フレデリカは魔女だった。 (ニッカリ)
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Chamber of Secret
Chapter1


実はハリポタ作品はリベンジです。

怖い気持ちもありますが、書きたいものは書きたいのです。


イギリス西部、郊外の小さな団地。

辺りはすっかり夜のとばりに閉ざされ、日中でさえ閑散としている通りは耳の痛くなるような静寂を湛えている。

周囲を照らすのは申し訳程度に立てられた街灯のみ。

老朽化が進んでいるのだろう、その一本が不定期に点滅を繰り返している。

 

バチリ、バチッ…

 

光が瞬き、周囲が一瞬闇に包まれ、かと思えばまた照らされる。

―――と、灯りのもとに一人の男性が現れた。

あまりにも唐突に、自然体で現れたので、もしも目撃者がいたのなら(実際には人っ子一人いないのだが…)映画のコマ落ちかと目を疑うだろう。

 

男の名はアルバス・ダンブルドア。

ひょろりとした長身の老人で、ゆったりとしたローブの上から紫色のマントを羽織っている。

長身にもかかわらずマントは地面を引き摺りそうなほど長い。

穿いている踵の高いブーツ、そしてしっかりと伸びた背筋、どれか一つが欠けてもマントは地につくだろう。

 

 

 

 

ダンブルドアはゆっくりと通りを歩く。

歩みに迷いはなく、やがて一軒の民家へと辿りついた。

片手でそっと、背の低い門を押し開く。

ギィ、と軋んだ音を立てて門は老人を迎え入れた。

 

「…」

 

その家屋は荒れていた。

 

かつては美しい花で溢れていたであろう花壇は雑草に覆われ、鬱蒼としている。

建物の壁の塗装は剥げ落ちており、雰囲気をより一層暗い物に変えていた。

 

ダンブルドアはツイ、と庭に植えられた一本の木に目をやった。

朽ちてはいるが、木に括り付けられていたのは手作りの――――ブランコ。

 

ドアのノブに手をかけた。錆びついたノブはひんやりと冷たく、人が入る事を拒んでいる―――そう、思わせる。

鍵は掛かっていた。が、いかなる業かダンブルドアがノブを握るとひとりでにかちりと…。

 

 

 

 

家の中は暗く、常人では目と鼻の先すら視認できないほど。

しかし、ダンブルドアはその青い瞳で屋内を危なげなく見て回る。

 

ごく普通の一般家庭。

内装だけ見れば何の不思議もない。

だが、外の荒れ具合を目にした者ならば、この内外の食い違いには薄気味悪さを感じずにはいられない。

 

「やはり、簡単には見つからぬか…」

 

二十分程かけて全ての部屋を確認したのち、ダンブルドアはポツリと呟いた。

そして、懐に手を入れて一本の木の棒を取り出した。

指揮棒の様な形状をしたソレは多くの者にある物を連想させる。

 

―――魔法使いの杖―――

 

ダンブルドアはそれを軽く一振りした。

 

途端、彼を中心に微風の様なものが発生し、埃を小さく巻き上げつつ、家中を駆け抜けた。

 

ガコンッ

 

「キッチンの方かの…」

 

音のした方向に歩みを進める。

 

 

 

 

キッチンに入ると、部屋の隅、その床の一部が不自然に浮き上がっていた。

どうやら地下への扉らしい。

上にはキャスターの付いた小さな食器棚が置いてあり、よほど注意して眺めなければ気付く事はできない。

 

ダンブルドアが杖を向けると、食器棚は自ら横に動き、道を譲った。

もう一度今度は小さく杖を振れば、隠されていた扉がゆっくりと持ち上がり、地下へ向かう暗い口を開く。

地下から生ぬるい風が吹き上がり、ダンブルドアの長いひげを揺らした。

 

 

 

 

コンッコンッ

 

木製の階段を下る。穿いているブーツのせいで足音は自然と大きなものとなる。

 

コンッコンッ

 

だがあえて忍ばせない。一歩一歩、下る者がいる事を伝えるように下ってゆく。

 

 

 

 

下った先には木製の扉があった。一見すると普通の、スライド式の鍵が取り付けられた白い扉。

開こうと手を伸ばしたダンブルドアはふと、何かに気付いたように手を止めて…顔を顰めた。

 

よくよく見れば、鍵は後付けされた物だと分かる。ところどころの荒が目立っていた。

しかし、問題はそこではない。

 

―――鍵が内側では無く、外側につけられていた。

 

つまり、この鍵は外からの侵入を妨げるものでは無く…。

 

「…」

 

暫く瞑目していたダンブルドアは、今度こそ扉を開いた。

 

 

 

 

地下室の中は狭かった。元々は物置だったのか、幾つかの家具と小さな本棚が埃をかぶっている。

室内にはカビ臭く、かすかにすえた臭いがする。

 

「誰?」

 

そんな場所に少女はいた。

部屋の隅、壁に寄りかかるようにして蹲っている。

 

ぼさぼさと伸び放題の黒髪は生まれつきなのか一房だけ赤い。

手足は枯れ枝の如く痩せ細っており、少女がまともな食事にありつけていないのは明白。

グリーンの大きな瞳だけが爛々とダンブルドアに向けられている。

 

「夜分遅くに失礼。フレデリカ・ウィンクルムじゃな?」

 

ダンブルドアが声をかけると、少女はフイと眼を逸らした。

 

「今度は何をするの?」

「何?」

 

ダンブルドアが首をかしげる。

少女は投げやりな様子で脱力し、四肢を投げ出した。

 

「貴方もエクソシストなんですよね?」

 

エクソシスト――祓魔師、悪魔祓い。

読んで字の如く人に取り憑いた悪魔を払う行為、それを行う者を指す。

現在でもカトリック教会では洗礼時に行われており、それとは別にも本式の物も未だに存在する。

 

魔女狩りにも似た過激な行為に発展するケースも確認されているのだが…。

 

「いや、儂は…」

「葉っぱで叩いても、鞭で叩いても駄目でしたよ?」

「…」

 

よくよく目を凝らせば、少女の肌には無数の痣が存在していた。

少女は言葉を続ける。感情のたかぶりも見せずただ淡々と、全てを諦めているかのように。

 

「魔除けの刻印ももう焼き付けてありますし、磔も最長一週間は―――」

「君の母上が亡くなった」

 

ピタリ、と言葉を紡いでいた口が止まった。

それまで伏せられていたグリーンの瞳が限界まで開かれ、揺れた。

 

「嘘です」

「本当じゃ」

 

少女は半笑いで首を振った。

 

「ああ、新しい治療法ですか?精神的に動揺させて―――」

「…」

「今までもありましたけど、今度は一層悪質ですね。お母さんがしばらく帰ってこないのも―――」

「…」

 

ダンブルドアは何も言わない。

ただ黙って少女の早口に耳を傾ける。

 

「ねぇ…なんとか言ってくださいよ。お母さんはどこですか?」

「…」

 

少女の体が震え始め、老人の言葉を拒絶するように首を振る。

 

「…一週間前のことになる」

「嘘…嘘」

「儂は―――」

「お母さんッ!!」

 

少女はダンブルドアを押し退けて地下室を飛び出した。

家の中を探し回っているのだろう、ドタドタと上から駆けまわる音が聞こえる。

 

「…」

 

ダンブルドアも彼女に続いて後を追う様に、ゆっくりと地下室を後にした。

 

 

 

 

「お母さん!!」

 

少女―――フレデリカは母を探して家の中を駆け回る。

リビング、キッチン、バスルーム、トイレ、寝室―――どこにもいない。

フレデリカが地下室に閉じ込められてから四年が経っていた。

しかし、彼女が迷う事はない。懐かしい記憶を頼りに探す。

 

父がいつもコーヒーを片手に新聞を読んでいたソファー。

母が集めた多種多様の調味料。

家族の集合写真の飾られた暖炉。

いつも三人で一つのベッドに入った寝室。

 

昔のままだ。フレデリカは気付いただろうか?

家は変わっていなかった―――否

 

変わっていなさすぎる。(・・・・・・・・・・)

 

四年も経っているのだ。父は去り、フレデリカも地下室で暮らしていた。

この家で暮らしていたのは母のみの筈。

なのに、この家だけが何も変わっていない。

まるでこの家の時間だけが止まってしまったかの様に。

 

「お母さん…お母さん…」

 

ついにフレデリカは座り込んでしまった。

彼女は母がいなくなってから一週間もの間、水しか口にしていなかった。

その水も、体を拭うタオルを湿らせるために用意された桶一杯のみ。

体力的にも限界だった。

 

 

 

 

 

コツンッ

 

「ひっ」

 

後ろからの足音にフレデリカは喉を引き攣らせた。

ガバリと振り返ると、先ほどの老人―――ダンブルドアが歩み寄ってきていた。

 

「来ないで、近寄らないで…」

 

よろめきながら、相手に背を向けて這う様に距離を取る。

 

―――あの人の言葉を聞いてはいけない。

 

体を支えようとする四肢もおぼつかず、不恰好にのたうち回る。

 

「やめて…来るなぁッ!!!」

 

パリンッ

 

フレデリカが一際大きく叫ぶとダンブルドアの頭上、部屋に吊るされていた照明が一つ爆ぜた。

勿論彼女は指一本触れていない。

ダンブルドアの肩に破片が降りかかった。

 

「あ、あ、あ…あ」

 

と、少女は砕けた照明を目にした途端、呆然とそれを見上げた。

 

「ちが、わたしじゃ…」

 

眼を見開いて顔中を掻き毟る。血が出ても気にも留めない。

 

「あああああああああああッ!!!」

 

そして絶叫すると同時にグリンと白目をむき、フレデリカは気を失った。

閉じた目から涙を流しながらフレデリカは呟く。

 

「お母さん…あなたまで私を置いていくの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

フレデリカ・ウィンクルム。

彼女はごく普通のまっとうな(・・・・・)家に長女として生まれた。

父は医者、母は看護師。よくある職場内結婚だった。

出産時も大きな問題はなく、父が同僚の産婦人科医を散々脅した事が話のタネになる程度。

 

ただ、生まれた赤ん坊…フレデリカには両親のどちらにも似ていない部分があった。

一房だけ色の違う頭髪、父のブルーや母のこげ茶とは違うグリーンの瞳。

 

一時は『すわ、不貞の子か!?』と騒ぎになったが、彼女の血液型が父親と同じ非常に珍しい物だと分かれば、夫婦の愛を疑う者はいなくなった。

母から生まれたのは当然であるし、東洋人の母からは肌と髪の色をしっかりと受け継いでいた。

 

 

 

 

両親は

 

「目に入れても痛くない」

 

と公言してはばからない溺愛ぶり。知人からも

 

「いつ本当に目に入れるかが唯一の心配事だ」

 

と揶揄され、羨まれる程。

 

 

フレデリカ自身も非常に出来た(・・・)子であった。

子供ながらに他者を思いやり、周囲への気配りが出来た。

明るく聡明でいつもニコニコと笑顔を絶やさない子。それが彼女への周囲からの評価。

父はそんな彼女を誇らしく思っていた。

 

もっとも、母だけは彼女の本心を内に溜め込んでしまいがちな気質を内心心配していたのだが…。

フレデリカが時折悪夢を見て泣きながら飛び起きる事もそれを助長した。

 

休日には家族で一緒に。

父の手作りのブランコに座って笑うフレデリカ。

後ろからそれを押す父。

時折振り返りつつも、真剣に園芸に取り組む母。

 

理想の体現、ホームドラマの様な家庭だった。

 

 

 

 

全てが変わったのはフレデリカの七歳の誕生日。

両親は例年通り大きなホールケーキを用意し、テーブルにはご馳走が並べられていた。

 

「今日は最高の日になる」

「たくさん食べてね。腕によりをかけたんだから」

 

フレデリカの母は両親が日本人。

彼女は母、つまりフレデリカの祖母から教わったおかげで料理が上手かった。

 

「ライバルを出し抜けたのは胃袋を掴んだからよ」

 

それが母の口癖。

よその家のホームパーティーにお呼ばれした時はいつも、どうして同じ材料を使っているのにこんなに違うのだろうと首を捻り、同時に母を誇らしく思った。

フレデリカにとって母の料理は魔法だった。

 

 

ことが起こったのは食後。

テーブルの皿が全て下げられ、ホールケーキが用意される。その最中だった。

燃え移ったのだ。燭台の蝋燭の火が。母を手伝おうとしたフレデリカの服に。

 

母の悲鳴が響き渡る。

父は水を求めてキッチンへと駆け出そうとした。

だが、父がグラスを手に取ろうとした時にそれは起こった。

 

「え?」

 

グラスへと伸ばされた手が空を切った。

とっさに理解できなかった。そう易々と受け入れられるはずもない。

誰が信じられるだろう。

 

グラスが宙に浮いたなどと(・・・・・・・・・・・・)

 

異常はそれだけでは無かった。

ナイフも、フォークも、皿も、飾られた絵画でさえも宙を舞った。

泣きわめくフレデリカを中心に。

その様子はさながら彼女を中心に発生した竜巻。

 

父は心底恐怖した。

自身の理解の範疇を越えた現象、そしてそれを起こしたフレデリカに。

悪魔の仕業かと思った。娘には何か…そう、異常な何かがあるのではないかと。

 

無論、一度はその考えを振り払った。

病院で娘の治療を待っている際も否定し続けた。

馬鹿馬鹿しい。そんなはずはない。自分の娘はまとも(・・・)だと。

だが、それを嘲笑うかのように彼女の不可思議な点が思い起こされる。

髪の色、瞳の色、いつも見る悪夢、両親どちらとも似ていない顔立ち。

 

翌日、病室でフレデリカに巻かれた包帯を取り替えようとした時が決定的だった。

 

跡形もなかったのだ。主治医にも一生残ると言われた『やけどの跡』が。

 

 

 

 

 

それ以来、父は以前の様にフレデリカに接することが出来なくなっていった。

何もかもが不気味に見えてしまうのだ。

かつては愛しかった笑顔も、出来過ぎとまで思える聡明さも。

何か得体のしれない者の様に思えてならなかった。

 

 

 

 

ある日、父は消息を絶った。妻と娘を残して。

後から母が調べれば、仕事も辞めていた。

 

残されたのは母とフレデリカの二人。

幸いと言っていいのか、父は二人に家と財産を残していった。

二人ならば生活していけるだけの金額は十分にあった。

 

母はフレデリカを捨てなかった。恐ろしいという気持ちもある。

だが、それ以上に母は自分の娘を愛していた。

 

愛する夫を失い、娘におびえ、そんな自分に自己嫌悪する毎日。

フレデリカの目から見ても、母は日に日に衰弱していった。

 

けれどフレデリカは何もできなかった。

彼女は理解している。

自分が全ての元凶なのだと。

何より恐ろしかった。父のみならず、母にまで拒絶されることが。

 

彼女は覚えている。

自分を見る父の目にはっきりと宿った恐怖の色。

 

そして気づいていた。

時折、自分を見つめる母の目にさえも同じ色が宿っていることに。

 

 

 

 

フレデリカの災難はまだ続いた。

ある時、外出していた母が帰宅するなりこう言った。

 

「フレデリカ、分かったの!!貴方には悪魔が憑いていたのよ!!」

 

はじめ、フレデリカは母が何を言っているのか理解できなかった。

 

「やっぱり、貴方が悪いんじゃなかった!!大丈夫、悪魔さえいなくなれば、貴方はまとも!!」

 

そう言って喜ぶ母の目は濁り切っていた。

こちらを向いていても、母はもう私を見ていない。そう思った。

 

「大丈夫よ。私の可愛いフレデリカ。あなたの事はママがきっと助けてあげる」

 

そう囁く母に抱きしめられながら、フレデリカは悟る。

母が見ているのは悪魔に取り憑かれた、可愛い本当の(・・・)フレデリカで、今ここにいるのは悪魔の取り憑いたあってはならない存在。

 

それでもフレデリカは母と一緒になって喜んで見せた。

久しぶりに見たのだ。自分のせいで失わせてしまった母の笑顔を。

曇らせるなんてできなかった。

 

 

 

 

 

母はどんどんカルト宗教にのめり込んでいった。

かつての聡明な彼女ならそうはならなかっただろう。

だが、そうするしか、そんなものに縋るしかない程に彼女は追いつめられていた。

 

生活費のほとんどを教団へのお布施につぎ込み、娘を地下室に閉じ込めた。

悪魔憑きだと周囲に知られれば娘は不幸になるかもしれない。

将来にも、就職にも影響するかもしれない。

バケモノとして差別されるかもしれない。

 

―――何としても守らねば。私は娘を愛している―――

 

フレデリカさえまとも(・・・)になればきっとすべてがうまくいく。

そうすれば夫だって…。

 

 

 

 

教団からは度々エクソシストを名乗る者たちがやって来てはフレデリカに様々な事をしていった。

はじめは控えめだった除霊も、母が何も言わないのをいいことにどんどんとエスカレートしていった。

それこそ、他人が見ればおぞましいと目を背けるような事にまで。

 

母は止めなかった。

悲鳴が聞こえても、許しを請う声が聞こえても、それは彼女のイトシイムスメのものではなく聖なる儀式によって苦しむ悪魔の断末魔なのだから。

 

故に母は儀式の度にエクソシストに感謝を述べ、謝礼を払う。

そしてボロボロになった娘を抱きしめて囁くのだ。

 

『アイシテイルワ、フレデリカ』と―――

 

 

 

 

当然の如く、二人の生活は困窮していった。

最初の一年で父の財産は尽きた。

知人に片っ端から金を無心し、あてが無くなれば消費者金融に。

それでも足りなければ何でも売った。

お気に入りの服を売った。車を売った。体を売った。

 

唯一、家の中には手をつけなかった。

そこは彼女にとって最も幸せだった頃の象徴。

全てが上手くいったときに、また三人で暮らす場所。

毎日掃除も欠かさなかった。

 

フレデリカは地下室から出してもらえない。

食事は母が運び、体はたまに濡れタオルで拭う。

母は徹底していた。

一瞬でも気を抜けば、悪魔が娘を乗っ取り連れ去るかもしれなかったから。

 

 

 

 

そんな日々が四年間続いた。

フレデリカは傷だらけで痩せ細り、体からは異臭を放っていた。

母も昔の面影を無くしていた。

顔はやつれ、眼は血走り、白髪が増えた。

誰もが母の年齢を聞けば驚く。老け込み過ぎだと。

 

 

 

 

 

その日も母はいつもの様に出かけて…帰ってこなかった。

 

「お母さん、遅いな…」

 

フレデリカは待ち続ける。

一週間後、自身も忘れていた誕生日。

一人の老人がやってくるまで――――――ずっと。

 



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Chapter2

「あ…」

 

フレデリカが目覚めると、そこはあの薄暗い地下室では無かった。

懐かしい天井、久しぶりの柔らかいソファー。

いつ以来だろう?冷たくない場所で目覚めるのは。

 

「ん~」

 

ぐしぐしとまぶたを擦る。

 

「おお、目覚めたようじゃの」

 

フレデリカの声を聞きつけてダンブルドアがキッチンの方から顔を出した。

彼の背後ではコンロにが点けられ、その上で薬缶が蒸気を吹きあげている。

 

「少しキッチンを借りておるよ」

「あなたは……ッ!?」

 

暫く寝惚けていたフレデリカだったが、気を失う直前の事を思い出して飛び起き―――

 

「へびゅっ!?」

 

やはりまだ本調子ではないため、勢いのまま床に転がり落ちた。

 

「これこれ、あまり暴れるでない」

「う、うわ、わわわっ」

 

軽く微笑んだダンブルドアが杖を取り出して軽く一振りすると、床にへばりついていたフレデリカは宙に浮き、ソファーの上に戻された。

彼女と一緒に滑り落ちたブランケットも一緒に浮き、フレデリカの肩にかかった。

 

「!?…???」

 

あまりにも当然の如く起きた異常現象にフレデリカは目を白黒させる。

ダンブルドアは一度キッチンに姿を消し、すぐにマグカップを片手に戻って来た。

 

「まず、これを飲んで落ち着きなさい」

 

差し出されたのは彼女が幼い頃使っていたマグカップだった。

ピンク色をベースに黒猫がプリントされている。

よく悪夢を見た時に母はぐずるフレデリカにこのカップでホットミルクを入れてくれた。

(懐かしいな)

フレデリカは思わず両手でそれを受け取った。

 

「あ、あの…これは?」

 

中には温かい液体が入っており、微かにレモンの香りがした。

 

「気分が落ち着く魔法の飲み物じゃ」

「…」

 

疑り深く老人の青い瞳を見つめていたフレデリカだったが、ダンブルドアの無言の圧力に負け…というより本人が我慢できなかった。

こんなモノ、本当に久しぶりだったのだから。

 

「…レモネード?」

「まぁ、そのようなものじゃな」

「そのようなって…何を入れたんです?」

「はて?なんのことやら」

 

ダンブルドアはフレデリカのジトリとした視線も飄々と受け流して笑った。

その茶目っ気のある様子に、フレデリカも毒気を抜かれてしい再びカップに口をつけた。

 

彼女が知る由もないが、このレモネードにはダンブルドアがある薬…魔法薬を入れていた。

『安らぎの水薬』

服用した物の不安や精神の昂ぶりを鎮める薬。

その証拠に、フレデリカの様子も幾分か落ち着き、思考も取り敢えずは老人の話を聞こうと思えるまでに至った。

 

「その…えと…」

「なんじゃ?」

「あなたは…だれですか?」

「これは失礼を。儂としたことが自己紹介を忘れるとは…」

 

『歳は取りたくないものじゃ』

そう言いながら、本当にうっかりしていたと言った様子で自らの額をパシリとはたく。

芝居がかった動作であったが、この老人がやると妙に様になっている。

 

「儂の名はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツの校長をやっておる」

「ホグ…ワーツ?」

 

フレデリカは初めて聞くその名を反芻し首を傾げる。

校長を名乗るからにはそのホグワーツとやらは学校なのだろうが、そんな名前聞いたこともない。

(私の知ってる学校もほんのちょっとなんだけど…)

四年前から世俗から切り離されてきたのだ。当然と言える。

 

「その…校長先生がど、どうしてわたしのところに?」

 

フレデリカは恐る恐る尋ねた。

 

「君にホグワーツから入学許可証を送ったのじゃが、届いた形跡が無くての」

 

そう言ってダンブルドアは玄関の方を指差す。

扉の前には無数の手紙が山と積まれていた。

郵便桶から溢れだしたであろうそれは全て同じものに見えた。

 

この家には一週間前からフレデリカしかいなかった。

そのフレデリカも地下室に閉じ込められているとなれば、結果は言わずもなが。

 

「わ、わたしとってきます」

 

フレデリカが立ち上がろうとするが、ダンブルドアはそれを手で制した。

 

「いや、儂が一通持っておる。…はて?どこにしまったか…」

 

ダンブルドアが懐を探りさまざまなものを取り出してゆく。

針が十二本ある懐中時計、得体のしれない液体の入った小瓶、ライター、ぐるぐると止まる事のないコンパス…レモンキャンデー。

(レモンキャンデー?…わ、たくさんある。どこにしまってたのかな?あの小瓶については…知らない方が幸せかも)

 

少し怖くなったフレデリカは手に持ったマグカップをそっとテーブルに置いた。

 

「おお、これじゃこれじゃ」

 

やっと目当てのものを取り出したダンブルドアが一通の手紙をフレデリカに手渡す。

古めかしい封筒に入ったそれには赤い蜜蝋で封がしてあった。

楯の様な紋章は校章だろうか?

差出人は『ホグワーツ』。

宛先は『フレデリカ・ウィンクルム』。

 

「あ、あけても…?」

 

ダンブルドアはこくりと頷いた。

 

 

 

 

‟フレデリカ・ウィンクルム殿

 

  このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されたましたこと、心よりお喜び申し上げます。

 教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は9月1日より開始いたします。

 

                         校長 アルバス・ダンブルドア

                         副校長 ミネルバ・マクゴナガル”

 

 

 

 

「ホグワーツ『魔法魔術』学校…?」

「そうじゃ。フレデリカ、君は魔法使い…魔女なのじゃ」

 

 

 

 

「ぷっ…ふふふ。新しいペテンみたい」

 

フレデリカはくすくすと可笑しそうに笑う。その差は年相応にあどけない。

長い前髪の間から見える顔立ちも整っており、散髪でもすればさぞ可憐であろう。

 

「ふふふふふふ…あは」

「…」

 

笑いは止まらない。

別にフレデリカはダンブルドアが冗談を言っているとは思わなかった。

ダンブルドアの見せた異常現象もどうやったって否定できなかった。

むしろしっくりきた。

納得した。

理解してしまった。

 

(ごめんなさい、おかあさん。あなたの可愛いフレデリカはどこにもいませんでした。わたしは、バケモノです。(I am freak)

 

心の中ではずっと思って来た。

わたしはバケモノじゃない。

頑張って治療を受けていれば、それで効果が無ければ私に悪魔が憑いてるなんて取り越し苦労になる。

あの誕生日の件だって何かの間違いだった。きっとそう。

いつかはお母さんも『わたし』を娘と受け入れてくれると思った。

エクソシストたちの儀式も馬鹿馬鹿しいと思いつつも受け入れた。

 

「あはは、ひひっ、くっくふ、くふふふふ…」

 

滑稽だ。

間違っていたのはわたしだけだった。

母も、教団の人たちも正しかった。

 

「ふっ、ふっく、ひっ…ううううぇぇ…」

 

悲しかった。

生まれた時から自分はバケモノ。

母も父も受け入れられないもの。

間違っていたのはこの四年間では無く、それより前の…。

 

 

 

 

 

「ひっ、ひっ、ふ…く…」

 

ダンブルドアから渡されたハンカチを顔に当てて鼻をすする。

 

「それで、どうするかね?」

「どうするって…」

「入学するかどうかじゃ」

 

ホグワーツ魔法魔術学校…つまり、魔法を学ぶ場所。

もしかしたら―――

 

「そ、そこには…わたしと同じ存在(バケモノ)がたくさんいるんっ、ですよね…」

「左様。君と同じく魔法の素質を持つ者たちが集い、高め合う場所じゃ」

(そこなら…そこならわたしだって)

「行きたい…です。で、でも―――」

「では、そのように」

 

ダンブルドアはフレデリカの『行きたい』の言葉に即座に反応した。

そして立ち上がり、古めかしい羊皮紙と羽ペンを取り出して何やら手紙をしたためはじめる。

 

「ま、まって!!」

 

フレデリカは慌ててダンブルドアを制止した。

 

「何かね?」

 

返事をしつつもダンブルドアは手紙から目を離さず、手も止めない。

 

「わたし、そんなお金ないですっ!!」

 

ダンブルドアは動かしていた手を止めてフレデリカに向き直った。

羽ペンはひとりでに動いて手紙を書き続ける。

フレデリカは続ける。

 

「おとおさんの残してくれた財産もないし、借金だっていっぱい―――」

 

言葉にするたびに暗雲が立ちこめる様だった。

言葉もだんだん尻すぼみになってゆく。

絶望的だ。最悪と言っていい。

 

「では聞くがの?…このままこの家にいて、君にその借金とやらを返すあてが?」

「えっ!?それはっ…ない…けど…」

 

フレデリカは言葉に詰まる。

フレデリカは身寄りのない子供だ。

借金なんて返せるはずもないし、仮に滞納したとして彼女が自立できる頃には借金は莫大な額…それこそ一生かかっても返せないほどに膨れ上がっているだろう。

法には頼れない。

フレデリカの母は表ざたにできない様な所にまで借金をしていた。

 

「幸い魔法界は人材不足での。ホグワーツ卒業生の大半が職に就いておる」

「でも、借金は…」

「学校が肩代わりする。非常に古いモノじゃが、過去にもそう言った事例はある。無論、奨学金という形になる故返済はしてもらうが…」

「…」

「質問は終わりかね?」

 

ダンブルドアは書き上げられた手紙を手にし、文面を確認し始める。

 

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「大人が子供を助けるのは当然とはおもわんかね?」

「…」

 

フレデリカはいまいち納得できなかった。

虫が良すぎる。

 

「とまあ、これは建前じゃ」

「え?」

「単純に、魔法界としても未熟な魔法使いを野放しにできんのじゃ。我らはその存在を秘としておるでの」

 

一通り目を通し終わったダンブルドアは手紙をクルクルと巻き始めた。

そしてそれをどこからか取り出した紐で縛り、これまたどこから取り出したのか蜜蝋で封をした。

完成した書簡をフレデリカに差し出しつつ、ダンブルドアは問いかける。

 

「これはこちら側の事情じゃ。しかし、最も大切なのは―――」

 

ダンブルドアはフレデリカの顔を覗き込むように見つめる。

半月眼鏡の奥でブルーの瞳がキラキラと――

 

「君がどうしたいか、なのじゃ」

「わたしは―――」

 

フレデリカは俯いて自分の足元を見つめる。

汚れているうえにガリガリの足、伸び放題の汚らしい爪。

そしてそんな自分の立っている美しい絨毯。

そのミスマッチが自分とこの家の矛盾を表しているような気がした。

(ここは、わたしの居場所じゃあ――でも、同じ人たちの中でならもしかしたら…)

フレデリカはきゅっと唇を噛み締めて顔を上げた。

 

「わた、わたしは…行きたい…です」

 

しどろもどろにつっかえながら、ダンブルドアから眼を逸らしつつもフレデリカは自分の気持ちを言葉にした。

 

「では…そのように」

 

同じ言葉。それでも先ほどよりずっと温かみを感じさせる響きだった。

 

「ぁ…」

 

ダンブルドアはフレデリカの頭を優しく撫でた。

彼女の髪は垢で固まりボサボサで、お世辞にも綺麗とは言えない。

それでも、優しく梳くように撫でた。

(あったかい…)

ダンブルドアの手は老人とは思えぬほどに柔らかく、温かかった。

こんな温かみを感じたのは―――

 

(おかあさんもこうやって…)

 

ビクリ、とフレデリカの体が硬直した。

なぜ今まで忘れていたのだろう。

いや、忘れてなどいない。

ただ考えないようにしていただけで―――

『安らぎの水薬』も、彼女を取り乱すであろう思考から遠ざけていた。

 

「あ、あのっ…あの…おかあさんは―――」

 

ダンブルドアは痛ましそうに目を伏せた。

(だめ…)

フレデリカは聡い子だった。

ダンブルドアの仕草だけで察してしまう。

背筋が寒くなり、歯がガチガチと音を立てる。

(だめ…言わないで)

 

「辛いかもしれんが―――『だめっ!!』…」

 

ダンブルドアは口を閉じた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

フレデリカは胸を押さえて荒く息をつく。

 

「ごめんなさい。でも、今は…今はいわないで」

 

先送りにしている。

逃げているだけ。

本当はわかってる。

 

『君の母上が―――』

(わたしは覚えてない…)

『一週間前の―――』

(おぼえてないったら!!)

 

「…すまんかった。配慮に欠けておった。…この話はここまでじゃ」

「ごめんなさい」

「「…」」

 

気まずい沈黙が二人の間に落ちた。

 

 

 

 

 

 

「さて、行くとなれば話は早い。じゃがまずはその身なりをどうにかせねばの?」

「え…あ。」

 

かぁぁぁっとフレデリカの顔が紅潮する。

彼女だって女の子なのだ。

 

「シャワーを浴びてきてはどうかね?」

 

耳まで赤くして、フレデリカはコクリと頷いた。

 

 

 

 

「ひあっ」

 

バスルームでコックを捻ってお湯を出す。

予想外の温度だったため、思わず声が出た。

まずは頭から

(あ、シャンプーも昔のままだ…)

母と自分が一緒に使っていたもの。

勝手に使った父が散々怒られていたのを思い出した。

(だめだめ)

泣きそうになる気持ちを振り払う。

手にシャンプーをたっぷりと出して頭を洗い始める。

しかし、長い間洗っていなかった髪は垢にまみれており、なかなか泡立ってくれない。

 

「洗った気がしない…もっかい洗お」

 

何度も何度も洗う。

その度に茶色く染まった泡が生まれる。

泡はフレデリカのなだらかな、未成熟の体を伝って床に落ち、排水溝へと吸い込まれてゆく。

その体躯は栄養不足が原因で同じ年頃の女の子と比べても発育が遅い。

(久しぶりに鏡をみたけど…)

体にはいくつもの痣が残っていた。

紫のもの、黒いもの、黄色く変色したもの、鞭で打たれた線状のもの。

切り傷も少なくない。

 

だが、最も目を引くのは胸の中心に刻まれた幾何学模様。

深く刻まれたそれは焼きごてを押し付けて作られた。

泣き叫ぶフレデリカを拘束して。

(消えないよね…)

母の美しかった肌や理想的な体型を思い出してため息をつく。

(こんな格好であの人と話してたんだ)

あまりの羞恥に穴があったら入りたい気分である。

いくら老人とはいえ、異性の前で浮浪児の様な格好は…

 

「うううううう…」

 

優しそうな人だった。

校長先生というのだから偉いのだろう。

自分とは住む世界の違う殿上人かもしれない。

 

「すごいお髭だったけどいくつくらいなんだろう…あれ?」

 

ふと気になる点があった。

 

「勧誘って校長先生がじぶんでくるものなの?」

 

 

 

 

 

 

 

「危ういのう…」

 

少女がシャワーを浴びている間、リビングで待機していたダンブルドアは呟いた。

心が不安定すぎる。

母の事も、考えて無いようにしている様だが果たしてそれは正しいのか…。

(やはり、直接出向いて正解じゃったか)

 

そう、フレデリカの疑問は的を射ていた。

本来ならばこういった仕事は校長では無く他の者が出向くのだ。

ダンブルドアが自らフレデリカを訪ねたのには理由があった。

 

「あれが予言の…」

 

彼の学び舎に所属する一人の占術師。

普段は評判の良くない彼女であるが、数か月前に予言を行った際の様子は尋常では無かった。

まるで十二年前のあの予言の様だった。

 

‟帝王が退けられてからの一年。

その間に生まれ、魔を知らぬ者に育てられし少女こそ鍵。

生まれながらにして抗う者たちの命運を握り、いずれは帝王の命すら左右する者。”

 

(無視できるはずもない。帝王とはまず間違いなくあやつ…)

 

「お、お待たせしました」

 

少女がバスルームから出てきたようだ。

余程念入りに洗ったのだろう、髪もさらりとしている。

まだ少し痛んではいるので、後で魔法のトリートメントでも送ろうか…。

綺麗になった分、体に残る傷が痛々しかった。

 

「おや、見違えた――――ッ!?」

 

髪をまとめて、タオルで拭いている彼女は今まで隠されていた顔がはっきりと伺えた。

ダンブルドアは少女の顔を見て確信する。

予言は本物だと。

 

「???」

 

こてりと首を傾げる少女の顔は、色合いこそ違えど似ていた。

似すぎていた。まるで写し取ったかのように。

ダンブルドアは呆然と呟く。

 

「リリー…」

 

そのつぶやきがフレデリカに届くことは無かった。



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Chapter3

「いろんな音がする…」

 

久しぶりに出た外にはいろんな情報に満ちていた。

フレデリカは青いワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織っている。

靴はそもそも持っていなかったので、サイズの合っていない母のスニーカーを穿いた。

現在イギリスは七月の終わり。

まだ夏と言っていい時期だが、それでも夜間は冷える。

 

「あの…どこへ?」

「ロンドンじゃ。取りあえずはそこに滞在してもらうことになる」

「ロンドン…ちょっと待ってもらってもいいですか?」

「よかろう」

 

フレデリカはぐるりと家の景観を見回した。

 

「四年…経ってるんですね」

 

家の中にいた時は時間が止まったかの様な内装のせいでいまいち実感が湧かなかったが、荒れ果てた外を見れば時間の経過を否が応でも感じさせられた。

フレデリカは庭を歩き回る。

雑草だらけの花壇、四年前とは違い空のガレージ。

(これも、まだあったんだ)

フレデリカはペンキの剥げたブランコをそっと撫でる。

ゆっくりと座ると、ブランコを支えるロープが小さく軋みを上げた。

 

「ちっちゃいなぁ…」

 

低く作られたそれは今のフレデリカが座ると膝が腰より高い位置に来た。

お尻もかなりはみだし気味だ。

 

「…うん」

 

しばらくゆらゆらと漕いでいたフレデリカだったが、ダンブルドアが歩み寄ってくる姿を見て立ち上がった。

小走りで彼の元に駆け寄る。

ぶかぶかのスニーカーがかぽかぽと間抜けな音を立てた。

 

「もういいのかね?」

「はい…やっぱりここは………わたしの居場所じゃないです」

「そうかね?ここが君の家であることは―――」

「いいえ」

 

フレデリカはふるふると首を振って否定する。

 

「…行きましょう?」

「………あいわかった」

 

ダンブルドアはフレデリカの手を取った。

フレデリカはもう一度だけ振り返った。

 

「では、ロンドンへ―――」

 

二人の姿が夜の闇に掻き消える。

その直前、フレデリカには見えた気がした。

 

ブランコに座り父と母に囲まれて笑う―――混じりけのない黒髪を持つブルーの瞳の少女の姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

フレデリカが目を開くと、そこは静かな夜の住宅地などでは無かった。

 

「ひっ」

 

ガヤガヤとした喧騒に包まれた暗い室内。

ランタンのオレンジの光に照らされながら、数人がグラスを傾けたり世間話に興じていた。

店内の人間はほとんどがローブの様なものを纏い、一般的とは言い難い風貌だ。

 

「おどろいたかね?」

「あ、あの…ここがロンドン?」

 

若干店内の雰囲気に気圧されつつもフレデリカはダンブルドアに尋ねた。

 

「左様。『漏れ鍋』という店じゃ。魔法界では知らぬ者はそうおらん」

「じゃ、じゃあやっぱりここにいる人たちはみんな…」

「魔法使いじゃ」

 

フレデリカが興味深そうにあたりを見回せば、至る所で不思議な現象が起こっていた。

客が立ち上がると同時に勝手に収納される椅子。

ひとりでにロックグラスをかき混ぜるマドラー。

空きテーブルを並んで行進する布巾たち。

カウンターに座った老婆のキセルからは猫の形の煙が出ている。

 

いろんな所に目をやってはびくりとするフレデリカをダンブルドアは微笑ましく思った。

 

「これはこれは、ダンブルドア校長!!貴方がこの店に直接来られるとは珍しい」

「トム、久しぶりじゃの」

 

カウンターの奥から出てきた年老いた男性がにこやかに歩み寄り、ダンブルドアと抱擁を交わした。

 

「ダンブルドアだって?」

「あれが…」

「アルバス・ダンブルドア…」

 

店内はダンブルドアの名前が出たとたんに更なる喧騒に包まれる。

皆が皆、尊敬のまなざしを彼に向けていた。

(やっぱり、すごい人なんだ…)

フレデリカは自分がそんな人物の隣に立っていることに落ち着かない気分になった。

 

「今日はどんなご用件で?」

「しばらくここを、この子の滞在先にしようと思っての。部屋に空は?」

 

ダンブルドアは自分の後ろに隠れているフレデリカをそっと前に押し出した。

 

「あるにはあるが…この子ひとりなのかい?」

「そうじゃ」

 

ダンブルドアが頷くと、トムと呼ばれた男性は困惑の表情を浮かべた。

この年の子が一人で、というのは流石に珍しい。

フレデリカはダンブルドアを見上げた。

 

「安心しなさい。ここが安全なことは儂が保証しよう」

 

フレデリカはコクリと頷いた。

ダンブルドアも、出会ってから半日と経っていない。

だが、皮肉なことにフレデリカにとって現在最も信頼できるのはこの老人のみなのだ。

 

「えと…初めまして。フレデリカ・ウィンクルムです」

「いらっしゃい。可愛らしいお嬢さん。『漏れ鍋』へようこそ」

 

トムはにっこりと笑ってフレデリカに右手を差し出す。

フレデリカは戸惑いつつも握手に応じた。

 

「彼女は今年度からホグワーツに入学するのじゃ」

「おや、そうだったのか…てっきりもっと幼いものかと…」

「あぅ」

 

確かにフレデリカは同年代に比べて小さい。

(だって、お腹いっぱい食べた事なんて―――)

 

ぐう~~っ

 

「おや?」

 

食べ物について考えたからだろう。

突然フレデリカのお腹が大きな音を立てた。

トムも目を瞬かせてフレデリカを見つめた。

 

「~~~っ」

 

俯くフレデリカの顔はゆでだこの様に真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はふっ」

 

フレデリカは割り当てられた部屋のベッドにぽふりと倒れ込んだ。

先程まで散々飲み食いしたお腹はぽっこりと膨れている。

フレデリカはその小さな体で二人前の量を平らげた。

いや、実際にはもっとかもしれない。

凄まじい勢いでがっつくフレデリカに面白がった他の客が、我も我もとばかりに食べ物を与えたのだ。

 

「みんな、やさしかったな…」

 

久しぶりに大勢の人間と接して戸惑っていたフレデリカであったが、不思議と恐ろしいという気持ちは湧いてこなかった。

ただ、困惑したのだ。久しぶりに他者から善意を向けられて、どう反応すればいいのか分からなかった。

 

「あした…おれい……言わなきゃ…」

 

大きなアーモンド型の瞳がしぱしぱと眠そうにしばたいた。

一晩で多くの事がありすぎた。

(地下室から出て、校長先生に会って…魔女だって分かって―――)

半分寝入りかけた頭でフレデリカは今日を振り返る。

ダンブルドアは少し前に帰って行った。トムが言うには非常に忙しい人らしい。

正直に言えばまだ不安だったが、これ以上手間は駆けさせたくなかった。

 

(だめ…着替えなきゃ…)

そう思うのだが、身心共に疲労したフレデリカは睡魔に抗えない。

空腹も満たされ体はほてっている。

ベッドのシーツは少しかび臭かったが、さっきまでいた地下室よりはずっとましだった。

なにより羽毛の柔らかさが素晴らしい。

(ふかふか…)

四年間固い床の上で眠っていたフレデリカにとってはそれだけで夢のようだった。

 

初めのころは地下室にもいろんなものがあった。

けれど、『治療』がエスカレートするうちに、母がこう言われたのだ。

『あまり快適な生活をさせない方がいい。悪魔が出ていくことを渋ってしまう』と。

それ以来、フレデリカの地下室は牢獄の様になったのだ。

あったのは父の置いていった本と小さなランプ、排泄用のおまるだけ。

 

(夢じゃないよね…?)

フレデリカは怖くなった。

もしも次に目覚めたらまたあの地下室で…。

 

「すー、すー」

 

フレデリカは規則的な寝息を立てつつ、夢の世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

 

「朝…」

 

フレデリカは窓の外で朝日が昇るのをベッドの上で眺めていた。

こうやって朝を迎えるのは三回目だが、地下室暮らしだったフレデリカには太陽そのものが新鮮だった。

彼女が漏れ鍋に宿泊を始めて四日が経っていた。

昼間は店の外…まともな人たちの世界を散歩して過ごし、早めに寝て夜は本を読みながら朝を待つ。

漏れ鍋にある本はどれも面白かった。魔法の本というだけで興味深かったが、何より読みやすかった。

というのも、地下室にあった父の本は非常に難しく、大半が理解できなかったのだ。

いくらフレデリカが賢くとも十かそこらの少女に医学書はハードルが高すぎる。

 

「今日は買い物をするんだよね」

 

パジャマ代わりの、だぼついたTシャツを脱ぎ捨てる。

クローゼットを開いて物色。

 

「どれ着ていこう?」

 

替えの靴と服を用意しなければと思っていたのだが、二日目の朝に一式が枕元に置いてあった。

トムが言うにはダンブルドアが持ってきたらしい。

フレデリカは一番動きやすそうな格好を選んだ。

軽く手櫛で髪を整えると、鏡の前で跳ねたところがないかチェックする。

念入りに、変なところがないか確認する。

 

「ダイアゴン横丁…どんなところなんだろう?」

 

今日はフレデリカが初めて魔法使い側の通りに行く日なのだ。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

「おはよう」

 

フレデリカが階段を下ると、トムがグラスを磨いていた。

カウンターの上には朝食が用意されており、ベーコンが香ばしい臭いを放っている。

 

「いただきます」

「飲み物は何にする?」

「牛乳を下さい」

 

フレデリカは早く大きくなりたかったので積極的に牛乳を飲んでいた。

トムはマグカップに入ったミルクをフレデリカの前にコトリと置く。

彼がカウンターに置かれたトースターに杖を向けると、トーストがフレデリカの皿に向かって発射された。

 

「とう」

 

フレデリカはそれを皿に乗る前にキャッチして齧る。

(きまった…)

最初の二日間はこの飛来物に皿の上の物を軒並み吹き飛ばされていた。

 

「その、今日一緒に案内してくれるっていうひとはいつ?」

「昼前には来ると言っていたよ…ああ、それとこれ」

 

じゃらりとカウンターに置かれたのは革で作られた袋だった。

中に硬貨が入っているらしくずしりと重い。

 

「ダンブルドアが君に、だそうだ。手紙もある」

 

フレデリカは手紙を受け取り、封を切った。

 

 

‟これは学校からの奨学金じゃ。

杖や鍋、制服など必要最低限の物を買うには十分の筈。

『闇の魔術に対する防衛術』に関する教科書もこのお金でそろえなさい。

その他については学校に卒業生の残した物がいくつかある。貸し出しも許可しよう。

 

PS

残った分は自由にしてよろしい。

これは君の一年間に対する奨学金じゃ。よく考えて使う様に”

 

軽く袋の中を覗くとかなりの量が入っていた。

 

「あの、トムさん」

「どうした?」

「お金の価値を教えてください」

 

グラスを拭いていた手を止めてトムはフレデリカを見た。

 

「そうか、君はマグル育ちだからそこからか…」

 

グラスを背後の棚に片付け、トムはカウンターから出てきた。

手近にあった椅子を片手にフレデリカの隣に座る

 

「失礼」

「え、はい」

 

トムはフレデリカから革袋を受け取ると中から三種類の効果を取り出す。

そしてそれを金銀銅の順番にならべた。

 

「左からガリオン金貨、シックル銀貨、クヌート銅貨」

「これだけ…ですか?」

「そうだよ。覚えやすくていいだろう?」

 

フレデリカにとっては拍子抜けだった。

トムが言うには

 

一ガリオン=十七シックル=十七×二十九クヌート

 

だそうだ。

中途半端と思ってしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

漏れ鍋は基本的にパブであるため、午前中は閑散としている。

客もいない事はないが、真っ昼間から飲んでいる奴らだ、大抵は一人酒。

暇を持て余していたトムはフレデリカにチェスを教えていた。

そろそろ待ち合わせ時刻なのだが…。

 

「やぁ、トム。ご無沙汰しているよ」

 

細身の男性が入店してきた。

眼鏡をかけており、お世辞にも濃いとは言えない頭髪はなんとか赤毛だと分かる。

 

「アーサー。案内役というのは君だったのか」

「正確には妻のモリーだよ。ホグワーツから来た娘への手紙にダンブルドアからの依頼も入っていてね。同学年だから回る場所も同じだろうと―――ああ、グレンジャーさんこっちこっち」

 

アーサーと呼ばれた男性は入り口でまごついていた男女に声をかけた。

店内に入りつつも、興味深そうに店内を見回している。

 

「そちらの方々は?」

「グレンジャー夫妻だよ。息子の同級生、その親御さんさ」

 

満面の笑みで二人を紹介する。

 

「初めまして、メネラオス・グレンジャーです。こちらは妻のヘレナ」

 

グレンジャー氏は帽子を脱いでお辞儀をした。

きっちりしたスーツを着ている彼はなかなかにハンサムだった。

 

「そちらの彼女が例の?」

「そうだ。フレデリカ、アーサー・ウィーズリーだ」

「こ、こんにちは…フレデリカ・ウィンクルムです」

 

フレデリカもおずおずと頭を下げる。

ウィーズリー氏はグレンジャー夫妻を手招きして一緒にカウンターに座った。

 

「そろそろモリーが来るはずだ。―――っと」

 

チリンチリンとドアベルを鳴らして恰幅のいい女性が入店してきた。

後ろには真っ赤な赤毛の可愛らしい女の子がついている。

 

「モリー、こっちだ」

 

ウィーズリー氏に気付いた二人はそのまま歩み寄り―――

 

「あ…」

 

フレデリカと目が合うとピタリと立ち止った。

緊張でガチガチに固まったフレデリカに向かって女性は声をかける。

 

「まぁまぁ!!貴方がフレデリカね?」

「は、はい…」

「モリー・ウィーズリーよ。この子はジニー。あなたと同い年、同級生になるの」

「よろしく」

 

ジニーは抱えていた大鍋を脇に抱えてフレデリカに手を差し出した。

フレデリカは差し出された手を見て、それからジニーの顔を見た。

真っ赤な赤毛は両親と同じ。少し勝気そうな雰囲気が顔に出ていた。

 

「ど、どうも…」

 

恐る恐る手を握り返し、見上げる。

ジニーはフレデリカよりも頭一つ分背が高かった。

(わたしも、はやくあれくらいに…)

 

「さあさあ、今日は忙しくなるわよ。なんてったって二人分をそろえなくちゃならないんだから」

 

ニコニコと二人を眺めていたウィーズリー夫人が声を張り上げる。

基本的に彼女の声は大きかった。

(ちょっと、こわいかも)

 

「お手数をおかけします…」

「そんなにかしこまらないの!!まずは制服ねッ。アーサー!!あんまり羽目を外すんじゃありませんよ!!」

 

そう言ってフレデリカの手をがっしりと握ると、引きずるように出口へと向かう。

ジニーもそれに続いて小走りで追いかけた。

 

「もちろんだよ!!」

 

そう返答しつつも、ウィーズリー氏は早くも興奮した様子でグレンジャー夫妻に詰め寄っていた。

『ゴムのアヒルはどういった―――』

グレンジャー夫妻はというと…。

 

「ご、ゴムのアヒル?」

 

若干引き気味だった。

 

「い、いってきます…」

 

引き摺られながらフレデリカは小さくつぶやく―――と。

 

「フレデリカ!!」

 

トムが少し大きな声で呼び止める。

ビックリした顔のフレデリカにトムはウィンクをしつつ一言。

 

「魔法界へようこそ」

 

その言葉を聞き終わると同時に、フレデリカは店の外に引っ張り出された。

 

 

 




登場人物が増えると難易度がががががが




グレンジャー夫妻の名前はオリジナルです。
ハーマイオニーの由来、ヘルミオネーの両親から。


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Chapter4

フレデリカ、ウィーズリー夫人、ジニーの三人はダイアゴン横丁に続いていると聞いていた裏口から外に出た。

だが、出たところは四方を塀に囲まれた狭い行き止まり。

店側の壁には大きなゴミ箱が設置されており、その上で換気扇がカラカラと回っている。

ふしぎな店がある訳でも、魔方陣が設置されている訳でもない。

 

トムの言葉に少し心を弾ませていたフレデリカは、焦らされている気分だった。

(ここからワープしたりとかするのかな?…まさかあのゴミ箱が入り口とか…ない…よね?)

ここ数日の経験からすると有り得そうだから恐ろしい。

 

「ほら、二人とも下がってさがって!!」

 

不安げにゴミ箱を足で突っついていたフレデリカをウィーズリー夫人は押し退ける。

 

「ととっ」

 

よろめきながらフレデリカはジニーの隣まで下がった。

四年間地下室にいた彼女の身体能力は非常に低い。

危うく転びそうだったフレデリカをジニーが支える。

 

「大丈夫?」

「だ、だいじょうぶ…」

「うちは私以外男ばっかりだから、ママも妙に荒っぽいの」

 

手提げバッグから杖を取り出している母を見ながらジニーは肩をすくめる。

彼女はフレデリカのそわそわと落ち着かない様子に気が付くと苦笑した。

 

「貴方、ダイアゴン横丁は初めてなんだっけ?」

 

コクリとフレデリカは頷く。

 

「じゃあ見てて。きっと驚くわ」

 

ウィーズリー夫人は取り出した杖で塀を叩いた。

何かを確認するようにブツブツと呟きながら。

すると、レンガ造りの塀が―――ほどけた。

 

バラバラにスライドし、組変わって別の形に。

変化が収まると、そこには大きなアーチがぽっかりと口を開けていた。

さっきまでは全く聞こえなかったのに、アーチの向こう側は人、人、人。

フレデリカが見たこともない様な数の人間が大きな流れとなって蠢いている。

流れは長い道に沿って蛇行を続け、終着点は見えなかった。

 

「ふぁ…」

 

目と口を真ん丸に開いてほけーっとするフレデリカ。

そんな彼女の様子にウィーズリー親子は顔を見合わせて笑う。

 

「さ、手を繋いで!!はぐれたら一大事よ!!」

 

ウィーズリー夫人はジニーの、ジニーはフレデリカの手を握る。

三人は、アーチをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい!!当店は新学期に向けての大特価セール中―――」

「お嬢ちゃん、万能髪染めはいかが?その日の気分によって髪色を―――」

 

通りには大小さまざまな店が存在し、道は通行人や売り子でごった返していた。

フレデリカは初めこそいろんなものに反応してきょろきょろとしていたが、現在は足元に集中してウィーズリー親子に必死で追いすがっている。

見たい気持ちは多分にある。出来る事なら一軒一軒入りたいくらいだ。

 

鍋だけを扱っている筈なのにやたらと大きい店。

競技用箒とやらのショーケースにかじりつく男の子。

見たこともない動物が店内からこちらを見つめるペットショップ。

店先に得体のしれない干物や植物を吊るした薬問屋。

 

だが体の小さいフレデリカがはぐれない様に、かつ早足で移動するのは至難の業。

(いろいろ見るのはまた別の日に…あ、ふくろうだ!!)

 

「気を付けて…あっ、そうだ。ねえ――」

 

フクロウ屋に気を取られて転びそうになったフレデリカを引っ張り上げて、ジニーが尋ねた。

 

「フレデリカ、制服はやっぱり仕立てるのよね?…私はこっちなの。待っててもらうことになるけど―――」

 

心底嫌そうに顎で目の前の店を指す。

その店は塗装が剥げ、ウィンドウには埃が積もっていた。

服屋の様だが、店の外でマントたちが日に焼けて変色している。

看板には『古着屋』の文字。

 

「みんな新品の服なのに、わたしは一人だけ一年のときから古着なんて――」

 

怒ったように腕を組み、鼻息を荒くする。

気丈に振る舞っているが、フレデリカにはジニーの目が潤んでいるように見えた。

 

「仕方がないでしょう。あなたの兄―――ロンだってパーシーのお下がりなのよ?」

「だって、ロンは男の子じゃない!!私は女の子よ!!」

「わがまま言わないの!!」

「じゃあ、ママが一年生の時はどうだったのよ!!」

 

そのまま二人の言い合いは口論にまで発展した。

二人は人目も憚らずに言い合う。

 

「新しく買うってだけで相当無理しているの!!それでも我慢できないって言うんならよその家の――」

「できるならこんな家、選ばなかった!!ママの馬鹿ッ、死んじゃえ!!」

「あ、あの…」

「なに!?」

 

フレデリカが恐る恐る声をかけるとジニーはキッと振り返る。

 

「わ、わたしも古着にするつもりです」

「えっ」

 

ジニーはびっくりしたように目を丸くする。

フレデリカの現在着ている服は新品だ。

だからジニーはてっきり制服も新品を買うのだと思っていた。

 

「だってあなた、そんなにいい服を―――」

 

フレデリカは首を振ってジニーの言葉を否定する。

 

「これは、貰い物…なんです。わたしは奨学金で通うから、なるだけ節約を…」

「ぁ…」

 

ジニーも詳しくではないが、フレデリカに身寄りがない事は聞いている。

その彼女の前で自分はなんと言った?

ジニーは自分の血の気がざっと引くのを感じた。

ウィーズリー夫人も気まずそうにしている。

 

「あ、その…ごめ―――」

「だから、ひとりじゃないです」

「え…」

 

ジニーは古着が自分一人と言っていたが、そんなことはないだろう。

現にここにもう一人いる。

 

「古いのでも、いいのあるかもしれないし…その…」

「………ママ、この店にあるならどれでもいいのね?」

「ええ…勿論、買うのは制服よ」

 

ウィーズリー夫人は少し申し訳なさそうに頷いた。

 

「わかってるっ!!ねぇ、フレデリカ、行きましょう!?この店で一番いいのを探すわよ!!」

 

ジニーはもじもじとするフレデリカを力強く引っ張って店へと向かう。

 

「は、はいっ」

 

(妹がいたらこんな感じなのかしら?)

おっかなびっくりで自分に手を引かれるフレデリカをチラリと振り返って、ジニーは自分が自然と笑顔になるのを感じた。

 

本当は彼女だってホグワーツへの入学は不安だった。

魔法使いというのは基本的に人づきあいが少ない。

マグルの様に大勢が通う学校はホグワーツからで、基本は両親が一般教養を学ばせる。

家柄のいい家の子供は家庭教師がいたり、社交界等で同年代と知り合うこともあるがウィーズリー家にはそう言ったことは皆無。

知り合いは家族と父の知り合いが数人だけ。それも男ばかり。

 

さっき少し話したハーマイオニー・グレンジャーも歳は近かったが、できる事なら同い年で不安を共有できる友達が欲しかった。

 

(この子、ちょっとトロくさいけど…)

フレデリカが自分と母の喧嘩を止めようとして声をかけたのは明白。

更には自己嫌悪に陥りそうになった自分を気遣ってくれた。

 

「ふふっ」

 

ジニーはフレデリカの事が好きになれそうだと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

「ぬぐぐ…」

 

フレデリカは古着の制服が詰まった紙袋を抱えて唸る。

古着屋の店内は少し変なにおいがしたが、以外にも置いてある制服はまともなのが多かった。

ジニーも散々悩んだ末に一着を選んで購入。

その後はフレデリカの服選びを手伝ってくれた。

(こういうのがおともだち…?)

そう思えばなんというか、つむじのあたりがムズムズするようなくすぐったさを感じた。

(でも…はぁ…)

 

フレデリカは何度目になるか分からないため息をつく。

実はフレデリカの場合はあまり選択の余地が無かった。

サイズが無いのだ。一番小さいものでも少しダボつくほどに。

(魔法で何とかならないかなー…)

身長を伸ばす薬とか…。

 

「そろそろハリーたちと待ち合わせの時間ね…ジニー、次は教科書よ!!」

「はいはい。フローリッシュの本屋さんでしょ?」

「本屋さん…っ!!」

 

フレデリカはこれまでで一番と言っていいほどに目を輝かせた。

(どんな本があるんだろう?)

漏れ鍋にあったのは薄い料理の本と難しい呪文の本、後は今売れているらしい冒険活劇が二冊。

(ギルデロイ・ロックハート…かぁ)

 

実はその二冊、『バンパイアとのばっちり船旅』と『狼男との大いなる山歩き』は今年度の教科書だったりする。

トムが言うには客の忘れ物で、持って行ってもかまわないそう。

内容は冒険活劇で、初めて読む『物語』ということもあってフレデリカはこの本が大好きだった。

言い回しや単語、慣用句にはよくわからない魔法族独特のものが多くあったが、それでも彼女は夢中になってこの本を読み込んだ。

 

バンパイアが船酔いして戦えなくなったときはくすくすと笑った。

狼男が自分が人から受け入れられない事に苦悩する様には、自分も投影してしまい思わず泣いてしまった。

 

本を読んでいる間はフレデリカは主人公だ。

辛かった過去もなく、未来に対する不安も、自己に対する嫌悪感もない。

ただ主人公と一緒に笑い、泣いて、勇敢に戦うのだ。

勿論最後はハッピーエンド。

 

(教科書もちょっとみてみたいし…入学まで読めないんだよね…)

 

無論、呪文書の様な勉強の本も医学書もいい。

分からないことが分かるようになるのは気持ちがいいし、頭が良くなって自分の価値が上がればもしかしたら…もしかしたら誰かが必要としてくれるかもしれない。

 

フレデリカは本が大好きだ。

 

「フリッカは本が好きなんだ」

「えっ!?」

 

にやにやと自分の世界にトリップしていた彼女はジニーの声に現実へと引き戻される。

いやまて、ジニーは自分の事を何と呼んだ?

 

「フリッカ…?」

「そうよ、フレデリカだからフリッカ。呼びやすいでしょ?」

 

フレデリカは固まってしまった。

心臓がうるさいくらいに自己主張し、耳の中で血液の流れる音がごーごーと響く。

顔は真っ赤に紅潮して目が潤んだ。

 

「ちょ、ちょっと…どうしたの?もしかして嫌だった?」

 

フレデリカの様子を見て何か傷つけてしまったのかとあたふたとするジニー。

 

「違います…フリッカでいいです。フリッカって呼んで下さい」

「ほんとに大丈夫?」

「はい…はいぃぃ」

 

フレデリカが感動しているのがなんとなくわかってしまい、ジニーも顔を赤くする。

実は彼女も『いきなり愛称って引かれるかなー?』とか思っていた。

結構勇気を振り絞ったのだ。

照れ隠しにそっぽを向いてジニーは言う。

 

「私の事も出来れば愛称のジニーって呼んで?あんまり自分の名前が好きじゃないの」

「名前…?」

 

袖口で目元を擦っていたフレデリカが疑問の声を上げる。

まだ少し目もとが赤い。

ジニーはゥッと言葉に詰まり、少しためらった後ぼそりと呟いた。

 

「ジネブラ。ジネブラ・ウィーズリー…可愛くないでしょ?」

「そんなことは…」

「とにかくっ…私の事はジニーって呼んで」

「じゃあ…その、ジニー」

「何?」

「おばさんはどこでしょう?」

「あ……」

 

二人はものの見事にはぐれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もう!!どこに行ってたの!!心配したんですからねっ!!」

 

幸いにもジニーが本屋―――フローリシュ・アンド・ブロッツの位置を覚えていたので、比較的すぐにウィーズリー夫人と合流できた。二人とも叱られてしまったが。

 

「二人とも、買わなきゃならない教科書を取ってきて!!私は順番待ちで動けませんから」

「順番?」

 

確かに店内は黒山と言って差し支えない数の人でごった返している。

ほとんどが中年の女性だ。

顔を見合わせた二人にウィーズリー夫人は興奮した様子で店の前の横断幕を指差した。

 

“サイン会

ギルデロイ・ロックハート

自伝『私はマジックだ』

本日十二時半より”

 

「ロックハート…っ!!」

 

フレデリカとジニーは驚いて息をのんだ。

時刻を見ればサイン会の時刻まであと少し。

つまり、あと数分でロックハート本人がここに現れるということ。

 

「すごいっ」

 

ジニーが興奮したように叫ぶ。

(ジニーも読んだことあるのかな?)

 

「ジニーもロックハートさんの本を?」

「読んだことないわ!!」

 

即答。

あまりにもきっぱり言い切ったのでフレデリカは混乱した。

 

「じゃあ…なんで」

「決まってるじゃない!!有名人だからよ!!」

「…」

 

ジニーにはミーハーな所があるかもしれない。

 

「フリッカは読んだことあるの?」

「はい。二冊だけですけど…」

 

フレデリカは答える。

そして困ったような顔で辺りを見回した。

(人がいっぱい…本を見たかったのに…)

最初こそ驚いたが、フレデリカはそこまでロックハートが見たいわけでは無かった。

彼の描いた本は大好きだ。けれど、作者本人に会いたいかというと…

(うーん…)

サインも正直言ってどうでもいい。

彼女が好きなのはあくまで『ロックハートの書く物語』なのだ。

尊敬しているし、話してみたいとも思う。

だが、この人数ではサインをしてもらってはいおしまい、が関の山だろう。

彼女がロックハート本人についてあまり聞いたことが無かったこともある。

 

 

 

 

 

「あの…」

 

フレデリカは店のテラス、その隅の方で不機嫌そうにしている老人に話しかけた。

老人は本の山を少しずつ崩し、何やらリストに記入している。

(このお店のひとだよね?)

 

「なんだね?」

 

老人は手を止め、眼鏡越しにジロリとフレデリカを見下ろした。

そのそっけない態度に心が挫けそうになったが、本のためだと自分を鼓舞して会話をする。

 

「えっと…その、ですね。本を探してて…」

「ほう?」

 

興味が湧いたと言わんばかりに眉を吊り上げて手を止める。

 

「お嬢ちゃん、ロックハートのファンじゃないのかね?」

「確かに彼の本は好きですけど、彼自身に興味は…。そ、それにわたしは本を買いに来たんです」

「くっくっくっく…」

 

フレデリカの答えに老人は面白そうに喉の奥を鳴らした。

 

「まさかこんな小さな子が本日最初の『お客』とは…」

「え?」

「今日来たのはほとんどがロックハート目当てでな。教科書を買いに来たのもいたが、ロックハートが来ると分かると皆時間を確認して出ていきおった」

 

けしからんとばかりにため息をつく。

 

「本、書物というのは作者ありきではなく単体で評価されるべき…わしはそう思うがね?」

 

つまらなそうに、押し合いへし合いする行列を見下ろす。

一緒に眺めながらフレデリカは呟く。

 

「なんとなくですけど…わかる気がします」

「駄作まみれと呼ばれた者が生み出した傑作…世間では見向きもされない本を儂は多く知っておる。…無論、その逆もしかり」

 

フレデリカには老人の言っていることが理解できる気がした。

同時に、どんな物でも価値を示せば評価するという老人の考え方がいいなと思える。

 

「……」

「おっと、つまらん話を聞かせたな。本を探しているんだったか?」

「はい…あの、アルバス・ダンブルドアについて書かれた本を…」

「ダンブルドア?もしかして君はホグワーツの?」

「今年からです。…通う学校の校長先生はどんなひとかなー…なんて、思って…」

「ふむふむ…面白い」

 

老人は立ち上がり、棚番号を確認しながらテラスを移動する。

どうやらどこに何があるかは記憶しているらしい。

 

「嬢ちゃんはマグル出身か?」

「あ、はい…」

「であればこれがいいだろう。ダンブルドアは勿論、著名な魔法使いは大抵載っておる。魔法使いの一般常識はこっち」

 

そう言って差し出されたのは二冊の文庫サイズの本だった。

タイトルは『歴史に名を残したえらーい魔法使いたち』と『初心者でも安心!初めての魔法界』

受け取ったフレデリカは裏返して値段を確認する。

大事なことである。

 

「あの、これ値札が…」

「この棚にあるのは儂の個人的な物だ。読み終われば返してくれればいい」

「そんな…」

「その紙袋、古着屋のものだろう?」

「あ…」

「本は誰が何度読んでも減らないが、金は減る…。昔は図書館をやりたかったんだがねぇ…」

 

老人はそう言って仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 

「あっ、フリッカ!!どこ行ってたの?」

「ちょっと、本を見ていました」

 

テラスの階段を下ると、ジニーが大声でフレデリカを呼んだ。

ジニーの周りには先ほど会ったウィーズリー氏とグレンジャー夫妻、そして二人の背が高い赤毛の少年がいる。

(あれ…この人たちそっくり…)

 

「ん?君は―――ああ、ジニーが言ってたのは君か」

 

二人の内片方がフレデリカを見て声を上げた。

 

「俺はフレッド」

「俺はジョージ」

「「ジニーの兄貴だ。よろしく」」

 

同じような声、同じ仕草で同時に自己紹介をする。

差し出された二本の手を交互に見つめて困惑するフレデリカ。

 

「もうっ、二人ともまた人をからかって!!…フリッカ、双子の兄のフレッドとジョージよ」

「えと…どっちが…フレッド…さん?」

「どっちでもいいわよ。付き合う分には何の支障もきたさないから」

「「ひっでぇ~~」」

 

そう言いつつもケラケラと笑う双子。

―――と。

 

「本物の彼に会えるわっ!!」

 

店の入口の方から興奮したような甲高い声が聞こえた。

 

「おや、どうやら娘が来たようだ」

 

グレンジャー氏がそう言った。

入口の方から『すみません、すみません』という声が聞こえる。

どうやらこちらに近づいてくるようだ。

 

「まあ、良かった。来たのね」

 

ウィーズリー夫人がそう言うと同時に、三人の少年少女が人ごみをかき分けて現れた。

 

栗色のたっぷりとした髪に茶色の瞳をした少女。

ウィーズリー家の人々と同じ髪色をしたひょろりと背の高い少年。

そして―――

 

「――――――――あ…」

 

 

 

フレデリカはこの日を生涯忘れない。

 

くしゃくしゃとした黒髪に自分と同じグリーンの瞳。

そして額にある稲妻型の傷跡。

なぜか煤けた格好の少年は眼鏡越しにフレデリカを――――見た。

 

(なに…これ…?)

その瞬間、フレデリカはとてつもないまでの衝撃を受けた。

知らないはずの少年。

 

感じたのは愛しさと―――懐かしさ。

分かたれた自分の半身に会ったような感動。

 

「あ…ぁぁ…」

 

(しらない…わたしはこの人を知らない…)

自分の知らないところから湧き上がる感情の奔流にフレデリカは心底恐怖した。

 

 

 

まるで自分が自分ではないような…そんな恐怖を。

 

 








ジニーの本名ってジネブラって言うんですよ?(知ったか)


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Chapter5

「「………」」

「ええっと…なに?」

 

呆然と自分を見つめてくる小さな少女と顔を赤らめて俯く赤毛の少女。

二人の反応に困惑する男の子―――ハリー・ポッター。

ジニーは隠れ穴にいる間もこんな感じだったが、この小さな少女は知らない。

 

長く伸ばされた黒髪、前髪は右に流され小さなヘアピンで留められている。

一房だけ赤い髪が印象的だ。

こちらを見つめる瞳は綺麗なグリーン。

(僕と同じ色だ…)

 

「なんだぁ~?ジニーに続いてまた一人落としたのか?ハリー」

「あだだだだだっ」

「え?あ、…う?」

 

フレッドだかジョージだかがハリーにネックホールドをかます。

ようやく我に返ったフレデリカは自分が男の子を穴の空くほど見つめていた事に気付き、赤面。

大人たちは初々しい少女たちの反応を微笑ましそうに見ていた。

(なんだったんだろう?…いまの)

 

「ちょっと、フリッカ!!それホントなの!?一目惚れっ!?」

 

新たなライバルの出現か、とジニーがフレデリカに詰め寄った。

女のジニーから見てもフレデリカは可愛い。無論、負けているとは思わないが。

おどおどしている態度も男性からすれば庇護欲を誘うやも…。

 

「ち、ちが…」

「ほんと?ホントねっ!?」

 

流石に友情を感じてから一時間もしないうちにライバル視するのは避けたい。

 

「……(こくこく)」

「なら…いいけど」

 

(ジニーはこのひとがすきなんだ…)

ほっと胸を撫で下ろし、ハリーの怪訝な視線に気が付くと再び俯くジニー。

その様子を見ていればいくらフレデリカでも察することが出来た。

(こ、ここは手伝うのがおともだちかなっ!?)

友人っぽい事が出来そうで心弾ませるフレデリカ。

 

「ハリー、この子はフレデリカ。今年からホグワーツに入学するの」

 

ウィーズリー夫人が三人に紹介する。

 

「僕はハリー・ポッター」

「私はハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしく」

「ロン・ウィーズリー」

 

ハリーはにこやかに、ハーマイオニーは自信たっぷり、ロンはそっけなく。

挨拶の仕方に個性がにじみ出ているかのようだった。

 

「どうも…はじ、はじめまして。フレデリカ・ウィンクルムです」

「君ってマグル育ちなんだろ?」

 

ロンがフレデリカの言葉もそこそこに尋ねた。

流石ロナルド、彼にデリカシーという概念はまだ早いようだ。

 

「もうっ、ロンったら…大丈夫?」

「はい。事実ですし…」

 

ロンの脇を肘で小突き、申し訳なさそうにするハーマイオニー。

『なんだよ、ホントの事じゃないか…』とロンは不満げだった。

 

「私もハリーも―――『きゃーっっっ!!』」

 

何か言おうとしたハーマイオニーの声は、店のガラスを砕きそうな嬌声に遮られた。

ロックハートの登場だ。

 

 

 

 

 

今を時めく話題の小説家、ギルデロイ・ロックハートはなかなかにイケメンだった。

他者からの視線を常に気にかけているだけあって身だしなみもばっちりだ。

歯ブラシのCMに出られそうなほどに白い歯が煌めく。

(はー、かっこいいー)

フレデリカも感心したようにため息をつく。

まぁ、彼女にとってはそれだけなのだが…。

 

「きゃーーっ!!」

「…女ってみんなバカだよな?」

「君の隣で叫んでるのは、学年一の秀才だけどね…」

 

鼓膜を突き破るかと思うような嬌声に片耳を塞いで顔を顰めるロンと苦笑するハリー。

ウィーズリー親子とハーマイオニーはうっとりと彼を見つめ、一挙手一投足にため息をつく。

グレンジャー夫人も他ほどではないが少し顔が紅潮している。

 

「ああ、みなさん落ち着いて。まずは写真を撮らせて頂きたい。…私がここで皆さんと共に時間を過ごした、証としてね」

「どいてください。日刊預言者新聞です!!」

 

新聞社の写真家がロックハートをカメラに収めてゆく。

応じるロックハートは自身の最も自信のある角度で微笑んだ。

毎日朝の二時間をかけてチェックする自慢のスマイル。

 

キラン

「はうあ!?」

キラキラン

「HOOOOOOOッ!」

 

流し目の方向に立っていた夫人連中が次々と腰砕けになった。

その様子に男性陣(と言ってもフレデリカたち一行しかいないのだが)は辟易とした表情を浮かべる。

女から見て素敵な存在も、男からすればただのキザ野郎なのだ。

もっとも二年後、ヴィーラに見惚れる自分たちが同じような目を逆に女性陣から向けられることになるのだが。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは!?」

 

女性に混じった男というのは案外目立つ。

ロックハートはたまたま露わになっていたハリーの傷跡を見て叫んだ。

 

「いえ、違います」

 

ハリーは即座に否定する。

厄介事は勘弁していただきたい。

 

「いやしかし…」

「NO」

「その傷は…」

「あ、これ?…眉毛です」

「………」

「なにか?」

 

にっこりと笑うハリーにロックハートは言葉を詰まらせた。

ふー、と息を吐き首を振る。

 

「そうですか…残念です」

 

あくまで優雅に、イケメンはがっつかないのだ。

しかし、こんなチャンスを無にする彼ではない。

悲しそうな、心底残念そうな顔をして口を開く。

 

「もしも君が彼だったのなら、今の光の時代を築いてくれたせめてもの感謝として自著を全て送らせてもらおうと思ったのですが…………全てサイン入りで」

 

チラリと意味深な視線を近くに立つ女性―――ハーマイオニー、ウィーズリー夫人、ジニーに向ける。

 

ドンっ

 

「うわッ!?」

 

唐突にハリーは後ろからド突かれた。

たたらを踏んで前進し、自身の意志とは関係なくロックハートの眼前に押し出された。

嬉しそうな顔の他の客もさりげなく誘導する。

『二人の英雄』―――絵になるではないか。

 

「ハーマイオニーッ!!裏切ったな!?」

「「「~~~♪」」」

 

三人の女たちはわざとらしく目を逸らす。

(うわぁ…)

けれどフレデリカには見えていた。

夫人が体格を活かしてハリーの向きを変え、ジニーが膝カックン、とどめにハーマイオニーのショルダータックル。

見事な連携だった。

 

「おや?…やはりそうかっ!?いやはや、若き英雄は謙虚であらせられる。しかも気落ちした私を気遣って出てきてくれるとは!?」

 

白々しく驚愕して見せ、ロックハートはハリーの肩を抱き寄せる。

相手をほめる事も忘れない。彼の評価が上がれば、交友があると認知された自分の名声にも繋がるのだ。

 

「ほら、笑って笑って!!」

 

再びイケメンスマイルでカメラに向き合う。

ハリーも『桃色三連星(ジニーたち)』に恨めしげな視線を向けていたが、カメラが向けられると精一杯の笑顔で応えた。

気がのらないとはいえ、新聞に載る写真だ。

 

二人の英雄は肩を組んで笑い合う。

女性陣はその光景にため息をつき、写真家はいい絵になるとほくそ笑む。

 

彼らは知らない。

見えないところでハリーがロックハートの足を踏みにじっていることを。

そして、脂汗を流しながら意地でも笑顔を崩さないロックハートの努力も。

 

 

 

 

 

 

「ひどい目にあった…」

 

げっそりした顔のハリーが戻ってくると、一行はジニーたちを残して書店の出口に向かった。

フレデリカもそれに続く。

ジニーと一緒に居たいという気持ちもあったが、慣れない人ごみに体力を奪われてしまったのだ。

 

「いい気分だったろうねぇ、ポッター?」

 

そんな一行に皮肉気な声がかけられる。

嫌味ったらしい薄ら笑いを浮かべた金髪の少年、ドラコ・マルフォイ。

 

「有名人のハリー・ポッター。ちょっと書店に寄っただけで新聞の一面大見出しかい?ぷっ、なかなかいい笑顔だったじゃないか」

「喧嘩なら買うよ?ちょうどいまイライラしてたんだ」

「おいおい、そうカッカするなよ?ほら、さっきの笑顔だ」

「黙れ、〇ふぉい」

 

二人は険悪ににらみ合う。

ウィーズリー三兄弟も今にも飛び掛かりそうな雰囲気だ。

 

「あ…わ…」

 

フレデリカはおたおたと慌てるしかない。

(ど、どうしよう)

 

「おっと、失礼。ごめんなさい」

 

ロンが杖を取り出そうと懐に手を入れたその時、ウィーズリー氏がようやく人ごみから現れた。

後ろから『痴漢!!』と叫ばれてぺこぺこしつつ。

 

「なにをしてるんだ?早く出よう。ここは我々には鬼門だ」

「これは、これは、アーサー・ウィーズリー」

 

ドラコの後ろから黒ずくめの男性が現れた。

皮肉気にゆがめられた顔はドラコをそのまま大きくしたよう。

金髪のオールバックはしっかりと決まっていた。

 

「ルシウス…」

 

ウィーズリー氏は心底嫌そうに顔を顰めた。

 

「こんな場所でお会いするとは…てっきり古書をお求めになるものと」

 

そう言いながらフレッドの抱えた鍋や、そこに入った学用品を眺めて鼻を鳴らす。

中に入っていた古着を持ち上げる。

 

「これも…何かね?これは…ああ、新しい制服か…雑巾かと思ったよ」

 

そう言って如何にも汚物だというように鍋へと叩き込んだ。

子供たちはギリギリと歯ぎしりをして顔を真っ赤に染める。

 

「あれほど残業をこなしながらも薄給とは…薄いのはその赤毛だけで十分では?」

「ぬぐっ……き、君も気を付けるといい。オールバックは禿げるというからね」

 

だんだん子供たちよりも親が険悪になってきている。

ドラコは父…その頭を見て、自分の撫でつけられた髪をしきりに触っていた。

 

「ウィーズリー、こんな連中と付き合うとは…。純血の家系も堕ちたものだ。魔法界の面汚し、祖先も草葉の陰で嘆かれておられよう」

 

マルフォイ氏はせせら笑うようにグレンジャー氏に目を向けて吐き捨てる。

これにはウィーズリー氏も我慢ならなかった。

マルフォイ氏の胸ぐらを掴んで本棚へと叩きつける。

本棚から落ちた本がフレデリカたちに降り注いだ。

そのサイズからは当たればシャレにならない…が

 

「大丈夫か?」

「は、はい…」

 

フレデリカをジョージが庇った。

(うわー、うわああ!?)

抱き寄せられたフレデリカは初めて感じる感覚にドギマギする。

 

そうこうしている間にも大人二人は喧嘩を続けていた。

ステッキで殴られれば本で応戦。

杖が出ないのは辛うじて残った理性の賜物か。

そこまで頭が回っていないとは考えたくないモノだ。

 

 

 

 

 

 

「馬鹿モン!!本を傷つけるな、猿どもがっっっ!!!喧嘩なら外でやらんか!!」

 

テラスの上から店主の老人に怒鳴られるまで二人の喧嘩は続いた。

ウィーズリー氏には悪いが、フレデリカも同意見だ。

 

「ちっ」

「ふんっ」

 

渋々と離れた二人は互いに左右反対の目に紫の痣を作っていた。

最後の体制はクロスカウンター。

 

「いくぞ、ドラコ。ここにいるだけで虫唾が走る」

 

襟元を軽くなおすと、出ていこうとしたのだろう。

マルフォイ氏は最後に一家を一瞥し―――固まった。

 

「な…」

「???」

 

つかつかとフレデリカに歩み寄ってその顎を掴んで顔を覗き込む。

フレデリカは抵抗するが大人の力にはかなわない。

 

「ひっ」

「なぜだ…なぜ貴様が…」

「父上…?」

 

色合いこそ違うが、ルシウス・マルフォイはこの顔を知っている。

学生時代は後輩が執心していた。

後にマルフォイ氏の運命を大きく変る存在を生み出した者。

忘れるはずもない。

それが生き残った男の子と並んで立っているだと?…笑えない冗談だ。

 

「や、やめ…」

 

その鬼気迫った表情に、体がすくんでしまうフレデリカ。

力ずくで拘束されるという状況にトラウマが刺激されて体が震えた。

 

「ルシウスっっっ!!!!」

 

尋常では無い様子で怯えているフレデリカを見たウィーズリー氏は今度こそ杖を取り出し、マルフォイ氏を吹き飛ばした。そしてすぐにフレデリカを後ろに庇う。

子供たちは殺気立ち、周囲の人々もマルフォイ氏にあからさまな非難の目を向けている。

今度ばかりは店主も止めなかった。

 

「くっ…」

「父上!!」

 

ドラコが慌てて駆け寄り、父を助け起こすと同時に杖を取り出した。

 

「おのれ、よくも―――」

「やめろ、ドラコ」

「で、でもっ…」

「やめろと言っている!!」

 

肩で息をした状態でマルフォイ氏はドラコを一喝した。

とこかで引っかけたのか、額からは血が滲んでいる。

 

「……」

 

もう一度、庇われているフレデリカを見てから二人は店から出ていった。

ドラコが足を挫いた父を支える形で。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だったかい?」

「はい…ご、ごめいわくを―――」

 

あれから顔を真っ青にしたフレデリカを気遣って一旦漏れ鍋に戻ってきた。

トムの出してくれたホットミルクを両手で包んでフレデリカは座る。

隣にはジョージが座った。

 

「買ってきたものは部屋に置いといたからな」

 

二階から降りてきたフレッドもそう言いながらジョージの反対側に腰掛ける。

 

フレデリカの学用品は杖以外全て揃った。

ウィーズリー家の人々が採寸の必要な服や、本人が行かなければいけない杖以外はジニーのものと一緒にそろえてくれていたのだ。

鍋はジニーの兄のお下がりを貰った。

 

「ありがとうございます…」

「気にすんなって。女の子にあんな重いモン持たせたとなっちゃ男がすたる」

 

フレッドはフレデリカの荷物をまとめて持ってくれていた。

フレデリカでは鍋や学用品を抱えたまま買い物するのは不可能だったから。

 

「…ねぇ、貴方の妹も一応女の子なんだけど?」

 

『あんな重いモン』を担いだままだったジニーが不満げに頬を膨らませる。

 

「「そうだっけか?」」

「もう!!」

「あの…他の人たちは?」

 

大分落ち着いたフレデリカが尋ねた。

ここにいるのはジニーと双子だけだ。

 

「パパとママはハーマイオニーたちを送って行ってる」

「ハリーたちはハグリッドと一緒だ」

 

双子が連携して答える。

この二人のノリにもフレデリカは慣れてきていた。

 

「ハグ…リッド?」

「ああ。ホグワーツの森番だ。たまたま今日はこっちに来てたらしい」

「…森があるんですか?学校に?」

「ああ、立ち入り禁止だけどな」

 

フレデリカは学校に関して聞くのはこれが初めてだった。

興味津々で質問をする。

 

「他にもいろんなものがあるぜ?動く階段とか―――」

 

フレデリカの調子が戻ってきていることに安心した三人はホグワーツのいろんな話をフレデリカに聞かせた。

ジニーも兄たちから聞いたことを話し、双子がそれを補足する。

事あるごとに目を丸くしたり、感心するフレデリカはいい聞き手だった。

 

「兄さんたちったら組み分けの儀式については何にも教えてくれないの」

「組み分け?」

「そうさ、ホグワーツは四つの寮に分かれててな。入学したときに割り振られるんだ」

「グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー…そしてスリザリン」

 

スリザリンの時だけ二人は声を落とした。

(なにかあるのかな?)

 

「うちはみんなグリフィンドールなの。きっと私もそうだわ」

「さー?わっかんねぇぞ?すべては組み分け次第ってな」

 

不安を煽る双子をジニーが本でバシバシと叩く。

 

(寮かぁ…ジニーと一緒がいいな)

三人の会話に耳を傾けながら、フレデリカはミルクに口をつけた。

 




感想、ご指摘、お待ちしております。


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Chapter6

「あれ?」

 

初めてダイアゴン横丁に行ってから二週間が経った。

学校用品が全て揃い、フレデリカは早いうちに準備を済ませておこうとフレッドが運んでくれた鍋をひっくり返している。

その過程で、買って来た古着のマントを日干ししておこうと広げた時にソレに気が付いた。

バサリッという音を立てて床に落ちた一冊の本。

どうやらマントにくるまれていた為に今まで気付かなかったらしい。

 

「……古い本…」

 

黒革で装丁されたその本は所々が黄ばんでいて相当年季が入っていることが伺える。

(わたしのじゃない…誰か間違えて入れたのかな?)

マントをベッドに放り出して、フレデリカは拾おうと屈んだ。

 

「えッ!?」

 

本に触れた瞬間、フレデリカは掴んだそれを取り落してしまった。

―――妙な違和感を感じた。

本を掴んだ手が、まるで掴み返されたような…。

(気のせい…だよね?)

少し怖くなったフレデリカだったが、本好きの彼女としては地べたに本を置いたままという事にはできなかった。

恐る恐る触れ、持ち上げる。

今度は何事もなく触れられた。

(良かった…気のせいみたい)

 

「フレデリカ。そろそろ夕食の時間だ」

「あ、はいっ」

 

扉の向こうからトムが声を掛けてきた。

フレデリカは本をテーブルの上に置くと、乱れていた服装を整える。

フレデリカは基本的に店内のカウンターで食事をとるので、必然的に人目にさらされるのだ。

 

「うん、やっぱりあたまかるい」

 

長かった髪は肩口辺りまでザックリと切りそろえられていた。

先日、ダイアゴン横丁のトムに紹介された床屋に行って来たのだ。

床屋のマダムには『せっかく長いのに勿体ない』と言われたが、留めなければ滝の様に顔を覆い隠す前髪や、腰に届く髪は流石に邪魔だ。

 

加えて、ここ最近は栄養状態も衛生環境も格段に向上したため髪質も見違えたが、やはり毛先はどうしようもないほどに痛んでいた。

魔法のトリートメントも勧められたが…

(せつやくせつやく)

という事である。維持費だって馬鹿にならないのだ。

 

「よし、おっけー…だよね?」

 

自信なさげにくるりと全身を確認。

小さな体躯と、一生懸命に食べる様は密かな話題を呼んでいる。

無論、ここ最近店のマスコットになっている事になど、彼女自身は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう…」

 

深夜、寝間着に身を包んだフレデリカはベッドにぺたりと座り込んで葛藤していた。

目の前には例の本が置かれている。

 

気になるのだ。

夕食前に見つけたこの本が。

フレデリカが本好きなのも勿論ある。

目の前に古めかしい本があるのなら、読んでみたいと思うのはいつもの事。

(でも…)

 

だが、今度ばかりはいつもと違った。

何をしていても頭から離れないのだ。この本の事が。

食事中も上の空でトムや常連の客に心配されていた。

何時にも増して躓くことが多かったし、今も気になって眠れない。

 

「これって…日記みたい…だよね?」

 

名前も書かれている。

トム・リドル・マールヴォロ。

一応漏れ鍋の店主、トムにも確認したが同名の別人だそうだ。

 

人様の日記を盗み見するなんて…でも気になるいやいや…でもでも。

そんな事を彼女は三十分間続けていた。

 

(借りた本は全部読んじゃったし…)

そう思うとなおさらにもどかしくなる。

借りてきていた二冊の本はとっくに読み終わり返却済み。

ここ三日ほどフレデリカは活字に飢えていた。

 

そして、目の前には他人の『人生』という未知の『物語』が。

 

どういう人生を辿ってきた人なんだろう?

もしかしたらすごい冒険を繰り返した人かもしれない。

そうでなくとも、自分以外の人の目にはこの世界がどんな風に映っているのだろうか?

随分と古い日記だが、凄い人物と関わりのあった人かも…。

 

本の内容に関しての期待はどんどん募ってゆく。

 

「~~~~~ッ…ちょ、ちょっとだけ」

 

結局誘惑には勝てなかった。

 

「…ふ、古いしもう使ってないかもだし…」

 

誰にともなく言い訳して本に手を伸ばす。

 

「あ…」

 

日記の装丁の手触りは何の皮かは判別がつかないがしっとりとしており、よく手に馴染む。

そして、手に取った瞬間に今日一日彼女を悩ませていた胸のつっかえが取れた気がした。

手の届かないかゆかった部分に触れられたような、奇妙な充足感。

 

「………………」

 

フレデリカはしばらく日記を開くこともなく、手触りのいい表紙をただ撫でた。

それだけで心が落ち着いてゆく。

 

「すー、はー…」

 

もう一度、周囲をきょろきょろ。

そうして、フレデリカは日記を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月一日。

ホグワーツの入学式、並びに始業式当日。

フレデリカはホグワーツ特急なる汽車に乗るため、キングスクロス駅の入り口付近で立ち尽くしていた。

 

「ば、場所間違えたのかな…」

 

本来ならばここでとっくにウィーズリー家の面々と合流している筈の時刻だ。

しかし、未だにウィーズリー家の人間は影も形も見えない。

 

「どうしよう…どうしよう」

 

時刻は十一時三十分。待ち合わせの時間は三十分過ぎており、汽車の発車時刻まで三十分を切った。

 

「さ、先に行っちゃったのかな…?」

 

だとしたら絶望的だ。フレデリカが自力で辿りつけるのはここまで。

手に握っている切符には九と四分の三番線と書かれている―――が。

(ない…ないよ……)

駅舎内にある掲示板のどこにも九と四分の三番線など存在しなかった。

 

「……………」

 

視界が涙でにじむ。

手詰まりになってしまった絶望、約束を破られてしまったのかという失望、慣れない人ごみに一人でいる事の不安。

 

駅にたどり着くまでは順調だったのだ。

事前に道を調べ、地図を購入し、何度か実際に足も運んだ。

それなのに―――

 

「なんで……」

「あら?確かフレデリカ…だったわよね?」

「え?」

 

思わず座り込みそうになっていたフレデリカに背後から声がかけられた。

驚いたフレデリカが振り返ると、ふさふさとした栗色の髪の少女。

 

「ハーマイオニー?」

「どうしたの?こんなところで」

「じ――っ…」

 

慌てて目元を拭って声を出すが、どうにもつっかえてしまってうまく声が出ない。

 

「ハーマイオニー、あまり離れないでくれ。この人ごみだ、はぐれたら―――おや?君は確か…」

「フレデリカちゃんよね?ひとりなの?」

 

ハーマイオニーを追いかけてきたのだろう。

グレンジャー夫妻もカートを押してフレデリカの元にやってくる。

 

「あのっ…ジニーたちと、待ち合わせしてたんですけど、こなくて…」

「まあまあ、それは不安だったわねぇ…」

「何時に約束してたの?」

「十一時です。駅の入り口付近で…そこからはいっしょにって…」

「十一時って…もう三十分も前じゃない…」

 

グレンジャー一家三人は困ったような顔で顔を見合わせる。

流石に三十分も遅れるのはおかしい。何らかのトラブルがあったのか…。

俯いてしまったフレデリカにグレンジャー夫人が声を掛ける。

 

「ねえ、フレデリカちゃん。もしよかったらなんだけど、私たちと一緒に行かないかしら?」

「でも…ジニーたちが来るかもしれないし…」

「これ以上まっていたら汽車に乗り遅れてしまうわ。ウィーズリーさんのお家はみんな魔法使いだから何とかなるかもしれないけど、貴方は違うのよね?」

「はい…」

 

それでもまだ渋るフレデリカに夫人は続ける。

 

「大丈夫よ。もしはぐれているだけなら向こうも汽車に乗るでしょうし…ね?」

「わかり…ました」

「決まりね。よろしくね、フレデリカちゃん。」

「こっ、こちらこそ…」

 

フレデリカはぺこりとお辞儀をした。

 

「さて、そうと決まれば少し急がなくてはね。もうあまり時間がない」

 

グレンジャー氏は腕時計を確認して目をすがめる。

 

「はいっ。……っと」

「あら?カートは使わないの?」

 

フレデリカがあまり軽いとは言えないトランクケースを両手で持ち上げるのを見て夫人は尋ねた。

 

「カートは、その…おっきすぎて…」

 

一度使おうとしたのだが、自分の目線近くもあるカートを使いこなすのは不可能だと思い断念したのだ。

ハーマイオニーがグレンジャー氏からカートを受け取っている様子を見ながらフレデリカは顔を赤くする。

(こんな所にもへいがいが…)

同年代の子にできることが出来ないというのが無性に恥ずかしかった。

 

「じゃあ、フレデリカの荷物は私が持つよ」

「えっ!?」

 

グレンジャー氏はそう言うや否やフレデリカの荷物をひょいと持ち上げる。

 

「いいいいいいですっ。そんな―――」

「遠慮しない。ほら、行くよ」

 

歩き始めてしまったグレンジャー氏を、フレデリカは慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ハリー達、ちょっと遅すぎない?もうホグワーツ特急が出るまでもうあと十分もないわ!!」

 

ハーマイオニーが駅備え付けの時計を睨みながら声を上げる。

実際には誰にともなく呟いた言葉なのだが、隣にいるフレデリカはビクリと肩を竦めた。

 

「まさか本当に乗り遅れるなんてことないわよね?」

 

なんだかんだ言っても心配なのだろう。不安げにあたりを見回す。

汽車の発車時刻だけあって9と3/4番線のホームはホグワーツの生徒は勿論、見送りの保護者たちでごった返していた。

 

「ハーマイオニー。そろそろ汽車に乗らないと…」

「分かってる…フレデリカもいきましょ」

「…はい」

 

後ろ髪を引かれる思いをしながらも、二人は汽車に乗り込んだ。

 

「まずは席を取らないとね。出来ればコンパートメントがいいわ」

 

ホグワーツ特急の中、通路を先導しながらハーマイオニーが呟く。

一つ一つコンパートメントの中を確認してゆく。

 

「フレデリカも探し…どうしたの?そんなにきょろきょろして」

「あっ、ごめんなさい。汽車に乗るの初めてだったから…」

「うそ!?ホントに?信じられない。ご両親とは出かけたりしなかったの?」

「………」

 

黙ってしまったフレデリカの反応にやらかしてしまったと思ったのだろう。

ハーマイオニーはチラリとフレデリカを肩越しに見て口をつぐんだ。

 

「…ごめんなさい」

「いえ、気にしないでください」

 

そう答えながらもフレデリカは自身に憤っていた。

(両親の話題が出る度にみんなに気を遣わせてる…。もっと、動揺しない様に、もっと―――)

そして同情されることに少し嬉しさ――とは違うが、自己憐憫に浸る自分を恥じた。

 

「…あっ!!ネビルだわ」

「し、知り合いですか?」

「ええ、同じ寮なの。見たところ一人みたいだし、入れてもらいましょ」

 

そう言うや否や、ハーマイオニーはガラリとコンパートメントの扉をスライドさせた。

 

「ネビル、一人でしょ?入れてくれないかしら」

「わっ、なんだハーマイオニーか。びっくりしたよ」

 

俯いてヒキガエルの背を撫でていたネビルは驚きを見せたが、声の主に気が付くと快く快諾した。

 

「あれ?ハーマイオニー一人なの?ロンとハリーは?」

「あの二人、まだ来てないのよ」

「ええっ!?大丈夫なの?」

「しらないわ…もうっ。ああ、それとネビル。私一人じゃないわ。今年から私たちの後輩になるフレデリカ・ウィンクルムよ」

 

ハーマイオニーは自身の荷物を運び入れながら、コンパートメントの入り口付近で立ち尽くしていたフレデリカを紹介する。

 

「えっ?」

「えと、こんにちは。今年からホグワーツに通う事になるフレデリカ・ウィンクルム…です」

「う、うん。ネビル・ロングボトムだよ。よろしく」

「はい」

「うん…」

 

会話が途切れる。

 

「…………」

「…………」

 

 

人見知り同士どう会話を続けるべきか、そもそも続けていいものなのか測り兼ねて、お互いの顔色を伺い続けるという悪循環に陥ってしまった。

 

「………」

「………」

「何やってるの?あなたたち」

 

荷物を運び終えたハーマイオニーがあきれたように肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いたーっ!!フリッカ!!乗れたんだ」

 

発車二分前、コンパートメントにジニーが駈け込んで来た。

顔を真っ赤に紅潮させて荒く息を吐き、汗だくな様子から相当走ってきたことが伺える。

 

「ジニーっ!!大丈夫だったの!?」

「フリッカ、本っ当にごめんなさい。全部私達が悪いの。不安だったでしょ?」

「ううん、大丈夫。ハーマイオニーの家族が、助けてくれたから…」

「そう…ありがとう、ハーマイオニー」

「お礼を言われるほどの事はしてないわ。…それより…」

 

ハーマイオニーはジニーの脇から顔を出して通路を覗き込む。

 

「ハリーとロンは?」

「さあ?一緒に来たからもう乗ってるとは思うんだけど…」

「そう、じゃあ別の車両に乗ってるのかしら」

「ねぇ、私もここに座っていい?もうこの時間になるとあんまし席が空いてなくて…」

「いいわ。ね、いいわよね二人とも」

「は、はいっ」

「……」

 

ジニーが一緒だという事で興奮しているフレデリカはさっそく席を開けようとするが、ネビルの方からは返事がない。

 

「ネビル?」

「え、うん。いいとおもうよ?うん…ハーマイオニー、その子は?」

 

顔を赤らめてチラチラとジニーを見ながらネビルは尋ねる。

 

「この子も今年からホグワーツよ。名前はジニー。ジニー・ウィーズリー」

「え…ウィーズリーって…」

「そ、ロンの妹よ」

「こんにちは、ジニーよ。よろしくね♪」

 

そういってジニーは同性でも見惚れるほどの笑顔でにっこりと手を差し出した。

ジニーはフレデリカから見てもかなりの美少女だ。

そんな子に握手を求められたネビルはゆでだこの様に赤面して手を差出し――手汗に気付いて手を拭った。

 

「よ、よろしく。ネビル・ロングボトムだよ」

「そうなんだ、貴方が…」

「えっ?僕の事知ってるの?」

「ええ、ロンから聞いてるわ。ちょっと控えめだけど、本当はすっごく勇敢だって」

 

握手を終えたネビルは荷物を運び込むジニーをほけーっと見つめていた。

思春期の男子の琴線を悉く撫でてゆく少女ジニー。

 

実際にロンが家族に話していた『普段はおどおどビクビクしてるドジな奴』と『いざって時はびっくりする位頑固で、やっぱグリフィンドールだな』をとっさに『ちょっと控えめ』と『本当はすっごく勇敢』に変換できるのは彼女の魔性の表れではないだろうか?

 

なにはともあれ、今回の旅のメンツはフレデリカ、ハーマイオニー、ジニー、ネビルと…ネビルハーレムと相成ったのだ。

 

 

 

 

 

汽笛の音がホームに鳴り響く。

保護者たちは窓越しに子供たちに別れのキスや抱擁をする。

 

「………」

 

それをじっとフレデリカは見つめていた。

別段何かを感じるわけでもない。彼らは『そう』であって自分は違うだけだ。

 

「うん、うん…分かってるって。パパもママも気を付けてね。うん、行ってきます」

 

ハーマイオニーは両親と話していた。

心配そうな両親とは対照的に本人は少しうんざり気味。

―――と、その様子をじっと見つめていたフレデリカとグレンジャー夫人の目がふと会った。

夫人はにこりと笑って

 

「フレデリカちゃんも、いってらっしゃい」

 

そう言った。

 




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Chapter7

「なあ、ハリーとロンを知らないか?」

「は?」

 

汽車がキングスクロス駅を出発して一時間弱経過した頃、フレデリカたちのコンパートメントにフレッドとジョージがやって来た。フレッドは大鍋ケーキ、ジョージは杖型甘草飴をそれぞれ片手にもぐもぐとやっている。

 

「まだ見てないけど…」

 

ハーマイオニーが膝に広げていたロックハートの本から顔を上げて怪訝そうな顔をする。

 

「まじか、俺たちもさっきから探してるんだけど誰も見てないって言うんだ」

 

しかめっ面でそう言うフレッドと肩を竦めるジョージ。

 

「まさか本当に乗り遅れたんじゃ…」

「さあなぁ…ま、もう少し探してみるよ…お?百味ビーンズじゃん。ひとつくれよ」

「俺も俺も」

 

そう言って二人はフレデリカの持っているバーティーボッツの百味ビーンズに手を伸ばした。

このビーンズ、物珍しさからフレデリカがついつい購入してしまったものなのだが、一発目でゲロ味なんてものを引き当ててしまいそれ以降全く手をつけていない。

飲み物も持ってきてはいないし、かぼちゃジュースを買おうにも無駄遣いはできないと我慢。

結果、慣れない汽車による乗り物酔いでただでさえ苦しかった事に加えて、嘔〇を我慢しているにもかかわらず口の中が既にキモチワルイという地獄が生み出されていた。

 

「どう…ぞ…」

「大丈夫か?顔色がやばいぜ?」

「乗り物…酔い、です…」

「……使うか?」

 

そう言ってフレッドがポケットから大鍋ケーキの入っていた袋を取り出した。

何の為にかは…まあ、そういう事。

 

「結構です」

「そか………。うえぇ…耳くそ味だ」

「こっちは足の裏だぜ…こりゃ、今日は悪い事でもおこんのかね?」

「………」

 

そんなふうに苦笑いで顔を見合わせる二人にフレデリカはふと思いついた疑問をぶつけた。

 

「あの…」

「ん?」

「食べたことあるんですか?耳くそと足の裏…」

 

 

 

 

 

 

 

「うううう、完全にハズレでした…」

 

双子が去った後、少し開いた窓からの風に当たっていたフレデリカはうめき声を上げた。

ビーンズは双子にくれてやった。

流石にゲロ、耳くそ、足の裏が連荘した後にあれを食べる勇気はない。

貰った双子は『マグル出身の新入生に食わせようぜ』と言って出ていった。

(あとであのはこに他に何が入ってたか聞いてみよう…かな?)

果たしてあのお菓子に当たりというものはあるのだろうか?

 

コンパートメントの中を振り返ってみれば、ハーマイオニーは読書に夢中(時折熱っぽいため息をついている)、ジニーはキングスクロスで急いだことで疲れたのか熟睡していた。

ネビルはジニーの寝顔に夢中だ。

 

「らいねん、は…なんらか、対策をしない、と…」

 

ハーマイオニーを羨ましそうに一瞥してフレデリカは呟く。

フレデリカの膝の上には閉じられた本がある。

列車が発車して少しした頃にハーマイオニーが本を貸してくれたのだ。

 

「はぁ~~~…」

 

読みたい、読みたくてたまらない…が、さっき開いて三ページほどでギブアップした。

(うう、なまごろし…)

頭の芯をねじられるような鈍い不快感は本好き少女に活字を追う事を許さない。

出来る事は外の空気を感じつつ、車窓からの景色で気を紛らわせることだけ。

風に当たって髪の毛が酷い事になっているが、気持ち悪さを少しでも和らげてくれるコレは欠かせない。

(そらはあんなに青くて、かぜはこんなにすがすがしいのに…)

車窓からの景色は市街地を抜け、雄大な自然という他ない青々とした草原地帯に移り変わっていた。

人工物は今フレデリカ自身の乗るホグワーツ特急と線路、並走する車くらいで―――

 

「……うぁ?」

 

―――車?

あまりの気持ち悪さに自分はついに幻覚でも見始めたのかとフレデリカは自分の目をぐしぐしとこする。

しかし、そこには未だに青い車(フレデリカに車の車種なんぞ分かりはしない)が同色の青空に溶け込むようにして並走していた。無論、走っているのは…。

 

「………」

 

更に目を凝らしてみれば、乗っている二人の男性―――いや、どこかで見たような男の子がこちらに手を振っている。

 

「………(ぽかーん)」

 

阿呆の様に口を開けてフレデリカは無意識のうちに手を振っていた。

やがて車は高度を上げると雲の隙間へと消えていった。

 

「………あ、あの…」

 

フレデリカはハーマイオニーのローブの裾を小さく引っ張った。

ハーマイオニーは自らの世界から引き戻されたことに少し顔を不機嫌そうにしながらもフレデリカに向き合った。

 

「…どうしたの?」

「いまの、見ました?」

「何が?」

「………いえ、なんでも、ないです」

 

残りの二人に目を向けるが…先ほど見た際と何ら変化なし。

規則的な吐息を小さな唇から吐き出すジニーと魅入られたかのように見つめるネビル。

 

「…きのせい?それとも…」

 

魔法界では普通に車に備わっている機能なのだろうか?

 

ビタンッ

 

「わっ……」

 

まだ他に飛んでいる物が無いか空を凝視していたフレデリカのすぐ真横の窓に何かがへばりついた。

 

「トレバー!!」

 

ネビルの飼い蛙(?)であるトレバーだ。

茶色く、大きなヒキガエルでお世辞にも万人受けするとは言えない見た目。

ネビル自身もそれはよくわかっていた。

何せ悲鳴を上げた女子に踏み潰されそうになったことが何度かあるのだ。

 

そのこともあって、フレデリカの顔の間近に飛んでいった時には冷や汗が流れた。

また、乱暴に払われてしまうのではないかとつい大きな声で叫んでしまったのだ。

その声にハーマイオニ―は本から顔を上げ、ジニーは目を覚ました。

しかし――

 

「はーーー…」

 

フレデリカはしばらく興味深そうにトレバーを眺めると、あまりためらいもなく手に乗せた。

そして少し怖々とした様子ながらも人差し指で頭を撫でてみる。

 

「え!?」

「かわいい…」

 

小さな子供が昆虫に忌避感を抱かない様に、また虫を食べる事に何の躊躇が無い民族がいるように、『カエルは気持ち悪いもの』、『女の子はぬめぬめしたものが嫌い』という観念による部分が大きい。

長い監禁生活を送って来たフレデリカにはソレが薄いのだ。

 

「あ、ご、ごめんなさい…えと、かえします」

 

つい、思わずやってしまったと慌てるフレデリカ。

傷つけないようにそっとネビルの手の平にトレバーを載せる。

 

「か、かわいいカエルさんですね…」

「そんなこと言ってもらえたの初めてだよ」

 

フレデリカは少し目を輝かせるネビルと、信じられないといった表情を浮かべるジニー&ハーマイオニーには気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「イッチ年生!イッチ年生はコッチだ!!」

 

汽車が目的地に到着すると、一年生とそれ以外の学年に分けられた。

ネビルとハーマイオニーは二年生なのでフレデリカはジニーと二人で行動することになった。

 

「おうっ、全員集まったな?さあ、ついてこいよ?足元に気をつけろ。イッチ年生!イッチ年生はもういないな!?」

「ひっ…」

 

フレデリカとジニーの真ん前で野太い声を張り上げる大柄…とかいうレベルではない大男に、フレデリカは完全に怯えてしまっていた。ジニーの後ろに隠れて縮こまるばかりだ。

あからさまに怯えられて少し傷ついたハグリッドだが、いつもの事であるし、その少女が同年代の中でも取り分け小さいのだから仕方ないと気を取り直す。

 

「貴方がハグリッドなのねっ!?」

「おうさ…おんや?そう言うお前さんは…ウィーズリーんとこだな?」

 

件の少女に楯にされている少女はハグリッドにあまり怯える事は無く、親しげに話しかけてくる。

その赤い髪はもう何度も見た事のある色合いで、すぐに他の兄弟を連想させた。

(ウィーズリーんとこは男共はやぼったいが、女はべっぴんさんだな)

彼らの母親の若りし頃を思い返してハグリッドは髭を撫でた。

…最も、ハグリッドにとっては今のふくよかな彼女の方が好みなのだが…。

 

「ほら、フリッカも。ジョージたちが言ってたじゃない」

「う…」

 

ジニーがハグリッドを気遣って怯えるフレデリカを引っ張り出そうとするが、無理に怖がらせることもない。

ハグリッドは二人に背を向けて、暗く湿った石畳を新入生たちのために照らした。

 

 

 

 

 

 

一年生たちはジメジメとした歩き辛い道を暫く歩かされて多くの者が辟易としていた。

鬱蒼とした道をハグリッドの持つランタンだけが照らし、前を歩いている者のローブの裾を踏みそうになりながら歩く。

フレデリカも正直うんざりしていた。

こんなに鬱蒼とした森の中の、お化け屋敷みたいなところで勉強するのだろうか?

 

「そろそろだな…おい、お前さんらそろそろ見えるぞ」

 

狭い道があるところから突然開けた。

長かった石畳の道の終着点は黒く、大きな湖だった。

 

「「おおおおおおっ」」

 

集団の至る所からどよめきにも似た歓声が上がる。

 

 

 

―――正に幻想の城だった。

 

黒く、広大な湖の向こうにある大きな山。

その頂上にそびえ立つ、幾つもの塔を持った美しく堅牢なる城。

無数に設けられた窓からはオレンジの光が零れ落ち、背後の星空と同化する。

湖に映った鏡像さえも鮮明で、水面を隔てた別世界にもう一つの城があるかのようだ。

 

 

 

(すごい…すごいっ…)

フレデリカも例に漏れず、アーモンド型の目を大きく見開いて頬を上気させた。

 

「四人ずつボートにのれ!!綺麗なのは分かるが足元を見ろぉ!!毎年かに一人は落っこちちまうんでな!!」

 

フレデリカはジニーと同じボートに乗り込んだ。

四人乗りのそのボートには銀髪のどこかぽーっとした少女とカメラを胸に下げた少年が一緒に乗り込む。

 

「みんな乗ったか!?」

 

戦闘のボートに乗ったハグリッドが大声を張り上げる。

彼のボートには彼自身しか乗っていないのだが、四人乗りの筈のそのボートは今にも沈んでしまいそうだ。

 

「よーし、では進め―!!!」

 

ハグリッドがランタンを城の方に受けて号令をかけると、ボートは一斉にひとりでに動き始め湖を渡り始めた。

 

「「「「…………」」」」

 

短いとは言えないくらいの時間湖面を滑るように移動したが、その間口を開くものはほとんどいなかった。

それほどまでに皆圧倒されていた。

自分たちが通う事になる、『魔法魔術学校』に。

 

 

 

 

 

 

 

城に接近するにつれ、城の土台となる岸壁が迫って来た。

あまりに巨大なその城は足元に来てしまうと真上を向いてもてっぺんが見えない。

 

「そろそろ頭を下げろぉーーっ」

 

ハグリッドがそう全員に叫んで少しすると、ボートは岸壁にぽっかりと空いた洞穴に差し掛かる。

ツタのカーテンに隠されるようにして口を開けていたソレは元々は天然物であったらしく、鍾乳洞の様に内壁がつるつるとしている。

 

「あっ、フリッカ見て見て。扉だわ!!」

 

ジニーが興奮した様子で前方を指差す。

確かに洞窟の壁の一部が人工物に変わっており、その中央に黒く大きな両開きの扉があった。

 

「誰かいる…」

「ほんとだ…」

 

その扉の脇に真っ黒な背の高い影が立っていた。

 

「これから接岸するぞ、水面に手を伸ばしてる奴らは引っ込めろ。なくなっちまう。ボートのヘリからも手ぇ離せ―」

 

 

 

 

 

 

「マクゴナガル先生、イッチ年生を連れてきました」

「ご苦労様です、ハグリッド。ここからは私が預かります」

 

黒い影は背の高い魔女だった。

まさしく魔女、といった服装にしっかりと固められた髪の毛。

如何にも厳格そうな人物だ。

 

「みなさん、こんばんは」

 

扉の前に立つ魔女は一年生全員を振りかえってよく通る声で話し始めた。

 

「この扉の向こうがホグワーツの城、その内部となっています。ここをくぐればあなた方は正式な我が校の生徒となります。…そのことをよく考えて、静粛に、私についてきてください」

 

(この門をくぐれば、この中には、私と同じ人たちがたくさん…私も、その…一員に…)

フレデリカの心を占めているのは自分の居場所が見つかるかもしれないという希望と、まともではない自分が上手くやっていけるのかという大きな不安。

周りの生徒たちは自身がどんな寮に入るかなど、ひそひそと話しているがそんなものは全く頭に入ってこなかった。

 

「くれぐれも、ホグワーツ生徒として恥ずかしくない行動を心がけてください…いいですね?」

 

ざわめきがピタリと止んだ。

その様子を見て、マクゴナガル先生は一つ頷くと、扉を押し開き振り返ることなく中へと歩みを進めた。

他の一年生もぞろぞろと後に続き扉の中に吸い込まれてゆく。

 

「………」

「フリッカ……」

「え?」

 

金縛りにあったように固まっていたフレデリカの手をジニーがとった。

彼女はにっこりとほほ笑んでフレデリカの手をひく。

 

「行きましょっ!!」

「は…はいっ!!」

 

ジニーに手を引かれて、フレデリカはホグワーツに足を踏み入れた。

 

 



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Chapter8

ホグワーツ魔法魔術学校には四つの寮が存在する。

 

グリフィンドール

ハッフルパフ

レイブンクロー

そして――スリザリン

 

生徒たちはこの中からどれか一つの寮に所属し、交流を深め互いを研鑽してゆくのだ。

学校側も寮同士を意図的に競わせる方針を取っており、そのための行事も数多く用意されている。

 

そしてこれから行われるのは組分けの儀。

ホグワーツ新入生が初めて行う学校行事だ。

 

たかが寮ごときと侮るなかれ。

ここでの組分けは七年間に及ぶホグワーツでの学校生活を、ひいては卒業後の進路までも大きく左右することになる。

 

「ジニー…ど、どうしよう?私、魔法なんて一つも知らない」

「大丈夫よ。マグル育ちの新入生はあなただけじゃないわ」

 

マクゴナガル先生が組分けの儀式の準備をすると新入生たちを残して姿を消し、周囲は再び喧騒に包まれていた。

 

新入生の中でも儀式の内容についての情報は錯綜しており、少し耳を傾けるだけで『寮監と一騎打ち』だとか『初歩的な魔法の試験』だとか様々な憶測、伝聞系の噂で溢れかえっている。

恐らくはその中に真相が混ざっているのだろうが、それを選り分ける術は少なくともフレデリカには無かった。

 

もし仮に試験だったとして、不合格などは存在するのだろうか?

何処にも入れなければどうなってしまうのか?

 

「きゃーーーっ」

 

突然、絹を裂いたような悲鳴が辺りに響き渡る。

緊張と不安で頭に血が上ったようにぼーっとしていたフレデリカだったが、彼女の意識は悲鳴によって強制的に現実へと引き戻された。

 

弾かれたように顔を上げたフレデリカの目に飛び込んできたのは宙を舞う無数のゴーストたちだった。

 

「ふむ、サーニコラス。確か今年は貴殿の五百回目の絶命日があったか?」

「ああ、五百回とはなかなかにキリがいいだろう?今回のパーティーは今までになく豪勢にやろうと思っているのだよ。出来れば十年ほど前の君のもののようにね」

「ほう?では私も知人に――」

 

ゴーストたちは各々に語らいながら、新入生達の上空を素通りしてゆく。

一応興味はあるのか時折会釈をしたりする者もいるが、最低限に留めている。

 

「準備が整いました」

 

生徒たちが上空に気を取られているうちになのか、いつの間にか姿を現したマクゴナガル先生が声を発した。

 

「これから皆さんは大広間に、つまり在学生達のいる場に向かいます。もう一度自身の服装、身だしなみを確認してください」

 

生徒たち一人一人に目をやりながら言葉を続ける。

 

「組分けの儀式はホグワーツ創立当初からの伝統ある、格式高い儀式です。そうでなくとも、貴方たちが今後大いに頼る事となる先輩方への顔見せです。第一印象は人間関係における重要な位置を占める。そのことをよく自覚してください」

 

 

 

 

大広間の中は外観の荘厳さに勝るとも劣らない、素晴らしいものだった。

幾百、幾千もの蝋燭が燭台もなしに宙に浮かび、いかなる魔法か天井には本物の様な夜空が存在していた。

 

しかし、そんな光景を楽しむ余裕はフレデリカにはなかった。

 

「クリービー、コリン!」

 

今現在、組分けの真っ最中である。

アルファベット順に名前を呼ばれた新入生が全校生徒の前で椅子に座り、マクゴナガル先生に古びた帽子を被せられる。帽子はその深く刻まれた皺の一つから朗々とした声を出し――

 

「グリフィンドール!!」

 

といった風に生徒の入る寮を告げるのだ。

新入生たちのほとんどは喋る帽子に驚きはしたものの、ただ被るだけという組分け方法に拍子抜けした。

――フレデリカを除いては。

 

(な、名前を呼ばれるんだ。そう、名前。呼ばれたら…あれ!?へ、返事は…みんなしてない。うん)

 

緊張していた。

もうめっちゃ緊張していた。

 

(大丈夫。名前が呼ばれて、みんなの前に歩いて行って…みんなの…)

 

チラリと上級生の席を見てその多さにさらに緊張する。

フレデリカにとってこんな大勢の前に立たされた経験はほとんどない。

一対一でさえビクビクしてしまうのにこの人数は…。

 

(帽子ってどうやって決めてるんだろう?魔法の力の強さ?才能?)

 

「ウィーズリー、ジネブラ!」

「私だわ、行ってくる!!」

「あっ」

 

遂にジニーの名前が呼ばれた。

二人はウィーズリー(W)とウィンクルム(W)で呼ばれるのが最後の方になっている。

フレデリカは今まで無意識に握っていたジニーの手が離れると落ち着かない気分になった。

手汗でじっとりした手が外気に触れすぐに乾いてゆく。

 

「グリフィンドール!!」

 

ジニーの組分けは一瞬だった。

組分け帽子はジニーが帽子を被ったか被らなかったかといった位即座に彼女の寮を告げた。

グリフィンドールの長机から歓声が上がる。

 

(ジニーは…グリフィンドール……勇敢な人たちの…寮)

 

グリフィンドールの上級生に迎えられ、着席したジニーはすぐに振り返ってフレデリカに手を振ってくれている。

 

(勇敢…)

 

 

 

 

「ウィンクルム、フレデリカ!」

「ひ、ひゃいっ!!」

 

ジニーの次、フレデリカの名前が呼ばれた。

緊張はピークに達し、ついさっきまで考えていた事も吹き飛んでしまった。

ギクシャクとした足取りで前に出てゆく。

 

組分け帽子を持ったマクゴナガル先生の前にたどり着く。

 

――多くの視線を感じる。

――大勢が自分を見定めている。

――品評会に出された家畜の様な気分だ。

 

周りがどんな目で自分を見ているか怖くて顔が上げられない。

その様子に見かねたマクゴナガル先生はフレデリカの肩に手を置き語り掛けた。

 

「ミス・ウィンクルム。顔をお上げなさい。何ら恥じる事はありません。あなたがここに立っている以上、既に貴方はここの生徒であり、受け入れられた存在です」

 

その言葉に、フレデリカは顔を上げた。

 

 

 

 

===================================================

 

 

 

 

本来ならばあってはならない事だが、組分け帽子を手に新入生の名を読み上げるミネルバ・マクゴナガルは苛立っていた。とはいっても今年の新入生が取り分け扱いづらいという事ではない。彼女を悩ませているのはこの後の事だ。

 

(ポッターにウィーズリー…なんという事をッ)

 

そう、魔法のかかった車でマグルの町の上空を認識阻害も行わずに飛行し、多数のマグルに目撃された『あのバカ』の事である。例年通り入学者名簿にざっと目を通し、ホグワーツ特急の到着時刻まで夕刊を眺めようとした彼女はその一面を飾っていた記事を初めは何かのジョークかと思った。無論、その時点ではハリーたちが関与しているとは夢にも思わない。

 

しかし、そのすぐ後に彼女の寮の監督生であるパーシー・ウィーズリーが飛び込んで来るなりこう叫んだ。

『あの車は自分の父のものだ』と。

 

マクゴナガルはすごく、すごーく嫌な予感がした。

本当はこの時点で彼女の優秀な頭脳は大体を察していた。

でも信じたくなかった。

 

決定的だったのは先に到着した上級生がだれもあの二人を見ていないと言う証言だった。

そして、先ほどあの暴れ柳に空から飛んできた『何か』が突っ込んだとの事。

 

(ああ、ああ、あぁ…)

 

考えるだけで貧血になりそうだ。

今は組分けの儀式のため、代わりにセブルスが二人を確保している筈だが…。

 

(セブルスは二人を退学にしようとするでしょうね)

 

あの男はあの二人を、正確にはハリーを蛇蝎の如く嫌っている。

ジェームズそっくりな彼を…。

 

(最も、スリザリン贔屓の彼ですが、もしも今回の件がスリザリン生であったとしても最終的には同じ処分を下すでしょうね…あれはあれで規律を重んじるタイプです)

 

しかし、彼らはグリフィンドール生だ。

最終的な決定は自分とダンブルドアに委ねられる。

 

恐らくダンブルドアが二人を退学させる事はないだろう。

マクゴナガル自身もそんな事にはしたくない。

スネイプも手を引かざるを得ない筈。

 

(問題は理事会です。最近はルシウス・マルフォイを筆頭にスリザリン卒業生の派閥がダンブルドアの失脚を狙っている)

 

ダンブルドアのお気に入り(世間ではそう言われている)の生徒が退学しても可笑しくないほどの問題を起こし、ダンブルドアがそれを許したとなると…。

 

「ウィーズリー、ジネブラ!」

(ウィーズリー…)

 

思考を続けながらも淡々と名前を読み上げていたマクゴナガルは『あの二人』の片割れと同じ姓を持つ少女に注目する。

 

たっぷりとした赤い髪はウィーズリー家の他の兄弟そっくりだ。

少し気の強そうな顔を緊張で強張らせてこちらに歩いてくる。

 

(おや?…あの少女は…)

 

歩きはじめたジニーの後ろに隠れるようにしていた小柄な少女が目に入った。

同年代の新入生達と比べても一回り小さい少女。

少し癖の強い黒髪の中に一房だけ赤い髪が…。

緊張しているのか、俯いた少女の表情は伺えない。

 

(彼女がダンブルドアの言っていた?)

 

魔法族を受け入れられない親からひどい扱いを受けていた少女、と聞いている。

未だに魔女狩りの様な事件が起こりうるという事に衝撃を覚えた記憶がある。

 

「グリフィンドール!」

 

帽子がジニーの寮を告げる。

正直、彼女に関しては『まあ、そうでしょう』くらいの感想しかない。

 

「ウィンクルム、フレデリカ!」

 

遂に少女の名前を呼ぶ。

 

「ひ、ひゃいっ」

 

緊張している彼女は今回の新入生で唯一マクゴナガルの読み上げに返事をした。

裏返った声は思いのほか広間に響き、教員や上級生もなんだなんだと注目する。

 

(なんというか…為すことが裏目に出るというか…)

 

見かねたマクゴナガルは少女――フレデリカに声を掛けた。

 

「ミス・ウィンクルム。顔をお上げなさい。何ら恥じる事はありません。あなたがここに立っている以上、既に貴方はここの生徒であり、受け入れられた存在です」

 

マグル出身の者は多くの者がこの場においてもこれが現実なのかと疑う。

何年も、何十年も新入生を迎えてきたマクゴナガルはそのことをよく理解していた。

故にかけたこの言葉。

目の前の少女にも一定の効果があったようだ。

 

―――少女が、フレデリカ・ウィンクルムが顔を上げた。

 

「―――っ!?」

 

ガチャンッ

 

と教員側の机からグラスを取り落した音がする。

そして、教員側の空気が変わった。

反応は皆違った。しかし、共通する感情は驚愕。

 

その少女の顔は似ていた―――いや、そのものだった。

顔、眼、瞳。

年月を重ね薄れたはずの記憶が塗り直されたかのように鮮やかさを取り戻し――

その記憶が間違いないと叫ぶ。

 

フレデリカ・ウィンクルムの顔はハリーの母親リリー・ポッター、彼女がリリー・エバンズと呼ばれていた頃のものだった。

 

「っ―――!!」

(どういうことですかっ!?アルバス!!)

 

教員の中で最も早く己を取り戻したマクゴナガルはダンブルドアを睨みつける。

『こんなことは聞いていない』というメッセージを込めて。

 

「あ、あの…」

 

フレデリカが声を上げた。

自分が黙ってしまった事と空気の変化に不安になってしまったようだ。

 

(くっ…)

「…ミス・ウィンクルム、他の生徒を見ていましたね?これが組分け帽子です」

 

ダンブルドアを問い詰めるのは後だ。

今はこの儀式を終わらせる。

マクゴナガルはフレデリカを椅子に座らせ、その頭に組分け帽子をのせた。

 

 

 

===================================================

 

 

 

ガチャンッ

 

フレデリカが顔を上げた途端にゴブレットを倒す音がした。

フレデリカが見上げると、先ほど汽車から自分たちを案内してくれた大男が音を立てた様だ。

ハグリッドはもじゃもじゃの顔の中から意外と小さな、コガネムシの様な目でこちらを見つめている。

 

(ハグリッド…さん、だっけ)

 

視線を横にずらせば、幾つかの顔がハグリッドと同じように見開かれているのが分かる。

あのマクゴナガル先生でさえもだ。

 

(な、なに?)

 

その視線に耐えきれなかったフレデリカは先ほど声を掛けてくれたマクゴナガル先生に尋ねた。

 

「あ、あの…」

「……」

 

マクゴナガル先生は一瞬目を閉じ、一息つくと先ほどと同じような厳格な雰囲気を纏った。

 

「…ミス・ウィンクルム、他の生徒を見ていましたね?これが組分け帽子です」

「あ…はい」

 

促されるままに椅子に座る。

フレデリカは上級生のほうを向くこととなり、教師陣は見えなくなった。

しかし、視線は未だに痛いほどに感じる。

今見えている上級生からの好奇の視線とは明らかに違う事はフレデリカにも分かった。

 

「あ…」

 

フレデリカの頭に帽子が乗せられた。

視界が暗闇に覆われ、あれほど感じていた視線や喧騒が全く感じられなくなった。

 

「ム…これは…」

「わっ…」

 

フレデリカの耳に――いや、耳の中で声がした。

帽子の声だ。

 

 

 

 

 

 

 

「難しい。ここまで難しいのはポッター以来…いや、それ以上か」

「え、あの、私、どこにも入れないんですか?」

「いやいや、そういう事ではない。ただ、どこの寮に入れば君自身の望みが、本当に叶うのか」

「わたしの…望み…」

 

フレデリカの望み。

ここに来た理由。

それは――『自分の居場所』

 

「フーム…君に質問してもいいだろうか?」

「しつ…もん?」

「左様。望みのない人間などいない。勿論君にもある。重要なのは手段だ。私はそこを基準に組分けを行う」

「…」

 

手段…居場所を得る手段。

なるほど、それは難しい。

何を以て居場所なのか…。

 

「…君の考えは私に伝わっている。この質問は君に考える事を促すためのものだ」

「考える事…わかりました。お願いします」

「よろしい。まず一つ目…君は自身が勇敢だと思うかね?勇敢に、『挑戦』を続けるか?」

「いいえ」

 

そんな筈はない。自分は臆病だ。

 

「二つ目。君はジニー・ウィーズリーと同じ寮に入りたいか?」

「はい」

「では、彼女のそばが君の居場所?」

「それは…」

 

そうなのだろうか?

確かに自分はジニーと一緒に居たい。

でも、四六時中一緒にいるわけではない。

なのに、勇敢さが求められる寮に…入るのか?

もし、もしもジニーと別れたら自分はグリフィンドールで何を…。

 

「三つ目。君は古い伝統を打ち破り、自分の居場所を作る『覚悟』があるか?」

「覚悟…」

「左様。成功する事は難しい。しかし、成せば偉大な功績だ」

 

覚悟…如何なる手段を賭してでも作る『覚悟』…。

 

「四つ目。これで最後だ。君は誰かから求められ、受け入れられるのはどんな存在だと思う?」

「それは…」

 

受け入れられる存在…わたしの望み…それは…。

 

「価値のあるもの…です」

「ふむ?」

 

そう、感情なんてあやふやなものでは怖い。

いつ、ひっくり返ってしまうのか…怯えてしまう。

おとうさんのように、おかあさんのように―――

 

相手が自分を欲する価値。

学力、容姿、能力…相手が求めてくれるものを自分が持っていればいい。

 

そう、価値だ。

心の中に、どうすればいいのか分からなかった暗闇に光が差した。

 

「そうだ…」

 

そうだ、そうだ、そうだそうだそうだそうだそうだ!!

そうすれば、わたしは―――っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイブンクロー!!」

 

 

 







と、いう訳でレイブンクローです。


帽子の質問に出た『挑戦』はグリフィンドール、『覚悟』はスリザリンです。

帽子としてはハッフルパフだけはあり得ませんでした。
フレデリカが聡明な事もありますが、彼女自身が他者からの暖かさや優しさを信じ切れていない事が分かっているからです。


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Chapter9

「ダンブルドア校長!貴方はこの者たちを許すと仰るのですか!?この者たちの浅はかな行動により、我々魔法界の存在が大勢のマグルに知れ渡っていたかもしれぬのですぞ!?」

 

華々しい歓迎会の裏、地下に設けられた自身の研究室内で魔法薬学教授セブルス・スネイプは怒りも露わに普段は発することもない様ない大声を上げた。

怒気を向ける先は学校長であるダンブルドアだ。

 

「セブルス。君が彼らを許せない気持ちも、わしは十分に理解しておるつもりじゃ。」

「ならばっ!!」

「じゃが、彼らはスリザリンでは無くグリフィンドールの生徒じゃ。よって彼らの処遇を決める権利と責任を負う義務は寮監であるマクゴナガル先生にある。そして、わしは彼らを退学になどしたくないというマクゴナガル先生の心情も理解しておる」

「くっ…」

 

これ以上は言っても無駄だろう。

この老人は無害な体を装ってはいるが、実際はスネイプが知る中でも一二を争うほどに抜け目のない、狡猾な人物だ。

 

「……承知しました。…では、この者たちへの処分はマクゴナガル先生にお任せいたしましょう。先生ならば、彼らに相応しい処分を下してくださる筈ですからな」

「ええ、そのつもりですとも」

「フンっ…」

 

すました顔をしてそう言ってのけるマクゴナガルに、スネイプは小さく顔を顰めた。

厳格さと聡明さで有名な彼女だが、身内にはとことん甘い。

ポッターたちへの処分は厳重注意と罰則程度に留められるだろう。

 

「さて、この話はここまでじゃ。ハリーたちは下がりなさい」

「ウィーズリー、貴方はすぐに医務室に向かいなさい。酷い姿です。処分は追って後日、通達します」

「はい…」

「…(ギリッ)…」

 

二人が返事をした。

先程まで自分が叱責していた際はこの世の終わりの様な顔をしていたというのに、明らかにほっとした顔をしてウィーズリーともどもうっすらと笑い合っている。

それが猶の事スネイプの心をささくれ立たせた。

 

「セブルス、君も一度歓迎会に顔を出してくるのじゃ。寮監が自身の新入生を見ないままというのは余りに無責任じゃ。君自身の顔を見せる意味でもある」

「…わかりました。校長は…」

「わしはほんの少しマクゴナガル先生と話がある。なに、直ぐに終わる話じゃ。終われば参加させてもらうよ。まだプディングも食べておらんからの」

「…左様で」

 

もうここに用はない。

自らの研究室の筈なのだが、スネイプは追い出されるような形で部屋を出る。

 

「セブルスや…」

「…なんですかな?」

 

扉を閉めようとしていると、背後からダンブルドアに声を掛けられた。

老人は先程までと表情は変わらないが、明らかに雰囲気を変えていた。

その開心術も使っていないのに、何でも見透かしたようなブルーの瞳に心がざわつく。

 

「……」

「……」

「…いや、プディングが無くなりそうなら一つ取っておいてくれんかの?」

 

何だそれは。

途端に肩の力が抜けた。

 

「…一つでよろしいですな?」

 

返事を待たず、スネイプは今度こそ研究室を後にした。

 

 

 

 

 

(忌々しい…)

 

歓迎会が行われている大広間。

教員達の座る長机に着席しながらスネイプは荒い鼻息を吐いた。

目の前には豪華な料理が所狭しと並んでいるが、今のスネイプにとっては全て色褪せて見える。

ダンブルドアからはプディングがどうのと言われていたが、見当たらない。

 

(既に無くなっていたとでも言っておこう)

 

「おい、スネイプ」

「なんだ?」

 

スリザリン側の長机をざっと眺めていたスネイプにハグリッドが声を掛けた。

また絡み酒かとうんざりしたが、どうも様子がおかしい。

いつもは調子に乗って顔が真っ赤になるほど飲むこの男が、今日に限って素面に見える。

 

「お前さん、確かジェームズと同学年だったな?」

「…それがどうかしたのか?」

 

さっきまで見ていた顔と記憶の中の顔が重なり、さらに気分が悪くなる。

大体、似すぎなのだあの親子は。

生き写しとしか思えず、憎悪しか湧かないあの顔…なのにその瞳は―――

 

「なら、リリーとも同学年だな」

 

一瞬、呼吸が止まった。

何故、急に彼女の話になる?

 

「何を―――」

「そんじゃあよ―――」

 

 

 

―――あの娘っ子、どう思う?

 

 

 

 

===================================================

 

「レイブンクロー!!」

 

気が付くと、フレデリカは組分け帽子を外されていた。

オオーっという歓声がレイブンクローの長机から上がった。

 

「さあ、席に着きなさい」

 

少しぽーっとしていると、マクゴナガル先生に肩を叩かれた。

おぼつかない足取りでレイブンクローの長机に向かう。

 

(レイブンクロー…これで良かったのかな?…)

 

「ぁ……」

 

ふと、グリフィンドールの方を見るとジニーがにっこり笑いながら拍手してくれていた。

そのことに少しほっとする。

『失望されたらどうしよう』というのは杞憂だったようだ。

 

「ここに座りなよっ!!」

 

ふらふらと席を探していると、少し離れた所から声がかけられた。

振り返った先では少し体の大きな、恐らくは新入生であろう少年が手を振っている。

 

「え…」

「ほらっ、こっちこっち」

「わっ…」

 

フレデリカは立ち上がって歩み寄って来たその少年に手を引かれ、彼の隣に座らされてしまった。

 

「ぺトルス・バークスターだ。よろしく」

 

にこりと爽やかな笑みを浮かべて手を差し出してくる。

短く刈り込まれた金髪は綺麗な色で、キラキラとしている。

未だ幼さは残るが、顔立ちは整っており将来はさぞイケメンに育つだろう。

 

「え、あ、はいっ。フレデリカ・ウィンクルム…です。よろし――」

「ねぇねぇ、君って何者なんだい?」

「く…え?」

 

フレデリカが挨拶を言い終わらない内から少年は質問をしてきた。

びっくりしたフレデリカは目をぱちくりとさせ首を傾げる。

 

「だってさ、君の顔を見た先生たちの何人かがビックリしたような顔をしたんだ。僕が確認しただけでも四人…かな。な?君も見ただろ?アリオーシュ」

 

ぺトルスはニコニコしながら隣の少女に声を掛ける。

 

「え?そうだった?見てなかったわ」

 

アリオーシュと呼ばれた少女が少し顔を赤らめて答える。

 

「ねぇ、ペト――」

「えーーー…君はどうだい?ケイン、先生たちビックリしてたよね?」

 

アリオーシュの答えを聞くと、ぺトルスはすぐに彼女から興味を失ったように、向かいに座った男の子に声を掛ける。

 

「は?気のせいじゃね?」

 

質問された黒髪の少年はどうでもよさげに欠伸をする。

眠たげに半眼になった瞳は少し赤みがかった茶色だった。

 

「それよか、まだ食っちゃいけねーのかよ…」

 

ケインは苛立たしげに指でコツコツとテーブルを叩きながらぼやく。

――――と

 

「諸君!!」

 

大広間に朗々とした声が響き渡った。

皆が声のする方に注目すると、立ち上がり台の上に上がったダンブルドアの姿が見えた。

ダンブルドアは何処からそんな声が出るのかというほどに力強い声を出している。

 

「宴を始める前に、このおいぼれからの歓迎の言葉を聞いていただきたい」

 

向かいの席のケインが眉間にしわを寄せた。

他の新入生もそうだ。皆、素晴らしいご馳走を前にお預けされているのだ。

この上長ったらしい校長の話など聞きたくない。

 

しかし、上級生たちは意外と平気そうでむしろ苛立つ新入生をニヤニヤしながらチラチラとみていた。

 

「おめでとうっ!!!」

 

一際大きな声でダンブルドアは叫んだ。

そして―――

 

あろうことかそのまま下がって教員側の席に着席してしまった。

 

生徒たちが困惑しながら次の言葉を待っていると、ダンブルドアはニヤっと笑って

 

「なんじゃ?皆、食べんのか?わしの話は終わったぞ?」

 

そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらっ、あの先生!あの小っちゃい先生、また君の事見たよ!!」

 

フレデリカがケーキを食べようと口を開けると、ぺトルスが肩を強く揺さぶってきた。

美味しそうにデコレートされたケーキはその衝撃でフォークから離れ、へしゃげてしまった。

 

「あ…」

「ねぇ、ホントに検討も付かないの?実はすごい魔法使いの末裔とか、実は吸血鬼とのクオーターだ!!とかさ」

 

目をキラキラさせて質問攻めにしてくるぺトルスに流石のフレデリカもうんざりしていた。

ふるふると首を振りながら落下死したケーキをかき集める。

 

「…にしても、あの先生マジでちっちぇーな」

 

目の前でひたすらに揺さぶられているフレデリカを気の毒に思ったのか、向かいのケインがぺトルスに話題をふった。

質問されたぺトルスはくるっとケインに向き直ると

 

「あ、気になる?気になるよね。僕もね、大広間に入った時から気になってたんだ。それでね、上級生の人に聞いてみたんだけどなんとあの先生…あ、フィリウス・フリットウィック先生って言うらしいんだけどねっ!呪文学の先生なんだって。なんでもレプラコーンの血を引いてるとかで、それであんなに小さいんだ。けど、あんなに小さいのに昔は決闘クラブで優勝したこともあるほど強いんだってっ!!驚きだよねー。あ、あとさ…」

 

ぺトルスは正にマシンガントークという他ないほどに饒舌に、聞いてない事からビックリするようなことまでもの凄い量の情報を叩きつけてくる。

よくよく聞いてみれば、この短期間で集めたとは思えないほどに重要だったり細かい情報が散りばめられているのだが、いかんせん話が長い。

初めは聞いていたケインも、『へー』と『ふーん』と『まじで?』をルーチンワークの様に繰り出しながらチキンを切り分けたりしている。

 

「あっ、あの先生は誰かな?ほらっ、あの新しく席に着いた先生!!」

 

ぺトルスが再びフレデリカの肩を叩く。

ケインのおかげでようやくケーキを食べられたフレデリカは少し余裕が出来たので、彼の指差す方向を見た。

 

真っ黒な人だった。

真っ黒な黒髪に黒いマント。

纏っている雰囲気もどことなく暗く、フレデリカは『あの人こそ吸血鬼みたいだ』と思った。

 

何処となく不機嫌そうな黒い教師はハグリッドに話しかけられて顔を顰めている。

―――と、突然ハグリッドがこちらの方を指差してきた。

その先に居るのは間違いなくフレデリカ。

指につられるように黒い教師もこちらを向いた。

 

 

 

 

目が合った。

 

―――彼は驚かなかった。

ハグリッドの訝しげな視線も気付かないのか、熱に浮かされたようにじっとフレデリカを見つめてくる。

 

その黒い瞳に宿る感情は…分からない。

ただ、見つめている。

 

どのくらいそうしていただろうか?

彼はゆっくりと瞑目し―――

 

元の仏頂面に戻ってしまった。

 

「???」

 

フレデリカは首を傾げた。

矢張り、自分を知っている人がいる。

だが、自分はつい最近まで誰とも接触せずに地下室にいたはずだ。

 

「もしかして…」

「なんだい!?思い出したのかのかい!?君は何処のお姫様なんだい!?」

 

フレデリカが思わず呟いた言葉をぺトルスは聞き洩らさなかった。

喰いつくようにフレデリカに顔をよせ、興奮した様子で両肩を掴んで揺さぶる。

 

「え、えと…もしかしたら、だけど…」

「うんうん!!」

「……………お世話になってたお店のお客さんだったのかなぁ…とか…」

 

そうだ。

『漏れ鍋』は魔法界では有名な店らしいし、ホグワーツの教員が来ても何ら不思議はない。

 

「えー、そんな簡単なものじゃ無さそうなんだけどなー…」

「で、でもそれ以外に思いつかない、し…」

 

ぺトルスは不満そうだ。

けれど本当に知らないのだから仕方がない。

 

(あれ?でも……本屋さんで会った人も…)

 

ルシウス・マルフォイも自分を知っているそぶりを見せていた。

 

(なんか…怖い…)

 

知らない人が自分を知っている。

そう思うと、寒気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『レイブンクローか…いいんじゃないかな。君は頭がいいからね』

『でも、ジニーとは別の寮になっちゃった』

 

歓迎会も終わり、自室も割り当てられ、ルームメイトも寝静まった頃。

フレデリカは小さな、小さな灯りを灯して日記を書いていた。

書き込んでいるのは、あの―――トム・リドルの日記。

 

『それは意外だったけどね。君ならジニーがいる寮を『選ぶ』と思っていたよ』

『うん。でも、わたしは勇敢じゃないし、それに…』

 

傍から見れば日記を書いているだけに見えるだろう。

だが、一たび日記を覗き込めば誰もが首を傾げる。

 

『それに…なんだい?』

『わたし、分かった気がする。みんながわたしを受け入れてくれる…求めてくれるようになる方法』

 

フレデリカはインクをつけて日記に書き込む。

しかし、書かれた文字は書いた先からすぐに消えてしまう。

そして代わりに別の文字が浮かび上がるのだ。

あたかも見えない誰かと文通しているかの様に。

 

『その方法って?』

『わたしが求めてもらえる人間になるの。求める価値のある人間に』

 

―――と

先程まで即座に返ってきていた返事が途切れた。

こんな事は初めてだ。

フレデリカは何か気に障る事でもしたのかと不安になった。

 

『リドル?』

『ああ、ごめんね』

『どうしたの?わたし、間違ってる?』

『いいや。…そうか、だからレイブンクローなんだね』

 

リドルからちゃんと返事があり、否定的ではない事にフレデリカはほっとする。

 

『うん。頑張って勉強して、いろんな魔法が使えるようになって、沢山の人の役に立てるようになるんだ』

『なるほどね。誰かのために頑張る。素晴らしい事じゃないか』

 

自分の見つけた答えをリドルに肯定してもらえた。

素晴らしい事だと言ってもらえた。

それだけでフレデリカは胸がいっぱいになった。

 

けれど、少し不安になった。

考え始めると怖くてたまらなくなった。

その気持ちのまま、フレデリカは日記に書き込む。

 

『リドルは』

『うん?』

『リドルに、わたしは、必要?』

『もちろんさ。君がいないと、僕はただの日記だ。書いてくれる人がいないと退屈で仕方がない』

『もし、ほかの人が』

 

もしも、リドルにとって日記に書き込むのが誰でもいいのなら…。

 

『前にも言ったけどね。僕は普通の人が見たら気味悪がって捨てちゃうような日記なんだ』

『そんなことないよ!!リドルは気持ち悪くない!!』

『うん。そう言ってくれる君だから僕は捨てられずに済む。それに、いろんな事を毎日書いてくれる君のことが、僕は好きだよ』

 

「―――っ///」

 

『好き』

その言葉にフレデリカは顔を真っ赤にして悶えた。

 

『今日はもう寝―――』

 

「ねえ、何やってるの?」

 

突然、背後から声がかけられた。

ルームメイトのアリオーシュだ。

 

「あ、ごめっ…」

「明日からいきなり授業で早いんだからさあ…とっとと寝なよ」

「ごめんなさい…」

「ちっ…」

 

しょんぼりと俯いたフレデリカに対してアリオーシュは舌打ちを打つ。

 

「あんたが寝坊しようが居眠りしようがアタシには関係ないけどさ、アタシの睡眠の邪魔はしないでよ」

「……」

 

俯いたままのフレデリカにもう一度大きな舌打ちを打ち、アリオーシュは自分のベッドに戻っていった。

 

「……」

 

『ごめんね、今日はここまでにする。お休み、リドル』

 

そう走り書きをして、フレデリカは急いでベッドに潜り込んだ。

 

『おやすみ、フレデリカ』

 

誰も見ていない日記に文字が浮かび―――消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ハリポタシリーズでどの女性キャラが一番好みかと言われれば、間違いなく



『『『『『マクゴナガル先生です』』』』』


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Chapter10

スネイプは自室の扉を閉じ、鍵を掛けるとそのままもたれかかりズルズルと座り込んだ。

普段は背筋を伸ばし、絶対に地につけない一級品のマントがだらしなく床に広がる。

ついた手と腰に地下室独特のひんやりとした冷たさが伝わってくる。

 

「……」

 

先程まで教員…正確には『彼女』を知るもの達が集められ、ダンブルドアからフレデリカについて説明を受けた。

その時のことを近くにあった燭台の灯を眺めながら反芻する。

 

 

 

「説明してもらいますよ、ダンブルドア。彼女は何者なのです?」

 

集められたのはマクゴナガル、フリットウィック、スプラウト、スネイプ。

全員が揃うと同時にレイブンクローの寮監、フリットウィックがもう待てないと言わんばかりに甲高い声で詰め寄った。寮は違えど、彼にとっても『彼女』はお気に入りの生徒だった。

 

「…分からぬ」

「なんですとっ!?この期に及んで、他人の空似とでもおっしゃるつもりですか!?」

「本当に分からぬのじゃ。フィリウス。わしとて初めて見た時は絶句した」

 

じゃが、と呟きながらダンブルドアは椅子から立ち上がる。

 

「わしも独自に調べたのじゃが、あの子はリリーとの血の繋がりは一切ない。間違いなく彼女の両親から生まれ、どれ程遡ってもエバンズ家との繋がりは見えてこなかった」

 

ダンブルドアは自らの机に置かれた資料の束をさらりと撫でた。

恐らくはフレデリカに関する調査資料だろう。

 

「にもかかわらず、あれほどまでに似ている」

「…彼女を迎えに行ったのは貴方でしたね?本来、マグル出身の生徒を迎えに行くのは我々教員の役目です。…初めから知っていたのではないですか?」

「予言があったのじゃ」

「予言?」

 

意外な返答だったのか、フリットウィックは初めて厳しい表情を緩めた。

 

「あの子は…フレデリカは『帝王』と戦う者の鍵であると」

「なっ!?」

 

今度こそ全員が絶句した。

帝王…それは即ち――

 

「あ奴が未だに息を潜め、再起の刻を伺っておるのは皆も十分承知の筈じゃ」

 

昨年起きた賢者の石にまつわる騒動。

世間には余り大きく報道されていないが、あの事件は当事者に帝王の存命を確信付けるには十分なものだった。

 

「あの子こそ予言の子。恐らく、フレデリカとリリーは無関係ではない。ただ似ている訳では無いのじゃ」

 

今度こそ全員が無言になった。

予め聞かされていたマクゴナガルは目を伏せ、スプラウトは口元に手をやって目を見開いている。

 

「校長は…」

 

それまで無言を貫いていたスネイプが初めて言葉を発した。

声が震えないよう、必死に自信を抑える。

 

「校長はあの娘をどうされるおつもりですかな?」

「わしからは何もせぬ」

 

ダンブルドアははっきりと言った。

 

「ハリーの時と同じじゃ。予言の子とはいえ、彼女は一人の…我が校の生徒じゃ。他の者と同じように学び、悩み、成長する権利がある。そう遠くない内に彼女はリリーのことを知るじゃろう。それをどう受け止めるのかも彼女に任せる」

「………」

「予言の子とはいえ、彼女がどう鍵になるのかは誰にも分からぬ。ハリーがまだ赤子の時にあ奴を退けたようにの」

 

下手に干渉すれば最悪の未来が待っているかもしれない。

もしかすると何かすべきなのかもしれない。

しかし、予言などあっても所詮人の子にはどうすることもできない。

 

「わしはあの子に思うがままに生きてもらいたいのじゃ」

 

 

 

 

あの少女、フレデリカ・ウィンクルムを大広間で初めて見た時、スネイプは驚かなかった。

いや…驚きよりも、何よりも先に思ってしまった。

愛しいと。

 

「吾輩は…」

 

そしてそのすぐ後に壮絶な自己嫌悪に襲われた。

 

リリーは死んだ。

あの小娘は似ているが別人だ。

自分が愛したのは彼女の外見だけなのか?

 

「違う…」

 

彼女の笑顔、高潔さ、聡明さ、才能、優しさ。

そのすべてに惹かれたのだ。

 

外見の似ている少女に、一瞬でも心奪われた事は彼女への裏切りではないのか?

 

「……」

 

けれど、ポッターの目を見た時と同じようにあの娘の目もリリーの目だ。

彼女だけを愚直に思い続ける彼にはそれが分かってしまう。

あの目にもう一度自分を映してもらって、笑いかけて欲しいと思ってしまう。

 

『フレデリカとリリーは無関係ではない』

 

ダンブルドアの言葉が思い起こされる。

 

「リリー…吾輩は………僕は―――」

 

 

 

 

===================================================

 

 

 

フレデリカにとっての初めての授業。

それは変身術の授業だった。

この授業はグリフィンドールとレイブンクローの合同授業で、フレデリカの隣にはジニーが座っている。

 

「もーーーっ!!ロンの馬鹿ッ!!あり得ないでしょ!?」

「あ、あはは…」

 

ジニーは頭を抱えて机に突っ伏している。

フレデリカは何と声を掛ければいいのか分からず乾いた笑いをこぼした。

 

「いいじゃない。貴方のお兄さん、学校中の注目の的よ?それに、あのハリー・ポッターと親友だって言うじゃない!!いいなぁ…ねぇ、今度紹介してよ」

 

ジニーを挟んでフレデリカの向かい側から女生徒が笑う。

何でもジニーのルームメイトだとか。

もうそこまで親しげになっているのかと、フレデリカはジニーの社交性に内心舌を巻いた。

 

「妹の身にもなってよ…あんな馬鹿やって…ちょっと考えれば他にいくらでも方法あるじゃない。ママもママよ…吠えメールなんか寄越しちゃって…」

 

――吠えメール。

今朝の朝食時にロンにおばさんから届けられた赤い手紙。

何でも送り主の声を記憶し、受け取った相手が開封すると同時に何倍にも増幅して再生するとか。

元々は貴族の令嬢が三行半を叩きつける際に発明したとかなんとか。

 

「あなたがお熱のハリー・ポッターも一緒だったらしいじゃない」

「ロンが唆したに違いないわ。ハリーがそんな浅慮な事するわけないもの」

 

ジニーは腕をくんで間違いないと、確信したように頷いた。

 

「皆さん、お静かに…授業を始めますよ」

 

教室の前方にある教壇に立ったマクゴナガル先生が皆を注目を集めるために手を叩いた。

それだけで教室はシン…と静まり返る。

 

「貴方たちにとってはこれがホグワーツで受ける最初の授業となります。故に、今回は変身術というよりは基本的な杖の扱い方について学んでもらいます」

 

教室のあちこちから不安の声が上がる。

声を上げたのは主に魔法族出身の者たちだった。

彼らの心境は『何を今さら』だ。

 

「…お静かに。この授業を受けている者の中には非魔法族出身の者もいます。彼らの中には未だ杖を振ったこともない者もいるでしょう」

 

そうなの?とちょっとびっくりしたようにジニーがフレデリカに尋ねた。

フレデリカはこくりと頷く。

 

だって怖いのだ。

下手な事をしてどんなことが起こるのか見当がつかない。

魔法族出身の者からすれば当然すぎて気が付かないのだろうが、杖は『多目的すぎる』。

 

振りさえすれば簡単に現象を引き起こす杖はあらゆる場面で使われる。

料理に洗濯、運搬に修理、治療に決闘―――果ては殺人まで。

 

感覚としては十歳かそこらの少年少女が『フライパンとバットとライターとナイフと歯ブラシと拳銃をくっつけた何か』をポンと渡されたようなものだ。

 

「では、皆さん。杖を杖腕に持って下さい」

 

その言葉に従って、他の者たちと同様にフレデリカも自らの杖を取り出す。

 

 

 

長さは少し短く二十四センチ、本体はイチイの木。

芯にはセストラルの尾の毛が使われている。

少しジグザグと波打っているが、振りやすい。

 

フレデリカはこの杖がかなり気に入っている。

杖を売ってくれたオリバンダーが言うにはセストラルの毛を使うのは縁起が悪いだとか、伝説の杖のデッドコピーだのと揶揄されることもあるらしい。

それを聞かされた時は少し怖かったが、オリバンダーに言わせれば『下らない迷信』だそうで、

 

『気に入ったものを使いなさい。杖はこれから手足と同じように貴方と共に在るのですからな』

 

と言われ購入を決定したのだ。

 

 

「杖を振る際に最も重要なのが手首です。…ミスタ・クリービー、握り込み過ぎです。力を入れるのは小指と薬指のみ、残りの指は支えるくらいの気持ちです」

 

マクゴナガル先生による『初めての杖』講座はそのまま終業の鐘が鳴るまで続いた。

意外なことに魔法族出身の者もなんとなくで振っていたようで、途中から文句の声は上がらなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

続いての呪文学の授業。

担当はフレデリカたちレイブンクローの寮監でもあるフィリウス・フリットウィック先生。

大広間でも話題に上がっていたが、フリットウィック先生は本当に小さい。

近くで見るとなおのことだ。

それなのに顔や仕草は立派な大人のもの。

 

そして、やはり――

 

「やっぱり、君の事気にしてるよ。あの先生」

 

フレデリカの隣に座っているぺトルスが小声で囁く。

 

「う、うん…」

 

大広間にいた時は大勢いたし、遠かったので否定できたが今回はそうはいかない。

フリットウィック先生はフレデリカの名前を呼ぶ際に明らかに声を詰まらせた。

解説中も何度かこちらを見てくる。

 

「考えられるとすれば、どこかで君を見たことがあるか――」

「先生がロリコンかってとこか」

「わっ」

 

こそこそと話している二人に後ろから声がかけられた。

大広間で向かいに座っていた黒髪の少年、ケイン・マッケンリーだ。

 

「ロリ…コン…?」

 

フレデリカがどういう意味なのかと首を傾げる。

 

「要するに、小さい女の子を性的に好きな連中のことさ」

 

悪戯っぽくにやりと笑ったケインが人差し指をたてて説明する。

 

「???」

 

性的に、と言われてもいまいちピンと来ない。

義務教育をまともに受けていないフレデリカはあまりその辺に詳しくない。

困惑するフレデリカとは対照的にぺトルスは目から鱗という表情を浮かべる。

 

「そうかっ!!その線があったか!?確かにあの先生なら在りうるね!!自身が小さいし。それにフレデリカは新入生の中で一際小柄だ。さらに、小動物のような愛くるしさがある」

「だろう?」

「つまり…どういうこと…なの?」

 

よくわからないままに結論に到達しようとする二人に置いて行かれては困るとフレデリカは問うた。

 

「つまりさ―――君が可愛いから先生は君に夢中ってことさ」

「ええっ!?」

 

あまりの結論にフレデリカは授業中にも関わらず、大きな声を上げてしまった。

教室中の視線がフレデリカに集まる。

 

「リ…ミス・ウィンクルム。どうかしましたか?」

「あ、う、………ごめんなさい。なんでもないです」

 

フレデリカは顔を真っ赤にして着席する。

そして、小声で精いっぱい二人に反論する。

 

「そ、そんなわけ…」

「いや、真実の探求には様々な角度から物事を見る必要がある。僕はその線で――」

 

必死の反論も虚しく、ぺトルスは自らの世界に入り込みブツブツと呟き始めてしまった。

ケインはクツクツと笑いながらそれを眺めている。

 

「…ねぇ、その、ホントに思ってる?先生が、その…」

「は?んなわきゃねぇだろ?」

「…」

 

ニヤケ顔のままケインが杖でフレデリカの額を小突いた。

 

「~~~~っ」

「ククッ…」

 

からかわれたと気付いたフレデリカはケインの杖を払い除ける。

そしてふと、

 

「ねぇ、ぺトルスは、どうしてそんなに…わたしについて調べる、の?」

 

ぺトルスに尋ねた。

 

「謎ってわくわくするじゃないか!!」

 

思いっきりいい笑顔で言い切ったぺトルスにフレデリカは絶句した。

 

 

 

 

ひそひそと会話を続ける三人。

傍から見れば仲睦まじくじゃれあっているようにしか見えない。

 

「………ちっ」

 

それを不愉快そうにねめつける視線に、フレデリカは気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業だった呪文学が終わり、本日の授業は終了。

皆が思い思いに夕食までの時間を過ごしている中、フレデリカは早々に自室に戻り引きこもっていた。

 

「……」

 

フレデリカは熱心に日記に書き込んでいる。

かなり興奮しており、その頬は上気していた。

 

『あのね、今日初めて呪文学をやったんだけど先生に沢山褒められたんだよ。学年で一番早く羽を浮かせられたんだ!』

『へぇ、すごいじゃないか』

 

呪文学の授業においてフレデリカは他の生徒、魔法族出身の生徒すらも差し置いてフリットウィック先生から絶賛された。

 

『ご褒美にね、お菓子ももらったの』

『よかったじゃあないか。やっぱり、君には才能があるんだよ』

『そうかな?でも、勉強も頑張るよ』

 

この後も直ぐに明日使う教科書を読み込むつもりでいる。

教科書を読むのが楽しくて、さらにそれが褒められるなんてなんて素敵な事だろう。

 

『分からない事があったら僕に聞いてくれ。大抵のことは答えてあげられると思うよ』

『リドルは勉強が出来たの?』

『うん。なんたって監督生だったからね』

 

(凄い!!)

 

フレデリカは感動した。

監督生と言えば下級生の模範となる為に選ばれる一握りの優秀な生徒らしい。

 

(やっぱり、リドルは凄いんだっ)

 

『ホントにいいの?』

『もちろんさ。それに、僕は将来教師になりたいと思って…あれ?』

『どうしたの?』

『僕の場合、『なりたかった』なのか『なりたい』のか、どっちなのかと思ってね。僕はトム・リドルの記憶だ。けれど、実際には本物のリドルがいる。なら、僕の意志は』

 

綴られてゆくリドルの言葉に、フレデリカはなんだか悲しい気持ちになった。

つまるところ、リドルの疑問は『自分はニセモノ』なのか?ということだ。

 

日記に封じ込められた記憶は本物だ。

けれど、日記でしかない彼は『十六歳のリドル』のまま置き去りにされている。

彼が今抱いている夢の結末も…既にあるのだろう。

 

(そんなの、寂しすぎるよ…)

 

『リドルはリドルだよ。先生になりたいっていう気持ちは、間違いなく今のリドルが生み出したものだから…だから…』

『ありがとう、フレデリカ。そうだね。僕は……』

 

 

 

 

―――キヲクのままでは、終わらない。

 

 

 

 

『ねぇ、フレデリカ。君に調べてほしい事があるんだ』

『なに!?なんでも言って!!』

 

リドルが自分を頼ってくれた。

それがフレデリカにとってどれ程嬉しい事か。

いつも頼りっぱなしで、辛抱強く話を聞いてくれて慰めてくれる彼が。

自分を『求めて』くれているのだ。

 

『君は…ヴォルデモートって名前、知っているかい?』

 

 

 

 

 

 






スネイプ先生の一番の魅力って内面はとても弱くて繊細なのに、あそこまで貫き通した事だと思うんですよね。やっぱり男性キャラでは一番好きです。



でも、作中一番有能だったのは、キングスリーだと思います。



そしてフレデリカいろいろピーンチ!!

こっから少し時間の流れは速くなる…筈っ。
物語が進まない…。


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Chapter11

お久しぶりです。
遅くなってしまってすみません。

この小説は一、二話まで手書きをPCに入力した物で以降もそのつもりでした。
ですが、数倍の時間がかかってしまうため一時断念したのです。
更新速度を大事にしようと。

が、予想外の高評価を皆さんから頂いて歓喜すると同時に、読み返してみると自分でも質に明らかな差があると思いました。

更新停止中はプロットと書き溜めを行っておりました。
以前の様に早くはありませんが、定期更新ができるはず…です。



フレデリカはコツコツと石でできた階段を下ってゆく。

暗く湿った壁は僅かな光沢を放ち、ポツポツと設置された燭台の光が揺らめいている。

周囲では同じように下る生徒と、逆に階段を上ってくる生徒がすれ違う。

 

「………」

「フリッカ…大丈夫?顔色悪いよ?」

「はい…」

 

隣を歩くジニーが心配そうにフレデリカの顔を覗き込んだ。

グリフィンドールとレイブンクローが合同で授業を行うのは『魔法薬学』と『変身術』だ。

これから向かう地下室で『魔法薬学』の授業がある。

二人はついさっき合流して一緒に地下室に向かっているのだが…。

 

(地下室……)

 

ほんの少し前までなのだ。

あの家にいたのは。

 

(大丈夫。大丈夫。これから行くのは授業。楽しみにしてた魔法薬学なんだから…大丈夫)

 

「気分が悪いなら、マダム・ポンフリーのとこに行く?」

「大丈夫です…行きます」

 

ギュッと拳を握って深呼吸する。

 

「ならいいけど…あ、そうだ!!フリッカたちはさっきまでロックハートの授業だったのよね?どうだった?彼、かっこよかった?」

「え?うーん…」

 

フレデリカは湿気った階段を滑らない様に気をつけながら、ついさっきまで受けていた授業について思い出す。

ギルデロイ・ロックハートの授業は『闇の魔術に対する防衛術』だ。

 

何をしたかと言われても、思い出せるのは授業の初めに行ったテストくらいしかない。

テスト内容はロックハートの著書の内容についてだった。

それも好きな色だの、将来の野望だので『闇の魔術』には全く関係のない問題ばかり。

 

生徒のほとんどの者が三割も取れず、五割を超えたのも何人かの女生徒だけだった。

―――が、フレデリカは満点を取った。取ってしまった。

少々不安な所もあったが、何度も読み返している彼女にとってはそう難しい物でも無かったのだ。

 

この結果にロックハートは大喜びで、フレデリカを名指しで指名し褒め称え、レイブンクローに十点を与えた。

 

そして裏でフレデリカは知らぬ間にヘイトを稼いだ。

 

『なぁ、この問題に出てる本使ってこれから一年勉強するんだよな?……これで満点取れる奴授業受ける意味あんのかよ?』

 

とは、零点を取ったケインのぼやき。

誰も、反論できなかった。

 

その後の授業はロックハート自身による著書の朗読で終わった。

 

 

 

余談だが、二年生は非常に危険な悪魔の実物を、ロックハートの監督のもと鑑賞したらしい。

一年生にはソレは危なすぎるとのこと。

自分で無ければどんな酷いことが起こるか分からなかった、とロックハートは語っていた。

 

 

 

 

 

 

「あ、あはは…小テストみたいなのがあった…かな?」

「うそ!?どんな問題だった?」

「あ、あとで……教え…ます…よ?」

「ほんと!?ありがとう!!私、フリッカと友達で良かった~♪」

 

ジニーは歓声を上げてフレデリカの手を取った。

 

「うあ…う…」

 

『友達で良かった』の言葉にフレデリカは顔を真っ赤にする。

 

(やった…!!ジニーにとってわたしは…っ)

 

そうこうやっているうちに、二人は地下室にたどり着く。

浮かれていたフレデリカは地下室に対する不快感も感じなかった。

 

(そうだよ。うん、わたしまちがってない。『魔法薬学』も頑張らなきゃっ…!!)

 

 

 

 

 

地下室に入室したスネイプはまず出席を取った。

そして、シン…とした生徒を睥睨して呟くような声で講義を始めた。

散々、スネイプ教授の前評判を聞かされている生徒たちには私語など一切ない。

 

「諸君らにこれから伝授するのは魔導であり、科学だ。それも、マグル共の行っている肉体にしか干渉できぬ不完全なものでは無い。精神を惑わせ、魂すらも昇華させうる御業。突き詰めるのであれば人の生涯では全く足りぬ。そういった世界」

 

教室の席を一つ一つ回りながら言葉を紡いでゆく。

 

「オウムの様に同じ呪文を繰り返すような間の抜けた授業ではない。同じ薬品を作るにしても、調合の度に異なる機転と最適な行動が求められる。…繊細にして芸術的な業だ」

 

全ての席を回り終えたスネイプはもう一度教壇に立ち、言葉を続けた。

 

「…もっとも、我輩が見た限りでは素質のある者は皆無であったが。我輩の目が節穴であった、という事に期待しよう」

 

不思議と聞き入ってしまう演説をしつつも、最後には貶す。

この時、教室中の全員が思った。

この教師は有能な事に違いは無いが陰険だ、と。

 

「では、今回は手始めに出来物に効く簡単な調合をやってもらう。なに、そう難しい事ではない。我輩の指示通りに行えばいい」

 

スネイプが杖を振ると、部屋に無数に設けられた戸棚の内、幾つかがひとりでに開いた。

中にはビーカーに始まり、様々な実験器具が並んでいる。

 

「有り得ぬとは思うがこれすらも出来ぬとあれば我輩とて手の施しようがない。残念だが、次回からはこの授業にはただ座るために来ることになるだろう」

 

 

調合が始まっても、終始スネイプはそんな調子だった。

マントを翻しながら全員の鍋を見て回り、時には嫌味を言い、時には鼻で笑う。

授業が終わるまでにほぼすべての生徒がスネイプから注意を受けた。

 

フレデリカも例に漏れず――

 

「なんだ、それは?蛇の牙はもっと細かく砕くように黒板に書いてあるはずだが?」

「ご、ごめんなさい。で、でも…これ以上はわたしの力じゃ…」

「言い訳をするな。見苦しい…自分で砕けぬのなら他の者に砕いてもらえ。初めに言ったはずだ。臨機応変に行動せよと」

「はい…」

 

授業の予習は完璧なつもりだった。

教科書も一章から二章までなら空で言えるくらいだ。

けれど、それだけでは駄目だと思い知らされる。

知識だけではだめなのだ。

 

(『魔法薬学』って思ったよりもずっと大変だ…。でも、できるようにならないとっ…)

 

これまでの授業では上手くいって、褒められて、調子に乗っていたのかもしれない。

生半可な気持ちのままではなりたい自分になれない。

フレデリカは早い段階で気付けて良かったと、気を引き締めた。

 

「………」

 

ふとフレデリカが顔を上げると、まだスネイプがすぐ横に立っていた。

 

「あ、あの…」

「…何故直ぐに動かん。もう一度同じことを言わせるつもりか?」

「は、はいっ……ね、ねぇケイン…あの、これ…わたし力足りなくて…」

 

フレデリカは慌てて前に座っていたケインに声を掛けた。

ジニーの方が声を掛けやすかったが、彼女も彼女で苦戦している様子だ。

 

「あん?…げっ――」

 

怪訝そうに振り返ったケインはフレデリカのすぐ隣に立っているスネイプに気付くと顔を顰めた。

そして、フレデリカの差し出している砕き切れていない蛇の牙を見て察すると、

 

「ほらよ」

 

手早く受け取り、砕いてやった。

中途半端だった牙はちょうどいい大きさまで小さくなる。

 

「ありがとう」

 

受け取りながらフレデリカは礼を言った。

 

「………フンッ」

「あ……」

 

フレデリカが受け取ったのを確認すると、スネイプは鼻を鳴らして立ち去った。

 

(…もしかして、ちゃんと出来るか見ててくれたのかな?)

 

 

―――授業が終わるころには、フレデリカの『できものに効く薬』は無事完成していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん…」

「フリッカ?」

「む~…」

「ちょっとっ、フリッカってばっ!!」

「うひっ!?」

 

土曜日の早朝、必死にヴォルデモートについて調べていたフレデリカは肩を揺さぶられて本から目を離した。

目の前ではジニーが少し頬を膨らませて、フレデリカを軽く睨んでいる。

 

「ご、ごめん…なさい」

「どうしたの?こんな朝早くから難しい顔して本なんか睨んじゃって」

「ちょっと、調べ物を…」

「あっ、見てみて!!ハリー達が出てきたわ!!」

 

フレデリカがジニーに尋ねてみようかと思い、口を開いたのと同時にジニーが興奮したように大声を上げた。

九月の早朝、冷たい空気の中フレデリカたちはクイディッチ競技場のスタンドに座っていた。

今日はグリフィンドールの練習日らしく、フレデリカはジニーに誘われて見学に来ているのだ。

 

「あっ、あれよっ!!ほら、あの一番背が低い男の子。…凄いわよねぇ…彼、一年の時に異例の大抜擢されてシーカーになったんですって」

 

うっとりとため息をつくジニーの視線を追って、フレデリカはその少年を捉える。

 

(ハリー・ポッター…ジニーの好きな人…)

 

どうやらウォーミングアップをするらしく、軽く準備運動をしたグリフィンドールの選手たちは箒に跨り、飛び上がった。

 

(わ…あんなに高く飛ぶんだ……)

 

あっという間にその姿は小さくなり、豆粒位にしか見えなくなった。

フレデリカたちはまだ箒に乗る、『飛行訓練』を受けていない。

だから、箒で飛ぶというのがどんなものか知らなかった。

 

(それに、速い…)

 

もっとふわふわ飛ぶものだと思っていたフレデリカは、次の火曜日に迫った『飛行訓練』が怖くなってしまった。

風を切り、箒と一体になって宙を駆ける自分はどうやっても思い描けない。

 

「あっ、こっちに来るわ!!」

 

競技場をグルリと旋回する様に回って来た。

ハリーに追随する形でもう二人いる。

 

「フレッドとジョージね……来たっ」

「あ……」

 

やはりだ。

ハリー・ポッターを視界に収めるとフレデリカの心はざわつく。

大切なものを見つけたような、自分に欠けてしまったものを見つけたような…。

 

「かっこいいわよねぇ……」

「……」

 

カシャカシャカシャッ

 

じっと…けれど違った感情を込めてハリーを見つめていた二人の後ろから、ひっきりなしにシャッター音が聞こえてくる。

 

「ゥワーッ!すごいっ、箒ってあんなに速く飛ぶんだ!?ハリーッこっち向いてよ!!」

「…ねぇ、コリン…もう少し静かにしてもらえない?」

 

ジニーが振り返って眉を吊り上げた。

さっきから音や歓声に加え、強烈なフラッシュが背後で続いている。

 

「あ、ごめんねっ!!でも、すごいよね、ハリーってさ!僕、彼の大ファンなんだ」

「あのね、ファンだからこそ守らなきゃいけないマナーってものが―――」

 

ジニーはハリーがコリンの追っかけにウンザリしていることに気が付いていた。

その上、クィディッチの練習まで邪魔するというのなら…

 

「なんだ、ジニーたちも来てたのか?」

 

ジニーが説教をかまそうとし、フレデリカがオロオロしていると、ロンが声を掛けてきた。

後ろにはハーマイオニーもいる。勿論脇にはロックハートの本。

 

「三人も揃ってハリーの追っかけかい?…フレデリカ、だっけ?」

「は、はい…」

「……ま、いいけどさ。なに?ハリーのファンクラブでも作る気?」

 

どうでも良さそうな口調で、しかし表情には不満の色を浮かべてロンが言う。

 

「ファンクラブ…そうね、これからもコリンみたいなバ…気の利かない子も出てくるでしょうし…。それならいっそのこと統制を…」

 

ロンは嫌味のつもりで言ったのだろうが、ジニーの方は真剣に考え込み、ブツブツと呟き始めた。

 

「本人が前だとガチガチになるくせに…」

「なにか言った?」

 

ぼそりと呟かれたロンの言葉にジニーの眉が吊り上がる。

 

「あの…」

「別ぇっつにィ?」

「何よっ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよっ!」

「あのっ!!」

「「なにっ!?」」

 

「ハリー達、喧嘩してます。スリザリンの人達と」

 

 

 

 

 

 

「生まれそこないの『穢れた血』め」

 

―――『穢れた血』。

 

存在は知っていた。そういう言葉があると。

魔法使いの常識が書かれた本にも大きく取り上げられていた。

意味も知っている。自分がそれに当てはまるとも知っている。

 

けれど、その言葉だけは聞きたくなかった。

 

ドラコ・マルフォイがその言葉を口にした瞬間、心臓が止まるかと思った。

一瞬心臓が大きく跳ね、全身の毛穴が開いた様に鳥肌が立つ。

脈が自分で聞こえるにもかかわらず、手足はどんどん冷たくなって――

 

「よくもそんな事をっ!!」

 

グリフィンドール・チームの誰かが金切り声をあげる。

フレッドとジョージは今にも殴りかかろうとし、ロンは懐に手を伸ばした。

ジニーが呆然としているフレデリカを後ろに庇う。

 

「ん?そこの一年もそうなのか?」

「っ……」

 

ジニーの後ろで縮こまったフレデリカを目ざとく見つけたマルフォイが言う。

そして、自身を睨むジニーを一瞥し

 

「その髪の色…またウィーズリーの家の奴だな?『血を裏切る者』共め…害虫の様に沸いて増えるな」

 

マルフォイの後ろに立つスリザリン・チームからどっと笑いの声が上がった。

 

「ふん、必死にそいつに取り入っているみたいだがウィーズリー如きじゃあな。大して力もない。お前たちに友好的なのも魔法族では鼻つまみ者だからさ。…気分がいいだろう?ウィーズリー、自分より下の者を守ってやるのは」

 

チームメイトに抑えられたフレッドとジョージが振りほどこうともがく。

マルフォイはニヤニヤしながらそれを眺め、ハーマイオニーとフレデリカに

 

「魔法界にお前たちの居場所は無いんだよ、『穢れた血』共め」

「っっっ!!!」

 

「それ以上口を開くなマルフォイッ、ナメクジ喰らえっ!!」

 

ロンがもう我慢の限界だと杖を抜き放ち、マルフォイに向けて杖を突きつける。

バーンッという大きな音と共に赤い閃光が飛び出した。

―――マルフォイにではなく、ロンに向かって。

 

凄まじい勢いで吹き飛ばされたロンは背中から地面に叩きつけられた。

 

「ロンッ!!」

 

ハーマイオニーが悲痛な声を上げて駆け寄る。

グリフィンドールの面々も慌ててロンを囲んだ。

 

杖を向けられた瞬間、怯えたように顔を手で覆ったマルフォイも、状況に気が付くと噴出した。

周りのスリザリンの仲間と一緒に腹を抱えて笑う。

 

「ははははは――ごっ!?」

 

マルフォイは殴られた。

 

殴ったのはジニー。

彼女は妙に腰の入った拳を、アッパーカットの如くマルフォイの顎に叩きこんだのだ。

いい一撃を貰ったマルフォイはもんどりうって地面に大の字になって倒れた。

 

空気が凍った。

誰もが状況を掴むのに苦労する。

ジニーは大きく鼻から息を吐き、クルリと背を向けるとロンの方へと向かう。

 

「ナイスアッパー、ジニー」

 

満面の笑みで迎えた双子と無言でハイタッチを交わし、堂々と凱旋する。

その様は正にチャンプ。

しかし、ロンの傍に立つハリーも笑っていることに気が付き、顔を赤くして俯いた。

 

「お、おいっドラコッ」

「駄目だ、完全に伸びてる」

 

マルフォイは盛大に脳をシェイクされ、ダウンした。

スリザリンのチームメイトが慌てて担ぎ上げ、医務室へと向かう。

 

彼のシーカーデビューは少し先送りとなった。

 

 

 

 

「ロン、大丈夫?」

 

ジニーはロンの前に膝をついて覗き込む。

ロンは今にも吐き出しそうにえづいていた。

 

「おい、ロンッ。ジニーがやってくれたぞ。マルフォイは医務室送りだ」

 

顔を真っ青にしたロンにフレッドが言った。

ロンは吐き気を堪えつつ、ジニーにむかってサムズアップをする。

 

「ジニー、よくやっ、ぶぇぇ」

「うわっ」

 

ロンが口を開くと、言葉と同時に反吐――では無く、数匹のナメクジが飛び出してきた。

危うく足にかかりそうになったジニーは慌てて飛び退く。

 

「ロン、君いったいどんな呪いを使ったんだい?」

 

地面に落ち、それぞれが思い思いの方向へと逃げるナメクジを見てハリーが呟いた。

 

「変身術を応用した呪いよ…対象の胃の中身を全部別の物に変えるっていう…」

「これ、今朝の…」

「そういうことね…」

 

元・かぼちゃパイのナメクジたちは、解き放たれたことが嬉しいのか元気にくねっていた。

 

 

 

 

 

 

「ハグリッドの所に行こう。ここからだとあそこが一番近い。ジニー、ハーマイオニー、手伝って」

 

ハリーとハーマイオニーがロンの肩を担ぎ、ジニーが三人の荷物を持った。

 

「医務室の方が良くないかしら?」

「さっきマルフォイが行っただろ?」

「ああ…そうね」

 

ハーマイオニーが笑いを噛み殺す。

 

「ジニー、ホントは駄目なんだけど…すっきりしたわ」

「いいの、私もムカついたからやったんだから」

 

ジニーとハーマイオニーはニヤリと笑い合った。

 

「ごめん、フリッカ。私、ロンをハグリッドの所まで連れていくわ」

「フレデリカも、大丈夫?」

「……」

「フリッカ?」

 

フレデリカは返事をせず、ハーマイオニーの方をじっと見つめた。

ジニーもハーマイオニーも怪訝そうに顔を見合わせる。

 

「ハーマイオニーは…」

「ん?」

「ハーマイオニーも…お父さんとお母さんは魔法使いじゃないの?」

「え、ええ…二人とも魔法なんて全然知らないマグルよ」

「………」

 

フレデリカはキングス・クロス駅で一緒だったグレンジャー夫妻を思い出す。

笑顔でハーマイオニーを送り出していた彼らを。

 

「ねぇ、どうしたの?」

 

ジニーが心配そうにフレデリカの顔色を伺った。

 

「フレデリカもマグル生まれだったのね。…同じ境遇同士、仲良くしましょ?」

「はい…そう…です、ね」

 

フレデリカは曖昧に返事をした。

 

「…マルフォイの言ってたこと気にしてる?あんな―――」

「だいじょうぶだよ。だいじょうぶ」

 

自分では笑ったつもりだが、ジニーとハーマイオニーの心配そうな顔を見るに失敗したらしい。

 

「でも――」

「大丈夫だったら!!」

「――っ」

「あ…う…ごめんなさい」

 

やってしまった。

人を怒鳴りつけるなんて…それも、よりにもよってジニーに――

 

「「「……」」」

「ゥぼうぁえぇぇ…」

 

気まずそうな三人娘の背後ではロンが未だにナメクジを生み落としている。

 

「喧嘩なら…あとでやってくれ…げプっ…」

「―――っ」

 

フレデリカはいてもたってもいられなくなって、その場から逃げ出した。

早足気味に、駆け出したくなるのを堪える。

 

「フリッカ!!」

 

背後からの声にも振り返らない。

背中にみんなの視線を感じたが―――怖くて振り向けなかった。

 

 




~嘘の様なホントの話~



ウチの猫+魔女名メーカー=フレデリカ

ぺトルス、バックスタブ=ぺトルス・バークスター

※このアリオーシュは食べられちゃいません。

マキリ・ゾォルケン→マッキリー・ゾル『ケィン』→ケイン・マッケンリー



ま、あくまで由来で内容には関係ないですけどね。


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