InfiniteStratos~MFD⇔MFS~ (1G9)
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生きることは、死ぬことと見つけたり death.flag.0


 死、というものを、世の中に生きる人々は一体どのように考えているのだろうか? いやさ、もっと直接的に言うのであれば、人々は普段、自らの死というものについて――あるいは、身近な人の死について、もっと深く、強く、考えた事がはたしてあるのだろうか?
 きっと、そう深く考えた事などないのだろうと、ぼくは思う。自分自身だけでなく、親や兄弟・姉妹、友達なんかが今日、明日にでも死ぬかもしれないなんてことを、常日頃から考えているなんて、そんなの不健康極まりないと、こんなぼくですら思うのだから、他の方々の考える事など、推して知るべしといったところだろう。

 人間は死ぬ、それは間違いない。病気で、事故で、老いで、殺意で。何時だろうと、何処だろうと、人が死ぬ確率というのは本来であれば平等だ。昨日どこかで誰かが死んだように、今日は自分や家族が死んだって、何らおかしくはないのだ。
 おかしくはないのだが、だが実際の話、明日自分が死ぬ確率など如何程のものだろう。

 日本の総人口が約一億二千八百万ほどだという。そのうち、例えば毎日千人は死んでいるとしよう(千人という数字は、統計的な数字ではなく、古事記からとってみました。なんとなく)、この時、一人の人間が死ぬ確率は約0.0008%となる。こんなもの、例え万人平等に降りかかろうとも、無視していい事象だろう。勿論、年齢やその時既に病気かどうかなどのコンディションというヤツで、まあ変動はするだろうが、基本的に、健康な人間の『明日死ぬ』確立なんてものは、こんな微々たるものにしか過ぎないのだ。
 ――では、実際に死んだ人間は運が悪かっただけなのだろうか? たまたま、本当にただの偶然で、あっけなくも死んでしまうのだろうか?
 
 そのほとんどは、やっぱりただの偶然なのだろう。運悪く、あっけなく、不幸にも、人は簡単に死んでしまうのというのもまた、厳然たる事実ではあるのだから。
 ただ、どうにも人より死にやすい人間という奴はいるらしい。それは地位や職業的なモノに類する話ではなく(いや、一概に違うとも言いきれないが)、その行動如何によって生じる、一種の性質(ルール)といったものだ。

 ――皆さま。読者、あるいは拝聴者諸兄は、『死亡フラグ』という言葉をご存じだろうか?

 ……呆れた顔をするのはちょっとばかり待ってほしい。言うほどこれは、冗談のような話でもないのだ。

 『死亡フラグ』

 例えば、戦争中に「この戦争が終わったら」なんて、そんな取らぬ狸のなんとやら的な、鬼も思わず笑ってしまう様なことを言ったり、「この中に殺人者がいるかもしれないのに一緒に居られるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!」とか、そんな状況でいきなり単独行動をし始めたり、「ここは俺に任せて先に行け!」みたいな、あからさまにカッコいい台詞を戦闘中に言ってみたり、あるいは物理的に見えちゃいけない星が見えたりなど、エトセトラエトセトラ。
 とにかく、ある一定の行動をすると死にやすい(というより、死亡が確定する)という意味なのだが、何もこれはフィクションに限った話でもない。
 
 例えば、すぐ傍に交通量の多い道路のある公園で、ボール遊びなんてしている子供を見て、危ないなと思った事はないだろうか? あるいは、鉄道のホームでふざけている学生を見て、危険だなと思った事はないだろうか?
 些か以上に話が違うと思われかねないだろうが、ぼくは、どれも同じようなことだと思っている。

 曰く、因果応報。
 曰く、自業自得。

 それが直接的か間接的かという違いだけで、死に繋がりかねない要因を作り出した、という意味では同じだろう。

 予期できなくとも。
 一見関係無さそうに見えても。
 ただの偶然の様に感じても。

 風が吹けば桶屋がとか、バタフライエフェクトでもないけれども、たった一つの小さな出来事が、ある意味で直接的な原因よりも、強く深く、死に結びつくことだってあるのだ。
 それこそが、所謂(いわゆる)『死亡フラグ』というヤツなのだと、ぼくは、そう思う。

 ――さて。長らく一人語りを聴かせてしまったが、もう少しばかり付き合って欲しい。最後に、ぼくから皆さまに一つ、忠告をさせていただきたい――忠告という言葉が、上から物を言うようでイヤだというのならば、ここは、アドバイスと言い換えてもいい。

 アドバイス。

 こんなぼくからの、恐らく最初で最後、今後奇跡でも起きようと決してありえるわけのない、純粋な善意からの行動だ。これから先は二度と、こんな気紛れのような行動は起こさないから、どうか素直に受け取って欲しい。
 言いたい事は単純だ。言われた皆さまも、きっと、「なあんだ、そんなことか」と、呆れと共に頷き、了承してくれるだろうと思う。

 では、ぼくから最後に一つ。

『死亡フラグ』を、立ててはならない――そして、『死亡フラグ』を立てた人間と、決して関わってはならない。

 一つと言わず、二つになってしまったが、まあ、そういうことだ。
 こんなことを言われても、『死亡フラグ』なんて自分ではわからないモノだと、そう思われるかもしれないが、そうでもない。
 要は、危険な事に近づかなければそれでいいのだ。

 君子危うきに近寄らず。
 危ない事は怪我のうち。

 どんなにソレっぽい、思わせぶりな行動も、それが活きてくる状況でも無い限り、意味なんてないのだから。
「帰ったら結婚するんだ」なんて言葉が『死亡フラグ』として活きてくるのも、戦場だからこそだろう。そんな言葉は、田舎に帰省した時にでもご両親に言ってあげるといい。きっとお喜びになられるはずである。

 後の二つ目も、ちょっと難しいかもしれないが、なんてことはない。
 そんな人間は、見れば分かる。

 否応なしに分かる。

 その危うさが。
 その不吉さが。
 その凶悪さが。

 一目見ただけで、きっと、分かるはずなのだから。

 だから、巻き込まれない(、、、、、、、)うちに、そんな人間を見かけたらすぐさま離れる事を、ぼくはおススメする。
 その『死亡フラグ』に巻き込まれたら最後、きっと、間違いなく、その命は無くなっていることだろう。

 自身の『死亡フラグ』で、数百人単位の人間を殺した(、、、、、、、、、、、、)、このぼくが言うのだから間違いはない。

 関わり合いにならないことだ。
 意識を向けてもいけない。
 自分の人生には何ら関わりのないものだと、存在すら知らないモノだと、そう認識しておけば、まあ、間違いじゃない。
 対応としては、ベターだろう。

 ――以上。前置きが些か長くなり過ぎてしまったが、ぼくから皆さまへの話は以上になる。さて。皆さまから何か、ぼくに質問等はあるだろうか?
 ――ぼくが生きている理由(わけ)? それは何やら、ともすれば哲学的な意味にも取れそうだが、まあ、皆さまの言いたい事は何となく察しは付いている。

 要領の悪い、頭のめぐりの悪いぼくにだって、その程度は分かろうというものだ。
 だがしかし、これについてもそう大した話ではない。

 ――よく言うだろう?

 『死亡フラグ』の乱立。いつ死んでもおかしくない状態。本来死ぬための要因が、死ぬためには生きていなくてはならない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)、という矛盾を許容した結果、有り得てしまった一つの形。

 人それを――『生存フラグ』と言う。


 ……ああ。まったくもって、この世はままならない。
 こんな矛盾を抱えたまま、今日もぼくは生きている。
 死ぬために、生きている。


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その男、不吉につき death.flag.1

 ■1■


 事実は小説より奇なり、という言葉がある。

 現実に起きる出来事は、ともすれば物語の中で起きる出来事よりも不思議で面白い、という意味だそうだが、ぼくとしては、自身の人生の中で奇妙だと思った事は数あれど、面白いと思ったような出来事は一度もない。

 今の状況もそうだ。
 奇妙ではある。
 しかし、面白くはない。
 愉快では、まあ、あるけれど。

「とは言え、実際は奇妙だと思っていた事も、蓋を開けてみれば妥当と言うか、不思議でもなんでもないことばかりなんだよねぇ。予定調和というか、さ」
「……? どうしたのです、急に。独り言ですか? 気持ち悪いですね。気持ち悪い人ですね」
「――いやぁ、ただの戯言ですよ。何でもありません……後、気持ち悪いって二回も言わないで下さいよ。こんなぼくだって、一丁前に傷ついたりするんですから……いや、嘘ですけど」

 そうですか、と。
 そう、何とも思ってなさそうに呟いて、彼女――陸上自衛隊所属一等陸尉、嵐山(あらしやま)(あらし)は、乗車しているモノレールの窓の外へと向けていた視線を、こちらへと向けた。

貴方(アナタ)が傷つこうが、傷つくまいが、私にはどうでもいいのですよ。貴方が気持ち悪いのは事実なのですし……正直怖気が立つので、こっちを見るの、止めてもらっていいですか」
「……嵐山一等陸尉って、仮にもぼくの護衛ですよね? そう言うのって、護衛対象のメンタルケアとかも含まれていたりしないんですか?」
「ハッ」
「――!? 鼻で笑った!?」

 いや失敬、と。まるで失敬したと思ってなそうな顔(とはいえ、彼女が表情を変えた事を、短い付き合いとは言え、ぼくは見た事がない)で、ぼくに謝ると、しかし悪びれもせずに続けてこう言った。

「申し訳ないとは特に思っていませんし、残念とも思っていませんが、私の職務には、貴方のメンタルケアは含まれていません――私の職務は、貴方を無事にIS学園まで移送(、、)することです。それにそもそもの話、貴方にメンタルケアなんて必要ないでしょう」

 図太そうな顔してますし、なんて言わなくてもいいことまで付け加えて。

 ……本当、何の遠慮も無しに酷い事を言ってくれる。
 護送ではなく移送(、、)と言うあたり、こっちのことを人間ではなくISの部品か何かだとでも思っているのだろう。究極的な話、生きてさえいれば五体満足でなくてもいいのだ。その辺、昨今の女尊男卑の考えからではなく、素でこうなのだから恐ろしい。

 きっと彼女は、自分自身のことですら、健全に社会を動かすための歯車の一つでしかないと考えているのだろう。
 酷く合理的で、正しく客観的。

 彼女にとって大事なのは社会(システム)そのものであり、例え、それが守るべき人間(こくみん)だろうと、内閣総理大臣だろうと、はては男性IS操縦者だろうとも、総体としての国民(じんるい)がより良く生きるためならば、個というものは犠牲になって当然だと考えている――少なくとも、ぼくにはそう見える。

 最大多数の最大幸福。
 最小単数の最小不幸。

 要は、行き過ぎた全体主義な訳なのだが、これを唱える彼女を、冷たい人間だと皆は思うだろう。
 それは言うまでも無く、彼女の思想が、個人の価値や感情を一切排した、全体効率のみを重視した考えだからに他ならない。例え、それが結果だけを見れば正しくとも、人は感情論を一切含まない、人間味の無い意見を認める事は無い。

 理解出来ないからだ。

 人が理解できないモノを恐れるのは、当然の帰結である。
 ……とは言え、彼女のこの主義思想が、イコールで彼女の感情の無さ、冷たさを肯定するわけではない。

 むしろ逆だ。

 彼女は人類というモノを心底愛しており、それが故にこそ、この全体主義を通しているのである。
 彼女が持つ感情は、ただただ人類への無償の愛であり、捨身(しゃしん)とも言うべき奉仕精神なのだ。
 ただ、その愛の向き先が種としての人類であって、個としての人間ではないというだけの話。

 彼女が愛しているのはニンゲンであって――
 ――決して、ヒトではないのだ。

 彼女はきっと、どんな悪人でも結果的に人類に有益ならば守るだろうし、例えどんなに聖人でも、その存在が人類に損失を与えるなら殺すだろう。
 だからこそ彼女は、男性IS操縦者という肩書を持ち、国にとって本来なら有益な存在となる筈のぼくを、それでも、こんなにも蛇蝎の如く嫌っている。

 彼女は理解し(わかっ)ているのだ。

 本能で。
 感覚で。
 経験で。

 ぼくが、その肩書でもって人類にもたらすだろう有益(モノ)以上に、ぼく自身の本質が人類に与える損失(モノ)のほうが、きっと大きいのだということを。

 ……まいったなぁ。

 そういう感情(おもい)を持つのは厳禁なのだと、わかってはいるつもりなのだけど……
 ともすればまったく、惚れそうになってしまう。

 あるいは、
 彼女こそがぼくを、
 ■■■■くれるのではないかと――

「――いや、それはないな」

 残念なことだが、彼女では些か役不足である。
 この言い方は本来なら誤用で、実際はまあ力不足が適当なところなのだろうけど、ここでは敢えて役不足と言わせていただこう。

 彼女に割り当てられた(キャスト)では、求めるところではないだろう。

「また独り言ですか。気味の悪い人ですね。気持ちの悪い人ですね。悪い人ですね」
「ついには悪い人になりましたね……まあ、あながち間違ってもいないんですけど」
「じゃあ口答えしないで下さい。面倒くさい人ですね」
「わー辛辣」

 と。
 まあ、楽しいお喋りはこのくらいにして。

「ところで、嵐山一等陸尉? ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「? なんでしょうか。あまり貴方と言葉を交わし合いたくはないので、手短にお願いします」
「はは。いやいや、そんなにお時間は取らせませんよ。ただ、この状況が些か気になりまして」
「……この状況、ですか?」
「ええ。いや、このモノレールって、本州とIS学園のある人工島とを結ぶ、唯一の交通手段という触れ込みでしたよね、確か」
「ええ。とはいえ、実際は物資搬入用の港などがあったりもしますので、一概に唯一とも言えませんが……まあ、一般ではどう考えても利用はできませんので、そんなものはカウントする必要もないでしょう」
「ですよね。で、明日にはIS学園の入学式がある、と」
「今更な確認ですね。貴方は、その入学式に間に合うように、今こうしてこのモノレールに乗ってるのを忘れたのですか」

 気持ち悪い上に馬鹿だったなんて、と。嵐山一等陸尉は、呆れ果てたように呟いた。

 ……というか、さすがにちょっと気持ち悪い、気持ち悪い、言い過ぎじゃあないですかね。
 流石のぼくだって、こうまで言われたら幾らなんでも傷つくんだぜ?
 よしんば傷つかなかったとしても、だからといって何を言ってもいいわけじゃないんだぜ?

 閑話休題(まあ、それはさておき)

「それぐらいは知ってますよ、流石に……そうじゃなくてですね、そもそも、本来は明日の筈の入学式に間に合わせるために、何故今モノレールに乗ってIS学園を目指しているのかと言えば、あそこが完全入寮制だったために、準備云々の関係で早めに学園まで来い、という話だった思うのですが」
「随分と説明臭い台詞ですね……いいでしょう――ええ。本当なら警備などのことを考えて、もう少し早く到着をしておきたかったところですが……まあ、致し方がないところでしょう」
「耳が痛い話ですね……それはそれとして。ということはですよ、このモノレールには、同じようにIS学園へと向かう生徒達がそれなりには同乗しているはずですよね?」
「……その通りですが。貴方、さっきから何を言いたいのですか?」
「いや、単純な話なんですけどね。そういう話なら何で――この車両には人っ子一人居ないんでしょうか?」

 ぼくと嵐山一等陸尉が乗る、IS学園行きのモノレールの車両。

 そこそこの広さのそこには、しかし今現在、ぼくと嵐山一等陸尉以外の人の姿はどこにも見えなかった。

「確かに、前日に駆け込むと言うのも、些か遅れ気味なように思いますけど、だからと言って一人も居ないというほどじゃないでしょう? ましてや、難関IS学園とはいえ、入学者の総数から言えば、それなり以上には居そうなものですが」

 ぼくの疑問に、嵐山一等陸尉が眉を(ひそ)める。
 その顔は、「わかりきったことを聞くなんて、貴方は本当に馬鹿な人ですね。馬鹿ですね」と、そんな彼女の心情をありありと語っていた。

「わかりきったことを聞くなんて、貴方は本当に馬鹿な人ですね。馬鹿ですね」
「本当に言った!?」
「……貴方が何を言っているのか、私にはさっぱり分かりませんが。何のために、貴方の移送に私の様な警護が、嫌々ながらとはいえ、就いていると思っているのです? 当然、保安のため、この車両どころか、このモノレールそのものを貸し切っているに決まっているじゃないですか――このモノレールには、私と貴方、それと他幾名かの警備の人間しか居ませんよ」
「――なるほど」

 なるほど。
 じゃあ。
 それなら。

 ――きっと死人は、でませんよね(、、、、、、、、、、、、、)

「……貴方、さっきから本当に一体何を言っているのです?」
「嵐山一等陸尉がこのモノレールを貸し切ったのは、ぼくを守るためですか(、、、、、、、、、、)? それとも、他の学生を守るためですか(、、、、、、、、、、、、)?」
「……どちらも、です。貴方を狙う人間、組織は多い。それらから貴方を、そして、それによる被害から他の人を守るのが、私達の仕事です」
「本当にそう思ってます?」

 ぼくのその言葉に、嵐山一等陸尉の眉が微かに歪められたのを、ぼくは見逃さなかった。

「本当ですが、それが何か?」
「この期に及んで嘘はやめましょうよ。ぼくを狙う輩から、ぼくや他の人を守るため? ――違うでしょう。ぼくは守られる対象じゃないし、誰から守るかと言えば、それは寧ろぼくからでしょう(、、、、、、、、、、、、、)?」
「――」
「まあ、勿論。他に警備に就いている方々はそれであっているのでしょうし、もっと偉い方々もそうなのでしょうね。でも、貴方の認識は違う筈だ――貴方は、ぼくの方をこそ危険だと思ってる(、、、、、、、、、、、、、、、)
「……何故、私が貴方を危険だと思わなければいけないのです? ISも持っていない貴方に」

 ……駄目だなぁ。
 ここでそんなことを言う様では、貴方ではやっぱり力不足ですよ。

「そういうことじゃないんですよ。嵐山一等陸尉だって、そのくらい分かってるんでしょう? だから、貴女はこの車両には自分以外誰も配置していないんでしょう?」

 そしてそれでいい。
 それが正しい。

 ――でも、まだ足りない(、、、、、、)

「……まだ、足りない?」
「ええ。それじゃ足りないっつってんですよ。全然足りない。まだ足りない。まったくもって充分じゃない。貴女はぼくをこの車両に一人にすべき(、、、、、、、、、、、、、、)だったし、ぼくと会話するべきじゃなかった(、、、、、、、、、、、、、、、)
「何を、言って――」
「――ところで。このモノレールって、あとどのくらいでIS学園に到着するんでしょうか?」

 ぼくの露骨な話題転換に、不審そうにしながらも、「後二十分ほどです」と答える嵐山一等陸尉。
 全く以て律儀な人だと感心しながらも、ぼくはそんな彼女を無視して立ち上がった。

「じゃあ、そろそろですかね」

 そう言いながら、立ち上がったまま、その場で軽く伸びをする。
 バキバキっと、いい音がぼくの身体から聞こえてきた。

「――さっきから、貴方は本当に何なんですかっ!」

 はぐらかす様なぼくの態度に、いい加減腹が立ったのだろう。嵐山一等陸尉は勢いよく立ち上がると、ぼくを()め付け、怒鳴りつけた。

「いい加減、人を煙に巻くような喋り方をするのは止めなさいっ! こちらにも、我慢の限界というものがあるのですよ!」

 どうやら、嵐山一等陸尉は相当お冠らしい。
 まあ、ぼくだって怒るだろうけど、こんなヤツ。

「煙に巻いてなんていませんよ。ただ、些か回りくどいのは性分でして……それで、さっきの話の続きでしたよね?」
「そんなことはもうどうでもいいです。貴方の話に付き合うのには、もう辟易しました。いいから、もう少しで到着するので席に着いてください」
「そんなつれない事を言わないで下さいよ……そうだ。嵐山一等陸尉、何か感じませんか?」
「……何か、ですか?」
「ええ――例えば、このモノレール。不自然に揺れてませんか(、、、、、、、、、、、)?」
「っ!?」

 ハッ、としたように辺りを見回す嵐山一等陸尉。
 そんな彼女を嘲笑うかのように、揺れはどんどん大きくなってゆく。

「何なんですか、これはっ!?」
「さあ? 車輪のゴムが破けたり(、、、、、、、、、、)でもしたのかもしれないし、あるいはレールに亀裂でも入った(、、、、、、、、、、、)のかもしれません」
「――そんな馬鹿な。仮にもIS学園と本州とを繋ぐ、数少ない交通手段の一つですよ? そんな簡単に破損するわけ……」

 そう言うと、嵐山一等陸尉は(おもむろ)に胸元に付けた無線機のような物に向かって、何やらボソボソと喋り始める。
 おそらく、他の警備の人間に連絡を取ってでもいるのだろう。

「……何者かに襲撃された訳でもない。それなのに、どうして揺れが収まらないっ――!?」
「…………」

 スッ、と。

 少しずつ激しくなる揺れに、常の冷静さを失くした嵐山一等陸尉を見詰めながら、ぼくは彼女の方へ一歩踏み込む。
 それを見た彼女は、ヒュッ、と息を吸う様な悲鳴を上げながら、ぼくから距離を取るように後退りをする。
 そんな彼女を見詰めながら、ぼくは、彼女が距離を取った分だけ、さらに彼女の方へと近づくように踏み込んだ。

「そんな怯えないで下さいよ。別に、ぼくは嵐山一等陸尉に危害を加える様な事はしませんし、そもそも、そんなことはできませんって」

「ISも持ってないですし、ねぇ」と、これみよがしに溜息を吐きながら、ぼくは、まるで嘲笑うかのように肩を竦めて見せる。

 今、ぼくの顔ははたしてどのような表情を浮かべているのだろうか。
 きっと、酷く醜悪な顔をしているに違いない。
 まあ、そういう人間なんだから、しょうがないよねぇ。


「――? あれ、鬼ごっこはもうお終いですか?」

 近づいてくるぼくから、決して背は見せずとも、まるで逃げるように後退していた嵐山一等陸尉が、車両と車両との間、連結部分にある貫通扉の前でピタリと立ち止まる。
 どうもこのモノレールの貫通扉は自動で開閉するタイプだったらしく、彼女が近づいたことで、その扉が今は開放されていた。

 ……今時の電車は、自動で開くんだ貫通扉。
 普段乗り物には乗らないから、寡聞にして知らなかったよ。

「……これは、貴方が引き起こしたのですか?」
「いやぁ、そんなことあるわけないじゃないですか――ただの人間にこんなこと(、、、、、)、出来ると思います?」
「……貴方をただの人間だと、今更、私は思えませんし、思いません。貴方は、ISなんて持っていなくとも、実に危険な存在だ。それを今、私は確信しました」

 ――だから、こうします。

 と。
 そう言って、嵐山一等陸尉はその懐にあるホルスターから拳銃を取り出すと、その銃口をぼくに向けて構えた。

 それを見て、ぼくは彼女に近づこうと前に出しかけていた足を止める。
 それは、別に向けられた拳銃に対して恐怖したという話ではなく、ただ単純に彼女の行動に感心した結果、足を止めてしまったのだ。

 こんなぼくに対して、とはいえ。
 こんな状況下で、とはいえ。

 彼女は、本来なら護衛対象であるところのぼくに凶器を向けている。
 その意味が分からないほど、彼女は馬鹿ではないはずだ。それでも彼女は、ぼくをその手で殺す決意をした。
 例え自分はその後どうなろうとも、ここでぼくを殺しておかねばと、そういう決断をしたのだ。

 その決断力に。
 その行動力に。

 ぼくは敬意を表さずにはいられない。

 ……惜しいなぁ。
 やはり彼女は、今まで出会ってきた人達の中でも一、二を争うほどの逸材であることに間違いはない。
 そう、間違いはない。

 けど。


「――特別でもない」


 冷めたようにそう呟くと、ぼくは、向けられた銃口を一切気にも留めず、さらに一歩、嵐山一等陸尉に近づいた。

「――っ!」

 そのぼくの行動に、一瞬驚いた様な、まるで有り得ないモノを見た様な顔を見せた嵐山一等陸尉だったが、そこは流石と言うべきか、すぐに気を取り直すと、ぼくの足元へとその引き金を引いた。

 パンッ、という音と共に、銃口から弾丸が発射される。
 矢の如く飛び出した銃弾は、寸分(たが)わずにぼくの足元へと着弾し、一つの弾痕を刻み込んだ。

「次は当てますよ」

 再度、銃口をぼくの方へ向け直した嵐山一等陸尉が冷徹に告げる。
 その視線と銃口は、彼女の『殺意』というモノを明確に表していたが、『次』なんていう言葉が出てくる時点で、こちらとしては甘いと言わざるをえない。

「当てればいいじゃないですか」
「――は?」

 ふてぶてしく言い放つぼくを、呆けた顔で見詰める嵐山一等陸尉を、しかしぼくは気にも留めず、再度そのまま、
「だから、当てればいいじゃないですか」
 と嘲るように――嘲笑うかのように言った。

「さっさと撃てばいいじゃないですか。威嚇射撃なんかじゃ、ぼくどころか誰だって殺せませんよ? ――それとも、はなから殺す気がないんですかねぇ」

 まあ、それならそれでいいんですけど。
 土台、彼女に出来るとも思っていない。
 それは、やる・やらないの話ではなく、物理的な意味で出来ないと言っているのだ。


 彼女に、ぼくは、殺せない。


「……貴方こそ、正気何ですか? もしかして、私が本当は撃たないんじゃないかと思っているのではないでしょうね? ――だとしたら、そんな期待は捨てたほうがいい。次は当てますよ」
「どうぞ。撃てるものなら(、、、、、、、)
「――――っ!」

 ぼくの挑発的な発言に、いい加減我慢の限界が来たのだろう。嵐山一等陸尉は、その手に持つ拳銃の銃口を、しっかりと構えなおし、ぼくの心臓へと狙いをつけ――

 その、
 引き金を、
 引いた。

「……っ、なん、で」


 果たして。
 しかし、その銃口から銃弾が発射されることはなかった。

 それは嵐山一等陸尉が引き金を引かなかったのではなく――引く事が出来なかったのだ。

「……何で、そんな、こんなこと」
「さあ、何でなんでしょうね?
 ――もしかして、さっき威嚇射撃した時(、、、、、、、、、、)にでも、弾が詰まったんじゃないんですかね?」

 呆然とした顔をして、自らの手に持つ拳銃を見詰める彼女に、さらに一歩近づきながら、ぼくはそう告げる。

 彼女は、こちらをチラッと見上げると、
「――そんな、馬鹿な」
 と呟いて、再びその手の拳銃へと視線を向けた。

「そんな馬鹿な事……たった一発の威嚇射撃ですよ? 整備だって欠かしたことはありません。なのにそんな、こんなタイミングで……」
「こんなタイミングだからこそ、ですよ。いやでも実際、危ないところだったんですよ? ――心臓狙いの的確な一発じゃなかったら、確実に弾丸は発射されていたでしょうからね」

 いやぁ、貴女が殺す気で助かった。

 と、微笑いながらそう言ったぼくを、彼女は心底有り得ないモノを見る様な、もう今迄の覇気もない、色の見えなくなった瞳で見上げ――
「……貴方は、一体何者なんですか?」
 と。
 そんな馬鹿げた問いを、力なく呟いた。

「何者ねぇ……」

 嵐山一等陸尉のすぐ目の前、ほんの少し手を伸ばせば、触れることのできる位置まで来て、立ち止まる。
 座っていた時や、横に並ばれている時は気付かなかったが、彼女の背はほんの少しぼくよりも低かったらしく、彼女を僅かながらも見下ろす形となってしまった。

「そんなの、決まっているじゃないですか」

 真正面に居る嵐山一等陸尉の胸元へ、そっと手を触れる。
 彼女は、そのぼくの手を不思議そうに見詰めるだけで、何の抵抗もしなかった。

「ぼくは――」

 そして、
 ぼくは、
 そのまま、
 彼女を、


「何処にでもいる、ただの死にたがりですよ」


 ――突き飛ばした。

 そして、彼女が隣の車両へと、倒れるように移動した瞬間、ぼくの乗っていた車両のみ(、、)が、ついに車両を吊るしていたレールから外れ、その車体が駅のホームと激突した。

 その瞬間、ぼくの身体もまた、激突の衝撃によって宙へと投げ出され、倒れた車両の壁へと激突し、そして、ぼくの意識は闇へと閉ざされてしまった。


                    ■■■


 そして、すぐに目が覚めた。

「――っ、あ」

 地面に倒れたまま、暫くの間、ボケっと宙を見詰め続ける。
 それなりに痛みや傷には耐性のあったつもりだったのだが、それと問題なく動けるかどうかというのは、やはり別の問題らしい。

 ……まいったなぁ。
 相当酷い打ちつけ方をしたらしく、そこかしこが痛む身体を引き摺りながらも、近くの座席を支えにして、ぼくは何とか立ち上がった。

「あー。こりゃ酷いな」

 どうやら、車体は殆ど横倒しに近い状態になっているらしく、ぼくが今まで地面だと思っていたのは、どうやらドア部分だったようだ。
 となると……。

 ぼくは改めてもう一度、首を上へ向けて天井を見る。
 そこには、先程地面に倒れている間に見詰め続けた、この車両の乗車用ドアがあった。

「流石に、この状態であそこから出るのキツイよねぇ……」

 ドアは何所かにある非常用のドアコックで開けられたとして、流石に今の状態であんな所まで登れる気はしない。

 というか、そもそもぼくはそんなに運動が得意な方ではないのだ。
 平時だって、実は割と怪しいものである。

「しかし、そうなると……」

 ぼくはチラッと目線を横へと向けて、車両の奥の方、その先あるモノ(、、)を見た。
 それは、先程嵐山一等陸尉を突き飛ばし、隣の車両へと移す為に(、、、、、、、、、、)使用した、貫通扉があった。

「アレを利用するしかないのだろうけど……ご丁寧に閉まっちゃってるしなぁ」

 そうは言いながら、痛む身体を庇いながらも、少しずつその貫通扉の方まで近づいていく。

 今更のように気付いたが、どうやら身体が痛むどころの話ではなく、左足に至っては、あろうことかポッキリと折れてしまっているらしい。
 爪先が向いちゃいけない方向に向いている気がするのだが、大丈夫なんだろうか、これ?

「……まあ、気にする所じゃない、か」

 さて。
 ようやく辿り着いた貫通扉の前で、思案に暮れる。
 どうやって開けようか……これ。

「……どうしようも何もないか」

 言いながら、ぼくは貫通扉のすぐ近くの壁に寄り掛かりつつ、無事な方の足で、扉を下方向へと思いっきり蹴りつけた。

 ガンッ、と。
 大きな音を立てた貫通扉は、しかしその音に反して、まったくびくともしなかった。

 ……まあ、そうだよな。
 その結果を当たり前の物として受け止めつつも、ぼくは二度、三度と貫通扉を蹴りつけた。

「――おっ」

 ガン、ガン、ガン、と。
 幾度となく蹴りつけると、ほんの少しの隙間ではあるが、扉が開いたので、すかさずそこに足を掛け体重を乗せる。

「よっ、と」

 そうして、何度か扉に乗ったり蹴りつけたりする事で、どうにか貫通扉を、ぎりぎり通れそうな範囲まで開ける事に成功した。

 ……さて。
 本当にぎりぎりの隙間なため、左足を少し庇いながらも(というか、割と本格的に痛くなってきたが大丈夫だろうか?)、その隙間に身体を潜り込ませ、転がるように車両の外へと飛び出した。

「痛っ!」

 飛び出したはいいが、ものの見事に着地に失敗し、背中から地面へと落下する。
 一瞬呼吸が止まったかのような感覚に陥った後、割と容赦のない痛みがぼくの背中を襲った。

 痛い。
 本当に痛い。

 ここ最近は、ここまでの怪我をすることは稀だったため、余計に痛みが酷く感じられる。

 ……まったく。
 これだから公共の交通機関を使用するのは嫌だったのだけど。
 何せ、乗り物という乗り物に乗って、無事だったことなど(、、、、、、、、、)殆どないのだから。

 自分の境遇に今更ながら嘆息すると、ぼくは、服に着いた汚れを手で払いながらも、周囲の物に掴まる形で、なんとか片足の状態で立つ事に成功する。

「だ――ぃ――か!?」
「――ん?」

 ふと。
 その時、ようやく立ち上がったぼくの耳に、誰かの叫び声の様なモノが聞こえてきた。
 どうにも遠くて、いまいち、よく聞こえないのだが、声の高さからしてどうやら女性の声の様である。

 と。
 そこまで考えたところで、ぼくは、漸く此処が、目的地としていたIS学園へと続く駅の中であることに気付いた。

 まあ、このモノレールに途中駅というものは存在しないので、車両がホームに激突して止まったというのであれば、よくよく考えなくてもそれは、IS学園前の駅しかないと気付きそうなものだったけど。
 どうも、痛みからか頭が正常に回っていなかったらしい。

「誰―い――んか!?」
「……また、か」

 そんなことを考えていると、ぼくの耳に、また、今度は先程よりももう少し近くから、同じ女性の声が聞こえてきた。
 その女性は、どうやら徐々に此方へと近づいてきているらしく、少しずつはっきりと聞こえてくるソレに耳を澄ます。

 すると。

 今度ははっきりと、
「――誰か、誰かいませんか!?」
 という声が聞こえてきた。

 恐らく、この事故を聞きつけた誰か(まあ十中八九、IS学園関係者だとは思う)が、様子を見に来たというところなのだろう。
 なら、この怪我の治療――特に左足の治療もいい加減したいところだし、他の車両にいる嵐山一等陸尉や警備の方々も、まあ何かあったら寝覚めも悪いので、この声の主と合流して、さっさと救助を呼んで貰うこととしよう。

 というわけで。

「すいませーん! こっち、こっちに負傷者がいまーす!」
「っ!? ――待ってて下さい! 今そちらに行きますからっ!!」

 声が聞こえてきた方へ、こちらからも声を投げかけて居場所を伝えると、返事の声と共に、人が此方へと駆け寄ってくる気配を感じる。
 それを地面に座り込みながら(正直、もう立っていられなかったからなのだが)待っていると、ほどなくして、ぼくの目の前に――

 ――胸が現れた。

「――――は?」

 それも、そんじょそこらの胸ではない。
 圧倒的かつ大迫力のあるボリューム。その大きさはその辺りのグラビアアイドルにも負けず、その形もまた、巨乳というものにありがちな、そのまま等倍で大きくしただけの様な不格好なモノではなく、形も張りも一級品、まさしく美巨乳というものに相応しい一品であった。

 これこそ、まさに神の作りたもうた奇跡の品。

 これを神の胸、神胸(カムネ)と名付けよう。

「――あの、大丈夫ですか? どこか、痛いところでもありますか?」
「――はっ!?」

 胸から聞こえてきた――いや、胸から聞こえてくるはずがあるか。いい加減胸から離れろよ、ぼく。流石に馬鹿っぽいぞ。

 というか神胸(カムネ)ってなんだよ。
 ネーミングも意味もおかしいだろ。

 どんだけトチ狂えば気が済むんだ、ぼくは。

 とにかく再度、胸――じゃあなかった。その上、声の聞こえてきた方向、顔のある場所へと視線を上げる。
 はたしてそこには、此方を心配そうに覗き込む、緑髪の、あどけない女性の顔があった。

 その瞳は不安そうに揺れており、此方を心配そうに見詰めている。
 きっと、先程から返事をしないぼくを、気にしているのだろう。

 ……ぼくは、この人相手に胸胸言ってたのか。

 やべぇ、死にてぇ。
 今すぐ死にたい。
 恥死だ。
 いや、致死だ。

 常日頃から死にたいと言っているぼくだけど、今回はそういうのとは別に死にたくなってきた。
 ぼくの、あったのが不思議なくらいのなけなしの良心が疼いている。

 そうか。良心の呵責に耐えかねて、なんて事象は本当にあったのか。
 よし、死のう。

「あの! 本当に大丈夫ですか?」
「――え? ……ああ、大丈夫です。ホント、大丈夫です。ちょっと足が折れてるだけですので」
「それ絶対大丈夫じゃないですよねっ!?」

「わわ、大変大変。どうしましょう!?」などと慌てる彼女を尻目に、どうにかこうにか、ぼくの方は落ち着いてきたので、現状について少し考える。

 さて。
 この女性は、はたして何処の誰子さんなのだろう。

 IS学園の関係者なのだとは思うが、こう言っては何だが、余りそういう風には見えないがはたして。

 未だにあたふたとしている彼女を、チラッと見上げる。

「えーと、えーと。こういう時には警察でしょうか? ……いやいや、怪我人がいるんですし、まずは救急車ですよね。ああっ! でも、こんな事故ですし、レスキュー隊とか呼ぶべきなんでしょうか!?」
「…………」

 何と言うか、全体的に幼い。
 ぱっと見は、成人している風にも見えるのだが、この慌てぶりといい、その所作といい、どうにもちゃんとした大人には見えないんだよなぁ。
 まあ、顔立ちが幼いというのもあるのだろうけど。

 正直、実はIS学園の生徒だと言われても、ぼくは驚かない自身があるぞ。

「……そうだ、全部呼びましょう! きっとそれで解決します!」
「いやいやいや」

 あながち間違ってるとも言えないけども。
 それはそれでどうなんだ。

「……この場合、ここの立地的にはおいそれと警察とか救急車とか呼べないでしょうし、まずはIS学園へと連絡を取ってみてはどうでしょうか?」
「ふぇ……? あ、ああ、そ、そうですよねっ!? まずは状況報告ですよねっ!? ええっと、先輩先輩――」

 おい、今ふぇ、って言ったぞ。ふぇ、って。
 現実で初めて聞いたんだが、それ。

 しかし、懐から何やら無線機の様な物を出して、何処か――まあ、IS学園にだとは思うのだが――へと連絡を取り始める彼女は、どうやらやはり、IS学園の関係者だったらしい。
 今も漏れ聞こえてくる会話を聞いている限り、「どうすればいいでしょうか、先輩」とか、「負傷者の数は……えっと」とか言っているので、おそらく上司か誰かに、状況の説明でもしているのだろう。

 ……やれやれ、これで休めるなと思っていると、すぐ傍で、「――えっ? 負傷者の素性確認ですか? ええっと、ちょっと待って下さい――」という声の後に、
「……あのう。すみませんが、お名前と所属、あ、えっと……ご職業をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 と、申し訳なさそうに聞かれたのだった。

「……はあ、名前と職業ですか」
「はい。申し訳ありませんが――って、あれ? その格好、もしかしてIS学園の――」
「――ええ、はい」

 ……何だ、気付いてなかったのか。
 じゃあ、読者の方も知らないだろうし。
 知りたくない方もいるだろうけども、ここらで一つ、自己紹介といこうか。

「申し遅れました。
 ぼくの名前は旗楯生子(はただてせいじ)――」

そこまで告げて、ぼくは少しのためを作った後、続けてこう言った。

「――二人目(、、、)の、男性IS操縦者です」



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death.flag.2

 ■2■


 さて。

 そもそも、どうしてぼくがこのような状況に陥ったのか。何故、男性IS操縦者などというものになってしまったのか。
 その、事の発端について、この先に進むよりも前に、まずは皆さまに知って頂こうかと思う。
 何、そうお時間は取らせません。
 ホンの少しの間だけ、お付き合いください。


                   ■■■


 あれは、そう。ぼくが、訳あって一度留年してしまっていた高校を、しかしどうにかこうにか、もう少しで卒業出来ると、柄にもなく、キャラでもなく浮かれていた時分の頃だった。


 その日、ぼくはここ最近にしては珍しく、学校に登校しようと、てくてくと、まさしくてくてくと、学校までの道程(みちのり)を歩いている最中だった。
 ここで、読者諸兄には誤解していただきたくないのでみっともなくも弁解させて頂くが、ぼくはサボり気味である事は否定しないが、連日登校しない様な不登校児ではないことだけは明言させていただく。

 であるならば、何故ここ最近登校していなかったのかと言えば、それは単純に、世間一般で所謂(いわゆる)言うところの、自由登校期間というヤツだったからである。

 この自由登校期間というやつが存在しない学校というのも、往々にしてあるそうなので、掻い摘んで説明すると、高等学校という物には指導範囲、指導要綱というシロモノが少なからず存在し、それに従って教育が行われるのだが、順当にいくと三年生の終わり、二月頃くらいになると、この範囲内の内容が全て終了してしまう。
 この時、丁度受験やら就職活動やらが佳境に入るため、それらに専念したいだろうから、教えることも無いし、来るも来ないも自由だよ、というのが自由登校期間というものなのである。
 これに関しては更に、一定の登校日を設ける学校や、受験結果の報告や卒業式などの行事以外に特段、登校日を設けない学校など、まあところにより様々なのだが(ちなみにウチは後者なわけだが)、とにかく、この期間の登校は特別、義務化されていないのである。

 まあそれを言うのであれば、そもそも高等学校というのは義務教育では無い以上、全体的に登校義務なんてものはないはずだが、さもありなん、それを真正面から言える人間もそうはいまい。

 では、そんな時に何故、ぼくが態々学校に登校したのかと言えば、実際のところ、特段理由らしい理由というものは残念ながら無い。

 気紛れの様なものだ。

 それでも、敢えて理由のようなものを上げるのであれば、それは予感の様なものがあったからなのかもしれない。
 予感というか、虫の知らせというか。
 とにかく、そんな漠然としたナニカに従って、その日、ぼくは学校へと行った。

 特に奇を衒う様な真似はせず、素直に正門から入り、そのまま校庭を抜けて昇降口へ。
 そこで外履きから上履きへと履き替え、そのまま階段を上って、自身の所属するクラスの教室がある、三階を目指した。

 ちなみに、ウチの学校は伝統的にというかテンプレート的にというべきか、一年生は一回、二年生は二回、三年生は三階と決まっている。

 このあたり、融通が利いていないなと、ぼくなんかは思うのだが、はたして皆様はどうだろうか?
 年功序列として、三年生に一階を譲って貰えないだろうか。そうすれば、登校も随分楽になりそうなものだけど。

 もっとも、それはつまり一年生の際には三階まで上がらなければいけないということで、結局のところ、最終的に経験する苦労は変わらないのだけど。

 色々考えている内に、三階へと到着したぼくは、そのままぼくの所属しているクラス――三年C組の教室へと足を運んだ。
 教室の前後にある扉の内、後方の扉から教室に足を踏み入れると、クラス内の生徒達(どうやら、何人かが来ていたようだ)が、チラッと、コチラを見る。

 ぼくは、そんな彼らに
「やあやあ、おはよう諸君」
 なんて挨拶をしたのだが、返ってきたのは、
「――――」
 誰の返事も何も返ってこない無言の静寂と、ぼくを、まるで居ないかのように扱う(、、、、、、、、、、)、クラスメイト達の姿だった。

「…………」

 とはいえ、特別気にする様な事でもないし、気分を害する様な事でもない。
 こんなことは何時もの事だし、第一、そもそもこうなるように仕向けたのは、このぼく自身なのだから(、、、、、、、、、、、)

「――って、おや?」

 何時もの事は何時もの事なのだが、しかし、ここで何がしかの違和感を、ぼくは感じてしまった。
 いや正確にというか、感じた事をそのままに話すのであれば、それは、ぼくに対する対応に関しての違和感ではないように思うのだが……。

 そんな風に、なんとなく感じ取った違和感について考えていると、不意に後ろから、
「おいアンタ、ボケっと突っ立ってんじゃねーヨ」
 と、声を掛けられた。

 声の主は、続けてそのまま、
「オラ、邪魔だ邪魔だ。そこ退け、そこ」
 と言いながら、ぼくを無理やり押しのけて、教室の中へと入って行く。

 そして、ズンズンと、そんな音が聞こえてきそうな振る舞いで、入口のすぐ傍にあった席に着いたところで、ようやくこちらを見て、
「ア? どんなひょろい木偶が突っ立ってんのかと思ったら、なんだセンパイじゃねーカ。チィース」
 と、なんとも見事な挨拶をかましてくれやがりました。

「……ちぃーす」

 そして、ぼくもそれに、同じく見事なあいさつで返す。

 いや、無茶苦茶軽い挨拶なんだけどもね。

「あン? 何か元気ねーナ、センパイ。どうした、いつもはもっと、気持ち悪い笑みを顔に張り付けて、ニヤニヤ笑ってんじゃねーカ。ホラ、笑えヨ」
「……まあ、気持ち悪い笑みって言われるのは、存外自覚もあるし、別にいいんだけど。センパイって言うのだけは止めてくれないかな。一応同級生ってことになってるんだからさ」

 あと、笑う事をさりげなく強要するな。

「一年留年してンだから、センパイで合ってるだろーがヨ。今更何気にしてんだヨ、センパイは」
「例えそうだとしても、言わなきゃばれないからいいんだよ。そして、人間は世間体っていうやつを気にするもんなんだ」
「……常日頃、気持ち悪いとか言われている人間が、今更世間体とかあんのかヨ。気にするとこ違うんじゃねーカ?」
「それとこれとは話が別」
「ははーん。ま、オレには難しくてよくわかんねーナ」

 興味もねーしヨ、と。
 そう言って、彼女(、、)――牛頭(ごず)()(こと)は、ギャハハと豪快に微笑った。

「……その笑い方は、はしたないから止めなよ、牛頭ちゃん。ぼく、前にも言ったはずだぜ」
「センパイこそ、オレのことを名字で呼ぶなって言ったの、忘れたのかヨ? オレ、その名字嫌いなんだヨ。女の子らしくないだロ?」
「……その笑い方はよくて、名字の方は駄目なのかよ。基準おかしくないか?」
「それこそ、それとこれとは話が別だヨ。笑い方はオレの個性だけど、名字は違うだロ?」
「そんなもんかね」

 まあ、言わんとすることは分からないでもないけど。

「ん? しかし、馬琴ちゃん。だったら君、下の名前はいいのかよ? 馬だぜ馬」
「馬は牛より断然カッコイイだろーがヨ、センパイ。それに馬の琴って言ったら、国語の教科書にも出てくるぐらい有名じゃン……なんだっけ、ホースの白い馬だっけ?」
「……今時、それを知っている中高生も中々いないだろうけどね」

 あと、正しくはスーホの白い馬な。
 なんだホースの白い馬って。
 直訳したら、馬の白い馬。

 馬かぶってんじゃねーかよ。

「……分かったよ。だけど、だったらせめて、その脚の組み方だけは止めなよ。せっかくの美少女っぷりが台無しだぜ」
「オレのどこが美少女なんだヨ。からかうのはナシだゼ、センパイ」

 まさか。
 からかってなぞいないし、ぼくの言っていることは厳然たる事実である。

 牛頭馬琴。

 名前は厳つく、その立ち振る舞いも豪放磊落を絵に描いた様な有り様で、少なくとも大和撫子というような様ではない。
 だがしかし、荒々しいだけかと言えばそうではなく、その動作の一つ一つにどことなく品の様な物も見え隠れしている。

 そしてその容姿はと言えば、ファッションなぞ知らぬと言わんばかりに、ざんばらに切った髪を、適当に肩のところで揃えただけの無造作な髪形している。
 しかし、その流麗で綺麗な顔立ちと、切れ長でかつ釣り目がちだけれども美しい眼つきが、そのヘアスタイルを単純に粗野なだけのものではなく、野性味の感じられる美しい物へと変貌させていた。

 そして服装はと言えば、その野性味、動物的な美しさからはいっそ反するかのように、きっちりと制服で固められていた。しかも、その制服の着こなしといえば、胸元のタイは崩れることなくきっちりと結ばれており、スカートも膝下十五センチメートルという鉄壁っぷりである。

 極めて豪快、かつ野性的。
 しかし美しく、同時に品性がある。

 そんなチグハグさを、美しさという型で一つに纏めたのが、牛頭馬琴という少女だった。

「――で、最近まったく学校に来てなかったセンパイが、どうして急に学校になんて来たのサ。何か用事でもあったのカイ?」
「別に。ただの気紛れだよ。何となく、さ。馬琴ちゃんこそ、どうして学校に? 何かやらなきゃいけないことでもあったのかい?」
「学校でやらなきゃいけないことは、勉学以外の何物でもナイだろーヨ、センパイ。つーか、オレは平日はちゃんと毎日学校来てるっつーノ」
「……毎日来てるんだ、学校」

 自由登校期間にか?
 すげーなコイツ。

 どうしてその感じで、そんなに品行方正なんだよ。

「アー。でも、今日はそういうのとは別に、用事っつーか、ちょっと見学したいものがあってサ……」
「? 何か今日、行事とかあったっけ?」
「イヤ、行事っつーかサ――って。アーアーアー、ナルホドね……何だよセンパイ、惚けちゃって。ホントはセンパイもアレ(、、)、受けに来たんだロ?」

 ……アレ(、、)を受けに来た?
 アレって、何の事だ?

「いや、ドヤ顔決めてるところ大変申し訳ないんだけど、ゴメン。ご期待には応えられそうにない……さっぱり分からない」
「またまた――アーア、オレはがっかりだナァ。まさかあのセンパイが、アレ(、、)を受けに来ただなんてナァ……とんだミーハーじゃねぇカ。あの時、世間時流とは真っ向から逆らって生きていくっ! ――そう誓ったセンパイは、一体全体ドコ行っちまったんだヨ」
「誓った覚えもないし、今後その予定もないよ……で、今日は一体全体何があるって?」
「……オイオイ、マジで言ってんのかよセンパイ。今日何が行われるか、本当に知らねーのかヨ。センパイん家にだって、通達ぐらい行ってる筈だゼ?」
「いや、正直に言うと最近家に帰って無い。色んな所をふらついてた」
「……マジかヨ」

 マジだよ。
 ついでに言わせて貰うならば、ほっつき歩いてた理由も、そう大した理由ではないのだが。

「信じらんネェ。このセンパイ、マジかヨ。よく補導されなかったナ」
「まあ、蛇の道は蛇ってね……それより、話の続きなんだけど」
「……アー。とは言え、そう大した事でもナイんだけどナァ……いや、大した事カ?」
「何だよ……随分勿体ぶるじゃないか。ますます気になるな」
「……まあ、今日ウチの学校で行われるんだヨ――男性(、、)IS適性検査(、、、、)ってヤツがサ」

 ……男性IS適性検査?

 何だ、ソレ。

「そんなの、やったって意味ないだろ。何だって、今更そんな事――」
「――いや、センパイ。それがそうとも言い切れないというか……センパイだって知ってんだロ? ――織斑一夏ってヤツのこと」
「知ってるよ。よーく、知ってる(、、、、、、、、)……けど、それってさぁ――彼だからこそ(、、、、、、)、だよねぇ」
「……センパイもやっぱ、そう思う?」
「まあ、ね。ちょっとニュースを見ただけだけど、さ。経歴といい、今回の件といい、持ってる(、、、、)よねぇ」

 だけども、まあ。これで、ぼくがこの教室に入った時に感じた違和感の正体が、ようやく分かった。

 人が多かったのだ(、、、、、、、、)

 それも不自然に、男子の数だけ。
 自由登校期間に、これほど不自然なこともあるまい。

「けど、そういう検査って、何も学校来ないと出来ないもんでもないと思うんだけど……」
「……それがサ。どうも、体育館に直接IS持ち込んで検査するって話だゼ」
「はあ? ……ますます分かんないな。ISの適性検査って、そうしないと出来ないものだったっけ?」
「イヤ、そんなことはネェヨ。いちいちそんな事してたら、適性検査なんて捌けるワケねぇじゃねぇカ……センパイ、一日に、全国の女子のどれだけが適性検査を受診希望してるか知ってんのかヨ」
「だよなぁ……じゃあ、何でまた」
「つまるところ、件の織斑何某がISを動かせるってことが判明した状況が、こう(、、)だったんだロ。実験ってのは、まず環境を同様のモノにするところから始まるものサ……まあ、流石に全部が全部とはいかないみたいだけどネ」
「……成程」

 そういえば、織斑一夏青年がISを動かしてしまった件の試験会場は、ここからすぐ近くだっけ。
 そこまで含めて、実験環境ね。
 まあ、本来なら完全に場所も一致させたいところなんだろうけど、そうも言ってられないんだろうなぁ。

 ……しかし、成程。こういうことだったのか。

ぼくが今日、学校に行く気になった理由は(、、、、、、、、、、、、、)

「――で、それって何時から始まるんだい、馬琴ちゃん」
「三年生は一番最初だっつってたから、もうすぐなんじゃネーカ?」
「ははぁ……じゃあ、早速行ってみようじゃないか、馬琴後輩」
「アン? 行くって何処にだよ、センパイ……便所カ?」
「んな訳ねーだろうが。どこどう聞いてたら、今の流れからそうなるんだよ」

 あと、女の子が便所とか言うな。
 例えこれが、男子が勝手に抱く女子への幻想だとしても、頼むからその幻想は抱かせたままにさせてくれよ。

「じゃあ、何処に行くってンだヨ」
「何処も何も、体育館だよ……さあ、馬琴ちゃん。準備はいいかい――」

 さてさて。
 鬼が出るか蛇が出るか。


「――それじゃあ。いっちょ、ISとやらでも拝みに行きますか」


                    ■■■


 あの後。

 すぐに教室を出たぼくと馬琴ちゃんは、その足でそのまま体育館へと向かった。

 体育館へは、一階へと降りてから渡り廊下を使っていかないと、校舎からは行けないため、階段を使って一階へと降りる。
 道中、馬琴ちゃんが一段飛ばしどころか、三段飛ばしレベルで駆け下りて行ったのを叱った事以外に、特別変わった事も無く(いや、アレはマジで危ない行動だったのだが。ぼくみたいなのと一緒なら尚更だ)、ぼくらは無事に一階へと辿り着き、そのまま、体育館へと続く渡り廊下へと歩いて行った。

「――しっかし、まさかセンパイが見に行くなんて言い出すとは思わなかったヨ」
「ん?」

 体育館への道すがら、馬琴ちゃんがふと思いついたかのように口を開いた。

 その内容がよく分からずに疑問符を浮かべていると、再度、
「いや。意外だナ、と思ってヨ」
 と、言った。

「意外、ってどこが?」
「センパイがISに興味があるなんて、オレは知らなかったヨ……てっきり、そういうのには興味が無いモンだと思ってたヨ」
「そうかい? むしろぼくは、自分をそこそこのミーハーだと思っていたのだけど」
「……ミーハーねェ」
「ましてや、ぼくだって仮にも男子高校生ってヤツだぜ? そりゃ、ロボットだとかにだって興味の一つや二つくらいあるさ。しかも、ISの場合は女の子がセットになるってんだから、興味を持たないでいる方が無理ってものだと思うけど?」

 ぼくの言葉に、しかし馬琴ちゃんは納得のいっていない様な顔をした。
 というよりも、それは端から信じていない様な顔だった。

「嘘吐くなヨ、センパイ。アンタがそんなモノに執心なんて、するわけないだロ」
「随分な言いっぷりだなぁ……馬琴ちゃんに、そんなことがわかるのかい?」
「人を見る眼には、それなりに自信がるつもりだけどサ――そんなオレから言わせて貰うと。センパイはさ、生きることに興味が無いんだヨ」
「――――」

 馬琴ちゃんの思いもよらない言葉に、体育館へと向かう歩みはそのままに、顔だけを彼女の方へと向けて、その眼を見詰める。
 そして彼女もまた、ぼくから眼を逸らすことなく、しっかりと見詰め返してきていた。

「……まあ、ぼくが死にたがりっていうのは、今更別に隠す様な事ではないけど。だからって、何も生きることの何もかもが楽しくないってわけでも無いんだぜ?」
「じゃあ、何で死にたいなんて言うんだヨ?」
「生きることの楽しさより、苦しさの方が大きいからだよ。馬琴ちゃんみたいな人はさ、零か一か、白か黒かだけの二元論で判断しそうだけど、実際はそうじゃないだろう? 楽しいこともあるし、苦しいこともある。どっちかのみ、なんてのはまず有り得ないし、もしそんなことがあるのなら、それは環境か、そう考える人間のどっちかが、確実に歪んでるね」
「そりゃそうかもしれないガ……楽しいことが少しでもあるなら、それは生きる理由にならないのカ?」
「ならない……例えばの話、プラスが五十でマイナスが六十あったとしよう。その場合、感じるのはプラス五十のマイナス六十じゃない、マイナス十を人は感じるんだ(、、、、、、、、、、、、、)。そんなの、負債を払い続けながら生きている様なものじゃないか。それなら、自己破産したほうがマシだろう? ぼくの死にたがりってのは、つまりはそういうことさ」

 楽しいことが何もない、愛しているモノが何もないから死ぬのではない。
 それよりも、苦しいことの方が多いから死ぬのだ。

 過不足の問題ではなく。
 優先順位の問題である。

「……オレには分からないナ」
「まあ、分からない方が正しいよ。それは、真っ当な人生を送れていることの証ってことさ」
「――アア、いや。そうじゃないんだヨ。分からないのはセンパイのしてくれた話じゃあナイ。そっちは、納得は出来なくても理解は出来た。まあ、そんな考えもあるだろうし、そういう境遇ってのもあるんだろうってぐらいにはサ」
「じゃあ、一体何が分からないって言うのさ」
「オレはさ、センパイはそういうのとも違う気がしてるんだヨ。だってその話の理屈で言うのなら、プラスが六十になって(、、、、、、、、、、)マイナスが五十になればいい(、、、、、、、、、、、、、)んだろう? なら、そこにプラスを得ようって考えは少なからず存在するはすダ……なのに死を選ぶ人間は、プラスを集めようとして失敗したか、結局得たプラスよりもマイナスが大きかったか、だロ? けど、センパイはそうじゃない。センパイは、マイナスばかりを率先して拾おう(、、、、、、、、、、、、、、、)としている気がする」
「……へぇ」

 いや、素直に驚いた。
 そこまで見抜かれるとは思わなかった。

 決して、牛頭馬琴という存在を軽んじるつもりは無かったし、むしろ、ぼくは彼女には過大とも言える評価をしてきたつもりだったのだが……

 どうやら、それでもまだ過小な評価だったらしい。

「そうだ、センパイは苦しいことが多いから、結果的に死を選んだんじゃナイ。結果的に死にたいから、そうなる要因や理由付けをしているだけダ。順序が逆なんだヨ」
「それは、どっちも一緒じゃないのかな?」
「違うだロ。センパイは、目的と手段が、過程と結果が人とは違う、逆転してイル――ようやく分かった。センパイは生きることに興味が無いんじゃあナイ、死ぬことに執心しているんダ。生きること、生き続けることより、死ぬことに対する比重の方が高い……やっぱ、センパイの言っていることは嘘ばっかりダ。アンタは死ぬしかないから死ぬんじゃない、死にたいから死ぬんだナ」
「死にたいから、死ぬ、ねぇ……」
「アア。センパイは、端から生きようだなんて考えてないんダ。何が、楽しいことより苦しいことの方が多いから死ぬ、ダ。アンタは結局、どっちが多かろうが、少なかろうが、ただ死にたいだけ(、、、、、、)なんだろうガ。苦しいことにも、楽しいことにも興味が無い。ただ、終わらせることだけを考えてイル……そうだロ?」
「……その通りだよ」

 まったくもってその通り。
 別に、人生の苦楽なんてモノに興味はない。

 ぼくから言わせて貰うならば、ぼくの今現在というのは、物語で言うところのエピローグの様なものなのだ。

 ぼくの人生のメインストーリーは、もう既に終わっている(、、、、、、、、、、)

 ただ、些かエピローグが長過ぎるのだ。終わった物語をグダグダ続けられると、飽きてしまう。
 ましてや、ここまで続けばいい加減蛇足というものだ。

 さっさと終わらせてしまいたい。

 じゃあ、何故さっさと死んでいないのかといえば――
 ――ただ、その手段が無い(、、、、、、、)というだけの話。

「――で。仮にそうだとして、馬琴ちゃんは一体どうしたいんだい?」
「ンにゃ、特に何も……まぁ、止められるなら止めたんだろうが、どう見たってセンパイ、止まらなさそうだからナァ」
「分かんないぜ。案外、可愛い後輩にお願いされたら、ぼくはコロっと主義主張を変えてしまうかもしれない……ホラ、ぼくって流されやすいヤツだからさ」
「センパイが流されやすいヤツってのは、別に否定しないけど、サ。ことこの件に関しては、絶対にナイ(、、)ね……だから分からないんだヨ。これから先に、センパイの求めるモンがあるってのかヨ?」
「……さて、どうだろう? ただ、何となく予感めいたものはあるんだ。言ってしまえば、それだけしかないんだけどね」
「何だヨ、ソレ。そんなんで大丈夫カ?」

 まったくだ。いい加減にもほどがある。

 けど、まあ。今までは、そんな予感じみたモノさえ無かったのだ。
 なら、賭けてみる余地ぐらいはあるだろう。

 それに、どこかで確信している自分もいるのだ。
 この先で、きっと自分は死ねる――いや、殺して貰える(、、、、、、)のだということを。

「――っと。着いたみたいだゼ」

 馬琴ちゃんの言葉に、伏せていた顔を上げると、目の前には既に、何度も見た事のある体育館の扉があった。

「どうも、もう始まってるみたいだナ」
「そうみたいだね」

 中からは、微かにだが幾人もの人の気配と、ざわめきの様なものが感じられた。
 どうやら、もう既にそこそこの数の生徒が、中には居るようである。

「開けるゼ」
「いや、ぼくが開けるよ。後輩女子に扉を開けさせたなんて事があっちゃ、先輩男子の面目丸潰れだぜ」
「しょうがなねーナ。じゃあ、センパイに花を持たせてやるとするカ」
「恐悦至極」

 後輩女子と楽しい掛け合いをしながら、体育館の扉へと手を掛け、その扉を、なるべく音を立てないようにそっと開いた。
 ギィ、という錆びついた音を立てながら、人一人が通れるぐらいのスペース分扉が開く。

 そこからチラッと中を覗き込むと、二列ほどの男子生徒の列と、その先に仕切りの様なものが見えた。
 どうも、あそこにISが置いてあるようである。

 男子生徒の列の周りには、教職員の他に、馬琴ちゃんのように見学に来たのだろう、女子生徒達の姿もあった。

 ……はたして、彼女達はどういう理由で見学に来たのだろうか。
 興味半分、面白半分程度ならまだいいが、結果的にISを動かせなかった男子生徒を、()()いに来たのだと言うのなら、些か以上に性質(たち)が悪いのだが、はてさて。

「イヤイヤ、センパイ。そんなとこで覗き見しながら物思いに耽ってンじゃねーっつーノ。マジで犯罪者みたいだゼ、その絵面」

 と。
 ぼくが中を覗き込みながら、少し考え事をしていると、後ろにいる馬琴ちゃんから、速く行けと言わんばかりに文句をつけられてしまう。

 犯罪者の様な絵面という言葉に、思うところもあったが、言われたことはいちいち尤もだったので、大人しく扉をさらに開き、馬琴ちゃんを促しながら中へと足を進めた。

「じゃあ、馬琴ちゃん。ぼくはちょっくら検査を受けてくるからさ。お祝いのコメントを――いや、違うな。お悔みのコメントでも考えておいてよ」
「委細承知と言いたいところだけど、そりゃ、どっちの場合(、、、、、、)のコメントだイ?」
「決まってるだろ――ぼくが、ISを動かした時に送るコメントだよ」
「オーケー。とびっきりのを考えておくヨ」
「よろしく」

 馬琴ちゃんにそう告げて、手を振って離れると(手を振って返してくれるあたり、彼女も律儀なものだ)、ぼくは二つある列の片側の、その最後尾へと並んだ。

 前には、数十人ほどの人影。
 さて、まだまだ時間は掛りそうだし。

 少しばかり、考え事でもしながら暇でも潰しましょうか。


                   ■■■


「――次の方、次の方どうぞ」

 と。
 ふと、誰かに呼び掛けられた気がして、ぼくは思考の海から脱却した。

 少しボンヤリとした頭で辺りを見回すと、前に数十人といた人影は既に無くなっており、ことここにきて、ぼくはようやく自分の番が回ってきたことを知ったのだった。

 どうも、ちょっとした暇潰しとばかりにやっていた脳内パズル(ちなみに、やっていたのは知る人ぞ知るエイトクイーンである。知らない人はググって欲しい)に、思いの外夢中になってしまっていたらしい。

「ちょっと、君。後ろがつかえてるから、さっさとしなさい」
「ああ、すみません。今行きます」

 ぼくが一向に動かないことを見咎めたのだろう。検査員らしき女性が、仕切りに囲まれた簡易の検査所のような場所から顔だけを出して、こちらを叱責してきたので、慌てて前へと進み、入口らしき場所から、仕切りで区切られた空間の、その中へと足を踏み入れた。

「――じゃあ、学年とクラス。あと名前を教えてくれる?」
「ああっと、旗楯(はただて)。三年C組の(はた)(だて)生子(せいじ)です」
「旗楯生子ね……うわ、何これ。凄い字書くわね、君の名前」
「はあ。まあ、よく言われます」

 ――仕切りの中は、外から眺めた時よりも若干だが広く感じられた。

 屋根の様なものは無く、こうして中に入ってみると、此処が簡易的に区切られた、間に合わせの空間だということもすぐに察することができた。

 入口のすぐ傍にあるパイプ椅子に腰掛けていた女性――先程、こちらを呼んだ検査員らしき女性だ――に、学年とクラス、名前を尋ねられたので慌てて答えると、彼女は手に持つ端末に何がしかを打ち込んでいく。
 おそらく、検査を受けに来た人間の管理をやっているのだろうが、その挙動がどうにも緩慢というか、何十何百とやり慣れた作業を、ただただ消化している様にしか見えなかった。

 まあ、実際にただの流れ作業になってしまっているんだろうな、とは思うが。

 ぼくの前に居た人間だけで、百とは言わないがそこそこの数は居たし、彼女らがこの学校に来る前、別の場所でも同じようなことを繰り返しているだろうことを考えると、この対応も致し方が無いということなのだろう。

 ましてや、出るかどうかも分からない男性IS操縦者の適性検査など、いつまでも続けたいはずもあるまい。
 正直な話、彼女の胸中が男に対する罵詈雑言で溢れていたとしても、昨今の風潮を考えても、何らおかしくはないだろう。

 なんて。

 そんなぼくの考えを、雰囲気や態度から何となく察したのだろう。彼女は端末から顔を上げると、
「――ん。ああ、ごめんなさいね」
 と、こちらに向かって謝罪の言葉を口にした。

「ちょっと、おざなりだったかしら。ごめんなさいね、不愉快にさせちゃった?」
「いえ、別に。大丈夫ですけど」
「そう? そう言ってくれるなら助かるわ」

 彼女は微笑みながらそう言うと、「んー」と軽く伸びをした後、こちらを向いて「まあね」と、嘆息するように言った。

「正直な話、いい加減うんざりしてきているのは本当のところなのよ。こうも同じ作業を延々とさせられると、どこかで手を抜かないとやってられないのね」
「……はあ」

 突然始まった愚痴の様な物に、どう返していいかわからずに、ただ曖昧に頷いてしまう。

 どうも、ぼくが愚痴り易い相手に見えたのか、はたまた、ぼくの態度が愚痴混じりながらも何かしらの釈明をしなければと思わせたのか。
 どちらにせよ、まあ少し程度ならば、彼女の愚痴に付き合うのも、ぼくとしてはやぶさかではない。

 どうせ、すぐに愚痴も言っていられない状態になる(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)のだし。

「大変ですね……ちなみに、この学校で何か所目になるんです?」
「……さあ? 何か所目だったかしら? 学校みたいな大きい規模じゃないとこも含めれば、そこそこの数回ってるんじゃないかしら」
「ローテーションで持ち回りとかじゃないんですか?」
「当然、他の地域も回らないといけないのだけど、何分コアも人手も多くは無いからね……この辺り一帯は私ともう二人ほどの管轄で、それ以外の人員はいないわ」
「……なるほど」

 予想以上に世知辛い事情が出てきてしまった……。
 割と気まずい雰囲気なんだが、大丈夫なのかコレ。

「とはいえ、それは貴方達には関係の無い話だしね。仕事は仕事だから、気をつけないと」

 そう言って、手に持っていた端末を脇へと抱えると、彼女はぼくに「着いてきて」と言って、椅子から立ち上がると、そのまま歩き出した。

 彼女がどこに行こうとしているのかについては、検討がついていた――というよりも、目的地については見えていた(、、、、、)ので、ぼくもそこへと足早に近づいた。

「――さて。これが、今から君に起動を試してもらう、第二世代型IS――打鉄(うちがね)よ」

 前方を歩いていた彼女の足は、歩き出してからほんの数秒、瞬きの間にある場所で止まる。
 そして、そのまま後ろから追いついてきたぼくに振りかえると、ほんの少し横へとずれて、その後ろで鎮座していたモノ(、、)を、ぼくに見せた。

 IS――インフィニット・ストラトス。

 現在の歪な社会情勢を作り出した最大級の要因(せんぱん)であり、そして、ぼくが死に至るため(、、、、、、)の最初のピースとなる存在である。

 思わず、唇の端が弧を描くように歪むのを、止めることが出来ない。
 これが、喜びからくるものなのか、それとも皮肉からくるものなのかは、正直自分でも分からなかったが。

「……君は、他の男子生徒()達とはちょっと違うのね」

 と。
 ぼくが打鉄を眺めていると、その様子をどう思ったのか、彼女がぼくに向かって不思議そうにそう言った。

「……そうですかね。ぼくも、その辺にいる一介の男子高校生にすぎませんが」
「その物言いは、一介の男子高校生とは言えないんじゃないかしら……それに、やっぱり違うわ。今まで見てきた子達とは、反応が全然違うもの」

 と、彼女はそう言って、傍らにある打鉄にその手を置いた。

「今までの男子生徒()達は、大半が喜んでいたわ。もしかしたら(、、、、、、)、ってね。それ以外の子達は、諦めね。どうせ動かせる筈がない(、、、、、、、、、、、)、って全身がそう言ってたわ」

 でも、君は違うみたい、と彼女は言う。
 その言葉に、特に反論を返す様なことも無く、ぼくは彼女の言葉を静かに聞き続けた。

「君は何と言うか、自然体って感じかな。この状況に特に何とも思ってない感じがする」
「まさか。ぼくだって健全な男子高校生ですよ? それなりにテンション上がってますよ。ただ、態度に出難いってだけのハナシです」
「さっきも言った通り、その物言いや態度が普通の高校生らしからぬって言ってるのだけど……まあ、いいわ」

 と。
 そこまで言って、彼女は打鉄に置いていた手を離してこちらの傍まで近寄ると、ぼくの隣で立ち止まり、「最後に一つだけ、いいかな?」と聞いてきた。

「最後に、ですか? ええ、どうぞ」
「有難う。安心して、大した質問じゃあないわ。ここに来た子達には皆にしているの」
「そうなんですか?」
「ええ。まあ、ちょっとした興味本位ってやつなのだけど――ねぇ、君は本当に自分が、ひいては男性が、ISを動かせると本当の本気で思ってる?」
「――――」

 それは。
 そんな質問に対する答えは、当然決まっている。

「ああ、勘違いしないでちょうだいね。私は、別に女尊男卑の人間ではないし、別に男性を見下しているわけでもないの。ただ、今までまったく前例の無かったことを、大勢の人達が作り出した結果を、覆すことが出来ると思っているのかを、聞いているだけ」
「前例なら、織斑一夏君がいるでしょう?」
あれを前例と思ってしまっては駄目なのよ(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。あれは、彼にだけ許されたモノなの――きっと、特別というのはああいうのを言うのでしょうね」

 まあ、確かに彼女の言う通りなのだろうと、ぼくは思う。
 あれは、彼にだけ許された道だ。

 苦難も。
 試練も。
 才能も。
 努力も。

 家族や、友人、恋人ですらさえ。

 それらは、彼という存在、その成功を約束し、彩るためのものでしかない。

 何もかもが約束され、勝利を決定づけられた存在。

 もし仮に、この世界が漫画やライトノベルの世界だったとしたら、彼はこう呼ばれるのだろう――主人公、と。

 でも。
 でも、だからこそだ。

 だからこそ、ぼくは彼に期待している。

 彼ならきっと、ぼくを■■■のだと。

 だからやっぱり、さっきの質問に対する答えは決まっている。

「まあ、確かに。きっと彼だからこそ、ISを動かすことが出来たんでしょうね」
「そうね。実際、彼の家族構成や経歴を見る限り、出来過ぎと言ってもいいほどだわ。お膳立てもここまで来ると、いっそ清々しいわね。だから――」
「――だけど、何事にも例外があります」

 ぼくは、彼女の言葉を途中で断ち切ると、ポカンとした顔の彼女を尻目に、打鉄へと近づく。

 そして。

 ぼくの手が。

 打鉄へと。

 触れた。


                    ◆


 ――それら(、、、)は、今起きている現象を、正しく認識することが出来ていなかった。

『――? ―――?』

 不思議でしょうがないという感情が、漠然と、しかし確かに伝わってくる。

 こんなことは有り得ない(、、、、、、、、、、、)、と。

 そんな思考を、彼女達(、、、)はしているようだった。

 無理も無い話である。

 確かに、本来ならこんな馬鹿みたいな話は有り得ない。
 本来、こんなことが出来るのは織斑一夏ただ一人だけだ。それ以外の人間には、許されていない越権行為だと言ってもいい。

 世界には、物語(せかい)には、システム(せかい)には。

 そんなことは、許されていないのだから。

『? ―――?』

 では、何故それが旗楯生子という存在に許されているのか?
 旗楯生子という存在もまた、織斑一夏と一緒だということなのだろうか?

 そんなことはない。
 そうではない。

 旗楯生子という存在は、そんな正道の様なモノでは決してない。

 仮に、織斑一夏がこの世界をシステムとして見た場合の最上位権限、メインルートなのだとするならば。
 旗楯生子という人間は、システム上のバグ、裏ルートの様なものである。

 世界(システム)は、旗楯生子に対して、ある条件下に対してのみ、ありとあらゆる不条理を許容する。

 起こり得る筈の無い事象、有り得ない結果。捻子曲がる因果に、湾曲する確立。
 こと、彼を■■■というためならば、世界は結末さえ用意する。

 故に、彼女達の困惑も無理からぬことである。

 こんな出来事は、例外中の例外だ。

 織斑一夏が特別(スペシャル)だとするならば。
 旗楯生子は例外(イレギュラー)なのである。

 彼らにあるただ一つの共通点は、世界に定めた権限(ルール)の、余人に定められたソレ(、、)の、一歩外にいるということ。
 だからこそ。

 ――織斑一夏の時と同様、彼女達に、逆らう術など無い。


                    ◆


「――――う、――そ、でしょ?」
「――まあ、こんなものかな」

 自分の腕を覆う打鉄の装甲(、、、、、、、、、、、、)を見ながら、ぼくはそう呟く。
 そして、そのまま入口の方へと振り返ると、驚きの余り立ちつくす彼女を尻目に、ぼくは入口の方へと歩き出した。

「おっ、――っよっと」

 歩き出した途端、いきなり姿勢制御をしくじり、危うく前に倒れそうになったところを、条件反射で足を前に出したことで何とか防ぐことに成功する。

 ……予想以上に動き辛いなぁ、これ。

「――ちょっ、ちょっと待って。これは一体どういうことっ!?」

 と。
 ぼくがISの操縦(操縦でいいのか、これ?)に四苦八苦していると、呆然と立ち尽くしていた女性が、戸惑うままに声を荒げながら、一体何が起こっているのかと、そう、ぼくに問いただしてくる。

 それに対し、ぼくは、
「一体どういうことも何も……見て分かる通り、ぼくがISを動かしただけですが」
 と、何とも思っていない風に、彼女へとそう答えた。

「動かしただけ、って……そんな」
「元々、動かせるかどうかを見るための適性検査でしょう? そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
「これを驚かずに何を驚けって言うのっ!? 一体、何がどうなっているのよ!?」

 さて。
 そんなに右往左往されても、こちらが困ってしまうのだが。

 そもそも、最初に言ったじゃないですか。

 ――何事にも、例外はあります、と。

「じゃあ、ちょっと失礼しますね」
「――は?」

 尚も戸惑いを消せない彼女に対し、そう一声かけると、ぼくは再び入口へと歩き出す。

 それを呆然と見送っていた彼女は、しかし、途中で我に返ると、
「ちょっ、ちょっと待って!?」
 と叫んだ。

「き、君、何処に行くつもりなの? い、今から他の職員にも連絡するから、大人しく待っていて、ね?」
「はあ……いやいや、大丈夫ですよ。ちょっと、すぐそこまで。外に可愛い後輩を待たしてましてね。彼女に、是非お悔みの言葉を言って貰わないとならないんですよ……大丈夫です、そんな遠くに行くわけでもないですし、この打鉄には武装もスラスターも付いてないんですから、危ないことは何もないでしょう?」
「そういう問題じゃないわよ!? 今、君が出ていったら、どれぐらいのパニックが起きるか、分からない筈ないでしょうっ!?」
「大丈夫、大丈夫――じゃあ、ちょっと行ってきます」
「え、あ、ちょっ――」

 彼女の返事を待たず、ぼくは打鉄を装着したまま、検査所の外へと出た。

『――! ―――!?』
『―――!?』

 瞬間。
 あちこちから、悲鳴とも驚嘆ともつかぬ声が、あちこちから聞こえてくる。

 それをどうでもいい雑音(ノイズ)と切り捨てて、ぼくは、体育館の入口のすぐ傍に立っている馬琴ちゃんのところまで歩いて行った。

 どうも馬琴ちゃんの方も、ぼくに気付いたらしく、驚いた様な顔をしながらも、さして混乱したような風はなく、むしろぼくを笑って出迎えてくれた。

「ハハハ! オイオイ、マジかヨ。センパイ! アンタ、こりゃマジで最高に面白いゼ! イカレてんヨ、アンタ!」

 訂正。むちゃくちゃ笑って出迎えてくれた。
 ていうか、もう、腹抱えて笑ってんじゃねーか。

 いくらなんでも笑い過ぎだろ。

「アー……何だヨ、もう。身体張って受け狙いに来過ぎだロ」
「……喜んで貰えて何よりだよ」

 本当にブレねぇなぁ、コイツ。

「――で、センパイはこんなところに来てていいのかヨ? 今頃、ここより大騒ぎなことになってんだロ、きっとヨ」
「おいおい、可愛い後輩のいる場所が、こんなところな訳無いだろ……まあ、騒ぎにはなっているだろうけど、だからこそ、先に済ましたいことがあったしね」
「あン? 何かあったっけ?」
「イヤイヤ、忘れてくれるなよ。もし、ぼくがISを動かしたら、とびっきりのお悔みのコメントをくれる約束だったろう?」
「……アーアーアー。そう言えば、そうだった――じゃあ、センパイには本当にとびっきりにイイ感じのお悔みをくれてヤンヨ」

 そう言って、彼女は本当に嬉しそう(、、、、、、、)に微笑んで、
「本当に、心の底からお喜び(、、、)申し上げるゼ。本日はお日柄もよく、なあ――まったくもって、死ぬにはいい日(、、、、、、、)だロ?」
 と、そう言った。


 ぼくも、その通りだと、そう思った。




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