SKYRIM 闇夜を越える (Uwe)
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1-1.ある海辺の村の夜――Prologue

世に言うSSなるものを書いてみんとてするなり
詳細な前書きは活動報告にて

一章あらすじ
辺境の村人の少年ルークは連れ去られた少女を取り戻そうと村を飛び出すのだが……


 スカイリムの冬は長い。特に亡霊海の海岸沿では、北からの冷たい風が吹き寄せる。ウィンターホールドの西部、黒い大地の上に氷と枯れ草ばかりが目立つ土地に、その村――スノーコーストはあった。

 

 

第4紀196年 暁星の月16日(1月16日) スノーコースト

 

 

「おい、ルーク。ここは酒場。おとなの社交場だ。ガキはさっさと帰ってミルクでもあっためな」

 こっそりフラゴンを持ち上げようとしたルークに、ヘンリク――彼はこの酒場の主人だ――が言った。酒を持った年寄りたちが笑う。

 

 ルークは今年13になる。もう剣を腰に帯びて走り回れるようにもなったというのに、いまだ子ども扱いされているのが不満だった。

 そもそも帰れといわれても、いまは夜。どうせ村人は全員この酒場に集まっている。冬に外でやる仕事といったら、狩りに出るか漁に出るかだが、それはもっと南の話だ。この辺りでは冬の太陽は貴重で、そうでない日は、真昼であっても迷い人が出るくらいに一面が白く染まる。自然の驚異を前に、力ない定命の者にはできることはなく、昼間はかくしゃくと働いている老人も、夜はハチミツ酒を傾けるくらいしかやることがないというわけだ。

 

「まぁ、それくらいにして、みなさま、一曲いかがですか」

 吟遊詩人の助け舟に、ルークはほっとした。このまま暇な爺さん達にいじられるのはたまらない。

「おう。じゃあ何か景気がいいのを頼むよ、ウィル!」

 

 ウィルは微笑んでうなずくと、リュートを爪弾き、伸びやかに歌い始めた。今回は船乗りたちの歌だ。周りの人間も一緒になって足を踏み鳴らす。フラゴンごと勢いよく腕をテーブルに叩きつける。フラゴンから酒が滴となって飛び、チーズが皿から浮かび上がった。

 

 村の人間にとっては彼の訪れも、侘しい冬の数少ない楽しみになっていた。物腰の優雅なブレトンの吟遊詩人はこの冬の間、この村に滞在することになっている。毎夜の詩吟と引き換えに、ヘンリクの家で暮らしていた。

 

 なにもないこんな村にくるなんて、物好きな人だな。冬は吟遊詩人たちはどこに行っても歓迎されるだろうに。一日も西に歩けば、すぐにペイル地方の中心地――ドーンスターがあるのに、わざわざこの村を選ぶというのがどうかしている。ルークがそう思うくらいには、ウィルの腕は見事なものだった。見てくれも悪くない。

 

「次は、戦いの歌がいいわ、ウィル。お願い!」

 ナダが言った。ナダもヘンリクのところに世話になっている少女だ。ルークの幼馴染で、性格は典型的なノルドとしか言いようがない。とんでもなく気が強い。ルークはこの少女に、普通の喧嘩でも口の喧嘩でも勝ったことがなかった。

 

「いいですよ。では、ドラゴンボーンの歌なんてどうでしょう」

 ウィルとナダは最近やけに仲がよくなっているようだ。ルークは気に入らなかった。

「吟遊詩人の兄ちゃんは、そんな歌も歌えたのか!もっと早く言ってくれ」

 この酒場の向かいに住んでる爺さんが大きな声を上げて笑った。

 

 

 夜も更けてきたころ、酒場のドアが勢いよく開いた。

 白く凍てつく風とともに、鋼鉄の鎧姿の男が入り込んでくる。

 酒場の中の人間は手に己の武器を持った。酒場の右隣に住んでいる剣の上手い老人は店の主と視線を交わす。

 

 静寂。

 

 その場にいる人間を代表して、

「おい、あんた。こんな雪の中よく来たな」

 と、ヘンリクが男に話しかけた。

 返ってきたのは――沈黙。

 

 風がうなる。

 

 そして、あたかも、男と店主の間で傍目には分からない何かの合意がなされたかのように、双方が肩の力を抜いた。

 男は広間の中ほどまで歩みを進めると、剣の柄から手を離し側頭部から角の生えた兜を外した。

 金の髪のノルド。堂々たる体躯。

 中の人間も深夜の訪問者に対する警戒が解け、武器から手を放す。いっきに酒場の空気が暖まる。

 

「では、次の曲を」

 そう言って吟遊詩人はまた楽器を奏で始め、長老夫婦が他愛ないおしゃべりを再開した。夜のざわめきが戻ってきた。

 

「どうだ。火に当たるか」

 こいつはおごりだ。ヘンリクはそう言って、男にハチミツ酒を手渡した。

「ああ。助かる。この村に一晩泊めてもらいたいんだが」

 ノルドの男が、つぶやくように、よく通る声で言った。

 

「それなら、ヘンリク!いいよな!」

 元気よくルークは声を上げた。彼は退屈な日常の中への突然の乱入者に興味でいっぱいだった。ナダも彼の兜や剣の傷跡に興味をそそられていた。

 

 大戦以後、スカイリムはとにかく物騒だ。大戦に従軍していた人間が、食うに困って山賊になったとか、旅人がファルメルと呼ばれる醜い怪物に襲われるなどといった類の話は珍しくない。村に住んでいても、身を守る術は子供ですら持ち合わせている。しかし、このノルドの男の剣技はそういうものではないに違いない。そう思わせる雰囲気を漂わせていた。

 

 ルークの声に、ヘンリクはかるく頷いた。この村に宿はない。宿屋が必要なほど人が来ない。かろうじて誰かを泊められるのは、ヘンリクの持つ建物くらいだったからだ。子供二人の視線をあえて無視して、男に告げた。

「もう二人も居候がいるが、もう一人くらい人間が増えても問題ないぞ。旅人さん、あんたがいいならだが」

 妙に迫力だけはある無愛想な男だったが、まとわりつく子供には何も言わない。

「かまわん。先に代金について交渉したい」

 本当で気にしていないようだ。

 

 男とヘンリクは、人の輪から外れて交渉を詰めはじめた。二人の子供がついて行こうとしたが、老婆が呼び止める。

「ほら、おまえさんたちはもう寝なさい」

 もう夜も遅い。旅の人は疲れているだろううから子供の相手をさせるのは悪いだろう。酒場の向かいに住んでいる婆さんは子供達を寝かせることにした。

 

 

 ショーはそもそもシロディール出身だった。ウィンターホールドに訪れたのはもちろん仕事のためだった。そうでなければ、こんなところに来たりしない。寒さに強いノルドであるとはいえ、北方を真冬に旅するというのは正気ではない。

 

 実際に、彼は遭難していた。

 ドーンスターを出発したときは何事もなかった。しかし、数刻もしないうちに日が翳りだし、すぐに吹雪となった。なんとか前に進もうとしたものの、内陸をを抜ける予定だったはずが、気がつけば目の前に見えるのは海岸。思わず九大神に祈った。効果の程は知れないが、やけになって東へ進んだら、目的地のスノーコーストにたどり着いた。最低でもあと四日かかるはずだった。

 

 ショーはいま、いい加減に進んだのにもかかわらずたどり着いてしまったことへの理不尽さと、人の住んでいる村にたどり着いた安堵で脱力感に襲われていた。

 

「ホーカーのシチューだ。温まるぞ」

 ヘンリク――彼はこの酒場の主人だ。赤毛のノルドで、見知らぬ他人であるはずのショーにもよく世話を焼く。熱いハチミツ酒は本当に生き返る思いだった。

 

「ショーっていったな。傭兵か」

 ひと心地ついていると、ヘンリクがショーの前に座った。

「いや、賞金稼ぎみたいなものだ。犯罪者を追いかけてる」

 

 大戦の後、多くのノルドはスカイリムに戻った。故郷に戻るものもいれば、心機一転しようとするものもいる。傭兵や賞金稼ぎは戦って死ぬことを誉とするノルドには珍しくない職業だった。なにより何かと仕事があるのだ。猛獣退治に旅の護衛。人は死ぬが、仕事はなくならない。

 

「獲物がこの辺にいるかもしれなくてな。そいつはエルフなんだが、何か知らないか。見知らぬ人影を見たとか」

 家に帰るという老夫婦に声をかけてからヘンリクが応えた。

「残念ながら、年が明けてから村に来た旅人はあんただけだよ。まったく、おまえさんみたいな奴に追いかけられるとは、そいつも災難だ。ところで最近中央のほうはどうなってるんだ?」

 

 主要街道から外れたこの村には行商もなかなか訪れない。春になれば帰ってくるだろう出稼ぎの人間くらいが情報源だ。たまに訪れるこういう人間は貴重な情報の宝物庫だった。金髪のノルドのほうも当然それを分かっていて酒の肴になるような話を仕入れてきていた。

「そうだな、ソリチュードのゴシップだったらいくらでもあるぞ」

「そりゃあ、楽しみだ。都のお貴族様がこんどはなにをしたんだ?」

「上級王とその奥方がな、将軍と……」

 

 

 こうして冬の夜は過ぎていく。

 酒場の客は、吟遊詩人と話している老人だけになっていた。

 そのうちに、祭りの後のような静けさが広間を覆い、やがて誰も居なくなった。凍てつく風が家屋を軋ませる音だけが響いていた。

 

 

 この村で長老夫婦と綽名されている彼ら、ブロルとブリタは無言で真白に染まる冬道を歩いていた。

 

 ――――!

 

 ブリタは立ち止まって耳を澄ます。

 何か聞こえる。

 人の叫び声?ありえない。

 口を開けばあまりの寒さにたちまち舌まで凍りつく。ここはそういう場所だ。

 不吉なものを感じて彼女は自分の夫の手を握ろうとした。が、その前に夫は駆け出していた。

 

 彼はこの年になってもまだ雪の上を走ることのできる幸運をタロスに感謝していた。腰の獲物、彼が長年愛用している鉄の片手斧を手に取り、村の東の入り口に向かって駆けた。

 先ほどの声。かつて戦場で聞いたことがある。襲撃の合図だ。

 ノルドの神、タロスの信仰が禁止されて久しくとも老いた彼はノルドだった。

 

 戦いこそ己が望み。戦いの先にこそソブンガルデはある。

 敵の声を聞いて高ぶった彼の理性には、自分が何のために戦おうとしているのかはもうどうでもよかった。

 

 戦いだ!

 

 程なく村の入り口にたどり着き、白い闇に目を凝らす。ブロルは斧を片手に怪しい人影を探そうとして――

 

 ――彼の首は、胴体から離れて転げ落ちた。

 

 

 

 その男はブリダの前で、彼女の夫の首を剣で突き刺して掲げるとこう言った。

「――聞け!ババア!この村を焼かれたくなければ、ありったけのゴールドと、女を連れてこい!いいな、期限は夜が明けるまでだ。もし少しでも遅れたり足りなかったりしてみろ。この村にいる全員が死よりもひどい目に会うことになる!」

 

 

第4紀196年 暁星の月17日(1月17日)

 

 

 ナダは突然たたき起こされた。周りでは大人たちが険しい顔をして話し合っている。

「起きたかい」

 長老婦人が真っ青な顔をしてたずねた。皆同じような酷い顔色をしてこちらを見た。

 

 何があったというのだろう。なぜみんなここに集まっているの。ナダはわが身に降りかかる不運の予感に身を震わせた。

「じゃあどうしろって! えぇ!? みんな仲良くここで死ねって言ってるのか!」

 ヘンリクだ。ノルドの男にしては珍しく温厚な彼がこんなに声を荒げているのを見たことがない。言い争っているのは日中は物静かな吟遊詩人のウィルだった。

「そういうわけではありません!ですが、彼女はまだ少女です!彼らに女性を渡したら、どんなことになるかは目に見えている!」

 

 ああ。

 いまだ成熟していない彼女は事態を察した。周りの村人たちが自分に何を期待しているのかも。青白い顔をした老人達の爛々とした視線が少女をその場に繋ぎ止めていた。

 冬の村にいるのは老人と子供ばかり――健康な男女は傭兵として出稼ぎにいってしまうこの村に、山賊団と戦える人間が残っているはずもない。

 

 ……あの人は?そうナダがひらめいたとき、ウィルがヘンリクと言い争ったそのままの勢いで迫った。

「あなたは!あなたはどうなんですか!」

 この吟遊詩人は彼女の味方だ。あのノルドの男はどうだろうか。

 ナダも少し期待したのだ。この、明らかに腕の立つだろう男に。

 期待はすぐに裏切られた。

「俺一人でそんな人数を相手にできると思うのか。生き残るためにゴールドを出すのはやぶさかではないが」

 

 ショーは隙間から外をうかがう。荒くれ者達が向かいの家を叩き壊して焚き火を挙げていた。

 松明を持つ男だけでも少なくとも六人。見えないところにもっと潜んでいるだろう。装備の質が悪いが、全員が皮鎧や鋲を打ちつけたものに弓と剣を持っている。暗闘ならともかく、正面から打って出たとして勝てる人数ではなかった。

 相手のことを考えると、きっちり貢物をしたとしても生きていられるか微妙なところだ。そっと拳を握って指の感覚を確かめた。

 

 不自然な沈黙がその場を支配する。

 自然と人の視線は話題の中心、つまりナダへと集まった。

 

 言わなければならないのか。自分で? 理不尽だ。大人たちは誰もが自分のせいにされたくないんだ。

 ナダは唇をかんだ。なんとか心を奮い立たせようとした。

 ここでわたしが行くと言えば、村は守られる。そうでしょう?

 ソブンガルデの父と母よ。どうか私にほんの少しの勇気をお貸し与えください。

 

 祈り、そして立ち上がった。

「行くわ」

 

 

 たちまち老人たちはナダを誉めそやした。

「そう言ってくれると思っていた!さすがは、レズルの娘だ!」

「ああ。あんたは勇敢な娘だよ」

 ヘンリクとブリダはさっそく準備を始めた。

 にわかかに活気だった屋内を見つめながら、若い吟遊詩人は安堵と自嘲のこもったため息とともにこぼした。

 

「いったい誰が、ルークに話して聞かせればいいのでしょう」

 彼もまた自分が可愛いどうしようもない人間なのだ。暴力と数の差を前には無力だった。

 準備はすぐに終わった。そもそもゴールドを大量に持っているのはヘンリクくらいだったからだ。あとは旅人と吟遊詩人の分。それが全てだ。物入れに使う袋を一ついっぱいにすることもできない。

 

 

 昨日の昼から続いていた吹雪は少しましになっていた。人影が見えるくらいには。

 この村への侵入者は焚き火の前で集まっていた。

 

「ゴールドよ」

 ナダはゴールドの入った袋を突き出して、精一杯の虚勢を張った。

 隣ではブリダが震えている。たった数時間しか経っていないのに、彼女の姿はまるきり違ってしまった。まるで何年も突然年をとってしまったかのようだ。

「ありがとよ、嬢ちゃん。それで女はどこなんだ?」

 鉄の大剣を背負った男が唇を歪めた。周りの男達にも浮ついた空気が漂う。

「わたしよ」

「なんだって?よく聞こえなかったな」

 男の嘲笑に周りの人間達も野卑な笑いをこぼす。

 ナダは彼らをぐっと睨みつけた。

「だから、わたしがあなた達と行くっていったの」

 

 もし第三者がその場にいれば、そのときの男の顔は見ものだったと噂しただろう。憤った顔と笑い出しそうな顔を足して割ったような、なんとも奇妙な表情をしていた。きっとデイドラの王子のシェオゴラスはこんな顔をしているに違いない。

 

 拍子抜けした男は、袋の中を覗いてゴールドを確認した。

「ふん、少ないな。女もこんなチビじゃ楽しめるようになるまでどれくらいかかる。あぁ?それとも、嬢ちゃんが一人で俺たちの相手をしてくれるのか?」

 獣欲に塗れた視線が少女を舐めあげて、ナダとブリダはびくりと背を揺らす。

 ブリダは慌てて言い募った。

「この村にはそれだけしかありません。人だってみんな出稼ぎに行っております。どうか、どうかこれで私どもをお見逃しください」

 

 周囲が静まる。

 大剣の男の周りの人間が極度に緊張した。

 

 そして老婆の訴えに、男は真顔になって、

「仕方ない」

 そう言って大剣でブリダの首を切り落とした。

 

 白い雪に混ざって赤い氷のつぶてが宙を舞い、どっと倒れ付した彼女の体からいまだ動く心臓の鼓動にあわせて鮮血が溢れる。冷たい地面の上に暖かい血が降り注ぐが、すぐに赤黒く凍りついた。

 

「こいつの首で手打ちにしてやる。今度来るときまでにはもっとましなものを用意しとくんだな!」

 

 だれもが怯えて屋内に潜んでいる。もう、この村に戻ることはないんだろう。賊の一人に抱え上げられたナダは諦めとともに、故郷の光景を記憶に留めようと顔を上げた。

 そのとき、一戸の民家から小さな人影が駆け出してきた。

 

「ナダ! ナダ! なんなんだよ、あんたたち!」

 ルーク。

 ガチガチと触れ合う男達の剣。

「おい、待て!」

 帰って。おねがい。

 打撃音。鈍い音。

「このガキっ」

 ナダは目を閉じた。

 

「どうしやす」

 みぞおちを殴られてあっさりと崩れ落ちたルークは雪の上に押さえつけられいた。

 薄着のまま飛び出してきた少年の手足はあっという間に冷えた。体が冷えて動かなくなればなるほど、怒りが燃え上がるように彼の手足を焼いた。もがいてもまた押さえつけられる。あと少しで手の届くところに彼女がいる。

「放っておけ。そんなガキには何もできねぇ」

 ナダを抱えている男を睨みつけたが、睨みつけること以外なにもできなかった。

 彼もまた無力だった。

 

 ならずものの集団は朝が来る前に東へと消えた。

 村が静まり返り燃え上がる炎の音だけが響くころ、やっと少年は起き上がった。そして薄く扉を開いてこちらのほうを覗っていた酒場の主人につかみかかった。

「なんで、ナダをあいつらに渡したんだっ」

 すると酒場の奥のほうから、

「小僧!この親不孝者!あんなところへ飛び出していきやがって、命が助かっただけ幸運と思わんか!長老の夫婦は二人とも殺されちまったんだぞ!」

 

 酒場の隣に住んでいるオーケ爺さんが言った。この村の誰もが、この少年があの不運な少女に淡い恋心を抱いていることには気づいていたが、些細なおせっかいよりも自分の命のほうが遥かに重い。誰かが命を落とさねばならないのなら、悲しむものは少ないほうがいい。そして少女の両親はすでにこの世にいないが、少年の両親は生きている。多くの戦場を歩いてきた老人にとっては簡単な計算だ。

 

 そんな村の大人に、若いルークは憤っていた。自分がなぜそれほど怒っているのかも分からないまま叫んだ。

「俺たちはノルドなんだぞ。あそこで戦わないでいつ戦うんだ。ノルドは勇敢に戦うんだっていつも言ってたじゃないか!」

 

「おれは一人でだってナダを助けに行く」

 

 

 

    開始:海辺の村の少女を助ける

      ▼ 山賊の頭を倒す

 

 

 

 十人から七人になった人間達は湿った風の吹きすさぶ海辺に薪を積み上げ、その上に首と胴の離れた遺体を安置する。老いた者も若い者も、みな押し黙って魂を送る場を整え、一人が薪にカンテラを投げた。

 

「祈りの言葉を」

 

 どこからとなく聞こえた言葉があった。煌々と輝く炎の柱を前に詩人は口を開く。

 

「エセリウスへ送らるる汝の魂に、」

 

 ブレトンの深く豊かな声はその先を歌いあげることができなかった。彼らの崇拝せし九大の神。しかしそのうちの一柱、タロスはエルフの手により唯人へと堕とされた。

 彼は敬うべき死者達を前に、愛惜と恐怖の間で懊悩した。

 

 そして――

「九大神の慈悲あらんことを」

 ――輪の外側に立つ鎧の男が続けた。言葉は沈黙の中にこそ星のごとく響く。

 

 ノルドは唱和した。

 

  ――汝らはニルンの塩なれば

    我らの愛するタムリエルの炎ぞ絶えざりぬ

    天空の光よ、命定められし人の子の魂を導きたまはなむ――

 

 




 祈りの言葉について
オープニングで八大神の司祭が告げる言葉は、「エセリウスへ送らるる汝の魂に、八大神の慈悲のあらんことを、汝はニルンの塩なれば、我らの愛する…」という部分までであるが、司祭の様子から間違いなく続きが存在すると思われる。本文中ではオリジナルの二節、「タムリエルの炎ぞ絶えざりぬ。天空の光よ、命定められし人の子の魂を導きたまはなむ」を加えて全文とした。
また、この村のノルド達はタロスを神として崇拝しているので、この場では八大神に代えて、九大神としている。


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1-2.雪に閉ざされた街

 物音がしてショーは寝台から体を起こした。そのままの姿勢で、彼は剣を抱えて周囲の様子をじっとうかがった。しかし、壁の向こう側から聞こえてくるのは争いの音ではなく、麻の紐を解く音や水を汲む音だ。昨夜の狂乱はすでに過ぎ去っていた。

 

 彼はきしむ床に足をつけ、西の方角に体を向けて跪き、剣を立てるといつものように祈りの姿勢をとる。

 

 浜辺での葬儀のあと、人々は無言のうちに各々の住処に帰っていった。彼も案内されるまま酒場の一室に身を休めることになった。

 ふと小部屋の片隅に放置されている人形を見て、あの場でならず者達に果敢に怒鳴り込んだ少年を思う。少年は苦難に挑んだが、大人たちは何もできなかった、いや、何もしなかったというほうが正しいだろうか。苦い思いが彼の胸をよぎる。

 

 もはや過ぎたこと。すでに手の届かぬところにある少女の運命に心を寄せるな。しょせん神ならぬこの身、できることには限りがある。そう、すべきことは他にあるのだ。ショーは剣の柄にあった手を組みなおし、雑念をはらった。

 

 酒場の主人に朝餉に呼ばれるまで、彼は祈った。その真摯さは定命のものがデイドラに命を捧げる様にも似ていたが、彼の信ずる神々からの賜言は、やはり、なかった。

 

 

第4紀196年 暁星の月17日(1月17日) スノーコースト

 

 

 差し出されたのは黒パンに酒、そして干し魚。これは北の海村ならではの品だ。

「よう、調子はどうだ?」

 目の下に隈を作った酒場の主人が明るく言った。

「静かに眠れたよ。寂れたって言うわりにはずいぶんしっかりしてるじゃないか。隙間風もない」

「そりゃあよかった」

 

 何もない風を装って、ヘンリクはショーが広間に現れてからずっとそわそわと落ち着かない。おそらく彼から依頼があるはずだった。

「それで? 言いたいことがあるんだろう?」

 

「くそ、ばれてるのか。まぁ、あたりまえだよなぁ」

 ヘンリクは悪態をついて片手で短い髪をかき混ぜる。そしてわずかにショーから視線をそらした。

「あんた、予定ではウィンターホールドに行くんだったろう。そこでだ。首長に知らせを届けてほしい。あれだけの数のならず者がこんな辺境にやってきたとなると、どこかこのあたりに拠点を構えたのかもしれん。どうにかせにゃならん」

 そういっているうちに主人はうなだれて、カウンターに手をついた。

 

 通常山賊や悪漢といえば数人の集まりで、道を行く旅人を襲うものだ。これに行き会うのは単に運が悪いだけと言える。噂が広がれば、近くの村の人々が腕に覚えのあるものを募って対処する。

 ところがたまに、鉱山や洞窟に拠点を設けたり、あるいは開拓村がそっくりそのまま野盗の一団になって手に負えなくなることがある。こうなるともう、そのへんにいるような農村の人間ではどうしようもない。首長の私兵や衛兵に助けを求めるのだ。

 

「おれはここを離れられない。爺さん婆さんじゃあ、この雪原を越えられない。たのむっ! あんたしかいないんだ」

 ヘンリクはそのままカウンターに額をぶつける勢いで頭を下げた。

 ショーは自分の前で頭を下げている男を見つめる。

「報酬は」

 実に流れものらしい返答だった。

 

 

 ウィンターホールド地方の都市ウィンターホールドはかつてスカイリムの首都だったという。大きな港をかまえ、市場は各地からの品で賑わい、魔術師の大学を目指して素養のある若者が集まった。首都がウィンドヘルムに移ってもそれは変わらなかった。

 

 状況が一変したのは、大崩壊と呼ばれる災難のあとだ。大崩壊でウィンターホールド大学だけをのこして周辺の建物は瓦礫となって海面に降り注いだ。タムリエルの各地から訪れる船でぎっしりと埋め尽くされていた港は破壊されて再建の目処は立たず、わずかにへばりつくようにして残った町並みの断崖からは、いまだに遺骸が転がっているのが見える。

 

 雪の降りこめる海辺から、ショーは一種独特の、それこそ魔法でも使われて保たれているに違いないと感じるほどの奇妙な建築物を下から見上げていた。砂時計のような形の岩の上に立つ魔術師のためのウィンターホールド大学と街をつなぐ一本の橋。まるで人々の心のありさまをあらわしているかのようだ。

 

 坂を上りきったところで賞金稼ぎに衛兵が声をかけた。

「旅人か。この街になにか用か? それとも大学にか?」

「スノーコーストから来た。首長に火急の用がある」

「そうか、通るといい。首長はこの時間はあちらの酒場にいらっしゃる。面倒は起こすなよ」

 衛兵はそういってある建物を示した。

「礼をいう」

 

 ソリチュードやホワイトランなどの大都市ならいざ知らず、辺境の地の支配者に会うのは容易だった。噂によれば浮浪者を客として迎え入れるところもあるという話を聞いたことがあるが、とりあえず、ショーは松明をもった衛兵の隣を通り抜け、宿へ向けて人の気配のない道を歩いた。

 あたりはますます暗くなり、わずかな明かりに照らされて空から落ちる雪が白く光っていた。

 

 彼は目的の建物の扉を開けると、酒気を帯びた人々の集まる広間を見渡した。

「ウィンターホールドの首長はどなたか。スノーコーストより火急のしらせを届けに来た」

 するとすぐそばの老人が大笑して答えた。

「ああ、首長ならあっちの部屋で潰れちまってるよ。」

「話はできるか」

「何とかなるだろ」

 

 老人のふしのある手で行け、と指示されて小部屋に入ると、ノルドの若い男性が寝台にうつ伏せで倒れている。ショーは男を強く揺さぶった。

「んん? タエナ、まだいいだろ?」

「残念ですが、俺はタエナではありません」

 

 ショーがそういうと、男は跳ね起きて距離をとり、誰何した。

「誰だ」

「スノーコーストより火急の知らせを届けに参ったものです」

 ひとつ地方を治める長にしては若すぎるノルドは、目の前に立っている鎧の男をじろりと見た。

「おまえのような男は、この時期のあの村にはいないと思っていたがな」

「俺は旅のものです。しらせを頼まれました」

「そうか。それで、しらせとは何か」

 続きを促す姿は一地方の首長というだけある。さすがに堂に入っている。

「先日、スノーコーストがならず者の集団に襲われました。その数あまりに多く、首長のお力におすがりしたいとの旨」

 

「そうか、そうか」

 そういって、首長は考え込むような仕草を見せ、一瞬鋭い視線でショーを射抜いたあと、満足げにうなずいた。

「わかった。よく知らせを届けてくれた。賊には早急に対処するとしよう」

「ありがとうございます。首長」

 

「ところで、お前、宿は決まっているのか? もし決まっていないのならば、今宵は我が長屋に泊まるといい」

 さきほどの真剣な顔とは打って変わって、朗らかな明るい若者の顔である。

 その彼の様子にひとつ肩の荷が降りたショーは、いい気分で申し出を受けた。

「ご温情、ありがたく受けさせていただきます」

「よい、よい。急なことゆえもてなしは何もできないが、ゆるりと旅の疲れを癒すといい」

 

 

 そのまま首長に連れられ長屋に案内され、一つの部屋を貸し与えられた。

 雪の中を歩きつかれていたショーは、久々の柔らかな寝台に身を横たえるとすぐに眠りに落ちてしまった。

 

 そして夜半過ぎに、突然衛兵に押さえつけられ目を覚ました。

「さっさと起きろ! この盗人め!」

「いったい、なんのことだ」

 まったく見に覚えのない糾弾だった。長屋の部屋に案内されたあと、一歩も部屋から出ていないというのに、どうしてそんなことができるというのか。

「そうやってとぼけるつもりか? しっかり目撃者がいるんだ!」

 

 衛兵の言葉にショーは真冬に冷水を頭からぶちまけられたような気分だった。あまりに突然のことにまったく呆然としてしまう。

 いったい何が起こっているのだ?

 はっとして負けじと怒鳴り返した。

「だから、いったいなんだっていうんだ! 俺は何も知らん!」

 彼を取り押さえようとしている衛兵達はまったく耳を貸さなかった。

「弁明は首長の前でしろ!」

 

 彼は必死に抵抗したが、手と足とを縄で縛られ、二人の衛兵に両側から引きずられて大広間に連れ出される。

 上座に座っている首長。わずか数時間前の彼の苛烈な視線がショーの脳裏を過ぎる。

「罪人を連れてまいりました」

「うむ、逃げられる前によくぞ捕らえた。最も腕の立つもの一人を残し、通常の仕事に戻れ」

 衛兵達は首長に礼をとると、一人を残して長屋から去っていった。

 

 首長と彼の執政、衛兵、そしてショーの四人になった真夜中の大広間に重い空気が落ちる。人気のない広間を照らす炎が、首長の顔を照らしだし濃い陰影を作り出す。

 しばらくの沈黙のあと彼は重々しく口を開いた。

「盗人よ。なぜ私の財宝を盗んだのか。理由如何によっては減刑も考えよう」

「そのようなことはしておりません」

「証拠はそろっておる。そなたは今宵私から盗み出した財宝を身につけているではないか」

 首長はそういってショーの首から下がる宝玉の首飾りを指差した。

 

 旅の身の上には一見不相応にも思える品であるが、金銭を宝玉に代えて持ち歩くのは旅するものたちの知恵の一つだ。そしてこれは、スノーコーストのヘンリクから報酬として受け取ったものだった。けして盗んだものではない。

 

「これはもとより俺の持ちものです」

 

 その言葉に、突如首長は激昂し、耳障りな怒鳴り声を上げた。デイドロスもかくやというほどの形相であった。

「いいや、私のものだ! そうだな?」

 首長は立ち上がって執政を振り返った。

「仰る通りでございます、コリール様。財宝の目録を確認いたしましたところ、このように」

 老いた執政がそばの首長の様子に動揺することなく書面を広げて追従する。財宝の目録のなかに確かに彼の首から下がるものと同様の特徴を記してあった。

「ほうら、どうだ。お前は盗人であろう」

 明かりの炎の移りこむ瞳で悪巧みを開帳する子供のように首長は告げた。

 

 なんということだ。

 いまになって、スノーコーストの宿の主に報酬を要求したことをショーは猛烈に後悔していた。

 この街はもともとただの通り道だったのだから、あの村で無償で言伝を受け取り、地方の長に伝え、余計な欲を出さずにさっさと旅の身空に戻ってしまえばよかったのだ。少しばかり欲を出したばかりに、少しばかりうかれていたばかりに、このような目にさらされている。しかし何よりたまらないのは、ここで捕らえられることで、もはや目的を達することができないかも知れないということだ。

 

 「しかしな、私とてたかだか首飾り一つであの極寒の監獄に放り込むほど無慈悲ではない。」

 

 続く首長の言葉がやけにゆっくりと聞こえる。

 首長に会ってから、いままでの短い時間を一気に回想した。そしてやっと気がついた。

「スノーコーストを襲ったという賊の討伐を、お前に任せよう。みごと頭を討ち取れば、この罪科は不問に処す」

 

 俺はこの男に嵌められたのだ。

 

 

 夜が明けると、鎧を着た男が一人の衛兵の監視つきでウィンターホールドの西の雪原に放り出された。

 

 前方の雪原は太陽に照らされて目が痛いほどに輝いている。右の方に臨む亡霊海の波はこころなしか穏やかなように見えるが、二人に吹き付ける風は強く、遠方に見える山々の頂上には雲がかかっていた。

「お前も災難だな」

 ショーは隣を歩く衛兵に声をかけた。

「いいえ。あなたこそ」

 

 スカイリムでよく見かけるような衛兵たちのように兜をつけていない彼女の顔は、もはや夜が明けているにもかかわらず、星のない夜の闇以上に黒々としている。彼女はダークエルフであった。このほとんど勝算のない任務に狩りだされたたった一人の衛兵だ。

「……このまま逃げてしまおうか」

「困ります」

「お前だって、こんな任務は不当だと思わないか。ダークエルフだからってこの討伐に命じられたんだろう? 命を捨てるよりは逃げるほうが賢い選択だと思うのだがな」

「困ります」

 わざわざ首長にまでしらせの届く山賊の討伐が、たった2人で行えるはずがないことは、鶏にだって分かることだ。勝算のない戦いにから逃げることがなんの恥だろうか。

 

 彼女はショーの前に回りこんで、彼を見上げて続けた。

「ウィンターホールドは人手不足なのです。使えるものならば親の手だろうとカジートの手だろうと、犯罪者の手だろうと使うのがこの地の流儀です。……まぁ、嵌められたあなたのことは災難に思いますが」

 最後の言葉は皮肉げだった。

 

「分かってるなら解放してくれ」

「駄目です。仕事はきっちりしていただきます。そのあとならば、どこへなりとも」

 職務に忠実な衛兵に、付け入る隙もない。が、ちょうどいい。賞金稼ぎは、衛兵を篭絡するための提案にも不毛さを感じ始めていたので、切り込み口を変えることにした。

「お前もダークエルフなら、ソルスセイムには行かないのか」

 

 今度の返答にはややためらいがあった。

「……たしかに、ソルスセイムは私たちダンマーの第二の故郷となる土地なのでしょう。」

「だったら、さっさと行けばいいじゃないか。灰色鼠と呼ばれながらスカイリムにいるよりはずっと快適だろう」

 

 ダークエルフ――彼ら自身の言葉でダンマーという種族は本来モロウィンドというタムリエル大陸東端の土地を支配域としていた。200年ほどの前に度重なる災厄によって彼らの棲家は人の住める土地ではなくなってしまった。そのとき行き場のなくなった彼らの多くを受け入れたのがスカイリムだった。

 昔は、スカイリムのノルドと難民となったダークエルフは、それなりうまくやっていたのだという。譲渡されたソルスセイムやウィンドヘルムの城砦の中に灰色地区があることでも分かる。

 

 すべて変わったのがあの大戦だった。

 帝国とハイエルフ・ウッドエルフ・カジートの連合軍が戦ったあの大戦。

 戦後、本来なら寛容な気質を持っていたはずのスカイリムのノルドたちは、あっという間に他種族への態度を硬化させていった、らしい。らしいというのも、ショーは大戦の頃はまだ子供で、ノルドとはいえスカイリムの住人ですらなかったから詳しいことは知らない。大戦に参加したという年かさの人間たちに話を聞くばかりだった。

 

 それにしても、他種族の排斥の気風が高まっているスカイリム北東部に、いまだダークエルフの衛兵が残っているのは意外なことだった。彼女に対する風当たりは強いに違いないし、新しい故郷の話で、彼女の忠誠心を別の角度からつつくのも悪い考えではないように思えた。

 

 そんな賞金稼ぎの揺さぶりにも、彼女はひとりで納得した。

「……そうでした。人間の寿命は100年足らずしかないのでしたね」

「そうだが」

「赤い年で私たちがスカイリムへ逃げてきたのは、あなたたちにとってはもう昔の話なのかと、そう思いまして」

 

 その様子にショーは怪訝に彼女を見つめた。

「ウィンターホールドの2代前の首長には、私たちは返しきれない恩があるのですよ。赤い年、あの災厄のあとに、行き場のない私たちをこの地の方は迎え入れてくれました」

 そして遠く見える山の東の端を指して続ける。

「……それに、ここからでは見えませんが、アンソール山の東端の峰にアズラ様の祠があります。大恩ある彼の首長の血筋がこの地を治め、巡礼のためにこの地をおとなう同胞がある限り、わたしはウィンターホールドを守り続けるでしょう」

 夜空の女王の娘の横顔は気高かった。

 ショーはたまらず目をそらした。

 

 

 この不毛の土地に根付いているかもしれないならず者どもについて、何の手がかりもない二人は、ウィンターホールドからスノーコーストに至る街道を調べることにした。

 途中ウィンドヘルムやドーンスターの方向にも別れるその道は、山を越え、氷の渓谷を抜けてあの村に通じているらしい。

 ひたすら海辺を通ってウィンターホールドに来たショーは、女衛兵からこの辺りの話を聞いた。ウィンターホールドスノーコーストの間に広がる広大な大地は、海辺には様々な遺跡が存在するとはいえ、今では誰も手を着けたがらない不毛の土地だとか。道が整備されていないうえに、雪と氷がいつ崩れるのかも分からない。

 南側の山の道が唯一、人間がこの大地の覇者であると宣言する人工物であった。

 

「街道であれば、なにかしら痕跡が見つかると知れないと?」

「あの土地に人の手の入った場所といえば街道しかありません。他はまったくの手付かずですから、何かあれば逆に目立つはずです。スノーコーストまで往復して、何もなければそれでよし。何かあればあなたの出番です」

 

 女衛兵の判断に彼は手を握る。鋼鉄の鎧の金属のこすれた音を立てた。いくら戦いに慣れているのものであっても、あの人数に一人で挑みかからなければならないなどたまったものではなかった。

 

 もし何かあるのならば彼は女を切り殺して逃げるしかないだろう。スカイリムでは各地方の独自色が強い。たとえウィンターホールドで罪を犯しても、地方の境を越えた先では罪を問われない。二度とウィンターホールドに近づかなければ良いだけだ。

 

 

 彼らは無味乾燥な雪景色の中を一昼夜歩き続けた。

 はじめて変化が現れたのはアンソール山のふもとにさしかかったところだった。

「おい」

 風に巻き上がった雪で煙る道の先に人影が見える。

 彼はダークエルフの連れに声をかけた。

 

「わかっています」

 彼女はその背に背負っていた弓をかまえ、矢筒から鈍く光る鋼鉄のやじりをつけた矢を取り出していた。

 

「どうぞ。お先に行ってください」

 彼女は賞金稼ぎに向かって獰猛に笑った。

 

 はじめは異種族の女を厄介払いしたいのかと思ってもいたが、なるほど、この女を監視によこしたのはこの性格によるものか。確かに適任だった。わざわざ弓をかまえて見せたのは、たとえ逃げ出そうとしても、賊と結託しようとしても、裏切れば後ろから射るという無言の牽制だろう。

 

 そもそも、状況によってはこちらも彼女を殺して逃げてしまおうと考えていることだし。

 自称賞金稼ぎの男はしかたないといった風情で肩をすくめ、いまだ遠い人影に向かって歩き出した。

 




 執政の老人
 タナエの前のウィンターホールドの執政。もちろん宿の老人とは別の人。本編で登場するコリール首長と執政タナエの子供であるアッシュール君の年齢から、196年時点ではまだタナエは執政として働いていないとした。年若いコリール首長にも年長者の助言者は必要であるだろうという考えからご老人に執政になってもらった。

 「人間」について
この作品の地の文では、作者が人間種なのでどちらかといえば人間(Man)の視点で単語を使っているが(ハイエルフさんたちに失礼にならないようにしているとも言う)、とくに注釈を用いない限り「人間」や「人類」、「人」という言葉は、人間種、エルフ種、カジート、アルゴニアン……その他全ての種族を指す。


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1-3.魔を追う人々、古都にて

 ルークは家に戻るとすぐに荷物をまとめはじめた。

 少し大きさの合わない革鎧を無理やり身につけると、そのうえから大きな布をまとう。保存のきく食べ物に革の袋に入れた水、そしていまはこの村にいない両親から与えられている弓と矢、しまいこまれていた剣をまとめて背に負い、護身用の短剣を腰に挿した。

 そして、外の通りの大きな焚き火の前で松明を持って話し込んでいる大人たちがいなくなるまで、そのままじっと待ち続けた。

 

 誰もが屋根の下で体を休めるころになって、少年は村を飛び出した。赤く丸い月だけが彼を見ていた。

 

 

第4紀196年 暁星の月17日(1月17日) ウィンターホールド地方

 

 

 ルークにとって、獲物の痕跡を見つけ出し、あとを追うのは慣れ親しんだ行為のひとつに過ぎない。それがろくに移動した跡を隠しもしない相手ならばさらに話は簡単になる。とはいえ、大人ぶってはいるものの、大人と子供の差は覆すのが難しいことも分かっている。

 この過酷な銀世界で数時間の距離の差を埋めるのは容易ではないということを、少年は理解していた。

 

 しかし、村の大人にも、訪れた旅人たちにも、大人たちからはいままであんな輩の話は聞いたことがなかった。だからきっとこの土地の新参者であるに違いない。新参者たちがこの土地の入り組んだ氷の迷路を簡単に通り抜けられるはずがない。安全な道を探すのにも時間が必要だ。

 

 奴らが休んでいる間も道を探す間も歩き続ければ追いつける。

 少年はそう考えた。そうして村を出てから辺りにうっすらと明かりが差すまで休まずに歩き続けた。

 

 雪の勢いは穏やかになったが、轟々と響く地吹雪で軽いからだが吹き飛びそうになる。

 だが彼は休むわけには行かなかった。時間が経てば経つほど、風が痕跡を消していく。再び雪が降り始め全てが雪に覆い隠されてしまう前に、なんとか相手の姿を捉えられる位置まで追いつかなければならないのだ。

 

 空に舞う雪でかすむ太陽が西に傾いて、再び寒さが戻ってきたころ、前方から金属が打ち合う音が聞こえてきた。ルークは走り出し、人の姿が判るほどまでに近づくと、氷の陰に身を隠して、武器以外の荷をそっと降ろした。

 

 どうやら何者かが戦っているようだった。

 陰から様子をうかがうと、革や鋲の鎧のならず者たちとフード姿の人間たち3人が戦っている。

 数でならず者が有利かと思われた。

 

 何人かが雄叫びを上げながら、先頭に立っている黒い金属のメイスを持った人に向かっていった。

 

 メイスの男は最初のひとりを、その頭上から振りかぶった一撃によって仕留める。

 そしてそのまま一歩踏み出し、片手でメイスを持つと、体の外側に向けてなぎ払う。大剣を振りかぶっていた賊の横腹に直撃した。

 そのあまりの勢いに腰の引けた三人目と距離をつめ、測頭部にメイスをめり込ませる。

 

 あっという間に三人を打ち倒した男の足もとに矢が飛ぶ。後方で弓を持っていた賊が彼を狙っているらしい。

 ところがすぐに、別のフードの人物――弓を持った人物に射抜かれ、前のめりにどう、と雪の上に倒れた。

 

 そして隠密に優れていたのだろう、布の服を纏っただけの賊がローブ姿の射手に襲い掛かろうとしたところで、その更に背後から槍をもつ人が魔法を打った。

 

 なにやら片手が青く光ると、氷でできた太い矢のようなものがその人の手のひらから飛び、あっけなく賊は地に倒れる。

 そしてローブを身に纏った三人は周囲を見回すと武器を納め、広場に散らばって賊の物資や遺体の装備を物色し始めた。

 隙のない一行であった。

 

 初めて命のかかった戦いを見た少年は、目の前で起こった出来事にその場から動けずにいた。彼らが戦いの気配を納めて、ルークは自分の体が凍りつくように固まっていたことに気づいた。はやくこの場から立ち去らなければ。そう思って再び荷を背に負った。

 そのとき、遺体を検分していた槍の人がふと頭を上げたのを見た。

 

「そこに隠れているもの、その身にやましいことがないなら姿を現せ! 我らはステンダールの番人! デイドラをニルンから追放し、オブリビオンへの扉を開こうとする輩を阻止する誓いを立てたもの! 身を隠すものよ、お前がデイドラにかかわる悪しき企てを持たない限り、全ての人間は我らの親しき兄弟であるぞ!」

 一番体格の立派なメイスを持った人がこちらに向かって口上を述べる。

 

 一歩前に踏み出したその人を、少年は観察する。

 長い年月のあいだ雨と風にさらされたようなあせた黄色のローブ、ゆったりとしているはず着衣の上からでも分かる鍛えられた筋肉、そして遠目では黒檀かと思ったが、黒とも赤とも形容しがたい色が表面に揺らめいている不思議な材質のメイス。その声の重さから間違いなく熟年の男であると分かる彼は、古いノルドの物語の中から抜け出してきたような人物だ。

 どうやったってかないそうにない。

 

 ルークが大人しく姿を見せると、ステンダールの番人と名乗った彼らはわずかに驚いたような仕草をした。物陰に隠れていたのが子供であったからだった。

 

「お前のような子供がこんなところで何をしている?」

 ルークは男に目を合わせて言った。

「西の村からそいつ等を追いかけてきた」

「西とな? それにしても坊主はなぜこやつ等を追いかけていた? お前の村が襲われたにしても、過ぎ去った嵐をわざわざ追いかける必要はあるまい」

「ナダが……女の子が連れて行かれたんだ」

「ほう、それで助けようとしたのか」

 

 その言葉に少年がうなづくと男の口元がほころんだ。そして後ろの二人を振り返った。

「聞いたか ヒルド! オイアヴァール! これぞノルドの小さな英雄よ!」

 大きく風が吹いて、振り返ったひょうしにフードが外れた。灰色の髪を鬣のようだった。彼は厳しいしわに覆われた顔を喜色でいっぱいにしていた。

 

「まったく、また始まった」

 ヒルドと呼ばれた弓を持つ女は、男の調子にあきれた様子だ。一方槍を持ったオイアヴァールの方は男を冷ややかに一瞥すると遺体の方に戻ってしまった。

「ごめんよ、ボウズ。こいつはいつもこの調子なんだ。口を開けば出てくるのはイスグラモルだ、イスミールだ、オラフだ……。まぁ、悪気はないんだ」

 

 そういって今度は女が少年に声をかける。彼女はフードをはずしてルークに顔を見せると彼に手を差し出した。

「あたしはヒルド。番人のヒルドだよ。あの冷たそうな槍男がオイアヴァール。そっちの暑苦しいのはグスルだ」

 彼女は黒髪をしたノルドの女だった。遠慮なく彼に近づいてくる若鹿のような肢体におもわず息を呑み、差し出されたヒルドの手をこわごわと握った。武器を持つことに慣れている硬い手のひらだった。

 

「あ、あの、おれは、ルークです。スノーコースト村のルーク」

「おお、ルークというのか!」

 少年の手は大男の横から伸びてきた大きな手にとられて、ぶんぶんと勢いよくゆさぶられる。

 

「我らも、とある訳にてこやつらを追いかけておったのだ。おぬしも同じ者らを追いかけておるようだ。我らと共に来るといい」

 ルークは目を見張った。

「本当に!? 一緒にいってもいいのか?」

「ああ! いいとも! おぬしのような勇気あるものならいつでも歓迎だ!」

 彼の背後で女が苦笑するのが見えた。

 

 薄暗い中、ルークは大男と女に連れられて小競り合いの中心となった土地を歩いた。

 ここは少し開けた窪地になっていて、周りを氷の壁が覆っている。南側に2本、そしてルークがやってきた北側の道一本がその土地に出入りできる安全な道のすべてだ。

 

 男と女が豪快にあたりに転がる賊たちの遺体をまたいでいく。

 彼らは皆、一撃で止めを刺され事切れていて、皮肉にもその肉体で彼ら敵の腕前のみごとさを表していた。

 

 

 日が傾き始めるとあっという間に夜が来るのが北方の冬だ。

 少年と番人たちが話しているあいだにも、すぐに夜がやってきた。

 ステンダールの番人たちは、すこしも夜の準備をしようとしない。どうするのだろうと考えながら二人のあとを追いかけていると、黒い扉が目の前に現れた。大男はためらうことなく中へと踏み込んでいった。

 

「これって……」

「心配はいらない。あいつらも使っていたみたいだからな。私たちが使ったとしても文句は言わないだろうね」

 むろん死人に口が利けるわけもない。

 

 すり鉢上に掘り起こされた硬い雪の底にある黒い扉を開くと、石畳の通路が続いており、通路を抜けると半分が土に埋まっている広い空間に出た。

 地下には身の芯から凍りつくような寒さが及ばない。少年は体に巻きつけていた布を緩めると、見慣れたノルドの古い文様が彫りこまれた柱で支えられた空間を歩き回った。地面にはさまざまなガラスの道具が散乱している。他にも無理やり持ち込んだような家具や、棚からあふれ出した本がなんの秩序もない様なありさまで転がっている。

 

 少年はガラクタの山の中を散策した。

 木造の椅子、テーブル、壊れた荷運びのための木箱。飲み干した酒瓶や瓦礫に潰されたガラスの破片。これらはまだ新しいものが多かった。

 そして、たまに見つかるゴールドや小さなかけらになったルビーを少年は夢中になって拾った。

 少年の見つけたひときわ大きな収穫は、細い造りの指輪だ。

 

 ルークは宝探しに熱中しているうちに、ずいぶんと番人たちと離れた場所を歩いていることに気が付いた。途端に暗闇が不気味になって、慌てて番人たちを探し、少し道を戻る。一番立派なつくりの家具があった辺りに松明をもって彫像のようにたっている男がいた。オイアヴァールだ。

 

 ルークが彼に声をかける前に、まるで動物の毛を思わせるような髪をした大男、グスルが近づいていった。二人は小声で話始めたようだが、洞窟に音が反響して、二人の声はルークのところにまで届いた。少年は耳をそばだてた。

 

「どうやら当たりのようだ」

「なにかめぼしいものが見つかったのか?」

「これだ」

 

 そう言ってオイアヴァールはくたびれた紙の束を持ち上げる。はじめはただの書きつけっだに違いない。だが、なんども中身を書き足し、足りなくなっては紙を継ぎ足していったのだろう。不揃いな紙をなんとか紐でまとめて、かろうじて書のといえるような体裁を保っていた。

 

「中身は?」

「オブリビオンに関するメモだ。かつての蟲の王の騒動やオブリビオン動乱についてぎっしりと書かれている。かの古代アイレイドたちについても述べられていた。いかにデイドラと手を結んでいたのかなど、な。なかなかに興味深い。こんど機会があれば試してみようか」

 グスルはにやりと笑った。

「そういう冗談はよせ。おぬしを狩るのは骨が折れそうだ」

「いや、案外不足しがちな人手の代わりになるかもしれぬぞ」

 

 そういって彼は振り返った。ルークがそこにいることに気づいたらしい。深くかぶったフードから真白な髪がこぼれた。すぐに彼は髪をフードの中に入れて隠してしまった。

 

 

 一通り探索し終わった4人は、ガラクタの山の中からまだ使えそうなテーブルや椅子を探し出して並べ、その場に残されていた食べ物を使って料理した。それぞれが荷から食べ物を持ち出し、ならず者たちが持ち込んだ酒瓶を拾い上げて、松明の明かりの元で簡易な宴となった。

 

「出会いに」

 グスルがそういって杯を掲げるとヒルドとオイアヴァールもジョッキを持ち上げる。

 

 ルークのものにも酒が注がれ、彼らの号令と共にいっきに飲み干した。いったい何から作られているのか、どこの産物なのかも判然としない安酒が、腹を熱くした。

 

「どうだ? 初めての酒の味は!」

 となりに座っていたグスルに背を叩かれる。

「なんだか変な感じだ」

「子供にはまだ早いかしら」

「なに、明日からは共にあやつらを追う仲なのだ。よく飲み、よく食べ、よく眠れ!」

 その言葉にヒルドは敏感に反応した。

 

「ちょっと待って。その子を連れていくって話、冗談じゃなくて、本気?」

「わしはいつも本気だが」

「足手まといだ」

 

 頬杖を付いていたヒルドは、いらいらとした様子でテーブルを指で叩く。すぐに体をルークのほうに向けると、しかめ面をして言った。

「ルーク。あんたもこんな奴の口車に乗せられるな。いちいち伝説の英雄を引き合いに出す奴に、ろくな奴はいない」

「そういっても、おぬしとて乗せられた口だろうに」

 憮然とした顔でグスルが言い訳のようにぼやく。

「いまは私の昔のことは関係ない!」

 

 ヒルドは顔を真っ赤にして、先ほどから我関せずと、淡々と酒盃を傾け続けているもう一人の男を振り返った。

「オイアヴァール! 何か言ってくれ!」

「私は別にかまわぬが」

「二対一だぞ、ヒルドよ」

「長屋に戻ったテオの代わりが必要だ」

「おお、そうだ。追跡に手を借りねばならん」

 

 男たちが口々に女を説得しようとする。

 この話題を言い出した当の本人は、グスルの決定がもはやくつがえらないらしいことに、ふてくされた様子で安酒を一気にあおり、乱暴な手つきでチーズを切り落としていた。

 

「テオ? おれはそいつの代わり?」

 一方少年は、同行を反対されたということよりも、誰かの代わりということに少々傷ついていた。

「ああ、そうだった。そのことだ。おぬしが賊を追ってきたと聞いて、これは、と思ったのよ! まっことステンダール様の思し召しということ!」

 

 灰髪の大男の鼻の頭が赤くなっている。彼は酔い始めているのか、話の要領が得ないので、ルークはオイアヴァールを見た。

「ステンダールの番人は、普通二人一組で行動する。グスルとヒルド、テオと私という二つの組が共同でこの任務に当たっていた。テオは平地での近接戦闘には分があるのだが、いかんせん山となると、どうもな。西のペイル地方からウィンターホールド地方へと、山を越えるときに足をひねったらしい。どうしようもないので戻らせたのだ」

 ルークは、どうして自分がテオと呼ばれる見知らぬ人の代わりになるのか分からなかった。素直に首を傾げる。

 

「テオは戦士というよりも、腕のよい狩人と言ったほうが正確だろう。どいつもこいつも、脳味噌まで筋肉でできているような番人たちのなかで、そのような技術を持つものは珍しいのだ。我らもここまでは追ってこられたからよいものを、この先、本当にどうしようかと」

「そこでおぬしの出番だ! ここまで追うことのできたというその技術を役立たせてほしいのだ」

 酒精によって赤くなった顔をほころばせながら、大男が少年の背を思い切り叩いた。あまりの強さに息が詰まる。

「そういうことになった。ヒルドよ、いいな」

「番人としてもあんたが先達だ。従うよ」

 

 

 気がつくと朝になっていたらしい。ルークは連日の緊張のためか、それとも光の変化がまったくない地下という環境のせいなのか、ヒルドにたたき起こされるまでぐっすり眠ってしまった。パンのかけらをかじって、ヒルドに促されて遺跡の外に出る。

 もう日が高く上っていた。

 ルークは足元を見た。昨晩の雪は少なかったようで、まだ足跡が僅かにくぼんでいることが分かる。これならば、簡単にあとを追えるだろう。

 務めがたやすく果たせるものと知り安心していると、広場で立ち止まっていたルークにグスルが近づいてきた。

 

「ルークよ。そこに跪いてくれんか」

 いったい突然なにを言い出すのだろう、とルークがグスルの顔を見ると、彼は今までにない真剣な表情をしている。

「ステンダールの番人の習いだ。新たに旅に同行者を迎えるときのな」

 グスルは首から提げていたステンダールのアミュレットを手に取ると、ルークの頭上にかざす。少年はその場に跪いた。

 

 厳かな声で彼は言った。

「旅立つものよ。我らと道を共にするものよ。ステンダール様の慈愛において祝福を授ける。ステンダール様に祈りを捧げよ」

 少年は目を瞑り、両腕を空に掲げる。

 

 そして。

 それは、空から落ちてきた。

 

 

  ――慈悲をもちてことを成せ――

 

 

 声だ。

 力のある老人の声。

 

 ルークが驚いて目を開くと、視界いっぱいに広がる青い空から一筋の光が落ちてきたのが見えた。グスルの持つアミュレット目掛けて落下し、その瞬間、ルークの体が淡い光に包まれる。

 光の波濤が空間に広がる。

 

 ルークは体のずっと奥の方――もしかしたら心の中からかもしれない――から力が湧き出してくるのを感じた。

 

「……なんだ、なんだいまの」

 ルークはただ唖然としていた。

 

 たしかに、大昔にノルドはキナレス様から力を授かったといわれているし、聖アレッシアはアカトシュ様の力を借り受けていたらしい。スカイリムの都にある大聖堂では神々から祝福を受けられるのだと、噂を聞いたこともあった。でも、そういうことはどこかずっと遠い話だとルークは思っていた。

 厳しい雪と氷だけの世界に、人間のために加護を授ける神が本当にいるなんて。

 

「ステンダール様御自ら御加護を授かるとは、なかなか有望なことだ。まったく、まだまだわしの目も捨てたものではない」

 一の神の司祭が、かかと笑った。

 

 

 

  ▼加護:ステンダールの勇気 を獲得しました

 

 

 

 




 加護について
ステンダールの勇気は、前作OBLIVIONでステンダールの祠に祈ると取得できる。
SKYRIMでは、物乞いに1ゴールドを渡すと慈悲の贈り物の効果を得ることができ、アーリエル神の声を聞いていた(らしい)方が登場する。
そうであるならば、本当に神の声を聞くような司祭なら今回のようなこともできるかもしれない、という作者の捏造。


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1-4.追跡、そして

 デイドラ。

 少年にとって、それは御伽噺の中の存在だった。

 

 この世界――ニルンは秩序の神アヌによってつくられたのだという。

 それに対して、デイドラは、アヌに敵対する神パドメイの血から生まれたオブリビオン、ニルンの外の世界の生き物だ。彼らは、秩序の神アヌから生まれた世界、つまりニルンの生き物たちを憎んでいて、いつもニルンを滅ぼす機会をうかがっているのだと、ルークは幼い頃から寝物語に聞かされていた。

 

 他に知っていることといえば、デイドラには大公と呼ばれるとても力の強い存在がいること、大昔にあったオブリビオン動乱という騒動で、シロディールのあちこちにオブリビオンへの門が開いてしまい、村や町にたいへんな被害を出したこと、その騒動を治めるのに、昔の帝国の最後の皇帝がアカトシュを召喚したことくらいだった。

 

 

第4紀196年 暁星の月18日(1月18日) ウィンターホールド地方

 

 

「グスルたちは、どうしてあいつらをおいかけてるんだ?」

 地面の足跡の痕跡から目を放さずに、ルークは問いかけた。するとルークの隣を歩いている大男が答えた。

「もとはといえば、召喚術師を追っていたのだ。そやつはシロディールの方で散々やらかしたらしくてな、危険な魔術師がスカイリムにはいったという噂が耳に入ってきた」

 

 ステンダールの番人は、旅人の安全を祈り病を治す。その礼として旅人から情報を聞く。旅するものたちの間では、身の安全にかかわる情報は万金に値する価値があるのだと、後ろから女が大男の説明に付け足した。

 

「ファルクリースまでの足取りは取れておるのだが……それ以降ぱたりと噂がなくなった」

「誰も見てないってこと?」

 そうだ、と男は頷いた。

 ファルクリース、帝国の中心シロディールとスカイリムの鏡界に位置する山深い地方だ。人の目の届かないところに何があっても不思議ではない。

「そうなると、誰かが匿っておるということになる。いかに匿われたとて、高位の召喚師はスカイリムでは珍しいから、魔術に関する物品のルートからどこへ隠れたのか分かる……はずだったのだが、こればかりはこちらの見通しが甘かった」

 

 スカイリムでは街に住む市民や村人が高等な魔法を見る機会はない。せいぜいが、少しばかり周囲を照らす魔法だったり、初歩の戦闘魔法だったりを、魔法の素養に恵まれた人間が使っている程度だ。そんな状況だから、高度な魔術を扱う人間は珍しい。魔術に関連する品物は希少で値段も高かった。売買するのは店を構えることのできる商人ばかり、品を下ろす客も顔見知り、という状態が普通なのだ。

 そこへ見知らぬ客が来たとなれば、小さなコミュニティではすぐに話題になるはずだった。

 

「見つからないのか?」

 少年の言葉に男は重々しく頷く。

「街や村には影も形もない。そこで、市場に出回らない商品の流れというのをあたってみたのだ。そうすると、どうやらそやつは賊の集まりに匿われているらしいことが分かった」

  本来盗品を取り仕切っているはずの盗賊ギルドは、60年ほど前のリフテンの反乱の騒動から縮小の一途をたどっている。近年の表に出ない取引、いわゆる闇市場は、ギルドに代わって各地のならず者の有力者が台頭し、その膝元でとり行われるという状況になっているらしい。

 そして魂石を大量に買っていく山賊のような連中がいるという話をグスルは耳にしている。

 

 あさっての方向へ向かってルークは氷の塊を蹴飛ばした。

「つまり魔術師が山賊に匿われてるのか? なんだか、それって、かっこがつかないなぁ」

 ステンダールの番人たちが追いかけているのがどんなあいてなのか、少年は想像できなかった。山賊にかくまわれている魔術師というのがすごい魔法を扱うように思えない。でも、ひょろひょろとした錬金術師のような人物がノルドの山賊と仲良くやってるのも信じがたい。

 

「どうだろうな」

 グスルは後ろを振り返ってヒルドと視線を合わせて笑った。

「かなりやり手の頭がいる。それは間違いない。最近まで要塞から遠い村を狙って襲撃をしては、ホールドの境界を越えて逃げる、といったようなことを繰り返しておった。そのうえ各地の首長に討伐されずに、北に移動しながらどんどん集団を大きくしていったのだ。」

「いた、って昔の話? じゃあウィンターホールドにいるっていうのはただの勘なのか?」

「勘では……いや、そうかもしれん。それにしてもなかなか目端が利くな。よい話術の使い手になりそうだ」

 歩きながら笑うグスルに、ルークはほほを膨らませて言った。

「続きを早く話してよ」

 

 そんな少年の様子に含み笑いをもらしながら更に続けた。

「あちこちの地方で被害が出ていたにもかかわらず、ウィンターホールドだけはそれがなかった。」

 旅がしやすい季節は都会の噂話を聞くことも多い。たしかに、ルークはウィンターホールドで山賊が出たという話は聞いたことがなかった。

 グスルの言葉をルークは真剣な顔で繰り返す。

「この辺だけは、何もなかった」

「それなのに、ウィンターホールドに大きな山賊の根城があるという話を最近あちらこちらで耳にするようになった」

 

 物騒な噂があれば、まともな感覚のある人間は避けて通る。グスルも先日行き違った旅人から忠告されたものだ。ウィンターホールドの荒野は山賊の巣になっているらしい。命が惜しくば近づくな、と。

 だがその噂は山賊が自らの根城に人を寄せ付けないための策かもしれなかった。番人として行かないという選択肢はない。

 

「それで、とりあえず様子見に来た」

「その通り! そこに昨日の山賊だ。わしらにとっては、まったくの幸運よ。あとを追っていけば、奴らの根城が判明するかもしれん」

 ルークは背後で大男が獰猛な笑い声を漏らしたのを聞いた。

「そうすればあとは殴りこむだけだ」

 

 

 4人は、少年とグスルを前列、ヒルドとオイアヴァールを後列にして、アンソール山の登山道の入り口まで辿りついた。一行はそこでしばしの休息をとることになった。

 グスルとオイアヴァールは雪面に腰を下ろし、ヒルドは突き出た岩にもたれかかる。ルークは岩の上に上ってあしをぶらつかせる。

 

 少しだけ山に入ったところで今日は野営をすることになるだろう、とルークは思った。

 しかし、ならずものたちの足跡を追いかけて、いまから山にはいるのは危険が大きかった。雪山か闇夜か、どちらか一方ならば彼らは追跡の手を緩めることはないかっただろう。夜の雪山を無理に進もうとすれば、たとえ優れたノルドの戦士であろうとも命を落としかねないのだ。

 

「ろくに人の通らない雪道を歩くのがこんなに大変だなんてな」

 そういってヒルドが足を軽く叩いた。

「南の出身?」

「ホワイトランだよ。雪だって降るさ。でも道の雪はどけられているか、均されてるのが普通だったからなぁ」

 衛兵に感謝だな、ヒルドはそうひとりごちている。

 

「このへんの人間だって、普通の人はこんな季節にこんなところを歩かないよ」

「そりゃあそうだ」

「わしらの追いかけている連中はどうやら常識を知らんらしいな!」

「案外、やつらの根城に通じる道を、真面目に均しているかもしれぬ」

 グスルが道化た風で軽口をたたき、オイアヴァールは仏頂面のままで言葉を放った。

 

 なら、と少年は振り返った。

「オイアヴァールはどこの人なんだ?」

「ここからだと……そうだな、西の生まれだ」

「ハイヤルマーチ? ハーフィンガルとか、あ、もしかしたらリーチ?」

「リーチだな。ちなみにグスルは……」

 オイアヴァールの言葉の先をグスルが引き継いだ。

「わしは、シロディールはブルーマの出身だ」

「えーっと、クヴァッチの英雄の石像があるんだっけ」

「そうだ。ブルーマへ行くとなれば、わしに声をかけよ。案内するぞ!」

 彼は雪の中に倒れこみながらそう言った。

 

 飛び降りて、岩の根元に腰を下ろしたルークは、雪の中に倒れこみ仰向けになってみる。疲れてほてった体に冷たい風が気持ちいい。

 相変わらず空には太陽が輝いている。真冬に晴れの日が続くのは珍しい。

 

 やることも考えることもなくなると意識に空白がやってきて、すぐに悪い想像ばかりがルークの頭の中にあふれてきた。

 ナダに追いついているのか。ステンダールが少年の祈りに応えてくれたように、ナダの祈りもどこかの神が聞き届けてくれるだろうか。せめてルークが助けに行くまででもいいから、誰かが守ってくれはしないだろうか、と。

 

 期待はできなかった。

 昨日まで頼りになると思っていた大人たちでさえ、大きな力の前に怯えて立ちすくむ。物語の中でさえ神様は気まぐれだった。いただいたステンダールの加護だって偶然かもしれない。益体もない不安と焦燥ばかりが押し寄せてくる。

 

 ルークはぐるりと首を回して辺りを見た。

 人一人いる気配のない真っ白な雪原に、世界にいるのはルークとステンダールの番人たちだけのような気分になる。彼らは各々武器を確認したり、荷を詰めなおしたりしているところだ。

 それを見て、少なくとも3人、いま頼りになる人たちがいるじゃないか、と暗くなりかけていた気持ちに渇を入れた。そして、ナダを助ける。それでいい。

 

「そろそろいくぞ」

 ルークはグスルに促されて、ステンダールの番人と共に雪の山に分け入った。

 

 

 それは彼らが火の周りでささやかな夕餉をとっていたときに起こった。

 

 小さな白い雪が風に乗って舞い降りてくる。澄み切った星空の下に、アンソール山は忍び寄る闇よりさらに黒々とした威容を晒していた。

 少年とステンダールの番人の一行は、道を外れたやや緩やかな斜面で火を起こし、スノーベリーをかじって寒さを誤魔化しながら寝床の準備をした。

 

 そして、番人たちは酒を飲み、ルークがチーズをかじろうとしていたときだった。

 突如、後方の岩陰から鬨の声が上がった。

 声の方向を見ると、ありあわせの革鎧を身にまとった山賊たちが駆け下りてくる。山賊たちの持っている松明の明かりが周囲を照らし出し、長く濃い影が落ちていた。

 ルークは突然のことに、山賊が剣を振りかざしてこちらを目掛けて駆けてくるのを見つめることしかできなかった。

 

 番人は武器をもって立ちあがる。

「立て! ルーク!」

 険しいしわを顔に刻んだグスルの声に少年も遅れて立ち上がった。

「逃げるぞ」

 

 ルークはかろうじて弓と剣だけを身につけ、とっさに荷物を手に取ろうとした。

 が、その手をヒルドに掴まれ、そのまま街道にむけて走る。

 前のめりになりながら背後を振り返る。一人、二人、三人……あとは数えられない。

 圧倒的に敵の方が人数が多い。

 

 ルークが熾した火が山賊たちの足で踏み消されていった。

 踏み均された道に出るまでのたった数十秒が数時間にも感じた。

 背には冷や汗がしたたっている。

 右手を握っているヒルドの手も湿っているのが分かっる。

 道に出ると、ヒルドに背中を突き放される。先頭を走っていた槍を持った男にぶつかった。

 

「オイアヴァール! お前はこいつと行け。西だ」

 

 ヒルドの言葉に、ルークは自分がその場で石になってしまったかのようだった。

 グスルやヒルドとこのまま別れてしまうのがいやだった。自分が敵から逃げているというのも許せなかった。

 なんとか声を出して、手をつなぐなんてことで自分を子ども扱いしたことへの文句を言おうとしたが、顔がこわばって何も言えない。

 

「分かった」

 そうオイアヴァールが応える。

 

 こういうときに、話に聞く英雄は恐れずに立ち向かっていくものだろうに、生まれて初めて誰かに殺されそうになって、ルークはそれを恐ろしいと思った。それでも恐ろしくて足がすくみ、それでやはりも立ち向かわなければならないという思いがあふれる。

 心の中で二つの感情が火をあげ、心の感じるままに足を前と後ろの両方に動かそうとした。

 

 「行くぞ」

 少年の様子に業を煮やしたらしいオイアヴァールに肩を掴まれて数歩分引きずられる。少年が歩き出すと男の手は肩から外された。

 歩き出して、ルークは後ろを振り向いた。

 

 グスルとヒルドがこちらを見ている。

 グスルは何も言わずにルークに向かって静かな視線を投げかけた。

 彼は背を向けてその場で武器を抜き、ルークたちとは反対方向に歩き出す。ヒルドもやはり無言で弓をかまえてグスルに続いた。

 

 敵の怒声の前にメイスをもってグスルは立ちはだかった。

 男の巨躯の後ろから敵を射抜いた女に問いかける。

「おぬしは行かんのか」

「ステンダールの番人は二人一組。そうだろう」

 

 

 ルークも何も言わずに前を向いた。

 前には背の高い男の背中。遠くは西の山端に小さな白い月が沈んでいく。

 二人は真っ暗な山道をひたすら西に辿った。

 

 温まっていた少年の体が冷えて震え始めたころ、男がやっと足を止めた。と、思ったら、彼は少しの間空を見上げて、そのままルークには目をくれずに背後を振り返った。

 それにつられて少年も後ろを見る。

 小さないくつかの明かりがだんだんと大きくなってくる。

 野営地から逃げ出したときよりも数は少なくなっているようだが、山賊たちに後をつけられていることは確かだった。

 

「来た」

「できるだけ離れていろ」

 オイアヴァールは地面に槍を突き立てて、大鷲のように腕を広げた。

 

 ―― SHANTAVOY VIN, FRYSAVOY NEN,

 

 辺りの気温がぐっと下がり、空中にちいさな氷のつぶてが生まれる。

 目鼻立ちが見える距離にまで接近していた山賊。その松明の明かりが荒れ狂っている白い氷を照らし出し、地上から見上げる星空のようにちらちらと輝いた。

 

 ―― AV MAGIKA AV KYNDCEL, TOIVOAVOY NAI ADABALA

 

 ルークは何もないはずの彼の周りに、目には映らない何かの流れを感じた。

 

 ―― OI LETTADUELL!

 ―― O EZIINTVA LUMINSKYABALA!

 

 青く発光する腕を地に向かってたたきつけた。

 すると彼を中心にして発生した青白い光の嵐が山賊たちをおそった。

 

 光の筋に肌をなでられたところから体が凍りついていき、慌てた山賊たちはなんとかして死の風から遠ざかろうとした。

 しかし握る武器の重さで腕が崩れ、足を踏み出せば凍りついた足にひびが入り、顔だけでも守ろうと体をひねれば胴体がミシリといやな音を立てる。

 そうして、あとを追ってきた山賊は、たったひとつの極大の魔法を前に、なす術もなく全滅した。

 

 

 神像にたどり着くことのできなかった信徒のように凍りつき倒れた骸の前で、霜のついたローブを纏った男だけが立っている。

 ルークは山賊の持っていた松明を拾い上げて火をつけ、まさに凍りついたように動かない彼に声をかけた。

「おれたちは戻らなくていいのか」

 オイアヴァールは思いがけない何かに出会ったかような表情でルークを見た。そして、

「……後続が来るかもしれない。しばらく様子見だ」

 呑み込むようにそういって、雪から突き出している岩を背にして気だるげに座り込んだ。

「松明の火はそのままでもかまわないが、離して置いておけ」

 

 ルークは言われたとおりに少し離れたところ、ちょうどオイアヴァールの座っている岩が淡い光で照らし出されるくらいの距離に松明を置き、男の隣で岩にもたれかかった。

 

 雲のない空から舞い降りてくる小さな白い雪が、炎に照らされて内側からほのかな光を発しているように見える。ぽつぽつと灯る光の他はひたすらの闇。

 むかし一度だけ見たことのあるドーンスターの星祭りのようだ、とルークは思った。

 

 あの日もまったく雲のない晴天の空だった。

 ひたすら漆黒の空に星だけが輝いて、同じく漆黒の海の上の小船に小さな明かりがいくつも灯っていた。

 あのときはまだ大人の腰の高さもなかったルークも、街の人間と同じようにちいさなキャンドルを渡されて、隣にいた少女――ナダのキャンドルから火を分けてもらい、あれはたぶんアーケイの司祭だったろうと思う、その司祭の祝詞を不思議な気持ちでながめた。

 そして司祭の声が途絶えたとき、手元の火から不可思議な光が立ち上って空へと消えたのを見た。そしてキャンドルはふっと消えたのだ。

 

 炎は魂だった。

 だれかはわからない。

 でもきっとルークの親しい人だった。

 

 なぜ、あの遠くに広がる漆黒が氷ではなく海だと見分けられたのだったか。

 西の方から風が地面を吹き抜けていった。ざあっという音を立てて雪が風に舞い上がり、松明の明かりの元から飛び出ていく。

 

 ルークはその様子を目で追いかけて東を見た。

 だが、ただ闇と星空が広がっているだけだった。

 風花の舞う、静かな夜だった。

 

 

 夜が明けて、二人は来た道を慎重に戻った。

 そして、さほど時間もかからずに昨夜の野営場が見える場所までたどり着いた。雪が踏み荒らされているだけで、そこには人の気配も誰かの遺骸もない。

 

「グスルたちはウィンターホールド側の街道に出ているはずだ」

 オイアヴァールはそういっているが、本当にそうであったらいいとルークも思う。

 でも、もしかしたら、という言葉は心の中に留めておいた。

 

「なんでナダがさらわれたんだろう」

 何の意味もない一言だ。ならず者の求めるものといえば、酒と金と快楽と相場が決まっている。そうルークも納得していた。

 ところが、何気ない少年のつぶやきに、思いがけない返答があった。

 

「贄だ」

 少年は絶句した。そして振り返ってオイアヴァールのフードで隠れている顔を凝視した。

 ステンダールの番人は誤魔化しも躊躇いもしなかった。

「贄でデイドラの気を引いて、門を開こうとしている」

 少年はすぐさま反駁した。

「九の神、アカトシュ様が、ニルンとオブリビオンを分けてくださっているはずだ。デイドラがアカトシュ様に勝てるはずがない」

 

 帝国の大半の人間は九大神、いやスカイリムのノルド以外は、五の神タロスを除いた八大神を信仰している。エイドラと呼ばれる彼の神々は、聖堂で人々の病を癒し、ときには特別な加護を与え、そして九の神、竜神アカトシュ――彼の神はかつてニルンとオブリビオンを隔てて、人間をデイドラの支配から解き放った、と伝えられていた。

 ニルンの大地に生きるものはエセリウスの神々から加護を受けている。その生を通じて祝福されている。

 

 そのはずなのに、なぜわざわざオブリビオン、いわゆる地獄への扉を開こうとするのか。

 ルークは思わずこぼした。

「おかしいじゃないか」

「頭のおかしい魔術師はどこにでもいる」

 デイドラにかかわるような人間は、そうでない人間の理解できる理由で動いてはいない。オイアヴァールの魔術師評は事実の一端を示していた。

「……そんなこと、グスルは言っていなかった」

 少年は思わず大きくなりそうな声を押し殺した。

 二人の間に沈黙が落ちる。

 

 ステンダールの番人の彼らが魔術師を退治している間に、山賊からこっそりナダを取り返せばいい、とルークはいままで楽観していた。

 けれど、どうやらそれだけでは済まないらしい。

 きっと、もっと、何かをしなくてはならないという予感がした。

 

 そして、義務感や仲間意識からでもない。

 ルークの心から噴出してくるものがある。

 怒りだ。

 あのときと同じで何かに対する怒りが少年の胸に広がり。何も出来ないかもしれないという不安は、気がつけば少年の中から吹き飛んでいた。

 

「どうやったら、オブリビオンの門が開くのを止められる?」

 

 雪雲にさえぎられたかすかな陽光が、二人の上に降り注ぐ。

 

 オイアヴァールがルークの方を見たのを感じる。

 彼は端的に答えを与えた。

「方法は二つ。一方は儀式に必要な印石を壊すこと。もう一方は術者を殺してしまうことだ」

 

 方法は分かった。沸き立つ感情にまかせて少年は立ち上がった。

「教えてくれてありがとう、オイアヴァール。短い間だけど一緒に旅が出来てよかった。グスルとヒルドにも、そう伝えてほしい」

 

 




 「世界」について
地の文ではとくに注釈のない限り「世界」とは作品の舞台になっている場所――ニルンを指す。ニルンの大地に生きている登場人物たちの会話中では、「ニルン」「オブリビオン」というようにできるだけ発音に忠実に記述していく。

 4E196 暁星の月 ロレダスの16日(第4紀196年1月16日土曜日)
できる限り捕捉を入れていく。
ほとんどの方はご存知と思いますが、念のため。

 日付、曜日、月の満ち欠けなどについて
ゲーム作中(Vanilla)から計算する根気がないので地球の暦から流用。UESPのカレンダーを見る限り地球の太陽暦から流用が可能だと思われる。
 
 魔法
魔法には詠唱がつきもの。
タムリエルでは誰でも簡単に魔法を覚えられるにもかかわらず、各地に研究機関が存在し、一般人には魔法の呪文の改造(構呪)ができない。本作中ではこの理由の一つを、詠唱に使われる言語が一般の人間が話している言葉(シロディリック)とは異なるためということにする。
ドヴァキンさんはきっと丸暗記。

 星祭り
暁星の月16日にスカイリムの都市ドーンスター行われる収穫祭兼、鎮魂際のこと。UESPによるとFestival of Lights とのことなので、都市の名前に関連したものを勝手に命名。


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1-5.薄氷の上

 帝国は衰退の一途をたどっている。

 かつては大陸すべてを支配地としていたタムリエルの覇者は、エルフ純血主義過激派、すなわちサルモールによって刻々とその命脈を削られていた。

 タムリエルの魔術師ギルドは解体され、スカイリムにおいてはウィンターホールド大学が細々と存続しているのみだ。

 良心をもって帝国に仕える魔術師は確実に数を減らしていた。

 

 隠れ潜んでいた恐るべき魔術師たちの春。

 春が到来したのだ。

 

 

第4紀196年 暁星の月17日(1月17日) ウィンターホールド地方

 

 

「お頭! あの陰険な耳長、頼みますからさっさと追い出してくだせぇ。いくら金もらったからって言っても、なんで俺らがいいなりにならなきゃならねぇんです? いい思いできるって聞いてこんな何もねぇところまで来たのに、やってることといやぁ、あの耳長野郎の言うこと聞いてるだけじゃあないですか。人はいるんすから、もっと、こう、でっかい街を襲いに行ったりですねぇ、……」

 

 革鎧姿、戦化粧をした、いかにも山賊という雰囲気を全身から発している男が、無言のまま椅子に座って大剣をいじっている男に詰め寄った。

 男は手を止めてちらりと目線をやると、何も言わずに再び剣をながめ始めた。

「お頭! ちょっとは聞いてくれたって」

「黙れ」

「……」

 先ほどからわめいていた男はその一言で静かになった。不満そうな顔のままそばに控える。

 

 岩陰に隠すように焚かれた火があたりを照らし出していた。ほかの火の周りでは、めいめいに酒を飲んでは猥談で盛り上がっているにもかかわらず、この集団で中核となっている人物が集まる一角では、肌が切れてしまうのではないのかというほどの緊張に満ちている。

 

 面子も多彩で、レッドガードの男もノルドの女も、オークの戦士もブレトンの魔法使いも、そこらの街で見かけるようなインペリアルもその場にいた。共通しているのは、みな戦装束に身を包み、武器を身につけているということと、右手の中指に黒い石の付いた指輪をしていることだけだった。

 

 重い空気が落ちている場に踏み入れるものがあった。身長は高いが、肉が付いていない。細長い体を、暗い色のローブで包んでいるその人物は、いまにも夜に溶け込んでしまいそうな静謐を我が物としていた。

 

 大剣を持つ――お頭と呼ばれているならず者たちを束ねる男が口を開いた。

「……首尾を聞こうか」

「お前たちの協力で、ことは計画通りに進んでいる。この調子ならば刻限に間にあうことだろう。」

 黄金の髪と肌をもつ魔術師が、世界すべてを嘲笑うような歪な表情で告げた。

「お前たちの望みも叶う。この私が保証しよう。お前たちこそ、私の要求を満たせるのだろうな?」

 

 その声はあまりに沈鬱で、何も知らないものだったのならば、とても豪奢な黄金のエルフの口から発せられたのだとは、いや、生きている人間の喉によって生み出される音だとは信じられなかっただろう。

 ただし彼の目には、その声の印象とは不相応な業火が宿っていた。

 

 頭はその目を正面から見据えた。

「女だろう? 用意したぞ。まったく、やっと当たりをひいた」

 

 彼はそばに控えている男に指示を出した。

 すぐさま男はその場から去り、戻ってきたときには後ろに三人を連れていた。

 大きな2つの人影に小さな少女が引きずられている。これまでに散々抵抗したのだろう。めかしこむ筈の年頃の少女の髪は散々に乱れていた。

 

「傷などつけていないだろうな。あれは大事な……」

「そっちの要求どおりだ。傷物じゃない女」

 倦怠を滲ませる動作で手をふる男に、そうか、と異種の魔術師が頷くと少女に顔を寄せて、細く筋張った手で少女のおとがいを掴み、上向かせた。

 

 魔術師の炯炯と輝く緑色を帯びた金の瞳が、少女を捕らえた。

「なっにすんのよ! この長耳野郎!」

 少女は唯一自由な足で魔術師の顔を蹴り飛ばした。エルフ種の男は勢いを殺して後頭部から倒れるのをなんとか阻止する。

 突然の反抗に、両脇の男が少女を地面に押さえつけ、静かだった辺りが騒然とする。頭の男ですら面白そうに事態を観察していた。

 

 そのときだ。不気味な笑い声が魔術師の唇からこぼれた。踏み荒らされた雪面に膝を突き、両腕をたらして、うつむいた顔からたれる髪の間から、痙攣するように、ふ、ふ、と息が漏れている。

 

 たしかに笑っている。笑っていると分かるのだが、その声が先ほどまでと変わらない暗然さを宿しているのだ。

 

 あまりの不気味さに、一同はふたたび沈黙した。

 ひとしきり笑い声を漏らすと、魔術師はおもむろに少女に手を伸ばした。

「なにすんのよっ! はなして、はなせっ!」

 傷つけられことはないとわかっているのか、いないのか。

 少女は気丈にもふたたび声を上げて、腕を自由にしようともがく。だが努力はむなしく、実ることはなかった。

 

 魔術師はいまだその顔に笑みを貼り付けている。

「ああ、その気高さよ。それでこそ我が主の娘にふさわしい」

 気味が悪い。

 声と表情と瞳と、そのふるまいすら。すべてが噛み合っていない。

 魔術師の手のひらで両側から顔を抑えられて、少女は背筋を振るわせた。

 魔術師の男の口から低い詠唱のささやきが零れ落ちた。

 

 

 

 少女は自分が毛皮の上に横たわっていることに気づいた。

 目尻が凍り付いている。私は泣いていたの? 自分の頬を手で撫でてみたが、その理由は思い出せない。

 灰色の毛皮から体を起こして、パリパリと音のしそうな睫毛をほぐし、なんとか目を開ける。

 

 長く閉ざされていた目はすぐに暗がりの中にもいろいろな物が置かれていることを捉えた。

 さっと辺りを見回す。山賊たちはいない。

 思わずほっとしてもう少し余裕を持って周囲を見渡した。

 

 少女が横たわっていたのは天幕の中だった。

 広さはヘンリクの酒場の広間と同じくらいある気がした。薄ら明かりが風ではためく幌の隙間から差し込んできて、はっきりと置かれている荷を見ることが出来た。

 木箱は直に雪の上におかれている。しかし透明なビンや内側から光を発しているような不思議な器具の数々は、毛皮や絨毯の上に丁寧に安置されていた。高価なものなのだろう。

 

 辺境の雪原にこんな高価な品物の持ち主がいるはずがない。天幕も裕福な旅人の所持品なのだ。

 どこから盗んできたのか、少女は疑問に思って首をひねった。そして直前に会った不気味な魔術師を思い出した。

 あいつのものに違いない。

 

 村から連れ出され、屈強な男にまるで荷物のように扱われ、さらにそれがハイエルフの魔術師の要求だったと知ったのは、少女にとって不愉快な事実だった。

 しかも顔を抑えられて金色の目をみた後の記憶がなかった。

 明らかにおかしい。いったい自分が何をされたのかが分からない。胸の内にはそんな不安も確かにあった。

 

 しかしそれよりももっと、腹の底から湧いてきた感情のほうが少女にとって重要だった。

 この天幕の中のものはあいつの持ち物か、そう考えると途端周りのものが憎らしくなってきて、今すぐ幕に使われている布を切り裂いて、ガラスや繊細な魔術の器具を叩き壊して、何もかもめちゃくちゃにしてやりたかった。

 少女は自分の気持ちに従って、すぐそばの木箱を蹴飛ばそうとした。

 

 ところが少女の足は箱を蹴るために伸ばすことができなかった。

 ギャリと金属がこすれる音が聞こえ、少女の足を後ろから押さえるものがあったのだ。少女の足首に見慣れぬ黒い固まりが付いていた。

 枷だった。

 

 天幕を支えている中央の柱から鉄の鎖が延びて右足の足首に繋がっている。周りに人がいなかったのはこれが理由だった。少女が逃げ出さないように見張る必要もなかったのだ。

 鉄の枷を少女が引きちぎれるか。天幕の柱を倒せるか。

 どちらも否である。

 

 しばらくの間、少女は鎖を引っ張ったり、足を鉄の輪から引き抜こうとしてみたり、はたまた足輪についている小さな錠前に挑戦したりしたが、鉄の鎖はびくともしなかった。

 

「ねぇ、何をしてるの」

 少女がそんなことをしているとき声をかけられた。天幕の入り口から小柄な影が入ってくる。ナダはそれを無視して鎖をひっぱった。

「そんなことしても、それを外すのは君には無理だと思うけど」

 その小柄の影の言うとおりだった。

 魔法が使えればもしかしたら可能性はあったのかもしれない。しかしなんの特別な力も持たない子供の力では、鉄のかせをはずすなどということは出来ないことは分かっていた。

 それでも、諦めるというの少女の小さな矜持が許さなかったのだ。

 

「はい。食事を持ってきたよ」

 少女がそんな思いを抱いているとも知らずに、フードをかぶった子供は少女のすぐそばにパンを添えたスープの皿を置いた。そして少女が木箱の上に登って少女が見下ろせる位置に陣取ると、彼は自分自身の食事を始めた。

 

 ナダはその様子をじっと見つめていた。

 こんなところでなかったら、この子供の持ってきたパンになにも思わずにかぶりついただろう。食事を持ってきたこの少年は、ここにナダを連れてきた連中とも、あのなんだかおかしな様子の魔術師とも違って、いたって普通の村にいる子供のように接してきた。けれど、こんなところで普通の子供のようにしていることが逆に警戒心を抱かせた。

 

 暗がりでみる少年の体格はナダと同じくらいか、それより少し幼いかというほどの大きさで、すっぽりと頭を覆うフードのせいでどんな顔をしているか判別することは出来ない。

 顔のみえない相手だということが、さらに少女の胸のいらだちをかき立てた。

 

 ナダの頭の上から無遠慮な声が降ってきた。

「食べないの?」

 少年にそう言われると、急におなかが空いてきたような気がしてきたが、ナダはそれでも手をつけなかった。

「あんたたちの食べ物なんか、食べれるもんか」

「君がそう言っても、僕は君の世話をしろってマスターに言われてるんだよ」

 

 少年は困惑をにじませてため息をついた。

「それに、君って、昨日一日筋肉だるまに担がれてなあーんにも食べてないって聞いてるけど、ノルドはそれくらい食べなくても平気なの?」

「・・・・・・そんなわけないでしょ」

「だよね! 君らがそんな化け物だったら僕ら、困っちゃうよ」

 少年は、あ、と思いついたように声を上げた。

「もしかして、パンとかスープは食べないのかな? ボズマーの彼らみたいに生肉がよかった?」

「バカ言わないで! それ、食べるわ」

 

 啖呵を切った勢いに乗ってナダはパンを手に取って豪快に口に入れた。

 パンはいままで想像したことがないほど柔らかかった。辺境の村人が常食するような硬い黒パンではない、白くふわふわとした幸せの味がした。

 少女がおもわず口元をほころばせると少年は小躍りしそうな雰囲気を漂わせた。

 

 馬鹿馬鹿しい質問を大真面目な表情で聞く。人質が食事を食べたことを自分のことのように喜ぶ。なぜ自分のことをこんなに心配するのだろう。少年に対してナダは困惑していた。

 ナダの村は身代金が取れるほど裕福ではないし、そういう目的で連れ去られたわけではないということは嫌でも分かっていた。

 

「あんた、私を連れてきたあいつ等と感じが違うけど、やっぱり仲間なの?」

「仲間? 協力者だよ。もしくは利害が一致しているだけともいうね」

 少年の様子は一変して、実に心外と言わんばかりに不機嫌になった。

「マスターがあいつらが必要だって、我慢しろって言うんだ。師匠に言われたら僕は従うことしか出来ないよ」

「仲間? 協力者? あいつらと手を結んで何か悪さをやってるっていうんでしょ。どう違うのよ」

「君の言うとおりだ。でも僕としては、違うんだよ。まぁ君にとっては一緒かもね」

 少年が微笑したのが口調から分かった。水底から響いてくるような声の深さにナダはどきりとさせられた。

 

 わけの分からない気持ちの揺れを振り払うように、少年の持ってきた食事を平らげて皿をつきだした。

「とりあえず、ご飯はおいしかったわ」

「口にあったみたいでよかったよ」

 突き出された皿を前に、少年は本当に嬉しそうに笑った。外見相応の笑顔だったろうとわずかに見える口元から想像できた。こういう姿を見てしまうと、安心してしまいそうになる。

 

「マスターはあんな感じで、まともに話が通じてるのかよく分からないし、山賊みたいなあの連中も酒を飲んでは武器を振り回してるばかり。ここに来て僕の料理を誉めてくれたのは君が初めてだ」

 

 自分を傷つけるものには容赦はするな。傭兵を生業とする村の老人は、将来の新兵にそう教えこんでいた。とはいえそれは腕っ節や剣の話で、朗らかに人質に話しかけ、身内のならず者の態度を避難し、ときには自身の師匠にまで舌鋒を向けるような敵にどうしたらいいかなんて教えてもらっていない。

 やっかいな相手だ。少女のノルドの戦士としての心構えが告げていた。

 少女は、とりあえず情報の収集に専念することにした。

 

「マスターって?」

「ほら、アルトマーの魔術師だよ。君も会ってるだろう? あのなんともいえない不気味な男さ。アリノールの方ではそこそこ有名な人なんだ。とはいえ僕は弟子になってからそう経ってなくてね。うまくやっていけるかはまだ分からないな。雑用ばっかりさ」

 アルトマーとはハイエルフが自分たちを呼ぶのに使う言葉だ。

「あなた、ハイエルフなの?」

「あれ、気づいてなかった?」

 

 少年はその場でフードをはずしてみせると、明かりの魔法を使った。

 薄暗かった天幕が白い光体に照らし出される。

 そうしてやっとはっきりノルドの少女に少年の姿が見えるようになる。

 人間(men)と比べると長くとがった耳が顔の両脇でそりかえっている。髪も肌も金。それは彼がハイエルフであるれっきとした証だった。

 

 ハイエルフは敵だ。帝国の。スカイリムの。そして遠い父祖の。

 ナダはとっさにそう思った。

 なんでこんなところで山賊の仲間になっているかはわからない。

 しかし、ナダはノルドだった。もうおぼろげにしか覚えていない彼女の両親も、話にしか聞いたことのない祖父母もみなノルドだった。

 祖先の誉れを汚すような態度をとることはできないと自分を叱咤する。

 

 ナダはさらに慎重になって会話を続けた。できるだけ敵意を表に表さないように。

「ふーん。それであいつらとは感じが違ったのね」

「あれ、君は僕を罵ったりはしないのかな」

「なんでよ」

「普通のノルドは僕らの姿を見ると、耳長って言って避けていくんだ」

「仕方ないと思う。だってあなたたち、白銀協定で私たちに何をしたか忘れたの?」

 白金協定で禁止されたタロスの崇拝。取締りに乗り込んできたサルモール。

 ノルドのスカイリムにとって大打撃だと大人の誰もが話していた。

 

「ま、そうだけど。君は?」

「ハイエルフなんて、見るのも初めてだもの」

 そう言うと少年は何がおもしろかったのか、声を立てて笑った。

「僕らは数が少ないからね。大戦でもっと少なくなっちゃったし」

 

 ナダはぎょっとした。ノルドの少女に対してハイエルフの内情を話してしまうなんて、敵にしていいことじゃない。

 少女はハイエルフを敵と考えることに何の疑問も感じていなかった。

 

「そんなこと、ノルドのわたしに言ってもいいの?」

 少女は朝焼けの海に臨む挑発的な表情をしていた。それを横目で見て、たいして気にもせず少年は言ってのける。

「知ってる人は知ってると思うよ」

 そして、君、その顔の方が魅力的だね、と少女に親しげに手を振ると、軽い足取りで天幕を去っていった。

 軽くあしらわれたのだ。そうと分かると少女の胸にはひどい敗北感が生まれた。

 

 

 次の日の朝も少年が食事を持ってきた。昼も、そして夜も。

 少年と少女は顔を合わせるたびに他愛のない言葉のやり取りで互いをつつきあった。

 どんなにナダが揶揄しても、いったいこの天幕がどこにあるのか、彼らが何をたくらんでいるのか、少年は一向に口を滑らせなかった。むしろナダの方がやり返され、少年の一言に顔を赤くしたり青くしたりと散々な目に会う羽目になった。

 

 夕餉を終えて少年がいつものように天幕を去っていってからしばらくした頃だ。

 外がにわかにうるさくなり、大人数の足音と怒声が近づいてきた。

 いったい何の用事でやってくるのか知らないが、どうやら今度の客は先ほどの少年とは違ってならず者連中の一員らしい。

 ナダは毛皮の上に身を横たえて寝ているふりをした。

 

 遠慮もためらいもない足音がして、天幕に何人かの人が入ってくるのを全身で感じる。声のする高さから大人だろうと分かった。

 獣くさい。毛皮の鎧か。

 それとは別に金属の擦れる音と錆びた匂い。剣と血。

 

「おい、こいつは縛っとくか」

「放っといても逃げらんねぇよ。その辺に転がしておけばいいだろう」

 どさりと何かが落とされる音がした。

「ほんと、手ぇだしちゃならねぇってのがたまらねぇなぁ」

「町に降りて花でも買ってこい。それか内輪で相手を探せ。なに、それともこっちか? 俺の槍でも磨いてみるか?」

 勘弁してくれ、窯がいいに決まってんだろ、という男の声。女の、お前なんかこっちからお断りよ、という笑い声。他にも様々な不愉快な音が頭上を通りすぎていく。

 彼らが天幕から去ると、少女は起きあがって運ばれてきた荷物の正体を見た。

 

 黒髪の女だ。ほとんど何も身につけていない肢体が雪の上にぐったり横たわり、おざなりに手当された傷口から雪面に血が滴り落ちている。血潮が雪を溶かしていくさまが、その体がいまだ熱あるものだと示している。

 ナダはそっと近づいた。女に手が届く前に右足に付けられている鎖が延びきってしまい、傍から様子を確認することはできなかった。

 

 天幕のまわりからあの下衆な連中がいなくなっていることを願って、ナダはそっと小さな声を投げかける。

「ねぇ、ねぇったら」

 わずかに呻き声が少女の耳に届いた。

「うぁ・・・・・・あ」

「お姉さん! 起きて、お願い」

 村から連れ出された夜からずっと忘れていた。ぎゅっと胸がつまり目頭が熱くなる感覚。ナダの瞳から涙がこぼれそうになったそのとき、女は少女の方へとなんとか身返りをうった。血の気を失いすぎて女の顔は真っ青だった。

「ああ、ルークの、そんな、こんなこと」

 唇を震わせてやっとそれだけを口にすると、そのまま気を失った。

 

 いくら天幕があるとしても、このまま放って置いては体の芯から凍りついて死んでしまう。

 ナダはこの場で味方になってくれるかもしれない唯一の存在を、どうにかして助ける方法を考えなければならなかった。

 

 

第4紀196年 暁星の月19日(1月19日) ウィンターホールド地方

 

 

 アンソール山、ウィンターホールド側の登山道入り口に人が立っている。

 白い大地に吹き付ける風があたりに散らばる赤い氷を巻き上げて遠くへとさらっていく。

 遠く遠く太陽の燃える青い天上まで。

 

 顔を打つ氷のかけらが暖かな色に輝いていることでグスルは夜がすでに明けていることに気づいた。武器を握っていた手は固まってかじかみ、身形はひどい有様だろうと言うことが想像しなくても分かる。

 

 長い夜だった。

 二人で敵を引きつけアンソール山の麓方向へと撤退した。相手の隊列が長く延びたところで先頭の人間を手に持ったメイスで潰す。グスルはひたすらそれだけを繰り返しながら山を下った。そうしてなんとか生き残った。

 

 いまやグスルは一人だった。気がついたときすでに援護の矢はなく、それが指し示す事柄は明白だ。

 若鹿のようなあの女にはもう今世でまみえることはあるまい。せめて彼女がショールの目にかなう恐れなど欠片もない勇敢な死に様を遂げられたならばよいと、彼は両腕を掲げて瞑目した。

 

 ルークとオイアヴァールはどうなっただろうか。

 槍使いは長い動乱の時代をも生き抜いた知恵者だ。勝ち目なしと見ればすぐに引く度量を持ち合わせている。

 だが、たとえ彼らが無事であったとしても、戦場ともいえるこのアンソールの山中で再びあいまみえることが難しいことは、多くの戦いを知っている男にはよく分かっていた。

 

 敵は多い。

 儀式を行うはずの魔術師の姿さえ確認できていない。

 もはや使命を果たすことは困難極めるだろう。薄氷の上を目隠しをして無事に渡りきるよりも難しい。

 己の命をどう扱うことが最善となるのか。

 グスルは心を決めかねていた。

 

 そのとき、遠くに人が見えた。

 朝焼けが雪で煙る中、そのまぶしいほどのきらめきの向こうから人が歩いてくる。

 ステンダールの番人である男はただ立って、だんだんと影が大きくなっていく様子を見ていた。

 なぜだか、北の大地に吹く風が、寒さに耐性のあるノルドである男の身にしみた。

 背筋がぞっと粟立つ。

 

 賭けるのは男の命ひとつ。

 

 あれがただの旅人ならば番人としての義務を果たし、盗賊ならば戦うのみだ。

 だが、ウィンターホールドの衛兵であればまだ目はある。

 

 

 はたして、カイネはグスルに微笑んだ。

 

 




 アリノール
ハイエルフの母国。タムリエル大陸の西南に位置するサマーセット島を主な領土としている。アルドメリ自治領と言う場合は、大陸の南のヴァレンウッド、エルスウェーアを含めた地域を指す。

 ショール
ショールの髭にかけて!でみなさまご存知の神。ロルカーンの別名としても知られる。この神については諸説あり、エイドラであったりデイドラであったりと種族によって扱いは様々である。長くなるので興味のある方は(ry。ノルドの神話においては主神の立場にあり、ゲーム中ではソブンガルデに迎えられた戦士達を取りまとめている様子がうかがえる。
ゲーム本編ではご尊顔を拝することはできない。なんでも定命のものには姿が見えないのだとか。

 カイネ
ノルドの嵐の女神。ショールの伴侶。ただし未亡人。人間には手の及ばない自然の理不尽さの側面を司っているのではないかとの推測が有志によってなされている。エイドラの一柱、九大神にも数えられるキナレスと同一視され、帝国の国教のキナレスとしては天候や自然、動物の守護を司るお方。狩人や農民が主に信仰している。

Uwe > スカイリム半分くらい滅ぼすまでガンバルヨ


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1-6.儀式座の夜 1

 風にさらされ色あせたローブを血に染めて、その男は立っていた。

 周囲には頭を潰された骸。間違いなく右腕のメイスによるもの。

 噴き出した血糊が日暮れの空よりも赤く雪上を染め上げて、点々と黒い花を咲かせている。

 

 ショーはゆっくりと、互いの顔が認められる距離にまで近づいた。それでも男は動かない。見覚えのある黄色の布地に辛うじて気が付き、だが剣の柄から手を離さないままに立ち尽くす男に向けて声をかける。

「ステンダールの番人か?」

 

 男の灰色の瞳が、ショーの上で焦点を結んだ。

「おお、 そうだとも」

 疲れのにじむ声だった。

「おぬしは?」

「賞金稼ぎだ。 賊どもの件で首長に遣わされた」

 ようやく相手が敵でないという確信に、両者ともやっと武器から手を離した。

 

 この男が例の連中を始末してしまっていることを、ショーは期待した。そうであるなら、さっさとウィンターホールドからおさらばできる。だが彼にとって期待とは裏切られるものだった。ノクターナルに嫌われてでもいるのか、運というものはいつも彼に味方しない。

 

「・・・・・・ふむ。 そのことについてそちらの衛兵のお方とも話がしたい」

 後ろの岩影から、ダークエルフの女衛兵が弓をおさめながら現われ、ローブの男の前に立つ。

 

「ステンダールの番人の方。 いまいましい山賊どもと戦われたようですね」

「そうだ。 一人の仲間を失い、 二人の仲間とはぐれた。だがいまだ連中は山中に根を張っている。 協力を頼みたい、 アズラの使徒よ」

「こちらこそ協力をお願いします、 ステンダールの灯を掲げる方。 悪しきデイドラどもをも狩るともいう番人が苦戦する輩。 少しでも力を合わせねば勝てる相手ではないでしょう」

 

 衛兵はあたりの様子を確かめると、男二人に提案した。

「この場を離れましょう。 獣が血のにおいに引かれてやってくる前に」

 

 この女について行けば数の多い賊を相手にせねばならなくなる。それでもショーは黙って衛兵に続いた。

 ただの山賊相手にステンダールの番人が出張ってくる、などという話はショーは過分にして聞いたことがなかった。間違いなくデイドラに関するなにがしかの事情が絡んでいる。彼が追うのはデイドラの信者か、召喚された生き物か。

 

 あるいは、それが魔術師であれば――

 

 泥沼の中で探し続けているものが見つかりそうな予感。希望とも絶望ともいえぬ、得体の知れない感情が、ショーの胸に燈った。

 

 

第4紀196年 暁星の月19日(1月19日) ウィンターホールド地方

 

 

 夜に女が担ぎこまれてから、少女は懸命に考えていた。

 枷で女まで手は届かず、血止めができそうにないのだ。流れ出ているのは命にかかわる量ではなさそうだが、スカイリムの冬夜は厳しい。凍てつく空気が女と少女の体を凍えさせていた。

 外から聞こえてくるのは、轟々と唸る風の音と酔った人間の笑い声。

 ふと、ナダは村の夜が恋しくなった。

 

 冬の寒さに負けずに杯を傾ける老人たち。海の荒々しさと戦場の風を感じさせる先祖の古い唄。ところどころ話を拾いながらヘンリクの頼みでテーブルに酒と料理を運び、いつもカウンターからこちらを見ているルークに微笑む。

 ナダの両親が死んでから、それが彼女の日常だった。

 

 スノーコーストは傭兵の村だ。頑健な大人はみな戦場へ行く。彼らは雪の降り初める秋の終わりに村を旅立って、下草の青い夏の終わりに帰ってくる。

 少女の両親は旅立ったまま帰ってこなかった。それからは夏が来るたびに、暇さえあれば村の境に立って、道行く旅人の顔を確認した。

 ある年、ついに配達人がやってきて、両親の死を知らせる手紙渡されたのだ。

 

 紙一枚。消息の知れない人間が、死んだと分かっただけでも幸運なことだ、と酒場の主はナダをなぐさめてくれた。こんな時代だ。身内を失うことは珍しくはない。

 それでも身内を失い、ヘンリクにひきとられたナダの肩身は狭くなった。まるきりとはいえないが、変わってしまった村での立場に慣れるのは少しだけ時間がかかった。

 

 剣を手にして老人と打ち合うのに慣れ、試合でとうとうルークに勝利し、酒場では給仕だけでなく、料理や部屋の手入れを任せてもらえるようになったころ、村で長老と呼ばれていた老人から魔法を教えてもらった。それまで分別の付かない子供には教えられないから、と断られて続けていたことだった。

 

 小さな魔法であるならよほど才能が無いものでもない限り、誰でも使うことができるのだから、仕方ないことかもしれない。魔法は危険なものだという自覚と危険なものを扱う責任、そしていったい何のために使うのかということ。それは剣をふるうときも考えなければならないことだ。

 

 この傷ついた女のためにも、いまここで魔法を使うのは間違っていない。そのはずだ。

 右手に拾い上げた松明を、左手にマジカを少し集めて、少女は呪文を紡ぐ。

 

 ――HO APRA YRJ

   火よ、顕れよ

 

 ナダにできたのは、女の体を冷やさないようにすることだった。天幕の中の温度を下げないように、火炎の魔法でたくさんの松明に火をつけて、小さな焚き火を作り出し、手に届く限りの場所にある毛皮を女の上に放り投げた。治癒魔法は自分自身にしか使うことができない。使うだけマジカの無駄になるからだ。

 

 そこまでやり遂げると、慣れない虚脱感が襲ってきてナダは膝に顔を埋めた。少ないマジカを使いきった反動だった。

 少女の前では火が燃えていた。積み上げた松明が崩れて、小さな破裂音のあとに、光が跳ね上がる。

 いつか――もう一度村に。

 かすむ思考にそんな想いがよぎる。そして、積もりに積もった疲労に、少女は眠りに落ちていった。

 

 目が覚めたナダの正面に転がっている女の胸は、まだ上下していた。そのことに安堵していると、憎らしいことに、きちんと三人分の食事を持ったハイエルフの少年が朝の天幕に現れた。昨晩この天幕の住人がひとり増えたということを、如才なく把握していたらしい。

 少年はナダにスープの入った椀を手渡す。そのあと毛皮を捲って女の様子を観察していたが、すぐに興味をなくしたように木箱の上に跳ね上がって、いつものようにしゃべりながら食事を始めた。

 

 そして、無言でじっと女の目覚めを待っているナダに向かって言い放った。

「ねぇ、そんな奴、 放っておいて僕と話をしようよ。 そっちのほうが面白いよ」

 こいつには、ナダにはできなかったことができるはずなのに。女の怪我を治すことが。

 なぜ怪我を治さないのかは理解できる。けれど、ほがらかににしゃべりかけてくる少年にたいして苛立ちが募る。

 

「何を」

 視線は動かさず、ナダは掠れた声で叩きつけた。対してハイエルフの少年はくすくすと笑う。少女の感情をさとったようだ。

「その人、 どうしてここにいるか知っている? 知りたくなぁい?」

 悪戯じみた声音だった。

「本人に聞くわ」

 

 即座に切り返したナダに、少年はおかしそうに肩を震わせると、

「そ。 その人、 ちゃんと目が覚めればいいね」

 と言って、空いた皿二つ、食べられた形跡のない皿を一つを持って、天幕を出て行った。

 

 真昼を少しすぎたころ、師匠に用事を言いつけられたという少年はまたも天幕を訪れた。

 囚われの身になっている人間が二人に増えてから、このハイエルフの少年の舌は更にせわしなく動くようになった、とナダは思う。無視すると木箱の上に陣取った彼は、膝に頬杖をついて足をぶらつかせて口をとがらせる。天幕の中ではフードをかぶらなくなった。

 あまりにもくだらない理由で間も空けずにやってきて、本当は監視役なんじゃなかろうか、と疑いながらもだんだんと相手をするのも面倒になっていた。

 朝からもうこの顔を見たのは何度目だろうかと、ナダがうんざりとしているところに、唐突に質問を浴びせられた。

 

「ねぇ、 君っていつが誕生日なのかな」

 少年は木箱の一つを覗き込んでいた。乾燥した葉や蟲の一部など、何に使うのかよく分からないものを手にとって、いちいち検分してから肩から斜めにかけた鞄に詰め込む。

「僕は黄昏の月の生まれ。 精霊座のもとに生まれたんだ。 アルトマーで精霊座って、 すごいでしょ? もう、 家中の皆が魔術師にするようにって僕を育てたんだ」

 それで、あんな魔術師のところに修行に出されちゃったんだけど、と少年は肩をすくめ、無邪気に問いを繰り返した。

 

「ね、 それでいつなの?」

「収穫の月よ」

「そっかぁ。 ノルドの戦士にはぴったりだ」

「どうして?」

 少年は、収穫の月の生まれの人は、大概の者が戦士座の加護を受けているのだ、と嬉しそうに解説した。

 戦士座の加護のことはナダも知っている。だが、聞いたことのある話とは随分と違う。

 

 戦士座の加護を得るには、戦士の石碑という場所に行って武運を祈る必要がある。ノルドの戦士として生まれたならば、一度は行っておくべきだという。なぜなら、あらゆる近接武器の使い手として大成できるからだ。

 それは生まれながらにして与えられるようなものではない。

 

「そういえば、 今は儀式座が優勢なときだよね」

「星座には詳しくないの」

 ナダの星座の知識は村の老人たちが話していたものばかりだ。みんな、戦士座はよい。まあ精霊座でもかまわんかもしれんが、と言うばかりで、他は聞いたことがなかった。

「そうなの? 教えてあげようか?」

 

 ここで知らないといえば滔々と口から解説が流れ出すということを、これまでの失敗からナダは学んでいた。かといって、無視するのも問題だった。僅かばかりとはいえ、陣容をこぼしていく少年を無碍にすることはできない。

 それでも、話をするたびにこの調子で、少年の前では自然と口数が少なくなってしまう。ならば、とにかくしゃべらせておくことだ。

「じゃあ、 お願い」

 ナダは興味のない部分は聞き流すことにした。

 

 ここに連れてこられてから、いくつか分かったことがある。

 一つ、全員が何かの目的を共有して動いているらしいこと。何度となく耳にした、儀式と言う言葉。高価な品もナダも、みんなそのための道具らしい。

 一つ、このならずものたちの集団はスカイリムのあちこちから集めた連中で、頭と呼ばれている男が統率をとっている。それでもやはりもめ事が絶えず、外では怒声が聞こえていないことのほうが少ない。

 一つ、魔術師は師と弟子がどうもかみ合っていないようであること。この少年が普通の村の子供のような態度をとるのに対して、あの魔術師は正気であるのかないのか確認したくなるような有り様だった。だからこの少年がナダのところへとやってくるのだろうと思う。

 

 何か大きな問題が生まれたら、きっとこの共同体は恐ろしい勢いで崩壊する。そんな危うい天秤の上にこの集団は保たれている。そしてきっと、あの夜より無法に、周囲の村や町を荒らして回るのだ。ナダには、その様子が簡単に想像できた。

 

 そんな調子の彼らが、協力して成し遂げようとしていることはいったいなんなのだろうか。スカイリムの荒くれ男や怪力女が恐れ、手を出そうとしないアルトマーの魔術師師弟は、いったい何をしようとしているのだろうか。そこが分からない。

 魔術師がやりたい放題に人を使ってもやつらは文句をこぼすだけだ。少年も、あいつらと同じだ。師匠についてナダに文句を言っていくだけ。

 肝心なことは誰も話さない。

 

「ねぇ、 聞いてる?」

 ナダがうわの空でいたことが少年にばれてしまったらしい。彼は不機嫌になって眉根をよせていた。

「もう全くこれだから他の種族って、 やになっちゃう」

 彼はいかにもハイエルフらしい、傲慢な文句をついた。

「もう充分話したでしょ。 あんた、 師匠に言われてた仕事はいいの? なんか持ってかなきゃならないんじゃなかった?」

「あ、 そうだった。 忘れるところだった」

 

 少年はやはり話し続けながら作業を再開し、そして嵐のように立ち去っていった。

 まったく、会ってから一日でなんて様だろう。

 その感想がナダ自身に対してのものなのか、ハイエルフの少年に対するものなのかは、彼女の胸中でも判然としなかった。

 

 

 もうすぐ日が暮れる。天幕の入り口の布がはためくたびに、わずかにのぞく外の雪面が西日で赤く色づいている。結局ナダの考えは何も片付かないまま、一日が過ぎようとしていた。気温がぐっと下がり、今晩はどうやって暖をとろうか、と少女が考えを巡らせ始めたころ、毛皮の下からうめき声が聞こえた。

 

「お姉さん?」

 女は身をひねって、夢見るような表情でゆっくりとしばたく。見覚えのある少女の不安げな顔に、女は思わずといった風情で呟いた。

「ああ、 ここはソブンガルデかい」

 傷からくる熱が体を苦しめているはずなのに、女の言葉は明瞭だ。

「残念だけれど、 ここは賊の根城よ」

 ナダのこの言葉に、そう、と女は応えた。顔に落胆の色が浮かび、すぐに心の下に覆い隠された。

 

「名前はなんていうんだい。 あたしはヒルドだ」

「ナダ」

「変わった名前だね」

「ノルドの人にはよく言われるわ。 でも気に入っているの。 希望という意味なのよ。 私の両親が、 遠くの国の言葉からとったんだって。」

 二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。呑気な話題が心をほぐしたようだ。双方それなりに落ち着いている。

 

 話が出来ると分かると、ナダは昨夜から気にかかっていたことを問いかけた。

「ヒルドはルークを知っているの?」

「スノーコーストの少年かい。 ああ、途中まで一緒だったんだ。 あんたはスノーコーストのナダで間違いないね」

 ヒルドにも疑問があったらしい。彼女の誰何にナダは正直に答える。

「そうよ。 わたしがスノーコーストのナダ」

 そしてわずかに躊躇した。

「ヒルド、 途中までルークと一緒だったって、 どういうこと?」

「ルークが、 あんたを助けに来てる」

 なんてことだろう。ナダがならず者の手に渡ったことで、みんな無事にすむはずだったのに。

 ここには大勢の悪漢とハイエルフの魔術師がいる。とても手に負えるものではない。

 

 少女の思案顔に気を利かせたのか、ヒルドは付け加えた。

「あたしは、 捕まってしまったけど、 ルークは大丈夫さ。 ステンダールの番人の中でも一番の魔術の使い手がついてるから」

「ステンダールの番人? ヒルドは番人の一員なの?」

「そうさ」

 ヒルドがぎこちなく体を起こし、木箱のひとつに体を預けようとして、手を滑らせる。

「お姉さん、あまり雪に慣れてないのね。生まれはどこ?」

「これでもちょっとは雪の上には自信があったんだけど。……ホワイトランだよ」

「ドラゴンズリーチや大きな市があるところ? 一度行ってみたかった」

 アンソール山と同じくオラフ王の詩歌に詠われるドラゴンズリーチ。スカイリム、陸の要衝ホワイトラン。ナダは凍りついた毛皮の上で、ありとあらゆる旅人が集まる賑やかな都市を想像した。

「諦めたらいけないよ。 いつでもいけるさ。 ここから逃げ出したらね」

 

「できないわ」

 ステンダールの番人といえばデイドラを狩る者たちだという。その彼らが近くまで来ている。そして、ハイエルフの魔術師と彼らが口走る儀式という言葉。少女の中で一つの推測が成り立った。

「だめ。 逃げられない。 逃げたら父祖に背を向けることになる」

「いくらあんたがノルドでも、 まだいっぱしの女にも、 戦士にもなってない奴がそんなこと言う必要はない。 ここは戦場じゃない、 ただの山賊の根城だ。 誇りも信念もないような奴らに真面目に向き合って、 こんなところで命を無駄にするんじゃない」

 

「違うの、 そういうわけじゃない、 ただの山賊じゃないの。 耳長が、 ハイエルフの魔術師があいつ等を使ってる」

 一刻も早くナダは知っていることを口に出そうとして焦った。

「ここは魔法使いの儀式場なのよ。 わたしはあいつがスカイリムで何かしようとしてるなんて許せない。 だから……」

 その先は続かなかった。どうしたら中身も分からない企てを止められるのかなど、少女の頭の中にはなかったのだ。

 

 一方、ヒルドはナダの言葉を聞いて唖然とした。

「なんてこった」

 当たりを引いてしまった。

「ナダ、 あんたは逃げなきゃならない。 あたしのためにも逃げてもらわなきゃ」

「どうして」

「あんた、 その儀式の生贄なんだよ」

 

 ナダが儀式の生贄になるとオブリビオンへの門が開かれるのだと、ヒルドは簡単にあらましを少女に説明した。それを聞いてナダは悄然としてうなだれた。

 オブリビオンの門が開かれる――それは恐ろしい災害をふりまくということだ。村から一日ほどの距離にあるこの場所でそんなことが起こったら。

 村人のためにナダがここへ来たことは、やってはいけないことだったのだろうか。儀式の生贄にされてしまえば、むしろ村へ被害をもたらすことになってしまう。でも、もしあの場で誰も名乗り出なければ、村は炎で焼かれていた。

 

「いいかい。 いまから枷を壊すよ。 そうしたらとにかく山を降りるんだ」

「うん」

「山を降りたら、 どこでもいいから村や街に駆け込むんだ。 衛兵を頼るのもいい」

「うん」

「道を外れるんじゃないよ」

「うん。 ヒルドは」

「一緒には行けない。 この怪我じゃあんたの足を引っ張っちまう」

 無傷のナダと、失血と熱で動けないヒルド。体格の差こそあれ、二人でこの場から逃げ出そうというのは無理なことだ。少女よりも経験が豊富な女戦士は、的確に二人の可能性を見て取っていた。

「諦めるの」

 それでも言葉がナダの口をついて出た。

「まさか」

 くしゃりと顔をゆがめて笑ったヒルドの炎の魔法は、正確にナダの鉄枷を破壊した。

「あたしはあたしでどうにかするさ。 だけど、 あんたは一人で行くんだ。 いいね」

 ナダは毅然とした顔でステンダールの番人へ頷いてみせて、天幕を忍び出た。

 

 どんな酷い目にあうことになろうとも、せめて最後まで強気で、誇り高くいようと思っていたのに、ヒルドは逃げろいって、少女だけを逃がした。それが魔術師を妨害する最高の手段だった。だが、ここで敵に背を向けて逃げ出すのか。

 しなければならないことと、ノルドとしての誇りが少女の中でせめぎあう。

 

 自分か、村の人々か。

 大勢の命か、連綿と受け継がれてきた誇りか。

 何を選ぶべきで、もしくは選ぶべきでなかったのか。

 分からない。

 いったいどうするのが良いことで、正しいことなのか、ナダにはもう分からない。

 それでも、同胞の女から与えられた機会を無駄にしないために、そっと星空の下を歩みはじめた。

 

 

 

 簡素な台座が置かれているだけの高台の上に細いローブ姿の魔術師が立っている。前方は崖。そして雪原を覆う暗闇が視界を埋め尽くす。

「様子はどうだ」

 彼の後ろから少年が現れた。

 

「落ち着いてるよ。 でも物分りが悪いね。 あんなのでほんとに大丈夫かな」

「あれしかないのだ。 幸い供物も手に入っている。 それともまた機会を待つか」

「判断は任せるよ。 あなたのほうが長く生きてる」

 

 それにしても、と魔術師が赤い月が沈もうとしている夜空を指し示した。

「まことに、 この土地の星は面白い。 儀式の座を見よ。 我らには好都合なことだが、南ではまったく逆の意味を持つのだぞ?」

 この時期の儀式座は太陽と共に空に上ってくる。この時間に見えることはありえない。

 しかしまるで見えないものが見えているかのように、魔術師は暗夜を示して笑っている。

 

 生まれや祈り、あるいは修練によって星座の加護を授かるとさまざまな特異な力を扱えるようになる。戦士座ならば単純に力を、精霊座ならば魔術に対する耐性を。

 儀式座ならば不死者から身を守る術を与えられる。加護を得ることができれば、不死者をひるませる言葉を扱えるようになるため、儀式座とは不浄の怪物を相手取るものたちに味方する星である、というのがとくに星の力を信望する者たちの見解であった。

 ところがこのスカイリムで儀式座の加護を授かると、周囲の死体を不死の化け物に変え、使役するという力を得ることになる。

 

 魔術師にとっては僥倖だった。

 死の理をくつがえす加護。

 エイドラの信者であれば加護ではなく呪いだと言ったことだろう。しかし彼はサマーセットのハイエルフ。その中でも暗い深遠を覗き見た者である。かつ、死の理を司るアーケイに敵対するといわれているデイドラの信者でもあった。

 まさに北の大地の儀式座の大立石は、魔術師にとって祝福といえた。

 

「これほどまでに、 違いがあからさまであると、 猿どもの言うエイドラなるものが本当に存在しているのか、 怪しいものだ。 なぁ」

 エルフを見棄てて人間(men)に味方したエイドラたち。いまもハイエルフたちの脳裏に焼け焦げて残っている忌々しきタロス。その神の実在をおくびにも出さず、魔術師は大人しい弟子に投げかける。

「それでもデイドラはいる。 間違いなくね」

 エイドラはけしてニルンに現れない。しかしデイドラは違う。

「そのとおりだ。 よく出来た子よ」

 

「そういえば、 面白いことが分かったよ。 あの贄は収穫の月の生まれだ」

 収穫の月。戦士の星。それは、太陽の力。

 すなわち、秩序を司るエイドラの元に生まれたことを意味している。

 

「しかも、もうひとりの女の方。 そっちはホワイトランの出身だってさ」

 ホワイトラン。その西に広がる草原に、儀式座の石碑はある。その土地に生まれたものが何の影響も受けていない、などということはありえないのだ。

 

 エイドラの影響を強く受ける生贄の少女と、儀式座の土地の生まれの女。

「それは、 それは。 よいことを聞いた」

 魔術師の脳裏に、儀式の概要が広がり、瞬く間にさらに効率よい方法に変更することを決断する。

「さて、 最後の手筈を整えるよう指示を。 ああ、 捕らえた女の方も使う。 運んでおけ」

「はい。 マスター」

 

 魔術師の命令に歩き出していた少年は、唐突に振り返った。

「成功を祈っているよ。 我らが同志」

 アリノールから突然よこされた弟子だ。サルモールの一員だとてなんら不自然はない。アルトマーに貴重な幼子をこのように扱うとは、本国の状況も相当に緊迫しているようだ、と自らの所業も省みずに、魔術師ははひとり納得する。

「さっさと行くといい」

 

 ハイエルフの男は、視線を故郷の島とはまるで違う大地から空へと移した。

 儀式座の加護の変異。星に詳しいはずの魔術師や僧侶にとっては致命的でおかしな事態であるというのに、この地では誰も彼らの言葉に耳を貸そうしていない。だれもそのことを気にかけない。いつからこうなってしまったのかさえ誰も知らない。

 戦士であることが最も誉れ高きことというだけで魔術を疎んじる。

 

 現にあの賊の連中がそうなのだから。何をさせられようとしているのかもまったく理解をしないで、口約束で付き従う愚か者たち。

 ひたすらに、死を冒涜する行為を積み上げてきた魔術師は、満足げに哂った。

 




 ノクターナル
萌え。チラリズムの塊。デイドラ大公。
盗賊クエストでお会いできます。麗しい……。

 ナダの魔法について
スカイリムではどの種族を選んでも初期魔法に火炎(Flames)と治癒(Healing)がある。

 暦の補足
収穫の月(8月)
黄昏の月(11月)

 星座
地球の黄道十二星座と対応するとみなす。


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1-7.儀式座の夜 2

 男とも女ともいえない人の体に、ワニの如き頭部、死者を呼び戻す力。

 最初の吸血鬼の誕生を書いたオプカルス・ラマエ・バルによれば、彼のものは残酷な陵辱の王であるといい、かつてダンマーの現人神として崇められたヴィヴェクの三十六の教えによれば、恐るべき支配者であると伝えられている。人々の間に絶えず不和の種を撒き、定命の者の魂を刈り集めることを渇望する不死の神は、生と死の円環を司るエイドラ、アーケイの敵対者であり、タムリエルでは悪しきものとして畏れられている。

 支配を司るデイドラの大公、モラグ・バルの領域を、人は、コールドハーバーと呼んだ。

 

 

第4紀196年 暁星の月19日(1月19日) ウィンターホールド地方

 

 

 タムリエル各地には街道が張り巡らされている。石畳によって舗装された道は主要な要塞都市や村を巡り、その道なりに宿屋や休憩所が設けられ、たとえ辺境の荒道であろうとも最低限雨風を凌げる建屋が整備されている。これは第三期に大陸統一を成し遂げたセプティム王朝の業績、すなわち彼のタイバー・セプティム、そしてその後に連なる皇帝たちの統治の象徴だった。

 

 その街道、ウィンターホールドの街へと至る道の休憩所に、人影がある。衛兵の軽装を身につけたダンマーの女、鋼鎧のノルドの男、そして返り血で汚れたローブを纏うステンダールの番人が破れ屋に身を寄せている。およそ六百年にわたる時間が経ても、辺境を旅する者たちが少しずつ補修を施してきた無人の休憩所はいまだにその役目を果たしており、北の大地の無慈悲さから人を守る盾となっていた。

 

 火を囲んで軽食を取りながら、ステンダールの番人は、ことの顛末を語った。山賊のなかに見え隠れする魔術師の影を追いかけて、ウィンターホールドまで遥々訪れたこと。そして、山賊のあとを追い闇の垂れ込めるアンソールの山中で、山賊に襲われ、命からがら逃げ出したことを。

 

 強い香料の香りの漂う杯を傾けながら、女衛兵が相槌をうった。

「そのような事情でしたか」

「ああ。 まぁ、 魔術師がいてもいなくても、アンソールの山中は山賊の巣穴になっているのは確かだ。 こうなってしまうと、 ウィンターホルドの首長の力を借り討伐せねばならんだろう」

 

 ショーは内心頭を抱えた。地の利、数の利は相手にある。このまま山中に向かえば無駄死にするのは目に見えている。確実に勝ちを取りにいくのならば、 ウィンターホールドか、男の同胞である番人たちの中からか、とにかく人手を集めるのが確実である。しかし、討伐隊ひとつに、無理やり流れ者に罪を着せるしか術のないウィンターホールドには期待するだけ無駄だ、とショーは思う。

 

「この地にはどこもかしこも人手がないぞ。 こういうのも業腹だが、 残念なことに俺たち二人がその賊どもの討伐隊だ。 この地の首長どのは能があるとみれば、 身の証は立てずとも気にもしないらしい」

そう自らの身上への皮肉を込めて放つと、ぐいと蜂蜜酒をあおる。

「噂には聞いていたが、 今代の酋長どのがケチだというのは本当だったか」

 番人の男は彼の言葉を聞いて、不安を表すどころか呵呵と笑ってみせた。

「そっちの、 番人の助けは得られないのか」

「仲間はいるが……合流は難しかろう」

「他の同胞には?」

「山一つ超えねばならぬ」

 無理だ、と番人は言った。

 

「そもそもだ。 魔術師がいるというのは事実なのか?」

 ショーは、難しそうな顔で考え込んでいる衛兵に視線をやった。

 女は俯いたまま、自らの杯を覗いて考え込んでいた。女衛兵にとって、今回の仕事はただでさえ問題が多いやっかいな代物だった。たった二人の人員。居場所のつかめない山賊。そこに魔術師まで加わるとなれば、何が仕掛けられているのか分かったものではない。

 しかし、魔術師がいなければたんなるの山賊の討伐だ。賞金稼ぎにとっても、これがことの命運を分けるかもしれないとあっては、事実であるのか法螺話なのかは気になるところなのだ。

「さて。 あるのは噂話だけ、 影のように姿はつかめぬ。 が、 いるのならば、 この地だ」

 

 幸か不幸か、血濡れになり、仲間を見失ってまでも、ステンダールの番人が魔術師にこだわる理由に、賞金稼ぎは思い当たることがある。番人たちが、南の黄金の森から北の辺境まで追走劇を繰り広げたように、彼もとある魔術師を追って、わざわざ雪と氷しかない辺境の地を訪れたのだ。

 同じく魔術師を追うものが二人、この広大なタムリエルで出会うという偶然は、もはや偶然とはいえない。彼の胸中には魔術師がこの山中に潜んでいるという、根拠のない確信が生まれつつあった。

 

「その噂の魔術師、 召還術に長けているのか」

「風の便りにはそのように伝え聞く」

「容姿は」

「長身の人物らしい。 おぬし、 もしや心当たりがあるのか」

「俺は達人級の召還術を扱うハイエルフを探している。 モラグ・バルの信者だ」

 ショーは剣の柄を掴む。握り締めた篭手がきしんだ。

「シロディールからここまでその召喚術師を追ってきた。 この山にいるかもしれない魔術師と、 俺の獲物は同じ人物ではないか?」

「その心は」

「魔術の、 しかも召喚術の達人などスカイリムにはそういるものではない」

 女が顔を上げた。

「筋が通っています……ならば急がねばなりません。 今宵はマジカの神秘の力が高まるときです」

 

 ようやく口を開いた女衛兵の唐突な話題の転換に、ショーは怪訝に眉を寄せ、灰髪の大男はおもしろそうに目をきらめかせた。

「魔術師であればこの機会を逃すのはありえません。 生け贄を用いる儀式であるというなら、 なおさらこの好機を我が物とするはず」

「確かに、近くの村から少女が連れ去られたという」

「神秘の儀式座。 その司る期間は召喚に向くと言われています。 そして、 今宵は儀式座最後の夜なのです。 その魔術師は必ずやことを起こすでしょう」

 ダークエルフ、ダンメリと自称する彼らは、炎を操り、祖霊の力を借りるという。

 それは魔法の業だ。

 この女衛兵の魔術の知は武器一辺倒に生きてきたノルドの男たち以上にであることに違いない。

「もはや、時間すら味方ではないか」

 

 不思議なことに、魔術師などいないのではないかという疑惑は、その場の人間の心の中から消え去っていた。

 ところが誰もが、いる、と断言することができずにいた。できれば魔術師などいてほしくはないと臆病風と理性との葛藤の狭間にいた。勇敢さひとつで、山賊をなぎ払えるのならば、いますぐにでも立ち上がって、アンソールの山中に身を投げただろう。しかし、現実はそうも優しくはない。多勢の敵に対して、三人でいったい何が出来るのいうのか。

 

 風が轟々と響いて建屋を揺らした。

 どこからも援護は得られない。だが、山中の賊は討伐しなければならない。魔術師の儀式も止めなければならない。如何にして成し遂げればよいというのか。

 ステンダールの番人は、飲みかけのハチミツ酒の瓶を雪の上に転がして、荷を持って立ち上がった。

「お待ちを」

 男を女衛兵が呼び止めた。

「征かれるのですか」

「そうだ」

「番人よ――」

 彼に対してなにごとかを語ろうとした衛兵の言葉を遮ってショーは口を開いた。しかし言葉が出ない。

 もとはといえば、弱きもののためにあれと鍛えた剣技である。始めに立つべきは己だったのだ。常に身の安全をはかりながら、薄闇の中を歩いていた。そのうちに身についていた卑怯さをショーは恥じた。

 

 零れおちる黄金の酒が白い雪を濡らしていく。

「元より覚悟の上だ」

 無言のままの賞金稼ぎに番人が笑った。

「もとより、戦いに死ぬはノルドの本懐である」

 聴いてショーは立ち上がった。

「行こう」

 立場も信仰も違う三人は立ち上がり、はっきりと顔を顔を突き合わせた。

 その身に負った責任を果たすという、その一念だけが共通していた。

「……まるで、 よき神々の導きのようですね」

 ふと、ダンマーの女から言葉が零れた。

 その言葉は三人に稲妻のように衝撃を落とした。

 

 悪しきデイドラを狩る一の神の番人に、デイドラの信者を追う賞金稼ぎ。ノルドの土地には珍しい、詳細な魔術の知識を持つ衛兵。何かに集められたように、この場に集う三人。

 姿を現すことのないエイドラ、あるいは伝え聞く善良な神の導きは目に見えないという。あるいは、予知をもたらすというアズラが女に囁いたのか。月影の娘の神託は、人の運命に大いなるうねりをもたらしていく神官のひとこと、あるいは預言書の一節のように、その場の人間を運命の糸に絡め取った。

 

「いるのか」

「いるのでしょう」

「この三人が、 悪しき魔術師の企てを阻む最後の頼りということか」

 矢筒の位置を淡々と調節する衛兵に対して、魔術師の存在を確信した番人の声は震え、高揚が浮かび上がっている。賞金稼ぎは剣を地に突きたて、その柄を握り締めた。

 わずかに傾いた薄い陽光が、屋根の下に差し込み、舞い上がった埃が海の水面のように不規則に輝く。古いだけのなんの変哲もない道端の休憩所で、女は微笑んで弓を掲げた。

「私、 アドラシルはこの弓と、 月と星の女神アズラに賭けて、 この地を脅かす賊どもを討ち取り、民に安寧をもたらしましょう」

 よいな、と呟いた灰髪のノルドは獣のように笑うと、右腕にメイスを握り、両腕を天に掲げる。

「グスル・グレイヘアはこのメイスと我が神ステンダールに誓おう。 必ずや、 悪しきデイドラの信徒を狩らん」

 

 この父祖の地で、伝承に詠われるものたちは己の運命を自覚したのだろうか。

 北方の偉大なる竜王たち、イスミールよ。

 亡霊海の岸、アンソール山の麓で、ショーはかつての偉大なるノルドの王たちを想った。

「――ウェストウィールドのショーは我が剣と九大神に宣誓する。 我が命を賭けて魔術師の野望を阻もう」

 吐息と共に宣誓の言葉をはき出し、瞑目して顔前に剣をかざした。

 

 

 

 小さなノルドの戦士の中に、かつての偉大な戦士たちにも劣らない北の氷のように溶けず業火のように熱いものが秘められていることは分かっていた。遥かな昔、北の大陸アトモーラより海を越えてタムリエルに訪れた人間たちの祖ネディック。荒海を航海する巧みな技術と自らの体一つを頼りに、いかなる敵にも打勝った戦士たちの心に宿っていた砕けぬ決意。新天地に石の都を築きあげ、彼ら自身の王国を打ち立てた彼らの、心のうちの業火。

 だからこそ少年の言葉はオイアヴァールの想像の埒外にあった。

 

「ここからは、 ひとりで行く。 オイアヴァールはグスルたちのところに行ってくれ」

 その決意が男の想像の外にあっても、少年の言っていることに不都合はない。少年のいう通り、別れて行くべきだという保身の囁きが聞こえる。

 昨夜の野営場までは後一足というところまで来ている。このまま連中と遭遇するより、一度山を降りて仲間と合流するほうが確実に生き残ることができる。

 

 だが、撤退をよしとする理性とは別に、ここで少年を見棄てるのか、という自らの内から沸きあがってきたとは思えない、良心のかけらが、応と口を開きかけた男を制止した。

 オイアヴァールは別段ステンダールを信仰しているわけではない。本当に信仰する神は別にいる。ゆえに、ステンダールのいう、慈悲というものを心の底から良かれ、と思い施したことはない。すべては己の居場所のためだ。そしてもうひとつ、グスルへの恩を返すため以外の何物でもなかった。

 

 そのはずだが、少年の内に燃え上がる炎に中てられたのか、どうしても放ってはおけないのだ。

「ステンダール曰く、 優しさと寛大さをもってタムリエルの人々に接すること、 弱者を守り、 病人を癒し、 貧民に施しをすること、か」

 哀れみか、同情か、判然としない想いを抱えたまま、わずかな高揚と共に彼はステンダールの訓戒をつぶやく。

 

 そして彼は未熟な戦士に残酷な言葉を叩きつけるに至った。

「お前に、 少女を助けられると思うのか」

 お前は弱いと言われたことに、当然ルークはかっとなって怒鳴った。一度は仲間だと感じていたことは頭から吹き飛んでいた。

「やってみなくちゃ分からないだろ! もう行けよ! オイアヴァールは関係ないだろ!」

 オイアヴァールは下から睨み上げてくる小さな戦士と目を合わせるために長身をかがませる。

「あるとも。 利害が一致している。 私はステンダールの番人として門が開かれることだけは避けなければならない。 お前は贄にされる少女を助けたい。 贄にされる少女を助け出せば儀式は成り立たないからな。 連中から少女を奪い返せばすべて丸く収まる」

 

 オイアヴァールは肩で大きく息をし、覚悟を決めた。

 言ってしまえば、もう逃げ道はない。この先には栄光か死しかない。

「――それに、」

 だいぶノルドに感化されていると内心自嘲する。いや、この少年にだろうか。

「それに、お前はステンダールの番人たる我らと道を同じくするものになった。 あのとき、 ステンダールからお前が加護を賜ったときに。 先達としてお前を捨て置くことは、 私の沽券にかかわる」

 誇りにこだわるきらいのあるノルドという種族には、こういう言い方が一番だということを男は知っている。

 だから、と彼は続けた。

「私も、 お前と行こう」

 

 

 大小二人の探索はそうして静かに始まった。敵を追跡する術を持つルークを先頭に、岩陰に身を潜めるようにして山頂を目指して歩きとおした。再度の戦闘を避けるために、昨夜襲ってきた連中の足跡をそのまま辿るわけにはいかない。相手の通った経路を遠目に、人の気配のないことを確認しながら山中を進む。

 昨夜の敵は上から おそってきた。ならば、そちらに敵がいるのだろう、というなかば自棄のような賭けであった。

 

「おれが何をしようとしているのか、 分かってるのか」

「あやつらの根城に殴りこもうというのだろう?」

「だったら、 なんでついて来るんだ」

 先程は売り言葉に買い言葉、ついかっとなってしまったが、冷たい風にさらされて少し冷静になった頭で、会話を誘導されていたのだとルークは気がついた。 叶いそうにないが願いだが、ルークはこの男をステンダールの仲間の元へ返したかったのに。

 

 男を振り返ると、一瞬フードの中が見えた。懐古の表情を描く白い目元が村の老人たちに似ている。

「お前を見棄てることが出来そうにない」

 子ども扱いをされているような気がして、少年はむっと眉を寄せる。

「あんたはもっと慎重な人間だと思ってたのに。 あれだけ魔法が使えるんだ。 もっとオイアヴァールを必要としている人がいるはずだろ。 番人たちには、 きっとあんたの力がもっと必要だよ」

 

「たまには、 勇猛なノルドのように熊の巣穴に飛び込んでみようという気になっただけだ。 よい獲物を得るためにはそれなりの危険を冒さなければならないのだろう?」

 男はスカイリムの狩人の言いまわしで返した。

「あの魔法を見たときからノルドじゃないのはなんとなく分かってたけど。 オイアヴァールはエルフなんだろ」

 その問いに長身のローブを被った彼は答えず、かすかな笑い声をもらしただけだった。

 見事な魔法、そしてけっして外そうとしないローブ。ルークは出会ってからの短い間に、何度もその中を覗いてみたいという誘惑に駆られていたが、昨夜からすっかりその気が失せてしまっていた。恩人の隠したがっているものをわざわざ暴き立てるほど、恩知らずにはなれなかったのだ。

 

「それなのに……変わってる」

「褒め言葉だな。 そういうお前もノルドとしてはずいぶん変わり者だが」

 ルークは顔をしかめた。眉のあいだの皺がさらに深くなる。

 そんなに眉間に力を入れていては、将来強面になってしまうぞ、と男は笑う。

「最近のノルドは、 エルフと分かればもっと警戒をあらわにする。 そのエルフに背中を預けようというのだ。 大層変わっている」

 確かに、ルークが聞かされた大人たちの戦自慢では、たいていエルフは敵役だった。だがそれがオイアヴァールを警戒する理由にはならないと思う。

 そのことを端的にルークは表した。

「昨日、 おれを助けたのはオイアヴァールだ」

「まったく、 屈強な番人のノルドでさえ私がエルフと知れば嫌悪を示すのに」

「そいつはそいつだろ。それよりも、 急ごう」

「では、 変わり者同士、 酔狂なことに挑もうではないか」

 

 凍てついた風の吹きつける最北の山で、二人は星空の下の旅人になった。

 

 

 

 ナダは暗がりを歩いていた。

 外は満天の天蓋美しい山上だった。

 村を襲った男たちに目隠しをされて運ばれてはいても、村から大人の足で一日か二日でたどり着ける距離ではあるはずである。だが、ウィンターホルドの南に広がる広大な山脈の、どのあたりかは分からない。

 

「ここはどこなの」

 返事がないものと分かっていても途方に暮れて少女は思わずつぶやいた。

 赤いマッサーが沈みかけている夜空に方角を判断し、山麓へ下る道を探した。しかし岩の間へと消えていくいくつもの小道の雪面は、どれもが踏み荒らされている。どこに見張りがいるかも分からず、気が休まる暇もない。静かに、気配を殺しながら、少女は進んだ。

 

 どうすれば誰にも見つからずにこの場から逃れられるのだろう。見つかってしまえばおしまいである。ナダにとって、あるいはニルンの大地にとって。そうと頭で分かっていても、脱走が露見したとき大人の足から逃げきれる自信はもはやなかった。希望を抱くには少女は疲れ果てていた。彼女自身も知らないうちに寒さと疲労が少女を蝕んでいたのだ。

 更に、カジートやアルゴニアンなどと比べるとノルドは種族総じて気配を殺すのが下手だといわれている。ナダもその例に漏れない。隠蔽の術は苦手としていた。

 

 ともかく、どの道を選んでも同じだとするならば、少しでも助けに来ているはずの少年の近くへ行きたい、とナダは思った。

 東の道にゆけばウィンドヘルムへ通じる。南東はウィンターホルドだ。そして南西にはスノーコーストがある。

 三叉に分かれる道のうち、少女は南西に下る道を選んだ。

 

 幾ばくかして月が沈み、本当の闇が訪れた。

 星が照らす薄明かりの中でナダは凍える手足を必死に動かして、少しでも魔法使いから遠くへ逃れようとしていた。

 遠くで怒号が上がる。にわかに来し方が騒がしくなり、ナダは思わず黒い山脈を振り返った。山賊の連中のいる方向だ。逃げ出したことがばれたのだ。少女の胸に唐突に恐怖がおとずれた。

 近くまで来ているというルークはどこにいるのか。衛兵でも、旅人でもいい。早く人のいる場所にたどりつきたいとはやる気持ちが体を突き動かした。

 少女は斜面を転がり落ちるように駆け出した。

 

 ナダは夜の闇の中を必死になって駆けた。

 それでも、互いをがなりたてる怒声と、こすれて甲高い金属の音を響かせる鎧の音とともに、雪を踏みしめる音が近づいてくる。

 走ってもむしろゆっくりと距離を詰められて、とうとう切羽詰まってしまった。ナダは岩の窪みにうずくまり身を隠した。

 

 顔の下半分を手で押さえつけることで自然と速く荒くなる呼吸の音をころした。それでもがちがちと歯なりがして、左手の親指に噛みつき、必死に自分を落ちつけようとする。山賊のもつ松明で雪面が赤く照らしだされているところを見たくなくて俯く。そうして、山賊が大声で罵声を喚き散らしながらすぐそばを通り過ぎていくのををまった。むっとした熱気が体をなでて、思わず身じろぎしようとした体を押さえつける。

 しばらくそのままやり過ごすと、辺りがふたたび静寂と闇に包まれ、ナダは岩陰からそっと顔をのぞかせた。山頂のみ方向と、そして山麓の方向と、とりあえず視界に明かりがないことに肩の力を抜く。そして歩き出そうとした。

 

「子供はあそこだぁ!」

 大声がした。

 ぎょっとしてその声の出元を探してしまった。弓を背負った背の低い人影が岩の上に見える。

 その一瞬が致命的だった。松明を掲げる人影が次々にナダを指差す。

 すぐにナダは隠れ場から飛び出した。後ろからがしゃがしゃと音を立てながら、ならず者たちが追ってくる。

 逃がすなぁ、止まれぇ、というしゃがれた叫びが山にこだまし、その大声にさらに人が集まる。

 

 右も左もわからず、分かれ道のたびに照らし出された人影に引き返しながら、白く凍りついた岩の間を雪豹から逃げる子鹿のように迷走する。

 彼女の視界から両側の岩がなくなり、やっと麓が見えたか、と一面に広がる闇に思わず安堵する。一歩、さらに遠くへ逃げなければとふみだした。

 その瞬間、衝撃。

 青い光が視界を覆った。

 ナダは足元から吹き上がった凍てついた暴風に吹き飛ばされた。

 頭のなかで剣と剣が叩きつけられたときのような衝撃がする。ぐらつく視界に立ち上がることが出来ずにナダはその場で這いつくばった。

 魔法だ。

 暗闇の中に、わずかに青いマジカの光が見える。

 ナダはやっと気がついた。足元にいくつも魔法が仕掛けられていたのだ。

 もはや一歩も前に踏み出せない。ひどくなる目眩に耐えかねた少女の意識は、そこで暗転した。

 

 

 揺れている。

 ナダは腹に回された何かで支えられて何処かへと運ばれていた。柔らかな腹に自分自身の体重がすべてかかって呼吸が苦しい。ぐらつく視界に映るの灰色のなにか。なにもかもがぼやけていて周囲の様子がよく分からない。

 

「逃げられるとでも思ってたのかい。お嬢ちゃん」

「甘く見てもらっちゃぁ、困るな」

「ほら、どやされないうちにさっさと連れてくよ」

 

 酒と寒さで枯れた声が頭上から聞こえてきて少女は跳ね起きようとした。が、少女を担ぐ男の腕にすぐにしっかりと押さえ込まれてしまう。

 少女の口からくぐもった呻き声がもれた。

「おっと」

「おい、逃がすなよ。俺ぁこれ以上面倒なのはごめんだ」

「わかってらぁ」

 せっかくの機会をふいにしてしまった。朦朧としながらもそれだけは分かった。

 

 少女は祭壇の前まで引き立てられた。

 白い肌をあらわにしてぐったりとした女が運ばれてくる。

「あ……」

「そいつも、お前も、もうおしまいさ。俺たちに目を付けられちまったんだから」

 少女は雪の上に投げ出された。周り一帯に人が集まって、冬山に湯気を立てている。もはや逃げ出せない状況で、動けなくない少女の耳にあの長身のハイエルフの囁きがよみがえった。

 ――従え、という魅惑の囁きが。

 

 

 篝火が消され辺りに闇が満ちる。

 山麓に心の澱みを抉りだす声が響いた。

 

 ――O MOLAGBAL, GHM MONAARKHE!

   TR, APKLPM UDHNDR AEDRUM TH

   O KHAAPLE, SOEEIS A PROOTIS!

   PRKLM, SYS THNM ANT UPRNSS

 

   ANKHT OBLVNM PLM, B KTHSDGS GHM SS

   APSRNT PROSPRM MN, N YPRLNS PRGGLM ――

 

 二つの月は地平の彼方に、地上を見守るのはマジカを降らせる数多の星のみ。かつての湾口を臨む崖の上で、祭壇に横たわる女の肌とその前に立つ少女の貫頭衣がほの白く浮かび上がる。

 

 ――PTTM SKD, MRM PSKH, TRTPM SM, ELSM KRD

   D SOOEESEM P PROOTEM,

      D PROOTEM P SOOEESEM,

         ALLGT A ANTSTRPSS KTHTM ――

 

 ようやく報われるのだ。

 魔術師の万感の想いは、どこまでも暗く、暗く、夜を染めていく。主の目に留まるために、気の向くままに尊厳を貪り、欲望のままに人の魂を縛り上げ、死後を陵辱し、支配してきた。その旅路の果てに、凍りついた港への門が開かれる。

 かつて、オブリビオンを旅した者のように。

 

 ――ANKHT OBLVNM PLM, B KTHSDGS GHM SS

   TR, PRKHRS EDPRSM SS TH! ――

 

 魔術師が最期の呪文を叫んだ瞬間、少女は、女の胸に短剣を振り下ろした。

 

 時同じくして、その場に声が響いた。

「――……やめろ! いますぐそれをやめろ!」

 

 




 儀式座 補足1
「大いなる天空」参照のこと。
地球の黄道十二星座に照らし合わせれば、山羊座に相当する。

 街道
TES作品に帝国、王国は数あれど、タムリエルを初統一したのはタイバー・セプティム。ただ、タムリエルの街道がセプティム王朝によって敷かれたというのは作者の妄想。

 モラク・バル
デイドラ大公。キング・オブ・○○○
書物では、(性的な意味で)恐るべき支配者という描かれ方をしている。

 スカイリムの地理
作中ではマルカルスーリフテン間の直線距離をおよそ500kmに設定している。日本人の地理感覚に翻訳すると、だいたい東京ー京都間と同程度、徒歩で半月の旅路になる。


Uwe>今回の儀式座とスカイリムの地理設定に関するネタが後書きに突っ込むには多すぎたので、割烹のほうに上げました。興味のある方は割烹をどうぞ。
skyrimがじわじわ増えてて嬉しい。


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1-8.A Gate Of Oblivion

門が開かれてしまえば、押し寄せる潮に抗ってそれを閉じられる者などいずこにあろうか。

 

    ――「オブリビオンの水」より 著者、編者ともに不明――

 

 

第4紀196年 暁星の月20日(1月20日) ウィンターホールド地方

 

 

 星明かりの下でアドラシルは足元に手を当てた。革手袋を通して突き刺すような冷たさが指を突き刺す。

 ウィンターホールドの冬には珍しく晴天が続いたことで、山の雪面は溶かされては凍り、凍っては溶かされて、アンソールに潜むものの痕跡をわずかな凹凸として刻み込んでいる。

 大地が息を潜めていると彼女が思わず錯覚するほど、あたりは静かだった。今宵は咆吼どころか岩を蹴る蹄の音も聞こえない。

 

 ウィンターホールド南部に連なる山脈は、冬であっても山羊に雪豹、果てはトロールまでがあらわれるから、人間はまだしも、野生の生き物たちがいないのは奇妙なことだった。

 張り詰めたアドラシルの感覚がこの場から逃げろと告げている。だが逃げるわけには行かない。

 女はわずかに震える声で告げた。

 

「山頂に続いています」

 

 この先道は山頂を越えてイーストマーチへ入る。夏の間であれば、商人も利用する程度には整えられているが、主要な街道というわけでもない。更に今は真冬である。旅人がいるはずもなかった。

 ならばこの足跡の主は山賊、あるいは賞金稼ぎの男がならず者どもと呼ぶ何者かであった。

 

「山頂か」

 賞金稼ぎが想いを押さえ込むように、星空の中に浮かぶ巨大な切っ先を仰いだ。

「たしか、 アンソールの山頂には竜をかたどった石碑があると聞いたことがあるが」

「ええ、 広場があります」

 番人の問いに女は付け加える。

「明かりは見えんな」

 傾いた白い月が山肌を照らし出し、雪から突き出した岩が青い影を落としている。背後には無人の雪原。周囲は一片の光すらない闇。

 彼らは山の中腹にいた。

 

 女衛兵、賞金稼ぎ、ステンダールの番人。

 彼らが正面から堂々と山に入ったのは、日が暮れる前、不吉さを覚えるほど空が赤く染まる頃だった。

 本来ならばまったくもって無謀な行動だ。賞金稼ぎと番人は、姿を隠して夜襲をかけえるべきだと反対した。ところが魔術に親しい女は、今宵の儀式のため、賊どもはそう騒ぎ立てることもせずおとなしくするはずだと主張した。

 この推測は正しかったようだ。ここまで見張りすらいなかった。

 だが、これはけして幸運ではない。彼女の推測が正しいならば、もう儀式まで時間は残されていない。

 一行は道を急いだ。

 

 辿りついた山頂の石碑の前には、広々と岩が開けて見通しの良い広場に、海に臨む竜を模した石碑が存在感を露わにしているはずであった。

 ところが今夜は違う。いくつのも白い天幕と、白煙ののぼる窯がひしめいている。それにもかかわらず、やはり人の気配は一切ない。矢の一つもいかけてきそうなところだが、見張りの声一つ上がらなかった。

 

 荷が置き去りにされていたが、武器と鎧がない。

「荷も置いたままとは、 この場に帰ってくる気でおるのだろうな。 われらのことを気にかけぬとは、慢心したことだ」

 グスルは困惑を滲ませながら言った。

 ショーは簡素な焚火の上にかかっている鍋をとった。

「まだ温かい。 遠くへはいっていないようだ」

 鍋からは白い湯気がたなびき、すぐに凍りついて彼の掌のうえに小さな雪になって舞い降りる。

「食事中に武装して、 いったいどこへゆく? 手に負えぬ化け物でも現れたか」

「洒落にならん」

「そういうことを言葉にするのはやめていただきたい」

 同行する二人に責められ、頬を緩めていた番人は始末の悪そうな顔で肩をすくめた。

 

「まあ、 そういうな。 死体はおろか、 血の跡すらないではないか」

「あいつは全員を引き連れていくようなやつではない。 むしろ周囲の奴ら全員を生贄に捧げてしまうようなやつだ。 いまになって何か心変わりでもしたのか?」

 賞金稼ぎが首をひねった。

「そうなのか?」

「あのときのままであれば」

 彼の声は苦味を帯びていた。

「それならば山賊も贄とするでしょうね。 エルフは早々変わりはしません」

 

 そう、変われるはずがない。

 そのハイエルフも女と同じく長い時を生きたのだろう。

 いままで信じてきたもの、ずっとこれからも信じていくと思っていたもの。途方もなく長く続く生を支えるために打ちたてた心の柱は変えられない。

 五家の争いが起ころうと、偽りのトリビュナルが暴かれようと、故郷を追われてすら、生き方を変えることができなかったのだから。

 

 どのような理由で魔術師が悪しきデイドラに降ったのか、なぜオブリビオンの扉を開こうとしているのか、ということはアドラシルの思いの及ぶところではない。それよりも、焦燥が胸をかきたてている。白月神、セクンダがすでに沈んでしまった。数時間後に大月神、マッサーが昇るまで、これ以上ないほどの闇に包まれる。もういつ儀式が始まってもおかしくはない。

 なんとしてでも魔術師を見つけ出し、儀式を止めなければならないのだ。守るべきものを守る。女はそうして生きてきたのだから。

 

 思いにふけっている女に、あれを見ろ、と賞金稼ぎが告げた。

 天幕の陰に隠れていた岩のアーチ。

 男の指先はアーチの先へと消える真新しい足跡を示していた。

 

 

 

 熱狂がその場を支配していた。

 少女が女の胸から心臓を抉り出し、術師へと手渡す光景に、少年は叫び、無謀にも広場へと躍り出た。

 オイアヴァールも次いで人波の中に飛び込んだが、誰も武器を振りかざそうとはしない。集う山賊は場の異様な雰囲気に飲まれて、祭壇から一時も目を離せずにいるのだ。

 

 女の心臓を掲げ、魔術師が何事かを叫ぶと、祭壇から地面から、刻み込まれたルーンが不吉な光とともに浮かび上がり、紫の光が帯状に広がっていく。

 儀式を見つめる何対もの瞳は紫のマジカを照り返していた。欲望の熱を宿した眼球がぬめりを帯びて光る。

 ルークとオイアヴァールは静かに熱狂する人の波をかき分けて進んだ。

 

 マジカが、虚空の一点から噴出する。

 嵐の日の風のようにマジカが吹き荒れ、力が更なる力の呼び水となり、空間を埋め潰していく。

 地面に刻まれているルーンがひときわ強く光り輝き、ひとりでに浮かび上がって、祭壇に安置されている石の前に直立する円陣を作り出した。

 肌に触れてゆく風のように見えなかったマジカがその密度を増し、紫色の光の粒子となって円陣から飛び散る。

 

 その前に立つ、血濡れの男と少女。祭壇の上には神の信徒の亡骸。

 

 魔術がいまだ形をなしていないにも関わらず、マジカが人の目に映るのは異常なことだ。だが、異常を認識していても、その異様で美しい儀式の光景に、オイアヴァールは思わず見入った。

 怒りに燃えていた少年すら息をのみ足を止めた。

 欲望の熱気が静かに高まり、その場の興奮は頂点に達しようとしていた。

 

 

 ――みしり

 

 それは、氷のひび割れる聞きなれた音によく似ていた。

 みな祭壇を注視した。

 春の雪解けのような、マジカの小流が生まれた。

 

 ―― 一瞬の静寂がその場を支配し、何かが悲鳴を上げ、決壊

 

 濁流としか表現できない。

 この世のものではない力が、圧倒的な光の奔流になって人間たちに襲いかかった。

 

 ――門が開いたのだ。

 紫の光の暴威が露台を舐め尽くした。

 

 

 

 光にふれた途端に、山賊どもが悲鳴を上げ、目を剥いてもがき、恐ろしいものでも見たかのような表情で口をあけて喘ぐ。そして雪の上に倒れ伏したものから次々に絶命していく。

「逃げろ、逃げろ!」

「触るな、いやだ。死にたくな……」

「来るんじゃねえ!」

 山賊が口々に怒鳴りながら逃げ惑う。しかし光の濁流は蛇の首のように彼らを狩りつくしていった。

 

 それは目を疑うような光景だった。

 オイアヴァールは慄く。こんな魔法は知らない。

 いくら長い時を流浪してきたといえ、こんな終わりは見たことがない。

 

 本来マジカとは、神々の住まうというエセリウスから星や太陽を通ってニルンヘ降りそそぐものだ。けして人の身に害を与えるものではないはずである。だが、この場のマジカは天空に由来するものではない。あの光の輪からあふれだしている。オブリビオンから流れ出してきたそれが、場に満ちている。

 

 山賊に目をやると、彼らは助けを求めるように手を伸ばしていた。目についたのは、どの手にもはめられている黒い石の指輪。その輝石から、濁流を生み出す楕円の穴に何かが吸い込まれ、そして突然倒れ伏す。

 魂だ。指輪に施された符呪と、門より湧き出る異質なマジカによって、彼らの魂は次々に異界の虜になっているのだ。

 

「おや、 まだ息があったのか」

「き……さま、 謀ったか!」

 次々に同胞が倒れていく中で頭と呼ばれた男が魔術師のローブの裾に追いすがった。そのまま引き倒さんとばかりにローブを握りしめる。

 山賊とはいえ信仰はあるのか、と魔術師は一人で納得し、苦しみに悶えて足元でうずくまる男に満足げな視線をむけた。

 

「謀ってなどいない。 無論貴様等の願いはかなうとも。 比類なき力によってこの世の栄光を謳歌するという願いはな」

 足元で目を向く山賊の頭を魔術師は嘲笑った。

「ただ貴様らの魂がその力になるというだけだ。 ただただ純粋な力になってこの世を破壊せしめる。 なかなかに愉快な経験になると思うぞ」

 そして、かつて頭と呼ばれていた男を蹴り飛ばした。

 

「くそ」

 そのつぶやきが空に解けるのと彼の指輪から光が飛び去っていくのとどちらが早かっただろうか。抵抗を示さぬままに男は動かなくなった。

 一滴の血も流さぬまま命を魂ごともぎ取られていった。

 

 

 広場には瞬く間におびただしい数の死骸が転がることになった。魔術師は右手の黒い宝玉をゆったりとなでながら満足げな表情でそれを見渡し、門へと少女をうながす。

 直後、少年の声が再び響いた。

「待て!」

 魔術師は振り返らなかった。ただ右手をゆっくりと上げる。すると彼の腕の動きとともに屍が起き上がり、耳障りな金属音を鳴らして生前の武器を抜き放った。使役された屍の体は円を描くようにしてルークとオイアヴァールににじりより、 たった二人に対して容赦なく襲いかかった。

 

 そして吹きすさぶマジカの中で顔に半月を浮かび上がらせて言った。

「せいぜい殺しあうがいい。 騒乱も我が神の好むところ、 貴様らのあがきもまたよき供物となろう」

 ルークは狙いを魔術師に定めて剣を構えた。

 生かして行かせるものか。少年の心中の火種は燃え上がり、思考を侵していく。

 なんでナダはあそこに血まみれで立っている?よくもやりやがった。こいつのせいで。そんな想いがスープをかき混ぜるように頭の中に巡った。いますぐにでも飛び出して、ハイエルフの口に剣をねじ込もうと考えた。

 

「ルーク。 背中は任せる。 仕損じるなよ」

 その言葉に少年を支配していた激情が冷や水を浴びたように冷めた。

 ここで飛び出したところで無駄死にするだけだった。今度こそ、ただの足手まといでいるわけにはいかない。

「そっちこそ」

 

 

 襲いかかってくるアンデッドは動きは遅かった。しかも力が入っていない。惰性で振り上げて落とす、ただそれだけを繰り返すだけの相手。

 オイアヴァールが小規模な魔法と槍でで敵を吹き飛ばし、ルークは拾った盾で敵の武器を受け流しては刺突を放つ。

 コイツらはいったい何になってしまったのか。

 ときどき現れるスケルトンや、墓潜りの言うドラウグルとは違う。生きながら魂を奪われた死体。まるで生きているかのような恐怖の表情を顔に張りつけたまま、にじりよる山賊ども。

 

「前だ!」

 気がつけばルークの前に男の顔があった。その顔の表面は皮膚が凍りついて裂け、歯茎がむき出しになっている。マジカの光が照り返して不気味な影 が出来上がっていた。ルークは右腕の剣を眼窩に突き出した。それでも男は止まらない。目は見えているのか。耳は、痛みは感じるのか。

 もしかしたら何をしてもすでに死んでいる奴らを叩き伏せることはできないのではないか、という思いがルークの胸のうちに浮かび上がる。数瞬が途方もなく長い時間のように感じた。

 やられる。

 心は不思議と凪いでいた。オイアヴァールの魔法が前を通り過ぎていく。氷の槍に吹き飛ばされた屍は、雪から突き出していた岩にぶつかってはじけ、肉片が水音をたてながら雪面に落ちる。

 

「貸しひとつだ」

 男の声にふと意識が現実に引き戻された。

「くっそ、 絶対叩き返してやる」

 後ろから苦笑。

 ルークは悔しさに任せて目前の死体の腕を叩き斬った。

 

 生きた死体を相手にしては、村の老兵に学んだことはまるで役に立たなかった。本来なら人間の急所である胸をつらぬいても、武器を持つ手と足さえ無事なら襲い掛かってくる。すでに死んだ体に対して急所などというものは意味がない。

 ルークは一体を雪の上に引き倒した。倒すのは簡単なのだ。だが数の差はどうにもならない。なんとか攻撃をしのぐだけで精一杯だった。

 当然、攻撃が止む気配はない。

 

髭をしげらせたノルドも、小盾を持ったインペリアルも、曲刀を振りかざしたレッドガードも全て地に叩きふせる。血に倒れた死体の足を全身の力で両断する。

 握り手付けた手が震え、足元はおぼつかず、上段から振り下ろされた剣を受けきれずにたたらを踏む。わずかな間にルークは疲労していた。

 

 上段から振り下ろされた戦鎚を受け止めきれず、思わず後ろに下がった少年の背にオイアヴァールがぶつかった。彼は敵に向かって槍を突き出していた。

「魔法はどうした」

「マジカがきれた」

「よし、 これで五分だぞ」

「味方と張り合ってどうする」

「自信がないのか?」

「私の槍にお前の剣でかなうとは思えんが」

「みてろ、やってやる」

 軽口をたたいても、状況は悪くなるばかりだった。マジカの切れた魔術師と未熟な剣士はいまにも黒い死者の群れに飲み込まれようとしている。

 さらに一体をどうにか盾で振り払い、大きく肩で呼吸をしてルークは顔を上げた。

 忌々しい魔術師が門の前で哂っている。

 

「あいつ、 なんでおれたちを直接攻撃してこない」

 前に進むこともできず、かといって退くことは絶対にできない。

「……どうしたらいい」

 また届かないのか。ルークは歯噛みした。

 

「オイアヴァール! ルーク!」

 男の一声と共に、状況が変わった。

 背後から弓弦と斬撃。そして殴打の音が聞こえ、グスルと、鎧姿の援軍が死者の群れを獲物で殴り、あるいは切り倒す。そのさらに後ろにはウィンターホールドの衛兵が弓をひく姿。

 衛兵の炎の魔法が彼らの間に立ちふさがっていた敵を焼き払った。

 

「無事なようだな」

「おお! おぬしと少年もな!」

 オイアヴァールに答えながらグスルはルークと肩を並べる。

「ヒルドは」

「あそこだ」

 グスルは息を吐き出し、そうか、と答えた。

 

 戦力が倍になったのは大きかった。なんとかしのぐ程度といったところから、ようやく死者の波を押し返して、魔術師の元まで近づこうとしている。グスルとショーが前方で獲物を振り回し、衛兵の炎が死者を焼く。

 

「おい、引っ込んでいろ」

 賞金稼ぎのショー。少年に襲い掛かってきた敵を一太刀で振り払った男が言った。なぜここにいるのか、と少年が口を開こうとしたとき、怖気の走る声がこだました。

 

「ああ、 忌々しい」

 そして屍がその場で突き立ったまま沈黙し攻撃が止んだ。 

「太陽神の加護持つものが三人も。しかも、 慈悲の神の信徒と月影の娘を連れてくるとは」

 大気に魔術師の言葉が焦げつく。

 

「まったく、 まったく。 アーリエルよ、 なぜ今になって我らを見捨てたもうあなたは使者を遣わされるか」

 悲哀に満ち溢れたじつに哀れっぽい声だった。それが声だけならば。フードが吹き飛ばされ露わになった魔術師の顔は好奇心に満ちていた。黄金の肌 の上に独特の愉快ささえ感じとれる。

 

「ああ、 知っているぞ。 そのマジカ。 覚えがある。 お前は」

「覚えているなら話は早い。 その命、 ここに置いてゆけ」

「そうはいかぬな。そうやすやすとくれてやるわけにはいかぬ」

 ショーは死体の群れに斬りこんだ。

 

 男の腕は見事なものだった。

 男の腕はさすがというほかない。次々に亡者を動けなくしていく。すぐに、ただ一人祭壇の目前にたどりついた。

 魔術師は少女を門へと突き飛ばし、右腕を体の前にかざすと数瞬のうちに薄白いマジカの盾を作り出す。少年があっと声をあげた。

 盾によってノルドの男の斬撃が防がれた。賞金稼ぎが身を寄せて力をかけるが、盾はピクリともしない。

 

「詠唱の時間を」

 衛兵が言った。弓を投げ出して、突き出した左手の手のひらを天空に向ける。

 魔法には魔法を。ダンマーの女が何をしようとしているのか察した少年と二人の番人は、女衛兵の周りに集まる敵を打ち払う。

 

 ―― HO GH SL TRBNA, APR BW

 

 女の手のひらの上に紫に発光する弓が現れた。彼女はそのまま矢をつがえず弦をひく。

PRC M MAGICA(秘されし力を貫かん) ――」

 言葉と共に弓を引き絞り、放った。

 

 魔術師の盾から響く甲高い音。目に見えぬマジカの矢が発光する魔術師の盾に突き立っているのだ、と少年は感じた。

 やはりというべきか、魔術師は女衛兵にに目をむけあからさまに顔をしかめる。それに動じずに女は次々と矢の雨を降らせていった。

 幾度もガラスが割れるような音が響き、魔術師が門に向かって後ずさった。

 

「逃がすか!」

 ぼうと空気がたわむほどの声を発したショーが魔術師に斬りかかる。

「印石だ! 祭壇の上の石だ!」

 一方、オイアヴァールの声に応えてアドラシルが一矢を放った。マジカの矢は祭壇に置かれている石に届く前に、立ち上った紫の障壁に当たって音をたてる。

 

 それを見たルークは衝動的に衛兵の足元の弓に飛びついた。

 投げ出された弓に鋼鉄の矢をつがえ、そして迷った。

 

 ――術者を殺すか、印石を破壊するか

 

 突然、自分がひどく場違いな場所にいる、と思った。武器を持たずにトロールの巣穴に放り込まれたような感覚。山賊に襲われたあの夜の無力感だ。ルークには特別なものはない。何の力もない。

 そうでなければ、ナダが山賊に連れて行かれることはなかったし、ヒルドも死なずにすんだだろう。きっとこの場にいることもなかった。

 そもそもこんなことになったのは、目の前の魔術師のせいだ。あいつのせいだ。

 だが、魔術師を殺したところで、ナダは帰ってくるのだろうか。

 

 魔術師だ、やれ、と遠くから男の叫びが聞こえる。

 同時に、祭壇だ、狙え、と背中の男が囁いた。

 だから――

 やれ。

 いや、それでも――

 狙え。

 

 どうして、ここで戦っているのだったか。

 

 ――選択しろ。

 

 天啓のようなその閃きに少年の体は突き動かされた。

 確実に狙いを定める。

 手から放れた矢が風を切って飛んだ。

 

 矢は石を弾いた。

 宙を舞う印石。

 紫の陣が見る間に翳り、とうとう最後には門が姿を消した。

 やった、とルークは周囲を見渡した。

 

 積み上がる死体の山、まだ立っている仲間。だが、立ち尽くす鎧の男の前に魔術師の姿はなかった。

 わずかの差で魔術師は門の向こうへと消えていた。遅かったのだ。

 

 東に大きな赤い月が昇っていた。

 

 

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 これまでに登場したインゲーム本
ヴィヴェク三十六の教え(The 36 Lessons of Vivec)
オプカルス・ラマエ・バル
オブリビオンの水

 ウェストウィールド(The West Weald)
タムリエル大陸中央、シロディールの南西、エルスウェーアとシロディールの国境付近にひろがる森林地帯。
TES:Ⅳ OBLIVIONの地図に地名が載っている。
ショーの出身地。

 アズラ
デイドラ大公。宵と暁の女神。夜と昼の橋渡しをする神秘の領域を司り、一般的には「善良な」神として認識されている。ダンマーに縁深く、彼らの信仰する真なるトリビュナルの一柱でもある。


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1-9.夜の幕

――気高きノルドは老いた父の言葉を忘れない

  最高の鋼であっても曲がり、折れることもある

  だが、真の男の肉体は消して屈しない――

 

        アンソール山 言葉の壁の碑文 より

 

 

第4紀196年 暁星の月25日(1月25日) イーストマーチ地方 ウィンドヘルム

 

 

「よお、生きてたか」

 フラゴンの中身を空けながら吟遊詩人の歌声に耳を傾けていた金髪のノルドの男は、左手に立てかけた剣の柄を押さえ、眉間にしわを作り、遠慮なく背後からかけられた声の正体に振り返った。彼の背後に立っていたのは怪しい風体のダンマーの男だ。銀の髪を後ろに撫で付けた青黒い肌の男が、陶器の杯を持って片手を上げていた。

「お前か」

「で、どうだったんだい? お目当ての獲物は見つかったかい?」

 

 痩身の異種族の男が遠慮なくショーの隣に座り込み、テーブルの上にあるチーズを勝手に食べ出す。それを不機嫌な顔で見ながらノルドは告げる。

「逃げられた。それも最悪なところに」

「そうかい。ってぇーことは、あっちに行かれちまったってことか。本当にそんなことあるんだなあ? まいった、まいった。こりゃ神様に毎日きちんとお祈りしとかなきゃなんなくなっちまったな」

 

 にやついた笑い顔でダンマーはノルドに向かって問いかけた。

「いちおう確認しておくが、あんたがアレをやってて変なもん見たとか、そんなんじゃないよな」

 アレといったところでショーの隣の男は親指と小指をのこして左手の指をおりたたみ、小瓶をふるような動作をした。アレ、つまりはスクゥーマ、帝国禁制の麻薬のことである。

「そんなわけあるか」

 

 ウィンドヘルム。あくる日は栄光の都であり、かつてはスカイリム一とまで呼ばれた要塞都市も、首長の息子が投獄されて久しい。いまだ首長は健在であるにもかかわらず、次代の首長を誰にするかということで、水面下で争いが繰り広げられているという。

 その余波を受けているかどうかは定かではないが、衛兵などに話を聞く限り城砦内の治安は確実に悪化しているらしい。ただでさえ、モロウィンドからの難民を抱え込み、大戦、白金協定とめぐるましく打撃を加えられ、そしてとうとう跡継ぎがいなくなってしまったのだから、さぞや統治は荒れたことだろう。まつりごとの目の届かないところで、盗品、禁制品の売買に果ては借金の形の身代のやり取りまで行われているという噂まである。

 

 これでは、かのリフテンとどちらが酷いことになっているのやら、とノルドの太古の都にこのような惨状が広がっていることにため息をついた。いかにもといった風情の空気を漂わせているこの異種の男が、昼間から堂々とまっとうな店に顔を出せるのもそのような状況があってこそだった。店の暗がりで背を丸めてテーブルを囲んだ人が、そのテーブルの下で皮袋を受けわたし、金貨をやり取りするような光景がすぐ傍に広がっているのだ。

 

「あんたは、そんなもんに手を出してないって知ってたぜ、へへっ」

 ショーは胡乱気な男をじっとりとしたまなざして見咎めるに留めた。自身がやってるかどうかの話をするより、こいつがやっているかやっていないかの心配をしたいところだった。仕事をするのに、正気でないものを信用できない。そもそも正気でない人間と仕事をすることは、こんな稼業では自殺行為だ。

 

 目の前の怪しい風体をした男は椅子を前後ひっくりかえして背もたれにひじを乗せる。

「アレについては置いといて、あんたさ、本当に、あのヤバい魔術師とどんな関係なんだ?」

「それはお前の商売道具じゃなかったか?」

 ショーが肩眉を上げると、青黒い肌の長い耳が上下に動いた。

「噂はあるさ。とあるデイドラの信者を追い回す凄腕のノルド。女をとられたとか、デイドラの信者を心底憎んでるんだとか、大戦での因縁のライバルなんだとか」

 

 そっちじゃあんた、有名人だぜ、とつらつら並べ立てる男を無視してショーは酒を煽った。妙齢の黒髪の女が赤々と燃える暖炉の前でリュートを爪弾いている。豊満な歌声が酒場に響く。

「最高だったのは、あんたがアルトマーの魔術師を殺したくて殺したくてたまらない、とんでもないヤツだ。お前殺されるから付き合うのをやめろっていわれたやつだ」

 確かに、すべて根も葉もない噂話だったが、事実をこいつに教えてやる必要もない。ショーは赤い瞳から目をそらし口をつぐんだまま黙り込んだ。

「全部うわさにすぎない。おれは、あんたの口から直接聞きたいのさ」

 その一角に沈黙が下りる。

 

「ま、今すぐってわけじゃあない。困ったときにゴールドの代わりにしてくれもいいんだぜ。おれがいい値段で買ってやるよ」

 陽気に男が続けた。

「それにしても、ずいぶんと追いかけまわしてるよな。マン(人間)にとって十年、ってーのは長い時間だと思ってたが、飽きないのか?」

 十年と言われ、もうそんなに経っていたのかと思う。いつの間にそれほど時間が過ぎていったのか。しかし、ショーの仇は十年かかってようやく手が届くと思ったら、更に遠いところへ言ってしまった。

 

 ダンマーの赤い目が見透かすように自身をながめていることに気づき、ショーは無理やり話をそらす。しらばっくれたことを呆れたように言う。

「お前、飽きるとか飽きないとかで仕事の相手を決めるのか?」

「決める」

 いままでのふざけた態度とは一転、真顔で言い切った情報屋にたいして、ショーは本当に呆れて椅子にどっと体をあずけた。

「はぁ、お前がどうしてこういうことをやっているのかは、俺にとってどうでもいいが、情報の方は続けて集めてくれ」

 

「おいおい、まさか、オブリビオンにまで忍び込んで来いってんじゃないだろーな」

「やれるのか」

 椅子の背にもたれたまま横目で問う。彼は本気だった。できるというならば、何を代償にしてもいいとすら思う。

「まさか、無理に決まってるだろう。冗談だよ、冗談」

「分かってる。今までどおり、定期的に情報を伝えてくれればいい」

「そーかい。まいどあり」

 金払いが良くて助かるよ、とばかりにダンマーは目を細めた。

「で、俺に直接声をかけてきたってことは、依頼だな?」

「そのとおり! あんさんをご指名さ。どうする?」

「聞こう。受けるかどうかは報酬と内容次第だ」

 

 ひとまず魔術師のことは忘れて仕事に専念するとしよう、とショーは考えた。

 しかし、街道で交わした三人の果たされていない誓いのことが頭の片隅にひっかかっていた。あの誓いは信じる神と己の武器にかけた、けして破るわけにはいかないものだ。だからこそ、もはやショーはこの仇討を止められない。

 番人はいまごろ拠点に戻っているだろうし、衛兵が街を離れることはそうない。それで、どうして誓いが果たされるだろうか。

「あんたには、ちょいと墓潜りに行ってきてほしい」

 エイドラへの不信を振り払って、おそらく今は時期ではないのだ、とショーは自分を納得させた。

 

 

第4紀196年 暁星の月25日(1月25日) ペイル 番人の館

 

 

 壁際に設けられた二人掛けのテーブルの上に蝋燭の明かりがゆらめいている。蜀台の前には、机をはさんで男と女が一人座り、話しこんでいる。

 女の名はカルセッテといった。すっきりとした鼻筋と広い額。ブレトンによく見られる気品ある顔立ちに、蝋燭の炎が陰影を沿えて、その顔に浮かび上がる疲労を覆い隠していた。

 向かいの男の話が終わると、女は安堵して、つめていた息をはきだした。

「門は閉じられたか」

「我々は幸運だった、 かつての災厄に立ち会った者たちに比べればな。 門が開くその場に居合わせて生き伸びたのだから」

 

「本当に、よく生きて戻った」

「その魔術師のことはこちらでも調べておく」

 頼む、と男が言った。

「わしも伝手をあたってはみるが、ほとんど空振りになるだろう。ここまで表沙汰にならん相手だ。もし災厄が起こらんとすれば、各地の者が兆候を掴むほうが早いかもしれぬ」

「では、各地を巡回しているものたちとの連絡を密にしておこう」

 

 彼らは他にもいくつかの問題を話し合った。狩るべきデイドラのことや番人たちの世話についてだけでなく、帝国と八大神教団、そしてアルドメリ自治領、他にも二大勢力にはさまれたハンマーフェルの動向、スカイリム独立派と帝国派に各地の首長たちの結束が乱されつつある現状のこと、そのうえでどのようにたちまわるべきかなど、その内容は多岐にわたった。

 蝋燭が短くなり、夜も更ける頃に、ようやく寝床へ向かうために男が立ち上がった。

 

「待て、休む前に一杯どうだ。お前の言っていたホニングブリューの蜂蜜酒を調達しておいた」

「それは……」

 女の言葉に男は視線を右上にちらと一瞬動かして言いよどみ、

「相伴に与らねばならん」

 そして男――グスルは破顔した。

 

 カルセッテは勢いよく干された男の杯に酒を注ぎ、自らも酒を舐める。

「やはり、蜂蜜酒はこれでなくては」

「正直なところ、 ブラックブライアとなにが違うのか、 私にはよく分からないなあ」

 葡萄酒とエールには詳しくても、蜂蜜酒は分からない。どうやら薄いだの濃いだの、香辛料がどうだのといろいろとあるらしい。ブラックブライアとホニングブリューはどちらも蜂蜜酒の蔵元であるのだが、ノルドの部下たちにはホニングブリューが最高だとことあるごとに勧められる。

 

「ブラックブライアは好かん」

「そうは言ってもな。なかなか苦労したんだぞ?」

 これは、まぎれもない事実だった。内乱からこちら、帝国との交通の要衝リフテンを押さえているというブラックブライア一家の勢力の伸長は恐ろしいものがある。その一家が同業者のホニングブリューに圧力をかけているのだ。ホニングブリューの蜂蜜酒の流通は滞り、造成所は虫の息。入手も難しくなるというものだ。

 

 手元に届くまでの苦労を思い出して眉をひそめる上司の姿に、気のよくなった男は声を上げた。

「補給能力に優れた隊長どのに乾杯」

「そういうなら、お前も少しは手配を手伝え」

「昔からそういうことには向いてなくてな」

 大戦のころに思い知った、と男はぼやいた。

 

 二人は杯を傾ける。沈黙がその場をおおった。

 このたびのオブリビオンの門の一件は稀に見る大事だ。もしかしたら、ステンダールの番人が組織されてから初めてといえるほどの大事になったかもしれないが、それをなんとか鎮めることに成功した彼らに、カルセッテは感謝せねばなるまい。

「ヒルドは死んだか」

「ああ」

「まだ、 先が楽しみな娘だったのになあ」

 ヒルドに。

 そう言って、二人は蜂蜜酒の杯を掲げた。淡い光が器を満たす液体を深い琥珀色に照らし出している。

 

「誇りある女だった。 あれほど勇敢であったなら、 いずれソブンガルデで再会できるだろう」

「そういうものか」

「少なくともノルドは、 そうだ」

 ブレトンの女はその言葉を聞いて、寂しげに笑った。

 

「話に出てきた賞金稼ぎどのとウィンターホールドの衛兵どのはどうだった」

「誘ってみたのだがな。 袖にされてしまった。 ショーはとりあえずウィンドヘルムへ向かうそうだ。 アドラシルはウィンターホールドへ戻った。 番人に参加してくれれば心強かったがな」

 

 ステンダールの番人には人手が足りない。特に、手だれのものが必要だった。各地から、デイドラの信徒やオブリビオンの生き物に家族を奪われた、というような事情を持つものたちが集まってくる。しかし、そのなかに戦うことを生業とするようなものは少ない。一から指導するにしても心得のあるものがいるのといないのとでは、伸び方が違う。

「仕方ない。 いつものことだ。 今いるものたちでどうにかするほかない」

 とはいえ、いまこのときに、噂の魔術師の素性を知る人間を手放してしまったのは惜しい。カルセッテは賞金稼ぎのことを調査しようと決めた。

 

 女はテーブルの上で手を組み顎を乗せる。

「新入りのルークというのは?」

「勇敢な少年だ。 まだまだ足手まといにはなるかもしれんが、 士気を落とすようなことはあるまい」

「そうか。 ならばいい」

 そして、カルセッテは伏せていた視線を男に向けた。

「私が戦えないばかりに、お前たちにはいつも世話をかける」

「気にすることはない。わしとて、祈り、戦うことしかできんのだ」

 男は再び笑って盃をあおり、ほろ苦さと酸味が絡み合う液体を飲み干す。

 悲しむことは後でもできる。今はまだ後ろを振り向くわけにも、立ち止まるわけにもいかなかった。

 

 

 第4紀196年 暁星の月24日(1月24日) ウィンターホールド地方

 

 

「番人になるだと? 本気で言ってんのか。ただのガキに何ができる? お前みたいな未熟者、道中で牙生やした猫に食われておしまいに決まってる」

 酒場の主ヘンリクが、ルークの前に肩を怒らせて立っていた。

 

 客は一人としていない早朝の酒場の冷え切った空気の中に男の声が響く。しかし男の怒鳴り声に少年はピクリとも動じなかった。みかけだけは俯いて殊勝な態度をとっているが、まったく反省していないことがすぐに分かる。

 村から一人で繰り出して散々大人を心配させたあげく、今度は危険な仕事をするために村から出て行くという少年に、男は右手で頭を抑えて呻いた。

 

「突然いなくなりやがって、村の連中も俺も、どれだけ心配したと思ってるんだ」

 ならずものが村を襲った次の朝、村に住む老婦人のイソルダが少年に気を利かせて朝食を持って彼の家を訪ねた。そのとき家はもぬけの空で、村は大騒ぎになったのだ。村の連中に引き止めなかったとしれたら、ヘンリクがなんと言われるか分かったものではない。

「だいたいお前んとこの両親が帰ってきたら、なんて言えばいいんだ」

 

 男にとってこれが一番の問題だった。少年の両親にくれぐれも、と身柄を預けられているからである。

 少年も知っているはずだが、今回はてこでも意見を曲げない。

 なけなしの庇護欲か、こびりついている罪悪感なのか、彼には分からなかった。それでも言わずにはにはいられなかったのだ。

 

 少年は封をした手紙を男に差し出した。

「ヘンリク。もう決めたんだ。おれ、いくよ」

 ルークは赤毛の頭を上げた。少年の頬は紅潮していた。彼は背筋を地面に突き立った剣のように伸ばして、視線でヘンリクを射抜いた。ヘンリクは深いため息をついた。

 

 

 うす雲から覗く太陽に照らされてわずかに雪が煌いている。雪に覆われた街道の上に大小ふたつの影があった。

「よかったのか」

「何が?」

「両親に挨拶できていないだろう」

「ちゃんと手紙を渡してもらえるように頼んできた。だから、いいんだよ。父さんも母さんも傭兵だし、夏になって無事に帰ってくるかは分からないんだ。そういう別れはずっと前にすませてある」

 ルークは隣を歩くオイアヴァールを見つめて言った。オイアヴァールは何か納得したように軽く首を振り応えた。

「そうか」

 

 そっと天から舞い降りてくる雪の中を、二人は連れ立って西へと進んだ。山脈を越えてペイル地方にある番人の館へ向かうのだ。氷河のすきまを歩き、広大な雪原に出る。緩やかな傾斜を上り、少しでウィンターホールドとペイルとの境を通りかかるというころになって、ふとルークは背後を振り返った。少年が人生のすべてを過ごしてきた海辺の村はもう見えなかった。

 

 村を離れ、いつ帰ってくるのか、そもそも帰ることができるのかわからないのは、寂しいような気分になる。冬の騒がしい酒場も、夏の山野での狩りも、思い浮かべることができる。ナダを見棄てた村人たちも、ああするしかなかったのだと分かっている。嫌いになったわけではない。

 それでも少しばかりの自負心と、ナダを迎えに行くという決意が、ルークの胸の中を占めていたのだ。村で大人になり、傭兵として飛び出していくのは、ひどく遠回りだと感じた。そんなことをしているより、ステンダールの番人に組したほうが、もっとはやくオブリビオンに近づくことができるにちがいない。

 

 峠の向こうに背の高い木々が生い茂っているのが見える。白銀の雪を頭から被り、それでもまっすぐに空に向かって伸びていた。冬だというのに緑が視界に現れた。これは冬になれば雪しかないようなウィンターホールドの荒野ばかりを見てきたルークには驚くべきことだった。

「初めてか」

「ああ、うん」

 生返事をしたルークの前を兎が駆け抜けていく。

 

「なあ、あいつはナダをつれてどこにいったんだ」

「おそらくコールドハーバーだろう。モラグ・バルの統べるオブリビオン。モラグ・バルは比較的ニルンに手出しをしてくるデイドラだ。力をつけて、機を待て。諦めなければいつか巡ってくる」

「うん」

 もはやルークにとって、イスグラモルやタロスは御伽噺として心躍らせながら聞く存在ではなくなっていた。

 彼は一柱の神。デイドラに挑もうというのだから。

 

 少年は緊張した声で、己のすぐ傍にいる年経たエルフに言った。

「オイアヴァール。知ってること、全部教えてくれ」

「そのつもりだ」

 

 

 

 開始:水面を揺らす蝶

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 第一章 海辺の凍夜 完




 アンソール山 碑文の言葉
「氷晶」のシャウトが得られる。Liz Slen Nus!
オラフとヌーミネックスが戦った場所であると伝えられているが、碑文の内容はまったくの別物。ノルドの諺だろうか。

 カルセッテ
ステンダールの番人の長にして回復魔法のトレーナー。ブレトンの女性。
TES伝統の「DLCをいれると死亡する回復魔法のトレーナー」である。

 一章の元ネタ
オブリビオンの扉無限増殖バグと祭壇
金策でお世話になる人もいるらしい。


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2-1.テオドール

二章あらすじ
ステンダールの番人になったルークは同朋のテオドールとともにペイル地方に旅に出た。あるものを見つけたことを皮切りに、次第に雲行きが怪しくなりはじめ……


  おお、力強きツンドラを行く者よ!

  なんと黄昏の天空に映るお前と強力な牙を持つ獣の影が素晴らしいことか

  大きな足音でお前の群れの到来を告げる

  人間と獣が共に道を切り開く

        ツンドラを行く者の歌 作者不明

 

 

第4紀196年 蒔種の月5日(3月5日) ハーフィンガル地方

 

 

 ドラゴンブリッジに程近い街道の傍。うっそうと茂る背の高い針葉樹影の下に一軒の建物が建っている。しなやかで力強い木の柱、壁は漆喰。屋根と壁のわずかな隙間からは暖かそうな光が漏れている旅籠だ。貴人が一夜を明かすこともある街道の旅籠は少しばかりの贅を凝らしてあることが多い。ここもその例に漏れなかったようだ。正面の柱に金の装飾が施されている。

 

 日が西へと傾き寒さが厳しくなり始めた外気に、旅人は身を震わせて白い吐き出して旅籠の戸を押し開く。

 夏の間にはスカイリムの首都ソリチュードへ行き来する旅人たちで賑わうこの宿も、雪の多いこの時期にはまだまだ客足は少なくどことなく寂しさを醸し出していた。

 隙間風が吹き込む建物の広間に燃え盛る赤い火を囲んでいるのは様々な種族の旅人たち。薄暗がりに置かれたテーブルを囲う商人が顔を寄せ合い、傍で護衛の武器を帯びた人間達が目を光らせている。衛兵と宿の主人は、どうやら最近の首長の手配について語り合っているようである。

 

 旅人は分厚い外套のフードを払いのける。明るい茶色の髪に焼けた肌を持ったインペリアル。茶鼠色の重い外套の下に鮮やかな緑の商人風の格好。右腰にメイスを吊り下げているのがいかにも辺境を旅する人間の物腰だった。

 彼が宿のカウンターに座っている衛兵にへらりと手を振ると、衛兵はひとつうなずいて手を動かした。掴みかけていた剣の柄からカウンターの上のフラゴンへと。若さとあいまって、駆け出しの行商人のようにみえるのだろう。少なくとも盗賊や悪漢の類ではないとみなされたのだ。

 

 こういうところはどこへ行ってもそう変わらない。酒場や宿場のような旅人や流れ者がよく立ち寄る場所にはたいてい用心棒か衛兵か、そのどちらかがいる。

 青年はひとまず怪しまれずに済んだことに胸をなでおろした。

 

 ドラゴンファイアが消えてから政情は不安定で物騒なことが増えたのだと嘆く人は多い。しかしアカトシュの加護を受けた帝国が果たしてどのようなものだったのか、生まれてからこの方、消え去った栄光を見聞きするばかり。恩恵が降って沸いてきたことがない青年としては取り立てて嘆くことのようにも思えなかった。

 主要な街道を行く限りは、盗賊を取り締まるために衛兵が巡回しているし、道中の野盗が不安ならば傭兵を雇えばいい。金さえ惜しまなければ、よほど運が悪くない限りスカイリムの旅はおおむね平穏だ。

 

 旅籠の主人に一晩の部屋を頼んだ。ついでに少し金貨を上乗せしてウサギの肉とパン、ワインを受け取り、探薄暗い広間をぐるりと見まわした。

「おうい。若い兄さん。こっちにどうだい」

 一角を占めている商人の一人が歩み寄って肩を叩く。

「いや、遠慮しておく。待ち人がいるはずなんだ」

「ふうん。商売か」

「護衛を頼むつもりだよ」

「スカイリムはあちこちきな臭いからなあ。ま、だから金の種になる」

「なるほど、そっちはソリチュードがお目当てか」

 青年が都市の名を出すと商人はにやりと笑った。

「坊やの割に分かってるじゃないか。……あそこのノルドの傭兵だがな、雇い主がいる様子でもないのに、ずいぶんと前から広間で暇そうにしていたぞ」

 

 彼に比べれば確かに若輩だろう。それでも坊やと呼ばれたことが若干腹立たしくて、釣られるように商人の視線の先を見てしまった。そこには青年の目的の男が人の輪の外で静かに杯を傾けていた。

 こうして教えてもらったのはありがたい。ありがたいのだが、商人がただで情報を渡すということがどうにもうさん臭い。そして相手の掌で簡単に転がされているということに不快感を感じていた。

 

「いやに親切なんだな」

「見込みのある若者にはぜひ生きてソリチュードまで辿りついてほしいものだ、ということさ」

 ソリチュード。

 青年は顔を強張らせかけたが、なんとかそれなりの表情を顔に張り付ける。

「俺はソリチュードはヴェイウス商会のバセシウスだ。機会があったら寄ってくれ」

 ヴェイウス商会とは聞いたことのない名前だった。

「テオドールだ」

 

 商人の男といくつか言葉を交わした後、テオドールは目的の人物に声をかけた。

「あんたがヨルビョルンか?」

 年のころは三十ほどだろうか。豊かな茶色い髭を蓄えた口元、赤々と燃える火で鈍く光る鎧から伸びる太い腕。戦いに従事するものの屈強な体だ。まるで戦唄から抜け出してきたかのようなノルドの風貌。歌劇から蠱惑的な美女が現れてもいいだろうにとテオドールは想像した。待ち合わせの相手が、例えば白樺の肌に黒髪の美しい女だったら少しは気分も盛り上がっただろうに。

 

 男が無言で向かいの空いた椅子を指差したので、不埒な想像を追い出して青年は椅子に腰を下ろした。

 二人がけのテーブルを囲み明日行程を杯を交わしながら確認する商人と傭兵、といった光景は行商人の多い街道沿いの宿屋ではよくみられるものだ。二人の様子は、駆け出しの商人が近年増えている盗賊に困って傭兵を雇おうとしているとも取れなくはない。テオドールが席に着き、右手のテーブルの集団に目礼すると商人たちの値踏みの視線が離れていく。

 

「景気のほうはどうだい?」

「ひと仕事終わって、ソリチュードに戻るところだ」

「そりゃあいい。そいつは祝杯か」

 男が蜂蜜酒のフラゴンを掲げる。テオドールもそれを真似て自分の杯を持ち上げ、調子をあわせてぐっと傾けた。

「それにしても、ソリチュードか……」

「商人も旅人も多いからな、仕事が多い。何より根を張っている大きな傭兵団がないというのが、俺のような流しの傭兵にはちょうどいい」

 ソリチュードはとてもではないが、ちょうどいいといえるような生易しい都市ではない。

 

 ソリチュードには人が集まる。都であるのだから当然なのかもしれないが、それに輪をかけて傭兵が集まる。

 スカイリムの陸の要衝ホワイトランには同胞団、シロディールやハンマーフェルと国境を接するマルカルスにはシルバー・ブラッド。残るモーサルはあまり交易が盛んではないから、そもそも傭兵としての仕事が少ない。だから必然的に、スカイリムの西側の傭兵たちはソリチュードとその周囲の宿場町に流れていくことになる。

 

 そうして集まった傭兵たちの争いは熾烈極まりないという。

 その熾烈さや、かつて帝国を二分した反乱を起こした女、ペラギウス帝の発狂の原因とまでいわれる女王ポテマの異名になぞらえて、人喰い狼たちの都とまで囁かれるほどだ。なにしろ、戦いとなれば驚くほど血の気が多いノルドの土地である。

 

 更に実力だけでなく、商人や有力者とのつながり、もしくは少しの運が良い仕事にありつけるかどうかに直結する。運と実力の持ち合わせのないものは、早々に財産をすべて失って都市の外に放り出されるのならまだましな方、最悪の場合どこぞの魔術師やデイドラの信徒に売り払われてろくなことにならない。実力があってもつきがなければ、いいように使い捨てられる。そうして残ったわずかな傭兵だけが大店や有力者と契約を結び、用心棒や護送の仕事を受けるのだという。

 それですら雇い主の失脚、実力の衰え、怪我、スクゥーマ、と身を危うくする出来事は多く、とても安心できる立場ではなかったが、たいていは腰が曲がる寸前までしがみつく。

 

 なにしろ、運さえあれば――帝国の将軍にすら手が届く。将軍に手が届くのならば、きっと一国の王になることすら可能かもしれない。

 タロスはかつてスカイリムの一将軍に過ぎなかった。今の皇帝もコロヴィアの将軍だったという。ならば、その栄光を次に手にするものは己である、と考えるものも少なくない。

 そういう際限ない欲望渦巻く土地。

 

 だからこそ、ソリチュードでやっていける腕がある傭兵を雇うというのは、そこらのごろつきを雇うのとは天と地ほどの差があった。ただの馬鹿ではやっていけない。ここにいるヨルビョルンや一見親切な人間だった先ほどの商人バセシウスもただものではないだろう。

 

 テオドールは背筋にひやりとしたものを感じた。いったいなんだってこんなにソリチュードの怪物とばかり出会うんだ、とここがソリチュードとドラゴンブリッジを結ぶ街道の傍にあることも忘れて、心の中で悲鳴を上げた。

 

「それだけの腕があるなら庸兵団はやらないのかい?」

「ソリチュードだからな」

 

 さすがにこの男もソリチュードで傭兵団をやりたいなどとは言いださなかった。

 ただでさえ熾烈な傭兵同士の序列争いに、暗闘を嗜みとする貴族たちの騒乱。華やかな装いの裏では、駐屯する帝国軍と衛兵達、そしてサルモールのささいな衝突に事欠かない。外様の人間には何が敵で、何が味方なのかわかったものではないありさま。

 よそ者がひとり潜り込むならともかく、徒党を組めば人の目につく。

 

 それでもヨルビョルンは宝の山を目の前にした竜のように熱に浮かされた表情を浮かべていた。

「庸兵団……始めるならもっと田舎の街道近くの村がいい。そうして、人を集めて要塞に行く……」

 人を集め、金を集めて庸兵団を作る。いずれは名声を思うがままにするというのもまた傭兵たちの抱く夢物語のひとつなのだ。

 この男はやるだろう。テオドールは言葉に秘められた力強さを感じた。

 

「お前は何かないのか」

「何かって」

「俺の言うところの傭兵団のようなものさ」

 霧の向こうの戦唄のノルドが形あるものになって目の前に現れたような気がした。戦に生きる人間の俗な一面が。

「そうだな……とりあえず店を立てなおすことだな」

 青年は言葉を探すように視線をふっと持ち上げた。

「俺の家も昔は大店だったんだが、暗がりに足を取られて一家諸共ってやつさ。……いつか、故郷で店をやれればいいとは思うが」

 難しいだろうな、その言葉ごとテオドールはワインを喉の奥に流し込んだ。

 

 父はヨルビョルンのように生き残ることができずに、白金の都の暗闇に飲み込まれてしまった。そしてテオドールはかつての父やこの傭兵のように華やかな都市で身を立てることではなく、人を貶める闇に潜む連中を狩りだすことを選んだ。

 どこかの小さな町に店を持つことはできるかもしれないが、あの都に戻るためには圧倒的に商人としての経験が足りていなかった。

 ノルドはそうか、とつぶやくように答えるとフラゴンを傾けた。

 

 広間から人が一人、二人と減り始めたころ、テオドールは言葉を炎がはじける音に紛れ込ませた。

「仕事の話をしたい」

「話を聞こう」

 いまだ火の回りに集まる人々は変わらず酒盃を傾けながら長話を続けている。男は立ち上がって部屋の一つに入り、テオドールもそれに続いた。

「さすがに徹底してる」

「当然だ。あの中に盗賊が紛れていないとは言えない」

 

 男に続いて二階へと上がり、真ん中の部屋へと入った。広くはなくとも最低限の応接机が置かれている。ただ床に蓆を引いただけの宿すら存在するタムリエルである。宿の一部屋としては上等な部類だ。

 応接用の椅子の片方に腰かけてテオドールは天気の話でもするかのような軽い態度で話を切り出す。

 

「インペリアルだと思っていたよ」

 男が顎をしゃくる。なるほど、スカイリムのノルドらしい傲慢さに苦笑し言葉を続けた。

「ほら、手紙をよこしただろう。あの手紙の文字が、なあ。あれは商人のものだ」

 紙はそここそこ上質で、鼻につかない程度の華やかさと読みやすい整然さを持ち合わせた文字の並び。その如才ない手紙に相手は商人であると自然と思い込んでしまったのだ。

 そしてタムリエルにおいてやり手の商人とは、すなわちインペリアルのことだった。

 

「待ち人がこのような髭面では、期待を裏切ってしまったようだな」

「名前であんたがノルドだって分かるはずさ。とんだ失態だ」

 ヨルビョルンというのは、あからさまなまでにノルド風の名前だ。分からないほうがどうかしている。テオドールは嘆いた。

「手紙を書いたやつはインペリアルだぞ。お前の思った通り、商人だ。……たいしたものだよ。懇意のやつに代筆を頼んだ。お綺麗な文字なぞ書かかんからな」

 

 文字が読めないものはめったにいないが、書くとなるとやはり得手、不得手があるものだ。この男は文字を書くのは不得手であるらしい。

 しかし、軒並みいる飢狼を前にして、おそらく得意先であろう商人に手紙をしたためさせたこの男はなかなか図太いとテオドールは考えた。

 

「と、いうことはだ。あんたが手紙の?」

 抑えた声音で男から告げられた言葉に、テオドールは待っていたとばかりに頷く。

「テオドールだ」

 テオドールは名を告げるとともに手のひらを差し出した。相手の手をぐっと握りこむ。彼は手に握りこまれていたものに気づいて軽く目を見開いた。

「ステンダールの番人だ」

 その表情に愉快な気分になったテオドールはニヤリを笑い、角をかたどるペンダントを取り出してみせた。

「驚いたな。若輩の商人かと思っていた」

 

「ジュナールの御許から、彼の方のもちものを預かりに来た」

 言葉を投げると腰の小物入れから紙片を取り出す。青年の動作に一瞬身構えたヨルビョルンも得心した表情で荷から紙片を取り出した。

「厳冬をくぐりぬけて、ここに」

 男が言葉を放つ。

 緑のインクで描かれた複雑な模様とそれを囲む半円。

 模様が寸分の違いなくかみあい、まったき円が姿を現した。

 

「ヨルビョルン。あんたが俺たちに提供する情報というのは何だ」

 紙片が間違いなく噛み合い、テオドールはメイスの柄に引っ掛けていた左手をテーブルの上に持ち上げる。これならば問題なく仕事を終わらせることができそうだ。

 懐から折りたたまれた羊皮紙を取りだしたノルドの手元が、蝋燭の明かりに照らされて揺らめいていた。

 

 

第4紀196年 蒔種の月13日(3月13日) ペイル地方 ドーンスター

 

 

 蒔種の月も過ぎれば極北の地も日が長くなり、だんだんと暖かくなってくる。大きく西に傾いた薄い日の光を目にしてテオドールは思った。

 ステンダールの番人の館があるペイル地方はウィンターホールドに次いで寒い地方だ。それでも、山ばかりのマルカルスや雪で視界もおぼつかないイーストマーチよりはましだろう。

 

 番人の館を出て東に一日、偶然行き会ったカジートキャラバンとともに石畳で舗装された街道を北に向かって歩くこと三日。テオドールは新人の少年を連れてドーンスターの入り口に立っていた。

 

 夜明けの星の名を掲げる港街は、ペイル地方の首都にして海の要衝だ。ソリチュードとウィンドヘルムやソルスセイム島との中継港としていまも利用されている。

 

 街は、天然の湾口、そして背後の陸の急な斜面の上を切り開くように存在している。木造の建物が建ち並び、正面の山の上には、あれは灯台だろうか、石造りの塔があり、切り立った岩山に挟まれた入り江の真ん中に突き出すようにして設けられた桟橋。眼下のいまだ雪に覆われる地面の上に無数の人々が動き回っている。船出前に特有の活気のある人々の声が聞こえてくるようだ。

 

 雪と氷。北の大地の厳しさが作り出した港は、スカイリムではよく見かけるものだが、この港は特に巨大だった。人の手で作られたものでは最古の部類。ソリチュードの港にも劣らない見事な造形。

 

 さらに夕日が壮観さに彩を添える。

 柔らかな橙の光が西から降りそそぎ、木々と岩々が長い影をおとす。街には明かりが燈りはじめ、松明を掲げた人々が薄い西日のなかに浮かび上がっている。

 

 ほう、と知れずため息を漏らす彼の横からひょいと黒毛のカジートが姿を現した。

 黄金の目玉の中央にサーベルタイガーによくにた縦長の黒い亀裂。人間(マン)と同じような体に乗っているのは獣の顔。しかし表情にはテオドールと共通する知性が宿っている。

 テオドールのハシバミ色の瞳の人間がカジートの細長い瞳とぶつかると、獣の顔をした女が口を開いた。

 

「旅人さん。ドーンスターは初めてかい?」

「いや、船で何度か来たことがある。けれど驚いたよ。ここからの風景もなかなかのものだ。隣に美人もいることだしね」

 

 テオドールの言葉を聞くと、アハカリはくすくすと笑い、長い尾を上機嫌そうにゆるりと揺らした。

「インペリアルの御仁はさすがに褒めるのがうまい」

「そうかい?」

「そうだね。旅人さんのように気軽にカジートと話をするようなヒトはスカイリムには少ない」

 毛皮に覆われた手が桟橋を指す。

「旅人さんが船に乗っていたら、こうやって話すこともなかっただろうね。お導きというやつだよ」

 

 月か、とテオドールは不思議な違和感を覚えた。

 人間(マン)の中で月のことを気にかけるのは、船乗りと魔術師くらいだろう。だがカジートにとっては違うらしい。姿や能力に大きく影響するのだという。それにカジートは人間(マン)と同じ神を信じているというが、神々を神話のなかで彼らと同じ猫の姿にしてしまう。

 人のような振る舞いをしていても人間(マン)とは違う種族なのだと納得するしかない。

 

「また会おう。旅人さん。あなたたちを太陽が照らしてくれますように。……わたしたちは街には入れないから」

 ここでお別れだよ、とカジートキャラバンの長が言った。

 カジートはスカイリムの街には入れない。

 スクゥーマを売るのはカジート、スリをするのもカジート。そういうことになっている。

「アハカリにも、神のご加護がありますように」

 テオドールが応えると、アハカリはふるりと髭を震わせた。

 

「次に会うまでに、あんたが気前よく懐から金を出してくれる方法でも考えておくよ」

 

 




 ソリチュード
スカイリム北西部ハーフィンガルに位置するスカイリムの首都。絶壁の上に建てられている。女王ポテマに狂王ペラギウスなどなかなか物騒な統治者が名前を連ねる都である。
 本作中において、白金協定後のソリチュードの青宮殿は魑魅魍魎(帝国、スカイリム首脳部、サルモール、その他)+デイドラ蠢く魔窟。

 カジート
月の満ち欠けに応じて様々な姿形や能力を持った者がいる。倫理観が現代日本人とは非常にかけ離れている模様。ゲーム中に登場するのはシュセイ・ラートという種類。
 彼らの奇妙な倫理観については「アジル・トラジジャゼリ」を、多彩な姿と能力については「多兵科戦術」、神話について知りたいのなら「我らが母アニッシの言葉」や「ドロジラの物語」を読んでみるといいだろう。

テオドール
 1-3に名前だけ登場。ステンダールの番人。インペリアルの男性。


uwe > はや一年。skyrimが地道に増えていて嬉しい。


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2-2.術師たち

R-15です
誰得レベルの性描写があります


第4紀196年 蒔種の月14日(3月14日) ペイル地方 ドーンスター

 

 

 目を覚ますと、隣のテオドールが使っていたはずの隣の寝台は空になっていた。整えられた毛布の上にメモが一つ。それによると、テオドールは用事をすませるためにすでに町に出ているらしい。今日一日は少年の好きに過ごしていいそうだ。

 ルークが宿を出るころには日は高く昇っていた。

 

 テオドールの旅の目的をルークは知らない。番人の館でひたすら同じことを繰り返す毎日に焦りを募らせていたところで、テオドールから声をかけられた。そして誘われるままに旅路へと繰り出した。

 しかし、ドーンスターへの旅の間、食事の支度に野宿の準備など旅の途中の細々とした仕事をやらされただけで、期待していたような戦いが待っていたわけではなかった。

 ただ雑用をこなす人手がほしかったのならば、別にルークでなくてもかまわないではないか。館にいたほうが良かったのかもしれない。なぜ自分だったのだろうか、とルークはテオドールに対して理不尽な怒りを抱き始めていた。

 明日の朝にはドーンスターを立つことになっている。でも、この先もテオドールとやっていける気がしない。くすぶった炎を鎮める方法が分からないのだ。

 

 通りを行き交う成人したノルドのがっしりとした体格と比べると、明らかに線の細い少年は息を吐いた。人の流れに沿って、港に向かう急な坂道を下り、行商人が商品を広げる市場を通り抜ける。雑踏を掻き分けながら港のまわりをぐるりと歩いた。

 気持ちをもてあまして、ふらふらと港で時間を潰してしているうちに、薬師のフリダのところに顔を出していないことに少年は思い至った。

 

 長年の間海風にさらされた木の扉を開けると、店のカウンターの向こうから作業用の前掛けをまとった老婆が声を上げる。

「あぁ、スノーコーストのルークじゃあないか! よく来たね。ほら、もっとこの年寄りに顔を見せておくれ」

 梁から吊るされた葉のついた枝、籠からは色とりどりの花々が零れ落ちそうになっている。棚には置かれているワインやエールの瓶、ウサギの肉などは少年も見慣れたものだ。ただし、他にも青や緑に発光しているような奇妙の色合いの名前のわからない何か、更に丸に管を取り付けたガラスの容器や白い陶器の小さな入れ物が棒とともに並べられていた。

 肝心の売り物、薬入りの小瓶はカウンターの上に行儀よくおさまっている。

 その向こうからのぞいている記憶のままの姿に、ルークは顔を明るくして彼女のもとに駆け寄った。

「フリダおばさん、久しぶり」

 

「まあ、すっかり大きくなって。今日はどうしたんだい?」

 深く刻み込まれたしわをいっそう深くして老女は微笑んだ。大きくも何もない、と思いながらルークは答えた。

「えっと、元気にしてるのかなって」

 

 夏になると狩りの獲物や野山で集めた植物をやりとりするために、大人たちにつれられて、マデナの店にもよく顔を出していたものだ。だが、少年の神官風の服装の理由にも触れず、

「そうかい」

 と一言っただけだった。

 

 何も言ってはこない老婆に居心地の悪さを感じながら、少年は店の中を見回す。

「えーと、今日は薬を見せてほしいんだ」

「ようやく錬金術師のありがたみに気づいたのかねえ」

 しみじみと老女が言った。少年はとっさに返した。

「ゴールドをもらったけど、使い方を他に思いつかなかったんだよ」

 

 金は館をでるときに、同朋から気晴らしでもしてこいと言われて持たされたのだった。

 しかし、皆見知った人間ばかりの村で育ったルークである。物々交換で村の中では何とかなるような辺境で暮らしていから、自分の自由に使える金で自由にものを買うという経験がない。

 いざ、やってみるとなるとこれがなかなか難しかった。使い方を思いつかなかったのだ。

「そういうことにしておくよ」

 フリダは笑みを深くした。

 

 少年は一つずつ小瓶の中身を確認していく。彼が質問をするたびに老婆は律儀に答えていった。

「これは?」

「体を寒さに強くする薬さ」

 寒さに強いノルドの少年は呆れたように赤い小瓶を持ち上げた。

「こんなもの必要なのか?」

「南の連中には必要なものなのさ。それにノルドだって使うことはあるよ。吹雪の中をどうしても移動しなければならないときなんかにね」

 

 釈然としない表情で元の場所に小瓶を戻すと、今度は緑の小瓶を指さした。

「じゃあ、これは?」

「それもよく使われる薬だね。病気を良くする薬だよ」

「なんか、普通の薬ばかりだ。もっと何かないの? 死人が生き返るようなものとか」

「まったく、この子は錬金術をなんだと思ってるんだろうね。そんなものあるわけないじゃないか。魔法薬ができるのは、もともと人間が持っている力を使いやすくすることだけなんだよ。死んだ人間はかえって来やしない。魔法でだってできないことなんだから。……あちらへ行ってしまったものは戻ってこないんだ」

 

 魔法薬は人間から力を引き出す。いざというときの戦士の切り札、あと少しマジカを使いたい魔術師の秘薬として昔から使われてきた。

 錬金術とは素材から力を取り出す方法の名である。素材をかじるよりは効率がよく、効果を選別できるが、料理をしているのと変わりはない。それに、魔法薬でできることは大抵魔法でもできるのだ。むしろ魔法のほうがずっとできることは多い。その魔法で死者は蘇らないというのだから、死んだ人間の魂を呼び戻せる方法などあるはずがない。

 そんなもの、あってたまるものか、とフリダは思う。

 

「錬金術ってもっと特別なものだと思ってた」

 あまりに強く老婆が言い含めるものだから、ルークは気が抜けてしまった。

「料理とそうかわりゃしないよ。素材から最高の効果を引き出すのが錬金術師の腕の見せ所なのさ」

 フリダはカウンター上に並べられている小瓶から2つ手に取り、少年に押し付けた。

 

「ほら、持っていくならこれにしときな。寒さに強くなる薬と解毒の薬だ」

「ありがとう」

「それじゃ、保温の薬96ゴールドに解毒の薬31ゴールド。しめて127ゴールドだ」

「え、金をとるのか?」

「当然だろう? あたしゃ商売をしてるんだから」

 今のは、村だったならただで薬を譲ってくれる流れだった。だが、ここはドーンスターの薬屋で、物々交換ではなくゴールドを払う必要がある。少年は衝撃に声も出なかった。しぶしぶと小物袋の口を緩めてゴールドを差し出す。

 フリダはカウンターの上に広がった黄金の硬貨を数えて山を作っていく。

「27ゴールド足りないねえ」

「じゃ、じゃあ、これ返すよ」

 値切るということを知らないのか、素直な少年が薬を押し返そうとした。少年を押しとどめながらフリダはカウンターから身を乗り出す。

「この年寄りのお願いを聞いてくれるかい。そうしたら、値段をまけてあげよう」

 

 申し出に少年は少し考える素振りを見せてから、ゆっくり頷いた。

「いいよ。でも明日には街を発たなきゃならない」

「時間がかかるもんじゃないから安心しな。ちょっと届け物をしてほしいのさ。この老骨にかわってね」

 茶目っ気たっぷりに言って、大き目の籠をひとつ持ち出し、どん、と大げさな動作でカウンターの上に置いた。籠の中身ががさりという音を立てる。

「店に顔をださないどころか、家から出てすりゃいないみたいでね。ちょっと様子を見てくるついでにこいつを届けて欲しい」

「それくらいなら」

 

「あいかわらずいい子だねえ」

 少年はむっとして言い返した。

「子供扱いしないでくれよ。もうステンダール番人の一員になったんだぞ」

「ははは。あたしみたいな婆さんにとっちゃいつまでも子供だよ」

「どこに届ければいいんだよ」

 顔を背けてぶっきらぼうに聞いた。

「ああ、東の端にある大きな家だよ。アロンディルっていう名前の魔術師が住んでるから、そいつに届けておくれ」

 アロンディル。ルークは口の中で小さく繰り返した。

 

 目的の家は街の北東、海に面した海岸沿いにあった。人通りのない桟橋の上を歩いて突き当たりの手前の大きな屋敷だ。魔術師の家と聞いて想像するような鬱蒼とした気配はどこにもなく、むしろあちこちに施されている伝統な装飾が華々しい。

 

 ルークは屋敷の戸を叩いた。

「アロンディル? アロンディルはいるか?」

 声を張り上げたが返事はない。

「どうした」

 生成りのシャツに無精髭、手に酒瓶を持っている通りがかりの男が少年に声をかけた。

「返事がないんだ」

「うーん」

「出かけてるのかな?」

「アロンディルが?」

 男は目を見開いた。

「そんな、まさか! あいつが出かけるなんて、例えソブンガルデがニルンに落ちてきたってあり得ない。酒で潰れてるのさ」

 男はそう言うと何が面白いのか笑い出し、ふらふらとした足取りで去って行った。

 

 少年は酔っ払いを見送ると、駄目もとで扉を押した。すると手の動きに抵抗をせず、古めかしい悲鳴を上げて飴色に磨かれた扉が開いた。

 思わず瞬きをし、ルークは後ろめたさに辺りの人影がないことを確認する。そうして足音を殺して扉の隙間から家屋の中に滑り込んだ。

「おーい! アロンディル!」

 ルークは足元に注意しながら声を上げて家の中を歩き回った。

 人を迎える大広間の大きな暖炉は、火がすっかり小さくなってしまっていて、灰に埋もれた薪が赤い光に輝いている。ルークは灰を掻き分けて、薪を足した。これで、しばらく種火は消えない。

 テーブルの上には銀の水差しが一つ。厨には保存用の食糧ばかりが置いてある。不躾であると分かっていたが、寝室にも踏み入った。他にも食料庫、屋根裏、家の裏戸までのぞいたが人影はない。

 フリダも先ほど出会った男もアロンディルが家にいるはずだと考えているようだったが、留守にしているのだろうか。

 

 一度フリダのところに戻ろう。

 ルークは踵を返そうとした。

 家を出て行こうとしたところでがたりと何かが音を立てた。気を引かれて音の方へ首を巡らせるが、ルークが絶っているところからは何も見えない。

 どうしようか迷っているともう一度、足元から何かが重い音を立てて崩れ落ちるような音がした。それはどうやら下から聞こえてきている。ルークは籠をテーブルにおいて、床に耳を当てた。規則的に木が軋む音がする。間違っても風ではない。

 この屋敷にも大きな地下室が作られているのだろうか。村の建物にはなかったが、ステンダールの館には大きく地下室が作られていて、寝室は地下にあった。地下室は夏は涼しく、冬は暖かい。普通は食糧の貯蔵庫として使われるのだが、家主は魔術師だというし、地下で実験でもしているのかもしれない。

 

 ルークは土に埋もれた遺跡から宝を探し出しているような気分で、床の継ぎ目に注意しながら家中を歩き回った。どこかに地下への入り口があるはずだと確信していた。

 あっさりと、寝台のすぐ傍に四角い切れ込みを見つける。切れ込みの端の方にに力を入れると簡単に落とし戸の蓋が開いて、むっと甘い香りが下から押し寄せてきた。

 顔を覆ってしばらくやりすごし、匂いがましになったころで、緊張しながら地下を覗きこんだ。

 薄暗くてよく見えない。

 

 もっとよく見てみようと、暗がりに引き込まれるように少年は階段を下りた。

 床に足つけたもののやはり視界は暗い。

 あいかわらず、規則的な不吉な音は聞こえてくるし、甘い匂いはますます強くなってくる。無人の館の不気味さは増すばかりだ。

 

 少年は明かりがない地下を手探りで歩いた。

 感触からして床と壁は石造りだ。湿り気の多い地下室を目の前が壁に突き当たるまで前に進み、方向を変える。

 そういうことを繰り返しているうちに、階段が置かれている場所は大きな広間のようになっていることが分かった。広さはちょうど一階の広間と同じくらい。階段側からちょうど反対側の壁に、奥へとつながる通路がある。

 行くか、戻るか。

 ルークは迷った。いつの間にか、例の後ろめたさが胸を満たしていた。

 ここは、見知らぬ他人の家だ。こんなところまで無断に入り込んで、見つかれば泥棒呼ばわりされても仕方がないくらいだ。

 しかし、この先にあるものはどうも普通のことじゃない。

 そんな気がする。

 

 ルークは耳を澄ましてみた。規則正しい、ぎ、ぎという不吉な音はまだ続いている。

 音の源にひかれるようにして、少年は更に奥へと歩き出す。

 うねるような道。たまにぬかるみがあったり、壁に水が張っていたりする通路を慎重に進む。先へ進めば進むほど、どんどんと気温が下がり、いつの間にか床と壁は氷で覆われていた。

 花のような香りはますます強く、冷気は真冬の吹雪のように冷たくなっていた。

 いったいなにが起こっているのだろう。アロンディルが魔法を使っているのだろうか。そうでなければ家の地下に氷が張るなんてことは説明できない。

 

 少年が疑問を抱き始めたころ前方に光が見えた。

 あそこにアロンディルがいるのだろうか。盗人になった気分で木の扉に近づき、鍵穴からつきあたりの小部屋の中を覗き込んだ。

 なんだろう。あれは。

 ルークは自分が見たものを理解できなかった。

 

 寝台の上で人影が揺らめいている。

 どうやら女のようだ。

 長い髪を氷のような青ざめた裸身にまとわりつかせた女が寝台の上で揺れている。

 女が蠢くたびにぎし、ぎし、と木が軋む音が聞こえてくる。その音は徐々に速さを増していき、最後にひとつ男の呻き声が聞こえたかと思うと、反り返った女の体が大きな音を立てて地面に倒れこんだ。

 寝台から男の人影が立ち上がっても、地面に伏した女は動かない。ゆっくりと立ち上がった影はサイドテーブルにおかれていた水差しをひとつ傾けると、隣に羊皮紙か紙でも置いてあったのかもしれない、羽ペンをせわしなく動かしてから、部屋の奥へと向かっていく。

 しばらくして、人影が戻るとその腕に大きなものを抱えていた。

 

 死体だ。

 悲鳴を上げそうになって口を手で押さえる。奥歯をぐっと噛みしめた。

 女の死体だ。

 さっきの倒れた女が動かないのも、すでに死んでいたからなのだ。

 男が寝台に死者をそっと寝かせなにごとかを呟きくと、紫のマジカの光が小部屋に溢れた。するとどうだろう。死んでいたはずの女が起き上がり、陸にうち上げられた魚のような目で男を見つめた。

 ここでようやくルークは男の正体を理解した。

 この男は死霊術師なのだ。

 

 少年は扉から離れると、後ろの廊下の壁にずるずると背を預けてしゃがみこんだ。

 ルークは混乱していた。

 アロンディル、アロンディルはどこへ行ったのだろう。この男がアロンディルなのか?

 死霊術は違法だ。このまま男の前に出て行ってはいけない。見つかってはいけない。では、ここでこの男を殺してしまうのはどうか。それもいけない。

 ただでさえ勝手に家に入っているのだ。ここで家主を襲ったら、ただの強盗になってしまう。

 

 怒りが湧き上がってくるより前に、訳のわからないおぞましさに少年は体を震わせる。しばらくその場にうずくまり心を落ち着かせようとした。

 そして、ふとルークは顔を上げた。

 死霊と目があったような気がした。

 身が凍るような無感情な視線が少年に注がれている。

 その瞬間、少年は本能に突き動かされて立ち上がり、衝動のままに足を動かした。

 

 

 はっと気が付いた時には、目の前の男にぶつかっていた。反動でルークは背後に倒れた。

 抱え込んでいた籠から、赤と青の花、乾燥された木々の葉があたりに散らばっていく。

「おっと、気をつけろ。よ……ルーク? こんなところで何をしているんだ?」

 頭上から落ちてきた声は少年の知っているものだった。

「テオドール」

 真っ青になってそのままわなわなと口を震わせる少年にテオドールは異常を察した。少年をつれて人混みから外れ、商人たちの店の裏手に出る。

「何があった」

「テオドール、アロンディルだ。街に死霊術師がいるんだ。どうしたらいい」

「死霊術死だと?」

 死霊術は廃れて久しい。かつて帝国ギルドで死霊術が禁止されたからだ。いや、正確には禁止されたのは死霊術ではなく、死体の所持である。死霊術の使用は犯罪にならないが、死体に死霊術を駆けた場合は死体の持ち主から死体を奪ったことになるとかで、もうほとんど屍を使った術を見かけることはない。

「ほんとだ、嘘じゃない」

 少なくとも、こんな街中では。

 テオドールはそう考えた。しかし、ルークは法螺を吹くような性格ではない。もしも少年の言葉が真実ならば衛兵が出張るくらいの大事だ。

「首長のところへ行くぞ」

 

 頑固もので知られているドーンスターの首長は二人の言葉を取り合わなかった。街の住人にはあるていどの首長の信用がなくてはなれるものではない。住人と旅人、そのどちらに首長の信用があるかは明白だ。

 宿に戻ったころにはすでに日は暮れかけていた。

「ルーク、諦めろ。今はどうしようもない」

 うろうろと部屋の中を歩き回っていつまでたっても落ち着かない少年の姿に口を出した。

「でも!」

「明日の朝には街を出るんだ」

 ルークとテオドールは睨み合う。

「じゃあ、死霊術師を野放しにしていていいのか!?」

「生きている人間を連れ去っているわけじゃない」

 いままでテオドールが出会ってきた悪質な魔術師たちに比べれば、アロンディルとかいう魔術師はたいしたことはしていない。せいぜいどこから死体を盗み出した程度だろう。生きている人間が消えたのならば、今度こそ首長も衛兵を動かす。街の中のことはデイドラがかかわっていない限りは衛兵たちの領分なのだ。

「じゃあ、たとえば今からその魔術師の悪行を暴くとして、それは本当にお前がやらなくてはいけないことなのか?」

 テオドールの言葉にルークは返す言葉を持たなかった。ルークは拳を握りしめて俯いた。

 

 沈黙が舞い降りた室内にノックの音が響いた。

「いるかい」

「ああ」

 テオドールが扉を開けると宿の亭主が顔を出した。

「お客人だよ」

 宿の亭主の後に続いてローブ姿の女が現れた。

「マデナ・メリリスと申します。ここドーンスターで宮廷魔術師として首長に仕えています」

 そう告げると、彼女は宿の亭主に軽く手を振った。男は頷いて部屋を後にする。

 扉が閉まると女魔術師は静かな声で話し出した。

「約束もせずにこのような時間に訪れたことを、まずは詫びましょう」

 上品な仕草で礼をとる。

「なんの用だろうか」

 首長の側近がただの旅人のもとに日が暮れた頃にに訪ねてくる。これは、やましい事情があると言っているようなものだ。

 テオドールはいったい何を要求されることになるのかと身構えた。

「昼のことです。あなた方二人の話を私も聞いておりました。なんでも、街に住む召喚術師、アロンディルは死霊の術の使い手であるとか」

 はっとルークは顔を上げた。

「そうだ……そうなんだよ……!」

「ええ、分かっていますよ」

 マデナは少年をなだめる。

「どういうことだ」

 一方テオドールは怪訝な顔をした。

「前々から怪しい噂の多い方でした。夜中に大荷物を抱えて通りを歩いているとか」

 マデナは意味ありげな微笑をみせる。

「いま衛兵が彼の家に詰めかけている頃です。明日の朝になる前にはアロンディルに沙汰が下るでしょう。いかに有用であろうとも、法を犯すものを置いてはおけません。ここは帝国に近すぎる。危険な火遊びはできない」

「なぜそれを俺たちに話す」

「理由などありませんよ。……あえていうなら、顛末が気になるだろうと思ったまでです」

 この女が何を考えているのかテオドールには分からなかった。

 

 女魔術師はおや、と首をかしげてルークを見やった。

「それを見せてみなさい」

 女が指さしたのは少年の首に揺れている金の指輪だった。あくまでも穏やかな雰囲気を崩さず彼女は掌を差し出す。

 少年はわずかに戸惑い、得も言われぬ迫力に押し負けて、しぶしぶと指輪を差し出した。

 魔術師は指輪をゆらめく蝋燭の火にかざして、踊るように色を変える黄金を見つめる。

「これは、どこで?」

「ノルドの古い墓で見つけた」

 どこか遠くを見つ得るまなざしで魔術師は告げる。

「ひとつでは効果はないようだけれど、これは魔法のかかった品です。お前のところに来たということは、何かあるのでしょう。大事にしなさい」

 マジカを用いたものではない、何か不思議な力が存在するような気にさせられる口調だった。もしかしたら本当に話しに来ただけなのだろうか。そう警戒したままのテオドールに女魔術師が別れの挨拶を告げる。

 そして、彼女は振り返った。

「ああ、そうでした。フリダには私から話をしておきますからね。安心しなさい」

 その夜は喧騒が止むことはなかった。女魔術師の言ったとおりに捕り物が行われたようだった。

 

 翌朝、東の空が薄く紫に染まり始めるころ、二人の旅人が港と街を背にして道の上に立つ。

 街が目覚める前のしんとした静けさ。息をするだけで肺に突き刺さる寒さ。

 ルークは荷物を背負いなおしているインペリアルの青年を仰いだ。

「どこへ?」

 紺碧の空に声が吸い込まれていく。

「ウェイノン・ストーンズだ」

 まずはやるべきことを。そして生き残る。いまのところ、それが望みをかなえる一番の近道なのだろう。少年は顔を上げた。

 

 

 

   ▼保温の薬を手に入れました

   ▼解毒の薬を手に入れました

 

 




 ドラゴンファイア
ニルンとオブリビオンとを隔てていた炎。聖アレッシアとアカトシュの契約により、アレッシアの血筋を継ぐ者が王者のアミュレットを身に着けている間、オブリビオンからニルンへの侵略を防いでいた。前王朝の皇帝たちはアレッシアの血筋だった。
第4紀にはこの炎はすでに消えていて、ニルンは無防備な状態にある。

 フリダ
錬金術師。「乳鉢と乳棒」の店主。ゲーム中での種族はElder(お年寄り)。亡き主人の形見である純合金の指輪を回収するクエストがある。
昔からドーンスターに住んでいるということからノルドであると設定した。

 アロンディル
死霊術師。ネクロフィリア。ゲーム中では、研究のせいでドーンスターを追放されユングビルドに隠れ住んでいる。
彼について詳しく知りたい方は「アロンディルの日記」をどうぞ。

 マデナ・メリリス
魔術師。ドーンスターの宮廷魔術師として首長に仕えているブレトンの女性。ドーンスターの良心。


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2-3.ツンドラを行く

第4紀196年 蒔種の月15日(3月15日) ペイル地方

 

 

 ルークとテオドールは朝早くドーンスターを発った。

 立ち込める雪煙が朝焼けの光に照らされて、ときおり思い出したかのように光る。

 二人は街道を南に向かった。

 

 雪が解けるまで一面雪に覆われたままのウィンターホールドとは違って、ドーンスターではまばらに木が立ち並んでいる。旅の初めは、遠くに影を見つけてはのんびりと白い雪をかぶった黒い枝が太陽の光に暖められて、溶けだした雪が落ちる様子を楽しんでいたが、それが何時間も続くとさすがに飽きてくる。

 ルークは退屈を紛らわせるために黙々と前を歩いているテオドールに話しかけた。

 

「ウェイノン・ストーンズってどこにあるんだ?」

 前を歩く神官の姿のインペリアル、テオドールは振り返らずに答えた。

「南だ。ダングスタッド砦から2日。ホワイトランとの境の近くにある。オイアヴァールから聞いていないか?」

 ルークがステンダールの番人たちの同朋になって拠点であるペイルの館へ移り住んだのは、年の暮が迫るころだった。

 

 山脈を越え、針葉樹の林と雪の降り積もる野を越え、山の中腹の辺りに番人たちの館は立っている。館はどっしりとしたオークの木で立てられた村では見たことないほど大きな建物で、一階は大きな広間のようになっていた。ノルドの建物の例に漏れず、大きくて立派な暖炉があった。地下にも部屋があり、訓練室や寝室になっていた。

 

 ルークは頻繁にグスルに呼ばれては地下に行き、剣に斧、槍など様々な武器の扱いを覚えた。戦士としてどんな武器も扱えるのは当然のことだったから、せめて最低限使えるようになろうとルークは努力したのだ。ほかの番人と手合わせをしながら、短い間に武器の扱いをみるみるうちに拾得していった。

 

 オイアヴァールからはオブリビオンのことや、ニルンのことを教わった。彼は神話やおとぎ話の出来事、幾度もの王朝の起こりと滅びを、まるで見てきたかのように鮮やかに、独特な唄と共に語った。他にも簡単な魔法、錬金術、占星など、いままでまるで考えてこなかったようなことの基本的な事柄について学んだのだ。

 

 短いような長いような3ヶ月のことを不思議な気分で思い出していると、テオドールの声がルークを晴れた空の下に引き戻した。

「分からないか? ウェイノンだ」

 ルークはウェイノン、ウェイノン……と口の中で繰り返した。オイアヴァールの話の中のどこかに出てきた。長のカルセッテからも聞いたことがあるはずだ。

 

「ああ!」

 はっとひらめいて声を上げた。

「帝国の学者の名前だ」

 少年の様子に、テオドールは面白げに先を促す。

「それで?」

「ええと、確かクヴァッチの英雄が初めに現れたところの名前だよ。ウェイノン修道会だ」

「他には?」

 確かにまだオイアヴァールの話は続いていた気がする。頭の隅に引っかかっているが思い出せない。

「ウェイノン修道会はマーティン・セプティムを擁したブレイズの拠点の一つだった。ブレイズ、皇帝マーティン、クヴァッチの英雄。かつてオブリビオンの動乱に立ち向かった彼らの志を受け継いでいだのが、ステンダールの番人だ」

 ばらばらだったものが整然と目の前に現れてルークは頷いた。

「他にも、ウェイノンの弟子たちの末裔が聖蚕の僧侶だとも言われている」

「たしか、星霜の書を読み解く人たちだよね」

「そうだ」

 

「それで、ウェイノン・ストーンズって何があるんだ?」

「何もない」

「え?」

 ルークは驚いた。聞き間違えたのだろうか。

 テオドールは不満を隠さず不機嫌に告げた。

「だから、ウェイノン・ストーンズには何もない。どこの神とも分からない古い神像とタロスの像があるだけだ。そのタロスの像も、もうなくなっているかもしれないが」

 ウェイノン。古く偉大な血脈に連なる名のついた場所に何もないという。それなのにわざわざ行かなければならないのはなぜだろう。少年は困惑した。

「何もないのに、なんで行くんだ」

「お前が旅の作法を覚えるのには、ちょうどいいだろう?」

 ルークは不満が腹の底でとぐろをまくのを感じた。

 

 旅の中では火を起こして食事をすることひとつに一工夫が必要だったし、天幕を張る場所を選ぶことやどれだけ食料を持てば人のいる場所まで食いつなぐことができるのかということ、危険な獣を避ける方法も知らないではすまない。過ちに気がついたときに支払うのは自らの命だからだ。覚えるべきことは多く、彼の言い分が当然のことであるとは分かっていても、直接まだまだ役立たずだと言われるのは腹が立つ。

 

「それに、何もないということを確かめにいかなければいけないしな」

 テオドールは自らに言い聞かせるよう口に出した。男は傭兵から受け取った、魔方陣のようないくつもの線と円の広がる地図を思い浮かべていた。

 

 ソリチュードとホワイトランを結ぶ街道のような地方の中心地をつないでいる主要な道には、たいてい徒歩で一日程度の距離ごとにに宿がある。宿がなければ雨風を避けるための無人の小屋が、それも無いときには野営のための広場が存在した。その場を訪れた旅人たちが少しずつ木の枝を払い、土を均して、長い時間をかけて自然と作り上げられた広場だ。二人は日があるうちに、道の脇が大きく開けた場所にたどり着いた。

 

 ルークは広場の端の大きな木の下に荷を下ろして天幕を張った。それが終われば雪をどけて、土に穴を掘って周りを囲み、小さなかまどを作る。

 これは旅が始まってから覚えたことだ。ルークの仕事だった。一人で火を付け終えると、火の番をテオドールに代わる。

 

 そして、弓と矢筒を背負ったルークは木立ちに踏み入った。日が暮れるまでの短い間に狩りをするのだ。獲物が取れれば夕食が豪華になり、旅に余裕ができる。

 長い影を落とす木々の間を音をたてないようにして歩き、ちょうどルークの体ほどの大きさの岩の影に身を隠した。

 ルークは昔から弓には自信があった。昔から獲物に恵まれていた。昨夏の狩りでは、とうとう一矢たりとも外すことがなかったほどだ。

 

 これには理由がある。ルークは自分自身ですら知らない間に恩恵を授かっていたのだった。

 定命の者は神々の力の欠片を恩恵として得ることができる。

 遙か天空に広がる神々の住まい、エセリウス。

 星や太陽は世界の天蓋に開けられたエセリウスへの通路だという。その星を利用して古代の人が描いた絵図、星々の象徴が人に力を与えているそうだ。

 しかし、どのような恩恵を持つことができるのかは冬の天候のように運任せであり、小さな人の身で選べることではない。いつ、どのように与えられるのか、ほとんど理解されていない。

 ただひとつ確かなのは、訓練を積むものが恩恵を得ることが多いということだった。世にいう達人とは、努力を積み重ね一つの道を究めることで数多くの恩恵を集めたものたちのことなのだ。

 

 ルークは13歳にして、その恩恵の一つを持ち合わせていた。

 遠くを見渡すことのできる目。番人のグスルやオイアヴァールは弓の星の恩恵であると言っていたが、ルークは嬉しいと感じるのと同時に、少しの落胆を覚えていた。どうせなら剣の恩恵だったらよかった。斧の扱いでもいい。弓ではノルドとして恰好がつかない。

 ルークの些細な不満とは関係なく、せっかくなのだから持っているものを生かせ、と言われてステンダールの館の一員になってから、この旅の最中でも、余裕があれば弓を引き獲物を狩っていた。

 恩恵というものを自覚してから、ルークの腕はますます冴えわたった。

 

 すぐにルークは弓で兎を一羽捕らえてテオドールのいる広場まで引き帰した。矢を失うこともなく獲物を狩ることができたので成果としては上々だ。

 満ち足りた気持ちで夕暮れの迫る雪野を見渡し、街道の上に見慣れないものを見つけた。

 遠くに煙が立っている。傾いた日の光で赤く照らし出された風景の中に浮かび上がる小さな黒い点。ルークは弓を構えて心を落ち着けると小さな点に集中した。

 ふっと何かが切り替わってすべてが遠くなったあと、遠くの木々が触れられるのではないかと錯覚するほど大きく(・・・)なる。ルークの目に映ったのは馬だ。轡を食んだ馬が鬣をりみだして走ってくる。御者台に男の姿。

 荷台を幌で覆った馬車が疾走していた。

 

 ルークは広場に駆け戻るとかまどで雪を溶かしているテオドールに向かって叫んだ。

「テオドール、向こうから馬車がくる! すごい速さだ」

「まずいな。早く荷を持て。時間がないぞ」

 そう呟くと、テオドールは気配を引き締めて立ち上がる。

「あれは?」

「逃げているんだ。このままだと巻き込まれる」

 彼は手早くテントを畳んで荷をまとめ、素早く背負いなおした。少し遅れてルークも荷を持って男の後に続いた。

 

 テオドールは雪煙の向こうに何があるのか見透かそうとした。

 この平坦な道で雪煙が見えるほどの速度だ。馬車というのには間違いない。それが逃げている。それも、地平の雪煙が見えるほどの速さで。

 なぜ、あの馬車は急いでいるのか。それが問題だった。

 実のところ、軍の伝令や配達人を除いて、街道を走るものはいない。旅人たちには走るほど急ぐ理由がないし、商人ならば馬車を走らせて荷車を痛めるのは損だと考えるものだ。衛兵の巡回もここスカイリムでは徒歩である。

 間違いなく厄介ごとだった。少年の背を押して、雪野に進んだ。

「行くぞ。武器は抜いておけ」

 

 木陰に身をひそめてからしばらくして、猛烈な勢いで走ってくる馬車の後ろから四足の巨大な獣が見えた。スカイリムでマンモスと呼ばれている、茶色の体毛と長い牙を持つ獣が馬車を追いかけている。

「うわ……」

「静かに。間違っても出て行こうなんて考えるな」

 そわそわとした様子の少年をテオドールは制した。そうでもしなければいまにも飛び出していきそうだった。

 マンモスは力が強い。その力によって振り回された長い牙をくらってしまえば人間などひとたまりもない。たった二人でマンモスの相手ができるわけがない。

 見捨てるのかと無言で訴えてくる少年の視線を無視して、テオドールは雪の中に身を伏せ、突っ立ったままの少年を引き倒す。

 獣は馬車に夢中になっている。二人には気づきそうもない。テオドールはやり過ごせると自分自身に言い聞かせた。

 

 馬が石畳の上を疾駆する音が人気のない荒野に虚しく響き、二人が野営をしようとしていたあたりに差し掛かったとき、とうとう馬が力尽きた。どうと煙を上げながら倒れこみ、綱を長柄を巻き込んで、馬車もろとも横倒しになった。

 

 御者の男は幸運なことに馬車の下敷きになることなく道の上に放り出されたが、このまま地面の上に倒れこんでいたのでは獣の疾走に踏みつぶされてしまうだろう。男はあわてた様子で立ち上がると、必死に馬を立ち上がらせようとした。

 男が焦れば焦るほど手元は狂い、獣が近づいてくることを感じた横倒しの馬が怯えて暴れ、ますます手が付けられなくなっていく。

 

 もうすぐそこまで激怒したマンモスが迫っていた。

 ちらちらとテオドールの方をうかがっていた少年がとうとう耐え切れなくなり、その場に立ち上がった。

「おい! こっちだ!」

 マンモスが少年の声に耳を一振りした。獣が少年の方に顔を向けたのを見て、気づかれたとテオドールは顔を青くする。

「だが……馬が!」

 馬は一財産だ。置いていくわけにはいかないと考えるのにも納得はいく。

「命と、どちらが大事だ!?」

 いまだ馬を馬車から解放しようと悪戦苦闘している男に向かって、さっさとこい、とテオドールは叫んだ。

 響いた怒声に、男はわずかに逡巡したあと、転がるように走り出した。

 

 二人から三人になり、彼らはさらに街道から離れて木立ちに入り込んだ。

 石畳の道に比べて雪が深く、足取りは重くなった。それでも、障害物の一つもない雪原にいるわけにはいかない。

 大きな岩を見つけると、テオドールは少年と男に毛皮を手渡した。

「これを羽織って岩陰に隠れる。絶対に声を出すな。身じろぎもするんじゃない」

 頬を紅潮させて不思議そうにしている少年に念を押す。

「いいか、絶対に動くな」

 マンモスは目がよくない。耳と鼻のよさは獣のそれだが、こうして毛皮の下に隠れて人間の姿と匂いをごまかしてしまえば、まだ間に合う。

「しっしかし、そんなことで本当に助かるのかっ」

 馬車から転がり出てきた男が怯え、少年が鋭い視線でこちらを見ている。

「信じろ」

 強い語調で言うと二人は黙って頷いた。

 三人はそれぞれ毛皮を被って岩のくぼみにうずくまった。

 

 やがて、大地を揺るがす地響きがゆっくりとこちらに近づいてきた。

 テオドールの思惑通り、マンモスは人間たちを見失っているようだ。大きな体をした獣が若木をなぎ倒しながら、三人が隠れている岩の周りをうろうろと歩き回っている。

 

 喘ぐように息を吸うと、震えながら吐き出した。じっとりと毛皮をつかむ掌にいやな汗をかいている。毛皮をかぶって隠れたところで、マンモスがそばによって来たらきっと見つかる。こうやってじっとしている時間の分だけ危険は増す。

 

 何もせずに死んでいくなんて認められない。いますぐにでも立ち上がり、全力でこの場から逃げ出してしまいたい。それともメイスを振りかぶって戦うほうが生き残れるだろうか。

 何もしないよりはましだ、と叫びだした本能を意志の力でねじ伏せてテオドールはその場にとどまり続けた。獣の荒い息を感じるたびに、早くどこかに行ってくれとは祈った。

 

 じわじわと体に寒さが駆け上り始めるころになって、遠くからまるで呼び声のような大きな雄叫びが聞こえた。三人は何事かと寒さで凍えきっている身をさらに固くする。

 ところが、マンモスはゆっくり振り返って長い鼻を一振りすると、夕闇の垂れ込める雪原へと消えて行った。

 影が遠くに見えなくなるまで、つまり危険が完全に去ったと信じられるまで、彼らはその場にじっとうずくまったまま、身を震わせていた。

 

 大きな獣の影が夕闇の中に消えると彼らは立ち上がって、互いに無事を喜び合った。

 魔法を使って木の枝に火をつけ、薄暗い中をなんとか街道まで戻る。

 夜は獣たちの世界だ。身の安全のために火は絶対に必要だった。

 男と共に元の広場に戻ったとき、無残に踏みつぶされた馬車の残骸と積み荷が残っていたが、馬はどこかへ逃げてしまっていた。

 

 火を囲みながら、小太りの男が軽く頭を下げる。なんでも街から街へと渡り歩く行商人なのだという。

「いやあ、助かった。わたしはクインタスと申します」

 そういって男はテオドールに手を差し出した。しかし、テオドールは険しい顔をして腕を組んだまま答えなかった。

 男はテオドールの頑なな態度に肩をすくめると右手を引っ込めた。

「ドーンスターへ向かう途中でね。神官さんたちは巡礼かい?」

 

 二人は巡礼の神官とその見習いの姿をしている。

 巡礼の最中の神官というのは都合のいい芝居だ。旅をしている理由には困らないし、修行中だといえば無理に秘跡を求められることがない。修道院は人一人来ないような山中にあると言ってしまえば、所属する修道院の名前も大したことではなくなる。

 

「そうだ。南へ行く」

 修行中だというのも、神に仕えているというのも事実だ。嘘ではない。テオドールはそっけなく答える。厄介ごとに巻き込まれたという気持ちが消えない。

 未熟な少年は言わずもがな、テオドールは荒事は苦手だ。二人の腕ではデイドラの信徒に襲われて無事では済まない。それをを避けるための扮装だが、厄介ごとは放っておいてくれないらしい。神に気に入られるというのは、本当に難儀だと少年憐れみを覚えた。

 

 そう考えると案外巻き込まれたのはこの行商人の方かもしれないと思われて、悄然としているクインタスにテオドールは慰めの言葉をかけた。

「あなたも災難だったな」

「本当に。ああ……あなたたちに会うことができて本当に良かった! 命の恩人だ!」

 彼は命の危機から脱して感極まったように礼を述べた。

 彼はかろうじて残っていた荷の中から、葡萄酒や蜂蜜酒を二人に振る舞った。他にも、保存のきく香辛料がたっぷり刷り込まれた肉や干した木の実が三人の腹に収まる。

 

「これ、よかったのか?」

 少年が干した果実をかじりながら聞いた。クインタスは笑って首を振った。

「わたし一人ではとてもドーンスターまで運べない。こういうのは地面に転がってしまうと売り物にならないからね。それよりは、恩人に食べてもらった方がいい。あとは、そう。神官のお二人にお布施といったところだね」

「売り物が売れなくなってしまったら、あんたは困るんじゃないか」

 心配げな少年に向かって商人は言った。

「なあに、心配することはないさ。無事だったものもあるから、街に行けばなんとかなる」

 

「それにしても、いったい何をやったんだ? マンモスはおとなしい獣だったと思うんだが」

 テオドールが言葉を発した。

 マンモスは巨人に飼われているおとなしい家畜だ。近づきさえしなければ、長く恐ろしい牙の餌食になることはない。

「ははは、興味本位で近づいてみたら、あんなことになってしまってね」

 目が泳がせながら頭をかいた男に、ルークが疑わしげな視線を投げかけている。

「本当に?」

 うっとつまると、男は吐き出した。

「つい、魔が差しまして……」

 今度こそ男は嵐から自分を守るかのように身を縮こませて、後ろめたい事実を口にした。

「巨人の野営地に盗みに入ろうとしたんです」

「うわあ」

「なんて命知らずなんだ……」

 

 男に巻き込まれた二人は、あまりの無謀さに呆然と口を開けた。

 マンモスの骨、命を落とした山賊の装備。巨人の野営地は宝の山だ。

 ただし、巨体を持ったマンモスの群れをかいくぐり、そそり立つ巌のような巨人を出し抜かなければならない。

 真正面から倒すなら一流の戦士が何人も集まり、統率をとって挑む相手。手を焼く場合は衛兵や軍人すら動員される討伐になる。

 それをわざわざ怒らせるなんて。シェオゴラス信者か何なのだろうか。

 ルークが信じられないものを見てしまった顔をしている。

 

「ともかく、命が無事で、本当に良かった」

 自然と言葉が優しくなった。二人は一気に一日の疲労が押し寄せてきたような脱力感を覚え、その夜の談話はそこで解散となった。

 二人は日が出る前に起き出して、天幕として使っていた幌を荷に仕舞い込み、早々に出立の準備を終えた。行商人の男も宝飾品と金をかかえていた。

 

「クインタス。ここ、スカイリムにおいて勇敢さは美徳だが、昨日のようなことは勇敢とは言わない。あと、あまり力に頼りすぎるとゼニタールの寵愛を失うぞ」

 ゼニタールは交易による繁栄を教えとする商人たちの神だ。神官の忠告にクインタスは恥じ入った。

「ええ、その通りです。ゼニタールは力による繁栄をお喜びならない。心に留めておきます」

「あなたの行き先に神々の加護があるように」

「望外の出会いを神々感謝いたします。あなた方にも御加護がありますように」

 旅人たちは別れの挨拶を告げると、商人と番人の二人は北と南に分かれて歩き出した。

 

 

第4紀196年 蒔種の月17日(3月17日) ペイル地方

 

 

 ドーンスターを出発してから3日、無謀な行商人と別れてから2日後の夕方にルークとテオドールはタングスタットにたどり着いた。

 まばらな緑が白い雪の上に顔を出し、突き出した岩の影には凍りついた雪がうずくまっている。谷間の底に一本の道。その道上に木組みの壁に囲われたいくつもの建物が現れる。

 

「おーい」

 砦の門から、道上の二つの人影に向けたのか、門兵が叫んだ。山から投げかけられている黒々とした影が地に落ちていて、門兵の様子は判然としない。

「おーい、そこの旅の人!」

 彼はテオドールとルークに声をかけているようだった。

 ルークは首を傾げた。

「なんか叫んでるぞ」

 ただの旅人になぜ門兵が声をかけるのか、ルークは分からなかった。

「急ぐぞ」

 つぶやいたルークにテオドールは答えると足を早めた。さらにもう一度。

「おーい!そろそろ門を閉めるぞ、お前たちは中に入るのか!」

「二人だ!入れてくれ!」

 テオドールが言い返した。

「急げ!」

 

 空が暗い紫に染まるころに二人は門兵に歓迎されながら砦の門をくぐった。二人の背後でずどんという音を立てて、男の腕ほどもある太さの綱で吊り下げられていた巨大な木でできた門が雪の上に突き立った。

 

 タングスタット砦はホワイトランとペイルの境から一日ほどの距離にある。ドーンスターから南へと抜ける道はタングスタッドを通るこの道も含めて2つしかない。もう一方の道の傍には大きな村や町はないものだから、ドーンスターに陸路で向かうならば、必ずこの砦を訪れることになるのである。

 

 徐々に陰影の濃くなる夕刻の砦を、テオドールの後に続いてルークは歩いた。

 街の中はもう夜になるというのに、篝火で煌々と照らし出さており、門の傍に設けられた櫓の上には矢筒を背負った人影が見える。ドーンスターやスノーコーストのような港とは違ったつくりだ。

 

「何を見張っているんだろう?」

「山賊や盗賊だ。もしかしたら他の地方の兵士を警戒しているかもしれない」

「戦に備えてるんだ。でも、なんだか、へんな感じだな」

 ルークの視線の先、櫓の上で物見たちが物をやり取りしている。かと思えば、ぐっと飲み物を煽るような仕草。砦全体が酔ったノルドのようにに浮ついている。ドーンスターで聞いた話を思い出しながらテオドールは頷いた。

「ここのところ盗賊の被害がないからな。気が緩んでいるんだろう」

 ルークはふうんと相槌を打った。

 

 砦というのだから、行き交う人々はみな帝国か、ドーンスターの衛兵かのどちらかであるとばかり思っていた。でもどうやらそうでないらしい。

 ルークやテオドールと同じように大きな荷物を背負って歩いている旅人、2日前に別れたような荷馬車の世話をしている行商人。非番の兵士が酒と女を抱えて陽気に通りを行く姿もあった。

 酒場からは人の談笑が絶えず、生活のための白い煙が家屋から立ち上っている。

 

 大通りを歩いて左手にある看板によろめきのサーベルキャット亭という文字が書かれている宿屋の扉をくぐった。店の中は人であふれかえり、客の相手をする女、女目当ての兵士がカウンターに陣取っている。夜長の楽しみにと吟遊詩人の周りにあつまって、しきりにああでもない、こうでもないと唸るものもいる。狭い空間にたくさんの人が集まって、暖かな空気がじっとり湿を帯びているように感じられた。

 

 特に目につくのが店主と宿の算段を付けている商人だ。値段の交渉をしている商人の後ろに傭兵が二人立っていて、戦斧を背負ったままの男が角の生えた兜の下から鋭い眼光で周りににらみを利かせ、一見気もそぞろにあちらこちらを見回している女は店の客たちの様子をさぐっている。

 商人と店主との間で話がついたのだろう。商人は店主と固い握手を交わすと女の方に話しかけた。女は商人の耳打ちに頷いて、店の外へと出ていくと仲間を連れて戻った。そして、そのまま彼らは酒宴へと突入していった。

 

 彼らの後にテオドールとルークはぴかぴかのゴールドで一晩屋根のあるところで寝られる権利を手に入れ、噂話に花を咲かせる旅人たちの輪に加わった。

 

 夜が深まっていくうちに、集まった人々は所属も性別も果ては種族さえも関係なく存分に食べて、飲んで、歌った。

 吟遊詩人がクヴァッチの英雄の活躍を謡い始め、そのうちに店主が店の客全員に料理を振る舞った。そして隊商の商人が店で一番上等な酒の大樽を開けたところで、人々の熱気は頂点に達した。

 

「ほれ、おまえも飲め、飲め! 小さな同朋におごりだ!」

「えっああ」

 宿の大広間でルークは蜂蜜酒がたっぷり入った酒杯を押しつけられた。この男も、隊商のうちの一人だ。

 彼は警戒心というものを忘れてような笑顔で、ルークに酒を押し付けると、追加の酒をとって戻ってくる。テオドールの方は、いつのまにか葡萄酒の深い色を湛えた杯を抱えていた。

 

「俺はジョード。やっこさんの護衛さ。あんた方は?」

 上機嫌に酒を煽る商人の方を指さした男が太い声で言う。

「俺は神官のテオドール。こっちは見習いのルークだ」

「ほんとうに、神官さまだったか! どちらまで?」

 ジョードは道化のように大仰にかしこまって見せた。

「ウェイノン・ストーンズだ」

「へぇ」

 面白げに歪んでいた唇が逆方向へと曲がり、熱を失った声で言う。

「ウェイノンっていやぁ何もないっていうけどな」

「こいつの修行の一環さ。こいつはいままで旅をしたことがないんでね」

 テオドールがルークの肩を叩いた。すると、一転男は表情を明るくして少年に話しかけた。

「おお、そうなのか。どうだった? 初めての旅は。なかなかいいもんだろう」

「いろんなところに行くのは面白いよ」

「そりゃあ良かった。最近は盗賊連中が少ないからな。俺たちも楽に稼がせてもらってる。護衛なんてどうだい? 安くしとくぜ」

「おい。こいつに変なことを吹き込むのは止めてくれ」

 神官の男の呆れ顔に、ジョードは肩をすくめる。

「しっかりした保護者がついてるな」

 ルークは彼の言い方に腹が立って脛を蹴とばしたが、赤ら顔のジョードは欠片も気にすることなく笑っていた。

 

 一杯目、二杯目と杯を開けるうちに、ふと酔っぱらって話し続ける商人の話に辛抱強く耳を傾けている傭兵の背中がテオドールの視界に入る。

「あそこのノルドの御人が、お前たちの部隊長か」

 それを見つめるテオドールは酒のものでは無い熱に浮かされている。羨望だった。

 

 ノルドは戦いに優れている。張り合おうとしても根本のところで違うのだ。あの戦鎧、戦斧を背負ってはたして雪の中で戦えるだろうか。少なくともテオドールはできない芸当だ。シロディールのインペリアルにも重装騎士たちがいるが、彼らは馬に乗り平原で戦うことが本分だ。極寒の雪の上だろうが、視界の悪い森の中だろうが、どこでだって勝利をもぎ取ってくるノルドとは違う。

 

「部隊長か。……確かにあの人の腕はすごいが、俺たちは部隊ってほどの集まりじゃないんだ。みんな流れものでね。今回の仕事に参加した中では、あの人が一番の格上だから、雇い主の旦那の相手をしてくれてるのさ」

「ふーん。傭兵でもそういう仕事をするんだ」

 少年が無邪気に口を出す。

「そうさ。商人と話さなきゃ仕事が決まらないぜ!」

 その一言の何が面白かったのか、ジョーとはげらげら笑うと、彼は調子を良くして自らの(いさお)しを語り始めた。

 ひとつ話を聞いては顔を輝かせる少年に、テオドールは苦い気持ちでため息をついた。

 

 ルークのことは上機嫌に話を続けているジョードに任せて、テオドールは旅人たちの話の輪に加わった。

 しかし、ジョードの話した通り、近辺には人を襲う輩の影も形もないそうで、旅人たちの噂話はもっぱらあちこちの名物だった。スキングラード産のワインはうまいから一度行くべきだとか、ソルスセイムに行ったならネッチを見ておくべきだとか他愛もない話ばかりが交わされる。そうしているうちに夜が更け、ふらふらとし始めた少年をジョードから引きはがして寝床に押しこめた。

 

 もうしばらく噂話を集めようと大広間に戻ると、商人の傍で酒を飲んでいた傭兵と視線が合った。後姿と兜をかぶった姿しか見ていなかったから気づかなかった。知っている顔だ。テオドールは驚きに声を上げた。

「ヨルビョルン!」

「テオドールか」

 神官の姿をしていたので気が付かなかった、と振り返ったヨルビョルンは悪びれなく言った。

「夜も遅いが、ここで顔を合わせたのも神々のお導きだろう。一杯どうだ」

 以前とは打って変わって、ヨルビョルンはこの砦と同じく浮ついた気配を漂わせていた。

 

「彼はいいのかい?」

 彼の雇い主の商人はテーブルに突っ伏していびきを立てている。雇われているものとしては、彼を部屋まで運んで護衛をしなければならないだろう。

 気を利かせたつもりだったが、ヨルビョルンは稚拙な言い訳をする。

「友を追い払おうというのか?」

「友?」

 疑問の声にヨルビョルンは陽気な笑い声を上げた。

「杯を交わせば一夜の友、戦場で背中を合わせれば一生の友。ノルドとはそういうものだ」

「ずいぶん長い一夜だな」

 杯を交わしてから3ヶ月。テオドールはイーストマーチの緊張の一夜を思い出す。商人たちに値踏みされたあのときに比べれば今回はかわいいものだ。目的の噂の源、旅人たちは広間の中央で酔っ払いになって騒いでいるし、仕事は今日は終わりでいいだろうと考えた。

 

 周囲の空気にあてられ、すっかり気を抜いたテオドールは椅子に腰かける。そして、ヨルビョルンに差し出された蜂蜜酒の入ったフラゴンを素直に受け取った。

 

 両者は右手の杯を掲げた。

「友との再会に!」

「神々の御計らいに!」

 軽く杯を合わせ、一気に飲み干した。

 




 恩恵
訓練と意志とによって得られる技能のこと。それぞれの力をつかさどる星座の恩恵であると信じられている。厳密に体系化は成されていない。地方によっても差がある。という捏造設定。
スキルレベル、パークの概念を導入します。

 よろめきのサーベルキャット
猫好きにはたまらない内装の店。ゲーム本編ではタングスタッド砦は山賊に占領され、店の店主は惨殺されている状態なので、残念ながら実際にどのような営業がされているのかは見ることはできない。
内装は捏造しています。

 スキングラード
タムリエル大陸中央部シロディールの東にある都市。見事な石積みの建物が特徴的。トマトとワインの名産地。
密室殺人事件の舞台だったり、やけにオブリビオンゲートが開いたり、市民でなくても24時間使い放題のベッドがあったりする。


飯食って酒飲むだけの中休み回。


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