・私たちはここにいる、後ろを振り向いてはいけない・・・・・・?」

 

 当然、そんなことを目にすれば誰もが彼女と同じ行動をとろうとするだろう。こともあろうにパチュリーは後ろを振り向こうとして――。

 

「SHANHAAAAII・・・・・・・・・・・・」

 

 耳元でもたれ掛かるような重い声が聞こえた。戦慄する。一瞬死を連想させるほどの声。攻撃をしよう、という発想は無かった。すぐに逃げなければ。だがみんなに知らせなければ。

 

 パチュリーは全力で走った。レミリアの部屋に向かう途中で血だまりを発見した。だがそこに死体は無い。小悪魔のかもしれない。だがそれを今確認する余裕はない。そもそもそんな発想もなかった。

 

「はぁッ、はぁッ!!」

 

 動悸が激しくなる。息が苦しい。普段から運動不足ではあるが、ここまで呼吸が乱れるのは初めてだ。ましてや図書館からレミリアの部屋というわずか数十秒の廊下で。

 

 やっと辿り着いた。だが不吉な予感は全く拭えない。何かが、何かが自分の後ろ、横、上、下。どこかにいるような気がしてならないのだ。

 

 ドアを開こうと手をドアノブに回した。感触が別人みたいな気がした。自分の意識は既にここに無いような気がしている。

 

 部屋に入った。レミリアと例の人間。それとやっぱり反抗して折檻を受けたのであろう咲夜の姿。私は出来るだけ短く、要点をまとめたつもりだった。永遠の時間に感じた。ゆっくりと、視界が揺らいでいく。

 

「・・・・・・??」

 

 こんなときに貧血か? いや、そんなことに構っている暇はない。紅魔館がヤバいのだ。早く、早くこの事をレミィに伝えなくては・・・・・・。

 

「・・・・・・」

 

 だが、声が出ない。息が吸えないのだ。何だ、一体、何が起こってる? 私から抜けるように無くなっていくこの感覚は何だ?

 

 何かがここにいる。

 

「SHANHAAAAII・・・・・・」

 

「パチェェェーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

 レミリアの視力は人間のものとは比べ物にならないほど、優れている。だから、ドッピオがパチュリーの首もとから血液が大量に吹き出したのを見てただただ恐怖する光景の中から確かに原因を見たのだ。

 

 パチュリーの首、血が吹き出している辺り。そこに一瞬だけ凄まじい力が加えられ、彼女の首の血管が破裂したのを見た。

 

 さらに、首以外にもブシュッ!! ドビュッ!! と腕、わき腹、足と全身から次々に血管が破裂していく。

 

 何かがいる。そのパチュリーの言葉をレミリアは正確に読みとっていた。

 

「紅符『スカーレットシュゥゥーーーート』ッッ!!」

 

 パチュリーの周囲に目標を定め、レミリアは『キラークイーン』に自分を投げ飛ばさせながら、大玉の紅い弾幕を展開した。

 

 レミリアの放った紅弾はパチュリーの周囲に至るとバァン! と破裂音を上げた。それは対象に弾幕が当たったことを意味している。

 

 だが、そこには何もいない。

 

「・・・・・・ッ!! 『透明』の何かが・・・・・・ッ!?」

 

 レミリアはすぐにそう判断した。すぐさまパチュリーの側に降り立ち彼女の様子を確認する。

 

 パチュリーは既に人間であれば致死量の血液を流していた。いくら魔法使いといえど、これ以上血を流すのはマズイ。

 

 血を止めるために彼女は『スタンド』を出した。

 

「『キラークイーン』ッ!! パチュリー・ノーレッジを『爆弾』にしなさいッ!!」

 

 『キラークイーン』はレミリアの命令通りにパチュリーに振れて『爆弾化』する。ちなみに、着火型の爆弾にした物体はどんな力を加えられても『形状を維持する』という性質が加わる(接触型にはその性質はない)。

 

 その誓約によってパチュリーの体――――つまり血液の流れは普段通りの形状を維持するのだ。したがって、血管は破裂したままになってはいるが、血液はきちんと巡るようになる。

 

 ギリギリの応急処置だ。何せレミリアはもうスタンドの能力が使えなくなる。爆弾に出来る物体は一個までなのだ。

 

 レミリアはすぐに別の行動に移る。

 

「・・・・・・ドッピオ、とか言ったわね? 悪いけど、今あなたに構っている暇はないわ。見ての通り、『緊急事態』よ」

 

 ドッピオの反応からこの件に彼は無関係だとレミリアは分かっていた。当然、ドッピオ自身に覚えはない。そもそもパチュリーと彼は初対面である。

 

「・・・・・・どうやらそうみたいだな」

 

 ドッピオにレミリアの提案に異を唱える利点は無い。素直に休戦の提案を受け入れた。

 

「私は『何か』の纖滅に当たらなくてはならない。パチュリーはここに置いておくわ・・・・・・。それと咲夜もここに置いておく。でも絶対に手を出すなよ」

 

 そう言い残してレミリアは部屋を出た。

 

「・・・・・・つまり、見張っておけ。ってことか?」

 

 明らかにレミリアの瞳はそれを物語っていた。ドッピオは容易にそれが読みとれた。

 

 だが、拒否はしない。パチュリーのことはともかく、このまま咲夜を放っておくと本当に死んでしまう恐れがある。

 

 既にドッピオにとって咲夜は赤の他人ではなかった。

 

「・・・・・・勝手に死なれちゃあ後味が悪いぜ・・・・・・」

 

 ドッピオは部屋にあるものを適当に繕って、咲夜の応急処置を始めた。

 

 

 24話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 途中で思いついたシリーズ

 

レミリア「紅符『スカーレットシュゥゥゥゥーーーーーーー』ッッ!! 弾幕を見えない何かに向かってッ!! 超ッ!! エキサイティンッッ!!」



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紅の十字架①

第1章の最後です。


 ボスとジョルノの幻想訪問記 第24話

 

 紅の十字架①

 

 午前3時14分。

 

 レミリアとドッピオは禍根を残しながらも一旦休戦となった。パチュリーの言うとおり、この屋敷に何かが大量にいる。今まで気が付かなかったのは咲夜やドッピオに気を向けていたからだろう。

 

 ――――自分の愚かさに腹が立つ。

 

 咲夜が自分に対して余り良い印象を持っていないのは重々承知だった。当然だ。まるで人間のような扱いをしてこなかったのだから。

 

 それに気が付いたのは2年ほど前。咲夜がうっかりレミリアの聞こえる範囲で愚痴をこぼしていたからだった。その時は本気でぶっ殺してやろうか、と思ったがパチュリーに諫められて事なきを得た。

 

 その日から、咲夜の行動の節々に自分に対する恨めしさが目に付くようになった。意識して見なければ分からないサイン。いつもと変わらない彼女の行動の中に、ここまで憎しみが含まれているとは思わなかったのだ。

 

 謝らなくては、でもどうやって? 今更合わせる顔がない。そもそも咲夜が許してくれるなんて保証はどこにもない。

 

 『今更』過ぎる。気が付けば二人の心の間には確かな隔たりが存在していた。

 

 だけど咲夜が自分の元から離れることはなかった。いつも通りの時間が過ぎていくのだ。その異常がレミリアの倫理観を次第に、トーストに塗ったバターのように、溶けさせていった。

 

 それでも、この前咲夜が自分に初めて反抗してきたことには驚いた。同時に怒りと悲しみが襲ってきた。やっぱり、もう限界だったんじゃあないか。修復不可能なほどすれ違っていく二人。どうしていいか分からなかった。連れ戻した後も、咲夜の顔も見れなかった。みんなの前では気丈に振る舞っていたが、どうしようもなかった。どうしようも無いから咲夜を見なくて済むように地下へ送った。本当に地下室に行くのはどっちか、よく分からない。ただ一つだけ言えるのは私は逃げてただけだった。現実から目を背けていた。

 

 咲夜、咲夜。あぁ、咲夜。謝らなくては。もう二度と犬なんて呼ばないから。もう二度と物扱いしないから。悪かったのは私。ごめんなさいごめんなさい。だから、だから――――。

 

「――――私、十六夜咲夜はこの男と結婚を前提に――――」

 

 その言葉は私の理性を崩壊させた。もうダメだ。ここで私と咲夜の日常は終わってしまった。私が何と言おうと、もう咲夜は戻ってこない。咲夜が結婚したい、という言葉はつまるところ『決別』だ。

 

 ドッピオを殺したところで、咲夜をつなぎ止めることにはならない。

 

 既に十六夜咲夜は『十六夜咲夜』じゃあない。

 

 私が名前を付けた『十六夜咲夜』はもう戻ってこない。

 

 だからって、あんなに酷い言葉を投げかけた自分がやるせない。人間じゃあないなんて言っていた自分が最も人間離れしているのに。よっぽど咲夜の方が人間だ。自分は果たして心ある生物かどうかも疑わしい。

 

 いや、よそう。もう、いいのだ。今は咲夜との別れを悲しんでいる場合じゃあない。後悔している場合じゃあない。私の独りよがりな怒りに任せた行動で、敵の進入に気付かずパチュリーを傷つけた。

 

 これ以上失う物があってはならない。私は十六夜咲夜の母親じゃあない。紅魔館の主なのだ。これ以上、咲夜に構ってても私は腐り果てるだけだ。

 

 ・・・・・・そうだ、せめて最後はみんなで笑顔で送り出そう。フランドールも説得して。咲夜は閉口するかもしれないけど、不思議に思うかもしれないけど。

 

 ちっぽけだけど、これがせめてもの償いになれば・・・・・・それでいい。

 

*   *   *

 

 レミリアが部屋を出て、1階に降りようとしたとき丁度反対側から美鈴が飛んできた。

 

「お、お嬢様ッ!?」

 

「美鈴、いいところに! 緊急事態なの、手を貸しなさい!」

 

 無論、美鈴が断る筈がない。美鈴はさっきまで仮眠中だったが、レミリアやパチュリーと同様に何かの気配を察知して飛び起きたのだった。

 

「『どこ』に『何』がいるか、あなたの能力で全て教えなさい」

 

「は、はい!」

 

 美鈴の能力は『気を使う程度の能力』。気遣いが常人より出来る、という社交的にとても便利な能力だ。コミュ症の改善は美鈴とのカウンセリングを是非ともお勧めしたい。ついでに生物の気配も探れる。

 

 すぐに紅魔館内の気配察知に移る美鈴だが、表情が険しいものに変わっていく。

 

「・・・・・・どうかしたの?」

 

「い、いえ・・・・・・私が察知した気配は・・・・・・8つ。内2つは私とお嬢様。3つの気配がお嬢様の部屋に固まっていますが・・・・・・」

 

「・・・・・・それは多分、咲夜とパチュリーとドッピオって奴よ」

 

 ドッピオ? 美鈴は永遠亭で出会ったあの青年の顔を思い浮かべる。なぜ紅魔館に来ているのだろう?

 

「それで、他の3つは?」

 

「あ、えっと・・・・・・紅魔館庭園に二人。おそらく、訪問者でしょう。この時間の訪問は・・・・・・敵と見て間違いないです。あと一人は・・・・・・地下にいますね。妹様だと思います」

 

「・・・・・・美鈴。あなたの気配察知の性能のすばらしさは認めるわ。おそらく、あなたの答えは正しい。私が言いたいことは2つよ」

 

 美鈴の答えにレミリアは冷静さを維持して答える。

 

「1つは、小悪魔の存在。庭園の二人を敵と見るなら、私たちの中で小悪魔だけがいないことになるわ。――――おそらく、もう彼女は殺された」

 

「・・・・・・」

 

 もちろん、美鈴にもそのことは薄々理解できた。だが、もっと別の問題がある。

 

 2つ目だ。

 

 

「何故、気配が『8つ』しか無いの??」

 

 

 紅魔館の中には生物は8体しか存在しない――――。

 

 そう、『生物』は・・・・・・。

 

 午前3時21分。

 

*   *   *

 

 時は若干遡り、午前2時半。人里のとあるラブh・・・・・・民宿。

 

「どうだ、ジョルノ。調子は?」

 

「・・・・・・痛みはないです。眠気は若干残ってますが」

 

 藤原妹紅とジョルノ・ジョバァーナはきっかり6時間の睡眠をとって人里を出発しようとしていた。

 

 ジョルノは自分の両手を眺めて閉じたり開いたりして動作を確認する。6時間前は指先の第一関節から上が消失していたとは思えないほどの万全振りだ。さすがは蓬莱人の血。

 

「それはハッピーなことだ。行くぞ、私たちに時間はあまり無いんだから」

 

 妹紅はそう言って足早に宿を出た。

 

 彼女の言うとおり、永遠亭には精神を壊された鈴仙、液体化して動けない永琳、両腕の繋がった意識不明の慧音。更に恐らくは連れ去られたであろうドッピオの安否も未だ不明のままだ。

 

 一刻も早くスタンドによって『ありとあらゆるものを直す程度の能力』を新たに得たフランドールを屈服させて、全員を直して貰わなければならない。

 

 二人の意見は一致していた。

 

「行きましょう、妹紅」

 

 二人は深夜の人里を出ていった。かけがえのない笑顔を取り戻すために。

 

 

 

 妹紅の案内で霧の湖にやってきた二人。辺りは真っ暗だが妹紅が火を焚いてくれているおかげで二人の周りは明るかった。本来ならば宵闇の妖怪とか氷の妖精とかが弾幕ごっこを仕掛けてきそうだが、二人は特にそんな妨害を受けずにここまで来れた。もう紅魔館は目と鼻の先だ。

 

「・・・・・・時に妹紅。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』と『ありとあらゆるものを直す程度の能力』を持つという吸血鬼、フランドール・スカーレットを屈服させると言ってますが、何か策はあるんですか?」

 

 ジョルノは歩きながら尋ねる。

 

「・・・・・・当然よ。私が無策で相手に挑むなんて、そんな馬鹿丸だしの行為をするはずが無いじゃあない」

 

 基本的に無策で輝夜との殺し合いに興じてきた妹紅はドヤ顔でそう言った。

 

 説得力は皆無。だが彼女は全く気にも留めずに話を続ける。

 

「私のスタンドは『スパイスガール』。『殴った物体を柔らかくする程度の能力』だけど、ちょっと使い方を応用すればフランドールの能力に対抗できるわ」

 

「どういうことでしょう?」

 

 妹紅は『スパイスガール』を自分の背後に出し、

 

「それぞれの物体には『破壊の目』というものが存在するの。その一点にほんの少しでも力を加えればその物体は一気に瓦解する。フランドールの前者の能力は正確に言えば、この『破壊の目を手元に瞬間移動させる程度の能力』ってことよ。結果としてそれを握りしめれば物体も壊れるってわけ」

 

 これがぎゅっとしてドカーンの真相である。

 

「理屈は・・・・・・分かりませんが、この幻想郷で理屈とか言ってたらキリがないですからね・・・・・・。では、『破壊の目』を掴まれたらその時点で生存を諦めましょうってことですか?」

 

 そもそもの話、破壊の目なんてものを知らないジョルノにフランドールの攻撃に対する対策は一切無い。鈴仙がされたように壊すのと直すのをフランドールが飽きるまで交互にされて、終了だ。

 

「不死の私はともかく、ジョルノはそうなるだろうね・・・・・・。だから唯一の対策はフランドールに破壊の目を掴ませないってことなんだろうけど」

 

 フランドールが一体どうやって肉眼では見えない破壊の目を手元に引き寄せているか、妹紅でさえ知り得ないことである。

 

「不可能ですよ。聞けばフランドールは手を握るだけで能力が発動するそうですが、破壊の目を手元に瞬間移動させることにはノーモーションなんですよね?」

 

 ジョルノの言う通り、フランドールはノーモーションで破壊の目を自分の手の中に瞬間移動させられる。つまりフランドールの前に姿を現した時点で命を握られているのと同義である。

 

 急に不安になってきたジョルノだったが、ここで妹紅は『スパイスガール』を示した。

 

「――――そこで、こいつの出番さ。『スパイスガール』によって物体を柔らかくすれば『破壊の目』も柔らかくなる。そうするとどうなると思う?」

 

「・・・・・・フランドールが破壊の目を握ると『グニィ』ってことでしょうか?」

 

「そう、正解」

 

 つまり、妹紅の仮定は「『スパイスガール』で物体を破壊の目ごと柔らかくすればフランドールが破壊の目を潰そうとしても出来ない。だからフランドールの一つ目の能力は防ぐことが出来る」というものだった。

 

「ヤワラカイトイウコトハ、ダイアモンドヨリモコワレナイッ!!」

 

 スパイスガールはジョルノに向かって誇らしげに言った。どこかで聞いたことのある台詞だ。

 

「そしてだよ、ジョルノ。この作戦がうまく行けば・・・・・・フランドールはどう思う?」

 

 妹紅はにやり、と口角を上げてジョルノに尋ねた。

 

「『こいつらは壊せない、どうして!?』と、思うわけだよ。心に動揺が生まれる。心に動揺が生まれると、行動に隙が出来る」

 

 ジョルノが答える前に妹紅は説明を始めた。

 

「何せ、最凶・最悪の名を欲しいままにした能力だ。通用しない相手がいるってことになると、相当焦るはずよ」

 

 彼女の言説には頷けるものがあった。確かに、人間は『切り札』を看過されると敗北を想定し始める。弾幕ごっこはそれの最たる例だ。スペルカード、もとい『切り札』を全て見切られたら負け、というルールはまさに人間の勝敗に関する心理を端的に示している。

 

「――――つまり、フランドールに敗北のイメージを与えるってことですか?」

 

「そうよ。奴らは吸血鬼。物理的ダメージにはめっぽう強くても精神的ダメージには案外脆い。幼いのもあるだろうけど、情緒不安定なフランドールにはきっと顕著に表れるはずよ」

 

 そして、その隙を突いてフランドールを撃破するというわけか。

 

 理にかなっている作戦だ。

 

 

「――――と、お喋りしている間に着いたわ」

 

 二人はようやく紅魔館にたどり着いた。ジョルノが腕時計を確認すると現在時刻は午前3時11分。ここまでの道のりで妖怪に遭わなかったのは幸運だった。

 

「ここが正門ですか。本当なら美鈴さんがいるんですよね?」

 

 ジョルノは門に手を触れて重い鉄扉の感触を確かめる。

 

「この時間は仮眠中なんじゃあない? 多分」

 

 意外と適当な勘がよく当たる妹紅だが、そんなことを知る由もない。二人は特に躊躇もなく扉を開けた。どうやら鍵は掛かっていないらしい。

 

 門の中に入るとまず広い庭園が目に入る。後ろにそびえる真紅の館とは対照的に緑が美しい庭園である。今は深夜のためその美しさは見れないのだが。

 

 とりあえず二人は屋敷を目指す。自分たちの目標はフランドールただ一人だ。屋敷の地下に普段はいるらしいが、今は・・・・・・。

 

 と、二人は庭園の真ん中で足を止めた。ちょいちょい、とジョルノが手招きする先には植物の中にあるちょっとした空間。

 

「――――!」

 

 ではない。確かに空間ではあるのだが、人為的に設計されて作られた休憩スペースという訳じゃ無さそうだった。

 

 明らかに争った形跡がある。それもかなり最近のものだ。

 

 なぜ時期まで分かるのか?

 

「・・・・・・血だ」

 

 ジョルノの言う通り、その空間にはまだ固まっていない大量の血液がぶちまけられていたのだ。

 

 地面の上であるのにまだ血が染みていないということは『つい5分ほど前』くらいにここで何かがあったということ。

 

「ジョルノ、これは・・・・・・っておい! 触るなよ、止めとけ・・・・・・」

 

 妹紅の制止も聞かずにジョルノは血だまりの地面に膝を着いて血を掬う。

 

「・・・・・・『ゴールドエクスペリエンス』」

 

 そしてスタンドを現出させ、能力を発動する。対象はもちろん、彼が両手に溜めている血液だ。

 

「・・・・・・」

 

 妹紅は黙ってその様子を見ていた。と、彼女の目に映ったのは血の中から蚊が一匹、飛び立つところだった。

 

 ぷ~ん・・・・・・と音を立てながらジョルノと妹紅の周りを飛び回る蚊。妹紅には何故ジョルノが蚊を生み出したか理解できなかったが、ジョルノは蚊の様子を見て血相を変える。

 

 すぐに『ゴールドエクスペリエンス』の能力を解除し、手に着いた血をポケットから取り出したハンカチで拭って紅魔館に向かって歩く。妹紅には一切説明がないため「おい、ジョルノ! どうしたんだよ」と彼女はたまらず訊ねた。

 

 ジョルノの答えは短く、冷静なものだった。

 

「・・・・・・既に一人死んでいる」

 

 その言葉を聞いた妹紅は顔色を変えた。

 

 午前3時21分。

 

*   *   *

 

 十六夜咲夜は明らかにリタイアだ。ドッピオは全身に深いダメージを負った咲夜を見て大層気の毒に思った。幸い致命傷が一つもないのがせめてもの幸運というべきか。うまく『ホワイトアルバム』で守ったのだろう。

 

「・・・・・・しかし、鼻の骨まで折るとは・・・・・・」

 

 二人の重傷者を先ほどの戦闘のせいでボロボロになったレミリアのベッドに並べてドッピオは息をついた。

 

 何とか二人とも死なずには済みそうだ。だが、パチュリー(って呼ばれてた女性)はレミリアの『爆弾化』によって止血は出来ているが、彼女が解除すればまた出血し始めるだろう。

 

 自分だけでは破裂した血管の縫合など不可能だ。永琳か、せめてジョルノがいなければ。

 

「・・・・・・全く、俺の目の前で死なれるのは後味悪いってもんだぜ・・・・・・」

 

 包帯まみれ(カーテンで作った)の咲夜を見て再びドッピオはため息を着いた。

 

 一体、なんだってこんな美しい女性が俺との結婚なんかのために体を張っているのか・・・・・・。

 

(わっかんねぇ~~・・・・・・。わっかんねぇ・・・・・・けどよ~~~・・・・・・)

 

 まだ全然現実味を帯びていない話に頭がクラクラするがドッピオは段々と現実を受け止め始めていた。

 

(・・・・・・)

 

 横たわる咲夜を見て彼は何を考えているのか。それは深層心理にいるディアボロでさえ知り得ないことだ。

 

 ドッピオは再三大きなため息を吐きつつ弾幕のせいで羽毛がボサボサに飛び出している高級『だった』ソファーに深く腰掛けた。なんだか急に疲れてきたな・・・・・・。

 

 ――――と、レミリアの部屋のドアが開いた。

 

 ぎぃぃぃぃ・・・・・・ばたん。

 

「・・・・・・だ、誰だ?」

 

 ドアが開かれるが、そこには誰もいない。閉め忘れただけか? にしては自動で閉じたな。と、思いドッピオがソファーから腰を上げると――――。

 

 ひたっ、ひたっ・・・・・・

 

「――――ッッ!!!」

 

 何もない空間から足音がするのだ!!

 

 まさしく、ドッピオにとってこれは恐怖でしかない。映画とかでしか見たことがないフィクションの世界が、今まさに現実として自分の目の前に現れている事実!!

 

「こ、これは・・・・・・!? だ、誰だッ!! そ、そ、そこに、いるのはァァーーーーーッッ!?」

 

 ひたっ、ひたっ、ひたっ・・・・・・

 

 次第にドッピオの方向に近づいてくる足音。ドッピオがその音に注目していると、ドアからこっちに『足跡』が向かって来ていたことが分かった。

 

 絨毯で少し見えづらいが、確かに『赤い足跡』が――――。

 

「KOAAAAAA・・・・・・」

 

 近付いてきている何かは腹の底から生気を吐き出すような音を出す。

 

「・・・・・・ッ!! 『墓碑名(エピタフ)』ッ!!」

 

 ベッドの方向ではなくこちらに『見えない何かが』向かってきている。ドッピオは何かいる、と確信してスタンドを出した。

 

 当然、戦うためだ。自分は今逃げることは出来ない。覚悟を決めなくては――――。

 

 

 

 午前3時25分。

 

 

 

 第25話へ続く・・・・・・。



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紅の十字架②

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第25話

 

 紅の十字架②

 

 ドッピオは何かがドアを開けてこの部屋に入ってきたことを理解している。さらに、その『何か』は目の前にいる筈なのに姿が見えない。

 

 つまり、透明なのだ。

 

(と、透明の敵・・・・・・! だが、足跡のペースから察するに・・・・・・動きは緩慢だ!)

 

 ひたっ、ひたっ・・・・・・と、一定のゆっくりとした足取りでドッピオに向かってくる透明の敵。時折「KOAAAAAAAA・・・・・・」と長い溜息のような声を発している。

 

 いくら透明でも、場所は丸分かりだ。

 

「『墓碑名(エピタフ)』ッ!!」

 

 ドッピオは自分の射程圏内に入ったであろう敵を『墓碑名(エピタフ)』の拳で殴りつける。

 

 ドゴォッ!! と、ドッピオの予想をいい意味で裏切るヒットだった。なんと敵は避けも防ぎもせず、ドッピオの拳を受けたのだ。いくら、ドッピオといえど『墓碑名(エピタフ)』の腕はパワーAの『キングクリムゾン』の物である。右腕しかないが、その拳の強さは『ゴールドエクスペリエンス』よりも上だ。

 

「・・・・・・何だ? 弱っちいな・・・・・・」

 

 これなら未来を想定しつつ多面的な思考を使う必要もない。『墓碑名(エピタフ)』のごり押しで十分だ。

 

「勝てるッ! いくら姿が見えなかろうと、テメェー自身が弱けりゃ意味は無ェーーーッ!!」

 

 ドッピオはベチャっと倒れた透明の敵に向かって更に追撃をかけた。足で踏みつけ、『墓碑名(エピタフ)』の右腕によるラッシュをかける。

 

「オラオラオラァアーーーーーッ!!! 消え失せろやクソがァァーーーーーーーッッ!!!」

 

 怒号を発して見えない何かに怒濤の攻撃を浴びせる。十分な手応えだ。最後に右足で思いっきり蹴り抜いた。

 

「は、ハァ・・・・・・! どうだ、てめぇ・・・・・・雑魚の癖に、この俺をびっくりさせやがってェ~~~・・・・・・」

 

 とにかく、これで危機は去っただろう。と、ドッピオは咲夜とパチュリーの眠っているベッドを見る。大丈夫だ。特に変化は無――――。

 

 ブシュゥ・・・・・・。

 

 右足に不自然な痛みを感じてドッピオは足下を見る。

 

「・・・・・・な、ん・・・・・・だよッ!!」

 

 何かに足を掴まれていた。いや、間違いなくさっきまでドッピオが攻撃していた見えない敵である。こんなに早く動けるとは思っていなかった。

 

「ぐッ・・・・・・くそッ!! さっさと死ねよクソッタレがァァーーーーーーーッ!!」

 

 右足を掴む力はかなり強かった。あまりの強さに右足首の血管が破裂していたのだ。ドッピオの足から勢いよく血が流れる。その血は見えない何かの腕を伝っていった。伝っていった血は見える。

 

 すぐドッピオは逆の足で自分の血によって正確な場所――――やはり腕のようだ――――を踏みつける。敵はたまらず腕を離して今度はドッピオの踏みつけた方の足を掴もうとする。

 

「おっと!」

 

 だが、血が付いているためそこの部分だけが透明ではなかった。

 

(本体は透明だが実体はある・・・・・・。俺の血が付着した箇所も見えるってことは、ただ透明なだけの奴か? しかしこのタフさは何だってんだ??)

 

 足首から血が流れる。痛みはあるが動けないほどではない。

 

 ドッピオは自分はともかく、確実に再起不能になるくらいにはボコボコにした透明の敵がすぐに襲ってきたことに対して疑問を持っていた。

 

 吸血鬼ならばあり得る。だが、レミリアの様子からじゃあ透明の吸血鬼が元からこの紅魔館にいたとは考えづらい。そもそも、その個体数の少なさから異常性愛が起こり得る種族なのだ。さっきレミリアがパチュリーの周りにいた他の奴を倒していた(かどうかは定かではない)が、透明の敵の数は多いと考えるのが妥当だろう。すると吸血鬼という線は無くなる。

 

(・・・・・・分からん。だが、イヤな予感がする・・・・・・。複数体敵は紅魔館に入ってきてるらしいが・・・・・・)

 

 そこまで考え、目の前の敵がいつの間にか起きあがり再びヒタ、ヒタ、とこちらに歩いてきていることに気が付いた。

 

「チィッ!! なめんじゃあねぇぞォォッ!!」

 

 激高しながら『墓碑名(エピタフ)』の拳を叩き込む。二発、三発と攻撃を加えて最後に渾身の一撃を入れた。

 

 ドザァッ、と敵は背後に吹っ飛び倒れるような音がする。ドッピオの血がおそらくは敵の腕に付着しているため透明だからといって見失うことはない。

 

 だが――――。

 

「KOAAAAAA・・・・・・」

 

「・・・・・・ッ!! まだ死なないのか!?」

 

 再び立ち上がる。その光景にドッピオの脳裏に「こいつは殺せないのでは?」という考えが浮かぶ。まるでゾンビ映画の中の主人公のような気分だった。

 

 あまりのタフさにドッピオが一歩、足を引いた。

 

(打撃では倒せないのか・・・・・・? な、何か、この部屋に武器になる物は・・・・・・!)

 

 ドッピオが後ろを見ると咲夜とパチュリーが眠っているベッド。それ以外にこの部屋には・・・・・・。

 

 と、部屋の東側の壁(レミリアの部屋は太陽の日が射し込まないように北側にのみ窓がある。また、廊下に出る扉は南に。西と東は壁である)付近に、大量のナイフが落ちているのを発見する。おそらくは咲夜の投げたものだろう。

 

 打撃がダメならば斬撃はどうか。そう思い、一目散にナイフを拾いに走った。

 

「これならいけるかッ? 透明とはいえ、体中に突き刺せばどこか急所に入るはず!」

 

 拾えるだけナイフを拾い、敵がいる方向を振り向いた。

 

 ・・・・・・足音が聞こえない。てっきり追いかけてくるものと思っていたのだが・・・・・・。

 

 追ってきていない? いいや、違った。この透明の敵はドッピオを狙っていたんじゃあなかった。

 

 『一番近い人間』を攻撃していたに過ぎなかったのだ。

 

「てめぇぇーーーーーーッ!!! 何してんだ俺を狙えェェーーーーーッ!!!」

 

 足跡がベッドの前で止まっていた。つまり、既に――――。

 

 どしゅ、ボト・・・・・・。

 

「KOAAAAAAAAA・・・・・・」

 

 ベッドから何かが転がり落ちた。

 

「う、わ、あああああああああああッ!!! やめろ、やめてくれェーーーーーーーッ!!!」

 

 ドッピオの目には何が落ちたか分かっていた。大声で叫び、走り、抵抗の出来ない彼女たちに忍び寄る悪意を殺さなくては。

 

 まだ、まだ間に合う。まだ、『片方』だけだ。

 

「『墓碑名(エピタフ)』ッ!!」

 

 ドッピオはスタンドを出してナイフを握らせる。そしてベッドに飛び込み、同時に透明の敵――――ドッピオ血が付いた腕に深々と突き刺した。

 

 そのまま、腕を絡め取りドッピオは敵を掴みベッドの外へと追い出した。すぐにドッピオは咲夜とパチュリーの様子を確認する。

 

「・・・・・・ッあ、あ」

 

 ドッピオの喉から出たのは声にならない叫びだった。

 

 ベッドから落ちたのは『眼球』。

 

 そして咲夜の右顔面には不自然な虚空が空いていた。

 

「お、俺のせいだ・・・・・・ッ!! 俺が、ナイフなんて取りに行くから」

 

 あんまりじゃあないか。俺のために彼女が鼻を折られ、全身を再起不能になるまで痛めつけられ、挙げ句右目まで失った。

 

 前者は咲夜のせいでもある。そういう思いもあった。だが、今のは違う。明らかに自分のミスだった。敵は自分を狙うものだと勝手に勘違いしていたからこうなった。

 

 あんまりじゃあないのか? どうして咲夜はここまで不幸な目に?

 

「ち、畜生ッ!! この『敵』ッ!! ぶっ殺してや・・・・・・」

 

 現実の理不尽さに怒りを覚え、ドッピオが後ろを振り向いた直後。

 

「KOOOOAAAAAAAAA・・・・・・」

 

 重くのしかかる息が鼻にかかった。

 

「しまッ・・・・・・!!」

 

 た、と思う間もなくドッピオの首に凄まじい力が加えられ――――。

 

「――――ッ!!」

 

 首の血管が破裂した。同時にドッピオは『墓碑名(エピタフ)』に握らせていたナイフで首を掴む何かを切断する。

 

 ぶびゅっ、と首から大量の血が吹き出す。このままではマズイ、と無意識に判断したドッピオは噴水のように流れる血を止めるために『墓碑名(エピタフ)』で首を押さえさせた。

 

「・・・・・・が、ぎッ・・・・・・」

 

 軽く押さえるだけでは破裂した血管から吹き出す血の流れは止められない。端的に言えばドッピオは自分の首を絞めて血の流れを止めていたのだ。もちろん、出血はある程度収まるが呼吸ができなくなる。さらに『墓碑名(エピタフ)』での行為であるため以降はスタンドを使った攻撃も余り出来ない。もし攻撃しようと手を離そうものなら1分足らずで失血多量で死んでしまうだろう。かと言ってこのまま首を絞めても酸素不足で死んでしまう。

 

 ドッピオの命は残り1分を切っていると言っても過言ではない。

 

「KOAAAAAA・・・・・・」

 

 しかも敵は倒せていないのだ。状況は限りなくまずかった。

 

 だが、こんな限りなく絶望的な状況下でドッピオはとんでもない作戦を思いつく。(正確にはディアボロがドッピオの深層心理をつき動かした。死に瀕した経験なら百戦錬磨の彼にとって頸動脈のプッツン程度の状況は幾度となくあっただろう。焦ることなく最善を選び取る)

 

「・・・・・・!!」

 

 迷っていられない。自分に残されている時間はもう無い。あとは死ぬだけなのだ。

 

 敵を見るとおそらく、人間の形をしていることが分かる。ドッピオの血や咲夜の血によっておおまかな輪郭が見えていた。

 

 ドッピオは敵に飛びついた。既に意識は半分飛びかけており本来なら敵を組み伏せる力も残っていない。

 

 だが、そんなことは関係ない。勢いに任せて飛び込むと、思った通り鈍重な敵はぐらついて床に倒れた。その上にドッピオが覆い被さる形になる。

 

 そしてドッピオは敵の腕と思われる箇所に自分の腕を重ねた。敵の手に力が込められ、ドッピオの手を握りつぶそうとする。だが、その前に――――。

 

「エ・・・・・・フ」

 

 『墓碑名(エピタフ)』は彼の首から手を離してナイフを持った。そんなことをすれば再び首から血が流れ出し、ドッピオの死期が早まるだけである。だが、そうせざるを得ない。

 

 敵を止めるにはこの『手』しかなかった。

 

 こともあろうか、『墓碑名(エピタフ)』はドッピオと敵の重なった両肘を床に縫いつけるように、ナイフで串刺しにしたのだ!! 両腕とも固定した!

 

 ドッピオと透明の敵は地面に縫いつけられた形になった!

 

 すぐさま血が流れ出続けるドッピオは『墓碑名(エピタフ)』に首を絞め直させて出血を押さえる。だが、もうほとんど無意味な延命だった。

 

 自分は死ぬ。だが、せめて一矢報いたかった。どうしてこんなことをしているのか未だによく分かっていない。ただ少しだけ満足感と達成感があった。

 

「KOAAAAAAAA!!」

 

 敵はドッピオが上に重なり、両腕が不自由となっているため動くことは出来なかった。

 

 敵が動けないことを知り、ドッピオは少しだけ安心した。その安心感はドッピオの瞼を重くさせる。

 

 最後に扉が開く音がしたが、もしかすると夢かもしれない。現実であるならば、扉を開けたのが彼女たちにとっての味方であることを願うばかりだ。

 

 

 午前3時31分。

 

*   *   *

 

 紅魔館の庭園にいる暫定敵を倒すためにレミリアは玄関を突き破って庭園に降り立った。そこにいたのは当然、ジョルノ・ジョバァーナと藤原妹紅である。

 

「れ、レミリア・スカーレット!!」

 

 ジョルノはレミリアの姿を見るのは初めてである。コウモリの羽が背中にあるところを見ると彼女が吸血鬼の妹だと思ったがどうやら違ったようだ。妹紅がその名前を呼ぶ。(人の名をッ!)

 

「・・・・・・あら、人間・・・・・・。一体、どういうつもりかしら・・・・・・? 報復? 覚悟しなさいよ。あんたたちのせいでパチェが・・・・・・」

 

 レミリアは敵意を丸出しにして二人を睨みつけるが、当然二人にとっては身に覚えのない話である。

 

「・・・・・・ちょっと待て。パチェってパチュリーのことか?」

 

 妹紅はその名前に聞き覚えがあった。実際に見たことはないが、かつて彼女のために永遠亭で喘息の薬を買いに来たという従者を案内した経験がある。その時、話に出てくる名前だった。紅魔館に居候している魔女だという。

 

「ええ、そうよ。・・・・・・なんで名前知ってるのよ」

 

 レミリアからすればパチュリーの名前を知っている人間はほとんどいないという認識だった。紅魔館には基本人が来ない上にパチュリーは外出をしない。

 

「そこはどうでもいい。確かに私たちはお前等に用があって来たわけだが、まだ攻撃はしてない」

 

 ほとんど殴りこみに来たようなものだが、二人にはひっかかる節があった。

 

 庭園に残されていた新しい血だまりだ。紅魔館で何かが起きているのは容易に想像できる。

 

「何が起きている?」

 

 レミリアが答える望みは薄いかもしれないが、あえて妹紅は短く尋ねた。

 

「・・・・・・」

 

 ジョルノは黙っていた。レミリアという人物を推し量っているのだろう。

 

 レミリア側は混乱していた。妹紅の言うとおり、透明の敵がこいつらとは無関係であると薄々感づいていた。

 

 それに、透明の敵が発していた声に聞き覚えがあったのだ。

 

 彼女の直感はこいつらではない、ということを告げていた。

 

「ちょっとした家庭の事情よ。・・・・・・首を突っ込むな」

 

 やはりレミリアは答えをぼかす。ここで正直に答える意味はない。ここで二人を殺してしまっても構わないが、『キラークイーン』の爆弾が使えない状態(パチュリーの爆弾化が解除されてしまう)のため、負けないまでも苦戦は目に見えていた。

 

「既に一人死んでるらしいが・・・・・・それが家庭の事情なのか?」

 

「承知済みよ。あんただってすぐに死ぬじゃあないの」

 

 レミリアの返答に妹紅はギロっと睨んだが、無視。

 

 それよりもまず排除すべきは透明の敵だ。レミリアはすぐに屋敷内に戻ろうとする。

 

 それを呼び止めたのはずっと黙ったままのジョルノだった。

 

「――――おい」

 

 妹紅は内心ヒヤっとしていた。レミリアとの戦闘を避けられるチャンスだが、もしここでジョルノが『フランドール』という名前を出すとどうなるか分かったもんじゃあない。

 

 しかし、ジョルノが口にした名前は別の人物だった。

 

 

「・・・・・・ヴィネガー・ドッピオはどこにいる」

 

 

 レミリアは足を止めた。しばらく考えて、首だけを振り向かせて何事かを声に出す。

 

 今度は『真実』だった。

 

 午前3時25分。

 

*   *   *

 

 レミリアの命令で紅美鈴は厨房に向かっていた。本来ならこの時間は十六夜咲夜がレミリアとフランドールの夕食を作っている時間だが、二日前から彼女が失踪したせいで今は妖精メイドたちがてんやわんやする場所だ。

 

 だが、今日はどうにもそうではないらしい。厨房の部屋の前にたどり着いた美鈴が抱いた感想は『静か』であった。

 

 気配を察知してもここには誰もいないのである。紅魔館が雇っている妖精メイドは数十体。だが、何故か忽然と気配が消えてしまっている。

 

 明らかに『厨房』で何かが起きたということを物語っていた。

 

「・・・・・・っ」

 

 美鈴は扉に手をかけて開けようとする。だが開かない。この扉は外からは押して開けるタイプで、衛生上問題がないように気密性は完璧な扉である。内側から鍵でもかかっているのかと一瞬思ったがノブは回るのでそんなはずはない。

 

「・・・・・・内側から扉を押さえつけているのか? でも彼女たちにそんな力があるとは・・・・・・」

 

 もう一度、美鈴は力を込めて扉を押した。するとほんの少し扉が開いたかと思ったら――――。

 

 ばしゃっ!

 

「『ばしゃっ』??」

 

 自分の膝に生ぬるい液体が押し寄せた。とっさに扉から手を離してしまい、危うく転びそうになったが――――。

 

「・・・・・・って、何で部屋から水が・・・・・・」

 

 洪水でもあるまいし、と思って下を見ると驚愕する。

 

 水じゃあない。

 

 血だ。

 

「――――っ!!!」

 

 ばしゃ、ばしゃっ! と美鈴は慌てて扉から離れる。自分が今かいているのは冷や汗だとはっきり分かった。そして、「いや、まさか・・・・・・」と、自分の想像を否定する。

 

 まさか、厨房が血液で満たされているはずがないじゃあないか。

 

「~~~~~ッ!!!」

 

 自分の胃から異物が這い上がってくるような感覚。美鈴は口を押さえてその場から逃げ出すように走った。

 

 はっきりと理解してしまった。妖精メイドは姿を消したんじゃあなかった。

 

「お、ぷ・・・・・・うっ、・・・・・・ッ!」

 

 こみ上げてくる嘔吐感を喉の奥で我慢して美鈴は厨房を後にした。向かった先はフランドールがいるはずの地下室である。

 

 気配察知の情報ではあるが、フランドールと思われる気配は地下室から一向に動く気配はない。

 

 と、途中でレミリアと再び出会った。

 

「美鈴!」

 

「お、お嬢様ッ! ご無事でしたか・・・・・・!」

 

 聞くところによると来ていた二人組は敵ではなかったという。名前を聞いて美鈴は再び驚愕した。

 

「ドッピオって奴を連れ戻しに来たらしいわ。・・・・・・他に何か目的がありそうだったけど」

 

「・・・・・・じゃあ二人はお嬢様の部屋に?」

 

 美鈴がそう尋ねるとレミリアは首を縦に振った。美鈴はそれを聞いて安堵の声を漏らす。

 

「どうしたのよ? 顔見知り?」

 

 その様子にレミリアは疑問を投げかけた。

 

「はい。それに二人ならパチュリー様への応急処置も可能でしょう」

 

 その言葉にレミリアは顔を上げた。

 

「それはいいこと聞いたわね・・・・・・。殺さなくて正解だったわ。それで、そっちは?」

 

 美鈴は先ほどのことを全てそのままレミリアに伝える。彼女は美鈴の言葉に一度眉を動かしただけだったが、すぐに美鈴にパチュリー達の元へ行くように命令した。

 

「そしたら全員を速やかにここから脱出させなさい。私も地下にいるフランドールを連れて出てくるわ」

 

「だ、脱出ですか? 分かりました」

 

 美鈴は困惑しながらも了承した。二人はそれぞれ、向かうべき道に走っていった。

 

 

 午前3時30分。

 

 

 

 第26話に続く・・・・・・

 



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紅の十字架③

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第26話

 

 紅の十字架③

 

 午前3時31分。

 

 ドッピオが目を閉じる直前に部屋に入ってきたのは、ジョルノと妹紅だった。二人の目には部屋の中央でドッピオが地面から10センチ程度浮いているように写っただろう。

 

「ドッピオ!!」

 

 ジョルノはすぐに彼の元へと近付いた。と、ドッピオが実は透明の何かの上に倒れているのが分かる。

 

「KOAAAAA!!」

 

「――――ッ!?」

 

 妹紅も扉を閉めてすぐに二人の元へ駆け寄った。

 

「ドッピオの拘束を解いて離れてろジョルノ・・・・・・。下にいる『何か』私が消滅させる」

 

 妹紅のジョルノは頷き、彼と下の何かを固定している両肘のナイフを抜いた。

 

「KOOOOOOAAAGHHHHHッッ!!!」

 

 同時に透明の何かが声を上げて立ち上がろうとするが――――。

 

 

「最後の言葉はそれでいいか? ――――蓬莱『凱風快晴 ーフジヤマヴォルケイノー』」

 

 

 妹紅のスペルカードによってそいつは何かを言い残すこともなく、一瞬で消し炭になった。

 

「・・・・・・妹紅ッ!! 終わったんならこっちに『血』をお願いしますッ!! 『ゴールドエクスペリエンス』!!」

 

 ジョルノはドッピオの首元を凝視する。そこからは絶えず血が噴水のようにこぼれ出ており、一刻の猶予もない状況だった。

 

 スタンドで糸切れを『血管』に変える。もちろん、ジョルノに破裂した血管を塞ぐ手術能力は無い。だが、ドッピオの頸動脈は空気中に出た状態で破裂しており、ジョルノはそれを掴んだ。

 

「破裂を縫合するのではなく! 新しい道を作る発想!」

 

 ジョルノは破裂した血管の辺りを『GE』で綺麗に切断し、すぐに新しい血管をそこに差し替える。だが、まだ不十分だ。そこで用いるのが――――。

 

「私の血だ! 蓬莱人の血は傷口に実によく馴染む!」

 

 妹紅は落ちていたナイフで指を切り裂き、ドッピオの傷口に馴染ませる。するとものの数秒で――――。

 

「・・・・・・塞がった」

 

 ドッピオの首の傷は塞がった。だが、大量に血を流しているせいで意識がない。

 

 その後、足首と両腕の肘の応急処置も完了し二人は息を着く。

 

「――――意識は失っていますが、おそらく大丈夫です。ですが早く輸血処置を行わないと後遺症が残る恐れがあります」

 

 ジョルノはそう言ったが一旦は安心である。妹紅が「そうか」と胸をなで下ろした時、ドアが開かれた。

 

「妹紅、ジョルノ!」

 

 入ってきたのは紅美鈴。彼女は少し前にレミリアから命令を受けてこの部屋にやってきた。

 

「美鈴さんじゃあないですか。普通に元気そうですね」

 

「あ、ありがとうございます。・・・・・・じゃなくて!」

 

 普段から気を遣っている美鈴は社交辞令をせずにはいられない性分らしい。律儀に礼をしてからノリ突っ込みをしている。

 

「違います、私はあなた方と茶菓子を食べながら世間話に興じに来たわけじゃあないです!」

 

 そんなことは現在の紅魔館の状況を見れば分かる、と妹紅は眉をしかめた。

 

「知ってるよ。で、何の用だ?」

 

 美鈴の答えはパチュリーを助けて欲しい、というものだった。うすうす気が付いてはいたが、ベッドの上にも二人ほど動かない人間がいた。

 

 一人は美鈴の言うパチュリー・ノーレッジ。そしてもう一人は十六夜咲夜である。

 

(・・・・・・ドッピオはこの二人を守るためにわざと敵ごと地面に自分を括りつけていたのか?)

 

 幻想郷に来てまだ日が浅いドッピオがそのような行動を取るとは思えなかった。だが咲夜への拙い応急処置を見るとドッピオの仕業に見えなくもなかった。

 

 それより、咲夜の右眼球が無いが・・・・・・一体ここで何があったのだろうか。

 

 そしてパチュリーの状態もよく見ればおかしい。ドッピオのように血管が、それも全身の血管が、外気に触れるように露出して破裂しているのに全く出血していなかった。何か、見えない力で血の流れを強制されているような感じだ。

 

「この人の治療のことですが・・・・・・いいですよ」

 

 と、ジョルノは二人の状態を見て首を縦に振った。もちろん、妹紅は反対する。

 

「待て、ジョルノ。こいつらを治療して、一体私たちに何のメリットがある? 美鈴はいい奴かも知れないが、パチュリーの詳しい人格については私もよく分かっていない。咲夜はお前も戦ったように言わずもがな、情緒不安定だ。しかもこいつらは全員あの吸血鬼の手の者なんだぞ? あいつの一言で美鈴だって――――」

 

 そこまで妹紅が言って、言葉を止めた。ジョルノの目に揺るぎのない覚悟の色が見えたからだ。

 

「妹紅。あなたの言い分は実によく分かります。僕は間違ったことをしているかもしれない。ですが、僕自身は間違いだとは思いません」

 

 手に持った糸切れを血管に変えながらジョルノは話し続ける。

 

「ドッピオが守ろうとしていたものを僕は見殺しにすること。僕はそれこそ間違いだと思います。僕は彼女を治す」

 

 そう言ってジョルノは同じようにパチュリーの破裂した血管を治していく。

 

「・・・・・・まぁ、言っても聞かないってことはこれまでで重々承知だ。手伝うよ」

 

 妹紅はハァ、とため息を付いて傷口に血を馴染ませていく。それを見た美鈴は帽子を胸に当てて深く頭を下げた。

 

「ありがとう二人とも。レミリアお嬢様に代わってお礼申し上げます」

 

 その言葉に妹紅は「いや、いいよいいよ」と手を振るが。

 

「・・・・・・ついさっきまで拒否ってたじゃあないですか」

 

 とジョルノに咎められてしまっていた。

 

*   *   *

 

 美鈴と別れた後、レミリアは地下へと向かう階段に差し掛かった。だが、その階段は異様な気配が立ちこめている。

 

(・・・・・・いるわね。数匹、いや、十数匹くらい)

 

 レミリアはスペルカードを出す。『キラークイーン』がまともに使えない今、やはり弾幕による攻撃が最適だと考えたからだ。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』」

 

 彼女の手に生成されたのはどこまでも紅い紅い巨大な槍。狭い階段の中ではせいぜい突く程度でしか使えない(そもそもそれで十分なのだが)ので、何をするかと思いきや――――。

 

「・・・・・・槍は『投げるもの』」

 

 大きく振りかぶって、階段の下に向かって投げたッ!! そしてレミリアはすぐに飛び、槍に追いついてその上に乗った。

 

「そしてッ!! 『乗り物』ッ!! これぞカリスマの権化ッ!!!」

 

 見たことがあるはずだ。誰もが思う、『自分で飛んだ方が速い移動方法』。

 

 だが、その移動方法はこの場面においては正しい。なぜなら狭い狭い階段には至る所に、透明の敵が潜んでいたからだ。

 

「HOORAAAAAAAAAAIII!!!」

 

「JAPPAAAAAAAAA!!?」

 

「ROOOOOONNNNNNN!!!」

 

 レミリアの槍は凄まじい破壊力で次々と断末魔を生み出していく。透明の敵が一体どれほどいようと、一体一体が雑魚ければ何の意味もない、と言わんばかりの進撃。カリスマ。

 

 ズガンッ!! と、槍が地面に突き刺さりクルクルと回ってふわり。ゆっくりと床に降り立った。ものの数秒で地下へとたどり着いたレミリアはフランドールの自室を目指すが、やはり地下には敵が大量にいるのが分かる。姿が見えないのはやはり全員透明だからだろう。すかさずレミリアは二枚目のカードを切った。

 

 カードを切る前に数匹がレミリアの血管を破壊しようと近付くが――――。

 

「MARIAAAAAAAAACHI!」

 

「ORLEAAAAAAAAAAANNNN!!」

 

 彼女に触れることさえかなわない。

 

「紅符『スカーレットマイスタ』」

 

 レミリアは能力の使えない『キラークイーン』の手のひらに乗り、自身の脚力と『キラークイーン』の投擲力により爆発的な推進力を得て加速。もはや誰も追いつけまい。敵の攻撃を余裕で振り切り、ついでに弾幕を当てながら、わずか10秒程度で階段からフランドールの部屋にたどり着いたのであった。

 

「フランドール!!」

 

 そのままの勢いで部屋のドアを蹴り破る。美鈴はこの部屋にフランドールがいると言っていた。

 

 だが返事はない。レミリアの視界には何も写っていない。

 

「・・・・・・フランドール?」

 

 もう一度名前を呼ぶ。僅かな可能性にかけて、もう一度だけ自分の愛する妹の名を。だが返事はない。

 

 そこにいたのはフランドールじゃあなかった。

 

「・・・・・・槍符『キューティー大千槍』」

 

 レミリアの背後、更に頭上、顔面の正中線上ッ!! そこから突然声がかけられたのだッ!!

 

(違う、声じゃあないッ!! スペルカードだッ!!)

 

 そうすぐに気付くが、遅かった。レミリアが気が付いたときには背後から背中を一突き、二突き、三突きとそれだけでは収まらない。彼女の小さな小さな背中に何度も何度も鋭い槍のような物が深々と突き刺さった。

 

「ぐ、がふッ、ブフッ!!」

 

 その内の一発が彼女の喉を背後から串刺しにしたようだ。レミリアはたまらず血を吐いた。だが、敵は攻撃の手を緩めはしない。

 

「呪符『魔彩光の上海人形』」

 

 レミリアを挟むようにレーザーが展開され、その間を反射するように二本のレーザーが彼女を焼き切り刻む。

 

「・・・・・・あッ!!」

 

 高熱線に肉をえぐられる痛みに顔を歪ませる。

 

「――――恋符」

 

 ボロボロになっている彼女を更に追いつめるのは――――巨大な光線。だが、その声の主は変わっていない。全て同じ人物が唱えているのに――――。

 

 レミリアは分かっていた。一つ目と二つ目のスペルカードの持ち主と、今敵が使っているスペルカードの持ち主は別人であることを。

 

 声の主はおそらく、人形遣い。アリス・マーガトロイド。

 

 そしてこのスペルの持ち主は――――。

 

「『マスタースパーク』」

 

 失踪事件で話題だった霧雨魔理沙だ。

 

*   *   *

 

「――――そんな大技が私に当たると思っているのか?」

 

 避けた。レミリア・スカーレットは槍で何度も刺され、レーザーで切り刻んだにも関わらず、おおよそスペルカードの種類では予測しきれないマスタースパークを意図もたやすく避けた。

 

「・・・・・・」

 

 一瞬で飛翔し、部屋の入り口付近からレーザーの届かない端の方に移動していたらしい。レミリアは私の方を見る。

 

 見えないはずの私の方を確かに見る。

 

「・・・・・・何と言ったか、私は聞き覚えがある。小耳に挟んだ覚えがある。霊夢の友人だった・・・・・・名前はあんまり記憶してないが、霧雨魔理沙とか言う奴だ。――――その名前を私はついぞこの前失踪事件の張本人として聞いたのだけれど」

 

 この言葉は私に向かってかけられていると取ってよいだろう。

 

「・・・・・・アリス・マーガトロイドか? お前は・・・・・・」

 

 レミリアの予想は当たっている。見えない、透明の私に向かって私の名前を確かにはっきりと告げた。

 

「・・・・・・飛んでいるのか、なぜそんな『高い位置』にいるのか分からないけど・・・・・・」

 

 レミリアは翼を広げた。彼女の言う『高い位置』――――正確には私は天井に立っているのだが、何故立てるのかという疑問については今は割愛する。

 

 つまり、レミリアは飛んだのだ。私のいる位置に、まっすぐに。

 

 私は糸を操って魔理沙を背後に隠した。そして上海人形と西班牙人形を前に出す。迎え打て、舞え、情熱にたぎれ。私の糸を通じて人形に意志が宿り、向かってくる悪魔を迎撃せんとする。

 

「――――話は後だ。とりあえず、下に降りろ」

 

 だが、レミリアは見えない人形たちのレーザーに射殺されながらも全く意に介す様子もなく私に肉薄し、掴み、地面に叩きつけた。まるで私が目に見えているかのような動作だ。

 

「頭が高いぞ、貴様・・・・・・」

 

 レミリアの貫通したばかりの傷がもう修復され始めている。私は一緒に投げ飛ばされた魔理沙を庇うようにして受け身を取った。

 

 やはり吸血鬼相手には攻撃による消耗戦では不利だ。攻撃を入れた所から回復されてしまう。

 

「・・・・・・さて、一ついいか」

 

「?」

 

 レミリアは再び私の元に飛んでくるのでは、と思ったが違った。空中で滞空して私を見下ろしている。

 

 言葉通り、私が上にいるというのが気に食わなかったらしい。

 

 と、レミリアが神妙な顔で私に一つのことを質問した。

 

「――――フランドールを、どうした?」

 

「・・・・・・」

 

 目的は何だ、とか。何故こんなことを、とかではなく。自分の妹の所在を尋ねてきた。目的ならある。その答えなら正当な理由とともに用意していた。

 

 だが妹の所在となると、今一度ロジックを組み立てる必要がある。あまり想定していなかった。

 

 私は彼女の妹をどうした? 思い出に欠けているが、正直な話、忘れてしまったというわけでもない。説明しようと思えば出来るのだが、しかし、そんなことよりも私は魔理沙のためにこうしているのだ、ということを先に説明する方が早い。

 

 私は魔理沙のために、寂しくないように、友達を増やしているに過ぎない。(決して私怨ではない。そもそも私と魔理沙を殺したあの男も家の近くで死んでいた。)

 

 そう・・・・・・フランドールは魔理沙の友達になったのだ。

 

 魔理沙は喜んでいるだろう。今夜だけでたくさんの友達が出来たんだから。幸福だろう。きっと魔理沙は幸福だろう。

 

 フランドールはその一人だ。じゃあ『私が』フランドールに何をしたかという疑問に立ち返ると、うまく答えに出来ない。

 

 私は魔理沙が友達を作るための仲立ちでしかないのだ。私がしたことといえば・・・・・・。

 

「・・・・・・血を抜いて、眼球を抉り出し、魔理沙と同じく人形にした」

 

 そのくらいだろうか。

 

「・・・・・・あなたの目の前にいる『妹』にしたことと言えば・・・・・・」

 

「――――ッ!?」

 

 実はレミリアと話している最中、私はその人形になったフランドールを操り、レミリアの目の前まで移動させていた。私の人形はどういうわけか、上下の区別が無くなるからフランドールは天井に立っている。そして顔の高さは上下逆さだがレミリアと同じ位置だ。

 

「妹が人形になったことを悲しむというのなら、あなたもなればいい。その方が幸福になれるわ・・・・・・あなたも、魔理沙も・・・・・・」

 

 レミリアは完全に油断していた。やはり姿が透明だからだろうか、私の大体の位置は掴めても私が操っている他の人形たちの気配は分からないようだ。

 

「禁弾『スターボウブレイク』」

 

 私が代わりにスペルカードを唱える。レミリアの眼前に打ち出されたのは虹色の弾。それはすぐにでも破裂し――――彼女に死を刻むだろう。

 

 

 27話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 アリス・マーガトロイド スタンド名『リンプ・ビズキット』

 

 一度死んだことによって元から埋め込まれていたDISCのスタンドが発現した。いつ・どこでDISCが脳内に埋め込まれていたのかは誰も知らない。

 アリスは透明の状態で復活し、さらに人形も透明となる。透明の人形はアリスの糸によって操られるが、操られていない状態では本能的に生きている人間の血を抜き、眼球を抉り出す。血を抜かれ、眼球を抉り出された人間もアリスの人形となり透明になる。アリスが全ての透明化した人形を把握できているのかは不明。

 更に、人形化した人間のスペルカードを使うことも出来る。ただし、スペル発動場所はその人形の位置に準ずる。

 

 

 ちなみに、現状人形化している東方登場キャラは魔理沙、フランドール、あと明記はしてないけど小悪魔も。小悪魔はディアボロに心臓をつぶされ、人形たちに血と眼球を綺麗に抜かれた後、妹紅に消し炭にされました。とても可哀想。

 

*   *   *



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紅の十字架④

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第27話

 

 紅の十字架④

 

 弾ける弾幕。閃光と光線。次々と飛来する赤白青緑。普段のレミリアなら避けることは出来たはずだ。

 

 だが、今の彼女はかなり動揺していた。愛するたった一人の妹が死に、しかもその死体が透明な人形となって襲いかかってきているのだ。

 

 禁弾『スターボウブレイク』。確かに、何度も何度も姉妹喧嘩の中で見てきたスペルカードだ。避けるのに一苦労する。色ごとに弾速が違っていて、特に私は青色の弾を避けるのが苦手だ。フランドールが好んで使う、彼女にしては綺麗な弾幕。

 

 それを今、敵が我が物顔で使っている。さも当然のように、武器にして私に攻撃する。妹がいなくなった動揺もあるが、敵に対する怒りの方が大きかった。

 

 左肩に被弾すると、左腕が吹っ飛んだ。流石は私の妹の弾幕だ。攻撃力は申し分ない。そういえば久しく姉妹喧嘩などしていなかった。皮肉にも、これが最後の姉妹喧嘩になるかもしれない。

 

「・・・・・・」

 

 アリス・マーガトロイドはなるべく声を発さないようだ。自分の位置を敵に教えるようなものだからだろう。

 

 フランドールの弾幕を回避しているつもりだったが所々被弾してしまっている。アリスの方に注意が向いて、うまく回避に集中できていない。左足が消し飛んだ。

 

 だが、すでに左腕は回復している。翼さえ傷付かなければ飛翔には問題ない、と思っていた矢先に右翼がもげた。

 

 私は地面へと落下した。落下している途中、弾幕の何発かが命中した。どこに当たったかは痛すぎて覚えていないが、地面に当たったときには左腕しか残っていなかった。

 

 ・・・・・・いつの間にかかなり不利になっていた。たとえ魔理沙やフランドールのスペルを使えようとも、アリスごときに後れを取るはずがないと思っていた。無論、右腕両足両翼をもがれた今でも思っているし、私がこんな場所で死ぬはずはないと思っていた。きっとフランドールでも同じことを思うだろう。

 

 ――――だって私は吸血鬼――――。

 

「――――そうよ」

 

 アリスが地面に落ちた私に向かって声をかけた。馬鹿め、折角透明なのだから大人しく黙っておけばいいものを。

 

 しかし、アリスは構わずに話を続ける。

 

「貴方の妹も今の貴方と同じ目をしてたわ。まさか自分がこんなところで死ぬはずがない、と。だから彼女は死ぬまで勝てる気でいたし、誰にも助けを求めようとはしなかった」

 

 どうやらアリスはフランドールを殺したときの話をしているようだった。非常に不愉快だ。

 

「だからフランドールは死んだ。私に殺されて、魔理沙の『オトモダチ』になれた。他の誰にも、その死ぬ瞬間を看取られもせず、ただ、孤独に、死ぬはずがないと思いながら、無惨に」

 

 それはそうだろう。フランドールは誰かに助けを請うなんてことはしないし、そもそも誰かに助けられるほど弱くない。

 

「誰もが劇的な死を迎えられない。私や魔理沙も、ただのその辺の男に殺されたし、貴方の自慢の妹は誰にも見られず、一切の描写もなく、いつの間にか死んだ」

 

 そうだ、フランドールはそういう子だった。無邪気で、私以外には心を開かず、常に一人で戦っていた。そういうことを好んでいる節もあったし、だから一人で死んだのだろう。

 

 フランドールは気付かれないうちに死んだ。

 

「でも、安心して? 死んだ彼女は魔理沙の幸福に役立つし、彼女自身もきっと幸福だから」

 

 ――――その時の心情はきっと今の私みたいに――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無念だったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――『キラークイーン』、第二の爆弾」

 

 私は残っている左腕を挙げて『キラークイーン』を出す。その左拳はただの拳ではなく、爆弾の戦車。

 

 アリス・マーガトロイド。お前の体には声が肉声であることから血が通っているのは分かった。つまり、お前は死んだと言っているが復活して『まだ生きている』。人形ではなく、アリスはまだ透明なままの人間だ。

 

 だとしたら、奴の透明化した人形を操るという能力を止めるにはこの方法しかない。

 

「・・・・・・狙いはッ!! 貴様一人だッ!!」

 

 『キラークイーン』の腕から放たれたソイツはドクロの顔を模しており、下部にはキャタピラが着いている。銀の戦車ならぬ、爆弾戦車。

 

「アリス、貴様が人間だとしたらそれはつまり貴様には『ある』ということだ・・・・・・」

 

 私の冷えきった体とは対照的にッ!!

 

「・・・・・・なっ、真っ直ぐこちらにッ!?」

 

 戦車はアリスだけが持つ『あるもの』に反応して、突進する。もちろん、アリスは自分の場所は正確に把握し切れていないだろう、と思っていたため迷いもなく突っ込んでくる戦車に面食らった。

 

 名前は『シアーハートアタック』。

 

「シアーハートアタックだッ!! 貴様の体温を追跡するッ!!」

 

 血塗れの体を起こして私は高らかに宣言した。

 

 体温、というよりこの場で最も高温なものに突っ込む習性があるシアーハートアタックは標的を察知すると必ず爆破するまで追い続ける。最初からこの手を使わなかったのは、元から吸血鬼は体温が低いがアリスも人形ならば自分に向かってくる恐れがあるからだ。人形には血が通っていない。つまり体温がない。だが、アリスの声を聞く限りあれは肉声だ。つまりアリスだけはまだ人間だという証拠。

 

 そしてッ!! アリスだけが人間だというのなら、アリスがいくら人形でシアーハートアタックを止めようとしてもアリス自体を爆破するまで止まらないッ!!

 

「コッチヲミロォ~!」

 

 シアーハートアタックは一切の迷い無くアリスのいる方向に突き進む。

 

「・・・・・・戦車というのなら」

 

 ズガガガガガッ! と地面を削るような勢いでキャタピラを回す爆弾戦車。

 

 だが、アリスは至って冷静だった。すぐに踵を返し、魔理沙を抱えて壁に足をかけた。

 

「壁には上れないはずッ!!」

 

 二歩、三歩、四歩と壁を掛け上がるアリス。彼女は『リンプ・ビズキット』の影響で上下の区別が無くなっている。よって壁にも天井にも自由に立つことが出来るのだ。

 

 だが、レミリアは逆に微笑んだ。

 

 彼女のシアーハートアタックが空や壁に逃れるくらいで無効になるのなら『弱点はない』などという肩書きはかけない。

 

「これは初めて言うが・・・・・・、――――我がシアーハートアタックに弱点はない」

 

「!?」

 

「コッチヲ・・・・・・ミロォォ~~ッ!」

 

 アリスが壁を掛け上がるが、シアーハートアタックはそれを追撃するかのように勢いよくジャンプしたッ! まさか戦車がジャンプをするとは思わなかったアリス。レミリアには見えないが彼女は確かにヤバイ、という風に目を見開いた。

 

「木っ端微塵に砕け散れッ!!」

 

「――――そうはいかないッッ!!」

 

 と、アリスは自身の切り札でもあるスペルカードを切る。

 

 

「完成体『ゴリアテ人形』」

 

 

 彼女の切ったスペルはかつて氷の妖精に一度だけ試作段階で使ったことがあり、最後は力を制御できずに爆発した『人形を巨大化させる』スペルである。巨大化した人形はどういう種類であれ、一律して『ゴリアテ』と(ゴツい)名前を付けられ、両手には二本の巨大な剣が握られる。

 

 巨大化させたのは手元にあった上海人形だが――当然、ゴリアテになっても透明のままである。一見では何が起きたかレミリアには分からなかったが、明らかに巨大な何かによってシアーハートアタックの進行が妨げられた。空中でジャンプしていたこともあってゴリアテに当たったシアーハートアタックは簡単に弾かれ地面に落ちる。

 

 地面に落ちたシアーハートアタックはすぐに再びアリスを目指し突撃しようとする。それを見たアリスがゴリアテを操って足でそれを踏みつける。

 

「ぐっ、これだけ質量差があって・・・・・・止めるのが精一杯だなんて!」

 

「・・・・・・コッチヲミロォ~」

 

 だが、戦艦のようなゴリアテの踏みつけでもシアーハートアタックはひしゃげることなく、進撃を続けようとする。それを見たレミリアは、まだ行ける、奴にはシアーハートアタックを止める術はない! と確信する。

 

 ぐぐぐぐぐぐ・・・・・・、とゴリアテは片足に全体重をかけてシアーハートアタックを押さえ込もうとするが止まる気配がない。

 

「と、止まらないッ!! マズイ、が・・・・・・」

 

 と、アリスはギラリとレミリアの方を睨んだ。そうだ、これが『スタンド』による攻撃ならば、元を断てばいいだけの話ッ!!

 

「独逸人形、露西亜人形ッ!! それに京都人形!!」

 

 アリスが声をあげるとどこからともなく「DEUUUUUUTSCH・・・・・・」「RUSSIAAAAAAANNN!!」「JIPAAAANNNGUUUU!!!!」と唸り声のような、鳴き声のような、暗く引き延ばした重い声が響いた。

 

 アリスは魔法糸による操作ではなく『スタンド』能力によって人形たちに命令していた。

 

「そこの吸血鬼の血と目を抉り出し、人形に変えてしまいなさいッ!!」

 

 そんなアリスの命令はもちろんレミリアは予期していた。

 

「人形程度・・・・・・この左腕だけで十分よ! 悪魔『レミリアストレッチ』ッ!!」

 

 自分ではおそらくこれ以上無い程のカリスマセンスを放つスペルカード名を叫び、まだ再生途中の両足と右腕で地面を掴み左手を振りかぶる。左腕に力の全てを集め、筋肉を収縮させ――一気に放つ。

 

「UUUURRRRRRYYYYYYYY!!!」

 

 ザシュッッ!!!

 

 自分の周囲を薙払い、人形たちは凶悪な爪の一撃によって脆くも崩れさった。

 

「まだ、・・・・・・まだこんな力がッ!!」

 

 アリスはもはやシアーハートアタックの侵攻を遅らせるのが精一杯のようだ。レミリアの予想外のタフさに次第に追いつめられていく。

 

「ギギギギギギ・・・・・・コッチヲ・・・・・・ギギギギギギギィィ」

 

 ギャルギャルギャルルル! とキャタピラを無茶苦茶に回転させゴリアテの足裏から脱出しようとするシアーハートアタック。

 

「ミロォォ~~~!!」

 

 ゴリアテも何とか踏ん張り、レミリアの予想していた時間以上にシアーハートアタックの攻撃を遅らせていた。

 

 だがついにゴリアテの拘束から脱出する。シアーハートアタックは拘束を抜け出し一目散にアリスの方向めがけて突進しようとするが――――。

 

「うぐぐッ・・・・・・ご、ゴリアテッ!!! ソードも使いなさいッ!!」

 

 アリスはゴリアテを糸で操り、二本の剣で自分の足裏の踏みつけから出ていこうとするシアーハートアタックを叩きつける。

 

 ズガッ、ガガンッ!!!

 

「――――うまく剣で軌道をずらしたか・・・・・・しかし、我がシアーハートアタックはそんなチンケな刃で真っ二つになるほど貧弱じゃあないッ!!」

 

 地面に二本の剣で押さえつけられ再びシアーハートアタックは動きを遮られるが――――

 

 パキィィンッ! と、高い音を発しながらゴリアテの握っていた剣の刃が二つとも砕け散った。

 

「――――なッ・・・・・・や、刃が折れた・・・・・・?」

 

 鋼鉄製の刃が折れるなんて事態を全く想定していなかったアリスにもう打つ手は残されていなかった。

 

「コッチヲミロ~!!」

 

 今度のシアーハートアタックはジャンプはせずに、凶悪なキャタピラを乱回転させて壁を抉りながら登ってきた。

 

「そんなッ!! 壁を、壁を垂直に上がってくるなんて、考えられないィーーーーッ!!!」

 

「貴様等も壁とか天井とか立ってるでしょうに・・・・・・。まぁ、いい。食らえッ! 『キラークイーン』第二の爆弾ッ!!」

 

 ズギャギャギャガガギャギャガガと派手な破壊音を上げながらシアーハートアタックはついにアリスの目と鼻の先まで到達するッ!!

 

「コッチヲミロォ~~~!!!!」

 

 シアーハートアタックが白い光を放つ――――。

 

*   *   *

 

 ジョルノと妹紅の迅速な処置によりパチュリーと咲夜の応急処置は完了した。だが、咲夜の右目はジョルノであっても治せないようで(複雑な人体パーツの修復はまだジョルノの医学知識では不可能だった)、残りの傷はフランドールの能力に任せる、という結論に至った。

 

「じゃあ、私は咲夜さんを。二人はパチュリー様とドッピオを運んで脱出しましょう!」

 

 美鈴は目を覚まさない咲夜を抱えて二人に言った。

 

「・・・・・・異論はないな。ジョルノ、私がパチュリーを抱えるからお前はドッピオを頼む。ホラ、男だから」

 

 妹紅のその一言にジョルノはむっとして

 

「何だか疑われてるっぽいですが、僕はドサクサに紛れて女性の体を触るなんてことはしませんからね」

 

「・・・・・・念のためだ」

 

 とにかく、ジョルノがドッピオを。妹紅がパチュリーを。そして美鈴が咲夜を背負って紅魔館を脱出するということで。

 

「いいですか。今のところ館内にそこまで敵はいませんが・・・・・・一つ忠告しますね」

 

 部屋を出ようとしたときに美鈴は二人の方向を振り返って忠告する。何事か? と思っていると。

 

「厨房はヤバいです。絶対に厨房のドアを開けたりしないでくださいね」

 

 ちなみに厨房は一階の階段付近にあります、と美鈴は付け加える。

 

「紅魔館の構造上、外に出るには厨房の前を通らざるを得ないようだが・・・・・・開けるなってことは何かがいるのか? その中に」

 

「いえ・・・・・・実際に中は見ていませんが・・・・・・。と、とにかく厨房前を見れば分かると思います」

 

 美鈴の説明は曖昧だったが、美鈴自身、アレをどう説明すればいいか分からなかったのだ。

 

「――――行きましょう。お嬢様たちがもう待ってるかも」

 

 美鈴は部屋のドアを開けて廊下を走る。二人もそれに続いて走った。紅魔館の廊下はどこかに敵が潜んでいそうな気配が漂い、非常に不快な雰囲気だった。それは美鈴もどうやら同じらしく、知らず知らずの内に走るペースが速まっていく。

 

 そのペース。蓬莱人の妹紅にとってはそこまでキツくは無いがただの人間のジョルノには少々堪えた。

 

「ちょ、っと・・・・・・! は、速いですよ二人とも!」

 

 流石に人間を一人抱えて全力疾走が続くわけもなく、次第にジョルノのペースが落ちていく。

 

「! おい、美鈴! 速いってよ、待とう!」

 

 妹紅の言葉に先頭を走っていた美鈴が歩を止めた。それを見たジョルノはほっと息をつく。良かった、二人に置いて行かれたらもしかすると敵に囲まれたときに大変だった。

 

 だが、美鈴が足を止めたのは妹紅が呼び止めたという理由ではなかった。

 

「――――ッ!!」

 

「おい? どうしたんだよ、美鈴――――あ・・・・・・」

 

 美鈴がただならぬ雰囲気で階段の下を見ていた。何事かと思っていた妹紅は同じように美鈴の視線の先を見ると黙った。

 

「・・・・・・はぁ・・・・・・ど、どうしたんでしょうか? 二人とも立ち止まって・・・・・・」

 

 ジョルノは頑張って走っていたがまだ美鈴の所にたどり着いていなかった。二人が声も出さずに同じ所を凝視しているが、一体何が?

 

 ようやく追いついたジョルノは息を切らしていた。やはり妖怪と人間では体力面で大きく差があるな・・・・・・。帰ったら体力でも鍛えようかな、と思っていたジョルノ。だが、二人と同じように視線の先を見ると、表情が一変する。

 

「・・・・・・あの」

 

「・・・・・・おい美鈴。あれって・・・・・・」

 

「・・・・・・い、いや、わ・・・・・・私がレミリアお嬢様の部屋に行くときは・・・・・・まだ・・・・・・」

 

「お前がさっき行っていた『見れば分かる』って・・・・・・いや、見ても分からんぞ」

 

 妹紅は視線はそちらに釘付けにしながら美鈴に尋ねる。

 

「・・・・・・や、ヤバいですね。これは・・・・・・」

 

 三人の視線の先は――――厨房。

 

 だが、ドアが開いていた。いや、驚くべき所はそこじゃあない。

 

 少なくとも三人が二階の階段上から見える一階の廊下は全て、5センチほど浸水していた。

 

「・・・・・・『血の海』」

 

 三人の内誰かが呟いた。誰が呟いたかは誰も覚えていない。ただただ、眼下に広がる血で浸水していた一階の様子に息を呑むことしか出来ずにいた。

 

 第28話へ続く・・・・・・

 

*   *   *



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紅の十字架⑤

ボスとジョルノの幻想訪問記 第28話

 

 紅の十字架⑤

 

 紅魔館の開かれた厨房の扉から流れてきている血は廊下を広範囲に渡って濡らしていた。さらに、それだけではない。三人が見つめる先・・・・・・、厨房の扉付近からザブザブ・・・・・・と何かが歩き出てくるような水音がする。そこには目に見える限りでは何もいないはずだが。

 

「・・・・・・見てください。音のする・・・・・・あそこです。不自然に水面に『穴』が空いてないですか? 二つ、ポツポツと」

 

 ジョルノが指さす先には血の水面に不自然な窪みがあった。そしてそれはザブザブという音と共に移動している。つまり、『透明の敵』があそこにいるということだ。

 

「・・・・・・ドアが開いてるってことは・・・・・・美鈴、やっぱりあの中には」

 

「妹紅さんの察しているとおりです・・・・・・。あそこには大量の妖精メイドがいたはずですが、おそらくもう・・・・・・」

 

 その言葉の先は眼前に広がる『血の海』によって明らかだった。妹紅は黙ってはいるがかなり怒りの表情を表に出していた。妖精といえど、こんな風に命を弄ぶ奴は絶対に許せない、と。

 

「・・・・・・ジョルノ、私の行動を止めてくれるなよ」

 

「・・・・・・? 何をする気ですか・・・・・・」

 

 すっ、と美鈴とジョルノの前に進み出た妹紅はジョルノにそう告げて。

 

「言ったらお前止めるだろッ!! 『スパイスガール』ッッ!!」

 

 スタンド、『スパイスガール』を出して一気に階段をかけ降りた。ご丁寧に、いつの間にか背負っていたパチュリーを二人の元に置いて。

 

「ちょ、妹紅さん! 一人で突っ込むのはマズイ!!」

 

「そうですッ! あなたは良くても僕ら二人だけで怪我人を三人も守りながら移動するのは難しいッ!!」

 

 あぁ、ジョルノさんの突っ込みどころはそこなのね。と美鈴は少し思った。

 

「どっせぇーーいッ!!」

 

「コノドカスガァァァーーーーーーーーッッ!!」

 

 妹紅の炎気を込めたキック、通称ブレイズキックと『スパイスガール』の強烈なラッシュがジョルノの示していた透明の敵にヒットした。確かな手応えを感じて、敵はもう倒れただろうと判断し妹紅は厨房の中を見た。

 

「・・・・・・」

 

 その様子を上階から見ていたジョルノたちは妹紅が急に黙ったのを不審に思う。

 

「・・・・・・どうしたんですか、妹紅」

 

 ジョルノがそう問いかけるも、妹紅の耳には届いていないようだった。厨房の中を凝視している。

 

「妹紅さん! 何かいるんですか!?」

 

 美鈴もジョルノに続いて聞いた。すると今度は答えが返ってきた。

 

「・・・・・・何かも何も・・・・・・何もないんだけど」

 

 いや、そんなはずはない。こう思ったのは妹紅含めて全員だった。こんなに大量の血が流れているのだ。全員が全員、厨房の中は相当悲惨な状況だと思っていたのに。二階で様子を見ていた二人も、美鈴がパチュリーと咲夜の二人を両肩に抱えながら降りてきた。ばしゃばしゃ、と血が靴の中に染み渡る。かなり不快だったが今はそんなことはなりふり構っていられなかった。

 

 二人も厨房の中の様子を確認して愕然とする。妹紅の言うとおり、厨房には血しかなかった。

 

「・・・・・・お、おかしい。こ・・・・・・こんなことがあるわけがない」

 

 美鈴は首を振りながら厨房の中に入った。妹紅とジョルノもそれに続いて中を探そうとする。

 

 これだけの血液だ。絶対に死体があるはず。

 

「・・・・・・あ、美鈴。パチュリー置いてっちゃってたな」

 

 妹紅が美鈴の肩に担がれているパチュリーを再び背負い

 

「・・・・・・一回休みってことじゃあないのか?」

 

 ふと思い出したように美鈴に尋ねた。そうだ、一回休みなら死体は残らない。ジョルノも得心がいったが美鈴は首を横に振った。

 

「・・・・・・いや、一回休みならその妖精にまつわるもの全てが蒸発して消えます。だから血液が残るはずがありません」

 

 否定する。一回休みなら血も全て蒸発するという。だからこれほどの血が流れているのは一回休みにならずに殺されたか――――。

 

「これだけの血を抜かれて妖精メイド達はまだどこかで生きている――――って言いたいんですか? まさか、明らかにこの量は普通の人間20人分以上の致死量ですよ・・・・・・?」

 

 ジョルノは美鈴の言葉を先に述べ、また否定する。

 

「そうですよね・・・・・・まさか、どこかの宮古さんでもあるまいし」

 

「宮古?」

 

 ジョルノが聞きなれない美鈴の発した単語に反応する。

 

「あ、あぁ。えっと、宮古さんはキョンシーって言って私の祖国で有名なゾンビです。この前一緒に肉まん食べました」

 

 と、美鈴の単語に今度は妹紅が反応した。

 

「・・・・・・ゾンビ・・・・・・。・・・・・・あながち間違いじゃあないかもしれないぞ」

 

 もちろん、ゾンビはジョルノでも知っているものだ。腐った動く死体で、ノロマ。不気味な唸り声をあげて生きている人間の生を食らうという・・・・・・。

 

「・・・・・・ゾンビは総じて火に弱い。だけど打撃や剣撃には強い。ドッピオに括りつけられていた透明の敵もそうだったが、ナイフで刺されたりしても全然元気だった。でも、私の炎ですぐに消滅しただろう?」

 

「確かに、さっき妹紅が蹴った奴もすぐに消滅してましたね」

 

「そうだ。さっき蹴った奴は体感で言えばかなり小柄で、明らかに私の蹴りで大きくぶっ飛んだはずだ。だけど着水音がなかったんだ」

 

「・・・・・・つまり、『蹴り飛ばされて地面に落ちる前に消滅した』ってことでしょうか?」

 

 妹紅は頷いた。明らかに敵は火に弱かったのだ。

 

「じゃあ、それが分かったからって一体なんだって言うんですか?」

 

「いいか、美鈴。お前のゾンビの知識はイコールキョンシーだから分からないかも知れないが、一般的にゾンビは『伝染する』って慧音が言ってた。西洋の知識らしいが・・・・・・」

 

 妹紅の頭は珍しく冴えていた。

 

「・・・・・・私が考えているのはここにいる妖精メイドは全員ゾンビになってしまったという結末だ・・・・・・だとしたら説明がつく」

 

「それなら血を抜かれても一回休みにならずに生きている・・・・・・。それに、ドッピオやパチュリーさんの『血管が破裂』という怪我も、敵が生きている人間の血を抜いてゾンビ化をさせようとした結果という訳か・・・・・・。なるほど、ゾンビ説は筋が通ってますね」

 

 ジョルノと美鈴は納得したようだった。だが、妹紅の説明はまだ全てを明白にしきれていなかった。

 

 じゃあ妖精メイドが仮に血を抜かれてゾンビになったとして、この厨房にいないのは何故か? という疑問だった。全員が既にゾンビとして紅魔館内部に広がるように出ていったかも知れないが――――。

 

「・・・・・・私は今『最悪』をイメージしちまってる・・・・・・。どうしようも無いほど、『最悪のイメージ』を・・・・・・」

 

 妹紅の声は震えていた。

 

「・・・・・・つまり、その・・・・・・妖精メイドは厨房からいなくなったんじゃあなくてだな・・・・・・」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 その言葉にジョルノと美鈴も妹紅の考えが分かってしまった。――――と、同時にバタン、と厨房の扉が独りでに閉まった。

 

 閉じこめられてしまった。誰に?

 

「・・・・・・いなくなったんじゃあなくて・・・・・・『見えなくなった』んだよ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 悠長に説明している場合じゃあ無かった。三人は一目散に厨房の扉に走るッ! だが――――。

 

「ぐ、ぐぎぎぎぎッ!! 何でよ!? と、扉が重いいいいい!!」

 

「外から誰かが押さえてるのか!? は、早く脱出しないと・・・・・・」

 

 と、焦る三人の背後からザブザブと何かが近づいてきていた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・クソ!! 妖精メイドは声が出せないのか!? ドッピオの下にいた奴のようにうなり声を上げててくれればすぐに気づいたのにッ!!」

 

 近付いてくる音は一個や二個ではない。何体、十何体と近付いてきていた。

 

「美鈴ィイイイイイイイーーーーーーン!!! は、早く扉を開けなさいよォーーーーーーーッ!!!」

 

「うぎぎぐぐがぎぎ!! や、やってますが・・・・・・扉が重すぎて・・・・・・!」

 

「どいてくださいッ!! 『ゴールドエクスペリンス』ッ!! 扉をプランクトンの塊にするんだァァーーーーッ!!」

 

 ジョルノがスタンドで扉を殴りつけると一瞬で扉の色が銀色から朱色に変わった。

 

「無駄無駄ァッ!!」

 

 そして二発殴るとまるで砂のように扉がザザァ、と崩れた。

 

「あぁッ! 紅魔館で一番気密性の高い扉がッ!! お嬢様に怒られる!」

 

「言っとる場合かァァーーーーッ!! ジョルノ気を付けろ!! 扉を押さえてた奴もきっと透明のゾンビだ!!」

 

 妹紅はまだ厨房にいた。

 

「蓬莱ッ!! 『凱風快晴 ーフジヤマヴォルケイノー』ォォーーーーッ!!」

 

 本日二回目の高火力噴火。妹紅の眼前に凄まじい威力の火柱が立つ。ジュゥワァア! と、血が沸騰し蒸発する音とともに、肉が焼け焦げる臭いが三人の鼻を襲った。何体かの透明ゾンビフェアリーが巻き込まれたのだろう。やはり火に弱いらしいが・・・・・・。

 

「・・・・・・! 臭ッ!」

 

 慣れない臭いにジョルノは顔をしかめる。だが、そんな暇はない。ジョルノの顔面に何かが上から落ちてきた。

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 何かが顔にへばりついているが、見えない。透明のゾンビか? でも一体どこから・・・・・・。

 

 と、ボド、ボド! と上から何かが大量に降ってきた。

 

「う、わあああああああッ!!」

 

 ジョルノはすぐに『ゴールドエクスペリンス』で顔についた奴を殴ろうとする。その前にジョルノの眼球に違和感が走る。

 

 ブシュ、グシュ!

 

 こ、こいつ!! 僕の『眼球』の抉ろうとしているッ!?

 

「『ゴールドエクスペリエンス』ッ!!!」

 

 殴るのはまずい、と思い顔面に付いている奴を引きはがすため『GE』に掴ませる。まず攻撃を受けている眼球を守るために目の辺りを掴むと、細い棒のようなものを掴んだ。

 

「・・・・・・!!」

 

 腕か? 細い、小さいぞ・・・・・・。いや、早く引き剥がさなくては!

 

「無駄無駄無駄無駄!」

 

 ぶち、ブヂィ! と、相当強靱な力でジョルノの顔にへばりついていたらしい透明のゾンビはジョルノの顔の皮膚を破っていく。

 

「ぐぅっあああああッ!!」

 

 ようやく取れた、だがおそらく囲まれている。こいつらは上から降ってきた。破れた皮膚からドロリと血が流れる感触が分かる。目の方は何とか大丈夫のようだ。

 

「美鈴ッ!!」

 

 ジョルノが目を押さえながら美鈴の方を見ると彼女も何かに掴まれていた。顔ではなく肩のようだが・・・・・・いや、違う。美鈴もそうだがもっとまずいのは――――。

 

「め、美鈴ッ!! 急いでここから離れるんだッ!! 背中の咲夜から血が出ているッ!!」

 

 だが、それはジョルノにも言えることだった。ふと気が付くと背中にドロリ、と何かなま暖かい液体が流れている。

 

 それは自分の血ではない。背負っているドッピオの血だ。

 

「う、うううううううおおおおおおおおおッ!??」

 

 焦りからか、ジョルノはらしくない声を上げる。

 

「ジョルノォォーーーー!! 気を付けろッ!! 壁にもいるッ!! 天井にもいるッ!! こいつらに上下の区別はないッ!! 上から落ちてきて当たった人間の血を問答無用で抜いてくるんだ!!」

 

 どうやら背後にいる妹紅もピンチのようだった。壁についていた右手の手首から大量に血が吹き出している。

 

「く、ジョルノさん、妹紅さんッ!!」

 

 最初に拘束を抜け出したのは美鈴だった。まず彼女は肩に乗っていた敵を素早くいなし、血管を掴ませる前にふりほどいた。そして背負っている咲夜を前に抱いてぶしゅう・・・・・・と血が流れている箇所を掴む。そこには透明の何かがいたのだ。美鈴はすぐにそれを引き剥がし、投げ捨てた。足下の血だまりが跳ねたところには透明の敵がいる――――と分かり、辺りを見ると常に足下は波立っていた。つまり全方位に敵がいるのだ。その中でも比較的密度が薄い場所を捜し当て、一気に突破。一際大きな弾幕を一発打ち出しそれを盾にしながら包囲を抜けていたのだ。

 

 そうして振り返ってみるとまだ妹紅が厨房と廊下の境目で悪戦苦闘していた。だが更に状況が悪かったのはジョルノで、彼自身はそうでも無さそうだったが背中に背負っているドッピオから血が流れていた。彼はさっきの応急処置の状態で既に血が足りなくなっていたはずだ。これ以上流すのはかなりマズイ。

 

 美鈴は懐からスペルカードを取り出しドッピオの周りにいる透明の敵に向けて迷い無く発動。

 

「気符『星脈弾』! これで二人を・・・・・・!!」

 

 彼女の目の前に青白いエネルギー(たぶん気)が凝縮していき両手を突き出して発射。軌道上にいる敵ごと弾き飛ばし・・・・・・ジョルノに被弾。

 

 ジョルノに被弾。

 

「やっべ」

 

 美鈴は弾幕系統は苦手だった。

 

「『やっべ』じゃあねぇぇえええ!! 何やってんだァァーーーーーッ!!」

 

「ぐぅ!? がッ!!」

 

 ジョルノは何が起こったかよく分からずそのまま大きく遠くへぶっ飛ばされた。

 

「よ、よし! こ、これでひとまずジョルノさんを包囲から抜け出させることは出来ましたわ! 結果オーライですわ!」

 

「嘘を付くなァァーーーーーーーーッ!! 口調変わってんじゃあねぇか!!」

 

 妹紅は美鈴が冷や汗をかいて目が泳いでいたのを見た。一般人に弾幕を間違えて当てるとか、美鈴は本当に弾幕ゲームのボスなのか?

 

「そもそも格闘ゲーム向きなんですよ私は!! 遠距離からチマチマ攻撃とか性に合わない! 出演作品を間違えたとしか言いようがありません!」

 

 メメタァ。

 

「どこに切れてんだ! いいから早くジョルノの所に行けッ!!」

 

 妹紅は叫んではいるが、手首、肩、右膝とかなり出血箇所が見られた。彼女も彼女で結構マズイ状況なのだろう。だがちゃんと妹紅はパチュリーは守っているようだ。

 

(パチュリー様から出血は見られない。妹紅さんグッジョブです!)

 

 美鈴は横流しに妹紅を見ながらぶっ飛ばされたジョルノとドッピオの元に素早く駆け寄る。背後からザブザブと依然として透明の敵が追ってきているが、動きは緩慢だ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 ジョルノは自力で起きあがろうとしていた。しかも背中に背負っているドッピオはしっかりと持っていたようだ。更に運がいいことにぶっ飛ばされた衝撃でまとわりついていた敵も引き剥がせていた。意外とタフだな、と思いながら美鈴は肩を貸して問いかける。

 

「・・・・・・とりあえず、大丈夫です。何とか包囲も突破できましたが・・・・・・覚えてろよ美鈴」

 

「え、いや・・・・・・はは」

 

 ジョルノの口調から最後敬語が消えた辺りに美鈴に対する怒りが込められていたのだろう。美鈴は笑って誤魔化した。 

 

「それは後にします。まず、妹紅の状態が心配です。彼女は死にはしませんが、あのまま血を抜かれ続けると・・・・・・。不死身のゾンビなんて想像したくないですね。それにパチュリーさんも無防備になります。これも想像したくない」

 

「ふひっ・・・・・・不死身のゾンビって『頭痛が痛い』と同じ・・・・・・いや、何でもないです。でもどうするんですか?」

 

「・・・・・・まずはこっちに向かってきている数体を何とかしましょう。考えるのはそれからです」

 

 ザブザブ、と6・7体向かってきているようだ。それを確認したジョルノはスタンドを出す。ドッピオを背負っていても、スタンドなら両腕が空いている。戦える。

 

「何か考えがあるんですか?」

 

「あります。確証はないですが、僕の『ゴールドエクスペリエンス』なら燃やす以外に奴らを無力化出来るかもしれない」

 

 美鈴は若干不安そうな顔をしていた。だが、ジョルノのこの覚悟を決めたときの目。それはどこか頼もしくもある黄金の精神の現れだ。

 

 ジョルノはさっきの妹紅の言葉を反芻する。『当たった人間の血を問答無用で抜く』という言葉だ。また、執拗に追いかけてくることからも、本能的に生き物を追いかけて血を抜こうとしている。

 

 当たった人間の血を抜く、ということはつまり接触している――――もっとも近い生物を攻撃するということ。

 

(では、なぜ奴らは共食いをしないのか?)

 

 その答えは、最初『血がないから』と思っていた。だが、先ほどのジョルノの顔面に落ちてきた奴は真っ先に『目玉を潰そうとしてきた』。すぐ近くに頸動脈があったにも関わらず、血を抜くには非効率的な『目玉』を攻撃したのである。

 

 思えば咲夜の右目が無かったのも、これが理由だ。奴らは血を抜くことを原動力に襲ってくる。これは間違いではないが、それは目的ではなく結果なのだ。

 

 この透明のゾンビたちの行動の原動力は生物を生物じゃなくすること。『血を抜いて』しかも『目玉を抉って』目的の完遂なのである。

 

 なぜ目玉を抉るというプロセスが必要なのかは考えても仕方がない。そうではなく、ジョルノの考えが行き着いたのは「奴らが標的としているのは血ではなく生物だ」ということだった。

 

 だから共食いをしないのは、奴らはゾンビで『生きていないから』ということになる。

 

「――――つまり、最も近い生物を攻撃する。じゃあ、奴らの最も近いところに『生命』を作ればいい――――」

 

 ジョルノは『ゴールドエクスペリエンス』を用いて水音が立つ所を無茶苦茶に殴る。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ、無駄無駄無駄無駄ァァッ!!」

 

 『ゴールドエクスペリエンス』が殴ったのは近付いてくるゾンビそのもの。

 

「だけどこいつらは生物じゃあない・・・・・・よって『ゴールドエクスペリエンス』の能力は精神を暴走させる方向には働かず――――『生命を生み出す』方向に転じるッ!! 生まれろ、生命・・・・・・」

 

 ジョルノが言い切ったとき、美鈴の耳に血の水面をバシャバシャと歩く音が消えて――――。

 

 ばしゃッ!! と、何かが倒れる音がしたのだ。

 

「――――!? さっきまで近付いてきた奴らが『倒れた』!?」

 

「奴らの体の半分を別の生き物に変えた。つまり、一番近い生物はどうあがいても自分の半身になる。――――予想通り、『どうすればいいか分からなくなっている』んじゃあないんでしょうか?」

 

 美鈴は息をするのも忘れてジョルノの鮮やかな手法を見入っていた。何という機転の良さ、臨機応変な思考。味方にいるときはこれほど頼もしい能力の使い手はいないだろう。

 

「さて、すぐに妹紅を助けに行きましょう」

 

 こいつは敵に回しては行けない、と美鈴は頭のどこかでそんな考えが浮かんでくるのを感じた。

 

*   *   *

 

 一方妹紅はというと、依然として敵に囲まれていた。

 

「・・・・・・美鈴の奴、あれでジョルノが死んでたらどうすんだよッ!!」

 

 妹紅は手首、肩、右足から血を流していたが、それ以上の出血は無かった。なぜなら――――

 

「『スパイスガール』、あんたのおかげでこいつらの血管を破裂させる攻撃は無効に出来たわ。ありがとう」

 

 自分の体を柔らかくして、血管が潰されないようにしていた。こいつらが三回の攻撃の中で『切断』して血管を攻撃しているのではなく『指か何かで握り潰して』攻撃していたのが分かったためだ。さっきから妹紅の周りにまとわりついている敵は一生懸命に血管を潰そうとしているが――――

 

 ぐにぃいい、ぐにゅ

 

 と、弾力のせいで何の意味もなかった。

 

「レイニハオヨバナイワ、モコウ・・・・・・。ッテ、イイカゲンニシヤガレェェーーーーッッ!!!」

 

 『スパイスガール』は妹紅にまとわりついている透明の敵を一匹一匹殴って殴って蹴って飛ばして払っていた。いくら血管が破られないと言っても凄まじい力で皮膚を抓られているのだ。かなり痛いことには変わりはない。

 

「イツマデモコノヨニシガミツイテンジャアネェェーーーーーーッ!!!! サッサトアノヨニイキヤガレェェェーーーーーーーッッ!!!」

 

「・・・・・・!」

 

 グシャグシャ!! と、敵を容赦ないくらいに足で踏みつぶしながら暴言罵倒の嵐を浴びせる『スパイスガール』に妹紅は(このイカレ具合、誰に似たのかしら?)と思っていた。

 

 と、ある程度敵を踏み殺したところで妹紅は背負っているパチュリーが全くの無傷なことに気が付いた。意識して守っていたわけではないのだが・・・・・・。

 

「・・・・・・そういえば、パチュリーは全然攻撃されなかったけど・・・・・・」

 

 妹紅は首を傾げた。なぜかパチュリーは咲夜やドッピオと違って敵が襲ってこなかったのである。おかげで妹紅は楽に敵を制圧できていた。

 

(・・・・・・ま、まぁ私が凄すぎて近付けなかったんだよな! 多分!)

 

 妹紅は勝手にそう解釈しているとジョルノと美鈴がやってきた。

 

「妹紅! ・・・・・・大丈夫、みたいですね」

 

「・・・・・・ジョルノか! お前もよく(美鈴の攻撃もらって)無事だったな!」

 

「ん? 今なんか軽い罵倒の含みがあったのような・・・・・・?」

 

 ジョルノと妹紅が安堵をしている中で、美鈴はそう呟いた。と、

 

「コノビチグソガァァァ!!! シネ! キエロ! クソ! F××K! WAAANNAAAAABEEEEEEEE!!!!」

 

 ドグシャァ! グシャ! ゲショ! ドゴォ!!

 

 と、何かを踏みつぶす音を上げながら、まだ『スパイスガール』が適当にその辺を攻撃して回っていた。それを見ていた妹紅は流石に止め始める。

 

「あぁッ! も、もういいのよ『スパイスガール』! 早く逃げるわよ!」

 

 慌てて『スパイスガール』戻す妹紅。最後まで『スパイスガール』は罵るのを止めず、見えない敵を手当たり次第に粉砕していた。

 

「・・・・・・誰に似たんでしょうかね」

 

「・・・・・・さぁ?」

 

 ジョルノと妹紅の視線はある一人の少女に向かっていた。

 

 29話へ続く・・・・・・。

 

*   *   *

 

 (久しぶりの)後書き

 

 これでボスとジョルノの幻想訪問記 第28話 紅の十字架⑤は終了です。多分次で第1章がやっと終わります(予定)。

 

 なぜパチュリーが襲われなかったのか。説明は本文では面倒だったので省きましたが、パチュリーはまだレミリアの『キラークイーン』で爆弾状態だったのです。レミリア自身も説明していた、『爆弾化した物体はその物体の形を留める』という付加能力。それのおかげでパチュリーは無事だったんですね。つまり妹紅は「自分が凄くてパチュリーは無傷、当然のことだがね(ドヤ顔)」と思ってますが実際パチュリーは大勢の敵に攻撃を受けてました。ただお嬢様に守られていた(形状が変化しないから血管がつぶせなかった)だけです。そしてパチュリーにまとわりついていた敵は『スパイスガール』が妹紅の気付いていないうちに引き剥がして倒してます。もこたん、あんたが守ったんとちゃう。ほんとは大惨事やで。

 

 と、知らずの内にドジっ娘属性が付与された妹紅ですが頑張ってますね。主に『スパイスガール』が。

 

 ここまで読んでくださって誠に感激の至りです。次の話でジョルノが、妹紅が、レミリアが、そしてアリスが、紅魔館で今回の騒動の決着を着けます。

 

 いよいよクライマックス、ボスとジョルノの幻想訪問記 第29話 紅の十字架⑥ をどうぞご期待ください。では。

 

 

 ・・・・・・ディアボロに活躍はあるんでしょうか??



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紅の十字架⑥

第1章のクライマックス後編です。


ボスとジョルノの幻想訪問記 第29話

 

 紅の十字架⑥

 

 あの後、ジョルノ・美鈴・妹紅は紅魔館を午前3時48分に脱出した。三人は中庭に来て誰もいないことを知り門の外にまで出る。

 

「レミリアお嬢様・・・・・・!?」

 

 だが、そこにレミリアとフランドールの姿はなかった。まさか、まだ紅魔館の地下にいるのか? と、美鈴が気を探ると――――。

 

「――――!!」

 

 明らかに美鈴の表情が一変する。まるで何か大切な人を亡くしたかのような・・・・・・。

 

「どうしたんですか美鈴さん・・・・・・?」

 

 ジョルノは只ならぬ美鈴の様子を見て声をかけた。すると美鈴は

 

「・・・・・・お二人に咲夜さんとパチュリー様を任せます。すぐに戻ってくるので!」

 

 と言って足早にまた紅魔館に戻っていった。

 

「ちょ、美鈴さん! 一人行動は危険だとあれほど!」

 

 ジョルノは追いかけようとしたが、それを止めたのは妹紅だった。

 

「――――待てジョルノ。これ以上この件に首を突っ込んでも私は意味がないと思う」

 

「どうして止めるんですか妹紅!?」

 

 妹紅は美鈴が走り去っていくのを見て

 

「・・・・・・薄々気が付いていたが・・・・・・ここにいるのはパチュリーと咲夜。そして今走っていったのが美鈴。来るときに中庭で会ったのがレミリアだ。・・・・・・私が把握している限りでは紅魔館のメンバーは後二人。パチュリーの使い魔である小悪魔とレミリアの妹のフランドールだ」

 

「・・・・・・」

 

「そして今思えば私がレミリアの部屋で燃やした敵の鳴き声。あれが小悪魔の口癖と『ほぼ一致』していた。考えたくはないが、おそらく小悪魔はゾンビにされたんだろう」

 

「・・・・・・それで、どうしたんですか?」

 

 ジョルノは妹紅に語調を強めて言う。

 

「私たちが最初にここに来たとき、血だまりがあった・・・・・・。最初は誰のものか分からなかったし、後も妖精メイドのものかと思っていたが美鈴の言うことを信じるなら全員が厨房でゾンビ化。だったらもうあの血だまりはあと一人、フランドール・スカーレットのものだった可能性が高い」

 

「・・・・・・既に当初の目標である吸血鬼が死んでいる、ということですか?」

 

 妹紅はその確認の意味を含む問いかけに頷く。

 

「そうだ、だからもうフランドールを屈服させることは不可能だし、これ以上紅魔館に干渉するメリットはほとんど無い。そもそも美鈴を追いかけてレミリアに出くわして見ろ。今度こそ攻撃されるぞ」

 

 妹紅は大体予想が付いていた。もうフランドールが死んでいること、そしておそらくレミリアもそのことを知っている。そんな状況のレミリアが正気なわけがないのだ。

 

「いいか、私たちにとって一番『危険』なのはレミリア・スカーレットだ。最初の場面で攻撃されなかったのは奇跡と言っていい。美鈴が危険だと言うことは百も承知だが、美鈴とレミリアはあくまで主従関係でそこに危険は存在しない。それに身一つの美鈴があんなゾンビ共に後れを取るとは思えない。私たちが行ったところで面倒が増えるだけだ。あっちにとっても、こっちにとっても」

 

「・・・・・・ですが、もしかするとゾンビたちを操っている本体が屋敷の中に」

 

 がしっ!

 

 そう言って食い下がろうとしないジョルノに対して妹紅は舌打ちをして胸ぐらを掴む。

 

「それを倒すのがお前の役目か? 美鈴とレミリアと共闘してそいつをぶちのめすのがお前の義務か? 違うだろ、本来の目的を忘れるな。フランドールは十中八九死んだ。ドッピオは救出済み。これ以上ここにいても」

 

「ぐっ・・・・・・だからって人が危険な目に遭うかもしれないのを黙ってみてろって言うんですかッ!? それにまだ妹の方も死んだとは――――ッ!!」

 

 苦しそうに反論するジョルノ。だが妹紅は冷めた目でジョルノを睨み付けた。ジョルノの背中に何か、寒気のような物が走る。

 

「――――お前が元の世界でどれほどの善人だったかは知らないがここは幻想郷だ。いいか、幻想郷は巨大勢力同士の抑止力でバランスが保たれている。『永遠亭』も『紅魔館』も規模は小さいが立派な勢力の一つだ。曲がりなりにも『永遠亭』に所属しているお前がこれ以上『紅魔館』だけの件に首を突っ込むのはここじゃ御法度、迷惑なんだよ」

 

「・・・・・・っ!」

 

 妹紅がここまでジョルノを引き留めようとするのはかつて無かった。つまり、これ以上紅魔館側に関わるのは今までのと比べものにならないほどのことである。

 

「幻想郷にいる限り、ここのルールに従え。――――言ってみりゃこの騒動は十六夜咲夜とドッピオの人質交換みたいなものだった。かなり話が拗れてしまったが、この透明のゾンビたちは明らかに別件。私たちはただ『巻き込まれただけ』だ」

 

 ジョルノは特に言い返す言葉はなかった。幻想郷は広そうに見えてかなり狭い世界だ。妹紅の言うことは筋が通っている。

 

「・・・・・・わ、分かりましたよ・・・・・・! だから、離してください」

 

 ついにジョルノは折れた。美鈴の無事は気がかりだが、そもそもここには三人の怪我人がいる。この人たちを置いて行けるわけがない。

 

「・・・・・・ちッ。いや、悪かったよジョルノ・・・・・・。少し、言い過ぎた」

 

 妹紅は首を振ってジョルノを下ろす。

 

「・・・・・・」

 

 ふと空を見ると星空が白み始めていた。霧の湖から霧が立ち上っているのが分かる。既に時刻は午前4時を指していた。

 

 とりあえず二人は美鈴を待つことにした。もし美鈴がレミリアと来てもこちらには十六夜咲夜とパチュリー・ノーレッジがいる。万が一にもレミリアが攻撃してきた場合の交換材料にもなる。

 

「・・・・・・もうすぐ夜が明けるな」

 

 妹紅はそう言ったがそれっきり。それ以上両者に会話はなかった。

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 紅魔館地下、フランドールの自室で繰り広げられているのは破綻した論理で紅魔館を攻めてきた透明の人形使い、アリス・マーガトロイドと妹を殺された恨みを晴らそうとする永遠に紅き幼い爆弾魔、レミリア・スカーレットとの戦いである。

 

 『リンプ・ビズキット』の付属効果でフランドールや魔理沙のスペルを二人の肉体の人形を介して間接的に扱えるアリスはあと一歩と言うところまでレミリアを追いつめた。だがレミリアは会話の中でアリスが透明なだけの人間であることに気が付き、体温があることを見抜くと形勢が逆転。『キラークイーン』第二の爆弾、シアーハートアタックを発動させた。

 

 アリスは何とかシアーハートアタックを止めようとするが、もっとも温度の高い物体を爆破するまで止まらないシアーハートアタックに徐々に追いつめられていく。レミリア本体を先に殺そうとするもあえなく失敗し、アリスは絶体絶命のピンチに陥った。

 

 パキィィンン!! と、ゴリアテ人形の両手に握られている二振りの両刃剣が砕け散る。

 

「・・・・・・刃が・・・・・・折れた!?」

 

 鋼鉄製の刃が粉々に砕かれた。これ以上ゴリアテでシアーハートアタックは防げない。

 

「――――コッチヲミロォォ~~~!!!」

 

 ズギャズギャギャギャッ!! と壁を砕きながら登ってくる爆弾戦車に対してアリスはもう打つ手がなかった。ゴリアテでさえ止めきれない戦車だ。手持ちの小さな人形でどうこうできる相手じゃあない。

 

「終わりよアリス・マーガトロイド!!」

 

 ほぼ再生が完了した右手でビシィ! とシアーハートアタックの方向を指さしてレミリアは華麗に言い放った。

 

 既にアリスの眼前にシアーハートアタックは迫っている。

 

「――――ッ!!」

 

 ついにシアーハートアタックが光始めた。もうまもなく爆発する。アリスを完全に追いつめた。レミリアの勝利だった。

 

「取った!!」

 

 ピカァァ! とまばゆい光を上げたシアーハートアタックは――――。

 

 

 どすん。

 

 

「――――え??」

 

 一瞬何が起きたかレミリアには分からなかった。シアーハートアタックは爆発寸前だった。だが、一体全体どういう現象なのか、シアーハートアタックは爆発せずに壁から地面に落ちたのである。

 

「・・・・・・な、どうしたのよ!? 『キラークイーン』ッ!!」

 

 レミリアは背後の『キラークイーン』を睨んだ。だが彼女に『スパイスガール』のような自我はない。ただのレミリアの投影イメージに過ぎない『キラークイーン』がレミリアの求める答えを提示することはあり得なかった。

 

 何が起きた、なぜアリスを爆破しなかった? と、レミリアが思っていると地面に落ちて動いていなかったシアーハートアタックが突然、走り出した。

 

「コッチヲミロォ~」

 

「――――? な、何をしているの??」

 

 シアーハートアタックが走り出した方向には何もなかった。少なくともレミリアの視界には何も映っていなかった。

 

「・・・・・・待って、ど、どうして・・・・・・ッ!? 待てシアーハートアタック!! そこに『何』がいる!?」

 

 レミリアの意志とは関係なく射程圏内でもっとも高温の物体に向かって走るシアーハートアタック。スタンド能力に例外はなく、『絶対』である。つまり、そこには必ず高温の物体がある。

 

 しかも迷い無くシアーハートアタックはそこに向かっている。確実にアリスの体温より高温の物体があるのだ。何がある? 沸騰した水か? いや、高温の物体は突然現れた。直前までアリスを爆破しようとしていたのだから。誰だ? いや、何だ? 確実に人間の体温より温度が高い物体だ。たとえば――――そう、炎とか――――。

 

 

「――――禁忌『レーヴァティン』」

 

 

 シアーハートアタックが走り出してから数秒遅れてアリスがそう告げた。その声はレミリアの耳に届く。と、同時に

 

「――――ッ!?? ま、まずい、『キラークイーン』ッッ!! シアーハートアタックを解除しろォォーーーーーーーーッ!!」

 

 レミリアは分かった。そう、シアーハートアタックが向かう先にいるのは自分の妹の人形、フランドール・スカーレットの肉体だ。禁忌『レーヴァティン』はフランドールのスペルカード。狂気の炎を纏う凶剣を生み出す。もちろん、それは炎であるためかなりの高温だ。

 

 アリスはレミリアにフランドールを爆破させようとしていた。

 

「シアーハートアタック、解除ッ!!」

 

 すぐに『キラークイーン』をシアーハートアタックの元に向かわせ、右手に納めさせた。だが、その間ほとんどレミリアは無防備だ。何より焦っていた。妹を愛するが故、死んだ妹の亡骸を爆破することは不可能なはず、と読んだアリスの作戦は予想以上の効果を上げた。

 

 焦りは隙を生む。

 

「その焦りは注意を散漫にする――――。自分の周りに人形が迫っていることにも気が付かないほどに、ね」

 

「――――は?」

 

 ビュゥウン、と風を切る轟音がした。巨大な何かが空を切る音だ。自分の真上でした気がする。いや、それを認識するよりも早く、早く、レミリアの体は地面に無慈悲にも潰された。

 

 ゴシャァッ!!

 

「ゴリアテの腕よ。思いっきり殴れば人間一人くらい軽く骨まで粉砕できるわ」

 

 打撃に強い吸血鬼だがゴリアテのパワーはそれを上回る。避けようとしたレミリアだが反応が遅れた。

 

「あっ、あぁぁあああッ、痛い、痛い痛いぃぃいいい、あっ、いぎいいぐぎいいいいいいい!!!」

 

 レミリアの胴から下が粉砕された。さすがの吸血鬼といえど、下半身を巨大ハンマーで叩き潰されれば泣き言も出る。これまで感じたことの無いような激痛がレミリアをおそった。

 

「あぐ、ぐぐ、うぎ、ぐ、っがあああぃ痛い、痛い、ぐ、ぅうう・・・・・・」

 

 涙を滲ませながら潰された下半身からの離脱を計る。上半身を一心不乱に動かし、ゴリアテの腕からブチブチブチ、と下半身をつなぐ皮膚を引きちぎっていくが――――。

 

「・・・・・・!? や、止めろ、掴むな、あ、あ、やめ、やめて」

 

 既に彼女の周りを人形が囲っていた。透明の人形たちはレミリアの上半身を掴み、ぶしゅ、ぶちゅ、と次々と血管を破裂させていく。

 

「や、やぁぁ・・・・・・」

 

 回復する間もなく、血が、命が流れていく。レミリアの口から出る言葉は弱々しい叫びだけだった。血が足りない、力が抜けていく、寒い、寒い、寒い、怖い、怖い、怖い・・・・・・。

 

 ぶしゅぅ、ぶしゅっとレミリアの至る所の血管は破裂し、もはや抵抗は出来なかった。

 

 あぁ、もう、ダメだ。自分が死ぬのが分かる。これが、これが最期か。私の最期がこれか。お似合いだ、血塗られた人生だった。咲夜に対して犯した罪のお返しが今ここで全てやってきたんだ。こんなに惨めなのか、死ぬのが、惨めだとは思わなかった。こんなに怖くて、寂しいものとは思わなかった。あぁ、フランドールもこうして死んだのだろう。惨めで、寂しくて、怖くて、寒い。

 

 ――――ごめんね、咲夜。フランドール。私はもう――――。

 

*   *   *

 

 

 そうやってレミリアが意識を手放そうとしたときだ。

 

 

「お嬢様ッ!!!」

 

(・・・・・・!? 紅美鈴、何をしに来た?)

 

 アリスは美鈴の姿を見ると身構える。

 

 扉を開いたのは美鈴だった。美鈴はこの状況を見てどう思っただろうか。部屋の真ん中でレミリアが死にかけている。半ば諦めようとしている。自分がどうすればいいか、何をすればいいか、ほとんど判断できなかっただろう。こんな極限状態は未だかつて無いのだから。ここで美鈴が判断を誤っても仕方がないことだった。レミリアの元に行くのはマズイ。周りに透明の人形がうじゃうじゃいる。言葉だ。美鈴は直感的にここで言うべき言葉を探した。レミリアの薄れ行く意識の中で最も有効だとなりうる言葉。

 

 それは頑張れ、だとか、そういうものじゃあなくて。

 

 

「・・・・・・パチュリー様の治療が完了しました」

 

 

 なぜ美鈴がそれを選んだのか、後で聞いてもおそらく答えられないだろう。勝手に口が動いたとしか言いようがない。ただ、それはレミリアが一番求めていた言葉だった。

 

「――――『キラークイーン』」

 

 パチュリーの治療が完了した。そうか、あぁ、流石美鈴だよ。この状況で、死に行く私を焚き付けるのには一番の答えだ。

 

 つまり、能力を思う存分使えるってことよね?

 

 レミリアは意識を覚醒させて『立ち上がった』。体はまだ再生していない。下半身に至っては何もなかった。だが、立っていた。彼女の上半身を支える物は血だった。

 

「第一の爆弾ッ!!!」

 

 そう唱えるとレミリアの周囲で爆発が起こった。『キラークイーン』がレミリアの流した他の血を爆弾に変えていたのだ。瞬時にゴリアテ人形ごと塵へと帰る。

 

「そんなッ!? 一瞬で私のゴリアテがぁ!!」

 

 アリスは声を上げた。死にかけの小娘によって一瞬で戦力を失ってしまったのだ。

 

「お、お嬢様・・・・・・! その体は・・・・・・!」

 

 美鈴は血の化身のような姿をした真っ赤なレミリアを見て呆然とする。まるで死人が動いているようだった。

 

「――――美鈴、命令よ。ここから逃げなさい」

 

 レミリアは美鈴の方を見る。だが、その顔はもはやレミリアの物ではない。皮膚は殆どなく、目も無かった。先ほど人形に襲われたとき潰されていたらしい。その顔を覆う物はやはり、血。

 

 その顔は美鈴に恐怖を与える。不吉な予感しかしない。

 

「今から1分後、紅魔館を爆破する。巻き添えを食らう前に逃げなさい。だけど、その前にちょっとでもいいから、あいつに――――」

 

 『キラークイーン』は床にふれた。すなわち、『紅魔館』を爆弾化したのだ。

 

 美鈴は答えられなかった。ただ、その場に立ち尽くすだけだった。分かってしまったのだ。言葉通り、数十秒にも満たない未来。レミリアは絶命する。

 

「ありったけの、恨みを」

 

 彼女を動かすのは血の憎悪だった。

 

「お嬢様ァァァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」

 

「UUUURRRRRYYYYYYYYYYY!!!」

 

 レミリアはアリスの居場所が分かっているかのように真っ直ぐ突っ込んできた。今のレミリアは敵を見ることは出来ない。だが、血は分かる。アリスが生身の人間だというのなら、血が通っている。その血の気配を頼りにレミリアは飛んだ。

 

「――――しま、った!? 蓬莱、ガード・・・・・・ッ!」

 

 だが、レミリアの狙いはアリスではなかった。『キラークイーン』は目標の物体を見事に攻撃していた。

 

 アリスが守るように背後に置いていた、霧雨魔理沙の人形の頭部を粉砕した。

 

「ま、ま、魔理沙ァァァーーーーーーーーーーッッ!! こ、の、クサレカスがァァァーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

 アリスは叫ぶ。そして血の化身と成り果てたレミリアを人形を用いてむちゃくちゃに攻撃した。だが――――。

 

 ずぶっ。ずぶっ、ぬぷ。

 

「――――!?」

 

「手応えが無いだろう? 文字通り、私は今『血』だからね・・・・・・」

 

 レミリアの体はもはや血液の塊だった。いくら人形で攻撃しようとも無意味。

 

 と、『キラークイーン』がアリスの顔面に拳を入れた。

 

 パキョォ!

 

「ぐ、ぷ・・・・・・!? ぎ」

 

 血の腕では攻撃は出来ないが『スタンド』は物理。つまり、アリスにレミリアを攻撃する手段はなく、レミリアはその逆。

 

「・・・・・・顔面の骨・・・・・・それのどれかは知らないが、折れたようね。鼻か? 頬か?」

 

 正確には鼻っ柱だ。アリスは鼻から大量に血を噴出する。

 

「まぁ、どれでもいい。だがそれは私が折ったんじゃあない・・・・・・お前に恨みを持って死に、人形になりはてたフランドールが折ったと思え」

 

 レミリアは言葉続ける。動けないアリスに向かって静かに言葉を並べていく。

 

「この次は右足で蹴るが・・・・・・、これもフランドールがおまえを蹴ったものと思え。・・・・・・この次の次のも。この次の次の次のも。この次の次の次の次のも」

 

 レミリアは『キラークイーン』の拳に、足に力を込める。もはやアリスに為す術は無い――――。

 

 

 

「フランドールのぶんだあァァァァァーーーーーーーーーーッッ!!! これも!! これも!! これも!! これも!! これも!! これも!! これも!! これも!!」

 

 

 

 妹の恨みは姉の怒りに代わり、狂気に満ちた悪夢を粉砕した。

 

*   *   *

 

「お嬢様! その姿は・・・・・・!」

 

 美鈴はレミリアの戦いが終わったのを見て駆け寄ろうとするが、レミリアはそれを止めた。

 

「来るな美鈴ッ! いいから早く逃げろと、言ったでしょう・・・・・・! 私の命令を聞きなさい!」

 

 レミリアは、ばっ! と右腕を突き出す。だが、その腕はどろぉ~~っと崩れていき地面に落ちた。

 

「残された時間はあと30秒よ。もう爆破するわ・・・・・・何より、私はもう助からない」

 

 美鈴の目から見てももはやレミリアは限界だった。体を捨てて血だけで形状を維持するのはいくら吸血鬼といえど、不可能なことである。回復に回すはずのエネルギーを血の形状維持に使ってしまっているからだ。

 

「で、ですが、まだ!」

 

「違うわ美鈴。言いたいことは私の生き死にの次元じゃあない。敵はまだ死んでない。つまり、敵の能力は継続中よ」

 

「・・・・・・!」

 

 レミリアは自分の残された下半身を見る。それは僅かに透けていた。

 

「既に・・・・・・私も透明化が始まっているわ。もう助からないってのはそういう意味よ」

 

 レミリアの血で出来た体はドロドロとどんどん崩れていく。レミリアにも透明化が始まっている影響なのか、それとももう死が避けられない運命だからか。

 

「じゃ、じゃあ爆破するっていうのは・・・・・・御自分ごと敵をッ!?」

 

「そうよ。後20秒。いいから早く行きなさい!!」

 

 レミリアのこれ以上犠牲者が出ないための決断だ。美鈴はそれを無碍に出来なかった。頬からはいつの間にか涙が流れていた。

 

 ばっ!

 

「お、お嬢様・・・・・・!」

 

 美鈴はその場に片膝を着いて頭を下げた。最期の忠誠を示すためだ。それを見たレミリアは満足げに頷いて。

 

「・・・・・・最期に、生きて咲夜に伝えなさい」

 

 おし黙った美鈴にレミリアは優しく声をかけた。

 

「心から幸せを願ってるわ、って」

 

「・・・・・・っ!! か、な、必ずッ!!!」

 

 後15秒。美鈴は涙を堪えきれず、大量の滴をこぼしてその場を後にした。

 

 

 

 あと10秒。ほとんど動かない体を『キラークイーン』に無理矢理引きずらせて、レミリアはある方向に向かっていく。それはシアーハートアタックが向かっていった場所。

 

 フランドールの人形がいるはずだ。

 

 後5秒。ようやくレミリアはフランドールの元にたどり着いた。残った左腕でフランドールを抱いて瞼を閉じる。

 

 冷たい。だけど妹の体だ。分かる、私には分かる。ほとんど感触はないけど、魂の痕跡がある。

 

「・・・・・・」

 

 レミリアはフランドールを抱きながら思った。

 

 もう一度、もう一度、あなたと、あなたと私だけの世界で会話がしたい。

 

 

 ――――1分。

 

*   *   *

 

 爆発の瞬間、美鈴はぎりぎりで紅魔館の正面扉から転がり出た。

 

 凄まじい爆風と共に美鈴は一気に正門まで弾きとばされる。だが妖怪である彼女は身体面ではかなり丈夫だ。正門に頭こそぶつけたが大した怪我ではない。

 

 そこに丁度ジョルノと妹紅もいた。

 

「――――美鈴!?」

 

「この爆発は何なんですか!?」

 

 突然の爆音に驚いたジョルノと妹紅だったが直後に美鈴が飛んできたものだから更に驚く。二人は早口に美鈴に尋ねた。――――美鈴の眼からは涙が流れている。美鈴は紅魔館の方を見て声を上げる。

 

「お、お嬢様・・・・・・妹様・・・・・・ッ!! う、うわああああああああ~~~~~~ッッ!!」

 

「・・・・・・美鈴」

 

 妹紅とジョルノは全てを察した。でなければ美鈴がこんなに取り乱すことはない。二人は今もなお爆音が続く紅魔館を見た。炎があがっている。深い赤色、深紅の炎が立ち上っている。

 

「うううう~~~~・・・・・・わぁああああああああ・・・・・・!!! ぐっ、えぐっ、ううう~~・・・・・・」

 

 美鈴もその炎を見て無念を表現する嗚咽を漏らした。何が至らなかったのか、どうして、どうしてこんなことに――――。

 

 

 炎は、深紅の炎は二人の死を弔うように十字架の形をしていた。

 

 

「うわああああああああああああああ!!!!」

 

 二人の目を厭わず、美鈴はただただ懺悔するように泣いた。

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 レミリアの攻撃を受け続けたアリスは血を吐きながら部屋の片隅でボロ布のように転がっていた。動けない、人形を操る力も無い。

 

「・・・・・・う、うぐ、ええぇ・・・・・・」

 

 なぜか、なぜか涙が流れた。周りを探しても何もなかった。魔理沙は、魔理沙は?

 

 違う、違う、違う! 魔理沙はさっき死んだ。魔理沙は、もう、戻ってこない・・・・・・。

 

「ま、あ、りさ・・・・・・うぅ、魔理沙・・・・・・、・・・・・・」

 

 魔理沙はもう死んだのだ。私の世界から消えたんだ。魔理沙のいない世界なら私は――――。

 

 意識が消える。眠るように、アリスは眼を閉じた。その後の大爆発を彼女は知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 眼を開くとそこはいつもの部屋だった。見慣れた光景、自分の部屋だ。人形に関する知識をまとめたノートと、紅茶のカップ。すすけた電球に上海人形。

 

「・・・・・・ここは?」

 

 いや、自分の部屋だ。どういうことだろうか。さっきのは夢だったのか?

 

「アリス!」

 

 と、私の名前を呼んだのは・・・・・・白黒の服を着て帽子を深く被った少女の姿だ。

 

「・・・・・・魔理沙?」

 

 一瞬彼女の声だと分からなかった。姿は見慣れているのに、肉声を聞いたのは初めてのような気さえした。

 

「・・・・・・どうして? あなたは、さっき・・・・・・」

 

 気が動転する私を構わず後ろから魔理沙は優しく抱えた。

 

「・・・・・・いいんだ、もう。終わったんだぜ・・・・・・。アリス」

 

 私は訳が分からなかった。あなたは、さっき・・・・・・、と自分で言ったけどどうしてそんな言葉を発したのか分からなかった。

 

 魔理沙は『ここにいて当然じゃあないか』。だって私は『魔理沙の為に生きてる』んだから。

 

「アリス、あぁ、アリス、アリス。私は今幸せだぜ・・・・・・」

 

 魔理沙は私をさっきより強く抱きしめた。『幸せ』という単語に私までもが『幸福感』に包まれる。そうか、『魔理沙の幸せは私の幸せ』なのか。

 

「アリス、もうアリスは私以外『見えなくなる』んだ。そして私以外『全て忘れる』んだぜ・・・・・・?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の視界から『魔理沙以外の物が消失』した。そして記憶から『魔理沙に纏わること以外が全て消失』した。

 

「あ、・・・・・・魔理沙? 魔理沙・・・・・・?」

 

 そして私の『言葉も固定された』。魔理沙という単語しか話せなくなっていた。まるで全てが魔理沙の思い通りの世界だ。

 

「そう、そうだぜアリス。・・・・・・アリスが私にしたように・・・・・・今度は私がアリスを・・・・・・」

 

 魔理沙が私の体をそっと抱いた。だが、その感覚ももはや分からなくなっていた。視界には魔理沙しかいない。耳に聞こえるのは魔理沙の声だけだ。触れているものは魔理沙の体だけ。

 

「・・・・・・魔理沙、魔理沙、魔理沙・・・・・・」

 

 私はただうわ言のように繰り返すだけだった。それしか出来ない。魔理沙以外、何もない。

 

「・・・・・・魔理沙・・・・・・魔理沙・・・・・・魔理沙」

 

 ・・・・・・魔理沙。魔理沙、魔理沙、魔理沙・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 午前7時。ジョルノ・ジョバァーナ、藤原妹紅は無事永遠亭に帰還した。また、行方不明だったヴィネガー・ドッピオや紅魔館の生き残りの住人達も引き連れていた。

 

 レミリア・スカーレットの最期を見届けた紅美鈴は十六夜咲夜を抱えて永遠亭に。ジョルノはドッピオを、妹紅はパチュリーをそれぞれ抱えていた。

 

「・・・・・・美鈴、今後どうするんだ? お前達」

 

 妹紅は帰り道の途中で美鈴に尋ねた。

 

「・・・・・・さぁ、私にはもう守るべき門は無いですからね・・・・・・」

 

 美鈴は暗くトーンを落とした声で空しそうに呟いた。それを見ていたジョルノは妹紅を小突く。

 

「痛い! 何すんだよジョルノてめぇ」

 

「あなたには神経が通ってないんですか? 今そんなこと彼女に聞くとか、アホですよね」

 

「何だと誰が・・・・・・」

 

 と、妹紅は言い返そうとしたが流石に自分でも不謹慎だと思ったのだろう。言葉を飲み込んで口を噤んだ。

 

「・・・・・・お二人次第です。咲夜さんと、パチュリー様の」

 

 美鈴は笑おうと努力をしているが、眼には悲しみの色が強く残っていた。

 

「・・・・・・」

 

 ちなみに、とりあえず怪我人保護施設でもある永遠亭で十六夜咲夜とパチュリー・ノーレッジは一旦預けられる。だが、それもその場しのぎにしかならない。

 

「・・・・・・怪我を直すことが最優先ですよ。体も、心も癒えるまではいつまでも家にいて大丈夫です」

 

 ジョルノはそう答えた。いつお前の家になったんだ、と妹紅は言いたかったがやめる。そういう雰囲気ではない。

 

「ありがとうございますジョルノさん」

 

 美鈴は素直に礼を言った。ジョルノや妹紅にとっては驚異だったスカーレット姉妹だが、美鈴にとっては掛け替えのない主人だった人物だ。きっと心にできた隙間は大きいはずである。

 

 ジョルノは「どういたしまして」と、優しく笑顔を美鈴に向けた。

 

 

 

 

 三人は永遠亭にようやく帰ってきた。あれから丁度一日が経過しているが。

 

「・・・・・・何もなければいいんだけどな」

 

 妹紅はそう呟いてからドンドンと、扉を叩いた。

 

「おーい、てゐ! いるか? ちょっと手伝ってくれ」

 

 しばらくすると、永遠亭の中からドタドタと慌ただしい足音がして――――。

 

 

「いっらしゃい!! 今は営業時間外だぞっ!」

 

 

 見た目年齢7歳くらいの可愛い小さな幼女が中から元気よく現れた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 三人はお互いの顔を見合わせる。勿論、誰一人としてこんな幼女は見たことがない。どういうわけか、大人用のそのちんまりした体には似合わない白衣を身に纏っているが・・・・・・。

 

「え~~っと、ちょいとお嬢さん。お医者さんごっこかな? 何でここにいるのかな・・・・・・?」

 

 妹紅はその幼女の目線の高さに合わせてしゃがんだ。ひきつっているが笑顔を作っている。頑張れ妹紅。

 

「何で・・・・・・って何で? ここは私のおうちよ?」

 

 流石の妹紅もこの幼女の発言には首を捻らざるを得ない。後ろの二人も疑いの目で幼女をにらんだ。だがその白衣を着た幼女は純粋そうな瞳で妹紅を見つめ続ける。

 

「・・・・・・新しい妖怪ウサギか?? てゐが助手でも頼んだのか・・・・・・えっと、てゐっていう人知らないかな?」

 

 そう思いながら妹紅はにっこりと笑って幼女に問いかける。するとその子は「う~んと、ね」と言って指を頬に当てながら永遠亭の方を振り向いて

 

「て~~~~ゐ~~~~ちゃん!」

 

 と可愛らしくてゐの名前を呼んだ。すると今度はバタドタガッシャンとかなり慌ただしくてゐが玄関にすっ飛んできて

 

「どう、ど、どう、どうしました『永琳』様ッッ!!??」

 

 その場にいない人物の名前を叫んだ。そして息を整えて玄関先にいる三人を見つけるとサァァーーーッという音が鳴りそうな勢いで顔面が蒼白し

 

「・・・・・・お、おかえりウサ・・・・・・」

 

「・・・・・・寝起きだろお前。寝癖すんごいぞ」

 

 てゐは「ははは・・・・・・」と苦笑いしながら右手を挙げた。

 

「いや、妹紅突っ込むべきところはそこじゃあない。っていうかわざとでしょう今の」

 

 ジョルノがずい、と前に進み出る。

 

「・・・・・・そ、そうだな・・・・・・うん。わざとかもな・・・・・・」

 

 妹紅は首を傾げている。まさか、いや、そんな、どうした?

 

「・・・・・・?」

 

 玄関の外に妹紅とジョルノと美鈴、玄関の内側にてゐ、そして両者の間の玄関の内と外の境目に幼女。この子も首を傾げている。

 

 と、ジョルノは率直に、単直にてゐに尋ねた。

 

「・・・・・・永琳さんってどこにいるんでしょうか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 てゐはおもっくそ目を上下左右に泳がせた。ぶわぁ! と音が立つくらい一気に鳥肌を立てた。ナイアガラも真っ青なくらいの冷や汗が流れ落ちた。

 

 そしてジョルノの問いかけに答えたのはてゐではなく――――。

 

 

 

 

「はい! 私が永遠亭の主人! 八意永琳ですよっ!!」

 

 

 

 

 両者の間にいた小さな小さな幼女が誇らしげに手を挙げたのだ。

 

 

「「「うっそおおおおおおおおッッ!!??」」」

 

「・・・・・・嘘じゃあないウサ・・・・・・ど、どうしてこうなったし」

 

 三人は愕然と、まさに開いた口が塞がらず、といった状況。対して、てゐはひたすら頭を抱えていたのだった――――!

 

 

 第30話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 後書き

 

 お疲れさまです、そして同時に礼を言わせてください。

 

 第一章『ファントムブラッド』決着ゥゥーーーーーーーーーッ!!(背中にある星のアザを親指で示す)ありがとう読者のみなさん!

 

 はい、というわけで勝手に第一章の名前をジョジョの第一部の副題と被せてみました。じゃあ第二章は戦闘潮流かな? いや、この話の繋ぎ方からしてそれはあり得まい。

 

 まぁ、『吸血鬼』『血』『ゾンビ』とかが結構象徴的な話でしたからね。最後はレミリア様のカリスマが爆発(いろんな意味で)。芸術は爆発だ。そしてカリスマでもある。

 

 しかし・・・・・・メインキャラが沢山お亡くなりになられてしまった・・・・・・。レミリア、フランドール、魔理沙、アリス・・・・・・惜しい人たちを亡くしましたな・・・・・・(妖怪1人足りない)。

 

 ということで色々ありましたが第一章が無事完結しました。感想・批判などなどお待ちしています。第二章は現在構想を考え中です。最初の2個くらいの話はもう考えてます。

 

 最後になりましたが、ここまで読んでくれた方々に感謝を申し上げます。ありがとうございました。

 

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 おまけ

 

 

 字数かせg・・・・・・章変わりのキャラクター紹介コーナー①

 

 ここではキャラ紹介をしていきたいです。決して字数稼ぎじゃあないぞ。ちなみに【】の中はこの作品限定の二つ名です。作者が黒歴史だと思ったら消します。

 

 

①【腰抜け】ディアボロ スタンド『キングクリムゾン』

 

 この作品の主人公。活躍しないことで有名。ピンクの髪の毛に緑の黴・・・・・・もとい斑点が特徴の30代後半のおっさん。元の世界で何回も死んで同然の悪事を働いた後、ジョルノに終わりがないのを終わりにされる。その後幻想入りして何とかして元の絶頂生活に戻る方法を画策中。ちなみにレクイエムのせいで幼女恐怖症という病にかかっている。症状としては幼女を見た際に『発汗』『動悸』『息切れ』『めまい』『極度の興奮状態』『幻覚』などを引き起こす。同じような症状の方は是非ヤゴコロクリニックへ。

 

 スタンド能力は強力。『時を十数秒まで消し飛ばす程度の能力』と『十数秒後までの未来を予知する程度の能力』の二つを持つ。(正直扱いづらい)

 

 

②【未来予知君】ヴィネガー・ドッピオ スタンド『墓碑名(エピタフ)』

 

 この作品の主人公の二重人格者の方。こっちが主に活躍する。ピンクの髪の毛だが黴は生えていない。元の世界では物体を電話に見立ててディアボロと更新していたが幻想郷では記憶がないため更新不可となっている。ジョルノとは友達になった。

 

 スタンド能力は『十数秒後までの未来を予知する程度の能力』。ここで予知した内容が覆ることは絶対にあり得ない。

 

 

③【黄金の精神】ジョルノ・ジョバァーナ スタンド『ゴールドエクスペリエンス』

 

 この作品の主人公その2。本作はダブル主人公だがこっちのほうが活躍しがち。金髪に巻き髪、通称『コロネ』をおでこにのっけている。スタンドがレクイエムに進化していないのにディアボロが死に続けている理由は未だに不明。元の世界での記憶はないが、鈴仙や妹紅、チルノのスタンドに対して僅かに親近感を覚えている。

 

 スタンド能力は『生命を生み出す程度の能力』。凄まじいくらいの応用力を持つご都合主義的能力。

 

 

④【6匹と1人】鈴仙・優曇華院・イナバ スタンド『セックスピストルズ』

 

 実はメインヒロイン枠。長い薄紫のストレートにウサ耳を乗っけた女子高生(ではない)。活躍しようと頑張るが結構空回りしている苦労人。第一章ではこれから、という所で再起不能になってしまい、メインヒロインの座を藤原妹紅に奪われた。

 

 スタンド能力は『銃弾を操る程度の能力』。6匹の小さなてゐ達が鈴仙の弾幕を縦横無尽に弾き、多面的な攻撃を得意とする。弾幕勝負で使うとかなり強い(はず)。

 

 

⑤【小さな小さな天才】八意永琳 スタンド無し

 

 なんと、本作品のロリ枠。ディアボロの天敵。不老不死であらゆる薬を作ることができる天才。白く美しい長髪の上に変な色の帽子を乗っけている。第二章から小さくなって登場する。小さい永琳さん・・・・・・ぐふ、ぐふふ、じゅるり。あだ名はろーりんです。みなさんよろしく。

 

 

⑥【ウ詐欺】因幡てゐ スタンド無し

 

 本作品では傍観者的立ち位置。(ロリだが口調が大人びているのでロリ枠では)ないです。黒髪でウサ耳が生えている。人に幸運を授ける能力のくせに人を騙すのが得意。よく落とし穴に竹槍を仕掛けて問題を引き起こす。ディアボロが永遠亭に来ることになったのも大体こいつのせい。

 

 

⑦【引きニートは働かない】蓬莱山輝夜 スタンド『???』

 

 永遠亭の若き(?)姫君。1日の12時間は寝ている。残りの12時間はゲームをしている。その他のことは能力でなんやかんやして成し遂げている。一応スタンド使いだが能力は一切不明。本人も興味はなさそうだし、発現せずに終わりそう。

 

 

⑧【人生波乱万丈】藤原妹紅 スタンド『スパイスガール』

 

 本作品の準ヒロイン・・・・・・のはずだがいつの間にかメインヒロインになりそうな人物。ちなみに可哀想枠の可能性も・・・・・・。白く美しい髪にリボンをしている。普段はモンペ姿だが、霊夢と戦った後は実はずっと振り袖で行動していた。誰か突っ込んであげて。また最近では勘違い系ドジっこキャラ属性が追加されたとか。不死なので逆に命あるものを大切にする。しかし、命を粗末にするものには容赦はしない。

 

 スタンド能力は『殴ったものを柔らかくする程度の能力』。これもかなり万能な能力。ちなみに『スパイスガール』には自我があり、妹紅と会話もできる。かなり口が悪い。

 

 

⑨【愛すべき馬鹿】チルノ スタンド『エアロスミス』

 

 狙いすましたかのように⑨番目に紹介される程度には可哀想な頭の持ち主。えっへん、やごほん、などとわざとらしく偉そうに振る舞う辺りに馬鹿馬鹿しさを感じる。

 

 スタンド能力は『飛行機から射撃・爆撃を行う程度の能力』。チルノ本体が扱うより自動操縦にした方が何倍も強敵。

 

 

⑩【この門を通りたければ】紅美鈴 スタンド無し

 

 よく倒される人物。大体はずか死する。ヤ●チャ的ポジション。強いはずだがどうしても美鈴が闘うとギャグっぽくなる。実は波紋戦士だが幻想郷の吸血鬼はジョジョの吸血鬼とは若干性質が違う上に美鈴はその吸血鬼に仕えているので全く意味がない。

 

 

⑪【居候】パチュリー・ノーレッジ スタンド無し

 

 紅魔館の住人・・・・・・ではなくただの居候。勝手に住み着いている。レミリアとは友人の関係で結構親しい。たまに喀血している。吐血もする。実は結構出血が多いキャラ。インドア派なのに、どういうことなの? 第二章以降も永遠亭の他にもどこかに居候するかも。

 

 

⑫【無慈悲な暴力の被害者】小悪魔 スタンド『ティナーサックス』

 

 パチュリー・ノーレッジに使役されている小悪魔。名前は無い。スタンドが発現してから紅魔館のセキリュティ部隊も兼業となった。本作品もっとも不遇な扱いを受けた人物。恨みはないです。

 

 スタンド能力は『幻覚を見せる程度の能力』。あっさりとディアボロに看過されてしまう。

 

 

⑬【氷上の姫君】十六夜咲夜 スタンド『ホワイトアルバム』

 

 27歳独身。本作品のメインヒロインその2。日頃からレミリアやフランドールのワガママに嫌気が刺しており、ついにメイド長を辞職。その後紆余曲折あってドッピオと結婚を前提に付き合うことに。ついに人生に春がやってきた咲夜だが、レミリアの本当の気持ちを知らずに彼女と離別した。

 

 スタンド能力は『氷の世界を作る程度の能力』。『キラークイーン』の打撃でさえ傷一つ付かない防御力を誇る。気化冷凍法も使える。

 

 

⑭【超・カリスマ】レミリア・スカーレット スタンド『キラークイーン』

【挿絵表示】

※作者に絵心はあまり無いので期待しないでくださいあと、アナログです。

 

 500歳でまだ幼女の吸血鬼。人間を見下しており妹のフランドールを溺愛している。自身のことをカリスマの権化と思っており、美的感覚はかなり鋭い。死に際には赤い霧を操る能力を応用して自分の血を自分の体として集めて闘い、最期までカリスマがなんたるかを示した。多分第一章で一番強い人。

 

 スタンド能力は『触れた物を爆弾に変える程度の能力』と『もっとも温度が高い物体を爆破する程度の能力』の二つ。一つ目の能力の汎用性の高さは凄まじく、『物体の原型を留める』という付属効果のおかげで触れるだけで応急処置が可能となる。

 

 

⑮【表裏一体】フランドール・スカーレット スタンド『クレイジーダイアモンド』

 

 495歳で魔法使いにして吸血鬼。相反する二つの性質の能力を持つ彼女はまさに表裏一体のシリアルキラー。しかし、一切の描写もなくいつの間にか死んでいた。鈴仙の精神をぶっ壊したのも彼女。レミリアが窮地に追い込まれたのもフランドールが簡単にアリスに負けたせい。とはいえ彼女を責めるのは余りに酷。責めるなら私を責めろ! 彼女に一切の罪はない! 文句を言うなら私に言え!

 

 スタンド能力は『ありとあらゆるものを直す程度の能力』。不死である妹紅や永琳を再起不能にできる唯一の能力といってもいい。

 

 

⑯【マネーライフ・ウィルカムトゥルー】博麗霊夢 スタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』

 

 24歳独身。神社経営や妖怪退治だけじゃ食っていけなくなったので人里で風俗店の管理人をしている。元々彼女自身も風俗嬢だったが淡泊な性格のせいでマグロ認定。あんまり稼げなかったので経営者(を脅して経営者)になった。

 

 スタンド能力は『お金をパワーに変える程度の能力』。お金を媒介にして攻撃したり、霊夢自身がお金を接種することで自身にスタンドパワーを宿らせたりできる。力を強化して物理で殴れ。

 

 

⑰【ようこそ、夢の世界へ・・・・・・】霧雨魔理沙 スタンド『死神13』

 

 享年23歳。アリスによって人形化し肉体は少女のように若返った。人形となってからスタンド能力に目覚めたため、無意識ではあるが能力が使える。ディアボロに破壊された後、アリスの能力によって再び人形として生かされる。

 

 スタンド能力は『対象を夢の世界へ引きずり込む程度の能力』。最初はこの能力をアリスからの呪縛を逃れるために無意識のうちに使っていた。

 

 

⑱【魔理沙魔理沙魔理沙】アリス・マーガトロイド スタンド『リンプ・ビズキット』

 

 魔理沙魔理沙魔理沙、魔理沙・・・・・・魔理沙魔理沙・・・・・・魔理沙・・・・・・魔理沙、魔理沙、魔理沙・・・・・・魔理沙・・・・・・・・・・・・。彼女は今もどこかで呟いてるだろう。

 

 スタンド能力は『死んだ生命を透明の人形として生き返らせる程度の能力』。アリス自身はこの能力で透明化した生物はみんな魔理沙の友達になると信じていた。ちなみに、この能力で人形化した人物はスタンドは使えないがスペルカードは使える。スタンドは精神に付随し、スペルカードは肉体とカード媒体に付随するため。人形化してからスタンド使いになった魔理沙などは例外。

 

 

⑲【無邪気な迷惑】サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア スタンド『ボーイ・Ⅱ・マン』

 

 馬鹿な順からサニー、ルナ、スター。いたずらが大好きで今回はチルノと一緒にジョルノと妹紅を苦しめた。ちなみに本作品で唯一ジョルノによってゆっくりしていった奴らでもある。

 

 スタンド能力は『かくれんぼで負けた相手のスタンド能力を奪う程度の能力』。この三人にかかればほぼ無理ゲーと化す。

 

 

⑳【裏主人公】八雲橙 スタンド『牙(タスク)』

 

 実は裏主人公だったりする。本作品では八雲の姓をもらっている。紫や藍の命令を受けて日々スタンドにまつわる仕事で幻想郷中を飛び回る。今後の成長が楽しみなキャラ。真面目でしっかり者。だがよく負けている。

 

 スタンド能力は『爪弾を操る程度の能力』。『牙(タスク)』自体は弾幕とあまり変わらないが、穴が追いかけてくるのは汎用性が高い。だが、空を飛ばれると打つ手がなくなる。

 

 

 他のキャラの紹介はまた後でします(多分)

 

 ではまた、30話で。



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小休止①
私の名前はやごころえいりん


ボスとジョルノの幻想訪問記30

 

 あらすじ

 

(注意、永琳は諸事情によりロリ化してます)

 

 みなさん、こんにちは。私の名前は八意永琳、しがない普通の薬剤師さ。ある日、紅魔館の連中に襲撃を受けて再起不能になった私は液体になってしまった。瓶詰め妖怪と化した私はてゐのひょんな一言から気が付いたら・・・・・・

 

 体が縮んでしまっていた!! ドッバァーーーーーz____ン!!

 

 取りあえずお医者さん(正確には薬剤師)だったのは覚えていたみたい。でも私ったら天才だからすぐに理解したわ。目の前で慌てふためいてるウサちゃんは因幡てゐちゃん。私の名前を様付けしているから、きっと私の奴隷みたいなものだったのよ。きっと。なーんにも覚えてないけどてゐちゃんが身の回りのことは全部やってくれるから気分はまるでお姫様ね! あー、楽しいわ。人生が楽しい!

 

 と、一日永遠亭で暮らしてると色々なことが分かったわ。まず結構患者さんがいたこと。ゴキブリ(ホタル)と雀の妖怪がいたわ。あと、てゐちゃんは見せてくれなかったけど半妖の人も。ゴキと雀の2人………リグルちゃんとミスティアちゃんはその日のうちに目を覚ましたからてゐちゃんが退院させちゃった。もっと遊びたかったのになぁー。あと、目は覚ましてるのに何故か無反応な鈴仙・うど・・・・・・何ちゃら・イナバっていう人。何度呼びかけても反応がないから死んでるかと思ったけどどうやら違うみたい。てゐちゃんが説明してくれて、うどんげちゃんは心がやられちゃってたの。これはお医者さん、八意永琳の出番ね! 一日中うどんげちゃんを励ましてたわ。・・・・・・あんまり効果が無かったから飽きて寝ちゃったけど。でも、今日もお仕事に励まなくっちゃ。

 

 と、いう所で永遠亭のドアを叩く音。で、外に出るとそこには――――。

 

*   *   *

 

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第30話

 

 わたしの名前はやごころえいりん

 

 

 永遠亭の病室のベッドは再び人間で埋まった。鈴仙・優曇華院・イナバ、十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジ、ヴィネガー・ドッピオ、上白沢慧音が寝かされている。だが、そこに他の人たちの姿はなく、残りのメンバーは全員居間に集まっている。

 

「・・・・・・とりあえず、てゐ。これは一体どういうことですか?」

 

 居間に集結したのは5人。ジョルノ・ジョバァーナ、因幡てゐ、藤原妹紅、紅美鈴、それに・・・・・・八意永琳だ。

 

 ジョルノは問題の八意永琳を見た。永琳は現在、何故か体長が縮んでおり思考回路や精神年齢も見た目相応の物になってしまっている。自分が見られている、と思った永琳は「うん?」と首を傾げて無邪気な笑みを浮かべた。

 

「・・・・・・い、いや・・・・・・これには深いふかーい理由があるウサ・・・・・・」

 

 てゐはぼそぼそと言い訳を始める。見るからに永琳の幼女化の原因はてゐにありそうだった。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、てゐ、てゐ、てゐィィ~~~~?? 深い理由って何だよお前。どうやったら人間が幼児退行するんだお前。蓬莱人でも月人でも『時間を戻す』のは不可能だろうが」

 

 妹紅は口ごもるてゐを睨む。確かに妹紅の言うとおり、時間を止める人間や時間の長さを操る人間はいるが時間を戻す者はこの幻想郷にはいない。いくら光の速さで動けようと、過去に戻すことは不可能である。

 

「・・・・・・まさか、てゐ。あなたの『スタンド』の仕業でしょうか?」

 

「じ、『時間を戻すスタンド』ということでしょうか? まさか、そんな能力を持った『スタンド』があるとは・・・・・・」

 

 思えない、と美鈴は言う。(もちろん、『時間を戻すスタンド』は2体ほど存在する。しかも相手を小さくするスタンドなら専売特許が更に2体存在する。しかし、そんなことを美鈴が知る由もない)

 

 だが、てゐの答えは否定だった。彼女は首を横に振る。ちなみにてゐの隣に永琳はいるわけだが、さっきからずっとてゐの耳を触って遊んでいた。

 

「ち、違うウサ! いや、よしんばそうだとしても私が永琳様を子供にする意味が・・・・・・あ、ちょっと永琳様止めてください耳がとれてしまいます」

 

「てゐちゃん遊ぼうよぅ、私暇なんだけどー」

 

 何となく今の永琳と輝夜の姿がジョルノと妹紅の中で重なった。月人とは精神年齢が低いとみんなワガママなのだろうか。

 

「じゃあどういう経緯で永琳がろーりんになるんだよ」

 

「妹紅今のうまいと思ったんですか? 寒いですよ」

 

「・・・・・・」

 

 妹紅は赤面した。ジョルノの突っ込みが余りにも図星過ぎたからだ。

 

「えっと、うん。説明するウサ・・・・・・そう、あれは一日ちょっと前・・・・・・。私が瓶詰めの液体永琳様に向かって言った一言が原因で・・・・・・」

 

 てゐは事の経緯を説明し始めた。その間、永琳はてゐの耳で遊んでいて、てゐの耳は片結びされた。

 

 

 

 要約すると、てゐは永琳に「全身を構築するのに時間がかかるのであれば、構築し直す体積を減らせばすぐに回復するのでは」と言ったところ、気が付いたら瓶の中に小さな永琳が閉じこめられていたという。急いでてゐは残りの液体を水槽に移し窒息寸前の永琳を救出した。そして永琳が目を覚ますと、記憶も精神年齢も幼くなってしまったという。

 

「・・・・・・訳が分かりません」

 

「私に言わないでよ! というか耳超痛い! これほどける? ねぇ、これほどける?」

 

 てゐが説明を終えた後、妹紅は慧音を永遠亭に任せて自分は元の案内人としての仕事に戻っていった。永遠亭がいくらこんな状況でも幻想郷の怪我人病人は治療を待っているのだ。とりあえず、妹紅には本日の診療は昼からだと言うことを伝えて、ジョルノとてゐは仕事の準備を進めていた。

 

 これまでは永琳と鈴仙がいたのだが、これからは二人で仕事をしなければならなかった。患者がいる以上、仕事に穴を開けることは出来ない。

 

 そんな状況の中、なんと美鈴が手伝いを進み出てくれた。彼女には永琳と咲夜や鈴仙たちの相手をして貰っている。美鈴が子供好きで本当によかった。

 

「めーりん! ほら見て、ほら見て! 薬が出来たよ!」

 

「うわぁ、スゴいですね八意先生! ちなみに何て言うお薬ですか?」

 

「ジクロフェナクナトリウム」

 

「何それかっこいい」

 

 永琳が病室でジョルノとてゐが依頼した薬を精製していた。子供だから、もしかすると作れないのではと思っていたが能力は健在らしく名前を挙げるだけで「分かるよ~」と言ってすぐに作ってしまう。やはり天才であることは変わりないようだ。

 

 それを美鈴がうまくおだてて仕事をさせていた。子供特有の飽きっぽい性格も美鈴による子供処世術にかかれば解決である。次々と薬箱に補充する用の薬を作っていく。

 

「一応、薬の精製には問題ないようですが、午後の診療が心配ですね。僕とてゐだけでやっていけるんでしょうか?」

 

 と、片結びされて鬱血している耳を何とかほどこうと悪戦苦闘しているてゐを見た。

 

「鈴仙も永琳様もいないからね・・・・・・そんなことより薬の訪問販売を美鈴とロリ永琳様に任せて大丈夫ウサか?」

 

 やっとほどけた。てゐはふぅ、とため息をつく。

 

「・・・・・・二人を信じましょう。あ、てゐ。今日ばっかりは仕事を途中で抜け出したりさせませんからね」

 

「ギクっ」

 

「二人しかいないんです。もし逃げたらゆっくりにしますよ?」

 

「ゲェ! 話の中に出てきた3妖精にやった奴!? 勘弁してよウサ!」

 

 てゐはしゅん、と肩を落とした。やっぱり途中で仕事をサボる気だったらしい。僕は甘くないぞ、とジョルノはジロリとてゐに釘を刺す。

 

「あ」

 

 注射器を洗いながらてゐは唐突に声を上げた。

 

「何かあったんですか?」

 

「いや、何か忘れてると思ったら・・・・・・」

 

 てゐは再びため息をつく。

 

「・・・・・・あ」

 

 ジョルノも思い出したようだ。そう、永琳の事で頭が一杯だったが、永遠亭にはもう一人わがままなお姫様がいる。

 

*   *   *

 

 我々はこの女性を知っているッ!

 

 この長く伸びた黒髪と、薄桜色を基調とした着物を身に纏ったこの女性を知っているッ!

 

 名前は蓬莱山輝夜ッ!! 永遠亭で最も偉く、動かない人物ッ!!

 

 そして、『ニート』であるッ!!

 

 

「・・・・・・姫様、朝起こすの忘れてましたがもうすぐ昼です。御昼食の準備をしておりますゆえ、もうそろそろ起きていただければ・・・・・・」

 

 因幡てゐは輝夜のいる部屋の襖を丁寧に開けて中に入った。輝夜の部屋の中は大量のゴミ、ゴミ、ゴミ。足の踏み場もないこの部屋のどこかで輝夜は寝ている。

 

「・・・・・・あれですね」

 

 ジョルノが指さした先には・・・・・・布団。布団が簀巻き寿司のようにぼてんと部屋の真ん中に無造作に転がっていた。おそらくそのなかに輝夜が寝ている。というか髪の毛が外に出ている。

 

「姫様起きてください! これ以上寝たら髪の毛に斑点模様のカビが生えてしまわれます!」

 

 てゐは慌てて輝夜の所に近づいて布団を揺らす。だが、輝夜は微動だにしない。完全に熟睡状態だ。

 

「輝夜様、起きてください・・・・・・」

 

 と、ジョルノが布団に手をかけると異様な気配を察知する。

 

 布団がやけに『硬い』のだ。

 

「・・・・・・てゐ、この布団には鉄板でも仕込んであるのか? やけに硬いんですが」

 

「そんなはずはないウサ。・・・・・・でも言われてみれば布団っぽくないウサね。揺らしても布団そのものは動くけど、布団が簀巻き状態からほどけることはないウサ」

 

 きっと姫様が能力でなんやかんやしてるせいウサね。とてゐは付け加えた。

 

「・・・・・・困ったお姫様だ、本当に」

 

 ジョルノはため息を付いて、布団の端っこをつかんだ。これを引っ張ればいくら能力でどうこうしようと、布団はほどけるハズ・・・・・・。

 

「・・・・・・ん?」

 

 だが、布団は本当に微動だにしないのだ。いくら引っ張ってもその簀巻き状態から形が変わることはなかった。

 

「・・・・・・てゐ。そっちの端を持ってください。いっせーのが、せっ! で引っ張りますよ」

 

 仮にも姫様にそんな暴挙を働いてもよいのか、と思うかもしれないが永遠亭では輝夜の鈍感さはずば抜けているのでその程度の無礼は輝夜は全く気が付かない。

 

「そんなにほどけないウサか? 分かったけど」

 

 てゐも不可思議な布団に首を傾げながらジョルノとは反対側の布団の端を掴んだ。

 

「いっせーのーが・・・・・・せッ!!」

 

 ばッ! 二人は一気に輝夜の布団をはぎ取ろうとするが・・・・・・。

 

 ガッキィィィーーーンッッ!!

 

「――――ッ!?」

 

「えぇッ!?」

 

 布団はまるで鉄の塊のように硬く、やはり二人が一緒に引っ張っても形が変わることはなかった。

 

 そして、今、ジョルノには確かに見えたのだ。

 

「――――『スタンド』!?」

 

 輝夜の布団の内側に、一瞬だが何かいたのだ。直感的にジョルノはそれをスタンドだと判断する。

 

「す、スタンドって・・・・・・そういえば姫様、鈴仙のスタンドも見えてたらしいウサね。それが今、この状況で発現してるって事ウサか??」

 

 てゐはスタンド使いではないのでジョルノには見えたスタンドは見えていない。

 

「いや、もしかすると・・・・・・輝夜様が他のスタンド使いから攻撃を受けて閉じこめられている可能性があります。不死に有効なのは『破壊』ではなく『封印』ですから・・・・・・『ゴールドエクスペリエンス』ッ!」

 

 そう、もしかすると輝夜はジョルノたちではない他のスタンド使いから攻撃を受けたかもしれないのだ。その可能性は0ではない。自分が挑発していた八雲紫、その差し金が早速やってきたのかもしれない、とてゐは思う。

 

 ジョルノは自身のスタンドを出して布団を掴んだ。だが、全く動かない。

 

「・・・・・・く、そッ!? 何と言う硬さだッ!? 『ゴールドエクスペリエンス』が、全く歯が立たない・・・・・・!」

 

 ギギギギギ、と布団を開こうとするが布団は開く気配さえない。と、ジョルノが歯を食いしばっていると布団の内側から『スタンド』が現れたッ!!

 

「・・・・・・ッ!! これが『本体』か!」

 

 姿を現したスタンド本体は上半身だけがある人型のスタンドだった。頭に二本の触角のようなものが生えており、下半身はいくつもの管が布団に繋がっていた。そいつはそのまま腕でジョルノを攻撃すると思いきや――――。

 

 シュゥ・・・・・・。

 

 と、輝夜がくるまっている布団に落ち着いた。

 

「・・・・・・?? な、何だ? 攻撃してこないのか?」

 

「何が起きてるウサ! 私には見えないんだから何ちゃらワゴンよろしく実況しながら戦うウサ!」

 

 てゐが高度な無茶ぶりをジョルノにふっかける。

 

「・・・・・・何もしてこないんです。僕らを攻撃するわけでも、輝夜様を攻撃するわけでもなく、『ただそこにいる』。布団の上にいるだけです」

 

「・・・・・・はぁ?」

 

 てゐは再び首を傾げた。

 

「もしかすると、本当に輝夜様の『スタンド』かもしれませんが・・・・・・攻撃します」

 

 見た目は輝夜の印象からはほど遠いスタンドだ。何もしない、という所はそっくりなのだが。

 

 とりあえずジョルノは本体が見えているので『ゴールドエクスペリエンス』で攻撃を試みる。

 

「無駄ァッ!!」

 

 『ゴールドエクスペリエンス』の拳が布団の上に取り付くように居座るスタンドを殴った。

 

 だが、手応えがない。はっきり言うと、ほとんど殴ったようには思えなかった。殴った気がしないのだ。

 

「ど、どうなってるウサ」

 

「・・・・・・攻撃が無効化されました。殴った衝撃も、『ゴールドエクスペリエンス』の能力も、全て! む、無敵だッ!」

 

 ジョルノの攻撃は全て無効化される。まさに無敵だった。何一つ攻撃を受け付けない、寄せ付けない。だが、このスタンドから反撃はないしジョルノが打ったダメージの反射もない。

 

「じゃあどうするウサ! 姫様のスタンドだとしても、これじゃあどうしようもない!」

 

「・・・・・・確かに、もしかすると輝夜様のスタンドは暴走状態にあるのかもしれない。制御が出来ていないんじゃあ・・・・・・」

 

 と、ジョルノが半ばあきらめかけたその時だ!

 

 バッサァァッ!!

 

「――――な!?」

 

「嘘ッ!!?」

 

 二人は同時に声を上げる。なぜなら――――。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん? ・・・・・・・・・・・・おはよぉ~・・・・・・てゐ、それとジョジョ・・・・・・」

 

 

 

 二人があんなに一生懸命になってまで開こうとした布団が簡単にほどけただけでなく、中から何事もなかったかのように輝夜が現れたからだッ!!

 

「・・・・・・ジョジョ、どうして『スタンド』出してるの・・・・・・?」

 

 輝夜は眠い目を擦りながらジョルノの『ゴールドエクスペリエンス』を指さした。そしてきゃっきゃと笑いながら。

 

「ん~・・・・・・ジョジョのスタンドって・・・・・・金ピカで綺麗だわ~・・・・・・ぽぇ・・・・・・むにゃ・・・・・・」

 

 対してジョルノとてゐは固まっている。輝夜は楽しそうだが、二人は眉一つ動かさず輝夜の笑顔を凝視する。

 

 ・・・・・・まさか、本当に輝夜様のスタンドか? とジョルノは疑っていた。

 

「・・・・・・? どうしたの・・・・・・? 私の、顔。何かついてる~・・・・・・?」

 

 あまりにジロジロと見てくるものだから流石に呑気していた輝夜もその視線に気が付いた。

 

「い、いえ・・・・・・輝夜様。スタンドを使えるのですか?」

 

「?」

 

 輝夜はジョルノの問いかけに「なぁに、それ?」と言いたげな表情をした。どうやら自分がスタンド使いだと忘れているようだ。

 

「・・・・・・えっと、お忘れですか? スタンドが見える者はスタンド使いだということを・・・・・・」

 

「・・・・・・そうだっけ? じゃあ・・・・・・てゐは?」

 

 話を振られたてゐは首を左右に振った。

 

「いえいえ、わ、私は見えませんよ! だから私はスタンド使いではありません!」

 

 その答えに「ふぅん」と輝夜は声を漏らして。

 

「輝夜様、今さっきまで自分はスタンドをご使用なさっていた、という認識はありますか?」

 

 ジョルノは慣れない尊敬語を使いながら問いかける。

 

「ううん。ぜんぜん?」

 

 輝夜の答えはノーだった。するとジョルノはため息をついててゐに耳打ちをする。

 

「・・・・・・やっぱり暴走していたようですね。ほとんど害は無かったから良かったんですが」

 

「それじゃあどうすんのさ。さっきは何もしてこなかったけど、暴走状態って何してきてもおかしくないウサよ!」

 

「そんなことは分かってますよ。でも、多分輝夜様の能力には発動条件が存在する」

 

「何よそれ」

 

「見てれば分かります」

 

 輝夜には聞こえない声で素早く会話をして、ジョルノは輝夜の方を向いた。

 

「・・・・・・輝夜様、少しだけの時間。もう一度布団を被ってみてください」

 

 その依頼に輝夜は「え?」と声を出すが

 

「・・・・・・まぁ、おやすいご用よ。え~い」

 

 ばっさぁ、と布団を頭から被って横になった。すると――――。

 

 ドォォーーーーーーーン!!

 

「――――ふ、再びあのスタンドが! やっぱり発動条件がある!」

 

 ジョルノの声にてゐは「どういう条件ウサ!」と聞き返すと

 

「輝夜様は布団を被って寝るとスタンドが発現する。おそらく効果は『あらゆる衝撃を吸収する程度の能力』でしょう」

 

「・・・・・・それって」

 

 てゐは再び簀巻き状態になった輝夜を見て言った。

 

「・・・・・・いわゆる、布団は無敵ってこと?」

 

「そういうことです。布団を被っている状態なら輝夜様はどんな攻撃も受け流せるでしょう・・・・・・」

 

 

 ・・・・・・しばらくの沈黙の後、てゐは爆笑した。

 

*   *   *

 

 スタンド名『20th Century boy』

 

 蓬莱山輝夜のスタンド。布団を被って寝ることで自動発動する装備型のスタンド。布団なら何でもよく、スタンドが布団に取り付くようにして発動する。能力は『あらゆる衝撃を受け流す程度の能力』。つまり輝夜は布団を被っている間は外部からの干渉を一切受け付けない無敵状態と化す。これにより、どのような環境下においても輝夜は快眠を取ることが可能になる。布団は最強の防具である。

 

*   *   *

 

 その後、昼食の時間となった。今日の当番は永琳だったが流石に幼女状態の彼女が料理をできるはずもなく・・・・・・

 

「できるよっ! やるやる!」

 

 ・・・・・・と、思ったら案外普通に料理が出来てしまうのである。妹紅から貰った栗を炊き込みにして栗ご飯を作った。流石にそれだけでは寂しいので美鈴も一緒になって中華スープとサラダを作っている。

 

「・・・・・・天才って、子供の時から天才なんですね」

 

 ジョルノは台所で野菜を手際よく切っている永琳(美鈴が脇を抱き抱えている)を見てそうこぼした。

 

「かわいい~、永琳もこんな時代があったんだぁ~・・・・・・」

 

 昼ご飯前なので珍しく食卓には輝夜の姿があった。相変わらず永琳が幼女となっていることに対して対した危機感を抱かずにのんびりとしているが。

 

(姫様は活発さがないだけで今の永琳様と変わらないんですがね・・・・・・)

 

「てゐ何か・・・・・・今、変なこと言った・・・・・・?」

 

「いや言ってないですよソンナバカナ」

 

「?」

 

 てゐはほんの小さな声でグチをこぼしたのだが何故か輝夜には聞こえたらしい。話の内容は分かっていないようだった。

 

「しかし美鈴には助けられました。昨日はあんなことがあったのに、本当に感謝してもしたりません。・・・・・・あなたの主たちのその後で何か手伝えることがあったら、惜しみなく手伝いますよ」

 

 ジョルノは台所で永琳の脇を支える美鈴を見て言った。

 

「いやぁ・・・・・・子供相手は妖精たちで慣れてるので・・・・・・。それと、お嬢様たちのことは気にしないで結構ですよ。・・・・・・咲夜さんとパチュリー様が目を覚ましたら、私たちだけで残りは済ませます」

 

 それが仕えた者としての役目ですから、と付け加えた。紅魔館が炎に包まれてから鎮火し、夜が完全に明けるまで美鈴は紅魔館に向かって叫び続けていた。それほどの主従関係があったのだ。だが美鈴は心中しなかった。生きて、と主に言われたからだ。

 

 生きて、咲夜さんに伝えることが残っている。

 

「・・・・・・まだ、私には役目があります」

 

 美鈴は誰に聞き取られることもなく、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 しばらくたって、永琳が小さいながらも頑張って皿を運んできてくれた。栗ご飯に美鈴特製中華スープ、キノコと水菜の焼き野菜のサラダが並べられた。

 

「うわぁーい、おいしそ~」

 

 輝夜はがちゃがちゃと食器を鳴らして笑顔で感想を述べる。そして永琳を見て「おいで」と膝の上を叩くと永琳は少し遠慮がちに美鈴と輝夜を交互に見て――――ぼふ。

 

「・・・・・・か、かわいいい・・・・・・」

 

 輝夜の膝の上にちょこんと座った。どこか永琳は緊張しているようだ。やはり輝夜は傍目から見れば絶世の美女。誰もがかしこまるほどの美貌を持っている。永琳は幼いながらもその高貴さを理解していた。

 

「エライねぇ~~~~~~、永琳、永琳。今のあなたも前のあなたも私は大好きだよ」

 

「あ、ありがとうございます・・・・・・」

 

「はい、あ~~~ん。どう? おいしい~?」

 

 輝夜は料理か、永琳か、どちらかは分からないが唾液を垂らしながら栗ご飯をすくって膝に座らせた永琳の口元に運んでいる。永琳は促されるままに口を開いて咀嚼。

 

「おいしい・・・・・・!」

 

「あーん、永琳。やっぱり今の方がかわいいわぁ・・・・・・」

 

 輝夜は永琳がもっ、もっ、と咀嚼しているにも関わらずむぎゅっと永琳を抱きしめた。その様子を見ててゐとジョルノは笑っているが――。

 

 やはり、姫。普段はぽえぽえしてる輝夜だが、やはり人を恐縮とさせる雰囲気がある。ジョルノが様付けで呼ばざるを得ないのも、彼女のその雰囲気によるものだった。

 

(蓬莱山輝夜は別格・・・・・・。お嬢様にも同じような雰囲気があったけど、少し違いますね・・・・・・)

 

 永琳以上に輝夜の高貴さを読みとったのは美鈴だ。やはり、どこの勢力もトップはどこか『違う』。

 

 ちなみに、そんな雰囲気も少し一緒に暮らしていれば感じなくなるのだが・・・・・・。

 

 

 

 と、思い出したように美鈴は台所に行き、お盆を抱えて戻ってきた。

 

「それと、患者の5人には一応お粥を準備しました」

 

 美鈴の気遣いは素晴らしい。まだ、誰も起きていないがもしかすると今の間に目を覚ましている人がいるかもしれない。ジョルノはこくり、と頷いて自分の食事もそこそこに美鈴と一緒に病室に入った。

 

「・・・・・・やっぱり、誰も起きてないですね」

 

「うーん、そっか・・・・・・」

 

 美鈴はポリポリと頬をかいた。彼女としては気遣いが無駄になっただろうが、ジョルノからすれば全然無駄ではない。

 

「ありがとうございます。これは責任持って僕たちで食べましょう」

 

「そうだね・・・・・・ん?」

 

 美鈴はふと、誰かが起きていることに気が付いた。

 

「・・・・・・ジョルノさん、多分・・・・・・」

 

 美鈴がちょいちょい、と手招きしたのは――――

 

「・・・・・・鈴仙」

 

 鈴仙・優曇華院・イナバの眠るベッドの前である。彼女は目を開けて虚空を眺めていた。

 

「起きているようですね」

 

 ジョルノはイスを持ってきて鈴仙のベッドの脇に腰掛けた。

 

「・・・・・・美鈴」

 

 何も反応がない鈴仙を見ていたジョルノは美鈴に話しかける。

 

「何でしょうか?」

 

「・・・・・・『心』はどうやったら取り戻せるんでしょうか?」

 

 鈴仙が失った心を取り戻すためには、どうすればよいか。フランドールがいない今、鈴仙の心を元に戻す方法は分からなかった。

 

 もちろん、その問いに美鈴は答えられなかった。ジョルノさんは自分を責めているのではない。確かに、妹様は私の主だがそれを責めることは私の傷を抉ることでもある。ジョルノさんがそんな稚拙な真似をするはずがない。

 

 本当に、答えを探しているのだ。鈴仙の『心』を取り戻すその方法を。

 

「・・・・・・永琳さんでは心の傷は治せないそうです。僕の能力でも不可能なんです。彼女が治せるのはあくまで薬剤による治療が可能なもの。僕が治せるのはあくまで外科医療が可能な外傷のみ」

 

「ジョルノさん・・・・・・」

 

「・・・・・・奇跡を願うしか、方法は無いのでしょうか?」

 

 ジョルノは美鈴から受け取ったお粥をすくって鈴仙の口元に持っていく。

 

 口が開くことはなかった。

 

*   *   *

 

 

 昼食を終えて美鈴と永琳は薬の訪問販売に行こうとしていた。輝夜は昼食が終わると部屋に引き払っていったので、永琳は何事もなく解放された。

 

 幼い永琳が一生懸命靴のひもを結んでいると、ドンドンと玄関口のドアを叩く音が。

 

「はーい」

 

 薬箱を持っている美鈴は靴を履き終わり、永琳を待っていたのでそのまま出ると・・・・・・。

 

「ん? 美鈴とろーりんか。丁度時間だったか?」

 

 訪ねてきたのは妹紅だった。あくびをかみ殺してそう挨拶をする。

 

「あれ? 妹紅さん、どうしたんですか?」

 

 当然、何も知らない美鈴は妹紅を見て少し驚いた。と、靴のひもを結び終えた永琳は立ち上がって。

 

「えっと、白い人!」

 

 そう妹紅をズビシィ、と指をさす。

 

「・・・・・・うん、あながち間違っちゃいないが、私には妹紅っていう名前があるんだ」

 

「もこたんインしたお!」

 

「・・・・・・」

 

 美鈴とは対照的でどうやら妹紅は子供が苦手なようである。美鈴は苦笑する。

 

「笑うなよ。・・・・・・って、そうそう。お前たち薬の訪問販売に行くんだろ? 普段はてゐと鈴仙がやってるからいいんだけど、お前ら二人じゃ竹林は抜けられないだろうと思ってさ。家で着替えとシャワー浴びて、ちょっと仮眠を取って迎えに来たんだ」

 

 そういう妹紅の服は振り袖姿からいつものもんぺに変わっていた。なるほど、美鈴と永琳が迷わないようにと気を利かせて・・・・・・。

 

「・・・・・・でも私、道なら分かるよ?」

 

 永琳が口を挟んだ。

 

「・・・・・・え?」

 

「ここは私のおうちよ! 人里への道も、帰り道もしっかりまるっとごりっと全部分かってるんだから!」

 

「・・・・・・いや、でもお前子供じゃん」

 

「あ、妹紅さん。実は永琳さんは・・・・・・」

 

 と、美鈴は妹紅に耳打ちをする。永琳は幼くなっているが実は製薬や料理においてその天才ぶりは遜色がなかったということを。つまり、永琳は道を覚えている可能性が高いのだ。

 

「・・・・・・えぇ~~~~~~~~???? 何、じゃあ私ってここに来た意味無いのぉ~~~~~~~?? 骨折り損のクタビレ儲けって奴ぅ~~~~~~???」

 

「うん!」

 

 妹紅の気遣いは永琳の元気な返事によって脆くも崩れさった。

 

「・・・・・・じゃあ戻るか。――――とは言っても、結局竹林の入り口までは一緒になるのか」

 

「結果的にはそうですね。・・・・・・永琳先生が本当に道を覚えてるのかも怪しかったし」

 

「な~に? 美鈴、私の記憶力を疑ってるの?」

 

「あ、いや・・・・・・別にそういうわけでは」

 

「嘘付け、永琳の言うとおりだろ」

 

 そんな会話をしながら。美鈴は左手に薬箱を、右手に永琳の左手を。妹紅は右手をポケットに、左手に永琳の右手を。永琳は両手を二人のお姉さんたちに。

 

 永琳の幼い心はわくわくで一杯だった。

 

*   *   *

 

 特に何事もなく、三人は竹林を抜ける。そこで妹紅とは別れて美鈴と永琳の二人になった。

 

「じゃあ、行こう美鈴!」

 

「はい八意先生、僭越ながらこの美鈴がお供させていただきますね」

 

 美鈴は子供扱いがうまい。永琳くらいの年の女の子の扱いなどは特に。

 

 二人が手を繋いでしばらく歩くと人里に着いた。関所をくぐって中に入ると・・・・・・。

 

「・・・・・・ん? これは・・・・・・」

 

 美鈴は道のど真ん中に大量の稲の刈痕が残っているのを見た。何故こんな道のど真ん中、しかもおよそ2キロ以上に渡って稲の刈痕が? と思ったが永琳がそれよりもすぐ近くにあった玩具屋に興味が移っていたので調べる暇はなかった。

 

 まぁ、いっか。大方豊穣の神の気まぐれだろう。

 

「いらっしゃい」

 

 店に入ると店主とおぼしき男性が声をかけた。

 

「薬はいらんかね!」

 

 永琳は店内に入ると第一声にそう叫んだ。続いて美鈴が入ってくる。

 

「あはは、すみません。永遠亭の薬の訪問販売です」

 

 すると店主は「あり?」と声を上げた。

 

「いつもの兎の二人はどうしたんだい? アルバイト?」

 

「あぁ、いや。彼女たちはちょっと手が空いてませんので」

 

 意外と鈴仙とてゐの顔は人里に知られているらしかった。なんだかんだいって彼女たちもしっかりと仕事をしていたのである。

 

「わたしの名前はやごころえいりん!」

 

 ドッバァーーーーz_____ン! 効果音がつきそうな不自然なポーズで永琳は自己紹介をした。

 

「あっはっは、八意さんとこにも一人娘が出来ていたとは・・・・・・それに娘に同じ名前を付けるなんてなぁ。相手はアレかい? 最近やってきたっていう外来人の・・・・・・コロネ、だったっけ?」

 

「あはは、まぁそういう感じです。で、私は乳母みたいな」

 

 まぁ、全然違いますけどね。説明が面倒だし、永琳さんも店主の話より玩具に興味が行ってるみたいですから。

 

「それで、何か不足している薬はありますか?」

 

 美鈴は適当に嘘も付きつつ、店主に笑いかけた。すると店主は「う~ん、いや? 別に不足してたのは無かったような・・・・・・」と言って店の奥に入っていった。

 

「すまんね、ちょっと確認するから待っててくれんか?」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 店主は美鈴を振り返って申し訳なさそうに言った。当然、否定する理由もないので美鈴は首を縦に振る。

 

 と、店主がいなくなったところで美鈴の裾を永琳が引っ張った。

 

「どうしたんですか・・・・・・?」

 

「ん」

 

「・・・・・・タケ●プター?」

 

 正確にはタケトンボらしい。あとで店主に教えて貰った。

 

*   *   *

 

 その後、二人は人里での訪問販売を続けた。永琳は片手に握ったタケトンボを嬉しそうに握りしめている。ちなみに4つ目か5つ目の訪ね先で何で道に稲の跡が残っているか教えて貰った。何となくジョルノの顔が美鈴に浮かんだ。

 

 だんだんと日が西に傾き始め、そこでようやく目処にしていた一区画の訪問が終わった。明日は反対の区画に行ってみよう。

 

「じゃあ美鈴!」

 

 永琳はやっと遊べる、という風に腕をぶんぶん振り回しながら美鈴の腕を引っ張った。

 

「八意先生、どこに行くんですか?」

 

「広いところ!」

 

 広いところとは、まぁ漠然としているが・・・・・・美鈴にアテが無いわけではなかった。人里に比較的近く、そして妖怪が現れない安全な場所と言えば・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・それでどうしてウチに来るわけ? しかも、『ソレ』はどういう状況よ」

 

 美鈴は博麗神社に来ていた。ちなみに霊夢はつい3時間前に紫の家からここに返されている。顔にはヒドい痣があった。

 

「まぁまぁ、いいじゃあないですか。あとどうしたんですかその顔」

 

「ああ?」

 

 霊夢は軒先に突然現れた美鈴とちっちゃい少女を見て縁側から睨みつける。既にその少女はタケトンボを飛ばして楽しそうに遊んでいるが。

 

 ――どうやら怪我のことに触れるのはNGらしい。相当不機嫌だ。

 

 だが、霊夢はふぅ、とため息を付いて理由を話し始めた。

 

「・・・・・・ちょっと負けたのよ。変な髪の毛の男に」

 

(あれ、ジョルノさんじゃね?)

 

 美鈴の中で変な髪の男=ジョルノという方程式が成り立っていた。

 

「そうなんですか、珍しいこともあったもんですね」

 

「変な力に頼りすぎたのかもね。『スタンド』っていうんだけど」

 

「知ってます」

 

「ふぅん、結構有名なんだね。まぁでも私はそんなアホらしい力には二度と頼らないって決めたわ」

 

 意外だった。よほど『スタンド』が原因で負けたのが悔しかったのだろう。現に霊夢からスタンド使い独特の何ともいえない気配は感じ取れない。

 

「よっぽどボロッカスにやられちゃったんですか」

 

「封殺するぞ」

 

 ごめんなさい、と美鈴は素直に謝った。そして霊夢に並んで縁側に座った。

 

「出すお茶はないわよ」

 

「結構です」

 

 美鈴は目を細めて夕日をバックに楽しそうに遊ぶ永琳を眺める。

 

「・・・・・・いい加減、アレは何なのよ。さっき『わたしの名前はやごころえいりん ドッバァーーーーz____ン』って言ってたけど、本当にあの年増女なの?」

 

 霊夢の口の悪さは素である。『スタンド』の影響は受けていない。美鈴は「それ本人の前で言ったら殺されるだろうな」と思いながら、大体の事のあらましを答えた。

 

 

 

――――少女説明中

 

 

 

「・・・・・・それで、あんたが面倒を見てるわけね」

 

「一応、恩を受けてますからね。ジョルノさんや妹紅さんがいなかったら、私たちは全滅していたのかもしれない」

 

「・・・・・・」

 

 霊夢としては複雑だろう。自分をけなし、誇りを傷つけた人間が別の場所では確かな正義を持って戦い、守っていたことに。

 

 やっぱり、あの時の『悪』は私の方だったのか。

 

「でも、あんたはこんなことしてていいのかしら?」

 

「・・・・・・これからのことでしょうか」

 

「レミリアとフランドールのことよ。何もしてないんでしょう?」

 

 美鈴は霊夢の方を見た。まさか、あの淡泊を具現化した博麗霊夢が死者への供養を話題に出すとは。

 

「・・・・・・ちゃんと弔ってあげなさいよ。死人は案外自分が死んでるかどうかがよく分かっていないらしいから・・・・・・どこぞの亡霊よろしく、ね。でなければ、魂は浄化されず救いを得られない」

 

「・・・・・・霊夢さん」

 

「今すぐに、とは言わないわ。でも出来るだけ早く――――メイドや魔女も連れて、全員で供養した方が彼女たちも安心して逝けるでしょうね」

 

 美鈴はただ霊夢の言葉を聞いていた。

 

「・・・・・・そう、魔理沙も、アリスも・・・・・・」

 

 美鈴は誰にもまだ話していなかったが、確かに最後のレミリアと敵との戦いの中で、敵が「魔理沙」、そしてレミリアが「アリス」という単語を叫んでいたのを聞いていたのだ。

 

 それを霊夢に打ち明けた。彼女には伝えておかなくてはならない。

 

 霊夢は懐から煙草とマッチを取り出して火を点ける。そして遊び疲れて美鈴の所に戻ってきた永琳を見て。

 

「・・・・・・子供の前で吸うのは駄目なんでしょうけど・・・・・・。・・・・・・フゥゥーーーー・・・・・・」

 

 しばらく永琳の顔を見て霊夢は反対を向き煙を吐いた。そしてそのまま美鈴の方を振り返らずに立ち上がる。

 

「もう帰りなさい。そろそろ日が暮れるわ」

 

 霊夢の一言に美鈴は「・・・・・・では」と言って立ち上がる。永琳も「ばいばい」と霊夢に手を振って美鈴についていった。だが、もう永琳は眠いのだろうか、足取りがおぼつかない。

 

「あ、八意先生」

 

 それに気が付いた美鈴は永琳をおんぶしてしっかりと抱える。

 

「じゃあ、霊夢さん。今日はありがとうございました」

 

「・・・・・・ああ。だけどもう二度と来るなよ」

 

 霊夢は振り返らずに手をひらひらと振って神社の中に入っていった。

 

 既に日は沈みかかっており、美鈴は「急ぎますよ」と永琳に言うと――――。

 

「くぅー、くぅー・・・・・・」

 

 既に永琳は美鈴の背中で気持ちよさそうに寝ていた。

 

「・・・・・・」

 

 美鈴は博麗神社の石段の上に立つと、階段を下りるのではなく、大きく飛翔した。

 

 一気にジャンプして竹林まで戻るつもりだった。早く戻らないとみんなが心配するだろう。美鈴は風の抵抗を受けながら大空を飛翔する。

 

 

 

 神社の中に戻った霊夢は灰皿とビールの空き瓶が乗ったちゃぶ台で二本目の煙草を取り出した。消え入りそうな西日が射し込む部屋は赤暗く、哀愁が漂っている。

 

「・・・・・・そうか、先に死んだんだ」

 

 失踪してから随分時間がたっていた。思えば昔から私より無茶する奴だった。でも、どうしてか毎回死なずに生きてた。

 

 赤い霧の時も、冬の桜の時も、永い夜の時も、引っ越してきた変な神の時も、熱い灼熱地獄の時も、船が空を飛んでいる時も、宗教戦争の時も。いくつもの危険をくぐり抜けていた。

 

 だから、今回もどうせいつかひょっこり戻ってくるだろうと思っていた。

 

「・・・・・・魔理沙」

 

 不思議と涙は出なかった。悲しいはずだが、枯れてしまったのだろうか。

 

「・・・・・・年は取りたくないわね」

 

 煙草の灰を灰皿に落としながら霊夢は一人でそう呟いた。

 

*   *   *

 

 美鈴は竹林の入り口に戻ってくると、そこには屋台が出ていた。

 

「う~う~泣くのは誰の子じゃ♪ 電鼓も太鼓も利きはせぬ~♪」

 

 でんどんでんどん、と歌に乗せて太鼓を叩く音も聞こえてきた。聞き覚えのある歌声に美鈴はふい、と屋台の中をのぞき込むと。

 

「ん? あら、いらっしゃい。珍しいわね」

 

 歌っていたのはミスティア・ローレライだった。手にはでんでん太鼓を持って歌っている。

 

「宴会のとき以来ですね。――――それは?」

 

 美鈴は見慣れない道具を持っているミスティアに尋ねる。でんでん太鼓か・・・・・・あの玩具屋さんにもあったような・・・・・・。

 

「これは・・・・・・竹林で拾ったよ。スルーしようと思ったけど、これ鳴らしてると気分が盛り上がるっていうか」

 

 でんでんとミスティアは太鼓を振って音を鳴らす。確かに美鈴の耳にもその音は心を高揚させるように聞こえた。まるで自分の内側を揺らされている気分だ。

 

「それで、ご注文は?」

 

「あぁ、いえ。私は食べにきた訳じゃあ無いんですよ。ミスティアの歌声が聞こえたもんですから」

 

 美鈴は笑顔で辞退する。ちょっぴりミスティアは悲しそうな顔をするが、美鈴が誰かを背負っていることに気が付いた。

 

「その子が原因ね? 遅れちゃあ駄目だもんねー♪」

 

「あはは・・・・・・(実は永琳さんなんですけど)そういうわけです」

 

 それを聞いたミスティアはにやり、と笑って。

 

「どうしてこんな時間にここに来たかは知らないけど、せっかく足を運んできてくれたんだし、その子にコレ。あげるよー♪」

 

 太鼓を鳴らしながら美鈴に渡した。

 

「い、いえ結構ですよ」

 

「いいのよ、どうせ私なら一日くらいで飽きちゃうだろうし」

 

 あくまで美鈴、というか後ろに背負っている子のために渡すつもりらしい。まぁ、裏の意図が見え隠れしていないわけでもないが。

 

「・・・・・・分かりましたよ。じゃあ、・・・・・・焼きヤツメウナギを5つ」

 

「まいどー♪ さっすが門番さん、気が利くね!」

 

「騙された気分ですけど・・・・・・。あ、そういえば妹紅さんの家ってどこにあるか分かりますか?」

 

 美鈴は太鼓を受け取って思い出したようにミスティアに尋ねた。そういえば、永琳は今寝ているのだった。彼女は確かに迷い竹林の抜け方を覚えてはいたが、眠っている人間が案内を出来るわけがない。結局行きも帰りも妹紅の手を煩わす羽目になったのだが。

 

「妹紅さんなら・・・・・・」

 

 ミスティアはヤツメウナギを片手に焼きながら、懇切丁寧に美鈴に妹紅の家の在処を教えてくれた。

 

 二回ほど、丁寧に説明を受けている間に注文していたウナギが焼きあがった。美鈴はなけなしの小遣いを殆ど使いきって、ミスティアに何とも言えない表情で礼を言った。

 

「ご贔屓にー♪」

 

 笑顔でミスティアは手を振っているが、やはりヤツメウナギを五人分は高い。これが焼き鳥ならまだリーズナブルだろうが、彼女が焼き鳥を焼くとは到底思えない。

 

「トホホ・・・・・・」

 

 美鈴は頭を掻きながら説明を受けた妹紅の家に向かって歩き始める。既に日は暮れていた。

 

 

 

「・・・・・・美鈴、もう営業時間外だが・・・・・・」

 

 妹紅はドアを開けるなりゲンナリした顔で美鈴を見た。やっぱり、危惧していたことが起こったか、と言わんばかりの表情だ。

 

「そうなんですか? いいじゃあないですか。永琳さんが寝ちゃって帰り道が分からないんですよ」

 

 美鈴は懐から焼きヤツメウナギを取り出して妹紅の前にチラツかせた。

 

「・・・・・・あのなぁ、いくら私でも物で釣られるほど安くは・・・・・・」

 

 

 

 結局道案内をしてもらった。妹紅がミスティアの焼きヤツメウナギが好きなのは知っている。さすが美鈴、気が利く女です。

 

「――――で? お前等薬の訪問販売してたんじゃあなかったのか? どうして二人して手に玩具を握りしめてんだよ」

 

 妹紅は永琳がタケトンボを、美鈴がでんでん太鼓を持っているのをそれぞれ示した。

 

「これは小さくなった永琳さんのために・・・・・・」

 

「そんなので喜ぶのか? 子供になったとは言っても月の頭脳だぞ?」

 

 妹紅はまだ永琳が本当にただの子供と遜色無い精神年齢だと言うことを疑っているようだった。

 

「でもタケトンボで疲れて寝ちゃうまで遊んでたんですよ? 博麗神社で」

 

 美鈴は背中の上で寝息をたてる永琳を見た。妹紅はどうしても煮えきらないが、それよりも気になる単語が耳に付いた。

 

「・・・・・・ならいいんだけどさ。ていうか、博麗神社ってもうあの守銭奴復活してたのか?」

 

「ええ。妹紅さんとジョルノさんは次見たら全力でぶっ潰すって言ってましたよ」

 

「ヒェー、おっかねぇ~・・・・・・」

 

 博麗神社と言えば、博麗霊夢がいる。とは言っても、最近では人里にいる方が多かったようだが・・・・・・。

 

 つい昨日の昼に霊夢はジョルノと妹紅によって再起不能にされたわけだが、一体どうやって回復したのだろうか。まるで不死だ。

 

「――――で、整理は付いたのか美鈴」

 

 妹紅は声のトーンをそれまでよりかなり落として尋ねる。それは紅魔館のこと。つまり、レミリアとフランドールという亡くなってしまった美鈴の元主たちのことだ。

 

 不死であるからこそ、命を大切にする妹紅は美鈴のことを最も気にしていた。

 

「・・・・・・はい、霊夢さんにも言われましたが・・・・・・みんなで弔います。パチュリー様と咲夜さんを・・・・・・咲夜さんは渋るかもしれませんが、しっかりと事情を説明して、嫌でも参加させます」

 

 美鈴はもう下を向いていない。確かに、もう前を向いていた。妹紅は「そうか」と答えて。

 

「・・・・・・まぁ、お前がいいんなら、それでいいのかもな」

 

 妹紅としてはやりきれないだろう。現に、上白沢慧音はまだ腕が繋がったまま、意識が回復していない。おそらく回復にはフランドールの力が必要だったが、そのフランドールがもういないのだ。

 

 美鈴が前を向いて、妹紅はまだ下を見ていた。

 

「大丈夫ですよ、妹紅さん」

 

「・・・・・・?」

 

 美鈴は妹紅の心中を察して優しく声をかける。

 

「きっと、慧音さんはジョルノさんが治してくれますよ。これから医療に対する知識と技術を積み重ねて、きっと」

 

 ジョルノの『ゴールドエクスペリエンス』なら、あるいは、可能なかもしれない。今のジョルノには圧倒的に知識と経験が足りない。腕を切断して新しく二本の腕を創り、縫合する。それを慧音が失血多量で死ぬ前にやり遂げなければならない。様々な技術と、それに伴って凄まじい集中力、体力、精神力が必要になるはずだ。

 

「・・・・・・そうだな、あいつなら・・・・・・」

 

 しかし、ジョルノならそれが出来そうな気がする。彼にはそういったことをやり遂げることが出来る魂の輝きを持っている。

 

 妹紅はジョルノを信じようと思った。彼女が人間を信用することは非常に珍しい。だが、ジョルノなら――――何とかしてくれるかもしれない。

 

*   *   *

 

 ようやく永遠亭に帰り着いた美鈴は妹紅に案内してくれた礼を言って、中に入る。

 

「ただいま帰りました~、いやぁ結構訪問販売も疲れますね~」

 

 美鈴は年寄りのようにどっこいせ、と言いながら玄関に座って靴を脱いだ。

 

「おかえりウサ。って永琳様寝ちゃっているのね」

 

 奥からパジャマ姿のてゐが出てきた。と、美鈴の鼻に香ばしい匂いが届いた。どうやらもう夕食は出来ているらしい。

 

「ん~、何やら良い匂いがしますね。何ですかこれ?」

 

「カレーライス。今日はジョルノが当番だからね。というか、アイツ真面目に上手な料理はカレーしかないらしいウサ」

 

 聞き覚えのない料理名に美鈴は首を傾けた。かれー? 何だそりゃ。

 

「あー、幻想郷にカレーは無いからねぇ・・・・・・。何か、ジョルノが唯一作れる外の世界の料理だってさ。変な薬草とかを併せて香辛料を作って、野菜スープとそれを混ぜた後とろみを着けたら完成。結構旨いウサよ」

 

「う~ん、しかし良い匂いですね。食べたことはありませんが・・・・・・むむっ、これは私大好物の予感」

 

 美鈴はズビっ、と涎を拭いながら居間に入った。そこではジョルノと輝夜が食卓についている。てゐも美鈴に続いて食卓につく。

 

「おかえり美鈴さん。永琳さん。手を洗ってから食べてくださいね」

 

 ジョルノがエプロンを着ている。新鮮な風景だ。促されるまま、美鈴は手を洗いに行った。

 

「ジョジョ~、ルー多めがいい~」

 

 戻ってくると輝夜がテーブルをバンバン叩きながら催促をしていた。

 

「輝夜様はルーしか食べないじゃあないですか。ちゃんとお米も食べてください」

 

 と、輝夜の前にご飯とルーを均等に乗っけた皿が出された。輝夜は「けちんぼー」と言いながらキンキンとスプーンを鳴らす。と、輝夜は永琳に気がついた。

 

「あ~ん、永琳が寝てるぅ。ちょっと貸して」

 

 輝夜は美鈴には特に気にも止めず永琳を渡せと言った。もちろん断る理由はないので美鈴は素直に差し出す。ジョルノは輝夜がカレーから永琳に興味が移ったことでルーの量に文句を言わなくなったのでホッとしている。

 

「じゃあてゐのには鷹の爪増量しときますね」

 

「何でよ! あたしゃ辛いのとかそういう系好きじゃあないんだからね!」

 

 妖怪ウサギは健康に気を使う。唐辛子は多すぎてはいけないのだ。ちなみに永遠亭の中でてゐだけはヤケ酒をしない。

 

「嘘ですよ、ハイ」

 

「・・・・・・」

 

 渡された皿を一応かき混ぜて点検している。と、今度は美鈴に皿が渡された。

 

「どうぞ、美鈴さん。今日はありがとうございます。特に変わったことは無かったですか?」

 

「あ、いや。意外と楽しかったですよ。そっちは?」

 

「ははは、今日はいつもより診療客が少なかったのが幸いでした。大きな怪我をした患者さんも来なかったし」

 

 ジョルノは今度は小さな器にカレーをよそう。どうやら永琳用のようだ。

 

「ほらほら、永琳永琳永琳ィィ~~~~ん? 起きて、ご飯よ~~」

 

 輝夜が寝ている永琳の頬を抓りながら遊んでいた。永琳は目を覚まして・・・・・・「!?」と言いたげな表情をした。どうやら目の前に輝夜がいたことに驚いているらしい。

 

「・・・・・・」

 

 その反応を見た輝夜は固まる。それを見計らった永琳がそそくさと輝夜から離れて美鈴の隣に座った。

 

「・・・・・・ジョジョ、てゐ。永琳が私を嫌ってる」

 

「・・・・・・いや、多分違うんじゃあないんでしょうか」

 

 と、ジョルノ。

 

「姫様、気を落とされないでください。姫様の圧倒的姫パワーに幼い永琳様は緊張しているのです」

 

 と、適当なことを言うてゐ。

 

「・・・・・・そうなの?」

 

 輝夜の顔が一気にぱぁっと明るくなった。流石はてゐ。このニート姫の扱いに長けている。

 

 ならいいのよ、えへー。と、輝夜はにっこりご満悦なご様子だ。

 

「カレーだ!」

 

 美鈴の隣に座った永琳は前に出されたカレーに輝夜と同様目を輝かせた。どうやらカレーの味は覚えているらしい。

 

「永琳、カレー好き?」

 

「大好き!」

 

 輝夜はにこにこしながら永琳に聞くと、さっきまでの輝夜に対する反応とは打って変わって永琳は元気に頷いた。

 

 実質、これは永琳の中で輝夜はカレーに負けた、ということになるのだが、そんなことは気が付いても誰も言わなかった。

 

(・・・・・・姫様、あんたそれでいいのか?)

 

(輝夜様は本当に馬鹿ですね・・・・・・)

 

(・・・・・・カリスマブレイクの時のレミリア様と同じ気がする)

 

 最後にジョルノが自分の皿にカレーをよそって。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「「「「いただきます」」」」

 

 その後、美鈴が焼きヤツメウナギを取り出したが、人数が五人に対して残りのウナギが四本しかないので、争奪戦が繰り広げられた。でもそれはまたのお話。

 

 第31話へ続く・・・・・・。

 

*   *   *

 

 後書き

 

 ほのぼのとした日常編、ボスとジョルノの幻想訪問記 第30話です。第一章と第二章の閑話休題的な話ですね。次回から第二章を始めていこうと思っています。

 

 と、閑話休題とか言いながらちょっと哀愁漂う話もありましたね。霊夢さんが弱冠24にして既に大人の哀愁を漂わせている。

 

 ちなみに、霊夢の哀愁漂う回想の通り『ボスとジョルノの幻想訪問記』の時間軸は『心綺楼』後『輝針城』前です。でも『輝針城』キャラも出ます。既にそんなにおいを漂わせるものも出てきましたね。何かは言いませんが。(正邪が針妙丸騙す前ですが、別にキャラクターが出てきても問題ないよね! 多分!)

 

 それと、輝夜の『スタンド』ですがあれだけひっぱいておいて特に活躍もせずに終わりそうです。『プラネットウェイプス』かと思った? 残念、下っ端のクズ野郎のスタンド、『20th Century boy』でした!! 不死なのに無敵能力って宝の持ち腐れじゃあねぇか!! って思う方。ぽえぽえしてる輝夜ちゃんが布団にくるまってるんだぜ!? それだけで満足じゃあねぇか!(ド正論)

 

 多分、ここまでのーてんきキャラの輝夜は珍しいと思います。大体二次だといわゆる極悪非道・ゲス野郎というレッテルを貼られている姫様ですが、ここでは只の呑気してるお姫様です。裏表ありません。

 

 と、いうわけで。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。出きるだけ早く第二章を進めていきたいと思っているので応援よろしくお願いします。

 

 では、次回もよしなに。



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第2章【戦闘風雅】
常識知らずの東風谷早苗①


ボスとジョルノの幻想訪問記31

 

 あらすじ

 

 小さくなってしまった八意永琳!

 子守が似合う美鈴!

 動く気配もない輝夜!

 鈴仙を戻す決意を新たにするジョルノ!

 

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第31話

 

 常識知らずの東風谷早苗①

 

 永琳の身長が縮んで1週間ほどが経過した。その間に起こった出来事を整理していくと、まずパチュリーが真っ先に目を覚ましたのだった。

 

「・・・・・・レミィは?」

 

 パチュリーは目が覚めるや否や、彼女の無事を知り安堵によって涙で顔を濡らす美鈴に向かって、親友の名を口にした。

 

「・・・・・・お嬢様は私やパチュリー様を逃がすために・・・・・・」

 

 美鈴は正直に答えた。そして覚悟していた。自分は今ここで焼き殺されても構わないという覚悟だ。

 

 自分はレミリアに仕えている。そしてパチュリーはそのレミリアの親友だ。パチュリーからしてみれば、今の美鈴は主人を守るという使命を放棄した人物であるとともに、親友を見殺しにした人物でもあるのだ。

 

 殺されても仕方がない。

 

「・・・・・・私があのとき、命に代えてもお嬢様を助けに行っていたら・・・・・・!」

 

 美鈴は頭を下げることはしなかった。パチュリーは形だけの謝罪など欲していないだろう。する必要もないし、する権利もない。

 

「無駄よ」

 

 だがパチュリーは怒りもせず悲しみもせず、いつもの暗く疲れた瞳で静かに呟いた。

 

「レミィでさえ、死ぬような相手。あなたがどうこうしたところできっと無駄だったわ」

 

「・・・・・・」

 

 美鈴は何も答えなかった。パチュリーの言い分は概ね正しかった。もちろん、意地になってその言葉を否定すること。それは出来ないことではないが、そんな子供じみたことはしない。美鈴はただ押し黙っていた。

 

「今は命があることを喜びなさい。そして出来ることを探すのよ」

 

「・・・・・・え?」

 

 美鈴は目を開閉する。パチュリーの言葉の意図がうまく読めなかった。

 

「・・・・・・パチュリー様、今・・・・・・」

 

「気にしないで。時が来たらあなたにも手伝わせるわ」

 

 パチュリーはやはり、淡々とした口調で会話を切ると、眠かったのだろうか。すぐに目を閉じて眠ってしまった。

 

(・・・・・・『出来ること』・・・・・・?)

 

 パチュリーが完全に回復するまではまだまだ時間がかかりそうだった。それを証拠に美鈴がいくら揺り起こしても目を覚ますことがなかった。

 

 

*   *   *

 

 その後、咲夜が驚異的なスピードで目を覚ました。ジョルノの見立てでは咲夜が一番重傷だったため目を覚ますのは最後だと思っていたのだが・・・・・・。

 

 咲夜はパチュリーと同じように事の顛末を聞かされた。

 

「・・・・・・じゃあお嬢様は本当は私のことを・・・・・・?」

 

 すべての話を聞き終えて咲夜は震える声で美鈴に聞き返す。驚いているのだろう。美鈴にもそのことは能力を使わずともはっきり分かった。

 

「ええ、レミリアお嬢様は最後まで咲夜さんのことを・・・・・・」

 

「・・・・・・で?」

 

 だが、咲夜の反応は良くなかった。逆に美鈴を睨みつけている。

 

「それがどうしたのよ・・・・・・。いくら美鈴があの吸血鬼を擁護しても、私は許す気は無いわ・・・・・・。忘れたの? 私は、私は人間じゃあなかった」

 

 咲夜は美鈴を見てから、パチュリーの方を見た。このとき、パチュリーの体調は既に良くなっていて上体を起こして本を読んでいたのだ。

 

 パチュリーは咲夜の視線など意に介すことなく、本のページをめくった。

 

「いい、美鈴。私は紅魔館を裏切った。今でこそこうして枕を並べて寝ているけれど、もうあなたたちと慣れ親しむつもりは無いわ」

 

 美鈴は何も言い返すことは出来なかった。確かに、もはや紅魔館は主も館も、影も形も残っていない。

 

「美鈴、ソイツの言うとおりよ。ソイツは紅魔館のメイド長でもなければ、私たちの仲間じゃあない。ただの人間よ。これ以上私たちが関わる必要はないわ」

 

 パチュリーは本から顔を上げずに美鈴に言った。だが、美鈴の方はそうは割り切れないらしい。

 

「・・・・・・パチュリー様は悲しくないんですか?」

 

「・・・・・・」

 

「咲夜さんは、寂しくないんですか・・・・・・?」

 

「・・・・・・」

 

 二人は答えない。美鈴はどうすればいいか分からなかった。

 

「わ、・・・・・・私は悲しいです。寂しいです。お嬢様も、妹様も、館も失って・・・・・・、今こうして三人でいるのが奇跡みたいなのに・・・・・・ばらばらで・・・・・・」

 

 美鈴は視線を落とした。またやり直せるのではないか、という淡い期待は打ち砕かれた。

 

「・・・・・・前にも言ったわね美鈴。もう、もう既に『今更』過ぎるのよ」

 

 咲夜の冷たい言葉がその場に残された。

 

*   *   *

 

 それから数日後。つまりは現在。パチュリーは永遠亭を出ていくつもりだった。

 

 パチュリーはどこに行くのか? と誰が尋ねても誰にも答えなかった。知人に会いに行く、とだけ説明するだけだった。

 

「パチュリー様一人では危険ではないですか!? せ、せめて私が!」

 

 美鈴は護衛を進み出たがパチュリーは「子供じゃあないんだから」と言って取り合わなかった。一人でどこかに行くようだった。

 

 玄関でパチュリーを見送ったのは美鈴とジョルノだけだった。咲夜も既に動けるくらいには回復していたが見送りには来なかった。

 

「退院おめでとうございます。・・・・・・どうか、お元気で」

 

 ジョルノはパチュリーに握手を求めた。パチュリーはそれに答えて、手を握る。

 

「・・・・・・ジョルノ・ジョバァーナ、だったかしら。私が言うのも変だけど、いい医者になれると思うわ」

 

「いや、僕は医者志望じゃあないんですがね」

 

 ジョルノは誉められたのが嬉しかったのか少し顔を赤らめて手を離した。

 

 そして今度は美鈴の方を向くと、彼女とも握手をした。

 

 ぐっ。

 

(・・・・・・?)

 

 その時、ジョルノには見えないようにパチュリーは美鈴に小さな物体を握らせた。

 

「・・・・・・これからは好きに生きなさい。私もそうするわ」

 

 パチュリーは美鈴にそう言ったが、明らかに本心ではない。そしてパチュリーは思い出したように「あぁ」と言って。

 

「・・・・・・目が覚めて最初に私が言ったこと、覚えてるわね?」

 

 最初に言ったこと・・・・・・。

 

 美鈴は少し考えて、すぐにピーンと来た。

 

「・・・・・・はい。分かりました」

 

 そして美鈴はパチュリーの手を離し、とある『物』を受け取って頭を下げた。

 

「それでは、お気をつけて!」

 

 美鈴の声に後押しされるようにパチュリーは永遠亭を無事退院したのだった。

 

「・・・・・・ん、そういえば美鈴。何か渡されてませんでしたっけ?」

 

 ジョルノはパチュリーと美鈴の不審な手の動きがちょっぴり気になっていたのだ。

 

「・・・・・・ジョルノさん、深い詮索は嫌われますよ?」

 

 美鈴はちらり、とジョルノの方を見てそう答えた。

 

*   *   *

 

「・・・・・・十六夜咲夜、あの『魔女』はどこに、どこに向かった?」

 

 パチュリーが永遠亭を出て行ってからしばらく経って、咲夜は『時を止めて』いた。

 

 止まった時の中で彼女のことを呼ぶことが出来る人物は只一人だけ。

 

「・・・・・・行き先は誰にも教えてないわ。でも、今確かに美鈴に何かを渡していた」

 

 咲夜は窓から顔を覗かせて、見送りの様子を観察していたのだった。

 

「・・・・・・重要なのはそこではない。重要なのは『どこに』向かったかだ。あの魔女は貴様のいない――――つまりこの部屋で自分一人だと思っているとき、『死体制御術(ネクロマンサー)』の本を読んでいた。元の世界なら鼻で笑う話だが、この世界ではそういう『種』は見過ごすことが出来ない・・・・・・」

 

 男は咲夜に語りかける。彼がもっとも危惧しているのは・・・・・・。

 

「・・・・・・レミリア・スカーレットの復活は絶対にあってはならない・・・・・・。奴は、このディアボロの存在をおそらくは理解していた・・・・・・ッ!!」

 

 咲夜はカーテンを閉めた。そして彼の眠るベッドの側までやってきて腰を落とす。

 

「・・・・・・ええ、理解してるわ『ディアボロ』。・・・・・・では、このままパチュリーを始末しても?」

 

 咲夜はナイフを取り出す。だが、ディアボロは首を横に振った。

 

「慌てるな、奴は本だけでは理解できないから『どこかに』行くのだ。少なくとも、今すぐに復活させにはいかないだろう。今始末してもいいが、こんなジョルノの近くで殺してしまえば俺たちが動きづらくなる。今は・・・・・・チャンスを伺うのだ。あの『魔女』を殺しても支障が出ない、絶好の『チャンス』を・・・・・・」

 

 ディアボロは咲夜の方を見た。咲夜は素直に頷いた。ディアボロは慎重すぎるくらいだが、ジョルノとの因縁において『慎重さ』を最後の最後で欠いたおかげで敗北を喫したのを覚えていた。

 

「分かったわ。しばらくは様子を見る・・・・・・いえ、まずはパチュリーが美鈴に手渡したあれを調べてみるわ」

 

「そうだ、それでいい。・・・・・・貴様は実に良くできた人間だ。時を止めるという『能力』、そしてその忠誠心・・・・・・。前の主を殺そうとしてまで不利な俺の側に付くなんて、並の考えじゃあ不可能だ。・・・・・・興味がある。どうしてだ、なぜ俺にそこまで・・・・・・」

 

 ディアボロは気づけば疑問を述べていた。自分でも全く気が付かないほどに、自然と口に出ていたのだ。

 

 咲夜はそんなディアボロの言葉を特に不審に思うこともなく、質問に答える。

 

「私はただ、私の好きなようにしているだけよ。お嬢様に仕えていたのも、あなたに仕えているのも。私が好きだからしているのよ」

 

 咲夜は止まっているときの中でディアボロの耳に顔を近づけた。彼女はこの状態では他人に干渉出来ないため、その柔らかく妖艶な唇が耳に触れるか触れないかのギリギリで語りかける。

 

「あなたの側は心地いいの・・・・・・どうしてかしら? 同じ『世界』を共有できるからかしら?」

 

 その答えにディアボロはギロっと咲夜を睨みつける。

 

「・・・・・・冗談は止めろ。俺に『そういう』気があるだけなら今すぐにでも殺すぞ・・・・・・。ただ、質問をした俺が馬鹿だったかもな・・・・・・」

 

 ――――だが、ディアボロにそう尋ねさせたのは咲夜の話術によるものだったのかもしれない。ディアボロは咲夜を再び見た。

 

「そうかしら? 冗談を言っているように見えるかしら?」

 

「そうとしか思えない。ドッピオを欺くための嘘をここで持ってくるな」

 

「・・・・・・そう、そういえば・・・・・・」

 

 咲夜は話題を逸らした。すぐにディアボロはいやな予感がする。

 

 こいつが時を止めている最中に話題を変えようとするときは・・・・・・。

 

「あと10秒で時が動き出すわ」

 

 リミットが来る。

 

「・・・・・・とにかく、十六夜咲夜。貴様を信用することはあの一件で約束しよう。貴様も裏切るつもりはないだろうが、もし! 万が一俺の寝首をかこうというのなら、一瞬で殺してやる。でないと俺も殺されてしまうだろうからな」

 

「分かってるわディアボロ。それにその可能性は無い、ということを分かっててちょうだい。では、おやすみ」

 

 そして時は動き出す――――。ディアボロの肉体は瞬間、少年の体のように縮まり顔つきも幼くなっていく。そう、ドッピオに戻ったのだ。そしてドッピオはまだ目を覚まさない。否、覚まそうとしないのだ。

 

(・・・・・・ドッピオの魂が生き返ることはもう無い・・・・・・。ドッピオはあのとき、自分の死を受け入れていたッ! だからドッピオの体に戻っても魂はこのディアボロのままだッ!!)

 

 ドッピオの体に戻ったが、意識はディアボロのままだった。そして、何よりドッピオの状態だと『レクイエム』が作動しない。ジョルノが無意識のうちに操作しているのか、ドッピオを友人だと思っている結果がそうなのかは分からない。だが、少なくとも幻想入りからこれまでのドッピオが起こしてきたアクションは無駄ではなかった!

 

(俺はッ!! ついに克服したッ!! 不完全ではあるが、死の輪廻から脱出できたッ!!)

 

 ――――だが、ディアボロは慎重に慎重を期す。元の世界での敗北が頭をよぎるのだ。

 

 今はまだ、動くべき時ではない。今の彼には忠実な駒がいる。まずは十六夜咲夜、彼女の能力と忠誠心は一応『信用』に値するものだ。だったら使わない手はない。

 

 矢の情報が欲しい。分かる、きっと矢もこの幻想郷に流れ着いている。そのために八雲紫なる人物やジョルノに自分が目を付けられるのはまずいことだ。ジョルノ・ジョバァーナを過大評価しているわけではないが、『ジョルノ』とはそういう男なのだ。

 

 奴は俺が動けばすぐに俺の悪意を見抜くだろう。

 

(そうならないために、駒である咲夜を利用するッ! 情報を集めるのは咲夜だ、俺の仕事ではない)

 

 ディアボロは目を堅く閉じたまま布団に顔を埋める。慣れている。人から隠れることは、な。

 

 

 

 ディアボロが目を閉じたことを確認した咲夜は病室を後にする。動いてはいけない、とジョルノに言われてはいるがあんなクソガキの言う事なんて鼻くそ以下である。咲夜は周囲を確認しながら廊下に出た。

 

 まずは美鈴がパチュリーから受け取った手紙の確認が最優先である。

 

「・・・・・・ん?」

 

 急に後ろから声がかけられる。咲夜が廊下に出たと同時に母屋に繋がる方からてゐが現れたのだ。

 

(・・・・・・間の悪いウサギが・・・・・・。いや、待てよ・・・・・・)

 

「メイドかぁ・・・・・・あんた起きてて大丈夫なのか? 確かヒドい怪我だって聞いてたけど」

 

 てゐはどうやら輝夜の部屋を掃除していたらしい。手に大量のゴミが詰め込まれた袋を持っている。

 

「・・・・・・」

 

「どうしたのウサ。黙ってても何も分かんないウサよ」

 

「・・・・・・そういえば・・・・・・。・・・・・・そう、アレよ。アレ」

 

「・・・・・・?」

 

 咲夜は何かを思い出すように指で空を何かなぞりながら話し始める。イマイチ要領を得ない話し方なのでてゐは首を傾げた。

 

「あのベッドで寝てたウサギの鈴仙がさァァ~~~、『寝返り』を打ってたような気がするのよ」

 

 もちろん嘘である。むしろ咲夜はちらりとも鈴仙の方を向いていない。

 

「それで、ジョルノ・ジョバァーナを呼ぼうと思ってね・・・・・・。何かしらの変化を求めていたようだし・・・・・・少しでも助けになれば、と思ってね・・・・・・」

 

 これも嘘である。ただ単に現在美鈴と一緒にいるジョルノを美鈴から引き離すだけの『嘘』だ。普通は騙されるわけがないが、ここ数日の観察で鈴仙の容態は永遠亭の中でも最も重要な案件であることは分かっている。それを聞いたてゐは手からゴミ袋を落として、一目散に玄関へと走っていった。

 

「――――ジョルノっ!!」

 

 その声を聞き終えた咲夜はすぐに身を隠す。すると、ドタドタと予想通りジョルノとてゐだけが病室に飛び込んでいった。

 

(・・・・・・さて、これで今玄関か居間にいるのは美鈴だけ・・・・・・いや、小さな永琳もいるのかしら? まぁ、数には含まれないわ)

 

 咲夜はそのまま廊下を進んで居間をのぞき込む。居間はキッチンと並列しており、永遠亭の面々がいつも食事を取る部屋である。

 

「めーいりん! 遊んで遊んで!!」

 

「はいはい、八意先生分かりましたよー」

 

 どうやら永琳と美鈴がいるようだ。美鈴はいつものように、子供慣れした感じでちび永琳をうまくあやしている。

 

 そして、美鈴が持っていた手紙は――――あった。美鈴のポケットの中から少しはみ出している。

 

(・・・・・・衣服と接している・・・・・・。私の能力の性質上、時を止めて抜き取って見る、ということは不可能ね)

 

 咲夜の『幻世「ザ・ワールド」』は時を止めている間、他人に干渉できない、という制限が存在する。それは他人の衣服も他人の延長にあり、『他人が持っている物、身につけている物』は時を止めている最中に奪うことは出来ないのだ。

 

 よって、咲夜はここで時を止めるような真似はしない。使うのはもう一つの能力。

 

「『ホワイトアルバム』」

 

 彼女は『スタンド』を出すと腕を伸ばして冷気を放出させる。狙うのは美鈴・・・・・・ではなく。

 

「ひぃぅうッ!?」

 

 可愛らしく声を上げた永琳の方である。永琳の背中に冷気を当てたのだ。突然、背中をゾワゾワッと走り抜けた冷気を永琳は霊気と勘違いしたのだろう。

 

「ふぇええん! 美鈴ぃーーーん!!」

 

「え、えっ!? ど、どうしたんですかッ!?」

 

 幼女のような泣き声を上げて美鈴に抱きついたのだ。突然抱きつかれた美鈴は驚き、体を揺らす。

 

 ずりっ。

 

 瞬間、ポケットから目標の紙がずり落ちたのである。

 

「今よッ!! 幻世『ザ・ワールド』ッ!!!」

 

 ドォーーーーーーーーーz_______ン

 

 紙が地面に落ちる前に咲夜は時を止めた。こうすることで紙は美鈴の所有物から一個の物体として独立する。

 

 一個の物体として独立した物は咲夜に動かすことが出来るのだ。

 

「・・・・・・さて、どんなことが書かれているのかしら・・・・・・」

 

 咲夜は悠々と紙を拾い上げて中に書かれている文面を見た。そこには――――。

 

 

『美鈴へ、あなたが咲夜の代わりに淹れてくれた紅茶。何回か飲んだけどクソ不味かったわよ』

 

 

 ――――とりあえず咲夜は美鈴を見下した。

 

*   *   *

 

 とはいえ、咲夜はディアボロに命じられた『パチュリー・ノーレッジ』の行き先を知る、ということを成し遂げていない。取りあえず、時はまだ止めていられるので咲夜は次の行動に身を移した。

 

 パチュリーはさっき出ていったばかりだ。まだ永遠亭の玄関先――――少なくともまだ竹林には入ってないだろう。竹林に入られると咲夜でも追うことは出来ない。

 

 ほかの誰の干渉を受けていない物体は動かせる。咲夜は玄関のドアを開くと、竹林の入り口付近でパチュリーを発見した。

 

「・・・・・・?」

 

 だが、どこか違和感がある。パチュリーの身長がいつも見ている時より若干低く感じる。ちょうど5センチ程度、足の底から踝までの高さくらいが・・・・・・。

 

「――――はッ!?」

 

 違う、咲夜の目が見開かれた。違う、あれは・・・・・・低くなっているんじゃあない!

 

「か、体が・・・・・・沈んでいるッ――――!?」

 

 咲夜の目にはパチュリーの足先が地面に埋まるようにして消滅していたのが見えた。

 

 だが、それは沈んでいるのではない。パチュリーの足下に、ぽっかりと穴があいている。落とし穴ではない。落とし穴に『目の模様』は浮きでない――――!!

 

「スキマ妖怪――――かッ!! く、時が・・・・・・間に合わないッ!!」

 

 只ならぬ異常を感じて咲夜はパチュリーの元へ全力で走る。だが、既に限界が来ていた。

 

 ――――1分。

 

「パチュリィィィィーーーーーーーーッ!!!」

 

 ここで逃がすのはマズイ。ディアボロから聞いてはいたが、八雲紫――――彼はユカリと呼んでいたが――――は『スタンド』に対してよからぬ動きを見せていると言っていた。何のためにパチュリーをスキマで誘拐しようとしているのかは知らないが、少なくともここで逃がしてしまえばパチュリーの行方はほぼ分からなくなってしまう。

 

「・・・・・・咲夜?」

 

 パチュリーは大して驚きもせず、後ろを振り向いて――――足下に気が付いた。数瞬の間を置いてパチュリーがこれが何なのかを知る。

 

「こ、れッは!?」

 

 ぞるんッ!!

 

 気が付いた時にはもう遅い。咲夜は手を伸ばすが、直後にパチュリーの姿は地面に引きずり込まれる。

 

「――――ッ!!」

 

 まさに一瞬の出来事だった。まさか、八雲紫が直接手を下すとは思っても見なかった。そして、連れ去られたことに対する余韻に浸っている場合ではない。次は自分の番かもしれないのだ。

 

「幻世『ザ・ワールド』ッ!!」

 

 底知れない恐怖を感じて反射的に咲夜は時間を止めた。スキマが驚異的なスピードで咲夜の足下に迫ってきていた。

 

「――――くッ!! れ、連続での停止は・・・・・・体に・・・・・・ッ!」

 

 咲夜は時を連続で止めることは出来るが、体にかなりの負荷がかかる。一回目はディアボロとの会話、二回目は美鈴の手紙、そしてこれが三回目だ。止められる時間は10秒を切っているだろう。

 

「とにかくッ!! 隠れなくては!!」

 

 体を引きずるようにして来た道を引き返す。だが、果てしなく遠く感じた。先日の戦闘の疲労が体に重くのしかかる。

 

「――――あ、足が・・・・・・動かないィィーーーーーーッ!!」

 

 ――――10秒。

 

 ぞるんッ!!!

 

 咲夜の体はパチュリーと同様、一瞬でスキマの中に飲み込まれた。

 

*   *   *

 

「・・・・・・また、まただ・・・・・・十六夜咲夜は・・・・・・また時を止めたな・・・・・・? 何をしているのだ・・・・・・貴様は・・・・・・何故・・・・・・」

 

 三回目の時止め――――今度はものの10秒程度だった。おかしい、何かが起こっている気がする。

 

 ディアボロは布団の中で身を隠しながら爪を噛んだ。

 

「・・・・・・何だこの胸騒ぎは・・・・・・! 何かが、確実に足下から・・・・・・まるであの時のように・・・・・・」

 

 と、その時。

 

 

「鈴仙ッ!!」

 

 ジョルノが病室に飛び込んできたのだ。ビックゥ! と体を跳ねさせるがどうやらバレていないらしい。そしてあのロリウサギも一緒に入って来やがった。

 

(チィッ!! 揃いも揃って平和ボケしたクソカスどもが! この俺を驚かせるんじゃあないッ!! レクイエムの最中に驚いたことが理由で心臓停止なんて何度もあったことなんだぞッ!!)

 

 ディアボロは悪態をつきながらも、身を潜める。どうやら、下っ端のカス能力を持った大きい方のウサギを心配してきたらしい。どうでもいいことだが、おそらくは咲夜がし向けたのだろう。

 

「・・・・・・ジョルノ?」

 

 てゐはジョルノの様子を伺うが、ジョルノは反応しなかった。やはり、鈴仙はまだ――――。

 

「あのメイド、嘘つきやがったウサね。からかってんのか!?」

 

 てゐは怒りを露わにしながら病室から出ていった。咲夜に文句を言いに行くつもりだろうか。

 

「・・・・・・鈴仙」

 

 ジョルノは視線を落とした。その背中は力無くうなだれている。自分に出来ることが何も無いからだろう。

 

(・・・・・・腑抜けが・・・・・・。俺を絶頂のイスから追い落とした男の態度があれか・・・・・・。怒りさえ沸いてくるぞ・・・・・・クソッ!!)

 

 何とも言えない怒りを押さえてディアボロは動きを止めた。

 

 すると、こんどはゆっくりドアが開かれる。

 

 入ってきたのは『十六夜咲夜』。ディアボロは当然、何の不審も抱かない。知らないからだ。

 

「・・・・・・あら」

 

「・・・・・・十六夜咲夜」

 

 ジョルノと咲夜の視線が交差する。

 

「寝ていろ、と言ったはずですが?」

 

「――――せっかくの別れに、私だけ寝ておけ。というのはあんまりじゃあないかしら?」

 

「どういう意味だ・・・・・・?」

 

「ただ、パチュリー様と二人きりで別れをしただけよ。鈴仙をダシに使ったのはあなたたちを厄介払いさせるため・・・・・・」

 

 その一言にジョルノの目の色が変わった。

 

「・・・・・・そうか、もう一度言う。寝ていろ」

 

「別に、もう私は問題ないわよ? 全然動けるし、痛みももう・・・・・・」

 

 咲夜は体を動かしてアピールをするが、ジョルノは「いや」と言って。

 

「寝ていろ、という意味が分からないんですか? 二度も三度も同じことを言わなきゃいけないってことは・・・・・・」

 

「『そいつがバカだから』」

 

 咲夜は平然とジョルノの言葉を先読みして、先に口に出す。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 二人の間にピリっと張りつめた空気が流れた。ちょうど、あとほんの少しでも衝撃を加えたら暴発をしそうな爆弾のように――――。

 

 

 ガラリ。

 

 

 

「やーらーれーたぁーーーーッ! え、永琳先生の勝ちぃーーッ!」

 

「やったー! 美鈴弱っ! 弱すぎ!」

 

 その張りつめた空気の中にバカが一匹、投下された。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・あの、えーっと・・・・・・ごめんなさい。ははは」

 

「美鈴! どうしたの!?」

 

 ちょっと、静かにしてて永琳先生! 今、たぶんすっごく空気読めてないから! 私今すっごくアホとして描かれてるだろうから!! と、美鈴は小声のような大声のような声で永琳に注意していた。

 

「・・・・・・ふふっ」

 

「・・・・・・くっ」

 

 と、同時に咲夜とジョルノは――――。

 

「あはは、はははっ! どう? うちの門番。なかなかのアホでしょう?」

 

「い、いやぁ。うちの今の永琳さんも負けず劣らずと思いますよ。どっこいどっこい、ってところじゃあないですか??」

 

 その場の空気が一気に収まったのである。美鈴はポカーンとしているが、流石は『気を使う程度の能力』。

 

 喧嘩の仲裁をやらせたら、たとえどんな形であれ収まってしまうのである。

 

*   *   *

 

 それからしばらく経って、咲夜は病室で時を止めた。もちろん、目的は彼との会話である。

 

「・・・・・・分かったわ」

 

 咲夜はパチュリーがどこに向かったかを話し始めた。

 

「彼女は旧地獄にある『地霊殿』に向かった。おそらくそこに何かのキーが存在する」

 

 それを聞いたディアボロはしばらく押し黙っていたが、やがて口を開くと

 

「・・・・・・そこは一体、どういう場所なのだ・・・・・・? 旧地獄とは聞いたことがない・・・・・・」

 

 まぁ、当然のことだろう。地霊殿なんて、よほどの変わり者じゃない限り行くわけがない。

 

「・・・・・・そうね、地下にあるんだけど・・・・・・行き方は神社の近くの洞穴から・・・・・・」

 

「そうではない。そこには『何が』いるのか、を聞いているのだ」

 

 ディアボロは咲夜を見た。咲夜は少し考えるふりをしてから

 

「・・・・・・社会のはみ出し者の世界、とでも言おうかしら。この『全てを受け入れる』と呼ばれる幻想郷からも受け入れられなかった者たちの巣窟よ」

 

「・・・・・・なるほど。俺のような人間にはおあつらえ向きってところか・・・・・・? 前いた世界とさして変わりはないな。――――ここにも、闇の部分があるとは、少し驚いたが」

 

 光と闇。世の中には二つの世界があると言われているが、元の世界では彼は闇の世界の頂点に君臨していた。ここ幻想郷にもそのような闇の部分があると知って、興味がわいたようだ。

 

「・・・・・・では、さっそく。と言いたいところだが、まだジョルノがここにいる。奴がお前に対して目を光らせている内は危険だ・・・・・・。ジョルノが『他の出来事』に気を取られている間に行動を起こすのがベストだろう。チャンスを伺うのだ」

 

 そのディアボロの言葉に咲夜は頷いた。いずれ、地底に行かなくてはならない。

 

 と、咲夜は何故自分はパチュリーが地底に行く、ということを知っているのか疑問に思った。だが、どう考えても『そうとしか思えない』のだ。根拠はないが、パチュリーは地霊殿に向かっている、ということが確信を持って言えるのである。

 

(・・・・・・?)

 

「・・・・・・どうかしたのか?」

 

 ディアボロはそんな何とも言えないような咲夜の表情を見て、不審を抱いた。だがすぐに咲夜はハッとした表情になって

 

「い、いえ。何でも」

 

 と否定する。そしてさっきまで疑問に思っていた内容さえも忘れてしまっていた。

 

*   *   *

 

 永遠亭で様々な画策が飛び交う中、迷いの竹林入り口で藤原妹紅は欠伸をしていた。

 

「ふわぁああ~・・・・・・。今日は暇だなー。誰も来ない」

 

 珍しく、患者が一人も来ないのである。その分休みになるのは構わないが、暇というのは実に扱いづらいモノだ。

 

「・・・・・・案内人、案内を頼む」

 

 そんなだらしのない妹紅の隣にいつのまにか二人の人間が立っていた。

 

「・・・・・・んっ!? あ、は?」

 

 妹紅は慌ててヨダレを拭いながら、その二人の応対にあたるが――――見たことがある二人だった。

 

 青い髪と茶色の髪の二人だった。

 

「――――な、ナンッであんたらが・・・・・・ッ!?」

 

 一人は右手を胸の前に、左手を顔の前に並べてお祈りでもしているかのようなポーズを取っている。彼女は背中に巨大な注連縄と二本の柱のような物体を携えており、切れるように細く美しい瞳は大人の女性の色香を彷彿とさせる。

 

 もう一人は見た目10歳くらいの幼女だが、何故か逆立ちをしていた。何故逆立ちをしているのかは不問にしよう。それよりも妹紅が疑問に思ったのは幼女のスカートも服も奇妙な目玉の付いた帽子も、まるで重力の影響を受けていないかのように、地面に落ちていないことだった。

 

「・・・・・・お前に話す理由はない。いいから私たちを永遠亭まで連れていけ」

 

「神奈子の言うことには従っといた方がいいよ。キレてるからね」

 

「口を挟むな諏訪子」

 

 神奈子と呼ばれた女性は逆立ちをしている幼女の方をギロリと睨み付けてから、妹紅の方を向き直り再び口を開いた。

 

「・・・・・・黙っていても何も分からない。案内するのか、案内しないのか、どっちだ・・・・・・?」

 

 妹紅をゴミでも見るかのような高圧的な視線。だが、妹紅は本能的に逆らうのはマズイと思ったのだろう。素直に頷いて「分かった、案内しよう」と答えた。

 

 声が震えているのは気のせいだと思いたかった。

 

 それほどにこの二人の存在感が、妹紅を圧倒していたのだった。

 

 32話へ続く――――

 

*   *   *

 

 後書き

 

 お久しぶりです。無事受験を突破しました、フリッカリッカです。

 

 第二章、始まりました。副タイトルに早苗さんの名前がでてるのに早苗さんがでなかった詐欺の31話です。先に二柱が出ましたね。神社にいなくていいんでしょうか?

 

 えっと、話がややこしくこじれそうですが、第二章はジョルノサイドで風神録ベースの話を。第三章はディアボロサイドで地霊殿ベースの話をしたいと思ってます。予定ですから、ぶち壊し抜けるかもしれませんがね。

 

 あ、第一章のように風神録『ベース』ですから、他のシリーズからもキャラクターは出ますよ。楽しみにしていてください。

 

 

 では、更新ペースはゆっくりになってますが32話で、また。



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常識知らずの東風谷早苗②

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第32話

 

 常識知らずの東風谷早苗②

 

 先日の人里ではあるニュースで持ちきりだった。

 

 そのニュースは幻想郷に広く知れ渡っており、興味がある者もない者も一応一度は小耳に挟んだことはあった。

 

 その内容とは「東風谷早苗に彼氏が出来た」というものだった。彼女は人間からの信頼は厚く、また人気もあったためそのニュースが幻想郷中を天狗の号外によって駆け巡ったときは多くの人々が衝撃を受けたらしい。

 

 これほどのゴシップ、いや、守屋神社にとってはかなりのスキャンダルだった。だが、彼女たちはそれによって信仰を失うどころかさらに勢力を拡大したのだ。

 

 何故か? それは東風谷早苗がそれらのニュースに流されることなく賢明に布教を続けていたからである。

 

 そもそも、ニュース自体の信憑性も薄い。天狗の記事には確かに早苗ともう一人の男性が並んで写された写真が載っていたが、誰一人としてその写真の人物と早苗が一緒にいるところを見たことはなかった。また写真の男性を知る人間もいなかったのである。これによってやはり天狗の記事は単なる捏造ではないか、とされた。

 

 その非を守屋神社は慈愛の心を持って許したのだから、彼女たちの人気は止まるところを知らなかった。博麗霊夢に一時期人里を席巻されるまで人里の施設のほとんどは守屋ブランドと言っても過言ではなかったのである。

 

 ――――と、ここまでが表向きの話である。

 

 八坂神奈子は言葉を切った。

 

「・・・・・・その事件は僕が幻想郷に来る前に起こったものだと聞いています。ですがそれ以上のことは・・・・・・」

 

「私もジョルノも知らないウサ。――――特に興味も無いウサからね」

 

 永遠亭の客間。そこに座っているのはジョルノ・ジョバァーナ、因幡てゐ、そして八坂神奈子の三人である。

 

「だろうな。むしろ表向きの話を知っていることに驚きだ」

 

 神奈子は高圧的な態度のまま言葉を接いだ。卓に出されたお茶を飲み干して「続きだ」と言う。

 

「本題は『どこからどうみても早苗には彼氏がいる』んだ。私も諏訪子も薄ぼんやりとだが、早苗の近くに何かがいる気がする」

 

「・・・・・・」

 

 神奈子の言葉にジョルノとてゐは押し黙った。もしかして、と顔を見合わせる必要もないだろう。十中八九、彼らが思っていることは的中しているのだから。

 

「・・・・・・人里で『見えない何かを操って博麗霊夢と戦っていた』というジョルノ・ジョバァーナ。貴様はどう思う? 私からすれば来てよかったと思っているよ・・・・・・。貴様と早苗はどこか似た雰囲気がある」

 

 ジョルノはポリポリと頬を掻いた。この神様の言いたいことは分かる。鈴仙の件で頭が一杯のジョルノは当然神奈子の依頼は断りたくてしょうがないものだ。だが、断ったら一体この暴力の象徴のような視線を持つ彼女に何をされるかなんて、用意に想像が付く。

 

「なあジョルノ。お前まさかこの依頼を断ろーとか考えてねーだろうウサか?」

 

 そんなジョルノの様子を見ててゐが脇を小突いて言う。

 

「いいウサか? ここでこの神様が機嫌を損ねようものなら私やアンタだけに及ばず永遠亭が吹き飛んじまうウサよ。悪いことは言わないウサ。鈴仙のことは一旦置いといて・・・・・・」

 

 てゐはマジに焦っている。彼女が忠告なんて面白くないことをしてくるとはよほどの事態なのだ。

 

 だがジョルノの答えはてゐの心臓を更に悪くするものだった。

 

「・・・・・・えっと、よく分かりません。八坂神奈子・・・・・・あなたは一体僕に何をしろ、と言っているのでしょうか?」

 

「おいッ!!」

 

 てゐは汗を流してジョルノに突っかかる。

 

「今ので理解が出来ないほどお前はバカなのか?」

 

 神奈子は苛立ちを込めてジョルノを睨み付ける。

 

「いいえ、理解はしてます。ですが、僕は何をすればいいか分からないんです。意味が分かりますか? 僕はまだ貴方から『何をすべきか』提示して貰っていない。てゐの言う『依頼』というものがまだ発生してないんです」

 

「・・・・・・ジョ、ジョルノ?」

 

 ダラダラと冷や汗が止まらないてゐはジョルノの顔を見る。

 

「――――人に依頼するときは言うべき言葉があると言ってるんです」

 

「~~~~~!!」

 

 その言葉を聞いたてゐは真っ先に脱兎のごとくその場から跳躍して身を隠した。あきらかに神奈子を怒らせてしまったのだ。

 

 だが――――。

 

「・・・・・・もう少し利口な生き方をした方がいいぞ? あの兎のように」

 

「僕が目標としている人は少なくとも『お利口さん』ではありませんから」

 

 神奈子は怒りもせず口の端を緩めてジョルノにそう語った。ジョルノもジョルノで真っ直ぐと何かを確信したかのような表情を浮かべている。

 

「・・・・・・」

 

 神奈子は押し黙ったまま視線を下に移した。そのまま何かを言おうとして――――。

 

「・・・・・・すまない、今の早苗は『早苗じゃない』。私や諏訪子ではもうどうしようもないんだ。だからこうして、誠心誠意を込めてジョルノ・ジョバァーナ。貴様にこの依頼をする」

 

 八坂神奈子は頭を垂れた。

 

「早苗を解放してくれ。頼む」

 

 その言葉を聞いたジョルノはフッと小さく笑って神奈子に答える。

 

「・・・・・・あなたは凄い人だ。神様と崇められるほどの存在であるあなたが、一人の人間のために僕のような赤の他人に助けを懇願するなんて普通は出来ない。きっとプライドが邪魔をしてしまうはずだ。けれども、あなたはそれが出来た。プライドよりも愛が勝ったんです」

 

 ジョルノの真っ直ぐな言葉に神奈子は少し表情を緩める。彼女の頬はほんの少し紅潮していた。

 

「・・・・・・恥ずかしいぞ。そんな言葉を私にかけてくれるな。それに、早苗は私たちの家族だ。愛が勝つのは当然だろう?」

 

 神奈子は満更でもない、といった感じだ。

 

「美しい方々だ。その依頼、引き受けましょう――――ところで、小耳に挟んだんですが早苗という方は『奇跡を起こす程度の能力』を持っていると聞きましたが・・・・・・」

 

 むしろ、ジョルノの狙いはここである。障子の裏に隠れていたてゐそーっと障子を開いて部屋をのぞき込む。神奈子はそのことには気が付いてはいたが、ジョルノから目を離すことは彼に対して失礼だと思い目を閉じて口を開いた。

 

「・・・・・・確かに、早苗は『奇跡を操る程度の能力』を持っている。里でも有名な話だしお前が知っていても不思議ではないが、なぜ今その話になるかは・・・・・・予想はつくがな。つまり貴様が言いたいのはこういうことだろう? 『叶えたい願いを叶えたい』――――言葉に直すと違和を感じるが私に求めるものはこんなところか? ジョルノ・ジョバァーナ」

 

 神奈子は右の瞳を細めるようにしてジョルノを睨み付けた。蛇。さながら蛇。再び後ろの方で様子を見ていたてゐの背中に寒気が走る。自分に向けられている視線では無いのにてゐの体は恐怖に対する防衛反応を示す。

 

 しかし、ジョルノは怯まない。圧倒的な力の差を感じているのに、対等であろうとしている。彼の眼には覚悟の意思が宿る。

 

「――――このジョルノ・ジョバァーナには成し遂げなければならない不可能がある」

 

 ――――もはやジョルノは自分では鈴仙を元に戻すことは出来ないと確信していた。何か奇跡でも起きない限り――――。

 

*   *   *

 

 守矢の2柱は自分たちの神社の屋根の上に並んで座っていた。

 

「・・・・・・結局神奈子は折れたんだね。珍しいこともあったもんだ」

 

 守矢諏訪子は沈みゆく夕日を眺めてポツリと呟いた。今日も早苗はまだ帰ってきていない。

 

「お前の言うとおりだよ。普段なら早苗を利用されたら全員皆殺しにしてきたんだがな・・・・・・」

 

「じゃあ何でしなかったの? 神奈子なら1秒とかからなかったでしょ?」

 

 物騒だが事実である。神奈子は純粋な戦闘ならば幻想郷最強クラス。かつては軍神と言わしめられた彼女の強さは人間や妖怪では絶対に届かないレベルにある。

 

 だが神奈子は清々しい表情で言った。

 

「直接話せばお前も分かるんじゃあないか? ――――ところでお前は何をしてたんだ? 急に私の近くからいなくなったりして・・・・・・」

 

「私? 私はねー・・・・・・」

 

 諏訪子はにやにやしながら神奈子のほうを見る。神奈子はその厭らしい表情を見て少し不快感を覚えた。

 

*   *   *

 

 話は戻って永遠亭。神奈子が諏訪子を隣の部屋から連れて帰ってその後の状況。諏訪子がいた部屋には永琳が一人で座っていた。

 

「・・・・・・永琳様? 一体何をして・・・・・・」

 

 何か様子がおかしいと思ったてゐが放心状態の永琳に近付くと・・・・・・。

 

「かえる・・・・・・たまご・・・・・・にゅるにゅる・・・・・・たまご・・・・・・・・・・・・いっぱい」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・てゐ、今日はもう休みにしましょう」

 

「そうだね」

 

 ロリ永琳が大人の階段を再び登っている様子を見てジョルノとてゐはため息をつく以外、何もできなかった。

 

*   *   *

 

 彼女は人里にて布教活動を行っていた。緑色の鮮やかな色をした髪をしたその少女は手にしている木の棒に白い紙のようなものが付いた物体を振りかざして得意満面で勧誘をしていた。

 

 彼女の名前は東風谷早苗。ただの神道に熱心な現人神である。

 

「皆さん、今日もご視聴ありがとうございます! 我々、守矢神社をこれからもどうかよろしくお願いしますね! 信じる者は救われます! 今日からあなたも、そこのあなたも、そこのあなたも! 笑顔で入信しましょう!」

 

 早苗は非常にハキハキとした語りで周りに集まった人々に語り掛けていた。その人数は日に日に増していき、最初こそ誰も見向きもしなかったが今はメガホンが必要なくらいに大勢の人々が早苗の話を聞きに来ている。

 

 人里ではしばらく霊夢が暴政を奮っていたので早苗は大仰には活動していなかったが、先週その暴政も途端に終わったため再び早苗は大手を振るように布教活動に勤しんでいる。

 

 彼女のご高説を聞いた老人や若者は口をそろえて次のように述べるのだった。

 

「早苗ちゃんはそりゃあいい子だよ。こんな老いぼれの私たちのことまで気遣ってくれちょってのぉー。人がよう出来ちょる。この前だって向かいんとこの私より2個上のじーさんの手伝いとかしちょったよ」

 

「早苗ちゃんの話はどこか信憑性があるんだよな。彼女の言ってることもそうだけど、何よりも直接心に訴えかけてくるような物があるよね」

 

「早苗ちゃんと一夜を過ごしたいです・・・・・・デュフフ・・・・・・」

 

「確かに男のうわさもあったけど、そんなのは単なるうわさで済んだもんなぁ~。まぁ早苗ちゃんももう大人だし、そういう時期があってもいいんじゃないの?」

 

 村人たちから「早苗ちゃん」の愛称で呼ばれているほど、彼女の信頼は厚い。早苗は帰り支度を始めていた。それと同時に村人たちは早苗の周りからちらほらと消えていく。中には早苗との握手を求める熱狂者もいた。

 

 この光景はどことして不思議な箇所が一つもない。

 

「はい! ありがとうございます! ええ! 分かっておりますよ!」

 

 代わる代わる村人たち一人一人と握手を交わし、早苗は満面の笑みでそれに応対していた。

 

 最後の一人が早苗との別れを惜しみつつ、また明日も聞きに来ますと約束をして、ついに早苗の周りから村人たちが消えた。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

「・・・・・・終わりですか?」

 

 早苗がポツリと呟いた瞬間に背後から一陣の風が巻き起こり、誰かが姿を現す。

 

「キャッ・・・・・・!?」

 

 咄嗟にスカートを抑えて巻き上がるのを防ぎ、背後を振り向いた。そこにいたのは早苗の本質を暴こうとしている烏天狗。黒い羽根を広げて団扇を仰ぐ彼女の名前は――――。

 

「射命丸文さん・・・・・・? どうされました?」

 

 早苗はその姿を見取るや、瞳に影を落として警戒心に満ちたような声色で問いかける。射命丸文と呼ばれた烏天狗は首から下げたカメラを左手に持って「やれやれ」と言いたげに首を横に振った。

 

「どうって、一応取材ですよ。私の記事をゴシップにして、一度失った信仰を取り戻した『秘訣』とやらのね」

 

「秘訣、と言われましても・・・・・・そもそも私には彼氏なんていませんし」

 

 かつて東風谷早苗の恋愛スキャンダルを書いた記事を作ったのはこの射命丸文であった。文は確かに一人の男と手をつないでいる早苗の写真を撮ったにも拘らず、それを嘘の記事だとされていたのである。全ては早苗の行動や人間性による賜物のはずだが、文は完全にそれを否定する。

 

 早苗に対する村人たちの狂信は度が過ぎている。

 

「・・・・・・いいえ、確かに見ました。そして私のファインダーには一切の捏造もなくそれが映し込まれている。私は嘘を付きませんし、写真は嘘を映さない」

 

 文は現像した早苗ともう一人の男が映っている写真を取り出す。写真の男は早苗よりも20㎝近く身長の高い赤いくせ毛が目立つ好印象な青年だった。

 

「・・・・・・私には関係ありませんね。そこに映っているのは私ではありません。仮に私だとしても、その男性はあなたが話題を得たくて仕込んだただの合成でしょう?」

 

 話題のため。お金のため。早苗のその一言は文のモットーに傷を付ける。

 

「・・・・・・私はこう自負しています。『清く、正しい、射命丸』と」

 

 文は手に持った写真をビリビリと破った。ちょうど早苗と思われる女性と隣の男性が引き裂かれるように。しかも、しっかりと早苗に見せつけるように破り裂いた。

 

「この私が! ただ金やちやほやされるためだけに新聞記事を書いていると思うなァァーーーーーーーーーッッ!!!」

 

 早苗はそんな文を見てピクリと眉を動かした。

 

「・・・・・・話は終わりですか? それならどうぞ、お引き取りを・・・・・・」

 

「いいや、終わりじゃあないです。これも見てください」

 

 文はもう一枚別の写真を取り出した。そこにもやはり、早苗と思しき女性ともう一人同じ男性が映っていた。

 

「現に、あなたのスキャンダルに関する写真は他にもまだ沢山ありますよ。これも、これも。すべての写真にあなたともう一人同一の人物が映ってるんです」

 

 1枚、2枚、3枚と早苗の写真を懐からいくつも取り出し、文はそれらを早苗の足元に仕向けた。

 

「・・・・・・よく出来たフィクションですね。ですが、こんな物は認められません」

 

 早苗は一貫して文にはNoの態度を取っている。このままでは埒が明かない。早くこの巫女につけられた新聞記者としての汚点を拭い去らなければならないというのに。さっさと決定的な証拠を取らなければ記事の時と同じようにすかされてしまうだろう。

 

 そう考えた文はふと気が付いた。

 

 自身のプライドを逆なでされ、冷静に戻ることで頭が冷え、周りに目が行くようになっていた。

 

「・・・・・・ちょっと待ってください」

 

 帰ろうとした早苗に文はストップをかける。そしてきょろきょろと周りを確認して――――愕然とした。

 

「・・・・・・!? そ、そんな・・・・・・。今は、今は一体・・・・・・!?」

 

 ――――――文が気が付いたことに早苗も気が付いた。

 

「・・・・・・・・・・・・さて」

 

 早苗は溜息をつきながらさっきとは打って変わって文との距離を詰める。文は状況に戸惑いを隠しきれず、体をガタガタと震わしていた。

 

 動けない、声が出ない。まるで金縛りにあったようだ。

 

「よく気が付いたな。お前が初めてだよ」

 

 素に戻った口調で早苗は文の顔面を鷲掴みにする。

 

「どうやら素質はあるらしい。お前自身は全く見えなくても、お前のカメラには彼が映っているようだな。思いが強い物体には映る――そう、心霊写真のように」

 

 そしてそのまま文を持ち上げた。ただの人間のどこにこのような力があるかは分からない。ただ文は間違いなく恐怖していた。

 

「写真の方は私がとぼけていれば勝手にゴシップになるが、今お前が気が付いたことを記事にされると非常に厄介だ。誰もが気が付かなかった私の本質をお前が記事にすると全員が私を理解してしまう」

 

 文は何とかして早苗の腕を振り解こうとするが無意味だった。まるで見えない何かが自分の全身を拘束しているようだ。

 

「気が付いた人間どもは全員今のお前みたいに悲惨な状況に陥る。分かるか? 私の本質を記事にしたら村人が全員死ぬことになるぞ・・・・・・」

 

「んーッ! んんーッ!!」

 

 文は必死で頷こうとする。早苗に対して心が屈伏してしまっているのだ。

 

「ベネ。物わかりのいい烏だ」

 

 早苗はぱっと顔を離すと文は受け身も取れずにその場に崩れ落ちた。

 

「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!」

 

 呼吸を整えようにも恐怖でうまく息ができない。

 

「・・・・・・では、射命丸さん。一つだけお願いがあります」

 

 早苗はそんな文を見下しながらにっこりと笑って、元の口調で言った。

 

「最近私のことを探ろうとしてる不届き者がいますが、サクッと殺しちゃってください。おそらくそいつも私と同じ種類の人間ですので、・・・・・・まぁあなたなら対抗できるでしょう。あとは使い方ですから」

 

 文は地べたに這い蹲りながら早苗を見上げた。その表情の裏には人間が有する情などは影も形もない。

 

「『出来て当然』『あるのが普通』と思うだけです。信じるのです。自分なら出来る、と。それが『スタンド』というものなのですから・・・・・・」

 

 早苗はそう言い残して何処かに消えた。その場には恐怖を埋め込まれた文だけが残った。

 

 何か靄のようなものが晴れて文は確信した。

 

「・・・・・・っ!! か、彼女は一体・・・・・・何なの!?」

 

 文の目に映った光景は何の変哲もない人里の様子。

 

 ただし、時間は深夜だった。

 

 

 33話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 まずはお詫びをば・・・・・・。

 投稿期間が間延びしまくってて本当にごめんなさい。

 いろいろ忙しかったんです! 言い訳終了!

 

 と、第33話終了ですね。こんな感じで風神録がスタートしました。今回新しく出たキャラは早苗と文でしたが・・・・・・。早苗さんだけ確定でスタンド使いっぽいですが、文もこりゃもしかするかもしれんね(適当)。

 

 次の話からは副タイトルが常識知らずの東風谷早苗から変わります。全然早苗が出てない件についてはお詫び申し上げます。

 

 次回から風神録キャラを続々と出していきたいですね。現在順番的にはExボス→6ボス→5ボス→4ボスの順番で出てますから次に出てくるキャラはお値段異常な彼女ですかね? 分かりません。

 

 と、今回もここまでお付き合いくださいまして誠に感激の至りです。

 

 次回もどうか楽しみに待っていただけると幸いです。

 

 感想お待ちしております。



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姫海堂はたては動けない

 ボスとジョルノの幻想訪問記33

 

 姫海堂はたては動けない

 

 私は姫海堂はたて。一切家から出ることのないいわゆる引きこもりだ。ただし、親の脛を齧っているわけじゃあない。そもそも一人暮らしだし、仕送りなんて気前のいいものは入って来やしない。

 私の怠惰な生活を支えているのは新聞だ。私が出版している新聞、花菓子念報という名前だが、結構お気に入りだったりする。だが、私の新聞は紙媒体を用いない、いわば電子新聞だ。天狗たちに支給されている携帯電話を利用すると有料で購読できる。私の新聞の購読率は全天狗の3割と言ったところか。それなりに売れている方だ。ゆえにお金の心配はそこまでない。

 毎日パソコンに向かって念写した写真を記事に適当に起こせばいいだけの簡単なお仕事。それで金が入って来るんだからやっぱりこの能力は欠かせない。全く家から出ない私は妖怪ネット通販で適当に生活に必要なものを届けてもらい、毎日を社会の底辺として過ごしている。

 社会の底辺とはいっても、私にとってはホームグラウンド。ベストプレイスだ。この生活は誰にも壊させないし、誰にも譲らないつもりだ。居心地がイイなんてもんじゃあない。ここにいないと死んでしまいそうだ。部屋は散らかっちゃあいるけれど、この状態が私が呼吸できる場所なんだ。

 

 そんな私だけの空間にずかずかと乗り込んでくる奴は全員敵だ。

 

「・・・・・・姫海堂さん」

 

 私はとっさに、本能的にクローゼットに隠れた。鍵をかけていたはずなのに、訪問者は合鍵でも持っているような速さで鍵を開けて私の家に入ってきた。信じられない、というか、何なんだ。聞き覚えのない声(まぁ、私が知っている声は天魔様くらいだが)が私の名前を呼んでいる。誰だ。私の名前が知れていることには疑問は持たない。新聞に自分の本名を乗っけているから。

 私は情けなくも、歯をガチガチと打ち鳴らしてクローゼットの中で震えていた。他人と会うのは数年ぶりだ。まだ会っていないが、肉声を聞くのがそれ位ぶりだということだ。別に人間恐怖症という自覚はないが、ゾッとした。この時初めて自分は人が怖いんだ、という認識を持った。

 私の名を呼ぶ人物はまだ入り口にいるらしい。部屋に入ってきたような物音はしない。居留守を使おう。そう決め込んだ私はクローゼットに籠城することに決めた。

 そんな決心は脆くも崩れ去った。

 

 クローゼットの横壁が突き破られたのだ。たぶん、人間の手だろう。白く、綺麗に整えられた爪が私の鼻を掠めた。声も出せずに、私はその場に突っ立たままでいた。

 クローゼットは破壊の音を上げて、地面の埃をまき散らしながら崩れる。何だ? この人間は素手でクローゼットをぶっ壊したのか? この、緑色の髪をした女性は・・・・・・。

 

 女性は笑いながらクローゼットを粉砕し、棒立ちになった私を見た。彼女の目に私はどう映っただろう。思考は普通に巡っているのだが、歯はガチガチと打ち鳴らされ、目には涙が浮かんでいる。

 

「そんなに怖がらないでください」

 

 いや、怖がるだろう。普通。もはやこんなの押し入り強盗となんら変わりないのだから。

 

「あなたのことを教えてくれたのは、ご存じ射命丸さんです」

 

 ・・・・・・射命丸。存じ上げないが、一度だけ会ったことがあるような無いような・・・・・・。少なくともここ数年は他人との接触をしてないので私はその名前を聞いてもはっきりとは思い出せない。

 

「私はあなたの力をお借りしたいのです」

 

 こいつは何を言っているんだ。私の力なんて、せいぜい社会の底辺でも飯には困らない程度にしか使えない。そもそも、人の力を借りたいのにクローゼットを破壊するとは、頭のネジでも外れてるんじゃあなかろうか。

 私は心の底でそう思いながら、恐怖の表情を上っ面に張り付けていた。頼むから早く帰ってくれ。私は他人とは関わりたくは無いんだ。力なんてこれっぽちも貸したくない。クローゼットのことは水に流すから、私の目の前から消えてくれ。

 

「・・・・・・そんな表情をしないでください」

 

 おそらく、この女性の言葉を察するに今の私は酷い顔をしているんだろう。ゲロでも吐きそうな表情でもしていたら、それはそれで傑作だ。私の心内環境は至って平穏を取り繕っており、力を貸す気なんてサラサラないのに、私の体の方は私の意識下には無いらしい。

 

 そんな私の思いとは裏腹に彼女はこう述べた。

 

「私と友達になろう?」

 

 死んでも御免だ。私は心の中でそう叫びつつ、首が縦に振れるのを止められなかった。

 

*   *   *

 

 気が付けば、クローゼットは元に戻っており、女性と私と、女性が言っていた射命丸なる天狗が私の部屋にいた。

 

 その間、私はずっと黙っていた。射命丸も黙っている。女性は一人で何かを話している。永遠に、一人で、どうでもいいことを話し続けている。早く帰ってくれ、私にこれ以上関わることは止めてくれ。私は言おうとした。だが、声の出し方がよくわからなかった。

 

 話は適当なところで切られて、今度は女性は射命丸に耳打ちをした。もちろん、耳を寄せてその内容を聞こうとしたりなんて煩わしいことはしない。私の願いはこいつらとの接触をさっさと断つことなのだから。

 

「・・・・・・」

 

 射命丸はしぶしぶ頷いた。こいつも私と同じで、巻き込まれたくなさそうだったが、私の敵である。と、思っていると女性は立ち上がり、私の部屋から出ていった。

 

「じゃあ、射命丸さん。彼女と仲良くしてあげてね?」

 

 冗談じゃない。仲良くなんて、他人とできるか。そもそも、自分とも仲良くないのに・・・・・・意味が分からないが、そこはどうでもいい。正直な話、今日という日が抹消されることを願った。

 

 これから毎日、地獄が待っている。私からすればそんな印象だ。みんな死ねばいいのに。

 

*   *   *

 

 最悪だ。私はこれから毎日この精神障害者と生活しなければならない。早苗の命令は、このコミュ障を通り越したヒューマンフォビアを更生させろ、というものだった。不可能だ。いくら使える能力を持っていたところで、持ち主がガラクタなら意味を成さない。早苗はこいつを過大評価しすぎている。そもそも自分を調べようとしている人間を消すために、こんな奴の助けが必要とは思えない。

 

「・・・・・・本当に、癇に障る・・・・・・!」

 

 私は早苗に対する怒りを抑えきれずにいた。一刻も早くあいつを現在の地位から引きずり降ろさなければ私の腹の虫が収まらない。あの不可解な能力さえなければ私の風で八つ裂きにしているのに・・・・・・!

 

「はたて」

 

 私は目の前で震える小動物のような天狗を見下す。名前を呼ばれたことに対してビクッと体を震わせ、縮こまるように塞ぎ込んだ。

 

「私はあんたを更生させるようにアイツから言われた。でも私はそんな気はサラサラないし、あんたとしてもそんなことは御免だって思ってるでしょう?」

 

 私はイライラを募らせながらはたてに言う。だが、はたては話を聞く気がないのか、耳まで塞いで私の声から逃れようとしている。

 

「・・・・・・ちっ」

 

 私は舌打ちをして部屋を見回した。そこにはパソコンが置いてある。そういえばこいつの新聞購読数は私よりも多かったはずだ。癪に障ることだが、それだけ正確な記事を書くことが出来るという点は称賛に値する。私は清く正しいので他人を蹴落とすことはしない・・・・・・が、ちょっと興味が湧いた。

 

 はたての方をちらっと見ると、私に背中を向けてうずくまったままだった。私は特にロックのかかっていないPCを立ち上げて、彼女のハードディスクを眺める。

 

「・・・・・・と、ありましたありました。現在執筆中の原稿ですか・・・・・・」

 

 私は更新日時がつい最近のフォルダーを開いて中を見た。そこにはこのような記事が書かれていた。

 

『東風谷早苗、ついにその仮面が剥がれ落ちる!? 安心・安全の裏に隠された悪意とは!』

 

「・・・・・・は? えっ!?」

 

 私は目を疑った。記事の見出しが衝撃的過ぎた。私は震える手でその記事の続きを読む。と、ちょうど書き終りのところまで行き着いた。まだ、記事は途中で止まっていたのだが、さらなる衝撃的な光景が私の目の前で行われていく。

 

「・・・・・・! こ、これは・・・・・・誰も触っていないのに! 私はキーボードに触れてさえもいないのに! 『記事』が更新されていくッ!?」

 

 途中だった原稿がどんどん文字で埋められて行き、ついに一本の記事となった。私はそれの全てを目に収める。衝撃的な内容だった。まさか、まさか、こんなことが起こり得るはずがない。まるで夢物語だ。私は食い入るように画面を見た。何度も何度も記事を読み直し、その内容をしっかりと確認していく。

 

「な、何てことですか!? こ、こんな、こんなことが現実に起こったら・・・・・・!」

 

 と、不可思議な現象に気を取られていた私は背後の脅威に気付かなかった。

 

 

「やあああああああああああめえええええええええええええええええろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 ヒステリックな金切り声を上げてはたては椅子を持ち上げて私に殴り掛かってきた。突然の出来事で、私ははたての攻撃を避けるのに精一杯だった。当然、空を切る椅子はそのまま・・・・・・。

 

 ゴガシャアァァ!!

 

 と、凄まじい音を上げてパソコンを直撃。パソコンは一瞬で粉砕した。

 

「はあああああああ!?!?」

 

 私は折角のヒントをぶっ壊され、逆上しはたてを押さえつける。

 

「はたてぇええええ!! 何してんのよ! あ、あんたのせいでえええええ!!!」

 

「うるさいうるさいうるさい!! 人のパソコン見るなんて、あんたが死ね!」

 

 どうやらはたては私が勝手にパソコンの中を見たことに対してブチ切れたらしい。だが、そのせいで唯一のてがかりは失われた。証拠が一切残っていない。

 

「だからって、自分のパソコン壊すなんて、馬鹿にもほどがあるわ!! あんたが変なことさえしなければ、私は、私はぁぁっ!!」

 

「何よ! 私の私物を私がどうしようったってどうでもいいじゃあない!! 出てってよ! 私の目の前から消えてよ! 一人に、一人にさせてよぉ!!」

 

「いかれてんじゃあないの!? このクソアマがァァアァ!!」

 

 怒りで我を忘れて私とはたては取っ組み合いになる。もちろん、伝統文屋の私がこんな引き篭もりに体力面で劣るはずもなく、すぐに組み伏せることができたが・・・・・・。

 

「や、めろ!! 触るなぁあ! 穢れる、穢れる!!」

 

 はたては泣きながら私にそう叫び続けるのだった。

 

「・・・・・・この、ゴミめ! 人が傷つくようなことをよくもそんな・・・・・・!」

 

 私は右手を挙げて、そのままはたてに振りおろす。乾いた音が鳴って、はたての左のほほに私の手形が残った。

 

「・・・・・・っ!」

 

 はたては声も出せずに打たれた左の頬をさすった。平手打ちをくらったのがよほどの衝撃だったんだろう。呆然と私の方を見るだけだった。

 

「・・・・・・ふん、少しは落ち着きましたか?」

 

 なんか悪い気がしたので私ははたてから離れる。はたてはしばらくの間、呆然と頬をさするだけだったが、ついに何かを決心したかのようにキッと私を睨み付ける。

 

「そんな目をしたって全く怖くないですよ。あなたの強さなんてたかが知れていますからね・・・・・・!?」

 

 次の瞬間私の脛に鈍い痛みが走った。油断してた。はたては落ちていた酒瓶を地面擦れ擦れで投擲し、私の右脛を思いっきり殴打していた。

 

「おっ、ほぉ!?? き、うっくううう!!」

 

 たまらず右脛から崩れ落ちるような形で地面に倒れる。あのクソ天狗、脛に酒瓶とか非常識にもほどがあるだろう。これだからコミュ障は加減というものを知らないのだ・・・・・・。

 

「い・・・・・・今のは痛かったですよッ!!」

 

 私はひびの入った酒瓶を拾ってはたてに投げ返した。それは綺麗な放物線を描き、はたての脳天を直撃。その衝撃で瓶は割れ、破片が当たりに散らばった。

 

「あっ、~~~ぐぅうッ・・・・・・?!」

 

「人の痛みを知りなさい! あんただけが辛いと思ったら大間違い・・・・・・」

 

 脛が痛すぎて立てない私が頭を押さえてうずくまるはたてに抗弁垂れていると、はたてはフラフラしながらこっちに近付いてきた。

 

「・・・・・・こ、・・・・・・この汚らしい阿呆がァァーーーーッ!!」

 

「うるせぇぇええええーーーーーーーーッ!!」

 

 はたては焦点の合わない瞳で私に殴り掛かってきた。雑魚のくせに、生意気な。真正面からどつき合ってやる。

 

「うがああああああああああああああああ!!」

 

「しゃああああああああああああああああ!!」

 

 二匹の殺意むき出しな天狗が醜い醜い争いを続けた。

 

 そんなある日の昼下がりだ。

 

*   *   *

 

 しばらくたって、けんかの音がやんだ。女子同士のけんかとは恐ろしいもので、使えるものは何でも使う。既にはたての部屋にある重そうな物体や尖った物体は酷使しすぎて壊れてしまっている。ちなみに両天狗は血まみれではあるが全然ピンピンしている。

 

「・・・・・・は、はたてェ・・・・・・あんたの、あんたの新聞記事・・・・・・。一体どういう仕組みなのよ・・・・・・!」

 

 ある程度部屋が破壊しつくされて、頃合いを見て文はそう尋ねた。その言葉に肩で息を整えているはたては携帯電話を取り出し、何かを操作し始めた。

 

「・・・・・・(しゃべろよ)」

 

 どうやら文字を打っているらしい。カチカチと携帯に文字を打ち込んで、はたては画面を見せた。

 

 知らない。どうやら未来を念写出来るらしい。このことについて念写しても、この写真が撮れるだけ。

 

「・・・・・・ふむ?」

 

 と、はたてが再びカチカチと携帯を操作し始める。今度は画面をスクロールしているらしかった。そして、もう一度画面を文の方に向けた。そこには黄色い円盤の周囲を真っ赤な物体が取り囲んでいる写真だった。

 

「・・・・・・何ですかこの不快な画像は」

 

 文が眉をしかめながらそう尋ねると、はたては自分の頭を指さした。

 

「まさか、自分の脳内の画像とか言うんじゃあないんでしょうね」

 

 その言葉に、はたては首を縦に振った。文はぎょっと目を丸くする。まさか、本当にそうだとは微塵も思ってなかったからだ。

 

「・・・・・・冗談のつもりで言ったんだけど、・・・・・・まぁいいわ。それより、さっきの記事なんだけどもしも本当にあの記事の内容が未来に起こり得るのならば、もしかするとあの東風谷早苗をあの有頂天から引きずり下ろすことが出来るかもしれないわ。もちろん、協力しなさいよ、はたて」

 

 文はようやく見出した光明に一縷の望みをかけてはたてに手を差し出した。

 

「・・・・・・」

 

 しかし、はたては音も立てずにため息をつくと

 

 ぺっ

 

「・・・・・・」

 

 差し出された文の手に唾を吐きかけたのである。

 

「・・・・・・はたてぇ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 文はマジ切れしそうになるのを堪えて、つばが付いたままの手で無理やりはたての手を握った。はたての手にも唾が付いた。

 

 

 それから二人の奇妙な共同生活が始まった。文は表向きははたてを更生させるためだが、裏では早苗の完璧伝説を打壊すために。はたては平穏で何の恐怖も感じない生活のために。いがみ合い、衝突しながら、二人は日々を過ごしていった。

 

「はたて、それで・・・・・・予知記事は出ないのかしら?」

 

「・・・・・・河童に修理頼んだパソコンが返ってこないから無理」

 

「はぁ・・・・・・あんたが壊さなきゃこんなことには・・・・・・」

 

「先にハードディスクの中を覗いたあんたが悪い・・・・・・」

 

 こんな会話を何度続けただろうか。次第に日数は流れていき、はたても文となら普通に会話できるようになっていた。

 

 そんな折。

 

 ドンドンとはたての家のドアをたたく音が聞こえた。

 

「・・・・・・ま、まさか・・・・・・早苗?」

 

 ノックの音を聞いた文とはたては一気に緊張ムードになる。特にはたては早苗に対して心底恐怖を植え付けられており、早苗が来たかもしれないと分かると歯をガチガチ打ち鳴らして塞ぎ込んでしまう始末。それを見た文は急に恐ろしくなり、このまま早苗に対して居留守を決め込もうと思ったくらいである。文は玄関まで来たが、それ以上足がドアに向かうことは無かった。

 

「ごめんくださーい」

 

 続けざまに声が聞こえた。・・・・・・いや、違う。早苗の声じゃあ無い。男性の声だ。出てもいいだろう。文ははたての方を向いたが、はたては依然として塞ぎ込んだままだった。耳を塞いでるため声も聞こえないらしい。文は向き直りドアに手をかける。そして、鍵を開けてノブを回して・・・・・・。

 

 

「・・・・・・いるんなら早く開けてください」

 

 

「・・・・・・さなッ!?」

 

 ノブを回した瞬間、ものすごい力でドアを引っ張られ半開きになった扉からぬぅっと東風谷早苗の顔が入って来た。目が、合う。淡い緑色をした狂気に満ちている瞳だった。そんな印象を受けた。

 

「う、うわあああああああああああああッッ!!!」

 

「・・・・・・っぐ、ええッ!?」

 

 文は反射的に扉を思いっきり閉じた。すると、ノブを通していやな感触が手に残る。ドアを閉じた瞬間に早苗は顔を引っ込めることはしなかったのだ。そのまま、凄まじい勢いで閉められたドアに早苗の首は挟まった。瞬間、ブヂブヂブヂィッ!! と耳に残る不快音を立てながら・・・・・・。

 

「しゃ、めいま・・・・・・るッ・・・・・・き、ぐかッ!?」

 

 ごとん。

 

「きゃああああああああああああああッッ!!!!」

 

 玄関に少女の首が落ちた。

 

 文は突然の出来事に前後不覚に陥る。足を滑らせて倒れた。受け身なんて取れるはずもなく、後頭部を床に打ち付ける。その衝撃で文は視界が暗転し、気を失ってしまった。

 

*   *   *

 

 目が覚めると、視界に映ったのははたての部屋の天井だった。どうしてしまったのか、文はいつの間にか気を失っていたことに気が付いた。後頭部に痛みが残っており、なぜ気絶したのかを整理すると・・・・・・。

 

「・・・・・・やっとお目覚めですか?」

 

 文の思考を遮るように、早苗は文の視界を遮った。

 

「・・・・・・ッ!? え、はッ!?」

 

 文は瞬間理解する。先ほど起こった現象と現在の現実を比べて、ありえない点、矛盾点を割り出した。答えは一つ。

 

 ドウシテ東風谷早苗ハ、イキテイル?

 

「う、ごえぇぇえええええええッ!!」

 

 文は仰向けになった状態で腹の底からせり上がってくる異物をその場にぶちまけた。不可解な減少に頭を混乱させていたため、呼吸が出来ていないことにも気付かない。

 

「あらあらあらあらあらあら、大丈夫ですか射命丸さん。そんなゲロなんてぶちまけてしまって。介抱してあげて姫海堂さん?」

 

 早苗はそんな文の様子を憐れむように見て、後ろで震えているはたてに言った。

 

「ほら、姫海堂さん。掃除機と水。私が用意しましたから、それを片付けておいてくださいね?」

 

「うぅ・・・・・・」

 

 はたては文と早苗を交互に見て、どうすればいいか分からない、と言いたげに首を振った。その様子に早苗は溜息をついて、はたての髪を掴み顔をのぞき込む。

 

「掃除ですよ、掃除。射命丸さんと一緒に今まで暮して来たんですから、分かりますよね? 掃除機ですよ、掃除機。私が充電式クリーナーを偶然にも神社からわざわざ持って来ていたんですから、これを使うべきですよね? 使わなくてはならないのですよ?」

 

 涙を流すはたての手に無理やり早苗は充電式クリーナーを持たせた。だが、それは先の方が広いやつは外されており、狭い隙間などを掃除するための形状をしていた。スイッチを入れると大仰な音を立てながら空気を吸引する。

 

「・・・・・・え? え?」

 

 はたては訳が分からない、といった風に早苗を見た。すると、早苗の表情から一瞬だけ笑顔が消え去る。

 

「・・・・・・分かれよ」

 

「・・・・・・うっううう!!」

 

 はたては早苗の圧力に押されて、クリーナーを文の口元にあてた。

 

「そうですそうです、そしてそのままスイッチを入れるんですよ。彼女を苦しみから解放してあげるのです。今まで怠慢なあなたの部屋を掃除してくれたせめてもの恩返しをしましょう。さぁ、姫海堂さん? 躊躇なく容赦なく、吸い込むのです。射命丸さんの口の中にそれを突っ込むのです。さぁ、さぁ、さぁさぁ!!」

 

 早苗は心底嬉しそうに、ご丁寧に両の手を合わせてはたてに向かってそのように言い散らした。無論圧倒的な何かに恐怖するはたてがその言葉に抗うこともなく、自分の保身のために、クリーナーを文の口に突っ込んだ。

 

 ぎゅ、ごぉぉぉぉおおおおおおお!!

 

 半液体を吸い込むような耳障りな音を上げながら、クリーナーは文の内臓から物体を吸引していく。

 

「お、ぐ、んんんんんんんんんん!? んんっ、ぐうううんん!!」

 

 感じたことのない異物を吸い上げられるという感覚に文は意識を覚醒させて、目を見開いた。はたてが自分の口にクリーナーを突っ込んで、ゲロを吸い上げている。全く持って状況が理解不能。文は舌も巻き込まれているためロクに喋ることも出来ずに、掃除機を無言で引き離そうとするが・・・・・・。はたての手で掃除機を抑える力が強すぎて、抵抗はほとんど無意味だった。

 

(や、やめて・・・・・・! はたてぇ! し、死んじゃう・・・・・・! 私、私死んじゃうからぁっ・・・・・・!)

 

 視線で必死に訴えるも、はたては涙を流しながら、鼻水を垂らしながらクリーナーを押さえ続けていた。吸い込む力も相まって、酸素不足の文の力ではどうしようも出来ない。そして、ゲロをほとんど吸い上げてしまったクリーナーは文の喉奥を吸い込もうとしていた。

 

 ぎゅむ、ぎゅむ、ぎゅうううううう・・・・・・

 

(う、やばいやばいやばいやばい・・・・・・! の、喉が、喉が吸い込まれる!! 裏返されちゃううううぅぅ!!)

 

「うふふ、うふふふふふふふ・・・・・・いいですね、いいですよ。姫海堂さんの愛情、射命丸さんの苦しみ・・・・・・。すれ違う二人、惨劇、残酷、焦燥、衰弱・・・・・・!! 最高です、最高です・・・・・・! やっぱり、うふふふ、ふふふひひへへふへふへえええはへえええ・・・・・・。最高です、最高です、最高です。二人の少女が地獄の葛藤に悶え苦しむその無様な顔、歪んだ表情・・・・・・! もう、ほんっとうにほんっとうに・・・・・・」

 

 その二人の様子を脇で見ていた早苗は手を胸と股間に当てて無造作に撫でまわし、恍惚に満ちた表情で地獄を堪能していた。

 

「ほんっとうに・・・・・・さいこぉ・・・・・・」

 

 早苗はだらしなく舌を出して快感に入り浸った。そして、二人には気が付かれないように・・・・・・『スタンド』を出す。

 

「・・・・・・ふぅ、ん、れろ、れろ・・・・・・」

 

 それは徐々に人間の姿を成していき、本物の人間のようになった。赤い髪、癖のある前髪、170センチ後半の身長、濃緑色の学ラン。そしてまるでそれが自身の特技であるかのように動く舌。

 

 舌。

 

 

「レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロ」

 

 

 さくらんぼを舌の上で転がすかのように、早苗の舌を転がす。非常に非常に速い舌の動き。これが早苗は大好きなのだという。

 

「レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロ」

 

 自分のスタンドから受ける接吻は果たして甘美なものだろうか。それは本人しか知らない。

 

「ふふ、ふふふ、あなたもそう思うでしょう? ・・・・・・花京院さん」

 

 

 

 文に対する責めはクリーナーの充電が切れるまで続き、文は瀕死状態で解放された。そのやつれきった無残な天狗の姿を見たはたては罪悪感から大泣きして、ひたすらに「ごめんなさい」を繰り返すだけだった。

 

「・・・・・・はっ・・・・・・はっ・・・・・・」

 

 何とか文は呼吸だけは出来ていた。少なくとも、今すぐに死ぬような状況ではない。その様子をにやにやと薄ら笑いを浮かべながら早苗が観察していた。

 

「そういえば」

 

 と、早苗は話を切り出した。

 

「そういえば・・・・・・つい昨日くらいに妖怪の山に侵入者が現れたそうですよ? 河童の手によって捕獲されたようですが・・・・・・まぁ、それが私のことを探っていた外来人だとしたら、あなたたちはもう用済みというわけでしてね」

 

 確認が済んだら、『処分』しますね。

 

 早苗ははたての耳元で静かに呟いて、はたての家から出ていった。

 

「・・・・・・う、ううううっ!」

 

 はたてはただただ涙を流すことしかできなかった。逃げる? いいや、無駄だ。あの女は何があろうと徹底的に私たちを追い詰めるつもりだ。助けを求める? これも無駄だ。あの女が妖怪たちに手を回していないとは思えない。

 

 どうする? このまま、このままあの女の言いなりになるのか?

 

 どうすれば、どうすればいいの??

 

 頭を抱えて、くしゃくしゃになった表情ではたては思考していた。そんな彼女の膝に・・・・・・文の手が置かれた。文は息も絶え絶えの様子ではたてに話しかける。

 

「・・・・・・そんなことは・・・・・・絶対に・・・・・・・・・・・・許さない・・・・・・。何より・・・・・・、あいつが言っていた通りには・・・・・・事はうまく運ばないわ」

 

 文は段々と落ち着いてきたのだろうか。はたてに必死で訴えた。

 

「・・・・・・え?」

 

「河童に捕えられた・・・・・・確かにそのことは今は確認出来ないあなたの記事にも経過として書いてあった。でも、捕えられたにもかかわらず、外来人は抜け出して早苗の元まで辿り着いたとあったのよ・・・・・・! あいつの、あいつの思い通りには・・・・・・ならないわ・・・・・・」

 

 文は思い出していた。はたての予言する新聞記事に書かれていた内容だ。

 

 運命通り、事が進めば早苗神話は絶対に崩壊する・・・・・・。はたての新聞の購読数が未来の予言に絶対が保証されているのだ。

 

(・・・・・・でも、そのためには・・・・・・私もしなくちゃならないようね・・・・・・っ)

 

 そう、新聞の内容には文に関することも書いてあったのだ。

 

 彼女はそうせざるを得ない運命なのである。出来なきゃ、運命は変えられてしまう。

 

「はたて・・・・・・手を貸しなさい。あんたのことは怒ってないわ。悪いのは全部アイツ。・・・・・・あんたと私なら、あの優越感を顔面に張り付けたクサレアバズレに一泡吹かせられるわ」

 

 その文の提案にようやくはたては・・・・・・。

 

「・・・・・・」

 

 こくり、と肯定の意味を示したのである。

 

*   *   *

 

 姫海堂はたて スタンド名:トト神

 

 特定のスタンド像を持たない。はたてのコンピューターに勝手に未来の事象が書き込まれるスタンド。予言される内容ははたてに関係あることから全く接点のないことまで様々。優先順位のようなものは存在せず、適当に未来の事象を予言する。ここに書かれた内容通りの行動をすれば、絶対に記事に書かれた通りになる。今回の予言を目撃したのは射命丸文のみ。よって、予言の詳しい内容は彼女しか知りえない。

 

 

 東風谷早苗 スタンド名:???

 

 人間の姿をしたスタンド。早苗は花京院と呼んでいる。能力は不明。

 

*   *   *

 

 早苗がはたての家に訪ねてくる約24時間前、永遠亭。

 

「・・・・・・準備しましたか? てゐ」

 

 黄金の頭髪をオールバックにした少年ジョルノ・ジョバァーナはうさ耳を跳ねさせる妖怪幸せウサギ、てゐの方を見た。

 

「当然だよ。はぁ、全く持って、どうして私があんたと二人っきりで妖怪の山に潜入何てせにゃならんのかねぇ」

 

 てゐは溜息をついて不平を漏らしていた。この理由については今までジョルノは散々言い聞かせてきているのだが・・・・・・。

 

「・・・・・・てゐ、これで説明するのは何度かはもう覚えてませんが・・・・・・」

 

「だ~~~!! 分かった分かった! 永琳様は小さいままだし、鈴仙は動くこともままならない。もし咲夜がよからぬ行動を起こした時、止めることが出来るのはスタンド使いの妹紅だけ! 消去法でジョルノを案内できるのは私だけってことでしょ!? 耳に出来たタコが破裂しそうなくらいには聞き飽きたよ!」

 

 てゐはうさ耳を塞いでジョルノの言葉を遮った。そう、現在まともに何のしがらみも後ろ髪引かれる思いもなくジョルノが自由に連れまわせるのはてゐだけだったのだ。

 

「・・・・・・そうです。しっかりと割り切ってくださいね。――――あと、今回は出来るだけてゐも守りながら戦うつもりですが、そんな余裕があるとは思えません。自分の身は自分で出来るだけ守るようにして貰いたいですね」

 

 ジョルノの言葉に「えっ!?」と、てゐは声を裏返らせた。

 

「ちょ、ちょっと冗談きついよジョルノぉ~~! それじゃあこの私を、か弱い私を守ってくれるのは・・・・・・」

 

「そうです。自分だけですよ」

 

 無慈悲にもジョルノはそう告げる。だが、そんな言葉は予定調和だと言わんばかりにてゐはニヤリと笑って。

 

「・・・・・・まぁ、ジョルノがそんなことを言うことは遥か2000年前からお見通しウサ」

 

 と、永遠亭の玄関の扉を開けて外に出た。そこにいたのは・・・・・・。

 

「げっ!?」

 

 ジョルノが思わず声を荒げてしまう程の人物。そう、ジョルノはこの人物とは初対面ではない。

 

「はっはっは! 話は聞かせてもらったぞ雑魚どもよ! 妖怪の山の奴らなんて、このあたいにかかれば虫けら同然よっ!」

 

 そこにはふよふよと宙に浮いて仁王立ちをする小さな小さな妖精の姿。

 

「いよっ、流石(自称)最強さん! 頼りになりまっせウサ!」

 

 てゐはよいしょを忘れない。どこか罵倒の含みがあるような気がするが、本人は気が付いていていない。

 

 なんでかって?

 

 答えは単純明快。

 

「この全宇宙最強最高のあたいに任せなさいっ! 昼飯前にはおうちに帰れるわよ!」

 

 てゐの用意した助っ人が、⑨だからである。

 

「・・・・・・まだ出発してませんが、もう帰りたい気分ですね・・・・・・」

 

 かつて散々苦しめられた馬鹿が目の前にいる。えっと名前は何だっけな・・・・・・、あぁ、そういえば――。

 

「・・・・・・えっと、チルノだっけ? 悪いことは言いません、帰ってください」

 

「嫌だっ! サイキョーの称号を手に入れるまであたいは帰んないもんねー!」

 

 そう、氷の妖精・チルノである。てゐは一体どんな嘘を付いてこの馬鹿を口車に乗せたのだろうか。

 

「ほらほらジョルノ」

 

 チルノが鼻を高くしているところで、てゐは目を盗んでジョルノの耳元でぼそりと話しかける。

 

「あいつはあんなんだけど、かつて魔法使いを負かしたことがあるくらいには力はあるウサ。スタンドも意外と強力らしいし、仲間に入れといて損は無いウサよ。何より妖精は死んでも一回休みになるだけだし」

 

「いや、たぶん肉壁にするつもりですよね。本心が最後に出てましたよ」

 

「・・・・・・まぁ、いいじゃあないか。ここは騙されたと思って連れて行こうよ」

 

 ジョルノはてゐの言葉に渋々頷き、チルノの同行を承諾した。

 

「よぉーしっ、あたいを先頭に、進軍開始ぃぃいい!!」

 

 ジョルノ、てゐ、チルノ。このチグハグトリオの妖怪の山冒険が今始まる。

 

 

 

「ねぇ、てゐ。おやつは300円までよ! しっかり計算してきたかしら? あたいはうまい棒をしっかり3本まで持って来たわ!」

 

「遠足気分ウサかよ!!  しかも掛け算すらまともに出来てないし!! ・・・・・・ジョルノ、今更けど心配になってきたウサ」

 

「今更過ぎますよてゐ。・・・・・・いや、マジに今更過ぎます」

 

 

 

第34話へ続く・・・・・・。

 

*   *   *




後書き

どうも、フリッカリッカです。かなりお久しぶりですね。

投稿遅れて申し訳ないです。でも更新は止めません。

応援・感想本当にありがとうございます。

随時募集してますので、よろしくお願いします。励みになります。


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機械少女の論理的思考①

注意!

もしかすると今回の話で不快に思われる方がいらっしゃるかもしれません。

それでも大丈夫であるならば、そのまま読み進めてください。

ダメならバックしましょう、そうしましょう。


ボスとジョルノの幻想訪問記 34

 

前回までのあらすじ

 

 神奈子の依頼を受けて早苗の秘密を暴こうとするジョルノ。

 案内人をしぶしぶ了承したてゐ。

 なんかついでに着いてくるチルノ。

 

 ・・・・・・おそらく、こんなちぐはぐなトリオの妖怪の山侵入は今世紀最大の珍事だろう。

 

*   *   *

 

機械少女の論理的思考①

 

 ジョルノ、チルノ、てゐルノの3人が妖怪の山の登山道入り口に着いた時。

 

「・・・・・・ちょっと待つウサ。今てゐルノとかいう変な呼び方しやがったんじゃあねぇーウサか?」

 

 てゐは耳の裏に何か寒気でも覚えたのだろう。ジョルノの方を振り返って不機嫌そうな表情を作る。

 

「何チルノみたいなこと言っているんですか? チルノも休み休みに言ってくださいよ」

 

「おう、高度な切り替えし。チルノ=バカと読み替えなきゃジョルノの言ってることが全く理解できないウサ。座布団一枚」

 

「何か知らんけどアタイんとこに座布団来たんだけど」

 

「お前じゃあねえウサ。あと、自分が馬鹿にされていることに気付け」

 

「ははん、お前ら馬鹿にとっちゃあアタイの天才さもゴミにしか映らないみたいね。なーんて可愛そうな美的センス。お気の毒に思っちゃうわ」

 

「・・・・・・こいつ」

 

 ちなみに、このトリオの雰囲気は悪くない。チルノのアレな言い草にてゐは怒っちゃいるがマジ切れという程ではないし、チルノがジョルノに反抗することは無かった。

 

 チルノ曰く、「アタイの次にサイキョーだとアタイが認めた男だもんな!」だかなんだか。一応、かくれんぼの時にボッコボコにされたことは覚えているようだ。それでもチルノの方が格付けでは上にいるところが彼女らしいっちゃ彼女らしい。

 

「さてと、てゐ。一応聞いておきますが、ちゃんと道案内できるんでしょうか?」

 

「心配性だね。チルノならともかく、このあたしが道という概念を踏み外すわけがないじゃあないか。幻想郷は元の世界よりも狭いから、まぁ全然だね。目を瞑っていても妖怪の山程度ならここから頂上まで往復できるウサ」

 

 と、てゐがやれやれウサと言いたげに腕を曲げながら妖怪の山に踏み入れる。ドヤ顔をしつつ目を瞑っているようだ。

 

「・・・・・・あっ」

 

 ジョルノが呟くも、てゐは気が付かなかった。

 

「くらえ! オータム・サンドイッチ!!」

 

「ふぇ?」

 

 なんと、てゐの両脇の茂みから突然、オレンジ色のワンピースを着た女性が飛び出してきた。そして、疑問符を浮かべるてゐをその二人がボディでサンドイッチにしたと思ったら・・・・・・。

 

 バーン!

 

 爆発した!

 

「ぐえええ!」

 

 てゐがギャグマンガのそれのような爆発にそれこそギャグマンガのような表情で唸りながらその場に倒れた。

 

「・・・・・・」

 

 一連の流れを見てジョルノは結局、その突然現れた女性二人の方を見た。

 

「えっと、どなたでしょうか?」

 

「・・・・・・誰だっけこいつら」

 

 チルノもぽかんと首をかしげるだけである。すると、二人の女性は「くくく、ふふふ、はっはっはぁー!」とギャグマンガのような3段笑いを二人でやってのけた後。

 

「片腹大激痛よお姉ちゃん」

 

「そうね、おつむが残念のようだわコイツ」

 

 そして、お互いに鏡写しのポーズをとってジョルノに向かってこう宣言した。

 

「お前が私たち二人にした冒涜の数々を忘れたのか!」

 

「絶対に許さないわ! さっきの兎妖怪のように私たち秋姉妹の豊穣の力が満ち溢れてしまったせいでなんやかんや爆発する必殺技、その名も秋サンド、通称オータム・サンドイッチで消し飛ぶのよ!」

 

 その直後にてゐがぶふぅっ、と吹き出したような気がした。どうやら笑いを抑えきれないらしい。

 

「・・・・・・えっと、冒涜? 僕はそんなことをした覚えは全くありません。そもそもあなたたちは一体誰なんですか?」

 

 やはり身に覚えがないジョルノは無表情に質問する。そのジョルノの態度に「ぐっ」と嫌な顔をした後、おそらく妹の方が「お姉ちゃん」と言った。姉らしき方はこくんと頷いて。

 

「私は紅葉を司る秋の神様、秋静葉!」

 

「私は豊穣を司る秋の神様、秋穣子!」

 

「二人合わせて秋姉妹! 此度はちょっと前に私たちの信仰を卑劣な手で奪った成敗に来たわ!」

 

 静葉と名乗った秋神がそう言うと、穣子と名乗った秋神はびしぃっとジョルノを指さす。

 

「お前は折角豊作祈願中の私を差し置いて勝手に人里に大量の稲を作った!! 村人は気が付いてないが、私にはお前の仕業だということがはっきり分かったわ! 人のアイデンティティーを奪う奴は絶対に許さない! 特に私たちみたいな存在意義も薄っぺらい低ランキングキャラならなおさらよ! 死して償え!!」

 

 あぁ、そういえばそういうこともしたなぁ。あの時(霊夢との戦いのとき)はかなり一生懸命でそんなこと気にも留めてなかった。と、ジョルノは顎に手を置いて思案する。

 

「・・・・・・とりあえず、ウルサイ。アタイたちの邪魔すんなよ!!」

 

 ちょっと話し方に対してイライラしていたのだろうか。珍しくチルノが顔をしかめて二人にしっしっと手を振った。

 

 そのたかが妖精の態度に二人はカチーン。標的をジョルノからチルノに変更した。

 

「お、おおおお、お、おいおいおいおい。お前は妖精だろ、妖精風情だろ??」

 

 静葉がぷるぷると震えながらチルノに近付いた。それに穣子も倣って、二人はチルノの前に立ちふさがる。ジョルノは無言のまま、その様子を見ていた。てゐはまだ笑っている。あの必殺技(笑)はよほど威力が無かったのだろうか。

 

「おい、お姉ちゃん切れさせたら怖いよ。ガキだからって容赦しないからね。謝るのは今のうちだよ??」

 

 穣子が少し馬鹿にした感じでチルノをのぞき込んだ。チルノは明らかな大きな音で舌打ちをする。

 

「あ? 今お前、お前、まさか『舌打ち』しやがったなぁぁ~~~~~~?? 妖精のくせに、神様に逆らおうっつーんだな??」

 

「どうするお姉ちゃん、処す? 処す?」

 

「処す。秋サンドの始まりよ! 圧迫祭りよ!! 圧迫祭りよぉぉぉ~~~~~!!!」

 

 狂ったようにチルノに突っかかる二人に対して流石にジョルノが割って入ろうとしたが・・・・・・。

 

「『エアロスミス』」

 

 チルノは首をほんの少し傾ける。ジョルノの目にだけ肩と首の間の髪の毛からエンジン音を轟かせて彼女のスタンド『エアロスミス』が出現するのが見えた。そして、飛び立つことは無く、そのまま『エアロスミス』から機銃だけを出して・・・・・・。

 

 ズガガガガガガガガガガ!!

 

「「はぎゃああああああああああああああ!!??」」

 

 『エアロスミス』の機銃が火を噴いた! 彼女の銃は秋姉妹を吹き飛ばし、硝煙を銃口から上げる。

 

「やっぱり、アタイッたらサイキョーね!」

 

 吹っ飛んだ二人を見て満足げにチルノは頷いた。ゴミ掃除が出来て嬉しそうである。と、終始黙っていたジョルノがてゐの方に駆け寄った。

 

「・・・・・・てゐ、正直大丈夫ですよね?」

 

 ジョルノが言うまでもなく、てゐはすくりと立ち上がって、くくっと笑った。

 

「いや、凄いよ。あの二人の必殺技(笑)。なんか心が『高揚』してきたし、感情が『豊か』になった(気がする)」

 

 流石、コウヨウとホウジョウを司る姉妹である。

 

「つまらないジョークみたいな連中でしたね。今のあなたも含めて。さて、チルノ、さっさと行きますよ。まだ山は始まったばかりだ」

 

「分かってるよ! 他の奴らもけちょんけちょんに蹴散らしてやんよ!」

 

 ジョルノが酷評を言いながらチルノを呼びかけた。チルノは俄然やる気出てきた、と言いたげにしたり顔で腕をぐるぐる回してジョルノとてゐに着いて行く。

 

 

 さて、吹っ飛ばされた秋姉妹の方であるが・・・・・・。

 

「・・・・・・お姉ちゃん?」

 

「・・・・・・どうしたの静葉」

 

「えっと、もうおうち帰ろう?」

 

「・・・・・・うん。出来ればもう二度と家から出て行きたくない」

 

 泣きながら地面に這い蹲っていた。

 

*   *   *

 

 てゐは妖怪の山の地形について詳しいわけではない。しかし、長年迷いの竹林で過ごしてきた彼女にとって、ただの標高1000mに満たない山などただの坂道である。けもの道にまばらに存在するカラスの羽、消えかけている足跡、虫の死骸、おそらくは哨戒天狗が食べ散らかしたであろうお菓子の包装(山は綺麗に保つべし)などを手掛かりに、誰にバレることもなく山を登っていく。

 

「退屈だぁー。誰も来ないじゃあないか!」

 

 何故か不満を漏らしているチルノは恐らく妖怪たちとの全面戦争を期待していたのだろうか。流石に数の暴力という言葉通り、3対100以上ではスタンド使いと言えど勝ち目は微塵もない。

 

「この時間はおやつの時間で、見張りは全員お茶の間にいるウサよ。たぶん。知らんけど」

 

 てゐは「こんな敵地のど真ん中で騒がれたら困る」と言いたげに小声でチルノを窘めた。窘め方が子供でもばれるような嘘だが、バカは信じる。

 

「そっかぁー・・・・・・アタイもお菓子食べたいなぁ」

 

 しょんぼりして指をくわえる始末である。扱いが楽過ぎててゐは笑い転げそうになるが我慢。

 

「・・・・・・っ、うん。そ、そうウサね・・・・・・。ぷっ、お菓子食べたい・・・・・・ぶふっ」

 

 詐欺師としてはこうもあっさり言うことを信用する奴は玩具みたいなものだろう。ジョルノが眉をひそめる隣でチルノに適当なあることないことを次々に吹き込んでいく。

 

「・・・・・・へぇー、森永乳業ってグリコのことなんだね。アタイ知らなかった! ・・・・・・ところで、グリコってなぁに?」

 

「グリコは超高圧エネルギー丸薬を製造している秘密結社ウサ。グリコが提供するチーズボールを食べたら鼻の穴から魔貫光殺砲が撃てるよ。撃ったら反動で岩盤に叩き付けられるけど」

 

「へぇー、アタイにも出来る?」

 

 チルノは目を輝かせててゐの話にのめり込んでいた。

 

「そうウサねー。まぁ、この技は超クールな奴にしかできないから、チルノにはちょい難易度が高いか」

 

「えっ! アタイ超クールだよ? ほら、氷作れるし」

 

 てゐの適当な言葉をすべて鵜呑みにしていくチルノは目を見開いて心の底から驚く。

 

「いや、精神的な話ウサ。例えば・・・・・・妖怪の山を無口クールに登りきるとか、そんくらい超超クールな奴とかね」

 

「! アタイ、出来るよそれ! やってみる!」

 

 そう言ってチルノは喋らなくなった。ドヤ顔で。

 

 と、こんな感じでうるさいチルノの口をてゐはごく自然に封印した。おそらく、チルノを騙すことに飽きたのだろう。性格悪い。

 

「ん?」

 

 先頭を歩いていたてゐは何かを発見し、声を上げた。その声に反応してジョルノとチルノもてゐの目線の先を見ると、どうやら林の中を抜けたらしい。そして・・・・・・。

 

 さらさらと流れる綺麗な川が眼前に広がった。

 

「玄武の川ウサ。てことは上流に向かっていけばいずれ大きな滝が見えるはずウサよ。その上に守矢神社はある。まぁ、ほとんど迷うことなくここまで来れたし、褒めていいウサよ??」

 

 てゐはにやっと口角を上げた。

 

「十分な働きですてゐ。ちなみにここまで来る間、実はてゐは僕らを騙してるんじゃあないかと冷や冷やしていましたが・・・・・・」

 

「げっ、お前そんなこと考えてたのかよ・・・・・・てゐ不満」

 

 てゐは頬を膨らませてジョルノに信用されていなかったことに対する不満をあらわにする。

 

「すみません、疑ってたことは謝ります。てゐ、ありがとう」

 

 不意打ちの優しい言葉。てゐはばっとジョルノの方を見て、気まずそうに視線をずらした。

 

「・・・・・・お、おう。恥ずかしいウサ」

 

 恥ずかしがるてゐがずらした視線の先にチルノがいた。また馬鹿みたいに眩しい笑顔を作って首をかしげるのかと思いきや・・・・・・。

 

「・・・・・・」

 

 川のへりから川に飛び込んだ。

 

「はっ?」

 

 てゐが目を丸くする。その反応にジョルノも気が付いたようだ。後ろを振り返るとチルノがぎりぎりで川べりに掴まって川に流されまいとしている。

 

「・・・・・・こんなときにふざけないで下さいよ。はやく這い上がってきてください」

 

「そうウサ。もう出発するウサよ」

 

 チルノの顔は彼女が下を見ているため見えないが、まぁ悪ふざけにしか見えなかった。

 

「・・・・・・全く、しょうがないですね・・・・・・悪のりしたは良いけど這い上がれないんですか? 手を貸しますよ」

 

「気を付けるウサよ。その辺滑るから」

 

 と、ジョルノは溜息をついてチルノの手を取って引っ張り上げようとしたが・・・・・・。

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 てゐの目には川べりに近付いたジョルノがチルノと同じく、川の中に飛び込んだように見えた。いや、『落ちた』ようだった。少なくともそう感じた。

 

「ジョルノっ!?」

 

 慌てててゐも川べりに近付くと、辛うじてジョルノは川べりに掴まっていた。だが、顔は下を向いていて確認できない。とりあえず、早く助けなくてはと思いてゐは手を伸ばすが、嫌な予感が脳内を掠める。

 

 チルノの姿が無い。

 

「――――はッ!?」

 

 急いで川から離れようとしたが、てゐの伸ばした腕を何かが掴んでいる。何だ、これは。ジョルノ・・・・・・いや、こいつは・・・・・・ジョルノじゃあない。

 

「3人目・・・・・・」

 

 てゐの耳に若い女の声が聞こえたと思ったら、一瞬で川の中に引きずり込まれた。

 

 チルノとジョルノとてゐは玄武の川で忽然と姿を消したのである。

 

 

*   *   *

 

 

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ジョルノはゆっくりと目を開いた。そこは暗く無機質な一室だった。

 

「・・・・・・っく、ここは・・・・・・?」

 

 ジョルノは堅い地面から上半身を起こして頭を振って状況を整理しようと努める。すると、起き上がったジョルノに対して声がかけられた。

 

「ジョルノ! ようやく目が覚めたウサね」

 

 声の主はてゐだった。彼女は起き上がったジョルノを見てホッと胸をなで下ろした。

 

 と、次に「ちっくしょー! 出せこらー! くっそー!」と、壁をガンガンと蹴り続けるチルノの姿が目に入った。どうやら四方を見回しても窓どころか扉さえも見当たらないあたり、どこかに閉じ込められたのだろう。

 

「・・・・・・一体何があったんですか?」

 

 ジョルノはまずそう尋ねた。すると、その質問に答えたのはてゐではなく。

 

『ぴんぽんぱんぽん、おはよう諸君。本日はよくも妖怪の山に不法侵入してくれやがりました。とりあえず、私の仕事が無駄に増えた罪を償え』

 

 と、イントネーションのおかしいアナウンスが部屋に響いた。やる気がなくなる音声だった。

 

「・・・・・・機械音ウサね。人工音声というか、たぶん人間の声じゃあないウサ」

 

 てゐはちっ、と舌打ちをする。

 

「関係ないです。この部屋に出口が無かろうと罪なんて償う気はサラサラありません」

 

 ジョルノはスタンドを出して、壁に向かって拳を叩き込む。

 

「無駄ァ!!」

 

 ・・・・・・だが、壁はビクともしなかった。

 

「・・・・・・堅い、というか・・・・・・生命が誕生しない?」

 

「この壁はただの鉄とかじゃあないウサ。多分、何かの生物。何かは分かんないけど、耳を澄ませると部屋全体に小さく拍動音が聞こえるはずウサよ」

 

「・・・・・・何?」

 

 と、ジョルノが動きを止めて耳を澄ませると・・・・・・。

 

 ・・・・・・ドクン、・・・・・・ドクンと確かに心臓が脈打つ音が耳に届いた。

 

「・・・・・・っ」

 

 もしかすると、自分たちは食われたのでは? と、そんな疑問を思っていると、突然3人のいる部屋に一人の少女がデスクトップパソコン2台と共に姿を現した。

 

 まるで最初からそこにいたかのような登場だった。

 

「・・・・・・っ!? さっきから訳分かんないことばかりでリアクションに困っちゃうウサ!」

 

 3人は身構えて突然現れた少女の方に身構える。青色の作業着に身を包み、緑色の帽子とリュックサックをしているてゐよりも少し身長の高い少女だった。水色の髪をショートツインテールに束ねた彼女はジロリと3人を舐めるように見回した後、デスクトップパソコンが置かれているデスクに着いた。

 

「・・・・・・いろいろ聞きたいことがあるが、ここはどこだ? お前は敵か?」

 

 ジョルノは警戒しながら、無言でパソコンを立ち上げる少女に問いかける。起動音を鳴らしてパソコンがファンを高速で回転させ始めたところで少女は立ち上がり、ジョルノの前まで歩いていく。そして・・・・・・。

 

 深くお辞儀をして両手を差し出した。

 

「・・・・・・」

 

 ジョルノはどうしていいか分からず、とりあえずそのまま放っておいた。するとしばらくの沈黙の内、少女は顔を上げる。

 

「んんwwwwwwまだ警戒されていますなwwwwww」

 

 人間を馬鹿にしたような口調で少女はジョルノに向かって笑顔を見せた。

 

「我の名前は『河城にとり』ですぞwwwwww先ほどはアナウンスの調子がちょいと悪くて不快な思いを貴殿らにさせてしまい大変に申し訳無いんですなwwwwwwでも、侵入者用の歓迎アナウンスがあれしか用意してなかったので大目に見ていただきたいですぞwwwwww」

 

 少女は可愛い声でありながら他人をいらっとさせるような口調で話し続ける。

 

「・・・・・・いくつか質問がある」

 

 てゐとチルノが様子のおかしな少女にドン引きをしているので、彼女との対話はジョルノが行った。

 

「ここはどこだ?」

 

「ここは我の秘密の部屋ですぞwwwwww貴殿らを拘束、もといもてなすために準備したんですなwwwwww」

 

「もてなす、とは? お前は敵ではないのか?」

 

「んんwwwwww一つの見方をすれば敵となるんでしょうなwwwwwwですが、我々河童と人間は古くから友好関係を築いているゆえ、我は貴殿らを本来敵視したくはないんですなwwwwww」

 

「河童か・・・・・・つまり、君は悪い妖怪ではない、ということか?」

 

「そうですなwwwwww妖怪に良いも悪いもないと思いますが、少なくとも我は貴殿らを嫌いになるつもりは微塵もありませんぞwwwwww」

 

「分かった。じゃあ、ここから出してくれ、と言ったら?」

 

 その質問ににとりはピタっと質問に答えるのを止めた。

 

 そして、クルッとパソコンの方に戻り、2台の様子を確認してから椅子に座った。

 

「・・・・・・タダで出すわけには行きませんなwwwwwwちょっとしたゲームをして、貴殿が勝ったら・・・・・・まぁ考えましょうぞwwwwww」

 

 にとりはジョルノにもう一台のパソコンの前の椅子に座るように促した。ジョルノは促されるまま椅子に座った。

 

「・・・・・・ゲーム、とは?」

 

「よくぞ聞いてくれましたなwwwwww文字通り、パソコンを使って行う対人型ビデオゲームのことですぞwwwwww」

 

 そう言ってにとりはパソコンのCD入れから何かのROMを取り出した。そしてジョルノに見せつける。

 

「使用するゲームはこの『東方人形劇』という外界の同人ゲームですぞwwwwww最近外界でニューモデルが出たとか何とかでこっちに幻想入りした現在幻想郷で最も多くの人々に遊ばれているメジャータイトルですなwwwwww」

 

 それを見たてゐは「あっ」と声を上げた。

 

「ジョルノ、確かそれ姫様がやってたゲームウサ」

 

「・・・・・・そうですね、僕も少しだけ覗いたことはありますが、実際にやったことは・・・・・・」

 

 もちろん、チルノは全く見たことが無い。ぼけーっとはなみずを垂らして3人のやり取りを眺めている。

 

「まぁ、ルールは追々確認するとして、本当に僕が勝ったら解放するんですよね?」

 

 ジョルノはにとりを見てもう一度尋ねた。

 

「んんwwwwww人間との友好に誓って、絶対に解放しますぞwwwwwwただし、条件がありますな」

 

「条件?」

 

 ジョルノが首を傾けると、にとりはディスプレイを3人に向けた。

 

 そこにはCGのような10人くらいの少女達が映し出されている。そして、ジョルノたち3人がその画面に顔を近付けると・・・・・・ディスプレイの中の少女たちが一斉にこちらを見た!

 

「・・・・・・っ!」

 

 3人がその光景に驚くと、少女たちは画面の手前側に鳴き声を上げて内側からディスプレイを叩いたではないか!

 

『た、助け、助けてぇええ!!』

 

『ここから出してっ、お願いっ!!』

 

『もう3週間以上も閉じ込められているの!!』

 

『うえええええええん、うええええええええええええええええん!!』

 

 ジョルノ、てゐ、チルノがその凄惨な光景に息を呑んでいると、にとりが「おやおやwwwwww」と笑いながら間に入ってディスプレイを覗きこんだ。

 

「まるで我が貴殿らを監禁しているような言い草ですなwwwwwwこうして毎日毎日愛情を注いでいるというのに・・・・・・」

 

 と、にとりは舌を出してディスプレイに顔を『埋めた』。

 

「ぶじゅっ、うじゅっ、じゅるるるるるるるるるっっ!!」

 

『きゃあああああああああああああっ、あっ、ひゃあああああああ!?』

 

『止めてぇえええええっ、汚い、いやああああああああああああああっ!!!』

 

 中で何が行われているかはにとりがディスプレイに顔を埋めているためジョルノ達からは確認できなかったが、にとりの首が異常なスピードで上下左右に動いていることを見るに・・・・・・想像したくない。

 

「うぅっ!」

 

 ジョルノは口を押えて一歩身を引いた。がしゃん、と椅子が倒れる音がして、その音を聞いたにとりが凌辱行為を終わらせて画面から顔を戻した。

 

「・・・・・・と、可愛いでしょうwwwwww? これはMMDと言って我の大事な大事な嫁達ですぞwwwwww」

 

「ど、どういうことウサ! なぜ、どうして彼女たちは画面内に閉じ込められているっ!?」

 

 ジョルノの代わりにてゐがにとりに怒鳴り散らした。チルノは気分の悪そうなジョルノのもとに行って心配そうに顔色を窺っている。

 

「なぜ・・・・・・? それが我の『スタンド』の能力だからですぞwwwwww」

 

 衝撃的な一言が3人の耳に届いた。

 

「『スタンド』・・・・・・!?」

 

「そう、我のスタンド『アトゥム神』の能力・・・・・・対象の魂に干渉してパソコン内に保存する程度の能力・・・・・・魂というのは敗北を感じた瞬間、ほんの数秒だけ肉体との関わりが実に薄っぺらく弱いものになる。その一瞬のスキを着いて、我の『アトゥム神』が肉体から魂を『引っ張り出す』」

 

 そう説明するにとりの背後にいくつものパイプが駆け巡った人型のスタンドが現れる。

 

「そうして引っ張り出した魂はッ!! 我のパソコンに保存されッ!! あらかじめ用意しておいたMMDという仮想上のキャラクターの器に移し替えられるッ!!」

 

 再びにとりが3人にディスプレイを見せつけた。中にはぐったりとしたCGの少女たちが息を切らしている。

 

「いかがでしょうかなwwwwwwどれもこれも可愛いでしょう? 特に我のお気に入りはこのフリフリの衣装が可愛い可愛い雛たんですぞぉwwwwww」

 

 にとりは邪悪な笑みを浮かべてディスプレイの中に手を突っ込んで、端っこで怯えていた少女を摘み上げた。

 

『や、やめて、もうやめてよぉ! お願いにとり・・・・・・正気に戻って・・・・・・』

 

 雛と呼ばれた少女は泣きながら懇願する。だが、にとりは聞く耳を持たず、人差し指で嫌がる雛の頭をナデナデと撫でた。

 

「おー、よしよし雛たん雛たん、怯えなくてもいいですぞwwwwwww後で可愛がってあげましょうなぁwwwwwww」

 

 と、にとりが欲情した顔で雛の服をはだけさせようとしたとき。

 

「やめろッ!!」

 

「ぎぇっ!?」

 

 ついに痺れを切らしたのか、にとりの顔をぶん殴ったのは何と、チルノだった。

 

「チルノ!?」

 

 てゐはチルノの行動に驚き、にとりは殴られた衝撃で雛から手を離した。

 

「てめぇーがやってることはよく分かんないけど、とりあえずゲスだッ!! 腹立ったぞ!! 今ここで冷凍してやる!!」

 

 部屋に充満する冷気、驚いたにとりは目を見開いて口走る。

 

「ま、ま、まてっ! このっクソっ!! わ、我を殺したら貴殿らは部屋の脱出方法が分からなくなるだけですぞッ!」

 

 にとりはヨタヨタと後ずさりをしながらチルノを制止させた。

 

「チルノ、落ち着くウサ! 腸が煮えくり返って溶けそうなくらいの心中は分かる! でも今こいつを殺したら私たちも脱出できずにここで一生を終える羽目になるウサッ!」

 

「ぐっ」

 

 構わず、巨大な氷の塊を作ろうとしていたチルノはてゐのその言葉に踏みとどまった。

 

「・・・・・・くそっ!」

 

 チルノは氷を仕舞い込んで悪態をついた。

 

「くっ、くく、最後まで説明は聞くものですぞwwwwww我にゲームで勝てばいいだけですからなぁwwwwww」

 

 チルノの様子にせせら笑いながらにとりは椅子に着いた。そしてディスプレイを自分の方に戻した。

 

「さて、条件について説明いたしますぞwwwwww」

 

 にとりは頬をさすりながら3人を見た。ジョルノは「すまない、僕の代わりに」とチルノに対して謝っていた。

 

「何が?」

 

 チルノはなぜジョルノが謝ったか分かっていないようだった。正直ジョルノ自身も何故チルノに謝ったのか分からなかった。

 

「・・・・・・いいですかなwwwwww?」

 

 二人の会話が気になったのか説明を途中で中断していたにとりは再度確認を取った。

 

「続けろ」

 

 そう短く答えたのは、今度はジョルノだった。

 

「んんwwwwwwでは、このゲーム『東方人形劇』で勝ったら貴殿らはここから脱出できるんですなwwwwwwしかし、それだけでは我が勝ったところで何のメリットもありませんぞwwwwwwそこで提案ですなwwwwwww」

 

 にとりはニコニコと笑顔を浮かべながら話している。対してジョルノ達の表情には不快感が漂っていた。

 

「このゲームに参加するのに、貴殿らの魂を賭けてもらいたいんですなwwwwww」

 

「ジョルノッ! 明らかに罠ウサ! こいつのゲームで勝負して初心者の私たちが勝てるはずが・・・・・・」

 

 てゐがその条件を聞いてジョルノに言った直後。

 

「分かった」

 

 にとりの条件をのんだ人物がいた。

 

 

「・・・・・・アタイの魂を賭けよう」

 

 

「・・・・・・っ!!」

 

 てゐは絶句していた。まさか、遊び半分で付いて来ているはずのチルノがこんな提案を飲み込むなんて、考えられなかったからだ。ジョルノも同じ気持ちだ。だから、考え直すように説得を始める。

 

「チルノ、君は何を言っているか自分で理解できているんですか・・・・・・? 負けたら、あなたも画面の中に閉じ込められてしまうんですよ・・・・・・?」

 

 だが、チルノの決意は変わらない。

 

「正直よく分かってない。でもアタイったらサイキョーだからこんな奴に負けるはずがないわ。それにね・・・・・・」

 

 またサイキョー説か、そんなのはただの精神論でこんな風に相手の土俵にいては全く意味がないというのに・・・・・・とジョルノとてゐが思っていると、チルノの口から思わぬ言葉がこぼれた。

 

「・・・・・・あの画面の中に大ちゃんの形をした人がいた。多分大ちゃん自身じゃあないけど、外見はそっくりだったの」

 

 チルノはにとりを睨み付ける。

 

「大ちゃんはアタイの一番の友達。だけど、例え見た目だけ同じだとしても、あんなのにいーよーにされるのはムカッ腹が立った。アタイはやる。そして、勝つ。だから、魂を賭ける」

 

 ジョルノはチルノの気迫に息を呑んだ。ただの子供かと思っていたが、友達を思う心は誰にだって負けないのだと感じた。彼女の中に黄金の煌めきが見えた気がした。

 

「チ、チルノ・・・・・・」

 

 てゐは心配そうにしているが、こうなった『馬鹿』は止まらない。

 

 だって、『馬鹿』は他人の話を聞かないから。

 

「にとり、アタイの最強の魂を賭けよう。そして、お前をコテンパンにして涙に歪むその顔に鼻くそなすりつけてやるッ!!」

 

 チルノがまず一番初めににとりと反対側のパソコンの前に座った。それに対してにとりは一言。

 

「GOOD(良し)」

 

 それだけ言うとゲームを起動させた。

 

35話へ続く・・・・・・!

 

*   *   *

 

河城にとり:スタンド『アトゥム神』

 

 玄武の川付近に潜む河童。よく人を神隠しのように連れ去ってはゲームに興じている。スタンドは『魂を引きはがす程度の能力』。ゲームで負かした相手は魂と肉体の関係性が0に近くなるため、その一瞬をねらって一気に引きはがすというもの。引きはがした魂はメモリ化してパソコン内に保存される。MMDというソフトを用いて保存した魂をCGの少女たちの中に入れて楽しんでいる。なお、スタンドの力によって一方的ににとりはディスプレイの中に干渉できるが、少女たちをディスプレイから持って来たりすることは出来ない。(スタンドって便利ね)

 ちなみに、3人を連れてくるときは完成したオプティカルCを使って完全に姿を消して拉致している。やはり河童の科学は・・・・・・?

 

*   *   *

 

 後書き

 

 にとりの能力超欲しい、と思う今日この頃です。

 

 二次元に介入できるなんて夢のようではありませんか! まぁ、性格は保存した魂によるんですけどね。データとか改竄したら自分好みに出来るんじゃあないでしょうか。

 

 にとりは初期の頃から「このキャラで行こう」と決めてました。そりゃあもう2話くらいから考えてました。

 

 口調が変なのは申し訳ないです。彼女の話し方は『ロジカル語法』と呼ばれるもので、気になる方は『役割論理』で検索してみてください。ちなみに作者も論者です。んんwwwwww

 

 あ、草を生やすまでがデフォルトですが、「うっおとしいぞ、このアマ!」と感じるなら書き換えるので遠慮なくお願いします。(でも論者的にはこのままのスタイルを突き通したいですぞwwwwww)

 

 作中に登場したゲーム『東方人形劇』ですが、確かレッドと戦うところで諦めた気がします。フランドールのキガインパクト連打でいつか勝てそうな気がしないでもないんですが、命中しませんしね。我の信仰力不足ですなwwwwww必然力が足りてないですぞwwwwwww

 

 すいません、本当ににとりの話は作者の趣味爆発するんで、気を付けてください。元ネタ分からない人にとってはにとりがウザいだけですが、耐え忍んでください。ちなみにこのにとりは個人的には滅茶苦茶お気に入りです。

 

 あと、秋姉妹・・・・・・うん。

 

 感想・批評・質問などお待ちしております。ではまた35話で。



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機械少女の論理的思考②

ボスとジョルノの幻想訪問記35

 

前回までのあらすじ

 

 ジョルノたち一行は鈴仙の破壊された精神や両腕を繋げられた慧音を治すために、ここ妖怪の山へとやって来たのである。

 

 そして玄武の沢で河童の妖怪、河城にとりに拘束されてしまうジョルノたち一行はそのまま天狗たちに不法侵入罪でしょっ引かれると思いきや……。

 

「我とこのゲーム、東方人形劇で勝ったら解放を約束しますぞwwwww」

 

 と、にとりから持ち掛けられる。しかし、負ければ魂を封印されて一生にとりの操り人形と化してしまう! 彼女のデスクトップパソコンの液晶内で助けを求める人形たちが、その凄惨な状況を物語っていた!

 

 ジョルノは明らかに罠だと分かった。それはてゐも同じだった。勝負を受ければまずこちらに勝ち目がないのは火を見るより明らかだった。だが、二人の保守的な考えとは全く異なる行動をもう一人が取ったのだ。

 

「あたいの魂を賭けよう」

 

 そいつの名はチルノ。

 

 それを人は勇気と呼ぶか、無謀と呼ぶか。

 

*   *   *

 

ボスとジョルノの幻想訪問記 35話

 

機械少女の論理的思考②

 

 チルノはにとりのゲームを受けて立った。にとりに席に着くように促されてチルノは向かい合う形でパソコンの前に座る。

 

「……操作方法、ゲームの説明など聞きたいことはありますかなwwwww? まぁ、このゲームはアクションでは無いので、『操作ミス』は滅多に起こらないんですがねwwwww」

 

 にとりは慣れた手つきで自分の方のパソコンにコントローラーを接続し、準備を終えた。チルノの方のセッティングもすぐさま代わりにしてあげようと、席を立ってチルノの隣に回った。

 

「セッティングまでは手伝いま……ぐッ! え、ハァッ!?」

 

 と、にとりがチルノの方のキーボードに触れようとした瞬間、その伸ばした腕が見えない何かで思いっきり握りしめられた。

 

「……お前がチルノ側のキーボードに触れることは僕が許しません」

 

 それは『ゴールドエクスペリエンス』の腕だった。ミシミシと音を上げてにとりの腕をこれでもかと締め上げようとしている。

 

「……!」

 

 チルノがその光景を見て驚いたように目を見開いた。

 

「な、何をッ! 離せ、貴様ッ!!」と、にとり。

 

「この手で『不正』や『イカサマ』でもしようって魂胆じゃあないんですか? ゲームを起動、コントローラーの接続程度、口頭の説明で十分理解できます」

 

 にとりが苦しそうにジョルノの方を睨み付けるが、ジョルノが動じることは一切無かった。腕の痛みに半泣きになりながらにとりは腕をすぐさま引っ込める。同時に痛みからも解放される。

 

「ぐぅぅっ、な、何て力で握りしめるんだ……! 折れたらどうするつもりだよ!」

 

 素の口調に戻ってにとりは反論する。

 

「どうもしません。アクション要素のないゲームなら腕の一本や二本、折れたところで勝負には関係ないでしょう」

 

「ありありだよッ!! あと、この私が『イカサマ』とかいうコスズルい手でお前らに勝とうとなんて微塵も思ってないッ!」

 

 にとりは身を引きながら腕を押さえて吠える。

 

「……『正々堂々』。真っ向から捻り潰さないと魂は負けを認めようとしないからな……」

 

 汗を額に浮かべつつ、にとりは自分の席に戻った。

 

「ジョルノ、さんきゅー」

 

 一部始終を見届けてからチルノがにかっと笑った。まさか、ジョルノが自分のためにここまで徹底してくれるとは思ってなかったからだ。

 

「……礼はありがたく受け取りますが、以降は無しですよ」

 

「ふぇ?」

 

 ジョルノはふっと笑う。チルノはその意図が理解できなかったが、それを尋ねる前ににとりの言葉が差し込まれた。

 

「それでは、気を取り直しますぞ……wwww そちらがあくまで我のイカサマを疑うと言うのなら口頭で説明しますなwwwwww」

 

 しばらく、にとりがゲームの起動、接続方法、操作方法、対戦方法、ゲームの流れ、基本的な戦術などをレクチャーし、チルノがそれを実践するという構図が続く。チルノは理解が遅かったが、それでも何とか内容を飲み込み始めているようだった。

 

 話の内容にジョルノは特に違和を感じなかった。矛盾点も無いし、基本的な戦術にも合点が行った。あくまでにとりは『正々堂々』を貫くらしい。

 

「ふぅーん、姫様も結構楽しそうなゲームをやってるんだねぇ」

 

 ジョルノの隣で話を聞いていたてゐは何かをメモしている。どうやら話の内容を記録しているようだ。

 

「……メモを取ってたんですか」

 

「当然ウサ。ルールは裏を掻くために存在してるからねぇ」

 

「……さも当然のようにそんな認識を口に出せるのは地球上であなただけですよ」

 

 と、ジョルノはひょいとてゐのメモを取った。内容は以下の通りである。

 

『東方人形劇はカケラと呼ばれるキャラクターを戦わせるゲームである』

 

『カケラ同士は1対1で戦う。途中で別のカケラと交代も出来る』

 

『カケラのレベルは50固定である』

 

『手持ちを6体選び、お互いに公開した後、更にそこから3体を選出する』

 

『それぞれのカケラには特徴が存在し、ステータスもバラバラである』

 

『ステータスはHP、攻撃力、防御力、特殊攻撃力、特殊防御力、素早さの6つがある』

 

『カケラにはタイプが2つまで存在する。タイプには優劣があり、技の威力などに関係する。タイプ相性は次ページに記入』

 

『それぞれのカケラは技を4つだけ有する。技にもタイプがあり、カケラと技のタイプが一致していると様々な恩恵が得られる』

 

『技には攻撃技、特殊技、変化技の3つがあり、攻撃技と特殊技は更に接触技、非接触技に分類される』

 

『技には追加効果が存在するものがあり、相手のカケラに状態異常を引き起こさせたりする』

 

『技にはPPが存在し、技によって最大値が異なる。PPが0になるとその技は使えなくなる』

 

『カケラには好きな道具を持たせることが出来る』

 

『HPが0になるとそのカケラは『瀕死』になり、以降戦いに出すことは出来ない』

 

『先に最終選出した3体全てが瀕死になったプレイヤーの敗北である』

 

 そこまでジョルノが目を通し、ルールに特に不備が無いことを確認する。

 

「では、『対戦モード』を選択していただけますかなwwwwww?」

 

「した」

 

 チルノが短く答えると、ゲーム画面に大量のキャラクターが羅列された。

 

「へぇ……説明通り、幻想郷のみんながいるんだね。あっ、大ちゃんとアタイのカケラもいる!」

 

 チルノはルーミアの下に大妖精と自分のカケラを発見した。自分が登場していることに少なからず喜んでいるようだった。

 

「おや、てゐのカケラもありますよ。ホラ、この憎たらしい顔」

 

 ジョルノが指さした先には何やら悪巧みでもしてそうな表情のてゐのカケラがあった。

 

「うわぁ、これは酷いウサ……なんか今まさに罠に鈴仙を引っかけたっていう顔してるウサねぇ……」

 

「……そうですね。こんな表情のてゐがもう一度見たいですね……」

 

 鈴仙の名前を出してジョルノが少し沈んだ。てゐは「あっ、ちょっとこの話題は不味かったか」と思い話題を切り替える。

 

「……は、はは~ん。ジョルノのカケラは流石に無いウサね」

 

「あってもこんな少女ばっかりのゲームには不釣り合いですよ」

 

 と、ジョルノがそう言った直後にチルノは『りんのすけ』のカケラを示した。

 

「……」

 

 やはり、浮いていた。正直いなくて良かったとジョルノは胸をなで下ろした。

 

*   *   *

 

補足:俗にいうポケ○ンとほぼ同じです。育成ははしょりますが、努力値も振ってあると思ってください。個体値も理想個体です。技もそのカケラが覚える技であれば何でも4つまで選択可能です。つまり、初めから理想的なカケラが扱える、という認識です。けれども、流石に色違いは選べません。

 

*   *   *

 

 しばらくして、チルノのカケラの6体の選出が終わった。ジョルノとてゐと相談して理想的なパーティを作った。

 

「準備かんりょーう! 道具も持たせたし、あたいったら完璧ね!」

 

 パーティ構築はほとんどジョルノとてゐで考えたのだが、一応チルノがメインで戦うのだ。

 

「おっと、一つ忠告しますぞwwwwww以降のアドバイスは厳禁ですなwwwwwww『正々堂々』『一対一』の果し合いですからなwwwww」

 

「……だそうです。これはある程度予想できていたので構いません。むしろ6体の方のパーティ構築まで相談を許してくれたのが予想外でしたからね」

 

 と、ジョルノとてゐはにとりの言うことに従い一歩引きさがった。

 

「……では、始めますぞwwwww」

 

 にとりの合図で対戦が始まった。大仰なBGMと共にマッチング画面が映し出される。

 

 この時点でチルノはまずにとりに断りを入れた。

 

「……しばらく、調べる時間が欲しい」

 

「……んんwwwww」

 

(思ったより冷静ですなwwwwww何も考えず上の3体を選出してくると思いましたが、タイプ相性を考えて選出してきますかなwwwwwお相手の手持ちは上からチルノ(氷/フェアリー)、レティ(氷/岩)、だいようせい(草/フェアリー)、あや(飛行)、すわこ(鋼/地面)、いく(水/電気)……wwww氷とフェアリーの2タイプが被ってますなwwwwww対して我の手持ちはスターサファイア(水/フェアリー)、もこう(炎/飛行)、しんき(悪/幻想)、にとり(水/電気)、シャンハイ(鋼/エスパー)、ゆうぎ(地面/格闘)wwwwww)

 

 にとりはちらりとチルノの表情を窺った。目を左右に動かし、画面を凝視している。おそらくは相性表とにとりのカケラを照らし合わせ、有利な対戦が出来るようにしているのだろう。

 

(……常識で考えるなら氷、フェアリー、幻想から弱点を突かれるしんきは外すべきでしょうが……)

 

 幻想タイプは軒並みステータスが高いがフェアリータイプにはめっぽう弱い。特に、悪タイプとの複合であるしんきはフェアリーには一致技の威力を0にされフェアリーの技は4倍で受けてしまう。

 

 本来ならしんきは出すべきではないが、にとりの脅威は別にあった。

 

 いくの存在である。衣玖は水/電気タイプと優秀な複合タイプであり、しかも特性が浮遊(地面タイプの技が当たらない)である。したがって、衣玖に弱点が突ける技は草タイプのみになるわけだが、にとりのパーティに草タイプはおろか、草技を持つカケラすら存在しない。

 

(……んんwwwwww衣玖さんは予想外でしたなwwwwwwこちらが真面目に相手できるのはシャンハイとしんきのみ……ですがシャンハイは他の面子に対して重大な役割があるので、シャンハイ一人に任せるのは骨が折れますぞwwwwww)

 

 まず、上3体からはどれか1体しか出て来ない。タイプ被りが多すぎるからだ。よってそこに割くのはシャンハイだけで十分である。残りの文(飛行)、諏訪子(鋼/地面)、衣玖(水/電気)への対策のためにパーティを選出しなくてはならない。だとしたら、衣玖に弱点を突かれ、諏訪子に有効打の無い妹紅は除外される。勇儀は諏訪子に対しては有利だが文と衣玖には太刀打ちできない。と、なると残りの2枠はにとりか神姫かスターサファイアになる。

 

(にとりとスタサファは水で被ってますからなwwwwww神姫確定のにとりかスタサファになるんですが……)

 

 にとりの副タイプは電気、スターサファイアの副タイプはフェアリーだ。にとりの弱点は地面と草、スターサファイアの弱点は毒と電気と草。どっちもどっちだが、にとりは迷った末に等倍ダメージが取りやすいフェアリー複合タイプのスターサファイアを選択した。

 

(先頭は……衣玖読みで神姫ですぞwwwwww呼び込むフェアリータイプ2体に弱点であるだいもんじで負担をかけますぞwwwwww)

 

 にとりがスターサファイアを選択すると、早速勝負が始まった。

 

「対戦、よろしくお願いしますぞwwwww」

 

「ん、こちらこそ」

 

 チルノは適当に答えて、最初のカケラを繰り出した。

 

*   *   *

補足2

 

幻想タイプ=ドラゴンタイプです。

 

表の見方

 

名前 タイプ:1タイプ/2タイプ

H:HP A:攻撃 B:防御 C:特攻 D:特防 S:素早さ

特性 そのカケラの固有能力

性格 ステータスの微変動に関係

持ち物 持ち物は使うことで効果が出るものと常に効果を発動する物の2種類ある

技 4つまで。PPは基本的に無くならないので省略

補足 補足事項。元となったポケ○ンの説明など

 

にとり選出カケラの紹介

 

神姫 タイプ:悪/幻想

H199 A125 B110 C177 D111 S106

特性 浮遊

性格 れいせい

持ち物 命の珠

技 りゅうせいぐん あくのはどう だいもんじ ハイパーボイス

補足 第5世代で猛威を振るったアイツが元ネタ。幻想人形演舞で最強の人形である神姫様を初心者相手に使っていくにとりは手加減を知らない。でも、フェアリーにはめっぽう弱い。

 

*   *   *

 

 にとりが初めに繰り出したのは神姫。(ちなみにゲーム内表記はやんき。論者は名前の先頭に必ず『や』を付ける)そして、チルノが繰り出したのは……。

 

「……んんwwwwww」

 

 レティだった。

 

(早速不利対面ですなwwwwwこちらが神姫を先発で繰り出すことを予想していたんですかなwwwww?)

 

 と、画面内に雪が降るエフェクトが発生した。

 

「レティの隠れ特性『雪降らし』。氷タイプ以外のカケラは毎ターン少しずつダメージを受ける……。(ただし雪降らしの効果は繰り出しターンから数えて5ターンですぞwwwww)」

 

 にとりはそう呟いてレティの情報を思いだす。

 

 レティの素早さ種族値はたったの58。対して神姫は98である。レベル50に換算すると実数値は78と106という実に30近い差が存在する。

 

 あきらかに神姫の方が早い……が、大文字では等倍ダメージしか取れない(氷には2倍だが岩には半減するため、実際には等倍である)ためレティを倒すことは出来ない。

 

 対してレティが吹雪(氷技威力110)を撃ってきた場合、雪降らしも相まって神姫は確定死にである。

 

(ここは交換が安定行動ですぞwwwwww交換先はスターサファイアかシャンハイですなwwwwww)

 

 にとりは迷わずシャンハイに交換した。表記はヤャンハイである。対してチルノが選択したのは「でんじは」だった。

 

「ぼwwwwんwwwwじwwwwはwwww無償降臨おいしいですぞwwwwww」

 

 ボーナス技(交換でダメージを食らわない技のこと)の電磁波を受けたシャンハイは麻痺状態に陥る。麻痺は素早さが半減し、行動できる確率が75%になる状態異常である。

 

 この技の主な恩恵は素早さ半減にあり、行動制限の効果はあくまでおまけ程度だ。

 

(お相手は流石にヤーティの特徴までは理解できていないようですなwwwww)

 

 にとりは役割論理に則った戦術を取っている。徹底して相手の一致タイプを半減するカケラを繰り出し、有利対面を作る。すると、当然相手が不利のために交代するが、その交代先を読み越して有効打で負荷をかけていく、という戦術だ。必要なのは耐久力と火力のみであり、実にシンプルかつこれ以上ない正攻法な戦い方である。そして全ての言葉の頭に「ヤ」が付く。ヤーティとは役割論理の原則に従って構成されたパーティのことだ。

 

(ヤーティはその特性上、サイクルを回す側にならなくてはなりませんからなwwwwwこのようなダメージを食らわない技はおいしいですぞwwwwww)

 

 次のターンに移る前に雪降らしによるダメージチェックが発生する。シャンハイは16分の1のダメージを受けた。

 

 2ターン目。ジョルノとてゐは後ろで見ていてかなり焦りを感じていた。チルノの選出を見ていたから分かる。このままではチルノはシャンハイを突破できない。

 

 なぜならチルノが選出していた3体はにとりが絶対に無いと信じていた上から3体、つまりチルノ、レティ、大妖精だったからだ。

 

(駄目だ……ッ! シャンハイは普通の状態だとそこまでの脅威は無い……だが、とあるアイテムでシャンハイは『大幅に強化』されるんだ! チルノは果たしてそのことに気が付いているのか? いや、これは気付いてない!)

 

 レティの覚えている技はふぶき、アンコール、ステルスロック、でんじはの4つ。持ち物は一撃死を防ぐ気合の襷だ。シャンハイを倒すには圧倒的に火力が足りない。かと言って後続もシャンハイを受けることが出来るカケラではない。シャンハイ対策に諏訪子(地面/鋼)を入れるべきだったのだ。このままではターンを稼いだところでいずれやられる。

 

 ジョルノの考えは当たっていた。2ターン目に入るなり、シャンハイは道具を使ったのだ。

 

「シャンハイナイトを使いますぞwwwwwこれでシャンハイはゴリアテに進化しますぞwwwwwww」

 

「し、進化?」

 

 チルノは画面に釘付けになった。シャンハイのデータを見て「シャンハイナイトでゴリアテに一時的に進化する」という項目を見逃していたのだ。

 

「げげっ!!」

 

 あからさまにしまったという表情をした。ゴリアテになることによって攻撃力や防御力が格段にアップしているのだ!

 

「予想外、という表情ですかなwwwwww? ゴリアテの特性は「かたいつるぎ」。攻撃力が1.3倍にアップするという能力ですぞwwwww」

 

 チルノが汗を浮かべてもこのターンの行動を止めることは出来ない。まず最初に行動したのはレティだ。チルノはテンプレ通り、ステルスロックを選択する。ステルスロックは交代で出てきた相手のカケラに岩の相性を反映した8分の1ダメージを与えるという効果である。

 

「しかぁし!! そのウザったい効果も交代しなければ意味が無いということを思い知らせてやりますぞwwww!! 食らえ、威力4倍コメットパンツ!!」

 

 技名を高らかに叫びながら(確かにパンツと叫んだ)にとりは画面を指さす。

 

 画面に表示されたテロップは……。

 

『ゴリアテは からだが しびれて うごけない!』

 

 麻痺による効果が功を奏したッ!!

 

「なにぃィーーーーーーッ!!?」

 

「や、やったぞ……! 運は、運はある!」

 

 チルノはまだ勝機を見失っていなかった。

 

*   *   *

 

チルノの手持ち

 

レティ タイプ:岩/氷

H230 A87 B92 C166 D112 S79

特性 雪降らし

性格 ひかえめ

持ち物 気合の襷

技 でんじは ステルスロック ふぶき アンコール

補足 第6世代の人気が無い方の化石が元ネタ。サイクル戦(相手に合わせて有利対面を作る戦い方)ではステロの効果が光り輝く。しかしチルノの選出ミス(あきらかな趣味)であまり有意義な使い方が出来てない。

 

にとりの手持ち

 

シャンハイ タイプ:鋼/エスパー

H167 A139 B121 C67 D100 S70

特性 クリアボディ

性格 いじっぱり

持ち物 シャンハイナイト

技 コメットパンチ しねんのずつき じしん れいとうパンチ

補足 ダイゴさんから貰えるアレの1進化が元ネタ。本当はれいとうパンチ覚えないけど調教でどうにかなった。シャンハイのままだと実践では足手まといレベル。

 

ゴリアテ タイプ:鋼/エスパー

H187 A216 B171 C112 D130 S130

特性 かたい剣

性格 同上

持ち物 同上

技 同上

補足 常に環境に居座る第3世代最強のアイツの強化後が元ネタ。特性を爪から剣に変更。こいつのせいでORASのダイゴさんで大誤算をするプレイヤーが続出した。対策なしにこいつと対面した時の絶望感は異常。剣を持っているのに技は殴るかずつくかという脳筋ぶり。

 

*   *   *

 

 3ターン目に移る前にゴリアテにレティの雪降らしによるダメージチェックが発生する。現状ではチルノはにとりの手持ちの内2体が分かっている状況であり、更に内一体の神姫はこのパーティの敵ではない。しかし、ゴリアテが天敵ともいえる相手であり今はギリギリの状態だということだ。対してにとりはまだチルノの手持ちの内レティしか知らない状況であり、しかも残りの2体は全く予想の範囲外。当然、ゴリアテでこのレティを葬ってしまえば勝てると踏んでおり、その予想は正しい。

 

 最後までゴリアテが生きていれば、だが。

 

「……うぐぐ……」

 

 チルノはコントローラーを握りしめ依然として不利な状況だった。攻撃すべきか、それとも交換すべきか。果たしてどれが正解か分からないからだ。

 

 と、チルノの手が止まっているのを見たにとりはチルノに話しかけた。

 

「さて、お次はどうするんですかな? ……交代ですかな……?? まぁ、交代しか無いでしょうなwwwww 貴殿のレティでは我のヤリアテ(ゴリアテのこと)を倒せませんからなぁwwwww」

 

 確かに。と、チルノは思った。このまま戦ってもジリ貧なのは見え見えだった。神姫を確実に倒せるレティは温存して、チルノか大妖精に交代しようとする。

 

(でも、どっちに?)

 

 どちらにせよ、鋼タイプのコメットパンチは両者に効果抜群だ。正直言って、このパーティは鋼タイプに弱すぎる。チルノに4倍、レティに4倍、大妖精に2倍のダメージだ。

 

(……だいちゃんだ。もしかすると、耐えるかも!)

 

 チルノは交換することにした。しかし、それはにとりも同じだった。

 

(ククク、貴殿が交換することはお見通しですぞwwwwww我のアトゥム神の能力は相手に質問した内容をYES!かNO!かを読み取るということ!! 交換すると今ッ! はっきりとYES!!と読み取れたッ!!)

 

 にとりのスタンド『アトゥム神』は対象の心の内を読み取るというもの。しかし、どこぞの覚り妖怪とは違い複雑な心中までは読み取れず、あくまでもYESかNOの2択である。

 

(ここで交換先候補としては受けとして優秀な衣玖さんか諏訪子のみッ! どちらにも対応可能な神姫を繰り出しですぞッwwwww!!)

 

 レティに対しては全く意味のない神姫を繰り出した。祈るように画面を見ていたチルノは「えっ」と声を上げる。

 

「……!! やった! 奇跡が起きたッ!!」

 

 その言葉に神姫を繰り出したばかりのにとりも「えっ」と声を上げる。まさか、吹雪来る? と思ったが画面では交換が行われている。

 

「……なっ!?」

 

 繰り出されたカケラに予想を思いっきり裏切られたにとりは言葉を失った。

 

「だ、大妖精ィィ~~~~~ッッ!!?」

 

 さらに、神姫はステルスロックによってダメージを受け、大妖精と共に雪降らしによってもダメージを受けた。

 

 神姫の体力が16分の13になった。

 

「押し切れるッ!! 精神でにとりを圧倒しているッ!!」

 

 思わずジョルノはそう声を荒げた。

 

 

 4ターン目に入った。依然としてチルノ側のカケラはダメージを誰も負っていない。

 

 にとりは苦虫を齧り潰したような表情で画面を見る。何で大妖精なんだ? どうしてここで大妖精が出るんだ? コメットパンチで確定一発死にが怖くなかったのか?

 

「くっ、くぅ~~~……!!」

 

 にとりの選択肢は一つしかなかった。ゴリアテに戻さなくては神姫は大妖精にじゃれつかれるだけでお陀仏だ。スターサファイアも水/フェアリーで不利対面を少しだけ緩和するに過ぎない。

 

「ノータイムでゴリアテにチェンジですぞwwwwwww」

 

「……」

 

 対するチルノはやどりぎのタネを選択した。ゴリアテから効果的にダメージを与えるには割合ダメージしか無いからだ。

 

 出てきたゴリアテはまずステルスロックで16分の1ダメージを受ける。そして足元に種を巻かれた。やどりぎのタネの効果は相手が交換するまで最大HPの8分の1ダメージを毎ターン与え、同じ分だけHPが回復するというもの。これは味方が交換しても効果は継続する。

 

 まず雪降らしダメージが両者に与えられ、そしてやどりぎのタネでもダメージを食らう。大妖精は前のターン分のダメージも食らっていたがゴリアテの最大HPの8分の1で全回復した。

 

「……まぁ、この次のターンで当然確定死にですなwwwww」

 

「……どうかな?」

 

 5ターン目に入った。

 

*   *   *

 

現在HP ゴリアテ 137/187

     神姫   163/199

     レティ  230/230

     大妖精  161/161

 

*   *   *

 

 5ターン目。チルノは大妖精にリフレクターを使わせる。物理技に味方が5ターンの間強くなる。

 

「大妖精は優秀な補助技が揃ってますからなwwwwww 我のヤリアテのコメットパンツで確定2発になってしまいましたぞwwww」

 

 と、後攻のゴリアテがコメットパンチを大妖精に放った。

 

「……命中した!」

 

 てゐとジョルノ、そしてチルノも心配そうに大妖精の体力を見る。すると、体力ゲージの3分の2程度まで減った後、減少が止まった。

 

「……次のターンは……」

 

「耐えられない……」

 

 てゐとジョルノがそう呟いた。やはり、ゴリアテが強すぎる。

 

 更に、雪降らしの効果も止まった。やどりぎのタネでゴリアテに8分の1ダメージを与え、大妖精は回復こそしたものの、体力は半分ちょっとしかない。

 

 静かに5ターン目は終わった。

 

 体力の面から見れば五分五分と言ったところか。しかし、チルノが圧倒的に不利なのは火を見るより明らかだった。

 

「……さて、交代しますかなwwwww」

 

「……ッ!」

 

 チルノは決めあぐねている。答えが出せていない。にとりはアトゥム神の読心でチルノの迷いを感じ取った。

 

 だが、数瞬の視線移動の後、チルノの心ははっきりと「NO!」を告げたのだ。

 

(んんwwww居座るつもりですかな? 自己再生とか持ってたらかなり厄介ですが、そもそも大妖精は耐久型ではありませんからなwwwwwあるとしたら……)

 

 迷わずにとりはコメットパンチを選択する。まず、例外なく先に動くのは大妖精だ。

 

「やはり天使のキッスでしたなwwwwwですが……」

 

 天使のキッスは相手を混乱状態へと誘う技である。混乱は数ターンに渡って相手の行動確立を半分にし、行動させなかったときは相手自身がダメージを食らうというものである。

 

「!!」

 

 しかし、大妖精の攻撃は外れた。天使のキッスの命中率は75%だ。

 

「運命力が我に味方してくれてますぞwwwwそして食らえッ!! コメットパンツをォォーーーーッ!!」

 

 再び、ゴリアテの凄まじい重圧パンチが大妖精の鳩尾に突き刺さる。リフレクターを貫通し、大妖精は凄まじい勢いで壁にたたきつけられ、そのまま動くことは無かった。

 

「ううううううおおおおおおおおおお!!! 大ちゃァァーーーーん!!!!」

 

 チルノは絶叫し、立ち上がった。

 

 許せない、一度ならず二度までもアタイの親友をコケにしやがって!!

 

「あたいはもう知らんぞッ!! 完膚なきまでに、にとり! あんたをぶちのめすッ!!」

 

 ブチ切れたチルノが繰り出したのはレティではなく、チルノの方だった。

 

「……パーティ読みは全くの見当違いでしたかなwwwwまぁ、ヤリアテさえいれば我の勝利は揺るぎないですがなwwwwww」

 

 6ターン目が終了した。大妖精のやどりぎのタネによってゴリアテの体力が再び8分の1削られるが、もはや関係ない状況だった。

 

 ジョルノとてゐは息を殺して画面を見た。だが、どうあってもゴリアテを突破する方法が見当たらない。もはやチルノの敗北は遅かれ早かれ確実だった。

 

 7ターン目、チルノは無言で技を選択する。にとりも無言で選択した。にとりの方は無論、コメットパンチ一択である。チルノにもレティにも4倍でダメージが通るのだ。

 

「もはや貴殿に勝ち目はありませんぞwwwwwどんな技で来ようとも、このヤリアテの残存体力を削り切る技はチルノにはありませんからなぁァwwwww!!」

 

「……『削り切る』?」

 

 にとりの勝ち誇ったそのセリフにチルノは待ったをかける。

 

「……削り切る必要はないわ。そんなちまっこいことは、ハナからあたいには向いてなかったのさ」

 

「……ハッ!!?」

 

 画面内のチルノのカケラの周囲に冷気が充満している。見たことがある。あまりの命中率の低さに滅多に使わないが、チルノには最強最悪の技が備えられている。

 

 命中率30%。効果は一撃必殺。

 

「圧倒的冷気に凍れッ!! 『絶対零度』だッ!!」

 

「か、『回避』をォォーーーーーーーッ!!」

 

 チルノの放った冷気の塊がゴリアテに向けられる。にとりの叫びと共に回避モーションを取るゴリアテだが、一瞬全身が強張った。レティが巻いた麻痺がその表情を覗かせたのだ。その一瞬の停止がゴリアテの生死を分けた。

 

 命中率30%という当たる確率の方が低い技をゴリアテは回避することが出来なかったのだ。技のヒットエフェクトと同時にゴリアテの体力ゲージが一瞬で空っぽになった。

 

「……あ、当てた」

 

 ジョルノの呟きと共に画面内に映されたテロップにはこう書かれていた。

 

『一撃必殺』。

 

 

 

「……ふっ」

 

 にとりは小さく微笑んだ。

 

*   *   *

 

後書き

 

 もはや別作品ですね。ほとんどポケ○ンバトルです。

 

 チルノがなんか頭良く見える戦い方してますが、ジョルノとてゐに教わった通りにしているだけです。おそらく少し不満げですが、レティと大妖精のモデルが補助に寄ってるので……。

 

 ちなみに大妖精のステータスはドレデ○アを参考にしています。技は東方人形劇に準拠してますが。

 

 エンジョイ勢とガチ勢が戦うとどうしても運の要素に頼りがちになってしまいます。命中率、追加効果発動率、読み合い、エトセトラ……。その中でも『交代』か『居座り』かを確実に見抜けるアトゥム神は結構有意義な能力です。一体どんな技を放って来るかまでは選択肢が広すぎて確定できないのです。相手の手持ちが分かれば交代先までは分かりますがね。

 

 この辺の能力とゲームとの兼ね合いは原作の野球よりもチート具合はかなり抑えられてますね。にとりが全てのカケラがどのような技を覚えるのかなんて把握してるわけがありませんから。

 

 こんな感じで運に助けられながらチルノがにとりとゲームで渡り合ってます。この勝負の展開がどうなるのか、果たしてにとりはチルノにボラボラされるのか。

 

 次回をご期待ください。

 

 最近投稿ペースがゆっくりになって申し訳ないです。でも、このゲームの戦闘考えるのがかなり難しいんですよ……。

 

 それでは、また。



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機械少女の論理的思考③

ボスとジョルノの幻想訪問記36

 

機械少女の論理的思考③

 

「ふっ」

 

 にとりが何かを悟ったかのように漏らした吐息はジョルノやチルノたちの耳には諦めの念が取れるように聞こえていた。偶然とはいえ、こちらの最も打ち勝つことが難しかったであろうゴリアテを突破したのである。こちらの手持ちはレティとチルノ。対してにとりには両者に弱点を取られてしまう神姫がいる。状況はすでにチルノの方が有利だ。

 

 あと一体のにとりの手持ち次第ではあるが……。

 

「……わずか30%の命中を当てきるとは、少々予想外だな……」

 

 にとりは、しかし、落ち着いていた。その目には未だに戦う意思が残っていた。

 

「妖精とはいえ甘く見ていてはこちらが痛い目を見るようだな……。いいぞ、実にいい目をしている……チルノ、今の君はゲームとはいえ、真摯に向き合う強い輝きが漲っている」

 

 逆だった。にとりはチルノの目を見て嬉しそうに笑みを零した。その狂気的な言葉にチルノがたらりと冷汗を流す。

 

「しかし、私には私なりの誇りというものが存在する。ちっぽけだが、ゲーム勝負で君たちに負けるわけには行かないんでね。これからはロジカル語法抜きで、全力で叩き潰してやるよ……」

 

 にとりが再び画面に視線を戻し、選択をした。まだ降参を選択しないということは、チルノに対して勝つ見込みがあるということだ。

 

「……ゴリアテだけが超えるべき関門じゃあないのか?」

 

「どうやらそうみたいウサ。まだにとりはチルノ・レティの2体に対抗しうるだけの戦力を控えさせてるみたいウサ」

 

 ジョルノとてゐが後ろでヒソヒソと話していると

 

「アタイは勝つわ、二人とも」

 

 チルノがはっきりとした強い意志でそう言った。

 

「……」

 

 ジョルノは思った。

 

(チルノ……単なる力の強いアホの子だと思っていましたが、それは間違いだった。あなたのその無邪気さの裏には強い意志が宿っている。子供染みていても、確かに存在する黄金の魂が……)

 

 その姿にジョルノはどこか懐かしさを覚える。子供っぽくて、でもはっきりとした強い意志を持った――――。

 

 ――――『エアロスミス』――――

 

「……?」

 

 不意にチルノのスタンドが脳裏に浮かんだ。何故かはジョルノには分からなかった。

 

「ジョルノ! お相手の3体目がお出ましウサ!」

 

 てゐの声にジョルノはハッと我に返って画面の方を見る。画面内ではチルノが背中を向けてアイスを振り回しており(なんとも子供っぽい待機動作だろう)、画面の右斜め奥からにとりがカケラを繰り出していた。

 

 繰り出されたのはジョルノが少し前に痛い目を見せられた妖精の一人……いや、元凶の

 

「スターサファイアッ!!」

 

 ジョルノの脳裏に嫌な記憶が呼び起された。そういえばあの時はチルノも敵だった。

 

「ジョルノ、スターサファイアについて何か知ってんのかウサ?」

 

 ジョルノの反応にてゐは疑問を投げかけざるを得ない。ジョルノは「いや……ちょっと嫌なことがありましてね」とだけ答えた。

 

「いたずらでもされたか? まぁ、あいつらのいたずらなんて私のに比べりゃあ子供と大人並の差はあるけどねぇ」

 

 得意顔をしているが、ジョルノ的にはあれをいたずらと言っていいか……。

 

「ふぅん、スターかぁ。まぁアタイの敵じゃあないね」

 

 ゴリアテを突破して絶賛勢いづいているチルノは技を選択する。

 

「……」

 

 にとりも同様、同じように技を選択する。

 

「二連続・絶対零度だッ!! これであんたの負けは確定よ!」

 

 素早さで速いのはチルノだった。スターサファイアに向けて先ほどゴリアテを葬った技、絶対零度が向けられる。しかし、当のにとりはいたって平常だった。

 

「どうした! これで負けるかもしれないんだぞ! もう諦めたか!」

 

「いいや、これは諦めの沈黙では無いよ。この沈黙は『呆れてものが言えないね、この馬鹿』っていう沈黙さ」

 

 チルノの挑発ににとりはハン、と鼻息を漏らして挑発し返す。チルノの思考は短絡的なので「にゃ、にゃにぃ~?」と言って画面を見ると……。

 

 大量の冷気をスターサファイアに向けてチルノが放出した。しかし、その圧倒的破壊冷気圧はスターサファイアの方では無く、見当違いの方向に飛んでいった。

 

「ぐっ、は、外れた!」

 

「当然だよ。30%って言ったって2連続で当たる確率はたったの⑨%だ……。おっと、チルノ。君の様な⑨(馬鹿)には難しい計算だったかな?」

 

 にとりの言葉にチルノは疑問符を浮かべていた。やはり馬鹿である。

 

「でも、スター程度にあたいがやられるもんか! 次のターンにまた打てばいいだけの話!」

 

 気を取り直して次の攻撃を待つチルノ。しかし、にとりは残念そうにチルノに言った。

 

「……君に『次』なんて無いよ……無敵のスターサファイアで何とかするからね」

 

 と、続いてスターサファイアの攻撃は……。

 

「じゃれつけ、『スターサファイア』ッ!!」

 

 『じゃれつく』だった。じゃれつくと言えば威力90の物理フェアリー技。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

 

「えっ、な、なにこれ!?」

 

 しかし、画面内のスターサファイアは何故か筋骨隆々としており、じゃれつくをチルノに向かってブチかました。どちらかと言えば、じゃれつくというか、一方的なタコ殴りである。その訳の分からない攻撃にいつの間にかチルノの体力はどんどん減っていき……。

 

「う、うわああああああああッ!!??」

 

 なんと、HPは空っぽになってしまったのだ。

 

 チルノは たおれた!

 

 無慈悲なテロップがチルノとジョルノとてゐの目に映し出される。

 

「ど、どうしてええええええ!? な、何で一撃っ、えっ!? 急所でも何でも無いのにぃぃ!!」

 

「どういうことウサ! スターサファイアの攻撃の種族値はたったの50のはず! いくら防御が紙のチルノでも一撃で死ぬなんて……」

 

「スターサファイアは」

 

 そのてゐの疑問に対して答えたのはにとりだった。まず第一声がその一言であり、にとりの話にてゐを筆頭に3人は耳を傾ける。

 

「特性が力持ちって言ってね。攻撃が2倍になるんだ。おっと、ここで間違っちゃあいけないのが種族値が2倍になるんじゃあなくって『実値』が2倍になるってことだ。つまり、攻撃実値が2倍になったスターサファイアの攻撃力を種族値換算すると……」

 

 彼女は言葉をためて、3人に衝撃の数値を告げる。

 

「164だ」

 

「ひゃ!?」

 

「――た、高い」

 

 後方で見ていた二人の衝撃は大きかった。そしてジョルノは再びあの時の屈辱が思い起こされた。やはり、スターサファイアはあの3人の中でも一際飛びぬけていたのだ。ゲームにもそれが反映されていた!

 

「ぐ、ぐぐ……ハァ、ハァー……な、んで……く、くそっ!!」

 

 チルノは急激に汗をかき始めていた。いや、溶けるように水分が体から流れ落ちていくのである。体が段々と小さくなって……。

 

「――はッ!? ち、チルノ!! 負けを認めるなッ!! 魂が体から抜け出ているぞッ!!」

 

 ジョルノが気付いてももう遅かった。チルノの肉体は溶け始め、すぅっと半透明のチルノの形を模した何かが抜け出て行っているのだ。すかさずにとりがスタンド『アトゥム神』を出してチルノの体から出てきた魂を掴み――。

 

「……ジョ、るのぉ……助け……」

 

 チルノが恐怖に怯えた表情でジョルノに最後に言おうとして……。

 

「魂は貰ったァァーーーーーッ!!」

 

 ガオンッ!!

 

 チルノの魂を掴んだ『アトゥム神』はディスプレイの中にその魂を叩き込む。チルノの魂はディスプレイの中に閉じ込められ、予め作られていたMMDのチルノモデルに取りつかされる。

 

「ち、チルノが……っ!」

 

 スタンド使いでは無いてゐに今の現象は見えていない。だが、ぴくりとも動かず、体がじんわりと溶け始めているチルノの肉体を見て全てを悟ったようだ。

 

「ぬ、ぬけがらだ……! ジョルノ、もう……チルノの魂は……!!」

 

「…………」

 

 ジョルノはチルノの肉体に触れる。やはり魂の痕跡は感じられない。『ゴールドエクスペリエンス』で持ってしても生き物の気配はそこからは感じられなかった。全て持っていかれたのだ。

 

「……チルノの肉体は氷で出来ている。それをコントロールするのは魂だ。彼女の魂が無い限り、肉体は一方的に溶けるばかりだ」

 

 ジョルノは冷静な分析をして、チルノの肉体が解け始めている状況をてゐに説明する。そしてにとりの方を見て

 

「この部屋に冷蔵庫か冷凍庫はあるか?」

 

 と尋ねた。

 

「……あるよ。でも、どうするつもりだい? まさか、その溶け始めてるぬけがらでも入れるつもりじゃあ」

 

「御託はいい。どこにあるか早く教えろ。お前がすることは『それだけ』だ」

 

 ジョルノの強勢を伴った物言いににとりはぐっ、と押し込められ「冷蔵庫ならあそこだよ」と指をさす。指さした先には確かに大きめの冷蔵庫のような箱があった。

 

「てゐ、チルノの肉体を運びます。溶けきる前にあの中に入れましょう。きっと効果があるはずです」

 

「え、ああ……分かった」

 

 二人がかりでチルノの肉体を運び、そして冷蔵庫の中に収めた。その様子を見てにとりが堪らずこう尋ねる。

 

「……何のつもりだい? まさか、この私から魂を取り戻そうってことか?」

 

 その愚問にジョルノはパソコンの前に座りながら答えた。

 

「――助けて、と。そう言ったんだ。あの『チルノ』がだ。決して人に弱音を吐くような子ではない。――何でか分かるか?」

 

 慣れた手つきでコントローラーを操作し、一気にマッチング画面へと移った。

 

「お前への無念を晴らしたいからだ。この勝負は絶対に勝ち、僕が彼女を助ける。そして彼女がお前に無念を晴らす! ……僕の魂を賭けよう」

 

「……グッド」

 

 ジョルノの凄味に圧倒されながら、にとりは次のゲームを受け付けた。

 

*   *   *

 

 ルールは先ほどと同じ、6体チームの選出までは相談可能である。

 

「……てゐ、この勝負はあなたにかかってます。ばれない様に頼みますよ?」

 

「ま、まさかジョルノがそんな卑怯な提案をするなんて……いや、まぁ確実にそれなら勝てるからいいけどさ……」

 

「あなたもよくやってることじゃあないですか。そのためのこの『6体』なんですから」

 

 ジョルノは画面をてゐに見せる。確かに、この6体はにとりにとっては全く予測できないものだろう。

 

「でも、どうしてさ? そんな回りくどいことをするのは……」

 

「……僕の読みだと、彼女は心を読んでます。チルノに戦闘中に何度も質問してましたよね? それにチルノは答えてませんでしたが、それでもチルノの行動に合わせた対処をしてました」

 

「……」

 

 てゐはにとりの言動を思い返して、あぁそういえば、と感じるだけだった。

 

「ですが、彼女の心情読みはイエスかノーの二択でしか分からない感じがします。最初の神姫への交代のとき、交代かどうかだけで判断し、まさかフェアリーの大妖精が来るとは全く思ってなかったという反応でした。単なる判断ミスだけからはあそこまで大きな動揺はしません」

 

「……か、確証は??」

 

「それだけです。でも、それだけあるならやる価値はあります」

 

「……」

 

 ジョルノのやっていることはてゐのソレとは明らかに違った。

 

(ジョルノ、お前のそれは私がやっていることと同じだと言ったが……あんたのはただの大博打だ! その仮定通りににとりが心読みが出来るって保証はどこにもないのに、ただの憶測だけでそんな策をするのは危険ウサ!)

 

 だが、そのジョルノへの思いをてゐが口に出すことは無い。ジョルノのこれまでやって来たことは全て正しいことだからだ。正しい方向に向かうからだ。てゐもそのことを体感で理解していた。

 

(……でも、アンタがそうって言うんならきっとそうなるんだろうね……人を信じるだなんて、私も焼きが回ったかな?)

 

 そう思っててゐは準備をする。

 

 決してにとりに気付かれないように。

 

*   *   *

 

「さて、6体の選出は終わったかい?」

 

 にとりは口調をそのままでジョルノに尋ねた。ジョルノは無言を持ってそれに答える。

 

「じゃあ開始だ。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ……」

 

 マッチング画面が映し出される。にとりの手持ちは先ほどと少々面子が変わり、シャンハイ(エスパー/鋼)、すいか(炎/地面)、こいし(エスパー/悪)、ゆゆこ(草/ゴースト)、かなこ(幻想)、にとり(水/電気)だ。

 

 対するジョルノの選出は……。

 

「……なんだこれは?」

 

 にとりが疑問を抱かずにはいられない構成だった。

 

 ジョルノの6体はぬえ(悪/飛行)、マミゾウ(地面/エスパー)、かぐや(草/水)を『2体づつ』だった。

 

(……ふん、私の『アトゥム神』の能力に既に気付いての構成か? いや、それしか考えられないな)

 

 口には出さなかったがにとりは口の端から笑みを零していた。

 

(だが、お前の対策は全くの無駄だぞ? 証明してやろう……)

 

 勝負が開始される。まずは手持ちの3体を選ぶことからだ。

 

(ぬえとマミゾウの特性は『イリュージョン』。これは手持ちの一番最後にいるカケラに成りすまして出てくるというもの。つまり、輝夜を一番最後に置いた時点で、残りの2体は自動的に輝夜の姿になるわけだ……。こんな小細工で私の能力を看過したつもりか??)

 

 心の正誤というのは、いわゆる表面上のものだけではなく魂の、奥底の問題であるのだ。ゲーム上を取り繕ったところで、ジョルノがマミゾウか、輝夜か、ぬえか。誰を選ぶかはにとりからは丸分かりなのである。

 

 あそこまで大口を叩いておきながら、この程度の対策しか練れていないあたり、やはりこの男はゲームに関してはド素人だ。ただ意表を付けばいいってもんじゃあない。このゲームの鉄人・河城にとりの敵じゃあないな、とにとりは思って……首を振った。

 

(……いかん、さっきも私はチルノにこんな感情を抱いてたんだっけ……。人間は土壇場でどんな行動に出るか分からないからな。慎重に行こう。まずは、この男が何を先発で起用するかだ)

 

「……さて、えぇと……報告の名前ではジョルノ・ジョバァーナだっけか? 君の先発を予言しよう」

 

 このにとりの発言にてゐはドキっとしてジョルノの方を見た。それはまだ準備が完了してないことを示す合図だったが、ジョルノはそれに気が付かない。

 

 だが、ジョルノはそのことさえも見越している。

 

「……いいですよ。でもあなたは予言なんて出来ない、とはっきり言っておきます」

 

「は……?」

 

「なぜなら僕が『先発は輝夜にする』と予告をするからです」

 

 その言葉ににとりはむっ、とした表情で

 

「……何だ君は。人がしたいことを先に奪ってしまうなんて。嫌がらせもいいところだな。まるで日をまたぐ直後に誕生日おめでとうメールを友人に送ろうと思ったのに、その友人から『俺今日誕生日なんだけど』ってメールが逆に送られてくるくらい不愉快だが、果たしてその言葉は本当なのかい?」

 

 そのにとりの質問にジョルノ心は……。

 

【YES! YES! YES!】

 

 確かに肯定の意を示していた。これは間違いのない事象だ。彼の心が、魂が肯定をしているということは、100%! ジョルノの先発は輝夜だということである。

 

(ふん、まさか本当に先発予告をするなんてな。この男はマジに嫌がらせをしているだけらしい)

 

 するとにとりの先発は自動的に決定する。もちろん、受けとして強力で、さらに毒技のダストシュートを覚えている幽々子である。

 

 そして残りのメンバーの選出に移る。幽々子の弱点はゴースト、炎、氷、飛行、虫、悪、エスパー。これらを相補完的に半減でき、ジョルノの手持ちに炎タイプがいないことも含めシャンハイ、そして確実にぬえを殺すためににとりを選出した。

 

「さて、準備はいいかな?」

 

「ええ、こっちは輝夜様をまずは繰り出しです」

 

 その言葉ににとりの『アトゥム神』は嘘が無いことを見抜いた。確かに決意は変わらず、輝夜を初手繰り出しするようだ。

 

【YES! YES! YES!】

 

「……では、始めようか」

 

 にとりの言葉を皮切りに対戦が開始された。

 

 ――――既に、てゐは画面を見ていた。確かに、作業は完了した。あとは、このトリックがばれないようにするだけだ。

 

(何とか、首尾よくいってよかった。『起きててくれて』本当によかったウサ……)

 

 対戦開始、の4文字が映し出され直後にまずジョルノ側がカケラを繰り出す。やはり、輝夜が出てきた。そしてにとりは幽々子を繰り出す。

 

「……っ! やっぱり幽々子が出てきたウサよ! どうすんのさ!」

 

 ジョルノにてゐは尋ねる。いくら輝夜の耐久値が異常に高いと言っても、このタイプ相性では押し負けてしまうだろう。ちなみに、幽々子もバケモノ級の耐久値がある。

 

 だが、ジョルノはいたって冷静に

 

「マミゾウに交代します」

 

 と告げた。

 

「……は?」

 

 後ろで見ていたてゐは首を傾げる。確かに、マミゾウならダストシュートは受けれる。だが、幽々子のタイプは草・ゴースト。地面・エスパーのマミゾウではいかんせん分が悪いのだ。

 

「……いや、ジョルノ」

 

 と、てゐは早まるジョルノを押さえようとするが、それより早くジョルノは交代を完了した。

 

「……な、何てことをッ!!」

 

 その行動に頭を抱えててゐは立ち崩れる。そして、ちらり。とにとりの方を見た。

 

 もちろん、このてゐらしくない行動はブラフである。もし本当ににとりがジョルノの心を読んでいるとしたら、ここでてゐのブラフに引っかかるわけがないからである。

 

(さぁ、どうウサ!? 心を読んでみろ!!)

 

 そのてゐの疑問ににとりは――。

 

【NO! NO! NO!】

 

(もちろん、マミゾウがここで出てくることは100%あり得ない。『アトゥム神』がジョルノのNO!!を読み取っている! だが、交代すると言っていたのだ。とすると、やはりここはぬえが妥当。幽々子に対して有利だし、何より速くて火力も高い。――ということは……)

 

 いろいろ悩んだ末ににとりは

 

「……いや、本当に交代するのか?」

 

 と、ふと口走った。すると、ジョルノの心に『アトゥム神』にだけ認知可能な魂の声が反響した。

 

【YES! YES! YES!】

 

 やはり、ジョルノは交代をする。これは間違いない。だが、マミゾウでは無い。つまり、今から出てくるのはぬえのはずである。

 

(ぬえを確実に殺せるのはにとり……というか、私か。私のカケラの耐久値と火力ならぬえの攻撃を1発までは耐えて逆襲の雷で1撃……。命中率に不安は残るが、当てきれなかったらそれまで、か)

 

 にとりも交換を選択する。そしてゲームが動き始めた。

 

 まずはマミゾウが出てくる。しかし、これはマミゾウでは無い。にとりのアトゥム神はマミゾウでは無いことを確実に示していたからだ。つまり、これは『マミゾウの姿をしたぬえ』ということになる。

 

(やはり、予想通りぬえ!! 私のにとりで一撃で沈めてあげよう!)

 

 にやり、と笑ってにとりはにとりを繰り出した。

 

「……!!」

 

 ジョルノの顔に衝撃が走る。

 

「ふん? どうした、青ざめているよ? まさか、本当に心を読まれて動揺しているのかな?」

 

 2ターン目に移りにとりは即刻雷を選択し、コントローラーを置いて余裕の表情でのたまった。

 

「……いいえ、そんなんじゃあありません。この表情は『予想通りだぜ!』って思ってる表れですよ。河城にとり」

 

 ジョルノがそう告げるとにとりはもしや、と思い画面を見る。にとりがまず雷を放った。

 

「……えっ!? な、んで『先攻』ッ!?」

 

 にとりの経験上、ぬえににとりが素早さで優った覚えはない。にとりの素早さ種族値は75、対してぬえは120。にとりがどれだけ素早さに振ろうと(役割論理的にはそれはありえないが)ぬえに素早さで優ることなどあり得ない。

 

 黒い鉄球(必ず後攻になるアイテム)を持たせている可能性もあるが、なげつける(持っている道具を相手に投げつけて攻撃。黒い鉄球は最大ダメージを叩きだせる)を覚えられないぬえに持たせるメリットは皆無。ましてや、鉄球トリック(黒い鉄球を無理やり相手に持たせて最速カケラを必ず後攻にすること)など素早さが元々高いぬえにはほとんど必要ない。ゆえに、ぬえならにとりより遅いということはありえない。

 

 ――だが、素早さ種族値70のマミゾウならあり得る。

 

「――マミゾウは地面タイプ。よって雷タイプ技の雷は効果を示さない……。やれやれですね。ヒヤッとしました」

 

 雷は当たりはしたが、マミゾウは無傷でにとりを睨んでいた。狸に睨まれた河童だ。

 

「馬鹿なッ!? 技が当たったのに変化しないということは確かにこれはマミゾウ……だけど、さっきお前は絶対にマミゾウは出さないって……!!」

 

「え? 僕が? いつ? 口に出したのはマミゾウを繰り出す、ってちゃんと言いませんでした? それとも、本当は僕がそう思ってなくて、それをあなたは『読み取った』とか……?」

 

「うぐっ」

 

 痛いところを付かれたにとりはギクリとしてしまう。

 

(やはりジョルノ・ジョバァーナは私のスタンド『アトゥム神』の心読みを見抜いていた! だが、今の矛盾は説明が付かない……!! マミゾウを繰り出す、という言葉に対して魂は否定しておきながら、行動は肯定だっただとッ!? こ、こんなことは……こんなことは今までなかったのにッ!!)

 

「……図星、っぽいですね。そして、確信しました。あんたの心読みはイエスかノーの二択でしかない」

 

「……くっ、だ、大正解だ……だが、貴様……! 一体どんな手を使って私の能力を欺いているのさ!?」

 

「さぁ?」

 

 ジョルノはしらばっくれるばかりだ。いつのまにかにとりは汗をかいていた。その表情からは今までの余裕は消えている。

 

(ば、バカな……この私が、ゲーム勝負では最強のこの河城にとりが……! こんな初心者に対して『汗をかかされている』だと……ッ!! あり得ない、あり得ない、あり得ないッ!!)

 

 単なる偶然だ。きっとコントローラーで決定する直前に自分で意思を変えたんだ。行動する直前まで心を読めばきっと看過できるッ!!

 

 にとりはそう自分に言い聞かせて画面に向き直る。

 

「……マミゾウは地面タイプだ……にとりの弱点である地面で攻めてくる……ふつうはそうするよな……?」

 

 ちらり、とにとりはジョルノの方を見た。そして心を読み取る。ジョルノの心をアトゥム神で鷲掴みにして、端から端まで、綺麗に見定める。

 

【YES! YES! YES!】

 

(……ッ!! い、イエスだ! 次は絶対に地面技を放って来る!! にとりじゃ受けきれない……交代しなくては! シャンハイも耐えるが次の攻撃で沈むだろう……。ここはやはり、浮遊で無効出来る幽々子しかッ!!)

 

 にとりは幽々子に交代しようとする。だが、操作可能時間ぎりぎりまで粘るようだ。そのギリギリまで、ジョルノの心を読み続けるつもりなのだ。

 

【YES! YES! YES!】

 

 時間5秒前、まだジョルノは地面技を放って来ると決めている。更に、コントローラーも机に置いて待機している。

 

 1秒前、時間いっぱいだ。にとりは幽々子に交代を決意した。そしてちらりとジョルノの心を読む。

 

【YES! YES! YES!】

 

(……あ、あくまで意思を変えないつもりか!)

 

【YES!】

 

 画面では交換が行われる。にとりが繰り出したのは幽々子だ。そしてマミゾウが行動に移る。交代しない。やはり攻撃だ。地面技だ。幽々子の浮遊で無効化出来る!

 

 マミゾウの サイコキネシス のこうげき!

 

「……な、なぁああああああ!!?」

 

 にとりは画面を食い入るように見た。

 

(サ……サイコキネシスだ! エスパー技だ! 地面じゃあない! 弱点だ! 幽々子に対して弱点のサイコキネシスだ! 普通なら読めていた! でも、こいつの心が地面と宣言していたから! 騙された! でもなんでッ!? どうして魂に嘘を付ける!? あ、ああありえなぃぃぃィィィィ!! こんな、こんなこと……!!)

 

 幽々子は死にはしなかったが、体力を半分ちょっと削られてしまった。素早さで幽々子はマミゾウには勝り、弱点である草技を最大火力をぶつけられる。そうなればマミゾウは沈むだろう。だが、その後のぬえにはもう成す術はない! ここでぬえに交代でもされたら、今度こそ幽々子は死ぬ!

 

 と、にとりはジョルノの方を見た。

 

「……き、貴様! ジョルノ・ジョバァーナ! イカサマをしているなッ!!」

 

(そうだ! 正攻法でやってこんな芸当を出来るわけがない! 何か、絶対にタネはあるはずなんだ!)

 

 そう問い詰めるとジョルノは黙ったままだったが……。

 

【I DO! I DO! I DO!】

 

「し、しているのか……!!」

 

(や、やっぱりィィ~~~~!! い、イカサマを……このガキ!! だ、だけど……どういうイカサマを……)

 

「ど、どういうイカサマをしているんだ! 分かっているんだぞ! 私は!!」

 

【・・・・・・・・・・・・・・・・】

 

「はっ!」

 

 ジョルノの心からアトゥム神は何も読み取ることは出来なかった。複雑な質問は答えられないのだ。

 

「……どうでした? 心を読んだ感想は……。まぁ、あなたには分からないでしょうがね」

 

「い、いや!! スタンドだ! 『ゴールド・エクスペリエンス』をイカサマに使用しているな!?」

 

【NO! NO! NO!】

 

(ききくきかきィィィ~~~~~!! ち、違うのかッ!! じゃ、じゃあ一体どんなイカサマを……ん?)

 

 汗びっしょりのにとりは怒りに歯をギリギリとかみ合わせながら、ふと冷静になって周りを見回した。

 

 そこには同じく、汗びっしょりの因幡てゐがジョルノの影に隠れるように立っていた。それを見てにとりは笑みを零さずにはいられない。

 

 どう考えてもコイツが怪しいッ!!

 

「因幡てゐィィーーーーーッ!! 貴様だッ!! 貴様がイカサマを助長していたんだろう!! これが『真実』だッ!!」

 

 その言葉にジョルノとてゐはびくっと反応し……

 

【【YES! YES! YES! YES!】】

 

 二人の魂は肯定を示した!!

 

「勝ったッ!! 貴様らのイカサマを暴いたぞ!! 因幡てゐッ!! 貴様は即刻ゲームから離れろッ!! 近付くんじゃあない!!」

 

「う、うううう……」

 

 てゐはジョルノの方を見て唸る。にとりは大方てゐがジョルノの代わりに操作でもしていたのだろうと推理していた。そしてあの反応を見るに、どうやらその通りだ。

 

「く、くく、くだらんなぁ~~~……。んんwwwww我にイカサマをしようだなんて、無駄ですぞぉwwwww」

 

 ロジカル語法を駆使しててゐをゲーム付近から下がらせた。おそらくは、コントローラーではなく、キーボード操作によってゲームを動かしていたのだろう。だが、そんなのは所詮子供だまし。

 

「この河城にとりを出し抜けると思ったのか、この間抜けッ! 罰としてこの男が負けたら貴様の魂も……」

 

「次は……」

 

 にとりが意地の悪い笑みを浮かべててゐに指をさし、罵倒しているところに割り込む声。

 

「ジョルノ!」

 

 ジョルノは不敵な笑みを浮かべつつ、汗の引きかけていたにとりを更に揺さぶりにかかる。

 

「再びマミゾウでサイコキネシスだ。今度こそ幽々子に止めをさす」

 

「~~~~~!!!」

 

 ジョルノの宣告ににとりはアトゥム神を急いで発現させる。読み取った答えは……。

 

【YES! YES! YES!】

 

(こ、こいつッ!! また、性懲りもなく……予告をッ!!)

 

 だが、既ににとりはジョルノたちのイカサマを見抜いている。にとりは自分に落ち着くように念じると、すぐにかき返していた汗を引かせる。

 

「……ぐ、だが……イカサマのペナルティは払ってもらうぞ……! 貴様が負けたら因幡てゐの魂も……」

 

「いいえ、てゐだけじゃあない。それじゃあ『等価』になりません」

 

「え?」

 

 素っ頓狂な声がてゐから上がる。にとりも何か言おうとしたが、ジョルノの『スゴ味』に押し黙ってしまった。

 

「この勝負に僕と、そこの因幡てゐ。そして今永遠亭にいる鈴仙! そして永琳さんの魂も賭けよう!」

 

「な、何故だッ!?」

 

 にとりは思わず声を荒げた。新たな魂、しかも月の頭脳と言われるあの八意永琳の魂だ。だが、さっきのジョルノの言葉が気になる。

 

(『等価』だと!?)

 

 そして、その言葉には流石のてゐもジョルノに突っかかった。

 

「ジョ、ジョルノ!! 鈴仙や永琳様の魂までかけるなんて……!! 気でも違ったか!!」

 

 当然だ。今はいくら幼いとはいえ、こんながきんちょ一人の一存によって月の頭脳の魂が担保にされたら敵わない! だが、ジョルノはてゐの講義に異を介せず、続ける。

 

「にとり、あんたは今別のことを考えている。それは……『東風谷早苗』のことだ。持っているだろう? 情報を……心の読めるあんたのことだ。能力について『質問』くらいはしたことがあるんじゃあないか?」

 

「げぇーーーーーッ!! き、貴様!! あ、あいつのことについて……わ、私から聞こうというのかッ!?」

 

 明らかににとりは動揺している。それは東風谷早苗の能力について何か知っている、という証拠の表れである。やはり、早苗とにとりはグルだった(まぁ、そう考えない方がおかしいのだが)。

 

「知っている、と取ります。話してもらいますよ」

 

 ジョルノは勝つつもりだ。そして有利に話を進めるつもりだ。勝てば、おそらく早苗に対してかなり有利になるだろう。だが、その前にイカサマがバレてしまっているにとりに勝てるのだろうか!?

 

「ちょ、待て! まだ、まだ私がその条件を呑むとは言ってない! 確かに魅力的な条件だが、命と天秤にかけてまで欲しいってほどじゃあ……」

 

「では、蓬莱山輝夜の魂も賭けよう」

 

「ひゅいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

 ついににとりのタガが外れた。今こいつは何て言った? 蓬莱山輝夜の魂も賭ける? あの、輝夜姫のことか? 幻想郷で最強の一角である、永遠亭の重鎮中の重鎮……!

 

(……ほ、欲しいッ!!!)

 

 にとりは欲に負けた。

 

(よ、よくよく考えてもみろ河城にとり! 相手はゲームのゲの字も知らない初心者だ! イカサマも見破った! 負ける道理が無いじゃあないか! ボロい商売だ! まさにカモがネギと合わせ味噌と土鍋とガスコンロを持って自分の手羽先を掻っ捌いて私の目の前に現れてるような状況じゃあないか!! 負けるわけがない! タダでもらっているも同然だ! それに早苗のことは恐ろしいが、こんな舐められちゃあ河童の立つ瀬がない!!)

 

 しばらくの考えの後、にとりは息を切らしながら……。

 

「……GOOD」

 

 承諾した。

 

「ジョ、ジョルノ……まさか……」

 

 てゐは困惑していた。これはにとりの恐怖心を煽るための挑発じゃあない。

 

 おそらくは……見方を焚き付ける作戦なのだ。だが、それではジョルノの命が危ない。

 

*   *   *

 

「さて、いいでしょうか? もう一度宣言します。今度こそ、僕はサイコキネシスで幽々子に止めを刺す。交代するなら交代しろ」

 

 ジョルノは既に選択を終えていた。依然としてにとりから見たジョルノの魂は【YES!】を告げている。間違いない。

 

「……」

 

 ノータイムでシャンハイに交代だ。サイコキネシスならカスほどのダメージも食らわない上に次ターンでゴリアテに進化。ゴリアテならばマミゾウ程度の地震ならばゴリアテは2発は耐える。一発耐えたあとの進化後素早さ勝ちで先攻れいとうパンチで確定2発。ゴリアテは体力を半分残しつつマミゾウを葬ることが出来る。

 

「……よし」

 

 にとりはシャンハイに交代した。すぐさま画面にそれが反映される。そして、マミゾウの行動だが……。

 

「……グラッツェ。『やっぱり』地震だった」

 

 マミゾウはサイコキネシスでは無く、地震を放ったのだ。

 

「な、なんでぇえええええーーーーーッ!!?」

 

 にとりは訳が分からない、といいたげに画面に食い入る。シャンハイの体力はガンガン削られ、一気に赤ラインまで減らされた。シャンハイの時点では防御が格段に低いのだ。これじゃあゴリアテに進化してもそのターンはシャンハイの素早さで換算されるため先手が取れず何も出来ぬまま死ぬ。

 

「……ふぇ……」

 

 にとりが情けない声を漏らすと共に、すぅっと画面から何かが飛び出した。

 

「ジョ、ジョルノ!! あれを!! チルノの魂だ!!」

 

 ディスプレイから飛び出してきたのはチルノの形をした半透明の何かだった。きょろきょろと当たりを見回すと、一目散にチルノの体が入った冷蔵庫に向かっていった。

 

「た、確かに! 冷蔵庫に向かったはいいが冷蔵庫のドアに頭をぶつけて疑問符を浮かべているあの半透明の物体はチルノの魂だ! つまり……」

 

 ジョルノがにとりの方を見る。にとりははっとして「えっ!」と声を上げた。

 

「し、しぃまったァーーーッ! つ、ついうっかり魂を手放してしまったぁ~~~!! ま、負けを認めたわけではないぞ! うっかりだ……ちょっと授業中にカクンカクンしてる寝不足の受験生みたいなもんさぁ! まだ居眠りは……」

 

 てゐが冷蔵庫を開けてチルノの肉体に魂を降ろすと「うぅ」とチルノが声を上げた。

 

「……居眠りは……なんですか? 続けるというなら、続けましょう。東風谷早苗について聞きたいことは山ほどあります」

 

「く、くくぅぅ~~~~!!」

 

 既ににとりはチルノの魂を手放した、ということは負けを魂が認めたということだ。勝敗は決していた!

 

「どうしますか? 続けますか?」

 

「つ、つづ……つづけ……ぇ! は、はっ、はっ!」

 

 再び汗だくになり、呼吸もままならないにとり。既に彼女の魂は負けを認めてしまっているのだ。『続ける』という言葉が出ない。

 

「あっ、あああああ~~~~!! た、魂がっ! 私が集めた嫁達の魂があああ~~~~!!」

 

 ふと気が付くと、チルノだけでは無く他の物の魂も解放されていった。何とかして捕まえようとするも、生身の彼女では幽体の魂が掴めるはずがない。

 

「……負けを認めたんですね? では……東風谷早苗の秘密を話してもらいましょうか」

 

 溜息をついてジョルノは床にへたり込んだにとりを見下した。にとりはビグゥ! と驚いてジョルノに向き直る。息も絶え絶えで、既にその顔は少女のものでは無く……。

 

「……何かこいつ、一気に老けちゃったウサね。まるで50台のババァみたい」

 

 てゐはニヤニヤと笑みを浮かべてにとりを見た。それに気が付いたにとりはてゐを見て

 

「き、貴様っ! い、イカサマをしていたな!! パソコンから離れても、じょ、ジョルノの魂とは全く別の動きがぁ!」

 

「イカサマ? 私が?」

 

 てゐはニヤニヤを止めず、ジョルノの方を見た。

 

「ジョルノ、私が一体どんなイカサマしたのか気が付いた?」

 

 そのてゐの発言ににとりは「え?」と耳を疑う。

 

 いや、確かにジョルノはイカサマをしたと肯定していたのだ。ジョルノがそのことについて知らないはずが……。

 

「いいえ、全く見当もつきませんでした。最初はね」

 

「ふーん、じゃあいつ気が付いた?」

 

「最後のターンでようやく……にとりに鈴仙と永琳さんの魂を賭けるって宣言する直前です。全くてゐのタネが分からなかったんですが、てゐが離れても『続行』されてたので、そこで気が付いたんです」

 

 ジョルノの回答ににとりは『アトゥム神』を使って真実を聞いた。

 

【YES! YES! YES!】

 

(……っ!! こ、こいつがてゐに命令したんじゃあなく……!)

 

「そうウサ。ジョルノが私に頼んだことは『にとりにバレない様にイカサマをしてくれ』っていうことだけウサ。内容とか手順、段取りは全部私。心を読まれるからジョルノには詳細は一切教えてないよ」

 

 てゐは得意げに説明した。しかし、それでは納得がいかない。なぜ、てゐがその場を離れてもイカサマが続行されていたかが分からない。

 

『――正解は――――ザザ、私――ザザ』

 

 と、疑問が解けないにとりの耳に何かのノイズに交じって綺麗な女性の声が聞こえた。近くのパソコンに繋いでいるトランシーバーからだった。通話先が不明になっていることから電波が傍受され、あっちからこっちにかけているということ。こんな芸当ができるのは河童くらいしかいないはず。

 

『――――まさか、私の魂まで賭けちゃうなんて――ザザ、―――ジョジョったらホントに面白いわ――――ザザザ』

 

「……申し訳ないです。でも、おかげで本気で闘えたでしょう?」

 

 ジョルノが声の主と話している。

 

「わたしゃ止めたんですがねぇ。というか、姫様が起きてることに驚きましたよ」

 

 てゐもその会話に割って入った。二人とも敬語で話している。今の永琳はロリと化しているためこんな話し方では無い。つまり、この……

 

「あんたは……い、いや……あなたは……!!」

 

 にとりはガクガクと震える。まさか、自分はこんな化け物と闘っていたのか……??

 

「ほ、蓬莱山輝夜ッ!!」

 

『――――ザザ、そうよ? ところで、あなたはだぁれ?』

 

 声の主、蓬莱山輝夜は特に興味なさげににとりに聞き返した。だが、にとりがそんな問いに答えることは恐れ多いことである。声すら上げれず、口をパクパクしていた。

 

 蓬莱山輝夜、と言えば幻想郷で最強の『ゲーマー』である。この事実を知っているのは同じくゲーマーだけ。表向きはただの呑気しているお姫様、と思われがちだが、ネットでは知らぬ者がいないほど、有名な人物である。実際、輝夜はネット上では『ゲーム界の姫君』として外の世界でも知られており(大半には中身はただの中年のオッサンと思われているが)、この東方人形劇が幻想入りする前から外の世界のランキングにトップ5入りするほどである。

 

 当然にとりも知っている。ゲーム界ではにとりからすれば輝夜など雲の上の銀河の先の存在だ。対戦することも許されないほどだ。

 

 その存在が、今、声だけではあるが目の前にいる。

 

「私が姫様にここらへんのパソコンを使って連絡して、対戦にハッキングさせた(まさか出来るとは思わなかったけど)。実際、姫様が起きてるか起きてないかが一番の心配だったけど、丁度お昼ご飯直後くらいの時間でよかったウサ」

 

『ふふ――――ザザザ、昼ごなしには丁度よかったわぁ――――ザザ、ふわぁあ……ジョジョ、てゐ、私もう寝るから……おやすみぃ~~―――ぶつん』

 

 そこまで輝夜は告げると連絡は途絶えた。相変わらずの呑気さである。今回はとても頼りになったわけではあるが。

 

「……わ、私はあの蓬莱山輝夜と対戦してたのかよ……! そ、そんなの勝てるわけがないじゃあないか!! イカサマだぞ! む、無効だ! こんなゲーム!」

 

「……てゐ、僕の代わりに言ってあげてください」

 

「ん? あ、あぁ。アレね。いいウサよ。と、いうかその台詞は私の方が向いてるんじゃあない?」

 

 快活な笑みからギィっと味方サイドとは思えないような悪い笑みを浮かべててゐは言い放つ。

 

「バレなきゃ、イカサマじゃあねぇんだぜ?」

 

*   *   *

 

 チルノは魂が戻ってきたことにより、意識を取り戻していた。

 

「う、うぅ~~ん……いたっ、ね、ねぇ……ジョルノ、ジョルノぉ~~。あ、アタイの頭見て、ねっ、これ」

 

「あぁ、チルノ。さっき魂でぶつけた頭が肉体にも反映してますね。コブになってますよコレ」

 

「ちょ、さ、さわんないで! やさしく、これ、痛い、大丈夫かなぁ~~~」

 

 チルノは頭を押さえてコブになったところをジョルノに見せる。やっぱりコブになっているらしい。ジョルノにそう診断されてチルノは涙を見せながら……。

 

「ひゅい!?」

 

「コブになっちまってんじゃあねええええかよぉぉおおおおお!!! どう責任取ってくれるんだこのクソッ!! このクソがッ!!」

 

「ああああああ!! や、やめろ馬鹿!! い、いくらしたと思ってるんだああああ!!」

 

 チルノはにとりを蹴ろうとしたのを方向転換して、にとりのコンピューターをぶっ壊し始めた。ご丁寧に、『エアロスミス』による銃撃で。

 

 ゴガシャァア! ズギャ! ズギャ! ゴォオオオン!!

 

「ひゅいいいいいい!! わ、私の高スペックPCがああああああ!!!!」

 

 炎上するパソコンを見て頭を打ち付けるにとり。すっきりしたチルノはふぅ、と溜息をついてジョルノの方に戻っていく。

 

「気はすんだよ」

 

「お疲れさまです、チルノ。そのコブは我慢してください。僕じゃあそーゆー傷は治せないので」

 

「はぁーい」

 

(えげつねーっ)

 

 てゐはチルノの容赦ない破壊に背筋を凍らせながら(しかも酷い逆恨み)その光景を眺めていた。

 

「さて」

 

 廃墟の残骸のように様変わりしたPCを前に呆然とするにとりにジョルノは話しかける。

 

「まずは僕たちをここから出してください。そしてその後は知っていることを教えてもらいます」

 

「……はい」

 

 もはや抵抗する気力もないようだ。にとりは力なく頷いた。

 

*   *   *

 

 あの空間は巨大カエルの胃袋だったらしく、ジョルノたちを捕まえるために早苗がにとりに貸し与えたものだった。胃液とかは出てなかったが説明を受けたときはジョルノとてゐはくらりと眩暈がした(チルノは何故か納得していたが)。

 

「東風谷早苗について、知っていることを教えてもらいますよ」

 

 玄武の沢の近くの森の中でジョルノはにとりに尋ねた。だが、当のにとりは汗を流して、視線を合わせようとしない。

 

「どうしました? 約束ですから……」

 

「し、知らないんだ!!」

 

「……」

 

 ジョルノはにとりの目を見た。にとりの言っていることは本心のようで本心じゃあない。……隠しているというより、隠されているような気がした。

 

「本当に、知らないんですか? それとも、言おうとしても言えないわけが……」

 

「ち、違う! ほ、本当に……ああ! お前の言う通り、心を見たよ! だけど、あいつは『スタンド使い』であることしか分からなかった……。質問を一度だけしたら、その後あいつは私の前に直接現れることを一切しなくなったんだ……」

 

「……あるじゃあないですか。知っていること。その質問内容の答えだけで構いません。教えてください」

 

 にとりは俯いて喉を鳴らした。――恐れているのだ。もしかすると、自分が早苗に始末されてしまうんじゃあないかと。

 

「そ、それは……」

 

「大丈夫です。話したらあなたは川の底に逃げるんです。河童は水の中ではかなり強いんでしょう?」

 

「うん……そ、そうだけど」

 

 にとりは自分のビジョンを思い浮かべる。だが、水中に逃げたところで早苗から無事逃げ切る手段が全く思いつかない。

 

「……あ、あんたらがアイツを確実に倒すっていうんなら……教える。でも! 私が教えたってことは秘密にしろ!」

 

「……グラッツェ。約束しましょう」

 

 ジョルノは真っ直ぐににとりを見て約束した。もとよりそのつもりだったのだから。

 

「……質問の内容は『東風谷、アンタのスタンドは近距離の方が強かったりするのか?』ってことだ。するとアイツは『それを知ってどうするんだ?』って聞き返してきた……恐ろしかったよ……私は何も言えなかった。ただ、アトゥム神で見ていたから分かる。確かにアイツは『YES!』と示していた!」

 

「――――東風谷早苗のスタンドは」

 

「近距離パワー型ッ!」

 

 てゐとチルノはその言葉に反応した。

 

 それを知れただけでも非常に有利だ。こちらはその射程内、つまり遠距離から攻撃すればいいのだから。

 

「チルノ」

 

「アタイの出番ってわけね」

 

 遠距離ならジョルノの『GE』よりチルノの『エアロスミス』の方が適任である。ジョルノは瞬時に判断しにとりにお礼を言った。

 

「……ありがとうございます。これで、一つの対策が出来る。――何も知らないよりは遥かにマシになりました」

 

「……た、頼んだぞ! 私は殺されるのは嫌だからな!!」

 

 にとりはジョルノの服の裾を掴んで懇願する。だが、ジョルノはパシィ、とその手を振り払い

 

「……勘違いしないでください。あなたを助けることとあなたを許すことは『別』ですから」

 

「ふぇ?」

 

 ――――ジョルノは『ゴールドエクスペリエンス』を出した。その漲る力ににとりの顔面から今度は汗がサァーっと引いていき、青ざめる。

 

「え、えぇっと、じょ、ジョルノさん? そ、そのスタンドは……」

 

「にとり。舌を噛みたくないなら口を開くな。少なくとも、僕は君に対して受けたこの嫌がらせを許すつもりは毛頭ない」

 

 にとりは口をパクパクさせて涙を流す。

 

「さて、ここで問題です。いいですか、一度しか問題は出しません。2回言うってことは無駄だからだ。無駄は辞めておいた方がいい。……と、話が逸れましたね。では行きますよ」

 

 ジョルノは怯えるにとりの前に『GE』を出して右拳と左拳を握りしめた。

 

「今から君をぶん殴りますが、どっちの手で殴るか当ててください。簡単ですよね? 心が読めるんですから」

 

 にとりは息を乱しながら震え声で尋ねる。

 

「……ひ、一思いに右でやってくれ……!」

 

【NO! NO! NO!】

 

「ひ、左か……?」

 

【NO! NO! NO!】

 

「……両方ですかぁ……?」

 

【YES! YES! YES!】

 

 にとりは己の運命を受け入れた。

 

「もしかして、無駄無駄ですかァ~~~!!?」

 

 その叫びにてゐは肩を竦め、チルノは首を振って

 

「「YES、YES、YES、……Oh My GOD」」

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!」

 

「ひゅぎぃええええええええええええええええ!!!」

 

 容赦のないラッシュでにとりは川の中に殴り飛ばされ、川の底で気絶した。

 

「じゃあ、そこで終わるまで眠っておいてください。そこならいい夢が見れるでしょう」

 

 3人は再び川に沿って山を登り始めた。

 

 

37話へ続く……

 

*   *   *

 

 河城にとり 再起不能

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 ようやくにとりとの戦いが終わりました。まさか輝夜が戦うことになるなんて、作者も予想だに出来ませんでした。

 

 さて、本来ならイリュージョン持ちのポ○モンはゾロ○ークだけですが、ぬえもマミゾウも変身(ぬえのはちょっと違うけど)が得意なので、にとりの予想をかき乱すのに一役買いましたね。ちなみに、ジョルノの手持ちは輝夜、輝夜、マミゾウでした(あれほどにとりが警戒していたぬえは選出されていなかった!!)

 

 さて、次の話は……ちょっと永遠亭の方に視点を戻してみます。輝夜が起きてご飯を食べていた、ということは永琳の他に「誰か」がいたということに……。いや、永琳一人でもご飯は作れますがね。そういう可能性もあるということで……。

 

 あ、ボスと咲夜さんたちの方はまだまだ活躍しません。風神録終わるまで待ってください。お願いします! なんでもしますから!

 

 と、いうわけでこれにて機械少女の論理的思考が終わりです。さきほど述べた通り、次は永遠亭の方に視点を戻します。

 

 感想、意見、早苗さんのスタンド予想など、書いてくれると嬉しいです。

 

 ではまた。



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えくすとりーむ・えんじぇう①

ボスとジョルノの幻想訪問記 37

 

 前回までのあらすじ

 

 東風谷早苗の底知れぬ暴虐を止めるため、妖怪の山に潜入したジョルノとてゐとチルノの3人は、早苗に手引きされた河城にとりによって捕獲される。その中でゲーム勝負を戯れに始めたにとりだったが、てゐの蓬莱山輝夜を降臨させるという裏ワザの様な勝ち方でにとりに強制的に勝利を収め、脱出。

 

 ついでにジョルノたちは早苗のスタンドは『近距離パワー型』であるという可能性が高いという情報を得た。

 

 ……3人は更に山の頂上を目指す……。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 37話

 

 えくすとりーむ・えんじぇう①

 

 場面は移り変わり、ここは永遠亭。ジョルノたちが去って行ってから永遠亭にいたのは鈴仙・優曇華院・イナバ、上白沢慧音、紅美鈴、八意永琳、蓬莱山輝夜、十六夜咲夜、そしてディアボロである。

 

 現在、ディアボロはドッピオの姿で隠れ、誰もそのことに気が付いていない。咲夜も診療所で大人しくしている。

 

 

 

 物語から少し時間は遡り、ジョルノたち3人が妖怪の山に出発してから1刻後。

 

「咲夜さん、昼食ですよ」

 

 病室に美鈴が入ると十六夜咲夜は不機嫌な表情をして

 

「……美鈴、言わなかったかしら。貴方たち――特にジョルノ・ジョバァーナと馴れ合う気はない、と」

 

 頑として皆と昼食を取りたがらない咲夜だが、美鈴からすればその姿は少々寂しく映り……。

 

「……そうですか。……」

 

 と俯いて黙ってしまった。ちなみに、永遠亭にいる中で咲夜とまともにコミュニケーションが取れるのは美鈴しかいない(ジョルノとはすぐに喧嘩、てゐは見下され、永琳に至っては怖くて咲夜に近付かない)。

 

「……でも、ジョルノさんは今てゐを連れて妖怪の山に行ってますよ?」

 

「……何ですって?」

 

 カチッ!

 

 美鈴の言葉に咲夜はまず、時を止めた。

 

「……聞いたかしら、ディアボロ」

 

 ベッドで隠れるように眠っていたディアボロに視線だけ向けて咲夜は言った。

 

「なるほど……さっそく、チャンスが巡って来たというわけか」

 

 彼はベッドから身を起さずに静かに呟いた。今すぐ動くつもりはないという意思の表れだろう。

 

「……早速動き出したいところだが、まだ待つのだ……。いいか、貴様を気にかけているそこの女が貴様から目を離した隙を突くのだ。――幸い、そこの女はあの八意永琳のお守りを任されているのだろう? だったらいくらでもチャンスはある」

 

「……了解。まだ『待つ』のね?」

 

 そう言って咲夜は能力を解除した。

 

「……それは本当なの?」

 

 会話の続きのように、違和感なく咲夜は美鈴に尋ねる。当然、時が止まっていたとはつゆも知らない美鈴は「はい。山の神様から依頼を受けたか何かで……だから今日私が呼ばれてるんですよ」と答えた。

 

「……なら、今日は久しぶりにあなたとご飯でも食べようかしら。彼……ドッピオもまだ目覚めないようだし、今日はゆっくりさせてもらうわ」

 

「え?」

 

 美鈴は目を丸くした。まさか、今の咲夜がそんな提案をしてくるとは思わなかったからだ。

 

「言葉の通りよ。……何驚いているの? 先に向こうに行ってるわ」

 

 咲夜は美鈴の脇を通って病室を出た。どうやら、普通に歩けるほどにはすでに回復しているようだ、と美鈴は思った。そして、今の言葉……。

 

(何だかんだ言って、やっぱり咲夜さんは咲夜さんだ)

 

 美鈴はふふ、と笑みを零して「待ってくださーい」と咲夜の跡を追った。

 

*   *   *

 

「――――大体事情は分かった。っとにあのメイドはじっとしないな……。美鈴も大変だな」

 

 咲夜は昼食のあとに「少し眠るわ。しばらく静かにお願いするわね」と美鈴に言った。それから5時間経って病室の様子を見に来た美鈴が目にした光景はもぬけの殻の病室である。

 

 美鈴に代わりに永遠亭の留守を頼まれた妹紅は溜息を付いて頼みを聞いた。

 

「恩に切ります妹紅さん。すぐに戻ってきます」

 

 そういって美鈴は日が傾きかけた空に飛翔していった。残され、動ける者は妹紅と小さい永琳、そしてぐーたら輝夜だけだ。

 

「……永琳、いるか?」

 

「はいな!」

 

 妹紅がおそるおそる永遠亭に入って永琳を呼ぶと、すぐに診療所から元気な声が飛び出してきた。

 

(はぁ~、美鈴も大変だが、私に押し付けられたこの仕事も大変だな……。子供のお守りなんて……)

 

 妹紅は子供が苦手である。あまり子供心が分からないというか、よくもまぁ、慧音は子供たちを相手に先生なんてできるものだ、と関心をするくらいだ。

 

「どうしたの??」

 

「うぉ、いたのか。いや、何でもないわ」

 

 いつの間にか自身の足元にまで来ていたちっちゃい永琳は妹紅の顔を覗きこむと首を傾げる。

 

「そう? じゃあ遊ぼう妹紅!」

 

「え? ちょ、おい!」

 

 妹紅の手をグイグイ引っ張るろーりん。逆らえないほどの力ではないが、この無邪気さを無碍にするわけにもいかず、妹紅は仕方がなく永琳に着いていった。

 

 着いていった先は永琳の自室――調合室だ。適度に照明が光を発しており薄暗いとも言えない部屋。窓から差し込む光はわずかだが、部屋が見えないほどではない。また、様々な薬がろーりんの気まぐれで生成され、その辺に瓶に詰められて散らばっている。妹紅が適当に拾い上げた瓶のラベルに『人をくるしまずにころすおくすり』と書かれていた時は永琳の倫理観を疑ったが……。

 

 その中で一つの水槽が目に入った。何も生物が入っておらず、何か透明な液体が入ってるだけの水槽。妹紅はその中に永琳の『残り』が保存されていると直感的に理解した。

 

 果たして、永琳はどうやって残りを回収するのだろうか? というか、この幼女の脳内にそのような考えが残っているのだろうか? 妹紅はそんな危うい疑問を浮かべる。

 

「……なぁ、永琳」

 

 思わず妹紅は口を開いた。

 

「? どうしたの、妹紅?」

 

 あどけない表情で首を傾けて、永琳は振り返った。そこからは小さくなる前の理知的で、全てを達観していたあの天才の面影は残っていない。

 

「……お前、元に戻れるのか?」

 

「……なに? なんのこと?」

 

 どうやら永琳は何もみんなから聞かされていないらしい。ある種の記憶喪失とでも言うべきか。まるで何も覚えていないのだ。

 

(……? 待てよ、じゃあ何で永琳は能力をさも当然のように使えているんだ?)

 

 妹紅はふとした疑問に駆られた。永琳は自分に元の姿があることを覚えていない。また、どうしてこのように小さな体になったのかも覚えていなかった。てゐや私、鈴仙のことも覚えていない節もある。だが、永遠亭についてや自分の役割などについては覚えていた。はっきりと自分は医者だとは分かっていたのだ。

 

 生来の記憶……というか、身に染みた性分とも取れるだろうが、やはり不可解である。

 

 まるで意図的に記憶を無くしているようだ。

 

「……永琳、『スタンド』って言われて……何かピンと来ないか?」

 

「もう、妹紅は質問ばっかりね! 遊ばないの?」

 

 再び、永琳に疑問を投げかける。だが、彼女は遊びたいのだろう。妹紅の質問に答えようとしない。

 

「……あ、あぁ。分かった。遊ぶか」

 

 ふぅ、と溜息をついて妹紅は適当に永琳に合わせながら考える。この、遊びたいという衝動も小さくなる前の永琳には一切なかったものだ。小さくなった、と言っても『幼児退行』をするのはやはりおかしいのではないのか?

 

(……何か、何かが引っかかる……。永遠亭の奴らは『そういうものか』とあっさり割り切ってはいたが……)

 

 永琳は笑顔で妹紅とじゃれて遊んでいる。こうして見ればただの小さな少女である。

 

「妹紅、妹紅!」

 

 きゃっきゃと笑いながら無邪気な笑みを零す彼女の顔を見て妹紅は不安感がなぜか募っていた。

 

「ほら見て! これ美鈴からもらった玩具だよ!」

 

 そういって彼女にはいつか貰ったであろう子供向けの玩具が握られていた。特に妹紅はそれに興味を持たなかったが、適当に相槌だけはしておいた。

 

(……どうなるんだ? 永遠亭は……)

 

 拭えない不安に逃げるようにして永琳から視線を外し、燃え尽きそうな西日がわずかに差し込む窓の外を見た。

 

 

 ――――そして、そこに影が二つ。

 

 

「……永琳、隠れろ。『誰か』が空から来ている」

 

 妹紅は二つの影から視線を外さずに静かに永琳に告げた。その冷めた命令に幼いながらも永琳は危機を察知したのだろう。何も言わずに部屋の奥にある押し入れの中に隠れた。

 

 てゐから聞いた話で、妹紅はすぐにピンとくる。

 

「……八雲紫の差し金か? 私のスタンドの回収っていうなら上等だが……」

 

 ちなみに、現在永遠亭にスタンド使いは3人。『スパイスガール』の藤原妹紅。『セックスピストルズ』の鈴仙・優曇華院・イナバ(再起不能)。そして『21st Century boy』の蓬莱山輝夜だ。

 

 輝夜は完全防御で全く危険じゃあないし、そもそも妹紅が輝夜を助けるなんて構図はありえない。妹紅は輝夜を完全に度外視して、鈴仙を守るために動いた。

 

 永琳には絶対にそこから出るな、と釘を刺しておき妹紅は急いで病室に向かう。病室に入った妹紅は誰もいないことを確認し、すぐに眠っている鈴仙を背にして臨戦態勢を取った。

 

 ……だが、いつまで経っても敵が来ない。

 

 もしかすると、ただの来訪者か? いや、真っ直ぐにこちらに向かってきていたのだ。それに、表から訪ねてくるならチャイムを鳴らすはずだ。

 

「……ただの思い過ごしだったか? いや、二人。真っ直ぐにこちらに来てたはずなんだが……」

 

 しかし、待てど暮らせどあの二人は姿を現さない。……やはり単なる思い過ごしのようだ。病室から出て、先ほどの永琳の自室に戻る。

 

「永琳、どうやら私の勘違いだった。多分安全だから――――」

 

 そう言って、妹紅は自分の過ちに気が付いた。

 

 押し入れが空いている。

 

 さらに、窓が開いていた。

 

 

「――永琳ッ!!」

 

 

 慌てて押し入れの中を覗き見るが、そこには誰の存在もない。もぬけの殻だった。

 

「――クソッ!! 馬鹿か私はッ!!」

 

 妹紅は情けない自分に悪態をついて、すぐに永琳を探す。すると、窓から見える範囲で二人の人間と片方の背中に永琳が抱えられているのを発見した。

 

 まだ遠くにはいっていない。すぐに妹紅は窓から外に飛び出して声を張り上げた。

 

「待ちやがれてめぇら!!」

 

「もっ、妹紅!! 助けてーーーッ!!」

 

 妹紅の声に気が付いた永琳は目に大量の涙を浮かべて泣き叫んだ。

 

「待ってろ!! 今からそいつらを消し炭にしてやるからな!!」

 

 妹紅は駆け出す。あの二人の姿に妹紅自身見覚えは無かった。その姿は背中しか見えないが、永琳を抱えている方は大量のフリルをあしらった奇抜な服装をしており、もう片方は黒いハットと青色のスカート、そして幻想郷では見慣れないブーツを履いている。

 

(……あの恰好、外来人か? どちらも女性のようだが……どちらにせよ手加減はしない! 一瞬でカタを付ける!!)

 

 竹林にあの二人が入る前に妹紅は永琳を救出するつもりである。スタンド、『スパイスガール』を出しながら全速力で追いすがった。

 

 コツ、コツ、コツ……。

 

 二人は特に妹紅の様子を気にするでもなく、背を向けて歩いているだけである。

 

 舐めやがって、今すぐ助けてやるからな永琳。その小汚い誘拐犯どもを消し炭にしてゴムボールみたいに地面に叩き付けて謝らせてやる!!

 

 妹紅はそう誓い、全速力で追いかけた。

 

*   *   *

 

 幻想郷の大賢者、八雲紫は一つの事象において頭を悩ませていた。それは紫からすれば取るに足らない路傍の石と変わらないのだが、その石ころが何時までたっても紫の目の前から失せず、掴もうと思っても掴めず、付かず離れずで常に紫の妨害まがいのことを行っている。石には確かに私怨はある。だが、そんなのは半分向こうの言いがかりであり、正直に言ってこちらに全く悪気はない。あの日からしばらくの間、紫に対して何度も何度も性懲りもなく嫌がらせの様な行為を続けていたが、ここまで面倒くさいと感じたことは一度としてなかった。非常に目障りだった。その元凶を今度こそ本気で痛い目に合わせてやろうと思い、接触を図ったとき。紫はその石ころからこんなことを言われた。

 

「私はもうあんたには捕まらない」

 

 とんだ笑い話である。境界を操る紫に対して、「捕まらない」のような鬼ごっこの勝利宣言とは、身の程知らずにもほどがある。その言葉に少しばかりプライドが傷つけられた紫はこう返した。

 

「じゃあ今捕まえましょう」

 

 ――――その日からすでに2週間は経過している。紫としてはまだまだやるべきことは沢山残っているのに、こんな関係のない石ころに時間を費やされては溜まったものではない。藍から放っておくように、と提言されたがこう2週間ものらりくらりと躱されたんじゃあ大賢者としての立つ瀬がない。

 

 何より、あの人を舐め腐りきったあの小娘に自分がいいようにあしらわれているのが我慢ならない。

 

「……」

 

 だが、事実だ。認めよう。この八雲紫の追従を現在進行形で躱し続けているということは称賛に値する。素晴らしい。だが許さん。

 

 一体、どうやってこの私との鬼ごっこを逃れられ続けているのか。

 

 手を伸ばしても届かない。スキマに閉じ込めても閉じこもらない。スキマに落としても落ちない。私の持つあらゆる捕縛が、あの小娘には全く効果が無い。

 

 こんなことが今まであっただろうか? この私が、ここまで振り回されているという事実。いや、そんなことはかつて無かった。藍を従えるときだってもう少し手際よく行っていた。幻想郷を作るのも、造作は無かった。

 

 だが、今回は何てザマだろう。あらゆるものが届かない。

 

 全く意味が分からない。

 

「ただ、一つだけ言えることがありますわ」

 

 紫は隙間を作り出し、開く。

 

 開かれたスキマから見える景色は真っ赤に燃える夕焼けに照らされた一軒の建物。周りには竹林。そしてその二つの間を走る人影。その視線の先にある二つの人影。

 

「……これが彼女の『スタンド』のせいだとしたら……何としても回収しなくてはならない……」

 

 紫は妹紅だけでは絶対に敵わない、と分かっていた。なぜなら自分自身さえも触れることさえ出来なかったのだから。

 

 ……だけど、八意永琳なら、あるいは……。

 

「……手を貸しましょう藤原妹紅。八意永琳の救出を――――そして、やれやれですわ。私自身も舞台に上がらざるを得ませんわね……」

 

 そう呟くと、彼女の背後から突然現れた『それ』が、スキマから景色の先に飛び込んだ。

 

 絶対に、藍以外には見せないと思っていた自身の『スタンド』を送り込んだのである。

 

38話へ続く……

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 結構ペース速めで投稿します。ボスとジョルノの幻想訪問記37話、えくすとりーむ・えんじぇう①でした。

 

 この話はジョルノたちが永遠亭を出発した後の永遠亭の動き、そして幼い八意永琳を取り巻く八雲紫と謎の人物の争いですね。もこたんは巻き込まれる形で活躍します。

 

 ちなみに、新キャラの二人はあの方々です。分かる方は分かったでしょう。紫と私怨がある人物なんて数が限られてますからね。

 

 ちょっと話の内容が短いですが、投稿ペースでごまかします。ごめんなさい。あと2倍くらいはノルマにしてるんですが、ちょっと区切りが悪かったので……。

 

 まだまだ、感想、意見、批判、各キャラの予想スタンドなど受け付けております。

 

 では、次は38話でお会いしましょう。



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えくすとりーむ・えんじぇう②

ボスとジョルノの幻想訪問記 38

 

あらすじ

 

 舞台は永遠亭に戻り、留守を任された妹紅は見知らぬ2名の女性に八意永琳を誘拐されてしまう。ギリギリで誘拐犯の姿をとらえた妹紅だが、その様子を見ていた八雲紫は『妹紅では永琳を取り返すことは不可能』と判断し、誘拐犯捕獲のためにも自分の藍以外には見せることのないと言っていた『スタンド』を送り込んだ。

 

 静かな永遠亭で一波乱の予感……。

 

*   *   *

 

 ボスとジョルノの幻想訪問記 38話

 

 えくすとりーむ・えんじぇう②

 

 藤原妹紅は自分に対してかなりの憤りを感じていた。ここしばらくの幻想郷ではスタンド使いにまつわる出来事が立て続けに起こっており、今回の襲撃も勝手にスタンド使いを狙ったものだと思ってしまっていた。

 

 その思い込みが、永琳誘拐に繋がった。考えてもみれば月の頭脳があんな小さくなっているのだ。誘拐するのに何の苦労もない。さらに、能力は健在のためあらゆる悪事に用いられてもおかしくない。

 

 真っ先に優先して守るべきは永琳だったのだ。

 

「くそッ!! ハァ、ハァ……!」

 

 舌打ちをしながらも、妹紅の目線はただ一点。

 

 全速力だ。あの二人は歩いている上にまだこちらに気が付いてさえもいない。これならば、追いつくと同時に全力の攻撃を叩き込めるだろう。燃やすか、殴るか。いや、まずは一発、それもありったけの火力を込めて右手で後頭部をぶん殴ろう。でないとこの自分の怒りの感情の矛先が見当たらなくなってしまう。このもやもやした感じを晴らすにはこれが絶好の機会ではないか。

 

 ――――おかしい。

 

「……はぁ!! くっ、……何だ、あいつら……!! は、『速い』!!」

 

 妹紅は全力で走っていた。自慢ではないが彼女の素の身体能力は妖怪以上神以下といったところだ。流石に鬼には遠く及ばないが、肉弾戦で妖怪たちには引けを取らない。人間にしては異常なまでの身体能力だ。

 

 だが、前の二人はコツ、コツ、コツと同じようなペースで足音を立ててゆっくりと歩くだけである。なのに、全く追いつけないのだ。逆に、どんどん離れて行っている気がする。

 

「……何だこりゃ!? まるで紅白巫女の結界みたいだ……!!」

 

 霊夢の張る二重結界に少し似ている。近付いているのに遠ざかっているのだ。だが、前の二人がそのような結界を張っていた節も無いし、何より周囲を見渡しても特に結界のような類は……。

 

「結界は……。……何?」

 

 妹紅はあまりの衝撃に足を止めた。右を見て、左を見て、更に下を見た。終いには後ろを見て永遠亭を見る。

 

 永遠亭がはるか彼方にあるように感じられた。まるで地平線のかなたにあるようだった。

 

「……!?? い、一体何が起こっているの……??」

 

 その異常な光景に妹紅は再び周りを見る。空を見上げる。

 

「……な、何だこりゃあッ……!!」

 

 周りを見ると、自分の体よりも二回りほど太い大木が何本も乱立していた。だが、それはよくよく観察してみると竹だ。当然、迷いの竹林にいるのだから。しかし、妹紅の記憶が確かならば……というか、常識的に考えてここまで太い竹というのは存在しない。

 

 いや、よく見ると足元の地面も土の踏み固められた道が砂利道に変わっている。そして、何よりも……。

 

「こ、これは……蟻か……? なんだ、この蟻は……わ、私の手のひらサイズはあるぞ……!! な、何か『おかしい』!! 『スパイスガール』!!」

 

 危険を感じた妹紅は瞬時にスタンドを出す。

 

「『スパイスガール』!! 周りをよく見て!! 何か分かったらすぐに知らせるのよ!!」

 

 妹紅は背後をスタンドに任せて辺りを注視した。凄まじい違和感がある。何だ、これは……。

 

「……モコウ」

 

「どうしたの『スパイスガール』! 何か変化はあった?」

 

 妹紅は視線を背後には向けず、そのまま前方を警戒していた。

 

 そして『スパイスガール』はこう告げる。

 

 

「……ワタシノ前カラ『スタンド』ノヨーナ奴ガ来テマス……。ドウシマスカ? 『攻撃』シマスカ?」

 

 

 その言葉に妹紅は振り返ると――――。

 

「早ク命令シテ下サイ。コイツ、ドンドン近付イテ来テイル……」

 

 背後から『スタンド』が近付いて来ていた。体中に見たことのない記号が羅列しており、頭には王冠のような形をした黒い頭巾のようなものを被っている。ゆっくりとした動きではあるが、確実に、妹紅の背後に来ていた。

 

「――構わない、思いっきり攻撃するわ。コイツが、この不可解な現象の元凶よッ!!」

 

 すぐさま、妹紅は『スパイスガール』でラッシュを叩き込む。だが、そのスタンドは両手をサッと構えてそのラッシュをいなした。

 

「――ク!!」

 

 スカ、スカッ! と、『スパイスガール』の拳は空を裂く。いなした直後、そのスタンドがラッシュから離れて妹紅たちの右側に周っていた。

 

 すぐに、迎撃の姿勢を取るが、そのスタンドは一歩身を引いた。攻撃しない? と思い、妹紅が再び『スパイスガール』で攻撃しようとした時。

 

「……落ち着ケ、藤原妹紅……。私は敵デハ無い。味方だ……」

 

「喋った!?」

 

「モコウ、私モ喋ッテマス」と、『スパイスガール』。

 

「あ、そうか……じゃなくて!」

 

 どうでもいい茶番をさっさと切り上げて妹紅はその『味方』だとほざく『スタンド』を睨んだ。

 

「信じられるか? お前はどう見ても私の目からは敵にしか映らない……。本体はどっちだ? 右の奴か? 左の奴か?」

 

 妹紅は再び前方を歩く誘拐犯の二人を見た。距離はさきほどからそこまで変わっていない。

 

「……信用を得ルには……ヤハリ、コレしか無サそうだな……」

 

 そう言ってその『スタンド』は懐からとある物体を取り出した。

 

 それは透明で何の変哲もない円盤……。

 

「……DISC!!」

 

 妹紅は前、ジョルノから話半分に聞いていたDISCの存在を思い出す。丁度、手のひらよりも大きく真ん中に穴が開いており、弾力のある物体。聞かされていた情報では、更に金色である、とあったがどうも色は違うようである。

 

「ソウだ。私はコノ『DISC』を用イタ能力を持ってイル……。記憶を制御する透明の『記憶DISC』と、スタンドを制御する金色の『スタンドDISC』の2種類ダ。君が今、体験してイルこの不可解な距離感とハ別の能力ダ」

 

「――――!!」

 

 妹紅は確信した。これまでのスタンドに関する異変は全て『コイツ』の仕業だと。

 

「……これまで起こった異変にアンタは関与しているのか? その能力を使って、スタンド使いにさせた奴がいたりは……」

 

 その妹紅の質問にこう答える。

 

「……イヤ、私が主のスタンドとシテ発現シタのはツイこの前ダ……。君の言う紅魔館デノ出来事は主から聞イテ知ってはイルが、私はその時いなかった」

 

「……」

 

 妹紅はまだ疑いの目を向けていた。

 

「話していても仕方が無イ……私ノ主はあの二人に私怨がアル、とだけ言ってオコウ……利害は一致するハズダ……」

 

「……そうだな。私的には何が起こっているのか、さっぱり分からないが……当面は永琳の救出だ。お前のことについてはその後でいいだろう」

 

「良シ。マズは八意永琳の救出カラだ。でなければ、突破出来ル物も突破出来ナイ」

 

 一旦は決着が付いた。二人は八意永琳の救出のために一時協力することになった。

 

「私はそれで構わない。――そういえば、お前。『スタンド名』はあるのか?」

 

 妹紅は『スパイスガール』を出して前方を歩く二人を見た。永琳が背中に乗ってこっちを見ている。

 

「私の名は……『ホワイトスネイク』。覚えて貰ワなくテモ結構ダ……」

 

 早く助け出さなくては……。妹紅の考えはそれだけだった。

 

*   *   *

 

 八雲紫 スタンド名:『ホワイトスネイク』

 

 人間の記憶とスタンドをDISCにして保存・持ち運びを可能にする程度の能力。遠距離操作型のスタンドで本体との距離が近ければそのパワーも大きくなる。

 

*   *   *

 

 妹紅は『ホワイトスネイク』と名乗ったスタンドを見て、自分の『スパイスガール』と同じように自我の存在するスタンドだと判断した。今のところ誰がスタンド使い本体かは分からないが、協力すると言っているのだ。信用は出来ないが、利用できる分は利用してやろう、と考えた。

 

「とにかく、永琳の救出を第一目標にする。そのためにはあの二人に近付く必要があるんだが……」

 

 妹紅は視点を前に向けた。依然として少し遠くを二人は歩いている。

 

「いつまで経っても追いつけナイ……か? 私の主モそうダッタ。近付いても近づけナイ。むしろ、遠ざかってイル感じがする……ダロウ?」

 

 『ホワイトスネイク』は妹紅に言う。実にその通りの内容だ。妹紅がいくら近付こうとも、あの二人には追いつけずにいたのだ。そして、そんなに離れた覚えもないのに、永遠亭がかなり遠くに見える。

 

「……あれ? お、おかしい……」

 

 ふと、妹紅が永遠亭の方を見ると、さっきは地平線の彼方にあったように思えた永遠亭が、ほんの少し遠い場所にあるように見えるのである。先ほどから一歩も動いていないのに。まるで、永遠亭がこっちに近付いてきているようだった。

 

「……マダ、気が付かないのか? 藤原妹紅……」

 

「何のことだ」

 

 何故か心配そうな声をかけてくる『ホワイトスネイク』にむっとしながら妹紅は尋ねた。

 

「少し落ち着イテ物事を見ろ……。周りの竹はどんな風に見エル?」

 

 そう言われて妹紅は動きを止めて周囲を見た。すると、今まで気が付かなかったが徐々に、徐々にではあるが、竹が小さくなってきているのが分かる。

 

「ち、違うッ!! 私が! 大きくなっているのか!?」

 

 妹紅はバっと振り返り、一歩後ずさる。すると、『ホワイトスネイク』を前に、誘拐犯二人を背にした状態で、一歩。

 

 その一歩で、急に『ホワイトスネイク』の大きさが大きくなった。

 

「こ、これはッ……!! この『状況』は……」

 

 妹紅は理解した。『ホワイトスネイク』が妹紅の横まで近付くとそれに合わせて大きさが同じになっていく。

 

「ソウイウコトだ。あの二人のウチ、八意永琳を背負ってイナイ方の『スタンド』の能力ダ……。アイツに近付こうとスレばスルほど、アイツの能力下に置かれてイル存在は小さくなってイク。おそらく、目測だが距離が2分の1にナレバ、我々の大きさモ2分の1になってイルだろうナ……厄介な相手ダ」

 

 『ホワイトスネイク』はいまいましげに呟いた。

 

 そういえば、私怨がある。とか言っていたが、あの二人について妹紅は何も知らないのだ。興味本位ではあるが、尋ねずにはいられない。

 

「……『ホワイトスネイク』。あの二人は何者だ? あいつらはどうして八意永琳を狙ってんだ?」

 

 少しの空白を置いて、『ホワイトスネイク』は「……君は知らナイと思うが」と切り出した。

 

「アレは幻想郷では無ク、もっと上……つまり、天界カラやって来た天人ダ。右を歩いている方が比那名居天子。そしてその隣デ八意永琳を抱えてイルのが付き人の永江衣玖ダ。今、この能力ヲ使っている方が比那名居天子の方ダナ」

 

 妹紅はその名前に聞き覚えは無かった。そもそも天界とはどこだろうか……天人と言われてもピンと来ない。

 

 だから、妹紅が『ホワイトスネイク』の主は誘拐犯と同じく天人だと思うのも無理は無かった。

 

(……天界か……。まるで私には関係ないな)

 

「そして、何故比那名居天子が八意永琳を誘拐しているかにツイテだが……その理由は不明ダ。大方、暇潰シ程度の物だと思うガナ」

 

「暇潰しだと??」

 

「……私を睨むナ。そーゆー可能性もあるのが天人ダ」

 

 何て道徳の無い人種なんだ。暇潰しで誘拐されてちゃ溜まったもんじゃあない。

 

「……そちらの事情は分からん。だが、暇潰しごときで私の手を患わせるってんなら、あの二人にはドギツイお灸を据えなきゃならんようだね……」

 

 妹紅は二人を睨んだ。一向にこちらに気が付く気配が無いが、これはおそらく妹紅と『ホワイトスネイク』が発している『音』さえも小さくなっているからだと考えられる。

 

「……ところで、何か策はあるのか? 『ホワイトスネイク』」

 

「アル。このDISCを八意永琳に入れれば完了ダ。だが、実行にはやはり距離がネックになる」

 

 そう言って『ホワイトスネイク』は一枚のスタンドDISCを取り出した。

 

「おい、それって……」

 

「ご存じ、スタンドDISCだ。私がとある人間から奪ったものダガ……中々に強力だゾ。今、あの二人に接触できているのは八意永琳だけだからナ。うまく、彼女が攻撃してくれれば……」

 

「それが永琳のスタンドになるのか? ……どんな能力だ」

 

 妹紅は少し不安を覚えていた。まさか、あんな小さな子まで戦いに巻き込むとは思っていなかったからだ。

 

「私は『パープルヘイズ』と呼んでイル。毒のスタンドだ。こいつを手に入れるのは骨が折れたが……」

 

 毒、か。永琳なら解毒剤が作れるから、理に叶った能力だろう。うまく扱えるかどうかは分からないが。

 

「よし。よこせ、私が永琳まで届ける」

 

 よこせ、と言いながら妹紅はDISCを『ホワイトスネイク』から奪い取った。

 

「オイ、待て! 近付けナイと言ったダロウ!?」

 

「じゃあ近付かなきゃいいのよ」

 

 そう言って妹紅は二人の元に走り出すのではなく、竹の上に上がり始めた。するすると妹紅は竹を登り、すぐにビルの5階程度の高さになる。

 

「待て! 飛び降りても無駄ダ!! 落ちれば落ちるほど小さくナル。つまり、一生辿り着けナイ、と私は思うッ!!」

 

 その『ホワイトスネイク』の言葉に妹紅はピタリ、と登るのを止めた。そして、するすると再び戻ってきたのだ。

 

「……まだ考えるベキことはあるハズだ。早まった考えは身を滅ぼす。落ち着いて、観察を……」

 

「そんなまどろっこしいことしてられないな。答えは『さっさと永琳にDISCをいれる』。それだったらねぇ~~~~~~。付近の竹を利用して出来るのよ私は」

 

 と、妹紅は『スパイスガール』を出して今登った竹の根元を殴った。すると――――。

 

「竹は根元から折れ曲がる」

 

「折レ曲ガレバ竹ハ倒レル!!」

 

 『スパイスガール』が高らかに宣言し、竹は根元から『ぐにゃり』と曲がり、二人に向けて一直線に落ちていく。だが、小さくならない!

 

「な、小さくならなイ……!」

 

「あいつらの付近の竹の大きさとここの竹の大きさが変わらない……だったら、竹なら倒しても距離の分は小さくなることはないわ。これで永琳にDISCが届いた」

 

 天子と衣玖の周りでは竹が小さくなっていないことから、ここから竹を倒すとその高さ分、小さくならずに近づけると考えたのだ。

 

「……もう少し、あと2センチ右だったわね。気に入らないけど、DISCは届いたッ!!」

 

 妹紅の倒した竹の上には先ほどのDISCが突き刺さっており、丁度永琳の真上に来るように竹は倒れていく。このまま倒れれば、永琳に丁度DISCが入るというわけだ。

 

「うわ、うわあああああ!?」

 

 ようやく、自分に向かって倒れてくる竹に永琳が気が付いて悲鳴をあげるが、間に合わない。もはや、永琳にDISCを避けることは不可能だ!

 

 そう思った直後。

 

 ピシャッ!!! ガガガガァァン!!

 

「……ッ!? 稲光!?」

 

 妹紅の倒した竹が永琳に当たるか当たらないかの直前で、突然雷が落ちたのだ。永琳は突然の雷に白目をむいて驚いている。

 

 だが、一体なぜ雷が? そして、雷は丁度、妹紅の倒した竹に直撃したらしい。永琳にDISCが挿入される前に竹は蒸発し――――。

 

 

「……空気を読みました。総領娘様」

 

 

 『ホワイトスネイク』から永江衣玖と呼ばれている方の女性がついにこちらを向いて口を開いた。

 

「ご苦労だったわね衣玖。よかった、私の『おさない天子』、もとい『幼い永琳』が木端微塵になっちゃうところだったわ。次からは長い物体も小さくしておこっと」

 

 衣玖に総領娘様と呼ばれた方の女性もこちらを向いた。

 

「……さて、ゴミ掃除だね」

 

 比那名居天子は嬉しそうに笑って今度は妹紅に近付き始めた。

 

*   *   *

 

 比那名居天子 スタンド名『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』

 

 天子が指定した物体以外の大きさを天子に近付いた距離だけ小さくする程度の能力。この力はあらゆる物体に働き、今回は藤原妹紅と八雲紫以外を指定して、能力の範囲を制御していた。その気になれば自分以外の全ての物体を小さくすることが出来る。ただし、そうした場合、自分が一体どんな状況に陥ってしまうかは分からない。

 

*   *   *

 

 比那名居天子が近付くと、それに比例して妹紅が小さくなっていく。それは『ホワイトスネイク』も同様だ。妹紅はこれ以上近付かれるとマズイ、と判断しすぐに天子から距離を取ろうとするが。

 

「逃げられないわよ? お・ち・び・ちゃ・ん」

 

 にやにやとしながら天子は妹紅との距離を縮めていく。妹紅はどんどん小さくなっているため、妹紅が全力で走っているのに歩いている天子から逃れることが出来ない。

 

「く、な……何だよこれッ!! 『近い』のに『遠い』ッ!!」

 

 距離的には近いのだが、妹紅が小さくなっているため段々と天子が遠く、そして大きく見えるのである。

 

「ほ~ら、ほらぁ? さっさと逃げなきゃその辺の蟻と大きさ変わんなくなっちゃうよ~~?」

 

 と、天子は懐から何かを取り出した。

 

「あんたたちの声は小さすぎて聞こえないけど、これ何か分かるかしら?」

 

「……瓶!? 液体が入ってるが……」

 

「聞こえないわ。衣玖、答えは?」

 

 天子ははぁ、と溜息をつきながら衣玖に尋ねた。衣玖は空気を読んで目立たない様にしていたが、天子に名指しされたために目を伏せながら答える。

 

「瓶詰の水でございます、総領娘様」

 

「ぴんぽ~ん。流石は衣玖ね。じゃあこの水をあんたたちに向かってかけたらどうなるでしょーか?」

 

 そんなことを呑気に言いながら天子は瓶の口を開いて妹紅に向かって水を捲いた。

 

 既に妹紅との距離は2mを切っており、妹紅の大きさはその辺の虫けらと変わらないサイズだった。

 

 そして水がまかれる。ただでさえこの大きさで水をかけられたら相当辛いのに、水は天子の手から離れると同時にその大きさを取り戻していく。

 

「―――ッ!!」

 

「……何て能力ダ……。危険すぎるッ」

 

 激流だ。妹紅は目を見開いて必死で水から逃げた。だが、水が近付けば近付くほど天子から離れるためどんどんと大きくなっていき、妹紅から見れば50m並の津波に見えた。こんな水流に飲み込まれたら人間は死んでしまう。

 

 『ホワイトスネイク』は妹紅が水に対して逃げるように走って行った方向とは逆、つまり、天子の足元まで全速力で走った。とはいえ、天子に近付くということはどんどん小さくなるということ。だが、『ホワイトスネイク』は天子に対して何かをするために近付いたのではなく……。

 

「見つケタぞ……蠅だ」

 

 自分と同じ大きさくらいの蠅の背中に飛び乗った。蠅はスタンドである『ホワイトスネイク』を認識できないが、頭上から降り注ぐ水は視認できている。蠅の動きは複眼によってかなり精密に障害物を避けられるのだ。『ホワイトスネイク』は蠅の脱出に合わせてこの場を切り抜けるようだ。

 

「とは言ってモ、蠅が水から離れれば離れるほど、この私ノサイズも大きくなってイクか……もう、乗ってられナイな……ッ!!」

 

 ある程度、水を避け切ったところで『ホワイトスネイク』は蠅から離脱して地面に降り立った。既に水の射程距離外だ。そして、自分とは逆に逃げた妹紅の方を見ると……。

 

「く、『スパイスガァアアアアアアアーーーーーーーール!!!』」

 

 全力で妹紅は叫び自分の背後に『スパイスガール』を出現させ、自分を殴らせる。

 

「WAAANNABEEEEE!!!」

 

 命令を受けた『スパイスガール』は自分自身の主を柔らかくした。それも、ぐにょぐにょに広がってしまうほど。妹紅の体は一気に平べったくなり、激流に呑み込まれる。だが、薄く広がりサーフボードの様な体になった妹紅は波に呑まれながらもうまくその水流を受け流していく。

 

「……ガボッ!!」

 

 水こそ大量に飲んだものの、水面に浮くことは容易だった。すぐに『スパイスガール』の能力を引っ込めて、元の体に戻る。

 

「げほっ、がほっ!」

 

 えずきながら妹紅は立ち上がった。だが、天子から見ればまるで這い蹲る羽虫のよう。どこか、気に入らなかったのか水を入れていた瓶を振りかぶって……。

 

「しぶといわね、人間!」

 

 妹紅に向かって投げつけた。瓶は大きくならないが、それでも虫サイズの妹紅からしてみればただの瓶でさえ巨大なハンマー。

 

「う、おおおおおお!! 蓬莱『凱風快晴‐フジヤマヴォルケイノ‐』!!」

 

 燃え上がる噴火のごとく、妹紅の体から自身の身を焼き尽くすほどの高温の炎が立ち上る。その炎は妹紅に迫りくる巨大な瓶を溶かし尽くし、ボドボドと溶けきったガラスがあたりに散乱した。

 

「うっ、クソッ!!」

 

 まるで火山弾のように巻き散らかされた溶けたガラス片は小さな妹紅にとっても危険だった。

 

 ジュゥゥ……という音を立てて溶けたガラスが妹紅の周囲を囲むように散乱していた。熱い、いや、早く天子から逃げなくては。この体格差では勝てるわけが……。

 

「はッ!?」

 

 妹紅が解けたガラスを避けて逃げようとするも、何か透明な物体が道を塞いでいる。何かと思えば……。

 

「ぷっぷー! あんた、自分の強さ過信しすぎてなぁ~い? あんたの今の大きさじゃあ、マッチの炎程度の火しか出せなかったようね! 瓶は全く溶けきってないどころか、逆に着地点が微妙に溶けることで割れずにあんたを閉じ込めちゃったわ!!」

 

「んなッ!!」

 

 妹紅が周りを見渡すと、確かにガラス瓶だ。まさか、自分の炎がこんなにも小さくなってしまっているとは思わなかった。今の大きさでは瓶に指程度の穴をあけるのが精いっぱい……ッ!!

 

「しかも、瓶の入り口は天子の方に向いているッ!! は、果たして私はこのわずか10センチ程度の距離を到達できるのかッ!?」

 

 妹紅がいる辺りは瓶の底に近い地点で、瓶の口まで12センチ程度だ。既に天子は1m圏内まで近づいてきているため、10センチでも近付くともはや蟻と区別がつかないほどの大きさまで小さくなってしまうかもしれない。

 

「藤原妹紅ッ!! 無闇に行動をするナ! また攻撃を受ケルぞ!」

 

 水責めを逃れていたらしい『ホワイトスネイク』が天子との距離2m程度のところで何かを言っている。だが、瓶の中にいてなおかつ天子と距離が近い私にその言葉は届かなかった。

 

「……っ!」

 

 また一歩天子が妹紅に近付いた。これで50センチ。すでに妹紅の身長より瓶の厚さの方が大きいようだ。

 

「ん、見えなくなっちゃったわね。まぁいいわ……ええっと……」

 

 天子は何かつまらなそうな表情をして衣玖の方を見た。

 

「ねぇ、衣玖。ハエ取り蜘蛛とか捕まえてきて」

 

「既に捕まえております、総領娘様」

 

「んー、流石衣玖ね。気が利くわ。じゃあ瓶の中に入れて」

 

「かしこまりました。念のため5匹程度入れておきましょう」

 

 気絶している永琳を抱えている衣玖は何時の間に捕まえていたのだろう。手に5匹の小型の蜘蛛を持っており、それを瓶の中にすぐに入れた。当然、瓶の中にいた妹紅はぎょっとして突然侵入してきた5匹の蜘蛛に驚く。

 

「う、うわあああッ!! な、なにこの巨大生物!? く、蜘蛛ッ!! いや、わ、私が小さいんだ!!」

 

 妹紅はすぐに瓶の底まで移動して出来るだけ蜘蛛と距離を取った。その時。

 

「じゃあ、ちょっぴり離れるわね」

 

 そう天子が言い、少しだけ瓶と距離を取る。すると、妹紅の大きさがそれに合わせて少しだけ大きくなった。蜘蛛より一回り小さいサイズだ。

 

「……!! だ、駄目だ……瓶底は厚すぎる……! 私のこのサイズじゃあ溶かせない……!!」

 

 蜘蛛から逃げる為に炎で瓶を溶かそうとするも、時間がかかりすぎる。そうこうしているうちに獲物の臭いを嗅ぎつけた蜘蛛の群れが妹紅の背後に迫っていた。

 

「ふふっ、人間と蜘蛛なんて、大きさをそろえたら蜘蛛の方が圧倒的に強いらしいわね。知ってた衣玖?」

 

「初めて存じ上げました。流石は総領娘様」

 

 空気を読んで知っていたけど知らないふりをしつつ、衣玖は天子を称賛した。

 

「まぁ、でも現実にそうなのか確かめてみたいってことでー。頑張ってねその辺の人間♪」

 

 天子は笑いながら蜘蛛のサイズの妹紅を見下した。当の妹紅と言えば、迫りくる5匹の化け物に応対して、戦うために、そして天子から永琳を奪い返すために、策を練っていた。

 

「……ま、まさか蜘蛛がこんなにも恐ろしい生物だとは……な……」

 

 妹紅の足は震えていた。今の自分の強さはどれくらいなのか、見当がつかないからだ。

 

「……『ホワイトスネイク』」

 

 助けを乞うても本人は近づけずにいる。瓶の口は天子の側だ。

 

 一人で闘わなくてはならない。

 

 

39話に続く……

 

*   *   *

 

 後書き

 

 ということで、ボスとジョルノの幻想訪問記38話 えくすとりーむ・えんじぇう②でした。新キャラとして比那名居天子、そして永江衣玖が登場しました。そして天子のスタンド……原作で呼んだときは「あれ? こいつ最強じゃね?」 と思いました。実際倒してないですしね。

 

 あと、ゆかりんの『ホワイトスネイク』はつい最近発現してます。決してこれまで能力があったけど使わずに橙をスパルタ教育的に仕事させていたとか、そんなもんではないです。ほんとに。

 

 そして早苗さんのスタンド予想の話ですが、紫様が『ホワイトスネイク』なので『WS』予想してくれた方、裏切っちゃいましたね。ちなみに、今のところ正解は出てないです。(誰か当てて)

 

 というわけで駆け足ですがこれにて38話は終わります。まだまだ天子の話は続きますよ。何故永琳を誘拐したのか? についても触れたいですし。

 

 では、また39話で。



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えくすとりーむ・えんじぇう③

ボスとジョルノの幻想訪問記 39話

 

 えくすとりーむ・えんじぇう③

 

 

 空気を読む程度の能力を持つ永江衣玖は、自分の主の変化についてこう考えている。

 

「総領娘様はついに天下をその手中にお納めになられるに見合った能力を手に入れた」と。

 

 ある日、いつもの様に天子から見ればつまらない天界での付き人生活を平然と過ごしていたところ、天子は自分の周りを小さくできる、と言い出した。

 

(ついに余りの退屈さに総領娘様は聡明な頭脳をやらかしてしまったのですね……)

 

 衣玖は失礼ながらもその話を聞いたとき、そう思ったのを覚えている。だが、実際に天子は手に持っていた桃を際限なく縮小させたのだ。

 

 そして、手を放して桃を自分から遠ざけると次第に大きさを取り戻していった。

 

(これは……ッ!! 天啓!!)

 

 天子自身は特にそのようには捉えていないが、衣玖ははっきりと断定した。

 

 近付けば近付くほど小さくなり、誰も天子に触れることは許されない。

 

 ついに自分の主が天界のみならず、下界、冥界、魔界……ありとあらゆる世界を総べるにふさわしい能力を得たのだと。

 

「……総領娘様、今ならあの憎き八雲紫も倒せるのでは……」

 

 そうと決まればまずは主の自覚をはっきりとさせることだ。かつての仇敵、八雲紫をその手で倒させ、自信と自覚を持たせることが出来れば……。

 

「え? あのババアのこと? やだやだ、私もうあんなのには関わりたくないわー」

 

「……さようでございますか」

 

 だが、ネックはこの性格だ。非常にあっさり、そして興味の移り変わりが激しい子供染みた性格。これではせっかくの王の素質を持った能力があったとしても宝の持ち腐れである。

 

 だから、衣玖はこう切り出した。

 

「では、戯れにその総領娘様の能力を試す、というのはいかがでしょうか? きっと、今の総領娘様ならお父様や伯父様たちのみならず、幻想郷最強の妖怪と言わしめる八雲紫さえも貴方に触れることさえ叶わないでしょう」

 

「……どういうことかしら?」

 

 天子は少しだけ興味が湧いたらしい。ここぞとばかりに衣玖は説得を畳みかける。

 

「まず、あなたはこんな場所でのんびりとつまらない生活を過ごしているだけでは勿体無いお方です。御自分でもいつも言っているではありませんか。つまらない、と。ですが、失礼だとは分かっていますがはっきりと言わせてもらいます。今の総領娘様はかつて八雲紫に手痛い目に合されてから自由を求めることに恐怖していらっしゃる」

 

「……言うわね、衣玖のくせに」

 

「言いますよ。これは総領娘様のためでありますから」

 

 ここまで衣玖が熱意をもって説得をする姿は見たことが無い。俄然天子は興味が湧いてきたらしい。

 

「しかし、総領娘様は『ありとあらゆるものを小さくする程度の能力』を得ました。近付けば近付いた分だけ縮小していく無敵の力……つまり、誰も総領娘様には追いつけない、ということになります」

 

「……」

 

 天子は黙って衣玖の話を聞いて、頷いた。

 

「うん、衣玖の言う通りだわ。この力を試してみたくなった」

 

*   *   *

 

 そうと決まれば早速行動に移すのが比那名居天子である。すぐに無断で地上に降り立ち、当然八雲紫に目をつけられる。

 

「あらあら、天界の天人かぶれ、比那名居天子様ではありませんか。本日はようこそ幻想郷にいらっしゃいました。手荒い歓迎で申し訳ございませんが、さっさとおうちにお帰りになられてください」

 

 地上に降りるや否や、すぐさま八雲紫が目の前に現れ、スキマを天子の足元に開いた。

 

 だが――――。

 

「……どうしたの、八雲紫? 私を強制送還するんじゃあないのかしら?」

 

「――スキマが……開かない?」

 

 いや、紫の表現は間違っている。実際には開いているが、天子の能力のせいでごくわずかしかスキマが開けていないのである。

 

 1ミリ以下のスキマに誰が落ちるだろうか。この時点で天子は八雲紫に対して完全に優っていると理解した。

 

「私はもうあんたには捕まらない」

 

 大見得を切って、紫に背を向けて歩き出す。当然紫は逃さないため、自分をスキマに戻して天子の真上から出現しようとするも……。

 

「――ッ!?」

 

 天子の真上に開けた隙間が一瞬にして消滅したように見えた。実際には1ミリ程度の大きさまで小さくなっているだけだが、紫には自分の能力が封じられているのでは、と思う。

 

「ま、待ちなさい!!」

 

 紫は元の場所に戻って今度はスペルカード、魍魎『二重黒死蝶』を切った。だが、弾幕は天子に届く手前で一気に縮小し、見えなくなる。

 

「……!?」

 

 背を向けて歩く天子に自分の攻撃が全く届かない。

 

「なら、結界『生と死の境界』!」

 

 紫は天子を包み込む形で結界状の弾幕を張った。これならば、逃げ場が無く、移動も出来ないだろう。

 

「……ふーん」

 

 だが、天子は振り返ることもせず、歩みを止めはしない。天子は弾幕に触れそうになるが、被弾する直前で限りなく縮小してしまう。

 

 弾幕が届かないのだ。一切。あらゆる角度から降り注ぐ光弾が彼女の周囲で一気に無力になる。

 

「――――ッ!! ま、まさか……『スタンド』?」

 

 いや、そうとしか思えない。天子の能力にあんな絶対防御の効果は存在しないはずだ。

 

 つまり、比那名居天子にも『スタンド』が発現しているッ!!

 

「……ス、スタンド使いに……なっているなんてね……」

 

 スタンドはスタンドでしか倒せない。この時点でスタンド使いでは無い紫は天子に対して成す術がない。どうしようも出来ずに、ただ天子の後ろ姿だけを眺めていた。

 

「……最高の気分だわ、衣玖」

 

 天子が言うと能力対象外の衣玖がすっ、と天子のそばに降り立った。

 

「流石は総領娘様です! あの大妖怪が手も足も出せていませんでした!」

 

 永江衣玖は予想以上の天子の能力の強さに高揚を隠しきれなかった。久しぶりに声を荒げて、天子を褒め称える。

 

「ふふん、まぁ、私にかかればこんなもんよね。……決めたわ、この能力の名前……。私の領域を誰も犯すことは出来ない、神性にて不可侵よ」

 

 何も出来ず、立ち尽くす八雲紫を背後に感じて天子は言った。

 

「『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』。それが名前、それが能力」

 

*   *   *

 

 そして、現在に至る。

 

(……どうして、こうなった)

 

 そして、現在の状況に永江衣玖は少なからず困惑している。

 

 比那名居天子の熱しやすく冷めやすい性格を甘く見過ぎていた――!!

 

 衣玖は『幻想郷についての情報を提示』し、何故か天子はその中で幼くなってしまっている八意永琳に目を付けた。

 

 そして、今。八意永琳は衣玖の背中で気を失っており、八意永琳のお守りっぽい人間は瓶に閉じ込められている。これじゃあただの誘拐犯だ。この世を収める人物にふさわしい行動ではない。

 

「ねぇねぇ、衣玖。幼い天使ってこーゆーのを言うのよね。幼い天使。でさ、『おさない』と『ひなない』って何か似てない? これって運命よね? 私とこの子は引き合う運命だったのよ。みて、この子。寝顔超キューティクル」

 

 まさか、こんな下らないネタに走るとは思わなかったのだ。気絶している八意永琳を背中に乗せている衣玖は溜息をついた。

 

「……総領娘様、いいですか? あなたは……」

 

「あーもう、うっさいわねぇ衣玖。折角幻想郷に来て、あんちきしょーの追従も無いんだから、楽しみましょうよ。そんな一昔前の帝国主義的な考えはもう古いのよ?」

 

「……はい」

 

 そして、天子自身もやっぱり乗り気じゃあなかった。この凄まじい能力は私利私欲のためだけに使うつもりらしい。

 

「……」

 

 とりあえず、天子からすれば永琳の誘拐はただ可愛くて傍に置いときたいから、に他ならない。

 

 何と呑気な話であろうか。衣玖もこれには流石にがっくり来ていた。『ホワイトスネイク』も、もしかすると天子から『GGG・オブ・ホーム』を回収する必要は無いのでは? と思う程に。

 

 だが、その話を聞いて穏やかじゃあ居られないのは、不死の少女。

 

「……ふざけやがって」

 

 瓶の中で話を聞いていた藤原妹紅は急に沸々と怒りが湧いてきた。当然だろう。『ホワイトスネイク』から聞いていて通り、あの二人の天人からすればこんなのは単なる暇潰しでしかないのだから。

 

「やっぱり、一発はブチ込む。じゃないと私の気が収まらないな」

 

 瓶の中で妹紅はメラメラと闘志を燃やしてウゾウゾと蠢く5匹の蜘蛛を見た。

 

 蜘蛛は妹紅を獲物として捉えており、キシャー!と鳴き声のような音を上げて8本の足を動かす。その様子を見た妹紅は「うっ」と背筋に恐怖感が走り抜けた。

 

(……くそっ、何だこの吐き気は……。怖いのか? この私が……こんな虫けらに『恐怖』しちまってるのか……?)

 

 全生物を同じ大きさにしたとき、純粋に身体能力のみの最強の生物は蟻か蜘蛛だという。そして、最弱候補に入るのが人間だ。妹紅が生物本能的に恐怖を抱くのは当然の反応だった。

 

(し、しかもコイツら……全部黒地に白の縞模様……ッ!! 雄かよ……!!)

 

 ハエトリグモは雄ならば黒地に縞模様をしており、雌は茶色で地味な色をしている。無駄にそんな知識を(主に慧音から)受けていた妹紅は更に不安感がよぎる。

 

「……な、なぁ~んか……ヤバい予感……」

 

 ちらりと妹紅は天子を見た。天子からは小さすぎて見えていないが、その時の妹紅の目は悲痛な訴えをしていただろう。

 

 当然、無視。天子はそれよりも永琳の方を見ている。

 

「とにかく……! 私には『炎』がある! 火力は低くなってはいるが、生物にとっては共通の脅威には違いない!」

 

 妹紅は右手を前に、左手を腰の横に構えて、両腕に火炎を宿らせる。熱気を感じた蜘蛛は足を止めてそれ以上妹紅に近付こうとはしない。やはり、炎が弱点だ。

 

「……どけ、私はお前らに構っている場合じゃあない」

 

 妹紅は炎を振りまいて蜘蛛と距離を縮めていく。

 

(……うぅっ! き、気持ち悪い……)

 

 だが、近付けば近付くほど、蜘蛛の様子が鮮明に妹紅に知覚されてしまう。ぐじゅるぐじゅると不気味な音を立てている口、ぎょろぎょろと8方向に蠢く目玉、そして全身から漂ってくる腐臭。

 

 と、奥にいた一匹が飛び、瓶の天井に張り付いた。そして腹を妹紅の方に向けている。ヒクヒクと腹の先の方が動き、白くしなやかな糸が妹紅に向けて発射された!

 

「蜘蛛と言えば、これだよな……!! だが、燃やす!!」

 

 真っ直ぐに飛んできた糸を捉えることは容易い。妹紅は身を躱しながら糸を掴み、熱を込める。すると、糸はジュゥ……と音を立てて燃え、その糸を伝って糸を出した蜘蛛の方に向かっていく。

 

 ブジュゥゥウウ!!

 

 伝道した炎は蜘蛛の出糸突起に辿り着き、その器官を燃やした。ギシャァアアア!! と、妹紅にだけ聞えるような極々小さい悲鳴のような音を上げて蜘蛛は張り付いていた天井からぼどっと落ちる。

 

 それを見ていた蜘蛛も同じように糸を妹紅に吹き付ける。だが、数が増えようとも、妹紅が躱すことに大した支障は与えない。一本ずつ、丁寧に躱して、燃やす、燃やす、燃やしていく。

 

「所詮は虫かッ!! 私の敵じゃあないな!!」

 

 全身から熱気を迸らせて妹紅は蜘蛛たちに向かって突っ込んでいく。炎の弾幕でまず道を開き、そして出来た道を一気に駆け抜けた!

 

「よしッ!! 倒すのは困難だが、逃げるのは容易い!」

 

 ガサガサと音を立てて引いていく蜘蛛を尻目に、妹紅は瓶の口まで着いた。

 

「うわお、結構やるわね。――――でも、そこ。通れるかしらん?」

 

 天子はいつの間にか蜘蛛の群れを突破して出口まで辿り着いていた妹紅を見て称賛の声を上げた。しかし、天子は全く動揺していない。それどころか、妹紅の心配をしている。

 

「……ぐっ!! 瓶の口が『坂』になってる!!」

 

 既に妹紅の大きさは瓶の口付近のくびれが巨大な坂に見えるほどだった。しかも、摩擦係数の低いガラスである。つるつると滑る角度60度程度の坂を登るのは困難を極める。

 

「さぁ~って、あんたにこの坂が登れるかしら? それも背後の蜘蛛たちの追撃もあるわよ? ふふん、流石に厳しいかしら?」

 

 と、高笑いしている天子を尻目に妹紅は真っ直ぐに瓶の入り口だけを見ていた。

 

 

「厳しいかどうかは私が決める。『スパイスガール』」

 

「ウオォリィイイイヤァアア!!!」

 

 

 妹紅は『スパイスガール』を出してガラスの坂を上りながら次々と駆け上がっていく。その登攀に妹紅が足を取られるような様子は全くない。階段を駆け上がるかのようなスマートな登りだ。

 

「……!! 『柔らかくする程度の能力』!! ガラスを人間の皮膚程度の柔らカサに変えたのカ! 踏めバ少し陥没し、そこカラ次の一歩を踏み出す力を得てイル……!」

 

 妹紅救出の為に瓶の方に向かっていた『ホワイトスネイク』はそう漏らした。彼は瓶に近付けば近付くほど小さくなっていっているため、現在大きさは蜘蛛より一回り大きい程度になってしまっている。

 

「だが、藤原妹紅……!! 私ガそこに行くマデ待てと言ったロウに……! 今、貴様の大きサは蟻程度ダ……!!」

 

 『ホワイトスネイク』の言う通り、妹紅の大きさは既に1センチちょっとしかない。もはや、人間大の大きさの天子からすれば見えないほどである。天子の足まで距離にしてわずか10センチ程度。これ以上近付けば誰にも認識されなくなってしまう。妹紅の体感からすれば全く近づけていないように見えているが、実際には目と鼻の先。だが……!!

 

「既に天子の『射程圏内』ダ……!! それ以上近付けば……来るゾ……!!」

 

 瓶の入り口までたどり着いた妹紅は『ソレ』を見る。

 

 

「……アムゥー」

 

 

「――な、んだ……コイツは……!!」

 

 飛行機のエンジン部分を顔の両脇に携え、不自然に尖った頭に呑み込まれてしまいそうな程に黒々とした目玉。そして……。

 

「……こ、この『スタンドエネルギー』は……、やばい!!」

 

 その身に宿す凄まじいほどのスタンドエネルギー。

 

 瓶の入り口で妹紅の方を見つめ続けるそいつは特に妹紅に攻撃する様子は無い。ただ、凄まじいエネルギーがその身に凝縮されているように見える。そのプレッシャーが妹紅の全身に襲い掛かり、ズシンと急激な体の重さに襲われる。

 

 これが、精神に極度に負荷がかかった状況……!!

 

「アムゥ……」

 

 妹紅はそれ以上近づけずにいた。大きさは蜘蛛程度だが、蟻程度の大きさまで縮小してしまっている妹紅から見れば巨大なスタンドだ。

 

「……お、そんなとこにいたのね」

 

 天子はその姿を見るとそう呟いた。

 

「そいつが私の『スタンド』、『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』の具現よ。そいつ自身は私の周囲10センチ程度の射程距離しかないけど、その分パワーは凄まじいわよ??」

 

 射程距離僅か10センチ、これほど恐ろしい情報はない。

 

 スタンドのパワーは本体との距離に反比例する。つまり、天子のスタンド像自体の射程距離はたったの10センチということは、それに反比例したパワーを持つというわけになる。

 

「……け、桁違い……か」

 

 妹紅は近付けずにいた。それは、こいつの能力の底が見えないからだった。

 

 天子の射程距離内に入ったとき、一体この縮小させる能力はどこまでその力を発揮させるのかが分からない――!

 

 もっと、先の、ドス黒いエネルギーがそのスタンドには詰まっている!!

 

「ちなみに、それ以上ソイツに近付いた物体は無いわ。どうなっちゃうか私でも分からないから……試しに近付いてみてよ」

 

 そりゃ無茶なお願いだ。妹紅は声に出したが、天子の耳には届かない。

 

「駄目だ……! コイツがここにいる限り、ここを突破出来ない……ん!?」

 

 ふと、手を何かが引っ張った。何だろうか、と見ると白いロープのような物が腕に巻き付いている。

 

 見覚えがある、と思った次の瞬間!

 

 ドンドン!と瓶を叩く音がした!! ようやく瓶に辿り着いた『ホワイトスネイク』だ。

 

「妹紅ッ!! 後ろダ!! 蜘蛛が来ル!!」

 

「――――はッ!?」

 

 背後を振り返った直後、大量の糸が妹紅を襲い掛かった。燃やそう、としても既に糸の太さは妹紅の腕より太い。すぐに焼却出来るような大きさでは無い!!

 

「し、しまッ……!?」

 

 しまった、と言う間もなく糸に拘束された妹紅に一匹の蜘蛛が覆いかぶさる。既に蜘蛛の大きさは妹紅から見れば巨大なクリーチャーで、ブハァと口のような器官から吐く息が妹紅の顔に降りかかる。

 

「うえっ、く、さ……!! ま、待て!! くそぉッ!!」

 

 体から熱気を出すも、巻き付いた糸は中々燃えない。糸が密集しすぎて火力を出すには酸素が足りなかった。

 

 ぶすっ。

 

「……か、はッ!?」

 

 妹紅に覆いかぶさっていた蜘蛛が妹紅の首元に噛みついた。噛むというより、口にある針のような器官で妹紅を刺したのだ。大きさ的には妹紅の今の指程度の大きさ。そこからドクン、ドクンと液体が注入されていく。

 

「……な、ん……これぇ……」

 

 次第に妹紅の体から力が抜けていく。呂律も思うように回らなくなっていき、視界がぐらりと傾いた。そして、注入された液体が体を巡るほどに、全身が迸るように熱くなっていく。

 

 自分で熱を出すとは違った熱さだ。だが、妹紅の体は逆に言いようのない不安で満たされていく。

 

「ハエトリグモは毒蜘蛛じゃあないけど、どんな蜘蛛にも小さな獲物の動きを止めるために毒を持ってるのよ。今あんたに注入されたのは筋弛緩剤のような効果を持った神経毒ね」

 

 これが媚薬とかならもっとおいしい展開になるんだけど、と天子は呟く。

 

「く……あ、あ……」

 

 体を動かそうとするがピクンピクンと、末端部分が跳ねる程度である。口を閉じるような力も湧かず、だらんと舌が自然に垂れる。呼吸も荒く、顔は毒の効果で真っ赤に染まっていた。残りの蜘蛛も同じように妹紅に噛みつくが、何の抵抗も出来ずにいる。

 

 妹紅は不死のため、体格に対して致死量の毒を盛られても死ぬことはない。だが、死んだ方がマシ、という状況も存在する。

 

(……だ、めだ……ま、全く動けない……。こ……わい…………)

 

 ゾゾゾゾ、と恐怖が妹紅の全身に巡る。これからの自分を想像して吐きそうになるが、吐くほどの力もない。代わりに呑み込めない唾液がだらんと垂れた舌を伝って地面に流れる。何とか逃げようとするも、弛緩した筋肉がぴくんと跳ねるだけだった。

 

「……」

 

 絶望的な状態の妹紅は蜘蛛の蠢く切れ間で一瞬だけ天子の姿が見えた。

 

 笑っている。自分のこの状況をこの女は笑ってみている。まるで、小さな虫けらを足で踏み殺す様子を楽しむ子供の様な笑顔だ。

 

 だが、天子の隣の人間。

 

 永江衣玖の様子がおかしい。

 

「……?」

 

 息切れをしているかのように荒い息を吐き続ける妹紅は天子では無く、衣玖の方に注視する。何だ、あいつは……。私と……同じ……とても、苦しそうに……して……。

 

 

「……ムっ!?」

 

 絶体絶命の妹紅救出のため、最初に妹紅が溶かしていた部分からの瓶内部への侵入を図っていた『ホワイトスネイク』も永江衣玖の不自然な様子に気が付く。

 

 

 『ホワイトスネイク』の目には永江衣玖が瀕死に見えた。

 

 

「ぐ、は……あ……」

 

 ボドボドと口や鼻から血を吹き出し、その場に崩れ落ちる。その音でようやく天子も衣玖の異変に気が付いた。

 

「……ッ!? 衣玖!? 衣玖!?」

 

「申し訳、ごふっ、ございません……総領娘様ッ……ごぼっ!! 総領娘様がお目立ちになられていたので……空気を読んで……我慢してましたが……!! ぐふっ、がっ……」

 

 そう告げる衣玖の左腕、そして右腕が今にもぐずぐずになって取れてしまいそうになっている。それを見た天子はぎょっとして衣玖に「何よコレッ!!」と理由を尋ねた。

 

「……殺人ウイルス、のような物かと……このままでは……総領娘様も……感染……!!」

 

 ついに、衣玖の両腕がボドン、と地面に落ちた。それを見た天子の口、そして鼻も同じようにぐずぐずに溶けはじめる。

 

 ウイルス、感染、殺人。衣玖の口から放たれたこれらのワードに天子は凄惨たる情景が思い浮かぶ。

 

「ま、まずいぃいいいいいいいッッ!!! 『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』!!! 私と衣玖の大きさはそのままッ!! しかしッ!! 『ウイルス』だけは許可しないィィィィーーーーーーッッ!!!」

 

 瞬時に衣玖と天子のグズグズに溶けるという症状がストップした。衣玖の言う通り、ウイルスならば限りなく縮小させることでその進行を限りなく止める事が可能なのだ。

 

 天子の口と鼻の溶解は殆ど停止した。だが、その部位に触ることは天子でさえもためらわれた。本能的に触れるのはマズイ。

 

「……い、衣玖……?」

 

 衣玖の進行も天子と同じように止まっているはずだ。天子は倒れる衣玖に声をかけた。

 

 だが、衣玖は目覚めない。両腕だけではなく、その症状は背中にも広がっていた。しかも、その症状は背中の方がひどい。背中が骨が見えるくらいまで抉られている。

 

 その状態に天子は絶句し、そして別の考えも思い浮かぶ。

 

「ま、まさか……!!」

 

 背中が酷い、ということは背中に居たであろうあの子もヤバいのでは? そう判断した天子は彼女を探す。

 

 八意永琳を……。

 

「……はッ!?」

 

 いた、八意永琳だ。確かに、衣玖の背中から離れている。

 

 

「……だ、誰?」

 

 

 だが、天子の前にいたのは違う人間だった。その人間の腕に八意永琳が抱かれていた。

 

「……」

 

 その人間――――目立つ赤いショートヘアーが更にその高い身長によって強調され、白いジャケットとタイトスカートが印象的な女性は、気を失っている八意永琳をお姫様抱っこして立っていた。

 

 そして、全身をウイルスで蝕まれている永江衣玖と唇と鼻に小さな水ぶくれのような溶解痕が出来ている天子を一瞥して走り出す。

 

「な、待ちなさいッ!!」

 

 すぐに天子は『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』を発動させ、天子の脇を通り抜けるその女性の大きさを小さくさせようとするが、思い通りにいかない。

 

 『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』は天子に近付く物体を小さくする能力。よって、遠ざかる物体を小さくさせる、といった芸当は不可能だった。天子は思惑が外れ、そして女性の次の行動を許してしまう。

 

 女性は走りながら瓶を蹴り上げ、空中でそれをキャッチした。

 

「……ッ!! しまった!!」

 

 離れていく女性によって、瓶も当然天子と距離を取る。すると、中で瀕死になっていた妹紅も大きさを取り戻し始める。

 

「むぎゅっ!!」

 

 瓶の容積を超える大きさを取り戻した妹紅はその圧力によって、瓶を内側から突き破り、脱出する。既に天子との距離は十分に離れていた。

 

「はぁっ!! ぐ、うぅ……」

 

 蜘蛛の大きさはそのままのため、大きさを取り戻した妹紅には毒の効果が見る見るうちに弱まっていく。元の大きさを取り戻した頃には少しはふら付いてはいたが完全に一人で立てるほどに回復した。

 

 大きさを取り戻したのは瓶にくっ付いていた『ホワイトスネイク』も同様である。妹紅と同じように、彼もまたこの見知らぬ女性に助けられた。

 

「……感謝する。だが、君は一体誰ダ? いや、どこから……いつココに来ていタ?」

 

「……私も……知りたいわ……! あんたは何者……なの?」

 

 天子との距離はおよそ15m。だが、天子は妹紅たちに近付かない。近付けば、衣玖に残存するであろう『殺人ウイルス』の大きさも元に戻ってしまう。今、天子が衣玖の元を離れて妹紅たちに近付くことは出来ないのだ。

 

 天子がこちらに来れないことを女性は流し目に確認して、永琳を見た。その表情からは笑みが零れている。そして妹紅たちの質問には答えず、こう言った。

 

「……無事でよかったよ、主人」

 

 その一言はますます妹紅と『ホワイトスネイク』を混乱させた。

 

 こいつは一体何者なのか? どこから、いつ現れたのか? そして、衣玖を襲ったウイルスとは……?

 

「……まさか、『パープルヘイズ』……カ?」

 

 『ホワイトスネイク』の呟き。だが、目の前の永琳を抱く女性は『スタンド』には見えなかった。

 

40話へ続く……

 

*   *   *

 

 八意永琳 スタンド名『パープルヘイズ』?

 

 八意永琳のスタンド(?)。能力は『ホワイトスネイク』は毒の能力だと言っていたが、衣玖の証言では『殺人ウイルスを操る程度の能力』。スタンド像はまだ不明。永琳を救出した女性との関連性も不明。

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 もこたんがあとちょっとで大変な目にあうところでした。39話です。

 

 原作ではナランチャが同じような目にあってましたが、これを閉じ込められている方を美少女にすると……あら、不思議。分厚い単行本が一気に薄い本になります。妹紅はよく18禁的な被害に逢いますね。「白髪の子かわいそう」。

 

 そして、また新キャラっぽいのが誕生しました。一体彼女は人間なのか? それとも八意永琳のスタンド『パープルヘイズ』の具現なのか? そこらへんの種明かしは40話にて行います。ご期待くだされ。

 

 あと、早苗さんのスタンド予想ですが……みなさん鋭い、いい目をしている(ACDC風)。正解はまだお伝え出来ませんが、予想コメントはまだまだ募集してますよ!

 

 あ、あと普通に感想なども嬉しいです。投稿ペースが異常に早まります(多分)! 今回は妹紅の痴態とか、妹紅の辱めとか、妹紅の赤裸々な出来事とかの感想が多いですよね(にっこり)!

 

 と、いうわけでボスとジョルノの幻想訪問記 39話 えくすとりーむ・えんじぇう③でした。次回、ついに40話ですね。50話に行き着くころには掲載してから1年が経過しそうです。

 

 では、また次回にお会いしましょう。



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えくすとりーむ・えんじぇう④

ボスとジョルノの幻想訪問記 40話

 

 えくすとりーむ・えんじぇう④

 

 

「い、衣玖ゥーーーーーーッ!!!」

 

 瀕死の重傷を負い、起き上がることも出来ない永江衣玖を見て、天子はその場に崩れ落ちた。

 

「衣玖!! しっかりしなさい!! あんたっ、勝手に……私を置いて勝手に死ぬなんて絶対に許さないんだから!!」

 

 ぽろぽろとその瞳からは大粒の涙が零れていた。当然だった。衣玖は天子にとって幼少の頃から唯一の味方だったのだから。苦しく、肩身の狭い天界での生活。初めて約束を破り地上へと降り立ったあの日。自分の我儘で同じように罰を受けても私を許してくれた彼女。

 

 そんな永江衣玖が、今度は再び起こした自分の勝手な行動で死にかけている。

 

「衣玖っ、衣玖ぅ……ううう……」

 

 天子は衣玖の背中を見た。その背中には本来あるはずの柔らかな皮膚は存在せず、肉がごっそりと剥げて背骨の様な器官が露出していた。不思議と血は全く出ていないが、逆にその状況が恐ろしい。

 

「……ま」

 

「!!」

 

 悲しみに暮れる天子の耳に小さな声が聞こえた。ハッとして天子は衣玖の顔を見る。

 

 まだ、かすかに意識が残っている――!!

 

「そ、う……りょ……、……め……さま……ちが……」

 

「い、衣玖っ!! わ、私のことはどうでもいい!! 自分の心配をしなさい!! 今すぐお医者さん呼んでくるからね!! 絶対に死なないでよ!!」

 

 虚ろな瞳で衣玖は天子の口から流れる血を心配していた。そんな衣玖の態度に天子は嬉しくも、怒らずにはいられない。だが、天子の行動を衣玖は止めた。

 

「……!! いけませ……ん!! わ、たし……に…………、か……わない……で……。もう……、たすか……ら……。……あな……たは、王に……なるべ……人……」

 

 天子は首を振って「いいよ、もう!! そんなこと!! 私は、あんたにっ!!」と叫ぶ。だが、衣玖はふっと微笑んで……。

 

 

「……私、永江衣玖は総領娘様にお仕えできて幸せでした。どうか……御自分の天啓を……成し遂げてください」

 

 

 おやすみ、私の天使様。

 

 

「……?? ……衣玖? ねぇ……目を醒まして……。お願い、もう、もう私我儘言わないから……。衣玖に迷惑かけないからぁ……えぐっ、衣玖、衣玖ぅ……」

 

 永江衣玖は瞳を閉じて眠りについた。そばでは一人の可憐な少女が彼女の死を嘆いていた。

 

「衣玖ううううぅーーーッ!!! うあ、うううう……うあああああああああ!!」

 

 少女は流した。悲しみの涙を。

 

 しかし、その慟哭を慰めてくれる彼女はもう、いない。

 

*   *   *

 

 距離を取った妹紅たちは突然現れた女性に質問をしている最中に、突然天子が大声で泣きだしたことに気が付く。

 

「……おい、泣いてるぞあいつ……まさか……」

 

 妹紅の脳裏にあの永江衣玖の瀕死の表情を思い浮かべる。そして、永江衣玖が死んだということを察した。

 

 ……また人が死んだのだ。

 

 生命が消えた。

 

「……」

 

 妹紅の目の色が変わる。そして永琳を抱く赤いショートヘアの女性の胸ぐらを掴んだ。

 

「……助けて貰っといて、こんなことをするのは恩を仇で返す用で申し訳ないが、一つ聞かせてくれ。アレはお前がやったのか?」

 

「何かしらこの手は。離しなさい」

 

 妹紅よりも背の高いその女性は特に動揺する態度を見せることもなく、妹紅を見下していた。

 

 その態度が気に入らなかった妹紅は右手で拳を作って女性の顔面にストレートにブチ込んだ。

 

「……何も殺すことはなかったんじゃあないのか? あぁ?」

 

 だが、女性は微動だにしない。唇を切って血を流してはいるが、妹紅の拳を受けて倒れもしなかった。

 

「……ふふ、いい拳ね……でもスナップが甘いわ。もう一発叩いてみてよ……ねぇ、ホラ、ここ」

 

 そして、今度は左の頬も差し出して妹紅を挑発する。その狂気じみた台詞に少し引いて「……結構だ」と彼女の胸ぐらから手を離した。

 

「あら、残念。聖書では右の頬を殴られたら左の頬も差し出しなさいってあったわよ? それはそうと、あなた結構殴るセンスあったわよ?」

 

「……お前、ドMか?」

 

 常軌を逸したセリフに再び妹紅の背筋に悪寒が走る。助けてくれたのはいいが、どうにも気に入らない奴だ、と妹紅は思う。

 

「……まぁ、死んじゃったのはしょうがないわ。私もこんな手順で出られるとは思ってなかったし」

 

 女性は永琳を抱きながら肩を竦めて言う。その言葉に『ホワイトスネイク』は疑問を投げかける。

 

「手順? 出られル? 君は一体何者なんダ? 奇妙過ぎル……突然現れ、しかモ天子の能力によっテ小さくなってイタ節も無イ」

 

「奇妙って、あなたの容姿の方が奇妙ね。まぁ、でもあなたたちは主人を助ける為にここにいるわけだからお姉さんが教えてあげるわ」

 

 胡散臭い、と妹紅は思った。主人、主人とさっきから言っているが一体誰のことを指しているのか。まさか、とは思うが八意永琳か? こんな奴を部下に持っていたとは知らなかったが。

 

 妹紅がそう思っていると、女性は自分の周囲に円環によって繋げられた大小様々な六角形の物体が幾つも出現する。

 

「私の名前は堀川雷鼓。この子の持っている電電太鼓を仮の依代にしていた九十九神だよ。まぁ、太鼓に憑いてる神様だね……そして、何か異物が挿入されたおかげでこうして顕現出来たわけだけど……」

 

 と、堀川雷鼓と名乗る女性は周囲に浮かぶ物体とは別に、もう一つの人型の物体を出現させた。

 

「……これ、何なの?」

 

 妹紅と『ホワイトスネイク』は瞬時に『スタンド』だと分かった。西洋騎士の様なメットに透明のバイザーが付けられ、その顔を守っているかのような風貌。しかし、その表情は唾液をダラダラと垂らし、瞳は血走って虚空をぎょろぎょろと見つめていた。

 

「うじゅううううるううううううううう……」

 

「うわ、汚い。ほんとこれ何? 私の意思で出し入れできるけど……」

 

 どうやら、雷鼓は『スタンド』がどのような物かについては理解していないらしい。

 

「……おそらクは、妹紅が永琳に挿入しようとしたDISCが雷によって外れて、偶然持ってイタ電電太鼓の中に挿入されたヨウだな……。スタンドが発現すルことでマダ表に出れなかった君もつられて顕現したんだロウ……『スタンド』は精神エネルギーの塊でもあるカラな……」

 

 過剰にエネルギーを受けることで予定より早く顕現できたわけだ。

 

「……それって私が永琳にちゃんといれてればコイツは出て来なかったってこと?」

 

「そうとも言い切れナイな。スタンドDISCは素質のある人間に傾く。例え君が直接永琳にDISCを挿入しようトした所で堀川雷鼓に引っ張られる力が強ク、どっちにしろ不慮の事故等で堀川雷鼓にDISCは挿入されテいただロウ。残念なことにナ」

 

「むっ、まるで私がいらない子みたいじゃない」

 

 二人の発言に気に入らないところがあったのか、雷鼓は少し怒ったような態度を取る。が、二人は無視。

 

「とにかく、八意永琳の救出は完了しタ。あとは比那名居天子から『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』を回収するだけだナ……ん?」

 

 『ホワイトスネイク』は天子の方を見る。すると……。

 

 天子は立ち上がってこちらを凄まじい形相で睨み付けていた。

 

「……堀川雷鼓、面倒ナ事をしてクレタな……貴様が永江衣玖を殺しタせいで彼女はモウ容赦はしないダロウ……しかし、奴を倒しDISCを回収するコトに変わりはナイ」

 

「ちっ、これは見逃してはくれないよな……まぁ、あいつの気持ちは痛いほど分かる……。親しい者の死は……特にな……」

 

「……うん、私のせい……だよね。主人を助ける為に一生懸命で無我夢中で何も覚えてないけど、たぶん私のせいだよね」

 

 3人は義務、同情、責任と三者三様の感情の元、向かってくる天子と対峙した。

 

*   *   *

 

 ×八意永琳→○堀川雷鼓 スタンド名『パープルヘイズ』

 

*   *   *

 

 衣玖が死んだ。

 

 精神的に未熟な比那名居天子がこの事実を受け止めるには余りに酷なことだった。もう、自分が唯一心から信頼できるあの永江衣玖はもう私の傍に戻ってくることは無い。

 

「……分かったわ、衣玖」

 

 天子の涙は止まっていた。その、余りにも酷な現実から目を背けず、正面から受け止めた彼女の精神は凄まじい成長を見せた。

 

「あんたの思いが心で理解できた。あんたを殺したこんな理不尽な世界なんて……私が統制しなくちゃあならない……『支配』しなくてはならないッ!!」

 

 天子の目には何も知らぬ少女の持つ希望の光など宿っておらず、はっきりとした意思を持った眼光を持っていた。

 

 漆黒の意思、黒い炎。

 

「『勝利』して『支配』する!! それが私に与えられた天啓ッ!! ……そのことを衣玖は死を賭うて私に示してくれた……。全てはッ!!」

 

 天子は右手を出し、その手に緋想の剣を握る。深紅だった刀剣には少し黒味がかかっており、今の天子の瞳の色と酷似している。

 

「私の為に…………」

 

 鞘を投げ捨てると、その鞘は何故か土の様にボロボロに崩れてしまった。

 

「……あんたら地上のゴミ共に逃げ場などない!! 『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』!!」

 

 高らかに宣言し、スタンドを発動させる。対象は八意永琳を含めた15m先にいるあの4人。

 

「手始めにあんたらの血で衣玖の弔いをしてあげる。絶対ッッ!!!」

 

 カツーン、カツーン……と、ブーツの音を立てながらゆっくりと天子は4人の方へ歩き始めた。

 

*   *   *

 

 明らかにやばい。今の比那名居天子には底知れぬ殺意が窺える。

 

「……おいおいおいおい……何だあの化け物は……全くもって勝てる気がしないんだが……」

 

 天子の体から蒸気のように噴出しているのはスタンドエネルギー。あんな風に迸るほど凄まじいエネルギーはこれまで一度も経験したことは無い。近しい物に『レッド・ホット・チリ・ペッパー Act.2』が存在するが、恐怖度はこちらの方が数倍上回っている。

 

 そして、天子が近付いてきている……ということは相対的に妹紅達は小さくなり始めているということだ。

 

「……どうする? ひとまず、アイツとの距離を一定に保たなくちゃあ小さくされるばかりだ。幸い、走って向かってはいないから同じようなペースで後退しよう……」

 

 と、妹紅は両サイドにいる二人に言い、天子から距離を取る。そして、一歩、二歩、三歩、と雷鼓も『ホワイトスネイク』もそれに倣って天子との距離を一定に保つ。

 

 大きさの変化は見られない。

 

「……これが『スタンド』の能力? 本当に訳が分からないわ……一体どういう原理で小さくなるのよ?」

 

「スタンドは『精神エネルギー』の具現ダからな……原理がドウコウより、スタンド使い本体ノ意思が強く反映サレル……。君の『パープルヘイズ』も似たようナ物だろウ」

 

 『ホワイトスネイク』の言葉に雷鼓は「えーっ!?」と驚いた。

 

「嘘でしょー? 私の精神の具現があんな化け物なの? うわー、まいったまいった」

 

 何故か嬉しそうな雷鼓だが、現時点ではどうでもいいことだ。だが、妹紅は雷鼓の言っていた『原理』について不可解なことを思い出す。

 

「……私が天子のスタンド像に近付いてた時があったよな……『ホワイトスネイク』も見ただろうが……」

 

 その言葉に『ホワイトスネイク』は「うム」と頷く。スタンドやスタンド使い本体が極端に天子に近付くことで目の前に現れたあの『禍々しさ』を具現化したようなスタンドのことである。

 

「何というか……うまく、言葉にできないけど……あいつと対峙している間、まぁ一瞬なわけだが体が相当重かった。これ、あいつに対する突破口になったりしないか?」

 

「……重く? ……実際に感じたのカ? 単なる精神的重圧から来ル緊張では無く、実際に自分の体重が何倍にも増えたトカ……」

 

 そんな感じだ、と妹紅が答える。だが、『ホワイトスネイク』は自我を持ったスタンド。思考は出来ても妹紅の言う断片的な現象からは天子の能力の実態を推測できるほど優れた頭脳を持っていない。

 

「分からないナ……私の主はともかく、私自身の考エはそう凄いモンじゃあナイ」

 

「そうか……」

 

 身をじりじりと後退させて、小さくならないように天子との距離を一定に保ちながら、その会話を聞いていた雷鼓は「じゃあさ」と切り出した。

 

「私の主人に聞いたら? 天才だし」

 

「……」

 

「……」

 

 妹紅と『ホワイトスネイク』は黙ったまま雷鼓の方を見た。

 

 こいつ、いかれてるのか? この状況で……幼い永琳がそんなこと分かるわけないだろう。

 

「いや、分かるよ。多分ね。主人は幼くなっても超天才だから」

 

 そう言って雷鼓は永琳を落とさない様に足で支えつつ懐から木の棒を取り出した。

 

「おい、何を――――」

 

「まぁ、黙ってなって。今から主人を『叩き起こす』。――――GOOD MORNING、お姫様」

 

 そう永琳の耳元で呟いてから、雷鼓は周りを漂う太鼓の一つをその木の棒――ドラムスティックで盛大にぶっ叩いた!

 

 その音は太鼓らしい力強い『ドン!!』という音で、特に何の変哲もない。たしかに音は大きかったが、これしきの音で気絶している少女の目が覚めるはずが……。

 

「……ん、おはよう……」

 

「お、起きたァーーーーッ!!?」

 

 なんと、お姫様抱っこされている八意永琳の目が覚めたのである。どういう現象が起きたのか分からない妹紅に雷鼓は

 

「ふふ、じゃあお姉さんが教えてあげよう」

 

 と得意げに指を立てた。何だか腹が立った妹紅は雷鼓の説明を無視することに決めた。

 

「私が元々持っている能力は『何でもリズムに乗せる程度の能力』でね、今のは主人の目が覚めるように『目覚めのリズム』を刻んだのさ。要するに、リズムに乗ったってこと……って聞いてないし!」

 

「よし、永琳目が覚めたか。お前を抱いてるのは味方だ。ただ、変態だ。気を付けろ」

 

「早く本題に入レ、妹紅」

 

「あぁ、百も承知だ」

 

 『ホワイトスネイク』に促され眠い目をこする永琳に向けて妹紅は話しかけた。

 

「永琳、天才なお前に聞きたいんだが……、今あそこに天子ってやつがいる。あいつに近付くと私たちの大きさはどんどん縮小していくんだ。そして、あいつとの距離が10センチになると急激な重さに私は襲われた。どういう現象か分かるか?」

 

「……えっとね」

 

 寝起きの永琳は妹紅の話を聞いて目を光らせた。流石天才だ。寝起きでもすぐに質問の答えを……。

 

「妹紅、何言ってるか全然わかんない!」

 

 返さなかった。満面の笑みで永琳は妹紅に言い放った。

 

「……そうか」

 

 そして妹紅は雷鼓をぶっ叩いた。

 

「おい!! 全然分かってないじゃあねぇか!! いい加減にしろよこの阿保!!」

 

「ああん、もっと叩いて妹紅! 最高のスパンキングよ!!」

 

「うるせぇええええええーーーーーッ!!」

 

 『ホワイトスネイク』は呆然とそのやり取りを見ていた。今はふざけている時間では無いのに、何だこのコント集団は……と。

 

「いいかしら、妹紅」

 

 雷鼓が話を止める。

 

「まず、あなたの質問が駄目だわ。子供に物を尋ねるときはこうよ、こう」

 

 と、苛立つ妹紅を横目に雷鼓は永琳に顔を近付けて。

 

「永琳ちゃん、これを見て」

 

 と、永琳に見える位置に自分の周りを浮いている太鼓の中で一番大きい太鼓を示す。そしてその太鼓から少し距離を開けて雷鼓がドラムスティックを立てる。

 

「まずね、この一番大きい太鼓さんがこの木に登りたーいって言ってるの」

 

「うん」

 

 どうやら太鼓を擬人化させ、ドラムスティックを木に見立てて説明しているらしい。

 

「でもね、太鼓さんが木に近付こうとすると……、ほら!」

 

 と、太鼓を操作してドラムスティックに近付けていく。すると、ある一点を過ぎたところで瞬時に雷鼓は一段階小さな太鼓と取り換えた。よく見ていなければ分からないほどの速さだ。

 

「えっ!? 小さくなっちゃったよ!?」

 

「そぉーだねぇー! 小さくなっちゃったねぇーー!!」

 

 そんなワザとらしい声を上げながら更に雷鼓は小さくなった太鼓をドラムスティックに近付ける。すると、また瞬時に太鼓が入れ替わり、太鼓の大きさは再び縮小した。

 

「あれー!! また小さくなった!」

 

 永琳は驚きと共にその雷鼓の説明に興味津々だ。雷鼓はにっこりと笑顔で永琳の様子を見ながら「どんどん近付くよー」と言い、近づけるたびに太鼓を小さい物へと取り換えていく。

 

「えー!! これじゃあいつまで経ってもたどり着けないよぉ……」

 

 永琳は悲しそうな表情で木にたどり着けない太鼓さんを憐れんでいた。まるで、紙芝居を見ている子供の様な反応だ。

 

「そう、すごいね永琳ちゃんは! 太鼓さん、このまんまじゃあたどり着けないね……。でも、諦めきれない太鼓さんは頑張ります! すると……」

 

 と、持っている太鼓の中で最小のものをドラムスティックに近付けていくと……突然太鼓が倒れた。

 

「あれ? どうしちゃったの?」

 

「うーん、どうやら太鼓さん、体が重くて動かないみたい。どうやら、小さくなっちゃうことと関係があるみたいだけど……どういうことか永琳ちゃん分かる?」

 

「……えっとね」

 

 永琳はちょっとだけ考えて口を開いた。

 

 

「太鼓さんの中心に重力があるみたい」

 

 

「――――ッ!!!」

 

「せ、正解だわ……すごい、永琳ちゃん……で、いいのよね? 妹紅」

 

「あ、あぁ……多分そうだ。おそらく、それだ。それが、正解だ」

 

 妹紅は震えていた。慧音から聞いたことがあった。重力はあらゆる物体が地球から垂直下方向に受ける力であると。さらに、全ての物体はその物体の中心に同じように重力を持っていて、物体を引き付ける……つまりは万有引力の法則がある。

 

 あまりにも地球の重力が強いため、万有引力はほとんど日常生活では働かない。だが、この天子の『物体を近付けば近付く分だけ縮小させる』という能力はそれを応用したものかもしれない。

 

 つまり、物体の中心に新しい重力の様なものを与えて、その力で体積を縮小させている。つまり、内側から肉体を引き込んで小さくしている、というわけだ。

 

「……じゃ、じゃあ私があれ以上近付いていたら……」

 

 妹紅は限りなく内側に引き込まれる自分の姿を想像した。

 

 浮かび上がったのは『裏返る自分の姿』だった――――!!

 

*   *   *

 

 西日は十分に傾いて、そろそろ日もくれそうな空の下。じりじりと天子から距離を取りながら、背後には永遠亭が。

 

「……『裏返る』?」

 

 その不穏な言葉に雷鼓が疑問を漏らす。人間が裏返る、とはどういう状況なのだろうか。

 

「文字通り、だ……。内側に出来た重力が自分を引き込み過ぎることで裏返る……つまり、体の芯である背骨を中心に皮膚と肉が内側に、骨と内臓が外側になる」

 

 その姿を想像して雷鼓はぞっとした。

 

「……はは、そんなのお姉さん笑えないねぇ……」

 

「そして、今ブチ切れているアイツに射程10センチが変わらずにそのままであるとは思えない。スタンドは精神の成長に合わせて能力が上昇されるらしいからな……」

 

 つまり、出来るだけ天子には近付くことは許されないわけだ。しかし、じりじりと天子は3人に歩みを進める。

 

「……どうする? 相手が重力だと永琳が断定した今、そんな巨大な力に対抗する術は『逃げる』くらいじゃあないか?」

 

 妹紅が永遠亭の敷地内に足を踏み入れた。もう、こんなところまで後退してきてしまった。

 

「落ち着け藤原妹紅。天子が一直線に走っテこちらに来ていないのにはワケがあるはずダ……」

 

 『ホワイトスネイク』は一番後ずさっている妹紅を押さえて、天子との距離を忠実に図る。目測、およそ15メートル。

 

 この距離から天子の側に近付けば縮小が始まる。

 

「いや、とにかく永琳を安全な場所に匿うのが先決だ。おい、えっと……お前!」

 

「堀川雷鼓だよ。お前とか呼ばれると名前覚えられてないみたいで凄い傷付くよ」

 

 自分より身長の低い人間からお前呼ばわりされたことに少なからず憤慨気味の雷鼓。だが、そんなことを意に介している場合では無いことは明白だ。

 

「んなことはどうでもいいんだよ。さっさと永琳を安全な場所まで持っていくぞ!!」

 

「……安全って言ったって……。……あれ? 妹紅、どうしたのその右足」

 

 雷鼓が永遠亭に向けて踏み出した妹紅の右足の違和に気が付いた。

 

 足の甲からつま先にかけて不自然な変色が見られる。

 

「……ん? 泥……いや土か? ぬかるみでも入ったか……?」

 

 と、一番近くでその足を見た妹紅は足を戻してその土のような物を振り払う。

 

 ぼろっ べしゃっ

 

 土は妹紅の足から剥がれ落ちた。

 

「……『べしゃっ』?」

 

 だが、土にしてはいやに水分を含んだ落下音だ。聞きなれない音に妹紅が底を見る前に――――。先に雷鼓が口を開いた。

 

「……ち、違うよ……!! それは、『土』なんかじゃあない……」

 

 その言葉と同時に妹紅の眼球が赤くボドボドと滴る血を捉えた。

 

「あ、『足』じゃああああないかああああ……!! 妹紅、あんたの……『つま先』だよおおおお、それ……!!」

 

 雷鼓は永琳の顔に目隠しを作って妹紅のつま先を凝視した。

 

「う、うぐあああああああッ!!? こ、攻撃!? だが、どこから……!? 何時の間にッ……!!」

 

 つま先から流れる血を見て妹紅は一気に焦り始める。そして、地面に落ちた土のような物体の正体を知るために拾い上げようとして手を伸ばした。

 

 ボロっ……

 

「――――!! わ、私の指も……、一瞬で……!! い、『痛い』ッ!!」

 

 妹紅の伸ばした手の指先が3本、一気に焦げ茶色に変色し地面に落下した。切断面から血は大量に流れているが、地面に落ちた指先からは血は出ていない。

 

 いや、その指は失ったつま先と同様、血が通っているような見た目ではなく、土の塊のようにしか見えない。

 

「何だこの攻撃は……!! 私の『つま先』と『指先』が土の様になって取れた!?」

 

 妹紅は汗を流して天子の方を見た。相変わらず、天子が何かをしているような風では無い。とにかく、距離を取る必要がある。だが、どうして自分だけが攻撃を受けているのだろうか……。

 

「……待て、藤原妹紅。それ以上……天子から離れすぎるナ」

 

 先に行こうとする妹紅には人目も向けず『ホワイトスネイク』は言った。相変わらず天子との距離を正確に図りながら、距離を一定に保っている。

 

「……何だと?」

 

「君だけが被害にあってイルのは、天子のスタンドの特徴の一ツ、『距離』が関係してイルのではナイか?」

 

 一番天子からの距離が離れているのは妹紅だった。そして、更に遠くに行こうとして踏み出した足の先っぽが被害にあい、つま先に触れようとした指先も同時に被害にあった。

 

「……これ以上、先に進めば全身がこうなるってことか? だが、あいつの能力は近付けば近付くほど小さくする能力じゃあ……」

 

 『ホワイトスネイク』の忠告通り、妹紅はそれ以上手を伸ばすことも一歩踏み出すこともしない。

 

「君も言っていたダロウ。スタンドは精神に合わせて成長スル、と。比那名居天子が永江衣玖の死を受け入れタことで精神的に凄まジイ成長を遂げたのナラ、スタンドが成長し、新たナ力を得てもおかしくハ無イ」

 

「……スタンドの成長……」

 

 雷鼓は二人の間にいて呟く。

 

「堀川雷鼓、君は八意永琳を抱いテイテかなり不安定ダ……。今から少シ試したい事がアルが、君が真似する必要は全く無イ」

 

 『ホワイトスネイク』は雷鼓にも注意を促して、妹紅の隣に立った。そして、そこから一歩先に踏み出す。

 

「ばッ!! お前が駄目だって言ったのに!?」

 

 妹紅は『ホワイトスネイク』の行動を止めようとするが……。

 

「……ふム」

 

 『ホワイトスネイク』の足は崩れることなく、そのままの状態だった。そして、天子の方を見る。天子は先ほどから一歩だけこちらに近付いて来ていた。

 

 その距離は20m弱。

 

「……これ以上進めば『土になって体が崩れる』。そう思ってイイだろう……20m、ここが限界ダ……」

 

 15mから天子の方に近付けば、大きさがどんどん縮小していき、20mより天子から離れれば体が土の様になってボロボロに崩れる。

 

「……我々の行動範囲は5m前後に縛られたワケだ……」

 

「……おいおい、そいつは何て悪夢だよ。近付くことも遠ざかることも許されないなんて……」

 

「最悪の状況ってわけね……無我夢中だったとはいえ、お姉さん反省だわ」

 

 確かに雷鼓のスタンドが招いた結果だと言っていい。妹紅もそのことについて責めてはいたが、仕方のない部分もあった。

 

 妹紅は負傷したつま先と指先が徐々に回復していくのを見て『再生』は出来ると判断する。しかし、果たして全身が裏返ったり、全身が土のように崩れたりした時、自分の再生能力が発動するかは分からない。

 

「どうするんだ『ホワイトスネイク』。この距離から頭を下げても天子にはまるで無意味だと思うが……」

 

 天子を見て妹紅は寒気を覚える。走って近付くことはしないが、一歩一歩、妹紅達を確実に追い詰めるその様は暴君の如く。

 

 だが、『ホワイトスネイク』は特に焦る様子もなく――――。

 

「……離れられない、と言うナラ好都合だ……常にこちらの『射程圏内』に奴はいてくれる訳だからナ……コノまま、距離を保ったまま『永遠亭に入る』ぞ……」

 

 比那名居天子に臆することなく、そう言った。

 

……41話へ続く。

 

*   *   *

 

 比那名居天子 スタンド名『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム ベター・プレイス・トゥ・ダイ(生にしがみつけ)』

 

 永江衣玖の死を受け入れ、彼女の悲願でもある自らの天啓を成し遂げる為に成長したスタンド。能力は『物体が天子に近付けば近付くほど小さくなり、一定距離遠ざかると体を土に変える程度の能力』。天子の『大地を操る程度の能力』が『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』に組み合わさった結果生まれた能力である。また、『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』の能力上の特性から逃げられることが多いため『絶対に逃がさない』という天子の漆黒の意思を反映させた能力となっている。欠点としては天子自身、能力の維持に凄まじいエネルギーを消費するため走ったり叫んだりといった激しくエネルギーを使う行動が出来ない点にある。しかし、強制的に相手の位置を15m~20mに追い込み続けるという能力は非常に凶悪。

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 絶対に逃がさないマン、比那名居天子。

 

 3対1で戦ってるのに全然妹紅達が勝てる気配が無いです。『ホワイトスネイク』が何か策があるようですが、……どうなるんでしょうかねぇ(他人事)。

 

 今回、初めて(?)東方キャラ固有の『程度の能力』と『スタンド能力』を組み合わせた能力が誕生しました。強いです。はい。

 

 

 ちなみに、恒例となりつつある早苗さんスタンド予想ですが、ヒントとして早苗さんも天子と同じように『能力の組み合わせ』を使っています。

 

 他にも、既に何人かは『組み合わせ』についてのアイデアがあるので、これからも楽しみにお待ちください。

 

 感想、意見など、随時お待ちしております。応援よろしくおねがいします!

 

 では、41話で会いましょう。



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えくすとりーむ・えんじぇう⑤

ボスとジョルノの幻想訪問記 41話

 

 えくすとりーむ・えんじぇう⑤

 

 『ホワイトスネイク』の言葉に藤原妹紅は耳を疑った。

 

「永遠亭に入る……だと? 正気か? 奴の射程距離に永遠亭を入れることになるぞ! それだけは駄目だ……永遠亭には鈴仙と慧音の二人の昏睡患者がいる(輝夜もいるけど)」

 

 だが、『ホワイトスネイク』は妹紅の言葉には耳を貸さなかった。考えがある、とだけ答えて永遠亭へと天子との距離を保ちながら下がっていく。

 

「というか、もう既に永遠亭の一部は射程距離内に入っちゃってるよ。今から永遠亭を避けて逃げても、病室に奴の射程距離が少しでもかかったら……」

 

 雷鼓はそれ以降の説明はしなかった。一度でも20m圏内に入れば、そこから天子が離れれば土人形と化すからだ。

 

「これ以上逃げ続けても埒が明かないのは妹紅も百も承知だろう? ここはこいつの考えってやつに賭ける以外の道はないとお姉さん思うけどねぇ」

 

 言葉通り、いずれは『追い詰められる』のだ。地形的に追い込まれたり、疲労や天候など、様々な要因でいずれは天子の距離を強制的に詰められるのだ。妹紅もそのことは重々に承知しており、何も対抗策が浮かんでいない自分より『ホワイトスネイク』の策に賭けた方が数倍マシである。

 

「……分かった。だが、そこまで言うんなら絶対に天子を倒せるんだろうな!?」

 

「確証は無イ。八意永琳の提示した答エに則った作戦ダ」

 

 ここで言う八意永琳の提示した答えとは、『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』の能力の真意は『重力を付与する』能力だということ。そこを突いた作戦なのだという。

 

「あと少しダ。永遠亭に入ルゾ……!!」

 

 『ホワイトスネイク』が二人を先導して永遠亭の中に入った。これでもう外に逃げることは出来ない。

 

「ち、畜生~~……!! 天子の奴が走ってこないってことは本当らしいが……、やっぱり絶体絶命には変わりねえぞ? これから何処に行くんだよ?」

 

 永遠亭の玄関を閉めずに、『ホワイトスネイク』は射程内ギリギリで天子を見た。ここを閉めると天子との距離が分からなくなるからだ。

 

「……弾幕も展開してこない、ということはそれほどまでに能力に力を裂いてイルというわけダ。好都合だ」

 

 妹紅の疑問に答えることなく、『ホワイトスネイク』は永遠亭の中に入っていく。雷鼓も永琳を抱きかかえてそれに続いた。永琳が「お姉さん、さっきのまたやってよー」と、雷鼓におねだりをしているが「いい子だから、ちょっと待っててねぇ~」と軽くかわしている。

 

「妹紅、早く行くよ。それ以上玄関にいるとまた奴の射程圏内に……」

 

「……おい、この家は……」

 

「?」

 

 妹紅がいつまで経っても玄関から移動しないため、雷鼓が連れて行こうとする。しかし、彼女は別の事に気が取られていた。

 

「大丈夫か? 玄関がミシミシ言ってるような気がするんだが……」

 

 確かに、妹紅の言う通り玄関が軋んでいる。そこまで老朽化が進んでいるとは思えないのだが……。

 

「ち、違う!! 玄関から小さくなっているッ!! 倒壊するぞ妹紅っ! その辺はもう射程圏内だ!! 早く、早くこっちに来い!!」

 

「……いや、駄目だ。玄関が小さくなっているなら、玄関から家がバランスを失って全てが倒壊する。永遠亭はきっと潰れるだろうな」

 

「だったら呑気してないで早く!!」

 

 雷鼓が手を伸ばす。だが、妹紅の身長は小さくなり始めていた。

 

「早くしろ藤原妹紅ォォーーーーッ!! それ以上小さくなったら奴から離れる前に追いつかれるぞォーーーーーッ!!」

 

 既に玄関はバランスを崩しかけ、倒壊寸前だった。だが、妹紅は至って冷静に……。

 

「まだ、間に合う。私にはすべきことがある。――行くぞ」

 

 と、小さくなり始めている体のまま、妹紅は『スパイスガール』を出した。

 

「ドノクライニスル?」

 

「そうだな……ぐにっと曲がる感じでいい。ゴムみたいな強度だ」

 

「リョウカイ」

 

 『スパイスガール』はクルッと天子の方を向いて――――。

 

 

「WAAAANNAAAABEEEEEEEEEEEEE!!!!」

 

 

 永遠亭を狙ってラッシュを叩き込んだ!!

 

「――柔らかいということはダイアモンドよりも壊れない……。これで永遠亭が倒壊することは無くなったッ!!」

 

 ぐににぃ……と音を立てながら縮小していく玄関は倒壊の気配を微塵も感じさせなかった。

 

「や、柔らかくする能力……。実は頼りになるのね……妹紅」

 

「私は何時だって頼りがいのある少女さ。『お姉さん』?」

 

 にやっと笑ってへたり込む雷鼓の手を取って、妹紅は天子から距離を取る。大きさを取り戻しながら、『ホワイトスネイク』の跡を追った。

 

*   *   *

 

 藤原妹紅 スタンド名『スパイスガール』

 

 『殴った物体を柔らかくする程度の能力』を持つスタンド。独立した自我があり、能動的に行動する。しかし、妹紅の命令には忠実であり、今では大切な相棒の様な存在である。また、柔らかくする能力はかなり応用の幅があり、自分をゴムボールのように柔らかくすることでラッシュの衝撃による緊急離脱が出来たり、べっとりと薄く広がるような柔らかさにすればサーフボードの様に浮くことも出来る。また、銃弾をドロドロになるまで柔らかくしたり、衝撃を皆無にする程度の柔らかさにすれば、例え手りゅう弾をぶん殴っても爆発することはない。

 

*   *   *

 

 『スパイスガール』の能力を用いた妹紅の機転により、永遠亭は端から小さくなっても倒壊することは無くなった。『ホワイトスネイク』は妹紅に「よくやっタ」と礼を言い、依然として天子との距離を一定に保ちながら奥へと進んでいく。

 

「おい、『ホワイトスネイク』。私にお礼を言ったことは素直に嬉しいが、これ以上先に進んでどうする気だ? もう、この先には病室と調合室、そして輝夜が寝ている自室しかないぞ? まさか、あんなニートの手を借りるつもりじゃあ……」

 

「そんなつもりは毛頭なイ……。私が目指してイルのはこの部屋ダ」

 

 と、『ホワイトスネイク』はこともあろうに病室に入った。

 

「ま、待て!! 何をする気だ!!」

 

 病室には鈴仙と慧音しか残っていない。他には武器になりそうなものなど存在しない。何を企んでいる? 妹紅は『ホワイトスネイク』の腕を掴み、理由を聞こうとする。

 

「話している時間ハ無イ。こうしてイル間にも奴は射程距離を詰めテ来るゾ……。君ガしなくてはならないことは上白沢慧音の避難をさせることではナイカ?」

 

「――――た、確かにそうだが……目的は何だ? まさかとは思うが……」

 

 妹紅は慧音を見た。彼女はまだ昏睡状態だ。両腕が繋げられ、頭部にもひどい損傷が残っている。だが、『ホワイトスネイク』の口ぶりだと、鈴仙はどうする?

 

 いや、『ホワイトスネイク』は鈴仙を……。

 

 妹紅は慧音を抱えていたが、『ホワイトスネイク』の行動に体が止まる。

 

「――何をしている『ホワイトスネイク』ッ!! き、貴様……まさか!! ――――雷鼓!! こいつを止めろ!! 何かヤバい!!」

 

 だが、雷鼓は黙って見ているだけだった。

 

「……いや、私は主人を守るだけだからねぇ。『ホワイトスネイク』が他人に何をしようが、私には関係無いのだけれど」

 

「この裏切り者ッ!!」

 

 妹紅は雷鼓の態度にそう叱り飛ばして走る。

 

 妹紅は慧音を抱えながら『スパイスガール』を出して、鈴仙の頭に手を置く『ホワイトスネイク』をぶん殴ろうと接近する。

 

「……落ち着け、藤原妹紅……。私がすることハ貴様にとって益にシカならない……」

 

 と、妹紅が飛びかかってくる直前に『ホワイトスネイク』は鈴仙から離れた。

 

「これが答えダ……既に、起きていたナ」

 

 『ホワイトスネイク』の謎を残す発言に戸惑いながら妹紅は信じられない光景を目の当たりにする。

 

「……鈴仙?」

 

 

 鈴仙・優曇華院・イナバがぼんやりとした表情で上体を起こした。全く動くことのなかった彼女が。

 

*   *   *

 

 急激な意識の覚醒と共に、私はそれまで見ていた光と色を知覚の範囲だけでは無く、脳の中で景色として認識した。耳に届いていた様々な雑音を聴覚の範囲だけでは無く、脳の中で人の声として認識した。それまで、感じるだけであった五感が、その感覚を脳に届け、私の脳がそれを情報として受け取り始めた。

 

 意識がどんどんと戻っていく。それまでにどれほどの時間を費やしていたか分からない。私は今までどれほどの時間をこうしてきた? どうして私は考えることを止めていた? 疑問に思うも、それの原因たる出来事を思い出すことが出来ない。

 

 いつの間にか上半身を起こしていた私は目の前で私の名前を呼ぶ少女を認識する。久しぶりの感覚である。考える、そして、身体を機能させるという行動がかなり久方ぶりのようだ。ギシギシと音を上げる私の関節は、痛みと共に再び動けることへの喜びの声を示している。

 

 再び考える。どうして私は今まで動くことを放棄、否、考えることを放棄していたのか。分からない、分からない、思い出せない、まるで記憶が無い。

 

「……れ、い……せん? お前……動ける……のか? い、いや……『ホワイトスネイク』、お前が……」

 

 震える手で私の顔をぺしぺしと叩く彼女は藤原妹紅。はっきりと私は彼女のことを覚えていた。不老不死で炎系の弾幕を操る人間の少女だ。少女と言っても年齢は1000歳程度だったと思う。

 

「私が治したという勘違いはスルナ。私はただ『忘れさせた』だけダ……彼女を人形の様に変えてシマった狂気にまみレた記憶とやらをナ……」

 

 妹紅の視線の先には不気味な風貌をした人型の化け物……いや、私はこいつを知っている。『スタンド』だ……。なぜ、妹紅が『スタンド』と会話が出来ているのかは分からない。どちらにせよ、妹紅もスタンド使いであるという証拠だ。

 

「……記憶DISCか……! つまり、鈴仙はあの日を忘れている……ということか? 特定の記憶のみも抜き取れるとは……だが、鈴仙を起こしてどうするつもりだ?」

 

「そう焦るナ。まずは彼女の意識がはっきりしているかドウカ……そこからだ」

 

 『ホワイトスネイク』自身は鈴仙と面識があるわけではない。彼女の意識を確かめるのは妹紅の役目である。

 

「……鈴仙、大丈夫か? 全てを説明してやりたいところだが、今はそんな時間は無いんだ……。立てそうか?」

 

「……え……あ……」

 

 こくん、と鈴仙は頷いた。上手く呂律が回っていないのは久しぶりに声を出すからであろう。だが、彼女は何とかして自分一人で立ち上がろうとする。

 

「無理はするなよ……。ところで、どこまで思い出せる?」

 

「……えと……『スタンド』については……分かるわ。師匠が小さくなってるってことも、何度も私の前に来てたから分かる……。でも、どうして私が今まで動けなかったかについては全く思い出せない……」

 

 つまり、『ホワイトスネイク』は見事に鈴仙の恐怖の記憶だけをDISCとして抜き取ったことになる。

 

 と、なると今の鈴仙は……。

 

「私……謝らなきゃ……。みんなに……迷惑、かけて……」

 

 今までのジョルノやてゐ、そして妹紅たちみんなにかなり心配されていた鈴仙。それを罪悪感に感じて鈴仙はゆっくりと、ベッドから降りる。

 

「……誰か……来てるんでしょう? ……さっき、妹紅が私を庇ってた……」

 

「さっき……あ、あぁ。永琳が攫われていた時か……。そうだ、一人がこっちに来ている。詳しい説明は省くが、動けるんなら自力で動いてほしい」

 

 鈴仙は敵がいるということも理解していた。そして自分を目覚めさせた『ホワイトスネイク』を見る。

 

「私を起こしたのは貴方でしたね……。ありがとう、だけど、なんのつもり?」

 

 鈴仙が疑問に思うのは当然である。その質問に『ホワイトスネイク』は「君の手を借りたイ」と短い答えを返した。

 

「……病み上がりだけど、見知らぬ『スタンド』に恩を受けっぱなしなのも性に合わないわ……力になるわ」

 

 鈴仙は頷いて、それから辺りを見渡す。そして永琳を抱きかかえる堀川雷鼓と目があった。

 

「……あなたは?」

 

「ん? あぁ、私は堀川雷鼓だ。時間が無いので説明は凄く端折るけど、主人のお守りをしているお姉さんだ」

 

 端折りすぎて全く訳が分からない。でも、とりあえず主人というのは永琳であるということは見た目で分かる。

 

「……その子が師匠ですよね。ちょっといいかしら」

 

 鈴仙は永琳を見て雷鼓にこちらに渡すように言った。害意が全くないその表情を確認して、雷鼓は抱いている永琳をそっと地面に降ろした。

 

「師匠、いつも看病有難うございました……。おかげで元気になりましたよ」

 

 鈴仙は永琳と目線を合わせるようにしてしゃがみ、永琳の頭を撫でた。対する永琳は少し恥ずかしそうにして「うん」と頷いてから。

 

「私もうどんちゃんが元気になって嬉しい!」

 

 と、笑顔を作った。

 

 つられて鈴仙も微笑む。

 

「……さテ、そろそろ時間ダ。射程圏内に病室が入り始めタぞ!」

 

 『ホワイトスネイク』が言葉を切って、全員は病室から出て更に奥に逃げる。

 

 ここは永遠亭の長い長い廊下。その中間地点。

 

 20mの間を開けて天子に対峙するのは藤原妹紅、堀川雷鼓、八意永琳、『ホワイトスネイク』、そして鈴仙・優曇華院・イナバ。

 

 天子の周囲はスタンド像の射程距離内に存在するのか、廊下が捻じれる様にして湾曲している。それでも永遠亭が倒壊しないのは『スパイスガール』のおかげであった。

 

「これは……どういう能力なの?」

 

 鈴仙が疑問に思うのも無理はない。妹紅が説明しようと思ったが、代わりに雷鼓が「永琳ちゃん、説明できる?」と言った。

 

「うん、出来るよ」

 

 永琳はさも当然のように首を縦に振って鈴仙に現状を説明する。天子を中心に物体が縮小し、最終的に裏返ること。そして、その現象の元凶は体の中心に生み出される新しい重力のせいであるということ。

 

「……重力って言われても……全然意味が分からないわ。どうして廊下が螺子曲がって見えるのかしら」

 

「あぁ、それは私が『スパイスガール』で壊れない様にしているからだ……って、今はそんなことは関係ないな。で、どうするんだ?」

 

 歪んだ廊下を見て平衡感覚を失いそうな中、妹紅は『ホワイトスネイク』に尋ねる。

 

「鈴仙、いきなり起こしておいて申し訳ナイが、君にしか出来ない頼み事がアル。聞いてくれないカ?」

 

 天子の方を見ながら、『ホワイトスネイク』はそう言った。

 

「……私にしか出来ないこと?」

 

「あぁ、君の『狂気を操る程度の能力』が必要なのダ」

 

 『ホワイトスネイク』は策の概要を説明し始めた。

 

*   *   *

 

「……無理だろ、いや、出来るわけがない」

 

「お姉さんも流石に無理があると思うなぁ……だって非現実的じゃあない?」

 

「うどんちゃん、ほんとーにそんなこと出来るの?」

 

 妹紅と雷鼓と、そして永琳までその策をとても心配した。現実にそんなこと出来るわけがないと思ったのだ。あの、天才永琳までも。

 

「出来る出来ない、じゃあナイ。やって貰わなくテハ全滅ダ」

 

「……そう、よね」

 

 だが、現状は何一つ打開策が存在しないのだ。むしろ、『ホワイトスネイク』が無理やりこじつけたような策を緊急で用意できた方が奇跡である。

 

「やるしか……無いわね。出来る気が全くしないんだけど」

 

 鈴仙も、そのことは重々承知である。周りを含めて、今この状況を突破するには奇跡でも起きない限り不可能だということを。

 

「では、頼んだぞ……妹紅と雷鼓は『始末』を頼ム」

 

「「出来たらね」」

 

 二人は重なるようにして答えて……。

 

「『セックスピストルズ』」

 

 鈴仙が一歩前に出てスタンドを6体出しつつ、ひとさし指の先を天子に向けた。

 

「久シブリジャアネェーカ鈴仙ーーッ!!」

 

「暴レテヤルゼオラァーーーーッ!!」

 

「アイツニブチコムノカ!? 朝飯前ダゼェェェーーー!!」

 

「ミ、ミンナ……鈴仙ガマダ何スルッテ決メテナイヨ……」

 

「ウルセェーーーンダヨ泣キ虫! 鈴仙ガ俺ラヲ呼ンダラブチ込ムニ決マッテンジャアネェーーカ!!」

 

「ヨッシャアアア!! 準備万端ダゼェエエエ!!」

 

 6体の小さなてゐ達は空中で久しぶりの活躍にテンションが上がっており、全員がやる気満々だった。

 

 だが、鈴仙はぶち込むのではなく――。

 

「違うわみんな。今回は少し違う……。私の目の前でこの一発を回し続けて。キャッチボールをするように、私がいいというまで、弾をパスし合うの。そして、いいと言ったら今度は全員でぶち込みに行くわよ」

 

「……」

 

 ピストルズは呆然としながら話を聞いていたが、最後にぶち込むという単語が聞こえたので再びテンションを上げる。

 

「ドッチニシロブチ込ムンダロォオオオオーーーーー!! キャッハアアアア!!」

 

「ヤッテヤロォーーージャアネェカアアアアーーーーーッ!! 野郎ドモ、行クゼェエエエエーーーーー!!」

 

 ピストルズは鈴仙の命令通り、すぐ手前で展開し、鈴仙からの射撃を待った。配置にそれぞれが着いたのを確認すると――

 

「仕事よ、みんな!! いいというまで、パスを回しな!!」

 

 鈴仙は一発のライフル弾を打ち出す。

 

「イイイイイイイイイハアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「ヘイヘイヘイ!! パスパスパァーーーース!!」

 

「久シブリノパスワークダァアーーーーーー!! 存分ニ回シテヤレヤ、野郎ドモ!!」

 

「フヒャッホォオオオーーーーーーー!!」

 

「イィイイイハハハハァァーーーーーッ!!」

 

 そのライフル弾は鈴仙の手前で超高速で動き回り、ピストルズ達によって加速していく。

 

 そして、鈴仙はというと……。

 

「……」

 

 黙って弾を目で追い続けていた。その瞳は真っ赤に染まり、弾を注視し続けている。

 

 鈴仙が行っているのは『狂気を操る程度の能力』を用いて、弾の波長を変更させていたのだ。

 

 彼女たちが使う弾幕は大半が光弾である。それは光である以上、少なからず波長を持っているのである。

 

 鈴仙の『狂気を操る程度の能力』はいわゆる、波長を操作する能力である。それは、人間の思考から、単なる光の波長まで、あらゆる波長を彼女には操ることが可能であるのだ。

 

 そして、今彼女は自分で発射した光弾の波長を操作している。しかし、操作には時間がかかる。だからピストルズを用いて、弾を自分の眼前で回させ続けているのだ。

 

 では、鈴仙は光弾の波長をどのように操っているのか。

 

 次第に、鈴仙の打ち出した光弾は徐々に速度が増していくと共に、尾を引くようになる。ただの弾だった形状が次第に、次第に伸びていき、まるで光の筋がピストルズの間でやり取りされているようだった。

 

 ピストルズ達の正確無比なパスワークにより、光弾に与えられる波長は徐々にではあるが、弾から棒状に。そして棒状の帯から光の線に。

 

 そして、光の線から超高圧のレーザーに。

 

「グウウウウウウ!? レ、鈴仙!! コレ以上波長ヲ与エ続ケタラ!!」

 

「ハ、ハエエエエエ!? ミエネェ、デモ同ジコースデパスガ来ルカラ返セチマウ!! デモ、熱イ、痛エエエエエ!!」

 

「俺タチガヤベエエ!! 鈴仙!! 聞イテンノカ……ッテ」

 

 ピストルズが回していたパスはほぼ目で追うことは不可能なほどのスピードになっていた。もはや、弾幕の最高速度をはるかに上回っている。

 

 だが、ピストルズがそれに触れて無事なわけがない。だからこそ、鈴仙に停止を求めるが……。

 

「あと、少し、よ……」

 

 ピストルズのダメージは鈴仙にも反映されていく。彼女は全身が既に血で滲んでいた。

 

「まだ、完成じゃあ……無い、わ」

 

「レ、鈴仙ェーーーーーン!!! オ、オ前!! オ前ガ先ニクタバッチマウヨォオオ!!」

 

「ウググッガガガ、ア、熱イイイイ!!! モ、モウ駄目ダ!! コレ以上触ルノハマジニヤバイ!! 鈴仙!! イイ加減ニシネェエート、アンタノ腕モ溶ケチマウッ!!」

 

「ウエエエエエーーーーン!! 早ク、早ク合図ヲシテクレヨォーーーーー!!」

 

 ピストルズの言う通り、鈴仙の体はどんどん高温になっていく。レーザーで全身炙られているかのような状態だ。だが、それを鈴仙は止めない。

 

「あと、少し……よ。もう、終わる……から」

 

「大丈夫ジャアネェエエエーーーーー!! イマニモ倒レソウジャアネェカァアアア!!」

 

「俺タチモダンダンパワーガ落チテキテイル!! モウ駄目ダ!! ハヤク、合図ヲシロォーーーーーー!!」

 

 ピストルズ達もかなり辛い状況だった。

 

「……もう……ちょっと……そう、あと、5秒……真の覚悟はここ……からよ……ピストルズ!! 腹を括りなさい……!」

 

 鈴仙はふらふらとしながら告げる。

 

「5秒……!!」

 

「長イ!! 5秒ガ長エエエエエェェェーーーーーヨォオオオ!!」

 

「熱ッチイイイイイイ!!! コゲル、コゲル!! コゲコゲコゲコゲ……」

 

 果てしない、とほうもないほど長い5秒。

 

 鈴仙は超高温の光を受け続けるような地獄を5秒、耐える。

 

 その時間が永遠にも感じられた。

 

「……永遠、なら……慣れてるわ……私は、永遠亭を……師匠を、妹紅を、みんなを……守るんだ……!!」

 

 鈴仙は最後の最後、倒れかけたのを踏ん張り、目を見開いて天子を真っ直ぐに見た。

 

 

「――――発射」

 

 

「「「「「「イイイイイイイイイヤッハアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」」」」

 

 超高圧のエネルギーが、光速で射出される。

 

 鈴仙の言葉の瞬間に、ピストルズは足でレーザーの方向を天子に向けた。

 

 鈴仙の右足がジュゥウウ!! と焼けこげるが、全身の痛みに比べたら大差はない。

 

 だが、これで終わりじゃあない。鈴仙は『ホワイトスネイク』の肩を借りながら発射されたレーザーを見る。

 

「……っ!! 『波長』を……!!」

 

 発射されたレーザービームは一瞬で天子の元に辿り着く。もちろん、光速に近いのだ。当然、一瞬で天子を貫くかに思われたが……。

 

「レーザービームとは面白い、だが……『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』」

 

 天子は小さくそう告げて、スタンドを出した。

 

 届く前に、限りなく小さくすればいい。そうすれば、こちらにはレーザービームであろうと届かないのだから。

 

「……ん?」

 

 だが、眼前に迫るレーザーは確かにスピードは天子の手前で激減した。しかし、大きさが小さくなることは無い。

 

 レーザービームは鈴仙から放たれて一本の線の様に一瞬で天子まで到達する。だが、鈴仙はレーザーに『波長』を送り続けていた。

 

「……増幅しろ!! その光線は小さくなることはないッ!!」

 

 そう、波長を操ることでレーザー自体の波長を絶えず増幅させていた。天子との距離が半分になればレーザーの大きさも半分に……だから、それに合わせてレーザーの波長が2倍になるように『増幅』させているのだ!!

 

「な、ん……!? ち、小さくならない!?」

 

 当然、そんなことをしらない天子は何としてもレーザーを止めようとする。しかし、一向に小さくならない。

 

 ならば、裏返すまで。

 

「『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』、裏返せ!!」

 

 天子の声と同時にレーザーの前にスタンド像が現れレーザーに触れる。しかし……。

 

「――光そのものに表と裏は『存在シナイ』。表も裏も全てが『光』だからダ」

 

 『ホワイトスネイク』が告げる。つまり、光は一本の線。裏返ろうと、光は光のままなのである。

 

「うっがああああああああ!!!」

 

 小さくもならない、裏返りもしない。天子はそれでも、能力を使い続けた。

 

 光に重力をかけ過ぎたのである。

 

 

「――――え」

 

 

 すると、予期せぬ事態が起こった。

 

 一瞬にしてレーザーが消失したのである。

 

 

 

 そしてその瞬間、天子の両腕が消し飛んだ。

 

 

 

「――――ッ!!?」

 

 消失したレーザーが何か別の物体に変わっている。

 

 黒い、黒い、渦巻いた、深く、黒い、『何か』だ。

 

 自分のスタンドの目の中のような『暗黒』だった。

 

「『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』解除!!」

 

 両腕が無いのは自身のスタンドの両腕がその『暗黒』に飲み込まれたからだった。底知れぬ恐怖を覚えた天子は腕の痛みなど忘れてスタンドを本能的に解除した。

 

 解除された瞬間、その『何か』は消えた。だが、天子の腕は戻ってこなかった。

 

「う、ぐ、あ」

 

 唸るように地面に崩れ落ちる天子を取り押さえる為に妹紅と雷鼓がそれぞれの『スタンド』を出して接近し、天子を牽制する。既に2m圏内に入った。だが、彼女たちの大きさはそのままである。『グリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム』の能力が消えているのだ。いつの間にか捻じ曲がった廊下は元通りになり、その場に残ったのは両腕を引き千切られたかのような状態で地面に伏すみじめな少女の姿だった。

 

「……」

 

 妹紅と雷鼓は間近で天子の腕を見て強烈な不快感をあらわにする。一瞬とはいえ、人間をまるで『物』のように引きちぎり、捻じ曲げるあのエネルギー。まさに、最凶の名を冠するにふさわしい能力である。

 

 光に対して重力をかけ続けた結果、重力が光のスピードに勝る――つまり、レーザーが天子に『到達しない』とき、それは光さえも逃げられない超重力のエネルギー的な概念へと昇華する。

 

 あれはブラックホールだ。ごく僅かの、ほんの0コンマ一秒にも満たない時間だけ発生したブラックホールは一番近くにあった天子の腕を一瞬で引きずり込み、そして消滅した。

 

「最終的にブラックホールまで作り出してしまうなんて……何て能力だ……。まるで、この世から出現した物とは思えないな」

 

 被害が天子の両腕のみ、というのは最高の幸運であろう。もう少し、天子が解除するのが遅かったら、天子どころの騒ぎでは無かったはずだ。

 

「ぐ、あ……い、うう……」

 

 彼女はもう立ち上がる気力さえないのだろう。ただ、痛みに泣きながらその場にうつ伏せたままだった。両腕はねじ切られたせいで出血は無いが、痛みのショックは凄まじいものに違いない。

 

 かわいそうだが、妹紅と雷鼓には天子に何もしてやれることは無い。瀕死の彼女を見ても、助けることは出来ない。

 

 だが、彼女だけは違った。

 

「何見てるの……!! は、はやく……その子を助けなさいよ……!! ここには師匠がいる……両腕切断程度の応急処置ならきっと訳ないわ……!」

 

 鈴仙は自分の全身の火傷を意に介さず、妹紅と雷鼓に檄を飛ばした。そして永琳を見て

 

「師匠、まだ……まだ彼女は助かります……。早く、治療を!!」

 

 鈴仙の気迫に幼い永琳はこくんこくんと頷いて妹紅達のもとに駆け寄った。『ホワイトスネイク』も鈴仙に肩を貸しながら

 

「強いな君ハ……。こんな状況でも他人を優先させるトハ……」

 

 と、言いつつ天子のそばに近寄る。

 

「……ふふ、……こうしないと……帰って来た時に怒る奴がいるからね……」

 

 鈴仙はとある男のことを思い浮かべて苦しそうにしながらも笑みを零した。

 

*   *   *

 

 比那名居天子→再起不能。スタンドは『ホワイトスネイク』に無事回収される。

 

 鈴仙・優曇華院・イナバ→『ホワイトスネイク』によって意識覚醒後、全身に及ぶ火傷という負傷により再び病室送り。しかし、再起可能。

 

 藤原妹紅→全員を守り切る、という使命を達成。

 

 ホワイトスネイク→比那名居天子のDISCを回収、任務完了。

 

 堀川雷鼓→永琳救出という使命を達成。そのまま八意永琳を主人として永遠亭内に残る予定。

 

 永江衣玖→実は空気を読んで仮死状態(天子を焚き付けるための演技)となっていた。八意永琳の適切な治療を受け生還。再起可能。

 

 八意永琳→鈴仙、天子、衣玖の応急処置をし、いずれも一命をとりとめる。

 

 死亡者……0人!!!

 

 42話へ続く……。

 

*   *   *

 

あとがき

 

 これでえくすとりーむ・えんじぇう、もとい比那名居天子編が終わりました。最後若干消化不良な気もしますが、ジョジョ原作の第2部や第4部っぽい感じで締めて頂いた次第でございます。

 

 次回からはまた、妖怪の山に行ったジョルノたちにスポットライトを戻しますね。えくすとりーむ・えんじぇうは番外編みたいなものですので。まぁ、その番外編で何凄まじいバトルをしてるんだって感じですがね。

 

 それよりも、祝!! うどんげちゃん復活!! 原作でもついに本製品が出ましたからね。そりゃうどんげも復活しますわ。そして自分も動けなくなるけど一撃必殺のような技も使えるようになりました。おぉ、こわいこわい。でも多分二度と使いたがらないでしょうね。

 

 また、恒例の早苗さんスタンド予想大会ですが、ヒントがあります。それは……スタンド名が彼女自身を暗示している、という点です。というか、これはまぁこの話の中だけの設定なので、「違うだろ」って思われる方もいらっしゃると思いますがあしからず。いや、でもこれ分かっちゃうんじゃあ無いんでしょうか。意外と二次でこういう感じあるので。

 

 もちろん、いつも通り感想や批評なども受け付けています。評価もたまにはつけて欲しいと思ったりしなかったり……。

 

 それでは、次は42話でお会いしましょう。これからも、応援よろしくお願いします。



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青娥娘々の異常な愛情①

ボスとジョルノの幻想訪問記 42

 

前回までのあらすじ(時系列順)

 

東風谷早苗、人里での布教再開

八坂神奈子、洩矢諏訪子、永遠亭に訪問

東風谷早苗、射命丸文と姫海棠はたてに接触

射命丸文、姫海棠はたての予知を確認

ジョルノ、てゐ、チルノの3人、妖怪の山へ出発

咲夜、ディアボロの2人、旧地獄へ出発

河城にとり、ジョルノたち3人を捕獲

比那名居天子、八意永琳を誘拐

ジョルノたち3人、河城にとりを撃破。守矢神社に再出発。

東風谷早苗、河城にとりの元へ。

 

 

*   *   *

 

 

ボスとジョルノの幻想訪問記 第42話

 

青娥娘々の異常な愛情①

 

 東風谷早苗が玄武の沢に行く直前。場所は守矢神社。そこには東風谷早苗と八坂加奈子、そして洩矢諏訪子がいる。

 

 スタンド能力に目覚めてから早苗はかなりタガが外れてしまった。神奈子も諏訪子も認識すら不可能なこの力を、見ず知らずの外来人が奪いに来るなんて彼女の癪に障ったのだ。自分にとって害となる存在は根こそぎ葬り去ろう、というのが彼女の考えだった。

 

「でも、神奈子様と諏訪子様だけは例外です。お二人がいくら私のこの能力を無碍に扱おうと、私はお二人には一切手は出しません!」

 

 そう笑顔で言う早苗の目の前には――――。

 

「……早苗……」

 

「うぅ……どうして……早苗、元に、……元に戻ってよ……」

 

 何も服を着ておらず、両手両足に封印の紋が刻み込まれた杭を柱に打ち付けられ、身動き一つとれない神奈子と諏訪子の姿があった。

 

「あれあれぇ~~? 何か変な言葉が聞こえますねぇ。私の耳が腐っちゃいましたか? ううん、正常だ。鼓膜の振動は正常だ。つまり、お二人のお口が腐っちゃっているわけですね、そうですよ」

 

 猟奇的な笑顔に表情を輝かせて早苗は背後を振り向いた。

 

 ここは守矢神社最奥に位置する狭い御堂。つまり、特に許可が無ければ早苗たち3人しか入ることが出来ない神性にて不可侵の領域に部外者が一人。

 

「そうですわね、早苗さんが言いたい事は……こういう事かしら?」

 

 青い髪を蝶の羽のような結わい方で纏めた、美しい女性が立っていた。彼女は早苗の言葉に頷いて納骨堂から出て行き、そしてすぐに戻ってきた。

 

「何ですか、そのツボ?」

 

 その女性は手に乗るサイズのツボを持っている。早苗はにこやかな笑顔のまま女性に尋ねた。

 

「これは神聖なるお水よ。今日は『出がいい』みたいで、一杯取れましたわ」

 

 ちゃぷん、と波が立つ水面には何かゴミのような物体が大量に浮かんでいる。早苗は直感的に近付くことはしなかったが、凄まじい腐臭を放っていた。

 

「……それをどうするんですか?」

 

「もちろん、こちらの両生類のお口に流して、清めますの。きっと泣きながらお喜びになるでしょう」

 

 しかし、女性はそのツボに鼻を近づけすんすんと香りを嗅ぐと恍惚とした表情になってそう言った。

 

 諏訪子は二人の会話を聞いて「えっ」という声を漏らして早苗の顔を見た。

 

「ま、待って早苗! なに、それ……やだ、謝る……。謝るから『それ』はやめて!!」

 

「……」

 

 諏訪子は動かない四肢を必死に揺らして早苗に懇願する。その様子を神奈子は黙って見るだけだった。

 

「ほらほら諏訪子様。清めのお水ですよ? 有難く受け取りましょう、その腐りきった口で。神奈子様を少しは見習ってください」

 

 緑の髪を揺らして無情にも諏訪子に言い下す。その横を女性は通って諏訪子の口に太い筒を突っ込んだ。

 

「ま、やめ……えぐっ!?」

 

「五月蠅いわよ、蛙。汚らわしいからさっさとお口をそそぎなさい」

 

 そして、一気にツボを傾けて強烈な臭いを放つ水を諏訪子の小さな口に流し込んだ。

 

「う、げぇえええ!! おええっ、うぶ、ごほっ!!」

 

 筒を通して諏訪子の口の中が汚液で満たされる。両目を引ん剝いて諏訪子は液体を出そうとするが、女性が容赦なく注ぎ込むので吐くにも吐けなかった。

 

「諏訪子様、大丈夫ですか? 苦しいなら飲み干した方が多分生存出来ますよ?」

 

 まるで他人事のようにのたまいながら、早苗は諏訪子の様子を眺めていた。早苗の言う通り、苦しみから逃れるにはもう飲むしかないのだ。彼女の両目からは苦しみの涙が零れ、思考は「これは悪い夢だ」のような現実逃避のものに一辺倒していく。

 

(……すまない、諏訪子……。だが、いずれは早苗はこうなってしまう運命だったんだ。……彼らに頼むしか、もう早苗は……)

 

 神奈子は目を閉じて心から諏訪子に詫びながら、あの時のことを考えていた。

 

 自分がジョルノたちに早苗を止めるよう頼んだから、今私たちはこうして成す術もなく虐げられている。

 

「うぇええ! ごぼぉ!!」

 

 あまりの強烈さに全身が痙攣し失禁まで犯してしまう諏訪子に対して、更に嗜虐的な二人の行為は加速していく。

 

「あらあらあらあら、諏訪子様は下のお口まで腐っているようですね」

 

「しょうがない神様ですわ。下のお口にも同じく飲ませて差し上げましょう」

 

 既に意識を半ば手放しかけている諏訪子に二人は寄って集って神としての尊厳を汚していく。異常な光景の中、神奈子は黙って耐え忍ぶしか出来なかった。

 

*   *   *

 

「あぁうぅ……」

 

 ボロ衣の様に全身汚れきった諏訪子を前にして早苗は青い髪の女性に思い出したかのように切り出した。

 

「あ、そういえば私、ちょっと仕事がありました。例の3人が捕まったって聞いたので……」

 

 例の3人とはジョルノ、てゐ、チルノのことである。それを聞いた女性は「なるほど」と手を打って。

 

「あらそれは良かったですわね、早苗さん。でしたら、そちらに向かわれますか?」

 

 笑顔のまま女性は諏訪子の舌に突き刺していた針を抜いて早苗の方を向いた。

 

「ええ、一応確認のために。数刻、ここを空けますがお二人のお世話を頼めますか?」

 

「そのためにあなたの元に来ましたのよ? 当然、大丈夫に決まってますわ」

 

 その言葉を聞いて安心したのか早苗はすぐに堂を出て、どこかに立ち去っていく。

 

 

「……あなたたち、お二人もかなりの災難ですねぇ」

 

 早苗がいなくなったことを見計らって女性は神奈子と諏訪子に話しかけた。

 

「……お前は誰だ? どうして早苗に肩入れをする?」

 

 神奈子も早苗がいなくなったことを察して、口を開いた。

 

「……私はただ、人間が壊れる様を眺めていたい、通りすがりの邪仙ですよ? 早苗さんと知り合ったのは昔ですが、私が彼女に対して肩入れをしているつもりは全くありませんし」

 

 意外な返答が帰ってきた。

 

「それにねぇ、最初に言ったけど。私は壊れる人間が見たいだけなの。だから私は壊れる人間と壊れない人間の区別は着くわ。――あなたは壊れない。隣の蛙ちゃんは微妙だけど……でも、基本神様は壊れない様に出来てるから、蛙ちゃんが壊れるかどうか試してるだけよ?」

 

 確かに、諏訪子は連日早苗やこの女から行き過ぎた虐待を受け続けているが、早苗が元に戻るのを願う事だけは放棄していない。それは神奈子も同じである。

 

「……そんなことが貴様の目的か?」

 

 神奈子は怒りを帯びた視線で彼女を睨み付ける。だが、彼女は首を振った。

 

「違う違う、本当の目的は違うわ。そもそも、今蛙ちゃんを虐めてるのは単なるひ・ま・つ・ぶ・し♪」

 

 にこにこと笑顔を浮かべながらどこからかホースを持ってきて真水を諏訪子の体にかけてあげる。

 

「つめたっ!」

 

「ほらほら、ちゃんと流さないと綺麗な体が勿体無いわ。死んだら私のものなんだから」

 

 諏訪子は突然の水に驚きながらも、本能的に求めていた水を受けて必死で体を擦る。よほど水が嬉しいのだろう。ちゃんとうがいも忘れない。女性が何か物騒なことを言っているが、諏訪子の耳には届かなかった。

 

「可愛いわ、蛙ちゃん。ここの神様にしておくのは勿体無いわねぇ」

 

「勘弁してくれ。諏訪子は私と早苗の家族だ……」

 

 神奈子はこの女性の掴めない性格にうんざりとして言った。

 

「うふん、そう構えなくていいわ。しばらくしたら私はすぐにいなくなるから」

 

「?」

 

 そう言い残して、女性は御堂から出て行こうとする。

 

「待て、お前どこに行く気だ?」

 

 神奈子は呼び止める。妙な動きをする気なら溜まったものではないからだ。

 

「お前じゃなくて、私にはちゃんと名前が……って、言ってなかったかしら?」

 

「言ってないな」

 

 神奈子の言葉に「あらやだ私ったらドジっ娘さん」と舌を出して右手で頭を小突く女性。

 

「私の名前は霍青娥。青娥娘々って呼んで下さる?」

 

「……遠慮する」

 

 その言葉を聞いて青娥は「残念」と呟いて、頭から簪を抜いて壁に穴を開けた。これが聞いていた『壁を抜ける程度の能力』である。

 

「……ドアぐらい開けて出て行け……」

 

 動けない神奈子はホースから流れる水で全身を洗い流す諏訪子を尻目にそう呟いた。

 

*   *   *

 

 御堂から出て、神社の表に出ると青娥は彼女を探した。

 

「芳香~~! どこにいるの~~?」

 

 青娥が優しく呼びかけると、神社の軒下から声が届く。

 

「こ~~こ~~だ~~ぞ~~~、出れぬ~~~」

 

 聞き覚えのある彼女の声。すぐに青娥は軒下を見て彼女を見つけ出した。だが、どうやら軒下に入り込んだはいいが出られないらしい。

 

「芳香! んもう、そんな場所に入っちゃって可愛い! どうやって出るか分かる?」

 

「……前に出る~~。でも、出れぬ~~~~~」

 

 芳香と呼ばれた少女は軒下で這い蹲りながら這い這いで前に進もうとするが、彼女のいる地点から先はさらに軒が下がっており、それ以上前には進めずにいたのだ。

 

「う~ん、芳香ちゃん。そこにどうやって入ったの?」

 

 青娥は優しく芳香に尋ねた。声を聴いた芳香はぴたり、と這い這いを止めて考える。

 

 少しの間を置いて、芳香が口を開いた。

 

「せーががおトイレ手伝ってくれたあと、暇だったからごろごろしてたら……」

 

 と、芳香は口を閉じた。どうやらそれ以上のことは忘れてしまったらしい。

 

 青娥はそんな芳香に対して心の底から可愛いを連呼しつつ、芳香に導きの答えを告げる。

 

「可愛い! ……じゃなくて、ほら、芳香? 可愛い! えっと、這い這いしてるのと逆の動きをするのよ。きゃわたん! ……うん、腕を後ろに、足を後ろに……か~わ~い~い~~! そうそう、いい感じよ芳香! 最高にキューティクル!」

 

 いちいち芳香の動きに可愛いと感想を述べながら青娥は芳香に指示を出す。

 

 そして、5分後。

 

 ついに芳香が軒下からはい出してきた。全身が泥だらけである。だが、青娥はその泥で自分の美しい絹で出来た青い衣が汚れてしまうのも厭わずに芳香に抱き付いて。

 

「よぉ~~~~~しよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしかよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしか。1人で、出来たね。エライ、エライ」

 

「うおおおお、ここはどこだー!? 私はどこだー!?」

 

 芳香は両手両足をぴーんと伸ばしたまま青娥に全力で何度も何度も何度も何度も頭を撫で回される。

 

 なぜ、芳香の両手両足は曲がらないのか。それは彼女が霍青娥に半自立的に操られているキョンシーだからだ。中国風の帽子にたれざがったお札には青娥の書いた命令が書かれる。今は「せーが大好き」と日本語で書いてあるが。

 

「うふ、私の可愛い可愛いアイドルちゃん。一人で出来たご褒美をあげましょう」

 

「ごほーび? ごほーび!」

 

 芳香はごほーびと聞いて飛び上がって喜んだ。四肢は曲がらないため奇妙な飛び方ではあるが。

 

「そうね、二つ……二つにしましょうか?」

 

「うおお」

 

 芳香が首を振った。どうやら二つじゃ不満らしい。

 

「んもー! 可愛いわね! じゃあ3つね!? 3つも欲しいのね!? このいやしんぼめっ!」

 

「うおっ! うおお!」

 

 青娥の言葉に芳香はかくんかくんと頷いて口を開けた。それを見て「可愛い」と思いながら青娥は懐から角砂糖を3つ取り出す。

 

「1,2の3! で投げるわよ。ちゃんと口でキャッチするのよ?」

 

「うおお!! うおっ!」

 

 芳香は再び首を大きく縦に振りながら、グパァ! と大口を開けて待ち構えている。

 

「1,2の3! それっ! あっ、しまっ……」

 

 同時に投げた3つの角砂糖の内、2つは芳香の方に飛んでいったが、残りの一つが青娥の手から離れるのが少し遅れた。それを見た芳香は――――。

 

 

「うぉお……」

 

 

 ぺし、ころん、ころん、ころころ……。

 

 

 青娥が投げた3つの角砂糖の内、一つも取ることが出来なかった。しかも、1つは芳香の顔に当たって地面に落ちた。

 

「……可愛い!!!!」

 

 落胆している芳香も可愛い、と言わんばかりの笑みで青娥は芳香に抱き付いた。芳香も角砂糖はいつもどおり一つも取れなかったが青娥が喜んでいるので悲しい感情もすぐに吹き飛んだ。

 

「せーが! せーが!」

 

「よぉ~~~~~~しよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしか。あなたはなんて可愛い子なの」

 

 名を呼ぶ芳香を抱擁して青娥はナデナデ。再び芳香を全力で撫でまわす。

 

 

「――ところで芳香。今からお仕事よ」

 

「うん」

 

 と、青娥が芳香を撫でることをぴたりと止めてお札を取り出した。

 

 芳香への命令が書かれたお札。芳香の額にそれが貼られると芳香はその命令を機械の様に忠実にこなす。

 

「早苗さんに頼まれた神様2人のお世話、それはもういいわ。もう一つの頼まれごと……2匹の烏天狗の処分……。私とあなたでやるの。いつもみたいに、ひとりじゃあ無いわよ芳香」

 

「せーが、と一緒。うれしい」

 

 二人はそう言って山の下を眺め降ろす。

 

 

「……ついでに東風谷早苗も処分出来そうね……」

 

 

 青娥がにわかに呟いた。悪い笑みを携えて……。

 

 

43話へ続く……。

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 混沌としてきました、第2章風神録編! なんと、青娥娘々の登場です!

 

 きっとこの二人の登場は誰も予期しなかったでしょう。しかも、やはり娘々は悪いことを考えてらっしゃる(平常運転)。

 

 さてさて、勿論ここで出てきて更にある程度早苗からの信頼(宗教の違いは気にするな!)もある娘々……当然、『スタンド使い』です。まぁ、たぶんすぐに分かるでしょう。というか分かってくれ。ついでに早苗さんも攻撃できるくらい範囲の広いアレです。

 

 今回はちょっと話が短かったですが、次回からはそんなことはありません。

 

 それでは、青娥娘々の異常な愛情①でした。また次回でお会いしましょう。

 

 感想、評価、批評、受け付けてます。感想返し楽しいです。いつも応援ありがとうございます。



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青娥娘々の異常な愛情②

ボスとジョルノの幻想訪問記 43話

 

青娥娘々の異常な愛情②

 

 河城にとりに無駄無駄ラッシュを叩き込み、そのまま玄武の川の上流を目指し歩き続けていたジョルノたち。

 

「ほとんど偵察の天狗たちはこの辺にはいないみたいウサ」

 

 てゐが常にあたりに気を配りながら、道案内をしている。彼女の言う通り、妖怪の山には哨戒天狗が一定数存在しているのだが、川周辺は協定を結んでいる河童の土地のため、多少警備が甘くなっている。本来なら河童が管理すべき場所だが、その河童もジョルノが川の底に沈めたので、現在彼らが歩いている周辺は最も安全なルートだと言っていい。

 

「そうですね……。それに川の流れも急になってきました。どうやら滝が近いようですが……」

 

 と、ジョルノが言い終わるか言い終わらないかの瞬間。突如として視界が開け、巨大な滝がその姿を現した。

 

「でっけぇーーー!!」

 

 自分の身長の20倍以上はあろうかという滝にチルノは驚きの言葉を口にする。

 

「雄大な滝だ……。美しくすらありますね」

 

 ドドドド、と大きな音を立てながら大量の水を玄武の川に注ぎ続けるその圧倒的な自然の力にジョルノも息を呑んだ。――――そして、このさらに上をしばらく進んだ先に守矢神社がある。

 

 と、滝を目の前にした3人の上空から何かが飛来してきた。

 

「――ジョルノ!! 上から何か来てるウサ!!」

 

 いち早くその存在に気が付いたのはてゐだ。すぐに空を見上げて飛来物を肉眼で確認すると……。

 

 

「――天狗!? ついにばれちゃったウサねぇ!!」

 

 どうやら烏天狗のようだ。飛来してきた彼女は地面に激突する直前で体制を変えて綺麗に着地する。レースで見る車のようなスピードだったにも関わらず、その着地は女性の指の様にしなやかで優しく、土埃をあげることは一切なかった。

 

 着地し、ジョルノたちの方を見た彼女は言葉を待った。

 

 先に口を開いたのはジョルノである。

 

「……何者ですか? もし、僕らを排除しようとする者なら手加減抜きで戦いますが」

 

「いやはや、私は組織とは少し離れた場所で動いてますから。そんなつもりは微塵もありません」

 

 ジョルノの言葉を待ってましたと言わんばかりのスピードでその烏天狗は早口に答えた。

 

 彼女の口調は優しいものではあるが、その表情からは緊迫としたものが窺える。少なくとも、ジョルノの目にはそう映った。そして、てゐはその顔に見覚えがある。

 

「(げっ、文屋か……天狗たちとは関係ないって、あんたの言うことは信用ならないなぁ)ジョルノ、ちょっと」

 

 と、てゐはジョルノをちょいちょいと手招きして小声で囁いた。

 

「何だか態度良く接してきてるけど気を付けな。そいつは射命丸文って言って……特に汚点とかはないんだけど、なんかあたしゃ嫌いなんだ」

 

「……一人の価値観を僕に押し付けないでくださいよ。少なくとも、河城にとりとかに比べたら幾分話せる方です」

 

 そりゃああの気持ち悪い話し方の奴と比べればねぇ、とてゐは心底思うが口にはしなかった。口にする前にチルノが文と話し始めたからである。

 

「ジョルノ!! あたい知ってるよ! そいつは射命丸文……だっけ? 新聞記者やってんだよ!」

 

「あや、チルノさん。いつも大妖精さんがお世話になってます」

 

 と、チルノがジョルノの横に来て言うのを文は笑顔で応対する。大妖精がお世話になっているというが、これはただ文がチルノに自身の新聞の購読を進めた結果、何故か大妖精が新聞を購読することになっただけである。それが詐欺に近いことはチルノは全く分かってないが。

 

「チルノやてゐとは面識があるようですね。ですが、新聞記者が僕たちに何の用でしょうか?」

 

 突如として現れた天狗、つまりは妖怪に対して警戒をジョルノが解くわけがない。もしかすると、にとりと同じように既に東風谷早苗の息がかかった刺客の可能性もあるのだ。

 

 ジョルノは文との知り合いであるチルノが近付こうとするのを手で制止して尋ねた。

 

「――安心してください、私は味方です。それを証拠に――――」

 

 と、文が数歩後ろに身を引き――――

 

 

「今から『死にかける』ので」

 

 

 その言葉を残すと一気に足から地面へと文は崩れ落ちた。

 

「「「!?」」」

 

 しかも、ただ崩れ落ちただけじゃあない!! 崩れ落ちる時に文の両足は一瞬で細く、そして皺くちゃになった!! しかも、それは全身に及んでいる!!

 

「――じょ、ジョルノ!! あ、あいつの足を……見て!! 『ヤバい』!!」

 

 チルノが指さした先は文の右足首。

 

 血色の悪い手が文の足首を掴んでいる!!

 

 

「あー……」

 

 

 そのだらしのない声と同時にぼこぉ、と地面が隆起する。地面から何かが……いや、人間が這い出してきたのだ!!

 

「な、なんだこいつは……!! 一体、いつからここに……、いや、『どうやって』ここに!?」

 

 土の中から這い出してきたのは全身を継ぎ接ぎにされ、中華風の衣服と帽子に身を包んだ少女だった。

 

「……うおお、ここはどこだー!? 今は何時だー!?」

 

 キョロキョロと当たりを見回して、その少女はジョルノたちを視界に収めた。

 

「……誰おまえら。私、知らぬ」

 

 あまりの突然の出来事に3人は呆気に取られていた。疑問は複数ある。何故、射命丸文は攻撃されることが分かっていながら、攻撃を受けたのか? この少女はどうして自分たちの居場所をピンポイントで襲ってきたのか、もしくは待ち伏せていたのか?

 

 いや、そんな些細な謎よりも!!

 

「じょ、るの……あ、あたし……気分が……なんらこれ……」

 

 ジョルノの背後でてゐの声が聞こえる。反射的にジョルノとチルノはてゐの方を振り向くと――――。

 

 そこには全身がどんどん『衰えていく』てゐの姿があった!!

 

「か、わ、くぅうううーーーーッ!! カサカサ!! どうなってるウサァアアアーーーーーッ!! あたしの体ッ! 体がぁああ!!」

 

「て、てゐ……!!」

 

 再び見る異常な光景。てゐの幼い少女のような肉体は一瞬にして文と同じように細く、そして皺くちゃになっていく。まるで老婆のような見た目に……!!

 

「――『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』、私に近付くとみーんな、年を取るのだ」

 

 息を呑む二人に文を掴んでいた少女はいつの間にか立ち上がり、両手を前に突き出してそう説明した。

 

「……す、『スタンド使い』か……!! こいつも……!!」

 

「年を取るって……何よそれ!! 妖怪の姿は年齢には関係ないんじゃあ……?」

 

 チルノの言う通り、妖怪の見た目と年齢は殆ど関係ない。溶解や妖精ならば誰もが知っていることだ。

 

 だが、これは『スタンド』の仕業。妖精と妖怪の常識が通用するとは限らない。

 

「……でも、どうしてなのだー? どうしてお前らは、年を取らない?」

 

 少女は首をギギギと傾げて疑問を口にする。

 

 確かに、とジョルノは思った。こいつの『スタンド』が一体どういう原理で対象を老いさせているのかは分からないが、文とてゐの間にいるジョルノとチルノが能力の対象から何故か外れている。

 

(いや、外れている……んじゃあない。こいつの口ぶりから察するに『対象内だが効果が表れていない』んだ。僕たち、このジョルノ・ジョバァーナとチルノにだけ能力が通用していない、と捉えるべきだ!!)

 

 ならば、好機である。相手さえも何故自分たちには効果が及んでいないのかは分かっていないのだ。こちらも同じではあるが、タネなど分かっていなくても『スタンド使い』を倒せば能力は解除される!!

 

 てゐの様子を見るよりもまず!! 目の前のコイツを倒した方が早い!!

 

「無駄無駄ァッ!!」

 

「むっ」

 

 ジョルノはチルノの元を離れて少女に『ゴールドエクスペリエンス』の拳を浴びせた。少女は反応はしているが、ジョルノのスピードに追い付くことは出来ず、顔面と左肩にそれぞれ『GE』の攻撃を食らった。

 

「ベネ(良し)!! 能力は強力だが、本体は大したこと無い!! そして今、こいつの肉体に生命エネルギーを流し込み精神を暴走させた!!」

 

 少女はその場に倒れて動かなくなった。……まさか、もう倒してしまったのか?

 

「チルノ、『エアロスミス』で警戒してください。呆気なさすぎる……」

 

 ジョルノが右手を挙げて後ろにいるチルノに警戒を促す。

 

 だが、ジョルノは腕を上げれなかった。

 

「ジョ、ルノ……あんた、さっきから……何を言って……」

 

 チルノの方を見た。彼女の表情は怯えきってジョルノを見下ろしている。

 

 ……見下ろしている? 身長差的にありえ……。

 

「あ、あ、あんたもだよぉおおおおお!! ジョルノ、あんたも、あんたもあいつに『触れた』から……!! あんたの全身はもう『衰えている』!!」

 

 チルノは叫んだ。その言葉にようやくジョルノは異常さに気が付く。周りを見るとそこには倒れて老い衰えた射命丸文の腕がある。やけにジョルノの側に近い、と思ったが……。

 

「ちふぁう(違う)……このうひぇはほくのうひぇら(この腕は僕の腕だ)……!!! ひゃんへつかひゃすれて(関節が外れて)……ッ!! 『あひゃらない(挙がらない)』んら!!!」

 

 既にジョルノの全身は90歳のようなボロボロの肉体へと変貌を遂げていた。腕は殴るという行為の衝撃で関節が外れ、足腰の力は体の全体重を支えきれず脆くも地面に崩れ落ちてしまっている。老いたことで歯がほとんど抜け落ち、滑舌が異常に悪くその言葉はチルノの耳には意味不明の言語として届いていた!!

 

「なんれ……『すたんろ(スタンド)』ら……はッ!!」

 

 そしてジョルノの目に更に不吉な映像が映る。

 

 殴り、そして精神を暴走させた少女が何事も無かったかのように起き上がっている。

 

(な、ぜ!? どうして普通に動ける……!?)

 

「……『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』、死ぬのはいかん、ただ、死体ならいい」

 

 その少女の右の頬と左肩には花が咲いていた。ジョルノの皺くちゃにしぼみ始めた眼球にはそう見えた。

 

 そして、少女の真っ直ぐに伸ばした手がジョルノの肩に触れようとした時。

 

「『エアロスミス』ゥゥーーーーーーッッ!!」

 

 チルノが『エアロスミス』で少女に対して体当たりをした!! 肉体が触れれば老化するが、『エアロスミス』は機械だ。

 

「うおお!!」

 

 機敏な動きは出来ないのか、少女は『エアロスミス』の体当たりを躱せず、そのまま数メートル吹っ飛ばされた。そのまま『エアロスミス』を出した勢いに任せてチルノはジョルノの元に駆け寄った。

 

「ジョルノ!! ――え!?」

 

 チルノが駆け寄ると一瞬でジョルノの老化が解除された。まさか、本体を吹っ飛ばしたから射程距離から外れたのか? と、思いチルノはてゐと文を見るが……。

 

「か、解除されてない……!!」

 

 依然としててゐと文は老婆のような姿のままだった。どうしてジョルノだけ? そして私に被害が無いのは何故? と、解消できない疑問が浮かぶチルノの耳にジョルノの苦痛に歪んだ声が届く。

 

「うぅ、あッ!!」

 

 老化が解除されたジョルノだが、外れた関節と抜け落ちた歯が戻ってくるわけではない。歯は『GE』の能力で元に戻るとはいえ、外れた関節を戻すにはチルノのような小さな少女の力では不可能である。

 

「ど、どうしよぉおお!! ジョルノ、ジョルノの腕が!! うわああああ!!」

 

(何故チルノには効果が無い? 僕らやチルノとは決定的に違うことが……あるはずだ! 攻撃の対象となるような……トリックが……)

 

 歯を『GE』で治しながらジョルノは考える。おそらく、自分の腕はそうそうすぐには戻らないだろう。外れた関節を1人で戻すにはそれなりの技能と経験がいる。

 

「ひ、るの……!! 少しづつ、少しづつれすが……歯が治ってきまひた……!」

 

「大丈夫なの!? でも、腕が……!」

 

 チルノはジョルノの腕に触れた。もうジョルノの両腕は上に挙げることは出来ない。つまり、攻撃手段が無い、ということ。両足は健在だが、あの『スタンド使い』の少女を蹴ったところで同じようにボロボロになるだけだろう。

 

「……ま、待ってくださいチルノ。今、貴方の触れてる腕……僕の全身に比べてかなり水々しい……」

 

「え? ほ、本当だ」

 

 と、ここまで言ってジョルノはあることに気が付いた。

 

 チルノが触れている部分が水々しいのではない。

 

 その部分以外がまだ『老化』しているのだ!!

 

 ジョルノが一つの考えに行き着いたとき、『エアロスミス』で吹っ飛ばした少女が起き上がり『スタンド』を出す。

 

「……老いない。なーぜーなーのーだー??」

 

 スタンドの像は目玉のような模様がそこかしこに刺青された上半身だけの姿だった。両腕を支えにして地面に立っており本体同様機敏な動きは無理そうである。

 

 だが、スタンド像の顔にあるお札の脇からシュー、シューと煙のようなものが漏れ出している。その煙は何時の間にか辺りに充満していた。

 

「『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』が効かないー。あの妖精、あいつだけ……」

 

 両腕を突き出して少女――――宮古芳香はチルノだけを見ていた。本能的にチルノを倒す必要があると思ったのだろう。そして、彼女の考えはジョルノのものと一致している!

 

「――――!! どういう原理か……分かりませんが、好機と見るべきだ……!! チルノ、あなたにだけあいつの『老いさせる』能力が効かず、しかもあなたが近付いた部分は老いの進行が止まる!」

 

「……何で!? どうしてアタイだけ!?」

 

 チルノは自分の手のひらを見てジョルノに尋ねた。だが、その質問にジョルノは答えられない。

 

「分かりません、ただし攻略のカギはチルノ、君だ。僕が頭脳、君が攻撃だ。2人であいつを倒すぞ」

 

 歯が全て生え揃ったジョルノはチルノの目を真っ直ぐに見て言い聞かせた。ここで逃げてはいけない。あいつは倒さなくてはならない、と。

 

「ジョルノが頭脳で、アタイが攻撃……。2人で……」

 

 すると、チルノの目に再び力が宿った。ジョルノが戦えない今、あいつを倒せるのはこのアタイしかいないのだ、と。

 

 どうして能力が効かない、とかいう疑問はどうだっていい!!

 

 

「そんなのッ!! アタイがサイキョーだからに決まってんでしょ!!!」

 

 

 チルノはジョルノを背に『エアロスミス』を出した。背中にいる仲間と、背中に背負う『サイキョー』の称号のために。

 

*   *   *

 

 宮古芳香 スタンド名:『偉大なる死(ザ・グレイトフル・デッド)』

 

 宮古芳香のスタンド。射程距離内にいる人間を老いさせる能力を持つ。実際に芳香が触れればその力は如何なく発揮できる。名前や能力は娘々から腐った脳みそにインプットされているため覚えていた。ただし、弱点があることについては知らなかったようだ。本体と同じようにこのスタンドにはパワーやスピード、精密動作性はない。ただし、老いさせることで実質それらの弱さはカバーは可能。

 

 また、芳香は生きてはいないので『GE』で生命エネルギーを注入しても精神は暴走しない。代わりに花が生える。かわいい。

 

*   *   *

 

 宮古芳香のお札に『地中を時速60kmで掘り進み、射命丸文の元まで直行』という命令を貼り付けたあと、霍青娥は鼻歌を口ずさみながら――――。

 

「~~♪」

 

 『スタンド』で妖怪の山全体を既に攻撃し始めていた。

 

「さてさて。まずはその辺の空中で捕まえた鳥たちに『胞子』を持たせて……それ飛んで行ってー!」

 

 青娥は捕まえた小鳥に黒いサボテンのような外見をした『スタンド』で触れて、その後放した。鳥たちは風に乗って高度をしばらく上げた後、すぐに旋回し今度は高度を下げ始める。

 

 ぼど、ぼどぼどぼど……!!

 

 そのまま鳥たちが高度を上げることは無かった。全身に緑色のカビが生えて、妖怪の山の中に落ちたのである。

 

 ――――胞子は根を広げる様に、妖怪の山を下りていくだろう。

 

 ――――彼女の悪意は傘を広げる様に、妖怪の山を包むのだろう。

 

「うふふ、果たしてみんな無事でいられるかしらん? 特に早苗さん……私に『能力』を見せないと……本当に死んじゃいますわよ?」

 

 青娥は心底愉快そうに口角を歪めた。その後も虫や小動物を仙術でおびき寄せては胞子を与えて山に放していく。

 

 次第に、次第に――――

 

「妖怪の山は死に包まれるわ……ねぇ、『グリーンデイ』? とても愉快、とても愉悦、とても快感……。妖怪、人間、妖精……貴方たちの壊れる様を見せて、ねぇ……?」

 

 山は生命を蝕まれていく……。

 

*   *   *

 

 玄武の川、中流域。

 

 報告のあった場所に早苗が一っ跳びで辿り着くと、そこにはのんびりと日光浴をしているオオガマがいた。

 

「……河城にとりさーん?」

 

 巨大蛙の腹に声をかけるが返事はない。不信に感じた早苗は『スタンド』を出して内部を探ると……。

 

「……は?」

 

 一際大きな声で呟いて、瞳孔を開く。中に誰もいない……どころかおそらくはにとりが持ち込んだであろう機械類が全て粉砕されている。

 

 こんな状況で侵入者3人を捕獲している訳がない。

 

「……ゴミが……逃がしたのか……?」

 

 素の口調に戻って早苗はその場を後にする。

 

「もし見つけたら『処分』だな……。まぁ、それよりもまずは逃げた3人……すれ違ったか?」

 

 早苗は再び守矢神社に戻ろうとして飛んだ。

 

(……だとしたら何分前だ? いや、何時間も前に出発している可能性もある。そもそも、にとりが嘘の報告をしたという場合も……ん?)

 

 飛行していると、早苗はあるものを見つけた。

 

 川の中に沈んでいる人影がある。

 

「……あれは……」

 

 見覚えのある姿に早苗は川に降り立った。引き上げてみると、全身に打撲痕があり気絶している河城にとりである。

 

「……河城にとりさーん」

 

 早苗は肩をとんとんと叩いて耳元で名前を読んだ。

 

「うーん、何というか、外の世界で中学生の時に学んだ人命救助を思い出しますね。もう一度叩いて呼びかけるんでしたっけ? 河城にとりさーん!」

 

 今度はユサユサと体を揺さぶって名前を読んだ。しかし、にとりは目を醒まさない。

 

「……もう一度呼んで起きないときは完全なる気絶、でしたね。河城にとりさーん!!」

 

 早苗はバンバンと体を叩いてにとりを呼んだ。依然として彼女は目を醒ますことは無い。

 

「……こうなると、なんでしたっけ。次は心肺蘇生法の実施でしたね。確か、胸の真ん中を5センチ程度窪むように押し込み、それを30回。そのあと気道確保をしつつ息を2回吹き込み酸素を送る、と……。うん、流石私、完璧」

 

 と、早苗がドヤ顔で心肺蘇生法について反芻して、にとりの胸に手を置いた。

 

 

「せーのっ!」

 

 

 どぐしゃあッ!!

 

 全体重をかけた早苗の圧迫はにとりの胸を5センチどころか胸骨ごと粉砕し、そのまま押しつぶした。そのせいでにとりの心臓の血管の半数以上が損傷し、胸から大量の血を噴出する。

 

「ぎ、ぐ、ぁああああああが、はっ!? あ、が……」

 

 突然のショックに目を引ん剝いてにとりが痛みに苦しむ。その様子を見た早苗は笑顔で。

 

「あ! よかった、にとりさん目が覚めたんですね!? 心配しましたよ、ええ、本当に本当に心配でした。あなたが死んでしまったら私は悲しみでベッドを濡らして立ち直れませんでした、きっと」

 

 早苗が何かを言っているがにとりの耳には全く入ってこない。当然だ、にとりは今死という奈落にまっさかさまに落ちているのだから。

 

「あ、が……ひゅ」

 

 もはやにとりは虫の息だ。早苗の顔が目に映っているがもはやそんなことはどうでもいい。

 

「やっぱり命あっての任務ですよね! 死んだら元も子もありません! あなたが3人をみすみす逃がしてしまったことは不問にしましょう!」

 

 鮮血で濡らした両手を合わせて頬の横に持っていく仕草をする早苗。そしてにとりの顔を覗きこむ。にとりの胸から噴出する血と混ざりあい、彼女の表情は猟奇的な物へと変わっていた。

 

「――では、3人がいついなくなったか、教えてください。ええ、それだけです。本当にそれだけであなたは助かりますから! 安心してください! 一言! たったの一言ですよ! ほら、がんばれがんばれ!」

 

 一言もクソもない。肺と心臓を潰された生物が言葉はおろか、呼吸だって不可能だ。次第に霞んでいく視界と靄がかかり始める脳内でにとりはただただ後悔した。

 

「さ、言いましょう? 目を閉じてないで、言いましょう? 耳を塞いで無いで、言いましょう? 言うだけですよ、言えないんですか? まさか、何か言えない事情でも? 私の救援では不満ですか? 不満なら言いましょう? 声に出しましょう、声に、さぁ、声に。たった一言、たった一呼吸! それだけです、ええ、本当にそれだけですよ! 言えば終わります! 言うだけでいいんですから!」

 

 ひたすらに、後悔した。

 

「一言、一言! 一呼吸、一呼吸! 出来ませんかぁ? 出来ませんねぇ! どうしてでしょう、何故でしょう! 私にはわかりません、理由が言えますか!? あぁ、言えませんでしたね! でも言いましょう! はい、言いましょう! 息を吸って! はいどうぞ! 言えませんか!? 言えませんねぇ!!」

 

 こんな奴に関わったことに、後悔した。

 

「……」

 

 胸からの出血の勢いが衰え、完全ににとりからの反応が消え去ったところで早苗は口を閉じた。

 

 そして無言のまま川の中に入って両手と顔面の血を洗い流した。ある程度、綺麗になったところで大量の血だまりを作ったにとりを蔑みの目で見て。

 

「……面白くなっ……」

 

 吐き捨てる様に言った。

 

第44話へ続く……

 

*   *   *

 

河城にとり……死亡 再起不能

 

*   *   *

 

 

あとがき

 

 

 ………………。

 

 

 感想、意見、批評などお待ちしております。次は44話でお会いしましょう。では。



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青娥娘々の異常な愛情③

ボスとジョルノの幻想訪問記 44話

 

青娥娘々の異常な愛情③

 

 氷の妖精こと、チルノは最強の妖精を当然の如く自負している。以前にも、普通の魔法使いと対等に渡り合ったし、地獄の閻魔にさえ「妖精としての規格を超え、妖怪に近付いている」と言わしめたほどだ。人間の幼女並の知能しか持ち合わせていないにも関わらず、彼女がそこまでの評価を得ることになっているのは、こと凍り凍らせることにおいて彼女の右に出る者はいなかったからである。寒気を操る冬の妖怪でさえも、彼女の氷を操る技術には全く及ばない。

 

 しかし、最近出現し始めている特殊能力者たち。『スタンド使い』の中にチルノの得意技を模倣する者が現れた。『ホワイトアルバム』を用いる十六夜咲夜は全くそんなことは気にしてはいないが、チルノからしてみればアイデンティティを奪われたも同然であった。そうして不満を募らせる彼女の目の前に噂のDISCが現れたのは十六夜咲夜がやられたというニュースが流れた直後。この日を境に幻想郷中で爆発的にスタンド使いが増えたが、チルノもその一人である。

 

 今度は氷ではなく、彼女が得た新たな『能力』は重火器だった。自分の能力とは全く反対の能力だが、小型飛行機なるものを初めて得たチルノにとってそんなことはどうでもよく、その日は子供のようにはしゃいで回った。

 

 『エアロスミス』。これが彼女の新たな武器。そして、新しい仲間との繋がりを示す力。

 

「――『エアロスミス』」

 

 チルノはジョルノの手を握りながら『スタンド』を呼び出す。彼女の首元から現れた小型飛行機はエンジンを唸らせて眼前の敵に照準を定める。狙いは宮古芳香。

 

「……ラジコン?」

 

 芳香は若干その物体に見覚えがあった。確か、青娥が見せてくれた絵本の中に載っていたのだ。りもーとこんとろーらーなる物で操る、飛ぶ小さな機械。さっきはこいつが体当たりをして彼女を吹っ飛ばしたのだ。

 

 また体当たりか、と身構える芳香に『エアロスミス』は――――。

 

 ガチャン、ガチャン!

 

「ブチ抜いてやれッ!! 『エアロスミス』ッ!!」

 

 2丁のヘリ用対地重機関銃を取り出し、滅茶苦茶に芳香に向かって発砲した。ズガガガガガガガガガ!!! と、マズルフラッシュを連続でまたかせつつ芳香の肉体を小さいながらも現実の威力を持った鉄の弾が削り取る。

 

「うおおおお!!」

 

 顔面と体の前面に大量の銃弾を受けた芳香は声を上げて後ろに押し倒される。だが、ジョルノとチルノの目には出るべきものが映らない。

 

 宮古芳香は大量の銃弾を受けているにも拘らず、血をあまり流さなかったのだ。

 

「……チルノ、こいつの肉体はおそらく既に『死んでいる』。精神だけが生きて、他が死滅しているんだ……。だからさっき『ゴールドエクスペリエンス』で殴ったとき、本来生きている人間の体からは生まれないはずの生命が生まれたし、血が枯れているのなら傷を負っても血が流れない」

 

「……ってことは、不死身なの?」

 

「単なる不死身より厄介です。妹紅を例に挙げるのはちょっと失礼ですが、妹紅は肉体と精神のどちらも生きているのに対して、こいつは肉体は死に、精神だけが生きているんです。違いは分かりづらいかもしれませんが、妹紅は『死んで』から『生き返る』のに対して、こいつは『死なない』し『生き返り』もしない。つまり、いくら攻撃しようとこいつのスタンドは攻撃を止めないというわけです」

 

「……難しいわ。簡単に言うと、どういうことなの?」

 

「……結構噛み砕いたつもりなんですけど。まぁ、一言で表すならコイツを止める事はほぼ不可能というわけです。どれほど死んでいる肉体を攻撃しようと、精神には何の支障も出ないのでスタンドはあり続けます」

 

「じゃあスタンド自体を攻撃するのは?」

 

「それも無意味でしょうね。スタンドに与えたダメージは本体の精神にではなく本体の肉体とリンクします。結局、堂々巡りしてしまう」

 

 と、ジョルノがそこまで説明するとチルノが「じゃあ」と呟いて。

 

「こいつが原型をとどめきれないくらいまで、バラバラにするってのは……どう?」

 

「――――待て、何を……」

 

 ジョルノがハッとしてチルノに尋ねた時には、既に彼女は行動に移していた。チルノの目の前で滞空する『エアロスミス』の窓から見覚えのある腕と、丸い物体が出ている。

 

 初めて『エアロスミス』と戦ったとき、その威力の凄まじさに辛酸を舐めさせられた、超火力手榴弾だ。既にセーフティが抜かれている。

 

「……馬鹿ッ!! 倒れている二人をどうする気ですかッ!!」

 

「……あ、忘れてた……」

 

 これでは馬鹿と言われても仕方がないだろう。だが、『エアロスミス』の攻撃は止まることは無い。芳香に向けて特攻し、手榴弾を放り投げる――。

 

「『ゴールドエクスペリエンス』ッ!!」

 

 直後にジョルノは外れた肩を無理やり動かし、スタンドで地面に落ちていた大きめの石に生命を与えて大鷹を生み出す。鷹は手榴弾が落下する前に鉤爪でそれを掴み、空高く飛翔する。そして、数秒後に……。

 

 ドグオォォオン!!

 

 と、大きな爆発音を立てて上空で爆発した。

 

「あ、あっぶなー……」

 

 その光景にチルノが冷汗を拭う仕草をする。そんな彼女をジョルノは無言で睨んだ。

 

「うっ……ご、ごめん」

 

「……もう少し周りを見ましょう。クールに、熱くなっては駄目ですよ」

 

「……うん」

 

 上空の大鷹はどうやら爆発の直前に手榴弾を手放していたようで、そのまま大空を旋回している。ジョルノは能力を解除するために大鷹を戻そうとするが、眼前の敵はそんなことを待ってはくれない。

 

「今のはびっくりしたぞー……。お前ら、やっぱ危険」

 

 芳香は関節を曲げれないため、非常に不安定な動きでジョルノとチルノに近付き、スペルカードを発動させる。

 

「毒爪『ポイズンマーダー』」

 

 彼女がそう唱えると彼女の周囲に緑色に光る毒々しい弾幕が形成される。それは巨大な猛獣の爪の形を成しており、まるで二人を切り裂くような勢いで射出される。それを見たジョルノはすぐに『ゴールドエクスペリエンス』で防御しようとするが、その前にチルノが動いた。

 

「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

 

 チルノは自分の正面に向かって両手を伸ばし、冷気を放出する。その冷気は芳香の弾幕とぶつかると弾け、破片が毒爪を包み込む。

 

 芳香の放った弾幕は全てに氷が纏わりつき、勢いを失い落下。

 

「……むぅー」

 

 ぎろり、と芳香はチルノの方を睨んだ。あの小さな妖精は見た目にそぐわぬ力を持っていると直感的に理解した。狙うべきは隣の人間よりも、あっちの小っこい奴からだ。

 

「――――はん、アタイばっかりに目が行ってると駄目ね。上を見なさいな!」

 

 芳香の視線に気が付いたチルノは自身をたっぷりと言葉に言い含んで芳香の頭上を指さした。

 

「『氷山』!?」

 

 巨大な氷の塊が芳香の頭上に迫ってきていた。チルノは先ほどのスペルカードと別に他のスペルカードを切っていたのだ。巨大な氷の塊を作るには相応の時間が必要だが、さっきの弾幕相殺の時に発生した靄でチルノは氷塊の生成を上手く隠していたのだ。

 

「氷塊ッ!! 『グレートクラッシャー』ァァーーーーッ!!!」

 

 叫び声とともにチルノは飛び上がり、氷塊の少し出っ張った部分を掴んで芳香に振りおろした。完全に油断していた芳香にスペルカードを切って防ぐ余裕は残されていない。また、避けようと思っても芳香は上手く関節が動かないため、そのような咄嗟で精緻な動きは不可能である。そのことは宮古芳香、彼女自身が一番よく理解していることだ。

 

 だから彼女は見上げたまま何もしなかった。

 

「ぶっ潰れろぉーーーーーッ!!」

 

 ただし、口は開いたまま。

 

「――――我吃什么」

 

 チルノの持っていた巨大な氷塊ハンマーが降り下ろされ、芳香がそれに押しつぶされた。――そうなるはずだった。

 

「ガリン、ガリン、ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」

 

 だが、現実はそうはならなかった。チルノの手に握られていた氷の巨槌がまるでかき氷でも作るかのように、芳香に異常な速度で削られていく。

 

「く、食っているッ!? 氷を……まるで、かき氷(みず味)を摩り下ろすように……!! あ――」

 

 そのスピードは凄まじく、呆気に取られていたチルノ。すでに二人の距離は腕を伸ばせば届く距離にまでなっており、これ以上氷槌を握っていれば彼女自身の腕も巻き添えを食らうだろう。

 

「う、うわっ!!」

 

 ぱっとチルノが手を放すのと、氷塊が完全に芳香の胃袋の中に納まるのはほぼ同時期だった。

 

「まだ、食えるぞ~~~……今度は、お前だ」

 

 芳香の異常な行動にチルノは体が固まってしまっていたのか、一瞬だけ芳香より行動が遅れた。既に伸びきった腕はチルノの喉元にあり、凄まじい握力が華奢な細い喉に加えられる。

 

「か、ああっ、はっ!!?」

 

「……『偉大なる死(ザ・グレイトフルデッド)』……0距離でも効果が無いぞー……なーぜーだー?」

 

 今にも折れてしまいそうな音を上げるが、芳香は力を緩めることはしない。そんなことよりも、これほどスタンドパワーを込めているのに全く老化しないチルノに首を傾げるばかりだ。チルノは必至で芳香の腕から逃れようと、スタンドを出そうとするが喉元の苦しみで上手くスタンドを扱えない。次第に意識が遠のき始めたころ。

 

「その子から手を離せ」

 

 聞き覚えのある声が二人の耳に届いた。と、直後にチルノが苦しみから解放される。何事かと思ってみれば、芳香が鳩尾に蹴りを食らっていた。

 

「敵はチルノ一人じゃあないですよ……」

 

 ジョルノは『ゴールドエクスペリエンス』の右足で芳香を力の限り蹴り飛ばした。まともに食らった芳香は再び大きくぶっ飛ばされ、地面に仰向けに倒れる。

 

「……げほっ、助かった……ジョルノ……!」

 

「一人で無茶しないでください。……ですが、あなたのお陰で分かったことがあります」

 

 苦しそうにせき込むチルノを心配しながら、ジョルノは外れた腕の手の中に握っていたものを見せる。手を開くという行為にも激痛で顔を歪めるジョルノ。だがそこには、先ほどチルノが生成した氷塊の破片が握られていた。

 

「……それは?」

 

「氷です。見てください、あなたの先ほどの弾幕で散らばった氷を……」

 

 そう言われてチルノがあたりを見回すと、氷に埋もれ倒れているてゐと文の姿が目に入る。だが、その姿は先ほどのような生気を失った老人の姿ではない。肌は艶が取り戻され、彼女たちは気を取り戻していた。

 

「うぅ、ウサ……い、一体何が……?」

 

 てゐはごしごしと顔を拭って膝を着いて起き上がる。同様に文も氷の礫から起き上がった。

 

「あやや……やっぱり助かりました……」

 

 意味深なことを呟いているが、ジョルノたちの耳には聞こえない。それを見たチルノは今度は芳香の方を見た。芳香は倒れたままでいるものの、気を失ってしまっているということは無く、可動域の狭い関節を何とか動かして起き上がろうとしている。その背後にはあの奇妙な外見をした『スタンド』があり、能力の解除を行っていないことが分かる。

 

 だが、背後の倒れていた二人への影響は皆無だ。そのことについて、ジョルノが口を開く。

 

「温度だ。あなたの氷のお陰で僕たちの体温が下がり、老化が止まったんです」

 

「温度? 低いと老化しないってこと?」

 

「そうです」

 

「そうなの!」

 

「そうなんだ!」

 

 ジョルノの言葉にチルノだけでなく、芳香まで驚いたような反応を見せた。

 

「……自分の弱点を知らないとは……なんと、まぁ……」

 

 ようやくおぼつかない足取りで立ち上がった芳香にジョルノはため息をつく。なんとも間抜けな刺客なのだろうか。最初の能力こそ驚いたものの、タネが分かってしまえばチルノの敵ではない。温度の高い生物を老化させるという能力は冷気を操る程度の能力を持つチルノに対して全く意味がないということだ。

 

「でも、問題はこいつの『スタンド』ではなく不死性、そして先ほど見せたチルノの氷塊を一瞬で食べ尽くす『程度の能力』。どうすべきか、ちょっぴり難しい状況ですね」

 

 ジョルノが芳香を再起不能にするために作戦を考えている間、芳香も同じように考えていた。

 

(うおお、私の能力が通りで通用しないと思ったら、低温には効果が無いなんてなぁー……。どうしよう、あの妖精。それに、人間も、後ろの天狗やウサギも復活したし……青娥ならどうするのかなー……)

 

 と、芳香はふと青娥の言っていたことを思い出す。

 

(……そーいえば、せーがが何か言ってたような……えーと、確か『挟み撃ち』がなんとか。上と下から……ん。うおおお、そうだ。もうすぐ時間だ、えーと、えーと)

 

 キョロキョロ、と芳香が辺りを見回すと上空にそれを見つけた。

 

 こちらに向かって急降下する大鷹の姿だ。

 

 

 ――――ぼどっ。

 

 

「欲霊『スコアデザイアイーター』」

 

 ジョルノ、チルノ、てゐ、文の4人の背後。背後は山の頂上へと続く道。4人の前方は宮古芳香の虚ろな視線で笑う表情。

 

 背後の音に振り返る4人に合わせて芳香がスペルカードを切ったのである。だが、4人の注目は芳香のスぺカでは無く――――。

 

 

「……鷹?」

 

「僕が生み出した……だが、『なんだこの生き物』は……?」

 

「……待って、これは記事には無かった……何なの? これは……」

 

「動かない、死んでるウサ? でも、何これ……?」

 

 

 戸惑う4人をよそに、芳香は大きく腕を開き――。

 

「我吃什么――――」

 

 空気を、空間を、空中を漂うあらゆるものを引き込む。それは極々小さな空気の流れ。4人はそれを感じることは無いが、大鷹に付着する『カビ』の胞子は芳香の方向に引き込まれる。

 

「……何か、マズイぞ!! 鷹に近付かないでください、それにそこにいる敵にも……」

 

 ジョルノはくるっと芳香の方を見た。彼女は口を開けて何かをむさぼっている。空気……いや、空気中に含まれる……。

 

「はッ……!!」

 

 ジョルノが足に違和を感じ、つま先を見た。

 

 足に緑色の植物のような物体が付着している。

 

「――――カビ? だが、どうして……」

 

 ジョルノがカビを落とそうと足を振ると、逆にカビが増殖を始めた!

 

「な、何だこの……こいつはッ!?」

 

 危険を感じたジョルノが背後を見ると、最悪の光景が目に映った。

 

 チルノ、てゐ、文、そして自分までも!

 

「ぜ、全身に、『カビ』が……生え始めている!?」

 

 大鷹から芳香へと下方向へ移動するカビは、そのまま通り道にいたジョルノたちに付着し成長を始めていた。このカビは下へ、下へと生息域を伸ばす習性があり、付着した生物が下方向に降りると一気にその根を伸ばすのである。

 

(そ、そういえば聞いたことがある。前に永琳さんが話していた冬虫夏草という植物も、同じような性質を持っている!)

 

 ジョルノはそれ以上、手を伸ばすことを止めた。そして下にいる芳香と視線を交差させる。

 

 あいつにカビが生えないのは『生きていない』からだ。生物でなければカビは付着したところで成長できない。

 

「そしてあの吸引するスペルでカビが下に降りていると錯覚させているのか……!! このままじゃあ何もしていないのに、カビが全身に回る! もしそうなったら僕らもあの大鷹の様に……」

 

「……貴様らは、倒すー……。せーがと、約束、した」

 

 死体の彼女はさらに自身のスタンドで追い詰める為に、ぎこちない動きで一歩。ジョルノたちの方へ歩き始めた。

 

*   *   *

 

 東風谷早苗は妖怪の山中腹で足を止めた。それは疲れたから、とかそんな理由からでは無い。彼女はスタンドを出して周囲を警戒する。

 

(……天狗か。まさか、あの二人が……)

 

 早苗の脳内に二匹の烏天狗の顔がよぎる。ついに反逆を始めたか。まぁ、元より妖怪の山は全て守矢神社がその勢力を奪うつもりでいたのだ。

 

「……予定が前倒しになっただけです。出てきなさい、この東風谷早苗がお相手を務めましょう」

 

 口調に布を着せ、着飾る。まだ、あの二人以外に正体はバレていないのだ。そして、この感じ――――。

 

「……何時から私が貴方を補足していると気が付いた?」

 

 白狼天狗が一匹、茂みの中から姿を現した。右手に盾、左手に剣を構えた彼女は疑惑の目で早苗を見た。

 

「ついさっきです。ここまで近付かれるまで気が付きませんでした。流石は山の警備部隊長を務める犬走――――」

 

「私は貴方が河城にとりを救出しようとして、失敗したのを『千里眼』で見ている。彼女のことは非常に残念だが、まだ貴方がこの妖怪の山に対して有益なのか有害なのかについてはまだそこからでは判断が付かない」

 

 早苗の言葉を遮って犬走椛は剣を向けて話す。

 

「……その剣でどうする気です? あなたの言う通り、私は川の中で瀕死だったにとりさんを救出しようとして失敗しました。まさか、そのことについて私を責める気ですか?」

 

 口調を崩さず、あくまで丁寧な物腰で早苗は椛に尋ねた。

 

「……妖怪の山は守矢神社との協力関係に満足している。特に貴方の持つ謎のカリスマ性は信者を増やし守矢神社、しいては妖怪の山の権威として非常に役立っている。だから、今回の件について我々はとやかく言うつもりはない」

 

 椛は剣を鞘に戻して頭を下げた。それを見た早苗はほっと息をついて

 

「そうですか。なら、安心しました。あらぬ疑いで攻撃されるんじゃあないかと、無駄な心配をしてしまいましたよ」

 

 と、言いながら椛の脇を通り抜けようとする。

 

 その二人の視線が交差し、外れる刹那。

 

「……だが、私とにとりは友人だった」

 

 

 椛がぽつりと言葉を漏らし、剣を引き抜いて横なぎに早苗の首を切り落とした。

 

 

「この行動は私の一存だ。あとで私は天狗から処分を受ける。共に地獄に落ちよう」

 

 どんな形であれ、友人を殺された椛に冷静な判断など出来なかった。どぐちゃっ、と早苗の首が地面に落ちる音がして椛は瞳を閉じた。

 

(敵は取ったぞ……にとり……)

 

 

「いや、地獄に落ちるのはあなた1人です」

 

 

 はっと気が付いて、椛は早苗の首を見た。そして息を呑む。

 

「ひっ……!!」

 

 切り落とし、それ以上動くことのない首がこちらを向いて笑っている。

 

「ふふふ、非常に残念です」

 

「世の中には見てはならないものということがあるのに」

 

「貴方のその行動は非常に愚かだった」

 

「せめて仲間を連れてくればよかったのに」

 

「愚かしい、無様らしい、嘆かわしい!」

 

「ここで貴方は無残に殺されるだけなのに」

 

 椛は四方八方から聞こえる早苗の声に戦慄する。見回せば、一人、二人……いや、何人も、何十人も東風谷早苗が自分を取り囲んでいる。いつのまにか視界は空中の漂う砂塵によって狭められ、彼女の視界には何人もの早苗の姿しか映らない。

 

「現世との離別は済んだか? 思い残すことは何もないか? もっとも、私の殺意はそれを待ってはくれないがね」

 

 冷ややかな口調と、恐怖を滲ませた狂気的な言葉に椛は震えあがる。歯をガチガチと打ち鳴らし、持っていた剣を取り落とす。

 

 なんだ、この女は。

 

 一体、この幻覚は……?

 

「う、わあああああああああああッ!!!」

 

 椛は最後の気力を振り絞って目の前の早苗を突き飛ばし、そのまま転がり落ちる様に斜面を下っていく。

 

(駄目だ、あいつは……あいつはやっぱりこの妖怪の山にとっての『悪』だったんだ!! 知らせなくては……みんなに! 文さんの言ってたことは本当だった!)

 

 ゴロゴロと地面に全身を叩きつけられながら山を下る椛。服が破け、地面に擦りむいたところから血が出るが、そんなことは全く気にならなかった。

 

 早く、逃げなきゃ。その一心で彼女は走っていたのだ。

 

「……」

 

 早苗はその様子を見て汗を流す。椛を捉えることは容易い。だから椛を逃がしてしまう、という自体に対して汗を流しているのではない。むしろそのことについては既に解決している。

 

「逃ィィィげェェなきゃああぁあああぁぁぁぁ!」

 

 椛は既に錯乱していて、自分の身に起こっていることに気が付いていない。既に彼女は走れる体ではないというのに!

 

 走るモーションを行っているのは腰から上だけ。そこから下は機能していない。ボロボロと崩れ落ちていくだけだ。

 

「こ、れは……ッ!! あの邪仙かッ!! まだ私が、ここにいるのに!!」

 

 椛の下半身には既にびっしりとカビが覆っていた。あれではもう助からない。あのまま全身にカビが及んで、彼女が辿り着くのは死という終焉である。

 

 だが、その終焉は東風谷早苗自身にも近付きつつあった。

 

「右手が……!」

 

 既に早苗の右腕にカビが増殖している。あのカビは生物から生物へ、下に降りるほどその生息域を広げていく性質がある。そうあの邪仙は説明していた。

 

「何か企んでいると思ったら……そういうことか」

 

 早苗は視線を椛から妖怪の山の山頂の方へ向けた。この症状を治すには本体を叩く必要がある。ならば、取るべき行動は一つだ。

 

「霍青娥、そんなに死にたいなら今すぐ殺してやるぞ……!」

 

 スタンドを戻して早苗は山の頂上へと急ぐ――――!

 

 

第45話へ続く・・・・・・

 

*   *   *

 

あとがき

 

 ボスジョ44話、終了です。更新遅れて申し訳ありません。

 

 ようやく、青娥の放った殺人カビがジョルノと早苗のところまで行きわたりました。特に老いとカビに挟み撃ちにされているジョルノたちはどうこの危機的状況を突破するのか、ご期待下さいね。

 

 あと、早苗と関わったキャラクターがことごとく酷い目にあってますが、まだ椛ちゃんは生きているので安心してくださいね。時間の問題ですが。

 

 今回の話でだいぶ早苗さんのスタンドの正体が割れてきましたね。次回くらいには答え合わせがしたいです(願望)

 

 ここまで読んでいただき有難うございます。また次回を首を長くして待ってください。



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青娥娘々の異常な愛情④

ボスとジョルノの幻想訪問記 第45話

 

青娥娘々の異常な愛情④

 

 霍青娥のスタンド『グリーンディ』で生み出されたカビは宮古芳香のスペルによって『下降している』と勘違いし、ジョルノたちに対する繁殖を際限なく行っていた。このままでは数分と経たない内に全身にカビが回ってしまう。

 

「なに、この……植物? いや、これは……!!」

 

 異変の元凶に理論と知識に基づき推理したジョルノと違い、チルノは感覚で自分に取りついている緑色の物体を理解する。自然物の象徴である妖精からしてみれば、カビとはいわば毒そのもの。

 

「う、わあああああああああああああッ!! パーフェクトフリィーーーズ!!」

 

 妖精の存在意義そのものに対する危険を感じたチルノはカビの進行を止めるために全身を一気に凍らせる。てゐ、文、ジョルノに対しても同じように氷を纏わせた。チルノの直感は上手く作用し、寒さこそあるもののカビの進行は停止する。

 

「さ、ぶッ!! ジョルノ! これも『スタンド』ってやつウサかッ!?」

 

 てゐは全身を覆う氷に肌を震わせながら、何とか声を出す。

 

「断定は出来ませんが、いずれにせよ危険な能力ですッ!! チルノが凍らせなかったらさっきの大鷹のように僕らもグズグズになってしまっていたでしょう!」

 

 半身を凍らせて、ジョルノは一歩山を登る。

 

「射命丸文、と言いましたね? あなたのカビの進行はどれくらいでしょうか?」

 

 比較的芳香から距離が離れていた文を見てジョルノは尋ねる。ジョルノの見立てでは文が一番被害が少ないはずだ、と思ったからだ。

 

「……信用しますか、この私を」

 

 凍り付いた羽を広げながら文はジョルノに尋ねた。

 

「する。僕たちを信用していなきゃ行えない行動をあなたはした。それが根拠です」

 

 ジョルノは半分氷に覆われた黄金の精神を光らせる視線を文に向けて断言する。

 

「……予言のお陰でもあるけどね。あなたがここ妖怪の山に来てくれて本当に感謝します。カビの進行は……飛ぶのに支障が出ない程度ですね」

 

 バサッ、と翼を開いて文は答える。ジョルノは十分だ、と言いたげに頷いて一歩。文に近付く。

 

「僕を山頂まで運んでください」

 

「えッ!?」

 

「ちょ、私たちは!?」

 

 その言葉にチルノとてゐが耳を疑った。特にてゐからすれば、身を守ってくれる味方が減るのだ。

 

「私のこと守るって言ったじゃんか!! 約束を破ろうっていう気ウサ!?」

 

 しかし、ジョルノは「そんなつもりはありません」と言い

 

「あなたの隣にいる少女では、僕の代わりは務められませんか?」

 

 その言葉にてゐは言葉を詰まらせる。確かに、チルノならばカビと老いに対して完璧なアドバンテージを取れているのだ。逆にこの状況ではチルノの隣にいた方が安全だと言える。

 

「……ジョルノも分かってんじゃん、アタイのこと」

 

 それを隣で聞いていたチルノは思わず笑みを零す。チルノは文とジョルノを覆っている氷を解除した。早く行け、という意思表示だろう。それに勘付いたてゐはやりきれない表情で首を振って。

 

「~~~~!! あ~も~! 勝手に行きゃいいウサ!! その天狗が来た時点で道案内の必要もないだろうしねぇ!」

 

 ジョルノと文の二人に背中を向ける。

 

「……帰ったら、好きな物食べさせます。行きましょう文さん」

 

「話は纏まりましたか。チルノさん、てゐさん、気を付けてください」

 

 文はジョルノの体を軽々と背負い、一気に飛翔する。芳香のスペルの射程距離を抜け、体に付着するカビはそれ以上の成長を止めた。

 

 

「……珍しいわね、てゐ。あんたが人の我儘聞くなんて」

 

 飛び立った直後にチルノはてゐに尋ねた。

 

「はん、我儘なんてウチの姫様のお陰で慣れっこウサ。そんなことより、あんたはしっかり私の護衛を頼んだウサよ。ジョルノが期待してんだから。……というか、これもうちょっと暖かく出来ない? めっちゃ寒いんだけど」

 

「我慢してよ。加減なんて難しくて出来ないわ」

 

「そーゆーとこで融通利かないウサねぇ……まあ、助かってるからそれ以上文句は無いけど」

 

 と、そんな会話を聞いていた芳香は飛び立った二人では無く、目の前の二人を倒そうと考える。

 

「……『ザ・グレイトフル・デッド』」

 

「……『エアロスミス』」

 

 芳香が再びスタンドを出すのに合わせてチルノも自身のスタンドを出す。

 

「私のスタンドにスピードやパワーは無いけど……お前らをこれ以上先に行かせないことくらいは出来るぞー……」

 

 芳香は『グレイトフルデッド』からガス状を霧を発生させる。あの霧が老いる効果の原因なのだろう。

 

「『老いるとは朽ちること』。青娥は説明してくれた。だから、さっきみたいに一気に老いさせるんじゃあなくって」

 

「待て、何を……」

 

 と、てゐが異変を感じ取る。地面が揺れているのだ。何か、地震でも起こっているかのように……。

 

「――――ち、チルノ!! 下からウサ!! 何か来る……!」

 

 その声にチルノが下を向くと同時に、地面が突然隆起する。

 

「触手……い、いや、木の『根っこ』ッ!?」

 

 ボゴォッ! と触手のような動きで根っこが地面を押し上げチルノに襲い掛かったのだ。ヒュンヒュンと鞭のようなしなやかさを持った根は華奢なチルノの体に横なぎに払われる。

 

「うぎぇっ!!」

 

 予想外の攻撃にチルノはぶっ飛ばされ、林を抜けて再び滝のあるところまで戻された。

 

「そ、そうか。芳香は地中を『老化』させていた! 地中の有機物を高速で老化し、肥料を作ったんだ……。さらに、樹木自体も少しずつ老化させることで爆発的に成長させ、ジョルノのような芸当を可能にしているッ! 更に、地中の温度は常に一定以上に保たれるためチルノの冷気で防ぐことも出来ないッ!!」

 

 地中を老化させる。つまりは腐らせる。腐らせるということは、いわば植物を操ることと同義である。しかし、普通そんな器用なことは不可能だが……。

 

「ゲホッ!! こいつッ!! こんな普段はのんびりした⑨っぽいのに、スタンドを操る技術だけは天才的だッ! アタイ以上に!」

 

 チルノはわき腹を押さえて何とか起き上がる。てゐとの距離はそんなに離れていないため、チルノの氷が剥がれ落ちることはないが、それは芳香との距離も近いということである。

 

 ぎこちない動きだが、芳香はチルノの近くまで迫っていた。

 

「たーべーちゃーうーぞーーーー」

 

 ウネウネと地面から突出した蠢く木の根を操りながら芳香はチルノを見下ろした。チルノの背後には滝。前方には不気味なモンスター。

 

「……何だっけこの状況。洪水の陣、じゃなくって……潜水の陣でもなくって……ええっと……」

 

「……香水の陣かー?」

 

「……」

 

「……」

 

 チルノと芳香はしばらく見つめ合った後。

 

「知ってんだよォォ~~~~~~ッ!! 国語の教師かオメェーはよォォォーーーーーーッ!!!」

 

「合ってたかー。青娥に褒められる」

 

 チルノは逆切れしながら『エアロスミス』を出して滅茶苦茶に芳香に向けて乱射した。それを芳香は植物を操ってガードする。

 

 ズギャギャギャギャギャギャギャッ!!!

 

 けたたましい銃声を響かせながら、二人の戦いは激化していく。

 

(……背水の陣、だけど……。教えられる雰囲気じゃあねぇーウサ……)

 

 馬鹿二人の凄まじい攻防に息を呑みながら、溜息をつくという矛盾を抱えたてゐはそう思った。

*   *   *

 

 文はジョルノを持ち上げ、妖怪の山へと一気に飛んでいく。

 

(ぐおッ! なんて風圧! なんてスピード! まずい、振り落とされそうだッ!!)

 

 ジョルノは必死で文に掴まっているが、外れた腕で力が入るはずもなく、激痛に悶えながら殆ど両足だけで文にしがみ付いていた。

 

 その様子に気が付いた文は空中で突然停止した。そして両腕がブラブラとしているジョルノに向けて心配そうに声をかける。

 

「……両腕、外れてるんですか? えっと」

 

「ぐっ、ジョルノです。……さっきの奴にやられました。何とか動かしたいんですが、どうにもならなくって」

 

(……そんな状況でよく山頂に行こうって言いましたね)

 

 文は内心そう思ったが、それよりもそんな状況で敵に立ち向かうジョルノの精神に称賛を送った。

 

「ジョルノさん、私が治しましょうか?」

 

「えっ? いや、治せるんですか?」

 

「ええ、まぁグイッと」

 

「グイッと!?」

 

 文は笑みを浮かべて両腕で謎の動きをした。そんな簡単に肩が戻るならぜひともやってほしいものだが……。

 

「でも待ってください、肩を入れるのって相当痛いって……」

 

「泣き言言わないでください。治したいんでしょう?」

 

 あくまでも文は治せるつもりらしい。もし失敗したらそれこそ『痛いじゃすまされない』状況になりそうだが。

 

「……じゃあお願いします」

 

 ここは文を信じるしかない。どっちみち、治らなくても腕が使えないことには変わりないのだ。ジョルノは決心してそう言った。

 

 そして、その直後に後悔した。

 

「はい、じゃあ行きますよ」

 

「……ハッ? ちょ」

 

 ジョルノの体の支えが一瞬で無くなったのだ。

 

 上空100mくらいの場所で。

 

「―――――ッ!!!」

 

 冗談では済まされない浮遊感。しかも両腕が使えないため霊夢と闘ったときの様に緩衝材を生み出すことも出来ない。というか、そもそも高さの規模が違い過ぎる。ジョルノは一瞬死を本気で覚悟したが……。

 

 ゴキッ、ゴキンッ!!

 

「ガッ―――!!!」

 

 骨を無理やり接合させるような爆音が両肩から頭に響き渡り、そして尋常ではない痛みが走り抜ける。正直痛みでショック死してもおかしくないレベルだったが、その前の死の予感のせいで痛みどころでは無かった。

 

「はいっ、治りましたよって……大丈夫ですか?」

 

 その直後に文が再びジョルノを担ぐ体制に戻った。この間は1秒にも満たない早業である。

 

「やっぱり痛かったですか……?」

 

「……い、いや……痛みより……あの浮遊感が……もう二度と空中で肩入れなんて御免です」

 

 文は首を傾げた。痛みよりも気になることがあっただろうか? そして、これ以降空中でこんな芸当をする状況は無いだろうに、とも思った。

 

「……まぁ、無事ならいいでしょう。しばらく痛みは続きますが、頑張ってくださいね」

 

「は、はい」

 

 今更担って響いてくる痛みにジョルノが耐えながら下を見ると。

 

 既に妖怪の山を全域がカビで覆われている。

 

「……や、山が」

 

「……何てこと……? みんなが、このままじゃあ……」

 

 文はその光景に息を呑み、視線を山頂に移した。

 

「早く向かいましょう、文さん……。一刻を争うでしょう」

 

「言われなくてもそのつもりです。これ以上好き勝手させるもんですか!」

 

 ジョルノを抱え直し、文は再び全力で飛翔した。これならば数十秒とかからず、山頂に辿り着くだろう。さっきまで二人がいた場所には一陣の風が吹く。

 

*   *   *

 

 時は少し遡り守矢神社、境内。霍青娥が優雅に詩を口ずさんでいると……。

 

「――――あら、お早いお帰りですわね。もう用事は済みましたの?」

 

 飛来し、着地した影に彼女は優しく声をかける。だが、かけられた方の表情に優しさなど微塵もない。

 

「東風谷早苗さん? どうしたのかしらその右腕は」

 

 わざとらしく青娥は早苗のカビに浸食された右腕を指さした。もちろん、青娥の思惑通りである。これで早苗の腕の半分は制御できたと言っても過言ではない。

 

「……そんなに死にたいか霍青娥。まさかこんなに早く裏切るなんてな」

 

 東風谷早苗はドスを聞かせた声色で青娥を睨み付けた。もはや、そこに守矢神社の現人神として信仰の対象となっている東風谷早苗の姿は無い。

 

 それを見た青娥は扇子を広げて優雅に笑う。

 

「ふふっ、怖い表情ですわね。そんなに尖がってちゃあ駄目よ。もっと楽しむような余裕が無いと」

 

 青娥はふわりと浮いて早苗との位置に高低差を付ける。少し早苗より高いだけでいいのだ。それは早苗も重々承知であり、本来なら青娥と相見えるときは彼女よりも高所をキープしなければならないのだが。

 

「……その必要はない。私が求めるのは楽しさじゃあない」

 

 早苗は一切動じることなく、青娥から視線を外さない。

 

「ふぅん、じゃああなたの求める物とは一体何かしら? 富? 名誉? それとも、やっぱり信仰かしら?」

 

「私が求めるのは『真の安寧』だ。心の底から安心できる生活。そんな現実を望んでいる」

 

 その答えに青娥は笑みを零さずにはいられなかった。まるで見当違いな目的だ。それならば早苗の行動はまるで破綻しているではないか、と。

 

「おかしなことを言うわね。あなたの口は行動とは真逆のことを言うような仕組みになっているのかしら?」

 

 早苗はその青娥の言い分に「貴様には理解できまい」と一言断りを入れる。そして、狂人のそれのような視線を青娥に向け、自身の破綻した行動理由を述べる。

 

「全てを虐げずにはいられないんだよ、私は。あらゆる人間の上に立ちたい。あらゆる種族を見下していたい。あらゆる生物を管理し、凌辱し、その存在を蹂躙したいって。でも、私には激しい『喜び』はいらない……そのかわり深い『絶望』もない……『植物の心』のような人生を……そんな『平穏な生活』こそ私の目標だったのに……」

 

 早苗は表情に影を落とした。そして言葉を続ける。

 

「私には『他者を虐げずにはいられない』という『サガ』を持っているが、幸せに生きる『権利』も持っているはずだ。こんな『サガ』と『希望』の同居など不可能だと重々承知だが、それでも私は幸せに生きたいのだ。平穏な生活を手に入れたい……」

 

 言葉を切り、今度は迷いを切り捨てた瞳で青娥を見た。

 

「貴様は私の求める『真の安寧』を邪魔している。悪い芽は今摘む必要がある」

 

 ザザザ、と早苗の周囲に砂塵が舞い上がる。持っている風祝を青娥に向けて、宣戦布告。

 

 それを青娥はこう受け取った。

 

「……日本の詩はご存じ? 最近太子様が折に触れて大層気に入ってらっしゃるの。だから私もさっきまで一句作ってたところだったわ」

 

「……何が言いたい」

 

 青娥の奇妙な言動に早苗は眉を潜めた。

 

「――人の世に 祀り祀らる 風祝 その身の程や 神も恐れぬ」

 

 次の瞬間、早苗の周囲にある砂が一斉に戦車のような装備をしている獣のような姿になった。

 

 

「――『愚者(ザ・フール)』。まさに私への『あてつけ』ということだな。……楽に死ねると思うなよ、邪仙(ユアンシェン)」

 

 

「あらあらまぁまぁ、随分と稚拙で低能そうなスタンドだこと。『グリーンディ』、たかだか神の素質があるだけの人間に、『弁え』というものを教えて差し上げましょう?」

 

第46話へ続く……

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 大変長らくお待たせいたしました。東風谷早苗のスタンド能力の答え合わせのお時間です。

 

 本編を見たら分かる通り……正解は『愚者(ザ・フール)』です。まさに、この作品の早苗さんを表現したスタンド名ですねぇ。そしてかなり応用の幅が広いです。あとがきの下に早苗さんのスタンド詳細を書いておきます。ちなみに、正解した人は確か二人だったはずです。おめでとうございます! おめでとう……それしかいう言葉が見つからない……。

 

 今まで沢山の予想コメントありがとうございました。本当に最後の最後まで色々な方々が色々な予想をしてくださって、作者冥利に尽きます。時々、「あれ? そっちの能力の方が面白そうだったかな?」みたいに思っちゃったりしましたが、やはり早苗さんは『愚者』のままで行きました。

 

 早苗さん予想スタンドコメント期間が終わってしまったので、適当に誰かのキャラを何のスタンドか予想してみてください(投げやり)。例えば、輝針城キャラの誰々でこんなスタンドにしてよーとかでもいいです。もはや要望ですね。でも要望も勿論ウェルカム。メインストーリーに絡まない範囲で参考にしたいと思います。今回の天子の話みたいになると思いますね。

 

 と、ここまで読んでくださって感謝感激の至りです。次回も一カ月以内の更新はしますので、お待ちいただければと。ちなみに次回は恐らく青娥V.S.早苗回になると思います。

 

 では、46話で。

 

*   *   *

 

 東風谷早苗:スタンド『愚者(ザ・フール)』

 

 東風谷早苗のスタンド。砂そのものを操る能力で砂の性質上変幻自在であらゆる姿をすることが可能。自分の姿にしたり、花京院の姿にしたり、声まで変幻自在というチートっぷりである。また、砂のため直接攻撃では全く手ごたえが無いのも特徴。本来の姿は原作とあまり変化は無い。

 

スタンド:『愚者の奇跡(ザ・ピースフル・フール)』

 

 東風谷早苗のスタンド『愚者(ザ・フール)』に『奇跡を操る程度の能力』を組み合わせることで発現する能力。奇跡的な成分を含んだ砂を操ることが出来る。どのように奇跡的なのかについては早苗と、砂を取り込んだ人間にしか分からない。きっと幸せな幻覚を見たり、猟奇的な悪夢を見たりと早苗の思い通りなのだろう。まさに奇跡の砂である。



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青娥娘々の異常な愛情⑤

ボスとジョルノの幻想訪問記46

 

前回までのあらすじ

 

 ジョルノと文を守矢神社に行かせるためにチルノとてゐは玄武の滝にて霍青娥の忠実なる死体、宮古芳香との戦いが始まった。

 そして、その間に守矢神社では青娥と早苗が互いの神経を逆撫で合い、ここでも戦いが始まる。

 

 妖怪の山は既に殺人カビに浸食されており、天狗たちの動向は未知数である。

 

*   *   *

 

ボスとジョルノの幻想訪問記 第46話

 

青娥娘々の異常な愛情⑤

 

 

 妖怪の山のどこかに位置していると言われる天狗たちの住処。それは木々に囲まれた深い深い森の中にカムフラージュされるような形で乱立しているツリーハウスに近い物。その中でも一際大きな木製の建築物……ハウスというよりはキャッスルに近い建物が妖怪天狗の現頭目、天魔の住まう居城である。

 

 ここは特に重要な職についているエリートや天魔の親類に当たる者たち、身辺警護を務める戦闘技能と忠義に満ち満ちた天狗達しか出入りが許されていない場所である。

 

 そのような社交性を究極的に求めるような空間に社交性皆無な天狗が一匹。

 

(む、む……無理無理無理無理無理無理ィーーー!!! わ、私ッ、私もう帰りたい、帰りたいよぉおおおッ!!!)

 

 姫海棠はたては背中を丸め、視線は下に、身じろぎ一つせず、大量の汗をかきながら、雲の上のような存在である天魔とその側近たちや重役のエリート天狗の前で1人、正座をしていた。

 

「……して、なれは……はたて、とか言うたか? 天魔様に申し上げる文言があってここに来たらしいが、一体それはどういう内容であるか?」

 

 戦いの中には行きたくない、と文に言ったらこんな目に合わされた。はたてはあの時の自分の発言を呪っていた。戦わなくてもいいから、せめて今の現状を上の天狗たちに伝えてほしい、と頼まれたのだ。そして上手く口車に乗せられ、トントン拍子でここまで連れて来られて、城を守る衛士にここまで連れ込まれた。

 

「え、えっと……あ、の……」

 

 言う事言って帰ろう。だからささっと要件を済ませよう。そう思って絞り出した言葉は何の意味もない単語の羅列だった。言いたいことは全て知っている。だが、緊張感とストレスからか、どうやってきちんとした言葉で言い表せばいいか分からない。

 

 ここで無礼でも働いてみろはたて。お前の首は直後に空中を飛翔するという人生で一度きりの体験をする羽目になる。

 

「はっきり言え。我らも現状に戸惑って居る。なれのような木端天狗に構っている暇は無い」

 

 現状とは何体かの哨戒天狗が持ち場に行ったきり、連絡が付かないという不可解な状況を指している。まだ、彼らは山で何が起こっているか、守矢神社がいかに危険な存在か分かっていないのだ。

 

「ご、ごめ……んな……さい」

 

「謝る時間があったらさっさと言えい」

 

 だが、この高圧力である。畜生、たかが少し地位が高いだけの禿天狗が。あんたらなんてネット上の掲示板ではボロクソに叩かれてんのに! てか私が叩いてるんだけど!

 

 はたては忌々しげに周囲を見回した。階級システムに魂を売り、特に優れた能力のないのにのさぼるこいつらとこの社会が気に食わない。

 

 心の中でそう思いながら、はたては文が用意してくれたノートパソコンを前に出して、その内容を見せた。

 

 そこには既にはたての予知が記されている。それを見た天狗衆は眉をしかめた。

 

「……は、何だこのデタラメな内容は?」

 

 一匹の天狗が鼻で笑った。内容は新聞記事調になっており、6~7個の記事の集合である。その中の一つに守矢神社に関する内容もあった。

 

「守矢神社が秘密裏に妖怪の山を占有し、私物化? 空洞化した天狗社会は崩壊の危機、だと? 一体何の冗談だこれは?」

 

 見出しに書かれた内容に嫌悪を示す天狗たち。こんな冗談めいたことを下級天狗の社会不適合者に目の前で叩き付けられたら、どんな奴でも黙っていないだろう。要するに、はたての示した内容に彼らは激昂した。

 

 そして、天魔の側近にいた初老の天狗が声高にはたてに言う。

 

「他の記事も全てでたらめだ! 会議中に私の携帯が鳴るだとか、妖怪の山に毒が散布されるだとか、守矢神社の裏切りも全てだ! 誰かこの者をひっ捕らえよ! そしてここから摘みだ……」

 

 

 ピロリロリン♬ ピロリロリン♬ お兄ちゃん、電話だよ! ピロリロリン♬ ピロリロリン♬

 

 

 と、命令の途中で誰かの携帯の着信音が大音量で流れ始めた。

 

「……電話、まず……一つ目の予知……わ、私の『予知』は絶対、絶対です……!」

 

 はたてがガクガクと体を震わせながら、精いっぱい声を絞り出し説明する。

 

「……だ、誰だ……こ、こんな着信音……ま、さか……」

 

 側近の天狗が青ざめた顔で自分の懐に手を入れると……。

 

 

 ピロリロリン♬ ピロリロリン♬ お兄ちゃん、電話だよ!

 

 

 彼の手には小刻みに震える携帯電話が握られていた。

 

「何ィィーーーーーーッ!! き、貴様ァ! こ、んな、私にこんな恥をかかせおって!!」

 

「私の意思では無い……む、無関係! なのです、はい。私は一切その携帯に触れてませんし……ちゃ、着信音もそれが素の、あなたの設定している音のハズです、ハイ」

 

 はたてのその言葉を聞いて携帯を持っていた彼の手が緩まる。どうやら図星のようだった。そして、落とした拍子に通話がONになる。

 

「――ほ、報告! 報告します! 多数の哨戒天狗が全身カビに覆われた死体で発見された模様! 被害は未知数! 我々のみならず、山に住まう全ての生物が同じ被害にあっています! 恐らく、猛毒が生物兵器の類かと! 繰り返します! 多数の哨戒天狗が――」

 

 ONになった携帯から響いた音声には切羽詰まった恐怖の色が窺えた。そして、その内容もはたてが予知した通りの内容。

 

 流石の上級天狗たちもこの状況には押し黙るしかない。

 

「……わ、私の、私の予知は絶対、『100%』なんです、ハイ! これはもう決定づけられた運命、この予知の内容は変えることが出来ません……。だから、予知の内容に従って私たちは山を捨てるしか道はないのです……ハイ」

 

 記事には確かに守矢神社の妖怪の山占有が書かれている。これは揺るぎのない事実なのだろう。それを証拠に携帯から漏れ出る音声からも守矢神社の巫女が妖怪の山内部を徘徊し、数名の天狗や河童を殺傷したという報告もあった。

 

 明らかな黒だった。ようやく事態は緊急を要するものだと、天狗たちに伝わった。

 

「運命なんです、運命がそうさせるのです! だ、だから、あなた方がこの記事通りに動けば、『守矢に成功などあり得ない』んです! ハイ!」

 

 はたてはガチガチと歯を打ち鳴らしながら、天魔に向かって叫んだ。辺りは一度静まり返る。記事がもし決定づけられた運命を示すということならば、嫌でも天狗はこの記事通りに動かなくてはならないのだ。

 

「…………」

 

 天魔は黙っている。顔も知らない天狗の言葉に真剣に耳を傾けている。周りの天狗たちは黙っていた。最終的な決定は全て天魔にあるのだから。

 

 そして、ついに天魔が口を開いた。

 

「……全員、こやつの記事通りに動け……。こやつも我々天狗の一人だ……。我々を信じてこやつはここにいる。こんなちっぽけな小娘が、なけなしの勇気を振り絞ってな……。儂等がこやつを信じない道理があろうか?」

 

 その言葉に上級天狗は半ば信じられない、という表情をするが、すぐにキッとした目つきに代わって「了解です、天魔様」と言い、散開した。その場に残ったのは姫海棠はたてただ一人。

 

「……あ、ありがとう……ございます……天魔様……」

 

 呆然と、ただ呆然としてはたては礼を述べた。その言葉に天魔は「よい」と一言。

 

「長生きしていれば、人の言葉の価値が分かる……。儂はなれの言葉から金山にも勝る価値を見出しただけよ……」

 

 その言葉にはたては何も言うことが出来なかった。ただ、何故か涙が出てきた。理由は分からない。

 

「……ところで、この一件が終わったらなれの新聞を購読したいんじゃが……構わんかね?」

 

 皺くちゃの顔に優しい笑顔を浮かべて天魔はそう言った。

 

*   *   *

 

 霍青娥はかつて、とある一つの大国にその美貌で巨大な戦争を巻き起こさせた過去がある。いわゆる傾国の美女。そして、それこそが彼女を邪仙と呼ばれる理由でもある。

 

 ただの人間が不老不死を目指し、俗世を離れ、人間としての能力を失い神格に近付くだけなら、それはただの仙人である。ただの仙人ならば、死神に狙われるだけで済むのだ。

 

 だが、俗世を離れ、仙人になった者が再び俗世に戻り、欲に溺れた生活をするとそいつらは大抵勝手に破滅する。その中で、突然変異的に『世捨て』と『世慣れ』を同居させ、仙人でありながら人間と変わらず欲に塗れる存在が邪仙と呼ばれるのである。

 

 彼女の最も邪悪な部分は、更にそこに悪気が無いからである。彼女には罪悪感というものが存在しない。霍青娥に自制心など有りはしないのだ。欲望の赴くままに行動し、それでいて仙人であることを保ち続けている、ある意味『有り得ない』存在である。

 

 その心に罪悪感が消えたのは仙人になった後だろうか、それともなる前だろうか。その事実は確認しようがないし、おそらく本人に聞いても分からないだろう。

 

 ――だが、仮に後者だとしたら……。霍青娥が仙人になる以前は、どのような人物だったか、全く想像が付かない。一つ言えることは、そんな人間は『悪意』という感情のみを持ち合わせた者ではなく、悪意そのものだということだ。

 

「私のとってもとってもとってもとってもお気に入りの能力、『グリーンディ』よ。今まで生きていて色んな力を手に入れてきたけど、これほど私にとって楽しい能力は無かったわ」

 

 青娥は底の知れない笑みを浮かべて空中を漂っていた。それに対して早苗は眉一つ動かさない。ただ、青娥を真っ直ぐに睨み付けているだけだ。

 

 あのような視線は幾度となく向けられてきた。これまで生きてきた中で、視線だけで人間を殺すような人間は幾度となく出会ってきた。けれども、そんな人間たちも青娥の能力の前に脆くも崩れていった。

 

「……いいのかしらん、早苗さん? 私に向かってそぉんな目を向けてきた人たちはみーんな、私の実験材料になっちゃったわよ?」

 

「じゃあ私が初めてだな。この目を持って、お前を実験材料にする者は」

 

「……きつい冗談だわねぇ」

 

 早苗は周囲に砂を拡散させて、青娥を自分ごと取り囲んでいた。キラキラと上空に輝く太陽の光を受けて砂が乱反射する。その一つ一つの光は少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

 

「あら、鋭利な刃物ね」

 

 気付いた時にはもう遅い。ただの小さな砂粒だと思っていたが、それらは集合・密着し、適度な強度と鋭利さを持って空中に留まっていた。

 

「動くと切れるぞ。動かなくても切るがな」

 

 早苗が右手に砂を集中させ始める。青娥の周囲を漂う砂と同じ要領で集合・密着し、一本の長い刀剣になった。しかし、その鋭さは砂と言って侮ることなかれ。結局は砂と砂同士を操り、擦り合わせることで特に刃部分は鋭利なナイフのそれと変わらない強度を持っている。的確に砂面を磨かれたことによって光の反射も狂いが無く、規則正しく美しい。

 

「まさか、そんな刃で私を殺そうというの? だとしたら、早苗さん。あなたはやっぱり私から裏切られる程度の器に過ぎないわ」

 

「……! 待て、何を……」

 

 苦笑を漏らしながら青娥は髪の毛を結わえていた簪を取り、空中に円を描く。不審な動きを止めようとするが、青娥は円を描くだけでそれ以上のことはしなかった。

 

「空間に穴は開けられないけれど、弾幕の壁は抜けようと思えば抜けれるのよ。普段使わないだけで。だから、この漂う砂の刃も壁と見立てれば――――」

 

 だが、青娥の視界からその円の内側の範囲内に入る砂の刃は消滅していく。これは壁に穴を開ける、ということの応用である。

 

 彼女に抜けられない壁という概念は存在しない。

 

「――というわけで、動きましたがどこも切れませんでした。どうしますぅ? 早苗さん……再びですか?」

 

 早苗が呆気に取られているうちに既に早苗の目の前まで青娥は距離を詰めていた。

 

「どうなさいました、早苗さん。顔色が少々悪いようですが……」

 

 煽るような青娥の言葉に早苗は風祝で横薙ぎに殴る。

 

 恐ろしく速い殴打。しかし、青娥はそれをやすやすと右手で受け止める。接近戦の心得もあるらしかった。すかさず、右手に握っている砂剣を数本の細い短刀の大きさまで分解し、それらを操って青娥に飛ばす。

 

 この至近距離なら避ける暇も、防ぐ暇もない。だが、青娥は簪でそれを一本一本丁寧に弾く。およそ、常人では見切ることも不可能な至近距離弾幕を彼女はただの簪で防いで見せたのだ。これらの卓越した動きと手捌きを見て、早苗は意外そうな表情をする。

 

「意外だな。近接戦闘の心得まであるとは」

 

「それはお互い様ですわ。巫女という生き物は皆殴り合いが大好きな野蛮人なのかしら?」

 

「……流石に博麗霊夢には負けるわ」

 

 無関係なところで別の巫女が罵倒されている。と、そんな会話の最中に青娥の背後にはあの恐るべき『スタンド』が出現していた。

 

「――――ッ!」

 

 それを目視した早苗はすぐさま青娥と距離を取る。そして砂を集めて胞子がこれ以上体内に侵入してくるのを防いでおく。

 

「んー♪ 惜しい。あともう少し引くのが遅かったら早苗さんの左手は今頃胴体とサヨナラしてたのにぃ」

 

 にっこりと笑みを浮かべながら残虐なことを言い、青娥は『グリーンディ』を引っ込めた。

 

「さぁ、かかって来なさい? そんなとこにいちゃ、私に攻撃は届かないわよ?」

 

 余裕を見せて両手を広げて早苗を挑発する。それに対して忌々しげに眉をしかめながら早苗は『愚者』を集めて何かを形成していく。

 

 それは次第に人の形になり、早苗と瓜二つになる。

 

 彼女は自分と全く同じ姿をした砂の人形を作ったのだ。

 

「……凄いそっくりね。見分けが付かないわ……」

 

「私だからな。似せるのは簡単だ」

 

 と、二人の早苗が青娥に向かって弾幕をばら撒きながら飛びかかっていく。2人の早苗は互いに交差し、回転しながら青娥に弾幕を放っていく。すぐにも青娥はどちらが本物の早苗か見分けが付かなくなってしまう。

 

「埒が明かないわね、『グリーンディ』」

 

 結局、どちらが本物なのか正解を探すことを諦め、青娥は再びスタンドを出す。そしてカビの胞子を辺りにまき散らし始めた。

 

 これならば、早苗がどこから来ても結局胞子の餌食になる、という構図である。だが、砂である偽物の方には胞子が付いたところで生き物ではないので効果は無い。

 

 だから、片方が近付いてくるのだ。

 

「あらあらまぁまぁ」

 

 青娥は笑みを浮かべて接近して『いない』方の早苗を見た。あっちが本体だ。青娥は接近する偽物を無視して本物の方へと近付く。当然、弾幕が撒かれているが青娥にとってこの程度避けるのは訳なかった。

 

 物体に穴を開ける簪を手に、本物の早苗と肉薄する。これを喉に突き刺すだけで、呼吸器に穴が開くという寸法だ。人間の皮膚は柔らかいため穴を開けるのには難儀するが……。

 

「息を切らして逝き狂うのよッ! そして苦しみに歪むその表情を見せて頂戴ィィーーーッ!!」

 

 早苗は砂を戻そうとするが、既に青娥は早苗の首元に簪を突き刺す寸前だった。間に合わない……だが、早苗の方は至って冷静。

 

 なぜなら、青娥の方へと接近したのは正真正銘本物の方の早苗だったからだ。早苗はあの場面で青娥が罠を仕掛けていることは容易に見破れた。そして逆に罠を張ったのである。実際に早苗自身に胞子は付着してしまったが、これ以上下に下がらなければ効果は無いのだ。覚悟さえしていれば、胞子を受けるのはどうってことのないこと。

 

 こいつが簪を砂の偽物の方に突き刺した瞬間。偽物と本物で挟み撃ちにするつもりだ。いい気になって、私を上手く絡めとったつもりかもしれないが、その程度の罠にハマるほど間抜けでは無い。そんなのは単なる自惚れだ。そしてその自惚れという罠に貴様はハマったのだッ!

 

「逝き狂うのは貴様だッ!! 霍青娥――」

 

 風祝を振り上げ、青娥の油断しきっている後頭部を殴打しようと腕を振り上げた矢先。

 

 

「――あらあらまぁまぁ?」

 

 

 ギロリ、と気色の悪い視線で青娥は早苗の方を振り向いた。口は歪な形で笑みを作っており、妖艶な舌で唇を舐める。

 

 しまった、と早苗は思う。罠にハメたと思ったら、それさえもブラフだったのだ。ダブルブラフ……既に早苗の考えは青娥に読まれていた!!

 

「貴方なら自分を犠牲にして私を殺してくると思っていたわ。でもざぁんねぇん♡ 娘々は欺くことなら誰にも負けないの。貴方如きが私に『ブラフ』で勝負しようだなんて10年は早いわ」

 

 このままでは早苗が風祝を振り下ろすよりも、青娥の魔の手が首を貫く方が早い。そうなれば呼吸不能で滞空維持が出来なくなり――地面に落ちてしまう。地面に落ちればカビが一気に早苗に襲い掛かる!

 

「というわけで、さようならー。大丈夫、早苗さんならきっと逝けるわ」

 

 そんな意味不明の言葉を残して青娥は簪をぬぶり、と早苗の喉に突き刺した。すぐに引き抜くが血は流れない。しかし、早苗の喉には直径2センチの大穴が開いた。

 

「か、こひゅ……く、こ……ひゅっ、ひゅっ!?」

 

 喉を押さえても漏れ出る空気を止める事は叶わない。いくら息を吸っても、肺に空気が取り込まれることは無かった。息を止めようとしても、逆に漏れていくばかり。

 

「スタンドは精神エネルギーの具現……よって呼吸困難に陥るとスタンドの維持もそれだけ難しくなるわ。お気付きかしら? あなたの周りで舞っていた砂塵が少しづつ晴れてきていることに」

 

 喉を押さえ、必死に空気を求める早苗に、そんなことを確認する余裕はない。限界まで空気を吐き切って更に息を吐き続けるような苦しみに、ついに早苗は飛行することも出来ずにいた。

 

「……かひゅッ!! か、あぁく……ハッ、せ……い……」

 

 ぐらり、と彼女の体が傾きそのまま地上へと落下していく。それと同時に全身を覆っていた胞子が一気に成長を始めた。青娥へと伸ばした左腕がボゴン、と歪な音を上げて肩から折れ曲がる。ボロボロと体の屑をまき散らしながら、早苗は落ちていく。

 

「かああくううううせいがァアアアアァァァァァァ!!!!」

 

 地獄の底に引きずり込まれるかのような形相と叫び声。しかし、青娥にとってその表情は最上の愉悦だった。彼女は高らかに、そして紅潮してヒステリックな叫びをあげる。

 

「あひゃあああああああはっは、ははははッッ!!! イイ、イイィ~~~~~!! 最高、絶頂よその表情ッ!! 早苗さん、あなたは私のお陰で『ハイ』になれたわよォォ~~~~~~~ッッ!!!」

 

 青娥の目には怒りと恐怖で歪んだ早苗の表情が映る。瞬きと共にまるで漫画の様に一コマ一コマ恐怖の色が濃くなっていく彼女の表情を見て最大の歓喜を歌う。そして、全身がついに崩れ落ち、地面へと激突する寸前。

 

 

 青娥が見たのは上空に浮かぶ自分の姿だった。

 

 

「……え?」

 

 青娥は目を疑った。自分が自分を見下ろしているのだ。一瞬目の錯覚か? とも思ったが、何度瞬きをしても映るのは自分の姿ばかり。

 

「お、落ちていたのは……私だった……??」

 

 青娥は自分の体を確認する。服のあちらこちらが破け、全身に鈍痛が響く。地面に激突したせいで、全身が軋むように痛む。

 

 待て、何故私は地面に激突した? 落下したのは私だったのか? いいや、確実に私では無かった。落下したのは『東風谷早苗』の方だった。確かに、そうだった。

 

「『愚者の奇跡(ザ・ピースフルフール)』……」

 

 上空で自分を見下ろす自分の姿を為した何かがそんなことを呟いた。その声を皮切りに、上空の自分が次第にその形を変えていく。

 

「今まで貴様が見てきた全ての現象は全て私の砂が見せた『まやかし』だ。全ては幻想に過ぎない……ッ!!」

 

 そして、再三東風谷早苗が目の前に現れたのである。青娥はようやく全てを理解したのだ。

 

 早苗が最初に攻撃してから、落下する最後の最後まで!! 全ては見せられていた幻覚だったという事実に!

 

「な、何て……こと……!?」

 

 ようやく青娥の表情から余裕が消えた。完全にこちらのペースかと思っていたら、ただただ早苗の手のひらの上でクルクル回っていただけだったのだ。

 

「……いや、そうでもない。現に貴様は幻覚状態にも関わらず、こちらの攻撃を回避し、こちらに向かって攻撃をしてきた。砂の剣の時点では幻覚状態かどうか疑ったくらいだ」

 

 そんな青娥の意図を読み取ったのか、早苗は弁明する。

 

「確証が持てなかった。だから、罠にハマったフリをした。そこでようやく貴様が幻覚に陥っていると断定できた。行動と話の内容に著しく齟齬が存在したからな」

 

「……褒められてると分かってるけど、娘々は素直に喜べないわ」

 

 完全に一本取られた、という風に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。当の早苗が自分を認めている素振りをしていることも、青娥の自信を傷付けていた。

 

「そしたら後は簡単だ。貴様にはそこから『自分が早苗を地に落とした』という幻想を見せつければいい。それだけで、勝手に貴様は落下するというわけだ」

 

 早苗は『愚者』を出して青娥を威嚇する。

 

「さて、能力を解除しろ。今ならまだ半殺しで許してや――」

 

「でも娘々、騙されっぱなしは癪に障るわ」

 

 と、早苗の提案を途中で遮って青娥はニタリと笑った。

 

(――――この状況で……笑み、だと?)

 

 どこか、青娥の行動に不自然さを見出した早苗はすぐに早苗を胞子の付かない『愚者』で攻撃をする。しかし、予めその動きを青娥は読んでいたのだろう。青娥はまだ手に握っていた簪を……。

 

「――この借りは必ず返しましょう、早苗さん」

 

 地面へと突き刺し、そのまま地面に人間一人が軽く入れるような大穴を開けたのだ。

 

 そのまま青娥は穴の奥底へと姿を消した。

 

「――――ま、待て……ハッ!?」

 

 焦っていたためか、早苗は気が付かなった。おそらく、地上にいた青娥は気が付いていたのだろう。だから、逃げたのだ。これ以上ここにいる必要はないから……ッ!!

 

 

「……あいつです、ジョルノさん。あいつが……あいつがッ……!!」

 

「ご苦労様です、文さん。……あいつは僕に任せてください」

 

 

 早苗が振り返った先にいたのはジョルノ・ジョバァーナと射命丸文の二人。ようやく、妖怪の山まで登頂したのだ。

 

「……チッ……」

 

 早苗は舌打ちをした。あの邪仙は見逃さざるを得ない。より優先度の高い屠るべきゴミが二体、現れたからだ。

 

*   *   *

 

 地中に身を隠した青娥の考えはある一点に集中していた。

 

(……あの二人がここまで来たということは……私の芳香が突破されちゃったということ……)

 

 その事実を腹の内で反芻し、芳香の元へと地面に穴を開けながら進んでいた青娥だが……。

 

「あああぁぁ~~~~~ん!! 芳香、芳香、芳香ぁぁああああああん!!! 芳香ちゃん成分が足りないわ! 娘々腐っちゃうのほぉぉおおおおッッ!! 今すぐ迎えに行ってあげるからね!! 私の可愛いきゃわいいいいい芳香ちゃ~~~~~んッ!!」

 

 ガボン、ガボンと次々と地面に穴を開け続け、青娥は妖怪の山の地下を掘り進む。先ほどまでの戦闘で食らっていたダメージなど意に介している暇は無い。もしかすると芳香が戦闘不能で自分の助けを待っているかもしれないのだ。

 

 ……というのは建前。本音は先ほどから口からダダ漏れ。ただただ芳香を愛でるためだけに青娥は地中を突き進んでいた。

 

「んんんッ!! 私の芳香ちゃんセンサーが最大級の反応を示しているわッ!! この真上10メートル!!」

 

 ピタァ!! と急停止し、今度は真上に向かって地面を駆け上がる。

 

 ついにガボァ!! と、地面が陥没するような音を上げて青娥は地上に顔を出した。

 

「芳香ちゃ~~~~~……ん??」

 

 と、青娥は言葉を止めた。恐らくはボロボロの状態だと予想された芳香だが、当の彼女は5体満足で、まだ戦っている最中だった。

 

「『ザ・グレイトフルデッド』……!! 捕まえろー、あのかき氷をー!」

 

「たかだか植物ッ!! 焼き払え、『エアロスミス』ッ!!」

 

 玄武の滝周辺はそれはもう地獄絵図であった。木々の根が地面から触手のように突き上がり、ウネウネと動いて一体の妖精を捉えようと動いていた。肩や、妖精の方は付近を飛び回るラジコンを操作して、鉛玉と爆発、炎上によってその攻撃を無効化している。戦火は彼女らの周辺に留まらず、滝は既に原型は無く、周囲の森にまで炎が広がっていた。

 

「……わーお、こりゃまた派手にやってるわね……」

 

「……おう、あんたは誰ウサ」

 

 と、青娥のすぐ近くに身を隠していた因幡てゐが顔を出す。彼女は全身に煤が付き、綺麗な肌艶は失われていた。健康兎の名折れである。

 

「あらあらまぁまぁ、大変汚れた兎ちゃんだこと。あとで娘々のお家に来るかしら? ねっとりじっくり体を洗って差し上げますわ」

 

「遠慮するウサ。……その捻子曲がった欲望は……あの豪族たちんとこの仙人ウサね。あんたを見て思い出したけど、確か死体制御も出来るんだっけか?」

 

 てゐは溜息を付いて青娥のキラキラした視線から放たれた提案を願い下げた。そして質問をする。

 

「うん、出来ますわ。ちなみにあの死体は私のものなの」

 

「だろうねぇ。一つ頼まれてくれないウサか? 敵さんに頼むのも可笑しな話かもしれないけど……あいつ止めてくれない?」

 

「いいわよ、娘々やっちゃう」

 

「……やっぱり駄目ウサねぇ。しょうがない、もうわたしゃ疲れたウサ。一思いに……って、ん? 今やっちゃうって……」

 

「だからいいって言ってるじゃない。今は私の符の効果で動いてるけど、この新しい符を張り直せば……」

 

 と、青娥は激戦を繰り広げる二人を見て、タイミングよく符を投擲する。符は真っ直ぐに芳香の額へと飛んでいき、ピタリと張り付いた。

 

「……おー……?」

 

 その瞬間に芳香は首を傾げて青娥の方を見た。同時にスタンドを戻して、植物の動きも一斉に止まる。

 

「お?」

 

 その突然の停止にチルノまでもが攻撃を止めた。そして、彼女も青娥とてゐを見る。

 

「せーが!!」

 

 青娥の姿を確認すると芳香は目をキラキラと輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねながら青娥に駆け寄る。

 

「あ^~、芳香がぴょんぴょんするんじゃ^~……ふぅ」

 

 何か恍惚な表情を浮かべて溜息を付く青娥を見ててゐは原因不明の悪寒に襲われる。何となく、自分がさっき体を洗うと言われ、ホイホイ着いていったらこの霍青娥によって肉体を弄り回される気がしたのだ。

 

「……てゐ! その人は誰!?」

 

 訝しむチルノはてゐに叫びかける。てゐは何と答えればいいか分からなかったが、すぐ隣で芳香に対して狂った愛情表現をする青娥を見て、とりあえず右手を挙げ親指を上に立てた。

 

「……いや、本当にいいかは分かんないけどねぇ?」

 

「よ~~~~~~し、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしか、一人でお仕事、エライエライ」

 

「うおーッ! ほーめーらーれーたー! 何故だーーー!!」

 

 チルノは首を傾けてその三人の様子を見ているだけだった。

 

*   *   *

 

「……つまり、あんたらは偶然ここに来てただけってことウサ?」

 

 てゐは頭を抱えて溜息を付く。

 

「ええ、この子がスタンド使いだったおかげで早苗さんにこき使われていましたの(大嘘)」

 

 もちろん、青娥の嘘の大盤振る舞いだ。自分がカビのスタンド使いであることすらも明かしていない。

 

「でも、何だかんだいって芳香もチルノちゃんと弾幕ごっこ出来て嬉しそうですし、悪気は無かったわけですから、許してくださいな」

 

 何とも虫のいい話だ。だが、そんなことを思えるのも全てを知っている者だけである。てゐは多少怪しいと思いながらも、これ以上戦うのは御免だったのでチルノに安全だと説得して戦闘を止めてもらった。

 

「チルノちゃんも、芳香と遊んでくれてありがとうございます」

 

「あーりーがーとーーー」

 

 にこり、と笑みを向けられてチルノは「え、は?」と素っ頓狂な声を上げた。更に、芳香からもお礼を言われる始末である。自分は本気で戦っていたつもりだったが、流石のチルノもこの展開には拍子抜けだった。

 

「じゃあ芳香、帰るわよ……って」

 

 青娥が芳香の手を引っ張って山を降りようとしたが、芳香は動かない。

 

 チルノの顔をじっと見る。

 

「……また遊ぼー」

 

 ぼそり、と芳香が漏らした。その言葉に驚いたのは青娥だけでなく、チルノも同様だ。

 

「……しょ、しょうがないわね……! まだあんたとの決着は付いてないし、気が向いたらねッ!」

 

 何故かチルノは赤面して横を向いた。どうしてかは分からない。てゐと青娥はニヤニヤ顔が止まらなかった。

 

 それはチルノが成長したという証拠なのか、それとも好敵手との友情に戸惑っているのか。

 

 いづれにせよ、彼女たちの本気の遊びは、何事もなかったかのように収束した。

 

 

第47話へ続く……

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 これにて、青娥娘々の異常な愛情が終了です。ちなみに、早苗から逃げた時点でカビの効果は消失しています。青娥がもう逃げるため、これ以上犠牲を増やしたところで自分は何も愉快では無いから、という理由からですね。

 

 そして、ついに相見えるジョルノと早苗。早苗さんは連戦ですが、大丈夫なのでしょうか。そして表の顔の早苗さんが一切出て来なくなりましたね。怖い。

 

 芳香とチルノに芽生えた奇妙な友情。恐らく娘々がおうちに帰ったら嫉妬に悶えるでしょうね。チルノ危ない。

 

 と、ここまで読んでくださって有難うございます。余談ですがこの間、45話をあげたときは日韓ランキング11位を記録していました。これも、皆さんの応援のお陰です。

 

 では、また47話でお会いしましょう。第2章のクライマックスです。



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人間少女の二律背反①

ボスとジョルノの幻想訪問記 第47話

 

人間少女の二律背反①

 

 東風谷早苗はジョルノ・ジョバァーナを見て舌打ちをした。そういえば何度か人里で見かけた顔だ。珍しい金髪だったからよく覚えているのだが、こんな事態にまでなるんだったら演説の時ドサクサに紛れて殺しておくべきだった。

 

 そして、ジョルノの隣には未服従の雰囲気が最後まで残っていた射命丸文の姿が。早苗は文にスタンド能力の可能性を感じていたが、あの様子ならばまだ『スタンド使い』にはなれていないようだった。

 

(……まぁ、いい。私の『愚者(ザ・フール)』の敵ではない)

 

 早苗は自分の右手からカビが無くなっていることを確認してから地面へと降り立った。

 

「貴様か……私のことを探っている――」

 

 と、早苗がジョルノに言いかけたとき。

 

「……見下しておきたいなら、飛んでるままの方が良いんじゃあないか?」

 

 ジョルノは早苗の声にワザと被せる様にして言い放った。

 

 それに対し、早苗は口を閉じて言葉を切る。しばらくの間逡巡したのち、ジョルノを心底見下すような雰囲気を纏い

 

「――事情が変わった。貴様がここに来た理由とかを聞いた上で殺すつもりだったが、止めだ」

 

 と口にする。ジョルノは神妙な顔つきを変えず、警戒する態勢を取った。すぐにでも襲い掛かりそうな早苗の様子を直感で理解できたからだ。

 

 だが、早苗はそんな力みの入ったジョルノの構えを見てほくそ笑む。

 

「いやぁ、何だ。何をそんな力の入った構えをしている? 私がすぐにでも貴様を殺しにかかるような野蛮人だと思っているとしたら……それはすぐに改めた方が良い。私は別にそんな趣味がある人間ではないし、神でもない」

 

 現人神は愉悦を含んだ言い分で人間の警戒を嘲る。

 

「殺す前に、ここに来た理由以外の貴様の全てを聞かせて貰おう。そういった全てを、私が踏みにじって貴様という存在を『最低』まで叩き落す。落ちるとこまで落ちたら改めて私がお前を殺そう。――その時は既に貴様が『生き物』としての体裁を保っていられるかは分からないがな……うふふ……」

 

 一瞬でも話が分かる奴だ、といった認識に近い感情を抱いたジョルノは唐突な早苗の言葉に不快感を覚える。

 

 やはり、こいつは最低の屑だ。今、ここで叩いておかなければ、こいつの悪意は止まることは無い。

 

「……噂に違わぬ人物で安心したよ、東風谷早苗。君の奇跡を期待していたが、正直言って願い下げだ。……まぁ、頼らざるを得ないんでしょうけど」

 

 ジョルノの言葉に早苗は少し口角を上げた。だが、それ以上は何も言わず、今度はジョルノの少し後ろで異常なまでに警戒を発する人物――いや、妖怪を見た。

 

「……ところで、文さん」

 

 早苗の声色が変化する。先ほどまでの虫をも殺すような表情が一変し、年相応の女性らしい柔和な笑顔を文に向けた。

 

「調子はどうです? 例えば……見えない物が見えたり、とか?」

 

 この言葉の真意は文が既にスタンド使いであるか? また、スタンド使いではないにしてもその存在をどこまで知っているか? という意味を含んでいる。当然、その真意に気が付かないほど文も、隣にいるジョルノも馬鹿では無い。

 

 ただ、少し引きを感じたのはやはり早苗の態度の豹変である。初めてこの豹変っぷりを見たジョルノはまるで別人がそこに突然現れたかのような感覚さえ覚えた。東風谷早苗は二人いる……そう考えてしまうほどだった。

 

「――ッ、いきなり手のひら返して温和な振りしてどういうつもり? 御生憎様、もう私はあんたを一切信用していないわ。だから、あんたの質問に答える義理も道理もない」

 

 文は一度見ているとは言え、ジョルノの感じた不可思議な錯覚を多少覚える。だが、騙されるはずがない。知っている。彼女はあの皮を被った悪人を知っているのだから。

 

 だから文は本当のことを隠した。自分はスタンド使いではないが、スタンドのことは知っているということを。

 

「まぁ、そんなことはどうでもいいんですけどね」

 

 早苗は文の反応に対して特に興味を持たず、軽く流してしまう。他人を煽ることしか考えていないのだろうか。だが、両者ともその煽りには乗らなかった。反応が薄かった。

 

 それが攻撃の合図になった。

 

「秘術『グレイソーマタージ』」

 

 早苗を中心として星型に整列した弾幕が展開される。その星型一つ一つがそれぞれ四方八方に拡散し、ジョルノや文に近付くにつれて星型も崩れ、更に拡散。

 

 天狗の文からすれば弾幕を避けることは難しいことではない。しかし、空に飛べず立体的な戦闘が出来ないジョルノにとっては、文達とは違って逃げ場が少ない。

 

 だからこそ、彼は工夫する。彼の武器である発想力を武器に。

 

「『ゴールド・エクスペリエンス』」

 

 彼は彼の分身である金色の体を持ったスタンドを出現させ、地面を殴って能力を発動させる。

 

「高速で飛来する物体を防ぐには高速で展開できる壁が必要だ。生物の中で堅く、そして最高速度の成長速度を持つものは一つ」

 

 ジョルノの目の前に光り輝く弾幕が迫るが、当の本人は全く動じることはない。地面を殴る以外何一つ行動を起こさないジョルノに対し、早苗は眉を潜めるが、直後にその表情は驚きの色に変化する。

 

 突如として眼前に大量の突起物が出現した。何かと思ってみれば、竹である。ジョルノは周囲に大量の竹を生み出したのであった。

 

(そういえばあの竹林の賢者の元にいるらしかったな……既に日本の文化に対応しつつあるのか)

 

 真っ直ぐに堅い芯を持った竹は光弾が数発炸裂しても圧し折れることは無かった。更にジョルノが生命エネルギーを加え続けているため、竹は太く、強靭に成長していく。

 

「うわっとと、一瞬で彼の周りが竹林になっちゃったみたいね」

 

「……堅い」

 

 文は竹の成長スピード以上の速度で上空に逃れていたため、特に影響を受けることは無かった。しかし、一瞬でこれだけの量の竹を生成する彼の能力に脅威を感じるのは当然。

 

 そして、その感覚をより強く抱くのは当然、敵である早苗だ。

 

 この程度の攻撃では埒が明かない、と判断し早苗はついに『愚者(ザ・フール)』を出した。

 

「砂……?」

 

 ジョルノは竹林の向こうで早苗の周りに漂う大量の砂を見て目を細める。あれが彼女のスタンドの本質だろう。

 

 だが、植物と砂では相性が悪い。

 

 植物は大地から生まれる。その大地を操るようなものである。こうなってしまうと、竹林によるバリケードはあまり効果を成さない。

 

 と、ジョルノが考えている最中。文は早苗に攻撃を加えようとしていた。

 

(『スタンド使い』は『スタンド使い』でしか倒せない……そんな暗黙なルールがあるらしいけど)

 

 ジョルノ本人から聞いた話である。だが、彼女にとってそんなジンクスはどうでもいい。今は早苗がジョルノに注目をしていて隙だらけなのだ。

 

 何より文は負けず嫌い。舐められっぱなしは癪に触る。

 

「『幻想風靡』」

 

 翼を折りたたみ、空気抵抗の一切を極限まで減らした急降下。コンマ数秒後に地上にいる早苗の元まで肉薄するだろう。急降下中も早苗の逃げ場を無くすように大量の弾幕をまき散らす。

 

「『無双風神』」

 

 更に文はカードを切った。地上に届く直前で方向転換し、さらに弾幕をばら撒いた。優に先ほど早苗がグレイソーマタージで放った弾幕の数倍以上の量の光弾が辺りに散りばめられている。

 

 しかも、文本人のスピードも加速している。彼女の動きは常人の目に止める事は不可能なほどの神速である。キィィィィィィッ!! と空気を裂く超高音が辺りに響き渡るほどだ。

 

 そして早苗に直接攻撃を仕掛ける。その首をすぐにでも跳ね飛ばせる。文は早苗に肉薄しにかかる。だが、文の目には早苗の奇妙な行動が映った。

 

 

 彼女は周りの弾幕を上手く避ける様にして、空中で横たわるような格好になった。文の目にはそう映るが、ジョルノの目には彼女のスタンドがその体を支えているように見えた。

 

 

「開海『モーゼの奇跡』」

 

 

 直後に早苗を中心に『水平』の光が迸った。文は本能的に上空へと一気に退避する。ジョルノも光が届く一瞬前に身をかがめてその光を躱した。

 

 二人の判断は正しい。首がもがれ、両足を地に忘れてしまうのを回避できたのだから。

 

「――――ッッ!!?」

 

 宙に浮いた早苗を中心に一瞬で放射状に広がった光は同一高度の物体を全て切断した。

 

「い、一掃ッ!?」

 

 文は早苗のスペルの中で相手の超拡散系スペルを縦に割るスペルを知っていた。スペルカードのパターンはあらかじめ組み込まれているため、開海『モーゼの奇跡』は水平には発動しないと思っていたが……。

 

(まさか、あの巫女ッ!! 基準を自分自身に……!!)

 

 今までずっと「地形基準」(弾幕ごっこ風に言えば固定弾幕)だと思っていた開海『モーゼの奇跡』は「使用者基準」(自機狙いに近い弾幕)だったのだ。早苗の体を中心に展開されるタイプの弾幕だ。だから、彼女が横になれば弾幕も横に放たれる。

 

「――何か考える暇でもあるのか?」

 

「なぁッ!?」

 

 と、文が気づいた時には既に早苗が目の前まで肉薄していた。幻想郷の住人ならば空を飛ぶことは容易い。

 

 だが、文はすぐに行動に移す。飛翔し、早苗から距離を取る。自分は何だ。烏天狗だ。幻想郷で最も早い妖怪だ。本気になれば、あらゆる攻撃は私には到達しえない――――。

 

「愚か者が。自惚れが過ぎるぞ」

 

 必死になって飛翔し、早苗を振り切ったつもりだった。だが、早苗の声が自分の耳元で聞こえた。

 

「追いつかれて――――!?」

 

 再び別方向へ飛翔。しかし、早苗はそのスピードに付いて来ている。何というスピードだ。

 

(まずい……! 何が起きているか分からないけど、早苗は今の私よりも速い……! だけど……どうしてこいつはこんなにも速いッ!?)

 

 疑問に思う彼女に無慈悲な一撃が加えられる。

 

「まずは一撃」

 

 早苗は空中で文を掴み、彼女の右横腹を膝で思いっきり蹴り抜いた。

 

「……!!」

 

 妖怪だから体はかなり丈夫なハズ。しかし、早苗の攻撃はプロのボクサーのローキック並みの破壊力があった。思わず空中で体制を崩し、文は痛みに顔を引きつらせる。

 

 だが、早苗が手を放すことは無い。そのまま立て続けに同じ箇所を殴打し続ける。3発ほど食らったところで文は早苗の手を振り解き、再び距離を取ろうとする。

 

「こ……このッ!!」

 

 横腹を押さえた文が振り向くと……既にそこに早苗の姿は無い。またもや背後に回られてしまっていたらしい。自身の直近に迫る殺意に身震いした文は脇目もふらず飛翔した。

 

 だが、早苗はぴったりと背後を付けてくる。まるで蝮のような執念深さだ。

 

「まさか、気付いてないのか? 貴様のスピードは既に私の『愚者(ザ・フール)』が制圧していることに……」

 

 耳元で囁かれる早苗の言葉に文は自分の背中を見た。

 

 自慢の黒い翼に、ところどころ黄色の靄のようなものがかかっている。

 

「……これは!!」

 

 目を見開いたその表情に二本の筋。早苗が『愚者(ザ・フール)』によって作り上げた砂の刃である。咄嗟に目を瞑り、瞳へのダメージは防いだが、気付付けられた箇所からの出血により、前が見えない。

 

「今更気付いたところで遅い。貴様の翼は『愚者(ザ・フール)』の砂によって機動力を殺がれ、たった今、貴様自身の目も潰した」

 

 両目を押さえ、文は何とか血を拭おうとするが、そんな悠長を早苗がみすみす見逃すわけがない。逃げようとする文に先回りをし攻撃を加えていく。

 

「スピードの無い天狗など、取るに足らない。これで終いだ……」

 

 もはや早苗を振り解くほどの力もスピードも出ない文に、早苗は砂で形成した刃を突き刺しにかかる。その刃は首や心臓では無く、天狗としての誇りである黒い翼に向けられていた。

 

「地に堕ちろ……」

 

 その刹那の一瞬。早苗が不自然に思ったことがある。何度も攻撃を与えられ、自慢の羽が殺がれようとしているときに、こともあろうに文の表情から笑みが見えたのである。何を笑っている? いや、この状況の笑みは……。

 

 ――ドスッ!!

 

 鈍い音が響く。だが、それは文の翼が貫かれた音では無い。

 

「――な、に……??」

 

 早苗の後ろ左肩に深々と『竹槍』が突き刺さっていた。

 

「惜しい、あと十センチ右だったか」

 

 下からの声に反応してみると、ジョルノ・ジョバァーナがその金色に輝くスタンドに先ほどなぎ倒した竹を持たせてこちらを見ていた。投擲したのか。動き回る私たちに向けて……的確に私に!!

 

「どうして飛び回る私にぴったりと着いていく貴方に的確に当てられたか、不思議みたいね」

 

 と、文は目を閉じた状態で言う。

 

「貴方に指摘される前から私の翼の不調には気が付いていたわ。だから、あえて『気付いていないふり』をした。そして、貴方に違和感が無いようにスピードを落としていったのよ。ジョルノの目にも私たちの動きが分かるように、ね」

 

 文は常人の目では見切れない天狗の速度をジョルノが見切れる速さにまで落としていたのだ。早苗に気付かれない様に、ゆっくりと。そして説明を端折ってはいるが、文はむやみやたらに飛翔していたわけではない。規則性のある動きで飛んでいた。

 

(でも、こんなに早くスピードを見切り、規則性を理解するなんて思ってなかったけどね)

 

 文はジョルノを心の中で称賛した。

 

「……クソッ! この程度で……」

 

 早苗は竹槍を抜いてジョルノの方を見た。まずいことに、『ゴールドエクスペリエンス』は投擲の構えを取っている。追撃が来る。

 

「無駄ァッ!!」

 

「『愚者(ザ・フール)』!!」

 

 文を手放し、早苗は砂を集めて自分の身を守るように自信を取り囲む球体を作った。ジョルノの投げた竹槍はその球体に突き刺さりはするが、早苗に届くことは無い。

 

「……ッ!!」

 

 眼前に迫った竹槍に早苗は目を見開く。球体を貫通して、あわや自分まで届くところだった。

 

 球体の中で早苗はギリギリ攻撃を防いだ早苗は忌々しげに傷口を押さえる。

 

「……舐めた真似を……」

 

 球体の中でそう呟く早苗に対して、文とジョルノはお互いに地上で話していた。

 

「あやや、ボロボロになっちゃいました」

 

 地上に降り立った文は開口一番、にこやかな笑顔でジョルノにそう報告する。

 

「すみません、こっちの攻撃が遅れて……大丈夫ですか?」

 

 遅れて、とジョルノは言ったが文自身はそうは全く思わない。むしろ速いくらいだった。こいつは相当頭の切れる奴だ、と思う。

 

「一応、血は止まって来たので大丈夫です。天狗は自然治癒力は高くはありませんから、治ることはないですけど……支障はありません」

 

 手を振って何でもないことをアピールする文だが、ジョルノが彼女の額の周辺に手をかざすと文はビクッと体を震わせた。

 

「……大丈夫には見えませんね。痛みは残りますが……」

 

 文の反応は痛みからである。ジョルノは『ゴールドエクスペリエンス』の能力によって文の傷を塞いだ。

 

「……傷が」

 

 自分の額を触ると、既に傷は埋められていた。痛みは残っているが、再出血することはないだろう。

 

「さて、どうしますか。奴が出てきたら速攻で叩くのが一番良いと思うんですが……」

 

「ま、待って。お礼を言わせて!」

 

 文はジョルノの言葉に挟んで言う。だが、当のジョルノは至って平坦な声で

 

「いりません。別に僕は君に感謝されるためにやったわけじゃあない」

 

「……し、しかし」

 

「チルノには言いそびれましたが、僕たちはお互いに同じ目標を持った仲間だ。仲間を助けることは当然のことであって、感謝するようなことじゃあない」

 

 その言葉に文はそれ以上何も言えなかった。しばらく顔を伏せて、そして思いついたように顔を上げる。

 

「……えっと、先ほど早苗が出てくることを前提としていましたが、あそこからどうやって彼女を引きずり出すんでしょうか……? 何も動きが無いことを見るに、出てくる気配が無いんですけど」

 

 それもそうである。早苗を取り囲む球体からは一切の動きが無い。もしかすると今受けた傷を巫女パワーによって回復を図っているかもしれないのだ。まずは、あの防御態勢を崩す方法を考えなくてはならない……。

 

「その必要はありません。なぜなら、嫌でも今から出てくるからだ」

 

 と、ジョルノの言葉に合わせて……。

 

 ドッパァ!! と上空で砂が爆散する音がした。ザザザ、と砂が降り注ぎ、中から早苗が姿を現した。

 

「……!? 両腕に何か……針?」

 

 早苗の体をよく見ると両腕に小さな針が大量に刺さっているのが確認できた。

 

「竹槍の中に詰めて置いた土からサボテンを生み出した。とある砂漠に生えるサボテンは空気の振動に合わせて、大量の針を爆散させます。あのような密閉空間では逃げ場が無く、東風谷早苗は脱出をせざるを得ない」

 

 ジョルノの言葉通りのことが球体内部では起こっていた。早苗は両腕に刺さった針を抜きながらジョルノたちを睨み付ける。

 

「見下すだけでは無駄だと分かっただろう……降りて来い、そこじゃあ僕に対して攻撃が出来ないんじゃあないか?」

 

 ジョルノの言葉に早苗は素直に従った。ゆっくりと地上へと降り立ち、ジョルノと文に対峙する。

 

「後悔しても遅いぞ。貴様は完全に私を怒らせた」

 

 全ての針を抜いて早苗は『愚者(ザ・フール)』をその身に纏った。ジョルノの脳内ににとりの言葉が思い浮かぶ。

 

 東風谷早苗のスタンドは「近距離の方が強い」ということを。

 

(変幻自在……か。遠距離でもあり、さらに身に纏うタイプ……『ホワイトアルバム』のような使い方も出来るのか)

 

 ザザザザ、と砂を体表面に集めた早苗の姿は次第に獣に近い形状へと変化していく。二足歩行を止め、手を地面につける。両腕に集められた砂は指の形に合わせて刃を形成し、強靭な鉤爪へと変貌を遂げた。

 

 いや、ジョルノが一番目に留めたのは彼女の瞳である。他を圧倒する威圧感がそこには宿っていた。

 

「……飢狼」

 

 不意に呟いたその表現は、まさに彼女の姿を的確に表していた。

 

 人間性を捨て、獣のような姿にまで身をやつした彼女の瞳は正に獲物を確実に殺さんとする狼のよう。

 

 その圧倒的な殺意は全てジョルノに向けられていた。

 

 

 第48話へ続く……。

 

*   *   *

 

あとがき

 

 投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。

 

 47話です。風神録編のクライマックスですね。次回もジョルノたちの戦いが続きます。

 

 すみません、リアルの方がかなり忙しく、執筆に割ける時間が余りありません。おそらく半年はペースが非常にゆっくりとしたものになると思われます。ご了承ください。

 

 では、次回48話……年内の更新は難しいです。

 

 よいお年を。



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人間少女の二律背反②

更新が遅くなってしまい申し訳ございません


ボスとジョルノの幻想訪問記 第48話

 

人間少女の二律背反②

 

 『奴の足元を掬え。』

 

 射命丸文が姫海棠はたての予言の内容の中でかなり抽象的だった一文があった。奴とは一体誰なのか。足元を掬うとはどういう行動を指すのか。文にはそれが分からなかった。

 

 ここまでは全て、予言通りに事が動いている。妖怪の山にこのスタンド使いなる人間が来ることも、原因不明の黴が大流行することも、そして自分とジョルノ・ジョバァーナが東風谷早苗と闘うことも、全てがはたての予言通りだ。

 

 そして、それは自分が奴の足元を掬うことが確定していることを指す。奴とは、恐らく東風谷早苗のことであろう。しかし、明確な行動は分からない。足元を掬うとは、相手の油断を突くことだ。

 

 だが、さっきのジョルノの攻撃で早苗は完全に警戒態勢に入った。あれが最後の油断だったかもしれない。これ以降、早苗が足元を掬われるようなビジョンが思い浮かばないのだ。

 

「予知は絶対……」

 

 気が付けば文ははたての言っていた言葉を繰り返していた。まるで自分に言い聞かせるように。

 

 絶対。その言葉に100%の信用をまだ文は乗せることが出来ずにいた。

 

「――――矛盾していますね」

 

 と、文の思考を遮るかのように、ジョルノが声を発する。それは文では無く、早苗に向けられていたものだった。腕を組み、何かを考えるようなわざとらしいポーズを取っている。

 

「あんたは神様だと自分で言っていたが、今のあんたは見るに堪えない餓えた獣だ。神様どころか、現人神でも――――もはや人間でもない」

 

 挑発だ。何を思ったのか、ジョルノは早苗に嗾けている。そんなことをすれば早苗はすぐにでも攻撃を開始するだろう。

 

「――――ただの畜生だ」

 

「ほざけ」

 

(――乗ってきたッ!!)

 

 目にも留まらぬ、という程ではないが、人間であるジョルノから見れば規格外のスピードであっただろう。早苗はジョルノに向けて一直線で攻撃をする。

 

「……こんなに安い挑発に乗ってしまうほど、今のあんたは理性の無いケダモノだ」

 

 だが、ジョルノは一切慌てることなく、『ゴールドエクスペリエンス』を構えて拳を前に突き出す。

 

 ゴシャァ!!

 

「――ッ!? ッ!?!??」

 

 早苗の顔面に一発。丁度『ゴールドエクスペリエンス』の拳が重なったのだ。

 

「確かにあんたらの動きは速すぎて僕の目でとらえることは不可能だ。しかし、攻撃するタイミング、そしてその方向さえ分かっていれば攻撃は可能。目を瞑って縄跳びをしているようなものだ」

 

 スォオオオ、とジョルノは早苗から拳を引き、次の一撃を込める。

 

「無駄無駄無駄」

 

 一発、いやニ発。更に三発。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無……」

 

 

「誰を殴っている、ジョルノ・ジョバァーナ?」

 

 

 背後からしたのは早苗の声。ハッと我に返ったジョルノが見たものは……。

 

 ざざざざ……と崩れ落ちていく砂の彫刻。

 

「偽物ッ!!」

 

 本体とそっくりの虚像まで生み出せるのか、とジョルノは再三早苗のスタンドの能力の豊富なバリエーションに驚かされる。すぐさま声のした方向へと振り向くと、そこには指を立てて彼の言葉を否定する少女がいた。

 

「偽物? いいや、本物だよ、そいつは」

 

「……何?」

 

 ザザザァ……と砂が完全に散った……かに見えたが、崩れ落ちた砂像の中から白く伸びた指が現れる。

 

 いや、指だけでは無い。砂像は全てが砂では無く、纏っていたのだった。

 

 さきほどまで隣にいたはずの、射命丸文を――――!!

 

「あ、文さん!!」

 

「う、ぐ……ジョ、ルノ……」

 

 いつ入れ替わった? どうやって入れ替わった? などという初歩的な疑問はすぐさまジョルノの頭から吹き飛んだ。殴った自分が得た感触。そして、殴られた文が表情に浮かべる疑問。どちらも、早苗を攻撃したという確信があったのだ。

 

 だが、現実には早苗では無く、文を攻撃してしまっている。殴った本人も殴られた本人も種明かしをされるまで気が付かなかったのだ。

 

 ジョルノが思ったのは、ただその一点に尽きる。つまり、変幻自在の本物度だ。

 

「ジョルノ、頭の切れる貴様ならばわかるだろう。私の『愚者』の能力の本当の恐ろしさを。擬態を通り越した完璧なる同化。何が本物で何が偽物か、貴様には判断が付かない。貴様と今言葉を交わしているのは本当に東風谷早苗か? 貴様が今立っている場所は本当に妖怪の山か? 今は本当に昼なのか?」

 

 ジョルノの隣で悶絶する文の脳裏に人里で起こった謎の現象が想起される。人々の信仰を集めていた東風谷早苗の姿。いや、何より不気味なのは深夜に多くの人々を集めるほどの幻覚だ。

 

「――――な……ッ!? こ、これは……!?」

 

 彼の声色が急激に焦りを帯び始める。文は何とか顔を上げて周囲を確認するが、彼女の目には特に変化が映らない。早苗の幻覚は特定の人物だけにも見せることが可能らしい。

 

 そのような考察をしている間に、早苗はジョルノに対してのみ、『愚者の奇跡』を使用していた。辺りに砂塵が舞い散り、それはスクリーンのような幕となって背景を別の映像へと書き換えていく。ジョルノの目には周囲がいきなり夕暮れを通り越し夜が訪れたように見えるだろう。

 

「……幻覚か!? しかし……」

 

 ジョルノは当たりを見渡す。文の姿も早苗の姿も見失っていた。周りはいつの間にか日が暮れ、自分が立っている場所は摩天楼の縁である。見下ろすとネオン街が眼下に広がっていた。

 

「ど、どこだ……ここは……!! 文さん! 僕の声が聞こえますか!?」

 

 文の耳にその声は届いていた。しかし、それは意味を成した文章では無く、何かの叫び声にしか聞こえなかった。彼は今、自分の言葉にさえも惑っているのだ。

 

「『嵌った』な、ジョルノ・ジョバァーナ。体内の『愚者の奇跡』と体外の『愚者』によって魅せられる二重の幻覚に。これで貴様の首を捻るのに、コーラの栓を抜く以上の造作は必要ない」

 

 既に早苗がジョルノの目の前まで肉薄していたが、幻覚に嵌ったジョルノがそれを感知することは無い。もはや、幻覚というか催眠に近かった。

 

「終わりだ……ッ!!」

 

 早苗が『愚者』の鋭い爪を振りかざし、ジョルノの首を跳ねる。しかし……。

 

 ガスッ!!!

 

「……は?」

 

 『愚者』の攻撃は襟首で止められた。いや、ジョルノは一切防御の構えを取っていない。無抵抗で攻撃をされていた。

 

 では、この感触は一体何だ? まるで、堅い木の幹に鎌を突き立てたような……。

 

 

「……生まれた生命は、僕の生命を上手く守ってくれたようだ」

 

 ガシっ、とジョルノは早苗の腕を掴んだ。呆気に取られていた早苗は急いで振り解こうとするが、強烈な握力によってミシミシと腕から音が鳴り、逃げるどころの話ではない。

 

「~~~~ッ!!? き、貴様ッ!! 手を離せ!!」

 

 額に初めて汗を浮かべて早苗は抵抗するが、それをみすみすと許すほど彼は冷静では無かった。

 

「『ゴールドエクスペリエンス』で服を堅い木の幹へと変化させた。僕自身は全く動けなくなるが、幻覚に嵌っているなら動かなくても不自然ではない。……さて、僕の視界には目の前に誰もいないが、ここにお前がいるという事でいいんだな?」

 

 ジョルノが何かを話しているが幻覚中の言葉は意味のある文章にはならない。だが、この握り潰すほどの握力が、言葉にならない彼の怒りを物語る。

 

「ま、待て……!! や、め……」

 

「抵抗も懺悔も後悔も……」

 

 左の拳に力を込め、彼は自身の目の前を殴りぬいた。そこには確かな感触がある。立て続けに2発目、3発目と拳を打ち込み、すぐさま右手を離して両手でのラッシュに移行する。

 

(……こ、この餓鬼ッ!!! よ、よくも、よくもぉぉ~~~ッッ!!)

 

 容赦のない鉄槌に早苗は成す術が無かった。スタンドで何とか防ごうとするが、防いだ端から砂が弾け飛び、辺りに飛び散っていく。次第に次第に、早苗からスタンドの影響力が薄れていき、それに伴いジョルノのあの叫びも意味のある文章として置き換わる。

 

「…………ダ、う、……ム、ダ……ダ、無……ダ、むだ……ムダ、ムダ……!!」

 

 声が鮮明になるほど、それはつまりジョルノの幻覚が晴れているという事。拳の一撃一撃が次第に重くなり、的確に急所を打ち抜く。

 

 そして完全に頭の中の霧が晴れた。

 

「く、クソッ!! ぎさ、マぁがあああああああ!!! この、ゴミカスがぁああああッ!!」

 

 口から血を吐き、絶叫する。その顎をめがけてジョルノはガツンと上方向に早苗を蹴り上げた。

 

「……グッ!!?」

 

「……ようやく幻覚が晴れた。お前の姿もはっきりと見えるぞ……!!」

 

 落下する早苗は脳が揺れて体制を立て直すこともままならない。ただ、自分を打ち抜こうとする黄金に光る右拳が徐々に近付いてくることだけを認識していた。

 

「ッ無駄ァアッッ!!!」

 

 落下に合わせてジョルノは一発、早苗の右ほおをブチ抜く。地面に叩き付けられ、2回ほどバウンドして早苗は地面に倒れ伏した。そのままピクリとも動くことは無い。

 

「……っくはァ! 強烈な……幻覚でした。文さん……大丈夫ですか?」

 

 ジョルノの様子に文は呆然としていた。まさか、彼が早苗を本当に倒してしまうとは思わなかったのだ。

 

「あ、い、いえ。大丈夫です。それよりも、早苗は……」

 

 文は早苗の方を見る。すると、彼女の腕がピクリと動いたのを目撃する。

 

「……ぐ、あ……ぅぅ……」

 

 何とか体を起こそうとするが、全身に血が滲み、ガクガクと震える腕では上体さえも支えることは不可能だった。

 

「……もう動くな。殺すつもりで殴ったんだ。生きてる方がおかしい」

 

「よ、容赦無く殴ってるなとは思いましたが、本当に容赦のカケラもありませんね……」

 

「ええ、こいつみたいな奴には微塵もありません」

 

 サラリと怖いことを言うジョルノに文は悪寒を覚える。文の怒らせてはいけないリストに巫女とスキマの他にコロネが付け加えられた。

 

「で、止めを刺すのかしら?」

 

「いや、僕はコイツの能力が目的でここまで来たんだ。生きててよかった」

 

「……何か矛盾してませんかねぇ」

 

「気のせいでしょう。さっさとこいつを連れて山を降りますよ……いや、あの2柱達に挨拶しなくてはなりませんか」

 

 と、神社の方に目を向けたジョルノ。その様子を見ていた文は一つの疑問を浮かべていた。

 

(……予言にはこの段階で東風谷早苗を制圧することは出来ないと出ていた……まだ、はたても来てないし、何より私は東風谷早苗の足元を掬ってない。……まだ気が抜けないわね……)

 

 文がそう思案していると、既にジョルノは神社の中に入っていた。まだ気は抜けない……文はジョルノについて行くことはせずに早苗を見張っていた。

 

 早苗が動く気配はない。能力は危険でも耐久力はやはり人間のそれだ。あれだけの猛攻を受けて動ける方がおかしいのだろう。

 

「あ、文……!」

 

 すると、あまり聞き覚えの無い声が背後からかけられる。振り向くと、そこには大勢の烏天狗たちを連れた姫海棠はたての姿があった。

 

「はたて……それに皆も! 天魔様がお赦しになられたの?」

 

 これほどの数の烏天狗が一堂に会することは滅多にないことだ。それこそ、天魔直々に勅令を下さない限り。それが現実に起こっているということは、はたての説得が上手く行ったということである。

 

 文の言葉にみな一様に頷いた。全員の意思が一つにまとまり、東風谷早苗の悪行を裁きに来たのだ。

 

 文は心底喜んだ。今までの自分の苦労が報われた気がしたからだ。

 

 予言のことなど、忘れてしまった。

 

*   *   *

 

 神社に入ったジョルノがまず見つけたのは地下へと続く階段である。神社に地下があるかどうかは置いといて、とりあえず彼はそのまま下に降りていく。次第に下から雑音が聞こえはじめる。降りて行けば降りていくほどその音ははっきりとした物になり、途中で水音だと分かった。

 

 一番下まで降りたところで、水音の正体を知った。壁から伸びたホースを持つ幼女の姿だ。ご機嫌な表情をして水を浴びているが、その右足は鎖に繋がっていた。

 

「……ジョルノ・ジョバァーナか。早苗はどうした?」

 

 と、気を取られていたジョルノに声がかけられる。これには聞き覚えがあった。声のした方向に目線を向けるとそこには随分と衣服がボロボロにはだけている八坂神奈子の姿があった。

 

「東風谷早苗なら僕が倒した。それを貴方たちに報告しに僕はここに来たんですよ」

 

「……そうか」

 

 と、ジョルノは神奈子の隣まで来てその足に繋がれた鎖に手を触れた。

 

「……?」

 

 しかし、ジョルノの『ゴールドエクスペリエンス』は鎖に対して能力を発揮することは無く、黙ったままその場にしゃがみ込んだままである。

 

 その不自然な空白の時間に神奈子が不審な目を向けている。

 

「……どうしました? 僕はこの手錠が一体どういう物であるかの確認をしています。鍵穴が存在する手錠なのか? ナンバーロックで外せる代物なのか? はたまた、力で無理やり壊さなくてはならないのか? ごく自然な発想です。そこに疑問など普通は抱かない――――」

 

 ジョルノがそのような言葉を述べた。だが、その言葉は神奈子に向けられたものでは無かった。自分ではないことを知った神奈子が次に視線を映したのは――――。

 

 

「……勘がイイねぇ……くわばらくわばら」

 

 

 視線の先には身に一糸まとわぬ可憐な少女の姿だ。長い長い舌を出して、足に掛けられていたはずの手錠を指でクルクルと回している。

 

「……『見える』のか? 僕の『ゴールドエクスペリエンス』が……」

 

 守矢諏訪子はその言葉に瞳を閉じて口の端を歪ませた。

 

*   *   *

 

 守矢神社の前で起き上がることすらままならない東風谷早苗は苦々しい表情で上空から彼女を取り囲む烏天狗たちの方を見ていた。

「……」

 

 文はそんな痛々しい早苗の様子を見てちょっぴり同情心が湧いたが、まだまだ猜疑心が優っていた。

 

 しかし、そんな文の視線など意に介している場合ではない。これから起こる自身の処罰についての心配など微塵もしている暇は無いのだ。

 

(く、ぅ……あの男……容赦なく私をぶん殴りまくって……!! 体が動かない……。だが、それ以上に私のスタンドがほとんど機能しなくなってきている……!!)

 

 自分のスタンド能力の影響が薄くなり、徐々に『洗脳』が解かれていっている2柱の心配である。

 

 特に心配なのは八坂神奈子の方である。彼女が『スタンド使い』であることを思い出したら、幻想郷がどうなってしまうのか皆目見当が付かない。

 

 まさか、依然利用した八咫烏以上の力を持ったエネルギーのスタンドだとは思わなかった。

 

「……??」

 

 文が顎に伝う汗をぬぐっている。それを見た早苗はある種の諦めと共ににやりと笑みを浮かべた。

 

「……そう、だ……どうせなら……」

 

 ぶつぶつと死にかけの表情から声を漏らす。その言葉を文は聞き逃さなかった。

 

「今、何と――――?」

 

 何か嫌な予感を察知した文は地面に這い蹲る早苗に近付いた。

 

 だが、注意すべきは地面では無かった。

 

*   *   *

 

 妖怪の山の中腹。山を降りるか、それとも先に山頂に向かったジョルノたちの後を追いかけるかでてゐとチルノが揉めていた。

 

「だぁーかぁーらぁー! アタイはてっぺんに行きたいんだってばさ! そのためにはアンタの案内が必要なのー!!」

 

「なぁーに言ってるウサ! 山のてっぺん目指すんなら坂を登ればいいだけウサ! てゆーか、飛べば万事解決じゃあないか!?」

 

「何じゃとて! その手があったか!」

 

「馬鹿かよ!」

 

 分かり切った突っ込みを入れるてゐにチルノは意気揚々と空を飛んだ。全く持って馬鹿の扱いは簡単なのか、そうじゃあないのか分からない。

 

「……とにかく、私はもう山を下りる事にするよ。これ以上この訳の分からないびっくり超人バトルに付き合ってらんないからね……」

 

 適当に手を振りながらてゐは下山を始める。と、振り返ったところで彼女の頭に水滴が降った。

 

「――――雨? いや、こんなに晴れてるのにそんな訳ないか。さっさと帰ろうかしらねぇ。なーんか妙に蒸し暑くなってきたし」

 

 不意の水滴を一切気に留めることなく、てゐは山を降りていく。それが彼女の精いっぱいのSOSだとは気付かずに……。

 

 

「……て……ゐ……! た、す……け……」

 

 じゅわぁああああ……!

 

 彼女の絞り出した言葉は自身を構成する氷と共に溶けだし、蒸発していく。上空に上がった途端、凄まじい熱気をその全身に受け、地面へと落下する前にチルノの体は蒸発した。

 

「……チルノ?」

 

 てゐは振り返ったがその理由は何となくだった。どこか不自然に思ったが自分には関係ないことだ、と首を振って彼女はその場を後にした。

 

*   *   *

 

 妖怪の山の緊急病院。全身にカビが侵食し、ズタボロとなりながらも何とか一命を取り止めた犬走椛はそこに運ばれていた。

 

「シュゥーーーー……シュゥーーーー……」

 

 覚束ない意識の中で何か呼吸器のようなものを取り付けた様な呼吸音を自分の中から聞こえてくる。息が苦しいとかいうそういう感覚では無かった。もっと、深刻な、生きること自体への苦しさがあった。

 

「……! ……………だ!! そんな………が……………い」

 

 耳に聞こえてくるのは誰かの怒声。だが、そんなことよりも椛は動かない全身を認識し、深く絶望していた。

 

「……です! …………に、滝が……!」

 

 何の話をしているのか、今の椛にとってはどうでもいいことだった。自分はこのあとどうなるのだろうか? 親友の敵も討てず、敵に無様にやられた自分は……。

 

「なくなる……!? じゃあ……どう……水は…………!! 患者を……出来ない…………か!!」

 

 そこまで考えて椛は抗いようのない眠気に襲われた。深い眠りより、もっともっと暗くて冷たい何かに襲われる。逃れようのない誘惑に彼女の体は抗えない。

 

「『川』が『消滅』しただと!? 滝も、池も、湖もすべて!?」

 

 目を閉じたことも分からない。もはや、最初から目なんて開いてなかったかもしれない。そうして彼女の耳にはそれ以上の言葉は聞こえなくなった。

 

49話へ続く……



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人間少女の二律背反③

ボスとジョルノの幻想訪問記 第49話

 

 人間少女の二律背反③

 

 目の前の全裸の幼女はただ只管に愉快な笑みを浮かべていた。まるで今から年上のお兄さんとおままごとでもして遊ぶかのような表情だ。ただ、少々邪な感情が混じっている。

 

「よく分かったね。私は必死で隠してたつもりだったけど」

 

 自分の違和を察知されたのは驚きだった。ただの力のない人間だと思っていたが、なかなかどうして勘の鋭い奴だ。

 

「……分かったというか、ただそういう可能性も捨てきれなかっただけだ。東風谷早苗の能力が幻覚というより洗脳に近いものだったからな」

 

 自分で食らってみて初めて分かることだった。ジョルノはそこから、この二人は洗脳によって自らを騙していたのである。

 

「本当はきっちり早苗にあんたが料理されてから私の出番だったんだけどね。順番狂っちゃったけど、『万全』じゃあなくなっただけさ。……あんたが餌食にならないわけではない」

 

「……その言い方だと、後ろの方の出番が無いように聞こえるが……」

 

 ジョルノは神奈子の方を示す。それについては「困ったなぁ」といった表情を諏訪子が浮かべて

 

「……うん。神奈子は今回おあずけする予定だったんだけどね。力が強すぎて、私たちも止められないから」

 

「……」

 

 諏訪子のその言葉にジョルノは神社の前で待っている文達が心配になる。薄々と感じていた。何か、とてつもないスタンドエネルギーのような物が上から伝わってくるような気がしていたのだ。

 

 神奈子は一切喋らない。おもむろに立ち上がり、さも当然の様に手錠を引きちぎって地上に上がろうとする。

 

「待てッ!! お前を上に行かせるわけには……」

 

「わけには……何だ?」

 

 ここでようやく神奈子がジョルノの方を見た。永遠亭で感じた威圧感の数倍の圧力がジョルノを襲う。だが、スタンド使いでは無い文が上で待っているのだ。こいつを行かせてしまっては、何が起こるのか皆目見当もつかない。

 

「……!! 行かせるか! 『ゴールドエクスペリエ……』」

 

 スタンドを出してジョルノが神奈子の行く手を塞ごうとした瞬間。

 

 

「――――だ魔邪――――」

 

 

 ジョルノの耳にはそう聞こえた。声がひっくり返ったような感じがしたかと思うと、いつの間にか天地が逆転していて背中と後頭部に激痛が走った。

 

「――ッがァア!!?」

 

 投げ飛ばされた、いや、押し飛ばされたのか? 分からない。ただ、一瞬凄まじい力を加えられて彼は無様にも壁に叩き付けられ受け身も取ることも出来ぬまま地面に這い蹲らされていた。

 

 うわさに聞いてはいたが……これが――――

 

「軍神。聞いたことくらいはあるんじゃあない? 神奈子はかつて日本では最強の名を冠していた有名な神様だったんだよ」

 

 飛ばされたジョルノの隣に諏訪子が笑みを浮かべながらカエル座りをする。その舌はかなり長く伸びており、全身にはぬらぬらと光る粘液状の液体が分泌されている。

 

「いってらっしゃぁい、神奈子。あんまり無茶しないでよね。早苗を助けるだけに……ってもう聞いちゃいないか」

 

 諦める様に諏訪子は無言で地上に上がる神奈子に言葉を送った。無論、受け取り手は立ち止まるどころか振り返ることも返事をすることもせずに上へ行ってしまう。

 

 神奈子がいなくなったところを見計らって諏訪子がジョルノの方へと向き直った。その眼球はギョロっとしており、段々と人間離れしていく。ジョルノの目にはカエルの化け物が眼前にいるような感じである。

 

「……さて、ジョルノ・ジョバァーナ。やっと二人になれたねぇ??」

 

「……!!」

 

 ずぞろぉ、と諏訪子は一切体を動かさず、長い長い舌を伸ばしてジョルノの首元から耳上まで舐め上げた。ひんやりとしていてぬめった舌の感触は非常にむず痒く、ジョルノの全身に悪寒めいたものがゾクリと駆け巡る。

 

「な、何が目的だ……!!」

 

 先ほど神奈子によって投げ飛ばされた体を起こそうとしながら諏訪子と距離を取るジョルノだが、その動きは痛みで緩慢になっており、諏訪子にとっては無意味そのもの。

 

「顔が赤いよぉ? こんな幼い子相手に何興奮してるんだろうねぇ……」

 

 本来ならば諏訪子の方が数千年単位で年上なのだが、見た目は幼女そのものである。一端の男であるジョルノが全裸の幼女を見て全く劣情を抱かない、というのは無理な話であろう。

 

 ぎりっ、と歯を軋りながらジョルノは諏訪子から離れようとする。だが、彼女は逆に彼の耳元まで既に近付いていた。

 

「知ってる? 人間は死を感じると生存本能として種を残そうとするらしいの。だから、死ぬ直前の男は大抵勃起してるらしいんだけど……あなたは死ぬ予定でもあるのかなぁ?」

 

「なッ……!! 貴様ッ!!」

 

「怖がるのも無理はないよ。わたしだって、神奈子と半世紀以上戦争を繰り広げた祟り神さ。あなたの本能は私という存在をよく理解している」

 

 甘い息がジョルノの首元にかけられる。全身から分泌される粘液から発せられる何とも言えない甘ったるい香りが地下に充満していく。

 

「……貴様の、狙いは何だッ……!!」

 

 必死で絞り出した言葉はそれだけだった。上気していく脳みそでは考えが煮詰まって言葉が上手く口から出ない。

 

 種としての根源的恐怖に陥った人間に対して、神である諏訪子は全てにおいて優位に立っていた。もはや、ジョルノはスタンドを用いて抵抗することさえも忘れてしまっている。

 

 そのまま諏訪子は馬乗りになり、劣情を含んだ表情で彼を見下ろし、答えを口にする。

 

「――――『矢』を奪いに来たんだ。……『シビル・ウォー』」

 

 身に覚えの無い単語と、不可解なワードを唱えた直後、地下室に諏訪子たちを中心として漆黒が広がった。

 

「――――ッ!!?」

 

 落ちる、と思い咄嗟に目を瞑るが、この漆黒の何かは地面を覆っているだけである。しかし、そこからジョルノは目を疑う代物が這いずり出てくるのを見た。

 

「こ、これは……『腕』……い、いや……人間だ……!! 何だ、こいつらは!? 一体、どこから……??」

 

 その光景は余りにもショッキングだった。地面から腕が伸びたかと思えば怨念の籠った声を響かせながら現れる人間の顔。しかも、そのどれもが異常なまでに痩せ細り、色は白く、白目をむいている。

 

「静かに。こいつらは『私の物』だ。あなたのじゃあないから安心して」

 

 にこりと笑みを浮かべる諏訪子だが、確かにこのバケモノ達はジョルノたちの周りに群がるだけで攻撃はしてこない。

 

「私のスタンドは『シビル・ウォー』。こいつ自体は戦闘力なんてほとんどないカスみたいなもの。本当に恐ろしいのはこの能力」

 

 と、説明しながら諏訪子の背後からロボットの様な小型の人型スタンドが姿を現した。彼女の説明通り、華奢でスタンド自体からは微塵のパワーも感じられない。

 

「その能力は『過去に捨てた罪を呼び起こす程度の能力』。おまけに私の能力は対象指定では無く空間指定だから、その能力は私にも適用されちゃうんだよねぇ。だから、こいつらはあなたの過去ではなく、私の過去ってこと」

 

 そんな説明など耳に入らないほどの絶叫が地下室にこだましている。つまり、諏訪子はこれほどの数の人間を捨てたということになる。

 

「私は祟り神。どうやら人間が勝手に祟って殺した人間や、自然の祟りと呼ばれるような大規模自然災害によって死んだ人間も私の過去に捨てた罪に含まれるらしい。ほんと、損な役回りだよねぇ……ってそんなことはどうでもよくて」

 

 にやにやと話しながらようやく諏訪子は本題に入った。

 

「つまり、空間支配のこの能力下ではあなたの捨てた過去の罪も戻って来るわ。……もう気が付いてるでしょう??」

 

 次第にジョルノの息が荒くなる。彼の目の前に現れたのは見覚えのある人物だった。

 

「ハァッ、ハァッ……そ、んな……馬鹿な……!! 僕は……君を捨てたとは……おもって……!!」

 

 だが、言葉ではそう言っても心のどこかでそう考えていたかもしれないのだ。この手の能力は本人の魂が強く関係している。

 

「――――魂に嘘は付けない。それがあなたの捨てた罪だよ、ジョルノ・ジョバァーナ」

 

 諏訪子はジョルノから離れる。同時に彼が捨てた彼女が襲い掛かる。

 

 その姿は鈴仙・優曇華院・イナバに酷似していた。

 

「う、わああああああぁぁぁッッ!! 『ゴールドエクスペリエンス』ゥゥゥ!!!」

 

 我が身を守るため、ジョルノは鈴仙を思い切りスタンドで払いのける。すると、簡単に鈴仙は体制を崩し、地面に頭をぶつけた。その頭部は粉々に砕け散ってしまう。

 

「あぁっ!! あ、く、そ……れ、鈴仙……」

 

 認めたくはない。認めたくなかった。もはや魂が鈴仙を救うことを放棄してしまっていることを。

 

 しかし、頭部が粉々になった鈴仙はむくりと起き上がり、崩れた表情をジョルノに向けてニタァと笑みを零した。

 

「――も、守矢諏訪子ォォーーーーーッ!!! 貴様、貴様はァァアアア!!!!」

 

 迫りくる狂気に背を向け、ジョルノは諏訪子に攻撃しにかかるが、その足に何かがしがみ付いた。

 

「……ッ!? え、……あ」

 

 彼の足を掴んでいるのは小さな水色の少女だった。

 

「ち、チルノ……! 君まで、そんな……あぁッ!!」

 

 捨てたという認識は無いはずだった。だが、確かにジョルノはチルノを置いてここまで来たのだ。

 

「……『ゴールド……』」

 

 すぐにスタンドを出そうとするが、その動きも既に封じられている。『ゴールドエクスペリエンス』が何者かに押さえつけられていた。

 

 

 

「……だ、誰だ?? いや、待て……見覚えがある……あんたは……」

 

 ジョルノの額から今まで感じたことの無いような不穏を孕んだ汗が浮かび上がる。捨てた。僕が? 誰だ?

 

 

 捨てたのだ。僕が。彼女を。彼らを。思い出した。

 

 

「お、思い出した……ッ。僕は、僕は……!!!」

 

 挫けそうだ、心が折れそうだ。彼らの苦しみの表情を僕は見ていることが出来ない。

 

 名は……何てことだ、『思い出した』。だけど、思い出すには酷すぎる。

 

「……『ブチャラティ』……!! 『アバッキオ』、『ナランチャ』……」

 

 彼を取り囲み、まとわりつくのはかつての仲間の姿をした者たち。しかし、今はもはやその表情は見る影もなく、苦しみに歪んでいる。

 

「『ミスタ』……『フーゴ』……、『トリッシュ』……ッ!!」

 

 僕が捨てた……いや、僕の無力のせいで捨てられた僕の罪たちだ。

 

 

 『僕が矢の力を得るに値しなかったせいで死んだ者たちだ』。

 

 

「う、わあああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!! うあああああああああああッ!!!!」

 

 絶叫と共に、彼は過去の罪達の中に飲まれていく。

 

*   *   *

 

 ジョルノが隣で絶叫し、罪に飲まれていく中、諏訪子はようやく目当ての品物を発見した。

 

「……これが『矢』か……。これを手にした者はこの世の全てを統治することが出来るとか何とか……。まさか、本当にこれだけ『具現化』してるなんてねー」

 

 『矢』を手にした諏訪子は謎の魅力に引き込まれていく。気が付けば矢じりを自分に向けて突き刺そうとしているのだ。

 

「……おっと、こんなことをしてはいけないな。さっさと『矢』を回収したことを神奈子に伝えなきゃ……」

 

 すぐに諏訪子は準備してあった矢袋に石の『矢』を入れて地上へと上がる。

 

 地下室に『シビル・ウォー』だけが残った。

 

*   *   *

 

 早苗が倒され、ジョルノが守矢神社内に入ってから半刻。守矢神社前の広場には既に人っ子一人もいない状況だった。

 

 当然だ、この炎天下の中で立っていられるような人間や妖怪はいない。従って、唯一残っていた早苗も地面に倒れ伏したまま動かなかった。

 

「……早苗」

 

 神奈子自身にも大量の汗が流れ落ちている。いくら強靭な肉体を持とうとも、自分のスタンドの凄まじいエネルギーには長く耐えられそうになかった。

 

 頭上に浮かぶ巨大な太陽が、彼女たちの身を焦がしていく……。

 

 

「……ッ!! ま、まさか八坂神奈子も……」

 

 凄まじい熱気の中、唯一あった林の中の日陰に身を隠していた天狗衆は、照り付ける太陽の元で立つ神の姿を見る。

 

「暑い……あちぃぃ~~~よぉぉ……何だってんだ……。身が、身がもたねえ……」

 

「畜生、暑さで段々眩暈が……」

 

 既に天狗衆は暑さに大半がやられ、日陰から出ることがかなわない状況だ。

 

「……」

 

 勿論、文の隣で貧血気味にガクンガクンと頭を揺らして意識を手放しかけている引きこもり天狗も例に漏れない。

 

「……はたて、しっかりしなさい。ここで気を失ったらそのままゴートゥヘヴンよ」

 

「……引きこもりにこれは…………辛い……うぅ……」

 

 何とか絞り出したセリフは掠れ、今にも消え入りそうだった。

 

「気持ちは分かるけど……このままじゃあ八坂神奈子に早苗を連れて行かれちゃうわ。このまま……みすみすと逃がしてなる物ですか」

 

 と、林の中から様子を見ていた文は神奈子が早苗の元にしゃがみ込んで何かを与えていることに気が付く。既に早苗の体はボロボロで、照り付ける灼熱の熱線でミイラと化したかに思われた早苗だが……。

 

 次の瞬間彼女は立ち上がり、大きく背伸びをした。

 

「――――なッ!?」

 

 文が自分の目を疑った一瞬。その刹那の隙を突いて、早苗が文の視界から消え去り眼前に肉薄していた。

 

「――――神の粥はドーピングじゃあないから」

 

「は――?」

 

 にやぁ、と笑みを浮かべて早苗は『愚者』を出し、文の顔面を切り裂いた。

 

「――――アァッ!!」

 

「這い蹲れ烏天狗。よくも、よくも私を蔑んでくれたな??」

 

 狂気に満ちた眼球で、辺りを睨み付ける。神奈子のスタンドでかなり疲弊している彼らに文を助けることは敵わない。

 

「ぐ、あ……目が、私のっ……」

 

 縦に三本、早苗の『愚者』によって抉られた傷から大量の血が流れ落ちる。その上で頭を踏みつけられ、傷に土が入り込み、更なる激痛を生み出す。

 

「あ、あああああッ!!! あ、あ、あっ!!!」

 

 その悲鳴に早苗は心底見下す視線を送り、更に踏みにじった。

 

「……私はいくら痛めつけられても神奈子様の粥を口にすれば全快する。そういう風になってるんだ。お前たちのような社交辞令の様な縦社会とは違う、あのジョルノとかいう人間共のなれ合いの様な関係とは違うッ!! 私たちは、運命を共にした共同体のようなものだッ!! 貴様らに、貴様らなんかに、お二方と同等である私を傷付けられて、お二方を傷付けられて、たまるかッ!!」

 

 狂気に満ちた怒号で戦意を失った烏天狗たちを早苗は一蹴し、『愚者』を辺りに散布し始める。

 

「貴様らには幻覚など生ぬるい……悪夢だ。悪夢を見せてやる……!! 『愚者の奇跡』……!!」

 

 と、スタンド能力を用いている早苗の足下で、文は奇妙な感覚をその肌に感じた。

 

(……? 何だ、この顔に当たる……この物体は?)

 

 不自然に思いながら文は動く右手で地面を掘った。そうしている間にも早苗のスタンド能力は周囲を覆い尽くし、烏天狗たちは一様に幻覚に陥る。その悲鳴は意味を成す文章では無く、野獣の雄たけびにしか聞こえない。

 

 ただ、その中で文だけが眼前の奇妙に興味を示していた。

 

 

――――東風谷早苗の足元を掬う?

 

 

「……?? 何だ、おい、貴様ッ!! 何をしている射命丸文!」

 

 何か違和感を察知した早苗は足を文の頭から上げてその顔を見る。傷付けたはずの眼球はこちらを見ており、何か覚悟を決めたかのような表情をしている。いや、そんな情報は今の早苗にとってどうでもよかった。

 

 何より彼女にとって衝撃だったのは、文の額に8割ほど突き刺さり、頭部に沈んでいく金色のDISCの存在だ。

 

「――――ッ!!! きさ……」

 

 すぐさま『愚者』を手元に戻して攻撃を試みるが、それより早くDISCは沈んでしまった。

 

「見える、あんたの…………それが、『スタンド』なのね? はっきりと、見える。今なら……!」

 

 『愚者』の攻撃をすれすれで回避して文は早苗を蹴り飛ばした。彼女は自分の傷付いた顔に手を当てて信じられない、と言った目で早苗を見る。

 

 隣に今までいなかった砂の化け物が見えるのだ。

 

 そして、彼女は更に不自然な点に気が付く。自分の右手を見ると皮が捲れていた。

 

 ぺり、ぺりぺり……

 

「――ッ!?」

 

 驚いたことに、その皮は更に大きく捲れていく。そして、その内側に『文字』が書かれている。

 

「何!? ……これは……??」

 

 目を疑った。何故なら、その文字は正しく自分の筆跡だったからだ。

 

「わ、私の筆跡!! 『やったぞ、スタンドを手に入れた。これで東風谷早苗をやっつけてしまおう!』 いつ書いたの? いや、それよりも、この後の文字!!」

 

 能力、と書かれた所まで捲り、文の手が止まった。能力とはつまり、この不可解な現象の原因だろう。凄まじい興味と共に、文は自分の腕をめくった。

 

「――『能力 ①記事を魅せる。ただ見せるだけでは駄目。相手に読ませ、そして魅せなくてはならない。 ②対象を本にする。本にされた対象は上手く動くことが出来ない。 ③命令を書き込む。書き込まれた命令は『絶対』だ!』……!!」

 

「――まだ能力を理解していない今がチャンスッ!!」

 

 早苗はすぐに体勢を整えて文に向かっていく。どんな能力に目覚めたか分からないのだ。叩くのは今しかない。

 

 よく理解が出来なかった。だが、記事なら持っている。そして、それは正に対象が読んでいた物だ。

 

「――――号外ッ!!」

 

 それは守矢神社の不正をゴシップにした記事だった。早苗に目を付けられることとなった原因の記事である。

 

 迫る早苗の目の前にその記事を見せつけた。だが、

 

「今更それがどうしたッ!! 貴様には攻撃の隙も与えんッ!!」

 

 と、意に介せずそのまま『愚者』で攻撃をした。

 

「――――は?」

 

 すかっ、と早苗の攻撃は空を切った。だが、文は全く避けてはいない。自分が外したのだ。

 

「……『愚者(ザ・フール)』ッ!!」

 

 砂を纏い、再び攻撃するも見当違いの方向を攻撃してしまう。そしてバランスを崩し、早苗は地面へと倒れてしまう。

 

「――――ッ!?? !?」

 

 その衝撃で早苗の体はバラバラと開いた本のように広がってしまった。その切断面には文字が大量に書き込まれていた。

 

「……!? 何だ!? 何が……!?」

 

「命令を、本当に書き込めたわ……!」

 

 その様子に驚いていたのは文も同様だ。

 

「『③命令は絶対――!! 名を冠するなら……『ヘブンズ・ドアー』。』……!!」

 

第50話へ続く……



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人間少女の二律背反④

ボスとジョルノの幻想訪問記 第50話

 

人間少女の二律背反④

 

 東風谷早苗と射命丸文は照り付ける灼熱の中、息を切らしながらお互いを睨んでいる。

 

 早苗としては自分にかけられたスタンドの能力……『ヘブンズ・ドアー』をどう解除するべきかについて。文としてはこの体力を否応なく奪い続けるこの環境下で、どうやって早苗を打ち破るのかについて。

 

「……っ」

 

 しかし、文のそんな考えとは裏腹に、林の向こう側からやってくる人影は凄まじいプレッシャーをこちらに向けている。

 

 近付いてきている、八坂神奈子が。恐らくは早苗がさっさと要件を済ませて帰ってこないことに対して不審に感じての事だろう。

 

 ……どうする? 逃げるか? 

 

 背後を振り向いた文は大勢の同胞たちの苦しそうな表情を見て、自分一人だけが逃げるなどという考えを払拭した。

 

「いや、私が皆を守らなくてはならないようですね……!! 『ヘブンズ・ドアー』……」

 

「――くッ、『愚者(ザ・フール)』……」

 

 本になってしまい上手く動くことが出来ず、また攻撃も出来ない早苗に文は命令を書き込もうと近付く。

 

 正直、早苗はどうすればいいのか分からなかった。このままでは逆にこいつに操られてしまう可能性がある。そうなれば神奈子の手を煩わせてしまいかねない。

 

「……ッ!! 射命丸、文ッ!! 貴様の好きには……」

 

 何とか引き摺るようにして文から距離を取る早苗だが、その動きは非常に緩慢だ。

 

「逃げようったってそうは行かないわよ……あんただけでも……!!」

 

 と、文があと数センチまで早苗に肉薄したところで……。

 

 ズボォッ!! と、文の足元の地面が深く陥没した。

 

「――――ッ!? 落とし穴!?」

 

「『愚者』を地面に通して貴様の通るであろう地面を砂にした……! これは攻撃では無く単なるトラップだ。貴様の能力は不明だが、これなら……」

 

 文が足を取られた穴は深く、流砂となって地中へと文を引きずりこもうとする。既に暑さで消耗していた文にとってこの罠は非常に効果的だった。地中へ埋めることは敵わずとも、文の動きを完全に止める事は可能だ。

 

「く、あ……もう、体力が……ぁあ……」

 

 力を手に込めてもそこは砂。踏ん張りがきかず、堂々巡りを続けていた。対して早苗も、それ以上の危害を『ヘブンズ・ドアー』によって禁止されているため、ただその様子を見ているしかなかった。

 

 そして、遂に神奈子が林の入り口までやってきた時。

 

 

「神奈子ぉー!! あったよ、『矢』だ! これでようやく私たちの……」

 

 

 神社から全裸のまま出てきた諏訪子が初めてこの不安感に気が付いた。

 

「――――神奈子?」

 

 何かがおかしい。照り付ける太陽のせいだとしたら、どれほど良かったことだろうか。だが、原因はそうではない。

 

 諏訪子は大地に手を当てた。ジュゥ、と熱された鉄板のような熱を持った地面だが、今更そんなことを気にしている場合では無い。

 

「――――何?? これ……」

 

 山の生命が、全て静まり返っている。

 

 その瞬間、諏訪子に今まで感じたことのない眠気が襲ってくる。視界は大きくぐらつき、そのまま地面に倒れる。

 

 暑い、いや。それ以上に、何だこの眠気は?? 絞り出した「神奈子」という声もきっと彼女には届いていないだろう。

 

 八坂神奈子も既に意識は無い。彼女はその場に崩れ落ち、眠りにつく。

 

 射命丸文も、東風谷早苗も例外なく、意識を手放し深い眠りについた。

 

「……」

 

 そのまま諏訪子は目を閉じた。全ての生命が静寂を迎え入れた。

 

 

 

 ――山を下っていたてゐも、山の緊急入院施設の者たちも。

 

 ――永遠亭でジョルノたちの帰りを待っている鈴仙、永琳、輝夜、雷鼓、妹紅も。

 

 ――墓場まで戻ってきていた邪仙とその忠実な死体も。

 

 ――人里に住む人間、妖怪問わず。

 

 ――そして博麗神社で空を眺めていた紅白の巫女でさえも。

 

 

 

 

 

 幻想郷と生けとし生ける者が全て、眠りについたのだ。

 

 

 

*   *   *

 

 過去に捨てた罪。

 

 あの命を懸けて旅をしてきた9日間。

 

 僕は一度たりとも仲間を見捨てたことは無い。

 

 仲間の一人にその信念を「甘え」だと言われたこともあった。

 

 だが、僕は信念を曲げず、最後まで戦い抜いた。

 

 アバッキオは奴の存在の手がかりを示してくれた。

 

 ナランチャは奴の能力の恐ろしさを示してくれた。

 

 ブチャラティは奴を倒す方法を示してくれた。

 

 捨てたなどと一度も考えなかった。

 

 彼らの死は犠牲では無い。

 

 彼らの覚悟は僕が受け継ぎ、奴を倒す――――。

 

 

 ――――はずだった。

 

「ぐうぅう、う、う……ああああああッ!!」

 

 彼の全身に纏わりつく感触は、まさに人間の腕と何ら変わりないものだ。これは幻覚では無い、現実だ。

 

 守矢諏訪子の能力によって実体化した過去だ。

 

 そして彼らは耳元で囁く。

 

「……ジョルノ、お前さえ、お前さえしっかりとしていれば……」

 

「『矢』のパワー、その恩恵を手にすることが出来る強靭な『黄金の精神』をお前が持ち合わせてさえいればなぁぁぁ……」

 

「何でだ、どうして……うう、苦しい……ジョルノ」

 

「助けて、まだ、死ぬのは……」

 

 かつて生死を共に潜り抜けてきた仲間たちの悲痛な叫びが彼の脳みそへと刷り込まれていく。

 

 思い出すべきでは無かった記憶だ。だが、忘れていたことは更なる罪だ。

 

 思い出したことで彼の認識はそう移り変わっていく。

 

「記憶が……無くなったのは僕のせいだったんだ……! 僕の精神が、弱かったからだ……うぅ、げほ……」

 

 ジョルノは恐怖と後悔で声を震わせ、涙を流しながら懺悔するように呟いた。

 

「――――どうして俺たちを裏切った?」

 

「――――俺たちの覚悟を裏切った?」

 

「――――俺たちはお前を信じていた」

 

「――――嫌だ、嫌だ、嫌だ」

 

 耳を塞ごうとも、彼の罪達は囁き続ける。

 

「……ち、畜生ッ……!! うぅ、あああ……」

 

 振り解こうにも上手く体に力が入らない。そのうち、彼に纏わりついていた『過去』は形状を変え、半透明のフィルムの様になり、ジョルノを拘束していく。

 

「な……これは……う……」

 

 だが、彼に抵抗の手段は残されていなかった。口を覆われ、口からの呼吸が不可能になり、次第に鼻も閉じられていく。しかし、そのことについて彼は恐怖していない。むしろ、このまま窒息したほうが罪から逃れらると思ったのだ。

 

 

「――――無理ダ。君ハ罪からハ逃れられない」

 

 

 その絶望的な希望も、『シビル・ウォー』によって打ち砕かれる。

 

「君ハ死ぬこともないシ、逃げることも出来ナイ。私がここにいる限リ、君の過去は無限に君ヲ呪い続けるだろう。例外は無い」

 

「……ッ!!」

 

 終わりが無い。無限とはそういう意味だ。

 

「終わりが無いのが終わり、罪を忘れた君ニハ当然の報いだと言えヨう」

 

 『シビル・ウォー』は声色を変えずに無慈悲にそう言った。

 

 しかし――――。

 

「……今」

 

 口をふさがれたジョルノが確かに言葉を発した。

 

「何と言った?」

 

「……?」

 

 いつの間にか、ジョルノ・ジョバァーナの瞳に力が戻っていた。

 

「……終わりが無いのが終わり、ダ。それがどうした?」

 

 『シビル・ウォー』は身動きが取れないジョルノを見て首を横に傾ける。

 

「その前だ。『例外はない』と、確かに言ったな……?」

 

 その通りだ、と『シビル・ウォー』は思った。だが、答えなかった。

 

 この短時間のうちに、まさか気が付くとは思わなかったのだ。

 

「……あの蛙女は例外じゃあないのに、『過去』に縛られていなかった。だったらその理由は何だ?」

 

「……貴様」

 

 『シビル・ウォー』はそれしか言わなかった。否。そうではない。

 

「お前自身に戦闘力は無い。焦っているのか??」

 

 ジョルノの目から見てもはっきりと分かるほど、『シビル・ウォー』は動揺していた。

 

「もういい、『シビル・ウォー』。十分だ」

 

 ジョルノはただそれだけ言うと、『ゴールドエクスペリエンス』を出した。目的は能力を使うためでは無く、ある物を引き寄せるためだ。

 

「例外ではないなら、あの守矢諏訪子にも過去の罪がおっかぶさるはずだ。だが、そうはならなかった。一定の距離を取ってそれ以上近付かなかった。『なぜなのか』?」

 

 『GE』が手を伸ばして引っ掴んだのは先ほどまで諏訪子が使っていたホースだ。

 

「……いいのか? 僕の行動を黙って見ているだけってのは。お前の目的は足止めだろう?」

 

「……私にはこれ以上出来ルことは無い。貴様の勝ちダ」

 

 まるで溜息を付くような――スタンドがそのような行動を取るとは思えないが――何かを悟ったような声を上げた。

 

 

「―――罪は水で清めることで、『洗い流せる』」

 

 

 ジョルノは『GE』のギリギリの射程距離を用いて蛇口を捻った。

 

 ――――水は出なかった。

 

*   *   *

 

「何……だとッ……!? 水が出ない、これは!!」

 

 ジョルノの表情が焦りに変化する。この水さえ出ていればおそらくは『シビル・ウォー』のこの呪縛から逃れることが可能だっただろう。

 

「何と、まァ。恐らくは我が主人の諏訪子が気を利かせテ水道管を破裂させたノだろう。と、言ってモ外は神奈子のスタンドによって全ての水分ハ蒸発してしまっているだろうがナ……」

 

 ホースから水が出ないことに驚きつつも、『シビル・ウォー』は達観した口調でそう述べた。

 

「残念だったナ、ジョルノ・ジョバァーナ。せっかくの脱出手段が見つかったノニな。どちらにせよ、貴様がここで衰弱し息絶えようト、外に出てあの二人を同時に相手しようと、死ぬ運命には変わりナイが……」

 

「……」

 

 ジョルノは黙っていた。もう打つ手がない。この状況を打破する有効打が見つからない……。

 

「……何だ、何故こちらを見ている? 私の顔に何か付いているノか?」

 

「……違う、良く喋る奴だ、と思っていただけさ」

 

 ……わけではない。ジョルノの目には敗北感など宿っていなかった。

 

「蒸発、水分が蒸発する。これほど素晴らしい条件は無いでしょう」

 

 そう呟いたジョルノの言葉の意味を『シビル・ウォー』は理解しきれなかった。

 

「何の話だ?」

 

 ジョルノの言葉を一つ一つ整理してみるも、蒸発した水というのは今の状況では全く役に立たない、ということしか分からなかった。

 

 そんな絶望的な極限状態において、何故ジョルノ・ジョバァーナが不敵な笑みをたたえ、そのような言葉を発せるかが分からなかった。

 

 だから、彼には尋ねる事しか出来なかった。

 

「気でも狂ったのカ? 水は蒸発してもう無いのダ。貴様が逃れる術はもう……」

 

「水は蒸発しても『そこにある』ぞ? 『水蒸気』として存在している」

 

 と、ジョルノの頬に1匹の小指の先程度の大きさの甲虫が止まった。見た目はゴミムシのような感じで……。

 

 その体表面は水で覆われていた。

 

「……!? 何だその生物ハ? 何故、水を纏っている?」

 

 ジョルノの頬にその水分が移動すると、その箇所が『シビル・ウォー』の呪縛から解放される。その効力はごくごく小さなものだったが……。

 

「知らないのも無理はない。これはアフリカの砂漠にしか存在しないサカダチゴミムシダマシという昆虫だ。この虫は環境の厳しい砂漠で生き残るために特殊な構造をした『甲殻』を持っている」

 

 ジョルノが説明を始めるとブゥ~ンという羽を高速で動かす音が辺りから聞こえはじめる。見ると、周囲から同じような甲虫が何匹も姿を現していたのだ。そいつらはあの1匹と同じように体表面に水分を纏っていた。それら全員がジョルノの元に群がり、そして離れていく。

 

「水分をはじく性質を持った甲殻に非常に細かい溝が掘られている。その特徴的な甲殻に水蒸気となった水分を集めて、口まで運ぶことが可能だ」

 

 次々に、次々に甲虫は寄って集ってを繰り返し、水をジョルノの元へと運んでいく。

 

「そうして水蒸気から水を獲得できる。水道管を止めて蒸発させて水を無くすという方法……むしろ、地面に染み込ませていた方が僕は困っていたかな」

 

 そう言い終えると同時にジョルノは呪縛から解放される。そして『シビル・ウォー』に面と向かって言い放った。

 

「忘れていた罪は思い出した。だが、僕はそれらを受け止めよう。お前の言う通り罪は償わなくてはならない。かと言って、ここで一生束縛されることが罪滅ぼしになるとは思えない」

 

「……なら、どうすル?」

 

「……思えば」

 

 と、ジョルノは言葉を噤んだ。これまで起きた全ての物事は、そう。

 

「思えば、この幻想郷に来たのも僕のこの罪を償うための『冒険』なのかもしれない」

 

「……何故そう思う?」

 

 『シビル・ウォー』にそう問われる。

 

 いや、ジョルノは確信していた。これはまさに彼の過去の罪との戦いであるということを。

 

 確信の所在は一つ。

 

「ディアボロ、奴がここにいる」

 

 ジョルノはそう言って、出口に向かう階段へと向かった。

 

 やるべきことは、ただ一つだった。

 

*   *   *

 

 ジョルノが外に出ると同時に、その違和を感じ取る。

 

「……何だ、一体……。何が起きたんだ……?」

 

 辺りが異様なほど静まり返っているのだ。まさかもう文達天狗衆は殺されてしまったのか? という考えが首をもたげてくる。

 

 しかし、ジョルノのその考えはすぐに頭から消え去った。

 

「……守矢諏訪子?」

 

 神社前の広場で倒れている全裸の幼女の姿だ。だが、その様子がどこかおかしい。

 

「――――ッ!?」

 

 近くで見ると、その左胸が深く、大きく抉られていることが分かった。

 

 『ゴールドエクスペリエンス』で生命エネルギーを確認するが、既に彼女は絶命している。

 

「……だ、誰が!? 文さん……か? いや、それよりもッ!!」

 

 ジョルノは周辺を探した。しかし、無い。

 

 あの、『矢』がどこにも存在しない!!

 

「矢が、失われている……!」

 

 あれは守矢諏訪子が言っていた通り、ジョルノの過去から発掘された物体だ。何故、矢だけが現実として出てきたかは分からない。だが、あれを他人の手に渡らせてはならないということは直感で理解していた。

 

「……誰か、誰かいないのか!?」

 

 ジョルノは叫ぶも誰からも返事は無い。キョロキョロ、と見渡すと林の入り口で誰かが倒れているのを発見できた。

 

「……クソッ!!」

 

 急いで倒れている人間の方に向かうも、嫌な予感が彼の脳裏を掠めていた。

 

「……!! 八坂、神奈子……」

 

 その姿は彼女にそっくりだった。だが、既に八坂神奈子では無い。

 

 彼女も守矢諏訪子と同様に左胸が大きく抉られ、絶命していた。

 

「……はッ!!」

 

 顔を上げると東風谷早苗と天狗たちの姿が確認出来た。だが、その全員が倒れて起き上がっている者は一人もいない。

 

「……ま、さか……」

 

 東風谷早苗、彼女も例外なく左胸を抉られて絶命していた。

 

 しかし、天狗たちは無傷のままだ。

 

「……?」

 

 まさか、天狗の中の誰かがこのようにしたのか? ジョルノの脳内には疑問符が浮かび上がる。

 

「……う、ん……?」

 

 意味不明な状況の中、一人の天狗の少女が呻き声をあげた。どうやら彼女は生きているらしかった。すぐにジョルノが近付いて介抱を始める。

 

「大丈夫ですか? 一体何が起きたのか……」

 

「……ん? ふわぁあ……あなたは……」

 

 彼女は気怠そうに欠伸をした。寝起きの様にも見えた。だが、ジョルノの顔を認識するなりバッと上体を起こして。

 

「ジョ、ジョルノさん!? い、一体私は……じゃあなくて、東風谷早苗は!? 八坂神奈子は!?」

 

 と、戦闘態勢を取った。その突拍子もない行動にジョルノは「ちょっと待ってください」と諫める。

 

「え? ジョルノさん……ですよね? まさか、守矢諏訪子だけじゃあなく、あの二人も纏めて倒したというわけですか?」

 

 目の前の見知らぬ天狗の少女が何かを口走っている。まるで、これまでの事の顛末をすべて知っているかのような口ぶりだ。

 

「……いや、整理しましょう。落ち着いてください。まずいいでしょうか?」

 

「……どうされたんですか、そんなに畏まって」

 

 こちらはそっちの名前も知らないのだ。状況の整理の第一歩として、まずはこの少女とコミュニケーションを取らなくてはならない。

 

「えぇと、まず貴方の名前を教えてください」

 

 そのジョルノの問いかけに目の前の少女は「はて?」と首を傾げた。

 

 そして、さも当然のように以下の様に述べたのである。

 

 

「……まさか、私のことを忘れたんですか? 清く正しい射命丸文のことを」

 

 

 嘘はついていない。彼女の瞳はそう物語っていた。

 

*   *   *

 

 同刻、永遠亭―――――。

 

 静寂の中、最も早く目を醒ましたのは藤原妹紅だった。

 

(……? なんだ……ったんだ? 今のは……。私は……)

 

 上体を起こそうとした時、彼女は全身に及ぶ痛みを感じる。

 

 まさか、攻撃を受けたのか?

 

(敵が……いるかもしれない……み、んな……)

 

 この程度の痛みならばすぐに回復する、と思っていたがどうにも回復が遅い。何とかしてまずは状況を確認しようと右を向くと、鏡があった。

 

 どうやら病室にいるらしい。だが、鏡に自分の姿は無く、鈴仙の姿があった。

 

「……鈴仙? 起きてる……のか? ……どうした、口を動かし……」

 

 と、ようやく言葉を声に出したところで彼女は不自然に気が付いた。

 

 自分の内側から鈴仙の声が聞こえるのだ。

 

「ち、違う……!! 鏡の動きと……、この声!! 私が『鈴仙』になってるのか!? どうなってるんだ……!!!」

 

 訳の分からない突然の現象に汗を流す彼女の元へ、どたどたと大きな足音を響かせて妹紅の姿をした人間が入ってきた。そいつは病室に入るなり、口をパクパクさせて妹紅を指さしたのである。

 

「「わ、私が、私がいる!!」」

 

 二人は同時に声を出した。

 

*   *   *

 

 同刻、博麗神社――――。

 

「霊夢!!」

 

 凄まじい大声が博麗神社に響いた。

 

「何よ……萃香。せっかく人が気持ちよく寝てたっていうのに……あれ、私何で寝てたんだっけ?」

 

 いまいち状況が把握しきれていない霊夢は突然の来訪者、伊吹萃香の大声に頭痛を覚える。

 

 だが、今一度思い返すと、萃香の声では無かった気がする。確かに霊夢の事をこんな大声で呼ぶのは萃香に他ならない。だが、声色が違って……。

 

「ん?」

 

 彼女の顔を覗きこんでいたのは自分自身だった。

 

「……あぁ、最近疲れてんのね。年かな……」

 

「違うぞーー!! 確かに疲れた顔してるけども、これは異変だよ!!」

 

 と、霊夢の姿をした人間は手鏡を取り出して彼女に突き付けた。

 

「ほら!! 霊夢よく見て! あんた、私になってんだよ!!」

 

「……うるっさいわねぇ……そんなことがある……はず……?」

 

 だが、霊夢は今の言葉を撤回するだろう。

 

 目の前に映っていたのは間違いなく、伊吹萃香の顔だったからだ。

 

「……タンマ。ちょっと、何これ? 異変……よねぇ。紫はいるかしら?」

 

 頭を押さえて霊夢は萃香に尋ねた。

 

「紫なら見てないけど……」

 

 と、萃香が答えたところで

 

「あら、お呼び?」

 

 目の前にスキマが空いて八雲紫……では無く八雲藍が姿を現した。その両脇には橙と紫がいる。本来逆であるはずの構図が展開されていた。

 

「……察したわ。面倒なことになってるのね」

 

 霊夢は溜息を付いた。萃香の頭の上には疑問符が浮かんでいるが……。

 

「お察しの通り、私たちもついさっき気が付いたわ。不意の睡魔というか……抗いようのない力によって強制的に眠りにつかされたのよ。そして目が覚めてみるとこのように、精神が入れ替わっていた。私は藍に。藍は橙に。そして橙は私に」

 

「……何だか訳が分からないわ。面倒だから紫に話しかけても?」

 

 と、萃香の姿をした霊夢は紫の姿をした橙に話しかけた。

 

「え、ええ!? 私っ?」

 

「冗談よ。で、藍……というか紫……ええい、ややこしいわ。この影響はどこまで広がってるの?」

 

 霊夢の言葉に紫は目を細める。そして、やれやれだわ、と言いたげに畳んだ扇子を額に当てて。

 

「……幻想郷全土よ。森も、山も、人里も、地底も、全て」

 

 霊夢は再び頭を押さえた。その手に感じた不自然な感触は鬼の角だった。

 

 

第51話へ続く……

 

*   *   *

 

あとがき

 

 お疲れさまでした。中途半端ですが、第2章風神録編が幕引きとなります。

 

 これ以降の話は第4章(おそらく最終章)になりますね。第3章はディアボロ側の地底の話です。

 

 何かどこかで見たことのある現象が発生してますね。一体何オッツレクイエムなんだ……。(文章にすると意外と混乱しません。絵にすると多分すっごいごちゃごちゃした話になりそうですが)

 

 霊夢たち結界チームも異変となっちゃあ本格的に動き始めそうですね。一体誰がこんな異変を(棒読み)!

 

 ということで、次回から第3章に入っていきます。幻想郷のアンダーグラウンド、地底に向かう現実世界の闇の帝王。また色々なスタンド使いも出す予定なので乞うご期待です。

 

 ではまた。



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第3章 【タイトル未定】
真紅の王、氷上の姫


ボスとジョルノの幻想訪問記 第51話

 

真紅の王、氷上の姫

 

 ジョルノ達が妖怪の山へと赴く丁度一日前。

 

 そう、記憶を改竄された神奈子と諏訪子が永遠亭に訪れた日である。

 

「準備はいい? 今を逃すと貴方がここから出る術はないわ」

 

「……問題ない。やれ」

 

 完璧で瀟洒な復活を果たした元メイド、十六夜咲夜の問いに彼は何の不服もなく答える。

 

 それを合図に咲夜が時を止めた。時を止める直前にディアボロは自身のスタンド『キングクリムゾン』を出す。時を止める直前に『キングクリムゾン』がいないと彼はこの世界に入門することが出来ない。

 

「幻世『世界(ザ・ワールド)』」

 

ドォーーーーーーーz______ン!

 

 世界の全てが彼女を中心に静止する。それに抗えるのは彼一人だ。

 

「では行くぞ、咲夜」

 

 彼は不本意だが、咲夜のことを名前で呼んだ。そうしろと咲夜が取引をしたからである。こんなものは単なる口約束でしかないが、咲夜を徹底的に道具として用いるためだと割り切っている。

 

「はい、了解したわ」

 

 どことなくにこにこ笑顔でご満悦な咲夜はディアボロの後をついて行った。咲夜にとってはディアボロだけが自分だけの世界に入ってこれる唯一の存在で、それこそが理解者たる所以だと思っている。

 

 もちろんディアボロにそのようなつもりは毛頭無い。ただ咲夜という駒を利用しているに過ぎない。

 

(ーーーーそんなこと、薄々分かってるわ)

 

 もうそろそろ28歳を迎えようとする彼女は、それが理由で彼を諦めることなど出来なかった。

 

 自分だけを愛してくれる王子様など、どこの世界にも存在しない。そんなのに憧れる少女マンガのような恋は少女のうちに卒業した。

 

 たとえ自分を見てくれなくたっていい。理解者だというのも自分の思い違いで十分だ。

 

 尽くすに値する男性を初めて身近に得られたのだから。

 

*   *   *

 

 無事に咲夜とディアボロは誰に気付かれることなく永遠亭を出発した。目指す場所はパチュリー・ノーレッジが向かったとされる地底である。地底入り口は幻想郷の東の端、博麗神社の麓にひっそりと口を開けた小さな洞穴である。

 

 永遠亭からの距離はかなりある。しかし、咲夜の時間停止は何度も連続で使用できるものではなく、常に時間を止めながら移動などしようものなら30分足らずで咲夜は廃人となるだろう。

 

 よって二人は徒歩で移動するほか、地底にたどり着く術を持たなかった。

 

「スタンド使いは引かれあう。俺が外の世界にいたとき、俺の組織には弓と矢で生み出したスタンド使いのほかに、何名か生まれながらのスタンド使いがいた」

 

 出発前のディアボロの言葉を咲夜は思い出す。

 

「つまり、我々が二人で動けばいづれ別のスタンド使いが現れるだろう。我々に向かってくる人間や動物、妖怪は全て敵スタンド使いだと仮定して行動するべきだ」

 

 言い換えれば近付くもの皆排除せよ、ということだ。

 

 今二人は竹林を抜け、人里を迂回するルートで地底入り口へと向かっていた。周囲は木々で囲まれており、一応道らしきものはあるが、足跡などはなく人通りの少なさが伺える。

 

「……」

 

 その時、咲夜は視界の端で動く物体を捉え、瞬間ナイフを投擲する。

 

「ビギィー!」

 

 直後に鳴き声が響き、二人の横に小さな鳥が地面に落ちた。

 

「こーゆー小動物もスタンド使いなわけ?」

 

「そういう可能性もある。俺が飼っていたココ・ジャンボという亀もスタンド使いだった」

 

 地面に横たわる小鳥は首の部分が半分ほど切断されており、即死であった。筋肉の痙攣でぴくぴくと動いているが、治療の余地もないだろう。

 

「……いいわ、行きましょう」

 

 果たしてここまで細心の注意を払う必要があるのか? と疑いつつ咲夜は案内を再開する。

 

 

 しばらく経って、とある妖怪がこの鳥の死骸を発見した。

 

「……誰? こんな酷いことしたの……」

 

 悲しそうな表情を浮かべて死んだ鳥を優しく持ち上げ、頬に当ててその小さな命を慈しむのは、ミスティア・ローレライだった。

 

「……許さない、許さないわ!」

 

 悲しみでしおれていた羽を大きく広げてミスティアは歌う。

 

 聞けば人を魅了する妖気を帯びた歌。しかし、その歌は人を惑わす為ではなく、自分の同胞を集めるため。

 

 数十秒もすれば彼女の周りには何百匹という夥しい数の鳥が集まってくる。

 

「私の可憐な同胞たちよ! 彼女を殺した奴は我々鳥類を侮辱した! 下すべきは天誅よ! この子を殺した犯人を捜しなさい!」

 

 彼女の合図で集った鳥達は一斉に散らばった。周囲に怪しい人間がいないか、調査するためだ。

 

 死骸が残っているあたり、これは単なる悦楽による殺害だ。妖怪のせいならば死骸は残らない。食うためだからだ。これは計画殺人だ。いや、鳥か。何にせよ、残虐性十分! とっつかまえて、玩具にして、そして最後は食べて殺そう。

 

 ミスティア・ローレライは堅くそう誓った。

 

*   *   *

 

 ーーーー地底。幻想郷の全てのアウトロー達が何故か引き寄せられる場所だ。その薄暗く、どことなく不愉快な雰囲気を纏った巨大な地下空間の奥に一つの都市が存在する。

 

 そこが旧地獄都市、通称旧都である。主に種族的に混沌・悪に分類されるような妖怪が多く住み着き、また、強い恨みを残した死者の霊魂である怨念も多く漂っている。

 

 しかし、ここに住む多くの者達は口をそろえて言うだろう。「ここが俺たちの桃源郷だ」と。彼らに言わせてもらえればここは非常に住みやすい場所だ。気兼ねなく、自分たちの過ごしたいように日々を満喫できる。飲んでは酔い、酔っては飲む。

 

 ーーーーだから、そんな空間に当然彼女はそぐわなかった。突然道ばたに放り出され、右も左も分からない。乏しいコミュニケーション能力をフル活用しても、彼女は寝床どころかろくな魔力供給源も得られなかった。

 

 当然だ。パチュリー・ノーレッジは100年以上、あの図書館にほとんど引きこもっていたのだから。

 

「……ぅ」

 

 魔力がわずかに漏れ出ている霊脈にボロ雑巾のように放置されている魔女。そこは腐臭漂う飲食店街の裏路地である。端から見れば少女が飢餓で苦しみ残飯を漁りながら延命しているようにしか見えなかった。もともとから死人のような目をしていた彼女は既に死体だと間違われても仕方のないレベルだった。

 

「……にゃ」

 

 路地裏をたまたま通りがかった地獄の火車、火焔猫燐がそのパチュリーの姿を見て運ばないわけがなかった。燐は死体運びを生業としている妖怪である。既に火車には地上からかっぱらってきた人間の死体約50体がこれでもか、といった風に押し込まれており、比喩ではなく死体の山を築きあげていた。

 

 最後にプラス1体、ラッキーラッキーという程度に考えていた彼女はにこりと微笑んでパチュリーに近付いた。もちろん、山の頂に据える51体目の死体とするためだ。

 

 

 荒い鼻息が近付いてきている、とパチュリーは気が付いた。焦点の合わない視線を向けると、どうやら化け猫の類なのだろうか。黒い猫耳を生やし、周囲に鬼火を浮かべた妖怪がいた。そしてどうやらただ者ではないらしい。

 

 あふれ出る妖気からその力のほどが伺える。単純な妖怪としてのパワーなら美鈴と比肩するだろう。華奢な体つきをしているが、それは殆ど無駄のないアスリートのような美しさである。残念なことに胸は自分より控えめのようだ。

 

「……」

 

 と、パチュリーは背後にある台車に目を留める。大量の動かない人間が積まれているのを見て察した。なるほど、彼女は火車の妖怪か。別名死体運びと呼ばれる妖怪だ。人間の墓を暴いて埋めてある死体を回収し、地獄へと運ぶ役目を担っている。

 

 だが、もし彼女が火車の妖怪だとしたら一つ矛盾点がある。それは美鈴と並ぶほどの妖気をたかが火車の妖怪である彼女が持っていることである。本来ならあり得ないのだ。

 

 この矛盾点を納得するように説明するには、こいつ自身が特別強い火車であるかーーーー。

 

 こいつの住処が相当エネルギーを持った土地であるか、だ。

 

「~~♪」

 

 彼女は鼻歌交じりにダンベルより軽いパチュリーの体を持ち上げて火車に乗せる。そしてそのまま路地裏を後にして、跳んだ。

 

 彼女にとって手押し車は飛行する媒体である。飛び上がる瞬間、パチュリーは強い浮遊感を覚え、何事か、と目を見開いた。

 

「ーーーーっ」

 

 見れば旧都の眠らない街が眼下に写る。本棚より高所に上がったことのない彼女からすれば、この光景には鳥肌が立っただろう。

 

「んにゃ??」

 

 一瞬死体が動いたと感じた燐だが、さっきの少女の死体は動く気配も無い。大方自分が飛び上がった衝撃で山が崩れそうにでもなったのだろう。彼女は気にすることなく自分の家へと戻っていく。

 

 地底で一際豪華で、一際人の気配がない、地霊殿へ。

 

(……何にせよ、これで私の魔力供給は滞りなく行われるはずだわ。それにしたって、あのスキマ妖怪はどうして私のこんなところへ……)

 

 死んだふりを続けるパチュリーは顔も見せず自分をここに強制送還した紫のことを思い、ため息を着く。

 

 ここにレミリア・スカーレット復活の手がかりがあると言うのかしら?

 

 

*   *   *

 

 ミスティア・ローレライの同胞は彼女の命令により幻想郷中を散開し怪しい人物を捜していた。

 

 そのうちの数匹がミスティアから1500m以上離れた地点に二人の人間を発見していた。人間の男女である。二人とも背が高く、そして底の知れない雰囲気を出していた。明らかにこの二人が怪しいと鳥達は思い、出来るだけ接近して明確な証拠を探し始める。

 

 次の瞬間、鳥達は視界が暗くなる。そして自身の体が突然軽くなる。更に、どういうわけか翼を動かす感覚がなくなり、地面へと墜落していく。

 

 首の辺り。頸椎から気道にかけて。深く鋭利な切れ込みが刻まれている。あまりにも一瞬の出来事で、異常なまでのナイフの切れ味の良さから、出血は忘れているかのように押さえられている。

 

 ふらり、ふらりと同胞達は地に沈んでいく。地面に落ち、しばらくしてからゴボォと切れ込みから大量の血が噴き出し、周囲を赤く染めていった。

 

「……多いわね。異常だわ」

 

 8匹目の鳥獣を切り落として咲夜が呟いた。これ以上は殺しても無意味というか、逆に自分たちにとって不利益しか生み出さないように思えてくる。

 

 殺すことによって仲間を集めてしまっている気がするのだ。

 

「ディアボロ。あなたは近付くものを全て排除しろ、と言ったけど……これ以上は逆に危険だわ。私たちがここにいることを示している。まさかとは思うけど、こんなにも鳥達が寄ってくるなんて……」

 

「……確かにな。失策だったか……?」

 

 と、ディアボロ先ほど息絶えた鳥を見て舌打ちをした。初めに殺した鳥の大きさは雀と大差なかったのに、この鳥の大きさはカラス以上だ。段々、体長が大きくなってきているのである。

 

「何かが近付いてきているわ。明確な個体ではなく、群体で」

 

 先ほどから鳥達が向かってきている方角ーーーー自分たちが今まで歩いてきた方向を見て咲夜はディアボロに告げた。

 

「……いや、『キングクリムゾン』」

 

 ディアボロは『キングクリムゾン』を出した。臨戦態勢である。

 

 一気に咲夜の全身に緊張が走った。既にディアボロは敵を捉えている。どこだ? 一体どこにーーーー?

 

「上だ」

 

 瞬間、数匹の隼が二人の喉元に爪を立てようと急降下。既に『キングクリムゾン』の未来予知で隼がくることを予知していたディアボロは能力を発動。

 

「時を0.5秒だけ吹っ飛ばした。お前等下等生物には急降下したという結果だけが残る……!」

 

 気が付けば、隼は既に上空へと飛び立つ瞬間であり、自分が何も抉っていないことに違和を感じながら飛翔。

 

「スタンドを使ったのね。隼の攻撃を無効にして……、ということは」

 

 咲夜とディアボロは同時に上を見た。そこには飛翔する隼達の向かう先に人影があった。

 

「……お前等か。私の大切な同胞を殺したのは……!」

 

 明らかな殺意を持って、ミスティア・ローレライはその美しい翼を大きく広げた。

 

 眼下の二人は必ず殺す。魔性の雀鬼は周囲に弾幕を浮かべてゆっくりと地面へと降り立った。

 

 

 ……第52話へ続く

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 大変長らくお待たせしました、第3章に突入です。

 

 第3章は第2章でジョルノ達が妖怪の山を攻略している途中のお話になります。ディアボロ・咲夜サイドですね。

 

 早速犠牲者が増えそうな予感ですが、どうなるんでしょうか、彼女。

 

 出来る限り投稿ペースは早めていきたいですね。では52話でお会いしましょう。

 



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光陰邪の如し①

ボスとジョルノの幻想訪問記 第52話

 

 光陰邪の如し①

 

 展開された弾幕の数は彼女が引き連れいている鳥獣と同じ数である。それぞれの同胞に彼女の弾幕は手渡され、彼女のコントロールに鳥獣達の超反応が加えられる『回避する弾幕』が出来上がる。

 

 ミスティア・ローレライの新技とも呼べる攻撃態勢だ。

 

「私はお前達を殺すッ! 冗談で言ってるんじゃあないわ。もし私のこの言葉が単なる子供の戯れ言だと感じるならば、それは同胞達たちの死を侮辱する行為よ」

 

 さらにミスティアはスペルカードを2枚取り出した。

 

「鷹符『イルスタードダイブ』、そして鳥符『ヒューマンケージ』」

 

 一度に2枚切るのは弾幕ごっこでは御法度である。しかし、この戦いはごっこ遊びではない。弾幕ごっこ用に美しさを重視し威力を抑えた物ではなく、殺傷に特化した無骨な巨弾である。

 

 そしてミスティアは口を開けた。そこから発せられるのは綺麗なソプラノボイス。しかし、その歌声には催眠術の類のような暗示が込められており、聞いた者を鳥目にさせてしまう。

 

 ディアボロ達は次第に視界が不明瞭になっていく。鳥目になったことで視界が狭められたのである。これにより四方八方から迫りつつある弾幕を避けるのは相当な瞬間的判断力が必要になってくる。しかし、弾幕ごっこ経験など皆無なディアボロにとって、そのような能力を持ち合わせている方がおかしい。

 

 ーーーーそれでも、避けなければそんなものは必要ないのだが。

 

「『キングクリムゾン』!!」

 

 彼の言葉通り説明するならば『時間を消し去って』『飛び越えさせる』能力。口で説明するのは簡単だが、実際に体験するまで真の意味で理解をすることは叶わない。

 

 『キングクリムゾン』こそが、あらゆる状況下において柔軟に作用し最も対応力のある能力である。

 

*   *   *

 

「ーーーーあれ?」

 

 ミスティアは一瞬の瞬きの後、『自分を見ていた』。あまりにも突拍子もない映像を見せられて彼女の理解の範疇を優に越えていた。

 

 攻撃の軌跡は自分の方へと向かっており、自身はただそれを眺めているだけである。

 

 攻撃が当たった。しかし、その傷は弾幕によって生じるものではなく、何かが貫通している一つの巨大な穴だった。

 

「こ、これは……ッ!? 私??」

 

 一体何時地上に降りたのか、なぜこんな映像が目の前に映っているのか、ミスティアは到底理解しきれない。

 

 ただ、彼女の脳裏にあった考えは、今実際に触れたこの自分の肉体は紛れもない自分自身であるということだった。

 

「見ているな。貴様が今見て、触れている自分は、未来のお前自身だ」

 

「ーーーー何のことを……ッ?」

 

 ミスティアが触れている自分と重なる。消し飛ばした先の未来の自分と重なっていく。

 

 だが、声の主はそこにはいない。ただ、背後から声が聞こえてくるだけだった。

 

 そして、完全に自分と映像が重なった瞬間ーーーーーー

 

「時は再び刻み始める」

 

 ミスティアの腹部から真紅の腕が生えるようにして伸びている。

 

「ーーーーあっ、ああああああああッ!!」

 

 痛烈な叫びが恐怖に歪んだ彼女の顔から吐き出される。

 

 何だ? 今の不可解な現象は。一体、いつ? どこから? どんな攻撃が?

 

 そこまで考えてミスティアは理解した。

 

 いや、初めから私は攻撃を見ていた。ただ、錯覚していただけに過ぎなかったのだ。

 

 弾幕じゃあない。あのとき私を攻撃していたのはこの気味の悪い赤い腕だったのだ。

 

「ぐーーーーあっ、あ……」

 

 ごぽっ、と巨大な血の固まりを口から吐き出した後、彼女は絶命した。

 

「……咲夜、そばに他の敵はいるか?」

 

「いいえ、全く。そいつ一人みたいよ」

 

 動かなくなったミスティアを捨て、ディアボロは咲夜に尋ねた。

 

 周囲を見張っていた咲夜だが、特に生き物の気配も周辺には無い。しばらくの間スタンドを出して警戒状態だったがすぐに警戒を解く。

 

「分かった。なら、この死体を隠せ。ここにあると見つかったら後々面倒なことになりそうだ」

 

 ディアボロに命じられるがままに死体を処理しにかかる咲夜。二人の淡々としたこの残虐な行為。

 

「……ディアボロ。違うわ、これは……人形よ」

 

「……何だと……?」

 

 だが、咲夜が死体に触れたとたん、その死体は姿を変えたのである。

 

「木彫りの人形だわ……! 今まで私たちを攻撃してきていたのはミスティアじゃあないッ!! 人形をミスティアに変身させることができる『スタンド使い』がいるのよッ!!」

 

 咲夜は死体から離れて周囲を見回した。だが、やはり誰の気配もない。

 

 

 これを見ていた人物が二人。

 

「ーーーーきやがった、かかったぞプリンセスッ!! 命を火を消したぞ!! 私のスタンド能力が発動する!!」

 

「ずるいよ正邪! 一人だけ双眼鏡で見て私は全く見えないんだけど! まぁでも私のサポのおかげかな?? ねっ」

 

 ディアボロと咲夜の様子をかなり遠くで観察していた妖怪と小人はハイタッチをして喜んだ。

 

*   *   *

 

「変身能力……いや、変身というか『擬態』に近い能力か。こいつに従っていた鳥獣の妖怪達も騙されて従っていたわけか」

 

 ミスティアの姿が人形に変わった瞬間、周囲で取り巻いていた妖怪達も我を取り戻したのか方々の体で散っていった。

 

 咲夜とは違ってディアボロは冷静な判断が出来ていた。木彫りの人形に触れると実際に木の感触がする。これは実在する物体である。

 

「誰かが遠くでこの人形を指揮した奴がいるな。おそらくそいつが本体だ。周囲を探すためには常に警戒を怠ってはならない」

 

 人形にこれ以上の害がないことを確認し、ディアボロは視線を周囲へと向けて話し始める。スタンド、『キングクリムゾン』を出して敵を見つけようとする。

 

 この状況。いつ、どこから死に直結する攻撃が飛んでくるか分からないこの状況。これまで幾度無く経験してきた状況だが、『越えることが可能』な死の予兆というのは久しぶりで、どことなく懐かしい感じがした。

 

 これもまた、試練である。自身の成長に不可欠な試練に終わりはない。

 

「『墓碑銘(エピタフ)』」

 

 前髪を画面としてディアボロは未来を映し出す。相手が遠距離タイプのスタンドだというなら攻撃手段も遠距離である。その攻撃を避けることは容易い。消し去って飛び越えさせるだけだ。だが、その動きに対応できるのは『キングクリムゾン』を有する彼だけであり、十六夜咲夜にその効果の恩恵を与えることは出来ない。

 

「咲夜、遠距離からの攻撃に対して俺の『キングクリムゾン』は俺自身しか守ることは出来ない。自分への攻撃は自分で何とかしろ。いいな?」

 

 と、ディアボロは咲夜に尋ねるが

 

「……」

 

 一向に返事が返ってこない。ただ周囲の警戒のために気を張っていて返事をしなかったのかもしれない。

 

 だが、嫌な予感がした。ディアボロは未来を写す『墓碑銘(エピタフ)』の範囲を少し咲夜の方に向けると、そこには予期せぬ出来事が写されていた。

 

 十六夜咲夜の首の後ろ。うなじから頸椎にかけての部分から『矢』が喉を貫通していた。

 

「何だとォーーーッ!?」

 

 すぐさま後ろを振り向き咲夜の方を見る。予知に写された出来事は100%の真実である。矢が貫通したのなら絶対に咲夜の喉に矢が突き通されるのだ。

 

 事実、十六夜咲夜は何かに首を捕まれていた。だが、抑えられているのは肉体ではなく精神の具現、スタンドだった。『ホワイトアルバム』のヘルメット部分が露出し、がっちりと黒い両手に押さえ込まれていた。

 

「お前『消火』したな? 命の火を……チャンスをやろう! 『向かうべき2つの道』を!」

 

 咲夜の首をつかんでいるのは黒いスタンドだった。見覚えがある。これは確か幹部である『ポルポ』のスタンドだ。名は『ブラックサバス』。本物の矢とよく似た矢を持ち、それによってスタンド使いを生み出す能力だが。

 

「本来からスタンド使いである人間に対しては『魂を溶かす』ように作用するッ!!」

 

 咲夜はスタンドを押さえつけられ、矢を刺され始めていた。ジュゥゥゥという痛ましい音がして肉体ではなく精神を、魂を溶かしていく。

 

「ーーーーだが、幸運だったな。魂に作用するなら刺された位置は問題ではない。首を貫かれようと、脳味噌を貫かれようと、魂へのダメージは一定……」

 

 『キングクリムゾン』で咲夜を押さえつけている『ブラックサバス』を蹴り飛ばす。

 

「ギ、ッ!?」

 

「お前のスタンドの性質は手に取るように分かる! 影に潜むならば光の中に入れてしまえばいいだけだッ!!」

 

 蹴り飛ばした方向は丁度、影になっていない日当たりの良い場所だった。

 

「アギャアアアアアッ!!」

 

 『ブラックサバス』は呆気なく悲鳴を上げて消滅していく。

 

 だが、このスタンドは自動操縦遠隔型のスタンドだ。消滅をしたからと言って本体にダメージが行くわけではない。ただ追跡を止めただけなのだ。

 

「今が昼間で良かったところも幸運だった、と言ったところか。おい、十六夜咲夜。大丈夫か?」

 

「……ごほッ、畜生。何て力よ……身動き一つ取れなかったわ」

 

 スタンドの首の部分をさすりながら咲夜は咳をした。辺りがひんやりと冷やされ霜が降り始める。

 

「そういう能力だからな。奴は『押さえつける』ことに関しては抵抗しようがない。それ以外のパワーは皆無だから他の力を加えてやれば……」

 

 簡単に引き剥がせる、というわけか。

 

「と、そんな話をしている場合ではない。単に今のは撃退しただけだ。この木彫り人形のスタンド使いと『ブラックサバス』のスタンド使い……敵は二人いるというわけだ」

 

「どっかからその二人が私たちを監視して攻撃を伺っているわけね……さっきみたいに何かが死ねば攻撃が始まる……。無闇に近づく者を攻撃するのは得策ではないのね」

 

 そこで咲夜が取った手段は『ホワイトアルバム』による防御である。冷気を凝縮させ、自身に氷で出来た防御鎧を纏わせる。ただの弾幕程度なら無傷だ。

 

「超低温は静止の世界……」

 

 咲夜は同時に心の中までも冷え切ったような感覚になっていく。冷静に、熱くならずに、状況を見極めるのだ。

 

 ーーーーぴちゃり。

 

「……暖かい?」

 

 何か、暖かい物が彼女の足下を這っていた。私の凍らせた氷が溶けたものではない。ならばこの液体は一体どこから……。

 

「ーーーー咲夜……貴様……!」

 

 

 背後からディアボロの苦痛の声がした。ハッとして振り返るとそこにはディアボロが地面に崩れ落ち、血塗れになっていたのだ。

 

 

「な、何だってぇえええーーーーーッ!!? い、一体どこから!? いつの間にッ!?」

 

「ち、がう……ッ!! そこにいる!! き、貴様の……スタンドが!!」

 

 と、ディアボロがそこまで話した直後、彼の体に突然鋭利な刃物で切り裂かれたかのような傷が走り、大量の血を吹き出す。

 

「す、タンドを……がはッ……」

 

「ディアボロォォーーーーッ!!」

 

 咲夜の叫びも空しく、最後にディアボロは何かを伝えようとしたが、そのまま地面に倒れてしまった。

 

「うううぅううッ!! い、一体どういうことなのよッ!? 目を、目を覚ましてッ!! 貴方がいなくなったら、私は……!!」

 

 動揺する咲夜。どうしていいか分からず、スタンドを解除してディアボロの体を起こすが、そこには生気を感じることはなかった。

 

 代わりに、一つ。声が聞こえる。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

「『命の火』を消火したナ? チャンスをやろう……」

 

 咲夜の背後の影から、あのスタンドが再び姿を現していた。

 

 

第53話へ続く……

 

*   *   *



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光陰邪の如し②

ボスとジョルノの幻想訪問記 53話

 

光陰邪の如し②

 

 十六夜咲夜はディアボロが絶命したのを知るとすぐに背後にいる『ブラックサバス』の方を見る。

 

「ーー『ホワイトアルバム』ッ!!」

 

 全身に冷気を纏い、『ブラックサバス』が押さえつけてくるのを凍らせることによってガードする。

 

「ギッ!?」

 

 手が凍り付いたことに驚きすぐに影の中に身を隠す。

 

「く、凍らせても関係ないのね……。影の中に潜るのに」

 

 咲夜は周囲を見る。近くに雑木林があり、影ならそこから大量に伸びている。ここにいるのはまずい、と直感的に理解した。

 

「影から出なくてはッ! 囲まれているようなものだ!」

 

 すぐさま影のあるところから離脱しようとすると、ガシィッ! と、その足首を『ブラックサバス』が掴んでいた。

 

「スーツの『内側』にッ!! 氷で出来ているスーツは光も影も透過する……!! マ、『マズイ』!!」

 

 氷のスーツは光を通している。光を通しているということは陰影も通しているということ。『ブラックサバス』は抜け目なく、スーツの内側に出来た影から腕を伸ばして咲夜の右足首を掴んでいた。

 

「きゃああああッ!! 骨が……折れ……!?」

 

 押さえつける力だけは凄まじい。その握力は足首がミシミシと音を立てている。このままではバキバキに砕かれてしまうだろう。しかし、砕かれたところでこいつはこの右手を外しはしない。

 

 時を止めよう、と思ったが込められている力も停止するのだ。時を止めている間他人に干渉できない咲夜に足首を掴む手をふりほどくことは出来ない。

 

「『ホワイトアルバム』ッ!!」

 

 掴まれている更に内側に氷を密集させて『ブラックサバス』と自身の足首の皮膚との間に層を作る。そして氷で出来た層を始点に『ブラックサバス』の手のひらを凍らせ始める。

 

「……ッ!? 冷たい……!!」

 

 『ホワイトアルバム』の精密動作性は最低のE。自分の足を掴んでいる『ブラックサバス』の手だけを凍らせることは出来ず、自分の足首ごと凍っていく。

 

「アガガガ……ッ」

 

 『ブラックサバス』の声が足首付近の影から聞こえてくる。苦しんでいるようだが、力を緩めようとはしない。

 

「ち、クショォォーーーーーッ!! てめぇいい加減に手を離しやがれェェーーーーッッ!!!」

 

 自分の足首が凍傷で腐り落ちてしまうほどの冷気を更に集中させ手を引きはがしにかかる。

 

 きらっ、キラキラ

 

「……ハッ!?」

 

 一瞬、咲夜の目にキラキラと光る物体が空中に見えた。何か分からなかったがそれはすぐに消滅していく。

 

「い、今のは……いや、それよりもいつの間にか奴の手が離れている!!」

 

 既に氷の膜は『ブラックサバス』の手と咲夜の足首を離すことに成功していた。

 

 すぐに影から離れて日当たりのいいところに脱出をする。

 

「ハァハァ……」

 

 呼吸を整え、『ブラックサバス』の様子をうかがうと、やはり影の中をうろうろするだけで咲夜の元へ襲ってくることはなかった。

 

 試しに手を影の中へ近付けようとすると、すぐさま『ブラックサバス』はそれに襲いかかろうと攻撃を開始する。

 

「……ッ。やっぱり影の中以外を移動することは不可能なようね……。となると、やはり影と影が離れている場所は安全ということ。こいつのいる影と繋がっている影に注意しながら敵を探せばいいわ」

 

 『ブラックサバス』はしばらくの間日陰と日なたの境目をウロウロしていたが、咲夜が移動し始めると同時に影の中に姿を眩ました。

 

 影と影が重なり合わないように気をつけながら影の多い場所から離れるように移動していく。だが、ただ逃げるだけでは敵を倒したことにはならない。ディアボロが言っていた本体をぶちのめさなければ、こいつは追跡を止めないだろう。

 

「……?」

 

 と、ようやく咲夜は『ブラックサバス』が影の中に身を隠したまま姿を現していないことに気が付いた。そしてもう一つ。緊急を擁する事態に気が付く。

 

 速い速度で移動する影が真っ直ぐこちらに向かっている。

 

「ーーーーな、『鳥の影』!? 奴はこれを待っていたのかッ!!」

 

 鳥の影に移動したかどうかは分からない。だが、姿が見えないところから察するにこの影に触れるのは危険だ。

 

 何より、こいつ! 『私の』影に入る気だ!! 私のに入られたら私に逃げ場はないッ!!

 

「幻世『ザ・ワールド』ッ!!」

 

 咄嗟に咲夜は時を止めて鳥の影から離れた。だが、それが精一杯だった。スタンドをさきほど使いすぎたのか、精神エネルギーがすり減っており彼女の世界が安定しない。

 

「……限界ね、解除」

 

 そして時は動き出す。鳥の影は咲夜の影と交わることはなく、そのまま別の木の影に入った。咲夜の予想通り、その影から再び『ブラックサバス』が姿を現す。

 

「? ??」

 

 『ブラックサバス』が首を傾げながら再び姿を現した。時を止めていたことに気が付いてはいない。

 

 だが、すぐさま再び影の中に身を隠してしまう。

 

「……奴を影から引き離せば消滅すると言ってたわね……しかし、重なり合う木の影をどうやって取り除く?」

 

 しばらく思考してある一つの考えが浮かび上がる。だが、実行するには時間が足りない。『止める』時間が、だ。

 

 このまま回復していれば、先ほどより長く時を止められるはずだ。

 

「イ、イギギギギ」

 

 ふと、『ブラックサバス』が姿を現したかと思えば意味不明のうなり声を上げてその場に立ち往生をする。陽向にいる咲夜に対して攻撃が届かないのに、それでも向かおうとしてくると言うことはディアボロの言っていた『自動操縦型スタンド』の特徴に当てはまる。

 

「……そろそろ、体力が回復してきたわ。そして、どうやら丁度来たようね」

 

 咲夜が上を見上げると、再び鳥が空を飛んでいた。彼女はこれを待っていたのだ。先ほどと同じように『ブラックサバス』が飛行する鳥の影を伝ってこちらに来ると踏んでの作戦である。

 

 そして鳥が咲夜の頭上で大きく旋回したとき、鳥の影と『ブラックサバス』のいる影が交わった。

 

「ーーーー」

 

 瞬間、『ブラックサバス』は鳥の影に引きずり込まれるように影の中に身を隠し、案の定鳥の影を伝って咲夜の影に飛び込んできた!

 

 その瞬間を狙い澄ましたかのようにーーーー。

 

「止まれ、時よ」

 

 咲夜が時を止めた。

 

*   *   *

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄……」

 

 咲夜は懐からズラァァっと大量のナイフを取り出して空中に狙い澄まして放り投げる。

 

 数本は飛んでいる鳥の方へ垂直に。そして大半を鳥の影の真上、自分の目線の高さに合わせて投擲する。ある程度までナイフが止まったときの中を動き、そしてぴたりと停止した。

 

「んっんー、角度よし、高さよし、本数よし、完璧、パーフェクト、瀟洒。これで準備は整ったわ……あと12秒程度残ってるわね。親指の爪が気になってたところだし、人目にも付いてないし……」

 

 と、独り言のように(実際に一人だが)呟いて

 

「がじり」

 

 と歯に爪を立てて爪をかじり始めた。

 

「ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」

 

 高速で爪を噛み、形を整えていく。10秒程度噛み続けた結果、咲夜の親指の爪は少し欠けていたのが綺麗になった。

 

「……ふぅ、美し……あ、時は動き出す」

 

 彼女の合図で停止していた時間は動きを取り戻す。と、同時に鳥の影が消滅した。

 

「ーーーーッ!!?」

 

 その時、いきなり地面から『ブラックサバス』が引きずり出された。自分の潜伏していた影を失ったのだ。

 

「ギャァアアアーーーーーー!!」

 

 急いで影の中に入ろうとする『ブラックサバス』に咲夜は指を立てて

 

「安心しなさい。あんたの影は既に用意してるわ。……と、言っても鳥の影じゃあないわ」

 

「……ハッ」

 

 と、そのときようやく気が付いたのだろう。『ブラックサバス』は既にとある影に入っていたことに。

 

「飛んでいるナイフの影に移ったのよ」

 

 上空の鳥は既に時間停止中に投げられたナイフによって射抜かれ、更に上空へと押しやられていた。高度が増せば増すほど影は小さくなり、ある一定のラインを超えると限りなく縮小して消える。鳥の影は最初の時点でかなり小さかったため、影はすぐに消滅した。

 

 よって『ブラックサバス』が次に移る影の候補はただ一つ、今度は咲夜が水平に投げていたナイフである。

 

「日当たりの良いところまで、ごあんなーい♪」

 

「アガガガガガ!!」

 

 ナイフの影に引っ張られるように『ブラックサバス』は日当たりの良いところまで強制的に移動していく。

 

「そして、ここでーーーー現世『世界』」

 

 再び時間が停止した。今度は今『ブラックサバス』を連れて行っているナイフを取り除くだけである。これに大した時間は浪費しない。連続で時を止めても大丈夫だった。

 

「回収完了! そして時間ね」

 

 べしゃあ! と、『ブラックサバス』は陽向に投げ出されてしまった。そして周囲には一つの影も存在しない!

 

「詰み、よ。そのまま消えてなくなりなさい」

 

「アギャアアアアアアッッ!!!」

 

 咲夜の声に反抗することもかなわずーーーー

 

 ボシュン!!

 

 ーーーー『ブラックサバス』はその場から消滅した。

 

「……さて、他の生物を殺さないように、『本体』を見つけだして叩く必要があるわね……」

 

 すぐに咲夜は戦闘態勢を取った。

 

*   *   *

 

「ち、ちっくしょーーーッ!! 駄目だバレちまった! 私のスタンド『ブラックサバス』の能力と弱点! 全部バレちまった!」

 

 森林地帯でギリギリと悔しそうに歯ぎしりをしながら、鬼人正邪は叫んだ。

 

「正邪……だ、大丈夫だよ! まだここがバレた訳じゃあないんだし……」

 

 そんな正邪を宥めるように言ったのは小さな小さなプリンセス、少名針妙丸。ちなみに彼女のスタンドは『上っ面(サーフィス)』である。木彫り人形を媒介とし、触れた人間の姿、声、性格、雰囲気その他もろもろを全てコピーするスタンドである。なお、針妙丸自身の力が弱いため、人形の力も相対的に低くなっており、それに反比例して射程距離が伸びている。

 

「……そ、そうだな。確かに、この私らの場所がバレているわけでもあるまい。つーか、何だよあいつら……! 戦い慣れしすぎというか、片方が死んだってのに何であそこまで冷静なんだよォーーッ!」

 

 ちなみに、正邪と針妙丸が出会ったのはつい最近である。正邪が小人族の持つ幻の打出の小槌を利用するために、小人族の姫の針妙丸を騙し、今に至っている。

 

 二人は会った当初からスタンド使いであり、そして気があった。針妙丸が現在手にしているスタンドの元々の持ち主の台詞通りの展開である。

 

「でも、正邪落ち着いて。まだ、奴はあなたのスタンドを全て理解した訳じゃあない。あなたのスタンドは『ブラックサバス』、確かに弱点は看過され奴の前に敗れ去ったわ」

 

 針妙丸が正邪の頬をぺしぺし叩き、そして指をさす。

 

「でも、敗れ去った今!! あなたの『何でもひっくり返す程度の能力』が発動して『ブラックサバス』は『生まれ変わる』ッ!!」

 

「……! あ、あぁそうさ。まだ私は負けちゃいない。一度負けたところで、二度大敗を喫したところで、三度敗北を味わったところで、負けじゃないのが鬼人正邪だ。私の本気はここからだぞ、クソメイド野郎ッ!!」

 

 と、正邪が大きく啖呵を切ったとき。

 

「ーー興味がないわ、失せなさい」

 

 先ほどまで視界の先にいたメイド服の女が一瞬にして消えたかと思うと、背後から冷たい声が投げかけられた。

 

「……へっ?」

 

 振り向いた正邪が見た光景は大量の凶器。全てがナイフ。まるでトラップでも仕掛けられていたかのような、一瞬の出来事だった。

 

 振り向き、ぎょっとした正邪に避ける術など存在しない。彼女は大量のナイフを全身に浴びせられ、隠れていた樹木上から落下する。

 

「ぎゃああああああぁぁぁあああッ!!??」

 

 凄まじい痛みを匂わせる悲痛な叫び声が辺りに響きわたった。木から落ちた彼女はぐったりと倒れ伏したまま、多量の血を流し始める。

 

「ひぅッ!」

 

 すぐに咲夜は小人の方を捕まえて、ナイフをかざして問いつめる。

 

「……珍しい種族ね。小人? それにそっちは鬼……いや、天の邪鬼かしら? 大丈夫よ、私は人間。取って食ったりなんてしないし、あの天の邪鬼も生かしてある」

 

 ガチガチと歯を打ち鳴らす針妙丸に顔を近付けて咲夜は笑った。嗜虐的な笑みだ。

 

 正邪を生かしておいた理由としては、『ブラックサバス』の能力を回避してのことである。もし、こちらの小人の方が『ブラックサバス』を有していた場合、正邪を殺すことで攻撃条件である『命の火を消す』が達成されてしまうからだ。

 

「さて、話が通じそうな貴方に一つお尋ねしたいことがあるわ。それはーーーー」

 

 ガィン! と金属を打ち鳴らすような音が辺りに響いた。

 

「……反抗的な態度、可愛いものね。子リスに噛まれる程度だわ」

 

「ーーーーっ!」

 

 針妙丸は懐から針を取り出して咲夜の眼球にそれを突き立てようとした。だが、それは『ホワイトアルバム』の氷によって刹那の差で防がれてしまう。

 

「聞きたいことは一つよ。あ、別に無理に答えなくていいわ。体に聞けば分かるもの……」

 

 と、咲夜は針妙丸から針を取り上げ彼女の親指を丁寧に掴んだ。

 

「貴方にとっては鉛筆ぐらいの大きさのこの針を、爪と肉の間にセットします。さて、ルールを説明するわ。私の質問に嘘偽り無く答えること。もし、嘘をついたり答えるのに時間をかけたりすると……」

 

 ずぶり……。

 

「あ、ああああああああッ!!!」

 

 咲夜がほんの少し力を込めるだけで、針は針妙丸の親指の先に突き刺さる。同時に痛みに悶える悲鳴が響き、血とともに彼女の親指の爪が剥がれ落ちた。

 

「貴方達二人の他に仲間はいる?」

 

 咲夜は冷え切った視線で涙を流す針妙丸に問いを投げかけた。だが、針妙丸にそんな質問に答えるような精神的余裕はない。

 

「い、痛い……痛いよぅ……助けて……あああああああッ!!」

 

 泣きじゃくる小人の親指からすぐさま針を引き抜き、躊躇無く人差し指を串刺しにする。いや、指より僅かに細いだけの針は刺すと言うより肉を潰す感覚に近い。親指は辛うじて指としての原型を留めていたが、人差し指は根本まで一気に裂けてしまっている。

 

「言う、言うから、やべて……痛い痛い痛いッいいいいいいぎぃいひいいいい!!!」

 

 涙ながらに訴える針妙丸の言葉に咲夜はぐちゅぐちゅ針をかき回す動作を止める。

 

「わ、私たち以外にはい、いない……で、でも正邪……の能力は……ぅう、あっ、二つ、二つあるんだよおおお……」

 

*   *   *

 

 ぽつり、ぽつりと針妙丸は真実を吐露していく。その言葉に咲夜は正直耳を疑った。だが、彼女の言い分を考えると確かに説明が付く。

 

「程度の能力と『スタンド』の合成……ね」

 

 咲夜はちらりと下で気絶している正邪を見る。なるほど、彼女がもう一つの能力を有していたなら、同時に襲ってこなかったことにも納得がいく。一つずつしか能力は使えなかったのだ。

 

(……しかし、程度の能力と『スタンド』は相容れないものだと思っていたのだけれど……私の能力だけかしら?)

 

「ううううぅぅ……痛い、よぅ……」

 

 おそらく、この小人にはもう戦意は無いだろう。『ブラックサバス』の能力発動がもし自動であるならここで二人を殺すのは得策ではない。

 

「分かったわ。これに懲りたらもう私たちに構わないで。命までは取らないわ」

 

 と、咲夜は木から降りて正邪の隣に針妙丸を置く。

 

「……?」

 

 と、咲夜はおもむろに『スタンド』を発現させた。そのことに針妙丸が疑問を抱くより早く……。

 

「『ホワイトアルバム』」

 

 二人を一瞬で冷凍した。更に、その氷には不可思議なピンが取り付けられている。それには時計の文字盤のような物が刻まれているが、針は停止している。

 

「程度の能力との応用……ね。いいヒントを貰えたわ」

 

 咲夜は冷凍された二人を一瞥し、すぐに地底へと向かうことにした。

 

 ディアボロはまたどこかで復活していることだろう。目的は自分一人で遂行するしかない。

 

 

54話へ続く……

 

*   *   *

 

 あとがき

 

 何時以来の更新だよ、と起こられても仕方がありません。取りあえず、ボスとジョルノの幻想訪問記53話でした。

 

 いつの間にか1話をアップしてから2年が経過してしまいました。時の流れとは時に残酷です。

 

 これからもちゃんと完結には漕ぎ着けていくつもりなので、応援よろしくお願いします。

 

 では。



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