空想パラレル 偶像少女と戯言遣い (梔子 整)
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開幕
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自身が平均的であると自称するのは、それはそれで、尊大で、傲慢なことだ。


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「白菊ほたる。年齢13歳。誕生日は4月19日。身長156センチ。体重は42キロ。3サイズは上から77-53-79。血液型はAB。左利き。鳥取出身……?鳥取県のことでいいのかな。趣味は笑顔の練習とレッスン。ふうん……潤さん。半分くらい資料を読む限りではこの娘、なんだか普通ですね」

 

 とある夏の日、戯言遣いにして請負人のぼくは、人類最強の請負人である哀川さんの愛車に乗せられて東京に向かっていた。

 

「ん?そうだよいーたん。ふつーふつー。普通も普通な普通の普通にきゃわいいだけの少女さ。なんもおかしなところはない。あたしから見りゃあ平々凡々といってもいいぐらいさ」

 

 ま、あたしはあんま好きじゃねーけど、と哀川さんは付け加えて言った。

 その言葉の真意は測りかねるので、とりあえず無視して話を続ける。

 

「あなたから見れば大抵の人は普通でしょうよ……。で、そんな、普通に普通で普通の特別ではなく特別ではない取るに足らない美少女ことほたるちゃんに、なぜぼくが会わなきゃいけないんですか」

 

「いやいや、あたしに言わせてもらえば特別じゃない人間なんていない。故にいーたんは、普通ではあるが特別美少女白菊ほたるに、合わなくちゃいけねーのさ」

 

「なんか戯言っぽいですね」

 

「そうか?まあ傑作ではないわな」

 どちらかといえば戯言(たわごと)といった感じだった。

 

「……はぁ。僕としてはそういう普通な人とは積極的に関わり合いたくないんですけどね……」

 

「ふうん?悪影響を及ぼしたくないって感じだな」

 

「その通りですよ。僕が普通の人に関わっていい結果に終わったことなんてないですから。普通の人はそもそも僕みたいな人間に関わらないですし」

 

 思い出すのは十二代目・古槍頭巾ちゃん。彼女は普通すぎるその普通さを、『ぼくの敵』である狐面の男、人類最悪の遊び人――哀川潤の父親――西東天に見出され、ぼくに接触した結果悲惨なことになってしまった。

 

「そいつはご愁傷ってやつだな。朱に交われば赤くなるってやつか。だけどさ、お前はあたしに影響されてあたし色に染まったか?」

 

「いやいや、染まろうと思っても染まれる色じゃあないでしょう」

 

「つまりはそういうことだよ。染まるってことは自分の色がないってことなのさ」

 

 頭巾ちゃんは自分の色がないどころか、その普通さが属性になっていたほどの濃さだったが。まあしかし、物事を破綻させる人間ふたりに関われば誰でもそうなるとは思う。

 

「……まあそうですね。それに、その名刺がある以上、ぼくに拒否権なんてないんですから。最善を尽くさせてもらいますよ」

 

「そうそう、お前はいつもどおりに困っているひとを助ければいいのさ」

 

「で、結局依頼内容はなんですか?それを知らないことには最善の尽くしようもありません」

 

「さあな、あたしの仕事はいーたんを依頼人のところまで運ぶことだけだからな。いやーしかし羽振りのいいことだぜ。この哀川潤を送迎につかうなんて。昔のあいつじゃあ出来ない芸当だな」

 

 ああ、なるほど。ぼくの依頼人さんとやらは哀川さんにも依頼をしたらしい。だからぼくは有無を言う暇もなくこの車に乗せられたのか。

 

「そゆこと。まあ、あたしも丁度次の仕事まで暇だったし、お前に会っておこうかなって思っていたし。あいつの依頼は渡りに船ってやつだったんだ」

 

「ぼくも丁度暇だったからいいですけどね」

 

 この場合の暇は当然のことながら、ぼくと哀川さんでは意味が違う。哀川さんのは間隙だが、ぼくのは閑散だ。請負人というのは基本的に口コミなので暇なときは暇なのだ。哀川さんほどになれば話は別だが。

 

 しかし、暇で良かった。仕事である以上、哀川さんが「暇ではない」などというという理由で見逃してくれるわけがないのだから。

 

「そういえば、さっきからあいつあいつって言ってますけど、古い知り合いかなんかなんですか?」

 

「あー、少なくともお前と同じくらいか少し長いくらいの付き合いだな。なかなか面白いやつだ。ちょいとばかし変人で迷惑なやつだけどな」

 

「ああ、じゃあいつもどおりの人ですね。潤さんの周りに変人で迷惑じゃない人がいた試しはありませんから」

 

 そして、僕の周りでも稀有だ。

 

「へっ、今更のこととはいえ、わかってるじゃねえか」

 

「ということは、今回も面倒になりますね」

 

 今回もなんて言ってみたものの、そもそもぼくの周りで面倒事が発生しない試しがないのでそれはもう日常を通り越して通常だった。つまり、異常こそがデフォルト。ぼくという生物のテンプレートに組み込まれた仕様。何度再起動しようが、始めの画面に映し出される文言。

 まったく、とんだハローワールドだ。

 

「まーまー、そういうなって。なにしろ、今回はアイドル事務所だ。目の保養になること間違いなし。浮気すんなよー。奥さんと子どもが泣いちゃうからな」

 

「しませんよ。これでもぼくは一途なんですから。人生で告白したことは一度しかありません」

 

「いーたんの場合だとその一度が奥さん以外に対してのものだからタチが悪いんだよ」

 

 それを言われるとぐうの音もでなかった。

 



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「は、はじめまして…白菊ほたるです。実は暗い話で申し訳ないのですが以前所属していたプロダクションが倒産してしまって……すみません……その前も……その前も……。あ、でも私、頑張りますので!!」

 

 ……初対面の女の子にこのようなことを言われた場合、どうすればいいのだろうか?

 幸いながら、このセリフはぼくが言われたわけではなく、先ほど話題となった少女、白菊ほたるが、初対面の担当プロデューサーに対して、開口一番で言ったものだ。

 そのとき、担当プロデューサーは「そ、そうか」などといった言葉しか返せなかったそうだ。

 

 無理もないとしか言えない。いくらぼくが「ぼくの辞書には全ての言葉が載っている」とかなんとか、おこがましい戯言を行使したところで、たった一人の少女の深刻な悩みに対しての箴言など持ち合わせてなどおらず、そのプロデューサーと同じか、それに毛がはえたようなことしか言えないのは事実なのだ。

 

 ほたるちゃんだって何らかの答えを期待していたわけではないだろう。リアクションを期待しての言葉ではなく、だからこれは、警告と宣言、そしてちょっとばかしの気遣いなのだ。「なるべく迷惑をかけず、アイドルとして努力する」ということを言ったにすぎない。

 

 しかし、そのすぎないことをいうのがいかに難しいか。事実をそのまま、事実にすぎない形で口にするのはひどく勇気がいる。戯言を遣い、戯言に遣われてきたぼくがいうのだから間違いない。

 普通は笑い話にしたり日常として受け入れたりという濾過が必要なのだ。

 

 いや、そのすぎないことは、果たして褒められたものなのだろうか?

 

 なるほど、たしかにそれは難しいし、普通ではない。勇気をもっての在り方だと言える。けれども、別にそんな道は選ぶ必要がないのだ。簡単で、普通で、臆病な道を選んだって悪いということはないのではないか?

 

 少なくとも彼女の運よりは。

 

 

 

「はじめまして。私はこのプロダクションでアシスタントをやっております千川ちひろです。どうぞよろしくお願いします」

 

「右に同じくはじめまして。僕はこのプロダクションでプロデューサーをやっている。ここではほたるちゃんの担当プロデューサー、略してほたるPと呼ばれている。プロデューサーと言ってもほとんどマネージャーみたいなものだけどね。よろしくどうぞ」

 

 件の少女、白菊ほたるちゃんが所属するプロダクションの事務所につき、そこで男性と女性に出会った。女性の方は千川ちひろという名らしい。

 む……いやこれは……。

 ……なんだか年上なんだか年下なんだかわからないような容姿をしている。ここはいささかの期待を込めて年上としておき、ちひろさんと呼ばせてもらおう。

 

 男性のほうは……

 

「どうもはじめまして。えっと、そちらの男性の名前は?」

 

 自己紹介の中に彼の名前が含まれていなかったので聞いたのだが

 

「今言ったように、ほたるPと呼んでくれればいい。ここではそれが僕の名前だよ」

 

 という言葉を返すのみで教えてくれなかった。

 

「我がプロダクションでは、アイドルに主軸を置いておりますので、プロデューサーの呼び名は担当している娘によるのです」

 

 親切にもちひろさんが教えてくれた。うん、この面倒見のよさそうな感じ。間違いなく年上だろう。なかなかいい感じだ。

 

 しかし、呼び名が担当している娘によるとはなんとも厄介だ。そんなのは名前が二つあるようなものじゃないか。まるで、ぼくに対する牽制のような制度だ。まったくやりにくくて仕方がない……

 

 

「『戯言遣い』は名前がわからないと不安かい?」

 

 

 ……へえ、哀川さんに連れてこられたって点からまさかとは思っていたけど。

 

「請負人としてのぼくではなく、『戯言遣い』に対しての用があるみたいですね」

 

 とぼくが言うと

 

「いえいえ、あくまでも請負人としてのあなたに用事があるのです。たまたま二人とも『戯言遣い』を知っているというだけですよ」

 

 とちひろさんが言い

 

「ま、戯言なしというわけにはいかないだろうけど」

 

 と彼が言った。

 

「ふうん、でも意外ですね。潤さんの口ぶりでは知人は一人みたいでしたけど、二人とも知り合いなんですか」

 

 ちなみに、今この場に哀川さんはいない。次の仕事があるとかなんとか。いろいろと忙しい人なのだ。まあ、それだけではないようだけれど。

 

「いや、僕は違うよ。『戯言遣い』の情報は別口から仕入れていたのさ」

 

「私たち二人が知っていたから、あなたに来てもらったというのはありますがね」

 

「……そこが謎なんですよね。ちひろさんが潤さんと知り合いだというなら、そちらに依頼したほうがいいのではないですか?わざわざぼくに依頼するなんて、急がば回れって言ったところで、遠回りにも限度があるでしょうに」

 

 初対面の人間にいきなり名前で呼ばれたことに少しばかり驚いたようだが、すぐに気を取り直しちひろさんは返答した。

 

「いえいえ、知っての通りあの人は忙しい人ですからね。時間を確保するのも大変なのです。それに、今回の件では『人類最強』よりも『戯言遣い』のほうが適任だと考えたものでして」

 

「それはちひろさんの判断ですか?」

 

「いや、ちひろさんだけじゃなくて、僕と、このプロダクションの代表さんを含めた3人の判断だよ」

 

「たった3人の判断で決めていいことなんですかね?ぼくのような、どこの誰だかわからない人間を内部に招くなんて、ほかの方が納得しないのでは?」

 

 特にぼくのような人間に対しては、とは言わなかった。

 

「とは言ってもね。大体、この事務所にいるのは大抵、僕やちひろさんや代表さん

で、ほかのみんなは出払っていないことが多いんだよね。みんな熱心な働き者なのさ」

 

「働き者ねえ……。そうすると、事務所にいることが多いあなたは差し詰め怠け者ということですかね?」

 

「そういうわけではありません。彼は働き者であるが故にここに居ざるを得ないのですよ」

 

すかさずちひろさんが答えた。

 

「割り振られる仕事が多くてね、どうしてもここを離れられないんだ。ほたるちゃん以外にも担当している娘がいたりしてね。今回、戯言遣いさんを呼んだのもそれが原因なんだよ」

 

「ああ、そういえば、ここに連れてこられた目的をまだ聞いてませんでしたね。一体全体、何のご用ですか?」

 

 とは言ったものの、話の流れからして、大体の内容はわかる。哀川さんよりもぼく向きの内容という点でかなり絞られるし。

 

 その質問を待っていたとばかりにちひろさんが答えるまでに、そんなことをぼくは考えていたわけだが、果たして。

 

「あなたには、彼が担当しているアイドルの面倒をみていただきたいのです」

 

 



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第一幕 ご都合ラック
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「人類みな兄弟」という言葉は明らかに全人類が同レベルにくだらないことを示している。



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白菊ほたる。

13歳、職業はアイドル。誕生日は4月19日で、左利き、鳥取出身。身長156センチ。体重は42キロ。3サイズは上から77-53-79。血液型はAB。趣味は笑顔の練習とレッスン。

 

ぼくが彼女について知っていたことはこれくらいで、それはすべて彼女に関する資料に書いてあることで、つまり、実質的にぼくは彼女のことをなにも知らなかったことになるわけだ。そんな少女の面倒を見るというのはそれこそ面倒なことになるに違いなかったけれど、依頼なのだからしかたないし、この依頼がされることとなった経緯を聞いて

しまえば断ることなどできなかった。

 

その経緯というのも、ぼくが聞くところ曰く、「休暇も取らず働き詰めでいたほたるPを見ていたアイドルたちが、彼の体調を気遣い、休むように懇願した」というものだ。

 なんと涙ぐましいことだろうか。彼女たちもアイドル活動で負けず劣らず忙しいだろうに、プロデューサーに対する気遣いも忘れぬとは。

しかし、ほたるPはその懇願に対してこう答えたそうだ。

 

「休んでいる暇なんてないよ」

 

なるほど、実に簡潔だ。簡潔に簡潔している。せっかくの好意を無下にする簡潔さだ。そんなことでは仕事人間の謗りを免れないだろう。

 

しかし、アイドル達はそんなことではめげなかった。なんとか彼に休暇を取らせることはできないかと考え、最終的に、アイドル達のお姉さん的存在のちひろさんに相談がされることとなったらしい。

 

どうやらちひろさんも彼の働きすぎを気にしていたらしく、その相談に対して真摯に対応し、彼女たちと一緒に解決策を考えたそうだ。

 

その考えた末の解決策というものが「新たに人を雇う」というものだった。どうやらこのプロダクション、圧倒的に人手不足らしく、前々からその手の議論はされてきていたらしい。

だが、人を一人雇うということは、給与などの人件費がその分かかるということであり、その議論の当初ではとてもそのような余裕はなかったという話だ。だが、それも過去の話。最近では、このプロダクションも軌道に乗ってきたらしく、新しく人を雇うという余裕もできたようで、そんな折に、アイドル達の相談があり、人手を増やすことに決まったそうだ。

 

しかし、そう決まったところですぐに人手が増えるわけではない。新しく雇うにあたって適性を調べなければならなかった。特に、年端もいかない少女たちを相手にすることが多い仕事だ。信用がおけることも重要で、さらに今回の場合は、即戦力になるような人材が望ましかった。

 

だが、アイドル達のほたるPに対する心配を見ているとそうのんびりしているわけにもいかなかった。

 

そんな悩みを抱えていたちひろさんは、当時、ちょうどひと仕事を終えて結果を報告しに来ていた、人類最強の請負人こと哀川潤に対して

 

「そこそこ有能な人材がそこらへんに転がってないでしょうか?」

 

という具合に相談した

 

それに対して哀川さんは

 

「有能なだけでいいんならどこにでも腐るほどいるだろうが。他に条件はないのか?」

 

と返したらしい。

 

「ええ、そうですね……。有能で即戦力になるなら誰でもいいという感じですね。ああ――強いて言うなら」

 

子供に好かれるような人間が好ましいですね、とちひろさんは言ったらしい。

それを聞いた哀川さんは悪戯っぽく笑い

 

「それならぴったりのやつが一人いるよ」

 

と言ったそうな。

 

ここまでがぼくの聞いた話であり、まとめると、哀川さんの言う「ぴったりのやつ」がぼくであり、その推薦もあってぼくはこのプロダクションで働くことになった。勝手に推薦されたぼくにとってはどうリアクションをしていいか戸惑うが、まあどうせ暇だったのでいいか、という感じだ。

 

それに、ぼくが感じたところによると、どうやらちひろさんにはそれ以外の意図もあるようだし。

 

まあ結局、その意図がなんであれ、請負人として依頼は果たすまでなのだけど。

 



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