魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』 (カゲロー)
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登場人物紹介(参加者)
なお、作中には一部オリジナルの解釈が含まれておりますのでご注意を。
○バトルステータス値解説
EX=計測不能 S=桁外れ A=超スゴイ(Sランク相当) B=スゴイ
C=近代兵器レベル(一般的な魔導師級) D=ニガテ E=超ニガテ F=一般人以下
なお『魔力総量』については個々がその身に宿すリンカーコアの性能に準ずる。
例) 魔力総量:A ならばAランク魔導師相当の魔力保有量を示す。
◎登場時期:『無印』
○Name :
Device:【
・Battle Status
攻撃力 :EX
防御力 :A
スピード:B
射程距離:B
持続性 :A
隠密性 :E
魔力総量:D
成長性 :EX
・Ability Skil
●『
あらゆる次元世界に存在する因子の所有者の情報を感知、解析する”能力”。
たとえ別次元に存在しているとしてもこの能力を防ぐ手立てはなく、一切の防御手段が存在しない。
ただし自動で統べての情報が判明するわけではなく、あくまで現時点での戦力情報に限る。対象を視認することで逐次情報が更新されていく。デメリットとして、他人の日常を常時覗き続けていることと同義のため、他人から無意識下で嫌われやすくなる。
元々、特典として与えられたのは”接触した転生者の能力を解析し、最適な戦術を見出す”という『
●『
魔力を瞬間的に消費することで、限界以上の肉体強化を可能とする”
ダークネスは半融合しているジュエルシードの『次元干渉』を利用して次元の壁を突き破り、光速すら凌駕する速度を叩き出す。多用すると世界を覆う次元の壁を穴だらけにしてしまうため、通常空間では多用できないのが欠点(バトルパラメータでスピードが最高値でないのは、いつでもこの技を発動できる訳ではないため)。
●『
ジュエルシードの産み出す魔力と『次元干渉』能力を、自身の魔法に付与させる”
この技能を用いた加速強化で、発動までの術式を簡略化させたものが『
●『
余波だけで惑星を破壊するほどの威力を内包した超破壊波動砲。魔法的な概念こそ込められていない純粋な破壊の奔流であるが故に、この無慈悲な砲撃の前には対魔法障壁などは無意味と化す。
世界を支えるほどの体躯を持つ大蛇の名を冠したこの砲撃は、対象をいかなる世界の理も意に介さずに飲み込み、ただ“零”へと成す。ただ破壊という一点のみを追求した神代魔法。
●『
ジュエルシードの力で強化させ、破壊力の向上と次元破壊効果を付与させた極限破壊魔導砲。
重複神代魔法と呼ばれる、複数の神代魔法を組み合わせることで初めて発動させられる究極の魔法の一つ。『
●『
純粋な破壊の奔流である神代魔法に『全てを破壊する』という概念を織り込んだ、《新世黄金神》の状態でのみ発動可能な超絶破壊魔導砲。その破壊力故にリミッターを掛けられており、もし全てのリミッターを解除した状態で放ったとしたら、ひと薙ぎで次元世界全てを灰燼と化し、平行世界と隔てられる時空の壁すらも崩壊させてしまう程の可能性を秘めている。
●『
両手の平で集束した魔力球を天空へと放ち、無数の集束砲撃魔法陣を展開、天空を埋め尽くすほどの無数の魔方陣より砲撃を振らせる広域殲滅魔法。
セカイという概念そのものを破壊する概念干渉型の神代魔法であり、その威力は星の表層を消し飛ばして余りある。全力で発動させれば、地球全域を魔方陣の天蓋で覆い尽くすことも可能なほど。
敵味方を識別して、敵対存在のみを打ち抜く性質上、繊細な魔力調節が必要であるために詠唱が必要。詠唱の節は【終末を呼びし暗き光 現の世を黄昏に染め上げ 終焉なる黙示録を告げよ】
●『
『
聖人と称される神の祝福を受けた存在を葬り去る『神殺し』の概念を具象化させており、神、或いは神の加護や恩恵を授かった存在であれば、如何様な“能力”を秘めていようとも問答無用に消滅させることができる。
“
●《
『神成るモノ』を超えた存在、金色の守護竜として己を顕現させる。
”能力”を無効化する『
しかし、肉体的、精神的な反動が大きく、保有する”
保有する”
●『
スペリオルダークネスのもう一つの姿。
人型とはうって変わり、野性味あふれる三つ首のドラゴンへと変身する。
実は『神成るモノ』の段階からドラゴン形態には変身できてはいたものの、この姿になると闘争心が膨れ上がってしまい、理性が薄まってしまうという欠点が存在するので変身は控えていた。
●『
己が内に取り込んだ万物の根源たる”
・人物解説:
本作における主人公の一人。最も早く『神成るモノ』への覚醒を果たした人物。
転生後の幼少時にとある理由から左目を失い、死に瀕するほどの重傷を負ってしまう。一か八か生き残るために特典として受け取っていたデバイスを自身に埋め込んで活力の強化を図った結果、神の揮うチカラを感じ取ることが出来るようになる。神が用意したデバイスは神力の結晶体であったため、デバイスと半融合することで、特典の強化や人間を超えた高次生命体『神成るモノ』への強制覚醒へ至ってしまった。
こうした要因から、元々持ち合わせていた『何があろうとも生き抜く』という目的のために他の総てを切り捨てる事を厭わなくなっていった(神サマからの説明不足という隙をついて、ゲーム開始前に他の対戦者を始末していたのもこのため)。不意打ち上等、相手を排除すればそれでいいという考えに憑りつかれていたが、大魔導師の才能を受け継いだ子どもの方が利用しやすいという理由から救ったアリシアとの生活、決して交わることのないであろう生き方を選んだ花梨への興味などを通じて、徐々に心境が変化している。
彼を知る人々からは『幼い少女をかどわかせるイケナイ神サマ』的な扱いを受けていることを密かに気にしている……らしい。
○Name :
Device:【ディザスター・ロード】 形状:指輪
・Battle Status
攻撃力 :C
防御力 :C
スピード:F
射程距離:B
持続性 :B
隠密性 :A
魔力総量:S
成長性 :F
・Ability Skil
●『
他者の身体、精神はもとより、根源である魂や存在そのものを操り操作することのできる概念魔法。
神代級魔法相当の技術であるために、これを防ぐには同じく概念魔法を行使できるほどヒトを外れた者でなければならない。
この魔法に囚われてしまえば最後、対象の存在総てが塗り替えられてしまう。
●『
“どんなものでも切り裂く”、“対象の存在をなかったことにする”という複数の概念を一つに束ねた重複概念魔法。
元来、概念魔法というものは1つの概念しか内包できないという理が存在するが、異なる概念を込めた糸を束ねて一つの本の糸とすることで、糸に捕えられた対象の理を自由に書き換える事を可能とした。
・人物解説:
常にアリス風の衣装の上に白衣を羽織り、頭にはメカ的な猫耳カチューシャを装備している少女。
『無限の欲望』ジェイル・スカリエッティの妹として誕生し、彼のバックアップとして助手を務めている。
興味のない相手には徹底したドライ主義で、家族とごく一部の例外を除いて、その他の存在は等しく無価値な“物”であると捉えている。大切なものには無上の愛を、切り捨てたものには何ら興味を抱かぬ無関心を。まさに悪魔の如き冷徹さを兼ね揃えた少女。
愉快犯的な一面があり、真面目ぶった相手を悪意ある悪戯でからかうのを趣味にしている(家族に対しては致死に“ギリギリ”至らないレベルの悪戯に留めている)。
もとより神の座に興味はなかったのだが、“
本人曰く『食指に触れれば、男でも女でもイケる』らしい。
○Name:
Device:なし
・Battle Status
攻撃力 :A
防御力 :E
スピード:C
射程距離:F
持続性 :D
隠密性 :C
魔力総量:B
成長性 :B
・Ability Skil
●『
幻獣種ドラゴンの迎撃用に生み出された古代魔法の一種。属性は『無』
神サマより与えられた”FailyTail”に登場する『滅竜魔法』という”特典”を自分に合うようにアレンジを加えたものでオリジナルとは若干性能が異なる。文義上は”能力”に属する(”特典”をそのまま使用しているわけではないから)。
術者の体質をドラゴンに極めて近づける効果もあり、アルクの身体能力が優れているのはこのため。
無属性とは物質の最小単位である原子を操ることが出来るということであり、使い方次第で非常に強力な”能力”ではあるが、アルク本人が脳筋のため十全に発揮できておらず、基本的に原子を振動させることで爆発を起こさせる“爆竜魔法”を好んで使用している。
●『
とある世界を救った聖なる者が振るったとされる、刀身の形状を変化させることで異なる特殊能力を発動させることのできた聖剣の能力を自身の肉体に付与させる。
常時発動が可能なタイプの魔法ではあるが、一度に使用できる特性は最大で二つまでという制約が存在する。
●『
『
『それぞれの能力ごとによる致命傷を一度だけ無効化させる』という限定的な蘇生能力で、該当した特性による生死に関わる傷を負った時に自動的に発動する。
斬撃、爆発、ダメージの蓄積、魔法、風、炎もしくは氷、重量、精神干渉、光など。能力発動は完全に
さらに複数の特性を宿した攻撃……例えば炎を纏わせた斬撃ならば『斬撃』『炎』と二つに当てはまるので二つの能力が消えるという事になる。
●『
『
“羅刹”によって限界を遥かに超えた身体能力から放たれる拳に、邪悪なるものを浄化するという光の属性を付与させた『神代魔法』。
対象が邪悪であればあるほどに威力が高まる特性が籠められた、闇を打ち払う聖なる拳。
・人物解説:
スクライア一族に転生を果たした少年。
ユーノとは幼馴染であり、発掘に赴く際にはコンビを組むくらい親しい間柄。戦闘特化型でオツムの方はあまり良いとは言えないので、もっぱら肉体労働専門だった。これは、葉月に飼われるようになってからも同じことが言える(『暇があれば筋トレや訓練に打ち込んでいる脳筋おバカさん』とは葉月の言)。
気さくで飾らない性格で、初対面の相手ともごく自然に親しくなれるという特技を持つ。
葉月の屋敷でお世話になっている間は、省エネも兼ねて『フェレット』ならぬ『オコジョさん』モードで過ごしている(小動物形態ならば必要な食事の量も少なくて済むから)。
ちなみに動物化魔法を使うとなぜかオコジョになってしまうという変な特技があったりする。
戦闘時には燃え盛る業火のごとき苛烈さを露わにする。近接格闘戦を得意としており、『滅龍魔法』の効果を生かした戦闘スタイルを好む。
某プールでの黒歴史を無かったことにするために、記憶を改善出来るロストロギアを探してトレジャーハンターへの道を進んだらしい。
○Name:
Device: 【ロト】形状:剣、盾、全身鎧の一式
・Battle Status
攻撃力 :S
防御力 :A
スピード:D
射程距離:E
持続性 :F
隠密性 :F
魔力総量:S
成長性 :F
・Ability Skil
●『
荒貴自身ががこの世界の主人公だと信じて疑わない思い込みが昇華した完全自己陶酔型”
●『
かつての世界で誰もが知る伝説のヒーローと自分を同意存在と成す”能力”であり、一種の概念魔法。あらゆるものを切り裂く剣、総てを弾く盾、傷をいやす全身鎧の三つの武具から構成されるデバイスにそれぞれの概念を付与させる。
また、病的なまでの自己陶酔によって自分が世界の中心、選ばれた主人公であると強く思い込むことで、妄想を現実のそれへと昇華させることすら可能となる。
“主人公は死なない”“主人公の考えはいつだって正しい”“主人公は最強”であるという自分だけの
この”能力”を封じるには、術者本人の持つ上記の認識は誤りであると理解させることが必要だが、自分以外の総てを下等存在として見下している荒貴が己の誤りを認めることは考えにくく、それ故にこの“能力”を打ち破るのは非常に困難であると言わざるを得ない。
●『
展開しているデバイスとバリアジャケットを一時的に解除し、身の丈を超える弩弓へと変化させて放つ神代魔法。障壁、バリアジャケットの一切を展開できないという制限と引き換えに、小さな星系すら一撃で消滅せしうる破壊力を秘めた、本人曰く『オリ主の裁き』。一撃必殺を目論んで開発されたため、その性質上、連射が利かないというデメリットが存在している。しかし、術者本人は今までに対人戦闘でこの神代魔法を使用した経験がないため、この弱点に気づいてはいない。
・人物解説:
この世界は自分のために用意された遊び場であり、その中心にいるのはオリ主である自身だと豪語する少年。
歪んだ笑みを常に浮かべており、他人を見下したかのような態度や発言で相手を愚弄、罵倒、卑下する。その根底にあるのは自らが絶対的な勝者であると信じて疑わない“自信”とも取れる“驕り”があるためである。思い通りにならないことがあるとすぐに暴力に奔る傾向があるが、他人を傷つけることに何ら後ろめたさも感じていない。
転生直後から親を含む周囲総てを見下し続け、欲しいものは力で総て手に入れることが出来てきたことから、なのはら主要人物すらも己が好きにできる
優れた力を持って生まれたせいもあって、修行や特訓などは一切未経験。戦闘技術は欠片も持ち合わせておらず、強大な力にものを言わせたゴリ押し戦法しかできないでいた。ちなみに『新藤 荒貴』という名前は”主人公はやっぱり地球風の名前でないとな!”という考えの元、本人が思いついた自称であり、本名は別に存在する。
○Name:
Device: 【トールギス】 形状:戦刃槍
・Battle Status
攻撃力 :C
防御力 :F
スピード:S
射程距離:D
持続性 :D
隠密性 :B
魔力総量:A
成長性 :F
・Ability Skil
●『
魔力変換技能により雷へと変換させた魔力と肉体を半融合させることにより、自らを雷光と化すことで文字通りの光速移動を可能とする“特典”として与えられた力。
全身を包み込む雷はそれ自体がAランクの魔法に相当する威力を内包しており、総ての攻撃に雷属性を付与する攻撃補助、触れた相手への雷熱によるカウンター、そして光速を叩き出す加速術式という三つの複数効果を同時に発現させることを可能としている。
完全な雷化ではないため、物理攻撃を完全無効化するには至らず、使用者本人以上の魔力が込められた攻撃ならばダメージを受けてしまうという欠点があるが、超光速機動が可能となった使用者に触れられる者が存在するとは非常に考えにくい。
●『
雷光と同化しての高速移動を可能とする『雷光天承』の弱点であった『思考速度は変化しない』という弱点を補うために編み出された”
光速機動時に発生する脳に与える過度の演算処理に伴う負荷を軽減させ、脳の思考速度までもを光速レベルまで加速させることができるようになる。脳のキャパを超える演算速度を叩き出すため並列思考が使用不可となる、脳の演算速度を優先させるため“特典”の発動中は五感が機能しなくなるというデメリットが存在するが、ひとたび発動させれば光速機動中に攻撃の軌道を変えることが可能となる。これにより、『雷化したときの攻撃は、速いが直線的すぎる』という弱点の克服を可能とする。
●『
雷へと変換させた魔力と展開させた『雷光天承』がまき散らす雷を融合させ、自身の肉体そのものを一本の雷槍と化して敵を貫く神代魔法。
・人物解説:
フェイトと同じく、『アリシア・テスタロッサ』のクローンとして生み出された“失敗作”の少年。
性別の違いやテロメアが短い(短命)などの理由から、培養ポッドに入れられたまま時の庭園の実験室に保管されていたが、ジュエルシードの探索に向かうフェイトのサポートをさせるためにプレシアの手から戦闘に関する知識を脳に直接インプットされ、バルディッシュの試作品の一つであったデバイス(本当は転生特典として与えられた神サマ印のデバイス)を手に、フェイトのボディガードとして海鳴市に現れた。プレシアからはアリシアのクローンとしてすら見られていなかったために”テスタロッサ”の姓を名乗ることを許されていなかった。
自身の寿命が僅かだと自覚しており、己の存在意義としてフェイトに降りかかる外敵の排除を誓い、花梨たちと刃を交えることになる。独占欲にも近い感情をフェイトに向けて抱いており、彼女を救うであろう高町 なのはに対しても少なからず敵意を持っていた。魔力を変換させた雷を纏っての高速戦闘を得意としている。使用する魔法の術式はミッド式だが本人の資質を見るに、ベルカ式に近い戦法を好む。
○Name :
Device: 【ルミナスハート】 → 【ルミナスハート・アンブレイカブル】 形状:杖
・Battle Status
攻撃力 :A
防御力 :A
スピード:D
射程距離:A
持続性 :C
隠密性 :F
魔力総量:S
成長性 :EX
・Ability Skil
●『星の守護者』⇒『星詠みの守護乙女』
覚醒した『神成るモノ』としての真の姿。
限定時は肩部分が露出した巫女服然としたバリアジャケットが、振袖と袴の上から部分的な甲冑を纏ったものへと変化。性能も飛躍的に向上し、従来の魔法の効力も格段に高まっている。
10年の歳月を経て完成させた花梨の『覚悟』の証でもあるが、保有する”
●『
花梨が覚醒した『神なるモノ』としての真なる”能力”。
自身の魔力に『消滅』と言う概念を付与することで、いかなる存在であろうとも”無”に還すことが出来る。このチカラの根源にあるのは、ふざけた儀式を始めた『《神々》を消し去りたい』という想いそのもの。本人ですら気づいていない強烈な感情が、《神》を消すチカラとして具現化したものがこの”能力”の正体である。
概念魔法の一種であるためにいかなる防御も不可能であるが、唯一の例外として術者本人だけは『消滅』の影響を受けない。
●『
魔導師が使うマルチタスクを超えた超神速の演算能力。
戦闘の中で見て・感じて・理解した要素を解析・組み合わせることで未来予知や心眼とも呼べる論理思考を実現する。
●『
自立機動によって攻防一体のミラーピットを産み出す“技能”。なのはの奥の手であるブラスターシステムのビット機能を彼女なりにアレンジした結果誕生した。特定方向からの物理攻撃を除けば、魔法非魔法問わず、完全に攻撃を防ぐことを可能とする防御能力と、移動砲台としての攻撃機能を併せ持つ。ただし、予め内包させておける魔力には限界値が存在するため、半永久的に展開し続けることは不可能である。
●『
『
特筆すべきは破壊力でなく、万物を消し去る魔法の性質そのもの。これの前では、ダークネスや雪菜の『神代魔法』ですら拮抗することも叶わずに撃ち負けてしまう。
・人物解説:
本作におけるもう一人の主人公。ダークネスとはあらゆる意味で対極に位置する少女。
原作主人公『高町 なのは』の双子の姉として転生し、彼女と瓜二つの容姿を持ち、見た目の違いは髪型をポニーテールにしていることくらい。妹とは違って人並みの運動神経を有しているので、父より最低限の護身術を学んでいる(あくまで自衛に留まるレベルのため、御神流剣術の教えは受けていない)。才色兼備、スポーツ万能の優等生として人気を集めているが、本人は周囲から向けられる好意にかなり鈍感 & ニブチン。友人の葉月などからその辺を弄られることが多々あり、いじられキャラ(?) としてごく一部で密かに人気を集めていたりする(無論、本人は全く知らない)。本人に自覚はないが説教癖があったりする。
彼女は転生時に『生まれ変わった世界で、チョットした“ゲーム”に参加してもらうつもりだけど、危険はないから』と偽りの情報を与えられ、生死を掛けた儀式に強制参加させられるという事実を生まれ変わった後になって教えられた(彼女を転生させた神サマの悪ふざけ)。そのため、“
妹と同じ遠距離砲撃型の魔導師で、なのはより魔力の収束率は劣るものの、バインド技術や遠隔操作の才能は勝っている。最近、親友の愛情がどんどん重いものになりつつあるのが悩みの種。
○Name :
Device: 【グリモワール】 形状:魔導書
・Battle Status
攻撃力 :使用する魔法次第
防御力 :C
スピード:F
射程距離:使用する魔法次第
持続性 :S
隠密性 :A
魔力総量:S
成長性 :A
・Ability Skil
●『
正確には”能力”ではなく、【グリモワール】の保有していた”特典”。
999頁からなる魔導書。各頁ごとに異なる魔法の術式が刻み込まれており、使用したい魔法が記載されたページに手をかざして魔力を注ぎ込めば、詠唱もチャージも無しに魔法を放つことが出来る。【グリモワール】自体に魔力を生成する機能(疑似リンカーコア)が備わっているからであり、ありとあらゆる魔法を行使できる。さらに『魔導書』というカテゴリーに分類されるロストロギアなどが宿す特殊能力も、魔法で疑似的に再現することで使用が可能となる(たとえば『ネギま!』に登場する、名前を呼んだ相手の思考を絵日記として記録、表示するアーティファクト『いどのえにっき』など)
しかし、使用可能な魔法の種類は本人の実力に比例しており、現時点の葉月が有する実力を上回る魔法は封印され、使用できない。
●『
超高高度の空気と同じ状態に変質させた空気の刃で対象を切り裂く。
●『
【グリモワール】に貯蔵された魔力を全開放させることで発動可能となる究極魔法。
【グリモワール】の各頁には一つとして同一の物のない異なる魔法術式が刻み込まれており、その中にある攻撃型魔法
・人物解説:
花梨の親友であり、志を共にする戦友と呼べる間柄の少女。
花梨たちと同じ学園に通っているがクラスが異なっているため、なのはやアリサ、すずかとは面識がなかった。大企業のお嬢様であり、仕事の関係上海外を飛び回っている両親と離れて、町の郊外に建てられた屋敷に使用人たちと共に暮らしている。
物静かで大和撫子然とした雰囲気を纏っているせいか、クラスメートはおろか教師陣からも一種の尊敬向けられるほどに人間が出来ているが、その反面、友愛よりも尊敬の念を向けられることが多いため、親しい友人と呼べる相手は少ない。
豊富な魔法の知識を生かした戦略を展開する策士タイプで、コンビを組んでいる近接特化型のアルクのサポートに回ることが多いが、彼女自身の戦闘力も決して低くはなく、遠距離での魔法の撃ち合いに持ち込めば、砲撃魔導師である高町 なのはすら軽く凌駕するほどの実力を有している。
実は重度の百合属性持ち。標的はもちろん高町 花梨。
ゆくゆくは自分を『お姉さま』と呼ばせるのが夢だとか。
○Name:
Device: 【グレイスレート】 形状:白と黒の二丁拳銃
・Battle Status
攻撃力 :D
防御力 :D
スピード:S
射程距離:B
持続性 :B
隠密性 :EX
魔力総量:E
成長性 :A
・Ability Skil
●『
自身の存在感を極限まで低下させることで、何があっても、何をしようとも他人の意識の外で起こった出来事であると世界に認識させる”特典”。
姿や気配を消すのではなく、視界の端に映る無関係の人物(モブキャラの一人)、もしくは背景の一部としてしか認識できなくさせる。つまり、一対一の決闘場に入り込んでいたとしても、『彼がそこにいるのは当たり前で、何ら不自然な事では無い』と周囲は思い込んでしまう。無意識下の刷り込みに近く、たとえ”能力”の所載を理解できたとしても対処することができない(何故なら、『自分が”能力”の影響下にあるのは当然であり、それに対する疑問を抱くことの方があり得ない』と強制的に思わさせられてしまうから)。
“能力”の発動中は他者からアッシュの存在を感知できないため、誘導性のあるシューターなどの攻撃は一切通用せず、空間そのものを対象とする広域殲滅攻撃であっても絶対に触れることは出来ない。それはこの“能力”が世界の理を書き換える概念魔法であるため。そのため、この”能力”を破るには、込められた概念を上回る概念、もしくは魔力を以て無効化させる以外に手段は存在しない。
●『
発動のキーとなるスフィアの着弾地点から一定範囲内のあらゆる『音を遮断』する結界を展開する”
詠唱、魔力の集束音を消し去る。『遮断』するとはいっても、発せられる音を消し去るのではなくて音を発する原因そのものを静止させることで無音とする。
それが生物である以上、何かしらの動作を行う瞬間には必ず『音』が発生する。それを静止させるということは身体の動きを、如いては生命活動そのものを停止させるということに等しい。
魔法を発動させる際にも、リンカーコアの脈動という『音』が発生するため、この”能力”の発動中はリンカーコアすら完全に静止させられる。当然、心臓などの器官も強制的に停止させられる特性があり、用途次第では魔導師、一般人を区別しない大量殺戮兵器となり得る可能性を秘めているために、対象の識別機能は存在しない(つまり、有効範囲内に術者が残っていたら自身も影響を受けてしまう)。
・人物解説:
『P・T』事件の直前、アースラの武装隊に新人隊員として補充された管理局所属の魔導師。
部隊内では『新人隊員A』と呼ばれていた。
殺し合いを嫌い、されども生まれ変わりを望んだ結果、平均的な魔導師程度の身体能力を与えられて転生を果たした青年で、生粋のヘタレ。管理局員としての戦いならまだしも、”ゲーム”については断固逃避の姿勢を貫いていた。故に、他の転生者から隠れ続けられる”能力”を産み出した(ついでに、逃げ足を鍛えたおかげでスピードも極めて早い)。
”ゲーム”の進展状況を知るためにアースラメンバーに加わったは良いものの、(”能力”を別にすると)本人の戦闘能力は決して高くはないこともあり、主要人物と親しくはない武装隊員という立場を貫いていた。しかし、”Ⅰ”の強襲によって次々と傷ついていく仲間たちの姿に耐えられず、立ち上がった。そんな彼の胸には『正義の魔導師になって、沢山の人たちを助けてあげたい』という願いが燻っていた。
戦闘スタイルは二丁拳銃と”能力”を活かしたヒット&アウェイを得意とする。
◎登場時期:『A's』
○Name :
Device:【レイアース】 形状:大型の盾と西洋剣
・Battle Status
攻撃力 :B
防御力 :S
スピード:B
射程距離:E
持続性 :C
隠密性 :C
魔力総量:A
成長性 :B
・Ability Skil
●『
コウタ唯一にして最強の“能力”。燃費が非常に良い上に、葉月の教えを乞うてからは周囲の魔力素を還元させる機能も追加された。
これによって、ひとたび展開すれば完全に破壊されるまでは永続的に発動し続けるほどの性能を有している。
自身の領域であると認識した一定の空間を不可視の結界で覆い尽くし、如何なる外敵でも突破不可能な結界を造り出す。
擁護対象と定めた存在は自由に出入りが可能だが、少しでも悪意を持っている者は徹底して排除する。
悪意ある者には物理的な障壁となるに加えて、無意識下において「結界に近づきたくない」と思わせる洗脳系の効果も付与されており、“闇の書”事件の最中にリーゼ姉妹が八神家に近づけなかったのもこのためである。
結界の強度は極めて高く、密度を上げればアルカンシェルの直撃にも耐えうるほど。
最大有効範囲もクラナガンクラスの大都市を丸々包み込むことが出来るほどではあるが、範囲を広めただけ全体としての強度は低下してしまう。小規模の結界を複数同時展開させることも可能で、コウタは日常的に『八神家』『翠屋ミッド支店』『地上本部』『機動六課隊舎』に発動させており、外敵からの強襲を予防している。
・人物解説:
”闇の書”改め”夜天の書”の主『八神 はやて』の双子の弟。
家族を大切にする正義感の強い少年。家族をないよりも大切に思い、行動しているが、天然が入っているのか時々大ポカ(ラッキースケベとも言う)をやらかす。主な被害者は家族であり彼女でもある某三つ編み少女。その馴れ初めは、ほとんどコウタの一目惚れ。好きな女の子を守りたいが故に剣術を習い、彼女や家族が戻ってくる居場所になろうと『守りの剣』を身につけた。
はやてと騎士たちが”王”と”騎士”ならば、コウタは彼らの帰るべき居場所……夜天の王の居城を守る守護者というところである。
戦闘スタイルは堅牢な盾を活かした後の先、カウンターを得意としている。
ミッドチルダ移住後は、地上本部の『リアコン』(
○Name :
Device:【ディーノの剣】 形状:漆黒の大剣
・Battle Status
攻撃力 :EX
防御力 :S
スピード:A
射程距離:F
持続性 :取り込んだ怨念が潰えるまで
隠密性 :F
魔力総量:取り込んだ怨念が潰えるまで(本人のリンカーコア出力はSクラス相当)
成長性 :―(正気を失っているため)
・Ability Skil
●『
プログラム生命体であるヴォルケンリッターを滅ぼすために生み出された“能力”。
常人よりもはるかに頑丈で、回復力に優れている魔道生命体の構築プログラムそのものを侵食し、破壊するウイルスプログラムを刀身に纏わせる。
かすり傷でも受けてしまえば最後、回復させる手立ては一切存在しない、まさしく一撃必殺の猛毒。
●『
ディーノが常時発動させていた自己強化魔法。
竜の神の加護を自身に与えることで、潜在力を十全に引き出し、さらに幻想種最強のドラゴンの加護を受けることで人知を超えた斥力、耐久力、回復力を実現させていた。
作中では語られなかったが、この”能力”があったからこそ、膨大な怨念と宿しながら精神が完全に崩壊せずにいられていたと言える。
●『超竜魔人』
集落の人々が宿る『招魂の輝石』を飲み込み、文字通りの意味で一心同体となることで覚醒した凶悪なる『神成るモノ』としての姿。
竜鱗に全身を覆い尽くされ、腕の先に竜の頭部を模した器官が生えるその姿は、まさしく竜の魔人そのもの。どす黒い『
・人物解説:
前回の闇の書事件の際に、生まれ育った集落をヴォルケンリッターに滅ぼされた少年。
目の前で家族を殺されたことで、“ゲーム”は二の次で復讐に走った。集落の秘宝である『招魂の輝石』に集落全員の魂を宿すことで、理性を対価に込められた魂分の魔力を行使できるようになった。
復讐と狂気に誘われるまま、凶刃を振るい続けることしかできない、”闇の書”が生み出した悲しき復讐者。”闇の書”に関わる全ての存在を憎み続けていたが、暴走する状態の自分に嫌悪するでもなく、むしろ手を差し伸べてすらくれたダークネスにはいくらかの恩義を感じている節があり、彼はもちろん、共にいるアリシアにも牙を剥くことはなかった。
この事からも、本来は義理堅く、心優しい性格の少年であったと考えられる。
◎登場時期:『Strikers』
○Name :
※【真名】は『
とある事情によって偽名を名乗っている。
Device:【
・Battle Status
攻撃力 :EX
防御力 :A
スピード:B
射程距離:B
持続性 :A
隠密性 :E
魔力総量:C
成長性 :EX
※上記パラメータは真名解放による全能力解放時。
現在は封印によってパワーダウンしているため、魔力総量(リンカーコア出力)以外の数値が1~2ランクダウンしている。
・Ability Skil
●『
魔法と魔術を同時発動させることによって極限まで強化した四肢による近接戦闘術。
魔術師として戦場を渡り歩いた前世にて積み重ねた経験を活かした近接戦闘において、ほぼ敵無しとも呼べるレベルに昇華された”
●『
”蒼意 雪菜”の根源が具象化した災厄の杖とも呼ばれる神代魔法。
”ゲーム”を終わらせるために最大の障害となり得る『No.”Ⅰ”』を屠るために女神によって『神殺し』の概念を持つ概念武装として強化を受けた結果、”対神”とも呼ぶべき神殺しの秘奥へと至った。
かつて、世界の総てを焼き尽くしたとされる神話時代の魔剣であり、全力で発動させた場合はあらゆる結界をも焼き斬ることが可能とされている。
しかし、”ゲーム”で発動される『
発動には膨大な魔力が必要とされる上に肉体にかかる負荷もすさまじく、『神成るモノ』の状態でも数発放てれば獲物(デバイス)の方が自壊してしまう。
●『
具現化させた【
2振りの剣より繰り出される斬撃は相乗効果によって威力を向上させており、『
●《
『炎剣使い』としての自身を昇華させた末にたどり着いた、英雄を超えし者。
戦闘能力は《新世黄金神》に匹敵し、ほぼすべての能力が飛躍的に向上している。
炎は純度を増して蒼炎へと至り、遍く邪悪を焔き薙う断罪を司る英雄神。
●『
『
●【
世界の理を書き換え、自らの心象世界を具現化する大魔術【固有結界】。
雪菜のソレは『救済の聖域』を形作るもので、効果は『敵の放った呪いやそれに属する邪なる効果を無力化し、味方の傷を心身ともに癒す』というもの。敵を打倒するのではなく、味方を守る力を具現化したもの。
●『
飛行能力が付加され、すべての攻撃、防御に「変換資質『蒼炎』」が付加される。
すべての術式、魔法行使に炎熱加速が加わる強化魔法の一種。
・人物解説:
かつて生きていた世界(型月世界に告示した平行世界のひとつ)で『英雄』という殺戮者になり果てた、『たった一人の
フリーランスの魔術師として行動している最中に出会った少女の想いを引き継いで、『理不尽の被害者』として涙を流す人々を救済し続けていた。その果てに世界を救うまでに至った『救世騎』と呼ばれる存在で、新しい神を造り出す儀式を良しとしない女神の要請を受けて転生(蘇生)した異色の参加者。赤子として誕生している他の参加者と異なり、10才前後の状態でこのセカイに落とされたところをティーダ・ランスターに次元漂流者として発見、保護された。
『原作』知識は全く知らされていなかったので、ティアナやスバルたちに先入観無しに友好を結んでいる。
遠距離攻撃適正が皆無で、魔力スフィアひとつも生成できない生粋のインファイター。
※ちょっとした裏話
読者様のアイディアを参考に誕生したキャラクターの一人。
転生前に重い過去を背負ったという、済出キャラとは別系統の理由で転生を果たした稀有な人物としてデザインしました。
○Name :
※本名は『有栖 宗助』。
花梨の義理の息子となったことで、高町性を名乗るようになった。
Device:なし
・Battle Status
攻撃力 :B
防御力 :A
スピード:EX
射程距離:C
持続性 :A
隠密性 :E
魔力総量:C
成長性 :S
※上記パラメータはフェンリルと共闘時。
・Ability Skil
●『
実体化すれば体長3メートルに達する巨狼型の神獣。普段は宗助の魂に融合している。
宗助を背に乗せて騎乗しながらも戦う事ができ、肩を並べ背を向け合い共に戦ってくれる戦友でもある。その牙は神性の高い物に対して非常に強力な効果を発揮する。
元来地上の生物でない故か、致命傷に近いダメージを受けたとしても非実体化して宗助の体内に送還されることで消滅を免れることができるが、傷が完全に癒えるまでは実体化できなくなる。
●『
転生時に与えられた“特典”であり、デバイスではなく宝具に属する武器。
普段はフェンリル同様に非実体化して宗助の体内に収納されているが、あまりに強力な効果を多用しないように、フェンリルが封印している。
通常は『魔を絶ち、弱体化させる』呪いを齎す効果を持つが、真名を解放することで『必殺の死』を齎すものへと変貌する。
神聖な力を持つものなどは通常の状態でも一撃でも食らってしまえば死に至らしめる事が可能なほど。
さらに、触れただけで対象の体力を一割削り取るという非常に強力な能力を内包している。
●『
神狼に騎乗し、人獣一体となって放たれる聖にして邪なる神代魔法。
神聖なる物を汚染し、弱体化させた上で噛み砕く特性を持っており、特に神性の高い相手には一撃必殺となり得る性能を秘めている。
・人物解説:
生前は人の身でありながら、神格フェンリルに唯一認められ『神造遊戯の参加者』に選ばれた少年。
“能力”のひとつであるフェンリルは転生時に与えられた“特典”ではなく、生前から繋がりがある家族のような存在。
かつて、黒魔術に陶酔していた前世での両親が生まれたばかりの宗助を触媒にして召喚魔法を執り行った際に偶然地上に召喚された神獣こそがフェンリルであった。
フェンリルは降臨した余波で宗助の両親を消し飛ばしてしまったことに対する後ろめたさや神獣としての自分に怯えるでもなく笑顔を見せてくれた宗助に心を許したことで、彼と魂間の結びつきを築くことを望んだ。
だが、何ら素養も無い宗助はフェンリルから注ぎ込まれる力に耐えきれず、命を落としてしまう。
その事実に嘆いたフェンリルの願いを受けて、“
追撃者である“影”に相棒にして半身であるフェンリルを瀕死に追い込まれるものの、何とか転移で逃げ切ることに成功する。
その後、たまたま発見した花梨に拾われ、なし崩し的に厄介になることに。
自分の正体については『あの場所』に関する事以外の事情を花梨に(強制的に)説明させられたが、重要な部分は花梨が信頼できるまで事情を話さなくても良いという条件付きで、高町家に養子として迎え入れられる。その後は、ザンクトヒルデ魔法学園に編入している。
現在は仲良くなったクラスメートの八神 リヒト、ルーテシア・アルピーノらと行動を共にしている。
※ちょっとした裏話
読者様のアイディアを参考に誕生したキャラクターの一人。
"0"とは異なり、信頼関係を築き上げた意志ある”能力”を秘めた参加者としてデザインされた。
○Name :
Device:なし
・Battle Status
攻撃力 :F
防御力 :F
スピード:F
射程距離:F
持続性 :S
隠密性 :A
魔力総量:B
成長性 :S
・Ability Skil
●『
カリムの記憶と知識に存在する”異世界の特殊能力”を希少能力として再現、他者へ付与させる”特典”。オリジナルの複製ではなく、あくまでカリム自身に効果が左右される特性故に、見た目は同じでも全くの別物が生み出されてしまう可能性もある。だが、“能力”に匹敵する希少能力の発現すら可能というすさまじいポテンシャルを秘めている。これほどの”能力”を身に付けられた背景には、自分自身には使えず、敵になるかもしれない相手にも力を渡せるので、容量内に収まったという経緯がある。まさに、自分自身を聖杯であり、他者の願いを受け入れる器であると定めたことで体現できた“能力”であると言える。
・人物解説:
最後の参加者、ラストナンバーであり、『転生者』でなく『憑依者』として原作キャラと融合した女性。りりなの世界の『カリム・グラシア』とNo.”ⅩⅢ”に選ばれた人間の魂が融合した存在であり、”
カリム本来の希少能力と、他者へ異能を与える”能力”という非常に強力な支援系スキルを有している反面、もともと戦いの才能を持っていなかったが故に、本人の戦闘能力は一般人レベルでしかない。『人間』である自分が儀式に勝利することで、勝利者が暮らす世界を滅びから救い出そうとしている。
――◆◇◆――
○Name :
Device:なし
・Battle Status
攻撃力 :S
防御力 :S
スピード:S
射程距離:S
持続性 :S
隠密性 :S
魔力総量:EX
成長性 :E
・Ability Skil
●『
十個の”能力”の種を作り出す”能力”。
この種を元にして、本人の望む形の異能を産み出すことが出来る。
一度産み出したチカラは本人の意思で消すことも出来、その場合は元の種に戻る。
○『
炎の剣を具現化させて、敵を焼き切る。
○『
相手の心を読む
○『
”能力”を無効化させる。ただし、強力な概念が込められている場合、或いは純粋に込められた
魔力が莫大すぎる場合は、完全に無効化できない。
○『
参加者たちの”能力”に関する情報を神々より与えられる。
○『
対象の体感速度を遅延させる。
○『
炎の巨人を具現化させる。
○『
炎による障壁を展開させる。
○『
身体を包み込む球体状の防御壁を形成し、近くにいる最も強い存在の体内に潜り込むことで傷が回復しきるまでの時間を稼ぐ。
○『
超広域結界を展開させる。
しかしその本質は使用者である白夜が想像だにしていない秘められた効果を宿していた。
その正体は、『
○『
天に仇名す悪逆を焼き滅ぼす、神の炎を具現化させた神代魔法。
対象が邪悪な心の持ち主であればあるほど、その威力を増す
○”紫天の書”一派
当初はオリジナルを模したコピーとして彼女たちとマスター権限を”能力”で産み出していたが、ダークネスに追い詰められたことで、彼女たちを解放した(捨てた)。
白夜によって生み出された存在であるが故に、彼女たちにはオリジナルと比べ、いくつかの違いが存在する。
・人物解説:
神々を束ねる大神によってこのセカイに送り込まれてきた新たなる転生者。
”ゲーム”を終わらせるために天より使わされた選ばれし者だと聞かされており、それが真実だと微塵も疑わないまま、戦いに介入してきた。『正義』という行為に非常に執着しており、独自の考えの元、好き放題に介入行動を行い、”Ⅷ”を倒し、”Ⅰ”を追い詰める程の戦闘力を有していた。
しかし、真実のところは儀式を盛り上げるためだけに用意された捨て駒でしかなく、”
彼のNo.が一人だけ数字だったのはこのためである。
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登場人物紹介(非参加者)
こちらも逐次更新していく予定。
2013.8.8 『ヴィヴィオ・スペリオル』のAbilityを追加。
◎ダークネス一行
○Name:アリシア・
Device:【ヴィントブルーム】 形状:箒
・Battle Status
攻撃力 :A
防御力 :D
スピード:S
射程距離:B
持続性 :B
隠密性 :D
魔力総量:S
成長性 :A
・Ability Skil
●『電気変換資質』
魔力変換資質と呼ばれる
自身の魔力を電気エネルギーに変換させる能力。
アリシアの場合、気象に干渉し、人工的に嵐を巻き起こすことも可能。
●『鎧闘神 龍機装』
ダークネスの”権能”の影響を受けて発現させたチカラ。
雷龍の力を具現化したもので、人間を超えた存在たる『神なるモノ』と同等のポテンシャルを発揮できる雷の天使へと変身する。鎧闘神とは『
・人物解説:
ダークネスと行動を共にする魔女で“無印”編の真ヒロイン。二つ名は“葬雷の黒天女”。
膝裏まで届く長い金髪をダークネスからプレゼントされたリボンでツーテールに纏めている。
ちなみにスタイルはフェイトより上であったりするのは、彼氏持ちな故か。ダークネスとの関係は良好、シュテルとも親友と言う間柄。
大魔導師プレシア・テスタロッサの後継者と称される実力者へと成長を遂げており、母より受け継いだ知識や才能を十全に引き出すことが出来るようになった。
黒いミニスカートやノースリーブなど露出の大きな服装を好む傾向があり、ダークネスから贈られた白地に金の刺繍の入れられたケープを何時も羽織っている。
戦闘時には箒型デバイス【ヴィントブルーム】を駆り、縦横無尽に天空を駆け抜ける。
最高速度時には羽織ったケープが雷に変換させた魔力を纏い、まるで輝く翼のように見えることから、“黄金神の双翼”と管理局員から称されている。
フルドライブ時には覚醒した『神成るモノ』にすら匹敵しうるほどの戦闘能力を発揮できる『とっておき』があるらしい。
当然彼女も犯罪者として指名手配されてこそいるが、基本的に善人であるので何気に数多くの人々を救っていたりする。犯罪者でありながらも、ダークネス一味が一部で正義の味方のような扱いを受けていたりするのはもっぱら彼女が原因である。
子どもの頃の性格のまま大人になったらしく、相変わらずの天然&純粋っぷりをいかんなく発揮している。
○Name:シュテル・スペリオル
Device:【ルシフェリオン】 形状:杖
・Battle Status
攻撃力 :S
防御力 :B
スピード:D
射程距離:A
持続性 :B
隠密性 :E
魔力総量:A
成長性 :A
・Ability Skil
●『炎熱変換資質』
自身の魔力を炎や熱量エネルギーに変換させる能力。
●『鎧闘神 太陽装』
ダークネスの”権能”の影響を受けて発現させたチカラ。
太陽のごとき燦然と輝く力を行使できる炎の天使へと変身した姿。
・人物解説:
かつてダークネスによって救われて以来、行動を共にする魔導師。
“A's”編の真ヒロイン。二つ名は“輝焔の天翼”。
外見は年相応の女性らしく成長しており、スタイルで言えば某喫茶店3姉妹が相手にならない程。
腰まで届く茶髪をそのまま背中に流し、深い海を思わせる瞳が特徴の元魔導生命体。《黄金神》の力を使いこなすための訓練の一環として、ダークネスの“権能”で人間に生まれ変わった。
中枢プログラムを喪失していたリインフォースとは違ってほぼ完全な状態での転生であったために、何ら問題も無く同じ年齢の人間への転生を成功させた。
理由はルビーが用意したコアに妙な仕掛けがされている可能性を考慮したから。服装の趣味はアリシアの正反対で、ロングスカートなどのおとなしめな衣服を好み、ダークネスから贈られた赤い生地に蒼い刺繍の入ったカーディガンをいつも纏っている。指名手配を受けていながらも平然と街中へ出向いたりしているが、いつも一緒に行動しているアリシア共々、管理局のエースオブエースとエリート執務官に間違われることが悩みの種。
戦闘時には強化された愛機を振るい、あまねく敵を焔の輝炎で灰燼と化す。
『とっておき』発動時は覚醒した『神成るモノ』に匹敵するほど。
バリアジャケットはエクシードモードのなのはと似通ったロングスカートとインナー。その上からジャケットの代わりにストールを羽織るデザインへと変わっており、彼女もアリシア同様、全力戦闘時には羽織ったストールが彼女の魔力と混ざり合いって炎の翼を形成するように見えるので、彼女共々“黄金神の双翼”と呼称されるようになった。
性格はクールでドS、でもイケナイ妄想をしては鼻血を垂らすむっつりさんである。
○Name:ヴィヴィオ・スペリオル
Device:【セイクリッドハート】 形状:うさぎのぬいぐるみ
・Battle Status
攻撃力 :C
防御力 :A
スピード:D
射程距離:D
持続性 :B
隠密性 :C
魔力総量:S
成長性 :S
・Ability Skil
●『聖王の鎧』
聖王のクローンであるヴィヴィオが持つ固有能力。
古代ベルカ王族が遺伝子レベルで受け継いでいる先天技能であり、身体能力強化の究極系のひとつ。
王の血統を保護しようという本能が無意識化で発動させる技能なので、不意打ちなどの暗殺術はほぼ完全に防ぐことが出来る。
●『聖王姫』モード
ダークネスの娘(眷属)となることで発現したチカラであり、ヴィヴィオが至った聖王モードを超える『新たなる王』の姿。
基礎身体能力のさらなる向上や、魔力量の増加、『聖王の鎧』の強化などの効果が発現する。
本人だけでは『聖王』モードへの変身が精いっぱいなところ、エクスワイバリオンとの融合によって欠点を克服・完成させた。
元々、アリシアたちが彼女のデバイスに高性能さを求めていたのは、この形態へと至るための補助装置とする目算があった。
●真覇・虚刀流
正史には存在しなかった幻想の技術――他作品の技――を組み合わせて作り上げられたヴィヴィオだけの戦
実戦を考慮した上で考案された流派故に、唯の拳でも人体を破壊しきるほどの攻撃力を実現させた。
攻撃的すぎる故の反動として普段のヴィヴィオでは肉体にかかる負荷が極めて大きいため、『聖王』モード以上の状態でしか使うことを許されていない。
そのかわりとして考案され、意図的に威力を低下させた不殺武術が『きょと~りゅ~』である。
●『
聖王の鎧を全開にさせることで自身への反動を最小限に防ぐことによって初めて発動出来る、聖王姫が振るいし虹色の聖剣。
その輝きは遍く絶望を薙ぎ払い、一振りで世界を蔽う暗雲すら断ち切って見せるほどとされる。
虹色の極光に秘められた膨大な破壊のチカラは『神代魔法』に匹敵する程であり、まず間違いなく世界最強クラスの破壊力が秘められた究極攻撃魔法のひとつである。
・人物解説:
聖王の遺伝子情報から生み出された人造魔導師にして、聖王のクローン。
腰まで届く金色の髪と、紅玉と翡翠からなるオッドアイ、虹色の魔力光が特徴の少女。
生み出された人造魔導師研究所にて調整されていたところ、何者かの襲撃を受けたことで覚醒。
研究所の守備隊と侵入者たちが戦闘を繰り広げている隙をついて転送ポートを利用して脱走、路地裏を彷徨っていた所をシュテルに発見されて、そのまま擁護下に置かれることに。
シュテルを『シュテルママ』、アリシアを『アリシアママ』、ダークネスを『ダークパパ』と呼んで懐くようになった。
調整不足による身体機能の不備をアリシアによる再調整、ダークネスのシュエルシード&“権能”によって改善、強化を受けた。
おかげで自分の意志で戦闘に適した年齢にまで疑似成長を起こす『聖王モード』を任意の意志で発動可能に。
資質は高いものの、聖王としての戦いの記憶や知識はあまり受け継いでいないらしく絶賛訓練中。
本人は自分を弱いと思い込んでいるが、判断基準が次元世界最強な竜神様ご一行なあたり、彼女も対外おかしいと言わざるを得ない。
◎管理局所属
○Name:カエデ・リンドウ
Device:【ドラグノーツ】 形状:改造学ラン一式
・Battle Status
攻撃力 :D
防御力 :A
スピード:E
射程距離:F
持続性 :C
隠密性 :C
魔力総量:C
成長性 :D
・Ability Skil
●『
ブースト系に属する
カエデが”女の子”と認識した存在の『おっぱい』を揉むことで発動し、通常のブースト魔法の数倍の効果を発揮する。それに加えて、美肌効果、ストレス発散、脂肪燃焼と言った女性が喜ぶ副弐効果までついてくる。
発動条件の関係上男性には発動できないが、幻覚魔法などによって見た目を女の子に見せたり、男には見えない容姿を持った相手(いわゆる『男の娘』)にも、発動できるらしい。
・人物解説:
スバル、ティアナ、切名とチームを組む陸戦魔導師。
陸士訓練校時代より行動を共にしてきた同期で、直接戦闘よりも耐久力やブースト魔法、
いろいろとハブられがちだった切名に気後れすることもせず、対等に接してくれるので切名の親友と呼ばれている。でも性格は真逆。どちらかと言うと真面目な切名に対して、基本おバカで空気を読まない上に、どうしようもないエロ&ドM。
特に女の子から蔑まれたり、殴られたりするのが大好き。おっぱいも大好きなエロス小僧。
通称『地上部隊の恥部』。
将来の夢は、美人、美少女、美幼女によって構成された“おっぱいのおっぱいによるおっぱいのための聖域”、通称『おっぱい御殿』を作ることだと豪語する強者。
ちなみに、彼らが四人チームを認められているのは、カエデのストッパーになれるのがあの三人しかおらず、戦力を一点集中させることで被害を最小限に抑えようと言う上層部の思惑があったから。
実は六課に切名たちが引き抜かれる際、部隊長はやてに課せられた条件が『カエデも一緒に引き取ること』だったらしい。
◎スカリエッティ一味
○Name:ユーリ・スカリエッティ
Device:なし
・Battle Status
攻撃力 :S
防御力 :S
スピード:A
射程距離:D
持続性 :EX
隠密性 :F
魔力総量:S
成長性 :F
・Ability Skil
●『
その名の通り、無限の魔力を生成する永久機関。
膨大な魔力を完全開放すたときの決戦フォームが、衣を非色に染め上げた『
・人物解説:
ルビーに引き取られたことで彼女と同じ苗字を襲名した。ディアーチェ共々、食事などの日常生活をおざなりにする傾向のあるスカリエッティ一味の体調管理を取り締まる影の実力者。
特に食事関係では某食堂の長ばりに性格が豹変し、お残しをしようものなら真っ赤な破壊衝動を振りまきながら笑顔でボロ雑巾にするという鬼畜っぷり。
スカリエッティ一味のヒエラルキートップに君臨する女王へと成長した。
ほんわか笑顔を浮かべながら、圧倒的すぎる攻撃の嵐を浴びせる様は、戦闘員トップであったトーレをして、『ちょ、あの娘、鬼畜すぎるんですけど!?』 と言わしめた。
ヤンデレの素質も持っていたらしく、ルビーが自分以外の誰かを贔屓にしていたら『うふふ』と笑みを浮かべながら魂翼を振り回すほどに独占欲が強い。最近、ルビーとの力関係が反転しつつあるとはディアーチェの言。身体の方も人並みに成長しており、黄金率を感じさせるスレンダーな身体つきとふわふわの長髪は、ナンバーズたちの憧れとなっている。
単体戦闘能力は次元世界最強クラス。
○Name:ディアーチェ・スカリエッティ
Device:”紫天の書”&【エルシニアクロイツ】 形状:魔導書と十文字杖
・Battle Status
攻撃力 :A
防御力 :D
スピード:E
射程距離:A
持続性 :B
隠密性 :C
魔力総量:A
成長性 :E
・Ability Skil
●『紫天の書』
正しくはデバイスに保存されている数多くの魔法術式のこと。
No.”0”によって産み出されたこの魔導書には、”夜天の書”よりも多彩、かつ強力な魔法が封印されているという。
”夜天の書”が魔導保管庫とするなら、”紫天の書”は魔導封印庫とも呼べる。
・人物解説:
ユーリ、レヴィ共々ルビーの元に引き取られた“闇統べる王”。
ベースとなったオリジナルと同じように料理を始めとする家事が得意で、アジトの家事関連の総責任者を襲名した。
体質なのか、ナンバーズの二番や四番あたりからしょっちゅうからかわれているが、それは親愛の裏返し。一味のマスコット的な扱いを受けていることを、本人だけは知らない。
最近、急に胸が大きくなってきたことと、レヴィと二人になると何故か胸の鼓動が高まってしまう事が密かな悩み。ナンバーズたちの間では、『八神 はやてとの(胸部的な意味での)戦闘力の差は、某男の娘に揉まれてるからじゃね?』と噂されているらしい。
○Name:レヴィ・スカリエッティ
Device:【バルニフィカス】 形状:戦斧
・Battle Status
攻撃力 :B
防御力 :D
スピード:S
射程距離:D
持続性 :E
隠密性 :F
魔力総量:A
成長性 :E
・Ability Skil
●『電気変換資質』
魔力変換資質と呼ばれる
自身の魔力を電気エネルギーに変換させる能力。
・人物解説:
ユーリ、ディアーチェと共にルビーの元に転がり込んだ“雷刃の襲撃者”。
実は男だったと判明し、一同を驚愕させた。でも女装癖は治っておらず、全体的にほっそりとしているので、街中を歩けば普通に女の人に間違えられる。
羞恥心を持ち合わせていないのか、露出の激しい薄着を好んで着こなしてアジトの中を動き回るために、しょっちゅう女性陣から悲鳴を上げられている。
例えるのなら、風呂上りにバスタオルを巻くこともせずに、堂々と全裸で練り歩くほど。
主な被害者(第一発見者)はディアーチェ。
純粋な性格のまま成長しているが、時折男らしいそぶりを見せる事もあり、ディアーチェを中心とした周囲をどきまきさせている。
ディアーチェに対して他の人とは違う想いを抱いているようだが、本人はそれが何を意味するのかまだ理解できていないらしい。
○Name:キャロ・ル・ルシエ
Device:【カオシックルーン】 形状:手袋
・Battle Status
攻撃力 :D
防御力 :D
スピード:C
射程距離:C
持続性 :B
隠密性 :A
魔力総量:C
成長性 :B
・Ability Skil
●『竜召喚』
次元世界でも稀有な召喚術。
彼女の場合、故郷で契約を交わしていた竜を召喚・使役することに特化している。
契約を交わした竜の力と影響力が強すぎるために、『竜』以外の召喚が一切不可能となっている。
一見すると無機物を召喚・操作する【アルケミック・チェーン】を使いこなしているように見えるが、実はあの鎖には竜の体液が染みこませることで『竜の体組織の一部』だと認識を誤魔化し、ひとつの魔法として完成させている。
つまり、竜に関わり合いのない生物や無機物の召喚・送還は不可能。
・人物解説:
アルザス地方に住む少数民族『ルシエの里』で生まれた竜の巫女。
守り竜の加護を受ける儀式の最中、『ある者』の干渉を受けたことで『おぞましき化生』を召喚してしまい、里の守り神であるヴォルテールを喰い殺されてしまうという事件を起こしてしまう。
結果として、キャロは一族の守り神を殺した元凶と糾弾されて追放されてしまうことに。
さらに、精神が不安定な状態で『おぞましき化生』からの精神汚染を受けてしまい、人間を餌呼ばわりするほどの狂気を宿してしまう。
世界をさすらい、あらゆる存在を手当たり次第に喰い散らかしていた所をレヴィとディアーチェに保護、”フリードリヒ”と名付けた愛竜込みで受け入れてくれた彼女たちに引き取られることに。
ある事情により、銀の髪をした女性とよく行動を共にしている。
本人の魔導師ランクはB相当。
ただし、竜召喚を組み合わせた『全力』での戦闘能力は、スカリエッティ一味でも5本の指に入るほどとされる。
○Name:死竜王 デス=レックス
キャロが召喚し、”フリードリヒ”と名付けられた異形の竜。その力は真竜すら凌駕するほど。
普段は、力を封印されて真っ赤な外皮の仔竜の姿で彼女の頭や肩に乗っている。
人語を話す知能と、契約者であるキャロの人格を変容させるほどの狂気を宿す。
その正体は、対ダークネス用にカリム指揮の元で召喚された”竜界”最強のドラゴン。
万物を喰らうという飢餓にも似た飢えと、底知れぬ闇のごとき虚無を宿す最凶の龍王。
この世界に引き込んだカリムたちの制御を離れ、召喚士として優れた才を持つキャロと契約を結ぶために彼女の生まれ故郷で守護神として崇められていた真竜を喰らい、強引に契約を結ばせた。
◎聖王教会
○Name:ローラ・スチュアート
Device:Unknown
・Battle Status
攻撃力 :A
防御力 :A
スピード:C
射程距離:D
持続性 :E
隠密性 :F
魔力総量:B
成長性 :C
・Ability Skil
●『天壌の劫火』
炎熱系変換技能の上位版にあたり、炎の形状を自在に変化させたり武器として具現化させたりできる。
・人物解説:
聖王教会に所属するカリム、マリアと共に聖王教会の未来を背負って立つとまで呼ばれている優秀な騎士。地面に届くほどの金髪と鋭い双眸が特徴の凛とした女性。
口調がおかしい事を除けばあらゆる面が優秀なために、次期教皇との呼び声も高く、実力もSランク魔導師に比類する。
マリアを溺愛しており、『私の天使』と呼びながら、人目を憚らずに抱き着いてはデレッデレになっている姿を、信者たちから目撃されている。
カリムとは同期の親友&好敵手と言った感じ。お互い軽口を言い合える程に親しい。
“
○Name:マリア・シュトルム
Device:なし
・Battle Status
Unknown
●『Unknown』
NoDate
・人物解説:
聖王教会のシスターであり騎士。ほわほわした和み系。
戦闘力は皆無だが、それを差し引いて余りあるほどの魅力と優しさにあふれている。
一時期やさぐれていたローラを更生させたり、周囲の期待に押し潰されそうになっていたカリムを支えたりと、その功績は挙げればきりがない。信者の方々からも絶大な支持を受け、教会内外からの評価も高い。
◎一般人扱い
○Name:八神 リヒト
Device:なし
・Battle Status
攻撃力 :F
防御力 :F
スピード:F
射程距離:F
持続性 :F
隠密性 :F
魔力総量:A
成長性 :S
●『Unknown』
NoDate
・人物解説:
初代“夜天の書”の管制人格、リインフォース・アインスがダークネスの手によって人間へと転生した姿。背中まで届く銀色の髪と、蒼い煌めきにも似た輝きを宿す真紅の瞳が最大の特徴。
中枢プログラムをルビーに抜き取られた状態であったため、過去の記憶を完全に消失、文字通り生まれたままの幼子として再誕した。
本来ならばそのままダークネスに引き取らえるはずだったところを、八神 はやてたちの懇願によって八神家の一員として生きることになった。
流石に保護者不在のままで赤子を任せるわけにはいかないと大人たちから指摘を受けていたので、はやてたちが海鳴市を離れるまでは、桃子やリンディたちの元で育てられた。
はやてを母親、コウタを叔父、騎士たちを姉や兄と呼び、ミッドチルダに移住してからはザンクト・ヒルデ魔法学院の小等科に転入する。
魔法の才能は前世に当たるアインスと同等のものを有しており、妖精もかくやと言う容姿と相まって学園のアイドルのように接しられている。
恋愛云々についてはまだ良くわからない程度。ただし、時折星空を泳ぐ黄金の竜の夢を見るようになってから、そのドラゴンと姿がダブるダークネスに憧れのような感情を抱きつつあるらしい。
これは彼女の中に残るダークネスの力の影響でもあると考えられるが、相手が相手なので応援する訳にもいかない事が最近の八神家の悩みの種と化しつつある。
魔導師として稀有な才能を秘めているが、八神家の育成方針もあって治癒魔導師を目指して日夜勉強中。
実は名づけ親がダークネス。リヒトとはドイツ語で“光”を指し、“いと深き闇を浄化されて無垢なる光となって再誕した”という意味が込められている。
◎Unknown
○Name:“影”
Device:Unknown
・Battle Status
Unknown
●『Unknown』
人の手に余る宝具を自在に使いこなす能力。
・人物解説:
『あの場所』から逃げ出した宗助を執拗に追いつめた追跡者にして掃除屋。
神獣であるフェンリルを封殺できるほどの技量と宝具を多数所有している。
AMF下でも念話を行えるよう脳内に念話増幅器を仕組むなど、明らかに普通の人間ではない節が見受けられる。何者かの命に従って各地で暗躍を繰り返している。
その正体は六課フォワードメンバーのカエデ・リンドウ。
聖王教会の間諜として管理局に潜入していた。
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用語解説
2013.4.6 情報追加
○”
資質を持つ魂を選定し、生死を賭けた闘争を経験させることで、新たな高次生命体たる神を生み出すことを目的にした儀式魔法。
目的は魂と同化している”
人を神へと昇華させるのに最低限必要な”
”
①“能力”を希少能力扱いとすることで違和感なく馴染めさせられる。
②参加者である“神成るモノ”たちが精神的に成長できる要素が多々ある。
③無数の次元世界が存在する『セカイ』であるから。
1つ目は、世界の中核を成す主要人物たちは、だれもが人を変える素質を持っている。“ゲーム”のルール上、必然的に彼女らと接触することとなるので精神的に成長する、あるいは心情の変化が起こりやすいと考えたため。
2つ目は、神と成るには因子を集めるだけでは不完全だから。
肉体が人を超えたモノとなったとしても精神が人間の枠に留まっていたら神とは言えない。
”
3つ目は、”
一つの次元世界に誕生する“神成るモノ”は最大三人までという制限が定められている。
不必要に殺戮を繰り広げるような異常者は選別しないよう、暗黙の了解となっているものの、逆に穏健派と呼ばれる者達の大多数が儀式の開始前に接触、同盟を結ぶことで”
故に、参加者同士が極力接触しないように出身世界はバラバラになった。
○『
黄昏の如き穏やかな赤で染め上げられた概念魔法空間。
参加者たちのために用意された
この空間は時間の経過と共に収縮を進め、およそ十時間で内部に取り残された者たちごと消滅してしまう上に、極めて強力な強度を誇り、全力の神代魔法ですら破壊することは不可能とされている。
つまり、これを解除するには
①他の参加者を一名倒す。
②『
③『
上記の手段以外に方法は存在しない。
○”
人を超えた超常のチカラを行使できるようになる『鍵』のようなもの。
人間の魂と融合する形で存在し、英雄、偉人と呼ばれる人物は誰もが”因子《ジーン》”を宿している。”
○『
作中では、『生物が思考することによって生み出される精神エネルギーの集合体にして、世界中どこにでも存在している見えざるエネルギー』という概念が『
あらゆる生物の中に『想い』という形で存在している精神エネルギー……肉体という『器』からあふれ出し、世界そのものを覆い尽くすほどに膨大となった『想い』の集合体こそが『
膨大という言葉すら生易しいほどの桁外れのエネルギーである『魔法力《マナ》』を直接体内に取り込むことは人間には到底不可能。故に、人間という存在でも感じ取り、制御できる『魔力』というエネルギーを効率よく己が内に取り込み、制御するための器官……『リンカーコア』が誕生した。
リンカーコアは取り込んだ『魔力』を正しく制御するための制御装置であり、宿主の限界を超えた魔力エネルギーを取り込めないようにする
○『神成るモノ』とは
神と成る資質たる『
『
○『
『神成るモノ』が自身を人を超えた超常なる存在へと
言霊を唱えるのは己が魂へと向けてであり、術者が資格を得ていなければ何ら意味をなさないためである。
派生形として、能力などに一部制限がある『
○”能力”
転生時に予め与えられていた”特典”ではなく、個人の心象を具現化させたオンリーワンのチカラの総称。
○『神代魔法』
神代の時代、古の神々が揮ったとされる原始にして始まりの魔法を再現させたとされる強力無比な
千差万物の多種性を持つ『神成るモノ』が有する”能力”の中でも、特に強力な『奥の手』、あるいは『必殺技』とも言い換えられる技。一撃で戦局をひっくり返すほどの力を秘めたソレは、術者の心象を具現化させたものであるとも言える。
○《新世黄金神》
ダークネスが至った新たなる新形態。人間と《神》の中間点に位置する『神成るモノ』よりもさらに上位、『神成るモノ』と《神》の狭間に位置する存在。
精神的、戦闘能力的には神々と同等以上の物を有しているが、完全な《神》というレベルには達していない。これは保有する
もしこのまま儀式を勝ち残り、新しい《神》として覚醒すれば、『人界を守護する黄金の守護神』となる可能性が極めて高い。
○『十二の最高神』とは
作中で表記した十二の最高神、本作において登場する神々にはそれぞれのランクが存在しており、その中でも最高位に位置する最大最強の神力を有する存在、それこそが十二柱の最高神である。
ダークネスはその最高神の一柱、人間界を守護する守護神である《黄金神》の後継者として覚醒を初めたので、新しい世界を守護する者として《新世黄金神》という二つ名を与えられた。
○特定のキャラに厳しい表現があるかも?
別にキャラ個人が嫌いだからとか、アンチ推奨主義という訳ではありません。フェイ娘とかかなり好きなキャラクターです。ただ……カゲローはSな面があるようでして、可愛い子には苦労させてやりたいと言いますか、ぶっちゃけかなりいぢめてやりたいという思いがありまして、自然と話がそういう方向に進んでしまうのです。
しかし、基本的にハッピーエンドが好みなので、いつかは報われる日が来ると思います!
……でも、泣き顔のフェイ娘とか、主の命令に背いた罪悪感とか背信行為で落ち込む騎士たちとかすっごく書きたいのも事実だったりするんですよね~~……いや~~、こまったこまった。はっはっはっ……(爆)
一部、作中で語られていない部分も含んでいますが、それは仕様です。
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序章
選定
不意に意識が覚醒し、眼を開く。
視界を埋め尽くすのは、目も眩むほどに輝く“白”。
上、下、左右のみならず、前も後ろも果てし無く続く白い空間。
遥か彼方にあるはずの地平線すら視界に捉えられず、自分が両の足で大地を踏みしめて立っているのか、それとも大海の内を漂うかのように浮かんでいるのか、それさえわからない。
何だ、これ?
最初に浮かんだのはそんな面白味の無い言葉だった。
混乱を極めたせいなのだろうか?
自分でも驚くほど心の中は落ち着いており、まるで清んだ流水のようだ、と気障っぽい感想を思い浮かべた己に、自分自身で苦笑してしまう。
《――存外におちついているんだね。多少なりとも慌てふためくと思っていたのだが……》
「っ!?」
唐突に白い空間に響き渡る、遠雷の如き重圧を感じさせる声。
姿は見えず、けれども、途方も無い圧迫感を全身に感じ、反射的に息を呑む。
《フッ……そう身構えることも無いだろう。別にとって喰らおうという訳ではないのだから》
「そう思うのなら、姿を見せてはもらえませんかね?」
さっきから続いている頭の中を覗き見されているような不快感に、ついぶっきらぼうに返事を返してしまい、内心『しまった!』と己の浅はかさを毒づく。
今の状況がどういうことなのか全くわからないというのに、明らかに何かしらの情報をもっていそうな声の主に反抗的な態度をとるのはいただけないだろう。
しかし、声の主は機嫌を悪くするどころか、逆に興味を持ったと言わんばかりに小さく笑い声を漏らす。
《――面白いな。良いぞ。実に良い。その思考、そして君自身すら気付いていない在り様は、嘗ての私を思い出す……今回の『ゲーム』の選定者にこの私が選ばれたことも含めて、これも一つの運命なのかもしれないな》
在り様? 『ゲーム』? いったい何を言っているんだろう?
《考えているな? 私は何者なのか? 己はどうしてこんなところに居るのか? 『ゲーム』とは何か? 湧きあがる疑問に満ち溢れながら、されど混乱せずに、この状況を把握しようと私の存在を探っているな? ――だが、君の答えはもう出ているんじゃないかい? ホラ、言ってみなさい》
「……漫画とかでよく見る、転生モノに状況が酷似。おまけに何故か自分の身体があるのかさえわからないこの状況――もしかしなくても、貴方は神、あるいはそれに近い存在で、ここはそんな貴方の支配する領域、ってところですか?」
《正解! 理解が早くて実によろしい! ついでに、今の君には身体は無いぞ? なぜなら、今の君は肉体という器から抜け出した魂そのものなのだから》
ああ、やっぱり。
なんとなくそうなんじゃないかとは思っていたが、やはり自分は死んだ人間ということらしい。
言われ、思い出すのはつい先ほどの、この空間で目覚める前の出来事。
自分は何処にでもいるごく普通の社会人だった。
朝起きて、会社に出勤し定時まで黙々と働く。
残業もせずに足早に帰宅し、夕食をとりながらインターネットにしけこむ。
そんな毎日を繰り返すだけの日々。
怠惰な生き方と呼ばれても仕方が無いだろう。
そんな平凡でありふれた日常が壊れるのは、あまりにも唐突な事だった。
なんて事は無い、交差点で信号待ちをしていた自分に、信号無視の車が突っ込んできたのだ。
ゴムの焼ききれるような鼻につく匂い。
金属を擦り合わせたような甲高い音。
周囲にいた人々の悲鳴をBGMに途轍もない衝撃と共に、己の身体が宙を舞っていたのをまるで他人事のように感じていたのを思い出す。
最後に、アスファルトが鼻先に迫っていた光景をみていたところで意識がブラックアウト、現在に至る、と。
神らしき人物の言葉と、思い出してきた記憶を組み合わせると、自分はあの事故で死んでしまったということだろう。
そして、死後の魂だけとなった自分は、神サマの言う『ゲーム』とやらに参加させるということだろうか?
《うん、それも正解。本当に説明が楽で助かる。ああ、ちなみに拒否権もあるぞ? 拒否したその時点で輪廻転生の輪……要するに、死後の世界へご招待、となってしまうけれどもね》
「その言い方だと、まるで『ゲーム』とやらに参加すれば、生き返ることが出来るように聞こえるんですが……」
《うん? そうだが? ……ああ、そういえば『ゲーム』の概要を説明していなかったね、いや、失敗失敗♪》
やたらと上機嫌でそう告げる神サマ。こちらとしては死活問題なのだが……。
その辺のところどう思われます? と、つっこみたくてしょうがない。
《くくっ……ああ、すまない。 何しろ、君の前にここへ呼んだ魂共があまりにアレだったもので……全く、第二の生を与えようと言うなり、いきなり溜め口の上、『お前のせいで俺が死んだんだろ!? だったら、俺の望みを叶えて凄い能力を与えやがれ!』などというものだからね? いくら神とはいえ、腹は立つのだよ》
なるほど、まさにテンプレな思考の持ち主だな。そもそも、人間の理解の外側にいる存在を神と呼ぶというのに、溜め口だの身の程知らずな……。
《――なら、君は今の状況をどう思っている?》
声に含まれていた『ナニカ』が変わった。それが何かはわからない。でも確かに変わったというのだけはわかった。
僅かな疑いも抱くことができずに、そう感じさせられた。
《事故による突然死、理不尽に閉ざされた平凡な生活、新たに与えられるかもしれない『第二の生』と言う可能性……生きる目的も、目標も無く、唯流されるままその日その時を生きていた……いや、『生かされていた』だけの君は、今、何を思う? 何を考え、何を望んでいる?》
神を名乗る存在が放つ問いの意味が何を表すのか? いったい何を訊きたいのか……まったくもって、わからない。いや、考えるだけ無駄なのかもしれない。
己が肉体という器すら失った身の自分に、超常なる存在の考えを理解できるはずも無いだろうから。……なら、グダグダ詮索しても仕方がないか。
訊きたいのなら答えてやろうじゃないか。平々凡々な日常を惰性で生き続けてきた、どこにでもいるごくごく普通の男の心に、確かに『在る』願いがなんなのかを。
他人からしたらつまらなくて、くだらなくて、どうでもいいことかもしれない……けれど、今確かに
「自分の望み……それは――」
恥ずかしがらずに胸を張ろう。人の目を恐れずに、ハッキリと言葉にしよう。
「生きたい」
だってそれは間違いなく己自身が望み、願うことなのだから――――!
白い世界を静寂が支配する。
単純明快な想いを告げた俺はもちろん、問いを投げかけてきていた神サマらしき人物も何も返してこない。てっきり、『つまらない答えだ』とか言われるかと思っていたんだが……
姿が見えないから同リアクションすればいいのかわからず、とりあえず相手の反応を黙って待ち始めてからそれなりの時間が経過したと思われる(身体が無いせいか体感時間の感覚があやふやになっている)頃、これまた唐突に頭上の方から声が降ってきた。その声色は何処か呆れているようにも、喜んでいるようにも感じられる奇妙なモノだった。
《ずいぶんとまあ簡潔な……もう少し、こう……無いのか? 新しい人生での夢とか、目標とか……》
「だから、『生きたい』んですって。正確にいっとくのなら『己の思うままに生きてみたい』ってとこですか」
《……それは欲望の赴くまま、その場の気分次第で、ということか?》
「さあ? よくわかりませんよ、ンな細かいことまでは。俺はただ、失ってしまったことで気づいただけなんですから……どんな世界だろうと、もう一度、一つの命として生まれてみたい。その世界で己が生きているってことを実感したい。自分は、己の望むままに。己と言う確たる存在として在り続けたい」
それが一度失ってしまったからなのか、それとも自分でも気づかなかった心の奥底に眠っていた本心だったのか。
以前、誰かが言っていたか。『目的がない人生に意味はない』とか、どうとか……ハッ! バカバカしい。そんな事は無いさ。
明確な目的なんてものは頭でっかちな奴が決めたお決まり文句だろう?
平凡な日常を楽しむ、今その瞬間に感じることを大切にし続ける。これも『平凡な日々を謳歌する』という立派な目標だろう? だったら、『全力で生きる』ことも立派な目標じゃないか。
くだらない? そんな事は当たり前だ? 言いたいことがあるのなら好きに言ってればいい。誰に何を言われようとも、もう『選択』したのだから。
もう一度、生を与えられるのだとしたら、今度こそ死んだ後で後悔するような生き方は絶対にしないと。
《――それが、君の答えかい?》
「はい」
迷うことなく即答する。もはや他人から何と言われようとも、魂《ここ》に在る想いは決して揺るがないのだと、他ならならぬ俺自身が確信を得ているのだから。
《――……やはり、君ならば――》
「……?」
《――いや、なんでもない。君の想いは良くわかった。新たな生が欲しいという君の願いと私たちの目的は一致している。故に訊きたい……“ゲーム”に参加するか否かを》
「まあ、自分の願いっつ~シロモノがハッキリした以上、今更グダグダ文句を言うつもりはありませんがね? 生き返らせてくれるのなら、そのお話し喜んで引き受けますよ?」
《そうか……君のように物分かりの良い者ばかりなら、他の神々も苦労など無いのだろうけどね――……まあ良いか。その分、私が気に入った君には、“特典”に色をつけてあげよう。――おっと、脇道に逸れたかな? その前にまずは『ゲーム』についての説明させてもらうよ。良いかい? この『ゲーム』のルールはいたってシンプル。十三組の参加者……要は今の君みたいに適当に選ばれた魂――をとある世界に転生させる。その世界をバトルフィールドとして、最後の一人になるまで殺し合ってもらう。景品として、まずは『第二の人生』が与えられる……まあ、要するにとある世界に転生できるということだ。さらに勝者には副賞も与えられる》
「殺し合いとか……またさらりととんでもないことを……。ようはバトルロワイヤルって事か……でも自分は、至って平凡な何ら特殊能力など持っていない一般人だったのですが?」
《そこで、“特典”だよ。予め設定された容量内に収まるように、“出自”、“武器”、“能力”からなる異能の力を与える事ができる》
「容量?」
《いかにも。何しろ人間の欲望とは際限が無いからね。戦いを公平にするために、こういうルールが定められたのだよ。例えば容量を十と仮定して、人並み外れた容姿を望んだとする。容姿は“出自”になるから、これの配分が十となる。そうなれば老若男女あらゆる人間、動物をひきつける魅力チートとなる。最も、“武器”と“能力”がゼロだから、個人の戦闘力もゼロとなってしまう。これは努力云々以前の才能レベルの話となるから、どんなに訓練しても、どんな強力な武器を手に入れても、絶対に勝てなくなる。例えば武器を手に入れても何故かすぐ壊れてしまったり、とかね。あまりにも強力な能力は必要容量も半端では無い。よく考えるように》
「なるほど……あ、もう一つ質問が。“能力”って項目ですけれども、漠然としすぎている気がするんですが……?」
《ふむ、それはそう難しい話では無いぞ? たとえば、『無限の剣製を使用できるようになる』という“能力”を望んだとするだろう? そうすると、その基ネタになった人物――この場合はFateの衛宮士郎になる――と同じ技能や才能となる。つまり、異端とも言える投影魔術を使用できる代わりに、他の魔術、魔法は一切使えず、剣の才能も皆無となる。ついでに、英霊となったエミヤシロウそのものの力を得ることは不可能。あくまでも『無限の剣製 = へっぽこ魔術使い(衛宮士郎)』というのが取り決めになっている。……他に質問はあるかな?》
「そう、か……それじゃあ、最後に一つだけ。“特典”の振り分けをマイナスにすることって出来ますか?」
《……それは、どういう意味合いの問いだい?》
「ええと、ですね……例えばの話ですけれど生まれつき身体に不備があったり、一生ものの傷を負った状態で“ゲーム”とやらを開始するとしたら、“出自”はマイナスからのスタートになる訳じゃないですか? なら、そのマイナスの分、他の二つを少し強力な特典を選べるのかな、と」
その問いに、神さまらしき存在が何やら悩んでいるような感じがした。
神様も悩むような事を言ったような気はしないのだが……。
やや間を空けて、再び重厚な声が響いてきた。
《……それは、意味をわかって言っているのかい? “容姿”、“武器”、“能力”の三つは一度選択したが最後、変更は不可能。つまり、君が自分で選んだ不幸は第二の生において一生背負い続けることになるのだよ?》
「ええ、構いませんよ? 大体、他の転生者に『ゲーム』の途中で殺されたらその時点で終わりでしょう? なら、少しでも生存率を上げるためにも、強力な能力は必須ですよ。何、自分で選んだことくらい、自分で責任持ちますから。この『ゲーム』にどんな思惑があるのかは自分程度の頭じゃ考えもつきませんが、人生を一度理不尽に終わらせられているんですよ? なら今度は、自分の意思と力で戦い抜いて見せますよ――たとえ『運命』だなんてシロモノが存在だとするのなら、今度はそれをぶっ飛ばしてでもね」
自分の本心をはっきりと告げると、神さまは一瞬呆けたような気がしたが、次いで空間中に響き渡るほどの音量で爆笑しだした。
《クッ、ククッ……! アッハハハハハハハハ!! ……いい! 実に愉快! それに面白い! 久方ぶりに腹の底から笑った気がするよ。 ――良いだろう! 君の願いを叶えてやろう! さあ、どんな能力が欲しいのか言ってみなさい》
愉悦を漏らし、私、上機嫌ですと言わんばかりに問われ、考える。
勝利の栄冠みたいなものに興味は無い。けれど、冗談みたいな確率で手に入れようとしている二回目の人生。悔いの無い様、最後まで生き残るために必要な能力とは……?
《あ、ちなみに転生先は魔法が存在する世界だよ? “武器”とは魔法使いの使う杖……要は魔法を行使する触媒、礼装のようなものを思い浮かべればいい》
なるほど魔法とは……と、いうことは転生先は“ネギま”の世界だろうか? それとも“ゼロの使い魔”?
どちらにせよ、そんな世界に転生するのなら戦闘は専ら魔法になるのだろうか?
「……あ、ひょっとして」
そこまで考え、ふと脳裏に浮かんだあるアイディア。
単体ではあまり使いようが無いが、ひょっとしたらとんでもないジョーカーになるのではなかろうか?
「あの神様? ――――っていう“能力”は有りですか?」
《ホゥ? ふむ……、“出自”と“武器”を多少削れば……有りだね。しかしまあ、殆ど反則に近いような気がするが……》
やはり無理があるのだろうか?
やや不安げに返答を待つこと数秒の後、
《まあ、良いだろう。君には便宜を図ると、先ほど言ったばかりだしね? 神に二言は無いさ》
ニヤリ、そんな不敵な笑みを浮かべている姿を幻視し、こちらも不敵に笑みを浮かべてみる。
最も、ほとんど火の玉状態(剥き出しの魂の姿はこれがデフォらしい)の今の自分で、うまく表現できたのかは、はなはだ疑問だが。
《それじゃあ、残りの二つの項目についてはどうする?》
「あ、それは――と――でお願いします」
《フムフム、なるほど……よし判った! それでは今から君の魂を“ゲーム”を執り行う世界に送るからね。ああ、それと最後に一つだけ。“ゲーム”の開始時期になると、再度我ら神々から連絡がいくことになっている。つまり、転生直後にいきなり開始とはならないから安心すると良い。“ゲーム”開始まで第二の生を謳歌するもよし、訓練するもよし、好き過ごすんだね。では、幸運を祈っているよ?
それは選別番号かなにかだろうか? 激励のように聞こえる神さまの声を最後に、意識は再度真っ黒に染め上がっていった。
《ふふっ……面白い人間だったな》
《ずいぶんと上機嫌なようだな?》
無色の世界に、突如別の人物らしき声が響き渡る。
《ん? なんだ君か、異界の“創造神”よ。君の方の転生者は用意できたのかい?》
《無論だ。先ほど送り出したところだ。――それよりも、驚いたぞ? 神々の中において特に人に近い存在であるが故に、こういった現世の人間を関わらせた遊戯には興味どころか不快感を抱いていたはずのお前が、一番に転生者を選ぶことになる……おかげで、余の選別者の名称は
《ふん、順番などたいした意味は無いだろうに……だが、まあ確かにそうだな。彼は久方ぶりに昔を思い出させてくれた魂の在り様をしていた、と言っておこうか》
《そうか……それは楽しみだ。さて、参加者の残り枠は十一。神一人につき、参加者として送り込めるのは一人限り。数が揃うまではしばらく手暇となってしまったか》
《いや、そうとも限らないんじゃないか?》
《何? それはまたどういう意味だ? 転生者の数が揃い、『ゲーム』が開始されるまでは、転生者の数が減っても、その都度追加できるル-ルであったはず》
《見ていればわかる……そう、もうすぐに、ね》
《?? まあ良い。人間は時として余ら神の予想を超えた選択を選ぶことが多々あることであるしな……余も、観客の一人として、あの者たちの未来をじっくりと見物させてもらう事としようか。お前もそうなのであろう? “次元を渡るもの”よ?》
《フッ……まあ、な》
……ああ、本当に楽しみだ。
剥き出しの魂の状態だったからこそ感じ取れた君の在り様。
それは嘗て、私が神になる前の、“奏者“の資格を得るために我武者羅に己を鍛えていた頃の自分を髣髴させた。
だが、もしかしたら彼は私とは違う可能性へと至るかもしれない。
穢れ無き光か、深き深遠の闇か。
果たして君はどちらを選ぶ? 君はどうやって、
さあ、見せておくれ。
哀れで可愛い、飛び切り不幸で最高に幸運な、我が愛しき人の子らよ。
未来を手にするために、存分に踊り狂うがいい。この新たな神を生み出すための『ゲーム』――――『神造遊戯』の中で。
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:原作開始前
現在の転生者総数:二名
“ゲーム”開始までの残り時間:十四年と十ヶ月
2012.11.14 微修正
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フライング
――二話目にしてグロ展開とは、我ながら何というか……
転生者って知ってるかい?
よく二次小説とかである、神様のミスで死んでしまって、お詫びと称してアニメの世界に能力持ちで転生する奴の事さ。
そして、何を隠そう、この俺! 『クロード・S・ケーニッヒ』は転生者だったのさ!
いやー、最初はそりゃ驚いたもんだよ。何しろ、いきなり白い空間に穂織り出されたと思ったら、これまた急に現れた偉そうな幼女が目の前に現れるなり、
《おぬしは死んでしまったのだ。よって、私の権限で転生させてやろう。ちなみに、転生先は『リリカルなのは』の世界じゃ》
なんて言うんだぜ?
もう、俺のテンションはうなぎ昇り! 昇りすぎて、もうなんつ-の? オリ主っていう名の龍になっちゃった! みたいな?
元々、平凡でオタクな高校生だった俺は、友達も無く、毎日学校と自宅を行ったりきたりするだけの面白みの無い生活に飽き飽きしていたんだ。
家族とも最近はまともに話さない様になっていたし、心残りなんてある訳ない。
早速俺は、俺TUEEEEEE! が出来るように頼んだんだけど、突っぱねられちまった。
何でも、転生者に与えられる能力には容量とかいう制限があって、あれもこれもって訳にはいかないんだと。
なんだそりゃ! ふざけんなよ! それでも神かよ!
一通りの説明を受けて、夢だった俺TUEEEEEE! が出来ないとあって、そう叫んだんだけれど、そこで神の奴、逆切れしやがって、
《ごちゃごちゃ言うなら、転生させてやらんぞ?》
なんて脅しやがったんだ! まったく、テメエのせいで誰が死んだのか忘れてんじゃねえのか?
そこは、誠心誠意俺に謝罪として、こっちの願いをかなえるのが筋ってもんだろうがよ!
だがまあ、そこでグチグチ続けるのは主人公としていただけない。
ひとまずその場は俺が妥協することにしてやった。
こうして俺は“リリなの”の世界に転生した。
俺の両親は共にミッドチルダに住む管理局員で、魔力ランクは父親がAAAランクで母親がAA+。
まだ計測はしていないが、俺の保有魔力量もAAAランクは固いだろう。
転生するときの特典で、銀髪オッドアイのイケメンな容姿を望んだ。なんで容姿が“出自”になるんだろうと不思議に思ったが、なんでも木の根から生まれる訳じゃないから、俺の希望する容姿で生まれてくるようにするには必然的に似通った血筋の両親から生まれなければならないらしい。
確かに、純潔の日本人の両親から銀髪の子供が生まれる訳無いよな。隔世遺伝なんてそうそうないし。
そんな訳で、俺は希望の容姿通りに生まれるため、そういう容姿の人間が普通に生活しているであろうミッドチルダに生まれる事となった訳だ。
そして希少能力扱いになる時間操作の“能力”を貰った。
“武器”……この場合はデバイスになるけれど、俺はあえて選ばなかった。
特典の容量が足りなかったってのもあるけど、両親が管理局員なら専用のデバイスを手に入れる機会はあると踏んだからだ。
だから俺は“武器”に充てる容量を総て使い、ニコポの能力も手に入れることが出来た。
この能力は、俺に会いに来た親戚連中に試してみて、その効果は確認済みだ。
赤ん坊にニコッと微笑まれると、目を合わせていた女連中が全員頬を紅く染めて、俺に見蕩れていやがったからな。
まあもっとも、そんなモブキャラになど興味は無いんだがな!
俺の嫁になるなら原作主人公件ヒロインの高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて位の容姿じゃないとな!
そんな輝かしい未来を夢見て、転生してからすでに早一年。
俺は羞恥物のベイビーライフを過ごしながら、クラナガンの一等地に建てられた我が家の一室にて、赤ん坊用のベッドに寝かされながら、早く無印が始まらないかワクワクしていた。
(無印が始まったらどう立ち回ろうか? やっぱりクロノみたいに管理局員としてアースラに搭乗するのが一番か……? クソッ! 地球に転生できたらもっと早く介入できたのに! あ、でも、他の転生者連中がどう動くか……)
神が言うには、この世界にはオリ主であるこの俺以外にも転生者がいるらしい。
そして転生者達は最後の一人になるまで戦うバトルロワイヤルに強制的に参加させられるらしい。
まあ、オリ主である俺が勝ち残るのは当然だが、ほかの雑魚転生者どもに、俺のなのはやフェイトたちが汚されるのは見過ごせないな。
きっと俺以外にもニコポの能力を望んだ奴は居るはずだ。
神曰く、こういった魅力系の能力は同じ人物で重複はしない上に、同じ転生者相手には効果が無いらしい。
前者は、俺がなのはをニコポの能力で虜にしたとする。その後で、同じ力をもつ他の転生者がなのはを虜にしようとしても効果は無いらしい。
人の心は繊細で、恋愛とか友情といった精神的な支柱になりそうなものが、能力で頻繁に変えられるといろいろと都合が悪いらしーんだ。
下手をすれば精神崩壊なんてことにもなりかねんしな。
後者の理屈は簡単で、転生者にも有効としてしまったら、戦いにならないんだと。
誰でも目を合わせただけで虜にする魅力チート能力を持った奴が一人居れば、そいつは他の転生者全員を僕に出来るようなものだ。
最も、能力に物を言わせた感情操作が効かないだけであって、純粋に好きあった場合はまた別物らしい。
『原作』で舞台になる海鳴市……とまではいかなくても、せめて地球に転生できていれば、誰よりも早く彼女達に接触できていたことだろう。
なんて言ったって、俺には時間操作の希少能力がある。
様は、『ザ・ワールド』だ。
スピード云々のレベルじゃない。誰も俺に触れられないし、俺が勝ち残るのはもう決まっているようなものだ。
けれども、“武器”を選択しなかった人物は、無条件でクラナガンに転生することが決められていた。
これは、地球が管理外世界であることが原因で、なのはみたいなケースは本当に稀で、普通に地球生まれの人間にデバイスを手に入れる機会なんてまず無いだろう。
原作『Strikers』でも、スバルたちが有名人のなのはたちの故郷である地球について詳しく知っていなかった素振りを見せていたし、J・S事件や闇の書事件が起こっていない原作前の時間帯では、どうやってもデバイスを自然に手にするのは無理がある。
だから、特典で“武器”を選んだものが優先的に地球に転生できるというのがルールの一つらしい。
(はぁ……まあ、愚痴を言っていてもしょうがないか。今は出来ることからやっていこう。まずは、魔法の練習は五才位になってから始めるとして――)
――ガラッ
「……見つけた」
俺がこれから始まる『俺のオリ主計画』についてあれこれ考察していると、突如ベランダに繋がるガラス窓が開かれた。
同時に聞こえてくるのは、聞き覚えの無い男のものらしい声。
俺は驚きながら、第三者の手によって開かれたであろう窓から一メートルほど離れた部屋の中央に置かれたベビーベッドの上で、声のした方向へと首を向ける。
窓とベッドは平行方向に置かれていたため、首を横に傾けるだけで、開かれたガラス窓、そしてそこに佇む子供らしき人影を捉えることができた。だが――
(――なっ!? 何なんだよ、アイツは!?)
部屋の外はポカポカ陽気の降り注ぐ小春日和の過ごしやすい温かさだというのに、少年らしき人物を前にした俺の身体は、まるで丸裸で札幌雪祭りの会場に放り出されたかのように、ガクガクと震えていた。
脳内で激しい警戒音が鳴り響く。
全身の細胞が、遺伝子が、魂までもが今すぐこの場から逃げろと警笛を鳴らしているように感じた。
だが、俺の身体は未だ一歳児のそれ。
逃げようにも、いまだハイハイすら出来ないこの状況で、俺はあまりにも無力だった。
そんな俺を尻目に、謎の人物は土足で室内に足を踏み入れると、迷い無く俺の寝かされたベッドへと近づいてくる。
今この家に、共働きの両親は不在。ホームヘルパーの人は居るものの、先ほど一階の掃除をしてくるみたいなことを行っていたばかりだ。
この家は防音設備が完備されているので、今すぐ異変に気付いて、ここに駆けつけてくれる可能性は低いだろう。
小さく響く、床を踏みしめる音が近づいてくる。
もはや俺の顔は蒼白と呼ぶに相応しい様態をしていることだろう。
そして程なくして、ついに謎の人物がベッドの脇に辿り着く。
そして頭部を覆っていたパーカーのフードを脱ぎ、ベッドの淵に手をかけると俺を覗き込んできた。
「ヒッ……!?」
間近でその人物の顔をみた俺は思わず悲鳴を上げてしまう。
落雷に打たれたように痛烈な衝撃が全身を駆け巡る。
それは絶対零度の冷たさを持つ、死の恐怖。
胸元までタオルケットがかけられているというのに、寒気が、悪寒が止まらない。
だが悲鳴を上げられた当の本人は気にした風も無く、逆に口元を緩めて愉悦を漏らす。
「ん? ……どうした? 俺が怖いのか? それなりにいい年なんだろう? なあ、転生者さん?」
俺を卑下するように見下した人物――見たところ五才位の少年だった――は、まともな方の右目を細め、こちらを観察するような素振りを見せる。
「んー……この反応……うん。間違いないな」
しばらくするとなにやら納得したように両手の平をポンと併せ、
「転生者発見、っと。じゃあ、早速で悪いけど……死んでくれ?」
まるで、ちょっとコンビニに行ってくるみたいなノリで死刑宣告を繰り出してきた。
(はぁ!? いや待て、何でそうなるんだよ!?)
混乱する俺の内心など知ったことではないとばかりに、謎の少年は上着に羽織っているパーカーのポケットから白銀に輝くナニカを取り出す。
所々黒光りする汚れがこびり付いたそれは、刃渡り十五センチほどのサバイバルナイフだった。
少年の手には少々持て余す大きさのナイフの柄を、右腕一本でしっかりと持ち、逆手に構えて俺に向けて振りかぶった。
(おっ、おい!? ちょっ、冗談だろ!?)
「――ん? ああ、ひょっとして冗談とか思っているのか? だが、残念だったな。これは間違いなく現実で、お前は俺に殺される。大体、転生者同士の殺し合いってのが“ゲーム”の本題だろ? だから転生者のお前は、同じ転生者の俺に殺される。ま、まだ“ゲーム”は始まってもいないが――始まる前に、殺してもいけないってルールも無かったしな? あ、ちなみにこれはちゃんと、俺を転生させてくれた神さまに確認してるからな。『大丈夫だ。(ルール上は) 問題ない』って奴だ」
告げられた絶望に目の前が真っ黒になる。
(おっ、おいおい、嘘だろ? 何かの冗談なんだよな!? だってそうだろ!? 俺はオリ主だぞ!? この世界の主人公で、悪党(他の転生者)を退治して、美少女ハーレムを築く予定のこの俺が、こんなにあっさりと終わるのかよ!? ふざけんな! 俺は……!! 俺は……ッ!! 神に選ばれた人間なんだっ!!)
何とか助けを呼ぼうと、あらん限りの力で泣きわめく。
頭を振り回した際に、いつの間にか流れ出ていた涙や鼻水が吹き飛ぶが全く構わない。
どんなに惨めだろうとこんなところで死ぬ訳にはいかない。
俺の必死な足掻きを見て、少年は僅かに眉を顰めるも、
「うっさい」
ヅブリッ!
襲撃者は必死になって生にしがみ付こうとする俺の姿を冷たく一瞥すると、躊躇なく冷酷な刃を振り下ろしてきた。
死神の鎌にも等しいそれは、寸文の狂いも無く俺の額に深々と突き刺さる。
先ず聞こえたのは肉を切り裂くナイフの音。
次いで、頭の奥底から途方も無い熱と激痛が際限なく溢れ出す。
「あぎっ……ゔぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ――――……!!」
イタイ! イタイ! イタイ! イタイ!
イタイ! イタイ! イタイ! イタイ!
言葉に出来ない激痛にベッドの上をのた打ち回る。
未熟な赤子の手足とは思えない力で枕を、シーツを獣のように掻き毟る。
舌ったらずな愛くるしい声を出していたはずの口からは人のものとは思えない悲鳴が漏れ出し、
両目は完全に白目をむき、まだ歯の生え揃ってすらいない口元からは血の塊が唾液と共に飛び散る。
だが頭部は未だ突き刺さったままのナイフを持つ少年によって押さえ込まれていた。
だが程なくして少年は、
「はい、終~了~、っと」
そう呟きナイフを引き抜く。
その勢いで間欠泉を髣髴させる鮮血が吹き溢れる。
ビチャビチャと不快な耳障り音と共に、汚れ一つ見当たらなかった真新しいベッドを、壁を、絨毯を真紅に染め上げてゆく。
飛び散る血飛沫を身体を逸らすことで避けると、少年はカーテンでナイフの血を拭い、それを再び上着のポケットへと仕舞いこむ。
その動きに、そしてその表情に戸惑いや罪悪感は一切見られない。
これは少年にとって、人殺しが初めてではないことを意味していた。
ピクンピクンと痙攣している赤子――今しがた自分の手でその命を刈り取った同胞――の姿を無表情で眺める少年の姿を見て、世の人々はどう思うのであろうか?
稀代の殺人者?
それとも、人格破綻者?
だが一つだけいえることがあるとするのならば、彼にとってこれは生きるために必要な行為でしかないと言うことだろうか。
なぜなら彼ら転生者は、最後に生き残れるのは一人だけと決まっているのだから。
「対象の死亡を確認、っと……さて、それじゃあ撤収、撤収」
己の左目から送られてきた対象の死亡という情報を確認すると、少年は身を翻してベランダから外へと出るや、虚空に向けて片手をかざす。
「次元境界門開放……転移開始」
少年の呟きと同時に、彼の足元に魔方陣が展開される。
複雑怪奇な文様が刻まれた、ミッド式でもベルカ式でも無い、なんとか魔方陣とだけ判断できるであろうそれは、鮮血のような紅と深遠を連想させる黒によって描かれている。
まがまがしさしか感じられない魔方陣が、陽光すら飲み込まんと一際大きく輝いた次の瞬間には、少年の姿はそこから消えていた。
およそ三十分後、屋敷の掃除を終え、クロードの様子を見に来たホームヘルパーの叫びが高級住宅街に響き渡った。
今回のクロード殺害事件は、後にクラナガンの高級住宅街で立て続けに三人の幼児が刺殺された事件の一つとしてマスコミに取り上げられ、突如繰り広げられた惨劇にクラナガン中の人々を振るえ上げさせることとなる。
住宅街からやや離れた位置にある旧市街地。
人気の無い廃墟に近いこの場所の一角に、小さな影があった。
五才ほどの年であろう小柄な体躯。
所々汚れた長袖のパーカーとズボン。
深く被ったフードの奥から覗かせる片方しかない右の眼は深く、暗い闇色に染まっている。
幼稚園児と呼んでも遜色無い筈の少年の全身からは、あらゆるものを引き込むかのような圧力を伴った魔力が滲み出ていた。
何色にも染め上げられず、逆に何者でも飲み込み、己が色に染め上げ、支配してしまうかのような深遠の闇を連想させる魔力光。
少年は嘗て左目のあった場所に指先を当てながら、何やら考え込んでいるような素振りを見せていたが、しばらくして
「これで三人目……さて、次は――」
《――やあ、久しぶり。少し良いかい?》
少年の呟きに突如割り込んできたのは重々しい威圧感を伴った遠雷を思わせる声。
転移によってクラナガンの外れにあるここまで転移してきた少年は、脳裏に響き渡る懐かしい声に顔を上げる。
「あれ? 神サマですか? お久しぶりですね」
《うん。君も元気そうで何よりだね。まあ、君の息災ぶりは神界で逐次見せてもらっていた訳だけれどね?》
まるで往年の友人同士のように語り、笑いあう。
《さて、私としては君との会話は実に有意義な時間なのだが……今回は別件があってね?》
「別件?」
はて? と首を傾げる少年に、彼を転生させた神が大気に遠雷の如き声を響かせながら告げる。
《現在、君の行っている“転生者殺し”についてなんだが、“
やたらと上機嫌に語る神に、僅かに呆然としてしまった少年だったが、すぐさまハッ、として、声を荒げながら問い返した。
「え? いや、ちょっと待ってくれません……? えと、その条件て、俺にしたら笑い事じゃすまないと思うんですけど」
躊躇なく人殺しに手を染めた少年とは思えないほどに、彼の表情には驚愕と困惑の色がありありと浮かんでいた。
少年――転生者No.”Ⅰ”は別に殺しを趣味にする快楽殺人者でも、精神異常者でもない。
彼が人を、正確には未だ幼い転生者たちを始末していたのは、彼が覚醒した“能力”に所以している。
―――『
この世に無限に等しい数が存在すると言われ、決して交わることのない隣り合う世界群――遍く並行世界の総てを見通し、そこに在る転生者たちの所在を感知、さらに内包する能力を解析するという”能力”。
対象(この場合は“ゲーム”に参加する参加者たち) が、たとえ別次元に存在していたとしてもこの能力を防ぐ手立てはなく、一切の防御手段が存在しない。
神代の時代に、大神たるオーディンが座して世界のすべてを見通したとされる神具と同じ名を冠するこの“能力”に目覚めたことによって、“Ⅰ”は“
あくまでも情報収集専用のチカラではあるが、逆に考えれば転生直後……即ち、無力な赤子の状態の転生者探し出すことができる可能性があるということでもある。
“Ⅰ”は自分以外の転生者たちも自分と同じ『特典の容量』という制限に縛られることに気付き、如何に生き延びるかを考え抜いた。
一般的に考えて転生者と呼ばれる物語への介入者の行動パターンは大きく二つに分けられる。
一つ目は『原作介入派』
物語、つまり原作に登場人物の一人として介入し、主人公や好きな人物に助力したり、悲しい運命を迎える人物を救ったりする事を目的にするものたち。
二つ目は『傍観派』
彼らは下手に原作に介入した結果、事態が悪化する事を恐れ、傍観者としてのスタンスをとるものたち。
しかし、こういった者は大半の場合、原作キャラと親しくなってしまったり、『原作介入派』の転生者達に敵視されたりして、結局物語の一部となってしまうケースが多い。
だが“Ⅰ”の歩もうとする道筋はこのどちらとも違っていた。
この世界が“リリカルなのは”の世界に酷似した世界であることは転生前に説明を受けた。
ではその世界に生きる人々は、そしてそんな世界で新たな人生を歩む自分は、物語の登場人物という空想の産物などではなく、この世界に生きる確固たる一人の人間という、今を生きているたしかな存在だということに他ならない。
自分は空想の産物の中に行くのではなく、それに近い確固たる現実の世界に新たな命を与えられて生れ落ちているのだと確信している。
なればこそ、原作だの、主人公だのに拘るのは無意味でしかなく、そんなものに縛られる必要もない。
自分の望み、自分のやりたい事、成し遂げたい未来、それを成すための力を与えられるというのなら、己が心の思うまま生き抜いて見せよう。やり遂げて見せよう。敵を打ち倒し、神々の思惑の中で踊り、足掻き、その先にある未来を掴むために、ただ真っ直ぐに突き進んでみせる。
原作? 登場人物? それがどうした?
そんなものは知ったことか。たとえ己の知る原作知識の通りに未来が続いていくのだとしても、登場人物たちと共に転生者と戦うことになったならば、原作という名の『運命』ごと突き破ってみせる。
それは『介入』でもなく、『傍観』でもなく、『運命』に相反する事も厭わぬ『闘争』の道。
それが“Ⅰ”の選んだ道。彼の『選択』。
それを成すためには、より効率よく敵を排除する必要があった。誇り? 矜持? そんなものなど、知ったことか。他人がどうなろうと自分には関係ない。
そう決断したが故に、この世界で一番最初に生れ落ちる――すなわち、一番年上であり誰よりも早く行動を起こすことができる――というアドバンテージを生かすために望んだ”能力”こそ探知能力の極みたる『
誰よりも迅速に行動に移れると言う事は、他の転生者が生まれた直後、あるいはまだ能力も使えない幼い子供のうちに自分はある程度の年齢に成長出来ていると言う事。
無論、赤子の時点でもある程度の能力を使える可能性も無きにしも非ずなので警戒を怠っていなかったが、結果として僅か一日で三人もの転生者を始末することが出来た。
無力な一般人と同じレベルの敵を“
“
卑怯だと罵られようとも、臆病者だと蔑まれようとも、地べたを這いずり泥水を啜りそれでも全力で今を生き続けてみせるという、彼の決断であった。
《君の言いたいことはわかる。何しろ君がその“能力”に目覚めるきっかけを与えたのは他ならぬこの私なのだから。だが……》
神は告げる。転生者同士の戦いはあくまで“
そしてそもそもの“
力の使えない頃に、こんな暗殺まがいの方法を続けることは、あまりにも“
《すまないがそういう訳なんだ……もしこの警告を無視すれば、最悪、君の存在が消されかねない。だから今後は、“
やや疲れた風に聞こえてきた神の声に、“Ⅰ”は何も言えなかった。
もとより、今の自分がこうして生きていられるのは神のおかげであると捉えているので、彼として強く言えないのも理由だった。
「……わかりました。まあ、しょうがないですよ。それじゃあ今後は“
《ウム、頼んだよ。それから”
問われ、やや間を空けて、神の綴った言葉の中に気になった単語があったことに気付き、それを問いかける
「そもそも、こんなトンでも儀式を行う理由って、何なんですか? そもそも、『十三組の転生者同士による殺し合い』って位しか聞いていないはずですけど……?」
《ああ、それについては、私からは何も言えないんだよ。“ゲーム”開始時点になれば自ずとわかる。否応無しに、ね》
あっさり“話せない”と告げられた“Ⅰ”は怪訝そうに眉を寄せるが、今問いただしても意味がないか、と意識を切り替える。
その後二、三のやり取りの後、 “Ⅰ”はもう声は聞こえなくなった神に向けてするように、頭を下げてお辞儀を一つとる。
やがてゆっくりと頭を上げてその場から踵を返すと、目の前にあった廃墟となって久しい旧市街地ビルの一つの壁に右手を当て、謡うように呟く。
「認識阻害、座標軸偽装、魔力探知妨害術式展開。次元境界門開放……転移先座標――第九十七管理外世界『地球』。転移開始」
彼の右手を中心に紅と黒によって描かれた複雑怪奇な文様――彼独自の魔方陣が、所々ひび割れたビルの壁に展開される。
底なし穴を連想させる漆黒の穴の中に身を通した次の瞬間には――当たり一面に真っ白に輝く粒子が降り注ぐ銀世界が広がっていた。
「……何処だ、此処?」
突然の雪景色に、驚きと純粋な寒さで身を震わせながら、燦然と輝く左目で辺りを見渡せば此処が何処なのかをソレが瞬時に導き出し、脳裏にその情報が送られる。
「現在位置……津軽海峡の上空四百メートル地点? やれやれ、転移先の座標を正確に特定できないのが俺の術式の欠点だな……。術式の効率化、戦闘訓練に、情報収集、やることは山積みだよな……。まあまずは――ぶぁっくしょん!! ズズッ! ……まずは暖をとることが最優先、っと」
鼻を啜り、両手で身体を抱きしめて二の腕を擦りながら、“Ⅰ”は雪除けのできる小屋かなにか無いか、人気の無い雪の降る空中を進んでいった。
ちなみに余談だが、身寄りの無い捨て子な“Ⅰ”に頼れる人など居るはずも無く、雪の中をさ迷い歩いたことで引いてしまった重度の風邪で、あやうく“
そんな彼を救ったのは、これまた神様の力的な念動力で甲斐甲斐しく看病してくれた彼の担当神だったりする。
この後、一人と一神の間に、奇妙な友情が芽生えたのだが、それはまた別のお話である。
「すまないねぇ、神サマ……」
《それは言わないお約束だよ、“Ⅰ”》
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは 原作開始前
現在の転生者総数:五名 → 二名
No.”Ⅲ”:クラナガンの自宅内にて、認識阻害魔法を使用して進入してきた“Ⅰ”に喉をナイフで引き裂かれて死亡。
No.”Ⅳ”:同じく、“Ⅰ”にナイフで胸部を切開され死亡。
No.”Ⅴ”:同じく、“Ⅰ”にナイフで額を刺殺されて死亡。
尚、上記三名について、“ゲーム”開始前であったため、同じ神に再度転生者を用意、補充させる。その際、同Noを受け継がせること。さらに今後は“ゲーム”期間外に他の転生者に手を出さないよう“Ⅰ”に警告。今回は厳重注意のみとする。
“ゲーム”開始までの残り時間: 九年六ヶ月
2012.11.14 微修正
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平穏なる日々
読みやすいように、試しで一話あたりの文字量を少なめに纏めてみました。
うららかな春の日差しという言葉がピッタリな四月初頭。
日本という国では四季というものがはっきりとしており、その内で最も過ごしやすい季節であろう春の代名詞、桜の木が立ち並ぶ並木道をやや足早に駆け抜ける。
ここ海鳴市は、その名の通り海が程近い、それなりに知名度のある――ごく一部では非常に有名なのだが――私が生まれ育った街だ。
ゴミも見当たらない綺麗な街道を眺める余裕も無く、私は必死になって両足を動かす。
足を踏み出すたびに、聖祥小学校指定制服のスカートがふわり、と踊り、実に走りにくい。
双子の妹ほどには運動神経が切れていない訳だが、逆に体育の授業でヒーローになるには程遠い、いたって平凡なレベルに留まっているこの身では、全力で駆けていようともたいした速度は出せない。
『ならもう諦めて、普通に歩いちゃえば?』と心の中の小悪魔(なぜか友人の一人と同じ金髪美少女の姿をとっていた。ただし悪魔のような蝙蝠の羽と先端がハートマークな尻尾、バックに燃え盛る炎――通称“バーニング”を背負っていたが) の囁きに思わず膝を折ってしまいそうになるが、同じく脳内に現れた天使(これまた友人の一人、紫の髪が特徴のぽわぽわお嬢様が天使の羽とドレスを身に纏ったお姿) でバーニングな小悪魔を嗜めるように言葉を紡ぎ――
『うん。アリサちゃんの言うとおりだよ。もう休んでもいいんだよ?』
おもっくそ肯定してくれやがりました。つか、名前言うなや! と声を大にして言いたい。
あれれーー!? 何で我が天使さままで悪魔のささやきを――ハッ!? よく視たらあれ、天使じゃない!? なんか白い羽毛の中から真っ黒で蝙蝠チックな羽が見えてるんだけど!? あと、なんか目が真っ赤に輝いておられていらっしゃるーーー!?
『だって私、吸血鬼だもん♪』
全く持ってその通り。
ぐうの音も言えませぬ。つーか、ネタバレには早すぎるとお姉さん思うのですけれども!? そこんとこらへん、如何でしょうか!?
『んー、でもこの私は花梨ちゃんの想像の産物な訳でして……まあ、良いんじゃないかな♪』
『そーそー、大体妄想の中身まで、突っ込みしてんじゃないわよ?』
ヤな言い方しないで!?
『ま、もう手遅れみたいだけどね~~』
へ? いったい何が……?
キーンコーン、カーンコーン――
と、私が気をそらした瞬間、無常にも授業開始を告げるチャイムの音が鳴り響いてきた。
今私が居るのは下駄箱で、息を整えながら上履きに指先をかけたところだ。
まだ、教室まで走っても数分は掛かってしまう位置にある。
私達の担任の先生は几帳面で、チャイムと同時に教室に到着し、すぐさま出欠を取る。つまりこれは、
「タイム……アップ!?」
『『残念でした! Let’s バツゲーム♪』』
絶望に染まる私の脳内では、変わらず友人の姿をした小悪魔と天使……の皮を被った吸血鬼が某決闘漫画の初代主人公な王様よろしく、楽しそうに私に向けて指先を突きつけていたのだった。
高町花梨 九才
聖祥小学校三年生
家族構成:父(士郎) 、母(桃子) 、兄(恭也) 、姉(美由紀) 、妹(なのは)
双子故に妹と瓜二つの容姿で、髪はポニーテールに纏めている。
大き目のリボンがチャームポイント。
この日、転生者
「いや、そんなの全くもって嬉しくないから!?」
一時間目が終わった直後の短い休憩時間。
五十分ほどの授業の間、ずっと廊下に立たされ続けた事が原因でプルプルしてきた両足をだらしなく投げ出した、はしたない格好の高町花梨こと“Ⅵ”は虚空に向かって突っ込みを入れる。
その突然の奇行に驚いたのは、彼女のそばに集まってきた仲良し三人組なお友達だった。
「ちょっ……!? いきなり大声上げないでくれる!?」
「い、いきなりどうしたの、花梨ちゃん? ひょっとして具合でも悪いんじゃ……?」
「お姉ちゃん!? 大丈夫!?」
「あ、うん? ゴメン、つい妙な電波が」
「「「電波っ!?」」」
花梨の言葉を聴いた仲良し三人組……アリサ・バニングス、月村すずか、高町なのはは一瞬でスクラムを組むや否やおでこを引っ付けて作戦会議。
「(ヒソヒソ……) ど、どうしよう!? 花梨お姉ちゃんの頭が大変なことに!?」
「(ヒソヒソ……) 落ち着いて、なのはちゃん。花梨ちゃんの言動がちょっとあれなのは別に最近の話じゃないし、大丈夫だよ?」
「(ヒソヒソ……) すずか……アンタも言うわね……。てか、最後の方、疑問系じゃなかった?」
「おーい、しっかりと聞こえてますからね? 内緒話はせめて本人の居ないところでお願い……あと、すずか? ちょっと二人でオハナシしようか?」
にじり寄る花梨と、彼女から距離をとる笑顔を浮かべたままのすずか。
にらみ合う様は、まさに一触即発。
「にゃっ!?」
突然、何も無いところでなのはが転び、それが引き金になって両者の間で激しい攻防が繰り広げられる。
「銅鑼銅鑼銅鑼銅鑼銅鑼銅鑼……!!」
「ナリナリナリナリナリナリナリ……!!」
年齢一桁のはずの美少女二人が、教室内なのに顔に影が掛かった、通称『劇画タッチ』顔で目にも留まらぬ拳撃の応酬を繰り広げる。
交差した拳圧の余波が荒ぶる竜の如く周囲へと襲いかかる。
倒れる机。ひび割れる窓。『ぶげらっ!?』とか、『ひでぶぅ!?』とか叫びながら吹き飛ぶクラスメート達多数。
あわれ、少年少女たちが笑顔で過ごすはずの学び舎が、一瞬で某覇王様が闊歩する世紀末な有様へと変わり果ててしまった。
巻き込まれないように机の下に身を潜めたアリサが慌てて叫び声を上げる。
「止めなさい!? アンタたち、キャラが壊れまくってるわよ!? つーか、なんでマリグナントバリエーション!?」
○ョ○ョに非ず!
アレを始めてみたときのインパクト、決して忘れられません。
詳しく知りたい人は、yah○oで検索をかけるとよろし!
またはy○utubeでも可!
いい感じに混沌と化したこの騒動は、騒ぎを聞きつけて飛び込んできた理科の鈴鹿野先生によって鎮圧されることとなる。
ちなみに本日の決め技は某
時は過ぎて、昼休み。
ポカポカ陽気を全身で感じられる屋上でお弁当を広げての食事タイム。
花梨、なのは、アリサ、すずかの四人で屋上の床に敷いたシートの上に陣取って、各々のお弁当を啄ばむ。
時折、おかずの交換をしたり、食べさせあったりと実に微笑ましい光景だった。
……若干二名ほど、しきりに首元を撫でていたが。
「うう、まだ痛いんだけど……、っていうかあの先生、小学生に超人技仕掛けるなんて正気なのかしら……?」
「ねえ、アリサちゃん? 痣になったりしてないかな?」
「どっちも自業自得でしょうが。まったくもう……」
「にゃはは……」
朝の件は、元凶と判断された花梨とすずかが先生の手によりノックダウンされ、勝利の雄たけびを上げる鈴鹿野先生は鎮圧直後に駆けつけてきた学生主任に首根っこを引きずられていくことで、一応の収束を見ることとなった。
その後、花梨とすずかの二人はダメージが残っていたのか、四時間目終了まで机に突っ伏して、そのまま起き上がってこられなかった。
その様子に、アリサとなのはは後でノートを貸してあげようと、しっかり授業に集中していたが。
微妙な空気になりかけていたところで、空気を換えようとしたのか突如アリサが『そうだ!』と声を上げる。
「ねえ? 三人とも、将来の夢って何か考えてる?」
「将来の夢? それって何になりたいか、とか?」
唐突な質問に、問われた三人が三人とも『うーん』と首を傾げ思案顔を浮かべる中、確認するようになのはが尋ねる。
「アリサちゃんはやっぱりお父さんのお仕事を継ぐんでしょ?」
「うん、まあね。すずかはもそうでしょ?」
「う~ん……そうかも。機械弄りとか好きだし、多分工学系に進むんじゃないかなって思うよ。花梨ちゃんは?」
「私? 私は料理とかお菓子作りとか好きだし、多分お母さんに弟子入りして翠屋を継ぐと思う」
「そっかぁ、お姉ちゃんたちは皆、決めてるんだ……私は、なんだろ?」
「なのははアレでしょ? 翠屋のマスコット。栗毛ツインテールな女の子の被り物して、道行く人々相手に笑顔を振りまくという営業活動を……」
「それ、被り物する必要ないからね!? 栗毛ツインテールって、まんま私だからね!? そもそも、何で被り物着ける事が前提なの!?」
「「「え?」」」
「何で、皆そこで不思議そうな顔するのーーーー!? 可笑しいよね!? 私間違ったこと言ってないでしょ!?」
「「「またまた~~」」」
「それ、どういう意味!? 私に向けられる優しげな視線はいったいぜんたいどういう意味があったりするの!?」
にゃーにゃー荒れ狂う子猫を愛でながら、花梨は内心でこれからについて思考を巡らせる。ついでに、『一体全体』という言葉の意味こそ知るが漢字に直すことができない妹の国語力について、姉として少々、思わないでもないが……まあ、今は良しとする。九歳児だし。
(今のところこの世界は私の知る原作通りに進んでいる。つまりなのはは、やっぱり魔導師としての道に進むことになるのかな……。“
私、高町花梨には家族にも秘密にしていることがあるの。
実は私、転生者よ。
私をこの世界に送り込んだ神が言うには、何でも神様たちがこれから行う悪趣味な儀式に参加させるために私を選んだらしい。
その言葉を聞いた瞬間、それは大声で叫んだもんだわ。
だってそうでしょう?
世界一安全な国なんて言われてる日本生まれのこの私に、ついさっきまで平凡な、けれど充実していた日常から一転、いきなり殺し合いをやるために違う世界に行けなんてふざけてるとしか思えないわ。
まあ、いい年こいて半引きこもりの上、毎日ネットやアニメにのめり込んでいた訳なんだけれども。
少しだけ『罰が当っちゃった?』なんて思ったのは私だけの秘密。
その後、転生先が私の好きなアニメ“リリカルなのは”の世界だったこと。そして物語の主人公、高町なのはの双子の姉として転生させてくれるという条件に心を動かされてしまった私は、こうして転生する流れとなった。
与えられた特典は、原作キャラの身内として生まれるというのがそのまま“出自”として計算されたらしくて、特典の総容量の半分以上を摂られてしまった。だから“武器”としてなのはのレイジングハートの姉妹機のようなデバイスと、なのはと同等クラスの魔法の才能を選択した。
こうして『高町花梨』として転生した私は、原作知識というある程度の未来の記憶を使い、未来を少しでも良くしようとした。
お父さんが怪我をして入院したときも、なのはがひとりぼっちにならないよう傍についていた。
寂しい想いをさせない様に、家族との間にしこりを作らせないようにいろいろやった結果、なのはは塞ぎ込むことは無かった。
でも、良い子でいよう、他の人に迷惑をかけないでいようとする、いい子でいようとする所は治すことができなかった。
もしかしたら、これが世界の修正力って奴かもしれないわね……。
ああ、それと嬉しい誤算だったのが、今までに出会えた他の転生者たちは、皆良い人ばかりだったってことだ。
原作を寄り良い方向に進ませるために、皆を幸せに出来るように協力し合おうって同盟を結べたことね。
“
――そう、私は信じて疑わなかった。
――何とかなる。この世界の未来も、私達が殺しあう“
――そんな楽観的な未来の姿を。
――――あの日、時の庭園で邂逅することになる
今回、末尾の中間報告は無しです。
2012.11.14 微修正
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『無印』編
運命の刻
そして、ついに訪れる始まりの日。
原作の仲良し三人組に花梨を加えた四人で塾に行く途中、近道をしようと通りかかった公園。
物々しい警察官たちが不自然な壊され方をしている公園の遊具の調査をしている傍で、なのはと花梨の脳裏に一人の少年のものらしき弱弱しい声が響いた。
アリサとすずかは聞こえなかったようで怪訝そうに首を傾けてはいたが、それの正体を知っている花梨は下手にアクションを起こさず傍観に徹していた。そんな最中、突如なのはが『声が聞こえる!』と公園の中にある森の中へと駆け出していった。
慌てて後を追う花梨たちが追いついたときには、なのはは地面にしゃがみこみ、その両腕の中に一匹の生物――フェレットを抱えていた。
首元に赤い宝石を身に付けた、身体中に怪我をして弱弱しいフェレットの様子に、慌てだすなのはとアリサ。そして冷静に『動物病院へ行けばよいのでは?』と発言したすずかの進言に従い、すぐさま四人は動物病院へ。
その後、ひとまず動物病院の先生に一晩預けるという形になった。
そして現在、再びユーノの念話らしきものが聞こえてきた直後、慌てた様子でなのはが家を飛び出していくのを、二階にある自室の窓から花梨は眺めていた。
「さーって、念のために私も行きますか」
机の引き出しの中に保管しておいた青い宝石――神さまから貰った専用のデバイス『ルミナスハート』を取り出し、首にかける。
いざ! と意気込み、ドアノブに手をかけた瞬間、
《さあ、“
脳裏に嘗て聞いた覚えのあるような、それでいて、どこか軽薄そうな声が響き渡ると同時に、花梨の視界は閃光で埋め尽くされた。
まるで己という存在が世界から切り離されるような浮遊感に包まれたかと思うと、一瞬にして視界に捕えていた景色が全く異なるものへと姿を変える。
「……ここ、どこ?」
花梨の口から最初に呟かれたのは、そんなありきたりな台詞だった。
動揺を隠せぬ花梨の視界一面に広がるのは、どこか見覚えのある遥か地平線すら見えぬ真っ白な空間。
此処はさっきまで自分がいたはずの住み慣れた生家とは何もかもが違う世界だということを、花梨の魂が理解する。
そこは嘗て、彼女が一度死に、今の人生を始めるきっかけになった場所、神を名乗る存在と邂逅した筈の場所に、再び花梨は降り立っていた。
ただし、以前とは何点かは異なっていた。
先ず目に入るのは、目の前に悠然と聳え立つ巨大な壁……否、天をも穿つほどに雄大な巨木。
しかもよく見てみると、一本の木ではなく、無数の其れこそ数えることも億劫になりそうな数の細い木(それでも、そこらの木々よりかは遥かに巨大な訳だが)が絡み合い、寄り集まって、一本の巨木に見えているようだ。その威容たるや、まさに天を衝くかの如し。
これほどの巨木であるというのに、目に見える範囲の幹に皹の類は一切見受けられない。それがまた、この巨木が現実の存在ではないことを言外に告げているように花梨には感じられた。
視線を下にやると、遥か下方で、巨大な大地と錯覚するほどに広がった夥しい数の根が犇いている。
さらによく見てみると、根の少し上くらいから透明に近い水に浸かっている様にも見える。まるで昨日TVで見たマングローブ林のようだ。
花梨はそんなどこかずれた感想を抱きながら次に視線を上へと向けてみる。
すると、こちらもご多望に漏れず空を覆いつくすほどに鬱蒼と茂り、枝葉の隙間からキラキラとした輝きが零れ落ちてくる。
世界を覆いつくすほどに巨大な大樹の幹、その中ほどを光のリングが覆っている。
大樹に触れない一定の距離で宙に浮かぶそのリング上には、さらにいくつもの円形の形状をした祭壇が備え付けられている。
先ほどから花梨がいる場所もまた、複数見て取れる祭壇の一つであった。
何故私はこんなところにいるのだろう?
あまりの事態に思考が停止してしまった花梨の頭に、先ほど聞こえた声とは別の、遠雷の如き重厚を持った声が響き渡る。
《フム……全員、揃ったようじゃな。それでは“
言われた言葉を脳が理解し、漸く花梨の思考が覚醒する。
慌てて辺りを見渡せば、なるほど、確かに自分以外の誰かの存在を感じられる。
不思議なことに、視界は巨大な大樹で阻まれているというのに、何故か大樹を挟んだ向こう側の台座に誰かがいるのがわかってしまう。
――流石に、姿形を完全に見て取れることは出来なかったが。
《其れでは説明を始める―――― “
告げられたあまりの言葉に、誰もが息を呑み、言葉を無くす。
その内心は、大なり小なり驚愕で染め上がっていることだろう。
だって、そうだろう?
転生する当初は転生者同士が繰り広げる殺し合いという『ゲーム』だと言われていた筈だ。
確かに勝利者には副賞が与えられるとか言っていた気がするが、其れがまさか神様の座とは。
一方、転生者サイドの内情など知ったことではないと言わんばかりに、説明は続く。
《“ゲーム”期間は”リリカルなのは”の『無印』開始から『A’s』を経て、『Strikers』終了までのおよそ十年間。尚、合間にある空白期と呼ばれる期間は、今までどおり戦闘は禁止とする。模擬戦レベルなら構わんが、生き死にレベルの殺し合いはご法度じゃ。――良いな、“Ⅰ”?》
『――何で、俺にだけ言うんです?』
聞こえてきた声は自分よりやや年上くらいであろう青年のものだった。
何故“Ⅰ”と呼ばれた人物だけ、念を押すように注意されるのだろうか?
そんな私たちの抱いた疑問はすぐに解消されることとなった。
《前科持ちがよく言うわ……“
さらりと告げられた衝撃の事実に、思わず口元に手を当ててしまう。
他の人達からも少なからず動揺している気配を感じるが、それもしょうがないことだと思う。
転生者を、同胞の筈の人間を容易くその手にかける人物がいたのだから。
転生者同士でも、手を取り合い、分かり合えると思っていた私の考えは、こんなにも容易く粉砕されてしまうものだったのだと、今更に理解した。
《とにかく、どうせやるなら“
続けて説明されたルールは纏めるとこのようなものだった。
①“ゲーム”について、転生者以外の存在には現時点で説明できない。理由はいまの私たちの年齢は全員未成年であり、事情を話せば親御さんなどが介入してくる可能性が高いということ。
転生者同士での戦いこそがこの儀式の本質であり、他の存在の介入は宜しくない。“
②勝敗は転生者自身の死亡が基本。ただし、特典の“武器”として神様印のデバイスを手にしているものに限り、デバイスを破壊されても失格とする。これは、神印のデバイスとあの世界で作り出されたデバイスでは、どうがんばっても性能に差がありすぎるからであり、“武器”の特典を選ばなかった者との不公平さを無くすための処置であるらしい。
③舞台となる世界……地球やミッドチルダなどを壊す、あるいは破滅させるような行為は厳禁。
あの世界もまた神様が作り上げた神様たちの所有物であり、それを壊すような真似をする者を、同じ神の末席に加えるつもりは無いとのことだ。
④“
⑤“
⑥神々は“ゲーム”開始以降、如何なる理由があったとしても、新たな参加者を補充することは不可能となる。
⑦他の参加者を下した勝者には褒賞として、『魔力総量の上昇』、あるいは『倒した相手の保有していた能力の一つ』を己のモノとすることができる。自分以外に十二組存在する他の候補者たちを屠り、そのチカラを集約させたものこそが、新たなる神となる。
《以上でルールの説明を終える。それから“
……なるほど、要するに無理に相手を倒さなくても相手の持つデバイスを破壊するだけでも勝利条件になるのか。
《……何か質問は?》
『はいは~い! しっつも~ん』
遠目だが、ふざけた話し方をする少女らしき人物が、挙手しているように見える。
『“
そう言われ、改めて周りを見渡してみると、確かに人影は十も無いように見える。参加者は総勢で十三組だったのでは……?
《なぁに、今回は『無印』が舞台な訳じゃが、『A’s』や『Strikers』から介入したいという輩もおるのじゃよ。そやつらを除くと、今の参加者はここに居る八名となる訳じゃ》
『にゃるほど……ういうい~、りょ~かい!』
《……他には無い様じゃな? それでは参加者同士で協力するもよし、個人で行動するもよし。各々、力と知略を駆使して、精々がんばって生き残るのじゃな。ああ、其れと最後にもう一つ、“
え? 私の貰ったあのチカラって、レアスキルじゃなかったの?
《神のチカラ――“権能”、“神力”……言い表す言葉は多々あれど、お前たちが目覚めた“能力”は人知の外側に在るチカラ。魔導師たちが魔導を行使する際に使用するのは大気中に存在する魔力素じゃが……お主らが“技能”を使用の際に消費するのは“
“
《さて、と……語るべきことは語り終えた……それでは、あらためて“
確かに、この場に居る全員が何らかの選択を経た上で此処にいる以上、戦うという確たる意志を固めている者も当然存在するだろう。
相手は自分と同じ人を超えた“能力”を持つ者である以上、説得、あるいは協力関係を結べなければその先に待っているものは――己の『消滅』だけだろう。
『何であろうと、やることは変わらん。――勝つ。そして生き残る。それだけだ』
『――へぇ? あは♪ なんだか興味が沸いてきちゃったよ♪』
『それにしてもボーナスゲームだと……? なんかまた、面倒そうな……』
『へっ! 何だってかまわねぇぜ! 早く始めやがれ!』
『どんな事をしても、あの子だけは……!』
『なんとなくですけれど、なにやら面倒ごとの匂いがいたしますわね……』
『ハァ……いよいよ、か……』
自然体を保つ者、戦いに意気込む者、覚悟を決める者……。
多様な想いと信念と欲望が渦巻く、神の遊戯たる“ゲーム”の開始を告げる鐘の音が鳴り響くのを、その時、花梨は確かに感じていた。
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印開始
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅲ”:他世界から現地世界『地球』に到着。
“Ⅵ”:外出した高町なのはの後を追跡中。
“Ⅶ”:海鳴市の探索を開始。
――Are you ready?
『ゲーム』
2012.11.14 微修正
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『原作』の始まり、平穏の終わり
高町 なのはは窮地に立たされていた。
学校帰りに不思議な声に導かれるように出会った一匹のフェレット。
その日の夜遅く、自室にいたら突然頭の中にあのときの声が聞こえてきた。
助けを呼ぶ声に導かれるまま家を飛び出し、動物病院まで着てみれば、そこには逃げ回るフェレットと破壊されつくした病院の壁や道路、そしてフェレット襲い掛かる真っ黒な何か。
恐怖で混乱するなのはだったが、彼女の存在に気付いたフェレットが人の言葉を話した事で混乱は更に高まってしまう。
恐怖に震えながらも、咄嗟に抱き上げたフェレットと共に、黒い怪物から深夜の逃走劇。
「一体何がなんだかわからないけど、一体何なの!? 何がどうなってるの!?」
全速力で走りながら叫ぶなのはに答えるのは、彼女の腕の中にいる人語を話すフェレットだった。
「君には資質がある。お願いです、少しだけ僕に力を貸してください」
「資質!?」
「僕はある探し物をするためにこの世界に来ました。けど――」
フェレットがこれまでの経緯やら身の上話を話しかけるが、現在、マッハで命の危機にあるなのはには、長話を清聴するなんて余裕は微塵も無かった。
「ちょ、ちょっと待って! なんだか長くなりそうなんだけど、とりあえず今はあの黒いのを何とかしないと!」
「わ、わかりました! それじゃあ、この宝石を手に持ってください」
そう言ってフェレットが首から取り外した赤い宝石を渡されると、誰かの鼓動のようなものを感じ取れた。
「暖かい……」
まるでこの子とは、出会うべくして出会えたような不思議な感覚。
なのはは思わず手の平に収まる宝石に見入ってしまう。
そしてそれが、致命的な失策に繋がってしまったのだった。
「あっ!?」
真夜中の道路は暗く、街灯の明かりだけでは十分な視界が得られなかった。
そんな中を余所見をしてしまえば、足を縺れさせてしまうのはある意味、当然の理であった。
「いたた……」
「だ、大丈……っ!? 危ない!!」
「え?」
フェレットの叫びに顔を上げると、そこには宙高く舞い上がり、今にもなのはを押しつぶさんとする黒い怪物の姿があった。
「あ、あああ……!」
「君! 早く逃げるんだ! 君!?」
足が竦み、恐怖で実を震えさせるなのはには、フェレットの声も届かない。
涙を浮かべるなのはを押しつぶさんと黒い怪物……ジュエルシードの暴走体が襲い掛かり――
「ルミナスハート! 障壁っ!」
【Protection】
突如展開された、やや薄い赤色の魔力障壁が、突っ込んできた暴走体を受け止めた。
「へ?」
「え?」
「ふぅ……危ない危ない。危機一髪ってやつかな? 大丈夫、なのは?」
そう言って振り合えるのはなのはの良く知る人物。
彼女と同じ栗色の髪を大き目のリボンでポニーテールにして、青いラインの入った真っ白な魔道服――バリアジャケットを身に纏う可憐な少女。
手には機械的な意匠のデザインをした杖。青い宝石を中心に銀色のフレームが覆うような構造となっているそれを軽く振るうと、障壁に押しとめられていた暴走体が、パチンコの玉宜しく、盛大に吹っ飛ぶ。
怪物がコミカルに宙を吹っ飛ぶ様子に呆気に取られていたなのはたちは、少女――高町花梨が返事を返さない妹の顔を覗き込んできたことで漸く再起動した。
「か、花梨お姉ちゃん!? 何で!? それに、その格好は、えっ!? なっ、何、何!? いったいぜんたい、どういう事なの~!?」
「お、同じ顔……君のお姉ちゃん!? いや、それよりもその姿にこの魔力……まさか魔導師!? 何故管理外世界に!?」
「その様子じゃ、二人とも怪我は無いみたいね」
ほっとしたような、呆れたような微妙な笑みを浮かべる花梨の姿に驚きを隠せないなのは達。
しかし、暴走体はそんな事などお構い無しに襲い掛かってきた。
「なのは、こいつの相手は私がするから、貴方はそのフェレットの言うことを聞いて! それから、そこのフェレット!」
「は、はい!?」
「貴方、そんななりをしているけど魔導師でしょ? 早くなのはに説明して! 私、封印術式を持ってないのよ!」
「ええっ!? ……わ、わかりました! 君、本当に申し訳ないんだけど、お願いします! もう少し協力してください!」
「う、うん。どうすればいいの?」
杖から光の玉を放って暴走体と戦っている姉の後姿をぼーっと眺めていたなのはが、フェレットの声に慌てて顔を戻す。
なのはと視線を合わせたフェレットは呟く。
「まず、さっき渡したデバイス……その赤い宝石を握って。それから目を閉じて、心を清ませて……」
「う、うん……」
なのははじっと目を閉じ、言われたとおりに、宝石に心を集中していく。
あれ……? まぶたの裏に、何かが浮かび上がってくる……?
「これって、何か文字が?」
「うん、それでいいんだ。僕と一緒にその言葉を読み上げて」
「え、うん!」
「我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり」
「契約の下、その力を解き放て」
「契約の下、その力を解き放て」
「風は空に、星は天に」
「風は空に、星は天に」
「そして、不屈の心は」
「そして、不屈の心は」
「「この胸に!」」
「この手に魔法を。レイジングハート、セット・アップ!」
【Stand by ready。Set up】
突如夜空に聳え立った膨大な魔力光。
花梨は、飛び上がった上空から周囲を見渡し、光の根源である妹の姿を魔法で強化した視力で確認すると、笑みを浮かべる。
「さすがは主人公、我が妹ながら魅せ付けてくれるわね――……っと! あんたもいい加減に落ちなさい!」
僅かに逸らしていた視線を戻し、宙に浮く自分に飛び掛ってきた暴走体を、神から貰ったデバイス【ルミナスハート】を振りぬく。
ゴルフショットの要領でふっとばされた暴走体はクルクル回転しながら魔力の柱の立つ方向……即ち、なのはたちのいる方へと吹っ飛んでいく。
「……あ」
花梨が「やっちゃった♪」的なテヘペロをするのと、
「やった! 成功だ……って、なんか飛んで来たーー!?」
「ふぇええええ!? 何これ、どうなっちゃっ……って、にゃああああ!? お空から黒くてモジャモジャしたお化けさんが飛んできたーーーー!!?」
なのはとフェレットの悲鳴が木霊するのは、ほぼ同時の事だった。
フェレットを拾った公園まで移動してきたなのはたちは、入り口近くにあるベンチに腰を下ろしていた。
運動神経が切れている……どころか切断しているんじゃ? と頻繁に突っ込まれる高町なのは(九才) であったが、魔法という不思議な力に目覚めたとしても、運動音痴は克服できなかったようだ!」
「ぜひはーっ! ……ぜひはーっ! ……お、お姉ちゃん、なのはをおいてかないで……。後、余計なお世話ですっ!!」
おっと、どうやら途中から口に出ていたらしい。いや~、うっかりうっかり♪
なのはがデバイス【レイジングハート】を起動、原作通りの聖祥小学の制服に似たバリアジャケットを纏った直後、うっかり花梨がふっ飛ばした暴走体が二人の目の前に落下。
パニックを起こしながらも何とか暴走体を倒し、コアとなっていたジュエルシード シリアルⅩⅩⅠを封印。
封印処理をしたジュエルシードをレイジングハートに格納した直後、フェレットが気絶してしまった所で、花梨が到着。
パトカーのサイレン音が聞こえてきたので、フェレットを抱え上げ、逃げるようにここまで逃げてきたのだ。
そして現在、なのはが息を整えるのとほぼ時を同じくしてフェレットが眼を覚ましたので、彼(?)の口から説明中だ。
「……と、言うわけなんです。あれを発掘したのは僕だから、僕が回収しないとって思って……でも、ここに来た直後の戦闘で受けた怪我のせいで、封印することも出来ず……それで、念話で助けを呼んだんです」
「なるほどね。それで魔法の資質がある私やなのはが貴方の声を聞き取れた、って訳ね」
フェレット……否、ユーノの説明に、花梨は時折相槌を打ちながら話を進めていく。
一方のなのはは、真剣そうな表情で相談しているナマモノと姉の姿をぽかーんと眺めていた。
「ちょっと、なのは? ボケーっとして、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫……じゃなくて! お姉ちゃんも魔法使いだったの!? 私知らなかったよ!?」
「あ! そうですよ! そもそも、ここって管理外世界……魔法技術のない世界のはずですよね!? それなのにどうして貴方は魔法を、それもミッド式のインテリジェントデバイスなんて持っているんですか!?」
「あー……なんていうか、私にもいろいろと事情があって……ゴメン! 今は詳しく話せないの! いつかきっと話せる日が来ると思うから、今は聞かないでくれないかな?」
詰め寄るなのはたちに向けて、心底申しわけなさそうに頭を下げる花梨。
方や大好きな姉に、方や命の恩人に頭を下げられ、いたたまれなさとか罪悪感とかで、二人の
「お、お姉ちゃん、止めてよ!? わかったから!」
「そうですよ! 貴方にもなにか事情があるみたいですし、余計な詮索をしようとした僕のほうこそ申し訳ありません!」
花梨となのは、そしてユーノは公園のベンチの上で座り、お互いに頭を下げあう。所謂、お辞儀合戦だ。「いえ、でも私のほうが……!」
「そんなこと……!」
「いえ、悪いのは僕で……!」
側から見たら、滑稽な事この上ないが、本人たちはいたって大真面目だったそれは、春先とはいえ未だ冷たい夜風に肌寒さを感じたなのはが可愛らしいくしゃみをするまで続いたのだった。
その後、漸く正気に戻った花梨の言でユーノを連れたまま帰宅し、例の如く兄の恭也からありがたい説教を受け、愛らしいフェレットモードのユーノに骨抜きにされた美由紀と桃子の手によりユーノが揉みくちゃにされるということがあったものの、なんとかユーノをペットという形でなのははの部屋に居候させてあげることが出来た。
その日は三人ともいろいろと疲れていたこともあり、各々の部屋に入った途端、ベッドへとダイブ。
ぐっすりと眠り疲労から回復した三人は翌日、デバイスを介しての念話で今後の事、ジュエルシードの事について話し合っていた。
『この世界にばら撒かれたジュエルシードの数は二十一個。僕が封印したのと夕べのを合わせて封印できているのは二個。残り十九個がおそらくはこの街付近に散らばっているはずなんです』
『残り十九個……ねえ、ユーノ? ここにきたのは貴方一人なの? 他に仲間とかはいないの?』
『あっ! そういえば、もう一人います! 僕と同じ発掘チームの一人でスクライア族のアルク・スクライアって言うんです。彼も僕と同じ魔導師で、補助型の僕とは違って、単独での戦闘もこなせるからきっと独自にジュエルシードの回収を行っているんだと思います。連絡がつかないのがちょっとだけ気になるけど……アルクならきっと大丈夫です』
『ふぅ~~ん? 信じてるんだね~~ていうか、ユーノ君ってば言葉使い硬いよ? もっと普通でいいのに』
『そうよね、なのはの言うとおりカチカチよ? ……所で、そのアルクって人の特長とか教えてもらえないかしら? もしどこかで出会っても、すぐわかるように』
『あ、はい……じゃなくて、うん。アルクは普段僕と同じフェレットの姿をしていると思うよ。この姿は魔力の温存だけでなく、魔力隠蔽もある程度は兼ねているんだ。本来の彼は赤い髪をした僕たちと同じくらいの年齢の男の子だえ。袖の無い服をいつも着ていてマフラーをしているから、一目でわかると思うよ? あ、それと彼は希少能力持ちで、デバイスは持って無いけれど炎を字自在に操るんだ』
『へえー、すごーい。そっかー……え? あれ? ユーノ君ってフェレットさんじゃないの?』
『え? ……って、ああ! そういえば言ってなかったっけ!? この姿は変身魔法であって、僕は君達と同じ人間だよ?』
「ふ、ふぇええええ!?」
ガタッ! と椅子を倒しながら驚きのあまり叫び声を上げてしまうなのは。
ちなみに今はバッチリ授業中であり、アリサやすずかはもちろん、他のクラスメートや先生まで驚き、突然奇声を上げた生徒に恐る恐るといった風に声をかけてきた。
「た、高町さん……? どうかした? 何か先生の説明で可笑しいところあったかな?」
「あ、す、スミマセン、なんでもないです……」
なのはは茹蛸もかくやと言わんばかりにプニプニ頬っぺたを真っ赤に染め上げながら、消え入りそうな声でそう返すのだった。
花梨はそんな愉快な妹の姿に頬を緩めながら、頭の片隅でユーノの言うアルクなる人物について考える。
(原作には無い人物か。十中八九
そんな彼女の思惑とは裏腹に、原作崩壊の流れに向かう小さな流れは確かに生れ落ち、ゆっくりと成長を続けていた。
同時刻 海鳴市 港付近の工場近く
「ジュエルシード シリアルⅠ回収完了……」
つい先ほど、散歩の途中でたまたま遭遇した暴走体を制し、その戦いの戦利品たる青い宝石を手の平の中で遊ばせながら小さく呟くのは、なのはたちよりも年上と思われる青年。
長袖のパーカーとズボン。
深く被ったフードの奥から覗かせるのは日本人独特のそれよりも数段暗い闇色に染まっている右目と無機物のような鈍い輝きを放つ左目。
そう、彼の左目は義眼と呼ばれる類のものだった。それが普通の人と違うところかと言えばそうではない。
青年を異質と思わせるのは、その身からにじみ出る圧倒的な存在感。
そして、あらゆるものを引き込む深遠の闇を連想させる圧力を伴った魔力が彼の身体から滲み出ていた。
それは何者でも飲み込み、己が色に染め上げて支配してしまうかのような黒。
明らかに周囲の一般人とは異なる存在である青年は、誰に聞かせる訳でもなくなんとなしに呟く。
「無印に介入するつもりは無かったんだが。さて、どうする――……ん? 待てよ……? 俺の手には『願いをかなえる宝石』、それと、確か無印のキーパーソンは確か……」
呟いて、なんとなしに漏れた己の言葉に引っかかるものを感じた青年は、顎に手を当ててしばし考える。
「ふむ。上手く立ち回れば……いけるか? よしそれなら早速情報収集と洒落込むか」
考えを纏め、右目に活力が篭った青年が中空に手を翳す。
すると同時に、なのはたちが使用するミッド式の魔法陣とは明らかに異なる複雑怪奇な文様が宙に描かれ、彼の姿を包み込む。
「次元境界門開放……目標座標『第一管理世界 ミッドチルダ』。転移開始」
次の瞬間、港から人影は消え、ただ波の押し寄せる音のみが無人の工場前に響くことになった。
ところ変わって聖祥小学校の昼休み
なのはたちからの昼食の誘いをやんわりと断った花梨はとある人物に会うため、普段は行かない三年四組へと足を進めていた。
開きっぱなしになっていた教室の前にあるドアから顔だけひょこっ、と覗かせて目的の人物がいないか目を凝らす。
数人の仲良しグループで机を寄せておしゃべりしている者、一人で弁当をついばむ者、購買のパンを見せ合い目当てのものを手に入れられなかったもの同士で騒ぎながらトレードしていたりと実に騒がしい。
私たちのクラスに引けをとらないわね……。
精神年齢が三十代な花梨は、純粋なお子様のアグレッシブパワーに若干引き気味だったが、教室の一番隅の席で小説片手にコッペパンをモソモソしていた目的の人物を見つけたので、教室へと足を踏み入れる。
途端、向けられる好奇の視線の数々。
聖祥小学校でいろいろな意味で有名な人物の一人である花梨が自分たちのクラスに突然訪れたことは、彼らの好奇心を非情に刺激したらしい。
何と無く居心地の悪さを感じた花梨は、身を縮ませつつ、早足で目的の人物の前に立つ。
「……」
「……」
コッペパンを咥えたまま見上げた葉月の視線と、そんな彼女を見下ろす花梨の視線が交差する。
「……」
「……(モソモソ)」
「……」
「……(モグモグ、ゴックン!)」
「……っ(ギリッ!)」
「……(モソモソ)」
「――ッ! だああ! なんか反応しなさいよ、葉月!」
無言でコッペパンに齧りつく(ただし視線は花梨の顔に向けられたままで) 親友に恥ずかしさとかその他諸々の感情を込めたシャウトが炸裂する。
そんな花梨の姿を見つつ、口に含んだコッペパンを飲み込んだ少女……『如月 葉月』はただ一言、
「あらあら、花梨さん? 淑女がそんな大声を出して……はしたないですわよ?」
そう、満面の笑みで告げるのだった。……今にも笑いを噴出しそうに頬がヒクヒクしていたが。
どうやら咄嗟にからかったのが、思いのほか良いリアクションだったために、笑いを堪えているらしい。
そんな友人の姿を見た花梨が、大人しくしていられるかといえば、無論そんな筈はなく――
「――……ッ! 葉月ぃいいいい!!」
花梨、大暴走。
むきぃいいー あらら♪ バリバリガッシャーン うわぁああー ヒュルルドカーン にょろろーん
怒れる花梨から逃げ回る葉月。そしてその煽りを受ける四組の生徒達。
校舎中に響く騒音や騒がしさを耳にしながら、先生達は職員室でノンビリまったり中。
この程度でいちいち騒ぐようでは、この学校の教師は務まらないのだ。
――今日も私立聖祥大学付属小学校は平和で賑やかだった。
時間を進めて、現在放課後。
人気の無い屋上で相対するのは高町花梨と如月葉月の二人。
まだからかわれた怒りが収まらないのかプリプリしていた花梨だったが、葉月はやんわりと嗜め、漸く機嫌を直したところで本題に入る。
「夕べ、なのはがジュエルシードと接触したわ。それと、なのはが魔法に目覚めた……今のところは概ね“原作”通りに、ね」
まるで気軽な友人に語りかけるかのように、至極あっさりと花梨は告げた。
本来なら管理外世界である地球の住人には魔法関係の事は話してはいけないというルールがある。
だが、それはあくまで“普通”の人間であればの話だった。
黒髪を腰まで伸ばした少女。お嬢様然とした優雅な物腰。
年不相応な落ち着きを持つ彼女もまた、花梨と同じく“
そして聖祥小学校の入学式で花梨と出会い、“
そんな彼女――
「そうですか……実は、私の方でも町に進入者がいないか見張っていたところ二人……いえ、おそらくは三人だと思われる転移反応を確認しました」
「どうしたの? 何か歯の間に食べ残しが詰まったような言い方ね?」
「たとえが汚いですわよ、花梨さん……まったく。まあそれはともかく、前者の二人はミッド式の転移魔法を使用していたので追跡が出来たのですが……もう一人が問題でして」
顔を伏せる友人の姿に、花梨はなぜか寒気を感じた。
常に余裕を持っている葉月が、不安そうに瞳を揺らしている。
花梨と同じく魔法使いである彼女の腕は、魔法の技量だけという点では花梨を上回ってさえいる。
そんな彼女が困惑を隠せないとは一体……?
「反応があったのは今日のお昼前、丁度四時間目の半ばあたりでしたわ。場所は港近くの工場付近。一瞬ですがジュエルシードらしき反応を確認した直後、それが消失しましたので、おそらくはその人物が封印したのではないかと。その後、程なくして転移魔法らしき反応を捕らえましたの」
「そう……やっぱり、転生者かな?」
「わかりません……。術式もまったく理解不能なものでしたし、何よりもこの謎の人物がいつ海鳴に訪れていたのかすら、わからないんです」
葉月の言葉を最初は理解できずに首を傾げる花梨だったが、やがてハッ! とした表情を浮かべ、慌てて問いただす。
「ちょ、ちょっと待って……それじゃあ何? その謎の人物は葉月の警戒網をすり抜けて海鳴に進入したくせに、何故か追跡されるような痕跡を残しながら立ち去った、って事?」
「ええ、おそらくは。この事に気付いてからすぐに探知魔法の術式を再確認したのですけれど、私の探知網に不備はありませんでしたから……相手側のやらかした、ただのうっかり……と楽観視は出来ないですね。何故か薄ら寒い得体の知れ無さを感じます。――もしかしたらこの人物は“Ⅰ”かもしれませんね」
「“Ⅰ”……!?」
彼女たちが“
”
アニメや漫画じゃあるまいし、殺人に手を出す覚悟など花梨たちにあるはずも無かった。
もし出来るのなら、それはこの世界を二次元の産物、所詮は物語でしかない、と思い込んでいる場合だ。
だが、“Ⅰ”は違っていた。
あのときの短い会話。彼の言葉には確たる“想い”が込められていたのだと葉月は言った。
『おそらくですが……彼――“Ⅰ”は、この世界を現実と同じだと受け取っておられますわ。そう、私たちと同じように。その上で、己が生きるためならば、嘗ての同胞の血で、自分の手を朱色に染め上げることを厭わないのでしょう』
彼女の能力で読み取った“Ⅰ”の“想い”。
それを聞かされた時、花梨は背中に氷柱を差し込まれたような気がした。
もし相手が勘違い系の人物であったならば、たいした問題は無かった。
こういう人物は、総じて自己破滅する傾向があるし、『殺す』とかいう言葉を多用するものの、実際に命やり取りをする勇気は無いのが普通だ。
何しろ、彼女ら転生者たちは基本、平凡な人生を生きてきた者たちであり、そういった人種は命のやり取りなどに関わる機会など無いのが普通であるからだ。
――だが“Ⅰ”の場合は違う。
今生きているここが彼の生きる現実の世界だとはっきりと認識している。その上で、自分が生きるために誰かを殺すことに躊躇は無い。
花梨たちのように参加者同士で協力し合うつもりも無く、最後の一人になるまで生き抜いてみせるという揺るぎない意思をもっているかの人物は、決して心が折れないだろう。
“ゲーム”を止めるという目的の上で行動している彼女らにとって最大の障害となりうる存在、それが“Ⅰ”。
だからこそ花梨たちは、街中に探知魔法を常置させ、他の転生者が現れれば即座に探知、対処できるように備えてきた。
実際、二人の転生者はその後の動きも把握できている。だが――
「からかっているのか、何か他に狙いがあるのか……。ジュエルシードが最低でも一つはあちらさまの手の中。私たちは今のところ対処のしようが無い、か。ホント、伊達に優勝候補なんて呼ばれてないワケよね……」
「ええ……とにかく、探知は引き続きおこないますわ。それと夕べ、転生者の片方と接触できまして、私たちの仲間になって下さるそうなんですよ」
「え? ホント!? そっかぁ……あ、ひょっとしてその人、アルクって名前じゃない?」
「え? ええ、そうですが……お知り合いでしたの?」
「ううん。ユーノ君から幼馴染の仲間だって訊いてたから。じゃあ、今は葉月の家に?」
「はい。野宿は流石に危険ですし……それにもう一人がどんな人物なのかわからない以上、下手に戦力を分散するのは危険かと思いまして。今晩は追跡をしているもう一人の転生者の方と接触してみようと思っていますから、彼には私の護衛を」
「なるほどね。わかったわ。私は引き続きなのはとユーノ君と一緒に行動するから……何かあったら連絡しあいましょう」
「ええ、了解ですわ。花梨さんもお気をつけて」
手を振り、花梨と分かれた葉月は鞄を取りに屋上を後にしようと扉に手をかけ――
「――本当に、何事も無ければ良いのですけれども……花梨さん、どうかお気をつけて」
ユーノからの念話で、神社にジュエルシードの反応があったと聞き、文字通り飛んで行った友人の背中へ、そう投げかけたのだった。
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅰ”:ジュエルシードを一個確保。何処かへと転移し、なにやら探索中。
“Ⅵ”:高町なのは、ユーノ・スクライアと合流のために神社へと急行中。
【ジュエルシード回収状況】
“Ⅰ”:一個
“Ⅱ”:なし
“Ⅳ”:なし
“Ⅵ”(原作チーム):二個
“Ⅲ”及び“Ⅶ”チーム:一個
未封印数:十七個
2012.11.14 一部、微修正
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勇者と竜と魔法使い
無印が始まってから既に一週間が経過した。
この間、花梨の助力を得たなのはは五個のジュエルシードの封印に成功していた。
神社の犬に取り付いた暴走体の時は、デバイスをすぐに起動できずに、危うく巨大な犬に変化した暴走体に噛み付かれそうになったり、深夜の学校では、お化け嫌いが災いし、パニックを起こして学校の備品である『二宮金次郎さんの像』を壊してしまったりというトラブルはあったものの、ユーノや花梨のサポートもあり、大した怪我も無く回収を進められていた。
一方、無印の間は裏方に徹する事を選んだ如月葉月は自室のソファーに腰を沈めながら、彼女の魔道書型デバイス【グリモワール】の頁を捲りつつ、なにやら考え事をしていた。
そんな葉月の様子をジッ、と眺める一対の瞳。
彼女の座るソファーの前に置かれたガラステーブルの上で、本日のおやつであるクッキーを加えながら悩める美少女を見物するのは、一匹のフェレットらしき生物。
しかし、よく見ればユーノが変身しているフェレットとは細部が異なっていることがお分かりになるだろう。
先ず、体毛が白い。茶色に近いユーノのそれとは違い、頭の上から尻尾の先まで余すことなく真っ白。
首には小さいマフラーを巻きつけ、頭の上には何故か小さな葉っぱが一枚乗っかっている。
そう、彼こそは、見まごうことなき魔法使いのパートナーとして有名なナマモノの一つ、オコジョであった。
頭の葉っぱが、まるで生きているようにパタパタ動く様子に、以前に葉月が『それって、まさか触覚か何かですの?』と突っ込んだのだが、現在に至るまでうやむやのままである。
両手で掴み上げた、自身の体長と比較してもかなり大きいクッキーを平らげた彼は、思い悩む少女へと顔を向け、
「さっきから辛気臭い顔して、何を悩んでんだよ?」
悠長な日本語で語りかけた。
オコジョに話しかけられるという珍妙な事態に、されど話しかけられた葉月は驚く様子は微塵も無く、『ええ、少し……』と前措きをした上で、普段通りに話し始めた。
「ジュエルシードの回収状況について、少々気になる点がありますの。アルクさん、貴方の意見も聞かせていただけますか?」
葉月のアルクと呼ばれたオコジョ、彼こそユーノと共にジュエルシードを追って地球へとやってきた転生者
転移の影響でユーノと外れてしまった彼は、独自にジュエルシードの回収をおこなっていたところで葉月と遭遇、衣・食・住を提供すること、“神造遊戯《ゲーム》”中に敵対しない事を条件に協力関係を結んだ。
彼自身は“Ⅵ”や“Ⅶ”と同様、不幸になる人を救いたい、原作をより良くしたいと考えていたこと、“Ⅰ”のような危険な敵がいる状況から、彼女らと協力関係を結んだほうが良いと考えた。
現在は、葉月とコンビを組んで原作組と出会わないよう、物語の裏側で動き回っている。
彼らが回収したジュエルシードの数は、この時点で三つ。
内一つは、原作にあった街中でサッカー部の少年が発動させてしまい、発生した巨大植物が町を破壊してしまう原因となった奴であり、葉月たちが事前に回収したおかげで、この事件は今現在、起こっていなかった。
原作では、なのはが魔法関係の事件に挑む覚悟を決めるきっかけであった事件だが、無関係の人々が命の危険に晒されるとあっては、流石に看破できず、花梨と相談した上でこの事件は回避しようという流れになった。しかしこの時、彼女らにとって誤算が一つ起こってしまう。それは、
「あの野郎……次に会ったら、ぜってーにぶっ飛ばす」
アルクがオコジョになっている己の右前足……包帯が巻かれた腕を見下ろしながら憤る。
葉月もまた苦虫を潰したような表情を浮かべながら、ジュエルシードを封印したあの夜の出来事を思い出していた。
それは四日前の深夜、葉月が感知していたもう一人の転生者に出会うべく、アルクと共に反応のあった繁華街へと足を運んでいた時の事。
その道筋で、本来ならサッカー部の少年が拾うはずだったジュエルシードを偶然発見し、これ幸いと封印した葉月たちは突如展開された封時結界に囚われてしまったのだ。
「えっ!?」
「なんだと!?」
魔法効果内と通常空間との時間進行をずらし、結界の内外を遮断する封時結界が張られたという事、それは即ち結界魔法を使用できる魔導師が近くにいることに他ならなかった。
葉月は慌てて周囲を見渡しつつ、彼女のデバイス『グリモワール』を展開し、葉月の方から飛び降りつつ人間形態に戻ったアルクは、油断無く周囲の気配を探る。
動揺を隠せない葉月とは違い、発掘作業で不測の事態の対応を幾度も経験してきたアルクは、この結界が展開されたことの意味を即座に見抜き、思考を戦闘モードへとシフトさせる。
まだ見ぬ転生者を探索中に、明らかに自分たちを捕らえるために展開された結界。
さらにジュエルシードを封印したタイミングでの襲撃。
明らかに敵意のある何者かの襲撃であることは火を見るより明らかだった。
「……見つけた」
そしてアルクの推測どおり、襲撃者が二人の前に降り立つ。
「ケッ、ケケケケケケケケ!! 見つけた見つけた見つけた見つけた見つけたぜ、雑魚野朗共がよぉ!!」
明確な敵意と侮蔑の込められた視線を放ちながら高層ビルの上から降り立ったのは一人の少年だった。
どこか民族衣装を思わせる衣服を身に纏う金髪碧眼の、葉月やアルクと同年代とは思えないほどに整いすぎた容姿の少年は軒並みならない違和感や不快感をその身から滲み出させていた。
葉月たちの表情も、おのずと歪んでしまう。
そんな彼女たちの視線に気付かないのか、それとも最初から気にも留めていないのか、無言の二人を宙に浮かんだまま見下ろした少年が再び口を開いた。
「……ああん? なんだ? 案山子みたいに固まりやがって。雑魚の分際で、この俺の溢れんばかりの強さを感じ取りでもしたのかよ? ハッ! まあ、それもしょうがないって言えばそれまでだけどな。何しろ、この俺様の引き立て役でしかないてめぇら程度じゃあ、そうやってアホ面晒してんのがお似合いだぜ! なぁ!?」
――ああ、もう十分すぎるほどわかった。わかりきってしまった。彼は私たちとは決して相容れない存在だということが。
下劣にして稚児にすら劣る外論を振りまく少年に、葉月とアルクの姿が正しく映ってはいない。
己しか見ず、己以外の他者総てを見下す自己中心的な、しかしそれこそがこの世の理だと本気で思い込んでいる転生者の目に映るのは、己のためだけに用意された
この世界は自分を中心に存在している箱庭。
アルクたち男性の転生者は主人公である自分に壊されるだけに存在する玩具で、
葉月を含めた世の女性はすべからく遊んで犯して壊れたら捨てるだけの存在でしかない。
そんな下種極まりない思考を隠すこともせず、口元を歪ませながら漸く見つけた玩具(テキ)と女(ドレイ)の姿を上空から見下ろす。自分こそがこの世界の王だといわんばかりの不遜な、しかし相対したものにははらわたを煮え滾らせる程の怒りを沸き起こさせる深い極まりない姿を晒しながら。
内心の激怒を表情に出さないよう必死に葛藤しながらも葉月はチラリ、と彼女の前に立ち、あの相手の視線から守るように構えるアルクの横顔を覗き込んでみる。すると案の定、彼も歯を食いしばり、『いかにも不機嫌です』と言わんばかりにこちらを見下す少年を睨みつけていた。
「一つだけ訊いときたい……アンタも俺たちと同じ転生者って事でいいんだよな?」
瞳に怒りの炎を映しながらも、今すぐ目の前の敵へと飛び掛ろうとする己の身体を、唇を噛み切ることで齎された痛みによって理性を保ちながらアルクは問いかけた。
彼の両拳は手の平に爪が突き刺さるほど握りこまれており、彼の内で暴れまわる激情がいかほどのものであるかは、傍らに立つ葉月にも理解できるほどのものであった。
「はあ? なに言ってんの、オマエ? そんなの、この俺がオリ主様に決まってんだろうがよ~……。ったく、これだから脳みそ足りてねぇ雑魚はホント、ヤんなるよな~? もうホント、アレだよ。死ねよ、オマエ」
「ああ、ホントにな……このクソ野朗が」
「……あん?」
一瞬で一触即発のにらみ合いに展開する。
アルクは殺気を隠す気が無くなったらしく、両拳から炎に変換した魔力を纏わせ、敵を睨みつける。
「調子にノってんじゃねぇぞ、このクソッタレ野朗が!! テメェはここでぶっ飛ばす!!」
アルクの咆哮が人の気配の感じない結界内に木霊する中、一方の転生者もまた、怒りで顔を歪ませながら左手首に取り付けた銀色のブレスレットへと右手を添え、まるで目の前の空間を引き裂くように勢いよく横へと切る。
「身の程知らずのクソ雑魚野朗が! オリ主に歯向かった愚行をあの世で悔いるんだな! 【ロト】! セットアップ!」
【Start up】
銀色のブレスレット形態のデバイスが主の呼び声に答え、その本来の姿を現す。
展開されたバリアジャケットは、全身を覆う全身鎧の形状で、蒼い装甲に金色のラインが全身に走っている。
蒼い光沢が美しい鎧と同じ意匠の盾に神聖さを醸し出す両刃剣。
日本人であるならばおそらく誰もが一度は目にしたことがあるであろう、選ばれし者……『勇者』の代名詞たる“ロトの勇者”の姿がそこにはあった。
「その姿……!? ドラクエⅠの勇者サマかよ!? またマニアックだな、おい!」
「……何なんですの?」
元ゲーマーであったアルクが敵の選択した“特典”の微妙なチョイスに思わず声を上げ、そっち方面の知識が皆無な葉月は首を傾げていた。
一方、己からすればあまりにも滑稽な二人の反応に、伝説の勇者(と同じ姿) へと変化した転生者No.“Ⅳ” 新藤荒貴は兜の下で口元を吊り上げていた。
「あはははははは!! そう! 伝説の勇者! これこそが俺の力だ! てめぇら如きじゃあ絶対に俺様には叶わないんだよ! なんたって、所詮はゴミでしかないお前らにはなぁ!! ――つーワケで、とっとと死ねよぉ!!」
完全に力に酔いしれている荒貴は、高揚感と優越感で精神が麻痺してしまったのだろうか?
自分自身がまごうことなき人間であること、己が行使している力も元を正せば第三者から与えられたものでしかない事すら忘れたようで、支離滅裂な言葉を吐きつつ、右手に持った『ロトの剣』を振り上げ、アルクへと切りかかってくる。
「おらぁ!」
型もへったくれもない素人丸出しの攻撃は、しかし恐るべき速度で空気を切り裂く一撃となってアルクへと襲い掛かる。
「ぐっ!?」
炎を纏った状態の両腕を交差し、何とかガードに成功するものの、その一撃に込められたあまりの衝撃にアルクの身体が数メートル後方へと吹き飛ばされてしまう。
だが、荒貴の攻撃は終わらない。宙で身を翻して勢いを殺し、アスファルトを削りながらもなんとか着地したアルクとの距離を一瞬で詰め、二撃目、三撃目と我武者羅に右腕を振り回す。
重心移動も満足に出来ておらず、右手を揮うことにしか気をかけていないために身体の方は完全に無防備となっている荒貴。
普段のアルクならば、この隙を見逃すような真似はしないはずだし、二人から距離をとっている葉月が援護射撃を放っていたはずであった。
いや、正確に言えば葉月は援護砲撃を既に放っていた。
葉月のデバイス【魔導書 グリモワール】は一ページごとに異なる魔法の術式が刻み込まれており、使用したい魔法が記載されたページに手をかざして魔力を注ぎ込めば、詠唱もチャージも無しに魔法を放つことが出来る。これは、【グリモワール】自体に魔力を生成する機能が備わっているからであり、使用できる魔法の種類も、まさに千差万物。どんな状況でもその場において最適な戦略が取れるという適応性こそが、葉月の強みであった。しかし、純粋な魔法使いタイプである葉月にとって、こういった理不尽な存在は苦手以外の何物でもなく、どうしても受け身に回らざるを得ない。
現に、当初の予想を上回る攻撃力を叩き出している荒貴が一気呵成に攻め続けているのに対して、葉月は牽制程度の魔力弾を散発的にばら撒く以外は、残りの魔力を己とアルクの身を守る障壁へと注ぎ込んでいた。葉月&アルクコンビの欠点が露呈してしまった形になったとも言える。
典型的な魔法使いタイプである葉月も、相手の攻撃を紙一重でかわしてカウンターを叩き込むという戦闘スタイルを確立させているアルク。両者ともに防御力がごく一般的な魔導師よりも下なのだ。
おまけに、アルクは攻撃系以外の魔法適性が底辺という攻撃一転特化型であったせいで、自力では障壁一つ展開することが出来ないのだ。ついでに言うなら、アルクはデバイスを所有していない。
故郷に忘れてきた……そんな間抜けな意味ではなく、文字通り『デバイスを貰えなかったのだ』。
転生する際、特典の振り分けを細かく設定することをめんどくさがってしまったため、《だったらいっその事、全部くじ引きで決めればいいだろうが》と呆れ顔の神サマの意見に「じゃ、それで」と同意してしまったのが運の尽き。
結果、竜を殺すために竜が編み出した特別な魔法を使う者……『滅竜魔導師』の“能力”と『主要人物であるユーノと同じ部族の生まれ』という“出自”を掴み取った。
――しかし、まあ、そこで終わらないのがアルク・クオリティ。
最後の“武器”のくじに記されたコメントが――こちら。
『おめぇには、やんね~~から♪』
……で、あった(先日、このことをうっかり口を滑らせてしまったアルクは、一晩中葉月に爆笑されるという恥辱プレイを味わうことになった)。
そう言う訳で(ほとんど自業自得だったわけだが) 神サマご禁制のデバイスを受け取ることは出来ず、自分のデバイスは自力で発掘するか自身の力で用意するようにという教育方針をとるスクライア一族の生まれだったため、この世界に生れ落ちてから今までデバイスを手にする機会が訪れなかったのだ。アルクが唯一見かけたデバイスはユーノが所有していたレイジングハートだけというのだから、なんともはや、である。
……とまあ、そんなわけで。
防御に難がありすぎるアルクのサポートで、二人分の障壁を常に展開しなければならない葉月に、見るからに頑丈そうな鎧を着こんだ荒貴に決定打となりうる魔法を放つ余裕はなく、アルクもまた炎を纏わせた拳を幾度となく叩き込んだにもかかわらず微動だにしない敵の堅牢さに、現状手詰まり状態となりつつあった。
いや、正しくはそうではない。
葉月の魔力弾とアルクの炎、どちらも荒貴に直撃してはいなかった。
そのいずれもが荒貴に直撃したと思った瞬間に、まるで見えない障壁に阻まれたように砲撃魔法が拡散してしまっていたからだ。
敵方の攻撃はすべてが一撃必殺と成りうるのに対して、こちらの攻撃は目くらましにさえなっていない。なんという理不尽か。葉月のピンクのルージュが引かれた唇から、おもわず舌打ちが零れる。
荒貴が持つ力は、デバイスとしてのロトの装備一式のみでは無い。“武器”としてロトの武具を、さらに“能力”として勇者としての特性を与えられていたのだ。それはあまりにも割に合わない程規格外な能力であった。
――――『
かつての世界で誰もが知る伝説のヒーローと自分を同意存在と成す一種の概念魔法。あらゆるものを切り裂く剣、総てを弾く盾、傷をいやす全身鎧の三つの武具から構成されるデバイスにそれぞれの概念を付与させる。
また、病的なまでの自己陶酔によって自分が世界の中心、選ばれた主人公であると強く思い込むことで、妄想を現実のそれへと昇華させることすら可能となる。
“主人公は死なない”“主人公の考えはいつだって正しい”“主人公は最強”であるという自分だけの
この”技能”を封じるには、術者本人の持つ上記の認識は誤りであると理解させることが必要だが、自分以外の総てを下等存在として見下している荒貴が己の誤りを認めることは考えにくく、それ故にこの“能力”を打ち破るのは非常に困難であると言わざるを得ないだろう。
振るわれる剣閃はあらゆる防御を切り裂き、身を包む鎧は如何なる傷を負おうとも瞬時に回復させ、ひとたび盾を掲げればあらゆる魔法を完全に防ぐ。
魔力が枯渇すればこのチカラも使用出来なるかもしれないが、荒貴が膨大な魔力総量を有しているのもまた事実。軽く見積もっても、Sランクは堅いだろうというのが葉月の見立てだ。
それでなくとも、概念が付与されているのはあくまで『デバイス』なのであって、荒貴自身の魔力は戦闘開始前に“技能を”発動させた際に一度だけ消費されたのみだった。
どうやら、鎧の回復効果は傷のみならず、魔力も回復させるらしい。
葉月たちでなくても、卑怯だと糾弾されること請け負い無しなチカラであった。
「ハッ、ハハハハハハハッ!! おらおら、どうしたよ、このクソ雑魚野朗が! 舐めた口聞いたくせにしては、たしたことねえなぁおい! だいじょうぶでしゅか~? どうしちゃったんでちゅかぁ~? ――プッ! ギャハハハハ!!」
下日た笑い声を上げながら、振り下ろされた渾身の一撃を受け、アスファルトが粉微塵に粉砕される。
大気が震え、大地そのものが軋みを上げている、そう思わせられるほどの剛撃が、息つく間もなく振り降ろされていく。
唸りを上げる剛剣は、周囲のあらゆるものを粉砕し、破壊し、蹂躙していく。その光景はまさに、巨大な暴風が巻き起こす天災そのもの……!
剣圧は怒濤の旋風となって暴れまわり、コンクリートをバターの様にように容易く切り裂き、巻き上げられた大地の破片はショットガンの如き勢いで彼らの身体に襲い掛かっていた。
理不尽なまでの“能力”は、触れた者すべてに有効なようだ。荒れ狂う剣圧や粉砕された破片すら、魔力弾以上の破壊力を以て迫りくる。その威力、魔導に長けた葉月が全力で展開している障壁に、砕かれた地面の破片がめり込んでいることからも見て取れる。
次々と障壁に突き刺さり、無数の亀裂を生み出していく散弾の嵐に、葉月の頬を冷たいものが流れ落ちる。
『敗北』
脳裏にその二文字が浮かび上がる。それほどまでに、戦況は圧倒的不利であった。
「ッ……!! こんの――」
「!? アルクさん、ここはひとまず避きましょう!」
「はあ!? 何でだよ!? こんな奴を放っておく訳にいくかよ!!」
「このおバカ!! 冷静におなりなさい!! 私たちは戦うことが目的でここに来た訳では無いでしょう!?」
「――ッ!! わかったよっ、クソッ!! ――……爆竜の息吹!」
葉月より突然出された撤退の指示に、アルクは不服の意を返そうとしたものの、“神造遊戯《ゲーム》”参加者同士の戦闘を望まない彼らからすれば今の状況は悪すぎた。
一瞬、殺意を込めた双眼で荒貴を睨みつけるも、すぐさま頭を振って意識を切り替えると、大きく息を吸い込み、炎熱変換した魔力の奔流……火竜を思わせる炎のブレスを吐き出した。
炎の息吹を放った状態で頭部を左から右へとスライドさせれば、視界を遮る程の紅蓮のカーテンが誕生する。
「ちっ! 目くらましのつもりかしれないが……ムダだあ!!」
炎の熱風に当てられ、思わず両手で顔を覆いひるんでしまった荒貴だったが、己ではなく対峙していた二人の中間点の地面を狙って放たれたものだと理解すると、左手に装着している『ロトの盾』を炎に向けて構え、過剰ともいえる量の魔力を注ぎこむ。盾に装着された宝玉が輝きを放つと、いずこからか暖かな優風が吹きすさび、目くらましになっていた炎を跡形も無く消し去っていく。
火の粉となって霧散していく炎の壁の向こう、こちらに背を向けて逃走しようと駆け出した体勢のまま驚愕に目を剥いている二人に向け、ロトの剣を放り投げて無手となった右の手の平を突き出す。
開かれた手の平に光の粒子……魔力が収束し、刹那の間に眩いスパークを発生させる。禍々しく弧を描く口が言霊を綴り、唱えられた呪文名の表す通りの光り輝く灼熱の奔流が解き放たれる。
前方広域に照射された灼熱の魔法は炎のカーテンの残火を残さず消し去り、アスファルトで舗装された道路を粉砕し、ネオン光が輝く高層ビル数棟を貫通する大穴を空けて漸く勢いを弱めていった。
結界内で人的被害や現実時間軸の物理破損は無いとはいえ、魔導師に換算するとSランクを優に超えるであろう砲撃を街中で躊躇なく放ったにもかかわらず、荒貴の顔に後悔の色は無い。
容易く人を傷つけられる力を揮うことに全く躊躇無いことがありありと伝わってくる。
己が『クソ雑魚野朗』と称した相手を討ち取った感触が無いことに、まんまと逃走された事実に気付いた荒貴はチッ! と乱暴に舌打ちを吐く。
「逃げやがったか……このオリ主様に舐めた口をききやがってあの野朗共……たしか、『アルク』に『葉月』とか呼ばれてたな。逃がさねぇぞ……オリ主に逆らうことの愚かさを骨の髄まで教え――っ!? 何だと!? 結界が!?」
あくまで『この世界の中心(主人公) は自分』という思い込みを持っている荒貴は、『主人公に敵対する敵キャラ』と判断した葉月たちを排除しようと考えていたが、周囲を覆っていた結界が解除されていくのを感知すると、結界を張れない荒貴は慌ててバリアジャケットを解除しながら物陰へと身を隠す。
ビルの陰に飛び込むとほぼ同時に結界が解除されて、元の夜の街並みが戻ってくる。
バリアジャケットを解除した荒貴の服装は、荒貴がこの世界で生を受けたとある次元世界固有の意匠が施された衣服だ。
夜の街中で、コスプレじみた服装を着る、十才前後の子供がうろついていたら間違いなく警察に補導されてしまう。
次元世界出身であるにも拘らず、『新藤 荒貴』という日本人の名前を名乗っているのは、『主人公はやっぱり地球風の名前でないとな!』とか言って、この世界での両親から与えられた名前から自分で考えた新藤荒貴という名前こそ自分の名前だと言い張っているからである。
様は“機動戦艦ナデシコ”のヤマダジロウが、魂の名前とか言ってダイゴウジ・ガイを自分の名乗りに使っているようなものと同じである。 ――厨二病、乙。
そんな事には露ほどにも気付かず、荒貴はこれから起こるであろう原作、そして自分の築くハーレムという
「ちくしょうが! あんの野朗……今度あったら、ぜってーにぶっ飛ばす!」
「はいはい、わかりましたから少し落ち着いてくださいな……」
戦闘の行われた街中から数キロ離れた位置にある、小さな橋。その橋の上に、怒りで憤慨する少年をなだめる少女の姿があった。
言わずもがな、葉月とアルクである。
二人は炎竜の吐息で目くらましをしている間に、葉月が街中にしかけていた転移魔方陣の一つを使い、ここまで転移して逃げてきた。
転移する元と先の二つを仕込んでおかなければならないので手間はかかるものの、一度仕掛けたら三ヵ月は魔力を隠蔽しながら保つことができるので、使い勝手が非常に良い魔法だった。
「まさかいきなり戦闘になるとは予想外でしたわ……アルクさん、お体の方は大丈夫ですか? なんなら傷の手当をいたしますけど?」
「いや、もう直ったから大丈夫だ」
「相変わらず、馬鹿げた回復力ですわね……」
呆れたように覗き込んだ先には、確かに、先ほど負わされたはずの火傷や擦り傷の上にかさぶたが出来ており、常人離れした速度で傷口が直りかけていた。
「ふふん! ヒッキーなお嬢様とは身体の造りが違うのだよ!」
「誰がヒッキーですか、誰が! まったく失礼な!!」
こちらの心配を余所に、腹の立つドヤ顔をするアルクの脳天に手刀を落とす。
頭を抱え、アスファルトの上をごろごろ転がりまわるアルクを見下ろしながら、葉月は今回新たに遭遇した『敵』について思い返す。
「どうやらあの方は積極的に“神造遊戯《ゲーム》”に参加されるタイプ……と言うよりも、ご自身をこの世界の主人公みたいに思い込まれているようですわね……」
「いつつ……あー、うん。まず間違いないだろうな。ありゃあ、典型的な“オリ主”タイプだ。ここをアニメの世界とか思い込んでるだろうから、ゲーム感覚で襲ってくるだろうな。多分、人殺しもゲームの中みたいな感覚でやりそうだ。……所で、読めたか?」
「ええ。プロフィールと能力くらいは、ですが……かなり厄介そうな相手ですわよ?」
葉月は魔道書型デバイス【グリモワール】を開き、つい先ほど、とあるページに書き込まれた内容を読み出していく。
「名前は新藤 荒貴。転生者No.“Ⅳ”。デバイスは【ロトの武具】。“能力”は勇者ロトの力……と言うよりもやっかいなのは彼の“技能”ですわね。何でも斬れて、何でも弾いて、どんな傷でも回復させる装備だなんてめちゃくちゃにも程があるでしょうに……おまけにSランクオーバーの魔導師クラスの資質持ちだと見れば宜しいかと。“ゲーム”に参加する理由は……オリ主になって、原作の女性キャラでハーレム? ――うわ、相手が女性なら“ゲーム”参加の転生者でもハーレムに、って……」
「すがすがしいほど下種な野朗だな……見た目は勇者サマの癖に、自分の欲望に正直な奴って如何よ? 俺、ガキん頃に初めて親に買ってもらったゲームソフトがドラクエⅠだったんだぜ? 正直、初代勇者には憧れとかあったりしたってのに……うっわ、最悪……葉月もそう思わね?」
「私に聞かないでくれません……?」
不機嫌さを隠そうともせずに睨み上げてくる葉月に対し、アルクは『まー、まー』と宥めながら、話を逸らそうと彼女の手にある本へと視線を向ける。
「いやー! それにしてもすげーよな、その本! まさか“ネギま”のアーティファクト『いどのえにっき』の能力まで備えてるなんて」
「む~……――ン、ンンッ! ま、まあそうですわね。この子は『本』という括りで複数の能力を内包していますから。相手の思考を読み取る読心術の能力もこの子の力の一つですわよ。ね? グリモワール?」
【もちろんです、お譲様。最高の魔法少女であるお嬢様のデバイスであるこの私めが、最高でないはずがございません】
「相変わらず、主人自慢する使用人みたいな奴だな……おまけに、さらっと自己主張もかましてやがる」
【お黙りなさい、このヒモ野朗が。お譲様の寛大なお心で飼われているにすぎないナマモノ風情が人並みの言葉を話すんじゃありませんよ】
「誰がヒモ野朗だ!? それに俺は人間だ! 燃やすぞ、この駄本!?」
【上等ですよ! この火を噴くしか脳の無い単細胞風情が!】
フシャーと口から火を零しながら宙にフヨフヨ浮かぶ言葉を話す魔道書と喧嘩を始めたアルク(バカ)の姿に、葉月は溜息を堪えられない。
この二人(?) は出会った時から変わらず、相変わらずの仲の悪さだ。
(花梨さん、ほんのちょっとで宜しいですから居場所を交換してもらえませんか? 純真無垢な、なのはさんたちで癒されたいですわ……ハァ)
三日月が上る春の深夜、本とオコジョもどきの繰り広げるけったいな喧嘩を眺めながら、“魔本使い”たる魔法少女は深い深い溜息を吐くのだった。
軟らかい月の光に照らされる深夜のビル街。
その一角にあるひときわ大きな高層ビルの屋上に佇み、眼下の街並みを見下ろしている人影が存在した。
「ここが地球……ここに母さんの探し物があるんだね」
「それにしても妙だねぇ……目的のもの以外にも魔力反応がチラホラ引っかかるよ? ここ管理外世界のはずだろう?」
「――大丈夫だ。それについては推測は立っている。そっちは俺が対処するから、礼の物は二人に任せる――準備は良いか?」
「うん」
「おうさ!」
「ジュエルシード……必ず回収させてもらう――たとえ貴様ら転生者が相手だろうともな……」
この時より、ジュエルシード争奪戦に新たな存在が加わることになる。
参戦するのは、異世界の魔導師『フェイト・テスタロッサ』
狼の使い魔『アルフ』
そして――――転生者
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅳ”:深夜の街中を人目を避けつつ寝床を探して移動中。
“Ⅴ”:協力者と共に地球に到着。ジュエルシードの探索開始。
“Ⅲ”及び“Ⅶ”:本と“Ⅲ”が絶賛喧嘩中。“Ⅶ”は傍観。
【ジュエルシード回収状況】
“Ⅰ”:一個
“Ⅱ”:なし
“Ⅳ”:なし
“Ⅵ”(原作チーム):五個
“Ⅲ”及び“Ⅶ”チーム:二個
“Ⅴ”:なし
未封印回収数:十三個
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星の守護者、雷光の守り手
うららかな陽気が窓から注ぎ込まれ、程好く暖かいバスの中、緩やかな振動に身をゆだねてうつらうつらしていた花梨は、肩を揺さぶられる感覚を感じ、ゆっくりとまぶたを開けていく。目元を擦る花梨を覗き込むように見下ろすのは彼女の兄、高町恭也。
傍らには妹であるなのはがユーノ入りのキャリーバックを抱えながら苦笑を浮かべていた。
「うにゅう……あと五分……」
「いいわけないだろう……ほら、降りるぞ?」
「ふぁあいい……」
寝ぼけ眼でふらつく身体をなのはに支えてもらいながら、よろよろとバスから降りる。
バス停からすこし歩いた高台の上にある大きなお屋敷。そこが本日の目的地月村すずかちゃんの実家である。
本日はお茶会の誘いをうけたので、すずかの姉である忍さんの恋人である兄同伴で出向いてきたのだ。
大きな門を潜りぬけ、メイドのノエルさんに案内された中庭にあるテーブルに腰を降ろす。
既に待ち構えていたアリサとすずかから『遅いわよ』と憎まれ口を叩かれ(無論、本心ではないのは明確だが) 、『ようこそ、いらっしゃいました♪』と癒し系の微笑で和んでいた花梨となのはの鼻腔を、柔らかく甘い匂いがくすぐってくる。
匂いの発生源の一つ、高級そうなティーカップに注がれる琥珀色の液体。それは質の良い紅茶葉の醸し出す、上品な香りだった。
優雅な仕草でカップを持ち上げ、芳醇な香りと共に喉へと流し込めば、なんともいえぬ幸福感が胸を満たしてきた。
「ふぅ……」
思わず声が漏れてしまったが誰も咎める者はいない。なぜなら、なのはも、アリサも、すずかまでもが花梨と同じような微笑を浮かべていたのだから。
緩やかな空気で満たされたこのお茶会は、最近お疲れ気味のなのはと花梨の様子を察したすずかが発案し、アリサが同意した形で開催される流れとなった。魔導師として秘密裏に訓練(主にイメージトレーニング) を行ってきた花梨や魔導師としての教育を受けているユーノとは違って、魔法に出会って数日のなのはには連日のジュエルシード回収による負担は決して軽いものではなかった。
授業中にボーっとしたり、うつらうつら船を漕いだりと、普段の真面目な彼女を知るものからしてみれば不自然極まりない姿だった。
だからこそ、なのはに悩みの相談をして欲しいという希望も兼ねた今回のお茶会となったわけだ。
「そうそう、大した出来ではありませんがアップルパイを焼いてみたのよ。よろしければご賞味頂けるかしら? お嬢様方」
招かれた側の礼儀としてお土産を持参していた花梨が包みをすずかに手渡す。
包みを開くと、食欲をそそる果実独特の香りが、様するにとてもおいしそうな匂いが広がっていく。
彼女らと同じく、テラスのテーブルに座っていた忍やメイドのノエルに彼女の妹ファリンが覗き込んで、各々の歓声が上がる。
女の子は甘いものが好きというのは、どんな世界でも普遍な事実であった。
彼女らの視線を釘付けにするアップルパイを、ノエルから手渡された包丁で切り分けていくと、表面はさっくりと、中身はしっとりと言う表現がジャストフィットする美しい断面が現れた。
軽く焦がしが入ったリンゴの香りが食欲をそそる。
「もしかしなくても、これはあんたが?」
「ええ、そうよ……って言いたいんだけれど、残念。実は仕上げはお母さんに手伝ってもらったの」
アリサの問いかけに、花梨はにっこり笑顔で返すとそれに納得できない人物が一人、抗議の声を上げる。
「ウソ!? 私そんなのしらないよ!? お姉ちゃんだけズルイ!」
「仕方ないじゃない。パイを焼いている時、なのはは宿題でうんうん唸ってたトコだったしね?」
「あうううう~……そう言われてしまえば反論できないと、なのはは思うんです……」
「ふふっ……ゴメンね? 仲間外れにされたくなかったら、明日から宿題は手早く済ませることね?」
「うう~~っ! お姉ちゃんのイジワル!」
ぷくー、と膨れるなのはの頭をよしよしと撫でる花梨。その様子に頬を綻ばせるアリサたち。
なのはが元気になってきた様子に皆満足そうな表情浮かべていた。
切り分けたアップルパイを味わい終えて一息したところで、忍と恭也が席を外す。
ここからは恋人の時間だと言わんばかりのラヴ領域を形成する兄達の後ろ姿に、花梨は意地の悪そうな笑みを送る。
「おやおや、どうもお兄様たちはこれからアダルティタ~イムのご様子で……ニヤニヤ」
「ニヤニヤって口に出さないでよ。でもまあ、忍さんも恭也さんも幸せそうよね~」
「うん。お姉ちゃんも毎日楽しそうだし」
アリサとすずかも思うところは花梨とおおむね同じなのだろう、笑いながら恋人たちの消えていった方を視ていた。
その後、月村邸名物『おにゃんこ部隊』の隊員たち(月村家で飼われている大量の猫~ズ) と戯れながらお茶会は楽しく進んでいった。
しかし、そのままお開きに、とはいかなかった。
月村邸の庭の奥からジュエルシードが発動した反応が感じられたからだ。
『!! これって……ユーノ君、お姉ちゃん!?』
『うん、間違いないよ。これはジュエルシードが発動したんだ』
『そんな!? いったいどうして!?』
『なのは、落ち着いて。いまはとにかく封印に向かわないと! でもアリサたちの前で魔法は使えないし……ユーノ、何かいい案ない?』
『えっと……ッ! そうだ!』
ユーノが突然逃げ出して庭の奥へと向かう。その小さな身体はあっというまに花梨たちの視界から姿を消してしまう。
「ユーノ君!? あ、わ、私、ユーノ君を探してくるね!?」
「ちょっ……て、もう見えなくなっちゃった」
「なのはちゃんだけじゃ心配だよ。私も……」
「待って、すずか。私が行くわ。妹と家のペットのことは、家族にお任せよ」
腰を上げかけていたすずかにやんわりと断りを告げると、花梨もなのはたちを追いかけて庭の奥へと駆け出していく。
「原作だとフェイトとの初邂逅だけれど、なんかいやな予感がするのよね……それに、こういうときの勘はよく当るから」
全速力で木々の合間を駆け抜けつつ、ルミナスハートを起動させた花梨は、魔力による身体強化を行いさらに速度を上げる。
(なのは、ユーノ、私が行くまで無茶をするんじゃないわよ……!)
高町なのはとユーノ・スクライアは目の前の光景に呆然としていた。
ジュエルシードの反応を探知して向かった先にいたのは、かつてなのはが襲われた黒い塊な暴走体でも、凶悪な犬でもなく――子猫だった。
キャットである。にゃんこ様である。
くりくりしたおめめも、へんにゃりと垂れた耳も、コテンと首を傾げるその仕草も愛らしいいがいの言葉が浮かんではこなかった。
ただし、そのサイズがあくまで普通レベルであればだが。
なのはたちの視界には、同じ猫科動物であるライオンなど歯牙にもかけぬ巨大な毛玉がのっしのっしと歩いていたのだ。
アフリカ象? いいや、なのはの家にある道場くらいの大きさはあるのでは無いか?
おそらくは『大きくなりたい』という子猫の願いを聞き入れたのが、目の前の世界仰天映像で対象もとれるであろう光景の発端だった。
ジュエルシードは純粋な願いほど正しく叶える傾向があるので、雑念のない純真無垢な子猫の願いは正しく叶えられたわけだ(もっとも、加減と言うものは知らなかったようだが……)。
まさか子猫を見上げる日がこようとは……と、現実逃避気味に乾いた笑いを漏らすなのはに、いち早く復活したユーノから
「な、なのは、しっかり!? その気持ちはとってもわかるんだけれども、とりあえず今はジュエルシードの封印をしないと!」
「――はっ!? う、うん! そうだよね! あのままじゃ、すずかちゃんも猫さんのお世話に困っちゃうしね!」
「え!? えーっと、まあ、うん? ……困る困らない以前の問題なような気がしないでもないんだけど……と、とりあえずレイジングハートを起動させて!」
「了解だよ、ユーノ君! レイジングハート、セットアップ!」
【Yes master! Stand by ready……Set up!】
主にして相棒たる少女の求めに応え、待機状態の赤い宝石状態のレイジングハートから光が立ち上る。
ピンクの光に包まれたなのはの身体に魔力で構築された防護服……バリアジャケットが装着されていく。
杖状に変形したレイジングハートを手に取り、先端を暴走体の猫へと向けたところで――なのはの視界の外から金色の光が子猫に襲い掛かった。
「え!? な、何、何!?」
「あれは……魔力弾!? まさかっ!?」
困惑する二人を余所に、金色の魔力で構築された魔法の槍は、森の奥から次々に飛来し、子猫へと突き刺さっていく。
子猫の悲鳴が木霊する中、なのはは襲撃者の姿を捉えることができた。
それは金色の髪をたなびかせる黒い少女。
黒いマントにバリアジャケット、手にするデバイスに至るまで黒い様は、まるで死神を連想させる。
少女の名はフェイト・テスタロッサ。ジュエルシードの発動を察知して駆けつけてきた“Ⅴ”の仲間である魔導師であった。
木の枝の上に立った彼女は手にしたデバイス【バルディッシュ】を天に掲げる。
「バルディッシュ、フォトンランサーセット」
【Photon Lancer set……Fire!】
詠唱と共に展開される魔力の槍が一切の容赦もなく子猫へと殺到していく。
子猫の悲鳴が木々の合間を木霊する中、なのはが子猫を守ろうと飛び出そうと一歩踏み出した瞬間、彼女の足元にフェイトのそれよりも明るい黄色の魔力光で構築された魔力弾が打ち込まれた。
「きゃっ!?」
思わずたたらを踏み、尻餅をついてしまったなのはは、自分のすぐ後ろに何者かが降り立つ気配を感じて振り向こうとし――首筋に当てられた刃の冷たさでその身をギクリと硬直する。
「なのはっ!?」
「両者とも動くな。妙な真似をしなければ危害は加えない」
なのはを救うために魔法を発動しようと魔力を練り上げかけていたユーノは襲撃者のその一言で身動きが取れなくなってしまう。
襲撃者の手にある槍の刃部分は、なのはの首に添えられたまま。しかし襲撃者はなのはだけでなくユーノにも警戒の視線を送っており、相手は明らかに手だれの魔導師だと察したユーノに出来ることは何も無かった。
「なのはを放せ! 君達は一体誰なんだ!? それに、なぜジュエルシードを!?」
「フェイト、さっさとジュエルシードを封印するんだ。こんな連中に構ってやる必要は無い」
「……わかった」
矢継ぎ早に怒鳴るユーノには何も答えず、なのはを押さえている男の襲撃者に封印を促されたフェイトは己が愛機バルディッシュの先端を倒れ付した子猫へと向け封印魔法を放つ。
「ジュエルシード封印」
【Sealing】
封印処理されたジュエルシードが子猫の身体から離れてバルディッシュの中へと吸い込まれていく。
同時に、子猫の身体も光を放ちながら本来の大きさへと戻っていった。
非殺傷設定の魔法ではあったために、表面上傷は見当たら無いのでショックを受けて気絶しているらしい。
子猫に怪我が無いことに気づいて、ホッとするなのはの上から、冷徹な声がかけられた。
「さて、それでは今後の憂いを絶つためにも、お前のデバイスを渡してもらおうか」
「なっ!? そんなどうして!? 私たちはジュエルシードを――」
「貴様らの都合など知ったことか。断るなら手足の一本や二本、切り落としてもいいんだぞ?」
「ひっ!?」
「やめろっ!!」
グッ、と首に当てられた刃に力が篭り、なのはの首筋に赤い雫が流れ落ちる。
短い悲鳴をあげて震えるなのはの姿に我慢できなくなったユーノが駆け出そうとしたものの、魔力不足のためにいまだフェレットモードのままであったユーノの小さな身体は容易く踏み付けられ、拘束されてしまう。
くぐもった声を漏らすユーノを冷たい目で見下ろしながら、男は少しずつユーノを踏み付ける足に力を込めていく。
「学習しない奴だ……もういい。なら身体に教え込んでやるとしようか。先ずはこのフェレットからだ」
「ユーノ君!? お願い! やめてぇえええ!?」
なのはの悲鳴が響く中、無常にも男はユーノの身体を踏み潰そうとさらに力を込め――たところで真横から襲い掛かった薄い赤色の砲撃に飲み込まれて吹き飛ばされた。
「ぐぁああああっ!?」
木々をなぎ倒し、地面を何度もバウンドした先で漸く停止できた男が視線を上げると、そこにはなのはとユーノを庇うように立ちふさがる、栗色の髪をポニーテールにした白いバリアジャケットに身を包んだ少女の姿があった。
「お、お姉ちゃん! ユーノ君が、ユーノ君がっ!?」
「な、なのは、僕ならだいじょう……」
「はいはい、けが人は大人しくしてなさいね?」
手を翳して妹を落ち着かせながら、もう片方の手をユーノに向けて治療魔法を発動させている高町花梨は、妹たちを傷つけた敵を睨みつける。
「妹と友人にずいぶんな真似をしてくれるじゃない……覚悟は出来てんでしょうね?」
(原作とは違う流れ……! こいつも転生者ね。やっぱりフェイトサイドにもいたのね……それになのはたちを傷つけるってことは……!)
「チッ……!」
(やっぱりいやがったな、俺以外の転生者が……主人公と同じ顔ということは双子か? まあ、そんな事よりもさしあたっての問題は奴の実力がどの程度のものなのかという一点だけ、か。さて、どうするか……一度仕掛けてみるのも手か?)
事態の展開の速さになのはとユーノのみならず、フェイトまでも困惑して静観する中、周囲への警戒を維持しながらも間合いを詰めていく花梨と襲撃者の男。
「どうやらお友達にはなれそうに無いわね。 ――妹たちを傷つけた罪は重いわよ?」
「ああ、そうかい――それと前者については俺も同感だ。お前にはここで消えてもらったほうがよさそうだ」
その一言がきっかけとなって、両者はほぼ同時に飛行魔法を発動させて宙へと舞い上がる。
「ルミナスシューター……シュートッ!!」
【Shoot】
「ライトニングバレットッ!!」
【Fire】
共に魔力弾を打ち出しながら縦横無尽に宙を飛び交う花梨と襲撃者。
牽制代わりの誘導性を付与した魔力弾を互いに連射しながら、お互いの“能力”と力量を測っていく。
転生者同士の戦いでは、いかに相手の“能力”を把握することが出来るのかが重要に成ってくる。
彼女らの持つ“能力”はこの世界に生れ落ちる前に等しく神々から与えられたもの。故に、“無限の剣製”や“大嘘憑き”のように有名な力ほど、その性能や弱点もわかりやすい。
単純な魔導師同士の戦いでは互角の実力を持つ相手でも、本来この世界には無いはずの“能力”を使われてあっさりと戦局が覆されるようなシロモノも少なくないからだ。
相手の“能力”を見抜き、弱点をつく。これが“ゲーム”における転生者同士の戦闘の基本と呼んでよいだろう。
“Ⅳ”のようにペラペラ説明するようなものは例外で、自分の力を過信するがゆえの愚行と言える。――……もっとも、その愚行すら戦略へと変えてしまう怪物も存在するが。
花梨と襲撃者、共に己が“能力”は使わずにいたために、いまだ決定打のない状況に陥りつつあったが(それでも初心者のなのははもとより、ユーノやフェイトですら目を見張る高レベルの空中戦を繰り広げていたのだが)ここにきて動きがあった。
しばらく相手の様子を伺っていた両者だったが、やがてじれてきたように片方が手札を切ってきたのだ。
動いたのは――襲撃者の男。
動きを止めると槍型デバイス【トールギス】を持つ手を下ろし、握りこんだ反対の手を花梨へと向ける。
「? 一体何を――」
怪訝な表情を浮かべていた花梨だったが、次の瞬間には驚愕で両目を見開いていた。
襲撃者が握りこんだ手の親指をはじくような仕草をとる。するとクルクル回転しながら舞い上がるのは……一枚のコイン。
「あれは――!? ッ!? マズイ!!」
花梨が慌ててルミナスハートを振るって障壁を展開するのと、男が全身放電しながらコインを親指で弾き飛ばすのはほぼ同時の事だった。
「
放たれたコインは超電磁砲の名の如き速さと熱量を伴って花梨へと襲い掛かる。
打ち出されてからコンマ数秒で花梨へと着弾したコインは、障壁など紙かなにかの様に正面からぶち破り、花梨の左肩をかすり、彼女の肩肉を焼き切りながら虚空へと消え去っていった。
「っ!? ……ぅああっ!」
「お姉ちゃんっ!?」
左肩を押さえ、痛みに耐える花梨と、泣き声交じりのなのはの悲鳴が月村邸の庭に木霊する。
肩を抉られた激しい痛みと熱さに涙を浮かべつつも、花梨は襲撃者を睨みつけていた。
目を逸らせば次は殺される。そんな予感が花梨の中に浮かび上がってきたからだ。
そしてその直感は正しかった。
襲撃者が放電を振りまきながら、槍を構えて花梨へと突撃を掛けてきたからだ。
「おおおっ! ライジングスラッシュ!!」
【Rising Slash】
雷を纏った斬撃を体を捻って避わした花梨は、振り返りつつ、先のお返しとばかりにルミナスハートの杖先を男のわき腹へと押しつける。
「!?」
「喰らいなさい! ルミナスバスター!!」
【Luminous Buster】
ゼロ距離からの砲撃に飲み込まれた男はそのまま地面へと叩き落された。
爆音が響き渡り、粉塵が舞い上がる中、花梨は攻撃の手を緩めない。
「ルミナスハート、サテライトシフトいけるわね?」
【Yes master! 『Luminous Buster satelite shift』 Stand by ready!】
右手に持ったルミナスハートを天に翳すと、花梨の周囲を衛星のように旋回する光球が出現する。その数――十二。
「星を守護せし守人たちよ……無窮の海を照らす閃光と成れ!」
詠唱と共に光球の輝きは増し、一つ一つが直径一メートルほどの大きさに膨れ上がる。
同時に花梨の正面にも魔方陣が展開され、結界に閉じられた世界を真紅の燐光が照らし尽くす。
計十三の魔法陣より放たれるのは、決意と覚悟が込められし真紅の多重魔導砲――――!!
「ルミナスバスター・サテライトシフトッ!!」
ルミナスハートを魔方陣へと振り下ろすと同時、その魔方陣と周囲の光球から薄い赤色の砲撃が打ち出される。
怒濤の光が紡ぎ、膨大なる力の奔流と化した圧倒的な威力の込められた砲撃の嵐が、墜落した男目掛けて降り注ぐ。
直後、先ほどとは比べ物にならない程の大爆発が巻き起こった。
なのはとユーノは爆風に飛ばされないように地面に屈みこみ、宙にいたフェイトは慌てて高速移動魔法【ブリッツアクション】を使って距離をとる。
やがて煙が晴れた後には、無残に破壊されつくした嘗て森林であったものの残骸だけが残されていた。
青々とした木々は軒並み倒木し、地面には巨大なクレーターが無数に刻み込まれている。
圧倒的な殲滅魔法に全員声も出なかった。しかし花梨だけは苦い表情を浮かべつつ、別の方向……フェイトのいる方を睨みつけていた。
「避けられた、か……大したスピードね」
「――フン、少しだけ危なかったけどな」
花梨の呟きに答えるのは、いつの間にかフェイトの隣に移動してきていた襲撃者の男。バリアジャケットは所々破れ落ち、頬や二の腕に火傷のようなあとが見て取れるものの、いまだに戦闘可能な状態であることは、その戦意に満ちた瞳が悠然と語っている。何よりも目を惹くのが、彼の全身から迸る雷光。魔力の燐光と共に全身を包み込む雷が、大気を焦がす。
その姿はまさに、雷の化身たる雷神と称するに相応しい。
――――『
魔力変換技能により雷へと変換させた魔力と肉体を半融合させることにより、自らを雷光と化すことで文字通りの光速移動を可能とする“能力”。
全身を包み込む雷はそれ自体がAランクの魔法に相当する威力を内包しており、総ての攻撃に雷属性を付与する攻撃補助、触れた相手への雷熱によるカウンター、そして光速を叩き出す加速術式という三つの複数効果を同時に発現させることを可能としている。
完全な雷化ではないため、物理攻撃を完全無効化するには至らず、使用者本人以上の魔力が込められた攻撃ならばダメージを受けてしまうという欠点があるが、超光速機動が可能となった使用者に触れられる者が存在するとは非常に考えにくい。
つまり、天の怒りの代弁者と称される雷の化身に敗北の二文字など存在しないということに他ならない!
あっさりと戦局をひっくり返され、花梨の顔に焦りの色が浮かび上がる。
自分では一人を相手取るのが精いっぱいの現状、もしフェイトやその使い魔たるアルフたちに参戦されでもすれば、間違いなく自分たちは終わってしまう。ジュエルシードは総て奪われ、最悪の場合、デバイスを完全破壊される可能性も考えられる。
なのはたちを連れて一時撤退もやむなしか、とせわしなく思考を回転させる花梨だったが、不意に襲撃者から感じられる殺気が弱まっていく。そして、
「……フン。帰るぞフェイト。ジュエルシードを回収した今、ここにいる理由はなくなった」
「う、うん……」
帯電し、きな臭い空気が焦げ付くような匂いをまき散らしつつ油断なく桜を睨み付けていた男は完全に殺気を霧散させると、傍らに立ちすくんだままおずおずと、どこか怯えているような素振りを見せるフェイトにそう告げると、身を翻しこの場から立ち去ろうとする。
その時、背中を見せた男に向けて花梨が思わず声を掛ける。
「ねえ? 貴方は何番なのかしら? それくらいは教えてくれてもいいと思うのだけれど?」
どこか挑発じみた言葉。
その問いかけに、男はチラリと顔だけ振り返ると、
「……No“Ⅴ” バサラ・ストレイターだ。次にあったら始末してやる。覚えていろよ“Ⅵ”」
「ふぅ~ん? 私の事は良くご存知のようで……」
向けられた意味深な視線なぞどこ吹く風といった感じで、襲撃者……“Ⅴ” バサラはフェイトと共に月村邸を後にした。
後に残されたのは、左肩を押さえながら憎憎しげに敵の消えていった空を睨みつける花梨と、血を流す彼女にあわてて駆け寄るなのはとユーノ。
妹には泣きつかれ、ユーノには無茶しすぎだよ! と怒られながら治療魔法で切れた額の傷を癒しながら、再び合間見えるであろう明確な敵の存在を想い、花梨は内心溜息を吐くのだった。
――同時刻 とある次元の海――
「ゴホッ、ゴホッ……!! くっ……! 時間が足りない……!」
次元の海に漂う漆黒の建造物。
紫電の雷を放つそれは巨大な要塞とも、宮殿にも見て取れる。
世界と世界の狭間の空間、次元の海を進むそれは、次元航行機能を備えた『時の庭園』。
フェイトたちの家であり本拠地であり、彼女たちにジュエルシードの回収を命じた大魔導師『プレシア・テスタロッサ』の居城であった。
その最上階にある玉座の間にて、空間モニターを操作していたプレシアは突如咳き込み、口元を押さえる。
指の合間から零れ落ちるのは赤黒い液体。
己から零れ落ち、手の平に付着したそれをプレシアはいまいましげに睨む。
「いままでの散々繰り返してきたツケが廻ってきた、か……そう長くは無さそうね。 ――けれど」
前髪の合間から覗く双眼に映るのは病に蝕まれた己に対する悲観などではなく、悲壮なまでの――――“覚悟”。
魂すら掛け金にして、己の目的を果たさんとする強者の姿がそこにはあった。
(おそらく実行できる計画は今回が最後。それ以上は私の身体が持たないでしょうね……ジュエルシードの次元干渉能力を使って時空に穴をあけた先にあるという伝説の都『アルハザード』。そこでならきっと見つけられる筈! 私のただ一人の娘……『アリシア』を!!)
狂気とも取れるその姿を人が見れば、まるでロウソクの最後の瞬間、燃え尽きる間際に一際激しく燃え上がるようだと評しただろう。
腰を沈める玉座の傍らにあるテーブル。その上にある薬に震える手を伸ばし、その中身を分量も確認せず煽るように飲み込む。
しばし息を整え、ようやく発作がおさまってきた所で、ふと眠りについているアリシアの顔が見たくなり、アリシアのいる隠し部屋へと向かおうとするプレシアの背中に突然声が掛けられた。
「あまり無茶をしないほうがいいんじゃないか?」
「!? 誰!?」
時の庭園に何者かが転移してきたような反応は無かったはず。防衛システムもプレシア自身仕掛けたサーチャーも異常を探知していない。
フェイトたちが出払っている以上、現在ここにいるのはプレシアただ一人のはずだった。
だが確かに、何者かがこの玉座の間の、それも自分のすぐ後ろにまで近づいてきている!
玉座に立てかけていた杖型デバイスを手に取り、振り向きざまに魔力弾を放つ。
大魔導師と呼ばれることはある、神速の居合いを髣髴させる魔力弾は侵入者らしき人影に間違いなく直撃し――
「おいおい、そんな身体で無茶をするな」
まるでダメージを負った風も無く、平然とそう返してきた。
黒いパーカーに黒いズボン。目元が隠れるくらい深々とフードを被り、顔の左半分には包帯が巻かれている。
そこそこの魔力を感じられるから魔導師だと推測できるが、何故かプレシアの脳内では目の前の人物の警戒度が危険域に達していた。
目の前の人物の力を本能的に感じているのだろう。警戒を怠らず臨戦態勢のまま、けれど見た目は無防備を装いながらプレシアは侵入者へ問いかける。
「フン、侵入者にとやかく言われるいわれは無いわね……それで? 貴方は何者で何の目的でここまで現れたのかしら?」
「それはまあ、ごもっともで。 ……だが申し訳ないのだが、俺の正体とかについては諸事情によって話せなくてな。それで、ここに来た理由は――って、うん? はぁ?」
話の最中、突如視線をプレシアの左肩上辺りをマジマジと見つめるや、そのまま考え込みだした目の前の人物にプレシアは困惑しつつも、若干の苛立ちを込めて声を荒げる。
「ちょっと……!」
「あ~……すまない。一つだけ確認させてもらいたいんだが……よろしいか?」
「……何よ?」
「貴方の左肩に憑いてる金髪の少女っぽい幽霊はもしかして……貴方の娘さん? 存在感みたいなものが良く似ているし」
「え?」
――――いまこの少年はなんと言った?
私の左肩に憑いている? 金髪の少女? ……まさか。まさかまさかそんなバカなことがある訳――!!
「なあ、そこの譲ちゃん? ――……ああ、うん。俺はちゃんと見えてるし、声も聞こえてるぞ? それで君の名前は? ――へえ? 『アリシア』って言うのか?」
「――ッ!!?」
アリシア!? 何故その名前をこの少年が知っている!?
昔に会ったことがある? いやそれにしては年齢に折り合いがつかない! いや、それ以前に、奥の隠し部屋にいるアリシアの身体を見たわけでもないのに、何故この人物は私の左肩あたりを見つめなががら独り言を呟いている? それじゃあ、まるで――――!!
「――どうやら、少しお話をしたほうがいいみたいね……そうは思わない? 侵入者さん?」
幾分かの余裕と理性を取り戻したプレシアは、すっ、と目を細めながらそう提案した。
「へ? え、ええ、まあ、もとより取引がしたくてきた訳だからな……」
「ふうん、そう……それで? 貴方の名前くらいは教えてもらいたいのだけれど?」
「それくらいなら……まあ、いいか。 ……俺の名は“ダークネス”。まあ最も、お宅の小間使いな小僧あたりにはこう呼ばれているかな? ――No“Ⅰ”とね」
魔女と最強が出会う時、少女の未来は
ゆっくりと……けれど、確実に。彼女に待ち受けるのは救い無き破滅か、それとも……。
その総ては神のみぞが知りえていた――
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅰ”:物語におけるキーパーソンの一人『プレシア・テスタロッサ』と接触。なんらかの取引を持ちかけた模様。
“Ⅴ”:仮の拠点であるマンションに帰還。接触した“Ⅵ”たちの戦力を分析中(フェイト、アルフは入浴タイム中)。
“Ⅵ”:妹と共に自宅に帰還。両親から怪我についてのお説教を受けた後、先の戦闘の件でなのは、ユーノと検証中。
【ジュエルシード回収状況】
“Ⅰ”:一個
“Ⅱ”:なし
“Ⅳ”:なし
“Ⅴ”:二個
“Ⅵ”(原作チーム):五個
“Ⅲ”及び“Ⅶ”チーム:二個
未封印残数:十一個
作中に登場した魔法解説
・ルミナスシューター(Luminous Shooter)
使用者:高町花梨
自動追尾型の魔力弾を放つ射撃系魔法。なのはのディバインシューターと同等の性能を持つが、弾道速度はこちらの方がやや速い(神サマ印のデバイスの性能故に)
・ルミナスバスター(Luminous Buster)
使用者:高町花梨
花梨が得意とする砲撃魔法。対象に向かって直進する収束タイプと一定範囲を薙ぎ払う拡散タイプの二種類が存在する。威力はディバインバスターとほぼ同等だが、チャージ開始から発射までのタイムラグはこちらのほうが短い。理由は同上
・ルミナスバスター・サテライトシフト(Luminous Buster satelite shift)
使用者:高町花梨
ルミナスバスターのバリエーションの一つ。フェイトの『ファランクス』を参考に開発された広域殲滅魔法。詠唱と共に十二の魔力スフィアを生成、デバイス本体のものと合わせて計十三の砲撃魔法をほぼ同時に放つことで対象を周囲ごと殲滅する。スフィアの生成やコントロールはルミナスハートが受け持っており、個々の射撃タイミングをずらすことで連射型に、対象の周囲を包囲するように設置してから放つ全方位殲滅型などのバリエーションも存在する。
・ライトニングバレット(Lightning Bullet)
使用者:バサラ・ストレイター
速度重視型の射撃魔法。誘導性をもたないフォトンランサーと同義。
・ライトニングスラッシュ(Lightning Slash)
使用者:バサラ・ストレイター
雷へと変換させた魔力を刃に付与《エンチャント》して斬りつける近接斬撃系魔法。
・
使用者:バサラ・ストレイター
魔力コーティング済みのコインを超電磁加速を加えて放つ射撃系魔法に分類される
元ネタは『とある科学の超電磁砲』の主人公の代名詞から。
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星と雷の守護者VS欲望に塗れし勇者
月村邸での邂逅から幾分ほど時は過ぎた。
あの後、ジュエルシードを発端とする今回の事件はほぼ原作通りに進んでいった。
なのはにまで敵意を向けてくる新たな転生者 バサラ・ストレイターの相手を花梨が請け負っていたことで彼の原作介入を防いでいたからだ。
温泉街でのなのはとフェイトの戦闘に、市内で二人の魔力衝突が原因で起こった時空振動。それを察知して現れた時空管理局。
フェイトの事が気になるなのはは戦艦アースラ艦長『リンディ・ハラオウン』に協力を要請、ユーノもなのはのサポートのために同乗し、なし崩し的に花梨も協力することとなった。葉月とアルクは裏方に徹しようとアースラと接触はせず、身を隠したままだったが。
そしてなのはとフェイト双方同意の上で、海上大決戦が繰り広げられて、見事なのはが勝利するも、その瞬間を狙い済ましたような次元跳躍魔法を受けてしまい、フェイトが墜落。フェイトサイドが回収していたジュエルシード九個を奪われてしまう。
だが、アースラのオペレーター エイミィの手腕により先の魔法を逆探知、ついに時の庭園の座標を特定したのだ。
だが、その後の展開は原作とは異なっていた。
まず、時の庭園を覆うように展開された転移魔法の妨害術式により原作にあった先行の武装隊を送り込むことが出来なかった。
このため、アリシアの遺体を武装隊員が発見することも、通信を介してのプレシアとの問当も起こらず、フェイトがこの段階で真実を知ることもなかった(リンディたち事情を知る者たちが伝えるのに戸惑ったため)。
そして庭園を覆う、動力炉と直結しているのであろう大出力の防御フィールドを突破するのは、アースラの全エネルギーを費やしても一度が限界であり、ならば全兵力を一度に送り込むしかないとリンディは判断を下した。
こうして、現場指示のために赴いたリンディを中心に、クロノと武装隊、なのは、ユーノ、花梨たち民間協力者。それとなのはたちに説得され、母の真意を知ろうと同行してきたフェイト、アルフ、そしてバサラ。
明確に敵意をあらわにし、管理局員にも攻撃を繰り返したバサラを同伴させることは危険との意見が出たが、庭園の内部構造に詳しい人物であり、基本的にフェイトの味方であるために、監視付きではあるが同伴を許可された。
最も本人は『プレシアに真実を聞かされて落ち込むフェイトを支えるのは自分だけだ』という考えの下、同伴しているにすぎないわけだが。
「言っとくけど、妙な真似をすれば後ろからでも撃つからね」
「フン、うるさいぞ“Ⅵ“。もとより俺はフェイト以外の連中がどうなろうと知ったことじゃない。お前とは後でしっかりと決着をつけてやるからな。覚悟しておくんだな……っ、ふん!」
「ふんっ! それはコッチの台詞よ……っと!」
花梨とバサラは互いに罵しりあいながら、防衛に出てきた傀儡兵を一体、また一体と撃破してゆく。
だが、傀儡兵はその後ろから次々と溢れ出してくる。
「これじゃあ、きりがないよ……」
「まだ先は長いよ。オーバーペースにならないように気をつけて」
「母さん……こんな事までして、一体なにをしようとしているの……?」
「大丈夫だよ、フェイト! とにかく、玉座の間までいって、あのババァを一発分殴る! そんでもってあらいざらい白状させる! これが一番だよ!」
不安げに表情を曇らせるフェイトを元気づけようとしたのだろうが、この場ではアルフのそれは慰めにもなっていなかった。
母は間違いなく犯罪者として囚われてしまうだろうと理解してしまっていたフェイトは、さらに『ズーン……』と効果音が聞こえてきそうなくらい落ち込んでしまう。俯く細い背中に縦縞ののれんがのっているように見えるのは果たして気のせいであろうか?
『アルフ(さん) ……』
「え? あの、その……ご、ゴメンよ、フェイトォ~!!」
「何をやっているんだ彼らは……」
「まあまあ、良いじゃないクロノ。ちゃ~んと戦闘も疎かにしていないみたいだし♪」
「なんでそんなに楽しそうなんですか艦長……いえ、まあ、おっしゃりたいことはわかるんですよ? でも、武装隊の皆が必死になっている隣で、あんなゆるい空気を作られるのは如何な物かと……それにおしゃべりの片手間みたいに戦闘をこなしているのも、いろいろと理不尽さとか感じてしまうのですが……」
「あらあら、男の子の嫉妬は見苦しいわよ? 彼女達の輪に入りたいなら、行ってもいいのに♪」
「そんなことは、ひとっことも言ってないでしょう!? 僕を寂しいやつみたいに言わないでください!」
「なあ、俺たち必死にやってるよな? ムダ話してないで全力だよな? なのに、絶賛おしゃべり中なあの人たちのほうが戦果が上って現実をどう思うよ?」
「言うなよ悲しくなるから……」
「畜生……これがエースと量産機の違いなのか」
「じゃあさ? 俺たちも何かこれだっ! てのを持てばいいんじゃね?」
「一利あるな……例えばどんなだ?」
「――俺、この戦いが終わったら彼女に告白するんだ……」
「ちょっと待とうか、盟友!? なぜにこのタイミングで死亡フラグを立てるような真似をするんだ!?」
「いやいや、やっぱりこれくらいしないとキャラの濃さで勝てな――」
び~っ! ちゅど~ん! ← 死亡フラグを立てた局員に傀儡兵の放ったビームが直撃した音。
「あぶろぱぁああああっ!?」
「隊員Aぇえええええっ!?」
「バカ野朗……! 無茶しやがってっ……!」
「いや、それよりも効果音がやたらとしょぼくなかったか!? 何で向こう(エースサイド)は『ズグァアアアン!』とか『ドゴォオオオオンッ!』とかカッコいいのに、俺たちの方は『び~っ』とか『ちゅど~ん』とか気の抜けそうな音なんだよ!? 酷くね!? これ酷くね!?」
「先輩、諦めましょうよ……俺たちは所詮こんな扱いが関の山なんすから……」
「隊員C……! クッ! 涙が止まらんぜ、チクショウめ!」
コソコソ……
「ん? 待て、何処に行く新人隊員A?」
ビクッ! と肩を竦める最近増員された新人武装隊員の一人を襲うじとーっとした視線の数々。みれば互いに肩を抱き合い、むせび泣いていた武装隊たち全員の視線が彼に降り注いでいた。
「あ~、いや~、実はその……自分、どちらかというとアチラ側でして……」
『……ほお? それで?』
「ですので、ここは一つ本来いるべき場所に戻った方がいいんじゃないかと思ったりしちゃったりしたわけでして……」
『……で?』
「いや、ですから……その……」
『……』
「……短い間でしたが、いろいろお世話になりましたっ! それじゃ!(シュバッ!)」
『待たんかいコラァアアッ!! 何、自分だけスポットライトを浴びて、いい思いしようとしとんじゃワレェエエエっ!?』
「うわ、速!? てか、ちょ、まっ! ぎゃぁああああっ!?」
「……ハァ」
突然、内輪もめを始めた部下の姿にクロノは頭の痛みを堪えることができなかった。
懐から頭痛薬を取り出す彼の背中に哀愁が漂っているのは、気のせいでは無いだろう。
クロノ・ハラオウン 十四才 彼の胃袋に穴が開く日もそう遠くない事だろう。
「急に傀儡兵が出てこなくなったけどどうしたんだろうね、ユーノ君?」
「う~ん……大魔導師も空気を読んだってことじゃないかな? ――多分」
「あらあら? それでも油断しちゃ駄目よ? 戦いはお家に帰るまでが戦いなんですからね?」
「「「「は~い!」」」」
こちらはこちらで、戦闘の合間にのんびりと談笑タイム。さりげなくリンディまで混ざっていたりする。
いったいどこの小学生だ……あ、年齢的には小学生だった。
――こいつら、ほんとにやる気あるのかな?
なのはたちとは別ルートで庭園に忍び込み、様子を伺っていた“とある転生者“は、主人公勢の緩やかさにそんな感想を抱いたとかそうでないとか。
「よう、遅かったじゃあねえかよ。待ちくたびれたぜ」
庭園の中央部に位置する大広間。天を仰ぎ見るほどの高さのある吹き抜けの空間になのはたちがたどり着いた時、数多くの傀儡兵のものと思われる残骸で出来た山の上に、一人の人物が仁王立ちして待ち構えていた。
口元に浮かぶのは慢心に満ちた、歪んだ笑み。
蒼光の鎧を全身に身に纏った、伝説の戦士の力を与えられた転生者。
「……何者だ!」
「チッ……うるせぇんだよ、三下が! 雑魚は雑魚らしく俺様の視界から外れてろ、このボケが!」
ここにきて正体不明の魔導師……らしき人物の登場に管理局員としてお決まりの問いかけをしたクロノに、荒貴ははき捨てるように返してきた。
その不遜すぎる言葉に一瞬、スティンガーレイを打ち込んでやろうか? などと物騒な考えを思い浮かべたものの、苦労人スキルで磨かれた強靭な理性でなんとか思い留める。
それでも頬がヒクついているところから見て、内心怒りで煮えくりまわっているらしかったが。
「アンタ! 一体何者だい!? アンタみたいな嫌な匂いのする奴なんて、あたしもフェイトも知らないよ!!」
「何……? アルフ、それはどういう意味――」
「“Ⅳ”……。まさかこのタイミングで仕掛けてくるなんてね」
クロノの声を遮るようにポツリと呟いたのは高町花梨。
その視線は先ほどまでとは比べ物にならないほどに鋭く、敵意と戦意に溢れていた。
「お姉ちゃん……?」
様子がおかしい姉の姿になのはが呆然とする横で、バサラが戦闘体勢を維持しつつ花梨の傍に寄り、声を掛ける。
「おい“Ⅵ”? アイツの事を知ってるなら、奴の情報をあらいざらい話せ」
ただし、それは問いかけではなく確認だったが。
「――いいわ。ただし取引よ? 私の知る限りの情報をアンタに教える。だからアイツを倒すのに手を貸しなさい」
バサラは花梨からの提案に少し驚く。彼の知る限りでは、
「いったいどういう風の吹き回しだ? “ゲーム”を拒絶して、参加者同士で協力し合うことで戦う以外の解決策を見つけ出そう、とか言ってたくせに?」
「葉月たち……海鳴市にいる仲間からコイツについて連絡を受けているのよ。“ゲーム”に進んで参加している上、自分をこの世界の主人公とか勘違いしているオツムが逝っちゃってる奴がいるってね」
「――納得。つまりこいつは二次創作でよくある勘違い系って事か?」
「まあ、そんなとこね。――ああ、それからこいつの目的だけれども……なのはやフェイトたちで自分のハーレムを作るのが狙いらしいわよ?」
「――よし、殺そう。“Ⅵ”、協力してやるから、こいつだけは絶対にここでぶっ潰すぞ」
「言われるまでも無いわよ。妹たちの貞操がかかってるんだから! ――みんな! こいつの相手は私とバサラが務めるわ! みんなは先に進んで!」
「フェイト! アルフ! お前たちも先に行け! このゲスは俺らの相手だ!」
花梨とバサラは各々のデバイスを構えながら、仲間に先へ進むよう促す。
「そんな、お姉ちゃんどうして!?」
「バサラ……!?」
「何を言っているんだ君達は!? そんな勝手なこと認められるわけが……!」
当然のように否定の声が上がるが、花梨が皆の反論を遮るほどの大きな声で怒鳴り返す。
「いいから行きなさい! ここに来た目的を忘れたの!? 今は少しでも時間が惜しいんでしょうが! それ以前に、コイツの相手はみんなには――!」
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ、クソ雑魚共が! とっとと死ねよ! 『ベギラマ』ッ!」
主人公である己の前で余裕綽綽に駄弁っている(と荒貴には見えていた)相手に苛立ち、感情の赴くまま攻撃の態勢へと移る。
右手を縦に、左手の指先を右肘に触れるように水平に構えた荒貴の右腕から破壊光線が花梨たちへと向けて放たれた。
「ッ!? ルミナスハートッ!!」
「トールギスッ!」
【【Protection】】
突然の奇襲に反応できた花梨とバサラが展開した防御シールドによって閃光魔法『ベギラマ』を何とか防ぐ。
だが、元々広範囲殲滅を目的に非情に幅広に放たれていた破壊光線は、花梨たちの側面を通り抜け、周囲に破壊の傷跡を刻み込んでいく。
所々に飾られていた高級そうな美術品の数々は軒並みガラクタへと姿を変え、広間の壁は次々に風通しがよくなっていく。
破壊の奔流が止むと、後に残ったのはひび割れ、今にも崩れ落ちそうな庭園の姿。彼女らの家とも言える場所が一瞬で凄惨な有様になった光景に、幼い頃から過ごしてきたフェイトやアルフはなんともいえない表情を浮かべ、クロノやリンディといった管理局員は明らかに非殺傷設定でない攻撃を放たれたことに警戒を顕わにする。
「チッ、耐えやがったか」
「君は……! 自分が何をしているのかわかっているのか!? 非殺傷設定もなしにあんな攻撃を出すなんて……! もし一歩間違えば、人の命に関わるところだったんだぞ!?」
「はぁ? 何を寝ぼけてんだ、テメェ?」
心底何を言っているのかわからない。そう言いたげに荒貴はあっさりと告げる。
「俺を不愉快にしたテメェらクズなんか、くたばった所で問題なんざあるわきゃあねぇだろ~がよお!」
ムカつくから斬り殺す。目障りだからブチ殺す。反抗するから消し飛ばす。
野生動物ですら持ち合わせているであろう最低限の矜持すら微塵も感じさせない、どこまでも傲慢で歪みきった欲望しか感じられない男だと、数多くの犯罪者と対峙し、捕縛してきた管理局員であるクロノやリンディは直感した。
『己は特別である』という盲信を宿したまま生れ落ち、その身に宿す強大な力を恐れられてずっと一人きりだった荒貴に他者を思いやる気持ちなどあろうはずもない。
あるのは、純粋な欲望。敵《ゴミ》を壊し、獲物《オンナ》を犯し、自身が全能たる神と成ることを願っている天上の神たちすら己が眼下にひれ伏させたいという分不相応なまでの欲望、ただ一点のみ。
「~~っ!? 君はっ!?」
「落ち着きなさい、ハラオウン執務官……。“Ⅳ”君――だったかしら? 管理局提督の名において命じます。直ちに武装解除し、大人しく投降しなさい。今なら、多少の過剰防衛という形で収めることが出来ないこともありませんよ?」
「ハァ?? アンタら、ホントに頭おかしいんじゃねぇの? 主人公様なこの俺が、テメエらクズ共に従う理由が何処にあるよ? 脳みそ腐っちゃってるんじゃ、ありまちぇんかぁ~~?? ギャハハハハハハァ!!」
「――もういいでしょう、リンディさん。アイツに投降なんて呼びかけてもムダですよ。だってアイツ、自分をこの世界の中心人物……主人公みたいに思い込んでるんですよ。そして今の奴の目的は間違いなく、私とバサラの命。それになのはやフェイトたちの身体なんですから」
「なるほどな、よーくわかったぜ……あのクソ野朗はどうしようもない下種だってことがな! おい! あんたらは早く先に行けよ! これ以上あんな奴の視線を受けてちゃ、フェイトの身体が腐っちまうぜ!」
「で、でも、花梨さん? 彼が危険な人物だと言うことはわかったけど、貴方たちだけに任せるのは……」
「わがままばっかりで本当にすみません、リンディさん……でもこれは私たちの問題なんです。今はまだ事情を話すことはできませんが……それでもお願いします。この場は何も言わずに、私たちを信じてもらえないでしょうか」
あくまで自分たちだけで戦おうとする花梨と管理局員として、そして一人の母親としていまだ幼い花梨たちにあんな異常者の相手を任せるのは心苦しいリンディ。両者の視線が交差し、互いに目線を逸らさずに数秒の時間がたち――リンディが困った風に溜息を漏らした。
「しょうが無いわね……でも、これだけは約束して頂戴。必ず無事で戻ってきなさい。――いい? これは命令よ?」
「リンディさん……! はい!」
「へいへい……いいから、はよいけ」
花梨は不恰好な敬礼を返しながら、バサラはそっぽをむいたままで返答を返す。
クロノやなのはが反対の声を上げていたが、今は少しでも時間が惜しいということ、まずはプレシアの身柄の確保が最優先だと説き伏せられ、身を引かれる思いを感じながらも、先に進んで行った。
「意外ね。なのはたちをスルーするなんて」
先に進んでいくなのはたちを妨害しなかったことに疑問を覚えた花梨が問いかけると、荒貴はフン、と鼻を鳴らしながら答えた。
「なのはもフェイトも俺のハーレムの一員になるんだ。強すぎる俺があいつらと戦ってしまったら、うっかり殺してしまうだろうが」
「とことん下種な返答ありがとよ……なら、こいつはせめてもの礼だ。大人しく、くたばっとけ!」
【Rising Bullet】
挨拶代わりに、電気属性の付与された魔力弾が放たれた瞬間、時の庭園内における転生者同士の戦いの火蓋が切って下ろされた。
「ルミナスバスターッ!!」
【Shoot】
「ライジングバレット!!」
【Fire】
「効くかよ、んなモンがよぉ!! 『ベギラマ』ッ!!」
薄い赤色の砲撃と鮮やかな黄色の魔弾が白く輝く光の奔流に飲み込まれる。
迫りくる非殺傷設定の無い攻撃の射線からはじけるように回避すると、攻撃直後で硬直している荒貴に、『雷光天承《ライトニング・クラウド》』を発動させたバサラが突進を仕掛ける。
「トールギスッ! モードチェンジ!」
【Yes sir! 『Spiral mode』】
バサラの叫びに応じて、彼の獲物である【戦刃槍トールギス】がその姿を変える。
薙刀に近い形状だった槍刃部分が螺旋を描き、巨大なドリルへと変容を遂げた。
貫通特化型形態『スパイラル』モードと成った愛機を両手で構え、加速をそのままに無防備な荒貴へと突き出す。
狙いは――右わき腹!
「喰らえ! スパイラルシェイバー!!」
唸りを上げる穿孔角。だが荒貴の表情から余裕の色は消えない。荒貴は放っていた魔法をキャンセルすると、右手に装着された剣を無造作に振るう。
「おらぁ! 失せな!」
振るわれた刀身から巨大な魔力刃が発生し、まるでカマイタチの様に石床を切り裂きながらバサラへと迫る。
その攻撃に対してバサラは真横にラウンドシールドを形成、それを足場に蹴るすることで無理やりに方向転換し、ギリギリの所で斬撃を回避する。だが荒貴の攻撃はまだ終わらない。続け様に右腕を振り回し、周囲の被害などお構い無しに斬撃を放ち続ける。
「おらおらおらおらおらぁ! どーしたよ、このクソ雑魚共が! でかい口叩いた割には大したことねーなぁ!?」
「ちいぃ! 調子に……!」
「落ち着きなさい! 挑発に乗っちゃ駄目よ!」
癇に障る言葉しか放たない荒貴に、沸点が低いために今にも突っ込みそうなバサラを宥めつつ、花梨は冷静に荒貴の戦力を分析してゆく。
(魔力ランクはだいたいSランクくらい? ってところかしら……。それよりも厄介なのは奴の“能力”ね)
荒貴の異常性や“能力”について、事前に葉月という情報源から知り得ていた花梨は、こうして本人と対峙することでそのデタラメぶりを再確認し、舌打ちを漏らす。
一言で言ってしまえば、単なる『思い込み』。けれども、病的なまでにこり固まったソレは、世界の理を超えて異常なまでに強力な“能力”として完成してしまっている。
荒貴の“能力”を破るには、迷いなき思い込みを生み出す心をへし折ることでしか不可能。されども、その方法が全く思いつかない。
当たれば手足の一本は覚悟しなければならないだろう攻撃を紙一重のところで回避し、余波である衝撃波に煽られながらも何とか打開策を模索していた花梨だったが、ふと、なにか引っかかるものを感じた。
歯の間にほうれん草の切れ端が挟まってしまったような(お下品) 、なんとももどかしい様な変な感じ。
(あれ……!? これって、まさか!?)
この状況を一変させられるかもしれない打開策に思い当たり、花梨は思わず、一瞬だけ集中を乱してしまった。
それは本当に刹那の、コンマ数秒の空白だった。だが、この嵐のような攻撃が繰り出される中では、致命的な隙でしかなかった。
「ハッ! 動きが止まってんぜ~~!? もらったぁ!」
「しまっ……!?」
無論、荒貴がその隙を逃すはずも無く、躊躇なくロトの剣を振るい、一際大きな斬撃が放たれる。
遮るもののない空間を恐るべき速さで迫りくる死の具現に、花梨は反射的に目を瞑ってしまう。
死を覚悟した彼女だったが、彼女の感じた痛みはどれほど待とうとも来ず、すぐ近くで甲高い音が鳴り響くだけだった。
一体何が? と花梨が目蓋を開いた先では、まるで花梨を守るように立ちふさがり、幾層もの防御魔法を展開して攻撃を防いでいるバサラの背中が映った。
「“Ⅴ”? いったい、どうして……?」
「ケッ! 勘違いすんなよ! こいつを倒すには、今の俺一人じゃ無理らしいからな! ただそれだけだ!」
憎まれ口を叩きながらも、バサラは魔力障壁が破られるたびに新たな障壁を展開するという無茶な方法で何とか攻撃を防いでいる状態だった。
無論、そんな方法が身体にかかる負担が小さいわけも無く、滝のような汗が頬を流れ落ち、石床を踏みしめる両足はガクガクと振るえてしまっている。だが、花梨に見えない彼の瞳は、自身が無意識に起こてしまったこの行動に混乱で揺れていた。
(何をやってるんだ俺は……! 今まで仲間なんて要らないって、ずっと一人でフェイトを助けてきただろうが! なのに何で今更、俺はコイツを庇ってるんだ!?)
バサラこと“Ⅴ”は“Ⅵ”……高町花梨と相容れない存在である。月村の屋敷で出会ってからずっとそう考えてきた。
この、生き残れるのは一人だけというサバイバルゲームの参加者でありながら、戦いを否定するおかしな奴。それがバサラの抱く、高町花梨という少女の印象だった。敵である筈の他の転生者たちと言葉を交わし、手を取り合い、同じ仲間として“ゲーム”から逸脱する方法を、皆が死ななくて良い方法を探しているのだと彼女は言った。
むろんその中には、今ここにいる“Ⅳ”のような、敵としかならない相手も存在はしている。それでも彼女は諦める様なことはせず、皆が笑顔で迎えられる未来を探しているのだと笑顔で豪語する強さを持っている。
しかし、バサラにはその考えに賛同することは出来ない。どうしても出来ない理由があったからだ。
(もし……俺が人並みの寿命を持っていれば、もっと自然にこいつ等の仲間になれたんだろうかな……?)
その理由は彼の寿命。元々、プレシアに生み出された人造魔導師であるバサラは、ジュエルシード回収の為だけに用意されたようなものだと言って過言ではない。故に、彼の肉体は元々長期間生きていられないように最初から定められていたのだ。
だからこそ、残された時間が今しか無いバサラは、この先およそ一〇年以上生き残ることを前提に考えている花梨の考えにどうしても賛同できなかった。自分は“ゲーム”に関係なく、もうじき終わってしまうと言うのに、彼女らには確実に未来がある。
故に他の転生者を妬み、羨み、嫌悪して、半ば依存のようにフェイトへの執着という歪んだ想いに囚われるようになっていってしまう。
だが此処にきて、“Ⅳ”という共通の敵の存在が、奇しくも相容れないはずの存在との共闘という事態を引き起こした。
根本的に同じ境遇とも言える間柄の人物との共闘は、自分は最後まで一人なのだと諦めかけていたバサラの心を確かに揺り動かした。
それはほんの僅かな変化でしか無かったのだけれども、たしかに、彼の中にある何かを変えた。
風が吹けば吹き飛んでしまうほどに小さく、本人も気付かないレベルのものではあったが、確かにそれは彼の心に存在した。
それを世の人々は称してこう呼ぶ――“友情”と。
ジュエルシードを巡る戦いの中で幾度もぶつかり、杖と槍を交わし続けたことで知らず知らずの内に芽生えていた感情が、命の危機に瀕する事で無意識に表層へと浮かび上がってきたわけだ。
防御障壁を展開し続けながら、バサラはそのことに何と無くではあるが気付き始めていた。だが、もう今更だと己の心をごまかし、意識を目の前の戦闘へと戻す。と同時に、なにやら対策を思いついたらしい花梨へ、怒鳴るように問いかけた。
「おい、“Ⅵ”!? 何かいい手でも浮かんだのか!?」
「え、ええ。いい手っていうか、なんというか……アイツの様子を見て何か気付かない?」
「は?」
言われ、障壁越しに荒貴の姿へと目を凝らしてみてはみるものの、相変わらず不遜な態度そのままにめちゃくちゃに右手を振り回して斬撃を飛ばしまくっている。剣を振るう上で必要な下半身の使い方とかも、素人丸出しで、どう見ても能力任せな素人にしか見えない、だがその能力が一級品であるために、此処まで追い詰められているわけなのだが。
実際、バサラは戦闘開始より『超電磁砲』を十発近く放っており、その内の三発は間違いなく直撃したはずだ。だが『超電磁砲』は効果が無い、あるいは無効化されているらしく、目立ったダメージは見受けられない。
下手な放電は無意味でしかなく、まさに手詰まりな状況だというのに、本当に打開策があるのだろうか……?
バサラのそんな考えを感じ取ったのか、花梨が言う。彼女の気付いた、荒貴の致命的な欠点を。
「あいつ、戦闘が始まってから殆ど動いていないのよ。最初は動く必要は無いとか考えてるのかと思ってたんだけど……多分、違う。足の運び方とか、身のこなしとか、なんていうか、てんでバラバラなのよ」
「それは……まあ確かにな。けどそれがどうしたっていうんだよ!?」
必死になって障壁を維持しつつバサラが悲鳴のような叫びを上げる。
「すこしは落ち着いてよ! いい? アイツはおそらく格闘技は愚かまともな戦闘も殆どした事が無いんだと思うわ。精々、無機物相手に能力の試し打ちくらいじゃないかしら? だから立ち止まって遠距離攻撃しかしてこないのよ。騎士の得意な近接格闘をしてこないのも、きっと接近戦の経験が殆ど無いのが理由よ。だったら……!」
「近接戦闘に持ち込めば勝ち目は十分にある、って事か……! けど、どうする!? こんな広域斬撃技の雨霰を潜り抜けるのは、さすがに骨が折れるぜ!?」
「一つ、試したいことがあるの。あいつの性格ならきっと引っかかるはず! “Ⅴ”……ううん、“バサラ”。今さら手を取り合ってくれなくてもいい。この瞬間だけでもいい。だから、お願い! 私に力を貸して!!」
真摯な瞳に覚悟の色を映しながら真っ直ぐ見つめてくる花梨に、バサラはばつの悪そうにガシガシと乱暴に頭をかきむしった。
「……チッ! あーもー、わーったよ! で? 俺はどうればいいんだ!?」
「一気にアイツとの距離を詰められる技か何か無い!? なのはのACSみたいな!」
「それなら……ある! だが、あの弾幕、っていうか斬幕? を何とかしないと距離を詰める前に叩き落されて終わりだぜ!?」
「そっちは任せて! ルミナスハート!」
【All light Master!】
花梨の想いに応えるように、ルミナスハートのコアが激しく点滅を繰り返す。主の戦意に呼応するかのように、彼女の愛機もまた対峙する強敵を打倒するための起死回生の一手をとる。
花梨はルミナスハートを荒貴に向けて翳すと、無防備なその身体を光の帯が縛り上げてゆく。バインドと呼ばれる拘束魔法の一つ、『ストラグルバインド』だ。
「今更バインドだぁ? ハッ! しゃらくせ――んだとぉ!?」
赤く輝く光の帯に拘束されても容易く破壊できると踏んでいた荒貴は嘲笑を浮かべつつバインドを引きちぎろうと腕を振り上げようとし――その表情を驚愕で染め上げた。
見開かれた目線の先、振り上げた腕の先に『リングバインド』がいつの間にか展開されていたからだ。
不可視となっていたそれに自分から腕を突っ込む形になった荒貴は、呆然とした表情を浮かべて気を逸らしてしまう。――そう、戦いにおいて決してしてはならない悪手である、『相手から目線を外してしまう』ということを、己は強者であるという驕りゆえに犯してしまったのだ。
そしてその千載一遇の好機を逃すほど、この二人は甘くは無い。
「受けてみなさい! バインドのバリエーションを!」
【Cartouche Bind!】
花梨の叫びに呼応するように、ルミナスハートも彼女の魔力を吸い上げ、演算処理能力をフル稼働させて術式を高速展開してゆく。
足元に発生した魔法陣からは鎖状のバインド『チェーンバインド』が蛇の群れの如き動きで床を疾走し、身動きの取れない荒貴へと襲い掛かる。
さらにこれで終わりでは無い。荒貴の周囲の空間にも次々に魔法陣が展開され、そこからも極太のアンカー状のバインドが次々に襲い掛かってゆく。たちどころに荒貴は鎖や帯、リングといった様々な形状のバインドに雁字搦めにされてゆく。
これをされた側からしてみれば溜まったものではない。
何しろバインドを壊しても壊しても、その上から次々に新しい拘束具が被さってくるのだから。
荒貴が力に溺れていたために――バリアブレイク等の技術を習得していないこともあるが――花梨の保有魔力の六割を費やした拘束魔法の乱れ打ちで、とうとう狂った勇者を抑えることに成功したのだ。
だが――
「ハァ、ハァ……ちぇ。やっぱ、このまま終わってはくれないわね」
巨大な毛糸球状になったバインドの塊が内側から大きな衝撃を与えられてその輪郭を大きく歪める。
花梨渾身の攻撃も、基本性能に差がありすぎる相手には足止めが精一杯だったらしい。どんどん歪み、魔力が雲散してゆく光景を目にした花梨の表情には、しかし、悲壮の色は無かった。
逆にニヤリ、と不敵な笑みを浮かべながら、今まさにバインドの檻から這い出してきた荒貴を睨んでいた。
「チッ……!! このクソアマぁあああ!! 優しくしてやったらチョーシんのりやがってぇぇええええ!! ブッコロす!!」
「あらら……小物臭、ここに極まれりね。あ~やだやだ、これだから現実の見えないイタイ子はや~ね~?」
「ああ!?」
「だって、そ~でしょ? アンタ自分で言ってたじゃない。『俺はこの世界のオリ主だ』みたいなことを……バッカじゃ無いの? この世界に特定の主人公なんて居ないわよ。居るとしたら私たち転生者全員か――ああ。そういえば誰かが言ってたかしら? 『人は誰もが自分の描く物語の主人公になれる』って……そういう意味ではアンタも主人公かもねぇ? この世界に生きる数多の人間の一人として」
花梨はどこまでも根深い自己陶酔に浸りきった究極の凡人に辛辣な言葉を浴びせる。
自分を特別視する者は、総じて己が平凡な存在であるという事実から目を背けている場合が多々ある。
傲慢かつ驕り固まった荒貴の姿は、花梨の最も嫌悪する人種そのものだった。単なる思い込みで自分の心を塗り固めて、本当の自分をさらけ出すことを拒んでいる弱虫などに己が敗北することなどありえるはずなどないのだから――!
“己は特別ではない”
それは荒貴にとってのNGワード。自分は選ばれた特別な存在で、周りに居るのは彼の輝かしい未来を彩るためだけに存在する雑多でしかないと思い込んでいる彼にとって、その言葉は決して受け入れられない言葉だった。しかし、だからこそ花梨の言葉は荒貴の心に響いてくる。視線を逸らさず、まっすぐ己を見据えてくる花梨の放つ言葉は不思議なほどにすんなりと、荒貴の心に楔のように打ち込まれていく。
『俺はオリ主じゃないのか?』 己がアイデンティティを崩しかねない疑問が浮かび僅かに心が揺れた――その時! 荒貴の持つもう一つの“能力”が発動した。花梨達にとってはまさに最悪のタイミングで。
――――『
荒貴自身ががこの世界の主人公だと信じて疑わない思い込みが昇華した完全自己陶酔型の”能力”。
他者からの説得による心変わりや同情、改心などの心境の変化が“絶対”に起きなくなる。
この“能力”の発動によって荒貴の心に僅かに生まれた自分自身への疑念はあっさりと消滅し、その代わりとばかりに『オリ主である己を侮辱する戯言を吐いた愚か者』に対する怒りが際限なく溢れだしてきた。
「フッ……フザケんなぁぁあああああああ!! こっ、この俺が、よりにもよってその辺に居るモブと同じ存在だと!? そう言いたいのかよ、テメェは!!」
「はあ? なに言ってんの? 今ある此処を精一杯楽しんで、努力して、悲しんで――そして全力で満喫しながら生きている私の大切な人たちを、ちょっと強い力を手にした程度で世の中を舐めくさってるアンタなんかと一緒にしないでよ。不愉快極まりないわ」
「なっ……、テッ……メ……!?」
己の“能力”に振り回されながらヒステリックに叫ぶ荒貴を冷たい視線と共に一刀の元で切り捨てる。
こちらを指差しながら、怒りで声が出ないのか口をパクパクさせている荒貴の滑稽な姿を前に、花梨はあからさまな嘲笑を浮かべていた。
「ホントにアンタって哀れよね……思い込みだけで周りを拒絶した挙句、こうして見下していた同胞の手によって終わるんだから。勇者ちゃま~~? もう一度幼稚園からやり直されてはいかかでちゅか~~♪」
「――――――ッ!!!!」
哀れみと蔑みが混じる目を向けてきた花梨の姿を見て完全に理性が崩壊してしまったのだろう。
荒貴が獣の如き叫び声を揚げながら鎧の胸元に装着された真紅い宝石へと手を当てる。
すると荒貴の全身を覆っていた蒼光の鎧がパージされ、右手の先に集まってゆく。
眩い光と共に、バラバラのパーツが組み合わさり、変形したそれがとうとう姿を現す。
それは、あらゆる敵を射抜く巨大な超弩級の弩弓。
これが荒貴のデバイスの真の姿にして最終形態。
荒貴の奥の手であるフルドライブ。全身を覆う守りを排除してまで刹那的な破壊力ただ一点を追及した形状。
下半身が未だにバインドの群れの中にあるというのに、そんな事お構い無しと言ったふうに憎しみに染まりきった目は真っ直ぐ花梨を射すくめたまま。
荒貴は右手に構えた重弓の弓先を花梨へと向け、左手をまるで弓矢を引き絞るように構える。
するとデバイス自体が発光を初め、凄まじい勢いで魔力が収束されてゆく。
その魔力量は、フェイトとの決戦で使用されたなのはのスターライトブレイカーすら遥かに凌駕する威力を内包していることは間違いないだろう。
だが花梨は動かない。此処までの戦闘で予想以上に魔力を消費してしまったこともあるだろうが、これほどの力の差を見せ付けられてもはや諦めてしまったのだろう。
荒貴はどす黒い怒りに染まった思考、ほんの僅かに残された冷静な部分でそう判断した。
弩弓形態で初めて使用が可能となる荒貴の最強技はチャージにやたらと時間がかかるのが欠点であったが、恐怖で立ちすくみ、身動きを取れない相手を屠るのならば、こうして目の前で悠々とチャージしても問題は無いだろう。
そのように判断してのこの状況だったのだが――荒貴の思惑は次の瞬間、脆くも崩れ落ちることとなった。
「――ねぇ?」
不意に花梨が声をかけてくる。相変わらず俯き、デバイスも下げて棒立ちしている様から抵抗する素振りは見られない。
――だというのに、何故だろう。何か大切なことを見落としているような気がするのは。そして背筋を流れ落ちる冷や汗が何故止まないのだろうか……!?
「私一人に構ってばっかで良いの? 私たちは二人なんだけど?」
「――――ッ!!?」
花梨の告げた一声。その意味を理解して、荒貴は思わず『切り札』を発射することも忘れるほどの驚愕で両目を見開き――
「コイツでぇぇえええええ!!」
突如、いまだ消滅していないバインドの檻の向こうから男のものと思われる叫びが響く。、
「――っ、は!?」
「バインド解除! いっけえ!! バサラぁぁああああ!!」
「――っ、終わりだぁぁああああああああ!!」
花梨がバインドを解除した瞬間、赤い魔力の壁の向こうから巨大なランスへと姿を変えたデバイスを構え、全身から放たれる電を纏った突撃《チャージ》を繰り出した“Ⅴ”が飛び出してきた。
「うっ、おぉぉおおおお!?」
驚愕の声を上げる荒貴目掛け、雷へと変換させた魔力が『
これこそがバサラの奥の手、正真正銘の『切り札』。神話の時代の存在した雷を纏いし戦神の名を冠する神代の奇跡を具象化した奇跡のチカラ……『神代魔法』。
その名を――
「――――『
轟音を置き去りにした、文字通り光速の閃刃と呼ぶにふさわしい一撃。
それはまさしく、絶望に彩られた運命すら撃ち貫いてみせるという強き心の震えが生み出した、雷神の閃光――!
「なめん……なぁあああああ!!」
されども、覚悟を決めた雷神に相対するはどす黒い欲望を宿した蒼き勇者。
己が本能の求めるまま、未だかつてないほどに『生』を渇望する荒貴の心に応えるかのように、彼の肉体は人の反応速度の限界を超えた反射を見せる。
視認することすら不可能な光速の神槍を血走った眼でしかと捕捉し弩弓の切先を己へと突撃してくる“Ⅴ”へと向る。
体を捻った無理な体勢にも拘らず足場を固める事すら億劫だと言わんばかりに、躊躇なく己が最強と疑わぬ一撃を解き放つ!
「――――『
それはまさに濁った蒼き光の奔流だった。
とある世界で、人々の心を恐怖で縛り上げ、彼らの心の拠り所であった美しき王女を奪いさった悪しき竜の王を葬り去った一人の英雄。
時を越え、世界を超えて伝えられる彼の伝説に宿ったさまざまな想いを集め、使い手たる荒貴自身が望む形の『魔法』として具象化させた。
それは即ち――新たなる勇者たる『自分自身』に刃向う愚かな『虫ケラ』を屠り、消し去る、絶対的な
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「っかはぁああああああああああああ!!」
激突する極大の『
この瞬間、互いに一歩も譲ることなく眼前に聳える敵を葬り去らんと己の『総て』を引き出した二人はこの瞬間、ヒトの領域を超え、神たるチカラの一端である『
――神と成るべくして選ばれた彼らであるが、実際は『次期神の候補者』どころか、候補者の予備軍止まりでしかなかったのだ。
真に神と成るべき者は、人を超えた肉体とそれに見合う精神が求められる。
いかに“神造遊戯《ゲーム》”の参加者として選ばれる資質を持ち合わせていたとしても、所詮は運よく神と成る資格たる『
つまり、人としての常識という『枠』で自らを縛り上げ、小さく纏まっていることに疑問を抱くことすらできない『程度』の魂に、天上の存在へと成ることが出来ようはずもない。
『
さらに同胞と生死を掛けた極限状態で競い合わせることで互いのチカラを高め合わせると同時に、多大な負荷を心に与える事で、より強靭な精神力へと磨き上げる。
ヒトの領域を超え、世界の理を塗り替えるほどの意志の力を宿すに至ったモノたちこそが、新たなる神と成る可能性を秘めたモノ……『神成るモノ』と呼ばれるようになる。
故に、『参加者』『転生者』と呼ばれる者達は、真の意味で己自身の可能性に気づいておらず、本当の“能力”に目覚めていないということなのだ。
命の危機に瀕し、希望と欲望という純粋であり、強大な意志のみで心を染め上げたバサラと荒貴は、真の『神成るモノ』へと至った。
彼らの繰り出した奥の手は、まさしく神のチカラの結晶『神代魔法』……人が生み出した魔法とは一線を該する極大にして究極なるチカラの激突が生み出す未来には、いずれかの消滅という結果しか在りえない――――!
時の庭園そのものを震わせるほどの衝撃を轟かせながら、雷光の鉄槌と希望の光の矢が交差する。
槍と弓の切っ先がぶつかり、その衝撃で互いの攻撃が僅かにずれる。
光の弓はバサラの左脇腹を掠るように通り過ぎ、後方にある庭園の壁を幾層も貫通しながら吹き飛んでいく。
挙句の果てに庭園の外、次元空間すら突き破り、その先にあるどこかの世界の惑星の一つに着弾、巨大なキノコ雲を上げて、漸く終息する事となった。
対する雷光の鉄槌も、『
――――『
雷光と同化しての高速移動を可能とする『雷光天承』の弱点であった『思考速度は変化しない』という弱点を補うために編み出した”能力”。
それは光速機動時に発生する脳に与える過度の演算処理に伴う負荷を軽減させ、脳の思考速度までもを光速レベルまで加速させることができるようになるというもの。
脳のキャパを超える演算速度を叩き出すため並列思考が使用不可となる、脳の演算速度を優先させるため“能力”の発動中は五感が機能しなくなるというデメリットが存在するが、ひとたび発動させれば光速機動中に攻撃の軌道を変えることが可能となる。
これにより、『雷化したときの攻撃は速いが、直線的すぎる』という弱点の克服を可能とする。
そう、この“能力”の覚醒により、バサラは完全なる雷の化身と成る力を生み出すことに成功したのだ。
「……ア――ガ、ぁ? んだよぉ、これはぁ?」
人体の急所であり最も防御の薄い箇所をピンポイントで撃ち抜かれた荒貴の精神が大きく削られる。転生してから一度たりとも経験したことのない命に係わるほどの激しい痛みが、思考力を奪っていく。
精神の乱れが“技能”の維持を不可能としたのだろう、バリアジャケットがその輪郭をぼやけさせ、崩壊してゆく。破壊無効と言う概念が解除されたことで『
電光に焼かれたデバイスはコア部分こそはなんとか全壊を免れてこそいたものの、フレームや外装もはや自己修復では修復不可能な程のダメージを受けてしまったのは、流石の荒貴にも理解できてしまっていた。
ランスで貫かれた脇腹からどろりと流れ落ちる血が、白い民族衣装を真紅に染め上げてゆく。
その近くでは、デバイスを杖代わりにもたれ掛けながら、息を整えようとしているバサラの背中を花梨が摩っている。
その花梨も表情は優れておらず、かなりの疲労を蓄積してしまったのがありありと見て取れる。
「――ハァ、ハァ……ふう、もういい。大丈夫だ」
「……本当に大丈夫なの? かなりきつそうだけど……」
「んな事いってる場合かよ? さっさとソイツをどうにかしねぇと」
未だに手の平に残る肉を切り裂き、骨を砕いた感触に……かつて月村邸でなのはにしたような軽い脅しでなく、確実に“殺す気”で放った一撃のもたらした『誰かの命を奪う』という感触に今さら震えが奔ってきた。小刻みに震える手の平を呆然と見おろすバサラに、花梨は敢えて何も気づいていない風を装って平静に提案した。
「大丈夫よ。さっき、エイミィさんに連絡がついたから。すぐに予備戦力の武装隊の人たちを送ってくれるって言ってたわ。デバイスも封印したし、こいつはこのまま、アースラの牢屋にINよ」
花梨の言葉に、倒れこむ荒貴の瞳に意思の光が戻ってくる。
「――ざけんな。ざけんなよクソビッチがぁぁああああ!! この俺様を! オリ主であり、絶対存在であるこの俺様をテメェら如きが捕らえるだと!? ふざ――」
「ふざけてんのは、アンタでしょうが!! 何よ、オリ主って!? バッカじゃ無いの!? アンタは主人公なんかじゃない!! ただの幼稚で、自分勝手でしかない自己中なガキよ!!」
「ああ!? ふざけたこと抜かすな!! この世界は俺様が総てなんだよ!! それ以外の連中は全部屑だ!! 俺様の気まぐれで壊されるしか脳の無い
「――もう良い。もうソレに構うなよ“Ⅵ”。ソレの言葉を耳にするだけではらわた煮えたぎっちまう」
「――ええ、そうね。今回ばかりは流石の私も同感よ。もうアレを説得するのは不可能だってわかったから」
支離滅裂。完全な自閉思考に陥ったのか、自分以外のすべてに対し呪詛を喚き散らす荒貴に、花梨とバサラは一度だけ冷たい目線を向けると、完全に荒貴の存在を頭の中から消し去った。
“ゲーム”のルールとしては二人のどちらかが止めを刺すのが正しい選択なのだが、“神造遊戯《ゲーム》”に否定的な花梨はもとより、“神造遊戯《ゲーム》”に対する興味が薄いバサラもまた、あえて止めを刺すつもりは無かった。むしろ、このまま捕まえておいて、何かしらの情報を引き出したほうが有意義だと考えた(まあ、荒貴の態度から見ても、大した成果は期待できないとも思ったが)。
とにかく、二人が一応の方針を決めてから程なくして到着した武装隊員に荒貴の身柄を引き渡し、急速もそこそこに、花梨とバサラは各々の助けたい相手に追いつこうと駆け出した。
「――――あは♪」
花梨たちが駆け出し、武装隊員が喚き散らす荒貴を連行した後の大広間に鈴の鳴るような少女の声が響いたのを、戦闘の余波で瓦礫に埋もれてしまった高級そうな絵画に描かれた貴婦人だけが捉えていた。
作中に登場した魔法解説
・カルトゥーシュバインド(Cartouche Bind)
使用者:高町 花梨
複数種類の拘束魔法を同時展開し、対象を完全な行動不能とする拘束魔法。
個々のバインドは術式を微妙にアレンジしているため、脱出には相当の演算処理能力と魔力が要求される。カルトゥーシュとは古代エジプトの記号”ヒエログリフ”の一つで、『王の名を囲むもの』という意味を持つ。花梨は『絶対的存在である王を囲む = あらゆるものを包囲する』という意味を込めて、この名を付けた。
・スパイラルシェイバー
使用者:バサラ・ストレイター
【トールギス】第二形態『Spiral mode』で繰り出す突撃技。貫通力に長ける技だったが、荒貴には通用しなかった。
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雷纏う親娘の別れ、魔人との邂逅
2012.11.24 誤字修正
――時の庭園 最上階 王座の間――
暴走する九個のジュエルシード。空間がきしみを上げ、虚数空間への亀裂を生み出す蒼い輝きに照らされた部屋の中にて、プレシア・テスタロッサは殺意に満ちた視線を虚空に投げかけていた。
彼女の視線の先には、宙に展開されたディスプレイに映るリンディ・ハラオウンの姿。
妖精を想わせる薄い緑色の羽を生やした管理局の提督は、凛とした態度を持って、紫電の大魔女に通人越しに相対していた。
『ここまでです、プレシア・テスタロッサ。次元震は私が抑えて、もう間も無くして武装隊が動力炉を停止させます。これ以上の抵抗は無意味です。降伏を』
通信越しに告げられたリンディの降伏勧告。それはプレシアの悲願、失われた都市“アルハザード”へと赴く道が閉ざされたことを意味していた。
歯を剥き出しにするほどに噛み締めた唇からは赤い雫が流れ落ち、デバイスを握る指先はワナワナと怒りで震えていた。
もう少しだった。理論は完璧だった。虚数空間の奥底に存在するといわれる伝説の古代都市“アルハザード”。
死者蘇生すら可能とする技術が眠るといわれたあの場所ならば、最愛の娘を、アリシアを目覚めさせることが出来るはずだった。
次元干渉能力を有するジュエルシードを、時の庭園の動力炉とリンクさせて暴走させ、生じた空間の穴から“アルハザード”へと到達するはずだった。
だが、回収できたジュエルシードの数が予定より少なかったこと、管理局がかぎつけるのが予想以上に早かったことなどが要因で不確定要素が生まれすぎてしまった。その結果がこれだ。
手駒の筈の人形どもは裏切り、ジュエルシードこそ未だにプレシアの手元にあるものの、庭園のほぼ総てを掌握され、最重要場所に続くこの場所にまで局員の侵入を許してしまった。
目の前には頭から血を流し、息を荒げながらも戦意の全く衰えていない執務官クロノ・ハラオウンが、プレシアの悲願を阻むように立ちふさがっていた。
『世界はこんなはずじゃないことばっかりだ!』などと言っていた様だが、もうプレシアの耳には、心には響かない。誰かの声など、もう届かない。
冷静な大魔女の頭脳は、この絶体絶命の状況下においても、この状況を打開できるあらゆる可能性を模索していた。
正面から戦う? 却下だ。いかにSランクオーバーの実力を持つプレシアでも、病に冒された今の身体では満足に戦闘行為など行えはしない。
アリシアをつれて逃走するか? 不可能だ。アリシアのポッドはかなりの重量があり、転移させるとしても時間がかかる。何より、無理に動かそうとすれば、最悪アリシアの身体が取り返しのつかないことになりかねない。
(何か! 何か無いの!? 考えなさい、プレシア・テスタロッサ! たとえどんな代価を払うことになるとしてもアリシアだけは――ッ!!)
唐突に魔女の脳裏に電撃が走る。
それは悪魔の囁きに等しく、しかしこの状況においては現状を打開できる可能性の残された最後の切り札。
しかしそれを切ることは、己の大切なものを失うことに――――!
「ふ、ふふふ……アハハハハハ!! そう! そうよね! そんなの今更よね! あの娘よりも大切なものなんてあるはず無かったものねぇ!!」
突然狂ったように高笑いを上げるプレシアを警戒するクロノの後ろにあった重厚な扉が、まるでトラックが突っ込んできたかのように派手な音を立てつつ吹き飛ぶ。粉塵の舞う中、文字通り飛ぶようにして進入してきた人影がその姿を現す。
それは人の形を成す六つの影。
動力炉へのつゆ払いを任されていたなのはたちが追いついてきたのだ。
かなりの傷を負ってはいるものの、花梨とバサラの姿も見て取れる。無力化した“Ⅳ”を武装隊員に引渡し、軽い治療を受けてすぐに駆けつけてきたため、疲労を顕わに、肩で息をしている様はまさに満身創痍一歩手前といった有様だ。
しかし、体力の消耗に半比例するように、二人の両目には燃え盛る炎の如き意思が浮かび上がっていた。
「母さん!」
『クロノ(君) !!』
なのはたちがクロノの傍へと駆け寄る中、ただ一人フェイトだけはデバイスを下げ、母に向かい合う。
「……何しに来たの。消えなさい。あなたに用はないわ」
狂ったような笑いを止め、殺意すら含まれた冷たい視線を放つプレシアに、フェイトはひるまずにまっすぐな視線で愛する母に語りかける。
「あなたに言いたいことがあって来ました。……私はアリシア・テスタロッサではありません。あなたの作った人形なのかもしれません。だけど、私は……フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出されて、あなたに育てられた――あなたの娘です」
「だから何? 今更、私に味方して、そこにいる管理局員共と戦うとでも言うつもり?」
「――あなたが、娘としての私にそれを望むのなら」
静寂。向かい合う母娘の間から一切の音が消える。
現在も空間の歪みによる崩壊が進行している時の庭園の中にあって、たしかな静寂が玉座の間を包み込んでいた。
僅かな間を空け、プレシアは小さく溜息を吐いた。
それは捨てたはずの人形がこうしてまた己の前に現れたことによる呆れなのか、それとも迷い無きフェイトの言葉に何かしら思うところがあったゆえの驚きなのかはわからない。
けれども、プレシアの表情から、一瞬ではあったものの確かに狂気の色が消えたように見えた風に、母娘の相対を見守っていた者たちには感じられた。
これはもしかしたら?
思いもよらぬ淡く儚い希望が生まれ出たことに誰もが胸にある可能性を……母と娘が和解するという未来を幻想した。
だが――
「くだらないわ」
魔女は娘の請願を一言で切って捨てた。
淡い希望を打ち砕く、非情なる鉄槌となる言葉(ぼうりょく)が少女の想いを容赦なく踏みにじる。
「か、かあさ――」
「ねえ、どうせ視ているんでしょう? 私の声は聞こえているかしら? ……以前に持ちかけられた例の取引、受けてあげるわ」
フェイトの言葉などもう聞こえていないように、虚空を見上げながらプレシアは呟く。
(まさかこの場に彼女の協力者がいるのか!?)
念話でないことが引っかかるものの、大魔導師と呼ばれた人物ならば、今の状況も見越して更なる隠し玉を伏せていた可能性もあることに気付いたクロノは慌てて周囲に魔力サーチを行う。だがなんの反応も見受けられなかった。
まるで独り言のように誰もいない空間に語り掛けるプレシアを不気味に感じたのか、なのはやユーノはもちろん、プレシアに明確な敵意を抱いていたアルフや、転生者である花梨とバサラですら戸惑っていた。
「私の願いはアリシアの幸福、唯一つだけ……いい? 必ず叶えなさいよ? その代価として私は――」
トン……、とプレシアは左の人差し指を彼女の身体を包むドレス状のバリアジャケット、その大きく開かれた胸元に押し当て、
「――私の命を差し出すわ」
次の瞬間、プレシアの胸元から赤黒いナニカを掴んだ腕が生まれ出た。
「え?」
はたしてそれは誰の漏らした言葉だったのだろうか?
プレシアと向かい合っていたフェイトはもちろん、クロノが、なのはが、ユーノが、アルフが、そろいも揃って呆けたような表情を浮かべる。
花梨とバサラは一瞬、もう少し先の未来で出会う筈の騎士の一人か? と思うものの、明らかに彼女らの記憶にあるソレと異なりすぎていることに気付く。
プレシアの胸元から突き出されたのは白い甲冑に包まれた腕。その手の平に収まるのは、赤黒い液体を撒き散らしつつ、揺るやかに鼓動を繰り返している肉片――プレシアの心臓。
ソレをつかむ指先も、人間のそれではなく、緑色で機械的な鋭い爪が備わっており、ホラー映画のクリーチャーを連想させる非常に禍々しい気配を漂わせていた。
思考が追いついていかないらしく、その場にいる皆が呆然と眺めている中、プレシアの心臓を鷲掴みにした誰かの腕が勢いよく引き抜かれる。
その瞬間、ぽっかりと風穴の開いた胸元から噴出す鮮血。支えを失い、糸の切れたマネキン人形のように崩れ落ちるプレシアの身体。
ナニカが引きちぎられる音が、いやに生々しく花梨たちの耳に届いたところで、漸く自我が目覚めたらしいフェイトの悲鳴が王座の間に響き渡った。
「い、いやぁあああああああああっ!!? かあさぁぁぁぁあああああああんっ!!!」
錯乱し、両手で覆った自分の顔を掻き毟しりながら崩れ落ちるフェイトの身体を後ろから抱きしめるようにアルフが支える。
バルディッシュを放り落としたことにも気付かず、フェイトはとめどなく涙を流し、絶叫を上げることしか出来ない。
「――契約成立だ、プレシア・テスタロッサ」
限界まで見開き、虚ろな色を浮かべるフェイトの耳に、母親を奪った相手の声が響く。
焦点の合わない目線を向けた先には、ヒトに近い姿をした、けれどもあきらかに人ではないナニカが佇んでいた。
それは一見すると十代半ばの日本人らしき青年。
首から下をプレシアの身体を貫く腕と同じ装飾の鎧状のバリアジャケットが覆い、胸元や肩など全身に赤い宝珠を思わせる装飾品があしらわれ、それらが怪しい輝きを放っている。
何より目を引くのが彼の左目。そこに備わっていたのは、本来なら黒曜を思わせる瞳ではなく、漆黒に照らされる黒い宝珠。
デバイスのコアと思われるソレが、目の代わりとばかりに少年の左目の部分に埋め込まれていた。
異形の左目を覆うように装着されたアイマスクが、彼の不気味さを増幅させている。
突然の乱入者は自分に向けられるデバイスの杖先など気にした風も無く、己の右手に掴んだプレシアの心臓をしげしげと眺めると、ポツリと一言、
「――良し。これなら上手くいけそうだな」
そう呟くと右手を掲げるように持ち上げ、右目を瞑り、予めこのためだけに構築していた彼独自の術式を起動させる。
「展開」
そう呟くと同時に、手の平から黒い炎らしきものが噴出し、プレシアの心臓がそれに包まれる。
「分解」
続けての呟きに応えるように、プレシアの心臓は炎に焼け焦げることも無く、光の粒子へと変換されていく。
後に残るのは、心臓と同時に取り出されていた紫の光を放つ光球。
「あれは……リンカーコア?」
花梨がポツリと零したとおり、光球の正体は大魔女プレシア・テスタロッサのリンカーコアだった。
リンカーコアとは魔導師の体内に存在する器官の一つで、魔力の生成をおこなう働きをする。
体外に取り出された、大魔導師と呼ばれた人物のリンカーコア。その輝きは宿主から切り離された今でも彼女の魔力光である紫色に輝いていた。
「再構築」
かつて心臓であった光の粒子が渦巻き、リンカーコアを包み込んでいく。
時に溶け合うようにリンカーコアの内に取り込まれ、時に表面を覆うヴェールのようにリンカーコアを覆っていく。
やがて光の粒子が総てリンカーコアとの融合を終えた後には、眩いほどの輝きを放ち、心臓のように鼓動を繰り返すリンカーコアが残されていた。
「術式“再誕”、第一段階完了……よし、上手くいったな。さて、次は――」
異形の存在が振り向く先にあるのは円柱のカプセルの内でその身を漂わせる少女――アリシア・テスタロッサ。
生気の無いその表情はまるで人形ではないかと思わせるが、時折口元から気泡が零れ落ちていることから、少なくとも彼女の肉体のほうは最低限の生命活動をおこなってはいるようだった。一瞬だけ、耳を引かれるような仕草を見せた異形の存在は、右手に持ったプレシアのリンカーコアをアリシアに向けて掲げる。
「蘇生、開始」
小さく呟き、差し出すように振るわれた手の平から、力強い鼓動を繰り返すリンカーコアが浮かび上がる。
ふわり、と宙を舞ったソレは、まるで引き寄せられるようにアリシアの胸元へと寄ってゆく。
カプセルをすり抜け、培養液に漂うアリシアの胸元……心臓のある辺りに到達すると、そのまま彼女の身体の中へと沈み込んでいった。
――ドクンッ!!
アリシアの身体にリンカーコアが吸い込まれた瞬間、ビクンッ! と少女の身体が痙攣を起こす。次いで、薄く開かれたアリシアの口元から次々と気泡が溢れ出してゆく。それを満足そうに確認した異形の存在はごく自然に片腕を振るい、その指先が空間に線を走らせた。
ピッ……! ズズッ……!!
まず聞こえたのは薄紙をペーパーナイフで切り裂いたような音。次いでガラスの擦れるような音が響くと、アリシアの入ったカプセルが中ほどから切り裂かれ、ズレ落ちてゆく。
腕を振るった際に発生した風圧で分厚い強化ガラスのカプセル容器を真っ二つにした異形の存在が、カプセルが完全に砕け落ちる前に手を伸ばし、零れ落ちる培養液の中から目当ての少女の身体を抱き上げる。
彼女の母親の命を奪った人間離れした太い腕に抱かれ、虚空から取り出した白いケープで裸体を包まれたアリシアの閉じられた目蓋がピクリ、と反応して、
「……けほっ」
小さく咳き込んだ。
血の気の失せていた真っ白な肌は、彼女の身体が『イノチ』の脈動を再開したことで血の巡りを徐々に取り戻し、徐々に色合いを取り戻してゆく。
慎ましやかな少女の胸元はゆっくりと上下運動を繰り返し、時折小さく声が漏れだす。
そして、二十数年前に閉ざされた目蓋がゆるゆると持ち上げられ、ルビーを思わせる紅玉色の瞳が己を抱き上げる異形の存在を見上げる。
パチクリ、と擬音のつきそうな幼い動きで両目を瞬かせたアリシアの口元が笑みをカタチどってゆく。
眠り姫、そう呼ばれるほどの時をいつ終わるともしれない孤独の中を過ごしていた少女が、まるで蕾が花開く様に顔をほころばせた。この場に存在するもう一人の黄金の魔法少女、彼女と同じ容姿でありながらも幾ばくか幼い外見をしている少女。
満開に咲き誇る花の様に可憐な笑顔を浮かべる少女は目覚めたばかりでまだ上手く動かせない両腕を異形の首へと回し、その胸元に顔をこすり付ける。
その様子は、まるで子猫が自分の縄張りを主張しているような愛らしい動きであった。
「起きたばっかりのくせに元気だな? なんなら降りても構わないが?」
最も、彼は存外にニブチンであったために、その反応は少女の望んだものとは違う、淡白そのものであったが。
「ぶぅ~……ダークちゃんてば、オトメゴコロをわかってないんだよ」
「そんな事を期待されてもな……。それよりも身体の調子はどうだ? なにか違和感は?」
「へ? ん~~……ん~ん! なんだか身体が重たくて動きにくいような気がするけど、だいじょ~ぶ! なんだよっ!」
「そうか。まあ、蘇った直後だからだろう。……彼女となにか話しておくか?」
「……ううん。ママとはもういっぱいお話ししたから――だから、大丈夫だよ」
どこか満足そうにも見える表情で倒れ伏すプレシアを見て悲しげな笑みを浮かべたアリシアの姿に、自然と彼女を抱きかかえる手に力が篭る。
「……そうか、わかった。――ともかくこれで、“再誕”第二段階完了、だ。……プレシア・テスタロッサ。本当の願いとは若干異なるカタチになってしまったが……それでも、貴方の願いは確かに叶えたぞ? それでは約定どおり……アリシアは俺が貰っていく。ああ、ついでにコイツも貰っておくとしようか」
心なしか満足そうな笑みを浮かべたプレシアの亡骸の脇に投げ出された、彼女の杖型デバイスをひょいと抱え上げると、チラリ、となのはたちを……正確には花梨とバサラを視界に納める。
瞬間、脳髄を凍りつかされたと錯覚する程の寒気が、あまりにも明確な“死の恐怖”が二人の身体を犯す。
それはただの殺気。しかし、強い弱い以前に、あまりにも内包する力の次元に差がありすぎたが故に、異形にとっては軽い牽制程度のシロモノであっても、花梨たちからしてみれば、いきなり目の前にゴジラが現れて睨み下ろされたようなものに等しかった。
瞳は焦点を失い、両手で二の腕を掴むように身体を抱きしめ、身体が小刻みに震えだす。
冷や汗が止まらず、呼吸も荒い。ガチガチと歯は上手く噛み合わず、膝が折れそうになるのを何とか堪えるのが精々だった。だが、二人の起こした突然の異変を誰もが指摘できなかった。なぜなら、他の皆もまた、殺気の余波を浴びてしまっていたのだから。
膝を折らないでいられたのはクロノくらいで、なのはたちは声も出せずに尻餅をついて、震えながら呆然とした視線を向けてくることしか出来ないでいた。
その様子をしばらく眺めていた異形の存在だったが、やがて視線をずらし、上方へと向ける。その視線の先には、プレシアが暴走させようとしていた九つのジュエルシード。リンディによって次元震が押さえ込まれているためか、いまは小康状態を保っていた。
「万物の願いを叶えし蒼き宝石、ジュエルシードよ……汝らの主たる我が命ず。我が身に宿りて、己があるべき姿へと回帰せよ」
異形の存在がそう呟くと、彼の身に纏った鎧状のバリアジャケットに取り付いている紅い宝玉が輝きを放ち、それらから幾何学模様の描かれた光の帯が宙に漂うジュエルシードへと伸びてゆく。
光の帯が個別にジュエルシードを絡めとリ、引き寄せ、宝玉の中へと取り込んでゆく。
円形の紅い宝玉の中に、青い眼球のようにも見える風に納まったジュエルシードは、暴走する素振りが一切見られなかったどころか、暖かな魔力を放出し、異形を、そして彼の腕に抱かれたアリシアを包み込む。
その光景に、解析担当でもあるオペレーターのエイミィが悲鳴じみた叫びを上げた。
『そんな……ウソでしょ!? 封印もされていないのに、ジュエルシードが安定してる!? こんな事って……!?』
『それは本当なの、エイミィ!?』
『は、はい! 間違いありません! あの異形は……あれだけの数のジュエルシードを完全に制御しています!』
告げられた報告にリンディは絶句した。ジュエルシードは次元干渉能力を有しているため制御が事実上不可能と考えられている。
というのも、ジュエルシードの“願いを叶える”という 能力の発動にはある落とし穴があったからだ。
それは、持ち主のあらゆる願いを叶えてしまおうとすること。
人間に関わらず動物に至るまで、ほぼ総ての生命体には“欲望”という感情が存在する。
一つだけ願いを叶えられると聞けば、誰もが悩み、いくつもの願いを思い浮かべることだろう。
たとえば“強くなりたい”という願いがあったとしよう。この目的をかなえるための方法はいくつも存在する。
“自分が強くなる”という方法もあれば、逆に“相手を自分より弱くさせる”という方法もある。
“自分が強くなる”という願いでも、“力”を強くしたり、“頭”を良くしたりと様々な可能性が存在する。
ジュエルシードは、そういった“あやふやな願い”を総て纏めて叶えようとしてしまうために、願いが歪んだ形で顕現してしまい、その結果、暴走という流れになってしまうわけだ。
要約すると、ジュルシードは雑念に非常に弱いため、唯一つの純粋な願い、あるいはブレの無い、欲望を制御できる強い精神力を持つものならば正しく願いを叶えられるということになる。
これは、かつて月村邸にて、子猫が願った結果、身体が大きくなっただけで性格に変容をきたしていなかったことからも窺える。
プレシアほどの大魔導師でもジュエルシードを制御できていなかったのは、彼女の願いは『アリシアと過ごしていた、幸福だった時間を取り戻す』ことであり、これを叶えるには“アリシアの蘇生”、“平穏な日々のために、管理局の追っ手を巻く”、“プレシアの病気を完治させる”等といったいくつもの願いを集約させたものであったために、いくつもの願いからなる《あやふやな願い》と、とられてしまっていたからだ。
ならば何故ここにいる異形の存在はジュエルシードの制御が可能なのだろうか?
それは彼が無限に等しい願いや欲望を内包しつつ、自我を保ち続けられるからであるのだが、その理由は後ほど語ることとしよう。
「ジュエルシード九個の吸収完了。俺の持っていた一つと合わせて、計十個を手に入れられたわけか。首尾は上々だな……さてと」
取り込んだジュエルシードの具合を確かめるように、鍵爪のような指を握ったり開いたりと繰り返しつつ、異形の存在は花梨たちに向かい合う。
先ほどのような一瞥するだけではない、正面から視線をぶつけ合う、相対の姿勢で。
一方で、かの大魔女が狂気に身を染め上げてすら望んだ奇跡――死者蘇生の成功を目撃したなのはたちの精神は、立て続けに繰り広げられた光景を目にして完全にフリーズしてしまっていたのだが、深遠を思わせる黒い右目と無機質な左目、そして異形の腕の中に抱かれながらも何故かニコニコしながら花梨たちを見遣る紅玉の双眼に、なんとか心を奮い立たせた花梨がルミナスハートを構えながら叫ぶ。
「アンタは……! アンタは一体誰なのよ!?」
「……」
まるで何かに突き動かされるように叫ぶ花梨。その声には明らかな戸惑いと……恐れが含まれていた。
自分はこの怪物と対峙している。それは紛れもない事実。事実の筈だ。だがこれはなんだ?
正面から向き合っているのに、目の前にいるという実感が感じられない。奇妙な違和感が花梨の精神を焦燥させていく。相手はただそこに在るだけ。
なのに、どうして自分は眼前に刃を向けられたような錯覚を抱いてしまうのか。
『立っている場所が違う』
ふと――脳裏にそんな言葉が浮かんだ。胸に抱いた“覚悟”の重さが、その身に宿した純然たる“チカラ”が、ありとあらゆるものが違い過ぎる。
己が内より湧き出さんとする“とある感情”を意志の力で無理やり押し込め、沈黙を破るように再度叫ぶ。
「何とか言いなさいよ! アンタはいった――」
「――それはフリか? それとも本当に気づいていないのか?」
平穏な声。まるで何ら興味も抱いていないかのような、道端を這いずり回るアリを見下ろすかのような無色の瞳を向けられ、おもわず花梨は二の句を飲み込んでしまう。
それが恐怖からくるものであろうことは誰の目にも明らかだった。
「……本当にわからなかったのか? 海鳴市中にサーチャーをばら撒いていたのは貴様らだと読んでいたんだがな? 港で俺の存在を感知していなかったか?」
「ッ!? じゃ、じゃあ……アンタが、“Ⅰ”ッ!?」
「なっ!?」
驚愕の声を上げるのはその名の示す意味を知るバサラのみ。
彼らは知っていた。“ゲーム”の中で、最も警戒しなければならない存在を。
彼だと思われる人物が、一度だけ海鳴市に現れたのは花梨も知っていた。注意するようにと、葉月からの進言も受けていた。
だが、それ以降に対象を補足出来たことは無く、動きも無くなかったはずだった。だからこそ、油断していたところもあるし、傍観に徹しているのだろうという希望的願望を思い込んでいた。
しかし、まさかこのタイミングで介入してくるなどと、予想外もいいところだった。
さらに二人にとって状況が悪いのは、先ほどまで“Ⅳ”と戦い、かなり消耗してしまっていることだ。
二対一という状況下にありながら、数の不利を覆すほどの戦闘力を持ち、好き放題に暴れまわった“Ⅳ”を何とか無力化、捕らえることこそできたものの、今の二人にはさらに転生者と――それも“ゲーム”勝利者の最有力候補とも呼ばれる相手と――戦うことなど不可能を通り越して無謀、蛮勇でしかなかった。
それに気付いているのか、異形の存在――“Ⅰ”はふと何かを思い出したかのような表情を浮かべたかと思うと、自身の敵となりうる存在……“Ⅵ”と“Ⅴ”に向けて声をかけた。
「まずは素直に謝罪しよう。すまなかった」
突然に頭を下げる“Ⅰ”の行動に一同は驚き、次いでそれがプレシアを殺めたことだと当たりをつけ――
「“Ⅵ”、お前は“ゲーム”に否定的だと、積極的に潰しあうようなことはしないと思い込んでいたよ……それなのに、一番最初に参加者を倒したのがお前になるとはな……いやはや、これも戦略か? 自分から戦わない、みんなで協力しようと言いながら、裏で参加者を潰していく。大した戦略家だよ、お前は……」
「な、なにを言ってるのよ!? 私は誰も殺してなんて……!!」
「おいおい、今更誤魔化すな。“Ⅳ”はお前たちが倒したんだろう? 奴の存在は俺もサーチしていたが、管理局の戦艦の中でつい先ほど、奴の生命反応が消えたのは確認済みだ。無力化し、武器を取り上げた上で拠点に収容、拷問してあらいざらい情報を吐かせた上で始末したんだろう? なかなか、えげつないことをするじゃないか?」
「な、なにを言って……!?」
投げかけられた賞賛の言葉が花梨の耳を素通りする。その言葉を、言葉の意味を理解することを、花梨は無意識下で拒絶していたからだ。
「……? おい、どうし――」
「ウソ言わないでっ!!」
少女の叫び声が木霊する。“Ⅰ”が視線を横にずらすと、“Ⅵ”と同じ顔、似通ったデザインのバリアジャケットを纏った少女――高町なのはが、“Ⅰ”を睨みつけていた。
「お姉ちゃんは……! お姉ちゃんはそんな事しないっ! 人を殺したりなんか、絶対にしないんだからっ!!」
姉を殺人者呼ばわりされたことがよほど腹に据えたのだろう。
“Ⅰ”に向けるレイジングハートの杖先には、すぐさま発射できる状態にまでチャージされた魔力砲が展開されており、うかつな発言をすれば、なのは躊躇なくそれを打ち出すことだろう。
そしてこの場には、なのは以外にも“Ⅰ”に敵意、否、殺意にも似た感情を向ける人物が存在した。
「フェイト!?」
「バルディッシュ……!!」
【Yes sir! Thunder Smasher get set】
フェイトの左手に金色の魔力が収束してゆく。母の命を、分かり合えたかもしれない未来すら自分から奪いさった憎い仇。彼女の怒りに呼応するように、手の平の光球はどんどんその大きさを増してゆく。
「フェイト駄目だ! それ以上の魔力を収束するのはフェイトの身体の方が持たないよ!?」
無茶な魔力の収束のせいで、少女の細腕を切り裂き、内より真紅の血液が飛び出す。
バリアジャケットも所々焼け焦げ、消し飛ぶが、フェイトはそんな事お構いなしに、ありったけの魔力を注ぎ込み続け、とうとう直径数メートルに及ぶかと言う巨大な魔力球が生成された。
「そんな……!? いくらなんでも、滅茶苦茶だ! 止めろ、フェイト・テスタロッサ! 本当に死んでしまうぞ!?」
「サンダァァアアアア……!」
クロノの警告も、アルフの悲鳴ももはや彼女には聞こえていなかった。限界以上に魔力を注ぎ込まれ、今にも飽和しそうな
「スマッシャァァアアアアアアアア!!」
怒りと悲しみの注ぎ込まれた金色の奔流が、玉座の間の床を削り、空間を軋ませながら憎い仇目掛けて直進する。
なのはがフェイトの行動に驚き、巻き添えを受けないようユーノに引っ張られたことでレイジングハートに収束していた魔力を雲散させる中、金色の奔流はアリシアを抱き上げたまま無防備な“Ⅰ”へと迫り――
「ミスト・ウォール」
無造作に振るわれた片腕から発生した魔力障壁により、難なく受け止められた。
腕の装甲に刻まれた十文字に酷似した文様が輝くと同時に、振るった指先をなぞるように展開された霧状の障壁は、サンダースマッシャーを容易く受け止めて尚微塵も揺るがず、“Ⅰ”にダメージどころか、かすり傷を負わせることすら出来なかった。眼前に迫る死を告げる雷を涼しげに霧の障壁で受け止める“Ⅰ”の周囲に漂う魔力の燐光が、更なる暴風となって玉座の間を吹き荒れる。
『なっ!?』
目算でもSランクオーバーに相当する程の一撃を難なく防がれたことに一同が驚愕し、総てを飲み干すほどの膨大な魔法力の奔流に本能的な恐れを抱く中、憎しみに支配されたフェイトだけは次の行動へと移っていた。
「アークセイバー!!」
魔法力の暴風の隙間を潜り抜け、ブリッツアクションで一瞬のうちに距離を詰めたフェイトが、“Ⅰ”の首筋目掛けて金色の鎌を振るう。
攻撃を防いだ直後の隙を狙って放たれた殺傷設定の一撃は寸分の狂い無く“Ⅰ”の首筋に突き刺さる。
だが――
「……弱い、な」
「そっ、そんな!?」
全力で振るわれた斬撃は、魔力刃の先端部、僅か一ミリも皮膚に食い込まずに静止する結果に留まった。
フェイトの放った一撃は間違いなく必殺と呼んでよい攻撃だった。
狙い通り、剥き出しの首筋目掛けた斬撃は間違いなく命中した。したはずなのに――!
「失せろ」
「ガッ!!?」
驚きで硬直するフェイトの顔面に突き刺さるのは、魔力強化もされていないただの裏拳。
しかし冗談みたいな威力の込められた一撃を顔面に叩き込まれ、フェイトの身体がボールのように吹き飛ぶ。吹き飛んだ先は空間が崩壊し、虚数空間が剥き出しになっていた。
落下すれば最後、脱出は――如何なる者であっても不可能!
「フェイ――!」
「ほれ、返すぞ?」
虚数空間へ一直線に吹き飛ばされたフェイトの姿に、なのはたちが悲鳴を上げるより早く、吹き飛ぶフェイトの吹き飛ぶ先にまるで瞬間移動したかのように現れた“Ⅰ”が前蹴り――俗に言うヤクザキックを叩き込んだ。
「――――ッ!!?」
バリアジャケットを纏っていなければ間違いなく全身の骨が砕かれたであろう一撃に、もはや悲鳴を上げることも出来ないフェイトは、まさにサッカーボール宜しく、ベクトルを一八〇度反転させ、入り口付近の壁へと叩き飛ばされてしまった。
数枚の壁をぶち破り、瓦礫に埋もれる主に悲鳴を上げながら駆け寄るアルフ。なのは、ユーノ、花梨も僅かに遅れて駆け出し、クロノは“Ⅰ”への警戒も顕わに、デバイスを構えながらジリジリと後ずさる。
「クソッ……! 正真正銘のバケモノか……!? (なのは、ユーノ、アルフ、花梨、バサラ! これ以上の戦闘は無茶を通り越して無謀だ! フェイトを救出しつつ、一時アースラまで撤退する!!)」
執務官として、そして魔導師としての経験が、クロノの脳内で警告を叫び続けていた。
間違いなく、この怪物は今の自分たちで相手取れるレベルを超えている!
恐怖に震える身体を叱咤し、執務官として判断を下したクロノが念話で撤退を命じる中、異形の怪物目掛け、飛び出す人影があった。
「バサラ!?」
「おい!? 君は何をやって……!?」
皆の制止の声を振り切り、バサラは能力を最大展開しつつ、“Ⅰ”目掛けて跳ぶ。
決して譲れない、彼の大切なものを傷つけた敵を討ち滅ぼすために、魔力を、能力を、命を注ぎ込んだ最強の技を放つ。
「うぉぉおおおおああああ!! クタバリヤガレェエエ!! 『
”Ⅳ”をも倒したそれは、雷神の槌の名を仮す雷光の一撃。
自身の身体を『超電磁砲』の弾丸として打ち出し、全魔力を電気へと変換、槍先のただ一点に収束して放つ
自分の身体にも相応の反動は覚悟しなければならないが、命中すれば確実に相手を屠ることが出来るバサラ最強の一撃だった。
――勝った!
文字通り雷光と化して繰り出された、回避不可能な突撃を放ちながら、バサラは己の勝利を確信していた。だが――
「なあ、“Ⅴ”?」
(――ッ!?)
バサラの怒りや覚悟を嘲け笑うように、白き魔神は彼らの想像の上をいく。
「無駄な努力、って言葉の意味を知っているか?」
それはありえないことだった。光の速さで移動しているバサラの耳に、まるで世間話をするかのように投げかけられた“Ⅰ”の言葉が届く。
バサラが攻撃を繰り出してから攻撃が着弾するまで、時間的に一秒にも満たないはず。
なのに、何故かバサラには時間が止まってしまったのではないか? と思わずにはいられなかった。
静止した時間の中で“Ⅰ”の視線がバサラを捉える。
小柄なアリシアの身体を左手のみで支え、幼い彼女を抱きかかえたまま右腕を振り上げる。
指先は手刀の形をとなり、黒とも金色にも見える炎のような揺らぎが収束する。
絶望が形になればきっとこういう光景を言うんだろう。思考の端でそんな言葉が浮かぶ。
そして――奇しくも、その考えは現実のものとなった。
「クライシス・エンド」
“Ⅰ”が振りかぶった右腕を右上から左下へと袈裟切りに振り下ろす。
怒りに燃える若き雷神の手向けとして、世界の終わりを齎す断罪の一撃が放たれた。
空間に光の線が走り、それが己に向かって迫ってくるのを、
「あ――?」
雷と炎が交差した瞬間、崩壊する玉座の間に新たな鮮血が吹き溢れた。
――熱い。
宙を舞い、視界がクルクルと回る中、俺の頭に浮かんできたのはそんな言葉だった。
視界の端に映る仲間、と呼んでよいものかわからないが、それでも、まあ、それなりに認めてやってもいい連中の姿が見える。
俺を見て、目を限界まで見開いた管理局執務官クロノ・ハラオウン。
奴は始めて接触した時から気に食わない奴だった。俺のフェイトに攻撃をかましやがるなんて、たとえどんな理由があっても許せるもんじゃねぇ。だから、この後のジュエルシード争奪戦でも、おれは最優先にクロノを狙って攻撃を仕掛けていた。――まあ、大概“Ⅵ”の奴がクロノの援護に乱入しやがるから倒しきれなかったがな!
口元に両手を当て、信じられないような表情を浮かべた高町なのは。
思えば、彼女には少々悪いことをしてしまったと思う。彼女は悲しそうな目をしたフェイトを思ってずっと気に掛けてくれていた。
俺がフェイトの傍についていながら、あの娘に本当の笑顔を浮かべさせてあげることが出来なかった。
なのに俺はフェイトを捕られそうな気がして、つい彼女にも辛く当たってしまった。もし次に話せる機会ががあったら、一言謝っておくべきかな……?
痛々しそうに顔を背け、瓦礫の山から助け出したフェイトに回復魔法をかけているユーノ・スクライア。
彼のおかげでと言ってよいのか判らないが、彼がジュエルシードを発掘してくれたおかげで結果的にフェイトを苦しみの連鎖から逃すことが出来たのだと思う。
プレシアのことは残念だったが、高町なのはや彼らがいればきっと大丈夫だろう。
フェイトを抱きしめながら、泣き腫らした顔で俺を見るアルフ。
姉御肌な彼女の事だ、きっとフェイトを立ち直らせてくれるはずだ。だって、ただ一人残された家族なのだから……あ、アリシアも入れると二人になるのか? ……まあ、いいか。
宙を舞う俺に駆け寄ろうと、腰を上げかけている少女。敵であり、味方でもあった変な奴。“Ⅵ”こと高町花梨。海鳴では幾度と無く槍を、杖を交えた敵で、時の庭園(ここ)では肩を並べ、背中を任せられる戦友でもあった少女。“ゲーム”の参加者同士は敵対するのが普通だろうと思っていた俺の考えを一蹴し、『きっと分かり合える。手を取り合うことだって出来る』と宣言した変わった奴。でも、まあ、“Ⅳ”の野朗と戦っている時に感じた安心感というか、信頼感? これは本物だったかもしれないな、うん。――ハズイから絶対言わないけど。
最後に、血塗れで気絶している最愛の女の子、フェイト・テスタロッサ。俺の生きる理由であり、宝であり、総てだった。
元々、俺は前世の頃から『フェイト・テスタロッサ』というキャラクターに恋焦がれていたのだと思う。
母親に拒絶され、普通の人では無い身体に生れ落ち、数々の苦難と試練に晒されながらも、それらを乗り越え、成長していった一人の少女。
その強烈な生き様は、架空の人物であったとしても、俺は想い、尊敬していた。
だから、フェイトの傍にいられるよう転生させてくれると神から聞いた時、俺は歓喜した。これでフェイトの横に立つことができる!
そう思い、幸福の絶頂にいた俺は、転生直後に奈落の底へと突き落とされることとなってしまった。
俺の意識が目覚めた場所は、アリシアの入れられていたような円柱のカプセルの中だった。
培養液に身を漂わせつつ、何とか錯乱しないで暴れずにすんだ俺の耳に、カプセルの外でなにやら呟いているプレシアの声が聞こえてきたのだ。
『やはりテロメアが短すぎるわね……目覚める前に、ある程度身体を成長させたことが原因かしら? これじゃあ、数年持てばよいほうだけど……まあ、良いわ。所詮は失敗作。アリシアになれなかった出来損ないの再利用でしかないわけだしね……まあ、人形が例の物を回収終えるまで持てば良いわ』
『……!!?』
俺が転生したのはアリシアクローンの一体で、性別が男になったために失敗作として早々と見切りを付けられ、放置されていた固体だった。
そのため調整も不十分で、ある意味で完成体のフェイトのように人並みに寿命を全うすることも出来ない、出来損ないの身体。
俺の意識が目覚めたのはジュエルシード回収を始める三ヶ月前で、一月の調整の得た後、フェイトと共に地球へと送り込まれた。
俺に残された命は、プレシアの言葉を信じるなら無印終了までしかなく、それ以降に生きていられる保証は無い。
しかも、『Strikers』まで“ゲーム”に参加しない奴もいるから俺の寿命が尽きる前に“ゲーム”に勝ち残り、神になって生き延びることも出来ない。
俺は最初から敗者になる事が運命付けられていたというわけだ。
そう考えると、つい笑ってしまう。もしあの時、フェイトの傍に転生したいと願わなければこうは成らなかったのだろうか?
――いや、そうじゃない。そうじゃないだろう、俺?
俺はフェイトに惹かれたんだ。彼女に笑って欲しいんだ。彼女の力になりたくて、傍に居たくて転生してきたんだ。
たとえ短くても、俺の出来ることを総て彼女のためだけに注ぎ込もう。俺の命は彼女のために費やそう。
俺は、バサラ・ストレイターはそう決意したんだ。
だから許せなかった。フェイトを傷つけ、悲しませた“Ⅰ”を。
後悔はしていない。俺は最善の行動を取ったと確信している。
だけど――
「――……ッ、ゴポッ! とっ、届かなか……った、の、か……ゲフッ!!」
視界の端でドサリ、と床に投げだされるように転がる俺の下半身を捕らえながら、そう呟く。
喉は逆流してきた血が詰まり、呼吸のたびに咳き込み、血を吐き出してしまう。左の肩から右の脇腹にかけて真っ二つに両断された自分の体の有様に、苦笑することも出来ない。だが、あまり痛みは感じなかった。
神さまが恩赦を与えてくれたのだろうか? もう助からない俺を哀れんでくれたのかもしれないな……。
『バサラッ(君) !!』
床に力なく転がった俺に皆が駆け寄ってくる。皆、目元に光るものが見えるから、俺のために泣いてくれていることがわかる。
それがどうしようもなく嬉しくて、俺も自然と涙が溢れてきてしまう。
「バサラッ! しっかり、しっかりしなよ! ホラ、フェイトは大丈夫だよ! 気絶してるだけなんだよ。だからアンタもさあ……!」
「アル、フ……あり、が……」
「なんだい!? 聞こえないよ!! 気をしっかりもって、はっきりいいなよ! アンタは、男……だ、ろう……ッ!!」
「……ああ、そ、だな……」
涙を零し、嗚咽まみれで俺に呼びかけてくるアルフの後ろでは、肩を震わせユーノ・スクライアの胸元に額を埋める高町なのはの姿があった。ユーノ・スクライアは下唇を咬み、血が流れ落ちている。己の無力さに怒っているのかもしれない。俺のために涙を流してくれることに、周りには敵しかいないと思い込んでいた俺の胸元が温かくなってくる。
「“Ⅵ”……、悪い、な。俺、は……ここまで、だょ……」
「バサラ……!」
「フェ、イトに、つたえ、……ゴメン、て」
「うん……! うん! 伝えるから! 絶対、絶対に伝えるから!!」
その言葉に笑みを浮かべ、自分に涙してくれる『戦友』を見上げながら、愛しくも優しい少女の勝利を願いつつ”Ⅴ“は満足げな笑みを浮かべる。短くも満足した”生“を貫くことが出来た少年は、その身を
「バサラ……!?」
バサラを見届けたアルフが驚愕の声を上げる。
彼の身体が、光の粒子へと変わっていったからだ。
それは離れた位置にある彼の半身も同様で、肉体も、バリアジャケットも、デバイスすらも、輝く粒子へと変わってゆく。
「そんな!? これは一体……!?」
「なんだ、いまさらそんな事で驚くのか?」
掛けられた台詞は“Ⅰ”のもの。すぐに一同の視線が“Ⅰ”に集まる。
「俺たち“ゲーム”の参加者が敗退すれば、彼らに与えられた俺たちという存在が消える。無論この世界ではご禁制もののデバイスみたいにこの世界へ持ち込んできたものや、記録したデータ類とかも同様だ。そしてこれは“Ⅴ”だけではなく、この俺も、そして――お前も例外では無いぞ? “高町花梨”」
『ッ!?』
「そん、な……!?」
「嘘だと思うなら、“Ⅳ”の事を確認したらどうだ? お前たちが息の根を止めていないのなら、まだいるはずだろう? 最も、もう消えているだろうがな……」
「っ!? え、エイミィさん! 捕まえた新藤荒貴の身柄はどうなっていますか!?」
『え!? ちょ、ちょっとまって! 今すぐモニターをかくに……嘘!? 居ない!? 保管してたはずのデバイスまで!? なんで!?』
『エイミィ! 監視モニターの記録を巻き戻して確認するんだ! もし、彼がバサラと同じだとしたら……!』
『わ、わかった!』
クロノの指示を受け、新藤荒貴を拘束している部屋の監視画像を巻き戻すエイミィ。デバイスにその映像をモニターとして展開させたクロノや花梨の目には、“Ⅰ”の言葉が正しいことを証明する光景が残されていた。
拘束室の中、魔力を封じられた状態で椅子に縛り付けられている荒貴。
その彼が突如なにかに怯えるように身を揺さぶった瞬間、彼の首筋から鮮血が噴出す。
部屋の中には荒貴以外に人の姿は見えないが、たしかに誰かがそこにいて、荒貴を手に掛けたのは誰の目にも明らかだった。
荒貴は引き裂かれた首筋から真紅の飛沫を飛び散らせながら幾度と無く痙攣を繰り返していたが、やがて力なくグッタリと頭を垂れる。すると彼の身体が、バサラと同じ光の粒子へと変わってゆく。そして荒貴の総てが光へと変わり、その光の粒子もまた空間に溶け込むように消え去ってゆく。後に残されたのは無人の拘束室のみ。吹き出した血だまりすら光へと変わった後には、文字通り何も残されてはいなかった。
「そんな……! 一体、何がどうしたって言うのよ……!?」
「――なるほど、な。たしかにお前らが止めを刺したわけではないようだ。と言うことは……フン、そういうことか。」
呆然とモニターを眺めていた花梨たちを余所に、納得気にうなずきを繰り返す“Ⅰ”。
すると彼は身を翻し、右手を虚空へと伸ばして、呟く。
「次元境界門開放……!」
翳した手の先に展開されるのは、幾何学模様で描かれた魔法陣。
花梨たちの知るソレとは異なる、異常なプレッシャーを放つ魔法陣に気圧される中、“Ⅰ”は首だけ振り返ると、
「“ゲーム”とはなにか? 参加者とはどういう意味か? 聞きたいことはいろいろあるだろうが……どうしても聞きたいなら、そこにいる“Ⅵ”、いや高町花梨に聞いてみろ。まあ、聞き出せるかどうかは知らんがな? だが、少なくとも事情はそいつも知っているぞ? なんせ、そいつは――俺と同じ存在なのだからな。 それでは、“闇の傀儡”共が目覚め始める頃にまた会おう。 ――転移開始」
「それじゃ~ね~。フェイトによろしく言っといて~♪」
最後にアリシアの無邪気な声を残して、“Ⅰ”とアリシアは魔法陣を潜り、時の庭園からその姿を消す。
「……エイミィ?」
『……ゴメン、クロノ君。術式が全く解析できなくて、追尾できそうも無いの……本当にごめんなさい……』
「いや、君を責めることは出来ないさ。奴があまりに規格外すぎるんだ……」
術式そのものが彼女らの知るものからあまりにも異なりすぎるために、アースラでも追尾しきれなかった。エイミィは己の無力さに、パネルに顔を沈み込ませていた。
責任を感じている友人に慰めの声をかけながら、クロノはなのはたちに詰め寄られている花梨を見遣る。
言いたくても言えない。
そう言いたげな表情を浮かべる花梨の姿。クロノは思わず天を仰ぐ。
事件解決と思いきや、次々に明らかになる更なる問題に頭が痛くなりそうだった。
「いったい、この世界で何が起きようとしているんだ……?」
クロノの漏らした呟きは、虚数空間の中へと吸い込まれていき、答えが返ってくることは無かった。
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印
現在の転生者総数:八名 → 六名
【現地状況】
“Ⅰ”:プレシアの命を代価に『アリシア・テスタロッサ』を蘇生。プレシアのデバイス、彼女の保有していたジュエルシードを手にしたのち、姿を消す。
“Ⅳ”:“Ⅴ”、“Ⅵ”と戦闘の後、身柄を拘束される。拘束室の中にて、何者かの手により殺害される。
“Ⅴ”:フェイトを傷つけられたことに激高し、“Ⅰ”に攻撃を仕掛けるも返り討ちにあう。仲間たちに囲まれながら、“Ⅵ”の勝利を祈りつつ死亡。
“Ⅵ”:なのはたちと共にアースラへと帰還。フェイトの治療を見守りつつ、“ゲーム”について問いただしてくるクロノたちを誤魔化し中。
【ジュエルシード回収結果】
“Ⅰ”:十個(正しくは“封印”ではなく“融合”だが)
“Ⅲ”、“Ⅶ”:なし(なのはとフェイトの一騎打ち前に、前回収分を“Ⅵ”に譲渡したため)
“Ⅵ”及び原作チーム:十一個(封印処理の上、アースラにて管理局本局へ移送)
作中に登場した魔法解説
・クライシス・エンド(Crysis End)
使用者:ダークネス
炎を思わせる魔力を纏わせた手刀で対象を切り捨てる技。膨大な魔力を圧縮させているので
魔導師の障壁やバリアジャケットであろうとも容易く切り裂く威力を持つ。
・ミスト・ウォール(Mist Wall)
使用者:ダークネス
霧状の魔力を散布して、外部からの攻撃を防ぐ防御魔法。物理、魔法両方に効果を発揮する上
有効範囲は実に半径三十メートルにも達する。
・再誕
使用者:ダークネス
人類には実現不可能とされてきた奇跡である『死者蘇生』魔法。
対象者(本作ではアリシア)の魂が現世に留まっていることや、対象の血縁者(プレシア)の命を奪 うことが前提となっている術式のため、多用することは不可能とされる。
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『またね』
季節上は初夏とはいえ、早朝のこの時間帯ならば心地よい風が肌を撫で、金糸の如き長髪をサラリと舞わせる。
潮の香りを楽しみつつ、雲一つ無い蒼天の青空を見上げながら、フェイトはふふっ、と笑みを漏らす。
その姿に、後ろに控えているアルフはもちろん、クロノやユーノも頬をほころばせていた。
『次元崩壊未遂事件』、通称『P・T事件』と呼ばれる事件が一応の終結を見てから幾分か時間が過ぎた現在、フェイトはここ海鳴臨海公園にて佇んでいた。
その口元には年相応の笑みが浮かび、若干の不安とそれを打ち消すほどの大きな期待を胸の内に抱きつつ、待ち人の到着を心待ちにしていた。
「フェイト……良かったよ。今度ばかりは、もう本当に駄目かと思いかけたけれど……」
「ああ……まったく、なのはと花梨には感謝しきれないよ。管理局員として、いや男として不甲斐ない気がしないでもないが」
「まあまあ、クロノ」
困ったように頭を掻くクロノの肩へユーノが手を置き、宥める。
実際、ユーノもフェイトを立ち直らせるのに役に立てた気が無いので、クロノの心情はよく理解できていたわけだが。
時の庭園での激闘は、“Ⅰ”が立ち去ったこと、事件の首謀者であるプレシア・テスタロッサの死亡と言う形で一応の終結を得た。
“Ⅰ”と呼ばれた存在は何者なのか? 彼の告げた“ゲーム”とは? 花梨は何故事情を話さないのか?
色々な謎を残したまま、崩壊する時の庭園からアースラへと撤退した一同がまず行わなければならなかったのは、意識を取り戻したフェイトへの説明だった。
姉に当たる人物は連れ去られ(最も、彼女の発言から自分の意思でついて行った可能性が高いが、それでも疑問は残る) 、母や仲間であるバサラすら失い、その下手人は悠々と逃亡して、以前所在は不明。
母を止めることも、復讐を遂げることも出来なかった少女に、さらに仲間を失った真実を告げるのは誰もが尻込みしたものだったが、これは年長者の責任だと考えたリンディの口から説明が行われたのだ。
結果、フェイトはプレシアから真実……自分がアリシアのクローンだと聞かされた時よりも酷い絶望と虚無感に囚われてしまう。
何も話せず、何も口に出来ず、何も反応しない。文字通り人形と化してしまったフェイトを救ったのは、やはりと言うべきか、なのはと花梨だった。
リンディに頼み込んでアースラにしばらく残されてくれないかと懇願した二人は、反応を返さないフェイトにひたすら話しかけ、思いを告げ続けた。
『あなたと友達になりたいんだ』
『だから帰ってきて、私たちのところに』
二人だけではなく、アルフやユーノ、クロノにエイミィ、リンディに至るまで、時間が空けばフェイトのところに顔を見せ、言葉を掛けてゆく。
少女たちの願いが込められた小さな光は、フェイトを思う皆の心の中で紡がれ、その輝きを増してゆき、やがて暗闇に囚われていたフェイトの心を灯す輝きとなったのだ。
優しさ、思いやりが形と成した光に惹かれるようにフェイトの意識は闇の底から光り輝く現実へと誘われた。そして彼女が心を取り戻したのは、事件が解決してから一週間後の夜の事だった。
あれから幾日か過ぎ、なのはたちも地球へと戻り、嘗ての通り平穏な生活を送っていた。そして今日、アースラが地球を離れる前に、フェイトとの面会の時間を設けられたと連絡を受け、なのはと花梨は授業が終わってすぐさま、ここ海鳴臨海公園に駆けつけていた。
「フェイトちゃ~ん! ……にゃ!?」
「ああっ!? なのはったらまた何も無いところで転んで……なのはってばホントに運動神経が断裂してるんじゃない? って、アリサの言葉が真実味を帯びてきたわね……」
「お、お姉ちゃんヒドイ!!」
にゃーにゃー、怒るなのはを華麗にスルーする花梨の姿に、フェイトはおかしそうに小さく笑う。
暗闇の中でもちゃんと聞こえてきた、自分の手を引っ張ってくれた大切な人たちの漫才みたいなやりとりを見て、フェイトは胸の奥がポカポカしてくるのを実感した。
うん、大丈夫……アルフやあの子たちが居てくれれば、きっと私は大丈夫……だからね? 母さん、バサラ、私たちを見守ってください……。
祈りの声を胸の中で上げながら、立ち上がって駆け寄ってくるなのはに向かってフェイトもまた駆け出す。
なのはの手を両手で包み込むように抱きしめる。その後ろでは、花梨が本当に嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「フェイトちゃん……えへへ、おかしいね? 言いたいこと、話したいこといっぱいあったはずなのに、上手く言葉に出来ないや」
「うん……それは私も同じだよ? ――あの、その、えっと、ね?」
「うん?」
「私も、その……君と友達になりたいんだ……。でも、どうすれば良いのかわからない……」
「そんなの簡単だよ……名前を呼んで? 私はなのは。高町なのはだよ?」
「なの、は……『なのは』」
「うんっ……! 『フェイト』ちゃん……!」
感極まってなのはがフェイトに抱きつく。フェイトもまたなのはの身体を抱きしめた。
フェイトにとっての初めての友達。なのはの頬を流れる暖かい涙につられるように、フェイトもまた涙を零す。
「なのは……よかったわね」
「君は良いのか?」
「クロノ……うん、私はいいの。あそこに居ていいのは、ずっとフェイトの事を思い続けたあの娘だけだから……」
「僕はそうは思わないけどね……君も大概、頑固だよな」
失礼な、と膨れる花梨に苦笑を浮かべながら、しかしクロノは表情を執務官のそれへと切り替えると幾度と無く問いかけてきた質問を口にする。
「それで、やはり事情を話してはくれないのか? “ゲーム”とやらにしても、あの怪物にしても、僕らは力になれると思うんだが」
「……ゴメンなさい。いつか、きっといつかは全部話せる日が来ると思うわ。でも……今はまだ話せないの。本当にゴメンなさい」
「……そうか」
アースラでクロノやリンディから幾度と無く事情を問いかけられた花梨だったが、彼女は頑なに口を閉ざした。
それは“ゲーム”のルールにある『時期が来るまでは、参加者以外に“ゲーム”について口に出すことは出来ない』という決まりが原因であったのだが、それすら話せない以上、心配してくれているクロノたちへの申し訳なさで花梨の心は一杯だった。
そうしているうちに、なのはとフェイトは互いのリボンを交換し合っていた。そろそろか、と花梨が二人に視線を戻すと同時に、クロノが声をかけた。
「……すまないが、時間だ」
その言葉に、名残惜しそうに見詰め合った二人は、涙を浮かべたまま笑みを造り別れの言葉を紡ぐ。
「それじゃ、またね?」
「うん……」
「見上げる空がどんなに違っても、距離がどんなにはなれていたとしても、貴方たちの、ううん、私たちの
思いは本物よ」
優しげな笑みを浮かべながら花梨が二人に近づいてゆく。
傍により、二人を纏めて抱きしめると、自分自身に言い聞かせるように、花梨は語る。
「だからね? 私たちの絆は消えたりなんかしない……ずっと、ずっと友達なんだから、ね?」
「お姉ちゃん……! うん! うんっ!」
「ありがとう、花梨……ッ」
抱き締める腕の温もりに身を委ね、なのはとフェイトのすすり泣く声が朝の公園に流れてゆく。
やがて、誰とも無く身を離してゆく。フェイトの傍に喜びの涙を浮かべるアルフが近寄ってくる。その後ろをこちらも笑みを浮かべたクロノとユーノが歩んでくる。そして眩い光が彼らの足元を照らす。アースラの転送魔法陣が浮かび上がり、その姿が光の中に消えてゆく。
「フェイトちゃん! きっと……! きっと、また会おうね! 約束だよ!」
「うん! なのはも花梨も、元気で!」
「それじゃあね! ホントにありがと!」
「なのは、花梨、またね!」
「管理局員として今までの協力を感謝する……それじゃあ、また」
「クロノったら堅苦しいわよ? 次に会うときまでに、もう少し柔らかくなっていること! 坊やとお姉さんとの約束よ?」
『誰が坊やだ、誰が!?』そんなクロノの怒声と笑いながらクロノを羽交い絞めにするアルフが苦笑を浮かべるのを最後に、彼らの姿は海鳴から姿を消したのだった。
なのはは涙を拭い、交換したリボンを握り締めながら、空を見上げる。
今は悲しいけれど、いつかきっとまた会えたときには笑顔を浮かべることが出来る。
そんな未来を想い、なのはは呟く。
別れを告げる『さよなら』ではなく、再開を約束した言葉を
「『またね』、フェイトちゃん」
そんな可愛い妹の成長を、花梨もまた笑いながら見守っている。
夏の日差しが照らす、とある世界の公園で告げられた少女の言葉。
これが後の世で、次元世界に知らぬ者のいない大事件 《神造遊戯事件》。
その第一幕たる“P・T事件”の閉幕を告げる鐘となったのだった。
【『無印』最終報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:無印 終了
無印終了時の転生者総数:五名
【無印終了時の状況】
“Ⅰ”:アリシアを戦力に計算できるように修行開始。
“Ⅱ”:結局、無印中には姿を現さず? “Ⅰ”は何かしら感づいている様子。
“Ⅲ”:『A’s』を見越して、海鳴に残る事をユーノ懇願。引き続き“Ⅶ”の家に居候することに(無論、ペットのオコジョとして)。
“Ⅵ”:来るべき『A’s』に向けて、なのは、ユーノと共に魔法の訓練を開始。
“Ⅶ”:“Ⅲ”(オコジョモード)との同居は継続中。町中に新たな探知魔法を仕掛けつつ、情報のあった“Ⅰ”についての調査も開始。
END SRAGE 『無印』 Finish!
GO TO NEXT STAGE ―― 『A’s』
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『日常』編 その1
未来の大魔女
「……やりすぎだろうが」
焼け野原と化したかつての草原の有様を見て、No.“Ⅰ”ことダークネスは痛む額に手を当てた。
荒野の中心でキャッキャキャッキャとハシャイでいる元凶をじろりと睨み、すぐに言っても無駄なことかと諦め、溜息を漏らす。
彼女の性格はこの数週間で把握した彼の身としては、もはや諦めの境地に足を踏み入れつつあったといって過言では無いだろう。
なぜなら、この惨状の元凶たる少女……アリシアは天真爛漫という言葉がピッタリな正確の持ち主だったからだ。
「あれ~? どうしたのダークちゃん? 疲れた顔してるよ?」
「誰のせいだと思っている……なあ、そんなに魔法が使えるようになったのが嬉しいのか? いくらなんでも、テンションが高すぎだと思うのだが?」
「うん! すっごく嬉しいよ! 前はリンカーコアが無かったから魔法は使えなかったし……それに、これは元々ママのリンカーコアでしょ? なんていうか、その、いつもママと一緒に居るみたいな気がして……えへへ」
恥ずかしそうに笑いながら、アリシアは両手を胸元に当てる。その奥で輝く紫色のリンカーコアは、たしかに彼女の母親であるプレシア・テスタロッサのリンカーコアを移植したものだった。
リンカーコアの移植など本来なら不可能な技術である。しかし、ダークネスの純粋な魔法では無い特殊な術式と、プレシアの命を繋ぎにすることでリンカーコアとその内より溢れ出す魔力をアリシアの生命力に変換、定着させることでアリシアの蘇生と成ったのだ。
蘇生から二週間もした頃には、仮死状態だったアリシアの身体も本来の生命力を取り戻しており、生命力に変換されていた体内魔力を魔法として使えるようになったわけだ。
元々、アリシアの死因は窒息であったが、同時に魔道炉の暴走が引き起こした大量の魔力素をその身体に取り込んでしまったことも原因の一つと言える。リンカーコアの無い人間にとって、体内に大量の魔力を注ぎ込まれてしまえば、拒否反応のひとつも起こすというものだ。
だから魔力生成器官であるリンカーコアを作ってやれば、それが体内の残留魔力を吸い上げてくれるとダークネスは考えたのだ。
しかし、擬似的なリンカーコアを生み出す技術も知識も無かったダークネスは、戦力として勧誘しようと赴いたプレシアの元である可能性を思いついたのだ。それはプレシアの肩の上に浮かぶ、半透明の金髪の少女の幽霊。そう、アリシアの魂は幽霊となって、プレシアの傍で漂っていたのだ。
なぜダークネスに幽霊が見えたのか? それは左目でもあるデバイス、兼、義眼“黒智”にあった。
この“黒智”には『暗黒の叡智』と呼ばれる者の能力が内包されており、それを身体に埋め込んだことで、いまやダークネスはデバイスと半融合状態にある。故に、デバイスに記録されていた異世界の魔法の一つ『霊的な存在を認識することができるようになる魔法』を使うことで、霊的な存在が感知できるようになったのだ。
この魔法を使ってアリシアを目視可能とすることで正気を取り戻したプレシア。
狂気が若干だが薄れた彼女と対話する機会を得たダークネスは、可能な限りの身の上を話して討論を繰り返した結果導き出した答え、それが『肉親であるプレシアの魂を繋ぎとして彼女のリンカーコアをアリシアに移植する』というものであった。
肉親の魂なら拒否反応はさほど出ないだろうし、人造のリンカーコアを作るには時間が足りなさ過ぎる。リンカーコアを取り出すのはフェイトからでも可能ではあったが、フェイトの周りにはダークネスと同じ転生者がいて彼女の味方をするであろうこと、そしてプレシア自身がフェイトを嫌っていたことから、この案が実行されることになった。無論、幽霊状態のアリシアは母に止めるように訴えたが、どうしてもアリシアを生き返らせてあげたいというプレシアの懇願と、プレシアの立てた当初の計画が失敗した場合にのみこの案は実行させる、という条件で不承不承ながら納得させた。
そして計画実行まで、アリシアをダークネスの力で実体化とまでは行かなくても常人にも姿を見れるように魔法を行使し続けることで、二十数年ぶりに再会を果たした『親子だけの時間』が繰り広げられる横で、ダークネスは術式“再誕”の構築を行いつつ、庭園内に身を隠していたわけだ。
その後、プレシアの計画が阻止されたことにより、プレシアの命を代償にアリシアは蘇生され、ダークネスと共に管理外世界を転々としていた。
理由は、大魔導師の魔力と知識を引き継いだアリシアが魔法を暴発させないように、きちんとコントロールを教え込むため。
そして、ダークネスやアリシアを追う連中の目を振り切ることだ。
時の庭園での一部始終の記録は、すでにアースラより本局へと報告がなされている。
むろん、願いを叶えるロストロギアをコントロールして見せた上、死者蘇生すら成し遂げたダークネスや、奇跡の体現者であるアリシアの存在は、多くの上層部に属する者たちの目に留まることとなった。
長年不可能とされてきた死者蘇生を成功させただけでも前代未聞なのに、それを成した人物も、生き返った少女も管理局とは敵対関係をとる可能性が高い。
これは不味い。このような奇跡を成し遂げる力は我ら管理局の手にあってこそ意味がある!
法の守護者を名乗っていても、組織を動かすのは人の意思である。ならば、そこには当然、利己的な思想が入り込むのもまた道理。
人の命はいずれ尽きる。どれほどの富と名声を得ても、等しく襲い来る“老い“。
それを克服できるかもしれないともあれば、権力を手にした人間たちが挙ってソレを手に入れようと躍起になるのはある意味当然の事だった。
管理局最高評議会を初めとする上層一派に、管理局という組織に対して強い発言力を持つ、大手のスポンサーたち。彼らは挙って直属の部下を動かし、あるいはコネを使って部隊を動かし、ダークネスとアリシアを捕縛しようと動き出していた。
ただし、手を出そうとしている彼らは万病に効く良薬などではなく、彼らにとって毒にしかならない劇薬、否、殲滅兵器クラスの存在であると知るのはしばらく時が過ぎた後のことである。
こういった事情もあり、二人は“ゲーム”第二幕が始まるまでの間、気ままな二人旅としゃれ込んでおり、冒頭に戻るというわけだ。
現在、アリシアが振り回している箒はかつて彼女の母が愛用していたもの。
時の庭園で回収したプレシアの杖型デバイスはとある世界のデバイスマイスターに依頼して、アリシア専用機へと改造された。
その姿は柄の長さがアリシアより頭一つ分ほど長い程度の大きさである、誰もが一度は手にした事のあるであろう掃除道具……『箒』であった。
最も、ホームセンターで五百円で売っている市販のそれとは、完全に別物であったが。全体を機械的なフレームで構成されたそれは、柄部分に取り付けられたコアの周囲を金色の外部フレームが覆う、メカっぽい魔法使いの乗り物的な意匠となっている。
特に目を引くのが組み込まれたカートリッジシステムだろう。
仕様は八連装リボルバー型。二人でデバイス改修のアイディアを出し合っていた際、アリシアの受け継いだプレシアの知識の中に、ミッド式専用のカートリッジシステムの考案計画が含まれていたことに気付き、それを実現させたのがこの新カートリッジシステムであった。
原作でなのはたちがデバイスに組み込むことになるシステムはベルカ式のパーツを無理やり組み込んだものなので術者の肉体にかかる負担も大きく、デバイスにも負荷がかかってしまっていた。その欠点を克服し、初めからミッド式専用のカートリッジとして考案されたのが今回アリシアのデバイスに採用されたシステムだった。
新たに生まれ変わったデバイスの名を【天雷の箒 ヴィントブルーム】。魔女の箒の名を冠するアリシアの愛機である。
紫電の魔女から、雷統べる魔法少女へ。
母娘の絆と共に紡がれたチカラは、確かに少女の胸のうちに宿ることとなったのだった。
「はしゃぐのもその辺にしておけ。もういいだろうが……さて、それでは形態変化を試してみろ」
「うん! りょうか~い! ヴィント! モードセカンドッ!」
【Yes sir! 2nd mode 『Des size』】
アリシアの手の中でヴィントブルームがその姿を変えてゆく。
穂先が紫のコアに収納されるように引っ込み、コア周りに王冠のように取り付いていたフレームが形状を変え、杖身とほぼ同じ長さの巨大な刃を発生させる。
一見するとバルディッシュのサイズフォームと似ているが、刃の部分が魔力を実体化させたものであること、その表面を薄く紫の魔力光が覆っていることなどが違いとして上げられるだろう。
小柄なアリシアからすればこの形態は小回りが効きそうに無く、持ちまわしも癖があるものの、射程、威力共にバルディッシュを上回っているといって良いだろう。
まさしく死神の鎌と化した愛機を振り回し、具合を確かめるアリシア。
軽々と振り回す様子から見て、数度模擬戦を行えば十分に使い物となるな、と嬉しい誤算に内心でほくそ笑む。
「よ~っし! それじゃー、フルドライブ! いってみるんだよ!」
【OK! Master! Full Drive mode 『Magus brume』! set――】
「――って、止めんか、この暴走特急共が!」
――が、調子に乗ったアリシアとノリノリのデバイスが試運転だと言うのにフルドライブを発動させようとしたため、流石にそれは不味いと判断したダークネスから待ったがかかる。
「え~? 何でなんだよ~?」
【良いではありませんか、ダークネス様。お嬢様も望まれておられる御様子……これに応えずして、何がデバイスですか!!】
テンションマックスなお子様~ズ(元々、プレシアの杖にはAIが組み込まれていなかったので、ヴィントブルームのAIも生まれた直後の子供の様なもの) から揃ってブーイングの嵐。しかし不満の声を正面から受けて立ったダークネスはアリシアの眼前に突き出した右手の人差し指を立てながら順をおって説明する。
「はぁ……いいか、お前たち? まず一つ目。『フルドライブは肉体にかかる負担が大きい』。生き返ったばかりで、元々今日はリハビリがてらだと説明してただろうが……おまけにデバイスも生まれたばかりの赤ん坊同然ときたもんだ。ここで無理をして後遺症が残るようなことがあったらどうするつもりだ?」
「【う……】」
ダークネスの語る正論に、揃って呻き声を漏らす一人と一台。
実際アリシアは今日、始めて魔法を使った訳であり、本人は興奮のためにわかっていないだけで、実際彼女の身体には始めての魔法の使用からくる疲労がそれなりに蓄積されつつあった。普段なら術者の体調管理もデバイスである【ヴィントブルーム》の役目であるのだが、彼も生まれたばかりのせいかそれにリソースを割っていなかったらしい。
そんな二人に向かって、ダークネスは二本目の指をぴん、と立て、
「二つ目、『ヴィントブルームのフルドライブは未完成』だということ、お前ら完全に忘れているだろう?」
「【……あ】」
どうやら素で忘れていたらしい。あまりにもノーテンキ過ぎるおバカ主従に、本日何度目かになる溜息を漏らさずをえない。
アリシアは見かけこそ幼女でこそあれ、中身(魂)は二〇数年分も加算するとそれなりにいっているはずなのだが……やはりアレだろうか? 精神年齢も肉体に引っ張られるという奴であろうか?
具体的には、高校生の癖に出しゃばりな探偵が幼児逆行した○ナン君が、時間の経過と共に、子供っぽい言葉遣いをすることに違和感を感じなくなっているように見える的な?
見た目は幼女! 中身はオバサン! その名も、魔法少女アリシア!! ――あれ? 意外とピッタシっぽいかも?
「まあそういうわけだから、今日はこの辺で戻るとしよう。それに、そう遠くない内に管理局も動き出すだろう……今は一つずつやれることをこなして行くのが最善だ……いいな?」
「なんかしつれ~な事言われた気がしないでもないんだけど……まあ、うん!」
【了解です】
『いい子いい子』と頭を撫でられ、首を竦めているアリシアの姿から小さな子犬の姿を連想し、思わずダークネスは頬を綻ばせてしまう。
「ん~? なんかダークちゃんが笑ってるんだよ」
【きっと、お嬢様の愛らしさに劣情を大いに刺激され、その胸の奥で燃え盛る情欲が溢れ出してしまっているのですよ。よっ! この魔神殺し♪】
「い、いや~、それほどでも~……(てれてれ)」
「褒めてない……全然、褒められていないからな、ソレ……それとヴィントブルーム? どうやらAIに重大なバグがあるようだな? ……戻ったら、初期化」
【そ、そんな!? それはあまりにご無体ですよ、親方様!?】
「やかましいわ!? 変な知識ばかり披露しおってからに……!」
「だ、ダークちゃん! この子は生まれたばっかりなんだから、そんなに怒ると可哀想なんだよ!?」
額に青筋を浮かべながらにじり寄るダークネスと、その様子に怯えた悲鳴を上げるヴィントブルーム。そして小柄な身体の背中に回し、必死になってヴィントブルームを守るアリシア。
これが“Ⅰ”一味の平凡で平和な日々の一幕である。
アリシアとダークネスの掛け合いが書いてて楽しいです。
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闇に潜む人形遣い
……一部、キャラ崩壊ありにつき、ご注意をば。
ミッドチルダの外れにある深い森林。獣道すら見受けられない深き場所に、それは存在した。
森の木々に巧妙にカモフラージュされた、明らかに人工的な建築物。意見すると地下シェルターへの入り口にも見える降下エレベーターが繋がるのは、広大な面積を誇る地下研究施設。表向きには管理局すらその存在を知り得ていないこの場所こそ、ミッド、否、全次元世界最高峰の頭脳の持ち主たちが住み込み、生活している住居であった。
その施設の一角にあるとある部屋。研究関連ではなく、純粋に人が住むために用意された日常生活用の一室から、少女らしき声が奏でる怪しげな笑い声が漏れ出ていた。
照明の落とされた小さく、狭い、封鎖的な暗闇を宿す室内には無数の用途不明なケーブルや機器が乱雑に積み上げられている。
唯一の灯りである無数のモニターの淡い光が、一人の少女の姿を照らし出す。
その少女の両指は指先がかすむほどの速さでキーボードを叩き続け、カタカタと無機質な音を奏で続けていた。
モニターの光を野暮ったい眼鏡のレンズに反射させながら言葉無く作業を進めていた少女が、ふと作業を止めてモニターの一つを覗き込んだ。
そのモニターはつい先ほどに画像が切れ、ザー、という耳障りな音と共に灰色の波模様を映し出している。
だが少女はそれに不快な表情を浮かべることも無く、むしろ逆に唇の端を吊り上げ、彼女の家族からチャームポイントだと言われたこともある八重歯を覗かせる。
少女の浮かべていた感情は――『喜悦』。
それはまるで販売を待ちかねた玩具が手に入ったような、無垢で、無邪気な子供の様な笑顔だった。
「うふふっ……みぃ~つけたっ♪」
少女が手元のキーボードを操作し、件のモニターの映像を巻き戻せば、そこに映っていたのは金の髪を舞わせながらハシャグ一人の少女と白い鎧を身に纏った異形の存在。そして画像の最後には、異形が片腕をこちらに向けて振るっているように見える映像が残されていた。
「ふぅ~ん? 超高速静止映像機能でも攻撃の瞬間はハッキリしないんだ……腕がブレてるようにしか見えないなぁ……あは♪」
少女は笑う、嗤う、ワラウ。
自分に理解できない現象、自分の頭脳が、力が叶わないかもしれない存在が居てくれたことに歓喜する。
彼との出会いは昨日のことのように思い出すことができる。
かつて、とある管理外世界で発生した”P・T事件”
その最終決戦が繰り広げられていた時の庭園に、いや、正確には時の庭園に接檻した管理局所属の次元航行艦『アースラ』の内部にルビーはいた。
彼女はある目的を果たすために、『ある人物』の協力を得てここに侵入していたのだ。
管理局員でもなく、作戦実行中の次元航行艦にたやすく潜入できるようなスペシャリストでもない少女だったが、知ったこっちゃねぇ! とばかりに、隠れようともせず艦内を堂々と歩きまわっていた。
そもそも、次元空間を航行している艦に侵入するなど普通の方法では不可能なのだ。
同じ次元航行能力を有した船を接して直接乗り込んでくるか、転送装置を使って艦内に直接乗り込んでくるかの二つしない。
次元航行艦など持っているはずもない少女は当然のように後者の方法を実行した。
しかし、こちらも普通に考えれば不可能だといってもいいだろう。
管理局の艦艇ならば敵対者の侵入を防ぐために転送妨害装置の一つ位備わっているのが普通だ。それは無論、この『アースラ』においても多分に洩れない。
だから、普通に考えれば転送での侵入も不可能なハズだ。……そう、その
「ふんふふ~~ん♪ らりらりら~~ん♪ キャッほーー!」
「ちょ、お姉さま! もう少し静かにお願いしますわ。未完成の【シルバーカーテン】と手持ち式防音結界発生装置があるとは言え、館内には待機している武装隊員もいますんですよ?」
「無駄よ、『クアットロ』。この娘に常識なんて言葉は何の意味もなさないわよ」
「『ドゥーエ』お姉さま……お顔がものすごいことになっていますよ……?」
丸メガネをかけた少女、クアットロは自分と同じく、鼻歌を口ずさんでいる少女に無理やり連れてこられたもう一人の姉を見上げる。姉の浮かべる悲壮すら漂う表情に、クアットロは冷や汗を隠せない。
「いやねもうあれよあれなのよどーしてわたしがこんなめにあわなきゃいけないのかしらそもそもわたしっていつもいつもびんぼうくじひいてるってゆーのおいぼれどもにこびうってきゃらじゃないおまじめもーどをつづけるのってすとれすたまんのよおまけにようやくきゅうかだーっていきようようとかえってきたらそのしゅんかんにこんなかんりがいくんだりまでひっぱりだされてさもうなにいみわかんないんですけどそこんとこあんたどうおもう」
「無呼吸でものすっごい愚痴の嵐!? せめて疑問符だけでもつけてくださいませんか!? ものすごく怖いんですけれど!?」
ストレスと精神的疲労で逝ってしまった姉の肩を激しく揺すりながら、突っ込みを飛ばしまくるクアットロ。
『天然の災害』略して”天災”と呼ばれる少女と精神的に病みかけている女性の前では、普段ドSな彼女でも突っ込みに回らねばならないのだ。
普段の彼女を知る人間がこの光景を見れば、彼女がまるで常識人に見えるこの状況をこう称することだろう。
――『これ、何てカオス?』、と!
科学の産物を引っ提げて悠然と探索を進めていた少女らは、ようやく目的の場所を見つけることができた。
ドアに厳重なプロテクトが掛けられているその部屋こそ、任務中に捕縛した犯罪者、あるいは危険人物を拘束しておくために用意された牢獄、拘束室であった。
目的地に到達するやいなや、少女は己の頭に装着している機械仕掛けの猫耳をなにやらいじくる。
耳の穴に当たるところから取り出したのは、イヤホンのようにも見える一本のケーブル。伸ばしたそれをドア横に設置された電子キーに、
「ちょいさー!」
突き刺した。それはもう、ブッスリと。
普通ならば警報が鳴り響くこと間違いなしな愚行、されどそれを実行したのが”天災”であるならば、話は変わってくる。ピ、ピ、ピ……、と規則的な電子音の後、僅かな間を空けて拘束室のドアが開け放たれる。
常人には理解に苦しむ光景に(現にお付きの二人はいろんな意味で頭を抱えていた) なんら表情を変えない少女は部屋の中へと足を進める。
拘束室の中、魔力を封じられた状態で椅子に縛り付けられている一人の少年の姿があった。彼の名は、新藤 荒貴。時の庭園内で管理局員とその協力者たちに突如として襲いかかった危険人物だ。
花梨とバサラとの戦いの後、敗北した荒貴は後詰の武装隊により身柄を確保され、ここに投獄されたのだ。
デバイスも取り上げられ、大きなダメージを負ったせいで”能力”も使えない、死にぞこない。
誰もいないのにいきなりドアが開いたこと困惑の表情を浮かべる(猿轡のせいでよくわからないが) 彼こそが少女の目的だった。
【シルバーカーテン】の効果で姿が見えぬまま近づいていく。
姿は見えなくても、本能的に恐怖を感じたのだろう。
荒貴はまるで、なにかに怯えるように身を揺さぶるが、全身を拘束されている以上、逃げることは叶わない。
獲物をいたぶる猫のように、ゆっくりと近づいていく少女の表情に浮かぶ感情、それは『愉悦』。
愚かで、救いようのない
「――――『
腕を一振り、たったそれだけで実にあっけなく、彼の首筋から命の源たる鮮血が噴出した。
しばし全身を震わせ、痙攣を繰り返していた荒貴であったが、やがて力なくグッタリと頭を垂れる。
そして彼の身体が光の粒子……純粋な魔力のカタチである『
命を奪ったことに対する後ろめたさも感じさせなかった少女は、己と同じ存在の末路を見届けるでもなく、あっさりと踵を返す。まるで、もうここには用はないとでも言うかのように。
彼女にとってこの世界総ては空虚そのものでしか無く、己の傍らに立つ彼女らを含めた自身の家族にこそ『親愛』という感情を抱くことはできる。だが、己の未来と命をチップに懸けねばならない、”ゲーム”に対しては、やる気も何も持ち合わせていなかった。
詰まらないのだ、コイツラは。
他の参加者に関する情報を集める上で、彼らの目的や思想、願いなどを知った。
彼らにとって何物にも替えがたい”無二の願い”を知った少女の心は、微塵も揺れ動くことはなかった。
なまじ他人よりも優れているがゆえに、望むことは何であろうとも可能とできる少女にとって、”ゲーム”の結果は揺るがない。そう――『己の勝利』という結果は不動にして絶対であると確信していた。
己が覚醒した”能力”の性能上、敗北などあり得ない。
冷静に戦力を分析した結果、導き出した
そう、彼女は確信していた。――彼の存在を知るまでは。
直感? それとも虫の知らせ?
なんとなしに。そう、本当になんとなく、時の庭園内の状況を見てみたくなった少女は、庭園内に散布していたサーチャーの映像を展開させる。そして――見つけてしまったのだ。
かつて”ゲーム”の開始を告げられたあの場所で出会った『彼』と。
あの時は姿はわからず、声だけだった。だがそれに込められた意志が、他の有象無象とは明らかに違う何かを感じさせるモノを宿していると少女には感じられた。
玉座の間で金髪の少女を抱き上げながら悠然と佇む『彼』の姿に、少女は心を奪われた。
己には理解できない思考に、完璧であると疑わなかった自慢の
そのどれもが彼女に理解できぬ未知の存在であり、故にどうしようもなく心が惹かれてしまう。
完全であるが故に、周りに興味を持つことが叶わなかった少女が、家族以外の存在に生まれて初めて興味を持った瞬間だった。
あの時の出会いを、あの場所にいた者の中でただ一人、サーチャー越しの自分の存在に気づいていた『彼』……ダークネスの姿を思い返し、心がどうしようもなく高揚してしまうのを抑えられない。
「良いよ、良いよ! キミは私に何をしてくれるのかな? 何を見せてくれるのかな? 楽しみだよ、ああ楽しみだよ! こんなにボクを惹きつけるなんて! 君は何を考えて“ゲーム”に参加してるのかな? 何故、神の座なんてものを目指しているんだい? 知りたい! 知りたいよ! 君という存在の総てをっ!!」
恋焦がれる少女のように、モニターに映る想い人を指先で優しげになぞり、頬を上気させながらうっとりとした光悦の表情を浮かべる。
瞳はとろんと熱を帯び、息は荒く、室内に少女の熱い溜息が木霊してゆく。
やがて少女は無意識に両指で己が身体をまさぐり始めた。おとぎ話の登場人物である"不思議の国のアリス"のようなヒラヒラとした衣装に包まれた、年不相応にたおやかな胸をまさぐり、下腹部へと指先を走らせる。潤んだ瞳はモニターに釘付けのまま少女は身を悶え、くねらせながら熱い息を吐き出し続ける。
程なくして、彼女の指先が衣服のつなぎ目からするりと内側へと滑り込み、より強くなった刺激にまるで全身に電気が走ったかのようにピクンと身を震わせた瞬間――なんの予告も無しに部屋のドアが開け放たれた。
「ルビー? 少し良いかい? 実は相談したいことが――」
「……ふぇ?」
廊下の灯りに照らされた生活臭の一切感じられない室内に気まずい沈黙が舞い降りる。
紫の長髪に白衣を身に纏う青年の目に飛び込んできたのは、実の妹が俗に言う自家発電行為を繰り広げられている最中だった。
なかなかにショッキングな光景だっただろう。
両者の視線が重なり、無言の静寂が空間を支配する。
やがて、『あ~』だの『う~』だのなんとも言いにくそうに言葉を濁していた青年が、視線を部屋の外へとずらし、頭を掻きながら言う。
「その、だね、ルビー……キミも『オトシゴロ』というやつなのだろうから、私としてもあまりこういうことは口にしたくは無いのだがね……兄として一言、物申させてくれたまえ。――そういうことは、部屋の鍵をちゃんと締めてからするべきだと思うのだよ、うん。 ――それじゃあ、失礼したね。ごゆっくり」
なんとも居心地悪そうな困った笑みを浮かべながら、妹の部屋から退出した青年――ジェイル・スカリエッティは「あの子も成長しているのだね……これが生命の神秘と言う奴か……?」などとわけのわからないことを呟きながら、静かにその場を立ち去ろうとした。
だがしかし、そうは問屋がおろさないのはこの世界のお約束である。
ドゴンッ! ← 先ほどの部屋の出入り口である自動ドアが蹴り飛ばされる音。
ベシィッ! ← 吹き飛んできたドア(というか、もはや鉄板)がスカリエッティにぶち当たった音。
「へぶし!?」 ← ドアだったものと廊下の壁にサンドイッチされたスカリエッティの上げた悲鳴。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「ふっ、ふふふふふふ……何処に行こうとしているのかなぁ? ねぇ? オニイチャン?」
ゆら~り、と幽鬼のように這い出てくるのは、先ほど実の兄にオトメのプライバシーを木っ端にされた一人の少女。
彼女こそ“ゲーム”参加者の一人にして『アルハザードの遺児』とも呼ばれる天才科学者ジェイル・スカリエッティの妹。
名を『ルビー・スカリエッティ』 転生者No“Ⅱ”の名を冠する少女であった。
兄と同じ紫色の長髪は踵に届くほど長く、金色の瞳は理知的な雰囲気を映し出していた。――ただし、それは普段の通常形態の話であって、現在の激怒体(別名『乙女の怒りモード』とも言う)では、怒気で髪はユラユラ揺れ動き、目じりには怒りと困惑と恥ずかしさの交じり合った涙を浮かべている。
頭部に装備した猫耳を思わせるカチューシャはピン! と天を突き、乱れていた服のはだけは何とか取り繕ってこそいるものの所々にシワがよってよれよれになっている。俯き加減でユラユラ上半身を揺らしながら歩いてくるため、目元が隠れている前髪の隙間から殺意に満ちた赤く輝く瞳がその光を漏らしている。その風体は、まさに某呪われたビデオで古井戸から這い出てくるヤマトナデシコ“だったもの”を連想させる。
ドアと壁の隙間から這い出たスカリエッティの頬が、妹の姿を見て盛大にひきつっているのが良い証拠だろう。
そうこうしているうちに、廊下の奥から複数人のものと思われる駆け音が聞こえてきた。
彼女らが居るのは、ミッドチルダのとある森林地帯の地下に備え付けられた自宅兼研究施設であるために、音は良く響くのだ。
最も、こちらへ近づいてくる彼女たちが、普通の人間よりも聴覚に優れているのもまた、これほど早く駆けつけてきた理由の一つであっただろうが。
「ドクター! 一体何事ですか!?」
「やれやれ……」
「まぁ、どうせまたドクターがお姉さまの部屋にノックも無しに侵入されたってところじゃな~い?」
「? それで何故、部屋のドアが吹き飛ぶ必要があるんだ?」
「う~ん、それはねぇ~……チンクちゃんにはまだ早いことよぉ~♪」
「なんだと!? こら、クアットロ! 私を子ども扱いするなといつも言って……!」
「うふふふふふ……子ども扱いするなって言ってる内はお子様の証拠なのよぉ~? ざ~んね~んでした~♪」
「う、ううう~……! ふしゃー!!」
ビシッ! としたスーツを着こなす秘書風の女性が慌ててスカリエッティの介抱へと駆け寄り、青い髪をショートにした青いボディスーツに身を包んだ少女は『またか』とでもいいたげに呆れ顔を浮かべ、腰に届く銀髪が特徴の少女は三つ編みで丸眼鏡の少女のからかいに両手をブンブン振り回しながら姉妹喧嘩を繰り広げていた。
彼女たちは通称『ナンバーズ』と呼ばれる、スカリエッティとルビーの共同研究により生み出された戦闘機人である。
体内に機械や金属フレームを組み込んで生み出された彼女達は『人としての限界』そして『機械としての限界』を超えた量産できる兵器として求められ、生み出された存在だ。
だが、それはあくまでスポンサーの意向であり、想像主たるスカリエッティやルビーは娘や妹と呼んでいるのだが。そんな彼女たちの性能は五感も含めて、人間のそれを上回っている。これは非戦闘型であるウーノも多分に漏れず、こうして創造主の悲鳴を聞きつけて駆けつけた訳だ。
「それで? 今日は一体何が原因なんだ?」
青髪ショートの大人びた少女――トーレは片手をヒラヒラさせながら問いかける。
反対の手には現在の彼女がやる気の無い理由でもある……○SPが、しかと握り締められていた。
「まったく……せっかくソロで村長クエスト全制覇を達成したばかりだというのに……私の興奮と喜びに水をさした理由はいったいなんだ? さっさと終わらせて、隠しクエストを受注したいんだ。サッサと言え」
そう! なんと基本的に暇人な彼女は、とある人物からせんの……、もとい教育を受けた影響で、暇な時間があればゲームに齧りつくゲーマーへと進化してしまっていたのだ!
今は九十七管理外世界から通販で手に入れたモンハンにはまりにはまっているらしく、片時も○SPを手放さなくなっていた。
ちなみに、クエストに行き詰まると、憂さ晴らしをかねて生身の戦闘訓練を繰り広げているので、何気に戦闘経験も積んでいたりする。
どうせまたつまらないことなんだろう。そう決め付け、「早く狩りに戻りたいな~」と内心愚痴っていたトーレだったが、
「レディの部屋にノックもなしに入り込んで、妹の柔肌を視姦したあげく、謝罪もなしにトンズラしようとしやがったんだよ、ソレ」
「……ほぉ?」
続けて語られた言葉に、スゥ……、と目を細める事となった。
さり気にソレ呼ばわりされたことに内心凹むスカリエッティだったが、つい先ほどまで介抱という名の膝枕をしてくれていた筈の助手であり娘でもある女性――ウーノの視線がどんどん冷たくなっていくことにようやく気付き、慌てて立ち上がろうとするも――しなやかな指先でこめかみをガッチリとホールドされてしまった。手足をばたつかせて何とか逃走を図ろうとあがくものの、戦闘向きでは無いとは言え流石は戦闘機人というべきか、ウーノの指が緩む気はまったく無く、むしろ逆に爪が食い込んでくる結果になってしまった。
「あ、あの、ウーノ? 爪が刺さって非常に痛いので出来れば放してくれるとありがたかったりするのだがね……?」
「うふふ……いけませんよドクター? それは流石に犯罪ですよ? これはちょうき……コホン――修正が必要なご様子。さて、それでは参りましょうか、ドクター?」
「ま、待つんだ、ウーノッ!? 君は勘違いしてしまっている! 冷静になるんだ! 落ち着いて話し合おうじゃないか!」
「ええ、ええ、嫌ですわドクター、私は落ち着いておりますよ? どうしてそんなにガタガタ震えていらっしゃるのです? ――ああ、もしかしてお寒かったりいたしますか? それなら大丈夫ですわよ? すぐにナニモ感じなくなれますからね……」
「ナニを!? 君は創造主である私に何をするつもりなんだね!? ……ちょ、クアットロ!? その手に持った、ぶよぶよしてうごめいている物体をいったいどうするつもりなんだい!?」
「ウーノお姉さまぁ~、私もご一緒してもよろしいでしょうかぁ~?」
「フム、それなら私もご同伴に預かるとしようか。なんだか急に身体を動かしたくなったからな。そう、何というか……白い白衣を着た変質者をサンドバックにしたいくらいに」
「ええ、もちろん。歓迎するわよ二人とも。さあドクター……逝きましょうか? もちろん、答えは聞いてはおりませんが」
「ちょ、ま――!? な、なんだいその怪しげなドアは!? さっきまでそんなところにドアなんて無かったと記憶しているのだがね!? あ、ヤメ、許し――」
バターン!
抵抗も虚しく、ウーノに首固めを決められ、両足をトーレとクアットロに抱え上げられたスカリエッティの身体は怪しげなドアの向こう側へと消えていった。
「ふぅ……ちょっとは憂さ晴らしできたかな~? ん~……ボクの気も済んだし、おにぃもゆるしてあげよ~か! ――無事にあそこから出て来られたらだけど」
「あ、あの、姉上? それは一体どういう意味で――」
にょわぁぁああーーーーーーッ!!?
建物内に響き渡るスカリエッティ? らしき人物の悲鳴っぽい叫び声。
起動してから一度も耳にした事の無い創造主の片割れの声に、チンクの頬は盛大に引きつる。対して、そもそもの元凶たる
「あ~ゆ~こと♪」
「ど、ドクター……ッ! わっ、わが身の無力をどうかお許しください……! そして叶うならば、どうか! どうか強く生きてくださいっ……!」
「あ~も~、この真面目っこさんめ~! あ! そ~だ、食堂の戸棚の奥に苺のデニッシュが隠してあったんだっけ! ち~ちゃんも一緒に食べる?」
「えっ!? も、もちろん食べるに決まっています! お姉ちゃん、はやく、はやくっ!」
「ほいほ~い。も~、ち~ちゃんってば時々子供っぽくなるよね~? やっぱし、肉体年齢に精神が引っ張られてるのかなかな~~?」
幼児退行を起こしたっぽい家族の姿に頬を緩ませながら、手を繋いで無機質な壁の続く廊下を歩いていく。
「それにしても“Ⅰ” 、ううん『ダークネス』かぁ……」
「お姉ちゃん?」
「にゃふふふふふ……これからが、面白くなりそ~だね~。ボクを虜にした責任、とって貰わないとね~♪」
チンクが見上げた創造主でもあり姉でもある女性の顔には、見間違うことの無い表情……喜悦の笑みが浮かんでいた。
どうやら、“
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”紳士”という称号の意味とは?
この二人に視点を当てると、どうしてもギャグ方向に話が……解せぬ。
「ふぅ……まあ、こんなところでしょうか」
地元では月村やバニングスに次ぐ有力者である如月家の屋敷。
海の見える小高い丘の上に構えられた洋風な屋敷の一室で、手に持った書物を閉じながら如月葉月はそう漏らしていた。
ソファーに腰を沈める彼女の周囲には、無数のディスプレイが中空に浮かびあがっており、それぞれが異なる海鳴市の映像をリアルタイムで映し出している。監視カメラよりも鮮明な画質の映像を映し出す数十にも上るディスプレイ。
これこそが、葉月が独自に考案、開発した自動探知魔法『メフィスト』である。
マーキングを打ち込み、そこを中心に一定範囲をサーチするという以前のものとは異なり、この『メフィスト』は放ったマーキングを自動稼動型に変更、さらに周囲の魔力素を取り込み、街中をオートで探索する自立性を持たせたものだ。おまけに、認識阻害や気配隠蔽能力も有しており、一度放てば後は勝手に映像を送信してくれる優れものだ。
スフィア一つ一つは消費魔力が非常に低燃費であるため、大気中の魔力素の薄い地球でも問題なく稼動できる。
難点を挙げるとするならば、散布したスフィアは予め決めておいた移動ルートをなぞる様にしか動けないくらいだが、そのあたりは『戦いは数だよ! 兄貴!』と某中将のお言葉通りに数でカバーしている。
もはや海鳴市全域は完全に葉月の感知領域に覆われており、外部からの侵入者はもとより、内部に存在する不審な存在も完全にサーチできるはずだが、葉月の表情は硬い。
「――やはり反応は無し、ですか。おかしいですね……なぜ八神家内部をトレース出来ないのでしょうか……?」
葉月が厳しい視線を向けるディスプレイの一つ、そこに映し出されているのはどこにでもあるようなごくごく平凡な一軒家。――ただし、表札にはこう記されていた……『八神』と。
A’s編のキーパーソンであるロストロギア“闇の書”の主である少女『八神はやて』。
“闇の書”の騎士である四人のプログラム『ヴォルケンリッター』。そしておそらく、はやての肉親として存在しているであろう、まだ見ぬ『転生者』。
高町花梨という前例がある以上、主要人物の身内に転生者が生まれている可能性は非常に高い。いや、むしろ葉月は間違いなくいるだろうと半ば確信していた。その理由こそが、八神家周囲を『メフィスト』で探らせたにもかかわらず、一切の情報が得られていないからである。
ヴォルケンリッターの一人、湖の騎士ならば探知阻害の結界を展開できる可能性は考えられる。しかし『メフィスト』で探らせた結果、しばらく前に結界が展開されて八神家を覆ったのは確かに確認している。しかし、結界の発生する前、即ち“ヴォルケンリッターが出現するはやての誕生日前から、すでに探知魔法が何らかの方法で無効化されていた”のだ。『メフィスト』は無印開始前から散布し始めており、高町家や月村邸、八神家などの物語の重要拠点を優先的に調査、監視するようにしてきた。だからこそ、八神家には転生者が存在し、その人物が葉月の調査を妨害しているとしか考えられないのだ。
「八神はやての近くに転生者が存在することは疑いようが無いでしょう。しかし……問題はその人物の狙いがなんなのかという事ですわね。私たちと協力関係が結べる話のわかる相手なのか……それとも、“Ⅳ”のような人種なのか……。もしそうなるならば、狙いははやて自身ということに……いえ、ヴォルケンリッターという可能性も――」
「今帰ったぜ~。いや~、ひっさしぶりにいい汗掻いた~」
白魚の如き穢れの無い指先を顎にあて、姿の見えない新たな転生者について考えを纏めてゆく葉月の後ろから、何も考えていないようにしか感じられない、ノーテンキな少年の声が聞こえてきた。
思考を乱された葉月は、いかにも不機嫌そうに鼻を鳴らすと、腰を沈めるソファーから首だけ後ろに回して、お気楽そうな友人に声をかけた。
「ハァ~……アルクさん? あまり人間の姿で屋敷の中をうろつかないでいただけませんか? もし誰かに姿を見られたらいかがなされるおつもりですか?」
「へ? あ~、んなのだいじょ~ぶだって! オマエんちで暮らして長いけど、お手伝いさんとか、人はあんまいないだろ?」
「だからと言って、全く居無いと言うわけでは……それになんですかその格好は! レディの部屋に上半身裸で侵入するとは何事です! 恥を知りなさい!!」
「うを!? そんな台詞をナマで聞く日がこようとはな……ちょっと感動」
「ア・レ・ク・サ・ン……!?」
「おーけーだ、落ち着こう、うん。そんなにカッカしてたら血管切れちまうぞ? ほら、その握り締めた拳を解いて、解いて」
「いったい誰のせいだと……! ハァ……もう良いですわ」
部屋に備えつけられた冷蔵庫から勝手にスポーツドリンクを取り出してラッパ飲みしているアレクに怒る気も失せたのか、葉月は再びモニターへと視線を戻す。
「おっ? それって新しく仕掛けた盗撮カメラの映像だよな?」
「せめて探査魔法って言ってくれません!? 人聞きの悪い!!」
「いやだって『(ガチャリ) お嬢様、失礼いたしま――』 へ?」
「え? へ? あ、あるべると……!?」
ノックも無しに入室してきたのは老年のジェントルマンとしか表現の仕様が無い男性だった。
白髪をオールバックに纏め、口髭は天を貫くように吊り上っている。
その身を包む紳士服ははち切れんばかりに盛り上がり、その内に強靭な筋肉が宿っている事が感じ取れる。
彼の名は『アルベルト・ヒュースタング』。如月家現党首である葉月の父親の教育係を勤め、現在は葉月のボディーガード、兼、執事としての役を受け持つ、“如月家最強の紳士”である。
そんな紳士の歴戦の勇士もかくやという鋭い瞳は驚愕で見開かれ、真っ直ぐ葉月とアレクを……正確には大切な
もう、質量でも持っているんじゃね? と思わずにはいられない程に痛い視線に射すくめられ、アレクの全身から、ぶわっ! と冷や汗が溢れ出す。逸れはまさに、メントスを放り込んだコーラという名の炭酸飲料の如し。
つい先ほどまで、トレーニングをして流した気持ちの良い汗とは正反対のそれを流しながら、アルクはなんとかこの状況を打開せんと、あまり宜しくない脳みそをフル稼働させる。
「お嬢様……その男は一体、何者なのでしょうか?」
地の底から響き、這いずり出てくるかのような重低音の声色。思わず「ヒッ!?」と小さく叫びを上げたアルクを決して臆病と呼んではいけない。なぜなら目の前の紳士から沸きあがる闘気が六つの腕を持つ真紅の鬼のように見えているのだから。
気絶しないだけでも、賞賛の拍手を送りたいほどである。
「お、落ち着いてくださいな、爺。この方は、その……(友達? でも爺たちに気付かれないようにどうやって部屋まで上げたのかを聞かれたら答えられる訳ありませんし……困りましたわね)」
悩むように言いよどむ葉月の姿に合点が言ったとばかりに、アルベルトは闘気を静めながらにっこりと笑みを浮かべる。
「……なるほど。この爺めにも軽々しく口に出来ぬ理由がおありと言う訳ですね?」
「あっ! う、うん! そうなのよ! ごめんなさいね?」
「いいえ、とんでもございませんよ、お嬢様。お嬢様もお年頃のレディであらせられますならば……乙女の秘密を暴くような無粋な真似は、このアルベルト・ヒュースタング、【世界紳士連盟】会員No.三十九を冠する者として決して致しませぬ」
「「(いや、【世界紳士連盟】ってナンデスカーーーー!!? 貴方、普段は一体何やってんのーーーー!!?)」」
右手を左胸に当て、片膝をつく従者の鏡たるアルベルトの姿に内心のツッコミを吐き出すのを必死で堪える葉月とアルク。
よくわからないが、なんか納得しかけているみたいだし余計な荒波は立てないほうが良いと思ったらしい。
そんな二人を余所に、顔を上げてにっこりと好々爺じみた笑みを葉月に贈ると、アルベルトはすっくと立ち上がり、
「では、この男の身体に聞くと致しましょうか」
アルベルトがそう言ってヒョイ、と片手を上げると、そこにはあら不思議、いつの間にか首根っこを掴み上げられたアルクの姿が。
「え? へ? うぇええええ!? いっ、いつの間に!?」
「紳士の嗜みです。では……」
爽やかに笑いながら踵を返すアルベルトに、慌てて葉月が制止の声を上げる。
「ちょ!? 待って、爺!? アルクさんに何する気ですかっ!?」
「ホゥ? アルクと言うのですね? この小僧は……まあソレはさて置き、何と言われればお嬢様との関係などを聞き出そうと言うだけですよ。ご心配なく」
「いやいやいや!? 心配も何も、もう既に落ちてますからね!? 直接、首を絞められて、気絶されてますからね!? 糸の切れたマリオネット宜しく、手足がプランプランいってますからね!?」
「ホッホッホッ……ご心配は無用でございますよ? わたくしめは執事であり紳士でもありますゆえ……蘇生技術も習得しておりますれば。ではこれにて失礼……」
「あ、ちょ――」
パタン!
伸ばした手が力なく垂れ下がる。哀れ、ネックブリーカーで落とされたアルクはアルベルトと共に部屋の外へと消えていった。
『お疲れ様です。アルベルトさん――おや? その少年は……?』
『ああ、高坂君ですか。丁度良いところに。急ぎ屋敷の執事に収集をかけて頂けますかな?』
『はい? そりゃまた、どうし――』
『この半裸の変態小僧がお嬢様の部屋に押し入り、お嬢様が口にされた(かも知れない) ドリンクに口を付け、あまつさえお嬢様の若枝の如きしなやかな御肩に手を掛けていたのですよ』
『屋敷内にいる野朗共、全員集合ーー!! 葉月お嬢様に淫行を働こうとした愚か者に天誅を掛けんぞグォラァアアアアア!!』
『『『『『な、なんだってーー!!?』』』』』』
『チクショウ! 俺たちのお嬢様になんて真似を!! どこの組の者じゃゴラァアアアア!!』
『おい! 石畳だ! 石畳を持ってこい!!』
『こんなこともあろうかと、用意しておいたぜ!!』
『よし! それから自白材もありったけ持ってこい! 洗い浚い吐かせてやる!!』
『任せろ!!』
『お待ちなさい!! 貴方たちはお嬢様のお住まいになるこの屋敷内を血で染めるつもりですか!?』
『『『『『あ、アルベルトさん!? しかしっ!!?』』』』』』
『全く貴方たちは……こんな事もあろうかと作られていた地下拷問場の存在を忘れていたのですか?』
『『『『『おおっ!! 確かに!! 流石はアルベルトさん!!』』』』』』
『さあ皆さん! 共に行きましょうか!!』
『『『『『Yes sir!!!』』』』』』
「あ、ああああ……すみません、アルクさん……」
手と膝をついてがっくりとうな垂れる葉月の耳に次々と届く使用人(“漢”限定。“男”ではなく、『かん』と書いて“オトコ“と読む方) の野太い声、声、声。
なんで家に拷問場があるんだよ!? とか、防音対策されているこの部屋の壁越しになんで叫び声が聞こえてくるの!? とか、いろいろと声を張り上げたい衝動を何とか抑えつつ、葉月はこの屋敷で働くやたらと武闘派な執事たちに連れ去られたアルクの身を案じ事しか出来ないのであった。
ちなみに……後日、ギリギリのところでオコジョ化して逃げ出してきたアルクの脳裏には、しっかりと「紳士怖い」という言葉が刷り込まれてしまっていたのだった。
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『盾』と『剣』
とある深夜の住宅街。信号の無い十字路の真ん中で、一人の少年が剣の形をしたキーホルダーを手にしながら佇んでいた。
【半径五百メートル範囲内にサーチャーは確認できません。完全に排除できたものかと】
人気の無い夜の街中に突如響き渡る声。それは点滅を繰り返す、少年の手の平にあるキーホルダーから発せられていた。しかしこの場にいる唯一の存在である少年は驚く素振りも見せず、むしろ言葉を話して当然とばかりに答える。
「そうか。ありがとうね? 『レイアース』」
【お気になさらず、わが主】
待機状態の相棒をズボンのポケットに仕舞い込みつつ、茶色の髪をした少年は、不意に宙を見上げた。
その瞳に映るのは、雲一つ無い満天の星空。
空を染め上げる“夜天”の空を見上げる少年の口元は知らず、笑みを浮かべていた。
夜の帳が降りた街中を、“夜天”の夜空を見上げながら少年は帰路を歩む。
夕食後の腹ごなしも兼ねた散歩と言って出てきた以上、そろそろ帰らないと心配性な姉と最近出来た新しい家族たちに怒られてしまう。今日だって、青い毛並みの親友の同伴をやんわりと断り、一人で出てきてしまったのだから。
(もうすぐ始まってしまうな――『A’s』が。でも、はやて姉もヴォルケンの皆も必ず僕が守って見せる!! みんなが笑顔で戻ってこれるように、帰る場所を護る! だから――)
「レイアース……僕に力を貸してくれるかい?」
【無論!】
己の問いかけに、間髪入れずに返答を返してくれた相棒に心強さを感じつつ、少年の心はこれから訪れる戦いに向けて戦意を高めていく。
大切な人を守る『盾』として。
家族のため、仲間のため、そして自分自身の未来のために。
やや早足で自宅へ向かう少年の背中を、優しい月の灯りが照らしていた。
とある管理世界に存在する開けた土地に一人の少年が佇んでいる。
年は十代の半ば位であろうか。
動きを阻害しないように肩口の無い軽装の鎧で身を包み、背中には一振りの剣が背負われている。
少年が見下ろす先には、地面に散らばる焼け焦げた木材やレンガの破片の数々。
さらに、破片に混じって金属片や何かの人造物らしき物体の破片も見て取れる。
それもまた、当然の事とも言える。
なぜならここには、ほんの十年ほど前まで、一つの集落が存在していたのだから。
この世界の人々にはリンカーコアこそあれど、魔法技術は過去に失われて久しく、現存するこの世界固有の魔法技術は皆無に等しかった。
それゆえに、人々は自然の恵みを受けつつ、生物としてありのままの姿で日々を過ごしていた。
管理世界に認定されてこそいるものの、殆どの人々は魔法技術の参入を拒み、魔法の才能が高く、外の世界への興味が強い者だけ他の管理世界に移り渡る程度で収まっていた。
そんな彼らの考えを尊重した管理局は、魔法技術を下手に介入しない方針をとっている。
鉱山などの地下資源が豊富なわけでもなく、高い才能を持った人々が多い訳でもないため、半ば放置されているようなものだったが、それでもお互いに納得した関係を結んでいた。
しかし、その平穏はある日、唐突に終わりを告げた。
死を齎した四体の悪魔の手により、この世界の人々が殺しつくされてしまったからだ。
今でもはっきりと覚えている。あの時の光景が網膜に焼きつき、集落の皆の上げる悲鳴が耳の奥で鳴り響く。
ギリッ……!!
何かに堪えるようにきつく紡がれた唇の奥から歯軋りの音が漏れ出す。
あの光景を思い出したことで、無意識に下唇を噛み切ってしまったらしく少年の口元から真紅の雫が流れ落ち、焦げて変色した大地へと吸い込まれてゆく。
ふと、足元に手足の千切れ飛んだぬいぐるみが転がっているのに気付き、なんとなしに拾い上げようとするも――
ボロリ……
手が触れた瞬間、まるで灰になるように崩れ落ち、その欠片は冷たい夜風に乗って宙を泳いでゆく。
嘗ては幼い少女に笑顔を与えていた人形は、姿を残すことも許されずに風化してゆく。まるで忘れられたこの世界のように。
だが――
(ふざけるな……)
ただ一人、少年だけは忘れない。否、忘れることが出来ない。
爆音と悲鳴が響いて来た時に抱いた困惑を。
生まれ育ち、たくさんの出会いと思い出が詰まった集落が、業火に包まれている光景を見たときの絶望を。
燃え盛る建物と地面に飛び散った、仲間の身体の一部と思われるナニカが散乱する光景に呆然とする自分の手を引き、駆け出す父の叫びと生まれて間もない妹を胸に抱いた母の悲鳴を。
そして――愉悦とも快楽とも取れる歪んだ笑みを浮かべながら、父を、母を、そして妹の命を目の前で奪ったあの悪魔共の姿を。
「俺たちが一体何をしたって言うんだ……? ただ平凡に、平和に生きていただけなのに……! なのに、何で! リンカーコアがあるっていうだけで殺されなきゃならないんだよ……っ!?」
怒りに揺れる真紅の瞳に涙を流しながら、少年が辿り着いたのは嘗て彼の生まれ育った集落の中心のあたり。
そこにあるのは、枯れ木を十字に組み合わせただけの簡素な十字架。唯一生き残った少年が立てた、家族と集落の仲間たちのための墓。
墓標の前で膝をつき、まるで祈るように両手を合わせ額に当てる。
その背中を怨敵への怒りと失ってしまったかけがいの無い人々への悲しみに震わせながら、少年は己の魂に刻み込むように叫ぶ。
「父さん……母さん……イリーナ……それに皆……とうとうこの時が来たよ。俺はここを離れちゃうけれど……いつか、きっとまた戻ってくるから! 復讐を果たして、何もかも清算して、きっと! いつか! 必ず!! だから皆……俺に力を貸してくれ!!」
そう言って少年が手を伸ばすのは、十字架に掛けられた鈍い輝きを放つ鉱石。
少年の集落に代々伝わっていた秘宝であるそれを懐に仕舞い、少年はこの場から踵を返す。
「さあ――往こう!!」
『ああ、いっしょにな』
『ディーノ兄ちゃん、がんばって!』
『我らの悲願、憎しみの成就……オヌシに託すぞ!』
この場にいるのは少年一人。しかし、次々に誰かの声が響き、その一声、一声が少年の身体に力を、魔力を、憎悪を分け与えていく。
「ああ、そうだ……俺は一人じゃないんだ。だから、な? 俺が、俺たちが貴様らを終わらせてやるよ。なぁ――ヴォルケンリッタぁぁあああああああああ!!!」
少年の慟哭に答えるように、胸元では鉱石がおぞましい波動を溢れさせていく。それは少年の殺意と呼応するように少年の体を、大地を飲み込み、侵食する。
まるで悪意がカタチどったかのように黒き霧となり、嘗ての集落を漆黒に包み上げる。
その光景を目の当たりにしたものが居ればきっとこう呟くことだろう。
大地を染め上げ、天空に立ち上る暗黒、それはまるで――夜空を切り裂く『剣』のようだったと。
そして少年の姿は陽炎のように、この世界から消えていったのだった。
向かうは、奈落の闇に染まった夜天に漂う雲の元。
憎悪と狂気に染まった黒勇者が、穢れた闇に落ちた魔道書とそれを守るモノを滅ぼすべく、動き出した。
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『A's』編
『A's』 プレリュード
ヴォルケンズには一部厳しい表現がありますが、最終的にはハッピーエンドを目指しているので、温かい眼で見守って頂ければ幸いです。
「ほぉ? これはまた……」
「んにゃ?」
魔力の波動が身体を通り抜ける感覚に、顔の左半分を包帯で覆った青年……ダークネスと、白いワンピースに身を包んだアリシアは挙って宙を見上げた。
穏やかな青空が広がっていた草原は赤みを帯びた色に風景を染め上げ、先ほどまで感じられていた動物の気配が感じられなくなった。魔力を持つ者以外の存在を排除する広域封時結界に囚われた二人は、しかし慌てた様子も見せない。
ダークネスは座り込んだブルーシートの上で、魔法瓶に入れておいたお茶をコップ代わりの蓋に注ぎ、アリシアは胡坐をかいたダークネスの膝の上で、お茶を注がれ、手渡されたコップ(蓋)を傾ける。
「(ズズッ……)あ~、おいし~♪」
「どれどれ……(ズズッ……)っむ! これは確かに上手いな。流石はグルメ雑誌に取り上げられる程の名品だな。並んだ甲斐があったというものだ」
ちなみに二人が味わっているお茶は、最近二人が滞在しているこの世界で発売されたばかりの新作で、今日のピクニックのために朝一番に並んで手に入れたほどの代物である。
……この二人には、管理局に追われている自覚があるのだろうか?
「――ぉぃ」
「だよね~♪ ――って、あ! ケーキもあるんだっけ! ダークちゃん、早く、早く食べよ~よ!」
「やれやれ、もうすこし落ち着いて――」
「~~ッ! おい! 無視すんじゃねー! テメーラ!!」
アリシアに急かされたダークネスが、脇においていたケーキ(ちなみに中身は、苺をふんだんに取り入れたロールケーキである)を入れているバスケットへと手を伸ばした所で、頭上から苛立ちの混じった怒声が響いてきた。
「ん?」
「ふぇ?」
声に反応した二人が宙を見上げてみると、真紅の衣装に身を包んだ三つ編みの少女が片手に持ったハンマーをこちらへと突きつけながら、二人を見下ろしていた
敵意と怒りが混じった強い視線を向けてくる見なれぬ少女に、アリシアはコテン? と可愛らしく首をかしげ、ダークネスは「ああ、そう言えばもうそんな時期か……」と完全に忘れかけていた記憶を掘り起こしていく。
刹那の間に、ダークネスは己の記憶にあるとある人物の姿と、目の前の少女の特徴が一致することを確認すると、口を開く。
「鉄槌の騎士……。何かと思えば“闇の傀儡”の一つか」
「っ!? テメェ!? 何でアタシの事を知ってんだ!?」
「フン……壊れた玩具に興味は無い。とっとと失せるなら、見逃してやるが?」
感情の込められていない声で放つのは明らかな挑発の言葉。
「お前達の事を知っているぞ?」と思わせぶりな言葉を並べつつ、その包帯に包まれていない右目の視線は鋭く、鉄槌の騎士……ヴィータの反応を観察していた。
だがそれは、彼女を脅威と見なしたからくるものではない。路傍の石、足元を這いずる蟻を見下ろすかのようなものだ。
この世界における絶対者として在るダークネスにとって、彼女など取るに足らない存在でしかないのだから。
「テメェ……ッ!? (なんだコイツ――ヤバイッ!?)」
彼女――ヴィータは第一級のロストロギアである『闇の書』の騎士の一人であるプログラム生命体であった。
人でないが故に数百年にも及ぶ戦士としての記憶と戦いの経験を積み重ねており、その戦士としての勘が警告を上げていた。
――この化け物からすぐにニゲロ、と
寒さに震えるかのように、全身を悪寒が駆け巡る。それは騎士たる彼女が久しく感じていなかった感情……生物であるならば誰もが有している原初の感情の一つ、『恐怖』であった。
「冗談じゃ、ねえっ!!」
咆哮一閃。自身を鼓舞するかの様に大きく叫ぶ。
使命を、否、己自身の願いのために、あえてヴィ―タは己の戦士としての本能を封殺した。
彼女の脳裏に浮かぶのは一人の少女の姿。下半身が不自由のために車椅子での生活を余儀なくされながらも、気高く、優しい主。大好きな主は自分たちに心をくれた。暖かい生活を、騎士としてでもなく、プログラムとしてでもない、“人間”としての幸せを、あの小さな少女は与えてくれた。そんな彼女は今、自分たちのせいで死の淵へと手を掛けつつある。
だから願った。願ってしまったのだ。
生きて欲しいと。自分たちに与えてくれた幸福以上の幸せな未来を迎えて欲しいから。
主を救うためには、闇の書を完成させるしかない。その考えに至ったからこそ、自分たちは生物のリンカーコアから魔力を奪い取る“蒐集”という行為を行っているのだから。
そして今、自分が見下ろすこの二人は共にかなりの大物だった。
包帯を巻いた男のほうは、軽く見積もっても十頁くらいは行きそうだし、金髪の少女の方は更にその上をいく。
もしかしたら数十頁を埋めかねない程の魔力を内包している。時間が限られている自分たちにとって、見逃すにはあまりにも惜しい獲物だ。
「アタシはベルカの騎士だ……! ベルカの騎士に敗北も、逃げもねぇ!! アイゼンッ!!」
【Ja!】
ヴィータの想いに応えるように、彼女のデバイス【グラーフアイゼン】が薬莢を吐き出し、その形状を変える。
ハンマーの片側にドリルのようなスパイクが生まれ、反対側にはロケットのブースターのようなものへと変化する。
ブースターから炎が噴出し、ヴィータの小柄な身体がまるで独楽のように回転を繰り返し、その勢いを殺さずに標的……いまだビニールシートに座り込んでいるダークネスとアリシア目掛けて突貫する。
突進してくる少女の姿に「ふむ」と一声呟いたダークネスはアリシアを膝の上から下ろし背中に庇うと、左腕を構える。
「ぶち抜けぇええええええ!! ラケーテンハンマーーーー!!」
円運動から齎される必殺の一撃は、ダークネスの掲げた左腕に吸い込まれるように叩き込まれ――
「甘い」
スパイクを正面から握り込むように掴み取られる事となった。
「なっ!? なんだと!?」
ヴィータの表情が驚愕で染まる。だがそれも当然の事だろう。一体、誰が高速回転するスパイクを正面から手の平で受け止め、あまつさえスパイクの側面に指を突き立てて、その回転すら止められるなどと予想できたであろうか。
カートリッジから注ぎ込まれた魔力を総てのエネルギーへと変換し、この怪物を貫かんとグラーフアイゼンが唸りを上げるが、ダークネスの身体は微動だにせず、逆にダークネスの指がアイゼンにめり込むだけに終わってしまう。
「くっ!? アイゼン!? テメェ、離し――」
「逃がすと思うか?」
ボゴン! という音と共に、ダークネスの右腕がヴィータの鳩尾へと突き刺さる。
それはまさに、某ベビーフェイスなチャンピオンの得意技、かつての必殺技の一つであるガゼルパンチであった。バリアジャケットの防御など意味を成さないとばかりに、途方も無く重い一撃が少女の意識を刈り取らんと襲い掛かる。
ヴィータの小柄な身体が宙を舞い、草原の上を転がってゆく。
意識が朦朧する中でさえ、己がデバイスを取り落とさないのはさすがと言えるが、ヴィータのダメージは深刻だった。身体の芯を貫くような一撃は、並みの魔導師であればバリアジャケットごと身体を貫通されていてもおかしくないものだった。
明らかな“殺意”の込められた攻撃を、ヴィータは直撃の刹那に身体を僅かにズラして支点をずらしたのだ。それはほんの僅かなものであったが、その僅かな差がヴィータの命を救っていた。
「ぐっ、そ……!」
「ほぉ……よく耐えられたな? なら――次はどうかな?」
痛みに地に伏すヴィータをかすかな驚きの目で見下ろしていたダークネスは、かすり傷一つついていない左手の指先を、顔の左半分を覆う包帯へと掻ける。
そのままシュルシュル、と包帯を緩め、解かれた包帯がシートの上へと落ちてゆく。
程なくして総ての包帯を取り払った奥にあった目蓋の閉じられた左目をゆっくりと開いてゆく。
完全に開かれた目蓋の奥にあるのは、人間の瞳ではなく――闇色を映し出す漆黒の宝石。その無機質の輝きに射すくめられたように、ヴィータの背筋に冷たいものが奔る。
「お~……!!」
「な……なんだよ、ソレ……!?」
少女たちの漏らすそれぞれの驚きの声を聞き流しながら、ダークネスは意識を集中させるようにゆっくりと息を吐き出し、ある言葉を口にする。己が内に宿る真なるチカラを具象化するための”言霊を”――!
「――――『
その言葉は『鍵』。
ぬるま湯の様に心地良い平穏の日々から、死の蔓延る戦場へと意識を切り替える”
その声が響くと同時に、ダークネスの周囲から金色に輝く漆黒の炎が噴出す。
黄金色と闇色が混ぜ合わさったような、けれども完全に交じり合っていない、奇妙極まりない炎の様な魔力に覆われたダークネスの身体が変貌を始める。
展開されたのは金のラインの入った重厚な鎧状のバリアジャケット。だがまるで、肉体そのものが変容を遂げているかのようにも見える。時の庭園に現れた頃は白だった装甲は、暗黒に染め上げられたかのような『闇色』。
そこからさらに全身の装甲が展開し、より巨大に、より禍々しく変貌を始める。両肩の装甲は咢を開く獣とも悪魔とも取れる禍々しきものへと姿を変え、両足先には猛禽類のような太く巨大な三本爪が備わり、その背には展開した背装甲が禍々しい翼と化し、腰部からは鋭利な刃物が連なったかのような尻尾が伸びる。
全身の至る所にジュエルシードを取り込んだ真紅の宝玉が怪しく光り、左目のみを覆うアイマスクも竜を連想させる先鋭的な形状へと変化していく。
そして炎のような魔力が火の子となって舞い散るように掻き消えると、そこには左目を怪しく輝かせる異形の怪物が佇んでいた。
この姿こそ、ダークネスの『神成るモノ』としての全力であるフルドライブ形態。
とある世界において”邪悪に染まりし竜神”と呼ばれる存在と似通った意匠を感じさせる、異形のバケモノがここに顕現した。
まるで身体の具合を確かめるように右手を握ったり開いたりしていたダークネスがゆっくりと視線をヴィータへと向ける。
ダメージと疲労と恐怖で四肢を震えさせながら、デバイスを杖代わりにして漸く立ち上がれているヴィータを見下ろしながら、ダークネスが動きを見せる。
ヴィータに向けて突き出された右手の平に黒金色の光が集まり、眩いスパークを奔らせる。
奈落の底を思わせる漆黒の魔力球から迸る黄金色の雷光が地面を焼き、青々しい草花を無残な塵芥と化していく。
「ア……」
その光景を前に、ヴィータはようやく己の認識の甘さを悟る。
戦場にいるというに余裕ある態度を崩さず、むしろふざけているかのような言動を繰り返すダークネス達の言動は、されど絶対的に正しいものだったのだということを。
なぜならば、彼らにとってヴィータ如きの存在など、何ら脅威を感じる必要などありはしないのだから……!!
突き出された腕を連環型魔法陣が包み込み、魔力素ではない未知なるチカラ……“
唯人には決して扱えず、感じられず、理解することもできない原初のチカラ――その一つが“
魔導師たちがごくごく当たり前のように感知し、使用している魔力素は、実は“
“
“
そして――人を超越せしモノが、人に生み出された程度の存在如きに敗北する理由など在りはしない!!
荒れ狂う
彼の手に集う“
ただ純粋に破壊のためだけに存在するエネルギーが収束され、それが臨界に達した瞬間、膨大と言う言葉すら話にならぬほどの光の奔流が解き放たれる!
「――――『
それは眩くも恐ろしい『光輝く闇』。
矛盾する概念を体現させた神なる蛇は、幼い少女の姿をした敵を屠るためだけにこの世界ごと破壊せんと突き進む。
――――『
それは余波だけで惑星を破壊するほどの威力を内包した究極の超破壊魔導砲。
魔法的な概念こそ込められていない純粋な破壊光線であるが故に、この無慈悲な砲撃の前にはいかなる対魔法障壁も無意味と化す。
その眩いまでの輝きは世界をまるごと灼熱の炎で焼き払い、どこまでも暗い闇が一切も残さずに飲み込み、消滅させる。
旧神話において総てを超えしモノたる
古の伝承に伝えられる究極なるチカラの前に、たかが魔道生命体如きが叶うはずも無く、もはや少女の眼前へと迫る死の閃光から逃れる術などありはしない――――!
視界を埋め尽くす黒と金に彩られた破壊光線がヴィータの小柄な身体を容赦なく飲み込まんと唸りを上げる。しかし――
「やらせん!!」
ヴィータは消滅する事は無く、絶対なる死を与えるはずの極光は彼女の主から与えられた騎士甲冑、その真紅のスカートの端を掠るのみに留まった。
ヴィータは己が窮地を救ってくれた、青い毛並みの狼の姿に驚愕を顕わにする。
「ザ、ザフィーラ!? なんでお前がここにいんだよ!?」
「なにやら胸騒ぎがしてな……。ふっ、我の直感も捨てたものでは無いらしい」
「何かっこつけ――ッ!? おい、ザフィーラ!? お前、その足……!?」
「気にするな。掠った程度だ」
鋭い牙の立ち並ぶ口元を歪ませながら放たれたザフィーラの言葉を、ヴィータには真に受けることが出来るはずもなかった。
なぜなら――ザフィーラの左後ろ足は膝上までしか存在していなかったからだ。
そう、確かに『
爪先を掠っただけの筈の破壊の奔流は、その余波だけで盾の守護獣と呼ばれたザフィーラの片足を消し飛ばす程の威力が込められていたのだ。
彼の足から出血こそしていないものの、それは単に傷口があまりの熱量で炭化ししてしまっているに過ぎない。
「かなりの大物ということはわかっていた事だが……まさかここまでの怪物であったとはな……。これほどまでに禍々しい匂いを嗅いだのは初めてかもしれん」
「あー、そうだな……シグナムなら喜ぶんじゃねーの?」
お互いに軽口を叩きあいながらも、ヴィータとザフィーラの全身から脂汗がとめどなく流れ落ち、焼き付けるような激痛が二人を容赦なく襲う。
(ヴィータ、ここは撤退するぞ……この相手には我ら全員で掛からねば対処できそうも無いだろう)
(ンな事はわーってるよ……けどよ、奴さんやる気満々だぜ? どうやって逃げんだよ?)
細められた二人の視線の先には、金髪の少女――アリシアを左肩に乗せたダークネスがゆっくりと彼らのほうへと歩いてきている。
全身から火の粉のような魔力を放出させながら、右手を振り上げる姿にヴィータとザフィーラの脳内に最大級の警鐘が鳴り響く。
「クライシス・エッジッ!」
振り下ろされた手刀から放出された三日月状の斬撃が、大地を切り裂きながら二人に襲い掛かる。
ザフィーラはいまだ動くことの出来ないヴィータを庇うように彼女の小柄な身体の前に出ると、残された三肢で大地を踏みしめ、全魔力を注ぎ込んだ最硬の障壁を作り出す。
そして――衝突。
漆黒の斬撃が青いシールドとぶつかり合い、火花が飛び散る。
ガリガリ……! と硬い金属にチェーンソウを叩きつけたような甲高い音が鳴り響き、驚いたアリシアが咄嗟に両手で耳を塞ぐ。
程なくして斬撃は火の粉が舞い散るように、その形を崩壊させてゆき、魔力の粒子へと戻っていく。
後に残されたのは、深い皹が入ってこそいるものの、いまだ立てとしての役割を残すシールドのみ。
まさに盾の守護獣の面目尺所と言わんばかりの結果に、疲労で息を荒げるザフィーラへとヴィータが声をかけようとした瞬間、展開されたままの障壁の向こうで黄金の光が煌き――
「誰が、一発だけだと言った?」
漆黒の斬撃に遜色無い魔力の込められた黄金の斬撃が迫り来る。
「ぐっ!? ……ぬぉおおおおおおお!!」
咆哮を上げ、皹の入った障壁に魔力を注ぎ込むものの、先ほどの一撃を防げたのがやっとという状態であったザフィーラに、更なる一撃を防ぐ手立ては残されていなかった。
バキィイインッ……!!
ガラスの割れたような甲高い音が鳴り響くと同時に、
「ぐううっ……ぐぅおおおおおおお!!」
ザフィーラの悲鳴が木霊した。
「ザフィーラ!?」
ヴィータの悲鳴が虚しく響く中、その身に深々と食い込んだ黄金の斬撃によって全身を切り裂かれたザフィーラは、噴水のように鮮血を撒き散らしながら地に倒れ伏した。
それでも後ろにいる仲間には攻撃の余波すら通さなかったのは、彼の守護獣としての矜持か。
「てっ、てめぇぇえええええええ!?」
真紅に染め上げられてゆく仲間の青い毛並みを呆然と見下ろしていたヴィータの理性が弾けとび、反射的に飛び出そうとした刹那、彼女の前に降り立つ二つの影の存在があった。
その後姿に、ヴィータの良く知る仲間の背中に、ヴィータは思わず飛び出しそうになった身体を止めてしまう。
「シグナム!? シャマル!?」
「二人とも、だいじ……――ザフィーラ!?」
「クッ……! おのれ……!」
突如、この場に転移して現れた二人の騎士。“烈火の将“シグナムと“湖の騎士”シャマルであった。
ヴィータたちの帰りがあまりに遅すぎたために、駆けつけてきた二人の内、シャマルは慌てて危険な状態のザフィーラへと駆け寄り、シグナムは愛剣たるデバイス【レヴァンティン】を構えながら、鋭い目で仲間をここまでの瀕死に追いやった敵の姿を睨みつける。
一方のダークネスはと言うと、勢ぞろいした“ヴォルケンリッター”の姿と数に違和感を感じつつ眉を顰めていた。
(妙だな……こいつらだけか? てっきり“参加者”の一人でも同行しているものと思っていたんだが……。あるいは、まだ守られている立場に甘んじているのか?)
”原作”を知るものであるなら、間違いなく一人は『八神はやて』に接触するだろうと考えていたダークネスは、仲間の危機にも駆けつけてくる様子の無い“参加者”たちに拍子抜けしたように嘆息する。
あわよくば、この場で矛を交えるのも一興か、と思ったのでわざわざ“鉄槌の騎士”と“盾の守護獣”と遊んでいたと言うのに、いまだ駆けつける様子の無いところを見ると、己の推測も凡そ外れていないらしい。
いっそのこと、アリシアの訓練も兼ねて彼女に戦わせてみても良かったか? と思わないでもないが、今更言ったところでどうにもならない。ならば、精々こちらに有意義に事態が動くように、種を蒔いておくのも一興だろう。
「ねぇねぇ、ダークちゃん? この人たちって、誰なのかな?」
ただ一人、事態が理解できていないアリシアがちょこん、と首をかしげて問いかけてきた。
彼女からすれば、のんびりピクニックしていたのに、何故かとんとん拍子でバトルが始まったので(しかも、アリシアの事は半ば放置の形で) 、いい加減に説明して欲しいのだろう。
こちらを睨んでくるポニーテールの巨乳さん(シグナム) や、血塗れのおっきなワンこ(ザフィーラ) に必死に呼びかけるハンマーっこ(ヴィータ) と、何と無くうっかりそうなお姉さん(シャマル) たちは明らかに「お友達になりましょう」的な人では無いということくらいは判っているらしく、左手を右手首に装着された腕輪にそっと手を当てている。
色とりどりの宝石のような石を組み合わせて作られたようなこの腕輪こそ、アリシアのデバイス【天雷の箒 ヴィントブルーム】の待機状態である。
一見するとのんきそうな少女のようでありながら警戒を怠らないその判断に、ダークネスは満足気な表情を浮かべる。
己と共にある以上、闘争の運命から逃れることは出来ないのだから。とっさにどんな反応も取れるよう教えた甲斐があったというものだ。
「良いか、アリシア? こいつらの名はヴォルケンリッターと言ってな。闇の書とか言う中古品の付属品みたいなモンだ。お前も見たと思うが、己の欲望を満たすためだけに他人に襲い掛かる不届き者だ。つまりは――俺たちの敵だな。OK?」
「いえぇ~す♪ えっとお、要するに……悪いヒトなんだね!? あ、でも、中古品て、どういう意味~?」
「フム? それは――(まあ、言っても良いか?)……実はな――」
――ミツケタ
ゾクッ!!
「「「!?」」」
「ん? (こいつは……?)」
「ふえ!? な、何々!?」
突如周囲に撒き散らされた濃密な殺気に気絶したザフィーラを除くヴォルケンリッターは僅かに怯み、警戒の態勢をとり、ダークネスは殺気をサラリと流して殺気の放たれているであろう方向へと目を向け、アリシアは純粋に驚きキョロキョロ辺りを見渡す。
そして一同の視線がただ一点、結界に侵入してきた侵入者へと集められた。
そこに居たのは十代前半とおぼしき、一人の少年。喪服のように黒い軽鎧に身を包み、背中には西洋の両刃剣が背負われている。俯きがちのために前髪で隠れたその奥から、爛々と輝く真紅の瞳。
そこに映る憎悪と殺意に、少年に真っ直ぐ直視されるヴォルケンリッターの面々が、気圧されたように身を下げる。
その様子を、戦意を霧散させたダークネスは面白そうに腕組をしつつ事態の推移を見物していた。
アリシアも空気を呼んで、大人しくしている(と言っても、実は念話でダークネスと会話していたのだが)。
「――見つけた。ああ、やっとだ。やっと……」
やらゆらと幽鬼のような危なげな足取りで近づいてくる少年に愛剣を突きつけながら、警戒を顕わにしたシグナムが問いを投げる。
「貴君、いったい何者だ? 何の目的があって此処に居る?」
「見つけた見つけた見つけた……クッ、クククク……」
まるで壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返す少年にシグナムの言葉が届いた様子は無い。
シグナムは再度、語尾を強めて叫ぶように問いかけた。
「もう一度だけ訊く……お前は何者だ? その殺気……返答なき場合、我らに敵意あるものと判断させてもらうが?」
剣呑さを滲ませたシグナムの声がようやく届いたのか、少年は足を止め、顔を上げる。
少年とシグナムの視線が交差した瞬間、彼女の瞳に奇妙なものが映りこんだ。
三日月のような孤月を描く、歪みきった少年の口元を。
そして、見開かれた真紅の瞳が憎悪と、殺意と、歓喜で染まりあがってゆくのを。
「あは――」
歪んだ口から漏れた笑い声が、
「あははははハハハはハはははハはははは!!!」
爆発したように溢れ出した哄笑が結界内に響き渡った。
「――ッ!?」
感極まったように、狂ったように笑い出した口元以外を一切動かさずに嗤い続ける少年に各々が驚愕の表情を浮かべる。
程なくして、散々笑って気が済んだのか、少年は先ほどまでの無表情が嘘のように感情を顕わにしていた。
殺意、怒り、憎しみ。憎悪とカテゴライズされる、およそあらゆる感情を浮かべて。
尋常ではない様子の相手に、シグナムのデバイスを握る手に汗が滲む。
「見つけた見つけたミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタぁぁあああああああっ!! 会いたかったぜぇぇえええええええ!! ヴォルケンリッタぁあああああああああ!!!」
殺意の咆哮を上げながら、背負った剣で抜刀の要領で袈裟切りに振り下ろされた一撃を、シグナムは反射的に己がデバイスで受け止める。しかし、そこに込められた凄まじく重いプレッシャーに、受け止めた体勢のシグナムの足元が陥没する。
「グゥッ!! な、なんという重い一撃だ……!」
鍔競り合いになり、至近距離でにらみ合う体勢になった両者は、各々の心情を己が瞳に写して相手を睨みつける。
シグナムは、何故これほどまでに殺意を向けられるのかわからない故の『困惑』を。
少年は、“仇“の一人の反応から、己の大切なものを奪った事を忘れていることに気付いた故の『激怒』を。
両者は弾かれる様に離れて間合いを取ると、再び少年が間髪入れずに飛び掛っていく。大振りに振りかぶられた剣型デバイスが魔力を放出する。
少年の怒りを映し出したかのようなどす黒い魔力光が剣の表面を包み込み、五メートルはあろうかと言う巨大な大剣へと姿を変える。巨大化した愛機を、重さをまるで感じないように軽々と振り回した少年が大地を踏み鳴らしながら、突進する。
狙うのは――倒れ伏したまま、身動きの取れないザフィーラ!
「ッ!? いかん! シャマル! ヴィータ!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇエエええエエえエ!!」
【Earth Saber】
弾き飛ばされたシグナムの位置からでは、距離が有るために間に合わない!
シャマルはザフィーラへと施していた回復魔法を維持できず、恐怖で身を竦めてしまう。
サポート役である彼女の障壁では、この狂気に染まった少年を防ぐことが出来ないと直感で察してしまったのだ。
震える彼女の眼前に、憎悪の炎の宿りし一撃が振り下ろされる。だが、その一撃がシャマルの身に届くことは無かった。
「ぐっ、ああああっ!! 踏ん張れ、アイゼン!!」
「やらせは……せんっ!!」
「ヴィータちゃん!? ザフィーラ!?」
いつの間に意識を取り戻したのか、ザフィーラとヴィータは二人掛りで防御障壁を展開、攻撃を受け止めていた。
激しくひび割れ、今にも砕かれそうな障壁の破片がぱらぱらと宙に舞いながら、それでも懸命に障壁を維持して、殺傷設定の攻撃を受け止め続ける。
「――ナンデ、イキてるンダよ……? 死ね死ねシネシネシネシネぇええええああああああ!!」
咆哮を上げながら押し込まれた刀身が、二人掛りで生み出した障壁へと食い込み、今まさに切り裂かんとした瞬間、少年の死角から烈火の一撃が叩き込まれる。
「紫電一閃!!」
「カハッ!?」
目の前の敵に気劣られすぎたせいで、完全に意識の外へと追いやってしまっていたシグナムの攻撃を防ぐ手立てなどあるわけも無く、少年は地面をバウンドしながら吹き飛んでゆく。
この期を逃すまいと、吹き飛んだ少年と、当初の狙いだった筈の二人組み双方を警戒しながら、仲間へ撤退を命じる。
「ここは退くぞ! これ以上の戦闘は危険すぎる!」
「りょ、了解!!」
自分たちの将の声に背を押されたように、慌ててシャマルが転移魔法の魔法陣を展開する。
四人全員を同時に転送するために若干のタイムロスがあるものの、現在展開されている封時結界はもとより彼女らの仕掛けたもの。自分たちは簡単にすり抜けられる上に、この明らかに普通じゃない怪物たちの足止めにもなるだろう。その僅かな隙に自分たちは安全圏へと離脱できる。
そう判断したシグナムたちの耳に、事態を傍観していたダークネスからある言葉が投げかけられた。
「貴様らを如何こうするつもりは無かったんだがな……。俺と
『!!?』
“地球”それに“小娘”
普通ならば、それは何の意味も無さない筈の単語であった筈である。
しかしヴォルケンリッターにとっては、決して聞き逃すことの出来ない言葉だった。
驚愕を隠すことも出来ず、問い返そうとした彼らだったが、すでに展開していた転送魔法の光の中へと消えていく。
程なくして、ガラスの割れるような音と共に結界が砕け散る。見れば、先ほどシグナムに吹き飛ばされた少年が逆手に持った大剣を振りぬいた体勢をとっていた。
戦いの傷跡が消失し、後に残されたのは穏やかなどこまでも広がる草原とその一角に広げられたままの青いビニールシートとサンドイッチ入りのバスケットに水筒。
そして、
「逃げられた……? ――ッ!!! ユルサネェユルサネェユルサネェ……!! 絶対にニガサねぇぞ、ヴォルケンリッタァァアアアア!!!」
「そうか。なら、会わせてやろうか?」
喉が張り裂けるほどの絶叫を上げ、八つ当たりでデバイスと思われる大剣を振り回しながら美しい草原を荒らしまわってゆく狂った少年にダークネスが声をかける。
その言葉に、叫ぶのをピタリと止めた少年は、ギュルリ! と身体を捻じ切るような歪な動きでダークネスへと向き直る。
「――ホン当カ?」
「ああ、もちろんだとも。ただし……一つだけ、条件があるがな……?」
「うっわ~……ダークちゃん、わっるい顔してるんだよ~~」
焦点も不確かな、けれど見るものの心まで狂ってしまいそうな程の憎悪をまるで火山帯の間欠泉の如く沸きあがらせている少年に、ダークネスは笑みすら浮かべながら歩み寄る。
無防備に近づく様子から、まるで目の前の狂人が自分に敵対することなどありえないと悟りきっているかのようであった。
後にアリシアは語る。
この時ダークネスが浮かべていた表情は、間違いなくラスボスとか魔王様的なシロモノであった、と。
そして、こうも語っていた。
そんな悪っぽいダークちゃんも結構良いんだよ~♪、と。
とある管理外世界で繰り広げられた、魔神と魔女の狂った勇者と夜天の騎士たちとの出会い。
この邂逅こそが《神造遊戯事件》の第二幕、“闇の書事件”の開始となった事を、まだこの時は誰一人理解していなかったのだった。
【中間報告】
“
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅰ”:ヴォルケンリッター、及び『謎の少年』と接触。アリシアと少年と共に、戦いの舞台である地球へと移動中
“Ⅱ”:ミッドチルダにある隠れ家にて、のんびりとおやつタイム中。いろいろ魔改造したガジェットを海鳴へ放とうかと思案中
“Ⅲ”:“Ⅶ”の屋敷地下の拷問部屋にて紳士諸君による制裁中
“Ⅵ”:なのは、ユーノと共に魔法を、母である桃子からお菓子作りをそれぞれ修行中。
“Ⅶ”:『メフィスト』の散布を完了。引き続き、動作チェック中。
“Ⅷ”:――――(正体不明)
『A’s』より参入予定の“参加者”:“Ⅸ”、“Ⅹ”
『A’s』開始まで、残り一ヶ月と六日
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襲撃
「う、うう……どうして、こんな事を……」
砕けたガラスの破片が散乱するビルの床の上で瓦礫に背を預けながら、なのはは目の前の襲撃者に問いかけた。
特に何か変わった事があったわけでもない。ごくごく普通の一日を過ごし、「さあ寝ようか」とした時に突如発生した封鎖結界に囚われてしまったなのはが慌てて屋外へ飛び出したとき、その人物は現れた。
口元をマントで隠し、片手に剣型デバイスを手にした魔導師らしき人物が。
その謎の人物は無言でなのはに襲い掛かった。無論、なのはも反撃したものの、その総てを避わされ、捌かれて、何も出来ずに追い込まれ、ビルへと叩き込まれてしまった。
鋭い斬撃でバリアジャケットの一部が切り裂かれ、まさに満身創痍のなのはの前に、襲撃者が無言で降り立つ。
「…………」
震える手で皹の入ったレイジングハートを構えるなのはの問いかけに、しかし返答が返ってくることは無く、襲撃者は無言で片手に持つ西洋剣型のデバイスを振り上げる。
非殺傷設定とはいえ、デバイスそのものによる打撃や斬撃、魔法により引き起こされた炎や雷といった現象は普通に物理破壊能力が有されている。
つまりぼろぼろである今のなのはからしてみれば、彼女の脳天を断ち切らんと振り下ろされた剣は、間違いなく彼女の命を奪いかねないシロモノであるというわけで――
ガキィイイン!!
「「ッ!?」」
声なき悲鳴を上げるなのはの眼前で、振り下ろされた刀身が黒い斧によって受け止められる。
それを見るや、襲撃者はバッ! とステップで距離をとり、乱入者を睨みつける。
なのはの目の前で金糸の如き長髪が宙を舞い、黒い外装がヒラリと翻る。
その姿に、なのはは無意識にポツリと呟く。
「フェイトちゃん……?」
「君は……誰だい?」
襲撃者が口を開く。声色からどうもなのはたちとそう変わらない少年と思われた。
どこか無理やり感情を押し殺しているかのような相手に内心小さな疑問を抱きながら、フェイトははっきりと告げる。彼女がここに来た意味を。
「この子の……なのはの――友達だ」
白と金の魔力光が夜の帳が降りた夜空で交差する。その光景を視界に写しながら、高町花梨はあせりにその表情を歪ませていた。
――まさか向こうに呼び出されている時に、なのはが襲撃されるなんて!
なのはが襲撃される少し前、そろそろ『A’s』の開始かな? と身構えていた花梨は、嘗て赴いた神の祭壇へと再度召喚されてしまった。
ただ、前回と全く同じと言うわけではなく、いくつか違っていた点もあった。
まずは目の前に聳え立つ大樹だ。前回は自分が立つ祭壇がこの巨木の中ほどに位置していたはずだが、今日の祭壇の位置は以前より上昇していたのだ。かつては上空に仰ぎ見ていた雲が祭壇の少し下にある位の高さと言えばわかりやすいだろうか。
見上げれば、視界を埋め尽くさんばかりに広がる、大樹の枝々の描く深緑。
今日会話した神(前回の老人っぽいヒトとは別人らしく、若い女性の声だった)曰く、私たちが順調に神への階段を上っているからだとの事。要するに、この大樹の天辺に昇りつめた唯一人が、“
「そんな演出なんか要らないのだけれど?」と皮肉を飛ばしてみたものの、女神らしき声の主には軽く流された上に、《嫌なら、リタイアしても良いのよ?》とカウンターを喰らってしまった。リタイア = 死亡なのだから、様は自殺するなりすれば良いと毒を吐かれてしまった訳だ。
《うふふ……》と楽しげな笑い声が、耳の奥に残っているようで非常にイラつく。
まあそれは置いておくとして、もう一つの相違点は、集められた人数がまたもや数が合わなかった点だ。
今回、姿が確認できたのは自分も入れて、“Ⅱ”(?) 、“Ⅲ”(アルク) 、“Ⅶ”(葉月) 、“Ⅷ”(?) の計五人。
相変わらず他の参加者の姿はぼやけていたので、いまだ正体不明な“Ⅱ”と“Ⅷ”の素顔を確認することは出来なかったが、『A’s』から参入する筈の“Ⅸ”と“Ⅹ”の姿もないことはどういう事なのか? そして何より、姿を見せぬ“Ⅰ”はどうしたと言うのだろうか?
その疑問はこの場にいた全員が感じていたのだろう。神らしき女性は、鈴の鳴る様な、しかし妖絶さを感じさせる声で嗤う。
《その三人は、今まさに
その言葉を聴くなり、怒鳴り声を上げようとした私の身体は瞬時に元の場所、自分の部屋へと戻された。
引き戻されるような感覚に身を囚われながら、神が“ゲーム”の再開を告げる声が遠ざかってゆくとき感じた怒り、結局おちょくられただけの様な脱力感とそれを上回る彼らへの憤りを沸きあがらせながら、花梨は既に展開されていた結界へ向かって駆け出し――
「おい、そこのお前。ちっとだけ、おとなしくしちゃくんね~かな」
宙に浮かぶ真紅の衣装に身を包み、片手に古びた書物を抱えた少女――ヴィータに遭遇した。
「っ!?」
――ッ、ウソ!? なんでここにヴィータが!? じゃあ、あそこでなのはが戦っているのは一体誰なの!?
予想だにしていなかった人物との接敵に、花梨は目を見開き、足を止めてしまう。それでも胸元にある待機状態のデバイスへと片手をかけるのは流石と言うべきだろうか。
「この感じ……魔導師、か? マジかよ……『コウタ』の言った通りじゃねえか」
(『コウタ』……? 知らない名前ね。って事は十中八九、向こう側の転生者ね)
ヴィータの呟きから『コウタ』なる人物の存在を感じ取った花梨は更なる情報を引き出そうとあえて軽口を投げかける。
「あらあら? こんな夜遅くにブラブラするのはお姉さん感心しないわよ? 早く、お姉ちゃんの待ってるお家にお帰りなさいな?」
「んだと!? テメェだってガキじゃねえかよ!! それにこう見えても、アタシのほうが年上なんだぞ!!」
「(掛かった!) あら、そうなの? それにしては子供っぽい服を着ているみたいだけど? おまけに、帽子にウサちゃんなんかつけちゃって……どう見ても、お子様よね~?」
「てっ、テンメぇええ!! この騎士甲冑は『はやて』の! そんでもって、この呪いウサギは『コウタ』からの贈り物なんだぞ!? それをよくも……っ!! 絶対にゆるさねぇ!! アイゼン!!」
【Ja!】
琴線に触れられたことで一瞬で激怒したヴィータの叫びに呼応し、彼女の手にあるハンマー型デバイス『グラーフアイゼン』が唸りを上げて薬莢を吐き出す。瞬間、彼女の身体から吹き上がる魔力余波に煽られ、花梨のポニーテールが宙をはためく。
――よし、ビンゴ!
間違いなく『コウタ』って人は闇の書側の協力者! おまけにぬいぐるみをプレゼントされるくらい親しい関係って事は……多分、私と同じで
自身もデバイスを起動させながら、花梨は手に入れた情報を纏め上げてゆく。今後の戦略を決める上で、新鮮な情報は出来るだけ回収しておきたい。
「おおおおおらぁあああ!!」
「いきなり!? るっ、ルミナスハートッ!!」
【Protection】
ヴィータの目的が花梨の魔力だと言うことは知識として知ってはいるものの、まさかいきなり攻撃してくるとは思っていなかった花梨の反応が一歩遅れてしまう。
しかし、その隙をカバーするのが相棒たるルミナスハートの役目だ。
咄嗟に前面に回された杖身から全身を覆うほどの防御魔法を展開する。
カートリッジこそ内蔵されていないものの、ルミナスハートは神さまお手製のチートデバイス。その性能は歴戦の勇士たるヴォルケンリッターのそれに全く引けを取らなかった。
ガキンッ!!
「なっ!? か、硬え!?」
甲高い音を立てながら障壁に叩きつけられたグラーフアイゼンは、それを砕くどころか皹一つ入れることが出来ずに押しとめられてしまう。その事実にヴィータは驚愕を隠せない。
(いくらハンマーフォルムのままだって言っても、カートリッジもついてないミッド式の防御が砕けない!?)
一撃の破壊力に確たる自信を持っていたヴィータが予想外の結果に気をとられた一瞬の隙を逃さず、花梨は飛翔魔法を発動させて己のと得意な間合いであるミドルレンジに距離をとる。
アウトレンジを得意とする妹のなのはとは違って、花梨は父から剣術の指南を受けている。無論、兄や姉のように本格的な剣士としての修行を受けている訳ではないが、それでも運動神経の切れていない花梨はそれなりの剣の腕を身に付けることが出来た。無論、まだまだ要修練が必要なレベルだが(父である士郎はあくまで護身用に教えた)。
そんな訳で、武器を使用しての近接戦闘と砲撃魔法の遠距離攻撃を組み合わせたミドルレンジこそ、高町花梨の領域と言う訳だ。
デバイスを隙無く構え、強い意志を瞳に宿す花梨の姿に、冷静になったヴィータもまた、油断無くグラーフアイゼンを構える。
戦士としての勘が、目の前の少女が決して捕食されるだけの獲物などではなく、全力を持って応対すべき強敵であると告げていた。
距離をとり、夜の空の上でにらみ合う二人の少女。
互いに無言のまま、頬を撫でる夜風の泣き声を耳にしていたがやがてじれたように、片方の少女が口火を切る。
「いきなり襲い掛かられる覚えは無いのだけれどもね? 一体どのようなご用件でしょうか?」
「……わりーんだけどよ……テメェの魔力を貰うぜ。下手な抵抗しなけりゃ、痛い思いはしないで済むぞ?」
「ふ~ん? ……で? 私の答えはもうわかってるんでしょ?」
「ああ……おとなしく蒐集されるもりはねーんだろ? ――なら力ずくでぶっ潰させてもらうぜ!!」
咆哮一閃。叫びを置き去りにする程の加速で突っ込んでくる。アイゼンがロードしたカートリッジの空薬莢を吐き出し、先端のハンマー部分がロケットスパイクへと変形する。そして身体を回転させ、遠心力を加算させた一撃を叩きつける!
「ラケーテンハンマー!!」
「くっ!!」
正面から受け止めるのは不味いと判断した花梨はいっきにその場から上昇、飛び越えるようにヴィータの攻撃を回避する。だが、相手は百戦錬磨の騎士、当然この程度では終わらない!
「ぐっ……らぁあああああ!!」
「なあっ!?」
その予想外の動きに障壁の展開は間に合わなかった。何とかルミナスハートで受け止めたものの、十分な加速のついた鉄槌の一撃が容赦なくルミナスハートの杖身を削り、砕いていく。
ひび割れてゆく愛機の名を叫びながら、ルミナスハートを砕くほどの威力が籠められ、完全に振りぬかれた一撃で吹き飛ばされた花梨の身体は住宅街の一軒の屋根に叩きつけられる。その衝撃たるや、屋根を砕き、二階建ての住居の一階床まで叩き落される程であった。
「ぅ、ぁ……」
床に叩きつけられた際に頭を打ち付けたのだろう。床にめり込んだ体を起こすことも、何とか手放さなかったひび割れた杖を構えることも出来ず、花梨は意識が朦朧としたまま床にその四肢を投げ出していた。
そんな花梨の傍らに舞い降りるのは、こちらも肩で呼吸を繰り返し、身体をふらつかせているヴィータだった。
アイゼンを持つ腕が、無茶な機動のせいでプルプル震えている。いくら魔力で強化してるとはいえ、下手をすれば全身の筋肉が断絶してしまってもおかしくない手段だったのだから、この姿もある意味で当然の結果と呼んで良いだろう。
悲鳴を上げる身体に鞭を入れ、左手に持った書物を目の前に掲げる。
ヴィータの呼びかけに応えるように、彼女の手の中から宙に浮かび上がるこの魔道書の名は【闇の書】。葉月のデバイス【グリモワール】よりやや小さい、一般的な書物と同サイズのこの魔道書こそ、第一級危険指定物としてその名を知らしめるロストロギアである。その能力とは――
「――蒐集」
その言葉をトリガーとし、闇の書の頁が独りでに捲れて行く。そして花梨の胸元から彼女の魔力光と同じ、真紅の輝きを放つ光――リンカーコアが露出する。
「うっ……! あ、ああっ!!」
剥き出しにされたリンカーコアから花梨の魔力が引き抜かれ、闇の書の中へと吸い込まれていく。
花梨の悲鳴をBGMに、彼女の魔力を吸い取り、書の頁に文字が刻まれてゆく光景を、ヴィータは若干の焦りを滲ませながら見つめていた。
(ヤベェな、時間が掛かりすぎた……おまけに今のアタシのコンディションじゃ、皆の援護に行こうとしても、かえって足手まといになっちまうんじゃねえのか……? クソッ! せめて、コイツから蒐集できたのが幸いっていや幸いか?)
考え込むヴィータの前で、漸く魔力蒐集と闇の書への書き込みが終わる。
結果、闇の書は凡そ三十頁ほど増やしていた。
予想以上の結果に、ヴィータの頬が歓喜で緩む。
「よっし! 予想以上の結果だな、オイ! この調子なら、はやてを救える日も近いぜ!」
そう言ってあたしが思い返すのはこの世界で目覚めた時の出来事。もう何度目になるのかも判らない目覚めの感覚。
記憶が消耗しちまってるけど、それでも歴代の主がどういう連中なのかは覚えてる。皆、闇の書の力に溺れ、あたしらを道具扱いしてきた。きっと今回の主もそうに決まってる。それでも、闇の書の騎士として主という存在は絶対であり、プログラムでしかない自分たちにはどうすることも出来ない。
闇の書から表へ出る際の一瞬の浮遊感を経て、床――室内か? の上に足をつけると、すぐさま片膝をつき頭を垂れる。
目を閉じても傍らには良く知った仲間たちの気配を感じる。無言の静寂が支配する空間の中、あたしらの将であるシグナムが口火を切って口上を述べる。
ふと、主はどんな奴かと興味を覚え、うっすらと目を開けて、主と思われる人物を見上げてみる。すると――
『……なあ、シグナム?』
『黙っていろ、ヴィータ。主の勅命を頂くまでは黙して待つのが騎士の――』
『いやさ? なんかコイツ……、てかコイツら? 気絶してるっぽいんだけど?』
『『『え?』』』
アタシたち四人の目が向けられた先では、ベッドの上で目を回して気絶している主と思しき一人の少女と何故かその少女の左肘を顔面にめり込ませたまま気絶した少年の姿があった。
これがあたしたちにとっての転機となる、最後の闇の書の主『八神はやて』と、彼女の弟にして、アタシの……その、何だ……かっ! かけ……! かけがいのない人になる少年『八神コウタ』との、なんとも締まらない出会いだった。
今回の主は何かと変だった。何が変って、まずあたしらを人間扱いしたことだ。あたしたち守護騎士は闇の書の付属品であるプログラム生命体でしかなく、食事も睡眠も、生物として必要な行為は基本的に必要無かった。
けど、主であるはやてと彼女の弟であるコウタはあたしらを普通の人間と同じように接してきた。
『家族になってほしい』
そう言った主は人を傷つける行為を是非とせず、戦いを禁じた。
一方で服を買い与えたり、ぬいぐるみをプレゼントしてくれたり、いっしょに食事を取ったりした。
どれもこれも、今までに無かった筈の行為だった。正直、最初の頃は懐疑心とか、物足りなさとかでしょっちゅうイライラしていた気がする。でも、主にそんな事を言えるはずも無く、なんだかんだで新しい生活になじみかけていたシグナムたちに相談するのも気が引けた。そんなこんなでモヤモヤしていたあたしにアイツは……コウタはこう言ってきた。
『そんなに人を傷つけたいのかい?』と。
その瞬間、コウタの胸倉を掴みかかりながらも、あたしの中で「ああ、そうだったんだ……」とどこか納得していた自分がいた。
コウタの言ったとおり、あたしは物足りなかったんだと思う。
今までは目覚めたらすぐに闇の書を完成させるために、魔力を蒐集するために、戦いを繰り返していた。
強敵を打ち倒せた時の、興奮。戦場を駆け巡った時に感じた高揚感
そして書の頁を完成に近づけてゆくときに感じた、満足感。
――ああ、そうか。あたしはどうしようもなく、戦いに飢えていたんだ……。
一度理解してしまったら、納得するのは簡単だった。
結局のところ、今までの自分のすべてを否定されているような気がして、戦いを嫌う主の命令に納得できず、苛立っていたんだ。
全く、何が騎士だ。どこのガキだよ、あたしは……
そんな自己嫌悪に陥ったあたしに手を差し延べてくれたのも、コウタだった。
『ねぇ、ヴィータ?』
『あん? んだよ?』
『僕に戦い方を教えてくれないか?』
『――は?』
昼間っから縁側でボケーっと青空を眺めていたあたしは、唐突にそんな事を言われて大層珍妙な顔をしていたことだろう。
だって、はやてから貰ったビーフジャーキーを齧っていたザフィーラが
『……ヴィータよ。淑女という言葉を知っているか? 彼女らは日常的に鏡と向かい合いながら、己の容姿をより良くしようと切磋琢磨しているのだそうだ』
遠まわしに、淑女たりえない愉快な顔だと言われたことにあたしが気付いたのは、その日の夜、入浴中にシャマルに頭を洗ってもらっていた時だった。
――ちなみにザフィーラへの怒声を吼えながら、急に立ち上がったあたしの後頭部は、丁度真上にあったシャマルの顎と激しくクラッシュ、二人して痛みで浴槽を転がりまわる羽目になっちまった。
ついでに言っとくと、痛む頭を押さえ、涙を浮かべながらも文句を言ってやろうと、思わずそのまま飛び出しちまったあたしは、顔を洗いにきたコウタと遭遇。裸を見られた恥ずかしさとかいろんなものでグチャグチャになったあたしは思わずアイゼンの一撃をコウタの脳天に叩きつけちまった。そんで、騒ぎを聞きつけたはやてとシグナム二人によるダブルお説教タイムに突入してしまったのは、もはやお約束だろう。
ま、まあそれは置いといて、あたしは当然疑問に思ったことを聞いてみたんだ。「なんでコウタは戦い方を身に付けたいんだ?」ってな。
そうしたらアイツ、真面目くさった顔でこう言いやがったんだ。
『ヴィータたちを守れるような男になりたい』
はっきり言おう。どこのプロポーズだよ、ソレ?
はやては『ひゃーーーー!? お姉ちゃんの知らん内に、コウタったらいつの間にか男の子になっとんたんやねぇ……(ホロリ)』とハンカチで目じりを押さえ、シグナムは『ほう、良い心がけだな』と、うんうん頷き、シャマルは『た、大変! ヴィータちゃんに春が!? おおお、お赤飯炊かなくっちゃ!?』と慌てまくって炊飯器をひっくり返し、ザフィーラは『ZZZ……』――まあ、犬だしな「狼だ!!」うお!? 回想に入って汲んじゃねぇよ!(ゲシゲシ!) ん、んんっ! え、ええと、まあ、なんだ。そんなこんなで盛大に爆弾発言をしたコウタだったんだけど、やっぱりっつ-か、本人にはそこまでの意味は無かったって言うか、
『あ~~……えっと、さ? はやて姉が闇の書の主なのはどうしようもないことだろ? だったらその力を利用しようとする奴が現れると思うんだ。いざその時なって、誰も守れないままの弱い自分でいたくない……僕だって、皆を守りたい! 力になりたいんだ! だからお願いだ、僕に戦い方を教えてください!!』
そう言って頭を上げるコウタに押し切られるように了承しちまったあたしが戦いの師匠みたいな役をする羽目になっちまった。も、もちろんシグナムたちも時々稽古をつけてるんだぞ!? なんでかシラネ~けどデバイスを持ってた(これについて問い詰めても、はぐらかされてばっかだった。いつか聞き出してやる!)コウタはめちゃくちゃ才能があって、短期間でとんでもなく強くなっていった。――時々、やりすぎてボロ雑巾みたいにしちまっては、二人揃ってはやてにオシオキされたけど……。
献立がハンバークだった日に感じた夕飯抜きを告げられた瞬間の世界が崩れ落ちたようなあの絶望。あれはもう味わいたくないとコウタと二人、庭に首だけを出した状態で埋められながらしみじみと感じたモンだ……。
そんな騒がしくも楽しい、まるで本当の魔法のような時間は、ある日、唐突に終わりを迎えることになっちまった。
『身体の麻痺が徐々にですが進行してきています……私どもも手を尽くしておりますが、はっきりともうしますと現段階では難しいということをご理解ください……』
倒れたはやてが担ぎ込まれた病院で医者に言われて初めて気付いた真実。闇の書の侵食による、はやての命の危機。そして、その一端を担っているのが自分たちの存在そのものだという事を。
あまりにも呆気なく終わりを告げた何気ない日常。穏やかで尊いあの日々を取り戻すため、そして自分たちに新しい未来を見せてくれた優しい主を救うために、アタシたちは選択した。
誰かの幸せを、幸福を壊すことになろうとも、どんな罵声を、怒号を掛けられようとも、かならず主を――はやてを救って見せると。
「誰かを傷つけてはいけない」というはやての言葉を反故にし、蒐集活動を始めたアタシらをコウタは批判することもせず、むしろ協力したいと言ってくれた。唯一残された肉親を救いたいというアイツに、最初は反対したものの、最後はその覚悟を汲んで共闘することになった。
でも、それはあくまでコウタが戦闘で使い物になるくらいになってからの話で、まだ未熟だったこの頃のコウタは、蒐集には参加していなかった。
そんな時、とある管理外世界で非常に高い魔力反応を感知したあたしらはアイツらと出会った。出会ってしまったんだ。
あたしたちが撒き散らしてきた過去の怨念が具現化したかのような少年の姿をした『狂人』と、『雷の魔女』を従えた白い魔神……いや、『漆黒の竜神』に。
最初にその姿を見たときは、絶好のカモだと思った。
だって、そうだろう?
結界に閉じ込められたにも拘らず、デバイスも起動せずに暢気な会話を続けていた二人組み。
真っ黒な服を着た男と、金の髪が映える少女。
男はそれなりに、少女はかなりの魔力を内包していたので、その反応からどちらも相当の強者と判断して気を張り詰めていたアタシは、警戒の“け”の字もない様子の二人に呆れた風な表情を浮かべていた。
シャマルに闇の書を預け、探索のためにみんなと解散した直後に発見した獲物との戦闘に内心高揚していたアタシは、盛大に肩透かしを食らった気がした。だが、ふいに告げられた言葉は決して聞き逃すことが出来ないものだった。
『鉄槌の騎士……なんだ。何かと思えば“闇の傀儡”の一つか』
男の、まるであたしの正体を知っているような口ぶり、そしてあたしを闇の書の守護騎士と知って尚、余裕を崩さないその態度に、背筋が冷たくなったのを今でも覚えている。
疑念と困惑が頭の中でグルグル交じり合い一気に冷静さを失っちまったあたしは、つい反射的に攻撃を仕掛けていた。
だがそれをあの男……いや、あの『化け物』は片手で、それもバリアジャケットすら展開せずに受け止めて見せやがった!
そして、ボケッと突っ立っているだけの筈だった奴の体勢を崩すことも出来なかったあたしの目の前で魔神の体が変化してゆくあの光景は、おそらく一生忘れられないだろう。
通常、バリアジャケットや騎士甲冑と呼ばれる防護服は魔力で構築されており、その名の示すとおりに服や鎧の形状をとっている。
それ自体に相当の防御力を宿している上に、顔などの肌をむき出しにしている部分にも見えない障壁が展開されている。
これらは“服”というカテゴリーに属する以上、あくまで肌の上から纏うというのが普通であって、この魔神のように身体そのものが鎧のように変貌するような代物ではない筈だった。
あの魔神がバリアジャケット? らしきものを展開するとき、あたしは確かに見た。
白い鎧を身体に纏うのじゃなくて、奴の肉体そのものが硬質化していったのを。
(ありゃあ、絶対に普通じゃねえ……あの左目もそうだけど、ありゃあ……まるで奴の身体そのものが人間じゃないナニカに変化していったようだった……!)
おぞましさしか感じられない白い異形の姿、生物独特の温かみを一切感じられない無機質な左目と、あたしの大好きな主とはまるで正反対だと感じた鈍い光を宿す右目。一つでも思い出すと、今でもあの時の恐怖が蘇り、身体が震えてしまう。
そんな化け物と平然と一緒に居られるあの金髪も、相当頭のネジがぶっ飛んでやがるにちがいない。
――そして忘れちゃならないのが、いきなりあの場に乱入してきやがった狂人。
あたしらヴォルケンリッターに尋常でない殺意を向け、問答無用で襲い掛かってきたあの少年。
一体、彼は何者なのだろうか?
(シグナムたちも知らねえって言ってたしな……)
だが大まかな推測はできる。おそらくは過去の闇の書が覚醒した際の被害者、もしくはその肉親なのだろう。
あの少年の見た目から、前回闇の書が覚醒した時が一番可能性が高いだろうか。
前回の主も過去の主と同じように、自分たちを道具としてしか見ていなかった。現在の主であるはやてが例外なのであって、それ以前の主は皆、力に魅せられ、更なる力を求めて闇の書の覚醒を願い、自分たちは書の完成という目的のために、今より激しい蒐集活動を行っていた。
当然、相手の命を奪うことも少なくなく、相当数の被害者と恨み、憎しみを生み出していたのは間違いないだろう。
記憶が消耗しているせいか詳細までは覚えていないけれども、あの少年もまた、大切な人を闇の書に奪われたせいでああなってしまったのだろう。
恨みもしよう、憎みもしよう、彼の怒りを、憎しみを自分たちは受け止める責任があるのはわかっている。だがそれでも今は……
(今だけは……はやてを救うまでには、止まるわけにはいかねぇんだよ!!)
あの優しい主を救うためには、どうしても闇の書を完成させる必要がある。たとえそれがみんなを不幸にすることでしかないとしても。だがそれでもはやてには生きていて欲しい。
だから――――!!
(だから止まるわけにはいかねぇんだ……ワリィな)
もはや瓦礫となった住宅に倒れ込む花梨を一瞥すると、蒐集を終了し、頁の閉じられた闇の書を脇に抱える。
ヴィータは踵を返し、意識を失っている花梨を見やることもせずに夜の闇へと身を浮かべる。
大切な仲間が戦っている方向へと顔を向け、先ほどまで浮かべていた歓喜を顰め、再び戦闘時のそれへと切り替えると、やや頼りない仲間の救援へ向かわんと、その場から飛び去っていった。
「――……ぅぅ」
「あっはっは~♪ な~んて無様なんだろね~~♪」
意識が戻らず、小さくうめき声を上げる花梨の傍らに、いつの間に現れたのか一人の少女の姿があった。
紫の長髪を夜風にたなびかせ、どこかの御伽噺の主人公のような服の上から白衣を羽織ったその少女は、支配権を奪い取った封時結界を維持しながら実に愉快そうに、おかしそうに笑う……否、《嗤って》いた。
嘲りが多分に含まれる言葉を投げかけられても、現在進行形で気絶している花梨に言い返すことは出来ない。
やや間を置いて、花梨からの反応が無いことに興が冷めたのか、少女は先ほどまでとは一転して詰まらない物を見るような冷めた視線を叩きつける。
「なんかさ~~……キミら馬鹿なの? 脳みそ沸いてんの? あ、それとも、もう腐っちゃってるのかなかな~~? ――ていうかさ、なんでそこまでしてあいつらに肩入れすんの? ボクたちは知識としてしかあいつらを知んないし、あいつらの方は全くの見ず知らずな他人て訳じゃん? それなのにどうして? ねえ、どうして? なんで赤の他人のために、痛い思いしてまでそんな無駄な努力をしてんの?」
少女は心底わからないといった風に、疑問を投げかける。
身内以外では例外の一人にしか興味を抱けない彼女からしてみると、見ず知らずの他人のために費やす努力を重ねる花梨たちの生き方はすべからく無駄な行為だとしか映らないのだ。
靴先で花梨の脇腹をゲシゲシ蹴りながら返答を促していた少女だったが、花梨がうめき声しか上げないのを見て、一気に興味が失せたように鼻を鳴らす。
「ちぇ、つまんないの~~……。あ~あ、こんな事ならおにぃをいじってた方がまだ楽し――ッ!?」
両手を首の後ろで組み、ボケーっとヴィータが飛び去っていった方向を眺めていた少女だったが、唐突に何かに感づいたようにバッ! とある方向……およそ1キロほど先の夜空に浮かぶ、ただ一点へと目を向ける。
直後、少女の表情が一変した。
眠たげに細められていた双眼が見開かんばかりに開かれ、脱力していた身体は流れるような動きで戦闘時の構えを取る。
全身に魔力を流し、身体能力を高めつつ、油断無く身構えた少女の視線の先にあるのは、太陽を思わせる黄金の“光”と夜空よりも暗い“闇”を連想させる二色が交じり合ったかのような奇妙極まりない“
火の粉のように魔力を溢れさせながら宙に描かれたのは、残存の魔法体型のどれとも異なる幾何学模様の魔法陣。
久しく感じていなかった旨の高鳴りを感じる少女の見つめる先で、ソレは現れた。
魔法陣の中心から滲み出るように姿を現したのは、夜闇に在って尚、一際栄える黒き鎧甲を身に纏う異形。
だがその姿は少女が映像で知る彼の姿とは細微が異なっていた。
両肩には咢を開いた禍々しい獣を思わせるものへと変容しており、背中には漆黒の燐光を散らせる翼。
両足先が猛禽類を思わせる嗅ぎ爪へと変貌し、刺々しい尾まで見て取れる。
人の形こそしていれど、悪魔のようでもあり邪悪な竜のようでもあるかの姿を見た誰もが息を呑み、気圧されるであろう圧倒的な存在感とおぞましさを振りまく魔神。
その左目は総てを見通さんばかりに輝きを放ち、周囲の空気すら怯え、震えているかのようだと、遠く離れている筈の少女は感じた。彼こそ管理局に『魔神』というコードネームで呼ばれる、危険極まりない次元犯罪者。
『No.“Ⅰ” ダークネス』
嘗て次元の海に浮かぶ“時の庭園”の中で猛威を振るった怪物が再び海鳴の地へと舞い降りた。
ダークネスの左肩にちょこんと腰を下ろすのは、金の髪を両脇と後ろで纏めた変則的なサイドツインテールにして白いケープにワンピースという深窓のお嬢様然とした姿の少女。さらにもう一人、二人の後に続くように魔法陣の中から現れた軽鎧を纏った少年。
少女は物珍しそうにキョロキョロして眼下に広がる町並みを眺め、少年はどこか定まっていない双瞳を自身の正面へと向けている。
少女が恋焦がれる笑みを向ける先で、ダークネスが少年へと二、三言何かしら告げると、少年の顔が一気に歪んだ笑みへと変わる。その次の瞬間には、少年の姿はもうそこには無く、ヴィータが向かっていった方向へと勢いよく飛び出していった。
ダークネスは幼年の後姿に満足げな笑みを浮かべると、彼もまた、身を翻してその場から離れていった。
後に残されたのは再度の静寂が広がる夜の闇のみ。そんな中、唐突に少女の笑い声が眠りに落ちた街中に響き渡った。
「あ、あは、あはははははははははは!!」
少女は愉快極まりないといった風に上機嫌な表情を浮かべ、身体をくの字に曲げ腹を押さえ、笑い続ける。
その口元が浮かべるのは、先ほどまで花梨に向けていた嘲りの色の濃い嗤いではなく、純粋に、まるで予想だにしていなかったサプライズプレゼントを贈られたかのような、年相応な笑顔のそれであった。
胸の内より際限なく湧き上る歓喜と滾りの感情を抑えることができない――否、抑えるつもりなど毛頭ない。
心を占める恋慕にも似た痛烈な激情は、かの存在を直接感じ取れたことでなお一層、熱く滾る。
「まさか! まさかこんなに早くキミと出会えるなんて思っても見なかったよ! おにぃたちに黙って、地球汲んだりまで来た甲斐があったっていうものだよ!!」
新たに興味対象となった存在と出会えた幸運、そして身を返す際、遠く離れていたはずの自身を一瞥した彼の規格外の力の一端を垣間見て、少女は己の直感が正しかったことを確信する。
――間違いない! 彼こそが、このつまらない“遊び”の中で、ボクを楽しませてくれる唯一人の存在だ!!
現在少女が維持している結界は、すでに術式が彼女のものへと書き換えられており、その性質として通常の封時結界の性能に加えて、外部から結界の存在そのものを探知できないように強力な隠密性を持たせていた。
少女の結界は、たとえオーバーSランクの魔導師であろうとも、管理局最新のレーダーでも捉えられないし、目視もできない性能を誇る。だというのに、彼は結界越しに少女の存在を感知したのみならず、あっさりと見逃したのだ。
まるで、『会いたければお前の方から来い』と言われているように少女には感じられたのだ。だから少女は笑う。自分を特別扱いしない彼の存在がいてくれたことが途方も無く嬉しくて。
今すぐにでも飛び出したい、言葉を交わしたいと叫び続ける本能を必死になって押さえつける。まだだ、まだ早い。自分と彼の道が交差する
「ふふっ……! いいよ! そっちがそうだって言うんなら、ボクから会いに行ってあげよ~じゃん♪」
胸に燻る熱を何とか抑制することに成功した彼女は、もうここには要は無いと言わんばかりに、足元に転がる花梨の身体を道路の方へと蹴り飛ばす。
冷たい道路のアスファルトに幼い花梨の身体が打ち付けられるが、下手人たる少女はそれを見やることもせずに、さっさと結界を解除する。世界に色が戻り、砕け散った町並みが元に戻っていく。
もし花梨があのまま住宅の中にいた状態で結界を解除したら、突然家の中にボロボロの少女が現れたのだと、この家の住人が騒いでいたことだろう。それを見越した少女をはたして褒めるべきかどうか。
結界を解除し終わると、上機嫌に鼻歌を歌いながら、少女もまた夜の闇の中へと身を転じて、その姿を消していった。
「『Ⅰ』……『ダークネス』……ん~~……おっ、そうだ! これからは『ダーちゃん』と呼ぶことにしよう! うん! なんだか下品な方の野生人ぽいけど、まあいっか♪」
「いや、よくないだろうが!」
「うわ!? いきなりど~したの、ダークちゃん?」
「いや、なにやら不愉快なあだ名を勝手につけられた様な気がしてな?」
「(な、なんで疑問形? 疲れてるのかな?)ふ、ふ~ん? まあ、それより良かったの? あの子を一人で行かせちゃって」
「別にかまわんさ。勝手に動いてもらいたくて、連れて来たのだからな。それにさっきの桜色の砲撃で結界も破壊されていることだし、おそらくはすでに戦闘終了となっているんだろうしな……だが今は、それよりも重大な案件がある。そう、可及的速やかに解決しなければならない問題が!」
真剣な表情で悩みダークネスの姿に、夜の闇に一際映える金の髪をたなびかせた少女……アリシアもゴクリと唾を飲む。
彼女の知る限り、向かう所敵無しなダークネスが頃ほど悩む姿を見るのは彼女も始めての事だった。はたして、どれほどの悩みを抱えているのだろうか――!?
「俺たちはこの世界の通貨を持っていない……! つまり、宿に泊まる事が出来ないということだ!」
ドーーーン!!
くわっ! と真剣な顔で叫ぶダークネス。アリシアとの生活は、彼に『ボケ体質』という新たなスキルを開眼させたようだ。……単純にふざけているだけともとれるが。
一方のアリシアも、告げられた言葉に劇画タッチ風な戦慄の表情を浮かべる。
「なっ、なんだってーーーー!? そ、それじゃあ、どうするの!? まさか野宿なのかな!? 嫌だよ私! お風呂に入りたいよ! この世界にあるオンセンって言うの楽しみにしてたんだからね!?」
「わかっている!! 俺だって久しぶりにゆっくりと湯船に身を沈めて、風呂上りにコーヒー牛乳を一杯やりたいんだ! ――こうなったら仕方が無いな……あれをやるか」
「あれって……アレぇ!? う~ん、でも仕方が無いのかなぁ……。あ、それと私はフルーツ牛乳がいいかも!」
「仕方の無い事だ。戸籍の無い俺たちにバイトなんて出来るわけも無いし、なにより深夜の今に出来ることは無いだろう。だからやるぞ――狩りを」
「うん、やるしかないんだよ――狩りを」
こくりと頷き合うと、二人は誰もが寝静まる夜の海鳴市にあって、いまだ眩い輝きを放つネオン街へ足を進めていった。
後日、ネオン街の一角で、未成年に違法な売春行為をさせていたということが発覚することになる一つの店が崩壊し、この店に蓄えられていたはずの金品が総て紛失するという事件が起こった。
当事者である店のオーナーは、恐怖に震えながら「ば、化け物が……! 黒い化け物と金髪の魔女が!」とうわ言の様に繰り返していたが、彼の言うような人物の目撃情報は一切無かったことから、金を使い込んだ故の妄言だと切り捨てられてしまう。
しかし結局紛失した金品の行方は知れず、真相は明らかになる事は無かった。
「悪さをして稼いでいた金なんだから、俺たちが正しいことに使ってやらないとな」
「うん、そうなんだよ! 自家製タイムマシンで過去に行ってた魔法少女だって、ヤクザな人たちから武器を取り上げてたし! 似たようなもんだんだよ!」
そんな中、全く悪びれもせずに郊外にある温泉宿で優雅な夕飯を口にしながらそんな事を呟いていた二人組みがいたとか何とか。
ちなみに、顔の左半分を包帯で覆った見た目日本人な青年と、明らかに日本人では無い金髪の少女(幼女?)がコーヒー牛乳とフルーツ牛乳をラッパ飲みしている光景に疑問を抱いた宿屋の女子高生な女将さんがそれとなく二人の関係を問いかけたところ、
「「駆け落ちした(んだよ~)」」
と真顔で返されてしまい、深夜の老舗旅館から女中さん方による黄色い悲鳴の大演奏が響きわたったという一幕があったりしたが、詳細は割愛する。
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:A’s開始
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅰ”:アリシア、及び『謎の少年』と共に地球に到着(到着直後、少年は分かれて単独で行動中)。現在、とある旅館でまったりタイム
“Ⅱ”:海鳴市のホテルでシャワータイム中。ひっそりとガジェット(Ⅰ型ステルスタイプ)を放って、情報蒐集も実施中
“Ⅵ”:ヴォルケンリッターに襲撃され、魔力を蒐集される。気絶した状態で管理局員に発見され、治療のため本局に移送中
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新たな力、新たな想い
時空の海に漂う巨大な人口建築物。
時空を航行するための船が出入りするこの場所こそ、次元世界の平和と秩序を守るために設立された組織、時空管理局の本局である。
そんな本局内に在るとある一室、単に医務室であると見て取れる薬の匂いと清潔さを感じとれる病室内で、今まさに一人の少女が目覚めようとしていた。
「う、ううん……?」
白い入院着に着替えさせられている栗色の髪をした少女は、視界に飛び込んできた見慣れぬ天井にしばし呆然とする。
(あれ……? ここ何処なんだろう……?)
なんだか身体が重く感じられ、上手く力が入らない。それでも何とか身を起こそうと身体をねじり、四つんばいになって両手に力を入れ上半身を起こす。流石に立ち上がることは出来そうも無いので、ぺたんと両足を崩した正座のような体勢で体を起こすと、キョロキョロと部屋の中を見回してみる。寝かされていたベッドの脇には見慣れない機械らしきものがあるだけで他にはなにもないシンプルな病室。ふと窓の外へと目を向けると、そこには明らかに地球のものではない、独創的な、ぶっちゃけるとへんてこなビルが立ち並んでいる風景が飛び込んできた。
――いや、ホントにここ何処!?
軽くパニックを起こしかけた少女――高町 花梨の耳に、シュン! という扉の開くような音が聞こえ、反射的にそちらへと視線を向ける。するとそこには、驚いたような、それでいて呆れたような表情の黒髪の少年――クロノ・ハラオウンの姿が。
もうこれが私服なんじゃね? と突っ込まれること請け負いなしな風体……バリアジャケット(トゲ付き)を纏ったままで病室に現れた少年は、ふぅ、と息を吐く。
安堵と呆れの両方が含まれた視線を向けてくるクロノを見て、ようやく花梨の思考も回復して来たらしく、顔色を朱色に染めていく。
「まったく君はという子は……なのはもそうだけど、もう少し自分の身体を――」
労わった方が良い、そう闇の書の騎士に襲撃されたであろう花梨に、彼女の身を案じた言葉を投げかけようとしたクロノだったのだが何分、タイミングと相手というものが悪かった。
クロノは失念していたのだ。
いくら精神年齢いいとこいっている花梨と言えども、華も恥らう少女だということを。そして寝起きの、それも薄着しか着ていない少女の部屋に、ノックも無しに男が入ってしまうことが何を意味するのかを。
「き……」
「『き』?」
「――ッ、きゃぁぁああああああああああ!? バカ! エッチ! 色情魔!! ノック位しなさいよ、このバカクロノ!!」
「へ? ――ぶは!? ちょ!? いきなり枕を投げつけるな!? わ、わかった! ノックをしなかったことは謝る! だからそれ以上騒ぐ――」
「「「「クロノ(君)?」」」」
真っ赤になって叫ぶ花梨を何とか宥めようとしたクロノの背中に投げかけられた非っ常に冷たいお声。
ビクンッ! と身体を震わせ、恐る恐る振り向いてみると、そこにはあら不思議! いつの間にかリンディ、エイミィ、なのは、フェイトの四人がスタンバっいらっしゃりました。
皆さん、非常に冷たいおめめをされており、リンディとフェイトに至っては、手の平で魔力球を弄んでいらっしゃる。
こいつはヤベェぜ! 冷や汗が止まらねェ……!
「あ、その、これは、そう! 違うんだ! ほんの小さな誤解で……!」
「「「「ちょっと、こっちに来なさい」」」」
「……はい」
あわれ弁解をする機会すら与えられず、母親と友人に両腕を固められた少年は、背中に姉(友達)に不届きなことをしようとしたと思い込んでいる二人の少女の冷たい視線を浴びせられながら、人気の無い場所へと連行されていった。
時空管理局執務官 クロノ・ハラオウン
男卑女尊という言葉の意味を、身を持って知ることとなった十四才の出来事であった。
「検査の結果、花梨さん、そしてなのはさんの怪我の具合はたいしたことは無いそうだよ。ただし、リンカーコアが通常時と比べると異常なほど小さくなっているの。だからしばらくの間は魔法が使えないから注意してちょうだいね?」
息子へのちょうきょ……もとい、教育的指導を終えて再び花梨の病室へと現れたリンディご一行は、ベッド脇の椅子に腰掛けながら診察の結果を説明していた。
今現在、この病室にいるのはベッドに半身を起こした状態の花梨、彼女の手を取り、心配そうな表情を浮かべたこれまた入院着を着たなのはと黒いワンピース姿のフェイト。少し離れた位置に腰を下ろしたリンディと診察結果の書かれた資料らしきものを読み上げているエイミィだ。クロノ君は医務室に絆創膏とシップ薬を貰いに向かっている最中なのでここにはいない。
「なぜ、病室の中でそんな怪我をすることになるのかね?」と女医さんからどこかジト目を向けられたクロノがしどろもどろに説明していることなぞ完全にスルーしている一児の母リンディさんマジパネェ。
それはともかく、なのはと花梨、普段なら『一般人』とカテゴライズされ、守るべき立場にあるはずの少女たちが襲撃されたという事実に、管理局員であるリンディとエイミィは怒りを堪えきる事ができず、その表情もどこか硬い。
「あの……リンディさん。私やなのはを襲った人たちって一体……?」
二人の雰囲気に感じるところがあったのか、花梨はおずおずと言った風に問いかける。
「そうね……もう無関係って訳には行きそうも無いものね……エイミィ?」
「あ、はい! えっと……これですね」
エイミィが目の前の空間に指を走らせなにやら操作すると、花梨の正面に空間モニターが映し出される。そこに映っているのはなのはたちへと襲い掛かった五人の襲撃者の映像。
ピンクのポニーテールが目を惹く、剣を振るう女剣士。
手足に手甲らしきものを装着した青い毛並みの狼。
淡い翠色のバリアジャケットを纏った金髪の女性。
脇に古い意匠を感じられる金色の十字架が描かれた本を持った真紅の少女。
そして――最初になのはへと襲い掛かった、栗色の髪と青いロングコートが映える黄金の剣を振るう少年剣士。
(あの髪の色、それにどこと無く顔のつくりが『あの子』に似てるわね……どうやらビンゴみたいね)
映し出された“同胞”らしき少年の映像を食い入るように見つめながら、花梨は内心で確信の声を上げる。
なのはたちに確認すると、ヴォルケンリッターたちから『コウタ』と呼ばれ、見慣れない魔法を使ったのだという。
何でも、「炎の矢!」の一言で魔法陣も発生させずに、とんでもない数の燃え盛る炎を放ったのだと言う。まず、間違いないだろう。
「あの……この子は? なんだか他の四人と違う毛色を感じるんですけど?」
「ああ、その子ね……う~~ん、ゴメン! まだ情報がまとまって無いの。他の四人については管理局のデータベースに情報が残されているから大体の情報は手に入れられるんだけど、その子については一切の情報が無いんだよ」
「でも、彼らに協力しているのはまず間違いないでしょうね。私たちの知らない魔法体系を扱う事もそうだけど、彼個人の目的も何もまだわからないわ」
リンディは歯切れ悪そうに呟く。
第一級のロストロギアである闇の書については、彼女も浅からぬ因縁がある。
当然、それに関する情報はかなりの量を把握しているがゆえに、アレに関わろうとする人間が危険な思想を持っている場合が多々あることもまた理解していた。なのはたちとそう変わらないあのような少年がその身のうちにかなりの悪意を抱えていると断言する程には、リンディは冷徹な人間ではなかった。
だが、だからこそ、目的がわからずに困惑してしまっているのだが。“闇の書 = 破壊をばら撒く危険な存在”という方程式が彼女の内で成り立っているために、純粋に闇の書の主を救うために蒐集活動を行っているという考えに至ることができないでいた。
「ねえ、花梨さん? それになのはさんも……」
俯き、言い辛そうに言葉に詰まりながらも、リンディは覚悟を決めた眼差しを二人の少女へと向ける。
「今回の件、おそらくは私たちアースラスタッフがロストロギア『闇の書』の捜索、及び、魔道師襲撃事件の操作を担当する事になります。ただ、肝心のアースラがここ本局でのメンテナンスのため暫らく使えない都合上、事件発生地の近隣に臨時作戦本部を置く事になります。そこであなたたちの故郷である地球の海鳴市に駐屯地を供えようと思うのだけれど……」
そこまで言って、リンディは一度言葉を止め、次いで覚悟を決めた目つきで管理局提督としての立場として提案を持ちかける。
「ヴォルケンリッターとその協力者の持つ戦力をかんがみるに、現状のアースラの戦力では心許無いの……こんな言い方卑怯だとはわかっているのだけどそれでも言わせて頂戴……高町 花梨さん、高町 なのはさん。今回の事件にあなたたちへの協力をお願いできませんでしょうか」
言うなり深々と頭を下げるリンディに慌てたのは花梨たちだ。もとより高町姉妹は自分から協力をお願いしようと思っていたところだったわけなのだから(花梨は“
「か、顔を上げてください、リンディさん! 元々、私たちのほうから協力させてもらえるようにお願いするはずだったんですから! ねぇ、なのは!?」
「へぅあ!? ――って、う、うん! そうですよ! 私もお手伝いしたいです!」
「花梨さん……なのはさん……」
「うんうん!二人ともホントいい子だよねぇ~~……お姉さん、嬉しい!」
「誰がお姉さんだ全く……」
一歩離れた場所から事態の推移を見守っていたエイミィは、ドラマのワンシーンをみた視聴者宜しく、感動したかのように目じりをそっと拭う。そんなアースラの実質副長な友人に疲れたように突っ込みを入れるのは、ややシップ臭いクロノだった。
片手でコンコンとノックをしつつ、入室してきたクロノは、自分に視線が集まるのを待って、ここに来る前に確認してきた彼女らの愛機の情報を伝える。
「花梨、なのは、フェイト。キミたちのデバイスは現在デバイスルームで修理中なんだが、三機ともコアに深刻な破損は入っていないそうだ。これならそう掛からずに修復が出来るだろうとの事だ」
「「「本当!?」」」
思わず身を乗り出したせいで、ベッドの下に落ちそうになったおっちょこちょいな姉を、妹と友人が慌てて支える姿に苦笑を浮かべていたクロノだったが、すっ、と目を細めると疑念の色を映す瞳を花梨へと向けた。
「ただし、花梨……キミのデバイスについては少々問題がある」
「え? な、何……?」
先の喜びを浮かべていた表情が一転、困惑で瞳を揺らす花梨に、クロノは先ほどデバイスルームで聴かされたある情報について問いかけた。
「キミのデバイスのルミナスハートについてなんだけれど……肉眼での目視以外、あらゆる機器でデータが測定できない訳なんだが……それについて、いい加減に説明をくれないか? 技術部の人たちも困惑していたよ。修復速度を見ただけでもそうだ。レイジングハートたちも大概高性能だが、ルミナスハートははっきり言って“異常”そのものなのだそうだ」
「や、や~~ねぇクロノってば大げさな……ちょっと曰くつきなだけで、そこまで言うようなものじゃ――」
「外部からの強化パーツを追加で組み込んだわけでもないのに、自己進化で性能を異常なまでに強化させている規格外デバイスを“異常”と呼ばずして何と呼べばいいのか、ボクには皆目検討もつかないよ。どうして専用の追加部品も使わずに、自力でカートリッジシステム内蔵型機構へと強化できるんだ? 自己進化能力なんて馬鹿げているにもほどがあるぞ……」
儀式で圧縮した魔力を込めた特殊な弾丸をデバイスに組み込んだ機能をカートリッジシステムと呼ぶ。
これにより、デバイスや術者の肉体への負荷が増大する変わりに、瞬間的に爆発的な破壊力を発揮できるようになる。
ただし、先に述べたとおり反動や負荷が大きいため、通常はヴォルケンリッターたちのような近接戦闘に特化したベルカの騎士達が愛用する強固なアームドデバイスに組み込まれるのが定石である。
ミッド式のインテリジェントタイプのデバイスは繊細な調整がなされているがゆえに、カートリッジとの相性が良いとは決して言えない――最も、どこぞの不屈の魂や雷の斧はそのリスクを負っても主と共に勝利を目指さんとこのシステムを組み込むことを要求することになるワケだが――そんなシステムを自己進化で生み出し、あまつさえ術者への負担が殆どない仕様(困惑する研究員にルミナスハートが得意げに説明したらしい)なのだから、デバイス一筋ン十年な局員たちが挙って資料や工具を壁に向かって投げつけたのは仕方のないことだと言えよう。
一気に混沌と化したデバイスルームを逃げるように後にしたクロノの説明を聞かされた花梨は、先ほどとは違う意味で顔を青くしていた。
(あの子一体、何やってんのぉぉおおおおお!?)
親友の愉快型魔道書しかり、己の相棒しかり、神様印のデバイスには、その性能とAIの機能が反比例する理でもあるのだろうか?
先ほどとは違う意味で痛み出した額を押さえながら、なんとも言いたげなクロノの追及をどうやってかわすか、戦闘時並の集中力で考えを巡らせる。
打開策その一:正直に話してみる
「あの子は神さまから貰ったデバイスなの! チートな性能もそのせいなのよ!」
「……そう、なの。――……花梨さん?」
「はい?」
「身体を楽にしていいのよ? 横になってゆっくり休みなさい? 大丈夫、十分な睡眠をとって安静にしてたら、きっと頭の具合もよくなるからね?」
「いえ!? あの、その違うんですよ!? リンディさ……って、なんで皆そんな何とも言いたげな表情浮かべちゃってるの!? やめて!? 私、痛い子じゃないからぁあああ!?」
結果 → 頭の痛い子認定される。
打開策その二:○ナン君的に対処してみる
「えぇ~~? そうなの? 私、子供だから良くわかんないわ~~」
『花梨(さん)(ちゃん)(お姉ちゃん)……気持ち悪い』
「気持ち悪い言うなや!? もうちっと、オブラートに包みなさいよ!?」
結果 → おもっくそに引かれる。
打開策その三:誤魔化す
「へ、へぇ~~、そうなんだ~~……そんな機能が在るなんて私にも秘密にしてるなんて、ルミナスハートってば、おっちょこちょいさんよね~~」
『…………』
「ちょ!? 何よその目は!? ほ、本当に私も知らなかったんだって!?」
「……まあ、いい。君の秘密主義は今に始まったところじゃないからな……ただし! 時期が来れば、洗い浚い説明してもらうぞ? 君一人で何もかも背負い込まなくても良いんだからな?」
「クロノ……」
つっけんしながらも思いやりの込められた言葉を掛けられ、思わずホロリとしてしまう程には、高町花梨という少女はスレていなかったらしい。目じりに浮かぶ光る雫を拭いながら、フッ、と小さな笑みをクロノへと送る。
年下の少女が浮かべる、どこか大人びたその仕草に思わずドキッ、と跳ね上がった胸の鼓動を気付かれないようわざとらしく咳払いをつくクロノ。
背伸びをする少年の見得に気付いたリンディは、最近あまり見られなくなってきた息子の歳相応な反応に口元を緩めながら、今後のアースラスタッフの行動方針を頭の中で組み立てていくのだった。
この後、正式に第一級危険指定物『闇の書』の探索、及び、魔導師連続襲撃事件の捜査を命じられる事となった。
旗艦であるアースラは本局でのメンテ中につき動かせないため、花梨たちの回復を待ってからリンディを初めとするアースラスタッフは事件発生地域である海鳴市に臨時の作戦本部を設置する事となる。
人々が寝静まった深夜の住宅街。
その上空、星々の煌きが降り注ぐ雲一つない夜空を翔ける二つの影が存在した。
それは真紅の少女と青い男性。ヴォルケンリッターのヴィータとザフィーラであった。
彼らは何かに急かされているような焦りの表情を浮かべながら、深夜の都市部を翔けていた。
「やっべぇ……早く帰えらねぇと、夕飯に間に合わねぇ!」
「うむ……唯でさえ、蒐集をはじめてから主には心配をかけているのだ……これ以上、あの方を悲しませる訳にはいかんな」
「ああ! ――ところでよ、ザフィーラ? 今晩の夕飯て何だっけ?」
「ぬ? 今日は確かハンバー……」
「アイゼン! カートリッジロ――!!」
「いや、待て待て待て!? いきなり何をしようとしているのだ、お前は!?」
「ハァ!? そんなん、カートリッジでブーストすんに決まってんだろ!? はやてのギガうめぇハンバークが待ってんだぞ!?」
「アホかお前は!? そんな事のためにカートリッジを使うつもりか!? 無駄使い極まりないわ!! 毎晩、夜なべしてカートリッジに魔力を積めてくれているシャマルに悪いと思わんのか!?」
「うっせーー!! アタシん中じゃ『シャマル<<<越えられない壁<<<ハンバーク』なんだよ! 大体、シャマルが夜にカートリッジを作っているのだって、昼間に昼寝しすぎて夜眠れないから夜にやってるだけなんだぞ!? ……まあ、昼間に作ろうとしたとこをはやてに見つかって『何しとるん?』って聞かれた時、トチ狂って『ざ、ザフィーラ用の座薬を作ってるの! ホラ、ペット用のお薬とか用意しておいたほうが、何かと便利じゃない!?』ってな事があったから、はやてに見つかる訳にはいかないみたいなことも言ってたけどな」
「シャマルぅぅううううう!? ここ最近、何故か主から私に身体の調子は悪くないかと尋ねられていたのはそういう訳かぁぁああああ!!」
ザフィーラは知らないことだが、ザフィーラが慢性的な便秘なのだと勘違いしてしまったはやてによって、最近の夕飯にそれとなく胃腸の薬(ペット用)を混ぜられていたりするのだが、それを知るのははやてのみである。
「ほれ、んな事ど~でもいいから、とにかく急いで帰んぞ?」
「……俺にとっては途轍もなく重大な事なのだがな……。帰宅してから、急ぎ主に物申さなくては……」
なにやらブツブツ呟きだしてしまったザフィーラを急かしつつ、ヴィータは早く帰ろうと飛翔する速度を上げようとした瞬間、
――ヴォンッ!!
「なっ!?」
「っム!? これは……管理局か!!」
空を翔けていた二人の行く手を阻むように、その周りを囲う形で円状の隊列を組んだ管理局魔導師が転送されてきた。
彼らは各々のデバイスを構え、油断なくヴィータとザフィーラを見据える。そこから間を空けずに展開されるのは、騎士たちを封じ込めるために用意された、強固な封時結界だ。
突然の事態に最初は驚きこそしたものの、戦士としての経験から即座にその力量を見抜いたヴィータは、グラーフアイゼンを構えながら、不適に鼻を鳴らす。
「ハッ! ちっとは骨がありそうだけど、チャラいぜ、こいつら! 返り討ちにしてやるよ!!」
獲物が向こうからやってきただけだと判断し、意気込むヴィータが獰猛な笑みを浮かべるのを横目で確認しながら、ザフィーラは相手の動きに小さな違和感を感じていた。
――何故、投降を呼びかけない? それが連中のセオリーであったはず……。それにこの連中の動きはいったい……?
一歩前に踏み出したヴィータにあわせるように、魔導師たちもまた僅かに後方へと下がる。
一定の距離を保とうとしているその動きをみたザフィーラの脳内に、激しい警笛が鳴り響く。背筋を走る冷たい感覚に、反射的に上空を見上げたザフィーラの両目が驚愕で見開かれる。
「ッ!? ヴィータ! 上だ!!」
「んな!?」
ザフィーラの叫びが響き渡るのと、魔導師たちが一斉に離れるのは、ほぼ同時の事だった。
ザフィーラとヴィータの見上げる先、2人のいるところよりも更に上空に佇むのはクロノ・ハラオウン。
彼の周囲には青い魔力光を放つ無数の剣軍が宙を泳ぎ、主の命令を今か今かと待ち兼ねていた。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」
まるで指揮者のタクトのように、振り下ろされたデバイスの動きに従い、一〇〇はあろうかという無数の剣軍が騎士たちへと降り注ぐ。
直撃する刹那の瞬間、ヴィータを守るように前に出たザフィーラが障壁を展開したものの、圧倒的な物量差による剣舞の嵐は瞬く間に騎士たちの姿を粉塵の向こう側へと隠してしまう。
総ての剣を射出し終わったクロノは、肩で息をしながら油断なく構える。
「ハァ……ハァ……、少しは、通ったか?」
その呟きに応えるように、頬を撫でる夜風が煙を散らしていく。その先にいたのは、
「お、おい、ザフィーラ!?」
「問題ない……この程度で盾の守護獣たる我は……砕けぬ!!」
障壁を貫通してきた青い剣が右腕に突き刺さりながらも、仲間をその身で守りぬいた雄雄しき盾の守護獣の姿があった。
「さすがに……手強いな」
「いや、防御も、障壁の強度もギリギリだった。我らの注意を逸らす魔導師たちの動きと言い、お前たちの力量、決して軽んじてよいものではないらしい」
「お褒めいただいて光栄だよ……さて、と。僕たちから攻撃を仕掛けた以上、意味は無いだろうが念のために確認させてほしい――……投降するつもりは無いか? もし主の命令でやむなく襲撃事件を起こしているのだとしたら可能な限り便宜を図る所存なんだが?」
クロノ個人としては騎士たちや『闇の書』に思うところも、遺恨もある。だが今の自分はあくまで管理局員クロノ・ハラオウンとしてここにいる。私情を殺し、救える命を救ってみせてこそ、自分は父と肩を並べることが出来るのでは無いか? 彼らが耳を貸す可能性は限りなく低いが、それでも矛を交える確率を減らせるのであれば。そう考えた故の言葉であったのだが、やはりというか彼らにその言葉を受け入れることは出来なかった。
「申し訳ないが、その提案を受けることは出来ない。我らにも譲れぬものがあるのでな」
「命令なんてされてねーーよ! アタシらは自分の意思でやってんだ!」
静かに、けれども強固な意志を表すザフィーラと、主を侮辱されたと感じたヴィータが激高の叫びを上げる。
もとより、自分たちの行動が悪だということは十分承知しているものの、はやての命を救うためにはその悪の行動を続けなければならない。総てが終わった後には、相応の報いを受ける覚悟は出来ているが、少なくともそれは今ではない。
『闇の書』を完成させるまでは立ち止まることは出来ないと、覚悟を瞳に映し、己が拳とデバイスを構える騎士たちの姿に、やはりこうなったか……、と息を整えたクロノもまた、愛機たるS2Uを構える。
一触即発の空気が両雄の間に満ちる空気を張り詰める中、トン……、と小さな足音が響き渡った。
「っ!? あいつら!?」
音の主を認めたヴィータが声を荒げる先で、三人の魔法少女が戦場へと馳せ参じた。
己が半身たる愛機を携え、強い意思を胸に抱いた可憐な少女たち。
彼女らが愛機を天に掲げた瞬間、眩い光が夜空を染め上げる。
普段とは異なるその光景に、眼をパチクリさせていた少女たちだったが、生まれ変わった愛機の説明をオペレーターのエイミィから聞き、その名を呼ぶ。
新生した愛機に与えられた、新たなる名前を――!!
高町 なのはが――
「レイジングハート・エクセリオン!」
フェイト・テスタロッサが――
「バルディッシュ・アサルト!」
そして、高町 花梨が――
「ルミナスハート・アンブレイカル!」
各々の思いを胸に宿し、戦いのゴングを鳴らす!
「「「セットアップ!!!」」」
後の世でこう語り告げられている。
この夜に繰り広げられた一連の戦いこそが、“闇の書事件”の混迷を象徴する出来事であったのだと。
迫りくる混沌に彼女らが飲み込まれるまで、あと僅か――――
【中間報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:A’s
現在の転生者総数:八名
【現地状況】
“Ⅵ”:なのはたちと共にヴォルケンリッターと対峙
【追加報告】
複数のUnknownが戦場へと接近中。
クロノの降伏勧告は違和感があったかもしれませんね……。
でも魔導師襲撃事件で先に仕掛けてきたのはヴォルケン側。『撃ったら撃ち返される』の理論で、先の襲撃と今回クロノがおこなった奇襲とで手打ちにしようという考えがあったので、こういう形になりました。
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乱入! 黒金の双魔
「くっ! もう始まっているようですわね……! なんて迂闊……!!」
「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと待ってくれよ、葉月! 何をそんなに焦ってんだよ!?」
深夜の住宅街を駆け抜ける二つの影。
日本の町並みに場違いなほどミスマッチな民族衣装を纏った少年と、まるで魔法の絨毯のように一人の少女を乗せて宙を飛ぶ魔道書の姿がそこにあった。
『A’s』の開始を告げるヴォルケンリッターがの蒐集活動を探知した葉月たちは、隠密性の極めて高い結界を身の周りに展開することで、リンカーコアの無い一般人として偽装しながら、事態を静観していた。
花梨が襲撃され、あまつさえ魔力を蒐集されたときは、友人の危機に流石の葉月も同様を顕わにしたものの、程なくして花梨から無事の連絡を受け、軽はずみな行動に出ないよう釘を刺されていた。
《表舞台には立たず、裏方から事件の解決に尽力する》
それが、“
高町なのはの姉という立場上、どうしても原作に関わることになるであろう花梨が、表舞台に立ち、それほどなのはたちと親しくない立場をキープしていた葉月が事件の裏側で暗躍する敵の対処に当たる。今回の“闇の書事件“は特に様々な人間の思惑が入り乱れる喧騒とする事態になると予測していたが故に、今の今まで派手な動きはしていなかったはずなのだが――
「おい、葉月! いい加減に理由を話してくれって! 何で今になって表舞台に立とうなんて言い出したんだよ!?」
探知魔法『メフィスト』を通して、これから戦いになる市街地を中心に監視を続けていた葉月とアルクだったのだが、突如、葉月が血相を変えてソファーから立ち上がったかと思うと、屋敷を飛び出したのだ。
慌てて、人間の姿に戻って(無論、葉月の屋敷から十分距離をとってからだが。主に頭文字に“し”の文字のつく役職な人たちが怖いゆえに)後を追いかけたアルクだったが、見たこともない焦りの表情を浮かべる葉月は口を閉ざすだけで、一目散に市街地の方向……今まさに戦闘が開始されようとしていた花梨たちのいる場所を目指し、人気の失せた公道を駆け抜けていく。
「……来ているんですよ」
「はぁ? 一体、誰が――」
「おそらくですけれども……“Ⅰ”が」
「っ!? マジかよ!?」
「しかもそれだけじゃないんです……私の感知したところ、“Ⅰ”以外にも戦場に近づいている参加者らしき反応があったんです。ヴォルケンリッターらしき人たちと同伴する反応が一つ、都市部から接近する反応が一つ、それと市街地からとんでもない速度で接近していく反応が一つ。おまけに花梨さんたちのいる現地には花梨さん以外に、参加者の反応がもう一つ確認できました」
「っつ~ことは、だ。反応は全部で五、いや六つ……だと……!? おいおい、それじゃあ!?」
「ええ――……私たちも含めると計八人……つまり現時点で生存が確認されている参加者全員が一堂に会しようとしているのですわ」
アルクが驚愕で眼を見開く。
互いに潰しあい、命を狙いあうのが本来の自分たちの関係である。
同盟を組んでいるアルクたちこそが“ゲーム”において例外中の例外であり、殺し合いを了承している他の参加者たちならば、相手の様子を伺い、おいそれと姿を現すことは無いだろうと思い込んでいた。
だが思い返せば、堂々と自分たちの前に姿を現して(正確には『アルクたち』の前ではなく『花梨』の前に、であるが)圧倒的な暴力を見せ付けた“Ⅰ”しかり、アースラの一室に拘束されていた“Ⅳ”を手に掛けた何者かしかり、むしろ積極的に行動を起こしていた連中もいたのだ。アルクと葉月が向かっている先にで繰り広げられているであろう戦場は、『A’s』におけるキーポイントの一つであることは疑いようもない。
デバイスを強化した主人公たちが、ヴォルケンリッターとのリベンジマッチを繰り広げる場であり、あらたな謎の存在がその姿を現す場面でもあったはずだ。
敵味方入り乱れてのかなり大規模な戦闘が予測される以上、どさくさに紛れて暗躍使用とする輩が現れても不思議ではない。いや、むしろその可能性のほうが高いだろう。特に、“Ⅳ”を暗殺したと思われる人物にとっては、格好の狩場となるかもしれない。
「アースラに進入しての“Ⅳ”の暗殺を実行した人物……おそらくは“Ⅱ”かと思われますわ。あの巨木のある祭壇での会話から推測するに、“Ⅷ”はそういった手を行うような人には見えませんでしたので……」
「確かにな……逆に“Ⅱ”っぽい奴の方は愉快犯みてーな、嫌な感じがしたしな。多分、その考えで当たりだろ」
「ええ、そう考えると、現在花梨さんたちの近くにある反応は“Ⅷ”で間違いないと思いますわ。おそらくは管理局員の一人なのでは無いでしょうか? “原作”に介入するにしろ、しないにしろ、姿を隠し、より正確な情報を手に入れられるポジションとして、アースラのスタッフは最適でしょうしね」
「花梨の方から俺らに連絡が来てないとこから見て、あいつも“Ⅷ”の正体は見抜けてないってトコか」
「おそらくは……ですが、今は正体の不明な“Ⅷ”の事よりも、一刻も早くあの場所へ赴くことのほうが優先事項ですわ! 急ぎますわよ、アルクさん!!」
「ああ!!」
今から向かう先から感じ取れる戦いの気配に、葉月は手の平で両頬を一つ叩いて気合を入れ、アルクは指を鳴らしながら口端を吊り上げ、獰猛な獣の如き笑みを浮かべる。
その瞳は覚悟を決めたそれへと切り替わり、溢れ出す戦意に呼応したかのように魔力が全身を駆け巡る。
闘志を滾らせた魔道書の少女と炎の闘士が今まさに戦場へと飛び込まんとしていた。
「所で葉月さんや。なんで貴方だけそんな楽そうなんですか? アレですか? アラジンさんの物真似ですか? 自分だけ絨毯、もとい、古本に乗っちゃってるのは非常に楽そうで羨ましいのですがね? 僕も乗せちゃあくれないでしょうかね? そうすれば、きっと、もっと早くと到着できると思っちゃったりしちゃったりするわけなのですが?」
注)アルク・スクライア君は、空戦適正が皆無なために空を飛べません。
「え……っと、私は別に構わないのですけれども……その、この子が……」
【ハッ! ケモノ臭い野朗は地べたを這いずり回っているのがお似合いですよ。ホラホラ、とっととチーターに追い掛け回されているイボイノシシの如く足を動かしなさい。そらそら、どうしました? 「ブヒー」って鳴かないのですか? プー、クスクス!】
「古本屋に売り飛ばすぞ、この駄本が!! もう勘弁ならねぇ!! この場で火葬処理してくれるわぁぁあああああ!!」
【出来るものならやってみなさい!! チャッカマンの代用品風情が!!】
「もうもうもう! 貴方たち、いい加減にしなさいな!! 今の状況、ホントにわかっています!?」
愛機(愛本?) と友人の相変わらずな仲の悪さに「先ほどまでのシリアスシーンが台無しですわ……」 と思わずうな垂れてしまった葉月は、きっとこういう星の元に生れ落ちた定めなのであろう。
葉月ちゃん、ガンバ! と真っ白な世界でこの様子を伺っていた神サマたちがエールを飛ばしたとかなんとか。
葉月たちがそんなやり取りをしているのとほぼ同時刻、戦場となる結界の張られた市街地上空では、結界を強引に突破してきたシグナムと彼らの協力者と思しき謎の少年がヴィータたちに合流し、デバイスを展開した花梨たちとにらみ合っていた。
「クロノ君! ユーノ君! 手を出さないで! 私、あの子と一対一だから!」
「私も、シグナムと……」
「なのは……フェイトまで……」
「悪いね、アタシも野朗にちょいと話があるんだ」
「アルフ、君もか……まったく君たちときたら……」
「諦めなよ、クロノ。こうなるって、予測はしてただろ? ……ところで、花梨はどうするの?」
「私? 私は――」
クロノを宥めながら問いかけてきたユーノに向き返りながら、花梨はチラリとヴォルケンリッターと共にいる参加者であろう少年を一瞥すると、ガシャリ! と新しく生まれ変わった愛機を構えなおしつつ、答える。
「あの男の子の相手をするわ。二人は――」
どうするの? と問いかけようとした花梨の声は突如襲い掛かった第三者の手によってかき消されることとなった。
「――アリシア、GO」
「らじゃ! そ~れ、いっくよ~~♪ テスラ……フォーーーール!!」
【Tesla Fall!!】
どこか舌ったらずなあどけない少女の声が鼓膜を揺らすと同時に、視界を埋め尽くすほどの閃光と轟音が襲い掛かってきた。
天上より降り注ぐ雷光が、平穏だったはずの町並みに無常なる破壊の傷跡を刻み込んでゆく。
その場にいた全員が驚愕を顕わにしつつ、防御の体勢をとる中、降り注ぐ雷の瀑布は管理局サイドとヴォルケンリッターたちを両断するように戦場を真っ二つに引き裂く。
雷の降り止んだ後に残されたのは、無残に破壊され、蹂躙された瓦礫の海。幸い、人的被害こそ無いものの、閃光と轟音で平衡感覚を失いふらついている者、痛む両目を押さえ俯く者があちらこちらに見て取れた。
花梨が、なのはが、フェイトが、クロノたち管理局員たちが、ヴォルケンリッターたちが、この場にいないリンディたちも含めた誰もが動揺を隠せぬ中、戦場の中心に舞い降りてくる存在があった。
向けられる視線を一切介さず、腕を組み、不適な笑みを浮かべるのは漆黒に染まった鎧を纏った異形。
嘗て《時の庭園》で邂逅した時よりも、さらに禍々しく変貌を遂げたバケモノ。
その存在を目にしたその場にいた誰もが、背筋を凍らせ、冷や汗を溢れさせていた。
動悸が早くなり、呼吸がまともに出来なくなる。足が震え、宙に身を浮かべていると言うのに、気を抜けば尻餅をついてしまうのではないかと錯覚してしまう。
嘗て、自分たちに圧倒的な力と恐怖を見せつけた怪物の予想外の登場に、誰もが驚愕を隠せない。
その様子を面白そうに一瞥すると、ダークネスは組んでいた腕を解き、己が左肩へと視線を向ける。
するとタイミングよく、箒に跨って天より舞い降りてきた少女がヒョイ、とダークネスの左肩へと腰を下ろす。
その少女の姿を見た花梨が驚愕の叫びを上げていることなどお構い無しに、「にひひ~~」と笑みを浮かべている少女に苦笑を返しつつ、ダークネスは彼女の求めに応じて口を開く。
「ご苦労さん、アリシア。この短期間で大した成長だよ……正直、驚いた」
「にへへへ~~……凄いでしょ! 毎日、ヴィントと練習してたからねっ! ね?」
【はい、です。お嬢様とわたくしめの努力の結果で御座いますです!】
「【ね~~♪】」
そう言って、アリシアは手に持った箒型デバイス【ヴィントブルーム】を楽しげにクルクル回転させる。
褒められて、一気に上機嫌になった少女の浮かべる笑みは非常に愛らしく、もしこれが先の大破壊を起こした人物でさえなければ、真面目なクロノあたりでも頬を染めていただろう。
だが、現実は狂った人間を見るかのような視線を向けられていたのだが。
まあ、これほどの大魔法を『殺傷設定』で躊躇なくかましておいて、ケラケラと笑っているその姿は、正常な精神の持ち主から見ると狂っているように見えるのかもしれない。
戦場に突然舞い降りた静寂の空気をぶち壊したのは、やはりと言うか『彼女』であった。
「――ッ!!? お前ぇぇえええええ!!」
『フェイト(ちゃん)!?』
耳を劈く慟哭の叫びを上げながら、フェイトは死神の鎌を振るいながら、『仇』目掛けて一気に距離を詰める。
それは嘗ての映像を巻き戻したかのような光景。
アリシアを伴い、悠然と佇むバケモノに向けて、無防備な頭部目掛けてバルディッシュを振り下ろす。
チラリと視線を向けただけで、特に回避も防御もする様子が見られないバケモノの様子に、お前など端から眼中に無いのだと言外に言われているかのようで、フェイトの思考が一瞬で真紅に染まる。
フェイトの怒りと呼応するかのように、バルディッシュもまた限界を超えた力を引き出す。
六連装のリボルバー形式のカートリッジをフルロードし、フレームが悲鳴を上げるのにも構わず、限界以上の魔力を発現させる。
出来ることならフルドライブを発動させたいところであったが、すでに攻撃態勢に入っている主のサポートとしては、今繰り出そうとしている攻撃を強化させるべきだ。目の前にいる怨敵を妥当することはバルディッシュにとっても最優先事項であり、そのために多少の無茶は承知の上だ。
念話で静止を呼びかけてくるエイミィたちの声を意図的に遮断し、主を悲しませる敵を打倒することにのみ意識を集中させる。
使い手とデバイス、両者の心が一つとなり、その命を刈り取らんと金の閃光が宙を凪いだ。
――殺った!!
誰もがあのバケモノの首が宙を舞う光景を幻視する。それほどまでの覚悟と力の込められた斬撃であったのだが――
『Protection EX』
無機質な音声と共に展開された紫色の障壁によって、あっさりとその勢いを止められてしまった。
「だめだめ~~だよ? 勢いばっかじゃあ、ナニゴトも上手くいかないものなんだよ~~」
「ッ!? その魔力光の色――!?」
必殺の一撃を防がれたことも忘れ、目の前で展開された魔法陣を呆然とした表情で見つめるフェイト。
ルビーを思わせる瞳を驚愕で見開き、信じられないものを見たかのような目で、呆然と立ちすくむ。
「なん、で――だって、その色……その魔力は――」
「ほへ?」
フェイトの震える指先を向けられた少女……アリシアはキョトンと首を傾げて疑問顔。
何故、彼女がこれほどまでに動揺しているのか、全くわからないと言った風体だ。
「なん、でっ!! なんで、貴方が母さんと同じ魔力光をしているのっ!?」
アリシアの展開した魔法陣、それを構成する魔力光の色は、フェイトの良く知る人物と寸分違わぬ物であった。
――即ち、彼女がわかり合いたくて、終ぞ手を取り合うことが出来なかった人物……彼女の母であり、生みの親である“大魔導師”プレシア・テスタロッサと。
問われたアリシアは、漸くフェイトが何を言いたいのかがわかったようで、髪をいじりながら、何てことも無い風に淡々と答えた。
「うーんとねぇ……簡単に言っちゃうとね? 仮死状態だった私が生き返る儀式の過程で、ママのリンカーコアが私に移植されたんだよ。だから、私も魔法が使えるようになったし、魔力光も同じなんだよ。だって、ママのリンカーコアがそのまま私の中にあるんだからね」
あっけらかんと告げられた真実に、フェイトの心が凍りつく。
「ナニ、それ……」
「フェイトたちは知らないかもしれないけどさ、幽霊ってホントにいるんだよ。実は私も幽霊になってずっとママのそばにいたりなんかしちゃったりしたんだ~~。だからね? フェイトの事も、アルフの事も、もちろんリニスの事も良く知ってるんだよ? ただ、皆からは見えなかっただけで」
――ずっと、傍に?
「物にも触れない、お話も出来ない、気付いてももらえなくて……寂しかったなぁ……、でもね! ダークちゃんが来てくれてからそれまでの生活が一変したんだよ! ダークちゃんは幽霊の私が見えたし、お話も出来たんだよ! おまけに、不思議な力でママにも私が見えるようにしてくれてさ~~……いっぱい、い~っぱいお話したんだよ~~♪」
――母さんと……お話し、したの?
「その後は、まあ……フェイトたちも知ってるでしょ? ママはアルハザードってとこに行って私を生き返らせてくれようとしてくれてたんだけど、もうどうしようもないくらい病気で弱ってたし……正直、成功する可能性はすっごく低いんだってママも言ってたんだ。 科学者だったからかな? 自分のやってることが成功する可能性なんて殆んどないってわかっちゃってたみたいなんだよ……だからね? ダークちゃんと取引したの。ママの計画がもし失敗しちゃった時は、ダークちゃんが私を生き返らせてくれるって」
――母さんは、本当にアリシアの事しか眼に入ってなかったの……? 私の言葉は、思いは、届いていなかったの……?
「でも、ダークちゃんの蘇生術には欠点、ていうか代価? が必要なんだって。私を生き返らせるには、私の肉親の持つ強力なリンカーコアと、相応の生命力が必要だったの。だからママは計画が失敗した時は自分のリンカーコアを使うようダークちゃんに持ちかけたんだよ」
「アリシア……」
俯く少女を気遣うようにダークネスが顔を寄せると、アリシアはギュッ、と彼の首に両手をまわす。
接近する両者の唇間の距離はほんの数センチ。そんな至近距離で見つめあいながら、アリシアは笑みを浮かべていく。
「私、幸せなんだよ……? ここにママから貰ったリンカーコアが、想いがあるのがわかるから……だから、ね? ダークちゃんはそんな顔しないで欲しいな?」
普段のおちゃらけた雰囲気を一瞥するかのような大人びた女性の笑みを浮かべるアリシアの姿に、僅かに見惚れてしまい、呆けた顔を浮かべたダークネスだったが、程なくして苦笑を漏らす。
「ふっ……まさかお前のほうからそんな心配の言葉をもらえる日が来ようとは……さすがは、リアル○ナンだな」
「?? こ○ん? って、ど~言う意味なのかな?」
「見た目お子様でも、中身は結構逝っちゃっている奴の事だ」
「なんかヘンな単語混じってなかった!? それに、それはど~いう意味なのかな!? 私がオバサンだって言いたいの!?」
「知っているか? ちまたでは、ロリババアという単語がひそかに流行っているそうだぞ?」
「更に悪化してないかな!? わっ、私がおばあちゃんだって言いたいの!? しつれ~なんだよ!! まだまだピッチピチなんだよ!!」
「なに? いつから人魚にジョブチェンジしたんだ? コスプレして歌ったりするのか? ジャイアンボイスで敵の鼓膜をぶち破るのか? ぼぇ~~、って」
「いったい! なんの! はなしを! しているの! かなぁ!!?」
「――けるな」
今の状況など知ったこっちゃねぇ! とばかりに痴話喧嘩を繰り広げる二人の様子に呆気に取られていた花梨たちの耳に、地のそこから這い出してきたかのようなおどろおどろしい声が聞こえてきた。
それは決して大きな叫びではなかったものの、そこに込められた負の感情――怒り、悲しみ、恐怖、困惑、などのいくつもの感情が混ざり合ったようなモノは、確かな言霊となって、この場にいる総ての者の耳へと届く。
声の主たる少女……フェイトは荒々しく振り回したバルディッシュの切っ先を真っ直ぐ正面に突きつける。
怒りで震える切っ先が向けられたのは、フェイトと同じ金の髪、紅玉色の双眼をもつ、フェイトよりもやや幼い外見の少女……アリシア。テスタロッサ。
己が求めて止まず、終ぞ手にすることの出来なかった母の愛情を一身に受け、さらには母の命とリンカーコア、そして魔導の才能すら与えられた、己がオリジナルたる少女。
どんな約定があったのだとしても、母と友人の命を奪ったことには変わりないバケモノの傍らこそが己の居場所だと言わんばかりのアリシアの態度もまた、ダークネスへ並々ならぬ憎悪を燃やすフェイトからすれば決して許容できることではなかった。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁああ!! ソイツは母さんを殺したんだぞ!? いや、母さんだけじゃない! バサラもそうだ! なのになんで! なんでそんな奴と一緒にいられる!? どうしてそんな平然としていられるんだ!?」
「え~~!? そんな事、聞いちゃうの~~?」
フェイトの叫びに、アリシアの頬に朱が挿す。
両手を頬に当て、恥ずかしそうにてれりこ、てれりこ、と首を振る。
「私がダークちゃんと一緒にいるのは~~……ダークちゃんの事が好きだからだよ~~♪ んも~~、お姉ちゃんに名に言わせんのよ、この子は~~」
「むぅ……」
「あれれ~? ダークちゃんも照れてる~~?」
「……うっさい」
「えへへ~~♪」
楽しげにダークネスの首にしがみ付くアリシアを振りほどかないのは、彼の方にも少なからず思うところがあるからであろう。
傍から見たら砂糖を吐き出すような光景だというのに、それを繰り広げているのが頭に“超”がいくつも付く危険人物であるせいか、誰もがツッコミを入れたくても入れられず、お互いに顔を見合わせてどうしようかと相談しあっている。花梨などはツッコミを入れたくて、腕がプルプルしていた。
珍妙な舞ったり空間が形成されつつある中、この状況を打破せんと最初に動いたのは、やはりというか、彼女だった。
「~~~~っ!!!」
ブンッ!!
「――っ、と」
「ひゃわわ!? こらフェイト! いきなり斬りかかってきちゃ駄目でしょ! メッ! なんだよ?」
「うるさいうるさいうるさぁぁあああい!!」
「くぎみーー!? あれ!? ナナっちじゃないの!?」
「なにを言っているんだお前は? まったく、しち面倒くさい――アリシア、しばらくの間遊んでやれ」
「はいは~い。りょうか~い、なんだよっ!」
グチャグチャになった思考を振りほどくように、再び切りかかるフェイトの攻撃を回避しながら、刹那のアイコンタクト。
ダークネスから身を離し、お邪魔な魔法少女よろしく愛機に跨る、由緒正しい魔法少女スタイルで、アリシアが妹と対峙する。
「はい、そこまで~~。ダークちゃんはちょ~っとやる事があるから、フェイトの相手は私がしてあげるんだよ」
「――ッ!? アリシア……!!」
「う~~ん、そんなに睨まないで欲しいかも……でも、ま、しょ~がないか。ん~じゃ、往こうかヴィント」
【Yes sir!】
箒型デバイス『ヴィントブルーム』のコアから発せられた光にアリシアの全身が包み込まれる。
羽織ったケープが宙に舞い上がり、ワンピースがはじけ飛ぶ。
続けて、紫電の煌きが走ったかと思うと、次の瞬間にはアリシアの全身に黒いドレスが纏われていた。
デザインはプレシアの纏っていたドレスに近い。違いと言えば大きく開かれていた胸元に肌を隠す大きなリボンがあしらわれ、スカートにチャイナ風のスリットが入っている意匠となっているところだろうか。
スカートの切れ目から覗く左足の太ももが幼くも可憐な色気を醸し出しており、宙に舞っていたケープをドレスの上から羽織るその姿には、『背伸びした子供』とは呼べない“ナニか”が確かに存在していた。
箒に横乗りした体勢で不敵に笑みを浮かべるその姿は、まさしく“未来の大魔女”と呼ぶに相応しい。
その姿に、感じ取れる雰囲気に、何よりもその身から溢れ出させている膨大な紫色の輝きを放つ魔力に、フェイトは嘗ての母の姿を幻視し、気圧されたかのように一歩後ずさる。
同時に、マグマの如きドロドロとした灼熱の怒りが沸きだし、バルディッシュを握る手に更に力が篭る。
「それじゃあ、生まれて初めての姉妹喧嘩……いってみよ~かな?」
「っ!! 馬鹿にしてぇぇええええ!!」
デバイスから腰を下ろし、足元に発生させた魔方陣にスタッ、と着地を決めると手の中でクルクルと弄びながら不敵な笑みを浮かべてみせるアリシアの姿が琴線に触れたのかのように、文字通りの金の閃光となってフェイトが飛び出した。
両者の距離を一瞬でゼロにして、二つの金がぶつかり合う。
「はぁあああああ!!」
「やぁあああああ!!」
魔女の箒と雷光の戦斧が交差し、紫と金の光が夜空を迸る。
正史において決してありえなかった『テスタロッサ』の名を冠する少女同士による戦いの火蓋が、切って下ろされた。
「そろそろ、か……?」
「貴様……! いったい何が目的だ!」
戦いを始めたアリシアとフェイトの様子を視界に留めていたダークネスだったが、ふいに視線を中空へと向け、なにやら思案顔を浮かべる。ベルカの騎士であるヴォルケンリッターはもとより、先頭経験の少ないなのはですら、完全に隙だらけに無防備を晒すダークネスを警戒し、軽はずみな動きをとることが出来ないでいた。やがて焦れてきたのか、意外と熱血漢の気があるクロノが先陣を切って問いを投げかける。
「ん……? ああ、もう少し待っていろ。もうすぐ来るから」
「は? 来る? 一体誰のこ――」
メ゛ギリィ……!
思わず問い返してしまったクロノの台詞。しかしその言葉は途中で阻まれることとなった。
ガラスを力任せに引きちぎるような、耳障りな音が鳴り響く。音の発生源へと視線を向ければ、結界の外周部、外界と隔絶された結界の壁に
否、正確には展開されている結界に外側から何者かが指を突き刺していたのだ。
指を中心に空間に亀裂が入っていく。次いで、確認できる指の数もどんどん増える。
最初は人差し指と中指らしき二本だけだった。次の瞬間には薬指と小指が、さらに間を空けずに親指が生え、結界そのものをわし掴む。僅かな隙間から今度は反対の五指が突き出されると、両手で引き裂くように結界を切り開いていく。
メ゛ギッ、ビキッ、という嫌な音と共に、結界に人一人が通れるだけの穴が形成され、そこからズルリ、と身を滑らせて進入する人影が一つ。
それは軽鎧を纏い、背に大剣を背負った少年。
髪、鎧、その総てが喪服を思わせるほどの漆黒。
不ぞろいな長さの前髪から覗く瞳は、爛々と輝く真紅。
そこに宿るのは数百人分にも上る憎悪と殺意。
少年が真っ直ぐ直視するのは憎き闇の書の騎士……ヴォルケンリッター、そして彼らの傍に佇む“同胞”らしきモノ。
だがそんな事は関係ない。己はただ、己のやるべきことを、成すのみ。そう――復讐を。
少年の全身から立ち上るおぞましい憎悪が魔力と交じり、ドス黒いオーラとなって少年の全身を包み込む。
突然現れた少年の醸し出す、あまりの威容さに、彼を知る者もそうでない者も、皆等しく背筋を凍らせ、気圧されたように身を固める。
異様な混戦模様となってきた戦場において、元凶たる少年に全く気圧されずに平然と語りかけるのは、やはり彼だった。
「漸く来たか……待っていたぞ、
まるで街中で友人に出会ったかのように、軽々しく話しかけるダークネスに、一同が目を丸くする。
特に、告げられた言葉の意味を、“Ⅹ”という言葉が何を意味するのかを正確に理解している人物……高町花梨の混乱は極致に至りかけていた。
(いったい、どういうこと!? “Ⅹ”って……まさか参加者!? 嘘でしょ!? いえ、今はそんな事を言ってる場合じゃないわ!)
真に危惧すべきは、あの“Ⅹ”と呼ばれた少年と“Ⅰ”に友好関係が築かれているかもしれないということ。あれほどの異様な空気を醸し出す危険人物が、よりにもよって最凶の存在と協力関係になるとするならば、最悪、“ゲーム”のパワーバランスが完全に崩壊しかねない。
花梨の見立てでは、現在己が同盟を組んでいる“Ⅲ”及び“Ⅶ”、それになのはやユーノ、フェイトたち管理局勢。それらの戦力を集結させる事ができれば、漸く“Ⅰ”一人と互角に渡り合えるだろうと判断している。
これは、ルミナスハートと共に、現在までに蒐集した情報から相手の戦力を予測した結果であり、花梨自身もこの見積もりがそう的外れではないだろうと考えている。
だからこそ“原作”の知識から、生き返ったアリシアには魔法の才能がないものだと思い込んでいたせいで、彼女がフェイトと互角以上に渡り合えている光景に、頬をひきつらせてしまっていた訳なのだが。
(冗談じゃないわよ!? アリシアの事といい、このままじゃ本当にアイツの手で私たちは全滅させられる……! ここは何とかして、ヴォルケンリッターたちと一時共闘でもしない限り、生き残る手は無いのかも……!!)
そんな感じに花梨が内心でテンパっている中、ダークネスに呼びかけられた“Ⅹ”――ディーノは、相変わらずの操り人形を思わせる不気味な動きで、首を廻し、視線をダークネスへと向ける。
「ァぁぁああ嗚呼……? ふ、負うぁァシュ、と? よウ……」
「これはまた……ずいぶんと『侵食』が進んでいるようだな? ――そんな状態でやれるのか?」
「も、モンだァい名ァぁ合いイイ懿……」
「そうか……まあ、お前の命だ。好きに使うと良いさ……ただし、余計な横やりが入らないように多少の小細工位はやらせてもらう」
不意に、会話を途切れさせたダークネスが動く。
右手を前へと突き出し、広げられた手の平に生み出されるのは、黄金と黒の二色が交じり合った魔力で構成された魔力球。
身構える花梨たちなど見向きもせず、ダークネスはポツリと呟く。
「――“封鎖の刻印”」
次の瞬間、世界に深遠を思わせる“輝く闇”が爆ぜた。
作中に登場した魔法解説
・
使用者:ダークネス
ダークネスが全力戦闘を行うために創り出した概念魔法空間。
魔導師が使用する『封時結界』同様、特定範囲内の空間を創られた空間に転移させることで外界と完全に切り離す。この空間の展開後は、転生者か『神成るモノ』しか侵入することは不可能。
ただし、魔法の展開時に有効範囲内に存在していた生物は空間内に取り残される。外部への通信、転移は不可能で、この空間魔法を解除するには術者本人を斃す、または本人に解除させるしかない。
この空間内で破壊された物は、実際の世界への影響を及ぼさない。
『世界そのものを破壊してはならない』というルール上、通常空間では全力戦闘ができない(魔導師の結界程度では到底耐え切れない)ことから考案された。
・テスラ・フォール(Tesla Fall)
使用者:アリシア・テスタロッサ
天空より極大の雷光の降り注がせる雷撃系広範囲攻撃魔法。
有効範囲は大都市を丸ごと覆い尽くすほど(作中では牽制目的での使用だった)。
無詠唱でありながら、その威力はフェイトの『ファランクスシフト』すら凌駕する。
さらに術者が常識外れの制御能力を有するアリシアであるため、ビー玉レベルの標的、ただ一点を正確に狙い撃つことすら可能なほどの精密性すら有している。
2012.11.25 誤字修正
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守り抜く覚悟と壊しつくす覚悟
彼女らにとって、ややキツイ内容になっておりますのでご注意を。
「反応、途絶! 散布していたサーチャーの反応も、一切が消失しました!」
「結界外で待機していた武装隊員たちは全員無事です! ですが、展開されたあの空間については全くわからない、未知の術式であるらしく、手が出せないこの事です!」
「執務官、及び民間協力者たちとの通信、一切不能! デバイスへの通信も反応ありません! か、艦長!?」
悲鳴とも怒号とも取れる叫び声が室内に木霊する。
海鳴市の一角に立てられたマンションの一室、アースラスタッフたちが持ち込んだ機材で、近未来的な内装となった暫定の司令室で、リンディは混乱する部下たちの報告を受けながら、的確な指示を飛ばしていた。
「皆、落ち着きなさい!! とにかく外部からの進入が一切不可能だということなら、この状況を打破するためにも少しでも情報を集めるしかないわ。武装隊には引き続き外部からの警戒と、あの結界の調査を! エイミィ! 管理局のデータベースにアクセスして何かしらの情報が残されていないか、もう一度洗い直して!」
「り、了解です! あ、あの、艦長……クロノ君たちの事は……」
「あら? 貴方は執務官たちを信じられないのかしら? 大丈夫、あの子達はきっと無事よ。――……だからね、エイミィ? 私たちは、私たちに出来ることをしましょう?」
「はっ、はい!!」
不敵な笑みを浮かべるリンディの様子を見て漸く冷静さを取り戻してきたのか、涙を拭って敬礼してみせるエイミィ。
その様子に深々と頷きを返しながらも、しかしその内心は不安と混乱でグチャグチャになっていた。
それでも、表面上は冷静そのものといった風体を維持できたのは、ひとえに彼女の優秀さゆえか。
(クロノ……貴方もなのはさんたちも無事、よね……?)
母として息子の身を案じながらも、管理局提督としての誇りと自覚が、彼女の心を奮い立たせて俯くことを許さない。彼女の視線の先、正面モニターに映るのは黒い半円状のドームのようなもの。
所々が金色に輝いて見える不可解極まりない空間は、ダークネスの手の平で黒い魔力が破裂した瞬間に展開されたものだった。
ヴォルケンリッターたちを逃がさないように、管理局が展開していた結界をさらに覆うよう広がったこの空間は、彼らの知るものとは明らかに違う術式で構成されており、触れれば弾き返され、解析魔法をかけようとも、幾層にも妨害術式が張り巡らせてあり、微塵も解析できないでいた。
内部との通信も一切が遮断され、声も念話も通じない。まさに完全な閉鎖空間と呼んでも過言では無いだろう。
――クロノ……皆……どうか無事でいて……!
今のリンディに出来る事は、深遠の如き闇の向こう側にいるのであろう息子たちに向けて、祈りの言葉を投げかけるくらいしかなかった。
街も、ビルも、道路沿いに植えられた木々も、そして夜空すらも、ありとあらゆるものが黒に締め上げられた世界の中で、突然現れた異常な世界に慌てて辺りを見渡す者、念話を通そうとしても叶わずに混乱する者、呆けたように漆黒の空を見上げる者等々、多岐に渡る反応を見せていた。
その世界の中心たる異形の存在たるダークネスは、突き出した右手の人差し指をスッ……、と宙を走らせてとある地点へと向ける。その先にあるものとは――
「“闇の傀儡”の一つ、湖の騎士……奴はこの先にあるビルの上にいるぞ? ――ああ、あの“中古本”、もとい“闇の書”も在るようだな。ふむ、結界の外にいる奴を逃げられないようにするために“封鎖の刻印”の効果範囲を広げてみたが……存外に上手くいったようだ」
『――ッ!!?』
「――キャは」
黒い世界に鳴り響く、笑い声。最初は小さかったそれも、だんだんと大きく、狂った叫びへと変わっていく。
「きゃ羽は――……ぎャは破ははァぁアア嗚呼!!!」
狂人が嗤う、笑う、哂う!
胸の奥底より、活火山のマグマが吹き荒れるかのように、湧き出す憎悪と怒りを振りまき、狂ったように嗤い続ける。
三日月の如き吊り上った笑みを貼り付けたディーノは、背負った大剣の柄に手を掛けながら、身を低く下げる。その姿はまさに飢えた肉食獣のそれ。
「この管理局どもは俺が相手をしてやる……お前は存分に復讐を果たすといい」
「ッしゃオら羅ぁァぁあアアア嗚呼ア!!!」
その言葉が引き金になったのか、弾丸の如きスピードで宙を翔ける。向かう先にいるのは憎き仇の一人――湖の騎士 シャマル。
「っ!? 不味い、シャマル!?」
煌く夜天が染め上げられた黒い世界を、狂気を振りまく黒勇者が駆け抜ける。
僅かに遅れて飛び出すシグナムたちが悲鳴じみた念話を飛ばしながら、仲間の救援にむけ動き出す。
一方の花梨たち管理局勢はというと――
「っ!? あなたはっ!!」
目の前に悠然と佇むダークネスに阻まれ、身動きが取れないでいた。人数だけを見ても花梨たちの方が上である以上、数名に足止めを任せて、残りが“Ⅹ”と呼ばれた少年の対応に当たれば良い。そんな花梨の思惑をあざ笑うかのように、さらなる威圧感を滲み出すダークネス。彼と対峙した誰もが、背中を見せた瞬間に首を落とされる未来の映像を幻視してしまう。それほどまでに今のダークネスには戦意が溢れていた。思い返せば、ファーストコンタクトとなった“時の庭園”では全くといって良いほどに戦意が無かった。バサラを手に掛けた事も、フェイトを傷つけた事も、本人的には虫を払うかのような、なんでもないかのように振舞っていた気がする。つまり、今こうして花梨たちを阻むかのように立ちふさがり、覇気と闘気を溢れさせているダークネスは、確実に花梨たちを敵とみなしていると言うことになる。
僅かな油断が命取り。相手は既にその手を鮮血に染め上げている危険人物。気を抜けば……殺られる!
本能で直感した死の恐怖に、数々の次元世界で起こる事件を解決に導いてきたクロノたち管理局員ですら背筋に冷たい物が走るのだから、本物の命のやり取りを経験していないなのはたちが思わず身を竦め、怯えの感情を顕わにしてしまうのも、仕方の無いことだろう。そんな訳で、花梨たちは完全に足止めされたまま動けないでいるのだ。
「あいつの邪魔をするな。これはある意味で当然の権利なのだから」
「どういう意味だ!!」
油断無くデバイスを突きつけながら、クロノはしたり顔を浮かべるダークネスを問い詰める。
問われたダークネスは僅かに思案していたが、やがて「まあ、別にいいか……」と呟いてから口を開く。
「いいだろう、教えてやる。あいつが闇の書に並々ならぬ憎悪を燃やす理由……それはあいつの総てを闇の書が奪ったからだ」
向かい合う花梨たちが告げられた言葉に表情を変える中、ダークネスは先ほど“Ⅹ”が飛んでいった方角へ視線を向ける。
その視線の先では、倒れ伏す金髪の女性、鮮血を振り撒きながら宙を舞う片腕、叫び声をあげる仮面をつけた謎の人物。そして返り血で顔を真っ赤に染め上げつつ歪んだ笑みを浮かべる黒い勇者の姿があった。
――時間は僅かにさかのぼる。
ヴォルケンリッターの参謀、『湖の騎士』シャマルは管理局の結界に囚われた仲間たちを救うべく、結界の外から術式の解析を行っていた。彼女の傍らに浮かぶ古ぼけた意匠の魔道書……闇の書に蓄えられた魔力を使えばこの結界を破ることは容易いだろう。
だがそれは今までに蒐集してきた魔力を放出することであり、必然的に消耗した魔力を再度集める必要が出てくる。主であるはやての体調を考えると、出来る限り速やかに蒐集を完了させたいところでり、その考えが彼女に闇の書の魔力を使わせることを躊躇させていた。
「やっぱり駄目……これを破るにはシグナムの『ファルケン』かヴィータちゃんの『ギガント』位じゃないと……。私一人じゃ、どうやったって――っ!? なっ、なに!?」
顎に手を当て、思考の海に漂いかけていたシャマルの視界が一瞬で染まる。
それは『黄金色に輝く黒』
ありえない色合いの炎のような光が結界の中から溢れ出したかと思うと、それは一瞬で広がり、シャマルの立っていたビル群までも飲み込んでゆく。突然の事態に慌てて周囲を見回すシャマルに、仲間たちから怒鳴るような念話が届く。
『――シャマル! 今すぐそこから離れろ!!』
『え? シグナム? いったいどうし――』
自分たちの将の静さを失った叫びに呆気にとられた彼女の視界に、どす黒い瘴気を思わせる魔力を放ちながら急接近してくる敵の姿が映る。それは一人の年若い少年。だが、彼女は知っていた。あの少年の内包する危険性を。
「っ!? あの子は!? なんでよりにもよってこのタイミングでっ!?」
悲鳴じみた叫び声を上げ、慌てて目の前で宙に浮かんでいた闇の書を引っ掴み脇に抱えると、即座に逃走に移る。
支援型である自分では狂っているとしか言い表せないあの少年を相手どるには、あまりにも分が悪すぎる。
自相の戦力差を瞬時に見抜き、最適な行動にうつれたのは流石というべきだが、しかしすべては遅すぎた。
「――っかぁはは母葉ハァァぁあ唖!!」
『Earth Saber』
瞬く間に距離を詰めたディーノが背負った大剣を抜刀した勢いそのままに、斬線を斜めに走らせる。鋭すぎるその残光は闇の書を守るように身をよじったシャマルの背を容赦なく切り裂く。
漏れかけた悲鳴を歯を食いしばることでこらえ、傷口がもたらす激痛を意図的にシャットアウトしながら、シャマルは生き残るために全力で術式の構築を行い、展開する。
(皆のところへ転移を……っ!!)
彼女の本分はあくまでサポート、回復をメインとする参謀役。無論彼女も歴戦の勇士であるがゆえに戦闘も熟せるが、この相手に直接戦闘を仕掛けるのは無謀を通り越して唯の無謀でしかない。
剣線の鋭さもさることながら、常時展開している防御障壁ごと騎士甲冑をやすやすと切り裂く攻撃力。
威力だけでいえば自分たちの将すら上回るかもしれない。そして何より、あの殺気。基本不殺を心がける管理局とは違い、明らかに自分たちの命を狙っている。
この少年の顔に見覚えはないが、闇の書やヴォルケンリッターを知っている素振りから見て、おそらくは過去の闇の書事件で肉親、あるいは親しい人々が被害にあったのだと推測できる。
ならば、おぞましいという言葉すら生ぬるい狂気を纏ったこの少年の行動もしっくりくる。
(そうだとしても今はまだやられるわけには――!!)
やらねばならないことがある。助けたい人がいる。許されるわけはないとわかっている! それでも、大好きな主を助けたいから……立ち止まるわけにはいかない!
そんな一人の少女を想うシャマルの意志に、天が心動かされたのかもしれない。
――ガキンッ!!
「「!?」」
振りぬいた勢いを殺さぬよう、全身ごと回転するように放たれたディーノの追撃はシャマルの身に届かず、甲高い金属音を響かせるにとどまった。
仇を目の前にして周囲への注意が散漫になっていたのか、仲間を助けるために全速力で駆け付けたシグナムのレヴァンティンが、黒い勇者の大剣に真横から叩き付けられた。
予想だにしなかった横やりに思わず体勢が崩れ、ディーノの小柄な体が吹き飛ぶ。
だが、彼もまたさる者。クルリと軽業師のように身をひるがえすと、ビルの屋上に危なげなく着地する。
僅かに呆けた表情を浮かべていたが、己の邪魔をしたのもまた憎き仇であることに気づいたらしく、さらに濃密な殺気を振りまきながら身構える。
いまだ年若い少年から向けられるあまりに濃密な殺気に、思わず息をのんだのは果たしてどちらだったのか。
今にも飛び掛からんとする少年から視線を外さず、シグナムはシャマルへと確認の問いかけを投げた。
「どうやら無事のようだな」
「まあ、ね……正直助かったわ」
恐怖と背を走る痛みで表情は青いままではあるが、この程度の傷ながら騎士であるこの身は耐えられる。そう言外に告げながら傷口に治療魔法をかけるものの、すぐにその表情がくしゃりと歪む。
「……そんな。こんなことって……!」
「シャマル?」
「傷が……回復しない……ッ!? 気を付けてシグナム! あの剣には私たちを……“闇の書を破壊する”能力が付与さえているみたい……!!」
「なっ!?」
悲鳴じみたシャマルの叫びに、シグナムの両目が限界まで見開かれる。
プログラム生命体であるヴォルケンリッターは常人よりもはるかに頑丈で、回復力も優れている。さらに構成プログラムにまで達するダメージを負ったとしても本体ともいえる闇の書の中に一時収納されることで、あらゆる損傷から回復することが可能だった。だがもしシャマルの言うように対闇の書用のプログラムのようなものがあの大剣に仕込まれていたとするならば、それはまさにウイルスプログラムそのもの。
あの大剣で傷を受けた騎士たちには回復する手立てがなく、もし闇の書の中へ戻ったとしたら騎士たちを通してウイルスが闇の書を侵食するかもしれない。そうなってしまえば、終わりだ。主を救う手だては永遠に牛われるどころか、彼女と闇の書との間に構築されているパスを通して彼女の命を脅かす可能性すら考えられる。
要するに、あの大剣で傷を受けた最後、治療も回復も出来ず、ただ己が肉体を構成するプログラムがウイルスに侵食されていくのに黙って耐えるしかない訳だ。
これこそが“Ⅹ”こと黒き勇者 ディーノの愛機【ディーノの剣】の有する能力『
まさにプログラム生命体であるヴォルケンリッター殺しと呼ぶにふさわしい能力あった。
「ッしャァァ唖ああ嗚呼!!」
胸の奥から際限なく溢れ出す殺意の感情とそれがもたらす途方もない破壊衝動に身を委ね、ディーノが振りかぶった大剣を振るう。
対峙するシグナムは、相対する少年の瞳の奥に宿る己たちへの明確な殺意に感じるものがあったのか、僅かに表情をゆがめるものの、技術も何もなく力任せに振り回されているだけの剣戟を受け止め、いなし、受け流していく。だが反撃とまでには至らず、むしろ相手の勢いに気圧されたかのように一歩、また一歩と僅かに後退を余儀なくされていった。
剣士として完成された剣技を有するシグナムが、なぜ剣の腕が素人そのものなディーノ相手に劣性に立たされているのか?
それは偏に、ディーノの振るう剣戟の“重さ”にあった。
(ぐぅうっ!? な、なんという攻撃の重さなのだ!? この少年の攻撃……その一つ一つがヴィータの“ギガント”クラスはあるぞ!?)
ディーノが鍛えていることは外気にさらされた腕の筋肉の付き具合から見て取れるが、それにしてもこの威力は単純な筋力の問題ではない。いったいどれほどの魔力で強化すればこれほどの威力を叩き出せるのかシグナムの背筋に冷たいものが流れる。
いくら魔力で筋力を強化しようとも、元となる人体には相応の限界値というものが存在する。その限界以上の力を引き出そうものなら、肉体のほうにそれ相応以上の負荷が掛かるのは当然の理である。だがこの少年は明らかに自身の身を顧みない、捨て身の戦法をとっていた。
今こうして打ち合っている剣戟についてもそうだ。防御に意識を一切割り当てず、ただひたすら自分たち敵を切り捨てんと全身をぶつける様に剣を振るう。
剣の業を修めたものとしては確固として認められない無謀な行為、だが憎悪を振りまき復讐に燃える少年に、己がそんなことを言う資格などはない
(何を偉そうなことを……私などにそのようなことを口にする資格などあるはずが……)
「シグナム!!」
「――っは!?」
胸の中で自嘲を漏らしたのが仇となった。僅かに意識のそれたシグナムが晒した僅かな隙。
騎士として決してしてはならない愚行をとってしまった彼女の脳天目掛け、汚れきった魔力光を纏わせた斬撃が振り下ろされる。
背中に庇ったシャマルの叫びにハッ、と我に返ったシグナムはほとんど条件反射のように体を後方へ大きくのけぞらせることで何とか直撃を躱す。だが――
「ぐうっ……!?」
左手で額を抑え、苦痛のうめき声を漏らすシグナムの指の間からドロリとした真紅の液体が零れ落ちる。
頭蓋にまでは達してこそいない。が、ディーノの持つ剣に付与された『
額に負った傷は、傷自体が浅くとも大量に出血してしまう場合が多い。流れ出た血液は粘りけが強く、目に入ろうものなら視界を狭めてしまい、高度な駆け引きが必要とされる近接戦闘においては特に大きなハンデとなってしまう。
相対しているこの少年のようにこちらを上回る力を有する相手と打ち合うには経験や技量もさることながら、相手との間合いや攻撃を見切る視力が必要不可欠なのだ。
(なんと迂闊……!! 私は新兵か!?)
将としてあらねばならない立場だという自分が犯してしまった愚行に憤慨するシグナムに、やはりと言うべきかディーノが容赦するはずもなく、片手の塞がった手負いの剣士の首を刎ねんと振るわれる剣舞はさらに勢いを増す。
防戦一方となってしまったシグナムが勢いに呑まれ、思わず下げてしまった足元の床に亀裂が走った。
暴風と言わんばかりに振るわれるディーノの大剣が起こした風圧、それが真空の刃となってビルの屋上にいくつもの亀裂を生みだしていたのだ。
それがたまたまシグナムが踏みしめた事による負荷をトリガーとして崩れさせてしまったのだ。
「くっ!? し、しまった!?」
足を取られ、体勢を崩してしまったシグナムの首筋目掛け、必殺の念の込められた追撃が襲い掛かる。
シャマルの悲鳴とディーノの狂ったような嗤い声が上がる中、すさまじい速度と威力のある死神の鎌がシグナムを両断せんと迫り――
ガキンッ!!
突然現れた仮面の男に完璧に防がれた。
「「な!?」」
「――ァあ?」
驚きの声を上げる3人に構わず、両手を十字のように交差させるクロスアームブロックでディーノの攻撃を受け止めた仮面の男は、その仮面の奥で冷や汗を流していた。
難なく受け止めたかに見えた彼女だったが、実はかなり限界ギリギリであった。
「くっ……!? (なんて馬鹿力!? プログラム共が押されてたのは単にこいつらが役立たずなだけかと思ってたけど……!? とにかく、このままじゃマズイ!!) ――……使え」
「え?」
予期せぬ救援に呆然としていたシャマルに向けて――正確には彼女の手に抱えられたままの闇の書にだが――素っ気なく声を投げかける。
彼女の呆けたような反応に若干の苛立ちを感じつつ、仮面の男は視線を目の前にいる“自分たちの同類”であろう少年から逸らさぬまま、再度言葉を投げる。
「お前の抱える闇の書……その魔力を使え。強大な破壊の力を宿すそれならば、この少年も退けることが出来るはずだ」
突然出てきた上に、闇の書について何やら知っている素振りを見せる仮面の男に警戒を高めるシグナムとは異なり、参謀であり守護騎士たちのブレーンであるシャマルは仮面の男の提案を頭の中で思案する。
(怪しさ満点な正体不明の仮面の男……少なくとも手放しで信用なんてできるもんじゃないわ。――けれどもこの状況。仮面の男はどうやらあの子を抑えるので精一杯みたいね。かく言う私たちも偉そうなことは言える状況じゃない……。シグナムは手傷を負っているし、私も背中の傷が熱を持ち始めてる……! そのせいか頭がぼーっとしてきてるし、このままだと本当に手詰まりになっちゃう……。何故かヴィータちゃんたちがこっちに来られていない以上、ここは彼の言うとおりに闇の書の力を使うしか……!?)
そう判断を下したシャマルは、闇の書を掲げるとその力を解放せんと意識を集中させる。
闇の書のページが勢いよく捲られ、そこに刻まれた古代ベルカ文字が黒い輝きを放つ。
その輝きに比例するかのように闇の書からその名にふさわしい闇色の魔力を溢れさせる。
膨大な魔力の放出を背に感じた仮面の男は、これで目的を達せられると仮面の奥でほくそえみ――
「イイ加げンに……憂ッと緒シイ」
――ザシュ!!
「――……ぇ?」
仮面越しのくぐもった呆けたような声を漏らしながら、呆然と視界に映る、よく見知ったソレを見つめる仮面の男。
仮面を通して見えるのは切り口から真紅の鮮血を吹き出しながら宙に舞うのは間違いなく――切り落とされた自分自身の両腕。
それが何を意味するのか、彼女の脳がようやく理解できた瞬間、真紅に発光するほどに熱せられた焼き石を押し当てられたかのような熱さと痛みが彼女の全身を駆け巡る。
「ぐっ、う、あああああぁぁぁぁああああああっ!? ――ガアッ!?」
「五月蠅イ」
膝をつき、吹き出す出血で身に纏うバリアジャケットを赤黒く染め上げていく仮面の男の鳩尾に、何の感情も映っていない目をしたディーノの靴の爪先が撃ち込まれる。
十字受けで止められた大剣を振るう腕に、さらに魔力を注ぎこんで筋力強化をしたディーノの押し込んだ大剣で両腕を切り飛ばされた仮面の男は、激しい痛みと急激に失われていく血液のせいもあり、なすすべもなく崩れ落ちる。
両腕を失ったというのに、それでも意識を繋ぎ止めつつ止血魔法を自分にかけているのは流石というべきか。しかしそれもすでに限界だったようだ。崩れ落ちた仮面の男の全身を淡い青色の魔力光が包むやいなや、その輝きはまるで蛍のように四方へと霧散していく。光が収まった後に残されたのは、真実の姿を隠していた変身魔法が解除され、荒い呼吸を繰り返す少女の姿。
頭や臀部から人ならざる者の証である、ネコ科のそれを思わせる猫耳やシッポが力なく垂れ下がっていた。
足元に転がる邪魔者を一瞥し、その背中を容赦なく踏みつけながら、返り血の浴びた頬を拭うディーノが小さく呟く。
芥ガ――、と。
「シャマル! シグナム! ――……っな!?」
「くっ!」
「そんな……!?」
血だまりの中を平然と歩き、ひれ伏す仮面の男だった女性にとどめを刺さんとディーノが大剣を振りかぶったちょうどその時、ヴィータとザフィーラ、そしてコウタがようやくこの場へとたどり着いた。
彼らの到着が遅れたのは、シャマルを救わんと己の身体にかかる負担を顧みないほどに無茶な加速をして先行していたシグナムとは異なり、万全の状態で駆け付けようという判断を下したからであった。
『あの少年は万全の状態であったとしても、決してたやすく組せる相手ではない。先行してシャマルを援護する役目と、後詰めの役をわけるべきだ』
シグナムはそう判断を下し、自身は複数のカートリッジを使用して己の身を顧みないブースト魔法を掛けることでシャマルが一刀のもとに切り捨てられるのを防ぐことができたのだ。
もっともその反動として、現在のシグナムはシャマルから全力の回復魔法をかけてもらえねばならないほどに消耗してしまっていたのだが。
「く、く木キキキ効き……!!」
「こいつ……!? まともな精神状態じゃないのか!?」
集合した仇共を見回しながらディーノの口から低い嗤い声が漏れ出す。彼自身どうしようもなく堪え切れそうもない程の殺意がの奔流が体の内側で渦巻き、まともな会話すらできないほどまでに狂ってしまっていた。その異様な姿に守護騎士たちは改めて目の前にいる狂人の危険性を再確認し、各々が警戒の色濃い表情を浮かべつつデバイスを構えだす。自分たちを援護しようとしていた? 謎の人物については今のところ放置している。敵か味方かもわからない……いや、変身魔法がきれたせいで管理局員らしき服装をしていることが見て取れることから、この気絶している猫耳の女性は管理局員、またはその関係者でほぼ間違いないだろう。法の守護者を名乗る管理局員が正体を隠ぺいして、犯罪者であるはずの自分たちの援護をしようとしていた。――あからさまに怪しいとしか言えない。
そのような人物を信用することも、ましてや危険な敵の前で、彼女を治療するような余裕も、騎士たちにはありはしなかった。
片や無言で、片や低く嗤い続けるという異様な空気の中、一人の少年が同胞たる狂人へと怒鳴るように叫ぶ。
「なん、でっ……!? なんでこんなことをするんだ!? どうして君は僕の家族を傷つけようとする!? みんなが君に、いったい何をしたって言うんだっ!?」
叫びを上げる少年……“No.Ⅸ”八神コウタにはわからなかった。なぜこの少年は守護騎士たちをこれほどまでに憎悪するのかを。
確かに、彼女たちもそもそもの発端である『闇の書』に関しても、決して良いものであるとは言えない。むしろ無秩序な破壊と殺戮を繰り返してきた、その名の通りの呪われたロストロギアである。
だが『夜天の書』が歴代の主の改変によって『闇の書』へと変貌してしまい、無限転生システムが暴走してしまっていることはコウタと同じ転生者であり“ゲーム”の参加者である“Ⅹ”も知識として知っているはずだ。コウタはディーノの事を聞かされた時、最初は原作アンチを是とする人物なのかと思った。確かに原作では八神はやてと守護騎士たちは破格の条件で管理局の保護下に置かれており、過去の闇の書事件の被害者たちの遺恨などは原作アニメの中では語られることはなかった。だからこそ、二次創作物ではこのことについて不満の声を上げ、はやてたちにちゃんとした罰を与えるべきだというアンチ者たちが存在していた。なのでディーノの事も、きっとこういった人々と同じ考えを持っているのだ思い込み、それならきちんと話をすればわかってくれると楽観視していた。
だがこうして実際に相対してみて、その考えはあまりにも浅はかだったのだと痛感していた。
誰かの命を奪うことを全く意にかさない本物の殺意。
向けられる憎悪と憎しみに染まりきった眼。
そして何より、実際に傷つけられた仲間の姿に、コウタはディーノという人物の本質がほんの少しだけわかったような気がしていた。
「(彼はただ原作の内容が気に入らないというだけじゃない……。彼の憎悪は間違いなく大切な誰かを奪われた人のものだ……!)」
だとしたら、彼をあそこまで追いつめてしまったのは多分――
「“Ⅹ”……。僕の声が聞こえているかい?」
「ケひゃ、けひ、絎けケ……」
「聞こえていなくてもいい。それでもどうか聞いてほしい……僕は君と同じ存在なんだ。」
ピクリ、とディーノの指先が小さく震える。
「僕の名は八神コウタ。君の知っている通り『闇の書』の主である八神はやての弟であり……君と同じくこの儀式に参加している者の一人だよ」
「っ!? コウタ、テメェ!? 何考えてやがる!?」
激高したヴィータがコウタの襟首を掴みあげる。隠し通さなければならない主の正体をあっさりとばらしたのだから彼女の反応も当然の事だろう。
他の騎士たちからもどういうことだと言わんばかりの鋭い眼光が突き刺さる中、コウタはいたって平然とした顔のまま、逆にヴィータをたしなめる様に手をかざしながら言葉を続ける。
「ヴィータ、それにほかの皆も。頼むから落ち着いてほしい。これには相応の理由があるし、何よりも彼はもちろん、向こうにいた何人かには、はやて姉のことは知られているんだから」
「なっ……!? そっ、そいつは一体どういう意味なんだよっ!? なっ、なんで奴らが!?」
「詳しいことは言えないんだ。ゴメン……それでもこれだけは言えるよ。はやて姉の事を知っているのは目の前の彼のほかに少なくとも二人。一人は管理局に協力していたポニーテールの方の白い魔導師、まあ彼女はこちらの事情を知っているのに今まで何のアクションもとっていないことから見て、たぶん大丈夫だと思う……。けれども問題はもう一人の方なんだ……そのもう一人っていうのが実はあの怪物なんだ」
『――ッ!?』
「さっきまでの会話で彼はこの“Ⅹ”に協力している節がある。だからもしかしたら……」
「主にまで危害が及ぶ可能性が高いと言いたいのか!?」
「多分……その可能性は極めて高いとしか言いようがないよ……実際、彼は今までに管理局の協力者を含めて何人かを殺めているらしいんだ」
「そっ……そんな!?」
シグナムの治療を終えたシャマルから悲鳴が上がる。それはそうだろう。なにしろあの怪物はつい先日に、守護騎士最硬の盾である守護獣ザフィーラを消滅寸前にまで追い込み、ヴィータに深手を負わせられていたのだから。あの時のことを思い出そうとすると自然と恐怖で全身が震えだす。それでも勇気を振りしぼってあの時のことを思い返してみると、相手は全く本気を出していない。と、言うよりも敵としてすら見られていなかったのだと思い知らされてしまう。
何故ならあの化け物が自分たちに明確な敵意を、殺気を向けてきたのは自分たちが逃げ出そうと転移魔法を展開したあの瞬間のみ。本人は威嚇のつもりで放ったものだったのかも知れないが、それでもシャマルたちはあの瞬間、間違いなく己の消滅を幻視したのだ。この狂人のように自分たちの天敵となりえる力を持つわけでもなく、ただ単に生物としてのポテンシャルが、内包する純然たる力の次元が違い過ぎるという事実に気づいてしまったから。
シグナムやヴィータなど戦闘担当者はそれでも恐怖に震えることを是とはせず、次に戦うことがあれば必ず打倒してみせると修練を繰り返し、ザフィーラも盾の守護獣としてのプライドゆえに『次こそは……!』と静かな闘志を燃やしていた。だがもともと後方支援型であるシャマルには、そのように割り切ることができなかった。
なまじ、参謀役として長き月日を重ね知識と戦略眼を磨き続けてきた彼女だからこそわかってしまっていたのだ。
己たちがどれほど修練を積んだとしても、けっしてあの化け物の立つ領域には届かないのだということを。
だからこそ彼女は恐れる。あの化け物が自分たちを、『闇の書』を滅ぼさんと動き出すことを。
だがコウタの言を信じるならば、あの化け物は今こうして相対している狂人たる少年に協力しているのだという。唯でさえこの少年の相手をするのは、厄介極まりないのだというのにこれ以上状況が悪化することだけは何としても阻止しなければならない。
「――ねえ“Ⅹ”、君? あなたはなぜそこまで私たちを憎むの?」
考えをまとめた彼女の動きは早かった。まずはこの狂人と化している少年をなんとかしなければと思い、まずは何故『闇の書』を憎んでいるのか? これをはっきりさせておかなければならない。
少年の様子から見て、十中八九過去の『闇の書』事件の際に大切な誰かを失ってしまったのだという事は推測できる。だが、過去に自分たちがおこした蒐集活動の被害者であるならば、その原因はそれを命じた過去の主にある。
実際に手を汚した自分たちが許されるはずなどないことはわかっているが、それでも彼の憎しみの対象を『闇の書』そのものから自分たち守護騎士へと逸らせることができるかもしれない。
そうなれば、無害な少女である現主に危害を加えられる可能性を下げることができる。自分たちに何かあれば、優しい主は悲しむかもしれない。それでも彼女に降りかかる禍の種を減らせるというのなら、自分たちの命など安いものだ。
もとより自分たちが『闇の書』の完成を急ぐのは彼女を救うためであり、その願いがかなえられた後に相応の罰を受けるつもりであった。
どれほど悪だと罵られようとも、自分たちに心を与えてくれた主を救うことができるのならば、他には何もいらない。
悲壮なる決意を以て投げかけられた問いであったが、意外な反応が返ってきた。
「ク、フフフ……ッ、アハハハハハハハハ!!」
『ッ!?』
漆黒に塗りつぶされた空に響き渡る狂笑。
心底おかしくて仕方がないと言わんばかりに腹を押さえ、笑っていた。
「くっくくく……ああ、そうか。そうだったな。そういやお前らバグってぶっ壊れてんだっけなぁ? それじゃあ、貴様らが殺した人たちの事なんて気にしなくても当然ってかぁ?」
狂気が収まったのだろうか? ある程度の理性を取り戻したかのようなディーノが嘲りの視線をコウタたちに投げつける。
「バグ……? いったい何を言っている?」
「ケッ! 貴様らに都合のいいとこだけ覚えてて他は全部きれいさっぱり忘れましただと? ――ふざけているのか貴様らぁ!? 俺の! 俺の父を! 母を! 妹を! 家族を! そして……俺の故郷の皆を皆殺しにしやがった殺人プログラム風情がぁあああ!!」
『!?』
「今でも夢に見る……! 烈火の将! お前は俺たち家族を守ろうと身を挺して戦った父さんを雑魚呼ばわりして切り刻んだ! 鉄槌の騎士! お前は幼い妹を抱きしめながら『この娘だけはどうか助けてください』って懇願する母さんの頭をその鈍器でゴミみたいに叩き潰した! 盾の守護獣! お前は生まれて間もなかった妹をその爪でボロ雑巾みたいに引き裂いた! そして湖の騎士! お前は俺の故郷の皆から無理やりリンカーコアを引き抜いて闇の書のエサにしやがった! 皆、苦しんでた……助けてって、死にたくないって……泣いて、叫んでいた! そんな皆を、貴様らが殺した俺の家族の亡骸を見下ろしながらお前らはこう言ったんだよ! 『それなりの数がいたくせにショボイ魔力しか持ってね~な、コイツラ』、『わが剣と切り結ぶことができる強者もいなかった……無駄足だったか?』、『そう言うな……それでもその辺の魔法生物よりかは効率が良いだろう。獲物としての価値は下の下であったがな』、『まあまあ……たいして役にも立たなかったけど、こんなのでも多少は闇の書の糧になるんだから我慢しましょう?』――ってなぁ!!」
「うっ、嘘だっ!? 皆がそんなことをするわけが……!!」
「“Ⅸ”ッ! テメェも知ってんだろうが! そいつらが闇の書のバグのせいで過去の事をほとんど忘れてるっていることを! しかも自分たちで覚えていないことをいいことに、都合の悪いこと、過去にそいつらが起こした犯罪の原因を統べて主のせいにしてるってことをよぉ!! ふざけんなよ……!? 皆を殺したときのお前ら確かに笑っていやがったよ! 嬉しそうに! 闇の書の主に命令されたからじゃない! 確かなお前ら自身の心の思うままになぁ!!」
「ちっ、ちが……!?」
「ちがわねぇよ!! お前らは嫌々蒐集活動をしていたんじゃない! お前らは楽しんでいたんだ! 闇の書を完成させるというお前らの存在理由を果たすために、自分たちの闘争心を満たせる獲物を狩れることを心の底から楽しんでいたんだよ!! 少なくとも! 俺の故郷を滅ぼして立ち去るまでの間! 俺に聞こえていたお前らの会話の中に『主』って単語はひとっ……つも無かったよ! そして何よりも! お前らが今の主の命を無視して勝手に魔力の蒐集を行っていることや、魔力の吸い出しで相手を殺さない程度で留めているのが! お前らは主の命令に背くことができるって事、魔力の蒐集で相手を殺さないように手心を加えることもできていたのに、今まではそれをわざとしていなかったっつ~事の何よりの証拠だろうが!! 違うか!?」
誰も言葉を発せない。深い悲しみと絶望に染まりきってしまったディーノの叫びに、守護騎士たちはもちろん、コウタすらも言葉を発することができなかった。
涙を流し慟哭の叫びを上げるディーノの語る言葉が真実であるのだと、否応なしに理解させられてしまったから。
ディーノの抱く悲しみとそれが転じて誕生した復讐の狂気。一人の少年を蝕む憎悪を生み出したのは他ならぬ、闇の書とその守護騎士たる自分たちなのだという事を……。
コウタもまた理解してしまっていた。ディーノと目が合った瞬間、類稀なる観察眼を身に付けていた彼は気づいてしまった。ディーノの瞳の奥の奥、のそのまた奥にドロドロと渦巻く底なしの混沌と狂気と悲しみの感情が渦巻いている光景を幻視し、それが決して己に理解できる物ではないという事を理解してしまったからだ。
「……僕には君の気持ちはわからないよ」
「だろうな」
「うん……幼いころに両親がいなくなって、グレアムさんの援助を受けながら、ずっとはやて姉と二人で暮らしてきた……さみしくなかったといえば嘘になるし、道端ですれ違う家族連れを見るたびになんで僕たちには両親がいないんだろう、って思ったことも一度や二度じゃないからね。それでも僕は……間違いなく幸せだったよ。だって、大切なお姉ちゃんがいてくれたし、今じゃあ、ホラ。ヴィータにシグナムさんにシャマルさんにザフィーラ……四人も新しい家族ができたからね……。だから、さ……結局のところ、僕が何を言ったところで君に届く事は無いと思うんだ……悲しいことだけどね……」
「別に気にすることも無いと思うが? 俺は復讐を止めるつもりなんてのは更々無いし、お前らも黙ってぶっ壊させてくれないだろ?」
「そうだね。君には同情もする。後ろめたさもある。何とかしてあげたいという願いもある。それでも僕は……皆を、僕の大切な人たちを救いたい。守りたいんだ。だから――」
「……ああ、そうだ。これ以上言葉なんてモンは不要だろ……俺たちは所詮、殺し合うことでしか互いを分かり合えない!」
コウタは最初、傷ましいものを見るかのような表情を浮かべていたが、会話が途切れると共にいまだ幼さの残る少年の顔が覚悟を決めた男のそれへと変わっていく。なぜなら、彼は『決断』したからだ。何があろうとも、大切な人を守り抜く『盾』となることを。
ディーノもまた、コウタと会話を交わす間には僅かな微笑を浮かべていたが、会話が途切れた瞬間に突然スイッチが切り替わったかのようにその表情が歪んでいく。
微笑から暗い笑いへ、そして――どす黒い狂気に染まりきった嗤いへと。
ディーノの心の奥底に一時的に抑え込まれていた狂気が、その密度をはるかに増しながらさらなる憎悪と悪意を引出しつつ解放される。すべてを壊す『剣』となる『決断』は、あの時、故郷に別れを告げる際に終わらせている。ならば自分がここですべきことは、唯一つ――!
「大層な事を言うつもりはねぇ……殺された皆のためってのも確かにある……けどなぁ!! 何よりも俺の故郷を滅ぼした奴らが今こうしてのうのうと生きていやがるのがたまらなく不愉快でしょうがなくてなぁあああああっ!! 殺して磨り潰して切り刻んでバラバラにして肉片一つ残さず殺しつくしてやらぁぁぁあああああ!!!」
耳を劈く慟哭がコウタたちを撃つ。
大気を揺らさんばかりに放たれたそれを正面から浴びながらも、それでもコウタの心は揺るがない。
彼もまた決めたから。決して許されない我儘なのだとしても、それでも自分は家族を守り切ってみせると。自分はそのためにこの力を振るうのだと自身に誓いを立てたから。故に、その心は揺れない。
大剣を振り上げて正面から突撃してくるディーノに対し、コウタもまた己が愛剣を構えながら振りかぶる。練り上げた魔力が全身を包み込み、常人のそれを大きく上回った斥力を以て“打倒さねばならない敵”だと再認識した同郷の少年へと空間ごと叩き伏せる斬撃を叩き込む。
「復讐する者とされる者……どちらが生き残るのか、この場でハッキリさせようか! 所詮、世の中は!」
「ア阿……! 強イ奴の我が通ルん鷹ラ名ァぁ嗚呼ああ!!」
狂気と怨念が込められし黒勇者の凶刃と覚悟と優しい想いが詰まった騎士の剣線が交差し、バギィン! という金属音が響き渡る。
それを合図として守護騎士たちも動き出す。
自分たちは罪を犯し過ぎたのだ。いつかは罰を受けるだろう。だが……すべては優しい主をお救いしてからだ!
覚悟を決めた騎士と復讐者。さだめの導きに従うまま、互いの統べてを懸けた舞踏の幕が切って下ろされた。
作中に登場した魔法解説
・大地斬(Earth Saber)
使用者:ディーノ
大地をも割断する破壊力を秘めた斬撃。防御貫通効果が付与されており、たとえ斬撃を受け止め
たとしても、魔力素を振動させることで発生させた衝撃を武器を通じて叩き込む。
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最強 VS 法の守護者
「――と言う訳らしいな」
ダークネスの口から語られた“Ⅹ”の真実。十年前の闇の書事件の被害者の一人であり、最も凄惨な惨劇の当事者でもある少年ディーノ。彼の抱える憎しみ、怒り、そして底なしの復讐心に心が塗り潰れた結果が、今の“Ⅹ”の姿なのだろう。
不幸という言葉も霞むほどの地獄を体験した“Ⅹ”の事情を聞かされ、誰もが顔を青ざめさせ、息を呑む。
特に、平穏な小学生であったなのはなどは特にショックだったようで、飛行魔法が維持できないほどに動揺し、フラフラとふらつく身体をユーノに支えられて漸く、この場に留まることが出来ていた。
ヴィータたちが悪い人たちではないと感じていたなのはにとって、信じようと願った、お話を聞かせて欲しいと思った相手が過去に引き起こした惨劇を聞かされ、思考が完全に袋小路に入り込んでしまったのだ。
彼らを信じたい。悪い人たちじゃないと思う。けど、彼らに家族を、大切な人たちを殺されたのみならず、あまつさえ彼ら自身が自ら望んで悪行を行っていたという真実。実は悪い人たちなのではないか? 自分の考えは間違っていたのか?
彼女らは善人である。そして幼い子どもでもあった。いくら年不相応に聡いとはいえ、精神的に未成熟な彼女らが容易く答えを出せるような問題でもない。
相手の善意を過大に評価してしまう節がある故に、実際に彼らが引き起こした惨劇の事実を理解できず、思考がグチャグチャになってしまう。
しかし。
「――それでも」
なのはは震える口元から搾り出すような声を出す。
「それでも! 復讐からは何も生まれない! そんな事をしても、死んでしまった人たちは誰も喜ばない! あの子も! ヴィータちゃんたちも、皆不幸になるだけだよ!」
「――ああ、そうだ。僕も十年前の事件で父さんを失っている。だから彼の気持ちも少しは判るつもりだ。だがその上で言おう。復讐は決して正しい行為ではない。今こうして生きている彼がやるべき事は憎しみに染まった力を振るう事じゃない。互いの主義主張をぶつけ合い、理解し合うための話し合いだ。彼が望んでくれるのならば、憎しみを納めて話を聞かせてくれるのなら、僕たち管理局は全力でサポートする」
クロノ自身、闇の書への執着が無いと言えば嘘になるし、ヴォルケンリッターへ奇襲をかけた前科持ちでもある。しかし明らかに犯罪行動を取っている騎士たちとは違い、“Ⅹ”は闇の書の関係者以外には一切被害を出していない。
つまり今の彼の立場は、ハラオウン親子と同じ闇の書の被害者にカテゴライズされる。暴走状態にあるとは言え、管理局の法に引っかかってはいない今の“Ⅹ”ならば、まだ民間人の被害者として保護することも出来る。
そう、まだ取り返しはつくのだ。救えるのならば、彼も救ってみせる。その想いが篭められたクロノの言葉を訊いたダークネスは、
「ああ、そうか。――それで? だからなんだと言うんだ?」
一切の慈悲もなく、一言で切り捨てた。
「なにが言いたい? お前たちはつまるところ、あいつを、“Ⅹ”をどうしたいんだ?」
「あの子を止める! あの子はきっと悲しんでる! 大切な人たちがいなくなって、どうすればいいかもわからなくて、きっと心の中で泣いてるんだよ! だからお話を聞かせて欲しいんだ。 そうすればきっと――」
「話にならんな」
なのはたちが語る決意の言葉を鼻で笑いながら一蹴する。その瞳には、確たる卑下の感情が映し出されていた。
「黙って聞いていれば復讐はいけないだの、誰も喜ばないだの、話を聞きたいだの……馬鹿馬鹿しい。見当違いにもほどがある」
「なっ!? 私たちの何が――」
「そもそも、前提が間違っている。お前らに復讐という行為を否定する権利は無い」
そう言ったダークネスは噛み付かんばかりに身を乗り出して声を荒げるなのはを無視し、体勢を整えて何時でも戦闘を開始できるよう備えを摂りつつある花梨たちを見渡す。その姿に、話し合いなどハナからするつもりのない『敵』の滑稽さに、小さく息を漏らしながら続ける。
「もし本気で復讐という行為はしてはならない行為なのだと言いたいのならば……何故、フェイト・テスタロッサを止めなかった? 正確には違うが、母と友の命を俺が奪ったのは間違いない事実。ならばあの小娘が俺に復讐せんとするのは予測できたはず。実際、“時の庭園”では俺を殺す気で切りかかってきていたし、先ほどの攻撃も非殺傷が解除されていたしな。さて、その上で聞くぞ? フェイト・テスタロッサの俺への復讐行為を黙認していた分際で、『復讐はいけません』だと? ――ふざけているのか、貴様ら?」
「っ!? ――ちっ、ちが――」
「違わんさ。お前たちは結局のところ、自分たちに都合のいいように物事を解釈しているに過ぎない。……ヴォルケンリッター共は何か事情がありそうだ。悪い人たちに見えない。だから、連中に対する復讐はいけないことです。……フェイト・テスタロッサはお友達で、大切な仲間です。彼女の家族を奪ったこの俺は悪人です。だから俺に対するフェイト・テスタロッサの復讐は悪いことじゃありません。 ――貴様らの言っていることは、様はこう言う事だ……高町なのは」
突如名指しで呼ばれ、驚きで肩を跳ね上げるなのはの視線を正面から受け止めながら、ダークネスは続ける。
「この俺と連中……ヴォルケンリッターの犯した罪の度合いで言い表せば、連中は俺などとは比べられない程の命を奪っているんだぞ? もちろん、闇の書とその主による直接の被害者を除いての話だ。……無論、殺人に上下などなく、等しく悪しき行為だということは理解している。だが俺は、無関係の人々の命を奪ったことは無い。それに対して無関係の人間を、人外問わずに数え切れない命を奪い、犯し、壊してきたのが連中の正体だ。その上でもう一度問おう、高町なのは――お前は父を、母を、幼い妹を、親しい友人を、そして共に生きた隣人たちを無慈悲に奪われた奴に言えるのか? 『貴方の家族を皆殺しにしたヴォルケンリッターたちは、きっと本当はいい人たちなんです。だから許してあげなさい』と面と向かって言えるのか?」
大切な人たちを理不尽に奪われた心の傷は深く、どす黒い、決して消えぬ瘡蓋となってディーノの心にこびり付いている。
何をしようとも、何を考えようとも、そのたびに瘡蓋は彼の心に痛みを走らせ、あの日味わった痛みを思い返させる。
これを抱えたまま、己の心すら誤魔化して生きていくことが果たして出切るだろうか? ――少なくとも、ディーノには出来なかった。
痛みは怒りに、悲しみは憎悪へと変わり、ひび割れた心の隙間に復讐という想いが流れ込み、その在り様を変貌させてしまった。
今の彼は、嘗て願ったかも知れぬ“ゲーム”の果てに手にすることの出来る神の位を目指してもいないし、“原作”に関わるだのそうでないだのと言った事は完全に忘却の彼方へと消し去っている。
願うは唯一つ、『己が手による闇の書への復讐』。
それもどこかの世界に主ごと永久封印するなどという生温い手段など望んでおらず、ただ己の手で闇の書とこれに味方する総ての存在を滅することこそが、彼の願いにして行動指針であった。
そんな状態の“Ⅹ”に、果たしてなのはたちの口にする、耳障りの良い言葉が届くだろうか? ――答えは否、である。
“Ⅹ”に声を届かせることが出来る者がいるとすれば、それは彼と同じ地獄を経験した者か、或いは今の彼と同種の存在であるかだ。
「それにもう一つ。先ほど貴様は、奴の家族が復讐を完遂させても喜ばないとか言っていたがな……そんな事は無いぞ? 実際、奴の家族は喜んでいた」
「え? それって一体どう言う事だい!? アイツの家族はもう……」
理解できないとばかりに頭を掻き毟りながら、アルフが問いを投げかけるのも無理ないだろう。死者は語らないし、話せない。なのにダークネスはまるで亡くなった彼らと話をしてきたかの様に語るのだから。
「そう、既に亡くなられている。両親も、妹も、友人も、総てが、な。……だが、その魂は今も奴と共に在る。これは精神論でも、言葉遊びでもなく、ただ確固たる真実。――お前たち、あいつの胸元にあるブローチに気がついていたか?」
問われ、“Ⅹ”の姿を思い返してみると、確かに彼の胸元には不思議な光を放つ鉱石のようなものがあしらわれたブローチが着けられていた。それの発する光は、まるでこの世のものとは思えない程に薄ら寒い雰囲気を醸し出していた様に思える。
「あれこそが奴の故郷、十年前に滅ぼされたアルツェブルトに伝わるロストロギア『招魂の輝石』。その力はこの世に無念を残して命を終えた者共……俗に言う怨霊、自縛霊と言った者たちを吸収し、その霊魂を魔力に変換して装着者の力とすると言うものだ。そして吸収された霊魂は、生前の人格や記憶をそのまま宿している。更に言えば、『招魂の輝石』に取り込まれた霊魂は、霊魂自身の意思で輝石から出ることも出来るらしいな。 ――さて、此処まで言えば後はわかるだろう?」
「まさか……!?」
ハッ! とした表情を浮かべ、顔を青ざめる花梨が呆然と呟く。
「ヴォルケンリッターの手に掛かった人たち自身が、復讐を望んで“Ⅹ”の力になっている……!?」
「正解」
“Ⅹ”の家族を初めとする全滅させられた集落の人々。彼らは、復讐を果たすために修練に没頭する彼をずっと傍で見ていた。
彼からは見えず、触れず、声も届かない。けれども、彼らの心は一つだった。そう、理不尽な暴力を振るい、彼らの総てを奪い去った悪鬼……『闇の書の騎士』への復讐。亡くなった人々、およそ一〇〇〇にも達する数の人々の心は一つだった。
元々アルツェブルトに住む人々は、隣人同士の結びつきが非常に強く、集落そのものが一つの家族、運命共同体と呼んでも過言ではなかった。なにしろ、この地方に生きる人々は幼い頃より『友や家族を傷つける者がいれば、全力で報復するように』、という教えが定着していた位だ。集落に生きる総ての人たちは皆、須らく大切な人であり、それを奪ったものに対する憎悪も生半可なものではなかったのだ。
たとえ幼き少年が破滅に向かう復讐の道を歩む事を選んだのならば、我らは己に残された総てを受け渡そう。それこそが、アルツェブルトに生きる民の矜持なのだから。
霊的な存在を感知できるダークネスは、“Ⅹ”の持つ『招魂の輝石』に宿ったアルツェブルトの人々の意思すら感知できる。
そして知ったのだ。あの中にいる人々は、“Ⅹ”……ディーノと同じく、復讐を、闇の書と逸れに関わる者たちの完全な抹消を望んでいると。狂気に染まりつつある彼を嗜めるでもなく、むしろ応援さえしていた。
――あれは正真正銘、心の奥から復讐を願っている者たちだった。
ディーノの、否、彼らの狂気に触れたダークネスが彼に助力しているのは、彼の生き着く先がどうなるのか興味が沸いたからであり、単に同情したと言う理由では無い。無論、復讐を否定することもなく、逆に『やっちゃえば?』と実に軽いノリで背中を押す側だ。
一方の“Ⅹ”がダークネスの言葉に耳を傾け、あまつさえコミュニケーションが取れてさえいたのは、怨霊を感知でき、人の道理の外側に存在している今のダークネスが、自分と極めて近い存在である事。
そしてダークネス自身にディーノに対する敵意が無いためである。
故に、ダークネスはディーノの助力のために、そしてある目的のために花梨たちを足止めしていた。
「あいつ自身が望み、殺された人々も同じ思いを抱いている。言ってしまえば“Ⅹ”と“闇の書”、この両者の問題。俺たち他人が口出しして良い問題じゃないんだよ」
「……そうだとしても、私たちが納得できるかどうかは別よ!」
ダークネスの持論に思わず納得させられそうになっていた魔導師たちの中から、一歩前に踏み出す少女が存在した。その少女……花梨は己の内心を吐き出すように叫ぶ。
「私が納得できない。納得しようとも思わない。どんな理由があったって、理不尽に誰かの未来を奪って良い理由にはならない!」
「だから言っているだろうに……フェイト・テスタロッサを止めようとしなかったお前たちに、他人の復讐をどうこう言う資格など――」
「アンタはプレシアさんやバサラを殺した。だから許せないし、フェイトを止めるつもりもない。……ヴォルケンリッターたちには何か理由が、蒐集を行わなければならない理由があると核心している。だから、“Ⅹ”を止める。――それだけよ」
余りに自分勝手。相手の事などお構い無しに、自分の考えを押付ける、典型的な子供のわがままであった。
予想外の返しに、ダークネスは暫し沈黙し、やがて深々と溜息を吐く。
「ふぅ……なるほどな。まさに子供の持論だな」
「ええ、そうよ? だって私、子供だもん。自分勝手で、ワガママな小娘なんだから。――それにアンタは一つだけ勘違いをしているわ。私は復讐を否定も肯定もしない。ただ私は“私の大切な人たち”を悲しませたくないし、守りたい。それが私の行動理念。だからなのはたちを傷つけ、未来を奪おうとするアンタを見逃すわけにはいかないのよ」
不敵に口端を吊り上げながらウインクしてみせる花梨に、誰もが苦笑を隠せない。自分が納得できないから、こうしたいから。故に、ただ、やる。つまりはそういう事。
“Ⅹ”への後ろめたさ等をおくびにも出さずに語る花梨に賛同するように、なのはが、ユーノが、アルフが、そして疲れたようにこめかみを揉んでいたクロノと武装隊員が、デバイスを構えていく。ここからは言葉は不要だとばかりの動きに、ダークネスもまた話を終わらせようと、最後の言葉を呟く。
「そう、か……ならば、もう何も言うまい。どんな言葉を紡いだとしても、どれほどにウザがられたとしても、もうお前らの心は揺るぎそうもないみたいだしな。 ――では、“Ⅹ”の事は一端置いとくとして……。ここからは俺の都合に付き合ってもらおうか」
ニヤリ、と口端を吊り上げる。
次いで、身構えた彼の全身から、炎の揺らぎにも似た魔力が放出される。
口元に浮かぶ好戦的な笑みに、対峙する魔導師たち全員の身体に緊張が走る。一瞬で空気が張り詰め、戦場のそれへと入れ替わる中、花梨だけは、少なくとも表面上は普段どおりの年相応な笑みを浮かべながら、これから杖を交えるであろう相手に向けて問いを投げる。
「あら? 貴方の都合とは、いったいどういったご用件なのかしら?」
「ふっ……なぁに、簡単な事だ。――“Ⅵ”よ、ちょっと殺し合おうじゃないか?」
その言葉を口にすると同時に、手の平から炎にも似た魔力弾が放たれる。
躊躇なく放たれたそれは真っ直ぐ花梨たちに向けて直進して寸分の狂い無く着弾、結界内を震わせる程の轟音が響き渡った。
余波の煽りを受けて砕け散ったビルの欠片が宙に舞い上がり、視界が粉塵で遮られる中、ダークネスは魔力弾を放った状態のまま突き出していた右手をゆっくりと戻しつつ、口元に浮かぶ笑みを深めていく。
「なるほどなるほど……やはりここに来て正解だったようだな」
誰とも無しに呟いた言葉に対する返答は、
「ルミナスキャノンッ!!」
「ディバインバスターー!!」
「ブレイズカノン!!」
色鮮やかな砲撃だった。だが眼前に迫り来る砲撃魔法を目の当たりにしても、ダークネスに動揺は無い。
半身をズラし、怒涛の砲撃の僅かな合間をすり抜けるように身を滑らせて完全に回避すると、徐に左腕を振り上げ――
「フォトンバレットぉおおおお!!」
ガキィイイ!!
魔力を宿したアルフの拳を手の平で受け止める。さらにその状態から五指を握り込むと、成人女性並みの体躯であるアルフの身体を玩具のように振り回し、己の後方でバインドによる拘束を狙っていたユーノへ向けて投げつける。
「――縛れ、封鎖の檻……って、わあっ!? アルフ!? ――っは!?」
詠唱を破棄し、投げつけられたアルフの身体を慌てて抱き止めるユーノの瞳に、一瞬で距離を詰めたダークネスの振り上げた右腕が映りこむ。
「随分と仲間思いじゃないか……だが今回は悪手だった、な!!」
「がはっ!?」
アルフを庇い、身を翻したユーノの無防備な背中に、ダークネスの拳が突き刺さる。
メキメキ……、と骨の砕かれる音を耳にしながら、ユーノの意識は闇の中へ落ちていく。
「ユーノ!? っく!!」
気絶したのだろう、全く反応をしないユーノが武装隊員の一人に回収されるのを確認していたクロノのすぐ傍で、ガラスに釘を打ち付けたような音が響き渡る。
クロノは反射的に展開した防御障壁越しに、障壁に指先を突き刺した体勢のダークネスとにらみ合う。だがそれも一瞬、クロノの展開していた障壁は甲高い音を立てながら砕け散り、魔力の粒子へと姿を変える。
しかし、その僅かな隙を見逃すほど執務官と言う存在は甘くは無い。
ダークネスの豪腕が障壁を砕きつつ己へと迫り来る光景を前にして、クロノは己の目の前……丁度ダークネスの腕の向かう先に設置型バインドスフィアを仕掛ける。僅かに遅れてその場から離脱した先は、バインドに腕を絡めとめられたダークネスの正面。愛機S2Uを構え、その先端に魔力が集束していく。その眩い輝きは、効率さを心掛ける普段の彼とは見まごう程の魔力が注ぎ込まれている事を意味する。
(馬鹿げたスピードに、理不尽なまでの破壊力……! 長期戦は不利だ! ならば……!!)
「短期決戦あるのみ!! 集束臨界! ブレイズカノン!!」
通常の数倍にも相当する魔力を内包した、なのはのお株を奪う砲撃魔法がダークネスを飲み込み、その身体を下方にあるビルの一つへと吹き飛ばす。さらにビルの瓦礫に埋もれたダークネスへと、追撃とばかりになのはと花梨の追撃が襲い掛かる!
「「カートリッジロード!!」」
「ディバィィイイイイイン……バスタァァアアアアアア!!」
【Divine Buster】
「ルミナスキャノン・サテライトシフトッ!!」
【Luminous Canon Satelite shift】
カートリッジにより強化された巨大な桜色の奔流と薄い赤色の流星群が、ビルごとダークネスへと注ぎ込まれる。半壊していたビルは砲撃に飲まれて完全に崩壊し、巨大な粉塵柱が宙を飛ぶ花梨たちすら包み隠す。
やがて開かれた視線の先には、爆破解体後かと言わんばかりの光景が広がっていた。
砕け散ったビルの亡骸。周囲には崩壊したビルの欠片が当たったのか、ひび割れていない窓を探す方が大変なほどの有様のビル郡の姿が。
「えっと……やりすぎちゃったかな?」
「いいえ、むしろ足りないくらいね」
ビルだったものを見下ろしながら呟くなのはに投げかけられる、花梨の容赦の無い言葉。
彼女の言葉を裏つけるかのように、無音の静寂となっていた中、不意に瓦礫の山からコンクリート片が転がり落ちる音が響く。
カンッ! カラカラカラ……――ピシッ!
「っ!? なのは! 全力で防御!!」
花梨の叫びを飲み込むかのように、瓦礫の中から炎の奔流が溢れ出す。その炎は黄金と黒が入り混じったかのような面妖な色。太陽を思わせる黄金と、深遠を連想させる漆黒が交じり合ったような色だった。
余りに奇妙なその光景に、しばし呆然とした花梨の耳に、僅かな驚きの混じった声が掛けられる。
「思いのほか、やるじゃないか……正直なところ、俺はお前を甘く見すぎていたようだ」
声の主……ダークネスは花梨たちと同じ高さまで上昇すると、腕を組んで真っ直ぐ花梨と向かい合う。
その身体に傷は見受けられず、汚れ一つ確認できない。
(さっきの炎。あれで汚れを消し飛ばしたの……? それともまさか……汚れを蒸発させたなんて言わないわよね?)
内心ではありえないと思いつつも、その可能性が高いと無意識に理解してしまい、花梨の喉がゴクリと鳴る。
コンクリートの破片を蒸発させるほどの熱量を宿す炎……もしそれが自分たちに直撃でもしたらどうなるか。
死の予感に、知らず、花梨のデバイスを握る腕が小さく震える。
冷たい汗が頬を流れる。今までに感じたことの無い、明確な死の恐怖。命のやり取りをした経験など数えるほどしかない彼女には、明確な殺意の込められた暴力を振るうダークネスを相手取るには、経験も、覚悟も足りていなかった。それでも、己を睨みつけてくるダークネスの視線を真っ直ぐ睨み返せているのは、傍らに守りたい大切な家族が存在したからだ。
「あ、あの! “ふぁ~すと”さん!!」
花梨とダークネス。両者が無言で視線を交わす中、なのはは身を乗り出さんばかりに声を荒げつつ、ずっと疑問に抱いてきたあることについて問いを投げる。
「……発音がおかしいぞ、高町なのは。……いや、まあ良いか。――で、何だ? 話はもう終わりじゃなかったのか?」
「あ、えと、すみません……って、そうじゃなくて! 貴方の事を教えて欲しいんです!!」
「俺の?」
虚を突かれ、思わずポカンとした表情を浮かべたダークネスに、なのはは「はい!」と力強く応える。
「貴方はどうしてこんなひどい事ばかりするんですか!? プレシアさんたちの事もそうだし、今日は私たちを襲ってます! 貴方は何がしたいんですか!? もし理由があるんなら、ちゃんとお話を聞かせてください!」
「聞いても納得できないと思うぞ?」
「聞く前から、諦めたくないんです!! どんな理由があったって、ちゃんと理由を知っておきたいんです! 何も知らないままじゃ、嫌だから!!」
なのはの言葉に感じ入るところがあったのか、ダークネスは僅かに考えるような仕草をとり、順を追って語りだす。自分たちの宿命を。
「俺の目的か……まあいいか。俺の目的、それはNo.“Ⅵ”、いや、あえてこう言おうか――お前の姉、高町 花梨とこの街に潜んでいるそいつの仲間たちを殺す事だ」
真っ直ぐ見つめるなのはを見返しながら、ダークネスはハッキリと告げる。
「詳しい理由は諸事情により口に出来ないが……まあ簡単に言うと、俺がお前の姉たちを亡き者に出来なければ、そいつらの内の誰かの手で俺が殺されてしまうからだな。これは比喩でも、妄言でもない。余り使いたくは無いが、所謂『運命』という奴だ。俺たち自身にもどうしようもない、な」
なのはにはダークネスの言葉の意味が理解できなかった。
花梨はなのはにとって、とてもお姉さんっぽくて頼りになる、優しい自慢のお姉ちゃんだ。
なのにこの人は、『自分はお姉ちゃんに殺されるかもしれない』なんて言っている。そんな事はありえない。ずっと一緒に暮らしてきた双子であるが故に、姉の人となりは自分が一番良く知っている。だからこそ断言できる。『そんな事はありえない』と!
「その顔は納得できないとでも言いたげだな。まあ、こうなる事はわかっていたがな」
自分を見つめる視線が変化したことを感じつつも、ダークネスは至って平然としたまま肩を竦めてみせる。まるで、『理解してもらおうなど、最初から期待していない』とでも言いたげに。
「なあ“Ⅵ”よ、俺からも聞きたいことがあるんだが?」
「……何よ?」
「そう警戒するな、というのも無理か……俺が聞きたい事は一つ、この“ゲーム”での、お前のスタンスを確認しておきたくてな。……単刀直入に聞く。お前、いやお前たちの目的は『“参加者”同士の協力関係を構築しての、“ゲーム”からの逸脱』なのか?」
「っ!?」
「やはりそうか……。予想はしていたが面倒だな……と、いうことはここに近づいてきているのは全員お前の仲間と言う訳だな」
「よく言うものね? こちらに向かってきていたあの子たちも捕まえるように、こんなに大きな結界を張ったのは貴方でしょう?」
「まあ、戦力調査も兼ねてあわよくば一、二人くらいは脱落させられるかと思ったんだが……全員が協力しているというのなら、それも難しいか……? アリシアも自分の事に手一杯……というか、完全に俺の事忘れているようだしな……。全くあいつは……」
疲れた風に視線を向けた先には、実に楽しそうな笑顔を浮かべながら宙を舞い、妹と舞踏を繰り広げているアリシアの姿があった。あの様子ではこちらへの援護は期待できそうに無いな、と即座に判断を下し、僅かに考え込む。時間にして僅か数秒、考えを纏めたダークネスの双眼が再び花梨の姿を捉える。その瞳の奥に、暗い殺意を映しながら。
「徒党を組まれると面倒だ……悪いがこれで終わらせる……!」
崩していた構えを取り直し、両手に魔力を集束させたダークネスの姿が一瞬ブレ、その場から消失する。
次にその姿が現れたのは――花梨の真上!
「クライシス・エンド!」
「くっ!? プロテクション!! ――っきゃあああっ!?」
直感で頭上に展開した障壁は、振り下ろされた魔力を伴った手刀でまるで薄紙のようにあっけなく切り裂かれ、花梨の小柄な身体から鮮血が舞い散る。
直撃の瞬間、ルミナスハートが咄嗟の判断でバリアジャケットの上着をリアクティブアーマーのように破裂させて居なければ、間違いなく彼女の身体が真っ二つに切り裂かれていたことだろう。
僅かに爆風で吹き飛ばされたことで直撃を避けられた花梨だったが、余波を受けて左肩が切り裂かれてしまっていた。
血の雫が流れ落ちる傷口を右手で押さえながら息を荒げる花梨を確認するや、振り下ろされたダークネスの手刀が跳ね上がり、回避直後で硬直状態の花梨の首を刎ねんと迫る。
「お姉ちゃん、あぶないっ!!」
「あっ!?」
「チッ……!」
花梨の首を刎ねる死神の鎌を連想させる一撃は、追撃を察知したなのはが己の身体ごと花梨にぶつかり、回避されてしまう。
必勝のタイミングの一撃を回避され、つい舌打ちを洩らしてしまったダークネスだったが、そんな彼の背中にオレンジの影が差した。影の主はダークネスの腰に両手を回し、ガッチリとホールドすると獰猛な笑みを口元に浮かべた。
「捕まえたよ!!」
「!? アルフか!?」
先ほどダークネスにブン投げられて目を回していたアルフだったが、流石と言うべきか回復が早く、素体である狼らしく気配を消しチャンスを窺っていたのだ。そして訪れた最高のチャンス。攻撃直後の僅かな硬直。それを狙い打つかのごとく距離を詰めたアルフが後ろからダークネスの腰周りを掴み上げると、空を蹴り飛ばし、重力に従うように大地に向けて急降下する。回転を加え、加速を増した雷撃が今、放たれる!
「ライトニング……フォーール!!」
ドゴォォオオオオオオンッ!!
爆撃かと思わせる程の音の暴力が大気の振動を伴って結界内を吹き荒れる。
ダークネスの叩きつけられた交差路は、まるで隕石が落下したかのようなクレーターが生まれていた。
身を捻り、軽業師のようなしなやかな動きで見事な着地を決めたアルフが、傍目には抱き合った体勢な花梨となのはに向かって、八重歯を覗かせながらピースサインを送る。
「へっへ~~ん! どんなもんだい! アタシだって、やるときゃ――」
「……飢えし亡者の群れに呑まれるがいい――死屍崩落炎!!」
「え――!?」
振り向いたアルフの視界を埋め尽くすほどの黒い炎が怒涛となって彼女の体を覆い尽くす。否、正確には炎ではなかった。それは――
「なっ!? なんだよこれ!? 熱くない!? なんだってん――ヒィッ!?」
アルフの身体を焼き尽くすことも、痛みを与えることもしない炎の形をしたそれは……数え切れない程の人間の顔だった。
炎のように揺らめいていて、実体を持たないその姿はまさに怨霊と呼ぶに相応しい。
生有る者に強い恨みを抱く怨念のみを集束し、その霊魂にダークネスの魔力を与えることで半実体化した『生きた炎』。
生きる生物に取り付き、肉体ではなく魂そのものに喰らい付き、それを受けた対象の肉体を奪い取ろうとその肉体の中で怨霊同士がさらに喰らい合い、殺しあう。この攻撃を受けたものは防御不可能な魂を傷つけられる痛みと、己の体の中で怨霊同士が争うおぞましさに襲われるという、まさに生き地獄を味合わせるために存在する技だった。
人間に換算すると、見た目に反して精神年齢一桁のアルフがこんな攻撃を受けたらどうなってしまうだろうか?
それは無論――
「ア゛ッ、ア゛ア゛ア゛ッ……!! うア゛ア゛あああぁぁああああ!!」
「アルフっ!?」
「あ、アルフさんっ!?」
悲鳴を上げる花梨となのはの目の前で、おぞましい炎にその身を、魂を焼かれたアルフが獣じみた叫びを上げながら倒れ伏す。
慌てて駆け寄り、肩を揺さぶるものの、白目を剥いたアルフは身体をビクビク痙攣させる以外何の反応も返しては来なかった。
「怨念を抱き、輪廻の輪に戻ることも出来ずに現世を彷徨い、漂う怨霊共を炎と化した技だ……。どんな気分だ? 怨念に呪い喰われるご感想は?」
身体に付いた瓦礫の滓を払いながら立ち上がったダークネスの身体には、やはり傷は見られなかった。
余りにも規格外すぎる化け物の姿に、折れそうになる心を奮い立たせて花梨が叫ぶ。
「アンタはっ!! アンタは何とも思わないの!? こんなに人を傷つけて、壊して、悲しませて……っ!!」
「別に?」
返される言葉はどこまでも平坦なもので、そこには何の感情も込められていなかった。
「アンタはっ……!? どうしてそこまで冷たくなれるの!? アンタにだって優しさや思いやりがあるはずよ!! 自分で救ったアリシアを連れ立っているのもその証拠でしょう!? アンタがアリシアを大切にしているように、私もなのはもフェイトも……誰もが皆大切な人がいるの! だから――!!」
「……ハァ、どうやら根本から思い違いをしているようだな?」
ダークネスにしても元はごく平凡な一般人であったのだから、当然人並みの優しさとか思いやりの心は持ち合わせていた。
この世界に転生した直後もそういった感情は忘れていなかったし、尊いものだということも理解できていた。変わってしまった原因は単純で……――生まれ育った環境が少々特殊だっただけ。言ってしまえばそれだけだ。
しかし、その環境こそが彼の心を大きく変えるきっかけとなったのもまた事実であり……アリシアとの生活で若干の改善が見られるものの、現時点で自分以外の“参加者”などは彼にとって排除すべき存在でしか無く、そこにどんな事情があろうとも心を動かされることなどありはしない。
そもそもこの儀式の勝者には、敗者の魔力か“能力”の一部を奪い取る権利が与えられている。勝利を積み重ねることで、次の戦闘で優位に立つことができるという“ルール”は好戦的なダークネスにとって、非常に有利な条件であるだろう。たとえ花梨の様に積極的に儀式に参加しようとする相手を止めたいと願うのならば、相手を
分かり合えぬ相手を止めるには、相手の意志を挫くか、消滅させるしか道は存在しないのだから。己の正義を、意志を貫くとは究極的にはそういうことだ。
誰かを犠牲にする覚悟も持たぬ輩の言葉に動揺してやるほど、彼は甘くはなかった。
「俺が殺すのは参加者と必要最低限の相手だけだ……現に見てみろ。そいつらが死なないように、手加減してやっているだろうが……今の俺の狙いはお前とお前の仲間のみ。高町なのはたちなどに興味はない。向かってこなければ何もするつもりはない」
「そんな事……!! 認められる訳ないでしょう!?」
「なら仕方がないな? 全員纏めて――コロス」
ダークネスにとって、原作主人公たちに興味は一切無く、ただ己の邪魔をするだけの有象無象の一つでしかない。不必要に命を奪うことは望まないが、敵対するのならば討ち滅ぼすことに躊躇も戸惑いもない。
敵なら殺す。邪魔しないなら何もしない。
要はそれだけ。至ってシンプルな思考をもって、ダークネスは今、此処にいる。
だが。
「しかしまぁ、なんだ……正直に言うとな? 俺はお前たちのその在り様が嫌いじゃない……寧ろ好意すら抱いている」
「は?」
先ほどとはうって変わり、予想外の言葉を告げられた花梨は思わずぽかんとした表情を浮かべてしまう。
「『“
「だったら……!」
「でもだめだ。いや、無理だと言った方がいいか? 俺は“
「そんなことにはならない!! 私たちは“
「見つかったのか?」
「そっ、それはまだ、だけど……でも、きっと何時かは!!」
「そうか。ま、がんばれ? 俺にはそんな方法思いつかないし、そもそも逃れようとも思わんしな……なんだ? 『私たちが“
「ずいぶんと他力本願な言い方ね……!」
「ああ、そうだが? それがどうかしたのか? 俺は俺が生きていられればそれでいい。参加者を始末するのも、“
花梨たちの願うとおり、殺し合い外の方法で“ゲーム”の縛りから逃れられるというのならそれでもかまわない。確実な方法があるというのならば協力も一つの手だ。
だが、皆で協力すればいつか思いつくかも? などという確実性に欠ける手段を取ろうとしている連中に協力する気はない。協力してほしければ、ちゃんとしたプランを提示して見せろ。
それができないのなら、“
自分にとって都合の良いことだけに手を伸ばし、考えることを他人に任せ、それが成功すれば自分も便乗し、出来なければ“
なまじ、最強であるが故に性質が悪い。自分勝手すぎる暴論も、それを成すだけの力が彼には備わっているのだから。
「さて、時間稼ぎもその辺でいいだろう? そろそろ死人が出ることを覚悟してもらおう……かあっ!!」
瞬間、その場からダークネスの姿が掻き消える。
転移魔法でも瞬間移動でもない。ただ単に、花梨たちに認識できないほどのスピードで動いただけ。言うは容易いが、それは高速機動を得意とするフェイトすら凌駕しており、彼女ほどの反応速度を持ち得ない彼女らにその動きを感知することなど出来るはずもなく――
「あっ――がは……っ!?」
「――ッ!? なのはぁっ!?」
オートで展開された障壁も、相当の堅硬さを誇るバリアジャケットも何ら意味をなさず、なのはの脇腹にダークネスの拳が深々と突き刺さる。
意識を失ったのか、完全に脱力した小柄な少女を、近くのビルに向けてゴミの様に投げつける。某メジャーリーガ―のレーザービームも霞んで見えるほどの速度で投げつけられたなのはの身体は、高層ビルの窓に激突、勢いを殺さぬままビルの内壁のコンクリートの壁に叩き付けられた。
その光景に激昂した花梨と意識を取り戻したユーノ、そしてクロノが飛び掛かる。フィールドバリアを前方に展開したユーノが突撃し、その後方から花梨の集束砲撃が撃ち放たれる。
クロノは数発のスティンガースナイプをダークネスの周囲を包囲するように放つ。
ユーノの突撃を交わしたとしても、追撃で花梨の砲撃が。その場から距離を取うとしても周囲に展開したスティンガースナイプの包囲網に捕まってしまう。
即席ではあるが三段構えの連携に三人は内心で確かな手ごたえを感じていたが、ダークネスはそのさらに上をいく。
ダークネスはユーノの突進を正面から片手で受け止め、フィールドに食い込ませた指先に力を込める。
人外の斥力からもたらされた握撃は、万全ではないユーノの防御障壁を容易く砕く。そのまま驚愕で目を剥くユーノの頭部をわし掴みにすると、追撃で放たれた花梨の砲撃の横っ腹を反射魔法を部分展開した足で蹴り飛ばし、その先にあったスティンガースナイプの囲いに穴をあける。その刹那の瞬間に生まれた包囲網の抜け道を通り抜け、第三撃すら無傷で回避しきると再度加速、最も警戒すべき相手と認識した少年……クロノへと接近する。
「っ、な!?」
「お前を放置すると厄介そうだからな……この小僧もろとも、眠っていろ!!」
頭部を掴まれ、もがくユーノの身体を軽々と振り回してクロノへと叩き付ける。
肺の中の空気をすべて吐き出すほどの衝撃に襲われた少年二人は、一瞬で意識がブラックアウトしてコンクリートの道路に叩き落されてしまう。
その衝撃は道路の表層を粉砕し、小さなクレーターを生み出すほどのもの。その衝撃はバリアジャケットを通して内臓を押しつぶし、落下の際に頭を打ち付けてしまったせいで脳震盪を起こしていた。
全身の至る所から血を流し、手足もあらぬ方向へと捻じ曲がっている光景を見下ろすダークネスの瞳には、微塵も罪悪感などの負の感情は浮かんではいない。
彼にとって、命を奪わない程度の怪我であるのなら、その程度は気にするようなものでもないからだ。
自身のデバイスと義眼という形で半融合しているダークネスの回復力は並みではなく、腕が切り落とされても魔力を通せばすぐにくっ付いてしまうほどなのだ。故に、この程度のことで彼の罪悪感が刺激されるはずもなかった。
それでも、地面へと落下していくクロノ達の姿を目で追ってしまうのは、胸の奥底に僅かに残った罪悪感からか。それとも、単なる気まぐれだったのか。
しかし、ほんのわずかに生まれた一瞬の隙、それこそが彼女らに残された千載一遇の好機には変わりなく――
「レイジングハートッ!!」
「ルミナスハートッ!!」
【【Dual Struggle Bind!!】】
「――ッ!? 複合型の拘束魔法か!?」
僅かに気を逸らしたダークネスの身体を二色に輝く紐が雁字搦めに縛り上げ、中空に縫い付ける。ギリギリのところで致命傷を避けることができたなのはが隙をついてユーノと合流、治療魔法の重ね掛けによるその場凌ぎの手当てを終えて、復帰してきたのだ。
しかし二人がかりで発動させた強固な拘束魔法ですら、ダークネスにとっては時間稼ぎにしかならず、瞬く間に光の紐が千切れ跳び、引き千切られてゆく。
ガシュンッ! とカートリッジから薬莢が飛び出し、魔力の残光を煌めかせながら落ちていく。
元より、拘束程度で彼がおとなしくなるとは思ってなどいない。理解できなくとも、彼にも、ダークネスにも決して揺るがぬ強い意志が宿っているのだということがわかったから。
言葉を交わすだけじゃダメだ。想いを魔法に乗せて全身でぶつからないと、この人に私の想いは伝わらない!
決して揺るがぬ思いを胸に抱く少女は、禁じられていた切り札を切ることを決断していた。
なのはのレイジングハートが主の想いに応えようと、その姿を変えていく。先端部は鋭利な槍を思わせるフォルムへと変貌し、柄部分の長大さと相まって、杖と言うよりも戦槍と呼ぶがふさわしいかもしれない。
『フルドライブモード “エクセリオン”』
カートリッジのブーストを受け、フレームが軋みを上げるのを両の腕に感じながら、それでも何も言わずに自分に付き合ってくれている相棒に感謝を抱きつつ、桜色の少女が飛ぶ。
「ACS……ドライブッ!!」
デバイスの先端部分が展開し、桜色の魔力刃が形成される。桜色の羽のカタチをした魔力残滓を舞い散らしながら、拘束から抜け出さんともがくダークネスの胸元……そこに装着された真紅の宝玉の中で漂うジュエルシードに向け飛翔する。
狙いはジュエルシードのゼロ距離封印。時の庭園で未封印状態のジュエルシードを吸収し、それらが内包する莫大な魔力を己が力として行使しているソレを外部から強制封印すればどうなるか?
ジュエルシードは互いに干渉しあう特性を持っている。もし一つでも封印できれば、連鎖的に安定状態の他のジュエルシードにまで何らかの影響が現れるのではないだろうか?
それこそがなのはの狙い。単純な戦闘能力では太刀打ちできない相手を『倒す』のではなく『制する』ために放たれた一撃が、魔人の胸元に突き刺さる!
「ブレイクぅぅううううう……!」
【Shoot!!】
直撃した魔力刃の先端部に桜色の光が集束し、怒濤の奔流となってダークネスの身体を呑み込んでいく。
未だバインドから抜け出すことができていなかったダークネスに逃げる術は無く、光の奔流に押しやられ、射線上に在るビルの外壁に激突、さらに外壁をブチ破りながら吹き飛び続けていく。
崩れ落ちるビル群の粉塵が舞い散る中、なのはは油断なく粉塵の向こう側に存在する彼を警戒し、デバイスの切っ先を向けたまま警戒を緩めない。
手ごたえはあった、間違いなく直撃したはずだ。なのに何故だろう……こんなに『怖い』と感じてしまうのは。
「――ッ!? なのはぁ! 逃げなさいっ!」
血を吐くような花梨の叫び。見れば、必死の形相で手を伸ばす姉の姿が。
どうかしたの? と問いかけようと口を開く。だがなのはの口から放たれたのは問いを投げる言葉ではなく――
「ごぷっ……、っえ?」
真っ赤な血の塊だった。
動揺で揺れる眼で己の身を確認するも、傷を受けた形跡はなく、己が相棒も無反応のままだ。
もしなのはが気づけないほどの速度による攻撃を受けたのだとしても、痛みが一切無いのはどういうことなのか。混乱に追い打ちをかける様に、突如として吹雪の中に身一つで放り出されたかのような寒気がなのはの全身を襲う。
全身ががくがく震え出し、カチカチと歯が音を立てる。そんななのはの視界の端、月を翳るようにソレはそこに在った。
己が想いを乗せた必殺の一撃を受けてなお、悠然と天に存在する魔神。身に纏う黒い鎧甲を闇色の漆黒に染め上げ、全身から人成らざる者の気配を放っている。
「『死の言霊』……」
漆黒の鎧甲から溢れ出す純然たる魔力に載せて、ダークネスが言葉を放つ。向けられた視線の先に在るなのはに向けられたものだということは明確だった。
「言葉にはチカラが宿る。俺はお前に死を内包させた言葉を直接送り込んだ。身体の中に注がれた『死』は確たる事実と成ってその者の魂を犯す。『呪詛』……という奴だ」
淡々とした様子で言葉を投げかけるダークネスとは対照的に、なのはは己の内側から滲み出してくる明確な『死』の感覚に恐れ、震えることしか出来なかった。
呼吸を荒げ、瞳の焦点が合わなくなって、ついには相棒たるデバイスを握る握力すら失ってしまう。零れ落ち、奈落を思わせる闇に支配された地へと落ちていくレイジングハート。
と同時に、なのはの姿もバリアジャケットから私服へと変わってしまった。
そうなれば当然、飛行魔法の維持も不可能となる。ぐらり、と崩れ落ちる様に地面へと落ちていくなのはの身体を慌てて花梨が抱き留める。
何とか助けられたかと安どのため息を漏らし、次いで妹へと目を向けると、彼女の端正な表情が凍りついた。己の手の中で眠る様に瞼を閉じた妹の姿はまさに死に体と言うべき有様であった。
血の気の引いた顔、力無く垂れ下がった手足、全身の穴という穴からとめどなく溢れ出す鮮血。
喉の奥で血が詰まっているのか、呼吸も乱れてしまっており、彼女が小さく咽ればその度に鮮血の血飛沫が舞う。ダークネスに注がれた『死の言霊』によって、妹は今まさに絶対的な死に直面している。
「……終わったな」
「いいえ、終わらない! まだ終わってないわ!!」
見下ろし、漏れ出した呟きに、花梨は激情を以て反論する。
諦めるのはまだ早すぎる! なのははまだ生きているのだから!
「“Ⅰ”ッ!! なのはに掛けた呪いを解きなさい! 今すぐにっ!!」
凄まじい殺気を噴出させながら、花梨は吠える。
大切な妹を救うために。激情を魔力へと変え、デバイスの先端に集束させる。
懇願ではなく明らかな脅しの行為を前にしても尚、ダークネスに動揺は見られない。逆につまらないものを見たかのような表情を浮かべていた。どこか失望した風にも見えるのは果たして気のせいなのか。
同時に確信する。高町 花梨は、まだ参加者止まりであり、『神成るモノ』という存在に至っていないのだということ。
ダークネスは他者に対して過大評価も過小評価もしない。
文字通り『最強』である彼にとって、この世界の統べての存在は己よりも下位の存在でしかないからだ。だからこそ、相対する存在の有する力を冷静に見極め、脅威となりうる可能性を秘めているのであれば相応の態度を以て接する。
この戦場において花梨
今より遡ること数年程前、当時に存在が確認できていた他の転生者たちの調査を行っていた時、花梨の存在を知った。
そして、本人の在り様、“ゲーム”内での立ち位置や方針、実力などを『
と同時に、胸の奥に熱いものがこみあげてきたのを、ダークネスは今でも明確に思い出すことができる。
『勝ち残り、生き残る』という目的のみに執着していた以前の自分は、他の俗事に思考を割る余裕がなかった。まるで見えない何かに追われるかの如く焦燥感に駆られて生き急いでいたと思う。
“ゲーム”開始前に転生者たちを始末していたのも、裏を返せば自分を信じきれていない弱い人間特有の焦りのような物があったせいだろう。
反則行為を禁止され、自身を鍛え直すことで『確たる強者』としての誇りと自負を手に入れることはできた。だが、心に余裕がなかったのは相変わらずだった。『
だがあの日、高町 花梨という存在を識ったあの日、ダークネスの世界の何かが変わった。
自分とは何もかもが違う生き方。その在り様。
孤独の中に在る者と人の環の中に在る者。闇の中で一筋の光を求めて足掻く者と優しい光に満たされた居場所を手に入れた者。
陰と陽、光と影、両極の端に背中合わせに立つ、決して交わらぬ因果の道を歩む二人、だからこそ――面白い!
気づいた時には口元に笑みが浮かんでいた。全身を焼き尽くすかのごとき熱が全身を奔り、まるで熱に侵されているかのようだった。
不確かな未来しか見えなかった視界がまるで世界総てを見通せるほどに広がり、自他の戦力差を冷静に分析する余裕が生まれる。次いで、全身から溢れ出すのは覇気。絶対なる強者のオーラ。
覚悟を決めた気になってはいたが、どうやらとんだお門違いだったようだ。
『確たる強者』? くだらない。
本当の強さとは周囲総てを見下し、中身の無い暴力に縋り付くことなどではない。真の強さとは挑む勇気を宿す者。未知を恐れず、他者を認め、何よりも自分自身を信じ抜くことが出来る者こそ、新なる強者。
相手の力量を読み取る“能力”を得て、自分の方が強いと確信した上でこそこそと暗躍する程度の小物が、命を懸けた殺し合いを生き抜けられるはずがあろうか。
花梨の強さは絆の強さ。仲間を増やし、力を合わせることで天井知らずに力を増していく人種らしい。『勝者一人のサバイバルゲームでありながら他者と協力し合う』という自分が早々に切り捨てた選択肢をあえて選び、何よりもやさしい未来を掴み取ろうと願う彼女の強さにはある種の尊敬すら感じる。
対する己のソレは孤独の強さ。己が力でこの強大な敵に立ち向かわなければならない。だったら、己も目覚めてみせよう。
自分だけの強さ、他ならぬ自分自身が己を信じ抜けるだけの絶対的な強さを!
口元に浮かぶ獰猛な笑みは、まさに遥かな高みに挑み掛からんとする挑戦者のそれ。
そう、高町花梨という確たる好敵手を見出すことで、ダークネスは『決断』したのだ。他人を認め、己を信じぬくということを。その上で、必ずや“ゲーム”を勝ち抜いてみせるという『決断』を。
覚悟を決め、人間の領域を飛び越えた高みに立つダークネスにとって、花梨という存在は『好敵手』であり『きっかけをくれた恩人』でもある。
そう、ダークネスが“ゲーム”の参加者の中で誰よりも認めているのが高町 花梨という少女なのだ。
だからこそ、失望を禁じ得ない。己が好敵手と定めた相手の無様で滑稽な姿は見るに堪えない。死の淵に在る妹を抱きしめながらヒステリックに叫び続けている花梨に向ける眼がすっ、と細められる。
「キャンキャン泣き叫ぶだけなら野良犬にもできるぞ、高町 花梨。どうすればいいのか自分で考えたらどうだ?」
「なんですってっ!?」
「貴様も俺と同じ存在だろうに……ならばお前にもできるんじゃないのか? 俺が掛けた呪いを解除することが」
「え……」
予想外の言葉に困惑を隠せない。
「『神成るモノ』……そこに至ることができれば、或いは妹を救えるかもしれないがな」
「『神成るモノ』……?」
「言葉の意味がわからなくとも、時が来れば自ずと理解もできるようになるだろう。……お前は俺が敵と認めた存在だ。この程度の窮地、脱してみせろ。――まあ、だからと言って手加減してやるつもりはないが」
刹那――振るった腕より顕出した黄金色の斬閃が大気を切り裂きながら花梨に向けて放たれる。
それはまさに、光の軌跡が描く無慈悲なる断罪の刃……
「――っ!?」
文字通り、必殺の一撃と成りし刃は瞬く間に花梨の眼前へと迫る。
予想外の不意打ちに一瞬硬直してしまった花梨に逃れる術は残されていなかった。
「マズーー!? 」
迫る死の刃を前に、花梨の思考が高速で演算を繰り返す。求めるは最愛の妹を救う方法。されども、今の花梨は眼前の脅威に対してあまりにも無力だった。
その瞬間、花梨は自らの
「――――『
張りつめた空間の中、唐突にそんな間抜けな言葉が夜空に響いた気がした。
作中で登場した魔法解説
・デュアル・ストラグルバインド(Dual Struggle Bind)
使用者:高町 花梨 & 高町 なのは
姉妹二人がかりで放つ複合型の拘束魔法。【レイジングハート】と【ルミナスハート】をリンクさせることでコンマ数秒の狂いもない同時魔法の発動を可能としている。拘束の強度も相乗効果で強化されており、単体で放ったものに比べ、約三倍に相当する。
・
使用者:ダークネス
強烈な殺気を浴びせることで対象を怯ませた上で、死霊に襲われるという幻影を見せる幻術系魔法。作中で『半実体化させた本物の死霊』と述べられているが、これは会話や虚偽の情報を利用した心理作戦の一環であり、さりげない会話の中にすら戦闘を有利に運ぶための布石を仕掛けるという目的があった。
・
使用者:ダークネス
『死』という概念そのものを込めた魔力を言葉に乗せて送り込む。言葉とは即ち声であり突き詰めてしまえば空気の振動である。故に、耳を塞さいだ程度では防ぐことは出来ない。だがあくまでも魔力を媒体とした”魔法”であるため、術者の込めた力以上の魔力を用いなければ解除は不可能とされる。
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勇気の目覚め
「――は?」
「――へ?」
その瞬間、この場に居合わせていた全員が、たしかに同じ表情をしていた。
突如として訪れた予想外の展開は、花梨とダークネスが揃って首を傾げるほど彼らには想像もつかない出来事だった。
揺るぎ無き
必殺が定められし筈の一撃は、
だが、呆けた声を漏らした双方は困惑を隠せない。だがそれも仕方のないことなのだろう。
この状況にはあまりにも不釣り合いな間抜けな言葉が聞えたかと思えば、なのはを抱きしめる花梨の姿がダークネスの背後に現れたのだから。
転移? それとも幻術の類か? いいや、そんなありきたりな真実であるはずがない。
必殺を疑わなかった攻撃をくぐり抜けた挙句、自分の背後へと回るという現実離れした事象を具現化させた『敵』を見くびるような真似はしない。
ダークネスは思考を全力で回転させながら、自身の左後方にいつのまにか現われて、花梨たちを庇うようにこちらへと銃口を向けつつ牽制している『敵』へと向かい直る。
花梨が望むキセキを起こした、人の理解を超越した存在へと。
「No.“Ⅰ”――」
突如として現れた乱入者に驚き、戸惑う花梨たちの耳が、かの人物の声を拾う。平凡でどこにでもいるような、いかにも普通だと感じさせる青年の声だった。
逃れられぬ死を前に花梨は願った。今の自分ではどうあっても、妹を救うことは出来ないのだということを理解してしまったから。
だからこそ、そんな自分たちが生き残る唯一の可能性を願った。
「悪いが君のターンは此処で終了とさせてもらうよ……これ以上、
「――キサマ、は?」
そう――……
「これ以上、
現実では起こりえるはずのない、
なのはが意識を失う直前に見た最後の光景。それは――
「貴方は僕が斃させてもらいますよ――……僕の仲間を護るためにね――!」
アースラ武装隊と同じ意匠のバリアジャケットを纏い、悠然と二挺の拳銃型デバイスを構える青年の姿だった。
「あ、あなたは……!?」
「君は確か『P・T事件』の前に、武装隊へ補充された……えっと、新人隊員A、君か……?」
もはや死に体と呼べるほどの深手を負いながら、何とか応急処置を施して戦線に復帰したユーノとクロノの目に飛び込んできたのは、血まみれのなのはを抱きしめ、呆けた表情を浮かべた花梨と、彼女と同じような表情のダークネス。そして彼にデバイスを突き付けているどこかで見覚えのある青年の姿だった。
予期せぬ援軍の登場に困惑を隠せない花梨たちには目もくれず、拳銃を携えた青年は眼前の強敵への警戒を隠そうともせず、ぎり、と歯を食いしばる。
彼が抱く怒りは己自身へ向けてのもの。“
自分が生き残るために他者の命を奪う覚悟も無く、けれども、“
他者よりも優れた能力を与えられた以上、今この時に悲しんでいる人々を……不幸になっていく人々を救いたいと願う正義感。
強制参加させられ、己の命を狙ってくる敵が確実に存在するふざけた儀式から逃げたい、死にたくないという恐怖。
いくつもの感情がごちゃ混ぜになり、思考が一つに纏まらなかった。
そんな彼の選んだ『選択』とは、『有象無象に偽装しつつ、適度な距離から“
ミッドチルダに生まれた彼はごく自然に管理局へと入局、常に大きく目立たない四、五番手に甘んじることで 『そこそこ使える』と認識させる。
後は気心の知れた者に同伴するように偽装して、儀式の舞台に最も近い場所の一つであるアースラの乗組員となったのだ。
“原作”では主人公たちばかりが焦点を浴び、脇役に当たる武装隊という役職は『風景のように目立たず、そこに居ても怪しまれない』。実に彼好みの立ち位置だった。
物語には深く関わらず、参加者たちからも隠れ続けることで生き残る。そう『決断』して今までやってきたのだ。
それはこれからも変わらない、少なくとも儀式が終わるまではと信じていた。
だが。
短い間だが確かな『仲間』として共に戦いを繰り広げた花梨たちの危機に、彼の中でくすぶり続けた正義感が顕現してしまった。
管理局員となることに抵抗を感じなかったように、彼は元来、人を思いやる心と困っている者にごく自然に手を差し伸べることが出来る人間だった。
どこまでも善人らしい彼の人なりが、自身の正体の暴露を代償として尚、こうして両者の仇に割り込むように立ち塞がせたのだ。
「邪魔をするのか?」
この場にいる全員の思いを代弁したかダークネスの問いかけに青年は答えず、ただ黙したまま、銃口をダークネスへと向ける。
言葉は不要という意味の表れか。それとも口を開いてしまったら最後、己の内より溢れ出してくる恐怖が言葉という形となってしまうと理解してしまっているからか。
どちらにせよ、明確な交戦の意志を示す眼前の『敵』を排除しなければならないか。
ダークネスがそう『決断』すると同時に、周りの空気が変質していくのを花梨は瞬時に悟った。
なのはを抱きしめる腕に、知らず力が籠る。
花梨は確信する。やはり己の眼前に悠然と佇む怪物は、自分たちとはチガウのだということを。
己を含む“
「逃げてください!」
「――え?」
花梨は自分が何を言われたのか、理解するのに数秒の時を要した。
「自分が時間を稼ぎます! 執務官たちはいますぐにここから退避を!」
「なっ、何を言っているんだ! 君一人でどうにかできる相手じゃないぞ!?」
「そんなことわかっています! でも、今、何よりも優先すべきは高町妹さんの治療じゃないんですか!? 第一、そんなボロボロの方々に何ができるって言うんです!? お願いですから下がってください!!」
叫ぶ青年の視線の先には、時間の経過と共にどんどん顔色が悪くなっていくなのはの姿。
一刻も早く治療しなければ命にかかわるものだと、この場の誰もが理解させられてしまうほどに、彼女の容体は悪化の一途を辿っていた。
「大丈夫です! 僕はこれでも……神様に選ばれたこともある男ですから!」
そこにどんな感情が籠められているのか、今の花梨に計り知ることは出来ないかった。
だが、圧倒的な強者を前にして尚、口元に不敵な笑みを浮かべつつ高らかに宣言する青年に、花梨の心に『彼を信じてもいい』という思いが湧き上がってくる。
青年の……
己に向けて背中を見せて逃走する花梨を目で追いながら、ダークネスは思考を切り替える。
花梨の後を追うのはいつでもできる。しかし、己の前に理解を超えた“能力”を有する別の敵が現れた以上、このまま見逃すという選択肢は彼の中に存在しない。
経験を積む機会を与えてしまえば、それだけ相手の戦力を強化させることに繋がると理解しているからだ。
人間の持つ本質的な強さ……『限界』という名の己が前に立ちふさがる壁に相対し、それを乗り越えた時、別の存在と呼べるほどに成長する。
個々の性格や『器』にもよるが、容易く折れてしまうヤワな
つまり眼前に立ちふさがる男もまた、己と同じくヒトを超えた存在へと成りうる資質を有しているということに他ならない!
ならば、己がやるべきはただ一つ……
「お前は――ここで斃したほうがよさそうだな」
「そうはいきません……よおっ!」
ダークネスの『決断』より一瞬早く、アッシュが先制の一手を仕掛ける。双銃が唸りを上げ、貯蔵魔力を吸い出された空薬莢が宙を舞う。
速射性に特化された魔力弾が暴風となって飛翔する。一発に込められた魔力はそれほど大きくは無く、威力も一般的な拳銃のそれと変わらない。しかし目を見張るのはその連射速度。
指先がかすむほどの速度でトリガーが引かれ、銃口から解き放たれた弾丸はマシンガンのごとき怒涛の奔流となってダークネスを襲う。
狙うは急所。拳銃型デバイスからは想像もつかぬ、まさに弾幕と称しても過言ではない弾丸の嵐が容赦なく人体の急所目掛けて殺到する!
「フン……」
だが、それだけでダークネスと渡り合うのは不可能だ。
なぜなら、相手は人の理を外れつつある正真正銘の怪物なのだから。
迫りくる弾丸の嵐を魔力障壁で軽々と受け止めたダークネスは、背の翼を大きく羽ばたかせる。たったそれだけ、たったそれだけで残像すら残さぬ加速を得ると、アッシュとの間合いを一瞬でゼロにする。
加速力をプラスさせた拳を握り締め、敵めがけて振り降ろす。チョッピングライトじみた軌道を描いた鉄槌をぎりぎりのところで避わす事に成功したアッシュに息つく暇も与えないとばかりに、追撃の拳と蹴りが襲い掛かる。
『闘いは数だよ兄貴!』と某公国軍中将の言葉をそのまま表したかのような圧倒的な物量差をもっての攻撃とはいえ、人の常識の外側に在るダークネスに通用するはずも無かった。
中・遠距離を間合いとする銃使いに近接戦闘を挑むのは正しい判断と言えるだろう。実際、回避の合間に放たれる銃撃は一発も命中することなく、アッシュは誰が見ても苦し紛れにしか見えないほどに追い詰められていた。
「どれだけチートなんですかぁ!? もう『俺Tueeeeee!』は流行りませんよ!?」
泣き言を溢しながら夜空を駆け抜ける横顔に余裕は一切存在し無かった。
己の攻撃を全て防ぎきる防御力だけでも厄介なのに、あちらの攻撃は全てが必殺となりうるのだから。
なにしろ、牽制狙いで放っている炎のような魔力弾ですら、たった一発で高層ビル一棟を完膚無きまでに粉砕する光景を目の当たりにしているのだから。
人並みの防御力しかない己ではかすっただけでも致命傷になってしまうだろう。運良く一撃死を防げたところで、ダメージによる機動力の低下は免れないだろうし、そうなった後はなぶり殺しにされかねない。
つまり自分の勝利条件は、相手の攻撃を全て回避し、仲間の撤退がすむまでのあいだ時間稼ぎを行い続ける。
一撃で撃墜される紙装甲、豆鉄砲しか打てない戦闘機でシューティングの金字塔『首領蜂』のボスを初見で倒すくらいの難易度だろうか?
……それ、なんてルナティック?
「あーもー! 平々凡々、ケセラセラ、なるようになるさが心情の僕がどうしてこんな似合わないことやってんだろ……キャラじゃないんですがね――……」
誰かに聞かせるわけでもなく言い訳がましい文句をぐちぐちと漏らし続けていたアッシュだったが、それに反するように口端は吊り上がっていく。
ダークネスの戦闘を間近で観察していたアッシュも、彼我の戦力差は十分理解していた。すべてわかっていて、その上で覚悟を決めて殿に名乗りを上げたのだから。
仲間を救うために死力を尽くして各上の敵相手に奮闘しているというこの状況。一生縁がないと諦めつつも、心のどこかで憧れていたシチュエーションに心の高揚を押さえることが出来ない。
ドキドキしている。今自分は間違いなく――楽しんでいる!
(やっばい……!)
緊張と恐怖以外の理由で鼓動を速めていく心臓。背筋を走るゾクゾク感。
いずれも、今までに感じたことの無い経験だった。逃げ隠れを続けてきた少年の胸に灯った炎……それは見紛うことなき戦う意思。
この瞬間、確かに少年は運命に抗う戦士としての表情を浮かべていた。
かつてない湧き上がる力と覚悟を胸に、黒き道化は天を駆ける。己が眼の見据える先に、未来の可能性があると信じて。
「所詮はこの程度か? いや……」
牽制にもならない魔力弾をばら撒き続けるアッシュの姿にわずかな引っかかりを覚える。
『
戦闘力自体は脅威となりえない。それは純然たる事実であり揺るぐことは無いだろう。だが、単純なチカラの優劣で勝敗が決するほど、”
わずかな油断が命取りに直結する。それを理解しているからこそ、ダークネスは警戒を一切緩めずに魔力を練り上げる。
世界を振るわせるほどのチカラが突き出した手のひらに集まっていく。
人に御せる限界値をはるかに超える魔法力が際限なく高まり、大気を、世界を震え上がらせる。
これより繰り出されるのは世界すらなぎ払う究極にして絶対なる破壊の奔流――!
「いやいやいや!? 僕みたいな雑魚キャラになんてモンぶっ放そうとしてんですかあの人は!?」
高まる魔力の波動を察したアッシュが悲鳴をあげながら、回避行動に移る。
だが、それは悪手。
世界を丸ごと薙ぎ払う『
ダークネスが展開した封縛結界に外部への転移魔法に対する妨害術式が含まれている以上、長距離転送による回避も不可能。
つまり、アッシュがどれほどの速さを有していようとも、死の具現たる神蛇に喰らわれる未来はすでに決定している!
「『
咆哮一閃。絶対なる死を与えんがため、主の命を受けた世界蛇が唸りを上げてアッシュに迫る。
大気を震わせながら押し寄せる純然たる暴力の具現を前に、アッシュはなすすべも無く極光に飲み込まれてしまう。
だが。
「――っ!?」
突如として警笛を鳴らす本能に従い反射的に上体を逸らす。直後、先ほどまで頭部のあった位置を銃弾が通り抜けた。
決して起こりうるはずのない一撃を紙一重で避わしたダークネスの表情に明らかな困惑が浮かぶ。
「くっ!?」
明らかな動揺を隠せぬ声が聞こえた方向を見やれば、はるか後方のビルの屋上に立つ、無傷のアッシュが双銃を構えている姿が確認できた。
その身に傷らしいものは見当たらないことから、先の
だが、世界そのものを薙ぎ払う神代魔法を回避する方法など在りうるのだろうか……?
だがダークネスは知っている。
(まったくの無傷だと……? こいつは……先ほどの高町 花梨を救った時と同じか)
これで二度目。間違いないだろう。敵は何らかの”能力”を行使している。
(時間を操作して回避したのか? ……いいや、違う。時間操作系の魔法を行使するには膨大な魔力が必要
になる。だが奴からはそのような気配は感じられなかった。つまり……)
『何もわからない』
要はそういうこと。人は理解不能な状況に陥った時、激しい衝撃を受ける。そう……未知への恐怖だ。
己の理解を超えた事態は、思考を乱し、正しい
それが互いの生死を掛けた戦場であるのならば尚のこと。ダークネスは己の異常性を誰よりも理解しているが故に、己が脅威となりえる素質を秘めた
戦いにおいて相手の情報は最上の価値を持つと理解しているからこそ、『
だが、そんな自分がアッシュの“能力”を理解することが出来ない。
相手の姿を視線に捕えている以上、『
これが表す答えはただ一つ……アッシュの“能力”は己の“能力”を上回る特異性を有しているということに他ならない。
転生者の宿す“能力”は個々の心象を具現化させた効果を発現させる。そこに転生者自身の戦闘力は比例しない。生身で最弱であろうとも、そのハンデを容易く覆す理不尽なまでの“能力”が発現する場合があるからだ。
故に、この状況を打破する手段を見つけるため、全力で思考を巡らせる。“能力”が使えないのであれば自分の頭で考えればいい。思考を回転させ、
そのための鍵となるのは己の直感が告げるほんの些細な違和感。幾つか見つけ出したそれを紡ぎ合わせることで必ずこの不可解な“能力”の正体を暴くことが出来るはず。
無言を貫き、思考を巡らせ続けるダークネスへの警戒を緩めずに、敵が内包するチカラの片鱗を垣間見たアッシュは己の心を落ち着かせるように大きく息を吐く。
「――なるほどね。これがあなたの
人類の文明の発展、その象徴でもあり、多くの人々の生活の灯火に照らされていたはずのビル街
「確かに、これほどの広範囲に世界を滅ぼすほどの威力が内包された破壊波動を放てるなんて……まさに最強と呼ぶに相応しいですね」
アッシュの視界に広がるのは、破壊され尽くした街だったもの、その亡骸。
コンクリートで舗装されていた大地は大きく抉れ、そこに在る家屋も、自動車も、ビル街も、ありとあらゆるものが消し飛ばされ、蒸発し、ただの瓦礫へと姿を変えている。
『神代魔法』の余波が紫電の閃光を発生させ、大気を焦がし尽くす。崩壊した大地の上に在るダークネスの姿は、まさに破壊の神と称するにふさわしい。
「けど、あいにくと僕の“
アッシュ程度の魔力では到底耐えられないはずの一撃を受けたにもかかわらず、荒廃した大地に無傷で立つアッシュもまた、普通ならざる存在であるということか。
そう。
あらゆる概念すら超越し、どんな場所にも
――――『
自身の存在感を極限まで低下させることで、何があっても、何をしようとも他人の意識の外で起こった出来事であると世界そのものに認識させる“能力”。気配隠蔽と認識妨害の極限に位置するこの“能力”の前では、『
チカラの発動中は他者からアッシュの存在を感知できないため、誘導性のあるシューターなどの攻撃は一切通用せず、空間そのものを対象とする広域殲滅攻撃であっても絶対に触れることも出来ない。
これは、この“
さらにアッシュ自身の速度と組み合わせることで、いかなる攻撃も『放たれた後に回避行動に移っても完全に回避できる』、多くのものから逃げだしたいと願った彼に相応しい“能力”であると言えよう。
「――そう、か。これが、お前の宿すチカラか」
集めた情報を紡ぎ合わせて、アッシュの“特典”を解析したダークネスは、冷静に言葉を告げた。
完全に、とは言えないまでも、自身のチカラの全容、その八割方を見抜かれたアッシュの表情が歪む。
「……気づかれるの早すぎませんか? あなたご自慢の解析能力って奴ですか?」
「いいや? お前の“特典”はかなり優秀なようでな……こうして対峙しているというのに、『
「それはどうも……ッ!」
どうやら自分は、この相手をどこかで軽視していたらしい。己が見聞きした情報だけでこれほどの
そしてそれは同時に、彼にとって最悪の展開であることを告げる事実でしかなかった。
元来、この儀式にも“原作”にも深く関わろうという気がなかったアッシュには、転生者同士の戦いの経験が皆無だった。確かに管理局員の武装隊員としてそれなりの戦闘訓練は経験してきた。だがそれはあくまでも『人間の魔導師』やロストロギアへの対処でしかなかった。しかし、人間が積み上げてきた戦略に基づく戦闘行動など、理不尽なまでのチカラを持つ転生者たちに通じると断言することは出来ない。
現に、今までに学んできた戦闘技術の総てを披露しているというのに、ダークネスには微塵も有効打を、ダメージを与えられていないのだから。どんな理論を組み上げようとも、本当のバケモノには通用しない。
それがわかっていたからこそ、アッシュの対転生者用基本戦術が逃走の一択だったのだ。
しかし、今の彼は逃走ではなく抗うことを選んだ。なら、やるしかないじゃないか。一度下した『決断』をやすやすと撤回させられるほど、
双銃を構え、渾身の一撃を放つために魔力を収束させる。アッシュの意志に呼応するかのように溢れ出す魔力を纏い、彼の
主の決意に応えるべく、眩い
「どれほど理不尽な
咆哮と共に向けられた銃口がダークネスの額を狙う。銃口より圧縮された魔力によって形成された弾丸が発射される。だが――
「――――は?」
その渾身の一撃はダークネスとはまったくの見当違いな方向へと放たれた。
誘導性が付与されている訳でもない。跳弾などの小細工を仕組んでいる様子も見られない。
何よりも、先ほどまでの攻防でアッシュの放つ弾丸には誘導性が付与
その弱点に感づいていたからこそ、理解できずに困惑する。
先ほどの魔力の奔流、アレは間違いなくアッシュの切り札ないし必殺の意を込めた一撃であったはずだ。
だがいかに強力な切り札であろうとも、相手に命中しなければ意味などありはしない。仮にこちらの油断を誘うための牽制だったとしても、あからさま過ぎる。何よりも、あらぬ方向へと
しかし……
ヒュン――ガキィンッ!
僅かな風切り音をダークネスの耳が捉えた次の瞬間、彼の左目を保護するアイマスクが弾丸を弾き返す音が鳴り響く。
それは貫通力を高められた螺旋回転の弾丸が、正確にダークネスの
「ちぃ!? どういうことだ、いったい!?」
思い返してみても、どこから弾が向かってきたのか見当もつかない。
伏兵が身を隠しているかとも思ったが気配は感じられないし、何より先ほどの弾丸の放っていた魔力光は間違いなくアッシュのものであった。それが指し示す答えはただ一つ、アッシュが己の理解を超えた何らかの手段を行使したということ。たかが弾丸一発、されどもその一発が致命傷となりうる可能性は十分に考えられる。
まずは状況を整理すべきと判断し、間合いを図ろうと回避行動に徹しようとするダークネスの思考を読み取ったかの如く、息つく暇も与えないとばかりに再び嵐のような魔力弾の嵐が襲い掛かる。
しかし、先ほどまでとは明らかに違う点が一つ……
「何もないところから弾丸が跳んでくるだと!?」
撃ち放たれた弾丸は中空で軌道を変え、夜空というキャンパスに思いのまま筆を奔らせる画家の様に、濃い青色の魔力弾が空を彩りながら彼の
まるで意志を持つように風を裂き、標的へ襲い掛かる猛撃から逃れることは叶わず、左目を庇うように両腕を盾にすることしか出来ない。
しかもアッシュの攻撃はただ義眼を狙っているだけではない。むやみやたらに動き回り、無策に攻撃を繰り返していた先ほどまでとは異なって、戦闘の中で導き出した『敵の弱点』に狙いを絞って総ての攻撃を一点に収束させてくる。
(奴の狙いは
“
アッシュはダークネスを正攻法で攻略するには火力が不足し過ぎていると判断、即座に狙いをデバイス一点に切り替えたのだ。視界を奪うために撒き散らした弾丸すらそれらの弾道を
「くっ! 予測不可能の方角からの奇襲……おまけに飛来する弾丸の姿はおろか風切り音すら聞こえないとは、いったいどういうカラクリだ……!?」
跳弾ではない。誘導弾でもない。規格外の存在にすら理解できぬ不可解な現象そのもの……これこそがアッシュに宿るチカラのもう一つの効果。
“存在感を薄める”ということは透明になるわけでも、気配を完全に断つことでもなく、『そこに居ても誰も疑問に思われなくする』チカラであり、認識の上書きでもある。つまり、実際は相手に向けた銃口の方向をあらぬ方向に向けて構えていると錯覚させることが可能なのだ。姿を透明にしたり、気配を消した程度では、強力な感知能力を有する相手には見抜かれてしまう。特に『神成るモノ』と成った者は世界に満ちる『
だが、それが錯覚であるのなら話は変わる。何故ならば錯覚によってあらぬ方向に銃口が向けられていたとしても、
錯覚だとわかっていたとしても、視界に映る情報こそが正しいのだと無意識に納得させてしまうチカラ。それこそが、この”特典”のもう一つの効果だった。
アッシュはこの特性を活かし、手元や銃口の向きなどの攻撃の起点を正しく認識できなくすることで、正面切っての不意打ちを可能としていたのだ。
視界に映るのは己へ銃口を向けてくる敵の姿。だが実はそれが虚構で、銃口はあらぬ方向へと向けられているのかもしれない。実は攻撃を放とうとしているのではなく回避行動をとっているのかもしれない。
或いは今、視界に捕えている敵の姿そのものが幻で、本体は別の場所に潜んでいるのかもしれない。
まさに疑念が疑念を生み出す悪循環。
仕掛けの種こそ頭で理解できたとしても、どうにもできない。思考の無意識領域に干渉してくる厄介な”特典”の打開策を導き出すことが出来ないダークネスが苦し紛れに魔力弾を放ち続けるが、アッシュはその合間を縫うように移動を繰り返し、デバイスの引き鉄を引き続ける。
放たれた弾丸は”能力”を併用することによって『弾丸が放たれた』という事実を感知できないダークネスに容赦なく突き刺さる。
縦横無尽に天空を翔け抜け、全方位からの集中砲火を浴びせ続けるアッシュに苦し紛れの攻撃など掠るはずも無く、敵の速度はさらに上昇するように感じられる。
ソレに比例するかの様に、襲いくる弾丸の命中精度と連射速度が増していく。それが指し示す答えはただ一つ……
「奴は戦いの中で、これほどまでに成長できるというのか……!?」
アッシュの中でずっと眠り続けてきた戦いの才能……戦場に立つ者ならば誰もが望むであろう
湧き出す魔力がバリアジャケットを染め上げていく。その色は漆黒。夜の闇にあって一際這える漆黒の衣が描く機動、まさに神速。
「ちぃっ!」
ダークネスは、ここにきて自分の直感は正しかったのだと確信する。
即座に意識を切り替えると、先ほどまでの魔力弾を優に超える巨大なスフィアを生み出す。燃え盛る火球にも見えるそれを、地面に叩き付けると、轟音と砂埃が混ざり合った爆風が吹き荒れる。
それは攻撃ではなく、この場の流れを変えるための布石に過ぎないもの。本命は……
「調子に……乗るなあっ! 『
強い意志に呼応するかのごとく爆発的な高まりを見せた魔力を全身に張り巡らせつつ、集束させた魔力を足元で爆発させることによって瞬間的に光速すら凌駕しうる速度を叩き出す。
これこそが、時の庭園で雷神と化したバサラを容易く葬り去ったチカラの正体。”能力”ではなく”
膨大過ぎる魔力の爆発は時空間すら超越し、世界の理すら歪めるほどの結果を生み出す!
神速すらも越えた、”極速”から逃れる術など存在しない。彼我間の距離を文字通りの一瞬でゼロにしたダークネスの拳がアッシュを捕える。
「あ゛っ……ガ、ハ――!?」
肉が引き千切れるかのような耳障りの悪い音をたてながら、アッシュの胴体に深々と拳が突き刺さる。圧倒的な破壊力を内包した剛の前に、バリアジャケットなど何の意味もなかった。
剛撃と称されるに相応しい威力が籠められた一撃は、アッシュの身体を木の葉のように宙を舞わせ、吹き飛ばす。
元の原形を留めていない瓦礫の山に激突、粉塵を舞き上げながら地面を転がる。
叩き付けられた衝撃で脳を揺らされ、意識が混濁する。あまりに強大過ぎるプレシャーに気圧され、身体が震えるのを押さえられない。
『
己のリンカーコアが生成した魔力の大半を瞬間的に消費することを引き換えに光速すら凌駕する速度を叩き出す”
次元干渉エネルギーを内包するジュエルシードと融合したことによって手に入れた力を戦闘用に転用した技であったが、自身のリンカーコアは平凡な性能しか有していなかったことや莫大な魔力消費量が必要であったが故に、一度の戦闘でたった一回しか使えない『奥の手』だった。しかし、時の庭園でバサラを斃して手に入れた高速演算スキルと内包する十個のジュエルシードの力によって、この弱点を克服。
生身で次元を突き破るほどの速度を叩き出すことが可能となったダークネスから、ただ速い
「ぐぅぁ……ッ、ぐ」
圧倒的絶望に晒されてなお、両手をついて身体を起こす。恐怖とダメージからくる手足の震えを勇気で押さえ、ただ眼前の敵を睨み付ける。その姿は紛れも無く満身創痍。されども歯を食いしばり、睨みつけてくる眼光に宿るチカラは微塵も翳りを見せていなかった。
「“Ⅷ”――貴様の覚悟が生み出すチカラとやらがいかな効力を秘めていようとも……如何ともし難い、圧倒的なチカラの差を覆して俺を打倒するほどの代物ではない」
「――たしかに、今の僕ではあなたをいくら攻撃したところで致命傷を与えることは出来ないでしょうね……ならば、長期戦に持ち込むまでですよ……。時間を稼げば稼ぐだけ、僕の仲間は傷を癒し、戦線に復帰できるようになる……如何にあなたとて、
絶対的な自信を携え、唯一ダークネスに優る『仲間の数』という希望を手に、アッシュが全身に魔力を滾らせる。
「闘志、未だ折れず……か? 逃げるという選択肢もあるのではないか?」
眉を顰めながら問う。足止めに徹するのではなく、隙あらば己の打倒を目論んでいるであろう『敵』の行動に引っ掛かりを覚えたからだ。
個々の“能力”の性質は本人の思想や心構えなどに影響される。逃走、隠蔽に特化している“能力”からみて、アッシュの本質は怯える小動物のように物陰に隠れて、災厄をやり過ごすタイプたど推測できる。
だが、立ち向かう漢の目をしている今のアッシュからは、臆病者らしさなど全く感じられなかった。
「逃げる……か。そうだね。その通りだよ。僕は自分がヒーローになれるなんて思っちゃいないんですよ。だからいつも逃げて、隠れ続けてきたんです」
思い返すのはかつての自分。自分を取り巻く総てから怯え、逃げ、隠れ続けた。人波に紛れ込み、火の粉が降りかからないよう立ち回り続けた。
死にたくないという恐怖、不条理な現実に立ち向かう勇気も抱けぬ自身への怒り。
数多の想いが浮かんでは消え、“
「でもね、それももう終わりです。もう逃げない……理不尽な現実に立ち向かおうって決めたんです」
だが、それも間違いではなかったと思える。何故なら、人の輪の中に潜むことができたということは、それだけ多くの仲間たちの中に自身の居場所が在ったということだから。
こんなにも臆病な自分でも、信頼できる仲間が出来たのだ。だからきっと、高町 花梨の掲げる転生者同士の同盟も夢物語などではないだろう。
仲間と共に強大な
それは彼が抱いた始まりの願い。この世界に転生できると聞かされた時、胸に抱いた大切な想い。
『正義の魔導師になって、沢山の人たちを助けてあげたい』
現実に押しつぶされそうになって尚、アッシュの
「僕は、管理局員としてみんなを護りたい……護ってみせるって、誓ったんだ! ――だから、もう逃げない!」
恐怖に震えていたはずのアッシュの両足は、いつの間にかしっかりと大地を踏みしめていた。
胸に宿るのは、確かな覚悟。ずっと隠れ続けてきた自分が下した初めての『決断』――その願いを、誓いを果たさんとするアッシュの想いに応じるかのように、心の奥底で既に尽きていたはずの魔力が溢れださんと胎動しているのを感じる。拭いきれない絶望の具現を睨みつける。
ダークネスの猛攻を躱し続けてきた身体は限界が近い。
物理法則を無視した機動を可能とする飛翔魔法だが、敵はアースラメンバーの中で最もスピードに長け、高速戦闘を得意とするフェイトすら凌駕する速度を叩き出すのだ。
アッシュも速度に自信はあるが、それは瞬間的な加速……即ち、瞬発力に限られる。
強靭な脚力にものを言わせ、足元に展開した魔方陣を蹴り出すことにより得られる加速。それと通常の飛翔魔法を組み合わせることで神速の高機動戦闘を実現していた。
その代償として肉体の、特に足部分にかなりの負荷が生じるわけで、アッシュの足が震えているのは恐怖に齎されたものだけではなく、疲労という名の蛇が喰らいついていたのだ。
だが、それがどうした。
たとえ絶望に挫けそうだとしても、足が震えようとしても、魂を震わせて立ち向かわなければならない。
そう……今がその時なのだから!
「絶対に負けるわけにはいかないんだっ! 『沈黙は金なり《サイレント・フィールド》』――――!」
覚悟を決めたアッシュが『切り札』を切る。ほんのわずかな勝利への可能性、それを現実のものとするために。
手の平に生まれた小さな光。一見するとただの魔力スフィアにしか見えないソレがアッシュの『奥の手』だというのか――?
スフィアを右手で握りしめると、大きく振りかぶり、美しい遠投フォームで投げつける。
狙いはダークネスだったのだろうが、先ほど受けたダメージがの影響か、スフィアは途中で失速して両者のちょうど中間辺りの地面に落下する。
瞬間、一気に膨れ上がったスフィアが眩い光をまき散らしながら炸裂する。目も眩むような輝きはすぐに薄れ、二人の視界もクリアになる。
光りが晴れた後に残るのは先ほどまでと何ら変わり映えしない光景。崩壊した大地、悠然と佇む怪物、そして無言で身体を上下させる武装隊員。
だが。
「……? ッ!? ――! ――!?」
怪物……ダークネスの顔に明らかな動揺と驚愕が浮かぶ。
まるでスピーカーが壊れたかのように、一瞬にしてダークネスの世界から『音』が消え去った。
突如起きた異常事態に、ダークネスの思考が混乱する。
焦りながらも、どうにかして状況把握に努めようとした瞬間、更なる驚愕が彼を襲う。
(声が……いや、違う! 呼吸そのものが、できない……っ!?)
否、呼吸だけではない。腕も、足も……肉体の一切がまるで固定されてしまったかのように動かすことが出来ない。
これはそう、まるで『身体中の細胞そのものが止まってしまった』かのような……。
人智を超えた『異常』の原因は、先ほど不発に終わったと思い込んでいたアッシュの”能力”に違いない。
だが……術者であるはずのアッシュ自身も静止しており、何やら苦しそうに見えるのはどういうことなのか?
(や、やっばい……! しくじってしまいましたか……!)
混乱と苦しみの中に居るダークネス同様、アッシュもまた、命の危機に瀕していた。
彼が使用した”能力”はスフィアの着弾地点を中心として一定範囲内を結界で包み込むチカラだった。
非常に強力かつ凶悪な性能故に、術者であるアッシュにすら効果を発揮するという仕様だったのだ。スフィアを投擲した時の両者の立ち位置なあ、ダークネスを中心にすれば自分は有効射程の範囲外に居られるはずだった。だがダメージを受けた影響のせいで腕に力が入らず、結果として二人ともフィールドの有効射程に捕らわれてしまう結果になってしまった。
あの場を切り抜けるにはほかに選択肢は無かったとはいえ、早まったかと術者本人が後悔するほどの効果をこの”能力”は有していた。
――――『
発動のキーとなるスフィアの着弾地点から一定範囲内のあらゆる『音を遮断』する能力。詠唱、魔力の集束音(つまり魔力の集束そのもの)を消し去る”
『遮断』するとはいっても、発せられる音を消し去るのではなくて音を発する原因そのものを静止させることで無音とする。
それが生物である以上、何かしらの動作を行う瞬間には必ず『音』が発生する。それを静止させるということは身体の動きを、如いては生命活動そのものを停止させるということに等しい。
魔法を発動させる際にも、リンカーコアの脈動という『音』が発生するため、この”能力”の発動中はリンカーコアすら完全に静止させられる。
あらゆる行動の一切を停止させられるこの領域に足を踏み入れてしまった者に、逃れる術は存在しない。
自分が捕えられている新たなチカラ……いや、”
化け物だとなんだと呼ばれ続けた己が、まさか誰かをそう呼ぶ日が来ようとは騒動だにしなかった。
(なんという恐ろしい”
身動きどころか魔法や”能力”を使用することも出来ないままでは、遠からず敗北する未来は目に見えている。
呼吸もできない以上、アッシュ側の援軍が到着する前に窒息死してしまうだろう。
しかし、身動き出来ぬ自分にはまだ、できることが残されている。
(”Ⅷ”、自らの死すら厭わぬその心意気は見事……だが、貴様の選んだ『選択』はお前を殺すことになる――……『
瞳を閉じ、己が内に宿る十の“種”へと語りかける。
それは願いを叶える願望器。それは世界に災厄を齎す忌むべきもの。
その内に宿るは次元を震わせるほどの莫大な魔力。それは失われし古き世界でこう呼ばれていた――『宝石の種』 ジュエルシード、と。
意識を集中させる。求めるのは己が肉体の一部と化している十個にも昇るジュエルシードたち。
ジュエルシードが宿す魔力を強引に引き出し、奪い取るのではない。内なる言葉で語りかけ、助力を願う。
森羅万物、ありとあらゆるものには意志が宿る。日本という国が遍く物に宿る神々たる八百万の神を崇めるように、ロストロギアと呼ばれ、人々から畏怖される存在たるジュエルシードにも意志が宿っているのではないか?
“神”と言う存在を知り、『神成るモノ』という人智を超えた存在に至ったことで拡大した感覚は、ジュエルシードの中に宿る小さな意識を確かに感じ取っていた。
ダークネスは意識をより深く潜らせる。そこからは肉体という『器』から溢れ出すほどの魔力の脈動を感じた。
誰かの願いを叶えるために望まれ、求められて生み出されたハズの”願いを叶える宝石”。
世界に誕生し長きに渡って存在し続けたその宝石は、されど正しい願いを叶えられたことはなかった。
使い手と宝石、両者の想いを一つにすることで初めて奇跡を叶えるチカラを生み出すのだ。しかし、いつだって人々は宝石に宿った意志を知ろうともせず、己が欲望を、願いの成就を求めるだけ。その果てに暴走して、ねじ曲がった願いしか叶えることは出来なかった。その果てに宝石に与えられたのが、災厄を起こす呪われた古代遺産……『ロストロギア』。
だが彼らは、宝石の意志たちはいつも願い続けていた。自分たちが抱くこの想いを、純粋な誰かの心からの願いを叶えるために生まれたのだと信じている自分たちの声が届く、真の主との出会いを。
宝石たちは思う。
確かに、長き旅路の果てに出会えた主は悪しき者なのかもしれない。
だが、彼が胸の奥底に抱く想いは、本人にすら自覚がないほどに小さくとも確かにそこに在る暖かい”ココロ”は自分たちが望み続けてきた主のソレなのだと。
孤独と悲しみを知る金の少女が、真の悪しき者にあれ程の信頼を向けるはずはないのだと。
いつか主が己の望む本当の『願い』に気づいてくれる。主が彼の傍らに立つ金の少女と共に笑い合う、そんな優しい未来を想い、その実現のために宝石たちはその身を震わせる。
主を信じる心は震えと成り、震えは覚悟と成り、強き覚悟は魔力と成り、湧き上がる魔力は蒼き輝きとなって『器』を満たし、溢れ出す。
その蒼が表すのは果て無き蒼穹。
その蒼が表すのは見渡す限りの海原。
歪んだ願いに侵されようとも、けっして穢れぬ蒼き輝きを放ち続ける『願いを叶える宝石』と主の”ココロ”の間に結ばれた確かな繋がり。
通じあい、一つになった『想い』は爆発的な魔力と成りて、ここに顕現する!
ジュエルシードは自らの意志で主の、彼らを救ってくれた真の使い手の求めに応じようと魔力を溢れさせる。ダークネスは溢れる魔力を練り上げ、望むだけの力を得たと感じるや瞳を見開き、
「ッオオオオオオ!!」
気合の叫びと共に、顕現した莫大な魔力の奔流が、天を貫く光の柱となって世界を照らす。
圧倒的と称するしか表現のしようがないそれは、脆弱な人の存在など容易く吹いて消してしまうものだと、アッシュの本能が理解する。
『
どんな動きにでも必ず『音』は発生する。
たとえ日常生活の中で耳に聞こえないものだとしても、それが『動作』であろう以上、必ず何らかの音が発生している。たとえば関節の軋み、筋肉の動き、呼吸音など。
魔法の行使も同様だ。呪文の詠唱、デバイスの駆動音、そして……リンカーコアの脈動。
魔導師が魔法を行使するプロセスを纏めると、周辺の魔力素を取り込んだ後、リンカーコアで魔力に変換するという流れになる。つまり、『沈黙は金なり《サイレント・フィールド》』によってリンカーコアが停止させられた魔導師は一切の魔法を使用することが出来なくなる。戦わずして相手を無効化させるために生み出した、アッシュの『切り札』と呼ぶに相応しい性能を有する”能力”だった。
だが。
眼前で繰り広げられる光景は己の自信を、希望を砂上の城と成りて朽ち果てさせるように思える。
無効化できるのは『音』を発する行動であり、念話の使用に関しては何ら問題がない。
しかし、いったい誰が自身の肉体に宿らせたロストロギアと対話し、助力を得ようなどと考えられるというのか。
相手は次元を崩壊させるほどの力を宿すロストロギア。そもそも、ソレに意志があるなどと誰も思わなかった筈だ。
アッシュは改めて背筋を凍らせる。この怪物は、やはり人の理解を超えた存在なのだと。
必殺と信じて疑わなかった”能力”を莫大な魔力による力技で打ち破られた。不条理なまでの現実に押し潰されたかのようにアッシュは身動き一つとることが出来ない。
「これで……最後だ」
ダークネスが両手を前へと突き出す。その手に集うのは究極にして最強の
ジュエルシードから溢れ出す
しかし、手の平で集束する魔力球を彩る魔力光は先ほど放たれた神代魔法のそれとは異なっていた。先ほどの神代魔法の輝きは闇を思わせる漆黒、まるで奈落の底を連想させる破壊の具現そのものであった
だが、世界を照らし尽くすほどの輝きを放つ
更なる覚醒を果たした『神成るモノ』が具象させるのは、溢れる『想い』を紡ぎあげることで完成する究極にして最強の魔法。
『重複神代魔法』
それこそが、膨大な魔力が生み出す蒼き光の正体。優しい
「――――『
無限の輝きを放つ蒼きチカラの奔出が黒い世界を染め上げ、極大の魔力が爆散する。 極光すら凌駕する輝ける蒼光が形づくる世界を喰らい尽くす神の蛇が、主に応えんとその威を示す!
天を、地を、そして世界すら飲み干す蒼き無限光が、主の敵を討たんと咆哮を挙げる。
視界を染め上げる蒼き光が迫る中、それを受ければ自分は確実に
理屈ではなく、本能で悟るほどの絶望的なチカラを前に、アッシュは完全に抵抗する術を奪われていた。
ココロを染めるのは絶望か、それとも別の何かか。身動き一つ取れぬアッシュに、解き放たれた蒼光が迫りくる。
そして――ひと薙ぎで世界を滅ぼすことも可能な神代魔法が、心の折れた
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初めての『決断』
戦前を離脱した花梨たちは、黒い結界の影響で人気の感じられないビルに隠れていた。
都合よく、給湯室にあったシーツを床に敷き、その上に意識を失ったなのはを横たえる。
『死の言霊』に侵されたなのはの症状は、まさに虫の息。言霊に込められた呪詛によって、徐々にだが生命力に浸食を受けているらしい。出血は止まらず、幾度となく痙攣を繰り返している。
クロノとユーノも満身創痍。荒い呼吸を繰り返しながら、自己回復に努めているのがやっとという感じだ。
戦闘不能となってここに居ないアルフは、武装隊員たちの手で手当てを受けているはず。
フェイトに連絡がつかないのは気になるが、彼女が対峙しているアリシアの様子を見る限り、命を懸けた殺し合いに発展はしないだろうと判断する。
問題はむしろ自分たちの方だ。まともに動けるのが花梨だけというこの状況で、どうすればなのはを救うことが出来るというのか――?
「くっ! いったい、どうしたら――」
「花梨さん!」
「えっ……!? 葉月!?」
「おお~い、ユ~ノ~! 生きてっかあ~~!?」
「あっ、アルク!? 君まで!?」
ビルの窓を乗り越えて現れた二人の人物。その姿に心当たりがある花梨とユーノから驚きの声が上がる。
唯一人、どちらとも面識のないクロノが頭の上に疑問符を浮かべているのを余所に、真っ白なシーツを真紅に染め上げつつあるなのはに気づいた葉月が慌てて花梨の傍に駆け寄る。
完全に意識を失っているなのはの様子に僅かに息を呑み、到着が遅れた自身の不甲斐なさに吐き気がする。けれども今すべきことは嘆くことではないと気持ちを切り替え、なのはの手を握ったまま涙で頬を濡らし、まるで縋り付くような表情を浮かべる花梨に状況を確認すべく問いかける。動揺させないよう、出来るだけ平静を装って。
「……花梨さん、状況の説明をお願いします」
こくり、という頷きと共にここまでの経緯を説明していく。
ヴォルケンリッターを捕捉し、結界で捕えたこと。
いざ戦闘! という瞬間に乱入してきた“Ⅰ”とアリシア、そして“Ⅹ”。
“Ⅰ”と戦闘の最中、『死の言霊』を受けたなのはが意識不明の状態となったこと。
武装隊員のメンバーの中に自分たちの同類がいて、その人が時間を稼いでくれている間にここまで逃げてきたこと。
一部始終の説明が終わると、葉月は手に入れた情報をキーワードにしてなのはを救う方法を探すため【グリモワール】を開く。
ページを埋め尽くす文字が淡い光を放ち、凄まじい勢いで魔導書のページが捲られていく。やがて、とあるページの一節に光が収束すると、その情報が中空にモニター状となって展開される。
地球でもミッドチルダでもない不可思議な文字の羅列にしか見えないその情報を、マスターである葉月は苦も無く読み解いていく。
「……『死の言霊』……『死の言霊』……あ! ありましたわ!」
「ホントっ!? どうすればいいの!? どうやったらなのはを助けられるの!?」
「ええと、それは……ッ!? そっ、そんな……!?」
喜色を浮かべた顔が一瞬で絶望に染まる。文字を辿る様に指を這わせていた葉月の動きが、ある一点を指し示しながらぴたりと静止する。
まるで凍りついたかのような葉月の姿に、嫌な予感が胸を過ぎる。
「はつ、き……?」
すがりつく様な
「……なのはさんに掛けられた『死の言霊』。これは術者の魔力に『呪詛』を纏わせ、対象の魂に『死』と言う概念を与えるというもの……これを解除するには術者に解除させるか、『呪詛』を打ち消すほどの魔力を対象に注ぎ込む以外に方法はありません……ですが」
前置きを入れて、己が胸中で渦巻く感情をできるだけ排除しつつ、言葉を選ぶ。私情を含めた気休めなど逆効果にしかならないと、葉月自身が理解していたからだ。
「問題は術者である“Ⅰ”自身ですね……ハッキリと申し上げますが、今のわたくしたちが有する
涙を流す花梨の顔を真っ正面から見据えながら、告げる。
「おいおい……どーして、そうなるんよ? 俺と葉月とそこのおねーさんの三人も雁首揃えてんじゃねーか。俺らの魔力を全部使えば、いもーとさんを助けることだってできんだろ?」
葉月の実力をよく知っているアルクは怪訝な顔で訊く。協力関係となってから短くない時間を過ごしてきたのだ、相手の力量はある程度感じ取れている。葉月の強さは(ひっじょうに腹立たしいが)優秀なデバイスの能力生かした典型的な魔法使いスタイルから繰り出される多種多様な魔法の技にある。数多くの魔法を使いこなすということは、当然、内包する魔力も凄まじいということを表す。
高町 なのはを助けるために必要なのが単純な魔力だけというのなら、結界に飛び込んでからここまで戦闘に参加していない葉月には、十分すぎる残存魔力が残されていなければおかしい。
“ゲーム”参加者の中でも最大級の保有魔力を有しているであろう葉月が何故? アルクが浮かべた疑問に答えるように、葉月が言う。
「持って生まれた保有魔力と言う点で、確かにわたくしのソレは巨大な魔力タンクであると言わざるを得ません。でも、お忘れですか?
言われ、アルクはハッ! とした表情を浮かべる。思い出したのだ。たしかに“Ⅰ”の手には、世界を崩壊させるほどの魔力を秘めた宝石が複数握られているということに。
そう――時の庭園でプレシアの手から奪い去った蒼い宝石……『ジュエルシード』。
“Ⅰ”は『死の言霊』発動の際、自身の魔力にジュエルシードの魔力も上乗せして放っていたのだ。
この時点ではまだジュエルシードたちの言葉を聞き取ることは出来ていなかったとはいえ、ある程度の……Sランク相当の魔導師に匹敵する魔力をそれぞれのジュエルシードから引き出すことくらいは可能だった。つまり、なのはに掛けられた『死の言霊』を解除するには、少なくとも『Sランク相当の魔導師十人分以上』の魔力が必要ということになる。
いかに葉月が次元世界最高クラスの魔力保有量を誇っていたとしても、一人でこれを跳ね飛ばすことは不可能なのだ。もし可能性があったとするならば、以前にリンディが次元震を静止するためにアースラの魔導炉と自身を直結させて魔力を供給するという方法くらいだ。個人の限界値を超えた魔力を手に入れる方法で最も簡単なのだ。余所から魔力を持ってくることで、本人の技量が伴う限りはリスクは小さく、最大の効果を発揮できる。しかし“Ⅰ”が展開している特殊な結界は“ゲーム”の関係者である花梨たち転生者ならば容易く入ることが出来るものの、無関係であるならば入り込むことが出来ず、内側から出ることも不可能となっているらしい。通信も途絶したままだし、転移魔法の妨害術式が組み込んでいるようで、そちらもダメ。つまりは、なのはの治療に必要なだけの魔力を結界内から集めることが出来なければどうしようもないということだ。だが、仮に全開時の花梨とアルク、それに他の仲間たちの力を合わせることが出来たとしても届かないだろう。それほどまでに明確な“保有魔力の差”がついてしまっているのだ。
どうしようも無い
呆然と、涙を零し続ける濁った瞳で葉月を見上げていた花梨の視線が、己の膝元で横たわったまま緩やかな死へと誘われている妹へと向けられる。
途端、堪えようのない痛みが花梨の胸を襲う。大切な家族を失うという
『このまま大切な人が消えゆく光景を、ただ眺めていることしか出来ないのか……?』
綺麗事を並るだけで、自分から動こうとしなかった。“ゲーム”への対応を見てもそうだ。ただ仲間を集めればそれでどうにかなると考えていたけれど、結局は共通の敵……現実から目を背けるための態の良い何かをだがしていただけなのではないか? その場の空気に流されるように自分の考えをコロコロと変え、確かな信念を持つ
大切な妹を失いそうになっているのは、そんな自分が招いた天罰なのではないのか――?
「イヤよ……私は――このままなのはを失いたくないっ!」
なのはの両手を握りしめながら、残されたすべての魔力を注ぎ込む。デバイスやバリアジャケットも解除して、文字通り己の総ての魔力を費やして、なのはの身を蝕む『死の言霊』を打ち消さんと魔力を注ぎ続ける。リンカーコアの限界を超えた魔力を引き出した反動で鈍い痛みが胸に奔ることにも構わず、ありったけの魔力を注ぎ込み続ける。
降りかかった死の運命に抗うように、ただひたすらに。自身を顧みぬ魔力の放出に、花梨の身体が軋み、悲鳴を上げる。それに気づいた葉月が悲鳴じみた静止の声を上げるも、花梨の耳には届かない。
「や、やめてください花梨さんっ! それ以上は無茶ですっ!? やめてください!!」
リンカーコアの限界を超えた魔力を引き出すなどという無茶を行えばどれほどの後遺症が残ることになるのか想像もつかない。最悪、リンカーコアの機能が大きく衰退する可能性だって考えられる。
もしそうなってしまえば、この儀式へ積極的に参加している者からすれば、恰好の獲物と映ることだろう。我が身を鑑みぬ無謀を行う親友を止めるべく怒鳴りつけるが、花梨はさらに魔力を注ぎ続ける。
「なのは……! なのはぁっ! お願い……消えないで――帰ってきて、なのはッ!!」
意識を研ぎ澄まし、精神を集中させる。『なのはを救う』ただそれだけのために、強く、深く、己が奥底に流れるチカラを引き出す。
それは
今までのあやふやな感情などではない、たった一つ、何があろうとも貫き通して見せると『決断』できる“信念”。他の転生者たちが事前に“ゲーム”という名のサバイバルゲームの説明を受けて、それぞれ納得してから転生した中、彼女だけその『選択』を与えられなかったが故に欠落していた
どれほど不条理な現実に晒されようとも、けして譲れぬただ一つの想い……彼女だけの戦う理由。
欠けていた心の空白が、『大切な人を守る』という強き想いで満たされていく。同時に思考が大きく広がっていくのが感じられる。
さらなる魔力を引き出そうと己の根源……『高町 花梨』を『高町 花梨』たらしめている根源たる部分に手を伸ばす。
今までに感じたことのない感覚が全身を襲う。それは恐怖。未知のチカラ……転生者の“ナカ”に宿る“
決して譲れぬただ一つの想い、彼女の胸に在るのはただそれだけ。それは穢れ無き純粋な願い。願いは想いとなり、想いは魔力へと変わって、花梨の身体を駆け巡る。
と同時に彼女の脳裏に浮かぶ一つの言葉。それは“終わり”。
あと一歩、たった一歩を踏み出せば自分という存在は『高町 花梨』ではない別の『ナニカ』になってしまう。それは予感であり確信。
その先にこそ、妹を救う手だてが在るのだということを。花梨の心が……“魂”が確信する。
(でもそれがどうしたの? そんな些細なことに怯えている場合じゃないでしょう?)
変わってしまうかもしれない自分の
“自分を信じてあげなさい”
それはかつて、母 桃子より告げられた言葉。
“勝ち目の薄い強敵と対峙した時にこそ、自分の積み重ねてきた力を信じてあげなさい”
“あなたが積み上げてきた、過去を振りかえってごらんなさい”
“お母さんはあなたが正しい道を歩み続けてくれるって信じてる……だから、きっと、そこに未来への活路があるはずよ”
――昔、初めて“
母はそんな花梨を信じてくれた。何も知らないはずなのに、娘の宿す異常性に気づいていたはずなのに、それでも花梨を信じてこの言葉を贈った。
愛しい娘は、きっと正しい
かつての己を救ってくれたその言葉を受け入れるように、花梨は深い思考の海へと潜り続ける。
自分に秘められた可能性を、母が信じてくれた『高町 花梨』が『選択』する無限の可能性を見つけ出すために。
「か、花梨……?」
震える声はユーノのもの。彼は恐れ、困惑していた。目の前で繰り広げられる自身の理解を超えた光景に、思考が凍りついてしまう。
「お、おい、葉月? これ、どーなってんの?」
アルクもまた困惑と驚きの混じり合った表情を浮かべている。彼らの視線の先、そこにいる高町 花梨と言う少女の異常性に気づいてしまったからだ。
彼らの隠れている部屋を照らし上げる暖かな魔力光、溢れんばかりに輝きを放ち続けるソレは間違いなく花梨個人が放っているもの。
しかし問題はそこではない。花梨が魔力を注ぎ込み始めて少なくとも十分以上は経過している。全力で魔力を放出し続けているのだから、いくら花梨と言えどもうとっくの昔に魔力枯渇状態に堕ちって言っていていてもおかしくない。だというのに、彼女はこうして魔力を放ち続けており、しかも時間の経過と比例するかの様に、彼女から感じ取れる魔力が高まりをみせていた。魔導師の常識からしても、明らかな異常。
誰もが言葉を発せぬ中、今の花梨の状態に
(まさか……これは――
あらゆる知識が記載されている【グリモワール】には、当然、この“
この情報を知り得ていた葉月だからこそ気づいた。『高町 花梨』という存在が、“変わろう”としている事実に。
「花梨さん……あなたは、そこまでして彼女を……」
「君……?」
ぽつり、とさみしげに零れた声を拾ったクロノが顔を向ければ、葉月の頬を流れる涙が目に留まった。泣き顔を見られていたと気づいて恥ずかしげに目尻を拭うと、優しげな笑みを浮かべてみせる。
親友が文字通りの『総て』を掛けて妹を救おうとしているのだ。ならば、彼女の親友として最後まで見届けてあげるのが自分の役目なのだろう。そう結論付けると呆気にとられた表情の皆に向き直りながら、告げる。
「もう、大丈夫ですわ。後は花梨さんに委ねましょう」
置いていかれた寂しさに、胸の奥に小さな痛みが奔る。それを表情に出さぬまま、葉月は親友の下した『決断』を見守り続ける。
彼女がこの先どんな道を歩むことになろうとも、彼女の傍らに立ち続けてみせるという覚悟を抱きながら。
高町 花梨は“神”と呼ばれる存在により異能のチカラを与えられた転生者だ。
彼女が与えられた“特典”は『高町 なのはと同等の資質と才能、そして彼女の身内として誕生する権利』だ。
他の転生者を見ればわかる通り、花梨の“能力”は他の転生者に比べて明らかに劣っている。
確かに、将来的にはオーバーSランクまで成長するなのはに比類する才能は非常に稀有であろう。
しかし、それはあくまでも人間の範疇に収まる程度のものでしかない。
だが。その一方で、物語の主要人物の血縁者に生まれるというのもまた、破格の権利と言える。
なぜなら、この世界の歴史が“リリカルなのは”という物語をなぞる様に紡がれている以上、主要人物の近くに違和感なく存在できれば、大きなアドバンテージとなるからだ。
それは転生時に受けた神サマからの説明から、自ずと納得できる結論だ。――だからこそ、今まで葉月はこれが己の“能力”なのだと、ずっとそう思い込んで来た。
されど、転生者たちの“能力”は、時として人の常識を逸脱している事がある。
ダークネスの『
人智を超え、あらゆる戦略すらたやすく破壊せしめる神の後継者が有する数々の“能力”に比べ、己のソレは極めて脆弱すぎる、と。
主要人物の血縁者という条件を差し引いたとしても、花梨の“能力”はこの程度であるはずがないのだ。
なぜなら、“
では、元来あるべき花梨の“能力”は、一体どこで眠っているというのか……?
「――そっか、そういう事だったんだ……」
その符号が意味するのは、たった一つのシンプルな答え。
花梨は己に宿る本当の“能力”に気づかないでいたという事実。
ふざけた儀式を終わらせるなどと息巻いておきながら、真実、他の誰よりも未熟な半人前の存在だった。
何故、ダークネスは自身のことを『神成るモノ』と呼んだのか。花梨はその理由を本能で理解した。
その言葉こそ――本当の自分と向き合うために必要な最後の
『高町 花梨』という存在が
「私は信じる……これ以上、大切な人を誰ひとり失わない未来を
そう。
「私が望む善も悪も越えた道の先にこそ……みんなと笑い合える
だから。
「私には
いまこそ、
その言葉に込められた真の意味を、花梨はこの時、初めて理解した。
己の奥底に眠る“
「――――『
ヒトを超えた『神成るモノ』へと自身の存在を再構築するトリガーとなる言霊を唱えた瞬間、世界を統べる“理”の壁を越えた先、人の身では決して到達しえない彼方より膨大な“
花梨の未だ未成熟な身体を通して溢れ出すのは、純粋にして根源たる“
光の奔流に晒される花梨の姿もまた、変わる。吹き荒れる“
花梨の纏ったバリアジャケットがはじけ飛び、実体化した純粋な魔力たる“
淡雪のように散っていく魔力の残光が晴れた先には、蒼穹の如き深い蒼を基調とした新たなバリアジャケットを身に纏った花梨が佇んでいた。
以前の小学校の学生服をモデルとしていたものから、日本の和服を思わせる意匠へと変わっている。
上はノースリーブのように肩の辺りで袖部分と別れている着物風で、下は以前のものと同じロングスカート。真紅のマントが風にたなびき、両手には手の甲部分に宝石があしらわれた黒い手袋が嵌められている。よく見れば、網を纏めているリボンの紐や腰、靴の部分にも同様の宝石が装着されているのが見てとれる。
ここに、人間の常識という名の壁を破り、運命という名の敵を打ち倒さんと迷いなき闘志を宿す、新たな『神成るモノ』が誕生した。
気合一閃。真の覚醒へと至った
熱く、優しい、初夏を思わせるそれを浴びた少女らの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「やっ、た……のか?」
「ええ……!」
「……葉月、なのはを連れて来て……」
花梨は何処かぼんやりとした口調のまま、焦点の合わない瞳を葉月たちへと向けてきた。その言葉にはっ、となった葉月は地面に横たえていたなのはをそっと抱き上げて花梨の傍へと運ぶ。
なのはの血まみれの顔面をハンカチで拭い、最後に彼女の頬を助けられるよう懇願を込めて一撫でしてから一歩離れる。
葉月が離れるのを確認すると、花梨はデバイスの先端部に取り付けられたコアである宝玉をなのはの胸元へと押し当てる。
覚醒を果たした瞬間、花梨の脳裏に次々と神の御業と呼ばれるチカラの知識が浮かび上がる。その中からなのはを救う手段を算出し、実行に移す。
瞳を閉じ、小さく呟く。それは聖句。世界のルールを塗り替える神の御業。世界の理を塗り替えて彼女の望む結果として具現化される、奇跡の現象そのものだった。
『死の言霊』により揺るぎ無い死という結果を与えられたなのはを救う方法、それは死という結果をさらに上書きすること。
大言壮語と呼ぶことなかれ。不可能とされる奇跡を容易く起こせるが故に、彼女らは人を超えて神にいと近き者……『神成るモノ』と呼ばれているのだから。
溢れ出す魔力が輝く燐光となってなのはの身体を包み上げる。世界に満ち溢れる『想い』を集め、紡ぎ、結集させる。
集いし暖かな光が優しい風となって世界を包み込んでいく。
溢れる想いを『癒し』のチカラへ変えて、なのはの身体に降り注いでいく。世界を満たす光に照らされ、青ざめていたなのはの肌がピンクがかったものへと戻っていく。
掠れたような呼吸もだんだんと強くなり、手足の痙攣も収まっていく。そして……
「――けほっ」
ここに、奇跡は成った。
うたた寝から目覚める様に、なのはの目がゆっりと開かれていく。
「――う、あ……にゃ? あ、あれ? わ、私? アレ? あれぇ?」
上半身を起こし、きょろきょろとあたりを見渡すその様子から、外見上は後遺症のような物は見られない。完全に完治したらしい。
「すごいものだな……」
呟くクロノはもみくちゃにされてにゃーにゃー鳴いているなのはから、信じられないような奇跡を起こした人物へと視線を動かす。
そこにいるのは、母性を感じさせる笑みを浮かべた花梨。暖かさだけではなく神聖さすら感じさせるその立ち姿に、おもわず瞬きすらも忘れて見惚れてしまう……が、
「……はふぅぅ」
突如として気の抜けた声を漏らしながら、花梨の身体がへにゃへにゃっと崩れ落ちる。
「ちょっ!? 花梨さん!?」
「花梨! いったいどうした!?」
慌てて掛け寄る仲間たちに向けて、花梨はうつぶせに倒れ伏したまま、今の状態を簡潔に判りやすくまとめて発する。
「ちょ――しんどいです……後、ヨロ」
ソレを最後に全身から力を抜き、デバイスやバリアジャケットすら解除させつつ、眠りに落ちていく花梨。
火事場のクソ力的なパゥワ~! で限定的に『神成るモノ』へと化した反動なのか、未だダークネスの展開した結界に囚われているにも構わずにぐ~すかお眠りタイムに突入。
どうやら花梨嬢は、見かけより神経が図太かったようだ。
慌てて駆け寄った葉月が肩を揺すり、なのはが頬を引っ張り、どさくさまぎれにアルクが鼻に指を突っ込――もうとしたところで、執務官&発掘屋の繰り出す友情ツープラトン攻撃『ユー×クロ? いいえ、クロ×ユーが鉄板です(命名:エイミィ)』により撃沈される騒ぎがあっても、目を覚まさなかった。 精神的な負荷が大きすぎたのだろう、自己防衛として深い眠りについてしまったようだ。
とりあえず、命に関わるような事態ではないので一安心かと溜息を吐く葉月&なのは。
「まったくもう、心配ばかりさせて……困ったお方ですわね、本当に」
「にゃはは……でも、お姉ちゃんは私を助けてくれたんだよね? やっぱりお姉ちゃんはすごいなぁ……」
「はい……!」
そう言いながら、何気ない動きで花梨の頭を自分の膝の上に乗せる……所謂ひざまくらをしながら、穏やかな寝息を漏らす眠り姫の額をやさしく撫でる葉月。
確たる信愛の感情が見て取れるその仕草に、お姉ちゃん大好きっ娘であるなのはの対抗心に火が付いてしまう。
「お姉ちゃんは昔から
『私を』の部分を強調しつつ、しかも二回言うなのは。背中には『姉魂』と描かれた熱き炎が見える。
「あらあら……それなら、わたくしも同じですよ? クラスの級友とうまくなじめなかったかつてのわたくしに手を差し伸べてくださったのは他ならぬ花梨さんなのですから。この方はわたくしにとって、親友……言いえ、心の友と書いて『心友』とも呼んでも過言ではないお方ですわ」
葉月の背中にも燃え盛る炎が顕現する。描かれた文字は『YOU-JOW(友情)』。
燃え盛る熱気は覇気へと変わり、言葉にできぬ威圧感と化していく。
ダークネスのそれとは違う意味で恐ろしいシロモノであった。花梨が冷や汗を流しながらうなされているように見えるのはきっと気のせいではない筈だ。
ちなみに、ソレにいち早く気づいたアルク、ユーノ、クロノの三人は即座に戦略的撤退を行っており、十メートルほど離れた場所から遠巻きに体育座りで見守っていた。
修羅場が形成されている中心部に、一番の功労者を放置するのは良心が痛んだが、あの空間に足を踏みいれる度胸は持ち合わせていなかったからしかたがない。てか、そもそもの原因は葉月に在るのだから、これはある意味で自業自得のようなものとも言える。だから、この選択は正しいのだ。
そう、彼女は犠牲になったのだ……
結界によって漆黒に染め上げられた空の向こう、星々が煌めいているであろう夜空に向かって、三人は無言で敬礼をとるのだった。
花梨嬢、自身の成長と引き換えに貞操の危機フラグが発生(笑)
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乱戦の終局
「――ずいぶんと、愉快なことになっているな」
珍妙な空気を展開していたなのはたちに向けられる呆れを多分に含めた声が闇夜に響き渡った。
その声に反応すれば、腕組みの体勢で宙に浮かび、何とも言えない微妙な表情を浮かべているダークネスの姿が在った。翼から放出される黒い魔力の燐光が、まるで雪のように周囲へと降り注いでいく。
『――――ッ!?』
ダークネスと目が合った瞬間、心臓が握りつぶされるほどの圧力がなのはたちを襲う。
なのはを助けることが出来た喜びに包まれていた空間を、瞬く間に支配するほどの、圧倒的な
悠然と佇むこの相手こそが、
大切な人を救った反動で意識を失ってしまい倒れたままの
数多くのロストロギア事件や次元犯罪者と対峙してきた彼の積み重ねた経験が、どこか王者の風格すら漂わせる今のダークネスの存在に警戒を呼び掛ける。
ダークネスは緊張に身を固くする一同を見渡し、気絶した花梨を庇うように身を繰り出す葉月とアルクに視線を留めた後、やや不審の響きを含ませて唸る。
「……違う、か」
落胆したとでも言いたげな呟きが単純に気に入らなかったアルクが怒鳴り声を上げる。
「テメェ! いったい何が言いてぇんだ!?」
「……」
返答は無言。無駄な事をするつもりはないのか、それとも傍から相手をするつもりがないのか……果たしてどちらであろうか。
「――現状維持のほうが、いろいろと
そう呟きながら、翼を羽ばたかせてさらに上空へと浮き上がる。己が展開した空間すべてを見渡せる高度に達すると、かろうじて放出される魔力光の輝きを確認できるほどの遠い位置で交叉し合う二つの光が見えた。色は『紫』と『金』。激しいドッグファイトを繰り広げているらしく、二つの光は縦横無尽に天空を飛び交っていた。
(やれやれ……かなり昂揚しているようだな)
だがこのままだらだらと留まり続けるのは避けておきたい。予想外のイレギュラ―が潜んでいることが間違いない以上、まだまだ未熟なアリシアを一人で放置したままにするのは悪手以外の何物でもない。
念話を送り、撤退と合流を指示すれば、戻ってきた返事はやはりというか不満混じりのぶー垂れた声。
『え~、せっかく楽しくなってきたトコなのに~~……もうちょっとくらい、いいでしょ~~?』
『駄目だ』
本当の意味での『危険』というものを理解していない少女の要求を一言で斬って捨てる。今は彼女の言い分を認めるわけにはいかない。
警戒し過ぎることは誤りではない。特に、容易く戦局を覆してしまうチカラの存在を誰よりも理解している一人として、この判断に誤りはないのだ。文句を垂れ続けるアリシアを納得させるべく、理由を話す。
『よく訊け、アリシア。俺が“Ⅷ”を仕留めようと放った神代魔法……ソレから“Ⅷ”を救い出した奴がいる』
そう。
ダークネスが警戒している原因はまさにソレ。
彼はこの戦場を包み込む概念空間魔法を展開した際、空間内に取り込まれた人物の情報を“能力”で解析していた。その時の解析結果から導き出した答え、それが『自身の放った神代魔法を防げるものは、この空間内に存在しない』ということだった。確かに、アッシュという予想外の存在があったものの、アレは本当に例外中の例外。
魔法の展開後に空間内に侵入してきたのは“Ⅲ”と“Ⅶ”だけなのも確認済みだ。ならば何故、ダークネスはアッシュを仕留めることが出来なかったのか?
そう、必殺を疑わぬ
時の庭園でバサラを斃した際には、彼の身体が『
しかし、全力を出し切って消耗しきっていたアッシュに、神代魔法を回避できる余力が残されていたとも考えられない。
以上のことから導き出せる答えはただ一つ。ダークネスの感覚ですら捕えられない何者かがあの戦いの場に居て、アッシュを助け出したということ。
最悪の場合、イレギュラーが複数存在している可能性も考えられる以上、このままここに留まるのは得策ではない。
力技で総てを薙ぎ払うという手もあるにはあるが、この空間はいまだ不完全な未完成品。これ以上の破壊を繰り広げてしまえば最悪の場合、空間そのもの、如いては現実の世界を自分で壊してしまうかもしれない。それだけは何としても避けなければならない。必ず生き残ることを信条とする自分が自爆して終了するなど、マヌケにも程がある。
それに、未だ己が内で脈動を続けるジュエルシードの件もある。戦闘の最中、突如として会話できるようになってから今まで、ひっきりなしに念話で語り掛け続けているのだ。
単純に『お話しましょ~♪』というものから、『(管理局に封印された)他の仲間たちを助けてください』という懇願まで、息つく暇も無く騒ぎ続けているのだ。
どうやら長きに渡って遺跡の中で封印され続けてきたことの反動が出たらしい。会話に飢えているようだ。
騒ぎまくる宝石たちのせいで気が散って仕方がないし、全身から溢れだす『蒼い』魔力もうまく制御できていない現状、さっさと撤収するに限る。
イレギュラーについてはいろいろと気になるが、まだ敵と断定するだけの情報が手元にない以上、余計な考察と先入観は思考の幅を狭めてしまう。うまくいけば、花梨たちが勝手に対処してくれるかもしれない。
ぶっちゃけた言い方をすれば、自身が生き残れるならば、局地戦の勝利者が誰であろうとも対して関係ないのだ。結局のところ――
(最後に
手首を返し、何かを握り潰すように拳を握る。
たったそれだけで、次元航行艦の処理能力をフル稼働させても、突破はおろか、術式の解析すら叶わなかった空間魔法(リンディらは特殊な結界と考えていたようだ)が解除され、まるで今までの出来事が総て幻であったかと思わせるほどにあっけなく、消え去っていった。分解された魔力の粒子が大気に溶けて、霧散していく。
これに慌てたのは管理局と騎士たちだ。
自分たちを捉えていた結界が、何の前触れも無くいきなり解除されたのだから。足元からは人の気配が感じ取れ、静寂に包まれていた空間が一瞬で色を取り戻す。
『魔法は隠蔽しなければならない』というのは、彼ら共通のルールである。空間が解除されたとみるや即座に撤退していく騎士たちの姿を見つけ、ふと感じた違和感に眉を顰める。
(連中の数が減っていない……? ディーノの奴が斃しきれなかったのか? あるいは、向こうにもイレギュラーが……)
ドゴォオオオオオオンッ!!
「おお~い! ダークちゃ~ん!」
再び思考の海に沈みかけたダークネスに、都市中に響き渡るほどの爆音をBGMにした能天気そうな少女の声が届く。
声の主の方へと目を向ければ、金色の紐らしいもの(おそらくはバインド)でミノムシ状態にしたディーノを箒形態のデバイス先端にぶら下げながら飛んでくる。その光景は、まるで某有名アニメーションの巨匠が生み出した名作『ブラシで宅配便の営業活動に勤しむ』映画のワンシーンのようだ。
精一杯に抵抗しているのか、激しくもがいているディーノに笑いが込み上げてくるが、何とか堪える。それより先に問いたださなければならないことがあるからだ。
「アリシア、フェイト・テスタロッサはどうした? それにさっきの爆音は?」
「ん~~? フェイトはさっきぶっとばしたんだよ! 爆音もそれ~~♪」
目の前まで近づいてきたアリシアが満面の笑みでそう答える。ダークネスは帰ってきた答えに、意表を突かれたという表情を浮かべつつ、まじまじとアリシアの顔を見つめてしまう。
「意外だな……妹と遊びたかったんじゃないのか? てっきり、軽くいなす程度で済ませるだろうと思っていたんだが」
「そりゃ、私だって最初はそのつもりだったんだよ? そうなんだけどさ~~……フェイトったら、ダークちゃんの悪口ばっか言うんだよ!? 『あんな外道と手を組むなんて!』とか『自分だけ母さんから大切にされてっ!』とか……挙句、『あんな化け物と好きになるなんて、頭がおかしい!』なんて言われちゃったんだよ! そこまで言われちゃぁ、さすがの私でも『ぷっつん』しちゃうってモノなんだよっ! ……だから、メッ! てしてきたんだよ!」
おそらく、膨大な雷撃に蹂躙されて程よくローストされたフェイトが、どこかのビルの屋上で見つかることだろう。
ぷんすかと頭の上から湯気を出しつつ憤慨するアリシアの頭を撫でてやりながら、逆の手で転移魔法陣を描いていく。
程なくして完成した魔方陣に身を潜らせながら、ふと気になった事を尋ねる。
「そういえば……そっちに何か妙な連中が現れなかったか? こっちは横槍を受けたんだが」
問われ、んー、と形の良い顎に人差し指を当てながら何かを思い出すように虚空を見上げ、
「……あ。そ~いえば、いたかも。えっとね? 私じゃなくて
「……変な娘?」
告げられた言葉に僅かな引っ掛かりを感じたダークネスが確認する様に訊き返す。アリシアは特に気にした風も無く、淡々と事実だけを述べる。
「うん。なんだかやたらと偉そうな話し方の灰色の髪をした女の娘でね、“王”様って呼ばれてた。もう一人は茶髪で蒼い目の娘でね、なんてゆ~か……そう! なのはちゃんにそっくりな顔だったよ!」
「なんだと……?」
完璧に予想外の情報が出てきたことに、ダークネスは驚いていた。知識としてなら“彼女ら”の存在を知っていたが、その存在が表舞台に立つのは当分先だと思っていたからだ。
第一、いまだ壊れたままの“闇の書”から抜け出すなど完全に予想の斜め上をいっている。そんな非常識が在るはずが――
「……これは少々、調査が必要だな」
「んぅ?」
「なんでもない……行くぞ。“Ⅹ”、ついでにお前も来い。傷の手当くらいはしてやる」
殆んど命令形の提案を投げかけた挙句、ディーノの返事も訊かぬまま、ひときわ強い輝きを放った魔方陣が煌めいた次の瞬間には、彼らの姿は満天の星々が浮かぶ夜空から消えさっていた。
戦場から遠く離れた海上、波の引く音も遠い上空に佇む三つの影。
影の一つ、アリシアの語ったやたらと偉そうな少女……仲間内では“王”と呼ばれる少女が、傍らに浮かぶ茶髪の少女へといらだたしげに問いを投げた。
「……『あ奴』の容体は?」
言葉使いこそぶっきらぼうであったが、相手を想う心を隠しきれていない不器用な少女に、問われた少女は彼女らしい無表情のまま答える。
「大丈夫ですよ、“王”。幸いと言うか、流石と言いますか……彼女の本体は無傷でした。今は『書』の中で修復と魔力の回復に努めています。数日のうちに目覚めることが出来ますよ」
「数日……だと? 無限の魔力生成機関そのものである『あ奴』がか?」
「……はい。これは私にも、予想外の事態です。まさか彼女の全魔力に加え、身体を構築させている魔力すらも費やしてようやく数秒間だけ耐えられるほどの魔法を使いこなす輩が存在しているとは……。“彼”に命じられた通りに、彼女が攻撃を防いでいる間にあの管理局員を助け出した“力”も少なくないダメージを負ってしまいましたしね」
言って、“力”と呼ばれた少女へと視線を向ければ、片足の膝下から先が完全に消失してしまい、傷口から魔力の燐光を散らしている。それでも水色の髪をツインテールに纏めた“力”と呼ばれる魔導師は気丈に振る舞ってみせる。
「だ、だいじょ~ぶだよ! ボクらは人間じゃないんだし、この位の傷なんてすぐ治るよ! だから“王”様も“理”もそんな顔しないでよ! 僕まで気が滅入っちゃうでしょ!」
気を遣わなければならない筈の存在からそんな事を言われてしまえば、彼女たちも苦笑を浮かべざるを得ない。どこまでいっても、彼女は彼女だったようだ。その事実に改めて気づくことが出来た二人は、知らず、困った末っ子を見守る姉の如き優しげな表情を浮かべていた。たとえオリジナルの姿形をモデルに生み出された自分たちだとしても、今こうして抱いている感情は、確かに彼女ら自身のものなのだと改めて思う。穏やかな雰囲気が場を包み上げていく中、唐突に彼女らの頭の中にここに居るはずのない男の声が響いてきた。契約を交わした者同士間に構築される
『聞こえるかい、――――?』
声を聴いた“王”の表情があからさまに歪む。他の二人も彼女ほどではないが少なくない嫌悪感を露わにしていた。
『……聞こえている。何の用だ』
『どうしたんだい? ずいぶんと不機嫌そうだけど』
誰のせいだ、誰の! あの男の命令で、大切な家族が傷を負ってしまったのだ。“誰かを救うために自分が傷つくことを厭わない”言葉だけなら立派だが、それを他人である彼女らにまで強要してくる男に、“王”はどうしようもない怒りの感情を浮かべる。
怒鳴り散らしたくなる衝動を歯を食いしばって堪えながら、“王”が声の主……彼女らの『主』の問いに答える。そうせざるを得ない理由があるからだ。
『――……なんでも無い。それで? 今度は我らに何をさせようというのだ?』
『いや、どうやら今回の戦いはここまでらしくてね。これ以上そこに留まり続けるのは危険だから、一度戻っておいで。あの“巨悪の権現”はもちろん、アレ以外にも斃さなければならない“悪”は多い。まずは情報の整理から始めるとしようじゃないか』
『――ならば、どうしてあの管理局員を助けたさせたのですか? 彼もまた、あなたの言う“悪”なのでしょう?』
“理”の抱いた疑問はもっともなもの。当然の疑問に対して念話の相手は、実に何でも無いように答える。
『単純に“悪の度合い”の問題さ。確かにあの管理局員も僕が斃さなければならない“悪”であることは疑いようも無い。けれども、今最優先で対処しなければならないのはあの“巨悪の権現”だよ。幸い、彼らは互いに敵対し合っているようだからね。このまま潰し合わせて、互いの戦力を消耗させればいいと思わないかい?』
『ずいぶんと調子の良いことを言われますね。総ての“悪”とやらを斃すために、このセカイに来たのではなかったのですか?』
『うん? どこがだい? そもそも彼ら“悪”は存在すること自体が邪悪で許されない事なんだよ? 正義の執行者である僕の戦略が間違っているわけないじゃないか! 最後に統べての“悪”を斃しきれれば良いのさ! それに、“Ⅷ”にはもうひと働きしてもらうつもりだからね』
『……ああ、そうですか』
これ以上の問答は無駄な行為でしかないですね。自分に酔っている声の主の様子に頭の中がどんどん冷めていくのを感じながら、“理”は話はここまでだと言わんばかりに会話を打ち切る。
『では、これより帰還いたします』
『うん、よろしくね』
返事を返すこともせずに念話を終わらせたシュテルは、“理”と“力”へと向き直ると、足元に転移用魔法陣を展開させる。
「くっ! なぜ我らがあのような雑兵に従者の真似事をせねばならぬのだ!」
「王様~~仕方ないよ~~、“紫天の書”のマスター権限がアイツにある内は、逆らえないよ」
「そうですよ、今は機会を待つのが最良かと……それに、最後の手段が無いワケではありませんし」
『最後の手段』
その言葉が差す意味を理解した“王”と“力”の顔に苦い物が浮かぶ。
「それは……だ、だが、それをすれば最悪の場合、我らは皆、散り散りに……」
「え~~!? イヤだよそんなの! お別れなんてしたくないよ!」
「無論私もです。ですが、このまま道具として利用され続けるくらいならいっそ……と、思わないでもないんですよ」
それに、と前置きを入れた“理”がポツリと一言。
「良いかも、と感じられた人もいたことですし」
「ナヌッ!?」
「ウソっ!?」
予想だにしないカミングアウトに、“王”と“力”が驚きを露わにする。
無表情の中に隠された僅かな『照れ』を目聡く感じとった二人が、まるで親しい友達に抜け駆けされて恋人を作られたかの如く、切羽詰まった表情で詰め寄っていく。
完全に、年相応の子供そのものな姿であった。
「だだ誰だ!? 相手は一体誰なのだ!? 王が命ずる! 答えよっ!」
「ね~ね~! ちょっとだけ! ほんのちょこっとだけでいいから、教えてよ~~!」
「はいはい、また機会がありましたらね」
ものすごい喰い付きで詰め寄ってくる二人をどうどう、と両手で額を抑え込むことで押し留めながら、愛機【ルシフェリオン】に転移の強制実行を命じる。
結局、最後はグダグダな空気を撒き散らしながら、『マテリアル』と総称される少女たちは海鳴市から姿を消していった。
ちなみに、どこかの“書”の中でこの様子を眺めていたとある少女は、復活した暁には必ず彼女から聞き出そう! とウキウキしつつ眠りについていったとかなんとか。
真実は文字通り『闇』の中、である……いや、彼女らにとっては『紫』の中と言うべきかもしれないかも?
意外と慎重派なダークネスさんによる、強制終了のお知らせ。
ちなみに、守護騎士&コウタ(&仮面の男) VS ディーノの方は、一進一退のこう着状態になっていました。
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一夜明けて
シリアスとギャグを両立させるのって、ホント難しいですね。
あと、この話はかなり楽しんで書き上げることができました!
カーテン越しに頬を撫でる暖かな日差しを受けて、もう朝が来たのかと察する。
冬眠明けのアライグマの如きのっそりとした動きで布団から這い出ると、寝癖でボサボサな頭の惨状が向かいの鏡に映る。昨夜、命を掛けた戦いを繰り広げた挙句、一時的に人間を辞めてしまったなどと、まるで夢のようだとどこか他人事のように思う。
「でも、夢なんかじゃないのよね……だいだい、夢ならもうちょっとこう……オンナノコが夢見る恋愛劇っぽい展開のが良いんだけど」
【意外です。マスターにも“まだ”少女チックな趣味が残されていたのですね】
机の上で折りたたまれたハンカチの上に乗せられ、チカチカと点滅を繰り返す【ルミナスハート】がモーニングコール替わりの第一声を飛ばす。
「ルミナスハート? “まだ”ってどーゆー意味かしら?」
【いえいえ、マスターのパートナーかつ、デバイスである身分といたしましては、主の趣向をチェックするのも必要不可欠な作業でございまして。今までに蒐集いたしましたマスターの個人情報その他諸々より導き出した結果、マスターは世に言う『枯れている』、あるいは『オバちゃん臭い』人種であると判断いたしま――……おや? 如何なさいましたか、マイマスター? ベッドに腰掛けたままプルプル震われたりして……ハッ!? まさか! いい年こいてお漏らしを――】
「いっぺん初期化されてこいや、こんのアホデバイス――!?」
【朝日に向かって、フライングハ――イ!?】
きらりん☆
と実に綺麗な放物線を描いて放り投げられルミナスハートは、高町家中庭の池にダ~イブ・イ~ン。
エサと勘違いした鯉がぱちゃぱちゃと水面に顔を出している中、【マスター!? マスター!? ヘルプ! ヘルプミ~~!?】と人間味あふれる人口音声が聴こえてくる気がするが、ここは敢えて窓を閉めるという選択肢を選ぶ。
パタンッ
【は、はくじょおものぉぉおおおお!? ――わきゃぁ!? や、やめなさい貴様ら! 魚の分際で、この私を誰と心得やがりますか! 畏れ多くも次期『神』候補たる高町 花梨のデバイスにして神々の叡智のけっしょ……あ、ちょっ、ヤメテっ!? つっ、つっついちゃらめぇええええ!?】
……どうしよう。本気でチェンジ出来ないかしら?
ついこの前まではバルデッシュのように無口で寡黙な、時々はっちゃけてしまうという性格だったはずなのだが……一晩でああも愉快に進化してしまうモノなのだろうか?
――まさかと思うが、自分が『神成るモノ』への覚醒へ至ったせいなのだろうか……?
(いやいやいや……まさか、そんな訳はないわ、あはは~~……ハァ……さっさと起きよ)
浮かび上がってきた嫌な予感に蓋をして(人、それを現実逃避と言う)、まずは着替える前に乱れた布団をなおそうと手を伸ばして毛布を掴むと、ふにゃんとした、なんだかとってもや~らかい感触が返ってきた。
「? 布団の中に何か……って、ええええ!?」
言いつつ、捲り上げた布団の下からよく見知った顔が転がり出てきた。
「ははは、葉月ぃ!? え? なんで、葉月が私の布団に!? てか――」
「んん~~……寒いですわ~~……」
布団にしがみついている葉月は――全裸であった。
マッパである。それはもう、見事な肌色であった。すけすけネグリジェとか下着姿なんて目じゃないくらい、実に潔い姿であった。
肌を刺す冷気に身を震わせると、僅かに葉月の目が開く。だが、動かない。寝ぼけ眼をぱちぱちさせると、花梨が引っぺがした布団に手を伸ばし、己の方へと引き寄せる。
「ん~~~~にゅ」
布団に頬擦りしながら、ゆっくりと瞼を閉じていく。程なくして、再び夢の世界へと旅立った葉月は、かわいらしいあくびを漏らしながら布団に頬を擦り付ける。
くぅ~~、という寝息が爽やかな朝の陽射しが注ぎ込まれる室内に響く中、部屋の主たる少女がゆっくりと立ち上がり、眠り姫が抱きついている布団の端をしっかりと掴む。
そして、勝手に他人様の布団に入り込んできた
びたんっ!
「へぶう!?」
およそ彼女らしからぬ、潰れたヤモリの如き悲鳴が上がる。流石に目が覚めたらしく、むくりと上半身を起こしながら文句を言ってきた。
「にゃ、なやにしゅるんでしゅかぁ……!? ひろりれふよぉ!?」
「ひどくないわよ! どうしてアンタが私の布団にもぐりこんでるのよ!? しかも全裸で!」
「わたくしはいつも寝る時は全裸ですからっ!」
「ドヤ顔浮かべてまで言うことかっ!? そもそも、アンタん家には異性も沢山居たでしょうに! アルクとか執事さんとかに見られたらどーするつもり!?」
「あ、それなら問題ありませんよ? 我が家の使用人たちは、皆さん礼儀というものをご承知ですし。それにほとんどの方々はわたくしが幼い頃より仕えてくださっている方ばかりですから。もう家族と呼んでも何ら不思議ではない間柄なのです。だからたとえ見られても大丈夫ですわ♪ 後、アルクさんについてですが……」
ちらり、と視線を向けるのは花梨の部屋の壁の一つ……正確にはその先に在るなのはの自室の机の上におかれたバスケットの中。
「久しぶりに家族水入らずで語られればよろしいかと思いまして。ユーノさんと一緒に居ていただいておりますわ♪ ああ、いつもは彼専用の部屋で就寝についていただいておりますから、覗かれる心配もございませんし」
「そなの? まあ、そういうことならいいかな?」
――同時刻 なのはの自室――
眠りに落ちたまま布団に包まったなのはが気づかなかった、もう一つの戦いが彼女の勉強机の上に置かれたバスケットの中で繰り広げられていた。
そこにいたのは茶色と白のボンレスハム……ではなく。
覗き防止のためと言って、二人纏めて頑丈なワイヤーで全身ぐるぐる巻きにされた『おこじょさん』モードのアルクと『フェレット』モードのユーノであった。
さめざめと涙を流すアルクの脳裏に浮かのは「ひさしぶりなんですから、お友達とゆっくりと語られるのがよろしいかと」と笑顔で告げた葉月の顔。
言葉だけなら確かに心優しい少女そのものであったのだが、それなりの付き合いがあるアルクは彼女のお尻に小悪魔的なしっぽが生えていたのをしかと目にしていた。
この状況、まちがいなく彼女の悪戯だ。
「ううう……なんで俺がこんな目に……」
「それは僕のセリフだよぉ!? 何なの!? どうして僕がこんな目に遭わなきゃならないのさぁ!?」
「ウッサイわ!? 美少女と同じ部屋で過ごす挙句! 愛玩動物的なポジションを悪用して、嬉し恥ずかしきゃっきゃうふふ的なイベントを経験してやがった奴が文句言ってんじゃねぇ!? 俺なんてアレだぞ!? 同い年な女の娘と同居なんてシチュに内心『ワクワクが止まらねぇ!』状態だった、ってのに現実はアレだぞ! 狂戦士と書いて紳士と読むイカレタ連中しかいない屋敷で宛がわれた部屋が、鳥篭(すっぽり覆うカーテン付き)だぞ!? 何回、涙で枕を濡らしたことか! それに引き換えお前というやつはぁああああ!」
とうとう血の涙まで流しながら、ワイヤーで縛られた体勢のまま、器用に前足でユーノの首を絞めにかかる。
身を攀じるたびにワイヤーが肌に食いこんでくるが、その痛みすら感じぬ形相で、一人(一匹?)だけ男のロマンを堪能してくれやがったラッキースケベに制裁を加えるべく、腕に力を込めていく。
さすがに身の危険を感じたのか、ユーノもまた必死にアルクの腕を押さえていた。その間も、両者の間で激しい舌戦が繰り広げられる。
「だいたい、今まで連絡をくれなかったのはどういうことなのさ!? 集落の皆も心配してたんだよ!?」
「うっ……!? そ、それは、その、お前、あれだよ……そう! 高町のおね~さんと同じ理由ってことだ!」
「いや、それで納得できるわけないだろ!? 僕と君は友達じゃないか! ワケを話してよ、ワケを!!」
「ぐぐ……! い、いや、言いたいんだぞ? でも、言えねぇていうか、その……――って、おい。なんでお前の首にレイジングハートが掛けられてんだよ?」
「うえ!? べべべ、別に何もおかしいことじゃないだろ? 元々、僕が見つけたデバイスなんだし……」
「……レイハさんよぅ? ちょいとばっか、訊いときたいんだが」
【なんでしょうか?】
「お前さん、なのは嬢と淫獣、選ぶとしたらどっちが良い?」
【決まっていますよ。私のマスターは高町 なのは唯一人です。セクハラ上等な淫獣など、目にするだけでも悍ましいですね。いえ、むしろ消えてください。遺伝子レベルで】
「うぉおおい!? 僕の存在全否定!? そんな事思っちゃってたの、レイジングハートさんんんん!?」
予想だにしない悪評価。ユーノ、驚愕の新事実である。
【話しかけないでください、
「しないよ!? どうやったらデバイスが妊娠しちゃうってーの!?」
【どうやったら、ですか……ハァ。つくづく救いようのない
「あれぇ!? 無機物にものすっごい貶められたような気がするんですけど!?」
【『どうやったら』……そんな言葉が出てくる時点で、アウトですよ。ソッチ系に興味を抱いていなければ、そんな言葉が浮かぶはずありません。『無機物であるデバイスすらハラマシテやんぜ、ぐえっへっへ~~』なんてことを考えているという何よりの証拠と言えるでしょう】
「どんだけ嫌われてたの僕!? 知りたくもなかったよこんな現実っ!」
「んで、話は戻るワケなんだが……どーしてユーノの首に掛かってんの? 答えてくれれば、こいつから離してやろう」
【……】
ぴこぴこ、と何やら葛藤している風に点滅を繰り返していたレイハさんだったが、
【いいでしょう。実はあなたや姉上様(花梨)たちの共通が秘密を抱えているようなので、どさくさまぎれに情報を聞き出すようハラオウン艦長に依頼を受けまして……】
「――ってえ!? 言っちゃダメじゃないか、レイジングハートぉ!?」
「ホホゥ……! ユーノぉ……テンメェ……!」
「あ、いや、僕はただ頼まれただけでっ!?」
【実は人間だったという事実をマスターの親御様にばらされたくなければ協力しろという執務官の脅しに屈したくせに、何を偉そうに言っているんですか?】
「お願いだから、チョットだけ黙っててください!?」
「ユゥノォ! 自分の保身のために親友を売りとばすたぁ、テメェの血は何色だこのヤロ――!?」
「うひぃいいいいいいい!?」
きゅーきゅー、きしゃー! と騒ぎまくるナマモノコンビのせいで大切なマスターの眠りを妨げない様、さり気なく防音結界を展開するレイハさんは実に主思いの良い
魔力源としてさりげなくユーノを利用している辺り、非常にちゃっかりさんであるとも言えるが。本人にも気づかれぬまま魔力を吸い上げるとは、実に見事なテクニックであった。
「……すぴ――……」
こうしてなのは嬢の安眠は守られたのだ。
……うっかり、目覚まし替わりの携帯まで結界の効果範囲に捕えてしまったのは、仕方のないこと……なのだろうか?
携帯に表示される時刻とにらめっこしながら寝起きの子猫を思わせるかわいらしい悲鳴が高町家に響き渡るまで、残り一時間。
ところ変わって、再び、花梨おねえちゃんの自室。
暖かい陽光が降り注ぐそこでは、相変わらず花梨と葉月の喧嘩が続けられていた。
「うぅ……か、花梨さんのいけずっ! ちょっとくらい、いいじゃないですか! 別に『にゃんにゃん♪』しようとしたわけでもあるまいし!」
「うぉおおおおい!? なにいっちゃってんの!? 朝っぱらからなにいっちゃってんの、この娘は!?」
「実は以前からわたくし、花梨さんとより『深い』お付き合いをしたいと思っていましたの」
「どーして、このタイミングで言っちゃうかなぁ!? そーゆーことぉ!?」
心なし就寝前よりも乱れているパジャマの胸元を押さえつつ、じりじり……、と後ろへと下がる花梨さん。そのリアクションはまるで怯えた小動物を連想させ、現在進行形でマッパな葉月さんの心中に、イケない感情が芽生えそうになってしまう。いや、だめだ。それは
ゾクゾクゥッ!?
「ぴいいっ!?」
さらなる身の危険を感じた花梨さんの将来に合掌。年若くして排他的な百合の園へと身を投じる未来が運命付けられた彼女の将来は、きっと素晴らしいものになるに違いない。
「はぁはぁ……じゅるっ! ――ふう、落ち着いてくださいな花梨さん。ちょっとした、イタリアンジョークじゃないですか」
「目がマジだったでしょーが!? それに、そーゆーセリフは鼻血と涎を拭いてから言いなさいっ!」
「あらま、これは失礼……」
ごく自然な動きで、さりげなく
数分後、いい加減に服を着ろ! という花梨さんのお怒りを受けてしまった葉月さんは、綺麗に畳んでベッドの脇に置いていた自分用の制服を着込んでいく親友の背中に、花梨もまた小学校指定の制服に着替えつつ問いかける。
「……で? なんでこんな真似してまでウチに泊まったの? 爺やさんたち、きっと心配してるわよ?」
「大丈夫ですわ、昨晩に気絶された花梨さんをお届けに来た際、お
「推測なのね……いや、ちゃんと確認すればいいじゃない。泊まってもいいですか? って」
「……昨夜は一刻も早く花梨さんのメディカルチェックを済ませておきたかったのです。アースラが本局で改修中な以上、リンディさんたちの拠点では碌なチェックが出来そうもありませんでしたし。何よりも原因がコチラ側の事情でしたからね」
胸元のリボンを締めて身支度を完了させた葉月は声のトーンを下げながら、花梨が気絶してからのことも合わせて、昨夜の出来事を説明する。
花梨が『神成るモノ』への覚醒に(限定的だが)至り、なのはの治療を完遂させた直後、“Ⅷ”らしき人物を退けた“Ⅰ”が現れたこと。
しかし彼は一同を見渡すと数言呟いた後、その場から撤退していったこと。
結界が解除された瞬間、騎士たちは全員、無事に逃走したこと(無事に、というのは間違っているかもしれないが)。
アリシアと戦っていたフェイトは、離れたビルの屋上で丸焦げになって気絶したところを救助されたこと(状況から見て、アリシアに敗北したと思われる)。
少なくない傷を負ったアルフ、クロノらは現在、転送ポートで本局に移送されて治療中。幸い、皆回復に向かっているとのこと。
“Ⅹ”がどうなったかは不明。
そして、気絶した花梨の身体に異常がないか確認する意味も込めて、看病という名目で同じベッドで一晩を過ごしたということを。
説明を受け、なるほどと納得の意を示した花梨に、展開させた【グリモワール】のページを開く。幾何学文字でびっしりと埋め尽くされた紙面を引き抜いた。
同時に、文字群が彼女の魔力光と同じ鮮やかな黄色に輝いたかと思うや、紙片が光に包まれ、一瞬で石版へと変わる。そこに描かれていた文字は花梨が慣れ親しんだ日本語そのものであった。
宙に浮かぶそれを花梨に見えるようにかざしながら、葉月は石版に書かれた文字を読んでいく。
「『神成るモノ』……それはわたくしたち転生者の一ランク上の存在。神と成る資質『
石版に記された情報を語り終えた葉月が、石版の表面を軽く叩く。コツンッ、という音と共に先ほどと同じように石版が光り輝き、元の紙片へと戻る。ひらひらと宙を舞うそれを指先で捕えると、無造作に開いた【グリモワール】の中へと差し込むや、勢いよく閉じる。
言われた情報の整理を終えた花梨の視線は、再び葉月の下へ。
「そっか……じゃあ、私の診断結果はどうだったの? 何かおかしい所、あった?」
問われた葉月は首を振りながら、お手上げと言わんばかりに肩をすくめる。
「残念ながらと言うべきか、それとも幸いと言うべきなのか……。肉体そのものに異常は全く見られませんでした。念のために遺伝子レベルまで解析かのうな探知魔法で調べたのですが、健康体そのもの。紛れも無く、普通の女の子そのものと言う結果となりましたわ。ただ……如いて言うならば、リンカーコアの魔力生成限界値が増加していることくらいですか」
「リンカーコアが? 要するに成長したってコト?」
「はい、昨日まではAAAクラスだったのが、今ではSSクラスに匹敵するほどに成長しております。こんな急成長をすれば身体へ相当の負荷が掛かっても可笑しくはないのですが……今の所、そういった症状を感じたりします?」
「へ? いや、全然。至って普通なんだけど」
「フム……やはり、良くわかりませんわね。管理局の本局で調査したところで、多分原因不明とされるのがオチでしょうし」
「ま、まあいいじゃない。今のトコ、デメリットは無いみたいなんだし! 単純にパワーアップしたと思えば」
お気楽な発言を繰り出す花梨に、若干の呆れを抱きつつも、内心の不安を表に出さず葉月を気遣ってくれている彼女の強さに、改めて驚嘆する。
(まったく、貴方という方は……)
むん! と力こぶを作る親友のメンタリティの強さを再確認していた葉月に、不意に何かを思いついたと言わんばかりの表情を浮かべた花梨が問う。
「ねえ、そういえばさ? あの時、私が変身した時に頭の中に浮かんだ言葉……“言霊”を唱えれば、またあの姿になれるのかしら?」
思い浮かぶのは圧倒的なチカラを従えていた『神成るモノ』へと変身した己の姿。あの力をうまくコントロールできれば、“Ⅰ”に対処することも不可能ではないだろう。
何しろ、同じ土台に立つことが出来るのだ。条件が同じなら、仲間というアドバンテージがある自分の方が断然有利と言えるのではないか?
しかし少女の思い浮かべた淡い希望も、現実主義な親友に一言で斬って捨てられる。
「あまりお勧めは出来ませんわ。『神成るモノ』について、ほんのさわり程度の情報しか【
なるほど、と納得させられる理論だった。だが、同時に思う。“彼”ならこの疑問の答えを知っているのだろうか、と。
脳裏に浮かぶのは、圧倒的なチカラを見せつけたあの怪物の姿。
「……“彼”に直接訊くのも一つの手っちゃあ、手なんだけど」
「なっ!? 何をバカなことを! あの化け物に自分から近づくなんて、愚行以外の何ものでもありませんわ!」
有無を言わせぬ怒鳴りつけてきた葉月に、花梨は反射的に身を縮こまらせる。確かに軽はずみな発言だったと反省を示しながら謝罪の言葉を告げる。
「ゴメンゴメン。なんとなく、頭に浮かんだだけだから、そんなムキにならなくても――」
「大体、あの男は花梨さんに興味津々といった態度だったのでしょう!? もし二人きりで出会ってしまったら、きっと花梨さんは着衣を引き裂かれ、手足を拘束して逃げられなくした上で、大切に守り続けてこられた“まく”的なモノを引き裂か――」
「うん。ちょっともう、黙ろうか葉月。いろいろと可笑しくなってるから。これ以上アホなこと言うようなら、大口開けさせた中にルミナスキャノンを叩き込むしか無くなってしまうわ」
一瞬でルミナスハートを起動させて、柄部分をゆっくりと撫でる花梨さん。超こわいんですけど。さすがの葉月さんも冷や汗を隠せていない。
「ご、ゴメンなさい……で、でも、流石にさっきの提案は却下ですわ。昨夜の戦いでも底を見せるどころか、力をセーブしていた節がありますし……下手に藪を突くのは如何なものかと……思ったり、したんです、けど」
「ふ~ん。そう……アイツ、あの時ホンキじゃなかったんだ――って、え? ……うえぇええええええ!?」
恐る恐る告げられた新たな事実に、先ほどまでの静かな怒りも忘れて驚愕の声を上げる。
「えっ!? あ、アレで手加減されていたって言うの!?」
「ええ。だって、花梨さんたちが撤退した後に足止めに残られた“Ⅷ”との戦闘をサーチャーで監視していたのですが、その時の戦闘力は明らかに花梨さん方を相手取ったときよりも上でしたわ。おまけに、世界を滅ぼすほどの魔導砲を放ってもいましたし……花梨さんは気絶されていたからご存じないと思いますが、なのはさんの治療をしていたビルを含めたごく一部以外の殆んどが完膚無きまでに破壊され尽くしていたのですから。花梨さんたちが無事なのは偏に、“Ⅷ”が花梨さんたちの隠れている場所が“Ⅰ”の放つ攻撃の射線上に入らないよう、心がけていらっしゃったとしか考えられません」
「それ、マジ? 彼だけじゃなくて“Ⅷ”もバケモノなワケ?」
「マジですわ。彼も無事に保護されて、本局で治療を受けていらっしゃるそうなので、後程お礼に参られた方が良いのではありませんか?」
「うん、そうする……あれ? でも、そういうことなら“Ⅷ”……さんてかなり強かったりするのかな? “Ⅰ”相手に時間稼ぎができるくらいの強さがあるってことでしょ?」
「相性、というものも影響していたのは間違いありませんが……かなり強力な“能力”を持っておられるのは間違いないでしょう。生憎、戦闘の途中でサーチャーは破壊されてしまったので詳細まではわかりませんが」
それでも、遠くからでも感じ取れる圧倒的な魔力の波動が生み出す大気の振動を肌で感じ取るくらいは出来ていた。おまけに、花梨と合流直後には莫大と称するに値するほどに魔力が膨れ上がったことから見ても、相手が未だに底を見せていない何よりの証拠と言える。
(花梨さんには軽く言いましたけれども……やはり情報交換も兼ねて、一度“Ⅷ”と接触すべきですわね)
今までの様に裏方に徹するのではなく、管理局と協力し合う方がいいかもしれない。葉月はそんな考えを思い浮かべながら、とりあえずリビングの方から聞こえてくる朝食を知らせる桃子さんの声に返事を返すのだった。
――ちなみに。
花梨と葉月が朝食のスクランブルエッグに頬を綻ばせていた最中、子猫を思わせる悲鳴と共に小動物チックな悲鳴が二つ程とある部屋から聞こえてきたが、桃子さん特製の朝ご飯を堪能していた少女たちはノーリアクションだったことをここに記しておく。
喫茶店、兼、洋菓子屋を経営している翠屋こと高町家の朝はこうして賑やかに過ぎていった。
お約束なお色気フラグがバッキバキに叩き折られていたアルク君と、カミングアウトしちゃった葉月ちゃんの回
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『闇』、始まりし刻
同日の放課後、一日の授業をつつがなく終えた仲良し四人娘(花梨、なのは、アリサ、すずか)に二人を追加した計六人で、雑談を交わしながら徒歩で帰路についていた。
花梨のクラスに転校してきたフェイトはもちろん、花梨の誘いを受けた葉月も同行している。普段は話さない相手だからか、アリサはいきなりの誘いに訝しみ、すずかは人見知りスキルを発動させてしまっていた。
だが、花梨と仲良さ気に腕を組み、さらにこれ見よがしに顔を近づけて何やら内緒話。
ついでとばかりに、その際にはなのは嬢へと優越感たっぷりな流し目を送ったりしているものだから、なのはの機嫌がマッハでヤバくなりつつある。
彼女をなだめるフェイト嬢の頑張りが無ければ、とっくの昔に『シスコンVS百合属性』というドリームマッチバトルが繰り広げられていたことだろう。
だがそんな事情を知らないアリサやすすかから見れば、甲斐甲斐しく親友(候補)に尽くす葉月の姿は、実に美しく映っている。
「まったく、昨日は久しぶりに登校できるってメールをあたしやすずかへ送っておきながら、いざ当日の朝になったら熱出して寝込んじゃいましたって……なにやってんのよ、もう」
「あはは……でも、花梨ちゃんがお休みするなんて珍しいよね? なのはちゃんならともかく」
「そういえばそうよね……なのはならともかく」
「ちょっと待って、二人とも!? どーしてなのはとお姉ちゃんの扱いに差があるのかな!?」
「しょ~が無いじゃない、なのはなんだから。アンタならまだ沸いてない水風呂状態の浴槽に気づかないままダイブして風邪になるくらいはしそうだし」
「しかたないよ、なのはちゃんなんだから。肌寒いこの時期に、間違えて夏用のパジャマを着て寝っちゃって風邪になっちゃう位、ありそうだし」
親友二人から予想外の評価を受けていたという事実に打ちのめされるなのは嬢。
知りたくも無い現実と直面した魔法少女はこの瞬間、新たな称号その手にしたのだ。
多くの人々に愛される癒し系……その名も!
いじられキャラ 高町 なのは 爆・誕☆
「ただでさえなのはには『清祥一のドジっ娘』なんて称号があたえられてるってのに、この上、『もやしっこ』属性まで追加するつもりなのかしら?
「ちょっとまって、お姉ちゃん! 何ソレ? 初耳なんだけどっ!?
「あ、その噂についてはわたくしも存じ上げています。なんでも家庭の事情で何週間も休まれたのに、親しい方々にも詳しい理由をご説明なされなかったとか。それであらぬ推測が飛び回った末に、『高町妹さんは、実は運動オンチを克服するために山ごもりに挑んだ挙句、山に踏み込まんとする最初の第一歩目ですっころんで怪我したから、長い間家庭の事情という名の療養生活を送ってたんだ』とか」
「事実無根もはなはだしいよ!? ありさちゃん、すずかちゃん、どうしてみんなに違うって言ってくらなかったの!?」
「だってアンタが詳しい理由を話してくれなかったのは事実でしょ~が。じごーじとくよ」
「ご、ごめんねなのはちゃん。てっきり知ってるものだとばっかり……花梨ちゃんから教えてもらってなかったんだ?」
「あっ! そ、そうだよお姉ちゃん。どうしてなのはに教えてくれなかったの!?」
追及してくる妹を押さえつつ、視線は傍らに立つ親友の下へと。
「どーしてって、それは……ねえ?」
「ですわねぇ」
花梨とは葉月は顔を見合わせ、
「「その方がおもしろそうだったから(ですわ)」」
「みんななんてきらいだよぉおおおお!」
いじめすぎたのか、涙を流しながら夕日に向かって駆け出していく高町なのは 九才。
こういったスポコン的シュチエーションがやたらと似合う女の子である……が、この瞬間! 場に伏せられていたトラップカードが発動する!
ぐにっ! ← 少女がバナ~ナの皮をおふみになされた音
「にゃ?」 ← 人懐っこい子猫を思わせる少女のかわいらしい声
ズルッ! ← 少女が見事なサマーソルトを繰り出す音
がごんっ! ← 少女の後頭部がアスファルトとお友達になった音
「うにゃぁああああああああ!?」
「もう……あの娘ったら、ナニやってんのかしら」
「あ、あはは……」
「なっ、なのはっ!?」
当人はひっ……じょうに痛そうなのだが、見ている分にはなんだか可愛くみえてしまう光景にアリサとすずかは揃って微笑ましい笑みを浮かべている。
あわあわしてるのはフェイト嬢だけだ。
賑やかすぎる妹たちを見守りつつ、花梨と葉月は接触型の念話で会話を交わしていた。
最初からワザとらしく腕を繋いでいたのも、念話を行っていることをなのはやフェイトに悟られないよう計算しての事である。
……若干、葉月の邪念が含まれていることも否定できないが。
それはさて置き、二人は“ゲーム”関連の今後の方針について意見を交えていた。
『すこし、不用心すぎたかもしれませんわね。こんな状況になってしまった以上、学校を休むくらいの危機感は持っていた方が良いかもしれませんよ?』
『それは、まあ……でも、なのはたちと過ごす平穏な日常も私にとって大切なものなのよ』
『言いたいことはわかります。ですが、無防備に一人で外出をするという行為だけでもやめてくださいませんか? 限定的とは言え『神成るモノ』へと至ったあなたに興味を抱く者は大勢いるのですから』
『とは言っても、“ゲーム”や魔法のことを表沙汰に出来ない以上、義務教育を受ける責任てのがあるでしょう? ジュエルシードの時みたいに長期欠席する訳にもいかないし』
『それは……そうですが……』
『そもそも、私たちはこんな儀式なんかを受け入れるつもりも踊らされるつもりは無いし、負けるつもりもないわ。必ず抜け道を探し出して、私たちの平穏な日常を取り戻して見せる! ……でしょ?』
『はぁ……楽観視し過ぎている気がしないでもありませんが、そういうことなら良いでしょう……。で・す・が! 花梨さんが本気で“ゲーム”を拒絶して平穏な日常を守り抜くというのでしたら、いい加減にその方法も探さなくてはありませんよ?』
『うん、わかってる。“彼”にも言われたことだけど、今までの私は仲間を集めることに気が行き過ぎて、肝心の方法を探すことを疎かにしていたからね。このまま他人任せにするワケにもいかないわ』
『はい。……それと、出来る事なら管理局のデータベースも一度確認しておきたいところですわね。もちろん、あらゆる情報が蓄積されているという無限書庫こそ本命ですが、もしかして他の管理局の部隊がまだ見ぬ参加者と接触している記録が残されているかもしれません。特殊な能力を有しているとあれば、保護観察や監視下に置かれていても不思議じゃありません』
『あれ? ちょっとまって。今回の事件で参加してくるのは十番までじゃなかったっけ?』
巨木の世界で伝えられた情報では、“ⅩⅠ”以降の転生者は“ゲーム”に参加しないと言われていたような……
『花梨さん、もっと視野を広く持たなくては。十一番以降参戦時期はたしかに今から十年後ですが、別に“十年後に生まれてくる”と言う意味では無いのですよ?』
あっ! と思わず驚きの声を漏らしてしまった花梨に振り返ったアリサに手をひらひらさせながら「なんでもないよー」とアピールしつつ、告げられた神サマの言葉をよぉく思い返してみる。
確かに、この世界にいつ頃誕生するのかなどと、一言も口にしていない。あの場所の祭壇に現れていなかったから、てっきりまだ転生を果たしていないのだと思い込んでしまっていたのだ。
『そう簡単には見つからないでしょうし、もしかしたら本当に生まれてすらいないのかもしれません。ですが少しでも手掛かりをつかめる可能性があるのならば……』
『やってみる価値はある、ってことね。うん、了解よ。――それにしても』
花梨は葉月の顔をじっ、と見つめてみる。精神年齢も自分と同じくらいらしいと言うことだが、この頭の回転の速さの違いはどういうことなのか……これはアレだ。自分に軍師キャラは似合わなというお告げ的なものなのだろうか……。見つめられた葉月はというと、何を勘違いしたのか頬を赤らめ、瞳を閉じて、唇を突き出していた。
少女の欲望まみれな願望をチョップで撃墜しながら、花梨は空を見上げる。蒼い空の中を白い雲が悠然と泳いでいる風景に、こう思わずにはいられなかった。
平和だわ……、と。
しかしこの後、彼女が平和を堪能しているのとほぼ同時刻のとある場所で漢たちによる未来を掛けた激闘が繰り広げられていたことを、彼女らは知ることとなる。
――◇◆◇――
翠屋
それは花梨となのはの両親が経営する海鳴市で有名な喫茶店だ。
父、士郎がオーナーを、母、桃子がメインパティシェを務めるこの店は、彼女の生み出す至高のスィーツ目当てにうら若き女性客から絶大な支持を受けていたりする名店なのだ。
本日も絶賛繁盛中の店内に入ると、ウエイトレスをしていた姉、美由紀と挨拶を交わしながら奥の席へと移動する。ちょうど今は下校時間、学校帰りの学生客が多数訪れており、かなり客入りが良い状態というこの店の跡取りを目指している花梨としては非常に嬉しい光景に頬が緩んでしまう。
その横顔を眺めて頬筋が大変なことになりつつある葉月が微妙にプルプルし始めたあたりで、ようやく席に辿りつくことが出来た。腰を下ろし、一息つく。
「ふぃ~~」
「花梨、何よその溜息」
「いえいえ、私にもいろいろと考えるコトがあるのよ……てか、お姉ちゃん。なんだかいつもより混んでる気がするんだけどどうかしたの? 何なら手伝おうか?」
店内が普段よりも混んでいるように感じた花梨が注文を取りに近づいてきた美由紀に尋ねれば、彼女は手をパタパタ振りながら答える。
「あ~、大丈夫大丈夫。ちょ~っと、お父さんと恭ちゃんが道場に行ってるだけだから。すぐ戻ってくるって」
「へ? 営業時間中なのに、二人揃って? 何かあったの?」
なのはの疑問はもっともだ。飲食店を経営している店長とその息子が、仕事をほっぽり出して剣術の稽古に励むなどとは思いもしないだろう。
それに対して、苦笑を浮かべる美由紀の後ろからひょい、と顔を覗かせた桃子がにこにこと笑みを浮かべながら近づいてきた。
仕事の合間に入ったのか、ちょうど注文や来客が途切れたらしい。
「ちょっと前にちょっと変わったお客さんが来られてね? ちょっとお話ししてたみたいなんだけど、急に真剣な顔をして道場に行ってくるってだけ言い残して居なくなっちゃったのよ。多分、お客さんも一緒にね」
「え? ちょ、それ大丈夫なの? お父さんとお兄ちゃんが何で?」
「さあ……ただ、二人とも表情が厳しかったような気がするわね……」
いやいやいや、「こまったわ~」じゃありませんよ桃子さん。超が頭につく剣術家である高町家家長と後継者が殺気立って誰かを道場に拉致したってことじゃないの、ソレ!?
あわあわ、し始めた娘たちの様子に気づいた桃子は、「大丈夫よ」と相変わらずのにこにこ顔を浮かべたままだ。
「フェイトちゃんのお姉ちゃんも一緒に居るんだから。滅多な事なんて起こらないわよ」
高町家最高権力者様はごく自然に、まるでその辺のコンビニに出かけてくると言わんばかりにあっさりとそんな爆弾発言をかましてくれました。
「え……?」
「フェイト、ちゃんの……?」
「あ、姉……?」
花梨、なのは、フェイトの三人は桃子が口にした言葉の意味を理解できずに硬直してしまう。葉月は即座にカバンの中に忍ばせていた【グリモワール】へと手を伸ばし、周囲一帯に感知魔法を展開させる。
直後、高町家の裏庭にある道場、その中から憶えのありすぎる反応を二つ感じ取り、目を見開く。その反応で最悪の状況が頭の中を過ぎったのだろう、花梨となのはの二人の顔色が見る見るうちに蒼白になる。
フェイトはプレシアの件と、昨晩の戦闘で軽くあしらわれたことに対する怒りの形相で今にも飛び出しそうなほど殺気だっている。
友人たちの豹変に、ここまで蚊帳の外だったアリサとすずかは頭の上に疑問符を浮かべていたが、やがて沸点の低いアリサが焦れたように叫ぶ。
「ちょっと、アンタたち! 何なのよ? どうしたっているのよ? 急に顔を青したり赤くしたり……ちゃんと説明しなさい!」
「あ、アリサちゃん、落ち着いて……ほら、他のお客さんのご迷惑になっちゃってるから……あ、あの、すみません……」
周囲から驚きと好奇心の込められた視線が集まったことに気づいたのだろう、流石のアリサも恥ずかしそうに頭を下げながら腰を下ろし、テーブルに頬杖を突きながらジト目で元凶を睨む。
「……で? なんでそんなに動揺してるワケ? フェイトのお姉さんてどういうこと?」
「あ、えと、その……」
「なのは任せて。あのねアリサ、詳しいことは家庭の事情だから話せないんだけど、フェイトのお姉さんって、その……行方不明になってるはずなのよ」
「はぁ!?」
驚きの声を上げたのはアリサだけだったが、ずずかも彼女同様の表情を浮かべていた。確かに、行方不明になっているはずの友達の姉妹がここに居たなどと言われても、いきなり納得できるはずがない。彼女らの視線は、自然と『フェイトの姉』を見たらしい桃子と美由紀の方へと向けられる。二人は一度だけ顔を見合わせると、同時に頷きを返す。
「間違いないと思うよ? こうして見ると、本当にそっくりだもん。ねえ? お母さん」
「ええ。でも、フェイトちゃんの方がちょっとだけお姉さんぽいかしら?」
「え~?そうかな……あの娘、えっと確か……『アリシア』ちゃんだったっけ。あの子からなんとなくお姉さんオーラっぽいのを感じたんだけど」『!?』
「あらあら、美由紀もお姉さんだから、何か感じるところがあったのかしら? それはともかく、一緒に居た男の子と仲良さそうだったわね~~」
「……ああ、うん……ソウダネ……ぅぅ、どうして私には彼氏いないのにあんな小さな娘には年上で頼りになりそうな恋人がいるのよぅ」
「あら♪ やっぱり恋人だったのね?」
「うん!男の人がお父さんと恭ちゃんに引きずられていった時に、二人の関係を訊いてみたんだ。そしたらアリシアちゃんてば『私、ダークちゃんのことすきだよ~~♪』って、満面の笑顔で返してきたんだよ――!」
「あらあら、まあまあ!」
ボルテージがどんどん上がっていく母と姉に若干ひきながら、花梨はとりあえず二人の暴走を止めようと声を掛けようとしたその時、店の奥に備え付けられた勝手口から物音と男性の話し声が聞こえてきた。
「クッ……! ま、まさかこれほどの実力者が海鳴に存在していたとは……ッ!」
「いやあ、まさか恭也と二人掛かりでも相打ちが限界だとは……世界は広いと改めて思い知らされた気分だよ」
「いや……そもそも、どうして俺がアンタらに勝負を挑まれなければならなかったんだ? まったく意味が解らんのだが」
「ダークちゃんが、『高町 花梨と俺は特別な関係(殺し合う意味で)だ』なんて言うからだと私は思うんだよ」
「?? 別に間違っちゃいないと思うんだが?」
「……ッ!!(ギリギリギリ)」
「落ち着くんだ恭也。どうやら彼は恋愛云々の話をしているつもりは無いようだ。ここは情報収集に徹した後、もしそういう関係だと判明した場合に改めて見定めればいい(それにしても、彼の動きは武術の心得がある人間のソレではない……あれは実戦の、それも生死を掛けた死闘をくぐり抜けてきた者特有のソレだ。……彼は一体?)」
なにやら聞き捨てならない台詞がありまくりな会話を交わしながら姿を現したのは父、士郎と兄、恭也。
その後を続く様に、顔の左半分を包帯で覆った全身真っ黒な青年と清楚なワンピースと純白のケープを纏った金髪の少女。
前者二人は学校帰りの娘たちが友達と連れだっていることに気づいて笑みを浮かべ、後者二人は僅かに驚いたような顔をしたものの、男性はすぐに興味を失ったようで、傍に空いていたカウンター席に座るとメニューを開いていた。
少女は花梨たち――正確には、自分と同じ容姿をした少女――フェイトの方を微笑ましそうに見つめていたが、やがて踵を返して男性の隣の席に飛び乗ると、彼の方へ身体をくっ付ける様に身を寄せながらメニューを覗き込む。
少女をちらりと一瞥した男性は、甘える子猫の様に己の胸元へと額を擦り付けてくる少女の頭に手をやり、なでなで。
「んぅ~~♪」と気持ちよさそうな少女の浮かべるとろけそうな笑みに、店内にいたお客様方はそろって微笑ましそうな表情を浮かべている。
……ごく一部からは、嫉妬と怨嗟混じりの呪歌が響いてくるような気がするがその辺はスルーするのがお約束である。
「あらあら♪」
「ぅぅ~~……あれが勝ち組オーラなのかなぁ?」
「あの男、まさか幼女偏愛……? ならば、花梨やなのはの身がっ!? や、やはりここでヤるしか……!」
「すいません、注文良いですか? ブレンドコーヒーと後は……」
「あ! 私、この特製シュークリームが良いんだよっ!」
「じゃあそれで。後、オレンジジュースもお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください……ホラ、恭也。いつまで睨んでいるんだ。お前も手伝いなさい」
「……あぁ」
翠屋一同からもガン見されているというのに、ンな事知ったこっちゃねぇ! とばかりに注文を入れる男性は流石というべきか。さすがは
もっとも、それは当たり前の様に注文を受け取っている士郎さんにも言えることだが。
程なくして運ばれてきたコーヒーに口をつけ、予想以上の味に小さな感動を覚える男性の横では、桃子お手製のシュークリームに齧り付く少女の姿が。
口の周りがクリームでベトベトになっているというのに一心不乱に手元の甘味に挑む姿は実に微笑ましくあり可愛らしい。
思わず、ウエイトレスであるはずの美由紀がナプキンで口元を拭いてあげたくなるほどのシロモノであった。
そんな穏やかな空気とは裏腹に、普通の人間ではない異能の能力者たちの間では激しく念話が交わされまくっていた。
『ちょっと! どういうことなの!? なんでアンタらが
『俺たちが喫茶店で食事を堪能してはいけないルールなんてあるのか?』
『そういう問題ではないでしょうっ!? 何を呑気にコーヒーブレイクなされているんですかっ!? 犯罪者として指名手配されている自覚あるんですのっ!?』
『? 別に構わんだろ? さすがに今の状況でアルカンシェルでもブチ込まれれば少々キツイかもしれないが、そこまで短絡なオツムの持ち主じゃあ無いだろう? 指揮官がリンディ・ハラオウンなら尚更だ』
『……まるでアルカンシェルの直撃を受けても平気な風に聞こえてくるんだけど?』
『事実だが? お前らも“Ⅷ”経由で知っていると思うが、昨夜の戦闘中にジュエルシードを制御できるようになったんでな。空間を歪曲させて対象を押し潰す……だったか? ジュエルシードの空間干渉能力を制御できるようになった俺にそんな物が通用する訳ないだろうが』
『ホント、めちゃくちゃにも程がありますわ……』
実にあっさりと自分の情報を提示してくるダークネスの態度に不気味さを感じ、その内容のあまりのぶっ飛び具合に乾いた笑み浮かべることしか出来ない。
『――で? いい加減リンディ・ハラオウンに状況説明と救援の要請は終わったのか?』
ぎくり、と肩を震わせる少女二人に、男性……ダークネスは薄い笑みを口元に浮かべていた。
『ばれないでも思ったか? それとも一般人が大勢いる店内で仕掛けてみるか?別にいいぞ?ただし結界を張った際に、
『なっ!? あ、アンタっ!?』
『ククッ……! 別に他意はないぞ? ただ、そういう可能性が考えられるな、と思っただけだ。そう神経質になるなよ……なあ? 高町 花梨? 如月 葉月?』
明らかに遊んでいるダークネスに、花梨と葉月は歯を噛みしめるしか出来ない。何故なら彼女らは知っているからだ。封時結界の中に魔法を使えない一般人が取り残されるというイレギュラーが起こりうる可能性を。
悪の大魔王に弄ばれる二人の魔法少女的な構図が繰り広げられているのを余所に、金の少女が己の片割れや友人に向けて念話を送っていた。
『やほー、フェイト。それになのはちゃん、だったっけ? 妹がお世話になってま~す♪』
『ッ! どの口がそんな事……!』
『おおう、念話で歯軋りを再現するなんて……オヌシ! できておるなっ!? ……なんちゃって~~』
『このっ……!?』
『だ、駄目だよフェイトちゃん! お願いだから落ち着いて!? アリシアちゃんも! フェイトちゃんを挑発なんかしないで!?』
『え? 挑発? 何の事かな??』
『思った通りの天然さん!? やっぱり姉妹だから……!』
『な、なのはっ! 私はまだアリシアを姉さんなんて認めてないよっ!?』
『ツンツン言いながら、しっかりと“お姉ちゃん”って呼んでくれる妹萌え~~♪』
『あっ!? ~~ッッ!!』
「ふぇ、フェイト? 大丈夫? いきなり百面相したかと思えば今度は顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏したりして……」
「えと、大丈夫なのかな? なのはちゃん?」
「にゃう!? あ、あはは~、大丈夫! 大丈夫だから! うん、何も問題はなかったよ!」
「いや、そんな引きつった顔で言われても説得力なんてないから。なのはの国語の成績と同じ位ありえないから」
「それどういう意味!? アリサちゃん、それどういう意味かな!? 詳しく聞かせて!?」
「構わないけど……本当にいいの? 桃子さんが居るのに?」
「――っ、ぁ!?」
「うふふ……なのは?」
びくっ!
「はっ、はひっ!?」
「詳しくお話し……訊かせてもらいましょうか? ――ああついでに花梨も一緒にね?」
「うええぇ!? なんで私にまで飛び火が!?」
「だって、最近テストの答案用紙、見せてくれなくなってるでしょ? ちょっと前までは二人とも、テスト用紙が戻ってきたらその日の内に出して見せてくれてたのに」
「そっ、それは……!」
「それはいかんな。小学生たるもの、学校であったことはちゃんと親に報告しておかないとナ?」
「うっさいのよ! 関係ない人はすっこんでてよ!」
コーヒーカップ片手にくっくっと小さく笑いながらからかってくるダークネスに真っ赤な顔をした花梨が噛みつく。
ばんばん、とテーブルを叩く仕草はまんま子供が駄々をこねている風にしか見えない。この二人、精神的にはそう変わらない筈なのだが肉体に精神も引っ張られているのか、どうしても花梨の方が子供っぽく見えてしまう(事実、彼女は見紛うこと無き幼女なのだが)。
屈辱と恥辱でプルプル震える花梨の様子を愉快極まりないと言った表情で眺めるダークネスは間違いなくいじめっ子だ。清々しいまでに見事なドSの顔してるし。
表面上は穏やかに、されど内面的にはカオス極まりない事態が進行する最中、軽やかなベルの音と共に入口の扉が開いて、新たなお客様の来店を告げる。
「いらっしゃいませ~~……あ! リンディさん!」
店内への案内をしようと出迎えた美由紀が、最近知り合いになった若奥様(と、美由紀は思い込んでいる)の姿を確認し、親しげに話しかける。
「こんにちは、美由紀さん。それに……あら? 今日は翠屋さん全員集合なされていたんですね」
「ええ、恭也が忍ちゃんにフラれちゃって」
「母さん!」
「あらあら、ごめんなさいね? 冗談じゃないの♪」
コロコロと悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべる母に、生真面目な息子はため息を吐くしかできない。
ちなみに、忍とは花梨の友人の一人である月村すずかの実の姉であり、恭也と清い交際を続けている女性である。
若くして月村家当主という肩書を背負う彼女は時々、今日の様に会社関係の付き合いで遠出しなければならないことがある。
さすがに恋人とは言え、今はまだ他人である恭也が同伴することは出来ず、こうして実家の手伝いをしている訳だ。
知人の前で実の母にからかわれるという恥辱を味わった恭也に同情の視線を向けるのはリンディに続いて入店してきた黒髪の少年、クロノ・ハラオウンだった。
女性上位な環境に居る者同士、何か通じ合うものがあったらしい。男二人、視線だけでしばし会話してから、がっちりと固い握手を交わしていた。
その様子を「あはは~~」と生暖かい目で見守るのは来店者の最後の一人、エイミィ・リミエッタだった。
「皆さん、いらっしゃいませ」
「いえいえ、実はフェイトさんたちからお茶のお誘いの電話を頂いたものでして……あの娘たちと同席してもよろしいかしら?」
「ええ、もちろんですよ」
桃子に花梨たちがいる奥の席へと案内されつつも、リンディたちの視線はカウンター席で甘味に舌鼓を打っているダークネスとアリシアに注がれている。
彼らの存在を確認した瞬間、即座に葉月が救援信号を発していたおかげで、こうして救援に駆けつけてきた訳だ。
リンディたちが花梨たちと合流して互いに挨拶しながら、魔導師組は念話で情報交換を交わす。
花梨たちは、彼女らが翠屋に到着してから今に至るまでの経緯の詳細を。
リンディたちは翠屋周辺に、罠の類や、“Ⅹ”らしき人物の存在が確認できなかったという調査結果を。
一方、カウンター席でアリシアが三個目のシュークリームに齧り付く姿を横目に、ダークネスも士郎お手製のコーヒーの味を堪能していた。
「美味い……それ以外に感想が思い浮かばないほどのコーヒーに巡り合う日が来ようとは」
「おや、そうかい? そこまで言われてしまうと照れてしまうよ」
「いやいや、実際スゴイですよ。俺が今まで生きてきた中で最高レベルの美味さだ……! ああ、そう言えば敬語を忘れていましたね。申し訳ありません」
「いやいや、初めてご来店いただいたお客様を試すような目をしたのは私たちの方なんですから……寧ろ、謝るのは我々の方です」
深々と頭を下げる士郎に泡を食ったのはダークネスだ。珍しく動揺した風に慌てつつ、謝罪など不要だと告げる。
「いえ、敬語の方は目上の方と判断した方には相応の態度をとることを信条としていますので御気になさらず。それに、先ほどの手合せは俺としても感じるところがありましたし。やはり武術の“ぶ”の字くらいは齧っていたほうがいろいろな意味で安心かと再確認する切っ掛けになりましたから」
「ふむ……少々、ぶしつけな質問になるかもしれないけれど伺っても良いかい?」
「? はあ、どうぞ?」
「君はどこで戦う術を身に付けたんだい? 正直に言って、君の動きは戦いの経験がある者のソレ……言ってしまえば、殺しの業だ。それも、実践の中で積み重ねてきた類の、ね」
「――」
「……言いにくいことかい?」
「いえ……、ただ訊いても面白くも何ともない話ですが? それでもいいですか?」
ダークネスの表情が真剣そのものだったため、士郎もまた姿勢を正して清聴の意を示す。
さりげなく恭也も聞き耳を立てているし、魔法で聴力を強化させた花梨たちも同様だ。
知ってか知らずか、ダークネスはカップに注がれたコーヒーの表面に映る己の顔……包帯に覆われた左目辺りを見つめながら、ぽつりぽつりと語り出す。
「俺がこの“セカイ”に生を受けたのは大体十五、六年ほど前でした……俺の生まれた町は治世が決して良いとは言えない処でね。俺を生んだ女、まあ母親に当たる奴は所謂、娼婦という奴だったんですよ」
僅かにカップの中身が揺れて、コーヒーに映る顔が波紋で掻き消える。
「奴は街でもちょっとした有名になるくらいは容姿に恵まれてた女でね、娼婦やってたおかげで結構な荒稼ぎをしてたみたいですよ。で、その最上級のお客が、街を仕切るマフィアの幹部だったんです。そして幸か不幸か女はその男の子供を身籠り、生まれたのがこの俺という訳です」
『……』
「男には本妻とも呼べる相手がいたようなんですが、どうにも子宝には恵まれていなかったようで。だからって言う訳なのか知りませんが、男は女に大層な額の金を送っていたみたいです。所謂、育成費って奴ですね。どうも、本妻との間に跡継ぎが生まれなかったら俺を養子にでもしようと考えてたんじゃないですか? まあ結局、俺が生まれる頃辺りで本妻がご懐妊されたらしく、その話しも無かったことにされたみたいですが」
渇いた喉を潤わせるように、カップを傾ける。
程よい苦みが、あの頃の日常を……己が生まれた直後の出来事を思い返させる。
「女はその男を愛してはいなかった。奴の望みは養育費という名目で定期的に手に入る大金だったんです。俺を身籠った直後から贈られるようになった金は統べてあの女の浪費に費やされました。高級なドレス、職人が手間暇かけて造り上げた靴、眩い輝きを放つ宝石、金の匂いに惹かれるように近づいてきた数多くの男たち……女は俺を産んだ翌日から毎日、高級ブティックを練り歩き、金を湯水のように消費しまくっていたらしいですね。一人歩きが出来るようになった1才位まで俺を育ててくれた病院の看護師に教えて貰いましたよ。……まあ、その看護師も女に金を貰って世話を焼いていただけらしかったですが」
表情も変えず、まるで他人事のように語り続ける。ただ、淡々と。
「俺が生後一年位になるまではまだ良かったんですよ。父親に当たる男から養育費が贈り続けられていたんだから。でも、この頃になると女の浪費癖の噂が耳に入ったんでしょう、仕送りが必要最低限の、幼い子供を養うのに必要な最低限の額しか送られなくなっていったんです。でも仕事も辞めてしまい、おまけに贅沢を覚えた女に己の欲望を抑制できるはずも無く、なけなしの養育費すら己のためだけに使い続けた。俺は食事も与えられず育児は完全に放置。仕方なく、スラムや路地裏のゴミを漁って飢えを凌いでいたんですよ」
「警察は……他の大人は何もしてくれなかったのかい……?」
「はい。言ったでしょう? 治安が悪い街だって。街の住民の三割近くがスラムに住み着いた浮浪者だったんですよ? 当然、そういう組織の内部は汚職塗れ。治安の維持はむしろマフィアが受け持ってるようなモノでしたよ。――っと、話が逸れたか。……そんな半ストリートチルドレンな生活が大体……三年位続いたかな? その頃になると流石に女の生活にも限界が来たらしく、借金に借金を重ねまくったせいで家具一つ手元には無し、住居のボロアパートの家賃すら払えない始末。おまけに現実逃避でクスリに手を出したせいで情緒不安定。見事なまでに、人生の墓場一直線コースを滑り落ちていましたよ」
「……まるで他人事のように言うんだね」
「他人そのものでしたからね、あの女とは。俺も奴も互いを家族なんて欠片も思っちゃいませんでしたよ。で、結局頭がオカシくなって包丁振り回しつつ錯乱、俺の左目をブッ刺してくれやがった後、二階の部屋から窓を突き破っての転落死。最後は実にあっけない終わり方をしやがりましたよ、あの女」
そして、今日まで一人で掃き溜めの中を生き抜いてきた中で自然と闘いの術を身に付けてきたのだ、と続けたところで昔話を締める。
心底どうでも良いと言わんばかりの態度に思わず反論しようと立ち上がりかけたなのはの肩を花梨が抑える。
どうして!? と視線で告げてくる妹に、顔を伏せて首を振る。
結局のところ、これはダークネス個人の問題であり、他人の彼女たちの言葉が届く事はないのだと理解してしまっているからだ。
花梨はもちろん、葉月やリンディたちだけでなく、翠屋一同も沈痛そうに表情を歪めていた。
特に善人そのものである高町家の沈みっぷりが凄まじい。
すでに終わってしまった事であり、当人も心の整理が済んでいる以上、それをとやかく言うことに意味はないのだとわかってしまうから。
彼が転生者で無かったとしたら、あるいは何かが変わっていたかもしれない。
もし――転生時に能力を優先して出自をマイナスとする『選択』を選ばなければ。
もし――ごく普通の子供のように振る舞っていたのならば。
ちらり、と己が左手首へと視線を落とす。
生まれた時から左手首に刻み込まれ、『神成るモノ』へと至った今でも消えることなくそこに在る傷。まるで自殺未遂者の如き烙印に見えるソレこそが、出自のマイナスだと思っていた。
でも、本当は
このセカイで誕生直後から人格が備わっていたために、女の人格がもたらす不快感を感じ続けていた幼児の頃。
だからこそ、一人で動けるようになると、普通の子供の様に親に甘えるという真似をせず、自分の意志で動いていた。
それが彼女の眼にひどく不気味に映ってしまい、結果として向けられるはずだった愛情を失ってしまったのかもしれない。
だが、すべては“IF”。“もしも”の可能性でしかない。
「……そんなに暗い顔しないで貰えませんか? 俺自身、正直どうでも良いと思ってるので」
「いや、しかしだね……予想以上の内容で、正直何と言ったらいいのか」
「だから、良いんですって。こんなモン、少し探せばどこにでも転がっている詰まらないくて有り触れた、最低の物語でしかないですよ。所詮、過去は過去。俺は今を『生きている』。それで十分なんですよ。――まあ、最近は少しだけ欲、っていうか小さな……幸せ? みたいなモノも手に入りましたしね」
闇に浸り、身も心もどす黒い漆黒に染まってしまった者の成れの果て。そんな自分の
不意に、左手が誰かに優しく包み込まれたことに気づく。
見れば、自身でも気づかぬうちに握りしめていた左手に小さな手の平が添えられていた。
透き通るような白い肌を辿れば、柔らかな笑みを浮かべる金の少女の笑顔が。
己と比べるまでも無い小さな手の平、それを通じて彼女の体温を感じる。
それはまるで、ダークネスが抱く闇そのものを包み込むかの如き優しい温もり。
かつて己が失いかけていたものを取り戻させてくれた大切な存在となった少女。
『貴方の全てを受け入れてみせる』
そう決めたのだと言わんばかりの微笑みを浮かべる少女と共に在るだけで、胸の奥で小さく輝き続けていた“ナニカ”が大きくなっていく。
それに呼応するかのように、ダークネスと共にある蒼き宝石たちも輝きを増し続ける。
内より溢れ出す蒼き『想い』と胸を満たす金色の『優しさ』が、闇色に染まってしまった竜神の穢れを祓い、黄金色の輝きを取り戻させていく。
大丈夫。彼女らが傍に居てくれるのならば、きっと自分は大丈夫だ。
そう、心から思える。
だから――
アリシアの頭を撫でまわしながら、小さく、しかし確かな“笑み”を浮かべるダークネスの姿にしばし呆気にとられていた士郎は「そうか……」と息を漏らす。
血生臭い裏社会を生き抜いてきた士郎には、ダークネスのような出自の手合いと出会った経験がある。
そしてそんな彼らは総じて、人間としてどこか欠陥を抱えていたということも。
だが、目の前で金髪の少女とじゃれ合っている彼の姿を見る限り、不思議と彼なら大丈夫だと思えてくる。
(おそらくは……いや間違いなくあの少女のお蔭なのだろうね)
闇の中にどっぷりと浸りきった者特有のどす黒さは気配でわかる。
でも彼からは確かな『想い』が宿っているのを感じられる。
それは優しさや誰かへの愛しさ……そんな暖かい『想い』。
それがある限り、彼は孤独ではない。
きっと彼女の様に彼を想い、慕う人たちが大勢いるのだろう(実際、アリシアや想いの結晶体であるジュエルシードたちがいる)。
(……うん、彼ならきっと大丈夫だ)
ならば、いつまでも暗い空気を漂わせている訳にはいかない。何故なら士郎は喫茶店 翠屋のオーナー。
彼の定めは、お客様方に安らかなひと時を感じていただくことなのだから……。
「ダーク君、だったかな?」
「……? はい、そうですが?」
「コーヒーのおかわり……如何だい? 僕のおごりだ」
にっ! と爽やかな笑みを浮かべる士郎の心遣いを察し、こちらも笑みを返しながら空になっていたカップを差し出す。
「……戴きます」
ダークネスの在り様に異議を立てるでも過去に同情するでもなく、ありのままの自分を認め、その上で満足そうに笑みを深くする士郎の様子に、ダークネスは内心で『この人には敵いそうにないかな……』と、生涯初めての敗北感を感じていた。
だが、その表情に負の感情は一切含まれていなかった。
何故なら、彼の口元には困ったような、それでいて穏やかな笑みが浮かんでいたのだから。
二人の穏やかな様子に感化された様に、暗い空気が漂っていた店内に暖かい風が舞い込んでくる。
見事に場の空気を作り変えた父の後ろ姿を見つめながら、恭也は改めて己の目指す『漢』の居場所に想いを馳せる。
いつか、己もその場所に立ってみせるという覚悟を胸に抱いて。
桃子と美由紀は、言葉も無く通じ合っている風に見える夫(父)と息子(兄)の姿を微笑ましげに見詰め続けていた。
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交渉と願い
なぜ、翠屋にダークたちが居たのか、その理由が明らかに!
――あと、所々に今後に向けた布石も少々あったり……
日も落ち、一般のお客様が席を立った頃、翠屋の店先には“CLOSED”の看板が掛けられていた。
アリサ、すずかの両名は習い事があるからと言って少し前に席を立っている。翠屋スタッフも空気を読んだらしく、厨房や裏手の方に回っているため、必然的に店内は魔法関係者のみという状況となっていた。
カウンター席の一角にはダークネスとアリシアが変わらず陣取っており、そこから一番近いテーブル席に、緊張からか表情が硬くなってしまっているリンディ、クロノ、エイミィの管理局員と花梨、葉月、なのは、フェイトの魔法少女たちが腰を下ろしていた。両者の間には見えない火花が散っている幻視すらみるようだったと、後に美由紀が語るほどに、場の空気は張りつめていた。
だがそれも仕方がないことなのかもしれない。彼らはこれから交渉を行おうというのだから。次元世界全体に指名手配を受けるほどの凶悪犯と法の守護者、元来相容れない筈の両者の間に友好的な空気が存在することの方が間違っているのかもしれない。ダークネスと向き合える位置にある席に座った管理局サイドの代表であるリンディは、管理局提督としての表情を浮かべながら話を切り出す。
「初めまして、と言うべきかしら? こうして直接会うのは初めてよね、時空管理局提督 次元航行艦アースラ艦長リンディ・ハラオウンです」
「む……なら、俺も名乗るべきだな。――No.“Ⅰ” ダークネスだ。好きな方で呼べばいい」
「……失礼ですが、それは本名かしら?」
「店長との会話を聞いていただろう? 俺を生んだ女は俺に名前と言う固有名称を与えなかったんでな。自称になるが、これが俺の名前だ」
「……わかりました。それと申し訳ありません。不躾な質問をしてしまいました」
そう言って頭を垂れるリンディに、頭を下げられた本人は全く気にした風もなく淡々と答える。
「いや、気にしてもらわなくても結構。それよりも、本題に入りたいんだが……よろしいか?」
「っ! ……はい。それでは何故、交渉のテーブルを用意するつもりになられたのか、あなた方の目的と合わせて訊かせていただきたいのですが」
「まあ、当然の疑問だな。俺たちの目的については諸事情により詳しくは話せない。その上でとなるが――ハラオウン艦長。俺はまず、この世界で今現在発生している『闇の書』事件……この一件が収拾するまでの間、あなた方との停戦を申し入れたい」
「ッ!? ……理由を聞いても?」
予想だにしない提案に湧き上がる内心の動揺をポーカーフェイスの下に押し込みながら、リンディはそう考えるに至った理由の説明を求める。
「まず、今回の事件に俺でも予想できなかったイレギュラーが紛れ込んでいることが判明したからだ。先日の戦闘時、俺たちが回収した“Ⅹ”から情報を聞き出したところ、闇の書の勢力でもあなた方管理局でもない謎の勢力から妨害を受けたらしい。しかも、敵方の片方はそこにいる高町姉妹と瓜二つの容姿をしていたそうだ」
「えっ!? わ、私やお姉ちゃんと?」
「ああ。バリアジャケットの色は黒、蒼い瞳でショートカットくらいの髪をした少女だったそうだ。ちなみにもう一人は、背に三対六枚の黒い翼を生やした銀色の髪の少女だったそうだな」
「その特徴って……まさか!?」
「おそらくは、な。このタイミングで、しかも守護騎士たちを救援したことといい、連中が俺たち“関係者”以外を拒絶する結界をすり抜けて侵入してきた可能性が高いことといい、どうにもきな臭くてな」
関係者という単語に反応を返すのは花梨と葉月。どちらも動揺と困惑を隠せないといった様子で、顔を見合わせている。
そう、この時点で“ゲーム”に参加しているのは、ここに居る
合計八組……この中で手札を隠している可能性があるのは
『奴の線は薄いと考えていいだろう』
それは無い、とダークネスは考えていた。断言するように告げるダークネスに花梨から疑問が投げかけられる。
『何でよ? 普通に考えたら、怪しいのは“Ⅱ”じゃないの』
『いや、奴の動きは大胆でありつつも、自分の尻尾を踏ませない用意周到さを感じさせる。時の庭園で“Ⅳ”を始末した手際と良い、こんなあからさまな悪手を執るとは思えん』
『悪手……ですか?』
『そうだ。考えてもみろ、もしお前たちの手駒に“紫天の一派”が居たとするなら、このタイミングで動かすか? 俺自身、アリシアからの情報が無ければ、連中の存在にすら気づくことが出来ていなかったんだ。連中の戦力も、決して低いものではない。つまり、奴らという存在は俺たちに対する共通の鬼札……戦局をひっくり返すほどの切り札と成りうるということだったんだ』
『ッ!? そういうことですか……! 確かに彼女たちの有する戦闘力はもちろん、その存在そのものが困惑を生み出すきっかけとなりかねませんわね。唯でさえ、わたくしたちには“原作知識”という
『そうだ、なまじ“原作”の流れを守ろうとすればするほど深みに嵌まってしまう。相手の動揺を誘い、綻びを作りだす典型的な戦術だな。だが、今回の奴らの動きは……』
『こちらを惑わせることが目的ではなく、遭えて彼女たちの存在を露わにすることが狙い……ってコト? そんな……何のために?』
『わからん。何故、奴らが“Ⅷ”を助けたのか……奴らにどのようなメリットがあるというのか、皆目見当もつかん。だからこそ、奴らを警戒しているというわけだ。お前たちとの停戦の狙いは、イレギュラーである奴らの動きを探ることに本腰を入れたいという理由もあるからな』
“ゲーム”の参加者同士だけで念話を交わし、ある程度、情報の共有し合ったところで、顎に手を当てて何かを考えるようにしていたクロノがおもむろに口を開く。
「でも、それにしても不可解だ……そもそも、どうして君らが『闇の書』の一派を狙う? 理由は何だ?」
なるほど、確かにクロノの疑問はもっともだ。先日の戦いで圧倒的な力の差を見せつけたダークネスが、いきなり友好とまではいかなくとも敵意を消しているという現実が、どうにも納得できないのだろう。
クロノは自身の考えとして、自分たちとの停戦は“闇の書”を追うために専念したいから、余計な邪魔が入らないよう予防線を布こうとしていると推測していた。
自分たち親子のように何かしらの因縁があるとうのならいざ知らず、なぜ、無関係の筈な彼らが“闇の書”を追っているのだろうか……?
「勘違いしているようだから断っておくが、俺もアリシアも、“闇の書”自体に興味などない。世界を滅ぼそうが、どうしようが、俺たちに害を及ばさなければどうもしないつまりだった――……だがな」
すっ……、と眼が細められる。そこに映るのは、紛れも無い『怒気』。
「一月ほど前、とある管理外世界で俺たちは連中に襲撃されてな。狙いは……言わなくてもわかるだろう?」
「魔力の蒐集……か」
「そうだ。俺にはそんなもの効かないが、今のアリシアが蒐集、というよりもリンカーコアを身体から引きずり出されるという行為を受けるのは、非常にまずいんでな」
疑問を多分に含んだ視線を向けられるのを感じつつ、ダークネスは敢えて
「アリシアを蘇生させた術式『再誕』は、あの時点では術者である俺の魔力不足のせいで未完成だった。そのせいで、こいつのリンカーコアは直接刺激を受けでもしたら肉体から剥離してしまう可能性が高い。こいつの命を繋いでいるのはリンカーコアに宿ったプレシアさんの魂……それから肉体を引き離されでもすれば、最悪の場合、肉体と魂が再び別れてしまいかねない」
「それって、まさか……!?」
「気づいたようだな、高町 なのは。お前の想像通り……万が一にもアリシアが蒐集を受けた先に在る未来は、冥府の扉の向こう側の住人――つまり、完全なる
『っ!?』
予想だにしていなかった情報に誰もが驚愕を露わにする。今もにこにこと笑いながらシュークリームを頬張っている無邪気な少女……彼女の命は、これほどまでに儚い吊り橋の上を渡り続けることで維持されていたというのか。フェイトなどは、あまりに予想外な事実を述べられ、なにか言いたくてもうまく言葉にできず、ただ呆然とアリシアの横顔を見つめることしかできないでいた。
「まあ、総てのジュエルシードが集まりでもすれば事情は変わるが……まあ、それはいいか。それから、安心しろ。アリシアが危険なのは“リンカーコアが肉体から引きずり出された”場合だけだ。それも、あと数年もすれば魂と肉体、それにリンカーコアが完全に癒着する筈だ。まあ、それまでの辛抱ということになるが――執務官、俺たちが“闇の書”を狙う理由はわかってもらえたかな?」
「ああ……。つまりは、未だ不安定な
「そういうことだ。まあ、他にも俺の命を脅かそうとしたというのもあるし、高町 花梨や如月 葉月と同じく、向こうにいる八神 コウタとやらにも個人的に用はあるが、な。アンタらには関係ないことだ」
要所を意味深に濁しつつ言葉を終えると、カップに注がれたコーヒーに口をつける。やや冷めてしまってはいるが、それでも美味いと感じさせる、素晴らしい味だった。思わず、頬が緩んでしまう。
「――わかりました。停戦協定の提案を受諾いたします」
「ほぅ? 意外だな……てっきり、犯罪者との交渉になど応じないと、つっぱねられるかもしれないと覚悟していたんだが」
「優先順位の問題です。貴方からは今すぐこの世界をどうこうしようという意志を感じられません。ですが“闇の書”に関しては別です。アレは時間を与えてしまえば間違いなく世界を滅ぼす最悪となりうる危険物。ならば、まずはそちらを優先して叩いておきたいというのが本音です。ですから、あなた方に対して、こちらとしても無駄な戦闘はなるべく避けたいと考えています。此度の事件が一応の終わりを見せるまでの間、貴方たちから我々に仕掛けてこない限り、こちらから貴方たちに攻撃しないよう徹底させましょう。――いいわね、ハラオウン執務官?」
「……はい」
本能では納得できなくても、冷静な執務官としての理性はリンディの判断を『是』と受け止めている。
拳を、魔法を交わしたからこそ、“Ⅰ”と呼ばれる人物の有する戦闘力は驚嘆に値するものであり、“闇の書”を追っている今、彼すら敵に回すのは愚策でしかないと、決して鈍らではない彼の頭脳が判断していたからだ。それでも、表情に不承不承の色が見て取れるのは、彼がまだ十代の少年である故か。
だが、管理局の魔導師として完成されていると称しても過言ではない女提督が、このまま終わらせるはずもなく。
「ですが」
リンディは、そう言ってダークネスに意味ありげな視線を送る。
「だからと言って、貴方への手配が緩むわけではありませんことを忘れないように。一時的な協力関係を結ぶとはいえ、我々が法の守護者である限り、犯罪者である貴方を捕えるのは、ごく当然のことなのですから」
この場にいる全員に聞こえるよう、きっぱりと告げる。
それは戦線布告。お前は必ず自分たちが捕まえてやるのだという、覚悟の証。揺るぎ無き信念と意志が込められた言葉には、力ある響きをこめて店内に木霊する。
「くくっ……! 悪いが、俺はお前たちに捕まってやるほど殊勝じゃないんでな。この“儀式”を何が何でも生き抜いてやると、俺自身に誓っている。俺の望む未来、その夢を阻もうというのなら――」
――誰であろうと、ぶちのめしてやる。
それは、自分が生きる未来を護るためには、たとえ世界の総てを敵にしても戦い抜くことを辞さぬという意志の現れであり、花梨や葉月に対する紛れもない宣戦布告に等しいものであった。
「上等……っ!」
「そう易々と、敗北するつもりはありませんわ」
ダークネスの放つ覇気に気圧され、僅かに肩を跳ねさせるも、すぐさま、力強い決意を瞳に宿して睨み返してくる敵の姿に、「それでこそ」という称賛の声を口には出さず、不敵に笑うことで返答する。
友愛でもなく、殺意でもない奇妙な空気を纏う三人の様子を怪訝そうに眺めていた一同であったが、ちょうど良い機会だからずっと訊き出そうとしていた疑問を投げかけてみようと、クロノが口を開いた。
「あ~、ゴホン! ちょっといいか?」
「ん?」
「へ?」
「はい?」
クロノは三者の視線が自分に集まるのを待って、言葉を続ける。
「君たちが以前より口に出している“ゲーム”や“儀式”とは、いったいなんなんだ? いい加減、納得のいく説明をしてもらいたいんだが……」
「それは、その……え~と……葉月っ!」
「ええっ!? あの、えぅ……っ! ダークさん、お願いします!」
「おいコラ」
立場上、敵に当たる人物に重要な説明を丸投げするとは……果たして、神経が太いのか、それだけテンパっていたのか。
振られたダークネスは僅かに考え込むようにうつむき、考えを整理しているのだろう。小さくうなっていたが、やがて面を上げ、
「俺たちが参加させらえている“儀式”こそが“ゲーム”と呼ばれるものであり、参加者には番号が割り振られている。俺が
「やはりか……」
これまでの会話の中で、彼らが必要最低限の情報しか話さないという事実に気づいていたクロノの予想通りの答えだった。彼の言葉通り、気づいてみれば、普通なら間違いなく尋問に掛けているはずの“
バツが悪そうに頬を掻く花梨と、わざとらしく「ほほほ……」と笑っている葉月の姿に、呆れを多分に含めた溜息を零すことしか出来ない。何もできない自分に苛立ちを感じつつも、今優先すべきは“闇の書”事件の事だと意識を切り替える。この事件を終わらせてから、二人にじっくりと、詳細な、説明を、してもらおうじゃないか。
クロノに半眼を向けられた二人の少女が、同時に背筋を震わせたのはご愛嬌だ。話の区切りがついたところを見計らい、アリシアの手がダークネスへと伸びる。
「ね~ね~、ダークちゃ~ん。もいっこだけ、お願いがあるんじゃなかったかな?」
上着の裾をくいくいっ、とかわいらしく引っ張りながら、アリシアが問いかければ、ダークネスも「ああ、そう言えば……」と、今思い出したと言わんばかりに手を打つ。
「ハラオウン艦長、停戦条約は結ばれた、と認識しても構わんか?」
「えっ? ええ、当方はそのつもりですが」
「そうか。なら、もう一つ提案、というよりも交渉をしたいのだが、よろしいか?」
「交渉……ですか?」
これまた予想外の発言に、訝しむリンディの眉が潜む。
「そうだ。まあハッキリ言うとだな……管理局が封印、回収したジュエルシード 計十一個を俺に引き渡してもらいたい」
「はっ?」
あまりにあっさりと、おおよそ予想だにしていなかった提案を投げかえられ、リンディは思わず、ぽかんと口を開けてしまう。エイミィなどは、持ち上げた直後の紅茶のカップを落としてしまった事にも気づかない程だ。早く拭かないとスカートに染みが染みついてしまうというのに、そんな事すら出来ないほどの驚きが、彼女の内で踊り狂っているということなのだろう。
犯罪者扱いされている相手が、時空管理局の提督相手にロストロギアの引き渡しを要求してきたのだ……しかも、正面切って。これでは驚かない方が無理だというものか。
「え――っと……何で?」
一同を代表する形で花梨が問いかける。何故、この状況でそんな要求をしてくるのか、全くわからないとでも言いたげな表情だ。
「む。別に他意はないぞ? ただ単に、こいつらが仲間を助けてくれと喧しいもんでな」
「は?」
こいつら? 喧しい? ……誰のこと?
「ん? ひょっとして、お前たちは知らなかったのか? ジュエルシードに、意志が宿っているということを」
「え?」
「“Ⅷ”との戦いの最中、ジュエルシードとより深く
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! つまり、君はこう言いたいのか!? ジュエルシードには管制人格らしき物が備わっていて、君はその声を聞き取ることが出来る、と!?」
「正しくは『その』ではなく『それらの』だ。どうやら、ジュエルシードは二十一個で一つのロストロギアという訳ではなく、個々の宝石にそれぞれ別の意識が宿っているらしい。そうすることで持ち主の願いを叶えるべきか判断するのが本来の使い方なんだと」
『蒼い宝石』 ジュエルシード
その本質は、願いを叶える願望器などではなく、次元干渉エネルギーを発生させるという特性であると管理局では認識されている。
なぜならば、数多の願いのほとんどを歪んだ形でしか現実のものとしかできないからだ。
故に、放出する魔力が次元を干渉する属性を有しているという点に着眼した管理局は、ジュエルシードを『次元を崩壊させるほどのエネルギーを内包した危険な遺産』としてロストロギア認定を下した。
だが、それは物事の表面しか見ることのできない者の見解でしかなく、真実は別の所にあった。
人間の欲望に際限などない。それは何かを欲しいと感じる本能であり、終わりが見えないもの。だからこそ、願いを叶える宝石が二十一に分けられて個々の意志を宿されたのだ。
欲に目がくらみ、誤った願いを叶えぬよう、宝石自体に意志を宿し、二十一個総ての宝石が正しき『真の主』の願いを叶えるべきだと判断した時にのみ、その穢れ無き純粋な願いを叶えることができるようにと願われて。宝石たちは、自分たちが作り出されてからずっと願い続けてきた。自分たちは誰かの真っ直ぐな願いを叶えるために生まれてきたのだと。大切な誰かを笑顔にするために、自分たちは存在しているのだと。
だが、宝石自身の意志を顧みず、彼らの内に宿る魔力に無理やり干渉することで己の望むままの願いを叶えさせようとする者たちが現れ、彼らの願いは無残に砕け散った。資質無き者の手て、濁った願いを叶えさせられ続けるうちに、いつしか宝石自体に歪みが生じて、次元に干渉する特性を有する様になってしまった。人々は、『願いを叶える宝石』という名に惹かれ、奪い合い、その果てに暴走させて世界を壊す。暴走を引き起こした人々は、いつしか宝石自体に原因があるのだと、歪んだ願いしかかなえられない忌まわしい古代遺産であると彼らを呼ぶようになった。
『真の主』と心を重ね合うことで、純粋な蒼き魔力を生み出す宝石たちの心も、正しき資質を有さぬ者たちの欲望に穢され過ぎたせいで、いつしか深い眠りについてしまっていた。
使用者の願いを読み取り、魔力を以てその願いを現実のものとする制御を担う管制人格が休眠状態では、正しい願いを叶えられるはずも無く。
欲望と破滅を繰り返し続ける負の連鎖がいつまでも続くと思われていた。だが。幾星霜にも及ぶ時の流れの果てに、彼らはついに出会えたのだ。彼らの力を正しく制御できる存在に。
『生きる』という生物として純粋な願いと、小さくても確かな輝きを放つ優しさを内包する『心』を持った人物と。
どれほど己の願いを否定されようとも、どれほどの悲しみに包まれようとも、決して砕けぬ強き『想い』を抱き、大切な人が笑顔でいられる未来を望み、前に進み続ける。
そんな『想い』を宿す存在と共にならば、きっと自分たちの願いも叶えられる。
主に優しいココロを取り戻させてくれた、あの少女の浮かべる笑顔。誰かの涙を、彼女のような笑顔へと変える。
そんな優しい願いを叶えられる未来を、宝石たちも願っているのだ。主と彼女と共にあれば、必ずや果たすことが出来ると、確信しているから。
故に、彼らは仲間を、『P・T事件』でなのはや管理局が封印した
……会話に飢えているというのも多分に含まれるが、そこはご愛嬌。それはもう、寝ても覚めても、という奴である。
「四六時中、頭の中に声が響いてくるんだ、『みんなを助けて、助けて~』とな。さすがに、これが毎日となるときつくてな。正面から管理局の本局を襲撃しても構わないんだが……後々、面倒そうだしな」
なるほど、確かに納得できる理由だとクロノは思う(やたらと物騒な後半部分は敢えて訊かなかったことにする。誰だって、管理局そのものに躊躇なく喧嘩を売ろうという考えを浮かべる規格外にツッコミを入れるのは遠慮したい)。額を抑え疲れた風にため息を漏らす彼の姿は、演技のたぐいではないだろうと直感的に悟る。
管制人格のことは置いておくとしても、ジュエルシードの制御が可能となった以上、さらなる戦力増強を狙って残りのジュエルシードを手に入れようとしているという話には、一応の筋は通っている。
「……それで? 交換条件に、そちらは何を提示してくださるのでしょうか?」
交渉の鉄則は相手方からどれほどの譲渡を引き出すことが出来るか、その一点に尽きる。より多くの情報を訊き出そうという意図が見え隠れするリンディの問いかけに、彼女の意図を理解しつつも、ここはあえて話に乗る。
「そうだな……。さらに情報を開示する、というのも一つの手ではあるが……ここは敢えて、売り込むとしようか」
「?? それは、どういう……」
「こちらの手札は“戦力”ということだ。イレギュラーへの対応を、俺とアリシアが受け持つというのはどうかな?」
「それは……! 停戦のみならず、限定的な同盟の提案であると受け取っても?」
「まあ、今回限定ではあるが。あんた方への戦力分析と対策は構築済みだ。正直、小細工なしに正面切って仕掛けても、問題が無いことは、昨日実証済みだしな。だからこそ、動きが読めない連中を野放しにしておくのは気分が悪い、ただそれだけだ」
「本当にそれだけなのかしら? アンタのことだから、昨日仕留めそこなった
「俺を理解した風なことを言うな、高町 花梨。大体、もうすでに斃されている奴のことを気にしてどうする。確かに引導を渡せなかったのは心残りではあったが……今は、俺の攻撃から助け出しておきながら、後になって自分たちの手で止めを刺すなどという理解に苦しむ行動をとったイレギュラーを危険視する方が、むしろ自然だろう?」
「えっ……?」
声に出した花梨だけでなく、リンディたちも驚いていた。昨夜の戦闘が終わった後、武装隊の一人によって、町はずれの公園のベンチに寝かされた気絶しているアッシュが発見された。幸い、深い傷を負っていなかったアッシュは一晩の休息で、ほぼ全快近くまで回復できていた。負傷者が多数出てしまった影響で人手が足りないこともあり、アッシュは哨戒任務担当に割り振られていた。
本来ならば、アッシュに対する事情聴取が執り行われなければならないのだが、人手不足と、彼自身が管理局員として真面目に取り組んで積み重ねてきた信頼感も後押しとなり、聴取は後回しにされていたというわけだ。ちょうど今頃の時間帯ならば、彼が哨戒担当で近隣世界の一つを見回っているはずだ。
「どうして、アッシュ君が斃されたなどと断定できるんですか?」
リンディが、彼女たちの常識としてはもっともな疑問を口にする。いかに優れた魔導師であろうとも、個人が気配を感知できる有効範囲というものは限られている。同じ世界の中で、というのならまだしも、別の世界、それも無限に等しい数の次元世界の中で、たった一人の現在状況をピンポイントで感知することなど、戦艦に搭載されるスーパーコンピュータークラスでもなければ不可能だ。
だが。彼女は失念していた。彼女が思い浮かべた理由、それは『人間の定めた理』でしかないのだということを。彼女が、今、向かい合っているのは、人の範疇を超えた『神成るモノ』であるということを。
「俺の“能力”が感知型であることは知っているだろう? そいつの有効範囲は、この“セカイ”そのもの……つまり、『次元世界総て』だ。特別に強力な気配隠蔽の術式でもなければ、俺の感知能力から逃れる術はない。だからこそ、動きを追跡しきれないイレギュラー共を警戒している訳なんだが」
「……」
さすがの時空管理局提督、歴戦の勇士たるリンディ・ハラオウンが虚を突かれて、言葉を失った。
目の前で、なんてことも無い風に答えてみせた、あまりにも規格外すぎる存在に、恐れを感じる前に、称賛の念すら抱きつつあった。
「どうやら、あの“Ⅷ”が何も出来ずに封殺されたようだ。やはり、警戒をしておいて正解だったな。俺でも手こずる“能力”をどうやって打ち破ったのか……実に興味がある」
「相変わらずというか……。アンタって、本当に規格外なのね」
「ん……意外と冷静だな? “Ⅷ”は仲間じゃなかったのか?」
「仲間だったに決まってるでしょ! 今すぐ駆けつけたいっていう思いを必死こいて押さえてるんだから、ちょっとはわかりなさいよ!」
「俺に噛みついても、しょうがないだろうに。……で? そろそろ返答を訊かせてもらいたいんだがな、ハラオウン艦長殿?」
空になったコーヒーカップをソーサーに置きながら、ダークネスがリンディへと問う。
交渉開始から変わらぬ笑みを浮かべながらそう言うと、突如として齎された情報の裏付けをすべく、エイミィとクロノが慌てて作戦司令室へと連絡をつける横で、リンディもまた、手を頬に当てつつ、口元に微笑を浮かべていた。
この問答こそが、管理局の代表としてこの場にいる彼女への最終確認だということを、リンディは承知していた。だからこそ、動揺を露わにする部下たちのように慌てふためくようマネは断じて許されない。
彼女の返答如何によって、今後の作戦方針そのものを再構築させる必要が出てくるかもしれない。しかし、管理局員としての立場上、危険人物へロストロギアの譲渡など、到底呑めるはずも無く、可能な限りの情報を引き出した上ではぐらかし、うやむやにできればよかったのだが、それも叶いそうにない。
どうすれば、と表で浮かべる微笑の下でリンディは考える。下手に刺激して、当方に敵意を持たれては元も子もない。かといって、あちら側の要求を受け入れることなど不可能だ。そもそも、先の事件でで封印したジュエルシードは、総て本局に輸送済みなのだ。今頃はロストロギア専用の保管庫……暴走を防ぐために用意された専用の位相空間内で、厳重に保管されているはずだ。仮に、相手の要求を了承したとしても、本局上司への報告や承認などといった、少なくない手続きが必要になるのだ。今すぐ現物を渡せる状況にない以上、どれだけの約定を交わそうと、所詮口約束止まりで終わってしまうことだろう。
そもそも、一度確保した危険度の高いロストロギアを交渉材料として外部へと譲るなど、前代未聞だ。ロストロギア自体の危険度が限りなく低く、人々に害をなす類のものではないと立証された者に関しては、オークションに出品されたりするケースは、確かに実在する。だが、今回の対象であるジュエルシードは危険度Aランク以上の封印対象品、おまけに、目の前にいるダークネスはジュエルシードの力を完全にコントロールできると言うではないか。それはつまり、莫大な魔力と次元干渉力を有するジュエルシードの力を引き出すことで、任意に次元震を発生させられる可能性があるということだ。
次元世界に存在する数多の世界と、そこに住む人々の治安を守るという役目を負った時空管理局にとって、自分たちが守るべき世界も、人々も、秩序すらも、ことごとく崩壊させてしまう次元震は、まさに最悪の災害と言ってよいだろう。故に、自分たちの故郷であるはずのミッドチルダの治安維持に努めるべき戦力すら、次元に干渉する能力を有したロストロギアの探索や確保に回して、次元震の発生を未然に防ごうと躍起になっている。
人類の手には負えない天災を、個人の意思一つで制御できる可能性を秘めた規格外……人智を超えた怪物に次元干渉エネルギー体を引き渡す。
冗談にしても、笑えなさすぎる話だ。仮に、もし万が一にでも、ダークネスが管理局に属する、或いは協力的であったとするのなら、話はまた変わっていたかもしれない。
だが。こうして対話を交わしたリンディがダークネスという人物から受ける印象は、決して良いとは言えないものだった。良く言えば、確たる自分の意志を抱いている真っ直ぐな青年。悪く言えば、他者をないがしろにすることに躊躇がない、非情な人物。
悪と断ずることは出来ないが、だからと言って、高町 なのはたちの様に善人だとは到底思えない。
法を守護する者として、ごく自然に善悪の切り分けを行ってしまう癖が染みついてしまったが故に、リンディには彼への対応をいかようにすべきか、答えを出すことが出来ない。
いち早く“闇の書”事件を終わらせるために、ダークネスとアリシアという戦力はこの上なく魅力的だ。しかし、管理局員として、きわめて危険な存在となりうる人物へ、ロストロギアを受け渡すことなど、認められるはずも無い。
「……残念ですが、そちらの提案を受け入れることは出来ません。どのような理由があろうとも、世界の危機を招くような真似を我々が行う訳にはいかないので」
「そうか。まあ妥当な返答だな。わかった」
交渉決裂の宣告を受けたというのに、ダークネスの表情は微塵も崩れない。
逆に、あっさりと身を引くような態度をとるダークネスの姿にリンディのほうが呆気にとられてしまう。
「あの……よろしいでしょうか?」
憮然とした表情の葉月が、発言を求めて手を上げる。
「結局のところ、貴方は一体何がしたかったんですか? 前半の停戦協定については、まだそちらにメリットがあるので理解はできます。ですが、話の後半については、あなたの情報を暴露しただけに終わっています。もし、本当に足並みを揃えようとお考えだったのでしたら、提案を拒絶された時点で動揺、あるいは拒否されたことに対する怒りを少なからず抱くはず。なのに、貴方は淡々と……それこそ、ここまでの展開を最初から予想していたとでも言わんばかりの態度をとっておられます」
「そう深い意味はないさ。さすがに組織を構成するたった一人の人間の下した判断でロストロギアを犯罪者扱いされている奴に引き渡すような真似をするほど、艦長殿は愚かではないと考えていただけだ。まあ、結果はご覧のとおりとなった訳だが」
「そう、そこが分からないのです。どこぞの
偶然ではなく、完全にジュエルシードを制御できていることに始まり、ジュエルシードに管制人格らしき物が存在しているという情報やダークネスが有する“能力”の効果範囲、彼女らが気づいていなかった更なる勢力に関する情報等々……味方となるのであれば、情報の共有目的であったと納得は出来よう。だが、停戦を結んだとはいえ、それは限定的ですかなく。結局のところ、お互いの立ち位置は敵勢であることに変わりはない。どれほど強力なチカラを有していようと、チカラに関する情報の解析を続けることで、打倒しうる
「貴方は……いったい何を狙っておられるのですか……?」
「おいおい、ずいぶんと疑り深いやつだな? そう身構えなくとも、別に深い意味なんてないがな。……どうやら、マスターの美味いコーヒーのお蔭で、頭が弛んでしまったようだ。これ以上、ここに残ってしまうと、さらに余計なことを口走ってしまいそうだし、この辺でお暇させてもらおうか。――ほれ、アリシア起きろ。食べてすぐ寝ると、バッファローになるぞ?」
「うにゅ……にゃ、にゃらないよぅ……わたしは……超、ぎんがきゅ~、びしょ~じょ――ムニャ」
「なんちゅう寝言を溢しているんだこいつは……いい加減に起きんか!」
カウンター席に突っ伏して眠りこけているアリシアの後頭部にズビシッ! と手刀が振り下ろされた。えらくいい音が店内に響き渡る。
「いっ……たぁああああ!?」
目尻に涙を浮かべ、叫び声を上げながら、文字通り飛び起きたアリシアが何事!? とばかりに辺りをきょりょきょろ見渡す。見事なまでに半泣き状態な少女を余所に、ダークネスは何やら上着のポケットをまさぐり、何かを探すような仕草。
「っと……よし」
取り出したのは、やたらと皺の入った五千円札。どうやら財布から取り出したのではなく、むき出しのお札をポケットに詰め込んでいたらしい。くしゃくしゃ、とまではいかなくても、決してきれいな状態とは言い難いお札を、空になったコーヒーカップのソーサーの下に潜り込ませる。
「マスターに、お代はここに置いといたと伝えてくれ。行くぞ、アリシア」
「うにゅう……うん……っあ! ちょっとだけ待ってくれないかな!?」
ようやく目を覚ましたらしいアリシアが、テーブルの一番奥に腰を下ろしたフェイトへと視線を向ける。ちなみに、なぜフェイトが一番奥に座っているのかといえば、この場にいる全員の中で彼らに対する強い恨みを抱いているのが彼女であり、いきなり飛び掛かったりしない様にという理由があったからだ。
「ねえ、フェイト。私のこと……恨んでるかな? キライ?」
飾りのない問いかけ。反射的に怒鳴り返そうとするも、こちらを見つめる真っ直ぐなアリシアの瞳を直視することが出来なくて、思わず目を逸らしてしまう。
「そっか……。あのね、別にいいんだ。私は嫌われてもしょうがないってわかってるから。お母さんの想いを受け取ったのは私だけだったしね。……でもね? だからこそ知っておいてほしいんだ。お母さんの……
「え?」
「ママが科学者だったのは知ってるでしょ? そのせいかもしれないけど、ママってばすっ……ごく頑固で融通が利かないって言うか、思い込んだら一直線ていうか……うん、まるでアナタを大きくしたみたいな性格だったんだよ」
「わたし、を……?」
「うん、そう。私を生き返らせようとしてくれて、でもどうしてもできなくて、そんな不甲斐無い自分が許せなくてこれでもかって言うくらい嫌ってたんだよ。だからかな……自分とそっくりな、血を分けた娘の私よりも自分の血を色濃く受け継いちゃったあなたを認められなかったんだよ。同族嫌悪、ってやつだね」
不意に胸の奥で電光のようなナニカが奔り、思わず押さえてしまう。だが、それは痛みではない。もっと別の――
「私の“ここ”にはママから受け継いだリンカーコアと記憶、そして溢れるほどの想いが詰まってるんだよ。それは、今じゃあ私の一部っていうくらいにね。だからわかるんだ。ママはフェイトを嫌ってたんじゃない。自分そっくりな姿を見るたびに、アナタをもう一人の娘だって思っちゃいそうで、それ怖かったんだよ。もし認めてしまったら、きっと自分は諦めてしまう。
「そんな……! そんな理由でフェイトちゃんを傷つけたっていうのっ!?」
「お、落ち着きなさい、なのは!」
“妹”のために怒ってくれる女の子の優しさに、アリシアは嬉しくなる。
「うん。そうしないと、耐えられなかったんだと思う。ねえ、気づいてる? 私はアナタを憎いとも、嫌いだとも思ってないんだよ?」
「え……」
「えっとつまり……そのう……あ、えと、ね……あう……」
「恥ずかしいなら代わりに言ってやろうか?」
恥ずかしくなってきたのか、モジモジしだした少女を後押しする様に優しい言葉を掛けてくれる大切な人の優しさを感じながら、これは自分がやらないといけないことだと勇気を振りしぼる。
「ううん、これは私が言わなきゃだめだから」
そう言って、真っ直ぐな視線を“妹”へと向ける。
「私の
つまり、それは――
「そう、ヒドイこともしたし言ったかもしれない。それでもママはアナタのことを嫌いになれなかった……もう一人の娘だって、アナタはプレシア・テスタロッサの娘だって心の奥で認めていたんだよ。結局、最後まで心の奥底に押し込んだままだったけどね」
フェイトの頬を一筋の雫が流れ落ちる。静かに肩を震わせるフェイト。けれども、彼女の胸中を締めるのは悲しみではない。溢れ出すのは温かさを宿した優しい涙だった。
大好きだった母に認められていた――
ずっと夢見ていた、そしてもう手に入らないと諦めていた願いを、自分の半身とも言うべき存在から告げられた彼女の胸中を推し量ることは、彼女以外にはできないだろう。
静かに涙を零すフェイトを慈しみの込められた瞳で見つめていたアリシアは、不意にリンディへと向かい直る。これまでにない、真剣な表情で。
「ハラオウンさん、フェイトを……私の妹をよろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げる。
「私は彼と共に生きていきます。でも妹には光の当たる世界を歩いてほしいから……こんな事を頼めた義理じゃないってことはわかっています。それでも……お願いします」
「……はい、確かにお預かりいたします」
リンディもまた姿勢を正して頭を下げる。目の前の少女の想いを、妹へと向けられる確かな愛情感じ取ったから。故に応える。管理局の魔導師でも次元航行艦の艦長としてでもない。
一人の母、リンディ・ハラオウンとして。
道を違えてしまった姉妹の小さな、けれども確かに交じった運命の交差路。
窓越しに降り注ぐ夕光に照らされた二人は、まるで鏡写しのように同じ表情を……やさしい涙が輝く笑顔を浮かべていた――――
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闇色の焔、空虚な永遠
それから、多少えちぃ表現があるのでご注意を(R15指定タグもつけた方がいいのでしょうか……)
アリシアとフェイトが泣き止むのを待って、ダークネスが声をかける。
「……もう、いいのか?」
「――うん」
目尻に浮かんできた涙を見られない様、抱きついて表情を隠す、意地っ張りなアリシアに苦笑を浮かべていたダークネスが、首だけを回して彼女らの方へと顔を向ける。
「――ああ、そうだ。ついでにもう一つだけ面白いことを教えておくとしようか。俺が総てのジュエルシードを手に入れ、その力を制御下に置くことが出来れば……完全な、死者蘇生すら可能となるかもしれない。もし気が変わったら、ジュエルシードを用意した上でいつでも言うといい……契約成立の暁には、サービスとしてお前たちが取り戻したい人を、理不尽な現実によって失ってしまった大切な人を生き返らせてやってもいいぞ?」
「なっ……、君はっ!? そんな事を本気で言っているのか!? そんな理由で死人を生き返らせるなんて、許されるはずがないだろう! 」
“Ⅷ”の所在確認を終えたらしいクロノが、ドアノブに手を伸ばしたダークネスの背中に向け、叫び声を上げる。
「ご高説痛み入るよ、執務官。……だがな、それはあくまでもお前たち“人間”の定めたルールでしかない。人を超えた『
ひらひらと手を振りながら立ち去っていくダークネスの後姿を睨み付け、今にも飛び掛からんとする息子の前に、ここで手を出すことは危険だと判断したリンディの手が伸ばされ、静止を命じる。
ドアに備え付けられたベルの音が鳴りやんでからさらに数十秒ほど経過したところで、ゆっくりと息を吐きながら、リンディの身体から力が抜けていく。全身を脱力させたリンディは、いつの間にかカラカラになっていた喉を潤そうと手元に用意されていた紅茶(甘党リンディさん用の特製品。具体的には溶け切れなかった砂糖がカップの半分を埋め尽くすほどの凶悪なシロモノである)に手を伸ばす。
(彼女にとっては)ほど良い甘みが口の中を潤してくれるのを感じながら、傍らの部下たちへ確認の視線を投げかける。それに気づいたクロノに「……頼む」と言われたエイミィが、テーブルを囲む全員の眼前に、空間に浮かぶモニターを展開させる。そこに表示されるのは彼女たちが先ほどまで確認していた内容。ダークネスから齎された、悪い情報、その裏付け。
全員が画面の内容に目を通し終わるのを待ってから、エイミィは重々しく口を開く。
「……今から三十分ほど前、近隣世界の哨戒任務についていたユーレル隊員のバイタルデータをロストしました。彼と同伴していた局員は重傷を負ってこそいますが、命に別状はない模様です」
「ッ! ……救助された局員は何か言っていなかったの? 医務室に運ばれる前に訊き出せた情報は?」「救護に当たった局員によれば、見たことも無い結界らしきものが展開されたと思った瞬間、ユーレル隊員だけが結界の内側に引きずり込まれたらしく……。情報を訊き出すことが出来た比較的軽症だった隊員が言うには、行動を共にしていた分隊員たちを落としたのは十字杖を持った銀色の髪の少女だったそうです。彼女の広域空間魔法によって分隊は壊滅、その後、結界が解除された後には、ユーレル隊員の姿は影も形も見当たらなかったそうです……艦長、これって……」
「……ええ、そうね。おそらくは、バサラ君や新藤 荒貴と同じケースと思うわ……花梨さん、それに、葉月さん、だったわね? 貴方たちはどう思うかしら?」
この中で事情を察しているであろう少女たちに問いかけてはいるものの、リンディの中ではまず間違いないだろうという確信があった。人間の身体が光の粒子となって霧散していくという異常な現象を、彼女もまた、その眼で直接見ているのだから。魔道生命体ではない、間違いなく人間だったはずの存在が、そこにいたという痕跡すら残さずに消え去ってしまうという異常。早々忘れられるものであろうはずも無い。
彼女の考えを後押しする様に、顔を見合わせていた花梨と葉月も頷きを返しながら肯定の意を告げる。
「多分、間違いないかと思います」
「わたくしもですわ。しかし……これで、彼の言葉が正しいものであるということが証明されてしまいましたわね……」
「ええ……」
リンディは顎に手を置き、考えを巡らせる。ダークネスの言の通りであるのなら、イレギュラーは先日の戦いの中でアッシュの危機を救ったのだという。なのに、一晩開けると、今度は逆に命を奪うような行動を起こしている。果たしてどこにどんな意図が隠されているというのか。
――“闇の書”事件……やはりただで終わりそうにはいかなさそうね。
残りの紅茶を一気に飲み干しながら、リンディはとりあえず今日の交渉で手に入った情報を纏めるよう副官的立ち位置にいるエイミィに指示を飛ばそうかと考えていた。
彼女の下したこの判断が、後々、一つの救いと悲しみを生み出すことになろうとは、この時はまだ誰も気づいていなかった。
「ねえねえ、ダークちゃん、何であんな余計な事まで言っちゃったの?」
手を繋ぎ、海岸沿いの歩道を歩いていると不意にアリシアがそんな事を聞いてくる。目元が若干赤いような気がしないでもないが、あえてスルーしてあげるのが大人の優しさだ。
「何で、とは?」
「ジュエルシードのこととかだよ。あの人たちに知られちゃったら、きっと今よりもっとたくさんの追手さんが来るんじゃないかな? たぶん、こっちの都合なんてお構いなしに襲ってきちゃうと思うんだよ。ホントによかったのかな?」
くりくりとした瞳でこちらを見上げてくるアリシアは、気心が知れているが故に、ダークネスが意味のないことをする様な人物ではないと確信していた。
己の命を脅かす脅威となりうる存在……儀式の参加者たちを常に警戒し、どんな些細な行動にも、必ず先を見据えて行動している。
一見すると圧倒的な戦闘力にものを言わせたゴリ押しを好みそうな人物にみえるが、実は策謀を巡らせることも得意なのだ(別名、悪巧みともいう)。
己の力を誰よりも理解しているが故に、同種の存在を何よりも警戒している。情報は戦局を決定付ける、何よりも重要なファクターだとわかっている彼が、あんなわかりやすい誤魔化し方をして追及を避わしたのだ。そこに、何かしらの意図が隠されているのは間違いないだろう。
……まあ、アリシアがそこまで考えていたかと問われればそうではなく、単純に、普段のダークネスを知るが故に違和感を感じたというわけだったのだが。
「ま、アレは撒き餌みたいなものだからな」
「えさ~?」
「そう、餌だ。リンディ・ハラオウンは優秀だが、所詮は彼女も組織という巨大な生物の一細胞でしかない。俺という存在の脅威度を理解できる彼女は、俺に対する今後の対応も踏まえて、必ず報告をするだろう。何しろ次元震を制御できるという規格外だ、被害を最小限でとどめられるよう情報の共有化は必須だろうしな。そうすれば、ジュエルシードを制御できるという情報は必然的に管理局上層部に届く……それこそが、俺の狙いだ」
「?? どゆこと~? なんで、手の内を見せるのが得になるのかな?」
「くくっ……まあ、そのあたりは追々わかるさ。俺の予測では、クリスマス辺りで管理局から俺に交渉を持ちかけてくるはずだからな」
「ん~~……ヤッパリ、わかんな~~い! も~! ダークちゃんてば、イジワルしないで教えてよ~~」
「はいはい、その内にな――……さて、この辺までくれば良いだろう? いい加減に姿を表したらどうだ、
秋風が肌を突き刺すほどの冷たさを含み始めたこの頃に好んで海風が吹きつける海沿いを歩く物好きは早々いない。それでも、学校から帰宅途中なのだろう、帰路につく学生たちとすれ違いながら、ダークネスたちは海岸沿いにある公園へと足を運んでいた。何故かすれ違う学生全員が、驚いた風な目を二人に……否、正確には『夕暮れ時に金髪の美少女と手を繋いだ、顔に包帯を巻いた高校生くらいの男』であるダークネスへと向けられていたが、会話に集中していた二人は案の定、微塵も気づいていなかったりするがそこは割愛する。
夕日に照らされる周囲に人影は見当たらない。砂場で遊んでいた子どもたちも、家族の迎えが到着するとともに岐路へとついていた。
静寂が広がる公園にダークネスの声が響き渡る。大声ではない、されども、力ある重みを乗せた言葉が、翠屋を出た直後からずっと後をつけていた人物の耳へと届く。
「……バレていましたか。お見事です」
後を尾けていたという気まずさを微塵も感じさせない声色で返事を返しながら、自販機の影から現れた人物の姿に、二人はそれぞれ別の意味で驚く。
「あっれ~? 花梨ちゃん……じゃなくて、なのはちゃん……だよね? アレ? でも、何で?」
アリシアはついさっきまで会話していた(アリシア自身はシュークリームと格闘していたせいで会話なんぞしていなかったが)喫茶店の少女と瓜二つな尾行者の顔に驚き、彼女が何物であるのか知識として知っているダークネスは何故
そう、彼女
「そこまで警戒されなくても大丈夫ですよ? “王”や“力”もいませんし、“盟主”は先日の貴方の攻撃から“Ⅷ”を救い出すために無理をしたせいで、現在治療中なのです。だから此処に居るのはわたし……『星光の殲滅者』 シュテル・ザ・ディストラクターだけですよ」そう言って、スカートの端をちょこん、とつまんで少しだけ持ち上げ、丁寧にお辞儀してきた少女につられるように、慌ててアリシアもワンピースの裾をつまんでお辞儀を返す。
「あわわっ! あ、アリシア・テスタロッサですっ! 始めましてっ! あと、間違っちゃってごめんなさい!」
「いえいえ。その辺がいろいろとややこしいのは理解しておりますので、お気になさらず」
「気にするなって……! そんな訳にはいかないよっ!」
アリシアには許せなかった。自分の代用品として生み出されたと思っていたであろう“妹”を持つ“姉”として、どこか自分を蔑にしている風に感じられる少女の言い分を認めることは、彼女にはできなかった。
珍しく怒っているアリシアの剣幕が予想外だったのか、目をぱちくりさせる
「う゛……ぎ、ぎぼぢわるいで――っ!?」
「いい!? だから、貴方も――っへ? あ、ちょ、まっ――!?」
「「――――――ッッ!!!?」」
「うわぁ……」
~~ごく一部の変わった性癖をお持ちではない方には、お見せできない惨状が繰り広げられています。しばらくお待ちください~~
「あ~~、その、あれだ……あんなにガックンガックン揺すったら三半規管を刺激されるのは自明の理というかなんというかだな? 視界が目まぐるしく動いているのに身体の方が動いていないと車酔いと似たような症状におちいってしまうものなのだ。今回は、身体は固定されているのに首から上を激しく前後にシェイクされたせいで視界が定まらなかったことと、脳を揺らされたことで思考がマヒしてしまい、視界と情報のずれが発生し、結果的に車酔いと同じ症状が出てしまったわけだな。だから、これはある意味で自業自得ではあるが、逆に考えればあそこまで激しく揺さぶられたらこうなるのは当然のことと言えるわけで……まあ、つまりは、何を言いたいかということだが……その、あまり気にするなよ?」
「「……(ギロッ!!)」」
「う……す、すまん……」
月の光に照らされた夜の公園。普段は子供たちが遊ぶ遊具の一つである鉄棒に、水で濡れた布らしきものを掛けていた少女二人にものすごい目で睨み付けられたダークネスは思わず仰け反ってしまう。
どちらも見事なまでに涙目だ。アリシアに至ってはマジ泣きのレベルに達している。あの後、激しく頭をシェイクされてしまったシュテルが、とうとう限界を突破。正面に居たアリシアを巻き込んで、激しくリバースしてしまったのだ。アリシアの絶叫が夕暮れ時の公園に木霊した。近隣住民の皆様へ大変なご迷惑をかけるほどの音量で。
程なくして通報を受けて駆けつけてきた警官を茂みに隠れてやり過ごした三人は、こうやって被害を被った二人の服を水道で洗い、鉄棒を物干しに見立てて乾かしているという訳だ。だが、肌寒いこの時期に早々乾いてくれるはずも無く、おまけに下着まで汚れてしまった少女二人は文字通りの『すっぽんぽん』状態。これは流石にまずいだろうと考えたダークネスは己の上着をシュテルに着せ、アリシアは【ヴィントブルーム】に格納していた白いケープを身体に羽織っている。それでも夜風は堪えるようで、二人は身を寄せ合いながら小さく震えている。それでもダークネスから一定距離を離れているのは、異性に肌を見せるのは恥ずかしいという乙女心ゆえか。
「「くしゅんっ!」」
と、可愛らしいくしゃみをする少女たち。流石にこのまま服が乾くまで夜の公園に居続けるのは無理があるか。
「ホレ、行くぞ? ……って、なんだその顔は」
いまだ半乾きな服を回収していくダークネスに、少女は二人揃ってジト目を向ける。
「……私たちの服をどうするつもりなのかな?」
「もしやと思いますが……あなたはそういう特殊な趣味の持ち主であったのですか?」
「お前らな……ハァ、あのな? この調子じゃあ、服が乾く前に朝日が昇ってしまうだろうが。それに、そんな恰好で居続けたら本当に風邪をひくぞ?」
「む、大丈夫です。わたしはこう見えても、魔導――」
「魔導生命体だろうとなんだろうが、本質的には人間とさほど変わらんだろうが。大体、俺に話があったから会いに来たんじゃなかったのか? なら、誰かに盗み聞きされない様な場所で話をした方がいいだろうが」
「ぬ……それは、まあ、確かに……。ですが、なら、どこに向かおうと言うのですか?」
「俺たちがチェックインしている旅館だ。あそこなら着替え替わりの浴衣もあるし、食事も出るぞ? 防音結界を張れば、盗み聞きされる心配も無いだろうしな」
ついでに言えば、あくまでも仮の拠点なのでたとえ敵に居場所を知られたとしても、別の旅館やホテルに移れば良いだけだ。そこまで考えた上での判断ならば、シュテルは嫌とは言えない。そもそも、彼女の目的はまだ何も果たせていないのだから。――自分の要件を済ませる前に、醜態をさらしている感が否めないが。
「……わかりました。お邪魔します」
結局、着替えと温かい食事の魅力には逆らえなかったシュテルは、小さく呟きながら二人の後を追うことしかできなかった。
「はむはむはむ……」
「むぐむぐ……んくっ、んくっ……」
「もう少し落ち着いて食べんか……」
ダークネスとアリシアが拠点としている温泉街にある一軒の旅館。畳の香りが漂う和室にて、三人は少し遅い夕食を堪能していた。今日は三人一緒にということで、旅館側が気を利かせて用意してくれた『かも鍋』だ。コクのある出汁に柔らかいかも肉、そして新鮮なシャキシャキ野菜が生み出すハーモニーは、夜風に晒されて身体の芯まで冷え切ってしまっていた三人を内から温めてくれる。
今現在、浴衣に着替えているダークネスの顔に包帯は巻かれていない。普段は左目の義眼を隠すように覆っている包帯を外し、左目だけ瞼を閉じながら、熱々の長ネギへと箸を伸ばしている。
少し前までは、黒い宝石を埋め込まれたような状態だった左目だが、時の経過と共に馴染んできたのだろう、より普通の義眼に近い形状へと変化しつつある。この調子ならば、あと数年もすればごく普通の義眼と変わりないものへとなるだろうと、ダークネスは予想している。ちなみに、デバイスを兼ねた義眼は、疑似的な神経が構築されて繋がっているお蔭で視界も良好だ。それでも、傍目には眼球の代わりに黒い宝石が埋まっている風にしか言えないので、普段は包帯で覆っているのだが、風呂上り、且、湯気の立ち昇る鍋料理を食べるともあれば流石に外したほうがよい。そんな訳で、片目を瞑った状態で食事を続けていたダークネスだったが、テーブルの向こう側に並んで座りながら、絶え間なく箸を動かし続ける少女二人の姿に、さすがの彼も呆れ顔を浮かべてしまう。コレステロールが少ないとはいえ、濃い味のかも肉ばっかりパクついているのだ。もっきゅもっきゅ、とリスの様に頬を膨らませながら食べ続けるアリシアとシュテルのおかげで、野菜しか口に出来ないダークネスの頬がぴくぴくと震えているのも仕方のないことだろう。
あの後、公園を後にした三人は運よく職務質問受けることもなく、ダークネスたちが泊まっている宿屋にたどり着くことができた。出入り口で出くわした女将さんに、アリシアの友達が遊びに来たので今日一晩だけ同伴させてほしいと頼んだとき、またもやものすごい表情を浮かべていたのはお約束だ。
「彼は少女二人を連れ込むロリコン紳士だっのかしら!?」
「いえ、おそらくはあの金髪ちゃんが正妻で、茶髪のクールっ娘が側室なのではありませんか?」
「いんや、ここは敢えて両手に花なハーレムの一択で!」
「「それだっ!!」」
――的な会話が受け付けで繰り広げられていたとかなんとか。ついでに、耳が良い一人の少女には、一連の会話がばっちりと聞こえていたらしく……
「……(ポタポタ)」
「ふう、ご馳走様で――って、へうあぁ!? だ、ダークちゃぁああん! シュテルが真っ赤な花を咲かしているんだよぉおおおお!?」
「はぁ? いきなり何を――って、どうした!? 口の周りが血塗れだぞ!?」
「はっ!? (ゴシゴシ……)――コホン、ご馳走様でした。大変おいしかったです」
「なかったことにしようとしてるの!? 流石にそれは無理があるんじゃないかなぁ!?」
「これは、鼻血……か?」
机に滴り落ちた真紅の液体を指先で掬い、一舐めして当たりをつけたダークネスを見上げながら、騒ぎの元凶たるシュテルは何やら恥じらうように体をくねらせる。
「わ、わたしにこのような仕打ちをされるなんて……鬼畜、なのですね……」
「待て、コラ。ちょっと待とうか、マテリアル。いきなり何を言いだすか」
「ダークちゃん……女の子に初めての血を流させるだなんて……!? どうして!? 私じゃあ、駄目なのかな!? 私じゃあ、ダークちゃんを満足させられることは出来ないのかな!?」
「お前もか!? ええい、いらん知識ばっかり覚えおってからに!」
「あ、あの、どうかなさいましたか、お客様……?」
ドアの向こうから恐る恐ると言った風な声が掛けられた。声の主は女将さんのもの。外に響く位の大声で騒いでいる彼らの様子が気になったようだ。
別に、三人の関係がとってもに気になったので、聞き耳を立てていた訳ではない。他の客さんがいない事を良いことに、野次馬根性丸出しにした従業員たちが女将さんの後ろに勢ぞろいしている事もない。……ないったらないのだ。ウン。
それはともかく。せっかく用意してもらった浴衣をこんなに早く鼻血で汚してしまったので代わりの浴衣を用意してくださいとは、流石に頼みづらい。
ヒトを超えたとはいえ、そこまで厚顔無恥に振る舞うほど、ダークネスは恥知らずな男ではなかった。だが、どのみち着替えを用意しなければならない訳で――
「えー、あー……その、申し訳ないのですが、浴衣をもう一着ほど用意していただくことは出来ますかね?」
ドアの向こうでざわめきが起こった気がした。
「え、ええと……ご、ご用意いたしますのは、お嬢さま用のサイズのもので……?」
「え? は、はい。その、ちょっと汚してしまって――」
「……申し訳ありません。わたしが(鼻)血を出してしまったせいで要らぬご迷惑を……」
「しょ、しょうがないんだよ、シュテル! だって、始めて(の鼻血)だったんでしょ? それじゃあ、仕方ないことなんだよ!」
ざわっ……!
アリシアの台詞によって、ざわめきがさらに膨れ上がった。
「そんな……無理に優しい言葉を掛けていただかなくとも大丈夫ですよ。無理やり押しかけた挙句、(自分のせいで)服を濡れさせてしまったわたしを受け入れてくださったのですから(拠点に招く的な意味で)。むしろ、お礼を言わなければならないのは私の方です……ごめんなさい、アリシア。わたしがいなければ、今頃は彼と二人、床に就いていてもおかしくはない時刻だというのに(就寝する的な意味で)」
「もう……そんな事、気にする必要なんてこれっぽっちも無いんだよ! 貴方は、やっと出来た初めてのお友達なんだから(親友的な意味で)! むしろ、一緒にお布団に入りたいくらいなんだよ(もちろん就寝的な意味で)!」
「アリシア……! あなたの優しさは、わたしには眩しすぎます……」
「シュテル……」
「アリシア……」
いつの間に仲良くなったのか、両手の指を絡め合い、互いの額を合せるくらい顔を近づけながら見つめ合う少女たち。共に厳しい試練を乗り越えた先にたどり着けた境地、友愛や愛情を超越した場所に、彼女らは上り詰めたと言うのか……。
「……げろまみれの友情……略して『げろじょう』か」
「「変な呼び方しないでくださいっ!?」」
突っかかってくる少女たちを宥めながら、替えの浴衣の手配をお願いする。
さほど時間が経たぬうちにドアがノックされる音が響き、頬を赤くした女将さんが用意してくれた浴衣を受け取る(何故か、新品のティッシュの箱やドリンクらしいもの、一見するとチョコレートの箱に見えなくも無いよくわからないものも一緒に手渡されたが)。
これは? と訊く前に、女将さんがさっさと引っ込んでしまったため聞きそびれてしまったが、まあ良いかと部屋の隅に寄せておく。
「シュテル」
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに頬を朱く染めながら浴衣を受け取ると、窓の方へ歩いていく。ここは和風の意匠がされた温泉宿、見晴らしの良い風景を一望できる窓の傍には小さなチェアーとテーブルが置かれており、そこと部屋の間には閾のように障子が備え付けられている。カーテンと障子を閉めれば、簡易的な更衣室に早変わりだ。公園では自分をマテリアルだと言っていたシュテルだったが、流石に異性の前で着替えるのは御免被るらしい。全裸なんぞ、公園で汚れた服を脱がせたときにしっかり見られていたというのに、今更と言ってはいけない。何故ならば、彼女もまた、花も恥じらう女の子なのだから。ついでに捕捉しておくと、公園での一件は予想外の事態にパニックを起こしかけていた二人の少女が自力で着替えることも出来なさそうと判断したが故に、仕方なくダークネスが脱がせただけであって(だから半泣きの二人に睨まれていた訳だが)、決して彼自身にそういう趣味があるはずではない……筈だ。多分。
障子越しに聞こえる床擦れの音を、アリシアに耳を塞がれることでシャットアウトしていると、程なくして着替えが終わったらしいシュテルが障子の隙間から顔を覗かせる。おずおずとしたその動きは、どこか巣穴から顔を覗かせるリスのようにも見える。
「(こうして見ると、普通の女の子にしか見えないな)」
いつまで経ってもこちらに来ないシュテルの様子に、いい加減焦れたらしいアリシアが彼女の手を掴み、引っ張り出す。なにやら、もごもご言っているようだが、そんな言い訳がアリシアに通用するはずも無く。普段の三割増しなテンションのまま、シュテルの躊躇など瞬断してススーッ、と障子が開かれる。「も~、大体さっきまで同じ浴衣を着てたじゃない。なんでそんなに恥ずかしがるかな~?」「い、いえ、流石にご迷惑をかけまくってしまった以上、堂々と胸を張るほど図太い訳ではなくてですね……」恥ずかしいと言うよりも、申し訳なさが前面に出ている風にも思えるが、それでもこうしてアリシアと騒いでいる様子だけを見ると、”知識”の中にある彼女の情報と目の前にいる実物の彼女のギャップに小さな驚きを感じてしまう。公園でのやり取りでも感じたとこだが、己の想像以上にシュテルは感情を表に出してくる性格らしい。
感情の起伏を感じさせぬ無表情と平坦な声色の中に、確かな感情……彼女自身のココロが宿っていることが感じられる。やはり知識と現物に違いがあるのは当然のことなのかな……、と自己完結しつつあったダークネスだったが、
「――っな!?」
己が視界に映る信じられない光景に、驚愕の叫びを上げた。思わず立ち上がってしまったダークネスは、左目が解析してしまった事実……自分の予想の上を行く……されども、納得のできる
淹れたててでまだ熱いそれを、喉を鳴らしなが一気に飲み干す。喉と舌にピリピリした痛みが奔るものの、むしろその痛みのお蔭で冷静さを取り戻すことに成功していた。
「だ、ダークちゃん? どしたの?」
『なにがなんだかわからない』とでも言いたげな表情のアリシアはひとまず置いといて、視線をもう一人の少女……シュテルへと向ける。彼女も初めは驚きの表情を浮かべていたものの、即座にダークネスが冷静さを取り戻す様子を見てどこか満足げに頷きを繰り返していた。
「お前は……”紫天の書”が生み出したマテリアルじゃあないのか?」
「(さすが……! こうも容易く見破られるとは!)」
ほとんど前情報の無い……というか寧ろ、与えられた先入観が邪魔をするせいで真実にたどりつくことはないだろうという自身の予想を上回る理解の速さに、シュテル内に設置された『高感度ランク』が一ランクほど上昇した。
「ご察しの通りです。そして、それこそが私があなたに接触した理由でもあります」
姿勢を正しながら、シュテルはそう切り出した。
そこは、ただただ広い黒い空間だった。宇宙空間のようであり、けれども宇宙とは違って煌めく星々の輝きの無い、まさに暗黒と称するに相応しい世界。
母親の胎内でたゆたい、眠りにつく幼子の様な体勢でまどろむ彼女以外、誰もいない筈の世界。静寂が支配する黒い世界唯一の存在たる少女……紫天の”盟主”『ユーリ・エーベルヴァイン』の耳に、無駄に明るい声が届く。
「やっほー♪ 突撃! 貴方のベッドの中~~♪」
「はひぃっ!?」
闇に身体を漂わせながらうとうしていたユーリは、唐突にすぐそばから声を掛けられて素っ頓狂な声を上げてしまう。人外の力を揺する彼女とて、精神的には花も恥じらう少女のもので。だからこそ、おまぬけな声を上げてしまったことが無性に恥ずかしくてならない。
(うう~~、はずかしいですぅ……じゃなくて!?)
「だっ、誰ですかっ!?」
「ふはははは! このボクにお前は誰と訊くのかい!? 世間知らずも甚だしいよ」
「むむっ! た、たしかに最近、引きこもってましたけど! それは怪我の治療に専念していただけなのです! けっして、私は《にぃと》などではないのです!」
最近になって覚えた一般常識を披露しつつ、反射的に身構えながら声の聞こえた方へと向き直る。
「あっはっは~~、ふ~ん? へぇ~? ほぉ~?」
視線の先にいたのは、じろじろとユーリの顔を見つめてくる女の人……なんていうか、変なヒトだと思わざるを得ない人物であった。綺麗なパープルブルーの長髪がたなびく、頭頂には機械みたいな猫耳がぴこぴこと自己主張の真っ最中。絵本の主人公みたいなかわいい服の上に、ちょっと皺の入った白衣を羽織った女のヒト。
「どうやって、ここに入ってきたんですか?」
素朴にして重要な質問。魔導生命体である紫天一派が肉体を修復させるためだけに用意された空間に平然と侵入してきた相手を前にしたユーリの表情は鋭い。
「んん? そんなの、ボクが天才のルビーさんだからにきまってんじゃない」
うわ、すごい……こんなに自信満々なヒト、ディアーチェ以外にもいたんだ。ちょっとだけ、感動したのはユーリだけの秘密だ。
でも。
「……帰ってください。ここは私の、私たちの世界です」
そう、望まぬ生を与えられ、無理やり契約を結ばされた彼女たちに残された最後の空間、彼女たちが彼女たちで居られる、大切な場所。『始まりの闇』ここから私たちは生まれたんだ。だから……誰にも汚させない!
「出ていって……!」
背中から赤黒い霧状の翼……魂翼を展開、ユーリという存在の核である無限魔力生成機関『エグザミア』を活性化させて魔力を放出する。常人なら、それだけで戦意を奪われるほどの圧倒的な魔力の奔流。まさに闇の世界を震わせるほどの魔力波動を浴びているというのに、女の人の浮かべる笑みに翳りはなく、むしろ逆に、より一層深いものへと変わりつつある。
――こわい。
正直にそう思う。でも、だからと言ってここで引き下がるような真似をするつもりも無い。何故ならユーリは紫天の盟主であり……表で望まぬ行動を強制させられている彼女たちの帰る場所を守らなければならないのだから。意識を戦闘モードへと切り替え、魔力で構成した刃を纏わせた腕を振るおうとした刹那、――驚愕で、言葉を失ってしまう。
「(腕が……動かない!?)」
まるで中空に縫いとめられたようにピクリとも動かせない。だが、ユーリの驚きはそれだけでは終わらなかった。逆の手も、両足も、魂翼でさえも、一切の行動を不能にされてしまった。バインドなどの形跡は一切見受けられない。それならば、いったい何故――!?
「ふふふ……どうだい? ボクの『
そう言いながら、完全に封殺されたユーリにも見えるように手を拳げてみせる。
目を凝らすと、彼女の指先……正確には十指に装着された指輪から鮮烈な輝きを放つ閃は無数に奔っているのが見えた。それは『糸』。目で捉えることすら困難な程に細い糸が、指輪に刻まれた文様の隙間がら幾重にも溢れ出し、揺らめいていた。
ルビーの魔力光と同じ鮮やかな紫色を放つそれを、光源など存在しない筈の空間のお蔭もあってユーリには比較的簡単に糸の存在を捉えることが出来た。だが、意識して目を凝らさなければ捕捉するどころか、それが糸だと気づくことすら出来なかったことだろう。現に、単体戦闘能力では紫天の一派最強のユーリですら、全く気付くことも出来ぬまま全身をからめ捕られしまい、容易く拘束されてしまっているのだから。
恐るべきは、それを成し遂げるほどの力量を有するルビーの技量か、それともユーリの全力を完全に封じるほどの信じられぬ糸の強度か。
「ふっふっふ~~……キミが何を考えてるのか手に取る様にわかっちゃうよ~~、なんたって、ボクは『天災さん』なんだからねっ! でも、『すっごく強度が高い糸』っていう回答じゃあ、三十点だね~~」
辛口の判定を下しながら、ルビーは指を一本だけ折り曲げる。と同時に、ユーリの背中で禍々しいかぎ爪のように半実体化していた魂翼が痕方もなく霧散する。
驚きで目を剥くユーリに、ちっちっち……、と人差し指を立てながら、まるで生徒を導く教師の様にルビーは己の“能力”を話していく。
「ボクは人形使いで、世界に存在するすべてのモノはボクに操られる人形でしかないのさ~~♪ 『
ルビーの“能力”の本質、それは糸は糸でも『操り糸』だということに尽きるだろう。
彼女は自信を人形使いだと自称している。これは比喩でもなんでもなく、彼女の手に掛かってしまえば、例え世界の定めた不変の“理”すら、思うが儘に改変させることが出来るのだ。糸を絡めつけるという条件させ満たしてしまえば、拘束したいと願えば相手の身体は本人の意思に反して文字通り無抵抗な姿を晒し、切り裂きたいと願えばどれほど強固な対象であろうとも豆腐に包丁を下ろすかの如き容易さで切断することができる。だが、この“能力”の真のチカラ……“理”すら操るということは、糸に絡め取った対象を、本人の意識とは無関係にルビーの好きなように動かすことが出来るという点こそが、これの真骨頂と呼べるだろう。触れた者すべてに対する強制的支配権を奪い取る、凶悪なまでの“能力”。それこそが、彼女のチカラの正体。
彼女にとって、世界の統べてが彼女が見おろす箱庭の中に転がる人形でしかないということか。ルビーは人形使い。世界の理ですら、彼女の操り糸の前ではその意識を、想いを塗り替えられてしまうのだ。
「さ~って、と……」
「あ、あれ? なんでうきうきしてるんですか? わきわきさせる両手の意味は……?」
「ふっふっふっ……いいねぇ、判ってるねぇ。不安げに上目使いしつつ涙を浮かべる魔王様に穢されるお姫様ちっくなヒロイズム――……はぁ、はぁ……!」
「ちょ!? 鼻血! 鼻血がぼたぼたと流れ落ちてるんですけどっ!? え、何コレ!? 私、何をされちゃうんですかぁ!?」
「だ、大丈……夫……だよ? イタくしないからさぁ……はぁ、はぁ……寧ろ、キモチ良くしてあげるからさぁ……!」
「ぴいいいいっ!?」
両手を脇脇させながらにじり寄ってくるルビーの姿に、ユーリはもうカンペキに涙目だ。瞳に涙を溜めて、いやいや、と弱弱しく首を振るその仕草が追いつめられた小動物そのものと言った風な雰囲気を醸し出し、そしようもなくイケナイ気持ちを湧き上がらせてくることを本人は気づいていない。頬は緩み、半開きになった口元からは荒い息ときらりと光る涎が溢れ出す。誰がどう見ても、ドン引きすること間違いなしな変態がそこにいた。助けを呼ぼうとも此処に居るのは彼女と自分の二人だけ。まさに八艘塞がりである。
「では……いただきま~す!」
「うわきゃ~~!?」
伝統の○パンダイブで拘束された美少女に襲い掛かる、白衣の少女。見る人によっては、ご飯三杯はイケそうな光景だ。
「ふふふ……ここか? ここが良いのかな? ん~?」
「あっ、そ、そこはダメ――ンンッ!」
「んっ……はぁ……ちろっ」
「ひゃぅうんっ!? やっ、やぁ……! そんな、トコ……なめちゃぁ――んむぅっ!?」
「ンッ、ンムッ……チュッ……ぷはぁ――あむっ」
「ふむっ……はぁ、むうっ!?」
「んじゅっ……じゅうううっ!」
「~~ッッ!?」
「――ぢろっ……! ふう……」
「ンぁ……ふぁ……あっ!? やっ、やあ――」
「んふふふ……、さあ、キミの総てをボクに見せてよ……!」
シュルッ……
「――チュッ」
「――ッあ、ああああ~~~~っ!?」
~~未成年者にはお見せできない行為が繰り広げられております、しばらくお待ちください~~
だいたい三十分後
「ふぅ~~……、いやー、まさかボクがここまで夢中にされちゃうなんてねっ! すごいね、キミ!」
「――ううううう~~~~っ!!」
「や~らかいし、い~においもしたし……うん、決めた! 最初はキミの核だけ引っこ抜いてやろうと思ってたけど、やっぱり君ごと貰うことにするよ!」
「そんな事よりも! いい加減に、ぱんつ返してくださいよう……!」
「え――」
「え――じゃありませんからっ! 返してって言ったら、返してくださいよおっ!? あ、ちょっと!? 何で、においを嗅いでるんですかぁっ!? わざとらしく、くんかくんかしないでくださいよぉ!」
「今日という日の記念に、コレ欲しいっ! 額縁に飾っておくからさ! ね、いいでしょ?」
「いい訳ないでしょおおおお!? どれだけ、変態さんなんですかぁ!? ていうか、あなたは”Ⅰ”さんにご執心じゃなかったんですか!?」
「え? もちろんそうなんだけどさぁ……実はボク、女の子もイケるって最近になって気づいたんだっ(キリッ!)」
「すっごい真剣な顔で言うようなことなんですかぁ!?」
「実はボク、女の子もイケるって最近になって気づいたんだっ(キリッ!)」
「大事な事じゃないから、二回言わなくてもいいですっ!」
腹が立つくらい爽やかなドヤ顔を決めてくださったルビーに、へにょへにょっ、と戻したてのワカメの如き弱弱しさしか見えぬまでに弱体化させられてしまい、魂翼で『すっぽんぽ~ん』な下半身を隠した真っ赤な顔のユーリが怒るものの、まさに馬耳東風、ぬかに釘、猫に小判。
人差し指の先で、ユーリからずり下ろして奪い取った見かけによらず実は意外と大胆だったユーリちゃん愛用の黒いレースな布生地をくるくると回すルビーの笑顔が崩れる様子は微塵も無い。周りの人間を否応なしに巻き込み、引っ掻き回す彼女こそ、まさに“天命すら災害へと変えてしまう”存在……『天災』と呼ぶにふさわしいだろう。基本、人の話など訊いちゃいねぇルビーは、拘束から解放され(抵抗する気概は完全に鎮火させられてしまっていた)自由になった手足の具合を確認するよりも前に、取り返したアダルティな下着の再装備に忙しいユーリ本人の意思を確認せぬまま、彼女を自分のものにしようと動き出していた。
「じゃ、さっそくキミのコアに『
ユーリのコアに糸を接続させることは出来た。だが、そこで何かに気づいたように動きを止める。訝しむように眉を顰め、首を傾げる。明らかに戸惑っている様子を見て、身だしなみを整えたユーリは儚げな笑みを向けていた。
「無理ですよ、”Ⅱ”さん」
「……ど~ゆ~ことさ?」
今まで出来ない事が一つも無かったが故に、
「私の……いえ、”紫天の書”一派である私たちはマスターに生み出された存在なんです。私たちのマスター権限が『あの人』の元にある以上、どんな異能を使ったところで、これを無効化させることは出来ません」
「ふ~ん? でも、このルビーさんを舐めちゃあいけないよ~~? ボクの手に掛かればそんなプログラムなんて、ちょちょいのチョイで――」
「いいえ違います。そうじゃないんです」
理屈じゃない。根本から考えが間違っている。そう言外に言われて、流石のルビーも口を紡ぐ。実際、『
「……もう、わかってるんでしょう? 私が唯のプログラム生命体なんかじゃないっていうことに」
「ま~ね~……推論なんだけどさ~? キミ……ううん、キミたちって、本物の”紫天の書”一派じゃないんでしょ?」
返答は無言。だが否定の言葉でない以上、つまりは――そういうことなのだろう。
「ご明察、です……。私たちは、貴方たちの知識にある”闇の書の残骸”でも”闇の書の闇”でもありません」
ユーリは彼女には似合わない自傷気味な笑みを浮かべた。
「私たちは『あの人』……転生者
告げられた事実に、ルビーの瞳が好機の色を宿した。
本家のお株を奪う百合百合~なシュテルんと、オ・ト・ナの階段を二段飛ばしで駆け上がってしまったユーリちゃんの回
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究極《ゼロ》
「はぁ……はぁ……! くそっ! なんで、こんな……!?」
荒い呼吸を繰り返しながら、アッシュは悠然と宙に舞う敵を見上げながら怒号を放つ。
「どうして皆を巻き込んだんだ! 答えろ、イレギュラー!」
血塗れの右腕に、気絶した仲間を抱きしめながら、憤怒の形相で敵を睨み付ける。その先にいたのは三つの人影。背に黒い翼を銀髪の少女と水着と思わんばかりに露出の激しい出で立ちをした蒼い髪の少女。そして彼女らに挟まれるような位置から、地面に這いつくばるアッシュを真っ直ぐ見下ろしてくる男。おそらくは、この男こそがイレギュラーなのだろう……それは、男の傍らに立つ二人の表情がまるで望まぬ行為を命じられたかの如く暗いものであったからだ。実際、彼女たちは偵察任務を敢行していたアッシュたちに向け、不意打ち気味に長距離射撃を撃ち込んできたのだから。それも……殺傷設定で。漆黒の巨獣を思わせる広範囲砲撃に喰らい付かれ、視界を埋め尽くすほどに眩い蒼き雷光の刃に撃ち抜かれてアッシュたちの部隊は、戦闘らしい戦闘も出来ぬまま壊滅状態に陥ってしまった。
その結果が、ごつごつした荒野の所々に倒れ伏した仲間たちと――鮮血の水溜りの中に漂う、切り落とされた己の左手。
焼け爛れた背中の痛みに耐え、残された右腕で構えた銃口を向けながら、分割思考で仲間たちのバイタルを確認していく。祈る様に、願う様に一人ずつ容体を確認していくアッシュの顔は、自身の痛みと仲間を護れなかった事に対する心の痛みでぐしゃぐしゃに歪んでいた。その様子にさすがに耐えられなくなったのか顔を逸らす少女たち……”紫天の書”一派の二つ、”王”を司る
「思うわけないじゃないか。所詮、ソレも悪でしかないのだから」
「なっ!? 悪、だって……!?」
迷いなく断定された言葉に、アッシュは思わず我が耳を疑ってしまう。当然だ。法と世界を守る正義の機関たる時空管理局に属する者を、躊躇なく悪だと断じるなど、管理局の理念に賛同しているアッシュからしてみれば、到底理解できないものだった。
「そうだろう? お前たち悪の象徴である『転生者』を仲間扱いしているんだ……これを悪と言わずしてなんと呼べばいい?」
「ちょ、ちょっと待て! 僕たちが、悪……!? いったい、どういう意味だ! だいたい、お前は何者なんだ!」
「ふん……まあ、いいさ。そんなに知りたいのなら教えてあげるよ。真実を知らぬまま消滅するのは恐ろしいだろう? ただ一つの真実……嘘で塗り固められた本当のことを教えてあげるよ」
男は、まるでいいことを思いついたと言わんばかりに両手を広げながらそんなことを言う。劇場型と呼ばれる、自己陶酔型の人間の典型だと、アッシュは感じた。
「この世界の真実……それは、お前たちここで繰り広げている”神造遊戯《ゲーム》”とやらが、実は何の意味も無い、一部の神々が暇つぶしのためだけに始めたお遊びだということさ」「なっ――!? どういうことだ!」
「そのままの意味さ。神と呼ばれる存在は永遠を生きる者たち……だからこそ、常に刺激を求めているんだ。だからこそ、退屈を紛れさせるためにこんな”お遊び”を起こしたわけなのさ。お前たちは、文字通りゲームの駒。輪廻の環に還る前の適当に選んだ人間の魂に『お前は選ばれしモノだ』みたいなことを吹き込んで、”転生”という形で再利用していたにすぎないのさ」
「う、嘘だ! こんなに手の込んだ儀式を暇つぶしでだなんて――!?」
「ふん、所詮はおだてられて調子に乗っただけの『異物』だよ。真実を受け入れたくないという気持ちはわからないでもないが……残念だが、これは見紛う事なき事実なんだよ」
「そ、んな……それじゃあ、僕たちが今までやってきたことは一体――!?」
「ふん、まあそういう訳さ。でも神から力を与えられた者たちが多数存在するこの世界は、大きな歪みが生じて崩壊してしまう危険性があるらしくてね。世界を守る立場としては、これ以上、世界が崩壊しない様に原因の排除を決定したのさ。そう……それこそがこの僕、転生者
「No.”0”……!?」
儀式の参加者に割り振られたNo.は”Ⅰ”~”ⅩⅢ”までの十三組のはず。ルールから外れているということはつまり、この男は”ゲーム”のルール外にいる存在に間違いないということなのか――!?
「だから僕は、この瞬間より世界に害をなす存在であるお前たち
「ああ、
要するに自分たち転生者を倒すのは自分の役目だと、そう言いたいわけか。
(……それだけ? 本当にそれだけなのか? そんなことのために、仲間に命を掛けさせるような真似をさせたって言うのか、コイツは!?)
緊張と焦燥でカラカラに乾いた口の中の感触に嫌悪感を感じつつ、アッシュの思考が焼けていく。
(あの時……“Ⅰ”の神代魔法に消し飛ばされそうになったあの時、僕を突き飛ばして助けてくれた女の子。確か名前が……そう、『ユーリ』だったか。彼女は間違いなく僕の身代わりに砲撃に呑みこまれていたはず。彼女もプログラム生命体の筈だから多分無事だとは思うけど、それでも一歩間違えば完全に消滅していたかもしれないんだ。彼女が自分の意志でそうしてくれたって言うのならまだしも、ディアーチェやレヴィの様子を見る限りじゃ、奴に命令されているって考えるのが自然だね)
斬り落とされた左手の切断面に治療魔法を掛けながら、再度、アッシュは新羅 白夜と名乗った男を睨み上げる。
(何が正義だ! こいつの目は奴と、『時の庭園』で対峙した“Ⅳ”と同じだ。自分勝手な自己陶酔型の典型……身勝手な正義感を他人に押し付けてるだけの、子悪党だ!)
ならば、自分は立ち上がらなければならない。法の守護者として……、何よりも、ようやく手に入れることのできた本当の仲間たちを守るためにも、こいつはここで斃す!
アッシュに戦意が戻ったことに気づいたディアーチェとレヴィが各々のデバイスを構えようとするのを片手をかざすことで静止させると、白夜は憐み混じりの視線を送る。
「まだ、無駄な足掻きを続けるつもりなのか?」
「……当然だ。管理局員として、宣告も無しに奇襲を仕掛けてくるような犯罪者を捕縛するのは当然の義務だよ」
「ふうん? 管理局員として、ねぇ……。あくまでも転生者ではなく、管理局員として僕を捕えると。そう言いたいわけか」
「そうだ。どんな理由があったとしても、僕の仲間たちをこんな目に合わせておいて、『はい、さようなら』で済むと思うなよ!?」
「ふん、根源悪のくせに正義の味方気取りするとは……決めたよ。君は僕が直々に葬り去ってあげよう。ディアーチェ、レヴィ、君たちは手出し無用だ。わかったね?」
「――っ!!」
「……う、うん」
親の敵と言わんばかりの鋭い目つきを向けられていることに気づいていないのだろうか? 射抜くようなディアーチェの視線を背中に受けながら、ふわりと地面に降り立った白夜は無手の右手を前に突出し、何かを掴むように握り込む。と、同時に、握りしめた拳の合間から燃え盛る炎が奔流となって溢れ出した。
轟々と燃え盛る火炎に包まれた右手を一凪ぎすると、不安定な炎が一つのカタチへと成っていく。それは、炎の剣。燃え盛る炎で構築された剣は実体を得たかの如き質量感を感じさせ、紅に輝く刀身には揺らめく炎の如き波紋が浮かび上がる。まるで硝子細工と見紛うほどの美しさは芸術の域に達しており、されども、刀身の内よりひしひしと感じられる威圧感は、それが間違いなく殺傷能力を有した“武器”であることを主張していた。
「『Metatron《メタトロン》』――、太陽よりも燦然と輝く炎の剣、租は遍く万物を焼き尽くす天上の力」
切っ先を突き付けながら、声高々に告げる。
「さあ――神の炎に焼かれて消えろ!」
叫びを置き去りにするほどの速度で踏み込み、五メートルはあった彼我の距離を一歩で詰めると、炎の剣を振り下ろす。剣筋は美しく、迷いがない。それだけ見ても、白夜が相当の剣の腕を持っていることの証明と言える。戸惑いも躊躇も無く、アッシュの急所……最初の不意打ちで腕を失ってしまった左側から袈裟切りに振るわれた剣閃には確かな殺意が籠められていた。
「誰がっ!」
身を屈めて初撃を避わすと、熱風と剣圧に煽られた前髪が数本、宙を舞う。右手を地面に付いてそこを支点に側転、距離を稼ぐと狙いもつけずに右手で構えたデバイスの引き鉄を引く。
カートリッジの炸裂音が響き、連射に特化させた魔力弾が唸りを上げて白夜に迫る。だあ、白夜が無造作に振るった炎剣によって瞬く間に消滅させられていく。だが、それも仕方のないことだろう。アッシュのデバイス【グレイスレート】は双銃、つまり二丁揃ってこそ、真髄を表すデバイスなのだから。白と黒の拳銃が繰りなす灰色のコンビネーション……『1 + 1』という単純な数式で『10』という結果を導き出すこともできるタクティクスは、黒と白、二色を混ぜ合わせることでのみ真価を発揮する。だからこそ、かのデバイスは灰色を示す名を与えられているのだから。だが、左手を斬り落とされると共に、片方の銃は粉々に粉砕されてしまっている。幸い、二つで一つという構造上、片方でも銃身が無事ならば、修復は可能だし、“ゲーム”のルールにある“デバイスの破壊による失格”にも当てはまらない。だが、あそこまで破壊されてしまっては修復に時間がかかるし、片腕しかない現状では、どのみち使いようがない。
だが、莫大な火炎を圧縮させた剣に相対するには、圧倒的に不利な状況に陥っているにも拘らず、アッシュの表情に諦めの色は無い。確かに、生半可な攻撃をいくら繰り出そうとも、有効打を与えられなければ魔力の無駄使いにしかならない。特に、アッシュのような魔力弾を主力にする魔力放出系のスタイルを得意とする魔導師にとって、いたずらに戦闘を長引かせることは魔力の枯渇を招く悪手となりえる。
もし、高町 なのはの様に保有魔力が莫大、かつ、大気中に霧散する魔力素を再利用できるほどの
「世界を焦がす神話の炎にて葬ってあげるよ!」
「御免こうむらせてもらう!」
炎の剣による斬閃を、時に身体を逸らし、時に無様に地面を転がりながらなんとか避わしていく。だが、防ぐ手立てがない以上、総ての攻撃を回避し続けなければならず、そうなれば当然、アッシュの弾幕が弱まることに繋がる。それは白夜に更なる追撃をアクションさせる余裕となり、炎の斬攻の勢いは連鎖的にさらに激しさを増す。まさに悪循環としか言いようのない展開となりつつあった。
「――ッ!」
ストップ・アンド・ゴーを組み入れた変則的な高速移動を繰り返し白夜の隙を伺うものの、ほとんどの魔力弾は彼の揮う炎の剣によって切り捨てられ、僅かに攻撃の合間を縫って攻撃を着弾させられたとしても、黒いライダースーツ状のバリアジャケットを打ち破ることが出来ない。“Ⅰ”との戦闘で使用した貫通力を高めた特製の弾丸は、生成に僅かな時間を必要とする。一発の弾丸を生成するのにおよそ二秒、ほんのわずかな時間であるが、こと戦闘中においては決して軽んじてよいものではない。対“Ⅰ”時には、“能力”と組み合わせて
「ずいぶんと足掻く……だがっ!」
「ぐっ、あ!?」
袈裟切りに振るわれた炎剣が生み出す風圧……否、もはやそれは作熱の砂漠に吹き荒れる熱風と呼ぶべきもの。咄嗟に屈むことで直撃こそ避けたものの、左肩から背中に掛けて浅くは無い斬傷を受けてしまう。アッシュの反応速度に白夜が対応しつつある証拠だ。滝のように流れる汗を拭う余裕すら残されていないアッシュは、攻撃の合間を捕え、なんとか距離を離す。僅かでも時間を稼ぎ、突破口を見つける。そんな意図が秘められた
「無駄なことさ」
「っな!?」
踏み出した足元が炸裂するほどの踏込で、彼我の距離を刹那の間を置かずにゼロにする。白夜はそのまま、体勢を整え切れていないアッシュの鳩尾に靴先を叩き込む。ボキボキ……! とナニカが砕かれるような音を響かせながら、アッシュの身体が大きく吹き飛ばされる。地面の上を幾度もバウンドし、砂埃りを上げながらようやく止まった瞬間、倒れ伏したままな彼の後頭部に向かって踏み砕く勢いで足を振り下ろす白夜の姿がそこにあった。第六感の告げる警告に突き飛ばされるように、残された四肢をバネの様に跳ね上げてその場を離脱する。と同時に、アッシュの頭部があった位置に突き刺さる踵落とし。
決して脆くはない岩盤を粉微塵に砕く一撃は、人体など容易く壊してしまうだろう威力が籠められているという事実をありありと証明してみせた。
「ぐう……っ! な、なんで……」
「僕に動きが読まれたのか、かい?」
自分が浮かべた考えをそのまま言葉に出され、アッシュの顔に驚きが生まれる。
「君程度の浅はかな考えなど、すべてお見通しなのさ……。そう、僕が持つ第二の“能力”の前ではね」
「第二の“能力”……!?」
「そうさ。名を『Ratzie《ラジエル》』、総ての秘密を暴く神々の目と呼ばれるこの“能力”の前では、あらゆる理論や思考が暴き出されてしまうのさ!」
「まさか……!? 相手の心を読み盗る“能力”か!」
つまりは読心術ということか。魔力を込め、必殺を狙って放った弾丸を統べて斬り落とされ、目晦ましとして狙いもつけずにばら撒いていた魔力弾だけが命中していたことの理由はつまりそういうこと。
命中させようという意志を込めて放った攻撃は狙いをつけた思考を読み盗って弾道の軌道を予測し迎撃、反対に当たれば儲けもの程度しか考えていなかった弾幕はどこに跳ぶのかアッシュ自身でも把握しきれていなかった。意識が籠められていなかったが故に、迎撃されずに命中していたということだ。
無心となれば思考を読み盗られることを防ぐことは可能だろう。だが、無心状態での攻撃は単調となり、心を読まずとも回避しやすいものとなってしまう。例えるなら、ボクサーがフェイントの何も考えず、ただひたすらにパンチを出し続けるようなものだ。そのような状態は、相応の技量を有する相手から見れば絶好の獲物、カウンターの餌食となってしまうのは自明の理だ。
「いい加減に、諦めたらどうだい? もう、君に打つ手は残されていない事は、君自身が誰よりも理解できているだろう?」
「――」
「ヤレヤレ、今度はだんまりかい? しょうがないな……じゃあ、慈悲深い僕は悪でしかない君にでも理解できるようにわかりやすく教えてあげるよ。どうしようもない現実って奴をね」
戦略の幅をさらに狭められ、打つ手がなくなったにも関わらず、それでも闘志が揺らがないアッシュにトドメを刺さんと、白夜が無情な現実を告げる。
「君は自分たちと僕は同じ転生者だと一括りに考えているのかもしれないけれど、真実は違うのさ。大神に選ばれた者である僕と有象無象の低級神に選定された君たちの間には、決して埋められぬ圧倒的な差というものが存在しているのさ!」
悠然と佇む白夜は、アッシュに向けて手を掲げる。
「僕にはね……大神より授かった十にも及ぶ“能力”が与えられているのさ!」
「なんっ……!?」
「『
何故ならば、それが如何なるチカラであろうとも、必ず相性というものが存在しているからだよ。たった一つを突き詰め、極めたとしても、相対関係にあたる種類のチカラの前では脆くも崩れ去ってしまうのが世の理さ。だけど、僕だけは違う。複数のチカラを有するが故にあらゆるチカラに対応できる汎用性を持ち、なおかつ、個々のチカラそれそれもあらゆる“能力”の中でも最高位に位置付けられるだけのチカラを有しているのだから」
「は、はは……なんだよ、ソレ……」
あまりにも理不尽なまでのチカラの差を目の当たりにして、アッシュは苦い笑みを浮かべながら、呆然と呟くことしか出来ない。
複数の“能力”を使いこなす――それは、“ゲーム”の参加者たちが未だかつて誰も成し遂げられなかった究極存在の証……!
“能力”――それは“ゲーム”参加時に神より与えられた“特典”を雛形として独自に構築、造り上げた唯一無二の
個人の性格や思考、センスなどの影響を受けて組み上げられるそれは、使用者の心象がカタチとなったと言っても過言ではない。
だからこそ、一人の転生者が使用できる“能力”は一つか二つが限界だと考えられてきた。
実際、最強と呼ばれる
全力を出した“Ⅰ”と対峙した時と同様……いや、それ以上の恐怖を伴って、アッシュの決して平凡では無い頭脳が絶対的な敗北という
「僕の“能力”の幾つかは君にも見せたよね? 炎の剣を生み出す『Metatron《メタトロン》』、相手の心を読む『Ratzie《ラジエル》』……ああ、それと彼女たちもそうだったね」
白夜はそう言いながら、離れた位置に控える少女たちへと視線を向ける。
「“紫天の書”を構成する魔導生命体――“王”、“理”、“力”のマテリアルと“盟主”の計四体。それから“紫天の書”のマスター権限――そう、彼女たちこそが、総計五つの“能力”で生み出した僕だけの部下たちなのさ!」
“闇の書の闇”ではなく、コピーでもない。『オリジナル“紫天の書”のコピーたち』それこそが彼女らの正体。魔導生命体でありながら、“能力”によって生み出されたが故に、守護騎士たちのようなこの世界で誕生した者たちとはどこかが違っている別種存在。オリジナルの彼女たちが抱えていた弱点……“盟主”ユーリの抱える破壊衝動などの欠点を
自身の後ろで、二人の
「もうわかっただろう? 生命の創造という人には決して到達出来ない領域に立つ僕に、君程度の弱者が叶う訳がないという現実が」
「――(マズイ……! こいつは……本気でマズイ!! 彼の言葉はおそらく事実。なら、文字通りの“超”人と呼べる相手を倒すことは、どう足掻いたところで僕一人には不可能だ! ここは何とかして――)」
「『撤退しなければ』……かい?」
「っ!? (思考を読まれたっ!?)」
「今更、何をしようと無駄だよ。言っただろう? 僕には君の心が読めるって」
「ちっ!! だったらこいつはどうだっ!」
不用意な戦略が逆効果となるのであれば、判っていても躱せない攻撃を仕掛けるまで!
デバイスを腰のホルダーに収めると、痛みと疲労が蓄積されつつある思考をフル稼働させる。翳した手の平に生まれ出るのはテニスボール程度のスフィア。この灰色に輝く光球こそ、アッシュが白夜を打倒しえる最後の可能性。敵味方関係なく、等しい敗北を刻み付ける
「へぇ……? 確かにソレが決まれば流石の僕であっても、なすすべも無く敗北してしまうかもしれないね。でも、良いのかい? 君自身も巻き込まれてしまうかもしれないんだろう?命を掛けて僕を倒したところで、他の
「……もちろんだ。僕は僕にできることを自分で考えて、こうしようと決めたんだよ。君を放置しておくのは、皆にとって……そして何より、その娘たちにとっても害でしかない!」「はぁ?何を言っているんだ?」
「彼女たちがどんな気持ちでそこにいるのかもわかろうともせず、理解しようともしない君には永遠に知ることのできないコトさ! でもね! 君にとってはどうでも良い事なのかもしれないけれど、それが何よりも大切な事だって思える人間も確かに存在しているんだ! たとえ、君の話の通りに僕たちが望まれずして此処に居るのだとしても、この世界を全力で生きている僕たちにとってはそんなことどうでも良いことなんだ!」
生成したスフィアを握り締め、両足の震えを気力で押さえつけながら立ち上がり、迷いなく睨み付ける。
「“ゲーム”がどうこうなんて関係ない。神サマの事情なんて知ったことじゃない。僕は、僕たちは今この瞬間、自分の『決断』で“此処に居るんだ”! だから――!」
拳を天高々に振り上げる。スフィアを握りつぶさんばかりに力を込めた手の中から、心の滾りに呼応した魔力が眩い輝きを放つ。
「お前らの身勝手な都合で、僕たちの『セカイ』をめちゃくちゃにされてたまるもんかぁああああ!!」
咆哮を上げながら、スフィアを地面へと叩き付ける。その瞬間、二人を覆いつくす空間が広がっていく。
如何なる存在であろうとも、あらゆる行動を停止させられる無音空間。魔力も、生命もその働きを静止させ、空間内部の生命に等しい“死”をもたらす、無慈悲なる処刑空間。ひとたび展開されたが最後、術者であろうとも命を脅かされる“能力”が発動した。
だが。
「――『
大神に選ばれし者の前では、完殺空間すら存在することを許されずに霧散する。かの者の許しを得られぬモノは、存在自体を許さないとでも告げるように。
「バッ……!? な、なん……でっ!?」
必殺を疑わなかった奥の手を容易く無効化されたアッシュは、今日何度目かになる驚愕に身体を強張らせる。理解を超えた現象を前に呆然とするアッシュを、白夜は圧倒的な自信と自負を携えながら見下ろしていた。
「無駄さ。第三の“能力”、『
侮蔑すら感じさせる言葉を浴びせられながら、アッシュはようやく余裕に満ち溢れた尊大な態度をとり続けていた白夜の自信、その裏打ちの正体にたどり着く。
相手の“能力”を完全無効化するチカラ――それは、『互いの“能力”をぶつけ合い、力を高め合うことで神を目指す』という“ゲーム”のルールを根本から破壊するほどの
白夜の前では、あらゆる転生者たちが磨き上げてきた力を無力と化し、苦も無く壊滅させることも可能だ。何故なら、どれほど戦闘技術を、魔法の運用を磨き上げたところで、超常のチカラたる多種の“能力”に対抗することは不可能なのだから。だからこそ、アッシュたち儀式の参加者は己の“能力”を磨き上げることを優先しているというのに……。この男は、そんな努力をあざ笑うかのように無力化してしまうと言うのか――!?
「究極だの言ってる意味がようやくわかったよ。そん分不相応な“能力”を手に入れれば、そりゃあ大口も叩けるってもんだってね……!」
「……減らず口を。いい加減、君に付き合うのにも飽きてきたところさ。さっさと、死んじゃいなよ――『Metatron《メタトロン》』!」
苛立ちを隠せぬまま、再び炎の剣を生み出し、地面に倒れ伏すアッシュに向けて振り降ろす。一切の慈悲の無い、非情なる神の裁きが、道化を演じ続けてきた少年の存在を消し去ろうと迫りくる。
逃れようのない絶対的な“死”を前にして、アッシュの全身を震えが駆け巡る。生物として誰しもが持つ死を恐れる本能……逃れようのない
「――グレイスレート、首尾はどうだい?」
【接敵から現在に至るまでの会話、戦闘情報をエリミッタ情報官の下へ送信完了。並行して、同伴していた局員たちも、アースラ詰所に転送済みです】
「そっか……ありがと」
【いえ】
そこまで言って、互いにかける言葉が無くなったらしく、無言になってしまう。あと数秒で炎の剣に切り裂かれてしまうと言うのに、まるで世界がスローモーションになったかのように時間が遅く感じる。
だからこそ、彼らは最後の会話を交わすことが出来ていたのかもしれない。未来を仲間たちに託し、『アッシュ・ユーレル』という人間が確かに此処に居たのだという証を残すことに成功したことに、自然と口の端が吊り上ってしまう。この場にいる者の中で、視力の良いレヴィだけがそれに気づいた。死を前にして尚、アッシュという男は――してやったり、とでも言いたげな笑みを浮かべていたということを。
その姿が信じられず、目の錯覚だと思ったレヴィが目を擦った瞬間――アッシュの全身は炎の剣によって袈裟切りに切り裂かれた。物質化させるほど高密度に圧縮された炎が生み出す炎熱……太陽と見紛うほどの熱量を有したソレが、アッシュの全身を、魂を焼き尽くす。数秒も掛からずに全身を焼き尽くされ、かつてアッシュと呼ばれた存在の総てが
情報という未来への希望を託しながら、心優しき道化師は消えていった――――
旅館の一室
「つまり、お前も含めた“紫天の書”一派は、No.“0”とやらが生み出した使い魔のようなもの……というわけだな? さらにマスター権限も握られているせいで、奴の命令には逆らえない、と」
「そうなります」
万一を考えて防音結界を展開させた部屋の中でシュテルの説明を聞いたダークネスは、彼女の話に嘘は含まれていないと判断しつつ、手に入れた情報を整理していく。
畳の上に敷かれた座布団にちょこんと正座し、諸々の事情を話し終えたシュテルは現在、話の内容を良くわかっていないアリシアと呑気におしゃべり中だった。一見して……いや、誰がどう見ても気を緩めまくっているシュテルの様子を眺めながら、ダークネスは己の手の平に視線を落とす。そこに在るのは真紅の輝きを放つ赤い宝石。彼女の愛機たる【ルシフェリオン】の待機状態であった。
説明を始める前、自身の身の証を示すと言って躊躇なく渡してきたソレを手の中で転がしながら、彼女が持ちかけてきた取引について考えが移っていく。
(まさか、『No.“0”から俺に鞍替えしたいから奴を倒してくれ』、なんて頼まれるとはな)
そう。
それこそが、彼女がダークネスたちに単独で接触してきた理由。文字通りの生みの親とはいえ、彼女らと言う存在を道具と切り捨て、我が身を省みぬ自己犠牲行動を強要させる男に、ほとほと愛度が尽きた。何しろ、“Ⅷ”を救うために重傷を負わされたユーリに対して、『正義を行う者の従者ならば、この程度の傷を負うことくらい当たり前のことだろう?』と言い切ったのだ。この瞬間も、位相をずらした空間で回復に努めているであろうユーリに魔力を供給するなどの治療を施すこともせず(実際は、ルビーの毒牙にかけられて、お嫁にいけないからだにされてしまっているのだが……)、海鳴の監視をシュテルに命じて、“Ⅷ”を打ち倒しに向かっていた。ただし、
――ならば、何故、先日の戦いの中でユーリの身を盾にしてまで”Ⅷ“を助けさせたのか?
その答えこそ、シュテルが白夜を嫌悪する最大の理由。白夜は、自身が大神によって選ばれた正義の執行官であると信じきっている。だからこど、悪と定めた”ゲーム“参加者たちを”己の手で“倒さなければならないと考えていた。アッシュを助けさせたのは、ダークネスの手に掛かるのを良しとしない子供じみた執着によるもの。
あの男にとって、シュテルたちは“能力”の一つが人の形を成しただけの存在であり、生みの親であり宿主でもある自分の意のままに動くのは当然なのだと。そう考えているから。
独りよがりな正義感の押しつけが、白夜と彼女たちの間に、決定的な溝を生み出してしまっていたのだ。事そこに至って、シュテルは『決断』を下した。
白夜が心を入れ替える可能性がないのならば、自分たちを受け入れてくれる別の存在にマスターとなって貰えばよいのではないか? と。
王に仕えるマテリアル……のコピーである彼女にとって、どれで程嫌いな相手であったとしても主を裏切るという行為は許されざるものだった。『決断』したとはいえ、それでも迷い、思考がうまく纏まらぬまま訪れた千載一遇のチャンス。マスター候補が海鳴市に留まり、現主である白夜が別世界に赴いていて不在というこの状況こそ、まさに天が与えた最大の好機!
迷いを捨てきれぬまま、とりあえず一目だけでも会ってみようと道路の角から翠屋で交渉を行っていたダークネスを監視すること二十分。冷たい風に晒されて、指先が赤痒くなってきたあたりで、ようやく交渉を終えたダークネスとアリシアが姿を現した。仲睦まじく手を繋いで歩く二人の姿を見失わない様に注意しながら追跡を続け(結局、ダークネスには気づかれていたが)、二人の様子になんとなく、そう、ほんのちょび~~っとだけ『むか』っとしながらたどり着いた公園で一悶着あり――なし崩し的に彼らの拠点(?) にご招待されてしまった。おいしい料理に暖かい空気、そして……このまま此処に居たいと思わせる居心地の良さ。この瞬間、シュテルは唐突に理解できた。何故、自分は
でも――確証が持てない。
所詮は虚構ですかない存在である自分は、本当にココロを持っているのだろうか?誕生してから主に道具としてしか見られず、仲間たちとの間にさえ、傷ついた相手を労わり、悲しみ、怒ることしかなかった。楽しい思い出が一切皆無だったことも、彼女たちの精神に余裕を失わせていた要因となっていた。だが。
(暖かい……いえ、これはきっと――楽しい――ということなのでしょうね)
アリシアと話していると、不思議と胸がポカポカとしてくる。ダークネスと一緒に居ると、何故か身を委ねたくなる。彼らと一緒に居ると、調子が狂う。自分でも気づかなかった『本当の自分』が鎌首を擡げるような、変な感覚。でも――嫌いじゃない。どうして、こんな気持ちになってしまうんだろう……?
「デレた! ダークちゃん、ダークちゃん! シュテルがデレたんだよ!」
「んなぁ!? ななな何をおっしゃられているのかわかりませんよ!? ていうか心を読みましたかっ!?」
「……鼻血と一緒にダダ洩れだったぞ? とりあえず拭いとけ」
差し出されたティッシュを受け取りながら、恐る恐る二人の顔を見る。遠まわしにだが『好き』的な告白を受けて、アリシアの頬が桜色に染まっていた。そっぽを向いたダークネスも、やや恥ずかしそうに頬を掻いている。
「んな……んなぁ……!?」
瞬間沸騰器もかくやという速度で真っ赤になった頬を押さえつつ、頭の上に座布団を被りながら屈みこんでしまったシュテルの背中をポンポン、と撫でるアリシアの顔は、翠屋でリンディにフェイトのことを頼んだ時と同じ大人びた笑顔が浮かんでいた。見た目年下な少女に慰められているという現実と、こっ恥ずかしい告白を訊かれたという事実に、シュテルはいますぐ消え去りたい消え去りたいと念じ続けていた。
「――シュテル」
恥辱でぷるぷると震えるシュテルに、ダークネスの真っ直ぐな視線と言葉が投げかけられる。彼女の言葉を受けて、己もまた『決断』したのだということを伝えるために。
「これだけ教えてくれ。お前は俺たちにどうしてほしい?」
「わ、わたし、は――」
「余計な言葉なんて必要ない。建前とか交渉とかも必要ない。ただ、教えてほしい。――『シュテル』、お前が俺たちにしてほしいことはなんだ?」
余計な言葉が含まれない、真っ直ぐな言葉。ソレに込められた想いが、
「――けて、――さ――い」
堰を切ったように、嗚咽混じりの
「私を……私たちを……助けてください――!」
どれほど聡かろうと、人間ではなかろうと……彼女はまだ幼い少女なのだ。“理”を司る立場上、仲間たちに弱みを見せることを良しとしなかった彼女の意固地さが、不安や恐怖を己が胸の奥底に押し込むようになっていた。それはいつしか、こびり付いた泥のように彼女の精神を押し潰し、無表情の仮面を被ることでしかソレを誤魔化すことが出来ないまでになっていた。責任感が強すぎるからこそ、誰かに支えてもらうことを恐れていた。でも、心のどこかではずっと願っていた。誰かに自分の総てを委ねることを。“理”のマテリアルとしてではなく、No.“0”が生み出した人型の”能力“でもない、『シュテル』という存在すべてを受け止めてくれるヒトに出会えることを――!
「――いずれは神に成ろうという身の上だ。少女一人、いや……
ニヤリ、と自信と確信、ありったけの想いを込めた強い視線を送る。俺を信じろと言葉には出さず、ただ不敵に笑って見せる。涙を流すシュテルを抱きしめながら、アリシアの瞳にも覚悟の炎が宿る。
「私も協力するんだよ。だって――お友達を助けるのに理由なんて必要ないからねっ!」
「――……あり……がとう」
胸の奥で鈍い痛みを走らせていた悲しみはもう、無い。ぽっかりと空いた胸の隙間を、どこまでも暖かな『想い』が満たしていく。今までに感じたことのない優しさに身を委ねながら、シュテルはもう一度、涙を流す。悲しみではなく……どうしようもないくらいの喜びに満たされながら。
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砂漠世界での死闘
ダークネスとリンディが翠屋で交渉をしているのとほぼ同時刻、知的生命体が存在しないとされている次元世界。
緑や水源すら見当たらない、ただ砂漠のみが地平線の彼方まで広がっている不毛の世界。
広大な砂で構成された海原……果てしない砂漠を縄張りとする生物と対峙する一つの人影が在った。
その生物は、赤竜と呼ばれている竜に分類される巨大種。外見はミミズの様でもあり蛇の様でもある威容と砂の中を自由自在に泳ぎ回るこの生物は、数十メートルにも及ぶ巨体を誇るこの世界最高ランクの捕食者である。全身を硬い鱗に覆われ、退化してしまっている腕や爪の変わりに多数の触手を自在に操り、獲物を捕らえる。食物連鎖の頂点に立つ戦闘力を有したかの生物は、まさにこの世界の覇者と呼ぶにふさわしい。
そんな絶対強者たる赤竜に正面から戦いを挑むのは、苛烈な炎を思わせる意志を宿す一人の騎士。
守護騎士ヴィルケンリッターが将 『烈火の騎士 シグナム』だった。
戦闘を開始してから相当の時間が経過しており、赤竜は全身から緑色の血液を流しながら自分をこんな目に遭わせた下手人に向けて怒りに満ちた瞳をぶつけながら吼える。大気を震わせる咆哮をが生み出した衝撃波に吹き飛ばされるが、ダメージそのものは無かったようで、空中でクルリと一回転して着地すると即座に油断なく愛剣【レヴァンティン】を構える。
「見かけ通りの屈強さという訳か……。だが、さすがに限界が近いようだな」
先ほどから赤竜はその鱗を己が体液の緑で染め上げながら突撃を繰り返しているが、自分よりもはるかに小さい標的であるシグナムを捉えきることが出来ず、逆に自傷を広げる結果に陥っていることに気づいていないようだ。どれほどまでに激高しているということなのだが……この調子なら、シグナムが手を下さなくても自滅してしまうことだろう。心に余裕ができたシグナムがカートリッジを愛剣に再装填しようと視線を下げた瞬間――、赤竜の瞳に危険な色が映る。
ゴァアアアアアアアアッ!!
そして、耳を劈くほどの咆哮を上げながら、すさまじい勢いで突撃を繰り出してきた。
「ちっ!? まだこれほどの余力が――なっ!?」
突然の奇襲に驚きながらも、シグナムは距離をあけようと地面を蹴り、上空へと逃れようとする。だが、彼女の反応を予測しているとでも言うかのように、無数の触手を上空へと逃げようとするシグナム目掛けて伸ばして、彼女の体を絡め取った。
ここまで痛みつけられた恨みを晴らすかの如く、容赦なく身体を締め付けてくる触手に、シグナムは顔を顰め、痛みを堪えるために歯を食いしばる。必死の抵抗をする彼女の姿をあざ笑うかのように、触手の締め付けが一気に強くなって、シグナムの身体に容赦なく食い込んでいく。全身の骨が軋みを上げ、肺に残されていた空気が吐き出される。絞め殺す……いや、引き千切らんばかりの勢いで締め付けてくる触手の激痛に耐えながら、逃れる術は無いかと思考を凝らす。だが、必死に足掻く彼女の決意をあざ笑うかの様に、ノコギリのように鋭い歯が立ち並ぶ咢を広げた赤竜が彼女を飲み込まんとすぐ目の前まで迫っていた。
「し、しまったっ……!?」
迫り来る激痛に耐えんと、とっさに目を瞑る。
だが。
「滅龍奥義……
ドガァアアアアアアンッ!!
「なっ……!?」
耳を劈くほどの爆音が聞こえたかと思った瞬間、弛んだ触手の拘束から逃れながら、シグナムはその姿を見た。先ほどまで彼女が苦戦していた赤竜の頭部が粉々に吹き飛ばされている光景を。
そして、それを成し遂げたであろう少年が、地面に崩れ落ちた赤竜の亡骸の上に立ちながら、シグナムを見上げている姿を。
「……助けてもらったことは感謝する。だが貴君は……いったい何者だ」
せっかくの蒐集対象を台無しにされて憤りも感じるが、それはひとまず置いておく。まず優先すべきは、この少年の正体。だが、おそらく彼は――
「俺はアルク・スクライア。時空管理局の……協力者? になんのか?」
「……私に訊くな」
「あ、それもそっだな! いやー、わりーわりー」
ふざけた言動とは裏腹に、アルクと名乗った少年の眼光は鋭くシグナムを貫いていた。まっすぐ自分を見据えてくるアルクの瞳に込められた思い……どこまでも純粋な戦士としての気概を感じとり、シグナムは頬が吊り上がるのを押さえることが出来なかった。なのはやフェイトとはまた違う人種。初戦ではただ戸惑うばかりだったが、次戦では自分たちを理解しようという確たる意志を胸に、杖を、剣を交えた少女たち。彼女たちに共通するのは、シグナムたちに対して悪意を持っていなかったことだ。何があっても、自分たちを理解しようと、何を考えているのかを知りたくて手を差し伸べてくる。憎悪と憎しみをぶつけてきたディーノとは真逆、倒すのではなく制することを目的としていたであろう、心優しい少女たち。
だが、現在対峙しているアルクには、彼女たちともディーノとも異なる感情を感じ取れる。それは――ただ純粋に戦いたいという本能。力と力を、技と技をぶつけ合い、優劣をハッキリとさせたい。正義も悪も関係なく――戦ってみたい。
ある意味で誰よりも純粋な想いを胸に宿すアルクの姿に、シグナムの騎士としての心が震え始めていた。これは私情だとわかっている。将として考えるのならば、別の場所で収集活動をしているシャマルを呼ぶべきだということも、頭では理解している。だが、言葉を用いた話し合いではなく、拳と剣を交えることでも想いを通じ合わせることは出来る。
アルクも本能的に察しているのだろう、まるでシグナムの胸で燃え盛る戦士としての矜持を後押しする様に、拳を握り、構えをとりながら、クイクイと挑発的な仕草をとってみせる。
「来いよ騎士様。俺と遊ぼうぜ?」
「ほぅ! ベルカの騎士に向けて、そこまでの大言壮語……覚悟はできているのだろうな?」
「覚悟だぁ? そんなもん、とっくの昔に済ませちまってるよ――(勝手な真似して、葉月怒ってんだろうなぁ……帰りたくないなぁ……今日は野宿かなぁ……)」
ユーノの護衛という名目でこの世界を探索していたにもかかわらず、うっかりはぐれてしまって砂漠を彷徨っていたら、偶然年上のおっぱいの大きな(←ここ重要)お姉さんが触手プレイの真っ最中ではないか! ひゃっほう、こりゃいかなきゃだろ!? と意気揚々と人名救助(という名のお礼狙い)をしてみれば、なんと彼女はヴォルケンリッターのシグナムさんじゃあ~りませんか!
「(ヤベェ……! もしこのまま帰ったら、絶対葉月にボコられる! 護衛一つも出来なのですか? ってねちねちといじられちまう! ここは何としても、コイツを倒して捕縛くらいせんと!)」
護衛のくせに迷子になり、敵を助けるおマヌケさんなアルク君の脳裏には、真っ黒な笑みを浮かべながら黒い鞭を振るう葉月と、彼女に足蹴にされる自分の姿が幻視されていた。
何かしらの成果を出しとかないと、とんでもないことになってしまう! 大体、自分はそんな目に遭わされて喜ぶ業界の人間ではない!
こうして、ややテンパってしまったアルク君と、何やら腹を据えたらしいシグナムさんの戦いが切って落とされることとなった。
「っはぁ!」
先手を取ったのはシグナム。吹きつける風邪を切り裂く薙ぎ払いがアルクの側頭を狙う。非殺傷設定とはいえ、それはあくまでも魔法に対するものであり、刀身の殺傷能力が抑えられる訳ではない。
ただでさえ守りが弱いアルクのバリアジャケットでは、一、二発耐えられたら良い方だろう。そして、当然そんなことはアルク自身も承知していた。
「甘めぇ!」
上体を反らして初撃を避わすと、身体を反らした勢いそのままにバク転、シグナムの視界の外側からの蹴りを放つ。こめかみを狙って放たれた蹴撃を首を反らすことでいなし、そのままアルクの足首を掴み取る。
「げ!?」
魔力で強化させた腕力でアルクの身体を振り回し、地面に叩き付ける。バゴンッ! という音と共に、周囲の砂が衝撃で吹き飛ぶ。背中から叩きつけられ、一瞬だけ呼吸が止まってしまったアルクに、炎を纏わせた愛剣による追撃が襲い掛かる。体勢が崩れた状態の相手に、カートリッジを使用して剣速と威力を強化させた一撃は、見紛うこと無き必殺。烈火の将の名に恥じぬ一撃、確たる敗北を与えるそれを防ぐ手立ては存在しない……筈だった。
「っ、ふぅ……! あっぶね~~」
だが。
「なん……だと……!?」
そんな不可能と思われる
驚愕で引き攣るシグナムが向ける視線の先では、いまだに爛々と燃え盛る炎を纏わせた愛剣を
「まさか、な……私の剣を受け止めるだけでなく、刀身を覆う炎に素手で触れて尚ノーダメージとは……!」
「すげーだろ? こいつが俺の“とっておき”――『
――『
とある世界を救った聖なる者が振るったとされる、刀身の形状を変化させることで異なる特殊能力を発動させることのできた聖剣の能力を自身の肉体に付与させる自己強化系の“能力”。
常時発動型の魔法であり、十種類の特性を己の肉体に付与させることが出来るというもの。第一の特性、『鋼』を発動させたアルクの肉体は文字どおり鋼の如き強度を誇っている。
この場合の『鋼』とは、相対する金属武器の硬度とほぼ同じになるので、【レヴァンティン】の刃すら受け止めることが出来たのだ。さらに第五の特性、『氷炎』の効果により炎がもたらすダメージを無力化したのだ。
「ふっ、まさか私の剣を素手で止められる日がこようとはな」
「とか言いながら、口が笑ってんぜ?」
事実、シグナムの顔には確かな歓喜の笑みが浮かんでいた。
「すまぬな、貴君からしてみれば不愉快極まりないかもしれないのだが……駄目だな。いまこの時が、楽しくて仕方がないのだ」
【レヴァンティン】の切っ先を突き付けながら、獰猛な猛禽類を思わせる壮絶な眼光を放つ。それを正面から受け止め、ぞくぞくっと武者震いしながらアルクも構えをとる。
「はっ! 気にすんなよ。今此処に居るのは俺とアンタだけなんだ……思う存分に愉しもうぜえっ!」
「――クッ! 感謝するぞ少年! 私の渇きを満たしてくれ!」
間合いをとって向かい合う二人の間を通り過ぎていた風がぴたりとや止む。まるで世界が二人の邪魔を嫌ったかな様な不自然なまでの静寂が場に訪れる。全神経を張りつめらせ、互いの動きを注視する。
先ほどのように無意味に仕掛けたりはしない。一度の交叉を経て、両者は彼我の戦力を大まかに把握していた。
シグナムが警戒するのはアルクの“能力”。『鋼』の如き硬固さや『炎』を無効化させる以外にも、何かしらの隠し玉が秘められていると彼女の勘が告げていたからだ。
アルクが警戒するのはシグナムの“技量”。自己鍛錬や模擬戦は数をこなしてきたとはいえ、現実の戦闘経験は数えるほどしか持ち得ていなかった。スクライアの集落に居た頃も、遺跡調査で防衛用の傀儡兵と戦ったことはあるが、シグナムの様に完成された戦闘者を相手取るにはたいして役には立たないだろう。だからこそ、軽はずみな攻撃を仕掛けたらあっさりと反撃を喰らってしまったのだ。
しばしの間を空けて、耳が痛いほどの沈黙を破ったのはシグナムの方だった。
【レヴァンティン】を握る右手に力を込めたかと思うや、頭上に振りかぶり、アルクの正中線を容赦なく切りつける。積み重ねられた技術が生み出す理想的な斬閃がアルクに迫る。
「はぁああああああっ!」
「っとお!? 速ぇえな、オイ!」
声色とは裏腹に、迫りくる一撃を余裕の体捌きでかわして見せる。そのまま離脱をせず、軸足を起点にした回し蹴りを攻撃直後で体勢の崩れたシグナムの横腹に叩き付ける。三日月を連想させる弧を描きながら放たれた蹴りを、防御魔法『パンツァー・ガイスト』を展開させた左手で防ぎ、お返しとばかりに地面すれすれからの逆袈裟切りが襲い掛かる。
「なんとぉおおおおおっ!?」
叫びながら上体を反らして何とかかわすことが出来たものの、地面に片足立ち状態でそんな無茶な回避をしてしまえばバランスを崩すのは当然の理である。
「シッ!」
足首ごと刈り取る様なロ-キックがアルクの軸足を掬い上げる。
「おりょりょ!? ――ぶべらっ!?」
一瞬の浮遊感の後、薙ぎ払うように振るわれた【レヴァンティン】をモロに受け、大きく吹き飛ばされてしまう。『鋼』を発動させていたのでダメージは衝撃止まりであったものの、それでも体の芯まで届く凄まじい一撃に呼吸が止まる。しかし距離を離すことはできた。幸い、地面は柔らかい砂地だったこともあって、葉月との訓練で身に付けた受け身を駆使して勢いを殺す。まだまだここから、一度体勢を立て直して……、というアルクの甘い考えを打ち砕くかの様に、シグナムの追撃はもうすでに放たれていた。
アルクが気づいた時にはもう遅い。鞭のように撓る刃の蛇……蛇腹剣、連結刃とも呼べる形態へと変形した【レヴァンティン】が迫る。
『シュランゲフォルム』
【レヴァンティン】の中距離戦闘形態だ。大地を削り、砂を撒き散らしながらアルクへ牙を突き付けんと、刃の蛇が襲い掛かる。紙一重でかわそうとしても、鞭のように撓る【レヴァンティン】は手首を軽く捻るだけでその軌道を大きく変えてしまう。視力の良さが強みのアルクからしてみれば、ギリギリの見切りが通用しない厄介な武装だった。防御力が紙同然のバリアジャケットは切り裂かれ、露出した肌から鮮血が舞う。荒い呼吸を繰り返しながら、アルクは何とかしてこの状況を打開しようと、決して上等ではない思考を加速させる。
「ちぃっ!? めちゃくちゃ、厄介だなオイ!? なんとかしねーと――っ、そうだ!」
突如として頭に奔った閃き。それを実行するために、アルクは一つの博打を打つ。
「……? 何をするつもりだ?」
【レヴァンティン】を振るいながら、シグナムは動きを止めて、構えすら解いたアルクに疑問を抱く。諦めたのか? いいや、そんなはずはない。あの少年の瞳は、決して戦いから逃げぬ勇敢な戦士のソレと同じだった。ならば、一体……?
「っしゃおらぁぁあああああ!!」
咆哮一閃。気合の叫び声を上げながら、迫りくる【レヴァンティン】の切っ先を――両手で挟み込むようにして受け止めた。真剣白羽取り。シグナムの初撃を受け止めたものと同じものだ。違いがあるとすれば、あの時は剣の形状だった【レヴァンティン】が、鞭のように撓る連結刃へと変形しているということか。連結刃の強みは、刀身の一部を止められたとしても他の部分で追撃を掛けることが可能だという点が上がる。切っ先にあたる刃の一つを止めたところで、そこから先に延びる他の刃でアルクを刻み付ければいい。そう考えたシグナムが剣を振るおうとするよりも早く、アルクは驚きの行動に移る。勢いを殺された【レヴァンティン】の切っ先を『鋼』によって硬化させた拳で握り締めると、そのまま刀身を掴みとり、自分の片腕に絡め取っていく。まるで縁日の屋台でよく見かける綿あめを作るかのように、連結刃が動きを止められる。その瞬間、シグナムは相棒の異変に気付く。
「なっ!? れ、【レヴァンティン】が急に重く……!?」
片腕で軽々と振るえていたはずの愛剣が、突如として重量挙げのバーベルのごとき質量と重さを持ち始めたのだ。しかも、段々とその重みは増していく。両手で何とか持ち上げる事は出来ているものの、構えることすら出来ない。明らかな異常に、シグナムは元凶と思われるアルクを鋭く睨みつける。
「貴様……【レヴァンティン】に何をした!?」
「な~に、チッとばかし『重く』させてもらっただけぜい!」
「『重く』……だと!?」
「おうさ! 『
単純に対象の重量を増加させるのではなく、体感重量を増加させるチカラ。それが『重力』の特性。実際に対象の重量は増加させていないのだが、シグナムの感覚的には愛剣が重くなっているように錯覚させる。対象に――この場合は【レヴァンティン】に――触れることで発動し、それに触れる者すべてに『【レヴァンティン】はどんどん重くなっていく』という認識を植え付けるというもの。あくまでも認識操作でしかなく、概念魔法でもないため、強靭な意志や術者を上回る魔力の保有者には通用しないという弱点があるものの――こと、武器を使用しての近接戦においては非常に強力なチカラであると言えよう。
「おおらぁああああああ!」
獲物を構えることも出来なくなったシグナムに向け、アルクはここぞとばかりに攻め込む。地面が爆ぜるほどの踏込で、彼我の距離を瞬く間にゼロとすると、弓を構えるかのように引き絞った拳を握り締め、シグナムの身体そのものを撃ち抜くとばかりの一撃が放たれる。
だが、この程度の小細工で打ち倒せるほど烈火の将は甘くは無い!
「レヴァンティン!」
【Ja!】
振るうことも出来なくなった愛剣から躊躇なく手を離すと、無手となった右手でアルクの拳を正面から受け止める。勢いの付いた拳の衝撃は彼女の予想以上で、受け止めた掌の感覚が麻痺したように感じられなくなり、手首辺りに鈍い痛みが奔る。どうやら手首の骨に亀裂が入ったようだ。手甲にすらヒビが入るほどの威力に感嘆しつつ、されども表面上は不敵に笑って見せる。この程度か? 全然効いていないぞ? とでも言うかのように。剣士が自ら獲物を離すとは思っていなかったアルクが思わず驚きで身を硬くしてしまった刹那、後ろに引き絞っていた左の拳に炎が灯り、豪華の如く燃え盛る。
ソレに気づいたアルクが離脱しようとするものの、右手はシグナムに掴まれたままの状態でソレを避けることは叶わなかった。
「紫電……一閃!!」
炎の拳がアルクの鳩尾を抉り取る様に叩き込まれる。
身体をくの字に折り、盛大に吹き飛ばされたアルクはバウンドを数度繰り返したのち、砂の海に浮かぶ島の様にそこに在った岩の塊に背中をしたたかに打ち付けることでようやく静止した。
「ゲホッ! ぐほっ、ぁ……かふっ!」
激しくせき込みながらも、戦闘中だということを思い出し、何とか体を起こす。全身の骨が軋みを上げるほどの激痛をこらえながら睨み付ける先には、右手首を押さえつつ油断なくこちらを睨み付けてくるシグナムの姿があった。どちらが有利か、そんなものは誰が見ても明白だ。利き腕をやられたとはいえ、シグナムには体力、魔力共にいまだ余力が残されている。対するアルクはまさに満身創痍。魔力の余裕はあるが、ダメージが誤魔化し切れないレベルに達しつつある。それに――
「――見えたぞ。『
ぎくり、とアルクの肩が震える。
「先ほどの一撃、もし初撃で使用した爆竜琥珀とやらを使われていれば、私のダメージもこの程度ではすまなかっただろう。なのに、お前は使わなかった、いや――使えなかった。さらに、こうして【レヴァンティン】の重さも元に戻っている」
言いながら、拾い上げた愛剣を、見せつけるように左手で軽々と持ち上げてみせる。
「私の見立てでは複数の能力によって構成されている『
「ははっ……せ~かい」
アルクは呆れたような苦笑を浮かべるしかない。まさかこんなにも早く、こちらの手札を見切られるとは思ってもみなかったからだ。
『
だとしても、ここで引き下がるつもりは無い。覚悟の炎を胸に灯しながら立ち上がるアルクの目に、【レヴァンティン】を鞘に収めるシグナムの姿が映った。
「なんだ? なにを――っ!?」
「飛龍……一閃!」
疑問を抱くより早く、シグナムが愛剣を鞘から抜き出す。居合切りのように鋭く振るわれた【レヴァンティン】は、一瞬でシュランゲフォルムへと変形し、魔力を纏わせた刃を撓らせながら迫り来た。彼女独特の燃え盛る炎の如き魔力を放出させながら、解き放たれた飛龍が唸りを上げて獲物へと襲い掛かる。
迫り来る破壊の咢を前に、無意識に数歩後退していたアルクもまた、覚悟を決める。怒濤の力の奔流を正面から見据え、腰だめに構えた拳に魔力を込める。凄まじい勢いで集っていく魔力の輝きが、眩い光となって収束する。長きに渡って存在し続けてきたシグナムを以てしても、明らかに異常だと思えるほどの光景に、思わず目を見開いてしまう。管理局の魔導師を遥かに凌駕する超速度の魔力集束。これこそが『
「滅龍奥義……
飛龍一閃を上回るほどの魔力が集った事を感じ、アルクの拳が突き出される。そこから解き放たれるは、灼熱の陽光を凝縮させた超常の一撃。凄まじいエネルギーが大地を震わせながら突き進み、目標たる飛龍に迫る。そして互いの魔法が重なり合った瞬間、幾度目かになる爆発音と衝撃波が世界を震え上がらせた。
「おっと……やれやれ、ここまで戦闘の余波が届くなんて。いったいどんな戦いが繰り広げられているんでしょうね?」
「さあ……。生憎と私はサポート要員だから、判らないですね」
「あ、そうなんですか! 実は僕も結界魔導師なんですよ。いや~、周りの皆はガチ戦闘系ばっかりで……肩身が狭いって言うか」
「あっ! それ、わかります! 私もみんなが無茶ばっかりするもんだから、いつもいつも気が気じゃないんですよ。しかもこの前なんて、怪我をしたらシャマルが直してくれんだろ? ってお気楽に言ってくれちゃったんですよ! 酷いと思いません!? きっとみんな、私のことをオロナインくらいにしか見てないんですよ!」
「いや~、さすがにそんな事はないと思いますよ? だって貴方を――え~と、」
「あっ! 申し遅れました。私、『泉の騎士』シャマルと申します」
「これはこれはご丁寧に……。僕は管理局の外部協力者、ユーノ・スクライアと言います。えっと、それでですね? もし本当にシャマルさんを傷薬程度にしか思っていなかったら、『そんな大事なモノ』を預けたりはしないと思うんですよ。大丈夫、皆さんから信頼されていますって!」
「あ……、ありがとうございます。そんなことを言ってくれたのは貴方が初めてかもしれません。その……ユーノ、くん?」「い、いや~、そんな……当然のことを言ったまでですよ。シャマルさんみたいにお綺麗な女の人が悩まれているのなら、手を差し伸べるのは男として当然の――あ……」
「そっ、そんな、綺麗だなんて……!」
「い、いやっ、ちがっ!? あ、別に違わないけど、そうじゃ無くて、えっと……!」
「……」
「……」
アルクとシグナムが激闘を繰り広げているのとほぼ同時刻、太陽に照りつけられる砂漠の一角で、別の意味で“お熱い”戦いを繰り広げている人物が存在した。
ユーノ・スクライアとシャマル。
迷子になったアルクの行方を追っていたユーノは何の悪戯か、守護騎士の一人であるシャマルと遭遇してしまった。おまけに闇の書を抱えているというオマケつき。
エンカウント直後にジャミングを掛けられてしまったせいで援軍を呼べず、かといってさんざんアルクを探し回ったお蔭で残存魔力が心もとないユーノに、騎士とやり合う余禄は残されていなかった。
かく言う、シャマルはというと、彼女もまたいい感じに追いつめられていた。条件反射的にジャミングを掛けたのは良いが、威力が強すぎたらしく自分さえも仲間たちに連絡をつけることが出来なくなってしまった。
サポート要員である彼女は、直接戦闘は苦手な分野であり、しかも相手は自分と同じ搦め手を得意とするであろう支援型魔導師。短絡思考の戦闘特化型を相手取るとすればいなすことも出来ただろうが、都市不相応に冷静なユーノには隙が見当たらず、かといって気を許してしまえばその瞬間に、救援を呼ばれてしまう可能性もある。ついでに、彼女もまた連日のカートリッジ生成で魔力に余裕があるとはいえない状態だった。それでも、一刻も早くはやてを救いたいと自ら志願してこの世界まで出向いてきたわけなのだが……見事に裏目ったようだ。
どちらも動くに動けないこう着状態に陥ってしまった二人は、情報戦と称した腹の探り合いを行っていたのだが――身内に振り回される苦労人ポジションということも相まって、うまい具合に意気投合してしまった。その挙句、何故か青春の一幕的な青酸っぱいラヴコメを繰り広げるに至っていた。二人の内心を言葉に表すとこうだ。『どうしてこうなった?』溜息を漏らせば、どういう訳か息ピッタリな同時に繰り出すことになり、恥ずかしさを誤魔化すように取り留めのない話を交わしてみれば、何故か盛大に自爆してより気まずくなってしまう。
ユーノは混乱していた。
「(な、何で僕はこの人を当たり前のようにナンパしてるんだ!? なのはたちと一緒に居ても、こんなセリフ出てこなかったのに!?)」
シャマルも混乱していた。
「(え、ええっと……こっ、この場合どういうふうに返事すればいいんでしょうか?? やっぱり、不束者ですが――っえ、これ違う! ナニを考えてるのよ私はっ!?)」
少年は何処か頼りなさそうな年上のお姉さんに抱く感情が理解できずに困惑し、女性は何処か保護欲を掻きたてられる将来有望で純粋な男の子にどきまきする。
もう、お前らあれだ。そういうのは余所でやれよ。どこぞのエロゲーばりの速攻展開を繰り広げる二人の様子を近くの岩の陰に隠れながら監視していた仮面の男は、苛立ちと共にそんなことを呟いていたそうな。決して、出会いがない自分との違いに、はらわたが煮えたぎっていたからではない。そう決して。大事な事だから二回言っておく。
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狂気襲来
おびただしい数のクレーターが大地を穿ちながら、剣士と拳士の激闘は続いていた。
魔力を、気力を振り絞り、積み重ねた技術、胸に宿す覚悟を攻撃に乗せ、ただ眼前の好敵手を打ち倒すためだけに咆哮の如き叫びを上げながらぶつかりあう。
幾度目かの交叉を経て、二人は互いの拳と剣がぶつかり合った衝撃で弾かれるように後方へと跳ぶ。
大地を削りながら着地を決め、油断なく相手の様子を伺いながら、荒く乱れた呼吸を整えることに神経を注ぐ。
頬を伝う汗がに紅いものが混じった雫が砂の中へと吸い込まれていく。肩で呼吸を繰り返しながら、アルクはシグナムを見据える。
「(やっぱ、マジで強えなアイツ……これほどの底力を秘めていたのかよ)」
戦闘を始めてからすでに数十分は経過しているだろう。激しい戦いのお蔭で時間の感覚が曖昧になってきている。少なくない時間とずきずきと痛み続けるダメージを引き換えに大分追い詰めることが出来たと思うが、それでも倒し切ることが出来ると断定できない。それほどまでに、底が見えないのだ。数百年面の間積み重ねてきた戦闘経験、それは今のアルクには持ち得ないもの。戦いの中で自分もまた、成長できているという実感こそあるが、それでもまだ彼女の立つ領域には届かないのではないかという不安が鎌首を擡げる。
攻撃特化型であるアルクが歴戦の勇士あいてにここまで食い下がれてきたのは、偏に『
「(ユーノに念話を飛ばしても全然返事が無い……ってことは、あっちもあっちで誰かと遭遇しちまってるかもしれないってコトか。下手すりゃ、他の騎士が増援に来る可能性もある。対して、俺は全身ボッコボコ。魔力はまだしも、体力の低下と流し過ぎた血が多すぎるか。ったく、非殺傷とか大口叩いてんなら、剣で斬られても血ィ出ねー様にしとけよ! って、ヤベ、クラクラしてきた。貧血か……? このままだと……まずいな)」
シグナムもまた、戦意が衰えぬアルクを見据えながら内心で感嘆の声を上げる。
「(強い、な……戦いの中でどんどん強くなっていく――まさに戦いの申し子か)」
戦闘を開始してから、決定打と呼べる攻撃が通ったのは一度や二度ではない。アルクの守りが弱いということは当然見切っていた。全力の一撃を叩き込む事さえできれば、それで終わるとも。だが、現実はどうだ? 幾度打ち倒そうとも立ち上がり、より一層、闘志を高め続けている。最初は拙い体捌きも、幾度と交叉を繰り返すうちにどんどんと洗練されていき、今では一人前の騎士を名乗っても遜色しないレベルにまで達しつつある。驚愕すべきは、凄まじいまでの成長速度だ。もしこのまま剣を交えていけば、一体どれほどの騎士に成長するのだろうか……?
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。それは恐るべき強敵に対する警戒であり、騎士として次世代を担うであろう勇者を他の誰でもない、自分自身が戦いの中で育て上げているという考えに対する興奮によるものだ。もし、こんな出会い方をしていなかったとすれば――果たして、どんな未来を歩むことが出来たのだろうか?
不意に脳裏に浮かんだ考えを振り払うようにかぶりを振り、改めて今の状況を整理する。
「(奴の力は大体見抜くことは出来た。万全の状態ならばやりようはあったが……駄目だな。酷使させた右腕はもう動かん。【レヴァンティン】も刀身にひびが入っている。修復に回す余剰魔力も底を尽きかけている。体力も限界に近い、このまま時間をかけるのは得策では無いな)」
両者の思惑は偶然か、それとも必然か。大技にて一気に勝負を決めるという単純なものだった。
「(
「(シュツルムファルケン……当てられるか?)」
切るべき切り札を見定めた二人は、
ドシュッ! という生々しい音と共に、アルクの胸元からナニカが生まれ出た。
「なんっ……だと……!?」
「なっ……!? スクライアっ!?」
驚愕で目を見開く二人を心底愉快そうに見下ろしながら、光学迷彩を解除させた仮面の男が姿を現した。
胸を突き破る腕には、アルクのリンカーコアが握りしめられていた。爪を立てる勢いで握られたことで激しい痛みを感じながら、アルクは途切れそうな意識をギリギリのところで繋ぎ止めていた。
「ぎぃ……!」
「フン、しぶといな……だが!」
必死の形相で奪われつつあるリンカーコアを握る仮面の男の腕を掴もうとするアルクをあざ笑うかのように、仮面の男は勢いよく腕を引き抜いてリンカーコアを身体から引き千切る。器官の一つでもあるリンカーコアを無理やり引き抜かれた衝撃は想像を絶する激痛となって、ダメージを負っていたアルクの意識を侵食する。
落雷によってブレーカーが落ちるように、一瞬でブラックアウトしたアルクは、操り糸の切れたマリオネットの様に力無く崩れ落ちる。完全に意識を失ってしまったアルクの背中を忌々しげに何度も踏みつけながら、仮面の男はシグナムへ向き直る。先日の戦いでは“Ⅹ”によって腕を斬り落とされたショックで幻術が解除されていたが、あの出で立ちは間違いなく管理局の関係者のはず。
正体がわかっているのに再び仮面の男に扮して現れたということは、管理局内部も一枚岩ではないことの証明なのかもしれない。だが、そんなことはこの際どうでもよい。狙いはわからずとも、自分たちに利があるのならば互いに利用するのもやぶさかではない。だが、これは――
「……気に入らんな」
「っは。『気に入らん』……だと? たかがプログラムの分際で、生意気に人間の真似事か? それとも騎士道のつもりか? ――笑わせるな。貴様らなど所詮は道具、闇の書を完成させるためだけに存在し、不幸を撒き散らすだけの“モノ”でしかなかろうが」
「――っ!!」
嘲りの多分に含まれた嘲笑を投げかれられ、シグナムは歯を噛み締める。憤怒の如き怒りが己を解放しろと叫び続けているのを感じながら、それでも彼女には仮面の男を睨み付けることしか出来ない。一刻も早く闇の書を完成させることは何よりも優先すべき事……なのに心躍る戦いに没頭して、本分を忘れていたのは紛れも無く彼女自身なのだ。リンカーコアを奪い、魔力を蒐集する。そのための行動として、弱った獲物に不意打ちを仕掛けるという行為は、間違っていないだろう。だが。そうだとしても、彼女の胸に宿る騎士道が、彼女の支えでもある誇りが、この非情な男を許せないと囁き続けている。
「さあ、奪え……これでまた一歩、闇の書の完成に近づく……」
「ぐっ……! すまない、スクライア……闇の書よ」
俯き、血が出るほどに強く握りしめた拳を震わせながら、かすれるような声で闇の書を呼ぶ。守護騎士たちはある程度の距離ならば、はなれた場所から闇の書を召喚することが出来る。
召喚された闇の書は仮面の男が差し出した真紅のリンカーコアに向けて頁を開く。すると、開かれた頁に文字が刻み込まれ、空白を埋めていく。普段であれば数秒も掛からずに終わるはずの作業がやたらと遅い。最初の数頁は問題なく文字が記載されていったのに対して、新たな頁に進むごとに時間がかかっていく。十頁ほど進んだところで、等々一文字一文字を記すのに数秒も掛かるほどになっていく。この状況にシグナムは勿論、仮面の男にすら焦りのが浮かぶ。
「ど、どうした、闇の書? こんなことは今まで一度も――!」
「くっ! またしてもイレギュラーがっ! 何故だ! 何故こうも私の邪魔ばかり起こるのだ!?」
闇の書の明らかな異常を前にしてしまったが故に、二人は気付くことが出来なかった。紫電の拘束を破り、闇の書の気配を辿って、一人の復讐者がこの世界に現れたことを。
「っ!? 闇の書が……!?」
「……どうやら、僕の親友があなたの仲間に負けたみたいですね」
手の中から突如として姿を消した闇の書に驚きを隠せないシャマルとは違い、ユーノは冷静に現実を受け止めながら、理論を組み立てていく。
「(あのアルクが一対一で遅れをとるとは思えない。ってことは、多分横槍……状況から考えてみても、援護に入られたのは騎士じゃなくて、報告に上げられていた仮面の男。だとしたら、いったい何の目的があって……)」
「……ユーノ君、どうやら私たちの仲間の誰かが、あなたのお友達を倒したみたいですね?」
「ええ、どうやらそのようですね。それじゃあ、僕はアイツの救援に向かいたいと思うんですが……その前に、一つだけ確認したいことがあるんです。いいでしょうか?」
「……内容によります」
「ありがとうございます。……シャマルさん、貴方は“闇の書”――いえ、”夜天の書“という言葉に訊き覚えはありませんか?」
「え……っ?」
「僕の仲間の一人に、かなりの情報に通じた人がいるんです。その人曰く、『”闇の書“はその原点を”夜天の書“と呼ばれる魔法を記録するために生み出された魔導書が改悪され続けた結果、今のような形になってしまった』らしいんです。そして『改悪されたせいで中枢部分、特に防衛機能が暴走状態へと陥ってしまっており、今のままでは完成した直後に主を吸収して際限ない破壊活動を行ってしまう』とのことです。その辺り、当事者である貴方から真相をお聞きしたいんです。もしこの情報の通りならば、貴方たちの未来は誰もが悲しむものでしかないことになるんです」
「そんな……!? 嘘です! ”闇の書“については私たちが一番よく知っているんです! 書を完成させれば、はや……主もきっと――!?」
「……管理局に記録されている過去の”闇の書“事件についてできる限り調べました。ですので結論から言います。”闇の書“が完成したのち、書の主が生存できていた事は
何故、ヴォルケンリッターたちが“Ⅹ”の故郷を滅ぼし十年前の事件を始めとする過去の記憶を失っているのに、本人たちはそれを指摘されるまで疑問に思わなかったのか?
何故、最低限の感情しか持たなかったはずの彼らが、心優しい少女だとは言え、僅かなふれあい程度でこうも容易く誰かを傷つけることに罪悪感を感じるようになっていったのか?
――もしそれが、“闇の書”に巣食う悪意によってもたらされたモノなのだとしたら?
もし、主の望む通りの『人形』として、実体化する前に都合の良いように人格に干渉されていたのだとすれば。
十年近くもの間、蝕み続けてきた主たる少女が受け入れやすいように、人間のような価値観を内包させられて実体化させられていたのだとすれば。
そうでもなければ、血と殺戮の中で存在し続けてきたモノが、こうも容易く平凡な世界に馴染めるはずも無い。一度でも血の味を覚えてしまった獣は、人の手で与えられた餌に満足することは二度と出来ない。
戦うために生み出された彼女らが、平穏な生活に息苦しさを感じぬはずも無い。
「――僕の推察は以上です」
ユーノから自分たちの存在意義すら揺るがしかけない事実を聞かされたシャマルは呆然と視線を彷徨わせながら、両手を額に当てる。
泣き崩れているようにも見える素振りが、彼女の内で混乱と驚愕の嵐が吹きあれていることのなによりの証明だ。やがて落ち着いたのか、大きく息を吐きながら顔を上げると、どこか遠くを見つめながらゆっくりと口を開く。
「本当はね、どこかおかしいなって思ってはいたんですよ……。あの男の子、“Ⅹ”君の話を聞いてから特に強く、ね」
いくら思い出そうとしても、彼のことは勿論、前回の闇の書が起動したときの記憶自体が曖昧なものだった。自己修復機能を有するプログラム生命体である自分たちには、劣化という概念は存在しない。だというのに、記憶に欠落が生じている。もし、ユーノ言うとおり、今の生活に、主たるはやてが望む生活を送るためには、あの頃の記憶はあまりにも凄惨過ぎるから不要だと判断されて消去されたのだとすれば納得できる。
『闇の書が完成すれば、はやては本当に幸せになれるんだよね?』
ヴィータの何気ない疑問。だが今では、それは深い棘となって自分の胸に突き刺さっている。
だが、それでも――
「私は、私たちは立ち止まるわけにはいかないんです。例え、どんな未来が待ち受けていようとも……救いたい人がいるから」
「シャマルさん……」
「ユーノ君、こんなことお願いできる立場じゃないってことは理解できます! どれほど恥知らずなお願いをしようとしているのかもわかっています! すべてが終われば――あの人を助けることが出来れば、どんなこともします! だから、お願い! もう少しだけ……あと少しだけ、私に時間を下さいませんか!」
深々と頭を下げながらシャマルが懇願する。自分は犯罪者で彼は管理局の協力者。互いの立場にどれほどの隔たりがあるのかもわかる。ユーノに自分たちに対する悪意は微塵も無い。きっと、ただ純粋に自分たちのことを案じ、間違った道を進んでいることを教えてくれようとしているのだ。例え犯罪者だとしても、拭いようのない罪を重ねてきた存在なのだとしても……救える命は救いたい。少年特有の無謀で、けれどもどこまでもまっすぐな想いを抱いて接してくれるユーノへの想いは感謝という言葉では表せられない。それでも、今はまだ差し伸べられた手を取ることは出来ない。本当に“闇の書”……いや、“夜天の書”には重大なバグが発生しているのか。書を完成させてもはやてを救うことが出来ないのか。それを調べることは参謀役たる自分の仕事だ。まずは真実を明らかにすること。全てはそこからだ。
だから――!
「シャマルさん……わかりました。今日の会話のことは他言無用にしておきます」
シャマルの覚悟を感じとったユーノもまた、『決断』を下す。必ずや、彼女たちを救って見せると。そのために泥を被らなければならないのならば、いくらでも被ってみせようと。
「近々、僕は管理局本局にある無限図書館で“夜天の書”の改変について知らべるつもりです。もし、どのような改変が行われていたのかがわかれば、きっと元の正しい形に戻すことも出来るはずですから。“夜天の書”には主に害をなすような機能は搭載されていない筈なので、もしうまくいけばあなたの助けたい人……書の主を救う手助けができると思います」
「っ!? あ、貴方は最初からそれを知っていて……!?」
「いやぁ、これも友人からの入れ知識ですよ。まったく……どうやってこんな情報を仕入れてきたのやら。あ、勘違いしないでくださいね? 僕が教えて貰えたのは書の主が魔力の侵食を受けているっていうことと、その人を救うために貴方たちが蒐集活動を行っているらしいということくらいですから」
「そう、ですか……(嘘をついている風には……見えないですね)」
ユーノの言葉に偽りがないことを察し、シャマルは小さ息を吐く。本来ならばユーノがそこまでする必要などありはしないのだ。所詮は他人事。見て見ぬふりを貫けば、ユーノはここまで危険な橋を渡ることも無かっただろう。密会じみた敵との対話、そして情報交換。それは何もユーノだけに言える事ではない。シャマルもまた、この場で手に入れた情報を仲間たちに伝えるのは控えようと考えていたからだ。結論が出るまでは、仲間のモチベーションを下げるような行為は極力避けるべきだと、彼女の中の騎士としての理性がそう判断していた。
その直後、遥か彼方より感じ取れた禍々しい魔力の気配の接近に気づいた二人が、まるで照らし合わせたかのように勢いよく飛翔する。向かう先は、ユーノの親友とシャマルの仲間がが激闘を繰り広げていたであろう戦場。いやな予感を抱きながら、二人はそれぞれの仲間の無事を祈りつつ、全速力でその身を翻した。
それは、あまりにも一方的な蹂躙だった。
シグナムと対峙し、アルクによって倒されていた赤竜の亡骸が、一瞬で肉片一つも残さずに消滅した。
「な……」
間の抜けた声を上げるシグナムと声すら出せない仮面の男。
だが次の瞬間、はるか上空から飛来して赤竜の亡骸があった場所に着地した存在に気づき、全身を硬直させることになる。
身を包む漆黒の戦装束はまるで喪服の様であり、奈落の底を彷彿させるほどに不吉な衣。全身から立ち昇る黒き魔力が、過去の怨念と混じりあいながら渦を巻きながら広がっていく。
砂漠という灼熱世界にいながら、まるで極寒のシベリアもかくやという寒気が二人の全身を蹂躙する。
――人はそれを、恐怖と呼ぶ。
騎士だの魔導師だのいう問題ではない。生物としてとか魔導生命体だとかいう問題ではない。ヒトという存在であるが故に、決して抗え切れぬ生物的本能が今すぐ逃げろと全力で警告を鳴らす。
だが……すべては遅すぎた。
「きさ――がはっ!?」
「なん――っぐぅっ!?」
問答も、前置きも、警告も無かった。問答無用、二の句を継がせぬ神速の踏み込みを以て、黒い魔力を纏わせた拳が二人を吹き飛ばす。
飛ばされた二人が地面に落下するよりも早く、刹那の内に二人に追いついた存在……ディーノは両者の頭をわし掴みにすると、勢いよく地面に叩き付ける。
肺の中の空気を吐き出すシグナムの鳩尾に魔力で強化した爪先が叩き込まれ、シグナムの意識が一瞬だけブラックアウトする。だが、気絶などさせないとばかりに幾度も蹴りを追撃として叩き込む。
アルクとの戦いで体力を消耗していたシグナムになすすべが残されているはすも無く、まるで素人に蹴られたサッカーボールのように地面を転がる無様を晒すことしか出来ない。
仮面の男は頭部をわし掴みにされながら片手で持ち上げられ、腹部に無慈悲な拳を幾度となく叩き込まれる。先日の戦いで自分の邪魔をしたせいなのか、ディーノの表情に揺らぎは無く、むしろ仮面の男すら復讐の対象ととらえたかの如き勢いで攻撃を繰り出し続ける。
「ぐっ、がっ、がはっ!?」
無論、仮面の男が抵抗しなかったわけではない。むしろ、初撃を受けた直後に全身を覆うタイプの防護魔法を最大展開していたし、バリアジャケットの強度も最高レベルに設定し直していた。
対抗手段を用意しておきながら、それでもなお覆すことの叶わない圧倒的な力量差が彼らの間には存在した。
圧倒的なまでの実力差。技量や経験、戦略などの問題などではない。ただ純粋に、ディーノの戦闘力がシグナムや仮面の男を凌駕しているということだけだ。
「きっ、貴様は――っぐぁあああっ!?」
「うるサイ……」
ディーノは抵抗する余力を失った仮面の男を無造作に放り投げると、昏倒したシグナムの傍へと近づいていく。
ジャリッジャリッ、という砂を踏みしめる音がいやに響く。全身が傷だらけけ、無傷の場所を探す方が難しいほどの手傷を負わされたシグナムを見下ろすディーノの瞳に僅かな揺らぎが生まれる。
それは彼の中に宿る心優しい誰かの願い……騎士たちを助けてあげても良いのではないか? とほんの少しだけ思ったことで生まれた揺らぎだった。だがそれも一瞬、一条の風がディーノの頬を撫でた次の瞬間には、何も映してはいない焦点が合わない濁った黒い色に染まりきっていた。
無造作に、背中から大剣を引き抜く。復讐を果たすためだけに磨き上げてきた外道の技。人ならざる存在を完膚なきまでの破壊する魔性の毒を纏った刃を振り上げ、頭上で左手を添えながら一気に振り下ろす。刃の軌跡に沿って黒き毒が撒き散らされ、大気を侵食していく。それに反して、ぴたりと止められた大剣を構える姿はきれいな正眼の構えとなっている。数えることも忘れるほどに同じ型を繰り返す努力を行ってきた者だけに許されたその動作は、一種の芸術性すら感じ取らせる。
――もし、彼が復讐ではなく真っ当な道を歩くことが出来ていれば……果たしてどれほどの達人へと成長できていたのだろうか。いや、所詮は詮無きこと、か。
「やっト、ダ。矢ッと、やっと、ヤット、稍也野ャや――!」
仇を目の前にしたディーノの表情が劇的に変化していく。
能面のような無表情から年相応の歓喜の笑顔へと。そして――狂ったような凶笑へと。まともな言語機能など忘れてしまったかのように、壊れたラジカセのように意味を成さない言葉をたれ流していたが、やがて……
「――ケヒャ」
最後の防波堤が崩れ、人として踏み越えてはいけない境界線を踏み越えてしまう。その先に在るのはどこまでも続く、終わりなき迷宮路。けれども彼に後悔はない。何故なら――そんな思考すら、彼にはもう残されてはいないのだから。
「けっ、げげげげひゃひゃぁあははははははは!!」
絶叫と同時に放たれた一撃が、微塵の躊躇もなくシグナムへと振り下ろされた。
「――かはっ!」
激しく咳き込みながら意識を取り戻したアルクは、リンカーコアの激しい痛みを感じて思わず胸元を押さえる。
身体の芯からくる鈍い痛みに意識が飛びそうになるのを何とか堪えながら、周囲を見渡して状況を確認する。
この全身を突き刺すようなむき出しの殺意。葉月の情報から察するに、“闇の書”へ強い恨みを抱く“Ⅹ”のものに間違いないだろう。
世界そのものが恐れているかのような禍々しい魔力の波動……“Ⅰ”とは似て非なる存在、彼とは別の意味で危険な転生者。
「くっそ、何がどうなってやが――」
「アルクッ!」
「!? ユーノ、か……?」
駆け寄ってきたのはアルクとは数年来の付き合いとなる親友、ユーノだった。蹲るアルクの様子にただごとではないと判断すると、すばやく彼の身体を触診し、状態を確認していく。
スクライアの族長から遺跡発掘を許されてから二人はずっと一緒に行動してきた。パートナー、相棒、パティ……二人がそういう関係になっていくのにそう時間はかからなかった。
細かい作業が得意で、細かな情報を纏め上げて隠された秘密を暴くことに才能を開花させたユーノ。
頭脳労働には微塵も役に立たないが、それを帳消しにするほどの戦いのセンスを有していたアルク。
遺跡の発掘調査をユーノが行い、その護衛としてアルクがガードする。理想的な二人三脚の関係を彼らは築き上げていた。
そうした経験から、ユーノはアルクの顔色を見ただけでその容態を大まかに反別できるほどにまでなっていたのだ。アースラの優秀な医療スタッフもびっくりである。
「……蒐集されたんだね?」
その問いかけは疑問形だったが、確信が籠められていた。アルクもまた、誰よりも信じる親友に隠し事などせずにここまでの経緯を事細かに説明する(都合の悪い所はオミットすることを忘れずに)。
ユーノを探している途中でシグナムとエンカウントしてしまったこと。逃げることは出来そうも無く、他に仲間がいた可能性もあったため、そのまま戦闘に突入したということ。
そして、突如として出現した仮面の男らしき人物に不意打ちを食らい、リンカーコアを蒐集されてしまったということを。
最後に、周囲を包み込む悍ましい魔力の根源は先日出会った“Ⅹ”だと考えられるということを。
「“Ⅹ”……確か名前はディーノ、だったっけ。アルク、彼を止めることが出来るかい?」
「無茶言うなよ。全開状態ならやりようはあったかもしれんケド、流石に今のナリじゃあ死ににいくようなモンだよ」
予想はしていたが、アルクの消耗は予想以上のモノらしい。淡々と答える親友の本心……意識を繋ぎ止めておくことが精いっぱいだという状態を感じとったユーノは彼我の戦力差について思考を働かせる。
(予想以上に事態は悪化している……腕を斬り落とされたっていう仮面の男が平然としていたっていうこともそうだけど、“Ⅹ”の精神状態は行動の予想がまるで出来ない。わかっているのは、最優先で“闇の書”の関係者に襲い掛かるってことくらいだけど――っ!?)
ユーノの思考をかき消すほどの爆音が響き渡る。反射的に二人が視線を向けた先では、黒と銀色の魔力光が激しいスパークを起こしながらぶつかり合っていた。
「あの色は……」
「……どうやらアチラさんにも増援が来たようだぜ――っと」
身体を起し、両手をついて立ち上がろうとするアルクに、ユーノは慌てて駆け寄る。
「アルク!? 無茶したら駄目だよ!」
心配してくれる親友に、アルクは不敵に笑み返して見せる。
「おいおい、俺を見くびんなよな。こんくらいのダメ―ジなんざ屁でもねーぜい。てなわけで、俺たちも向こうの様子を見に行ってみようぜ」
「バカ言わないでよ! 君はもうボロボロなんだよ!? ここは一度撤退して様子を見るんだ!」
「それじゃあダメなんだよ」
アルクは、ユーノを正面から見据えつつ、血を吐き出すように語る。
「今の俺じゃあ足りない、足りないんだ……。俺はもっと強くならなきゃけない。でもそんな都合よくパワーアップなんて出来るわきゃねぇ。だったら、別の手段で強くなるしかないじゃねェか」
吐き捨てるように語りながら下唇を噛む。歯が喰い込み、鮮血独特の鉄の味が口いっぱいに広がっていく。だがそんなことはどうでもいい。
「あそこで戦ってるのは“Ⅸ”と“Ⅹ”だろう。どっちも俺たちとは敵対関係にある以上、そう遠くない内に奴らと一戦交えることになっちまう。でも、今の俺じゃあ奴らに届かない。絶対負けられないっていうのに……ははっ、笑えるだろ? こんなに離れたトコにいるってのに、身体が震えやがるんだよ。――奴らには勝てないかあ今すぐ逃げろ、って警笛を鳴らしてやがんだよ」
同じ転生者でありながら、アルクとコウタ、ディートの間には圧倒的すぎるほどの壁が存在している。能力云々の話ではないそれは――純粋な戦闘力の差。
力が総てと言い切るつもりはアルクは無い。だがそれでも、自分の意志を、想いを貫くにはいかなる障害をも打ち貫く強さが必要なのだ。特に、この儀式に参加しながら儀式の在り様に否定的な意見をもっている立場からすると、弱いことは何よりも罪なのだと言える。かつてダークネスが語ったように、力無くしてこの戦いを生き抜くことは出来ない。想いを貫き通す力を持たぬ者の言葉に、人の心に響くような強さが籠められるはずが無いのだから。
「俺が力を手に入れるには相当の時間がかかる。でも、奴さんはこっちの都合なんて考えてくれねーだろ? だから情報収集しとくんだよ。戦闘スタイル、使用する魔法の種類、その効果、隙になる動きの癖……使えるものは何でも使う。知恵を絞り、総ての力を出し切ってやる。後になって『ああ、あの時ああしておけばよかったなぁ』なんて後悔するような真似だけはしたくねェんだ」
「……わかったよ」
アルクの覚悟を感じ取ったユーノもまた覚悟を決める。親友の頑固さをいやというほど理解していた彼だからこそ、考えを改めさせるのではなく同意することでサポートする。
一人ではできないことでも二人なら何とかなる。戦いはあまり得意とは言えないけど、それでもアルクを連れてこの世界から逃げることくらいはやってみせる。
一度『決断』を下したユーノの行動は迅速だった。リンカーコアを大きく減衰させた状態のアルクに回復魔法をかけるのは、逆に弱ったリンカーコアへ負荷をかけることになりかねない。
手持ちの救急キットから包帯、絆創膏や痛み止めを取り出し、目に見えるキズを手早く処置していく。遺跡調査ではいつも生傷が絶えなかったアルクの手当を担当していたユーノにとって、この程度の応急処置はお茶の子さいさいなのだ。ものの数分で手当てを終えると、二人は気配に注意しながら戦場へと駆け出していく。
総てを護ると決めた騎士と総てを壊すと決めた勇者の繰り広げる闘争の場所へと。
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憎悪の交差するとき
「っだぁあああああああっ!」
意識の範疇外から迫りくる闘気を感じ、止めを刺さんと剣を振り上げた体勢のままその方へと振り向く。その直後、己へと迫り来る一条の光の正体が剣による斬撃だと胸の内に宿った意志の一つに告げられる。ほとんど反射的に剣を盾のように構え、咆哮と共に振り下ろされた金色の剣閃を真正面から受け止めることができたものの、はるか上空から振りおろさえた一撃に込められた威力は相当のもので、それは衝撃を殺し切れなかったディーノを十メートル近く吹き飛ばすほどの代物であった。
「お前……!? コウタ!?」
「大丈夫か、シグナム!? ――っく!」
襲撃者……八神コウタは狂喜の嗤いを上げるでもなく、襲い掛かってくるでもない、ただ無言で立ち上がって静かに佇むディーノを警戒しながら、倒れたシグナムを背中に庇うように構える。
右手に構えるのは金色の輝きを放つ刀身が美しい西洋剣、左手に構えるのは彼の身体の半分は覆い隠すことが出来るほどの巨大な盾。
コウタのデバイス【レイアース】の基本形態だ。コウタは剣を構えながら、油断なくディーノの一足一投を凝視している。
踏みしめた大地の下で何か巨大な物体が蠢いているのを感じる。シグナムが対峙していたこの世界最強の捕食者である赤竜の群れが一斉に逃げ出しているのだ。だが、それも仕方のないことだろう。
元来、食物連鎖の頂点に立つはずの存在ですら、戦場となったこの場所に留まることが耐えられないほどの殺気と狂気が大地を侵食する様に広がっているのだから。
年端も無い少年の身体には到底収まりきらぬほどの憎悪が、無言で佇むディーノの全身から撒き散らされている。吐き気を催すほどの激情に正面から向かい合いながら、コウタは盾をシグナムへと向ける。
「癒しの風――!」
柔らかな優風がシグナムの全身を包み込むように覆い隠す。僅かな間を開けて風が霧散すれば、シグナムの負った傷がほとんど跡形も無く消え去っていた。優れた回復と治療の使い手であるシャマルですら、ここまで鮮やかに治療を施すことが出来るかどうか。内心、舌を巻くシグナムだったが、ズクンッ! と身体の内側から響く鈍い痛みに呻き声を漏らしかけるのを必死になって耐える。
表面上の傷はコウタの魔法で感知した風に見えるが、肉体の内側……彼女という存在を構成するコアプログラムに達してしまった“毒”までは取り除くことが出来なかったらしい。
――いや、これでいい……。この痛みは、私が……私たちが背負うべきモノだ。
「――シグナム?」
「フッ、なんでもない。助かったぞコウタ……しかし、何故お前がここにいる?」
「はやて姉が、さ。いやな予感がするって言ったんだよ。まるで大切な人がいなくなるような……そんな予感が、ってね。それが気になったから探知をかけてみたんだよ。そしたらさ――」
盾を正面に構え、いつでも戦闘に移れるよう重心を低く構える。
「――家からそう遠くない森の中にある彼の反応を探知したってわけ。いや~焦ったよ。偶然出会った友達を話し込んでたはやて姉の目をごまかして、慌ててそこに駆けつけてみたら、紫色のバインドを引き千切りながら飛び去ろうとするディーノを見つけたんだ」
頭を冷やす意味もかねて、アリシアのバインドでぐるぐる巻きにされたまま森の中に放置されていたディーノだったが、バインドが緩んだ隙をついて拘束を抜け出し、再び守護騎士たちを狙って動き出したのだ。
ディーノ自身は転移魔法が使えなかったのだが、多少理性を取り戻したらしく『招魂の輝石』へと宿った意志に術式の代理を任せることで別世界への転移を可能とした。いずこかへと消え去ろうとするディーノを放置しておくことは危険と判断したコウタが慌てて後を追ってみれば、そこはシグナムが蒐集活動に訪れていたこの世界だったわけだ。ろくに転移座標の確認もせず、他人の転移魔法陣に無理やり割り込むように飛び込んだおかげで目標座標が大きくずれてしまって救援が遅れてしまったものの、最悪の状況だけはまぬがれることが出来た。
(ちなみに、アリシアのバインドが緩んだのはちょうどその頃に翠屋で交渉が行われており、シュークリームを食べまくった彼女が満腹になってしまい、うつらうつら舟をこいでいたから術の維持に揺らぎが生じたからである)
「仲間のピンチに颯爽と駆けつける……な~んて、ヒーローはガラじゃないんだけどね。――シグナム、ここは僕が引き受けるから君は今すぐシャマルと合流して撤退を」
「ま、待てコウタ! あの少年相手に一人では――!?」
「わかってる! とんでもない無茶を言ってるって事も、未熟な僕の
震え出しそうになる膝を、家族を救いたいという覚悟の思いでもって押さえつける。コウタの目的はこの世界にいるシグナムとシャマルの救助。
ヴィータとザフィーラに救援は出せない。ディーノの剣には彼らを滅すr溜めだけに生み出された猛毒が仕込まれているのだから、ヘタな救援は逆効果となる可能性が極めて高い。
最悪の場合、何かとディーノを気にしていた
「僕が力を、戦う術を学んだのは……大切な家族を守り抜くためなんだから!」
正面に構える盾の取っ手を握る指先に力が籠る。大地を踏みしめ、裂号の気合いと共に虚を突いた突進を繰り出す。盾による初撃は予想外だったのか、棒立ちのままだったディーノに巨大な盾が衝突する瞬間に発生した衝撃が大気を振動させた。
「な!?」
驚愕の声の主はディーノ……ではなく、コウタのもの。超重型の鈍器を叩き付けられたディーノは、突き出した片手でその一撃を受け止めてみせていた。やや俯いているので表情は伺えぬとも、ダメージが無いのは間違いないだろう。振り上げられた蹴りが盾の中央へと叩き込まれる。正面から受け止めたというのに、コウタの斥力を軽々と上回る重さを宿した一撃は、盾を構える指先から容赦なく力を奪いさっていく。表情が歪むコウタにディーノの追撃が迫る。一切の躊躇も戸惑いも無い無慈悲なる刃が脳天目掛けて振り下ろされる。身体を開いて躱せたものの、刃に纏った魔力が陽炎のように揺らめき、コウタの肌を焼きつける。数百人にも達する怨念が寄り集まった魔力は、物理干渉すら得たらしい。放出される魔力の残光ですら、触れたモノに傷を負わせてくる。斬り返しの刃を時に盾で受け、時に剣でいなしながら反撃の機会を伺うものの、純然たる斥力で圧倒してくるディーノになすすべを見出すことが出来ない。数度の交叉を経て、コウタのパリアジャケットを掠るギリギリの剛撃の数が増していく。守護騎士たちと似通った、服に属類する意匠であるバリアジャケットでは、もし直撃されたら致命傷は免れないだろう。騎士たちに比べても防御と守りを主体とするコウタですら、ディーノの繰り出す嵐のような猛攻の中を紙一重の領域で生き延び続けることが精いっぱいだった。
「このっ……! 調子にっ!」
型も何もない、右手で振り上げた大剣を無造作に振り下ろされるだけの斬撃を盾表面の傾斜を利用して受け流すと、逆手に構えた剣で斜め上へと逆袈裟切りに斬り上げる。
大剣を振り下ろした直後で大きく身体の開いた無防備な左脇腹を狙って放たれた起死回生の斬撃は吸い込まれるようにディーノへと直撃する。だが。
(またっ!?)
まるで巨大な岩石に叩き付けたかのような感触。攻撃を仕掛けたというのに、逆に押し返されてしまうという矛盾。軽鎧しか身に付けていない筈のディーノに少なくない攻撃を叩き込めていた。なのに、斬りつけた刃は弾かれ、盾や足による打撃を叩きこんでも、逆にこちらが痛みを感じる始末。そんな、わけもわからずに混乱するコウタの隙を見逃すほどディーノは甘くは無い。手首を返し、地面に突き刺さった大剣をそのまま真横に振り回し、コウタへと叩き付ける。片手で振り回されたに過ぎない一撃は、しかし、冗談のような威力を込めていた。まるで野球選手にトスバッティングで飛ばされたボールのように、コウタの身体は天高々と打ち上げられ、吹き飛ばされてしまう。
「なんて、力――っがは!?」
大剣が直撃したのは反射的に構えることに成功した盾だったお蔭で深刻なダメージは無かったコウタは、宙を舞いながら何とかして体勢を立て直そうと身を捩る。その瞬間、大地より立ち昇った真紅の稲光がコウタの全身を焼き貫いた。強固な盾でも魔力を変換させた電気までは防ぐことが出来なかったらしい。全身から焦げ臭い煙を立ち昇らせながら地面に叩き付けられ、手足の感覚が薄れていく現実に混乱しながらも反射的に手の平から放出させた魔力を暴発させてその場から緊急離脱する。直後、コウタの頭部があった場所に突き刺さる濁った輝きを放つ死神の刃。それを放った存在……ディーノは死を告げる冥府の使いの如き幽然とした動きで近づき、死神の刃かと錯覚させた大剣を引き抜くと、左手首から溢れ出すように流れ出ている己が血液を刀身に塗りたくっていく。その悍ましい光景に、知らずコウタは息を呑む。と同時に理解する。先ほどの稲光、その正体を。
「自分の血液を触媒にして発動させる斬撃系砲撃魔法――!?」
刀身を照らす血の真紅が怪しく煌めき、まるで高温にさらされたかのように一気に蒸発すると、魔力と混ざり合いながら鮮血の如き真紅の魔光が生まれ出でた。
大剣を引き寄せて切っ先をコウタに定めながら勢いよく突き出せば、解放された魔光が紅に輝く砲撃魔法となって放たれる。迫り来る暴虐の一撃を防御ではなく回避することを選択し、身を翻したコウタの脇を掠めてはるか後方へと突き進んだ砲撃が何かしらに着弾した瞬間、彼方より迫り来た爆音と爆風を巻き起こすキノコ雲を生み出した。
「げ、原爆!?」
冗談みたいな光景に間の抜けた声を出すコウタに、ディーノからさらなる追撃が放たれる。血液を纏わせた刀身を今度は突きではなく薙ぎ払う様に振るった。三日月のように美しい弧を描きながら、真紅の飛翔する刃が放たれる。コウタは反射的に剣を盾に収め、右手を突き出しながらすばやく魔法の詠唱を終える。
「紅い稲妻!」
解き放たれた紅き雷光が真紅の刃とぶつかり合い、相殺する。ディーノの斬撃は刀身に血を擦り付けなければ発動できないということに気づいたコウタがディーノ目掛けて走り出す。あと数歩で間合いに届くという位置で収めていた剣を抜剣しつつ、右腕を狙って突きを放つ。戦闘開始より、ディーノは一括して右手で大剣を振るい続けている。利き腕だからとも考えられるが、それにしても左手を添えるような素振りを見せないことがコウタには気になっていた。もしかしたら……という直感。自身の第六感を信じて、大剣を振るう際に最も負荷のかかるであろう手首を狙って放たれた突きが直撃する刹那、ディーノがとんでもない行動に移った。
「自分の左手を犠牲にするのか!?」
ディーノはコウタの切っ先に左の掌を突き出すことで、正面から受け止めてみせたのだ。横から掴み取る……のではない。手の平に突き刺さった切っ先をより深く刺し貫くかのように、あえて自分から前へと踏み込んでみせた。非殺傷設定とは魔法の行使によって発生するダメージを魔力ダメージへと変換するものだが、剣などの獲物が有する切断効果までは無効化できない。
鮮血を撒き散らし、切っ先が手首近くまで深々と突き刺さったせいで、ディーノの左手が歪に歪む。常人なら泣き叫ざるを得ないほどの激痛に晒されていながら、それでもディーノの表情に揺らぎはない。
彼が浮かべるのは一貫して同じ表情、すなわち――狂笑。
「ひゃはああああぁぁああああっ!」
ダメ―ジを受けた様子など微塵も感じさせずに、左手を引いたディーノは互いの額が擦れ合うほどの距離にコウタを引き寄せると、無防備な頭部に自身の額を叩き付ける。
ヘッドバッドという予想外の攻撃を受けて、瞼を閉じてしまったコウタの丹田――人間の体内を駆け巡る生命力の中枢器官――に、大剣をほおり出して無手となった掌を押し付ける。
大地を踏みしめ、その反動と全身を駆け巡る血液の脈動、そして渦巻く怨念を収束、伝達させながら一点に集中させたエネルギーを掌から解き放つ。
「絶魔・発頸――!」
練り上げられたエネルギーが掌から迸り、丹田を中心にしてコウタの全身を蹂躙する。人体の急所ともいうべき位置を正確に撃ち抜けたのは、ディーノが宿す怨念の中に格闘技や気功の心得があるものが含まれていたからだ。一時的に肉体の所有権を彼らの魂に委ねることで、普段のディーノが取得できていない技法や術を行使することも可能とする。
もちろん、積み重ねた鍛錬の末に見出した達人の技を無理やり再現しているのだから、ディーノの身体へ極めて大きな反動が襲い掛かっている。心得すら持ち得ない気功法を使用すれば体内の頸路――生命力、気と呼ばれるエネルギーを循環させる回路のようなもの――に多大な負荷をかけてしまうし、剣を振るう普段とは異なる動きを行ったことで至る所の筋肉が悲鳴を上げている。
武術というものは修練の繰り返しによってそれを使うに相応しい肉体を手に入れることで初めて結果を出すことが出来る。少なくとも、気功の才能を持ち得ていないディーノが一流の発頸を使用してしまったのだから、彼の寿命は著しく削り取られてしまっていることだろう。だが、痛みを感じているような素振りは見られない。今も、発頸によって爆破されたかのように吹っ飛んで、岩山にめり込んでいるコウタに追撃を仕掛けようと、大剣を振りかざしている。
それが導き出す
(痛覚を完全に遮断しているのか!?)
激痛に堪え、地面に突き刺した剣を支えにして何とか立ち上がったコウタは信じられないものを見るような目を向ける。
痛みとは生物が生きていく上で必要不可欠な感覚だ。痛みがあるから、人は学習し、取り返しの利かなくなる一歩手前で思い留まることが出来る。だが、今のディーノの状態はまさに『精神が肉体を凌駕した』と称して差し支えないだろう。
「なんて……ヤツ……!!」
大地を粉砕しながら天高々と跳躍したディーノを見上げるコウタの瞳に恐怖が映る。理解を超えた存在に……想像だに出来ない怒りを凝縮させた魔光を纏った復讐者の姿に、コウタの心は大きく揺らぎつつあった。だが。天は彼を見捨てなかったらしい。
コウタの視界に、遥か上空より迫り来るディーノの横面を殴り飛ばす黒い影が映り込んだからだ。
「へ? え、えぇええええ!?」
マヌケな叫びを上げるコウタの眼前で、拳の直撃したディーノの頭部が手榴弾でも叩き付けられたかのように爆発する。
もうもうと煙を立ち昇らせながら衝撃で地面へと叩き付けられたディーノを呆然と見つめていたコウタの傍に、それを成したと思われる人影が降り立った。
民族衣装をおもわせる軽装とマフラーが特徴的な少年。コウタは知っていた。この少年がいったい誰なのかを。
「さ、”Ⅲ”!? な、なんで君が僕を助けてくれたんだ!?」
「はぁ? ンだよ、見捨てた方が良かったのか?」
「え、いや、そういう訳じゃないんだけど……その……」
「へっ、ウジウジしやがって。けどまあ、今はンな事どうでもいいじゃね~か。俺とアンタの目的は同じはずだぜ? ――あの狂人からアンタらを見捨てたら、いろんな人に文句を言われちまうんだよ。だからほら、さっさと立て」
恥ずかしげにそっぽを向きながら手を差し伸べてくるアルクにしばし呆然としていたコウタだったが、やがて苦笑を浮かべながら差し出された手を借りて何とか立ち上がる。
二人が頷きを交わし合うのとほぼ同時に、ディーノが落下した地点から爆発的に魔力が放出される。砂埃の向こう側からゆっくりと近づいてくる人影を睨み付けながら、手短に作戦を取り決める。
「このままやり合ってても、じり貧だ。俺は蒐集されちまったせいでフラフラだし、アンタも満身創痍のズタボロだしな。ここはひとつ、こういう場合に取るべき鉄壁の戦略を行うべきだと思うんだが、どうよ?」
「奇遇だね、僕もそれしかないと思っていたところなんだ」
「そっか、じゃあ協力するとしようぜ?」
「いいよ、その話に乗らせてもらうよ。……で、どっちが何をやる?」
「あ~~、……ワリ、俺の方はもうガス欠だ。魔法は使えそうにないわ」
「……OK.それじゃあ、そっちは僕が引き受けるよ。でもそうなると君は――」
「大丈夫だ、任せろ。こんなこともあろうかと! こ~ンな事もあろうかと!! とっておきの切り札があんだよ!」
自信満々なアルクに若干頬をひきつらせながら、それなら任せたとばかりに一歩下がると、即座に術式の構築に移る。
それに気づいたディーノは大剣を一振りして粉塵を散らせると、目も霞むようなスピードで二人目掛けて襲い掛かってくる。詠唱を続けるコウタを庇うように立ち塞がったアルクは、膝を落とし、両手を腰だめに構えながら迎え討つ。まずは
袈裟切りに振り下ろされた斬撃は、直撃すればSランクオーバーの魔道師ですら一撃で沈んでしまうほどの威力が籠められていた。迫り来る死の気配を肌で感じ取ったアルクの口端が引き攣る様に吊りあがる。そして――
防ぐことも避けることも叶わぬ斬撃が、コウタの身体を真っ二つに切り裂いた。
宙を舞い、地に落ちて転がったアルクの上半身。いまだに立ったままの下半身、その切り口から噴水の如き鮮血が飛び散っていく。唐突に砂漠の世界に誕生した小さな赤いオアシス……人の血液によって生まれた文字通りの血の池を見下ろすディーノの瞳には、やはり後悔や悲しみの感情は映し出されていなかった。彼にとって、アルクという存在は“ゲーム”における対戦者なのではなく……単なる道端を這いずり回る虫けらと同等の価値しか存在していないのだ。
己が生み出した亡骸を躊躇なく踏み越え、一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄っていく。敵に組する愚か者へ、あらんかぎりの恐怖を与えるかのように。
迫り来る死神から放たれる殺気に身を震わせながら、それでもコウタは詠唱を止めなかった。逃走するでもなく、刃向ってくるでもない敵の姿にディーノが僅かに首を傾げた直後……何者かが彼の肩に指を掛けて押しとどめた。驚き、振り向いたディーノの目に飛び込んできたのは――無傷のアルクが振りかぶった拳だった。
ごおんっ! と鉄板を殴りつけたような音を響かせながら、ディーノを吹き飛ばした。
「はっは~~っ! 見たか、聞いたか、驚いたか! コイツが俺のとっておき……『
無慈悲なる魔剣によって、確かにその存在を切り裂かれたはずのアルクが立ち上がり、反撃までしてみせた光景に、コウタとディーノは戦慄を隠せなかった。
――『
『
『それぞれの能力に属する攻撃によって受けた致命傷を一度だけ無効化させる』という限定的な蘇生能力と呼べるもので、生死に関わる傷を負った時に自動的に発動する。
この“能力”は、厳密には死亡した直後に蘇生させる蘇生魔法ではなく、死の一歩前の状態――いわゆる瀕死状態――に至ると、肉体の傷を超速で再生させることで全体状態にまで巻き戻すというもの。
こういった特性故に、一撃で命を絶えるような攻撃によって即死した場合や、遅効性の毒などによって徐々に肉体を蝕まれていった場合などには“能力”が発動しないという弱点があるものの、疑似的な蘇生能力という強力な“能力であると言えよう。”
(――つっても、ノーリスクってワケにはいかねえんだけどな)
自身の内側からあるものが抜け落ちていく感覚に、アルクは無意識に眉根を寄せてしまっていた。
「お、驚いたな! まさか死者蘇生を行えるなんて……! 君はへラクレスかなんかかい!?」
「いやいや、流石に
「君が真っ二つにされたものだから驚いていたんだよ! だからもうちょっとだけ――、よし! 転移魔法完成! 目標座標、第九十七管理外世界! 転移……開始!」
「よっしゃ! 俺たちの作戦『所詮この世は思うがままに行かないことばっかり~~、所詮は逃げたもん勝ちよ』大作戦が見事にハマったってことだな!」
「いや、長いよ!? どんなネーミングセンスしてんのっ!?」
「こまけぇことは気にスンナ! てなワケで……へへっ! あ~ばよ~」
迫り来るディーノの顔に浮かぶ明らかな怒気に、してやったりと言わんばかりの悪ガキ風の笑みを投げつけながら、コウタとアルクは転移の光に包まれてこの世界から消え去っていった。
「ぁ、ァァぁ唖嗚呼……っ我ァ嗚呼あ亞蛙あ嗚ああアアあ亜!!」
後に残されたのは、悲壮さすら感じさせる叫びを上げ続ける悲しき復讐者と、
「――少年、我々と取引を交わさないか?」
慟哭する少年に声を掛ける、自身と同じ姿をした存在に肩を借りながら現れた仮面の男だけだった。
振り向いたディーノの瞳を覗き込むように顔を近づけた男――シグナムとアルクの決闘に割り込み、ディーノの不意打ちを受けていた方――は、まるで子どもに言い聞かせるように語りかける。
「我々と君の目的は同じ……ならば、協力し合うことも出来るはずだ。そうだろう? ――私と同じ復讐者よ」
かの男は、仮面の奥で暗い笑みを浮かべていた。
無垢な幼子をたぶらかす非情な魔女のように。
そして――どこまでも純粋に残酷な判断を下すことのできる悪魔のように。
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決戦、”闇の書” 『最強 VS 究極』
砂漠世界での激闘より幾分かの時が流れた。
白い氷の結晶が天から舞い降り、見慣れた街並みを幻想的に彩り始める十二月。
段々と冷えこみが強まってきたこの時期特有の空気に満ちた病院の中庭を歩く二つの人影が在った。
茶色いショートカットとバッテンマークに見える髪飾りが特徴な車いすの少女。車いすを押しながらゆっくりと歩くのは彼女と瓜二つの容姿をした少年。
緑色のジャージを纏った少年は、白い息を吐きながら最愛の姉と一緒に数年前から日課となっている散歩の真っ最中だ。
不意に強い風が吹き、寒さに身を震わせる。そんな弟に苦笑を浮かべながら、車いすに腰掛けた少女……八神 はやてはひざ掛けにしていたカーディガンを差し出す。
「ほら、言わんこっちゃない……。そんなカッコじゃ寒い思いするでって言うたやんか。まったくもう……ホレ、これでも羽織っときぃ」
「い、いいよ、はやて姉。子供は風の子っていうもんだし、まだまだイケるよ!」
「いや、めっちゃ震えとるやん! 生まれたての小鹿みたいにぷるぷるしとるんやんか!?」
なんとなく青みがかった顔色でぷるぷる小刻みに震えながら立てた親指を突き出す弟に、姉の繰り出したキレの良い裏手撃ちと華麗なつっこみが炸裂する。そろそろ冬の到来を感じさせる季節に移り変わってきたというのに、何故かジャージをこよなく愛する弟は、相も変わらずジャージで外出するという暴挙を繰り出したのだ。
せめてジャンバーでも羽織ればいいと言っても、『いや、これが僕のステータスだから!』 と訳のわからない反論をされる始末。
挙句に、八神家の末っ子ポジションに収まりつつあるヴィータとのお出かけにまで、ジャージと首に巻いたタオルというジョガースタイルで赴こうとしたくらいなのだから、もうお前病気なんじゃね? と思わざるを得ない。
姉としても頭の痛い問題だ。最近では、コウタの変な病気に感染してしまったのか、ヴィータまでもが普段着にジャージを愛用し始めてしまったのだ。これは近いうちに八神家家族会議を開催しなければならないかもしれない。そんなことはつゆ知らず、さりげなく保温性を付与させた身体強化魔法を発動させることで寒さに対処したコウタは、今この世界に居ない家族たちの事を考える。
数日前、“闇の書”の浸食の影響ではやてが倒れてしまい、この病院に担ぎ込まれた。あの日から、騎士たちは鬼気迫る形相で蒐集活動に取り組んでいる。
特にひどいのはシャマルだ。砂漠世界での一件からずっと、彼女は何かを思い悩むようなそぶりを見せる機会が多くなった。蒐集活動の時も、基本的に彼女が“闇の書”を持ち歩くようになったし、皆が寝静まった深夜に、一人で“闇の書”の『ナニカ』を調べているようだった。不審に思わないでもないが、時期が来れば参謀格である彼女が自分から言い出してくれると信じ、口外していない。
(本当に重要な事だったら僕にも手伝えると思うんだけど……ハァ、何事もままならないなぁ)
「な~にをカッコつけて黄昏とんねん。溜息つきたいのはウチのほうやっちゅうねん」
「ぶぁ!? ふぁ、ふぁにふんはよぉ~~!?」
ありがた~いお姉さまのお言葉を右から左にスルーしつつ、なにやら大人びた愁いを帯びる表情を浮かべる愚弟のほっぺたをびろろ~んとする病弱系お姉ちゃん。
姉弟水入らずなほんわか空間に『シリアス
そんな時、不意に、うっすらと涙目になりつつあるコウタの後ろからくすくすと笑い声が聞こえてきた。あにゃ? と間抜けな声を出してしまいながら振り向いたはやてたちの後ろ、備え付けられたベンチの一つに一人の女性が腰掛けながら、口元に手を当てながら微笑を零していた。女性もののスーツの上から白衣を羽織っているところから見て、おそらくこの病院で働いている女医さんなのだろう。
この病院で長い間お世話になっているはやてにも見覚えのない人だったが、十代と呼んでも差し支えないほどに若々しい彼女の容姿から推測するに、最近配属された新人さんなのかもしれない。
踵まで届きそうな長髪を三つ編みして、やぼったい黒縁眼鏡を掛けているというのに、レンズ越しに見える金色の瞳や彼女の纏った空気が否応なしに『デキる女』という印象を感じさせる。
――うわ~~、キレイな
同性の自分ですら思わず見惚れてしまうほどに整った容姿持つ女性に、自分たちのマヌケな姉弟喧嘩を見られていたのだと分かり、はやての頬が朱に染まる。
ふと視線をずらせば、弟も自分と似たような表情を浮かべているではないか。姉弟揃って恥を晒したことに内心悶えていると、するりと近づいてきた女性に頬を撫でられた。
「ひゃわはぁ!?」
「あ、驚かせちゃいましたか? ごめんなさいね」
「いいいいえ、別に、大丈夫です! ハイ! むしろこんなモンでよろしかったら、いくらでもどうぞ!」
自分で言ってから、『いや何いっとんのや自分~~!?』 と見事な自爆っぷりに一人ツッコミを入れていたはやてに、「じゃあお言葉に甘えて」と女性は断りを入れてから、もう一度はやての髪を梳くように頬を撫で、優しい手つきで頭を撫でる。反対の手は、はやてにしているのと同じように、突っ立ったままのコウタの頭をこれまた優しげに撫でていく。
もうほとんど思い出せないくらいに記憶が薄れたお母さんみたいな優しさに包まれた八神姉弟は、抵抗するでもなく、黙ってされるがままに身を委ねてしまう。
しばらくの後、満足したらしい女性が手を離す瞬間、二人揃って「「ぁ……」」と物欲しそうな声を小さく漏らしてしまったのに気付いた女性は、「もう少しお話ししましょうか?」 と提案してベンチに腰掛ける。
彼女の隣にはやて、コウタの順に腰掛けると、取り留めのないお話に華を咲かせていった。
踏み込んだところまでは口に出さずとも、出来る範囲で互いの事情を教え合うくらいには話が弾んでいった。はやては患った病気のせいでここでお世話になっていることや、最近家族がみんな忙しいみたいで一緒の時間がなかなかとれないことを漏らしてしまえば、女性は同情するでもなく、ありきたりな『元気を出して』みたいなことも言わず、静かに聞き手に準じてくれた。
慰めの言葉はもう聞き飽きていたはやてからすれば、ありのままの自分を見てくれる彼女の在り様は非常に好感をもてるモノだった。
お手製のものだというミサンガを見せて貰ったり、弟がジャージマニアで困っていることを相談したり、真っ赤になって如何にジャージが素晴らしいのかという持論を用いて弁明してくる弟に二人して笑ったりして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
久しぶりの楽しい時間に浮かれていたのだろう。はやても、コウタも終ぞ気づくことが出来なかった。眼鏡の向こう側からうっすらと輝く
そして……女性の手首に巻かれた真紅のミサンガが、怪しい光を放っていたことに。
――主演者は出そろった。これから訪れるのは、絶望を告げる鐘の交換
それを決めるのは、他ならぬ
舞台は十二月二十四日
“闇の書”事件 最後にして最大の激闘の幕が上がる……!
――海鳴大学附属病院 屋上――
その出会いは突然だった。図書館に足を運んだすずかがはやてと出会い、彼女の事情を知ったアリサが主導になって、サプライズのパーティを行おうと提案したのだ。
無論、入院患者であるはやての病室で大それたパーティなんて出来るはずも無いが、それでもプレゼントを手渡すことくらいはできるだろうということで、すずか、アリサ、なのは、フェイト、花梨、葉月の六人が、クリスマスイブの今日、はやての病室に赴いた彼女たちが運命的な邂逅を果たした。
それは、はやてのお見舞いに来ていたコウタやシグナムたちとの出会い。互いにけん制する様に火花を散らすコウタと花梨、葉月のコンビ。
ベッドに腰掛けたはやてにしな垂れながら鋭い視線をぶつけるヴィータ。出入り口を塞ぐように移動しながら、油断なく身構えるシグナム。どこか悲壮感すら漂わせた表情のシャマル。
言いたいことがありすぎてうまく言葉にできず、戸惑いを露わにするなのはとフェイト。その様子を不思議そうに眺めることしか出来ないはやて、アリサ、すすか。
互いにギクシャクしながらもなんとかプレゼントを渡し、ありきたりなお別れのあいさつを終えて帰宅しようとする瞬間、関係者に向けてシャマルが念話を送った。
曰く、『話したいことがある』――と。
屋上に場所を移し、向かい合う両者の硬直を破ったのは、なのはの問いかけ……ではなく、
「アイゼンっ!」
ヴィータによる先制の剛撃だった。
それはデバイスを未起動のなのはに直撃し、爆炎が屋上に広がる。肩で息を繰り返すヴィータの睨む先、炎上する炎の壁の向こうから陽炎のように揺らぐ人影が歩いてくる。
「悪魔め……っ!」
「悪魔で……いいよ……」
彼女……バリアジャケットを展開させたなのはは、悲しげな表情を浮かべながら起動させた【レイジングハート】を構えつつ、叫ぶ。
「悪魔らしいやり方で……話を訊いてもらうからっ!!」
殺意すら込められた視線を正面から受け止めながら、それでもなお揺るぎ無き心を以て、彼女たちと向きあって見せる。その声をトリガーとして、フェイトとシグナムもデバイスを起動させて向かい合う。
花梨たち参加者組もまた、各々のデバイスを手に構え、臨戦態勢を整えていく。
だが。
「おい、何をしているシャマル!?」
守護騎士の中で唯一人だけ、シャマルだけがバリアジャケットも纏わずに佇んでいた。
その様子に困惑を隠せないシグナムの問いに答えるように、俯かせていた顔を上げたシャマルが、ユーノとの邂逅を経て自分が導き出した
ゾブッ……!
「――っか、は……!?」
何者かの手がシャマルの胸を貫いた。空気の洩れる音だけが彼女の口から漏れ出し、何も言葉を発することが出来ない。同時に自分の中から大切な何かが瞬く間に吸い取られていく感覚が彼女の全身を襲う。とてつもない虚脱感に晒されながら、シャマルはその正体に気づく。彼女にとっても見慣れたソレの名は――
(蒐……集――!?)
「……そのまま消え去るがいい、余計な真実を抱きながらな」
腕の主……仮面の男は逆の手に持った“闇の書”に、シャマルから抜き出したリンカーコアを近づける。“闇の書”は己が自動機能のまま彼女のリンカーコアを、魔力を、存在そのものを吸い取り、奪いl取っていく、。いや、正しくは奪い取るのではない。『戻っている』のだ。何故なら彼女たち守護騎士という存在もまた――書を完成させるために必要な“贄”なのだから。
足元から光の粒子となって消えていく仲間を前に、静止していたシグナムたちの時が動き出す。
「シャマル!? ――きっさまぁあああああっ!?」
「て、テンメェえええええええ!!」
激情の赴くまま、魔力を解放させながら仲間を手にかけた
まるで流れ作業のように淡々とシャマルを屠った仮面の男は、シャマルを貫いていた右手を、まるで汚いものを触ったと言わんばかりにズボンの裾で拭く。
その様子に沸点を超越してしまったヴィータが【グラーフアイゼン】を振り上げた、その瞬間、
「が……あ……ぁぁ……ぁがあああああああああっ!?」
後ろから叫び声が聴こえて、思わず振り返ってしまう。そこには四肢をバンドでからめ捕られ、シャマルと同様に背中から胸を貫かれたシグナムの姿があった。
それを成しているのは――もう一人の仮面の男。
――二人!?
思わず動きを止めてしまったヴィータは、青い輝きを放つバインドによって拘束されたコウタの叫びを拾うことが出来なかった。
涙すら流すコウタの眼前で、空間を歪ませながら姿を現した狂人が振るった大気を切り裂く黒い刃が彼女の首を跳ね飛ばした。
「くっ! この……!」
「っ! ――っ!」
「っぐ! 葉月、何とかならない!?」
「も、申し訳ありません……お時間を頂ければなんとかなりそうなのですがっ……! ひゃわん!? ちょっと、そこのシスコン! 変なトコロさわらないでください!」
「いや、触ってないんですけど!? あと、誰がシスコンか!」
青い魔力光を放つバインドによって拘束されたなのはたちは現在、クリスタルゲージと呼ばれる青い光の壁によって構築された三角錐のような結界に囚われている。
ヴィータが首を刎ねられた直後こそ、狂乱する勢いでもがき続けていたコウタだったが、花梨と葉月の説得……と言う名の
彼女を切り捨てた狂人……ディーノは仮面の男と組んでいたらしい。彼の剣に付与された毒が気がかりだが、ヴィータの全身に毒が回る前にリンカーコアを蒐集させていたので彼女のコアプログラムはおそらく無事だということも、コウタが冷静さを取り戻すカギとなっていた。花梨たちはデバイスを起動させようとするものの、阻害効果も付与されているらしくバリアジャケットを展開することも叶わない。おまけにゲージの大きさは少女二人が入るのに精いっぱいという大きさだったので、明らかに許容量以上の人数を押し込まれていたのだ。都心の通勤時間帯の満員電車よりもひどい有様で、一刻も早く脱出しないといろんな意味でヤバいことになるのは火を見るよりも明らかだった。
いきなりクライマックス状態な花梨たちを余所に、なのはとフェイトに変化した仮面の男たちは、今にも消えかかっているシグナムの身体を足蹴にしながら、転移魔法でこの場に呼び出された“闇の書”の主たる少女、八神 はやてを見下ろしながら、暗い笑みを浮かべていた。
果たして、フェンスに背中を預けながらその様子を眺めているディーノと同じ復讐に憑りつかれた者特有の表情を自分が浮かべていることに、彼らは気付いているのだろうか――?
時空管理局の応接室。ここは英雄と称されるギル・グレアム提督のために用意された彼の自室だ。
ソファーに腰掛けながら写真立てに飾られた
――ようやくだ。これで、すべてが終わる。
十年前、彼の部下だった一人の父親を失ってしまったことが総ての始まりだったのだろう。部下の名はクライド・ハラオウン。リンディの夫であり、クロノの父親でもある優秀な管理局員だった。
前回の“闇の書”事件の末期、本局に護送中の“闇の書”が突如として暴走、次元航行艦そのものを呑みこみながら破壊を撒き散らそうとした。それを防いだ英雄こそギル・グレアムその人であり、部下の、クライドを死なせてしまった男の名前だ。あの時、暴走する“闇の書”を破壊するために艦に残ったクライドは、グレアムに自分ごとアルカンシェルで“闇の書”を消滅させるよう懇願してきた。
悩み抜いた末に彼の願いを叶えて“闇の書”を破壊することだができたものの、無限再生機構を有した“闇の書”に対して所詮は一時凌ぎにすぎなかった。
管理局の英雄だの、最小の被害で事件を終わらせた勇者だのと、もてはやされるたびに、彼の心には見えない楔が撃ち込まれていった。
――何が英雄だ、誰が魔導師の鏡だ? 所詮私は、部下を死なせてしまった無能ではないか!?
過去に囚われ、未来を生きることが出来なくなった彼に残された手は、“闇の書”に対する復讐心のみ。かのロストロギアが生み出す負の連鎖を、今度こそ完全に止めて見せる。
そうすることが、クライドへの手向けとなるはずだ!
暗い復讐心に取りつかれたグレアムは、持てる人脈を総動員して見つけ出した新たなる“闇の書”の主……彼女、八神 はやての支援者として近づき、機会を待った。
総ては忌まわしき負の連鎖を断ち切るために。懐から一枚のカードを取り出し、感傷深げにソレを見つめる。
カード型待機状態のソレの名は【デュランダル】。氷結の杖と称される“闇の書”を永久封印するための鍵。覚醒した“闇の書”を
結果がどうあれ、管理局員としての自分は今日で終わりだ。悲劇を繰り返してはならないという安っぽい正義感と使命感で自分を正当化させながら、やっていることは管理外世界の少女を私怨で殺そうとしているに過ぎない。
だがそれでも――ここで止まることは出来ない。
“闇の書”事件で裏から暗躍していたかの英雄は、誰にも見送らえることの無いまま、時空管理局の本局を後にした。
向かうは総ての答えが出る場所――地球。
「どうやら始まったみたいだね」
爆発的に膨れ上がり、解放された濃密な闇の魔力が発動したのとほぼ同時に、海鳴市全体を覆うほどの巨大な結界が展開される光景を、やや離れた海上に浮かびながら眺める人影があった。
No.“0”を名乗る少年……白夜は、“紫天の書”の少女たちを従わせながら腕組みをしていた。その様子に、シュテルは眉根を顰めた。
「なにもアクションを起こさないのですね? “闇の書”……いえ、書の規制人格が高町 なのはたちとの戦闘を開始しているのではなかったのですか? てっきり、乱入する者とばかりに思っていましたが」
「まあまあ、そんなにはやらなくても大丈夫さ。僕が直接手を下さなくても、“闇の書”は八神 はやてが目覚めることで“闇の書の闇”……総ての元凶である防御プログラムが切り離されるんだ。僕が出向くのはそれからでも遅くは無いさ」
「あの場所には高町 花梨を始めとする転生者たちが数人揃っていますが? 彼女たちの干渉でありえない結果だ出る可能性もあるのでは?」
「だとしても、さ。連中に取れる原作ブレイクの手段なんて、精々が規制人格……リインフォースの救済くらいだろうからね。どのみち、防御プログラムを切り離す必要があるんだ。だからほっといても、勝手にイベントをこなしてくれるだろう」
当事者たちが命を賭ける行為をイベントと称し、完全な上から目線を崩さない白夜に向けられるシュテルたちの視線は冷たい。それに気づかないまま、白夜は脳内でこれからの行動を組み立てていく。
「(防御プログラムが切り離されたタイミングでさっそうと登場して軽々と救って見せようか……、そしてそのまま悪党どもを打ち倒して――いや待て。なのはちゃんたちは優しい女の娘だ。
完全な独りよがりの自論を組み上げる彼は気付いていない。かつて、彼が屠った
既に転生者は勿論、リンディたち管理局も彼を次元犯罪者として手配しつつあるということに。
そして――彼に
「――噂以上の小物っぷりだな」
『っ!?』
突如として響き渡った声に慌てて視線を向ければ、彼らの居る場所よりもさらに上空、黒金の燐光と蒼い魔力を纏った怪物……ダークネスが悠然と彼らを見下ろしていた。
彼の左肩に乗ったアリシアは、物珍しそうに“紫天の書”一派
静かな、されど強大なチカラの込められた言葉を浴びて、彼と初めて対峙する者すべての動きが静止する。
根本的な存在そのものが自分とは違うのだと、否応なしに理解させられてしまう威圧感。ユーリがぶるりと身体を震わせ、ディアーチェの頬を一筋の汗が零れ落ち、レヴィの構えたデバイスの切っ先がカタカタと小刻みに震える。
「は……ハッ! まさかそっちから出向いてくるとは思ってもみなかったよ! まあ、正義の断罪を自ら受け入れようという殊勝さは、評価してあげても構わないかもしれないけどね!」
白夜も同様に身体を震わせていたが、不意に我に返ると、虚勢感漂う口調で捲し立てる。大げさな身振り手振りを繰り出す様は、まるで自分こそがこのセカイで繰り広げられている物語の語り部だと言わんばかりの態度にも見える。
ダークネスはそんな白夜の姿を一瞥するだけで声を掛けることもせず、目的の人物へと声を掛ける。
「よう、シュテル。約束を果たしに来たぞ」
「……ずいぶんと焦らせるのですね? 遅い男は女の子に嫌われますよ? いろいろな、意味、で……(ポタポタ)」
「あ~~、もう、またシュテルったら。はい、チーン」
「チーン! す、すみません、アリシア……」
「……いったい何を妄想したら、そんな頻繁に鼻血が出るんだ?」
「――いっぺん経験すれば、鼻血は出なくなるかもしれませんが」
「チラチラと意味深な目を向けてくるんじゃない……って、お前もか、アリシア」
「だって~~、私たちはいつも一緒なんでしょ~~? 仲間外れはさみしいんだよ~~」
「お、お主らは一体何を言っとるのだ!?」
いつものノリで微妙な談笑を繰り広げるアリシアとシュテル、ついでにダークネスの様子に、ここまで楽しそうなシュテルを見たことのなかったディアーチェたちが目を白黒させていた。
「しゅ、シュテル? あの……約束というのは?」
おずおずと手を上げながら、ユーリが問いかける。彼らが親しそうな理由はそこに在ると直感的に察していたからだ。
――ついでに、彼女自身にも別の意味で心当たりがあったりするが。
「え? ああ、そうでした。実はしばらく前に、ちょっとしたお願いをしたのですよ」
「お願いって……なんなのさ、シュテルん?」
「はい。それは――私たちに自由の翼を与えてくれるように、というものです。要は、この男からの解放ですね」
未だに自分の世界に浸っている白夜を指差しながらあっさりと主を裏切る発言を口にするシュテルに、一同は戸惑いを隠せない。
「ちょちょ、ちょっとまってシュテルん!? それってどういう――」
「シュテルの言葉通りだが?」
混乱するレヴィに答えたのは他ならぬダークネス本人。不可能と断じてきた可能性をあっさりと肯定したダークネスを睨み付けるディアーチェが声を出すよりも早く、白夜の嘲笑が冷たい潮風の吹く海上に響き渡る。
「あ、あはははははははははは!! そんな事――ブフッ! ……不可能に決まってるじゃないか! なに!? まさか僕と彼女たちの間の契約を解除させて、自分の使い魔にでもすればいいなんて考えてるんじゃないよね!? だとしたら滑稽極まりないよ! 彼女たちは本物の“紫天の書”一派なんかじゃない! 僕の“能力”で生み出した、僕のチカラそのものなんだよ? 魔導生命体としての器こそ持っているけれども、その本質は神の力の結晶さ! つまり! 僕に与えられた“能力”の一部でしかない彼女たちに、僕のチカラとなる以外の未来なんてありはしないのさ!!」
言外に『そんなこともわからないのか?』 とでも言いたげな皮肉が込められた言葉を受け流し、ダークネスは不敵な笑みを崩さない。
「確かにそうだ。シュテルたちを解放するのに、そこだけがネックだったんだからな。流石に俺一人ではその方法を見つけることは出来なかったよ――……俺一人では、な」
「はぁ? なんだい? まさか協力者がいるとでも? ひょっとして、そこにいるアリシアちゃんの事かな?」
「うっわ、馴れ馴れしく名前読んでほしくないんだけど」
気障ったらしく指差してくる白夜を、心底ウザったそうに顔を背けたアリシアがダークネスの首に抱きつく。
――が、抜け駆けを察知したシュテルが即座に近づき、アリシアの首根っこを掴んで引きはがす。
「ぐにゃ!? ちょ、首! 首締まって……ぐぇぇ!!」
「――私をのけ者にして自分だけいい思いをしないでください。……あ、続きをどうぞ?」
「ホントに仲良いなお前ら……っと、話の続きだったな? 協力者がアリシアという推論は誤りだと言っておくぞ。知識を受け継いでも、それを利用しようという本人の意志が無いんだからな。……で、本当の俺の協力者についてなんだが――……そこで、ユーリとやらの胸を揉みしだいている変質者だ」
『えっ!?』
驚きながら慌てて振り向くと、皆言葉を無くす。
そこにはいつの間に現れたのか、ユーリを後ろから抱きしめるように拘束し、少女特有の控えめな双丘に指を這わせまくる白衣の変質者がいた。
叫び声を出せないようにさるぐつわをされたユーリが身を捩り、逃げ出そうともがくものの、変質者……もとい、
頬を朱色に染め、艶めかしい吐息を漏らすルビーがユーリのシミ一つない首筋に舌を這わせていく。サラサラとした彼女の紫の髪が肩から零れ落ちてきて、ユーリの頬をくすぐる様に撫でる。
ルビーの手首をつかんでいたユーリの手が力無く垂れ下がる。少ない露出がされた彼女の肌が、ほのかなピンク色へと変わっていく。
きゅっと閉じられた瞼がぴくんぴくんと震えれば、桃色の唇の隙間から熱を帯びた吐息が溢れ出す。
上着の上から揉みしだいていた指先でユーリの胸からお腹、おへその辺りまで走らせれば、くすぐったそうに身を捩ってくる。かわいらしい反応にますます興奮した様子のルビーは、服の裾を胸元がギリギリ見えないくらいまで引き上げると、中に手を差し込み、少女のからだを直接揉みしだいていく。未熟な青い果実そのものの乳房を優しく、痛くないように味わっていく。
愛撫する方とされる方、両者ともに息を乱しながら、自然とお互いの顔を見合わせるように顔を向ける。至近距離から見つめある二人の少女、色香溢れる吐息が一つになるように、ごくごく自然に両者の唇は近づいていき――
「――って、いつまでやっとるかぁあああああああ!?」
真っ赤な顔をした王様の怒号が響きわたった。エロ過ぎる展開についていけなかったが、ようやく再起動できた彼女はぶるぶると震える指先を突き付けながら吼えまくる。
「お、おおお主はいったい何をやっとるか! ユーリ! 貴様も貴様だ! どうしてもっと抵抗せんのだ! 盟主の名が泣くぞ!?」
「おやおや~~? な~に、羨ましいのかな? 自分だけ出会いが無いから」
「誰がンな事口にしたかぁあああああ!! こら、シュテル! 貴様からも何か言って――っておいいい!? お前はお前で何をしとるか!?」
「何って、
「それはわかる! わかるが、我が言いたいのはそんなことではない!」
「シュテるん~、王様は、シュテるんと『あーしあ』が、『だーく』に抱きしめられてるのを言いたいんだと思うよ~?」
「わ、私はアリシアだよ! 悪魔っ娘なシスターさんじゃないんだよ!」
「あれくらい見事な脱ぎっぷりをすれば、きっと明日から人気者になれるんじゃない?」
「私はフェイトと違って
「……ぷっ」
「今、鼻で笑ったね? 口元抑えながら吹き出したよねぇ!?」
「つか、それよりも無意味なくらいにマヌケな野郎っぽい名前で呼ばれた気がしたんだが……」
「レヴィはおつむが足りない残念な子なので諦めてください」
「こら、シュテル! まだお話はすんでないんだよ!?」
さらりと仲間を小ばかにしながら、シュテルは今の自分の状況を確認してみる。
ルビーとユーリがR指定をくらいそうなエロい行為を繰り広げていることを察したシュテルとアリシアは、刹那のアイコンタクトを交わしてダークネスの目を塞いだのだ。
ただし……彼の胸元に身を寄せて抱き着くような体勢で。左から抱き着いたアリシアの左手と反対側から抱き着いたシュテルの右手がダークネスの両目を塞ぎ、空いた方の手を彼の腰に回す。
その状態で飛行魔法を解除すれば、反射的に彼女らの腰に手を回して抱きとめてくれるはずだ。彼女らの目論見は見事に的中、こうして『ダークネスさん両手に花の巻』状態が完成したのだ。
まあもっとも、二人のいたずらとはいえ、彼女たちを抱きしめる腕に力が籠ってしまうのは彼が二人を手放したくない、己の所有物だと主張したいという本心の表れなのかも知れないが(無論、本人は無自覚だが)。
「勝ち組と負け組の境界線がハッキリと証明されてしまっているようですね」
「うぉおおおおい!? それ一体どういう意味だ!? 出会いの無かった我への当てつけか!?」
「いえ、ただこうして殿方の腕に抱かれているとなんというか……今まで感じたことのない感情が湧き出してくるのを感じるのですよ。そう、これは――優越感というやつでしょうか(フッ)」
「うがぁぁぁああああああ!? 笑いおったな!? 貴様、鼻で我を笑いやがりおったな!?」
「いえいえ、そうムキにならずともよいではありませんか。王にもいつか、意中の殿方が現れますよ。ええ、きっといつかは……」
「
ぷんぷんと湯気が立ち上りそうな形相で地団駄を踏む(空中なのに)ディアーチェを宥めるレヴィという珍しい光景が繰り広げられる一方で、脱力して抵抗する気力を吸い取られたユーリを抱えたルビーが、ダークネスたちに近づく。
「ほほう、これはこれは……なかなか、犯罪臭の漂う光景ですなぁ?」
「……言うな」
「ロリ~さん、だったん?」
「だから言うな! 自分でもちょっと自覚してんだから!」
「い~んじゃないかな? だってダークちゃんてば犯罪者なんだし」
「ソッチ方面での罪状は御免こうむる……ハァ、おい“Ⅱ”――」
「『ルビー』」
「は?」
「だ・か・ら、『ルビー』もしくは『ルビーちゃん』って呼んでくれなきゃヤダ♪」
「おいこら、いきなり何を」
「じゃないと協力してあげないかんね~」
「あの……ここは我慢してくださるとうれしいのですが」
「す、すいません、ごめんなさい……」
元凶がにまにまと腹の立つ笑みを浮かべるさまを見てぶん殴りたい衝動に駆られるものの、ある意味で当事者なシュテルとユーリの懇願を無下にするつもりも無いので、震える拳を堪えつつ、
「……ルビー、例の件の状況を教えてくれないか?」
「おぅ、いえ~っす♪」
上機嫌に指先を宙に走らせるや展開されたモニターを覗き、その内容が己の望みどおりのモノであったことに口端を吊り上げる。
「さすがは……この短期間で、よくもまあ、ここまでのモノを」
「くふふふふ~~、ボクに掛かればお茶の子再々なのさ~~」
「おい! さっきから僕を無視して何をやっている!?」
ヒステリックに喚き散らされる声をうっとおしそうに一瞥したダークネスとルビーは、炎の剣を顕現させた白夜へとめんどくさそうに向き直る。
「うるさい上に察しも悪い奴だな。わかるだろう?
「な……に、ぉ……いっている!? お前はなにを――」
「ダーちゃん、術式を発動するのにチョットだけ時間がかかるんだ。その間、あの目障りな芥をボロカスにしといてくんない?」
「それだけでいいのか? 何なら、腕の一、二本くらいはツブしておいてもいいぞ?」
「ん~~……な~んか、追いつめたらめっどっちいことになりそうだし、ほどほどでヨロ!」
「……良いだろう、元々こちらから取引を持ちかけたんだ。そのくらいは引き受けるとしようか。――さて、そういう訳だ。死なない程度に相手をしてやろう」
立てた中指でくいくいっと手招きする様なあからさまな挑発に、白夜の決して高くは無い沸点は容易く振り切られた。
「ふっ、ざけるなぁあああああ!」
激昂する姿を始めて見たのだろう、驚くディアーチェたちを置き去りにする速度で突っ込んできた白夜の放つ斬撃を横へ飛びのいて躱しながら、左掌から炎球の如き魔力弾を放つ。「こんなものが通用するわけあ――っ!?」迫る魔力弾を炎の剣で切り払おうと右手を振り上げた刹那――、その眼が驚愕で見開かれる。
右腕が肩口から指先に至るまで微動だに動かすことが出来なかったからだ。もし、彼が周囲を探る余裕を持ち得ていれば、その原因を察することも出来たことだろう。白夜の右腕を拘束する不可視の鎖……その正体は、目に見えぬほどに細分化させた極小の霧。元来の用途は防御障壁としての効力を有するダークネス独自の魔法術式『ミストウォール』だ。
先の挑発のおり、立てられた中指を起点に大気中に分散させるように展開されていた魔力霧を、白夜がいる全面へ向けて展開させていたのだ。それに気づかぬまま、無防備な突進を仕掛けてしまった白夜に付着した魔力霧の粒子が互いに結合し、無色透明な拘束具となって彼の動きを束縛してみせたのだ。白夜は“能力”の一つ、完全“能力”無力化を発動させて拘束から抜け出そうと意識を集中させる。
白夜は自身へと向かってくる攻撃を忘れたわけではなかった。だが、所詮は特別な“能力”を使ったわけでもない
もし、この場にダークネスと交戦したことがある者がいれば、誰もが口をそろえてこう言うことだろう。
『お前は、ヤツを甘く見過ぎている』――と。
着弾した寸前、巻き起こった半径数十メートルにも及ぶ範囲をすべて吹き飛ばすほどの衝撃と爆風で全身を焼かれながら、白夜はようやくダークネスという存在の異常性を理解したのだった。
「ふん、何でもかんでも“能力”に頼りすぎなんだよ。それだから自分の弱点にも気づけなかったんだ」
本人の感覚的には、さしたる速度も魔力も込められていない
だが同時に、やはりそういうことかと納得もしていた。完全“能力”無力化と名前だけ聴けば確かにとてつもないチカラだと思える。それに加えて、これ以外にも複数のチカラを使うことが出来るというのだから驚きを通り越して呆れすら感じられる。だが、このセカイに無敵、完全なる存在など存在し得ないことを彼は知っていた。故に、ダークネスにとって、No.“0”という存在もまた、脅威に値しないモノに過ぎない。
「“能力”が無効化されるのなら、“能力”を使わないで発動させた魔法を使えば済む話だろうが。お前が倒した“Ⅷ”は常時“能力”が発動していた影響で魔力弾にすら己の“能力”の効果をが付与されていた……要するに、魔力弾すら“能力”の一部と扱われていたからこそ、奴の攻撃を完全に無効化できていたようだから気づいていなかったようだな」
「ッ!? ば、バカな! たとえ“能力”が適用されないとしても、唯の魔力弾程度でなぜこれほどまでのダメージを!?」
「お前はバカか? 何事も努力を積み重ねて研磨し、幾重にも工夫すれば最上の結果をもたらすことができるのは当然の理だろう。要は、魔力弾だろうとなんだろうと、やりよう次第で必殺技に昇華させることも可能だということだ」
そもそも、転生時に感知系の特典を選択してした彼が戦いに勝ち抜くために戦う術を、魔法や武術を学んでいたのは当然のこと、それらを極限にまで鍛え上げることで身に付けた圧倒的な戦闘力と戦略《ロジック》こそがダークネスという最強者を生み出しているものなのだ。当然、己の“能力”が通用しない相手と対峙した場合の戦略も構築済みであり、目覚めた“能力”
「そんな……、ふざけるな……ふざけるなよ! この僕が、お前の様な悪党なんかにぃいいっ!」
圧倒的なまでに開かれた彼我の実力差という現実を認められない白夜が胸の前で腕をクロスさせたかと思うと、ダークネスへと鋭く差し向ける。すると、両手から展開された炎の剣がその刀身を伸ばしながら迫りきた。大気を焼き掃うように唸りを上げる炎剣を、両掌に小さく部分的に展開させることで密度を増したミストウォールによっていなしていく。
「このっ! このっ! このぉおおおっ!」
親の敵だと言わんばかりに彼が言う所の『悪党』を睨み付ける白夜は、己が激情に後押しされるまま荒い呼吸を整えることもせずに、十メートル近い長さとなった炎剣を振るい続ける。
炎という無形のチカラを剣という
だが、剣術の心得も持たぬ白夜の斬撃を躱すことなど、さほど難しいものではない。直接戦闘に繋がる“能力”を持たぬが故に、己が肉体を鍛え上げ続けてきたダークネスにとって、そんなものが脅威となりうるはずも無い!
「ただの拳……だがな、お前にはこいつが何よりも有効だろう!」
斬撃の軌道を読み切り、一瞬で懐へと踏み込むと、勢いをのせた拳を放つ。
だが。
「な、める……なぁっ! 『
白夜が放った言霊と共に発動した相手の心を読み盗る術式が発動し、ダークネスの思念を、その結果もたらされる予想を映像として脳裏に映し出す。
(見える……見えるぞ! お前の考えが、その拳が僕の何処を狙っているのかまでも!)
放たれた拳の軌道をダークネスの思考を読むことで察知し、軽々と回避して見せる――が、
「ごふっ!?」
腹部に凄まじい衝撃を受け、錐揉みしながら宙を舞う。揺らぐ視界で捉えた自分を吹き飛ばしたものの正体、それは――
(し、尻尾……!?)
拳を振り抜いた勢いを上乗せさせた剣刃が連なったような形状の尾が、白夜の胴を薙ぎ払うように打ち付けたのだ。
黒い残滓が閃き、シグナムの連結刃に匹敵する切れ味を誇る刃が白夜のバリアジャケットを苦も無く切り裂く。真紅の飛沫が飛び散り、白夜の顔が苦痛に歪んだ。
「チカラに頼りすぎなんだよ、お前は! クライシス・エッジ!」
大気を引き裂いて放たれるは、黒金の炎の刃。咄嗟に構えた炎剣による防御は間に合ったものの、万物を焼き尽くすと称される神の炎に喰らい付く黒き刃がもたらす衝撃が白夜を襲う。
腕の骨が軋むのを感じて、白夜は嫌な汗が流れ落ちるのを押さえることができない。
「ふん、一撃受け止めただけで気を抜くとはな。所詮は素人か」
「っく!? 悪党風情が何を偉そうに……!」
「ああ、知らなかったのか? 俺はRPGでいうところのラスボス、あるい裏ボス的なポジションな立ち位置に立っている。つまり、身の程をわきまえずにチンケな正義感を振りかざすガキに現実というものを知らしめる存在ということさ。そう……お前のような勘違い野郎をなぁっ!」
世に名高き名刀すら霞む切れ味を誇る魔剣……クライシス・エンドを叩き付ければ、甲高い音を鳴り響かせながら炎の剣が砕け散る。天空に灯る焔であろうとも、闇に身を沈めた竜神の牙に抗うことは出来はしない。
「ちぃいっ!?」足元で魔力を爆発させ、白夜は後方へと跳躍する。
「くそっ! どういうことだ!? この力は一体なんだ!?」
「ぎゃーぎゃー喚くか、中二発言を繰り返すしか能がないのか? 少しは自分で考えたらどうだ?」
「なっ!? 僕を侮辱するつもりかっ!? いいだろう……、後悔させてやる!
記憶を司る大天使
「遍く“能力”が記された知識の書のチカラを得ること! すなわち、僕の前ではどれほど特殊な“能力”であろうとも、総てがさらけ出されてしまうのさ!」
チカラを発動させた白夜の脳裏に、ダークネスが保有する“能力”に関する情報が浮かび上がっていく。現時点での性能を読み取る『
自分に第二の生を与えてくれた神という存在、そしてかの者より授かった奇跡の力たる“能力”の前では、魔法も、武術も、兵器も、無意味の長物と化す。なまじ、神を神聖視し過ぎていたが故に、“能力”に関することしか注目していなかった。それこそが、彼の犯した最大の誤りであるという真実に気づかぬまま。
そして――やはりその程度の
「なぁッ……、だとォオオオオオオ!?」
白夜の脳裏に映し出された物は、かつて見聞したものと全く同じもの。
すなわち――“Ⅰ”には『
(ば、バカな!? それじゃあ、コイツ)
目の前の存在が理解できない様子の白夜は得体の知らない実力を秘めた存在を前にして、知らず息を呑む。
人間は予測もつかない事象に直面した時、混乱すると同時に思考が冷えて冷静になるといわれている。
白夜もまた、己が常識を容易く打ち砕く存在を前にして冷静さを取り戻したようで、この不条理な現実を受け入れようと頭を切り替えた――刹那、
「っはぁああああああああっ!」
裂号の気合いと共に振るわれた拳が、僅かな思考の隙をすり抜けるように撃ち放たれた。蒼い発光を繰り返しているジュエルシードの魔力を加算した一撃は、溜めを生じないにもかかわらず、人間が耐えられる許容量を遥かに超えた破壊力を秘めていた。驚愕を浮かべる白夜にそれを防ぐ手立てなどあるはずも無く、そのままダークネスの拳が白夜へ到達すると思われた、その瞬間――炎が爆ぜた。
「――『
白夜の身体を包み込むように展開された燃え盛る炎の障壁が、まるで彼を護るかのように立ち塞がった。
「――ッ!?」
超高温で揺らめく猛火の壁と黒金の炎刃が接触した瞬間、炎が二人を巻く様に爆散した。
「ッちぃ――!」
予測よりも
「ふぅ……危ない、危ない。
「攻撃の最中に感じた違和感、それに早すぎる障壁の発動速度……フン、なるほどな。また新しいチカラとやらか。時間の加速――いや、他者を対象とする体感速度の遅延といったところか」
「いい読みをしているね。その分析力に戦闘力……まさに君は底知れない怪物と呼ぶにふさわしいよ。まあ、もっとも……それは
「――なんだと?」
言葉を交わしながら、ダークネスは己が内からふつふつと湧き上がってきた違和感に眉根を顰める
つい先ほどまでとは全く違う白夜が纏う雰囲気……炎の壁を展開する直前までの彼とは全く別物と呼べるほどの
どういう訳か、失いかけていた自信と余裕をとり戻したらしい白夜はけっして油断してよい相手ではない。彼の戦術の全容はいまだ未知なるものであることに変わりはないのだから。
「認めるよ。君は僕が全力で戦わなければならない存在だよ。この僕をここまで追いつめるほどの強者である君に敬意を払って――僕の真の力を見せてあげよう」
「な、に――ッ!?」
「『
膨大な魔力を解放した白夜の周囲を蔽っていた炎の壁がそのカタチを変えていく。熱せられた硝子細工のように歪な膨張と収縮を繰り返しながら、無形の炎が確たる器を作り上げていく。
まず生まれたのは炎の蛇とも呼べるものだった。だが正しくは蛇という表現は適切ではないのかもしれない。何故ならその炎には生物として必要不可欠な器官が備わっていなかったから。
眼も、口も、舌も、牙も、鱗も、何もない。いうなれば、先端の丸まったロープのようなものといった方が正しい。そんな奇妙極まりないものが炎の壁の表層から数十……、否、数百と押し出されるように生まれ出てきた。そしてロープのように細長い炎の蛇が一つ一つより合わさって、新たな形へと変化していく。束ねた炎がかたちどるのは、紅蓮に燃える腕であり、足でもあった。
そう、完成したのは、ダークネスが見上げるほどの巨体を誇る炎の巨人。地上に蔓延する不浄なる存在を浄化させるために降臨した神の炎、神代の時代に世界を良き滅ぼしたともされる古の焔の巨人。
これこそが『
「――――」
「ふふふ……声も出ないとはまさにこのことだね。いまさら許しを請いても無駄だよ? 君に残された自由は、自分の意志で僕に向けて首を垂れながら、自分の愚かさを悔いることしかないのだからね!」
「……どういうことだ? お前の“能力”は十のチカラを作り出すというものの筈、だというのに、なぜ十以上のチカラを振るうことが出来る――?」
白夜の
判明している白夜のチカラは、炎の剣を生み出す
防壁として顕現した炎の壁が
威力が減衰していたとはいえ、クライシス・エンドを易々と防いで見せた炎の障壁、そして今まさに己へと拳を振り上げている巨人は一つのチカラの応用で生み出されたモノだとは到底思えないからだ。
魔法にしろ“能力”にしろ、効果や威力をカタチづくるのはそれに込められた想いに他ならない。『全てを討ち抜く力を』と願って開発された魔法こそが超長距離砲撃魔法であるように、『全ての敵を見抜く瞳を』と願って生み出した“能力”が敵のステータスを読み取るチカラであったように。
「おやおや、ずいぶんと不思議そうな顔をしているね? だったら教えてあげるよ、僕のチカラの正体を」
ダークネスの抱いた疑問に、白夜はあっさりと答えを告げて見せようとする。自分が優位に立っているという自負のなせる技だろうか。それとも、新しく手に入れた自慢の玩具を自慢したいという子供じみた思考からくるものなのか。それは本人にしか知りえない。
「僕が与えられた“能力”の制限……『十種類のチカラしか生みだせない』という
「チカラを、消す……? ――っ!? まさか!?」
「――シュテル!?」
誰よりも近しい少女の悲鳴を耳にして振り向いたダークネスの目に飛び込んできたものは――
胸元を押さえて力無く崩れ落ちていく
当初の予定通りとはいえ、”紫天の書”一派がギャグ要因と化しつつある件。
――まあ、半オリジナルキャラクターだから問題ないか。
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決戦、”闇の書” 《新世黄金神》
仕上げて見れば過去最大級の文字数に。
そして、所々に仕込んでいた彼のパワーアップフラグをようやく回収できました。
崩れ落ちる身体を慌てて駆け寄ったアリシアに支えられたシュテルは、フルマラソンを完走した直後のように激しく呼吸を繰り返しながら苦しそうに胸元を掻きむしるように押さえている。
いや、彼女だけではない。ルビーへ抱き着く様に崩れ落ちていくユーリも、荒い呼吸を繰り返しながらお互いを支え合って何とか宙に浮かんでいるディアーチェとレヴィ、彼女ら全員が苦痛にゆがんだ表情を浮かべながら胸元を押さえている。尋常ではないシュテルたちの状態を、ダークネスの強力な感知能力は正確に読み解いていた。シュテルの症状は『魔力の枯渇』。それも、身体の中に穴が開いたかのように体外へと漏れ出している。元来の魔力枯渇症状であったならば、身体の末端部……手足の先から魔力の粒子となっていくはずだ。だが、シュテルは違う。今の彼女は押さえた胸元……正確には、彼女という存在の核があった場所にぽっかりと空洞のような物が空いてそこから、放射状に魔力の拡散が起こっている。
それが差し示す答えはたった一つ――!
「貴様……、アイツのコアを……!」
「おいおい、どうして睨む必要があるんだ? アレは元々僕が生み出して与えたチカラなんだよ? それを返してもらっただけさ」
彼女らのコアに当たるものは白夜のチカラの原形……望んだとおりのチカラを具現化させる種のようなものだった。
それをコアとして、魔導生命体の肉体を構築して個人という人格を作り上げた。すなわち、コアを取り除かれてしまった彼女たちが存在を維持できずに崩壊してしまうのは自明の理であった。
「奴らは仲間じゃなかったのか? 正義の味方を気取っている割には下種な真似をするもんだな」
「――君はさっきから何を言っているんだ? 内通を行った時点で、
白夜の力の一部たる彼女たちが彼の命に従うのは当然であり、その思想を全肯定する存在でなければならない。
仮に白夜が“王”であり彼女らが“臣下”であったとするのならば、敵勢存在と
だが白夜は“王”ではなく、“正義の使者”――それも自分が中心にあることを前提とした存在であると思い込んでいる。
離反や裏切りなどの“悪”しき行為を乗り越えて、
そう。
彼にとって“紫天の書”一派は部下でも仲間でもなく……自分が歩く
主人公に必要なヒロインは、あくまでも
でも、それだけのためにチカラを割り当てるのは割に合わないので、正義の執行者としての役割――白夜の僕としての身分――を与えていたに過ぎない。
それは、つまり――
彼女たちが白夜に忠誠を誓っていなかったのも。
シュテルがダークネスたちに助力を要請するほどに心を許していたことも。
部下であるはずのユーリが消滅してしまう可能性がある命令を躊躇なく出したことも。
そして……今まさに、シュテルを始めとする“紫天の書”一派全員のコア――チカラの種を回収し新たなチカラを取得していることも
全ては、白夜が自分の描いた“正義の味方”の生き様を再現させるために仕組んでいた事だったのだ――!
「所詮は僕の英雄譚を彩るためだけに用意した駒だったんだけど……フン。結局大した役には立たなかったかな?」
ブチィ!
その瞬間、アリシアはダークネスの理性がはじけ飛ぶ音を生まれて初めて耳にした。
ゆらり、とダークネスの身体がブレる。
「やはり、お前は――ここで潰す!!」
激高を露わにしたダークネスが、無防備状態の白夜に向けて突進する。
大きく羽ばたいた双翼から黒金色の魔力残滓を撒き散らしながら右拳を握り込む。
ダークネスと白夜が交差する刹那――炎の巨人が主の身を守るかのごとく立ちふさがった。高層ビルの外周ほどの太さがある腕を横薙ぎに振るい、ダークネスを叩き落そうと巨腕が唸りをあげる。
「邪魔だ!」
迫り来る炎の腕……いや、もはや炎の壁とも呼ぶべきものに対して、ダークネスは躊躇なく拳を叩き付ける。
普通の感性を持つ者ならば、彼が行ったことは結果の分かりすぎている愚行そのもの。巨象に蟻が太刀打ちできるはずも無く、圧倒的な体格差の前には多少の力など無意味でしかない。
だが、それはあくまでも
暗黒の魔竜神と天炎の巨人の拳が交差し、僅かだが拮抗するものの、力の劣る方が押し負けるのはこの世の摂理である。現に力が劣ったもの……敗北者が腕を弾かれた反動で大きく体勢を崩してしまっている。ゆらゆらと全身の輪郭が霞んでしまうほどの衝撃を受けた
「甘い!」
叫びと同時にハイキック気味に放たれた蹴りが、大気の軋む音を鳴り響かせながら天より降り注ぐ炎の鉄槌を打ち砕く。止めとばかりに魔力弾を頭部に二発、下半身に三発ほど叩き込めば、見上げるほどの威容を持つ巨体が粉々に消し飛ばされた。
「……へぇ!? 本当にやるじゃないか!」
高みの見物を気取っていた白夜の称賛など効く耳持たずとばかりに、ダークネスが“敵”へと迫る。
「はんっ、そうがっつくなよ。――戦いにはそれにふさわしい
――リィイイイン……!
そう言いながら白夜が天高く掲げた指先をはじいた瞬間、夜の海上に鈴の音が響き渡る。次いで、天空より眩い輝きが舞い降りる。
それはまさに、天使のヴェール。透き通った純白の幕に見える物がダークネスたちを包み込んでいく。
咄嗟のことで反応出来なかったダークネスが次に目蓋を開いた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは一見すると先ほどまでと何ら変わらない風景。しいてその違いを言うとするになら、見渡す限りの大地や海面から雪のような淡い光を放つ何かが湧き上がる様に舞い踊っているということくらいであろうか。幻想的という表現を体現したかのごとき光景は、己が今いる場所こそ、明らかに異質な空間なのだと理解させられるものだった。
「結界……? いや、これは、まさか――!?」
これがただの結界ではないことにいち早く気づいたのは、やはりと言うべきか彼だった。ただの結界ではない、いや、これはそんなレベルの話などではない。
こんなものを発動できる人間がいて良い筈が――
「っ!? くそっ、そういうコトか! 奴らめ……何を考えている!?」
「おやおや、どうしたのさ? 急に怒り出したりなんかしてさ」
「お前……この空間がどういうものなのか、分かっていて使ったのか?」
「?? はぁ? 分かるも何も、
やれやれと肩をすくめる白夜のリアクションに、|この空間を展開させたのが本当に自分一人の力なのだと思い込んでいる愚者の仕草に、ダークネスは歯噛みする。
「『
(――馬鹿が! コイツがお前の考えているようなシロモノ程度のはず無いだろうが!)
見れば、ユーリを膝に乗せるように中空に腰かけた体勢で、虚空に浮かぶキーボードに指を走らせているルビーも、ダークネス同様に苦い表情を浮かべている。
稀有な情報分析能力を持つ彼女もまた、この空間に秘められた本当の効力《・・・・・》に察しがついたのだろう。頬を冷や汗が流れ落ちている様からも、彼女の焦りのレベルがわかる。
――どんな理由にせよ、白夜がこの空間を発動させた以上、無駄に戦いを長引かせるのは何としても避けなければならない。
ならば――!
(最強の
かぶりを振って、今やるべきことを見据える。ひとたび『決断』を下せば、彼の行動に淀みは無い。
「オオオオオオオオッ!」
咆哮と共に、ダークネスの身体から膨大過ぎるチカラの奔流が立ち昇る。解放されていく魔力の量、質ともに世界を消し飛ばすほどのシロモノ。
「ハッ! ――面白い!」
破壊の具現たる一撃を迎え撃つために、白夜もまた最強の切り札を切らんと構えてみせる。
天に掲げた手の平に集うのは、霧散させられていたはずの炎の巨人のなれの果て。打ち砕かれ、それでもなお主の命に従わんと集う様は、まさに主神に付き従う天使の在り方そのもの。
「この
「天の頂に立つ存在の威光をその身で知るが良い!」
際限なく高まり続ける魔力が生み出す破壊の暴風……大気を切り裂き、海原をさざめかせるそれはまさに世界が泣き叫ぶ悲鳴のようであった。
そして、ほぼ同時に臨界へと達した膨大過ぎる魔力が、神代の時代に名を馳せた最強の魔法を呼び覚ます!
「――『
世界を飲み干す大蛇が主の命を受けて、邪悪な熾天使を呑み尽くさん咆哮を上げながら、その巨大すぎる咢を開く。
世界をも飲み込む神蛇に狙われたが最後、その牙より逃れる術など存在しない――!
だが。
「――『
解放された神の蛇を迎え撃つは、断罪を司る天涯の神光! 天空の頂に立つ最高天使の名を冠する閃光が、神に仇名す悪神の息子を灰燼に化さんと威光を示す。
激突した
――相殺などありえない、己が役目は主に勝利の二文字を届けることのみ――!
眼前の敵を屠るためだけに生み出されし世界蛇と最高天使は、その使命を成就せんとただ前へと突き進む。そして――
爆音。
「ぐっ……おおっ!?」
「くはぁあっ!?」
爆音に混ざるのは両者の苦痛に歪んだ声。両者の総てを費やして放たれた
世界を飲み干す神蛇の咢も、全ての不浄を浄化する最高天使の炎も、その先へ届くことは出来ずに対消滅するに留まってしまった。
しかし――
「まださ! もう一発くらいな!」
「なっ!? 第二射だと――!?」
ダークネスは動けない。『
全力の一撃を放った直後であり、一時的に魔力枯渇に陥っていたこともあって、彼にできたのは半ば無意識に左手を前に翳すくらいだった。次の瞬間、天上の焔が再度解き放たれた。
「『
悲鳴すらかき消すほどの劫火がダークネスへと直撃し――かなり離れた位置にいたアリシアたちですら吹き飛ばされるほどの爆風を伴った大爆発が巻き起こった。
炎の残火が火の粉のように撒き散らされる中、いまだ天空で燃え盛る炎の柱の中から零れ落ち、海面へと落下していく一つの影を彼女らのデバイスが感知する。
【お嬢様! 下方四十度方向に親方様の反応がっ!】
「なっ……!? ダークちゃんっ!?」
届くはずが無い、そんなわかりきったことすらも忘れて反射的に伸ばされた指の間には、所々砕かれたように欠損している鎧を纏ったダークネスが一直線に落下していく姿が捕えられていた。
全身を蹂躙する激しい痛みが、ダークネスの意識を覚醒させる。
どうやら奴の一撃をくらって一瞬だけ気を失っていたらしい。着弾寸前に展開が間に合った障壁のお蔭で威力が減衰していたとはいえ、曲がりなりにも神代魔法。
ダメージは深刻で、バリアジャケットでもある鎧は亀裂の奔っていない箇所を探す方が難しいくらいのダメージを受けていた。
浮遊感と共に、風を切る音が聞こえてくる。自分が落下しているのだと気づくのにしばしの時間を必要とした。
どうやら本格的にマズいらしい。思考がまとまらない。動かなければ、戦わなければという思いに反して、しびれるような痛みに侵され続ける身体は鉛のように重い。
このまま眠ってしまえたら、どんなに安らかな夢が見れるのだろうか……?
文字通りの全力を出し切ってなお撃ち負けたという現実が、彼の心を蝕んでいく。ぼやける視線の先に、淡い燐光を生み出す海面が迫り来る様を捉えながら、それでも指一本動かすことが出来ない。
――ここで、終わってしまうのか?
諦めが、ダークネスの心を支配しようと鎌首を擡げる。最強であるが故に敗北を知らなかった彼の心が、決して譲らぬと決めたはずの『
――だが。
「~~ッ、ダークちゃんっ!」
「……!」
念話などではない。肉声が届くはずが無い。それでも少女の叫びが、ダークネスの心に届く。
「なに、諦めちゃってるの!? そんなの全然、らしくないよ!?」
『生き抜く覚悟』という光が消えかけていたココロに、再び光が灯っていく。
「貴方は……その程度の男ではないでしょう……!?」
自らも消えかかっているというのにかかわらず、シュテルの眼光がダークネスを射抜く。それはまるで、この程度の窮地に躓くことなど許さないとでも叫ぶかのように。
主の想いに呼応して、蒼き宝石たちも蒼き魔力を生み出していく。
「わすれたの!? 私を
(何を言っとるか、のーてんき娘が……)
「……ふむ。この場合はアリシアが本妻、私が妾となるのでしょうか? それとも逆? ――まあ、どちらにせよ、こんな中途半端に我々を放り出すおつもりはありませんよね?」
(存外に元気だな、お前……)
――まったく、アイツらと来たら。
口元に浮かぶのはふてぶてしい笑み。先ほどまでは全然動かなかった指先が、腕が、足が、翼が、……身体が思うままに動いてくれる。
痛みはもう消えている。耐えているのではない、痛覚を感じなくなっているわけでもない。なのに、どうして
“本当の魔法”
ふと、そんな言葉がダークネスの脳裏をよぎった。超科学の産物である魔導とも、人ならざる存在が感じ取れる
ただ、誰かと想いを通じ合わせたいというだけの……そんな、一歩前へと進むための勇気が生み出す本当の奇跡。ソレを起こしたのは、『神成るモノ』でもなんでもない幼き少女たち。
――ああ、本当に敵わないな。
恐怖と憎しみを浴び続けた己に初めてできた“守り抜きたい少女”。
化け物と比喩される己を頼ってくれた“傍らにいて欲しい少女”。
守っていたつもりなのに、本当は己の方を守ってくれていた彼女たちは、こうして唯の言葉で己の心を奮い立たせてくれる。
ならば、俺は――
「だからっ!!」
「ですから……っ!」
心を蝕む
「ダークちゃん(さん)、まけないで!!」
あいつらに……
「――――!」
――――ドクン!
彼女たちの言葉が、ダークネスの心の奥深くに響く。焦点が定まった瞳が映すのは、いつだって傍にいると言ってくれた少女たちの姿。
(そうだ、あいつらはいつも……いつだって、俺を――!)
孤独という暗い闇から救ってくれた彼女こそ、いつだって自分をふるい立たせてくれてきたかけがいの無い存在。
彼女はいつだって自分の総てをぶつけてきてくれていた。そう、ダークネスを理解し、歩み寄り、血に塗れた手を握り締めてくれて――そして、自分の抱く想いを伝えてくれていた。
『ダークちゃんと一緒にいるのは~~……ダークちゃんの事が好きだからだよ~~♪』
『私を……私たちを……助けてください――!』
そして、思い出す。
『想い』とは、人の間を繋げて受け継がれていくもの。
そして、『戦い』とは相手の想いを拒絶し、自分の想いを押し通すことのみに非ず。
相手の想いを受けとめ、理解し、歩み寄り――そして自分の想いを伝えること。
相互理解――今まで忘れていたそんな当たり前のことを思い出させてくれたのは、やはり彼女だった。
負けたくない、泣かせたくない、消えたくない、生き続けていたい、ずっと――……一緒にいたい。
ああ、そうだ。一度負けたくらいで、何を弱気になっていたのか。違うだろう?
(俺はNo.“Ⅰ” ダークネス……。俺は――
ならば、応えよう。彼女が……アリシアが信じてくれる
そう思うだけで、胸の奥底から力が、魔力が溢れ出してくる。いや……それだけではない。自分以外の者の想いすらも体の中に流れ込んでくるのがわかる。
自分のものではない『想い』を拒絶するのではなく、素直に受け止めてみれば、力が、今までに感じたことがないほどの巨大な力となって全身を駆け巡る。静かに瞳を閉じて、溢れ出す
それは、彼一人だけでは決してたどり着けぬ領域。受け入れた想いが共鳴し、世界の理という殻を破るほどのチカラが生み出される。
アリシア、シュテル、ルビー、ユーリ、ディアーチェ、レヴィ、そして……バサラを始めとするかつてその未来を、命を奪った転生者たちの願いまでもが、一つの魔力となって全身を駆け巡り、それらに込められた願いと想いを感じ取ることが出来た。そして、理解する。己自身の魔力……リンカーコアが生成する総魔力が自分自身の魔力の総てであったという誤りに。
しかし、今までよりもはるかに広がった自分の世界……巨大化したダークネスという存在の“器”が、魔力と共に他者の想いまでもを受け入れることを可能としていた。
想いに呼応し、莫大な魔力を生成するジュエルシード、そして『
そう、ダークネスは己も知らぬ内に他者の想いを感じ取っていたのだ。でなければ、狂喜に染まったプレシアやディーノの想いを、心を理解できるはずも無かっただろう。
だが、彼は今まで己自身すら深く知ろうとせず、同胞によるサバイバルゲームという非情な現実に心挫けないように……セカイの“闇”の部分にしか視ていなかった。
どんなに希望を求めたところで、それは淡い夢に過ぎないものなのだと、皆で協力しあうなど愚かで現実を理解できてない非現実主義者の考えなのだと、心のどこかで決めつけていた。
だから、他者の心を知ろうとする必要なんてない、アリシアともいずれは別れが訪れてしまう、自分が生き抜くためには世界に溢れる“闇”の中で力を得ることでしか未来は掴めない……そう思い込んでいた。ダークネスが纏う漆黒の外甲……術者の
だが、そうだとしても――眩い輝きを放つほんの一握りの幸せを掴み取ることを、最初からあきらめてよい事にはならない。
そう――大切な
ダークネスの心の、魂の震えに呼応して、願いを叶える宝石が放つ蒼き光が忘れかけていた想いを呼び覚ます。もう自分には手に入れることが出来ないと諦めて、目を背け続けてきた記憶。かつての世界で、家族とともに笑い合い、些細なことで喧嘩して、それでもすぐに仲直りしてまた笑い合う。そんな有り触れた日常。どこにでもあるような小さな幸せ。
今の自分は、幸福とはほど遠い場所で生まれ変わり、殺伐とした儀式に放り込まれ、世界の総てから脅威とみなされた。
自分の起こした行動に後悔はない。でもだからこそ、どこかで思い込んでいた。“
でも、それは間違いだったと、ようやく気づいた。本物の笑顔を己に向けてくれる小さな少女がいる。闇に堕ちたと思い込んでいた自分に願いを告げた少女がいる。我が身の内には、己を信じてくれる優しい輝きを放つ
いまなら
それこそが、さらなる高みへと至るために必要な
故に唱える。新たなる
「――『
それは自分自身をさらけ出し、更なる高次存在へと覚醒するための
地上で信仰される神々の本質が世の人々に理解されているように、自分という存在をセカイそのものに知らしめるための宣告。
溢れ出すは、無限にして究極。強大にして絶対なチカラ。一つに溶け合った想いは覚悟と成って、世界を極光で染め上げる。
それは目も眩む輝きを放つ――黄金。
闇の中に身を委ね、それでも失わなかった黄金色のココロ。
蒼く優しい願いが満たしたココロが世界をも超える究極のチカラを顕現させる。
古き殻を打ち破れ、世界に満ちる声へと耳を澄まし、幾星霜の想いを紡ぎ上げる。
あまねく想いを受け止めてなお、己の意志を貫き通す強き心を以て、自身に内包されていた新たな可能性の扉を開く。
そう、いまこそ――自分自身を超える
解放されるのは世界を包み込むほどの魔力の奔流。
溢れ出す魔力が渦を巻いてダークネスの身体を包み込んでいく。それはまさに地上に舞い降りた太陽の如き輝きを放つ黄金の繭。
僅かな間を空けて内側から溢れ出すのは、漆黒の縁取りに覆われた炎の如き黄金色の魔力。
眩い閃光と共に繭が霧散した先にいた存在を目にしたアリシアは何もかもを忘れたかのような表情で、ぽつり、と今彼女の胸を占める想いを言葉に変えて零す。
「きれ――……」
かの者は、黄金色の意志を映す金色の鎧を纏っていた。
蒼い輝きを放つ翼と真紅の竜尾。禍々しい獣を思わせる両肩の装甲は、深紅の輝きを放つ竜頭を模したものと変わっており、邪悪さなどではない、どこか神聖さすら見るものに感じさせる。
腰にかかるほどに伸びた黒き長髪が風に泳ぎ、竜の意匠が刻まれた左目のアイマスクの奥に輝くのは、実の瞳と遜色ない形状と化した義眼。
蒼き宝石が主の新たなる
人の……いや、人界に属する存在には決して抗うことが許されぬほどのチカラを内包するのは、天の頂へと到達した『神成るモノを超えし
其は超越者。
其は絶対者。
其は――新たな世界の守護神となる者。
神々の頂に立つ十二の最高神が一柱の系譜を受け継ぎし
かの者の名は――
《新世黄金神 スペリオルダークネス》
闇を払うのではなく、闇を受け入れた上で自らを光り輝かせる。深淵なる闇の中に在ってなお、失わなかった黄金の意志を持ち続けた彼だからこそたどり着けた、究極なる一。
そこに
古より人々が祈りを捧げ、その加護を求め続けてきた存在が住まう領域に、とうとう彼は到達したのだ。それも――“
まさにこの瞬間、ダークネスは真の意味で世界の理を超越してしまったのだと断言できるだろう。
「――ッ! くっ、くだらない! そんな変身くらいでこの僕を退けられるとでも思っているのか!」
「さあ……つけようか、No.“0”――この戦いの決着を」
「――ふん、まあいい。所詮は悪党のお約束の悪あがき……この僕の手で、君という存在を欠片も残さずに
再度放たれたのは、唸りを上げる劫火の奔流。再度放たれし神の炎が、身動きをしないダークネスに向けて一直線に突き進む。
だが。
「ああ、そうだな……さよならだ」
「――『
突き出した左手に触れた瞬間、『
「何ぃ……!?」
「無駄だ。今の俺には、お前の攻撃など効きはしない」
歪みを正すチカラ。人の意志によって志向性を与えられたチカラを、元の無色の状態……純然な神の力の状態まで巻き戻す。
これこそが、『
神の力の一端として人の身にありとあらゆる現象を起こす“能力”から、世界を、そしてそこに住む人々を護るために生まれ出た守護の力……黄金の守護神として
「ば、バカな!? いったい……何をした!? 何をしたんだっ!? 僕の……この僕のチカラを消し去るなんて――ありえないっ!?」
「何もしていないさ……。そう、俺は……いや、俺たちは“能力”というものの本質が見えていなかっただけだった、ということだな」
“能力”とは自分用に
人間という枠組みにとらわれていた頃の自分たちに、それを理解できるはずも無かったのだ。『神成るモノ』……そこへと至ったから自分は人を超えたのだと思い込み、そのさらに先――神の力をより深く知ろうとはしなかった。それこそが誤り。神の力の本質が司るのは『進化』。手の届かぬ遥か彼方へと昇るのではなく、自らの内に深淵よりもなお深く潜った先に秘められた無限の可能性へと手を伸ばす。そう――たったそれだけでよかったのだ。だが、人としての価値観が――『神成るモノ』となった者には人を超えたという慢心が――上を目指すことしか考えられないようにしていたために、それに気づけなかった。
『人間』とか『神成るモノ』とか関係ない……ただ、自分の可能性を信じ抜ければよかっただけなのだ。
チカラを得たから強くなったのではない、強くなったから新しいチカラに目覚めたのだ。そう――すべての答えは自分自身の中にあった。人を超え、超常のチカラを手にした自分自身の本質を理解し、受け入れ、より深く知る。そうしてチカラは紅玉の如き輝きを放つまでに磨き上げられ、洗練されていく。その先に在る称号こそが――“神”。
力ある者は例外なしに自分を他人とは違う存在だと思い込んでいる。チカラ無き人々を格下の存在と決めつけて、『自分が守らなければ』、『自分と奴らは違う』……そんな考えを抱く。
だが忘れてはならない。神とは本来、人々の祈りを、信仰を、想いを己が力と化す存在だということを。
自他の間に境界線を張るような者が、幾星霜ほどもある人々の想いを受け止めることが出来ようはずも無い。だが逆を言えば……それを出来る者がいたするのならば、たった一つの想い程度受け止めることが難しいはずも無い!
「与えられた“
「――っ!!? だ、だまれぇええええ! そんな事っ! そんなありえないことを認めてぇぇええええっ!」
後のことなど関係ない、今この場でこいつを倒す。たった一つの意志が
両手に生まれるのは、全てを浄化する断罪の炎。白夜の激情を体現した猛火の奔流。
「認めてっ、たまるかぁあああああっ!」
大気を震わせる轟音を鳴り響かせながら放たれし神の炎。迫り来る炎の奔流を前にしてもなお、ダークネスの顔に恐怖や焦りの感情は……無い。
迫り来る劫火に向けて片手を突き出し、小さく詠唱を唱える。
その声に導かれるように風が巻き起こり、掲げられた腕へと集まっていく。否、それは風ではない。魔法の素養のないものでさえ肉眼で視認できるほどの密度を持った――
新たなる主が一柱の求めに応えんと、世界がその力を捧げているのだ。集束していく魔力が形成するのは黄金の輝きを放つ巨大魔力球。その中で、魔力が激流の如き勢いで渦巻いている。
大陸をまるごと包み込むほどの効果範囲を有する『
渦巻く『
そこにあるのは、世界蛇すらも焼き尽くす神代の焔……それはさながら、天罰の顕現そのもの!
されども――迎え撃つは、『最強』の極光。
世界そのものが敬う新世した主の怨敵を屠らんと、蛇神竜が咆哮を上げる。黒と蒼を抱きし黄金が生み出す極光が今――解き放たれる!
「――『
放たれしは、太陽すらも超える輝きを放つ極光。
金色に光り輝く鱗に覆われた神蛇の皇は、眼前に存在する“敵”のみならず、世界そのものを消し去っていく。
新たな神すら誕生させるほどの可能性を秘めた少女たちが抱いた優しき想いが紡ぎだす『未来』を切り開くための煌めき輝く閃光の刃を、たかが天使の名を冠した炎ごときが抗えるはずも無い――!
「なっ――!?」
必殺と信じて疑わなかった
その刹那――夜の闇と湧き立つ燐光に照らされる世界全てを照らしだすほどの、あまりにも強大過ぎる
避けることも防ぐことも叶わない、世界そのものを飲み込み、焼き尽くす、黄金色の剣。
全霊を以て放たれた
全てを滅ぼし尽くす眩いばかりの一撃がもたらした破壊の傷跡は、『
世界は、地球は原形を留めてこそいるものの、解放された
なぜならば――もし現実世界で
「――――」
自らが行った破壊の爪痕を見下ろしていたダークネスはだったが、やがて構えを解くと開かれていた翼を閉じる。溢れ出していた魔力が収まっていき、場を支配していた圧倒的すぎる威圧感っも収まっていった。戦いの余波を受けないよう、毛糸球のようにも見える魔力糸の障壁の中に身を隠していたルビーとアリシアが、ひょこっと顔を覗かせる。きょろきょろとあたりを見わたし、戦いが終わったことを確認すると、はぁ~っ、と深々と息を吐いた。
「こらー! ダークちゃんてば、イロイロとやりすぎなんだよっ! いつもの事だけどっ!」
「ふわ~~、すっご~~い! ね、ね! 身体の方はどうなってんの!? うっわ、すっごい金ぴか~~……ね、ね! 細胞採取してもい~い?」
「良い訳ないだろうが。そんな事よりも、シュテルたちの方はどんな感じだ?」
「ふっふ~~♪ このボクを誰だと思っていやがりますかぁ! 超究極天災美少女 ルビー・スカリエッティさんなのだぁ! 下準備はもう済んじゃってるんです~~、いえーぃ!」
「テンション高いな……いや、まあ良いんだけどな。――さて、と」
さいっこうにハイって奴だぜぇ、フゥハハハハハハハァァアアアアアアア!! 的な高笑いを繰り出すルビーをほっといて、糸で組み上げられたベッドらしいものに寝かされているシュテルたちの様子をうかがう。
今の所は安定しているようで、ルビーの
掌から零れ落ちるように溢れ出すのは、蒼き輝きを放つ魔力光。それは願いを叶える宝石『ジュエルシード』の輝きだった。
“紫天の書”一派、正確にはそのコピーである彼女たちの真実をいち早く察し、詳細についての説明を受けたダークネスとルビーは、それぞれの手段で彼女らを救済する方法を模索していた。
ダークネスはシュテルと彼女が望む仲間たちを救うために。
ルビーはユーリを手に入れるために。
己の持ちうる力だけで彼女たちを救うことは出来ないのではないか?
ジュエルシードを制御できるダークネスにも、すべての宝石がそろっていないこともあって彼女たちの存在を確たるものとして固定させることは難しく、“無限の欲望”と同等の知恵を有するルビーの叡智を総動員しても、現在の彼女らの性能を維持したまま消滅を防ぐ手立てを導き出すことは出来なかった。
そんな感じにちょうど行き詰まっていた頃、“紫天の書”一派繋がりで――正確にはシュテルとユーリに――ダークネスとルビーはお互いが似通った目的で動いていることを知った。
そこで、ふと思ったのだ。
――自分だけで無理なら、アイツにも協力させればいいんじゃね? ……と。
こうして共同戦線を張ることとなった二人が、アリシアの引き継いだ大魔導師の知識やジェイル・スカリエッティの意見を参考に理論を組み立てていった結果、ある方法を導き出したのだ。
それこそが――プログラム生命体を超えた新しい存在へと変える新たな『コア』の生成と移植であった。
そもそも、“紫天の書”一派は白夜の“能力”によって生み出された存在であるが、彼女らを構成する総てがそうであるわけではない。
白夜の元々の“能力”は十種類の“チカラの種”であり、それらが本人の願うとおりの形に具現化したものが現在のチカラのカタチである。
つまり、彼女たちは“チカラの種”を核として、魔導生命体としての肉体と彼女たち自身の心から構成される存在である。
彼女たちを構成している根本的な
本人の意思で彼女らの中にある種をとりださせることが出来れば、彼女たちは解放されるだろう。ただし、存在のコアがなくなるのでそのままでは消滅してしまう。
だからこそ、ルビーの手によって作り出されたコアプログラムを埋め込むことで、彼女たちを主の無いまっさらな状態のプログラム生命体として再構築させる。
無論、言うほど容易い方法なのではなく、この手法も現代でいう臓器移植のようなものに当たるので、拒絶反応がでないようにジュエルシードの力で安定化させる必要がある。
さらに言えば、オリジナルのように“紫天の書”というシステムの端子ではないため、彼女たちは運命共同体という意味での『四心同体』ではなく、あくまでも友達、あるいは仲の良い仲間のような関係となるだろう。これは、彼女たちが元々持っていた『No.“0”のチカラの一部』という繋がりが、
ダークネスが白夜を挑発して追いこんでいたのは、今の自分のチカラでは太刀打ちできないのだと思い込ませることで、新しいチカラを発現させることを促し、彼女らのコアになっている種をとりださせるように誘導していたからだ。戦う前のふざけたやり取りも、道具としてしか見ていなかった白夜たちの関係性を逆手にとった作戦であり、彼女たちがダークに敵意を向けていない=役に立たない と思い込ませることに在った。そう、全ては彼らの計画の内だったのだ。
彼女たちを救うために白夜の“能力”の詳細を彼女たち(シュテルとユーリ)に訊き出した彼らがまず最初に思ったのが、『腑に落ちない』というものだった。
白夜のチカラは確かに強力なものが集まっており、シュテルたちも戦力に数えれば、まさに
だが、“正義”を名乗る割には、いささか派手さに欠けていたことが、彼らに違和感を感じさせていた。
このセカイの華といえば、見た目も派手な砲撃魔法に代表される大規模魔法だろう。なのに、白夜自身はそのようなチカラは持っていないのだという。
純粋に剣術の腕のみで戦い抜くというつもりもない彼が“正義の使者”を名乗り続けるのならば、強敵を一撃で打ち倒す
代替品としてシュテルたちを戦力として数えているのならばまだ納得はいっていたのだが……先の戦いで白夜自身の口から語られたように、その線も無い。
ならば考えられる理由としてもっとも可能性の高いもの、それは――『白夜は一度造り上げたチカラをリセットし、状況に応じて新しいチカラを再構築させることが出来る』という
これをもとに構築した戦術こそが、今回の戦闘の雛型。白夜が見せた予想以上の粘りやダークネスの覚醒などイレギュラーは多々あれども、結果だけ見ればシュテルたちを白夜の縛りから解放させられたのだから、おおむね成功したと言って過言ではないだろう。
ジュエルシードが生み出されるは、暖かな燐光を纏わせた想いの結晶。静かに、まるで眠りにつく様に瞳を閉じて横たわる少女たちを、神々の呪縛から解き放ってやりたいという願いが生み出した輝きだった。
翳された掌より舞い落ちる光り輝く結晶の雪が、少女たちへと降り注ぎ吸い込まれていく。光を取り込むたびに、眠り姫たちの頬に血色がどんどんと蘇り、活力が舞い戻っていく。
最後の仕上げと、胸の前で勢いよく両手を合わせると、パンッ! と打ち鳴らされた心地よい音に導かれるように、眠り姫たちの瞳がゆっくりと開かれていった。
――呪いに侵され、永遠の眠りの底へと墜ちてしまった姫君たちを目覚めさせたのは、王子様のキスではなく……彼女らを想う“ヒト”の祈りだった。
太陽の如き『黄金色』と蒼穹の如き『蒼』き光が、姫君たちの心を優しく包み込み、彼女らがこれから歩むであろう未来すらも照らす。
「さぁ……戻ってこい。――
集いし想いの極光が、幻想なる世界を包み込んだ。
「むぅ……まさか我が貴様らに助けられる日がこようとは、な。――よし! ならば、今度は王たる我が上に立つ者としての度量を見せつける時ぞ! そこな塵芥共! 我が前にひれ伏し、この“闇統べる王” ロード・ディアーチェの臣下となる栄誉をくれてやろうではないか! 感涙するがよい!」
「「……」」
――ふびゃぁぁあああああああああああああっ!?
「ありがとうございます、アリシア。貴方たちのお蔭で、こうして今を生きることが出来るようになりました」
「うん、ボクからもお礼を言っとくね――! ホントーーに、ありがとう! えと、『ありしあ』……で、合ってるよね?」
「うん! 私もこうやってシュテルたちともっかいお話しできてすっごく嬉しいんだよ! それから……レヴィ、私の名前覚えてくれたんだね!」
「もちろんだよ! 君たちは僕らの命の恩人なんだから、もうボクと君は『マブダチ』さ!」
「え? ええ? あの、ディアーチェは放置してて、良いんでしょうか……?」
ルビーの用意した新しいコアプログラムが馴染み、目を覚ましたお姫様こと、シュテルたち。
まず、歓喜を露わにしたアリシアがシュテルに突貫、情熱的な抱擁とともに、そのまま『ちゅっちゅ』しちゃいそうなくらいの距離で見つめ合っているところに、レヴィとユーリも合流。
お互いの無事を喜び、嬉しさを露わにする。
一方で、一派の事実上の代表であるディアーチェはダークネスとルビーから彼女らに行った処置について説明を受けると、えらそうにふんぞり返りながらうっかりと王様発言をかましてしまう。
彼女としては、内心はどうあれ恩人には違いない二人に最大限の感謝を述べたつもりだったのだが……いかんせん、相手が悪すぎたとしか言いようがない。
なにせ、方や“完全に人間を辞めちゃった神サマ候補”であり、方や“次元世界最凶の愉快犯”なのだ。二人に共通するのは、誰かに支配を受けることを良しとしない、超フリーダムな性格の持ち主だという所だ。
背伸びして命令口調の少女の頬っぺたを、ナマイキ言ったお仕置きとばかりに『びろ――ん』、としてしまうのはある意味で当然の結果なのかもしれない。
……ちなみに、二人掛かりで伸ばされたディアーチェ嬢の頬っぺたがこの日、二十センチ近くまで引き伸ばされるという記録を打ち立てていたのは、完璧に余談と言えるだろう。
シュテルの口添えでダークネスの回復魔法(ジュエルシードの力を使用)を受けて治療されるまで、某日本国伝統の物語に登場する登場人物であり、お子様方にもわかりやすいようにアニメーションにもなったことがある有名人の一人……頬にどデカい“こぶ”をぶら下げたおじいさんの如き美貌に進化してしまっていた瞬間の激写ショットを、アリシアたちは各々のデバイスに保存させていた……なんてことも無いのである。
頬っぺたを押さえながら半泣き&べそかいていた少女の名誉のためにも……合掌。
まだ鈍く痛む頬を押さえながら、真っ赤な顔をしたディアーチェに追いかけまわされる四人の少女たちと、それを指差してお腹を抱えながらケラケラと笑っているルビーを横目で眺めながら、進化した自身の調子を確かめるように身体中を触っていたダークネスの視線が不意に海鳴市へと向けられる。
都市部をまるごと包み込むように展開されたソレは……おそらくは、時空管理局の関係者が展開させたものであろう封次結界だった。
向こうでも始まっているみたいだなと何処か他人ごとのように漏らしながら、彼は別のことに対して意識を割いていた。
救済を司る優しい光は収まったものの、雪が湧き上がってくるという幻想的な世界はいまだに展開されたままという現状に、どうしても嫌な予感が振り払えない。封次結界すら取り込むほどに強大なこの空間は、白夜が発動させた『
ならば、不可解なこの現実を説明できる
「いやな予感の方が当たっていそうな気がするぞ。……ったく、もう――おい、お前ら。いつまでもじゃれ合ってないで、さっさと戦闘準備しとけ」
「――ほへ? ダークちゃん、まだ何かあったりするの?」
「ああ、それもとびっきりめんどくさそうな奴がな……ルビー、お前はどうする?」
「ん~~……、んじゃあ、ボクも一緒に行くよ。最後にイイトコ取りだけする『トンビに油揚げ作戦』をするつもりだったけど、そっちの方がおもしろそ~だしね。ま、ボ~ナスステ~ジってコトで一つぅ♪」
「ああ、そうかい。なら――往くか」
ジュエルシードと同じ蒼き輝きを放つ翼を羽ばたかせる彼を先陣として、少女たちも彼の後ろを追走する様に夜天の空を飛ぶ。
向かうは魔法少女たちが繰り広げているであろう演武の舞台、呪われた魔導書に終焉を与えるために想いを、魂を燃やす本当の『正義の味方』たちの戦場。
寄り添うように並走して傍らを飛ぶ紫電と焔の魔法少女たちと繋いだ手に力が籠る。
もう二度とこの温もりを手放さないと己が心に誓約を刻み込みながら、黄金の竜神が天空を駆け抜けた。
”敗北 → ヒロインの祈りでパワーアップ → 勝利”のパターンはやはり王道だと思う今日この頃。
ちなみに、彼の進化そのものが別のフラグになっていたりします。
あと、ダークネスはまだ神サマにまでなっていません。
”人間”と”神”の中間点に位置するのが『神成るモノ』ならば、今の彼は『神成るモノ』と”神”の間に存在する者……と、しています(この辺りは、『A's』編終了時に用語紹介などで別途アップする予定)。
ついでに前書きに記したフラグについて簡単に説明をば……
・
・アリシアを始め、誰かに手を差し伸べることが多い(スぺドラは一部で”でしゃばり”と称されるくらい世界に干渉しまくっている)。
・ライバル(他の参加者たち)を倒して神の称号を手に入れようとしている立場(スぺドラもライバルであったマスターガンダムを倒して黄金神の称号を得ている)。
・バリアジャケットのデザインには、モデルにしたスペリオルドラゴン(SDガンダム外伝より)に関連性を持たせている。
初期形態:スペリオルドラゴンの分身、ナイトガンダムの初期鎧を禍々しくしたもの
第二形態:『黄金神話』に登場した、邪悪な意志に体を乗っ取られた暗黒の神”悪のスペリオルドラゴン”
第三形態:”騎士スペリオルドラゴン”のアレンジ
こんなところですね。この辺も、きりの良いところで纏める予定です。
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決戦、”闇の書” 『堕ちた英雄』
時間的には、ダークネスが白夜と激闘を繰り広げていたのとほぼ同時刻になります。
海上でダークネスと白夜が激しい戦闘を繰り広げているのとほぼ同時刻、都市部を包み込んだ結界の中を縦横無尽に飛び交う閃光の輝きが飛び交っていた。
それはまさに、光が奏でし幻想の
時に高層ビルの外壁を、時に砕けたコンクリートの破片を足場にして文字通りに天を“駆ける”少年が繰り出した拳を、銀色の長髪をなびかせたどこかうつろな瞳をした女性が難なく障壁で防ぐ。その瞬間に一時だけ発生する硬直を見逃さず、女性の背後をとった金色の死神が放つ一閃が彼女の背中へ振り下ろされる。さらに同時攻撃として左右方向から白い魔法使いたちの砲撃が放たれていた。普通ならば防御不可能なこの状況……されども、彼女にとっては
まずは目の前の少年の腹に蹴りを叩き込んで距離を取る。飛行魔法が使えない少年は、吹き飛ばされた衝撃に抗うことが出来ずにそのままコンクリートで舗装された地上へと叩き付けられてしまう。
次いで、金色の死神に向かい合うように振り返ると、自由になった両手を左右に突出して二つの砲撃を完全に受け止め、さらに受け流す様に両手を前へと動かす。
すると、眩い輝きを放つ魔導砲はその軌道を九十度変化させられ、今まさに彼女へ迫り来ていた金色の死神へと襲い掛かる。
貫通力と殺傷力に優れた刃が、金色の死神をカバーするように立ち塞がった少女たちのバリアジャケットを、頬を、腕を、全身を切り刻んでいく。
苦痛を堪えつつも、三人で協力して発動させた強固な障壁で刃の嵐を何とか凌ぎ切る。血に染まりし刃と障壁がぶつかり合った反動で巻き起こった爆煙から抜け出す少女たちに向け、更なる追撃をと魔力を収束させた漆黒の魔力球いくつも生み出していく女性……“闇の書”の管制人格がその破壊にしか使えない魔力を解放させようとした瞬間、――彼女の脳天を両断せんと猛毒と化した怨念の宿りし大剣が振り下ろされた。
三対六枚の漆黒の翼をはためかせて後方へと下がる管制人格の前髪をわずかに斬り落とした一閃を放った人物……暗い狂気をその身に宿したディーノは、人ならざるモノの咆哮を上げながら彼女へと突撃していく。その瞳が映すのは目の前にいる『憎き仇』のみ。彼女と杖を交えていた少女たちのことなど欠片も興味を抱いていない……いや、もはやそんな感情すら無くしつつある彼は、ただひたすら復讐を果たすためだけにその身を、魔力を、想いを燃やす。例え、その先に在るのがどこまでも空虚な未来しかないのだと
怨嗟混じりの咆哮と共に、まさしく獣の如き形相で襲い掛かってくるディーノを見て、一瞬だけ管制人格の顔に悲しみの感情が浮かぶ。だがそれも一瞬、大海原に一個の角砂糖を落としたところで海水が甘くなくなることが無いように、一時の感情の揺らぎで自分のなすべき事が変わるはずも無いと切り捨てた管制人格は、自身に残された最後の願い……主である八神 はやての願いを叶えるために破壊の魔力を振るい続ける。
「お前が
「――――――ッ!!」
「もはや……言葉すら忘れたか……。いや、これもまた私の罪なのか……」
目を瞑り、美貌を悲痛さすら感じさせるくらいに歪ませながらも、彼女の身体は本人の意思を無視したかのように動きだす。翼をはためかせて一気に加速sると、魔力を込めた拳を振り上げて、構えもとらないディーノへと叩き付ける。軽鎧と呼ばれる動きやすさを重視させたバリアジャケットでは彼女の一撃がもたらす破壊力に耐えきることなど出来ようはずも無かった。胸元に突き刺さった拳を通して、胸骨を砕き、肺を潰す感触が伝わってくる。何度やっても決して慣れない感触に、誰かの命を奪うという行為に、彼女の瞳が僅かに揺れる。故に気づかなかった。呼吸をする上で重要な器官の一つを潰されて尚、ディーノが呻き声一つ上げていなかったことを。衝撃で吹き飛ばされるでもなく、大地へ向けて崩れ落ちるでもなく、まるでボールをぶつけられた壁のように、彼がそこに在り続けていることを。
「あぶない! 避けるんだっ!!」
「――ッ!?」
彼女にとってごく身近な存在であった少年の叫び声に、つい反応してしまった管制人格が反射的に翳した左腕に、焼き付けるような熱さを伴った激痛が襲いかかった。
目を上げれば、くるくると宙を舞いながら地上へと墜ちていく自分の腕が見えた。彼女の剛拳を受けてなお微動だにしなかったディーノが、カウンターとばかりに振り下ろしてきた剣閃によるものだと理解した時には、斬り上げるように放たれた返す刃が彼女の脇腹に喰い込んでいた。
砕けた肋骨が突き刺さっているのか口から鮮血を溢しつつ、それでも顔に張り付いた狂笑を緩めることも無く繰り出された復讐の刃が己の身体を両断していく様を、彼女はどこか他人事のように見下ろしていた。自分がやっていることは目の前の少年の願いと同じなのだと、大切な人を理不尽に傷つけられて復讐に走るという行動は、まさしく鏡映しの自分そのものではないか。
――わかっている。この痛みは、向けられる憎しみの元凶は
だが、それでも……!
「私は……っ! 主のために、不条理な現実へ抗ってみせると決めたのだっ!」
無事な方の腕で身体に喰い込んでくる刀身を掴みとる。暴走しているとはいえ、ディーノのように痛覚まで消え去った訳ではない。苦悶に顔を歪ませながら、さらに指に力を込めて刃の動きを封じる。鮮血と共に魔力が流れ落ち、交叉する二人の身体をドス黒く染め上げていく。
“闇の書”の暴走を止めようと抗っていた少女たちが息を呑むのを感じる。ここからは見えないが、おそらく顔色を真っ青に染めながら、驚愕で瞳を見開いている事だろう。
彼女は知る故も無いが、抗い続けている少女たち……なのは、フェイト、花梨に並ぶように飛び上がってきた者たちも存在した。
彼女にとって、もう一人の主とも呼ぶべき少年……破壊活動を行おうとしている管制人格を案じて、つい警告の叫びを上げてしまった家族の一人である八神コウタと、彼におんぶされるという恥辱を味わっている速攻で叩き落された少年……アルク。彼らもまた、壮絶な殺し合いを繰り広げている二人に、ただ気圧されていた。
――年端も無い少女たちを怖がらせてしまったかな。
場違いにそんなことを思ってしまい、知らず口元が苦笑を形づくる。半眼で睨み付けてくるディーノの顔面に口内に込み上げてきた血飛沫を吹き付けた。
血液というものは存外に粘着力が強く、眼球にこびり付きでもしたらなかなか落とすことが出来なくなる。人でないとはいえ、限りなく人間のソレに近い身体構造をした管制人格の血は、狙い通りにディーノの視界を封じることに成功した。咄嗟に剣を握る片手で目元を擦ってしまったディーノの隙を見逃さず、握りしめた刀身を力ずくで引き抜いていく。鮮血が迸り、激しい激痛に苛まれながらも、管制人格は切断された腕の切り口から放出させた魔力を、具現化させた緑色の紐で縛り上げて疑似的な腕を作り上げた。
この紐の正体は、守護騎士の一人シャマルのデバイス【クラールヴィント】のもの。守護騎士たちが蒐集されたことで彼女らの魔法や知識も管制人格自身のそれとして使用できるようになっていたのだ。
ディーノの剣には対“闇の書”用に開発された
疑似修復させた腕をディーノの眼前に掲げ、掌に破壊の魔力を集束させる。そこに集うのは、いくつもの次元世界を滅ぼしてきた呪われし魔力の濁流……されども、集いし光は闇夜の黒ではなく、鮮やかな桜色。
「なっ……あれは、まさかっ!?」
それが何を意味するのか、この場にいた全員が即座に理解した。かつて蒐集されたことがあるなのはの必殺技である最大集束魔法【スターライトブレイカ―】発動の前兆だ。管制人格は、あの至近距離からディーノ一人に向けて放とうと言うのか。保有魔力という点で見ればなのはよりも数段格上の彼女が放つそれは、まさしく星すら砕く最高の一撃となりうる。
即ちそれは、一人の人間に向けるにはあまりにも
「マズイ! 皆、距離を取りなさい! あの魔力量……ヘタすれば、この街そのものが吹っ飛ぶわよ!?」
叫びながら全速力で退避行動に移る花梨に応えるように、一人だけ自分の開発した魔法の威力を理解していないなのはの腰を抱き寄せながら、フェイトも飛び出した。
防御に定評のあるコウタでもあれを近距離で防ぐことは無理と判断、アルクを背負ったまま最大速度でその場を後にする。
「ふぇ!? あ、あのフェイトちゃん? 何もここまで離れなくても……」
「至近距離で直撃されたら、多分どんな防御も意味を成さない。もっと距離を取らないと余波だけで落とされる」
「なのは、あんたはもう少し自分が使ってる魔法がどんだけ強力なのか理解しときなさい。艦砲並みの砲撃魔法をどっかんどっかん、とぶっ放してるんだってね」
「お、お姉ちゃんヒドイよ!?」
並翔する姉のさりげない人間魔導砲台呼ばわりに、反論の声を上げるなのはだったが、自分を抱えるフェイトも『うんうん』と姉の発言に同意しているのに気付き、ずぅ~ん、と沈み込む。まさか友達にまでそんな目で見られていようとは思ってもみなかったと言いたげな表情だ。……“P・T事件”の際、彼女をバインドで拘束した上で集束砲を叩き込んだ人が何を言ったところで、評価は決して覆る事はないだろうが。
肉眼では彼女らの姿を確認できないほどに距離を稼いだ五人だったが、それでもスピードを落とさずに距離を開ける。距離を稼げた分だけ、襲いくるであろう余波が弱まってくれる。
自分たちと“闇の書”、そして“闇の書”を封印するためにわざと暴走を促した仮面の男……は何処かへと逃げてしまっているが、復讐に取りつかれたディーノがこの戦場には残っている。
実質、三つ巴というこの現状、戦局を打開するためにも、向こうの決着がつくまでに極力余力は残していた方が良い。そう考えたが故に花梨たちはさらに距離を稼ごうと速度を上げるが――
【……これは!? マスター、前方三百ヤードの地点に、一般市民とおぼしき反応があります!】
『っ!?』
相棒【ルミナスハート】の報告に、花梨が失念していたあの二人の存在を思いだすのと、桜色の閃光が天空に炸裂するのはほぼ同時のことだった。
海鳴大学病院から数キロほど離れた高層ビルの屋上。
“闇の書”の主、八神はやてに絶望を植え付けた二人の仮面の男は、当初に交わした契約に従ってディーノを病院の屋上に残し、ここまで引き下がっていた。そこで仮面の男たちは“お父様”の立てた計画、その最後の準備を行っていた。
「……よし、結界は張れたようだ。流石に連中を封じ込めるくらいに強力な奴を展開させるのは骨がおれるな」
足元に展開していたミッド式魔法陣を消していた相方に、
「デュランダルの用意は?」
「いつでも起動できるように準備は出来ている……問題はないさ」
待機モードであるカード状態のデュランダルを見せつけるように掲げながら、万事抜かりがない証を示す。
その直後
此処からでも聞こえるほどの爆音と伴った強力な魔力の波動が、都市部付近から拡散された。結界を震わせるほどの衝撃に、歴戦の勇士である彼らであっても驚きを隠せない。
「空間攻撃魔法、いや……集束砲、か? さすがは“闇の書”というべきか……」
「――あの子たち、持ちこたえられると思う?」
「さぁ、どうだろう……せめて、暴走開始の瞬間までは耐えて欲しいところだがね……」
安全圏から戦場を、どこか他人事のように見つめながら二人は呟く。
“闇の書”の戦闘力は、いやというほどに理解している仮面の男たちだからこそ、あの戦場で抗い続けている若き魔導師たちに勝利は無いと確信している。
数百年にも上る年月の中で積み重ね続けられた経験と、世界を滅ぼすほどの圧倒的魔力を有する“闇の書”に、今の彼らの実力ではどう足掻いたところで太刀打ちできるはずも無いと考えているからだ。強い想いは確かに奇跡を手繰り寄せるほど可能性を秘めている。だが、そんなものを容易く打ち消してしまうほどの力量差が、彼らの間に存在していることもまた事実なのだ。
故に、仮面の男らは花梨たちに勝利を期待などしていない。せいぜい、保険として時間を稼ぐ程度の役割をこなしてくれればよいと、そう考えている。
そんな彼らの本命とは――
「しかし、流石は“お父様”……あんな狂人の手綱を見事に握って見せるなんて」
「確かに……彼の目的は私たちと似通っているというのもあったけれど……それでも、自分の手で復讐を果たしたいという思考を察して、書が未完成の状態で守護騎士を襲うのではなく、覚醒させた“闇の書”そのものを破壊するように促すなんて、私たちには到底出来る事じゃなかったからね」
「ああ……しかも、“闇の書”と戦う舞台を用意すると言いつつも、その裏では私たちの計画――永遠氷結の檻に主ごと封印する――を恙なく進めるための時間稼ぎに利用するなんて……さすがだね」
「対“闇の書”用のウイルスプログラム……結局、デバイスを直接調べてもその理論が欠片もわからなかった不可解な能力……そんなものに、十年もの歳月をかけた“お父様”の計画を託せるはずもないしね。――まあ、いいじゃないか。彼が“闇の書”を破壊出来ようと出来まいと、私たちのやるべきことは変わらない」
そう、仮面の男たちにとって、ディーノと“闇の書”の戦いの決着などどうでも構わないのだ。
なぜなら、彼女たちの願いは“お父様”の願いを叶えること。故に、時が静止した氷獄の檻の中で永遠の眠りについてもらうことは、もはや彼女らにとって決定事項なのだから。
「まぁ、“お父様”の願い成就のために精々かんばってくれよ……未来を担う若き魔道師たち――っ!?」
そんな、無責任な激励を呟いた直後、彼らの周囲に青く輝く魔力の粒子が出現、その正体に気付いた仮面の男たちが離脱するよりも早く、彼らの足元にミッド式の魔法陣が出現し、其処から伸びた無数の魔力の戒めが二人を完全に拘束した。
「バインドだと……!? だが、この程度で――っ!?」
この程度の拘束など何ら問題は無い……そう口にしようとした彼女たちだったが、不意に苦悶の声を上げながら崩れ落ちた
「ストラグルバインド……対象を拘束すると同時に、拘束者にかけられた強化魔法を無効化する効果がある拘束魔法の一つ」
徐々に光に包まれていく仮面の男たちを見下ろすのは、上空から舞い降りてきた時空管理局執務官……愛機【S2U】を構えた少年……クロノ・ハラオウン。
奥歯を噛み締め、指先が白くなるほどに強くデバイスを握り締めながらも、表面上はポーカーフェイスを維持しつつ、淡々と解説を続ける。
「あまり使い所が無く、繊細な技術が求められる魔法だけど、こういう時には役に立つ。――変身魔法も強制的に解除するからね」
その言葉が
がっしりとした男性のソレからふくらみを帯びた女性特有の体型へと。
肌をほとんど露出していない白い服が、ミニスカートが眩しい黒い服へと。
そして……顔を覆っていた仮面が弾ける様に霧散し、彼ら……否、
「クロノ……! アンタぁ……!」
変身魔法が解けた仮面の男だった者の片割れ――リーゼロッテは、悔しそうにクロノを睨み付け、
「こんな魔法……教えた覚えなんてなかったんだけどね……」
もう一人のリーゼアリアも、弟子にしてやられたことの悔しさを抑えるかのように、低く呟いた。
そんな二人の非難の視線を正面から受け止めながら、クロノはこみ上げてくる悲しさを堪えつつ、答える。
「……一人でも精進しろと言ったのは……君達だろう? ……師匠」
「チッ……あ~あ、余計な事なんて言わなきゃよかったよ」
「ええ……本当にね」
ロッテのぼやきに同意する様に返すアリアの片腕に気づいたのか、クロノは思わず息を呑む。
変身魔法と共に幻術も解除されただろう、リーゼアリアの片腕が肘上から先が消滅していたからだ。
向けられる視線に気づいたアリアは、なんでもないとでも言いたげに首を左右に振る。
「ああ、気づいた? いやー、本局の医療技術でも、この短期間に両腕を治すことは間に合わなかったのよ。ま、片腕だけでもこうして生えただけ、マシと思わないとね」
「……あの時、
「そ、この私よ。まあ、そんなことはいいじゃない? 今はもっと優先することがあるでしょう? ――アースラなり、本局なりに私たちを護送するって役割がさ」
「そーそー、執務官として、やることはやっとかないとねー。あ、でも忘れんなよ、クロスケ。アースラのシステムにクラッキングを仕掛けたのはこの私たちだってことをさ。実力的にみても、その辺の武装隊程度じゃあアタシらを拘束し続ける事なんてできねーよ?」
とことん諦めの悪い師匠たちに、クロノは怒りでどうにかなってしまいそうだった。
彼女たちの目的はあくまでも”闇の書”を自分たちの手で破壊、或いは封印させること。クロノたちン手による八神 はやてたちの保護など最初から望んでいないのだ。
だからこそ、同じ管理局員たちにすら手を上げることも厭わないのだと、彼女たちは言外に告げている。クロノの拘束魔法は術者である彼が離れれば、その瞬間に効果を失ってしまうだろう。
そうなれば、アースラの武装隊員の手に彼女らの身柄を委ねなければならない訳だが、きわめて優秀な彼女らの実力は折り紙つき、アースラ在駐の武装隊員では捕え続けることは不可能だろう。
かといって指揮官として有能なクロノが戦闘に参加できないままだと、“闇の書”の暴走までに打つ手を取れなくなる可能性が高い。
戦場にいる花梨たちは確かに個々の能力は目を見張るものがあるものの、所詮は個人の力量に傾倒した個別戦力の集まりに過ぎない。コンビネーションはとれようとも、戦略を立てるという意味での指揮官はあの場に不在なままなのだ。さらに師匠二人はまだ気づいていないようだが、この結界に阻まれているせいなのか、無限図書で調べ上げた調査結果を携えたユーノと彼のサポートに回っていたアルフも援軍として駆けつけることも、通信で情報を伝えることも不可能となっているらしい(クロノは、結界発動時にちょうど結界の壁の境界線にいたため、運よくアースラとの一時的な通信が可能だった)。
何らかの力が干渉して変異しつつあるらしい結界を突破できない以上、まさに現状は手づまり状態となりつつあった。
(くそっ……! 母さんたちと連絡が取れさえすればまだ手はあるんだが――!)
あくまでもグレアム提督の望み――十中八九“闇の書”への復讐だろう――を叶えようとするだろう二人が、八神はやての救出を前提として行動しているクロノたちに協力するとは思えない。
かといって、味方であるはずの管理局にすら牙を剥いた彼女らを放置しておくのはあまりにも危険すぎる。
この状況、どう見積もっても手が足りなさすぎる。せめて、結界が展開された直後に逸れてしまった
「――な、があっ!?」
年若い少年であるが故にできた隙を狙い澄ましたかのように放たれた蹴撃が、クロノの背中に突き刺さった。
フェンスに叩き付けられたクロノは、思考こそ混乱していたが、条件反射として身体に染みつくほどに繰り返し続けてきた受け身をとって体勢を立て直すと、デバイスを構えながら振り返り、襲撃者である“仮面の男”を睨みつける。と、同時にとある事実に気づいた。リーゼ姉妹は、未だに拘束されたままであり、彼女たちもまたクロノと同じような困惑の表情を浮かべているということに。
――三人目だと!? いや……まさか!?
「――悪いが、私たちは、まだ立ち止まるわけにはいかないのだよ」
「その、声っ……! やはり貴方ですか……グレアム提督っ!!」
「やはり、自力で真実にたどり着いたかクロノ。さすがはクライド君の息子ということか……いや、彼と比較するのは君に対しての侮辱にしかならないな」
自嘲気味に言いながら、新たに現れた三人目の仮面の男が変身魔法を解除する。光が飛び散った後に現れたのは、管理局高官用の制服と同じ意匠のバリアジャケットに身を包んだ壮年の男性。
クロノにとって、もう一人の父親と呼ぶべき存在であり、憧れでもあった英雄。
時空管理局提督 ギル・グレアム。
“闇の書”の主、八神 はやての存在を隠蔽し、長きに渡って続く呪いを終わらせようと自ら犯罪に手を染めた男がそこにいた。
使い魔であり、手足であり、そして娘でもあるリーゼ姉妹にかけられたバインドを解除すると、リーゼから対“闇の書”用凍結封印機能搭載型デバイス【デュランダル】を受け取りながら、激しい空中戦を繰り広げている若き魔導師たちと“闇の書”へと視線を向ける。まるで、クロノにはもう用はないとでも告げているかのような態度であった。
「グレアム提督! 現時点の八神はやては望まずして魔法に関わってしまった一般人にすぎない! どんな理由があったとしても、貴方のやっていることは犯罪だ!」
「わかっているとも。正義を詠う管理局員として……いや、人として最低の行為をしているということくらい自覚しているとも。だがね、わたし自身すでに引き返せないところまできてしまっているのだよ」
「こんなのは正義なんかじゃない! 貴方のやっていることは、唯の私怨だ! 自分勝手な欲望に、罪も無い少女を巻き込むな!」
さすがにその言葉には我慢できなかったのか、激情型のロッテが叫ぶ。
「ふっざけんなクロスケ! どんな理由があったって、アイツは“闇の書”に選ばれた挙句、騎士共を普通に現界させてるじゃないか! こっちの事情を知っておいて、魔法技術のない世界で魔道生命体を闊歩させてる時点で、魔法技術の漏えいっていう罪に引っ掛かるんだよ!」
「問題をすり替えるんじゃない! もしそうだと言うのなら、魔法の資質を保有し、ロストロギアに選ばれた何も知らされていなかった少女を生贄にしようと画策していた者にこそ原因はある! それは他の誰でもない、貴方たちだろう!」
「……どこまでも真っ直ぐだな君は……羨ましい、そして眩しいよ。目が焼けてしまうほどに。――そう、私には正義という言葉を口にする資格などない。此処にいるのは……愚かにも復讐に駆られた男だけだ」
と、少しだけ自嘲じみた笑みを浮かべたグレアムに、『なにをいまさら』とクロノは鋭い視線をぶつける。
「仮に八神 はやてごと“闇の書”を凍結封印したところで、それが人の手によるものである以上、“闇の書”を利用しようとする者の手によっていつかは破られてしまう!」
「その通りだ。如何なる封印を駆使しようとも、それが人の手に届く場所にあるかぎり、それを求める者は必ず現れるだろう。――だが、もしそれがヒトの手に届かぬ場所であるとすればどうかね?」
……この人は、一体何を言っているんだ?
次元の海を航行する術を獲得した組織の人間が発したものとは考えられない、一見すると唯の空想、夢物語のような言葉を真顔で語るグレアムを呆然と見つめるクロノの背筋に冷たいものが走る。彼の瞳に映る恩師の姿、まるでそれが禁忌に手を伸ばす狂人のように見えてしまう。グレアムは自分へ向けられる視線に気づいていないらしく、腰に下げていたバッグへと手を伸ばしながら言葉を続ける。
「次元航行技術を会得した我々とて、万能であるとは言えないのだよ。どれほど技術が発達したのだとしても、決して手の届かぬ場所というものは確かに存在しているのだ。たとえば、そう――虚数空間の奥底、とかね」
「なっ……!? 馬鹿な! それこそ人間には不可能だ! 虚数空間の研究は完全に行き詰まっているはずだ! なのに――」
「そう、我々人間が手を伸ばすことは未来永劫に不可能かもしれない唯一の場所……だがね、いるだろう? 不可能とされた奇跡を容易くこなし、次元震すらも制御しうる怪物が」
……まさか。
クロノの脳裏に、とある人物の姿が蘇る。彼が行ったというデタラメの数々についても逐次報告を受けて、流石にありのままを報告するのは問題がありすぎるので母と共にどのように本局に報告すべきか頭を抱えたのは記憶に新しい。
「
「な……ぁ……!? き、危険すぎる! あなたは彼を軽く見過ぎています! 大体、彼が貴方の命令におとなしく従う訳がないでしょう!?」
「命じるのではない、ギブ&テイクの取引を持ちかけようというのだ。……これを見給え」
グレアムが取り出したのは、黄金に光輝く小さな箱。オルゴールのようにも見えるそれは、美しい刺繍が刻み込まれている。
「これは、ロストロギア『パンドラ』。一見するとただの箱にしか見えないが、この中は異次元となっていてね。物理法則を無視してありとあらゆるものを収納することが出来るのだよ。しかも、収納したものの機能を一時的に停止させることすら可能なのだ」
『パンドラ』
かつて、とある世界で解放された際にその世界そのものを吸い込み、封印してしまったというとてつもない力を秘めた
きちんとした封印が成されている状態ならば蓋を開閉しても何かが吸い込まれてしまうことも無いく、なんちゃって四次元ポケットのような使い方もできたりする。それが分かっているからこそ、グレアムの手によって躊躇なく開かれた『パンドラ』の中から溢れ出すのは見覚えのありすぎる“蒼い魔力”。
クロノは知っていた。その魔力光を放つものの正体を。
「ジュエル、シード……!?」
「そうだ。本局に封印処理されていた十一個のジュエルシード、これを取引材料に彼の手で次元の壁に穴を空けさせる。プレシア・テスタロッサより託されたアリシアテスタロッサを擁護していることや、リンディ君と交わした停戦協定を律儀に守っている事を鑑みても、彼は一度交わした約束や契約を破らない性格だという可能性は十分にある。何より、彼もまたこれを欲しているのだろう?」
「馬鹿な! Aクラスに相当する危険なロストロギアを、犯罪者である彼に渡すなどと……! 貴方は世界を滅ぼすつもりなのか!?」
「甘く見たいでもらおうか? 復讐に駆られた愚者とはいえ、それでも時空管理局提督としての地位を築き上げてきたこの身だ。現場から身を引いてからは、知謀の世界であまたの犯罪者と渡り合ってきたのだよ? それこそ、危険な思想を持つ者たち共と、ね。そうやって身に付けた知恵、経験……それこそが、老獪というやつだよ。若い君には無いものさ。……蔑んでくれて構わない。見損なってくれても構わない。それでも、私はやると決めたのだ――この手で、悲しき闇の連鎖を断ち切ってみせると」
反射的に飛び出そうとしたクロノだったが、抜き打ちで放たれたリングバインドによって動きを封じられてしまう。
たとえ老いようとも、“英雄”ギル・グレアムの名は伊達ではない。デバイスを起動させることも無く、瞬きすら出来ぬほどの速度で繰り出された拘束魔法が、クロノをフェンスへと張り付ける。
「クロノ……君はそこでおとなしくしていなさい。“闇の書”が引き起こしてきた長き怨嗟の歴史……この私の手で全てを終わらせる」
「やめろ……、やめろぉおお! グレアムていとくぅうううっ!」
クロノの慟哭に背を向けて、仮初の英雄は空を翔ける。己の心にこびり付いた呪いを解くために。
その歩みに迷いはない。提督としての自負が、己が計画に失敗はないと確信させていた。
もし、彼が誤っていたとするのならば、それはおそらく――
「あらあら、それは死亡フラグという奴ですわよ、提督さん?」
『――!?』
彼女という存在、そのものを見落としていたことに他ならないだろう。
「申し訳ありませんわ、クロノさん。改変されたこの結界の解析と通信の回復を試みておりましたので救援が遅くなってしまいました」
見上げれば、宙に舞う巨大な魔導書に腰掛けながらころころと朗らかに笑う少女がそこにいた。
可愛らしいフリルが目を惹くゴスロリドレスと呼ばれるタイプのバリアジャケットを身に纏い、魔導書の縁に指先を掛けながら足を組んで、一同を見下ろしている。
その姿はまるで、童話の世界から抜け出してきた伝説の魔女を連想させた。
笑みを浮かべる口元を片手で隠しながら、超然と天を舞う魔女……葉月は気軽に、それこそ近所のコンビニに出かけてくると言うかのように、未だ拘束されたままのクロノへと話しかける。
「それで? いったい何のプレイをなさっているのですか?」
「はぁ!? どこををどう見ればそうなるんだ!」
「あらら、違いました?」
「当たり前だ。見てわかるだろう!? 仮面の男たちの黒幕……グレアム提督に拘束されているんだ! わかったらはや(パチンッ)」
クロノの言葉を遮る様に、葉月がしなやかな指先を弾く。その刹那、クロノを束縛していたバインドは跡形も無く霧散し、消え去っていった。
「――は? え?」
「――で? それがどうかいたしましたか?」
呼吸するかのように自然に、まるでそれが当たり前のように、強固なはずのバインドを解除して見せた葉月の技量を目の当たりにして、グレアムたちは――特に魔法技術を得意とするアリアが――は在り知れない驚愕を露わにする。なのはと同じく管理外世界である地球出身であるグレアムには、出世する上で必要な情報部とのパイプや家系などといった後ろ盾はあるはずも無かった。それでも管理局の提督という役職にまで上り詰めたのは、偏に彼の優れた魔法技術が大きな要因を占めている。アリアとロッテ、魔法と体術という異なる特性を有した使い魔を生み出せていたことからも、彼自身の有能性を表明していると言って過言ではないだろう。そんな彼のバインドを、現役の執務官であるクロノですら解除できていなかったソレを、シングルアクションで打ち破って見せた少女の技量。それは文字通り、『得体の知れないもの』と警戒させるに値するものだった。数言の念話を交わして、今の状況をおおむね理解した葉月は、スカートのポケットから一枚のカードを取り出しながら、それを見せつけるように掲げてみせる。
「これがあなた方の『切り札』としてご用意なされたデバイスですか……ふ~ん? 確かに、なかなかの性能を秘めておられますわね?」
「なっ!? それ、は……まさかっ!?」
葉月が指先で弄ぶ『カード』の正体に気づいたグレアムが慌てて己の手にあるはずの【デュランダル】へと視線を落とす。だが、そこに在ったのは機械的な文様の刻まれた待機状態の【デュランダル】ではなく――地球で大人気のカードゲームに登場するマスコットキャラ――目と手足がくっ付いた毛玉の如きモンスター『クリボー』の描かれた、魔法も精霊も秘められていない何ら変哲の無いカードであった。
「お前っ! いつの間にすり替えやがった!?」
「あらあら、人聞きの悪い……淑女である私がそのようなはしたない真似をする訳ありませんわ。言いがかりはお止めになってくださいませんか、こ・ね・こ・さ・ん?」
明らかな嘲りの込められた笑みを浮かべる葉月に、もとから沸点の低いロッテのボルテージは一気に振り切れる。激情の赴くまま葉月へと襲い掛かる。
単調な突撃を余裕に回避して見せた葉月だったが、彼女にも油断があったのだろう、ロッテの影に隠れるように距離を詰めてきていたグレアムに人差し指と中指で抓んでいた『カード』を奪い取られてしまった。
「あらあら、やりますわね」
それでも葉月の余裕は崩れない。スカートの裾を軽く摘み、ビルの屋上へ華麗に着地を決めてみせた彼女は、何とも言いたげなクロノのジト目に向き直る。
「葉月……助けてくれたのはありがたいんだが、イロイロと言いたいことがある」
「――ええ、貴方のおっしゃられたいことは、理解しております」
「そうか、なら言わせてもらうが――」
「年上の殿方一人と、お姉さん系猫耳美女二人との“イ・ケ・ナ・イ”プレイを満喫なされていたというのに、水を指してしまいまして……本当に申し訳ありませんわ。心からお詫び申し上げます」
「全然違う! というか君はいったい何を言っているんだ!? てか、あの状況でどうやったらそんなぶっ飛んだ答えを導き出せたのか、むしろそっちの方が知りたいよ!」
「まあまあ、そんなに興奮なされましては身体に障りますわよ? これでも読んで、気分を落ち着かせてくださいませ」
そう言いながら、どこからともなく取り出した本らしき物をクロノに手渡す葉月。
なんだ? と視線を表示に落としてみれば、クロノの時間が――停止する!
「――は、葉月。君は、これを……これを一体、どこで手に入れたんだい?」
「ユーノさんの付き添いで無限図書館へと赴いた際に、たまたまクロノさんたちのご実家の方にも行く機会がありまして……つい、好奇心に駆られて家探しを。てへ♪」
「『てへ♪』じゃない! 『てへ♪』じゃ!? おまっ、これは……!」
「大丈夫ですわよ、クロノさん……あなたもお年頃の殿方なのですから。
「や、やめろ! たのむから、やめてくれ! もうそれ以上は――!?」
「あ、ちなみに“それ”の隠し場所はリンディ提督から教えて戴きましたのですよ? 『あの子もお年頃よね~~♪』と、実にうれしそうになされていましたよ。クロノさんが初めて
「なん……だと……!?」
くすくすと獲物を弄る猫のような笑みを浮かべた葉月に語られた真実は、クロノを絶望の闇に叩き落すに十分過ぎる威力が秘められていた。
実の母に全てを知られていたと言うだけでも、男として、そして息子として穴があったら入りこんでそのまま埋まりたいくらい恥ずかしいと言うのに、さらに同僚や友人にすら知られてしまったというのか……!?
時空管理局局員、執務官、アースラのエース、名だたる称号を手に入れてきたクロノに、新たな称号『むっつりスケベ』が授与された瞬間だった。
遠くからこちらを見ているグレアム提督たちの視線が、なんだか暖かく感じられるのは気のせいなのだろうか……?
「まあまあ、これを差し上げますから、機嫌を直してくださいな」
両手をついて項垂れるクロノに、そう言いながら葉月が差し出したのはものすごく見覚えのあるカード……ていうか完璧に待機状態の【デュランダル】だった。
「はぁああっ!?」
驚き、思わず奪い取る様に手に取ったそれを食い入るように見つめると、それが正真正銘の本物であることを悟る。と同時に疑問が浮かんできた。グレアムに奪われたはずの【デュランダル】が何故、葉月の手にあったのだろうか?
「何か勘違いなされていませんか? 私はただ
その瞬間、グレアムの手元にある『カード』の絵柄が揺らめき、一瞬でデフォルメされたモンスターの絵が描かれたカード――今度は、目と手足がくっ付いた毛玉に羽の生えた『ハネクリボー』のカードへと変化した。
「まさか……これも幻術!?」
「こンの小娘ぇ……! ハメやがったね!?」
「あらあら、自分の無様さを棚に上げて何をおっしゃられているのやら……ただ、勝手に自爆なされただけでしょう?」
この瞬間、グレアムたちは葉月の策にはめられたことを悟る。彼女がワザと見せつけるように掲げてみせたのは何の変哲も無い『カード』だった……それを幻術で待機状態の【デュランダル】に似せることで動揺を誘い、同時にグレアムの手にした本物の方にも幻術を仕掛けてまったく別物であるように見せかけたのだ。さらに、こちらを煽るような発言を繰り返すことで激情しやすいロッテを挑発するとともに、
もし、グレアムが普段通りの冷静な状態であったとすれば、手元にある【デュランダル】が本物かどうかなどすぐに見抜けていたはずだ。しかし、彼の仕掛けた渾身のバインドを容易く解除して見せることで技量の高さを匂わせ、さらにアースラとの通信を回復させた旨をあえて伝えることにより、増援が贈られてくるのではという焦りを生み出させた。そして偽物を奪い取らせやすいように、挑発することで感情任せの無防備な攻撃を仕掛けるようロッテを誘導、相方であるアリアが未だ万全ではない現状では必然的に彼女のカバーはグレアムが取ることになるだろう。そう。これはすべて、最初から計算され尽くした戦略だったのだ。魔導を極めし魔女の資質……それを有する葉月にとって、他人を手玉に取ることなど動作も無いことなのだ。何故ならば、古来より魔法とは不可解な言葉や言い回しによって当たり前のことを理解できない超常のものであると思い込ませることで誕生していった偶像を生み出す技法……。そう、真実の魔女とは、強大な魔力を振り回すものを指す称号なのではない。
ただの言葉で、人の動きを、心を支配して見せる事こそが、魔女の生み出す真実の魔法と呼べるものなのだ。
若き精鋭や歴戦の勇士すらもその心を惑わせ、手玉にとる……まさに彼女こそ、このセカイに生まれ出でた“魔女”であると言えよう。
「さて、それでは……いい加減に幕を下ろしましょうか。――【マグダラ】」
詠唱と共に、宙に浮かぶ魔導書のページがひとりでに捲られていく。ページに刻み込まれた文字が眩い輝きを放ち、少女の全身から強大な魔力を放出させる。
鈴の音を思わせる少女の声とともに放たれたのは布状のバインド。それがグレアム達に絡みつき、抵抗する間も無く拘束して見せた。
グレアムたちも咄嗟に魔法を発動させようとするが、それよりも早く全身を締め上げてくる布にリンカ―コアから直接魔力を吸い取られてしまえば、もう彼らに抗う術は残されていなかった。
魔導書のページを閉じ、にっこりと笑みを浮かべる葉月に、クロノは先ほどとは違う意味で寒気を覚えていた。
(花梨と言い、葉月と言い……『参加者』とやらは、全員こんななのか? ホント、“ゲーム”とはいったいなんなんだ)
深まる困惑が彼女らへの疑念を生み出していくが、今やるべきことのために行動すべきだと頭を切り替える。
葉月が復旧させたアースラとの通信を試みながら、クロノは手に持った【デュランダル】の重さをひしひしと感じていた。これがグレアムたちの憎しみの……想いの重みという奴ならば、彼らの願いを否定した自分にはこれを背負う義務がある!
新たな覚悟を胸にしたクロノは、葉月と通信用モニター越しのリンディと共に、今後の作戦を構築するために、意見を交わしていくのだった。
遥か彼方の方角で、黒い光が爆ぜるのを視界の端で捉えながら。
グレアムの本命はあくまでも【デュランダル】による永久封印。
ディーノを引き入れたのは万が一の時の保険としてであり、得体のしれないイレギュラー(転生者たち)への牽制のためでした。
師匠超えを果たしたクロノ君のさらに上を行く提督さん。そして歴戦の勇士たる彼すらも手玉に取る葉月さん。ここまであまり目立てていませんでしたが、とっても有能な魔女っ娘なのです。
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決戦、”闇の書” 『狂気の行きつく場所』
それにしても、文字数の増えること、増えること……。
「あーもー! なんなのよアレはぁああっ! 誰か説明! 説明しなさい! ひき肉にしちゃうわよ!? ――……すずかが」
「人聞き悪いなぁ!? 私っ、そんなことしないよ!? ていうか、意外と余裕あるねアリサちゃん!?」
「フン! こんなモン、こないだの誘拐事件の衝撃に比べればなんてことないわ!」
「それについては激しく同意するよ!」
人の気配が消え去った都市部に取り残されていた道路を駆け抜ける1つの影が存在した。
【ルミナスハート】が警告してきた一般人……それは、なのはの親友であるアリサ・バニングスと月村 すずかであった。
挙動不審ななのはたちを訝しみながらもこうして引き下がった後、病院からの帰り道で明らかに隠し事をしています~~的な態度をとりつづけていた友達へと不平をアリサがぼやき、すずかが窘める。
そんなことをしながら帰路についていた二人は、展開された結界に巻き込まれ、閉じ込められてしまっていた。明らかな異常事態に怯えを隠せなかったところに、都心方向から凄まじい破壊音と共に桜色の光が迫りきているではないか。
咄嗟に瞳を真紅に染めあげたすずかがアリサを抱きかかえ、人外の身体能力にモノを言わせた脚力で離脱をはかっていた。
『夜の一族』と呼ばれる人ならざる存在としての血脈に連なる者であるすずかは、自分自身に宿る人を超えた力を恐れ続けてきた。
しかし、数週間前に巻き込まれた『とある事件』を経て吸血鬼としての能力を恐れる感情は薄れていたため、こうして全速力で逃げているのだが、まるでそんな努力など無意味なのだと言わんばかりの速度で桜色の光が迫ってくる。
二人は知らぬことだが、あの光は集束型魔導砲が着弾したことによって発生した魔力の波動だ。
全方位に広域拡散しているとはいえ、それでも膨大な魔力と衝撃波が内包されていることは想像に難しくない。魔力資質……即ち、体内魔力を効率良く循環させるリンカーコアが備わっていない彼女たちがあれ程の魔力波を浴びてしまった場合、極度のショック症状を引き起こして昏睡状態に陥ってしまう可能性すらある。
本能的にあの光の危険性を察知しているのだろう、すずかの表情はまさしく決死と呼ぶにふさわしいものとなっていた。
そんな時、すずかに担がれていたアリサの耳が人の声らしいものを捉えた。
その声に反応してアリサが振り向けば、光の衝撃波のすこし手前くらいから、こちらに向かってくるいくつかの人影の姿が確認できるではないか。
最初は人間らしいものが空を飛んでいることに惚け、次いでその人影の正体がおもっくそ見覚えのある少女たちのものであることに気づいて驚愕に叫んでしまう。
耳元で大声を上げられたすずかは一瞬だけびくりと身体を震わせ、足を縺れさせてしまいそうになった。
「も、もう! アリサちゃん!?」
「ご、ゴメン、すずか……てか、アレ! アレ!」
慌てて体勢を立て直したすずかの非難をスルーしたアリサがしきりに後ろの上空辺りを指差している。
何が? と首だけ回して後ろを見上げてみる。人よりも優れた彼女の視力が、彼女らの方へと接近してくる友達の姿を捉えた。
「あれ……!? なのはちゃんにフェイトちゃん!?」
「花梨もいるわ! それに確か、はやての弟って奴と……ん? あのおんぶされてるのって、誰?」
さりげなく失礼な言葉を口にしていたアリサ嬢たちのすぐそばに着地した花梨たちは驚いて立ち止まってしまっている二人を余所に、もうすぐそばまで迫り来ている魔力衝撃を防がんと防御態勢に移る。
防御魔法の使えないアルクが二人の前に立ちふさがる様に身構え両腕を身体の前でクロスさせる。
その前に降り立ったフェイトは【バルディッシュ】にカートリッジをロード、魔力ブーストを受けたラウンドシールドを展開させる。
さらに、フェイトたちを庇う形に構えたなのは、花梨、コウタの三人が各々のデバイスを構えてドーム状の防御フィールドを形成させる。
直後、街を呑みこみながら迫りきた閃光が彼女らに到達、骨の髄まで届く振動と衝撃が皆へと襲い掛かった。
全員が目を閉じ、歯を食いしばって衝撃の波が通りすぎるのを今か今かと願い、耐え続ける。
これほど距離を稼いでいたというのに、ここまでの衝撃に晒されるとは……果たして、ゼロ距離で直撃を受けたディーノはどれほどのダメージを受けているのだろうか。想像するだに恐ろしい。
時間にして数分、徐々に衝撃と閃光が収まっていき、再び静寂が舞い戻ってくる。
恐る恐る瞳を開き、辺りを見渡すアリサの視界に映ったのは、見るも無残に破壊され尽くした町並みの成れの果てであった。
アスファルトは吹き飛び、路上に停車されていた車やトラックは遠くに吹き飛ばされたのか一台も見当たらない。街灯は折れ曲がり、ビルは何とか原型をとどめてこそいるものん、窓はすべて砕け散るか熱で蒸発してしまっている。
これが、ついさっきまで自分たちが暮らしていた街の姿なのか。隠蔽されてきた裏の世界の存在を、望まぬとも知る機会があった少女にとって、今、目の前で巻き起こった非常識な光景を現実のものと受けれるのは流石に厳しい物があった。
それはすずかも似たような状態だった。彼女の場合はアリサよりもそちら側に対して予備知識を持ち合わせてこそいたモノの、さすがにここまでの惨状を巻き起こすような術があるとは思いもしなかったのだ。
未だあの光の正体についてなんら説明を受けていないことも、彼女たちに恐怖を抱かせる要因となっていた。
一方の花梨たち魔導師組もまた、別の意味で驚愕を露わにしていた。
“非殺傷設定”
彼女らが日常的に使用しているこの技術は、文字通り『魔法による物理破壊効果を無効化させる』というものだ。
要は、どんな派手な魔法でも魔力ダメージによる精神への攻撃と変換され、肉体には一切のダメージを受けないという特徴がある。
シミュレーターなどで仮想空間内に展開された建築物は魔力によって構成されていることから、魔法が命中すれば破壊もされるだろうが、本物の建築物などは魔法が直撃してもそれ自体には破壊効果は無い筈なのだ(デバイスによる打撃や、魔力から変換された雷などの物理現象は除く)。
だが、現に建築物は見るも無残な破壊の爪痕が刻み込まれている。それが差し示す原因はたった一つ――!
「これ……まさか、非殺傷設定が解除されてるの!?」
「うわ、まじかよ……容赦なさすぎだろ、あの銀髪」
「はやて姉やヴィータたちを傷つけ、本気で殺しに来ている相手なんだ……彼女も全力で迎え撃つつもりなんだろうね」
「でも……! だからって、こんなやり方は間違ってるよ! お話しもしないまま、暴力を振るうだけなんて悲しすぎるよ!」
「なのは、あんたの言いたいことは私にも分かるわ。でも……それが通じない、分からない相手も世の中にはいるのよ。それはわかっていることでしょう?」
かつて、なのははフェイトとわかりあうために幾度となく言葉を、魔法をぶつけ合った。
言葉だけでも、力だけでも、今のような関係を築くことは出来なかっただろう。
想いを言葉に、魔法に変えて相手に送り、相手の想いも受け止める。
それが出来て初めて、人と人のつながりが形成されるのだ。
でも、大切な人たちを奪い取られたディーノには、復讐以外に一切興味を抱けず、“闇の書”もまた、自分は道具として在りたいと願い、心を閉ざしている。
彼らの心に声を届けることができるのは、各々の大切な人たちだけなのかもしれない。
けれど。
「“Ⅰ”の言葉を信じるなら、ディーノの大切な人たちは彼に復讐を果たすことこそを望んでいる。それじゃあ、彼を止めることは不可能なのかもしれない……」
「……むしろ、俺らの手でヤツの狂気を終わらせてやることが救いになるんじゃねェの?」
ドライな言い方だが、アルクの言にも一理ある。コウタも同意する様に頷いている。
だが、そんな結末を許容できるほど、高町 なのはという少女は物分かりが良くは無い。反論を上げようと口を開――こうとした瞬間、
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
巨獣の咆哮を思わせる雄叫びと共に、漆黒の魔力がはるか上空で爆ぜた。
全身を貫く殺意の奔流に振り返った一同の瞳に映ったのは、まさに世界の終りを告げるかの如き光景だった。表面に赤黒い血管のような物が浮き出ている黒い球体、それはまさに大地に墜ちてきた漆黒の太陽。心臓のように規則的な脈動を繰り返しながら、徐々に小さく縮んでいく。
だが、それから感じられる魔力と殺意に変動はない……いや、むしろより苛烈で強烈なものへと進化していっているようにも見える。
恐怖しか感じられぬ非常識な光景に一同が声を無くす中、花梨だけはアレが何なのかを理解していた。いや、正確には彼女の感覚が、かつて限定的にとはいえ『人ならざる存在』へと変容したことのある彼女だからこそ感じ取れたのだ。あの球体……その正体を。
「そんな……ウソでしょ!? よりにもよって、どうしてこのタイミングで!?」
【マスター? どうしたんです?】
「
花梨の声と時を同じくして、黒い太陽の内側から闇よりも深い閃光が迸った。
――俺は……負けたのか?
近代的な街並みの中に突如として生まれた巨大なクレーターの中心部に身を横たえた少年……ディーノは、どこか他人事のようにそんなことを思い浮かべていた。
このクレーターは“闇の書”の管理人格が放った究極的集束砲【スターライトブレイカ―】が着弾したことによって発生したものだ。
防ぎようの無かったゼロ距離での直撃を受けたディーノは、とっさに身体を捩ることで直撃を避けることに成功した。
それでも物理破壊設定であれだけの魔法を受けてしまったのだ。左半身を消失することと引き換えに生きながられたのは、幸運であると言わざるを得ない。
消し飛んだ身体の断面が高熱で焼かれて出血が抑えられている事や痛覚が消失してしまっていることも余って何とか意識は留められているものの、誰がどう見ても満身創痍、ゲームならば戦闘不能と表示されることは間違いないだろう。
だがそれでも、この胸の奥で燃え盛る怨嗟の、憤怒の、憎悪の、激怒の……そして絶望の声が鎮まらない。鎮まってくれない。
自分のやってきた事が大多数の人間に認められない所業だということは理解している。
死んでいったものは、決して戻ってこない。
過去に憑りつかれ、今を懸命に生きることを放棄するような生き方が歪んでいるなんてことくらい、ずっと前からわかっていた。
でも、それでも――!
(俺がやらなきゃ……俺が果たさなきゃ、誰もっ! 皆のことを忘れてしまう! 唯一生き残った俺が父さんが、母さんが、イリーナが……皆があそこで生きていたってことを忘れ去られちまう! どこにでもある不幸な事件として、どうでも良い記憶として風化していってしまう! そんなの……! そんな理不尽をっ!)
「認め……られ、る……もん、かよぉっ……!」
――
復讐の力を求め、人里離れた樹海で己を鍛え上げていた頃……いつからか、そんなことを思うようになっていた。
もし……
それはつまり……皆は
(フザケルナ……)
バカバカしい。ああ、本当にバカバカしい、不条理で理不尽な
ディーノは大好きだった。凛々しい父親と、沸点が低く意外と手の速い母親が。ディーノを『に~ちゃ』と舌ったらずな声で呼んでくれる幼い妹が。
裕福とは言えず、けれども暖かく楽しい集落の皆が……ディーノは本当に大好きだった。
だからこそ憎悪する。転生者である自分ではなく、無関係だった大切な人たちを奪い去った運命を、人殺しでありながら自分たちはのうのうと過去を忘れて光の下で暮らしていた“闇の書”共を。
世界の理不尽に向かい合ったディーノは確信したのだ。
自分に残されたものは、運命に対する
涙を流し、歯を食いしばるディーノに、目に見えないナニカが注ぎ込まれていく。それは世界に満ちる『想い』、
『想い』の集合体である『
暗く、深い憎悪の炎が燃え上がるディーノの魂の輝きが、『
ディーノはそんな自分の末路を、確かな予感として感じ取っていた。だが、それでも彼に迷いは無かった。
仰向けに倒れ込んだままのディーノ目に、ゆっくりと降下してくる人影が写り込んでいたからだ。
それは、理想的な容姿を有する銀色の髪を靡かせた女性。真紅の瞳は何の感情も映しておらず、能面か人形の如き不気味さを相手に与える女性……“闇の書”の管理人格は、ディーノの半身を消し炭にしたことに何の感傷も抱いていないとでも言いたげに、彼に向けて掌をかざすと魔力を集束させていく。止めを刺すつもりだ。手加減や非殺傷設定などという生ぬるいものではない。文字通り、肉片一欠片も残すつもりは無いと、空虚な瞳が告げている。
このまま消える事だけは絶対に許せない、他ならぬ自分自身が。ディーノは今や形見となった胸元のペンダント……『招魂の輝石』へと手を伸ばす。ヒビが入り、原形を留めていることが奇跡に等しい有様の
父が、母が、妹が、皆が、そして……自分が幸せそうに笑っていたあの頃の記憶が。
――自分に郷愁に浸る理性が戻ってくる日が来るなんてな。
苦笑しつつ、ディーノは大きく口を開くと、その中へ『招魂の輝石』をほおり込み、一気に呑みこむ。
怨念が集束し、変質した黒い魔力が体内で暴れ狂う感覚に身を委ねながら、脳裏に浮かぶ扉へと手を伸ばす。
もう、自分に残された道はこれしかないのだから――!
「なんだ……!?」
管理人格は魔力砲撃のチャージをキャンセルさせながら、変貌していくディーノを見ていた。
文字通りの死に体であったディーノが何かを呑みこんだかと思った瞬間、今の自分すら凌駕しうるほどの魔力が湧き上がる。
際限なく高まり続ける黒い魔力は、やがてディーノの身体を包み込むように凝縮して黒き球体状に変貌を遂げる。
ゆっくりと浮かび上がってくる黒い球……否、地上に墜ちた黒い太陽を油断なく見据えながら、再び砲撃を放とうと魔力を集束させ始めた瞬間、母の腹を食い破って誕生する忌子の如く、黒い太陽から鮮血の代わりにどす黒い魔力を撒き散らしながら一つの人影が這い出てきた。
その姿を見て、管理人格は集束させていた魔力を霧散させてしまうほどの驚愕に襲われ、思わず目を見開いた。
それは、一応は人と同じ形をしていた。だが、果たして
額には竜の頭部を模した紋章のような物が浮かび上がり、そこから伸びる光に沿うように髪が逆立っている。
全身の皮膚は装甲のような皮膚に覆われ、それが幾層にも重なりあって鎧のようになって見える。
背中にはドラゴンのような翼が生え、両手首辺りは完全な竜の頭部そのものへと変貌を遂げている。
咢を開く竜口から人間と同じ形状の指先が――ただし四本指となっているが――見て取れる。
腰部からも身長ほどに長い竜尾が生えており、まさしく『竜人』と呼ぶにふさわしい異形の姿。
黒き『
人を殺し、竜を屠り、魔をも滅ぼす最凶の魔人――
《超竜魔人 ディーノ》
世界を震わせる憎しみが生み出した怪物は、どこまでも冷たい金色の瞳を――獣のように縦に裂けたソレを――動かして辺りを見わたす。
そして、その視線が管理人格を捉えた瞬間――
「な――っ!?」
竜翼を羽ばたかせて、暴風を巻き起こしながら一瞬で彼女の眼前にまで迫ったディーノは、黒い魔力を纏わせた拳を叩き込んだ。
常時展開させていた障壁を易々と砕いて見せた一撃はそれに見合うだけの圧倒的な重さと破壊力を秘めていた。悲鳴を置き去りにするほどのスピードでビルの残骸に叩き付けられた管理人格は、それでも勢いを殺し尽くすことが出来ないままビルを貫通、いくつものビル棟を突き破りながら吹き飛ばされていった。
粉塵と轟音が立ち籠るかつての街並みを見下ろすディーノの瞳は、相変わらず冷たいまま。
感情が抜け落ちているのでは? と錯覚してしまうほどの無表情だった。だが、真実は違う。冷たいのは瞳の表層のみ、そのさらに奥まで見通せば彼の抱く本当の感情の正体に気づくことが出来るだろう。
それは――憎悪。
『神成るモノ』――そこに至った者の姿は、本人の心を映したものであると言われている。
例えば、己が生き抜くことを願ったダークネスは、あらゆる障害を乗り越えられる最強の存在を模した姿を得た。
妹を、家族を助けたいと願った花梨は、大切な人を救う女神を意識した姿へと変化していた。
覚醒したディーノの禍々しい姿こそ、彼の胸に宿る激怒、憎悪、憎しみの体現。
そう……彼の心は、竜とも人とも取れぬあの姿と同じくさまざまな激情が渦巻き、ぐちゃぐちゃになっていたのだ。
ただ一つだけ言いえることがあるとするのならば――“闇の書”への復讐のためだけに、今のディーノは存在していると言っても過言ではないということだろうか。
しかし、だからとって黙って破壊されるつもりは、彼女には微塵もありはしなかった。
損傷個所を豊富な魔力で修復させた管理人格は、瓦礫を吹き飛ばしながらディーノへ向けて突貫、具現化させたレヴァンティンを脳天目掛けて振り下ろす。
シグナムを取り込んだことにより取得した魔力の炎熱変換能力によって発動させた紫電一閃を、ディーノあ左手の竜頭から生えた角部分で受け止めると、腕力に物を言わせてそのまま押し返して見せた。
さらに竜角の強度も相当のものらしく、ただ一度の交叉でレヴァンティンの刀身には深々と亀裂が奔っていた。僅かなダメージも与える事が出来なかった結果に舌打ちを溢しつつ、弓を引き絞る様に構えていた逆の手を勢いよく前に突き出す。瞬間、炸裂音と共に彼女が埋もれていた瓦礫の中から、真紅の閃光が飛び出した。
遅延魔法……詠唱を先に済ませておき、魔法そのものを遅らせて発動させる技術。十三からなる真紅の砲撃は花梨が得意とする砲撃魔法【ルミナスバスター・サテライトシフト】。
黄道を守護する十三の星座になぞらえた真紅の閃光がディーノへと突き刺さっていく。
だが、目に見えるダメージは与えられなかったようだ。衝撃で僅かにバランスを崩した程度にとどまり、竜皮の鎧と化した胸板に僅かな焦げ跡を刻む程度の結果しか出せなかった。
それすらも、まるでビデオの巻き戻しのように瞬く間に修復されてしまう。精神へのダメージならばどうかと、幾つかのバスターには非殺傷設定を付与させていたのだが、効果は無かったらしい。
まさしく、人の理の範疇外に存在するモノの面目躍如といったところか。あの回復力は覚醒した
額の紋章から閃光の如き砲撃を、両手の竜口からは燃え盛る
だが、それでも――敗けるつもりは無い。主の願いを果たすまでは、たとえどんな卑怯な手を取ることになろうとも……!
翼を大きく羽ばたかせ、管理人格が後方へと跳び退った瞬間、突如ディーノが体勢を崩す。
管理人格しか目に入っていなかったディーノの背中に、突如として隕石の如き衝撃を伴った拳が叩き込まれたからだ。
炎を纏わせた左拳を深々とディーノの背中にめり込ませながら、瞳をぎらつかせたアルクの視線が振り返ったディーノのソレと交叉する。
「滅龍奥義……」
左拳を背中に突き刺したまま、指の骨が軋む音を上げるくらい硬く握りしめた右の拳を引き絞る。そして右拳が纏う魔力が瞬く間に氷へと変化、捻りを加えて触れたモノ全てを凍結し粉砕させる一撃がディーノの背中へと叩き込まれた。
炎と氷、相反する属性を同時に展開させることができる『
コウタの盾を足場にしてここまで投擲されてきた加速力も加えた痛撃は、ディーノに対して確かなダメージを与えていた。
『
その名が示す通り、幻想の王たる竜種を屠るために生み出された
ドラゴンの特性を体現させている今のディーノにとって、まさに天敵ともいうべき“能力”であると言えるだろう。
それは、管理人格が繰り出す魔法も、拳もほとんどダメージを与えられていなかった彼の顔が苦痛に歪んでいることが、何よりの証明となっている。
「■■■■……ッ! ■■■■■■■■■■■■■――――ッ!!」
邪魔をされたことに対する憤怒に吼え滾るディーノの竜尾が撓り、アルクの脇腹へと突き刺さる――寸前、両者の間に割って入ったコウタが両手で構えた盾で受け止めてみせた。
人ならざるモノと化した今のディーノの力は、ダークネスすら凌ぎかねないもの。恐ろしいまでの剛力が宿る竜尾による打ち払いは、強固さに自信がある【レイアース】の盾に亀裂を走らせ、コウタの両腕に軋みを上げさせる。
なんとか歯をくい縛って耐えきったものの、それはあくまで竜尾を防いだに過ぎなかった。コウタの背中にしがみ付きながら肩越しに面を覗かせたアルクの眼前に、竜の口そのものと化した拳が叩き付けられる。両足でコウタの腰をロックすると、アルクはブリッジの要領で上半身を反らして攻撃をやり過ごす。拳圧が顎すれすれを通り過ぎる様を見て、アルクの頬が盛大に引き攣る。
腕力に自信のあった彼でさえも比べることもおこがましいほどの剛拳を目の当たりにしながら、それでも二人の少年は不敵な笑みを浮かべてみせる(頬は盛大に引きつっていたが)。
その瞬間、ディーノの頭部がカウンターの如き勢いで突き刺さった砲撃魔法の直撃を受けて、ぐらりと身体を傾かせた。
かぶりを振って残留魔力の煙を吹き飛ばすディーノの顔に、僅かな驚きの色が浮かぶ。見れば、デバイスを構えた花梨となのはがいつの間にか現れているではないか。
と、そこで気づく。未だに姿が見えない、もう一人の少女の存在を失念していたことに。
【Haken Slash】
「はぁあああああああっ!!」
裂号の叫びと共に、【バルディッシュ】を構えたフェイトが天空より強襲する。
さらなる速度を求めた結果、装甲をさらに薄くさせることでスピードを最大限に高めた新形態『ソニックフォーム』となったフェイトの斬撃が、竜翼へと振り下ろされた。
斬り落とさんばかりの勢いと威力が籠められていた文句なしの一撃だったのだが、フェイトの腕力不足故か、はたまた純粋にディーノの防御力が優れていたのか、金色の魔力刃は皮膜を僅かに切り裂くに留まってしまう。今度は逆に、彼女の存在を確認したディーノの腕が彼女を捕えんと伸ばされる。
ディーノを蹴り飛ばしてその反動で離脱しようとしたフェイトの考えを読んでいたかのように、蹴り出された白魚のような足をがっしりと掴み取ってしまう。
フェイトの足に鋭く伸びた爪を食い込ませながら、逆の拳を叩き込むために彼女の身体を自分の方へと引き寄せる。それを察したなのはが誘導弾を放ち、フェイトが体勢を崩しながらも【バルディッシュ】を振るう。だが、間に合わない。
さらに削ってしまったバリアジャケットでは到底防ぐことが叶わない拳が、彼女という存在を粉砕せんと解き放たれた。
だが。
「狂気に染まりし少年よ……その少女と共に深き闇の眠りへと墜ちるがいい……!」
「■■っ!?」
「えっ……!?」
凄まじい速さで距離を詰めてきた管理人格の翳した掌から眩い光が解き放たれた瞬間、二人は凄まじい脱力感と無力感に襲われた。全身を光に包み込まれると、徐々にその輪郭が薄くなっていく。
そして――
【Absorption】
デバイス特有の無機質な電子音を連想させる音声が響くと同時に、二人の存在は完全に消失してしまった。
「フェイトちゃん、何処っ!?」
「なのは、落ち着きなさい! さっきの光、アレは……」
親友の消失に心を乱す妹を落ち着かせながら、花梨は管理人格を睨み付ける。
「転移魔法に似た感覚を感じたわ。多分、どこかの異空間に封じ込めているのよ」
「ああ、その通りだ。彼らには終わりなき夢の世界へと誘わせてもらった」
花梨の推測を肯定する様に、管理人格は首を縦に振りながら説明する。
「彼らの中にある記憶を読み取り、最も安らぎを、幸福を感じられる夢の世界へと送り込んだ……もはや彼らは戦う必要はないのだ。永遠に、私の中で幸福な夢を見続けることができる……」
「ケッ! ンなモン、俺っちは欲しくなんざねぇなぁ~~!」
「何故だ? お前の求めるあらゆる幸福が分け隔てなく与えられるというのに……愛する人、大切な人たちと穏やかに、平穏な毎日を過ごすことが出来る……これ以上の幸福が他にあるというのか?」
「くっだらねぇ! そんなツマンネ~世界なんざ、お断りだ! 人生ってのはな、刺激があるから楽しいんだよ! 俺っちの本職は発掘屋なンだが、お宝を手に入れただけじゃあ幸福とは言えねェよ! 頭を捻って言い伝えやら伝承やらを解読して、危険な罠を掻い潜った先でようやく目的のモンを手に入れた時に感じるあの感動! 俺っちの幸せってのはあ~ゆ~奴のことを言うんだよ! わかるか!? 俺っちの望みはスリルそのものなのさ! アンタの言うような世界なんて、面白くもなんともねェよ! テメ~のやってる事は、自分が幸福だと思い込んでいるモンを押し付けてるだけだ! ペットに食いモンやおもちゃを与えて『お前は幸福だろう? だからこれで満足しろ』って言ってるようなモンだ! 要するに、完ッ璧に上から目線なんだよ! ンな奴の見せる夢なんて、見たいわきゃねぇだろが!」
人とは適度な刺激を求める生き物だ。平凡な日常、たしかにそれは幸福な時間であると呼べるだろう。
だが、ただ幸福なだけの世界に留まり続けることなど、人間にはできはしない。何故なら、人間が生きるということは欲望を抱くということに他ならないからだ。
今が幸せなら、もっと幸せになりたい。おいしいものを食べられたから、次はもっとおいしいものを食べてみたい。綺麗な宝石が手に入った、じゃあもっときれいな宝石も欲しくなった……等々、どこまでも際限なく広がり続ける
「人の幸せの形は千差万別……、りぃ――管理人格、君の言う幸福な夢を見続けるというのは、本当の意味での『幸せ』なんかじゃないんだ。夢はどこまでいっても夢でしかない、だから僕たちは必死に生き続けるんだ。今を……この瞬間を全力で生きるために!」
「――そう、つらい現実から目を背けるんじゃない。泥まみれになっても、地べたを対ずりまわることになったとしても、最後まで希望を、理想を、……“夢”を目指して運命に抗い続けること。大切な事は、最初の一歩を踏み出すほんのちょっとの勇気を持つこと。ただ、それだけでいいのよ」
花梨の周囲に漂う魔力の『質』が変容を遂げていく。
何者でもない無色の魔力粒子……それらひとつひとつに、確たる意志が宿っていく。それは世界に満ちる人々の想いそのもの。世界創世の頃より積み重ねられ、寄り集まって一つの集合体へと至った超常のエネルギー……『
いと高き天空より幼き少女へと降り注ぐのは、無限に等しいまでに拡がった遥かなる領域とつながった
世界の深淵とも呼ばれし意志あるエネルギーの集合体である『
自我がどこまでも拡大していく。肉体が遺伝子レベルで変容・・・・・否、進化しているのが感じらえる。かつて限定的に開いた超常世界への扉を開け放ち、『高町 花梨』という存在とかの者たちを完全に同調させていく。
胸に抱く想いを貫き通す力を発現させるために、花梨はあの
「――――『
眩い輝きを放つ風が吹き荒れて、花梨を包み込んでいく。
光の球体の中で花梨のバリアジャケットが『神成るモノ』としてふさわしい戦装束へと変わっていく。
蒼穹の如き深い蒼を基調としたノースリーブのように肩の辺りで袖部分と別れている着物風の上着に、ロングスカート。
真紅のマントをたなびかせるは、人を超えた超常の存在へと覚醒を果たした一人の少女。
不屈の心を宿す、頑固で泣き虫なとっても愛おしい
《星の守護者 高町 花梨》
フルドライブモード【アンブレイカル】へと変形させた【ルミナスハート】を握り締め、杖先を管理人格へと向ける。
たったそれだけで、世界を滅ぼす力を持つ“闇の書”の管理人格が、僅かに後ずさってしまう。
本能的に感じとっていたのだ。眼前で文字通り“変わった”少女は、先ほど覚めぬ夢へと封印することでしか抗うことが出来なかった
広大な魔力という点で見れば、確かに破格の魔力を所有する“闇の書”ではあるが、『神成るモノ』たちの宿す魔力は根本的に次元が異なる代物だ。
“闇の書”が蒐集行為によって集めた魔力は、いくつもの異なる魔力がより合わさって構成されたものだ。しかし、ごちゃ混ぜになりすぎたために、本質的には“闇の書”という
それに対して、『神成るモノ』たちの宿す魔力は周囲に満ちる思いの結晶たる『
即ち、『神成るモノ』たちが揮う魔法には無限に等しい人々の想いが籠められていると言っても過言ではない。
『世界を破壊する』……それを可能とする魔力の『量』こそ等しいのだとしても、それに込められた意志――すなわち、『質』に天と地ほどの差があるのだ。
無限の意志が生み出すチカラの奔流の前に、たかが一つのロストロギア如きが抗えるはずも無い。
それを感じているからこそ、管理人格は花梨に対して警戒を露わにしていた。小さな身体が放つ圧倒的な
しかし、次に花梨が口にした言葉は、彼女をさらに困惑させるに値するものだった。
「悪いことは言わないわ……今すぐ、ディーノを吐き出しなさい。でないと貴方――殺されちゃうわよ?」
……訳が分からない。
それが、彼女の思った率直な感想だった。あの少年は永遠の眠りについている。今頃は復讐へと走るきっかけとなった故郷で、家族たちと平和なひと時を過ごしている夢を見ているはずだ。
失ってしまった者たちが無事な世界、守護騎士たちの襲撃を受けなかったらという『if』の世界。復讐の原因といえる人々に囲まれて幸福に過ごしていけるのならば、きっと彼は夢を享受し、自分が消滅する時まで安らかに眠り続けてくれることだろう。
なのに――
「それは、どういう意味だ……? 私が殺されるだと? それに、金髪の少女の方は良いのか?」
「フェイトなら心配いらないわ。あの娘は強いもの。自分の力で、幻を断ち斬ってくるに決まっているもの」
――でも、ディーノは違う。アイツを封じ込める事なんて、もう誰にもできるはずが無い。
夜天の空を風が吹く。ゾクリと、見えない獣の眼光に射抜かれたかのような寒気が一同の胸を貫く。
次の瞬間、
管理人格の腹部から、漆黒の刃が生まれ出た。
『
それは赤い血管が刀身に張り付いた大剣の柄を握りしめる爬虫類を思わせる皮膚をした腕と、それが生えた竜の咢。どちらからも鮮血が滴り落ちており、鉄臭い臭いが風に煽られて花梨たちの鼻にまで届く。
ずるりずるり、と管理人格の腹部から生まれた竜頭の正体があらわとなっていく。
切り裂かれた傷口を引き裂く様に広げ、引き抜いた竜翼を大きくはためかせて飛び立った“竜人”……ディーノ。
大剣にこべりついた血液をべろりと舐めとるその姿は、まさに暴虐の化身そのもの。
光に呑みこまれる前から微塵も減衰を見せない狂気を振りまきながら、美貌を苦痛に歪ませ、毒のせいで修復できない傷口を押さえつけている管理人格を睨み付けるディーノへ向けて、花梨は手を掲げながら魔方陣を形成させていく。
もし彼女へ追撃を仕掛けようものならば、その前に自分が相手になる。言外にそう含ませながら、戦闘態勢を維持し続ける花梨の両脇に並び立つのは、【エクセリオン】モードを起動させた愛機を構えるなのはと剣を肩に担いだコウタ、そしてコウタに展開してもらった足場替わりの魔法陣を踏みしめながら両手を打ち鳴らすアルクだ。
自分と同じ存在を感じ取ったのか、はたまたジャマをされることを嫌ったのか。ゆっくりとディーノの視線が管理人格から花梨たちの方へと向けられる。
瞳孔の割れた瞳に宿るのは途方も無い『怒り』。
それはディーノが見せられた夢によるもの。幸せだったあの頃を再現したかのようなまやかしの世界、かつて失った大切な人たちが笑顔で過ごしていられる
ああ、それはなんて幸せな事なのだろう。失うことも無い、忘れ去られることも無い、もう……恐怖の捌け口を求める必要もありはしないのだ。
そう――もしこれが本当の現実であったとするのならば。
声が聴こえる。
囀る様でもあり、吼え滾る様でもある。
只、恨みと憎悪と怒りに満ちている声が。
――許スナ、許スナ、許スナ……我ラヲ殺シタ奴ラヲ許スナ!
――憎メ、憎メ、憎メ……父ヲ、母ヲ、妹ヲ、仲間ヲ奪ッタ奴ラヲ!
――壊セ、壊セ、壊セ……アノ道具ヲ、我ラガ怨嗟ト鮮血ヲ吸イ上ゲタ魔本ヲ!
呑み込み、同化した『招魂の輝石』から溢れ出す怨嗟の声。自我が消え去り、もはや人の言葉すら話せなくなりつつある声が、舌ったらずな幼子の精一杯の怨嗟の声が、なによりも守りたかった大切な家族だった人たちの声が――穏やかな夢に浸ろうとしていたディーノの心に、更なる憎悪を刷り込んでいく。そして思い出す。この夢を誰が見せているのかを。
他の誰でもない……仇であり、憎しみの対象そのものであったという事実を。
己からは総てを奪い去っていったくせに、自分たちだけはのうのうと救われようとしている恥知らず。
だからこそ嘆く。
だからこそ悲しむ。
誰よりも愛していたからこそ……何よりもあの一瞬が幸福であったこそ――それを奪い去った者たちに、永劫の苦しみを!!
決して忘れ去ることのできない悲しみと怒りが、幻想の世界を打ち破る。家族と笑顔で日々を暮らす……そんな、おこがましき
ディーノの心にふつふつと湧き上がってくる憤怒に呼応して、膨大過ぎる『
全身の骨が、筋肉が軋みを上げ、リンカーコアが
許容を超えたエネルギーを注ぎ込まれた全身の細胞が次々と自壊し、『神成るモノ』が持つ再生能力によって破壊される端から再生されていく。そして修復されてはまた自壊を繰り返す。
狂気の沙汰としか思えぬ行為を目の当たりにして、なのはは今まで自分が経験したこともない恐怖を感じていた。
復讐のためだけに自分自身すらも蔑にする狂気、あの禍々しい姿そのものが彼の抱え込む心の闇そのものなのだと理解する。
高町 なのはと言う少女は、相手が喋ることが出来て言葉の通じる存在であるのならば、誰であっても話をすることができると信じている。
無駄な事、きれいごとだと嘲笑われたとしても、それでもこの信念だけは絶対に譲ることが出来なかった。
だからこそ、ディーノのことを知らされた時にも、話をすればきっと分かり合える……そう信じていた。
だから叫ばずにはいられなかった。
もしここで、そんなことは無意味だと、意味は無いのだと決めつけてしまえば、その時点で
「もうやめてください! どうしてそんなに傷ついてまで戦おうとするんですか!?」
返答はない、それでもあきらめずに言葉を投げかける。
「確かに私にあなたの気持ちを理解することはできないのかもしれない……でも! 過去にしがみ付いて、今から目を逸らしたって何にもならないじゃないですか! そんなこと……っ! 皆、不幸になるだけです!」
それは、なのはの本心だった。含む物が一切ない、穢れ無き少女の純粋な想いが籠められた言葉。
だが。
ディーノの心には届かない。
もはや、言葉を交わすなどという次元の話ではないのだ。殺すか殺されるか。破壊するか破壊されるのか。
ディーノと“闇の書”の間にはもはや何れかの消滅以外に、答えは存在していないのだ。それを証明するかのように、ディーノが大剣を振りかざして花梨目掛けて突撃する。目的を達成する上で一番の障害を排除することを優先したらしく、魔力を纏わせた漆黒の大剣を横薙ぎに振るう。
展開された防御障壁に食い込み、そのまま喰い破ろうと圧力の増した刀身と障壁がこすれ合い、耳障りな金きり音を鳴り響かせる。花梨は力比べは分が悪いと判断、障壁を傾けて剣閃をいなすと、お返しとばかりに強化された蹴りを叩き込む。きちんとした武道の心得を持ち合わせていない花梨の蹴りを脇腹に受けたところで、ディーノが揺らぐことはありえない。
だが、彼女もまた人を超えた『神成るモノ』、そんな常識に捕らわれるような存在であるはずが無い。靴に装着された宝石が赤く染まったかと思いきや、そこを起点として砲撃が撃ちだされた。紅い砲撃はディーノを呑み込み、そのままビルの残骸へと叩き込んだ。
粉塵の巻き起こる眼下を油断なく見据えながら、【ルミナスハート】をディーノが墜落した瓦礫へと向ける。杖先に魔力を集束させる。それと同時に【ルミナスハート】の周囲を囲むように四つの魔法陣が展開、回転速度を高めながら魔力を集束、増幅させて魔力球を生成していく。
チャージが完了し、トリガーに指を掛けた瞬間、大地から暴虐の化身かくやという閃光が撃ち放たれた。
放たれた魔光の余波で吹き飛ばされた瓦礫の向こう側に、まるで竜の口を連想させる形に両手を重ね合わせたディーノの姿が確認できる。
【
それがこの凄まじい閃光を生み出す砲撃魔法の正体。
純粋な魔法ではなく、身に纏った闘気と魔力を融合させて撃ち放つ極大破壊魔法。
速度と貫通性に富んだこの魔法は、同等の魔法で打ち消すか、耐えきるか以外に逃れる術を持たない。『神成るモノ』へと至る前のディーノでは、使用した瞬間に自身の身体が砕け散ってしまうほどの威力が秘められている、文字通りの
破壊の具現たる魔力光は瞬く間に五つの恒星を従えた魔法少女へと到達、都市をまるごと包み込むほどの大爆発を巻き起こした。
「――――」
脅威となりうる奴も、なにか囀っていた小娘も、邪魔をする奴ら全員を消し去ったという確信を抱いたディーノが狂笑を浮かべる。
そんな彼の耳に風切り音が届く。
何だ? そう思う前に、真紅の砲撃魔法がディーノの全身に突き刺さった。頭部、胸元、両肩、両翼の計五つ、ほとんど同時に襲いきた衝撃に、ディーノはその顔を苦痛に歪める。
「ふん、あんまり私を甘く見ないで貰いたいわね。皆、大丈夫?」
「だ、大丈夫!」
「ああ、うん、何とか……」
「うぇ~~、気ン持ち悪ぃ~~……
軽口すら叩いて見せるのは、デバイスを指先てくるくるとタクトのように振り回している花梨だった。彼女はチャージを維持したまま、無詠唱で発動させた
ほとんど不意打ち気味に転移させられた三人は、心構えが出来ていなかったことも相まって、若干顔色が悪くなっている。アルクに至っては、車酔いに陥ったかのように口元を押さえつつ、コウタに背中をさすって貰っていた。
喉を唸らせながら怒りをあらわにするディーノと向かい合いながら、花梨は暗い表情を浮かべている妹へと声を掛ける。
「……なのは、今はアンタにやれること、出来ることをやりなさい。あれもこれもって手を伸ばし過ぎると、本当に大切なものを失うことになるわよ」
「お姉ちゃん……でも!」
「私だって出来る事ならアイツを止めたい、救いたいって考えてる。私たちが目指す未来を掴み取るために、もしアイツが協力してくれたらきっとものすごい力になると思う……でもね、アレを見て」
そう言って、ディーノの片翼を花梨が指差す。
指先をなぞる様に視線を動かしたなのはの目に、ディーノの翼に亀裂のような罅が所々走っているのを見て、思わず口元を押さえてしまう。
「身体の限界を超えた力を行使し続けた代償よ……多分、もう長くは無いわね」
言葉を交わす間にも、亀裂は翼から背中へと伸び、徐々にだが身体中へと広がっている。ひとたび走った罅は修復されることも無く、皮膚は金属のように硬質化してパラパラと崩れ落ちていく。
出血は、無い……なぜなら、緑色へと変貌した血液すらも皮膚と同じように凝固して、砕け散っているのだから。
症状の進行速度から見て、残された時間はそう長くは無いだろう。それが花梨の見立てだった。
すぐに助けようと身を乗り出したなのはの前に手を翳して押し留めながら、花梨は姉としてあえて厳しい言葉を投げつける。
「認めなさい、なのは。これがどうしようもない現実よ。アイツを救う手だてはもう残されていないわ」
「どうして? どうしてお姉ちゃんにそんなことが分かるっていうの!?」
「分かっちゃうのよ……今の私も、“彼”やアイツと同じ『
自嘲気味に呟く姉の横顔を見て、なのはは二の句が継げなくなってしまった。見てしまったからだ。花梨が、大好きな姉が、物凄くさびしそうな微笑を浮かべている姿を。
どうしてそんな顔をしているの? そう問いただしたくて、でもコウタとアルクに無言で首を振られてしまえば、何も言えなくなってしまう。時々、自分以上に姉と分かり合っている風な様子が多々見られたアルクと彼と似たような雰囲気を感じるコウタのアドバイスを無視することが出来なかったからだ。
胸に宿ったもやもや感に何とも言えぬ表情を浮かべたなのはが、もう一度ディーノへと語りかけようとした瞬間、別方向から魔力が爆発したかのような衝撃に晒された。
「きゃ!? な、何!?」
幸いと言うべきか、爆心地点から距離がそこそこ離れていたお蔭で少しだけ体勢を崩す程度で済んだ。
ディーノへの警戒を緩めぬまま、衝撃の飛んできた方角を見てみれば、ボロボロだった“闇の書”の管理人格が黒い球体に包まれながら、ゆっくりと地上に向けて落下しているではないか。
黒い球体となったソレは地面に到達すると、そのまま大地に沈み込んでいき、中ほどまで沈下した時点でようやく静止した。半球状となった“闇の書”は周囲の魔力素を取り込みながらその質量と大きさを増していき、瞬く間に巨大なドーム程の威容を持つにまで至っている。
突然の展開に戸惑うなのはが苦虫を噛んだような表情を浮かべる三人に訊こうとするが、
「――暴走が、始まったんだ……」
静かな怒りを秘めた声でそう答えるのは、【デュランダル】と【S2U】、二つのデバイスを携えたクロノだった。傍には葉月は勿論、結界内部に捕らわれていたアリサとすずかを避難させていた増援であるユーノとアルフの姿もある。
以前、ダークネスにしこたまやられていたアルフだったが、本局で最先端の治療を受けたおかげでベストコンディションまで回復しているようだ。牙を剥き、戦意に滾る闘志を眼に宿している。一方で、拘束したグレアムたちを葉月が空けた小さな結界の穴を通してアースラに送り届けてきたクロノの両手は小さく震えている。彼の胸の内にも、父親を奪った“闇の書”への怒りが渦巻いているのだ。だが、今自分のやるべき事はそんなことじゃない。私情を心の奥底に押し込みながら、いつか見た姿へと変身している花梨へと近づく。無論、無表情で黒いドームを見下ろすディーノへの警戒を維持したままで。
「すまないな、遅くなった。状況は?」
「……最悪よ」
「なるほど、実に分かりやすい」
軽口を交わし合いながらも、二人はデバイスを交叉させて互いの情報を交換し合っていた。
口頭で伝え合うだけでなく、より細かい情報も共有しておくべきだという判断からくるものだ。
ちなみに葉月も、さりげなく花梨にくっつけていた監視用情報端末スフィアを回収していたりするが、これは非常時故にしている事であって、別に日常的に花梨の動きをモニタニングしている訳ではない――筈だ。
(――こいつも逮捕した方がいいかもしれないな)
にやけてしまう口元を手で押さえながら歓喜に震える
冒頭でアリサ&すずかが口にした誘拐事件については、『A's』編終了後に語る予定です。
解説
・『超竜魔人』ディーノ
”Ⅹ”が『神成るモノ』として覚醒した姿。
その容姿は”ダイの大冒険”に登場する竜魔人を禍々しくパワーアップさせたもの。モデルとの違いは、オリジナルだと手の甲に竜の瞳と角のような器官が生えていたのに対し、竜の頭部そのものが備わっていること(イメージ的には”Gガンダム”に登場するドラゴンガンダムみたいな感じ)。他は下半身までもドラゴンの皮膚を模した装甲に包まれており、竜尾が備わっていること。理性はほとんどぶっ飛んでおり、言語機能は完全に失われてしまっている。
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決戦、”闇の書” 『あなたをわすれない』
事後処理も含めて、三話くらいかな?
「雨、止まないね~~」
「……うん、そうだね……」
青々とした草木がまるで絨毯のように広がっている草原。
その一角に生えたさほど大きくはない木の下で、二人の金色の少女は幹に背中を預けながら腰を下ろしていた。
小高い丘になっているこの場所からは、緩やかな風に吹かれる草のたわめきが、まるで穏やかな波間に揺れる海原のよう。
朝食を終えた直後、姉に手を引っ張られる形で外へと連れ出されたフェイトは、やたらとハイテンションなアリシアにされるがまま、あちらこちらに連れまわされた。
どれほど時間が経ったのか、つい先ほどまで暖かな陽光が降り注いでいた青空にどんよりとした雲が懸かり始めたのに気づいた時には、すでに後の祭り。
ぽつぽつと雨の雫が頬に当たったかと思った次の瞬間には、またたく間に強まっていく。土砂降りというほどでは無いものの、家からだいぶ遠くまで来てしまっていたらしい。
走って帰ろうとしたら、確実にずぶ濡れになること間違いなしだ。
幸いというべきか、そぐ傍に雨宿りに最適な木が生えていたので、その木の枝の下で雨が上がるのを待つことにして今に至る。
あんまり遅くなるようだと、母さんたちが心配するかもしれないけれども、空を見上げればうっすらと雨雲の切れ目から日の光が溢れだしてきている。
そう時間はかからずに、雨は上がることだろう。
そんな取りとめのないことを、ぼんやりと夢見心地な頭でフェイトは考える。
そう、まるで夢のようだ。ずっと笑って欲しかった
大好きだった姉のような存在である
半身とも呼ぶべき
ああ……これは、なんて幸せなことなんだろう。こうなって欲しかった現実を無かったことにして、大切な人たちと共に歩いて行けていたかもしれない優しい未来。かつて夢見たそれが今、フェイトの立っている世界だ。
まるで……。そう、これはまるで夢のような世界ではないか――
「ゆ、め……?」
なんだろう、何かが引っ掛かる。とても大切なことなのに、けれども思い出すことができない『ナニカ』。
どうして、自分は今、幸せな世界にいるはずなのに、こんなにも胸が苦しいんだろう……?
『フェイトちゃん』
聞き覚えのない声。多分、自分と同じくらいの女の子の声。
優しくて、まっすぐな強さを持っている、そんな思いを抱いてしまうような声。
なぜだろう……。この声が聞こえると、声の主のことを考えると、こんなにも温かい気持ちになれるのは、なぜ?
どうして、私は――……泣いているんだろう。
頬を伝い、零れ落ちていく涙の雫。こんなにも優しい世界にいるというのに、どうしようもなく胸が痛いよ……。
「フェイト」
胸の痛みを堪えるよう、抱えた膝に額を押しつけながら蹲るフェイトに掛けられるのは、彼女の様子をじっ、と見つめていたアリシアの優しげな声。
先ほどから……いや、正しくは朝のベッドの上でおはようの挨拶を交わした時からずっと浮かべていた笑みではない。まるで、自分の全てを見抜いているかのように錯覚させられるほどの大人びた微笑だった。
(あ、れ……?)
自分と同じ顔で、けれども自分には決っして浮かべらないと感じさせる笑みを浮かべる姉。その表情が、姿が、フェイトの記憶を刺激する。
(この笑顔……。前に一度、どこかで……?)
霞がかかったように思いだせない過去の記憶を、忘却の彼方より手繰り寄せる。
あれは、そう……自分が彼女のことを”姉”と初めて呼んだ日に――っ!?
(ああ、そうだ……あの時だ)
翠屋でみんなとお茶しようって足を運んでみたら、どうしてか”彼”と『アリシア』が居て……そのまま”闇の書”事件でのお互いの立ち位置について交渉する破目になって……そして――
(初めて……『アリシア』が”お姉ちゃん”に見えたんだ)
身元保証人であるリンディに向け、真剣な表情で頭を下げていた『アリシア』。
彼女がその時に浮かべていた表情はすごく真剣で、彼女が
それは今、目の前にいる姉が浮かべているそれと寸分の違いのないもので。だからこそ思う。自分を想ってくれている”姉”に応えられるよう、ちゃんと現実を受け止めなければならないと心から思う。
何時までも夢の世界に甘えていてはいけない。ちゃんと前を向いて歩いていかなければならない。
言うなれば、そう……きっと、今が運命の分岐点なのだ。前に花梨に言われたことがある。人は、無数の選択肢……運命の分岐点の答えを自分自身で選んでいるのだと。
その『決断』が積み重なって、今の自分があるのだと。
確かに、夢の中にいればかつて望んだ優しい未来に、こうなって欲しかった世界にずっと居ることができる。
母親がいて、姉のような存在が二人もいて、自分の半身ともいうべき使い魔もいる。みんなが笑顔を浮かべて、誰にも奪われない自分たちだけの優しい世界。この温もりに溺れていたい。
そう思ってしまうほどに、ここには暖かさがあふれている。でも――
「ここは、夢、なんだ……どんなに望んでも、どんなに焦がれても、もう絶対に手に入らないセカイなんだ」
わかっている。母が向けてくれる笑みも、消えてしまった姉の一人が顕在だということも、すべてはこんな都合のよい世界を望んだ自分のために用意された世界だ。
「現実はきっとつらい。悲しいことがあって、苦しいこともたくさんある。それでも……すごく暖かいんだ」
胸に宿るのは大切な人たちの笑顔。なのはがいる、花梨がいる、アリアにすずか、リンディ、クロノ、エイミィ……あの世界で出会えた、たくさんの優しい人たち。
大丈夫、あそこならきっと私は、笑顔で生きていける、そう思えるから。
だから――
「もう、私は……大丈夫、だから」
だから心配しないで。愛する妹の浮かべた笑顔、それは迷いも後悔もない、見惚れるような笑みだった。
アリシアはまっすぐ自分の足で立ち上がった妹の姿に、ほっ、と息を吐く。
「そっか、じゃあもう
「うん」
一時は恨んだこともある。罵声を浴びせたこともある。
それでも、ずっと自分を見守ってくれていた”姉”の強さが、その『想い』が素直にすごいと思う。
そんな、すごい姉に負けたくないと、もっと強くなりたいという願いを抱きながらバリアジャケットを展開させると、傍らで見守ってくれている姉に向かい合う。
言葉はない。けれども、まっすぐ見据えてくる瞳に込められた強い意志を感じられた。
フェイトは『あなたは誰?』と言外に問われているように感じられた。故に応えよう。
己もまた、ここから新たな一歩を踏み出すために。
「私はフェイト・テスタロッサ。その名が示す通り……運命を切り開く者――!」
気付けば、フェイトの手には愛機たる【バルディッシュ】が握られていた。
フェイトは【バルディッシュ】を構えて、今の自分があるべき姿をイメージする。アリシアとおそろいのワンピースがはじけ飛び、美しい金色の魔力が煌めく輝きと共に彼女の身体を包み込む。
そして光がはじけ飛べば、そこにいたのは黒いバリアジャケットに身を包んだフェイトの姿があった。
身体の調子を確かめるように拳を握り締めると、見守ってくれていた姉に向き直る。
すると、真紅の瞳から涙があふれ出てしまう。拭っても拭っても、次々と零れ落ちる涙の雫に終わりは見えない。まるで降り止むことがない雨のように。
アリシアは嗚咽を漏らし始めた妹へと手を伸ばし、自分よりも背が高くなった妹を抱きしめる。濡れることも厭わず、ただひたすらに想いを、優しさを溢れさせながら妹を抱きしめ続ける。
やがて、フェイトの嗚咽が鎮まっていくのを見計らい、ゆっくりとアリシアが身体を離していく。
離れていく温もりに、『ぁ……』と小さな声を漏らすフェイト。
そんな妹の想いを知ってか知らずか、茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべたアリシアは、指を握りしめた右手を伸ばして小指だけ立ててみせる。きょとんと首を傾げるフェイトに、アリシアはこれが何を意味するのかを語る。
「これはね、『ゆびきり』って言うんだよ。絶対破らない約束をするときにやる“おまじない”らしいんだよ。だからね?」
なにが言いたいのか理解したのだろう、フェイトは差し出された姉の指におずおずと自分のそれを絡ませる。
「約束しよう、フェイト? また今度……一緒に遊ぼうってさ」
「……う、うん!」
「えへへ~~……よっし! もう大丈夫だよね?」
「――うん。ありがとう、“お姉ちゃん”」
にひひ~~と笑顔を浮かべるアリシアにつられるように、フェイトも自然と笑顔になる。
いつしか、雨は止んでいた。彼女たちの心に呼応したのかのように、雨雲の切れ目から眩い太陽の光と共に、目も眩む蒼い空が覗いていた。もう言葉はいらない。
言いたいことは、伝えたいことはお互いの心に通じ合えているから。
フェイトはマントを翻し、この場を後にする。彼女の帰りを待つ、大切な人たちの元へ舞い戻るために。
「――……あ、そうだ! ついでにダークちゃんのことも許してくれると、お姉ちゃん嬉しいかも~~!」
「――……えっ?」
駆け出した背中に、そんな声が投げかけられたような気がした。
「ちょ、お姉ちゃん! それ、どういう意味!? ――って、アレ?」
「ふぇ、フェイトォオオオオ!?」
「きゃふっ!?」
聞き捨てならない台詞を叫んだ姉に問いただそうと振り向いた瞬間、気づいたら外に出られていた。
うん、意味が解らない。
こてん、と首を傾げそうになったフェイトに突撃する様な勢いで抱き着いてきたアルフの『はぐ』が炸裂、一撃でフェイトの肺に蓄えられていた酸素量がゼロに!
“闇の書”に取り込まれたことを聞かされたのだろう、半泣きになりながら全力でフェイトの細い身体を締め付けてくる。彼女からすれば復帰早々、主が行方不明になったと告げられたようなものなのだ。この有様もある意味で当然のことなのかもしれない。
だが、忘れてはならない。フェイトは“闇の書”に取り込まれた時と同じ
簡単に言ってしまえば、魔力をかなり消耗して疲労困憊なのだ。――それこそ、バリアジャケットに回す魔力がいつもの半分近くまで下げざるを得ない程に。
さて、元々防御の薄い彼女の防御力が一層低下しているこの状況で、近接型特有のパワータイプであるアルフが
「……(ぶくぶく)」
「ちょ、アルフさん!? フェイトちゃん気絶してますから! カニさんみたいに泡吹いちゃってますからっ!?」
「はっ、速く回復魔法を! ……はっ!? しまった! そういや私、今の状態だと回復系の魔法が使えないんだった!」
「なんだよ、そのめんどくさい設定はよォ!?」
「すげぇ……! 人って本当に泡を吹けるんだ……」
「感動するのそこなんですか!?」
「……いつも、こんなノリなのかい?」
「いや、まぁ……うん。大体こんな感じです、ハイ……」
これだけぐだぐだやっときながら、それでもいまだに健在なディーノや暴走を開始しつつある“闇の書”への警戒を緩めていないこの面子、やはり能力的
それにしても“時の庭園”での一幕といい、こいつら数を揃えるとコントせずにはいられない習性でもあるのだろうか?
ディーノが心なし、なんか言いたげな顔をしているように見えるのは、果たして目の錯覚なのだろうか……。
シリアス空気をブレイカ―された戦場に、場違いなほどのまったりとした時間が訪れていた。
――楽しそうやなぁ……。
果てしなく広がる暗闇の中に、少しの羨望が混じった声が響く。
深い闇の中から外の様子をぼんやりと眺めていた少女の瞳に、だんだんと光が戻っていく。彼らが発する相手を思いやったまっすぐな言葉が、はやての胸に染み込んでいく。
現在進行形で繰り広げられている笑劇だけによるものではない。
覚醒した“闇の書”に取り込まれ、凄まじい眠気と虚脱感に苛まれた少女……八神 はやては、周囲で起こったすべての出来事を視覚情報として見続けていたのだ。
パラパラマンガのように、その時その時の映像をむりやり繋ぎ合わせた継ぎ接ぎだらけで意味の無いもの。自分を、世界を拒絶して否定した彼女にとって、そんなものなど何の意味も持たない情報でしかない。そう――そのはずだった。
はやての両手に力が籠り、拳を作り上げたそれを躊躇なく自分の額に叩き付ける。
ゴチンッ! と擬音語がピッタリな音を鳴り響かせながら、痛みでハッキリとした頭の回転を上げていく。
ズキズキとした痛みに涙が浮かんでくるが、この程度のことなんて罰にもならない。
よそ様に迷惑をかけたことについて? それとも身内に勝手な真似をさせてしまったことについて?
――いいや、違う。今のは他ならない自分自身に対しての罰だ。
現実から逃げ続けて、幻想の中で自分を慰めつづけるなんて絶対にごめんだ。はやては見たのだ。あんなにすれ違って、ぶつかり合って、それでもお互いの想いを伝え合ってみせた優しい人たちの姿を。
本当の心をさらけ出すことを恐れずに前に進み、心から想い合って紡いだ絆を手に入れた彼女たちの強さを、純粋にすごいと思う。と同時に思う、自分たちもあのように在りたいと。
お互いのことを思うあまりに、すれ違い続けてしまった自分たちでも、もう一度やり直すことが出来るはずだと……そう思うから。
歩き出さなければならない。前に進まなくてはならない。こんな――ただの夢に浸ること以外にも、自分にはやれることがあるはずだ。
「諦めへん……ああ、そうや。諦めてたまるかい。――ったく、いつから私はこんな腰抜けになっとったんやろなぁ」
一歩ずつ、暗闇を踏みしめながら歩き始める。前へ、前へと……。
多分、目覚めた現実ではつらい出来事がたくさん待ち構えているのだろう。
“闇の書”にお父さんを、お仲間を奪われたクロノさんやグレアムおじさんたち……。
魔力目的に襲われて、迷惑をかけてしまった沢山の人たち……多分、謝っても許してもらえないのかもしれない。憎まれ、蔑まれ、憎悪され、命を狙われる日々が待っているのかもしれない。
――たとえそうだとしても、もう逃げない。全部向き合うと決めたのだから。
だから。
「私は……もう諦めへん! 自分の未来とも、世界とも、現実とも向き合って見せる! 運命なんてナンボのもんや! ンなモンにおとなしゅう従ってやるほど、はやてさんは物分かり良いないで! せやから――!」
暗い闇の向こう、ぼんやりとたゆたう四つの光と一つの人影を見据えながら、はやては闇の……“夜天の主”として声高々に宣告する!
「アンタらも私の家族なら運命なんかに負けんなや! それともアレか!? 私らの繋がりは、絆は、なのはちゃんたちの足元にも及ばないくらいちっさいモンだったんか!?」
『――ッ!? いいえ、それは違います!』
『ンなわきゃねぇよ、はやて! アタシらの絆は誰にも負けねーよ!』
『我ら夜天に集いし守護騎士……この想いは何者にも断てはいたしません!』
『そうですよ、はやてちゃん! 私たちは王と騎士である以前に、家族なんですから!』
「だったら、いつまでもウジウジしとらんで、さっさと外に出る準備しい! 私たちを助けようと必死になってくれたなのはちゃんたちに報いるためにも……そして、“闇の書”の悲劇を終わらせるためにもな! ――アンタもやで、管理人格……ううん、『リィンフォース』!」
【リィン……フォース……? 主、それはもしや……?】
「せや。いつまでも管理人格、な~んて呼ばれ続けるなんて味気無いやろ? だから新しい名前をあげる。闇を打ち払い、星々の煌めく夜天を優しく撫でる“祝福の風”――リィンフォース。八神家六人目の家族になるアンタの名前や」
【主……! 私は……私は、幸せなデバイスです……呪いに穢れたこの身であって尚、主から名前を頂けるなんて……】
管理人格……否、リィンフォースは静かに涙を流しながら、差し出されたはやての手を握り締め、そのまま自分の頬へと擦り付ける。
まるで彼女の温もりを、優しさを感じたいと言うかのように。
はやてもまた、一人で背負い込みすぎる寂しがり屋の
二人の間に、たしかな繋がりが交わされていく。静かに涙を零す二人の周囲を、四色の魔力光が衛星のように浮遊する。まるで、新しい家族の人出を祝福するかのように。
「さて、と。ほんならまずは表に出んとあかんわな。どうしたら、ここから出られるん?」
【は、現在の“闇の書”は暴走前の最終段階へと移行しつつあります。改変された防御プログラムが、プログラミングされた破壊活動を実行するに相応しい形態……つまり、“闇の書”の全能力を発揮できる肉体へと自己改造を行っているところなのです。起動直後……ああ、要するに私と同じ姿をとっていた状態であったのならば、外部から過剰な魔力ダメージを与える事で一時的に機能を停止、その瞬間を狙い“夜天の書”を“闇の書”たらしめている暴走した防御プログラムのみを切り離すことで
そこまで言って、リィンフォースは申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
【現状、もういつ暴走を開始してもおかしく無い状態にまで至っているのです。こうなってしまっては、外部からのいかなる干渉も無効化されてしまいます】
「要するに、ブッ飛ばして大人しゅうさせるんは無理、っちゅうことやね?」
【おっしゃられる通りです。幸いと言いますか、防御プログラムはすでに我々を不要物として切り離しています。自己を完成させるためだけに必要だった主も、魔力を蒐集させるために生み出した騎士たちも、半身である私すらも不純物と断じたようです。おそらくは、自分にとっても天敵となりうる
防御プログラム……かの者は、正しく“闇の書”そのものであると言って過言ではない。
即ち――『書に危害を加える存在を排除し、守り抜け』
それこそが防御プログラムの存在意義、『彼』……あるいは『彼女』にとって絶対的な
無秩序な破壊活動を繰り返す“闇の書”の本質、それは起動直後に設定されていたこの命令を忠実に執行していたに過ぎないのだ。極端な話、強大な力と可能性を秘めた“闇の書”をあらゆる害悪から守り抜くにもっとも簡単な方法は、“書に危害を加える可能性のある存在すべてを抹消すること”だ。
際限ない欲望を抱く人間が滅んでしまえば、書の機能を理解できる知的生命体という種族を根絶やしにしてしまえば、誰も“闇の書”へ危害を加えることは出来ないだろう。
“闇の書”の覚醒に伴い、完全に独立した存在となる防御プログラムにとって、魔力の供給減でしかなかった主すらも不要な存在なのだ。
主を想い、愛していたのはかつての“夜天の書”の残骸であって、防御プログラムではないのだ。もし違うと言うのなら、書を完成させるために主に身体障害を起こすほどの負荷を与えたり、動かしやすい駒として騎士たちの人格や記憶を改ざんしたりする必要はないはずだからだ。
八神 はやてはあくまでも“夜天の書”に選ばれた主であって、“闇の書”からしてみれば彼女の存在など自分を完成させるための
「そんな……それじゃあ、防御プログラムを説得したりするんも――」
【不可能です。アレはすでに我々の手から完全に離れてしまっています。何よりも、“闇の書”を終わらせるためには、切り離した防御プログラムを消滅させる必要があるのですが、アレにも自我というものが存在しています。自分にすべての罪を被せようとしている相手と分かり合おうなどと思うはずもありません……】
「あの子も助けることは……無理、なんか?」
【……不可能です。アレはまさしく“闇の書”そのもの、夜天の主の権限でできることは、管理人格や騎士たちへの命令権くらしか残されておりません。――ですが、だからこそ打てる一手が残されているのです】
リィンフォースは優しい主の頬を撫でながら、にっこりと笑顔を見せる。
【先日、烈火の将が
アルクと一騎打ちを繰り広げた砂漠世界の戦闘、仮面の男やディーノによる横槍を受けたあの出来事で、シグナムの身体には『
シャマルの治療によって“毒”の進行を緩やかにすることが出来ていたので、彼女は蒐集活動を実行するメンバーから外れて、はやての護衛を務めていた。
無理に戦闘を繰り返せば瞬く間に“毒”が彼女の全てを侵食してしまう、そうなればはやてを悲しませてしまうことになるし、自分たちの叛意も知られてしまうかもしれない。
そう説き伏せられたシグナムが今日まで戦闘を控えていたお蔭で、“毒”の進行を押しとどめていた。だが、書の完成のために彼女が蒐集されてしまった事で、“闇の書”の内部にあの“毒”が入り込んでしまっているのだ。
幾層にも重ね合わせた封印術でなんとか抑え込んでいる“毒”、ひとたび侵食を再開すれば瞬く間に“闇の書”そのものを崩壊させてしまうことだろう。
そんな第一級危険物である“毒”こそが、リィンフォース最後の秘策だった。
【その“毒”は現在、私の内部で厳重に封印しています。防御プログラムが私を消去していなかったのは、もし私を消してしまえば封印も破られてしまい、“毒”が書全体に広まってしまうからだったのです。アレにしても、こんな危険物はさっさと排除したいところなのでしょう。ですから、もしこの封印をこの場で解除してしまったとすればどうなると思いますか?】
掌に光の繭のような光球を出現させながら、まるで教え子に諭す教師のような顔を浮かべるリィンフォース。騎士たちそのものである魔力光が、彼女の取り出したそれを見て一斉に距離を取る。
あの眉に包まれたものこそが、『
「――あっ!? そういうことか! 防御プログラムが苦手な“毒”だっていうなら、もしそれがばら撒かれでもしたら……」
【はい、毒の侵食速度も考慮して感染箇所、つまり我々の捕らわれている肉体組織そのものを体外に放出することでしょう。それこそが、脱出する最後の手段です】
「ナイスや、リィンフォース! アンタ、やればできる子やったんやねぇ!」
得意げに胸を張ってみせたリィンフォースに歓喜をあらわにしながら抱きつくはやて。
豊満な乳房に顔を挟み込まれ、予想通りのすばらしいおっぱいの感触を堪能する。腕を背中に回して逃げられないようにロックすると、頭を左右にふりふりすれば、頬にふにょん、ぽにょんとつきたてのお餅の如き柔らかさを堪能できる。脱出のめどが立って余裕が出来たのか、だらしなく口元を緩め、『ぐへへ~~』と下品な笑い声を漏らしつづける八神 はやて 九才。
この年齢で見事なまでのエロ親父趣向を体現して見せる彼女の将来が心配でならない。
【あ、あるじ……っ! ンンッ!? だ、ダメです、お戯れ、はぁんっ!】
「ぐへへ~~、ココか? ココがええのんか? どうなんや? んん~~?」
『ちょ、はやてぇ……そんなことやってる場合じゃ――』
足腰に力が入らなくなったのか、はやてに押し倒されるように崩れ落ちたリィンフォースに抱き着いたままの主に、恐る恐るヴィータが声を掛けた瞬間、鼻につくいや~な臭いを感じ取り、眉を顰める(まだ身体は実体化させて無いが)。
『?? なんだ、変な臭いしねぇ?』
『む、そう言われれば確かに……ザフィーラ、お前はどう――って、どうしたザフィーラ!? 冷や汗の量が普通じゃないぞ!?』
ザフィーラの魔力を表す蒼白い魔力光を放つスフィアから、湧き立つような勢いで汗(らしきもの)が流れ続けていた。
ものすっごいシュールな光景に、はやてたちもぎょっとした表情を浮かべる。いったい何事か……と誰かが問うよりも早く、震える声のザフィーラが問う。
『あ、主……そ、その、そこに転がっている割れてしまったボールのような物体は何だと思われますか……?』
「え? ボール? ――あ~、ホントやな~~、ボールっぽいのが転がっとんなぁ~~、しかも割れとるし~~、なんか中からやたらと毒々しい液体が零れて来とるなぁ~~」
【――ぇ?】
「あはあ~~、ホンマ変な臭いしとるなぁ~~――……リィンフォース?」
【……はい】
「アレ、なんやと思う?」
【おそらくは、『
「割れとるなぁ~~」
【はい、どうやら先ほど倒れたショックで亀裂が入ってしまったようです。対ショック強度は度外視した封印術でしたからねぇ】
「そか~~、ほんなら、足元に広がってく気味悪い液体って~~」
【『
「うわ~~、怖いなぁ~~」
【はい、怖いですねぇ……】
「……」
【……】
『『『『……』』』』
『リアル生命の危機がキタぁああああああっ!?』
「ちょ、こんなん急展開過ぎるで!? ヒロインの危機な場面なんやったら、もうちょいこう……ドラマ的なモンがあるやろ!? 責任者出てこいや!」
『はやてちゃんてヒロインだったんですか?』
「そりゃ、どういう意味やシャマルぅぅううううっ!?」
【おバカなこと言ってる場合じゃないでしょう!? 早く逃げますよ!?】
『逃げるっつったってどうすんだよ!? アタシらじゃあ、どうしようもできないんだろ!?』
『お、おおお落ち着くのだ! ここはひとつ冷静になって……』
『シグナム! 今はとにかく逃げる事だけを考えて――って、何!? この光は!?』
『ぬうっ!? 光が我らを包み込んで――っ!?』
半泣きになりながら全速力で駆け出したはやてたちの後方から、この周囲を包み込むように光が溢れ出してきた。
その光は漆黒を侵食していく“毒”を片っ端から呑み込み、消し去っていく。
それははやてたちも同じことで、彼女たちを眩い光が包み上げたかと思った瞬間、全身で感じる浮遊感と共に、彼女たちの存在は暗闇の世界から消え去っていった。
――やっぱお前らは要らんからさっさと出てけ、この
何処かリィンフォースを思わせる美貌の女性が吐き捨てるように口にした、そんな台詞が聞こえたような気がした。
ソレは突然の出来事だった。
さらに巨大化を続ける“闇の書”から、花梨たちに向けて『何か』が吐き出されたのだ。
まるで道端にガムを吐き捨てるように、汚いもの、不要なゴミだと言わんばかりにぞんざいな扱いを受けた『何か』……八神 はやて御一行はギャグ漫画みたいな『かたまりだましい』(何人もの人間の手足が絡みつき、こんがらがって球体状になったアレ)となって、砲弾よろしく吹っ飛んできた。
フェイトに続いて、またもや予想外な登場をかましてくれた“闇の書”関係者様を受け止めるのは、管理局サイドの協力者の中で最もかかわりの深い彼だった。
「ヴィータ! はやて姉! 皆!」
両手を広げ、運動会の大玉転がしで使われる大球の如き『かたまりだましい』へと融合進化した家族をがっしりと受け止めてみせるコウタ少年。
しかし、忘れてはならないのが、『かたまりだましい』が人で構成されているということだ。
正面から抱きとめるように受け止めたということは、身体の前方……つまりはコウタの顔も『かたまりだましい』へと押し付けられるようになるということ。
そして咄嗟のことにそこまで気が回らなかったのか、はたまたギリギリまで家族の無事をその眼で確かめたかったのか、コウタは顔を逸らせることが出来ないまま『かたまりだましい』を受け止めてしまった。結果――運命のいたずらか、はたまた、神の悪ふざけだったのか……コウタの唇が、逆さま状態のヴィータの唇にクリティカルヒット。それも唇同士が軽く触れあうような程度では済まず……互いの舌同士が『コンニチワ♪』してしまうほどの鮮烈なキッスであった。
家族の無事な姿に歓喜の声を上げていたコウタと、自分たちの扱いに憤って文句を叫んでいたヴィータ共に、口が紡がれていなかったこと。
反射的にクロノや葉月によって『かたまりだましい』へバインドを掛けられたお蔭で速度が軽減され、コウタに余力を残させた状態で受け止めさせることができていたこと。
もしコウタとヴィータの二人が口を紡いでいたら噛み締めていた前歯同士がぶつかりあっていただろうし、速度が緩まなければそれ以前に顔面を強打させあっていたかも知れない。
幾つもの偶然が重なり合った末に、『
「ほほほ~~う? コウタく~ん、お姉ちゃんの無事を喜ぶ前に彼女さんとお熱いキッスするとはなぁ~~? そんな薄情ものやったんやねぇ~~?」 ← 『超』イイ笑顔な“夜天の王”
「うえっ!? ちちち、違うって、はやて姉! 今のはたまたま……」 ← 『激』真っ赤な“白騎士”
「ふ~ん? なら、私よりもヴィータを先に呼んだのはどういうコトかなぁ~~?」 ← “祝福の風”に抱きかかえられながら弟の頬をひっぱる“夜天の王“
「主……それを言ってしまえば、我々など一緒くたにされたのですが……」 ← なにげに肩を落としている“烈火の将”
「フッ、これが青春というものだな……ヴィータよ、幸せになるのだぞ?」 ← 慈愛に満ちた瞳の“盾の守護獣“
「う、ううううるせ――!? なんだよその眼は!? んな娘を嫁にやる父親みたいな顔してんじゃねぇよ!?」 ← こちらも『激』真っ赤な顔で吼える“鉄槌の騎士”
「あ……ゆ、ユーノ君……! えと、ただいま、……です」 ← はにかみながら笑顔を浮かべる“湖の騎士“
「――はい。おかえりなさい、シャマルさん」 ← 優しさを込めた眼差しを送りつつ、差し出された手に指を絡ませながら見つめる“淫獣”(ゆかりん呼称)
『……』 ← 完全に蚊帳の外な管理局ご一行様
もはや
……ところでアルフさんや、いい加減にご主人様をロックしている腕の力を緩めてあげないと、このままぽっくりと天に召されてしまいますよ?
「えーっと、はやて? そろそろ、お話を聞かせてほしいんだけど……」
「この、この――え? あ、ああっ!? そっ、そうやったァ!」
弟いぢりを中断したはやてが、相変わらずリィンフォースに抱きかかえられた体勢のまま話し始める。
今までの経緯、“闇の書”の内部に取り込まれたことに始まり、“毒”をぶちまけてしまったお蔭で、不要物と判断されて頬り出されたことまで。
セクハラの末に毒死しかけた辺りで一同から冷たい視線を向けられはしたものの、何とか愛想笑いで乗り切ったはやての説明が終わるのと、遥か海上より一条の眩しすぎる白い光が流星のように迫り来きたのはほぼ同時のことだった。
「なんだっ!?」
最初にそれに気づいたのはクロノだった。
その叫びに反応した全員が彼と同じ方向へと顔を向けた直後、彼らのすぐ近くを通り過ぎた流星は一直線に漆黒の半球へと突き進んで着弾、そのまま吸い込まれるように内部へと取り込まれていった。
半球は一瞬だけ脈動するかの様に表層を震わせたものの、結局はそれ以外に何かしらの変化も見せなかった。
とりあえず、今すぐ何かが起こるわけじゃないのかと一同が安堵の息を吐く中、花梨と葉月はあの光に何か言葉にもできない不吉な予感を連想させていた。
「あの光は一体なんだったのかしら?」
「海の方から飛んできましたわよね――え゛!?」
「?? どうしたのよ、はつ……き?」
盛大に頬を引き攣らせた親友に、何事? と視線を動かして――彼女と同じように言葉を無くす。
「あの光……やはり生きていた――いや、
「
「なんで、よりにもよって
「「(そこまで嫌いだったのか……)」」
蒼き双翼を羽ばたかせ、悠然とそこに在ったのは紫電と焔の魔法少女を引き連れた黄金の竜神様ご一行。
「ん~~……良し! 仕込みは上々みたいだね~~」
「……また何か悪い事でも企んでいるんですか?」
「おおっとぉ! ゆーちゃんもボクのことをわかり始めたようだねっ♪」
「あれ!? 喜んじゃうんですか!?」
ものすごい『悪戯っ子』は笑みを浮かべながら漆黒の半球を見つめる天災と、彼女にジト目を向ける紫天の盟主コンビ。
「おお――! 見て、見て、王様! なんかカッコイイのがいるよ!? うわ――、ドラゴン人間だぁ――!」
「ほほう、なかなかの面構え……我が臣下に加えてやっても良いかもしれんな。幻想の王を従えし、新なる闇の王――これは、イケるぞ!」
“竜人”と化したディーノにキラキラとした目を向ける雷光の魔法少女に同意するのは、魔導書と共に奪い取られていた己が力を取り戻した紫天の王。
ダークネス&アリシアにルビーを加えた、(管理局的にみれば)犯罪者トリオとNo.“0”の呪縛から解放された“紫天の書”一派(コピー)の姿がそこに在った。
「なっ……!?」
「え!? ウソ!? なのはちゃんやフェイトちゃんのそっくりさんがおる!?」
「おいおい、はやての偽物までいやがるじゃねぇか! テメェ、そりゃいったい何のつもりだ!?」
「はぁ!? 喧しいわ、塵芥共が! しかもよりにもよって闇統べる王たる我を虚構とぬかしおったな!? その罪……万死に値する!」
「うわわわ!? 乱暴はいけませんよ、ディアーチェ!」
シュテルたちについて詳しく知らされていなかったはやてが驚き、主を侮辱されたと感じたらしいヴィータが唸り声を溢し、その言葉に沸点の低いディアーチェが怒気を露わにして十文字杖【エルシニアクロイツ】を振り上げる。――が、すかさず背後にまわりこんだユーリに羽交い絞めにされて、シュテルとレヴィにどうどう、と宥められている。
「
「おいおい、マジかよ……前見た時よか、ヤバくなってんじゃねェかよ」
「彼女が
「くっ!
その一方で、花梨たち参加者は彼女らに感知させることも無くここまで距離を詰めてみせたダークネスたちに警戒を露わにするが、
「アイツは……ふむ、流石に限界が近いか。いや、むしろここは
「ふ~~ん? ……けっこ~~面白そうなのが他にもいたんだ~~。ちょっとだけ勿体ないな~~。でも、ん~~……今から手ぇ出すのもめんどくさいかな」
当事者は、微塵も気にしていない……いや、気にも留めていないと言った風に、いつ暴走を起こしても不思議ではない“闇の書”と中空に漂ったまま微動だに
『貴様らなど眼中にない』そう言いたげな態度に眉根を吊り上げていく花梨が怒気を孕んだ声を出すよりも早く、荒れ狂う怒りを押しとどめられなくなったアルクが叫ぶ。
「おい! いきなりしゃしゃり出てきて、無視してんじゃねェよ! 要件があるってんなら、なんか言いやがれ! 俺っちたちにはまだ、アイツらを倒すっていう役目が残ってんだからな!」
「……な~に? お前ら、犬に鎖を繋げるっていう飼い主の役目も知らないの? それとも、キャンキャン吼える犬コロの躾も出来ないワケなのかな~~? プッスス~~♪」
“観察”を邪魔されたルビーが、意趣返しもかねて嘲り嗤いを返す。
頬に手を当てながら、あらあらと言わんばかりの態度と裏腹に、道端のゴミを見るかのような冷たさを宿らせた金色の瞳がアルクを、花梨たちを貫く。
まるで自分と言う存在そのものを見透かされたのだと錯覚してしまうほどの不気味さを感じさせる眼光に射抜かれて、花梨たちの背筋にゾクリ、と冷たいものが走る。
その様子を黙って眺めていたダークネスだったが、ふと何かに気づいたかのように、未だに反応を返さないディーノへと顔を向ける。
その瞬間、大気が破裂したかのような音と共に、何かが高速で彼の真横を通り過ぎていった。ダークネスはその動きを完全に捕捉していながらもあえて見過ごした。
すれ違う刹那、ほんの一瞬だけだったが
その視線が、比類なき鋼の如き覚悟を宿す眼光に敬意を感じたが故に、ダークネスはこの件に対しては不可侵を通すべきだと判断した。金属同士のぶつかり合う特有の耳障りな音が鳴り響く。
振り返ってみれば、自分自身の存在そのものを崩壊させながら、それでも仇を討たんと“闇の書”の主だった少女へ向けて斬撃を繰り出したディーノと、剛剣を四人がかりで展開させた障壁で彼女を守り抜こうと全力で足掻いている少女たちの姿があった。
「はやて姉っ!?」
突然の凶行に花梨が瞠目し、コウタが最愛の姉の名を呼びながら全力で空を翔ける。
コウタのサポートが無くなったために足場替わりの魔法陣が解除されてしまい、落ちそうになっていたアルクが反射的に近くを飛んでいた葉月にしがみ付いてしまい、カウンターのアッパーカットを叩き込まれて舞い上がる。
「やめろ! もうやめるんだっ! そんなボロボロになってまで戦い続けて、いったい……なんになるって言うんだよ!?」
「■■ッ……■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
なのはたちが展開した障壁が砕け散るよりも早く、彼女たちを背中に庇うように立ち塞がった騎士の振るった黄金の剣と、刀身にまで亀裂が走って所々砕け始めている漆黒の大剣がぶつかり合う。
憎悪の込められた黒き刃に、守る覚悟を秘めた黄金の刃が徐々に食い込んでいく。
それでも引くつもりが感じられないディーノには、コウタの必死の叫びも意味を成さない。
彼の願いは唯一つ。大切な人たちの敵、憎き騎士たちと彼らが主と崇める少女を破壊すること。ただ、それだけだ。
“闇の書”を“闇の書”とたらしめていた“闇の書の闇”と切り離されて、はやてが胸に抱える魔導書は歴代の主によって改変される前のオリジナル“夜天の書”であるとしてももはや関係はないのだ。
残された時間はほとんど無いディーノにとって、八神 はやてと守護騎士たちを葬り去ること以外に、己が
ならば――
「――ッ、オォォオオオオオオオオオオ!!」
裂号の気合いと共に、剣を握る両手に力を込める。
護りたい家族を背に、家族へと降りかかるあまねく災厄から守り抜いて見せると言う強き想いが、魔力の輝きとなって刃へと宿っていく。
目も眩むほどの輝光を放つ閃光の剣が、崩壊しかけていた漆黒の大剣を打ち砕き、そのまま二人の剣士は相手をすり抜けるように交叉した。
「――ごめん」
贖罪の呟きを呟きながら、刀身を翻して血を払うと盾に収める。
背中合わせに立つディーノの腹には横一文字に走る傷が刻み込まれている。素人目に見ても、明らかな致命傷だ。
彼は切り裂かれた腹を痛むでもなく、すぐ目の前にいる沈痛そうに顔を歪めているはやてに罵詈を投げるでもなく、ぼんやりと手に残された刀身が中ほどから砕け散っている愛剣を見下ろしていた。
「あ、あの……」
はやてが何かを言わなければと口を開くが、二の句が継げずに口ごもってしまう。
“闇の書”が生み出した悲劇、大切な人を奪われた人たちの怒りを、怨嗟を、憎しみを、逃げ出さずに受け止めてみせる。
つらい現実から目を背けるのではなく、自分たちの罪と正面から向か合うと決めたのだから。
だが、悲壮さすら感じさせる覚悟をした彼女であっても、本物の憎しみを抱く相手にかける言葉を持ち合わせてはいなかった。それは仕方のない事だろう。
どんなに大人びていようとも、彼女は所詮十年も生きていない小娘でしかないのだから。
人の姿を捨ててまで復讐を果たそうと戦い続けてきた少年に、一体どんな言葉を掛ければよいというのか……。
しかし、最後のあがきを警戒してデバイスを構える騎士たちの思惑とは裏腹に、ディーノは自分にこそ責任があると自責の念にかられている元管理人格も、思い悩む元“闇の書”の主も無視したまま、皮膜も破れてほとんどむき出しの骨格となりつつある翼を翻し、無言で見守り続けてくれた
「……満足したか?」
「――ええ、全部出し切りました」
少年の物とは思えないほどに掠れた声、一言を発するたびに頬が、唇がまるで石の破片のようになって剥がれ落ちていく。
ディーノが正気を取り戻していることに驚きを見せず、ダークネスは真っ直ぐに死に逝く少年の瞳を見続ける。まるで、彼と言う存在を己の心に刻みつけているかのように。それを感じ取ったのだろう、ディーノは最後の言葉を伝えるために口を開く。
「結局……俺は何もできませんでした。皆の仇をとることも、儀式を勝ち抜くことも、何も――」
「いいや、そんな事はないさ」
言葉を遮り、かぶりを振る。
「お前の生き様は、苛烈で、鮮烈で、痛烈なお前の在り様は、此処に居る全員の記憶と心に刻み込まれた。八神 はやてたちはお前のことを忘れることが出来ないだろう。自分たちが生きるということは、お前から向けたモノと同じような憎しみを浴び続けるという事なのだと理解させられたから。参加者たちも同じことだ。“ゲーム”の勝敗を完全に無視して、感情の赴くまま己の身体も省みぬ戦いを繰り広げる存在もいるのだということを証明してみせたお前のことを忘却することは出来ないだろう」
「――貴方、は? 貴方の心にも、俺と言う存在が記憶されましたか……?」
「ああ――もちろんだとも。俺は忘れない、ディーノと言う誰よりも優しい……だからこそ、狂ってしまった少年の生き様を。そして……
「ぁ――……、ありが、とう……」
ああ、この感情を表現するにはなんと口にすればよいのだろう。
深く、深い憎しみの奥底に沈み込んでいた『想い』……それは失ってしまった人たちを誰よりも愛していたという感情。
いつからこうなってしまったのだろう。あの頃の記憶を、思い出を狂気と憎悪で塗りつぶしつづけた毎日。今や完全に砕けてしまった『招魂の輝石』に宿っていた人々の想いは、石に魂を吸収させた瞬間に抱いていた感情を維持したままだった。
つまり、うつろいゆく人の心と異なり、殺された直後である彼らがの復讐を望む怨念を抱いていた魂は、石に取り込まれている間はその感情を永遠に持ち続ける。ああ、それはなんて恐ろしい事なのか。
しがらみから解放された今なら、それが分かる。心にこべりついていた憎しみが、蒼く優しい光に照らされて浄化していくのが分かる。優しさそのものと言える光が、かつて失ったあるものを蘇らせていく。
終わりなき憎悪に身を委ね続けた自分の中にもあったはずの光。
それは大切な人たちと過ごした、星霧のように儚くも眩しかったあの頃の
剣の師匠である父から、初めて一本を取ったあの日、誕生日プレゼントとして手編みのマフラーを編んでくれた母と過ごしたあの日、妹が初めて自分を『に~ちゃ』と呼んでくれたあの日……、湧水のように蘇ってくる大切な記憶。
ああ、そうだ。あの頃は毎日が幸せで、いつも笑顔でいたのだ。
だからこそ悲しかった。だからこそ許せなかった。何よりも大切な人たちとの
この感情を忘れることはでいないだろう。例えもう一度、輪廻転生を経たとしてもそれは変わらない、そう確信できる。
でも、今は……今だけは――この優しさに包まれていたい。
だって……やっと皆と同じ存在に、一つになれたのだから――――。
蘇る愛おしくも楽しい記憶を子守唄に、ディーノは眠りに落ちていく。
安らかな笑みを浮かべた彼を包む込むように光が集まってくる。光が映すのは笑顔を浮かべた大切な家族の顔。
――良く頑張ったな。
――今はゆっくりとおやすみなさい。
――にいちゃ! これからはずっと一緒だね!
「――っ、ぅぁ……ッ!」
聴こえてくるのは、もう一度会いたかった、触れあいたかったかけがいの無い宝物。
愛おしい温もりの揺り篭に揺られながら、暖かい涙を流すディーノもまたその存在を光へと変えて、一つに溶け合っていく。
もう二度と、
そう心に誓いながら――。
ディーノ君に安らかな眠りがあらんことを……。
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決戦、”闇の書” 『ドリームチーム結成』
結局、相容れない者同士は分かり合えないということなのでしょうか?
天へと昇っていく煌めく光の粒子。
それは転生者であり“ゲーム”の参加者でもある彼らの行き着く先の一つ。
ダークネスは
ジュエルシードたちが何やら仕掛けていたようだが、敢えてそれを黙認していた。ようやく軛から解放されたであろう少年の旅立ちに、無粋な真似はするべきではない、そう考えたから。
空気を読んだのか、ルビーですら珍しく無言を貫いたために、何とも言えない雰囲気が辺りにたちこめる。
だが。
「――――ァァ……!」
静けさが支配しつつあった世界に、女特有の甲高い声が響く。耳を澄ませなくては聞き取れることのできないほどに小さく、か細かったその声に気づいたのは、アリシアだった。
『ん?』と眉根を顰めてきょろきょろとあたりを見渡していたアリシアの視線が、ある一点に固定される。
それが何なのか、唐突に理解できた瞬間、全身が怖気立つような感覚が走る。
「だ、ダークちゃん、アレ!」
アリシアの叫び声が上がるのとほぼ同時に、漆黒の魔力によって満たされていた半球に亀裂が走ると、一気にはじけ飛んだ。
飛び散った魔力は泥のように瓦礫にこびり付き、溢れ出した闇が大地を侵食していく。闇の中から生まれ出るのは植物の根にも見える触手のような器官。それが大地に広がっていく闇の中から溢れるように生まれ出で、大地に突き刺されていく。まるで海鳴市……いや、地球という星そのものに根を張るのだと宣告するかのように。
闇の中心、暗黒の半球があった場所では濃密な闇が確たる存在としての“カタチ”得て、歓喜の産声を上げている巨大な獣の姿があった。
闇に包まれてぼやけていた輪郭を徐々に露わにしてきながら、身を擡げていく。鎌首を上げる獣のように身を起こした
既存の魔獣の部位をむりやりに繋ぎ合わせた末に生み出されたかのような、まさしく継ぎ接ぎの魔獣。頭部に当たる箇所には、“闇の書”の管理人格であったリィンフォースを模した上半身だけの人型。
ただ破壊を、己という存在を害する可能性を秘めたモノを消し去るためだけに、人を、世界を、全てを呑み込む暗黒の化身。
人間の業と、時のいたずらが産み落としてしまった悲しき悪魔。
“闇の書の闇”――あまねく呪いを凝縮させた最悪の人災が、遂に覚醒を果たした。
「あ、あの、皆さん……私のせいで、
本格的な暴走を開始した“闇の書の闇”を前に、多種多様な表情を浮かべている面々に対して、八神 はやては深々と頭を下げた。
その髪は彼女本来の茶色ではなく薄い金色となっていた。
三対六枚の黒い羽根を生やし、黒を主体としたバリアジャケットを纏うこの姿こそ、彼女……“夜天の主”八神 はやての戦闘形態だ。
戦闘用の魔法知識が劣っている彼女は『融合型デバイス』としての一面を持っているリィンフォースと
闘争しか知らなかった守護騎士たちに平和の素晴らしさを、家族の暖かさを教えた気高くも強き心を宿す少女の浮かべる表情は、しかし、頼もしさすら感じさせる強い意志が秘められたものではなく、申し訳なさが前面に押し出されたものであった。
シグナムたちが
なによりも、はやては全てを背負って見せると『決断』したのだ。呪われていたなどという良い訳に逃げるつもりは無い。そんなことをしたら、いつかディーノと再会した時に胸を張って向かい合うことができないだろう。家族が犯した罪は一緒に背負って見せる、謝って、償って、それでも許されないとしても諦めずに、ただひたすらにこの道を歩いて見せる。
だからこそ、頭を下げるのだ。最初の一歩を踏み出すために、呪われた連鎖を終わらせるために……今、此処にいる全ての人たちの助力が必要なのだと、そう思うから。
どこまでもまっすぐで、ひたむきな少女の想いを受けた者の反応は、はっきりと明暗が分かれたものだった。
彼女たちに比較的友好的、同情的な者が浮かべるのは喜び。友達の、家族の、助けたい人の力になりたいと戦意を高めていく。
一方で、はやてとはほとんど無関係な立場にある者が浮かべるのは、なんとも言えない微妙なもの。今更敵対するつもりはない――少なくともこの戦場では――が、だからと言って昨日まで敵対関係にあった相手のためにそこまでしてやる義務があるのか? とでも言いたげな表情を浮かべている。シュテル、ユーリ、レヴィ、ディアーチェの“紫天の書”一派がまさにそれだ。
ダークネスは相変わらず“闇の書の闇”を睨み付け続けているし、アリシアはそんな彼の様子を不思議そうに見上げている。
ルビーに至っては、完璧にアウトオブ眼中だ。
特に最強&最凶コンビのリアクションがハンパない。幼い少女のひたむきなお願いをガン無視して見せるその態度、まさに外道。
世間一般的な感性的に見ても、許されざる暴挙。そこに痺れたり、憧れたりするごく少数の人種がほとんどいないこの場では、二人の反応が一同の反感を買うのはある意味で必然のことだった。
「……ちょっと! はやてがこんなに必死になってお願いしているのに、その態度はないんじゃない!?」
「馬鹿か、お前は。アリシアを殺そうとしたこともある連中のために、何故俺が手を貸してやらないといけないんだ?」
アリシアの魂と肉体はまだ完全に癒着しきっておらず、蒐集行為によってリンカーコアを引き抜かれでもすれば、そのショックで生命活動が停止してしまう可能性すらある。
《新世黄金神》と成ったことで彼女という存在の大切さ、愛おしさを再認識した彼からすれば、八神 はやてと守護騎士たちはいまだに“敵”でしかない。
「う! ……そ、それはそうかもしれないけど……でも、こうして無事なんだからいいじゃない!? それにアンタは私たちと同盟を結んでいるでしょ! だったら協力くらいしてくれても……」
「同盟ではなく、協定だ。互いに不干渉をとるという、な。それに、いくらアリシアが無事だったからといって、連中を許す理由になるはずが無いだろうが。奴らは俺の大切なものを……俺の命と同じくらい大切な存在を奪い去ろうとしたんだからな。――ルビー、お前はどうなんだ? “闇の書”の持ち主共に手を貸してやるつもりなのか?」
「え? なんで?」
真顔で問い返すルビーに、顔の前で手を振りながらなんでもないと返す。
よくよく考えてみると、自分の愉悦を何よりも優先するこの少女が進んで人助けに手を貸すとは思えないか(“紫天の書”一派の時は、ユーリを手に入れると言う目的があったからだ)。
「でしたら、貴方たちは“闇の書の闇”を放っておくと……そう仰りたいのですか?」
肩を震わせる花梨を宥めていた葉月も、二人の態度に不快感を顕わにしていた。その一方で、彼らの態度はブラフなのではないかとも考えていた。
なぜなら、“ゲーム”の”『ルール』の一つに、『戦場となる世界を破壊してはならない』というものが存在しているからだ。“闇の書の闇”をこのまま放置しておくということは、この世界を破壊されてしまうと言う未来を予測してきながら、なんの手も打たなかったということになる。
それが“闇の書の闇”を葬り去るだけの力を内包する者であるならばなおさらだ。つまり、この場で傍観者に徹するということは、間接的に世界を崩壊させる手助けをしたと判断されても何ら不思議ではない。
葉月はそう考えたからこそ、彼らの態度の真意とは、
“闇の書の闇”との戦いで自分たちが疲弊、或いは脱落する者が出るのを待っているのではないか?
戦いを終えて消耗しきった自分たちを一網打尽にしようと狙っているのではないか?
と予測したのだ。
こんな状況でも“ゲーム”を勝ち抜くことだけを考えていると推測したからこその発言だったのだが、ルビーは彼女の考えなどお見通しだとばかりに、神経を逆なでして小馬鹿にするように返す。
「へ~え? 要するにお前らは、自分たちじゃあどうにもできないから助けてください~って言いたいワケ? うっわ、情けな! 滑稽だねぇ、哀れだねぇ――……ホ~ント、バッカじゃないの? ボクらが手を貸してやる必要なんてそもそも無いじゃ~ん。お前らが勝てば所詮それまで、敗けた時はボクかダーちゃんが片付ければ済む話じゃんか」
「くっ!?」
剣呑な雰囲気がたちこめ始め、睨み合うルビーと葉月の間の空気が張りつめていく。
この二人、根本的ななところで似た者同士なのが影響して、同族嫌悪にも近い感情を抱いているらしい。
ルビーはいつものヘラヘラ顔がなりを潜めて、感情の抜け落ちた能面のような無表情を浮かべ、葉月は布を噛み千切らんばかりの鋭い眼光で睨み付ける。
殺気すら漂い始めたこの空気、ほんの些細な切っ掛けで戦闘を開始してしまいかねないほどのもの。
花梨とユーリが窘めようとするも訊く耳を持たない様子。なのはたちは何とかして落ち着かせようと声を掛けるものの、まったく聞き入れてもらえない。
ついにお互いのデバイスを構えんとしたその時、はやての怒号が木霊した。
「いい加減にしい! アンタら今の状況、ホンマに分かっとるんか!? 私らがやらなきゃいけないことは、この事態を終わらせることやないんか!?」
「――うっさいなぁ……キーキー喚くなよ小娘」
後ろめたさもあって自重していたはやてだったが、彼女の視点ではくだらない理由で仲間割れを起こしているようにしか見えない一同に我慢ができずに力の限り怒鳴ってしまう。
彼女がここまでの怒りを顕わにする姿を始めてみたのだろう、騎士たちが一斉に竦み、昔のトラウマを掘り起こされたコウタが膝を抱えてプルプルと震えてしまった。
それでもルビーは平然と、いや、不愉快そうに眉を顰めるだけだった。
「ボクはお前らがどうなろうと、この世界が滅ぼうとどうでも良いんだよ」
「何を言うとんねん! 無関係の人たちが大勢死んでしまうかもしれないんやで!? たくさんの人が死んでしまっても平気言うんか!?」
「うん、平気だけど? それが何だってのさ? そもそも虫けらが何億匹程度消し飛んだとして、それがボクに何の関係があるんだよ?」
「な……何をいうとんや、アンタ……!? 本気でそないな事を思っとる言うんか……!?」
「ボクとしてはむしろお前らの考え方の方が理解できないんだけど? どうしてそこまでして、赤の他人のために頑張るワケ? 自分の周りだけで満足できないの?」
愕然と叫ぶはやてに向かって返されるルビーの返答は、どこまでも冷たいものだった。
この時になって、はやてはようやく気づいた。目の前で心底不思議そうに首を傾げている女性の異常性に。彼女は本当に、他人などどうでも良いのだと考えているということに。
ディーノとはまた違うタイプの狂気。彼は復讐というどこまでも人間らしい感情の赴くまま行動していたのに対して、このルビーと呼ばれる女性は極端なまでにドライな思考をしているのだ。
大切な存在や身内には全霊の愛情を、それ以外存在には寸毫の興味も抱かない。彼女ならば、目の前で倒れ込んだ老人がいたとしても、微塵も興味を抱かないまま老人の身体を踏みつけていくことだろう。
ここにいるのはちょっとした興味があったからであって、他人のために動くつもりで来たわけじゃない。『ルール』? そんな
たとえ、葉月の言葉通りに『ルール』違反と判断されて消滅してしまうのだとしても、彼女は欠片も後悔しないだろう。彼女は大切な存在と過ごす“今”を楽しめればそれで良いのであって、自分の命や
「――ならば、取引……いや、契約という形ならばどうかね?」
絶句するように口を閉ざしてしまったはやてへの気遣いが籠められた声が掛けられた。静かな、それでいて重みを感じさせる壮年の男性のものと思われる声だった。
聞き覚えのある声にクロノと葉月を筆頭に振り返った先には、双子の使い魔を従えたギル・グレアムとアースラ艦長 リンディ・ハラオウンの姿があった。
「なっ!? グレアム提督!?」
「え、グレアムおじさん……?」
「リーゼアリアさんにリーゼロッテさん!」
「リンディさんまで!」
予期せぬ人物の登場に、“闇の書”事件の裏側で暗躍していた張本人であると知っている者はこぞって警戒を強め、それを知らないものは単純に戦力が増えたことを歓迎する。
「ぐ、グレアムおじさんて、ホンマに魔導師やったんやね?」
「すまない、はやて君……それについては事態を収拾させてからゆっくりと話させてほしい。今は、やるべきことを済ませるのが先決だ。――良いかい?」
「は、はい!」
いい娘だ、とはやての頭を撫でると、グレアムは腕を組んで遠目に眺めていたダークネスへと声を掛ける。
「“Ⅰ”……いや、ダークネス君と呼ばせてもらっても構わないかね?」
「ああ。――で? 契約とは何のことだ?」
「うむ。まずはこれを見てほしい」
グレアムは一見するとオルゴールのようにも見える箱を取り出すと、ダークネスにも中身が見えるように蓋を開いていく。
蓋の動きに呼応して、隙間から溢れ出す
「管理局が回収、封印していたジュエルシード十一個……これを取引材料として、とある依頼を引き受けてもらいたい」
「ちょっ、なんでですか!? どうしてジュエルシードを渡しちゃうんですか!?」
「納得できません! リンディ艦長!?」
泡を喰ったのはなのはとフェイトだ。自分たちが必死になって回収したジュエルシードを、やたらと金ぴかになった危険人物へ引き渡すなどと、あの事件の関係者である彼女らが納得できよう筈も無い。
ユーノとアルフも声には出さなくとも、不平を露わにしている。
アースラでの取決め通り、少女たちの説得はリンディに任せて、グレアムは己の役目を果たすべく言葉を続ける。
「君がジュエルシードを求めていることは知っている。だからこそ、コレを褒賞とした契約が成り立つと踏んだのだよ」
「ふん……? ずいぶんと浅はかな考えだ。俺が力づくで奪い取るとは思わなかったのか?」
「君のこれまでの行動、発言などから推測した結果だよ。そんなリスクを負ってまで、力押しなどという短絡的な手段は選択しないと踏んだのだよ。君の実力はたしかに強大だ、だが次元世界総てに名を馳せた時空管理局に表立って敵対するような愚行は起こさないだろう? 君一人ならまだしも、アリシア・テスタロッサ君という庇護対象があるのだから」
どれほどの力を有していようとも、単体戦力で落とせるほど時空管理局という組織は脆くは無い。個人の力では、次元の海という広大な世界に散らばった管理局員すべてを排除することは現実的ではない。
次元世界の法を守護する管理局を倒しところで、彼らによって抑え込まれていた犯罪者たちの対等を引き起こすだけだ。そして彼らもまた、こぞってダークネスを狙うことだろう。
管理局を倒すほどの力を持った存在として、打ち倒して名誉を得ようとする者、従がえようとする者、純粋に恐怖して命を狙う者……芋蔓式に現れる敵からたった一人でアリシアを守り続けることなど不可能だ。数の暴力の前に個人の力だけでは決して抗うことができない。
それは見紛うことなき不変の真理なのだ。
管理局の味方ではない、だが、完全な敵という訳でもない。罪を犯した者を管理局の仕事を無償奉仕させる嘱託制度というものが存在している。
罪を犯した元犯罪者であろうとも、本人の能力や職務への態度によっては罪を軽減され、管理局と有効な関係を築くこともできる。
それを考慮しているからこそ、彼はこれまでの戦闘で唯の一人の管理局員を死亡させていないのだと、ゆくゆくは中立的立場の協力者としての立ち位置を築こうとしているのだと、グレアムはそう推測していた。
だからこそ、管理局の心象を良くする上でも、この契約に乗ってくると確信していた。
しかし――
「……ギル・グレアム。一つ、良いことを教えておいてやる」
「おや、何かね?」
――あまり、調子に乗るなよ?
「な……っ!?」
極限まで練り上げられた魔力が爆発した。
それはまるで宇宙創世をの頃に起こったとされる
感覚が麻痺してしまうほどの超高密度の魔力が世界を包み込み、あまねく存在を圧倒する。
彼の者の前では、世界すらも平伏してしまうほどのチカラが籠められた圧倒的すぎる魔力の前に、グレアムは完全に言葉を無くす。
その輝きは以前のような禍々しさの身を感じさせる
邪悪な破壊神にも神聖な守護神にも見える、人間の定めた常識の範疇外に在る超常なる者。
それこそが、《新世黄金神》
『神成るモノ』すら超えた超越存在の証であった。
“闇の書の闇”ですら震え上げさせるほどの
「俺が管理局員を殺さなかったのは、単に人殺しに悦を感じるような趣向をしていないからだ。ルビーと同じ……とまではいかないが、俺も大切な奴が無事なら他はどうでも良いって性質でな? さすがに人類皆皆殺しなんて無駄な事をするつもりは無い……が、だからと言って殺しを禁じている訳でもない。敵になるなら容赦なく潰す、そうで無いなら何もしない。誰が救われようと、誰がのたれ死のうの俺は
さらなる高みに昇ったことで確かに変心した部分はあった。
有象無象と切り捨てていた人々や、敵である転生者たちの想いを受け止めるくらいの度量は彼の胸に芽生えている。
だが、最も大きな変化は自分が一番大切にしていたモノが『自分の命』から『自分と大切な存在たちの命』へと変わったことだろう。
以前からその傾向は見られていたが、アリシアへの想いを再確認し、自分を信じ抜いてくれたシュテルを大切なものと定めたことこそが、今の彼にとって最も大きな変化と言えるだろう。
要するに、守護神と呼称されてはいるものの、本人としては“アリシアとシュテルの生きる世界だから、しかたなく世界の方も守ってやろう”位にしか感じていないワケだ。
これから数多くの出会いを経験していく中で、さらに守護神として相応しいように変心していくことだろう。
しかし今に限って言ってしまえば、ダークネスは『惚れた女の方が大事』なのだ。それこそ――管理局ごと次元世界そのものを消滅させることも厭わないほどに。
グレアムの失策は、《新世黄金神》へと至った彼は冗談抜きにこのセカイを……次元世界そのものを滅ぼし尽くして余りあるチカラを手に入れてしまっていたということに限るだろう。
藪を突いて世界蛇……どころか、世界よりも大きな竜神を呼び出してしまったグレアムは悲惨としか言いようがない。
長年に渡って積み重ねてきた経験というアドバンテージを持つという自負が、骨の髄にまで染みついていた人間としての価値観を絶対のものだと思い込ませていたのだ。
相手は『神成るモノ』すら超えた限りなく“神”に近い
「あのさ、あのさ! 私、フェイトたちを手伝ってあげたいんだけどダメかな?」
神の裁きをただ待つだけの罪人と化しつつあったグレアムを救ったのは、黄金の竜神の支配下に置かれた空間の中でも平然と動くことができる少女の一人だった。
「このまま地球がボカーン! てしちゃったら、もう二度と翠屋のシュークリームが食べられなくなっちゃうよ! 桃子さんや美由紀さんともお話しできなくなっちゃうし! そんなのヤダ!」
「む……! 言われてみれば……確かに一理あるな。マスターのコーヒーを飲めなくなるのは大事だと言わざるを得ないか。高町 恭也とも再戦の約束を交わしているし――約束を反故にするのはいかんな」
「でしょ、でしょ! だからさ~、お話に乗ってあげたら~? ジュエル君たちも戻ってこられるんでしょ。管理局にカチコミしなくて済むんなら、それでいいんじゃないかな?」
「ふむ……まあ、確かに
「ほ、本当かね?」
「翠屋を失う訳にはいかないからな。しょうがない……高町 花梨に高町 なのは、お前たちの家族に感謝しとけ。あれほど素晴らしいデザートとコーヒーを生み出せる存在は、まさしく世界の宝と呼ぶに相応しいのだからな」
「へ? あ、うん……ありがとう?」
「えと、またのご来店をお待ちします……?」
まさか実家の喫茶店が交渉の決め手になるとは思ってもいなかった高町姉妹の表情が、大変愉快な表情になっている。
レヴィやディアーチェなどが彼女らを指差して笑っているのが、その証明と言えるだろう。
「な~に? 君がそこまで入れ込むほどの物なの? その翠屋って」
「ああ。断言してもいい、アレは……良いものだ……!」
「ふ~ん? ――んじゃあ、ボクもいっぺん行ってみようかな? あ、でもこの星がボカ~ンしちゃったら無理なワケだよねぇ……しょうがないな~~、ボクも力を貸すよ」
「ず、ずいぶんとアッサリしているんですね……。いいんですか、ルビーさん?」
「ん~~……まあ、いんじゃね?
「ふぇ!? わ、私ですか? 私は、その……お手伝いくらいしてもいいんじゃないかなって思ってるんですけど……ディアーチェたちはどう思います?」
「む? まあ、子烏どもが平伏して懇願してくるというのならば、考えてやらんことも無いがな!」
「おお~~! さっすが王様! 空気読めてないっぷりが並みじゃないね! そこに痺れる! 憧れるぅ!!」
「ハァ~ッハッハッハ! うむ、うむ! もっと褒めるがよいぞレヴィ!」
「――ユーリどうしましょう、王の残念っぷりが刻一刻と進行してしまっているのですが」
「え、えっと……あ、あれもまた味があって可愛いと思います……よ?」
「おバカな子ほどかわいいって奴だね~~♪」
「さすがにそこまでは言ってませんよ、アリシアさんっ!?」
「(さて、
アースラで指揮を執っていたはずのリンディや、拘束されていなければならない筈のグレアムたちまでもが
返答は無言、そして彼女たちの顔に浮かぶ苦々しい表情だった。
「確かに、貴方の推測どおりですよ。……現在、我々が維持している封時結界を包み込むように展開されている結界
「リンディ君が直接乗り込んできたのも、艦橋からでは内部の情報が一切確認できなかったからだ。しかも、目標座標のデータを収集できない以上、アルカンシェルは封じられているといっても過言ではないのだよ」
その言葉の意味を即座に理解したクロノの両目が限界まで見開かれる。
アルカンシェルは管理局最強の極大魔導砲だ。着弾地点を中心に、周囲数百キロにも上る範囲にある空間を歪曲、対消滅させることによって対象を完全に消滅させるというまさに究極の魔導兵器と呼ぶにふさわしい破壊力を秘めている最強兵器だ。
だが、あまりにも強力過ぎるが故に、発射シークエンスにはいくつもの
細かい狙いもつけないまま撃ち出してしまった場合、効果範囲の広さ故に目標を破壊することは出来ても、撃ち込んだ星そのものに多大な被害を及ぼしてしまうことは想像に難しくない。
最悪の場合、世界レベルでの異常気象を引き起こすきっかけにすらなりかねない、それほど圧倒的な破壊力を秘めているのだ。
さらに言うならば、アースラの機器でも解析できなかったこの結界は、外部からのあらゆる干渉を弾き返す『反射』の特性が付与されていた。放たれたアルカンシェルをそのまま弾き返す……なんていう非常識を起こさないとも言い切れない以上、危険すぎる博打を打つことは指揮官として了承しかねる。
だからこそ、リンディは戦場に現れたのだ。この結界の正体に心当たりがある可能性が極めて高い人物たちが揃っている、この戦場に。
アルカンシェルについての説明を訊いていた一同が挙って反対の意を表す中、リンディから結界の正体について問われたダークネスは、そんなことかと言わんばかりにあっさりと答える。
「その結界はNo.“0”が発動させた奴だな。単純に封時結界の強化版とでも認識ておけば間違いはないと思うぞ? ただし、結界内外への移動、転移、通信を回復させるのは、俺たちでも不可能だろうな。
「なんでだい? アンタがボコってやってるんだろう? だったらこれだけの頭数がそろっているんだ、全員で探せばすぐに見つけ出せるだろ?」
「いや、奴の所在はもうわかっている。――あの中だ」
ダークネスが指さすのは、叫び声を上げ続けている“闇の書の闇”。漆黒の純白の魔力を放出する奴の体躯はさらなる膨張を繰り返して、より歪に、より禍々しく成長……いや、進化を行っている。
「……マジ?」
「マジだ。俺たちが来る前に一筋の閃光がアレの中に吸い込まれていったのを覚えているだろう? どうやらあの光は白夜の奴の最後の足掻きで発動させた防御術だったらしくてな。あの中に傷が癒えるまで籠城する魂胆らしい」
彼らは知らないことだが、ダークネスの神代魔法を受けた白夜が己の消え去る直前に発動させた最後の“能力”……その名を『
推測通り、白夜の身体を包み込む球体状の防御壁を形成して本人を保護しつつ、近くにいる最も強い存在の体内に潜り込むことで傷が回復しきるまでの時間を稼ぐというチカラだ。
参加者たちは対象外となるので、必然的にこの場で最強の存在である“闇の書の闇”に自ら取り込まれたのだ。元来は寄生する対象の内部に異空間を形成してその中に潜むというものだが、“闇の書の闇”がもつ吸収と融合という特性を鑑みるに、
“闇の書の闇”から溢れ出す漆黒の魔力に混じって、白夜の魔力光が混じっているのが何よりの証拠だろう。
つまり、結界を消滅させるためには白夜を取り込んでさらにパワーアップした“闇の書の闇”を破壊しなければならず、そうしなければアルカンシェルも放てないということだ。
切り札を封じられたハラオウン親子が思わず悪態をついてしまう。
だが同時にこうも考えていた。これほどの戦力が一堂に会したこのタイミングこそ、“闇の書”の呪いを終わらせることのできる最初にして最後の機会であると。
戦力としてはアースラの主戦力だけで封印、あるいは破壊までもっていく筈だった当初の予定を大きく上回る頭数を揃えることが出来ている。
エースクラスの戦力として計算できる花梨やなのは、フェイトの三人に戦闘も可能なサポート要員であるユーノとアルフ。
空戦適正こそないものの、近接格闘術には目を見張る才を垣間見せるアルクに、“闇の書”に引けを取らない性能を有している魔導書の使い手である葉月。
執務官でありアースラのエースでもあるクロノに、Sランククラスの
これに加え、協力を表明している“闇の書”の元主にして“夜天の魔導書”の主であるはやて、元“闇の書”の管理人格であったリィンフォース。
シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラからなる守護騎士たちと、ベルカ式の使い手であり“夜天の王”の弟でもあるコウタ。
先の攻防で魔力をいくらか消耗しているとは言え、それでも一線級の実力者であることは疑いようの無いグレアムと彼の使い魔リーゼアリア&リーゼロッテ。
さらに、規格外の怪物であるダークネス、大魔導師の娘アリシア、底知れない叡智を秘めたルビーに“紫天の書”一派の四人、シュテル、ユーリ、レヴィ、ディアーチェ。
アルカンシェルという切り札を抜きに考えても、現状で考えられうる最強の戦力勢だ。
――世界を救うため、大切な人を守るためには、気に入らない相手だろうとも協力するべきだ。
本音はともかく、主義も価値観も違う者たちがこうして集まっているのだ。人の数だけ想いは存在し、同じ数だけ考え方も異なっている。
ならば、必ずや最善を導き出す手段が隠されている筈、いくつもの案を出し合えば、必ずや決め手となりうる意見を導き出せるはずだ。
「【デュランダル】で凍結封印しちゃえば良いんじゃないの?」
「いえ、それは無理です。暴走を開始した“闇の書の闇”は純粋な魔力の塊でしかないんです。たとえ目に見える『器』を凍結したとしても、コアは活動し続けます。せいぜい、一時的に動きを止めることくらいにしかならないと思います」
切り札として用意した凍結封印が不可能だとシャマルに説明されて、提案したリーゼロッテは悔しそうに歯を食いしばる。グレアムやリーゼアリアも同じような表情を浮かべていた。
彼らが十年もの歳月をかけて導き出した“闇の書”の永久封印の手段が誤りであると断じられたのだから、それは仕方のなことなのかも知れない。
「力押しじゃあ駄目なの? ごちゃごちゃ考えるのメンドくさいよ~~」
「戯け! いくら『器』を破壊しようとも、コアをどうにか出来なければどうしようもなかろうが」
「王様でも無理なの? その本……えっと、“紫天の魔導書”だっけ? 取り戻したその本に、すっごい魔法が載ってたりしないの?」
「む……それは、その、だな……えっと、まだ取り戻したばかりで、登録されている魔法の全てを理解できているわけではなくてだな……」
「要するに『つかえね~』ということですよ」
「うぉぉおい!? シュテル貴様! 最近本当に我に対する敬意というものが欠けておるのではないか!?」
「事実でしょう? 反論を言いたければ、小型版アルカンシェルみたいな魔法を使えるようになってから出直してきてください」
「ぐぎぎ……! き、貴様! その言葉を忘れるなよ! 必ずや『ぎゃふん』と言わせてやるからな! 本当だぞ!? 本当だからな!?」
「――まあ、あの娘たちは放っておくとして……葉月、貴方の力でもっと大きな、それこそあれのコアが通り抜けられるくらいの大きな孔を開くことってできないの? 外に放り出せさえすれば、アルカンシェルでドカン! って出来るんでしょ?」
賑やかな四人組を脇に置いておくとして、結界の外へと通じる孔を開くことが出来る葉月に、花梨が問いかける。
「難しいですわね……直径一メートルほどの孔を開けるのに数十分は掛かりましたから。あれほどの大きさがあるものを通り抜けさせるくらいのものを開くとなると、時間的にも必要な魔力的にも現実的ではありませんね。孔を開けきる前に、私たちの方がやられてしまいますよ」
結界の内側から外へと向けて物質を転移させるには、それが通り抜けられるだけの通路、あるいは孔を必要とする。あれ程のサイズともなると、リンカーコアの大きさも人間のそれとは比べ物にならにだろう。
それに、彼女たちの『知識』を考慮すると、転移の途中で再生により体積が膨張、穴を通り抜けられない可能性の方が大きい。あまりにもリスクが高すぎる。
その後もいくつかの提案が出されたものの、“闇の書”に詳しいはやてたちからのダメだし、内容が現実的ではないという理由などで却下されるばかりで具体的な案件が見つけられないまま、無情にも時間だけが過ぎていく。
そんな中、討論の場の外からその様子を眺めていたアリシアが、定位置であるダークネスの左肩に乗っかりながら気になっていたことを聞いた。
「ダークちゃんでも無理なの? 神代魔法でボッカーン! ってやっつけられないのかな?」
「ん? それは……難しいんじゃないか? 確かに全力の
「何か問題でもあるのですか?」
アリシアに続く様に、彼の右肩に乗りかかりながら問いかけたのはシュテルだ。
どうやら
「問題というか……白夜の奴と完全に融合しているというのなら別だが、その辺がハッキリしない現状でアレを確実に消滅させるには神代魔法を使わざるをえない。白夜の奴を取り込んでいるんだからな、用心するに越した事はない、確実に仕留めなければ。ただその場合――」
「その場合?」
「俺以外の全員死ぬ」
名状しがたい沈黙が広がっていく。シュテルは顔だけでなく全身を硬直させ、アリシアすらも声を無くしてしまった。
聞き耳を立てていた一同も、皆同じような反応を返していた。
「――死ぬんですか? 私たちが?」
「ああ、ついでに海鳴市……いや、地球の半分くらいは消し飛ぶんじゃないか?」
「だから、さらりと物騒なこと言うのやめてくれない!?」
心なし顔色が悪いシュテルに対し、ダークネスはまたもやあっさりと答える。平然と、まるでそれが当然のことであるとでも言うような、そういう口調だった。
「ギル・グレアムが持っているジュエルシードを手に入れれば、神代魔法に完全な次元破壊効果を付与できる。それなら俺一人でもアレをどうにかできるんだが……問題は余波の方だ。いいか? 神代魔法は世界を滅ぼしかねない破壊力を秘めた最強の魔法だ。つまり、結界で閉じられたこの場所で放とうものなら、間違いなくお前たちは余波に巻き込まれてしまうだろう。ああ、俺の後ろに隠れても無駄だからな? 解放されて荒れ狂う魔力の嵐に全身をズタズタにされるのがオチだ」
「だ、だったらジュエルシードの力で結界に大穴を開けてくれるだけで済む話じゃない!? 貴方が開けた大孔を通して、コアだけを宇宙なりに転移させてアルカンシェルでドカン! で、いいじゃない!?」
「それも無理だろうな。さっきも言ったが、あの結界は
『良くない!!』
だろ? と、言うようにワザとらしく肩をすくめる。言ってることが真実であり、なおかつ冗談で済まないのだから性質が悪い。
――だが。
「あ、あのー」
一人の少女が恐る恐る、手を上げていた。ダークネスは挙手をした少女……なのはを怪訝な顔を浮かべながら尋ねる。
「どうした、高町 なのは?」
一同の視線が一斉に彼女へと向けられて、思わず驚いてしまう。
が、深い深呼吸をすることで自分を落ち着かせると、少しだけ躊躇しながら発言した。
「さっき、白夜さんって人が融合しているのならともかく、って言われてましたけど、それってどういう……?」
「ああ、あれか。奴は俺やお前の姉たちと似たような境遇の存在なんだが……実は、そういう奴――俺たちは参加者と呼んでいるんだが――を確実に葬り去る技を開発していてな? もし奴とコアが完全に融合して“一つの存在”となっているのなら、それを使ってどうにかできる、という話だっただけだ。あの技なら効果範囲も狭いし、アリシアたちを巻き込むことも無いだろうしな」
「ちょっ……それ、ものすごく重要な情報でしょ!? なんで、言わなかったのよ!?」
「言ってどうなるわけでもないだろう? 奴の状態がわからない以上、もしかしたら効果が無いかも知れないんだから。開発中といっただろう? イチかバチかの賭けはどうにも好きになれん」
「でしたら、
自信ありげに身を乗り出した葉月に、いくつかの怪訝そうな視線が向けられる。
それは、彼女の力を知らない者たちからの物。逆に、彼女の実力を知っている者たちは、驚嘆とも、呆れとも取れる顔を見せていた。
「【グリモワール】形態変化、Mode:『いどのえにっき』」
【了解でございます!】
打てば響く鐘の様に主たる幼き魔女の命に従って、一人での宙に浮かぶビッグサイズの魔導書がその姿を変えていく。光を放ちながら、その輪郭がどんどん小さくなっていく。
花梨たちの驚くような視線を浴びた先、変化を終了させた【グリモワール】がゆっくりと葉月の手の中に舞い降りる。
彼女の移動手段として人間を乗せられるほどの大きさを誇っていた魔導書は、古本屋などで見かける日記帳へと姿を変えていた。それが何なのか、知識として知っていたアルクやコウタが騒いでいるのを華麗にスルーしつつ、葉月は無造作にページを開く。それは絵日記だった。夏休みの宿題に出るような、鉛筆とクレヨンで書き込まれるようなもの。ただし紙面には文字も、絵も、なに一つ見当たらなかった。
見紛うこと無き白紙のページに手を翳し、視線は叫び声を上げ続けている“闇の書の闇”へ。
「“0”のフルネームってわかります?」
「え? ええと『新羅 白夜』ですが」
「ありがとう、ユーリさん。よし……コホン、『新羅 白夜さん! 貴方は今、“闇の書の闇”のコアと融合なさっておられるのですかーー!?』」
当然のように返答はない。しかし、白紙だったはずの日記帳に、まるで浮かび上がる様に文字と絵が出現する。
これこそが、【グリモワール】の能力の一つ“写本閲覧”。
書物というカテゴリーに属するマジックアイテム、ロストロギアといったものと寸毫の違いも見せぬ能力を持つ写本に変じる能力。
今回使用したのは、アーティファクト『いどのえにっき』。
名前を呼んだ相手の思考を絵日記として記録、表示するというマジックアイテムだ。
葉月は魔力に言葉を乗せて遠くの相手にまで届ける“言霊”と呼ばれる技術をつかい、“闇の書の闇”内部にいるであろう白夜に問いかけたのだ。
狙ったのは中心部なので、もし彼がコアと融合していないのならばそこに対象がいないことになり、絵日記は無反応のままだっただろう。
しかし、こうして反応が返ってきたということは、やはり彼がコアと一つになっているのだろう。
“闇の書の闇”の外装が邪魔をしているのか、文字化けが激しくて何が書かれているのかさっぱり読み取れないのが気になるところだが、それは後回しにしても構わないだろう。今は先に、やるべきことがあるのだから。
クロノがリンディの方を見る。この場の最高責任者に当たる彼女の了承の意を示す頷きを確認してから、全員の顔を見回した。
「よし、では作戦を纏めよう。まずは全員で“闇の書の闇”へ攻撃、目視で確認できるほどの障壁を展開しているようだが関係ない。手加減なしの全力を叩き込んでやれ。そうして奴の外装を破壊して、“0”とやらと融合しているコア部分を露出させる。そこで“Ⅰ”、君の一撃で“0”ごとコアを撃ち抜く。……結局は力押しのような形になってしまったがこれで行こうと思う。皆はどう思う?」
「ま、アルカンシェルで町ごと吹っ飛ばすってのよりかはいいんじゃないの?」
アリシアと過ごした夢のお蔭か、はたまた空気を読んでいるのかはわからないが、今のフェイトからはアリシアやダークネスへの敵愾心が薄れていたため、彼女の精神の影響を受けやすいアルフも
「うん! 皆で力を合わせれば、きっとうまくいくよ!」
「ええ、そうね! ――アンタも! 任せたからね『ダークネス』」
「そういうお前こそ、しくじるなよ? ――『高町 花梨』」
「ちょっ!? そこは『花梨』って名前で呼ぶ場面でしょうが! 空気読みなさいよ!」
「だが断る」
「いけません花梨さん! 殿方にファーストネームを呼ばせるという行為はラヴ・シチュエーションのスタートイベントですわ! 幼女を侍らせるような男の好感度をアップさせてしまえば、お手つきにされちゃいますわよ!?」
「はぁっ!? いいいいきなり何を言いだすによこの娘は!? べつ、別に私は『ダーク』のことなんて……」
「もう愛称で呼ばれているのですか!? 好感度が上がるの、ちょっとばかり早すぎではありませんか!?」
「ダークちゃんてば、ま~た女の子を増やすつもりなのかな?」
「ふむ……貴方は女たらしだったのですね」
「アリシア、ジト目を止めろ。シュテル、お前も断定するな、せめて疑問符位つけろ。俺の意志を無視して勝手な想像を膨らませるんじゃない。――“Ⅲ”、血涙なんぞ流しながら睨み付けてくるな。うっとおしい」
「リア充野郎が……っ! お前さえ……、お前さえいなければ……っ!!」
「はいはい。時間もありませんから、いい加減配置についてください」
両手を叩いてどうしても真面目空間が続かない一同の注目を集めたリンディは困った風な微笑を浮かべつつ、配置につく様に散開させていく。
各員が所定の場所に移動するのと、“闇の書の闇”が動きを見せたのはほとんど同時のことだった。
『A’s』編
次回、スーパーフルボッコタ――げふん、げふん! ……もとい、決戦開始!
なるべく早くアップできるように、頑張ります。
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決戦、”闇の書” 『闇の終局』
先に言っておきますが――出し惜しみはありません!
遂に動き出した“闇の書の闇”……『ナハトヴァール』とも呼ばれる存在がまず行ったのは、攻撃では無く、防御の強化だった。極彩色に映る防御バリアが“闇の書の闇”を覆いつくす。
「対魔力と対物理の複合多連層式のバリアフィールド……まったく、面倒なものを用意してくれるものね」
「魔力の密度が濃すぎて、バリアが何層あるのか解析できんな……強度も相当のレベルだと思われる。それでも――やるのだね、クロノ?」
冷静に“闇の書の闇”の展開させた障壁について分析を行っていたリンディとグレアムの隣に並び立つクロノが浮かべているのは、悲壮さすら感じさせる覚悟――ではなく、自分たちの勝利を確信しているふてぶてしい笑みだった。
「もちろんです。僕たちのやるべきことは何も変わりませんよ。変える必要もありません。何故なら――今の僕たちに、倒せない存在などありはしませんからね!」
皆の心を奮い立たせるように、戦意に滾るクロノの声が響き渡る。
悲しき連鎖を終わらせる、そんなクロノの想いを理解したのだろう。皆もまた、その顔が不敵な笑みへと変わっていく。
血気に滾る若者たちを見て、リンディは楽しそうに笑い声を溢し、グレアム次世代を背負う若き世代の成長に、静かに涙を零す。
未来は彼らの手に委ねられたのだ、老兵は言葉少なく立ち去るのみだな。
だが、けじめだけはつけなければならない。愚かな自分に付き合ってくれた娘たちに報いるためにも、
「行くぞ皆! “闇の書”に関わる全ての呪い……今日! 此処で断つ!」
『応!!』
クロノの号令が発せられた瞬間、大地から生まれ出た触手から、次々と閃光が放たれる。都市部全てを呑み込むほどに広がった闇が蠢き、形を成した悍ましい触手の数、もはや数百はくだらないだろう。
絶え間なく放たれ続ける砲撃の雨を、弾き、受け流し、防ぎ、回避しながらくぐり抜ける。
しかし、大地より降り注ぐ光の豪雨を何とかしなければ、大技を撃つ前の“
「チィッ!? こうなったら……アリア!」
「わかったわ、ロッテ!」
密度を加速的に増していく弾幕を何とかするために、後輩たちが進む道を切り開くために、二体の使い魔が覚悟を決める。
「アタシの残存魔力じゃあ、アレを使うのは無理っぽいね」
「私も同じようなものよ。だったら――」
「ああ、そうだね――」
「「二人で協力すればいいんじゃない♪」」
手を重ね合わせ、心を静かに同調させていく。
同じ
ならば、互いの間に直接
「悠久なる凍土……」
「凍てつく棺のうちにて……」
「「永遠の眠りを与えよ……!」」
ロッテが歌うように詠唱を紡げば、それをアリアが歌い返す。
重ねた手と手に両者の魔力が集束し、一つの形となって具現化する。
それは万物を凍てつかせる氷の棺。十年もの歳月が磨き上げた、闇を眠らせる氷獄の世界。
「「凍てつけ! エターナルコフィン!!」」
“闇の書の闇”を指して、詠唱を結ぶ。撃ち放たれた青い魔力は大気と交わり、氷の道となって突き進む。
襲い掛かる触手たちの砲撃をものともせずに闇に支配された大地へと突き刺さり、そこを起点に闇が、触手が、大地が凍結していく。
本体のバリアを破るまでには至らなかったが、その外側で砲撃を放っていた触手たちを氷漬けにしてやることは出来たので、まあ合格点と言えるだろう。
彼女たちの覚悟が起こしたのは、間違いなく奇跡。
術式についての知識は彼女たち自身も持っていた。だが、デバイスによる補助もなく、極大凍結魔法を発動させることなど、通常ならば不可能。
だが、その不可能を現実のものにしてみせた。彼女たちの強い意志が、願いが、この現実を手繰り寄せたのだ。
蒼い魔力の燐光を散らしつつ、二人揃って、してやったりとばかりにふてぶてしい笑みを“闇の書の闇”へと向けてやる。
「はぁ、はぁ……よっし! 動きが止まった!」
「貴方たち! ぼさっとしないで、さっさといきなさい!」
疲労困憊といった有様でありながら、暗躍を繰り返してきた彼女たちに気遣いすら見せるお人よし集団が立ち止まらないように送り出す。それが自分たちにできる精一杯の罪滅ぼしだ。
触手が完全に凍結したことで嵐のような砲撃が奏でていた怒号が鎮まり返る。
刹那の静寂、それを切り裂くのは紫電を纏いし、天雷の魔法少女。
「よおっし! アリシア・テスタロッサと“気高き魔女の箒”【ヴィントブルーム】! 一番槍は私たちがもらったんだよーっ!」
【Beak Shooter……fire!】
箒を駆り、夜天に金色の軌跡を描きながら距離を詰め、柄先より魔力弾を撃ち放った。
放たれた八つの魔力弾は、遮るものもないまま一直線にバリアへと突き刺さる。
だが、バリアを破るまでの威力は込められていなかったらしく、僅かなヒビを刻みつけるだけに留まってしまう。それを見た“闇の書の闇”頭部の女性の口元が歪に吊り上る。
まるで、結果の見えすぎてる愚行を繰り返すだけの、無駄な足掻きだと言わんばかりに卑下しているような反応だった。
だが、アリシアの口端も、不敵に吊り上っていく。それはまるで、してやったりと言わんばかりの会心の笑みだった。
そう、大魔導師の後継者たる魔法少女の攻撃がこの程度で済むはずが無い!
「ビークシューター、シンクロ!」
アリシアが撃ち込んだ魔力弾、その形状は“球体”ではなく“鋭利な三角錐”だった。
まるで猛禽類の鋭爪の如き貫通力を秘めたソレは、バリアに弾き返されるのではなく、深々と食い込み亀裂を走らせていた。
彼女の命令に呼応して、八つの楔と化した魔力弾が輝きを放ち、それらを繋げる光の線を走らせる。
「点と点を繋いで線と成し 線と線が交叉すれば 新たなカタチへとうつろい変わる!」
【Break Field……Set!】
八つの魔力弾が繋がり、描かれたのは円陣の中で正四角形が二つ回転するミッド式魔法陣。
増幅、障壁貫通効果を付与された魔力増幅用魔法陣だ。
「ブルームランチャー……セット!」
【Form change 『Blome Launcher』】
乗っていたデバイスから身を翻すと、大きくその形状を変えた相棒を脇に構える。
【ヴィントブルーム】自身の長さは倍以上に延び、その形状は『箒』というよりも『槍』か『狙撃銃』といった方が正しいかもしれない。
杖頭には銃口が備わり、フレーム全体に機械的な外装が装着されている。身の丈を大きく超える相棒を軽々と振り回し、増築されたトリガーに指を掛ける。
「ブルームランチャー、砲身解放!」
先端の銃口装甲が開き、魔力で生成された疑似砲塔が展開、構築される。
環状魔方陣が砲塔を包み、雷光を撒き散らしながら破壊の魔力が集束されていく。
狙うはバリアに刻まれた魔方陣の中央、ただ一点!
「照準セット……誤差修正。
【射線軸固定、障壁破壊魔法陣との
「了解っ! 行くんだよっ! ライジング・ブレイザ――!!」
撃ち放たれしは天の裁きを下す雷神の咆哮。紫電を振りまく光の奔流が、バリアに描かれた魔法陣へと突き刺さる。その瞬間、魔法陣が眩い輝きを放ちながら回転を加速させ、紫電の雷光にバリアを喰い破る力を与えていく。雷光の輝きは更なる高みへと昇り続ける。まるで、遥かな天空に座する黄金の竜神の傍らに立つのは己なのだと示すかのように。
バリアが軋みを上げ、“闇の書の闇が”悲鳴を上げる。
だが、まだアリシアの攻撃は終わらない、終わってやらない。
「マキシマム――!」
【Burst!】
止めとばかりに魔力を注ぎ込めば、雷光の勢いが更なる高みを見せる。
初撃でヒビが刻まれていたバリアはその猛威に耐えきれず、粉々に爆散、第二層にまで深々と亀裂を走らせてみせた。
さらに、撒き散らされた雷光が氷結させていた触手群を軒並み粉砕し、地面を伝って本体の外装を焼き焦がす。
苦痛の悲鳴を上げる“闇の書の闇”に向け、アリシアは右手を銃の形にして弾を打ち出すようなリアクションをしてやった。
「BANG! ――そんでもって、よっしゃー! なんだよっ!」
残留魔力を排出する愛機に再び跨ったアリシアは、即座にその場を離脱、高速飛翔で“闇の書の闇”の反撃可能エリアから逃れてみせた。
「へっ、やるじゃねェかアイツ! んなら、次はアタシの出番だ! 行くぞ、アイゼンっ!」
【Ja!】
紫電の魔法少女に続くのは、鉄の男爵を振るいし鉄槌の騎士。
【ギガントフォルム】へと変形させた愛機を肩に担ぎながら、逆の手を軽く振るう。
すると、まるで手品のように指の間に鉄球が出現した。
片手で構えた【グラーフアイゼン】を大きく振りかぶり、生成した鉄球数個を目の前に放る。軽やかに宙に浮かぶ鉄球を見据え、両手でアイゼンの柄を握り締めると、大きく叫びながら振りかぶる。
「いっけぇええええっ! ネイルフリーゲンッ!」
美しい半円を描くスイングは、理想的な重心移動、腕の振り、弾道の角度を伴って鉄球を一つづつ素早く、コンパクトにかっ飛ばす! まさに、現役メジャーリーガーも真っ青なスーパーショットだ。
撃ち出された鉄球は脆くなったバリア、最もダメージの深い一点に命中する。だが、それだけではない。連続して撃ち出された鉄球が、先に打ち出された鉄球に寸分の狂いもなく命中し続ける。
まるで鉄球が団子のように同じポイントに撃ち込まれ続ける衝撃で、最も先端にある鉄球を押し込んでいく。
撃ち出された五つの鉄球、その最後の一つが撃ち込まれた瞬間、鉄球が連結して別の形へと生まれ変わっていく。
それは『釘』。壊れかけたバリアに突き刺さる銀色の釘であった。
ヴィータは回転による遠心力を上乗せさせながら急接近、全てを打ち砕く相棒を邪悪を撃ち抜く聖なる銀槍、その中央へと叩き付ける!
「おおおおおおおっ! ギガ・インパクト……シュラァァアアアアアクッ!!」
轟音爆砕。まさにその言葉を体現したかのような衝撃が、結界内部に吹き荒れる。
文字通りの全力を叩き込まれた銀の釘は二層目のバリヤを破壊するだけにとどまらず、次の第三層にまで達するほど深々と突き刺さる。
だがそれで終わりではない。【グラーフアイゼン】のもたらした衝撃は釘の内部を通して“闇の書の闇”本体にまで到達、少なくないダメージを与える。
それと同時に釘をバリアに打ち込んだ状態で爆発させて、三層目のバリアを内側から粉砕していせた
。内外からの同時衝撃《ダブルインパクト》、これこそが【ギガ・インパクトシュラーク】の真骨頂。如何なる堅固な守りも正面から打ち破る、最強の鎚。
衝撃のすさまじさは、バリア越しだと言うのに“闇の書の闇”が地面にめり込みかけてしまっていることが、何よりの証明と言えるだろう。
だが、まだまだ攻撃の手は緩まない。
「へっ、やっぱ人間は大地の上に立つべきだよなァ」
焼焦げた触手の残骸と砕け散った氷漬けの大地を踏みならしながら近づいていくのはアルク。
指を鳴らしながら軽く跳ねると、ゆっくりとした動きで駆け出していく。低速から中速へ、そして高速へとギアを上げながら、右の拳を握る。
大きく振りかぶったそれは、誰が見ても一目でわかるテレフォンパンチ。されども、それが唯の拳であろうはずも無い。
『バチバチバチ……』と、アルクが握りしめた拳の中から火花のような音が溢れ出してくる。
それは連鎖爆発。いつの爆発を起点として、無数の爆発が連鎖的に起こる現象……アルクの拳の中で行われているのはまさにそれだった。普通の人間ならば手が吹っ飛んでしまうようなバカバカしい行為、されども……それを行うのが彼であるならば、それは最強の拳へと生まれ変わる!
「滅龍超奥義……!」
十分な加速を得ると、アルクは“闇の書の闇”へと向けて跳躍、突き出した左手を引く反動で、渾身の奥義を叩き込む。
ドラゴンをも屠る、最強の
「
全てを破壊する最強の爆発拳技。
その拳は脆くなっていたバリアを、まるで薄紙のように破って見せた。
さらに、撃ち出された拳が触れた箇所で連鎖的に爆発が繰り返され、バリア全体を震わせるほどの衝撃の嵐が吹き荒れる。
ようやく爆発が収まったころには、肉眼で確認できるほどの亀裂、或いはほとんど砕け散ってしまいながらも何とかバリアとしての態を維持している有様の“闇の書の闇”が怒りの形相でアルクを睨み付けていた。
「あ、ヤベ……!?」
「アァアアアアアアアアッ!!」
怒号とも悲鳴とも取れる叫びを上げる“闇の書の闇”からさらなる魔力が溢れ出す。
濃密な闇色の魔力が衝撃を生み出し、至近距離にいるアルクの動きを縛る。
さらに、破壊したはずの触手の残骸が放出された魔力に包まれたかと思うと、瞬きをする間もなく再生、増幅を繰り返していく。
身体の竦んだアルクを取り囲むように再生を完了した触手の先端、鋭利なカギ爪へと変化させたソレをアルク目掛けて振り下ろした。
「ちょ――!?」
爆音を響かせながら、アルクの身体が粉塵の中へと消える。
その光景に一同が息を呑む中、呆れたような溜息を零す一人の少女の姿があった。
場違いすぎる異彩にいくつかの困惑の視線が向けられる中、画板ほどの大きさがある魔導書に指を掛け、開いたページに手を翳していた少女……葉月は、数言を唱える。
「――影より影へとうつろいなさい」
ページを埋め尽くすのは古代文字とも幾何学模様ともとれる文字らしきものの羅列。
その一節をなぞる様に指を走らせば、ビルの残骸に落ちる花梨の影、その輪郭が揺らめき、膨れ上がる。
質量を得た影が、まるで風船が破裂する様にはじけ飛んだ後には、呆けた顔を晒しながら尻餅をついたアルクの姿があった。
「へ? え? はぇ?」
「あまり手間をかけさせないでくださいな――っと、危ないですわね」
影から影へ、任意の物体を強制転移させる魔法でアルクを助け出して見せた葉月への警戒度を引き上げたらしく、触手から再度放たれた砲撃が彼女目掛けて殺到する。
勢いよく魔導書を閉じるなり、その上に飛び乗って離脱する。彼女の後を追うように振り回される触手が襲い掛かる。葉月は
だが、四方から絶え間なく襲いかかってくる砲撃とカギ爪がいい加減にうっとおしくなったのだろう。
左右の人差し指で唇にそっと触れると、勢いよく引き離す。すると指先の間を走るように黄色い線が生まれた。否、それは線ではない。線のように見えるそれは、恐ろしく薄く、鋭利な魔力で生み出された刃であった。回避行動のため激しく動き回る葉月の目の前にぴたりと追随する刃は、主の命が下されるのをじっと待つ猟犬を彷彿させた。
「さぁ……おいきなさい!」
鋭い気合いと共に勢いよく右手を振り下せば、魔力刃は瞬く間に音速の壁を突破しながら空を翔け、おぞましい触手たちを切り刻んでいく。
オーケストラを束ねる指揮者のように立てた人差し指を振るえば、魔力刃はその動きに従うよう縦横無尽に空を駆け巡り、それなりの強度を誇っていたはずの触手を軒並み伐採していく。
しかも、ただ切り刻んでいる訳ではない。細切れと化した触手はとある異常を起こしていた。それは――
「……あれ? 輪切りにされた触手が再生しとらんやと……?」
「いや、違う! 再生していないんじゃない! 再生
そう、触手の傷口は凍結呪文を受けたかのように凍りついており、その氷が再生を阻んでいたのだ。葉月が放った魔力刃は、ただ魔力を刃に変えたなどという単純なものではなかったのだ。
あの魔力刃を構成するのは『風』、それも超高高度の空気と同じ状態に変質させたもの。
成層圏近くにまで達する空気の温度は氷点下まで達し、水分を一瞬で凍結させるほどの冷気を宿す。
葉月は極寒の風すらも超える『超低温の空気の刃』を生み出して見せたのだ。
魔力に包み込まれることで冷気を内に維持したまま、表層は鋭い刃となって相手を切り裂くこの魔法は、たとえ鋼鉄であろうとも熱したナイフでチーズを切り裂くほど容易く対象を切断し、内に秘めた冷気で傷口を凍てつかせる。
風と氷を組み合わせた複合魔法、さらに触れた対象の魔力を無効化させる
その名を――
「『
蒼穹の如き青を宿す刃が“闇の書の闇”へと襲い掛かる。
強固な守りであったはずのバリアの残りを一瞬の停滞も見せずに切り裂き、勢いをそのままに本体まで割断してみせた。
甲高い悲鳴を上げながら、左半身を斬り落とされたせいでバランスを崩した“闇の書の闇”の体躯は大きく右側へと傾く。幾種もの魔獣をより合わせて無理やり一つの形にしたかのような足で地面を踏みしめて、体勢を維持しようともがいているが、それを黙って見ていてやる義理も、義務も存在しない!
「シグナム、畳みかけて!」
「承知!」
シャマルの声に、シグナムは烈火の炎で燃え上がる自らの獲物を掲げることで応えてみせる。
彼女の想いに呼応する様に、【レヴァンティン】もまた、熱く、滾っていた。主に降りかかる火の粉を切り払うことこそ、守護騎士として、一人の剣士としての本懐。
長年連れ添ってきた相棒故に、彼女が掲げる
「見せてやろう……片刃剣、連結刃、大弓に続く、【レヴァンティン】の新たなる姿を!」
【Wyvern Form!】
鞘より引き抜いた【レヴァンティン】の柄に鞘を連結させる。すると鞘が魔力光に包まれて、新しい姿へと生まれ変わる。
それは刃だった。【レヴァンティン】本体と同じ、片刃の長剣。
二つの剣を繋ぎ合わせたようなこの形態は双刃剣。それを勢いよく振るえば、刀身が無数の刃が連なる連結刃へと変化し、風を、大地を削りながら“闇の書の闇”へと迫る。
刃を取り巻く炎の色は彼女の苛烈さを表す烈火の如き『赤』――ではない。燃え盛る炎の鞭によって全方位を囲まれた”闇の書の闇”を照らすのは、双頭の飛龍と化した刃で燃え盛る――『蒼』。
まるで芸術性すら感じさせるような、美しく透き通るような蒼い輝きを放つ“蒼炎”……火力にものを言わせた炎などとは比べるまでも無い。
洗練され、一切の不純物が含まれない蒼き炎こそ、新なる炎の剣士として覚醒した証。胸の奥底より溢れ出してくる主への想いを刃に乗せ、烈火の将が新たなる力を顕現させる!
「奥義……蒼龍覇軍!」
台風が巻き起こす暴風ですらそよ風だと思えるほどに苛烈な斬閃の嵐が吹き荒れた。
“闇の書の闇”を覆い隠く半球状に展開された蒼き炎の連結刃が、未だ原形を留めていた外装を微塵に切り裂いていく。
破壊力を一点に収束させるのではなく、対象の全方位を包み込むようにして繰り出された斬撃はあまりにも鋭かった。
速すぎる斬撃は“闇の書の闇”に悲鳴を上げる事すら許さない。
柄を握る手首を翻して連結刃を収めた後に残されたのは、外装を余すところなく無残に切り刻まれた“闇の書の闇”の姿だった。
だが、痛々しい風体となっても尚、あれから溢れ出すプレッシャーは微塵も揺るぎを見せていない。まるで、この程度の攻撃など防ぐ価値も無いのだと言わんばかりに。
それについて小さな疑問を抱くものの、追撃の手を緩めてはならないと判断を下す。
「シャマルさん、合わせてください!」
「わかりました!」
蒼炎の騎士に続くのは、凛とした清風を思わせる絆を見せるユーノとシャマル。
シャマルが腕を振るえば深緑を揺らす翡翠の風が吹き荒び、ユーノの翳した掌に展開された魔法陣から伸びる鎖が唸りを上げる。
「「重なりし想いが総てを切り裂く! 翡翠の風よ、走れ!」」
二人の想いに応えるかのように、翡翠の風が緑の鎖に絡みついて一つになっていく。
それはまさに、いと深き深緑の柳葉を優しく揺らす翡翠の春風。
自ら先陣に立つのではなく、誰かを支えるために生れ落ちた彼らの道が、互いを想い、重なり合って新しい
「「ゲイルチェーン!!」」
幾重にも展開させた魔法陣から放たれるのは、決して壊れない絆を体現する風を纏いし大鎖。
大気を震わせ、小さな乱気流を無数に巻き起こしながら薙ぎ払われた鎖が“闇の書の闇”へと絡みつく。鎖を取り巻く高速回転を起こした風が、まるで掘削機のように外装を削り落としながら締め上げていく。
だが、これだけの攻撃に曝されたというのに“闇の書の闇”の動きが止まる事はない。
本体は勿論、砕かれ、切り刻まれ、灰燼にさせられた触手すらも恐ろしいまでの速度で再生してしまっている。
元の形に戻るとしているのではない、残骸となり果てた触手だったものを苗床に、そこから一回り小さな触手が伸び始めているのだ。形状は先と変わらず悍ましいまま、されども一本の太い触手の残骸から数十にも上る新たな分身が生まれ出てくる様は、まさに煉獄の亡者にすら匹敵する悍ましさだった。
太い支柱から無数の細かい触手が生えているソレは、一見するとイソギンチャクにも見えないことも無いが、海底を彩るあちらとは比べるまでも無い眼下の光景に、少女たちに吐き気が込み上げてしまったのも仕方のないことなのかもしれない。
だが、戦場で気を緩めるそれは、戦士としてあまりにも迂闊すぎた。
正面から相対する形になっていた彼女たちに気づかれないように“闇の書の闇”のちょうど影になる反対側の触手に優先的に魔力を流す。
素早く再生させた触手が鎌首を擡げ、気を緩めてしまった少女たちへと狙いを定めると、再び砲撃の嵐が放たれた。サイズが小さくなった代わりに数と連射速度を向上させたらしく、今度の攻撃はまさに視界を埋め尽くすほどの弾幕の豪雨となって天へと翔け上げる。
狙いはフェイトとはやてだ。回避が難しいこれほどの弾幕の前では、防ぐ以外の手立てはない。
だからこそ装甲の薄いフェイトと、リィンフォースのサポートがあるとはいえ間違いなく素人な故に動きが硬いはやてが標的にされたのだ。だが、二人に攻撃が届くことなどありえない。
なぜならば、そのような魂胆を阻むために彼らは存在しているのだから。
「守護獣! 手ェ貸しな!」
「……よかろう! 盾の守護獣の誇り、見せてやろう!」
アルフとザフィーラ、使い魔と守護獣……似て非なる存在であろうとも、彼らの胸中に定められし覚悟は同じもの。主を、大切な人を、あまねく災厄から守り抜く盾となり、敵を屠る牙となる。
それこそが彼らの望み、彼らの信念。彼らの――譲れぬ誓い!
自分自身に刻み付けた覚悟を胸に、主を害なそうとする災厄の前に立ちふさがる。
主を毛先ほども傷付けたりはしないという確かな想いの炎を灯しながら、二人の魔力が渦を巻き、垣根を超えた新たなる力を呼び起こす!
先手を取ったのはザフィーラ。裂号の気合いと共に魔力が放出され、大地が隆起を起こす。
白き輝きを放つそれはまるで巨大なる槍。防御と呪縛の特性を有する盾の守護獣最高の魔法【鋼の軛】。
地面から生えた魔力の槍は、魔力を集束させていた触手たちを一つ残らず貫き、串刺しにしていく。
だが、まだ終わりではない。両腕を翳し、魔法を発動させ続けているザフィーラの手に重ねられるのは、優しき少女を守ると誓った気高き狼。
オレンジ色の雷光へと変化させた魔力がザフィーラの手を通じて、大地を埋め尽くす槍へと伝わっていく。
威力増加、雷属性付与のブースト魔法による支援を受けて、堅牢なる【鋼の軛】がその勢いをさらに増す。
“闇の書の闇”すら串刺しにしてしまうほどに巨大化した燈色の魔槍同士が、まるで共鳴するかのように振動し、帯電を起こしたかのように雷光を振りまいていく。
放たれた雷光同士が結びつき、光の円周を描く。それは槍と雷による半球状の結界。
大地を
【トライ・レゾナンス・ファング】
それこそがこの魔法の正体。
【鋼の軛】を増幅器として発生させた雷光が生み出す超高熱によって相手を焼き尽くす攻性型結界魔法、相手の攻撃を防ぐのではなく、攻撃事態を出来なくするという発想を体現化させた合体魔法だった。
結界に捕らわれてもだえ苦しむ
「――来るか!」
爆発的に高まった魔力の放出によって結界を突き破った“闇の書の闇”の頭部に備わった女性体から閃光が放たれる。
悍ましい下半身部分に埋まっていた両手を引き抜き、重ね合わせて放たれた魔力砲は、抜き打ちであるというのに冗談みたいな威力と魔力が籠められていた。閃光というよりも、光の柱と呼んだ方が正しい一撃は、一切の躊躇も無くダークネスただ一人目掛けて撃ち放たれていた。
迫り来る閃光を前にして、されど彼の表情に悲壮さなどは微塵も無い。それは当たり前のことだろう。
何故なら――
腕を組んだまま、逃げる素振りも見せぬ彼が動きを見せたのはほんの一部、腰部から生えた鋭利な刃を繋ぎ合わせたかのような竜尾のみであった。
太く重量感のある竜尾が撓り、唸りを上げて迫り来る閃光へと叩き付けられる。
たったそれだけ。たったそれだけで、【スターライトブレイカ―】に匹敵する一撃は粉々に打ち砕かれてしまう。
激突による残留魔力の乱気流が、ダークネスの腰まで伸びた黒髪を揺らす。
「その程度か? なぁ……『白夜』?」
不意打ちを容易く無効化され、嘲りを投げつけられた“闇の書の闇”がその全身を大きく震わせた次の瞬間、突如として女性体に亀裂が走る。
ダメージ蓄積による破壊などではない、まるで蛹から蝶が羽化するかのように、内側から魔力と共に何かが姿を現わそうとしているのだ。
程なくして、その者は姿を表した。目も眩むような白い魔力を放出させ、砕け散った女性体に成り代わるように上半身を生やした男。
むき出しの皮膚には文様らしきものが縦横無尽に刻み込まれてり、肌の色もまるで死人のように真っ白だ。逆立つ頭髪の奥から幾本もの角が生え、背中から伸びたパイプのような器官がキメラのような下半身に繋がっている。
かつて、No.”0”を名乗っていた大神に選ばれたと豪語していた少年『新羅 白夜』の成れの果てがそこに在った。
操り人形のような気味の悪い動きで顔を擡げ、青ざめた表情で自分を凝視している少女たちと、自分を差し置いてその傍らに立つ”悪党”どもへと血走った眼光を投げつける。
【■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!】
咆哮。人間の声帯では決して表現することの叶わないであろう叫びは、このような結末を迎えてしまった己に対する悲嘆によるものか、それともこんな状態になるまで追い込んだ元凶へと向ける憤怒によるものなのか、誰にも理解できなかった。
ただ一つだけ言えることは、”自業自得”という単語は彼の辞書に存在していないのだという事実。
そして、もはや普通の人間に戻ることは叶わないと悟った彼が自棄を起こして襲い掛かってきたという確たる現実のみ。
激怒の怒りに呼応して溢れ出すのは白と黒が混じりあった歪な魔力、人外になり果てたが故に扱い切れるようになった底無しの魔力にものを言わせ、砲撃用の触手を瞬く間に再生、増殖させながら展開、視界全てを埋め尽くすほどの悍ましい森林群と化したそれらから一斉に弾幕を展開させた。集束の必要などもはやない、”特典”として与えられたSSSランクに相当する白夜の魔力と”闇の書の闇”が蓄えた暗黒の魔力、圧倒的すぎるエネルギーはただ撃ち出すだけで、艦隊砲撃に匹敵する砲撃の雨を生み出すのだ。
まるで大地全てを敵に回したかのような圧倒的すぎる攻撃の嵐、視界全てを埋め尽くす砲撃に加えて、時折誤射を恐れずに伸ばされた触手による打撃まで含まれているのだ。
自分自身の砲撃で穴だらけになった触手も一瞬で再生しては、皆を弾き飛ばそうと再び伸ばされてくる。このコンビネーションの前では鋭い回避行動を試みようとも避けきることができず、かといって堅牢な障壁をに籠るだけでは反撃の糸口をつかむこともできない。
無限大の魔力と再生能力を有するが故にできる捨て身にも似た猛攻であるが、魔力、体力共に有限の物しか持ち合わせていない彼女らにとって、時間をかけすぎるのは自らの首を絞める以外の何物でもない。
しかし、大技を撃とうにも此処まで激しい猛攻に晒されながら動きを止めて
どれほど堅牢な障壁を生み出そうとも、触手に捕らわれてしまったらそれごと地面に叩き付けられてしまうことだろう。
だからこそ、皆は障壁を維持しつつ動き回っているのだから。
「……お前たち、少しだけじっとしていろ」
場違いなまでに落ち着いた声が一同の意識を集める。
集まる視線の収束点、皆よりもはるかな上空に佇んでいた左右に広げた両掌に『金』と『黒』の魔力球を生み出しているダークネスの姿があった。
砲撃も、触手による打ち付けも弾き返す強固な障壁を展開させていた彼は、怨嗟の咆哮を叫び続けている”闇の書の闇”に取り込まれた
「ちょっ、アンタ! 何を一人だけ強力な障壁を展開させているのよ! 私たちも守ってくれてもいいじゃない!」
ほぼ全員が思ったであろう意見を口にする花梨に向けられたのは、『コイツ、何を言っているんだ?』と言わんばかりの怪訝な表情。
全滅を前にしている一同を、ダークネスはまるで何事も起こっていないかのように悠然と――そしてハッキリと言ってのける。
「お前は何を言っているんだ? 俺は障壁なんてものを
――そう、嵐のような猛攻を防いでいるのは障壁などという陳腐なものではない。
あれは全てを呑み込み、消滅させてしまうほどに強大な魔力の奔流……されども、”闇の書の闇”の攻撃を遮っているものの正体は、志向性を与えられていないただの
そう……攻撃を繰り出すため、魔力を集束させた際に放出された
彼の眼にはひどく滑稽に映っていたことだろう。視界を埋め尽くす弾幕の嵐……そんな、毛ほども役に立たない目晦まし程度を必死になって捌いていた彼女たちの姿が。
と同時に、一同は否応なしに悟る。
彼にとって”脅威”となりうる存在など、もはやどこにも存在していないのだと言う理不尽なまでの現実に――!
天空を照らし上げる究極なる
その切っ先に備わったカギ爪が組み合さり、極大の
大地そのものと化した深き闇の魔力を集束させた一撃は、天すらも穿たんばかりの勢いで突き進み、ダークネスへと襲い掛かる。
しかし……あまねく破壊の力を秘めているであろう凶獣の一撃を前にして、ダークネスの顔に焦りの色は――ない。
何故ならば……彼は理解しているからだ。
たとえ
突き出した腕先で集束を完了させた対極にある閃光球を天高々に打ち上げる。
黄金と漆黒の魔力球は螺旋を描きながら遥かな天空へと立ち上り、一つに交わってはじけ飛ぶ。
拡散していく
呆気にとられた一同の視線を集める先、結界の影響で色褪せた星空を埋め尽くすのは、漆黒の円陣の中に黄金の六芒星が刻まれた幾何学模様の魔法陣。
まさにこれは数えることも億劫になりそうなほどに圧倒的すぎる数の暴力。『金』と『黒』に埋め尽くされた天空へ向け、ダークネスが片手を振り上げれば、それと呼応するかのように魔方陣たちが一斉にその回転を増しながら輝きを増していく。
魔力を練り上げ、集められた魔力はたった一つ、純粋なる破壊の奔流へと変換されていく。
生み出されるのは漆黒の縁取りに覆われた黄金色の魔力球。生成された僕たちは、主に仇名す
【■■■ッ……! ■■■■■■■■■■■――ッ!!】
ダークネスの眼前に迫るのは、圧倒的など憎悪の込められし螺旋角。それはまさに、神へと仇成す凶獣の咆哮!
「終末を呼びし暗き光 現の世を黄昏に染め上げ 終焉なる黙示録を告げよ……!」
されども、相対するは世界を染め上げるほどの
「――『
腕が振り下ろされると同時に、天上で輝きを放っていた魔法陣から膨大過ぎる砲撃の豪雨が降り注ぐ。世界を埋め尽くす光の嵐……正しくそれは、神話に記されし黙示録を彷彿させる究極なる災厄そのもの――!
――『
遥かな
美しい輝きとは裏腹に、見上げる天空、その全てを覆い尽くすほどに多重展開させた魔法陣から降り注ぐ魔導砲の豪雨は、大地を抉り、永遠なる死の大地へと誘う。
星を、世界を焼き尽くす神々の焔を体現させたこの神代魔法の前では、長き年月をかけて造り上げた無限の魔力であろうとも、到底太刀打ち出来ようはずも無い。
超常の存在である神々ですら恐れ、禁忌と定めた災厄の輝きから逃れられる術など存在しないのだから――!
迫り来る螺旋角を刹那をも待たぬ瞬間に消滅させた星光は、凶獣の宿す闇を浄化しながら大地へと降り注ぐ。
闇の浸食を受けた大地そのものを砕き、完全なる“無”へと変えていく光景を呆然と見つめているのは、彼を除くほぼ全員だ。
アリシアとシュテルは純粋にダークネスのチカラの片鱗を垣間見て、まるで己自身の事のように誇らしげに胸を張り、ルビーは好機に眼を輝かせながら熱に侵されたかのごとく熱っぽい視線を彼へと送っていた。残りはただ茫然と、目の前で繰り広げられる蹂躙を見つめることしか出来ない。
やがて降り注ぐ光の雨が止んだ先には、蹂躙の爪痕が顕わになる。
目に映るのはまさしく黙示録もかくやと称するべき光景。
流星群が降り注いだかのような大地は地表の大半が消し飛ばされ、幾層もの断層が目視できるほどの大穴が点在している。
大地を埋め尽くしていたはずの闇は跡形もなく浄化されて、後に残っているのは原形も留めないくらい細かく打ち砕かれた瓦礫の破片のみ。
否、そうとは言えないかもしれない。何故なら、かつて都市部が
ただの肉塊と化していたそれは突如、一同の見ている前で焼爛れた表面が沸騰するように泡立ち始めた。泡が弾け飛び、飛び散った肉片からさらに泡を発生させる。
吐き気を催すしか出来ない少女たちの悲鳴が木霊する中、膨張する様に飛び散った肉片がより合わさり、繋ぎ合わさってその体積を増していく。
まるでアメーバかスライムのような姿のまま、膨張を繰り返していく存在の外周部分から、見覚えのありすぎる物が這い出してきたことで、彼らはようやくあの物体の正体にたどり着いた。
「あの触手は……! やはり“闇の書の闇”か!?」
「しぶと過ぎんだろ! どんだけ根性ありやがるんだよ!?」
トゲの代わりに触手を生やしたウニの様な形状と化した“闇の書の闇”から、獣の如き唸り声が発せられる。
発声器官は見当たらないが、どうやらスライム状の身体を振動させることで声のようなものを出しているらしい。
最も、あの回復量から鑑みるに、そう時間をかけずとも発声器官を修復してしまうかもしれないが。
だが。ヒーローの変身シーンを邪魔したりしない律儀な悪者じゃああるまいし、再生をおとなしく見過ごしてやるほど大きな心の持ち主など、この場には存在していない。
「悪いが、みすみす修復させてやるつもりは無い! このまま追撃するぞ!」
クロノは両手に構えたデバイス――左手で握った【デュランダル】と右手に握った【S2U】――を頭上で交叉させ、魔力を注ぎこんでいく。
右手に構えるのは、母の愛情と想いが籠められし相棒。連れ添い、共に成長してきた無二の分身とも呼べる魔導の杖。
左手に構えるのは、悲しき連鎖を断ち切りたいと言う師匠の願いがカタチを成したもの。信念を貫く強さを受け継いだ証たる氷結の杖。
母と師匠、彼らの想いを胸に宿し、一つに束ねながら前を見据える。
クロノの目に映るのは復讐の対象などではなく……尊敬し、その背中を追い続けてきた尊敬する父の姿。
己の正義を貫き通したあの背中に今こそ追いつき……いや、追い越して見せる!
憎しみも悲しみも超越して……ただ、力無き人々の笑顔を守護するという『自分だけの正義』を成すために、そして、一人の男として偉大なる父を乗り越えるために、クロノの胸に宿った炎が熱く滾っていく。
執務官としての彼が最小の犠牲で最大の効果を得られるのならば、それも止むなしなのだと囁く。
だが、今だけはそんな考えを捨て去ることにする。誰も悲しまず、皆が笑顔で迎えられる未来を掴み取るために……、夢のような
そんな誰もが願う理想を……今こそ叶えてみせる!
「悠久なる凍土 天翔ける刃となりて 我が敵を氷砕せよ」
交叉させたデバイスを大きく振りかぶる。
詠唱の終了と共に、クロノの足元には二重の発動補助用魔法陣が形成される。透き通る氷の如き水色と、深い海の如き青。
デバイスを通して受け継いだ心が、想いが、魂が、唸りを上げる魔力と同調して最高の魔法を形づくる。
大空を埋め尽くすほどに展開されたのは、凍えるほどに美しい氷の剣軍。全てを凍てつかせ、あまねく悪を断罪する正義の氷刃。
クロノは重ね合わせたデバイスを振り下ろすと同時に、最後の詠唱を叫ぶ!
「氷獄の檻へと沈め! エターナル・フォース……ブレイダ――!」
クロノの想いを乗せた氷剣の軍勢が、“闇の書の闇”へと降り注ぐ。
再生する暇も与えぬ剣戟の嵐、切り裂き、凍てつかせ……そして粉微塵に打ち砕く。
新たに再生させた触手は勿論、未だバリアを再展開できないでいる本体にまで容赦なく突き刺さった氷の剣は、すべての存在を等しく氷の無限獄へと誘っていく。
“闇の書の闇”の凍結され、脆くなった肉体が崩れ落ちていく。それでも、アレの悪あがきが終わる事はなかった。
氷砕された箇所を自ら切り捨て、欠損部分を内側から膨張させた肉片で埋めると言う無茶を繰り返して、何とか再生しようと足掻き続けている。
されども、その目論見は
「うっわ、きっもち悪ゥ……いい加減にクタバレよ、お前」
隠そうともしない不快感と嫌悪感をありありと表したルビーが、軽く腕を振るう。
たったそれだけ。たったそれだけで、修復途中の“闇の書の闇”の動きが、ぴたりと静止してしまう。
いつの間に拘束して見せたのか……そして、細い糸を数本、たったそれだけでどうすればあの巨大な魔力の塊を拘束できるというのか。
もがくことも忘れたかのように動きを止めた“闇の書の闇”に向けて、細められた目に愉悦を浮かべたルビーが無慈悲なる断罪を宣告する!
「――『
ルビーが腕を一閃して放つのは、かつて
――『
“どんなものでも切り裂く”、“対象の存在をなかったことにする”という複数の概念を一つに束ねた重複概念魔法。
元来、概念魔法というものは1つの概念しか内包できないという理を容易く塗り替えた人形師の糸によって、彼女の用意した項目を演じる資格すらない不要物が、見るも無残に切り刻まれていく。
覚悟や信念、妄執……誰であろうとも必ず心の秘めているであろう精神の支柱、それを無慈悲に、嘲笑いながら奪い去るこの一撃こそ、まさに彼女の本質を体現させた神代魔法であると言えよう。
ここまでされても活動を止めようとしない“闇の書の闇”の四方を取り囲むのは、軛から解放された“紫天の書”に連なる少女たち。
あの醜き肉塊の中で眠っているのであろう、知識として知る存在を思い、何とも言えない気持ちになってしまう……が、『まあ、別にいいか』とさっさと切り替える。
姿形が同じだとしても、彼女たちは確たる個を確立させているのだから。
「翔けよ、明星! 全てを断ち斬る
星光の如き輝きを放つ意志を持つ殲滅者が頭上へ掲げた【ルシフェリオン】の先端に収束された魔力球、そこから吹き上がるように放出された焔へと変わった魔力の柱が天空へと伸びる。
練り上げられた魔力が形を変え、世界をも両断する神成る炎の剣と化す!
「今の僕は、さいきょー無敵にカッコイイ! 唸れ雷獣! 走れ雷光!」
雷の如き苛烈さと幼子の如き無邪気さを併せ持つ襲撃者は、魔力を身の丈を超える刃へと収束させた相棒【バルニフィカス】を後方へと振りかぶる。
「紫天に吼えよ、我が魂! 目覚めし巨重の叫びを聞くがいい!」
闇夜すら統べる夜の王の手の中で勢いよく捲られていく“紫天の書”、それに呼応するかの様に、王の前方に五つの魔法陣が形成される。
「穢れし汝の魂……古の叡智にて浄化します!」
永遠なる力を宿した心優しき盟主の身体が真紅に染まる。
盟主は眼前に展開させた異空間へと通じる孔――“闇の書の闇”の中心部へと続くもの――へと腕を沈め、あるものを引きずり出すように引き抜いた。それは暗き闇に染まった心の結晶、剣の様にも杭のようにも見える歪な形状をしたソレを真紅の霧状の翼……『魂翼』で掴み取ると、身体を捻り遠心力を加算させながら勢いよく投擲する。
自身の心の闇を具象化させた杭を打ち込まれた“闇の書の闇”が悲鳴を上げた瞬間、詠唱が終わった極限なる三重の絶技が解き放たれる!
「ルシフェリオン・ブレイザ――!!」
「無双雷帝!
「ジャガーノートォ……アポクリフィスゥゥウウウッ!!」
天空を切り裂く焔の絶剣が刹那の抵抗も許さずに“闇の書の闇”を焼き斬りながら両断し、大地を薙ぎ払うように振るわれた蒼雷の剛剣が更に上下を分断する。
宙を舞う四つに分断された“闇の書の闇”の周囲に闇色の魔導砲が着弾する――が、それで王の攻撃は終わってはいなかった。
五つの着弾地点を中心に、そこからさらに四つの魔法陣が形成される。
神速見紛う速度で魔方陣に魔力が収束されると、それらが一斉に解き放たれた。
二十連続の空間殲滅超重力砲撃の嵐に呑み込まれ、凄まじい爆炎が舞い踊る。
しかし――これでもまだ、彼女らの攻撃は終わってはいない!
――トンッ……。
轟音が響く中で不自然なまでに場違いな音を立てながら、四つに分断された肉体を再び繋ぎ合わせようとしていた“闇の書の闇”に突き刺さったままの杭の上に少女が降り立つ。心の闇そのものとも呼べる杭は、三重連撃に晒されてもなお、微塵も揺るがぬままそこに在った。
「これこそがあなたの罪……その真なる姿」
盟主たる少女が、悲しげにそう呟く。果たしてそれに込められていたのは如何なる思いだったのだろうか。
そっ、と彼女の手が触れた箇所から魔力が注ぎ込まれると、杭の表面を突き破るように無数の茨が生まれ出ていく。
それは“闇の書の闇”に突き刺さって見えない部分も同じらしく、まさに母の腹を喰い破って誕生する鬼子を連想させる勢いで、内部から次々と発生する茨で串刺しにされていく。
「さようなら――エンシェントマトリクス・ジ・エンドレス」
禍々しい狂刃と化した杭を盟主が蹴り飛ばしながら離脱すると同時にそれが爆散、再生途中だった肉片を粉微塵に粉砕していく。
流石の“闇の書の闇”も内側からの爆発には相当のダメージを負ったらしく、目に見えて再生速度が落ちる。それでもかろうじて残された細胞から膨張を繰り返して復活を目論むものの、修復を優先し過ぎて破滅の使者の存在がいまだ健在だと言う事実を失念してしまった。
それに気づいた時にはもう、全てが手遅れだった。
夜天を照らすかのごとき眩い輝きを放つ魔力の奔流が、主の命により解き放たれるのを待ち構えていたのだから。
「ごめんな……全部、あんたに押し付けてもうて……」
ベルカ式特有の三角形の魔法陣に魔力を収束させながら、はやては謝罪の言葉を零す。
“闇の書”を“闇の書”たらしめていた防御プログラムの成れの果て――“闇の書の闇”。
“闇の書”に関わる全ての罪の元凶という立場を押し付けようとしている自分自身が、はやてはどうしようもなく矮小な存在なのだと思い知っていた。
全てを背負う、騎士たちを家族として受け入れると『決断』したというのに、結局、自分のやっていることは自分以外に憎悪が向けられるように防御プログラムを切り捨てようとしているだけなのではないか?
受け入れると言いながら、切り捨てるという矛盾。少女が背負うには重すぎる現実が齎す胸を締め付けるような痛みに、思わずはやては目を伏せてしまう。
――その瞬間、融合しているリインフォースの警告を知らせる声を消し去る勢いで、“闇の書の闇”から黒いナニカが彼女目掛けて撃ち放たれた。
黒い砲弾の中から、まるで泥を振り払うように姿を現したのは炎で形づくられた一体の人形。炎の剣を両手で握り、突き刺す様に構えながらはやて目掛けて突っ込んでくる。
それは白夜の“能力”『
だが。
「え?」
恐怖で目を閉じてしまったはやての耳に、甲高い金属音の如き音が響く。呆然と目を見開いたはやてが、己を救わんと立ち塞がってくれた相手の名を呟く。
「グレアム、おじさん……?」
一般局員に支給されるストレージデバイスを構えながら、防御障壁を展開させて炎の傀儡の攻撃を受け止めていたのは、間違いなくグレアムだった。
脂汗を滲ませ、歯を食いしばりながら必死の形相ではやてを守り続けるグレアムに、彼女の口から疑問が飛ぶ。
「なんで……? おじさん、私のこと憎んどったんじゃ……?」
「勘違いしなでくれ、はやて君……私が憎悪していたのは“闇の書”――いや、正しくは“闇の書”の巻き起こしたかつての悲劇を食い止められなかった私自身に他ならない。君の未来を奪い去ろうとしたことに対する後ろめたさこそあれど、憎しみなどは一切持ち合わせてはおらんさ」
「おじさん……!」
「――だからと言って、提督の命を賭ける時は今ではありませんよ?」
量産型故の強度不足によってデバイスのフレームが軋み始め、最悪の時は自分の身そのものを以てはやての盾となろうと覚悟を決めたグレアムに、呆れたような声がかけられた。
声の主は彼にとって家族同然の付き合いを続けてきた女性……リンディ・ハラオウン。歪曲力場を展開させる防御魔法【ディスト―ションシールド】を展開させながら、軽々しく命を散らそうとした
「夫の、クライドの願いを果たすためにも貴方は生きなければなりませんよ。あの人はこう言っていたはずです……悲しき連鎖を終わらせてくれ――と!」
「っ!? あ、ああ……そうだな、彼ならばきっと……そう言うに違いない!」
少しだけ嬉しそうに口端を吊り上げたグレアムとリンディは障壁に過剰なまでの魔力を注ぎこむと、一瞬だけ輝きを増した障壁がはじけ飛ぶように爆発する。
爆発の衝撃を全て炎の傀儡側へと向けた攻撃性防御魔法【バリアバースト】の応用技だ。
グレアムの障壁が爆発のエネルギーを反射し、リンディの【ディスト―ションシールド】が反転する様に傀儡を包み込み、爆発のエネルギーごと内部に閉じ込める。
逃げ場を失った魔力エネルギーが歪曲場の中で渦巻き、炎の傀儡を粉々に砕いていく。
そして――起死回生の逆転手をも破られた“闇の書の闇”に、極大たる魔導砲撃が叩き込まれる!
「
【Barrel Shot】
限界を超えた魔力砲撃を安定させるために、弾道を安定させる効果を秘めた衝撃型砲撃【バレルショット】が放たれて“闇の書の闇”を磔にしつつ、集束させた魔力全てを注ぎ込んだ魔力球を生成していく。
星の輝きを宿す少女に並び立つ少女たちもまた、全てを出し切るために魔力を、心を燃え上がらせる。
「全力全開ッ! スターライトブレイカー・ハイペリオンッ!」
「雷光一閃ッ! プラズマザンバー・イグナイトッ!」
なのはとフェイトから解き放たれしは桜色の極光と金色の斬光。装填可能なカートリッジ全てを一度に消費することで発動可能となる、まさに『とっておき』の切り札。
最強を超えた究極なる破壊の奔流に押し潰されるように、中空に拘束されていた“闇の書の闇”が地面へと叩き付けられる。
「まだっ!」
それに追撃をかけるのは目も眩む真紅の輝きを放つ魔力を集束させた花梨だ。
少女の周囲に浮かび上がる十二の恒星、そしてデバイスの先端に生成された十三番目の巨大な魔力球。
巨大な星の周囲に浮かぶ十二の星々……その輝きが今、解き放たれる!
「アークエンドォオオ……ブレイカァァアアアアアッ!!
衛星の如き追随する魔力球の正体、それは立体型増幅魔法陣だ。
これにより、花梨の限界まで魔力を注ぎ込んで放った集束砲を、対象に着弾するまでの間に更なる威力強化を施すことが可能となる。
文字通り、術者の限界すら超えた究極なる集束砲撃魔法。妹のお株を奪うほどに凄まじい閃光が、その破壊力を天井知らずに増幅させながら突き進む。
そして――着弾。
なのはとフェイトの魔力と混ざり合い、さらなる威力を体現させてみせた。だと言うのに、“闇の書の闇”は再生を繰り返そうと足掻き続ける。
コアを露出させまいと魔力を振り絞り、砕かれるよりも速く、体組織を修復していく。破壊と修復の拮抗が破られそうにまで至り、少女たちの頬を冷や汗が流れ落ちる。
「オオオ……! オオォアアアアアアアアアっ!」
防御プログラムが悲痛なる雄たけびを上げる。
それはまるで無限獄からの解放を喜ぶ歓喜の叫びのようであり、存在あるものすべてを憎む激情の籠った怨嗟の咆哮のようでもあった。
果たして彼女が何を望んでいたのか、それを知ることは永遠に叶わぬ願いなのかもしれない。
だが。
「身勝手言っとんのはわかっとる。許してくれとも言えへん。それでも――……あなたの想いも、悲しみも……全部ウチに背負わせてほしい。やから――」
はやては『決断』したのだ。
夜天の主たる自分が全てを背負うと。家族の悲しみも苦しみも受け止めながら、一緒に生きていこうと決めた。
グレアムたちが気づかせてくれた。自分は一人ではないことに。
支えてくれる人たちがいる、傍らに寄り添ってくれる家族がいる、一緒に苦楽を共にしてくれる友達がいる。
ならば……きっと自分は、まっすぐ前を見て歩いて行けると思えるから。
だから――
「アンタはゆっくりとお休み……リインフォース!」
【はっ! わが主の望まれるままに!】
「【オーバードライブ……イグニッション!】」
はやてとリインフォース、二人の覚悟が一つになって莫大な魔力の奔流を生み出していく。
深遠なる闇の底、いと深き場をも照らし出す夜空に泳ぐ星々の如ききらめきが、二人にして一人の”王”の元へと集う。
それは終焉を告げる笛の音色、覚めること無き闇に沈んだ悲しき半身に別れを告げる弔いの歌。
「【ラグナレイド・ギャラルホルン!!】」
解き放たれた第四の極光が、足掻き続ける“闇の書の闇”へと降り注ぐ。
先に放たれていた魔力と重なり、一点に収束された魔力が相乗効果でさらにその威力を増しながら一斉に解放、もし現実世界であれば確実に海鳴市が消し飛ばされていたであろう程の大爆発を巻き起こした。
やがて光と衝撃が収束に向かい、少しずつ視界が開けていく。だが、そこに存在するモノに気づいたものたちが揃って言葉を無くす。
煙が晴れた爆心地は、まさに天変地異が起こったかのごとき凄まじいものであった。
地表は深々と削り取られ、海岸線も大きく遠ざかっているように見える。まさに世界滅亡もかくやと称するべき惨状。
これを起こした者が年端も無い少女だとは、とてもではないが信じられない光景だ。
だと言うのに――かの者は、未だに健在していた。
爆心地に誕生した巨大クレーター内部で宙に浮かぶ漆黒と白が入り混じった魔力を放つ魔力塊。“闇の書の闇”のコアがそこにあった。
だが、一同が声を失っている理由は別にある。
コアの表面、まるで鏡の様に光沢を放っているそこに、一人の少年らしき姿が映し出されていたからだ。
純粋に困惑を浮かべる夜天の主従を除き、残りの全員はその少年の正体を知っていた。
不自然なまでに整った容姿と傲慢極まりない思想を併せ持った少年……No.“0”《ナンバー・ゼロ》、新羅 白夜その人だった。苦痛と恐怖にぐしゃぐしゃに歪ませた表情を浮かべて、何事かを呟き続けている。
「イキタイ……シニタクナイ……!」
それは果たして彼自身の思いなのか、それとも白夜の姿を借りて本心を語る“闇の書の闇”の言葉だったのか、それは誰にもわからなかった。
「理性を失い、それでもなお生にしがみ付こうとする執念か。……個人的には嫌いじゃない」
もはや原型すら留めていない哀れな愚者に向けて、ダークネスがゆっくりと手を翳す。
「狂おしいほどの慟哭、悲しみ……その感情、理解できなくはない。――が、同情するつもりもない」
突き出された掌に収束するのは、悲しき連鎖を断ち切る
悪意ある狂言に踊らされた道化とひとつになってしまった、永遠に在り続けることを定められた“闇の書の闇”へと送る最後のたむけ。
「だからお前は、世界に貴様という存在が確かに存在した確たる証を刻みながら……消えていけ」
収束させた魔導砲ごと、翳した掌を握りしめる。
収束された『
はるかな天空の如き蒼い魔力の光は、無る物の心を奪う金色の輝きへと変化していく。
収束された魔力が生み出した
天上よりの加護を授かりしものに、永遠なる終焉を与えるヒトの想いの結晶。
紫雷と紅炎を以って黄金と成した神殺しの槍。
それが今――解放される!
「――『
解き放たれしは神々の黄昏に幕を下ろす聖槍。
遥かなる高みに座し、絶対者として君臨する者たちに終焉を与えるために生み出された無慈悲なる一撃。大地を、空を、世界を震え上がらせる
其はまさに、万物を撃ち貫く黄金神の閃光――!
――『
それは、神の祝福を受けた聖人と呼ばれた存在を葬ったとされる一撃。
強大なる力を振るう神々を諌めるために生み出されたとされる
蘇生、或いはそれに近い“能力”の存在を知り、確実に
破壊力を一点に集中させたこの神代魔法は効果範囲こそ『
砕け散ったコアの欠片が淡く光る魔力粒子《エーテル》へと形を変えて、大空へと広がっていく。
白夜の消滅によって消えかかっている空間結界の破片が燐光を纏い、幻想的なまでに美しい雪を降らせていた。
結界消滅に伴って復帰した通信回線を通して、咆哮じみた叫びを上げながら捲し立てるエイミィの相手をしている
おざなりに要点だけ報告して強制的に通信をシャットアウトしたクロノの肩を叩いて同情する……と見せかけて、夫婦漫才だのなんだの言ってしっかりとからかっているリーゼ姉妹。
連続ハイタッチを交わしながら笑顔できゃいきゃいと騒いでいる花梨、葉月、なのは、フェイト、はやて。
幼い女の子の環に入りづらいらしく、一歩下がったところから見守っているシグナムとザフィーラ。
満面の笑みを浮かべながら抱きしめ合うコウタとヴィータ。
お互いの無事を喜びながら静かに抱き合うのはユーノとシャマル。
勝利の余韻そっちのけで、空間モニターを展開させながら何やらデータ収集を行っているルビー。
自由を勝ち取ったことに改めて歓声を上げるユーリ、レヴィ、ディアーチェ。
蕩けそうな笑みを浮かながら身を寄せてくるアリシアとシュテルを、微笑みながら抱きしめるダークネス。
そして――……一部のリア充共に、怨嗟の血涙を堪えることが出来ずに男泣きをしているアルクと、流石に不憫に思ったらしく、彼の背中を擦ってあげているグレアム提督。
改めて見ても纏まりの無さすぎる一同の様子に肩の力が抜けていくのを感じながら、リンディは静かに夜空を見上げる。
視界を埋め尽くす満天の星空の先、笑顔を浮かべた亡き夫の顔が浮かんだような気がして微笑みが零れる。
「クライド……あなたの願い、叶ったわよ」
――ありがとう、リンディ……。
粉雪が混じりかけた夜風に乗って、穏やかな笑みを浮かべる愛おしい人の声が聴こえた気がした。
頬を伝う涙を拭うこともせず、リンディは確かな笑顔を浮かべる。
愛おしい彼が果たせなかった願い……悲しみの連鎖を断ち切り、みんな笑顔で新しい未来を歩いていく。
その理想は決して幻想などではない。
そう信じているから――
“闇の書”事件 最終決戦――終幕。
残すところは”闇の書”関係者の処遇、”紫天の書”一派の身の振り方、No.”0”に対する神サマの言い分……くらいですかね。
そこまで行けば『A's』編が終了。日常パート編に移行して行く予定です。
○作中に登場した魔法解説(”能力”や神代魔法は除く)
・
使用者:アルク・スクライア
滅龍魔法最大奥義の一つ。拳の内で小規模の連鎖爆発を起こし、拳撃と共に大爆発を起こす。
爆発という一点を極限まで突き詰めた、”限りなく『神代魔法』に近い魔法”。
・アークエンドブレイカー(Ark End Breaker)
使用者:高町 花梨
花梨が使用する魔法の中で最大級の集束砲撃魔法。周囲の残留魔力を収集するのではなく、無限のエネルギーたる『
・ライジング・ブレイザー(Raising Blaser)
使用者:アリシア・テスタロッサ
【ビークシューター】を対象に打ち込み、それらを起点に砲撃魔法の威力増幅と障壁貫通効果を付与させる魔方陣を形成、その中心部を目標にして【ランチャーフォーム】から雷属性の込められた魔力砲を放出する。魔法陣事態にバリア無効化能力が付与されており、作中では一層目のバリアを魔方陣で弱体化させたところを打ち抜き、残りのバリアや本体にまでダメージを与えた。
・スターライトブレイカー・ハイペリオン(Starlight Breaker Hyperion)
使用者:高町 なのは
残存魔力、カートリッジの全てをつぎ込んで放つ巨大砲撃。
『神成るモノ』への覚醒を始めた花梨との訓練、深い叡智を秘めた葉月のアドバイスを受けて開発した、なのは最強の集束砲撃魔法。『原作』よりも魔法スキル、デバイスの強度が増しているので、その威力は【スターライトブレイカ―ex】をも超えている。ただし、負担が極めて大きいのは変わらず、この魔法を使用した後は一定時間魔法が使えなくなってしまう。
ハイぺリオンとは『高きを行く者』という意味である。
・プラズマザンバー・イグナイト(Plasma Zamber Ignite)
使用者:フェイト・テスタロッサ
雷のエネルギーを蓄積させた刀身から砲撃を放ちつつ、対象を薙ぎ払うように切り裂く。
残存魔力、カートリッジの全てをつぎ込んで放つ、フェイト最大の攻撃魔法。
斬撃系魔法に属するので、純粋砲撃魔法に比べて射程距離こそ短いが、なのはのように一定時間魔法が使えなくなるようなデメリットはない。
イグナイトとは『奮起する』、『燃え上がる』という意味。
・ラグナレイド・ギャラルホルン(Lagunaraid Gjallarhorn)
使用者:八神 はやて&リインフォース
広域拡散攻撃能力を有する、はやて最強の砲撃魔法。”夜天の書”に蓄積された全魔力を注ぎ込んで初めて発動できる。この特性故に魔力制御は困難を極め、ユニゾン状態でないはやて単体では使用することが出来ない(無理に使用しようとすると魔力が暴発して、最悪の場合は自滅してしまう)。
ギャラルホルンとは『世界の終わりを伝える神々の笛』を指す。
・エターナル・フォース・ブレイダー(Eternal force Blader)
使用者:クロノ・ハラオウン
【エターナルコフィン】と【スティンガーブレイド・エグゼキューションシフト】を融合させた、クロノ最大の極大凍結魔法。【エターナルコフィン】は対象の命を奪うことなく半永久的に凍てつく眠りへと封じ込める封印に似た特性を持っていたが、これは殺傷力のある氷の剣を突き刺し、内外から完全に対象を凍結、粉砕させる極めて殺傷力の高い魔法に仕上がっている。非殺傷設定に変更することも出来るには出来るのだが、前記の通り凍りつかせた対象は非常に脆く、少々の衝撃で容易く砕け散ってしまう。普通の人間相手にはまず使用できない、グレーゾーンな魔法である。
――ちなみに、名称の元ネタは
・
使用者:シグナム
刃に変形させた鞘と【レヴァンティン】を連結させて鞭状連結刃へと変形、青い炎を纏わせながら対象を全方位から切り刻む。本来は斬撃だが、その有効射程範囲から広域攻撃に属する。
・ギガ・インパクトシュラーク(Giga ImpactSchlag)
使用者:ヴィータ
【ネイルフリーゲン】と呼ばれる鉄球を連結、合体させた『釘』目がけて【ギガントフォルム】のアイゼンを叩きつける。打ち込まれた『釘』は目標内部で衝撃を拡散させながら爆発することで、内外からの同時衝撃を与える。
・ゲイルチェーン(Gale chain)
使用者:ユーノ・スクライア&シャマル
ユーノとシャマルの合体魔法。シャマルが生み出した魔力風を纏わせたユーノの鎖で目標を束縛しつつ、切り刻む。火力ではなく、繊細な魔力コントロールが成した技と言える。
・トライ・レゾナンス・ファング(Tri Resonance Fang)
使用者:アルフ&ザフィーラ
ザフィーラの【鋼の軛】にアルフが威力強化、雷属性付与のブースト魔法を掛けることで完成する攻撃性防御魔法。単体時よりも強化され、【鋼の軛】の槍が巨大化したことで空中にいる対象にも攻撃を届かせることが出来る程になった。
・ルシフェリオン・ブレイザー(rushifwerion Blaser)
使用者:シュテル・ザ・デストラクター
炎熱変換を行った集束魔導砲を巨大な剣のように見立てて大上段に構え、対象目がけて一気に振り下ろして全てを焼き斬る。属性が多すぎるので分類分けが難しい欲張りな魔法でもある。
名称を付けるのなら、『炎熱斬撃系集束砲撃魔法』となる。
・
使用者:レヴィ・ザ・スラッシャー
雷を纏わせた魔力刃を振りかぶり、突撃。対象を通り過ぎざまに横一文字に斬り裂く。
結界・バリア破壊効果が付与されており、発動時の踏み込み速度も【ソニックモード】のフェイトを凌駕する。
・ジャガーノート・アポクリフィス(Juggernaut apokurifwisu)
使用者:ロード・ディアーチェ
展開させた五つの魔法陣から対象を頭上から強襲する砲撃を放ち、さらに着弾地点を中心に四つの魔法陣を形成、計二十発の空間殲滅超重力砲撃で対象を殲滅する広域殲滅魔法。
はやての【ラグナレイド・ギャラルホルン】と同レベルの破壊力を有しているが、ディアーチェたちはルビー製のコア&ジュエルシードの魔力の影響でパワーアップしているため、彼女のようにユニゾンしなければ暴発してしまうといった欠点はない。
・エンシェントマトリクス・ジ・エンドレス(Ancient matrix The Endless)
使用者:ユーリ・エーベルヴァイン
空間を繋ぐ孔を通して相手の心へと干渉、『心の闇』を具象化させた杭のような剣を生成し、投擲。突き刺さった杭剣に魔力を注ぎ込んで内部からさらなる刃を発生させて対象を串刺しにした上で爆砕させる。自分自身の醜い心――『心の闇』――で自分を滅ぼさせるという、極めて殺傷力の高い攻撃魔法。
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夜天の行方
「……何、このカオス」
“闇の書”事件終結後、本人の意思とは無関係に舞い込まれてしまったアリサとすずかへの事情説明のために用意されたアースラの一室。
“闇の書の闇”との戦闘に微塵も関われていなかったアースラスタッフは、本局への報告のために必要な状況証拠や各員のデバイスからデータ吸い上げでせわしなく動き回っている中、小休止を挟んだおかげで体調も問題ないと医務担当にお墨付きを持らえた花梨が二人に事象を一刻も早く話したいと急かす妹に引っ張られるように入室した直後に呟いたセリフがそれであった。
室内は実に珍妙な空気に満たされている。
何故なら――
「あっ、あの! お久しぶりです、ルビーさん!」
「……? 誰だっけ?」
「ちょっ!? 覚えててよ! ついこないだのことだったじゃない!」
「ん~? ……おお! あの時のロウソク娘と蝙蝠娘!」
「「それ、どんな覚え方っ!?」」
うがーっ! と吼えるアリサと彼女を宥めるすずか。二人の様子はいたっていつも通り……そう、魔法という存在を知り、あんな事件に巻き込まれたというのに、至って平然と振る舞っていた。
むしろ、小さな携帯端末をいじり続けていたルビーを見つけるなり、物凄い勢いで捲し立てながら詰め寄っていっている。
これには、説明役を宛がわれたクロノが戸惑うのも仕方がない事だろう。
落ち着かせようと声を掛けてもことごとく無視、あるいは『後にして!』と怒鳴られる始末。戦闘諸々で疲労が蓄積しているだろうから、報告書の作成は任せておきなさいと気を遣ってくれた母に、むしろこっちの方が疲れるんですけど……、と溜息を零すのを抑えられない。
「ね、ねえクロノ? これっていったいどういう状況?」
「ん? ああ、君たちか。いや、どうと言われても答えようがないんだが……なあ、質問を質問で返すようで申し訳ないんだが彼女たちは本当に魔法を知らなかった一般人だったんだよな?」
「へ? あ、当たり前でしょうが! 二人にばれないように私たちが今までにどんだけ苦労してきたと思ってんのよ?」
「いや、別に疑う訳ではないんだ。ただ……それならどうして、あの二人は
そう言ってクロノが指さした先では、糸でぐるぐる巻きにされて芋虫みたいに床に転がっているアリサと、それを指差しながら高笑いしているルビー、二人の間で小動物の様に狼狽えているすずかという実に愉快な光景が広がっていた。クロノでなくても、首を傾げて当たり前な光景と言えるだろう。
「つーか、さっさと家に帰れば? それともこのまま口封じも兼ねて違う世界でひと財産築いたメタボ親父に売りとばすの? 小遣い稼ぎ的な意味で?」
「「ええっ!?」」
「誰がそんなことするか! 君は管理局をなんだと思っているんだ!?」
「自分勝手な正義を押し付けてくるくせに、裏じゃあ人身売買とか人体改造とかに平気で手を染めている
打てば響くかのごとき勢いで返されたあんまりな言い方に、正義感溢れる少年であるクロノが絶句する。だが、同時に納得もしていた。
ルビーの思考や素振りから推測して、まず間違いなく犯罪者……それも、違法研究を推奨する一部の高官と繋がりがある者であると。
しかし、確たる証拠がない以上、いくら疑わしいとは言ってもそれだけで彼女を拘束することなど出来ようはずも無いし、そんなことしたら最悪、アースラを粉微塵にできる存在の言線に触れてしまうかもしれない。この状況下では、藪を突く気は毛頭なかったので、コホン、と咳払いをしつつ、当初の目的をまずは果たそうと未だに騒ぎ続けている民間人二人へと向き直る。
「そこの二人、どうやら何かしらの事情があるらしいが、まずは説明だけでも済ませておきたい。いいかな?」
疑似『お代官様ぁ~、お止めになってぇ~、あ~れぇ~』ごっこをされて目を回してしまったアリサを膝枕していたすずかが了承の頷きを返してくれたので、クロノは席を立ちながらすれ違い気味に花梨となのはの肩を叩く。
「それじゃあ僕はこれで」
「いやいやいや!? 何一人だけ逃げようとしてんのよ、執務官!?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれないか? こういうことは身近な存在から説明された方が理解しやすいものなのさ」
「嘘つきなさい! 『ああ、やっと解放された……!』とでも言いたげにすがすがしい笑みを浮かておいて、どの口がそんなこと言いやがりますか!?」
「花梨……あくまでも民間人である君たちとは違って、正規の局員である僕にはやるべきことが沢山あるんだ。だから、いつまでも無益な時間を過ごすわけにはいかないんだよ」
「……本音は?」
「此処にいるよりも報告書を書いている方が、気が楽――……ゲフン、ゲフン! ――では、未来の管理局員諸君、民間人への説明任務を任せたよ」
「微塵も取り繕えてないんですけど!? てか、そんなキャラだったっけ!? ――あ、コラ! 逃げんな、卑怯者――!?」
爽やかすぎる笑顔を浮かべながら、しゅたっと片手を上げつつ、ソニック的な速さで離脱していった執務官が開けっ放しにしたドアへと手を伸ばすが、当然返事が返ってくる筈も無い。
「さて、それじゃあ説明してもらいましょうか?」
「あ、アリサちゃん、復活速いね」
いつの間にかリカバリーしていたらしい腕を組みふんぞり返るアリサ嬢と、彼女の隣で姿勢を正していたすずか嬢が説明役に抜擢された花梨を待ち構えていた。
なのフェイコンビの援軍は期待できそうも無い。何しろ、さんざんのけ者にされ続けてきた理由をようやく本人たちの口から聴けるのだ。
普段からツリ目がちなアリサの眼光は、まさに獲物を射抜く肉食獣の如き鋭さを秘め、外見上はいつも通りなすずかの背中から、凶悪犯ですら腰を抜かしそうなどす黒いオーラを浮かび上がらせている。
……どうやら口にこそ出していないものの、ずずか嬢も大層ご立腹のご様子であった。
のけ者にされ続けてきたことが相当腹に据えているらしい。
魔法を使えないのに、魔導師であり次期神サマ候補者でもある自分に血の気を引かせるとは、親友二人のポテンシャルは予想を遥かに超えるレベルに達しているようだ。
部屋の隅でぷるぷると震えながら抱き合っているなのはとフェイトに至っては、二人のオーラにあてられて、もうすでに卒倒寸前だ。
――ああ、出来ることなら自分もさっさと意識を手放したい……。
「花梨?」
「花梨ちゃん?」
「はい!」
「「いい訳の
――あ、こりゃ死んだわ。
和製ホラー映画の亡霊の如き動きで迫り来る親友たちと、一足早く泡吹いて気絶した妹たちの姿を視界に捕えながら、花梨の意識は一瞬で刈り取られたのだった。
……ちなみに。
魔法技術に関する説明は、花梨たちの醜態を見物して上機嫌になったらしいルビーから滞りなく済まされたらしい。
ついでに、彼女とメールアドレスの交換なんてイベントもこなしていたようだが、それを花梨たちが知るのは、これよりずっと先の事である。
コアの消滅を確認した後、八神 はやての体調を危惧した騎士たちの『主の保護を保証してくれるのならばおとなしく連行される』という提案もあって、一同はアースラへと連行された。
衛星軌道上のアースラ内部に自力で転移してきたダークネスやルビーについては、武装隊員十数名単位での監視がつけられているが、本人たちは至って好き勝手に振る舞っているらしく、リンディたちは挙って頭を抱えていた。
ダークネスはアリシアや“紫天の書”一派と共に食堂で話し込んでおり、ルビーは同伴を求めたアリサとすずかに引っ張られていったらしい。管理局員として見過ごすことのできない状況だが、最重要捕縛対象である守護騎士や彼らの主であるはやてを拘束していないのに、
そして現在、医務室のベッドの上で半身を起こしたはやては、ベッドの傍らに用意されていたパイプ椅子に腰かけたユーノから、彼が無限書庫で調べ上げた“闇の書”の改変に関する説明を受けていた。
極度の疲労と魔法を初めて使用した反動に襲われて深い眠りに落ちていたのだが、ユーノが訪ねてくる少し前に目を覚ましてからは、こうして普通に会話が出来るまでの元気ある姿を見せていた。
だが、今の彼女の表情は暗く、濃い絶望の色が浮かんでいるのがありありと見てとれる。
シャマルによって着替えさせてもらったパジャマの胸元を握り締めつつ、過呼吸を繰り返すはやてを痛々し思うものの、ユーノは後になって彼女が後悔するのだけは避けるべきだと判断し、あえてもう一度同じ言葉を口にする。彼の調査によって真実の光が射した、“闇の書”の呪い、その最後の一つについて。
「もう一度言うよ、はやて……今のままでは防衛プログラムは確実に修復されてしまう。それを防ぐ手立てが見つからない以上、君の新しい家族――リインフォースさんは自分の消滅を望む可能性が極めて高いんだ。彼女をどうするべきか……はやて、君の意見を聴かせて欲しい」
予測だに出来なかった人たちの協力を得て、“闇の書”を“闇の書”足らしめていた
しかし、ベースとなった“夜天の書”の中枢機構であるリインフォースの基本構造部分に根部くバグはいまだに健在であり、彼女がこのまま存在している限り、いつかは新たな防衛プログラムが再構築されてしまうのだ。それもおそらくは……永久に。
彼女を完全に修復できればまだどうにかできるのだが、“夜天の書”の原型が失われている以上、修復は不可能同然。防衛プログラムが消滅した直後である今はまだ、はやてへの負荷も無く、リンカーコアの機能も安定している――が、もしも新たな防衛プログラムが生み出されてしまえば、今度は確実にはやての生命に関わるほどの負担が襲い掛かってしまう。
今回のような幸運はもう二度と訪れないと考えても構わない以上(ダークネスやルビーたちがまた協力するはずが無いため)、はやての命を救うためにはリインフォースが消滅する以外に手立てがないのだ。
時間があれば解決策を見つけられるかもしれない。でも、いつ再構築されてしまうかわからない以上、時間的な猶予はまず無いと見て良いだろう。
「他に、手は無いっちゅうんか……!?」
「さっきも言ったけど、“夜天の書”の原型が失われている以上、彼女を完全な形に修復させることは現実的じゃない。リスクがあまりにも高すぎるんだ。――僕たちの方でも、彼女を救う手だてがないか模索したんだよ。でも、可能性が一番高かった葉月ですら、首を振ってしまうくらいの問題なんだ」
「そんな……あっ! ほ、ほんなら、あの猫耳白衣のお姉さんやったらどうなん!? なんか、博士っぽかったやん!」
「もちろん、彼女にも頼んでみたさ……そうしたら彼女、『めんどくさい』の一言で切って捨てたんだよ……。元々違う世界の人みたいで、そこまでして僕たちに肩入れする理由は無いらしいんだ」
「そ、そんな……」
この返答を訊いたコウタたち……特に激高したシグナムやヴィータが掴み掛ろうとしたが、彼女を守るように立ち塞がったユーリに取り押さえられたという騒動も起こっている。
ルビーと一緒に行くことにしたらしいユーリの戦闘力は“闇の書の闇”と同等、或いはそれ以上に達する。騎士たちがいくら束になろうとも、彼女に一撃を入れることすら出来ずに叩きのめされてしまったのだ。
シグナムたちも、自分が犯罪者であるという自覚があるためか、管理局の艦艇の中でこれ以上の騒動を起こすのはまずいと判断したらしく、これ以降はルビーたちを睨み付ける程度で収まっている。
しかし、彼女たちの間に埋めようの無い亀裂が走ったことは間違いようのない事実。こんな状況では、彼女の協力を望むことは不可能だろう。
――コンコンッ……。
「はやて君、少し話があるのだが良いだろうか?」
「グレアム……おじさん?」
「フム……その様子では、管理人格について知らされたようだね」
丁寧なノックに続いて入室してきたのは、グレアムだった。ユーノの姿を見て大まかな事情は察したらしく、納得したかのように頷きながらベッドの傍まで歩み寄る。
「さきほど、管理人格――いや、リインフォース君だったね――、彼女からクロノたちにとある進言があったらしい。『再び暴走する可能性を秘めた自分を破壊してほしい』とね」
告げられた言葉に、はやては途方も無い衝撃を受けた。暗い闇の中で傷つき続けてきた新しい家族、せっかく手を取り合うことができるようになった彼女が、自分を殺せと願っているのだと言う。
叫びたくてもうまく言葉にできずに俯いてしまったはやてに、グレアムは出来る限り要点をまとめて、あの場でかわされた会話内容を話していく。
悲しみに震える小さな少女が後悔しない選択を選べるように。
守護騎士プログラムは、すでに“夜天の書”から切り離された存在であるため消滅する危険性は無い。
彼女たちは魔力を供給してくれる主はやてが存在している限り、生き続けることができる。
つまり――逝くのは彼女だけなのだということだ。
そして、彼女は自分の破壊を、微妙に顔色の悪かった花梨たちに依頼したのだということを、グレアムは包み隠さずに語った。
沈黙の帳が、医務室に舞い降りる。ユーノも予想以上に速い事態の動きに混乱を隠せず、もっと早くはやてと話せていればという後悔の念から、血が零れ落ちる事にも構わずに下唇を噛む。
皆が笑顔で迎えられるハッピーエンドのために、集めた情報がほとんど役に立たない。ユーノは己の無力さに強い憤りを感じていた。
「――ユーノ君、グレアムおじさん」
はやてがゆっくりとした動きで顔を上げる。その瞳には、確かな覚悟が宿っていた。
「おねがします。私をリインフォースのところへ連れて行ってください」
重要な報告を行うためにも使用される会議室は、現在、重苦しい空気に満たされていた。
長机に腰を下ろしているのはリインフォースと守護騎士たちだ。彼女らの対面には、アリサとすずかへの説明を何とか終えた花梨、なのは、フェイト、葉月が座り、上座には厳しい表情を浮かべるクロノが座っていた。
ダークネスとルビーへの監視のために借り出されたアルクとアルフはこの場にはいない。今から話す内容をあらかじめ聞かされていたコウタも引き摺られるように連れて行かれている。
戦力として、また説明役として体育会系な二人への事情説明を押し付けられた形になったようだ。
それはさて置き、全員が腰を下ろすのを確認しつつ、この会議の開催を求めたてきたリインフォースへとクロノが発言を求める。
「さて、どうしても話さなければなら無い事情があるというからくして集まってもらったわけなんだが……リインフォース?」
「ああ、感謝するクロノ執務官。……それと、すまない。まだ事件は終わってはいないのだ」
「破壊した防衛プログラムについて……かしら?」
葉月の確信じみた問いに頷きを返したリインフォースが説明を始めた。
それは、医務室ではやてがユーノから聴かされたものとほぼ同じものだった。
話が進むにつれて、なのはたちの顔色がどんどん青ざめていく。
「――だから頼む。私を、“夜天の書”を消してほしい。騎士プログラムは独立したシステムへと移行させている以上、私一人が消えるだけで主はやてに危険が及ぶ可能性が極めて低くなる」
己が分身たる“夜天の魔導書”を胸に抱きしめながら、リインフォースは、望みを叶えてくれるよう心優しい少女たちに向けて微笑を浮かべる。
「そんなっ!? どうしてそんなことを言うんですか、リインフォースさん!」
「貴方がいなくなったら、きっとはやては悲しんでしまう! それでもいいんですか!?」
「ありがとう、心優しい少女たち……。でも、どうか……、どうか私の我儘な願いを聞き届けてくれないだろうか……」
「そんなこと出来ませんよ! はやてちゃんはどうするつもりなんですか!?」
「主には騎士たちが傍にいてくれる。相当の処罰は覚悟しなければならないだろうが……それでも、命までは奪われることは無いだろう。――そうでしょう、執務官?」
「……ああ。罪滅ぼしだと言ってグレアム提督もいろいろと動いてくれているよ。無論、そう容易い道ではないだろうし、被害者たちの反感も出てくるだろう。それでも何とかして、保護観察処分にまで持って行くつもりだ」
「ありがとう、それを聞けただけでも十分だ」
晴れやかな顔でそう言ったリインフォースからは、死の覚悟とも呼べるものがひしひしと感じられた。それだけの重みが、彼女の言葉には込められている。
“闇の書の闇”に全ての元凶だという烙印を押し付け、さらに彼女にまで汚名を背負わせようとしている自分たちの不甲斐なさに、騎士たちは拳を握り締め、肩を震わせる。それでも反論の声が上がらないのは、会議の前にあらかじめ説得を受けていたからだろう。
まるで自分自身の事のように受け止め、悲痛に歪む表情を浮かべるなのはたちに感謝を述べつつ、リインフォースは席を立つ。
彼女は後方の空いたスペースへと数歩下がると、足元に彼女の白い魔力光が描くベルカ式の正三角形の魔法陣を展開させる。
まさかの急展開に騒然となる一同を見渡すと、困ったように口元を緩める。
「“夜天の書”のリンクを通じて主はやての動揺が感じられる。どうやらこの場にいない誰かが主に私のことについて口を滑らせたようだ。出来る事なら地球の、空を見上げることのできる場所で逝きたかったが……時間をかけてしまえば主が駆けつけてしまう。それは……その、困る」
決意が鈍ってしまうから、そう言いたげな彼女の内心を理解しつつ、それでもこれが最善の選択なのだとクロノは思う。
これから先、はやてたちが出会うことになる“闇の書”が生み出した被害者たち。彼らからの風当たりを和らげるためにも、『“闇の書”の元凶は完全に消滅した』という事実が欲しい。
仮に、リインフォースを封印などして防衛プログラムの再生を阻止したとしても、所詮は問題の先送り、その場しのぎに他ならない。
氷結魔法による永久封印というグレアムの企みを否定した以上、ほとんど変わらないような手段が取れるはずも無い。
葛藤するなのはたちを説得しながら、リインフォースは彼女を無へと還す魔方陣の上に立つ。
その様子を少しだけ離れた場所から見守るのは、守護騎士たちだ。
どうしようもない現実を認めたくなくて、それでも自分にできる事が見つからなくて……皆、何も出来ない自分自身への悔しさで表情を歪めている。
「お前たちまで、そんな顔をしないでくれ……」
「リインフォース……っ! すまない……!」
「何故、謝る必要がある? 私が安らかに逝けるのも、お前たちが主の傍に残ってくれるからだぞ……? だから――」
「ああ……そうだな……。後の事は我々に任せろ」
せめて憂いが残らないように見送ってやりたい……シグナムはリインフォースを真っ直ぐ見つめる。
何も心配はいらない、だから安心して欲しい。そう、想いを込めて。
涙を堪えきれずに嗚咽を溢し始めたヴィータの背中を擦りながらシャマルは静かに涙を流し、ザフィーラはシグナムの傍らに立ちながら深く頷いた。
「――では「ちょーっと待たんかい、このドアホ――!!」 ――え……へぶぅ!?」
珍妙な悲鳴を上げながら、顔面ヒップアタックを喰らったリインフォースが盛大に吹っ飛ぶ。
ドリルの様に回転しながら床を削って吹き飛ばされたリィンフォースと入れ違いになる形で魔方陣の真ん中に降り立ったのは、侵食が収まったお蔭で下半身の機能が回復するだろうと医者のお墨付きを頂いたものの、リハビリを終えるまでは車椅子が無ければ生活できないだろうと診断された少女、八神 はやて……ではなく、
「で、ディアーチェちゃん!?」
「ふはははは!? 何だ何だ、揃いも揃って、そのマヌケ顔は? 我を笑い殺すつもりか、はぁ~っはっはっは――ブッ!?」
シュテルさんの容赦ないヤクザキックがディアーチェの真ん丸お尻にクリティカルヒット! 一撃でお尻の耐久力がゼロに!
「少しは空気を読んでください、
「だ・れ・が! マダヨだぁああああっ!?」
「「……(ビシッ!)」」
「そこな雷娘に猫耳女! 無言で我を指差すんじゃないわ! 塵芥にするぞ!?」
「――あ?」
「すみません調子こいてました申し訳ありませんごめんなさい」
「ワンブレスで言い切ったっ!? 心折れるの速っ!? 王様ってば、すっごく速くて、カッコイイよ! これがジャパニーズD・O・G・E・Z・Aなんだね!」
「レヴィ、貴方本当にどこからそういう知識を集めているんですか? ――ってぇ、ルビーさんッ! ディアーチェの頭踏もうとしちゃダメですって!?」
「ええ~~!? あんなに楽しそうなのに~~?」
「楽しいってなにを――シュテルゥウウウッ!? 貴方、何ディアーチェの耳元で『ねぇ、どんな気持ち? ねぇ、今、どんな気持ち?』って囁いているんですか!? 神さまも笑ってないで、止めてあげてくださいよ!?」
「楽しそうなシュテルに水を差すのは如何なものかと思ってな……俺なりの気遣いだ」
「ドブにでも捨ててくださいそんなモノっ! ああっ!? ディアーチェがプルプル震え始めちゃいましたあっ!? もういいですから! 起きても良いんですよ、ディアーチェ!?」
「ひっぐ、えっぐ……!」
「うぉお!? マジ泣きしちゃってるんだよ!? えっと、大丈夫?」
「「……(ニヤニヤ)」」
「だから! いじめっ子オーラ全開で真っ黒な笑みを浮かべないでくださいませんか!?」
「王様、はい、チーンして? ――それにしても転生者って、皆変わってるんだね~~」
「「そんなんと一緒にしないで!?」」
登場するなり微塵も空気を読むつもりが無い連中に待ったをかけたのは、これまで黙っていた花梨と葉月の転生者コンビによるツッコミだった。
流石にあの外道二人を自分らの
儀式用の魔法陣を形成していた魔力は完全に霧散してしまっており、今まさに悲しいお別れを! というシリアスな空気は粉微塵に粉砕されてしまった。
それでも、リインフォース救済のために何やらボソボソ小声で相談していた姉たちが動き出した以上、『もしかしたら……』という淡い希望が、なのはたちの胸に湧き上がってくる。
「えーと……王様、大丈夫なん?」
「グスッ! ――っ、ふ、ふん! 子烏なんぞの同情は要らぬわ!」
「あはは、立ち直り速いなぁ……えと、ありがとな。私の代わりにおバカな家族をぶってくれて」
「……構わぬ。王に無断で臣下が消え去ろうなどと愚の骨頂! 子烏の代わりというのは癪に障るが、我としても思うものがないワケでも無かったからな」
遠回しに気にするなと言いたいのだろう、ユーリにナデナデされて、レヴィに涙を拭いてもらっている意地っ張りな王様にもう一度頭を下げつつ、未だに困惑顔なリインフォースへと近づいていく。
「主はやて……何故」
「アンタのやろうとしてる事に気づいたのかって? それとも、どうやってここまで来たのかっちゅう方か?」
「……」
「無言は査定ととるで? アンタのやろうとしてる事に気づいたんは、ユーノ君とグレアムおじさんから教えてもろたからや。ここに来れたんは、おじさんたちが艦長さんたちを説得してくれて、車椅子よりも早いだろうっていう花梨ちゃんたちの好意に甘えたからやな。クロノ君とかはリインフォースの思いを組んでいかない方が良いって言うとったけど――私は、そんなん納得できへん!」
ああ、やっぱり駄目だ。彼女を前にしたら、覚悟を決めたはずの心が揺さぶられる。
まだ生きたいと……愛おしい主と共に在りたいと願ってしまう。
そんな権利なんて――自分にありはしないと言うのに。
「聞いてや、リインフォース。私は全部背負っていくって決めたんよ。“闇の書”が生み出した悲しみも、憎しみも……全部、全部受け止めるって」
「主はやて、それは……」
「わかっとる。そんな簡単に実現できるほど軽い問題やないってことくらいは、子供の私かてわかっとるよ。でもな、だからこそ皆に、家族に支えて欲しいんよ。つらい事も、悲しい事も……嬉しい事だって皆一緒やったらきっと乗り越えていけるってそう思えるから」
“闇の書の闇”との最終決戦、あれは決して自分一人では乗り越えることが出来ない試練だったのは間違いない。あの場にいた誰一人でも欠けていたら、こうして生きていられる筈がなかっただろう。
そう……全ては、皆がいたから。だから。
「騎士の皆が居てくれるいうても、そこにアンタがおらんかったら寂しいやんか……!」
「主はやて、どうかわかってください。私が存在し続ける限り、この先も貴方に危険が付きまとうことになるのです。そんな事……私は、自分自身が許せない」
「そんな……で、でも!」
「それに、主もご存じになられた筈です。“闇の書”が撒き散らしてきた憎しみは深く、強い。
「それ、は……っ!」
「そして仮に封印されたとしても、私が存在している限り“闇の書”への憎悪が止むことはありえません。その憎しみは、私を家族と呼んでくれる主にも向けられることでしょう。私はそんな未来を望みません」
管理局が罪を犯した者に対して、償う意志を持つ者に寛大なのは周知の事実だ。
守護騎士たちにも本人に罪を償い意志がある以上、社会奉仕などによる罪の償いを経て、普通の人間のような日常生活を送れるようになるかもしれない。
そのためにも、誰かが総ての罪を背負わなければならないのだ。
暴走した防衛プログラムが元凶でした……と言ったところで、じゃあソレを生み出しかねない
今回こそ死者を出さずに済んだものの、過去の事件で生まれた被害者たちからしてみれば、それがどうしたという話だ。
どんな理由があろうとも、“闇の書”は一度完全には破壊されなければならない。
そう語りかけながら、流れ落ちる涙を拭うことも出来ないはやての頬を優しく撫でる。かつて、彼女がそうしてくれたように。精一杯優しく、愛おしい想いを込めて。
花梨たちの上から身を乗り出し、身体ごとぶつかる様にリインフォースに抱きつく。
リインフォースは抱きしめたまま嗚咽を零すはやての背中を優しく撫でる。
次元戦艦の一室に、少女の泣き声だけが静かに響く。
花梨は目尻に浮かぶ涙を拭いつつ、その様子を少し離れた場所から眺めていた
「……ユーリちゃん」
「はい!?」
声を掛けられたユーリはまさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかったらしく、驚きを顕わにする。
あわあわしている少女に目線を合わせるように屈みながら、花梨はとある確認の言葉を投げる。
「正直に教えて欲しいんだけど……もう一つの“闇の書の闇”である貴方の中に、暴走する前の正常な防衛プログラムに関するデータが残されていないかしら?」
「え?」
「貴方は無限魔力生成機関エグザミアなのでしょう? でしたら、貴方が“夜天の書”に組み込まれた前後のデータが残されているのではないでしょうか?
貴方を組み込んだことで夜天が闇に染まった……などと言うつもりはありません。でも、防衛プログラムを暴走させるほどの影響力とエネルギーを内包されていることは見紛うことなき事実。ならば、その時点まで“夜天の書”のデータを復元できれば、少なくとも暴走は起こらなくなるのではありませんか?」
『何っ!?』
「ほう? そうきたか」
「む……」
“紫天の書”に関する情報はほどんど皆無だった一同は予想だにしない展開に揃って驚愕を零す。
確かに、コピーであるとはいえ彼女たちの肉体を構築しているプログラムはオリジナルとほぼ同じ。
感情は記憶こそ異なれど、肉体を構築しているプログラムを解析すれば、もしかしたらオリジナルユーリが“夜天の書”に組み込まれた頃の記録が見つかるかもしれない。
暴走を起こすような魔導書に、エグザミア程の機関を組み込めるとは考えにくい以上、もしかすれば『原典から多少の機能は追加されているかもしれないけれども、防衛プログラムが暴走を起こす可能性の低い頃の“夜天の書”』を再現できるかもしれない。そうすれば、リインフォースを存命させる方法も見つけられる可能性がぐっと高くなる。
最大懸念の暴走の危険性が消えるのだ、彼女らへの風当たりなど抱える問題はいまだに山積みだが、それでも家族が別れるような展開だけは無くなるだろう。
花梨と葉月の説明と提案を聞いたダークネスは、顎に手をやりながら思考に没頭する。
チラリと目を細めてルビーの様子を伺えば、彼女は不機嫌そのものな、ブスッとした顔で花梨と葉月を鋭く睨んでいる。
ベタベタ抱きついてばかりいたユーリを盗られた風に思っているのか、それとも自分の
希望を見出した、はやてを筆頭になのはとフェイト、守護騎士たちまでユーリに詰め寄り、口々に懇願し続けている。
マテリアル三人娘とアリシアは完全に蚊帳の外に押しやられ、元々控えめなところのあるユーリの目がナルトマークに渦を巻いている。
己自身の
そう判断して彼女らの提案の推察を切り上げると、騒ぎ続ける一同を落ち着かせる意味も込めて傾聴の声を掛ける。
「いい加減に落ち着いたらどうだ。防衛プログラムが今すぐ再生されるわけでもあるまいし」
「ですが、いつ防衛プログラムが再生されるのかわからない以上、あまり時間的余裕は……」
「なら、ここで騒いだらどうにかなる問題か? ――違うだろう? お前たちがやらねばならないことは、高町 花梨らの提案が現実的に実現可能かの評価、それに協力者としてキーパーソンとなるそいつへの協力の要請ではないのか?」
「前者はともかく後半のそれ、どういう意味よ。ユーリちゃんが協力してくれないって言いたいワケ?」
花梨はダークネスの言葉の中にあった瑕疵を指摘する。
お人よしな雰囲気を醸し出すユーリが協力を拒む可能性にを思ってもみなかったらしい。
これもまた、『原作』知識がバックボーンにあるが故の思い込みと言えるだろう。
ダークネスは花梨をじろりと睨みつつ言葉を続ける。
「お前たちと“紫天の書”一派《こいつら》が面と向かって会話するのは、今回が初めてだったはずではなかったのか? 見ず知らずの連中にいきなり秘密を開示された上、強制的に協力させられそうになって混乱しない訳が無いだろう。そもそも、そいつの所有権は別の奴にあるのだから、まずはそっちに話を通すのが筋ではないのか?」
言いながら視線を向けられたルビーは、先ほどまでの不機嫌顔を一変させ、意地の悪いニヤニヤ顔を浮かべながらユーリに手招き、近寄ってきた少女を見せつけるように抱きしめる。
「そーそー! ゆーちゃんはボクのモノなんだから、勝手な言い分は却下しちゃいまーーす」
「な……! 本気で言ってるんじゃないでしょうね!?」
「本気も本気、だ~い本気ですけど~~? それが何か~~?」
「ぐっ……!? ユーリちゃん、貴方はそれでいいの!?」
「ふえっ!? えと、私はもうルビーさんのモノになっちゃいましたので……」
頬を薄く染めて満更でもない微笑みを浮かべるユーリに、花梨と葉月の頬が盛大に引きつる。
それはそうだろう。まさか、こんな落とし穴があるとは思ってもみなかったのだから。
時に情に訴えて、時に金銭的褒賞を上げながら繰り返して説得が行われたものの、ルビーの食種が動くことは終ぞなく、騎士たちが実力行使に出ようとしたこともあったが、何やら企んでいるらしいダークネスに一撃で沈められていた。
結局、騒ぎを嗅ぎつけかリンディたちも巻き込んだ大騒動が繰り広げられることとなったが、最終的にはルビーが翠屋のデザートに興味を持ったという情報を訊き出したアリサの発案した『クリスマスパーティin翠屋に彼女たちも誘って楽しんでもらえば気が変わるんじゃない?』作戦が行われることとなった。
いつしか、日付が変わって現地時間は十二月二十五日。
あの激闘から一夜明けた今日は、聖なる記念日……クリスマス。
偶然か、それとも必然か……時計の秒針がこの聖なる日を刻み始めた瞬間、一般人への“
――海鳴市 翠屋――
『メリークリスマス!!』
クラッカーの音が鳴り響き、色とりどりの電球の光が店内を彩る。
やや小ぶりなモミの木を鮮やかにデコレートしたクリスマスツリー、食欲をそそる多種多様な料理やデザート、無礼講だと開けられたシャンパンの栓が宙を舞い、剣術家カルテット――翠屋オーナー、月村家婿養子(予定)、翠屋ウエイトレス、烈火の将――がナイフを一閃、見事な細切れにするというハプニングもあったものの、笑顔の溢れるどんちゃん騒ぎは終わりを見ることも無く、続けられた。クリスマスパーティーというものに憧れていたはやては勿論、そういう行事自体を知らなかった面子もチラホラいたので、笑い声に混じった驚きの声もあちらこちらから上がり続ける。
――ちなみに、一番騒々しかったのは青髪ツインテールと金髪ツーテールな見た目そっくりコンビだった。無邪気な振る舞いが言線に触れたのか、月村家筆頭クール系メイドが「実にお世話し甲斐のある方々です」とものすごい生き生きした表情を浮かべていた事は、彼女の妹分であるドジっ娘メイドだけが知っている秘密だ。
店内に木霊する笑い声は終始止む事はなく、誰もが思い思いにこのパーティを楽しんでいた。
「ふぅ……」
かつて訪れた時の様にカウンター席に腰を下ろしたダークネスは、グラスを傾けながら一番の盛り上がりを見せる店内の中央へと視線を送る。
そこにいるのは、笑顔を浮かべながらパーティを楽しんでいる花梨たち。目的は忘れていなかったらしく、さりげなくユーリたちも引き込んでケーキの食べさせ合いっこと洒落込んでいる。
ルビーから了承をるのではなく、ユーリ本人から協力したいと言わせる方向にシフトしたようだ。必要なデータさえ手に入れば、リインフォースの修復の方は葉月辺りがちょちょいと仕上げてしまう事だろう。
「ま、連中が何をしようと俺には関係ないか」
「――ならば、何故君は此処にいるのかね?」
壮年の男性特有の低い声を不意に掛けられたにも関わらず、眉ひとつ動かさなかったダークネスは隣の席に腰を下ろしてきた声の主へと視線を移す。
「その言葉、そのままお前に返すぞ、ギル・グレアム――……あれは持ってきているんだろうな?」
「ああ……受け取りたまえ。約束の品だ」
はやての希望でパーティに参加していたグレアムが取り出したオルゴールのような箱……ロストロギア『パンドラ』を受け取り、ダークネスの顔に笑みが浮かぶ。
「一つだけ聞かせてほしい。こうして全てのジュエルシードを手に入れた今の君ならば、“夜天の書”の管理人格を救うことは可能なのかね?」
グレアムの言葉に、ダークネスは意外そうな顔を返す。
「……助けたいのか?」
形が変われどもリインフォースが“闇の書”の中枢機関であったことは間違いなく、また、人間が復讐という感情を容易く整理できるはずが無い故に、グレアムは本心ではリインフォースの消滅を望んでいるのではと推測していた。
だからこそ、まるで過去を振り切ったかのような表情を浮かべるグレアムを見て、ダークネスは首を傾げる。
あれだけの事をしでかしておいてあっさりと引き下がるなど、あまりにも不自然だと感じたからだ。
「はやて君と話をした。そして思ったのだよ……叶うならば、彼女には家族と共に未来を生きて欲しいと」
「偽善だな。そんなことをほざくのなら、最初から八神 はやてに必要以上に関わるべきではなかったんじゃないか? くだらない情を感じるようになってしまえば、復讐心を持ち続けることは難しくなる。もし心から復讐を願っていたのなら、ディーノの様に揺らぎの無い心を持つべきだ」
「それは言うほど容易くは無いよ、ダークくん」
どことなく気まずい雰囲気になりつつあった二人に気を利かせたのだろう、シャンパンを注がれたグラスが乗せられたお盆を手に現れた士郎から新しいグラスを受け取りながら、ダークネスは肩を竦める。この店で騒動を起こすつもりは無いというリアクションだ。
「……ダークくん、君に訊いておきたい事があるのだが」
「“
士郎が何を訊きたいのか大凡察していたダークネスが直球に切り出す。余計な誤魔化しは不要、聴きたいことがるなら言えば良い。あんまりと言えばあんまりな態度に士郎は一瞬だけ呆気にとられたような表情を浮かたものの、すぐに“剣士”としての表情へと切り替える。虚言は許さないとばかりに剣気を立ち昇らせていく士郎に、彼の修めた流派について知り様も無かったグレアムが冷や汗を流すのを余所に、にやりと笑みすら浮かべてみせたダークネスは眼光鋭い士郎に正面から向き合う。自分の中で情報を整理させた士郎が、まず最優先で確認しなければならない事から問いかける。
「花梨が巻き込まれているというその儀式とやらに君も参加しているんだよね? なら――君は花梨を
内心はどうあれ、表面上は落ち着いて言うように見える士郎の問いに、ダークネスは頷きを返すことで応える。
アースラでの事情聴取やはやての体調検査が終わってから場所をここ翠屋に移し、今まで無関係であった者たちに転生者たちが参加させられている儀式について花梨と葉月が中心となって説明した。
十年以内に自分以外の参加者、或いは『神成るモノ』を倒さなければ、儀式終了時点で存命している者たちが消滅してしまう。
魔法という存在を知ったばかりの一般人はもとより、こちら側の関係者である魔導師達にとっても、俄かには信じられない情報だった。
しかし、敗北した参加者たちが
大人組は子どもたち程騒ぎ立てることは無かったものの、やはり納得は出来なかったようで皆、厳しい表情を浮かべていた。
それから半日も経たない内にパーティーを開くことが出来ているのだから、心の切り替えが速いのか、それとも無駄に騒いで現実から目を背けようとしているのか。
――多分、後者だろうな。
花梨や葉月はどことなく影を落としているし、アルクとコウタは其々ユーノとヴィータから責めるような視線が向けられている。
逆に平然としているダークネスやルビーには時折、敵意混じりの視線が向けられ、その度にアリシアやシュテルたちの頬が痙攣を起こしたかのようにぴくぴく震えていたのを、ダークネスは捕えていた。
――やれやれ、予想していたとはいえ、これからかなり荒れるな。
考え込むように左目を蔽う眼帯に指を這わせながら、とりあえず現状を整理してみる。
今の時点で“
ただしイレギュラーである
最終的に儀式に参加するのは総勢十三組と最初に告げられた言葉が事実であると仮定して、十年後までに三組の参加者が現れると考えて良いだろう。現在生き残っている参加者は、この場にいる六名。
勢力的見ると『ダークネス』、『ルビー』、『その他全員』という三勢力に分かれている。
花梨たちが掲げている『“
普通に考えると儀式の管理者の正体は彼らを転生させた《神サマ》の誰かということになる。
しかし、だとすると管理者は普段、かつて引きずり込まれた巨大な大樹の聳える世界からこのセカイの様子を監視していると考えられる。
自力であの世界に行く手段が見つからない上に、あの世界ではいかなる武力も振るうことが出来ない。
絶対的に安全な世界に引きこもった相手に力尽くで言うことを聞かせられるとは考えにくく、かと言って儀式に否定的な発言を繰り返せば
不可解な点はいくつもあるが、ダークネス個人としては花梨たちと共同戦線を張るつもりは皆無。此処にいるお人よし集団筆頭に、これからは儀式の非参加者たちも積極的に戦闘に加わってくるだろうことは容易に想像がつく、が……全ては彼の手の内でしかない。
だからこそ、
故に、士郎への返答は――
「『Yes』、と返させてもらいます。
そう言って、士郎に送られた視線に込められた意志を感じ取り、少しだけ悲しげに眉を落とす。
「そうか……」
その一言にどれほどの思いが込められていたのか、彼ならぬダークネスには知り様も無かった。
それでも、この先の戦いに向けてどうあっても譲れない部分はある。
何より、これから己が行う予定の行動を鑑みるに、間違いなく彼女たちとの道は平行線を辿ることになる。ならば、いつ裏切られるかわからないような協力関係など結ぶ必要などない。
最初から敵性関係であれば、躊躇することも無くなるだろう。どうせ、最後に生き残れるのはたった一人なのだから。
「それでは俺はこの辺で失礼させてもらいますよ。
「え? もう帰っちゃうの? まだパーティはこれからじゃないかな?」
「微塵も恐ろしくないが、それでも殺気をぶつけられ続けるのは我慢ならなくてな。これ以上
「我慢、ですか?」
席を立ち、背中を向けるダークネスの右腕に自分の腕を絡ませながらシュテルが訊く。
「ああ、今すぐここを離れないとな。でないと――……こいつらを殺してしまいそうでな」
『――っ!?』
瞳孔が引き絞られ、燃え盛る炎の如き濃密すぎる殺気が立ち昇る。
それはほんの一瞬、刹那の間にも満たぬ時間の出来事。
されども、常人であれば発狂してしまうほどの殺意の波動は、確かな爪痕を店内に刻みつけていた。大人も子どもも、魔導師もそうで無い者も、人間もプログラム生命体であろうとも、誰もの脳裏に浮かんだのは物言わぬ躯と化した自分自身の姿。極寒の大地にたった一人で放り出されたかのような感覚、自分自身を抱きしめ、それでも尚、治まらない根源的恐怖。
つい先ほどまでの和気藹々とした空気が重く冷たい殺意によって吹き飛ばされた。
「き、君は……!」
反射的に取り出した鋼糸を構えた士郎は、ダークネスの前に立ちふさがる様に移動する。その後ろでは崩れ落ちた月村 忍を庇うようにして小太刀を構える恭也もいる。
リンディ騎士たちもいつでも魔法が発動できるように身構えるものの、純粋な殺気を向けられることになれていなかった少女たちを庇いながら彼をどうにかするのはほぼ不可能だろう。
一触即発な空気の中、相変わらず平然としているアリシアがダークネスの左腕に自分の腕を絡ませた。そのままくいくいっ、と腕を引き、言いたいことがあるのだとかわいらしいアピールをする。
「……アリシア?」
「もー、せっかくのクリスマスなんだよ? 喧嘩しちゃダメでしょ! メッ、なんだよ」
人差し指を突き付けながら上目使いに睨み付けてくるアリシアの姿に溜飲が下がったのだろう、ダークネスから吹き荒れていた殺気が収まっていく。
此処で戦い始めても意味が無いという事を思い出したようで、意外と短気な自分自身に対しての苦笑を浮かている。
「騒がせたな。だが、喧嘩を売るならもう少し相手を選んだ方がいいぞ。――次は無いと思え」
ダークネスは最後にもう一度、店内をを見渡した後にそう言い放つと、アリシアとシュテルを連れて立ち去って行った。
反動でドアが閉まる音だけが空しく響く。一斉に顔色が悪くなった一同に、さいどパーティを楽しもうと言う気力は残されていなかった。
「アレが、彼の本気なのか……」
士郎の呟きが少女たちの鼓膜を打つ、それは決して他人事ではないからだ。
参加者であろうと無かろうと、何れは彼と対峙しなければならないのだから。
――でも……本当に彼を降すことが出来るのだろうか?
白夜との戦いを経て更に強大な存在へと進化したダークネスはまさに人智を超えた怪物。
彼に対抗するには優秀な魔導師が何人集まろうとも足りないのではないかという不安が、花梨たちの胸の中に湧き上がってくる。
彼と対抗できる戦力と言えば――
「……まさか、ですわよね……? さすがに、そこまではありえないでしょうし」
葉月は唐突に思い浮かんだとある考えを即座にありえないと切って捨てる。自分でも馬鹿馬鹿しい以外の何事でもない考えそのものだと。
一人で悩む葉月を気にするでもなく、一番入口に近いテーブルでひたすらにケーキを食べ続けていたルビーは、ナプキンで口の周りのクリームを拭いつつ立ち上がった。
「ゆーちゃ~ん、ボクたちも帰ろうか~~」
「あ、はーい! ……えと、それじゃあご馳走様でした。あと、これが私に分かる範囲の“闇の書”に関するデータです」
予め花梨から渡されていたメモリースティック状の情報端末に、自分の中にある“闇の書”のデータを入力し終えたユーリが笑顔を浮かべながら葉月に手渡す。
そのまま踵を返すと、今後の身の振り方が決まっていないディアーチェとレヴィの手を引きながら、すでに店の外に出てしまっているルビー後を追いかけていく。
デイアーチェたちはまだ食べたりないのか何事か騒いでいたが、ユーリの背中に赤い霧のようなものが揺らめき始めたのを見るなり大人しくなって、黙って腕を引かれていった。
小さくなっていく少女たちの後ろ姿を、何とも言えない表情を浮かべた少女たちがいつまでも見つめていた。
海鳴市を一望できる海岸沿いに在る丘の上の公園。
見上げれば晴れていた筈の空は分厚い雪雲に覆われていた。この分だと、そう時間をかけずに雪が降り始めることだろう。
――そう言えば、雪は天からの贈り物だと呼ばれているのだと主が言っていたな……。
冷たい風が身に染みるものの、この感覚こそ自分が今、生きているのだと実感させてくれる。
閉じていた瞳を開いて振り返ったリインフォースは、白く輝く光球を腕に抱いた花梨へと向き直る。
「それじゃあ、やるわよ?」
「ああ……頼む」
こくん、と一度だけ頷きを返すと、花梨の元から浮かび上がった光の球へと手を伸ばす。
彼女の指先が触れた瞬間、光の球はそ無数の粒子となってリインフォースの身体へと吸い込まれていく。
彼女たちを囲んでいるのは主である八神 はやてを始めとする関係者一同だ。固唾を呑んで事の行く末を見守っている。
光りが消えてしばらくの間、自らを抱きしめるように俯いていたリインフォースであったが、ゆっくりと顔を上げていく。
そこに浮かんでいたのは――見紛うこと無き『笑み』であった。
「……どう? ユーリちゃんから貰ったデータを解析して作り上げた、新しい防御プログラムの具合は」
「ああ……大丈夫、本当に大丈夫なんだ……もう、私は……主を悲しませなくてもいいのだな……」
「それじゃあ……!」
リインフォースが唇を震わせながら呟いた瞬間、雪の舞う公園の至る所から歓喜の叫びが湧き上がった。
車椅子を操作して真っ先に近づいていくはやてを筆頭に、誰もかれもが喜びを露わにしながら静かに涙を零すリインフォースとガッツポーズをとる花梨へ駆け寄っていく。
深い悲しみの中、一人で涙を流し続けてきた寂しがり屋な魔導書、彼女は溢れる涙を拭うことも出来ないまま、胸に感じる愛おしい少女の温もりを噛み締め続ける。
祝福の風――リインフォース。
まるで自分の事の様に湧き返るお人よしたちに包まれながら、その名が示す通り闇の終わりを告げる優しき風が、白く染まった大地を優しく撫でていった――――。
だが。
「んじゃ、そろそろ協力してあげたご褒美をもらっとこーかな♪」
そんな気の抜けた能天気そうな声と共に、
――ゾヴッ!!
「――ぇ?」
破滅を齎す音が響き渡った。
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奇跡という名の光
次回からは日常編を予定。
――神域 大樹がそびえる空間――
《やあやあ、皆! 元気してたかい? うん、皆元気そうで何よりだね! ボク、ボクちゃんはいつでもどこでも元気いっぱいもりもりんぐさ♪(キラッ!) うんうん、わかってる、わかってるよ? ボクに訊きたい事がたぁっくさんあるだよね? そんなことは当然知ってるよ、なにせボクちゃんは神サマだからねえっ(ギュピーン!) それで、どれが訊きたいのかな? No.“0”につて? それともアレに斃されたおマヌケさんなNo.“Ⅷ”の『因子』がどうなったのかについてかな? かな? そ・れ・は・ぁ――まだ内緒にしときむぁあすっ! ぎゃははははっ! ねえ怒った? 怒っちゃった? プリプリぷんすかしちゃったのかな? でも、ずぅあんねんでしたぁ!! せっかくボクの番に回ってきたんだから、面白おかしく楽しませてもらおうか♪ あ、でもちょっとだけなら教えてあげても構わないよ。べ、別にアンタたちのために教えてあげるんじゃないんだからねっ!?(はぁと♪) 実はぁ、No.“0”は“ゲーム”を盛り上げるために僕らが用意したサプライズゲストだったのでぇーす! アレの言葉を信じたおバカちゃんはま・さ・か・いなよねぇ~? 最初の説明で言われたでしょ~? 『神の立場でゲーム開始後に新しい参加者を追加させることは出来ない』って、あれってつまり、大神であろうとも絶対に覆せないルールなのさっ! 次にぃ~、No.“Ⅷ”の『因子』だけどぉ、正規の参加者でないNo.“0”に倒されてぇ、しかも近くに君らの誰もいなかったからぁ、この
これが“闇の書”事件終結の翌年、またもや強制的に大樹のある世界へと呼び出された存命の参加者たちに送られた神の
――第一管理世界『ミッドチルダ』 首都クラナガン――
「ふぅ……なんちゅうーか、ようやく新しい家に馴染んできた気がするわ」
「そうだねー、僕たちがこっちに引っ越してきてからもう一週間か……」
リビングのテーブルで向かい合いに腰を下ろし、日本茶を注がれた玉露を傾ける八神 はやてと八神 コウタは感傷深げに息を零す。
地球から持ち込んだ緑葉の生み出す少しだけ苦みのある何とも言えぬ美味しさを舌いっぱいに堪能し、心を落ち着かせてくれる。
業務過多の影響で早々取れない家族の時間を、心行くまで堪能している八神姉弟は、どこか達観した成人の如き雰囲気すら感じさせる。
八神 はやてが保護観察を経て正式に管理局局員として入局してからかなりの月日が流れた。
グレアムやリンディたちの支援を受けて中学を卒業するまで地球で暮らした後、ここミッドチルダに居を移すまでの六年近い間、実にいろいろな出来事があった。
例えば嘱託魔導師として登録した花梨が、クラナガンに翠屋の支店を開いてオーナー兼メインパティシェとして腕を振るっていたり。
スクライアの集落に戻ったアルクが、調査と言う名目で潜った遺跡をいくつも破壊してしまって、しょっちゅうクロノたちから雷を落とされていたり。
ユーノの副官として無限図書館職員に就任した葉月が持ち前の高速演算処理チートっぷりを見せつけて、情報探索担当官たちから救世主扱いを受けていたり。
コウタが地上本部のエース部隊と名高いゼスト隊にスカウトされて、日夜扱かれていたり。
なのはとフェイトは其々の夢を叶えて、戦術教導隊と執務官になっていつも忙しそうに次元世界中を飛び回っていたり。
今でもお互いに連絡を取り合っているらしい“紫天の書”一派が時折翠屋でお茶会をするものだから、高町 士郎、桃子夫妻に気に入られたらしいデイアーチェとレヴィが、高町家の養子にならないかと頻繁に迫られていたり。
アリシアとシュテルを連れたダークネスまでもが時折、素顔のまま翠屋に来店していたり等々……。
そして――
「早いもんやなぁ……あの娘が居なくなってから、もう六年にもなるんか」
タンスの上に飾られた写真立て、そこに納められている写真に写っているのは、幼い頃のはやてと抱き合う銀色の髪と真紅の瞳が目を惹く一人の女性。
ほんの少ししか同じ時を過ごすことが出来ず、今はもう居なくなってしまった大切な家族。
はやては写真に写る彼女の姿を通して、あの日の出来事を回想していく。
あの日……彼女を奪われたあの瞬間を。
――六年前 海鳴市 海岸沿い公園――
「リインフォースッ!? リインフォースゥッ!! いやぁあああああっ!?」
「リインフォースさんッ!?」
「おいっ、しっかりしろよ!?」
少女たちの絶叫が冬の公園に木霊する。
まるで胸の内側から何かが喰い破ってきたかのように、リインフォースの胸部には人間の腕程の穴が存在していた。
拭き出した血の雨が純白の大地に降り注ぎ、真っ白なキャンパスに鮮血の赤が広がっていく。
驚愕で両目を見開いたまま崩れ落ちたリインフォースはピクリとも反応を返さない。騎士たちは悲痛な声を上げる少女たちから目を逸らし、いつのまにか現れた元凶と思われる人物へと怒号を浴びせた。
「スカリエッティ、貴様ッ!」
「お前……! よくも!」
殺意を向けられ、展開させたデバイスを突き付けられているというのに、彼女……ルビーの顔に張り付いた愉悦の笑みが収まる気配はない。むしろ、更に濃くなっているようにも見える。
ルビーは彼女の掌の中に納まったテニスボールほどの球体……リインフォースの体内から飛び出してきた光球を弄びながら、平然と言う。
「おいおい、ボクが何したって言うのさ? たまたま足を運んだだけのボクに
シグナムたちの精神を逆撫でする発言を繰り返すルビーの目は、不快感しか感じさせない“嫌な目”そのものだった。
記憶の中に在る、守護騎士たちを道具としてしか認識していなかった者たちと同じ目だ。デバイスを握る指先に力が籠ってしまう。
「もう一度だけ訊く……アイツに、リインフォースに何をした?」
「ん? 何って、管制人格プログラムの中枢部を引き抜いただけだけど?」
平然と言ってのけたルビーの顔には、『それがどうした?』と言わんばかりの表情が浮かんでいる。
対して、彼女の言葉を理解した者たに戦慄が走る。騎士たち同様、リインフォースもまたプログラム生命体として存在している。
中枢部、すなわちコアを引き抜かれてしまえば、彼女という存在に致命的なダメージを与える事は想像に難しくない。
「何で……!? 何でこんなヒドイ事をするんや!? 返して! それはリインフォースの……!」
「何でって……。ハァ……お前、ボクの話ちゃんと聞いてた? こないだ協力してやったじゃんか、だからその見返りを回収しに来ただけだよ。ダーちゃんはジュエルシード目当てで協力してたじゃん? だからさ、ボクも欲しいものを貰っとこうと思って。興味あったんだよね~~……“闇の書”の中枢部分だった
「ふざけるな! そんな事のためにお前はリインフォースを殺したと言うのか!?」
「うっさいなぁ~~、大体、仕込みはしたけどボクが直接手を下してなんかないよ。文句があるなら、ボクの策を成すための最後の一手を実行したそいつらに言えよ」
そう言って、ルビーが指さすのはリインフォースにしがみ付いていたはやてを抱き上げている花梨と、その傍らの葉月だった。
予想だに出来ない彼女の言葉に、困惑を隠せない二人に向けて、ルビーは楽しげに種明かしを繰り広げる。
「ゆーちゃんたちを消滅させないためにボクが用意したコアプログラムにはちょっとした仕掛けが施されていたのさ。簡単に言うと、あの娘たちに外部から干渉してデータを吸い出しでもしたらそのデータに一つの命令コマンドを組み込むよう細工していたのさ。コマンド内容は吸い出されたデータを基にプログラムが組み上げられた際にプログラムが組み込まれたシステムごと、
そんな事を平然と言ってのけるルビーに対して、一同の怒りのボルテージが上昇し続ける。
守護騎士は勿論、アルクやコウタたちも臨戦態勢へと移行しつつ、彼女が弄んでいるリインフォースのコアを取り戻そうと全身に魔力を張り巡らせていく。
その様子を見て肩を竦めたルビーが徐に指を弾く。それだけで彼女の指輪から真紅の糸が放出され、彼女以外の全員を刹那の間に拘束した。
どんなに力を込めようと、どれだけ魔力を練り上げようともびくともしない糸に捕らわれた悲しき獲物たちの歯軋りの音を耳にして、ルビーの愉悦の笑みがさらに深まっていく。
怒号と懇願の叫びを上げる少女たちに背を向けると、ルビーは軽いステップを踏みながら立ち去っていく。
「ほんのちょっとでも家族やれたんでしょ~~? だったらもう十分じゃんか。んなワケで、サヨウナラ~~♪ 十年後に、また会いましょ~~」
最後まで理性を逆なでする言葉を投げつけ、『天災』は地球から姿を消した。
途方も無い喪失感と悲しみを彼女たちの心に刻み込みながら、紫天に連なる少女たちと“夜天の書”の中枢プログラムを奪い去って。
――現在 クラナガン 八神邸――
「ほんま……アイツだけは許せへん。必ず私の手でとっ捕まえたる」
「主、それは我々も同じです。
他の騎士たちも即座に同意を返す。無論、コウタもだ。
八神家の思いは同じ……即ち、『ルビー・スカリエッティの逮捕』という思いが。
六年の歳月を経ても尚、収まる兆しを見せぬ怒りの炎が渦を巻き、交わり、この場を支配しようとした時、玄関口の方からドアの開く音が響く。
トントントン……、と軽快な足音を立てながら、足音の主がリビングのドアを開いて現れた。
「母様、ただいま戻りました……? どうかなさいましたか?」
淑女の鏡と称するべきお淑やかな笑みを浮かべていた少女は、場の雰囲気に気づくと、養母である母へと訝しげに尋ねた。
腰まで届く銀色の髪を三つ編みに纏め、落ち着いた雰囲気を持つ少女。可愛らしいと言うよりも、美しいと呼ぶ方がしっくりくると感じさせる。
事実、ご近所の奥様方からはあと数年もすれば引く手数多の美少女へと成長すると専らの噂になっている。
彼女の着ているミッドチルダにあるジュニアハイスクール『ザンクト・ヒルデ魔法学院』小等科の制服の胸ポケットから、彼女の迎えに出向いていた小さな
「はやてちゃ~ん! リイン、
ピーターパンのポケットから飛び立つティンカーベルの様にクルクルと回転しながら飛び立った身の丈十センチほどの少女が満面の笑みを浮かべつつ、テーブルの中央に降り立つ。
綺麗な敬礼をしながら可愛らしい報告をする八神家ご自慢のちびっ娘(姉)の登場に、暗く淀みつつあった空気を浄化していく。
純粋さ故に自然と皆を笑顔にしてくれるちっちゃな家族に、なんでもないよと手を振り返しつつ、はやての視線は部屋にカバンを置いてきたちびっ娘(妹)へと向けられる。
「おかえりー、
「はい。皆さんに優しくして戴けましたし、とても楽しかったです。転校生である私にも、皆さん親身になって接してくださいまして」
「うんうん、やっぱそれは、リヒトがええ娘やからなぁ……。私もわかるわぁ」
「いえ、そんな……。あ、そう言えば、姉さまの迎えを教室で待っていた時に何人かの殿方からこれから宜しくと握手を求められたりもしましたね」
「……ほほう? つまりはあれかい? リヒトのプ二プ二お手々を握り締めやがったクソ虫野郎が生息していると――よし、ちょっと行ってぬっころしてくる」
「落ち着けバカ野郎、たかが手を握ったくらいで動揺すんな」
殺ル気満々なシスコン男を、彼女&騎士&家族な三つ編み少女がドついて止める。引っ叩かれた後頭部を擦りながら振り返ったコウタは、まるでこの世の悪を見てきたかのようにまくし立てる。
「だって……だって、握手だよ、握手! リヒトの事だからきっとニッコリ笑顔でひとりひとり丁寧に対応したに決まってる! そんなことすれば、きっと勘違いする男が出てくるはずだよ!」
「力説してんな!? いいから落ち着け!」
「あの……おじ様? 私はまだ、その……お付き合いと言うものはちょっと……」
「――え? あ、うん、そうだね! そうだよね! うん、うん! それくらい、最初からわかっていたよ!」
「【レイアース】まで起動して、ヤる気満々だったじゃねぇか!」
最近はよく見かけるようになったコウタの暴走から目を逸らして、はやては制服の上からエプロンを掛けてキッチンへと向かう――の後姿を見つめる。
真紅の瞳、銀の髪、かつて失った家族をそのまま幼くしたかのような独特の雰囲気を持つ幼い娘。
あの日、リインフォースの消滅の後に残された二つの遺産。
一つは“夜天の書”の一欠片……そこから誕生した二代目“祝福の風”リインフォース
そして――リインを肩に乗せ、楽しそうにお菓子を作っているリインフォースと瓜二つの少女『八神 リヒト』。
彼女こそ、初代“祝福の風”が完全に消滅する刹那、突如として現れた『とある人物』の手によって新たな存在――“夜天の書”とも“闇の書”とも全くの無関係な
本来ならば、リヒトは『とある人物』に引き取られるところだったのだが――様々な理由で反対を受け、更に、彼女を引き取らせてほしいと土下座までしてみせたはやてたちに根負けしたのか、リヒトを八神家の娘として受け入れることができた。
あれから六年、人間の少女として転生した初代リインフォース改め『八神 リヒト』ははやてたちがミッドチルダに移住したのを契機に学校へと通い初めた。
一人の少女として……ごくごくありふれた、それでいてとても大切な毎日を送っている。
娘のことについては感謝してもしきれない。
でも、だからこそもどかしく、思い悩む。
恩人である
何故あの時、自分たちの願いを聞き届け、奇跡を起こしてくれたのか、それは今でもわからない。
プログラムを人間へと生まれ変わらせる……まさに神の所業と呼ぶべき奇跡を起こしたことで、彼に対する警戒度は次元世界最高ランクに跳ね上がった。
リンディやレティ提督の口添えもあり、リヒトについての情報は閉口令が敷かれたので彼女の存在はほぼ知られていない。だが、彼の仕出かした行為についての報告は、管理局上層部に広がっている事だろう。つい昨日、歴代史上最高額の賞金が彼にかけられたことから見ても、上層部が血眼こになって彼を手に入れようと躍起になっているのは火を見るよりも明らかだ。
返し切れない借りがある恩人であり、親友二人の命を狙う最強の敵でもある。
果たして、どんな『選択』を選べば最善の未来を手繰り寄せることが出来るのだろうか――?
「リヒトちゃん、リヒトちゃん。ひょっとしてぇ、クラスの男子の中に気になる男の子がいちゃったりしませんでした~~?」
「ね、姉さまったら……もう、段々お母様に似てこられていませんか?」
「え~~? そんなこと無いですよぉ~~……で、どうなのです?」
「そう、ですね……どちらかと言えば憧れ、みたいなものですけれど――……時折、夢に出てこられます殿方が気になりますね」
「夢、ですか?」
意外な展開にリインだけでなく、耳を傾けていたはやてたちも思わず振り向く。
リヒトは自分に集まる家族の視線を気にした風も無く、どことなく夢見る乙女のように頬を染めた可憐な表情を浮かべたまま、自分が時折見ると言う夢の内容を語る。
「満天に広がる夜の空……星々の煌めきが照らす天上の海原を泳ぐ黄金に光り輝く偉大なる竜の神さま――鋭くも優しい不思議な瞳のあのお方の姿が心に残っているのです」
「黄金の竜さんですか? へぇ~、リヒトちゃんはドラゴンさんが好きなんですね!」
「いえ、竜の神さまはそう見えるからお呼びしているだけでありまして、本当は人間の殿方と同じお姿をされているんですよ?」
「はわ~、何とも不思議な夢ですね~。その神さまに見覚えはないんですか?」
「そう言えば……以前、週刊誌に神さまそっくりなお方の写真が掲載されていたような? 確かお名前は……『ダーク』様、と……」
「なぁ~んだ、名前がわかっているなら話は簡単ですぅ! リインに掛かれば、ちょちょいのちょいで調べ上げてみせますよ! あ、何なら会いに行くって言うのもアリですね! それじゃ、さっそく――」
『お願いだから、それだけはヤメテッ!?』
知らぬ間に純粋な末っ子の世界最強な危険人物への好感度が急上昇していたのだという恐ろしい事実を前に、八神家姉弟と守護騎士たちの心が過去最高レベルで一つになった瞬間であった。
――ミッドチルダ郊外――
「うふふふ……」
薄暗い部屋の中、モニターの放つ光に浮かび上がる少女の顔に浮かぶのは満面の笑み。
だが、それは年相応のかわいらしい類のものではない。
愉悦……これ以上ないほどに口端は吊り上り、爛々と危険な光の浮かぶ瞳の持ち主……ルビーは声を押し殺すことも無く、目の前の円柱状のカプセルを仰ぎ見る。
密閉されたカプセル……生体ポッドの中に漂うのは一人の少女。瞳を閉じ、両腕で膝を抱えるような姿勢のまま培養液の中で揺れる
彼女の傍らに控えたユーリは、目覚めの刻をじっと待っている少女を少しだけ気の毒そうな視線を送ってから、空になった食器を手に部屋を後にする。
――なるほど、夜天の王に接触していたのはこの為でしたか。
以前、病院に入院していたころの八神 はやてに正体を隠したルビーが接触していたと聞いていたが、彼女を
と、同時に思う。果たして、目覚めた彼女と夜天の王たちが出会った時、彼女たちはどんな表情を浮かべるのだろう? ……と。
『朱に染まれば赤く染まる』
かつて、とある偉人の残したこの言葉は実に的を射ていると言えよう。
何故ならば――ユーリまでもが狂気すら感じさせる薄ら笑いを浮かべていたのだから。
人工灯の光に照らされる
その後ろ姿を、自分の入れられている金糸を思わせる長髪を培養カプセルの中に広げながら微睡んでいた少女の左右の異彩が異なる瞳が見つめていた。
――とある次元世界――
人里離れた草原を吹き抜ける穏やかな風を全身で味わいながら、ふと何かに気づいたかのように空を見上げる一人の男がいた。
上着、ズボン共に漆黒。左目は眼帯で覆われ、背中に届く黒髪を首の後ろで纏めている。
一見すると唯の成人男性にしか見えないかもしれない……が、彼の正体を知る者ならば、否、彼と言う存在を知ってしまった者であったとしたのならば、そうは思えないだろう。
全身より溢れ出すのは異常にして超常の威圧感。深淵を思わせる瞳に秘められたのは遥かなる
そう、彼は人ではない。人を超えた先を歩く者……黄金色のココロとチカラを宿す存在。
神罰を司りし天電の魔女と断罪を司りし輝焔の魔女たちが首を垂れる唯一無二の存在……『黄金の神』。
「すべての決着がつく日も近い、か……」
魔女を従えた黄金神は天を見上げながらぽつりと零す。
彼の眼には、頭上に広がる空の果て、その遥かな先の未来を見据えていると言うのか。
「アリシア、シュテル。そう遠くない未来に、かつてない激闘が幕を開くことになるだろう。……お前たち、俺についてきてくれるか?」
「今更言うコトじゃ無いんだよ、ソレ」
「全くです。私たちはどこまでもお供いたしますよ」
当たり前の様に腕を絡めていた見目麗しい二人の女性からジト目で睨まれ、黄金神……ダークネスは苦笑いしながら言った。
腕を解き、彼女たちに向き直る。これから口にする言葉、それに込められた意味を噛み締めながら、それでも目を逸らさずに。
「俺はお前たちを大切な存在として認識している。だからもしお前たちに何かあれば、多分俺は冷静でいられないだろう。だから――」
手を伸ばす。
己が命と同価値であると認める存在へと。決して手放したいくないと心から言えるだけの存在となった、大切な少女たちへと。
「俺と言う存在の消え去るその瞬間まで――共に居て貰うからな。逃げようとしても無駄だぞ。俺は絶対にお前たちを離さないからな」
「もっちろん♪ 私たちはダークちゃんのモノで、ダークちゃんは私たちのモノなんだからねっ」
「私の身体も、心も、想いも……全ては貴方と共に在ります。ですから……」
少女……いや、大人の女性へと美しく成長しつつある彼女たちは、この世で最も愛しい人へとそっと身を寄せ、彼の服の裾を掴む。
僅かな恥ずかしさと、共に在る内にとてつもなく膨れ上がってしまった愛おしさを込めながら。
「「私たちを離さないでね?」」
「――ああ、当然だ」
満ち足りた現実に立ち止まらず、その先へと彼らは進み続ける。
例え、絶望を齎す未来が立ちふさがったとしても、愛しさを胸に抱き、悲しみを背負い、時々過去を振り返りながら。
世界を背負う神成る存在が誕生する、その瞬間まで……。
彼らの歩みは、決して止まる事はない――――
《神造遊戯事件》 第二幕 “闇の書事件” ――――閉幕。
【『A’s』最終報告】
“ゲーム”の舞台時間軸:魔法少女リリカルなのは:『A’s』終了
『A’s』終了時の転生者総数:六名
【A’s終了時の状況】
“Ⅰ”:リインフォース・アインスをジュエルシードと彼自身の未完成な“権能”によって人間の少女として転生させる。その後、アリシア、シュテルを引き攣れて次元世界を放浪中。
“Ⅱ”:シュテルを除く”紫天の書”一派を手中に収め、“夜天の書”のコアプログラムを強奪。何やら怪しい企みを実行中。
“Ⅲ”:嘱託魔導師として管理局に登録しつつ、故郷に一時帰郷。修行も兼ねてトレジャーハントに勤しむ。
“Ⅵ”:いざという時に動きやすいよう嘱託魔導師として管理局に所属しつつ、クラナガンの一角に翠屋の支店をオープン。オーナーパティシェとして腕を振るう。
“Ⅶ”:無限図書館の室長補佐として就任。
“Ⅸ”:時空管理局地上本部に所属。地上本部のエース部隊『ゼスト隊』の新人として、日夜特訓と事件解決に精を出す。
End stage 『A’s』 Finish!
GO TO NEXT STAGE ―― 『Striker’s』
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『日常』編 その2
事情説明
具体的には、なのはたちによる魔法技術の説明が一通り終わらせた直後になります。
粉雪が舞い降り、幻想的なひと時を演出する十二月二十五日。
クリスマスと言う年に一度の一大イベントであるこの日、本来ならば飲食物を扱う翠屋はケーキやスィーツを求めて数多くのお客様が来店し、賑わいをみせている筈だった。
だがしかし、現実には閑古鳥が鳴いているようにも見えるほどに店内は静まり返り、笑顔と共に賑わいを見せる外の世界とは隔絶してしまっている印象を見る者に与える様子を見せていた。
翠屋の入り口には『CLOSED』の看板が下げられ、道路に接するガラス窓には隙間なくブラインドが下ろされて、中の様子を伺うことが出来ない。
近所の皆様方やお得意様たちがこの様子に首を傾げ、立ち去っていく翠屋の店内には、翠屋経営者たる高町家、月村家、八神家にアリサ、そして管理局の代表としてハラウオン親子とエイミィ、グレアムの姿があった。
皆、どことなく緊張した面持ちのまま手ごろな席に腰を下ろしており、彼らの視線の先ではどこから用意したのか説明用のホワイトボードを背に花梨、葉月、アルク、コウタ四人が立っている。一同の視線を集めた花梨が咳払いを吐きながら、一同を見渡す。
「それじゃあ、今から私たちが隠してきた秘密……私たちが参加させられている“
一同が頷きを返してきた事を確認すると、花梨に促された葉月が、彼女たちが知りうる“
「まずは“
「花梨さんたら、もう……そんな、どストレートすぎな言い方では駄目ですわよ?」
「だったらアンタが変わってくれてもいいじゃない……はぁ、もう! わかってるわよ。これは私が言わなきゃならない事だってくらいは」
真剣な瞳を向けてきた葉月に応えるように、花梨は慎重に言葉を選びながら一つずつ語り始める。
子供の絵空事にしか聞こえない、けれども確かな現実として起こっているこのセカイの真実を。
「此処にいる私たちには、とある共通点があるの。それは“神を名乗る存在と邂逅”して、“前世の記憶を保有”したまま新しい命としてこのセカイに生まれ変わったっていう過去を持っている事よ。皆には信じられない事だと思うけど、これは紛れも無い真実、揺るぎ様の無い本当の事なの。だから頭ごなしに否定しないで、“そういうものだ”っていう事を念頭に置いて訊いて欲しいの」
虚構さなど微塵も感じさせない真剣な表情を浮かべたまま淡々と説明をする花梨の言葉を笑うことが出来る者は一人もいなかった。
それは、彼女だけでなく、後ろに控えた葉月たちもまた、真剣に、あるいは今まで黙っていたことに対する後ろめたさを浮かび上がらせていたからだ。
彼らと少なからず交流のあるこの場にいる一同は、彼らの言動や態度が、この場を流そうとする戯言の類なものでは決してないという事を、否応なしに感じ取らされていた。
「私たちはこことは違う、けれども限りなく近い世界で一度死んで、あの世……と呼べるのかはわからないけど、とても不思議な……そう、果てしなく真っ白な空間に呼び出されたの。そこで神を名乗る存在に違う世界に転生する資格と力を与えられて、このセカイで第二の生を授かったのよ。でも、そこには奴らの思惑が隠されていたの……その目的こそが“
さらりと『殺す』という単語を口にする娘を信じられないものを見たかのような表情を浮かべながら見つめるのは高町夫妻だった。
特に、元裏の世界の住人である士郎には、娘が口にした言葉に込められた重みを……真実、“殺し合い”と言う行為についてきちんと理解した上で言葉にしているといるのだと言うことが否応なしに理解させられてしまう。
内心で激しく動揺する父に気づいていないのか、それともあえて無視しているのか、花梨は表情一つ変えないまま説明を続けていく。
「えっと、私たちを除く他の参加者たちに中には、《神の座》を求めて積極的に戦いを仕掛けるっていう奴もいるの。
「……あのさ、全然意味がわからないんだけど? そもそも、どうしてアンタたちがそんなモノに参加しないといけないのよ?」
黙って話を聞いていたアリサが、怒りを押し殺したかのような静かな口調で問いを投げる。
それはこの場にいる全員の思いを代弁したものであった。
彼女たちを疑う訳ではないが、それでも話の内容が常識というものを置き去りにしたレベルに達しつつある展開に我慢することが出来なくなったようだ。
「……それは、そうしなければ私たちが此処にいることは叶わなかったからよ」
そう告げた花梨の口元は苦虫を噛んだかのような、まるで何かを堪えるかのように歪んでいた。
「此処にいる私たちは神々の手で生まれ変わらされた存在なんだけど、転生する条件が“儀式に参加すること”だったのよ。――まあ、私はイレギュラーだったみたいで儀式の事を知らされていなかったんだけどね――っと、話が逸れたわね。とにかく、もし儀式の参加を拒んでいたとしたら、その時点で私たちの魂は輪廻の環に逆戻り、記憶も人格も何もかもを消されてまっさらな状態になって生まれ変わっていたでしょうね。少なくとも、此処にいる私たちとは完全な別人としての生を受けていただろうことは間違いないと思うわ。だから、私たちには参加を拒むことが出来なかったの」
「そんな……!? 何やそれ!? 逃げ道を塞いで、自分のやり方を押し付けて……そんなん許されるんか!?」
「許すも許さないも無いんじゃない? だって神サマなんだし。人間の道徳感なんて持ち合わせてないのよ、きっと」
「花梨ちゃんはそんなんで良いんか!? 神サマとやらの言い分を認めるっちゅうことは……!」
「貴方も一度死ねばわかるわよ、きっと。あの時こうしていれば、もっと上手くやっていたら……そんな後悔ばっかりが湧き上がってきて、つらくて、苦しくて、悲しすぎるあの感覚、とてもじゃないけど言葉にはできないわ。そしてこうも思うの、『もしもう一度生きることが出来るのなら、何を引き換えにしたとしても
花梨言い分を否定することは誰にもできない。
それが出来るとすれのならば、それは彼女と同じく真の意味で一度命を失った事がある存在だけなのだから。
それでも納得ができないという思いが、ありありと見てとれるはやてを窘めるように、花梨は真剣な眼差しを向ける。
「この世界を支配する現実とはそういうものなんだってことを理解しなさい。私たちはそういう不条理な現実を精一杯生きる以外に、道は残されていないんだから」
花梨の言葉に同意の頷きを返している弟の姿に、はやては二の句が継げなくなってしまう。
誰よりも長く傍にいたはずの家族が、とてつもなく遠い存在になってしまった、そんな喪失感が彼女の身体を駆け巡る。
「……俺からもいいか? その“
「いいえ、それは無理なのよ恭也兄さん。どこかに隠れ続けるっていうのは確かに一つの手ではあるけど、その方法を取っても未来は無いの」
恭也の問いに対して、花梨は否定の意を示す。
逃げる、或いは隠れ続けると言う行為を拒絶するのではなく、現実的に考えてその方法を選ぶことは不可能なのだと知っているから。
「“
「な……!?」
「私たちを転生させた存在が相手なのよ? たぶん、戦いにすらならないわね。自販機でジュースを買うのと同じくらい簡単に、私たちの命は奪われてしまうと思うわ」
「ふざけている……! なんだ、それは!? 人間の命をなんだと思っているんだ!?」
「――どうとも思っていないと思いますわ。彼らにとって、今の私たちは新しい神の候補者にすら成り得ていない存在でしかないのですから。もし彼らが真の意味で目を掛ける存在がいるとするのならば……
憤る恭也の内心を見透かしたかのような葉月の言葉。されども、その言葉が指す意味こそ、限りなく真実に近いのだと、神の候補者として選ばれた者たちは感じていた。
「そう――……私たちに帰りたい場所があるのなら……、守りたい、大切な人たちがいるのなら――戦って未来を勝ち取る以外に生きる術は存在し得ないのよ」
この場にいる全員が、花梨の言葉が現実として受け入れるしか出来ない。そうするしか……出来なかった。
「――え、ええっと、自分で言っといてなんだけど、そんなに暗くならないでくれないかしら? ホラ、別に今すぐどうこうなるわけじゃないんだし? 戦いの期間が決められているから、少なくとも今から十年位は、私たちはお互いに戦う事を禁止されているから……だから、まだ時間的猶予は残されているの」
「……それも、“ルール”とやらで決められていることなのかしら?」
「あ、はい。私たちはこのセカイで起こりうる出来事と言いますか……その、運命にようなものを『特別な知識』と言う形で与えられているんです。それは運命の分岐点とも呼ばれるもので、たとえば『ユーノがジュエルシードを発掘した』、『彼との出会いで、なのはが魔法の力を手に入れる』、『なのはとフェイトがジュエルシードを奪い合う』、『はやてが“闇の書”の主に選ばれる』……そういった出来事について、私たちは予備知識として与えられていたの、――もちろん、ある程度の個人差はあるけどね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!? それはつまりあれか? 君たちは、ジュエルシードの件から今回の件に至るまでの未来を、予め知っていたと、そう言いたいのか!?」
「ま、そういうコトになる……かな?」
「……少し良いだろうか?」
問いを投げたシグナムは、表情が何処か硬い。いや、彼女だけではなく、守護騎士たちにも困惑とも怒りとも取れるものが浮かんでいる。それに敢えて気づいていないフリをしつつ、先を促す。
「もし今回の事件についても、予め予備知識として知っていたとするのならば……我らが覚醒する前に主はやてを保護、或いは接触することも出来たはず。それをしなかったのは何故だ? ……お前たちにとって、主を救ってくれることは重要な事ではなかったという事か?」
「――自惚れないでいただけません? 自分の命を常に脅かされる中、どうして私たちが無償で八神さんを救ってあげなければならないのですか? 貴方たちにとって彼女の命が何よりも重要であるのと同じように、私たちにも何よりも大切な
「そうね。確かに悲しい未来、つらい出来事が起こるっていう未来を知っていながら、何もしなかった私たちは褒められる人間じゃあないのかもしれない。でもね、だからこそ救われた人がいるのも事実なの。お父さんが怪我で入院してた時、なのはが自分を必要じゃないって思い込んでしまった事を、必要以上にフォローしなかった事だってそうなのよ」
「はあ? ソレ、どういう事よ!? そんなのが、なのはのためになるって言うの!?」
「ええ。この出来事があったからこそ、なのはは誰かが悲しんだりしているのを放っておけなくなった。だからこそ、アリサとすずかの喧嘩に割り込んだし、これがきっかけで二人と親友にもなれた。だからこそ、傷ついたユーノと魔法技術に接触した時も、途中で投げ出さずに最後までやり通すことが出来た。だからこそ、事件の中でフェイトを救うことも出来たのよ。――言い方が悪いかもしれないけど、もしあの頃のなのはの支えに私がなっていたら、今以上に私に依存する性格になったいたんじゃないかしら? そんな状態じゃあ、アリサたちと友達になることも、魔法を手にすることも、フェイトを救う事だって出来ていたとは思えないわ」
考えすぎかもしれない。
けれど、『知識』をなぞる形で“
そう考えたからこそ、今回の説明にあたって、花梨たちはこのセカイが創作物に極めて近いという事実は隠して、“これから起こりうる未来をある程度知っている”という事にした。
このセカイでの家族であり、友人でもある彼らに、本当の事を……自分たちが“リリカルなのは”というストーリーを描く登場人物として自分たちが用意された存在なのだと告げることは、彼女たちには出来なかった。
「……君たちの言いたいことはわかった。いや、納得は出来ないが、今は脇に置いておくことにする。――で、だ。花梨、君の話の中に《神》という単語がいくつも現れていたし、それが存在するという前提で話を進めているようだが、それは本当に、その……オカルトでよく言われる、あの《神》という認識でいいのか?」
「まあ、概ねは。ていうか、本人がそう言ってただけだし、もしかしたら私たちの想像もつかな不思議な異能を持つ存在が神を名乗っているだけなのかもしれないけどさ……私の勘だと、間違いなく本物だと思うわ」
「君の言葉を疑うつもりは無いが……しかし『ハイ、そうですか』と答える訳にもいかないな。何より確証が無さすぎる。僕から言わせて貰えば、そもそも君たちが本当に転生とやらを経験してるのかすら怪しいものだ。集団催眠や洗脳の類で、『自分には前世があって、
「リアリストなクロノ君らしい、実に現実的な発想ね。――でも、その理論だとどうしても証明できないことがあるんじゃない?」
「なんだと?」
怪訝な表情のクロノに対して、人差し指をぴっ、と立てながら言う。
己が内に宿る、人間の定義した理論では説明のつかない、理不尽の塊とも称すべき異能の“能力”について。
「私たちに宿る“能力”のことよ。私たちに秘められた特別な力、唯人には決して持ち得ないチカラを持っていることが何よりの証明になるわ」
「それは魔法……ではないのよね?」
「ええ、その通りですよリンディさん。私たちに宿るのは未知にして超常の神々より与えられた異能のチカラ……この星も含めて数多存在する次元世界で貴方たち魔法科学を使役する者たち――魔導師が
「――!? ま、まさか……!?」
「気づいた様ね? そう――
日本と言う平和な国で生まれ育った者にとって、この上なく非現実的な言葉をつらつらと並べながら、花梨の説明は続く。
「私たち転生者、あるいは参加者の中でも、更にワンランク上の力を発現させた存在は『神成るモノ』と呼ばれているわ。その名の通り、新しい神となる候補者って意味なんだけど、その代表格がダークなの。私たちが名乗る
「彼が、“Ⅰ”――っ!? ちょっと待て!? それならまさか、アースラに残っている女性も!?」
「そ。
「彼らと協力することは出来ないのかね? 確かに常人とはとても呼べない危険な存在であることは間違いないが、話に耳を傾けるくらいはしてくれそうな気がしたのだがね? 現に、私がジュエルシードを代価に取引を持ちかけた際、結果はどうあれ、傾聴の姿勢は見せてくれていたと思うのだが」
「無理じゃねェの? ありゃあ、自分の決めた考えは絶対に曲げない性質の人種に違いねェよ」
「うん、僕も同感だよ。“Ⅰ”もそうだけど、“Ⅱ”も、絶対に相容れないような気がするんだ。いや彼らだけじゃない。もしかすればこれから先、僕たちの前に現れるであろう新しい参加者たちも、彼らの様に儀式を肯定する人種なのかもしれないね」
「疑心暗鬼に憑りつかれておられますわね、お二方共……」
強大過ぎる力を持つダークネスと出来るだけこじれた関係にならない様にというグレアムの提案を、アルクとコウタがすっぱりと切り捨てる。
あからさまな嫌悪感と敵意を抱いている少年二人に、葉月の口元は苦笑を描き、花梨は内心で重い溜息を吐く。かつての自分も通った道とは言え、こうして第三者的視線で見ると、彼の“能力”のデメリットが如何様な物なのかが良くわかる。
葉月が隙をついて【いどのえにっき】で読み取らせたダークネスの“能力”に関する情報、どこに逃げようとも炙り出されてしまう強力な感知能力である『
強力過ぎる“能力”には当然、デメリットというものが存在している。
『
つまり、“能力”によって自分のチカラなどを読み取られた者は、彼をこの世で最も嫌悪する存在と等しいほどに敵意を抱いてしまう。
言うなれば、好感度を強制的にゼロにしてしまうのだ。コウタとアルクが敵意をむき出しなのも、今までダークネスとほとんど接触していなかったから好感度がゼロのままであるためだ。
しかし、このデメリットは『一度限り』のものでもあり、一度好感度をゼロにしたとしても、そこから再び好感度を上げることも可能なのだ。
花梨のダークネスへ向ける感情の推移もこれが原因で、彼女自身が『神成るモノ』へと限定的に至り、知覚や価値観に変化が現れたことや、アリシアやシュテルへ接する姿などを見て、嫌悪感が薄れてきている事が、彼女の変化の理由であったりする。
だからこそ、彼の言い分を認めることは出来なくとも、今回の様に協力し合うことは出来るのではないかと思うようになってきている。
具体的に“
それは花梨がダークネス個人へ向ける感情なのか、それとも全く別の物なのか、いまだあやふやで形を成さないソレがどんな結果と成るのかは彼女自身にもまだわからない。
けれども、わかり合えない相手と手を取り合うためには、彼らの考えを、何を大切にしているのかを知る必要もあるだろう。
今ある日常……決して譲れない大切な居場所。自分だけの大切な場所を見つけることが出来たなら、彼らの考えも少しはわかるかもしれない。
――私の大切な場所……私の、夢? 私の夢は……
彼らと同じように、自分も家族だけじゃなくて、自分自身の生きる大切な日常を満喫してみるのも一つの手なのかもしれない。
今まで儀式を止めることしか考えていなかったせいで、視界が狭まっていたことは否めない。
ならば、此処で一つ違う視点からのアクションをとってみるのも一つの手段なのではないか――?
「パティシエになって翠屋ミッド支店をオープンする……! よし、イケる!」
『はい?』
突然意味の分からないことを言いだした花梨に、一同の視線が集まる。
それに気づいた花梨は、少しだけ恥ずかしそうに頬を掻きながら、自分の中で纏めた考えを述べることにした。
「え、えっと……さ。この儀式をどうこうする方法がまだわからない現状を打破するには、私たちも新しい一歩を踏み出すべきなんじゃないかって思ったワケなのよ。戦いを肯定するダークたちを認めるつもりはないけどさ、頭ごなしに否定するだけなのも可笑しい気がしてさ。だから今まではしようとも思わなかった事をやってみるのも一つの手かな、って」
「それが翠屋のミッド支店なのですか?」
「うん。元々、儀式云々を脇に置いといた時、私の夢はお母さんみたいなパティシエになることだったからね。そうすれば、アイツらみたいに自分の日常や大切なものを守りぬくために戦いを肯定する連中の考え方とかわかるかもしれないし、何よりこれからの戦いは
両の人差し指の先をツンツンさせながら不安げに上目使いを作る娘のおねだりに、基本娘に甘い父親が陥落する寸前、プロの職人である母 桃子から厳しい叱咤が飛ぶ。
「花梨、飲食店を経営するっていう事や、一人前の職人になるっていうことはそう簡単な話じゃないのよ? 何年も専門の勉強を続けて、数えきれない涙を流した先に、ようやく叶えることができるようになるの。貴方にそこまでの覚悟があるのかしら?」
「……はい。私は“
目を逸らさず、真剣な眼で見返してくる娘の姿に納得したらしく、桃子は細めていた目尻をふっ、と緩めると、ごく自然に花梨に近づいて小さな身体を抱きしめる。
困惑気に見上げてくる娘の幼く、小さな身体。こんな小さな子供に重く、厳しい現実が圧し掛かっている。
それを肩代わりしてあげることも出来ない己が無力さを噛み締めつつ、しかし表面上は笑顔を浮かべて愛おしい娘を抱きしめ続ける。せめて、心の支えにはなってあげたい。
そう願いを込めて。
「……とにかく、今回の件について流石にある程度の情報は報告を上げなければならない。無論、このまま報告したところで子どもの語る絵空事と受け取られてしまうのが関の山だろうから、君たちの事を含めて出来る限りの情報を隠して報告する方向に持って行こうと思う。ただし、流石に彼……“Ⅰ”や“Ⅱ”に関する情報は公表せざるを得ないという事を理解して欲しい。あの人智を超えた力に危険な思想……次元犯罪者として情報を提示しておかなければ、不要な被害者を生み出すことになりかねない」
「そうね……。私も、彼らと話をして感じたのはどこまでも自分の我を通す人種だという事を感じたわ。多分、悪意を持って接触してきた者がいたとすれば、ほぼ間違いなく人死につながる参事を巻き起こすでしょうね。ここはリスクを承知の上でも、彼らの危険性を公表することで、無関係の人々が不用意に彼らに接触してしまう可能性を減らしとくべきだと思うわ」
クロノの意見にリンディもまた同意を表す。彼らの情報が開示されることでその力を手に入れようとする犯罪者たちと接触してしまう可能性は高くなるが、それを差し引いたとしても無関係の一般人たちが不用意に彼らと接触してしまう可能性を減らせることにはつながるだろう。
犯罪者を死罪にするのではなく、構成させて社会に復帰させることを是非とする管理局員である彼らではあるが、罪なき人々の命を未然に防ぐ方がより重要であると捉えるのもある意味で当然のことだと言える。犯罪集団と結託し、更なる被害を増やしてしまうと言う可能性も無い事はないが……あの性格上、それはありえないとリンディの局員としての経験も断言している。
ハラオウン親子が今後の報告についてどう纏めるべきか意見を交わす横で、なのはたち魔導師組が儀式参加者たちに自分たちも協力する旨を言い出して、ちょっとした騒ぎになっていた。
参加者勢としては、これはあくまでも自分たちの問題であり、彼女らには不必要に関わってほしくないと言えば、そんなのは今更だと、もう巻き込まれているからという正論で返されてぐうの音も出なくなってしまう。
結局、そのまま収拾がつかなくなりそうな雰囲気に大人たちが待ったをかけたことでこの日の説明は一応の終わりを見せることとなる。
そして、今だけはそういう血生臭い現実を忘れようと、せっかくのクリスマスを楽しむべきだと言う意見に皆が賛同し、この流れのまま関係者全員参加のクリスマスパーティーが開催されることとなったのだった。
――後日、ハラオウン提督によって提出された報告書にはこう記されている。
第九十七管理外世界における二度にもわたる
首謀者は
それは、現地住民も含めて十数名ににも上る
今回我々が確認できた危険人物の情報を以下に記しますので、管理局上層部の皆様方は可及的速やかに、彼らの広域手配の実施を申請いたします。
・Name : No.“Ⅰ” ダークネス
犯罪内容 :“P・T事件”の首謀者プレシア・テスタロッサの殺害。
及び、娘アリシア・テスタロッサの遺体を強奪。
現管理局嘱託魔導師と局員への暴行、殺傷行為。
・Name : No.“Ⅱ” ルビー・スカリエッティ
犯罪内容 :第一級危険指定物“闇の書”の中枢プログラムの強奪。
さらに、違法研究、人造魔導師製造などの犯罪に手を掛けている可能性が極めて大。
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そうだ、プールへ行こう
まずはお約束の水着&アッシュの因子
時系列的には、なのはたちが小学校最高学年になった頃、魔法少女たちが地球で学生生活を満喫していたころになります。
後、場面が変わるシーンの境界にわかりやすいよう目印を入れてみました。
読みやすいと感じていただければよいのですが……。
カラカラカラ……コロンッ
「おりょ?」
「おっ、オメデ……ド、ゴザイマ、ッ……!!」
半被を羽織った男性が手に持ったハンドベルの音が商店街に鳴り響く。
翠屋で使用する砂糖のストックが切れてしまったので、それを補充するために馴染みのスーパーへと買い出しに向かった花梨が会計の際に貰った商店街の福引券。
残念賞のティッシュが関の山かなと軽い気持ちでいたのも過去の話、花梨は何故か半泣き&鼻水垂れ流し状態の男性にドン引きしながらも、差し出された景品を受け取る。
「これ……最近完成したっていう『海王』の入場チケット?」
「ズズッ! ――おう、そこの完成記念に関係者に配られた無料チケットだよ。それ一枚で一家族まで無料で入場できるから、親御さんと一緒に楽しんできな……ちくしょー! 何で三人連続で当たりが出やがるんだ、べらんめぇ!?」
――いや、そんなん私に言われても……。
憤慨する男性を当たり前の様のスルーした花梨は、手に持った入場チケットとやらをしげしげと眺める。
海鳴市の新しい観光スポットとして一月前に完成したばかりのスポーツセンターばりに施設が充実している巨大な温水プール施設『海王』。
地元住民から親しんでもらいたいと言う経営者サイドの計らいにより、一般人に対する施設名の募集が行われていたのは記憶に新しい。
しかし、よりにもよって彼女の兄が提案した名前が採用されるとは思ってもみなかったことだろう。
いや、採用記念品として贈り物も頂いているので、悪い事ではない。
無いのだが……
「お兄ちゃんに送られてきてたのも無料チケットだったのよねぇ……、しかもあっちの方がスゴイし」
そう、兄 恭也へ送られてきた賞品は『海王ランド一年間フリーパス券』。
彼女の手元にあるチケットは有効期限が一ヶ月しかないのに比べると、どちらが優れているかなど一目瞭然。
向こうも一家族全員揃っての入場が可能とあって、せっかく当選した商品を手に入れたと言うのに微妙な顔を浮かべているのがその証拠であると言えよう。
「う~ん……まあ、葉月たちを誘うのに使えばいっか。換金するってのも何だしね」
そう結論付けた花梨は軽い足取りで帰路へつく。彼女の脳内では、もう次の休日に皆でプールで遊ぶビジョンが描かれていた。
だからこそ、見落としてしまったのだ。
ものすごく悔しそうだった男性が口走っていた言葉、その意味を。
自分より前に、同じチケットを当てた人物が如何様な人たちであったのか。それを聞きそびれていた事を、彼女は赴いたプールにて盛大に後悔する羽目になる。
――◇◆◇――
花梨が無料チケットを当てた日から数えて四日後の日曜日。
都心よ若干離れた場所にドドン! と構える巨大なレジャー施設『海王ランド』のプールサイドに高町一家の姿があった。
喫茶店である翠屋は休日も稼ぎどころだと思われがちだが、むしろ平日に学校帰りの学生たちなど若い世代が来客の大半を占めている故に、本日は臨時休業として久しぶりに家族全員で遊びに来ていた。着替えを手早く終わらせた男衆が手ごろなスペースにビニールシートを広げて陣地を確保している合間に、色とりどりの可憐な水着を纏った女性陣が姿を現す。
最初に現れたのは桃子と美由紀、そして花梨から贈られたチケットでお呼ばれした月村 忍、ノエル、ファリンだ。
桃子は清純さを醸し出す白いビキニとパレオ、美由紀は花柄のかわいらしいデザインのワンピース、忍は布の面積がやや小さい黒が映えるビキニ、ノエルとファリンはおそろいの薄い水色のワンピースだ。肩ひもの部分などにフリルがあしらわれたかわいらしいデザインのもので基本的に無表情なノエルの頬が若干赤い。
実はこの水着、つい先日に忍とすずかからプレゼントされた物であったりする。敬愛する主たちからの贈り物であり、デザインの可愛らしさもあって嬉しさ半分、恥ずかしさ半分と言ったところなのだ。純粋なファリンの方は、ナチュラルに喜んでいるだけだが。
「皆お待たせ~、あ! ノエルもファリンも良く似合ってるよ♪」
「へぇ~、すずかもいいチョイスしてるじゃない」
「おおう……、クール系メイドさんが恥ずかしげに身を捩っているこのシチュ……グッジョブや! グッジョブやで、すずかちゃん!」
すずかは身体のラインがそのまま映し出される競泳水着、なのはと花梨は色違いでおそろいのワンピース、はやては白いタンキニ、葉月は裾の短いチャイナ服にも見えるやや露出を控えた水着姿だ。その後ろからは、黒いビキニを着たヴィータが、自分の胸元と最近徐々に成長を始めている友人たちのソレの間を何度も視線を行き交わし、影を背負い込むくらい盛大にブルーモードに陥っている。
しかし、それでも皆、整った容姿ともって生まれた独特の雰囲気を合わさって、周囲の視線を釘付けにしている。
――ちなみに、そんな彼女たちと一緒にいたら周りの視線が痛いので、アロハシャツと“海人”とプリントされたトランクスのアルクとブリーフタイプをチョイスしたコウタは士郎たちの手伝いに回っていた。
こういう所の危機管理能力は流石と称するべきである。
「別にすずかちゃんは狙ってないと、なのはは思うんです。――ていうか、フェイトちゃん? なんでスク水なの?」
「え? えっと、ホントはちゃんとしたのを買っておいたんだけど、クロノ……お兄ちゃんに『それだけは止めてくれ』って止められちゃって……他の水着は、学校指定のこれしか無くて」
「あの生真面目くんが反対するような水着って……どんなモンを用意してたのよ?」
紅いビキニを纏った呆れ顔を浮かべるアリサの視線の先では、学校指定のスクール水着姿のフェイトがいた。
胸元にひらがなで『ふぇいと・てすたろっさ・はらおうん』と書かれた名札がついている、無駄に力の入った一品だ。
「え? えっと、……あ、あの女の人が着てるのと同じタイプだよ」
フェイトの指差した方向へ一同が視線を向け……即座に固まる。
何故なら、彼女たちの視線の先に居た女性が装備している水着とはまさに必殺兵器と称するにふさわしい一品なのだから――!
「だ、ダウトォ!? あれはさすがに駄目よ、フェイト!? てかアレ、水着じゃないでしょ!?」
「ひ、紐なの……! お尻とか丸見えなの!? おっぱいとか零れ落ちちゃいそうなの!?」
「うっわー……男連中の鼻の下が伸びに伸びまくってますわね……あ、ご覧ください。向こうの方には真っ赤な顔して前屈みになっている大学生らしき集団がいますわ。あ、アッチにも」
「スタイルによっぽど自身が無いと、あれは流石に着れないわ~……」
顔を真っ赤にしながら相手に聞こえない様に小声で話す花梨たちの視線の先では、ローライズすぎる紐ビキニの女性がとある男性に声を掛けていた。
女性が、微塵も隠れていない胸元を見せつけるように前かがみになれば、ぷるん! と擬音が聞こえてきそうなくらいダイナミックに踊る双丘。
たった
しかし、熱の籠った視線を集める彼女に声を掛けられていた男性は、前かがみになるどころか動揺するそぶりすら見せないまま平然と立っていた。
彼女と顔見知り……という訳でもないらしい。
距離が離れているために花梨たちからは顔までははっきり見えないが、どうも彼女らと同じくらいの年ごろの少女二人を連れて遊びに来ているようだった。
子供連れと言うほどには年を重ねてはいないらしく、まだ十代後半と言ったところか。
裾の長いトランクスタイプの水着とパーカーを纏い、左目には人目を引く眼帯を装着している。
どうやら女性の方が男性に声を掛けているらしい。俗に言う逆ナンという奴だ。
零れ落ちそうな双丘を両手で挟み込み、挑発する様に突き出しながら上目使いで見上げてくる女性。
その妖絶な色香に、周囲に居た男性陣が挙って前屈みになりすぎて正座の体勢へと移行していく。
中には家族や恋人と共に遊びに来ていた者もいたらしく、所々から女性特有の甲高い怒りの声が上がっている。
これほどの被害をもたらした誘惑を受けて、しかし男性はいたって平然とした態度で断りを告げた。
それはもうあっさりと。
女性&周囲の男性陣が信じられないものを見たような表情を浮かべるのを尻目に、眼帯の男性は逆ナンを受けた直後から不機嫌そうにむくれていた少女たちの手を引きつつ、花梨たちのいる方へと歩いてきた。
本人からすればあの場から少しでも離れたいという考えであって、別に彼女たちに用があった訳ではないのだろう。だが、運命のいたずらか、それとも神の采配か。
お互いの顔がわかるほどの距離まで近づいてしまった両者は、互いの顔を見て驚きの声を上げることとなる。
「んなあっ!? だ、ダークっ!?」
「ん? なんだ、お前たちも来ていたのか」
そう、眼帯の男性の正体は彼女らと浅からぬ因縁を持つ男、ダークネスであった。
鋼の様に鍛え抜かれた胸板や腹筋が前を開かれたパーカーから覗き、精神年齢の高い花梨や葉月などは否応なしに頬が熱くなってしまう。
士郎や恭也の様に剣術を習得するために作り込まれたものではなく、どこか野生の獣を彷彿させる雄々しさを感じさせる肉体美だ。
実際、その静かな佇まいも相まって周囲の女性たちの視線を多く集めており、熱っぽい視線を送っている淑女たちも少なく無い。
――もっとも、本人は欠片も気づいていないようだが。
黒いワンピースのアリシアと、紅いセパレートのシュテルと仲睦まじく手を繋いでプールサイドを闊歩していたダークネスは、そのまま通り過ぎようとしていたところを物凄い勢いで近づいた花梨にパーカーの裾を掴まれると、そのまま一気に詰め寄られる。
「な、ななな、なんでアンタが此処に居るワケ!? しかも正体隠す気ゼロ!? 犯罪者って自覚無いの!?」
「何でと言われてもな……。アリシアが商店街の福引で個々の無料チケットを引き当てたからだが? 無駄にするのも何だし、まあ別にかまわんだろと遊びに来ただけだ。他意は無い。それから、こういう処では逆に堂々としている方が自然だろうに。そもそも、管理局員共を警戒する必要もないからな」
「それを信じろと仰られるのですか?」
「此処で暴れて欲しいのか? 彼我の戦力差を理解できないほどの愚者という訳でもあるまい?」
「くっ!?」
言い争う三人からすこし離れた所では、アリシアとシュテルもなのはたちに詰め寄られている。
もっとも、彼女たちの方は何処か和気藹々とした『ほんわか』的な空気が漂っているが。
ダークネスに対してはともかく、姉に対しては敵意が薄れたものの、どう接したらいいのかが分からなくて困惑気味なフェイトの後押しをなのはたちがしようとしているようだ。
同時に、自分と瓜二つなシュテルとも仲良くなりたいとなのはがシュテルに積極的に声を掛けているようだが、彼女の方は一定の線引きをしているらしい。
必要以上に仲良くなろうとせず、一歩離れた場所から傍観する様な立ち位置を保っていた。
「……やれやれ、せっかくの気晴らしに来たんだ。これ以上お前たちといらん騒ぎを起こすつもりは無い。――じゃあな」
「あ、コラ!」
ダークネスはそう言って肩を竦めると、さっさと背を向けて歩き出してしまう。その背中をアリシアとシュテルが慌てて追いかけていく。
花梨はまだ言いたいことがあったものの、これ以上騒いでいると係員につまみ出されてしまうかもしれないと言うすずかの進言に従い、歯噛みしながらも彼らを見送るしか出来なかった。
――◇◆◇――
いきなりアクシデントに見舞われたものの、とりあえず気を取り直して本来の目的……プールを遊び倒そうとテンションを一気に高めた少女たちは、プールを思い思いに楽しむことにした。
ちなみに参加者は高町&月村一家、アリサと葉月、はやてとコウタの姉弟にアルク、さらに騎士代表としてヴィータ、と言うメンバーだった。いつものメンバーから欠員が出ているのは、司法取引の手続きなどでリンディたちと共に守護騎士たちや“闇の書”について資料を纏めるよう依頼されたユーノなどがミッドチルダに赴いているからだ。
本来ならはやてたちも同伴する予定だったのだが、ようやくリハビリを終えて歩行できるようになったはやてに、普通の子どものような楽しい思い出を作ってほしいと考えた騎士たちが気を遣ってくれたのだ。
手続きだけだから大丈夫だとリンディも口添えしてくれたこともあって、はやてとコウタも今回のイベントに参加する流れになったのだった。
ヴィータがいるのは、平和な日常の思い出をこれから作っていくのだから、子供は子供らしく振る舞うのもアリなのではないかとシグナムたちに進められたからだ。
無論、本人は(精神年齢的に考えると)十分、大人と呼べる年齢ではあるが、せっかくのコウタとのお出かけなのだから楽しんで来いという仲間たちの気遣いを蔑にすることも出来ず、万一の時のための護衛だと言い訳を並べながらついてきたわけだ。
ちなみに、バニングスグループがこの施設が造られる際に出資していたらしく、その伝手でアリサが彼女らの分も入場券を手に入れたという経緯があったりする。
多少のトラブルがあったものの、とりあえず今日は遊ぶことにした花梨たち。
二十五メートルプールで泳ぎの競争をする者、浅いプールでビーチバレーを楽しむ者、個々の目玉、ウォータースライダーへ何度も足を運ぶもの等々……。
皆、思い思いにプールを楽しみ、満喫していた。
お昼には皆で桃子や忍が作ってきたサンドウィッチを堪能し、食べた後には何をしようかと笑いあいながらおしゃべりを交わす。
何とも平和で、穏やかな日常の一幕。
だが、そんな穏やかなひと時は、唐突に終わりを告げることになる。
それは一同が昼食を食べ終わり、食後のまったりとした時間を楽しんでいた時の事。
突如として各所に設置されたスピーカーからガガッ! という雑音が響いたかと思った次の瞬間、ごく一部の者にはものすごく聞き覚えのある声が施設内に響き渡った。
《ああ~、テステス。んんっ……と、よし。全員清聴! 『海王』に来場した者どもに告げる! 今から三十分後、波のプール傍に用意した特設会場にて、スペシャルイベントを開催することを此処に宣言する! 参加資格者は今すぐにこちらに集合するように。以上》
「あれ? 何かしらコレ……? 何かのイベント? でもそういう案内とかは全然聴いてなかったけど……」
「ていうかコイツ、なんか言い方ムカつくんだけど。偉そうっていうか、私たちを下に見てるって気がありありと感じられるんだけど」
「アリサちゃんに言われたらおしまいやなぁ」
「どーいう意味よ!?」
怒れるアリサから逃げ回るはやてを余所に、葉月と顔を見合わせていた花梨はお互いに頷き合うと立ち上がり、会場と指定された波のプールがある方へと向かおうとする。
僅かに遅れてアルクとコウタも腰を上げようとしたが、流石に
四人の様子に気づいた士郎が声を掛けるものの、何故か四人は理由を話し辛そうに言葉を濁してしまう。その様子に怪訝なものを感じ取った一同の向けてくる追及の視線に居た堪れなくなったのか、それとも誤魔化すのは無駄だとわかったのか、葉月が嘆息を溢しながら理由を口にする。
「先ほどの声なのですが、私たちに聞き覚えのある方の物だったのですよ。ですから、それを確かめる意味でも会場に向かおうかと思った次第でございまして」
「放送の声の主に心当たりがあるのか?」
「ええ、まあ……、その、なんと言いましょうか……。えっと、花梨さん?」
「ふ、振らないでよ、もう……、コホン。あのね、私たちの想像通りだとしたら、多分だけど――《神サマ》かもしれないの」
『はい?』
予想外の単語に、一同の動きが静止してしまう。
「まあ、それが普通の反応よね」と苦笑を浮かべる花梨も葉月の笑顔もどこか引き攣っているように見える。
「いろいろと言いたいことはあるでしょうけど、取り合えず行ってみない? 違ったら違ったで別にかまわないし」
結局、花梨のその言葉に同意した全員で、イベント会場とやらに向かうことになった。まだ純粋な少女たちは本物の《神サマ》に会えるかもしれないと湧き上がっているが、決して一筋縄ではいかない存在だと否応なしに理解させられている花梨たちの表情は引き締まっており、まさに戦場に赴く戦士のような顔つきのようであった。
「……なんだかすっごく嫌な予感がするのは私だけかしら?」
「いいえ、私も花梨さんと同じ思いですわ」
「俺っちも」
「実は僕も……」
『――……ハァ』
せっかく遊びに来たと言うのに、どうしてこんなに疲れなきゃいけないのか。
彼らの背中は、まるで貴重な休みを家族サービスにつぎ込んで精も根も疲れ果て、晩酌のビールとスルメイカのおつまみを啄む以外に心休まる瞬間の無いサラリーマンのように哀愁を漂わせていたと言う。
――◇◆◇――
特設会場として急遽用意されたらしい舞台は、予想に反してしっかりとした造りになっており、彼女たちを少しだけ驚かせた。
……次いで、飾り付けられた横断幕に書かれた文字を読み、盛大に噴き出した。
『第一回 “
葉月が思わず立ちくらみを起こしてしまったのも仕方のない事だろう。
能天気なアルクですら大口を開けて放心し、コウタは『うん、これは夢だ、夢なんだ。て言うか夢だと言ってくださいお願いします』などとブツブツつぶやきながら頭を抱え込んでいる。
それは当たり前だろう。彼らからすれば、自分たちの参加している文字通り生死を掛けた
痛み額を押さえながら、とりあえず花梨は周囲を一瞥して、怪しい者はいないか確認した――のだが、
「あ、解説席にダークさんがいるの」
妹の台詞に本日二度目となる盛大な拭き出しを繰り出すハメになってしまった。
激しく咳き込んだせいで震える背中をすずかに擦って貰いながら、恐る恐るなのはの指差す方向へと視線を向けてみると……確かにいた。
舞台上に設置された解説席、その一つの席に腰を下ろし、どこか不機嫌そうに頬杖を突いている眼帯男の姿があった。見紛うことのない、ダークネスご本人のお姿である。
「ちょっ、アンタぁっ!? なんで、当たり前の様にスタンバってんのよ!?」
「喧しい。俺が好きでこんなアホな真似をしとると思っているのか」
「……違うっていうの? なら何で審査員なんて引き受けてんのよ?」
「アレに訊け」
ダークネスは不機嫌そうな顔のまま、舞台の真ん中に立つ人物を指差す。
そこに居たのは道化としか表現できない出で立ちの男性がマイク片手にムーンウォークを決めいる光景が繰り広げられていた。観客はもうドン引きである。
頭にはシルクハット、顔にはピエロのペイント、上着には方部分にスパイクのようなトゲのある某世紀末神話的なファッションでありながら、下半身は和製男子のファストスタイルである『赤ふんどし』、さらにはバニーガールが穿く様な編みタイツに、今や懐かしいローラースケートという、どこから突っ込んだらいいのか皆目見当もつかない、スタイリッシュすぎる意匠の男(?) の姿があった。
「えーと……ナニ、アレ?」
「神」
「え? いやいやいや……えぇ?」
「気持ちは痛いほどわかる。わかるんだが、な。――受け入れろ、これは見紛う事なき真実だ。だから受け入れろ、現実から目を背けてはいけない」
もう一度、神(?) を見てみる。
今度はどこからともなく取り出したポンポン(運動会の応援などで使われるアレ)を両手に、くねくねと気持ち悪いことこの上ない動きで、舞台の上をのた打ち回っている。
本人的には踊っているつもりなのかもしれないが、どう贔屓目に見ても、海岸に打ち上げられた瀕死の大王イカがもがき苦しんでいる風にしか見えない。
チラホラと会場に集まりだした観客たちから悲鳴が止まることなく上がり続けていることからも、その気色悪さの証明になると言えるだろう。
「……あ、アレが神だと一万歩引いて納得するとして、何でアンタが解説者になってるワケ? このイベントとやらは――」
「優勝者に“Ⅷ”の
「なるほどねぇ……確かにアンタ、ほとんど無敵存在になりつつあるもんね。これ以上強くなられたら私たちに勝ち目は無くなるわ、マジで」
「ふん……? 客観的に彼我の戦力差を分析できるくらいには冷静になったか?」
「お蔭様でね」
「そうか、ならもう一つだけ教えておいてやる。このイベントに参加できるのは俺たち『参加者』、あるいは『出場権を譲渡された者』になる。もしお前たちの中で参加したくない奴がいるのなら、身内の連中に代役を任せるのも一つの手だぞ? 見ての通り、今回は戦闘は戦闘でも、バラエティーに近いイベントの様だからな。危険性はさほど無いだろう」
「ご丁寧にどうも。でも、おあいにく様。そういう他人任せって趣味じゃないのよ、
そう言いながら花梨が振り返った先には、各々戦意を滾らせていく葉月、アルク、コウタの姿があった。
いろいろとつっこみたいところはある物の、結局、優勝者には“Ⅷ”……アッシュの
仲間同士で戦うという行為には否定的な彼らだが、自分たちの目的を果たすためにも戦力の強化が可能ならば出来る限りの手は打っておきたいという所か。
正攻法では対処不可能な
ならば逃げるわけにはいかない。そうこうしている内に、会場の周りにはかなりの人が集まっていた。
舞台の上で奇妙な踊りを続ける謎存在(神)への悲鳴が鳴りやまないと言うのに、それでもこの場を後にしようとする人は一人もいないようだ。おそらくは神のチカラ的なものの影響下に置かれているのだろう、とは葉月の言。
ざわざわと話し声に包まれる観客席が総て埋まったのを見計らい、神(?) がマイク片手に大声を上げる。
《さあ、さあ、そろそろ良い塩梅になってきたところで、本日のスペシャルイベントを開催するぞおっ!》
見かけに反して意外と手際は良いらしく、ちゃきちゃきと場を仕切り、進行していく。
“
大まかに纏めると、
①優勝者には“0”に敗北した“Ⅷ”の因子《ジーン》が進呈される。
②参加資格があるのは、“参加者”、或いは彼らから資格を譲渡された“関係者”のみ。
一般参加の飛び入りの類は禁止とする。
③イベント中は参加者同士の戦闘を禁じる。これはイベント進行上の妨害行為も同義。
以上のような物だ。
そして参加予定者たちが一番気になっているであろう競技内容の詳細については――
《協議の詳細は我が招いた解説者より告げて貰うとしようか。では解説者、イニシャル“J・S”君、よろしく》
「くっくっくっ……ここからはご紹介に賜ったこの私が説明してあげよう。私の事は、そう……『無限の欲望』とでも呼んでいただこうか。そして、初めましてだね“Ⅰ”君。君とは一度、直接話をしてみたかったのだよ」
「ん? ああ、お前が……なるほど、ルビーの奴の言葉は真実であったと、そういう訳なのか……」
「あ、あの、少し訊きたいのだがね? どうしてごく普通に私から距離をとっているのかね? て言うか、あの娘からいったい何を訊かされているのかね?」
「“J・S”……貴様の真の名は『
「ちょ――っ!? 真顔で何てことを言いだすのかね、君は!? て言うか、何を吹き込んでいるんだあの娘はっ!? 違うからね? 誤解だからね!? 私はごくごく普通の、どこにでもいる科学者なのだよ!? だから心の底から戦慄を露わにしたかのような表情を浮かべるのをやめてはくれないだろうか!?」
「ちなみに仕事の内容は?」
「人体を解剖したり、遺伝子操作をした生命体を生み出したり、危険指定を受けた古代遺産を強奪したり……どこの街にも一人はいる、ごくごく普通のマッドサイエンティストなのだよ! 怪しいだなんて侵害にも甚だしい!」
「怪しくないとほざくのなら、その頭に被ったコンビニ袋を脱げ。カサカサいって煩いんだが?」
「フッ、それは無理な相談なのだと言わざるを得ないね……そう、なぜならばッ! 科学者はッ! 正体を隠してこそッ! 闇の世界で光り輝く者なのだからッ!!」
『闇の世界とか言っちゃったよ……』と会場の内なる声が一つになった瞬間である。
そして謎の科学者Mr.“J・S”を名乗る、目の部分に穴を空けたコンビニ袋を被り、ピッチリと身体に張り付くブーメランタイプの水着の上から白衣を羽織ると言うどこからどう見ても変態としか表現することのできない男の正体を知識とい言う形で知っていた一部の少年少女たちは、彼らの記憶の中にある人物の姿と、今目の前でダークネスに自分の行っている違法研究の素晴らしさを力説している変態の姿がどうしても重なってくれない現実に、挙って頭を抱えるしか出来ない。
“原作ブレイク”と言う言葉が彼らの脳裏に過ぎる。
この状況、ほぼ間違いなく彼の妹として誕生したルビーの影響なのだろう。
此処まで記憶との差異が大きくなってしまえば、未来がどんな形に描かれていくのか想像もつかない。
一方で、未来に思い悩む少年少女のことなど知ったことではない解説席では、Mr.“J・S”がようやくダークネスの誤解を解消できたらしく、胸を撫で下ろしていた。
と、そこでようやく話が脱線していたことを思いだしたらしく、ワザとらしい咳払いをしてから、今回のイベントのゲーム内容の説明を行う。
「ふぅ……いけないねえ、つい話が逸れてしまったよ。では改めて、競技内容を説明させて頂こうか!」
ビニール袋越しの微妙にくぐもった声でありながら、会場中に届くほどの大声を張り上げつつ、形相な手振りである物を抱え上げる。
それは『箱』であった。正方形の、くじ引きなどで良く見かける類の、段ボールを加工して作った感がひしひしと感じられる『箱』であった。
だが、“ゲーム”の関係者だけは、その『箱』が纏っている強大なチカラのオーラを感じとっていた。
参加者である彼らにしか感知できない未知なるチカラ……《神力》。それを理解すると同時に、納得した。やはりこのイベントも、神々が仕組んだ儀式の一環なのであると。
「横断幕に書かれている内容から察しはついている者もいるだろるが、あえて説明させてもらおうか! ここにある『箱』、同じものがもう一つここにあるのだが、この中には『指令』と『参加者番号』が書かれた紙がそれぞれ入れられている。司会者である神くんが『箱』から一枚の紙を引き抜き、それに書かれた人物が指令をクリアできればポイントが加算されているという仕組みになっているのだよ。無論、指令の内容には達成困難なものも含まれており、参加者にはリタイアする権利も与えられている。――が、一度リタイアすれば、その時点で失格となるから気を付けたまえ。そしてゲーム終了時点でリタイアしていない参加者の中から、最も支持を受けた一組のみが、商品を手に入れることができるそうだよ。――ああ、そう言えば“Ⅰ”君、君も本来なら参加資格があるはずだったのだが、公平さを欠くと言う理由で解説者に回されてしまったのだったね? 何か、思う所があるのではないかな?」
「いや、参加できるが?」
「――はい?」
「ルールに在っただろう? “参加資格を譲渡された関係者”なら代理で参加も可能だと。だから俺の代役としてあいつらに頼んだ」
ホレ、と彼が指差したほうに目を遣ると、そこには仲睦まじく手を繋いだ二人の少女、アリシアとシュテルが舞台の上に現れた所だった。
可愛らしい少女の登場に会場が湧いた――と思いきや、二人はまるで飼い主を見つけた子犬のようなスピードで真っ直ぐダークネスへと駆け寄っていくと、そのまま宙へとジャンプ、反射的に両手を広げたダークネスの腕の中へと飛び込んでいった。
魔法を一切使わずに危なげなく抱きとめると、頬を擦り付けてくる少女たちの頭を軽く小突く。危ない真似をしたお仕置きのようなもの……のつもりなのかもしれないが、傍から見れば悪戯を仕出かした愛玩動物を怒れないだだ甘な飼い主のようにしか見えない。もし彼女たちがもう少し成長しいたとすれば、周囲から向けられる視線の種類も変わっていた事だろう。
だが、実際は兄と妹ほどに年の離れた幼い少女たちを、微笑みながら(←ここ重要)抱き留めるその姿は、否応なしに父性を感じさせられてしまう。
会場の女性、特に十代以下の若い世代の少女たちが、ついついクール系細マッチョで頼りがいのあるダークネスに熱い視線を送ってしまうのも、仕方のない事なのかもしれない。
……一部の男性陣たちから蜃気楼の如き怒りと『しっと』のオーラが立ち上っているが、幸いと言うべきか解説席からは死角になっているようなのでそれは華麗にスルーされてしまうが、イベントの進行上、特に問題はないので神も彼らには一切触れなかった。
神の慈悲、という奴なのだろうとはコウタの弁。
それはともかく、アリシアたちに続いて舞台の上に現れたのはルビーの代役としてMr.“J・S”に同伴してきたディアーチェ、レヴィのコンビであった。
突然の再開を喜ぶマテリアルを横目に、参加者の紹介は続く。
アルク、花梨、葉月、コウタは本人の希望通り、自分自身で参加することにしたらしい。
心配そうな家族や友人たちに手を振りながら、舞台の上に上がる。
小さな参加者たちが現れるたびに、観客席からは盛大な拍手と歓声が巻き起こり、こういうことに慣れていない花梨たちは恥ずかしそうに身を縮こませてしまうというハプニングもあったが、他は滞りなく終え、遂にイベント開始と相成った。
《さあ、それではゲームスタートだァ! まずは最初の挑戦者は……こいつだっ!》
勢いよく『箱』に腕を突っ込んだ神が引き抜いた紙に書かれていたのは……“Ⅰ”の文字。
つまりこれは――
《挑戦者は“Ⅰ”ッ! だが、本人は参加できていないので、代役のアリシア&シュテルの出番という事だァ!》
「むむっ! いきなり私たちがトップバッターなんだよ! 頑張ろうね、シュテル!」
「はい」
天然金髪娘とクール系茶髪娘の掛け合いに会場がほんわかしている合間に、二人が挑戦するお題が書かれた紙が引き抜かれる。
《こっ、これはっ!? いきなり、ラッキーカードだァ――!!》
引き抜いた手には、金ぴかに光り輝くみょうちきりんなカード。
表面に文字らしいものも見当たらないこれこそが、一箱に一枚しか入れられていないアタリカードであった。
《ふっふっふっ……よく聞くがいい、皆の衆! このラッキーカードは我がお題、もしくは参加者を自由に選べるというスペッシャルなカードなのだぁあ~~っ! すさまじき恥辱にまみれた行為を強要することも、それを我の選んだ誰かに命じることも可能ということだぁああ~~っ!》
言葉の意味を理解した皆の顔色がまたたく間に変わっていく。進行役の神は、ピエロのメイクを程こした口元を盛大に歪めながら皆の様子を満足げに眺めつつ、我関せずのスタンスを貫いていた
《では……”Ⅰ”の代役たる幼女たちよっ! 我は君らに”フレンチなきっちゅ”的なアクションを所望する!》
ど~~んっ!
「は?」
「ふぇ?」
「なんですって?」
『なっ、なにぃいいいいい!?』
「?? ねーねー、ダークちゃん。”フレンチなきっちゅ”ってなんなのかな?」
「いや、わからん……記憶の端に何かが引っ掛かるような気はしないでもないんだが。――フレンチトーストの類似品か? それとも、アレ見たいに激甘なキスをしろと言うのか?」
「微妙にあたっているようで間違ってますよ。ハァ……、いいですか? ようするにディープキスのことですよ。別名フレンチキス。私たちがいつもやってるあれです」
『いつもやってるの!?』
さらっと暴露された衝撃的な事実に、再び皆の思いが一つになるという平和への第一歩的瞬間が訪れる中、渦中の人である三人はいつも通りのマイペースを貫く。
「なんだ、それならそうと早く言え。……アリシア」
「は~い」
手招きされるまま、とてとてと足音が聞こえてくるくらいの足取りで席を立ったダークネスへと近づいていくアリシア。
ダークネスに対して疑いを微塵も抱いていないその態度、彼への信頼の深さを感じさせる。
ダークネスはアリシアと同じ目線になるよう身を屈めると、彼女の体を繊細なガラス細工に触れるかのようにそっと抱き締める。
アリシアは微塵も抵抗せずに、ダークの首へと手を回しつつ、ゆっくりと瞳を閉じていく。
そのまま、二人の距離はだんだんと近づいていき――
「「ん……」」
《やったぁあーーっ!? やりやがったぜあの男ぉおーーっ!? 衆人観衆の眼の前でっ! 微塵も、かけらも、これっぽッちも躊躇せずにぶちかましやがったあぁーーっ!? まるで足元を這いずる蟻を踏み潰すようにッ! HBの鉛筆をポキッとへし折る様にっ! ごく当たり前のようにとんでもねぇことをしでかしてくれやがったぜぇえーーっ! コイツぁヤベェ! この男っ……、並みじゃねぇ!? 全身から余すことなく漂わせる王者の如き風格っ! こ、この我がっ!? 畏怖してしまうほどにぃい~~っ!!》
「んっ、んんっ……、ちゅぷ……」
《しっ、しかもめっちゃ濃厚だぁああーーっ!? 唾液の混ざり合う音っ、舌が絡み合う音がここまでひびいてきやがるぜぇーーーーっ!! さっ、さすがは最強っ……、しょっぱなから決めてくれやがるぅうっ! そこにシビれる、憧れるぅ!!》
ほとんど絶叫と化した解説をBGMに濃厚なキスを続ける二人。
数分後、ようやく満足したのか、二人の唇がゆっくりと離れていく。
まるで彼らの想いを繋ぐ架け橋のように、きらきらと輝く唾液のアーチが描かれ……ぷつりと途切れる。
朱色に上気した頬をとろけさせたアリシアが、ダークの胸板に額をこすりつければ、微笑を浮かべつつ彼女の金糸を思わせるつややかな長髪を指で梳く。
実に絵となる光景に、非リア充の男衆は血涙を垂れ流しつつ怨嗟の声を上げ、女性たちは頬を赤らめながらうらやましそうに熱い視線を送り、リア充たちはそれぞれの相手の顔をちらちらと窺っている。どうやら、自分たちもやってみたくなったようだ。
いい感じに混沌と化しつつあるプールサイドの様子に、自称《神》は満足げな笑みを浮かべる。
《よしよし、掴みはばっちりだな。ならば次、いってみようか!》
再び『お題』と銘打たれた箱の中に手を差し入れ、引き抜いた紙の内容を読み上げる。
《お題は『
「あ、これは知っているぞ。ポッキーゲームとはチョコレートを塗した棒状の菓子の両端からかじり、ポッキーが折れるまで続けるというパーティゲームだ。おもに、カップルとかがやるんだったな」
「ふ~~ん、あ、でも、もし最後までポッキーが折れなかったりしちゃったら……?」
「もちろん、プレイヤー同士の唇がジョグレスすることになるでしょうね」
「どうしてアリシアちゃんたちは、あんなに余裕いっぱいなのかな!?」
「なのは……そんなの訊くまでも無いでしょうが」
《あ、ちなみに”★”とは、神のいたずらを指すんだぜ?》
「わかりやすっ!? つかまんまなの!?」
《そして、注目の挑戦者は……》
お題の危険性に叫ぶなのはを華麗にスルーした神サマは焦らすようなリアクションで観客をあおりながら、チャレンジャーと書かれた『箱』の中から各人の名前が記載された紙切れを引き抜く。
《まず一人目は”Ⅲ”……アルク・スクライア》
「俺っちか!? いやーまいったなー」
口ではそういいつつも、顔はだらしなく緩みきっている。
どうも、先のダークたちみたいなシチュエーションを自分もできると考えているらしい。
《うーむ、なんという下心丸見え。絵に描いたようなエロ小僧だな。んじゃま、二人目は……》
そう、このゲームを行うには二人の参加者が必要なのだ。
確率的に見ると、異性と当たる可能性は極めて“大”。
彼ならずとも、燃えてしまうのは仕方のない事だろう。
一方の神は二枚目に書かれていた名前を目にした瞬間、まるで何かを堪えるかのように言い淀む。
その表情を仰ぎ見ることはできないが、なにやら葛藤しているらしい。
静寂に支配されたプールサイドに、猛烈に嫌な予感と悪寒に襲われたアルクが唾を飲み込む音だけがむなしく響き渡る。
果たしてどれほど時間が経ったのか……神は意を決したかのように、その名前を呼ぶ。
《”Ⅸ”……八神コウタ》
その瞬間、プールサイドに声なき叫びが木霊した。
「……me?」
コウタの震える指先が、自分の顔を指す。そんな筈はない、聞き間違いであってくれ。
そんな切実な願いがありありと映し出された表情の少年に対して、無慈悲なる現実をわからせるために悲痛さすら漂わせる声で宣言する。
《You》
コウタは脱兎のごとく逃げ出した! しかし、
「面白そうだ、ヤレ」
「絶対いやだ!」
「まあまあ、そうムキにならなくてもいいじゃないですか。たかがキスくらいで大げさな」
「キスするの確定しているみたいに言わないでくれます!?」
「(わくわく)」
「穢れを知らない純真無垢な瞳を向けるないで下さいませんですか、アリシアさん!?」
《やれやれ、往生際の悪い……しからば、
「んなっ!? か、身体がうごかねぇ!?」
「なっ、ぐうっ!?」
《ふはははは! 神の決定は絶対ナリ! これはこの世の常識だぞ? さあ……レッツ・ゴゥ!》
「やっ、やめろをおおおおおお!?」
「ひぃいいいっ!? か、体が勝手に動くうっ!? だ、誰か助けてぇええええ!?」
悲痛な叫びが木霊する。だが残念! ここにいるのは指の隙間からしっかりと覗き見ている女性が数多く生息する
赤毛三つ編み少女が面白がった主の手で拘束されている今、彼らが運命をはねのける可能性は……皆無皆無皆無皆無皆無皆無ぅうううっ!!
《ちなみに”★”とは、神のいたずらを指すんだぜ?》
「なぜ二回言うか」
《いやぁ……なんてーの? ノリ?》
「どうでもいいわあっ!? あ、ちょ、マジやめてぇええええっ!?」
アルクのソウルシャフトが木霊する。
だが、運命はより強い思いを抱く者の前にこそ道を指し示すものなのだ。
大多数の女性陣たちが願い、一つになった想いは、天すら動かしてみせる。
そう、彼女たちは望んだのだ……薔薇的なシチュエーションをっ!!
恐怖に震える少年たちの唇がわずか十数センチしかないポッキー棒の両端を咥えると、本人たちの意思に関係なく、ぽりぽりとかじり進めていく。
せめてもの抵抗とばかりに首を振ってポッキーをへし折ろうと足掻くものの、『
だんだんと近づいていく少年たちの唇、加速度的に高まり続ける会場のボルテージ、それに反比例するようにどんどん真っ青になっていく二人の顔色。
そして――運命の瞬間が訪れる。
ぶっちゅうぅぅぅっ!
「「ッァ――――!!?」」
~~ただいま、腐った女性が狂喜乱舞する光景が繰り広げられております。少々お待ちください~~
「ほぉ……人間とは、これほどまでに真っ白となるものだったのか」
「いわゆる燃え尽き症候群ってやつだね!」
「なるほど……言われてみれば確かに、燃え尽きてしまうくらい情熱的なキッスでしたからねぇ。さすがですアリシア、うまいこと言いますね」
塩の塊と化したアルクとコウタは崩れ落ちた態勢のまま微動だにできずに制止し続けていた。
二人を見下ろすダークネスたちの顔に浮かぶのは極上の愉悦。
インスタントカメラ片手ににやにやと黒い笑みを浮かべる様は、実にラスボスチックである。
人生初めての体験があまりにもアレな結果に終わってしまった少年たちに、花梨たちもフォローすることができない。
「……コウタ」
「……ゴメン、ヴィータ。今の僕に近付かないで……」
「そんな……!? 何でそんなこと言うんだよ!?」
「だって……っ! だって、今の僕は真っ黒に汚れてしまっているんだ! 僕はっ! 君を……君まで汚したくないんだ……」
「バカ野郎っ!」
パシィイン!
コウタの頬をヴィータの平手が一閃する。
痛む頬を抑えながらゆるゆると振り返ったコウタの瞳に、涙を流す大切な少女の姿が映りこんだ。
「お前は汚くなんてねぇ! たとえそうだとしても、このアタシが許す! こんなくっだらねぇ事で、アタシがお前を見放すとでも思ってんのか!?」
「ちっ、ちがっ!?」
「じゃあなんだってんだよ!? アタシを信じられねーのか? お前の中のアタシはこんなことくらいでお前を見放しちまうような女なのかよ!」
「違う! ヴィータはそんな娘じゃない! 僕の中で君は……ものすごく強くて、かっこよくて、でもちょっぴり泣き虫な――とっても素敵な女の子だよ! だからっ! だから僕は……そんな君が好きになったんだ」
「だったらさぁ……自分をこき下ろすようなこと言ってんじゃねェよ。お前がアタシを想ってくれてるのと同じくらい、アタシも……その、お、お前が大好きなんだからなっ! あ、だ、だからって勘違いすんなよ!? アタシはただ自分で大切な奴って決めた相手が、自分で自分を貶したりしてんのが気にいらねーってだけなんだからな!? ホント、それだけなんだからなっ!?」
「ヴィータァ……そこでツンデるとはなぁ……、そこはグイグイ押すところやろ!?」
「ふふっ、あのヴィータちゃんが奥目も見せずにあれほどに発破してみせるとはな」
「恋は人を変えるっていうけれど、プログラムであるあの娘たちにだって変われる可能性はある筈なのよ? 初々しくていいわね~~♪」
「フ……、今夜は我が家で赤飯をごちそしてあげないとな。な、桃子」
「そうですね、あなた」
「「あっ……!?」」
いかなる者も侵入することが叶わぬ完全無欠の空間
ニヤニヤ笑顔を浮かべる高町一家を筆頭に、余りの甘さに胸やけがするとばかりにブラックコーヒーをがぶ飲みしまくる観客陣、八ミリビデオカメラを構えながらドS全快の笑みを浮かべたダークネス。そんな彼の上着の裾を指で引っ張りながら、ちょっとだけうらやましそうな表情を浮かべるアリシア&シュテル。
あらあらまあまあ、と満面の笑みを浮かべる奥様~ズ。明日までには海鳴市全体に広まっていることだろう(尾ひれ、背びれ、ついでにダーク印の激写写真も添えて)。
そうこうしている内に、次なる被害者の名が高らかに宣言される。
『では次――♪ ”Ⅲ”と――』
「なっ! またかよ!?」
『”Ⅸ”が――』
「え゛!?」
『オ・ト・ナのチッス(はぁと)。出来れば、舌を絡め合うような濃厚な奴を所望する♪』
「「――」」
間
「「どうして俺っち(僕)ばっかりこんなお題なんだぁああああっ!?」」
『きゃーーーーーーっ!!』
沸き立つ観客(主に女性中心)、腹を抱えて笑い転げる王様な少女、指定されたのが自分じゃなくてほっと肩を下ろす一部男性、意地の悪い笑みを浮かべながら、決定的瞬間を逃さぬよう高解像度デジタルカメラ(魔力強化によって防水対応済み)を構える”さいきょー”な一味。
傍らにいる少女たちが羞恥心から顔を手で覆いつつも、指の間にばっちりと隙間が開かれており、ガン見する準備は万端だ。
大きな期待と小さな同情が向けられた少年たちは、はっ、と我に返るやあらん限りに叫び声を上げる。
「誰がやるかぁあああああああ!」
『ええ~~っ!?』
「いや、どーしてそんなに不満そうなのさ!? 僕とアルクくんとのキスシーンなんて見たくないでしょ、フツー!?」
「察しろよ”Ⅸ”。こいつらはお前らの薔薇的で反道徳的な行為が、よだれが出るほど御所望なんだよ。ほれ、さっさとぶちゅぅ! とヤっちまえ」
「カメラまで構えて、記録する気満々じゃねェか! 子供の晴れ姿を記録しようと無駄にがんばる運動会の父親か!?」
「安心しろ。最高画質でお前たちの初体験を記録できた暁には、大々的に公開してやるから」
「いらんことしないでくれません!?」
「そう遠慮するな。謙虚さは日本人の美点だが、行き過ぎると反感を買ってしまうぞ?」
「そうですね、胸を張るといいですよ。明日から貴方たちはネットのアイドルとして生まれ変わるのですから! ――……ぷーすクスクス……!」
「せめてその、にやけ顔を隠してから言えや!? 悪ふざけ考えてますって、ありありじゃねぇか、このドSコンビ!」
「ええい、やかましい。後が閊えているんだ、さっさとヤレ」
「ちょっ、どうして俺たちの頭をわし掴みにする必要が――!?」
~再び、腐った女性が狂喜乱舞する光景が繰り広げられております。もうしばらくお待ちください~
次の瞬間、この日一番の大歓声がプールサイドに響き渡ることとなる。
そしてこの日、二人の少年の
――ファーストキッスとセカンドキッスの味はとろけるように甘く、その感触はどこかごつごつした男特有のものでした――と。
『さあさあ、ノってまいりました! 続きまして、第四のゲーム!』
ファーストキッスとセカンドキッスという男の子の淡い夢を完膚なきまでに粉砕してくださりやがりました元凶は、悪びれる様子も無く抽選箱の中に腕を突っ込む。
ていやっ! と間抜けな声を上げながら引き抜いた紙に書かれていたのは――!
『”Ⅶ”が――』
「あら」
『”Ⅵ”に――』
「え゛!?」
『お嫁にいけないようなことをする(エロ的な意味で)』
「あらあらまあまあまあ! うふふふふふふふふふ!!」
「ひぃいいいいいっ!? だ、誰か助け――!?」
最後までいう事も叶わず、哀れなる少女は一見すると唯の布にしか見えない拘束魔法【マグダラ】によって捕縛され、舞台裏へと連れ込まれていった。
流れるほど華麗なこの動きに、流石のダークネスですら花梨の未来を憂い、無言で合掌していたと言う。
……十分後。
気絶した花梨を抱えながら、満面の笑みを浮かべた葉月が姿を現した。
花梨は水着から覗く肌の至る所に虫に吸われたかの様な赤いマークが見え隠れしていたが、事情を察した大人たちの優しさによりそれを指摘されることは終ぞ無かった。
ただ、しいて言えば……葉月がやたらとつやつやしていたとだけ述べておくとしよう。
《えー……、コホン。続きまして第五のゲームといきたいところなんだが……“Ⅵ”? 大丈夫かー?》
「……」
《あー、魂抜けかけとるなー……。しょうがない、次でラストにするとしようか。》
舞台の端で体育座りをしながら口から白い靄を吐き出している花梨からワザとらしく視線を逸らすと、そのまま参加者と銘打たれた『箱』からカードを引き抜く。
《む? おおう、これは、なんというか……最後の最後で“Ⅱ”がきたぞ》
「ふむ? “Ⅱ”という事は我が妹のこと……つまり、ディアーチェ君とレヴィ君という訳だね」
「だろうな。しかし、こううまく全員に出番が回ってくるとはな」
《ふむふむ、ではお題といこうか。二人のチャレンジしてもらうお題はぁ~~、これだあっ!》
テンションを維持したまま天高々と掲げられたカードに書かれていたお題とは……!?
《水着姿でハグ……なんだ詰まらん》
心底つまらなさそうに参加予定者たちの方を見る《神》。
スカート付の黒いビキニを着たディアーチェはともかく、頭部以外を統べて覆う全身使用のフルボディ水着姿のレヴィからは色気とか可愛らしさとかそんなもの微塵も感じられない。
ついでに言えばそんな二人の年齢はどう見積もっても小学生高学年レベル。
このあたりの年ごろの子供ならば、同性同士で抱き合うくらい恥ずかしくも何でも無いだろう。
せめてもう少し年上ならば、周囲の目線を気にしたりして恥ずかしがると言う見てい楽しいリアクションが期待できたというのに!
「――という事を考えていそうな顔だな、アレは」
「なるほど」
《心を読まれた……だとっ!? 態々ピエロメイクまで仕込んできたと言うのにっ!?》
「ソレ、ワザとやっていたのかい!?」
「そもそも、参加者限定の時点で、そう言う色気系のハプニングが起こるはずはないと気づかなかったのか? 俺とルビーを除けば、他の連中は全員ガキだぞ?」
《――――っ!!?》
「メイクの奥で、思いもよらなかったとでも言いたげな表情しているような気がする」
「奇遇だね、私もだよ……おや? 何やら参加者の方で動きがあったようだよ?」
「あれは……? 着替えを促しているのか?」
「おやおや、シュテル君にアリシア君にひっぱられて舞台裏に引っ込んでしまったよ。お色直しと言う奴になるのかな? まあ、知らない間柄という訳でもないし、せめてもう少し可愛らしい」水着をという事なのだろうね。――ちなみに“Ⅰ”君、彼女たちの水着のチョイスは君が?」
「ん? いいや、俺のも含めて此処で借りたレンタルだ。生憎とそういう分野のセンスまでは持ち合わせていなかったんでな。まあ、あの二人なら何を着ても似合うだろうし、問題はないが」
「さらりと惚気てくれたものだね? ――っと、どうやら着替えが終わったようだ」
「俺としては、舞台の上に残されたもう片方の動揺っぷりの方が気になるところなんだが――っ、は?」
「ふむ、確かに私も――っ、え?」
――ザワッ!?
解説席にいる犯罪者コンビの平和な会話で弛んでいた会場の空気が、彼の存在の登場によって一瞬で張り詰める。
それはまさに、水を打ったとしか表現のしようがない無音の世界。誰もが息を呑み、言葉を無くし、目の前の現実を理解できなくて思考を停止させてしまう。
それは観客だけに留まらない。解説席にいる二人も、舞台の端に控えていた花梨たちも、それが何を意味することなのか、すぐ傍で見ていたであろうアリシアですらも、盛大に頬が引き攣ってしまっている。だが、それは仕方のない事なのだ。
人間と言う生物は、己の理解を超えた現実を目の当たりにしてしまうと、思考を停止させてしまうものなのだから。
「あっれー? 皆かたまっちゃって、どうしたんだろー? ねえねえ、シュテルん、どういうコト?」
「ああ、気にしなくても大丈夫ですよレヴィ。ただ皆さんはこのセカイに存在する本当の事を知らなかったという事だけなのですから」
ものすごく楽しそうに微笑を浮かべながら、シュテルはそんな事をのたまう。
ふーん、とアッサリと納得したらしいレヴィは、何故か自分を指差しながら口をパクパクさせつつ、耳まで真っ赤なゆで蛸状態なディアーチェへと近づいていく。
青いツインテールがふわりと舞い、先ほどまでは水着に隠されていた引き締まった二の腕や胸板が太陽の光に照らされて健康的な美を感じさせる。
固まったままなディアーチェのすぐ目の前まで歩み寄ったレヴィは、声なき悲鳴を上げ続けている彼女を不思議そうに眺めつつ、布面積が小さいせいか寄れてしまったマイクロビキニを治していた瞬間、再起動を果たしたディアーチェ渾身の
「な、ななな、なんという格好をしておるのかこの大ばか者ぉおおおおっ!?」
スッパァア~~ン!!
妙に軽い音だったような気がしたが、ソコは突っ込んであげてはいけない処なので華麗に流したディアーチェ嬢は、どこからともなく取り出した最終ツッコミ兵器を肩で担ぎながら荒い呼吸を繰り返す。
「ぜぇ~、ぜぇ~……! レヴィ、貴様! その恰好は何だ、その恰好は!?」
「うう~~……ヒドイよ王様~~。どうしてそこまで怒るのさ? 普通の水着に着替えただけじゃん!?」
「それの何処が普通か言ってみんかい!? 布部分がほとんど無いだいろうが!? あ、いや、それもそうなのだが、お前、その……!?」
「ふぇ?」
「どうして上を着ておらんのだ!?」
そう、彼女がここまで動揺していたそもそもの原因……それ即ち、レヴィが水着の上を装着していない事に他ならない!
そうなのだ! レヴィは『Tバック? いいえTフロントです』的なお尻丸見えマイクロビキニの下を履いてこそいるものの上半身には何も着ていなかったのだ。
流石にそれはまずいと静止しようとしたアリシアを羽交い絞めにしたシュテルに進められるまま、このような恰好になったレヴィに羞恥心のようなものは欠片も見受けられない。
至って平然としたまま、まるでこの姿こそが自分のあるべき姿なのだと言わんばかりに堂々としている。その態度に見ている観客の方が恥ずかしくなってしまう始末。
誰もがツッコミを入れたいものの、レヴィを納得させられそうな言葉が思いつかず、皆は口を紡ぎ、視線を逸らすことしか出来ない。
本人も、どうして怒られているのか理解していない様子で、ディアーチェの説教の意味が全く分からないとでも言いたげに首を傾げてしまっている。
何とも混沌と化した展開を打破したのは、やはりと言うかこの男であった。
「見ちゃダメ!」と憤慨するアリシアに背中から抱き着かれるように目隠しをされていたダークネスは、彼女の小さい掌の隙間から覗くレヴィの姿を見て、少しだけ不思議そうな顔をした後、傍に近づいてきたシュテルへと気になったことを訊いてみることにした。
「なあ、アイツって……
『……へ?』
「おや、流石ですね、お気づきになられましたかダーク様」
「ああ、まあ、な。骨格とか筋肉のつき方とか、男特有の物みたいだし。それなら、上半身裸であそこまで堂々としていられる説明にもなるだろう?」
「お見事です。ご推察、痛み入ります。ダーク様のおっしゃられます通り、あの子の性別は♂です。男です。Manなのです。――もっとも、それを知っていたのは、どうやら私だけだったようですが」
シュテルの声が聴こえたのだろう、ディアーチェがレヴィを指差した体勢のまま完全に硬直してしまっている。
会場の空気も、レヴィにどう接すればいいのかわからなくてものすごく気まずい物へとシフトしつつある。
そんな中、いち早く再起動を果たした神がこほん、と咳払いをして、
《――それでは、情熱的なハグにレッツ・チャレンジ♪》
そう言ってのけた。途端、湧き上がる歓声の嵐。
女の子のような男の子……即ちリアル『男の娘』であったレヴィと、彼女……否、
「え、あの、わ、我はそんな安い女では……ていうか、え? レヴィが男? は、あははは……」
「王様? お・う・さ・ま~? ん~……とりゃ」
「ひゃうっ!?」
『おおおおお~~っ!』
相変わらず放心状態だったディアーチェに無造作に近づいたレヴィが、躊躇なくほぼ同じ背丈の彼女に抱き着いた。
もしこれが普段の洋服を着ている状態であったのならば、まだ救いはあったかもしれない。しかし水着と言う、極めて生まれたままの姿に近い恰好な上、今の彼はほとんど全裸と称するべき露出度の高さ。つまり、むき出しの肌の感触とか、すぐ耳元でささやくように聞こえる吐息の暖かさとか、自分の水着越しに感じるレヴィの鼓動とか、下腹部辺りに感じるささやかなれど女性には決してあるはずの無い確かな感触とか……とにかく、いろいろと艶めかしい感触のオンパレードが怒濤の如き勢いでディアーチェの脳内を駆け巡っていた。
混乱している無防備な状態で、更にこの仕打ち。人間ではないとはいえ、普通の少女と似通った精神構造しか持ち得ていない彼女に耐えられるはずも無く……ディアーチェは頭頂部から激しい湯気を吹き上げながら意識を手放したのだった。
――結局のところ、レヴィの性別バレこそが一番インパクトがあって面白かったと言う理由で、
このあまりにもご無体すぎる判定に最も憤りをあらわにしたのは、同性とちゅっちゅさせられる羽目になった某少年二人であったのは言うまでも無い。
更に余談になるが、彼らの濃厚なポッキーゲーム&ディープなキッスの激写ショットが、某真っ黒モードと化した神サマとその従者の手で街中にばら撒かれ、主に年上の女性たちから生暖か~い視線を頂くことになったのだが、これは“ゲーム”の進行上何ら関係が無いので割愛する。
更に更に余談となるが、これからしばらくした後、某おこじょな少年が人の記憶を消し去ることのできるロストロギアを探してトレジャーハンターへの道を目指すことになるのも、完全なる小話である。
”紫天の書”一派の情報がようやく出揃いました。
シュテルちゃん :ドS系むっつりさん
ユーリちゃん :狂化したヤンデレ
ディアーチェちゃん:いじられっ娘
レヴィくん :露出狂な男の娘
さすがにレヴィくんの性別までは皆さん気づかなかったでしょう。
初登場以来、常にディアーチェと行動を共にさせていたり、呼称を『彼女たち』、『雷刃』、『レヴィ』としか呼ばず、レヴィ自身を”彼女”と呼称してこなかったのはこのためだったのです。
――……わかりにくっ!?
さて、これから”Ⅱ”陣営の数少ない男性陣として、謎のドクター Mr.”J・S”さんと友愛を築いてもらいたいところです。
・
使用者:ディアーチェ
”紫天の書”の奥底に記録されていた、最終ツッコみ用究極ボケ殺しという忌み名を持つ、空前絶後の大魔法である――……ワケはない。もちろん嘘である。
いろいろと暴走しがちな愉快なスカリエッティ一味のブレーキ役として板についてきた彼女の、もう一つの相棒と呼べるデバイス。突っ込みのためだけに、”紫天の書”に記録されていた過去の叡智とスカリエッティ兄妹が有する最先端のテクノロジーを融合させて誕生させた、何気に世界最高ランクの技術の結晶。……でも、使用目的はツッコミ限定という、何とも微妙なデバイスである。
これでドタマを引っぱたくと、実にいい音が鳴るという。
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八神家の日常
――そして新たなフラグ発生の予感が……。
「……」
「……」
静寂。まさにその言葉を体現していると言って相違ない空気が空間を支配している。
時空管理局地上本部の最高権力者たるレジアス・ゲイズ中将の娘にして秘書である女性 オーリス・ゲイズは、高級感を感じさせる机を挟んで睨み合う二人の男女を見つめていた。
方や、彼女の尊敬する父であり、クラナガンの、如いてはミッドチルダの平和を守る守護者として身命を賭した英雄。
方や、平均魔導師ランクBランクという地上本部所属魔導師にあって、異例のSSランク、空戦適正持ちという本局のトップエリートに匹敵する能力を有した若手ナンバーワンの少女。
大人と子供、対極に位置する年齢でありながら、その瞳に宿る強き意志の炎は優劣のつけられるものではない。
「では、報告を聞かせて貰おうか……八神はやて」
英雄と呼ばれし男……レジアスが、睨み合う少女……はやてへと問いを投げる。
静かに、されども法の守護者として積み重ねた莫大な経験から成る威圧感を伴った声は、遠雷の如き重みを含めてはやての全身を刺し穿つ。
己には無いプレッシャーに気圧されるかのように僅かに仰け反り、されども、すぐに不敵な笑みを浮かべたはやては、傍らに控えていた書類を天高々と振り上げ、勢いよく机の上に叩き付けた。
「どや!? こいつが一週間前に私が立案したクラナガンの犯罪防止策を実施した結果です!」
ふふん! と眩いばかりのドヤ顔を決めながら弾力が自慢のソファーにふんぞり返るはやて。その表情は、敵将の首を打ち取った武将の如きもの。
まさに、勝利を確信したと言わんばかりの不敵な笑みであった。オーリスとしては、彼女の態度に思う所がない訳ではないが、いつもの事なので
――後でお説教タイムを用意しておかなければなりませんね。うふふ……。
ゾクッ!?
「うひぁ!?」
オーリスは背筋に走った冷たい悪寒に飛び上がり、辺りを見渡すはやてをスルーして、彼女が机の上に広げた資料――はやてが主導となって実施した犯罪防止策の内容と、一週間の試験運用の結果を纏めたデータなど――を覗き込み、確かな結果を出せていることに感嘆の声を上げる。
たった一週間という短期間でありながら、犯罪発生率が低下していることが確かな数値として確認できている。
長期的に続けるには費用や人員と言ったいくつかの問題点は確かに残されているものの、それを差し引いても十分すぎる結果を出している。
――なるほど、彼女の自信溢れる表情の理由はそういう事でしたか。
しかし、まさかこれほどの手腕をこの歳で見せつけてくれるとは……。
末恐ろしいと慄くべきか、それとも頼もしいと喜ぶべきか判断に困ってしまうと、オーリスは複雑な思いを抱く。
「……ふん。まだまだ青いわ小娘が」
されども、この男の魂を震わせるほどには至らない。
レジアスは手に持って眺めていない資料をぞんざいに頬り投げると、期待外れだとばかりの表情を浮かべつつはやてを見据える。
一瞬で脳天まで血が昇り……、叫び声を上げそうになった刹那の瞬間、鍛え上げられてきた理性を総動員して震える怒りを何とか堪える。
「っ! せ、せやったら、私の案の何が気に入らないのかを教えてはいただけないでしょうかねぇ……?」
憤怒で声を震わせながら、はやては問う。何故、自分の策を認めようとしないのかを。
プライドを傷つけられ、怒りに震える少女を鼻で笑いながら、レジアスははやての策、最大の問題点を指摘する。
「結果を出した事は認めよう。たった一週間と言う短期間の中で、ここまでハッキリと犯罪発生数の減少という数値を実現して見せた手腕、発想力は、認めてやらないでもない。――だがな、小娘。貴様の策には致命的な欠点が存在している」
「致命的な……欠点、やて?」
「そうだ。まず、貴様の実行した策とやらは、過去の犯罪発生率の高い地域を分析し、犯罪の起こる原因……例えば金銭目的ならば銀行や高級なパーツを取り扱うデバイス関連の店などを中心に情報端末を配置、犯罪が発生する傾向が確認され次第、即座に局員を派遣することで未然に事件発生を防ぐというものだ。なるほど、確かにこの方法ならば事件発生率の高いエリアの防犯に高い効果を見込めるのだろう。」
「だが――」とそこでいったん言葉を切り、最近巷で話題となっている翠屋特製コーヒー(インスタントver.)へと手を伸ばし、豊かな香りを楽しみつつ、喉を潤す。
一転して静寂に包まれた室内に、ソーサーにカップを置く音が鳴り響く。
「小娘、貴様は地上本部の平均運用予算の正確な値を知っているのか?」
「……馬鹿にせんといてください。元々、地上本部全体として実施できるように構築した対策なんですから、もちろん必要経費などの条件も織り込み済みです」
ふふん、と鼻を鳴らすはやてを見るレジアスの眼光は、されども微塵も揺らぎを有していなかった。
レジアスははやてから娘であり優秀な秘書でもあるオーリスへと視線を動かし、例の物を渡す様に告げる。
彼の命を受けたオーリスから手渡されたのは、何やら細かな数値が記入された書類。
しばし、訝しむようにそれを眺めていたはやてだったが、程なくしてそのれが何なのかを悟り、驚愕を以てテーブルに拳を叩き付ける。
「なっ……なんですか、コレは!?」
「今季の地上本部における予算、その正確なデータ一式だ。……貴様の用意した、予定予算委員会で定められた暫定予算などではない、現実で動く金の数値がそれだ」
はやては両目を限界まで見開きながら、書類とレジアスの顔を交互に見やる。
明らかな動揺を見せる
「貴様が手に持った資料が表す通り、時空管理局と言う組織全体から地上本部に回される資金は、暫定予算の
「で、でも、それなら本局に掛け合って……!」
「『馬耳東風』……貴様の故郷の言葉だったな。まさに的を射ていると言えよう。足元を見ることを止めたあの連中が、ワシらの言葉に耳を貸すはずが無かろうが、戯け!」
「……っ!!」
「受け入れろ、そして知るのだ小娘。これが貴様の選んだ現実だ」
怒りの炎を胸の奥底で燃やし、されども表面上は静かなさざ波の如き言葉に秘められた『地上を背負う男の重み』に気圧されるはやて。
話は終わりだとばかりに腰を上げ、踵を返すレジアスの背中にかける声を、今のはやては持ち得ていなかった。
書類上の数値ばかりを優先するあまり、実際の資金面を確認することを怠ってしまっていた己が不甲斐なさに唇を噛む少女に向けて、英雄と呼ばれし男は厳格なる威圧感を巻き上げながら、宣告を降す。
「よって、貴様の案は不採用とする。――が、現実を見ていなかった小娘の策とはいえ僅かな結果を出した事もまた事実。故に、ペナルティを幾分か軽いものへとしておいてやろう……ゼスト、ゲンヤ」
レジアスが声を掛けたのは、部屋の片隅で壁に背を預けながら今まで無言を貫いていた士官服を着た男性二人。
地上本部のエース『ゼスト・グランガイツ』とはやての直属の上司である『ゲンヤ・ナカジマ』だった。
二人はどことなく楽しげな雰囲気を醸し出しつつ、項垂れたはやての傍へと近づき、持っていた紙袋を彼女の前に置く。
「――?? あ、あの~? 中将はん、これは一体?」
ものすごく不吉なオーラを漂わせる紙袋を前にして、、はやての頬に冷や汗が流れ落ちる。
見れば、ゼストは何処か楽しげに、オーリスはなんとなく気の毒そうにはやてを見つめている。
ゲンヤに至っては、背中を向けて口元を押さえ、笑いを堪えるかのようにぷるぷると震えていた。
「貴様の提案に有効性があると認められた場合、中将の名に掛けて貴様の願いをなんでも一つだけ叶えてやる。ただし、認められなかった場合には、ワシの命令に従ってもらう……それが今回の賭けの内容だったな?」
「え、ええ、まあ、そうだったかもしれまへんなぁ~~」
視線を彷徨わせながら何とか逃げ出す方法を模索するはやての希望を打ち砕く様に、口元を苦笑に歪めたゼストが紙袋の片方の中から、ある物を取り出して彼女にも見えるように広げてみせた。
それは“服”だった。
だが、管理局で指定された物とはデザインが大きく異なっている。
ボディラインがハッキリと顕わになってしまうデザインは、どこかレオタードのようにも見える。太股が顕わになってしまう超ミニのスカート。
各所に散りばめられた機械的な鎧。ピンクと白を主体とした、変身ヒロインのような意匠……。
はやてはそれが何なのか、一瞬で理解した。何故ならば、彼女がごく最近にプレイした某童話の世界の女の子が作った、えっちな目にあわせられながら正義のために闘い続ける伝説のヒロイン……彼女の戦闘服そのものなのだから!
「何で超昂的なエンジェルさんのコスプレ衣装がっ!?」
「ちなみに、こっちにはくノ一的なバージョンのが入ってんぞ、八神」
実にイイ笑顔のゲンヤが取り出したのは、雷のような黄色、炎のような赤、氷の様な青を強調した三種類の忍び装束……のコスプレ衣装。
警察的機関の司令官な部屋には死ぬほど似合わない、至高の一品であった。
受けに回ると弱いのか、真っ赤な顔で餌をねだる金魚のようにパクパクと言葉にならぬ叫びを上げるはやてを気の毒そうな目で見つめるオーリスは、いい年こいて悪戯の成功した子供のような笑顔を浮かべつつサムズアップしている三馬鹿オヤジ共の姿に頭を抑えることしか出来ない。
「貴様へのペナルティ……それは、ズバリ! 貴様と騎士たちがその服を着て地上本部のイベントに参加することだ!」
「はぁああああああ!?」
「ちなみにイベントの内容というのは、民間の方々に地上本部施設の一部を見学してもらおうというものだ。親睦を深め、非魔導師の方々に我々はもっと近しい存在なのだという事を感じてもらいたいというもので――」
「ちょちょちょ――!? ゼスト隊長、真面目な顔で話し進めんといてください! てか、私らがこの格好をするのが決定事項なんですか!?」
「ほぅ……? “夜天の王”などと大口を叩きおったくせに逃げると言うのか? やれやれ、最近の若い
「ぐうっ!? い、いや、でも、それやったらバリアジャケットでええやないですか! 何でコスプレせなあかんねん!?」
「大きなお友だちに受けがいいからだが?」
「ぶっちゃけおったなこの髭ダルマ!?」
「清廉潔白と呼ぶことを許そう。ああ、当然のことだが今更逃げようなどと思うなよ? もう、こうしてビラを撒いて宣伝済みなのだからな」
「は? ――ってえ、何やコレェ!?」
レジアスが机の引き出しから取り出したのは、ゼストとゲンヤが広げるコスプレ衣装を纏ったはやてたちがアニメちっくな決めポーズをとっている、本人からすれば微塵も心当たりのない写真。
ご丁寧に、八神家一人ずつ専用のバージョンが用意されていて、脇腹とかいろんなところが見えてしまっているシグナムや、パンツ丸見えなヴィータなど本人たちは絶対に着ない恰好で、絶対にやらないであろうキワドイポーズを決めている
かく言うはやても、ゼストが持っているピンクの天使な衣装を着て、剣のような武器を構えている姿がポスターに描かれていた。
身に覚えがなさ過ぎる真っ赤な顔でポスターを指さすはやての疑問に答えたのは、眼鏡を外し、目尻を揉みほぐしていたオーリスだった。
「……知っていますか、八神さん。地上には幻術魔法の適性が高い魔導師がいるんですよ」
「やっぱ、そういうオチかい!」
怒れる激情のまま机に拳を叩き付けたはやての眼光などどこ吹く風とばかりに涼しい顔の三馬鹿オヤジは、神経を逆なでするかの如き爽やかな笑みを浮かべつつ、握りしめた拳を前に突出して親指を立てる。
「「「これ上司命令だから。ヨロシク」」」
「――――ッ!? ふざけんやないわぁあああああっ!?」
子狸の咆哮が地上本部に木霊する。
しかし、局員たちは『ああ、また八神さんが中将たちに弄り回されているのか』『あ~ん、私もはやてちゃんが泣きべそかいてるとこみたいなぁ~』『親子喧嘩みたいで微笑ましいのよね~♪』と、いつもの事だと認知されてしまっている故に、華麗に素敵に美しくスルーされてしまったのだった。
――◇◆◇――
「――てな事があったんよ! ったく、あんの髭ダルマに筋肉に中年め! 私を小娘言うて調子に乗りくさりおって! いつか下剋上したるさかい覚悟しとれよ、ボケェ!!」
帰宅するなり、浴びるようにシャンパン(当然、ノンアルコール)を煽りながら、不平不満を吐き出し続けるはやてにおつまみを用意しているのは八神 リヒト、初代リインフォースからダークネスの力で人間に生まれ変わった少女だ。
リビングにいるのははやてとリヒトの二人だけだ。
他の家族たちは、一人残らず自室に引きこもってしまっている。ちなみにザフィーラは庭の犬……もとい、狼小屋にだが。
理由は半泣きで帰宅したはやてより手渡された命令書の内容について。例のイベントにコスプレした上で参加する様にとの上司の承認付な素敵命令書だった。
いち局員でしかない彼女たちにこの命令を拒否することは出来ない。そうで無くても、リヒトとダークネスの関係性を隠蔽することに助力してもらっている手前、はやてたちに逃れる術は存在していないのだが。
あの日、クリスマスの夜に舞い降りた悲しみと奇跡。
奇跡の体現者たるリヒトをダークネスより委ねられ、八神家の一員として迎え入れることが出来たあの時、管理局員であるリンディより、ある提案がなされた。
それは非生命体であるプログラムが、純粋な人間として生まれ変わったと負う奇跡、その体現者たるリヒトの存在を隠蔽しなければならないという事だった。
“夜天の書”としての中枢を消失しているとはいえ、それでも彼女と“夜天の書”、“闇の書”とは切っても切れない複雑な関係にある。
もし“闇の書”事件の被害者たちがリヒトの存在を知ってしまえば、果たしてどうなってしまうのか?
――簡単だ。“復讐”。ただそれのみに尽きるだろう。
大切な家族を、人生を奪ってきた諸悪の根源が、全ての記憶を失った上で普通の女の子として、満たされた生活を送る。
そんな事を、彼らが受け入れられるはずが無い。復讐、報復と言う名の元に、口に出すことも憚られるような人間の悪意が、何も知らない真っ白な雪の如き少女を蹂躙してしまう事だろう。
それを防ぐために、リンディたちはいくつかの手を打った。
まずは、“闇の書”の中枢部分がいまだ健在であり、それを次元犯罪者ルビー・スカリエッティが保有していると言う事実を公表することで、被害者たちの憎しみを反らす。
過去の事件における被害者たちの情報を洗い直し、被害者の大半が保有魔力の多い『海』に所属する魔導師に関わりを持つ者たちであったので、聖王教会のバックアップの元、地上本部に所属させる。
戦力を求めていた地上本部の責任者ゲイズ中将にあえて事情を話すことで、 “夜天の王”と騎士たちと言う強力な戦力を引き換えに、リヒトの保護を求める。
それでも彼女の身辺を調査しようとする輩には、『“夜天の書”の残骸を利用しようとしたダークネスに生み出されたリヒトを、人道的な面からくる判断の元、八神はやてが保護した』という架空話をでっち上げる。
かなり強引な手ではあるし、結局のところは問題の先送りでしかないものの、それでも当分の間――少なくともリヒトが独り立ちできるようになるまで――は、彼女の身の安全は保障できるだろうと言うのがリンディたちの見解だった。
はやてたちは、家族にあたらしい命を与えてくれたダークネスを貶めるような真似をすることに反論を上げたものの、リヒトの身の安全と天秤にかけた結果、断腸の思いでリンディの提案を受け入れることになった。
さらにルビーへと向けられる“闇の書”事件の被害者の怒りの矛先を変えかねない上に、公式上は『八神 はやても“闇の書”が自信を完成させるために利用された被害者である』とされているので、彼らに謝りに行くことも出来なくなった。
謝罪を口にするという事は、つまりはやてや彼女が擁護する騎士たちが“被害者”ではなく“加害者”だという事になり、それは怒りの矛先を彼女たちへと向けることに繋がる。
そうなれば、当然彼女たちの身辺を探ろうとする者も増えてくるし、最悪の場合はリヒトの存在が世界中に知れ渡ってしまうかもしれない。
以上の事から、はやてたちは被害者たちへの謝罪だけでなく、ダークネスへ感謝の意を示すことすらも禁じられたのだ。
どんな理由があったとしても、管理局員が表だって犯罪者を擁護してはならない。それが事情を知る大人たちの相違だった。
感謝などの友好的な態度を表立って見せてはならない。
もし接触する場合があったとしても、無視するか、局員として犯罪者に接するよう凛とした態度をとるように心掛ける。
嘗て、地球のプールで彼と邂逅した際に、その場にい合わせたはやてとヴィータが彼に声を掛ける事もしなかったのはこの為だ。
何処に人の目潜んでいるのかわからない。一歩でも家を出た瞬間より、常日頃からそのことを意識して行動する。
幾つもの恩義があり内心では感謝の言葉を叫びながらも、表面上にそれを顕わにすることが許されない。
コウタの“能力”で保護された自宅の中でなければ、彼への想いを口にすることが出来ないもどかしさ。
彼女の心に突き刺さった罪悪感と言う名の軛が心の緩みと共に鈍い痛みを走らせる中、はやては上司への文句を呟きながらテーブルに突っ伏して、眠りに落ちていく。
渡された命令書の一節に、決して見過ごしてはならない文面が記載されていたことに、終時気づかぬまま。
「母様? 母様~? もう、大事な書類をこんなに散らかして。しょうがない人なんですから――って、あらら? これって、ひょっとして……?」
――◇◆◇――
「はやて姉……」
「主はやて……」
「はやてぇ……」
「「はやてちゃん……」」
「主……」
「――いや、マジでゴメン皆」
件のイベント当日、八神家ご一行様は支給されたコスプレ衣装に身を包んだ格好でカメラを構えたご来客様へ向けて頬を引き攣らせながらポーズを決めていた。
眩いフラッシュの閃光が輝き、主に男連中の野太い雄叫びが会場を震わせる。
地上本部の案内を行う前に、現役魔導師との交流会と称されたコスプレ撮影会の中心にいたのは、当然の様に八神家一同だ。
超昂なエンジェル様と化したはやて以外の姿はと言えば、
コウタは白を基準とした露出多めな忍者。
シグナムはオーソックスなデザインでありながら露出の激しい青を基準としたクール系くノ一。
ヴィータは、普段の三つ編みからツインテールに髪を纏め、何故かパンツ丸見えなツンデレ系くノ一。
シャマルは雷を思わせる黄色の忍び装束とマフラーが目を引く大和撫子な先輩系くノ一。
リインはドデカいガトリングを構えるメイドさん。
ザフィーラは腰の左右に二本の刀を差した侍。
そして――
「なんで……なんで、リヒトの分まで用意しとんや、あのオヤジ共は!?」
「えっと、似合っていないのでしょうか……?」
「似合うとるよ? 似合うとるんやけど……でもちゃうねん。そういう意味とちゃうねんて!」
「はぁ……?」
コテン、と首を傾げるリヒトは、どこかはやての衣装と似通った
胸元で光る逆ハート型のアクセサリーといい、はやてのソレが王道ヒロインならば、リヒトのソレはライバルキャラの物だろうか。
家族一緒に遊んでいる風にしか思っていないリヒトがくるりとその場でターンすれば、裾の短いスカートと腰マントが翻り、彼女の健康的な太股が顕わになる。
湧き立つ歓声は男女双方から。純真な少女の振る舞いに、可愛い物センサーを基本装備している女性たちのハートがブレイクシュートされてしまったようだ。
本心から楽しんでいる娘を止めるのも気が引けてしまうはやてママが助力を求めて家族へと視線を向けるものの、皆一同に視線を逸らす。
全員、リヒトの笑顔を曇らせるような真似をしたくないのだろう。
八神家ヒエラルキーの裏トップとして君臨するリヒト嬢には、誰も叶わないということなのだろう。
末娘に籠絡された八神家ご一行を遠目に眺めながら、今回の主犯たる三馬鹿オヤジたちはお互いの額を突き合わせつつほくそ笑む。
「くっくっく……見学が無料。だが写真撮影には撮影料を徴収し、さらには望みのポーズをとらせる毎に追加料金を加算する。……ゲンヤ、貴様の策が確かに成ったな」
「ふっ、でしょう? 八神たちの見た目は超一級品、しかもジャンル別に人気を集めやすいってのもありますしねぇ。しかも、観客の意志で金を払っているんだから、俺らが文句を言われる心配も無いって算段でさぁ……!」
「クッ、懐かしいな。俺も若い頃は、やれ若手ナンバーワンのエースだ、地上本部の星だと持て囃され、こういったイベントに借り出された物だ……こうして彼らも、一人前の魔道師として成長していくことだろう」
「そうだ、これはあごきな商売などではなく、地域住民の方々との交友を深めつつ、回収できた資金を来年度予算に組み込むと言う一石二鳥の策略なのだ! 故に! ワシらのやっていることは間違いなく正義なのだ!」
「ウス!」
「うむ」
「「「……」」」
ビシッ!
サムズアップ×三。
地上の平和を守る勇者とはとてもではないが見えない光景が、そこにはあった。
「――恥ずかしがっている彼女たちの姿を肴に、真っ昼間からお酒を満喫している人たちが何を言っておられるのですか『父さん』」
「――アッハッハ~~、いかがわしいゲームの衣装を用意してまで、ずいぶんとご機嫌なようねぇ『ゲンヤさん』」
「――うふふ……、カメラまで準備されて、そんなに若い娘が良いんですか? 『隊長』」
――ビクウッ!?
ぽん、と背後から肩を叩かれたオヤジ共が硬直する。
「「「……え?」」」
おそるおそる振り返ってみると――
「お、オーリス!?」
「げえっ!? クイントォ!?」
「あ、アルピーノ……!?」
張り付いたような笑みを浮かべた、彼らが頭の上がらない唯一の存在……レジアスの娘『オーリス・ゲイズ』、ゲンヤの妻『クイント・ナカジマ』、ゼストの部下にしてクイントの同僚『メガーヌ・アルピーノ』が額に特大のバッテンマークを張り付けながら立っていた。
ズゴゴゴゴ……という効果音を背負っているかのような威圧感を放つ女傑三人衆に睨み付けられ、馬鹿オヤジ共の顔から血の気が引く。
彼らが言い訳を口にするよりも速く、目の笑っていない修羅と化した女傑たちにより、死の宣告が下される。
「「「で、何をしているんですか、父さん(貴方)(隊長)は?」」」
僅かな時が経過した後、地上本部に野太いオヤジ共の悲鳴が木霊したという。
――◇◆◇――
「ふぅ……撮影会というものは意外と疲れる物だったのですね」
中庭の一角のベンチに腰掛けたリヒトは、ジュースの缶を傾けながらそう一人ごちた。
聞き覚えのあるような気がする悲鳴が響いてきた後、手に付着した紅い染みをふき取りつつ爽やかな笑みを浮かべたオーリスたちの指示の元、撮影会は終了された。
今は、来場者たちを公開された本部内を案内するためにはやてたちが借り出されてしまったため、局員ではないリヒトはお役御免となってしまった。
元々休日という事もあってやることも無かった彼女は、母たちの仕事が終わるまで待っていようと、こうして時間を潰していた。
しかし、見学者の方々の目がある中で、気を緩める事が出来ないのか、局員たちは各々の駐屯所や事務所に籠っており、中庭にはリヒトの話し相手になってくれそうな人影は存在していなかった。
聡明ではあるものの、所詮は幼い少女であるリヒトに一人でいられることが長時間耐えられるはずも無く、一人だと寂しいな~的オーラを放ち始めるのにそう時間はかからなかった。
「はぁ……」
「溜息を吐くと幸せが逃げてしまうそうだ」
「ひゃぅ!?」
誰もいなかったはずの空間から不意に声を掛けられ、驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。
座ったまま跳び上がると言う愉快な反応を返したリヒトを見下ろすのは、ミッドでは珍しい黒髪の男性。
左目を蔽う眼帯が目を惹く、ただそこに在るだけで圧倒されてしまいそうになる絶対的な存在感を醸し出す男性。
頬を赤く染めたリヒトは、彼の顔を見て、透き通った宝石のような双眸を大きく見開いた。
「貴方は……竜の神様!?」
「うん……?」
自分の本質を感じ取っているらしい少女の確証が籠った声色に、竜の神と呼ばれた男性は、深淵の闇を思わせる漆黒の眼に興味の色を映し、面白そうに右目を細める。
ずっと会いたかった存在との突然の邂逅と言う事態に直面したリヒトは、大きく深呼吸を繰り返して心臓の鼓動を落ち着かせると、おそるおそるベンチの脇に立つ男性を見上げた。
出で立ちこと異なるものの、顔や雰囲気は夢の中で幾度も見た竜の神様の物と寸分たがわぬもの。
何よりも、彼女の中に残された『彼』のチカラの残渣たちが肯定しているのを感じる。
――俺に対する敵対心でも刷り込まれているのかと思いきや、存外に真っ当な成長を続けているようだな。
「……ヤレヤレ、甘ちゃんと言うか、何と言うか」
「はい?」
呟きが聞こえたのだろう、不思議そうな目を向ける少女に、何でもないと手を振って誤魔化す。
『彼』としては、リヒトを研究なりして、自分を打倒するための
彼女たちのお人よしっぷりは理解していたが、それでも世界の命運を左右しかねない自分を捕えるためならば、性根の腐った権力者たちの手で、相当凄惨な目に遭わされていたかもしれない。
或いは、太陽に照らされた世界を謳歌することも敵わず、深層の令嬢や捕らわれのお姫様のような扱いを受けて、どこかの管理外世界で隠蔽され続けるかもしれない。
どちらにせよ、ここまで堂々と『この世界』で生きていられるとは思っても見なかった。
最悪の場合は自分の手で掻っ攫い、責任を以て育てることも視野に入れていた『彼』としては、肩透かしを食らったかのようであるものの、同時に八神 はやてを筆頭とする彼女たちを見直すきっかけになったとも言える。
「あ、あの……?」
「ん? ああ、気にするな。自分の人を見る目の無さに、失笑していただけだ」
くっくっくっ、と喉を鳴らして笑う『彼』を見上げる、蒼い星光の如き輝きを宿す瞳を持った少女の頭の上に、ポン、と手を置く。
そのまま彼女自慢の絹糸の如き銀の髪を、手櫛で梳く。
誤魔化しているのは明らかなリアクションに、リヒトは突っ込むことが出来なかった。
力強さを感じさせる指の間をリヒトの髪が流れ落ち、なんとも言えぬ感覚を彼女に味あわせていたからだ。
よく、母や姉たちに髪を梳いてもらうのとは全く別次元の、くすぐったくてムズ痒く、されど、とても心地良いゾクゾク感が背筋を駆け昇り、全身の触感が鋭敏さを増していく。
長いまつ毛がぴくぴくと震え、細く開かれた唇からは熱を帯びた溜息が零れ落ちる。
スカートの裾を握り締める指先に至るまで小刻みに震えてしまう事が堪えきれず、きゅぅっ、と閉じた瞼の向こう側で『彼』がどんな顔を浮かべているのかを想像してしまい、恥ずかしさで脳内が沸騰してしまいそうだ。
身体が縮こまり、されるがままに翻弄されるしか出来ないリヒトを見つめる『彼』の顔に浮かぶのは、大切な存在を愛しむ者特有のそれ。
彼女と言う存在の生みの親でもあり、彼女が誕生したあの時から常に意識を割いていた事もあって、リヒトと言う少女は『彼』の大切な存在の内の一つと成りつつあるのかもしれない。
もしこの感情が確かなものであったするのなら、この場で彼女を連れ去っていた事だろう。
大切なものは常に傍らに置いてきたい。古来より、幻想の王たる竜種が美しき宝物を集めると言う習性。
遍く竜の頂に立つ『黄金の竜神』として覚醒を始めている彼にもまた、そういった特性が備わりつつあるのかもしれない。
しかし、少なくとも今はまだそこまでには至っていないようだった。
最後に頬を優しく一撫ですると、そっ、とリヒトの傍らから離れていく。
それに気づいたリヒトが慌てて目を開いた瞬間には、『彼』の姿は霞のように消え去った後であった。場に残されたのは穏やかな風が運んでくる青草の香り、小鳥たちの囀り……そして、収まる兆しを見せてくれない激しい
自分を抱きしめ、夢心地と称するべき光悦の溜飲を噛み締めながら、『彼』がいなくなった寂しさを今度再開した時にどんなお話をしようかという思考で誤魔化すことにした。
――もっとも今の彼女にはそれより先にやらなければならないことが残されているのだが。
「うぅ~~っ……! 神様のおばか様~~っ!」
それは、真っ赤に染まった頬を家族にどう誤魔化すかと言うもの。
リヒトは家族の仕事が終わるその瞬間までに一向に熱の冷める兆しを見せてくれない朱色の頬をどうやって鎮めるべきか、頭を悩ませるのだった。
本作ではいい関係を築けている子狸&髭ダルマさん。
コウタが地上に所属した経緯もあって、いろいろと話す機会があったからなんですが、某マッドさん同様の大層愉快な正確に仕上がってしまいました。
罪悪感とか抱いてるはやてたちの目を盗んで、当人たちが普通に接触している件。
ていうか、どうして『彼』のお相手は少女になってしまうのでしょうか……そんな設定も無いのに。
――解せぬ。
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デバイス・パニック!
出番の無かったグリモワールさんの出番&あとがきに登場人物紹介を追加しました。
小鳥のさえずりが聞こえてくる小春日和な朝。
主が中学二年生へとめでたく進級してから数日ほど経過したある日のこと。
朝の訪れを告げる鳥の鳴き声に、花梨のデバイス【ルミナスハート】はスリープ状態から起動した。
――んにゅあ……朝ですかぁ~?
神サマ印のデバイスとしてそれはどうなの? とつっこまれること請負なしな人間味溢れる声と共に、何故か霧がかかったかのようにボンヤリとした意識を覚醒させるために
寝ぼけ眼を擦りながら窓の外を見ると、満面の青空が広がっていた。白い雲が泳ぐ様は、見ていて実に和む景色だと言えよう。
「ふぅ、今日もいい天気ですねぇ。こんな日は是非とも学業を疎かにしてピクニックなどに洒落込んでみるのも一興なのだとルミナスちゃんは進言したりしちゃったりするのですよマスター……って、ん? あれ?」
何かがおかしい。
唐突に【ルミナスハート】の灰色の脳髄に電撃が走ったかのような衝撃と共に、言いようの無い違和感が彼女の全身を駆け巡る。
部屋に置かれた家具の位置が違っている訳でもない。時間もいつもの起床時間より少し早いくらい。だと言うのに、この言葉に出来ない違和感の正体だけがわからない。
むむむ、と顎に指を当てながら首を傾げていると、
トントントンッ……ガチャリ。
心地良いノック音の後に、返事も待たずにドアが開かれた。
【ルミナスハート】が反射的に顔を向けてみると、そこには見知らぬ少女が部屋に入ってくるところだった。
栗色の髪を左右に纏め、理性的な眼鏡をかけた少女は、どこかマスターやその妹である高町 なのはを彷彿させる。
違いと言えば、彼女たちよりも理性的な雰囲気を持っている事だろうか。こう言ってしまえば後が怖いが、ベッドの上に座ったままの【ルミナスハート】の姿を見るなり、呆れたような表情を浮かべながら部屋の中に足を踏み入れる。
彼女は【ルミナスハート】の目の前まで来ると、眼鏡の蔓をクイッと押し上げながら、ビシッ! と彼女を指差す。
「姉さん、たまに早起きされているかと思えば、朝っぱらから何をなされているんですか。早く着替えを済ませて降りてきてください。朝食の準備も出来ているんですから。良いですね?」
言いたい事だけ言い切ると、少女はそのまま踵を返して部屋を後にしようとする。
【ルミナスハート】は混乱する思考をフル回転させながらも、何かしらの事情を知っていそうな少女を引き留めるために声を掛けた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいな。いろいろな急展開過ぎて、ルミナスちゃんの超高性能なAIがオーバーヒートを起こしちゃいそうになっているのですが!?」
「はぁ? ――いつから
「へ? に、人間? ――……ってぇ、なんじゃこらーー!?」
思わず突き出した
「はい? いや、いやいやいや!? なんで私立ってるんですかーー!?」
「私が立ちあがらせたからですね」
「いえいえ、そういうコトを言っているのではなくてですね!? そもそもユニゾンデバイスですらない私に、人間のような手足が生えているはずも無く!?」
「……ふぅ。さっさと顔でも洗って目を覚ましてください」
いい加減に面倒臭くなったのか、それだけ言い残すと部屋を出ていこうとする。
彼女はドアを潜る瞬間、慌てて引き留めようとする【ルミナスハート】へ振り返ると、ぴっ、と指差しながら告げる。
「風紀委員の仕事があるので私は先に学校へ行かねばなりません。姉さんは二度寝したりなどせず、速やかに着替え、洗顔、朝食、歯磨き、ブラッシングを済ませた後、遅刻せずに登校してください。風紀委員が長、【レイジングハート】とのお約束ですよ」
それだけ言い残すと、くるりと身を翻して廊下を下りていった。それから程なくして玄関の扉が開かれる音が聞こえてきたから、言葉通り先に登校したのだろう。
だが、【ルミナスハート】はそんなことに思考を割くことも出来ない位、驚愕に目を見開いて固まったいた。
彼女が告げた言葉、それが意味する現実を理解できなくて。
「……は」
たっぷり五分は経過した頃、ようやく再起動を果たした【ルミナスハート】は、小さく笑いを溢し、
「はぁああああああああああああっ!?」
近所迷惑を考えない盛大な叫びを上げたのだった。
――◇◆◇――
「マヂですかこれ……」
項垂れ、あからさまな意気消沈をしながら学校への道筋を歩く【ルミナスハート】。シニョンで纏めた髪もどことなく萎びているように見える。
絶叫を上げた後、再起動に更に十分を消費した【ルミナスハート】は、今の自分の姿を確かめるべく洗面台へと突入した。
恐ろしさ半分、興味半分といった感じで鏡の前に立った彼女の世界に写り込んだのは、茶色の髪を寝起きのためボサボサにした青色がかった瞳を持つ
今年の春から中学生になったマスターである高町 花梨に若干のアレンジを加えたかのような容姿。
世間では十二分に美少女で通るであろう容姿は現在、何ともマヌケそのものと言った表情を浮かべていた。
それはもう、本人が「なんとなく、アーパーっぽい?」との感想を浮かべ、次の瞬間にはヘッドバットで鏡を叩き割るという自虐行為に及んでしまうくらいに。
その際、額を切った痛みがこれは夢の類などではないのだと強制的に理解させられてしまった【ルミナスハート】は、妹を名乗った少女……いいや、【レイジングハート】の言に従って、自室のハンガーに掛けられていた制服に袖を通すと、リビングに用意されていた朝食を手早く済ませて家を後にした。
身体に染みついた習慣のなせる業なのか、頭では自分がどこの学校に向かっているのかもわからなくても、足は慣れ親しんだ道を進むかの様に迷いなく前へと進み続ける。
「ううむ……これはいかん、いかんですよ。さすがのルミナスちゃんでも、これほどの愉快空間に突然放り出されて平気でいられるわけもありません。ていうか、どういう状況なんですか、コレー!? 誰でもいいから、いい加減説明してください、説明ー! せつめー、プリーズ!」
「朝っぱらから何を騒がれているのですか?」
両手を突き上げ、魂のシャウトを上げていた【ルミナスハート】の背中に、落ち着いた男性の声がかけられる。
「むへぇ?」
女の子としてそれはどうなの? という表情で振り向くと、今の彼女と同じくらいの年ごろの少年が立っていた。
整えられた金の髪と制服をビシッ! を着こなす出で立ちは、まさに貴公子と呼ぶにふさわしい。
好青年的モテオーラを全身から溢れさせているイケメンの登場に僅かに驚いたものの、なんだか聴き覚えのある声の主をしげしげと見つめてしまう。
「ひょっとして……貴方、【バルディッシュ】ですか?」
「?? ひょっとしなくてもそうですけど……あの、それがどうかされたのですか?」
「ああ、いえ、別に……」
――うっわぁ……なんですかこのイケメンオーラ。てか、あの人(?) 人間なったらこんなんになるんですか。
思い返せば【レイジングハート】も声はデバイスの頃の物と全然変わっていなかった。
だからこそ、聞き覚えのある声に当たりを付けて見たのだったけれど……見事に的中してしまったようだ。
――つーか、レイハちゃんに続いてバル君まで人間になっているって……つまりそういう事なワケですか。
この世界はデバイスが人間化した世界……という事なのだろう。
見ている分には相当愉快ではあるだろうけど、当事者として巻き込まれたら笑い話にもならない。
落ち込んだ【ルミナスハート】を心配そうに気遣ってくれる【バルディッシュ】の優しさに、ほろりと涙を零しそうになったのは彼女だけの秘密だ。
だが。
【バルディッシュ】と並んで登校を果たした【ルミナスハート】が直面する
後に、彼女は語る。
せめて普通の学生生活を体験させて欲しかったです――と。
――◇◆◇――
無事に登校を果たした【ルミナスハート】は、同じクラスなのだと言う【バルディッシュ】と並んで自分の教室へと向かっていた。
周囲の女生徒たちから【バルディッシュ】へと向けられる愁いを帯びた熱い視線の余波と、嫉妬混じりの冷たい視線にさらされると言うアクシデントとこそあったものの、そのほかには大きなトラブルも無く、教室にたどり着くことが出来た。
後は扉を開いて、これまた【バルディッシュ】から訊き出した自分の席に腰を下ろせば済む話なのだが……
「なんでしょうか。この足を踏み出した瞬間、冥府魔窟に呑み込まれてしまうそうな予感がひしひしと感じられるんですけど。……【バルディッシュ】、ちょっと先に入ってくれません?」
「え゛!? ――コホン、大丈夫ですよ。そんな警戒する必要もありませんから」
「爽やかに笑顔を浮かべればどうにかなると思っているのなら、それは大きな間違いですよ。てか『え゛!?』 って言いましたよね? 聴こえていましたよ。視線を逸らすんじゃありませんよ、こんちくしょーめ。いいから入りやがりなさい。野郎ならド根性見せてくださいな♪」
笑顔で【バルディッシュ】の背中を押しつつ、面倒事しか起こる予感のしない教室への扉の前へと押しやる。
【バルディッシュ】は、まるで戦場に赴く兵士の如き真剣な表情を浮かべると、ごくりと喉を鳴らしながら扉のひき手へと手を伸ばす。
頬を汗が伝い、荒い呼吸を繰り返す彼が意を決したかのように扉を開――
「「きゅぅううううううっ!?」」
「げふぁあああっ!?」
いた瞬間、白と茶色の物体が超電磁砲の如き速度で【バルディッシュ】の鳩尾に突き刺さった。
一撃でライフをゼロにされた【バルディッシュ】が崩れ落ちる姿に、【ルミナスハート】は盾になってくれた少年に向けて無言で敬礼をする。
そして飛んできた謎物体へと視線を落とせば、そこには泡を吹いてヤバ気な痙攣を繰り返している二色の物体共……と言うか、
「アルクさんにユーノさん?」
おこじょさんモードなアルクとフェレットモードのユーノその人であった。おこじょの額には葉っぱが乗っかっているし、おそらくは間違いないだろう。
何事? と教室内を覗き込めば、何かを投擲した体勢のまま肩で激しい呼吸を繰り返す女生徒がいた。
周りの生徒たちに宥められていることから見ても、彼女がナマモノコンビをどっかのビリビリを思わせる速度で投擲したのだろう。
とりあえず、ドア付近にいた生徒を捕まえて事情を聴いてみることにした【ルミナスハート】は、一番近くにいた桃色の髪をおさげにした、見た目小学生にしか見えない少女へと声を掛ける。
「あのー? これって、一体どういう状況なんです?」
「うん? ああ、おはようで御座るルミナス殿」
「え? あ、うん、おはよう。それで、そのー……」
「ああ、お気になさらずに。いつもの奴でござるよ。ナマモノコンビが性懲りも無くアイゼン殿のスカートの中を覗いていたのでござるよ。で、それがバレたので」
「超電磁砲 ver.
――ていうか、あの2匹(?) はたいして変わってねーんですかい。
公式愛称が『淫獣』な奴とその従妹の扱いは、世界が変わってもこんなモンらしい。
「左様で。――ていうか、バル殿の方は大丈夫なのでござろうか?」
「あーー……、さあ?」
「ちょっ!? 幼馴染とは言えその扱いには流石に一言申し上げたく!?」
「だったら、貴方が介抱してあげたらどうなんです? えっと……【レヴァンティン】」
「ふぇ!? せ、せせせ拙者がバル殿おおおおおお!? そそそそれは、その……」
――うっわー。何でしょうか、この可愛い生き物。
侍口調のロリ娘と化した【レヴァンティン】がほっぺたを桃色に染め上げ、恥ずかしそうに両手の指先をつんつん合わせる様は、とても可愛らしい事この上ない。
「あいたたた……」
「全く、朝っぱらから何を騒いでいるかと思えば……また貴方たちですか」
【レヴァンティン】を愛でていた【ルミナスハート】の耳に、聞き覚えのある少女の声が聴こえてきた。
振り返ってみると、ナマモノが突き刺さった腹部を擦りながら意識を取り戻したらしい【バルディッシュ】に手を差し伸べながら、騒ぎの主犯たる女生徒を睨む【レイジングハート】の姿があった。
二の腕には『風紀委員長』と記された腕章を装着しており、クール系眼鏡な容姿と相まって、実に様になっている。
【レイジングハート】の冷たい視線を向けられた膝まで届く真紅の髪の少女は、反省するどころか、むしろ好戦的な笑みすら浮かながら真っ直ぐ彼女を睨み返している。
特徴的な八重歯と猫耳のように見えるリボンが特徴の少女は、獣の様に瞳孔が割れた瞳で真っ直ぐ【レイジングハート】を射抜く。その反抗的な態度に、こちらも剣呑な光を瞳に宿らせた【レイジングハート】が【バルディッシュ】を押しやり、ゆっくりとした足取りで赤髪の少女へと近づいていく。
それを見た少女は口元を三日月の様に吊り上げ、拳を腰だめに構える。
瞬く間に一触即発の空気が教室内を支配する。傍観に徹していたクラスメートたちは危険を察知したプレーリードッグの如き俊敏さで二人の逆方向の教室の端まで後ずさる。
流れに乗る様に【ルミナスハート】も生徒たちに混ざって避難する中、一見すると女子にしか見えない、けれども男子用の制服に身を包んだ一人の生徒が二人の間へと割り込んだ。
「ちょ、ちょーっと待ったあっ! あと五分でホームルームが始まるんだぞ!? これから楽しい授業の始まりだと言うのに、世紀末的バトル展開へ移行することなど、クラス委員たるこの僕、【S2U】が許さないぞ! 【レイジングハート】君、それから【グラーフアイゼン】君も! これ以上の騒ぎは見過ごせな――」
「「はぁああああっ!!」」
「――いたぶぁああっ!?」
「い、委員長――!?」
ああ、何と言う事だろう。
己が役目を果たさんと勇気を振り絞って魔王と野獣の戦いに割って入った悲しき勇者は、その存在を完全に無視された挙句、初撃に繰り出された右ストレートによるサンドイッチアタックを受けてしまい、顔面が“見せられないよ!“的な惨劇へと至ってしまったようだ。
保険委員であるリング状の変わった髪飾りを付けた女生徒……おそらくは【クラールヴィント】であろう少女に介抱されている委員長に、拳が増えて見えるほどの拳撃の嵐を繰り出している二人を除いた全員から勇気をたたえる祝辞が贈られている。
「――……ぁ」
「委員長!? なんですか!? 何が言いたいんですか!?」
「さ、最初、の一歩……を踏みたすこと、が……本当の勇気、なんだ、よ……カフッ!」
『い、委員著ォオオオオオオオオ!!』
「無茶しやがって……ッ!」
「委員長……アンタ、すげえよ。アンタこそ、本物の男だよ!」
本物の勇気の持ち主を称える称賛の声が教室を埋め尽くす。彼らの心は、今この瞬間、一つになっていたと言っても過言ではないだろう。
「――何、この茶番」
「ルミナス殿、それは言わないお約束なのでござるよ」
盛り上がるクラスメートたちから一歩引いて傍観に徹していた【ルミナスハート】の呟きに律儀に応える【レヴァンティン】。
なんだかな~~、と呆れ半分で教室を見わたていると、喧騒にかき消される程度の音量でチャイムが鳴っていることに気づく。
「おや、チャイムが鳴っているようですね」
『っ!?』
ぽつりと呟いた【ルミナスハート】に、もの凄い勢いでクラス中の視線が集まる。
その中には血も流れ出す激闘を繰り広げていた【レイジングハート】たちも含まれていた。
彼らの浮かべるよ表情は皆、絶望に染まったかのごときもの。
まさにこの世の終わりを垣間見た囚人を連想させる表情であった。何事かと首を傾げる【ルミナスハート】の頭の上に、ごくごく自然な動きで現れた手が乗せられた。
「へ――……あぎゃぁああああっ!?」
ギリギリギリ……メギョッ!
人体が鳴らしてはならない音を己の頭蓋が奏でていると言う事実に彼女が気づくよりも早く、そのまま後頭部にアイアンクローを掛けられたまま中空に持ち上げられるてしまう。
「ホームルームの鐘が鳴っていると言うのにこの体たらく……なるほど、要は我に喧嘩を売っていると。そういう訳だな、ええ?」
遠雷の如き威圧感を伴うドスの利いた男の声。
現在進行形で頭蓋を砕かれそうになっている【ルミナスハート】の悲鳴と相まったその姿、まさに魔王。
クラスメートはほぼ全員が半泣きに陥ってしまっている。
教室を一瞬で恐怖のどん底まで叩き落した元凶は、気絶寸前の【ルミナスハート】を彼女の席に叩き付けるように座らせると、机に突っ伏す彼女に目もくれず、教卓へと足を運ぶ。
出席簿を置いてクラスを見渡せば、そこには軍人の如き背筋を伸ばした美しい姿勢を維持しつつ着席した教え子たちの姿が。
見事なまでの恐怖政治であると言えよう。
満足げに口角を吊り上げる様は実に絵になる悪役のワンシーンだ。
「よし、それでは出欠をとるぞ」
「うごごご……ほんの数分前には女の子の頭蓋を圧潰させようとした悪鬼羅刹の如き暴挙を実行したことなどお構いなしなあの態度。いったい何様なんでしょうか……!」
「ルミナス殿、そんな事を言ってはいけませぬ。もし【黒智】教諭に聞こえでもすれば、その瞬間、出席簿ブレードの餌食になってしまいますぞ?」
「え? 何ソレ怖い。てか、どこの
「ほほぅ……敬うべき教師を面と向かって扱き下ろすとはな――……いい度胸だ小娘」
「……ぇ?」
気付いた時に後の祭。今の状況も忘れて大声を上げてしまった【ルミナスハート】の発言は一語一句、ご本人の耳に届いてしまっていた。
ギギギ……と壊れたブリキ人形のように面を上げれば、実にイイ笑顔を浮かべた目玉先生……もとい、彼女の担任である【黒智】先生のお姿が。
オールバックに纏めた黒髪、室内なのにサングラス、その上からも一目で解る右目の上に走った鋭利な刀傷。
黒いスーツに黒いネクタイをビシッ! と着こなした、どっからどう見ても完全無欠なる『ヤ』のつく自由業なお方そのものである【黒智】先生の額には、特大の四角マークが張り付いていた。
【ルミナスハート】は、自分の身体中から血の気が引く音を他人事のように聴いていた。
振り上げられる拳、十字を切り、静かに黙とうをしているクラスメートたち、そして次は自分の番だと恐怖に歪ませた表情を浮かべるロリ侍。
全てがスローモーションの映像のように、彼女の目には映った。
――ああ、これが走馬灯という奴なのですね……。
脳天から死の指先まで突き抜ける雷光の如き激痛によって意識を刈り取られながら、【ルミナスハート】はそんな事を思い浮かべていた。
――◇◆◇――
「――あみサバっ!?」
『それ、どんな寝言っ!?』
「ほへ?」
打てば響く鐘の如き神速のつっこみを受けて、【ルミナスハート】の意識が覚醒する。
慌ててあたりを見渡せば、黒板の上にある時計が正午を指していることに気づく。
「あ、あれ? 朝のホームルームから記憶がないんですけど……」
「姉さん」
しきりに首を傾げる【ルミナスハート】に声を掛けたのは、彼女がこの世界で初めて出会った少女、妹を名乗る【レイジングハート】だった。
双子と言う設定らしく、その上クラスメートだという彼女は、小動物を労わる慈愛に満ちた表情を浮かべながら、【ルミナスハート】の肩にそっ、と手を置く。
「夢……そう、全ては悪い夢だったのですよ……」
「え、いや、夢とか言っちゃうなら、私としてはこの状況こそがまさに夢なんですけど……」
「大丈夫ですよ姉さん……蘇生処置は完璧です。障害や身体機能不全等は一切起こっていませんから、ご安心ください」
「え!? て言うか、え゛!? ちょっ、なんですかそのあからさまに危険な臭いがプンプンしちゃってるお言葉は!?」
捲し立てる【ルミナスハート】を見るクラスメートたちの視線はとても優しくて、不純な感情が一切含まれていなくて……、そして、途方も無く恐ろしいシロモノだった。
何故ならば――
――こ、コイツラ、どいつもこいつも視線を私と合わせようとしやがらねーのはどういう了見ですか!? つか、マジで私ご臨終しかけてたりしないでしょうね!?
隣のクラスまで聞こえていそうな騒ぎを聞きつけたのか、特徴的な前髪をファサッ……、と靡かせた青髪の男子生徒が現れた。
「ヘーイ、マイフレンズ♪ 今日も元気にEnjoyしてるカナーー?」
「……誰ですか、このエセはなわくんは?」
間髪入れずにそう切り返した【ルミナスハート】の発言に、ゴフッ!? と空気が破裂したかの如き拭き出す音が教室のあちらこちらから響く。
「ね、姉さんその呼び方は、……ププッ! ちょ、どうかと、思っ、思っ……くくっ!」
「顔背けて背中を震わせながら言われても、説得力ねぇですよ?」
「ヘ、ヘイヘイへ~イ!? Meを忘れてしまったと言うのカ~イ!? それは何とも、Freezerなんじゃないカナ~~!?」
「日本語で”冷たい”って言いなさいな。てか【バルニフィカス】、貴方、からかわれているのよ。でなければ、貴方ほど珍妙で、奇妙で、『え? それってキャラ作りだよね? まさか素なの? うわ、キッモ~イ』的なアイタタタ男の存在を忘れてしまう訳ないじゃない」
「Oh……それはFollowのつもりなのかい、ミス・【ディザスターロード】生徒会長」
「ええ、もちろんよ」
笑顔で毒を吐いたのは肩に掛かる紫の髪をウエーブにした女生徒だった。
持ち主に似て性格悪っ!? と【ルミナスハート】が内心思ったのは当然のことだと言えよう。
性悪生徒会長な【ディザスターロード】にハートブレイクされた【バルニフィカス】を宥めるのは、黒髪をポニーテールに纏めた武士娘という雰囲気を感じさせる少女だった。
目尻に涙を浮かべた【バルニフィカス】を抱きしめながら、よしよしと頭を撫でているその姿、制服の上からでも一目で分かる豊満なる母性の象徴と相まって、男性陣の視線を釘付けにして離さない。
紳士な【バルディッシュ】ですら、一瞬だけ目を奪われてしまったのだから、その破壊力たるや『平均よりちょっと上かな~?』 程度の戦力しか有していない【ルミナスハート】以下、クラスの女生徒たちに太刀打ちできるシロモノではないことは誰の目にも明らかだ。
「むぐぐ……不必要なまでに胸元を強調しつつ、母性を以て男共を籠絡せんと策謀を張り巡らせるとは……! 何たるビッチなのじゃ、貴様っ!」
「ええっ!? ちょ、エルちゃん!? どうしてそんなに怒ってるのかな!? 私、何か悪いコトした!?」
「うう~っ!? わ、ワザとらしく胸の谷間で祈る様に両手を合わせるなどと、なんというあざとさ! 貴様! 貴様はこの瞬間、わらわたち『
「ふええええ~~っ!?」
「【紫天の書】殿も大変でございますなぁ……。【エルシニアクロイツ】殿は必要以上に女人の胸へと向ける敵意がハンパないでござるから」
「ああ、うん……ソウダネ」
もしや現実世界でもこんな性格だったりするのだろうか?
【ルミナスハート】ができれば外れて欲しい希望を抱いていると、廊下の外を元気よく駆け抜けていく金の髪の少女がいた。
その後ろを茶色の髪の少女が、追随していく。勢いよく走っているために膝上までしかないスカートが翻り、健康的な太股がチラチラと見えてしまっている。
だと言うのに、教室に残ったクラスメートを始めとして廊下にいる男連中の誰もが、二人の姿を確認するなり速攻で視線をずらす。
何だか頬を冷や汗が流れ落ち、小刻みに震えているように見えなくも無い。
何だ? と首を傾げる【ルミナスハート】に気づいたのか、姉の視線を追った【レイジングハート】が二人の姿を見るなり嘆息を漏らす。
「? ああ、【ヴィントブルーム】と【ルシフェリオン】ですか。お弁当の包みを抱いていることから見て、間違いなく【黒智】先生とお昼を一緒にしようという所でしょうね」
どうやら、あの三人の関係は、デバイスにそのまま反映されているらしい。
なるほど、そういうコトだったら【黒智】先生を恐れた生徒たちが目を逸らすのも納得できる話だ。
ヤクザのお手付きな娼婦に色目を向けるようなものか。もしバレたら死よりも恐ろしい目に遭わされるのは間違いない。
何しろ相手は教師なのだ。実力的にも、権力的にも生徒でしかない自分たちには決して抗えぬ絶対強者。
ああ、なんと理不尽な世の中なのだろうか……。
「てか、良いのアレ? 教師と生徒の恋愛とか、世論とか道徳的な意味でアウトなんじゃないの?」
「まあ確かに、【黒智】先生とあの二人が時々保健室に立て籠もってギシアン的な悦声を聞いた……なんて噂も立っていたりしますけど」
「立ってるの!?」
「裏新聞部の部長の【グリモワール】先輩がものすごくいい笑顔で号外をばら撒いていたじゃないですか。――駆けつけたヴィントさんとルシフェさんによるユニゾンアタック『天葬輝炎』を受けて病院送りにされちゃいましたけど」
「うわぁ……容赦無さすぎでしょう、あの二人」
「プライベートでは【黒智】先生を尻に敷いてるって噂でござるしなぁ」
「で、それを問題視した【アースラ】校長たちが職員会議の場で【黒智】先生を叫弾なされた事もあったそうなのですが……」
――戦艦が校長って……いや、もう驚きませんよ。この位じゃねぇ……!
「校長が【デュランダル】理事長と不倫関係にあることや、【レイアース】先生が保健室の主【夜天の書】女医や食堂の料理番【シュベルツクロイツ】さんと同棲している事を題材にして逆叫弾されたそうなんですよ。しかも学校中に聞こえるような大声で。――ま、そんな訳で、結局お互い痛み分けってことてお手付きになったという話らしいですよ……おや? どうされましたか、頭を抱えたりして?」
「あー、うん、大丈夫、気にしないで……っていうか、ちょっと待って。展開がぶっ飛び過ぎて理解できないんですよ」
――どうしましょう、私の手にゃあ負えませんよこの状況。
「ってか、何なんですかこのカオスっぷりは!? どいつもこいつも頭のネジがぶっ飛んでいやがるんですけど!? ――……ハッ!? も、もし……もしですよ? もしマスターたちが“ゲーム”なんて物に参加させられてなくて、普通に転生したまま皆一緒に学生生活をエンジョイしていたとかしちゃったりすれば……こんなカオスな状況がリアルで実現されていたりしちゃったんですか!?」
風紀委員な“魔法の杖”
爽やかイケメンな“雷の斧”
ロリ侍な“烈火の剣”
野性味溢れる獣少女な“鋼の男爵”
保険委員な“癒しの風”
委員長タイプな“魔導の杖”
『いんじゅう』な“おこじょ&フェレット”
生徒に手を出す『ヤ』のつく自営業のお方にしか見えない教師な“義眼”
ヤーさんにしか見えない教師に好感度マックスな“箒”と“炎の杖”
パパラッチな”魔導書”
成金キャラな“青雷の斧”
巨乳大和撫子な“紫天の書”
貧乳代表な“十文字杖”等々……。
…………
……
…
「――――ふっ」
【つっこみきれるかボケェええええええっ!? ――って、あら?】
気付くと、見覚えのある機材の並んだ部屋の中にいた。
デバイスのメンテナンス用のカプセルの中で漂いながら、【ルミナスハート】は目を白黒させながら今の状況を確認すべく、思考を高速回転させる。
まずは自分の身体。つい先ほどまで存在していた人間の腕も、足も、身体も、何もかもが消失し、元の宝石状の待機状態へと戻っている。
次にこの場所。ここは時空管理局の技術部のラボ、その一室だ。
【ルミナスハート】はマスターである花梨が本局での検診を受けるためにミッドチルダに訪れた際、ついでにメンテナンスしてもらった方がいいと進められて、此処にやってきたのだった。
日常点検レベルは自己診断と自己修復で十分なのだが、せっかく優秀な機材が揃っているのだから念入りにリフレッシュしてみようと、AIの機能を疑似深層スリープ状態へと移行してみたのだった。これは限りなく人間の思考に近いものを有する【ルミナスハート】だからこそ有効なリフレッシュ機能であり、AIを人間でいう所のレム睡眠に近い状態へと陥らせることで、処理速度の効率化を図るというものだったのだが……
【まさかの夢オチとは……。いや、確かにそういうコトなら納得できるんですよ?
ピコピコ、ブツブツ……。
人気の無い研究室の中で弁解(?) を呟きながら点灯を繰り返す宝石モドキ。
何ともシュールな光景である。
自分で「もしデバイスが人間だったとしたらどんなんなるか、試しに夢で確認してみるとしましょうか♪」と夢の内容まで設定していたことを完全に忘れてしまっているおマヌケデバイスの自己弁論な呟きは、検診を終えた花梨が迎えに来るまでの間、およそ三時間に渡って続けられていたと言う……。
――◇◆◇――
【あの、親方様。あなたの左目様を、ちょっとだけ“先生”ってお呼びしてもよろしいですか?】
【……あ、出来る事なら、我々手作りのお弁当を食べて戴ければ幸いなのですが】
「「「……は?」」」
ほぼ同時刻、とある次元世界の一角で、義眼を先生と呼んだ上でお弁当を渡したいとか言い出した“箒”と“杖”が居たとかなんとか。
なぜ
○夢の中の登場人物紹介
基本的にデバイスたちの容姿は、各々のマスターに酷似している。
・【ルミナスハート】
栗色の髪をシニョンで纏めた女子中学生。
ボケかツッコミかで言えばボケに分類されるはずが、珍妙すぎる連中が蔓延るこの世界では数少ないツッコミキャラに。鏡に向かってヘッドバッドするくらいアーパーっぽい顔つきらしい。
・【レイジングハート】
ルミナスの妹として登場。
栗色の髪をツインテールにしてメガネを装着した”デキる女”っぽい女の子。
風紀委員に所属しており、騒ぎを起こすクラスメートたちを諌める立場にある……のだが、アイゼンとは相性が悪いらしく、出会うたびにケンカ腰になってしまう。学園四天王の一人。
実はクーデレ属性持ち。しかし、未だに彼女のデレを拝めた男は居ないという……。
・【バルディッシュ】
ルミナス&レイハ姉妹の幼馴染。
さわやか金髪系のイケメン。それでいて性格も温厚とあって学園一のモテ男と称される。
他人からの好意に鈍いらしく、しょっちゅう告白されそうになっているのに気付いていないというエロゲー主人公のような男である。
実は幼馴染であるルミナス&レイハ姉妹それぞれに好意を持っていて、どちらかを選べない自分の不誠実さに自己嫌悪しているという設定があったりする。
・【レヴァンティン】
侍口調のロリっ娘。シグナムを幼女化したまんまの姿。
初恋のバルさんを追いかけて飛び級してきた天才幼女。ちなみに9歳。
そっち方面の話題になるとテンパる。
・【グラーフアイゼン】
髪をまとめたリボンが猫耳のように見える野生児系少女。きらりと光る八重歯がチャームポイント。
格闘技系の部活を総なめした女傑であり、レイハ宿命のライバル。
口より先に拳が出る脳筋。学園四天王の一人。
・【S2U】
苦労人な委員長。問題児を止めようとしてはぶっ飛ばされるかわいそうな人。
それでもクラスを纏められるのは彼しかいないので、支持率は高い。
・【クラールヴィント】
リング状の髪飾りが特徴な保険委員の少女(髪飾りは声優繋がり)。
実はユーノとアルクの世話でもある。
・【黒智】
ルミナスたちのクラス担任。通称『目玉先生』。
ソッチ系の危険なお方としか思えない風体をしたヤクザな先生様。
でも、同僚たちからの評価は『真面目な人』であったりする。
モンペ? 体罰? なにソレ、喰えんの? を地で行くグレートなティーチャー。
そのくせ、生徒に手を出しちゃうイケナイ教師である。実は件の女子生徒たちと秘密の同棲中。
・【ヴィントブルーム】
金髪が目を引く帰国子女。【黒智】先生の”妻”。
見目麗しい容姿と反して、秘めたる戦闘能力は学園四天王の一人に数えられるほど。
実はバルさんのお姉ちゃん。彼女らは三人兄弟で、末の弟である【トールギス】は幼稚園児である。
・【ルシフェリオン】
クールさ五割増しレイハさんとも呼ばれる、【黒智】先生の”嫁”。
家事一切を受け持つ家庭的な女の子。でもキレると半端なく怖いらしい。
・【バルニフィカス】
ルミナス曰く、『エセはなわくん』。バルやヴィントの従妹にあたるお金持ちのお坊ちゃん。
英語交じりの珍妙な日本語を話す。意外とメンタルが弱い。
・【ディザスターロード】
学園最強のドSな性悪生徒会長。容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備を地で行くスーパーガール。
でも、ドS。日夜、愛する生徒たちをコミュニケーションという名の罵倒でハートブレイクして遊ぶ極悪人。最近はNTRに興味が湧いてきたと公言しており、標的にした【黒智】をストーキングしているとのもっぱらの噂。でも、怖いから誰もツッコめない。学園四天王の一人。
悪人に権力を持たせてはいけないという言葉を体現させた人物であると言える。
・【紫天の書】
黒髪をポニーテールに纏めた武士娘。性格は温和そのもの。理想的な大和撫子。
生徒会副会長に就任しており、【ディザスターロード】に泣かされた生徒たちのケアがもっぱらの担当。学園最強の母性の持ち主であり、学園のアイドル。
あまりのハイスペックぶりに、持たらず者達による『
・【エルシニアクロイツ】
『
あんなもの脂肪の塊にすぎん! と豪語する、ぺたーん×3な少女。
実は【バルニフィカス】の婚約者であり、自身も相当なお金持ちのご息女。
【紫天の書】への対抗心は、許嫁を取られるかもしれないという不安からくるものでもある。
・【アースラ】
問題児の集う学園の校長先生。真面目な人ほど割を食う世の理を体現したかのような苦労人。
最近は胃薬が主食になりつつある今日この頃。ちなみに【S2U】委員長のシングルマザー。
・【デュランダル】
学園の理事長。【アースラ】校長とは学生時代の先輩後輩の間柄。
苦労ばかり掛ける校長を慰めたり、愚痴を聞いていたりしている内に、そのまま……というお約束な流れに流されてしまったお方。
・【レイアース】
熱血系体育教師。まじめな性格のために、問題がありすぎる【黒智】を敵視している。
でも、自分も同じ穴のムジナだったりするのだが。
件の二人とは、学生時代から二股(双方同意の元)を続けており、ゆくゆくは重婚可能な国に移り住もうかと思案中だったりする。
【黒智】を嫌っているのは、似た者同士故の同族嫌悪なのかもしれない。
・【夜天の書】
保険室の主。男子生徒の憧れである女医さん。
・【シュベルツクロイツ】
育ちざかりの生徒たちの胃袋をガッチリつかんだ料理番長。
・【グリモワール】
表沙汰には出来ないほとんど真黒な事件を上げる裏新聞を発行するパパラッチ。
犯罪すれすれの綱渡りを日常茶飯事に行っては、標的にされた相手(主に学園生徒)からの反撃を食らって入院⇒出席日数不足⇒留年のコンボをここ数年繰り返しているらしい。
でも、彼女の本当の年齢は誰も知らないらしい。
・【アルク&ユーノ】
学園で飼われているナマモノ。通称”いんじゅうブラザーズ”。
何かしようとしたら偶然が重なって、本人たちの意思に関係なくセクハラ行動になってしまうというラッキースケベな星の元に生まれ落ちた生物。
・【学園四天王】
生徒たちの中で特に危険度が高いと判断された者たちの総称。
・【ディザスターロード】
・【ヴィントブルーム】
・【レイジングハート】
・【グラーフアイゼン】
彼女たちは、藪をつついたら蛇どころの騒ぎじゃない危険人物として一般生徒から認知されている。
同時に、ある程度の尊敬を集めてもいる。
※これはあくまでも危険度から判断したもので、学園全体から戦闘力という点でみると、
・【夜天の書】 :え? 誰が彼女に手を上げられるというのですか?
・【グリモワール】 :危険な情報てんこもり
・【黒智】 :某地上最強の生物クラス
・【ディザスターロード】:まず心が折られる
となる。
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縁が結ばれる時
”闇の書”事件の最中に発生した、誘拐事件のお話です。
それは肌を刺すような冷たさを纏う秋風の吹き始めた頃の出来事。
破棄されて久しい廃工場、取り壊されず海鳴市の海岸沿いに点在しているソレの一つに、アリサ・バニングスと月村すずかは監禁されていた。
手首と足首を頑丈なロープで拘束されている彼女たちの瞳は虚ろで、意識が朦朧としていることが一目で分かる。
ひび割れた窓ガラスが海風の煽られて耳障りに軋み音を鳴らし、コンクリートがむき出しになっている床に、まるで投げ捨てられるように放り出されてせいか、身体の節々から鈍痛のような痛みが走る。それでも彼女たちは悲鳴を上げることも、拘束から逃れようともがく気配が見受けられない。
散乱する空き缶や壁紙が剥がれ落ちたむき出しの壁に描かれた品性のない落書きの数々。この場が、明らかに不良、或いは社会に対して不満のある人種のたまり場であることは間違いない。
何故そんな場所に彼女たちが監禁などされていると言うのか?
その理由は、彼女たちの閉じ込められた二階の部屋の外、出入り口を見張るように陣取ったスーツ姿の男と、彼の脇に控えるボディスーツのような出で立ちの女性
壁が所々崩れてしまっているためにほとんど吹き抜けの様になっている一階に金で雇ったチンピラを犇めかせている元凶たる男は、趣味の悪い純金製の腕時計を磨きつつ、傍らに直立姿勢のまま言葉も話さぬ
「くくく……まったく、ちょろいものだ。こうも容易く
自身も所属する本家……古より夜と血に塗れた闇の種族たる『夜の一族』、その末席に籍を置く男は、主である宗家の一人の命により、純血の『血の一族』の一人である月村 すずかの誘拐を命じられたのだ。だが、元来強欲かつ、独善心の強い気質であった男は、サポート役として与えられた限りなく人間に近い容姿の下に機械の身体を秘めた魂無き人形――『自動人形』――の力を自分の力だと錯覚し、分不相応な野心に目覚めてしまった。
即ち……自分こそが『血の一族』を支配する存在になるという、哀れなくらい愚かな偶想を抱いてしまったのだ。
男の幸運は、標的である月村 すずかが行動を共にする友人の中に、世界的大企業“バニングスグル-プ”の令嬢が含まれていた事。
そして、本家の連中がすずか誘拐に尻込みしていた最大の要因である裏の世界でも名の知れた凶悪にして痛烈な戦闘術『御神流』の使い手の一人が、現月村家当主でありすずかの姉でもある忍の恋人という関係性が存在しているからだ。
すずかを誘拐、拉致すれば、まず間違いなく御神流の剣士たちも動く。さらに、月村邸では現在でも稼働している自動人形のオリジナルとも呼ぶべき存在が二体も存在しているのだ。
それらの戦力は決して軽んじて良いものではない。だからこそ忍を煙たがり、彼女の本家における発言力の失墜を目論む旧時代的な老怪共は身内を人質に狙い、戦力を削り落とそうと目論んでいたのだ。だが、実行犯として用意された男の野心を見抜けなかったが故に、事態は混迷を見せることとなる。
男にとってもう一つの幸運と言えるのは、現在、忍が恋人である剣士や自動人形たちを連れて海鳴市を離れていたことだ。
大学生である忍は月村家当主としての側面を持ち、その名は裏の世界のみならず、表社会でも相当の影響力を有する。故に、会合やパーティーなどの行事に出席せねばならない義務が発生するのだ。特に今回は海外まで足を運ばなくてはならない“やんごと無い事情”というものがあったので、義務教育の最中であるすずかを残して忍、彼女のお世話係である自動人形『ノエル』、護衛の剣士、と言うか恭也は数日前から日本を離れてしまっているのだ。
自動人形の片割れである『ファリン』は、すずかのお世話係という役職上日本に残っているので、護衛という点では問題ないだろうと言うのが忍の推察だった。
だが、度重なる不運が、忍の甘い考えを粉々に粉砕してしまう事になる。
現実として、学校から帰宅途中のすずかとアリサは拉致され、それを察知して救助に乗り込んできたファリンは、最新の科学技術をつぎ込んで性能を強化させた自動人形によって機能停止にまで追い込まれてしまっている。優越感に浸る男が腰掛けるモノ……壊れたマネキンを積み重ねたかのようなそれこそが、ほわほわとした笑顔とドジっ娘成分が魅力的な月村家のメイド、兼、自動人形であるファリン……その成れの果てであった。
今や失われた古代技術の粋とも呼べる戦利品までもを手に入れることが出来たと言う事実、それもまた男に余裕を感じさせている要因だった。
与えられた
後は、余計な横槍の入る前にバニングス家に娘を誘拐した旨を連絡して、身代金を毟り取る。警察や子飼いのSP共がいくら嗅ぎまわろうとも、己に命令に絶対服従な
そんな男が人質であるアリサをあっさりと解放するつもりは、やはりと言うか毛頭持ち合わせていなかった。
男は眼差を這いずり回る知能の足りない劣等種……としか思っていない不良共に声を掛けた。
不遜な態度で呼ばれ、プライドだけは高い不良たちの口から文句の声が上がるものの、すぐに嫌悪感を感じずにはいられない類の下種な笑いを上げつつ、数人の見張りを残して男の元へと向かう。
錆び付いた階段を昇り、男に近づいてきた不良たちの顔は欲望によって醜く歪み、これからの“パーティー”を待ちきれないのか涎を垂らす者までいる始末。
男は内心でドブネズミの如き評価を下しながらも、表面上は友好的な笑みを浮かべて、少女たちが監禁されている部屋の扉を開いた。
後に続いて入室した不良たちは、“パーティー”の主賓たる『生贄』の容姿に感嘆の声を漏らし、口笛を吹く。
あらかじめ用意していたパイプ椅子に男が腰掛け、自動人形が未だ意識が覚醒していないすずかを脇に抱えて一歩下がる。
その傍らでは、不良の一人が取り出したビデオカメラの電源を入れ、これから撮影されるドキュメントの主役である少女……アリサへとレンズを向ける。
撮影の準備が整った頃を見計らい、男は芝居がかった手振りで両手を広げながら不良たちに向き直る。
「さて諸君。これから君たちにはとある芸術作品の撮影に協力してもらう。題名は、そうだな……『令嬢の惨瓜』などはどうだろう? 大人の階段を上る少女へと送る、最高の称賛ではないかな?」
どっ! と湧き上がる不良たちの不愉快な笑い声が廃工場に響き渡る。
彼らは心から楽しんでいた。バニングスグループの令嬢という高嶺の花を、自分たちの手で汚すことが出来ると言う暗い情欲。いささか幼くとも、それを差し引いて余りある美しい容姿の美少女を己が手で汚すことが出来ると言うシチュエーションを。彼らは心から楽しんでいたのだ。
「さ~て、それではまず、女の操が華散る瞬間のベストショットを撮影しようか。ああ、出来る限り生々しく頼むよ? 何せこれは、彼女のご両親にプレゼントしなければならないんだからね」
「は~い、質問っす! 妙に大人しいんすけど、クスリでもヤッたんすか?」
「ん? ちょっと反抗的だったからね。特性の筋肉弛緩薬を少々……。ま、大丈夫でしょ。壊れたらそれまでです」
「あ、あの~……そん時はこの子って……」
一瞬何を言いたいのか分からなかったが、すぐに納得を示すと形相に頷いて見せる。
「ん? ――ああ、その時はどうぞご自由に。君たちの好きな様な玩具にするといい」
雇い主からの了承を得られた不良の一人は、欲望に目を血走らせながらアリサのすらりとした肢体を舐めまわす様に視線を動かした。どうやら真正の幼女偏愛者だったらしい。
思い思いの情欲に駆られた不良たちの中に在って尚際立った反応を見せる高校生くらいの少年を、男は冷めた目で見下ろしながらこれからの予定をもう一度整理する。
まずはバニングスご令嬢の撮影会を済ませ、それを彼女の実家に送り付けて身代金を要求する……。
口先だけの誘拐ならばまだしも、愛する娘の純血が奪われる瞬間の画像を送り届ければ、こちらの本気を理解できるだろう。
警察連中が救出に駆けつけてくる可能性も懸念されるが、戦力的には
後は、アリサの身柄を
そして手に入れた金、すずか、ファリンを取引材料にして確たる地位と権力を手に入れる。
――くくく……! 無駄のない完璧なシナリオだ! まさに天啓という奴だな。
男が自己陶酔に浸っている間にも、事態は進行していった。
脅迫ビデオの撮影が開始されたらしく、欲望まみれの不良たちの手がアリサへと殺到していた。
彼女が抵抗できないことを良いことに、手足の拘束を解いた勢いのまま胸元のリボンを解かれ、着崩れた制服を剥ぎ取られていくアリサの瞳は変わらず焦点を失ったまま。
されども完全に意識を撃しなつている訳ではないようで、小さく開かれた桜色の唇から吐息と共に小さな声が零れ落ちる。
本人の意思に関係なく衣服を脱がされていることによる条件反射のようなものであったが、不良たちにはまるでか弱い小動物が嗚咽を堪えているように聞こえたらしい。
弧を描いていた一同の口端が更に吊り上り、もはや溢れる欲望を隠すつもりも失せてしまったらしい。
遂にアリサは年相応の可愛らしいシルクの下着以外の着衣を奪い去られてしまう。
ビニールシートの上に横渡る下着姿の美少女。
何とも幻想的でもある光景に、誰かが喉を鳴らす音が響く。
そしてとうとう、彼女の未成熟で果実を思わせる小さな膨らみへと男共の魔手が伸ばされ――
――ふん。どこまでも下種な連中だな。
罪なき少女が欲望の捌け口になろうと言う光景を前にしても、男に同情と言った感情は微塵も湧き上がってはこなかった。
人間と言う種族を下等生命だと断じている男にとって、目の前で繰り広げられる光景は『野良犬の群れに襲われるやんごとない血統のブランド犬』と言う構図にしか見えないのだ。
幼い少女に一生残る傷を負わせる事態に陥らせた者としては、あまりも許されざる思考。
されどそれを裁く権利を持つ者は、悲しいかな、この場には一人として存在していなかった。
此処に居るのは生贄になり果てた哀れな子羊と欲望に駆られた野良犬の群れ。魂無き人形と、主を守ることが出来なかった人形の成れの果て。
そして元凶たる人間モドキと――
「『
人ならざる人形師だけなのだから――!
「え?」
果たしてそれは誰の声だったのか。不良の内の一人であったことだけは確かだろう。
アリサに手を伸ばしていた者、カメラを構えていた者、少女を囲い、汚される様を見物しようと身を乗り出していた者。
一切の例外も無く、彼らの首が
否、それで終わりではない。人体の構造上、決して達してはならない首の関節の限界を超えた負荷が彼らの首に掛かり続けている。
それは徐々に肉を引き裂く様な不快な効果音と共に鮮血を生み出し、やがて不良たち全員の頭部と胴体を永遠の別れへと誘った。
人間がひとりでに首をねじ切られるという異常な光景を前にして、男の精神は完全な機能停止へと陥っていた。
その合間も、間欠泉の如き勢いで噴出し続ける鮮血が部屋を真っ赤に染め上げて、鉄分特有の鼻につく臭いを蔓延させる。
「な、なな……い、いったい、なにが……!?」
予想だにしなかった事態に狼狽し、血生臭い液体の水溜りの広がる床に尻餅をついた男がせわしなく視線を動かす。
この部屋には自分と
しかし、誰もいないのに人間の首がねじ切られると言う非常識な光景を目の当たりした男の頭は完全なパニックを起こしていた。
実はこの男、人間が死ぬ様を見るのが今回が初めてだったのだ。
『夜の一族』の中でも極めて闇に属する血の濃度が薄い男には吸血衝動が存在しなかった。
血が薄い故に、一族の深い部分にまで関わる機会に恵まれず、血生臭い事態に関わる機会も皆無だった。
要するに、口だけは形相な優越感に浸る発言を繰り返していた男の本質は、所詮そこらのチンピラと大層ないのが現状だった。
「うっわ~~、なに? なんなの? コレが吸血鬼ぃ~~? ハッ、期待外れもいいとこだね~~(嘲笑)」
滑稽な醜態を晒す男の背中に投げつけられる、嘲り混じり……いや、嘲りそのものとも呼ぶべき少女の声。
恐怖と驚愕が入り混じった視線を向けた先には、返り血を一切浴びていないおとぎの国の女の子の如き衣装の上に白衣を羽織った少女が、アリサを抱きかかえながら佇んでいた。
彼女の足元を中心にした一メートル四方には血飛沫の跡が一切存在しておらず、床を伝って流れる血液も、彼女の手前で、まるで見えない壁に阻まれるように彼女を避けている。
真っ赤に染まった室内に生まれた小さな円形の聖域に佇む少女は、頭に付けた機械的な猫耳をぴくぴく動かしながらすずかを抱きかかえたままの自動人形へと指を向ける。
「こっちおいで♪」
「了解です、マイマスター」
「なぁ!?」
指を曲げてこっちに来いと指招きする少女の命令に従い、すずかを抱えたまま
突如現れた不審者を排除するでもなく、むしろ本来の主に命を受けたかのような淀みの無い動きで少女の傍らまで寄ると、自動人形は恭しく傅いた。
それは主人を敬う最上級の礼。自動人形が少女を絶対上位者と認識している何よりの証。
それを見た男は、彼女を指差しながらまるで合点がいったとばかりに叫ぶ。
「そ、そうか! お前は一族の連中が送り込んだ奴だろう!? 俺の反旗を知っていやがったのか!?」
そうとしか考えられない。そう叫ぶ男の存在を
「何の事? ていうかそもそも、
「はっ……?」
「ま、何でもいいや。目障りだから死んどけ」
疑問に終ぞ答えてやることも無く、ルビーの放った真紅の糸によって、男は刹那の間も掛からずに首を跳ね飛ばされた。
身の丈に合わぬ欲望を抱いた男の、あっけなさ過ぎる終わりだった。
男が見下していた人間たちと同じ赤い血を撒き散らしながら宙を舞った男の首が、血の池と化した床に落ちて転がった。
ルビーは、要は済んだとばかりに踵を返して部屋の外へと向かう。その後ろに付き従うのはすずかを抱えた自動人形だった。
その首筋にはルビーの手元から伸びる真紅の操り糸。そう、自動人形はルビーの魔力糸を媒体としたハッキングを受け、主従プログラムを書き換えられていたのだ。
いかにオカルトに属する技術によって生み出された古の叡智の結晶であろうとも、
不良たち同様、『
ウキウキとした軽いステップで部屋を出たルビーは、目的のブツの片割れである『完全な自動人形』であるファリンをも見る。
ご丁寧に手足をもぎ取られた上で機能停止に陥っているものの、中枢部はほぼ無傷であることに気づいて、笑みを浮かべる。
「……ぅぅ」
研究者魂が触発される
振り向けば、自動人形が両脇に抱えるように運んでいるアリサとすずかの呻き声であるのが見て取れた。
どうやら、クスリとやらの効果が切れ掛けているらしい。
ルビーはめんどくさそうに頭を掻き、されどすぐに意識を切り替えて己の目的を果たすために動き出す。
まずは懐から取り出した空の注射器、血液検査で使われるような三本の注射器に、意識の無いすずかの血液を採取していく。
これが、彼女がここに来たもう一つの理由。
『夜の一族』の中でも血の濃度が濃いいすずかの血液をサンプルとして採取すること。
純粋な吸血鬼はこの世界に存在していない事を突き止めたルビーは、妥協点として月村に連なる吸血種の血液の入手を目論んだのだ。
誤算があったとするなら、いざルビーが接触しようとするよりも早く、変質者(だと彼女は思っている)に誘拐される
せっかくの玩具を脇から掻っ攫われたように感じたルビーは、この廃工場にたどり着くなり一階部分で見張りをしていた不良たちを始末、斬り飛ばされた首から記憶を読み取って経緯を知ると、そのまま邪魔者の排除に乗り出して、今に至る。
アリサを救ったのはほんの気まぐれだった。彼女にとってアリサと言う少女は微塵も興味を感じない有象無象の一つでしかないが、流石に女としての矜持という点から、変態共の行為を見過ごすことが出来ず、結果として救助することになった。
らしくないなー、と少しだけ呆れつつも、血液採取と並行して行っていたファリンからのデータ吸い上げも恙なく終わらせるルビーの手腕は、天才と称される忍ですら感嘆の声を上げるほどのレベルだと言える。
採取した血液サンプルを白衣の内側に忍ばせ、アリサとすずかを床に下ろさせた自動人形に接続したままの『
途端、自動人形の身体のサイズが大きく変容を遂げた。
姿形は変わらないまま、まるで某未来的青狸の打ち出の小槌っぽいライトの様にみるみるサイズが小さくなっていく。
この非常識な光景もまた、『
『
ルビーは、『自動人形の大きさ』と言う概念を操作、改変し、白衣のポケットにも収まるさサイズの姿こそが正しいのだという風に世界の概念を書き換えたのだ。
無論、世界の理を上書きしているようなこの状態を維持するのには相当の魔力が消費されてしまうが、“Ⅳ”を倒すことで保有魔力を増大させた今の彼女には、この状態を数日間もの間、維持し続けることが可能となっていた。
スモールサイズの自動人形に動かないよう命じた上でポケットに仕舞込むのとほぼ同時に、二人の少女たちの意識もゆっくりと覚醒していった。
「ん、んんっ……ぇ? わ、わたし……っ!? アリサちゃんっ!?」
先に意識を取り戻したのはすずかだった。
拘束を解かれていたすずかは、クスリの影響で未だに鈍い痛みが残る頭を抑えつつ辺りを見わたし、すぐ隣で倒れている下着姿のアリサを見つけ、悲壮さすら漂わせた叫びを上げる。
それが切っ掛けになったらしく、アリサの方も徐々に感情の色を瞳に映し出していく。
「ぅ……っ、くしゅん! うぅっ……さぶ、い……え?」
肌を撫でる秋風の刺すような冷たさに意識を取り戻したアリサは、涙を零しながら抱き着いてきたすずかを抱き留めつつ、意味が分からないとばかりに首を傾げる。
実は、彼女たちが拉致される際、アリサの方が先に睡眠薬を嗅がされて意識を失っていたのだ。この廃工場に連れ込まれた後も、目を覚ます前に別のクスリを打たれてしまっていたために、アリサにはまったく事情が分からなかったのだ。
対するすずかはと言うと、アリサが捕えられた際に主犯である例の男にお約束とも言える『友達を傷つけられたくなければ大人しくしろ』というやり取りを交わしていた事や今のアリサが下着姿だと言う状況から、自分のせいで巻き込まれてしまった彼女が酷い目に遭わされてしまったのではないかと言う恐怖に支配されてしまっている。
その様子をファリンの残骸に腰掛けて頬杖をつきながら眺めるルビーからすれば、アリサの声色から乱暴されたかどうかが分かるものだろうと思う所だが、いくら人外の血に連なるとは言ってもすずかは幼い少女でしかなく、科学者として冷静な判断力を備えた彼女と同レベルのものを求めるのは酷というものだろう。
「ちょ、すずかってば! 落ち着きなさいって――ぁ」
大声で泣き散らすすずかを抱きしめて何とか宥めようとするアリサの視線が不意に、ルビーのそれと交叉する。
「……」
「……」
「……あ、気にせずに続けて?」
「いや、そこは助けなさいよ!?」
あんまりな言い分に思わず素のままツッコンでしまうアリサ。
ルビーはアリサの小生意気な反応を面白そうに眺めていたが、いいかげんに泣き声が喧しくなったのか、足元に転がるコンクリートの破片を掴み上げると、手首のスナップを返してすずか目掛けて放り投げた。
「ちょっ!?」とアリサが悲鳴を上げるよりも早く、血の匂いに吊られて本能が鎌首を擡げ始めていたすずかの手刀が、迫る破片を粉微塵に粉砕した。
言葉を無くすアリサの目には、瞳を真紅に染め、口元から犬歯が伸びたすずかの姿が映り込む。
すずかがそれに気づいた時にはもう遅い。慌ててアリサから身体を離し、怯えるように自分を抱き締めたすずかはの真紅に染まった瞳からとめどなく涙が溢れ出していく。
――見られた。知られた。怖がられた……!!
すずかの心を埋め尽くすのは“恐怖”。
大切なお友達に化け物と呼ばれて蔑まれ、恐怖と憎悪の込められた目を向けられる。
それはすずかにとって何よりも耐え難い地獄。近しい人たちに拒絶されることを何よりも恐れる、幼い
すずかの突然の豹変に意味が解らず困惑するアリサの疑問に答えたのは、すずかが目覚めたと言うのに彼女の家族に腰掛けたままのルビーだった。
まるで常識を解くような軽い口ぶりで説明を始める。
「簡単に言うとさぁ、そいつは『夜の一族』って呼ばれる吸血鬼の一族なんだってさ。お前も見たでしょ、真っ赤な瞳に、体液を啜る牙を」
「な、き、吸血鬼って……、そんな馬鹿な事!?」
「喚くな、吼えるな、口を挟むな。私は事実しか言ってないし。そいつの怯えっぷりが何よりの証明でしょ~? 大方、隠してきた化け物だっていう事実を知られて、拒絶されんのを怖がってんじゃないの~?」
人は異質である存在を拒絶する。
だが、ルビーの声色に恐怖や嫌悪と言った感情は感じられない。どこまでも淡々としたものだ。
財閥の子女としてパーティーなど多くの大人と接する機会があったアリサは、人の悪意に敏感だ。
彼女を私利私欲のために利用しようとする者、偽りの情報を与えようとする者からは総じて嫌な印象を感じ取っていた。だが、ルビーからはそんなものが感じられない。
つまり彼女の言葉は見紛うこと無き真実であり……それはつまり、
すずかは何も語らない。両膝を抱えて俯いたまま、震え続けている。
平然としたまま淡々と真実だけを述べたルビーには、すずかを励ましたり、労わるつもりは毛頭なかった。
アリサに事情を説明したのも、単にポケットの中で発動させた転移魔法によって自動人形をアジトへ転移させている間の暇つぶし以上の意味はなかったからだ。
すずかの価値は彼女の血液を採取した時点で消失しており、アリサに至ってはアウトオブ眼中。
しいて言えば、真実を知らされてあわや純血を失いかけたアリサがすずかにどんな態度をとるのかに興味が湧いたくらいだ。
故に、自動人形の転移を無事完遂させた彼女は立ち去らずに事態の推移を観察しているのだ。
フォローする気配の無いルビーから怯えを見せるすずかへと視線を戻したアリサは、下着姿である事にも関わらず、羞恥を堪えながら立ち上がるとすずかの元へと歩みを進める。
すずかの傍らまで近づくと、俯いた彼女の頭を両手で挟み込むように掴んで強引に顔を上向かせた。
涙に濡れた真紅の瞳に、覚悟を決めたアリサの顔が映る込む。
「あ、アリサちゃ――うきゅっ!?」
「おお!? なんと見事なヘッドバッド!」
一転して好奇の色を瞳に映したルビーが見つめる先では、すずかの額に自分の額をこれでもかっ! と言う勢いで叩き付けたアリサの姿があった。
違う意味の涙を流しながら赤くなった額を抑えるすずかを、漫画なら間違いなくビシッ! という効果音がバックに描かれているであろう勢いで指差したアリサは、感情をぶちまける様に叫ぶ。
「よく訊きなさい、すずか! 正直私は今混乱してる! 学校の帰りにいきなり誘拐されたかと思ったら、なんでか下着姿になってるし! こんなボロい建物に連れ込まれてるし! 妖しいネコ耳白衣なコスプレ女もいるし! おまけにアンタが吸血鬼!? 『夜の一族』!? はっきりって、急展開過ぎてぜんっぜん意味わかんないのよ!」
「あ、アリサちゃん、お、落ち着いて「シャラップ!」――はい」
限界突破してしまったアリサを止めることなど、何者にも不可能なのだ。
自然に正座になってしまったすずかの前で両手を腰に当てて仁王立ちしたアリサのお説教はまだまだ続く。
「そもそも、どうしてアンタがそこまで怯えなきゃならない訳!? アンタ吸血鬼なんでしょ? だったら私の血を吸って言いなりにさせるなり、催眠術とかに掛けて記憶を消したりすればいいじゃない」
「そんなことできる訳ないよおっ!? そりゃあ、一族の秘密をしられてしまったら、記憶を消さなきゃならない場合もあるけどっ……! 私はっ! 友達にそんな事したくないもんっ!」
「――じゃあ、何が問題なワケ?」
一転して静かな声色で問われたすずかがキョトンとした惚けた顔を見せる中、屈んで彼女と視線を合わせたアリサが続ける。
「私は貴方を……『月村 すずか』っていう女の子を心から大切な友達――親友だと思ってるわ。これは何があろうと絶対に覆らない
普通でない? ――それがどうした。
人間ではない? ――それも個性じゃないか。
化け物が怖くないのか? ――――友達を怖がる必要がどこにある?
アリサにとってすずかはすずかでしかなく、それ以上にもそれ以下にも成りえない。
例え彼女が、物語に登場するような永遠を生きる不死の吸血鬼であったとしても、アリサが彼女に抱く友愛に揺らぎなど存在しうるはずも無い。
『ありのままを受け入れる』
ア
リサの伝えたい想いをすずかは己の心で受け止めた。
と同時に溢れ出す涙……だが、それは先ほどまでの恐怖と怯えからくる類のものではなかった。
それは“歓喜の涙”。心のどこかで諦めていた本当の友達を見つけると言う願いが叶ったことによる優しい涙。
嗚咽を溢す
自分の周りにいる人は誰もが一癖も二癖もある困り者集団。
隠し事、声を大にして言えない秘密を抱えた厄介極まりない人々。
――まったく、常識人である私が苦労するのはある意味で当然の事なのかしら?
『財閥のお嬢様』『ツンデレ』『リーダー気質』『帰国子女』というかなりのハイスペックを誇る彼女もまた、十分に変わり者であると言えることに本人だけは気付いていなかった。
「へぇ~? ユウジョウってヤツ? 見物する分には結構いい見世物かもね~」
心地良い空気を木っ端微塵に打ち砕いたのはやはりと言うか彼女だった。
吸血鬼娘を抱きしめる金髪半裸娘って誰徳? と空気を読まなさすぎる感想すら抱いていたルビーは、振り向いてきた二人に向けて、ふと気になったことを尋ねる。
「てかさ~、何で吸血鬼ってコトを隠さないといけないワケ?」
「え? だ、だって普通は怖がられるものですよね、人間じゃあないんですし……」
「すずか! アンタはまた……!」
「ち、違うんだよアリサちゃん! アリサちゃんの気持ちはものすごく分かったし、嬉しいよ!? でも……皆がアリサちゃんみたいに優しい訳じゃないのも分かるから」
「あ……」
アリサは自分の考えの甘さに溜息を吐きたくなった。
自分はすずかという女の子の事を良く知っているから彼女を受け入れられた訳であったが、何ら無関係の人たちからすれば、吸血鬼というイメージが先行して恐れてしまう可能性の方が大きい。
それを考慮した上でのすずかの言葉だったのだとアリサは理解し――再びルビーから放たれた予想外の台詞に言葉を無くすことになる。
「ん? 何言ってんのさ、オマエ? ボクが言ってるのは有象無象の反応なんかじゃなくて、お前自身が吸血鬼って事を隠してる理由は何だって事なんだけど?」
「は、はぁ? あのー、貴方が何を言いたいのか全然分からないんですけど……て云うかそれ、同じじゃないの?」
「え? 何処が? お前らの言いたいのは『他の連中から怖がられるから正体を隠さないといけない』って事でしょ? ボクの質問は『
「自分を……偽る、ですか?」
「ん? ボク何か変なこと言った?」
心底意味が解らないと首を傾げるルビー。
アリサとすずかは年不相応に優れている頭脳をフル稼働させて彼女の言葉の意味を分析していく。
そして理解した。彼女の問いの本質、それが何を意味することなのかを。
「わ、私は……『夜の一族』で吸血鬼だっていうコトはどうしようもない事実です。でも、私は人間の近くに、人間たちの作り上げた世界で生きていきたい。暖かな光の下で、人生を歩んで生きたいんです。だから――」
「自分を偽って、我慢するんだ、って? ――バッカじゃないの?」
ルビーは肩を竦めた。呆れてものも言えないと言わんばかりの態度を全身で表現している。
「
「自分を……受け入れる……!? で、でも私は」
「吸血鬼? それとも化け物? ……んで、それがどうしたっての? お前ら周りを気にし過ぎ。そもそも、世界ってモンの中心は自分なんだぜ? それなのに周りの目ばっか気にして愛想良くして生きてくのがオマエの幸せな人生なワケ? そんなのボクは御免だね。折角生きていられるんだ。面白いことをトコトン楽しんでこその人生だろ~~♪」
人生というものは、確かに数多くの人々との出会いと別れを繰り返して歩いていくものだ。
外的要因によって千差万物に道筋を変える
そう――『月村 すずか』の人生は『月村 すずか』だけの物であり、本人が楽しんで
すずかは確かに
だが、それでも――自分自身すらも嘘で塗り固め、いろいろな物を堪えて生きていく事が本当の幸福であるはずが無い。
古来より、幸せを掴む事ができた存在は総じて我儘で、我を押し通したが故にそれを成し得たのだから――!
「他の誰でもない、オマエ自身がありのままの自分を受け入れてやれよ。友バレするにしても何にしても、まずはそこから始めるべきなんじゃないの~?」
「――そう、ですよね」
言い方はかなりキツく、思いやりとかも感じられない辛辣な物。
でも、すずかもアリサも気づいていた。彼女の言葉の正しさを。
すずかの出自について、たしかにアリサは受け入れた。
だがそれは、
もしルビーが指摘しなければ、すずかはアリサに依存していたかもしれない。自分でも受け入れられなかった真実を受け止めてくれたアリサと言う存在に、自分の背負う全てを委ねることも厭わぬほどに。だがそれでは駄目なのだ。何故ならば、『友』とは想いを重ね、お互いを支え合いながら時にすれ違い、時に手を取り合って運命と言う定めを歩いていく存在なのだから。
故に、対等でなければならない。何よりも、その関係こそが彼女たちの望む自分たちの在り様なのだから。
「――アリサちゃん、もう一度だけ言わせてくれますか?」
真剣な表情を浮かべたすずかと向かい合ったアリサが、頷く。
深く深呼吸をして胸の鼓動を収めると、覚悟を決めた表情のすずかが問う。彼女たちの“本当の一歩”をこれから歩むために。
「私は『夜の一族』という吸血鬼の一族です。アリサちゃん、こんな私でも……お友達に、手を取り合ってくれますか――?」
その答えはもう決まっている。
すずかの手を取って胸元に引き寄せると、自分の手で包み込むように握りしめながら、本心からの問いに応える。
「もちろんよ。貴方、月村 すずかは、私、アリサ・バニングスにとってかけがいの無い親友なんだから!」
アリサが浮かべる笑顔はまるでお日様の様に暖かくて。
それに虚構は一切含まれていないと確信できる
言葉以上にお互いの心が通い合う何かが、確かにそこに在るのだと感じられた。
だから、すずかは――涙を流す。
“本当のお友だち”
心の隅で己には手に入れることは出来ないと諦めかけていた
吹き込む風の冷たさすら気にならぬ心に宿った確たる暖かさに身を委ねながら、額を擦れ合わせるほど身近な親友と顔を見合わせて――笑い合う。
こんな辺鄙な場所で結ばれたとは思えぬ、果てしなく高潔なる誓いの儀式。それが生み出すのは、人と吸血鬼の間に紡がれし確かな“絆”。
永久に砕かれぬ“縁”と言う名の誓約が、
「つ~か、
「うわっ!? そういや、忘れて――ぎゃぁああああっ!? ファリンさんがバラバラにー!?」
「ファリーン!? ど、どうしよう、どうすればいいのかな、アリサちゃん!? 接着剤で治せるかな!?」
「プラモデルかっ!? アンタ、自分ちのメイドをなんだと思ってんのよ!?」
「ま、ボクなら治せるけどね~~♪」
「「治せるのっ!?」」
――その後、事切れた不良たちの携帯を使って通報している間に、興が乗ったルビーによってファリンが完全修復(彼女を破壊した自動人形に関する記憶は消去済み)されて、彼女たちが警察に保護される頃には、ルビーの姿はまるで風の様に消え去っていたのだった。
アリサとすずかは願った。いつかまた、
……まさかそれが、クリスマスイブの夜、異世界から来訪した機動戦艦の中で訪れることになろうとは、この時の彼女たちは勿論、ルビーですらも予想だにしていなかったのだった。
まさかのルビーさん説教タイムとは……ま、本人は言いたいことを言っただけですが。
ルビーさんは自分の愉快犯的思考などの異常性を理解していますからね。
そんな自分を受け入れた上で、今を楽しんでいる彼女からすれば、自分の本質に怯えるすずかの在り様が気に入らなかった訳です。
そして、アリサとすずかが『なの・フェイ』や『アリ・シュテ』並みにラブラブな関係になりそうな予感が……。
きっと彼女たちは、地球でラヴラヴな愛・フィールドを形成してくれることでしょう。
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「ハッ……! ハッ……! ハッ……!」
走る。走る! 走る!!
暗闇に包まれた木々の合間をすり抜けるように走駆する小さな影。
人の手も及ばぬ暗闇に包まれた林を四肢故の加速とスタミナにものを言わせて、一心不乱に駆け抜ける。
月明かりも照らさない暗闇の中に在っても目を惹く純白の毛並。
瞳から漏れ出す真紅の燐光が赤き残光と成って閃る。
それが目印となって追手を振りきれないことに、逃走者は歯噛みする。
いっそこの目を潰してやろうかとも考えたが、視力を失うことのデメリットを鑑みて、その策は即時却下。
何よりも、己が背中で息絶え絶えに苦しんでいる半身にして相棒たる少年がきれいだと褒めてくれた自慢の瞳を手放すつもりは無い。
そうはいっても、あまりにも鬼気迫るこの状況では、思考がマイナス方向に向いてしうのを止められない。なぜなら――足音も立てずにに背後より距離を詰めてくる全身黒ずくめの刺客に命を狙われているのだから。
『ハッハッ……、チィッ! 忌々しいサル共めが……っ、ガアッ!?』
舌打ち。追い詰められている側としては決してしてはならぬ悪手。悪態をつき、思考を反らしてしまった……なんという愚行!
白亜の獣は、後ろ足を貫通し地面に縫いつけた武骨な鉄の棒――魔獣殺しの付与が施された聖槍――へと噛みつき、力任せに噛み砕く。
あらゆるものを喰らい、噛み殺すと称された神獣が一体、『神狼 フェンリル』たる彼にとって、人間たちにとって最上の神器とされる武具ですら、容易く粉微塵に粉砕できる程度のものでしかない。
だが。
『グッ……!』
流れ落ちる血液が大地に染み込みながら広がっていく。
この世界に存在し続けるために必要な契約者から供給された魔力が、血液と共に流れ出していくのが分かる。
唯でさえ、守り抜こうと誓った相棒を
「愚行」
体力を失い、地面に崩れ落ちても尚、前に進もうと這いずる彼の目の前に音も無く降り立ったのは“影”。
全身黒ずくめの、まさに“影”とした表現できない出で立ちの人物。
男なのか女なのか、子供なのか大人なのか……一切が不明。
一つだけわかっていることがあるとすれば、この“影”こそが神をも食い殺した神獣に手傷を負わせた聖槍を放った張本人であり、『あの場所』から相棒たる少年を救い出した彼を執拗に追いつめてきた追跡者である。
唸り声を上げ、牙を剥き出しにして憤怒を顕わにするフェンリルの殺意などそよ風だと言わんばかりに平然とした“影”は、腰に下げていた剣を抜刀する。
それは刀身に幾何学模様の呪文らしきものが刻み込まれている。それは聖歌……天におわす父にして母たる神々へと進行を捧げるために穢れ無き乙女が詠うとされる清らかなる
天高々と振り合げた剣の鞘に両手を添え、何事かと呟く“影”。フェンリルたる彼にも聞き覚えの無い真言を唱えると、刀身に刻まれた聖歌の文字が光り輝くと同時に、常世の闇すらも浄化するほどの眩い閃光が顕現する。
光りを生み出している剣に集束されていくチカラの奔流にフェンリルが目を見開き、彼の背中に背負われた意識の無い少年が、本能的な恐怖に身を振るわせる。
「断罪」
何の感情も見せず声色で一言だけ呟いた“影”が一歩前に踏み出し、振り上げた剣を後ろへと逸らす。
“影”の意図に気づいたフェンリルはとっさに己の背中へと首を廻して背負った少年の服に噛みつくと、そのまま横方向へと勢いよく放り投げる。
次の刹那、
「執行」
淡々とした“影”の言葉と共に光の聖剣が振り下ろされ――
『ガ――ッ!?』
神すら殺す狼を容易く両断して見せた――!
爆音が轟き、粉塵が巻き起こる。宙に舞う粉埃が風にながされ視界が顕わになると、つい先ほどまでの風景とは一線を介する光景が広がっていた。
“森が消えた”
言葉にすれば、ただそれだけ。
しかし――
大地に走る巨大な裂断痕。
余波で中ほどからねじ切られたように倒木する木々出会った物の成れの果て。
大地そのものが砕けたかのように盛り上がった土壌。
まさに天変地異が起こったのかと人々が恐怖するであろう惨状を起こした元凶たる“影”は、爆心地たるそこに変わらず存在していた。
その身に纏う夜色の衣には傷も、汚れも、埃すらもついていない。右手に握られた聖剣は光を散らし、刀身は大きくへしゃげてしまっている。
ギリギリ剣の風体を残していると言った感じのそれを感情を移さない無色の瞳で一瞥すると、躊躇なく放り出して、踏み砕く。
パキン……!
神々しさを体現したかのような聖剣を台無しにしたことなど知ったことではないとばかりに視線を逸らすと、“影”は目標物の片割れである狼の残骸の回収のために動き出す。
もう一つの目標物は聖剣を振り下ろす間際、狼に放り投げられた先に展開した転移魔方陣に吸い込まれていったのを捉えていた。
あの術式はランダム転送の類であると推測される。
ならば、そちらの追跡は他の者に任せて、自分はこの狼の残骸の回収を優先すべきであると“影”は判断した。
真っ二つにされて大きく焼け爛れてはいるが、それでも僅かに生命力の残滓のようなものは感じ取れる。ほとほと神獣というものはしぶといものだと、僅かに感心すらも感じる。
だが、それはそれだ。任務に支障をきたすつもりは無い。
脳内に仕込んだアンチマジックフィールド――通称、AMF――の影響下であっても念話が出来るように調整された念話増幅装置を通じて現状を報告しつつ、土に埋もれたそれへと手を伸ばし――た、刹那。
『アメェん……だよオッ!!』
カッ! と残された眼を見開いたかと思った瞬間、残された魔力を全て牙へと注ぎ込んだ起死回生の一撃を“影”へと叩き込む!
それはまさに、完璧な不意打ちであった。あの一撃を受けて無事であるはずが無いという“影”の油断を突いた、追いつめられた獣の一撃。
彼に残された魔力を全て注ぎ込んだ牙は、神をも噛み砕く最強の矛となって“影”の首筋に深々と食い込み、鮮血の華を咲かせる。
口内に流れ込む新鮮な血液の味に口端を吊り上げ、獣としての本能をむき出しにしたフェンリルがさらに牙を喰い込ませようと残された右前脚から伸びる爪を“影”の胸元に突き刺した……瞬間、
ドロン! という音と共に“影”の身体が金属の塊のようなものへと転じ、
ジャラララララ……ッ! と金属音を立てながらフェンリルの身体を拘束していく。
驚き、慌てて逃げ出そうとしたがそれは叶わず、瞬く間に彼を拘束せしめた金属の鎖が、地面に突き刺さった端部分に展開された魔法陣より駆け上がる封印の魔法に照らされて真紅に光り輝く。
『こっ、これは――……ガッ、ギャァアアアアアッ!?』
フェンリルを蹂躙するのは穢れ無き祈りの結晶。神々の力を封じるために人々の祈りが具現化させた聖具……名を『
純粋な神力を持つ者に最上の効果を発揮する神殺しの聖具である。
拘束されたフェンリルの瞳は焦点を失い、残されたなけなしの魔力が吸い上げられていく。
未だかつて経験したことのない激痛に苛まれ、フェンリルの意識が途切れ途切れになっていく。そのまま意識を手放してしまえばこれ以上苦しまずにすんだだろう。
だが、此処で屈服することなど、彼の誇りが、神の獣と称された大狼の王としての誇りがそれを良しとしなかった。
再度、地面に崩れ落ちて……けれども痛みに転げることすら出来ぬフェンリルは、身の内より溢れ出してきた鮮血色で染まる視界の奥に映る“影”を睨み上げる。
途方も無い憤怒と怨嗟が籠められた視線を浴びても尚、“影”に動揺は見受けられない。
“影”は知っていたからだ。あの時、フェンリルはまだ戦う気概を……戦意を失っていなかったことを。故に罠を張ったのだ。
油断している素振りを見せることで起死回生の反撃を行いやすいように誘導し、変わり身とも呼ばれる技術で『
ともかくこれで任務完了、このまま狼を『あの場所』へと輸送して、逃げたもう一つの目標物を回収する。それで自分に課せられた任務は終わる。
そこまで考えたところで任務の変更を告げる念話が届き、その内容に僅かに訝しむ。
それでは聖具を三つも披露した意味がないではないか――と思うのも一瞬、すぐさま了承の意を返す。
“影”は思考しない。する必要が無いからだ。“影”はただ、命じられるまま動くだけでいい。
フェンリルに振り返り、無造作に近づいていく。
『
血に塗れた牙が軋むほどの怒りに満ちた唸り声を上げるフェンリルの傍まで寄ると、“影”は胸元から一振りの短刀を取り出す。
「変更――廃棄」
またもや淡々と、平然としたまま取り出した短刀を振り上げ――フェンリルのこめかみへと振り下ろす。
『――――ッ!!?』
絶叫するフェンリルから飛び散る血飛沫に一切構わず、柄にそえた手に力を注ぎ、刃の根元まで深々と突き刺す。
拘束されたまま暴れていたフェンリルの身体から徐々に力が抜け落ちていく。
同時に、彼の身体を構築していた魔力が霧散し、魔法素となって大気に溶け合っていった。
後に残されたのは拘束対象を失って地面に落ちる『
“影”は知っていた。フェンリルが転じたのは
神力を宿す存在が消滅する際、彼らは総じて無色の魔力……
だが先の狼は魔力素となって霧散した。あの狼はもう片方の目標物の契約獣、つまりは特殊な使い魔という扱いであったはず。
ならば、消滅したと見せかけて主の元へと戻ったのだろう。だが、あれだけの深手を負わせたのだ……いかに純粋な神の獣であろうとも回復に数年はかかることは間違いない。
「愚行……帰還」
在り様をまたもや見失いかけた己自身を叱咤した“影”は、闇に溶け込むようにこの場を後にする。
その黒装束には一点の汚れも見られなかった。
そう――つい先ほど降りかかっていたはずのフェンリルの血飛沫の後すらも。
夜の森林に静寂が舞い戻る。されど――そこに生命の鼓動は一切感じ取ることは出来なくなっていた。
――◇◆◇――
「う……! あっ、グゥッ!? ふ、フェン……!?」
しとしとと雨が降るクラナガンの一角、普段は人波が途切れることのない繁華街に走る道の一つをおぼつかない足取りで進んでいた少年が、突如胸元を抑えながら崩れ落ちた。
押さえた胸の奥、魂とも呼べる深い場所に存在するのはかつてないほどに弱弱しい波動しか感じられない相棒の気配。
彼と契約してから今まで、ここまでの消耗を経験したことは少年には無かったのだ。
自身の半身としてお互いに認めている存在が消滅寸前になるまで追い込まれた……しかも、おそらくは自分を逃がすために。
「くっそ……!? 俺はっ……、俺は何をやってんだ……っ!」
この身の弱さのなんと不甲斐無い事か。どうしようもない怒りを拳に込めて、雨に濡れたコンクリートの地面を何度も殴り付ける。
何度も。何度も。何度も。
手の皮は破れ、溢れ出す鮮血が雨に流されて辺りに広がる。全身を叩き付けるように降りしきる雨の冷たさが感覚を麻痺させているのか、痛みは感じない。
なのに、心がどうしようもないほどに――痛い。
「くそっ! くそっ! くそ「コラ! なにやってんの!」」
意味の無い自虐行為を繰り返していた少年を止めたのは、強い意識を感じさせる女性の声だった。
思わず振り向いてしまった少年の目に映るのは、傘を放り出して駆け寄ってくる栗色の髪の女性。
――誰かに似てないか?
緊張の糸が途切れてしまったらしい少年は、そんなことを思いながら意識を手放していった。
冷たく冷え切った身体を包み込むような温もりに身を委ねながら。
「……う、うう。こ、ここは……?」
「お、気づいたわね」
「え――んなあっ!?」
「ン―……熱は無い、かな? ヤレヤレ、この様子じゃあお医者様を呼ぶ必要も無いみたいね」
少年が意識を取り戻してみると、そこは見知らぬ部屋の中だった。
ソファに寝かされていたらしい彼が辺りを見渡すよりも早く、年上の女性のドアップがすぐ眼前まで迫ったのだから、マヌケな悲鳴を上げてしまうのも仕方のない事だろう。
跳び上がる様な勢いでソファから起き上がった少年の視線など気にしていないとばかりの様子の栗色の髪を首の後ろで一纏めにして前に流している女性は、食欲をそそる香りを放つ土鍋のようなものを以てソファの近くに置かれたテーブルに置いた。
やけど防止のミトンを脱いで蓋を開ければ、病人の食べ物の代名詞たる『おかゆ』が姿を現した。
真っ白に透き通った白米は蕩ける様に艶やかで、表面が薄く黄色に見えるのは栄養満点の卵がトッピングされているからだろう。
キュウリや白菜のお漬物や軽く炙った梅干しが乗った小皿から漂う香りのなんと心地よい事か……食欲を刺激された少年の腹の虫が盛大にエサをおねだりしてくる。
それはもう盛大に。宿主たる少年が、羞恥で真っ赤になるほどに。
腹を抑えて俯く少年に微笑を浮かべながら、女性は茶碗におかゆをよそおって、差し出す。
僅かに警戒の感情を見せる少年の心を解きほぐす様に根気強く、じっと目を見つめ続ける。言葉は要らない。子供はいろいろと繊細で、大人から見れば予想だにしないほどの鋭さを垣間見せる事もある。
だからこそ、うわべだけの言葉なんて必要ない。、だだ真っ直ぐに、自分の想いを乗せた瞳を向け続けることが良い事もある。今までの経験でそれを理解している彼女は、少年が受け取ってくれるまで、お茶碗を差し出したままじっと待つ。
程なくして、根負けしたのか、はたまた食欲を堪えることが出来なくなったのか、おずおずとお茶碗を受け取ると湯気の立つそれを慎重に口へと運び――目を見開いた。
「うめぇ……!?」
それが切っ掛けだった。一度目よりも二度目、二度目よりも三度目と箸を動かすスピードが加速していく。物の数分で茶碗一杯のおかゆを平らげた少年は視線を手元の空になった容器と、目の前でまだたっぷりと存在感を示す土鍋を交互に見やる様に動かし……傍らの女性に恐る恐るお茶碗を差し出した。
「……おかわり」
「よく出来ました♪」
受け取ったお茶碗になみなみとおかゆをよそおい、今度は焼梅干しと白菜をトッピング。
ほど良合い塩気と卵の甘みが絶妙にマッチして極上のハーモニーを奏でていく。
そこから先はもう説明は不要だろう。
ガツガツと言う擬音がピッタリな勢いでおかわりを繰り返しては腹に納めていく少年を、女性は微笑みながら見守る。
時折、狙い澄ましたかのようにスポーツドリンクを差し出して喉を潤わせる気配りなど見ても、彼女が『食』に携わる者であるのは間違いない。
『あの場所』の関係者ではないと感じたのか、少年の警戒心も徐々に薄れていく。
程なくして土鍋一杯のおかゆとつきあわせを全て平らげた少年は、ソファに沈み込みながら感嘆のため息を溢す。
「ごちそうさま」
「お粗末様。ふふっ……お腹いっぱいになった?」
「あ、ああ……じゃなくて、はい……」
「そっか……じゃあ、後片付けしてくるからゆっくりしててね」
「は、はい」
思わず素で返答してしまったが後の祭。さっさとお暇しようと目論んでいた少年は、頭を抱えながらもだえ苦しむ。
――主に、自分のアホさ加減に。
――うおおおおー!? 俺のアホー!? この流れはマズイだろーが! このままお世話になります的なシチュエーションじゃねぇか!
「ぬうおおおお……お、俺は一体どうすれば――ぐぺっ!?」
「……何やってんの?」
手早く洗い物を済ませた女性が戻ってみれば、ソファから転げ落ちて顔面を強打したらしい少年が床の上を転がりまわっていた。
しかもテーブルの脚に脛を打ちつけたらしく、鼻と脛を押さえながら蹲っている。
なんだかなー、と呆れつつも手を差し伸べてしまうのは、彼女が元来のお人よしだからだろうか。
異性に手を引かれることが恥ずかしいのか頬を朱色に染めた少年をソファに座らせると、向かいに腰掛けた女性から質問が飛ぶ。
「さて、と……それじゃあまずは自己紹介からいきましょうか。私はこの翠屋ミッド支店のオーナー兼パティシエの高町 花梨よ。貴方は?」
「お、俺は『有栖 宗助』……って、ちょっと待て!? 翠屋ってまさか……!?」
「……ふーん? その様子だと当たりのようね、同胞クン? それとも参加者って呼んだ方が良いかしら?」
「――ッ!?」
慌ててソファから飛び退いて距離を取ろうとするも、抜き打ちで放たれたリングバインドによって中空で四肢を縫い付けられてしまい、行動を封じられてしまった。
宗助も思わず目を見開いてしまうほどの、余りにも鮮やかな手際を見せた花梨は、栗色の髪を掻き上げながら悪戯の成功した子供のような笑顔を見せる。
「ゴメンゴメン、ついからかいたくなっちゃって……ビックリした? ゴメンねー」
ヒラヒラと手を振る花梨にあっけに取られながらも、宗助は表に出さぬよう注意しながらバインドを解除する方法を探る。だが。
――なんっ、だよコレ!? 構成術式がリアルタイムで書き代えられてる!? こんなモン、どうやって解除すりゃあいいんだ!?
花梨の繰り出したバインドはバインドブレイク対策として構成術式に当たるプログラムを流動的に変化させることで、力技による破壊以外の方法での解除法は存在しないほどの完成度を持っている。
頼りになる
「くっ……!」
「や、そんな悪い魔女に捕えられた正義のヒーロー的なリアクションとられても困るんだけど……」
「うっせえ! 俺はどんな拷問にも屈しねぇぞ!」
「いや、だからね?」
「フン! 善人ぶって油断させておいて、後になって隙を狙い澄ました不意打ちをかます野郎のいう事なんて耳を貸すつもりはねェ!」
「や、私は女、野郎じゃないでしょーが」
「大体、なんだよそのエプロンの趣味は!? 胸元に天使を刺繍って、乙女臭ぇ! 年を考えやがれ、このオバサン!」
「――あ゛? いま、なんつった小僧?」
瞬間、世界は停止した。
まるで世界そのものが恐れているかのように大気が振動し、触れていないと言うのに戸棚の上に飾られた人形や写真立てが床に落ちる。
バインドがミシミシと軋みを上げながら小さくなって、宗助の手足を引き千切らんばかりの激痛を与えてくる。
だが、彼は悲鳴を上げることは出来ないでいた。
――何故か?
それは彼の目の前に、前屈みになったお蔭で前髪に隠れてしまった双眼から放たれる真紅の眼光に射抜かれているからだ。
それはまさにメデューサやバジリスクの眼光に射抜かれた若者がその身を石化の呪いに蝕まれてしまったかのごとき状況だと言えば分ってもらえることだろう。
とめどなく流れ落ちる冷や汗。震えが収まらない絶対的な恐怖。ゆらゆらと揺れながら近づいてくる恐怖の魔神……もはや、宗助の謝罪の言葉程度では止まる事はないであろう人外の怪物へと成り果てた
恐怖の涙を浮かべ、ふるふると首を振る哀れなる少年、そのこめかみにしなやかで繊細なスイーツを生み出す指先が
アッ――――――――!!?
雨降る夜に、魔人逆鱗に触れた愚か者の悲鳴が木霊した――――
『す、すまない……相棒……』
愚か者な宿主の心の奥底で回復に努めていた狼は、耳を伏せ、尻尾を足の間に挟み込んだ体勢のままガクブルし続けていたと言う……。
――◇◆◇――
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「――ほら、何時までやってんの!」
――パンッ!
「はいいっ!? 申し訳ありませんでしたぁっ!! ――あ、あれ?」
「よろしい。もう二度と女の人を侮辱するようなおバカな真似はしないように。わかった?」
「Sir! Yes sir!」
本職の軍人をも唸らせるほどに美しい敬礼を返す宗助少年。
彼の中で、絶対的な上位者の存在が魂に刻み込まれてしまったようだ。
語ることも憚れるお仕置きからギリギリのところで生還できた宗助少年は現在、翠屋ミッド支店の一室、プライベートルームの一室にて事情を説明しているところだ。
自分の名前や出自、なぜ雨の中を血まみれで彷徨っていたのか、此処にはいない相棒の事……そして、
「
自分が”
放心状態だったところ良いことに事細かく情報を訊き出した花梨は、疲れたように溜息を漏らす。
何しろ、彼女が宗助を助けたのは本当に偶然でしかないのだ。客足が途切れたタイミングを見計らって砂糖を買いに店を出た直後、まるで狙い澄ましたかのように“ワケありです”な少年と遭遇したら、実はその少年が自分と同類であったなどと……つくづく、この世界は彼女たちに優しくはないようだ。
しかも。
――神獣フェンリルを宿しているって……何そのチート。
フェンリルと言えば、北欧神話において大神オーディンを噛み殺したと言い伝えられる魔獣だ。
その咢は世界を飲み干すほどに強大であるとされるかの狼を使役できるだけでも反則レベルだと言うのに、更には宝具とも呼ばれる最強の神具まで持っているのだと言う。
精神年齢は見た目通りで、戦いの経験もほとんどないらしいが、それでも強力無比な“特典”にあたるチカラであると言える。
だが、花梨として重要なのはそちらではなく、
「もう一度確認させて。貴方は儀式に参加することを良しとしていない――つまり、非戦闘推奨派で構わないのね?」
「おう。俺は前世で地上に墜ちてきた
「嘘をついている、訳じゃあなさそうね……いいわ、だったら取引しない?」
「取引、だって?」
「そう。貴方と同じく儀式を良しとしない参加者たちが集まった非戦闘推奨派とも呼べるグループを作っているの。もちろん私も入っているわ。もしあなたが良かったら、仲間に入らない?」
そう言って伸ばされた掌と花梨の顔を交互に見比べながら、宗助は彼女の言葉を信じられるかどうかを探測する。
――嘘をついている風には見えない。だが、全部を話したわけじゃあ無いのも明確、ってか?
警戒を緩めない宗助に苦笑しながら、流石に性急すぎたかと手を引っ込める。
意外だったのあろう、「え?」と紅い瞳を見開く宗助の顔が何だか年相応の子どもに見えて、思わずくすりと笑ってしまう。
「よく考えたら勢いで決めていい事でもないしね。しばらくゆっくりと考えてくれてから返事聞かせてちょうだいな。もちろん、君の中にいる狼さんともじっくりお話ししてくれて構わないから。――だから、君の抱えてる秘密は私たちの仲間になってもいいって思えた時に訊かせてほしいかな」
宗助は自分が血塗れ――ほとんどはフェンリルの血だったのだが――で彷徨っていたのか等の情報に対してのみ口を瞑んだ。
まるで参加者である事よりも重大な秘密を抱え込んでいるとばかりな反応を見せる宗助から無理やり聞きだすのは得策ではないと判断したからだ。
「あ、所で寝泊まりする家とかあるワケ?」
「へ? い、いや、そんなもんはないけど……」
「そっか。じゃあ、ウチの
「は? え? へ? ちょちょ、何を言って――!?」
「君は宿無し、しかもお金も無し。そんな状態でどこへ行こういての? 管理局に身売りでもする気?」
「う! い、いや、あんな死亡フラグビンビンな処に行くのはちょっと……相棒の件とかあるし……」
フェンリル程の希少種……と言うよりかは、世界に一頭しかいない特異種に分類されることは間違いない。
能力も超一級品の上にある程度の制御も効くともくれば、それはそれは見事なまでの争奪戦が巻き起こることだろう。
――本人たちの意志を余所に置いといて。
「さ、どうする? ちなみに我が家には妹が管理局のエースなんてやってる関係上、本局に直通できる通信機が設置さえていたりしま~す。どうする~? もしウチが嫌だって言うんなら、善良な一般市民として管理局に保護してくださ~い、ってお願いしないといけない訳なんだけど~? その時はいろいろと探られることになるでしょうねぇ~? フェンリルの事とか、身の上話諸々とか~?」
「なっ、がっ、あ、悪魔かアンタはっ!?」
「悪魔? 何を言っているのかしらこの子は、もう……こ~んな人畜無害なお姉さんなんて他にはいないわよ」
「――――!!?」
「あらあらどうしたの? 餌をねだる鯉みたいに口をパクパクさせちゃって♪ ――で、どうする?」
「――わかった」
「ん? な~に、きこえない~い?」
「わかった! わかりました! こちらでお世話になります、いえお世話にならせてください!」
床に崩れ落ち、見事な“おーあーるぜっと”の体勢を取る
敗北宣言した敗者をさらに甚振るかのごとく、勝者は通信端末をこれ見よがしに手に取って見せながら命じる。
完全無欠の降伏宣言を口にすることを。
「違うでしょ?」
「な、なんだよ? これ以上、俺に何をさせようって言うんだ!?」
「よ・び・か・た」
「……はへ?」
「やっぱり家族になるわけなんだから、ここは一つそれ相応の呼び方が必要だと思う訳よ。具体的には……『お母さん』、『お母様』、それとも『ママ』がいいかな~?」
「ちょっ……!? じょ、冗談だろ!?」
「まさか。さあ、どれが良い? 特別に選ばせてあげる」
「言えるかンな恥ずかしい台詞!? だいたい俺たちは敵通し、儀式で戦うライバルだろうが! なんでそんなに馴れ馴れしいんだよ!?」
「まだ敵対するって決まった訳じゃないでしょ? 今のところはお互いに不干渉、でもそれはあくまでも『儀式に関わる場合のみ』。つまり、日常生活とは別物ってことよ。それくらい切り変えなさいな」
「う、うう……!?」
居候になる自覚はあるのか宗助の反論も徐々に力を失っていく。家主の要求を呑まねば管理局に保護される。そうなれば最悪使い潰されるか、はたまた物語の中心の機動六課に放り込まれてしまうだろう。
それはマズイ。いろいろな意味で。
でも此処に居られれば少なくとも『原作』に深く関わる確率は下がるだろう……その辺は花梨に確認済み。
彼女のsts編での立ち位置は、外部協力者として散発的に協力しつつ、儀式関連の動きが確認され次第、介入駆動に移ることを主軸にするらしい。
“
つまり、花梨の要求を呑んで此処に留まることが出来れば幾分かは安全……だが、その代償に支払うものはあまりにも――大きい!
終わりを見せぬ葛藤の渦に沈み込んでいた宗助だったが、数分を掛けて答えを導き出し――覚悟を決めた男の顔で花梨へと向き直る。
深く深呼吸を繰り返し、覚悟の炎が沈静しない内に、その言葉を……男の魂を顕現させる!
「お、か……かっ、かっ……かーさん……ッ!!」
頬は熟れたトマトの様に真っかっか!
恥ずかしくて俯き加減なために、必然的に上目使いになる恥辱の涙が浮かぶ瞳!
無意識に服の裾を掴んでしまう子供っぽさ!
その総てが――背伸びする男の子の魅力をこれでもかと引き立てている! まさに強烈! まさに激烈!
今この瞬間、“
【マスター! 如何ですかこの宣伝文句!】
「グッジョブよ、【ルミナスハート】! 健気な男の子が手伝いをする喫茶店……よし、女性客アップのチャンス!」
「って、何やってやってんだアンタらわぁああっ!? 宣伝文句って何!? どんだけ仕事熱心なワケ!?」
「ふ、決まってるじゃない」
【ええ……!】
「【初めて息子がかーさんって呼んでくれた日の記録映像を撮影&翠屋売上アップが狙いに決まってるじゃない(ですか)】」
「いやぁああっ!? やめてぇえええええっ!?」
悪乗りしたパティシエと愉快痛快型デバイスに弄り倒される星の元に生れ落ちた少年と狼の波乱とツッコミと恥辱に塗れた日々が始まった瞬間である。
――◇◆◇――
「はっ!? どこかで年上のお姉さん方に弄ばれる少年の悲鳴が聞こえた気がしたっ!? まっていろ少年! 今すぐ俺が助けに――アイダダダ!? ちょ、そこ、ダメ、ごめ、タンマタンマ! ロープお願いしますよティアナさんーー!?」
「ふん。バカな事言ってるからよ。ほら、
「へ~い」
地上本部陸士訓練校。未来のエースを目指す若き魔導師見習いたちが切磋琢磨する訓練校だ。
生徒達が寝食を共にする宿舎の一室から、深夜であるにも拘らずどこか気怠そうな話し声が漏れ出していた。
その部屋に備え付けられたベッドで横になっていた少年……『
二人とも衣服の類は一切身に付けず、生まれたままの姿で一人用のベッドに潜り込んでいる。身を寄せあい、お互いの身体を抱き締め合う。まるで腕の中に感じる存在は自分のものだと誇示するかのように。
回された切名の腕を枕にしながら熱の籠った吐息を整えていたティアナは、ふと枕元で銀色に光る炎の十字架を模したペンダントを見やる。
「……不思議よね。見た目は唯の待機状態のデバイスでしかないのに、これを壊されでもしたら切名が消えちゃうなんて……」
「ああ、でもしょうがないさ。それが俺たち参加者の逃れようの無い現実って奴さ」
どこか達観した風にも見える気楽さ。そのくせ、理不尽な暴力に曝される人を見かければなりふり構わずに暴れまわる
ティアナとしては、表面上はもう少し冷静になりなさいと咎めつつも、本心では私だけを見て欲しい。他の娘に目移りしないでとちょっぴりセンチメンタルな乙女心をイダダダダ!? ゴメン、ゴメンって! マジゴメンなさい!」
「ったく、このバカ! どうしようもないバカ! 虚数空間バカ!」
「きょ!? そ、そのココロは?」
「底無しのバカって事よっ!!」
仕上げとばかりに
真っ青になりながら平伏して許しを請えば、季節限定のフルーツタルト三つを奢ることで許しを得られた。……その代償は決して軽くはなかったが。
「まったく……ホントにバカなんだから。あーあ、やっぱり私が見張ってないと駄目ね」
「え、と……?」
全裸で正座する少年を、これまた全裸で仁王立ちした少女が見下ろしている光景は実にシュールであろうと言わざるを得ない。
ティアナの言葉の意味が理解できなかったのか、聴き返す切名の額に人差し指を突き付けながらティアナは宣言する。
「決まってるでしょ? 私も“
「ちょっ、それは流石に許可できないぞ、ティア! あれは訓練でも、普通の事件でもない、本当に、お互いの存在を賭けた殺し合いなんだ!」
「だからどうだっていうのよ!? アンタは私のパートナーでしょうが! パートナーはお互いを信頼し、支え合ってこそ意味があるのよ!」
それは確かに正論だ。お互いを支え合い、限界以上のパフォーマンスを実現して見せることが出来うる存在たちこそが、絶対なるパートナーと称されるのだから。
だが、切名としても未だ訓練生、いや、儀式が再開した頃には正局員になっているかもしれないが……それでも心許無いというのが切名の本心だった。
彼、『葵 切名』は転生者
それは他の参加者とは根本的に異なる出自であることが大きな起因となっている。
彼の真の名前……真名と呼ばれる真実の名は『蒼意 雪菜』。彼は前世の世界で魔術師と呼ばれる特異存在として生を受けた。
これは彼の魂に寄生していた
ミッド式を始めとする科学技術という叡智が生み出した魔法とは逆方向を突き詰めた先に在るオカルトの領分。闇の世界と称されるそこを歩く人ならざる異能者……それが魔術師。
魔術回路と言う魔導の血脈に延々と受け継がれてきた裏の技術を師の下で学び、一人前の魔術師となってからは世界を放浪して回り、数多くの人間を救い続けた。
その偉業は世界に認められ、英霊……人界の守護者たる『救世騎』と称されるまでに至った。
この時点で既に神の末席に連なる資格を得ていた切名は、“
《“
望まぬ戦いを強制された
その後、諸々の事情が重なった結果、ティーダに拾われ、彼の妹であり執務官を目指す少女 ティアナと同居しながら、己が使命を果たすために……そしてこの世界で出来た自分の夢を果たすために戦う事を決めたのだった。
その第一段階として名を変えて、ティアナと共に魔導師訓練学校に入学したのだ。理由は彼の目的がティアナと密接な関係にあると言うのが一つ、もう一つは彼自身、魔導師として戦う術を持ち合わせていない事だ。生前、非常に濃い生活を送っていたせいか、どうしても戦い方が前世のソレに近くなってしまい、魔導師としては落ちこぼれ、異端扱いされてしまうのだ。局員として一定以上の信頼と地位は欲しいと考えた切名は、ティーダの助言に従い、基礎から学ぶためにこうして訓練校に入学しているのだ。
――もっとも対した成果は出ていないようだが、その辺は割愛する。主に彼のプライド的な物のために。
ゆくゆくは儀式への介入行動を起こす予定ではあるが、本人としては自分一人でケリを付けようと考えている。
それは純粋な戦闘能力の差ゆえの判断。戦いの知識や記憶をそのまま持ち越してきた切名には、平凡な一般人が転生しただけの他のメンバーに比べて、圧倒的なアドバンテージが存在する。最強と称されるダークネスですら、生前はごく普通の一般人だったと言うのに、今では次元世界最強とまで呼ばれるほどの実力を手に入れている。
ならば、元々かなりの実力を有していた上に、英霊として召し抱えられるほどの実力がある切名ならば、自分以外全ての参加者を倒すことも可能なはず。
確かに、転生させるためにかなりのパワーダウンを受け入れねばならなかったし、『神成るモノ』と同等、あるいはそれ以上の全力を出すためには封印している真名を解放する必要があるが、かなりのデメリットを背負わなければならない。
それを指し引いたとしても元々単独での行動を得意とする上に、これは自分たちの問題なのだから自分たちだけでケリをつけようとするのは当たり前の事なのだが……。
――この様子じゃあ、退くつもりはなさそうだな。
彼女の頑固さも十分承知している訳で、
――で、結局は、
「……分かったよ」
切名の方が折れてしまう、と。
ホレ見なさいとばかりにふんぞり返るマッパなお嬢様に、「ただし!」 と釘を刺すことを忘れない。
「絶対一人で無茶をやらかさない事! それだけは破らないでくれ。何しろ相手には世界最強と最凶が含まれているんだからな」
“黄金の竜神”ダークネス
“狂気の天災”ルビー・スカリエッティ
彼らは訓練校の授業でも頻繁に名前が上がる超危険人物。
さすがの切名でも、策も無しに真正面からぶつかって勝てると断言できない強敵たち。
もしティアナが単独で彼らに戦いを挑んでしまうような状況に陥ってしまえば……いや、それ以前に、切名と彼女の関係性を知られてしまうだけでも危険度は跳ね上がる。
「何しろ、奴らは敵に容赦ってものを持たないからな。どんな卑怯な手を取ってくるかわかったもんじゃない」
謎めいた言動や行動を繰り返して相手の行動を誘導し、己の望む方向へ自分自身の意志で向かっていると思わせるほどの智謀を見せるダークネス然り。
相手の心情など興味も持たず、好き放題に豚をひっかきまわしてぐちゃぐちゃにする悪戯の天才たるルビー然り。
両者ともにわかっているのは、ティアナという切名の弱点を放置してくれるほど甘い相手ではないと言うことくらいか。
確かにティアナも相当努力を重ねて実力を伸ばしているが……それでも歴戦のエースたちには及ばない。
参加者たちは誰もがこのセカイの常識を超えた奇跡を起こす可能性を秘めている。
彼らに対応するには、ちょっと優秀な魔導師程度など何の役にも立たないだろう。
参加者の誰であっても、“特典”や“能力”の使いようによって、エースを凌駕する実力を示すことも可能なのだから。
だからこそ、
「そんな顔してんじゃないわよ、セナ。わかってるから、今の私じゃあ唯の足手まといにしかならないってことはね。だから強くなるのよ。アンタの背中を守れるくらいに!」
自分を想ってくれる大切な女の子……その姿が、かつて誰よりも愛した少女を思い出させて――どうしようもなく切なくなる。
同一視している訳ではない。代用品にしているつもりも無い。それでもあの時の想いは……今でもこの胸の奥底に留まり続けている。
それがどうしようもなく嬉しくて、切なくて、悲しくて……不意に、どうしようも無い位、泣きたくなってしまう。
ふわり……
「あ……」
「まったく……泣き虫なんだから」
俯き、肩を震わせる切名を抱き締めると、ティアナは彼の頭を優しく撫でる。
愛おしそうに、これ以上ないほどに優しく。
震えが収まっていく切名の腕がティアナの背中に回る。
痛みを感じないように、けれど出来る限りの力を込めて抱き寄せながら、切名は愛しい人の胸に頬を埋める。
「セナ」
彼女にしか許していない愛称を呼ばれて、顔を上げる。
「大丈夫……私は
「――うん」
英雄と呼ばれようと、救世主と崇められようと、彼の想いは常に同じ。そう――愛する人を守りたい。単純でありふれた、そして……何物にも代えがたい確かな『想い』。
炎の如き苛烈さと、朽ちた鋼の如き脆さを併せ持つ少年は、愛しき
英雄の心の支えたる少女は、ただ無言で想いを寄せる男の頭を撫でて、頬に唇を寄せる。
「ずっと、一緒にいるんだからね……」
「ああ……! ずっと、一緒だ」
笑い合い、自然と近づいていく両者の唇。それが重なり合ってベッドへと倒れ込む様を、窓から照らす穏やかな月だけが見つめていた――――。
――◇◆◇――
隣の部屋
「うわぁ……第二ラウンドが始まったみたいだよ……あっ! いま、ティアの喘ぎ声が聴こえた! うわ、わ、うわぁ……あ、あれが大人の世界なんだぁ……」
「くうっ……! どうして……どうしてアイツだけあんなにアッサリと童貞卒業してやがんだよ!? 不公平だろ!? チームメイトなのに、この差はなんなんだよおっ!?」
「あー……あの、さ、カエデ。言いにくいんだけど、その……あの二人って、訓練校に入る前から、その……そーゆーかんけーだったみたい、だよ?」
「なん……だと……!?」
「て言うかルームメイトを交換したその晩から『ギシアンハッスルずっこんばっこんあっは~ん♪』な展開になるなんて思っても見なかったよ……」
「スバル……お前の善意がここまでの惨劇を起こしちまったんだよぉ……アイツら壁が薄いのを完全に忘れてるだろ?」
「まる聞こえだもんねぇ……ね、ねえ、どうする? 明日からどんな顔してティアと話せばいいのかな?」
「あーそりゃ、オメー、あれだよ……ここはお約束の『昨夜はお楽しみでしたね♪』の出番だと思うよ?」
「そっか! じゃあ明日の朝の挨拶はそれで決まりだね!」
「ああ! ――所でスバルさんや。あーんなえっちな声を聞かされてしまったた私めの『ぱお~ん』を鎮めなければならないのです。つきましては是非ともこの僕とくんずほぐれづっ!?」
「おやすみー」
「ぐっ、ごほ!? お、お休みにハートブレイクショットとはさすがはスバるん――ガクッ」
翌朝、スバル&カエデの隣人のみならず、聞き耳を立てていた同階層で寝泊まりする全生徒たちから優しげな笑顔と共に拍手を送られていた自重しないバカップルがいたと言う。
しかも本人たちはその意味に全く気付いておらず、そろって首を傾げている光景をみたカエデを筆頭とする非リア充な男子による『異端審問会 ver.M』(Mとはミッドチルダの頭文字である)が結成されたという噂が広まったと言う……。
陸士訓練校の平凡な一幕。
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《新生黄金神》のこんな日常
リクエストもありました、ダークさんの修行風景(?)。
今回登場したゲストの登場は今回限り……かな?
それにしても、いざ完成して見みれば本編レベルの文字数に……。
いやー、ダークさんメインにすると文字数が増えること増えること。
重力を感じられぬ異空間。
何らかの建造物の成れの果てと思しき残骸が漂う奇妙な空間に浮かぶのは蒼き双翼を羽ばたかせ、黄金の鎧を纏った超常なる存在……《新世黄金神》スペリオルダークネス。
「……ふむ」
自分がどこに居るのか、それすらもあやふやな異空間に漂いながらも腕を組んで何故自分がこんな場所に居るのかを思い返していく。
あれはそう、確か今朝の朝食を三人で済ませた後の事……
――◆◇◆――
「ダークちゃん、ダークちゃん! 私、異世界に行ってみたいんだよ!」
全てはこの一言から始まった。
とある管理外世界を拠点としていたダークネス一行が民宿の朝食を食べ終わったタイミングでこんなことを言い出したアリシアに何とも言えぬ視線を向けてしまったのはしょうがないと思う。
「むう~! 二人ともノリが悪いんだよ!」
「話の脈絡をもう少しでいいから気にしてください。ていうか、違う世界に行きたいのでしたら転移すれば一発でしょうに」
「ちーがーうーんーだーよー! 私は行きたいのは異世界なんだよ、い・せ・か・い!」
両手を振り上げながら、物申す! とばかりにテンションが高いアリシアの傍らにある物に気づき、ダークネスは納得の頷きを返す。
「ラノベか」
そこにあったのは、しばらく前に地球の翠屋に出向いた際に道すがら購入していたライトノベル系小説本。内容は変哲も無い一般人な少年が異世界に召喚されてチート全開、好き勝手に異世界ライフを堪能する……みたいなやつ。
「なんだ、異世界無双とかやりたくなったのか?」
「む? ですが、そのくらいのことならダーク様がいつもやってる事ですよね? 変わり映えしないのでは?」
「いや、流石にそこまではっちゃけたりはしないが?」
妙な方向に話が傾きかけた所で、再びアリシアが握り締めた拳をテーブルに叩き付ける。
「だから、違うんだよ! 私はそう言うのがやりたいんじゃなくて!」
「?? では何がしたいのですか?」
意味が分からず、首を傾げてしまったシュテルをビシッ! と指差しながら、アリシアは最近成長著しい母性と男の子のロマンがたっぷり詰まった胸部をダイナミックに揺らしながら宣言する。
「私! いっぺん本物の天使とか悪魔を見てみたいんだよ!」
「天使?」
「悪魔?」
「そう! 見てよコレ!」
そう言って二人の前に突き出すのは、真新しいラノベの文庫本。
表紙には可愛いイラストレーターの手で描かれた天使と悪魔の姿……。
「美人女悪魔と悪魔になった高校生を中心としたハイテンションバトルストーリー? ……ああ、なるほど。確かに天使や悪魔のみならず、吸血鬼やドラゴンに英雄まで登場していましたね」
「あー、つまり、なんだ。お前はこの本の中に入り込みたい、もしくはこの物語に酷似した異世界に行ってみたい、と。そういう訳だな?」
「うん!」
満面の笑みを頷かれ、流石のダークネスも頭を抱える。
確かに自分もある意味で空想上の産物の中に入り込んだとも言えるけれども、それをやってほしいと言われてはい解りましたと即答できるはずも……
「そう言えば、ジュエルシードが全部そろってから今日まで、何かの願いを叶えるとかやっていませんでしたよね? もしかしたらいけるんじゃありませんか?」
出来るはずが……
「そーそー、死者蘇生とか転生とか出来ちゃうんだから、きっと大丈夫だよ!」
出来……
「それに自分の限界を知るのも良い修行になるのではありませんか? ダーク様はまだ《新世黄金神》として全力を揮われた経験がありませんし。自分の限界を知るのによい機会なのでは?」
……
「……はぁ、分かった。やってみよう」
「わーい! なんだかんだ言って頑張ってくれる、そんなダークちゃんが大好きー♪」
「ふふっ、ダーク様は本当に甘々ですよね。まあ、そんなところに惹かれているのですけれど」
百%本心から来る言葉だと分かっているからこそ、かえって恥ずかしいものだ。
そっぽを向き、頬を掻きながら席を立ったダークネスは、善は急げとせっついてくる二人に抱き着かれながら表に向かう。
――自分でも自覚しているとはいえ、このままでは色々と不味いかもな……。
アリシアとシュテルにはついつい甘やかしてしまう自分自身に溜息を溢すしか出来ない、ダダ甘な竜神様なのであった。
人目に付くのは流石にマズイだろうという事で、人気の無い草原まで出向いてきたダークネス一行。
むっ、と匂い立つ草花の香りが鼻孔を擽り、煩いほどのセミの鳴き声が幾重にも重なり合って四方から叩き付けられる。
遥かな上空を漂う入道雲が青い空と見事なコントラストを描き、鮮烈な太陽の陽射しが大地へと降り注ぐ。
太陽光をキラキラと乱反射する青草の眩しさに目を細めながら、《新世黄金神》へと変身を終えたダークネスは封印空間“封鎖の刻印”を発動させる。
半径数キロにも及ぶ巨大な結界はかつて地球で発動させた頃より機能を向上させており、外部からは結界に直接触れなければその存在を感知できないほどの隠蔽能力を取得していた。
これくらいの予防策を張り巡らせておかないと、間違いなく管理局の感知網に引っ掛かってしまう。
ダークネスは首を後ろに回して、自分の後ろに控えている少女たちへと視線を動かす。
デザインが御揃いで色違いのワンピースを纏ったアリシアとシュテルは、堪えようの無い好奇心を抱きながらダークネスの挙動を注視している。
本当に異世界へ通じる
安全面を確実にするためにも、まずはダークネス一人で試してみるという事になった。
彼単体ならば、最悪右も左も分からぬ異世界に朴り出されてしまったとしても、
そのための手段はすでに構築済みなので問題はない。
……ちなみに、ダークネスがどこかの異世界でのたれ死ぬとはアリシアやシュテルは想像だにしていない。
二人に言わせれば、『え、寧ろダークちゃん(様)って、どうすれば死んじゃうの(ですか)?』だ。
絶対的な信頼感からくる底無しの自信。微塵も迷わずに言い切れるほどの存在なのだという事なのだろう。
「始めるぞ……リンカーコア活性、ジュエルシード・シリアル“Ⅰ”より“ⅩⅩⅠ”までの魔力回廊接続、『
《新世黄金神》となった今のダークネスには、より効率よく『
それは蒼き宝石と同じ輝きを放つ竜翼。空中での高機動を可能とする加速機関という性能のみならず、取り込んだ『
翼より放出された光り輝く魔力の燐光が草原を舞い踊り、静寂に包まれていた草原を幻想的な風景に彩っていく。
魔力の高まりに呼応して黄金色の鎧も光り輝き、ジュエルシードたちも眩い輝きを放ち続ける。
手を翳す。指の差す先、遥かな上空に展開されたのは幾何学模様で描かれた巨大な魔法陣。
既存の魔法系統とは一線を介した、まさに神の御業と称するに相応しい幻想的なまでの美しさが、そこからひしひしと感じられる。
魔方陣の中心より降り注ぐ膨大な『
“
しかし、限りなく神に近い存在へと進化した今の彼の力量と完全なジュエルシードの能力、そして帰還する時に目印と成る
今回、アリシアの願いに応じたのは、ダークネス自身が自分たちを縛る神々とセカイの理を超えることが出来るのかを確かめる実験も兼ねていたのだ。
セカイとセカイの狭間にある境界を突き破り、その隙間を通して黄金の粒子となった自分自身を『向こう側』へと潜り込ませる。
眩い光に包まれたまま、ダークネスはセカイの境界を飛び越えたのだった――。
――◆◇◆――
「――で、気が付くとこんな場所に浮かんでいたと言う訳なんだが」
誰もいない無音に包まれた異空間を漂いながら、今の状況を冷静に分析していく。
まずは自分がいるこの空間について。
『静寂』
言い表すとすればまさにこの言葉がふさわしい。
瓦礫が漂う以外に変わり映えのしない、静止した空間。
まるで時を刻むことを自ら止めてしまったかのような……そう思えるほどに、どこまでも静かな世界。
「個人的にはあまり長居したい所ではないな――うん? なんだ?」
ふと、何者かの視線を感じて視線を上空(?) へと向ける。
視界を向けた先を染め上げるのは巨大なる『赤』。
まるで空間にペンキをぶちまけられたみたいに赤一色に視界が染まる。
それに驚きながら冷静に観察してみると、それは巨大な生物の鱗であると理解した。
翼を羽ばたかせ、後方へと下がりながらソレの正体を見極めようと目を凝らす。
それは真紅の“ドラゴン”であった。
全長は目算でも百メートルは下らないほど。鋼鉄を紙切れの様に切り裂くであろう鋭利な爪、巨体を浮かして余りある力強さを感じさせる竜翼。
鋭利な牙を立ち並ばせた咢の奥底から唸り声を上げ、敵意に満ちた鋭い眼光がダークネスを貫く。
何やら気に入らない存在と認知されてしまったらしく、友好さなど微塵も感じられない巨龍の反応に、ダークネスは後頭を掻く。
――俺って初対面のドラゴンにまで嫌われる程、悪人指定されていたりするのか……?
実際は、現在彼らがいるこの空間――次元の狭間――を住処としているのがこの巨龍であり、ダークネスは図らずとも『彼』の縄張りに侵入してしまった不届き者でしかないのだ。
結界を張るなりして『彼』の言線に触れないよう気を遣っている者たちならば、『彼』もここまでの敵意をあらわにしなかった事だろう。
だが、彼が睨み付けている侵入者から感じられる異質な気配。何よりも『黙示録』を称されるほどの力を宿す『彼』を以てしても倒せると断じることが出来ない程の強大なる力を秘めた存在。この場所を気に入っている『彼』としては、以前から自分に突っかかってきていた『あのドラゴン』が寄越した刺客かもしれない存在は速やかに追い出しておきたいところだ。
まるで玩具を取り上げられそうになった子どもが癇癪を起しているかのような浅はかな考え。
だが、今の状況下では……いろいろとタイミングが悪かったと言わざるを得ない。
なぜなら……
「ほう……!? これほどの
黄金神と化した今、あのセカイでは色々なしがらみのお蔭で全力の戦闘を行えなかった。
アリシアたちとの模擬戦は本気を出しているし、自分を捕縛せんと襲い掛かってきた管理局や犯罪者たちにも手を抜く事はなかった。
だが、それでも……心置きなく“全力で殺し合う”機会は、
それも仕方のない事だろう。
模擬戦は長時間続けてしまうと管理局に察知されてしまうし、追跡者共はそもそも全力を出す前に全滅できる。特に最近は、成長著しいアリシアとシュテルの二人だけでどうにでも出来るになってきている。
そう、つまりダークネスは……いろいろとストレスが溜まっているのだ。
戦闘狂と言うほどに戦いに飢えてはいないが、それでも強者と戦ってみたいと言う欲望は彼の胸の内に存在しているのだ。
そんな折に偶然出会えた、全力を出しても勝てるかどうかわからない強敵……それも戦意満々な相手を前にして、ダークネスに滾るなと言う方が酷だろう。
翼を展開し、魔力を練り上げていく。
例え世界は違えども、知的生命体の思念の集合体である『
普段の『
高まる戦意と魔力に呼応して、静寂なる世界が震え上がるほどの圧倒的なチカラの奔流が溢れ出す。黄金色に染め上げられて、この空間が叫びを上げているかのようだ。それは己と言う世界を侵食しようとする恐るべき怪物への怯えか、それとも新たなる神の降臨を歓迎する歓喜の調か。
だが、そんなことは……『彼』には関係ない!
「――――ッ!!」
咆哮。いくつもの重楽器を重ね合ったかのような轟音とでも称するべき咆哮が次元の狭間に轟く。
己の宝を奪い取らんとする“敵”を見据え、『黙示録』の名を冠する最強のドラゴンが戦意を滾らせる。
「ククッ! いいぞ……アリシアに感謝しないとだな。ここなら誰の目を気にすることも無く全力で暴れられる……!」
迎え撃つは、異世界より舞い降りた黄金の竜神。
蒼き願いの宿る双翼を羽ばたかせ、溢れんばかりの闘気と魔力を放つ。
「ぶつけさせてもらうぞ、俺の全力をな!」
「――――ッ!!」
咆哮一閃。
彼らしか存在しない静寂の闘技場で黄金の竜神と真紅の神帝が激突する。
巨大なる龍爪が黄金の閃光を切り裂き、世界蛇の牙が真っ赤な熱線を噛み砕く。
異なる世界の頂に在る存在同士による激闘の幕が、切って落とされた――。
――◆◇◆――
次元の狭間の一角、結界によって隔離された異空間に存在する神殿の上に独創的な姿をした者たちが存在していた。
外見こそ人と同じ姿をしている彼らはしかし、人間ではなかった。
『悪魔』
それが彼らの正体。漆黒の翼と常人には無い魔力を扱うことが出来る地獄を故郷とする人成らざる存在。
「……う、う~ん? あれ、何がどうなったんだ……?」
「イッセー!」
「うわっ!? ぶ、部長!?」
倒れ込み、意識を失っていた学ラン姿の少年に、真紅の髪が目を惹く少女が涙を流しながら抱き着いていた。
少年の名は『兵頭 一誠』。通称、イッセー。神をも打倒すると言われる伝説の神器……『
少女の名は『リアス・グレモリー』。かつて、人間であったイッセーが死に瀕した時に悪魔として転生させることで救った純血の悪魔であり、この世界に存在する四人魔王のひとり、『ルシファー』の名を冠する魔王を兄に持つ。
つい先ほど、イッセーは敵への怒りのあまり暴走を起こしていたのだが、彼の恩師でもある堕天使総督アザゼルとリアスの兄である魔王、本名サーゼクスが生み出した『幼い少年少女に夢と希望を与える勇者の歌』によって意識を取り戻し、彼を想う大切な女性の『神秘の祝福』によって意識を取り戻したのだった。
彼らの周りにいる仲間たちや、一時的に協力関係を結んだ
そんな中、イッセーの……と言うよりも彼が持つ『
「兵頭一誠、どうやら無事だったようだな」
「ああ、何だか世話になっちまったようだな」
「たまには、こういうのも良いだろう。それよりも――っと、早いな。もう来たのか、オーフィス」
言葉の途中で振り返ったヴァーリの視線の先には、足元まで届く黒髪とゴスロリ風の黒いワンピースの少女が佇んでいた。
「……まだ?」
要領を得ない上に短すぎる台詞であったがその意味をヴァーリは察したらしく、やれやれと肩を竦めた。
「ああ、そのようだ。だがまあ、もうそろそろお出ましになるのは間違いないんだろう? 少しくらい待っても構わないだろう」
「ん……。あ、アザゼル来た」
オーフィスが小さく呟いた直後、上空から漆黒の翼を背に生やしたアザゼルと、巨大なドラゴン……最上級悪魔として転生した元龍王『タンニーン』が降り立った。
オーフィスを追ってきたアザゼルは、ヴァーリを確認すると何とも言えぬ微妙な表情を浮かべてしまう。
アザゼルにとって、ヴァーリは息子の様に接し、育ててきた存在だ。それなのに『強者と戦いたい』なんて理由でテロリスト『禍の団』に寝返られたのだから、文句の一つでも言ってやりたいという所か。
もっとも、ヴァーリの方は欠片も反省の気配は見受けられないが。
「……オーフィス、お前が此処に来た理由は何だ? ただの顔見せって訳じゃあないんだろ?」
「我は会いに来た」
「会う? 誰にだ? まさかイッセー……ドライグにか?」
「違う。我は――……ッ!?」
アザゼルの問いにふるふると首を振ると、何かに気付いたらしいオーフィスは唐突に空を見上げた。
彼女は『
彼女が一方的に敵視している宿敵、かの黙示録の名を冠する紅き龍帝を排除し、静寂なる世界を手に入れようとしているのは関係者の間では有名である。
だが、それに関する事であってもほとんど感情を動かさないのが彼女の特徴でもある。
そんな普段から喜怒哀楽を表情に出さない彼女の双眼は僅かに見開かれ、唇はぽかんと呆けたようにoの字を描いている。それは間違いなく『驚き』によるもの。
普段はまずお目に掛かれないリアクションを見せる彼女に何事かと周囲が困惑する中、彼女が見上げる先から『光』が溢れ出した。
「な……っ!?」
悪魔も堕天使もドラゴンも関係なく、その場に居た全員が驚きと畏怖を持って空を見上げていた。
彼らは感じ取っていたからだ。先ほど天空を駆け抜けた光と、それが溢れ出した空間の亀裂の向こう側から感じられる、圧倒的な
皆が見上げる先で――『かの存在』は現れた。
先ず現れたのは真紅の巨躯を誇るとてつもない力を秘めたドラゴン。
まるで背中から空間を押し破る様に現れたドラゴンは、翼を翻して体勢を立て直すと怒りの咆哮と共に咢を開き、超圧縮された
空間を揺るがせるほどの爆音と振動が周囲に広がり、それはイッセーたちにまで及ぶ。
「おっ、おおおっ!? な、なんじゃありゃーー!?」
床の転がるイッセーの叫びに律儀に応えるのは、説明好きなアザゼル先生だ。
――石柱にしがみ付きながらという、何ともカッコのつかない体勢ではあったが。
「ありゃあ『赤い龍』と呼ばれるドラゴンの片割れ、黙示録に記されし伝説のドラゴン『
「ああ、アザゼルは本当にすごいな。俺たちの考えをこんなに早く見抜くなんて」
「フン、伊達に育ての親なんざやってねぇよ――……て、おい。ちょっと待て。どうしてグレートレッドが暴れてるんだ? アイツはそこまで凶暴な性格してなかった筈だろ?」
「おいおいおい、俺っちたちはな~んもしてねぇよ!? これマジだって! 今回の俺っちたちの目的は、奴さんを確認するだけだったんだって!」
お前ら何やりやがった? とアザゼルに睨まれ、冤罪をかけられてはたまらないとばかりに、ヴァーリの仲間である『孫悟空の子孫』美猴が慌てて手を振る。
「……来る!」
何時になく感情を顕わにしたオーフィスが見つめる空間の亀裂から、黄金の輝きを放つ存在が姿を現した。
それは蒼穹の如き蒼い翼をと金色の鎧を纏った異世界の竜神。
グレートレッドのブレスの直撃を受けてもなお戦意を滾らせた咆哮を上げる怪物。
黄金色の魔力を振りまきながら、黄金の竜神……ダークネスは光すらも置き去りにした速度でグレートレッドへ向けて突撃する。
伝説に名立たる強者たちですら見失うほどの速度で彼我の距離を零に詰めると、引き絞った拳をもはや城壁にしか見えない胸板目掛けて叩き込む。
「雄ォオオオオオオオオオオオオッ!!」
「!?!?!?」
空気が破裂したかのような音と共に、グレートレッドの巨躯がくの字に折れる。
グレートレッドからしてみれば虫に刺されるに等しい筈の一撃は、冗談みたいな威力と衝撃を内包していた。
かつてない激痛が赤龍神帝の全身を駆け巡り、拳の衝撃が後方へと突き抜けていく。
どの衝撃に耐えきることが出来なかったグレートレッドが、はるか後方へと吹き飛ばされていく。
空間に浮かぶ建築物の残骸、大小さまざまなそれらを巻き込み、粉砕し――イッセーたちがいる神殿の一部に激突することでようやく停止した。
その衝撃は凄まじく、神殿が崩壊するまでには至らなかったものの、大地震が起こったかのような振動が彼らにも襲い掛かる。
結界を張れるものたちが協力して展開させた強固なシールドに避難しながら、現在進行形でとんでもない大喧嘩に巻き込まれてしまっていると察したイッセーから悲鳴が上がる。
「せ、先生! タンニーンのおっさん! いったい何がどうなってんだよ!? あの馬鹿でかいドラゴンがドライグのお仲間っては良いとして、そいつをブッ飛ばしたあの金ぴかはどちらさんなんすか!?」
「う、うっせえよ! 俺だって驚いてんだ! ってか、グレートレッドを殴り飛ばすとか、マジでアイツ何者だ!?」
「そんなこと言っている場合か! 来るぞ、アザゼル!!」
皆が吹き飛ばされないようにその身体を盾にするように構えていたタンニーンの言葉通り、ダークネスが高速飛翔で迫り来る。
掲げた指先には燃え盛る炎の如き漆黒の魔力光が宿る。
「クライシス・エ――」
全てを切り裂く魔剣を振り下ろさんとした瞬間、跳ね上がる様に翳されたグレートレッドの口から眩いばかりの光の奔流が解き放たれた。
先ほどとは比べられないほどの巨大な閃光は、攻撃直前のダークネスに回避も防御も取らせぬまま直撃し、大爆発を引き起こした。
全てを焼き尽くす赤龍神帝の
「なめっ……るなぁああああっ!!」
ギリギリ間に合った障壁の残滓を散らすダークネスが、爆炎を切り裂いた黒焔の魔剣を振り下ろす。
「クライシス・エンド!」
すれ違いざまにグレートレッドの鎧の様な鱗を切り裂いた魔剣による一閃は、鮮血と跳び散らし、悲鳴を轟かせる。
焼き斬られた肉の生々しい臭いが辺りに漂い、猛烈な痛みに反射的に振り上げた爪がダークネスを捕える。
「―――!!」
「ヅッ!?」
強靭な四肢から繰り出される一撃はかつて経験したことのない衝撃を伴って、ダークネスに襲い掛かった。
紙屑のように吹き飛ばされたダークネスの身体がイッセーたちの居る神殿へと叩き付けられる。だがその衝撃の大半を受け流すと、衝撃に逆らわず身を任せることで逆に間合いを開けた。
床に肘を叩き込んで身体を浮かばせると、そのまま体を捻ることで体勢を立て直す。
床を粉砕しながら体勢を立て直したダークネスは、すぐ傍らに展開された結界の中から注がれる視線に気づくことも無いほどに戦いに集中していた。
グレートレッドが大きく息を吸い込む動作を……
回避するか。それとも耐えきった後に反撃を叩き込むか。
それとも――
「正面から……打ち破るっ!!」
両手を突き出し、魔力を集束させる。荒れ狂う
彼の手に集う『
龍帝を葬り去るために産み落とされた、最強の牙――!
ただ純粋に破壊のためだけに存在するエネルギーが極限まで集束され、膨大と言う言葉すら話にならぬほどの光の奔流が解き放たれる!
「『
唸りを上げる極大魔導の閃光。世界を滅ぼすほどの威力が籠められた世界蛇がその姿を現した。
集束するのは神大の魔力――空間をも切り裂く黄金光の煌めきが眼前の赤龍神帝を打ち滅ぼすべく、その凶牙を研ぎ澄ます……!
「――――ッ!!」
迎え撃つは、黙示録を起こす真紅の閃光。
等しき滅びを齎すと称される
「がっ、ぎぃ……!」
「――ッ!!」
互いを喰らい尽くさんとせめぎ合う極光は互いに譲らぬまま拮抗を続ける。
グレートレッドは反動で仰け反りそうになる身体を固定すべく周囲の残骸に爪を突き立て、ダークネスは押しつぶされそうになる膝に激を飛ばして耐え凌ぐ。
一歩でも引けば、その瞬間に己の敗北が決定する……!
それを理解しているからこそ、両者は歯を食いしばり、限界まで魔力を、闘志を燃やし続ける。
「ぐっ、おぉおおおおおおおぁああああああああっ!!」
しかし、いかに我慢比べの様相を呈しているとはい言え、それが永遠に続くことなどありえない。
限界を超えた魔力を注ぎ込み、己の信じる意志の力全てを費やした勝負にも――終幕の時は訪れる。
せめぎ合う神蛇の牙と灼熱の炎がお互いを喰らい合い、遂にこの戦いの終幕を告げる大爆発が巻き起こった。
「――――ッ!!」
悲鳴か怒号か、それすらも判断つかないほどに凄まじい爆風と爆音が次元の狭間を蹂躙する。
未だかつてこの世界の長きに渡る戦争においても尚、比類出来ぬほどに凄まじい閃光を防ぎながら、無限の名を冠する少女の胸にとある感情が湧き上がってきていた。
それは“歓喜”。
まるで見たことも無い玩具を与えられた子どもの様にキラキラとした、一切の邪気が無い純粋な瞳で見つめるのは、閃光と爆風に晒されながらも倒れることなく
「見つけた……我に静寂をもたらすものを……!」
囁くように呟かれたその言葉は誰の耳にも届くこと無く、爆音の中に呑み込まれていった。
視界を埋め尽くす粉塵が退き、徐々に視界が回復していく。
同時に、イッセーたちを守り抜いた障壁が遂に限界を超えてしまい、ボロボロと割れたガラスの様に崩れ散っていく。
「い、生きてる……! 俺たち、生きてますよ部長!」
「え、ええ……!」
とんでもない戦いに巻き込まれてしまったイッセーたちは、暴風が通り過ぎるまで無事でいられた事実に歓喜し、口々に互いの無事を喜び合う。
結界を展開させていたアザゼルも精根使い果たしたとばかりに座り込み、飛び火していた
「連中は……クソッ、駄目だ。残留魔力が濃すぎる。しばらくは気配探知も不可能だな……」
口ではそういうものの、タンニーンは激闘を繰り広げていた両者が五体満足でいられるとは考えていなかった。
周りに目をやると、自分たちが居た神殿は結界に包まれていた場所以外の全てが粉微塵に粉砕され、跡形も無く消滅している。
言うなれば、核弾頭の爆心地そのもの。
極大なる力の激突は対消滅ではなく相乗効果を起こしたのだ。双方の一撃が瞬間的に混ざり合い、互いの威力を高め合った後で一気に解放した。
それを受けた両者は相当のダメージを負っていることは間違いなく……逆に言えば、弱ったダークネスとグレートレッドを打倒、或いは捕縛することも可能なのかもしれない。
……かつて、龍王と謳われた彼ですら話にならぬほどの力の激突を目の当たりにして、動揺していたのだろうか。
そんな
「――っ、ぐ、あぁああああああっ!!」
『!?』
人より優れた存在である彼らを以てしても、常識外としか言い表せぬ規格外の存在は確かにそこに
「げほっ、げほっ! いっつつつ……」
血が流れる額を抑えながら彼らのすぐ傍に舞い降りたのは、ボロボロの風体であるダークネス。
鎧も翼も砕け散り、流れ落ちる鮮血が赤黒い染みを造り出していく。
アイマスクも粉々になってはいるものの、幸いと言うべきか左目の【デバイス】は無傷。
安堵の息を漏らすダークネスとは裏腹に、あれだけの爆発に晒されながらも五体満足でいられるのみならず、まだ余力を残している節が見られる彼の底知れなさに戦慄する。
浅くはない傷を負い、魔力もかなり消耗していると言うのに――それでも両の足で地面を踏みしめて威風堂々と立つ姿に、圧倒的な王者の風格を感じずにはいられない。
「あ、あの……」
奇妙な静寂が広がる中、おずおずと声を掛けたのは修道服を纏った金髪の少女『アーシア・アルジェント』だった。
彼女はあらゆる傷を癒す神器『
深手を負ったダークネスを前に我慢できず、つい声をかけてしまったと言ったところだろう。
「……ん? もしや、俺に言っているのか?」
「は、はい! えと、ひどい怪我をなされていますので……、その、手当をさせて戴いてもよろしいでしょうか……?」
「ちょ、アーシア!?」
「はうっ!? ご、ごめんなさい、部長さん! でも、あの、私、怪我している人を放っておくことは出来ません!」
いつになく強気で言い切るアーシアに気圧されたように、リアスが仰け反る。
イッセーも、人見知りが激しいアーシアがどうして初対面の、それもあんなめちゃくちゃなバトルを繰り広げるような相手を気遣うのか、少しだけ気になった。
彼女の優しさは一緒に暮らしているのでよく知っているが、それでもなんだかいつもと違うような気がしてならないのだ。
それを確かめようとイッセーが口を開くよりも早く、
「ふむ……いや、問題ないようだな。この位ならすぐに治せそうだ」
「なっ!? アーシアのお願いを拒否するとか何ごと――……え? 治せるの?」
反射的に文句を言おうとしたイッセーの台詞が途切れると同時に、胸元で輝くジュエルシードに手を当てたダークネスは目を閉じ、己の中にある宝石たちに呼びかける。
――【リザレクション】!!
突如溢れ出した蒼い輝きがダークネスの身体を包み込むと、深い傷跡を残していた傷が瞬く間に癒されていく。
まるで全てを癒す神の御業のようだと、蒼い粒子を見つめていたアーシアはそう思った。
思わず伸ばした指先にふわりと舞い降りた優しい光の欠片。儚くも尊い煌めきを愛おしげに見つめていたのは彼女だけではなかった。
失った家族、大切な思い出、かけがいの無い宝物……胸に込み上げてくる暖かな想いを思い出させてくれる蒼い光を、悪魔も、堕天使も、ドラゴンも、皆等しく眼を奪われていた。
やがてダークネスが腕を振るうと蒼い輝きが消え去っていく。
後に残されたのは己が胸に灯る暖かな想い。そして……
「ん……? これは、もしや……よし。 ――ふっ!!」
激闘を繰り広げていた先ほどよりも
間違いなくグレートレッドと戦う前に比べて魔力もチカラも高まっている事実に、ダークネスは笑みを浮かべる。
どこかの戦闘民族の様に超回復によるパワーアップ――ではなく、
「やはり戦いの中で黄金神の力が俺に馴染んできているようだな……。自分でもこのチカラをどう扱えば良いのかが何となく分かる」
『修行』の成果に満足気に笑みを浮かべていたダークネスは、不意に腕を引っ張られていることに気付いて視線を向ける。
「じぃ~~……」
「なんだ小娘――っと?」
振り向くなり、ぽすっと抱きついてきた漆黒の衣を纏った少女……オーフィスを抱き留めながら、驚きで目を見開いているアザゼルにどういうコトだ? と疑問の視線を投げる。
無論、アザゼルにしてみればこっちが訊きたい! という事なのだろうが、生憎とダークネスは初対面の少女から好感度マックスな好意を向けられていることに困惑している。
つまり、気を配ってやる余裕はない。そうで無くても、無条件に行為を向けてくる相手を無下にできない性格をしているので、力ずくで引っぺがすのも気が退けてしまう。
さて、どうしたものかと頭を傾げるダークネスに抱き着きながら、オーフィスは自分の望みを叶えてくれるかもしれない存在を見上げる。
「我、オーフィス……静寂をもたらす者よ、汝の名は?」
「む? 俺はダークネス――いや、こう言った方がいいか。《新世黄金神》スペリオルダークネスだ」
「《新世……
「まさか……!? おい、アザゼル! コイツはもしや……!?」
「おいおい、マジかよ……! おとぎ話の空想じゃなかったのか!?」
「ちょっ、先生!? おっさんに、ヴァーリまで、どうしたってんだよ? ……ってドライグ、お前もか!?」
『ありえん……! いや、だが、グレートレッドすら退ける程の力を有しているという事は……』
「な、何なの?」
ダークネスの名乗りに心当たりがないらしい若手悪魔たちを尻目に、何やら事情を知っていそうな面子は完全に自分の世界に入り込んでしまったようだ。
声を掛けても聴こえていない様なので、仕方なく本人に直接聞いてみることにした。
「……♪」
「なっ、なんて男だ! 当たり前の様に美少女をナデナデしていやがる……!」
これ以上無い位上機嫌な
「ええと、正直何が何やら見当もつかないのだけれど……とりあえず、初めまして。ダークネスさん、とお呼びしても?」
「ああ」
「それではダークネスさん、私たちはお互いに聞いておきたい事、確かめておきたいことがあると思うんです。如何でしょう、我々の招待を受けてはいただけないでしょうか?」
リアスとしては得体の知れない相手を自分たちに有利な
何故か甘えん坊の猫の様なリアクションをとる無限の龍神とか、思わせぶりな反応を見せる堕天使な顧問とか気になるところを上げたらキリが無いが、それでもこの場で対話を続けると言う選択肢は、彼女の中には存在しなかった。
何故ならば……、
「ちょ、部長! ヤバいです、てかマジヤバいですって!」
「あわわ!? 床にヒビがぁ~!? たくさんのヒビが走って今にも壊れちゃいそうですぅ~!?」
このままだと次元の狭間に投げ出されてしまう可能性が極めて“大”だからだ!
「俺は別に問題ないが?」
「貴方が良くても私たちにとっては死活問題なのよ!」
「やれやれ」
あわあわしているリアスたちが転移魔法の淡い光に包まれていくのを眺めつつ、ダークネスはひとつ肩を竦めると彼らを包む魔方陣へと歩み寄る。
「――」
ドサクサまぎれに逃げ出そうとしていたヴァーリと美猴を魔法陣に中に蹴り飛ばして自分以外の全員が転移するのを見届けたダークネスは、歩き難いからと言う理由でオーフィスを抱きかえると、唐突に何かに気づいたように振り向いた。
彼の視線の先、次元の狭間の遥か彼方を飛び去っていく『喧嘩相手』を確認すると、指鉄砲の構えを取ってバンッ! と撃ち出す格好をした。
「……また会おう、紅の龍帝よ」
魔方陣の淡い輝きに包まれていくダークネスに、遥か彼方から竜の雄叫びが返された――――。
――◆◇◆――
「これまた、めんどうな展開に巻き込まれたもんだな……」
高級感あふれるふかふかのソファに腰を下ろしたダークネスは、呆れ全開なオーラを漂わせつつ、用意された紅茶の入ったカップを傾けていた。
イッセーたちに続く形で魔界に足を踏み入れた彼が案内されたのは、客室と思われる一室だった。
広さも八畳ほどはある小奇麗な洋室で丸テーブルやソファーが置かれ、壁際には名品と呼べる彫刻や絵などが飾られている。
現在この部屋に居るのは、リアスを始めとするグレモリー眷属、彼らの顧問であるアザゼル、魔王サーゼクスと彼の女王であるグレイフィア。
北欧の神であるオーディンに、彼の護衛として派遣された戦乙女ロスヴァイセ。
一時休戦と言う条件付きで同席を許されたヴァーリと美猴、ついでにダークネスの膝に乗っかってクッキーを啄んでいるオーフィス。
実にそうそうたるメンバーであると言えよう。まあ、逆に言えばそれだけの興味と警戒をダークネスが向けられているという事でもあるのだが。
ダークネスとしては今回の『修行』が成功した以上、さっさと元のセカイに帰りたい所なのだが、個人的な喧嘩に巻き込んだ事もあるし、個人的に興味がある存在――オーフィスとかオーディンとか――と言葉を交わすのも一興かと考えていたので、今の所大人しくしていた。だが、誰がどう切り出すのか決めかねているらしい癖に、チラチラと何か言いたげな視線を向けてくる一同にイラついたらしい。さっさと要件を言えとばかりにせっつきにかかる。
「で? そろそろ視線がうっとおしくなってきたんだが……、用が無いなら帰ってもいいか?」
「……ハァ。そうだな。要らん腹の探り合いなんて俺のガラじゃねぇか」
頭を掻きつつ、真剣な表情に切り替えたアザゼルの双眸がダークネスを貫く。
「――じゃ、直球で訊かせて貰おうか……
アザゼルが知りたいのは二つ。
世界最強のドラゴンを膝に乗せ、世界最高クラスの強者に囲まれているというのに微塵も動揺していないダークネスの正体について。
そして、
特に後者については、軽々しく名乗って良いものではないという事を、天界に所属していた事もある彼は誰よりも理解していた。
だからこそ、この問いを投げかけたのだが……
「? 前者はともかく、後者については質問の意図が分からんな。そもそも、意味なんてあったのか? 《黄金神》の二つ名は、俺はこの姿に初めて至った時に、脳裏に浮かんだ単語なんだが」
「は? いや、ちょっと待て。その姿に至ったってどういうコトだ? お前は何か別の存在から今の姿へと転じたってことか?」
「まあそういう事になる……か? この姿は俺が参加させられている新しい《神》を生み出す儀式の副産物のようなものでな。
まずは軽いジャブを放ったつもりがストレートのカウンターを叩き込まれたようだったと、後にイッセーは語る。
当たり前のように告げられた言葉はこの世界の住人にとってつっこみ所満載、いや、つっこみ所しか無い内容でしかなかったのだから。
「あ、あの、神を生み出すと言うのはどういう事なんですか?」
頬を引き攣らせたグレモリーの『騎士』木場 優斗の質問にも、違う世界だから儀式の『ルール』適応外なことを良いことに、あっさりと真実を告げる。
「そのままの意味だな。まず、俺は元々この世界の住人ではない。ちょっとした能力分析を兼ねて並行世界を移動してみたらここ――正しくは次元の狭間――に転移したのさ。そしたらあのデカい龍と遭遇して喧嘩に発展したんだが……まあ、それは置いとくとしようか。で、俺が元居たセカイでは、“
「じゃ、じゃあ貴方は大いなる主……偉大なる神様なのですかっ!?」
「うん? やけに喰い付きが良いな金髪シスター。しかし、残念ながらそれは違う。確かに俺は死者蘇生や生命創造と言った『願いを叶える』“権能”を持っているし、拳一つで星を砕くチカラも持ってはいるが完全な神と言う訳ではない。まあ、“限りなく神に近い次期神候補者”と捉えてくれたらいいだろう」
「おいおいおい……ちょっとそれ洒落になってないんだが……」
「これは不味いですよ……もしミカエルたちが彼の存在を知ってしまったら……」
「間違いなく空席になってる神の座に据えようとするよな……。んで、新しい神の誕生ってか? ハハッ、笑えねぇよ」
盛大に頭を抱える悪魔と堕天使の最高責任者たち。
嘗てこの世界に存在していた頃の神を知っている彼らから見ても、ダークネスを能力的に分析してみると十分すぎる資格を得ているのだから、この反応も仕方の無い事なのかもしれない。
「俺っちからも良いかい? そもそも《黄金神》ってのはなんなんでぃ?」
「遍くドラゴンの頂点に立つ王を超えた存在……あらゆる次元に存在するドラゴンたちの中で最も強い最強の龍神」
「同時に、幾星の煌めきと等しいほど存在する神々の頂に座す十二柱の極神、その内の一つこそが《黄金神》と呼ばれる黄金の龍さ」
「オーフィスはともかく、お前さんも妙に詳しいなヴァーリ?」
「俺と言うよりはアルビオンが、だな。遥かな過去、まだ彼らが幼かった頃にこの世界に訪れた《黄金神》と出会ったことがあるらしい」
「へぇー、なあドライグ。お前もそうなのか?」
『……まあな』
不機嫌そうに返す相棒の様子に首を傾げるイッセーに、相変わらずダークネスの膝に座ったままなオーフィスから少しだけ呆れたような視線が向けられる。
「ドライグとアルビオン、降臨した《黄金神》に戦いの仲裁をされたから逆ギレして襲い掛かった。……秒殺されたけど」
「はあ!? 二天龍と呼ばれるほどのドラゴンを秒殺ってどんだけだよ!?」
「言ったはず、相手は並行世界を自力で渡り歩くことも出来る龍の神。我でも勝てないかも」
「無限の力を持つオーフィスにそこまで言わせんのかよ……」
勘弁してくれと頭を振る美猴がなんとなしに呟いた台詞に反応した人物がいた。
「無限の力?」
「ん。我、『
「無限か……ちょっと失礼」
「んぅ?」
「んなぁああああああっ!? アンタいきなり何やってんだぁあああああっ!?」
「何って……
オーフィスを後ろから抱えるように腕を回し、彼女が苦しくないように気を配りながらぎゅっと抱きしめる。
美少女を抱き締めているというシチュエーションに嫉妬の炎を燃やして絶叫するイッセーが小猫の鉄拳で沈んでいくのを余所に、ダークネスは片手の掌をオーフィスの胸元に押し当てた。
無論、彼からすればよこしまな思惑など微塵も無い、
しかし如何せん、この場には思春期真っ只中な女の子が大多数存在している上に、説明するよりも早く行動に移してしまったダークネス自身のうっかりもある。
まあ、つまりは……どっからどう見ても『美少女から好かれている事を良い事に、いやらしい事を目論んでいる成人男性』にしか見えない図な訳で。
「こっ、この変態野郎がぁあああああああああっ!! ブーステッド・ギアァアアアアアアアッ!!」
『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』
血涙を流しながら嫉妬のオーラをスタンドの如く具現化させたイッセーが、ダークネスへと殴りかかる。
振り上げられた拳に込められた強大なる魔力の量に、誰もが目を奪われ、驚きを顕わにしていた。
『
イッセーから溢れ出す感情の爆発による凄まじいオーラは、十秒と言う枷を打ち破り、刹那の間に倍加の重ね掛けを実現して見せたのだ!
「くらいやがれぇえええええ! こんのロリコン野郎ォオオオオオッ!!」
羨望と妬みが多分に含まれた、されど冗談のような魔力が籠められた拳が真紅の閃光となってダークネスへと襲い掛かり――
「こう、か……? む、やはり難しいな。見よう見真似で再現は出来んか」
オーフィスに触れることで
同時に、まるで暴風の様に吹き荒れるイッセーの魔力を小さく開いた次元の孔に流すことで霧散させることも忘れない。
「へ? え? あれ?」
「落ち着け小僧。別にやましい事をしていた訳じゃない」
拳を受け止められながらテーブルの上に着地したイッセーを引きずりおろしながら、リアスは先程ダークネスが何をやったのかを分析する。
「イッセーの魔力を拡散させたように見えたけど……でも、魔力残滓が残されていないのはどういう事……!?」
「ん? 俺の力で次元に孔を空けて、そこに流しただけだが? 握りつぶすことも出来るが、その時は小僧の左腕を砕いてしまから自制したんだが……それとも、そちらの方が良かったのか?」
「スンマせんした――!?」
「自分の過ちを見認めることが出来る奴は嫌いじゃないな。……そう言えば
『
だと言うのに、初対面の己に彼女が懐く理由が、ダークネスには思い浮かばなかった。
《黄金神》の後継者として覚醒しつつある――と、言うのも理由としては弱いだろう。
「……我、永遠なる静寂を求める。でも、静寂なる場所を支配する敵がいる」
「あの紅い龍のことか?」
「そう。『
そこまで言って言葉を区切ると、オーフィスはダークネスの手を取って己の頬に当てる。
「汝ならグレートレッドを打倒しうる。故に願う。グレートレッドを倒し、静寂なる世界を我に齎して欲しい」
これがオーフィスがダークネスに懐いた理由。
己の願いを果たしてくれる確かな力を持った存在であるが故に。
同時に、彼の本質が『誰かの願いを叶える存在』だと察していたから。
「……俺にどんなメリットがある? 言ってしまうと、俺はこの世界とは無関係な立場にある。この世界のいざこざにそこまで干渉してやる義理も義務も無いんだがな」
「代価は払う。我に静寂を齎してくれたなら……我が持つ
予想外の提案に、傍観に徹していたオーディンの隻眼が見開かれ、護衛の戦乙女は話の内容のぶっ飛び具合に大口を開けて固まってしまう。
仲間であるヴァーリや美猴は言わずもがな、である。
確かに、オーフィスは自身の力を『蛇』へと転じさせることで彼女自身から切り離し、他者に譲渡する能力がある。これを利用すれば彼女が持つ無限の力全てをを、ダークネスに譲渡することも可能かもしれない。
だが。
「正気かオーフィス!?」
「ん、もちろん正気。我、静寂を手に入れられさえすればそれでいい。静寂をもたらす者、新しい神と成る試練を受けているのなら、我の力を手に入れれば非常に有効のはず」
自分の力に微塵も執着心を持っていないオーフィスの本気度を察したアザゼルたちの視線がダークネスに集まる。
実際にグレートレッドと互角以上に渡り合っていた彼がオーフィスの力まで手に入れてしまったとすれば……もはや、誰も叶わない究極無比の存在へと昇華してしまうだろう。
異世界の境界線を独力で乗り越え、あらゆる願いを叶えることが出来る万能性を有した最強の神。
もしそのような存在が、この世界に牙を剥いたとしたら――……全てが終わってしまいかねない。
顎に手をやって考え込むダークネスの返答如何では、この場での戦闘も厭わない。
魔王が、堕天使総督が、北欧の神が気付かれないように力を高めていく中、ダークネスが閉じていた瞳を開く。
「……いや、止めておこう」
返答は拒否。
頬を膨らませたオーフィスに睨まれ、宥める意味も兼ねて彼女の長い黒髪を梳いてやる。
「……なぜ?」
「“
「あいつら?」
「ああ。向こうのセカイに居る俺の大切な……そう、かけがいの無い大切な存在の事だ。まあ、正々堂々だの言うつもりは無いんだが……今は自分の力を使いこなすことを優先したくてな。《新世黄金神》を完全にものに出来ていないのに、
「……(ぷぅ)」
「やれやれ、拗ねるなよ……『今回は』と言っただろう? 儀式を終わらせて俺が《神》になったとしたら、もう一度この世界に来ることを誓う。その時にお前がまだ静寂とやらを手に入れていなかったとすれば、その時は協力すると約束しよう。それでどうだ?」
「……約束?」
「ああ、約束だ」
オーフィスの顔の前に小指を曲げた手を突き出す。
きょとんと惚けていたオーフィスが、おずおずと見よう見真似で同じ形を小指を伸ばしてくる。オーフィスの小さな指に、指先だけ鎧を解除させた自分の小指を絡ませると上下に軽く振る。
確かな契約に基づいたものではない。単なる口約束に等しい約束でしかない。
だが、それでも……世界を繋ぐ確かな誓いだと感じさせる神々しさを感じさせるものだった――――
――◇◆◇――
「……♪」
「……ねえ、オーフィスってばどうしちゃったの? こないだから、なーんか嬉しそうに小指を撫でてばっかりいるんだけど?」
「あー、まあ、放っておいてやんな。多分、初めての指きりだったから嬉しかったんじゃね?」
「は? 指きり? オーフィスが? ――まさか男!? ねえ、ヴァーリどういう事か説明――って、居ないし!?」
「アイツなら曹操んトコに修行に行ってんぜ。何でも『まさか真龍の他にあんな奴がいるなんてな! いつか奴とも戦ってみたいものだ! ……む、いかん。なんだか滾ってきたぞ……。よし、ちょっと修行の旅に行って来る!』だとさ」
「いやいやいや、微塵も理解できないんですけど!? グレートレッドを確認しに行ってただけじゃなかったの!? 本当に何があったのよ!?」
「……約束♪」
この日を境に、『
そしてこれからしばらくの間、英雄派のトップを始めとする構成員たちがやたらと気合の入った
ついでに、鼻唄を口遊むほどに上機嫌な幼女の姿がたびたび各地で目撃されるようになったという報告を受けて、事情を知る某魔王様が盛大に噴き出すなんてこともあったそうな。
――◇◆◇――
「――と、いう事があったんだ」
「「へー、そうなんだー」」
「グレートレッドとやらと喧嘩したお蔭で大分チカラも馴染んで来たし、オーフィスのお蔭で新しい“能力”を開発できそうだしな。結果だけを見れば大成功と言えるな」
「「へー、よかったねー」」
「……おい?」
「「なんですかー?」」
「何故怒っているのか」
「「ふーん、分からないんだー」」
「全然わから――ぬおおっ!? ぬ、抜き打ちで砲撃ブチかます奴がいるか!?」
「ウッサイんだよ、ダークちゃんのお馬鹿! ちょっと目を離した隙に、どうしてこうフラグばっかり立てちゃうかなぁ!?」
「は? フラグ? 何の事だ?」
「ご自身で分かっていない所が尚更性質が悪いと言うんです! お仕置きです! そこに直りなさい!」
「理不尽にも程があるだろうが!?」
「「問答無用! 女の子の怒りを思い知りなさい!!」」
異世界から帰って来るなり、見知らぬ女の子(←ここ重要)の
彼らの追いかけっこは、騒ぎを嗅ぎつけた管理局がアリシアとシュテルの嫉妬塗れな流れ弾でぶっ飛ばされるまで続けられるのだった。
これは、そんなダークさん一味のごく有り触れた日常の一コマ。
という訳で日常編故の異世界トリップを堪能していただきました。
グレートレッド君がいろいろと不運な目に。
まあ、自分と同クラスの実力を持つ竜神が現れて、縄張りを奪われると思ってしまったんですね。
見事な『宿命の敵』と書いて『好敵手』と読む関係になりそうな予感……。
その一方で、修行に託けてまたもや幼女に好かれちゃったダークさん。
グレートレッド君とバトルすればデレオーフィスちゃんがご降臨するのではという考えでご登場していただきました。
後悔はしていない。でも、できたら再登場させたいお嬢様ですな。
おまけにダークさん、更なる強化フラグを建築中。
オーフィスちゃんのぱいタッチで誕生する新たなる”能力”をご期待ください(爆)。
それからあの世界に関する独自解釈として、
①オーフィスとグレートレッドの実力はほぼ同等。
②各勢力のトップは平行世界の存在を認識しており、異世界の神に関する文献も残されている。
③《黄金神》、要するに本家スペリオルドラゴンが、あの世界に訪れたことがある。
こんな感じです。
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鍵となる者たち
他にも数人いますが、顔出しできるのはとりあえずここまで。
ミッドチルダ臨界第八空港付近の廃棄都市街。
天気は快晴。眩い太陽の光が、まるで俺たちの未来を照らしているかのようだ!
ふっふっふっ……、そう! 今日からこの俺の肉欲溢れるハーレムライフが展開されるのだ!
あ、皆さん初めまして。俺の名は『カエデ・リンドウ』。今日は陸士訓練校からチームを組んでる仲間二人と一緒にBランク昇級試験にチャレンジしています。
本当ならもう一人、切名っていうリア充野郎を加えた最後のメンバーがいるはずだったんだけど……あんにゃろ、訓練校でやらかした事件が原因で、一人だけ特例処置の昇級されやがったんだ。
おかしいだろ!? なんで一足飛びにAランクになってやがんだよ、あのヤロー!?
――、あ。まあそれは置いとくとして……せっかくビルの屋上にいるんだから、ここは伝統のあのセリフを言う絶好の機会!
せ~の、
「見ろ……人間がゴミのようだ」
決まった……! 今の俺、多分世界で一番光り輝いてるぜ!
「――そこの馬鹿。デバイスのチェックは済んでるんでしょうね?」
「ふはははは――あ、はい」
「そ。……スバル、アンタも程々にしときなさい。試験中にアンタ自慢のオンボロブーツがぶっ壊れても知らないわよ」
「ちょっ、ティア! 不吉なこと言わないでよ。ちゃんと油も注してきたもん!」
気合の籠った声と共に拳と振り抜ぬいていた青髪の少女『スバル・ナカジマ』が、拗ねるように頬を膨らませながら振り向いた。
と、同時に横揺れする素晴らしきおっぱい! ぷるん♪ じゃなねぇ、ブルン! だぜ!?
まったく、おっぱいソムリエである俺の心まで震わせるなんて――なんというナイスなおっぱいなんだ!
「……」
――ごすっ!
「ごはっ!?」
ほ、星が!? 目から星が飛び出しただとう!?
咄嗟に振り向いた先には、愛用のアンカーガンを逆手に持ち、グリップ部分を俺の後頭部に叩き付けたオレンジの髪をツインテールにした『ツンデレ スタンダードタイプ』な美少女『ティアナ・ランスター』のお姿が。……くっ! 何故彼女は訓練着なんだ……、これでは頭を痛がる振りをしつつ、パンツを覗くことが出来ないではないか!?
――ハッ!? ま、まさか、俺の行動を予測して、あえてズボンに袖を捲ったシャツなんてやぼったい恰好をしているのか!? お、恐ろしい……、なんという智将なんだ! 流石は風の――
「ふん!」
「あべしっ!?」
が、顔面にストレートだとぅ!? 背中を預け合う仲間に向けて、微塵も躊躇なく拳を振り抜きやがった!?
「何すんだよ、
「なんか無性にイラっとしたのよ。――てか、アンタ。今の発音、可笑しくなかった?」
ぎくっ!? な、何と言う鋭さ!? 流石は陸士訓練校で同じチームを組んでいただけのことはあるっていうことか。だが落ち着くんだ俺。もし動揺したり、妙な事を言ってしまえば最後、
よし……、ここは一つ俺が肌を脱ぐしかあるまいて! 文字通りの意味でな!
「きゃ~すとぉ~……オゥフ!?」
わ、脇腹に……!? 脇腹に膝が叩き込まれたかのごとき激しい痛みがっ!?
「す、スバルさん、何故に僕の肋骨を砕かれに掛かられているのですか?」
「うん。なんてゆーかさ……イラッとしたんだ♪」
素敵な笑顔で言い切って下さりました。くそう、なんて乱暴な!
そんな乱暴な
「スバル!」
「OK!」
スバルが踏みしめた左足を軸に腰、腕、掌へと運動エネルギーを集束させつつ、魔力の繊細な制御によるなめらかな身体強化を実現し――拳を一気に振り抜く!
ティアナがその場で軽くステップして宙に浮かんだと同時に身体を捻り、後方へと流した足の裏に魔力を集束させ……爆発。生身時のそれよりも加速と破壊力を増幅させた――必殺の蹴りを叩き込む!
メメタァ!!
「ぐぽっ!?」
俺を挟んで繰り出されたパンチとキックのデス・サンドイッチ。
左右のこめかみを寸分の狂いも無く撃ち抜いてくれやがったお蔭で、衝撃が身体中を駆け巡っていやがる……!?
老朽化の激しい屋上に顔面から突っ伏した俺の背中を踏みつけながら、二人がハイタッチしているのが手に取る様にわかるぜ……。
さ、流石は陸上警備隊所属の若手ナンバーワンの呼び声も名高い“並みデカ”コンビ。
動く度に柔らかくも弾力に満ちたおっぱいの震えによって、男心を擽り油断を誘う……まさしく、天然の女王気質であると言えよう! 何故ならば、俺は知っているからだ!
現在進行形で俺の背中をふみふみしてくださっているお二方……彼女たちの顔に光悦が浮かんでいることを!
「「失礼な事言わないでよ!」」
「あひぃ!?」
つ、爪先を脇腹に突き刺すのは危険だと思うんですけど!?
君たち救助隊員だよね? 怪我人に鞭打っちゃあダメでしょ!
「あら、何を言っているのかわからないわね。私の目の前には、相棒と変質者しかいない筈だけど?」
「そうだね。私の目にも、相方と犯罪者予備軍しか見当たらないよ?」
「ふ、二人の愛が痛い……! くっそう! ――感じちゃうじゃないか♪」
おいおい、マイサン。おっきしちゃダメでしょ?
試験が終わったら存分に可愛がってあげるから、今は落ち着くんだ。
「ティア、ティア! こんなトコロに本物の変態がいるよっ!?」
「駄目よスバル! 今私たちが拘束を緩めてしまったら最後、近隣の婦女子の方々の悲鳴と悲しみがクラナガンを覆い尽くしてしまうわ!」
「くっ……! そう、だよね……私たちが踏ん張らないといけないんだよね! ――わかったよ、ティア!!」
強大な悪に立ち向かう勇者の如き覚悟を決めた表情をしている二人。――ハッ!? こ、この状況なら、俺が夜なべして作り上げた至高にして究極なるぼでーアーマー『エッチな下着』を装備してくれるに違いない! 女勇者の服がエロいのはデフォだもんね! そしてスライムや触手に囚われ、弄ばれた果てに――……OH。なんとも、けしからんおっぱいが『ぷるる~ん』としちゃうに違いない!
「あ・ん・た・はぁあああああっ!!」
「あっはっは~~……ふぅ。――シネ」
「え、もしかして口に出てぎゃぁあああああっ!? 出る出る出る!? 内臓その他諸々が口からでちゃうぅうううっ!?」
「おらおらおらっ! 余すところなく臓物をブチ撒けなさい!」
「大丈夫だよ~? 後で~、中に~、何も入ってないか見てあげるからさぁ~♪」
や、ヤバい!?
『あ、あの~~……? 皆さん、何をやっているんですか……?』
「「「ん?」」」
いつの間にかホログラムの通信モニターがスタンバイされており、今から俺たちが受ける魔導師ランクB昇級試験の試験官らしい人物の顔が映り込んでいた。
モニターに映るのは、銀色の髪と見た目通りの少女……否、幼女な容姿に実にマッチしたロリボイスが特徴の美幼女! ← (ここ重要)
おおぅ、“知識”で知っているってのと、モニター越しとは言っても実物を見るのとはやっぱり別物だなあ。
くりくりとしたおめめに、若干の怯えを滲ませた幼女は、コホンとわざとらしい咳払いをしつつ、こんなことを聞いてきた。
『そ、それで、ですね~~……御三方は一体何をされているのですか?』
ふむ、頬っぺたを真っかっかにしながらもお年頃な女の子らしく興味深々なご様子……よろしい。
ならば答えなければなるまいて!
試験官の登場に驚いたのか拘束が緩まった隙を突いた俺は勢いよく立ち上がると、二人が言葉を出す前に、大声で答える。
「趣味です!!」
『趣味なんですか!?』
「Yes! 何を隠そう、こちらの『並みデカ』コンビは男を傅かせ、痛みつけながら踏みつけることに至上の悦楽を感じると言う困ったちゃんな性癖の持ち主なのですッ! つい先ほども、これから試験に挑戦する前の心を落ち着かせる準備として、俺の背中を踏み踏みすることで精神を安定させていたのですよっ!」
『え、えぇえええええええっ!? そそそそれは管理局員として如何なものかと、リインは思ったりしちゃうのですがっ!?』
「それは違います教官! 何故なら――自分も楽しんでいたからですっ!!」
『ふぇええええええええええ!?』
「そう……それが愛しき女性ならば、如何なる性癖を保有していようとも、必ずや全てを受け入れてみせると言う誓いを立てているのです! 彼女たちのためならば……自分は、彼女らの足の指を舐めて、しゃぶって、味わい尽くすことも苦ではありませんっ!!」
『あ、足……舐め……!? はぅうううっ! ダメです! そんな世界はリインにはまだ早すぎますぅうううっ!!』
「大丈夫です! 試験官ならばきっとその恥ずかしさを乗り越えることが出来るはずです! 貴方ならば……、否、貴方だからこそ、新しいステージに昇ることが出来るはずなのです!」
『り、リインが……ですか?』
「そうです! 何たる偶然か、自分には『相手の成長を促進させる』というスペッシャルなレアスキルがあるのですよ! この力を以てして、必ずや試験官を“唯のロリ”から“唯者ではないロリ”へと成長させてご覧に入れましょう!」
『そ、それはすごいです! ――で、実際はどうやるんですか?』
「ふっ、それは……おっぱいを揉む事です!」
『……はい?』
「おっぱいを揉む事です! 具体的には、試験官の控えめなれどささやかな、膨らみかけのおっぱいに指を這わせて、じんわりとほぐす様に揉みしだ――ごはあっ!?」
脇腹の激痛リターン。
一撃でライフをレッドゾーンまで削り取られた俺の両脇を固めるしなやかなおみ足をお持ちの美少女様たち……いわずもがな、『並みデカ』コンビである。
ずごごごごごごご……!!
シャレにならない殺意が渦巻いていやがる、だと!? くっ、このままではマズイ!
ひとまず、戦略的撤退を――
「試験官。申し訳ありませんが五分ほどお時間を頂いてもよろしいでしょうか。――その間につぶしちゃうので♪」
おいおい、何て可愛らしい笑顔を浮かべていやがるんだ、ツンデレツインテール。……は!? もしや、とうとうデレの時期到来の兆しが!?
「ぶれないよねぇ、カエデく~~ん?」
へい、マイフレンド。
空を飛ぶ小鳥が瞬間冷凍されちまいそうなくらい冷たいお声なんて似合わないぜ。
ほ~ら、スマイルスマイル♪
「(にっこり)」
うむうむ。
後は背中にしょった阿修羅像の如き激怒のオーラを控えてくれたら嬉しいなぁ~……なんて。
「む・り♪」
「ですよね~~」
指を鳴らせながら怒りの感情に身を委ねたバーサーカーが、少しずつ俺との距離を狭めていく。
逃げ出したい。でも、俺の肩に置かれた細くしなやかな女の子の指先……が、肩の骨を砕く勢いでめり込んでいる現状、逃げ出すことは不可能なようだ。
「――最後に良いかな?」
無言で頷いてくれたから、せめてこれだけは言い残そうと、俺は口を開く。
「出来ればおっぱいの山に埋もれさせながらイカせてください」
返答は大気を振動させた右拳でしたとさ。まる。
――あ、ちなみに試験は無事合格したんだZE!
ラスボスなメカ団子(キングver)にやられて怪我をした
――肋骨を三本ほどへし折られちゃったけどNA♪
「あ、あの『カエデ・リンドウ』二等陸士……頬っぺた痛くなんですかぁ? おたふく風邪ひいちゃったみたいにパンパンになっちゃってますよ?」
「ふはぃ、らいほぉへふ(はい、大丈夫です)」
心配してくれてありがとうございますロリ試験官様! だから、頬を突っつくのは止めて貰えませんかね?
お手々が小っちゃいから、爪楊枝を突き刺されてるみたいに痛いんですが。
「だが断るですぅ♪」
――ガッデム!
――◇◆◇――
「ふぅ……」
歴史ある教会内に静かに響く愁いを帯びた溜息を零すのは、日光を写し光り輝く金の髪を靡かせた一人の少女。
数百年続いた古代ベルカ戦乱終結の後、荒廃した大地に人々のありふれた日常を取り戻した功労者にして偉大なる王。
神へと昇華された存在――『聖王』を崇める信仰組織『聖王教会』に所属するシスターであり騎士でもある少女……『カリム・グラシア』は、十代とは思えぬ色香を漂わせながら、人目を引き付ける美貌を歪ませていた。
聖王教会内部でも非常に高い発言力を有するグラシア家のご令嬢であり、彼女自身もとある希少な能力を持って生まれたが故に、同世代のシスターたちからも畏敬の念を以て接しられてしまう。
故に彼女には、心を許せる親しい友人とも呼べる人物が少なく、周囲から向けられる期待の視線によって積み重ねられていくストレスが危険な領域に達しつつあるのだ。
世話係であるシスター・シャッハや、義理の弟であり普段のストレス解消に
清楚な顔の下では、暴発寸前まで膨れ上がったストレスが爆散する時を今か今かと待ちかねている。
「はぁ……」
もう一度ため息。これくらいでは、心を落ち着かせることなど出来ようはずもないと、自分でも分かってはいるのだが――
「おやおや、不景気な顔した小娘がふらついてると思いきや、カリムではありませぬか」
「え、カリムちゃん?」
珍妙な言い回しをする地面まで届いて余りある長さの金髪を惜しげも無く晒す少女……『ローラ・スチュアード』
カリムを“ちゃん”呼ばわりするほんわかとした笑顔が魅力的な少女……『マリア・シュトルム』
共に、カリムと同じ服装をした彼女たちは、年若くして『聖王教会』の騎士の位を与えられるほど優秀なシスターだ。
「え? ――あ、ローラ! それにマリアも!」
「おひさ~、なりけるよカリム」
「お久しぶりですカリムちゃん♪」
「もう、マリアったら! “ちゃん”付けはヤメテって言っているでしょう?」
「――ふぇ」
じわっ……。
「イヤ……なの……!?」
「はぅあ!?」
大きな瞳に涙を浮べ、捨てられた仔犬を思わせるオーラを醸し出すマリアに上目使いに見つめられれば、カリムの良心が罪悪感と言う名の刃でめった刺しにされていく。
胸元を抑え、じりじりと後ずさるという無駄にカッコイイ
時々自分も同じような攻撃を喰らうローラは、『うわぁ……』と同情を多分に含んだ優しげな視線をカリムへと送る。
あの罪悪感は並みじゃあない。
何しろ、協会の最高司祭である教皇なご老人がうっかりマリアを泣かせてしまい、彼女の泣き顔が放つ
――しかも、その場にい合わせたローラは、この話が確かな事実であることを知っていたりする。
魂が抜け出ていた司祭の心肺蘇生を行ったのは、他あらぬ彼女自身なのだから。
「ぐっ……かは……!? じ、冗談! 冗談に決まってるじゃない、もうマリアってば早とちりさんなんだから♪」
脂汗を流しつつ、マリアを安心させるように引きつった笑顔を浮かべてみせる
一方のマリアは、ぱぁあっ! と花が開く様な笑顔へと泣き顔を変化させながら、自分よりも背の高いカリムの胸に飛び込むように抱き着く。
たたらを踏み、何とか転倒を耐えたカリムの豊満な双丘に頬を摺合せながら、マリアは「えへへ~」と邪気の無い純粋な笑顔を浮かべていた。
「きゃっ……! もう、マリアったら」
口では窘めるようなことを言いつつも、カリムの頬は盛大に弛んでしまっており、マリアの無邪気な笑顔に陥落されてしまっているのは明確だ。
そして此処にはもう一人、彼女の笑顔の虜になった少女が存在している。
「マリア~、私の方にも癒しがプリーズなのけりよ~」
「はーい」
マリアはカリムの抱擁からするりと抜けだすと、ぽてぽてとかわいらしい足音を立てながら両手を広げたローラへと愛情いっぱいのハグ♪
ローラの小柄でありながらも、実は三人の中で一番大きい母性の象徴の柔らかさとか、甘いミルクのような香りとか、鼓膜を擽る吐息とか……とにかく、彼女の何もかもが愛おしい。
マリアをぎゅぅ~っ、としたまま放す気配の無い友人に、頬を膨らませたカリムから抗議の声が上がる。
「むぅう~っ! ローラ、独り占めはズルいわよ!?」
「へへ~ん。早い者勝ちなのけるよ~~だ」
「くっ! ま、負けないわよ……えいっ!」
「ふぎゅ!」
「えへへ~~、カリムちゃんもぺったりさん~~♪」
人目をはばからず、キャイキャイ黄色い声を上げながら抱き締め合う三人の少女たち。
彼女たちこそ、ゆくゆくは『聖王教会』を背負って立つであろう未来の大司教候補と呼ばれる、若手トップの騎士なのである。
三人の交友は、彼女たちが見習いシスターであったころから始まる。
『聖王教会』では、多種多様な殉教者の方々と接する可能性がある以上、いかなる出自も関係なく平等に接することが出来るようにならねばならないという思想が在った。
見習いシスターたちはこの方針の元、数名で共同生活を送り、互いに切磋琢磨しあい、友愛を深めていた。
彼女たちはその頃に同じ厩舎で侵食を共にした仲間、いや、親友とも呼べる間柄と成った。
孤児であったマリアの世話を、世話焼きのカリムが請け負い、なんだかんだで友人には甘いローラがそのサポートをかって出て……そこからいろいろあって、お互いにありのままの自分を曝け出して話すことのできる間柄へと至ったのだ。
未来予知と言う貴重な希少能力を宿したカリム。
司祭としても騎士としても非凡な才能を見せるローラ。
人望が厚く、数多くの人心が集まる中心部に当たり前のように立つマリア。
各々がそれなりの立場についてからも、誰かが悩んだり困っていると、こうやって他の二人が自然と寄ってきて事態を改善してくれる。
そういう、不思議な繋がりを彼女たち自身は天より授かった『縁』だと考えていた。
それほどまでに、彼女たちの友情は強く、深いシロモノなのだ。
じゃれ合い、昔話を肴にお茶を楽しんだカリムは、胸に溜まっていたもやもやが綺麗さっぱり無くなっていたことに、お茶会が終了した後になって気づいた。
彼女たちのお蔭だということを無意識に理解できたカリムは、先ほどまでの愁いを帯びた顔が夢であったかのように、にこやかな笑みを浮かべる。
――次に彼女たちとお茶を共にする時は、私の手作りクッキーを是非食べて貰わなくては!
最近出来た妹分である八神 はやてから教わったクッキーのレシピを思い返しながら、カリムは用事を済ませて戻ってきたシャッハたちが首を傾げるくらい上機嫌で鼻歌を口遊むのだった。
「ふふっ……可愛い寝顔なりけるね」
ローラは自室のベッドに腰掛けながら、自分の膝の上で寝息を零すマリアを優しく撫でる。
くすぐったいのか、時折形の良い頬がぴくぴく震えるのを見て、ローラの顔に慈愛に満ちた母性を感じさせる笑みが浮かぶ。
カリムと久しぶりに話も出来たし、マリアの可愛い寝顔も拝めることが出来たし、今日は本当にいい一日だ。
ローラはマリアのほっぺを突っつきながら、不意に視線をテーブルの上に残された書類へと移す。
それはカリムが悩んでいた元凶。彼女の希少能力によって予言された未来の出来事。相談された時は口頭であったそれを記憶していたローラが、カリムが退室した後に、予言の内容をそのまま書き記したものだ。
途端、彼女の顔から笑顔が消え、氷の刃の如き冷たさを宿した双眸がそこに記載された文節を一語一句違えずに、己が脳髄に刻み付ける様になぞっていく。
“狂気と欲望が集い交わる儀式の地、闇を伴いし古の王の下、死者を束ねし偉大なる翼が蘇る。
黄昏の世界が総てを呑み込み、なかつ大地の塔は倒れ伏し、数多の海を繋ぐ浮島は砕け散る。
雛鳥たちが舞い踊り、法の僕は崩れ落ち、双翼の加護を受けし新たなる王が眼を開く。
悲しき儀式の果てに、海に浮かぶ星々の煌めきが静寂の闇に包まれる。
虚無なる未来を照らすのは、世界を貫く生命の樹。
十三の鍵を束ねし神皇の願いが、人々を創世の未来へと導くだろう。”
「――か。まったく、ふざけとるなりねぇ。この世界の未来は、次期神サマ候補共の手に委ねられたっちゅうことなりか? ――馬鹿馬鹿しい。ああ、これは真実許しがたい暴挙なりけるね」
怒りを胸に、静かに眠る
「預言も、“
ローラの感情に呼応するかのように、彼女の胸元に吊り下げられている十字架型のデバイスが妖しく輝いた。
――◇◆◇――
逆巻く暴風が草原を駆け抜ける。蒼と黒の燐光を纏わせた金色の烈風が、大気を、世界を震撼させる。
「ふぅ……」
黄金の輝きを放つ魔力が天へと立ち上り、草原を埋め尽くす草花が、木々の影から顔を覗かせるこの世界特有の生物たちが、そして――キラキラと瞳を輝かせている魔女たちの祝福を受けて、超常にして偉大なる《神》の力が顕現する。
視線の中心にいるのは黄金色の外甲を纏いし竜神。
蒼天の如き蒼き双翼を開き、真紅の竜尾が大地を穿つ。
嘗て、地球と呼ばれる世界で顕現した神の雛――《新世黄金神》。
されども、その姿は以前のものと幾分かの差異が見受けられる。
両肩の竜頭を模した肩甲が一回り大きくなっている。
三対の連翼からなっていた背の双翼は一対の巨大な形状のものへと変化し、その大きさも片翼で彼の身体を覆い尽くせるほど。
身に纏う外甲の各所に備わり、柔らかな輝きを放つのは真紅の紅玉と一体化した『願いを叶える宝石』ジュエルシード、計二十一個。それが胸元などを中心に身体中に装着されていた。
全身から放出される圧倒的な魔力の奔流は、以前の状態よりも数段レベルアップしており、禍々しくも神聖で、恐ろしくも心地良い……、まさに正邪併せ持つと称するに相応しい。
荘厳でありながらも威圧されるような類のものではない、どこか安心感すら感じさせる瞳が魔女たちを見据える。
「おお――! それがダークちゃんのパワーアップモードなのかな!?」
「なんという存在感……けれど、何でしょうか。この胸の内に込み上げてくる暖かさは……」
思い思いの感想を述べながら近づいてくる魔女たちに笑みを返しながら、《新世黄金神》――スペリオルダークネスは、己が進化の切っ掛けとなった一人の少年の姿を思い浮かべる。
「“Ⅹ”……。お前から受け取った“
“闇の書”決戦時に倒れた同胞だった少年……
本来ならばディーノを降した
そして現在、管理外世界の一つであるこの世界にて《新世黄金神》への変身とこの姿でのみ使えるようになった不完全な“権能”の訓練を行っていたダークネスは、遂に新たな“
嘗て、“時の庭園”で屠った
この時は、元々備わっていた
しかし今回は、未だ不安定で完全とは言えない《新世黄金神》の力を安定させるために使用することにしたのだ。だがやはりと言うべきか、言葉で言うほど容易いものではなく、数年にも渡る試行錯誤と修練の末に、ようやく完成の目途が立った。
その
「ふむ。名乗るとすれば……そうだな――《新世黄金神 スペリオルダークネス
ダークネスは光り輝く拳を天へと突き上げた。
その姿はまるで、遥か天上の果てにある輪廻の環に自分と言う存在を――ディーノと言う少年の存在を決して忘れない者が此処に居るのだという事実を伝えるかのように。
一層輝きを増した蒼天の輝きを放つ双翼にそっと指を這わせながら、アリシアとシュテルは愛おしそうに額を擦り付ける。
――例え、彼が人の手が届かぬ高みにまで上り詰めてしまったとしても、決して離れない。
だって、
背中越しに愛おしい魔女たる少女たちの温もりを感じながら、ダークネスは穏やかな風が吹く目の前の景色をいつまでも見つめていた。
次なる戦いの刻は近い――。
一人称の練習も兼ねて試行錯誤中。
それにしても、おバカキャラに汚染されていくまじめな子というものはなんというか……イケナイことをしているようでゾクゾクしますね。
リインⅡも愉快な娘になってくれそうです。
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『Strikers』編
始動! 機動六課
ターミナルの構内は数えるのも億劫になるほどの人で溢れかえっていた。
「うわぁ……」
それが見慣れた光景である者にとってはいつも通りの、特に変りばえのしない風景であったが、彼、『エリオ・モンディアル』の眼にはとても新鮮に映った。
感嘆の声を上げる少年とすれ違う人々は、一同に微笑ましそうな顔を浮かべている。
興味深げに辺りを見わたしつつも、器用に人混みの合間をすり抜けながら出口へと向かっていくエリオの体捌きは実に堂々としたもので、その辺りは育ての親であるフェイトに追いつこうと積み重ねてきた努力の賜物であると言った良いだろう。
流れるような動きは自然と周囲から好奇の視線を詰める結果に締結するが、それを気にしない、或いは気にならない程の純粋さを持つ彼はそのことに気付かない。
その辺りの天然成分も、しっかりと受けついているようだ。
だが、盛況に満ちた場所を一人で歩くのは初めてだった事もあり、ついつい気が緩んでしまうのも仕方のないことで。
「きゃっ!?」
「うわっ!? す、すみません!?」
よそ見をした瞬間、すぐ目の前に人影がある事に気付くのが遅れてしまい、正面から激突してしまったのも、ある意味当然の結果と呼べることなのかもしれない。
さらに、相手が小柄な身体に見合わない大きなバッグを抱えていたことも相まって、エリオが相手を押し倒すような格好で盛大に転倒してしまった。
「いったた……っは!? だ、大丈夫ですかっ!?」
「あうぅ~~……」
エリオの下敷きになってしまったのは、どうやら彼と同じ年頃の女の子だったようだ。
ミッドでは見慣れない民族衣装に身を包んだ、桃色の髪が目を惹く少女。おっとりしているようで、一本の芯が通った強さを併せ持つ不思議な瞳を持った少女と、触れ合いそうなほどの近距離から見つめ合い、エリオの顔が瞬く間に上気していく。
頭の中は絶賛混乱中でこそあったものの、本能的にこの体勢はヤバいと察したのだろう、床に手をついて立ち上がろうとした――その時。
――ふにょん♪
エリオの手が、なにか柔らかいものに触れた。掌を中心に広がる、何とも言えぬ心地良い感覚だった。
「え? なにコレ?」
確かめる様に、指に力を込めてみる。
――ふにょっ、むにゅっ♪
「あっ、んっ! ふぁうっ!?」
少女の潤んだ唇から洩れる甘い声。痙攣を起こしたように肩を跳ねさせる少女の頬が、高揚していくかのように朱に染まっていく。それに半比例するかのように、エリオの顔からどんどん血の気が引いていく。擬音で表現するならば『ずざざざーーっ』みたいな感じで。
同時に、とある推論がエリオの脳裏に浮かぶ。それはもし事実だとすれば、言い訳のしようがない犯罪行為で。衆人観衆の真ん前で管理局員が淫行を働いたという事に違いなくて。
「あ、あの……手、どけてくれると嬉しいんですけど」
困ったような、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべた少女の声で、半ば跳びかけていた意識を取り戻したエリオは両足に魔力を注いで脚力と瞬発力を強化、折り曲げた膝をバネの要領で引き絞るとその力を一気に解放、少女を押し倒していた体勢から立ち退きつつ後方宙返り。
呆気にとられる少女の前で見事な後方三回転を決めつつ、着地。その勢いを殺さぬまま上半身を遜り、重ねあわせた両手と膝を床につけて跪く。
額を床に擦り付け、まるであなた様の靴を舐める事すら厭わぬという想いを込めた、エリオ渾身の謝罪手段!
そう……これこそが、相手に恭順の意を示すために言い伝えられてきた世界最高峰の絶技!
『後方三回転半ジャンピング土下座』である!
数か月前、フェイトに連れられて八神家へお邪魔した際に目撃した光景は今でもエリオの脳髄に刻み込まれている。
それはリビングに足を踏み入れた時の出来事。
部屋の隅に避難している八神家メンバーは全員呆れ顔。
リビングに正座したコウタ。彼の正面には同じく正座のヴィータ。両者の間に置かれたのはミッドで発行されている世の男性諸君が一度はお世話になっているであろう肌色が前面に押し出された雑誌……所謂、紳士のための必需品。
「これは何ですか?」
「け、研究資料です」
「これは何ですか?」
「い、いや、だから……」
「これは何ですか?」
「……えっちな本です」
「えっちな本なのですね?」
「……そうです」
「どうやって手に入れたのですか?」
「あ、アルクから斡旋してもらいました」
「どうして斡旋してもらったのですか?」
「そ、それは、その……や、夜食的な意味で……あの……」
――?? フェイトさん、雑誌が夜食になるんですか? ←純真無垢な瞳を向ける少年。
――うえ!? え、あ、う、え、エリオも大きくなったら分かるんじゃないかな!? ←これでもかと言うくらい視線を彷徨わせながら口籠る保護者さん。
「どうして必要だったのですか?」
「い、いや、僕も健全な男な訳でして。これは生理現象上、仕方のない事情がありまして……」
「どうして必要だったのですか?」
「……仕事が忙しくて、いろいろと溜まっていたからです」
――ブフゥッ!! ←たぬきが盛大に拭き出す音。
「溜まっていたのですね?」
「……はい」
「ではこれはどういう事ですか?」
――パラッ。 ← 『巨乳美人大特集! クラナガンで女体の神秘を見た!』と題名が打たれた『夜食』の頁を捲る音。
「貴方は胸部に脂肪がついている女性が好みだったのですか?」
「い、いやっ、そうじゃ無くて!? これは、その、アルクが勝手に選んだヤツな訳でして!?」
「では、この両手で胸元を隠しているポーズを取った全裸の女性と、赤髪を三つ編みにしたスレンダーな女の子ならばどちらが好みですか?」
「へ? な『グシャアッ!!』」
――プスプス……。 ← フローリングに鈍器的な物体が叩き付けられて粉塵が舞う音。
「どちらが好みですか?」
「――あ、赤髪を三つ編みにしたスレンダーな女の子です!」
「それは本当ですね?」
「はい!」
「貴方はスレンダーな女の子が好みなのですね?」
「その通りです!」
「では、どうして未だにこれを隠し持っていたのですか?」
「え、いや、それは借り物ですし……」
「某おこじょを
「あ、会う機会がなかなかなくて……」
「先週、一緒に釣りへと出かけたと記憶していたのですが?」
「え、えーっと……(ダラダラ)」
「どうなのですか?」
「あ、その、えと、いや、違うんですよ!? 決して返すのが勿体ないとか思っていた訳ではありませんから!?」
「どうなのですか?」
「で、ですから……」
「ど う な の で す か ?」
「……」
表情筋を寸分も動かさず、完全な無表情で問い詰めていくヴィータ。俯き、正座した膝の上で拳を握り締めながら、ひたすらにこの地獄から解放される時が来るのを祈り続けているコウタ。
まさにこの世に具現化した地獄の裁判所と化した八神家は、この瞬間、次元世界で最も瘴気が濃い異界と化していた。
能面でゆらゆらと近づいてくるヴィータの恐怖に耐えきれず、起死回生の必殺技としてコウタが繰り出した奥義こそ、『後方三回転半ジャンピング土下座』!
これと『今後一週間、ヴィータ様の如何なる命令にも従わさせていただきます!』 という懇願により、何とかコウタは冥府に叩き落とされずにすんだのだった。
――後日、いろいろと吸い取られて半ミイラ化していたコウタと、やけにツヤツヤしたヴィータが腕を組んで歩いていた姿が目撃されていたが、子供の教育上宜しくないと言う理由で、お子ちゃま軍団(エリオ、リヒト、ツヴァイ)には情報規制が行われたのは完全な余談である。
八神家の一件以降、エリオの中では『女性に失礼な事をした時の最上級の謝罪方法こそ、『後方三回転半ジャンピング土下座』なのである!』 と刷り込まれてしまっていた。
一方で、そんなことなど露知らぬ少女からしてみれば、いきなりアクロバティック過ぎる謝罪をかまされてもどう反応すればいいのか逆に困惑してしまうのが当然で。
「すいませんでしたぁあああああああっ!!」
「い、いえ、もう良いですから! ホント、お願いですから顔を上げてくださいぃいいいい!?」
周囲からグサグサ飛んでくる居た堪れなさとか気まずさに、被害者であるはずの彼女の方が半泣きになってしまうのだった。
「あの、本当にごめんなさい……」
「いえ、もう良いんです。私もよそ見しちゃっていたのがいけなかったんですから」
あの後、ようやく立ち上がったエリオの手を引いて逃げだした少女は、ターミナルの休憩所――幸い、彼ら意外に利用客はいなかった――に掛け込んで息を整えていた。最悪、張り倒されるかと身構えていたエリオは、寧ろこちらを気遣うそぶりすら見せる少女の優しさに心打たれていた。
お互い、幼ながらも礼節をわきまえているが故に何とも言えぬ微妙な空気が漂い始めた頃、唐突に少女の鞄が内側からこじ開けられると、とある生物が顔を出した。
爬虫類的な見た目をした赤い子竜は、エリオを興味深げな眼で見上げてくる。
それを見て少女は『わぁ、フリードが初対面の人に興味を持つなんて珍しいですよ』と楽しげだったが、エリオは背筋を冷たいナニカが駆け登っていくのを感じていた。竜の眼、そこに自分の姿は映っていない。そこに在るのは果てし無い虚無のみ。エリオを見ているようで、全く別のものを見ているような……そんな嫌な感覚。
フリードと呼ばれた竜を優しげに撫でている少女の手前口にこそ出していないが、本心としては今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。
この感覚はそう……まるで餌を値踏みする捕食者に遭遇したかのような――。
「おお、こんなところにおったのか! 探したぞ」
「あっ! リィさん!」
エリオがフリードの危険性を察した瞬間、休憩室のドアを開いて銀髪をなびかせた女性が現れた。
ミッドでは珍しい和服に身を包み、周囲から向けられる好奇の視線などものともしない気の強さを感じさせるツリ目が特徴の女性は、竜を抱いた少女を見つけるなり頬を綻ばせる。
少女も、華が咲き誇るような笑みを浮かべながら女性に抱き着いた。
どうやら顔見知り以上の関係らしい。
お互いを見る視線がすごく優しいものだと、エリオには感じられた。
「さて……では行くかの。皆も、もう着いておるぞ」
「えっ、本当ですか? じゃあ早く行きましょう! ……あ、それじゃあ私はここで失礼しますね」
「は、はいっ!」
彼女が浮かべた笑みに見惚れていたエリオは、若干どもりながらもそう返す。それをしかと見ていた銀髪の女性は、チェシャ猫を思わせる意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
踵を返して人波に消えていく少女の背中をぼんやりと眺めていたエリオは、結局名前を聞いていなかった事をいまさらながら思い出し、いまにも見失いそうな小さな背中に向けて慌てて声を掛けた。
「あ、あの! 僕はエリオ・モンディアルって言います!」
声が聴こえたのだろう、少女は首を回して振り返りつつ、ニッコリと笑みを浮かべながら、
「私は『キャロ』……『キャロ・ル・ルシエ』です」
そう答えたのだった。
これは機動六課が始動する、ほんのひと月前の出来事。
――◇◆◇――
機動六課本部となる隊舎。
以前の施設を改修して運用されることになるこの隊舎は本日、新たな部隊発足に相応しい輝きを放つメンバーを迎え入れていた。
中核となるフォワード陣の若手たちに、裏方が事務関係のスタッフは勿論、指揮官にあたる隊長陣も勢ぞろいしている。
等間隔で整列した彼らの視線を一手に受け止めるのは、部隊長であり部隊発足の立役者である八神 はやてだ。
スピーチ台に登り、部下となる仲間たちをゆっくりと見渡すと、静かに口を開いた。
「機動六課司令官の八神 はやてです。本日より、皆さんの上司であり最高司令になります」
静かな、されども力ある強さを宿した声が、ロビーに浸透していく。
「平和と法の守護者、時空管理局の部隊として事件に立ち向かい、力無き人々の平和な日常を守り抜くことが私たちの使命であり、なすべき事です。そのために私が考案した『迅速なる事件解決』、それを体現させるためにこの機動六課は設立しました」
一端言葉を切り、もう一度この場の全員をゆっくり見渡すしてから、言葉を続ける。
「経験の浅い新人たち、リミッターを設けてまで戦力の一点集中を目論んでかき集めた隊長陣、戦闘以外でも各分野のスペシャリストを可能な限り加えた上で、外部協力者とのパイプも設立させた。――正直言って、余所の部隊からしてみれば、過剰なまでに戦力を集中させたうさん臭い部隊っちゅーのが共通認識やと思ってくれたらええ」
突然普段の口調に戻ったはやてが口にする歯に衣着せぬ発言に、隊長陣からも困惑とざわめきが湧き起こる。
だが、はやては真剣な表情を崩さぬまま、さらに緊張を引き締めた表情を浮かべる。
「この評価は間違ってへん。正直、実験部隊っちゅうても度が過ぎとるってのは十分わかっとるさかい。けどな、最初にハッキリと言わせて貰うで。今の機動六課の戦力を全てぶつけたとしても太刀打ちできへん
胸元を抑え、何かを振り払うかのような表情を一瞬だけ浮かべたはやては、口を引き締めながら背筋を伸ばし、部隊全員を見つめ返しながら告げる。
「『黄金の竜神』と『狂気の落とし仔』、私たちの前に立ち塞がるであろう敵の名前や」
先程以上のざわめきが部隊員たちの間に拡がっていく。
そこに込められるのは、驚愕と困惑、そして……恐怖。
管理局員であれば誰もが一度は耳にしたことがある最強最悪の次元犯罪者たち。
単体で次元世界を滅ぼすことも可能と言われ、何故か民衆からの人気も高い『黄金の竜神』。
かの『無限の欲望』の妹であり、その身に宿した狂気は兄すら超えると言われる怪物『狂気の落とし仔』。
どちらも、歴戦の勇者たるエースクラスの魔道師を有した一個大隊を単独で殲滅できる怪物。
自分たちの任務の危険性を改めて突き付けられた部隊員たちは、皆不安と恐怖に押し潰されそうになってしまう。
だが。
「顔を上げい! お前らそれでも管理局員か!」
はやての怒号が、押し潰されそうになった心を奮い立たせる。向けられる様々な視線を正面から受け止めながら、はやては自分自身にも言い聞かせるように言葉を続ける。
「私たちは力無き人々の『盾』であり『矛』や。局員になった時点で、命に係わる事態に直面する覚悟は出来てるはずや。無論、この私もそうや。管理局の制服に袖を通したあの時に誓った。この身を、魂を掛けて己が信念と正義を貫き通して見せると」
はやての言葉は確かな誓いとなって、ひとりひとりの心に刻み込まれていく。
その思いは彼女だけのものではない。
此処に居る全員が、確かに抱いていた信念でもあったから。
「此処に誓う。皆の想いを、信念を、誓いを決して後悔させないと。皆の想いを皆で背負って、私たちの正義を貫き通して見せると。やから――」
寒気すら感じさせる覇気を纏うはやて。
その心に燃え盛るのは、悪を許さに絶対正義か。それとも、救済を望む咎人の罪悪感か。
「皆の命と信念、私に預からせてくれ」
話を終えて敬礼をとるはやてに、部隊の誰もが乱れ無い敬礼を返した。
これが機動六課結成式の締めくくり。彼らはこの瞬間、確かに一つの存在へと生まれ変わったのだ。
機動六課という、確たる信念を抱きし戦士として。
――◇◆◇――
「……チッ!」
結成会が終わり、更衣室で訓練着に着替えていた切名が突如舌打ちをしたのを見て、カエデとエリオは揃って怪訝そうな視線を向けた。
それに気づいた切名がなんでもないと手を振るものの、それで引き下がる様な人間はこの場に存在しなかった。
「おい、相棒。そんなつれねぇ事言うなよ。相談事なら聞くぜ?」
「そうですよ、同じ部隊の仲間じゃないですか」
これから寝食を共にするのだから、余計な気後れの方が失礼になる。それを察しているのだろう、カエデもエリオも切名を純粋に心配しているのが分かる。
だからこそ迷う。こちらの事情に彼らを巻き込んでよいものかと言う葛藤に。
事情を知るティアナならまだしも、此処に居ないスバルも含めて、彼らは無関係だと言っても良い。
故に、どう答えたら良いのかが分からずに躊躇ってしまった。過去の経験上、誰かと協力して物事を解決すると言う経験が圧倒的に不足している切名にとって、数年来の付き合いになる親友カエデですらも、自分たちの事情に巻き込むことを是非と出来なかったのだ。
与えられた使命を果たさねばと言う責任感と、単純な戦力的に足手まといになりかねない彼らを巻き込むことは――少なくとも今は――出来ないと判断した切名は曖昧な言葉で煙に巻くことにした。
「いや、さ。部隊長の台詞を思い出しててな。ホラ、俺たちって新人な訳だろ? でもあの人の言葉通りなら、俺たちは世界最強クラスの危険人物とやり合うことになる訳だし……正直、これからの事についてちょっと、な」
「はあ? おいおい、何時も強気な突撃野郎な切名くんのお言葉とは思えない弱気っぷりだな?」
「ハァ……あのな、六課が連中をやり合うとき、まずぶつかるのは俺たちフォワード陣なんだぞ? でも、今の俺たちじゃお話にならない。それってつまり、連中とやり合える……か、どうかはともかく、足止めくらいは出来る程度に強くならないといけない。ここまでは分かるか?」
二人が頷くのを確認してから、切名は説明を続ける。
「知っての通り、連中の実力は人外レベル、正直言ってリミッターを外した隊長陣が総力を挙げてどうにか対等に持っていけるって程だ。――さて、もう俺が何を言いたいのか分かるよな?」
カエデは相変わらず首を傾げてたが、エリオの方はようやく事態の重さに気付いたらしく頬を引き攣らせていた。
切名は内心で『子どもに負けてんじゃねェよ』といろいろと残念な相棒の将来を憂いつつ、震え出したエリオの肩に手を置いた。
「そう、つまり……部隊運営期間の一年以内に準エースクラスの実力を身に付けさせられるってことさ……で」
「そ、そんなの真っ当な訓練方法じゃあ到底実現不可能、ですよね……?」
「そうだ。要するに俺たちはこれから――かつてない地獄の訓練を味わうことになる」
誤魔化しのつもりが自分自身にもカウンターが来てしまった切名と、時々フェイトとシグナムが繰り広げる本気の模擬戦の激しさを知っていたエリオは、揃って頬をこおばらせる。文字通りの全力を出すことが出来れば隊長陣すら凌駕できる力を有する切名だが、真名を封印している今、全能力が全力時より二ランクほど低下してしまっている以上、訓練から逃れることは出来ないだろう。
事情を知っているらしいはやてたちに自分の正体を伝えることも考えたが、彼女らの中心にいる
自分をこの世界に送り込んだ女神の言葉を鵜呑みにするのではなく、自分の眼を耳で彼女の為人を確かめ、協力関係を築くことが出来るような人物かを見定める。よって情報開示は却下。
大体、真名解放も軽々しく行えるようなものではないので、現在の地力を鍛えることも理にかなっている。
まあ詰まる所……、
「ま、こんなことを愚痴ってもしょうがねぇよな。俺たちは自分の意志で此処に居るんだから」
「そ、そうですよね。僕たちは自分で考えて、この道を選んだんですから!」
むん! と力こぶを作って気合を入れるエリオの頭をやや乱暴に撫でてやりながら、切名は内心で、つい先ほど《神》より伝えられた“
――ふざけやがって。そんなに仲間同士の潰し合いを見物したいのかよ……!
慌てて更衣室を後にする二人を追い掛けながら、切名はこの世界のどこかに居るであろう《管理者》をかならず見つけ出してやると言う強い気概を抱く。
理不尽な現実に涙を流す
それこそが、彼が此処に居る理由なのだから。
――◇◆◇――
訓練用ステージに降り立った五人は、各々身体の調子を確かめる様に屈伸やデバイスの確認を行っていた。
その様子をモニター越しに見ていた教導官、高町 なのはの声に振り返ると、一糸乱れぬ整列をとって見せた。
フォワードの五名中四名は勝手知ったる仲と言う事もあり、メンバー間でのコミュニケーションにも問題はないようだと、なのはは息を吐く。
当たり前のようにまとめ役を買って出たティアナを中心に、お互いのコンディションを確認し合ったりして、新入りになるエリオとも意思疎通が取れていたのを見ていたからだ。
過保護なフェイトからエリオがいじめられたりしないか目を光らせておいてと念入りにお願いされた身としては、過保護すぎると物申したいほどに、友好を結んでいるようだった。
なのはは、ひとつ咳払いをして緩みかけていた意識を切り替えると、手元のキーボードを操作する。
すると、切名たちの眼前に魔法陣が十個ほど展開され、そこから浮き上がる様にターゲットが現れた。
四肢を持たず、縦長なカプセル状の機体。なめらかな光沢を放つ装甲の中心部には円形のセンサーが怪しい光を放っている。
『私たちの仕事は、捜索指定ロストロギアの保守と管理。その目的の為に私たちが戦うことになる相手がコレ……自立行動型の魔導機械、通称”ガジェットドローン”』
『これは近づくと反撃してくるタイプだね。非殺傷だけど、攻撃は生易しくないから注意した方がいいよ』
なのはのサポートに回っているデバイスマスターのシャリオが捕捉を伝える。
管理局ではポピュラーな敵と成りつつあるガジェットだが、駆け出しの新人にとっては相当に分厚い壁となることは言うまでもない。
『では、第一回模擬戦闘訓練を開始します。ミッション目的は逃走するターゲット十体の破壊、または捕獲。制限時間は二十分以内! それでは――』
『レディ――』
『『ゴウ!!』』
合図と共に、空中に浮遊していただけのガジェットたちが一斉に動き出した。瞬く間に廃棄都市を模したバトルフィールドへ散開していく。
同時に、ティアナの頭脳も高速で動き出し、ミッションを完遂させるための最善の
「ひとまず固まって移動している奴から仕留めるわ。スバル、アンタが先行。このまま追跡して適当な路地裏に追い込んで。エリオ、アンタはスバルの先回りをして挟み撃ちなさい。カエデと私は狙撃ポイントをキープしつつ逐次指示を出すから。とりあえず、思いっきりやって見せなさい。――それから、セナ!」
「おう」
落ち着き払った態度で指示を出していくティアナを子を愛しむ父親のような顔で見つめていた切名へと視線を向ける。
「……やれるわね?」
「おうさ」
「OK」
たった、それだけ。指示を与えたわけでも念話を行ったわけでもない、ただ目を合わせただけ。
だが、たったそれだけの行動でお互いの心を分かり合う事が出来るほどに強い信頼感が、彼らの間には形成されていた。
「以降の指示は念話で行うわ。攻撃に気を取られ過ぎて聞こえませんでしたなんて阿呆なマネするんじゃないわよ? ――それじゃあ、GO!」
『了解!』
全員が戸惑うことなく、己が役目を果たすために動き出した。
先手を取ったのは機動力に定評があるスバル。四体の集団を作って逃走する標的を見据えると、右手に装着した【リボルバーナックル】へと、魔力を注ぎ込む。
唸りを上げる拳を後方へと引き絞り、集団の一体に狙いを定めると加速力を加算させた先制の一撃を放つ。
だが。
「え、あれっ!? なにコレ、やりにくい!?」
ふわふわと風船のように宙を舞うガジェットを捕えることが出来ず、初撃はあっさりと回避されてしまった。少し離れた所では、威力ではなく手数をもって仕掛けたエリオの斬撃もスバルと同じように容易く避わされてしまっている。
彼ら自身の技量不足と言うのもあるが、重力を無視した不規則な動きを行うガジェットの軌道を読み切れていないのだ。
しかし、回避直後で動きが制限された獲物を見逃すほど、狩人の眼は節穴ではない。
二人の脇をすり抜ける様に逃げるガジェットの後方から、オレンジ色の魔力弾が迫る。
カエデのブーストを受けたティアナが放った魔力弾だ。四体の標的に寸分違わずに直撃したそれは、しかし撃破には至らない。
何故ならば、直撃寸前に魔力弾を形成する魔力が霧散されてしまったからだ。
「魔力が消された!?」
その光景を見ていたスバルが驚きの声を上げる一方で、ティアナはその結果が何を意味するのかを冷静に受け止めていた。
「ふーん? バリア……ってワケじゃなさそうね。どっちかっていうとフィールド系。それに防いだって言うよりかは無効化されたみたいな……ああ、なるほど。AMFって奴ね」
「『えー・えむ・えふ』? それって、なんじゃらほい?」
「アンタはもうちょっとで良いから勉強しなさい。まったく……AMF、正式名称アンチ・マギリング・フィールド。一定範囲の魔力結合を分解させる、私たち魔導師の天敵みたいな能力ね」
特に、物理攻撃能力を持たないティアナの様な純正魔導師にとって、やりにくいことこの上ない相手だ。
しかし、
――ま、この程度の相手に苦戦するようじゃあ、アイツの隣を歩く資格なんて無いんでしょうね。
顎に手をやって考えを纏めつつ、スバルとエリオに目標の逃走予測径路を指示していく。
程なくして戦術を纏め上げたティアナは、次の作戦を実行するために行動を開始するのだった。
一方、単独で行動していた切名は、ティアナたちが追っているのとは別の目標を視界に捕えて獰猛な笑みを浮かべていた。
これこそが先ほどティアナとアイコンタクトを交わした際に取り決めた布陣。十体中六体の標的を切名一人で相手取るという、一見すると無謀極まりない策。
だが、ティアナは今回の訓練を“このチームをどのように運営するかを確かめる”事を主軸に置いていた。
たった一人とは言え、お互いの癖や戦術も何も知らない相手とチームを組むのだ。
書類上の情報だけで相手を理解できるはずが無いと考えるティアナとしては、今回でエリオがどれほどの戦力と計算できるのかを把握しておく必要があると考えた。
故に、今回の作戦はミッション目的を完遂させつつ、エリオの戦力分析も済ませるという目標を掲げたのだ。
これはあくまでも各メンバーの実力とチームワークを確認する
彼女が後方に控えているのは、どんな些細な情報も逐次把握できるようにしつつ、いざと言うときは自分が片を付けられるようにという意味を兼ねて。
スバルと行動を共にさせたのは、最前線で戦う機会が多くなるであろうあの二人にお互いの癖を至近距離から感じ取らせることで、コンビネーションを身に付け易くなるように。
そして、“
「へへっ、さっすがティア。俺の事をよく分かってるな」
切名は漆黒の手甲の調子を確かめながら、そうひとりごちる。だがそれは、もはや武器と言うよりは鎧に近い輝きを放っている。
一見すると何ら変わりばえのしない時代遅れの武器。しかし、これこそが彼を象徴する武具のひとつ。
この手甲は、彼が英雄騎であったころから愛用していた装備だった。実戦の中で硬化と強化のルーンを幾層にも重ね掛けしていった結果、宝具と呼ばれる領域に手が届くほどの強度を体現させることに成功した一品だ。
長年連れだった相棒の調子を確かめながら、切名は瞳を閉じて己が内に宿る彼しか持ち得ない『神秘』を起動させる。
「
バチリ! と鋭い痛みと共に魔術回路に魔力が流れる。切名の生命力を魔力へと変換させる疑似神経。
魔導師には……いや、この世界の住人には存在しない『神秘』そのもの、それこそが魔術回路。
こ彼だけが持つ特別なチカラ。生前と同じ魔術師としての技術を使用できるという『とっておき』。
しかもリンカーコアより生成される魔力を利用する魔法とは根本的に別系統の技術。つまり、独立した魔力生成器官が二つ宿っているという事に等しい。
これにより、切名はリンカーコアの出力そのものは平凡であるものの、魔術回路と並列稼働させることによって、常人を超えた魔力の運用が可能となったのだ。
――もっとも、彼自身の才能が一転特化型の魔術使いタイプであったために、魔術回路が生成する魔力は肉体強化程度にしか使用できないという欠点があるのだが……。
「……よし」
元より不器用な自分には多彩な魔術を使い分ける器用さなど存在しない。故に、基本にして子宮極たる強化ただ一点を極めたのだ。
久しぶりに起動させた魔術回路が正常に機能していることを確認すると、標的を見据えて襲撃をかける。
「まずはひとつっ!」
足元を爆散させるほどの踏み込みで標的との距離を詰めると、そのまま魔力を纏った拳を振り抜く。
身体の表面を覆う強化魔法と、内部から肉体そのものを強化させる魔術の恩恵を受けて、ただの拳が大砲の如き威力を宿す。
その攻撃を感知できなかった標的の一つに拳が深々と突き刺さり、それが引き抜かれると共に爆散する。
だがそこで攻撃を緩める様な切名ではない。
即座に次の獲物目掛けて突進、回避行動に移りかけていたソレに死神の鎌を思わせる蹴りが叩き込まれ、外装が吹き飛に、内部フレームが露出する。
その隙間に突き刺さるのは名立たる名剣思わせる手刀による刺突。コアまで深々と突き刺さったそれを引き抜けば、訓練場に二つ目の花火が舞い散っていく。
機械ゆえに仲間をやられたことに対する感情を思わせない動きで逃走を目論む次なる標的を、切名の眼光が捕える。
続けさまに繰り出される猛烈な攻撃の嵐の前に、標的たちが瞬く間に鉄くずへと成り果てていく。
刹那の間に四体の標的が破壊され、残りの獲物はプログラム通りの回避行動に移ろうと散開しようとしたものの……
「おせえっ!」
一足で距離を詰める切名の稲妻の軌跡を思わせる一撃が、路地裏に逃げ込もうとした標的の一つを粉々に粉砕する。
爆散する標的。その黒煙に視界を蔽われて、切名は一瞬標的の姿を見失ってしまう。
切名の攻撃の隙を見計らって逃走を目論む最後の標的であったが、すでにそこは彼の間合いの中。
歴戦の強者たる切名の間合い……それ即ち、逃走不可能となる堅牢な結界と化す。
拳戟の檻に捕らわれた哀れな獲物たちに、逃げ延びる道など……存在しない!
「空気の流れ、僅かな駆動音……目が見えなくても、感じ取ることは難しくないんだよ!」
最小限の体捌きと足捌きで相手の逃走径路を防ぎ、閃光もかくやと言う速度で放たれる剛拳が、鉄の肉体を打ち砕かんと次々に叩き込まれていく。
止めとなるアッパーが胴体部分をブチ破り、機体内部に潜り込む。
中にある部品をわし掴みにして引き抜きつつ、逆の拳ですくい上げる様に撃ち上げる。
装甲をボコボコに陥没させられた標的はくるくると回転しながら上昇し……上空十メートル地点で爆散した。
ぱらぱらと舞い落ちる残骸の合間をすり抜ける様に歩きながら、切名は遠方から響く爆発音と、なのはのミッション終了を告げるアナウンスに耳を傾ける。
「ミッションコンプリート……ってか?」
おどける様に呟きながら、切名は己が拳を虚空へ向けて掲げてみせた。
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機動六課始動の裏側で
そしてfortissimoでおなじみのアレが登場します。
赤い、赤い夕焼けに染まった黄昏の世界。
大地から染み出るように淡雪の如き燐光が生れ落ち、気泡の様に天へと浮かび上がっていく。
それは神々の黄昏を告げるかの如き深い赤一色に染め上げられるという幻想的な風景であると同時に、生命の息吹を一切感じさせない不毛の世界でもある。
生物の営みが欠片も感じられないその世界には、完全に姿を消している動物とは違って、樹林や草花と言った植物は残されていた。
――だが、果たしてそれらを生命と呼んでも良いのだろうか?
遍く生物は勿論、芸術家が魂を注いで完成させた芸術品の中にも稀に存在しているとされる“命”。
それが一切感じられぬ、赤い輝きに照らされた草花は、まるでよく出来た彫刻のようだと言う感想をダークネスに抱かせていた。
周囲を見渡し、少なくとも半径数千キロ以内の範囲に自分たち以外の生物の気配を感じられないことを確認すると、ダークネスは微塵も表情を動かさないまま右手を振り上げる。
手刀を形作るソレに黄金、漆黒、そして蒼から成る魔力光が纏わり、収束していく。
それは魔力を纏わせた唯の手刀。
されどそれは、眩くも暗く、恐ろしくも暖かい……そんな歪な印象を見る者に与える
人智を超え、『神成るモノ』としての最高位に位置する彼の代名詞の一つとも呼べる必殺技。
たった一人の青年に向けて揮うにはあまりにも
「さて、この
「て、テメェ……!」
片腕と片足を失い、動きを阻害をしないように軽量化された特徴的な民族衣装を自身の血液で深紅に染め上げた青年……アルク・スクライアは一矢報おうと残された左腕に力を込める。
……が、骨が砕かれていたために肘から先があらぬ方向へと歪み、再び土の味を味わうことになってしまう。
何故、こんな事になってしまったのか……。
アルクは思い返す。
今よりほんの数時間ほど前。
彼らにとってはお約束とも言える異世界へと召喚されたあの時の事を。
――◇◆◇――
「またかよ……」
うんざりしたとばかりに溜息を吐くアルク。
ノースリーブのシャツに、ぴったりフィットしたタイツ状のズボン。
その上からスクライアの民族衣装を動きを阻害しない程度に軽量化させたものを羽織った出で立ちの青年の顔は、少年であったかつての頃よりも幾分か凛々しさを増していた。
トレジャーハンターとして遺跡に潜ることが多かったせいなのだろう、むき出しの肌には細かな傷痕が見て取れる。
赤黒く焼けた肌と相まって、まるで次元世界に数多存在する少数民族の中で最も勇猛な戦士の如き雰囲気を醸し出している。
彼がいるのは巨大な大樹を中心とした果てしなく広大で白い世界。
“
アルクは己の
「ンだよ、せっかく未開の遺跡の最深部に到達して、いざこれからっ! お宝とご対面~♪ って最中に呼び出しやがって」
「あらあら、元気そうで何よりですわね」
鈴が鳴るかの如き澄んだ声が、神域たる世界に響き渡る。
声のした方を見れば、“Ⅶ”と刻印された祭壇の上に立つ女性の姿があった。
艶やかな黒髪を背中へと流し、優雅に口元を隠しながら自分を流し見る美少女と相対し、されどアルクの反応は淡々としたものだった。
それも仕方のない事だろう。何故なら、彼らは顔馴染み……それも、アルクが調査に潜っている遺跡の情報を斡旋してくれたスポンサーなのだから。
「うい~っす。葉月、おひさ~~」
「ええ。とは言っても、ほんの二日前にお会いしたばかりですけどね」
「まあなあ……っと、例の遺跡はちょうど今調べてるトコなンだよ。後で纏めて報告すッから」
「了解ですわ。それにしても、随分と様変わり致しましたわよね」
辺りを見渡す如月 葉月になぞって視線を動かしながら、アルクも確かにと同意を返す。
始めてこの世界に呼び出された時は、この無駄にデカい大樹の中ほどの高さだった。
その次は、最初の時よりも数段上……鬱葱と茂る枝に大分近い高度に上昇していた。
闇の書事件が終わった後に呼び出された時は、下手な樹海よりも広いんじゃないか? と言う程に広大に広がった枝の先辺り。
あの時は確か、手を伸ばせば縦横共に数メートルはあるデカいサイズの葉っぱに届きそうなくらいだった。
そして今回は、樹上の頂に極めて近く……祭壇間の距離がほんの数メートルにまで接近してしまっている。
そのお蔭で、今までは距離が開きすぎていて相手の姿が微塵も確認できていなかったのが、こうして自分以外の参加者たちの姿をハッキリと確認できるようにまでなった。
“
アルクは頭を振って気持ちを切り替えると、敵愾心を与えないよう気を配りながら、十三の祭壇の内、自分と無人なものを除いて参加者の姿が確認できる
最初に意識が行くのはやはりと言うか“Ⅰ”……ダークネス。
最後に出会ったのはアルクたちが地球で暮らしていた頃、確かプールへ遊びに行った時だったか。
あの時も感じたことだが……やはり、彼だけは
――コイツ……!? “闇の書”ン時の金ぴかモードとほぼ変わんねェ
この世界では戦いを禁じられている。それはデバイスの起動、バリアジャケットの展開にまで及び、この世界に呼び出された参加者たちは当然非戦闘形態となっている。
魔力を身体中に纏わせている訳でもなく、殺気を振り撒いている訳でもない。
眼帯に隠れていない右目を瞑り、腕を組みながら無言を貫いているダークネスは黒を基準とした私服のまま。
彼独特の、騎士とも取れるどこか怪物然とした異形の姿になっている訳でもない。だと言うのに――この背筋を凍りつかせるほどの圧倒的な存在感は一体どういうことなのか!?
『ただそこに在るだけで人を慄かせてしまうほどの圧倒的なチカラを宿す
自分以外の連中からも視線を向けられているにも関わらず無言を貫くダークネスを戦意を宿した眼光でひと睨みすると、隣の祭壇へと視線を移す。
絵本の中の登場人物が着るようなドレスの上に白衣を羽織るという珍妙な姿でありながら、服の上からもはっきりと分かる突き出した双丘を筆頭とした見事なボディラインは、十分に美人と呼べる人種の一員である花梨たちを遥かに上回っている戦闘力を具現化していると言えよう。
そんな彼女、“Ⅱ” ルビー・スカリエッティ。
彼女もまた警戒すべき対象にして、おそらくは次の戦いの舞台のキーパーソン。
彼女がいる限り、“知識”通りに事態が動いてはくれないだろう。
だからこそ、彼女に集まる視線もまた多い。ただし、ダークネスに向けられていた好意、警戒、疑問などと言ったものと比べて、明らかな殺気が籠められたものが多かったのは、彼女が初代リインフォースを手に掛けるたからだろう。
アルク自身はリインフォースにそれほど思い入れが無かったのでそれほどでもないのだが、葉月は勿論、翠屋の制服の上に蒼い羽が胸元にあしらわれたエプロンを装着した高町 花梨や管理局陸士専用の制服を着こなす八神 コウタなどは、まさに仇を見つけたとばかりの形相で睨み付けている。
ルビーは三人からの殺意を気にも留めないまま、ダークネスの横顔に好奇と愉悦と思慕が入り混じった視線を送り続けている。
彼女にとって、もはや花梨たちなど視界に入れる価値すらないという事なのか――。
だが。
――あいつらには悪いケド、俺としちゃあ
アルクは表情を変えぬまま“
“ⅩⅠ”に“ⅩⅡ”……彼らの正体を暴くことに精神を集中させ、あまりよろしくない頭をフル回転させる。
情報収集と下準備はトレジャーハンターの基本にして必須のスキルだ。
いかなる主義思想を持ってこの儀式に参加しているのか? 目的は? 戦闘スタイルは? 宿している“特典”や“能力”は? 自分たちの様に協定を結ぶ意図はあるのか?
出来る限りの情報を集めて今後の動きに反映させよう――という彼の考えは、しかし、容易いものではなかった。
「チッ! ナンで新入り共は俺たちみたいに
舌打ち。忌々しそうなアルクに睨まれた“ⅩⅠ”と“ⅩⅡ”の姿は、まるでトーンが貼られたかのように黒い影に包み込まれており、しかも黙ってるものだから性別すらわからない。
アルクの疑問に答えたのは遠雷の如き威圧感を伴った人ならざる者の声だった。
耳ではなく心に直接響く、念話とはまた異なった類の“声”が、新米以外の参加者たち共通の疑問に答えていく。
《久しぶり、或いは初めましてかな? まあ、どちらでもいいさ。さっそく本題に入ろうか。――諸君らも分かっているとは思うが、もうすぐ“
ざわめきを上げたのは儀式の初期段階から生き延びてきた者たち。
訝しみ、表情を曇らせる一同が天を見上げる中、《神》の言葉が続く。
《まずは今後参戦する“ⅩⅠ”以降の参加者たちについてからとしよう。彼らの姿のみ未だに隠しているのは公平さを出すためだ。“Ⅰ”、“Ⅱ”、“Ⅲ”、“Ⅵ”、“Ⅶ”そして“Ⅸ”、お前たちは“
感情を感じさせない淡々とした事務的な声。
やはり今回の《神》とやらも、今までに言葉を交わした存在とは
《次に、今回から導入する概念空間魔法『
「つまり、『
コウタの声が震えているのは恐怖ではなく怒りによるものなのだろう。
自虐は戦闘行為とはとられないのか、掌に爪が突き刺さる程握りしめた拳から滴り落ちる真紅の血液がひどく痛々しい。
《そうだ。さらに付け加えるとするのならば、『
「『
《そうだな……“Ⅰ”、お前があの姿になって全力で戦闘を行ったとしても、微塵も揺るがない程度だと言っておこうか》
参加者の中で最大の攻撃力を持つダークネスでも破壊することが出来ないという事は、つまり誰にも『
彼の力を知る者たちは、その言葉に僅かに身体を硬直させる。
「次だ。発動している『
《外部からの侵入や干渉は事実上不可能と捉えてくれていいだろう。取り込んだ世界そのものを並行世界に
――鈴の音、か……。やはりな。No.“0”の『
白夜が『
それは、『
この世界に満ちる正常にして強大なエネルギー……『神力』とも呼ぶべきそれは、その名の通り純粋な神の力を指す。
彼ら参加者に与えられた“特典”とは、無色の『神力』を個々の魂に合うように
それをさらに参加者自身の意志で再
だが、『
白夜自身が《神》であると言うのならば話は別だが、彼もまた
ならば、唯の人間であった彼が『
――『
おそらく、本人は自分の意志で生み出したと思い込んでいたのだろうが……真実はこうだ。
『
だが、儀式を盛り上げるためなのか、それとも戦いを促進させるためなのかはわからないが、急遽導入する必要性に迫られた。
しかし、正式採用の前に件の術式が正しい効果を発揮できるのかを確認しておいた方が良いと考えたのだろう。
そこで着目したのが
複数の“能力”を有する彼に、自分で造り上げた“能力”だと思い込ませたまま『
全ては、『
――ああ、なるほど。奴はこれを完成させる為だけに転生させられていたのか。
いっそ哀れとも思うが、ダークネスは白夜を葬ったことを後ろめたく思いはしない。
何故ならば、白夜もまた確たる己の意志を以てダークネスたちの前に立ち塞がっていたのだから。
自己解決を済ませて無言になったダークネスに続いたのは、ルビーだった。
「は~い♪」と子供の様に手を上げつつ、虚空に向かって問いかける。
「発動がランダムって言うのはどーゆーワケ? 研究してる時とか、ご飯を食べてる時とかに突然別世界とやらに取り込まれちゃってコト?」
《そう捉えて貰って構わない。だが、そうだな……同一世界に参加者が複数存在している場所ほど発動しやすいと言う法則性があると考えるといい。世界に一人しかいない状態で『
確かに今までも命の危機に瀕することは多々あった。
だが、今回のこれはそれを遥かに上回る危険性が秘められていることを皆がひしひしと感じていた。
特に顕著な反応を見せているのが花梨を始めとする協定派だ。
彼女たちの強みは志を同じくする参加者、非参加者を問わぬ結びつきによる協力関係だ。
だが、『
何故ならば、『
無論、参加者同士の
だが。
「そんな事……出来るワケないじゃない……!」
花梨は悔しげに呟くと唇を噛み、俯いてしまう。
参加者同士の闘争を拒絶し、互いの立場の垣根を越えて協力する事で大きな力と無し、儀式からの離脱方法を模索してきた彼女たちにとって、自ら儀式を加速させるような真似だけはする訳にはいかない。
何故なら、この思想故に複数の参加者による協力関係が確立しているのだから。
もし闘争を肯定してしまったが最後、彼女たちはお互いを信じ抜くことが出来なくなってしまい、やがては疑心暗鬼による瓦解を迎えてしまう事だろう。
故に、彼女たちに残された手段とは……
概念魔法の一種であるらしい『
あるいは、それを生み出して発動させる存在に儀式そのものを解除させるしかない。
「……ちょっとまって」
そこまで考えて、花梨はある事に気づいた。
世界の理を平然と書き換えるこれほどの大魔法を、果たして別世界から見守っているはずの《神》が発動し続けることなど出来るのだろうか?
嘗て、転生後に“
『神サマなんだったら、新しい神を用意することくらい簡単なんじゃないんですか?』――と。
その時、《神》はこう答えた。
《我らの力は強大であるが故に、同一の世界に対して幾度となく干渉を行うことや新たな神の創造といった大きな力を振るう事は世界に悪影響を与えてしまうので控えねばならないのだ。特に、“
つまりそれは――
「『
それほどのチカラを駆使できるとすれば、間違いなく《神》の恩恵をその身に宿す者。
怪しいのは未だ姿を見せぬ――“ⅩⅢ”。
――もしかしたら、“ⅩⅢ”ってのは儀式の行く末を見定める監視官、あるいは進行役のような役割を与えられているんじゃないかしら?
あのセカイに生きる存在として受け入れられている者であれば、世界を書き換えるほどの“能力”を発動させても、セカイに大きな影響を与える事はない。
少なくとも、神々がいちいち干渉してくるよりは、よっぽど現実的だと花梨は思う。
振り向けけば、頷きを返す葉月の姿。どうやら彼女も花梨と同様の解答を導き出したようだ。
重要な説明という事もあり、存命の参加者全員が集められた今回の会合で、唯一姿を見せない“ⅩⅢ”……怪しめと言っているようなものだ。
それを分かっているのだろう。彼女たちの推測を肯定するかの如き言葉が《神》より告げられる。
《ああ、そうそう。今回の“
花梨たちはその言葉に嘘は含まれていないと直感する。
磨き上げられた第六感が、告げられた言葉は真実であると告げている。
しかし、それでも腑に落ちないのを感じるのもまた事実。
何故、“
「……真実と虚偽が入り混じった情報を提供することで俺たちの思考をある方向へと誘導すると共に、裏に隠された真実から目を逸らさせる――と言ったところか」
「ま、そもそも“ⅩⅢ”が進行役だって決まった訳でもないしね~~」
《――――》
「?? あの、それってどういう――」
《“Ⅰ”、“Ⅱ”、それ以上の発言は許可できない。それとも、何か文句でもあるのか?》
「いいや、別に?」
「下手な勘繰り、地獄の淵への片道切符~~♪」
《……ふ、やはりお前たちは違うのだな。まったく――厄介極まりない》
それだけを言い残して空間を支配していた威圧感が退いていくと同時に、アルクたちの意識もあのセカイへと引き戻されていくのだった。
耳の奥にこびり付く様に残された、何者かの嘲笑と共に。
――◇◆◇――
アルクが意識を取り戻した時、彼の身体は遺跡の最深部に納められていた偉人の棺にもたれかかっていた。
かぶりを振って頭をはっきりさせると、あのセカイに呼び出される前の自分の行動を思い返していく。
徐々に蘇ってくる記憶を繋ぎ合わせていくと、目的の棺を見つけて駆け寄っていく最中に向こうへ呼び出されていたのだという事を思い出した。
なるほど、精神だけ引き込まれるのだから、肉体の方は重力と慣性の法則に引かれるまま棺に向かって倒れ込んだのだろう。
額がずきずきと痛むのは、倒れた時に棺にヘッドバッドしてしまったせいか。
むこうに行っている間は現実世界では時間が経過しないハズじゃなかったのかとぐちぐち文句を溢しつつ、身体にしみついた習慣に従うまま棺を開いて“お宝”の詳細を確認する。
そこには包帯塗れのミイラ……ではなく、赤黒い染みのようなもので汚れているボロボロの……、まさしく風化一歩手前なマントらしい布が収められていた。
盗賊に荒らされたと言う訳でもないらしい。
何故ならば、アルクの顔は混じりっ気のない喜色が浮かんでいたのだから。
バッグの中から状態を保護するための特殊な収納袋を取り出すと、棺に納められていたソレを壊れ物を扱うかのごとき慎重な手つきで持ち上げて、腰袋の中に納める。
この袋は特殊な魔法が掛けられており、簡単に言えば疑似四次元ポケット、或いは“闇の書”事件の最中、グレアムの手によりジュエルシードの輸送に使用された『パンドラ』と似通った性質を持つ。つまり、内部に納めた対象を最善の保存状態を維持しながら持ち運びを可能とする優れモノなのだ。
もっとも、一回しか使えない使い捨てな上に非常に高価でもあるので、そう軽々しく使うことが出来ないと言う欠点もあるが。
貴重なトレジャーハントグッズを使ってまで回収したソレの価値は如何様な物なのかをアルクは正確に把握している訳ではない。
それでも、信頼できる筋からの情報であり、彼自身ボロ布の……正確にはそこにこびり付いた赤黒い染みから、尋常ならざる魔力を感じとれているのだから、これは相当価値のあるお宝だと彼の勘が告げているのも事実なのだ。
「へっへっへ~~♪ 後はコイツを葉月んトコに送り届ければお仕事終了~ってか。ひっさしぶりに、皆でメシ食いに行くのもアリかもしんねぇなぁ……あ、その前に、いいかげんデバイスの一つくらい作っとくのもいいかもな!」
これからの予定に心を躍らせながら、トラップを解除したが故に安全な帰り道を軽快な足取りで進んでいく。
目的のものを入手できたことの喜びが、アルクからつい先ほど聞かされた“
そして――すでに『Strikers』と呼ばれる物語は幕を開いているという事も。
『A’s』までの“知識”しか有しておらず、『Strikers』は“八神 はやてが設立させた部隊を中核とした物語”だと思い込んでいたが故に、アルクは自分にも送られた召集の連絡に記された日時……即ち、
もし、この場に葉月がいれば、己が迂闊さに頭を掻きむしっていたかもしれない。
何故なら、あのセカイで邂逅した葉月は『今調べている』と言ったアルクの言葉を『前準備として調査している』のだと捉えてしまっていたからだ。
しかし、現にアルクはミッドチルダから相当離れた管理外世界の一つに、たった一人で出向いていた。
余りにも迂闊な行動。そんな行動の代価を、彼はすぐに支払うことになる――
「よっ……と。うっし! ひっさしぶりのお日様の光ってか! さーって、まずはどうす――ッ!?」
アルクが遺跡から地上へと出た瞬間、視界全てが眩い輝きに包まれたかと思うと、周囲総てが一瞬で異常にして異質な世界へと変容した。鈴の音色が脳髄に響き、視界総てが真っ赤に染まっていく。
「なんっ……だよ、これ――……ッ!? まさかっ!?」
魔導師としてなじみの深い封時結界や、かつてダークネスが発動させた『封鎖の刻印』と言う名の空間閉鎖型結界とは明らかに異なる異質さを感じさせる場所。
荒廃し、荒れた大地が広がっていたはずの風景を染め上げる夕刻を思わせる赤色の世界。
大地から雪の如き燐光が浮き上がっていく様は、どこまでも幻想的である。
だが、元々脆弱ではあったものの、それでも生命の息吹を感じられていた本来の世界とはあきらかに異なる点。
それは生命と言う存在が自分を除いて完全に欠落してしまっているかのような不快さを与えてくる、明らかに普通ではない圧力。
アルクは本能で理解さえられていた。
この幻想的な世界に存在できるのは、選ばれし人を超えた者たちのみ……矮小な人間ごとき存在は、存在することも許されぬ空間であるという事を。
「こいつが……『
「――だろうな」
動揺を隠せぬまま辺りを見渡していたアルクの第六感が
完全なる不意打ちによる一撃――……三色の魔力光が生み出す炎の如き魔力を纏わせた魔剣が、アルクの身体を両断せしめた……!
「かっ……!?」
――『
「げほっ、げはっ! ……うげぇ……!?」
寸断された肉体を蘇生させながら、アルクは地面を蹴り、その場を離脱する。
襲撃者から少しでも距離をとろうとしたが故の無意識下での行動だったのだが――そんなありきたりの反応程度で、
「逃げられると思うな……! 『
抜き撃ちで放たれた神代魔法。速度を優先したが故に
高速演算処理能力を利用して、『
『
如何なる対抗手段を生み出していようとも、それを使われる前に問答無用で灰燼と化してしまえばそこで終わり。
『
どちらかが消滅することでしか、未来を掴む事は出来ないのだから――!
「――」
「はあっ……! はあっ……!!」
漆黒の魔力が霧散した先には膝を付き、荒い呼吸を繰り返すアルクの姿があった。
驚くべきことに、彼は必殺を具象化させた神代魔法を正面から受け止め……生き返ったのだ。
だが。
「ずいぶんと消耗しているようだな。さて、もう一度
不敵な笑みを浮かべたダークネスは、大きく魔力を消耗してしまった状態のアルクを冷ややかに見下ろしていた。
対するアルクは『
『
だが、その強大な効果を成り立たせているのは『
嘗て、砂漠世界でディーノの凶刃に倒れたアルクは『
だが、人間を容易く両断せしめたクライシス・エンドと世界を薙ぎ払う神代魔法の連続攻撃は、アルクから複数の“特性”を奪い取っていた。
名だたる名剣・魔剣を凌駕する切れ味を誇るクライシス・エンドは先に述べたように『鋼』を。
破壊の具現たる『
『
“能力”発動時の肉体的な痛みはそのままアルクが受け止めなければならないために、全身を焼き尽くされるという激痛と言う言葉ですら生ぬるい痛みが現在もアルクの精神を蝕んでいる。
痛みが精神を染め上げるということは、戦闘に割くことのできる思考を減少させるという事。
それは、格上の敵に対するにはあまりにも大きなリスク。
思考を切り換えねばと頭では分かっていると言うのに、全身を駆け巡る激痛の奔流が、完全に回復している筈の肉体に傷を負っているのではないかという幻想を抱かせる。
人間は傷を負っていると強く思い込んでしまって時、実際に傷を負っていなくても痛みを感じる事がある。
これは精神が肉体に影響を与えると言う事実の顕著な例であり、同時に現在のアルクにとって、決して逃れえない現実の説明でもある。
『神成るモノ』として未だ覚醒に至れていなかった彼の価値観は人間のそれと違いは無く、故に、精神と肉体の感覚を切り分けることも可能な『
人を超えた領域に立つ存在にたった一人の人間が、精神、肉体のいずれもが下回っている
「くっ……!? 『
アルクは高速移動を可能とさせる“
大地を踏み占めながら接近してくるダークネスから逃れるための判断だったのだが――
「――『
「なっ、しま――ッ、ガアッ!?」
相手は音速はおろか光速すらも凌駕する速度を叩き出す化け物。
次元の壁を突き破り、彼我の距離を刹那に
アルクの鳩尾に拳を叩き込み、くの字に折れた彼の右手を掴み取ると、そのまま力任せにねじ切る。
背筋の凍る生々しい音とアルクの絶叫が黄昏の世界に響き渡り、真紅の血飛沫を撒き散らしながら、アルクの肘から先の右腕が宙を舞う。
咄嗟の反撃として放たれた前蹴りを、ダークネスは腹部に装着されたジュエルシードを収めた紅玉から蒼と紅から成る魔導砲にて迎撃し、吹き飛ばす。
さらに、バランスを崩したアルクの顔面をわし掴みにして固定すると、腹部に拳と膝の連撃を叩き込んでいく。
肉が潰れ、骨が砕かれていくにも関わらず、『
格闘術に属する攻撃の対象となりうる“特性”が残されていないからだ。
鎧を纏っているダークネスの攻撃は、分類するのなら『鋼』に属するだろう。
だが、『剣』としての側面を持つクライシス・エンドによって消失してしまっている現状、アルクに嵐のような拳の豪風から逃れる手段は存在しない。
数十発の拳を叩き込んだ処で、ダークネスはアルクの拘束を僅かに緩め……力無く脱力して、全身を真紅に染めたアルクの身体を容赦なく蹴り飛ばす。
硬い地面を削り、バウンドしながら吹き飛んでいくアルクに向けて、ダークネスの撃ち放った魔力弾による追撃が直撃する。
ピンポン玉の様に宙を舞うアルクがようやく動きを止めた時には、すでに息絶えているのではないかと思わんばかりの凄惨な姿へと彼が成り果てていた時であった。
あらぬ方向へと折れ曲がった左の手足はピクリとも動きを見せず、陥没した胸部は呼吸しているのかもわからず、精々が空気の洩れるような音が喉から漏れ出すだけ。
余りにも痛々しい姿……されど、ダークネスの顔には一切の感情が浮かんではいなかった。
凄惨な光景を生み出したことに対する後悔も、弱者を甚振ることに快感を感じたが故の愉悦などは、微塵も見受けられない。
あるとしたら――それは、警戒心であろうか。
参加者が敗北すれば
しかし、未だに肉体が存在しているという事は、アルクが存命していることの何よりの証明であると言える。故に、ダークネスは警戒する。
“特典”や“能力”の人智を超えた特殊能力を知っているが故に。
――ピクッ。
アルクの指先が僅かに動く。次いで緩々とした動きで上半身を起こしたかと思うと、その勢いのまま立ち上がり、
「何……?」
斬り落とした筈の右足がいつの間にか生えていることに僅かに驚いたダークネスの視線の先では、欠落した右手、右足を傷口から生やした触手のような物体をより合わせることで手足の代わりにしているアルクの姿があった。
触手らしきものは徐々にアルクの全身を呑み込まんと侵食を始めている。覚悟を決めた男の目をしたアルクは、ほぼ全身を覆い尽くしかけている
ダークネスは知らないことだが、アルクの変貌もまた『
名を『
使用したが最後、強大な戦闘力と引き換えに精神を殺意と闘争本能で支配されてしまうという諸刃の剣。
十年の歳月を以てしても、ついぞ制御することが叶わなかった禁手であった。
発動したが最後、自らも破滅してしまうと分かっていながらも、アルクにはこの“特性”を発動させねばならない理由があった。
それはダークネスを倒すこと……ではない。
例え『
しかし、このまま敗北することを受け入れることなどアルクには出来なかった。
自分を倒したダークネスが更なる“
結局話すことは出来なかったが、“ⅩⅠ”や“ⅩⅡ”が協力してくれたとしても、確実に倒せるとは思えないダークネスに、このまま
何よりも、現在彼らが戦っている世界は花梨たちがいるミッドチルダからそう離れてはいないのだ。葉月あたりならば、『
ほぼ無傷の状態からさらなる
つまり彼女らのためには、せめてこの場で浅くはない手傷を負わせてやらなければならない。
ダメージを負った状態ならばダークネスの性格上、万全を期すためにこの世界から撤収する可能性も考えられる。
自分の勝利が不可能だと言うのならば、せめて後に残る連中のために何か残してやりたいという想いが、アルクの闘争心を燃やし続けているのだ。
「たとえ此処で倒れようとも、お前をアイツらの元に行かせるわけにはいかねェんだよ!」
気合の咆哮と共に、アルクはもう一つの『切り札』、『
それは地上に舞い降りた太陽の如き眩い輝き。穢れし闇を打ち払う、人々の希望が具現化した正義の代名詞。
『
全身を聖なる破魔のオーラで覆い、『
『
仲間を想う覚悟と魂を魔力に変えて、アルクの拳に眩い閃光が収束する。
それはまさに、煉獄の底に蔓延る穢れすら浄化し尽くす、神聖にして高潔なる一撃。
滅龍魔法の最終奥義にして、邪悪なる邪神を打ち破る、穢れ無き白光の聖拳――――!!
「『
同時に放たれた双拳から解き放たれた眩しく輝く白光が、赤き世界から邪悪なる存在を消滅させていく。
友を、仲間を想った聖拳は絶望という未来を斬り開き、希望と言う名の
身に纏う闇が深ければ深いほど威力を増幅させる正義の一撃は、確かにダークネスと言う闇の具現を消滅させたのだ。
……だが。
「――『
されど、勇者の前に立ち塞がるのは白き聖光すら超越した黄金色の綺羅光。
世界を白から黄金色に染め変えた存在は、アルクの双拳を受け止めてなお、超然と大地を踏み締めながらそこに在った。
鋭い眼光はそのままに、纏う魔力と
《新世黄金神》として顕現した超越存在……スペリオルダークネスEXの姿がそこにはあった。
「……な、んっ……でっ……!?」
驚愕を隠せぬアルクは大切な事を失念していた。
アルクの放った聖なる輝きを集束させた『
相手が邪悪、あるいは闇に属する存在であるのならば必殺と成りうる
無論、そこに込められた魔力も相当なレベルであるが故に、相当の威力が籠められていたのは事実だ。
だが、それがスぺリオルダークネスEXと化した今の彼に通用するかと言えば、そうではない。
アルクは本質を見誤ってしまったのだ。
単純なポテンシャルという点から見てもそうだが、何よりも“《新世黄金神》は邪悪なる存在ではない”ことを。
元々、ダークネスの属性は“闇”と“光”。
そして“人界を守護する守護神”と呼ばれる今の彼の属性は“闇を内包した光”であり、神聖なる存在としての側面が大きく顕現している。
故に、邪悪なるものを打ち払う聖拳は十分な威力を発揮できず、拳に込められた威力はダークネスから溢れる魔力が生み出す障壁を打ち破ることは叶わなかったのだ。
魔力を出し切り、満身創痍となったアルクに抗う術は残されていなかった。
『
アルクを見据えたダークネスは、流れるような動きで魔力を練り上げつつ片腕を振り上げる。
繰り出されるのは聖剣にして魔剣なる黄金神の一刀。
竜を滅ぼす魔導師に永遠の眠りを告げる、無慈悲なる神の宣告。
「さて、この
「て、テメェ……!」
アルクの脱落によって、戦局は大きく動くことになるだろう。
悠長な構えを見せていた花梨たちに危機感を与え、動きが掴めないルビーを捕捉する切っ掛けになるかもしれない。
今回から参戦する新鋭たちの動きも気になるところだが、《新世黄金神》の姿を安定させる意味でも“
そう――
「さらばだ、“Ⅲ”――クライシス・エンドォッ!!」
赤き虚空に向かって振り上げられた黄金神の聖なる魔剣が振り下ろされ――
「――――ッ!!?」
竜をも滅ぼす魔導師の無防備な身体を寸断せしめたのだった――
――◇◆◇――
赤い世界が本来の色を取り戻していく。
『
胸の奥に感じる新たなる力――“因子《ジーン》”の脈動を噛み締めていたダークネスが、不意に視線を水平線の彼方へと向ける。
強力無比な感知能力が、この世界に現れた新たな参加者の気配を察視したからだ。
と同時に魔力の波長から逆探して、この場に一直線に向かってくるのは“
ダークネスとしては余力を十分に残しているのだから、このまま戦闘に移行しても構わない。
だが……。
「魔力反応が他にもいくつか……。訓練か何かで部隊ごと出向いてきていたのか? それなら第一管理世界から離れているこの世界に素早く現れた説明にはなるが」
そこまで呟いてから、ダークネスは顎に手をやって考え込む。
「部隊ごと壊滅させてやってもかまわないが……
己が手で打倒し、新たなチカラとなって己が胸の奥底に宿った男の、仲間を想う覚悟に応えるかのように。
数多の想いを蒼き双翼に込めながら、黄金の竜神は今を駆け抜ける。
いつか、紡いだ想いで優しい未来を創り出す、その瞬間まで――。
世界は加速する。終わりから生まれ落ちる始まりへと向けて――――。
今回は新ルールの説明&竜神vs滅龍魔導師の決闘とさせていただきました。
空間魔法には、参加者同士の戦闘を強制させる以外にも、いくつかの効果が秘められています。
その辺りは次話以降で。
作中でダークネスがアルクに不意打ちを仕掛けられた理由は、『Strikers』編開始("ゲーム"再開)直後のタイミングで戦闘を仕掛けられるよう、単独行動を取っていたアルクを監視していたからです。
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それぞれの考察
六課隊長陣による切名の考察と、あの結界のもう一つの効果についての説明となります。
「うーん……」
「あれ、なのは? こんな所でどうしたの?」
書類作業が一段落したフェイトが気分転換を兼ねて機動六課の休憩室に足を運んでみると、そこではなのはとヴィータ、シグナムが何やら難しい顔でモニターを覗き込んでいる姿に出くわした。見るからに『私困っています』的なシチュエーションではあるが、実際の三人の表情はどことなく楽しげに綻んでいるように見える。片手を挙げつつモニターを覗き込んでみると、フォワードメンバーの模擬訓練のデータ云々が表示されていた。
何か問題でもあったのかな? と首を傾げるフェイトに答えてくれたのは、彼女の来訪に気付いたシグナムだった。
「テスタロッサ、コイツを見てどう思う? 率直な意見を聞かせて欲しい」
言われ、シグナムが指し示すフォワードメンバーの一人、切名のデータに目を通すと、その内容に思わず感嘆の声が漏れる。
「うわ……すごいねこの子。魔力量は平均的なのに、近接戦闘技術がエース級だよ」
「ああ。初見で見た感想だが、戦闘者としてほぼ完成されていると言っても良いだろう。正直言ってこちらが教える事が無いほどにな」
「あっ、なるほど。それで皆が悩んでいたんだね。……あれ? でもこの切名って子、チームプレイや遠距離戦闘に問題ありってなってるよ? それなら、弱点をカバーする方向で教導を進めれば――」
管理局の強みは万能性に富んだ魔法技術の行使と、チームワークだ。
訓練校時代、そして配属された部隊でのデータを検証するに、独断専行や単独行動が目に留まる。特に、チームワークは非常におざなりで、スバルたちとチームを組んでいた以前の部隊でも、切名は機動力を生かして他のメンバーと離れた遊撃部隊として行動していたらしい。
ひとりであらゆる戦局に対応できる汎用性が強みであるならともかく、切名はミッド式の使い手でありながら近代ベルカ式のような近接戦闘に特化したタイプ。距離を取られてしまえばたちまち駆逐されてしまう、ハマれば強いが使いどころが極端な一点特化型魔導師と言える。
故に、今のうちにチームプレイをこなせるように教導を進めるのは間違ってはいないのだが……
「遠距離魔法の適性値がゼロ、魔力弾ひとつ生成できない体質というのがネックでな。何しろ、遠距離攻撃が身近な物を投擲すると言い切ったヤツだ。訓練でもコンクリートの破片をとんでもない速度で投げつけて訓練用ドローンを粉砕していたからな……」
「やめさせようとしても、遠距離手段が一つも使えない体質を踏まえた上で今の戦闘術を磨き上げたらしくてな。しかも距離を詰めたらシグナムとガチでやり合えちまうから、お前の戦法が間違ってるって言えなくてな」
ヴィータが何気なく呟いた言葉にフェイトの両目が見開かれる。好敵手として幾度となく模擬戦を重ねてきたシグナムと、新人と呼べる少年が互角に渡り合えるなどと、フェイトにしてみれば冗談みたいな話だ。だが、困った風に笑う親友の様子に、それが真実であると悟る。
「骨の髄まで染みついた戦闘術というものは、そう易々と切り替えることは出来ん。しかも本人がそれを自覚している事も問題だな。奴の変則的な機動に合わせる技術をフォワードのひよっこ共は持ち合わせていない。ランスター辺りもそれを承知しているのだろうな。逆に足をひっぱってしまう事を恐れ、自分たちに実力が身に付くまではチームプレイを最小限にとどめている節がある。まあ、私としては葵がどこであれ程の技術を身に付けたのかと言う方が非常に気になるところだが……」
「やれやれ、ま~た始まったよ、この模擬戦マニアが」
「ふ。騎士として強者との死合は心躍ると言うものさ」
「今発音可笑しかったような……」
「にゃはは……ま、まあ、そういう訳で切名君の教導をこれからどうしようかって、皆で相談していたの。自己分析も出来ているし、ちゃんと考えてるみたいだからどうにも口出ししにくくてね。それに、教導官として分析しても、一人だけ実力が離れすぎている切名君はチームプレイよりも個別メニューで個人の技術をさらに磨き上げたほうがいいかもしれないしね」
機動六課は実験部隊ではあるが、何時出動命令が下されるかわからない実働部隊でもある。
いざ出動となった時に余力を残せていられる様に訓練メニューを構築しなければならないので、訓練校のように終日訓練漬けとする訳にもいかない。
なのはの教導は、まず基礎訓練を積み重ねることで地力の土台を強固なものとし、その上にチームプレイや個人スキルを高めていくと言う方針だ。
六課始動間もない現在は、フォワードメンバーは全員共通の基礎固めの段階にあるはずだった。事実、すでに出動経験のあるスバルたちはもちろん、エリオはまだまだ未熟なひよっこ……否、卵そのもの。少なくとも一月は基礎訓練に費やすと言うのが当初のスケジュールだったのだが……いざやってみると、切名と言う少年が問題行為を繰り返すようになったのだ。
命令違反するでもなく、基礎訓練も文句を言わず熟してはいる。
だが、なのはの教導が物足りないとばかりにさっさとノルマをこなすと、一層激しい自主練まで行うようになったのだ。
ひとりひとりの限界値を見定め、最善の訓練メニューとして考案されている筈のなのあの教導が物足りないとばかりに好き放題にやっていた切名に灸を据えてやろうと名乗りを上げたのがシグナムだった。
模擬戦と言う形式ではあったものの、それは誰が見て上司の命令に背く部下への制裁に他ならなかった。
さすがにそれはとなのはが止める間もなく、切っ先を突き付けてきたシグナムに不敵な笑みを返した切名の模擬戦がなし崩し的に執り行われることになってしまう。
結果は……引き分け。
リミッターを掛けられていたとはいえ、歴戦の雄姿たるヴォルケンリッターの将相手に、デバイス無しの新人が太刀打ちできるはずも無いという予想を上回り、互角の死闘を繰り広げた二人のせいで訓練場が半壊。
最後は拳と剣閃がクロスカウンター気味に決まってダブルノックアウト。
こうして切名は魔力云々ではなく、エースクラスと渡り合える技術と身体能力を秘めていることを知らしめた。
予想以上に強力な戦力を確保できていたと言う事実にはやては諸手を上げて喜び、ほとんど完成されている切名をどう教導していくべきか、なのはらは頭を悩ませることになった。
こうして困り果てた彼女は、こうしてヴィータたちに意見を求めてきていたと言う訳だ。
「切名君は私の教導が必要無い位に完成してしまっている。私が見た感じだと、彼は一体複数での戦場で真価を発揮するタイプだと思う。だから彼が磨き上げている戦術も、教導官としては間違ってないと思うの。もちろん、チームプレイを蔑にして良いことにはならないけど――」
「下手に新人共と足並みを揃えるようにさせちまったら、本人の中で歯車がずれちまう事もありうるから問題なんだよな……」
強力ではあるが使い勝手が悪い。
何ともやりにくい部下を持った上司たちの苦労の日々は、まだまだ始まったばかりだ。
――◇◆◇――
「……」
カチャカチャカチャ……
静かな喫茶店のカウンター内で、食器が奏でる音色が響く。
『喫茶 翠屋 ミッド支店』
ここは、かの『エースオブエース』高町 なのはの双子の姉である高町 花梨がオーナーを務める喫茶店だ。
父親譲りのコーヒーと、母に鍛え上げられたスイーツの味は、ご近所でも中々の評価を頂いている。
エースと瓜二つの見目麗しい女性が経営しているという事もあって、クラナガンのガイドブックに店の紹介が載せられるほど。
クラナガンに開店してから早三年、常連と呼べるお客様もだんだん増えてきたおかげもあって経営は安定しつつある。
それこそ、
「うま~~♪」
「はぅ、美味しいです……♪」
「美味、美味~♪」
三人仲良くカウンター席に座り、翠屋特製苺のショートケーキを堪能している
時刻は夕方、学校帰りに勢いよく駆け込んできた三人にねだられるままに、つい苺のショートをあげてしまった。
濡れた手をエプロンで拭いながらカウンターに身を乗り出した花梨は、頬杖をつきながらケーキにパクつく三人を見る。
左の席に座るのは銀色の髪と真紅の瞳が目を惹く、どこか儚げな印象を感じさせる少女。
ザンクト・ヒルデ魔法学院の小等科の女子用制服に身を包んだ少女の名は『八神 リヒト』。
花梨の友人の一人である八神 はやての義理の娘であり、こうして学校帰りにちょくちょく翠屋に顔を見せてくれる常連さんの一人である。
次に視線を右端に向けて見れば、鮮やかな紫色の髪とおでこが眩しい、どこかいたずら者の子猫を思わせる少女の姿。
名を『ルーテシア・アルピーノ』。地上本部のエース部隊に所属する召喚術師の娘さんで、彼女自身も召喚士として非凡な才を宿しているという。
もっとも、ケーキに夢中になりすぎるあまり、口周りにケーキの食べかすが散乱しているのは女の子としてどうかと思う。
「もう、ルーテシアったら。もうちょっと落ち着いて食べなさいな……。ほら、ジッとして」
「んん~~」
花梨に、口周りにこびりついたクリームをナプキンでふき取って貰うルーテシア。
だが、花梨は気付いていない……彼女がわざと行儀悪く食べていることに。
そして花梨にお世話してもらっている時、物凄く嬉しそうに頬を綻ばせていることに。
ルーテシアは幼い頃から母が仕事の関係で家を空けて、一人でいる機会が多かった。
ヘルパーを頼むなり、育児施設に預けるなりして寂しくないように気遣われていたのは事実だが、そこはやはり親が恋しい子どもと言うべきか。
地上本部の育児施設を抜け出して、母の姿を探し周ったことがあったのだ。
見知らぬ施設を当ても無く彷徨った結果、当然の様に迷ってしまった。
知らない風景、知らない人たち。不安と恐怖に我慢できずに泣き出したルーテシアに手を差し伸べたのは、嘱託魔導師の依頼を受けるために地上本部へ出向いていた花梨だった。
――ねえ、貴方。こんなところでどうしたの?
――グスッ、グスッ……! ま、ママが居ないの……
――そっかぁ……。じゃあ、お姉さんと一緒に探そうか?
――ぁ……う、うん!
これが二人の出会い。その後、エースオブエースの瓜二つの女性が、これまたゼスト隊のメンバーにそっくりな少女と手を繋いでいると言う騒ぎを聞きつけたメガーヌが駆けつけた事で事態はあっさりと解決した。
この出会いをきっかけに、アルピーノ親子と親しくなった花梨の提案で、メガーヌが仕事の間は幼いルーテシアを花梨が預かると言う保母さんのような事をやっていた。こうした経緯があり、ルーテシアは花梨を実の姉の様に慕っているのだ。
大人びているようで、意外と寂しがりやなルーテシアは、花梨に構ってもらおうとこうした些細ないたずらを仕掛けるようになった。
最近では、在学しているザンクト・ヒルデ魔法学院で級友相手にいたずらを仕掛けてケラケラと笑うと言った何とも愉快な騒動を巻き起こすアグレッシブなお嬢様へと成長を果たしている。
そんな清楚なお嬢様風の美少女と、陽気ないたずらっ娘の間に挟まれている少年こそ、花梨の義理の息子であり彼女と同じ儀式の参加者のひとり、No.“ⅩⅡ”『高町 宗助』である。
出会いの経緯から最初は余所よそおしかった彼も、現在ではごくごく自然に花梨の事を『かーさん』と呼ぶほどに馴染んできている。
それでも宗助は自分の過去について、一切語ろうとしていない。
それをもどかしく思いつつも、ゆっくりと待ち続けようと決めている花梨は、参加者としてではなく、母親として息子――正確には息子を取り巻く人間関係――を見やる。
――うん、見事なまでに両手に花の図ね。
本人に自覚は無いようだが、宗助は贔屓目に見ても整った顔つきをしている。
たてがみの様に逆立った頭髪、どこか野性的な力強さを感じさせる双眸。
前世の記憶持ちな参加者故なのか、それとも出自が関係しているのか、言葉で言い表せない貫禄のようなものが感じさせられることも少なくない。
一線を介した空気を纏うが故に、学園で付けられた愛称が『兄貴』。
学園では少数派のアウトロー代表格という事もあり、いろいろな面で一目置かれているらしい。
さらに交友関係を見ると、雪の妖精もかくやというリヒトと、艶やかな紫の髪とぱっちりとした瞳が可憐なルーテシアと常に行動を共にしているのだから、これで注目を集めない訳が無い。
もっとも、義理の母たる花梨としては、出会った当初の怒りと憎悪と悲しみがごちゃ混ぜになったような暗い表情を表に出すことがほとんど無くなったことの方が喜ばしい。
出会って数年が経過した現在でも、時折夜中に宗助の部屋から悪夢に苛まれる呻き声が聞こえてくることを、花梨は心苦しく思っていた。
最後の一歩を踏み出すことを恐れているのか、宗助は過去の件に関して頑なに無言を貫き続けている。
自分たちの仲間になる云々は関係なく、ただ純粋に自分を頼ってほしいと願っているものの、男としてのプライドか、はたまた意固地になっているのかは分からないが、何を言っても『これは俺の問題だから』の一点ばり。
しかし、儀式が再開された現状、これ以上問題をだらだらと引き伸ばすことは得策ではないのかもしれない。
いい加減、答えを出させる必要があるかもしれないなと内心で決意しつつ、残りの食器を手早く片付けていく。
本当は今すぐにでも問い詰めたいと思っていたのだが、あんなに楽しそうに談笑している宗助たちに水を差すのはどうかと思い直した。
すると、次に浮かんでくるのは、儀式再開直後に敗退した“Ⅲ”――アルク・スクライア――の事だった。
機動六課が始動したあの日、儀式の再開と新たなルールの追加を聞かされた。
説明が終わって元の世界――彼女の場合はミッドチルダの翠屋支店――に戻された花梨は、あの世界に呼び出される前に翠屋へ顔を見せていた葉月と共に、あまりにも悪意に満ちた追加ルールの検証をすぐに行った。
『
それは空間に取り込まれた参加者の命を代償にすることでしか解放されない特殊な魔法空間。
参加者たちが秘めるチカラの根源……“
ひとたび発動すれば少なくとも一人の参加者が消滅し、それだけ儀式の終焉へと近づいていく。
例え決着がつかずに空間の消滅に巻き込まれて参加者たちが消滅したとしても、“
だが、問題は
この新ルールの導入にあたって、もっとも影響を受けることになるのは花梨たち儀式反抗勢力だ。
例えばこの瞬間、翠屋を中心に『
さらに、今回伝えられた言葉を真実と捉えるならば、
自分たちの企みを看破され、仲間割れを促すような悪意あるルールを追加した神々への怒りが際限なく湧き上がってくる。
まるでお前たちのやろうとしていることなど、まったくの無意味でしかないと嘲笑されているかのような錯覚すら浮かぶ。
だが、それでもあきらめると言う選択肢は彼女らの心に存在しない。
進行役とやらがこのセカイのどこかに居ると言うのなら、そいつを探し出して倒すなり説得するなり出来なければ、この狂った儀式は終わることがないと言うのが、花梨と葉月の共通の考えだった。
差し当たっての対処法としては、結界が発動した時に味方同士が巻き込まれないように、常に違う世界に滞在しておくようにするべきか? と相談を始めた直後にかかってきた一本の電話。
悲痛な声色のコウタから訊かされたのは、アルクがダークネスに敗北したという悲しき現実。
しかも、問題はそれだけに留まらなかった。
『ユーノ室長にも連絡したんだ。アルクとは親友だって聞いてたから……でも、
それを聞かされた花梨は慌ててなのはたちに連絡を繋ぎ、事態の確認に動いた。
その結果……『
“儀式に関係ない一般人たちに対して、『
『参加者の消滅』という事実が一般人に影響を及ぼさせないための考慮だったのかもしれない。
しかし、花梨や葉月たち儀式関係者を除いた人々は、『アルクが消滅した』事を何ら悲しむ事も無く受け入れていた。
親友であったユーノを筆頭に、好敵手の一人として互いに認め合っていたシグナムも、彼が発掘したロストロギアの受け渡しなどで連絡を取り合っていたクロノですら、アルクとの別れを惜しむ素振りすら見せなかった。
アルク・スクライアという儀式参加者が存在したことは皆が覚えている。
彼と過ごした思い出は、色褪せる事も無く心のアルバムに記されている。
だが、それでも――彼と紡いだ絆が、縁が……確かにそこに在った繋がりが断たれてしまったことは、どうしようもない事実であった。
――アルクとの繋がりを保てているのは私たちだけ……。家族同然に育ったユーノですら、悲しんではくれなかった。
『
ユーノの中で、アルクと過ごした思い出は消えていないというのに、親友が消えてしまったことを全く気にしていない自分自身を、訝しむ素振りを見せない。
まるで、彼の敗北が当然の事であると世界に受け入れられているという事実に、花梨は足元が崩れ落ちたかのような恐怖に苛まれたことを覚えている。
このセカイに生れ落ち、これまでに生きてきた証である思い出を消し去るでも壊すでもなく、それが当たり前の事だと受け入れられる……それは、皆から忘れ去られることよりも辛いことだと言えよう。
何故ならば、もし自分との思い出を全て忘れ去られたとしても、大切な人たちに悲しみと言う名の傷を負わさずに済むことになるだろう。
だが……自分との思い出を覚えて貰った上で、それが当たり前の様に受け入れられるという事は――ただ
「そんなの……悲しすぎるじゃない……」
ただ居場所を奪われるだけよりもよっぽど辛い。
だからこそ……せめて、自分たちだけは彼の事を忘れないでいよう。例え、このセカイのほとんどの人々が『アルク・スクライア』という人物の事を記憶の隅に追いやったとしても、肩を並べ、想いを共にして一つの夢に向かって戦った戦友のことは決して忘れずにいてみせる。
十年前のクリスマスに撮影した、あの事件の関係者全員が映った唯一の写真……戸棚の上に飾られた写真立てに納められたそれを見つめる花梨の横顔は、無くした戦友の想いすらも背負った覚悟を映しこんでいた。
胸元で拳を握る義母の背中を、宗助は無言で見つめ続けていた。
己もまた、真実を告げる勇気を持たねばならない。
そんな覚悟を胸に抱きながら。
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NEWデバイス、そして……
第一管理世界ミッドチルダの北部に存在するベルカ自治区。
多くの信仰者を有する聖王教会の大聖堂を中心に、古の偉人を称える信仰が色濃く映し出されている文化が広がっている。
歴史ある雰囲気と、気品すら感じさせる壮観な回廊を進むはやては、やはりこういうのは慣れないと、淡々じみた声を漏らしてしまう。
やはり、質素な生活に慣れ親しんでいる彼女にとって、こういう『いかにも』な雰囲気に慣れることは出来ないのだろう。
案内役のシスターが目的地であるカリムの執務室の扉をノックすれば、鈴の音色のように澄んだ女性の声を響く。
『――どうぞ、鍵は開いているわよ』
「ほんなら遠慮なく」
そう言って、はやては微塵の躊躇も持たずにドアを開いた。
その後ろで、案内役のシスターが困ったような笑みを浮かべているのは、はやての人となりを見慣れているからだろう。
「やっほー、カリム。おひさー」
「相変わらずなりねぇ、ポンポコ子狸。薪を背負って出直してきんさい。火ィ点けてあげるなりから」
「誰がするかい! ――って、げえっ!? 性悪シスター!? なんでここにっ!?」
「教会の次期教皇と称される私が
「なんやとぉ!? 言葉の言い回しがおかしすぎるアンタに、ンなコト言われたくないわ!」
「なにぃ!? 私の何処がおかしいと抜かすなりか!?」
「全部にきまっとるやろーが! 極悪女狐シスターが! 毛皮を剥がれて、敷物にでもなっとれや!」
「抜かしおったな、低脳子狸めがぁ! そこに直れ、全身を蝋で固めて置物にしてくれるわ!」
出会いがしらに罵倒混じりの汚い言葉の応酬を繰り広げる親友と妹分に、部屋の主であるカリムが頭痛を堪えるように頭を抱えてしまう。
お互いに年ごろの女性だと言う事も忘れて、お互いの襟を掴み上げながら罵り合う。粗悪なレベルの悪口を言い合う様は、見ていて非常に残念でならない。
「はいはい、貴方たちに会話のキャッチボールをする気がゼロなのは分かったから、いい加減に落ち着いてくれないかしら?」
このまま放置しておけば間違いなく手を出し合う事態に推移するだろうと察したカリムが手を叩いて、二人を落ち着く様に促す。
背筋も凍る程のプレッシャーを放出しながら、女神の如き微笑みを浮かべたカリムの額に貼りついた怒りのバッテンマークに気が付いた
仲直りしましたよー、的なアピールをしているつもりらしい。そのくせ、肩を組んでいる指先がギリギリと軋みを上げるほどの力で、相手の肩を砕いてやろうと唸りを上げているのを見るに、反省する意思は微塵も無いらしいが。
嘆息をつきつつ、とりあえずお話をしましょうとカリムに促されるまま、最後にお互いの顔を見て盛大に鼻を鳴らした二人は、おとなしく席に着く。
二人がおとなしく席に着くのを見届けてから、カリムはテーブルの脇に控えていたティーカップに紅茶を注いで、彼女たちの前に差し出した。
好みが分かれるので、角砂糖とレモンを小皿に載せて、ティーカップに添える。
紅茶の良い香りが鼻をくすぐり、大声で悪口を言い合っていたはやてとローラの喉が鳴る。
はやては角砂糖を一個ティーカップに落とすと、添えられたスプーンでかき混ぜてしっかり溶かす。
良い塩梅になった所で一口すすってみると、芳醇な香りと爽やかな紅茶の味が口いっぱいに広がっていく。
「ふぅ……いつ飲んでも、カリムのお茶は美味しいなぁ」
「ふふん、羨ましいなりか? 聖王教会が誇る全自動お茶くみシスター・カリムの前に、傅いても構わないなりよ?」
「ローラー? 人を怪しげな通販で紹介される便利マシーンみたいな呼び方しないでくれるかしらー?」
「ちなみにお値段の方は?」
「ミッドの通貨で10,000,000でどや?」
「高っ!? 私、高っ!?」
「くっ! さすがにそれは手が届かんわ――……ところで、こんなところに先日撮影に成功した騎士マリアが中庭に生えた木の下でお昼寝をされている写メがあったりするのですが?」
にひひ~、といやらしい笑みを浮かべたはやてが懐から取り出した携帯画面には、枕代わりの白熊型ぬいぐるみ『マーブルポチくん(マリア命名)』を抱き抱えて、幸せそうに寝息を立てているマリアの姿が映し出されていた。
ごふあっ!? と大きく仰け反りながら、ビックバンを起こした
――ビュッ!
――スカッ!
「ふっふっふ……さあ、どうします? 次期教皇の誠意というものを見せて欲しいもんですなあ?」
「くううっ!? こ、この悪魔め!? そんな生き方をして、お天道様と聖王様に申し訳ないと思わないのけりや!?」
「ハッ! 負け犬の遠吠え程、耳にして愉快なモンはありゃしませんなぁ~♪」
自分でもめったにお目にかかれないお宝映像をお預けにされて、嫉妬と怒りと悲しみと屈辱で顔を真っ赤に憤慨するローラ。
全自動お茶くみシスターを取るか、それとも天下無敵の愛玩動物を取るか……。
この瞬間、彼女の中ではマルチタスクもびっくりな超絶会議が繰り広げられている事だろう。
「貴方たちはもう……ハァ」
賑やかすぎる狸と狐の小競り合いに巻き込まれたカリムは、再度深い深い溜息を吐きながら、ひとまず彼女たちが落ちつくまで待つことにした。
藪を突いたら、こっちにまで飛び火することを経験で知っているからだ。
「ああ、でも罰としてマリアの画像はしっかりと取り上げておかないと。騒動の原因になってしまうような危険物はきちんと保管しておかないといけないからね♪」
そうして、ちゃっかりいいとこ取りを目論むカリムも、対外彼女たちと同じ色に染まってきていたようだ。
穏やかな空気が満ちる暖かい空間。
しかし、かの者たちの暗躍の影がすぐ傍まで迫り来ていることに、今はまだ誰も気づいていなかった。
――◇◆◇――
「うっわあ!」
「スゴ……」
「これが僕たちの……」
「新しい相棒って訳か……」
「うーん……?」
デバイス管理庫に呼び出されたフォワード陣は、機動六課隊長陣とメカニックの経験と技術の粋を集めて誕生させた最新型のデバイス……己が相棒となるインテリジェントデバイスと対面していた。
首を傾げる一名を除いたフォワード陣が驚きと期待で目を輝かせる中、整備主任であるシャリオと案内役を務めたリインからやたらと饒舌な説明が繰り広げられている。
「これこそ、あらゆる任務に対応できる万能性と可能性を秘めた最高の機体ですよ!」
「この子たちは生まれたばっかりですが、色々な人の想いや願いが込められた末に完成した傑作器なのです! だから、唯の道具とか思わないで、半身、相棒として使ってあげて欲しいですよ」
「そうだね、きっとそれをこの子たちも望んでいるはずだから」
リインの言葉に、少し離れた場所から見守っていたなのはが嬉しそうに頷いた。
ここにあるデバイスたちには彼女の愛機【レイジングハート】のデータも使われている。
これで、人機共に自分らの教え子となると感じているのかもしれない。
デバイスの機能についての説明は恙なく進行していく。
要約すれば、フォワードへ支給されるデバイスには何段階かのリミッターが掛けられているらしく、使い手の技量の成長に合わせて段階的に解放されていくらしい。
その判断は、なのはを筆頭とする隊長陣による判断とのことだ。
引退した母から受け継いだ右手に装着するリボルバーナックルとシンクロ設定がされていたローラースケート型の新しい相棒【マッハキャリバー】に喜びの声を上げるスバル。
愛用していたアンカーガンと同じ拳銃型のデバイス【クロスミラージュ】を手に頬を綻ばせているティアナ。
形状こそ変わらないが格段にレベルアップした性能を持つ槍【ストラーダ】の待機状態である腕輪を撫でるエリオ。
部屋の中央で喜びを顕わにしている三人にシャリオたちの視線が釘付けなっている横で、切名は自分に支給された刀剣型のデバイスをしげしげと眺めていた。
他のメンバーのデバイスが待機状態であったのに対して、切名のデバイスは起動状態らしき片刃剣……それも【レヴァンティン】の様に鞘に納められた状態で手渡された。
徐に刀身を鞘から引き抜き、曇り一つない刀身を検分して思わずため息が零れてしまう。
それほどの業物であると感じ取ったからだ。色は黒と赤、カートリッジは搭載されていないらしく、代わりに排気ダクトの様な機構が搭載されている。
強度と演算処理、術式自動持続、燃費軽減処理を重視して余計な機能の一切を省いたことで、洗練された武器としての『美』を感じさせる。
思わず見とれてしまっていた切名に気付いたリインが、彼の反応に気分を良くしたらしく文字通り小さな胸を張った。
「ふっふっふ~♪ その子に見惚れてしまいましたね? 見惚れちゃったのですね!?」
「……はっ!? え、う、いや、その――……ハイ」
「やったですぅ♪」
上機嫌に口笛を吹きながらクルクル宙を舞い踊るちっさな上司。
目をパチクリさせる切名に事情を説明したのは、苦笑を浮かべていたなのはだった。
「切名君の子はちょっと訳ありでね。実はシグナムさんの【レヴァンティン】、その量産試作型なんだよ」
「副隊長の? ああ、それで見た目が似ているんですか」
言われてみれば、確かにカラーリングや一部の機関を除けば瓜二つだった。
だが、どちらかと言うと、こちらの方が洗練されているようにも見える気がした。
「変形機能やカートリッジを一切省いて、『剣』としての機能を最大限に引き出した一品なんだよ。完成度も他のデバイスにくらべて一番高いんじゃないかな。――そ・れ・と♪ 君に頼まれていたアレをコアとして搭載しておいたから。同調も問題なく完了しているよ」
「おお……! サンキューっす!」
“知識”にあるシャーリーが作成した新人用デバイス。切名は、このセカイに落とされた時に与えられていたデバイスのコア――炎の十字架を模したペンダント――を、支給されるデバイスのコアとして使えないかを、相談を持ちかけていた。
参加者云々を誤魔化すために用意したカバーストーリー……『次元漂流者である切名が唯一身に付けていた大切な品を、戦場を共にする相棒として生まれ変わらせてほしい』。
基本お人よしなシャーリーは切名の話をあっさりと信じてしまい、あっさりと了承してしまう。
こうした経緯を経て誕生したのが、切名の相棒として新生した炎の魔剣の後継者だった。
揺らめく炎を連想させる波紋が美しい刀身に写り込む切名の口端が、喜びで吊り上ってしまっているのも仕方のないことだろう。
「それから、その子に名前はまだ無いの。シグナムさんにお願いされたんだよ。『無二の相棒となるのだから、この剣に名を与えるのは使い手こそが相応しい』って豪語しちゃってね」
「へぇ~……。そっか、名前か……」
鞘納めの状態から抜刀、流れる様にいくつもの構えを取りつつ、感触を確かめていく。
前世ではそれなりの剣術も学んでいた事もあって、実に様になっている。
幸いと言うべきか、勘は錆び付いていないようだ。華麗なまでの剣舞を目の当たりにして、フォワードたちの――特に騎士を目指しているエリオの――視線がキラキラと輝いている。
切名は一通りの型を確かめ終えると、鞘に納めて一礼。ほっと息を吐いて肩の力を抜いて鞘に納められた相棒を翳していると、胸の中にとある『銘』が浮かんできた。
「よし決めた……お前の名は【
『フランベルジュ』
それは炎の名を冠する古の魔剣。
世界を焼き尽くしたとされるレヴァンティンの兄弟機としてこれ以上相応しい名は存在しないだろう。
【名称登録……【
「おう、こちらこそ」
ニッ! と笑みを浮かべる切名に応える様に、鍔部分にコアとして組み込まれた銀の十字架が、きらりと輝きを放った。
「最後にカエデ君のデバイスだね。サポートが得意なカエデ君に合わせて、ブーストデバイスタイプに仕上げて見たよ。それから、この子もまだ名前が付けてないんだ。なんて言うか、本人の希望でこれから長い付き合いになるパートナーに名前を付けて欲しいんだってさ」
「へぇ~~――……で? お前はさっきから何をやっとるんだ?」
いい加減我慢できなくなったらしい切名が部屋の壁に額をぶつけて落ち込んでいるカエデへと声を掛ける。
手甲型のブーストデバイスを手渡されたカエデは、真面目に説明を聴く気がないとしか思えない奇行を繰り返していたからだ。
待機状態のデバイスを前に突然飛び跳ねたり、財布の中身を確認し出したり、どこかへ電話を掛けては通話相手に怒鳴り返されたりと奇行を繰り返していれば、切名でなくてもつっこまざるをえない。
関わり合いになりたくないと一同揃って無視していたのだが、流石にこれ以上放置しておくことはアレなので、壮絶なアイコンタクトによる押し付け合いの結果、代表を押し付けられた切名が声を掛けたのだったが……。
「ど、どうしよう……!? なあ、どうすればいいと思う!?」
「何がだ……」
激しく動揺しているおバカを前に、付き合いの深い切名たちに猛烈に嫌な予感が湧き上がってくる。
「お、俺、今月ピンチなんだよ! 生活費はかっつかつなんだよ!」
「いや。それがどうした!? 今の状況と何の関係があるんだ!?」
「だって……これって美人局って奴だろ!?」
『はい!?』
予想外の発言に、一同の声が一つになった。
意味が分からずに混乱する周囲を置き去りにして、暴走モードなカエデが捲し立てていく。
「だって最新型のデバイスだぜ!? すんげぇ高級品なんだぞ! そいつをタダでくれる訳ないじゃん!? きっとこれは、訓練でひーこら泥まみれになってる俺たちの前にぶら下げられたエロゲーなんだ。そうに違いない! んで、欲に駆られた俺たちが涎をだらだら、鼻息ぶひぶひー、血走った目で手を伸ばしたところで取り上げてこう言うんだ……『意地汚い豚どもが! これが欲しければ金をだせい!』――と!」
『そんな訳あるかぁああああっ!?』
「そ、そうだったんですかっ!? ど、どうしよう……僕、そんなに貯金は……」
「信じてんじゃないわよ、エリオ!? どんだけ純粋な子なの!?」
親友との別れを惜しむような顔でデバイスをケースへと戻そうとするエリオに、ティアナのつっこみが冴えわたる。
「じゃあ何か? お前が飛び跳ねたり財布を漁っていたのは、手持ち金を探ってたのか!?」
「おうさ! ついでに、地上本部に給料前借りできないか聞いてみたんだけど『出来るかアホ』の一言でぶった切られたZE!」
「何やってるの!? お願いだからそういうことしないでくれないかなぁ!? 後で怒られるのは私たちなんだからね!?」
「高町隊長……かの偉人はこんな言葉を残されています。――上司とはっ! 部下の尻拭いをっ! 諸手を上げて歓喜しながらするのだとぉおおおっ!!」
「そんな言葉、微塵も聞いたことが無いんですけどっ!?」
「なっ!? そ、そんな、バカなあっ!?」
この世の絶望を垣間見た霊能力者の如き驚愕を顕わにするカエデ。
がっくりと崩れ落ちながら、悲しみに苛まれて震える唇を開く。
「お、俺が訓練校時代に生み出した至高のポエムの一節を知らない、だと……!?」
「そんなん、あたりまえだぁああああっ!?」
ぷっつんしてしまった切名が、カエデの襟を掴み上げながらがっくんがっくん、激しくシェイク。見る見るうちにカエデのライフポイントが削られていく。
「う~ん? どうやらリンドウ二等陸士はいぢめられるのがお好きなようですね~~……上司として、ここはひとつ、ロウソクとか
「リイン曹長っ!? お願いですから貴方まで染まらないでくださいぃいいいい~~!?」
あっちもこっちも大騒ぎ。
この喧騒が鎮まるまでに有した時間は、実に三十分も掛かったそうな。
……三十分後。
制服ヨレヨレ、息も絶え絶えな一同と、脳天から煙を立ち昇らせているおバカの姿がデバイス管理庫にあった。
何とか正気を取り戻して喧騒を乗り越えたなのはが、すっかり忘れていたはやての依頼のことを思いだした。入り口横に置いていた紙袋の中から、新人たちへのサプライズプレゼントを取り出していく。
「――ン、ンンッ! そ、そう言えば八神部隊長から、新人の皆にお祝いのプレゼントを預かっていたんだ。新しいデバイスとの第一歩になる記念品だってさ。えーっと……最初はスバルだね。はい」
「あ、ありがとうございま……す? ――あ、あの、なのはさん? これって一体……?」
尊敬する上司から手渡された部隊長のお祝い品、その正体とは――!?
『鳥のむね肉 1パック(日本円にして100g 29円のやつ)』
「あ、あれ? ちょ、ちょ、ちょっと待ってね!? 確かここに部隊長のメモ書きが――……あった! えーっと……『鳥のむね肉は低タンパク質で身体にええんやで~』」
『……』
「わ、わーい、うれしいな~~……」
盛大に頬を引き攣らせながら、それでも上司である自分に気を遣ってくれるとっても良い子な部下に、思わずエースオブエースの涙腺が緩む。
「つ、次はエリオだね。これは、本かな? 題名は……『○ちゃ○ちゃパラダ○ス』――って、そぉおおおい!? 」
なのはスローイングが炸裂! 部屋の隅に設置されたゴミ箱にシュゥウウウウウ――ッ!
「これ青年本じゃない!? 何考えてるの、はやてちゃん!?」
「あのー、『チェリー、ファイト♪』ってメモに書いてあるんですけど……チェリーってなんですか?」
『お願いだから聞かないでっ!? そんな真っ直ぐな瞳で私(俺)を見ないでぇっ!?』
曇りなき少年の瞳を前に、意味を知っている者たちがいっせいに視線を逸らした。
「そ、それじゃあ、次は切名君だね……ええっと、これかな?」
恐怖か怒りか、それとも呆れからくるものか。なのはは己が理性を総動員して指先の震えを何とか堪えつつ、切名用のプレゼントを取り出した。
『革製のソードベルト』
メモ帳には、『サムライボーイの誕生や!』という力強い一筆が。
「……まさか、
「うん。部隊長の指示で、オミットしてるからだったりして」
「マジっすか、フィニーノ技術官っ!? じゃあ何か!? 俺に四六時中、帯刀していろと!?」
「てへペロ♪」
――イラッ!
「人間サンドバックにしてぇ……っ!!」
「落ち着きなさい、このバカ! 地が出てるわよ!?」
「ていうか、具体的過ぎて怖いんですけど!?」
「はいはい、そういうのは後にしてねー」
「なのはさんっ!? 疲れたからって適当な事言わないで下さいよぉ!? 後で宿舎裏に呼び出されちゃったらどうしてくれるんですか!?」
「シャーリー、シャーリー。地球にはデンプシーロールから始まる愛というものがあってですね――」
「いやいやいや、リイン曹長っ!? そんなん聞いた事もありませんからぁ!?」
「じゃ、次に行くよー」
色彩の消えかけている、所謂レイプ目になりつつあるエースオブエースは、己の精神安定を優先したようだ。
さっさと終わらせたいと言う本心が、ひしひしと感じられる。
「次はティアナ――……あー、うー、へ、へぇー、そうなんだーー。うん……はい」
ぽん、と手渡された物は一見すると梱包されたチョコレートの様にも見える長方形の物体。
薬局などで販売されている、清き男女交際における必須アイテム。その名も……!
『今度―産む?』
「……」
「……」
「……あ、あの、なのはさん?」
「ねえ、ティアナ」
「(ビクッ!?) は、はい!?」
「二人がそういう関係だっていうのは私もなんとなくわかっていたよ。それに清く正しい交際はとっても素晴らしいものだと私は思うんだ」
女神のような笑顔を向けられたティアナの顔色が見る見るうちに変わり果てていく。
赤か青か……それは、みしみしと軋み音を鳴らしているティアナの肩骨の叫びが答えを叫び続けている。
「でもね? いざ出動って事態になった時……えっと、その、えっちな事をやりすぎちゃって……腰砕きになっちゃったりとかしたら大変だと思うんだ。うん、ホント、ホントだよ? 私は純粋にティアナの身体を心配しているだけなんだよ? 決してエースだ何だの言われているくせに出会いが無い自分と違ってリア充を満喫している部下に『イラッ☆』てした訳じゃないんだよ?」
「お、おお落ち着いてください、なのはさん!? 目がぐるぐるになってますよ!? 本音らしいものが溢れ出ちゃってますよ!? ついでに、私の肩が現在進行形で破砕されそうになっているのですけれどもっ!?」
「そんなことはどうでも良いんだよ!」
「どうでも良い訳ないでしょおおおっ!? ――って、アイダダダダッ!? 指! 指が食い込んでるんですがぁああああっ!?」
……さらに数分後。
ティアナの肩が粉砕される寸前でエースオブエースのリカバリーが間に合ったらしく、どうにか重傷者を出さずに済んだフォワード一同。
どうしてデバイスの支給&説明で、これほどまでにカオスな光景が繰り広げられるのだろうか……。
「さ、最後はカエデ君のだね。ええっと、はい、コ……レ?」
心なし、チャームポイントのサイドテールが『へんにゃり』しているなのはが最後に取り出したのは、
『縄(しかも使用された形跡あり)』
「なのは隊長……こいつは流石に……」
「ち、違うからね!? 私の趣味なんかじゃないんだからね!? ああっ!? お願いだからジリジリと後ずさりしないでくれるかなぁ!?」
必死に良い訳をするなのはだったが、片手に縄を握り締めた状態では何を言っても逆効果だという事に気付いていないのだろうか……。
まさに、痛々しいと言う表現がピッタリなシチュエーションだと言えよう。
「隊長……」
半泣きになりつつあるなのはをフォローすべきと判断したのだろうか。
一歩前に踏み出したカエデは、縄を握り締めたなのはの手の上から、そっ、と自分の手を重ねて、
「大丈夫です。わかっていますから……」
「カエデ君……!」
「けれどすいません……流石にこれ以上を受け取ることは出来そうもありません……」
悲痛な表情を浮かべる部下に勇気付けられたなのはは、零れ落ちる涙を拭って笑みを浮かべてみせた。見る者の心を温かくさせてくれるような、春の陽気の如き可憐な笑顔であった。
「……ううん、いいんだよ。これは私が責任を持って
物騒すぎる副音声に、スバル嬢とエリオ少年が生まれたての小鹿のように震え出した。
二人に抱き着かれている切名とティアナ、冷や汗を隠し切れていない。
「いえ、違うんです。そうじゃ無いんです」
そんな中、何故かカエデは覚悟を決めた男の顔で上着の裾へと手を伸ばし……
「実は俺――」
そのまま勢いよく上着を脱ぎ捨てた!
顕わになる男の半裸に女性陣が揃って顔を赤くして……次に飛び込ん出来た光景に言葉を無くす。
彼女らの目に飛び込んできたものとは――!?
「――荒縄は常備していますから」
キリッ! と爽やかな笑みを浮かべてポージングしてみせるカエデ。
その肉体には、複雑怪奇に交叉した荒縄によるアートグラフが描かれていた。
首から始まり股間を通して背中へと回されるように縛り上げられた縄は、まるでそれがカエデの下着なのだとばかりに、激しく自己主張をかましてくれている。肌の上にいくつものひし形を形づくる
それは勇気ある選ばれし者にのみ習得することが出来ると言い伝えられし、伝説の
人々は、かのモノを称してこう呼ぶ――……
『亀甲縛り』
――で、あると!
見られていることに興奮しているのか、頬を紅潮させたカエデが悶える様に身体を震わせる。
物理干渉を起こしているのではと錯覚してしまうほどに熱い視線を受け、ぴくんぴくんと肩が跳ねて、背中が反り返る。
「いやー、このチクBを擦りそうで擦れない絶妙のフィット感と、お尻をキュッ! と締め上げてくる何とも言い難いむず痒さと、全身を縛り上げられた息苦しさと、イケそうでイケない切なさときたら、もう――ッ!」
親友と思っていた男の隠されていそうで意外とオープンな変態度を再確認した切名の瞳から光が失われていく。
それはまさに、この世の終わりを垣間見たかのような絶望色に染まった者と同じものであった。
英雄にまで登り詰めた男を此処まで凹ませるとは、カエデの変態力は天をも揺るがすレベルに相当するのかもしれない。
がくりと膝をつき、しくしくと割とガチで泣いている切名を優しく抱きしめてあげるティアナ。
彼女もまた、仲間のありえない性癖を目の当たりにして嗚咽を溢し、すすり泣いている。
それでも恋人を労わる優しさを忘れない様は、称賛されて然るべきである。
「いいかげんにするですぅ!」
――ビシイッ!
「あふぅん♪」
事態を収拾すべく、ちっさな上司が渾身の一撃を繰り出した!
――恍惚の笑みを浮かべる変態には、寧ろご褒美でしかないかもしれないが。
だが、一同の視線は、陸に打ち上げられた深海魚の様に床の上でびったんびったんと痙攣している変態ではなく、その背中を踏みつけているちっちゃな上司が片手に構えた『ある物』に釘つけになっていた。
それは黒光りするちっちゃな――
『鞭』
『なぜにっ!?』
「ほらほらほらぁ! 良い声で鳴くがいいですよぉ!」
恍惚に染まったサディスティックな表情を浮かべながら、革製らしき黒く輝く鞭を振り回すリインにドン引きせざるをえない一同。
サイズに反して結構な威力があるらしいソレに背中を打たれたカエデはもまた愉悦に満ち溢れた笑みを浮かべている。
ところで、磁石にはSとMという二つの極が存在する。
双極性の磁場を発生させることで対属性と引き合う特性を持つ。
これはお互いに正反対の属性を秘めている者たちほど、強く惹かれ合うという言葉の源流となったとされている。
そして、今ここに! 新たなる絆が芽吹いたのだ!
ちっちゃな女王様とでっかい変態さん。
まさに理想的なS・Mカップルの爆誕に、機動六課……いや、次元世界総てが歓声に包まることになることだろう!
「くうっ!? ふっ、ふふふ……! やりますね曹長っ! でもこの程度じゃあ、俺はまだまだ満足できませんよぉおおおっ!」
「ふっふっふ~♪ リインを舐めちゃあいけねぇですよぉ! この日のために“蒼天の書”へとインストールした最強魔法――『
『いやいやいや!? お願いだから戻ってきて、リイン(曹長)――ッ!?』
六課の妖精系マスコットが、SM女王様へとジョブチェンジした瞬間に立ち会った者たちの悲痛な叫びは、
――ヴィーッ! ヴィーッ!
突如として鳴り響いた、けたたましいエマージェンシーコールによってかき消されていった。
――◇◆◇――
エマージェンシーが鳴り響いた次の瞬間には、意識を切り替えたなのはとモニター越しのはやて、フェイトたちとの相互情報確認が行われた。
ロングアーチメンバーの『グリフィス・ロウラン』によれば、教会本部からの出動要請とのことだった。
部隊発足してから初めての出動という事もあって、後方で控えているフォワードメンバーたちは皆、緊張した面持ちで部隊長たちの言葉に聞き入っている。
それは、実戦経験がある隊長陣も同じようで、横顔がどことなく硬い。
『教会の調査団が追っていたレリックらしい物が発見されたそうです。場所はエイリ山岳丘陵地区。目標は山岳リニアレールで移動中とのことです』
「移動中って……まさか!?」
『そのまさかや。レリックを嗅ぎつけたガジェットの襲撃を受けてリニアレールのコントロールが奪われとる。リニアの内部だけでも数十体、おまけに未知の新型らしき反応まであるらしいわ』
『移送手段ごとの強奪……進行方向にある駅周辺の避難状況は?』
『芳しくありません。避難勧告は出されているようなのですが……』
グリフィスの返答に、モニターに映ったフェイトの美貌が苦虫を噛んだように歪んでいく。
表にこそ出していないが、なのはやはやても似たような感情を抱いていることは明らかだった。
はやては一度だけ深く深呼吸をすることで渦巻く胸の炎を鎮めると、部隊長としての顔でモニター越しに映る、部下たちを見据える。
『とんでもなくハードな初出動になったな。なのはちゃん、フェイトちゃん、いけるか?』
「『もちろん!』」
はやては打てば響く鐘の如き返事に満足げに頷くと、視線をフォワードたちへと移す。
『スバル、ティアナ、エリオ、切名、カエデ。皆もええか?』
『はい!』
『よっしゃ、ええ返事や! グリフィス君は引き続き隊舎で指示、リインは現場での戦闘管制や』
『了解です!』
「わかりました!」
『フェイトちゃんは現場で合流、なのはちゃんはフォワードたちと共に出動の後、現場指揮を!』
「『わかった!』」
『よし、それじゃあ行こか――機動六課、出動!』
『了解!』
命令を下したはやてへの敬礼と共に、一斉に動き出す六課メンバー。
機動六課初任務の幕が上がる……!
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ファーストアラート
予想以上に長くなりそうだったので、2話に割けることにしました。
それから、5人体制の前線部隊のチーム分けやコールサインなどもちょこっと変更しています。
移送用のヘリのコンテナに乗り込んだなのはとリイン&フォワードメンバーは、新しいデバイスをぶっつけ本番で使用する羽目になったので、目的地である渓谷に到着するまでの貴重な時間を使い、機能の確認やAIとの会話に取り組んでいた。
ちなみに、前者は切名とティアナで後者がスバルとエリオ、そしてカエデである。特にカエデはデバイス名をまだ未登録だった事もあって、少しだけ離れた所で名前の入力を行っていた。
機動六課のフォワード部隊は、本来ならばなのはを隊長とする“スターズ”とフェイトを隊長とする“ライトニング”という二部隊体制で運用されるはずだった。
だが、フォワードの五名中四人が以前から同じチームを組んだフォーマンセルで活動していた事、切名のように単独での近接戦闘に特化したピーキーな性能の持ち主がいたことなどを考慮した結果、あえて一部隊二隊長制度として運用することになった。
その名の通り二人の隊長と副隊長の下に五人の前線部隊が就くというもので、部隊を分断して運用する事態に直面した際には、その状況に応じた最善のチームメンバーを組み合わせることを可能とするというものだ。
例えば、機動力に富んだ逃走犯の追撃にフェイトが部隊を引き攣れて行動することになった場合、加速力と爆発力に優れたスバルとエリオを組ませたり、そこにサポート要員のカエデを組み合わせることで更なる戦力の強化を図ることも出来る。
主にシグナムが命じられているように少数での隠密行動任務に就く場合は、優れた情報解析力を持つティアナ、もしくは単独行動を得意とする切名を同伴させることもできる。
異なる才能を発揮する前線部隊員たちの才能を伸ばしつつ、部隊員の組合せによっていかなる状況にも迅速に対応できる万能性に富んだ実験部隊。
それこそが、機動六課最大の特徴である『
今回は航空支援をなのはと、これから合流予定のフェイトが受け持つことで領空権を確保。
前線部隊は二方に分かれてリニアレールへと降下、ガジェットを駆逐しつつリニアのコントロールを奪い返す。
チーム分けはバランスを考えて、スバル&ティアナペアと切名&エリオ&カエデトリオ。
初めての任務という事で少なからず緊張している事も考慮して、気心の知れた同性同士、かつ、模擬戦でチームを組む回数が最も多い者同士を組ませたのが今回のフォーメーションだ。
この中で唯一実戦経験が無かったエリオも、普段通りのカエデと百戦錬磨の実力者を思わせる風格が漂う切名とチームを組む事で、不安をかき消すことが出来たらしい。出撃直後の不安そうな表情はなりを潜め、戦意に満ちた男の顔へと切り替わっている。
その様子に気づいていたなのはは、親友の考えたシステムが上手く回っている事を確信して頬を綻ばせる。
だがそれも一瞬、閉じた瞼を見開いた次の瞬間には、歴戦の勇士『エースオブエース』たる凛とした表情を浮かべていた。
「さて、それじゃあ行って来るね。――スターズ01 高町 なのは、行きます」
自然体のなのははそれだけ告げると、コンテナハッチへと向かいながら一同を見渡していく。
”大切な部下たちを必ず無事に守り抜く”
そんな覚悟を胸に抱いて、空のエースが宙へと舞った。
なのはが飛び出してしばらく時間が経過した後、ついにヘリが降下ポイントへと到着した。
周囲に敵航空戦力が存在しない事を確認したヘリパイロット『ヴァイス・グランセニック』が、開け放たれたコンテナから流れ込む風音にかき消されないように大声で叫ぶ。
「降下ポイントに到着! おまえら全員、準備は良いか!?」
「「「はい!」」」
「もちろんですぅ!」
「「おう!」」
ヴァイスに答えながら、まずはスバルとティアナがハッチの前に立つ。
「ストライク01 ティアナ・ランスター」
「ストライク02 スバル・ナカジマ」
「「行きます!」」
なのはにあやかったのだろう、二人はヘリから飛び出した後、中空でデバイスを起動させる。
支給されたばかりのデバイスがエラーでも起こそうものなら、そのままご臨終D・E・A・T・H! だと言うのに、思い切りが良いと称賛すべきか、危ない真似をするなと怒るべきか……ちっちゃなリインは、任務が終わったら元凶である
まあ、機能不備が無いことを念入りに確認していたからこその勇気ある行動とも言えるが……それはそれ、これはこれである。
セットアップ輝きに包まれて、問題無くバリアジャケットとデバイスを展開させた二人が車両の屋根に降り立つのをリインが確認するとほぼ同時に、もう一つの降下ポイントへと到着した。
「次、チビとバカとリア充! しっかりやってこい!」
「はい!」
「あれ!? 当たり前の様にバカって言われた!?」
「つーか、俺の時だけやたらと力が籠ってなかったか!? 具体的には嫉妬的なモンが!」
「はいはい、どうでも良いからさっさと行くですよ!」
「「どうでも良く――なぁああああっ!?」」
「ちょっ!? 蹴り落としてどうするんですか、リイン曹長ぉっ!?」
「え……!?」
「そこで戦慄される意味が分かりませんっ!? ――ああ、もう、ストライク03エリオ・モンディアル、行きますっ!」
「あやや……リイン、なにか間違っていたでしょうか? ――ま、いいですぅ♪ それじゃあ、行ってきます」
ビシッと敬礼しながら飛び降りていくリインの姿をバックミラー越しに見送ったヴァイスは、相棒である【ストームレイダー】へ向けてポツリと呟く。
「……なんか、どいつもこいつも変な方向に染まっていってる気がするのは気のせいか?」
【……No comment】
【ストームレイダー】には、そう返す以外の選択肢は思い浮かばなかった。
「うっひょー! パラシュートの無いスカイダイビングだぜヒャッハー!」
「何で嬉しそうなんだ、このバカ!」
降下、というか落下しながらも喧嘩をしている二人だったが、どちらの顔にも悲壮さの類は微塵も映っていなかった。
この程度の状況なぞ、今までに数えきれないほど経験しているからだ。――たとえば、女子寮に忍び込もうとして挑んだカエデに付き合わされた切名が、ティアナたちに見つかっては、寮の屋上からノーロープバンジーを強制体験させられたように!
「っと、そろそろやるぞ! 【フランベルジュ】!」
「あいあいよ~、俺らもいくぜっ! ……【ナイトオブオパ~イ】♪」
「――はい!?」
一瞬、とんでもない単語が聞こえたような気がしたが、一瞬の内に吹き荒ぶ風の音にかき消されていく。
一方で、主の命にデバイスが答えると共に、それぞれの魔力光が切名とカエデを包み込んだ。
六課の制服の上着がはじけ飛び、個々の特色を表すバリアジャケットが展開されていく。
解放された魔力が空気圧の抵抗となって降下速度を低下させたのか、しっかり体勢を立て直した二人は問題なくリニアの屋根へと降り立った。
切名は着地の際に折り曲げていた膝を延ばしながら、身体の調子を確かめていく。
問題ないことを確認すると、一度だけ周辺に視線を動かしながら頬を撫でる風と高速で過ぎ去っていく風景を見やると、次いで、起動させた自分のバリアジャケットへと視線を落とす。
今の切名の姿は、黒を基準としたアンダーシャツにズボン、そして袖付きのコートを羽織っている。
ズボンにはベルトらしき付属品があしらわれ、両腕にはレザーグローブのように変形させた手甲が装備されている。
【フランベルジュ】は腰の後ろ側に装着されていて、まさに黒い剣士と呼ぶにふさわしい出で立ちだった。
それに対して、カエデはと言うと――
「おぉおおっ!? カッケ――! やっべ、マジでカッケー! なあなあ、切名! これ、すごくね!?」
子どもの様にはしゃいでいるカエデのバリアジャケットのデザインに、切名は引きつった笑みを返すことしか出来ない。
何しろ、上着を捲りながら歓喜の叫びを上げているカエデのバリアジャケットと言うのが……所謂、『改造学ラン』と呼ばれるシロモノだったからだ。
ボタンが無く、前が開きっぱなしになっている黒い上着と黒いズボン。
足元は靴……ではなく、何故か素足に下駄。
頭部には、鍔がギザギザになっている学生帽子。
……正直言って、ここまでならまだ許容できる。切名の精神力ならば、まだ耐えられるレベルだった。
だが……ここからが問題だ。
下に着ているシャツは、ど根性がありそうな黄色いアイツを連想させるキャラTシャツと呼ばれるもの。
しかも、そこに描かれているのは、デフォルメされた上に獣耳を装着した部隊長の顔――通称、『ポンポコはやてちゃん』。
地上本部のマスコットキャラとして、グッズ販売までされている管理局公認の
『きゃる~ん☆』と可愛らしくウインクしているのが上司な事もあって、何とも突っ込みづらいシロモノだ。
仕上げとばかりに、学ランの裏地には、隊長&副隊長陣のグラビア写真が刺繍(しかも何だか手縫いっぽい)までもがされている始末。
もはや、平和を守る正義の使者と言うよりも、痛いコスプレ野郎にしか見えない。
しかも、前世が地球育ちという事も作用するのか、カエデと並んでいると、なんだか自分までコスプレしているように錯覚を覚えてしまうから不思議だ。
――これを用意した技術官の彼女は、カエデに何を求めているのだろうか……?
切名はライフと共にヤル気がマッハダウンしていくのを感じながら、なるべく
当然、彼らの視線は改造痛学ランを纏ったカエデへと向かう。
「最初に言っておく。アレは気にするな。俺も気にしないから」
「は、はぁ……」
悲痛な顔で迫る切名に気圧されて、エリオはガクガクと首を縦に振ることしか出来ない。
だが、そんな必死の願いも、ちっちゃな上司様には聞き届けて貰えなかったようだ。
「うっわー、またもやかましてくれましたですぅ! ホラホラ、背中に『美人どころが盛りだくさん! 機動六課をよろしく!』 って入ってますよ!」
「だから、そういう事を言わないでくれって言ってんだろーが!? つーか、何なんだよアレ!? 新装開店のパチンコ屋の宣伝か!?」
「これで注目度もレベルアップです♪」
「ネットで叩かれる的な意味でな!」
『ちょっと、そこのバカ共! グダグダ遊んでないで、さっさとレリックの回収に向かいなさい!』
いつまでたっても動きを見せない切名たちに痺れを切らしたらしいティアナの念話が響き渡る。
耳を澄ませば、前方から爆発音や衝撃音が立て続けに聞こえてくる。彼女らの方では、すでに戦いが開始されているようだ。
此処が戦場であることを再確認した切名たちは、即座に意識を切り替えつつ、ヘリの中で打ち合わせていた個々の役割分担を確認していく。
「まずは、突破力のある俺とエリオが突撃をかまして――」
「敵の注意を集めている隙をついて、私がリニアの制御を取り戻します! そして、カエデ君は――」
「切名たちをサポートしつつ、状況に応じて曹長の援護に向かう……だよな?」
「OK……よし、行くぜ!」
「おうよ!」
「はい!」
「はいです!」
言葉を言い終わると共に、リニアの屋根の上を一気に駆け出していく。
切名たちの動きに呼応するかのように、リニア周辺に蔓延っていた訓練で幾度となく交戦してきたガジェットドローン……正式名称、ガジェットⅠ型が触手の様なアームケーブルを伸ばしながら襲い掛かってくる。
「おっしゃー、やるぜえっ! ストライク04 カエデ・リンドウ必殺のぉ……ブースト・アァーーップ!」
【Boost Up. Attack Power!】
「うっし! パルチザン01 葵 切名……いくぜぇ!
先手を取ったのはカエデと切名だ。六課首脳陣に何かしらの目論見があるらしく、遊撃&強襲特化のアサルトウイングというポジションを命じられた切名に与えられた、コールサイン『パルチザン』を名乗りながら、風を切り裂いて突撃する。
流れるような動きで攻撃力強化魔法を付与させた切名の拳が、一番近くのガジェットを粉砕する。
一瞬、爆風と黒煙が視界を遮るもの、切名はそこで止まることなく身体を半身だけずらす。
直後、先ほどまで切名の身体があった場所を通り過ぎる一条の閃光。それはガジェットの一機が放ったレーザーであった。
攻撃の予備動作もほとんど無いそれを、培ってきた経験からくる危機回避能力によって避わしきると、身体を回転させながら腰に携えた【フランベルジュ】を抜き放つ。鮮やかな銀閃を描いて放たれた抜き打ちの刃――居合い――によって、三体ものガジェットがまとめて真っ二つにされる。
刀身自体が熱を帯びているらしく、それなりの硬度があるガジェットの装甲を、バターの様に切り裂いていく。
剣を振り抜いた所で手首を捻って刃を反すと、腰を落として逆方向へと一閃。攻撃直後の隙を狙って後方より接近してきていた敵を一刀両断にする。
そこで、攻撃役がスイッチ。
後方へバックステップをとって距離を取る切名と入れ違いになる様に、赤い疾風が煙を切り裂きながらガジェットの群れへと強襲する。
青い槍【ストラーダ】を構えたエリオが、カエデの攻撃力&速度の強化を施されて追撃を仕掛けたのだ。
若い騎士の初陣、最初の餌食になったのは正面のガジェットだった。
レーザー発射装置にもなっている機体中央部のレンズの上から槍先で串刺しにされる。しかし、使い手の体格故なのかそれとも純粋に力不足だったのか、撃破されたガジェットの胴体の残骸に【ストラーダ】が食い込んでしまった。
仲間がやられたことを察知した周囲のガジェットたちは、刃部分を封じ込められているエリオの状態を好機と判断した。
誘蛾灯に引き寄せられる蛾の大軍のように、エリオ目掛けて一気呵成に殺到していく。
しかし、その判断は早計であったと、エリオの口端が不敵に攣り上がる様を見て、直感した。
だが、全ては遅すぎた。
「はぁああああああっ!」
エリオが裂帛の気合いと共に、電気変換資質によって雷へと変換させた魔力を槍刃へと流し込む。
刀身に纏わせた魔力が激しいスパークを巻き起こし、めり込んでいたガジェットの残骸を内側から粉砕していく。
残骸を消し飛ばした後に顕現したのは、エリオの身の丈はあろうかという魔力刃。
大剣ほどもあるそれを軽々と振り回し、周囲の敵を纏めて切り裂いていく。
それはまさに、雷を携えた竜巻そのもの。
止めとなる一閃を振り抜いた体勢でエリオが静止した瞬間、周辺に存在していたガジェットたちが連鎖的に爆発していく。
爆風が止んだ後に残されていたのは、魔力素を排気している愛槍を肩に担いだエリオのみ。
周辺に残存の敵が存在しないことを確認すると、男三人は笑みを浮かべながらサムズアップ。
男同士の友情的なワンシーンを目の当たりにして、思わずリインの瞳がキラキラと輝く。
やはり同性という事もあって、打ち解けやすかったのだろう。
切名が剣を鞘に納めながら親友と拳をぶつけ合うと、距離が離れていたので少しだけ間を開けて近づいてきたエリオにも拳を突き出す。
それを察したのだろう、カエデの拳も切名のそれと重なる様に差し出される。
一瞬だけ惚けてしまったエリオだったが、彼らの意図に気付いたらしく、嬉しそうに握り拳を作るなり、突き出された
まさしく友情と呼べる光景を前に、リインのテンションはうなぎ登りだ。
心なし、彼女の周囲に輝く星が舞っているように見える。
「あのー、曹長? リニアの制御はいいんすか?」
「はっ!? そうでしたぁ!」
切名のツッコミにやるべきことを思い出したリインが、慌てて車両の中へと入っていく。
エリオがガジェットを駆逐した直後にロングアーチから連絡があり、車両内のガジェットは先行して内部に突入したスバルとティアナの手によって駆逐されたらしいというので、リインの安全は保障されていると考えて良いだろう。この場での切り札らしい巨大ガジェットが車内で待ち構えていたらしいが、スバルとティアナのコンビネーションによって破壊されているらしい。
なので、こうして切名たちは車両の上で敵の増援を警戒する役目を命じられたのだった。
見上げれば、航空戦力として展開していた空戦型ガジェット……ガジェットⅡ型も、なのはとフェイトによって殲滅されていた。
「ふぅ……どうやらこれで終わりなようだな?」
「見たいですね……はぁ」
「おっ? エリオってば、お疲れかい?」
「え、ええ、まあ。その……僕、皆さんと違って、実戦というものは今回が初めてでして」
困ったように笑うエリオだったが、その顔には何かをやり遂げた男の片鱗を思わせるものが宿っていた事を、切名とカエデは見抜いていた。
恩人であるフェイトの力になりたい。そのために、戦場に立つ覚悟を決めた少年のことを、二人は十分すぎるほどに認めていたからだ。
戦友の成長を誇らしく感じたのか、まるで自分の成果なのだとばかりに大きく胸を張るカエデの頭をこつく切名に挟まれて、まるでお兄さんが出来たみたいだと、エリオは頬を綻ばせる。
危険な任務と言う名の実戦を経て、彼らの絆は確固たるものへと成長を始めたのかもしれない。
そんな、暖かい空気に満たされていた周囲の雰囲気に侵されたのか、それとも生死を掛けた闘争から離れすぎていたせいなのか……。
ただ一人として、
「まったくお前って奴は。いいか、任務ってのは戻るまでが任務なのであって――ッ!?」
まるで、緩んでいた心に冷水をぶっかけられたかのような感覚だった。
背筋の冷たくなるような殺気と、肌を刺すピリピリとした感じ。
訓練校時代に向けられたお子様共の敵意などお話しにならないレベルの――殺意。
明らかに誰かの命を奪おうしているソレは、間違いなく自分たちへと向けられている。
「何だ……!?」
「こ、このゾクゾクする感じは……!?」
カエデたちも気づいたらしく、慌てて周囲へ視線をやりながら、警戒度を最大まで高めている。
切名たちが異変に襲われた瞬間、ロングアーチから叫ぶような報告が届く。
『リニアへ高速で接近する物体を感知! 数は三……いえ、六! 内、三体は生体反応が検知されないのでガジェットと推測されます! で、でも、こんな……!?』
『グリフィス君、どうしたの!?』
切羽詰まったように言葉を失う部隊長補佐の様子に、ただ事ではないと理解したらしい。なのはの声にも余裕が無くなりかけている。
『ガジェットと思われるアンノウン、リニアへ向けて通常の倍近い速度で移動中! さらに、アンノウンと重なる様に魔導師らしい反応も検知されました! おそらくは、アンノウンに搭乗しているものと思われます! ――あっ!? 上空に転移反応っ!? 魔力ランク……推定Sランクオーバー!?』
「な――ッ!?」
オペレーターを務めていたシャーリーの叫びを耳にした瞬間、なのはの第六感が
ほぼ条件反射的に、上方へ向けて【レイジングハート】を構えると同時に防御障壁を展開させた。
エースとして幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた彼女の経験が成せた業だ。
そして……その判断が、彼女の命を救うことになった。
「インフェルノォ!」
親友にして上司でもある彼女と同じ声が空に響くと同時、遥か上空から降り注いだのは漆黒の重力球。
複数個の重力球が、圧倒的な質量差をもってなのはを押し潰さんと、障壁と火花を散らす。
「なのは――ッ!?」
背中合わせに警戒していたフェイトが、自分も障壁を展開しようとした刹那、彼女の首筋に冷たい物が走った。
彼女もまた、反射的に【バルディッシュ】を構えた瞬間、凄まじい衝撃が彼女へと襲いかかった。
骨の髄まで響く重い一撃は、フェイトの相棒と酷似した外観を持つ、もう一つの『雷の斧』によって繰り出されたものだった。
突然の事態に混乱しながらも、襲撃者の赤い瞳と目線が合ったフェイトは、思考が定まらないまま驚愕に目を見開いた。
「君は……!? レヴィ!?」
「うんっ、そうだよ『へいと』。おっひさ~♪」
「わ、私の名前はフェイトなんだけど……」
おもわず見当違いなツッコミを返してしまったフェイト同様、背中合わせで息を荒げているなのはもまた、彼女の眼前へと舞い降りてきた彼女と向かい合う。
「ふん、我の一撃に耐えきるとはな。リミッターとやらを掛けられていると言うからどの程度かと思っていたが……存外にやるものよ。――ま! 我は三割程度の実力しか出してはおらんかったがな!」
「ディアーチェちゃん……!」
それは、十年前の事件の中で出会った少女たち――正確には少女と少年だったのだが――であった。
『闇統べる王』ロード・ディアーチェ
『雷刃の襲撃者』レヴィ・ザ・スラッシャー
はやてとフェイトに酷似した外見と能力を秘めた、魔導生命体。
彼女らの盟主であるユーリと共に、彼女たちの前から姿を消していた“紫天の書”一派が再び姿を現した。
「ああ、ひとつ修正しておいてやろう。ここに来たのは、我らだけでは無いぞ?」
「『にゃのは』と『へいと』の相手は僕たちがしてあげるよ! ――あっ! それから、電車の方は別の子が相手してあげるから心配しないで良いよ♪」
仲間外れはいやだもんね! と、のほほんとした顔で意味深な視線をリニアへと向けるレヴィの言葉になのはたちが反応するよりも早く、
『アンノウン及び魔導師三名、前線部隊と接触します!』
シャーリーの悲鳴じみた報告が、戦場に響き渡った。
「こんにちは」
「き、君は……キャロ・ル・ルシエ!?」
「はい♪ お久しぶりです、エリオ君」
円陣を組んで周囲を警戒していた前線部隊の男衆の中で、新たな敵を前にして驚愕の声を上げてしまったのはエリオだった。
だが、切名とカエデも声には出さずとも、驚きに目を見開いていた。
それは、敵と思われる真っ赤に塗装されたガジェットらしい機体から舞い降りた桜色の髪をした少女が、エリオと顔見知りらしいから……ではない。
少女の傍らに控える様に自然体で立つ、もう一体の赤い機体の背から降り立った全身を黒いライダースーツとフルフェイスのヘルメットで覆い隠した女性らしき人物。
彼女から放たれている、六課の隊長陣すら凌駕するほどの闘気を放っている存在に、驚きと戦慄が半々の表情を浮かべるしか出来なかったからだ。
模擬戦という決闘を経て隊長陣の一角の実力を知る切名は、知らず掌に冷や汗を流していた。
――何だ、この女……!?
ライダースーツの上からでも一目で分かるグラマスな体躯、それでいて、その身の内に秘められた戦闘者としての魂とでも呼ぶべきものが、陽炎のように立ち昇って見える。かつての世界では、これほどまでの闘気を放つ強者とは、数えるほどしか出会った記憶が無い。
そのいずれもが、人智を超えた実力を有していたのは言うまでもないが、切名に内心で舌を巻かせるほどの畏怖を感じさせているのは、彼女がまだ若い女性であると言う事実だ。
一体どれほどの修練を積めば、外見から逆算して10代半ばほどでしかない少女が、ここまでの威圧感を放てるというのか!
まるで、数百年の時を生きた不死者と相対した時の様な寒気を感じすにはいられない。
ちらりと脇を見れば、普段はおちゃらけているカエデですらも、頬を引き攣らせながら冷や汗を流している。
「ったく、とんでもねぇ初任務になったもんだぜ……!」
切名は切っ先を突き付けながら、この世界で初めて出会った強敵をどう攻略するべきか、戦略を凝らすのだった。
同時刻、リニア制御室にて。
制御盤に張り付いていたガジェットを破壊してコントロールを奪い返そうと四苦八苦していたリインもまた、敵の増援と向かい合っていた。
「あなたはいったい何者ですか!?」
「ふん、それで答える愚か者がいると本気で思ってはおらんよなぁ?」
リインが相対するのは、全身をローブで覆われた女性らしき人物。
自分たちの居る場所は精密機械が多数存在する制御室だという事を両者ともに考慮したのか、魔力弾を放つことも無いまま牽制で留めている。
フードの淵から覗く銀色の髪、凛と響く声が、いやに耳に残る事に、リインは戸惑いを隠せない。
――どうして、この人からリヒトちゃんと同じ雰囲気を感じるのですか……!?
――気づかれたかのぅ? 存外、見た目通りの
二人しかいない室内で、無音のこう着状態が生み出されていた。
同時刻、リニア車両上にて。
車両内の探索を終了し、目標物であるロストロギア『レリック』を回収したティアナとスバルは、切名たちがいる場所からちょうど反対側の屋根の上に飛び出したところで、増援と接敵していた。
レリックが収められたケースを片手に、逆の手で【クロスミラージュ】を構えるティアナを庇うように立つスバルの眼前には、真紅に染まったアンノウンーー外見はガジェットⅡ型に酷似している――三機が、ライフルらしき武器の銃口の狙いを定めている姿があった。
「ティア……」
「分かってる……」
ド派手なカラーリングとか、角のように見えるアンテナとかいろいろとツッコミを入れたくて仕方がないが、今は任務中だと自分で自分を窘める。
見た目はアレだが、重武装と呼べるほどの兵装を装備していることから見ても、かなりの戦闘力を秘めていることは間違いないだろう。
何より、空戦適正の無い彼女らにとって、空戦戦闘を考慮されて開発されていると一目で分かる敵ははっきりと脅威だと言い切れる。
『奴らの狙いは私たちの各個撃破、或いはレリックの強奪よ。下手な衝撃を与えて爆発させるような真似はしない……と思うけど、断定は出来ないわ。私も片腕が塞がった状態で新型を相手取るのはキツイから。だから、スバル』
『大丈夫、わかってる! ――速攻でブッ倒すんだよね!』
どこまでも突撃おバカな相棒の思考に、ティアナの肩がカクンと落ちる。
お気楽な頭をブッ叩きたい衝動に耐えながら、ティアナはこの状況をどう打破すべきか、思考を回転させていく。
「――それにしても」
【見せて貰おうか……管理局の魔道師の性能とやらを!】
【戦争だぁ、戦争だぁ! 楽しいよなあ、機動何たらさんよぉ!】
【あぎゃぎゃぎゃぎゃ! 根絶してやるよぉ……この俺様がなぁ!】
モノアイ&ツインアイをピコピコ点滅させながら、無駄に男前な合成声で発言しまくるガジェット(?) 共。
なんだか、台詞も似合っているような気がして、腹が立ってしょうがない。
「あの自己主張が激すぎるガジェットはいったいなんなのよ!? 大体なんで三機とも赤いのよ!? どうして、モノアイとかツインアイとか付いてるワケ!?」
「お、落ち着いてよ、ティア! 多分あれは、『赤い彗星』と『PMCの傭兵』と『アウトローな天上の天使』なんだよ!」
「ワケ分かんないこと、ほざいてんじゃないわよ、このバカスバル!」
某マッド兄妹の悪ふざけによって誕生したチートガジェットを前にして、
――◇◆◇――
『八神隊長、敵の増援が! 至急お戻りください!』
リミッターを外した状態の隊長陣と互角レベルの敵が増援として現れると言う事態に、オペレータのルキノが悲鳴じみた懇願を叫ぶ。
通信画面越しに映り込んだ緊迫した空気を感じ取りながら、それでもはやては『Yes』と答えてやることが出来なかった。
「ごめんなあ、
戦士の顔付を浮かべている部隊長の様子にただ事ではないと理解したのだろう、ロングアーチの面子が息を呑む音が聞こえてくる。
『まさか、教会にもガジェットが!?』
「あはは~、それやったら苦労はせんやったんやけどなぁ……とにかく、しばらくは私も動けそうにない。現場での判断は両隊長とロングアーチの皆に任せるわ。――スマンな」
流れ落ちる冷や汗に気取られない内に通信を済ませたはやては、聖王教会の中庭に設置された騎士訓練場を睨む。
つい先ほど、はやてが六課へ戻ろうとした瞬間、大地を揺るがすほどの振動と爆音が鳴り響いた。
敵の襲撃を受けたと判断し、慌てて表に駆けつけたはやてたちの目に飛び込んできたのは、
大小のクレーターに埋め尽くされた訓練場。
血塗れで倒れ伏し、うめき声を上げている教会守護の任を与えられた騎士たち。
険しい表情でデバイスを構えている、遅れて合流すると連絡を受けていたコウタとシグナムの後姿
そして――
「どうしてこんな事を、と訊いてもええですか?
黄金色に光り輝く鎧に身を包んだ超越存在……《新生黄金神》スペリオルダークネスEX
なんら前触れも無く聖王教会を襲撃してきた、最大の恩人にして最強の凶悪犯と向かい合いながら、はやては自分のあずかり知らぬ事態が影で動いている予感に苛まれていた。
「八神 はやてか。そう言えば、まだ礼を言っていなかったな」
「……礼?」
緊迫した状況下ではあまりにも不釣り合いなほどの穏やかな口調に、はやては勿論、身構えていたコウタとシグナムにも困惑が感染していく。
「『再誕した光』の事だ。真っ当な日の当たる世界を謳歌しているようだからな。アレの創造主でもある身としては、色々と気にかけていた……それだけだ」
その言葉は真実なのだろう。はやてに向けられたダークネスの瞳には、彼女らを貶めようとする類の暗い感情は見て取れない。
故に、思考が乱れてしまう。立ち向かった教会所属の騎士たちを壊滅させていると言うのに、彼からは殺意や敵意の類が感じられなかったから。
そんな彼女らが抱いていた疑問の答えは、他ならぬ彼の口から語られることとなった。ただし……予想外の展開を見せた上で。
「俺がここに来たのは他でもない。――カリム・グラシア、ローラ・スチュアート、マリア・シュトルム……聖王教会の若手トップと称される貴様らに確かめたいことがあったからだ」
予想外の矛先を向けられて、はやての後方に控えていたカリムたちが身体を硬直させる。
Sランク魔導師に相当する実力を誇るとされるローラはともかく、カリムとマリアは非戦闘員でしかなく、百戦錬磨の怪物に睨まれて平静を保つことは不可能だった。
じっと見つめられているだけだと言うのに、彼という存在が常に放っている圧倒的な
それは目視敵わぬ猛毒となって、彼女たちの精神と肉体を蝕み、加速的に顔色を悪化させていく。
戦場の空気というものに耐性が無い二人を守る様に、はやてたち四人が取り囲む。
そんな事を気にするでもなく、ダークネスはあくまで平然としたまま、ここに来た本題を切り出す。
「俺が確認したいことはたった一つだけだ――……お前たち、“影”について何か知っているか?」
今回は、『初任務&イレギュラーの襲撃&ダークさんによる聖王教会へのカチコミ』をお送りしました。
それから本作におけるコールサインについて説明をば。
・隊長陣のコールサインは変更なし。
ロングアーチ01:八神 はやて
スターズ01:高町 なのは
スターズ02:ヴィータ
ライトニング01:フェイト・T・ハラオウン
ライトニング02:シグナム
・前線部隊のコールサインは全員で同一戦場に投入される場合は作中のように、ストライク01~04&パルチザン01になる。基本的なコールサインはこれが適応される。
切名だけ他のメンバーと違うのは、彼に単独行動の指示が与えられる可能性を考慮したため。
・部隊を分ける必要がある場合は、命令を円滑に伝えることを鑑みて、状況に応じて就いた上司のコールサインに準じたものへと一時的に変更される。
例)なのはを隊長とした部隊にスバル、ティアナが配置された場合は、
ティアナ:スターズ03
スバル:スターズ04
となる。
ティアナが01となっているのは、指揮能力と前線部隊の中核と判断されているから。
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巻き起こる乱戦
そして、エリオとキャロにフラグっぽいものが。
「相変わらず花梨さんのケーキは絶品ですわ」
「あら、ありがと♪」
『CLOSED』の看板が掛けられた翠屋ミッド支店の店内、カウンター席に腰掛けて好物のケーキを堪能する葉月。
彼女の仕事がなかなか休みを貰えない無限書庫関係という事もあり、大体一ヵ月ぶりになる花梨お手製のショートケーキを口に出来た彼女の目尻が緩む。
その様子を少しだけ照れが含まれつつも、嬉しそうに見守る花梨の傍らには、手伝いを申し出た宗助の姿があった。
この日、彼女たちが有する『原作知識』において、重要なイベントのひとつである『機動六課初出動』が行われていた。
彼女たちはそれを知っていて、何故、戦場から遠く離れた翠屋に居るのだろうか?
その理由は、何かの覚悟を決めた宗助の表情が総てを物語っている。
「さて……ごちそうさまでした」
「お粗末様。――それじゃあ、宗助。話してくれるのよね? 貴方がひた隠しにしてきた秘密を」
最後の確認として花梨に問われて、表情が硬いままの宗助は無言のまま頷くことで応えた。
昨夜のこと。
夕食を終えて洗物を片付けていた花梨に、突然宗助がこう切り出したのだ。
『俺たちの秘密を話そうと思う』――と。
花梨は当然驚き、なぜ急に心変わりしたのかを訪ねた所、宗助の言い分としては
「かーさんが悪い人じゃないってのは、一緒に暮らしてよく分かった。それに、母さんが中心になってる非戦闘派の話も、信用できる本当の事なんじゃないかって思えるようになったんだ。あんまりグズグズしてても良いコトなんて無いし、俺と
戦いの経験をイメージ訓練程度しか有していない宗助が、単独で儀式を勝ち残れるかと言えば、首をかしげずにはいられないだろう。その程度には、自分の戦力を分析できるようだ。
「だから、今話しておこうと思ったんだ。それに――」
そこまで言った宗助は、急に面白くなさそうな、ふてくされるような顔になって、そっぽを向く。
「宗助? どしたの?」
「そ、それに……リヒトの奴が……」
「リヒトさん、ですか……? まさか、彼女に何か問題が!?」
いろいろな意味で重要人物である彼女の身に何か問題でも起こったのでは!? と慌てる葉月を抑えながら、花梨は宗助に続きを促す。
「いや、その……アイツは、その……
「はい?」
「あら、そういう事ですのね」
何でここで
「へぇー、そうだったのですかー」
「な、なんすか!? なんなんすか、その黒い笑みは!?」
慌てふためく宗助をわざと追い込むように、葉月は彼の耳元に口を寄せる。
「(ひそひそ)……ホの字ですの?」
「(ひそひそ)……はっ、はあ!? だっ、誰があんなもやしっ子を!?」
「(ひそひそ)……じゃあ、キライですの?」
「(ひそひそ)……え、う、いや、別にそんな事はないって言うか、仲の良い友達って言うか、一緒にいてポカポカする不思議な奴っていうか……その……」
「(ひそひそ)……あー、ハイハイ。ていうかそれ、完璧に惚れちまってますわよ? 攻略されていますわよ? まさに、乙女ゲーの攻略対象の如く」
「(ひそひそ)……ん、んなあっ!? だ、だから俺は――」
「(ひそひそ)……今更何を取り繕っていますの? ていうか、おちおちしていたらマジで、あんちくしょうに取られちゃいますわよ?」
「(ひそひそ)……そ、そうなん?」
「(ひそひそ)……ええ。何しろあの金ぴかロリドラゴンときたら、天然のフラグ乱立製造装置ですから。好意であれ興味であれ、私の知る限りでも相当数の女性があの野郎めが気になっているみたいですわ」
アリシアとシュテルは言わずもがな。
元から興味を抱いている節がある
間接的に家族を救ってもらった八神一家も恩義は感じているし、最近、彼へ向ける怒りや憎しみが薄れてきているような気がするフェイトも該当する。
また、葉月としてはフェイトあたりが危険なレベルだと判断していたりする。
――彼女……M気質ですもんねぇ。
フェイトの本質をMだと弾している葉月の考えはこうだ。
怒りなどの負の感情を抱いたフェイトは、さじ加減ひとつでその感情が反転してしまうのではないか?
例えば、金ぴかドラゴンと脱げ執務官が一対一で決闘するという場面で反撃を受けて、組み伏せられたとしよう。
どんなに抵抗しようとも基礎能力云々よりも純粋に男と女の腕力差に屈伏してしまう事だろう。
その状況下で、もし金ぴかドラゴンが口に出すことも恥ずかしい、エロゲー的な鬼畜行為を繰り出してしまったとしたら……!?
そうなれば、彼女の本質であるMっ気が鎌首を擡げてしまる事だろう。
憎むべき母の敵に蹂躙され、手籠めにされてしまうというシチュエーションは、Mっ娘ならばドストライクに相違ないハズ!
従属する悦びに目覚めてしまった脱げ執務官は、身も心も金ぴかドラゴンへと捧げてしまい……すでに彼の傍らにある彼女の姉と共に目くるめく禁断、且、官能なる世界の住人へと旅立ってしまうことだろう……!!
――と、そんな失礼極まりない妄想を抱いていたりする葉月の妄想を刷り込まれてしまった宗助君(九才)の脳内では、ちょっと気になるクラスメートへ金髪美女姉妹を手籠めにしてる大悪党の魔の手が伸びる光景という成人指定なピンク画像が展開されてしまった。
花梨らに比べて、前世も合わせた精神年齢がかなり低い宗助に、理性を維持できるはずも無く……。
「よし、まずは奴を殺そう」
暴走した。けっこうあっさりと。
「うん殺そう、今すぐ殺そう、直ちにぶっ殺そう。奴は、この世で生きる全ての男の敵だ!」
「いきなり暴走してんじゃないわよ、このバカ息子!? てか、葉月! アンタ、ウチの子に何を吹き込んだのよ!?」
「いえいえ、私は別に何も? ――しいて言うなら、宗助さんの義父になるかもしれないお方について少々助言したて程度ですわよ?」
「ばっ……!? バッカじゃないの!? わ、わわわ私は別に、ダークの事なんて別に何とも思ってないし!?」
「っふ、うふふふふふふふふ……! そうですか。そうなんですか。『誰』とも言っていないというのに、ソッコーであんちくしょうめの名前が出てしまうほどに気を許してしまっていたのですか……!」
失言に気づいたがもう遅い。
盛大に暴走を始めた
「……何やってるんだろうねぇ」
「……何をやっているんでしょうねぇ」
向かいの住宅の屋根に腰掛けながら、頬杖をついてあきれ顔を浮かべる少女たちに、見苦しい醜態をしかと観察されていたことに気付かないまま。
「ぜはーっ、ぜはーっ……! そ、それじゃあ、この話はまた今度という事で……良いわね?」
バカ騒ぎを収めて、何とか冷静さを取り戻した花梨たちは、当初の目的である宗助の話を聞くことを優先することにした。
要は、問題の先送りである。
渇いた喉をミネラルウォーターで潤して、どうにか落ち着きを取り戻した宗助は、カウンターの席に腰掛けながら神妙な表情を浮かべる。
花梨と葉月、ついでに盗聴している二人の少女の顔付もまた、真剣みを帯びていく
そして、ぽつりぽつりと、自身の過去……誰にも語ったことの無い自分の過去を語り始めた。
宗助はミッドチルダで第二の生を受けた。
だが、出身地の名は一切知らされていない。
何故なら、彼は生まれた時から白い部屋の中で育ってきたからだ。
部屋の中には、宗助と似たような年齢の子ども達が数多く入れられており、遊びの道具を運んでくる係員みたいな人や、勉強を教えてくれる先生以外、誰も部屋に出入りできないという決まりがあった。
これがおかしいと感じたのは、宗助だけだった。
しかし、それはある意味で当然だった。何故なら、この部屋を含めたすべての施設……『あの場所』というキーワードで呼ばれる建築物で誕生した子どもたちは、生まれてからずっとこの状況の中で育て上げられてきたからだ。彼らにとって、部屋の中で一日を過ごすと言う状況は
彼らが知らされていたのは、此処で生活する子供たちの親は、全員この施設の職員であること。
そして、彼ら全員が『とある実験』を進めている研究者なのだということだけ。
自分にあるのは、此処で学んだ偏りのある知識と、『
あまりにも胡散臭い先生の話に訝しみつつも、幼い頃の宗助に出来る事は何もなく、ただルーチンワークの様にそこでの生活を続けていた。
――無論、儀式を生き残るための戦いの術を身に付ける修練(フェンリルと共に行うイメージトレーニング)も欠かさずに行っていた。
そうした変りばえのしない日常に変化が訪れたのは、宗助が八才の時だった。
ある程度の年齢に達した子どもたちは、部屋の外へと連れ出されて別の勉強場所で個人教育を受けるらしい。
毎年のように年上の子どもたちが姿を消しては、生後間もない赤ん坊が補充される。
この年、遂に宗助は部屋の外に出る年齢に達したので、生まれて初めて白い部屋以外の風景を目の当たりにすることが出来た。
だが……それは、はたして幸運だったのだろうか。
宗助が迎えられたのは、檻を連想させる
繋がれたのは、データ収集のための機械へと伸びるコード。
向けられたのは、
くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も、くる日も。
延々と続くのは、終わりを見せぬ生き地獄。
希少能力を後天的に植え付ける崇高な実験だと声高々に語っていた主任と呼ばれた男の狂ったような笑みも、作業ロボットの様に人間としての色が抜け落ちてしまっている研究者たちも、世話係を名乗りながら飢餓しないように半開きになっている宗助の口に栄養剤を流し込むしかしない女も。
誰一人として、宗助を人として扱う者はいなかった。
宗助が絶えられたのは、偏にフェンリルと契約を交わしていたから。
神獣との契約は、精神操作系の術に対する絶対防御壁としてその力を示していたのだ。
それでも、幼い子どもでしかない宗助に装置に縛り付けられている拘束を破壊することは容易くなく、フェンリルの存在を知られれば間違いなく、今以上に厳重な扱いを受けることは想像に難しくない。
宗助を抑えつけている拘束具にはAMF発生装置が組み込まれているらしく、フェンリルの実体化もままならない。
だからこそ、機会を待ち続けた。
最低限の反応した表に出さない事で、周囲の人間に自我がほとんど抜け落ちた人形のような状態になったのだと錯覚させ、そうした油断から拘束具のチェックがおざなりになる機会をひたすらに待ち続けた。
そして望みどおりの展開が訪れたのなら、掌の部分展開させたフェンリルの牙で悟られないように拘束具を少しずつ亀裂を入れていった。
一年が経過する頃には、参加者である事が影響したのか、宗助には研究者たちが望む様なデータを収取できなかったので、新薬の投薬実験動物的な扱いに格下げ&警戒が薄れたことを契機に拘束具を破壊、フェンリルを召喚することで施設の一部を破壊して脱出したのだ。
その後、『あの場所』と呼ばれる施設の追手である謎の人物の襲撃を受け、フェンリルが深手を負うのを引き換えにして、花梨の元へと逃げ遂せたのだった。
「――これが、俺が隠してきた秘密だよ」
「なるほど……これは確かにヘビーですわね」
宗助の話を聞き終えて、葉月は話の内容を検証していく。
人工的に希少能力者を生み出す実験……聞きようによっては戦闘機人よりも真っ当な実験に思えてしまう。
あちらは人間と機械の融合という明らかな違法研究ではあるが、こちらは魔導師の新たな才能を目覚めさせるなどと言い換えることも出来る。
なにしろ、どのような過程があったとしても、結果だけを見ると『人間の身体のまま希少能力を手に入れる』事が出来るのだ。
機械混じりのサイボーグなどよりかは、人々に受け入れられやすいだろう。
だが。
「でも……、それならどうして管理局に通報することを嫌がっていたのよ? 『原作』に巻き込まれたくないって言ってたけど、本当にそれだけだったの?」
「それは、その……施設の科学者共が聞き捨てならない事言ってたから」
「あら、それはいったいなんですの?」
「――『神成るモノ』」
呟く様に告げられた言葉に、花梨は手元のコーヒーカップを落としたことにすら気づかないほどに驚き、葉月も予想外の言葉に目を丸くしていた。
「連中が言ってたんだ――この研究が完成すれば、人間の手で『神成るモノ』を打倒できる……って」
それはつまり、『あの場所』とやらが“
儀式関連の情報はトップシークレットとされており、人智を超えた『神成るモノ』と言う存在については、管理局上層部への報告にすら挙げていない情報だ。
それを口にしたという事は……
「単純に考えれば、参加者の誰かが儀式を勝ち抜くための手駒として希少能力者を大量生産しようと目論んでいる、ということね」
「だとしても、一体誰が……?」
何しろ、本人と思しき人物が、新人として所属しているらしいと、なのはたちから連絡を受けているからだ。
人の悪意に敏感な彼女たちが信用できると提言してきている以上、おそらくは大丈夫なのだろう。
後、考えられるとすれば……
「
疑問形ではあったが、ほぼこれに間違いはないだろう。
葉月も同意する様に頷いている。
姿も動きも見せぬ、最後の参加者。
正体不明のアンノウン。
もし“ⅩⅢ”が、自分だけの軍隊を造り出し、このセカイで生きる人々を強制的に儀式に巻き込もうと画策しているのだとしたら――!
「それだけは駄目! なんとしても阻止しないと!」
「ええ!」
「もちろん!」
あやふやな情報でしかなく、確かな証拠は宗助の記憶のみ。
だが、それでも。
元来儀式とは関係ない筈の人々を自ら進んで巻き込もうとしている何者かを見過ごすことなど、出来ようはずも無い。
なのはたちは勿論、アリシアやスカリエッティと言った自分の意志で協力してくれる存在までは否定するつもりは無い。
しかし、何も事情を知らされぬまま儀式に巻き込むことを良しとしているような敵を放置しておくことは出来ない。
「じゃあ、宗助。これからはアンタの力も当てにさせてもらってもいいのね?」
「もちろんさ。俺も覚悟を決めた。フェンもあと数日で完全復活できるし……かーさんにも負けねえさ」
「おっ! 言ったな~、こ~のナマイキ小僧~♪」
「あらあら、妬けてしまいますわね♪」
機動六課が初任務の日、ミッドチルダの一角にて新たな協力関係が結ばれることになった。
協力者の名は高町 宗助――
葉月にすら悟らせない、強力な気配遮断魔法を発動させていたアリシアとシュテルは、これ以上盗聴する必要性はないと判断し、腰を上げる。
「……行きましょうアリシア。ダーク様に報告しなければ」
「うん、りょうか~い。結構いろんなお話も聞けたし~~。来て良かったよ」
「全くです。それにしても神を殺す狼、ですか……危険ですね。時が来れば、必ずやこの手で――」
「――だね」
愛しい主の敵は、須らく灰燼と化して見せる。
気高き雷と覚悟の炎を胸に宿して、“黄金神の双翼”が
――◇◆◇――
舞台は移り、山岳部を駆け抜けるリニアの屋根を舞台として繰り広げられている戦場にて。
その戦局は、あまりにも一方的な展開を見せていた。
「あははっ♪ ほらほら、頑張って避けないと危ないですよー?」
「や、やめるんだ、キャロ! どうして君がこんな事を!?」
「あれ? いまさら言うような事ですか、それ?」
召喚士であるキャロが振るう四種八本もの鎖による蹂躙攻撃の前に、エリオは反撃の隙を見出すことも出来ず、回避に全力を注ぐことしか出来なかった。
【アルケミック・チェーン】
展開させた魔法陣より鋼鉄製の鎖を召喚し、対象を拘束するバインドに近い魔法だ。
無機物を操作すると言う特性上、細かい演算処理能力が求められるこの魔法を使いこなすだけの技量が彼女には備わっていた。
事実、速度で言えば前線部隊最速と呼ばれるエリオですら、全方位から包み込むように襲い掛かってくる鎖の嵐の前に、攻撃範囲から離脱することすら出来ないでいた。
しかも、彼女が呼び出したのはただの鎖などではない。
一つは、高温で熱せられたかのように赤色化しており、周囲の空気すら焼き焦がすほどの高熱を纏った“マグマ・チェーン”
一つは、鋼鉄すらも容易く溶かしてしまう強酸性の液体が付着している“メルト・チェーン”
一つは、茨の棘の様な細かい刃で覆われた、有刺鉄線を連想させる“ギルティ・チェーン”
一つは、鎖の表面を高速振動を起こした魔力粒子で覆うことで触れた物を瞬断する“エッジ・チェーン”
四種一本ずつの鎖を発生させている魔法陣を左右の掌に展開・操作することで、八本の凶悪な鎖をまるで自分の指先の様に操って見せている。
元来、意志を持たない無機物を操作するという分類上、あらかじめ術式に自動操作を織り込んでおくことが普通だが、キャロの場合はあえて有線操作をとることによって、複雑・予測不可能な攻撃を実現させたのだった。
一見すると可憐と言う言葉がよく似合う幼い少女が、凶悪なまでに人命を脅かす魔法を自分の意志で使っていると言う事実を認められないエリオは、攻撃を仕掛ける素振りすら見せぬまま、言葉を投げかけ続けていた。
かつて、悲しみの底に居た自分にも救ってくれた人がいたように、犯罪に手を汚している少女であっても救い出すことが出来ると、そう信じていたから。
一方で、敵意も戦意も感じられない
誰が見ても明確な敵対行動をとっているこの状況下で、どうしてそんな甘い言葉が出るのだろうか……?
まったく意味が分からないまま、それでも己の役目を果たすべく、攻撃の手は緩めない。
「むう~~……ウロチョロして、メンドクサイです。何だか、キッチンに出没するニクイあんちくしょうを思い出します」
キャロは年ごろの娘さんである。
たった一人で故郷を追い出された彼女を救い、娘として受け入れてくれた家族が大好きだった。
だから、いつもお世話になっているお礼としてお菓子作りを好むのは当然のことで。
ともすれば、旧世紀の頃より存在し続けている、淑女の皆々様方にとっての最大級の敵性勢力……食料があるところならば、いつの間にか出没し始める『黒い悪魔』と遭遇してしまう機会も増えるということで。
ついでに、キャロがアレを好むような特別な性癖を持ち合わせているはずも無く。
「ふっ、ふふふ……な、何だかエリオ君が、“G”に見えてきてしまいました……! これは、消滅させねばなりませんよね?」
結果、妙なフィルターが掛かってしまったキャロ嬢の眼には、エリオ少年が地面を這いずり回り、時々空を飛ぶアレにしか映らなくなってしまうという、本人が知れば憤慨すること間違いなしな状況へと陥りかけていた。
「キャ――っわ!? ちょ、ま、やめっ……な、何で急に攻撃の勢いが増してるの!? アレ!? それに何だか、不機嫌になってない!?」
「いえいえ、そんな事はないですよー? ただ、ちょっと“G”……もとい、エリオ君を『ぷちっ♪』てしたくなっただけですからー」
「な、なぜにっ!?」
語尾にハートマークがついていそうな天使の如き微笑みの暖かさとは裏腹に、背筋も凍るレベルの鋼鉄製の豪風がエリオの叩き潰さんと暴れ狂っていく。
理不尽な怒りの矛先を向けれらてしまったエリオは、問答をする余裕すら失って逃げ回り続けることしか出来なかった。
「だらぁあああっ!」
「はぁあああっ!」
全霊の力を込めた拳がぶつかり合い、相殺する。
それは、両者の一撃が同等の重さを宿している事に他ならない。
エリオと切り離された切名とカエデがライダースーツの女と対峙を始めていくらかの時が過ぎ、サポート役のカエデを下がらせた切名は彼女との一騎打ちを繰り広げていた。
しかし、この選択には切名だからこその勝算が潜んでいた。
近接戦闘力を極めた切名の直感は未来予知のレベルに達しつつあり、格闘・剣術という条件下では神がかり的な反応を実現することが出来る。
こと戦闘状況下においては、本人の認識を超えたレベルの不意打ちを受けたとしても本能が反応して、無意識下での反撃を放つことを可能としている。
「どうしました? ――まさか、この程度で限界なのですか?」
「ケッ! 舐めん……なあっ!」
だというのに。
捕られきれない。女は軽いステップを取りつつ、時に上体を反らし、時に舞うような足捌きで切名の攻撃をいなし続けている。
拳は空を切り、抜き打ちに放たれた剣閃は手の甲で受け止められる。
魔力による強化かと訝しんだが、デバイスが接触した刹那、甲高い金属質が響いたことから推測するに、ライダースーツの下に手甲のようなものを仕込んでいるのかもしれない。
いや、今はそんな事を気に掛ける余裕など存在しなかった。
切名の攻撃は意味を成さず、逆に体勢を崩された瞬間を狙い澄ましたかのような痛烈なカウンターが返される。
華麗なる舞姫の一撃は、閃光を彷彿させる速さと、聖剣の如き鋭さを体現して見せた。
その姿はまさに、戦場で勝利の舞を演じる
「ぐっ……!?」
「残念、その隙――いただきです!」
掌底気味の突きが胸部につきささり、骨の髄まで響く痛みに切名の表情が歪む。
僅かに硬直してしまい、生まれてしまった隙を見逃さすほど、この敵は容易い相手ではなかった。
すかさず、追撃として繰り出された蹴りによって、切名の顎が跳ねあがり、脳を揺さぶられる。
「ガッ、ハ――!?」
「まだですっ!」
刹那の瞬間を狙い澄ましたかのような刺突が切名の鳩尾へと突き刺さる。
人体急所のひとつを強打されたことで意識が途切れそうになった切名の後頭部へ、更なる追撃肘による打ち下ろしが叩き込まれる。
反射的に肉体強化魔法を強化することによってダメージは軽減できたものの、それでも息もつかせぬ連撃の嵐に、かなりのダメージを刻み付けられてしまっっことは間違いない。
「っ……! くっ、そ……がぁっ……!」
悠然と己を見下ろすライダースーツの女を睨み付けながら、奥歯が欠けてしまうのではないかと思えるくらい強く歯噛みする。
リニアの屋根に這いつくばりながらも、どうにか揺れる視界が回復を待ちつつ、切名は己の予測が的中していたことを確信する。
格闘・剣術の双方を極めて高いレベルで習得している切名を圧倒するほどの戦闘力。
相性の悪さを考慮しても、ここまで一方的に押されているという事実の証明、それはつまり――
「アンタのそのスーツ……他の奴からはアンタの魔力を感知できないような仕組みをしているな?」
そう。
技量だけを見れば、両者の間に大きな開きは無い。彼女の戦闘技術に、十代後半であろう見た目では考えられない戦闘経験が蓄積されているのは不可解だが、そうだとしてもここまで圧倒される理由は他にある。
それは魔導師ならば誰もが行っているあたり前の行為……即ち、魔力による身体強化。
技量に大きな差が無いのならば、考えられるのは
つまり、魔力による身体強化だ。
切名も魔術と魔力の並行発動によってかなりのレベルで強化されてはいるが、封印によって弱体化してしまっている。
それでも、一切
拳を交わしたために、なんとなく相手が戦闘機人の類ではない――体内に金属部品が組み込まれている存在――ではないと直感していた。
しかし、身体強化魔法を発動させていれば、必ず術者の魔力光が目視できるはずだというのに、そんな様子は一切見受けられない。
つまり、彼女のライダースーツ、或いは頭部に被っているヘルメットに、装着者の魔力を目視できなくなるような仕掛けが仕組まれているということだ。
【フランベルジュ】からも、彼女からはリンカーコアの反応が検知できないという報告を受けていたので、おそらくはライダースーツの方が魔力隠蔽装置も兼ねているのだろう。
切名の推察に感心したのか、女の声に驚きの感情が宿る。
「お見事です。まさか、こうも容易く見抜かれてしまうなんて――……ッ! ああ、なるほど。貴方が
「何を言ってやがる」
「誤魔化さなくても良いですよ。――
「――ッ! へぇ……お見通しって訳かい」
警戒度を上げたのか大きく後方へと跳び下がると、重心を低く、即座に反応できる構えを取って見せる。
最早、今の切名に油断は無い。
相手が魔力を目視できなくしていようと、魔導師としていかほどの力量を誇っていようとも関係はない。
何故なら……、
「そんじゃあ、種明かしも出来たところで……反撃させて貰うぜっ!」
獰猛な獣の如き笑みを浮かべた瞬間、切名の姿が彼女の視界から消え去った。
「っ!? 転移、いえ、これは――っ!?」
驚愕は、リニアの屋根を這うような動きで、一瞬で自分の足元まで接近してきた切名を目視したが故に。
これは
動作に緩急をつけることで急激なストップ&ゴーを付与させることで、人間の認識を超えた領域からの攻撃を可能とする戦闘技術。
『
実戦の中で積み重ねたありとあらゆる戦闘技術を複合させることで誕生した我流複合格闘術のひとつだった。
「くっ――!?」
反射的に打ち下ろされた拳を首を捻ることで躱し、反撃のアッパーを女の顎目掛けて振り抜く。だが、女はそれすらも回避して見せた。
バック転の要領で大きく後ろへと仰け反ると、身体が後方へと流れる勢いを利用した蹴りを切名の顔面へ目掛けて撃ち放つ。
まさに、洗練された直感を宿す彼女だからこそ可能な、超反応。
だが。
「甘いで――ガハッ!?」
「アンタがな!」
それすらも、切名の予測の範疇内でしかない。
拳を突き上げた勢いのまま立ち上がった切名の右足が、撃ち上げられた蹴りを万全の態勢で防いで見せる。
お返しとばかりに、バランスを崩された女の無防備な腹部へ追撃のひじ打ちが吸い込まれるように炸裂する……!
予想外の反撃を受けた女は、リニアの屋根を転がる様に距離を取ると、激痛が走る腹部を抑えながら立ち上がる。
人体急所を正確に撃ち抜かれたダメージは相当のものだったらしく、足元はふらついて、息も荒くなっているように感じられる。
「づッ――! やって、くれましたね……!」
「へっ……! まだまだ、こんなもんじゃねぇだろ? 戦いはこれからだぜえっ!」
「上等です!」
裂帛の咆哮と共に踏み込んだ両者の拳がぶち当たり、衝撃が周囲と拡散していく。
久方ぶりの強敵を前に、二人の口元は確かな笑みへと変化し始めていた。
「そこっ!」
【当たらなければどうという事はない!】
咆哮を上げるオレンジの弾丸の合間をすり抜ける様に、赤い彗星が飛翔する。
「でりゃぁあああああああっ!」
【オラオラ、どしたァ! チョロすぎんぜ、機動何らたさんよぉ!】
獣の雄叫びを彷彿させる唸りを上げるリボルバーナックルが大気ごと敵を打ち砕かんと猛威を振るう。
しかし、真紅の戦鬼は軽業師の様な変則的な機動を繰り出し、鮮やかな舞の如き華麗さすら感じさせる回避をして見せた。
ガジェットⅡ型のカスタムタイプらしい機体と戦闘に突入したティアナとスバル。
見た目以上に回避が上手い、というか変則的を通り越して変態的な機動を見せつける敵に有効打を与える事も出来ず、見事なまでに振り回されていた。
しかも、少しでも攻撃に意識を注いでしまった瞬間、
【あぎゃぎゃぎゃ! ブッ飛びなァ!】
残りの一機に、集束砲並みの砲撃を叩き込まれてしまうので、息をつく暇すら確保できないでいた。
リニアの屋根をスプーンでくり抜くように蒸発させた敵の攻撃力に背筋が凍る思いを感じつつ、それでもティアナは戦局を打破すべき手段を模索していた。
スバルもまた、頼れる相棒に戦略を纏めるだけの余裕を持たせんと、拳を振るい続ける。
無二の相棒ならば、必ずや起死回生の一手を導き出してくれると、そう信じているから。
【ええい、なかなかにしぶとい……! ならば――ファンネル!】
一号機の機体上部に搭載されていた鞴のように見える突起物が切り離されると、各々が自動浮遊しながら周囲を旋回、先端に搭載されたビーム発車口から殺意に満ちた閃光を迸らせた。
障壁による面の防御を試みようとも、ほぼノータイムで全くの別方向から閃光が襲い掛かる。
回避しようにも、常に動き回るファンネルの機動を読みきることが出来ず、ティアナたちは亀の様に縮じこまって、攻撃の嵐が過ぎ去る瞬間まで耐え続けることしか出来ない。
収束していく、光の華。
全方位から降り注ぐ閃光の雨は反撃の意志すらも打ち砕かんと猛威を振り続ける。
腕を、足を、頭を、戦うという意志そのものを蹂躙し、破壊せんと暴れ続ける。
やがて、単独稼働限界時間が訪れたらしく、攻撃の嵐を止ませて一号機の接続部へと戻っていくファンネルたち。
もうもうと立ち昇る粉塵の向こうに隠れた敵の状態を確認すべく、ゆっくりと近づきながらモニターを凝らした――瞬間、
「だっりゃああああああ!!」
【なんと!?】
AIにあるまじき悪寒……殺気とも呼ばれるぞわりとした感覚を感知すると共に、粉塵の中から飛び出す青い影。
焼け焦げたバリアジャケットをはためかせながら、気合の込められた叫びを上げるスバルが一号機目掛けて突撃を仕掛けてきた。
剛腕と蹴りのコンビネーションを、腕部マニュピレーターを犠牲にすることで何とか受け流すと、普段はブースターとなっている脚部を変形させてリニアの床を蹴り、距離を離す。
オールレンジ攻撃を耐え抜かれたという事実に、一号機はモノアイを激しく点滅させることで困惑を顕わにしていた。
【ぬう……! やるな!】
「ハッ! 人間様を舐めてんじゃないわよ!」
全方位からの攻撃が直撃する瞬間、全てのビームを神速のラピットショットにて相殺されたのだと理解して、ガジェットたちの警戒度レベルが跳ねあがる。
射撃の精度で言えば、彼ら三機の中でトップレベルである一号機の包囲攻撃をくぐり抜けてみせた少女たちを、『脅威足りえない弱者』から『油断ならない敵』へと認識を改める。
脚部ブースターを点火させて中空の友軍と合流する一号機を見据えながら、ティアナとスバルは念話による状況打破の戦術を練っていた。
『攻撃精度も回避運動もキチガイレベル、でもコンビネーションは並み、って所ね。突くとしたらそこか。――チッ! せめてもう一人友軍がいてくれれば楽なんだけど』
『無い物ねだりしてもしょうがないよ。……んで、どうするの? ビュンビュン空を飛ばれちゃったら、対処できないんじゃない?』
『対空手段が魔力弾や砲撃だけってのは正直キツイわ。アンタのウイングロードを利用した戦術はまだ未完成だし、博打を打つには危険すぎる。かといって弾幕をばら撒いても、先にガス欠になるのがオチ、か……さーて、どうするかな?』
『ティア、なんか楽しそうだね?』
僅かに口端が吊り上っている相棒の変化に気付いたスバルの指摘を受けて、ティアナは場違い的な興奮を抱いている事を悟る。
『――否定はしないわ。魔力量って言う才能が欠けている私の目標は、格上の敵を己自身の力と戦略でブチ破る事なんだから。連中は確かに強い。だからこそ、私が夢を掴むための経験値になって貰わないとね』
どこまでも強気で頼りがいのある相棒の姿に感化されたのか、スバルもまた劣勢という今の状況下ではありえない強気な表情を浮かべてみせた。
「でもま、私一人で切り抜けられるなんて思い上がってもいないんだけど。つーわけで、スバル。頼りにしてるわよ?」
「OK! 頼られましたっ!」
最後の言葉はあえて口に出すことで、自分自身を鼓舞させる。
背中合わせに立つ若き魔導師たちの眼光が、大空を支配する紅き戦闘兵器を鋭く射抜いた。
未来を担うエースの心、未だ折れず。
――◇◆◇――
「ふむ……」
「如何なさいますか、ドクター。このまま彼女たちに六課の排除をお願いしますか?」
「いや、止めておこう。此処で終わってしまうのは、あまりにもつまらないからね」
「――分かりました。では、撤退する様に指示を出しておきます。――そういえば、ルビーの姿が見えないようですが……?」
「ああ、あの娘なら、なにやら探し物をしているようだったよ。あまり見ない、ものすごく慌てていた風な様子だったね」
「はぁ……。大事にならなければ良いのですが……」
「ハッハッハ。それは無理な注文という奴だよウーノ。あの娘が動いて問題が起こらない訳が無いからね」
「ですよね……」
――◇◆◇――
『ディアーチェ、任務完了です。引き上げてください』
「なに? 何故だ?」
『ドクターのご指示です。キャロお嬢様たちと共に速やかな撤収を』
「ちっ……せっかく兎狩りを楽しんでいたというものを」
「いいじゃん、王様~。今のへいと、弱くてつまんないし~。ボク、弱い者いじめは好きじゃないよ」
レヴィの視線の先にいるのは、つい今しがたまで対峙していたなのはとフェイト。
相応のダメージを負っていることは言うまでも無く、荒い呼吸を繰り返しながらディアーチェとレヴィを睨み付けていた。
ボロ布の様に無残な有様となり果てたバリアジャケットの所々から鮮血色に染まった肌が露出してしまっている。
デバイスにも亀裂が走り、バチバチ……! という耳障りな音と共に火花が散っている。
実力的なほぼ同等であるはずの彼女らの間に存在する、明確なる力量差の要因。
それは、機動六課運営にあたって不可欠な処置……隊長陣への魔力リミッターによる弊害だった。
戦力の一点集中を回避するために考案された一部隊における保有魔力上限値。
エース級魔導師を多数所属させるためにはやてが取った苦肉の策、それこそが、隊長陣全員の魔力を抑えこむリミッターを使う事だった。
これによって、なのはたちエースを一堂に有するとんでもない部隊を実現させることが出来た。だが、その反面、命がけの任務にあたる魔導師にとって致命的とも言える魔力の低下を余儀なくされてしまった。
その結果がこれだ。
AA~AAAランクの実力しか発揮できないなのはたちと、Sランクオーバーの魔力出力を存分に振るうことが出来るディアーチェたちでは、戦力が違い過ぎたのだ。
全開時の自分と同レベルの相手の戦いで手加減など出来ようはずも無く、自然と“本来の自分としての反応”をしてしまう。
だが、魔力が低下している状態で全力時と同じような動きが出来るはずも無く、砲撃の集束速度低下や防御障壁へ注ぐ魔力量を見誤ると言ったミスを起こしてしまった。
その結果が何を意味するのかは、ほぼ無傷のディアーチェたちと満身創痍ななのはたちの姿が物語っている。
「ふん。まあ良い。弱者を弄る様な趣味の悪さなど、王たる我は持ち合わせてはおらぬのでな! 帰るぞ、レヴィ」
「りょうか~い! それじゃあ、バイバ~イ♪」
「まっ……!」
悔しさに歯噛みするなのはとフェイトの目の前で、圧倒的な力を見せつけた“王”と“力”が転移魔法の光に包まれて消えていく。
敗北の味を噛み締めるなのはたちは、なにも言葉を投げることが出来ぬまま、悔しさに唇を噛む事しか出来なかった。
「あやや……、どうやら今日はここまでのようですね。――それじゃあ、私たちはこの辺で失礼しますね」
突如虚空を見上げたキャロは困ったような微笑みを浮かべると、腕を振るって召喚した鎖を消し去る。
息切れを起こして膝をつくエリオが困惑を顕わにする中、キャロの両脇にライダースーツを纏った少女と黒いローブ姿の女性が静かに降り立った。
彼女たちの登場に僅かに遅れて、真紅のボディが目を惹く、ガジェット(?) たちが現れた。
直後、彼女たちを追うように駆けつけてきた前線部隊とリイン。
エリオを庇うように構えをとる切名たちからすでに興味は失せているのか、キャロたちは完全に戦闘態勢を解除していると思わせるほどの自然体を見せていた。
「お疲れ様です。どんな感じでしたか?」
「そうですね……かなりのやり手とお見受けしました。出来ることなら、また後日、雌雄を決してみたい所です」
「妾の方は、特になーんも無かったのぅ……。睨みあっておる内に、徹底の指示が来たもんじゃが」
ガジェットたちも戦闘の考察をしているようで、モノアイをせわしなく点滅させていた。
「みんな無事!?」
「ティア。そっちは……大丈夫みたいだな」
一方の管理居勢。
合流を果たした前線部隊とリインはお互いの無事を喜び、微笑みを浮かべる。
だが、その笑みはすぐさま張りつめられたものへと変わり、眼前に立ち塞がる“敵”へと意識を戻す。
「……え? 良いんですか? はぁ、分かりました。――えっと、機動六課のみなさ~ん!
予想外の台詞に、レリック入りのケースを抱えたままだったティアナが怪訝な顔を見せる。
「はぁ? どういう意味よ?」
「さあ?」
こてん、と首を傾げるキャロの顔は本当にわからないとでも言いたげなもので、それがかえって不気味さを醸し出す。
「その……と、とにかく、博士からそれは貴方たちにあげていいって言われましたので~。ですので、私たちはこれで失礼しますから――」
『契約者よ』
「――うん? フリード? どうしたの?」
戦闘の終了を察したのか、キャロの肩に留まったままだった赤い身体をした仔竜が、前触れも無しに言葉を口にした。
その瞳は、真っ直ぐに切名を捉えている。
『ツマラヌ……コレを喰わぬのか?』
その声を耳にした瞬間、冷たい悪寒が切名の背筋を駆け登った。
無意識にデバイスの非殺傷設定を解除させて、“倒す”のではなく“殺す”ために意識を切り替えていた。
嘗て、『英雄騎』と呼ばれていた頃に幾度となく感じた、人間にとっての絶対的な悪。
人の尊厳や道徳、倫理と言った物を、ことごとく無に帰してしまう許しがたい存在だと、本能が察していた。
「今はまだお預けだよ。もうちょっとしたら、思う存分に
にこやかな天使もかくやと言う微笑みを浮かべた少女が言っている言葉は、人殺しを容認するかのようなシロモノだった。
それを命じているのが自分とそう変わらない少女だという事が認められないのだろう、エリオの顔色は青を通り過ごして蒼白なものへと変わりつつあった。
「き、キャロ……」
「どうしてこんなことが出来るんだ?」 と問い詰めたいのにそれが出来ない。
彼女の本心を聞かなければという反面、それを耳にしてしまったら最後、自分の中の大切なものが崩れ落ちてしまうような予感がエリオの中にあったからだ。
「あれ? エリオ君ってば、まだわかってなかったんですか?」
キャロは「しょうがないなぁ~」とまるで、幼い子どもでも理解できるように、穏やかに言葉を綴る。
「故郷を追い出されて、たった一人で泣いていた私を救ってくれたのは、
「でも! それで君は良いのか!? 君の居場所だって言う彼らが何をしているのか、君は本当にわかっているのか!?」
「――何様のつもりですか?」
「……ッ!?」
俯き加減になっていたキャロと目をあった瞬間、エリオの背筋に冷たい物が奔った。
自分では想像もつかない、どうしようもないほどに深い闇を知ってしまったかのような……そんな、暗い瞳だった。
「助けて欲しいときに助けてくれなかった人が何言っているんですか? そう言うヒーロー見たいなセリフは、本当に誰かを救ったことがある人にしか、口に出しちゃいけなんですよ」
「ぼ、僕は……!」
「――さようなら、エリオ君。貴方に私は救えません」
悲しみを感じさせる言葉を投げかけながら、キャロ・ライダースーツの女・ローブの女性はガジェットに飛び乗って、戦場を離脱していった。
「キャロ……」
空の彼方へと消えていく真紅の光を見送って、エリオは拳を握りしめたまま小さく呟く。
かつて、世界の全てを憎んでいた自分を救ってくれたフェイトのように、自分もまた、誰かを救えるような道を歩いていきたい。
そう願ってこの道を選んだというのに、それなのに――
「何も言い返せなかった……」
キャロは元来、心優しい少女だという事をエリオは知っている。
ターミナルでの出会い、ほんの少しの邂逅だったけれども、あの時に言葉を交わして、笑い合った思い出は間違いじゃないと言い切れるから。
だからこそ、論破することも、力で想いを伝えることも出来なかった無力な自分が許せなかった。
キャロにとって、犯罪者であるスカリエッティ一味こそが己の居場所なのだという。
それは、本当に些細な出来事があったとすれば……もし、彼女が管理局に保護されていたとしたら、今自分の隣に彼女が仲間としていてくれたかもしれない。
だが、現実として、孤独にあった彼女に救いの手を差し伸べたのは犯罪者で。
管理局員であるエリオは、彼女と敵対し、捕える立場にあって。
それはどうしようもない、変えようの無い現実で……。
でも、それでも――
「キャロ……それでも僕は、君に手を差し伸べたいんだ。そして知ってほしい……世界は、こんなにも優しさで満ち溢れているって事を」
闇の住人へと身を落とした巫女を光の世界へ引き戻すために、小さな騎士は新たな目標を見出した。
――必ず、彼女を救って見せる。
犯罪者として泥まみれの道を歩いていく以外にも、
そう、伝えるために。
――◇◆◇――
聖王教会は静寂に包まれていた。
ここにいる誰もが、ダークネスの言葉に困惑を露わにしていたからだ。
「“影”……? な、何の事ですか?」
「……ハッ! いきなり現れて訳分からんことぬかしてんじゃねえけるよ! そんな奴、聞いたこともないなり!」
「あ、あの、その人がいったいどうしたって言うんですか?」
『“影”を知っているか?』
前触れも無く問いただされたカリム、ローラ、マリアの返答はやはりと言うべきか、困惑が多分に含まれた物だった。
そもそも、“影”とは何を指すキーワードなのかすら説明されていないと言うのに、そんな状態でまともな返答が期待できるはずも無い。
それは、ダークネスの意図を図れずにいるはやてたち管理局勢にも言えること。
特に組織の長である部隊長という役職についているはやては、自分に上げられた過去の報告の記憶をひも解いて、彼が何を探っているのかを見出そうとしていたが、記憶にある範囲では“影”などと言う単語は存在しなかった。
だからこそ、次元世界に多数の信者と信仰を集める聖王教会大聖堂に襲撃を掛けると言う暴挙に及んだダークネスに、驚きと疑念を抱かずにはいられない。
彼が、何ら意味も無く愚行を実行するような男ではない事を、彼と対峙した経験があるはやてたちは嫌と言うほどに理解させられていたのだから。
つまり……
「そうか……。いや、
要領を得ない返答に、しかし、満足げに口端を吊り上げるダークネスが自分たちでは理解できなかった『何か』を掴んだのではないかということ。
得体の知れない不安が、彼女らの胸中で渦巻いていく。
存在感の塊のくせに、事態の裏側で暗躍を繰り返して、最後の最後に全てを奪い去っていく。
相手の厄介すぎる性質を再確認させられたはやてが、とにかく少しでも情報をひきださなくてはと声を掛けようとした瞬間、教会の施設の中から怒号と共に後続の騎士たちが、彼女らがいる中庭へとなだれ込んできた。
「カリム! ご無事ですか!?」
「シャッハ!?」
先導していたのは紫の髪と信念を貫く強さを秘めた瞳を持つシスター・シャッハだった。
カリムの護衛も兼ねていた彼女は、ダークネスに対抗すべく教会の全勢力をかき集めてきたのだ。
もっとも、彼女としてもカリムがこの場にいることは予想外だったのだろう、言葉の節々から彼女の身を案じる不安が見て取れる。
「やれやれ、騒々しいことで――」
デバイスを構えながら周囲を取り囲む騎士たちをめんどくさそうに眺めていたダークネスの片眉が、ピクリと跳ねる。
まるで、大切な想いが詰められている心の奥底を無遠慮に覗き見されそうになっているような……そんな悪寒を察知したからだ。
危険な色へと変じていく漆黒の双眸が、シャッハたちが飛び出してきた門のひとつ……暗闇に包まれた空間を鋭く見据える。
「俺の心を覗き見しようとはな……いい度胸だ」
明らかな苛立ちと怒りを顕わにして、ダークネスの殺意が爆発的な高まりを見せる。
人が手を伸ばしてはならない領域に至っている《新世黄金神》の殺気は、衝撃波となって大地を砕き、建物に亀裂を走らせる。
一歩進む。
ただそれだけで、大地震が襲い来たかのような錯覚を味あわせ、勇敢な騎士たちの心を恐怖と言う鎖で雁字搦めにしていく。
それは、今まさに飛び掛かろうとしていたシャッハを、地面に崩れ落ちさせるほどに鮮烈なもの。
恐怖というものはひとりが崩れてしまえば、あっという間に周囲に感染して組織を瓦解してしまうものだ。
事実、増援であるはずの騎士たちはたった一人も役目を果たすことは出来ずに、無様に地面に倒れ込み、意識を繋ぎ止めていることが精いっぱいという状態だった。
意識を保てているのは、過去に彼と対峙した経験のお蔭てある程度の耐性が備わっていたはやて、コウタ、シグナムと、少なくない実戦経験のあるローラのみ。
カリム、マリアの二人は完全に気絶しており、青い顔で身体を震わせているローラに抱きかかえられている状態だった。
だが、もはやダークネスの意識は、彼らに向けられてはいない。彼の狙いは唯一人……姿を見せないまま、己の大切な想いに土足で入り込もうとした愚か者のみ。
ダークネスの様子に危険な物を感じ取ったコウタは、彼の怒りを買ってしまったらしい友人へ向けて、悲鳴じみた叫びを上げる。
「今すぐ逃げるんだヴェロッサ! 彼は……ダークネスは君を殺すつもりだ!」
カリムの義弟であるヴェロッサは、
非実体の犬型の使い魔を創造する古代ベルカ由来ある能力で、その真骨頂は『相手の記憶を読み取る』ことが出来ると言うところだ。
この能力を活かして観察官と言う役職についているヴェロッサは、シャッハたち武装隊がダークネスを相手取っている隙をついて、彼の記憶を読み取り、情報を引き出そうと目論んだ。
だが、“想い”という感情に反応して力を発揮するジュエルシードや“
無論、ヴェロッサも情報収集が失敗したことを悟った瞬間にその場を離れようとしていた。
だが、ダークネスからピンポイントで殺気をぶつけられてせいで完全に昏倒してしまっており、現在は中庭を見渡せる教会内部の一室で気絶していた。
余波だけで騎士たちの心を押し潰すほどの殺気をぶつけられたのだから、精神保護を優先して意識を手放すのは当然の結果なのかもしれない。
だが、この状況下では悪手以外に称する言葉は存在しなかった。
「殺す……!」
「やめろっ! これ以上、無駄な被害を出さないでください!」
教会へ向けて手を翳しながら、掌に魔力を集束させていくダークネスの前に立ち塞がったコウタだったが、内心ではさっさと気絶しているらしい友人をあらん限り罵倒していた。
――男なら、もうちょっと根性見せてくれないかな!?
「貴方の目的は済んだんでしょう!? だったら、早く帰ってください!」
「大切な
「これだけの被害を出した人が何言ってんですか! 無関係の人たちを傷つけるなんて!」
――そもそも、俺としては戦いをした覚えすらないんだがな。
コウタが駆けつけた時、すでにダークネスに蹴散らされていた騎士たち。
実は彼らに対して、ダークネスは何もしていなかったのだ。
訓練場のある中庭へ無断侵入したことこそ事実だが、そこに駆けつけてきた騎士たちが一斉に飛び掛かってきた際、彼は気合を一つ入れただけだった。
もちろんそれは、運動系の顧問が『気合を入れる』と言う名目でビンタをかますような類のものではない。
彼我の戦力差を知らしめるために、少しだけ力を解放する意味を込めて、魔力を全身に行き渡らせただけだ。
だが、その余波として体外に放出された魔力の波動、それは物理衝撃波となって飛び掛かってきた騎士たちの武器を粉砕し、彼ら自身を天高々と吹き飛ばし、撃ち放たれた魔力弾を反射させて術者にそのままお返しするというとんでもない事態を巻き起こした。
これが真実だ。そう、つまり――ダークネスがこの場で行った事は、カリムらへの質問を除けば、(本人的には)ほんの少しだけ魔力を放出したことと、殺気をぶつけたことだけで、攻撃というアクションを一つも起こしていないのだ。
そのくせ、数十人単位での被害を出してしまうのだから、《新世黄金神》と言う存在がどれだけ周囲の影響を与えるという事が実によく分かる。
で、影響力の塊みたいな当の本人はというと。
「……もう良い」
いい加減に面倒くさくなってきたらしく、溜息ひとつで殺気を霧散させると、巨大な翼を羽ばたかせて
「た、たすかった……?」
「見たい、やね……」
『はぁ~~……』
重すぎる空気からようやく解放されて、意識を保てていた四人が深々と息を吐く。
戦闘不能者がごろごろしているこの状況下で一戦交えるような真似は何としても防がなければならなかったので、ダークネスがおとなしく立ち去ったことは喜ばしい事だった。
だが……
「にしても、あの人……何が目的やったんやろ?」
「“影”……と言っていましたね」
「何かのキーワードかな?」
騎士たちを介抱しながら首を傾げるはやてたちから見えない位置でマリアとカリムを解放していたローラは、ダークネスが飛び去って行った方角を睨み続けていた。
怒りと恐怖が入り混じった瞳の奥底に秘められた本当の感情……それが明らかになるのは、もうしばらく先の話になる。
これにて初任務編は終了です。
キャロ嬢が敵になってしまったのは不評でしたかね?
けれど、彼女がこうなったのにもちゃんとした訳がありますので。
――ぶっちゃけると、とある”参加者”のせい(フリード含む)。
ついでに、今回参戦した謎の人物(笑)の正体は、共に原作キャラの関係者だったりします。
まあ、それはさておき。
果たして、エリオ君は悪落ちしたキャロ嬢を救い出すナイトになれるのか?
今後の成長に期待です。
・作中に登場したネタ兵器
●ガジェットⅡ型カスタム。正式名称:
通称:Gシリーズ。真っ赤なボディと雄々しい角が特徴の、ニクイ野郎共。
マッド兄妹の悪ふざけと浪漫と見当はずれな方向へとぶっ飛んだ情熱によって誕生したトンデモ兵器。
ガジェットⅡ型をベースに、ネタのつもりで魔改造を繰り返した結果、AAAランクの魔道師を正面から打倒できるほどの廃スぺックを有する結果に。
ガジェットシリーズの最高傑作であり、製造費用がとんでもなく高いので3機しか生産されていない(1機制作するのに必要な費用は、ベースとなったなガジェットⅡ型の1000体分に相当する)。
『どうしてこうなった』とは、資金運営を任されていた秘書な長女さんの言。
彼女の目を盗んでネタに走ったマッド兄妹は、殴られてもいいと思う。
名前だけを見るとⅡ型の改造機体にしか聞こえないが、実際はガジェットシリーズ生粋の性能を誇るワンオフ機。
既存のAIでは、突出しまくりな戦闘力と空間認識技能を活かしきれないと言う理由から、インテリジェントデバイス並みの性能を誇る特注のAIが組み込まれている。
外観は、Ⅱ型を二回りほど大きくして、可変型のブースターやマニュピレーターを基本装備として搭載、さらに個別の特殊兵装をそれぞれ備えている。
某宇宙戦闘機を彷彿させる、長距離移動モードの『ファイターモード』と対魔導師用戦闘形態の『ガウォークモード』という2つの形態へと変形が可能。
元々は戦闘員を超距離運搬するために生み出されたキャリアーであるため、背中に人を乗せて長距離航空が可能なほどの推進力と空気抵抗を減らす防御バリアは勿論、大出力のAMF発生装置まで搭載している上に、普通にお話までできてしまう。
某番号姉妹たちからは、『私たちの存在意義がっ!?』 と慄き、ライバル視されているとか。
それぞれの愛称についてはもはや言うまでもないが、下記を参照。
1号機:愛称【シャア】
真紅のボディカラーと先鋭なアンテナ、光り輝くモノアイが目を惹く、
人格は、某公国の大佐。ノーマルⅡ型に対して、速度は勿論3倍である(他の2機は1.5倍)。
搭載されている兵装は、Ⅰ型のビーム発射装置を改良した『ハイ・ビームライフル』、近接用の『ビームサーベル』、Ⅱ型時代から搭載されていたミサイルや機銃など。さらに特殊兵装として鞴に酷似した遠距離操作型ビーム兵装『ファンネル』を搭載している。
キャロとコンビを組んで、彼女の運搬や戦闘行動に随伴することが多い。
――果たして、ロリと噂される大佐の背中に少女が乗っかるのは許されることなのだろうか……?
【魔導師ランクの差が、戦力の決定的な違いではないことを教えてやる!】
2号機:愛称【サーシェス】
赤いボディカラーと頭部部分のアンテナは1号機と同様。違いは、空間感知能力を強化するためにツインアイになっている事。
人格は、00の傭兵さん。別名、悪ひろし。闘争と殺し合いが大好きな、戦争マニア。
兵装はマニュピレーター先端に固定武器として装着された、剣と銃という2つの能力を合わせ持った巨大な鋏『バスター・ガン・シザース』。
特殊兵装は物理、ビーム両方の特性を併せ持った空間兵装『ファング』。
殺し合いを楽しむ彼は、戦いを楽しむシグナムと決して分かり合うことが出来ないだろう。
【ところがぎっちょん!】
3号機:愛称【フォン】
ツインホーンと呼ばれるアンテナとツインアイが特徴。
人格は、00外伝の『あぎゃぎゃぎゃぎゃ』の人。
実は3機の中で一番思慮深かったりする。――でも、基本的に戦争バカ。
彼には実験兵装として特殊なエネルギー粒子発生装置『
基本兵装は『MGNビームライフル』と『MGNビームサーベル』に加えて、作戦内容に応じて巨大バズーカ『MGNランチャー』、遠距離狙撃銃『MGNスナイパーライフル』などの換装兵器を使い分ける。
特殊兵装は、貯蔵粒子を全開放することにより瞬間的に機体性能をアップさせる『トランザム』。
自分自身の確たる意志を持ち合わせているので、外道、卑怯と罵られようとも微塵も揺るがない強い信念を持っている。
【あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!】
キャロの護衛&運搬用に用意した一発キャラ(?) のはずだったのに……どうしてこうなった?
タグにガンダムを追加した理由は、もっぱらコイツらのせい。
一発キャラで終わるかどうか、それは誰にもわからない……。
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衝撃
代わりと言ってはなんですが、次回投稿分を前倒しで投稿させていただきます。
機動六課 訓練場にて。
問題だらけの初任務から三日後。
Sランクオーバー魔導師と交戦して負傷していたなのはたちが治療中の間も、前線部隊の訓練はいつも通りに行われていた。
この三日間は基礎訓練の繰り返しを行いながら、代理教導官に名乗りを上げた副隊長のヴィータによる近接戦闘を中心とした戦闘訓練を行っていた。
「よーし、そこまで! 野郎共、集合!」
『ハイッ!』
一部女子から野郎じゃないんですけど……とでも言いたげな視線が投げかけられているが、その辺は華麗にスルー。
「今日は特別ゲストをお招きしてるからな」
「特」
「別」
「ゲ」
「ス」
「ト?」
「お前ら、練習でもしてやがったのか? 息ピッタリじゃねえかバカ野郎共」
「あははっ! なんて言うか、面白い子たちだねぇ」
無駄なチームワークを見せる部下たちにこめかみを揉みほぐしていたヴィータの後ろから現れたのは、彼らが良く知る上司にして教官である……
「あれ、なのはさん!? ちょっ、何やってるんですか! 大事を取って、明日まで休むように部隊長から言われてたじゃないですか!」
いてはいけない、というか(組織の人間として命令違反をしてまで)ここにいる方が問題な人物の登場にまず驚き。
彼女が普段身に付けている青と白を基準とした教導隊の制服ではなく、サマースーツにロングスカートという私服姿である事に首を傾げ。
普段のサイドテールに纏めている髪型を、ポニーテイルに変えているせいなのか、何時もと感じが違うように思えることに疑問を感じ。
フォワードの中でたった一人、
「ちっ、違う! この人は高町隊長じゃねぇ!」
『なっ、なんだってぇ!?』
「へえ……やるね?」 という顔のなのはと瓜二つの女性と、なんだかとんでもなく嫌な予感がひしひしと感じられるお蔭でお胃袋辺りを抑えるヴィータ。
「まさか!?」 という表情になる仲間たちに真実を知らしめるために、探偵ドラマの主人公を彷彿させる鋭い眼光が真実を暴き出す!
「この人には高町隊長と明らかに異なる真実が存在している! そう、それは――」
トリックを暴いた名探偵の様に不敵な笑みを浮かべつつ、なのは(偽)へゆっくりとした足取りで近づいていく。
それはまさに、虚言を暴かれた犯人を心理的にも追い詰めていくかのようだった。
なのは(偽)の目の前まで移動したカエデは、ふぅっと息を吐いてから、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
相手の心情すら暴き、真実を顕わにせんとする使命を背負った男を彷彿させる威圧感に、普段のおふざけが過ぎる彼しか見ていなかったヴィータやエリオが、驚きで目を見開く。
――まさか。本当はアイツ、実はすっげー力を隠し持っていがるのか?
――か、カッコイイ……! まるで、映画の主人公みたいだ!
だが、訓練校時代から続く彼の行動や性格を熟知している残りの三人は、物凄くうさん臭そうな物を見た様な顔だった。
温度差が極端な視線を一身に浴びて、人差し指を伸ばした腕が上がっていく。
火曜サスペンスなら、この後に控えているのは探偵役or警察官である主人公が犯人の真実と罪を暴き出し、追いつめると言う最高潮なシーン……なのだが。
――ぷにゅん♡
「んなっ!?」
「バストサイズ! そう、バストサイズなのだっ! 俺の眼球は女性のスリーサイズを見抜く超高性能レーザーサイト! 故に断言しよう……この高町隊長のそっくりさんは、ご本人よりもバストサイズが三センチほど上回っていると! 仮に、百合疑惑がひそやかに囁かれているハラオウン隊長と三日三晩医務室でちちくりあっていたことで女性ホルモンが過剰に分泌されていたとして! 短期間でここまで急成長できるとは考えられません! 故にっ! 彼女は高町隊長と全くの別人であると断言できるのだあっ! ――ふっ、決まったぜ。おいおい、見たか聞いたか驚いたか! この俺の華麗なるスーパー推理ショーをっ!」
軟らかな双丘に人差し指を埋めながら、これ以上ないドヤ顔を決めてみせる。
『……』
――スススッ……
「あれ? どうして皆、俺から離れるてるの? なんで十字を切ったり合掌しているの? それと切名、どうして君は『惜しい奴を無くしました』みたいな顔で目尻をハンカチで拭っているんだい!?」
ポンポン
「ん?」
肩を叩かれ、思わず振り向く。
「……(にっこり)」
修羅がいた。覇王拳は至高にして究極! とか言い出しそうな感じの。
人が纏ってはいけないレベルの
人を超え、魔導を超え、魔人すら超えてしまった少女は、遂に修羅の頂まで登り詰めてしまったと言うことなのだろうか。
「とかやっている間にバインドで磔にされていたでござる。そしてぎゅんぎゅん集まっていく光の流星。なるほどなるほど、これが噂の高町式完全滅殺信念崩壊撃という奴ですね分かります。どんなに強い心の持ち主でも、ぺきっ! って心の支柱がぶっ壊されると言う噂は真実でした、と。……なあ、切名。俺、この任務が終わったら六課女性陣のおっぱいを揉みしだくんだ……」
「そんな状況でも死亡フラグを立てるのを忘れないお前、マジですごいわ」
「アークエンドォオオオオ……!」
それは、魔力素ではなく『
形成される魔力球の周囲を十二の衛星型立体魔法陣が取り囲み、彼女の身体を通して純粋な魔力へと変換された膨大過ぎるエネルギーをさらに増幅させながら、暴風の如き魔力の渦を巻き起こす。チャージを完了させた
「おぉ、脳内が『オワタ』の三文字で埋め尽くされていく……これが悟りという奴なんだね……」
「ブレイカ――!!」
次の瞬間、真っ赤な光に包まれて花が散っていった。
命という、儚くも美しい花が……。
「結局、あの女の人っていったい誰なんだろ?」
「さあ? ――ハッ!? ま、まさか、集束砲撃魔法に対する耐久力強化と銘打って、あのブレイカ―なビームを喰らい続ける訓練、とか……!?」
「「「ちょっ!?」」」
「ん? なんだお前ら、そんなにアレを喰らいたかったのか? そうならそう言えよ。ま、次元世界最強レベルの砲撃がどんなモンか身を以て知っておくのもいい経験になるかもな……。よし、それじゃあいっちょやってみるか?」
『すいませんごめんなさいかんべんしてください』
それはそれは、見る者を感嘆させるほどに美しく息が合った『後方三回転ジャンピングD・O・G・E・Z・A!』 であったと言う。
「つーわけで、今日は特別講師としてなのは隊長の実姉である高町 花梨さんにお越しいただいた。ほら挨拶」
『よろしくお願いします!』
「……(ビクンッビクンッ!)」
「うん、良い返事♪ 今日はよろしくね」
ギリギリで人間としての“カタチ”を失わずに済んだ
本人の実力は十分すぎるくらい示したので不満は一切出ていないものの、エースオブエースに比類する実力者でありながら嘱託魔導師を続けている花梨について、いろいろ聞きたい事があるらしい。スバルなどは、ウズウズしっぱなしだった。
ヴィータは、これから訓練だという事も忘れて浮かれている部下たちを睨めつけていたものの、呆れた風にひとつ溜息を漏らすと、申し訳なさそうな顔で花梨に向き直る。
「すまねぇ花梨。この調子じゃあ、訓練になりそうもねえからさ。
「はいはい、気にしないで。元々、私が頼まれたのは戦闘訓練じゃないから。――それじゃあ、今から質問タイムにしましょうか。何か私に聞きたい事がある人は手を上げて~」
そう告げた瞬間、フォワード全員がノータイムで手を上げた。
「あらら……なんて言うか、息ピッタリな子たちだね。え~っと、それじゃあ青い髪の貴方から順番に聞いていきましょうか。名前は……スバルちゃんで良かった?」
「はっ、はい! ――す、スバル
憧れの人物と同じ顔で“ちゃん”付けされたことがよっぽど嬉しかったのか、スバルの背後にお花畑が広がって見える。
「えっと、嘱託魔導師っておっしゃられていましたけど、管理局員にはなられないんですかっ!?」
実力の片鱗を垣間見ただけだが、花梨の魔道師としての才はなのはに比類するレベルだと断言できる。
それほどの実力者が、何故正式な職員になっていないのだろうか? ……と、思ったらしい。
「うわ、やっぱり来たわね。その手の質問って、よく訊かれるのよね~~……コホン。それじゃあ、教えてあげる。私が管理局に就職しない理由、それは――これよ!」
意気揚々と花梨が掲げるのは、翠屋のロゴがプリントされた梱包箱。
主にケーキ屋さんで使われるアレだ。
「私は翠屋っていう喫茶店の店長兼、パティシエを務めているの。こう見えても、クラナガンじゃあちょっとした有名店なんだから」
「あっ、そこ知ってます! 雑誌に掲載されたこともある、ケーキがおいしいって有名なお店ですよね!? えっ、そこの店長さんなんですか!?」
「そ。私やなのはの実家、『地球』って世界に住んでいる両親が経営している喫茶店のミッド支店を任されているの。昔から、お母さんみたいなケーキ職人になるのが夢だったからね。だから、私の場合は魔導師のお仕事の方が副業になるのかな?」
「副業って……」
剣呑な表情を浮かべるのはティアナだった。
未来が断たれてしまった兄の意志を継ぎ、家族同然の
怒りまじりの視線を浴びせられ、花梨も当然、ティアナの言いたいことは承知していた。
事実の
それでも、これ以上の言葉は持ち合わせていないのだから仕方がない。
残り半分の理由……“
それを判断すべく、こうして関係者である
「はい、それじゃあ次……っと、貴方はティアナちゃんね。どう? まだ何かある?」
「……少々不躾なご質問でもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「では……貴方の魔導師ランクを教えてください。実際、どのくらいの実力があるのか気になります」
なるほど、確かに向かい合ってやって良い、目上に対する質問ではない。
思わずヴィータの表情が剣呑な物になりかけた瞬間、彼女を宥める様に手を翳したのは他ならぬ花梨であった。
「噂以上にツンツンしてるのね。……良いわ、教えてあげる。私の魔道師ランクは『SS-』、それと希少能力扱いにされているチカラを持っているわ。そうねぇ……試合形式での模擬戦ならなのはと互角ってトコロかしら?」
「ルール無用だと、アタシら六課の隊長陣総掛かりでも勝てないよな? 多分」
最近になってようやく発言した花梨の“能力”。
それを試す意味で、なのはたち全員(機動六課設立前につきリミッター無し)相手に戦闘訓練を行った結果、初見という事もあるものの、ほぼ完全勝利を収めてしまったことがある。
今では、相応の対策も練られているだろうからあそこまで一方的な状況にはならないだろうが、それでも隊長陣を纏めて倒したという事実は変わらない。
「ウソ……!?」
「マジか……」
驚きの声を上げたのは、ティアナと切名だけ。
スバルとエリオは純粋に尊敬の眼を向けているし、カエデはいまだに消し炭状態の真っただ中。
特に参加者である切名の驚きは筆舌すべき物だった。
――オイオイ、どうなってんだこりゃ?
このセカイに送り出される際、切名は花梨の事を『人間の範疇から逸脱できないレベルの参加者たちによる同盟、その中心人物』だと教えられていた。
人間として積み重ねてきた常識や概念の領域を超えた先に在るのが『神成るモノ』であり、限定的にそこへと至ることが出来てはいたが、そこ止まりのまま成長は出来ていないだろうと言うのが切名の推測だった。
そもそも、六課隊長陣を一人で相手取ることが出来る存在など、『神成るモノ』として覚醒でもしなければ不可能だ(ユーリなどの例外は除く)。
しかし、ひとたび人間としての理を超えてしまった者は、以前の本人とは全く異なる“理”によって行動・判断すると言ってよい。
人を超えるという事は、良くも悪くも人間と言う存在を格下に見てしまう傾向がある。
既に覚醒を果たしているダークネス、ルビー共に、人間を擁護対象、あるいは利用価値のある道具として見ている節があるのも、理論の証明と言えるだろう。
花梨たちが結成している非戦闘推奨派における協力関係は、あくまでも対等であるというもの。
もし花梨が『神成るモノ』として覚醒を果たしていれば、他の参加者たちやなのはたちを見下し、部下の様に扱っているのが普通なのだ。
だからこそ、対等の友人関係を維持出来ている今の彼女は、まだ人間なのだと推測していたのだが……。
――人間性を失わないまま覚醒する……そんな、俺の知らない秘密でもあんのか? それとも俺の方が間違っていたのか?
だが、どちらにせよ――
――そろそろ、接触しても良い頃合いかもしれねぇな。
『儀式の破壊&儀式に否定的な参加者たちの救助』を命じられた当初、非戦闘推奨派には例の結界に捕らわれない様に気を張りながら姿を隠してもらい、その間にダークネスやルビーを切名が倒す……という計画を立てていた。
単独での戦闘しか行ったことが無かったこと、【真名】を解放すれば誰にも負けるはずが無いという自負故に思い描いてしまった独善的な思考だったと、いまでははっきりと分かる。
もし過去の自分と向き合える機会があれば、間違いなく殴り飛ばしていただろう。
過ぎた驕りは寿命を縮める毒にしかならない。
擁護対象と思い込んでいた花梨の実力や、初任務で遭遇・交戦したライダースーツの女……自身も弱体化していたとはいえ、手加減していた相手を倒し切れなかったと言う事実が、彼の中にあった驕りを完膚無きまでに粉砕してしまったのだ。
認めるしかないだろう。弱者と思い込んでいた参加者たちの実力の高さと、どこかで見下していた敵の脅威を。
それを理解できたのだから、次に切名がすべきことは決まっている。
対等の立場として同盟を結ぶために花梨と言う人物がどのような存在なのかを知る必要がある。
幸いというべきか、今の自分は彼女への質問タイムの真っ只中。これを利用しない手は無い。
ティアナが黙ったことを確認した花梨の視線が彼女の隣にいるエリオへと向けられる。
ちょうどいい、エリオと問答している間に彼女への質問を考えておこう。
考えを纏めつつ、話半分に耳を傾けていると
「あっ、あの! 戦場で敵として出会ってしまった子を助けたいって思う事は間違っていると思いますか!?」
予想以上にヘヴィな質問をされてしまった。
切名は勿論、ティアナとスバル、ヴィータまで驚いた表情を見せている。
「……敵? どういう事か聞かせてもらってもいい?」
「は、はい。実は……」
エリオが初任務で出会った桃髪の少女について説明した。
少女がキャロと名乗っていたことに少なからず驚いていたようだが、「あの子を助けたいんです!」 という青臭いエリオの主張を、真剣な表情で受け止めていた。
説明を終えた所で、囁くようなちいさい声で「流石はなのはの教え子ね……」と感傷深げに呟いたのが、妙に心に残った。
瞳を閉じ、顎に手を当てながら考え込んでいた花梨は程なくして瞳を開き、エリオと視線を合わせながら話し始めた。
「絶望したような暗い目をした女の子、ねぇ……うん。そっか。それじゃあ君は、そのキャロちゃんを犯罪行為から足を洗って欲しい、助け出してあげたいって思っているわけなんだ」
「はい……。あの、こんな事を思っちゃうのは管理局員としてダメなんでしょうか!?」
「そんなこと無いんじゃない? ていうか、私としたら君の提案に大賛成なんだけど」
「ちょ、おい……」
笑みすら浮かべながらそうな事を言う彼女に驚いたような声を上げるエリオ。ヴィータが止めに入ろうとしたのを無視して、花梨は言葉を続ける。
「でも、言うほど簡単じゃないわよ? 話を聞く限りだと、昔にキャロちゃんを助けたのはレリックを狙う犯罪者に間違いないわ。騙されているって感じはしないから、多分自分の意志で
「それは……分かってます。キャロの言うとおり、彼女が泣いているときに助けてあげられなかったのは間違いないんですから。でも……それでも、僕は助けたいんです。どんな理由があったって、
フェイトという光に護られて、悲しみの闇を振り払えた
簡単な事ではない事は分かっている。キャロを救うのならば、彼女が家族と呼ぶ人たちすらも助けてみせなければ意味を成さない。
だが、そうだとしても――この想いは、覚悟は折れるつもりは無いと断言できる。
だって――それこそが
決して揺るがぬ不屈の心は確かに受け継がれていると、姉として鼻が高い。犯罪者として罪を重ねてしまったフェイトや騎士たちのために、最後まで戦い続けた
「よっし! じゃあ、これからも君の訓練に付き合ってあげる! キャロちゃんを救うにせよ連中をふん捕まえるにせよ、実力が無ければ意味は無いからね! 頑張りなさい、男のコ!」
「――はいっ! ありがとうございますっ!」
覚悟を決めた少年の声には、確かなチカラが宿っていた。
――なんか、すっげー疎外感……。
悪に堕ちたヒロインを救い出す覚悟を決めたヒーローの覚醒シーンを目の当たりにして、切名はそんな感想を思い浮かべてしまった。
いつの間にか回復したカエデが、妙に優しい顔で肩を叩いてくるのがなんかむかつく。
そうこうしている内に、エリオと小声で数言交わした花梨の視線が切名とカエデへと。
視線が何と言うか……きらきらと星が舞って見えるのは、果たして切名の気のせいなのだろうか?
「えっと、貴方たちは、その……そーゆー関係なの?」
「は?」
そう言う関係? ……どういう関係?
なんだか、物凄く訊いてはいけない気がひしひしと感じられる。
「だって、さ……そんな、男同士で抱き合っていたりとかしてるし」
「なにを言って――はっ!?」
言われて気づいた、自分の状況。
肩に手を置いていたはずのカエデの手が、まるで大木に絡みつく毒蛇の様な艶めかしい動きで切名の身体蹂躙し、背中から抱きしめているような体勢へ移行している!
下腹部へと伸ばされた左手はズボンの中に入れていた上着の裾をひっぱり出し、胸元へと伸びる右手は襟首から中へと差し込まれて、訓練で掻いた汗に濡れる胸板へと――……
「でぃいいやあああっ!」
「オウフ!?」
両刀使い疑惑の馬鹿へと繰り出された肘撃が、吸い込まれるように鳩尾へ叩き込まれた。
膝から崩れ落ちる変態の襟首を掴み挙げ、至近距離から睨みつける。
「なんのマネだ、この野郎……!」
「いやー、なんてーの? 珍しくキリやんが隙だらけだったもんだから、こう……ついお茶目なイタズラがしたくなっちゃって♪」
「俺にソッチの趣味はねぇ! そもそも、俺にはティアがいるってーの!」
「はいはい、惚気乙。あ、でもさー、確かめてみたかったのはホントなんだぜ。いや、まじで。俺のスペッシャルな希少能力のこと、知ってんだろ?」
「……あの、セクハラ上等・パワハラだろうとなんだろうとバッチこ~い……的な、最悪な希少能力のことか……」
陸士訓練校で能力の詳細を検査した時、担当官を務めた本局の女性研究員を号泣させたトラウマ量産能力について思い返し、急速にSAN値が激減してしまう。
「あっ!? なんだよその言い方! 傷ついた! 俺、すっげー傷ついちゃったぜ!」
「喧しいわ!? そもそも、発動の条件が『女性の胸を揉む』って時点でおかしいだろうが、イロイロとよぉ!」
「いや、実はあれから試行錯誤を繰り返してみると、驚くべき真実が明らかになったんだ! なんと! アレにはまだ隠された秘密があったんだ」
胸を張って断言するカエデの様子に、まさか……!? という表情を浮かべる切名。
どうせ詰まらないこと言うつもりなんだろうと思いつつも、ちょっぴり良い方向に転がらないかという期待も抱いてしまう。
「能力発動の条件が『おんにゃのこ』限定だってのは、俺の思い込みだったみたいなんだ! 相手によるけど、男も発動対象に出来るかもしれないんだよ! どうよコレ、すごくね? マジすごくね!?」
「マジかよ!? それがホントなら確かにスゲェが……」
カエデの希少能力、その名も『
気に入っているのか、支給されたデバイスにすら同じ名前を付けようとしたという経緯がある程の超問題的希少能力だ。
別名『乳神様の祝福』
相手のおっぱいを揉む事で発動し、相手の身体能力の強化や怪我の治療に加えて、肌年齢の若返りなどと言った美容効果すら引き起こすいろいろとオカシイ能力だ。効果時間は揉んだ時間に比例する上に、直接本人に触れなければ発動できないという使い勝手の悪さが目立つものの、その効果は一般的なブースト魔法に比べても優に五倍近い効果を発揮する。
発動条件にさえ目を瞑れば、非情に強力な戦力として戦術に組み込むことも出来るのだが……。
「で、実際どうなんだ?」
「うーん、それがなぁ……」
①能力が発動できるのは、基本女性限定。
②ただし、幻覚などで性別を入れ替えた男性にも効果ある(実態がある場合に限る)。
これは、男の娘もアリだという本人の趣向によるものであると推測される。
要するに、巨乳・美乳・貧乳・微乳・豊乳なんでもござれ、みんな大好きですという性欲の権化たるカエデの深層心理が生み出した特殊能力という事に他ならない。
まさしく、真面目に戦いを繰りひろげている人たちに謝るべきだとそうツッコミを受けること請負無しな
「だからさー、キリやんみてーに、ゴツイ野郎には三回転半捻りしても発動できそうにないんだわ。試しに、キリやんのやーらかくもねぇモンを揉んでみたけど、発動しなかったしー?」
「つまりはあれか? まったくの無駄骨、セクハラされ損――だと?」
「まーね。――でも、エリオっちんならイケそうな気がするんだよな――……じゅるり」
「ぴぃいいいっ!?」
食種の有効範囲が広すぎる変態から熱の籠った眼差しを浴びせられて、エリオの身体中に生えた産毛が総毛立つ。
……どうやら、『男の娘』という危険なジャンルもアリなようだ。
「……変態の相方が参加者なワケ? うっわ、どうしよう。仲間に誘いたくないな~~……」
皺の寄ったこめかみを揉みほぐしながら、花梨は変態の相棒(という風に見える)
ちなみに完全に余談となるが、カエデに支給された最新型のデバイスの命名については、デバイスAI自身・フォワードメンバー・隊長陣&ロングアーチスタッフによる総ツッコミを受けたことで、名前はデバイスマイスター・シャーリーが命名した【ドラグノーツ】に決定した。
流石に、セクハラ発言にしかならない名前を街中で叫ばせるわけにもいかないと、はやてが判断したらしい(バリアジャケットのデザインは、スポンサーでもある地上本部の命令によって現状維持が決定済み)。
この英断について、【ドラグノーツ】は号泣せんばかりの勢いで感謝の雄叫びを上げていたらしい。
――◇◆◇――
場面はうつろい変わり、都内にある高級ホテルの一室にて。
「――と、これが翠屋を盗聴して手に入れた情報の全てです」
「なるほどな……。やはり
「ダークちゃん大丈夫? 神サマの力を問答無用で無効化できるような犬が相手って」
「狼な。まあ、大丈夫だろう。牙を警戒すれば良いだけなあ、やり様なんていくらでもある」
情報収集を終えて合流したダークネス一行は、拠点として借り受けたクラナガンのホテル最上階で情報の内容を分析していた。
機動六課の初任務に何らかの動きを見せると思って見張らせていた花梨たちから、予想以上の情報が引き出せたお蔭で、差し当たっての行動方針はほぼ決定したと言っていい。
何しろ、機動六課を監視しようにも、宿舎を中心とした半径数キロの領域に強力な防御結界が張り巡らせられているので、潜入や盗聴を仕込むことが極めて難しいのだ。
敵意ある存在のみを弾き返し、それ以外の存在には結界の存在すら感知させないという特質な性能を宿したこの結界は、力技でどうこう出来るような容易い“能力”ではない。
流石は、“闇の書”事件の間、八神家へ外敵の侵入を一切許さなかったという“Ⅸ”の“能力”。
核ミサイルを叩き込まれたとしても余裕で耐えきってしまうほどの最高防御力を永続的に展開できるとは、感嘆せずにはいられない。
だが、そちらへの対策はある程度構築済み。今はそれよりも優先すべきことがある。
「しかし、直接対峙してきたとはいえ、やはり納得できないな……何故、
『
いかに正体を隠していようとも、直接対峙できれば参加者か否か程度は正確に見抜くことが出来る。
事実、聖王教会で対峙した三人のシスターの中に、“ⅩⅢ”と思われる敵が確かに存在していたと分析されている。
『
「こんなことがあり得るのか?
ダークネス自身も含め、このセカイに転生した者たちは、『原作』の登場人物と極めて近しい者こそいるものの、
その理由は、『
しかし、だからこそこの件はどうぬも納得がいかない。
――やはり何か意味があると言うことか? 『
そう。
あの問答で腑に落ちない発言を繰り出していた髪の長い女も怪しいものの、原作のキーマンにして重要な役割を果たすカリムが儀式の参加者であるという事実の方が重要だ。
そもそも、どうにもしっくりこないのだ。
情報を隠蔽・改ざんする類の“能力”かと勘繰ったが、そんなことは一切なく。
だが。
「このセカイに完全なモノなど存在しない――か。アリシア、シュテル、聖王教会を監視しつつ、『あの場所』とやらについての調査を続行するぞ。おそらくは、管理局上層部もひと噛みしているのは間違いないだろうが……俺の勘は聖王教会が黒だと言っている」
「ルビーさんやフェイトたちの方はほっといていいの? 六課にいるらしい
「いいや、向こうはしばらく放置しておく。俺の推測が正しければ、近いうちに
「やれやれ、今度はどんな悪だくみを企んでおられるのですか?」
「人聞きが悪い事を言うな。――行くぞ」
暗躍を繰り返し、ダークネスですら概要を掴みきれていない謎の組織とその後ろで糸を引く参加者と思しき敵を炙り出す。
金色の竜神が放つ極光が、影に隠れた者どもを暴かんと動き出した。
「――っと、そう言えばもう一つだけご報告があったのでした」
いざ出撃せんとドアノブに手を伸ばした瞬間、肩透かしを食らったような虚脱感が部屋を包む。
いったいなんだとジト目で振り返ったダークネスに、満面の笑みが向けられて――
「「子どもが出来ました(なんだよ)」」
「……えっ?」
情緒もへったくれも無い軽い口調で、神代魔法クラスの爆弾を落としてくれやがりました。
花梨とフォワードたちの出会い、カリムさんの黒幕説浮上……。
それをぶっ飛ばす、アリシュコンビのトンデモ発言。
サブタイ通りに、驚いて頂けれましたかね?
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娘
まあ、この展開を読んでいらっしゃった方も多いのではないでしょうか?
それから、ちょっとご報告を。
仕事関係で、5月から転勤・引っ越し云々に時間を割かれてしまい執筆速度が低下してしまうと思います。
なるべく週一(土曜更新)を維持できるように努めたいところですが……何とも言えず、申し訳ありません。
少女は闇の中を歩いていた。
掌に感じるのは、生命の鼓動を感じられぬ冷たいコンクリート。
頭上に広がるのは陰りに埋め尽くされた漆黒の
足裏に感じるのは、人の悪意より零れ落ちた砕けた
それでも一歩、一歩と前へと進むのは、彼女の背中へと迫る
はたまた、視線の先に映りこむ数かな
むき出しの肌は病的なまでの白。
幼き四肢が纏うのは、囚人服を思わせる汚れに染まった布きれのみ。
それでも
彼女の心が、魂が、己が望みが
「――ぁ……」
はたして、少女の願いは――
「……おや、こんな所でどうしました? ひょっとして迷子さんですか?」
震える身体を包み込んでくれる温もりへと届き――
「あっれ~? どうかしたの~? って、ん? その娘、誰?」
「いえ、それが――」
「――……マ、マ……」
――――!
「……はい。もう大丈夫ですよ――む! 体温が低すぎです。これは放っておけませんね。――、申し訳ありませんが治療をお願いできますか?」
「OK~♪ 任しといてよ!」
この日、少女は母の温もりを知った。
「……えっ?」
思考停止とはまさにこのことを指す言葉であろう。間の抜けた声を上げる彼の表情は、このセカイで最も付き合いの深いアリシアですら見たことの無いものだった。
言葉を失い、ぴたっと動きを止めたダークネスは、普段の余裕にあふれる態度が嘘の様に見事な醜態を晒している。
具体的には、まるで何かをつかみ損ねたように両手を彷徨わせ、眼球はせわしなくアリシアとシュテルの間を行ったり来たりを繰り返す。
覚悟は出来ているとか普段は言っときながら、いざデキてしまったことが発覚した時に慌てふためく若人のような反応だった。
やはり、こういう類の覚悟というものは、戦い云々のそれとは全くの別物であるということなのだろう。
しかし……
「――……そう、か。わかった」
しばらくの間、どっかと椅子に座りこんで頭を抱えていたダークネスがゆっくりと顔を上げる。
どうやら心の整理をつけられたようだ。
ふうっ、と深い息を吐いて、戦場に赴く戦士を彷彿させる真剣な表情でアリシアとシュテルに向き直る。
「……で、どっちに出来たんだ?」
「えーっと……どっちって言われると、ねぇ?」
「そう、ですね……しいて言うのなら……どちらとも、でしょうか」
「同時ってオイ……。いや、この場合に悪いのは間違いなく俺になるか……」
自分のあまりの浅はかさに苦笑すら浮かばない。
いつ命を狙われてもおかしくは無い今の状況下で、彼女らが身籠るという事の危険性を理解していたからだ。
子育てが言うほど容易い事ではない事を知っている。
犯罪者として管理局に追われ、闇の犯罪組織からも標的にされている自分。
そんな自分の血を受け継いだ子が、光ある世界の中で生きていけるのだろうかと言う不安はある。
血まみれたこの腕で、愛しい女性より生れ落ちた穢れ無き命を抱き締める資格があるのかと言う怯えもある。
だが、それでも……大切な存在との間に誕生した宝を世界一幸せにしてやろうという覚悟がある。
己と大切な女性たち、そして愛しきわが子たちと過ごす日々……。
それは、彼にとって何物にも換え難い幸福であることは疑うべくも無い。
故に、自責の念に苛まれる。
自分のせいで、彼女たちを危険に晒してしまうことがわかってしまうから。
身籠った女性は誰よりも強く……弱い。
彼女たちは決して誰にも負けないだろう。
自分の中に宿った新たな命を守り抜くと言う強き想いは、あらゆる障害をねじ伏せる事だろう。
だが、その強さは諸刃の剣。
子どもを身籠るという事は、彼女らの身体能力を激減させ、無意識下において自分自身よりも子どもの命を優先するようになる。
己が命を引き換えにしても、生まれくる子供を守り抜く。
母となる女性の強さは、そんな自己犠牲の精神と背中合わせなのだ。
同時に、弱体化した彼女たちはダークネス最大の弱みとなって、今以上の悪意に晒されることだろう。
彼女らを捕えることが出来れば、まず間違いなくダークネスを無力化できるのだから。
普段の彼女たちならば、そんな心配は不要だ。その実力を十二分に理解しているが故に、彼女らに敗北は無いと分かっているから。
だが、母となった彼女たちは、『肩を並べる戦友』から『護らねばならない存在』へと変わってしまう。
そう……『仲間』から『弱点』へと。
そして、そんな危険に彼女たちを晒してしまったのは、間違いなく自分が原因。
戸惑いと自責が際限なくダークネスの中で渦巻いていく。
だが……!
「ひゃっ!? だ、ダークちゃん……?」
「ダーク、様……?」
無言のまま、愛しき存在を抱き締める。
優しく、それでいて力強く。
自分の中にある自責の念を振り払うように。
「正直、な。不安はあるし、後悔も無いって言えば嘘になる。ゆくゆくはそういう事もアリだと思ってはいたが、それは儀式云々を終わらせてから……とな」
戸惑うアリシアとシュテルの頬と自分の頬を合わせて、愛しい温もりに身を委ねる。
それだけで、情けない弱音がすうっと波の様に引いていく。
後に残るのは、純粋なる喜び。
誰よりも愛しい少女との愛の結晶を授かったことに対する、本心から来る歓喜だけ。
大切な存在と共に、なにがあろうと生き残る。生き続けてみせる。
彼の根幹は、決して揺らぐことは無いのだから。
「でも、それでも――これだけは言わせてほしい」
過去への後悔ではなく、新たな命を護り抜く覚悟を抱き。
「――ありがとう、俺を愛してくれて。俺に新しい
自責の感情を、未来を勝ち取る『
「お前たちも、これから生まれてくる
己が『
「だから――」
「ちょちょちょ! ダークちゃん、タイムタイム! タイムプリーズッ!」
ダークネスの腕の中で、真っ赤な顔のアリシアが慌てだす。
頭が茹ったように蒸気を立ち昇らせ、紅玉色の瞳にはぐるぐるナルトマーク。
彼の胸に手を押し当てて突き放そうとするものの、物凄く嬉しい台詞を言われたことが嬉しくて、どうにも力が入らない。
一方のシュテるん。
照れの赤を通り越して真紅になった頬に手を当てながら絶賛放心中。
軽くゆすっても身じろぎすらせず、だらしなく半開きになっている口からぶつぶつと呟き声らしきものが零れ出ている。
抱き締めた体勢のまま、二人の予想外な反応に首を傾げることしか出来ないダークネスの腕の中でうつむいていたアリシアが、意を決っしたように顔を上げた――瞬間、
「ん?」
不意に上着の裾を引っ張られる感覚を感じて、ダークネスが視線を下げる。
するとそこには。
「……」
少女がいた。
昔のアリシアが好んで着ていた服を身に纏った、腰まで届く金色の髪が目を惹く少女が。
目端に涙を浮かべて、上目使いでダークネスを見上げてきている。
一瞬、怖がられているのかと思ったがそうでもないらしく、怯えと言うよりも不安というか、どこか戸惑っている様な気配を感じる。
だが、問題はそこではない。そこではないのだ。
「えーと、誰だお前?」
「ふぇ……(じわっ)」
なるべく(ダークネス的には)オブラートに包んで聞いてみたら、普通に泣かれた。
どうしようもなく胸が痛いのは、どうしてだろうか……?
そんなやり取りをしている間に平静を取り戻したのか、アリシアとシュテルが彼の腕の中から抜け出る。
「ああ、泣かないでください。貴方はそんな泣き虫さんではないハズです」
「うん、そうだね。ホラ、ちゃんとご挨拶をしないとねっ♪」
しゃがみ込んで少女と目線を合わせたシュテルとアリシアが、なにやら少女を元気づけている。
二人に励まされて勇気が出たのか、少女は目元を服の袖で拭うと、真剣な表情でダークネスへと向かい直った。
「あ、あのっ!」
「な、なんだ?」
いきなり全力全壊な少女に気圧されて、思わず仰け反る竜神様。
ダークネス目開けてトテトテと駆け寄っていったかと思いきや、いきなりジャンプ!
反射的に腕を開いてしまったダークネスの胸の中へと飛び込んでいく。
目をパチクリさせるダークネスのリアクションに、アリシアとシュテルが破顔しながらハイタッチ。
どうやら、一連の流れ(少女登場 → ハグ♪ のコンボ)は彼女たちの仕込みだったらしい。
いい加減に説明しろと二人を睨み付けたところで、襟を掴みながら頬をすり寄せてくる少女が異彩を放つ部分にようやく気づく。
――紅と翠のオッドアイ?
金糸の様な艶やかな髪、古の王族の血統者にのみ顕現する二色の瞳。どこか、気品すら感じさせる不思議な雰囲気。
ダークネスの中で、嫌な予感がどんどん大きくなっていく。この感覚は、そう……十年前にアリシアやシュテルと初めて出会った時に感じたものと同じ――。
「……パパ?」
「誰がパパだ。あ、いや、そんなことより……小娘、お前の名前は?」
「――ヴィヴィオ」
嫌な予感が大的中。しかも過去最大級と言って過言ではないだろう。
この状況の元凶に間違いない二人に説明しろという視線を向けてやれば、物凄くいい笑を浮かべた二人がダークネスの腕の中に納まったヴィヴィオの頭を代わる代わる撫でていた。撫でられている本人も満更でもない様で、きゅっと目を閉じながら頬を赤く上気させている。
「おい、こら。ふざけていい問題じゃないぞこれは。しっかり説明せんか」
「ですから、この娘が私たちの娘です」
「つまり、ダークちゃんの娘でもあるワケなんだよ♪」
予想外な説明が返ってきた。
要するに、彼女たちの『子どもが出来た』的な発言は、『幼子を保護した』的な意味合いだったようで……。
言ってしまえば、ダークネスの早とちりだったと言うオチが付くわけで。
「だーく……パパ……? ――ダークパパ♪」
こっちはこっちで、“父親”のしっくりくる呼び方が見つかったらしく、首の後ろに手を回しながら抱き着きながら喜びを全身で表現していた。
純粋に己を求めている相手を無下にも出来ず、何となく頭を撫でてやると、ヴィヴィオは何とも嬉しそうに笑いながら抱き着いてくる腕の力を強めていく。
無意識下で魔力強化をしているのか、一般人なら締め落とされているであろう威力があるネックブリーカーを平然と受け止めながら、いきなり娘が出来た事情を説明させるべく
「――で、一体どういう事だ?」
椅子に腰掛けたダークネスは、ものすごく懐いてきたヴィヴィオを膝の上に抱きかかえながら、元凶共を睨み下ろす。
その元凶……脳天に特大のたんこぶをこさえたアリシアとシュテルは、現在フローリングの床で正座中。
怒りのバッテンマークをこめかみに張り付けたダークネスの冷ややかな視線に晒されて、冷や汗がとめどなく流れ落ちている。
「いや、な。俺は別に怒っている訳ではないんだ。ただ、説明も無しに急展開な事態に巻き込まれて混乱したと言うか、ぶっちゃけると予想外の人物が現れて頭が真っ白になったというか……」
さすがにこのタイミングで
彼女たちには、余計な先入観を持たせないためにも、『原作』に関する“知識”の類を必要以上に伝えてはいなかった。だからこそ、ヴィヴィオが一連の事件の中核となるほどの重要人物であるとは思ってもいない筈なのだが……。
「そもそも、どうしてヴィヴィオが普通に振る舞っていられるんだ? “知識”では、この時期はまだ調整中のはずなんだが」
ヴィヴィオはと『ある人物』の遺伝子情報を元に生み出された人造魔導師だ。
その身に宿した強力無比な希少能力や魔法の才は、このセカイに大きな災いを齎すことも出来るほどのもの。
それほどの力を秘めているが故に、調整用生体カプセルでの精密な検査と調整が必要だったはずだ。
“知識”にて彼女がカプセルの外へと飛び出す時期は、まだまだずっと先のはず。
なのに、調整不足による不安定さを微塵も感じられないのは、いったいどういう事なのだろうか……?
「あ、それ私がやったんだよ」
挙手しながらそんな事をのたまうのは、二代目大魔導師のアリシアだった。
確かに、プレシアから受け継いだ才能を十全に引き出せるようになった今の彼女ならば、ヴィヴィオの身体を完全な状態に調整することも可能かもしれない。
こんな事もあろうかと、ミッドチルダの至る所に実験・研究用の工房をアジトとして用意しているのだ。
そこの施設を使えば、短期間で未調整の人造魔導師を完成させることも難しくは無い。
「……じゃあ、次。そもそも、いったいどうやってコイツを手に入れたんだ? どこかの違法研究所でも襲って、掻っ攫ってきたのか?」
普通に考えれば、ヴィヴィオを製造・調整してた研究所に攻め入ったアリシアとシュテルがカプセルの中の彼女を発見し、保護したと考えるのが一番自然なのだが……。
「違法研究所ですか? いえ、そんなことなんてしていませんよ? 私がヴィヴィオを発見したのは、裏路地の奥で衰弱して倒れていた所を偶然通りかかった私が発見したからです」
「はぁ?」
話を纏めるとこうだ。
数日前、ダークネスが単独で情報収集に出向いていた時の事。
現在彼らが宿泊しているホテルの一階にあるオープンテラスでアリシアとシュテルが食事をとっていた時、道路を挟んだ向かい側のビルとビルの合間にある路地裏。ビルの影に覆われる様に蹲っている少女……ヴィヴィオに気づき、慌てて助け出した。
外傷は無く、脈拍や呼吸も異常は無かったものの、ひどく衰弱している上にボロボロの布切れの様な服しか身に付けていない少女は何か訳ありだと判断。
医療機器もあるアジトのひとつに運搬して治療を施そうとしたところ、彼女は人造魔導師であり、しかも調整途中の未完成品であることが発覚。
医療用カプセルを使った少女の治療と並行して管理局の裏データベースとも呼べる管理局が把握している非人道研究の情報閲覧をハッキングして身元を調査。
その結果、彼女が古代ベルカ王朝時代に存在した王の一人、“聖王”オリヴィエのクローンであることを突き止めた。
そして――
「管理局に保護させるのは危険すぎますし、高町 花梨たちに預けるというのも論外。ならば――」
「私たちが助けたんだから、責任を持って守ってあげなきゃダメだって思ったんだよ!」
「……なるほどな」
身元不明者として管理局に預けた所で、彼女が逃げ出した違法研究所へと連れ戻されるのが関の山。
機動六課や花梨たちに託すと言うのも一つの手だが、ヴィヴィオを狙うであろうルビーの手腕を鑑みると、十中八九誘拐されてしまうだろう。
戦力云々ではなく、絡み手や策謀と言った類のものに対する守りが心許無い。
ヴィヴィオの安全面を一番に考えるのならば、確かにダークネスたちが保護することが一番の安全策なのかもしれない。
ちらり、と腕の中でおとなしくしているヴィヴィオへと視線を落としてみる。
ダークネスに抱きかかえられた彼女は、ご機嫌そうに顔をほころばせていた。
その表情は完全にダークネスを信用している者のそれであり、もはや彼女にとって彼という存在は絶対的な安心感を与えてくれる居場所となっているのも知れない。
《新世黄金神》とは、大切な
どうしようもないくらい純粋な少女の
彼という存在にとって、それは決して揺らぐことが無い確たる『信念』にして『決断』。
だから――
「小娘、いや……ヴィヴィオ」
「んぅ?」
『お前』といった代名詞で呼ぶでもなく、感情を込めずにフルネームで呼ぶでもなく……相手を認め、感情を込めて名前を呼ぶという事が何を意味しているのか。
付き合いの長いアリシアたちにはすぐに理解できた。
だからこそ、微笑みを浮かべながら新しい
腕の中に感じる『ヴィヴィオ』という存在の温もりを感じながら、ダークネスが
「――俺の娘になるか?」
仲間として……そして家族として、ヴィヴィオと言う存在の全てを受け入れると言う想いを乗せた言霊が、たった一人で世界に放りだされてしまった少女の心にすうっ、と染み込んでいく。
これもまた己の『決断』なのだと自分自身に刻み込みながら、偽りなき眼を幼き少女へと向ける。
ヴィヴィオは自分が何を言われたのかよく分からないらしく、しばし呆気にとられたような表情で彼へと目を遣っていたが、やがて何を言われたのかを理解できたらしく、
「――ッ! パパ……ダーク、パパ……! ダークパパァ!!」
幼い顔に見合うピンク色の唇から確かめる様に戸惑いの言葉を零し、次いで爆発的な高まりをみせた感涙を堪えきれず、全身をぶつける様に抱き着いてきた。
力を入れると容易く壊れてしまいそうなほどに儚い少女を愛しむように、両の腕でしかと受け止める。
口端をきゅっと上げながら、目尻を拭うアリシアとシュテルと目を合わせて笑みを溢す。
少女の心に呼応するかの様に、願いを叶える蒼き粒子が宙を舞い踊る。
虹を受け継いだ幼き少女の未来を、紅と紫に照らされた黄金色の輝きが包み込む。
彼女が歩む道に幸あれと、そんな想いを込めながら――
「でも、まさかあんなこと言ってくれるなんて思ってもいなかったかも……。ま~だ、頬っぺたが熱いんだよ」
「ですね。――でも、嬉しかったです。あの方が私たちのことを真剣に思ってくださっていたということですから」
「だよね~♪ ……ま、子どもが出来ちゃったってのも、あながち間違っては無いかもしれなかったりするかもなんだよ」
「……アリシア? まさか、
「へ? ひょっとしてシュテルも
「え、ええ……。今月はまだ来ていなくて……その、ひょっとしたら、ですけど」
「じ、実は私もそうだったりして……。あー、うー、えっと……こりゃ冗談がホントになるかもなんだよ……」
「ま、まあ、大丈夫でしょう。十年にも及ぶ一連の騒動、時が来る前に片付けられる筈ですし」
「だよね~」
と言う訳で、鮮烈なるヴィヴィっ娘が金ぴかドラゴン一味に加入いたしました。
なのフェイの母親フラグがへし折られて、代わりにアリシュ側にフラグが形成。
母親の数は等しくても、大黒柱的な父親ポジが存在した方にヴィヴィっ娘が惹かれたという事でひとつ。
次回は、地球出張編を予定。
金ぴかドラゴン一味も登場予定なので、ヴィヴィっ娘と六課がエンゲージするかも?
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出張任務
予告通り、今回から地球出張編。
色々と詰め込みすぎた気がしないでもありませんが、まだ前編程度です。
木立に囲まれた深緑の影に背を預けながら、花梨と切名が向かい合っていた。
そこは機動六課敷地内にある訓練場の一角、普段は人影の入らない小さな森の中だった。
「――以上が、俺がここにいる目的、及び、儀式に関する情報になるな」
「なるほどね……ありがとう
「組織にしろ何にしろ、数が集まった集団は、基本一枚岩ですまねぇのが普通だろ。むしろ、儀式そのものが連中の覇権争いの一環なのかもしれないな」
「手駒になる《新米の神》を造り出して、戦力の増強を図るってこと? なんていうか、すっごく人間臭い話よね」
「神なんてモンは、起源を遡ると語り告げられる神話や伝承、災いとされてきた超常の自然現象に対する人間の意志っつうか、思い込みによってカタチを成した存在って言われてるしな。《神》のカタチを造り出したのは、人間の原種の感情だと言っても過言じゃねぇ。なら、人間と似たような思考を持ってても不思議じゃないだろ?」
「《神》が自らを模して『人間』を造り出したのか、それとも『人間』の想いが《神》という偶像に実態を与えてしまったのか……まったく、どちらにせよままならないものね。特に、神々のお遊びに巻き込まれている立場としては」
「そう言うなよ。こうして人生を楽しめているのも、あちらさんのお蔭でもあるんだからよ。……んで? そろそろ返事を聞かせて貰おうか? 俺と協力関係を結ぶか否かを」
「……同盟の件、謹んで受けさせてもらうわ。もとより、戦う力で劣る私たちの強みは仲間との絆。貴方が儀式の破壊を目論むと言うのなら、それは私たちの行動指針と合致するしね」
「オーライ。んじゃあ、これからヨロシクな“Ⅶ”」
「こちらこそ……。歓迎するわ“ⅩⅠ”」
木々の切れ間から注ぎ込む太陽の光の下で、反“
機動六課の業務は、ロストロギアの回収任務がメインである。
しかし、ただ出撃して目標を回収、撤退で終わりと言う訳にはいかない。
出撃任務は勿論、訓練においても細かな業務報告書の作成・提出は通常業務として組み込まれているのだ。
花梨との出会い、隊長陣の復帰というイベントから早数週間、フォワードメンバーは新たな任務について説明を受けていた。
『出張任務?』
業務作業を行う隊長、部隊員共通の執務室で、フォワードメンバーの声が重なった。
首を傾げる部下たちの視線を受けながら、部隊長より任務の説明を任されたフェイトが微笑みを浮かべながら口を開く。
「そう。なのはやはやての出身世界で、私たちが小さい頃一緒に過ごしていた第九十七管理外世界……『地球』。そこでロストロギアが発見されたって連絡が聖王教会からあったんだ。教会は、先日の“Ⅰ”襲撃の影響もあって戦力を派遣できそうにないから、代わりに私たち機動六課へ出動要請が出たんだよ」
「ロストロギア……危険度はどれくらいの物なのですか?」
「そんなに警戒する程の物じゃあ無いみたいだよ。危険度も低いから、半分休暇みたいなものだと思ってくれていいよ」
「休暇ですか?」
「おっ、マジっすか!? ひゃっほーう!」
休暇と言う単語にピンとこないスバルと、テンションがうなぎ登りなカエデの真逆の反応に、別の意味で困った顔を浮かべるフェイト。
休みを大喜びするカエデもどうかと思うが、休みなしで仕事にのめり込むのが普通と思っているらしいスバルの反応も如何なものか。
とは言え、六課設立前までは自分やなのは、はやて辺りは、ほぼ連日無休状態を続けてしまった経験がるので、笑えないのだが。
――あの時の花梨、怖かったなぁ……。
うら若き女性が、目の下に隈をこさえてデスクに齧り付く様は筆舌しがたい光景だったらしく、部隊設立直前という事を考慮しても、休みを削って明らかな過剰業務を続けていた彼女らに、とうとうスポンサー衆(レジアス、リンディ、カリム)の雷が落ちた。
結果、最終超絶オカン属性持ち“姉”型決戦兵器『高町 花梨』が投入され、力尽くで
四日後に目覚めるなり、花梨&援軍として呼ばれた葉月によるお説教(下手な反論は、葉月による理論詰めによって撃退されるスーパーお仕置きタイム)が発動。
最終的に、自己管理もできない輩に部隊を纏められる訳が無いだろう、ヴァカメ! 的な状況に陥り、定期的な休暇を取ることを約束させられるまで攻められつづけたと言うトラウマがあったりする。
そんな訳で、はやてを含む六課の隊長陣は適度な休暇とリフレッシュをスケジュールに組み込んでいたのだが、新人隊員にとっての休みは自己鍛錬に当てる自由時間として受け取っていたらしく、普通の休暇を取ることは一度も無かったようなのだ。
もし、このまま新人たちをワーカーホリックにしてしまったとしたら……あの地獄が再来することは間違いない。
実際、この任務を回したカリムの計らいとして、新人たちをリフレッシュさせてあげなさいというのが含まれているのだ。
彼女のご厚意を無下にも出来ず、こうして前線部隊全員で地球へ出張するという流れになったのだった。
「ま、そんな訳で三日後に出発することになったから、必要な物を用意しておいてね。それと、向こうじゃあ制服はNGだから私服で行動することになるから。……何か質問はあるかな?」
「はい! バナナはおやつに入るんですか!?」
「何で態々
「フェイト隊長に、皮を剥いたバナナの筋を舐めるようにしゃぶって欲しかったからです! ――はっ!? そ、それなら、リイン曹長に『お、おっきいですぅ~』って言って貰う方がいいかもしレバーぶろぉおおおおおおおッ!?」
スバルの拳がカエデのミゾに叩き込まれた。
もし彼女が男であれば、世界を狙える素晴らしい一撃であった。
背中を反らしながら必死に酸素を取り込んでいる
するとそこには、
「……セナ?」
「な、なんでせう?」
「どうして前屈みになっているの? どうしてフェイトさんから視線を逸らしているの? ぜひ、詳しく聞かせて欲しいんですけれど?」
聖母を思わせる微笑みを浮かべながら阿修羅の如き威圧感を放つことが出来るのは、流石は恋を知る乙女と言ったところか。
突然の修羅場の余波に巻き込まれ、恐怖で震えるエリオが不憫で仕方がない。
「えっと、他には無いかな~? ……無いみたいだね? それじゃあ、そういう事だからちゃんと準備しておいてね」
こうして、非戦闘員の方々からの『何とかしてくれ!』 という懇願を一身に背負った
そして、三日後。
転送ポートで『地球』へと転移した機動六課出張部隊。
参加者は、なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムの隊長陣。
切名、ティアナ、スバル、エリオ、カエデのフォワードメンバー。
部隊長のはやてと護衛でもあるザフィーラ、保険医のシャマル。
さらに、里帰りに同伴という理由で参加した花梨と宗助に加えて、宗助の友人繋がりのリヒトとルーテシアも加わっている。
そして、なんとか休暇をもぎ取れた地上部隊所属に所属している――
「あっ、あの! 八神 コウタ講師……じゃなくて! 八神一等陸尉とお見受けします!」
「え? ああ、うん。そうだけど?」
「「さっ、サインを頂戴できますでしょうかっ!?」」
「あっ、ちょ、ズルいぜお前ら! スンマセン、俺にも一筆!」
自己紹介を交わした直後、スバル、ティアナ、カエデの三人が、コウタ目掛けて突貫(色紙片手に)。
アイドルの追っかけと化した三人の様子に目をパチクリさせるエリオへ説明したのは、すでにサイン色紙をキープしていた切名だった。
「地上本部のエース部隊所属 八神 コウタ。クラナガンの治安を守る陸のエースの一角と称される実力者にして、『地上の絶対守護者』と呼ばれる英雄さ。ミッドに住む人々にとって、次元の海で犯罪者を捕える“剣”よりも、自分たちを守ってくれる“盾”の方がなじみ深いし、人気も高いんだ。それに、あの人は俺たちが卒業した陸士訓練校でも教鞭をとられたことがある憧れの存在なんだ」
優秀な魔導師と呼ばれる者がいたとして。
事件を起こした犯罪者を捕えた者と、被害者側の住民たちを守ってくれる者のどちらが良いかと聞かれれば、多くの人々は後者を支持することだろう。
確かに、時空管理局の指針である次元世界の安定と平和の維持という持論は崇高で、広域的に見れば称賛されるべきものだ。
しかし、自らの発祥の地であるミッドの治安を守る陸よりも違う世界に対する干渉を優先する海への権力肥大化は、この世界で生きる人々にとって必ずしも良い感情を抱かれるものではない。
実際彼らの平和を守っているのは、次元世界にその名を轟かせる海のエースではなく地上本部に所属する陸戦魔導師たちなのだから。
ミッドで暮らす人々にとって、なのはを筆頭とするエースたちはテレビの中の住人、アイドルのようなもの。
普通の生活を送る中では、まず本人とである事はない雲の上の存在なのだ。
対して、地上に所属しながら数々の事件を解決に導き、しかも被害者である力無き彼らを守る盾として活躍するコウタたちはとても身近な存在であるが故に、感謝や尊敬という想いを抱かれやすい。
テレビのドキュメンタリーで放送されるような世界的犯罪組織を壊滅させる外国の特殊部隊よりも、街の平和を守ってくれる派出所の警察官の方が尊敬されやすいのと同じ持論だと言える。
そんな訳で、どちらかと言えば憧れの色が強いなのはと同クラスの評価を受けている陸の時期ナンバーワンエースこそ、八神 コウタと言う人物なのだ。
地上の平和を守る陸戦魔導師を目指す者にとって、コウタは憧れの先輩であり目標。
スバルたちの態度も、仕方のないことだと言える。
訓練場の講師もいう繋がりもあって親しみやすいということも、コウタの人気を高める要因になっている。
そんなこんなで騒がしくも心温まる交遊を交わした後、コウタも加えた一行が地球への出張を担当するメンバーとなる。
残念な事に、リインはメンテナンスの日程が重なってしまったため、不在。
葉月は無限図書館の仕事が忙しく、泣く泣く辞退する羽目に(ついでに、久しぶりに恋人との逢瀬を期待していた某室長も、仕事多忙につき不参加となった)。
さらに、ちっちゃなお姉ちゃんのためにも気合を入れてお土産を用意しなければと、ガッツポーズをとるリヒトにクラリとしてしまった男性陣がそれぞれの制裁を受けると言うハプニングこそあったものの、そのほかには特に問題も無く地球側の転送ポートがある月村家別荘へと転移するのだった。
ちなみに制裁と言うのは、
ザフィーラ → 想い人参加不可のやつあたりを兼ねてシャマルにからかわれる。
切名 → ティアナに足の甲を踏み抜かれる(ブーツの踵で)。
カエデ → 保護者一同(はやて&シグナム)による『拳から始まるお説教術』を頂く羽目に。
エリオ → フェイトに微笑ましそうな顔をされて、精神に大ダメージ。
コウタ → ヴィータ渾身の『崩玉脚』によってK.O。
宗助 → 何故か不機嫌になったルーテシアの必殺技『でっかい
で、あったそうな。
「ほんなら出発しよか!」
『はい!』
リヒトと手を繋ぎながら、反対の手に小さな三角形の旗を持つ部隊長の姿にツッコミを入れる者は皆無。
『何処のバスガイドだよ!』 とか『幼稚園の先生かい!?』 的なツッコミを期待していたはやては、ちょっぴりご不満顔。
しかし、久しぶりに書類作業から解放されたおかげでSAN値が最高値を維持している彼女に死角はない。
わずか数秒で元のテンションへと巻き戻ると、足早に転送ポートの中へと入っていく。
半ばプライベートモードへと移行したはやての先導で、順番に転送ポートへと足を踏み入れる。
全員が入ったところで魔力光の光が周囲を包み込んで、別世界へと通じる回廊を形成する。
一瞬、足元が消失したかのような浮遊感に晒された次の瞬間には、ありのままの自然の香り……木々や水といった、はやてたちにとっては懐かしい臭いが鼻孔を擽った。
転送ポートが初体験だったフォワードメンバーや宗助は慣れない感覚に若干酔ってしまったらしく、顔色が悪い。
だが、自身も召喚魔導師であるが故に転移魔法を得意とするルーテシアは至って平然としていた。
だが、転移先の施設がいろいろと物珍しいようで、木目の美しい板目張りのコテージの壁に触りながらいろいろと物色中。
一方で、以前にもここに来たことのあるはやてたちは荷物を抱え直すと、勝手知ったるとばかりに出入り口へ向かっていく。
ミッド出身者たちが慌てて後を追い掛けようとして……開かれたドアの向こうに広がる風景に圧倒されたように言葉を無くした。
「ど~や? ここが私らの故郷である地球の姿や」
転送ポートがあったのは、拓けた森の中に建てられている小屋の中だったようだ。
一歩足を踏みだしてみれば、眼前に広がる美しい風景。
青々と生い茂る深緑なる木立。小鳥のさえずりが軽やかなメロディーとなって、何とも言えぬ心地良さを感じさせる。
木々の隙間から覗くのは、キラキラと輝く煌めき。それは、青く澄んだ湖の水面へと降り注ぎ、反射している太陽の光。
視線を動かせば、決して小さくは無いコテージの姿が見える。
どうやらここは高級リゾート地、或いは金持ちご禁制の避暑地であるらしい。
根が庶民なフォワード&ちみっこトリオは呆けたように口を開きながら溜息を零す。
「うわぁ……! すっごーい!」
「ここが、なのはさんたちの故郷……。うん、なんて言うか……えと……」
「思ってたのと違う、ってか?」
素直に驚きの声を上げるスバルの横で、何やら素人ゆえに手堅く一番人気の馬券を買ってみたものの、ものの見事に外れてしまって放心状態な女子大生の如き表情を浮かべていたティアナにからかい混じりでそう言うのは切名だった。
的を得ていたらしく、羞恥で頬を朱に染めながら、ぷいっとそっぽを向く。
「し、しょうがないでしょ! 管理外世界っていったら、普通は文明が未発達の辺境世界だって思うでしょうが! ――あっ!? す、すすすみません、別に部隊長たちの故郷をどうこう言う訳ではなくてですね!?」
「おうおう、見事に自爆しとんなぁ~ティアナ」
「にゃはは……」
「あっはっは~♪ 良いわね~、こういうノリ」
はやて、なのは、花梨の地球出身者から微笑ましそうなものを見るような顔をされて、ティアナの顔面温度が更に上昇していく。
羞恥を誤魔化すように、ティアナの踵が切名の脛へと叩き込まれる一方で、ミッド出身、且、自然の多い辺境へと足を運んだことが無かった純粋培養の都会っ子なエリオが、目を光らせながら周囲を見回し続けている。
その様子をカメラに収めていくのは、自ら記録係に名乗りを上げたカエデだった。
【ドラグノーツ】に搭載されているカメラ機能を試しつつ、相棒となるデバイスとの交友を深めるためにと、本人から言い出したからだ。
実際、【ドラグノーツ】は初任務の最中に屈辱的な名前を付けられそうになったことをいまだに根に持っているらしく、事あるごとに変態言動をブチかますカエデを更生させねば自分も『変態の一部』であると思われてしまうのではないか!? と戦慄を覚えたらしい。
お先真っ暗な未来を変えるべく、デバイスと使い手の交友を深めて彼の変態性を少しでも改善せねばと判断。
こうして、カメラ替わりという最新デバイスとしてそれはどうなの? と思われるような役目も積極的に受け入れるほどに、【ドラグノーツ】は切羽詰まっているのだった。
全ては、カエデの性格改善のきっかけを作るために!
「んん~! 良いよ、良いよ、エリオっち、その笑顔良い感じだよ!」
【相棒、やけに熱心じゃないか?】
「そりゃおめぇ、当然だろ。こんな風に、皆で休暇をエンジョイできる機会なんて、早々ないだろうし? 大事な思い出の一ページとして、ちゃーんと記憶しておかないとナ!」
【ふむ、主要な考えだな。……だが、健全だ。うむ。健全なのは良い事だ】
――ま、今撮影してる分は、地上本部の女性局員へ流すシークレットショットなんだけどナ!
見た目以上に幼く見えるエリオ(私服)の姿は、年上のお姉さま方の母性を擽りまくる事だろう。
実際、管理局のきれいどころが集まったアイドル部隊として、部隊員の写真や画像が高値で流通しているとまことしやかに囁かれているのだから。
その辺りについては海・陸両サイドの上層部も把握してはいるものの、売り上げの何割かが管理局へと還元されているようで、目下黙認中との噂だ。
さらにさらに、隠し撮り写真を大量に取り扱っている非合法の裏サイト“IZAYO-I”の正体が、実は地上本部の最高責任者&信頼できる部下~ズによって経営されているらしいが……。
真相は、全て闇の中である。
経営者たちが莫大な収益を手にれたことに感極まって、お互いの鍛え上げし筋肉を煽動させながらマッスルポージング大会を開催していた所、再度身内(娘とか嫁とか部下の紅一点とか)によって豚のような悲鳴を上げていた……なんてことは無いのである。
翌日、全身包帯塗れでありながら、ひーこら言いつつ書類作業をやり遂げた某中将や某エース、某部隊長の名誉のためにも。
閑話休題
地球に到着してからしばらくして、現在はやてたち六課メンバーは二班に分かれて別行動をとっていた。
それは、本来の目的であるロストロギアの反応が確認されたために探索を始めた……ハズだったのだが。
「う~ん、やっぱりそう簡単には見つからんか~」
「ちょっとはやて。指揮官がそんなんで良いワケ? もっとシャキッとしなさいシャキッと」
「堪忍や~~アリサちゃん~~」
転送ポートがある敷地の所有者である現地協力者であるアリサ・バニングスに頭をはたかれて、コテージ裏のテーブルに突っ伏したはやてがくぐもった声を漏らす。周りには、守護騎士たち……シグナム、シャマル、ザフィーラの姿もあった。
彼女らが何をしているかというと、名目上は指揮官として指示を出すために拠点であるこの場所に残っているはやてと彼女の護衛である騎士たちがスタンバイしている……のだが、
「ほら、暇なんだったらぐだってないで準備手伝いなさいよ。すずかたちが買い出しから戻ってくる前に、用意を済ませときたいんだから」
「ほ~い」
実際、ロストロギアの反応は微塵も感知できず、ここに居ないなのはたちからも進展はえられなかったと報告を受けている。
仕方がないので、今日のところは探索を打ち切り、夕飯の買い出しをしてくるとも連絡を受けた。
長い間地球を離れていたなのはたちが迷子にならないようにと現地協力者のもう一人である月村 すずかを同伴に、買い出しの真っただ中。
ロストロギア自体の危険度が低い&もし街中で発動したとしても即座に急行・封印が可能な戦力が集まっている事もあって、部隊長からたれタヌキ――もとい、『たれはやて』へとジョブチェンジする流れになってしまった、らしい。
久しぶりの休暇をエンジョイするつもり満載なはやてだったが、そうは問屋が下ろさない。
「い・い・か・ら! アンタも働けぇええええっ!」
「ぐええええっ!?」
テーブルにしがみ付くはやての首根っこを掴むと、片手で持ち上げてみせるアマゾネス――アリサ嬢。
魔力素養が皆無な彼女の細腕で、小柄とはいえ成人女性を軽々と持ち上げてみせるアリサに、シグナムとザフィーラから感嘆の声が上がる。
「ちょ、うぇええ!? あ、アリサちゃん、いつの間にこれほどのパワーを!? それに、肌を刺すような威圧感……ッ!? ま、まさか――遂に紅世の王と契約をしてしまったんか!? ロリ奥様へと進化してしまったんか!?」
「ワケの分からないことぬかしてんじゃないわよ! ツッコミどころが多すぎるんだけど!? ――って、アレ?」
と、そこでふと気づいた。
ここに、居なければならない人物が見当たらないという事実に。
「ねぇ……シャマルさん、は?」
恐る恐る、辺りを見渡してみる。……が、やはり彼女の姿が見えない。
四人の頬を嫌な汗が流れ落ちるとほぼ同時、コテージの中のキッチンのある方角から
――ズバッ! ドシュッ! グジュッ! ドシュウウッ!!
それはそれは骨ごと肉を切り裂くような生々しい音が――……!
「しゃ、シャマルぅうううううッ!? ちょ、これマズイで! アリサちゃん、料理の材料になるようなモンはないんとちゃうかったんか!?」
「え、えと、その、実はかさばるものを運ばせるのはかわいそうって思ったから……」
「まさか……あるんか? あったりしちゃうんか!? この十年もの間、あらゆる訓練を重ね! 数多のお料理教室に通い詰め! ユーノ君への愛すらも注ぎ込んだというのに、何故かマイナス方向へと超進化してもうた、シャマル渾身の“必殺お料理レシピ(『必ず殺す』と書いて『ひっさつ』と呼んじゃうの♡)”の材料となる食材が!」
「お、お肉が結構いっぱい……。ってか、すごくなってんの!? 前より!? え、それ大丈夫なの!?」
『……』
「三人そろって無言のまま視線を逸らすなぁあああああっ!?」
愛という究極絶対ATフィールドを装備したユーノですら、彼女の料理を口にしてから復活までに三日は必要とする。
愛しい彼女の手料理を残さず平らげ続けた十年もの間、『神成るモノ』をも凌駕する強度へと鍛え上げられたユーノの胃袋。
それはまさしく、次元世界最強と称するに相応しい。
だが……硫酸を直飲みしても無問題な次元世界最強の体内器官ですら、シャマルの究極料理の前では無力に等しい。
それほどまでの凶悪な破壊力を秘めた彼女の料理、それがユーノの不在という不満をぶつけるかのごとき勢いで手間暇かけて生み出されているとしたら……。
――香りだけで、地球という世界そのものが解けて消えてしまうかもしれん……!!
市販の野菜や肉で作ったカレーが、どうすれば盛り付けた器を溶かすほどの酸性を宿してしまうというのか?
その奇怪さは、食材の性質を変貌させてしまう希少能力でも秘めているんじゃないのかと、最近の八神家家族会議の議題に上がるほどだ。
だが、問題はそこではない。
ユーノという、彼女の
「え、エマージェンシーやぁああああっ! 総員、全力を持ってシャマルを取り押さえるんやぁあああああっ!!」
「承知!」
「心得た!」
まるで絶望的な戦場へと向かう兵士の如き形相を浮かべて、“夜天の王”と守護騎士たちがキッチンへと駆け込んでいく。
全ては――皆の胃袋を守るために……!
「……」
――ピッ!
「――あ、もしもし、すずか? 悪いんだけどさ、夕飯の材料を買うときにお肉も買っておいてくれない? ――うん、そう。ユーノの奴がいないから、シャマルさんが暴走しちゃったみたいで……うん、うん。それじゃあよろしく」
携帯を閉じて一息を吐くと、アリサは夕食のメインにするつもりだった最高級の松坂牛の成れの果てを片づけるべく、けたたましい騒音が聴こえてくるコテージへと足を向けるのだった。
一方の、探索班。
アリサから連絡を受けたすずかが商店街で贔屓にしている肉屋へ向かっている後ろで、肉を除いた夕飯のバーベキューの材料――野菜や海鮮類――入りのビニール袋を持ったフェイトたちが談笑していた。
高町姉妹&ちみっこトリオの姿は無い。彼女らは、久しぶりの里帰りとして両親が経営している翠屋へ顔を出すべく別行動中だ。
そのため、町内にサーチャーを設置しつつ、本日の探索を終えたフォワードとフェイトは主婦モードへと移行したすずかに先導されるまま、ミッドではほとんど見られない商店街へと足を踏み入れていた。
「すいませーん、お肉をひと塊くださーい」
「へい、毎度! おやおや? なんだか団体さんだねえ? ひょっとしてパーティーでもするのかい?」
「あははっ、そうなんですよ。久しぶりに里帰りした友達と一緒にバーべキューです」
「おおっ! そんじゃあ、いつもご贔屓にしてもらってるから、サービスしないとな。ほれ、カルビのサービスだ!」
「わあ! ありがとうございます、おじさん!」
親しげなやり取りを交わしていくすずかが、いつの間にか人見知りの気を感じられなくなっていることに、幼少からの付き合いであるフェイトは小さな驚きを抱く。
ミッドに移住する前まで共に過ごしていたころの彼女は内向的な性格で、人見知りの気があった。
しかし今は、若奥さま風のファッションに身を包み、商店街の方々から気軽に声を掛けられては、ひとつひとつ丁寧に手を振ったり、返事を返している。
彼女たちと育んだ友情は決して変わらないと断言できるものの、こういった些細な変化を目の当たりにしてしまえば、どうしても離れて暮らしていることを実感してしまう。良い方向へと成長している彼女を少しだけ誇らしくもあり、それでいて、ちょっぴり寂しい。
「おまたせ~。お肉屋さんの亭主さんってば、一杯サービスしてくれたよ~」
「すずかって、この辺りをよく利用したりするの? ここの人たちとすごく親しそうに見えたけど」
「うん、そうだね。高校に通ってた頃は、放課後、アリサちゃんと一緒に立ち寄ってたし、最近でも日常生活品とかの買い物はここを利用してるからね」
同じ大学に通っているすずかとアリサは講義終了後も一緒に行動する割合が多く、帰宅途中にあるこの辺りのカフェなどを頻繁に利用している。
そうすれば、必然的に商店街の方々と接する機会も増えるというものだ。
「それじゃあ買い出しも終わったことだし、コテージに帰ろっか。久しぶりに家族団欒な花梨ちゃんたちのお邪魔するのも気が引けちゃうし」
「そうだね。桃子さんたちには、明日にでもご挨拶に伺う事にするよ」
相当の重さがあるはずの生肉入りビニール袋を両手に1つずつ軽々と持ち上げたすずかと共に、フェイト&フォワードメンバーはコテージへと引き返していった。
彼女らが立ち去った直後、
「くっださいな~! なんだよっ♪」
「おいしいおいしい、お肉さ~ん! なのですっ♪」
すずかがバーベキュー用の肉を購入した肉屋さんに、フェイトと瓜二つな容姿の女性と興味で瞳を輝かせながら店頭のガラスケースの中に並んだ肉を覗き込む金髪の少女が来店したことに、終ぞ気づかぬまま。
「ここが、かーさんの実家?」
「そ。私たちの両親が経営している海鳴市最高の喫茶店、翠屋(本家)よ! てなわけで、ただいま~! ミッド支店の店長高町 花梨とワーカーホリックな高町 なのは、帰還いたしました!」
「ちょ、お姉ちゃん!? その言い方はどうかと思うんですけどっ!?」
「……えっ?」
「どうしてそこで絶句するかなあっ!?」
「あはは~、なのはってばもう……冗談が上手いんだから♪」
「朗らかに笑みを浮かべながら肩を叩かないでよ! なんだかすっごくムカつくのですっ!」
「仕事にのめり込みすぎるあまり、肌の手入れとかいろいろと女として大切なものを放り出してる娘に言われてもねぇ……」
「(ムカッ!) ……へ、へえ~、そんなこと言っちゃうんだ~? な、なら私だって言わせて貰うんだからねっ!」
「ふふ~ん、妹の分際で、姉であるこの私に立てつこうっての? いいわ、やって見なさいな。――でもね? とある偉人はこんな名言を残しているのよ? ……曰く、『姉より優れた妹なんざ居ねぇ!』 ってね!」
「――おか~さ~ん! おと~さ~ん! お姉ちゃんってば、ミッドのお店が開店した日に色々あって、“Ⅰ”さんと同じ屋根の下で一晩過ごしたんだって~!」
「ちょ――!? な、なななんでそれを知って「「詳しく訊かせてもらおうか」」――って、早っ!? 駆けつけるの早っ!? え、てか、お父さんもお兄ちゃんもどっから現れたの!?」
「「無論、道場から」」
「早すぎでしょうが! つか、“神速”使ったでしょ!? 軽々しく奥義を使ってもいいの!?」
「「大丈夫だ、問題ない。――さあ、それでは彼(あの野郎)と何があったのか、詳しく聞かせてもらおうか」」
「え!? あ、いや、その、あにょ……にゃ、にゃのはぁ! アンタ、なんてことしてくれたのよ!?」
「(ニヤリ)……計画通り、なの」
「くそっ、
哀れ花梨は両脇をガッチリと固められたまま、捕らわれた宇宙人の如き恰好のまま、店の奥へと引きずられていった。
花梨とは違う女性らしき声も聞こえてくるので、母や姉も店の奥でスタンバっているのだろう。
あの中では、さぞかし愉快な家庭裁判が繰り広げられている事だろう。
涙まじりな姉の悲鳴を聞いて真っ黒な笑みを浮かべるなのはさんに、ちみっこ3人組はお互いを抱き締め合いながらガクガク震える事しか出来ないのであった。
「だっ、だから誤解なんだってばぁぁあああああああああああっ!?」
「クスクスクス……」
「「「(ガクガクブルブル……)」」」
大体一時間後。
口から白っぽいナニカを出し始めたところでようやく解放された花梨嬢。
耳と首筋が真っ赤なのに、顔色が真っ青。薄く開かれた両目はぐるぐるナルトマーク、
果たして、奥で何が行われていたのか非常に気になる有様だ。
そんな花梨は現在、居間のソファーでリカバリー中。なので、隣のリビングでちみっこたちの自己紹介が行われていた。
「は、初めまして。かーさん――じゃくて! 花梨さんにお世話になっています、その、うぁ、ぇぅ……」
「頑張ってください宗助君!」
「ほらほら、いつものおっきな態度はどうしたの?」
「うっ、うっせーよ、お前ら!? ――ん、んんっ! た、高町 宗助です! えと、よ、よろしくお願いします! ほ、ほら、お前らも自己紹介しやがれ!」
「まっかな顔してなーにカッコつけてんだか。……初めまして、私はルーテシア・アルピーノと申します。ミッドチルダにその人ありと謳われたエース、高町 なのは一等空尉のご家族とお会いできましたこと、心より嬉しく思いますわ」
「うっわー、何その似合わねーお嬢言ばぁあああっ!?」
「おほほほほ……申し訳ありません。キャンキャン吼えるしか能がないワンちゃんなもので」
口元に手を当てながらお上品な微笑みを浮かべるルーテシアの足元崩れ落ちる、脇腹に肘をたたき込まれた宗助。
エビ反りになりながら「こひゅー、こひゅー」と荒い呼吸を繰り返す様に、あわあわと慌てふためくリヒトの姿を微笑ましいものを見るかのような優しげな顔をする高町家。
この程度のじゃれあいなどは、彼らにとって騒ぎ立てるレベルの物ではないという事なのだろう。
寧ろ、幼いころのお世話を任されていたリヒトが友として接することのできる相手が出来たこと、しかもその片割れが新しい家族だという事が、どうしようもなく嬉しくて仕方がないようだ。
桃子の目がハートマークになりかけている。
「……どうしましょう、あなた。リヒトちゃんだけじゃなくて、ルーテシアちゃんも宗助君もかわいすぎるわ。このまま三人ともウチに貰えないかしら」
「落ち着くんだ桃子。リヒトちゃんははやてちゃんの義娘さんで、ルーテシアちゃんにもご両親はいるだろう」
「でもぉ……そうだわ! それなら、宗助君だけならどうかしら? 貴方や恭也も、剣を教えられる後継者が出来たら嬉しいんじゃない?」
「む……」
「それは、まあ……」
「こらこら、お母さんはともかく、お父さんやお兄ちゃんまで何言ってるの」
流石に洒落にならないので、なのはからストップが掛かる。
「だってえ……せっかく夢だった孫が出来たのよ? 美由紀やなのはには恋人の『こ』の字も感じられないし」
グサッ!
「あうっ!?」
ドシュッ!
「くはっ!?」
「恭也の方は、出来るだけお母さんと一緒にいた方が良いって、世界中を飛び回ってる忍ちゃんが独り占めしちゃってるからなかなか会えないし……。今日だって、あの子たちを連れてきてくれなかったし」
「い、いや、忍の奴が「久しぶりの家族団欒楽しんできて。子どもたちは私が面倒見ておくから」って言うもんだから……」
「そんなだから、私の希望は花梨だけなの。――でも、意外ね。てっきり、ダーク君と同棲くらいはしてるもんだと思ってたんだけど」
「ンなワケ無いでしょ!?」
花梨嬢復活。
「大体、アイツにはアリシアとかシュテルがいるじゃない! なのに、どうしてそんな発想が出てくるワケ!?」
「花梨、世の中には『NTR』って言葉があるのよ?」
「その返しは予想外ッ!?」
「花梨、女という生き物はね……欲しいものを手に入れるためには、時として獣と化す必要があるのよ♪」
「恋する乙女みたいに恥ずかしげに頬を染めながら言うような台詞じゃないわよねぇ!? ってか、そもそも、どうして私がアイツとっ!」
「……? だって貴方、彼のこと好きでしょう? もちろん――異性として」
「しょしょしょんなことにゃいわよ!?」
「ホラ、どもった♪」
「突然、ンな事言われたら誰でも動揺するわ!」
「またまた~」
「だ・か・らぁ――!」
「……むぅ」
「おんやぁ~? リヒトってば、ほっぺた膨らませちゃったりして~~、どうしちゃったのかにゃ~~?」
「ふにゃっ!? にゃ、にゃんでもないでしゅ……」
「ふう~ん? へぇ~? ほぉ~? ……ソースケ」
「ンだよ?」
「がんばっ♪」
「だから、何がだ!?」
口をωにしたルーテシアがニマニマ、ニヨニヨしながら、宗助をからかい。
宗助は宗助で、ぶーたれているリヒトが何となく面白くなくて心がもやもや。
リヒトは(本人の自覚なしに)花梨を恨めしそうに見つめている。
そんな様子を一歩離れたところから眺めていた大黒柱たる士郎は、
「……ああ、今日も桃子が淹れてくれたお茶は美味いなぁ」
完全に、匙を投げていた。
夜、コテージにて。
「ヒャッハー! この世のすべての肉は俺のものだぁああああっ!」
「俺はっ! 俺は遠慮を捨てるぞっ、セェツゥナァァアアアアアアッ!」
「テメーら、大人げないにも程があんだろーがこの野郎! バカ野郎!」
「フハハハハハッ! 僕の箸捌きは108式まであるよおっ!」
「ど、どうしよう。あの中に飛び込む勇気は無いんですけど……」
本日の夕飯は、お肉たっぷり、海鮮物も山盛りなバーベキュー。
金網の上で香ばしく焼き上がっていく肉、キャベツ、トウモロコシ、エビ、イカ等々……。
食欲をそそる焼き色が付いた先から箸の豪雨が降り注ぎ、刹那の間を開けずに誰かの胃袋へと消えていく。
例えそれが、誰かが手塩に掛けて育て上げた肉太郎(高級松阪牛のカルビ)であろうと、イカの助(刺身でもいけるスルメイカ)であろうと、モロ美(実が大粒のトウモロコシ)であろうと関係ない。
空腹に飢えた
食材の貯蔵は十分すぎるほどの余裕があるというのに、ペースを落とそうという者は一人たりとも存在しない。
今まさに、金網という世界における天下一武道会が繰り広げられているのだ。
※シャマル先生作のすぺっしゃるディナーは、せめて休暇気分だけでも味わってもらおうという部隊長の善意によって、某図書館の秘書長の物へと転送済みです。
男衆――切名、カエデ、宗助、コウタ、エリオの五人が囲う金網は、まさに世紀末も真っ青な大乱闘。
奇声を上げながら怒濤の勢いで獲物をかっ喰らい続ける三人に気押されながらも、僅かな隙間をついて獲物を奪い去っているエリオの手腕は、さすがはエースオブエースの教え子だと言える。
この展開を予想して、予め自分の分をキープしていたザフィーラが、静かに食事している姿とは、実に対照的だと言える。
それに引き替え、
「う~ん、おいし~♪」
「ルーちゃん、ルーちゃん。こっちの海老さんも美味しいですよ?」
「ホント? それじゃあ、このお肉と交換しましょ。はい、あ~ん」
「あ~ん……んぐんぐ、んくっ。美味しいです~♪」
「リヒトリヒトっ! 私にもちょうだいっ!」
「はいはい、あ~ん」
「あ~ん……ん~♪ プリプリしてる~♪」
バックに季節外れの花畑を浮かび上がらせながら、仲睦まじく食べさせ合いっこしているちみっこがいれば。
「こら、スバル! アンタ、野菜もしっかり食べなさい。肉ばっか食べてんじゃないわよ!」
「置いといてっ! 後で食べるからっ!」
「うっさい! そんなこと言って、結局お腹いっぱいになったとか言い出すに決まってんでしょーが! ほら、今すぐ食べるっ!」
「あつうっ!? ちょ、熱いよティア! ほかほかキャベツを押し付けちゃダメェ~~!?」
一瞬で涙腺の耐久度がゼロに!
「うんうん、皆楽しそうでなによりやな……そこおっ!」
「ええ、まったくその通りですね主はやて……させませんっ!」
ガキイッ! と割り箸ではありえない音が響きわたる。
噛みあった割り箸越しに、“王”と“将”の視線が交差する。
――コラ、シグナム! その
――言いがかりはよしてください。カルビの助は私に
互いに一歩も譲らず、箸を魔力強化してまで鍔迫り合いを続けるアホ主従。
主従の関係すら無に帰してしまうほどの魅力を秘めているというのか……。
「ハッ! その隙、貰ったあぁぁああああああっ!」
しかし、百戦錬磨の騎士に隙を晒すという行為はこの上なく悪手。真横から伸びたヴィータの箸が、マツザッカー・ミート三世(ヴィータ命名)を掻っ攫う!
「「んなぁああっ!?」」
そして、相変わらず騒がしすぎる八神家。
「皆はっちゃけけるねー……あ、フェイトちゃんお肉焼けたみたいだよ?」
「ありがとう、なのは。……ま、まあ、無礼講ってことで良いんじゃないかな?」
取っ組み合いにまで発展している部隊長&副隊長ズを眺めながら、隊長二人は仲睦まじくバーベキューに舌を打つ。
ちなみに花梨さんは不参加。
理由は、母を筆頭に色々と暴走し始めた家族の抑え役をなのはに押し付けられたから。
「後で覚えてなさいよ、なのはぁああああああっ!」 的な絶叫が木霊したような気がするが、エースオブエースには届かなかったようだ。笑みを浮かべ、親友と共に夕食を堪能している。
「そう言えば、シャマル先生が見当たらないね?」
「えっとね、なんでもシャマル宛てに緊急の呼び出しがあったんだって。だから急遽、本局の方に戻ってるみたいだよ」
「えっ!? 何か問題でも起こったの!?」
「ああ、違う違う! そうじゃなくてね。なんでもユーノが食中毒で入院したって連絡があったみたいなんだ。だから、お見舞いも兼ねて、ってことみたいだよ」
「そ、そうなんだ……。ん? ユーノ君が入院? 食中毒で?」
「うん。やっぱり無限図書の仕事が忙しいから胃腸が弱っていたんじゃないかな?」
「そっかー、それじゃあ私たちもお見舞いに行かないとだね。――あ、でも、シャマル先生がつきっきりで看病してくれているんなら、むしろお邪魔さんかも」
「あははっ、そうかもしれないねー」
彼女たちは知らない。
そもそもユーノ君が入院する羽目になったそもそもの原因は、某女医さんお手製の
どこぞの王様や騎士たちが無駄に元気なのは、罪悪感という刃でめった刺しにされた良心の痛みをごまかすためのものであることを。
真実を知る者が口を塞ぎ、深層は全て闇の中。
こうして、地球出張初日の楽しい夕食は賑やかに過ぎていった。
同時刻
「あっ、ンッ――!」
「んふっ、ふぁ……ちろっ」
「ひゃうっ!? ちょ、こら、なにすんのよバカ! なのはたちに聞こえちゃうでしょ!」
「えへへ~、別にいいんじゃないかな? だって――アリサちゃんはもう、私だけのモノだし。もし
皆から化け物呼ばわりされたって……アリサちゃんさえいてくれれば」
コテージの一角、月明かりの身が唯一の光源になっている部屋の中。
ベッドの上に横たわったアリサに覆いかぶさって白く滑らかな首筋に舌を這わせながら、妖絶な笑みを浮かべながら呟くすずか
火照った肌はピンク色に染まり、濡れた唇からは熱に侵された様な吐息が溢れ出す。
顔を起こして、鮮血よりも深い真紅に輝く瞳に愉悦を宿しているすずかと目が合って、アリサの瞳が不安げに揺れ動く。
それは真実を知られることに対する不安、拒絶されるかもしれないという恐れから来るもの――ではなく、
「馬鹿ね」
「ふぇ?」
再びアリサの首筋に鼻先を埋めて、高級ミルクを彷彿させるまろやかな香りを堪能しようとしていたすずかの頭を、ぽかりと小突く。
きょとん、と惚けている間に彼女の肩に手を置くと、ベッドの上をころがるように半回転、今度はアリサがすずかを押し倒す体勢へと持って行く。
「あのお人よし共がそんなくっだらない事でアンタを嫌う訳ないでしょうが。少し考えればわかる事よ。だいたい、
「アリサちゃん……」
確たる“自我”が籠められた芯の通った強い瞳。
すずかが憧れ、あの日を境にしてからは、どんどん好きになっている炎が宿った瞳。
宝石のような輝きを放つそれを手に入れたくて、誰かに渡したくなくて、鋭い刃を彷彿させる爪の生えた指先が己を見つめてくる愛しい人の頬へと伸びる。
手の平に感じる燃えるような熱さ。それでいて、もっと触れ合いたいという願いが湧き出してくる自分のココロ。
焦燥にも似た感情に促されるまま、アリサの身体を抱き寄せる。
汗に濡れた肌と肌が重なり合い、ひとつに溶け合うような感覚が二人の脳髄を溶かす。
すらりと伸びた脚線美の美しい足が半身を求め、まるで始まりの木を締め付ける毒蛇の様に絡みつく。
赤い瞳の吸血鬼が、堪えようのない渇きを訴えて涙を浮かべる。
相手を求めれば求めるだけ増大してしまう“衝動”。
わかっているとばかりに愛しい吸血鬼の頭を撫でると、やさしく、包み込むように抱きしめる。
――ちょうど、彼女の口元が己の首筋にあたるように。
幾度目にしても飽きることは無い、芸術品を想わせる白い肌を一舐めし、歯を押し当てて力を込める。
瞬間、生命力と優しい想いに満たされた生命の雫が口いっぱいに広がって、すずかはどうしようもない光悦感に包まれる。
夢中になってしゃぶりつく
生まれたままの姿で絡み合う『赤』と『紅』。
どろりとした血と燃え盛る炎がお互いを求め、交わり、ひとつになっていく。
彼女たちだけの
最後のは、ちょっとだけやりすぎたかもしれませんね!
……ま、いいか。本人たちは幸せそうだし。
ちなみに、二人だけのお食事会について一同が疑問に思うことはありません。
――魔眼って便利ですよね♪
それから、チラリと姿を見せた金髪美人母子。はたして彼女たちの正体とは!? (笑)
正解は、次回の戦闘……もとい、銭湯回にて明らかになる予定!
果たして、混浴なる素敵空間に足を踏み入れてしまうのはいったい誰なんでしょうね?
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銭湯開始
とりあえず、今回と次回は温泉回。
いちゃラブ的なイベントは次回に持ち越し……かな?
食事が終わり、大量の洗物を片付けた所で、はやてが手を叩きながら一同の視線を集める。
「ほんなら、機動六課一同&現地協力者のお二方。これより我々は銭湯準備を済ませた後、“スーパー銭湯”へと出撃するで!」
「はやてちゃん。そこ、今年の初めに増改築されて“ハイパー”に進化しちゃってるよ?」
「え、そうなん? ――じゃあ、改めてっ! これより我々は銭湯準備を済ませた後、“ハイパー銭湯”へと出撃するで!」
「あ、言い直した」
ノリノリな部隊長の様子に首をかしげるフォワードたちに、なのはから詳細の説明が入る。
市内に存在する大公衆浴場、その名も“ハイパー銭湯”。
数か月前に施設を増築して名前も“スーパー”からワンランクアップ。
古き良き時代を彷彿させるオーソドックスな浴槽から星空を仰ぎ見れる露天風呂、ジャグジーや水風呂と言った多様な種類が自慢の巨大施設なのだという。
水着類は一切着用できないというルールに一部の乙女から不安げな声が上がったものの、男女できっちりと区分けされているだけでなく、月村家お手製の覗き防犯用システムまで配備されているということを聞かされて、納得した。
着替え類を取りに女性陣が部屋に引っ込んだタイミングを見計らい、鼻の下を盛大に伸ばしまくっているカエデがこんな事を言い出した。
「……ところでご存知ですかな、切やん? これから向かうところには、混浴なる素敵空間があるそうですよ?」
「なん……だと……!?」
ミッドにおいては銭湯や温泉という概念そのものがほとんどない。
故に、元日本人である切名は、なぜ魔法世界に風呂屋が無いのか!? と涙で枕を濡らした事もある。
時も流れ、いまや諦めかけていた理想郷……。
しかも、女の子とのうっかりどっきりハプニングイベントを体験できると噂される、伝説のアレが存在するというのか!?
「こいつは……行くっきゃねぇなあ!」
吹き荒れるは魔力の奔流。
「それでこそだぜ親友!」
湧き立つは真紅の血潮。
「……友よ! いざ行かん、我らが
今ここに、悲しいまでに男の性に敗北したバカコンビが誕生した。
――しかし悲しいかな、コテージにはそこまでの防音対策は備わっておらず、バカみたいに大声を上げてしまうと隣の部屋は愚かコテージ中に木霊してしまうという事実を彼らは知らなかった。
『……』
部屋の外で集束砲をチャージしている魔法少女(笑)によってピンクの光と成るまで、後十秒……。
数十分後。
ピンクの光に包まれたり、雷に撃たれたり、炎で焼き斬られたり、オレンジの弾丸でスナイプされたりしたバカ二人(簀巻き装備)を引きずって到着した“ハイパー銭湯”。
ミッドではまず見かけない独創的な引き戸を開いた先にある受付へと向かう。
「いらっしゃいませ~! 皆様は団体様でよろしいでしょうか?」
「はい。ええっとぉ……大人十人、子ども四人、ボロクズになったアホ二人です」
「わかりました。大人十人、子ども四人、ボロクズになったアホ二人でよろしいですね?」
さすがは接客業を務める強者。
微笑を浮かべながら復唱してみせる彼女も唯者ではない。
と、そこへ、
「――いいえ、大人もう一人追加よ」
受付の女性に応対していたなのはの後頭部を、ぐわしっ! と鷲掴みにする腕。
「ぴいっ!?」 と悲鳴を上げるなのはの頭を万力の如き力で締め上げる腕の持ち主……高町 花梨が、額にバッテンマークを大量生産させつつ、実にイイ笑顔を浮かべて現れた。
髪がボサボサになっているところを見ると、相当激しい
怒りに震えるその背中に、修羅の幻影が浮かんで見える。
「ほーら、なのはぁ? ちょぉ――おっと、お姉ちゃんとオハナシしようじゃないのぉ……!」
「あ、あはは~~、い、嫌だな~おねえちゃんってば。折角のお風呂なのにプリプリしちゃ駄目でしょ? ね? 争いは何も生み出さないんだよ?」
「うふふ……安心しなさい、なぁのぉはぁ……! 高町家伝統の
「そ、そそそんな事は無いと思ったりしちゃったりするんですがいだだだだだっ!? ず、頭蓋がっ! 頭蓋が割れちゃう! 割れちゃうからぁああああっ!?」
「知っているかしら、なのは? ……人の頭蓋は花瓶よりも脆いらしいわよ♪」
「この状況でそんな事言う必要がどこにあったのかなあっ!?」
「すぐにわかるわよ――……アンタの身体でタップリとねぇええええっ!!」
ゴキュメギョミシミシッ……! グチョッ!!
「に゛ゃぁああああああああああっ!?」
「では、確認させていただきます。大人十人、子ども四人、ボロクズになったアホ二人、頭蓋を砕かれた妹一人でよろしいですね?」
『こ、この女……ブレやがらねぇッ!?』
“ハイパー”の名は伊達ではないようだ。従業員の面の皮が厚すぎる。
「こ、これが隊長たちの故郷に生きる人々……ッ!?」 とフォワード陣が戦慄を隠せない後ろで、トマトが潰れたような生々しい音が響き渡った。
ああ……季節外れのひぐらしが鳴いている……。
――◇◆◇――
代金の支払いとなのはの
「広いお風呂かぁ~、楽しみよねリヒトっ!」
「うん。そうだね、ルーちゃん! 宗助君もっ!」
「へうぁ!? あ、ああ、ソウダネ」
「……エロガキ。言っとくけど、私たちは女湯に入るるからね。アンタと一緒に入るつもりなんてないから」
「だっ、誰もンな事思ってねぇよ! 言いがかりすんな、この虫っ娘!」
「誰が虫っ娘よ! それならアンタは犬っコロじゃない!」
「何だと!?」
「何よ!?」
「ふわわわっ!? け、喧嘩しないでぇ~!?」
おでこを擦り合わせながら悪口を言い合う宗助とルーテシアに、慌ててリヒトが仲裁として飛び込んでいく。
この二人、下手をすれば『大怪獣バトル 神狼VS巨大昆虫軍団!』 をリアルで実現できるので色々と洒落にならない。
まあ、リヒトに仲裁されれば数分で鎮圧されてしまうのだが。
「エリオ、エリオ。久しぶりに一緒に入らない? ホラ、十一歳以下のお子様は女湯に入れるって書いてあるし」
「うぇええええっ!? で、でででも、僕はその……男の子ですし」
「う~ん、でも折角なんだから……」
真っ赤な顔のエリオの反論もなんのその、久しぶりのスキンシップを求めてフェイトも引き下がらない。
復活したなのはや花梨も微笑ましそうに見守るだけで、援軍は期待できそうにない。
大体、花梨などはミッドの自宅で宗助と一緒に入浴したりしているのだから、「そ~すけ~。アンタも一緒に入らない~?」 ってな感じで、魅惑の誘いを敢行していたりする。
最も、ちみっこ~ズの女の子二人に大反対されているが。
どうも、ほとんど赤の他人なエリオならまだしも、クラスメートかつ友達な宗助と一緒にお風呂に入るのは、流石に恥ずかしいらしい。
「い、いいいや、やっぱり駄目ですって! ホラ! すずかさんやアリサさんたちもいらっしゃることですしっ!?」
慌てふためくエリオがせわしなく視線を彷徨わせながら逃げ道を探すものの、
「別に構わないわよ? 子ども相手に恥ずかしがるような事でもないしね~」
「私も別にいいよ?」
浅はかな言い訳は、速攻で撃沈されてしまう。
もっとも、アリサにすずかは異性(というか子ども)に肌を見られて恥ずかしいとか言う以前に、あわあわするエリオをもっとからかってやりたいと言う意図が見え隠れしているが。
「……私としては、二人から漂うみょーなフェロモンちっくなフレグランスの方が気になるんやけど。ちゅーか、アリサちゃん。首元から赤いマーク的な物が見え隠れしとるんですが?」
「馬鹿に
「あれぇ!? ごくごく自然に罵倒されたっ!?」
さらりと毒を吐かれたはやてのフォローを買って出る勇気ある者はいないようだ。
ま、助力する = 馬鹿 の法則が成立してしまうのだから致し方ない。
「なーなー、ティア。ここに混浴ってステキ空間があるらしいんだ」
「……で? 何する気よ?」
ティアナの“にらみつける”!
こうかはばつぐんだ!
せつなはおどろき、すくみあがっている!
「い、いやー、久しぶりに童心に帰ったりしちゃうのも良いんじゃないかなー……なんて」
「ははーん? 読めたぜ、切やん! お前、さてはローションとボディーソープを持ち込んで、ティアっちんと『ソープぷれい』をお楽しみしやがるつもりだな!? 『お客さん、痒いところはありませんか~?』 をやらかすつもりなんだな!? こ、このエロスめ!」
「はあっ!? 思ってもいねぇよそんなことはよぉ! 俺はただ、同じ風呂の中でイチャイチャしたいだけ――ハッ!?」
思わず本音が駄々漏れてしまった切名君、痛恨のミスである。
恐る恐る振り返れば、真っ赤なお顔の
「こんのっ……エロスバカ――!」
「ぐもらばぁああああっ!?」
『パー』ではなく『グー』。
『ビンタ』ではなく、偉く腰の入った『ジョルト』であった。
錐もみ回転しながらぶっ飛んだ切名君の最高到達地点、実に4.5m。
人間タケコプターとなって空を飛んだ切名が最後に見たものは、それは見事な敬礼をする
――あの野郎、後で絶対ブッ飛ばす
そう心に誓いながら、地面に突き刺さる激痛によって、意識を手放すのだった。
――◇◆◇――
「よーっし! いっちばーん!」
「あ、コラ、スバル!?」
入浴前のかけ湯のルールを知らないスバルは、一番奥にどどーんと構える大きな浴槽目掛けて猛ダッシュ。
突き抜けたテンションそのままに、天高々と跳躍すると浴槽目掛けて飛び込んだ――瞬間、
――ポコポコッ……。
と、スバルの着水地点あたりから気泡が立っている事に花梨が気づく。
「スバルちゃん! お湯の中に誰かいるわよっ!?」
「えっ!?」
慌てて叫ぶもすでに遅し。
水面に浮かび上がってきた金色の髪が目を引く少女が、自分目掛けて落ちてくるスバルに気づき、
「しょーりゅーけーん♪」
「げぷうあっ!?」
実に見事なアッパーカットを決めてくださいました。
「えええええっ!?」 と方々から絶叫が上がる中、小さな拳が鳩尾に突き刺さったスバルは、体内の空気をすべて吐き出しながら盛大に吹っ飛ぶ。
きりもみ回転しながら吹っ飛んでいったスバルは、二つ向こう側の水風呂へドボン……と。
「げぶぁあっ!? いっ、いだっ!? つめだべげぼっ!? は、鼻! 鼻に水が入ったぶっ!? て、ティア~~!?」
「ああもう、何やってんのよこの馬鹿!」
半泣きで悲鳴を上げるスバルの救助にティアナが駆け出すのを横目に、花梨たちの視線は陸戦魔導師を片手で吹っ飛ばした少女へと注がれていた。
腰まで届く金の髪と紅玉と翡翠を思わせるオッドアイを持つ少女。そこまでならば、さしたる問題では無かっただろう。
将来有望な美少女であるという点で言えば十分な問題と言えるのかもしれないが、今は脇に置いておく。
重要なのは、魔導の才を有する者たちだからこそ少女から感じ取れる強大な魔力。
さらに、何故かお湯の水面に仁王立ちしている少女の全身を包み込む虹色の魔力光。
その地球には不釣り合いすぎる要素が、少女を一般人ではないことをあからさまに主張してしまっていた。
――しかも、お湯の水面で仁王立ちを決めてくださっておられます。
腕を組み、可愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべながら、呆然とする一同へ向けビシイッ! と指を突き付ける。
「魔力で全身を覆い、液体の表面張力と同調する事によってお湯の上に立つ。これこそ、繊細な魔力コントロールの修行なのです!」
「絶対違うと思うよ!?」
「どこのNINJAを目指してるワケ!?」
「将来的には『へっ……きたねぇ花火だ!』 を習得することを目指してますっ!」
「満面の笑みを浮かべながらものすごく物騒な事言っちゃってるよ!?」
「しかも色々と混じっていないか!? 目指しているのがNINJAなのか戦闘民族なのか分からんぞ!?」
「わ、サムライっぽいお姉さんってば博識です! 物知りなんですね!」
「そ、そうか……?」
「そこぉ! 照れてんじゃねぇよ、シグナム!?」
「ハッ!? わ、私としたことがっ!?」
最早意味が分からない騒動をひき起こしてくださった少女は再び湯船の中に浸かると、保護者らしき人影へと近づいていく。
「アリシアママ~~。
「うんうん、流石は私たちの娘っ! よーし、この調子なら『悪いな、これでも手加減したつもりだったんだが』を出来る日も近いんだよ!」
「何やらせてるんですか貴方は……。て云うか、今の誰ですか?」
「んう? 悪落ちした龍玉のトップさん~~♪」
「ああ、
「いや、認めちゃ駄目でしょうが! ――って、ああっ!? アンタたちはっ!?」
食欲をそそられる温泉卵が入った木製の器と匙を手に、のんびり湯ぶねに浸かっていたのはアリシアとシュテルだった。
どちらも髪を結い上げているらしく、ほんのり桜色に染まったうなじが醸し出すえも言えぬ色気が、普段の彼女たちとはまた違った印象を感じさせていたので気づかなかったようだ。
傍に寄ってきた少女……ヴィヴィオを後ろから抱き締めつつ、ほにゃっとした笑みを浮かべたアリシアが、敵意ゼロでフェイトに手を振っている。
つられて手を振り返してしまったフェイトが何やら葛藤しているのは置いといて、とりあえず花梨は聞き捨てならない台詞を吐いた少女へ、出来るだけ威圧しないように問いかける。
「ね、ねぇ、お嬢さん? アナタ、さっきその二人の事を“ママ”って言わなかったかしら……?」
「んぅ? ……アリシアママとシュテルママはヴィヴィオの“ママ”だよ~?」
「え゛っ!?」
驚きの声は彼女たちを良く知る海鳴市関係者によるものだった。
特に、いつの間にか姉が子どもをこさえていたことにショックを隠せないフェイトの動揺っぷりがハンパではない。
……ちょっぴり、女として負けた気になってしまうのも仕方のない事だろう。
出会いが無い&釣り合うような相手が居ないのだから仕方がない。
全ては、彼女たちのスペックがハンパないのがいけないのだ。
「お、お姉ちゃん……いつの間に……!?」
「んとね~、数週間前にこう……ひょいっと」
「ひょいっと!?」
「うん、そう。ひょいっと拾ったの」
「……はい?」
「アリシア、それでは分からないですって。――コホン。まあ一言で言うなら、ヴィヴィオは養女です。路地裏で衰弱して倒れていた所を我々が保護いたしまして、身寄りが無いとのことでしたのでそのまま娘として受け入れたのですよ」
ヴィヴィオが人造魔導師云々の情報は隠蔽しつつ、話しても問題は無い真実だけを要点に纏めて説明する。
下手に情報を与えてしまえば、いろいろと面倒な展開になってしまう事を、シュテルは予測しているからだ。
もっともそれは管理局の暗部云々の話ではなく、単に彼女らがどうしようもないお人よし&おせっかい気質を持つ者の集まりで、例え敵であろうとも手を差し伸べたくなってしまう性格を懸念したと言った方が正しい。
彼女の中では、必要以上に慣れ合いをするつもりはないという一種の境界線を定めているのかもしれない。
キャロに続いて今回の事件における最重要キーマンたるヴィヴィオまでもが敵性勢力に加入してしまった事実に頭を抱える花梨に、更なる追撃が襲い掛かる。
「ふん、喧しい連中だな。もうすこし落ち着いて風呂を楽しもうと言う気概は無いのか、たわけ」
「まあまあ、皆でワイワイするのもアリだと思いますよ?」
「気持ちいいね~、フリード~♪」
『ガツガツモフモフ……』 ← どんぶり鉢山盛りな温泉卵と格闘中。
泡が湧き立つジャグジー風呂を堪能中なユーリ、ディアーチェ、キャロ&フリードまで参戦。
「――って、アンタらまでおるんかいっ!?」
「ぬがっ!? 大声を上げるな馬鹿者! 声が反響して耳に響くであろうがっ!」
「マナーは守らないと駄目ですよ~?」
「あ、すいません……じゃなくて! なんでアンタらまでリラックスしとんねん!? ここで、とっ捕まえたろーか!?」
意外なほどに程に正論を吐く紫天一派に、ストレスがマッハなはやては部隊長としての冷静さなどかなぐり捨てて激昂する。
今にも、更衣室のロッカーの中に仕舞っているデバイスを取りに駆け出しそうな剣幕だ。
「……出来ると思っているんですか? 今の貴方たち
暗い声をだすユーリの影が、ゆらりと揺れる。
軟らかな瞳に危険な色が浮かんだ瞬間、お湯を吹き飛ばしながら展開された鮮血の血潮を彷彿させる魂翼が巨大な鉤爪へと転じてはやてたちを覆い隠す。
十年前に比べて、格段に大きく、より禍々しく進化を遂げている魔物の鋭爪は、絶対的な死の恐怖を彼女たちに降り注ぐ。
「デバイスが無ければ魔導師の実力は半減します。でも、私は違う。もとより、この身ひとつで世界を滅ぼす最強の兵器。故に――あなた方を此処で消滅させることも容易いんですよ?」
聖母を思わせる微笑みを浮かべ、死神の鎌すら凌駕する殺意に満ちた狂気の刃を振りかざす。
あの
彼女を止められる存在がいるとすれば、壁の向こうで風呂を堪能しているであろう最強の竜神か。
もしくは……
「ユーリ、その辺にしておきなさい」
彼と共に在る、かつて同胞であった少女だけであろう。
「シュテル……貴方に私が止められると思っているんですか? それは傲慢と言うものですよ?」
「ほう、随分と自意識過剰になったものですね。何様のつもりですか?」
一触即発。
湯船に浸かったままであっても、寒気を感じずにはいられないほどの
両者共に笑顔を浮かべているものの、それが返って恐怖を増長させていることに、はたして本人たちは気付いているのだろうか?
「ちっ。アンタたちいい加減に――」
流石にこれ以上は見過ごせないと、花梨が鎮圧に動こうとした瞬間、
「シュテルママ……」
「ユーリさぁん……」
怯える様な少女たちの声が、浴場に響き渡った。
見れば、殺気に当てられたらしく、ヴィヴィオとキャロが目尻に涙を浮かべながら睨み合っている二人を見つめていた。
「あ、ご、ごめんなさい、ヴィヴィオ! 決してあなたを怯えさせるつもりなどっ!?」
「キャロちゃんっ!? す、すすスミマセンッ! あ、あの、どうか泣き止んでください~~!」
一瞬で殺気を霧散させた過保護なお姉さんたちが、慌てて泣く娘をあやしにかかる。
場の急展開についていけず、完全に置いてきぼりにされてしまった六課の面々が不憫でならない。
ついでに、《マテリアルシフト》を発動させようとした体勢のまま、所なさ気に手が宙を泳いでいる花梨さんの羞恥心とかいろいろとヤバい。
「あー……とりあえず、一時休戦ってしない? 地球で最終戦争的なバトルを引き起こすつもりは無いし、私たちもディアちゃんたちものんびり気分転換するために里帰りしてきたみたいなもんだからさ」
「ちゅーことは、や。アンタらは街の中にあるロストロギアとは無関係っちゅう事でええんやな? どうせなのは隊長たちの探索にも気づいとったんやろ?」
「フン、当然だ。我々の情報網を甘く見るなよ子烏? 貴様らが休暇を兼ねて不正に持ち込まれたロストロギアの探索を行っていることなど、すでに把握済みよ! だがアリシアの言葉通り、我らは現在休暇中。色々とゴタゴタしているルビーめらから、偶には親子水入らずで旅行でもしてくればと勧められたのだ。だからこうして、家族であるユーリも共に『ぶらり海鳴市、温泉宿浪漫譚』を実行中な訳だ。ここに来たのも、多様な温泉が売りだと耳にしたからでな!」
「私たちも似たようなもんなんだよ~。ヴィヴィオと家族になった記念に、管理外だから過ごしやすい
律儀に答えてくれた二人の説明に合点が言ったらしく、はやては納得顔。
一方で花梨は、少し不満そうな表情。
「お姉ちゃんってば、むすっとしてどうしたの?」
「そりゃ、お母さんのシュークリームに比べればまだまだ及ばないかもしれないけどさ。でも、最初っから見向きもしないってのはどうなの? 私だって日々腕を磨いているってのに……」
どうやら、パティシエとしてのプライドが傷つけられてしまったようだ。
師匠である母・桃子に比べればまだまだ未熟である事は自覚しているものの、それでも最初から相手にされないというのは、職人として納得が出来ないらしい。目尻が吊り上ってしまうのを抑えられない。
「――ま、本音を言えば、ダークちゃんと会わせたくなかったってのもあるんだけどね。なんとなーく嫌な感じもするし」
ボソリと呟くように告げられたアリシアの台詞は、誰にも届くことは無く風呂場に響く喧噪の中に消えて行くのだった。
「――ん? ちょい待てよ……。この子たちがここに居るってことは……まさか向こうにも?」
――◇◆◇――
風情ある檜の香りが漂う男性用更衣室で衣服を脱ぎながら、切名は現在進行形で鈍い痛みを放つ頬を擦る。
近接魔導師であるスバルもびっくりな身体強化によって繰り出された一撃は、骨の髄まで届く素晴らしい破壊力を叩き出していた。
「あいちちち……くっそーティアのヤロー、まーた威力が上がっていやがる。どこら辺が射撃型魔導師なんだ?」
「周りの目がある中じゃあ、流石に高望みし過ぎだったかねぇ? ……くそぉ!
「喧しいわド阿呆! うっかり載せられた俺もたいがい間抜けだけど、そもそもの元凶が何をぬかしてやがるか。つーか、オメーはなんでピンピンしてんだよ。俺よりも念入りにボコられてたくせに」
「曇りなき正義の心が、超常的なパゥワァ~を授けてくれたのさ!」
「キメェ!?」
服を脱いで腰タオルを装備した切名とカエデが漫才しながら浴場の中へと入っていく。
「やれやれ、やかましい連中だ――む? どうしたモンディアルに高町? 目が皿の様になっているぞ?」
「あ、あの……どちら様ですかっ!?」
「すっげーマッチョメンだ!?」
「エリオ君、宗助君。彼、ザフィーラだよ? あれ? その反応……ひょっとして人間形態の彼を見るの始めて?」
「む、そう言えばそうだったもしれんな」
肉体美を惜しげも無くさらすザフィーラの筋肉に気押さえて、思わず自分の貧相なそれと見比べてしまい、少年の口からため息が零れる。
やはり男として生まれた以上、鋼のような筋肉は憧れるようだ。
「まあ、せっかくのお風呂なんだ。騒いだりしないで、ゆっくりと楽しもうよ。ね? それに僕たちの他にもお客さんが入るみたいだしさ」
事実、鍵付きのロッカーが二つほど使用中になっている。
公衆浴場なのだから当然の事ではあるが、他の利用客の方々にご迷惑を掛けるような騒ぎを起こすのはマナー違反だ。。
頭の上と腰にタオルを装備し、備え付けの桶を脇に抱えたコウタにそう窘められれば、切名とカエデも鎮まざるを得ない。
不承不承と言った風の後輩たちに苦笑しつつ、浴場へと通じる扉を先導して開く。
「わあ……! ここが『セントウ』なんですか――ぇ?」
「んあ? エリオさん、どしたん――だ?」
我先へと中に入ったエリオと宗助が一瞬で固まってしまった。
何事か? と覗くように身を乗り出したコウタたちもまた、その人物を目にした瞬間、驚愕のあまり大口を開けて硬直してしまった。
そこには、青い髪が美しい天上の存在がいた。
澄んだ湖水を彷彿させる、艶やかな長髪はしっとりと潤いを纏ってほっそりとした身体に張り付いている。
ちょうど髪を洗っていたらしく、シャワーで泡を流す様が、まるで春の木洩れ日によって溶け出してせせらぎへと変わりゆく淡雪のよう。
コウタたちに背中を向けている体勢ゆえに容姿を確認する事こそ叶わなかったものの、水を弾くなめらかな背中、生まれたままの身体の大切な所を隠していた泡が流れ落ちていく様は、言葉では言い表すことが出来ない興奮と背徳感を味あわせてくれる。
人生経験故か、一番早く再起動に成功したザフィーラが慌てて更衣室から飛び出して、ここが男湯である事を確認する。
――腰タオル一丁の姿でロビーに飛び出したものだから、女性利用客の皆様方による黄色い悲鳴の合唱が発生していたが、その辺は割愛。
次に再起動を果たしたのはコウタと切名。
両名とも、事態を理解した瞬間、神速を思わせる反射速度で後方三回転ジャンピングDOGEZA! を敢行。
この場に恋人がいないと言うのに、彼らの中では『異性の肌を見てしまった → DOGEZA!』 という理論が構築済みのようだ。
「いっひょー! なにコレ!? もしかしてご褒美ですか!? 卒業しちゃっても構わないっていう神サマの思し召しなのでしょうかそうなんですねわかりましたいただきます!!」
ストッパーが平伏している隙をついて、目をハートマークにしたカエデが突貫する。
鼻息は沸騰したヤカンの如き勢い荒く駆け出すと、水に濡れている滑りやすいタイルの上であるにも拘らず、見事な跳躍を見せる。
中空で捻り一回転半を決めながら、濡れたうなじが艶やかな美少女(希望)目掛けて、ルパンダイブを敢行する。
だが。
「風呂で騒ぐな」
「もぎゅれぶぁああああっ!?」
「か、カエデさ~~ん!?」
あと十㎝と言うところで横合いから放たれた容赦のない蹴りがカエデの横腹へクリーンヒット。
魚拓ならぬ人拓的な、壁と一体化した奇怪なオブジェへと成り下がってしまった。
壁に埋まったままビクンビクン、と結構ヤバめに痙攣しているカエデを蹴り飛ばした人物は、不機嫌そうに鼻を鳴らしながら未だ入り口で騒いているコウタたちへと視線を動かした。
「……なんだ貴様らか。まったく、いつもの事ながら騒々しい連中だな」
「んな……!? ふ、
聞き覚えのある声に顔を上げたコウタが、戦慄にわななきながら叫ぶ。
指を差され、管理局勢の視線を一身に集めながら、“Ⅰ”ことダークネスは何を言っているんだとばかりにアホの子を見る眼を向けてきた。
「風呂に入る以外に風呂屋へ来る理由があるのか? もしあるのなら、ぜひともご教授願いたいところだな」
「むっ!? そ、そういう事を言ってるんじゃなくて――」
「ヴゥアカメエッ! 風呂屋と言えば覗きに決まっとろうが! 湯船で暖められ、ほんのり薄ピンク色に上気した肌! 水面に浮かぶ、豊満かつ浪漫溢れる母性の象徴たるおっぱい! 解放的な空間故に、時に大胆に、時にエロティックな表情を見せてくれるおんにゃのこが住まう
めり込んでいた壁から飛び出して軽やかに着地を決めたカエデが、喉が張り裂けてしまいそうな大声で最低な欲望を叫ぶ。
身体がら放たれる凄まじき覇気は、青い髪の謎の人物がびっくりして振り向いてしまったほどだ。
「ほぉ……最近の管理局員は随分と度胸の据わった奴がいるのだな。女湯にまで
口では感心するそぶりを見せながら、口元は愉悦極まりないとばかりに歪みきっている。
壁越しに感じられる、オドロオドロしい殺気をあえて無視しながら、根強い野望を抱いてしまう某公国の長男を彷彿させる勢いで、いかに覗きが素晴らしいかを少年二人に力説しているカエデの後ろへと忍び寄る。
『アリシア、シュテル、ヴィヴィオ。タオルで身体を隠して湯船の中に浸かってろ』
身内に念話を飛ばしながらカエデの後頭部をわし掴みにすると、そのままそれなりに鍛え上げられている現役魔導師の彼を片手で持ち上げつつ、腰に巻いていたタオルを奪い去っておく。
その際、股間の紳士が宿す戦闘力を確認することも忘れない。
「――ふ、所詮は小物だったか」
失笑まじりに囁いた彼の中に湧き上がる、えも言えぬ優越感。
一般的な平均値はクリアしているはずのカエデの紳士を格下と睥睨する彼の戦闘力がいか程のモノなのか、非情に気になるところだ。
「まあ、それはさておいて。そこまで吼えるのなら、
力いっぱいブン投げられたカエデの身体が天へと飛翔し、天井近くへと舞いあがる。
ところでご存じだろうか?
公衆浴場の女湯と男湯は壁によって遮られているだけの、元々は一つの大部屋であることを。
壁に面した湯船の底にお湯を循環させる窓口が備え付けられていたり、境の壁は天上近くまでの高さは無いという事を。
つまり、壁を乗り越えることが出来さえすれば、隣の浴場へと移動することも可能なのだ。
まあ、もっとも――
『きゃぁああああああああああああああっ!!』
「あぶろもげろぷりくぅぇええええええええええっ!?」
色とりどりの魔力弾による防空システムを突破できた場合に限るのだが。
遠距離砲撃を得意とするなのはやはやてはもちろん、近接戦闘での見切りを必須スキルとするフェイトらは、非常に優れた視力をしていると言える。
歴戦の勇士である彼女らは咄嗟の事態に直面した際、対象がどのような驚異を有しているのかを一瞥しただけで解析、判断できるように一瞬で対象の全体を把握できるよう訓練を積んでいる。
この場合、全裸の変態が天から舞い降りようとしていた訳なのだが、ついいつもの癖で対象……カエデの全体像を観察してしまったのだ。
そう、つまり……腰タオルを奪われてしまって、『ぱお~ん!』 と自己主張してしまっている『ゾウさん』を直視してしまったのだろう。
部隊長とか、エースとか、執務官とか、騎士とか関係ない、一糸乱れぬ乙女の悲鳴であった。
ひゅるる~~っ――……ぼちゃんっ!
何ともマヌケな効果音と共に、真っ黒焦げになったカエデ(全裸)がいくつかある浴槽のひとつに着水、煙を上げながらぷかぷか浮かんでいる。
こんがりローストされたお蔭で、見事な焼き色がついている。
ふぅ~、と満足げに額を拭うダークネスに、正気に返ったコウタが突っかかる。
「なんてことをするんだ!」
「法の守護者を名乗りながら、堂々と女風呂を覗こうとしていた変質者をお前ら自身の手で処罰できるように取り計らってやっただけだが? 身内の始末は身内で付けるのがスジと言うものだろう?」
「くぅっ……!?」
やり方は問題がありすぎるのだが、管理局員であるカエデが覗き云々を力説していた事も、それを処罰したのが管理局員である六課女性陣であることもまた事実。
確かに捉えようによっては、身内の恥を自分たちの手で対処できたと言えなくも無い……か?
「ふっざけるんやないわぁあああっ! 乙女の柔肌をなんやと思とんねん!?」
「そうだよ!」
「覗きの幇助で斬り捨ててくれる!」
一方の被害者たる女子湯サイドからは、当然の如く大ブーイング。
怒りに震える乙女の怒号が響き渡る。
「見せる相手もいないのだから、別に構わんだろうに」
『そんな訳あるかァアアアアアアアア!!』
壁越しに降り注ぐ桶の雨。おまけとばかりに誘導弾まで混じっている。
「ふ――
「「ちょっ――!?」」
巻き添えを受けてはたまらないとばかりに逃げ出そうとしたコウタと切名の後頭部へアイアンクロー。
そのまま上方へ向けて持ち上げる。
完成した生ける人間による鉄壁の防壁が、
「「あだだだだっ!? ちょっ、タンマタンマタンマぁあああああっ!?」」
「ふん、所詮はこの程度か……。独身貴族の底力など、恐れるに足らんと言うことだな」
「なんやとぉおおおおおおおっ!?」
「程度って言葉を知らないみたいだね! すこし頭冷やそうか!」
「やれるものならやってみろ」
「お願いしますから挑発しないでくれません!? ――って、ぎゃあああああっ!? 視界を埋め尽くさんばかりの魔力弾の嵐がぁああああああっ!?」
「はっ、放しやがれ――ぶべべべべっ!? ちょ、やめ、やめてくれティアぁぁああああああっ!?」
「くっくっく……」
「……モンディアル、高町、よく見ておくのだ。あれが真の極悪人の姿だ」
「は、はい……」
「おっ、おう」
真っ黒な愉悦に浸りほくそ笑むドSな顔のダークネスにドン引きしながら、エリオと宗助はその極悪ってぷりに戦慄を感じずにはいられない。
結局、怒りの“りゅうせいぐん”はコウタと切名がこんがりローストされるまで続いたという。
「あはは~♪ みんな楽しそうだね~」
「いや、あれを見てどこが――ってえ!? あんた……まさか男お!?」
「あれ、気づいてなかったの? 僕はレヴィだよ。よろしくね~♪」
――ぱおーん!
「「す、すごく……大きいです……!?」」
「ぬぅ……やるな」
それはそれは、ザフィーラさんがライバル意識を持つほどにご立派な紳士であったという。
出来れば混浴までもっていきたかった……。
ちょいエロシーンをご期待の皆様、申し訳ありませぬ。
・作中に登場した魔法解説(笑)
【
使用者:ダークネス
”Ⅰ”ことダークさんが生み出した非情なる凶悪魔法(爆)。
敵勢力に囲まれた際にもっとも効果を発揮する戦法の一つであり、敵をわざと挑発して攻撃を誘発しつつ、手ごろな人間――基本は敵さんの仲間をとっ捕まえて盾にする。
基本は攻撃の前にかざして肉の壁にするのだが、バットのように振り回して魔力弾を撃ち返すことも可能。
腕部に短距離転移魔法陣を部分展開させることで、いかなる防御や回避をとろうとしてもすり抜け、捕獲する。
同士討ちを誘発させる手法故に、撤退戦などには非常に有効。
空白期に管理局の追跡を裁いていた際に産み出された『敵を殺さないで鎮圧する』手段の一つ。
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銭湯中
やっぱ、ダークさんを絡ませると、展開がシリアスかエロのどっちかに傾いてしまう。
ちなみに本話は、ギャグ、シリアス、エロの3点構成となります。
ついでに、リリなのにあるまじき、ボーイズトーク的なシーンがあるのでご注意を(?)
「やれやれ、何時もの事ながら騒がしい連中だ。風呂は人生のリフレッシュという言葉を知らんのか」
かけ湯を済ませ、頭の上にタオルを置いた伝統の入浴スタイルで風呂を堪能する黄金の竜神――ランクはもちろん“怪獣王”
「う~ん、ボクとしては賑やかなのは良い事だと思うんだけどね。やっぱり、みんなでワイワイやってるのが一番楽しいじゃん♪」
一見すると美少女にしか見えない美貌を持ちながら、見紛うこと無き“雄”である雷刃の襲撃者――ランクは“邪竜の系譜に連なる戦闘者”
「まさか、貴様らと肩を並べて湯船に浸かる日が来ようとはな……」
妙な動きを見せれば即座に反応できるように警戒を密にしつつ、湯ぶねに浸かる夜天の守護獣――ランクは“千年竜王”
「まあ、殺気も感じられないし、偶にはいいんじゃないかな。もし何かあっても、僕の“能力”で皆を守ることも出来るからね」
敵意に敏感だからこそこの場で騒ぎを起こすつもりは無い事を感じ取っている夜空の城塞――ランクは“戦闘型守護獣”
「……おい、カエデ。さっきから妙に大人しいけど何かあったのか?」
不気味なほどに大人しい友人を心配二割、警戒八割で気遣っている炎の英雄騎――ランクは“某国の巨猿”
「…………」
俯き、プルプル震えているセクハラの権化――ランクは“昭和の相棒”
「うーん、こんなに広いと泳いでみたくなるね」
女性ばかりの職場の雰囲気から解放されたことで純粋な子どもらしい笑顔を浮かべている迅雷の騎士――ランクは“大地の護国聖獣”
「おっ、いいねえ! なんなら競争すっかい?」
同じ悩み(スキンシップ過多な保護者)を持つ的な意味で大分打ち解けあった神狼の騎士――ランクは“王の源竜”
さて、ここで一つ語らねばならないことがある。
古来より、主義・主張・信念・理念……幾重数多にも上る想いを異なる者同士がお互いを理解し、手を取り合い、そして覇を競い合う戦いの儀式があった。
昨今では“裸の付き合い”という諺として定着して久しいそれは、身に纏った一切のしがらみを脱ぎさることで、ありのままの己を以て他者とぶつかり、胸に秘めた熱き滾りをぶつけ合うというもの。
そう……それはまさに現代における
まさにこの瞬間、絶対的な強者と弱者の格付けがなされてしまったのだ!
「ち、ちくしょぉおおおっ! お前ら……っ! お前ら一体なんなんだぁあああああっ!」
「喧しいガキだな。何を騒いでいるか」
鬱陶しそうに閉じていた目蓋を開いたダークネスが、騒ぎ立てるカエデを半眼で睨みつける。
「うっせえ! ナンだよ、そのイツモツは! 揃いも揃って見せつけやがって!」
ナニが……とは言ってはいけない。カエデ君は決して『ちっさ』くは無い。
ただ、周りの野郎共が凶悪なだけ。
「うっわ、その言い方ってすっごく女々しいよ? それに、そんな騒ぐようなサイズじゃないと思うんだけどなぁ~?」
「いや、ソレだけの大怪獣をお持ちでありながらそんなこと言われても説得力が無いと思うぜ? つーか、マジでスゴイな。女みたいな容姿と紳士のレベルは反作用するって法則でもあったっけ?」
「ふ、さすがはテスタロッサに比類する実力者だな。身体的特徴部分が、両者ともに優れている」
「いいや、それは違うぞ守護獣。女のアレ同様、俺たちのコレも鍛え、磨き上げることでそのレベルを上昇させる。小僧どもは別枠とするにしても、俺たちとそこのガキの間に絶対的な境界線が形成されているのは、純粋に自己満足以外の訓練を経験出来ていなかったからに違いない」
「おお! さっすが、ダークだね! 言われてみると、確かにそんな気がするよ!」
「ふ~ん……。つまり恋人がいるかいないかの差って訳か。え~っと、
「……アリシアとシュテルだな」
「ちょっと言いよどまなかった? まさか……え、嘘、本当に?」
思わずつっこんでしまうコウタの追及はのらりくらりと躱しておく。
「さて、何の事やら。――で、
「にしし~♪ そうなんだよ~、だーくみたいに義娘もいるんだよ! もう、なんて言うかさ……王さまってば意外と――のぎゃんっ!?」
いらんことを言いそうになったレヴィの脳天に突き刺さる氷塊。
限定発動させた凍結魔法【ヘイムダル】のようだ。
魔力の色から見るに、ディアーチェが下手人らしい。
デバイスも“紫天の書”も無しの状態でこれほどの魔法を発動できるとは、流石は闇統べる王、潜在能力が並みじゃない。
「それは興味深い情報だな、っと。では、残るは守護獣か。ふん? 相手は……フェイト・テスタロッサの使い魔辺りが妥当か?」
レヴィの脳天から湯船の中に転がり落ちそうになった氷塊をデコピンで粉々に粉砕させたダークネスが、彼女の主人である執務官がいる女湯にも聞こえる様な音量で問いかける。
何やら喧騒らしいものが聞こえてくるので、目論見は大方成功していると見て良いだろう。
このダークさん、実に意地が悪い。恋バナに目が無い女性陣にネタを提供することで年ごろの娘らしさを面に出してやれば、まだ微妙に壁があるアリシアとフェイトがごくごく自然に会話を楽しめるかもしれない――そんな思惑があっての発言だということに、はたして何人程度が気づいているのだろうか?
「いや、違ったはずだよ。だってアルフ、お付き合いしてる人がいるみたいなことリンディ提督が言ってたし」
ここで口を滑らせてしまったのはコウタだった。意外そうに驚嘆を示すダークネス。
“知識”から『アルフ×ザフィーラ』は鉄板だと思い込んでいた切名も、目を真ん丸に見開いて驚きを露わにしている。
「たしか聖王教会の関係者だったような……」
「なるほどな。
「な、なんだよ? 何かわかったのか?」
「いいや、相手が誰かまでは推測の場を出ないさ。だがな、相手が特殊な性癖の持ち主であることはまず間違いあるまい」
「な、なんだって!? その辺詳しく聞かせてくれないかい!?」
戦慄を顕わにしたコウタに詰め寄られ、意外な喰い付きに少しだけ驚く。
「……実は、聖王教会所属騎士への教導のために、近々ヴィータが出張する予定なんだ」
地上本部と聖王教会の間で結んでいる協力関係をより強固なものにするため、定期的に双方の教導資格保有者を出頭させることで協調性を高めようと言う試みがある。
PRも兼ねて大々的に宣伝されているそれに今度、ヴィータが教官役として選別されたのだという。
なるほど、もしダークネスの言葉通りに妙な性癖を持つ男が教会に居るとすれば、恋人の身を案じて動揺してしまうのにも説明がつく。
一部では“地上本部のエターナルロリっ娘ヴィータちゃん”と長ったらしい愛称をつけられたり、ネット上で『みちゃダメ!』的な妄想のネタにされているともっぱらの噂なのだ。就業年齢が格段に低いミッドチルダにおいて、戦う幼子が一般的に認知されているからこそ、そう言う趣味の男が多数存在していることも、そんな輩が教会内部に潜んでいる可能性も否定ができないのだ。
「つーか、犯罪予備軍なら俺らの目の前にいるんだけどぶろぱぁああああっ!?」
うっかり口が滑ってしまった切名君の顔面にダークさんの拳がクリーンヒット。
そういう事は思っても口に出さないのがお約束である。
「話を戻すぞ。俺が使い魔の相手が普通ではないと判断する理由……それはズバリ、使い魔自身の特異性にある」
「特異性だって……?」
「その通り。おい
「あ、ああ……ってえ!? あ、アンタ今俺の事……!?」
「ふん、気づかれていないと思ったか? 俺の『
噂には聞いていたが、予想以上にやり手な“敵”の実力、その片鱗に触れた切名の背筋にゾクゾクとしたものが駆け登る。
それは畏れ……ではなく、乗り越え、打ち倒すべき好敵手を見つけたという歓喜であった。
「――まあ良いさ。で、使い魔……って言いにくい。アルフで良いな? 彼女の特徴って言えば……そうだな。『魔力の省エネ対策でチビになれる』『狼と人間の二タイプに変身できる』『実力はAランク魔導師に相当』『結構過保護』『今は海鳴市でハラオウン提督のお子さんの子守りをしてる』ってとこだな?」
「その通り。で、俺が注目したのは前の二つ、『体型の自由化』と『動物と人間どちらの姿にもなれる』と言うところだ。よく訊け。体型を自由に変えられると言うことは小学生レベルの幼女から女子大生くらいのお姉さんまで自由自在、さらに素体が獣故に、獣耳や尻尾との同調も完璧と言って過言ではないだろう」
「そ、そういう事か! つまり、アルフの交際相手は――!?」
「重度のケモナーかつ、全年齢に対応できる彼女の虜になった筆舌しがたい節操なし野郎と言う事か――!?」
何と言う超理論。
ご本人が耳にしてしまえば、まず間違いなく殴り込みをかけてくるレベルの暴言だ。
「本人に聞かれたら間違いなく怒り狂うぞ」
「……我関せずみたいなこと言っているけど、そう言うザフィーラのお相手はどうなんだい? 獣男が好きな女の子だったりするのかな?」
「コウタ、あまりふざけたことを言わないで貰おうか。彼女は清廉なるシスターなのだぞ。そのような風変わりな性癖など――」
「モンディアルさん。シスターって、確か神にお仕えする穢れ無き乙女って奴ですよね?」
「えっと、まあそれが一般的かな? それと、エリオで良いよ宗助君」
「わかったっす、エリオさん。で、そんなシスターさんに手ェ出しちゃってもいいんすか?」
「ぬぐぅ!?」
子どもゆえの純粋にして的を得ているツッコミが炸裂。
ザフィーラは戦慄のあまり固まっている!
「……ケッ! いいですなぁ、意中の相手がいらっしゃる皆様方はよぉ!」
そして、唯一浮いた話が無いカエデ君がやさぐれている!
「彼女持ちだからって威張るんじゃねぇぞ!? 大体、切やん! お前さんは俺を変態だの犯罪予備軍だの呼んでるけど、お前さんだってティアちんにコスプレしてくれるように土下座していやがる変態じゃねぇか!」
「んなっ!? 人聞き悪いこと言うな! 大体何がコスプレだ! セーラー服は基本だろうが!」
「どこが基本っ!?」
「……制服マニアだったか」
突然のカミングアウトにダークネスとコウタが驚愕する。
ついでに、壁の向こうからツンデレ・スタンダートタイプっぽい怒号が上がった気がする。
向けられる冷たい視線に自分がやらかしたことに気づいた切名は、慌てて釈明に移る。
「い、いや、違うんだ!? コレはその……そう、郷愁ってヤツなんだ! 俺も元は地球人だし、時々故郷を思い返して心が折れそうになっちまう事があるんだ! だから癒されたくなっちまうんだって! べっ、別に黒セーラー&黒ストッキングはツンツンしてるティアにとっても似合ってました! な事は無いんだぜ!?」
「うん。君の性癖はよく分かったから、もうその辺でやめておこうか」
「他人事のように言っているが、そう言う貴様はどうなんだ“Ⅸ”? ランドセルを背負わせて小学生プレイ位はしてそうだが」
「何言っちゃってんの!? やってないよそんな事!」
「そうか? なら、ミニバスケットのコスの方か?」
「だから、人を幼女偏愛趣味みたいな言い方やめてよ! 君たちはヴィータの本当の魅力を知らないからそんな軽はずみな発言しか出来ないんだよ!」
憤慨のあまり顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
口元に手を当てて必死に笑いを堪えているダークネスに気づかないまま、湯ぶねから立ち上がったコウタは拳を突き上げながら意気揚々と
「そもそも、『ヴィータ=幼さ』という発想自体が間違っているんだ。彼女は守護騎士、外見こそ幼く見えるけど、その内に宿るのは大人のレディーの心なんだよ。だから、ヴィータにはアダルトな服装が似合うと思うんだ!」
「っぷ! ……そ、そうなのか。ちなみに、どんなのがある?」
「決まっているさ……! ズバリ、メイドさんだよっ!」
ガボッ! ← 壁の向こうから聞こえてきた、何かが湯の中に沈んだ的な音。
「ヴィータの強気な態度と裏腹に、質素で華麗なロングスカートタイプのメイド服に身を包んだ時の漢書の可愛らしさときたらっ……! 筆舌しがたい破壊力だったよ! あれは、そう……去年の元旦の時、一度だけ見せてくれた巫女服に匹敵する破壊力だったよ!」
「ごふっ!? ――み、巫女か……! そ、そうか、確かそう言うのを日本では……何と言ったか?」
「え、忘れちゃったのかい? それはね――“姫始め”って言うんだよ。って、アレ? どうして震えながら浴槽の淵を叩いているの?」
「い、いや、俺でも予想できない返答を返されるとは思いもしていなかったんでな……」
ダークネスはもう一度女湯との境になっている壁を見やる。
……うむ、実に燃え盛るような激怒の感情がひしひしと感じられる。
あの壁の向こうには、『ぶっ飛べぇえええっ!』なゲートボールなハンマーから『光になれぇえええええっ!』なゴルディオンなるハンマーレベルにまで引き上げられた特製の獲物を振り回す幼女がいることだろう。
風呂から上がった後が非常に楽しみだ。
「おい“Ⅰ”、ちいっとばっかし、真面目な話をしてもいいか?」
不意に、真面目な表情になった切名がダークネスへと問いを投げた。
「ん、別に構わんぞ。この先、俺たちが戦場以外の場所で出会い、こうやって言葉を交わす機会など、もう二度とないかもしれないからな」
「そうかい。じゃあ、遠慮なく――」
「アンタは平然と人を殺しておいて、心が痛む様な事はないのか?」
即答はされなかった。
奇妙な沈黙が浴場を支配し、無音の静寂が舞い降りてきた。
誰かが喉を鳴らした音が、いやに耳に残る。
ひと房の前髪から滴り落ちる水滴が湯船に波紋を生み、広がっていく。
「……“ⅩⅠ”。お前は前世でも闘争の中に身を置いていたと聞いた。魔術師として生を受け、お前という異端を受け入れた女を守るために力を身に着け、戦い続けたのだと。この話は真実か?」
「……何でそんな事を聞きやがる?」
「いいから、答えろ」
真剣な目を向けてくるダークネスに訝しみながらも、切名は一つだけ咳払いをしてから昔を思い出す様に語り始めた。
「……ああ、事実だよ。俺はかつて誰よりも守りたかった女の子を救うために力を、魔術を求め、戦い、勝ち続けた。病に侵されているにもかかわらず、彼女は理不尽な暴力に脅かされている力無き人々を救ってほしいと口癖のように言っていた。――だから俺は、彼女が息途絶えた時に決めたんだ。理不尽な悪意に晒される人々を守り、邪悪を打ち払う『剣』としてこの身を捧げようとな」
多くの人々を救い、世界の危機すら救って見せた“救世騎”。
その心を支え続けているのは、いつまでも色褪せる事のない一人の少女と過ごした穏やかな思い出と彼女の願い。
彼女から託された優しい想いが胸にある限り、『葵 切名』、いや……『
新しい大切な
「そうか……。お前は色々と背負ってこのセカイへ来たんだな」
「? それはどういう……」
「――俺の前世はどこにでもある、ごくごく普通の人間のソレだった。特別な想いを寄せる相手がいる訳も無い、かと言って仕事に人生の全てを費やそうという気概も無い、平凡で代わり映えのしない毎日を惰性の様に歩み続けるだけの、有象無象のひとつ。そのくせ、自分の命を失うことを何よりも恐れる自己優先主義者だった。ああ、それでも誰かに頼られるのは嫌いじゃなったな。今にして思えば、それは相手を自分よりも格下だと決めつけていたからだったからかもしれない。何故なら、格下の存在が俺の命を脅かす可能性が早々ないからな」
静かな独白が浴場に広がっていく。
切名や宗助という特殊な存在を覗き、存命している参加者たちは皆、彼と似通った人生を歩んだ経験があるので、口を阻む事もせずに耳を傾け続ける。
「どこまでも自分という存在を優先する。そんな男だからこそ、理不尽な死を迎え、こうして第二の生を手に入れることが出来た幸運をなによりも嬉しく思う。そして、だからこそ俺は自分という存在が終わってしまう事を……己が『生』を失うことが絶対に認めることが出来なくなった。このセカイで初めて抱いた誰かを愛おしいと、護りたいと願う感情を『死』という己が存在の消滅を以て失うことが何よりも恐ろしい」
だからこそ……、
「かつての俺は、何よりも大切だと考えていた己が命を奪われ、喪失した。だからこそ、俺は再び大切なものを失ってしまうことなど絶対に認める事が出来ない。俺自身、アリシア、シュテル、ヴィヴィオ……俺の大切なものを奪い去ろうとする者がいるのなら、魂魄すら残さずに粉砕してみせよう。俺たちを殺そうとする転生者がいるのなら、唯一人の例外もなく滅ぼしてみせよう。セカイが俺たちという存在を認めないというのなら、遍くすべてを滅ぼし、灰燼としてみせよう。新羅万象を破界する結果を引き起こしてしまうとしても、それでも俺は抗う事を、戦う事を諦めたりはしない」
だから――、
「どんな理由があれ、人殺しは人殺し以外の何者でもない。“一人殺せば殺人鬼で百人殺せば英雄”だと誰かが言った。だが、俺はそうは思わない。どんな理由があったとしても、命を奪うという行為に正義が在るはずも無く、尊い犠牲などという言葉で有耶無耶にして構わない事柄でもない。故に俺は、“
罪の抗い方は一つではない。
法の裁きを受け、残された人々からの憎悪と怨嗟の声を真摯に受け止める者。
己が未来を閉じる事によって贖罪とする者。
殺めてしまった人々の分まで必死に生きようとする者。
死者たる彼らの想いを受け継ぎ、その願いを叶えることを己が新しい願いとする者。
理念、法、感情……人の数だけ罪を贖う手段は存在する。
無論、他者の命を奪う事に何ら罪悪感を感じぬ人格破綻者も存在することは事実だ。
しかし、ダークネスは己が奪った命を忘れ去ることを是非としなかった。
命の重みを誰よりも理解しているからこそ、他者のソレであったとしても決して蔑ろにして良いとは思えなかったから。
「連中は《神》となるための礎となった……そうは言いたくない。だがな、後悔だけは絶対にしてやらない。それだけは、何があっても俺がしてはならない行為だからな」
「じゃあ、君は手に掛けた人々の想いも背負って生きていくと……そう言いたいのかい?」
「“Ⅸ”、俺がそんな殊勝な台詞を吐くわけないだろうが。俺は、己が手に掛けた連中の想い、願い、怒り、憎悪、悲しみ、遺恨……その総てを受け止め、心に刻み――その上で、立ち止まらずに
遍く感情を受け継ぐでもなく、背負い込むでもなく、蔑にするでもない。
ありのままを受け止め、理解し、その上で己自身の活力へと変換する。
ダークネスという存在がある限り、彼の手にかかった被害者たちがこのセカイから忘れ去られる事は無い。
《神》を生み出す生贄としてなど扱ってはやらない。
彼らは皆、ダークネスというどこまでも自分本位で身勝手な男の独善の被害者として、人々とセカイの記憶へと永遠に刻み付けられる。
それこそが、ダークネスなりの贖罪であり覚悟。
全てを敵に回したとしても、決して立ち止まらず、大切な者たちと共に未来を掴み取ってみせるという絶対不変の信念。
これが、これこそが、何があろうともうつろう事のない彼だけの『決断』。
「最初の質問に答えよう。俺は、誰かを手に掛けたとしても心がざわめくことは無い。けれど、それを無かったことにもしない。何故なら俺は、全てを理解した上でこの道を選択したのだから。――これが俺の答えだ」
光り差す道筋で無かろうと、己が下した『決断』は最後まで押し通す。
切名はダークネスの目に見覚えがあった。かつて、戦場で出会った事もある強い信念の持ち主。
正義や悪などといった意義の枠外に立つ、己が信念を貫く強さを持った存在を彷彿させる強さを、彼の目を通してひしひしと感じ取っていた。
「……あー、そうかい。ったく、マジでやりにくいったらねーわ。もし、平然と人殺しするような外道なら、ぶっ飛ばしてやろうって思ってたんだがなぁ」
頭をガシガシと掻き毟り、深々と溜息を零す。
この場にいるメンバーは、ダークネスが倒した
『
もしダークネスが、“Ⅲ”の命を奪った事を気にも留めていなかったのならば、この場で斬りかかっていたかもしれない。
けれど、切名に認める事は出来ないとはいえ、ダークネスなりに“Ⅲ”を倒した事を受けとめている事がわかった。
多分彼と切名の未来は、決して交わることは無いだろう。
だからこそ、もう少しだけ言葉を交わしてみたい、不思議とそう思えた。
「なら、次は俺からの質問だ。“ⅩⅠ”、お前の目的は“
「いや、マジでどうなってんの? なんで情報が筒抜けなワケ? ――ハッ!? まさか六課に盗聴器でも仕掛けていやがるのか!?」
「ふん、そんな面倒な方法などしないさ。それ以前に、お前たちの本拠地には
「八神教官の? え、マジっすか!?」
いきなり予想外の人物の名前が出て、切名は驚きを顕わにしながら振り向いた。
コウタは少しだけ頬を赤く染めながら、肯定の頷きを返す。
「気づかれていたんだ。僕唯一の“能力”――『
「ああ、それな。実は六課始動初日にシュテルが砲撃を叩き込んでいたりするのが理由だったりする」
「はい!?」
「着弾の際に発生した過剰魔力素の粉塵すら一瞬で消し去るんだってな? 中々に優秀な“能力”じゃないか」
「ちょ、シュテル!? そんなことしてたのっ!?」
「ええ、それが何か? それにしても本当に気づいていなかったようですね。まあ、あの結界には防音機能まで備わっていたようですので仕方がないのかもしれませんが。まったく、エースの名が泣きますよ『タカマチ ナノハ』」
「『なのは』で良いのに……じゃなくて! どうしてそんなことをしたの!? 一歩間違ったら大惨事だったんだよ!?」
「いえ、私なりの六課設立のお祝いのつもりだったのですが? お好きでしょう、ドカンと派手な砲撃」
「人を砲撃マニアみたいな言い方しないでくれるかなぁ!?」
『……え?』
「ちょっ、フェイトちゃん!? どうしてキリンが眠った瞬間と遭遇したかのように驚いているの!? はやてちゃん、その『いやいや、またまた~』的なリアクションはどういう意味なのかな!?」
「いや、だって……」
「なぁ……?」
「公認砲撃魔(笑)」
「う……うわぁああああああんっ!?」
女湯がすごく……にぎやかです。
シュテルさんの毒舌は、本日も絶好調のようだ。
「うわ~……何でそんな事に」
「お前の“能力”は庇護対象をあらゆる外敵から護り抜く『盾』、いや『城塞』と呼べるものなのだろう? それならこの結果も当然の事じゃないのか。『盾』を構えた騎士が攻撃を受ければその瞬間に襲撃を受けたことを認識できるだろう。何故なら、『盾』が攻撃を防げるのは一方向のみ。全方位を囲まれでもすれば、いかに強力な『盾』がだとしても防ぎようがないからな。それに対して、お前の“能力”は『城塞』だ。攻撃に対処するのは『城塞』を統べる
あらゆる物理・魔法攻撃を弾き、無効化する絶対防御能力。
それこそが『
術者が味方と判断した存在には何ら影響を齎さない反面、敵意ある者の侵入を一切遮断し、侵入を阻む。
十年前、地球の八神家を包むように展開されたこの“能力”によって、はやてたちを利用しようと企んでいたグレアムたちの接近・侵入を許さない鉄壁の防壁としてその力を示したこともある。
監視を務めていたリーゼ姉妹は、この“能力”によって『ここに居たくない』『今すぐこの場を離れたい』という嫌悪感にも似た感情を胸に抱かせ、監視網の交代を余儀なくされた。
結果、かなりの距離を開けての監視以上の行動をとることが出来ず、グレアムたちに焦燥感を感じさせ、
こと守りにおいては無類の威力を発揮するが、その反面、庇護対象を過保護にするあまりに敵の襲撃を内部の人々に気づかせなかったというミスを起こしてしまうような欠点も存在しているのだ。
「その辺りの微調整が
「ぐっ……!?」
複数個の同時展開が可能とは言え、その性能は基本的に同一。
術式として発展・改良を重ねられてきた封次結界とは異なり、人智を超えたチカラ……“能力”によるものなのだ。
誰かの手を借りて調整するなど不可能な故に、機能を改善しようものならコウタ一人でどうにかしなければならない。
実際、十年前に葉月のアドバイスを受けて『
だがその時は、着手から完成まで優に五年もの月日を費やす羽目になってしまったのだ。
それを思うと、決して容易い物ではない。
もしそれでもどうにかしようとするのならば――
「手ごろな参加者を倒して“因子《ジーン》”を奪えば、楽に強化もできるがな? ま、土台無理な話というものか」
「……っ!」
最初から出来るはずがないと分かっていながら口にしているのだから、つくづく彼は人が悪い。
「まあ、それは置いておくとしよう。で、どうなんだ“ⅩⅠ”」
「散々ひっかきまわしておいてそれかよ……。ま、まあ、確かに俺の目的は“
「ふむ……だが、『
「へっ、伊達や酔狂でコッチへ転移なんざしてねぇのさ。ちゃんと、結界破りの手段は用意済みよ!」
「ほぉ、それは実に興味深いな。だが、もし俺と貴様が対峙することになったとしたら、結界破りの手段とやらを使わせる前に倒させて貰うがな」
「くくっ、そいつは無理な相談って奴さ」
己の力に対する自信からくる言葉だったが、切名は視線を逸らせるでもなく、憤慨するでも無く、意味ありげに真っ直ぐ見返してきた。
こけおどしの類ではないと察したダークネスの双眸が、すうっ、と細められる。
「真なる参加者……『神成るモノ』、そしてさらにその上にある段階……新たなる神への進化を始めたモノ――『新生せし神の雛』とも呼べるレベルに達しているのが自分だけだと思うなよ?」
「その口ぶり……なるほど。形相な目的を掲げるだけの事はあるということか」
つまり、切名もダークネスと同じく『神成るモノ』よりも上の段階へと進化できるという事だ。
神の末席に名を馳せる『救世騎』と成っているのだから、そのくらいの力を隠し持っていたとしても不思議ではない。
だが……、
「“ⅩⅠ”、お前は俺たちのように赤子としてこのセカイに生れ落ちたのでは無いと言っていたな? つまりお前は生前の姿でこちらへやってきた……言わば、転生者ではなく
「は? それがどうかしたのか?」
「……お前、もしや“
「へ? いや、う~ん……確か、そうだったかもしれんけど……。それがどーしたってんだよ?」
「なるほど、それでか。なぜわざわざチカラを封印しているのかずっと気になっていたんだが……ようやく合点が言った。やはり、今のお前は俺の敵に成りえない」
「な――!?」
挑発的な、しかし確信を以て告げられた言葉に、切名は口元を引きつらせる。
切名の実力を聞かされていたコウタや宗助、仲間として共に戦場を掛けるカエデたちも、何故そんなことが言いきれるのかと訝しむ様な表情を浮かべている。
「ま、知られたところで大した問題ではないから教えておいてやる。花梨、これはガキどもだけではなくお前にも該当することだからしっかりと耳を澄ましておくんだな」
「っ! 余計なお世話っ!」
壁の向こう側に石鹸を投げつけられたような音が響き、何やら宥めるような会話が聴こえてくる。
それを意に反さず、湯ぶねの淵に肘をつきながらつらつらと説明を始めた。
「俺たちの魂に融合している“特典”や“能力”の源とも呼べる“
「それは……」
「言われてみればそうだね……。そもそも、前世の僕はよくあるトラックに撥ねられたりしてないし。いきなり拉致されて転生だったから」
「まあ、死に直面した際に見定められた奴もいるのも事実だが、それをふまえても違和感を感じずんはいられなかった。そしてこう考えた。“
この理論にダークネスが至った裏側には、『無印』編の最終決戦における
そして、『A’s』編における、花梨の限定的な『神成るモノ』への進化があった。
まず前者。
彼らが最後に激突した際、両者ともに魂を高ぶらせることで“
それにより、人を超えた『神成るモノ』として覚醒する資格を十分に得ていたし、あの攻防の際、確かに『
後者は、『
しかし……、どれも完全に人を超えた存在たる『神成るモノ』として、完全に覚醒出来た訳ではなかった。
限りなく近い存在のレベルにまで達していながら、最後の境界線を乗り越える事が出来ていなかったのだ。
最初は、精神的な未熟さや人を超える覚悟が無いのだと考えていた。
だが、いくつもの理論を組み上げ、分析を続けた結果、それ以外にも確たる理由が存在していることに気づいたのだ。
それこそが、『“
完全な『神成るモノ』として覚醒出来ているのがダークネスやルビー、
幼い頃の花梨たちの大半が“能力”が未覚醒、不完全状態であり、《神》を生み出す戦いを勝ち進むだけの力量が十分とは言えなかったこと。
さらに、“
切名の言葉を真とするのなら、彼から感じる気配がダークネスと同じように、人ならざる存在のものでなければおかしい。
一度でも人間を超えてしまった者は、人ならざる気配というものを纏うようになる。
これは肉体のみならず、魂までもが変異しているから起こる現象で、“真名”の封印程度では到底誤魔化しがきかないものだ。
だが現実として、切名は『神成るモノ』として未覚醒の状態のソレ。
ならばその理由は?
「“
「だっ、だが俺は英霊に並び立つまでに至っていたんだぞ!? 若返ったとはいえ、昔の肉体そのままでコッチに来てんだから、そんな事があるわけ――」
「英霊と『神成るモノ』は全くの別物という事なのだろうな。そもそも、元からお前が“
「じゃ、じゃあ、女神が俺の“真名”を封印したのは……」
「送り込んで早々に自壊しないようにって言う心配りじゃないのか?」
実際は、“真名”を解放すれば切名は『神成るモノ』として、更にその上の段階に属する存在としてのチカラを行使する事は出来る。
だが、肉体の変異が不十分であるために、引き出したチカラ相応のキックバックが肉体に課せられる可能性は否めない。
今の切名がどの程度のチカラを引き出すことができるのか……それは、実際に試してみなければ分からないのが現状なのだ。
「――さて、討論はこの辺で切り上げるとしよう。今はまだ、お前たちを警戒しなければならないほどの脅威は無いということがわかっただけでも、十分な収穫だ。……ま、守護獣が懇意にしているシスターとやらも気になるところだが、流石にこれ以上弄るのもどうかと思うしな。ボーイズトークも悪くは無いが、この施設の目玉らしい露天風呂にも浸かりたいんで、向かわせて貰う」
普段の疲れを癒す浴場でこれ以上の討論会を続ける気が失せたらしく、ダークネスは強引にこの場を解散させようとしてきた。
一瞬だけ壁の向こう側へと視線をやると、徐に湯ぶねから上がり露天風呂の立札が掛けられた扉の方へと歩いていく。
「あ、そう言えばボクも王さまと約束してたんだっけ! 待ってよ、だーく。ボクも外のお風呂に入るから」
「その言い方はどうなんだ? いや、まあいいんだが……意外と大胆だなお前」
便乗する様に湯ぶねを飛び出したレヴィが、ぺたぺた足音を立てながらダークの後を追う。
露天風呂へお通じる扉は共通の一つしかないが、その先にいくつも枝分かれた流路がこさえられていて、個人用の小さなものから、ゆったりとした広さを堪能できるサイズのものまで多数備え付けられている。それぞれの風呂には番号が割り振られているおかげで、人と待ち合わせる事も可能なのだ。
もっとも、『混浴』の注意書きの通り基本的に恋人や夫婦、あるいは家族くらいしか利用しようとする勇気のある強者が居ないのが難点だが。
それはともかく、堂々と混浴宣言をかましてくださったレヴィにダークさん呆れ顔。
女湯の方から、はやてのハイテンションな叫びとディアーチェの解読不可能な奇声が聞こえてくるのは、とびっきりのネタをきっかけとしたキャッツファイトが繰り広げられているからだろう。
果たして、レヴィが無傷で風呂を上がることができるのか非常に心配なところだ。
話についていけず、耳から煙を出していたカエデが、レヴィの発言で意識を取り戻す。
「え、露天風呂? ――っしゃあ! たゆんたゆんなおっぱいとぷりんぷりんなお尻が俺を待っているぜヒャッハー!!」
「俺は……どうすりゃいいんだ……って、あっ!? 待てやコラ! なんてことほざいていやがるか、このヤロ――!」
「う~ん、せっかくだから僕たちも行こうか? 子供用の方なら多分空いてるだろうし」
「ん、了解っす。ザフィーラさんはどうするんで?」
「我はここに残ろう。じっくりと楽しんでくると良い」
こうしてザフィーラを残し、男連中は露天風呂へと向かう事となったのだった。
・切名の場合
「セナ」
「おー、ティア。いらっしゃー……い」
「あによ」
「い、いや、別に」
「……そ」
なのはの教導で身に着けた運動能力をここぞとばかりに発揮して逃げ遂せたカエデを気にしつつ、あらかじめ約束していた露天風呂でスタンバっていた切名に遅れること数分。
タオルで身体を隠し、リボンを解いて髪を下ろしているティアナが姿を現した。
見慣れたツインテールとは違っているせいか、なんだか大人っぽく見える。
心臓の鼓動が少しずつ早まっていくのを、切名は自覚する。
「ふぅ……星空が見えるってのも結構良いものね。これがツナの故郷なんだ……」
「だろ? 正確には違うってことになるんだろうけど……でも、『地球』なのは間違いないってね」
「そっか……」
湯ぶねに腰を下ろし、お互いの肩がくっつくほどの距離で心地良いお湯を堪能する。
六課の隊舎には基本的にシャワーしかないので、こういった骨の髄までじんわりと染み渡る様な湯ぶねは早々味わう事が出来ない。
だからと言う訳ではないが、このえも言えぬ温もりに身を委ねたい。
「ねぇ……セナ」
「どしたー?」
「……えっち、したいの?」
「んがっ!?」
突然の不意打ちに思わず仰け反り&縁の石で後頭部を強打した切名君悶絶。
ついでに、普段の彼女ならばまず言わない台詞を口にしてくださったので、彼の紳士が反応しつつある。実に危険な兆候だ。
いろんな意味で悶える切名の肩に頭を乗せながら、上目使いでティアナが見上げてくる。
湯気と濁ったお湯のお蔭で大部分は遮られているとは言え、水面から見え隠れする胸元の谷間とか、ほんのりとピンク色な鎖骨とか、潤んだ瞳とか……とにかく直視するには色々とヤバい。
切名も年頃の少年なのだ。そう言う衝動は人並みにあるし、六課に配属されてからはずっとティアナと別の部屋での生活が続いている。
定期的な休暇も自己鍛錬に費やしてしまっているので、まともな休暇は今回が初めて。
つまり、彼女とは恋人関係でありながら、デートどころかキスすら久しくしていないような状態なのだ。
無論、今が管理局員としても参加者としても重要な時期である事は十分に承知している。
しかし、生理現象というものは理性ではなく本能によって司られるもの。
どう取り繕っても、腰に巻いたタオルがぴくぴく震えている様子が切名の答えを言外に告げてる。
「はぁ……男って奴は、ホントにもう……」
「う、す、すまん。てかいきなり妙なこと言い出すティアも悪いと思うぞ! 何でいきなりあんな――」
「だ、だって、しょうがないじゃない! アンタたちの声が大きすぎるのがいけないのよっ! お蔭で私がアンタと、その……つ、付き合ってるって知られちゃったじゃない! アリシアさんとかシュテルさんとかディアーチェさんとかがものすごくイイ笑顔で詰め寄って来たのよ!? おまけに、えと、ぁぅ……よ、夜の、その……え、えっちする時のアドバイス的なものまで……」
講師はアリシア、シュテル、ディアーチェ、ついでにヴィータとすずか、アリサ。
生徒役はティアナを(強制的な)筆頭に、ちみっこ~ズを覗く全員。
実体験を元に実に生々しくもエロティックなガールズトークが開催されていたようだ。
無論こちらは防音結界を展開の上で、だが。
「え、えっとお……」
「どうなの? ハッキリしなさい」
「……ごめんなさい。したいです。だって男の子ですからっ!」
「バカ言ってんじゃないわよっ! ――ホント、バカなんだから……っ」
「……っ」
徐にティアナの腕が切名の首へと回される。そのまま引き寄せるように唇を近づけ――
「――ン」
数か月ぶりになる、恋人同士の甘いキスが交わされた。
・宗助の場合
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……お見合い~?」
『むしろ修羅場ではないか?』
「「「「「いや、違いますからっ!?」」」」」
こちらは子供用露天風呂。
入浴者は六名+一匹。内、平然としているのはヴィヴィオと彼女の頭の上に乗っかったフリードのみ。
エリオとキャロは、ついこのあいだに戦った事もあってどうにも居心地が悪そう。
背中合わせにお湯につかりながら、時々チラチラと相手の様子を窺っている。
宗助、リヒト、ルーテシアは三人仲良く横並び。真ん中の宗助の両脇に少女二人が陣取る形。
男湯え繰り広げられた話の大部分は理解できなかったようだが、恋人云々の部分は理解できてしまったらしく、ただのクラスメートだった筈のお互いを微妙に意識してしまったらしい。
――どうしてこうなった……。
宗助はちらりと視線を右手の方へ。
「……ぁぅ~」
そこには、恥ずかしそうにモジモジしているリヒトのお姿。
つつましやかでありながら、ちょっぴり成長を始めているお胸の膨らみとか、髪を纏めたお蔭で顕わになっているうなじとか……ぶっちゃけ目のやり場所に困ります。汗に濡れた頬に張り付いたひと房の髪、ほうっ……と熱い吐息を零す濡れた唇。
“可愛い”よりも“綺麗だ”と思わせる色気がそこにはあった。
かと言って逆方向へと視線を動かしてみると。
「……あにさ」
「いや……別に」
宗助の視線に気づいたルーテシアからジロリと睨み付けられてしまう。でも、普段のようなからかう余裕みたいなものは感じられず、寧ろ虚勢を張っているようにしか見えない。実際、お湯の中で伸ばされている年相応にすらりとした四肢、リヒトと同じように髪を纏められているお蔭で普段より大人っぽく見える横顔。ほんのり桜色に上気した肌からは、温泉の香りとはまた異なった甘いミルクのような“女の子”の匂いを感じるような気がして、気を緩めたら抱き寄せてしまいそうな……何とも危険な予感を感じずにはいられない。
――宗助くんって……
――意外と……鍛えてるのね……
もっともそれは少女たちにも同様のことが言える。
いつ結界に囚われ、戦いを強制させられるのかわからない以上、一人でも戦えるように鍛え上げられた身体は、同年代の少年に比べてがっしりとしている。口調こそぶっきらぼうなくせに、暴力に訴える様な真似はまず見ない宗助も、しっかり“男の子”なんだなぁ……と再認識。
同時に、胸の奥がぼうっと熱くなったというか、ドキドキ心臓がうるさくなってきたような気がする。
それでもって、頬も赤くなってきたような……不思議な感じ。
「「「……」」」
結果、胸のもやもやをどうすればいいのかさっぱりわからなくて、口を紡いでしまうのだった。
「みんな黙っちゃって変なのー。なんかつまんないから、ダークパパたちのトコに行こっと♪」
そう言い残してヴィヴィオが扉の向こうへ消えていった後も、微笑ましくももどかしい光景が継続されるのだった。
・ダークネスの場合
「良い景色だな……」
「なんだよ~~」
「ほぅ……これはこれで風情が合って良いものですね」
混浴の露天風呂に身を沈め、肩を寄せ合ったダークネス、アリシア、シュテルの三人は、こぞって満足そうな笑みを浮かべていた。
ヴィヴィオがお子様風呂に出向いてしまったので家族団欒とはいかなかったが、身を守る程度の力は教え込んだので心配はしていない。
念のための保険もかけているのだ、問題は無いだろう。
今はゆっくりと、温泉が齎してくれる心地良い安堵感に身を委ねていたい。
カラカラカラ……。
――ん? 今の音……通路に備え付けられた扉が開いた音か?
湯ぶねに沈みかけていた身体を起こして、音が聞こえた湯気の向こうへと視線を向ける。
両脇の二人が「何事?」 と首を傾げているので幻聴だったのかもしれないが――……
と思っていた瞬間、扉の上に備え付けられた耐水性の蛍光灯の灯りがちょうど逆光の形になって、そこにいる人影のボディラインを顕わにしてしまった。
それと同時に、空気を読んだのか知らないが、いたずらな風が吹いて、視界を真っ白に包み込んでいた湯気が少しだけ薄まった。
「は?」
「「へ?」」
「「「……え?」」」
ピチョーン、と雫が落ちる音がやけに大きく響く。
ダークネスが目を向けた先にいたのは、長い髪を肌に張り付かせて、タオルと髪で大切な所が微妙に隠されて見えそうで見えないという、なんとも艶めかしい艶姿の美女たち……花梨、なのは、フェイトだった。
微妙な差異こそあれど、誰もが目の前の光景が理解できず、呆然としたまま固まることしか出来ないでいた。
小さなタオルで身体を隠しているとはいえ、圧倒的に面積が足りないそれで完全に隠すことなど出来なるはずも無く、髪の隙間やタオルの端から淡い桃色に色づいたナニカが見えてしまいそうで――
「ダークパパ~♪ アリシアママ~♪ シュテルママ~♪ ヴィヴィオもこっち来る~~……はにゃ? お姉さんたちも一緒にお風呂入るんですか?」
無邪気なお子様の声で、一同は再起動を果たし、
「「「っきゃぁあああああああああああっ!!」」」
身体を抱き締めながらしゃがみ込む乙女たちの絶叫と、
「「っ、見ちゃダメ(です)ッ!!」」
魔力強化された指で、自分たち以外の女性の肌をがん視していた浮気者(違)の頬を妻&嫁が全力で抓る音と、
「
理不尽なお仕置きをくらってしまった被害者の悲鳴と、
「はにゃにゃ~~?」
意味が解らず、コテン、と首を傾げる少女の声が重なり合うのだった。
・レヴィの場合
「っぅ、はぁっ、んふっ……」
「ッぷは……んっ、ちゅうっ……」
「んんっ、うっ、っぷはぁっ! ちょっ、ば、バカ、もの、ぉ……キス、ばっかり、するでな、い……」
「いいじゃん、王様。ボク、すっごく王様とキスしたい気分なんだっ♪」
「ばっ、バカ――ふむっ!? あふっ、や、やめっ……こ、こがら、す……共に、聴こえ、ちゃ……っ!」
「――い ~んじゃない? だってぇ……『ディア』ってば、こんなに可愛いんだから、さっ」
「っ!? ぅ、うう~~っ! ば、ばかばかっ! こんな時に名前で呼ぶ奴がおるかっ!」
「えへへ~~」
「――ッ!! ば、ばか、ぁ……」
「大好きだよ……」
「……うん」
細く、しなやかな四肢を惜しげも無く晒すディアーチェを抱きしめながら、レヴィの唇が吸い寄せられるように近づいていく。
口では拒絶していながら、ゆっくりと瞳を閉じたディアーチェもまた、愛しい人の想いを受け止めようと顎を上げる。
そして……月明かりを遮る白い湯煙に包まれながら生まれたままの二人の唇が、再び重なりあった――――。
最後にエロを入れるのはお約束なのです!
てか、ダークさんのリア充っぷりがハンパないですな。
妻、嫁、娘がいて、愛人(?) 疑惑のライバルとその妹に姪(?) までとは。
しかも身内以外の全員が、(戦闘的な意味で)キズモノにされちゃった経歴アリ。
これは……責任を取らないといけないかもしれませんねっ!? (爆)。
次回はいちゃラブシーンとロストロギア確保、になるのかな?
少し戦闘シーンも入れる予定。
――ところで、アルフの姐さん&ザッフィーの兄貴のお相手は誰なんでしょ~ね~?
※オマケ
・男衆の戦闘能力順位表(笑)
ランクは、各々の戦闘力と知名度により数値を算出。
1.怪獣王 :言わずと知れたキングオブモンスター
2.千年竜王 :善玉化したVer.の宇宙超怪獣。実力は怪獣王と同格
3.某国の巨猿 :某大国出身のお猿さん。知名度補正がずば抜けているのでこの位置
4.戦闘型守護獣 :バトルモスラと呼ばれる黒い大蛾。『矛』である星の守護神
5.邪竜の系譜に連なる戦闘者:ギドラ族の親戚、改造体とも呼ばれる宇宙サイボーグ
6.戦闘型守護獣 :尖がったアルマジロ。ファイナルなのにボールにされちゃいました
7.大地の護国聖獣 :「怖いけどちょっとかわいい♪」と女性に人気者な赤いやつ
8.王の源竜 :将来性抜群。この子と核兵器がユニゾンすると怪獣王が誕生します
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これは銭湯ですか? いいえ、修羅場です
ちょっと短いですけど、混浴シーンの続きをば。
ロストロギア回収はちょっとネタを仕込みたいので、次回に持ち越しとさせていただきます。
「折角露天風呂があるんだから、ちょっと浸かっていこうよ」
アリシアたちが女湯を後にしてしばらくの時が過ぎた時、そう切り出したのはなのはだった。
もちろん、異性が利用しているところへ突貫を仕掛けられるほど羞恥心を失ってはいなかったので、入念に他の利用客がいないか確認した上で、だ。
だがしかし、彼女たちにとって予想外かつ運の悪いことに、風呂へと通じる扉を開けてみると……
ひとつ目の扉をOPEN!
――カウンター罠『そっくりさんのラヴシーン♡』 発動!
男の娘とヘタレな王様が『ちゅっちゅ』どころか『ぬっちゅぬっちゅ』的な行為の真っただ中な光景が視界一杯に広がった!
純情乙女~ズは、顔が真っ赤に染まった!
鼻孔から溢れ出す真っ赤な想いを堪えつつ、どうにか気を取り直してふたつ目の扉をOPEN !
――再び罠発動! 『若さってなんだ!? 二人だけの世界に溺れることサ♪』
個性的な部下たちによる、エロアニメもびっくりな『エロ~ス』な水中プロレスごっこが繰り広げられていた!
悦を感じさせる生々しい少女の声に、純情乙女~ズはもうタジタジだ!
あまりにもショッキングな光景を目の当たりにしてしまった彼女たちは、ぐるぐると渦を巻く瞳を揺らしながら逃げる様に三番目の扉を開き……そういう行為的な物が行われていないことを確認すると、ほぅ、と息を吐いて扉を潜ってしまう。
頭が茹っていたので、ちゃんと確認していなかったのだ。
もう少し冷静になっていれば、湯気の向こうから聞こえてくる複数人の声にも気づけていたというのに。
――で、現在。
無言で一つの湯船に浸かっているのは男女合わせて八人。
片や、ダークネスを中心に、彼の右側をキープしたシュテル、左側にアリシア。
ヴィヴィオは胡坐をかいたダークネスの膝の上にちょこんと腰を下ろしている。
向かい合うよう対面で湯船につかっているのは管理局勢だ。
花梨、なのは、フェイト、はやての順に肩を並べ、タオルで身体を隠しながら身を縮こませている。
なぜ未だに彼女たちがここに居るのかと言えば、悲鳴を上げながら逃げ出そうとしたところにヴィヴィオからお願いされてしまったからだ。
「あの、お姉さん。ヴィヴィオとお話してくれませんか?」
彼女の事で聴きたい事もあったが、何よりも幼い少女のお願いを反故にする訳にもいかず、仕方なく残る羽目に。
この場唯一の男の処遇は家族であるアリシアとシュテルが、がっしと捕縛しておくことで一様の合意を果たしていた。
「……えっと、さ。いちおー聞いときたいんだけど」
何とも気まずい沈黙を破ったのは身体にタオルを巻き付けた花梨だった。
バスタオルほどの大きさが無い白い布地で大切なところをどうにか隠しながら、ダークネスの膝の上で楽しげに笑っている少女へと視線を向ける。
「何でアンタたちがヴィヴィオちゃんを保護してんの?」
「おや、ちゃんと説明は済ませていた筈ですが?」
「そう言う意味じゃないのよ。ダーク、アンタなら解っているでしょう? その娘の中にある可能性……災厄の火種となりうる資質を」
「“聖王の器”、……か?」
「なんやて!?」
“聖王の器”
その単語に、真っ先に反応したのは聖王教会とも繋がりがある古代ベルカ魔法の使い手たるはやてだった。
ダークネスの言葉通り、ヴィヴィオという少女の正体は、古代のベルカ戦乱時代において最強と称された英傑……現在では神格化されるまでに至った偉大なる王の一人“聖王”のクローン体だ。
聖王教会大聖堂にて厳重に保管されている聖骸布より採取されたDNAデータを基に、『とある古代兵器』を起動させるための鍵として人造魔導師研究所で生み出された存在。史実においては、高町 なのはに保護、六課預かりとなった非戦闘員でありながら、ミッドチルダを恐怖に陥れるほどの兵器のコアとして利用されてしまう。
悲しき運命を打ち破らんと行動していた花梨たちは、彼女が史実において登場する時期以前に保護することができないかと秘密裏に調査を行っていた。
しかし、彼女が生み出された研究所の居場所が“知識”に含まれていない事もあって調査は難航していた。
表立った大規模な調査を行ってしまえば、最悪の場合ルビーに感づかれてしまう危険性があったために、調査が芳しくなかったのだ。
だというのに、この男は棚ボタ的なイベントによってキーマンである彼女を手中に納めたのだという。
偶然にしては出来過ぎているとしか言いようがない。
しかも――
「この時期だと、彼女の身体は未調整段階だったはずでしょ。こんなに元気いっぱいなのは信じられないんだけど?」
「むっ! その言い方はしつれーなんだよ! 私が誰か言ってみてほしいんだよ!」
「誰って……あなたは天然魔女なアリシア・テスタロッサじゃないの?」
「ちょっと引っ掛かるものがあった気がしないでもないけど……まあ、その通りなんだよ! 私は大魔導師プレシア・テスタロッサの娘、アリシア! 魔導師としての才能だけじゃなく、次元世界にその名を轟かせる魔女の叡智すら受け継いだ存在なんだよ!」
「魔女の、叡智? ――っ!? それじゃあ、あなたは!?」
「ふふん、気づいたようだね? そう、私の頭の中にはお母さんから受け継いだ莫大な知識……『魔女の竈』とも呼ぶべき叡智が宿っているんだよ! 元々、今の人造魔導師研究はお母さんのお蔭で形になったと言っても過言じゃないんんだよ。それほどの知識を受け継いだ私にとって、未調整な人造魔導師の女の子を再調整する事なんて、おちゃのこさいさいなんだよ!」
「嘘でしょ!? で、でも、研究施設は!? いくら知識があったとしても、実行できる機材が無いと宝の持ち腐れじゃない!?」
「あ、その辺は抜かりありませんからご心配なく。こんな事もあろうかと、各地にアジトを兼ねた秘密の研究所を用意していますから」
「ちょっ、そんなの用意する資金、どうやって手に入れたのかな!? ま、まさか……」
「タカマチ ナノハ、その心配は見当違いというものですよ? 何故なら、私たちのアジトは元々違法研究がおこなわれていた非合法の施設を奪い取った物なのですから。管理局が犯罪と定めた研究を自ら望んで行っていた悪党を減らしたのです、喜んでいただいて構わないのですよ?」
得意気に鼻を鳴らすシュテルの呟きに、なのはは眩暈を覚えた。
彼らの性格を鑑みると、まず間違いなく武力で制圧したに違いない。
悪人だから命を奪っても構わないなどという考えをごく当たり前の様に持っているらしい彼らの態度を認めることなど、なのはたちには出来なかった。
「喜べるわけないでしょう!? 貴方、自分が何を言っているのか分かっているの!? 人の命はね……軽々しく奪っていい物じゃあ無いんだよ!?」
罪を犯した者には、未来を奪うのではなく償いをさせる。それが管理局の掲げる基本方針だ。
いくら犯罪行為に手を染めていたとしても、命を奪うという行為は決して褒められるものではない。
特に、ダークネスたちは自らの私利私欲――アジトになる研究設備の入手――のために、彼らの命を理不尽に奪っているのだ。
結局のところ、犯罪者同士の潰し合いでしかない。
取り締まる犯罪者が減った……などと諸手を上げて歓迎できる要素など、最初からありはしないのだ。
「はぁ……そう言えば、あなた方管理局の方針は”犯罪者は捕えて、取り込んで、利用して、使い潰す”んでしたっけね。万年人材不足の正義の味方さんにとって、貴重な戦力となりうる彼らを失うのは得策ではない、と」
「……確かに、人格や魔法資質によっては保護観察制度を利用して罪を軽減しとるのは事実や。余所から見れば、どんなふうに思われ取るのかも理解しとる。――けどな、私らは魔導師っちゅう『戦力』を欲しとるんやない。罪を償い、もう一度やり直そうっちゅう人たちの『未来』を求めとるんや! 誤解すんやないわ!」
怒りに燃えるはやての鋭い眼光が、シュテルを射抜く。
自らも”闇の書”の主という過去を背負いながら、光に照らされた道を歩いていく選択をした少女の強い意志に感じいる物があったのだろう、シュテルの表情が徐々に変化していく。
どこか相手を小馬鹿にしたようなものではなく、厄介な敵だと認識したかのような表情だった。
「抑えろシュテル。折角の温泉を血の色にするつもりか?」
「――っ! わ、分かりました」
不服そうではあったものの、ダークネスの言葉に思うものがあったらしく、実にあっさりと引き下がる。
肩透かしを食らったようなはやてに、彼から意地の悪そうな視線が向けられた。
激昂のあまり、つい
「見えるぞ」
「はっ!?」
ダークネスの視線が顔のやや下あたりに向けられていることに気づき、慌てて水しぶきを撒き散らしながらしゃがみ込んだ。
「……見たんか?」
「見せたんだろう?」
「人を痴女みたいな言い方すんなや!」
「安心しろ。まだ可能性はあるから」
「それ、どういう意味や!?」
「言って欲しいのか? ヴィヴィオを除けば、この場で最下位な八神 はやて部隊長殿?」
ニヤニヤといじめっ子オーラを全開にしたダークネスに、上から下まで万遍なく視姦されてしまったはやて嬢の堪忍袋の緒が危険な音を立てながら引き千切られていく。口元まで湯船に沈んだはやての身体が、ぷるぷると震え始める。
そして、程なくして臨界点を突破してしまう。要するに熱暴走だった。
「やったら……!」
勢いよく湯ぶねから飛び出し――
「アンタの両脇を固めるボイン共のスタイルの良さについて、詳しく説明せいや! 同情するなら、乳をくれ!」
「は、はやてちゃん落ち着いて!? それは流石にどうかと思うよ!? 主に、女の子のプライド的な意味でっ!」
「そうだよ!」
「あー、もう暴れんなっ!」
「うっさいわ! 何やねん、あのお湯に浮かぶ『ぽよぽよ』はっ!? 何食ったらあんだけ育つねん! つか、明らかになのはちゃんやフェイトちゃんよか上とちゃうの!?」
はやてがズビシッ! と指し示す柔らかな膨らみは、確かに同じ顔のなのはやフェイトに比べて、それぞれ一回りほど大きいように見える。
ついつい、自分の胸元に手を当ててしまうなのは&フェイト。
何気に妹よりも発育豊かな花梨だけは、巻き込まれないようにと距離を取っている。
「何でって言われてもねぇ……」
「ですよねぇ……」
「「やっぱり揉まれているからじゃない?」」
ある意味予想通りの答えが返ってきた。
乙女の視線は、自然と原因(元凶?) である青年の元へと向けられる。
「……なんだよ?」
「――スケベ」
「――鬼畜」
「――エロスの権化」
「やかましい」
理不尽――とも言えない罵倒に言い返しながら、ダークネスの顔が横にそれる。
反射的に視線を追ってしまったなのはたちの視界に、音も立てずに逃げ出そうとしている花梨の後姿が映る。
――足音を立てないように四つん這いになっているせいか、美しい曲線を描く桃のような尻肉がふりふりと揺れていた。
「「……むか」」
――ゴキュッ!
「っだ!?」
「えっ!?」
目を奪われていたダークネスの頭部を、頬を膨らませたアリシアとシュテルがロック。
顎のあたりをアリシアが、額辺りをシュテルの腕が固めると、勢いよく逆方向へと捻る。
すると、まるで雑巾が絞られるかのごとき拷問に、かつてない激痛が浮気者を襲う。
予想外すぎる事態に逃げる事も出来ず、ぎりぎりと締め上げられる痛みに耐え続けるしか出来ないダークネス。
一方の花梨はと言えば、湯ぶねから出たせいで顕わになってしまった裸体を慌てて隠そうとするものの、素早い動きで近づいてきた妹たちによって捕獲されてしまう。
両脇をなのはとフェイトに固められると、間髪入れずに、指先をわきわきとさせたはやての魔手が襲いかかる。
――ふにょん♪
「ふあっ!? ちょ、バカ、やめなさいよぉ!」
「こっ、これはっ!?」
戦慄を露わにしたはやては躊躇することも無く、花梨の乳房をぐにぐにと揉みしだいていく。
普段からスキンシップと称して六課の隊長・副隊長陣にセクハラをかましている彼女ですら、思わず虜になってしまうほどの感触であった。
大きさはフェイトに迫るものがあり、それでいて瑞々しい張りとマシュマロみたいな柔らかさを共存させている。
これは、はやてが日課としているバストアップ体操なんかチャチなシロモノでは、到底実現不可能な至宝レベル。
オマケに、彼女の指先が乳房へ沈みこむたびに零れ落ちる熱い吐息。
明らかに第三者の介入を受けた形跡が見て取れると、若くして部隊長を務める才女の頭脳が結論付けた。
そしてこの場には……第三者となりうる可能性を秘めた男が存在している!
花梨を拘束した状態のまま、一同の視線がお仕置きを受けているダークネスへと注がれる。
「ダークさん、ちょ~っとばっかし訊きたいんやけど。アンタ……いつから花梨ちゃんのこと名前で呼ぶようになったん?」
ダークネスは近しい相手しか自発的に名前で呼ぶことはない。
これは彼女たちの共通認識だ。
アリシアやシュテル、ヴィヴィオを除くと、参加者はNo.で、その他の者はフルネームで呼んでいる。
ルビーだけはシュテルたちを救うための交換条件として名前で呼んでいるものの、それは数少ない例外だと言ってもいい。
だというのに、彼は会話の中で花梨のことを名前で呼んでいた。
以前に名前で呼ぶことを拒否した挙句、一緒にいたなのはたちがフルネーム呼びだったにも関わらずに、だ。
これは、何かあったと言っているようなものだ。
事実、アリシアたちが不機嫌そうにダークネスと花梨を交互に見やっているし、当人たちもどことなく気まずげに顔を反らしていたりする。
「説明する必要性を感じないな」
「ううん、そんな事は無いでしょ? だって……私はお姉ちゃんの家族なんだから」
「ちょっ、何言ってんのなのはっ!? 家族だからって言っていい事と悪いことがあるでしょうがっ!」
「ほほ~う? つまり、花梨ちゃんはダークさんと家族に言えないような事をしくさった、と?」
「あっ!? ~~っ!?」
今更失言に気づいてももう遅い。
混乱に思考を叩き落されてしまった花梨があわあわしている内に、矛先はこちらも逃げられないように拘束されたダークネスへと向けられる。
どうやら、今まで有耶無耶にしてきた真実を説明しなければ逃がしてはくれなさそうだ。
両脇から突き刺さる物言いたげな視線に疲れたような溜息を吐くと、意を決して口を開く。
「ああ、その、なんだ……俺が名前を呼ぶ相手というのは、実力を認めた云々ではなくて心を許した者ということだ。もちろん、俺と花梨が敵対関係にあるのは揺るぎ様も無い事実なんだが……まあ、つまりはアレだ」
ふうっ、とひと息ついてから、
「一度だけとは言え男女の関係になった相手を無下に出来るほど器用じゃないんだよ、俺は」
とんでもない爆弾発言をかましてくださいました。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「はにゃ? えっとお……どーゆー意味?」
首を傾げる少女の穢れ無き視線を向けられた花梨嬢の思考が真っ赤に茹で上がる。
「――っ!? ば、ばかぁあああっ!? ナンテコト言っちゃってくれてんのよ、アンタはぁ!?」
「仕方ないだろ……事実なんだから」
「そう言う問題じゃないでしょ!? なんで平然としているの!」
「まあ、うすうす感づかれていたみたいだしな……。それに聞いておきたい事もあったからちょうどいいかな、と」
「どこがっ!? 大体、アンタは――」
「お、おおお姉ちゃんっ!」
ぐわしっ! と両肩を掴まれてしまった花梨嬢。
彼女の目の前には、驚愕と混乱で思考を激しく揺さぶられている妹のお姿が。
その後ろには、好奇心をありありと宿す瞳を向けてくるはやてと、ふくれっ面のフェイトが控えていた。
約一名の反応が気になりつつも、それを問いただす余裕は花梨に存在しなかった。
「どういう事!? 聞いてないよ!
「なってないわよ!? 誤解も大概にしなさい!」
「何が誤解なの!? お話聞かせて! 大丈夫、ちゃんと訊くから! 一語一句間違えることなく、お父さんたちに伝えてあげるから!」
「お願いだからそれだけはヤメテっ!?」
家族会議と銘打たれた取り締まりの光景を思い出し、花梨の背筋に冷たい物が流れ落ちる。
湯ぶねの中でも、この浮気者! と妻と嫁から抓られている彼氏(?) のお姿があったりしていた。
「ほーら、ダークちゃん? キリキリ吐けばいいんだよ!」
「大丈夫ですよ、優しくしてあげますから。――
「や、頼むから良い訳ぐらいさせてもらえないか? あれにはちゃんとした理由があるんだ」
「どんな理由があったとしても、彼女をどうとも思っていなければ態度を変える様な真似はされないですよ。それが私たちの知る
「でも、実際は花梨ちゃんを名前で呼んてるでしょー? それはつまりぃ……ダークちゃんが花梨ちゃんを憎からず想っている事に他ならないんだよ! やましい気持ちが無かったら、私たちに隠しておく必要もないしね!」
「ぐ……!」
実のところ、ダークネス自身にもあの夜の出来事は消化しきれない記憶として彼の心に刻み込まれている。
何があったかと言えば、単にタイミングが悪かったというべきなのだが……これだけは言っておくと、決してダークネスが彼女の色気に欲情したとか、花梨が情欲を持て余したから――なんて理由などではない。
事が起こったのは花梨の居城たる翠屋 ミッド支店がオープンした日に遡る。
あの日、なのはたちを呼んで夜遅くまで開店パーティーが繰り広げられていた。
翌日が平日であったので、仕事があるからと後片付けを一人で請け負った花梨が皆が帰宅して静寂に包まれた翠屋の奥で洗い物をしていた時の事。
まさかの来店をかましたのが、他の誰でも無いダークネスその人だった。
彼は元祖翠屋マスターたる士郎直伝のコーヒーがどの程度のレベルなのか確かめるために、アリシアたちに黙り、お忍びで来店したのだった。
あの日はまだ”
――それ以前に、どんちゃん騒ぎで披露しているであろう仲間たちを呼ぶのは気が引けたというのもある。
結局、コーヒーを飲んだらすぐに帰るし戦うつもりも無いという彼の提案を受け入れた花梨は、せっかくだからとパーティーの残り物であるブランデーケーキを添えてコーヒーを淹れてあげた。
じっくりと味わうようにカップを傾ける彼の様子をカウンター越しに眺めながら、つい自分用に切り分けていたケーキへとフォークを伸ばしてしまった。
――それが過ちの始まりだった。
そのケーキは誰かがお祝いの品として持ってきたお土産の一つだったのだが……一口食べただけで、彼女を昏倒させるほどの破壊力を秘めていた。
何事!? と驚くダークネスもまた、ケーキを食べてしまっていた後だった。
気づいた時にはもう遅い。
一服盛られたことに気づき、慌ててケーキを吐きだそうとするよりも早く、彼の身体を何とも言えぬ感覚が駆け巡った。
身体の芯が燃え盛るように熱くなり、視界がぐらぐらと揺れる。
何もしていないというのに加速的に息が荒くなっていき、揺れる視線が床に倒れ込んだ花梨を捉えて離さない。
一方の彼女もまた、熱に侵されたかのような潤んだ瞳でダークネスを見つめていた。
戦いの痛みへの耐性は両者ともにかなりのレベルでそなわっているが、本能を刺激する類の衝撃の経験など、ほとんど無きに等しかった。
隙を見て花梨とそういうオイタをかまそうという葉月の仕込みか、はたまた、ルビーの悪意しかない悪戯だったのか……。
理由はさて置いて、次元世界最高レベルの媚薬効果のある酒『スーパーゴッドブレイカ―』を材料としたブランデーケーキを食べてしまった男女が狭い店内で二人きり。
――後の展開は、語るまでも無いだろう。
耐性の無かった二人は、惹かれあうようにお互いを求め合い――くんずほぐれずのやんごとない関係になってしまったのだ。
それはもう……”ひにん”って何ですか? 位なレベルで。
具体的には、翌日一日かけることでようやく足腰が立つようになった女の子がいたり、彼女のベッドのシーツやら浴室のタイルやらに、何かが飛び散ったような跡が残されていたらしい。
そんな訳で、流石にここまでヤッておきながら他人行儀のままというのはどうなんだ? と意外と義理堅い(?) ベッドの上でも”さいきょー”だった竜神様は、手籠めにしてしまった彼女を名前で呼ぶようになり、”
後日、お詫びの品とも言えるプレゼント手に来店した時には、真っ赤な彼女に噛みつかれつつも、甘んじて叱咤を受け入れたらしい。
それでも、しっかりプレゼントは受け取って、仕事・プライベート問わない愛用の一品として毎日身に付けているのは、彼女も自分のうっかりが原因の一つだと考えているからか。
実際のところは、贈り物である胸元に羽を刺繍されたエプロンを嬉しそうにつけている彼女にしか分からない。
そんな訳で、ダークネスは花梨を名前で呼ぶようになったのだった。
まあ、見事な朝帰り&他の女の匂いを染みつかせた彼の様子から大体の事情を察した黄金神の妻&嫁さんから、『高町 花梨 = 現地妻』的な存在だと思われてしまったのは仕方がない所だろう。
「……事情は分かりました。確かに、原因が他にあるところを考慮すれば、まだ釈明の余地はあります。――タカマチ カリン、念のために伺いたいのですが……まさかダーク様の子を身籠っていたりはしませんよね?」
「ンなワケないでしょ!? そりゃあ、デキちゃいそうなくらい激しかったけど――ハッ!?」
「ほほ~う?」
「へ、へぇ~」
「は、はわわ……」
「……お前な」
「う、ウッサイ! そんな目で見ないでよぉ!?」
タイルの上に正座させられた
自分に非があると考えているのか、ダークネスも愛しい少女たちからおとなしくお説教を受けている。
そんな中、ヴィヴィオの耳を塞いでいたアリシアが、ふと気づく。
「ひょっとして、一晩の情事があったから花梨ちゃんのチカラが安定してるのかな?」
「情事言うな!?」 という反論は当然の如くスルー。
どういう事だと向けられる視線の中心で、アリシアはしきりに頷きを繰り返している。
「えっとさ、昔の文献によると、神とか精霊とかって呼ばれる神聖な存在と交わった少女には、人智を超えたチカラが宿るって伝承があるんだよ。地球にも似たような伝説とかがあったでしょ? 昨今では、神と称されていたのは古代文明が残した実体を持たないエネルギー状のロストロギアだったんじゃないかって言われているんだよ。だから、もしかすると限りなく神に近づいているダークちゃんと交わることで、花梨ちゃんの”
「”
事実、ダークネスと花梨以外の参加者たちが、深い関係になったことは無い(葉月はいろんな意味でぎりぎりだが……少なくとも、あの夜の時点では花梨に”まく”的な物が残されていた)。
試すつもりは無いものの、異性の参加者たちが協定を結んでいる花梨たちが急にパワーアップする可能性も考慮しておいた方がいいかもしれない。
「ンな事する訳ないでしょーが! アリシア、アンタも妙な仮説立ててんじゃないわよ! 見た目詐欺のおバカっ娘!」
「んなっ!? それどういう意味かな!? 私とフェイトは同じ顔なんだよ! 扱い違くない!?」
「当然でしょーが! 大体アンタは、科学者とかいう頭のいいキャラには見えないのよ!」
「なんだとー!? 見た目で人を判断しちゃダメなんだよ! 私はやれば出来る子なんだからっ! ヴィヴィオの事だってちゃんとやったもん。ダークちゃんから貰った『聖王の聖骸布』を使って、完璧に仕上げたんだから! 今のこの娘は、その辺の人造魔導師とは一線を介する存在なんだよ!」
両手を突き上げて、むきーっ、となったアリシアを宥めるヴィヴィオ。見た目や性格が似ている事もあり、本当に血の通った親子のようだ。
と、そこで、
「ちょっと待って……! 人造魔導師ってどういうこと!?」
会話の中に聞き捨てならない単語が含まれていたことに気づいたフェイトが声を荒げる。
母の研究が礎となっていると言っても過言ではない人造魔導師研究。
目の前でニコニコと笑みを浮かべているあどけない少女の正体が、基本的に戦闘に耐えうる
「言ったでしょ、この娘は”聖王の器”だって。聖王を現代に蘇らせようという計画で生み出されたんだよ」
当たり前の様に真実を語る
慌ててヴィヴィオの方を見るが、彼女は至って平然とした風のまま。幼い故に話の内容が理解できなかった……訳ではないだろう。
幼いと言えど、彼女に一定の知性がある事は確認済みだ。
つまり彼女は、フェイトがいまだに心の傷として抱え込んでいる人造魔導師という出自を受け入れているということだ。
「君は……」
「ふぇ?」
「君は、気にならないの? 自分が、その……普通の生まれじゃないってことに」
「んー……、別に気になりませんけど? ていうか、ダークパパもアリシアママもシュテルママも、皆普通じゃないですし」
情緒もへったくれも無い返答が戻ってきた。
確かに、神サマ候補者な父親に、母親は死者蘇生を果たした魔女に元魔導生命体。
むしろ、彼らの娘が普通であるほうがおかしい。
「じゃ、じゃあ聖骸布ってのはどういう事や? まさか、聖王教会に盗みに入ったんやないやろな!?」
聖骸布は聖王教会の最重要文化遺産の一つ。おいそれと持ち出せるようなシロモノではない。
――実際は、スカリエッティの配下によってDNAデータを採取されていたりするのだが。
まさか、教皇がハニートラップに掛かっていたとは夢にも思うまい。
「いいや、違う。俺たちが手に入れたブツはとある遺跡から回収された物だ。……
「なんですって……!?」
No.”Ⅲ” アルク・スクライア
ダークネスの手に掛かった仲間の一人にして、例の空間結界最初の被害者。
古代遺跡へトレジャーハントに赴いていたとは訊かされていたが……まさか、聖王の聖骸布を発見していたとは。
「じゃあ、アンタがアイツを狙ったのって――」
「いいや、それは違う。聖骸布はたまたま手に入れただけだ。そんなモノなど関係なく、俺は儀式が再開した直後奴を倒す算段だった」
「……アンタは――ッ!?」
「ほぉ?」
淡々と語るダークネスに、花梨が物申そうとした瞬間、魔法に関わる者たちの脳裏を稲妻が走ったかのような衝撃が駆け抜ける。
「えっ!?」
「これは!?」
「このタイミングでか……!」
なのは、フェイト、はやては
「ロストロギア、ですね」
「やっかましい
「あうう~、くらくらします~」
アリシアとシュテルの細められた双眸が、露天風呂を囲む柵の向こう側、海鳴市の町中で発動したらしいロストロギアの気配を感じる方角へと向けられる。
「なんやこれ……報告にあったのと別物みたいやな……! ちっ、皆行くで! 機動六課出動や!」
「「了解!」」
「はやて、私も協力しましょうか?」
「ううん、ここは私らの役目や。民間人の花梨ちゃんの手を煩わせることも無いわ」
「せやから……」と彼女の耳元に口を寄せながら、悪戯っ子な子猫のような顔でささやく。
「……敵を減らす意味でも、しっかりねっとりしっぽりとNTRっちゃえばええんやない?」
「ななあっ!? ちょ、アンタ――!?」
「にょほほほ~♪ ほんじゃあ、後でしっかりと報告してもらうからなぁ~~!」
はやての台詞が聞こえなかったらしく、首を傾げる竜神様ご一行の中に
「この気配は……ふ、そういう事か。なら、
意地の悪い笑みを口元に浮かべたダークネスの呟きは風に運ばれて、誰の耳にも届くことは無かった。
天上で穏やかな光を映し出す満月に照らされた夜の街中にて真の姿を垣間見せるであろう『炎剣』を思い浮かべながら、愛人(候補)を加えた黄金神一家は引き続き温泉を堪能するのだった。
――自分と娘を余所に、お互い牽制し合う三人の乙女たちから必死に視線を逸らしながら。
翠屋ミッド支店のシーンでたびたび登場していた花梨嬢のエプロン……実はダークさんのプレゼントだったんだよ!
ナ、ナンダッテー!?
……たまにはこんなノリもありですかね?
さて、次回はいよいよ『彼』の本領発揮! ――かも?
そして、残された花梨嬢の命運や如何に(激爆)
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炎剣使い
彼の持つ力の一端がようやく明らかに。
夜の帳が舞い降りた深夜の街中を強化した脚力にものを言わせて駆け抜ける影が存在した。
はやての命を受け、単独行動を容認されたフォワードメンバーの一人である、切名だ。
バリアジジャケットを展開し、抜身の愛剣を携えた少年が風の様に走り続けながら、ある場所を目指していた。
彼が目指しているのは都心からやや離れた海沿いにある公園の一つ。奇しくも、十年前の事件の最中、ダークネスとアリシアがシュテルと邂逅を果たした公園であった。
そこから感じられるのは、冷たくも悍ましい魔力の波動。
つい先程、はやてたちが感じ取ったロストロギアの放つ魔力波動だった。元来ならば彼らの任務対象であるロストロギアが周囲に人気が無い場所で発動したことに安堵の息を吐くべきなのかもしれない。
だがしかし、今回に限っては軽んじる訳にはいかなかった。
何故なら――現在の海鳴市で発動しているロストロギアの反応が、十数個にも上ってしまっているからだ。
しかも、何ら前触れも無く発動したロストロギアらしき反応は彼らの探索物とは全くの別物だったのだ。
普通に考えれば、ロストロギアを持ち込んだ密売人が隠し持っていたものと推察できる。しかし、犯人はあくまでも単体であったはず。
これほどの数の――しかも基本的に制御が困難なロストロギアを管理外世界に持ち込むなど、普通ではありえない。
この世界……地球にはフェイトの養母であるリンディや義理の姉エイミィも暮らしている。
その関係上、管理外世界でありながら、地球には魔導に携わる存在の侵入を探知できる警戒網が秘密裏に展開されているのだ。
実際、今回の回収品が海鳴市に存在していることを確認できていたのだって、リンディからの情報提供があったからこそなのだ。
だが、彼女の話によれば、持ち込まれたロストロギアは単体で間違いなかった。分裂するような能力は持っていないハズだし、そもそも犯人自体がリンカーコアの無い非魔導師だ。
裏社会の魔道師によって完全に封印された状態で運送されていたのは、教会からの確かな情報として報告を受けている。
――つまり、花梨を筆頭に銭湯に残っている
「明らかにかく乱だよな……! クソッ、良い様に遊ばれてんじゃねェかよ」
舌打ちを零しつつ、民家の屋根の上に跳び上がり、因幡の白ウサギの如き軽業で屋根から屋根へと飛び移りながら、最短距離で目的地を目指す。
明らかに危険な魔力を放つロストロギアを至急封印・回収しなければならない。
はやての決断は迅速だった。
フォワード陣の仕上がりを教導官であるなのはに確認し、単独行動が可能かを確認。
返答は『条件付きで可能』。現場に敵性存在がいる事も考慮して、せめてフォワードだけでも
封印術式を全員のデバイスにインストールしつつ、まずは状況確認も兼ねて単独で各ポイントに急行、敵性存在が確認された場合は即座に状況を報告しつつ、封印を完了した人員は即座に仲間への救援へと向かう様に命じた。
部隊長としての顔を見せる親友の判断を信じた隊長陣以下六課メンバーは即座に行動を開始、今に至る。
今回任務に当たっているのは、はやて、なのは、フェイト、シグナム、スバル、ティアナ、切名の七名。
ヴィータ、エリオ、カエデは銭湯に残り、あの場にいたダークネスたちの監視についていた。
ダークネスたちを花梨が、女湯のユーリたちをヴィータと協力をかって出たアリサとすずかが、子ども風呂にいるキャロの監視と宗助たちの護衛をエリオが、露天風呂から上がって休憩室で休んでいるレヴィをカエデが。
戦力の低下は避けられないが、彼らほどの危険人物を監視もせずに放置したまま、正体不明のロストロギアに対処することなど出来ない。
故に、
「さっさと封印して、回収するしかねぇ! ――っ、見えた!」
とある民家の裏庭に聳える竹林を飛び越えた所で、目的を視認する。
公園の中ほど、噴水が目を引く開けた広場にそれはあった。
眩い魔力を放ち、夜の空を異彩なる色に染め上げているロストロギア……一見すると携帯電話のようにも見える古代遺産らしきもの。
そして――
「時空管理局だ! ロストロギアの不当所持に、管理外世界での魔法の使用……詳しく聞かせて貰おうか!」
それを片手で弄びながら、天より舞い降りた切名を感情の映らない瞳で見つめる全身黒装束という出で立ちの男を。
だが、黒装束の男からの返答は言葉ではなく――
「……滅殺、開始」
天へと掲げられた携帯電話と同じ見てくれをしたロストロギアから撃ち放たれた、邪悪なる閃光だった。
突然の不意打ちを切名は軽いステップでその場を離脱することでなんなく避けてみせると、お返しとばかりに大地を蹴り、一足で彼我の距離をゼロにしてみせる。
予想外の加速に僅かに目を見開いた黒づくめの胴体に、峰を返した
――浅いかっ!
“く”の字に折れて吹き飛んでいく敵へ追撃を仕掛ける切名の表情は苦い。
刀身が直撃する瞬間、相手は自ら後ろに跳んで威力を軽減していたのだ。相手を軽んじていた訳ではないが、それでも多少の手ごたえはあるだろうと言う浅はかな考えは、まるで何もない空間を斬ったかのような感触と共に、粉微塵に粉砕されてしまった。
両者の体格はほぼ同じ、それでも盛大に吹き飛ばしたという感覚が微塵も無いと言うことは、相手が切名の攻撃を完全に読み切り、神技的なタイミングで衝撃の全てをいなした事に他ならない。
それでも未だに身体が中空にある相手と違い、勢いはこちらにある。
両手で柄を握り、掲げた愛剣を黒づくめ目掛けて振り下ろす。
流石にこの連撃をいなすことは不可能と判断したらしく、着地するなり、今度は両腕を頭上で交叉させることで正面から受け止めてみせた。
……しかし、
「……ッ!?」
「生憎、力にはちいっとばっか自信があるんで……なあっ!」
骨の髄まで届く凄まじい衝撃に苦悶の呻き声を漏らした黒づくめが顔を下げてしまった瞬間、狙いすましたかのような切名の爪先が敵の顎を蹴り上げる。
衝撃で脳が揺さぶられ、足元がおぼつかない敵に回復の時間など与えないとばかりに、切名の猛攻が降り注ぐ。
デバイスによる斬撃、拳による打撃、強化された足による蹴撃による嵐の如き連打。
怒濤の猛威に晒された黒づくめが苦し紛れに携帯電話を掲げ、画面からレーザーのような魔力の閃光撃ち放つものの、打ちのめされ続ける状態では正確な狙いをつけることなど出来るはずも無く。
「へっ、どこを狙っていやがる!」
逆に、攻撃直後の硬直状態を狙いすましたかのような鋭いカウンターを叩きつけられた。
リンカーコアと魔術回路が生成する魔力を全て身体強化に注ぎ込んている切名の動きに翻弄され、黒づくめは離脱することも出来ない。
まさに電光石火・疾風怒濤のごとし。
剣と拳が組み合わさった猛撃を叩き込まれ、黒づくめがスカーフで隠されていた口から血の塊を吐き出す。
過剰までの攻撃は不殺を信条とする管理局員として、いささか以上に不適切であると言わざるを得ない。もしこの場に菜乃派がいれば、犯罪者とは言え、人間を弄る様な真似を躊躇なく実行する部下の姿に声を荒げずにはいられなかった事だろう。
しかし切名の直感が、この敵には甘さを排除して当たらなければ自らの敗北に直結すると囁いていた。
そして――その予感は最悪の形で実現することとなる。
「……」
――ゴキンッ!
「なっ!? 自分から腕を……!?」
苦し紛れ……ではない。
切名の突き出した拳にぶつけるように繰り出された刺突……特別な魔力強化を行っているでもなく、愚行としかとられない
強力無双を謳われた切名の拳は、黒づくめの四指を容易く砕き、骨と筋肉を押し潰す嫌な感触を感じさせた。
だが、痛みなど感じていないとでも言わんばかりに表情一つ変えなかった黒づくめが、逆の手で握りしめた携帯電話のダイヤルを高速で叩く。
すると、携帯の画面から先ほどまでとは違う魔力の波動が放出される。
魔力光が変化すると言う事態に警戒し、距離を開ける切名の目の前で、無色の瞳で切名を射抜き続けていた黒づくめがほくそ笑んだような気がした。
「……復元」
ポツリ、と囁く様に呟いた瞬間、携帯を中心にして放たれた魔力が黒づくめの全身へと絡みつき、全身を覆い尽くす。
あまりの眩しさに目元を押さえてしまった切名の視界が回復すると――
「ばっ……!? ンなバカな!?」
傷は愚か、黒装束の汚れすら微塵も見当たらない出で立ちの黒づくめが悠然と切名を睨み付けていた。
再生、いや、復元したと言うのか。あの一瞬で……!?
緩慢な動きが微塵も見受けられない。それはつまり、戦いを始める前の状況に逆戻りしたということ。
いや……違う。そうではない。この状況は――マズすぎる!
「間違いねぇ……奴とあの携帯は
黒づくめの魔力を吸い上げ、奇妙な回復能力を発動しているのではない。
魔力的な繋がりが感じられない黒づくめとロストロギアは別個の存在として
――独立した魔力生成機能を持ったロストロギアと、その修復能力を最大限に使いこなす敵……その相乗効果は単純な戦闘力に得狂するものではない。
しかし、
「どんだけ斬っても、ブッ飛ばしても即座に回復されるんじゃあなぁ……」
攻撃もロストロギアに依存しているせいか優位に立ちまわれるのは切名ではある。
だが、ギリギリのラインを見抜き、紙一重で攻撃をいなし続ける体捌きを有する黒づくめを一撃で打ち倒すことは困難を極めると言わざるを得ない。
かと言って、コツコツと小さなダメージを積み重ねようとしても、先ほどの繰り返しになるのは火を見るよりも明らか。
ロストロギアが魔力を生成する魔導機関を宿しているのか、それとも大容量の魔力バッテリーのようなものを内蔵しているのか定かではないが……湯水のごとく砲撃をばら撒いている敵の動きから予測しても、早々魔力切れを起こしてはくれないだろう。
切名が単独戦闘を得意としているのは、類い稀な近接戦闘の才を実戦の中で磨き上げてきたと言う絶対的な
決して一対多数の戦況を覆すほどに強力な砲撃系魔術を習得していたからではない。切名は憎々しげに敵を見据えながら唇を噛む。
最高の騎士にすら引けを取らないと自負している戦闘術……その総てが通用しないという事を、先の攻防でまざまざと見せつけられていたからだ。
どれだけ攻撃を繰り出そうとも、柳のように最小限のダメージで受け流されてしまう……。奴を仕留めるためには、小手先の技ではどうにもならない火力で
「ちっきしょ――……こんなときばっかりはなのは隊長の砲撃スキルが羨ましいぜ」
そう――切名は近接に特化し過ぎたが故に、遠距離攻撃を
これは生まれ持った才能、もしくは本質とも呼ぶべきものなので、彼自身がどれほど望もうともどうしようもならない
対個人用ではなく、対軍レベルの大規模攻撃でも使わなければ、優れた体術を使いこなすこの敵を倒しきることは不可能だろう。
打開策はこうして導き出せると言うのに……なのに、自分には打つ手が存在しない。
「やっぱし、アレっきゃねぇのか……?」
狙いもつけず、適当に放ってるとしか思えない敵の砲撃を躱しながら、切名はこの状況を打破できる唯一の可能性に賭けるべきか迷う。
このまま時間を掛け過ぎてしまえば、周囲への影響が誤魔化しのきかないレベルに達してしまう。
簡易的な結界ならそっち系の才能がない切名ではなく、
だが、術者ではなくデバイスを起点とした結界の強度は強固と呼べるものではなく、もし敵の砲撃を数発喰らいでもすれば、間違いなく結界は崩壊してしまう事だろう。そうなれば最後、関係のない人々にまで危険が及んでしまう。
悩むも一瞬、覚悟を決めた表情へと変わった切名が足を止め、
刀身を横に寝かせ、逆の手を柄に埋め込まれたデバイスコア……銀の炎を形度った十字架へと添える。
瞳を閉じ、精神を集中させて、意識を己の内なる世界へと落としていく。
どこまで落ちてしまったのか……唐突に全身を覆い尽くしていた浮遊感が途切れ、目的の場所たる心の奥底……己が本質を映し出す深層心理へとたどり着いたことを切名は、本能で感じ取る。
ゆっくりと目蓋を見いていけば、眼前に広がる灼熱の劫火に焼かれ、それでも雄大に
――それは、燃え盛る炎の竜巻の中で眠りについていた。
――それは“剣”としての姿をしていた。
形状はダークパルサー、色は炎の世界で一際美しく栄える“黒”と“赤”。
炎の覆い尽くされた世界において、悠然と鎮座する威容なる姿。
それはまさに、かの『モノ』こそがこの世界を統べる『王』であるということの証明に他ならない。
そんな『王』たる彼女は、愛おしくも憎々しい『使い手』の気配を察して、いつ終わるとも分からぬ眠りの淵からゆっくりと意識を覚醒させていく。
その身を縛り上げる忌々しい練鉄の鎖を鳴らし、不機嫌そうな溜息を漏らす様に刀身から火の粉を撒き散らす。
【――久しいな、妾の『使い手』よ。妾を縛り上げ、こんな深き所に押し込んでおきながら、自分は新しい『小娘』にうつつをぬかしておった男が、よくもまあ顔を見せられたものよ。厚顔無恥にも甚だしいのぉ】
「おいおい……そんなに怒んなよ。しょうがねぇだろ、真名を封印した以上、俺の本質を表すお前にも一時的に眠って貰わないといけなかったんだからよ」
【――ハッ!】
鼻で笑うように、ひときわ大きな火の粉が切名目掛けて撃ち放たれ、彼の前髪を僅かに焦がす。
【痴れ者め! 妾は汝の本質にして根源、在り様そのモノに他ならぬ! 何ゆえ貴様のような小僧が英霊の末席に名を連ねる事が出来ていたのか……それは偏に妾という絶対的な存在を宿していたからであろう!?】
「何言ってやがる。お前は俺の本質……要するに、俺の一部だろうが。まるでテメェが俺を救ったみたいな言いかたしてんじゃねェよ」
【事実であろ? 童の力添えが無くば、汝は『使い手』として完成されることも無く、『あの娘』の願いを果たすことすら危うかったであろう。だと言うのに、キサマは童と言う唯一無二の
――“剣”が嫉妬すんのかい……。
がっくりと肩を落とす切名のテンションが駄々下がりな事にも気づかぬまま、時折、感情の爆発に呼応したかのように勢い増す周囲の炎の熱に照らされた鎖に繋がれた“剣”――切名の本質にして根源を具象化させた宝具の話は延々と続く。
かなりの鬱憤が溜まっていたようで、愚痴の止む気配が感じられない。
オマケに、『彼女』の感情の昂ぶりに呼応しているのか周囲の炎の熱量も上がっているように思える。
まあ要するに――熱いを通り越して焦げる様なチリチリとした痛みが奔るレベルにまで。
分身とも呼べる存在を心の奥底に押し込んでしまったと言う罪悪感もあっておとなしく訊き手に徹していた切名だったが、いつ終わるともしれぬ愚痴の嵐を前に
「
【む……】
真剣な双眸に覚悟の炎を宿した『使い手』の選択を察し、久しぶりに会話を交わすことが出来た――ほとんど愚痴の垂れ流し状態であったが――『彼女』も溜飲が下がってきたのか、言葉を止めた。
「正体不明の黒づくめを確実に、最速で仕留めるには
息を吸い、迷いなき瞳で相棒にして半身たる“真なる愛剣”へ、己が『決断』を告げる。
「“真名”を解放することにした。もちろん、瞬間的な限定解除で留めるつもりだがな」
【……よいのか?
切名が“真名”を封じられているのは、今の彼には『救世騎』としてのチカラを十全に扱うことが出来ないからだ。
風呂場でダークネスに告げられた推察を、切名の中にある『彼女』もまた耳にしていた。そして、彼の中にいるからこそ黄金の神の推察が真実である事を、直感的に感じ取っていた。
“真名”の解放は『使い手』の肉体を著しく傷つけてしまいかねない可能性が秘められている。
『使い手』の勝利を大前提とする彼女としては、“
「それこそ今さらだろーが。お前は知ってるはずだぜ、俺は誰かを救うために我が身可愛さに躊躇するような“普通”の人間とはまったくの別物なんだって事はよぉ」
世界を救いし『救世騎』が、そんな当たり前の考えを是非とするはずも無い事を他の誰よりも理解しているのも、『彼女』が一番よく理解しているのだ。
ここで迷う様な輩に、世界を『
故に……『彼女』は告げる。
彼が、愛しき『使い手』が最も望んでいるその言葉を――!
【その覚悟や良し! では久方ぶりに現世へと顕現しようではないか。――我が『使い手』よ】
「ああ往くぞ――俺の『剣』」
劇場の開演を告げるかのごとく、紅蓮の壁がうねり、まるで蛇のように蠢きながら切名の進む道を開いていく。
解放の
同時に、世界を包み込んでいた炎が意志を持つかのように蠢き、この場所の中心に立つ少年へと降り注いでいく。
悪意を持って彼を焼き尽くす……のではなく、『王』の目覚めを喚起する臣下の如き讃頌の雄叫びを上げるそれは、まさしく炎の衣。
包み込み、染み込むように彼の体内へと降り注いでいく炎の熱に侵されたように、『葵 切名』という存在もまた――変わる。
出で立ちが大きな変化を起こしたわけではない。しかし、そこにある存在感が明らかに“違う”と感じさせる異質なモノへと転じていく。
“ヒト”から《神》へと至る道筋の中間、人間としての認識を超えた領域に立つ存在――『神成るモノ』へと。
愛しき『使い手』と踊る、久方ぶりの戦場に『彼女』の昂りも天井知らずに上昇していく。
『彼女』を縛り上げていた鎖がはじけ飛び、流麗かつ憐美な刀身を天へと掲げながら、彼は声高々に宣言する。
人を超えし己が存在を、セカイに証明するかのように――!
「――『
巻き起こる烈風……いや、
無防備な管理局員へ攻撃を叩き込んでやろうと携帯電話のダイヤルを指で弾き、無数の砲撃を生み出そうとした瞬間、突然彼の足元から炎の竜巻が立ち昇った。あまりの熱風に晒された結果、黒づくめは攻撃を中断せざるを得なくなった。
油断なく携帯電話を構えつつ、状況を理解せんと様子を窺う黒づくめの耳に、良く通る少年の声が響く。
「――おい、襲撃者。冥土の土産に我が名を魂に刻みこんで逝け」
竜巻の内側より一条の光が振るわれたと思った次の瞬間、一閃された焔が火の粉となって夜の空へと霧散していく。
どこか蛍を連想させる燐光に照らされて、『彼』はそこにいた。
姿に変化は見受けられない。しかし、先ほどまでとは決定的に違っているモノが存在していた。
それは、手に持った『剣』。
先程までとは大きく形状を変えた黒と赤で彩られた『剣』を携えた少年が、鋭い眼光で黒づくめを見据えていた。
その身に宿すのは人外のチカラ。
人を超えた《神》の候補者として覚醒し、真なる己――“真名”を解放させた英雄の姿がそこにはあった。
炎に包まれた『剣』を上段に構え、『使い手』は声高々に名乗りを上げる。
「我が名は『炎剣使い』
切名……いや、雪菜の全身から放出される苛烈なる魔力が炎へと転じ、構えた刀身へと降り注がれていく。
紅蓮を纏い、眩い輝きを放つ刀身がその輪郭をあいまいな物へと変え、純然たるエネルギーの刃へとその身を変える。
燃え盛る炎が輝ける綺焔となって、巨大なる焔の十字架を形成する。
それはまさに、神話に
「さあ……瞠目しろ。こいつが――セカイを焼き尽くす焔の魔剣だ!」
闇夜の幕が下ろされた黒き世界を照らしだすのは、太陽の如き眩い光。強大なる『
唸りを上げる超然たるエネルギーを集束させた魔剣を大きく振り被り、そのプレッシャーに気圧された敵へと巨大なる断罪の刃と化した相棒を振り下ろす!
「――『
解き放たれし紅蓮なる閃光が、セカイごと敵を葬送せんと解き放たれた。
――『
『救世騎』として世界を救った英雄が振るう、最悪にして最高の神代魔法。
セカイより吸収・集束させた『
愚かなる神々の目論見を焔き薙い、悲しみの涙を流す人々を救世する一撃が、戦いの幕引きをせんと黒づくめを襲う――!
「……回避、不可能」
迫りくる焔光を前に、防御も回避も不可能であると判断した黒づくめは怨嗟の声を上げるでもなく、あくまでも淡々と、まるで他人事のようにそう呟いた。
そして、手元に残された携帯電話を素早く操作してから、それを懐へとしまい込む。
焔の奔流が迫りくる中で意味不明の行動をとる敵の様子に、雪菜はまだ何か隠し玉があるのではないかと一瞬だけ躊躇するものの――結局、何があるわけでもなく。
結果……黒づくめは防御の体勢を取るでもなく棒立ちになったまま、救世の刃に呑み込まれ、跡形も無く消滅していった――。
戦闘の爪痕が生々しく残る公園に残された勝者――雪菜は、跡形も無く消えさった敗北者のことを思い、目蓋を閉じる。
胸中に渦巻くのは人命を奪ってしまったという後悔からくる懺悔――ではなく、
「ちっ……! やっぱ、変わり身だったか!」
【ふふふ……良い様に遊ばれた様じゃのう、我が愛しき『使い手』よ】
デバイスを通してからかい混じりの声を掛けてくる愛剣へ反論しつつ、雪菜は戦闘中に感じ取っていた違和感の正体にようやく気づく。
「怪しいとは思っていたんだ……。いくら傷ついても修復できるっては言っても、それでも痛みは感じるはずだ。なのに、奴は障壁を使うでもなく、俺の攻撃を紙一重でさばき続けていやがった。まるで俺の戦闘力を図るかのようにな」
【それだけではあるまいて。『使い手』の中で見物させて貰っておったが、奴はあのロストロギアとやらを十全に使いこなしている訳ではない様じゃったぞ? おそらくは、アレの性能調査も兼ねておったのじゃろうな。何しろ、現在この街には『使い手』を含めた管理局とやらの手練れが幾人も存在しておるのじゃからのう」
「俺たちはまんまとおびき出されちまったって訳かよ。つーか、そういう事なら聖王教会のタレコミそのものに裏があったってことにならねぇか?」
【さて、の。妾は人の子らの事なんぞ興味は無い。どうしても気になると言うのならば、金色の龍神へ問うてみてはどうじゃ? アレは天下無双なる強者にして神算鬼謀の策士でもあるからの】
「冗談よせや。これ以上、奴に借りを作るつもりなんてないんだ――っ!?」
ぐらり、と雪菜の身体が傾く。咄嗟にデバイスを地面に突き立てて堪えるものの、全身から力が流れ出しているかのような虚脱感が彼の身体中を攻め立てていく。
【『使い手』!? まさか……!? いかん、すぐに“真名”を封じよ、手遅れになるぞ!】
「ぐっあ……き、起源、封印……」
ガチン、と胸の奥底で扉が閉まる様な感覚と共に、
荒い呼吸を整えながらよろよろと立ち上がると、深々と深呼吸を繰り返して息を整える。
【問題ないか、妾の『使い手』】
「ああ……大丈夫だ。だが――」
【ウム。やはり今のオヌシには、“救世騎”以上のチカラを行使することは負担が大きすぎるようじゃな。少しずつ肉体に、英霊のチカラを慣らしていくしかあるまい】
「今までの修行で大分マシになってきてると思ってたんだがなぁ」
【――ハ、実戦と訓練を同義に見るでないわ。妾から見れば、汝はまだまだ尻の青いヒヨッコよ。常々、修練を怠るな】
「へいへい――ってアレ? “真名”封印したのに、なんでお前がまだいんの!?」
【クックック……ようやく気づいたかヴゥアカ者めっ! 見るがよい、妾の新たなる衣装を!】
「いや、そいつは『
【マスター……】
弱々しくもフランベルシュ本人(?) の返事が聞こえ、切名が安堵の息を吐く。
が、
【私の事は遊びだったのですか……?】
ものすごく悲しそうな少女の声で、そんなことをのたまってくださいました。
どうやら彼女(?) 、マスターである切名と、勝手に自分の
それはまさに、恋人が元カノとイチャつき、よりを戻さんとしている様をまざまざと見せつけられた今カノの如き心情であるといっても過言ではない。
【妾の愛しき『使い手』よ。世間を知らぬ小娘に、いつものように言ってやるがよい。『ボク、レヴァちゃん舐め舐めしたいお』――とな!】
「誰が言うかぁああああっ!? 一度たりとも口にしたことなんかねェよ、ンな台詞!」
【ま、ますたぁ……!】
「だぁああああっ!? お前は頼むから泣き止んでくださいませんかねェ!? おいこらレヴァ! テメェ自分で仕出かしといてケラケラ笑ってんじゃねェよ!」
高圧的で女王様気質なレーヴァテインと、健気の代名詞たる大和撫子なフランベルシュの対応に四苦八苦しながら、切名はいまだ戦闘が継続しているであろう仲間の元へと向かうのだった。
正体不明のまま消え去った謎の黒づくめ……その正体はまた後ほど。
切名くんが躊躇なく宝具をぶっ放していますけど、その理由はデバイスを媒介に具現化させているので神代魔法にも非殺傷設定を適応することが可能になっているからです。
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ホテルアグスタ
”聖王”や”覇王”と言った人物が実在していたことは知っていても、彼らがどのような人物だったのかまではわからないのです。
あの後の事を語るとしよう。
海鳴市にて発生した複数のロストロギア同時発動事件、事の顛末は実にあっさりと、それこそ何ら面白味も無い肩透かしな結果に落ち着いた。
切名が邂逅した黒づくめが消え去った直後、他の場所で六課メンバーが対峙し、戦闘を行っていた不審人物――全員が、素顔を隠した黒づくめの出立であった――が、朝日に照らされて霞と消える朝霧のように姿を消し去ったのだ。
切名が宝具を解放して神代魔法を解き放ったタイミングで。
それはつまり、“敵”の目論見は、切名が隠し持っていた奥の手を引き出すためであり、そのためにあの騒動を引き起こしていたのだと言う証左に他ならない。
真実に気づいた切名の報告を受けて、はやても今回の騒動、その発端となった情報源である聖王教会への懐疑心が鎌首をもたげてくることを感じてはいたが、それでも旧知の中であるカリムたちへの信頼を捨て去ることは出来なかった。それでも、一歩間違えれば大参事は免れぬ事件が起こったのだから確認は必要だと……これは彼女たちの身の潔白を証明するための行為であると自身に言い聞かせながら、ミッドに戻り次第に伝手を使って探りを入れてみることを心に決めた。
その一方で、当初の目的であったロストロギアの方は騒動に便乗して逃げ出そうとしていた犯人をザフィーラが捕捉、単独で捕えることに成功していた。
獣としての嗅覚を持つ彼へ密命を下したはやての最良の一手であった。
騒動が収束したところで、ユーリたちは悠々とミッドのアジトへと帰還していき、警戒を露わにしていたヴィータたちに肩透かしを食らわせていた。
だが、その一方で、金ぴかドラゴン一家ことダークネス一行はその後数日間に渡って海鳴市へ滞在、悠然と町の名所を練り歩き観光を楽しんでいた。
その際、翠屋本店に顔を出してしまい、娘連れで登場したダークネスに妹を傷物にされた
――何故か、ものすごく『イイ笑顔』を浮かべていらっしゃった桃子さんから、男っ気の無い三人娘をあげましょうか? みたいな発言がブッ飛び出し、一同騒然となるといった平凡とは言えないイベントも発生してはいたが……まあ、その辺は大事ではないのでスルーさせて戴く(某三人姉妹を除く)。
決して、天真爛漫な
――もちろん、嫁&妻による大反対によって却下されてしまったが。
そんなこんなで面白おかしく休暇を堪能(?) した金ぴかドラゴン一家と機動六課ご一行は数日を海鳴で過ごした後、それぞれミッドへと帰還していった。
ダークネスの使う術式はいまだに管理局でも解析できていない未知の術式――人智を超えた《神》の術の一端だから当然なのだが――なので、六課は追跡も発信器を付ける事も出来ずに見送るしかなかった。
それからしばらくの時が過ぎ――
「「デバイス?」」
海鳴市で購入したTシャツとズボンというラフな恰好をしたダークネスと、桃子からプレゼントされた訓練用胴着を纏った――ブラックなサンダーをぶっ放しちゃう『ぷりちー』で『キュッアキュア』なコスプレ少女……もとい、ヴィヴィオが揃って首を傾げる。
――ただし、ヴィヴィオだけは視界が180度回転している状態で、だが。
格闘技の訓練の最中、起死回生の一撃としてヴィヴィオが繰り出した
ツボに入ったのか口元を押さえながら肩を震わせている二人にダークネスは視線で話の先を促しながら、部分展開させた真紅の竜尾にぐるぐる巻きにされた上で逆さ吊りにされていたヴィヴィオを地面に下ろしてやる。
程なくしてリカバリーを果たしたらしいアリシアはコクリ、と頷きを返して、ヴィヴィオの訓練データを表示しているパネルを手に持ちながら、先の発言の説明を始めた。
「うん。そろそろ専用のデバイスを与えても良い頃合いじゃないカナって思うんだよ」
「専用デバイス~?」
「そうですよヴィヴィオ。私の【ルシフェリオン】やアリシアの【ヴィントブルーム】のような、パートナーとなってくれる存在の事です」
「わぁ……! ホントですかっ、シュテルママ! アリシアママ!」
人気の無い無人地帯でダークネスと格闘技の訓練を行っていたヴィヴィオはその場をピョンピョンと飛び跳ねながら、まるでサンタクロースに出会ったかのような驚きと喜びを全身で表現する。
古の聖王、クローンとは言え王の血統に連なる存在であるヴィヴィオは現在、ダークネスから格闘技を、アリシアから魔導に関する知識を、シュテルから多種多様な戦術を、それぞれ学び取っている。
まるで、スポンジが水を吸うかのごとき勢いで知識を、技を、力を身に付けていく娘の成長を誇らしげに見守っていたママコンビは、彼女のレベルが実戦でも十分に通用する段階に至ったと判断したのが先の発言の理由だった。
人造魔導師故にあやふやではあるが、肉体年齢的には六歳相当のヴィヴィオに優れた能力を持ったインテリジェンスデバイスを持たせることは彼女の成長を妨げる要因になるでは? と懸念するダークネスであったが、そういう自分はもっと幼い頃にデバイスを所持していた――というか融合していたことを思い返し、それもアリかと判断を下す。
ちなみに、AIが搭載されていないストレージデバイスを与える可能性は最初から皆無である。
アリシア主体で密かに開発を進めている彼女の専用機は、ダークネスの“知識”とシュテルの教導によって引き出された資質も考慮して組み上げられている。
スカリエッティ兄妹とは全く異なるコンセプトで生み出されつつある『ソレ』の機能を十全に引き出すためには、どうしても成長余裕があるAIを搭載したインテリジェンスタイプになってしまう。
どうせ与える事になるのだから、低性能のデバイスから慣れさせるようなまだるっこしい事をせず、最初から渡しておいた方が良いと言うのが、シュテルの考えだった。
自分と親友のデバイス強化プランと並行して開発を進めていたアリシアに至っては、完成次第渡すことは決定済みであった。
こうして満場一致の決断の元、成長著しいヴィヴィオには最高のパートナーに成りうる特製デバイスが与えられることになったのだ。
「骨組みと基礎理論はほぼ完成していたはずだよな? 後は確か――」
「ダーク様の
「そうなんだよね~~、パーツが足んないんだよ~~。最高クラスのパーツでも、私たちの想定する機能を十全に実現することは難しいみたいなんだよ」
「金の問題ではない、か……」
「ええ、残念ながら。――だからこそ、コレなのですよ」
意気揚々と胸を張ったシュテルが取り出したのは、ミッドでは珍しい紙媒体の広告チラシ……のようなものだった。
なんだなんだとダークネスとヴィヴィオが覗き込み、そこに書かれた文章を読み上げていく。
「ええっとぉ……『ロストロギア博覧会』?」
「『この度、管理局から一般譲渡の許可が下された数々のロストロギアが競売にかけられる事となりました。つきましては、ご興味がおありの方は揃ってご参加くださいませ』。場所は……“ホテルアグスタ”?」
内容を見るに、ロストロギアの競売に一般参加を募る広告のようだ。
実は数多くのロストロギアを回収・保管している時空管理局の運営資金の一つは、こういった危険度の低いロストロギアを競売にかけることで手に入るお金なのだ。
幾ら崇高な理想を掲げようと、先立つ物が無ければ何もできはしない。
危険度の高いロストロギアを封印し続けるだけでも、莫大な時間や人件費が発生しているのだから。
だからこそ、いったん回収を果たした後に詳しく調査を進め、人に害をなす危険性が低いと判断された、所謂低ランクのロストロギアは売却されることが多々ある。おまけに、こういうものに興味が高い好事家や富豪などが挙って参加するであろう競売では、表ざたには出来ない危険度の高いものまで取り扱われているらしい。
これもまた、組織の暗部が構築した手法の一つで、後ろ暗い事をやっていると自己主張しているに同義な裏取引を行わず、あえて一般人でも参加可能な競売に出品させることで、『管理局が許可を下した商品を競り落としただけだ』という大義名分を得られると言う訳だ。
もちろん、何も事情を知らない人物が気づかぬまま己の物としてしまう可能性も無きにしもあらずだが――その辺りは、法外な金額を提示したり、後に本人と“オハナシ”をすることで快く引き渡してもらることが出来るので、大半の場合は上手くいく。
そう言った情報は裏社会に精通している者たちの中では常識であり、当然ダークネスたちもそれが事実であることを耳にしたことがある。
だからこそ気づく。不敵に口端を吊り上げているシュテルの狙いに。
「なるほど……ちなみに、どの程度のシロモノが出てくるのか分かっているのか?」
「ええ、もちろん。下調べはバッチリです。ホテルアグスタで開催される競売に出品されるロストロギアの総数は百二十程度。その内の二割強、およそ二十数点が管理局が定めたランクA以上。さらに裏取引の対象と思われるものもいくつか……そちらはSランク以上のようで」
ヒュゥ♪ と口笛を吹くのはアリシア。
これだけ大々的に宣伝されている場でそこまでの危険物の取引を行おうとは……よほど豪胆な人物が取り仕切っているのだろうか?
まあ、どちらにせよ都合が良いことには変わりない。
競売への参加を決めたダークネスたちは、それぞれ必要な物を用意するために行動を開始するのであった。
――◆◇◆――
『ホテルアグスタ』
交通の便が良いとは言えない深い森の中に建てられた尊大な建物は、セレブの御用達と称されるハイレベルのサービスと各所で見て取れる美しい内装が目を惹く高級リゾート施設だ。
自然に囲まれたゆったりとした空間の中で、都会の喧騒を忘れて、心も身体もリフレッシュできると有名で、一般人には敷居を跨ぐに勇気がいる場所でもある。
そんなホテルアグスタの一階ロビーにおいて、参加客の視線を釘付けにしている見目麗しい美少女たちが存在していた。
身体のラインが顕わになる薄手のドレスを見事なまでに着こなし、煌びやかなお嬢様然とした雰囲気を醸し出す彼女たちこそ、管理局にその名を轟かせるエースにして本日の警備担当者でもある機動六課トップ三人娘であった。
その内の一人、純白の布地に白百合を思わせるフリルをあしらわれたドレスに身を包んだなのはは、周囲から注がれる熱い視線に戸惑うような表情を浮かべていた。
「にゃはは……なんて言うか、ものすっごく注目されちゃってるね」
「う、うん……」
なのはの呟きに応えたのは、黒いドレスを纏ったフェイトだった。彼女もまた、周りの人々の視線に居心地の悪さを感じているのか、恥ずかしげに二の腕を組みながら身体を捩っていた。
余計な装飾物を一切省いた彼女のドレスはシンプルであり、故に本人の魅力を……豊満かつ肉付きの良い肢体をこれでもかとばかりに激しく主張してしまっている。
彼女が恥ずかしげに身を振るわせる毎に、胸元に押し付けられた腕で歪んだ豊かすぎる乳房が形を変えて淫靡な光景を生み出してしまっているのだが、当人は微塵も気づく素振りが無いのは年頃の乙女として如何なものだろうか……。
不安のサイドテールを解き、絹糸を思わせる髪を背中に流すなのはと、結い上げられた髪を頭の上に被ったティアラのようなシルバーアクセで纏めているフェイトは、セレブな淑女である皆様方よりも頭一つ抜きん出た自分たちの容姿に原因があるのだと言うことに微塵も気づかず――されど、主に男性から注がれている『何となく嫌な感じ』がする視線が含まれている事には気づいているようで、不満とも不安とも取れる様子を浮かべていた。
普段の……いや、今までの彼女たちであればこの場においても普段通りの平常心を保てていた事だろう。
彼女たちは恋愛や青春と言った『年頃の少女』としての幸せよりも、魔導師として次元世界とそこに住まう人々を助けるために杖を振るうことを選択していたのだから。
しかし、海鳴市で起こった“あの出来事”以降、脳裏にチラついて離れない記憶が脳髄に焼き付いてしまっているのだった。
――言わずもがな、ダークネスとの一件である。
露天風呂でお互いの裸を視てしまったこと。
自分と同じ顔をした存在が彼と楽しげな雰囲気を醸し出していたこと。
なまじ意識するような異性と出会ってこなかった二人はあの日の衝撃を忘れる事が出来ず……、おまけに日常時には『ちょっと意地悪な
同じ顔の女性が今までの自分が浮かべたことのないように思える蕩ける様な笑顔を見せていた事もいろんな意味でショックだったし、ついつい彼女らに自分自身を投影してしまい、『もし、
なまじ、魔導師として成長を果たした中で培われた他者との折り合いの付け方……、犯罪者であっても分かり合うことはできる。むしろ、手を差し伸べ、声をかける事こそが管理局員として相応しい行為なのではないか、とも思えるようになっているからこその思考だと言える。
満たされた生活が、十年もの月日が経過することで胸の内にあった怒りや憎しみはその色合いを薄れさせている。
そして、数多くの犯罪者と対峙し、言葉を交わした――大半は『砲撃から始まる尋問』コースまっしぐらであったが――事で、自己中心的な我欲で罪を重ねた者や脅迫概念にも似た止むにやれぬ理由がある者といった者の存在を知り、『どんな罪を犯した人物であってもお話をすればきっとわかり合える』なんて理想論でしかないのだと言う“現実”を知った。
理想に溺れるのではなく、現実を受け入れ、その上で自分の『想い』や『信念』を貫き通すと誓った彼女たちにとって、表立った敵対行為をあまり見せないダークネスは、言葉を交わすことができる更生可能な犯罪者に見えているのかもしれない。
――実際、“
無論、明らかな敵意を向ける相手には冷徹に、冷酷に、冷血に命を壊し尽くす事に躊躇は無い。
だがそれでも、かつての“闇の書”事件の最終局面のように、再び手を取り合うことも出来るのではないかと願ってしまう。
なのはもフェイトも、このままいけば間違いなく花梨とダークネスがぶつかり合うのだと、お互いの存在が消滅しきるまで戦い続けることは嫌と言うほど理解している。
意地の悪い笑みを浮かべたダークネスにからかわれる花梨の姿……あの光景を一時の夢にしたくない。
かと言って彼女らに“
そう考えた二人がダークネスの願いを、『想い』を理解しようと彼の事を考え続けた結果が……コレ。
見事なまでにドツボにハマりきってしまった、なのは譲とフェイト嬢の図である。
罪を犯した者を救うためには親身になってわかり合おうとする気概が必要不可欠だ。
彼女ら生来の優しさと、海鳴市で戦闘時とのあまりのギャップに戸惑い、『降りすさぶ雨の中、傘を忘れて校舎で立ち往生する女子高校生が学園きってのワルから自分の傘を差しだされ、礼も言わせぬまま雨の中を駆けだしていった後姿に“きゅん♡”としちゃった』的なフラグが形成されてしまったようだ。
なまじ、ダークネスが平常時と戦闘時との折り合いをつけているおかげで、異性的な意味での男性との付き合い方の熟練度が底辺レベルな乙女たちは盛大に困惑し、深みにハマってしまったのだ。
まあ、異性から自分がどう思われているのか? という疑問を抱くようになったお蔭で、今までにスルーしてきた熱い視線を大まかではあるが理解できるようになったのは、年頃の女性として喜ばしい事なのかもしれないが。
それはともかく、
「うう~~……どうして私たちだけこんな役目……」
「しょうがないよ、なのは……。今日のオークションには私たち管理局のスポンサー様も参加する予定らしいんだから。いわくつきとか言われちゃってる六課の隊長として
そう、何故警護任務に就いている筈の二人が煌びやかなドレス姿なのかと言えば、来場客としてこの場にいるセレブ達……管理局に出資しているスポンサーが多数含まれているからなのだった。
魔導師として揺るぎ無きエースであり、かつ、見目麗しく可憐な女性でもあるなのはとフェイトが彼らの目に留まるアグスタ内部にいるのだと、自分たちの身の安全は保障されているのだとアピールすると共に、女の武器を駆使して彼らを虜にする――と言うのが、はやての目論見なのだ。
もちろん、男っ気が皆無な二人に異性を惑わせる誘惑的なアピールが出来るなどとは、――自分の事を棚に上げつつ――思いもしていない。
それでも、自然と人々の視線を集めてしまう可憐さを強調するドレスを用意したお蔭で、明け透けではないものの、頬を朱色に染めつつ恥ずかしそうな彼女らの様子を横目で覗き見る紳士たちの多いこと多いこと。
その様はまさに、美しき天上の歌声で船乗りたちを惑わせてしまう
「と、とりあえず、私たちもオークション会場に行こっか、フェイトちゃん」
居心地悪そうにこの場を立ち去ろうとするなのはだったが、
「ちょ、駄目だよなのは。他の部隊との折り合いもあるから、私たちが警護する予定は決まっているってはやてが言ってたじゃない。私たちの担当はお昼からだよ」
今回のオークションは、TVカメラが回されるほど大々的に宣伝されている一大イベントだ。
それ故に取り扱う商品の数も多く、ほぼ一日かけて進行される。
流石にオークションの様子を終日リアルタイムで放送するのは無理があるからという理由から、アグスタ側の管理人と管理局、TV局上層部で討論を交わされた結果、午前と午後の部に分けられることになった。
まず、午前の部でカメラ映えしない商品の取引を済ませてしまい、午後の部から有名どころ――会場内で護衛に当たる、なのはたちエース級の魔道師や解説担当の無限図書館司書長ユーノなど――を投入すると共に、その様子を放送することで高視聴率を狙うこととなったのだ。
顧客側としても、ユーノが解説する賞品こそが今回の目玉である高ランクロストロギアである事もあって了承。
こうして二人が無自覚な売り込みをしている午前の部で、一般人でも手が届く低ランクの商品のオークションを済ませる……と言う流れになったのだった。
――とまあ、そんなワケで。
逃げ道を塞がれてしまったために恥ずかしげに身を縮こませる事しか出来ない二人は、持って生まれた極上の素材を引き立てるメイクをされた頬を桜色に染めながら出来るだけ人目の少ない場所を探し求め、足早にその場を後にするのだった。
……今まさに、オークション会場でとんでもない事態が進行していると言う事実に、終ぞ気づけぬまま。
――とまあ、そんなワケで。
恥ずかしげに身を縮こませた二人は、持って生まれた極上の素材を引き立てるメイクをされた頬を桜色に染めながら、足早にその場を後にするのだった。
――◆◇◆――
「俺、もう帰りたいんですけど……」
数多くの来客で賑わうホテルの通路を、年若い女教師によって先導されるちんまい一団、その内の一人である宗助は、予想以上の喧騒に疲れ切った表情を浮かべていた。
両脇を抱えるリヒトとルーテシアに引きずられている彼を、来客たちは微笑ましそうな微笑を浮かべつつ、生暖かい眼を向けていた。
学校の社会科見学として見学に訪れた宗助たちのクラス。
最初は高級ホテルの料理とか食べられるかも!? とやる気を見せていた宗助だったが、本日の目玉でもある“無限図書司書長の解説つき古代遺産オークション”に惹かれて訪れた資産家集団の数を前に、テンションが急降下。
神狼と契約している副作用なのか、常人よりも嗅覚に優れている宗助には、セレブ御用達の香水やコロンの類は相当に強烈な不快感を与えてくるようだ。
陸に打ち上げられたイルカの如く、気を抜けば床にへたり込んでしまいそうになる彼を支える少女たちから文句の言葉がかけられていると言うのに、反論する気概すら湧いてこないようだ。されるがまま、なされるがままに脱力しきっている。
列を作って歩くクラスメートの集団最後尾に何とかついていきながら、それでも逃げ出すような真似をしないのは、偏にこの見学会が授業の一環であり、サボったりすれば鬼より怖い義母の
それがわかっているからこそ、リヒトたちも宗助を放り出すような真似はしていないのだろう。
「はーい、皆さん。これから本日の警護を任せられています管理局の魔導師さんたちからお話を聞かせて貰いますよー。私語は慎んでくださいねー。お口にチャックー、ですよー?」
『はーい!』
「うぇ~い……」
約一名、餓死寸前の野ブタの如き返事が上がったような気がしないでもないが、天然系女教師はさわやかにスルー。
廊下の奥にある小さな会議室の扉を開くと、教え子たちに部屋の中へ入るよう促しつつ、中でスタンバイしてくれていた管理局員の女性へとお約束の台詞を口にする。
「初めましてー、“ザンクト・ヒルデ魔法学院”初等科ですー。本日はよろしくお願いしますー」
「はいはーい、ごくろうさんですー」
相手を緊張させない気遣いなのか、女教師に合わせた間延びする口調で返事を返したのは管理局でも有数の有名人であり、ホテルアグスタ警備担当を任された機動六課部隊長――
「か、母様!?」
「あ、はやてさんだ」
「ううー……まーだ気持ちワリ――へ? ポンポコ?」
「誰がデカッ腹タヌキや――!」
スッパァ――ン!
「ひでぶぅ!?」
「ああっ、宗助く~~ん!?」
おとなし目のダークブラウン系が装着者の魅力を引き立てるドレスに身を包んだはやてのツッコミが冴えわたる。
生徒たちへ話すネタを掻き込んでいたA4サイズの資料を一瞬でハリセンへと作り変えると、某脱げ魔もびっくりな神速で失礼なお子様ドタマを引っ叩く。
流れるように鮮やかな動きは、まさに鍛え上げられし歴戦の勇士と呼ぶにふさわしい。
その動きは、先に部屋の中に通されていた学院の上級生たちの中にいた
流石に出会いがしらのハリセンアタックは予想外だったのかアワアワする担任を、事情を知るリヒト&ルーテシアが落ち着かせるといった一幕があったものの、とりあえず顔見知り故のコミュニケーションだと説明することで一応の落ち着きを取り戻せた。
「ん、んんっ! ゴメンなぁ~、ちょっとしたスキンシップなんよ」
気分を切り替えるためなのだろう、はやてはひとつ咳払いをしてから、ポン、と手を叩いた。
「それじゃあ改めて――皆さんはじめまして。時空管理局“機動六課”部隊長 八神 はやてです」
名乗りを上げ、ビシッとした敬礼を見せるはやて。煌びやかなドレス姿である今の彼女は、傍目にはセレブのお嬢様にしか見えないほど美しく、可憐だ。
それでいて、敬礼を決めた瞬間に彼女から立ち昇る人の上に立つ者が纏う覇気は常人を遥かに凌駕するもの。
彼女が放つ空気に生徒たちが一瞬身体を固くするものそれも一瞬、すぐに親しみを感じさせる朗らかな笑顔へと切り替えて、優しげな声色で語りかける。
「今日は私が皆さんに、時空管理局のお仕事についていろんなお話をしたいと思いま~す」
歌のお姉さんにでもなったように明るい口調のはやての感化されたのか、緊張の色合いが濃かった生徒たちの中から、チラホラと手を上げる者が。
彼ら一人一人の質問に、はやては笑顔のまま受け答えを進めていく。
なぜ任務中であるはずの彼女がこんな事をしているのかと言えば、幼い子どもに、豪華絢爛な施設の内装やそこに飾られた芸術品を見学させるだけでは飽きてしまうだろうという学院側の要望で、当日の警護を任され、一種のアイドルみたいな扱いを受けている六課隊長陣との会談、というか質問会のような物が開催されることになったが理由だ。
子どもたちの楽しげな声で満たされたイベントが和気藹々進行していく中、不意に、上級生の集団の中にいた一人の少女がまっすぐはやてを見据えながら質問を投げかけた。
「あの……ご質問、よろしいでしょうか?」
「はいな」
「八神さんは古代ベルカ式の使い手だとお伺いしています。もしかしたらで良いのですが……古代ベルカ時代の血統を受け継ぐ人物に心当たりなどは御座いませんか?」
「はい? えーっと……なんでそんなこと聞きはるんです?」
予想外の問いに首を傾げるはやてへ、若草を思わせる薄緑色の長髪を持つ左右の瞳の色が異なる少女が言葉を重ねるようにして、言う。
「ご存じではありませんか……? その、できれば古代ベルカ戦乱時代に名を馳せた、『古の王』たちに関わる事なら何でもかまわないのですが……」
「『古の……王』? それって、たとえば“聖王”とか――」
「せ、“聖王”ッ!? ま、まさか『彼女』の事をご存じなのですかっ!?」
「おおう!? ちょ、すごい喰いつきやね!? まあまあ、落ち着いて――うん?」
そこまで言って、はやての胸中に湧き上がる違和感。
まるで、噛みあっていない歯車が軋みを上げたかのような……。聞き逃してはならないと断言できてしまうような――
――ん? 『かの、じょ』……やて……?
そうだ、少女は言った『彼女』と。他ならぬ“聖王”の事をそう指した。
だが、それはおかしい。
何故ならば……
「あれ? “聖王”様って女の人だったの?」
「えっ? さ、さあ……」
「教科書には王様だって事しか乗ってなかったような……?」
少女の発言の違和感に気付いた生徒たちの中からも、戸惑いと困惑の声がチラホラと上がっていく。
そう。
聖王教会設立の理由でもある古代ベルカ戦乱において偉大なる英雄と伝えられる『古の王』の一人、“聖王”オリヴィエ。
彼女は偉大にして強靭なる最優の王であり、現在において神格化されるほどの伝説を数多く残している英雄だ。
しかし、意外な事に『彼女』のこなした偉業の数々は伝えられていても、本人の性別といった個人情報はほとんど伝えられていないのが現状なのだ。
その理由は定かではないが、一節では『彼女』の好敵手であった王たちが情報を隠蔽したとも、当時から根強く存在していた男尊女卑思想に凝り固まった一部の者たちによる陰謀だとも言われているが真相は定かではない。だと言うのに、この少女は“聖王”が
カリム経由で、聖王教会が称えるのは“聖王”と言う存在そのものであって、本人が女性であったから古より女性の方が優れている……などという風潮が広まるのを懸念して、あえて情報を教会上層部でシャットダウンしていると言う事実を聞かされている。
だからこそ、何故教会信者でもなさそうなこの少女が“聖王”の失われた情報を知り得ているのか、はやては興味が湧いた。
「なあ、君――どうして“聖王”が女性やっちゅうことを知っとるんや?」
「え、それ、は――」
自分が口にした情報がもつ意味を十分に理解していなかったのだろう、周囲の様子に戸惑い、困惑の感情を色が異なる双眼に映しながら、少女が何事か口にしようとした――刹那、
――ガチャッ
入口のドアが開かれる音と共に、
「しっつれーしま――っす!」
場違いなほどに元気な少女の声が室内に木霊した。
「はにゃにゃ? お取込み中ですかー?」
首を傾げながら室内を見わたし、
可愛らしいフリルを重ねあわせた様なゴシック風のドレス姿の金髪オッドアイの少女は、幾重にも重なる好奇と驚きの視線をものともせず、黒いスカートを翻してさっさとこの場を後にしようとする。
だが、
「――あ、あなたは……オリ……ヴィエ……!?」
先程の少女が驚愕を顕わにしながら呟いた単語に、さざ波のような困惑の声が広がっていった。
いきなり突撃してきた少女の正体にいち早く感づいたはやてが止めに入ろうとするも間に合わず、床の上に腰を下ろしている生徒たちの隙間を駆け抜けていった少女が、ドアに手を掛けた体勢で首を傾げて振り向いた金の少女――ヴィヴィオへと突貫する。
歓喜と驚きと戸惑いがごちゃ混ぜになった表情のまま、立ち去ろうとするヴィヴィオを引き留めようとしたのだろう、彼女の細肩へと手を伸ばし、
――スカッ!
見事に回避されてしまった。
「へ?」
「むむっ! 見事な不意打ちですねっ! でも――」
舞うかのように無駄のない足捌きで見知らぬ相手が仕掛けてきた
ダークネスたちの教育の賜物の結果であり、『初対面の相手はとりあえず敵だと見なせ』という教えに従うまま、
左手を腰だめに構え、右手を前方へと突きだす。両の指先は天を指すこの構えこそ、自身を一振りの“刀”と成すとある武術の再現。
とある世界において、一国の城を、十二の変態刀を、そして歴史そのものを破壊したとされる失われし伝説の
その名も――
「きょとーりゅーさいしゅーおーぎ……しちかはちれつ!」
「え、あ、ちょ――ッ!? きゃぁああああああっ!?」
少女(金)の情け容赦のない八連撃を受け、盛大に吹っ飛ばされる少女(緑)。
手加減はされていたのか、「きゅう~~……」と可愛らしく眼を回して気絶する少女(緑)を受けとめながら、はやては華麗に素敵なJOJO立ちを決めた鮮烈すぎるヴィヴィっ娘の背後に幽波紋の如く浮かび上がる
――◆◇◆――
一方その頃、オークション会場午前の部が開催されている会場は、威容な空気で満たされていた。
喧騒賑わう声が飛び交うはずのその場所は、もの恐ろしくなるほどの重い空気と静寂に包まれていた。
司会進行役の女性――男受けするであろう豊満且豊潤な肉体美を真紅のバニーガールという魅惑の衣装で包み込んでいる――が、あまりの空気の重さに涙目になってしまうのも仕方がない事だと言える。
何故ならば――
『そ、それでは次の商品に移りたいと思いますぅ……No.14 “赤竜の角”。次元の裂け目から飛来したとされますこの角は、強大な魔力を内包しており、さらに“とある特性”を秘めている事が判明し、Aランクのロストロギアとし登録されたというものです。しかし今回、私たちは次元震などの災害を引き起こす鍵となりえないと交渉を重ねた結果、めでたくこうして陽の目の元に晒されることとなったのです! ……それでは交渉を始めましょう! ベット・十万から!』
「十五万!」
「十八万ですわ!」
「ふん! ならば二十万じゃ!」
一気に盛り上がる顧客たち。彼らは皆超一流と呼ぶに相応しい実績と資金を誇る名立たる大富豪たちだ。
それだけではなく、会場には明らかにカタギに属する者ではない危険な匂いを放つ黒服たちもチラホラ見える。
そう、彼らこそ裏社会へ足を踏み入れたブローカーたちであり、現在取り扱われている商品こそが一部管理局員から裏流しされたロストロギアなのだ。
ホテルアグスタがイベントを一般人へ大々的に公表したり、六課を始めとする名立たる魔導師を警護として招き入れたり、年端も無い少年少女たちの見学をVIPが多数訪れるこの状況下で受け入れたりしたのは、全ては彼らの視線を人目を惹く一品を揃えた午後の部の方へと向けるためだったのだ。
秘密裏に表ざたに出来ない商品のオークションを行おうとしても、必ずどこかからそれを嗅ぎつけてくる者たちが現れる。
ならばいっそ、“最初から受け入れた上で、調査出来ないように仕向けてやればよい”と考えたのだ。
午後の部をTVカメラや無垢な子どもたちも参加できるようにした上で、ユーノを筆頭とした優秀な解説者を招き入れ、クリーンなイベントであることアピール。
さらに、人目がある以上、そちらへ参加する真っ当な金持ちや一般人の護衛を優先しなければならなくなるような条件を生み出す。
そう……はやてが司会のお姉さんみたいな役割を任せられているのも、なのはたちがスポンサーの招待を命じられているのも、全ては今回の一件を目論んだ者たちによる策謀だったのだ。
あえて同じ日、同じ場所で時間をずらすだけで真っ白な商品と真っ黒な商品の売買を執り行う。
人間心理の盲点を突いた、大胆な策略だ。
もちろん護衛として管理局員も会場内には存在しているのだが、彼らは皆ロストロギアを裏取引した者の手が掛かった者たち。それでも局員が護衛に当たっている以上、不正はあるはずがないというアピール材料になる。
こうして、闇に染まり、腹に一物を抱え込んだ者たちによる違法オークションが、影に紛れて実施されているのだ。
だが……今回の件を目論んだ者たちであったとしても、予想だにしない事態が進行しているというのは、ある意味で天罰と言えるのかもしれない。
「……五千万」
凛と鈴の鳴るかのような声が喧騒に満ちた会場に響き渡り、ざわめきが一瞬で沈静化する。
会場の誰もが声のした方を見つめ……憎々し気に表情を歪ませる。それでも怒号を上げたり、不満を口にする者はいない。
彼らは理解しているからだ。『あの者たち』に敵意を向けた者がどうなってしまうのかということを。
『ご、五千万がでました……。ほ、他にありませんか!?』
焦りに満ちた視界の声が空しく響く。確かに、司会進行役としては、オークション開始から今の今まで出品さえたロストロギア――しかも一部には特定の相手との取引が成立済みであり、合法的に競り下ろしたというアピールのために出品されていた出来レース対象品まであった――を全て掻っ攫われているのだ。
不当な手段ではなく、現金をこの場で引き渡してくれるのだから開催側としては文句のつけようがないのだが……目的のブツを入手できなかった者たちによる報復など、考えるだに恐ろしい未来予想図しか思い浮かばない。
――だったら、あの人たちに直接言えばいいじゃないですかぁ! どうして私が睨まれなきゃならないんですかぁ!?
取引が確定したことで、壇上へ商品を受け取りに来た女性と司会の視線が交差する、
ウサギさんの声なき悲鳴に気づきつつも、にこやかな微笑みを浮かべてスルーしてくださったのは、ミッドではまずお目に掛かれない清楚な牡丹の花柄が美しい着物を身にまとった栗色の髪の女性……シュテルであった。
青い生地に白い牡丹の華が栄える美しい着物を見事に着こなした彼女の出で立ちは、同性であっても目を奪われてしまいかねないほど。
事実、彼女の歩く姿に先ほどまでの怒りを忘れ、熱い視線を注いでしまう男性も少なくは無い。
目的のブツを手に入れた彼女は上機嫌で元の場所……彼女の
そこにいたのは、
「よ、ご苦労さん」
漆黒のスーツとネクタイで身を固め、愛用の眼帯の代わりにサングラスをかけた存在感のありすぎる男性……ダークネスと、
「う~ん、結構良いペースかも! この調子でいってみよ~!」
肩を露出させた大胆な純白のドレスとストールを纏った女性……アリシアであった。
悪意に満ちたこの場所はヴィヴィオにまだ早いと判断した彼らは、こうして彼女を自由にさせている間にオークション裏取引品を真っ当な手段で競り落としているのだった。
そう、参加者たちが妙に大人しいのは彼らが原因なのだ。
何せ、次元世界に名を馳せる最強の犯罪者が、堂々と素顔で参加しているのだ。文句をつけようものなら、開始直後に彼らへ突っかかり、壁にめり込む奇怪なオブジェへと成り下がった一部のバカ共の後を追うことになるであろう。
何故かポンポン大金を振る舞えている異常さにツッコミを入れたい所だが、藪を突いて龍神の逆鱗に触れるようなリスクを負う事だけは避けたい。
そんな訳で、文句を言いたくても言えないジレンマに裏の住人たちが身悶えする中、ダークネス一行による暴虐の宴はまだまだ続くのであった。
フライング気味ですが、あの二人がエンカウント。
そして娘が運命の再開を果たしている裏側で、意外とまっとうな手段を用いたダークさんたちによるオークション荒らしが実施中。
これだけの資金、いったいどうやって手に入れたんでしょうね~~? (意味深)
そんでもってもう一つ、『祝! なのは嬢&フェイト嬢、異性を意識するの巻!』
まっとうな道を生きているからこそ、ラスボス街道を突っ走っているダークさんが気になっちゃったってことですな~。
●作中で登場した魔法(?) 解説
【きょと~りゅ~】
使用者:ヴィヴィオ
とある世界で刀を使わない剣術として歴史を変えた伝説の武術……を模倣したもの。
おふざけのつもりが、ものの見事にマスターしちゃったヴィヴィっ娘の才能ハンパねぇ……とは、元凶である金髪魔女のお言葉。見て覚える見稽古を完全な形でマスターしてしまった彼女との実力差に、某覇王っ娘が涙目になっちゃうこと請負無しである。
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超龍皇顕現
……もちろん今回限りのゲストですよ?
(……どこだ、ここ)
視界に広がる風景に、ダークネスは何処か他人事のように疑問を浮かべた。
ここはかつて、『己』という存在が『No.”Ⅰ”』へと生まれ変わった場所に酷似している。
手足の感覚が無く、自分と言う存在がどこまでも稀薄になっているのだと魂で理解する。
大地に立っているのか、宙を飛んでいるのか、はたまた水の中に漂っているのか……。
まるで、自分と言う存在が世界そのものに溶け込んでしまっているかのようだ。
剥き出しにされた魂が何者かの掌で弄ばれている訳ではないと思いたいが……それでも、不安を感じずにはいられない。
だが、
(……暖かい、な)
同じようで、まるで違う。
かつて見た白一色に染め上げられた世界は、何色も存在を許されないが故に、どうしようもない拒絶を感じさせるものだった。
しかし、今己が漂っている世界は、無色なれども暖かく、愛しむような優しさに満たされている。
そう、言うなればそれは、慈愛に満ちた守護者の領域――……
――拒絶反応は無し、か。やはり、資質は十二分にあるようだな。
――みたいですね。
静寂に満たされていた優しき世界に、突如として二つの声が響き渡った。
(――なん……だと……!?)
今まで気配すら感じられなかった空間から聞こえてきた声に驚き、慌てて目蓋を開きながら振り向いたダークネスは驚愕で言葉を失ってしまう。
そこにいたのは、人ならざる二つの超越存在。
腕を組み、ダークネスを見下ろしていたのは金色の輝きを放つのは、黄金色の鎧を身に纏った巨大なるヒトガタ。
生物のような生命の脈動を感じられるというのに、その外見はまるで巨大な機動兵器のよう。
威容にして強大なる《神》たる存在――《黄金神》スペリオルカイザーZ。
もう一人は、全身が純白に包まれた穢れ無き白き者。
まるで天より降り注いだ純白の淡雪のごとき澄み切った『白』を体現させたかの存在もまた、人ではなかった。
黄金の巨人と似通った、生物とも機械ともとれる姿。
されど、どこか人間らしい親しみやすさを感じさせるような――今までダークネスが出会った事のないタイプ。
言葉を失うダークネスを気遣うように、白き彼は微笑みを浮かべながら彼の手をとると、自身のソレを重ねて優しく包み込む。
たったそれだけで胸の動悸が治まっていくのを、ダークネスははっきりと感じとっていた。
同時に理解する。彼らは己の敵ではないのだという、純然たる事実に。
――ほぅ……。
黄金の巨人……スペリオルカイザーZが感心した風に声を上げる。
眠っていた彼を強制的に自分たちの領域へと招き入れた黄金の神は、ダークネスの適応能力に……いや、自分たちの本質を一瞬で見抜き、最善の選択を選ぼうとするその気質に無言の称賛を送る。
突然の事態に混乱して錯乱する様子を微塵も見せず、それどころか自分たち《神》が接触してきた理由を大まかにではあるが理解し、現状を受け入れようとしている。その在り様は、彼らが《鎧》を託すに相応しい資格を持っていると判断できる。
白き守護者……サンボーンは、直接的な接触を介することでダークネスの本質を理解できたが故に自分たちの判断はやはり正しかったのだと確信し、嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
――先輩。僕は彼なら任せられると思いますよ。
――確かに。“奏者”となる資質は十二分に……、否、すでに覚醒の予兆すら感じさせるか。本当に大した者だ。だからこそ……“あの者”が警戒しているのだろう。
――ですが、それがチャンスでもあります。あのセカイに僕たちは介入できませんから……。
自分を呼び出しておきながら何事か相談を始めた彼らに、ダークネスは言葉を挟む事もせずに、ただじいっと彼らの姿を見つめていた。
まるで――何かに魅入られたかのように。
――っと、先輩、そろそろ……。
――む、すまない。我らが呼び出したと言うのにほっぽり出してしまって。
(いや、別にいいんですがね。で、そろそろ要件を聞かせて貰えませんか?)
その言葉に――実際には声が出ている訳ではなく、この空間では念話のようなもので意思疎通が出来るらしい――頷きを返したスペリオルカイザーZに促されたサンボーンが胸元で両手を合わせ、何かを祈る様に呟いた。
聞き覚えのない言葉の羅列。純白の守護者より紡がれるのは、天使の歌声を彷彿させる召喚式。
――来たれ……金色の飛龍皇よ!
詠唱が終わった次の瞬間、空間を切り裂くような残光と共に真紅の翼を羽ばたかせた金色の存在が飛来した。
(こ、これは……!?)
今度こそ、ダークネスは驚きに目を見開かせた。
サンボーンの傍らに降り立ったのは、この場で最も強大な存在である《黄金神》と似通った姿をしたドラゴンであった。
宝石のように光り輝く黄金の竜麟で全身を覆い、前方へ突きでた頭部は翼と同じ燃え盛る様な真紅。
翼の根元部分には、《新生黄金神》となった時のダークネスの肩鎧と酷似した竜頭が二つ存在している。
かの者こそ、《黄金神》が新たなる白き《神》に世界を委ねる際、補佐として産み落とした大幻獣――『天翔飛龍皇』エクスワイバリオンであった。
召喚されたエクスワイバリオンは、まず生みの親とも呼べる《黄金神》を確認するや歓喜の雄叫びを上げ、彼の周りを踊るように飛びまわる。
やがて満足した彼は、現在仕えているサンボーンの元へと降り立ち、じゃれ付く様に頭を擦りつけ始めた。
いかつい見た目に反して感情が豊かなようだ。微笑ましさすら感じさせる黄金の飛龍の姿に「自分はどうすればいいんだ?」 と溜息を吐きたくなったダークネスであったが、不意にエクスワイバリオンの視線が己を射抜いていることに気づく。
「……」
じぃ~~っ
(……む、むぅ)
どう反応すればよいのか分からず、思わず目を背けそうになったところで、エクスワイバリオンの方から距離を詰めてきた。
ぴすぴす、と鼻を鳴らし、計六つの瞳でダークネスを見つめてくるエクスワイバリオン。心なし、何やら期待しているような表情をしている……ような気がした。だから……
――ぽふっ。
「……!!」
――ナデナデ……。
「――♪」
ついつい頭を撫でてしまったのもしょうがない事だと思う。
ついでに、今更ながら自分の四肢が健在であることに気づく。以前のように自分の身体が存在しない、剥き出しの魂だけでこの空間に引き込まれたものとばかりに思い込んでいたのだが、どうやら違ったらしい。
……それにしても、ものすごくイイ笑顔のサンボーンと、無言でサムズアップをしているスペリオルカイザーZの視線が生暖かくてしょうがない。
ていうかこの人(?) たち、一体何しに来たんだろうか?
――うんうん、どうやら彼に認められたようだね。それじゃあ、これから彼の事やあのセカイの事……よろしくお願いするよ。
(――え?)
――その者は我の分身にして、新たなる守護龍となりしもの。必ずや汝の力となる事だろう。決して損はさせんよ。
(ちょっ――ま――!)
――では、な。我が後継者よ、汝の未来に光あらんことを。
――君のセカイに蔓延する闇より暗き悪意……君の輝きが浄化することを願っているよ。
最後に意味深な言葉を残して、《黄金神》と《純白の守護者》の気配が遠ざかっていく。
後に残されたのは、どこかに引き戻されていくような感覚に包まれたダークネスと、彼にしがみついている黄金の飛龍。
意識が薄れゆく中でダークネスは思った。
――意味深な事言うだけ言って放置か! 大事な事はきちんと言わんか! ――と。
……もしこの場に花梨がいればこうつぶやいていた事だろう。
――アンタが言うな! ……と。
その後、彼がホテルのソファーで目を覚ました瞬間、突如真上の空間が揺らめいて飛び出してきたエクスワイバリオンに押し潰されるハメになったのは、決してお茶目な《神サマ~ズ》の悪戯なのではない――ハズだ。
これは、海鳴市から戻ってきた翌日に起こった出来事である。
――◆◇◆――
広大な密林の地中に建設されたスカリエッティ一味のアジト。近代的なデザインが施された廊下を駆け抜ける白い影。
彼女は目的の人物を確認すると、「気遣い? なにそれ喰えんの?」 と言わんばかりに突撃を敢行する。
「おにぃ~~、ちょっと良い~~?」
咲き誇るヒマワリを彷彿させる笑顔を浮かべたルビーの襲撃を受け、スポンサーへと提供する技術についてウーノと相談していたスカリエッティは盛大に頬を引きつらせた。ウーノも同様の表情を浮かべていることを見るに、相当苦い記憶があるらしい。
不気味を通り越してから恐ろしい笑顔の妹に、スカリエッティはどうか自分に被害が起こりませんようにと祈りつつ、言葉の先を促す。
「確か今日、アグスタで
「あ、ああ……。確かにキャロ君に指揮をお願いしていたはずだけど」
「そっか♪ そんじゃ、ボクのオモチャも持ってって貰うけどいいよね?」
「オモチャかい? ひょっとして『彼女』を――」
脳裏に浮かんだ、今後の鍵となりうる
だが、
「うんにゃ、『あの子』じゃなくて“鎧”の方だよ。試作品がいちおー形になったから、データ収集も兼ねて動かしてみようかってね」
「ちょ、ルビー!? アレは私たちの切り札となりうる兵器ですよ!? いくらなんでもリスクが大きすぎます!」
スカリエッティ陣営が保有する戦力……古代遺産たる『王の船』と『姉妹たち』。そこに“紫天一派”も加えれば、それだけで相当の戦力だと言えるものの、ルビーが現在開発調整中の“鎧”と呼ばれる兵器は、それらを遥かに凌駕しうる可能性を秘めているのだ。
楔を打ち砕き、真の意味で自由を掴もうとしている彼らにとって、それはまさしくとっておきのジョーカー。おいそれと人目につかせるような真似は、なんとしても避けねばならない。
「い~んだよ、アレはまだまだ試作品。
「「ちょっ、おま!?」」
「てへぺろ♪」
まさか、この問答自体が“鎧”を転送させている間、邪魔が入らないようにという時間稼ぎであったとは。
絶句するドクターと秘書さんを尻目に、
「さ~って、クズども。精々、足掻いて見せろよ~? 装甲ゼロ、内部剥き出しの試作品とは言え、いまんところボクの最高傑作なんだからね……『プロトA』は、サ」
展開させた空間モニターに映りこむ、異形の群れを従えた竜の巫女とアグスタから離れた森の中で膝を折って待機してる巨大な人型の兵器を見つめたルビーの悪意が、なのはたちへと襲いかからんとしていた。
――◆◇◆――
瞼を開き、暗黒の世界から抜け出す。軋みを上げる外殻の煩わしさ、役目を与えられたという事実に昂揚する胸の昂り、その総てが懐かしくもあり、新鮮でもあり……そして新しい。
“己”を満たすは、
伽藍堂であった存在は、使命を与えられて確たる存在へと生まれ変わる。
大気を震わせる
与えられた使命を果たすために。
同時刻、ホテルアグスタ。
ダークネスたちが午前の部で出展されたほとんどのロストロギアを買占めてホクホク顔を浮かべていた頃、一人探検を楽しんでいたヴィヴィオは現在、盛大にぶっとばしてしまった少女の介抱に努めていた。
「ゴメンね~、大丈夫ですか~?」
「は、はい。何とか……その、お強いんですね。――ものすごく」
ズズ~ン……、と影を背負う覇王っ娘。涙目になっているのは、決して浅からぬ縁のある人物と時を超えた再会を果たした喜びから来るもの……ではないだろう。
「いや~、ついつい身体が反応しちゃって……あ! そう言えば、まだお姉さんの名前を聞いてなかったですね。私、ヴィヴィオ・スペリオルっていいます! よろしくです!」
「……え? あ、はい、こちらこそ――私は、アインハルト・ストラトスと申します」
「お、お姉さん……ですか……。わ、悪くないですね」と、小声でもにょもにょ言っているアインハルトと対照的に、新しい友達が出来たヴィヴィオは実に楽しそうだ。
「なるほど~~……つまり、『あーちゃん』ですねっ!」
「えへへ……ってぇ、はいいっ!? 『あーちゃん』!?」
「あれ? 『あーたん』の方が良かったです?」
キョトンとした邪気のない視線を向けられ、何故か悪い事をしてしまったかのような錯覚に襲われてしまう『あーたん(仮)』。
じぃ~っ、と見つめられてしまい、居心地が悪そうにそっぽを向きながら蚊の鳴くような小声で、
「……『あーちゃん』でお願いします」
『あ、折れた』
二人の掛け合いを遠巻きに眺めていた一同の心の声がシンクロした。
「あの~、そろそろええか?」
と、ここで傍観に徹していたはやてからヴィヴィオへと声がかけられる。
「なあ、ヴィヴィオちゃん。なんでこんなトコに一人でおるん?」
疑問形ではあったものの、はやての中ではすでに回答を導き出せていた。
それでも淡い希望を抱いたが故の問いかけだったのだが――
「一人じゃないですよ~? ダークパパもアリシアママもシュテルママも一緒にいますっ! パパたちはちょっぴり用事があるって言ってたので、その用が済むまで遊んでいるのです!」
どーだ! とばかりに胸を張るウィヴィオ嬢。
ご本人的には、パパたちのお仕事の邪魔をしない立派な女の子として顔見知りであるはやてに褒めて欲しいようだ。
無言で、『ナデナデしてもいいんですよ~?』 とアピールをされていらっしゃいます。
が、残念な事に、
『しゃ、シャマル! 今すぐアグスタ内部をスキャンしい! 緊急事態や!』
『は、はやてちゃん? 一体何事――』
『ロングアーチ1 八神 はやて、現在ヴィヴィオちゃんと邂逅中! 彼女の発言から読み取るに、この場所にダークさんたちがいる可能性が極めて濃厚! 至急、彼らの所在を確認せよ!』
『んなあっ!? ちょ、りょ、了解です! 【クラールヴィント】』
切羽詰まったはやての通信を受け、屋上で外部からの敵襲に備えていたシャマルが慌てて施設内部のスキャニングを開始する。
すると、六課隊長陣以外にSSランクの魔力反応が二つ、その近くに
結果に眉をひそませるものの、それは一瞬、即座に情報を六課部隊員へと展開する。
通信越しに驚きの声が上がるものん、それは仕方のない事だろうとシャマルは思う。
なにせ、ついこの間出会ったばかりの人物……それも、ブラックリスト最上位に君臨する犯罪者が、警戒を怠っていなかった自分たちの監視をすり抜け、優秀とオークションに参加していたのだから。
もしこの場に真っ当な局員が同伴していたとすれば、犯罪者の娘として生きる道を選んだヴィヴィオを急ぎ保護して更生させるべく尽力するのがセオリー……なのだが、
――ンな真似を仕出かしたら、ミッドが滅ぼされるっちゅうーの。
そう、海鳴市では少々ハッチャケていたとはいえ、元来ダークネスと言う人物は、敵意を向けてくる相手に容赦してやる様な殊勝な性格はしていない。
彼の身内へ向ける慈愛の視線は本物であり、だからこそヴィヴィオに危害を加えようものなら、破壊と殺戮の饗宴が現実のものとなるのは想像に難しくない。
……もっとも、それを抜きにしても、常識をどこかへ置いてきたっぽい鮮烈なる少女を抑え込むことも非常に困難であるのだが。
現に、俄かに慌ただしくなった空気に反応したのか、ざわめき、泣き声を上げる生徒もいる中で、やる気に満ちた表情を浮かべつつシャドーなんてしているのだから。
――時折、虚空に向かって何やら呟いている風に見えなくもないが……微妙な電波属性に目を瞑っても余りある能力をお持ちなのだ。
なにせこの幼女、士郎や恭也とバトっている父の姿を観戦しつつ、御神流剣術の奥義である“神速”を見て、覚えて、使いこなすような規格外なのだ。
「わ、私の立場が……!」 と崩れ落ちる美由紀が妹たちに慰められている横で、士郎が「ふむ……もし花梨がダーク君を落とすことができれば、少なくともヴィヴィオ君の世代までは御神流は安泰と言うことか……」なんて呟いていたのが、まるで昨日の事のように思い返される。
まあ要するに、魔法無しだとシグナムを打倒しうる戦闘力を誇る恭也ですら驚くほどの『戦いの才』を持っているのだ、彼女は。
一般人が数多く存在しているこのような場所で悶着を起こしてしまえば、間違いなく冗談では済まない被害が起こる。
さてさて、どうするべきかと頭を抱えそうになったはやてへ、
『八神部隊長! ガジェットが出現しました! Ⅰ型が三十機にⅡ型が六十……いえ、機影さらに増加中!』
『陸上に正体不明の生命反応も多数確認! 召喚魔法らしき遠距離召喚術と推察されます! ――えっ? な、なにコレ!?』
「どうした、ルキノ! 現状を報告せえ!」
『はっ、はい! ガジェットと思われる機影の更に遠方より、巨大な熱源を感知! データから推察するに、全長百メートルを超える巨大機動兵器と思われます。その内部には魔力反応も感知! 魔力ランク――計測不能!? そんな!?』
「っ!? まったく……どうしてこう問題ばかり起こるかなぁ!?」
はやてが思わず悪態をついてしまった次の瞬間、
アグスタそのものを揺るがすほどの振動が彼女らへと襲いかかった。
――◆◇◆――
――
大地を踏みならし、一歩、一歩と歩を進める。
始めはおぼつかない足取りで。
異様なる体躯が進むたびに、大地に広がる木々が薙ぎ払われ、小さき生命が逃走を始めた。
安住の地を蹂躙したという事実を、ソレは意識の端にすら留めない。
ソレの目的は使命を果たす事。
そして、かつて救えなかった幼き少女を守り抜くこと。
ただ――それだけなのだから。
「何よアレは!?」
ティアナが睨むのは森の奥から怒濤の津波を彷彿させる勢いで飛び出してきた異形の生物による大軍だった。
四足歩行しているモノがいれば、両腕が皮膜に覆われた飛龍のように見えるモノもいる。
大きさも千差万物で、座敷犬程度の小型種から、身の丈三メートルは下らないであろう巨大な個体まで存在している。
ガジェットだと思いきや、予想だにしない化け物による襲撃を受ける事になったものの、いつまでも呆気にとられて良い筈も無い。
意識を切り替えて素早く二丁拳銃を構えると、コンビを組んだスバルに的確な指示を送りつつ、敵の排除にうつる。
スバルも相棒による冷静な指示を受けて落ち着いたのか、雄叫びを上げながら異形の先頭に立つ頭部が刃のようになっている化け物へと拳を叩き込んだ。
刀剣を彷彿させる頭部を振り回して襲いかかってきたそれを障壁でいなし、無防備な側頭へカウンターの一撃を叩き込む。
奇声をあげて吹き飛んだ怪物は、木々の一つに激しく背中を打ち付け、力無く地面へと落ちていく。
だが――
「ちいっ! なんなのよこいつら!? 頭おかしいんじゃないの!?」
顔色を青くしたティアナの悲鳴じみた怒号が響き渡る。
それも仕方のない事だろう。なにせ、つい今しがたスバルにノックダウンされた個体へ後から続いてきた他の怪物たちが群がったかと思いきや、瞬く間に共食いを始めたのだから。
確かに、外形がここまで異なる以上、彼らが同一種族や群れとして機能しているとは考えにくい。
大方、召喚されるなりしてほっぽり出されたまま、人間を襲え……と言った簡単な指示しか受けていないのだろう。
元々人間を襲う種族だったのか、奴らの眼光はティアナたちを敵ではなく捕食対象……すなわち『餌』として見ている者のソレだ。
仲間意識も無いから、弱った軍勢は他の連中のディナーへと早変わり。
鮮血を振り撒き、肉片を撒き散らしながら生々しい音を立て続けている怖気極まる光景に、そう言った事に対する免疫が薄い少女たちの集中力が瞬く間に拡散していく。
相手が生物である以上、“殺さずに制する”を信条とする戦術を学んでいる彼女らには、いささか荷が重いと言わざるを得ない。
それでも、自分たちの後ろにいる戦う術を持たない人々を守るために、吐き気を堪えながら少女たちは戦いを継続する。
一人の犠牲も出してたまるか。そんな夢を抱きながら。
――◆◇◆――
――アレハ……マサカ……?
ソレは思った。
不意に己が動きを縛り上げたのは、筆舌出来ぬ強大なる覇気。
見上げてみれば、天の頂よりソレを見下ろす一つの存在。
太陽の如き
ソレは知っている。
あの存在こそ……己が属する種の頂に座す存在であることを。
そして――ソレが守るべき存在であった小さく幼い巫女に手を差し伸べてくれなかったことを。
ソレが、創造主たるお方より遣わされた“己”を、見下し……いや、睥睨している。
言外に、そう告げているかのように。
――ユルサヌ……!!
かような存在がいて良い筈がない。
巫女はソレらが種の声を聞き、心を通わせる神聖なる存在。
起源は違えど、
だが……奴は彼女を、竜の巫女を救ってはくれなかった。
見当違いだとは分かっている。力なく喰われたソレに言えた義理など存在しないのだと。
だが、それでも――……堪えきれぬ怒りがある!
ぎらついた牙が立ち並ぶ咢より溢れ出す、怒れる呻き声。
ソレは中空に浮かぶ存在を、排除すべき敵と見定めた。
創造主の命令は絶対。されど、この存在は此処で破壊する。
ひとつの“個”となったことで手に入れた『自我』。
それに従うまま、ソレは大地を踏みしめる両の足に力を込めた。
憎き『皇』を討ち滅ぼすために。
ティアナたちが戦いを繰り広げている場所から、アグスタを挟んでちょうど反対側。
ガジェットの大軍を捌き、防衛に当たっていた切名は、無機質なレンズ越しに元凶の悪意を感じとり、憎々しげに眉をひそませる。
「ちっ! やっぱり性能が向上していやがる! カエデ、気をつけろ!」
フランベルシュの斬撃を受け止めようとワイヤーケーブル絡みつかせようと目論み、群がってくるⅠ型の群れに対峙しながら、切名はカエデへと注意を飛ばす。
「あいよ! 大丈夫だから、安心しな――よおっと!」
Ⅰ型が放つレーザーをやたらと大袈裟な動きで回避しつつ、奴らを容赦なく蹴り砕いている親友の姿に、僅かに安堵する。
常人離れした耐久力を除くと、カエデは個人での戦闘よりも集団戦におけるブースト担当……即ちサポート役が適任である。
なのはの教導方針によって、単独でもいっぱしの戦闘を熟せるように格闘術なども鍛え上げられてはいるが、生憎とそちらの才能は持ち合わせていなかった。
遠距離では数発の誘導弾スフィアを形成させるだえで精いっぱい、格闘術も打たれ強さを前面に出したごり押しくらいしか身に着けられなかった。
何せ、細かい技術を教え込もうとしても、何故かエロ方面へのスキルへ転化させられてしまうのだ。
スフィアを利用した探索魔法を教えれば女風呂の覗きに使い、近接戦の体捌きを教えれば、覗きから逃れるための逃走術に転用されてしまう。
射撃を教えようものなら、「じゃあ、遠くのターゲットを正確に捉えられないといけませんねっ!」 と女子更衣室を覗くセクハラ行為を、「訓練ですっ! (キリッ!」 と大声で断言してしまうほどなのだ。
やることなす事、全てが犯罪行為に直結してしまう彼は、「とりあえず模擬戦でボコっておけば打たれ強くなるのでは?」 というシグナムの提案によって、終日隊長陣の誰かにボコられ続けると言う鬼畜訓練を施されてしまう事に。
……それでも変態行為が段々レベルアップしているのは、もうほんとにどうしようもないと言わざるを得ない。
そんなカエデであったが、流石にⅠ型と一対一の状況下では押されるような事は無いようだ。
切名を優先的に狙っているせいか、カエデへのマークが緩くなっているので、今はまだ彼単体でも問題なく対処できていた。
しかし、いつまでもここで足止めを受けてしまうのはよろしくない。
敵は次々に増援を送り込んできていると言うのに対して、この場には彼ら二人しかいないからだ。
元来この場に配属されている筈のエリオは、敵が召喚魔法を発動させたと聞くなり、反応のあった座標へ突撃していったのだ。
おそらくは、その場に居るであろう召喚士……キャロを止めるために。
独断専行は許されないが、敵の主格と目される召喚主を押さえなければジリ貧なのも、また事実。
結果、地上をフォワード四名が、上空を副隊長の二人が対処するという陣形となった。
防衛の指揮官であるシャマルとザフィーラがアグスタに構え、防衛線をすり抜けてくる化け物の対処に動けない以上、長期戦は圧倒的に不利。
――ったく、どういうカラクリだ? ティアとスバルがこうも易々と敵の進行を許すってのは?
シャマルからの念話によると、アグスタの入り口近くへ幻のように突然現れた化け物の一団が出現し、ザフィーラが防衛に当たっているとのことだ。
おそらくは迷彩能力を持った個体が、防衛線をすり抜けたのだと推察できるが、それでも普段のティアナなら気配を探知するなりして見抜くことはできるはずだった。
しかし、そんな切名の考えには重要なピースが欠けていた。
ティアナは心優しい少女であり、未だ生物の命を奪うと言う行為に耐性がついていないと言うことを。
人ならざる異形とは言え、マニュアル通りに無力化しようとも、結果的に共食いによって殺してしまう。
人を襲う化け物とは言え、命を奪うと言う行為に慣れていない彼女は精神的動揺を隠せず、結果として姿を隠した敵の隠遁を見抜くことが出来ないでいるのだ。
戦いに慣れ過ぎたが故の弊害と言うべきか、そんな事態など想像も出来ないでいる切名は、とにかくガジェットを排除しないと始まらないと意識を切り替えると、紅蓮の炎を纏わせた愛剣を振いながら、鉄の軍然へと跳びこんでいった。
――◆◇◆――
殴り、蹴り、噛み千切る。されど敵はいまだ健在。
――フザケルナフザケルナフザケルナ……!
壊す。砕く。潰す。引き裂く。すり潰す。
如何なる手段を用いようと、コレは必ず“己”が
なぜ自分がそこまで執着を見せているのか、もはや自分でもよく分からない。
それでもやらねばならないという衝動がソレの中を駆け巡る。
天を翔け、空を往く。
そんな最中、不意に気付く。
眼下に創造主より与えられた知識にある『人間』がいたことに。
そして……そのそばに、誰よりも守りたい少女がいることに。
気付かぬうちに、近くまで来ていたようだ。
ならばちょうどいい。コレを壊して、アレも壊す。
彼女を……巫女を傷つけようとする存在は、すべて己が破壊する!
唸り、吼え、滾り……獣の如き雄たけびを上げる。
全ては、己が心の求めるままに。
「はぁあああああっ!」
「くっ――!? この前よりも……強いっ!?」
森の奥で自分が召喚した『竜』の群れを制御していたキャロが、群れの中を突っ切ってきたエリオと戦闘を繰り広げていた。
しかし、以前のような一方的な状況には陥らなかった。
キャロを止めるために花梨へと師事し、より実践的な戦闘訓練を積み重ねたエリオの運動性、反射速度は、基本後方支援型であるキャロの反応速度を凌駕するに至っていた。もしこの場に彼女の相棒たるフリードリヒが同伴していればここまで戦況が拮抗することも無かっただろう。
しかし、実際の戦況は五分五分。大量の竜を召喚するという今回の任務では、召喚主であるキャロにすら牙を剝きかねないフリードを同伴させることは危険だからだ。フリードは以前にも、キャロが集落を追放された直後の心が弱っていた時期に彼女の精神を侵食し、狂気の闇へ落とそうと目論んだと言う前科がある。敵方の主戦力である機動六課はアグスタ防衛を優先し、キャロの探索を後回しにするだろうという予測を立てていたのだが……ものの見事に裏目ってしまったらしい。
「キャロ! 君はここでっ!」
声と同時、雷を迸らせる槍刃が煌めき、キャロのマントを切り裂いた。
「この……っ!」
咄嗟にバックステップを取りながら【アルケミックチェーン】を召喚して打ち払おうとするものの、エリオは鎖の不規則な機動を完全に見抜き、最小限の体捌きで攻撃の嵐をいなしていく。
ジワジワと距離を詰めてくるエリオに焦り、唇を噛むキャロ。焦りが心の余裕を打ち払い、鎖の操作が大雑把になってしまう。
攻撃の精度を落とした敵の隙を見抜き、一気呵成に距離を詰めようとするエリオ。
踏み込みの速度に驚いて動きを止めてしまったキャロの懐へと飛び込むと、【ストラーダ】の柄頭を彼女のデバイスであるグローブへと叩き付ける。
竜軍の制御も補佐していたデバイスであったが、コアに当たる部分に強い衝撃を受けたことで一時的な機能不全に陥ってしまう。
機能回復までわずか数秒、本当に小さな時であったものの、その一瞬が戦局を大きく動かすこととなった。
突然召喚主からの指令が途絶え、戸惑いを顕わにした竜たち。僅かに動きを止めてしまった彼らはまさに隙だらけ。
ガジェットの大半を駆逐したシグナムとヴィータの援護もあり、フォワードたちが一気に攻勢へと転じたことで戦局は一気にひっくり返されてしまった。
「そんな……! くうっ、よくも!」
キャロの顔が怒りに染まる。折角自分一人に任された『お仕事』だと言うのに、圧倒して蹂躙して殺し尽くすだけの簡単な『お仕事』だった筈なのに!
怒りに震える指先をタクトのように振るい、新たに召喚した八本の鎖でエリオの全方位を包み込む。
逃げ道を塞いだ。いくらすばしっこくても、これは躱せない。
『お仕事』を完遂させるには、もう一度竜たちを召喚しないといけない。そのためには、少しでも早くエリオを倒す必要がある。
殺到する鎖の牢獄の向こう側で大地に倒れ伏すエリオの姿を幻視してキャロの口元が弧を描き――
「……え?」
次の瞬間、驚愕と戦慄で凍りついた。
「うっ――おぉおおおおおおおおおおおっ!」
「ばっ――バカじゃないんですかっ!? 何を考えているんです!? バリアジャケットを自ら脱ぎ捨てるなんてっ!?」
生々しい傷痕を全身に刻み付けながら牢獄を真正面から突き破って見せたエリオに、キャロは戦慄を感じずにはいられなかった。
彼女の喉元に切っ先を突き付け、荒い呼吸で肩を震わせているというのに、エリオの瞳に宿った覚悟の炎は全く揺らいではいなかった。
エリオが仕掛けたのは【バリアバースト】と呼ばれる魔法だ。
魔力で構成されているバリアジャケットへ意図的に魔力を注ぎ込み、供給過多による
元来は、防御を貫通する程の攻撃に対する最終手段として発動させる
一歩間違えれば自らの命を失いかねないほどの危険な行為。フェイト同様、機動重視であるエリオにとって、まさしく命を賭けた蛮行だとキャロは思う。
しかし、当の本人にとっては、自らが下した判断を最善であったと認識している。
なぜならば……こうして、キャロと正面から向き合えることが出来たのだから。
「キャロ……僕は――ッ!?」
「えっ!?」
伝えたい想いが上手く言葉に出来なくて言いよどみ、それでも何とか言葉にしようと口を開いた瞬間、凄まじい爆音と共に、彼らのすぐ近くへと何かが飛来した。
撒き上がる粉塵と暴風から咄嗟にキャロを抱きしめて庇うエリオ。
咄嗟の事態に思考が停止してしまったのか、年相応の女の子のように真っ赤になってあわあわしているキャロを抱き抱えながら、エリオの目が上空より飛来したナニカの正体を捕捉する。
そこにいたのは――
「
その場所は、つい今しがたまで激しい戦闘を繰り広げていたせいもあって、大木の群れが覆い茂る森林は殺伐とした風景へと移り変わっていた。
しかし、深さ数メートルは下らないクレーターを造り出すほどの衝撃波は、彼らの戦いをまるで児戯っそのものだと言わんばかりに、消し飛ばしてみせた。
周囲の木々は放射状に折れ曲がり、大地は薙ぎ払われて無残な姿を晒している。
その中心にいるダークネスはピクリとも動かない。
黄金色の鎧は土に汚れきっていて、太陽の如き眩い輝きが穢されている。
瞳は閉じられ、呻き声すら聴こえてこない。
――まさか!?
脳裏に浮かぶありえない可能性に生きつき、思わず顔を見合わせてしまうエリオとキャロ。
と、その時だ。
木々の合間より降り注いでいた太陽の輝きを覆い隠すほどの巨大なナニカが、天空より飛来したのは。
「なっ、これはまさか……ドラゴン!?」
「ちっ、違う……ううん、
それはあまりにも巨大な、人型のドラゴンとしての姿をしていた。
身の丈は数十、いや、数百はあるだろう。
小さな板金を無理やり貼り付け、繋ぎ合わせたかのような歪な外甲の隙間から、生物の筋組織と機械的な装置らしきものが見え隠れしている。
まるで人体模型に肌色の紙を張り付けたみたいだと、以前医務室で何故か部屋の隅に置かれていた人体模型に驚きの声を上げてしまった経験があるエリオは思った。
ベースとなっているのは間違いなく生物だ。
しかし、それを機械的な改造を加えることで、生物本来が持つ能力限界値を逸脱した
太く、強靭な四肢とやや小ぶりの頭部。
骨格こそ竜のものであるものの、剥き出しの筋肉とカメラアイのような眼球が蠢く様は、雄々しさよりも悍ましさを先に感じさせる。
剥き出しの闘争本能を顕わにし、骨の髄まで響く重低音の唸り声を上げた巨人は、地に伏したダークネスを見据えるなり両手を頭上で組み合わせ、まるでハンマーのように躊躇なく振り下ろした。
再度の爆音。先ほど以上の衝撃がエリオたちを襲い、吹き飛ばされないように地面に倒れ込んだ彼らが見つめる先で、巨人による圧倒的な暴力の蹂躙が繰り広げられていた。
巨人からしてみれば爪先程度の大きさしか持たないダークネス目掛け、何度も何度も拳を振り下ろし、叩き付ける。
憎悪すら感じさせる暴虐の前に、砕け散った木々が木の葉のように舞い上がる。
濛々と吹き荒れる粉塵から目を庇いながら、エリオは圧倒的な暴力を振るい続けている歪な巨人を放心しながら見上げることしかできないでいた。
驚愕と戦慄をないまぜにした視線に気づいていないのか、竜を模した巨人が生物のように滑らかな動きで腕を上げ、ちょうど胸元の辺りへと差し出す。
すると、胸部を蔽っていた装甲が内部よりはじけ飛び、心臓のように鼓動を繰り返す真紅の宝珠らしき内部機関が剥き出しになった。
そこから太い棒のようにも見える物体が生えたかと思うと、巨人はそれを両手でつかみ取り、一気に引きぬいた。
「あれは……槍……?」
それは槍のようでもあり、大砲のようでもある歪な武器であった。
二股に分かれた切っ先は鋭い刃の光沢を放ち、表面は血管にも見えるラインで埋め尽くされている。
そこに流れるのは膨大なる魔力。まるで、武器自体が生きているかのように脈動し、不気味な鼓動音を鳴り響かせている。
エリオの背筋に冷たい物が走る。アレは世にあってはならない物だと、生物としての本能が警告を上げていたからだ。
しかし、小さくも勇敢な少年など眼中にないとばかりに、巨人はダークネスがめり込んだ大地から視線を外さない。
恐れおののく様にざわめく森の悲鳴をBGMに、巨人が武器を構える。
やはり大砲だったのだろう、切っ先の間に存在する砲口をダークネスへと向けると、巨人を中心として発生した目視できるほど凄まじい魔力が暴風となって吹き荒れる。
身の丈を超えるほどの巨大な獲物を両手で構えると、脚部から姿勢制御用のアンカーが射出されて大地に楔を打ち込む。
そうしなければ反動に耐えられないと言うことなのだろう。
これから放たれるのは、間違いなく人智を超えた破壊の奔流であると、否応なしに理解させられる。
(だ、駄目だ……! ここにいたら巻き込まれる!)
心中で悲鳴をあげながら、エリオはキャロを抱き抱えると、この場から離脱しようと全身に魔力を流そうとする。
しかし……
「――っク!? こんな、時に、っ……!」
『魔力切れ』
キャロとの戦闘で限界を超えた魔力放出を続けた結果、決して少なくは無いエリオの魔力は底をつき、最早身体強化にまわせるだけの余禄は残されていなかった。それはキャロも同様だ。
彼女が召喚した竜たち、奴らはキャロの魔力を代価として先払いすることで召喚に応じている。
つまり、あれだけの大軍を同時に展開させていたキャロは、エリオと戦闘を行う前の時点で残存魔力が四割を下回っていたのだ。
そこからエリオとの激闘をこなした結果、現在の彼女にはバリアジャケットを維持する程度の魔力しか残されてはいなかった。
暴風が吹き荒れるこの場を、魔法も無しに離脱できるほど彼らの身体能力は優れていない。
つまりは……完全なる手詰まりということだ。
異変を察知して仲間が駆けつけてくるとしても、僅かに時間が掛かってしまうだろう。
ハッキリ言って、今まさに攻撃を放たんとしている巨人の攻撃範囲から離脱出来るとは考えられない。
二人の脳裏に”諦め”の二文字が浮かび上がる。
しかし……運命と言う奴はどこまでも人をおちょくるのが好みなようだ。
絶望を打ち払う輝きを放つ龍神が、静かに目蓋を開く。
ゆっくりと身体に張り付いた泥を払い落としながら、両の足で大地を踏みしめ、立ち上がる。
見上げる先には、今まさに解放されんと唸りを上げる膨大なる魔力の波動……!
「……オーションが済んで、さあヴィヴィオを探しに行くかと思った矢先に感じとった妙な気配。無性に気になったからヴィヴィオの事を二人に任せて、直接確認に来た訳なんだが……ふむ、なるほどな。
一人納得の様子を浮かべているダークネスはいつも通りの不敵な態度。あれほど巨大な物体の攻撃を受け続けたと言うのに、ダメージらしいダメージを受けた様子は微塵も感じられない。
「さしずめ、試作品のデータ収集が目的に投入されたといったところか。いや、それにしては少々浅はかすぎる。何故、態々手の内を晒すような真似を……いや、まてよ。――そうか、そういう事か。ルビーの奴め、なかなかしゃれた真似をしてくれるじゃないか」
なぜ『神を殺す鎧』の情報を自ら提示するのか。
その理由はおそらく……
(彼らが告げた悪意ある存在……おそらくは“奴”が関わっているということだろうな)
夢の世界で邂逅し、新たなる力を授けてくれた神々を思い出し、あれほどの力の主が警戒を呼び掛けるほどの危険な存在がこのセカイに――“
いや、おそらくはすでに――
「……まあ、それは追々の課題とさせて貰うとしよう。それに――コレにはコレで使い道はありそうだ」
不敵な笑みを浮かべると、両手を胸の前で重ねあわせ、己が内に宿る『竜』の
金色の鎧と同化したジュエルシードが暖かな輝きを放ち、それらはより合わさって光のヴェールとなり、全身を覆い尽くしていく。
それは蒼く輝く光の繭。
あまりにも幻想的な輝きに逃げることも忘れて、心を奪われたかのように見つめ続けるエリオとキャロ。
エリオは純粋な美しさに目を奪われていたが、竜の巫女たるキャロには目の前で形成された光の繭の中で、身近な存在と近しい気配を感じとっていた。
「これって、
瞬間、光が爆ぜた。
解き放たれた燐光が渦を巻き、蹂躙された大地を、森を、そこに住まう生物を愛しみ、包み込む様な優しさを内包させた魔力が世界に広がっていく。
だがその一方で、今まさにさらなる破壊をもたらさんとしていた未完なる“鎧”には、薄れかけた魂を震え上がらせるほどの殺意が、かの者の全身を蹂躙し、動きを拘束する。
あまりにも眩い輝きに目を焼かれて一時的に麻痺していた視力が回復すると、そこには金色に光り輝く一頭の“龍”が存在していた。
それは黄金色の鎧を身に纏った三つの頭部を持つ雄々しき龍神。
機械的にも見えるドラゴンそのもののソレへと転じた頭部は真紅の龍鱗と外甲で覆われており、鋭い牙が立ち並ぶ。
両肩の竜頭は首が伸びる様に前方へとせり出し、それぞれが意志を持つかのように唸り声をあげている。
巨大な双翼は装甲の繋ぎ目部分が展開され、そこから放出された魔力が光の翼を形成している。
太く鋭い爪で覆われた腕と大地を踏みしめる脚部には、途方も無い力強さを内包されているのが感じられる。
真の意味で《黄金の龍神》と化したダークネスが咆哮をあげる。その波動は凄まじい衝撃波となって、空を、大地を、世界を震撼させる。
この姿こそ、ダークネスのもう一つの姿。竜神としてのチカラを解放させた新たなるカタチ。
その名も――
『
ダークネスの鋭さを増した眼光が、敵を捕らえる。
気圧されたかのように動きを止めていた巨人が、目の前の恐ろしき敵を屠らんとチャージさせた魔力を解放させようとする。
砲身に集束された強大なる魔力は、リミッターを解除したなのはやはやての全力砲撃んすら凌駕するほど……。
まさしく、遍く生物を死滅させた災厄の巨人が揮いし破壊の杖――!
しかし、今のダークネスにとって
巨大化した翼をはためかせ、重量感を増した体躯を空中へと浮かび上がらせると、ダークネスの全身を光り輝く魔力粒子が取り巻いていく。
それはまるで、恒星に集いし星屑を彷彿させる輝き……!
「うつろいし魂よ……!
集った魔力が解き放たれた瞬間、解放された魔力光が輝く竜鱗となって天空へと飛翔、歪なる”鎧”目掛けて殺到する。
と同時に、撃ち放たれた魔導砲とぶつかり合い、激しい爆発が巻き起こる――が、それも一瞬。
飛翔する竜鱗は鋭い刃となって巨人の魔導砲を切り裂き、霧散させながら突き進みながら巨人へと殺到する。
見てくれ通りに防御力はほとんど考慮していなかったらしく、その体躯に比べて砂粒程度にしか見えない竜鱗に全身を切り裂かれ、剥き出しの体組織を次々に引き裂かれていく。
言葉では表現できない叫びをあげる巨人は瞬く間に星屑の奔流に呑み込まれ、磔にされる。
苦しみ、何とか拘束から逃れようとする巨人の眼が、光りの包囲を穿つように突撃してくる黄金の光を垣間見た。
それは光がカタチを成した最強の龍神。
星屑を従えた黄金の流星が、仮初の命を与えられし巨人に終焉の幕を下ろす……!
――幼キ巫女ヨ……我ハ……汝、ヲ――……
眩い金色に撃ち抜かれながら、かつて守り神として崇められていたソレはカメラアイを動かして己が守護すべき巫女たる少女の姿を見下ろす。
また守れなかった事に対する無念を抱きながら。
それが、ルシエの里にて黒き神と呼ばれし偉大なる竜……かつて、『ヴォルテール』と呼ばれし存在が最後に抱いた感情だった――……。
「
次の瞬間、金色の流星となった超竜皇によってソレの魂は撃ち抜かれ、粉微塵に粉砕された。
技の発動を終えて元の姿に戻ったダークネスは爆散して大地へと降り注ぐ巨人の欠片のいくつかを掴み取り、収納箱として利用しているパンドラへと納めていく。
形が残った部品のほぼすべての回収を終えると、戦いを終えたとばかりに肩の力を抜いて、深く息を吐く。
と、何かに気づいたかのようにアグスタのある方角を見やり、
「この気配はヴィヴィオか? ふ、流石は俺とアイツらの娘だ。こんなに早く
はるか遠くより感じられる神聖なる力の波動を感知して、ダークネスは嬉しそうに口端を吊り上げる。
強化された彼の瞳に映しだされたのは、新しい家族を傍らに控えさせ、輝く衣に身を包んだ『新しき王』の姿だった。
嫁、妻、娘、愛人に続いてペットまでご登場。
ダークさんの愉快なご家庭が、着実に作られていきますな!
彼の出番は次回にて。アグスタ内部での戦闘シーンになる予定。
主役はもちろん……あの娘ですよ♪
●作中に登場した魔法、魔導兵器解説
・プロトA
製作者:ルビー
ルビーが制作した《神》をも滅ぼす”鎧”――の、試作品。
フリードに喰い殺された守り神ヴォルテールの細胞から再生・復元されたクローンをベースに作り上げられた生体兵器。
アジトでのデータ収集を終えたために、威力偵察もかねてアグスタ戦に投入された。
本来の予定では六課にぶつけて戦闘経験を積ませて、次回以降にダークネスへと挑ませる予定だったのだが……アグスタに訪れていたダークネスに感知され、戦闘に突入した。
名前の通り試作品止まりの出来で、完成品よりも格段に戦闘能力は劣るのだが、それでも管理局一個師団を上回る戦力を誇る。
とある巨大生体兵器を模して造り出されたようだが、試作故に装甲がなく、内部機構がむき出しになっている。
・
使用者:ダークネス
スペリオルダークネスEXのもう一つの姿。人型とはうって変わり、野性味あふれる三つ首のドラゴンへと変身する。実は『神成るモノ』の段階からドラゴン形態には変身できてはいたものの、この姿になると闘争心が膨れ上がり、理性が薄まってしまうという欠点が存在するので変身は控えていた。
そのかわり、身体能力は倍近くまで膨れ上がるらしい。
・【
使用者:ダークネス
超龍皇形態となったダークネスの必殺技と呼べる技。
全身から解き放った魔力を竜鱗と化して対象を切り裂き、拘束したところを全身を魔力で纏った体当たりで貫く。
・エクスワイバリオン
契約者:ダークネス
ダークネスが《黄金神》スペリオルカイザーZと《白き守護者》サンボーンより受け継いだ大幻獣。
彼の出番は次話にて掲載予定。
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鮮烈なる聖王姫
彼女はもちろん、これまでほとんど戦闘シーンがなかったあの少年にもスポットが。
ダークネスが“鎧”を破壊し、手勢が尽きたキャロがドサクサまぎれに逃走を図っていた頃、アグスタ内部でも戦いが繰り広げられていた。
対外的には本命にあたる午後のオークション。無限図書の司書長による解説付きの一大イベントが開催されていた会場は現在、阿鼻叫喚の喧騒渦巻く混沌の場と化していた。
出席者たちの警護に当たっていた護衛やSPが何とか混乱を抑えようと四苦八苦している中、警護として会場にいたなのはとフェイトはガジェットとアンノウンの襲来の連絡を受けた直後に突然なだれ込んできた襲撃者と対峙していた。
全身を真っ黒な闇色の衣装に身を包んだ異装の集団。海鳴市でも現れた正体不明の襲撃者。
“影”の一団が、再び彼女らの前へと姿を現したのだ。
以前相対した際は切名の戦力調査が目的だったらしく、なのはたちには逃げの一手を取るばかりでまともな戦闘を行うことは無かった。
しかし、今度は違う、
明らかな殺意を持って彼女らを……いや、彼女たちが守らなければならない
一糸乱れぬ動きで懐より取り出したのは、無骨な金属質漂う
管理世界において所持するだけでも罪に問われてしまう危険物である『銃』、しかも相当の改造が施されていると一見して分かるアサルトライフルであった。
部屋の壁に背中を預けるような立ち位置でなのはたちを取り囲んだ“影”たちは、円陣を組んだ彼女らの背中に隠れた招待客目掛けて躊躇なく引き金を引く。
もはや轟音と呼ぶにふさわしい銃音が彼女らへと襲いかかる。
咄嗟にデバイスを起動させて迎撃を行わんとするものの、更なる困難が彼女たちを襲う。
「くっ!? AMF……こんな強力な!?」
「そんな!? ガジェットもいないのにどうして!?」
デバイスを起動させることは出来た。しかし、バリアジャケットを形成する魔力素の結合は寸断されてしまい、戦闘服を纏うことが出来ない。
慌てふためくSPたちが次々と蜂の巣にされて真紅の血肉となって真っ赤な絨毯に撒き散らされていく中、怒号と悲鳴をあげる事しか出来ない護衛対象を普段より弱体化した障壁でどうにか防ぐ。
ギリギリで冷静さを取り戻し、ひき肉のお仲間に成らずに済んだ護衛の生き残りやユーノと協力して円形のフィールド型障壁を発動し続けることで攻撃を防ぐ。
しかし、暴風の如き勢いで襲いかかる敵に対し、ただ守りに徹するのは悪手と言わざるを得ない。
フェイトの頬を冷たい雫が流れ落ちる。執務官として犯罪者の拠点へ制圧に乗り出した経験がある彼女には事態の深刻さが嫌というほどに理解できていた。
立ち位置こそ真逆だが、この状況はまさに管理局の襲撃を受けた犯罪者たちが悪あがきにとる手段そのものではないか。
雨のように降り注ぐ魔力弾を魔導師を前面に押し出すことでせき止め、持ちこたえている間に増援を求める。
イチかバチかの突撃を仕掛けてくる輩は実は少なく、大半は予備選力や同業者への救援を要請して守りに徹する者が大半なのだ。
そんな時に突入班の指揮を務めるフェイトがとる戦術とは、『孤立させて鎮圧する』という何とも単純なもの。
突入前に連絡手段を遮断、あるいは先だって捕縛しておいて逃げ道を塞ぎ、全方位の後、一気に鎮圧する。
単純だからこそ、効果的な戦法の一つでもある手法なのだが、現在の彼女らの状況はまさにそれそのものでは無いか。
「……マズイよなのは。このままだとジリ貧だ。どうにかして包囲を突破しないと」
「うん……。でも、一般人を守りながら離脱するのは不可能だよ。はやてちゃんは宗助たちを守らないといけないし、外にいるみんなはガジェットの対応で手いっぱい。かと言って時間を稼いだところでこんなに濃いAMFのなかじゃあそんなに持たない。向こうが終わる前に、私たちの方が穴だらけにされちゃうよ」
「それがわかっているから、彼らは僕たちじゃなくてお客さんたちをターゲットにしているんだろうね。くそっ、こんな事なら僕もデバイスの一つでも用意しておくんだったよ。それだけでも魔法効果を高められたって言うのに……」
司書長としての事務作業を務めてきたユーノは前線に立つなのはたちに比べて、魔導の腕が若干低下してしまっている。
現に今も、マルチタスクの殆んどを術式の演算に費やすことで、何とか障壁を維持出来ているのだ。
それでも、高密度AMF状況下でありながら、複数人で共同展開させている複合障壁の中核を担えているのは流石と言わざるを得ない。
しかし、それでもなのはやフェイトを攻勢に出させるほどの余力は無い。もし彼女らが迎撃を行おうとすれば、その瞬間に障壁は強度を一気に低下させてしまうことだろう。つまりは手詰まり。
防御に全力を注いでいるユーノはもちろん、なのは、フェイト、魔導師であるSPの誰一人でも欠けてしまえば、その先にあるのは無残な事態の山と化した自分たちの未来しか存在しない。
つまり、彼女らがこの状況を打破できる可能性が残されているとすれば――
「斬り裂くんだよっ! ギガストラッシュ!」
【Giga strush!】
「薙ぎ払いなさい……! フレイムチャージ!」
【Frame chage!】
“影”にも予測不可能な援軍の登場に他ならない。
紫電の残滓を閃き、黒を斬り裂くのは天の威を示す雷光。
真紅の燐光を煌めかせ、黒を薙ぎ払うのは邪悪を浄化する輝焔。
突然の襲撃に混乱を見せる“影”たちの向こう側に、見覚えのある人物が開け放たれたドアにもたれかかりながら不敵な笑みを浮かべて佇んでいた。
AMFの影響を受けているのかデバイスこそ起動出来てはいるものの、その身を包むのはバリアジャケットではなく絢爛なドレスと着物。
それでも、圧倒的な強者は自分たちであると言わんばかりに、悠然と会場を見下ろしている。
「貴方たちは……!」
「アリシア! それにシュテルまで……!」
「うわぁ……これはまた予想外」
驚くなのは、目を白黒させるフェイト、若干遠い眼を浮かべるユーノ。
つい先ほど、ロングアーチ経由でダークネス一味がアグスタにいるとは聞いてはいたが……まさかここまで堂々とご登場してくださるとは。
なのはらと瓜二つの女性が登場したことに戸惑いの声を上げる観客たちを余所に、完璧な包囲を思わせていた陣形を一太刀で切り崩してみせた双翼が、不敵な笑みを浮かべて戦場へと降臨した。
「こいつらにはちょ~っと聞きたい事もあるからね~。ボコんのを手伝ってあげるんだよ」
「まあ、そう言う訳です。貴方たちはどうしますか? アホ顔晒すしか能が無いのでしたら、とっととそこにいる
「う、噂以上に毒を吐くんだね……」
なのはと同じ顔の持ち主から放たれる毒舌に、ユーノは冷や汗を禁じ得ない。
必死のフェイトに羽交い絞めにされながら、マジギレしかけているなのはを出来るだけ視界に映さないように顔を背けていると、ふとごくごく当たり前の疑問が湧き上がってきた。
「あの……君たち? どうして僕たちを助けてくれるんだ?」
単純に“影”を捕えようというのなら、わざわざ危機に瀕していた自分たちを助けに入る必要はないだろう。
ユーノたちが力尽き、仕留めた所で獲物を打ち取った心の緩み……連中が隙を見せた瞬間を狙いすまして強襲すれば事足りるはずだ。
なのに、彼女らの動きは明らかにユーノたちを助けるためのもの。犯罪者である彼女らに、管理局員や協力者である彼らを助ける義務は存在しないハズなのだ。だが、
「確かに義務はないよ。でもね、君たちに生きていてもらえればこれから先の
「私たちの願いはあの方の勝利と、その先にある未来を掴み取る事。そのためならば、敵であろうと手を差し伸べてみせますよ」
ダークネスがアリシアたちを大切に想い、手を差し伸べてきたように。
アリシアたちもまた、ダークネスのために出来る事を模索し、行動を起こしているのだ。
互いを互いが想い合い、渦巻き、重なり合った想いは大きな力となって未来を創りだしていく。
すべては望む
「――っ、だ、だったら!」
「にゃ?」
「だったら! ……今は味方だって考えてもいいんだよね? アリシアちゃん、シュテルちゃん」
「なのは!? それは――」
管理局員としては到底受け入れる事は出来ないと、彼女の理性が叫んでいる。
しかし、彼女の
大事な誰かを想い、眩いばかりに真っ直ぐな眼差しを持った彼女たちを信じてみたい、と。
それはフェイトも同様だ。しこりが残る姉と一時的ではあっても手を取り合うことができるのなら……と。
そうこうしている位置に動揺を収めた“影”たちが二手に分かれ、再び攻撃を仕掛けようと陣形を整える。
これ以上の問答にかまけている余裕は残されていない。
あとは唯……『決断』するのみ。
彼女たちを信用せず、自力でこの状況を切り抜けるのか。
それとも――……
「っ! フェイトちゃん!」
「……わかったよなのは。――アリシア、シュテル。
「……おっけ~い♪」
「ふ……いい判断です」
返答に満足げに頷きを返し、“黄金神の双翼”が戦場へと足を踏み入れた。
――◆◇◆――
宗助たちが集められていた会議室、そこもまた敵の襲撃に晒されていた。
敵の襲撃の報告を受けたはやては六課メンバーに指示を出しつつ、一般人である生徒たちの避難誘導を行った。
建物を震わせる振動に恐怖を煽られ、泣きわめく下級生たちを上級生が慰め、介抱しながら教師の先導の元、移動を開始。
しかし、手薄になった守りの隙をすり抜けてきたかのように突然現れたのは一人の“影”。
はやてや生徒たちには目もくれず、腰から引き抜いた短剣を逆手に構えた“影”は猛禽類を彷彿させるしなやかな身のこなしを見せ、一人の少女目掛けて襲いかかってきた。
狙いは可愛らしいドレス姿の少女……ヴィヴィオ。
天井近くまで跳躍した“影”が、懐より取り出した小刀を短剣を構えるのとは逆の手の指の間で挟み込み、弾丸の如き速度で撃ち放った。
投擲と呼ばれるソレはしかし、冗談のような速度と精度を叩き出した。ヴィヴィオが紙一重で刃を躱すと、床に突き刺さった小刀がコンクリート製の床を貫通し、下の階層まで到達した。あまりにも冗談みたいな威力に、すぐ目の前にいたアインハルトの顔に恐怖が浮かぶ。
しかも、攻撃は単発では終わらなかった。何も無い虚空より手品のように次々と短剣が現れては投擲され、雨霰のように少女目掛けて降り注ぐ。
真紅に全身を染め上げる少女の未来を連想した生徒たちの悲鳴と静止を呼びかけるはやてと宗助の怒号が室内に木霊する。
紙一重で攻撃を躱し続けているヴィヴィオを助けようと、はやてが待機状態のデバイスを取り出す。
しかし、敵は任務を遂行する上での最大障害となるであろうはやてへの対策を十分に用意していた。
金色の十字架である待機状態のデバイスを掲げ、起動させようと魔力を流す。だが、起動は不発に終わってしまう。
なんてことは無い、現在彼女らがいる会議室にはなのはたちが激闘を繰り広げているオークション会場よりも数段強力なAMFが展開されていたからだ。
念話も遮断され、完全に無力の小娘となり果てた事実に、はやては唇を噛む。
しかし、悲嘆にくれている場合ではない。魔法が使えないというのならば、今の自分に出来る事をやればよいだけの事だ。
「……ヴィヴィオちゃん!」
「は~い? なんですか~?」
「ソイツの狙いはアンタみたいや。だからこそ、あえて言わせて貰う――
「なっ、母様!?」
「はやてさん!? いったい何を」
「リヒト、ルーテシアちゃん、アンタたちもすぐにここから避難するんや。こんだけ強力なAMFの中じゃあ、私らに出来ることは何もない。むしろ、此処でウロチョロする方があの娘に迷惑や」
はやてとて、幼い少女に正体不明の襲撃者の相手を押し付けることは心苦しい。
それは、無力な自分への不甲斐なさと怒りに震え、力の限り握りしめたために血を流している彼女の拳が何よりの証だ。
それでも整然としら態度を崩すわけにはいかない。一般人である子どもたちにとって、頼れるのは大人であるはやてか引率の教師くらいなのだから。
ここで取り乱してしまえば、不安は恐怖を増長させつつ彼らへと感染し、パニックが引き起こされてしまう事だろう。
突然の事態にうろたえながらも大きな混乱が追っていないのは、テレビや雑誌でも取り上げられたことがある有名人『八神 はやて』の存在を頼もしく感じているからに他ならない。
ヴィヴィオの正体を知らない彼らはこう考えているはずだ。
『
幼い少女ではなく、戦う術を持った魔導師だと錯覚しているからこそ、不気味な“影”とやり合っている彼女の存在が心の支えの一つになっているのだ。
事情を知るリヒトたちの発言を断ち切ったのは、都合のいい誤解を解かれてしまうことで、要らぬ混乱が巻き起こることを懸念したが故のことだ。
「……今やるべきことを見失ったらいかん。頼むから言う事きいてくれ」
決断に至った母の苦悩を感じとったのだろう、未だ納得が出来ていない様子のルーテシアの手を引いて、リヒトが出口へ向かって駆け出していく
娘の物分かりの良さに小さく苦笑を浮かべつつ、脱出していく生徒たちの殿をつとめるはやてと入れ違うように、激しい戦闘が繰り広げられている場へと飛び込もうとする二つの小さな影が存在した。
「えっ……そー君!?」
「はあ!? アンタなにやってんのよ!?」
「お前らは先に行け! 俺は――……奴を倒すっ!」
――世界を喰らう暴食の王よ、神話に幕を引いた神の獣よ!
駆け出し、戦場へと跳び込みながら、宗助が詠唱を紡ぐ。
――いまこそ古き盟約に従いて、我が前に顕現せよ!
己が内に宿りし――最高の相棒を呼び出す言霊を!
「来い――『
詠唱が終えると同時に、宗助の胸元から光が溢れ出す。
轟々と渦巻く『
かつて負わされた傷を感知させ、再びこの世界への顕現を果たした宗助の半身。
「行くぜ
『応よ! ――我、フェンリルの名においてここに宣言する! 我が牙、我が爪、我が魂の全てを汝、高町 宗助に委ねることを! 『魔槍』……開帳!』
主の求めに応じて、彼の中で封じられていた宝具開帳の許可を下す。
フェンリルの傷を癒す間、封印してきたもう一つの“相棒”を解放させる。
宗助が掲げた手の中で光りが収束し、爆発する。次の瞬間、彼の手の中には身の丈を大きく超えた漆黒の直槍が収められていた。
刃から柄尻に至るまで、全てが漆黒。その上を真紅の魔力が流れる文様が刻み込まれている。
巨大すぎるソレを軽々と振り回し、切っ先を“影”へと向ける。
その様は実に堂々としたもので、雄々しき神獣を従えたその姿はまさに神話の時代から蘇った
「
走り出したフェンリルの背中に飛び乗った宗助が、蜘蛛のように天井に張り付いた“影”に魔槍を突きだす。
突然の不意打ちでありながら、
まるで一人だけ重力が逆転しているかのように、天井をバク転して、宗助の攻撃を回避する。しかし、彼らの攻撃はこの程度では終わらない。
幼い容姿からは想像も出来ない見事な槍捌きを以て、立て続けに追撃を仕掛けていく。
連続で繰り出される槍先がブレるほどの鋭い突きの嵐、速射砲のように天井を穿っていくソレがつけた傷跡は、なんと罅ひとつ入っていない穴を形成していた。もし槍に余分な力が込められていたとすれば、切っ先に微弱なブレを生み出していたはずだ。当然そうなれば刺突に前方向へと進む以外の運動エネルギーが形成されることに繋がり、槍が刻んだ傷跡には放射状に亀裂や罅が走っていたはずである。
しかし、宗助の生み出した傷跡にはそのような形跡など微塵も存在しない。つまりそれは、彼の一撃は槍使いとして完全なる一撃……一つの完成系として確立されているということだ。
「っおぉおおおおおおっ!!」
「グルゥオオァアアアアアアアア!!」
魔力強化によって飛躍的に上昇した身体能力を活用した槍術を披露する宗助。
さらに筆舌すべきは鋭い牙を剝き、憎むべき敵の喉仏を噛み千切らんと飛び掛かるフェンリルだ。
全長三メートルほどの体躯を存分に生かし、人外の斥力を以て憎き宿敵と
跳びかかってくる二つの脅威を前にして、されど『かの者』に動揺の色は垣間見えない。
それどころか、軽やかな足捌きで怒濤の連携攻撃を躱し、いなし、すり抜けつつ、カウンターの反撃を繰り出してすらいる。
「カッ――!?」
そしてついに、“影”の蹴撃が宗助の鳩尾を捕えた。
獲物はともかく、四肢の間合いの違いが命運を分けた。
薙ぎ払われる横凪の一閃を肘と膝で挟み込むように受け止めた“影”はそのまま魔槍を掴み、引き寄せたところで放たれた内臓を押し潰す様な一撃に、胃液を吐き出しながら床へと叩き付けられる。よくも! と大口を開けて突っ込んできたフェンリルには、鼻頭へ叩き付ける様に短刀を叩きつける。
全身を覆う毛皮は銃弾すら弾き返す強度を誇るとはいえ、鼻先までは多い被っていない。ギャウンッ!? と悲鳴を上げながら、バランスを崩したフェンリルもまた主の後を追って床へと落下した。
身体の芯まで響く一撃を喰らった宗助は咳混みをしながらも立ち上がり、闘志を燃やす。
瞳に映しだされるのは敵を畏怖する『恐れ』……ではなく、してやったりといわんばかりの不敵さ。
その様に訝しむ“影”であったが、即座に己の異変に気づく。
「不可解……!」
“影”は困惑する。
己の全身を駆け巡る正体不明の虚脱感。自身の体調を数値として認識できる“影”だからこそ、今の状況に戸惑いを隠せない。
攻撃を受けた覚えはない。戦闘の疲労とも呼べるものも、この程度であるのならば問題は無いはずだ。
それだというのに――己の体力がちょうど二割ほど消費されている。まるで……その分だけ
要領の無い声色でこそあったが、歯を噛み締める音には確かな怒りの感情が見え隠れしていた。
――へっ、ザマあみやがれってんだ!
表情が見えなくても、間違いなく憤怒しているであろう敵の様子に溜飲を下げつつ、宗助は自分たちの戦術が効果を発揮したことに満足げにほくそ笑む。
苦渋を食わされた敵に同胞にやり返せたのが、相当に嬉しいようだ。
――何故、宗助たちの攻撃が直撃していないというのに“影”がここまで消耗しているのだろうか?
その理由は、彼が持つ魔槍にあった。
――『
それはラグナロクにて、最高神オーディンと対峙して彼を飲み込んだとされるフェンリルの『牙』から作られた漆黒の直槍。
デバイスではなく、刹那の『
その能力は『触れた相手の体力を一割削る』というもの。
これは直撃ではなくとも、ほんのさわり程度に触れるだけでも効果を発揮できるという非常に凶悪な能力を秘めているのだ。
騎獣を持つ彼の攻撃速度は極めて早く、彼の猛攻を防ぐことは出来ても完全に回避しきることは困難であると言わざるを得ない。
つまり、触れただけで体力を一割奪い去られ、体力の消耗に伴って動きが悪化し、更に追撃を受けてしまい再び体力を削られて――という、無限ループが形成されてしまうのだ。
“影”の消耗は、宗助の薙ぎ払いを片膝肘で挟み込むように受け止めたことに他ならない。
防御をすり抜けてくる効果を秘めているかもしれないと考え、白羽取りの要領で曲芸じみた防御術を見せたのだが、結果として膝と肘に当たり判定が出てしまい、合計二割の体力を一気に削り取られてしまったのだ。
ジワジワと獲物を追い詰めていく狩人を彷彿させる、非常に強力な“特典”であると言える。
(……けど、なんで削りきれてイネェんだ? 掠っただけでも能力は発動するはずなのに)
直撃せずとも、肉体の一部に掠るだけで体力を削り取るのが魔槍の能力だ。先ほどまでの攻防において、目に見える直撃を繰り出せたのは二回だけではあるが、それ以外にも槍が触れる程度の機会はいくつかあったはずなのだ。
つまり、本来ならば“影”はすでに全体力を削り取られていなければおかしい。僅か二割の消耗に抑えられているということは何らかのカラクリが潜んでいることになのか――?
「……予定、変更」
戦闘を引き延ばすことは危険と判断したのだろう。
何故か部屋に残っていたアインハルトを庇うように構える
――トスッ……
「え……っ!?」
「なっ!?」
「あーちゃんっ!?」
現実が理解できないと困惑を浮かべたアインハルトの胸元から、銀色に輝く刃が生まれ出た。
その刃の形状は、間違いなく“影”が手にしていた短刀の物。しかし、正面から投擲されたはずのソレがまるで幻影のように消え去った瞬間、アインハルトの胸から飛び出してきた。
それはまるで、彼女の中から鉄の刃が鬼子のように生まれ出たかのよう。
そのカラクリを、宗助は空間転移の類であると看破する。
(投げつけた短剣そのものを
舌打ちを堪えきれない。これは一対一の決闘などではなく、ルール無用の殺し合いなのだということを今更になって理解した。
ヴィヴィオを見捨てることを良しとしなかったのか、あるいは単純に己の
全身を苛む虚脱感と激痛に幼い身体が耐えられるはずも無く、アインハルトの身体がくの字に折れる。
「カッ……! ハ――!?」
「あーちゃんっ!? っく、こんのぉおおっ!!」
――きょと~りゅ~ いちのおうぎ きょうかすいげつ!
倒れ込むアインハルトを片手で支えながら、友を傷つけられたヴィヴィオの怒りが籠められた拳が追撃に迫ってくる“影”の心中を撃ち抜く。
骨を砕き、肉が破裂する生々しい炸裂音を上げながら、悲鳴を上げることも叶わない“影”が会議場の壁と叩き付けられる。
あまりの衝撃に壁が粉々に粉砕され、漆黒の衣を瓦礫の粉塵が覆い隠す。
想像以上の破壊力に冷や汗を流しながら駆け寄ってきた宗助にアインハルトを預けると、怒りに震えるヴィヴィオがゆらりと立ち上がる。
色違いの双眼に苛烈なる怒気を宿した少女の感情の高ぶりに呼応したかのように、照明に照らされた彼女の影が歪に歪む。
人型から異形のカタチへ、そして二次元であるはずの
痛烈な神気を感じとったフェンリルが警戒の唸り声を響かせる中、漆黒の繭となったヴィヴィオの影に複雑怪奇な文様が奔り――弾ける。
吹き荒ぶ烈風に思わず目を閉じてしまった宗助が再び目蓋を開いてみると、そこに金色と真紅が栄える大幻獣が顕現していた。
鮮鋭な竜麟で包まれた雄々しき体躯。金色の輝きを纏った偉大なる神の僕。
『天翔飛龍皇』 エクスワイバリオン
ダークネスがヴィヴィオにかけておいた、万が一の保険。
デバイスが未完成である彼女が『全力』を出せるようにサポートするようにという命を受け、彼女の影の中で護衛に当たっていた守り神だ。
主の娘たる少女の願いを叶えんと、戦意を滾らせる大幻獣が神聖さと雄々しさを内包した咆哮を響かせる。
と同時に、ヴィヴィオを中心に渦巻いていた虹色の魔力がエクスワイバリオンの金色の神力と絡み合い、ひとつに溶け合っていく。
「お願いだよワイちゃん……私に力を貸して!」
今こそ、己の
『――承知いたしました。姫、拙者の力、存分に揮われますよう』
少女の想いに応えるかのように、大幻獣によって増幅・制御された膨大なる魔力が彼女の身体を戦に相応しき姿へと転身させる。
光りが溢れ、爆散する。
その瞬間――古の伝説より蘇り、新たなる神話を創造する『王』が顕現した。
――――現れたのは金の髪を棚引かせた気高き戦乙女を彷彿させる少女。
十代半ばほどであろう若々しくも神々しい体躯に纏うのは純白の法衣。
一見すると戦闘には不向きに思える絢爛なドレスの上からゆったりとした外套を羽織っている。
肘ほどしかない布地の下にある両腕には、黒のラインが走る真紅の手甲。
胸元には、吸い込まれそうな黒い輝きを放つ首飾りに刻み込まれている十字架と三日月を繋いだかのような刻印が淡い光を放っている。
片と背中には、輝ける衣に触れないよう宙に浮かぶ非固定の鎧甲。
彼女の父を髣髴させる深紅の龍頭を模した装甲が両肩に、先鋭的な双翼が背中に装着されている。
虹と黄金の輝きを放つ魔力粒子が彼女の周囲を漂う燐光となって、少女の美貌を照らしだす。
この姿こそヴィヴィオが持つ希少能力『聖王の鎧』を十全に引き出すために最適な年齢へと自身の肉体を成長させる……ように見せる変身魔法を発動させた姿である『聖王モード』――――その更に上に在る形態。
最強に鍛え上げられ、最高と最優によって正しく導かれた『新たなる王』、その真の姿。
『
「真覇・虚刀流 第七の奥義――」
溢れんばかりに高まる魔力を滾らせる少女の双眼は、再び幻影のように背後へとまわりこんできた“影”の姿を狂いなく捉えていた。
指の間に挟んだ短剣を振り上げ、己目掛けて今まさに振り下ろさんとする敵をあざ笑うかのように、ヴィヴィオの姿がその場から消失する。
必殺を疑わなかった一撃を完全回避されて狼狽したのか、慌てて首を回してヴィヴィオの姿を探す“影”。
だがそれは悪手。何故なら、かの者はすでに聖王姫の間合いの内に足を踏み入れてしまっているからだ。
――真覇・虚刀流――
それは、空想上の産物である必殺技と呼べるものを現実に再現した上で、異なる技術を組み合わせて更なる向上を図った末に生み出された最強の戦闘技術。
刀を使わぬ剣術である虚刀流を雛形に、魔法という技術と他の技の特性を融合させることで完成したソレは、まさしく完殺必滅。
如何なる相手であろうとも確実に葬り去ることができるように鍛え上げられたソレの使い手を前にして、姿を見失うなど愚の骨頂……!
足の指で床を弾いた反動で、静止状態から一瞬で天井近くまで飛び上がったヴィヴィオは、無防備な“影”の頭上より渾身の一撃を振り下ろす。
霊峰すら叩き割る極限の剣戟と『花』の名を冠する奥義を組み合わせた――新たなる奥義のひとつを!
「“
回転する身体の遠心力を加算させた踵落としが、“影”の脳天へと叩き付けられる。
その衝撃は“影”の体内を浸透して床へと到達、半径数メートルものクレーターを形成させる。
しかし、それは単純なクレーターなのではない。
形成されたのは美しい新円を描く円形。深々と沈み込んだ床は水平を保っており、まるでそこだけ重力が何倍にも高まったことで陥没してしまったかのよう。
基点となる踵一点に破壊力が収束されているのではなく、そこを中心とした周囲の空間そのものを圧縮し、目標ごと押し潰す。
これこそが、“
とある世界の日の国にて、巨大なる蟲を屠るために剣を振るう若き侍の代名詞たる技の特性を組み込んだ真覇・虚刀流 第七の奥義――……。
「すっげぇ……てか、アイツ死んだんじゃね?」
陥没した床に倒れ伏したまま身動きひとつとらない“影”を見て、アインハルトの介抱をしていた宗助は小さく一人ごちる。
「いや……まだだぜ相棒! 奴は
しかし、彼の相棒たるフェンリルの鼻は、いまだ不愉快な匂い……何者かの悪意が存在していることを感知する。
刹那、ヴィヴィオの死角にある机の影から、
だが、それすらも今の彼女には不意打ちに成りえない。
軸足を起点に身を翻すことで躱して見せると、遠心力を利用した回し蹴りを“影”の側頭部へと叩き込む。
(――多分、増援が来たんじゃなくて最初から部屋の中に隠れていたんだね)
『おそらくはその通りでしょう。
――何故、宗助とフェンリルが二人がかりでありながら、一人相手にあそこまで手こずっていたのか?
それは空間転移を利用して二人の“影”が入れ替わることで一人に見せかけていたからに他ならない。
武器を呼び出す技量と、自身を転移させる技術。この二つに差異があったのは、前者は個人の能力だけのものであり、後者は二人の連携であったからに他ならない。一方が正面から戦闘を仕掛け、攻撃を受けそうになるタイミングで机などの影へと退避、同時にもう片方が敵の死角から攻撃を仕掛ける事で、凄腕の空間転移術師と錯覚させていたのだ。
宗助の魔槍を掠っていたのに消耗が低かったのもこのためだ。今まで姿を隠していた二人目こそが、一人目よりも多くの攻撃を掠り、体力を削られていた“影”。彼はもう一人が相手をしている間、じっと体力の回復に努めていた。
そして
「やっぱり、このまま見過ごす事なんて出来ないよ……。あーちゃんを傷つけた罪、ちゃーんとオトシマエをつけて貰わないとね!」
『姫、それは……』
砕け散った瓦礫が散乱する床の上を転がるように拭き飛んだもう一人の“影”を見据えながら、ヴィヴィオは『聖剣』を抜くことを決断する。
敵の能力限界はいまだ未知数。空間転移が奴の能力だと宗助は推察しているが、ヴィヴィオはそれだけとは思わない。
何故なら、これまでの戦闘方法と吊り合っていないからだ。
空間転移を自在に使いこなしているのは間違いないだろう。明らかに暗記で隠せる量の武器をどこからともなく取り出しているのも、見えない所で武器を召喚しているからに間違いないだろう。
しかし、もしアインハルトに仕掛けた様な、完璧な
ヴィヴィオが“誰”の娘であるかを理解していれば、この程度の戦力で彼女をどうにかできると考えるはずがない。
態々、姿を見せて正面から戦闘を仕掛ける様な暗殺者など非効率極まりない。確かに、そこに何らかの誇りや矜持を持ち合わせている相手であるのならばそれもアリかもしれない。だが、機械的な反応しか返さない“影”がそう言った人種であるとは到底考えられない。
……つまるところ、“影”の目的が本当はどこにあるのかはいまだに不明確だということだ。
今後の戦略を練る上では、『倒す』のではなく『制する』ことで情報を引き出す様に動く方が賢明なのかもしれない。
事実、彼女と融合しているエクスワイバリオンからはそのように進言を受けていた。
だが――
「ゴメンね、ワイちゃん……。でも私は許せないんだ。私の大切な友達を傷つけようとする人を黙って見過ごす事なんてできないから……!」
父は言った。『自分が信じた相手は何があっても護り抜いて見せろ』と。
母たちは言った。『何が正しいかじゃない。自分が何をやりたいかが大事なのよ』と。
友を傷つけた“影”が許せない。
ぜったいにぶっ飛ばす!
ヴィヴィオは決意を固める様に瞼を閉じると、静かに呼吸を整えて意識を集中させる。
正面へと突きだした右手指先は天を向き、腰だめに構える左手は如何なる型にも即座に転じることができるように軽く拳を握る。
腰を落とし、両足を開いて大地を踏みしめる。この独特な構えこそ、ヴィヴィオ
相手を傷つけないように意図的な
如何なる技であろうとも己が血肉と変える事が出来る彼女だからこそ生み出すことが出来た必勝必殺の戦闘技法……!
対人での使用を禁じられていたソレを披露することに、ヴィヴィオは微塵も後悔しない。
静かに開いた曇りなき瞳は、真っ直ぐに敵の姿を射抜く。
『決断』を下してしまった彼女の頑固さにちょっぴり呆れ、それ以上の喜びに満足げな笑みを浮かべながら、想いと優しさを司る大幻獣もまた、悪しき敵を打倒せんと力を高めていく。
黄金神の分身たる彼の心眼が、“影”の向こう側にいる悪の気配を……元主たちが懸念していたセカイに介入する邪悪なる意志の存在を感知する。
参加する者に対して等しく公平な恩恵を与えるあるはずの“
しかし、明らかに
一歩間違えればルール違反ともとられかねないギリギリの行為、無関係であるはずの彼らであっても何らかの
しかしそれでも……彼ならば、自力で元主と同じ頂へと昇りつめようとしている新たなる黄金の神の雛ならば――と。
特典のリスクを強化させたり、明らかに彼を排除するためだけに神殺しの“能力”を与えた参加者を用意するなどという妨害行為をものともしない『No.“Ⅰ”』ならば、必ずや正しい
時此処にいたり、その選択は正しかったのだと彼は確信する。
子は親の背中を見て育つ。
友のために心から怒ることができる少女を育て上げた今の彼ならば、希望を託すに値する存在であると。
故に、大幻獣は総てを賭けて幼き少女を高みへと導くことに専念する。
己の道を信じ、大切な誰かを護るために魂を震わせることができる少女の望むチカラを、引き出すために。
「……ありがとワイちゃん、私を信じてくれて。なら、今度は私がアナタの想いに答える番だよね――!」
ドクン、と胸の奥が脈動する。
『信頼』という代え難き想いを抱き、託してくれたエクスワイバリオンへ応える様に、ヴィヴィオの胸が、いや、全身に燃え盛る様な熱が伝達していく。
彼女が感じているものの正体――それは“
人を超えた『神成るモノ』にしか感じとることができぬはずの
《神》より分かたれた力の結晶である大幻獣と融合することで存在としての位が上がったために、“
「はぁああぁぁああああああああっ!!」
はるか天上より降り注ぐ膨大過ぎるエネルギーの制御をエクスワイバリオンに委ね、ヴィヴィオは滾り高まる闘志を燃やす。
“大切な『誰か』のために自分のチカラを振るう”
それこそが、ヴィヴィオが戦う力を学ぼうとした切っ掛け。
中身の無い器であった自分を優しさで満たしてくれた家族に誓った穢れ無き決意が、気高き聖剣を顕現させる……!
ヴィヴィオの構えが変わる。
突きだしていた右手を腰だめに構える左手に添え、身体を後方へと捻る
魔力を集束させていく左の拳を振るうと一目で分かってしまう構え……。
当然、そんな見え見えの攻撃を受けてやるほど“影”は甘くない。
蹴り飛ばされた痛みを遮断し、距離を取るために後方へと跳躍する。
だが――
「無駄だよ……その程度の選択で私の
ヴィヴィオは己の魔力と“
これより彼女が繰り出すのは必殺にして無敵の『聖剣』。
大切な誰かのために揮うと決めた、穢れ無き純粋にして鮮烈なる想いが鍛え上げた王の証――……。
「いくよ……!」
刹那、未来を司る新しき王の剣が解き放たれた。
「――『
打ち放たれたのは、眩いばかりの極彩色に光り輝く極光。
ヒトの身でありながら”究極”の領域へと達する
虹色の閃光は”影”に転移する隙も与えず、その存在全てを蹂躙していく。
直撃した瞬間、膨大な魔力が破壊の奔流となって荒れ狂い、半壊状態だった会議室を蹂躙していく。
『圧倒的な破壊』……それ以外の言葉が思いつかないほどに苛烈で、鮮烈な閃光もやがてその勢力を収めていく。
――後に残されたのは、欠片も残さずに破壊されつくした”無の領域”。
神狼の騎士を追い込み、誇り高き覇王の末裔を傷つけた愚者は、聖王姫の怒りの前に跡形もなく消失したのだ。
そう――――最高にして至高の聖剣の名を冠した
「ヴィヴィオ、さん……あなたは、いったい……?」
生徒たちの避難誘導を終えて戻ってきたはやての治療を受けながら、神々しいオーラを纏う『彼女』の背中を見つめるアインハルトが小さく呟いた。
ヴィヴィっ娘が禁手に至りました。宗助君の活躍をふっとばす無双っぷり(笑)。
ついでに、あーちゃんがヒロインしてますね。
ちなみに彼女が残っていた理由は、友達になったヴィヴィオを見捨てることが出来なかったのと、格闘家として、彼女がそこまで強くなった一因を見ることが出来るかもしれないと思っちゃったからです。
作中に登場した魔法解説
・『
使用者:高町 宗助
宗助が転生時に授けられた”特典”。
触れただけで対象の体力を一割削り取るという非常に強力な能力を内包している。
デバイスではなく、宝具として宗助の胎内に宿っている。
・聖王姫モード
使用者:ヴィヴィオ・スペリオル
ヴィヴィオが至った聖王モードを超える『新たなる王』の姿。
基礎身体能力のさらなる向上や、魔力量の増加、『聖王の鎧』の強化などの効果が発現する。
本人だけでは聖王モードへの変身が精いっぱいなところ、エクスワイバリオンとの融合によって欠点を克服・完成させた。
元々、アリシアたちが彼女のデバイスに高性能さを求めていたのは、この形態へと至るための補助装置とする目算だったから。そのため、デバイスが完成すれば、彼女単体でもこの形態に自由に変身可能となる予定。
・真覇・虚刀流
使用者:ヴィヴィオ・スペリオル
正史には存在しなかった幻想の技術――他作品の技――を組み合わせて作り上げられたヴィヴィオだけの戦
実戦を考慮した上で考案された流派故に、唯の拳でも人体を破壊しきるほどの攻撃力を実現させた。
攻撃的すぎる故の反動として普段のヴィヴィオでは肉体にかかる負荷が極めて大きいため、聖王モード以上の状態でしか使うことを許されていない。
そのかわりとして考案され、意図的に威力を低下させた不殺武術が『きょと~りゅ~』である。
・“
使用者:ヴィヴィオ・スペリオル
真覇・虚刀流 第七の奥義。
虚刀流の
周囲の空間ごと対象を押し潰す強力無比な踵落とし。
・『
使用者:ヴィヴィオ・スペリオル
聖王の鎧を全開にさせることで自身への反動を最小限に防ぐことによって初めて発動出来る、聖王姫が振るいし虹色の聖剣。
その輝きは遍く絶望を薙ぎ払い、一振りで世界を蔽う暗雲すら断ち切って見せるほどとされる。
虹色の極光に秘められた膨大な破壊のチカラは『神代魔法』に匹敵する程であり、まず間違いなく世界最強クラスの破壊力が秘められた究極攻撃魔法のひとつである。
・エクスワイバリオンとの合体について
彼はダークさんの守護竜として授けられましたので、彼の眷属扱いであるアリシュコンビやヴィヴィっ娘とも一時的な融合が可能。
《黄金神》サマの相棒である”暴竜”君が、ご主人様の魂の欠片を受け継いだ騎士と合体できていたのと同じ理由です。
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炎剣を携える救世騎
詰め込んだせいか、ボリュームが……。
目を開けると見知った天井があった。
ここ数日、毎日のようにお目にかかっていれば嫌でも覚えてしまうというものだ。
真新しい厩舎の癖にちっさいシミがチラホラと見て取れる事に内心でツッコミをかました昔の自分が懐かしい。
まあ、ンな事よりも今すべきことと言えば、やっぱりお約束なあのセリフで決まりだと思う。
てなワケで――
「……大丈夫よ。天井のシミを数えている間に全部終わるから」
「Hey、girl! そーろーをバカにしちゃダメなんだぜぃ!?」
「ツッコむトコ違えよ!? てか、ティア! お前の役割は
「い、色ボケ先生! ティアがっ……ティアの左脳が――あひゅぅえおあっ!?」
「あらあら、誤魔化しきれていないわよスバルちゃん? ちょっとお話ししましょうか♪ ――夢の中で」
「シャマル先生っ!? 額をビキビキ言わせながら毒々しい蛍光色の液体満載な注射器を構えちゃダメですよぉ!? ホラ、スバルさんもっ!」
「ごごごゴメンナサイぃいいいいいいっ!? 悪気はなかったんですっ! だって……だって私――ッ!」
壁際まで追い詰められ、怯える仔犬の如き加虐心をそそりまくる泣き顔を浮かべた
「『だーりぃーん♡』『はにぃー♡』“くるくるくる~~”を素でやる様なピンク脳していない穢れ無い乙女なものでしてっ!」
アグスタの騒動が一応の終結を見るなり恋人と乙女ゲーを彷彿させる花弁舞う背景を浮かび上がらせつつ抱き締めあい、そのまま男……てかユーノによってくるくると回転するというベッタベタなバカップルっぷりをかましてくださった女医さん……白衣の天使から魔性の堕天使へと堕ちかけているシャマル女史へとびしっ! と指を突き付けた。
……瞬間、
ヒュカカカカカッ!!
という先端に針状の突起物が装着された円柱状の物体が複数投擲される音と、
「うひぃえぅあぅあうぁあああああああっ!?」
奇声を上げて医務室の床の上を転がりながら逃げ回る正直者なワン
ベッドに横たわったティアナが焦点の合わない瞳で天井のシミを数え始め、それを見た切名が蒼白な顔で彼女の肩を激しくゆすり、窓の縁に肘をついて「あはは~、小鳥さんたちは楽しそうだな~」と現実逃避しているエリオと無視されたことが堪えたのだろう、部屋の片隅で体育座りをしているカエデをバックに、注射器を投影しまくっては投擲し続ける笑顔の阿修羅と化したシャマルから逃げまわるスバルがいる場所はというと、六課備え付けの医務室であった。
何故彼女らがここにいるのかといえば、数時間前に行われたなのはvsスバル&ティアナの実戦演習にて、勝利を焦ったティアナが自分は愚か相棒の身すら鑑みない無茶なフォーメーションを実行したことで彼女の逆鱗に触れてしまい、怒れる魔法少女(ver.激怒体)に撃墜されたティアナが運びこまれたからである。
アグスタの一件で未知の生命体――その後の調査で、ガジェット共に襲いかかってきていたあの生物群は竜種、或いはその変異体であると確認された――との戦闘で、望む様な結果を出せなかった事を発端としている。
手早くUnknownを片付けて仲間への援護を目算していたティアナだったが、
その事実で、隣に立ちたいと願う切名との実力差を埋めるどころか何も成長できていないと自分自身を負い込むほどの暗い感情を抱いてしまった彼女は事件の翌日から無茶な自主練を始め――切名や花梨といった心配してくれる相手の言葉すらシャットアウトしていき……結果、医務室送りにされてしまったと言う訳だ。
「なあ、ティア……何であんなことしたんだ?」
「……」
「黙ってちゃ分かんねぇっての……。なあ、頼むぜ。どうして――どうして、『非殺傷を解除』までしてなのはさんにケンカを吹っかけたんだよ?」
切名の不安と困惑が混ざり合った視線に耐えきれず、思わず顔を逸らしてしまうティアナ。
切名は信じられなかった。彼にとってティアナという少女は、このセカイへ訪れてから一番共に過ごした時間が長い人物だ。
同じ時間を元に過ごし、心を通わせてこれあという自負があった。彼から見たティアナは、冷静で状況判断力に優れ、時々可愛らしいやきもちを見せてくれる大切な女の子だ。
真面目だが少しだけ不器用で、けれど情に厚い。そんな彼女が、実戦ではなく訓練の中で、命を賭けた殺し合いをしようなどと言い出すなどと誰が想像できるというのか。
事実、あまりの急展開に切名が止めに入る事も出来ないまま、ブチ切れたなのはによってノックダウンされてしまったために被害は最小限で済んだとはいえ……危険行為を堂々と行おうとした彼女の行動は、管理局員として到底見過ごせるものではない。
このままでは、何らかの処分は覚悟しなければならないと厳しい表情のシグナムの呟きが耳の奥に残っている。
とにかく、なんとしてもティアナから納得のいく理由を聞き出しておかなければならない。
彼女の性格上、意固地になって事態が悪化する可能性を懸念する切名の説得に心動かされたのか、そっぽを向いていたティアナが気だるげな動きで切名を見上げてきた。
「……足りないって思ったのよ。このままじゃ私は誰も――セナを護れないって、さ」
未だ自由に動かない手足に自重じみた苦笑を浮かべるティアナに、切名はもちろん、騒々しく暴れまわっていた一同の動きが止まる。
「私にはね、夢があるの。一つは夢半ばで壊れちゃった兄さんの夢……管理局の執務官になるっていうヤツ。リンカーコアを失って、魔導師じゃなくなって……挙句の果てに、命がけで任務を全うしようとした兄さんに罵詈雑言を吐いてくれやがった連中にランスターの弾丸は何物をも打ち抜くって事を証明するためにね。そしてもう一つは――」
ティアナの瞳が、困惑に揺れる切名の顔を捕える。
「セナと一緒に生きる事」
「お、おいティア、いきなり何を言いだしやがんだよ!?」
突然のプロポーズととられてもおかしくは無い発言に、切名の耳が真っ赤に紅潮し、カエデたちからの生暖かい視線が身悶える彼へと降り注ぐ。
だが、ティアナは至極真面目な表情を崩さぬまま、
「セナ……アンタも分かってるんでしょう? このままだとアンタ――殺されるわよ?」
冷水を叩きつけるかのごとき言葉を投げかけた。
『ぇ……』
困惑の声は誰のものか。頬を緩めていた切名はその言葉に込められた重さに気づいて口を閉じ、何となく事情を察したシャマルはティアナが何故こんな真似をしたのか、その理由の一端に触れた気がした。
「アンタが参加してる”
「そんな事なんかねえさ。お前は俺の――」
「守るべき存在――なんて言わないでよ? 私は物語に登場する悲劇の
言おうとした言葉に重ねられて、思わず言い篭ってしまう。
切名にとってティアナは守りたい人であることに変わりはないからだ。
「セナ、アンタの優しさは時々残酷なの。私はアンタの隣に立ちたい、一緒に苦難を乗り越えていきたい、一緒に――生きていきたい。だから力が欲しいの。フザケタお遊びで命を狙われるセナの力になれるだけの実力が。そのためには今の私じゃあ駄目なの。もっと強い刺激が……劇薬とも呼べる刺激でもないと、目の前にある壁を破れないから」
なのはの訓練に文句があるわけじゃあない。彼女の教導が基礎技術の向上と土台作りであることはティアナも薄々とだが察している。
あれもこれもと触手を伸ばすのではなく、まずは基本的な技術を向上させることで総合的な能力を成長させるという方針は、長期的な視線で見れば正しい選択に思える。だが、足りない。それでは足りないのだ。時間も、身につけられる力も。
厳しい訓練を重ねることで、確かに六課設立当時に比べて能力は確実に上昇したと思う。戦術の幅も広がったし、射撃精度や幻影魔法の術式効率化にも成功している。
しかし、彼女が望むのは人を超えた存在……『神成るモノ』である『蒼意 雪菜』の隣という居場所なのだ。
人智を超えた英雄としての実力を持つ彼の隣に立ち、更に彼が倒すべき敵たちと渡り合うことができる実力……それこそがティアナが望む力なのだ。
「今の私じゃあ足手まといにしか……ううん、足手まといに
「そうか……ティアが焦ってんのは奴らの――」
彼女は知ってしまったのだ。
己が愛する少年がいずれ剣を交え、雌雄を決せなければならない存在、その強大過ぎる力を。
――瞼を閉じてみれば、鮮明に思い出す事が出来る。
突如として大地を粉砕するかの如き轟音を鳴り響かせた巨大な人型兵器を圧倒する化け物の姿を。
その化け物に連れ立つ、三人の怪物の姿を。
一人は天空の意たる雷を支配する魔女。
一人は大海すら枯れ果てさせるほどの焔を纏った天使。
一人は大地に蔓延る不浄全てを浄化せしめる聖なる光に選ばれた姫王。
一人一人が次元世界にその名を刻み付けるほどの才能と実力を兼ね揃えた
そして彼女たちを従える存在こそが、ティアナが誰よりも想っている少年の命を狙う”敵”――黄金色の龍神。
いずれ必ず”敵”として遭いまみえることになるであろう人物の実力を知ってしまった事。そして”参加者”はおろか、その協力者にすら彼我の実力差が大きく突き放されているという事実。
それこそが、ティアナの焦りを触発し、彼女が胸の奥に燻らせていた劣等感を表面化させてしまったのだ。
結果として、一刻も早く
しかし、元々一年という部隊の運営期間を通して教導スケジュールを組んでいたなのはにとって、無茶を通り越して無謀な要望を上げてきたティアナの言を受け入れるはずも無く、このままでは埒が開かないと切羽詰まってしまったティアナが起こした行動こそが、今日行われた模擬訓練での暴挙なのだった。
命を賭けた実戦形式の訓練を行えば、なのはも己の覚悟を察してくれる。
大切な相手を失わないためにも、より一層高度な訓練を行うことを考えてくれると、普段の彼女ではありえない思考を取ってしまったのだ。
……その結果がこのザマだ。
”原作”にある疲労の蓄積による撃墜こそ経験してはいないものの、なのはは無意味に命を賭けることを良しとしていない。
かつて”闇の書”事件の最中、ダークネスから”死の言霊”を受けて瀕死になった彼女は、大好きな姉が瀕死の妹の姿に悲しみに捕らわれかけた姿を、ぼんやりとだが覚えている。
”闇の書”が生み出した悲劇に捕らわれる悲しい復讐者の最後を目の当たりにもした。
無二の親友となった彼女もまた、かつては母のために全てを投げ出そうとしたことがある。
大切な誰かのために自分の全てを賭けるという行為は一概に間違っていると断じることは出来ないのかもしれない。
けど、それでも……その果てにあるのは悲しみだけだとも思う。
だからこそ……、『誰かのため』――そんな免罪符で自分の命を投げ出すような真似は絶対に見過ごせない。
残された人に悲しみを生む事しか出来ない行為だと思うから。
だからこそ、なのははティアナを容赦なく撃墜したのだ。
憎まれてもいい、悪魔だと罵られても構わない。
本当に取り返しがつかなくなる前に、もう一度よく考えてほしい。
そんな思いを魔法に込めて。
「……焦りは禁物だ、なんて言うつもりはねえ。正直、俺自身も奴の実力にはブルっちまうのがホントのところだしな」
医務室に運ばれていくティアナの後を追おうとしたところで、なのはの思いを花梨から訊かされた切名は言葉を慎重に選びながら伝えたい想いを口にしていく。
「正攻法だと”Ⅰ”が、絡め手だと”Ⅱ”が勝つ。――あくまで俺の勘だがな。ケド、このままなら間違いなく奴らのどっちかが”
積み重ねてきた英雄として経験がこの答えを導き出した。
無論、切名とて全力を出せば彼らとも渡り合うことができるはずだ。
それだけの
しかし、真名の解放にリスクが存在する以上、常時最大能力を展開できるダークネスの方が実力では上回っているし、裏舞台で暗躍するルビーのような相手は、純粋な戦闘者である彼にとって相性が悪い。
正直なところ……花梨たちと協力関係を結べているのは彼にとっても行幸だった訳だ。
「けどな、だからって俺は戦いを放棄すような真似だけは絶対にしないつもりだ。ドンだけ勝ち目が薄かろうと……それが0%じゃない限り、足掻き続ける価値はある。そうだろ? 力が足りなってんなら、他のモンで補えばいいだけの話だ」
「何言ってんのよ……そんな都合の良いものなんてあるワケが」
「ある。足りない物を補い合い、一緒に成長していく。それが――『仲間』ってモンじゃなかったか?」
「ぁ……」
「お前が俺に教えてくれたんだぜ? 昔……俺がひとりで儀式をぶっ潰そうと粋がってた時に。忘れちまってんのか?」
忘れる訳が無い。
あの日の事は今でもはっきりと覚えている。
だってあの日から
「『アンタ一人で背負い込もうとしてんじゃないわよ、このバカ! 一人で突っ走るんじゃなくて誰かを……私を頼りなさい! 私がっ……アンタの『仲間』になってあげる! だからっ……自分だけ傷つくような真似はもうやめて』――正直、嬉しかったんだぜ? それまでの俺は自分だけで戦場を駆け抜けて、救世を行ってばっかだったからさ。『仲間』っていうか、協力しようぜっていう差し出された手まで払い除けてたからな。そんな俺に”往復ビンタ⇒金的⇒脳天唐竹割り⇒レバーブロー⇒延髄蹴り”の素敵に華麗なコンボをかましてくださった挙句、襟首掴んで説教かましてくれたの何て、ティアが初めてだったからなぁ……」
「ちょっ、バッ!? いいい今言うこと無いでしょ!?」
壁際の人と化していたスバルとかエリオの怯えを多分に含んだ視線が痛い(期待に目を輝かせて「むしろ、Wellcome!」 とでも叫びたそうにうずうずしてる変態はシャットアウトだ)。
「ちったあ元気でてきたみたいだな?」
「お蔭様でねっ!」
「そいつは上々、っと」
色々と台無しにされたティアナだったが、切名のお蔭で見失いかけていた大事な事を思い出すことが出来た。
その点だけは、感謝してあげなくも無い。
「よ、要するに、私だけが強くなっても意味が無いって言いたいんでしょ。私たちには信頼できる
「それでこそ俺のティアだな。ついでに補足すりゃあ、スバルやエリオも間み込んでやりゃあいいんじゃね? 俺たちはチームなんだから、苦楽を共にすんのも当たり前だろ?」
「「ええっ!? なんですかそのキラーパス!?」」
「なるほどね……よくよく考えてみれば、私はフォワード陣の指令官。スバルたちはいわば手駒。つまり――」
…………ニタリ ← 愉悦風味な真っ黒笑顔
「「ひぃいいいっ!?」」
「お、久々にブラックティア様がご光臨なされたぞ」
「おおぅ……過ぎ去りし訓練校での一幕が脳裏に蘇るぜ。冷や汗が止まんねぇ……!」
ガクブル状態のスバルとエリオにかつて訓練生時代に巻き起こった戦争を思い返して遠い目を見せるカエデへと、めっさイイ笑顔を浮かべたティアナの微笑みが向けられる。
「うふふ♪ 皆、これからも一緒にがんばりましょうねっ♪」
「怖いっ!? ツンデレさんなティアのレア物な笑顔だっていうのに、ものすっごく怖いんですけど!? 背筋が凍っちゃうよ!?」
「へへっ……やっぱ俺のティアには笑顔が似合うな」
「切やん…………眼科へGo」
「どういう意味だコラ!?」
「そのままの意味じゃボケ!」
「あ、あの、シャマル先生。どうすればいいんでしょうか……?」
「そうねえ……とりあえず一本、逝っとく? 一瞬できもちよーくなれたり、空を飛んで自分の身体を見下ろすことができるようになっちやうケド♪」
「それ、死にかけてるだけじゃないんですかっ!?」
「大丈夫よ……ちゃーんとAEDを完備しているんだからっ♪」
「どこら辺が大丈夫なんですかぁ!?」
――ああ、全く私って奴は……バッカねぇ。
再び騒がしくなってきた仲間たちを見つめながら、ティアナは胸の中で渦巻いていた真っ黒いナニカが消え去っていくのを感じていた。
信念を貫こうとする幼馴染が好きになった。
子どもっぽくて純粋な親友を眩しく思った。
尊敬する人物の背中を追いかける少年の真っ直ぐな想いを応援したいと思った。
どうしようもないバカをやらかす癖に、誰よりも『仲間』を大切に想っている同期が放っておけなくなった。
凡人だの、才能が無いだの、誰も守れないだの……なんて馬鹿馬鹿しい考えに捕らわれていたんだろう。
自分には、こんなにも頼れる『仲間』がいてくれたというのに。
自分一人の力でどうしようもないのなら、皆に頼ればいい。
助けて欲しいのなら、助けてって言えばいい。
一人じゃない……そう思えるだけで、どうにかできてしまいそうな予感がする。
そして――この予感はきっと……幻想なんかじゃない。
「……一緒にいてくれて、ありがとね」
喧騒の中にかき消されていく小さな声で感謝の言葉を口にしたティアナは、体調が回復したらなのはにどう謝るべきかと考えつつも、ゆっくりと瞼を閉じていく。
騒がしくも心地良い『仲間』たちの喧騒を子守唄にして……暖かい想いを胸に抱きながら。
「あ、そう言えばスバル? 彼氏がいないからってシャマル先生にあたるのはどうかと思うわよ?」
「うっ、うるさいなあっ!? よけ―なお世話っ! 大体、あんなの視たら私じゃなくても腹が立つと思ったりしますっ!」
ところで、なぜスバルがシャマルにあんなことを言ったかというと、先に述べたアグスタの戦闘終了後の一幕が原因であったりする。
自重しない当人たちのラヴっぷりに、彼女の主や戦友である前衛騎士コンビのこめかみにぶっとい青筋を浮かび上がらせていたのは記憶に新しい。
何を隠そう、その場に居合わせたスバルやカエデですら、『イラッ☆』としたくらいなのだ。
なんやかんやで燻っていたその辺のムカつきが、上司からお仕置きされて昏睡状態に陥っていた相棒の手当てを鼻歌まじりに実行していた事も相まって、一気に表面化してしまったようだ。
――ちなみに当時、彼女持ちな切名は背中に影を背負い込んで嫌に暗い表情のティアナに構っており、エリオは『キャロちゃん更生術《著者:花梨》』片手に、本日の成果をメモしていたので、先のベッタベタな風景を見ることもなく。
なのはとフェイトは、どことな~く頬を朱色に染めながら視線を泳がせていた。
戦闘状態を解除してサングラス+スーツ姿に戻ったダークネスがヴィヴィオたちを回収しに来た際、何やら言葉を交わしていたようだが……詳細は不明のままだ。
ただ、しいていうのなら、あの日を境に二人が身だしなみに気を使うようになったことが挙げられるだろうか。
外回りの時はもちろん、監督役に留まって激しい運動をする必要が無い場合など、薄らと化粧をしていたりするのだ。所謂ナチュラルメイクというヤツである。だが、それでもその衝撃は計り知れないシロモノであった。なにせ――
色気より魔法、男よりも砲撃・斬撃を地でいくような武闘派魔導師筆頭な魔法少女(笑)が、である。
化粧気がナッシングであった二人が突然女らしさに開眼した!? すわ天変地異の前兆か!? ミッド終焉のお知らせなのかぁっ!? と一時期六課全体が驚愕の声で埋め尽くされたくらいだ。
……無論、即座に桃色と金色の光でアッ――――! とされたのは言うまでもない。ヤムチャしやがって……、と廊下の角から顔を覗かせていたグリフィスが思ったとか思わなかったとか。
どっとはらい。
「は、入りずらい……」
医務室のドアの前でノックをしようと片手を上げた状態のまま、身動きも出来ずに固まっているのはティアナを『ピチュン』と撃墜してしまった張本人、高町 なのはであった。
流石にやりすぎでしょ、このおバカ! と姉に説教をかまされていた彼女は、解放されるなり罪悪感がムクムクと湧き上がってきた事もあってこうして見舞いに赴いてきたのだった。
はやてたちからもオーバーキルな【ディバインバスター】×六連発は人としてちょっと……と精神的にけっこうクルお言葉を頂いたおかげで崩れ落ちてしまいそうになる足腰を不屈の根性で奮い立たせ、それでもちょっぴり限界突破しちゃったからさりげな~く飛行魔法【フライヤーフィン】を発動させてふよふよと飛んできたところで、先ほどの切名とティアナの会話が部屋の中から聞こえてきてしまった。
どうしよう……と彼女が悩んでいる間に、ティアナ暴走の理由とか、切名との思い出とかが語られ始めた挙句、なんだかんだで自己解決したっぽい。
本来なら、部下の悩みを解消するのは上司であるなのはの役目であるはずなのだが……今回は、完全に蚊帳の外である。
(そ、そりゃあ私だってちょっぴり――そう、ほんの“ちょぉぉっぴり”だけやりすぎた気がしないでもないカナ~? って思っちゃったけど……でも、あれは危ないコトしようとしたティアナのためだったんだから! うん、そうなんだよ! 子供が道を間違いそうになった時に諌めてあげるのが大人の役目だからねっ!)
その場で腕を組むみながらうんうん、としきりに頷くなのは嬢。
しかし、
何しろこのお嬢さん、教え子、兼、部下の四肢を抜き打ちでバインドに絡め取って磔にし、全方位を数十からなる【アクセルシューター】包囲網を形成するなり一斉掃射を実行しくさったのだ。
身動きもとれず、防御も出来ないティアナの全身に突き刺さる魔力弾の猛攻。
弾音にかき消されていく若き少女の短い悲鳴。
バインドを維持するために固定している手足首以外の全身を余すところなく蹂躙された結果、バリアジャケットは消し飛ばされて半裸&意志朦朧となった彼女へトドメとばかりに突き刺さる【ディバインバスター】の六重奏。
これだけやらかしておいて、まだまだやりすぎじゃないと思える辺り、なのは嬢の認識も相当イってしまっているようだ。
「……」
ピッピッピッ……プルルル~~……ヴィン
「――あ、もしもしシュテル? ちょっと相談に乗って欲しい事があるんだけどいいかな? ……うん、ありがとう。実はね――」
突然通信端末を取り出すなり、どこぞへ連絡をとり始めたかと思いきや、何故か連絡先がシュテル嬢。
どうやら彼女、海鳴市での邂逅時にちゃっかり個人端末のアドレスを訊きだしていたようだ。
理不尽に怒られたと彼女
相手が犯罪者だと言うことを忘れているんじゃなかろうか……?
「――ってそんな事があってね。いや、うん、私としてはちゃんとティアナとお話ししようって思ってたんだよ? そりゃあ、あんな態度はよくないし、模擬戦の意味をはき違えてたのはいけない事だしね。けどさ、こういう上司と部下の擦れ違い的な展開だと、私とティアナで和解イベント的な展開が起こるべきなんじゃないかと思うんだ」
『……で? 何故に私へ連絡を?』
「ムシャクシャとしてついカッとなっちゃったから、少々愚痴ってみたくなりまして」
『ハッ倒しますよ?』
「にゃ!?」
『どうして心底驚いたとばかりに慄いているですか……。私としてはそっちの方が興味を惹かれますが、生憎と私の方はそれほど暇じゃないので。――せっかくダーク様と二人っきりなんですから』
「ちょっ、待って!? 今、さらっと何言ったの!?」
『……その反応……タカマチ ナノハ、貴方まさか――』
「な、なにかな……?」
モニター越しに映るシュテルの双眸がすっ……、と細められる。
なにかを探る様な半眼が見つめるのは、ナチュラルメイクを施した教導官な魔導師。
『……どうして化粧なんてしているんです? 仕事をするのに必要ないでしょう戦術教導官』
「べっ、別に深い意味なんてないですけどっ!? 変な勘繰りしないでくれませんかっ!?」
『ほほぅ~? 急に色気づきやがりました泥棒猫を警戒するな、と? そうは問屋が降ろしませんよ。てか、やっぱりあなた――』
冷や汗を流しながらあさっての方向を見るという、お約束なリアクションを返してくださったなのは嬢。視線は激しく彷徨い、両の指先はところなさ気に宙を泳ぐ。
その反応がシュテルの機嫌をマッハでダウンさせていることに、なのはだけが気づいていない。
一端言葉を止めて、息を吸ったシュテルが決定打となる“ひと言”を打ち放つ……!
『他人の匂いを纏わせた御仁にのみ発情するというアブノーマルな趣向……即ち、
顔を真っ赤にして憤慨する
「ちっ、ちちち違うんだよ!? わっ、私にそんな属性なんて無いんだからねっ!? へ、へんな事言わないでよ!」
『嘘吐きなさい! アグスタでダーク様から『そのドレス、よく似合っているな。うむ、思わず見惚れたぞ』とか言われたからって、調子に乗ってんじゃないですよ! このビッチめがっ!』
「誰がビッチよ!?」
通信モニター越しにギャンギャンと喚き合う雌猫……てか、雌ライオンと雌虎。
鏡映しのように瓜二つな女傑が、もし医務室の中にいる新人たちに訊かれてしまっていたら上司の威厳的な物がまとめてブッ飛んでいたであろう見苦しい言い争いを繰り広げていく。
結局内外での大騒ぎは、ミッド沖合の海上にガジェットらしき多数の反応が確認されたという一報とその直後に正体不明の生物らしき反応が出現し、ガジェットと戦闘を開始したらしいと言う急報による緊急アラートが鳴り響くまで続けられる事になるのだった。
――◆◇◆――
「情報によると、確認されたガジェットは空戦Ⅱ型がおよそ三十機。五機一編隊の六部隊に分かれて海上を巡廻するように飛行していたとのことです」
「近くにレリックの反応は無し。でも、何かを探るでもなく一定範囲を旋回し続けている、か。――やれやれ、随分と舐められたもんやなあ」
「部隊長?」
時はガジェット出現の一報を受けた直後まで遡る。
作戦室でロングアーチスタッフから報告を受けたはやては、スカリエッティ一味の目論見を看破し、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
彼女の補佐を務めるグリフィスも同意なのか、目を細めながら下がりかけた眼鏡を押し上げている。
「ハラウオン隊長、あんたはどう見る?」
はやてかや問いを投げかけられたのはシグナムを伴ったフェイトだった。
彼女もまた、手元の資料と正面モニターに映るガジェットの編隊を睨みつつ、冷静に相手の目論見をひも解いていく。
「威力偵察……ううん、多分こっちの航空戦力を探ろうとしてるんだと思う。本腰を入れて仕掛ける前に、出来るだけ敵性戦力の情報を集めておきたいんだよ。つまり――」
「こちらの手札を引き出すための囮、といったところか。長距離砲撃でも使えれば一撃で終わりに出来るものの、リミッターを掛けられている現在の我々ではそれも難しい。かといってこんな所でリミッターを解除するのもな」
「そやね。リニアの時に出現した赤い三機が見当たらんのを見る限り、奴さんは今回も様子見で止めるつもりなんやろ」
フェイトの言葉を引き継いだシグナムが続け、最後にはやてが締める。
リミッター解除は鬼札となりうる六課の切り札の一つだ。こんなところで博打を打つのはもったいなさ過ぎる。
かと言って、今までと同じやり方……近・中距離戦闘による撃破も難しいのではないかと推測できる。
何故なら、前回の任務でエリオが遭遇したと言う巨大兵器。
ダークネスによって完膚なきまでに破壊されたとはいえ、兵器である以上は量産も視野に入れられている可能性が非常に高い。
【ストラーダ】に記録されていた戦闘記録を分析したシャーリーの見解によると、アレはリミッターを解除した隊長陣に匹敵しうるポテンシャルを秘めている可能性が極めて大きいとのことだった。
ダークネスだからこそ無傷で瞬殺出来たのであって、普通の魔導師が相手取るには危険すぎる兵器であることは変わりない。
空中戦もこなせるらしいので、今回の戦闘に出現する可能性も無きにしも非ず。
そこへ赤い三連星による高速機動攻撃まで加わったら、いくら管理局最強クラスの六課隊長陣であろうと危機に陥りかねない。
かと言って、リミッターの解除申請には面倒な手続きが必要不可欠だし、再び許可を取るのにも長い時間が掛かってしまう。
かといって、部下たちの命には代えられない。
万が一の可能性を鑑みて鬼札を斬るか、それとも安全策を取るべきか。
悩むはやての決断を静かに待つロングアーチスタッフの一人、ルキノの通信機に、予想外の情報が跳び込んできた。
「ぶ、部隊長!」
「どした、ルキノ?」
「い、今、情報部より入電がありましてっ……ガジェットが出現した位置のすぐ近くで巨大生物らしき反応が確認されたのことですっ!」
「何だとっ!? シャーリー、すぐにモニターを切り替えるんだっ!」
「はっ、はい!」
いきなりの展開に驚きつつも自らの役目を果たすグリフィスの命に従い、オペレーター席に着いたシャーリーがキーボードを手早く操作して、画像を切り替える。
だが次の瞬間、彼女は……いや、指令室にいた全ての者たちが小さくない悲鳴を上げて、声を失うこととなった。
「な……なんや、アレ……?」
「すいませんっ、高町 なのは遅れました――っぇ?」
結局医務室に入ることが出来なかったなのはが駆け足で指令室に飛び込んだ瞬間、彼女の視界に悍ましい物体が映り込んだ。
口元を抑えながら説明を求めて視線を動かすと、いち早く冷静さを取り戻したはやてがソレの正体を見抜かんと動き出した。
「イカ……いや、イソギンチャクか? にしても、アレは……」
呆然としたはやてたちが見据えるモノ、それは海面より現れ出でた漆黒の魔獣であった。
水面から姿を露わにしている部分だけでも全高百メートルは下らないであろう体躯は無数の触手らしきモノによって構成されている。
まるで皮を剥ぎ取られたかのように生々しい皮膚から血液とも体液とも取れる液体を吹き出し、のた打ち回る様に無数の触手を振り回しながら、ガジェットたちを絡め取り――捕食している。
……そう、喰っているのだ。
触手に生えたトゲのような突起物、人の身長ほどはある巨大なソレに刺し貫かれて穴だらけになったガジェットたちを、剥き出しになった筋肉を彷彿させる皮膚を突き破るように人間のようなずらりと並んだ無数の歯が立ち並ぶ咢が跳び出し、噛み砕いていく。
ぐっちゃぐっちゃと生々しい音を立てながら咀嚼した咢の一つ、ちょうど六課のモニターの一つが正面から捉えていたソレがまるでお前たちもすぐに喰ってやると言わんばかりに――
――ニタリ……。
と、嗤った。
非戦闘員たちから悲鳴が上がる。もはや、何故ガジェットに攻撃を仕掛けているのかという疑問すら浮かばないほどに、恐怖に心を支配されてしまっているようだ。
だが、それもしかたないとシグナムは思う。
歴戦の戦士である彼女をしても、これほどまでに悍ましい生物を目の当たりにした経験は無い。
人間の道を恐れると言う根本的な恐怖を駆り立てるあの生物と対峙するには、主や戦友たちであっても荷が重いだろう。
現に、悪意と悍ましさしか感じさせないソレが軟体動物がのた打ち回る様な奇怪な動きを繰り返して暴れ回る姿に、なのはは絶句し、フェイトは口元を抑えながら顔を背け、はやては何とか視線を逸らしていないとはいえど、顔色が悪く、手足が小刻みに震えている。
幾ら優れた才能と能力を有しているとはいえ、この相手はキツイ。
こういう事は(あまり考えたくは無いが)年配者である自分の役目だ。
シグナムは自ら先陣をきる許可を取らんと一歩前に踏み出そうとした――ところで、
「あのー、ちょっとイイっすか?」
不意打ち気味に背後から声がかけられて、思わず肩を跳ね上げてしまった。
騎士と言えど、彼女は女性なのだから仕方のない事ではある。
「ひゃっ!?」 と可愛らしい悲鳴を上げながら振り向いたシグナムの視界に、バリアジャケットを纏い、燃え盛る炎の如き刀身を持つ愛剣を携えた切名が映り込んだ。
「あ、葵? 脅かすな、馬鹿者」
「あ、スンマセン姉さん。てか、随分と可愛い声を――OK。俺は何も聴かなかったってことでファイナルアンサー?」
「よし」
神速で展開させた【レヴァンティン】の切っ先を喉元から下ろされて、ほっと溜息を零す。
普段が真面目な分、からかいのタイミングを見抜くのは何とも難しい所だ。
「えーっと、切名君? いきなりどうしたの?」
「なのは隊長、ワリーんですけど今回は俺にやらせちゃくれませんか?」
「理由は? 空を飛べへんアンタが海の上におる巨大イカもどきをどうやって相手するっちゅうんや?」
片手を上げながら出撃を志願する切名に首を傾げつつ、はやては理由を問うことにした。
陸戦魔導師である切名は空戦が出来ない。魔力を足場にして跳躍を繰り返すことで限定的な空間戦闘を可能にするだけの技術はあるらしいとはいえ、それでも長時間空中に留まれるわけではない。
今回のように海上をバトルフィールドとした戦闘では致命的な弱点と言える。
それ以前に切名は遠距離攻撃が出来ない
あれ程の質量を誇る怪物を相手に、広域攻撃を持たない部下を送り込むことなど出来るはずも無い。
だが……
「ありゃ、言ってなかったっけか? 俺にも広域殲滅系の“とっておき”があるんスけど」
「はあっ!? ちょ、それはどういうことや!? アンタのプロフィールにはそんな事一言もかいてあらへんだで!」
「ああ、そいつは当然だな。あっちにいた頃に『神成るモノ』へ成ったことなんざなかったし」
『神成るモノ』
その単語の意味を理解できた者たちは驚きに目を見開き、それ以外の者たちは揃って首を傾げていく。
静寂が広がる中、自らの手札を見せた切名は真剣な表情を浮かべたまま言葉を続ける。
「こっから先の
「……やれるんか?」
「やれるかどうかじゃない……“やる”だけさ」
手のひらで感じる
――◇◆◇――
“大海魔”
触手を振り回して海上で暴れ続けている怪物の名を口遊みながら、
飛翔する……というよりも、飛び跳ねると言った方が正しいか。
彼は現在、爆発的な加速を繰り返しながら大海魔目掛けで突き進んでいる。
“真名”の解放を済ませて愛剣である炎の女王を顕現させた刹那は、湧き上がる“
リンカーコアの生成魔力が乏しい『切名』には不可能なことだが、『神成るモノ』に至った今の『刹那』にとって、この程度は造作も無い小技なのだ。
『
「見えた!」
程なくして、前方で暴れる標的の姿を捉えた。
ガジェットの編隊はすでに壊滅したのだろう、黒煙を撒き散らしながら墜落していく破片が幾つも見える。
ギキィイイイ――――!!
ガラスを擦り合わせたかのように甲高い鳴き声をあげる大海魔目掛けて、刹那は足場の炎球を爆発させて一気に加速、瞬く間に間合いを詰めていく。
相手が刹那の接近に気づいた時には、すでに彼の間合い、剣の結界へと踏み入れていた。
「一気に決めさせてもらうぜ! 『
白銀の双眸が、悍ましき軍勢にして一つの個である怪物を捕え、練り上げた魔力で極限まで強化された四肢を大きく振るい、超常のエネルギーで具現化させた炎の剣を振り抜く!
……が、
【ヤ、じゃ】
ぷすん……、と間抜けな音を立てながら、世界を焼き尽くすほどの大炎どころかライターにも劣る火花が散る程度の結果しか起こらなかった。
「あ?」
【ご主人様!】
「っく!?」
思わず気が抜けてしまった瞬間を狙いすましたかのように振り下ろされた大海魔の触手による一撃をギリギリで回避すると、そのまますれ違うように脇を通り過ぎると、魔力で足の裏に浮力を生み出しつつ海面を滑る様に着地する。
「あっぶねー……っおい、このバカ剣! 何ふざけたことしてやがんだ!」
【戯け。そのように乱れた心で妾を振るう資格があると思っておるのかや?】
激昂する刹那の心をわし掴みにするかのような冷たい声が、炎の如き刀身から響き渡る。
意味が分からずに困惑するしか出来ない【
【汝は言ったな? 『神成るモノ』としての力を示すと。それはすなわち妾と共に幾千の戦場を駆け抜けた英霊……“救世騎”としての姿と力を世界に示すと言うことに他ならぬ】
「それがどうしたってんだ……だから俺はこうやって『
海鳴市で見せた炎を纏った黒い剣士。
人を超えた英雄としての姿を顕現させた状態になっている己が姿を一度だけ見下ろして、相棒が何を言いたいのかが分からずに首を傾げる。
そんな、『己の本心すら見誤っている』半身に、気高き剣の女王は叱責が飛ぶ。
【愚か者! 汝の根源にあるのは、そのような“見せかけ”の力などではなかろうが! 思い出すのだ、かつて、目覚めぬ眠りに就いた
「っ!? そ、それ、は……」
【あの娘は汝に何を願った? 何を残した? 幻影を重ねているという罪悪感を押し殺し、本当の自分を曝け出すことを恐れておる汝に、英雄たる真の力を顕現させることなど叶わぬと知れ!】
「お、俺は別にそんなつもりは……!」
【妾に口先だけの誤魔化しなど通じぬ。汝の力の根源、英雄としての道を歩むきっかけとなった『始まりの想い』。それを誤魔化そうとしているのが今の汝だ。――そんなに恐ろしいか。あの娘の幻影を『ティアナ・ランスター』に重ねていると言う事実を知られてしまう事が】
今度こそ絶句するしかなかった。
確かに刹那の中で大部分を占めているのはかつての思い出……英雄として、正義を貫かんと覚悟を決めるきっかけとなった『彼女』のことだ。
その面影を感じさせるティアナに心を惹かれるようになったのは事実だし、彼女に語ったかつての思い出話っでも、意図的に『彼女』のことへ触れないようにしてきた。
救いたくても救えなかった大切な女の子。
彼女と結ばれ、短い間でしかなかったものの、かつてない幸福に包まれていた二人だけの生活。
眠るように逝った彼女の墓標に誓った言葉こそが、『蒼意 刹那』の原初の想い。
普通の生活すら望めずに理不尽な目に合っている彼女のような人間を助ける事を誓い、戦い続け……結果として世界を救うまでに至った。
世界を渡って出会ったのは、かつて愛した女性を彷彿させる気抱き少女……。
彼女との生活の中で、戦いの中に身を置き続けてきた己の心が癒されるのを実感した。
護りたいと思った。今度こそ……
……だが、代用品としてティアナを見ているのではないか? 血にまみれた道を歩いてきた自分に普通の幸せを願う権利など在るのだろうか?
本心を、全てを語った時に、もし彼女から拒絶されてしまったら……、再び大切な存在を失ってしまうと言う恐怖が彼の心を縛り、結果的に『救世騎』たる炎の剣士としの全力が出せなくなっているのだ。
時間があるのならば、気持ちの整理がつくまで口を挟むまいしていた【
全ては、彼を信じるが故に。
【恐れるな。迷いは隙を生み、戸惑いは死を齎す風となる。……我が愛しき『使い手』よ。汝は少々過保護すぎる。あの娘はその程度の真実に潰れる様な柔い心をしておらぬよ。そもそも、汝はいつだって正面からぶつかることしか出来ない不器用者ではないか】
「……そう、だな。俺はまだ……アイツらを本当に仲間だって思ってなかったのかもしれねーな」
自嘲気味に天を仰ぐ。
口では一緒に戦う仲間だと言いながら、本心では自分が守らないと駄目な存在だと見下ろしていたのかもしれない。
“参加者”とそれ以外の者が肩を並べる事なんて出来はしない。
と、考えて、随分と間抜けな思考をしていたのものだと思う。
そんな事実なんてあるはずも無いと言うのに。
気合いを入れるために、勢いよく両の頬を引っ叩く。
パアンッ、と景気が良い音が響く中、刹那の瞳に迷いを振り切った炎の意志が映り込む。
「よっし……! そんじゃあまずは、あのイカ野郎をぶちのめす! そんでもって、ティアに全部話してからぶっ飛ばされる! これ決定な!」
【くっくっっく……ぶっ飛ばされるのは決定事項なのかや?】
【あ、あの……ランスターさんの性格を分析する限りでは、右頬へのビンタの確率が46%、脇腹へのボディーブローの確率が43%、側頭部へのハイキックの確率が20%です……】
「……ちなみに残りの1%は?」
【ぁぅ……ごめんなさい】
「えっ!? それどういう意味で!?」
【ごめんなさい】を繰り返す【
だが、ここは戦場であって、決して寸劇の舞台などではない。沈黙を守っていた大海魔が奇声の如き咆哮を上げながら、言い争いを続ける刹那目掛けて襲いかかった。
軟体生物の足にも見える触手が折り重なった巨腕による振り下ろしが叩き落される。
海面が爆破したかのように水しぶきが撒き散らされ、水面に浮かんでいたガジェットの破片が軒並み吹き飛ばされていく。
愉悦を表すかのように全身をくねらせて歓喜を示す大海魔。だが、次の瞬間、
「っだあ!」
裂朴の気合いと共に振るわれた炎の剣によって、悍ましい触手が真っ二つに切り落とされた。
宙へと飛んだ大海魔の腕を、先程まで刹那がいた場所から立ち昇った炎の竜巻が呑み込み、瞬時に焼き尽くしていく。
あまりの高熱に、思わず後ずさりしてしまう大海魔の前に、炎を撒き散らしながら水面を歩いてくる小さな影が姿を現した。
超高温の炎の中に在りながら、微塵も揺るがぬ強い意志を宿す白銀の瞳。先ほどまでとは違う、心を決めた男の瞳だ。
黒いズボンにコートと全身黒ずくめの出で立ちにも、とある変化が起こっていた。
纏ったバリアジャケットの表面を走る、銀色のライン。それは“
そして、一番に目を引くのは両手にそれぞれ構えられた二振りの直刀であろう。
右手には炎の如き揺らめきを表した魔剣【
左手には漆黒の刀身が気高くも美しい宝具【
二振りの炎の魔剣を携えた、白銀に輝く黒き剣士。この姿こそ、かの者が至った真の『神成るモノ』。
正義と断罪を司る、救世主にして英霊たる最高の剣士。
『
具現化させた愛剣たちを二刀流に構え、刹那は静かに目を閉じる。
前進を行き交う膨大な魔力……その力に指向性を持たせ、練り上げ――邪悪を焔き薙う断罪の一刃を解き放つ!
「景気づけに派手に往くか! 『
十字に交差された紅蓮の奔流が解き放たれ、大海魔を刹那の間もかけずに瞬断し、焼き尽くす。
耳障りな悲鳴を上げながらもだえ苦しむ怪物を一瞥すると身を翻し、炎を纏った刀身を大きく振るう。
撒き散る炎の欠片が燐光となって大気に溶けていく。
断罪が下された悍ましき巨獣は、断末魔の叫びを上げながら砕け散り、無へと帰していく。
崩れ落ちる体組織、その奥で蠢いている黒い物体の気配を強化された刹那の感覚が捕えた。
「奴は……!」
黒ずくめに包まれた謎の存在……“影”。
右手に携帯電話らしき機器を持ち、左手で分厚い書物らしきものを抱えている。
大海魔の中にいたと言うことは、奴がコアとなっていたのは間違いないだろう。
だが、
【あの者の一団は、やはりスカリエッティとは別の組織と考えてもよろしいのでしょうか……?】
「さて、な。決めつけるのはまだ早いと思うが……」
巨獣と共に黒き灰となって散っていく“影”の成れの果てを見つめながら、刹那は剣の女王の懸念が当たったことを理解する。
“混迷する事態”
花梨から訊かされていた“知識”など、最早なんら意味を持たないかもしれない所まで事態は進行しているのかもしれない。
敵の消滅を見届けてから、刹那はゆっくりと踵を返して今の居場所へと戻っていく。
とりあえず、恋人からの制裁が軽めで済むことを祈りながら。
【やれやれ、いつまでたっても世話の焼ける男よな。細かい事でうじうじうじうじと……。ま、
刹那に聞こえないように、【
かつての世界で、彼の目を通して知っている真実。
『蒼意 ティアルーク』
【死後の魂が向かう輪廻の環は、遍く並行世界を束ねた神の領域にある。故に、過去の記憶を洗い流したまっさらな魂が再び新たな命として生まれ落ちるのは、かつての世界とは違うこともよくある事。じゃが、まあ、お互いに転生しても尚、再び巡り合うとはのぅ……くっくっくっ、愛の力とは凄まじいものよそうは思わぬか? のう――『蒼意 ティアルーク』よ】
刹那が愛し、彼を英雄にまで登り詰めさせあ原動力となった少女――『蒼意 ティアルーク』。
彼女は輪廻の環を経て、世界の壁を越えて新たな命として生を受けた。
気高き弾丸……『ティアナ・ランスター』として。
果たして愛しき『使い手』はその事実に気づく事が出来るのか。
【
実は刹那君の元カノと今カノは同じ魂の持ち主だったのだ!
世界を超える愛か……、彼の二つ名も『炎の剣士』から『愛の戦士』へとチェンジした方がいいましれませんな!
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出会いと再会、そして――闘争
フォワード陣の休日に巻き起こった『あの事件』が開幕です。
ついでに、”あの空間”も久々に……
発展著しい魔導都市クラナガンの地下には、開発・未開発合わせると二桁は下らない数の通路が張り巡らされている。
しれは下水道であったり、開発が中断された地下通路の雛型であったりと、実に多彩な種類が存在する。
管理世界の中心、そこの首都として百数十年と言う期間では考えられないほどの発展を進めてきたが故に残されているひと昔前の遺産である。
そんな地下通路の大半は最新の地図にも乗っていない忘れ去られた通路であり、人目を忍まざるを得ない人物が移動路として利用するのにうってつけなのだ。
地上の喧騒すら聞こえない、冷たいコンクリートの壁に包まれた閉鎖空間、下水道の一つの中を進む、小さな影が存在していた。
明かりになるものが無い真っ暗闇の世界をぼんやりと照らす真紅の光源、それは赤外線を感知することが可能な高感度センサーによる人工灯。
ゆらり、ゆらり、と火の玉のように揺らめきながら、闇の通路を徘徊する様に移動している。
その正体はガジェットⅠ型と呼ばれるスカリエッティの手駒の一つ。それが十機ほど、まるで何かを探すかのように周囲を見わたし、瞳にも見えるセンサーを微調整させながら進んでいく。
おそらくは一個分隊であろう一団が完全に通り過ぎた所で、劣化によって生じたものなのだろう亀裂のような横穴から、ひょこっと顔を覗かせる人影。
その正体は、薄暗い闇の中であっても栄える金色の髪と紅玉や翡翠すら霞んでしまうほどの美しくも力強い光を秘めた双眸を持つ少女であった。
その身は、ぼろ布と呼んでさしつえない薄汚れた服を纏っただけという異質な姿。
剥き出しである足の裏はすりきれてしまっており、薄らと血液の赤が滲んでいる。
彼女は自分を探している追跡者である機械をやり過ごせたことに安どのため息を吐き、ついつい周囲への注意が散漫になってしまった。
最新科学の結晶たる狩人が、隙を見せた獲物を見過ごしてくれるはずなどないと言うのに。
甲高い機械の駆動音が地下通路に響き渡ったかと思った瞬間、少女は足に絡みついたまま外れない鎖に繋がれた無機質なケースを護る様に抱き抱えると、慌ててその場から飛び退く。刹那、彼女がいた場所を無数の赤い閃光……レーザーが打ち抜き、それなりの強度があるはずの壁を瞬く間に穴だらけにしていく。
青ざめた表情の少女が顔を上げると、そこにはやり過ごしたはずであるガジェットたちがセンサーも兼ねているレーザー発射口の照準を彼女へと向けている姿が。
人海戦術として大量に投入された別の一団に発見されてしまったのが真実なのだが、それを認めたくない少女は脱兎のごとき勢いで駆け出していく。
自分の追跡者の数はさほど多くは無いのだと。決して、この地下通路を埋め尽くすほどのガジェットが投入されたことなんてないのだと自分に言い聞かせながら。それを理解してしまえば、逃走を果たすという自分の願いは叶えられないのだと否応なしに納得せざるを得ないから。
だから少女は必死に自分のココロを誤魔化し、逃走を続ける。きっと、自分を救ってくれるヒーローが助けに来てくれる。
そんな、願望にも似た願いを胸に抱きながら。
――◇◆◇――
人通りの多いクラナガンの大通り。
多くの人々が笑顔を浮かべながら家族と、もしくは恋人と、あるいは友人と共に休日と言う今日を謳歌していた。
しかし、道を行き交う人々の流れは、決まって『ある場所』を目にするなり、足を止め、見惚れてしまうと言う停滞を引き起こしていた。
視線を一点に集めているのは大通りの一角にあるオープンカフェのテーブル。
正確にはそこに腰を下ろして店自慢のハーブティーと甘さ控えめなクッキーを堪能している美女&美少女たちだ。
オープンカフェにしては珍しい、長机タイプのテーブルに対面する様に腰を下ろしているのは計六人の“見た目”美少女な一団。
楽しそうに談笑をしている彼女らの浮かべる微笑みに、老若男女問わずに心をわし掴みにされてしまったようだ。
「それにしても久しぶりですね、こうして私たちが再会を果たすのは」
カップをソーサーに置いて、ほうっ、と絵画のワンシーンのように絵になる微笑を浮かべたシュテルがそう切り出した。
彼女の出で立ちはアグスタのオークションに参加した時と同様の、高級感あふれる和服だ。深い藍色の生地に、純白の鶴が天を飛ぶ姿を記された一品は高潔さと気高さといった彼女の魅力を最大限に引き出している一品だ。
出で立ちの者珍しさも相まって深層の令嬢と呼ぶにふさわしい彼女の言葉に返事を返したのは、向かいの席に腰を下ろした銀色の髪の女性……ディアーチェだった。肩まで届く髪をかき上げながら、ふん、と鼻を鳴らす。
「まあ、それは仕方あるまい。我らの歩む道は違えてしまったのだ」
「でもさ~、だからってボクたちの友情までなくなっっちゃった訳じゃないでしょ?」
「ふふっ、そうですねレヴィ。私も
健康的な太股を惜しげも無く晒したミニスカートで足を組んでふんぞり返るという、ある意味冒険野郎的なディアーチェに続いたのは、彼女とおそろいの服を纏った青髪の美少女……に見える男――いわゆる『男の娘』であるレヴィと、カーディガンにホットパンツと言う健康的な美を体現している美少女……ユーリ。
ひねくれて本音を言えないツンデレな王様のフォローはお手の物だと言わんばかりの対応に、なんだかのけ者にされた感が否めなかった残りの二人、見た目からして実の母娘、或いは姉妹にも見えなくも無いコンビ……アリシアと彼女の膝の上でだっこされたヴィヴィオは、ご不満げだ。
娘の頭頂に顎を乗せて、仲良く“ぷくぅ”と頬を膨らませる光景は、思わず道行く通行人があさっての方向を見上げながら、込み上げてくる
「……ふ~んだ、いいもんいいもん。私にはヴィヴィオがいるもん、ね~?」
「ね~♪」
痛みを与えない程度に加減してつむじに乗せられた顎をぐりぐりされれば、ヴィヴィオが「きゃー♪」と擽ったそうに身を捩る。
微笑ましくもどこかお花畑――具体的には百合的なイチブツ――を背後に咲き誇らせているかのような空間が形成されている。
「わぁ……! やっぱり子どもって可愛らしいですよねぇ♪ ――あの、あのあのあの! ヴィヴィオちゃん、私のお膝にもWellcomeですよー♪」
「んう? ん~~……や~♪」
「はううっ!? どっ、どうしてですかぁ!?」
「アリシアママのおっぱいふっかふかなのです~♪ こうやって~、抱っこしてもらったら首の後ろがふっかふかしてすっごく気持ちいいのです。だから動きたくないでござる」
薄いクリーム色のワンピースを着たお嬢様然としたアリシアの腕の中でとろけるような笑みを浮かべるヴィヴィオ。
見せつける様にぐりぐりっと首を動かせば、彼女の動きに合わせてアリシアの双丘が柔らかくも艶めかしく形を変えていく。
悪戯っ子な娘のオイタに、しつけに厳しい方のクールママのお仕置き攻撃が炸裂!
熟れた桃のように柔らかなほっぺたをひとさし指でつんつんされると、「んぅう~!?」 とむず痒そうに逃走を図る。
が、もう一人の甘々なママ によるホールド攻撃が追撃を仕掛ける。
お腹をガッチリと捕まったために逃げ道を完全にふさがれたヴィヴィっ娘に残された道は、おとなしく制裁を受け入れる以外に道は無い!
「んにゃぅ~~!」
「んふふ~♪ いたずらっ子な愛娘にはオシオキがお約束なんだよ~?」
「その通り。これは躾です。所謂、お約束というヤツですよ――それにしても、柔らかいですね。プ二プ二です」
「はぅあう~♪ 涙目なヴィヴィオちゃんも可愛いですぅ~! やっぱり可愛い子どもは正義だと思いますよねっ、ディアーチェ!」
「うむうむ! 何とも愛でがいのある可愛らしさよな!」
「……なら、あなた方も作ったらいかがです?」
「……なんだと?」
さらりと呟かれた単語に眉を顰めるのは、意外と仁徳豊かなツンデレ女王様。
人造魔導師研究の筆頭たるスカリエッティ一味に属する彼女らへの提案としては、実に皮肉が効いている。
「バカにするなよ、シュテル。いかに我らが罪を背負った咎人であるとは言え、命を弄ぶような真似を望んでするとでも思ったか!」
「は? ……ああ、そういうことですか。違いますよディアーチェ、あなたは盛大な勘違いをなされています」
両手をついていきり立とうとしたディアーチェの様子を訝しむシュテルだったが、すぐに意味をはき違えていることを察知して、捕捉に移る。
やんわりとなだめすかしながら、着席を促す。
「私が言いたかったことは、別に愛玩用の人造魔導師を造れなどというものではありません。それよりももっと誠実な物です」
「は? せーじつってどーゆーこと? それに、どうしてボクの方を意味深な目で見てるの?」
自分にッ船が向けられていることに気づいたレヴィが首を傾げるのをわきに置いて、超☆イイ笑顔なシュテル嬢は人目をはばからず、大きなお声でこうのたまった。
「簡単ですよ。ディアーチェ、レヴィ……あなた方が子づくりなさればよろしいのです。正確性に欠けると言う欠点こそあるものの、ある意味で自然で健全な手法でしょう?」
「んなぁああああっ!?」
「うぇえええええっ!?」
「あ、それは良いですね~♪ 二人の子どもならきっとかわいい子が生まれますよっ」
「ユーリ!? 何故にノリノリなのだっ!?」
「別に良いじゃないですか減るものでもあるまいし。大体、三日に一回の割合で『大人のぷろれすごっこ』をしているくせに反論なんて、説得力ありませんってば?」
更なる衝撃発言にテーブルの一同のみならず、周囲で聞き耳を立てていた人々の頬が真っ赤に染まっていく。
性別的には♂なレヴィと正真正銘の女の子であるディアーチェの間柄は“紫天の書”一派と言う以外にも『恋人』と言う繋がりが存在する。
ソレを鑑みれば、
他人である人たちがガチ百合的なイメージを二人に思い浮かべてしまった事は仕方のないことだ。
平和な街並みの一角に誕生した穢れ無くも美しい花畑。
咲き乱れるのは鼻孔から噴出して真っ赤に宙を舞う情熱の血。
生々しい鉄の匂いが辺りを漂い、冷たい路上に突っ伏す有象無象の山々……。
平凡なはずの休日は、瞬く間に地獄絵図一歩手前な惨状へと成り下がってしまった。
そんなことなど知ったこっちゃねェとばかりにテーブルへ両手を叩きつけた真っ赤なお顔の女王様は捲し立てる様にユーリを指差し、
「な、ななななな……!?」
壊れたラジオのようにひとつの単語を吐き出し続けていた。
「おや、気づいていなかったのですか? ウチの防音設備、実はあんまり性能高くないのですよ。元々人気が無い所に立てられていますし、聞き耳立てられても気にしない方々がトップにいらっしゃいますから」
さらりと告げられた事実に、ディアーチェの頬が赤を通り越して赤紫へと移り変わっていく。
「三日に一回、ですか。なかなかヤル事ヤッてるんですね、お幸せそうで何よりです」
眩いばかりのイイ笑顔なシュテル嬢の頬がツヤツヤしているのは気のせいではあるまい。
内心、良い玩具を見つけたとばかりに舌なめずりしている事だろう。
不穏な空気を感じてブルり、と肩を震わせるディアーチェを「大丈夫?」 と心配気なレヴィが支える。
その姿に、ますます深くなって行くシュテルの微笑み。ドSスイッチが発動してしまった彼女から、見慣れているアリシアとヴィヴィオはそっと目を逸らす
下手に干渉しようものなら、こっちまで飛び火してくることを、彼女らは経験として知っているからだ。
だから二人は、周囲の生暖かい空気など知ったこっちゃねぇとばかりにティータイムを再開させる。
決して、「ディアーチェ、レヴィ、今夜から“コンドーさん”を使わないでイチャイチャしてくれません? 言うなれば、盛りのついた猫のように」「ユーリ!?」 「生々しい発言は如何なものだとボクは発言したりするんですがっ!?」 「え、今更でしょ?」 「「心の底から“訳が分からないよ”的な顔されたっ!?」」 なんて会話は聞こえないのである。
そう決して。デバイスに赤裸々な会話を余すところなく録音させている
さわらぬ神に祟りなし。
むりゃをやらかす《神》さま候補な龍神様とドSな天使様と同居していれば、この程度のスルースキルを備えていて当たり前なのである。
大魔女様と姫王様はエロ方面に展開されつつある話の内容を魔力強化で強度を増した鼓膜でシャットダウンさせながら、店の名物プレーンクッキーを堪能するのだった。
「えと、それでです、ね……実はこうしてお茶のお誘いをさせて戴いたのには理由がありまして」
何とも言えない『ほんわか』……と言うよりは『ねっとり』とした空気を破るかのように切り出したのはユーリだった。ちなみにディアーチェは真っ赤な顔で轟沈し、レヴィはシュテルに赤裸々な体験談引き出されて涙目になってしまっていた。
先ほどまでの緩い空気を引き締める様な硬い口調で、幸せそうにクッキーを頬張っているヴィヴィオへと視線を向ける。
彼女に引きずられるように、復活を果たしたディアーチェとレヴィのソレも、少しだけ硬さを増した気がする。
「ユーリ?」
「どしたの?」
ヴィヴィオから視線を逸らさない彼女らの様子に不穏な物を感じとったシュテルの肩眉が吊り上り、アリシアのヴィヴィオを抱きしめる腕の力が増す。
「実は、お二人にご相談、いえ……『お願い』があるのです」
「ほぉ……『お願い』、ですか。――それは当然、拒否権はあるのでしょうね?」
「それは、その……あなた方次第ということで」
ピシッ……、と空気が軋みを上げる。アリシアは右耳のピアスとなっている【ヴィントブルーム】へと指をかけ、シュテルは左手首にある飾り紐状態の【ルシフェリオン】を
ほぼ条件反射で姿を現した
アグスタで競り落とした数々のロストロギアをふんだんに用いて開発されたソレは、まさしく世界最強ランクの性能を内包していた。
起動時には、ヴィヴィオの聖王姫モードへの変身補助とサポートをこなし、エクスワイバリオンの代役を見事に果たす。
流石に“
彼女が特殊な生まれと言う事もアリ、ある程度の自立性を持たせた方が都合がいいというシュテルの発案で待機状態がぬいぐるみの形状となった【セイクリッドハート】は、いまや金ぴかドラゴン一味の新しい家族として受け入れられている。
幼くあると同時に、強大な力を宿してしまったヴィヴィオを護るべく、【セイクリッドハート】ことクリスは手に持ったステッキを雄々しく構えながら主の前に立つ。
小さなナイトの登場に僅かに驚くものの、自分のやるべき事……大好きな
「単刀直入に言います……私たちの目的を果たすために――ヴィヴィオちゃんの身柄を引き渡していただけませんか?」
「断る、と返答させていただきます」
にべも無く切って捨てる。例え、かつては共に在った存在であろうとも、譲れぬものがあるのだ。
「まあ、そうでしょうね。ならば――」
にっこりと聖女のような微笑みを浮かべると、ユーリの背後から禍々しいまでに強大な魔力の奔流が吹き荒れた。
吹き荒ぶ魔力嵐に、悲鳴を上げて逃げ惑う民衆。彼らのことなど
バリアジャケットを展開させながら戦意と敵意を顕わにする《黄金神》の家族から視線を離さぬまま、真紅の霧状であった魔力が禍々しいカギ爪へと変貌していく。
人など容易く肉塊と化すだけの威力を秘めたソレを構えると、ユーリはその一言を口にする。
戦いの開始を告げる鐘となる――決定的な
「ここで、ブッ
「お断りします。反対に、あなた方を
紫天の頂に立つ盟主と、理を司っていた殲滅者。
盟主は闇紫色の人形使いの
道をたがえてしまった二人の宿命付けられた戦いが、始まろうとしていた。
――◇◆◇――
「これは……」
「ひどい……!」
地上部隊の現場指揮を任された八神 コウタと彼の補佐に任命されたギンガ・ナカジマは目の前に散乱する大小さまざまな残骸を目の当たりにして声を零してしまう。少なくない数の事件現場を目の当たりにした彼らをしても、これほどまでに徹底的な破壊痕が刻まれた光景を目にかけたことは無かったからだ。
ガジェットⅠ型と推察されるモノの成れの果てが地面はもちろん、スクラップと化している運搬用トレーラーに突き刺さっていたり、コンクリートの壁にめり込んだりしている。ギンガは足元に転がっていた外装の一部を拾い上げてみた。
全面装甲らしきそれは、レーザー発射口を兼ねたセンサーのある中心部分を円形に撃ち抜かれたような状態であった。
妹のスバル共々、近格闘術【ストライクアーツ】を習得している彼女には、この破壊痕が人間の拳によるものだと一目で看破する。
しかし、彼女が驚きを露わにしているのは、ここにある残骸のなに一つにも残留魔力が計測出来なかったからだ。
例えばギンガであれば、身体強化のブーストをかけることで鋼鉄の装甲板を拳で撃ち抜くことも可能だ。しかし、生身の人間が素手でそれをやろうとすれば、間違いなく相応の反動を覚悟しなければならない。
近接戦闘のプロたる彼女であっても、強化魔法を使わないでそんな真似をすれば、拳の皮膚が裂けてしまい、多少の切り傷を負ってしまうことだろう。
彼女が
だと言うのに、この惨状を引き起こした存在は、魔力による強化を行わぬまま無傷でこれだけの敵を破壊しつくし、さらには逃走を図っている。
一概には信じられない事態ではあるが、だからと言って納得しなければならないのが彼女らのお役目なのだ。
頭を振って意識を切り替えると、ギンガの視線は上司であるコウタの方へと向けられる。
トラックの検分を行っていたコウタは、荷台の中から覗く生体ポッドらしきものの残骸を見ていた。
足元には、何やら液体らしきものが飛び散ったような痕、そして地下へと通じる通路の方へ点々と続く人間の足跡らしきもの。
「運転手は意識不明の重体、どうにか訊きだせたことと言えば、荷台の中身を一切教えられていないまま単純な運搬作業だと言いくるめられてアルバイト気分で運んでいたっていう証言のみ、か……ギンガ、君はどう思う?」
「え、は、はいっ! おそらくですけど、運転手の証言は信用できるものだと思います。運転手の身分等の裏はとってありますし、依頼を見つけたと言う掲示板も確認できています。まあ、もっとも、依頼者が何者なのかは不明のままみたいですけど……」
「多分見つからないだろうね。情報の隠ぺいが巧妙すぎる……きっとその道のプロの仕業だろう」
「はい。そして事件の原因はまず間違いなくポッドの中身だと思われます。ポッドの破片が外側へ散らばっていることを見るに、ポッドの中にいた『何者か』が荷物を強奪しようと襲いかかってきたガジェットを破壊してそのまま逃走した……と」
「うん、僕も同意見だよ。だとすれば、問題はその中身の部分。生体ポッドなんて物々しい物なんだ、中身の正体も大凡見当がつくよ」
敬愛する上司から急に振られたので若干焦りながら、それでも冷静に自分が抱いた推論を述べていく。
部下の推眼に満足げに頷きを返し、コウタは暗闇に包まれた地下へと通じる通路口を睨む。
「十中八九、正体は人造魔導師。それもこれだけの数のガジェットを破壊し尽くすだけの戦闘力を秘めている。これは一刻も早く回収に動いた方がいいだろうね」
コウタの持つ“知識”には、“闇の書”事件までのもの。
これから起こりうる未来については、ほとんど知らない程度なのだ。
同盟を結んでいる花梨や葉月経由で大まかな情報は入手しているものの、必要以上に詳細な情報を持ってしまうと先入観をもってしまうからと、コウタ自身が詳細な情報の提示を拒否したからだ。
実際、先入観が無かったからこそ、ゼスト隊のメンバーやギンガ、ゲンヤといった面子とごくごく自然体で打ち解けているのだから、ある意味成功していると言えなくも無い。
今回の事件についても、『
もしかしたら、これから探す人造魔導師がそうなのかもしれないなと、コウタは今更ながら情報を拒否したことを少しだけ後悔する。
探し人の容姿が分かっていれば、それだけ探しやすいものだからだ。
(ま、いまさらそんな事を考えてもしょうがないか。今は出来る事をやるだけさ)
検察班に調査の続行を命じつつ、バリアジャケットとデバイスを起動させたギンガと共に地下へと向かっていくコウタ。
正史において、なのはとフェイトの娘となる人造魔導師……彼女の正体こそ、最強の敵No.“Ⅰ”の元ですくすくと成長をしている少女、ヴィヴィオであることをコウタは知らない。
故に、気づかない。聖王のクローンであるヴィヴィオがすでに外の世界で日常を手にしている現状でありながら、“知識”になぞらえた事件が起こっているのかと言う疑問に。
「さて、それじゃあ行くとしようか」
「はい、隊長!」
やる気に満ちた返事を返す部下に頼もしさを感じながら、コウタは起動させた盾型デバイス【レイアース】から剣を引き抜いた――瞬間、
――リィィイイイイイイン……!
世界総てに響き渡るかのような、音が鳴り響き――
「ん? 今何か聴こえなかった?」
「えっ? 私には特に何も……」
「あっれー? おかしいなあ……。確かに
世界は、黄昏時の色へと染め上げられた――――……!
「――んなあっ!?」
視界を埋め尽くすのは夕焼けに染まったかのような柔らかな『赤』。
足元からは、蛍のような幻想的で、儚い燐光が溢れ出し、天へと昇って行く。
周囲に人気は一切存在せず、まるで自分だけがセカイから切り離されてしまったのではと考えてしまうほどに、生命の脈動を感じられない異質な空間。
彼は知っていた。これが何なのかを。
そして――それに引き込まれた自分が陥った絶対的な危機を。
「うっ、嘘だろう!? なんでこのタイミングで!?」
油断していた。ありえないと思っていた。前回の発動からそれなりの期間が経過して、いままでは平穏な日常を過ごせていた筈だった。
確かに、魔導師と言う役職上、平和な日常とは言えないのかもしれない。「しかし……」とコウタは思う。
望もうと望むまいと、強制的な
『
『
ひとたびこの結界に取り込まれてしまえば最後、同じく取り込まれた参加者の誰かを倒さなければ脱出できない死の結界。
制限時間まで定められており、それを過ぎてしまえば収縮を開始する結界に押し潰されて消滅してしまう。
仲間と協力し合い、共に理不尽な運命に抗おうとしている彼ら非戦闘派にとって、まさしく最悪の一手。
もしこの空間に取り込まれてしまった者が、コウタと同じ志を持つ者たちであったとするのならば、彼が生き残るために下さなければならない選択とは――
「くっ……!」
歯噛みし、理不尽な現実への憤りを込めた拳を壁に叩き込む。
強化された拳の形にめり込んだ壁を一瞥すると、ゆっくりとだが冷静さを取り戻していく。
「とにかく、一度皆と合流した方がいいかな……」
『
「……この場合だと、敵勢力であるルビー……さんを皆と協力して倒すのが正しい選択なのかもしれないけど……でも、それは……」
生きるために悪を滅ぼすか、それとも敵にすら手を差し伸べて別の道を探してみるか。
初代リィンフォースの敵である彼女への憤りはいまだ彼の胸の中で燻っている。
しかし、犯した罪は正しい法の元で裁かれなければならないというのがコウタの考えだ。
切名あたりが耳にすれば、甘ちゃんだと一刀のもとに斬り捨てられてしまうであろう信念を抱く。
騎士として、気高い王の弟として、抱いた理想は
たとえ偽善者と罵られようとも、理想を抱き、家族の……そして愛しき騎士の元へと戻り、護り抜いて見せる。
覚悟を決めたコウタが己の意志を再確認し、戦いへ向かうべく一歩を踏み出した――瞬間、
【終末を呼びし暗き光――】
“コエ”が聞こえた。
【現の世を黄昏に染め上げ――】
青年の抱いた理想など叶わぬと睥睨するかのように。
絶望を齎さんと、静かに……力強い“コエ”が。
【終焉なる黙示録を告げよ……!】
絶対強者が告げし災厄の炎を召喚する言霊が――――!
もし――コウタが遮るものの無い地上にいて天を仰ぎ見る事が出来ていれば、天に広がり燦然と輝く滅びの兇星群の威容に恐れ、膝を付いていたかもしれない。
それほどまでに圧倒的な絶望の具現がそこにはあった――!
「――っ!? 『
己を、いや大地そのものが怯え声を泣き叫んでいるかのような幻聴を感じとったコウタが条件反射的に情報へと盾をかざし、最硬の“能力”を発現させる。
瞬間、
「――『
大地に生きる全ての存在を永遠の眠りに誘うべく、降り注いだ……!
大地を穿つは、黄金色と闇色の魔力光が織りなす破壊の流星群。
天空を埋め尽くすほどのおびただしい数の魔法陣から撃ち放たれた神代の大魔法が、黄昏に包まれたクラナガンを蹂躙し、打ち砕いていく。
圧倒的すぎる破壊の奔流のまえに、人類の英知が生み出した魔導科学の象徴たる大都市が、見るも無残な姿へと移り変わっていく。
視界を奪われるほどの眩しさに耐え続けるコウタは、己の魔力の殆んどを注ぎ込むことで“能力”の維持につとめる。
もし一瞬でも解除されてしまったら最後、八神 コウタと言う存在が跡形も無く消し飛ばされてしまうと理解させられていたから。
果たしてどれほどの時間が経過したのだろう……ようやく、眼球を焼く光が治まった頃合いを見計らって“能力”を解除したコウタの視界に、焼け野原と化したクラナガンの成れの果てが飛び込んできた。
人々の喧騒に満ち溢れた路上も、名うての企業が利用していた高層ビルも、子どもたちの笑い声が飛びかっていた公園も。
残されたのは大地を穿つ巨大な大穴の数々と、散乱した瓦礫の欠片。恐るべきことに、先ほどの『神代魔法』は建物を構成していたもの
まさしく、蹂躙と呼ぶにふさわしい惨状がそこに在った。
「久しぶりだな
呆然と目の前の光景を見つめる事しか出来なかったコウタの背筋が一瞬で凍りつく。
それは純然たる殺意の奔流。『お前を殺す』と言う、揺るぎ無い意志が籠められた、絶対強者が放つ覇気……!
聞き覚えのある声の主の方へと、ゆっくりと振り返る。
悠然と宙に浮かびながらコウタを見下ろしていたのは、この惨状を引き起こした元凶にして、最悪の存在。
コウタが無意識下において除外していた“最悪の可能性”を起こしうる存在。
「さあ、始めようか――……俺たちの、
淡い
次回はカプセルから逃げ出した謎の少女の正体、対峙する”紫天”の行方、そして黄昏の世界で騎士と龍神の一騎打ちの決着を予定しています。
六課メンバーや花梨嬢たちにも出番はあるハズ。
ちなみにダークさんは今まで徒手空拳が主体でしたが、剣や槍もそれなりに使えます。
力量そのものは一芸に秀でたヴォルケンズに一歩劣りますが、ポテンシャルの性能差で戦闘力で相手を凌駕できるレベル。
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超番外編(本編ではありませんのでご注意を)
せっかくなので投稿させていただきます。
……本編も頑張って書いてますよ? そっちはもうちょっと待ってくださいね♪ ←オイ!
追記:編集途中に誤って投稿してしまったので、前倒しで投稿。
超番外編そのいち Fate/extra CCC編
~~もし主人公が手繰り寄せた運命が『彼』だったとしたら~~
落ちる、落ちる、落ちる――……。
一切の光が見えない常夜の世界を、どこまでも落ちていく。
それは深き闇色の蒼に満たされた海底か、それとも果てなき彼方まで続く星の海原か。
身体に纏わりつくのは、泥のように淀んだ淀み。
人の意志など容易く呑み干し、“無”へと還してしまう闇の中を『彼女』は落ちていく。
瞼を閉じ、慣性に委ねた手足に活力は微塵も無く。
生命の象徴たる体温は、時の秒針を刻むごとに冷たくなっていく。
救いのない己が存在に自嘲するかのように、『彼女』の口元が小さく歪む。
最早まともな思考する気力すら湧かない霞がかった脳裏をかすめるのは、どうしてこうなってしまったのかと言う疑問だけだ。
――あれが、切っ掛けだったんだよね……。
深き奈落に身を投じる前、『彼女』は平穏な日常の世界にいた。
ありふれた学園生活。縁を結んだ、ちょっとだけ変わった友人たちとの交流。
蠱惑的な魅力に溢れた新任教師との出会い。きっと、誰よりも親しいと胸を張って言える可愛い後輩と談笑を交わした夕暮れ刻。
そして――
“全てを食いつぶす漆黒の怪物”
何の前触れも無かった。突然、それこそどこからともなく表れたとしか言いようのない異形の怪物の群れによって、平凡な日常は文字通り、木っ端微塵に粉砕された。
呑み込まれていく生徒、崩れゆく校舎、涙を流して助けを乞いながらも消えていく友人……。
その果てがこの様。
怪物から逃げ続けた己の行き着いた先はどこまでも落ちていく奈落への一本道。
どうしてこうなったのか。
何度自問しても答えはわからない。
“どうして怪物が現れたのか?”
“消えて行った生徒たちはどこへ?”
“自分がいるこの空間はいったい?”
何もわからず、それでも考えることを止められない。
ぐるぐると思考の迷路に入り込んでしまった幼子のようだと、自分で自分を嘲笑する。
まるで他人事のようではないか。と、そこに来て、不意に気づく。
『論点が違うのではないか?』と。
――ああ、そうだ。そもそも自分は考え違いをしていたのではないだろうか?
“何故、自分はここにいる?”
――闇から逃れるために飛び込んだからだ。
“何故、深き闇に飛び込むという選択を選んだ?”
――他の誰でもない、『私』が自分の意志で選択したからだ。
“ならばお前は
――否! 『私』は己が選択を後悔することも諦めることもしない。
“それは……何故?”
――そんなの決まっている……! この
“ならば、やるべきことはわかっているだろう?”
――ああ、もちろんだとも。元よりこの身はたった一つだけの想いを……どこまでもあきらめない意志を貫き通すことしか出来ない不器用者。なればこそ――……!
「私はっ……! 何処までも足掻いて足掻いて足掻ききってみせるっ! それが『私』の――『岸波 白野』の『決断』なのだから――!」
意志が宿る。常闇の絶望すらも照らしつくすほどの輝きを放つ、人の意志のみが成し得る事が出来る強き力。
諦めないという思いが、奇跡すら手繰り寄せてみせる無限の可能性を秘めし想いの結晶。人はそれをこう呼ぶ――“不屈の心”と。
思考を放棄しかけていた脳を奮い立たせる。
カラッポになりかけていた器に感覚が蘇っていく。
手を伸ばす。
こんな結末など認めないと言う意志を宿して。
手を伸ばす。
運命を、未来を、奇跡を、可能性を掴み取らんための“剣”を呼びために。
手を伸ばす。
諦めたくないから。消えたくないから。忘れたくないから。前に……歩いていきたいから。
だから――
「私はっ……! ぜったいに諦めないっ!」
少女の強き想いが――
――ゴガンッ!
「ぶべらっ!?」
強烈にして痛烈な蹴りを呼び寄せた――……!
『センパ~イ! こっちですよ~♪』
あはは~、桜は可愛いなあ。はにかみながら手を引っ張らないでよ~。
まったくもう、可愛い後輩のお転婆には困ったものだ。
でも、こうやってちょっぴり悪戯っ子な面を見せてくれるのも自分だけだと思えば、なんというかこう……胸の奥がキュンキュンと疼いてしまう。
これは何だろう……。。この胸に宿った暖かくも燃え盛る様に高まる想い。
ああ、そうか。きっとこれが『恋』――……!
『センパイ……』
己の想いに気づいた後は行動あるのみだ。
桜の両肩に手を置いて、己の想いを伝える様にまっすぐ見つめる。
彼女の瞳がどんどん潤んでいくのが分かる。困っているのだろうか? 不安になってしまって指の力を弱めた瞬間、弾かれたように桜の身体が私の胸に飛び込んできた。
――桜?
『ご、ゴメンなさい。でも、嬉しくて……ずっと望んでいた一言を言って貰えたから』
え、それってつまり……そういうことと受け取ってもよろしいのでしょうか?
コクリ、と控えめに頷くと、桜の瞼がゆっくりと閉じていく。これからすることへの期待と不安が入り混じっているのだろう。
長いまつ毛が小さく震え、私の胸元に当てられた指先に力が籠っているのが分かる。
私は彼女を安心させるように、長く柔らかい紫神をそっ、と撫でてあげる。
優しく、愛しむように……。
どれほどそうしていたのか……彼女の震えが少しずつ収まってきたタイミングを見計らって、ゆっくりと顔を近づけていく。
ソレは彼女の方も同じだったようで、桜の両手が私の首の後ろにまわされる。
視界いっぱいに広がる桜の顔。距離を失っていく唇と唇。
そして――
《む、足の裏になんだか妙な感触が……って、うお! 汚な!? 人さまの足の裏にキスしようとするとは何と言う変態だ》
ものすごく失礼な暴言が頭の上から降ってきた。
って、あれ!? 私ってば今、物凄い変態扱いされていなかった!?
違います! 岸波 白野は変態さんじゃあございませんとの事よ!?
《……えっ?》
心底驚愕せんばかりに驚かれた――!? ……ような気がする。
ていうか見えない。誰かがそこにいるのはわかる。でも、見えない。
まるで何か重い物で瞼を押さえつけられているかのようだ。
《まあ、俺が顔面を踏みつけているからなんだがな》
さっさとどいてくださいませ!?
何しれっとかましてくださっているのですか!?
《いや、こんなトコで寝っ転がっているお前が悪い。道端を転がる小石が蹴り飛ばされても仕方ないのと同じだ》
いや、その理屈はおかしい! 訴えますよ!? そして勝ちますよ!?
《無理だな》
な、何故?
《俺が
うわぁお、何と言う俺様理論。どこぞの慢心王とキャラ被りしてませんか?
《……意外と余裕あるなお前》
いえ、結構ギリギリですが? 今も、踏まれた顔が……というか、なんだか全身が焼けるように痛いんです。
《あ、それは俺のせいだな。俺とお前とでは存在そのモノの次元が違いすぎるからな。いわば、ネズミが至近距離で太陽に照らされているのと同義。存在レベルで違い過ぎる俺と同じ空間にいるだけで、お前と言う存在は徐々に崩壊を始めているんだ》
む、なるほど元凶は貴方でしたか。ならば賠償を要求します。
具体的にはここから私を連れ出して的な。あ、アフターケアーとして怪我の手当てもしてくれると嬉しいです。
《どこまでも図太い奴だなお前……いや、面白い。実に面白いぞお前。だが、俺を直視することもできない輩の願いを叶えてやるつもりは毛頭ないぞ。せめて、俺の目を見て願いを言うくらいの根性を見せてみろ。ほれほれ、急げよ。早くしないとお前と言う存在が根源から消失してしまうぞ》
なんて意地の悪い男なのだろう。存在が違い過ぎるということは、その姿を目にした瞬間に全身を消し飛ばされてしまうと言うことと同義なのではないか?
目を合わせるとは言うが、その瞬間に岸波 白野と言う存在は欠片も残さずに消滅してしまう。
かと言って、この機会を逃した瞬間、私が行きつく先は永遠の闇であることは疑いようが無い。
どうする? どうすればいい?
考えろ。思考をこらせ。己に残された全てを思い返し、とりうる切り札を導き出せ――!
「痛……ッ!?」
不意に、左手に痛みが走る。
反射的に手を当てれば、そこには痣のような文様らしき物。
“令呪”
英霊の分身体を顕現させ、己が従者……サーヴァントとして従えるために必要な魔術刻印。
令呪を消費することでいかなる奇跡をも実現できる、私が参加していた闘争――『聖杯戦争』における切り札と呼べるシロモノ。
と、そこまで考えて気づく。
この空間のカラクリはわからないが、少なくとも月にある霊子演算装置【ムーンセル・オートマトン】が生み出した仮想空間の中であるはず。
そこで存在を許されたのは、自分たちマスターとサーヴァント、そして聖杯戦争を運営するNPCのみ。
この、いまだに私の顔面を『ふみふみ』してくださっているお方がNPCの類ではない事は断言できる。だって存在感ハンパないんですもの。
ならばマスターか? いいや、それも違うだろう。人間離れしたマスターを何人か見てきたが、この人はどう考えても人間の領域に在るとは思えない。
つまり、消去法で彼の正体はサーヴァント、あるいはより高次的な人外のようなものと推察できる。
しかし……ならばこそこの手が使えるのではないか?
マスターでもNPCでもないのならば、多少のイレギュラー程度どうにかできずして何が奇跡か――!
「令呪によって告げる! 私に語りかけた存在の霊格を……私と言葉を交わし、姿を見る事が出来るまでに弱体化せよ!」
電流が走る様な感覚と共にどうしようもない消失感が左手を中心に駆け巡る。
瞬時に消費された
それによって封印を施されて存在としての霊格を落としてしまった『彼』の表情は、驚きに満ち溢れていた。
まさか、そう来るとは思っても見なかったとばかりに。
「おいおい……随分と気前のいいことだな。それはお前たちにとっての命綱ではなかったのか?」
確かにそうだ。令呪と言う縛りがあるからこそ、聖杯戦争に参加できていたのだし、サーヴァントと契約を成すことができていた。
ソレを失った以上、自分には聖杯を手にする可能性が潰えたといっても過言ではない。
「だが楽しそうだ。何がそんなに嬉しいんだ?」
怪訝そうに私を見る彼の顔が面白くて、ついつい笑みを浮かべてしまう。
人間じゃないくせに、そんな事も分からないのだろうか? よろしい、ならば教えてあげようじゃないか。
「貴方は言った。『己の目を見て願えば叶えてやる』と。ならば悲壮に浸る必要などありはしないでしょう?」
「ほぉ……その心は?」
「決まっている。私の願いは『貴方が私のパートナーになって、共に聖杯戦争を勝ち抜くこと』なのだから」
「!」
これが私の“答え”。
聖杯戦争でのパートナーとは、文字通りの一蓮托生。
マスターが消えれば、その時点でサーヴァントも消滅してしまう。しかし、私の願いは“戦いを勝ち抜くこと”。
つまり『彼』は、私というパートナーを此処から救い出し、戦争を勝ち抜くまで助力し続けなければならない。
敗ければそれまでの話になるけど……多分、その可能性は無いと言いきれる。
だって、彼はこんなにも――
「――ク……ッ! アッハハハハハハハハハハ! 面白い! 本当に面白い娘だなお前は! 良いだろう、気に入った。元々、聖杯に要があったんだ。ついでに力を貸してやるよ」
堪えられないとばかりに笑う『彼』につられるように、私も声を出して笑ってしまう。
差し出された見た目より大きな手をしっかりと握る。
そこから注ぎ込まれるのは、私が失いかけていた生命の源そのもの。
「よし、それでは往くぞ
物騒な言葉を軽々と口にする
私が掴み取った可能性――黄金に光り輝く鎧を纏った『彼』とならばできない事は無いのだと、岸波 白野の
――◇◆◇――
――パアンッ!
「きゃぅっ!」
悲鳴を上げて崩れ落ちていく友の姿に、思わず駈け出そうとした私の前に立ち塞がった『彼』の目が告げている。
邪魔をするな――と。
此処は『サクラ迷宮』。月の裏側に生み出された忘れ去られた仮想空間にあるダンジョン。
『彼』と契約を交わし、あの場所から脱出した私たちは、先んじて脱出を果たしていた桜たちと合流、月の表へと通じる『サクラ迷宮』を攻略すべく足を踏み入れた。
そこで出会ったのは、月の女王を名乗る黒髪の美少女……月の表では幾度となく交友を育んだ友人、『遠坂 凛』。
彼女が従えたのは人外にして強大なる力を秘めし“槍”のサーヴァント……ランサー。
迷宮の番人として立ち塞がった彼女たちを打倒し、正気を取り戻さなければならない。
『S・G』と呼ばれる情報マトリクスを集め、迷宮に心を捕らわれてしまった友人を助けるべく戦いを挑んだ――までは良かったのだが。
「ホレホレ、どうした小娘。豚のように這いつくばって尻を振るとは……なんだ、誘っているのか? この意地汚い雌豚が」
私の
イジメっこオーラを全開にさせた男が涙目の少女を平手打ち、屈伏させようとしているさまは、見ていて非常に痛ましい。
思わず目を背けてしまいそうになってしまう己の弱い心を奮い立たせ、歯を食いしばりながら前を向く。
実行犯こそ『彼』だが、その責任は相棒である私にこそある。なればこそ、現実から目を背ける事だけはしてはならない。
友人として、仲間として、好敵手として。遠坂 凛という少女を知っている者として、それがせめてもの責任なのだ。
だから――!
「くっくっく……そうら、これがイイんだろう? たまらないんだろう? 良いんだぞ、卑しい雌豚の如き浅ましい姿を晒して懇願するがいい。もっと、ブッてくださいとな」
「くっ、ぅう……! だっ、誰が、そんなことっ! 私はっ、月の女王様なんだからあ……っ!」
「ハッ! 滑稽だな女王様? そんなナリで何をほざくか。――どうやらもっとキツメの奴をお見舞いせねばわからないようだな?」
愉悦に満ちた暗い笑みを浮かべた『彼』が人ならざる力……“権能”にて、ソレを具現化する。
『彼』の手に現れたもの。幾度となく、遠坂の誇りを引っ叩いた邪悪にして魔性の礼装。その名も――……!
「『
パシィイン! という音と、「はぅううんっ♡」という恍惚に蕩けた少女の声が木霊する。
あれこそまさに、遠坂の弱点をモロに突いた天下無敵の超絶兵器……!
――『
『彼』が具現化させた世界中の
多くの亡者たちに至高の夢を与えるとされるソレから繰り出される、数多の欲望と願望が具現化した神の一撃――所謂、札束ビンタ――によって、極楽へといざなう。
特に、素直になれない少女にとって、痛みと歓びを同時に与えるこの礼装はまさしく回避不可能な必殺兵器であると言えよう。
ああ、初登場時のポーズを決めて高笑いしていた女王様の姿など見る影も無い。
上気した頬、
もはや、優雅さって何? と断言できるレベルに崩壊してしまった友人の表情に、溢れる涙を堪えることができない。
……ところで
『おや、どうされましたか白野さん?』
いえね、ちょっぴり気になってしまったのですが。ガウェインさんが構えていらっしゃる高性能デジタルビデオカメラ(一台で数十万は下らない奴)はいったい?
『ハッハッハ、分かっているくせに。もちろん、ミス遠坂が正気に戻られた際に校内放送で流すために決まっているじゃないですか』
『ハッ! 騎士たる私のカメラ捌きに隙はありません!』
ノリノリだなガウェイン!?
いや、確かに操られている遠坂に隙があったからこうなってしまったのだけれども!
『……そう思うのなら、真面目にサーヴァントと戦わせたらどうだ?』
そうは言うけれどもねユリウス! だってアレだよ? ボス的な立ち位置にいる片割れが札束ビンタで半ばノックダウンされてるし、その相方はと言えば……
「ああっ、そんな……! こんなに、逞しくて雄々しいモノがワタクシの敏感なトコロをっ……!」
『彼』を挟んで遠坂の反対側にいるボス役のランサー。彼女も彼女で、最早戦闘など出来ようも無い骨抜き状態に追い込まれている。
見た目は可愛らしい少女なのだが、マイクスタンドを思わせる巨槍を軽々と振り回す怪力と異形の角、そして漆黒の鱗に包まれた竜の尾を持った怪物だ――ったのだが、
「はぅううううんっ♪ ヤッ、ソ、ソコはダメぇ! お、お父様ぁ……え、エリザはぁ……とうとうオトナになってしまいますぅ~~♪」
R指定されそうなヤバい悦声を叫びながら、くねくねとのた打ち回る竜の娘(笑)。
最初こそ戦気に満ち溢れた強気な眼を見せていた彼女だったのだが、私の相棒に龍尾が生えていることに気づくなり絶句。彼女曰く、「こ、こんなに逞しい尻尾初めて」とのこと。ふらふら~っと夢遊病者のように龍尾に心を奪われた彼女の目の前で『彼』のソレが長大に伸び……彼女のソレへと絡みついたのだ。
細くしなやかな彼女の竜尾が『彼』のソレと擦れ合い、絡み合っていく。
逆鱗と呼ばれる触れただけで怒りを呼ぶとされる敏感なトコロまでもを刺激されてしまい、穢れ無き乙女である竜の娘は強大なる龍の神の前に屈伏してしまったのだ。
「そうら小娘共……もっとイイ声で鳴くがいい!」
「「きゃぅううう~~ん♪」」
……こうして、私たちは第一の壁を突破することに成功したのだった。
ごくごく一部の少女たちの心に、けっしてして消えぬ傷跡を刻み込んで――。
追記:階層を突破した直後に正気を取り戻した(元)女王様から繰り出された記憶末梢脳髄破砕拳による激痛は筆舌しがたい破壊力が籠められておりました。
でも、被害を受けたのが自分だけと言うのは物申したいと岸波 白野は思うんです。
(元)女王様、その辺のところどう思われます?
「ウッサイわよ、バカ! あんな恥ずかしい目に遭わせておいて生きていられるだけ感謝しなさい! 後、その名で呼ぶな!」
何と言う暴君。ですがね(元)女王様、その懐に忍ばせた札束的なイチブツはなんでせう?
買収か? 買収されたのか?
「覚えておきなさいな、はくのん……世の中にはね、金より強い物は無いのよ」
真顔で断言しおっただと!?
「ま、それはさておいて、はくのん。ちょっとお願いがあるんだけど♪」
――聞くだけ聞いて上げましょう。正直、悪寒しか感じぬ微笑みを張りつかせた遠坂さん、マジ怖いです。
「パパさんとランサー交換してくんない?」
「出来るか!」
何を言い出すかこの(元)女王様!? てか、パパ!? それって金づる的な意味合いと受け取っても!?
「いいじゃないの、ちょっとくらい我儘きいてくれたって! だって《神》さまよ!? 神龍的な素晴らしいお方なのよ!? これは遠坂家100年の悲願である“お札風呂”を叶えるチャンスなんだから!」
おいぃ!? なに言っちゃってんの!?
え、そんな趣味の悪い成金趣味が悲願だったの!? 優雅さとか、どこ行った!?
君のご先祖様も泣いちゃうよ!? 具体的には、アゴヒゲのうっかり紳士(失笑)的なオジサマが!
そんでもって、軽々しくサーヴァントをとっかえようなんて言うもんじゃありません!
そこな、尻尾にメロメロになって引っ付いてきたランサーさん!
貴方からも言ってやってください!
「ね、ねぇ、ダーリン? 貴方のために誠心誠意心を込めて作ってみたの……」
「おお……真っ赤だな。これが竜の食事なのか? ……だが、悪いな。俺の味覚は人間のソレに近いから合わないんだ」
「えっ、そ、そうなんだ……」
「ああ、だから――」
ランサーお手製の“真っ赤な”料理が並ぶテーブルの上を『彼』が腕を振る。
すると、悍ましいまでのプレッシャーを放っていた手料理(激)が一瞬で高級レストランのディナーコースの如き芳醇な香りと美しさを醸し出す。
「俺だけでなく、お前の口にも合うように手を加えさせてもらった。さあ、それでは一緒に食べようじゃないかエリザベート。手料理はまた次の機会、次は一緒に、な」
「えっ!? そ、そそそれってつまり、いわゆるひとつの……初めての共同作業って奴ねっ!」
「……嫌なのか?」
指を伸ばして形のよい顎をくっと持ち上げてやりながら、覗き込むように囁くとエリザベートの表情が一瞬で茹で上がる。
「ぜんぜんおっけーですわ!」
もはや完全に骨抜きにされてしまっている竜の娘、こと、エリザベート嬢。
彼女の必殺料理を回避しつつ心酔させるその手腕に、帝王学を学んだレオと騎士として王に仕えた経験があるガウェインは尊敬の念を抱かずにはいられないらしく、キラキラと輝く視線を注いでいた……って、何をやっとるんですかあのヒトは――!?
「……」
無言で肩を叩いてくれたユリウスの優しさが心に染みる今日この頃。
涙が出ちゃうのは仕方がない事だと思う。だって女の子なんだもん!
所変わって【サクラ迷宮】
遠坂のギラツイタ欲望まみれの懇願をどうにか振りきった私と『彼』の前に、強大な敵が立ちふさがっていた。
それは文字通りの“壁”。力では決して砕け得ぬ、強固にして絶対突破不可能な最高最強の城壁――!
「何を言っているのですか、はくのん。おとぼけはその辺にしておきなさい」
ラニさんや、現実逃避くらいさせて貰えないでしょうか?
「却下です」
何と言うクールビューティー。ホレてまうやろー。
「私的にはウェルカムです。と、話が剃れました。では――脱いでください。この扉を開くためには、あなたが束縛から解放されることこそが必要不可欠なのです」
『はいてない』ラニだからこそ生み出すことが出来た最恐のトラップ……!
その名も、『全自動脱衣式オープンロック(特許申請中!)』
「くっ、良いだろう、ラニ。私も女だ。度胸を見せてやろうじゃないか。――だが一つだけ言わせてほしい」
「おや、なんでしょうか? 今更命乞いなんて通用しませんよ」
「そうじゃないさ。ラニ、君は重要な事実を忘れてしまっている!」
稲妻が走るかのごとき電光が、戦場を斬り裂いていく。
口元を抑えながら蹲り、プルプル震えていた我が
「何をバカなことを……私に限って失策があるはず――」
いいや、ソレがあるのだよ、ラニくん!
視るがいい! この私の姿を!
「すごく……ブルマですね。ナイスフェチズムと言わざるを得ません」
その通り。
私の今の恰好は、背徳的なフェチズムを感じずにはいられない紺色のブルマーっ! そしてニーソッ!
さらにぶっちゃけてみせましょう!
なんと私、岸波 白野はこの下に――”はいてない”のです。
「なん……ですって……!?」
驚愕に目を見開くラニさん。気持ちはわかります。
だって私自身、今朝同じ道を歩んでおりますので。
朝起きて寝間着から着替えようとクローゼットを除いた瞬間の、筆舌しがたいあの絶望!
すっからかんになったそれに残された
ご丁寧に胸元には「はくのん」とでかでかと描かれた筆文字が。
無駄に美しい筆体がムカついてしょうがない。
「……ぷっ」
おい、コラ元凶! 背中を向けてプルプル震えてるんじゃありませんよコンチクショー!
貴方の仕業でしょーが、コレ!?
ってか、私の下着はどこやった!?
「生徒会長と執事モドキと黒づくめと青ワカメと購買店員が買い取っていったかな? ちなみに、競売を開いたのは守銭奴とヒッキーだ」
あ・い・つ・ら・か !
お蔭でこんな恥辱プレイを味わう羽目になったと!?
「なかなか刺激的な日々を過ごされているようで何よりです。――では、脱げ。女の度胸を見せる時ですよ」
脈絡も容赦も無い命令キタ――!?
いやいやいや、ちょっと待つんだ、ラニさんや!
貴方、こんな恥ずかしめを受けている可憐な美少女に向ける慈悲を持ち合わせていないのですか!?
「――美少女(失笑)」
うっさい、聞こえてるって言ってんでしょうが、この金ぴかドラゴンめ。
ドSはすっこんでてくださいませ!
くっ、我が
ここは頼れる生徒会の仲間たちに救援を――!
『遠坂副会長、RECの準備は? おお、流石ですね。G・Jです。ささ、白野さん。華麗に素敵なキャストオフをGO・GOですよ!』
すこしでも頼れると信じた私がアホだった――!?
いかん、このままではお嫁に行けなくなるような恥ずかしいメモリーを永遠に記録されてしまう。
くっ、どうにかしてこの窮地を脱しなければ……!
「ちなみに
パチンッ、と『彼』が指を弾いた瞬間、
――パサッ
と、不可解な音がものすごく近くで聞こえた。具体的には足元の方から。
ラニを見れば、無表情でありながらどこか満足した風な表情で、私の身体を見つめている。
視線を辿る様に、自分の身体を見てみる。
「……ふぇ?」
見えたのは、外気にさらされた白い太ももだった。いや、正確にはさっきよりも上の方まで剥き出しになっている自分の太ももだ。
少し視線をずらしてみる。足元に、紺色の三角形をした布が落ちていた。あれは……うん、間違いない。
私が装備していた
何だかスースーするな~って思ったのは、勘違いではなかったようだ。
「~~~~~~ッ!?」
悲鳴を上げながら、慌てて身体を隠しつつしゃがみ込む。
どういうことだと元凶へ半泣きで睨み付ければ、諸悪の権現は額の汗をぬぐうようなリアクションをとりつつ、実に爽やかな笑顔を浮かべて親指を立てた。
「『上着の裾を伸ばしてなんとか隠そうとする萌え動作をする先輩が見たいです』という、保険委員の小娘のリクエストに答えてみた。試練も突破できて、まさに一石二鳥。流石は俺」
「こっ、この悪魔――!?」
「俺が悪魔……? いいや、違う。俺は――《神》だ」
これ以上ないほどのドヤ顔で高笑いしくさった
「好き放題やってくれますね、アナタ。けど、調子に乗るのもここまでです。この私、ステキに華麗な極悪美少女BBちゃんの前では、神も悪魔も等しく無力ゥ! なのですかねっ♪」
「あ、あの……怪我をしない内にその人を渡してくれるのなら助けてあげてもいいんですよ……?」
「待ちなさい、リップ。いきなり落としどころを口にするなんて交渉人として落第点よ。こういう事は、溶かす様にねっとり、じわじわ虐めながら追い込んでいくのが楽しいんじゃないの」
のーぱんブルマなし体操服(ニーソ装備)という神セッションに知的好奇心をこれでもかっ! と刺激されて正気に戻ったラニを味方に引き込み、【サクラ迷宮】の最下層と思われる場所へと足を踏み入れると、月の表へと通じる穴を掘り進めていたBBとエンカウント。
絶好の機会だと意を決した瞬間、彼女を護る様に現れた二つの影。
桜やBBと同じ顔をした、それでいて相反する威圧感を放つ新たなる敵――アルター・エゴ。
油断はできない。こちらの戦力も規格外とは言えども、これだけの事態を引き起こしたBBが用意した戦力が容易い相手であるはずも無い。
遂に、真面目な戦闘シーンに突入かっ!? と内心で滾っていた私を押しのけるようにして、我が相棒が一歩前へと踏み出す。
その横顔は真剣そのもの。まさに、抜身の日本刀の如き鋭さを宿していると言えよう。
おふざけ全開でここまで突っ走ってきた『彼』だが、やはり最後はシリアスなバトルを期待できると言うことなのか……っ!
私が一人、少年漫画の主人公となったかのような歓喜で打ち震えていると、『彼』はまるで懐から拳銃を引き抜くかのごとき神速の抜刀で光り輝くナニカを取り出した。
「「「――ッ!?」」」
ソレを目にした瞬間、BBたちの表情が驚愕で染め上げられた。
まるで、あってはならない、存在すら許されるはずも無いモノを目の当たりにしてしまったかのように。両目は限界まで見開かれており、蚊にかに堪えるかのように全身が小刻みに震えてしまっている。
尊大な態度を崩さなかったBBや加虐心に満ちた睥睨の視線をとり続けていたメルトリリスを名乗る少女ですら、動揺を隠せずにいるあたり、我が
不意に、好奇心が湧いた。
『彼』の脇から覗き込むように身を乗り出して、BBたちへと翳されているモノを確かめる。
それは、一見すると黄金と見紛うほどの輝きを放つ三枚の紙片だった。
七夕に飾る短冊のようにも見えるソレの中心には、デカデカとこう書かれていた。
『岸波 白野を一日だけ好き放題にできる券(エロもあるよ♪)』
それは、岸波 白野という少女を暗き絶望の底へと叩き込むほどの――言霊。
血の気が引いていく。まるで足元が崩れ落ちてしまったかのような一瞬の浮遊感、次いで襲いかかってくるのはどこまでも落ちていく言葉に出来ない感覚。
私は知っている。
『彼』が手に持った
そして、年頃の女の子のように頬を朱色に染め上げつつ、期待と喜色が入り混じった表情でこちらをチラチラ盗み見している彼女たちが下すであろう未来の『決断』を。
ああ……そうか、これが――
「降参するのならば、こいつをくれてやろう。しかも今なら、俺の権能で造り上げた特製のマイルーム……邪魔が一切入らない二人っきりのスイートフィールドまでサービス。そこでは特殊な能力は一切封じられてしまうので、うっかり握りつぶしてしまったり、融かしてしまったりする心配もナッシング。今ならもれなく、白い方よりも優先的に
「「「乗った!」」」
本物の……絶望というものか――……!
まるで初めてのお年玉をもらった小学生のようにキャーキャー言いながら貞操の危機券(仮)を受け取る三姉妹を前にして、白野の視界は真っ黒に染まった。
その後に起こったことを語るとしよう。
結果から言うと、白野を中心とした一行はいまだ月の裏側にとどまっていた。
『彼』の姦計によって投降した黒サクラ三姉妹は、白野が身を擦り切らして懐柔することに成功。
自分と同じ顔の少女が憧れの先輩にべたついている様に触発されたのか、白いサクラまでもが参戦。何とも賑やかな『女だらけのハーレム後宮』が、ここ月の裏側に爆誕した。
一報、ハーレムの外にいる一般生徒扱いな青ワカメとか黒づくめな書記とかはさっさと表に帰るべきだと口を揃えて主張していたのだが、
「え? ここと表の時間の流れは結構違いますから、数百年位しっぽりしてても向こうじゃあ数分位しか経過していませんよ? 貴方たちは魂を霊子に変換した存在ですし、その状態をムーンセルが記録・保存しているので、寿命とか魂の劣化といった心配もありませんよ」という
「ホント……どうしてこうなったのでしょうか? ――ああっ! それにしても、やはり私の見る眼は正しかったっ! まさか、これほどまでに官能的で、扇情的で、蠱惑的な光景を造り出してしまうなんて……素晴らしいですわぁ……。あぁ……私も混ざってみましょうか?」
「フン、まったくなんだこの茶番を通り越した最低最悪の愚作は。これでは作品とは到底呼べぬ。こんなもの、チープな子様お断りの看板を立てているポルノ映画のようではないか! まさかあの娘がこの女と同じ情婦の気質持ちであったとはな! 数多の作品を生み出してきた俺でも、さすがにこの結末は予測できなんだぞ! ――まあ、それを描いて見せたのは貴様なのだろうがな。なあ、自称《神》様とやら? それとも、ペテン師と呼んでやろうか?」
「ふん、自称とは言ってくれる。が、正しくは無いものの間違いでもないか。俺は
皮肉屋の少年とティータイムを楽しんでいた『彼』が、ふとある方向を見やる。
視線を辿る様に少年が目を向ければ、そこには以前の禍根か胸に秘めていた欲望の痕跡すら見えない、心から楽しそうな笑顔を見せている少女たちの姿があった。
「『皆が笑顔で要られる場所』。自分すらも分からない小娘が胸の奥底で抱いていた小さな願望、それを実現させた場所こそがアレだ。つまり」
「この現状を望んだのはあの娘だと? ハッ! だとしたら笑うに笑えんな。これだけの大騒動の結果が、百合の花が咲き誇る仲良しごっこだと?」
「
「――フン」
思うところがあったのかむくれる様にそっぽを向く少年の姿を肴に、
ここは月の裏側、万能の願望器ムーンセル・オートマトンが廃棄したはずの暗黒の領域。
しかし、それは今や昔の話。ソレは闇の中にたしかに存在するのだ。数多の少女たちによる情慕と愛欲、ちょっぴりヤンデレ風味な理想郷が。
金色の幻想の加護を受けて造り出された白き
果たして、本当に終わりが訪れるのか。それは、誰にもわからない――。
岸波 白野 ハーレムエンド『乙女の乙女による乙女のための理想郷(病みもあるよ♪)』
……fin?
と、いう訳で番外編でした。
やったねはくのん! ハーレムエンドだよ♪
ちなみに、もしハクノ(♂)が主人公だったとしたら、ハーレムエンド『こんにちは赤ちゃん、俺が君のパパですよ~』となっていたことでしょう。
【番外編の登場人物紹介】
・『彼』
月の裏側へと落ちていく少女を蹴っ飛ばすという暴挙に及んだ外道。
なし崩し的にサーヴァント契約を交わして彼女の相棒となってからは、好き放題に事態を引っ掻き回す。その正体は某黄金の神サマの勝利を願った少女たちの祈りが形を成した幻想の存在。
性格が
実力的には、上級から中級の間くらい。ただし、”権能”や意地の悪さという極悪仕様によって大抵の状況は何とかしてしまう(そのしわ寄せは、基本はくのんに向かうのはお約束である)。
●以下、Fate風ステータス
【真名】なし(あくまでも本人ではないため)
【属性】混沌・中立
【ステータス】筋力C+ 耐久C 敏捷D 魔力D 幸運A 宝具EX
【スキル】
・”権能”:EX
誰かの願いを現実のものとすることができる。
『彼』の
けれど、彼らが居る空間を作り上げたムーンセルを直接どうこうしたいという願いは叶えることが出来なくなっている。
・いぢめっこ気質:A
電子ハッカーであろうと英霊であろうとAIであろうとも関係なく、精神的。肉体的にチクチクといぢめてしまう気質。彼の前では、月の裏側を支配する悪女であろうと、囚われの少女たちであっても関係なく、等しく玩具でしかない。何でも、某購買店員とは腹を割って談笑できる鬼畜レベルな真っ黒精神をしているらしい。
・
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揺るがぬ信念
結構気合を入れましたのでお楽しみいただければな、と。
暁の刻で静止した世界。
超常たる存在へと至らんとする異能者のみが足を踏み入れる事を許されし異空間にて、世界を震わせる激闘が繰り広げられていた。
眩い閃光が街を粉砕し、白き障壁が破壊の具現を弾き飛ばす。
まさに、常人の理解を超えた別次元の闘争がそこにはあった。
激しい舞闘を演じているのは、金色の龍神と白夜の騎士。
“最強の矛”が世界を薙ぎ、“最硬の盾”がそれを迎え撃つ。
暴力の化身たる最強……スペリオルダークネスEXが目も眩む極光を撃ち放つと、優しき騎士……八神 コウタが無敵の“能力”で受け止めてみせる。
コウタも時折、カウンターで斬撃を放っているものの、多少魔力で強化された程度の剣戟ではダークネスが常時纏っている魔力障壁を抜く事は叶わない。
故に二人の戦いが攻めのダークネスと守りのコウタという状態となるのも、ある意味で当然の結果だった。
ダークネスは有り余る攻撃力にものを言わせて押し切ろうとし、コウタは油断なく攻撃を捌きつつ、起死回生の反撃を放つ機会を伺う。
戦いの状況はお互い決定打を決める事が出来ないまま、全くのこう着状態へと移り始めていた。
「硬いな……ならば!」
己が一撃を難なく受け止められたダークネスが、ならばこれはどうかと漆黒の炎として具現化した魔力を纏わせた
しかもただの切り下ろしではない。切断よりも貫通を主観においた、雷光の如き抜き手だ。
威力を指先に集束させて撃ち放たれたソレは如何なる防御であろうと貫く一撃。
例え最硬の防御障壁が自慢であるコウタであろうとも、直撃すればダメージは免れないだろう。
しかし、
「っ!?」
ぐにょん、という音と奇妙な感覚に腕が包まれると共に、必殺の一撃はいとも容易く防がれてしまう。
鋼を弾くような硬質感ならばまだ理解できる。
しかし、この粘土に腕を突き刺したような感触はいったい……!?
頭は混乱しつつも、身体に染みついた闘争本能は条件反射的に追撃へと身体を動かす。
動きを止められていない左手で背中から龍槍剣を引き抜くと刀身に“
龍槍剣エクスレイカー
この槍はエクスワイバリオンの一部が武器へと変化したもの、すなわち《神》の力の一部である。
並みの武具では『神成るモノ』、あるいはそれ以上の存在が放つ膨大なエネルギー“
だが《神》の扱う武具として造り出されたこの槍ならば、ダークネスの中で荒れ狂う莫大すぎるエネルギーに耐える事が出来る。
刀身を光と闇を彷彿させる黄金と漆黒の魔力が纏っていく。その輝きは伝承に残る数多の聖剣・魔剣すら足元にも及ばない神々しい。
コウタも思わず目を奪われてしまう。己自身へと向けられる脅威だというのに、それすらも忘却してしまいかねないほどに完成された『伝説』の姿が』そこにあった。
《神》専用の神具を手首の力だけで軽々と振り回して切っ先を
右腕が拘束された状態で出来る限り後方へ槍を引き絞ると、うねり、螺旋を描く魔力を纏わせた龍槍剣を撃ち出した。
「うわっ!?」
コウタが反応できぬ速度で放たれた神速の一撃、それには切断効果が付与されていた。
正面から弾き返す“剛”ではなく、威力を拡散させる“柔”に主体を置いた障壁なのだとダークネスは読んだのだ。
“剛”たる己の拳を止めてみせたのならば、“柔”を斬り裂く“刃”で相対すればいいだけの話。
見た限りではコウタが発動する障壁の厚みは、その性質如何に関わらず均等になっている。
今日を迎えるより以前、ダークネスは予めコウタの戦力分析として彼が結界障壁を展開している翠屋ミッド支店や地上本部の調査を済ませていた。
彼らが堂々とクラナガンの一角に拠点を構えていたのは、いずれ敵することになる参加者たちの“能力”を調査するためのと言うのが大きい。
花梨の店へ足を運んだのは彼女と
そうした数度にわたる調査で、ダークネスたちはコウタの“能力”にはある法則が存在することを突き止めた。
1.障壁はその規模如何に関わらず、障壁自体の厚みは一定である。
2.一つの結界に付与できる特性、すなわち『対物理耐性』『転移魔法阻害』などの障壁に内包された性能は一つきりである。
3.術者本人を護る結界については複数の特性を併せ持つ。ただし、そちらは設置型に比べて術者本人の魔力によって性能を上下させる。
コウタの“能力”、『
それには術者を護る“瞬間発動型”と、予めマーキングを施しておいた空間に発動する術者以外を護る“空間設置型”の二種類が存在している。
前者は常にコウタを中心に展開されるもので、現在も彼の周囲を包み込むように発動している。
故に、その障壁の
「下らん小細工を……! この程度で俺を止められると――ッ!?」
螺旋槍の如き咆哮を上げる槍を突き刺し、そのまま引き裂こうと腕に力を込めた――刹那、
「はい、残念でした♪」
慌てふためくどころか、悪戯に成功した悪ガキのような笑みを浮かべているコウタと視線が重なり……
「がっ――!?」
大気を震えさせるほどの衝撃がダークネスへと襲いかかった。
ダークネスは爆風に煽られながらもなんとか体勢を建て直すと、翼を大きくはためかせて大きく後方へと飛び退いた。
困惑を隠せない表情でありつつも、全てを見通す彼の
ぷすぷすと焼け焦げたかの様な煙を上げる槍を凝視しつつも、冷静に不可解な現象について思考をこらす。
ダークネスの様子から“見”に移行しつつあると判断したコウタが、ここぞとばかりに攻勢に移る。
『小細工』で戦闘の流れを変えることには成功した。しかし、熟考の時間を与えてしまえば最後、彼に残される勝機は完全に摘み取られてしまう事だろう。
ダークネスと言う人物は圧倒的な暴力を前面に押し出す戦闘者タイプと言うよりも、理論を繋ぎ合わせて最善の一手を模索する軍師タイプだと言える。
強大な力に溺れることなく、冷静に、冷徹に、冷酷に敵を屠っていく。
元より、単独での戦闘を得意としないコウタが相手取るには、荷が重すぎる相手。しかし、如何なる強者であろうとも、攻撃を受けなければ負けることは無い。コウタが徹底した守りの“能力”を磨き上げてきたのも、全ては自分一人で何もかもを背負い込む事は無いのだと感がていたからだ。
つまり、
――
「ハァアアアアア――!」
刀身に魔力を纏わせた剣を振るい、一気呵成に責めたてる。
まさにこの瞬間こそが、最大の好機であると言わんばかりに。夜天の騎士の称号を与えられたコウタの剣技は、すでに師であるシグナムに匹敵する。
彼女のデバイスのように刀身が変形する機能こそ備わっていないが、純粋な剣術においては一流のレベルに達していると言って過言ではない。
並みの犯罪者であれば、“能力”を使わなくても剣一振りで鎮圧できるのだから、決して守り一辺倒の歩く盾などではないのだ。
「ふん……舐めるな!」
だが、優秀な夜天の騎士の目論見なぞ、黄金色の龍神の前では無に等しい。
当然だ。並みの犯罪者とダークネスとでは、全てにおいて次元が違い過ぎるのだから。
袈裟切りに振り下ろされた剣刃に手のひらを添えるようにしてベクトルをずらし、受け流す。
お返しとばかりに振り下ろされた拳を盾で受け止めるが、“能力”を発動する余裕が無かったために凄まじい衝撃がコウタの腕へ襲いかかる。
骨が軋みを上げ、思わず盾を手放してしまいそうになるのを、歯を食いしばって耐えつつ、衝撃で体勢を崩された勢いを利用した回転斬りを放つ。
が、ダークネスの腰部より伸びた刃が連なったかのような竜尾が手首に巻き付き、押さえつける。
それ自体が鋭い切れ味を誇る竜尾に締め上げられ、バリアジャケットを真紅の赤が染め上げていく。
「右手は貰ったぞ」
そう呟いて、苦痛に表情を歪ませるコウタの左手を盾の上から押さえつけながら、勢いよく竜尾を引き抜いた。
絡みついた竜尾がバリアジャケットを引き裂いていく。鮮血が宙に舞い、コウタの口から言葉に出来ない悲鳴が上がる。
「ぐっあ……! あ、『
「今更何を――ぐあっ!?」
抑え込まれつつも必死に腕に力を込めて動かされた盾がダークネスへと向けられた瞬間、まるで戦艦に衝突されたかのような衝撃が襲いかかってきた。
額を中心に広がる痛みに気が逸れたのか、竜尾の拘束が緩む。コウタはすかさず腕を引き抜いて痛む右手を庇いながら後方へと跳躍する。
辛うじて原型を留めているビルの王城へと着地すると、腰のポシェットから緊急治療薬を取り出して傷口にかける。
瞬時に再生するとまではいかないが、それでも骨にまで到達する傷の痛みを和らげることは出来た。
だが、気を緩める事は出来ない。容赦なく魔力炎弾を放ちながら距離を詰めてくるダークネスがいるのだから。
再度、盾の前面をダークネスへと向ける。
「ver.3ッ!」
盾に埋め込まれた宝石が煌めいた瞬間、ダークネスの眼前一メートルほどの地点の空間が僅かに揺らいだ。
“空間設置型”の特性を持つ『
(よし、これでもう一度動きを止めて――)
「『
「――って、嘘お!?」
悲鳴じみた驚愕を叫びながら、必死の形相でビルから離脱する。
……次の瞬間、間合いを詰めながら放たれた『
「む、むちゃくちゃにも程があるでしょ!? 罠を破るために魔力弾で牽制するならともかく、いきなり必殺技で薙ぎ払うのか!?」
「念には念を、って奴だ。どうやら俺はお前を過小評価し過ぎていたらしいからな。手を抜くのは己の首を締めかねんと判断した」
「うわぁお。身の丈を超えた評価をいただいて、アリガトウゴザイマス」
「ドウイタシマシテ。じゃあ、こいつもついでに喰らっとけ――クライシス・エッジ!」
手刀が振るわれた瞬間、黄金と黒に燃え盛る魔炎の斬撃が空気を切り分けながらコウタに迫る。
反射的に回避しようと膝に力が籠り……がくんっ、と地面に折れる。
『
「しまっ……!?」
僅かな隙、ほんの数秒にも満たない硬直。
しかし、絶対強者と対峙する者にとって致命傷となりうるロスであった。
折れた膝を庇いながら顔を上げる。迫りくる斬撃の嵐は視界全てを埋め尽くすほど。痛む膝を庇いながら避けきることは――不可能!
「クッ、ソォオオオオオオッ! 『
頭上に盾を掲げると同時に、最硬の障壁を発動させる。
傷口から流れ落ちる血と共に、己が生命力や魔力すら消失しているかのような喪失感に襲われながら、それでも生を手放してたまるかと気合を入れて障壁を展開し続ける。
標的から反れた魔力刃に切り刻まれたコンクリートの欠片が宙に舞い上がり、時間差で降り注いできた新たな魔力刃で細切れにされていく。
ガリガリガリ、と自慢の盾が削り取られていくのを理解する。
その度に、己の中から削げ落ちていく魔力の波動。悲鳴を上げるリンカーコアの痛みに耐えつつ、それでも瞳は前を向く。
絶望に目を背ける事だけはしたくないから。それこそが夜天の王と騎士たちが帰るべき場所……『夜天の王城』とあらんとする八神 コウタの矜持なのだから。
「や、やっと……終わった、のか……?」
十秒か? それとも数十秒?
終わりを見せない刃の業風雨が納まった時には、コウタの視界に移る全てが浸しく切り刻まれていた。
障壁はどうにか耐えきった。だが、豪風の如き猛攻を凌ぐために魔力をかなり消費してしまった。
さらには深手を負った右手首と両の膝。傷薬は右手の治療に使いきってしまっているし、両膝の方は骨は砕けていないようだがいくつかの筋肉は断裂してしまっているらしい。
剣を握る攻撃の起点と機動力の源を同時に潰された。どうしようもない劣勢である。
オマケに……、
「なるほどな、そういうカラクリだった訳か」
悠然と腕を組みながら舞い降りてくるダークネス。
コウタの正面に降り立った彼の顔には、理解したと言わんばかりの不敵な笑みが浮かぶ。
――やっぱりか……!
ダークネスの様子に、コウタは最悪の状況に陥ったことを理解する。
「お前の『
疑問符をつけているが、ほとんど断定と言ってよい問いかけだった。
口を紡ぐコウタに見えるように腕を突きだすと、ひとさし指を立てながら言葉を続ける。
「まずは先ほど言った全方位展開型、こいつが基本形。如いて言うならver.1といったところか? 次に俺を吹き飛ばしてクライシスエッジを耐えてみせたver.2とやら。こいつは盾を掲げた前方に展開するタイプ。地面の有様から推察するに、形状はおそらく円形の巨大な盾。強度はver.1より上だが、その分有効範囲が限定されていると言ったところか。物理干渉も相当な物なんだろうな。発動した衝撃で俺を弾き飛ばせるくらいなのだからな」
コウタの足元に広がる攻撃の傷跡。それは、彼を中心にして半径三メートル四方には存在していない。
それこそが、ver.2の有効範囲を示す証であると言える。
「ver.3はさっき俺が掛かった拘束型、と。どうだ、何か修正するところはあるか?」
「……」
返答は無言。
あれだけの攻防で手の内を完全に見抜かれてしまった事実に、知らず唇を噛みしめていたコウタの口端から血の雫が流れ落ちる。
ダークネスは口惜しげに表情を歪ませるコウタを見下ろしつつ、ゆっくりと魔力を練り上げていく。
参加者が宿す“
コウタが未だ『神成るモノ』へと至れていないとは言え、必要以上に追い詰めてしまえば覚醒する可能性もゼロではないのだ。
――わざわざ敵を強くしてやるつもりも、ここで見逃してやる必要も無い。
右手を振り上げ、術式を発動させる。天にかざした腕が破壊の魔炎を纏った魔剣と化す。それはかつて、
「お前はここで消えろ。――クライシス・エンド」
同情の欠片も無い無機質な瞳で標的を見据え、躊躇なく絶望を告げるとかざした魔剣を一気に振り下ろす。
世界ごと寸断せしめんと振るわれた魔剣がコウタの脳天へと突き刺さる――……かに思えたが、
「させっかよぉおおおおおおっ!」
「っらぁあああああああああっ!」
洒落にならない
それは“本能”。ソレを喰らえば《スペリオルダークネスEX》という存在そのものが脅かされてしまうであろう脅威であると、彼の“本能”が感じ取ったのだ。防御ではなく全力での回避を選択。足の裏から魔力を放出して大きく跳躍、コウタの元から飛び退く。
刹那、先ほどまで彼がいた場所を炎を纏った剣閃と漆黒の刺突が斬り裂いた。
「っち!? なんだと――っは!?」
「だぁあくぅううううううっ!」
避けたと思った場所も安全地帯ではなかったようだ。怒号を上げながら迫りくる赤い閃光を視界に捉え、咄嗟に防御障壁ミスト・ウォールを発動させて迎え撃つ。白き霧と怒りに燃える
ここにきてようやく襲撃者の正体に気づいたダークネスが驚きを顕わに叫ぶ。
「花梨!?」
「うあああああああっ! ルミナス――」
【Buster!】
「っがは!?」
ゼロ距離からの集束砲撃。
仲間を傷つけられた怒りというどうしようもない感情の昂ぶりによって強化された砲撃は、発動が不十分だったミスト・ウォールを突き破ってダークネスを吹き飛ばす。
それを好機と見たのは炎剣使い……常時【真名】解放状態を維持できるようになった刹那だった。
コウタの介抱をもう一人の若き騎士……宗助に託し、己が分身たる剣の女王を宿した愛剣を振り上げ、神速の踏み込みでダークネスへと襲いかかる。
体勢が崩れた状態ならばダメージを通すことができるだろうという判断は確かに間違いではない。事実、ダークネスは予想以上に速い
迫りくる紅蓮の剣閃。それが放つ大気を焼く
「ちょっ!? ドンな止め方だよ、コラァ!」
刹那にしてもまさかこんな方法で止められた経験はなかったのだろう。あまりにも非常識な行動に、戦場ではあまりに場違いな叫び声をあげてしまう。
巨大な鉤爪が備わった三本の剛指、燃え盛る刀身を掴み取ったソレは熱さなど感じぬと言わんばかりにデバイスを締め上げ、破壊を目論む。
無論刹那がそれを許すはずも無く、片手を柄から放して膝の関節へと肘を叩きつける。
装甲と装甲の隙間を狙いすました一撃の衝撃は凄まじいもので、ギシリ、と軋み音を上げながら拘束が緩む。
その瞬間を狙っていた刹那はデバイスを引き抜く勢いそのままに、分厚い装甲で覆われた足の裏へと斬りつける。
表層を斬り裂くにとどまったものの、足の裏は守りの薄い人体急所のひとつ。事実、竜尾で地面を打ち付けて後方宙返りの要領で着地したダークネスの表情が痛みで歪んでいる。僅かなものではあったが、確かに己の攻撃は通用しているのだと言う事実に、刹那の口端が不敵につり上がる。
「舐めた真似をしてくれるな……ガキィ!」
怒りを顕わに、ダークネスが龍槍剣を振り下ろす。
槍の攻撃方法で最も有効な手段は“突き”だ。
片手剣に比べて間合いに圧倒的なアドバンテージを持つ直槍は、薙ぎ払ったり振り下ろしたりするよりも、最小の動きで最高の威力を放つことが可能な“突き”を放った方が有効なのだ。そうすることで敵の接近を許すことなく、一方的に攻撃を放つことが出来る。
どうやらダークネスは、槍を振るう技術はそれほどのものではないようだ。
数多くの戦場と数多の好敵手を退けてきた刹那からしてみれば、腕力にものを言わせて一級の武器を振り回しているようにしか見えない。
「要するに、宝の持ち腐れってことだなァ!」
横凪に振るわれた大ぶりの一閃、それは刹那にとって脅威になりえない一撃でしかなかった。
しゃがみ込んで容易く躱すと、膝のバネと全身に循環させた魔力を爆発させて、体が開ききっている無防備なダークネスへと突撃する。
苦し紛れの膝蹴りを身体ごと捻ることですり抜けると、勢いを上乗せしたデバイスを振り抜く。
先程と同じく、鎧の隙間を狙いすまされた一撃がダークネスの脇腹へと突き刺さる。
しかし、それは致命傷に浸らなかった。刹那の狙いを見抜いたダークネスが大地を踏みしめる軸足を捻って体勢を僅かに変化させたのだ。
結果として、関節部を狙った斬閃は鎧の部分で受け止められ、さしたるダメージを与えることが出来なかった。刹那の口から舌打ちが漏れる。
しかし、此処で動きを止めてしまう訳にはいかない。ギロリ、と見下ろすダークネスの瞳、左目の義眼に怪しい光が灯る。
瞬間、刹那の背筋に冷たい物が流れる。英雄としての勘に従って回避行動に移る。
デバイスを叩きつけた衝撃に合わせて大地を踏み抜き、その反動で後方へと下がった瞬間、義眼から放たれた閃光が大地を撃ち貫いた。
【デミス・コア】
だが、それで終わりではない。ダークネスは発射状態のまま首を動かすと、アスファルトを溶解させながら刹那へと迫る。
「ちいっ!? ドンだけ引き出しがあんだよ、クソッタレめ!」
「口の悪いガキだな。年上への礼儀を学んでこい。――来世でな!」
【デミス・コア】を避けることに気を取られてしまい、一瞬ダークネスへの注意が逸れる。
その隙を待っていたかのように、ダークネスが神速の踏み込みで刹那の懐へと潜り込んで、刹那の顎を目掛けて掌底を打ち込んだ。
押し込むと言うよりは、打ち砕くことを目的に置いた一撃。
頭蓋を粉砕せんばかりに躊躇なく振り抜くと、突きだした腕で後方へと仰け反った刹那の頭部を掴み取り、地面へと叩き落す。
放射状に広がる破砕痕に真紅の飛沫が彩っていく。だが致命傷ではない。刹那の後頭部、硬いアスファルトの地面であるはずのそこには、まるでクッションのように衝撃を受けとめたナニカがあったからだ。
ならばと竜尾を地面に突き刺し、背中からの串刺しを狙う。背中に感じる振動でダークネスの狙いに気づいた刹那が拘束を緩めようと暴れるものの、無幻を司る龍帝ですら殴り飛ばす黄金神の
ついに、竜尾の先端が刹那の背中へ突き刺さった――瞬間、
「やらせないって……言ってんでしょーが!」
再度放たれた砲撃が右肩に直撃し、大きく体勢を崩されてしまう。
拘束がゆるまってしまいそうになるところを必死に堪え、デバイスを構えた花梨を睨み付ける。
「花梨……! お前はここに来て、まだ仲間だのなんだの言うつもりか!?」
「そうよ、悪い!? これは私が決めた道。アンタがあくまで力づくで勝ち残ろうって言うんなら、私は皆と一緒に全力で止めてみせる!」
「バカも休み休み言え! お前は状況がわかっていないのか!? この結界に取り込まれた以上、誰かが消滅する以外に生き抜く事は出来ない!」
「それでも……! それでも私は、誰かの命を奪うことも奪われることもしたくないのよ! それに、もしかすれば他の方法があるかもしれないじゃない!? 例えばこの結界を発動してるって言う監視者を見つけ出して解除させるとか」
その方法はダークネスも一度は考えた。かつて、『狭間の世界』で告げられた《神》の言葉。あれには間違いなく嘘は含まれていなかった。
だが――
(俺の考えが正しければ『
己の推察が正しいとするのなら、
しかし、だからと言って親切丁寧に教えてやる義理も義務も存在しない。
何故ならば――戦場で出会った以上、ダークネスにとって
利害が一致しない現状、かつてのように共闘する必要性もないのだから。
いずれ訪れるであろう『決戦』を勝ち残るために、今は一つでも多くの“
なによりも……
「『
「『
「なぁに、単なる私事だよ。まあ、要するに――俺の目的はお前たちが宿す“
凶悪な笑みを浮かべながら、刹那の顔面を握り締める指先に力を込めていく。
頭蓋が軋みほどの激痛に暴れる刹那の抵抗をものともせずに無駄なく鍛え上げたお蔭でがっしりとした体格の彼を片手で持ち上げていく。
「やめなさ――きゃあっ!?」
花梨が慌てて砲撃を放とうとするものの、杖先に集束する魔力スフィアを狙いすますように放たれた龍槍剣によって魔力は拡散し、彼女自身も派手に吹き飛ばされてしまった。
「母さんっ!? ――テンメェエエエエエエッ!!」
義母を傷つけられ、最近は稽古をつけてもらっている刹那の命を奪おうとするダークネスの姿に理性がはじけ飛んでしまった宗助が槍を構えて突撃する。
宗助が揮う槍の名は『
しかもダークネスにとって都合が悪いのは、あの槍が神殺しの魔獣《フェンリル》の牙から作りだされていると言う点だ。
極めて《神》に近づいているダークネスにとって、僅かな傷でも致命傷となりうる可能性を秘めている危険な武器。
さらに宝具である以上、真名を解放することで更なる能力を発動するかもしれないのだ。
その懸念は、すぐに事実となる。
「はぁああああああっ!」
距離を詰め寄りながら、切っ先を地面すれすれにまで落とし込んで身体ごと後方へと捻るような構えをとる。
解放された魔力の高まりが大気のうねりを呼び、吹き荒れる暴風となってダークネスの頬を打つ。
宗助の後方で追随するのは彼の相棒たるフェンリルだ。
宝具の解放……一撃必殺の概念を宿した漆黒の牙を通すべく、主のサポートに回ったのだ。
ダークネスまであと五メートルほどまで近づいたところで、宗助が跳躍する。
「フェンッ!」
「応よ! ッゴァアアアアアアアッ!!」
前方へ飛び込むように大地を蹴った宗助が空中で膝を曲げ、何かを蹴り飛ばすような体勢をとる。
瞬間、フェンリルより放たれた圧縮空気砲を彷彿させる咆哮が宗助の足の裏に着弾、加速台の役割を果たして神狼の騎士の身体を閃光の如き勢いて撃ち出した。
それはまさに瞬間加速。彼我の距離を瞬きする間も与えずにゼロとすると、唸りを上げる黒鱗の魔槍を解放する!
「『
荒れ狂う魔力と神獣のチカラが混ざり合った、伝説の武具すら凌駕しうる宝具が真の力を見せる。
体力……すなわち、『生命』そのものを削り取る魔槍。その真の能力とは標的の命を確実に刈り取る『必殺の死』そのもの。
直撃さえすれば、如何なる防御も異能の技術であろうとも無意味。
攻撃力や呪いと言った類のレベルではなく、文字通りに“直死”を与える絶対断滅の牙。
これこそが、『
あまりにも無慈悲すぎる効果ゆえに、宗助自身が恐れ、封じてきた奥の手のひとつ。
しかし、友であり師でもある刹那を救うため……なによりも、大切な義母の笑顔を護るために、宗助は『誰かを殺す』と言う業を背負う覚悟を決めたのだ。
「いっけぇええええええっ!!」
「――ッ!?」
迫りくる脅威を前にして、ダークネスはその一撃に込められた死の概念を感じとり両眼を見開く。
絶対なる死を告げる神狼の騎士を前にして、今の彼はあまりにも無防備。
右手は刹那を拘束するために塞がれ、左手は花梨への反撃を放った着後のため硬直状態。
今のダークネスに、宗助とフェンリルが繰り出す必勝のコンボを捌く術は存在しない……!
「――【
「……え?」
――――だが。
絶対なる死に晒されてもなお、黄金の輝きに穢れは無く。
宗助の放った『
ダークネスの肩に装着されている竜頭形の鎧甲、それが自らの意志を持つかのように前方へと伸びて『
死の概念が籠められているのは先端の刃の部分のみ。刃以外に触れれば体力を削られると言う効果もあるものの、最小限の代償で宝具の解放を防げたと言って過言ではないだろう。
「そん、な……なんだってんだ!?」
「伊達や酔狂でこんな肩甲をしていないと言うワケだ。……【ドラグレイド・フレア】!」
片方の装甲竜が槍を抑え込んだ状態で、もう片方の竜の口から燃え盛る炎の
必勝を確信していた宗助に迎え撃つ手段は存在せず、その幼い身へ竜王の炎が直撃する。
重騎士と呼べるバリアジャケットはかなりの防御性能を秘めている。しかし、それすら紙のように貫通し、瞬く間に炎で全身を包まれた。
「うっ、あぁああああああああっ!?」
「あ、相ぼ――っがはあああっ!?」
「お前も死んでおけ」
悲鳴を上げて崩れおちる宗助に駆け寄ろうとしたフェンリルに、囁くように言葉を紡いだダークネスの竜尾が伸びて胴体を串刺しにした。
吐き出される鮮血が大地に落ちるよりも早く身動きが取れないフェンリルに近づきながら右手を背中へとまわす。
いまだ戦意がおれていない神獣にとどめを刺すべくダークネスが引き抜いたもの、それは翼の根元に装着されている剣だった。
柄が真紅の装甲で覆われた、金色に光り輝く十文字が目を引く直刀。
忌々しい天敵となりうる獣を葬り去るべく、空へと掲げた剣を躊躇なく振り下ろす。
狙いは首。いかな不滅の神獣であろうとも、首を斬り落とされてしまえば復活にかなりの時間を必要とする。
この場で仕留めておけば、少なくとも“
逃れようともがく体力すら残されていないフェンリルに、逃れる術は存在しない。
拘束されていた刹那は宗助の突進を止めた瞬間、顔面に押し付けていた手のひらで生成した魔力弾を爆散させることで拭き飛ばし、花梨はいまだに体勢を立て直せていない。
そして、痛みに顔を歪めて地面に突っ伏した宗助は震える腕を相棒に向けて伸ばすことしか出来ない。
最早、フェンリルを救う手だては存在しなかった。
そしてその後は宗助か刹那のどちらかに矛先が向いてしまうだろう。
認め、気にかけている花梨をこの場で如何こうするつもりは感じられないので彼女は除外するとして、明確な敵意を向けてくる相手を
元来の標的だったコウタより、今後も大きな脅威となりうる少年たちを屠ろうとするのも当然だ。
「じゃあな、神殺しの狼。お前の主もすぐに
ダークネスは無慈悲に告げながら、上段に構えた剣を一気に振り下ろした。
銀色の斬閃が煌めき、血反吐を吐く神狼の首筋へと吸い込まれていく。
必死に駆け出しながら静止を呼びかける花梨が、朦朧する意識を何とかつなぎとめている刹那が、涙を流して逃げてくれと叫ぶ宗助が見つめる中、誰もがフェンリルの首が宙を舞う未来を幻視する。
そして――その
刃をその身に受け、血を撒き散らしながら崩れ落ちる人影。
大地は赤く染まり、肉骨が斬り裂かれ、砕け散る音が響き渡った。
――だが。
「……なに?」
「アンタ……!?」
「コウ、タ……!?」
黄金神の刃を受けたのは神殺しの狼ではなく……力尽きて意識を失っていた筈の夜天の騎士コウタだった。
完全に砕かれてしまった参加者の生命線であるデバイスと己が身を代償にして、フェンリルを護り切ったのだ。
袈裟切りに斬り裂かれた胸元から吹き出す鮮血。刃にこびり付いた返り血を払い落としながら、ダークネスは無表情にコウタを見下ろす。
「なぜだ? なぜお前は自分の命をそうまで容易く投げ出せる……?」
コウタにとって守るべき存在は彼の家族であったはず。
恋人のヴィータを始め、姉である八神 はやてや騎士たち……そして、リヒト。
誰かを護るために戦うと言う想いをダークネスは理解できる。
彼自身、アリシアやシュテル、ヴィヴィオにエクスワイバリオンといった“家族”の温もりを、彼女たちを護り抜きたいという想いの強さを理解しているからだ。だからこそ驚きを隠せない。
護るべき存在がいるにもかかわらず、他人であるはずの……それも人間ですらない、ある意味不死身の獣を護るために命を投げ出した彼の行動に。
鮮血と共に光の粒子……
「あなたにはわからないでしょうね……ほんの一握りの人を……自分が大切な誰かだけを護れればそれでいいっていう人には……」
激痛に歪みそうになる笑みを維持しつつ、コウタは自分が信じた仲間たちへと視線を向ける。
「僕は皆を信じた……。誰も悲しませない……誰もが笑って共に生きられる未来がきっとあるんだって……。僕にも大切な人はいる……家族もいる……けど、さ……その人たちにも大切な人が……ぜっ、たいに生きていてほしい、って思うヒトがいる、はず、なん……だ……」
人の強さは“絆”だとコウタは信じている。だから、手の届く範囲の人を救うだけで満足してしまってはいけない。
例え手が届かなくても、力が足りなくても……可能性を信じて諦めない心を持ち続ける。
それこそがコウタが胸に抱く想い。かつて、他人の想いを否定して命を奪うことでしか救うことが出来なかった人物……
死に瀕しようとも揺るがぬ彼だけの信念――……!
「だから、僕が守らなきゃいけないのは家族だけじゃ無くて……絆で結ばれた“皆”なんだよ……」
愛する
例え悲しみしか残せないのだとしても……それが仲間たちに未来を託すことに繋がるのなら――この命、惜しくは無い。
それは、全てを護ると誓った男の姿だった。
「……
「は、はは……キッついなぁ……」
「事実だろうが。自分を投げ出してまで誰かを救ったところで、自分が幸せになれなければ意味は無いだろうに。……せめて、もう一度生まれ変われたらもう少し利口な生き方を選ぶんだな」
死に逝く者へ投げつけるにはあまりにも冷たく……しかし、不器用な信念を貫き通した好敵手へ、ほんの僅かな称賛を込めた言葉を告げながら、ダークネスは静かに瞼を閉じる。これ以上の言葉は不要だと、そう感じたから。
「花梨さん……刹那くん……宗助くん……フェンリルくん……どうか皆に、良き未来があらんことを……」
「コウタあっ!」
「先生……!」
「八神のオッサン!」
「……ありがとう、誇りある騎士よ」
悪意に晒される夜天の王と騎士たち、彼らが心休まる
瞼の裏に浮かぶ愛しい三つ編みの少女に謝罪の言葉を呟きながら、八神 コウタは“
「先生……っチクショウがあっ!!」
「ッ……!」
亡骸も残らずに消え去ったコウタを想い、刹那と宗助が嗚咽を零す。
地面を殴りつけ、己の力不足を嘆くように。
この空間に引きずり込まれた直後、街を軒並み破壊したダークネスの広域破壊魔法、その余波を受けてダメージを受けていたとはいえ、それは言い訳にならない。
結果として、大切な仲間を救い出すことが出来なかったのだから。
「なん、でっ……! なんでこんな……っ! 答えてよ、ダークっ!!」
「前にも言ったはずだ。俺は敵に容赦してやる程お人よしではないし……日常と非日常の切り分けは済ませている、とな」
溢れる涙を拭う事も出来ない花梨に詰め寄られ、それでもダークネスの表情は変わらなかった。
彼にとって、平凡な日常で花梨の入れたコーヒーを味わうために足を運ぶことも、非日常の戦場で彼女たちの命を狙うことも、当然の事象なのだ。
戦場で出会えば容赦なく命を奪う。けれども、平穏を堪能している時は争うつもりは無い。
いかに親密な関係となったのだとしても、その関係はあくまでも日常と言う枠の中でしかないのだ。
涙を流す花梨にこれ以上かける言葉が思いつかなかいダークネスは、ふと異変に気づいた。
コウタに止めを刺した筈の己の中に、新たな“
“
かつてのディーノの件にあるように、決して倒した本人が“
ならば自分以外の誰かが手に入れたのだろうか?
(いや、これは――違う、だと?)
“
しかし、この三人からはソレが感じられない。つまり、花梨たちもまたコウタの“
「どういう事だ――ッ!? なんだと!?」
「え――っきゃぁああああっ!?」
それに気づいたのはほとんど偶然だった。
足元に広がる巨大な影。
当然上空を覆い隠すほどに巨大なナニカが落下してきたことを察知し、咄嗟に花梨をお姫さまだっこで抱え上げながら離脱する。
遅れて、刹那に襟首を掴まれた宗助とフェンリルも横っ飛びに回避する。
気配も何もなく、唐突に質量ある何者かの出現、これは何者かが転移してきたと考えるのが妥当。
上空から落下してきたソレを一同が見上げる。
「鋼鉄の、巨人?」
「このフォルム……どっかで見た覚えがあるような?」
「でっけぇ……」
「こいつはルビーの……チッ! そういうことか」
舌打ちをとるのが珍しかったのだろ、花梨が疑問符を頭に乗せながら問いかける。
「ちょっとダーク、アンタはコレが何なのか知ってるの?」
「まあな。こいつの旧型とアグスタでやり合った事がある。装甲や武器も増設されているようだが間違いない……ルビーが作った機動兵器だ。そうだろう――ルビー!」
『ヤ~~ッハッハッハッハ! よくぞ見抜いたね、流石だよだーちゃん! でも、その女を抱っこしてんのは減点かな。ルビーさんポイント三点マイナスだよ!』
外部スピーカーも兼ねているらしい、竜を模した頭部から人を小馬鹿にしたような女性の声が、だんだんと消滅していく結界内部に響きわたった。
どうやらあの巨大兵器の中に乗り込んでいるらしい。
そして、おそらくは――
「
返答は再度の笑い声だった。
彼女は最初から結界の中に入り込んでおり、決着がつくこの瞬間まで気配を殺して身を顰めていたのだ。
敗者から分離した“
遠距離でも繊細な操作が可能である彼女の“能力”を使えば、触れることが出来ないハズの“
「ルビー! アンタ!」
『チッ、ウッサイって言ってんだろ雌犬。尻振って男を垂らし込む事しか出来ないアバズレはすっこんでろよ。僕はだーちゃんと話してんの。雌犬なんざと話すつもりなんてないしぃ~』
「……ッ! なんですってえ、この引き籠りがっ! そんなデッカイ鉄屑の中で女王様気取ってるような根暗女が偉そうにぬかしてんじゃないわよ!」
『アア゛!? 今なんつった、アバズレ! 喫茶店の店員とかいうあざとい設定で男に取り入る事しか出来ない奴が天災のルビーさんに何言った!?』
「ハ、ルビーさん? うっわどんだけ自分が好きなワケ? ドン引きだわー……ああ、ゴメンナサイね。ヒッキーで根暗なアンタは、女として人前に出られないブッさいくな顔になってんでしょ? うんうん、ゴメンね~? 私ってホラ、見ての通り肌綺麗だし~♪ どっかの鬼畜ドラゴンさんも夢中になっちゃうくらいだしぃ~?」
『……』
「……」
「『ブチ殺す!!』」
「「「――ヒィイイッ!?」」」
「……これが女の争いというヤツか」
何故か花梨の腕が首の後ろへ回されたので逃げる事も出来ないダークネスの呟きに答えてくれる人は誰もいない。
暁の世界に幕が下りていく中、花梨とルビーin機動兵器の睨み合いは結界が解除されて衆人観衆の目に晒されるまで続けられることになる。
最後の最後でいいところをかっさらっていくルビーさん。
でも、命を懸けたバトルよりも
次回は現実世界のダブルバトル……の前に、もいっこだけ番外編をupさせてください。
結構短めになると思うので連休中の更新を目指します! ――とか言いつつ、毎回文量が膨れてしまうカゲローなのですが(爆)
●作中に登場した用語解説
・龍槍剣エクスレイカー
使用者:ダークネス
エクスワイバリオンと共に授かった巨大な槍。
黄金と深紅のパーツで構成された神具であり、”
・【デミス・コア】
使用者:ダークネス
左目の
貫通・切断力に優れており、近距離戦闘の最中に不意打ちとして放つことも可能。
・【
使用者:ダークネス
両肩の鎧甲を操作して攻撃や防御を行う。
・『
使用者:高町 宗助
宗助が持つ魔槍の真名を解放して放つ、”必殺の死”の具現。
『殺す』と言う概念が込められた一撃は、直撃さえすればいかなる防御も無意味と化す。
ただし、因果律を改変するなどといった『必中』の概念は込められていないため、使い手の技量によって命中率は変動する。
作中では宗助単独で発動させていたが、彼の本領とも言えるフェンリルに騎乗した状態で真名解放すれば、さらなる効果を発揮するとされている。
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超番外編そのに 決闘者ヴィヴィオ!
いや、本当にここまでするつもりはなかったんですよ?
ネタのつもりだったんですよ? ――なのに、描いて気付いた2万オーバー……どうしてこうなった。
書き終わってみたら台風が通りすぎちゃってましたよ、ハハハ……。
『
それは誇り高き魂と魂のぶつかり合い。
不屈の闘志と不変の絆によって紡がれる
人は、彼らに尊敬と敬意を称してこう呼ぶ――
『リリカルマジカルデュエルマスターズ』!
さあ皆……! 今こそ、Let’s
「Let’s
「ヴィヴィオの奴、さっきからテレビに向かって何をやっているんだ?」
「さあ……? 何やらゲームをしているように見えますがね。アリシア、貴方は何か知ってます?」
「んぐんぐ……けぷっ。――ほへ?」
「ほへ? じゃありませんって。ああもう、クッキーの食べかすがついてますよ」
口の周りにへばり付いた食べかすをハンカチでふきふき。
「ありがとー」「いえいえ、どういたしまして」と実にのどかなひと時だ。
拠点であるホテルで休息をとっているダークネスたち。
大人組がソファーに腰掛けながらクッキーをつまんでいる中、何時もなら真っ先にお菓子へ突撃するはずのヴィヴィオが何やら楽しそうに叫んでいるのを見て、ダークネスたちが首を傾げる。
すると、不意に何かを思い出したかのように手を打ったアリシアがおもむろに席を外して、隣の部屋へ。
しばらくごそごそしてから、目的のブツを持って戻ってきた。
「ヴィヴィオー、ちょっとこっちおいでー」
「やー! ヴィヴィオはテレビタイム中なのです! お邪魔はメッ! なのですよー」
「むむっ、反抗期だねヴィヴィオ! そんな悪い子には、せっかくおもちゃ屋さんで買ってきた『リリカルマジカルデュエルマスターズ』のパックセットは要らないよね~?」
「え……えええっ!? ちょっ、ちょっとタンマなのですアリシアママ! そんな事しちゃったらカードさんたちも悲しんじゃうのです! もったいないオバケさんが出ちゃいますよぅ!?」
「……必死ですね。あの娘がここまで焦る姿を今まで見たことがあったでしょうか?」
「子どもは食べ・寝て・遊ぶのが仕事みたいなモンだからな……」
アリシアからカートパックを受け取って、鼻歌まじりにクルクル踊りまわる娘を生暖か~い目で見守るダーク&シュテルさん。
説明を望む二人の視線に気づいたアリシアが、にこにこ笑いながら説明を始めた。
『リリカルマジカルデュエルマスターズ』
それが、最近ミッドで流行しているカードゲームの名称らしい。
元々はとあるアニメに登場する架空のゲームだった筈が、作り込まれたルールと戦略、多彩なカードの魅力が相まって爆発的な人気を誇っているのだとか。
ヴィヴィオがワクワクしながらパックから取り出しているカードのように実際に商品化もされており、大会が開かれるほどのブームになっているらしい。
最近ではテレビとゲーム機を使った通信対戦も可能になっているらしく、ヴィヴィオも一人の
「最近の訓練で眠そうにしていたのはこれが原因か。夜中に隠れてコソコソやっていたんだな、まったく」
「ふふっ、けど可愛いじゃないですか。背伸びしたい年頃だと思っていましたけど、人外年相応なトコロもあるじゃないですか」
「アリシアママ! デッキの調整が終わりましたっ! はやくはやくっ!」
「はいは~い。ちょ~っとまってね~」
デッキの構築を終わらせたヴィヴィオは、さっそく対戦……もとい、
ゲーム機の調整と対戦相手の設定をしているアリシアの横で、専用のカードパッドの準備をすませる。
楽しげな様子に興味が湧いたダークネスとシュテルがカーペットの上に腰を下ろしたところで、
カードに記されたキャラクターや魔法などを映像化するテレビとその上に乗せられているカードの動きをスキャンするカメラ。
最後に、対戦者同士が会話できるマイクだ。今回は家族みんなで楽しもうと言うアリシアの意見によって、ハンドレスモードに設定。
「えっと、それじゃあよろしくおねがいしまーす!」
『おう! こっちこそ、ヨロシクな!』
イヤホンから対戦相手に選ばれた人物の声が聞こえてきた。声色的に、どうやら十才前後の男の子のようだ。
数言、ルールの確認に言葉を交わしてから、遂にゲームが開始される!
「それじゃあいきますよー」
『おうよ!』
「『
「先行はもらいます! 私のターン、ドロー! ……よし! 私はキャラクターカード“龍王 だーくさん”を攻撃表示で召喚します!」
『ぶふっ!?』
“龍王 だーくさん”
ランク:☆☆☆☆
属性:闇
ATK:2000
DEF:1700
効果:自分のターンのスタンバイフェイズにこのカードが表側表示で場に存在するとき、このカードを墓地に送って“悪龍王 だーくさん”を特殊召喚することが出来る。
デッキから引き抜いたカードの絵柄を確認したヴィヴィオが不敵な笑みを浮かべ、そのカードを勢いよく場に召喚する。
このゲームで使用されるカードには、攻守を競う要となるキャラクターカード、そのサポートとして様々な効果を発揮する魔法カードや罠カードが存在する。
これらを上手く組み合わせて、相手のライフをゼロにしたほうが勝利となる。
だが――
「……なんで俺そっくりなんだ?」
そう、ヴィヴィオが召喚し、テレビに映るキャラクターの姿にダークネスの頬が盛大に引きつる。
召喚されたのは頭部が大きい二頭身サイズのちびきゃら。
ただし、その見た目はダークネスと瓜二つ。
見覚えがありすぎる鎧……て云うか、第一段階のバリアジャケットそのものを纏い、偉そうに腕組みなんかしていらっしゃる。
不敵な態度、言葉に出来ない威圧感、これぞまさしくデフォルメされたダークネスそのものと呼んでも過言ではない。
「やーん! だーくちゃんってば、かわいー♪」
「はぅう……ちっさいダーク様もいいですねぇ……」
妻&嫁コンビは役に立ちそうにない。仕方ないからヴィヴィオに説明を求める。
「えっとねー、このゲームのキャラクターは実在する人をゲーム風にアレンジしたものなんだってー。なのはさんとかフェイトさんとかのカードもあるらしいよー?」
管理局に所属する魔導師などの実在の人物をでデフォルメしたキャラクター、それがこのゲームを大流行させている要因のひとつなのだ。
有名な人物を操作して戦うと言うシチュエーションは、かなり燃えるのだとか(一部、萌えもあり)。
いや、それにしてもこれは……と、額を抑えるダークネスを置いといてヴィヴィオはターンを終わらせる。
「カードを一枚セットして、ターンエンドです!」
プレイヤー名:【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】
LP:4000
手札:四枚
場:“龍王 ダークさん”
伏せカード:一枚
「すごいプレイヤー名だな……」
「そうですか?実に的を得た名だと思いますけど?」
「……そうか?」
『俺のターン……ドロー! いきなり下級キャラクター最高位の攻撃力2000を出してくるとはやるじゃんか! だが俺も負けちゃいない! 行くぜ、俺は“マジカルガール かりん”を召喚!』
“マジカルガール かりん”
ランク:☆☆☆☆
属性:光
ATK:1800
DEF:1800
効果:一ターンに一度、相手の攻撃を無効化する。
キラキラと輝く光の中から現れたのは、可愛らしい白い服を纏った女の子……ぶっちゃけ、デフォルメ花梨ちゃんであった。
見覚えのある杖をくるくるっと振り回し、杖先を“龍王 だーくさん”へ突きつける。
「むむっ、戦闘無効化能力があるキャラクターですか」
「……やっぱりアイツもかい」
「「まあまあ」」
――ごふおっ!? ちょ、ななな何よコレー!? なんで私がー!?
――ひゃあっ!? お、お姉さん落ち着いて! ゲーム! ゲームですからコレ!
……マイクの中から、賑やかに騒ぐ声が聞こえてきたような気がするのは気のせいだと言うことにしておく。
「にしてもこの対戦相手とやらもすごい名前だな」
「だよねぇ」
「ですよねぇ」
大人三人はしみじみと嘆息する。
「「「【わんわんポチ○くん】って」」」
どれだけ犬が好きなのだろう?
いや、そもそも、何故“丸”じゃなくて“○”にしたのか。
見ようによっては卑猥な表現に思えなくもない。
――おいコラ、ルシア! お前がこんなプレイヤー名で登録してくれたおかげで、向こうの人たちドン引きしてんだけど!?
――いいじゃない、お似合いよ? ……ぷっすー
――笑ったよな? 今鼻で笑いやがったよな!? 悪意百%じゃねぇかコノヤロー!?
――そーくんっ!
――が、ぎっ……! クソォ、憶えていやがれ!
――負け犬フラグ乙。
…………
「「「「にぎやかだな(んだよ~)(ですね)(だね~)」」」」
『ン、コホン! わ、悪かったな。俺はカードを二枚伏せてターンエンドだ』
プレイヤー名:【わんわんポチ○くん】
LP:4000
手札:四枚
場:“マジカルガール かりん”
伏せカード:二枚
「私のターン、ドロー! このままイッキに畳み掛けるよ! 私は“龍王 だーくさん”の効果発動! このカードを墓地に送って、デッキから“悪龍王 だーくさん”を特殊召喚します!」
ちびきゃらだーくさんが光りに包まれた次の瞬間、漆黒の炎が舞い上がり、フィールドを包み込む。
黒と金の炎は渦を巻き、ひとつの形へと生まれ変わっていく。
火の粉が舞う炎の中から現れたのは禍々しい漆黒の鎧に身を包んだ“悪龍王ダークさん”だ。
進化した形態はやはりと言うか『神成るモノ』である第二形態そっくりな鎧を纏っている。
“悪龍王 だーくさん”
ランク:☆☆☆☆☆☆
属性:闇(光)
ATK:2500
DEF:2000
効果:
・このカードは光属性としても扱う。
・一ターンに一度、フィールド上に存在するカード一枚を破壊する事が出来る。
・敵キャラクターを戦闘破壊したターンのエンドフェイズ、このカードを墓地に送ることで“黄金龍神 ダークさん”を特殊召喚することが出来る。
「さらに私は“誇り高き紳士 こうた”を通常召喚します!」
“誇り高き紳士 こうた”
ランク:☆☆☆
属性:土
ATK:1300
DEF:2100
効果:
・攻撃対象となった時、攻撃表示のこのカードは守備表示となる。
・ダメージステップ時、このカードの攻撃力と守備力は500ポイントアップする。
堅牢な盾を構える守護騎士が召喚された。盾に納められていた黄金の剣を引き抜き、正眼に構える様は、まさに騎士として在るべき姿を体現していると言って過言ではない。
「私は“悪龍王 だーくさん”の効果発動! 【わんわんポチ○くん】さんが伏せたカードを破壊します! 【ヨルムンガルド】!」
“悪龍王 だーくさん”が突きだした両腕から放たれた破壊の奔流が伏せカードを呑み込み、粉微塵に粉砕する。
欠片となって宙を舞うエフェクトがテレビの中で舞い踊り、美しくも幻想的な光景を生み出す。
『甘いぜ! 俺は破壊された罠カード“道化師の英断”を墓地から発動するぜ!』
「墓地で発動する罠!?」
場にミッド式の魔法陣が形成されると、その中から灰色のジャケットを羽織った少年……新たなるちびきゃらが登場する。
「“道化師の英断”がカード効果で破壊された時、デッキから“正義の道化師 あっしゅ”を特殊召喚することができる! 攻撃表示で召喚だ!」
“正義の道化師 あっしゅ”
ランク:☆☆☆
属性:風
ATK:1400
DEF:700
効果:攻撃対象となった時、このカードを除外することで相手キャラクターの攻撃を無効化する。効果を発動させたターンのエンドフェイズ、除外されているこのカードを自分フィールド上に特殊召喚することができる。
出現したのは二丁の拳銃を構えたガンマン風のちびきゃら。
男らしく、ちび花梨の前に立った――と思いきや、速攻で彼女の背中に隠れてしまった。おやおや、ちび花梨に怒鳴られて半泣きになっているではありませんか。
本人同様、なかなかのヘタレ気質をお持ちのようだ。
「ふふん! その位の
にのみ装備可能。エターナルロリータさんのラヴ
“誇り高き紳士 こうた”
ATK:1300 → 1900
DEF:2100 → 2700
見覚えのある三つ編みロリが現れると、ちびコウタとあっつ~いハグ♡
愛の力によって、ちびコウタがスーパー的な輝くオーラを纏う!
「なんかすごい名前のカードが来たよ!?」
「とてつもなく子どもの教育に悪いですね!?」
「バトルです! “誇り高き紳士 こうた”で“マジカルガール かりん”を攻撃! 【ラヴ・スラッシュ】!」
ママ~ズの叫びもなんのその、迸るパッションに滾りまくるちびコウタの剣閃がちび花梨に襲いかかる。
「“マジカルガール かりん”の効果発動! 一ターンに一度、相手の攻撃を無効化する!」
愛の力が籠められた一撃は、ちび花梨が展開した障壁にあっさりと止められてしまう。
愛の力が通じなかった!? と、ちびコウタがorz。
「ま、まだまだっ! “悪龍王 だーくさん”で追撃します! 【クライシス・エンド】!」
ちび花梨が攻撃を無力化できるのは一ターンに一度だけ。
ちびダークの攻撃には耐える事が出来ず、ちび花梨が倒れ伏す。
【わんわんポチ○くん】
LP:4000 → 3300
「よっし! 私はバトルフェイズを終了させて、“悪龍王 だーくさん”の効果発動! このカードを墓地に送って――」
『そうはさせるか! 手札から“マリオネット・トークン”を守備表示で特殊召喚! このカードは自分のキャラクターが破壊された時に特殊召喚することができる! さらに、このカードが特殊召喚に成功したターン、相手はモンスター効果を発動することが出来ない!』
「そんな……!? くっ、ターンエンドです」
プレイヤー名:【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】
LP:4000
手札:三枚
場:“悪龍王ダークさん” “誇り高き紳士 こうた”
伏せカード:一枚
『俺のターン、ドロー! ……初撃は喰らったが、ここから巻き返すぜ! 俺のスタンバイフェイズに”マリオネット・トークン”はデッキに戻りシャッフル! さらに一枚カードをドロー! そして”炎剣使い せっちゃん”を召喚! さらに伏せていた罠カードを発動させるぜ! “戦闘民族一家の絆”! この効果で墓地の“マジカルガール かりん”を復活させる!』
”炎剣使い きりやん”
ランク:☆☆☆
属性:火
ATK:1900
DEF:1800
効果:このカードの攻撃力と守備力は、装備した装備魔法カードの枚数×200ポイントアップする。
“戦闘民族一家の絆”
魔法カード
効果:自分の墓地に存在する“マジカルガール かりん”もしくは“リリカルガール なのは”を自分フィールド上に特殊召喚する。
燃え盛る炎の剣を携えた剣士が召喚され、続いてフィールドに現れた魔法陣から“マジカルガール かりん”が復活を果たす。
『まだまだぁ! 俺は装備魔法【フランベルジュ】を”炎剣使い きりやん”に装備! カード効果で攻撃力800ポイントアップ! ついでにキャアクター効果でさらに200ポイントアップだ!』
ちび刹那が手に持った炎の剣が燃え盛る火焔を彷彿させる片刃剣へと変化する。
”炎剣使い きりやん”
ATK:1900 → 2900
DEF:1800 → 2000
攻撃力が一気に膨れ上がるとともに、ちび刹那から発せられるプレッシャーも跳ね上がる。
たった一枚の装備カードで戦局をひっくり返されたヴィヴィオは、「にゃぁああああっ!?」 となんだか聞き覚えのある悲鳴を上げていた。
だが、【わんわんポチ○くん】の
『驚くのはこれからだ! 俺は、”炎剣使い きりやん”と“正義の道化師 あっしゅ”でオーバーレイ!』
炎のような真っ赤な光に包まれたちび刹那と、灰色の光に包まれたちびアッシュが螺旋を描きながら遥か上空へと飛翔していく。
『二体のキャラクターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!』
重なり合い、交叉した二つの光は空に展開された魔法陣に吸い込まれていき……爆発的な光の奔流がフィールドを照らす。
『運命の力を受け継ぎし救世の剣士よ! いまこそ紅蓮の炎を纏い、邪悪を打ち払う刃となれ! 現れよ! ”炎の救世騎 せっちゃん”!』
眩い輝きが納まった時、魔法陣の中心から降り立った新たなる剣士がフィールドへと舞い降りる。
紅蓮の炎を思わせる赤いラインが走ったコートを纏い、鋭い眼光でヴィヴィオのフィールドにいるキャラクターを睨みつけていた。
”炎の救世騎 せっちゃん”
ランク:★★★
オーバーレイユニット:2
属性:火
ATK:2500
DEF:2000
召喚方法:ランク3のキャラクター × 【フランベルジュ】を装備した”炎剣使い せっちゃん”
効果:
・このカードの攻撃力と守備力は、装備した装備魔法カードの枚数×300ポイントアップする。
・このカードが破壊された時、装備した装備魔法カード一枚を墓地に送ることで破壊を無効化する。
・一ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使うことでデッキから装備魔法カードを一枚手札に加えることができる。
「え、エクシーズ召喚! しかもランク3なのにエクシーズ最強って呼び声も高いレアカード!?」
『俺は”炎の救世騎 せっちゃん”の効果発動! オーバーレイユニットを一つ使うことで装備魔法“幼馴染の祈り”を手札に加え、このキャラクターに装備! ――バトル! ”炎の救世騎 せっちゃん”で“悪龍王 だーくさん”を攻撃! 【バニシングセイヴァー】!』
”炎の救世騎 せっちゃん”
ATK:2500 → 2800
DEF:2000 → 2300
「くっ、迎え撃って!」
炎の剣と手刀、漆黒の炎と紅蓮の炎。二つの相反するエネルギーがぶつかり合って、大爆発を起こす。
唸り声を上げながら消滅していくちびキャラ。だが、破壊されたのはちびダークネスだけで、ちび刹那はいまだ健在であった。
プレイヤー名:【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】
LP:4000 → 3700
「俺はカードを三枚伏せて、ターンエンドだ」
プレイヤー名:【わんわんポチ○くん】
LP:3300
手札:なし
場:“マジカルガール・カリン” ”炎の救世騎 せっちゃん”
伏せカード:四枚
「手札ゼロ……ハンドレススタイルか? どうやらヴィヴィオの対戦相手はかなり攻撃的な戦法を得意としているようだな」
「う~む……アリシア? ヴィヴィオのデッキコンセプトはどのような感じになっているのです? バランス重視なのか、それとも高火力キャラクターでの正攻法なのか……」
「えと、私も基本的にノータッチだったからねー。よく分かんないや。……あ、でも、さっきプレゼントしたカードパックの中にすっごく強力なカード入ってたって喜んでいたよ? デッキもそれに合わせて組み直してたみたいだし」
「ふむ……まあ、お手並み拝見と言う事か」
意外とノリノリなダークさんズは完全に観客ムード。それでも娘の雄姿を余すところなく記録せんと、ママ~ズのデバイスに記録映像を残している辺り、対外親馬鹿であると言わざるを得ない。
――ダークパパたちに見られてる……! がんばらなくっちゃ!
「私のターン、ドロー! ん、っと……よし! 私は魔法カード“魔女の釜”を発動します!」
勢いよくカードがパッドに叩きつけられると、フィールド上に大きな釜が現れた。
中には紫色でぐつぐつと煮えたぎっている謎の液体がなみなみと満たされている。
「このカードは自分フィールド上のキャラクター一体を『生贄』に捧げる事で発動! 墓地に存在するキャラクターの効果を無効化させて特殊召喚します! “誇り高き紳士 こうた”を『生贄』に捧げて、墓地のキャラクターを復活させます」
釜の淵から溢れ出してくる紫色の液体……それは、まるで命を秘めている下の如く蠢き、地面を這いずりながらちびコウタへと近づいていく。
ちびコウタは迫りくる脅威に、完全な涙目。背後霊のように背中に張り付いていた半透明の三つ編みロリっ娘が、「わ、私は関係ね~しぃ……?」 とすたこらさっさしていく。
思わず助けを求めて、画面の向こうからヴィヴィオに向けて手を伸ばすちびコウタ。
しかし、現実は無情なのだ。
――ビシッ♪
笑顔でサムズアップを返すヴィヴィオ。
絶望に染まるちびコウタ。その後ろから覆いかぶさるように襲いかかる『謎の物体X』。
響き渡る悲鳴、ドン引きするしかないちび花梨 & ちび刹那。
マイクから聞こえてくる少女らしき悲鳴。
思わず目尻を抑えて十字を切るダークネスの胸元に顔を伏せるアリシアとシュテル。
ああ、なんという事だろう。ちびコウタくんは天からも見捨てられてしまったのだ……。
ちびコウタを『ぱっくんちょ♪』 して満足したのか、ブルブルッ、と歓喜の震えを顕わにする『謎の物体X』が釜の中へと戻り、足元に展開された魔法陣の中へと沈んでいく。
それと入れ違いになる様に、魔方陣からちびダークネがス復活を果たした。
こころなし、顔色が悪くなっているように見えるのは果たして気のせいか。
決して、魔女の釜に描かれていたお約束のトンガリ帽子を被った
「よっし、ダークパパ……もとい、だーくさんが復活したね!」
笑顔でぶった切って下さったヴィヴィオさんマジパネェ。
「私はさらに魔法カードを発動するよ! “いんじゅうブラザーズ”! このカードは自分のデッキから『えっちな』と名のついたカードを特殊召喚できるんです! 私が召喚するのは“えっちなおこじょさん あるクン”!」
“えっちなおこじょさん あるクン”
ランク:☆
属性:火
ATK:300
DEF:200
効果:このカードをリリースすることで、デッキから”トレジャーハンター あるく”を特殊召喚することができる。
ぽむっ、と間抜けな効果音と共に、頭に葉っぱを乗せた白いナマモノが現れた。
何気にちび花梨の目つきが鋭くなっているのは、彼が出現したのがヴィヴィオの場ではなく、何故か彼女の足元……スカートの中が見えそうで見えないギリギリのラインであったからか。
……あ、蹴り飛ばされてちびダークネスへと吹っ飛んできた。
――べしっ!
と、叩き落されたが。
「……え、えええ~? なにコレぇ~!?」
「アイツって、こんなキャラだったか?」
「まあ、カードをデザインした人物の主観ということではないですか?」
「――はっ!? みっごとなコンボに思わず見とれちゃいました……じゃなくて!? 私は“えっちなおこじょさん あるクン”の効果を発動! カードをリリースすることで、デッキから”トレジャーハンター あるく”を特殊召喚します」
ピクピクとヤバい痙攣を起こしていたナマモノが再び煙に包まれ、それが晴れると真っ赤な髪が目を引く民族衣装を纏った少年……ちびアルクが現れた。
……ダメージまで受け継いだのか、やたらとボロボロで床に倒れたままだが。
“トレジャーハンター あるく”
ランク:☆☆☆☆☆
属性:火
ATK:2100
DEF:1200
効果:
・このカードは戦闘では破壊されない。
・伏せカードを墓地に送ることで、相手の罠カードの発動を無効化できる。
「えっと……バトルです! “トレジャーハンター あるく”で”炎の救世騎 せっちゃん”を攻撃します!」
『はあ!? 攻撃力はこっちのが上だぞ!?』
マジでっ!? と目を見開くちびアルクに無慈悲な命令が下される。
半分自棄になったちびアルクが、同情的な顔のちび刹那へと跳びかかっていく。
爆発の力を宿した拳を叩きつけるがやはり攻撃力の差はいかんともしがたく、あっさりと弾き返されてしまった。
プレイヤー名:【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】
LP:3700 → 3000
「“トレジャーハンター あるく”は戦闘では破壊されない! そしてこの瞬間、伏せカードオープン! 罠カード“魔導書に記された令嬢”。戦闘ダメージを受けた時、デッキから“魔本使い はつき”を特殊召喚!」
ふっばされて帰ってきたちびアルクの頭上に召喚魔法陣が展開され、中から煌びやかなドレスを纏った少女が跳び出してきた。
大きな本を背中に背負い込んだ少女は華麗な体捌きで体勢を立て直し、仰向けに倒れるちびアルクの腹の上に着地した。
“魔本使い はつき”
ランク:☆☆☆☆☆☆
属性:水
ATK:2000
DEF:2000
効果:このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、手札が五枚になる様にカードをドローする。
この時に魔法カードをドローできていれば、召喚されたバトルフェイズ中にアドバンス召喚を行うことができる。
「“魔本使い はつき”の効果で、カードをドローします。私の手札は一枚、よって四枚ドロー!」
ちびはつきは召喚するだけで手札の補充が叶う優秀なサポートキャラクター。
手札の消費が激しいヴィヴィオのデッキで外せないキーカードのひとつだ。
新たにドローした四枚のカードを確認し、ヴィヴィオの口端が不敵に攣り上がる。
「行きます! 私は“魔本使い はつき”のさらなる効果! ドローしたカードの中に魔法カードあった時、バトルフェイズにアドバンス召喚が出来る。私がドローしたカードの一枚は魔法カード”黄金色の誓い“! よって、このままアドバンス召喚を行います。“魔本使い はつき”と“トレジャーハンター あるく”をリリースして“勇者
「俺が召喚された意味って……」とうなだれ、ちびはつきに”よしよし”とされていたちびアルクたちが消え、かわりに濁った青色の鎧を着た目つきの悪い悪人顔が現れた。
口元はすべてを見下す様に嘲笑を作り、不快感しか感じられない淀んだ目をしている。まったく可愛げがないちび荒貴の登場である。
“勇者
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光
ATK:2800
DEF:3000
効果:
・このカードは破壊されない。
・自分フィールド上のキャラクターを一体手札に戻すことで、相手の場に存在する表側表示のカードをデッキトップに戻す。
・バトルを行った相手が男性キャラであった場合、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
・このカードが表側表示で存在する時、ドローフェイズで引いたカードを墓地へ送らなければならない。
ちびダークネスと並び立つことが嫌なのか、露骨に不愉快そうな顔つきになるちび荒貴。
完全無視を決め込んでいるちびダークネスに突っかかっていく姿は、まるで地元で粋がっているチンピラのようだ。
「バトルですっ! “勇者
『“マジカルガール かりん”の効果発動! 相手の攻撃を無力化する!』
伝説の武具に匹敵する輝きを放つ剣から繰り出されたすさまじい一撃を、なんとか障壁で受け止めるちび花梨。
どうにか防ぐことは出来た物の、彼女を護っていた障壁が粉々に砕かれてしまう。
「これで攻撃を防ぐ手段は無くなりました! “悪龍王 だーくさん”で“マジカルガール かりん”を攻撃! 【クライシス・エンド】!」
効果が無効化してしまったとは言え、それでもちびダークネスの方がちび花梨よりも攻撃力は上回っている。
攻撃無力化という厄介な効果を持つ彼女を破壊できれば、今後の
しかし、そんな事は【わんわんポチ○くん】も十分承知。攻撃が当たる瞬間、伏せていた罠カードを発動させる。
『させねぇって言ってんだろ! 罠発動、“正義の十字架”! 一ターンに一度だけ、相手の攻撃を無効化する! さらにこのカードは発動後、再び場にセットされる』
反転した伏せカードから出現したのは、イエス・キリストが磔にされたと言う十字架。
そこに、彼と同じく茨の冠と腰巻だけを身に付けた、ちび白夜が磔にされている。
ちび花梨へと迫る一撃は、引き寄せられるように軌道を変えて、ちび白夜へと命中する。
脇腹に手刀を喰らって「あべしっ!?」 と悶絶するちび白夜。それを見上げるちびダークネス。
やがて、発動を終えた十字架が再び伏せられようとした……瞬間、
――バキャッ!
「え、殴った!? ちっさいダークちゃんが正義マニアを殴ったよ!?」
――ゴキョン!
「今度は蹴りを叩き込みましたね……あらま、なんていい笑顔」
――パンパンッ!
『往復ビンタ!? え、てかなにコレ!? 何で追撃かましてくれてんの!?』
――ふぅぅうううう~~っ……
深々と息を吸い、呼吸を整えるちびダークネス。そして、くわっ! と両眼を見開き、
――無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!
――ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
「「『無駄無駄ラッシュ!?』」」
身動きが取れないちび白夜に向かって、凶悪な笑みを浮かべたちびダークネスから放たれるラッシュの嵐。
まさに、積年の恨みを晴らすが如き、凄まじい勢いで殴り続けていく。
瞬く間に汚い饅頭へと作り変えられていく正義の味方(笑)。
どれだけ彼の事が嫌いなのだろうか……?
やがて満足したのか、額に流れる汗をぬぐいながらちびダークネスが戻ってくる。
その後ろには、表面積が三倍近くまで膨れ上がったちび白夜……だったもののお姿が。
それはまさに、愛と勇気しか友達がいない、ぼっちなヒーローを彷彿させる。
○タコさん! どうか彼に新しい顔を!
――プイッ
あ、○タコさんが拒否しちゃった。
翠屋ミッド支店のオーナーパティシェでも、お顔がパンパンマン(誤字に在らず)を救うことはできないようだ。
憐れ、おっきなお顔のちび白夜くんはそのまま伏せられてしまった。
「……むぅ~、これも防がれちゃったか~。ちぇっ、私はカードを二枚伏せてターンエンドだよ」
プレイヤー名:【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】
LP:3000
手札:三枚
場:“悪龍王ダークさん” “勇者
伏せカード:二枚
『お、俺のターン……ドローッ! な、なんかよくわからんが、カード効果はちゃんと発動したいみたいだから良しとしとこう。――じゃあ俺は……こいつだ! 魔法カード“復讐者の誓い”! エクストラデッキに存在する融合モンスター“狂戦士 でぃーの”を墓地に送ることで、カードを三枚ドロー! ……よし! 儀式魔法カード“人形師の講演会”を発動! 手札にあるキャラクターカードのランクが合計8以上になるように墓地へ送ることで、手札から“天災の傀儡師 るびー”を特殊召喚することができる! 手札から闇属性の二枚を墓地へ送って、召喚だ!』
目つきの悪いちびディーノが墓地へと送られることで手札を補充し、さらに儀式魔法で高ランクキャラを特殊召喚してきた。
フィールドに劇場のようなセットが出現し、墓地へと送られた二枚のカードが光となって吸い込まれていく。
そして開かれた天幕の中から絵本の登場人物のような可愛らしい服の上に白衣を纏った、メカ猫耳の少女が登場する。
“天災の傀儡師 るびー”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:闇
ATK:100
DEF:100
召喚方法:“人形師の講演会”の効果によってのみ特殊召喚。
効果:
・一ターンに一度、自分の墓地に存在する闇属性のキャラクターを可能な限り特殊召喚することができる。この効果の発動時、相手はキャラクターの効果・魔法罠を発動することが出来ない。
・このカードが攻撃対象となった時、自分の場に存在する他のキャラクターへ攻撃対象を変更することができる。
・相手が魔法・罠を発動させたとき、効果終了後に相手の墓地へ送られるそのカードを、このカードをコントロールするプレイヤーの手札へ加えることができる。
「“天災の傀儡氏 るびー”の効果を発動! “人形師の講演会”の効果で墓地へ送った闇属性キャラクター二体を特殊召喚! こい、“キング・オブ・ブラッククイーン でぃあたん”! “サンダーライト・スプリットセイバー れう゛ぃたん”!」
足元に展開された魔法陣の中へちびルビーが放った糸が突き刺さり、二つのカードを引っ張り上げた。
偉そうにふんぞり返ったちびディアーチェと「やったるぜー!」 と気合十分なちびレヴィだ。
「果たして
「あの、ダーク様? そんな真顔で悩まれるのは如何なものかと……」
「あっははははははは! なにアレ!? おっもしろ~~い!」
アリシア大爆笑。
とりあえずカッコイイ二つ名をくっつけてみました的なネーミングがツボに入ったようだ。
『ご、ゴホン! つ、続けてリバースカードオープン、“欲望の綱”! フィールドに存在する“天災の傀儡氏 るびー”を墓地へ送ることで、“スーパージェノサイドガール ゆーりたん”を手札に加える! そして手札から“スーパージェノサイドガール ゆーりたん”を特殊召喚!』
“スーパージェノサイドガール ゆーりたん”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:闇
ATK:3300
DEF:3000
効果:
・このカードは自分の場に“キング・オブ・ブラッククイーン でぃあたん”と“サンダーライト・スプリットセイバー れう゛ぃたん”が存在する時のみ、特殊召喚することができる。
・自分フィールド上に存在する通常キャラクターをすべて墓地に送ることで、相手フィールド上に存在するカードすべてを破壊することができる。
欠伸をしながら墓地へと引っ込むちびルビーと入れ違いになる様に、可愛らしいメイド服とヘッドドレスを身に付けた美少女が降臨する。
スカートの端をちょこんとつまんでお辞儀する仕草は、なんとも微笑ましいなと感じずにはいられない。
――その背中に、禍々し過ぎる魂翼の鉤爪を構えていなかれば、だが。
五体のキャラクターで場を埋め尽くした【わんわんポチ○くん】。手札を全て消費してしまったとはいえ、これだけの戦力の前に如何なる抵抗が叶うと言うのだろうか……。
「私だって負けません! 私は手札の“バーニングエンジェル しゅてるん”を特殊召喚します!」
だが、ヴィヴィオとてこのまま終わるつもりは毛頭ない。
【わんわんポチ○くん】の効果にチェーンして、手札からキャラクター効果を発動させる。
“バーニングエンジェル しゅてるん”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆
属性:火(闇)
ATK:2300
DEF:2200
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・相手フィールド上に“キング・オブ・ブラッククイーン でぃあたん”、“サンダーライト・スプリットセイバー れう゛ぃたん”、“スーパージェノサイドガール ゆーりたん”が二体以上召喚された時、手札から特殊召喚することができる。
・このカードの特殊召喚に成功したとき、相手フィールドに存在するキャラクター一体の効果を無効化できる。
「“バーニングエンジェル しゅてるん”の効果発動! ”炎の救世騎 せっちゃん”の効果を無効化します! 【ルべライト】!」
ちびシュテルの杖から放たれた炎の帯がちび刹那へと絡みつき、その能力を封じ込め、攻撃力と防御力が元に戻る。
”炎の救世騎 せっちゃん”
ATK:2800 → 2500
DEF:2300 → 2000
『それでも俺の勝利は揺るがない! 俺は“スーパージェノサイドガール ゆーりたん”の効果発動! 自分フィールドにいる通常キャラを墓地へ送って、アンタの場にある全てのカードを破壊する! 【ヴァイパーライド】!』
逆巻く茨の津波が地面から生え、怒濤の勢いでヴィヴィオの場へと突き進む。
これが通ってしまえばヴィヴィオの場はがら空き。一斉攻撃を受けてライフをゼロにされてしまう事だろう。
「罠カードオープン、“運命の決断”! 手札の“雷の騎士 ばさら”を墓地へ送ることでキャラ効果を無効化します! さらにこのキャラクターカードは、カード効果で墓地へ送られた時、自分の場に特殊召喚できます。“雷の騎士 ばさら”を守備表示で特殊召喚!」
“雷の騎士 ばさら”
ランク:☆☆☆☆
属性:光
ATK:1800
DEF:900
効果:
・カード効果で墓地へ送られた時、自分フィールド上に特殊召喚できる。
・自分の場に『ふぇいと』と名のつくキャラが存在する時、相手にダイレクトアタックすることができる。
「ちいっ、防がれたか! ならバトルだ! ”炎の救世騎 せっちゃん”で“悪龍王 だーくさん”に攻撃! 攻撃力は同じだが、こっちには装備カードを墓地に送ることで戦闘破壊を無効化できる! 破壊されるのはアンタのキャラだけだ!』
「もういっこ罠カードオープン! “
【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】
LP:3000 → 2000
《神》サマ転生やったぜヒャッホーイ! と喜び踊るちび荒貴を見て、自分もまたお約束のテンプレをしているんだなぁ~と再確認してしまったちび花梨とちび刹那。
同族が晒す醜態のあまりの恥ずかしさに耐えられず、二人……と巻き添えを喰らったゆーりたんが自分のデッキへと
ちびダークネスとちびバサラはどうにか耐えられたようだ。
……二人とも足腰が生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えているが。
ちびダークネスはちびシュテルの胸(ちびきゃらなのでぺったんこ)に顔を埋めてよしよしされているから何とか立ち直れそうだ。
だが、ちびバサラの方は駄目かもしれない。
何処から取り出したのか、ちびフェイトの写真を見つめながら地面に転がってしくしくと泣いちゃっている。
味方にまでこれほどの被害を出して見せるとは……さすがは勇者様(笑)、ただ者ではない。
『お、俺のキャラが全滅……!? い、いいやまだだ! 場に伏せた永続魔法を発動するぜ! “穢れ無き祝福の風”! こいつの効果でデッキから“槍騎士 そーすけ”を特殊召喚する!』
ぽむっ、と可愛らしい効果音と共に現れた白銀の髪が目を引く美少女……ちびリヒトが膝を付いて天へと祈りをささげる。
すると、デッキから大きな狼に騎乗したちび宗助が登場した。
“槍騎士 そーすけ”
ランク:☆☆☆
属性:風
ATK:1700
DEF:1000
効果:
・このカードが戦闘を行うとき、攻撃力を1000ポイントアップさせることができる。
・守備表示モンスターを攻撃した時、貫通ダメージを与えることができる。
――ふ~ん、リヒトの応援で駆けつけるんだ~、へぇ~……。
――はうぅ~~……。
――宗助も意外とやるもんね。
『ええい、うっさい! 黙っててくれ! ――ん、ンンッ! まっ、まだバトルフェイズは終わっちゃいない! “槍騎士 そーすけ”で守備表示の“雷の騎士 ばさら”に攻撃! 【ゲイ・ヴォルフ】!』
“槍騎士 そーすけ”
ATK:1700 → 2700
“雷の騎士 ばさら”
DEF:900
「きゃううっ!?」
巨狼を駆る騎士の一槍が防御態勢をとっていたちびバサラを貫き、撃破する。
そして攻撃力と守備力の差分、1800ポイントのダメージをヴィヴィオが受けてしまった。
【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】
LP:2000 → 200
『よっしゃあ、このまま行くぜ! 俺はさらに伏せカードを発動させる! “プリズマステッキ”! このカードは“穢れ無き祝福の風”を墓地に送ることで発動! デッキから“カレイドライナー プリズマ☆リヒト”を特殊召喚! ……って、アレ? こんなカード入れてたっけか?』
【いよっしゃあ――! 遂に遂にルビーちゃんのお披露目ターイム! なのですよ! 名前の発音が同じでも白衣の変態とは一味違うことを教えてやりましょう! ひゃっはー!】
羽の生やしたリングの中に星の形をしたパーツが組み込まれた不思議物体……カレイドルビーがカードから飛び出し、喚き散らす。
かつてないハイテンションなノリに、一同が思わず固まってしまうのも仕方のないことだろう。
【フッフッフ……! 苦節一時間と三十二分、イリヤさんに『お兄ちゃんと
テレビの中で実体化した珍妙ステッキはくねくねと身悶えながら画面の中を飛び回る。
もはや、完全なカレイド劇場。愉快型魔術礼装の名は伊達ではなかったらしい。
【そしてついに見つけた最高の逸材! それこそが――アナタなのですっ!】
『ふえっ!?』
カレイドルビーに指(羽?) 指されて、訳も分からず召喚されてしまった憐れな犠牲者……ちびリヒトがビクつく。
怯える少女にハァハァ……と荒い呼吸を吐きながら近づいていく謎ステッキ。
実にシュールな光景だ。
【ぐふふ……お、怯える必要なんてないんですよ? ちょこっとだけ私とイイコトしましょうってお誘いなんですからァ】
どう見ても変質者そのものです、本当にありがとうございました。
『コラッ! リヒトから離れやがれっ!』
【むむっ、わんちゃんライダーの分際でお邪魔虫するつもりですか!? そうはさせません! ルビー……スパァアアアクッ!!】
ピコピコ光る星から科学特捜隊の光線銃の如きジグザグに折れ曲がる光線は放たれて、ちび宗助に着弾。
『あばばばばばっ!?』 と悲鳴を上げて真っ黒焦げになってしまったちび宗助&ちびフェンリル。
慌てて駆け寄ろうとするちびリヒトだったが、彼女の気が逸れた瞬間を狙っていたカレイドルビーがちびリヒトの胸元へ――
『あっ!?』
【銀髪清純美少女げっちゅー♪ そんでもってぇ、転……身!】
ちびリヒトの身体が眩い光に包まれ、纏った衣装がはじけ飛ぶ。
まるで海の中で漂うように浮かび上がる芸術的な美しさと可憐さを宿した裸体にピンク色のリボンが巻き付いていき……新たなる衣装へと変化していく。
そして光の繭が弾け飛び……新たなる『魔法少女』の姿が顕わとなる。
背中へと流れる銀髪は夜天の星空の如き煌めきを宿し。
真紅の瞳は妖精を彷彿させる美を感じさせる。
身体に纏うのはピンクを基準とした魔法少女の衣装。
ノースリーブの上着とスカートというデザインは、まるでチアガールのよう。
裾がかなり短くなっていて、屈んでしまえば下着が見せてしまいそうだ。
ふりふりのフリルも増築されていて、まさしく『マジカル☆チアガール』と呼べる姿であった。
しかも、何故か二頭身のちびきゃらではなく、オリジナルと同じ通常サイズ。
お蔭でちっさいちび宗助からはスカートの中が丸見え状態。
香しい焼き色を付けながらもしっかり鼻血を垂れ流しているのは、マセガキと怒るべきか、運が悪かったと同情すべきか。
【ヒャッハ―! さいっこうですうよリヒトさん! スカートの裾を抑えて頬を朱色に染める恥じらいの表情! 今にも見えそうなおへそ! そして外せないのが絶対領域を形成する純白のニーソーッ! 踵の高いハイヒールを履いた辺りが、背伸びする乙女心を激しく主張! Very Cool! まさしくあなたこそ、私が求め続けてきた真の魔法少女です!】
ピンク色のポンポンに変化したカレイドルビーがこれ以上ないテンションで捲し立てる。
どうやら、ここまで恥ずかしい目に合されても怒鳴らず、むしろ恥ずかしげに身体を捩る弱々しいリアクションが彼女のドツボにハマったらしい。
清純・従順・純真・薄幸(前世的な意味で)・男の幼馴染有りと、まさにヒロイン属性オンパレードな上に、魔法の才能も最高ランクとあれば、興奮するのもやむなし……なのか?
【MS力……な、なんと!? 1億とは!? すばらしすぎる! まさしく、あなたこそ伝説の
ちなみにMS力とは、
オリジナルのマスターであるイリヤが1万、並行世界で出会った高町 なのは(九才)が53万である。
同じく並行世界のフェイト(九才)は計測不能となっていたが、この事実にプライドを刺激されたカレイドルビーが『MSスカウター』を強化したことで数値化できるほどに強化されているのだ。
結論:フェイト(九才)のMS力は約100万と判明。
カレイドルビー曰く、【ビームをどっかんどっかんぶっ放す子よりも、露出過多な幼いエロスを感じさせる子の方がMS力は高いようですねー】とのこと。
非戦闘員のリヒトのMS力がぶっ飛んでいるのもある意味でうなずける。
【ふはははっ! さあ、行きましょうマイマスター! あなたならば世界を獲れます! ……あ、ちなみに“カレイドライナー プリズマ☆リヒト”の効果はリヒトちゃんを召喚するんですよ♪】
“カレイドライナー プリズマ☆リヒト”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光
ATK:∞
DEF:∞
効果:【美少女を殴るなんてとんでもない! と言うワケで、リヒトちゃんへの攻撃はすべて無効! キャラ効果・魔法・罠も一切通用いたしませ~ん♪ でも、リヒトちゃんは優しいので、召喚されたターンは攻撃できません。あしからず~♪】
こ れ は ひ ど い
「「「「『なんじゃそりゃぁあああああっ!?』」」」」
【ハァ~ッハッハッハ! 可愛いは正義! つまり、私がルールなんです! ターンエンド!】
『待てやコラ!? プレイヤーは俺だぞ!? ……あれ? り、リヒトさん? なにゆえ金槌なんて振り上げていらっしゃるのですか……? ――ま、まってください!? 俺は決してあなたを恥ずかしい目にあわせるつもりなんて微塵も思っていなかったんです! 催眠をかけられたみたいな感じで、カードをデッキに加えちゃったんです! 信じてくださ――「ゴギャンッ!!」 ぐもらっ!?』
【カレイドルビー(わんわんポチ○くん)】
LP:3300
手札:なし
場:“カレイドライナー プリズマ☆リヒト”、 “槍騎士 そーすけ”(丸焦げ)
伏せカード:一枚
「こ、攻撃力無限大って……あんなのどうしようもないよ!」
【おやおや、泣き言ですかぁ? ダメですよ、
画面の中に浮かび上がる立体映像、そこに映し出された物は……まさしく『すくみず』
競泳タイプと呼ばれる無駄な装飾の一切を省かえて設計されたソレに、パレオ風味の腰巻と和風の羽織が装着されている。
そんでもって、デフォルト仕様の黒ニーソと皮製のブーツ。おまけに眼鏡まで完備。
色々と需要がありそうなパーツを詰め込んだエロ衣装がそこに在った。
「いっ……イヤァアア――!? ナニソレ!? 恥ずかしすぎるよ、そんな恰好!」
「……身近に似たような格好をしていた女がいるんだがな。ついでに露出狂」
「駄目だよダークちゃん! フェイトも最近は抑えているんだから! 昔みたいにはっちゃけていないんだよ!」
「ですが、表沙汰に出来ない裏の商法ルートでは昔のバリアジャケットを纏った今の彼女の合成写真が出回って、高額で取引されているようですよ?」
「何やってるのフェイト!? ちゃんと取り締まってよ執務官なんだからさぁ! 同じ顔の私まで恥ずかしい目にあっちゃうでしょ!?」
指名手配犯という立場を完璧に忘れた発言かます『お姉ちゃん』。
この傲慢不遜こそ、姉たる所以なのだろうか?
【ふん、男なんて馬鹿ばっかりですね~。年増の色気のどこがいいんだか。やっぱ時代は幼女ですよ幼女!】
「「なんですってえ!?」」
――か、母さん!? 年増とか言ったの俺じゃねぇよ!? え、連帯責任? カードを使った俺にも責任がある……だと……!? あ、や、ちょっとまって、フライパンは人を叩く物じゃな『パッカ――――ン!!』 ――ぎゃーす!?
「ヴィヴィオ、ガンバって! あんな奴、ボッコボコにしちゃって!」
「まだ諦めるのは速いですよ! ていいうか、あの腹が立つステッキをブッ飛ばしてください!」
「おお、なんというやる気。そんなに年増呼ばわりされたの腹が立ったのか? ――あ、すまん。謝るから脇腹を抓るのやめい」
「……う、うん! 行きます!私の……ターーン!」
殺る気……もとい、やる気に満ちた家族の応援を背中に受けて、立ち上がるヴィヴィオ。
ツッコミ所満載だが、とりあえずは
しかし、彼女の手元にこの状況を打開できる切り札は無い。相手の場に伏せられたカードのひとつは、攻撃を一度だけ無力化する“正義の十字架”。
闇雲に攻撃をしかけても防がれてしまう。
かといって、チートが顕現した魔女っ娘はもとより、貫通能力を持つ“槍騎士 そーすけ”に対して待ちに徹するのは愚作。
ならば――
(可能性を信じて……前に進んでみせます! ――っ、これは!?)
魂の籠った運命のドローで引き寄せた一枚のカード。それはまさに、この状況を打開できるだけの可能性を秘めた逆転の一手であった。
ヴィヴィオの脳裏に勝利へと通じる輝く道が……運命を切り開く光り指す道が浮かび上がる!
「これなら……! 私は“ライジングウィッチ ありしあ”を召喚します! このカードはランク6ですけれど、自分の場に闇属性キャラが二体存在する時、ランクを二つ下げることが出来ます! さらに“鮮烈少女 ヴィヴィー”を特殊召喚!」
“ライジングウィッチ ありしあ”
ランク:☆☆☆☆☆☆
属性:風(闇)
ATK:2300
DEF:1900
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・自分の場に闇属性キャラが二体存在する時、ランクを二つ下げて通常召喚することができる。
・一ターンに一度、カードをドローすることができる。
・自分の場に”黄金龍神 だーくさん”が存在する時、エンドフェイズにこのカードを墓地に送ることで“『???』 ありしあ”を特殊召喚することが出来る。
“鮮烈少女 ヴィヴィー”
ランク:☆☆
属性:光(闇)
ATK:1200
DEF:1400
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・自分の場に”だーくさん”、”ありしあ”、”しゅてる”と名のつくキャラが存在する時、手札から特殊召喚することができる。
・自分のスタンバイフェイズ、面側表示のこのカードを墓地に送ることで“鮮烈王女 ヴィヴィー”を特殊召喚することが出来る。
箒に跨った魔女スタイルのちびアリシアと、ウサギのぬいぐるみをだっこしたちびヴィヴィオが召喚される。
デフォルメされた娘の可愛らしさに、ママ~ズが大興奮。
「“ライジングウィッチ ありしあ”の効果でカードをドローします。そして……これが私の切り札です! 魔法カード、”幻獣の降誕“! デッキから”幻獣 エクスワイちゃん“を特殊召喚します!」
“幻獣 エクスワイちゃん”(チューナーモンスター)
ランク:☆☆☆
属性:光(闇)
ATK:0
DEF:0
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・このカードを召喚に成功した時、自分の場に存在するキャラクターのランクを任意の数へ変更できる。
輝く真紅の翼を持った飛龍が降臨する。
これによって、ちび金ぴかドラゴン一家が並び立つことになった。
ヴィヴィオの背後から、思わず感嘆の声が上がってしまうのも仕方ない事だろう。
チューナーモンスター……すなわち、絆によって新たな可能性を照らしだす希望の力!
エクシーズと双璧を成す新しい進化の形……その名も、
「“幻獣 エクスワイちゃん”の効果発動! このカードを召喚に成功した時、自分の場に存在するキャラクターのランクを任意の数へ変更できる。私は全てのキャラのランクを三にします。――いくよ! これが私の奥の手っ! ランク三となった“悪龍王 だーくさん”、“ライジングウィッチ ありしあ”、“バーニングエンジェル しゅてるん”、“鮮烈少女 ヴィヴィー”に、ランク三のチューナーモンスター“幻獣 エクスワイちゃん”をチューニング!」
【なんですと!? ランク三が五体……って、ランク十五!? そんなのありですか!?】
A.アリです。このゲームの最高ランクは十五なので。
【しまったぁ――!? てっきり、○戯王ルールそのままかとっ!】
「三つの希望が一つになる時、世界を超えた無限の奇跡が舞い降りる! 金色の光よ、天へと繋がる架け橋となれ! シンクロ召喚!」
天へと飛び上がった四体のちびきゃらたち。その身体が光り輝く三つの星となり、天を泳ぐ。
“幻獣 エクスワイちゃん”が転じた三つの光の環、その中で連なる様に並び立つ十二の星の輝きが眩い閃光となって世界を照らす!
「降誕せよ! “黄金龍皇神 【???】”!!」
天をも貫く光の柱、そこより降臨したのは黄金の鎧を身に纏った巨人。
胸元と両肩に竜の鎧甲があり、それぞれの口の中には三人の少女を彷彿させる女神の顔らしき彫刻が刻まれている。
背中に広がる巨大なる双翼から溢れ出す黄金の輝きがフィールドを、いや世界そのものを照らしだす。
可能性を信じた少女の祈りに応えるかのように、伝説を超えた《神》がここに舞い降りた。
“黄金龍皇神 【???】”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光(闇)
ATK:―
DEF:―
召喚方法:“幻獣 エクスワイちゃん” + ”だーくさん”、”ありしあ”、”しゅてる”、“ヴィヴィー”と名のついたそれぞれのキャラクター
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・このカードが召喚された時、
【なんですとー!?】
「これで、終わりです! “黄金龍皇神 【???】”の効果! 世界創造の一撃! 【アルティメイタム・ユグドラシル】!」
両手を掲げた光の巨人から放たれる古き世界を破壊し、新たな未来を創造する龍皇神の極光。
例えカレイドルビーが無限に等しい力を秘めていようとも、真なる《神》の前ではあまりにも……無力!
【こっ、これで終わりとは思わない事です! 例え私が滅びようとも、第二・第三のカレイドルビーちゃんが……うきゅーん!】
最後に間抜けな悲鳴を残して、愉快型魔術礼装カレイドルビーが消え去っていく。
おそらくは、媒体にしていたカードも消滅している事だろう。
【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】 WIN!
Nice Duel!!
「やったやったやった――! 見て見て、ヴィヴィオの大勝利なのです!!」
「おめでとう、ヴィヴィオ!」
「ええ! ええ! 流石ですよ。貴方の母親であることを光栄に思います」
二人の母親にもみくちゃにされて、嬉しい悲鳴を上げるヴィヴィオ。
その様子を見守るダークネスの表情も穏やかに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
「よぉーっし! この勢いで
ヴィヴィオの場合は女王なんじゃないの? とツッコミを入れるような空気の読めない輩はいない。
並行世界からの干渉という大事についてはひとまず脇に置いておくとして、ダークネスは勝利に沸く娘の頭を撫でてやろうかと腰を上げるのだった。
おまけ♪
【姉さん、また性懲りもなく人様にご迷惑を……これはオシオキが必要ですね】
【さ、ささサファイアちゃん!? ブレイク、ブレイクです! バックファイアでこんがり焼きルビーちゃんになってるお姉ちゃんに追撃をするのはいかがなものかとっ!? あ、ちょ、ごめ、ゴメンなさ――アババババババ!?】
【姉さんをお仕置きです】 ← 毒電波送信中
おわり♪
という訳で、遊戯王ネタです。
いや、彼らを題材にデュエルしたら面白いんじゃないかなー、と。
『時を超える絆』の動画を見て、やる気がムクムクと……結局、一日かけて書いちゃいました♪
ゲームのルールはデュエルモンスターズと同じ。違いと言えば、『モンスター』ではなく『キャラクター』に名称が変更、『レベル』が『ランク』になっていてMAXが15になっていることくらいですね。
ちびきゃらはバカテスの召喚獣をイメージしてください。
セイクリッド・ドラゴン・プリンセスとわんわんポチ○くんのデッキコンセプトやカレイド☆リヒトは、【(´作`)(空牙刹那】様より頂いたアイディアを使わせてもらいました。
ありがとうございます♪
○作中に登場したキャラクターカードのまとめ(魔法や罠は除く)
※【???】となっているのはネタバレ防止のためです。
“龍王 だーくさん”
ランク:☆☆☆☆
属性:闇
ATK:2000
DEF:1700
効果:自分のターンのスタンバイフェイズにこのカードが表側表示で場に存在するとき、このカードを墓地に送って“悪龍王 だーくさん”を特殊召喚することが出来る。
“悪龍王 だーくさん”
ランク:☆☆☆☆☆☆
属性:闇(光)
ATK:2500
DEF:2000
効果:
・このカードは光属性としても扱う。
・一ターンに一度、フィールド上に存在するカード一枚を破壊する事が出来る。
・敵キャラクターを戦闘破壊したターンのエンドフェイズ、このカードを墓地に送ることで“黄金龍神 ダークさん”を特殊召喚することが出来る。
“ライジングウィッチ ありしあ”
ランク:☆☆☆☆☆☆
属性:風(闇)
ATK:2300
DEF:1900
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・自分の場に闇属性キャラが二体存在する時、ランクを二つ下げて通常召喚することができる。
・一ターンに一度、カードをドローすることができる。
・自分の場に”黄金龍神 だーくさん”が存在する時、エンドフェイズにこのカードを墓地に送ることで“【???】 ありしあ”を特殊召喚することが出来る。
“バーニングエンジェル しゅてるん”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆
属性:火(闇)
ATK:2300
DEF:2200
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・相手フィールド上に“キング・オブ・ブラッククイーン でぃあたん”、“サンダーライト・スプリットセイバー れう゛ぃたん”、“スーパージェノサイドガール ゆーりたん”が二体以上召喚された時、手札から特殊召喚することができる。
・このカードの特殊召喚に成功したとき、相手フィールドに存在するキャラクター一体の効果を無効化できる。
・自分の場に”黄金龍神 だーくさん”が存在する時、エンドフェイズにこのカードを墓地に送ることで“【???】 しゅてる”を特殊召喚することが出来る。
“鮮烈少女 ヴィヴィー”
ランク:☆☆
属性:光(闇)
ATK:1200
DEF:1400
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・自分の場に”だーくさん”、”ありしあ”、”しゅてる”と名のつくキャラが存在する時、手札から特殊召喚することができる。
・自分のスタンバイフェイズ、面側表示のこのカードを墓地に送ることで“鮮烈王女 ヴィヴィー”を特殊召喚することが出来る。
“幻獣 エクスワイちゃん”(チューナー)
ランク:☆☆☆
属性:光(闇)
ATK:0
DEF:0
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・このカードを召喚に成功した時、自分の場に存在するキャラクターのランクを任意の数へ変更できる。
“マジカルガール かりん”
ランク:☆☆☆☆
属性:光
ATK:1800
DEF:1800
効果:一ターンに一度、相手の攻撃を無効化する。
”炎剣使い きりやん”
ランク:☆☆☆
属性:火
ATK:1900
DEF:1800
効果:このカードの攻撃力と守備力は、装備した装備魔法カードの枚数×200ポイントアップする。
”炎の救世騎 せっちゃん”(エクシーズ)
ランク:★★★
属性:火
ATK:2500
DEF:2000
召喚方法:ランク三のキャラクター×2
効果:
・このカードの攻撃力と守備力は、装備した装備魔法カードの枚数×300ポイントアップする。
・このカードが破壊された時、装備した装備魔法カード一枚を墓地に送ることで破壊を無効化する。
“誇り高き紳士 こうた”
ランク:☆☆☆
属性:土
ATK:1300
DEF:2100
効果:
・攻撃対象となった時、攻撃表示のこのカードは守備表示となる。
・ダメージステップ時、このカードの攻撃力と守備力は500ポイントアップする。
“正義の道化師 あっしゅ”
ランク:☆☆☆
属性:風
ATK:1400
DEF:700
効果:攻撃対象となった時、このカードを除外することで相手キャラクターの攻撃を無効化する。効果を発動させたターンのエンドフェイズ、除外されているこのカードを自分フィールド上に特殊召喚することができる。
“えっちなおこじょさん あるクン”
ランク:☆
属性:火
ATK:300
DEF:200
効果:このカードをリリースすることで、デッキから”トレジャーハンター あるく”を特殊召喚することができる。
“トレジャーハンター あるく”
ランク:☆☆☆☆☆
属性:火
ATK:2100
DEF:1200
効果:
・このカードは戦闘では破壊されない。
・伏せカードを墓地に送ることで、相手の罠カードの発動を無効化できる。
“魔本使い はつき”
ランク:☆☆☆☆☆
属性:水
ATK:2000
DEF:2000
効果:このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、手札が五枚になる様にカードをドローする。
この時に魔法カードをドローできていれば、そのカードを相手に見せる事で召喚されたバトルフェイズ中にアドバンス召喚を行うことができる。
“勇者
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光
ATK:2800
DEF:3000
効果:
・このカードは破壊されない。
・自分フィールド上のキャラクターを一体手札に戻すことで、相手の場に存在する表側表示のカードをデッキトップに戻す。
・バトルを行った相手が男性キャラであった場合、このカードの攻撃力は500ポイントアップする。
・このカードが表側表示で存在する時、ドローフェイズで引いたカードを墓地へ送らなければならない。
“天災の傀儡師 るびー”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:闇
ATK:100
DEF:100
召喚方法:“人形師の講演会”の効果によってのみ特殊召喚。
効果:
・一ターンに一度、自分の墓地に存在する闇属性のキャラクターを可能な限り特殊召喚することができる。この効果の発動時、相手はキャラクターの効果・魔法・罠を発動することが出来ない。
・このカードが攻撃対象となった時、自分の場に存在する他のキャラクターへ攻撃対象を変更することができる。
・相手が魔法・罠を発動させたとき、効果終了後に相手の墓地へ送られるそのカードを、このカードをコントロールするプレイヤーの手札へ加えることができる。
“キング・オブ・ブラッククイーン でぃあたん”
ランク:☆☆☆☆
属性:闇
ATK:1600
DEF:1400
効果:なし
“サンダーライト・スプリットセイバー れう゛ぃたん”
ランク:☆☆☆☆
属性:闇
ATK:1700
DEF:500
効果:なし
“スーパージェノサイドガール ゆーりたん”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:闇
ATK:3300
DEF:3000
効果:
・このカードは自分の場に“キング・オブ・ブラッククイーン でぃあたん”と“サンダーライト・スプリットセイバー れう゛ぃたん”が存在する時のみ、特殊召喚することができる。
・自分フィールド上に存在する通常キャラクターをすべて墓地に送ることで、相手フィールド上に存在するカードすべてを破壊することができる。
“狂戦士 でぃーの”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:火
ATK:3000
DEF:2700
効果:
・このカードの攻撃力は自分のターンのエンドフェイズごとに100ポイントアップし、守備力は100ポイントダウンする。
・自分フィールド上にこのカード以外のキャラクターが存在しない場合、バトルフェイズ時に相手フィールドに存在する総てのキャラクターへ攻撃する事が出来る。
“雷の騎士 ばさら”
ランク:☆☆☆☆
属性:光
ATK:1800
DEF:900
効果:
・カード効果で墓地へ送られた時、自分フィールド上に特殊召喚できる。
・自分の場に『ふぇいと』と名のつくキャラが存在する時、相手にダイレクトアタックすることができる。
“槍騎士 そーすけ”
ランク:☆☆☆
属性:風
ATK:1700
DEF:1000
効果:
・このカードが戦闘を行うとき、攻撃力を1000ポイントアップさせることができる。
・守備表示モンスターを攻撃した時、貫通ダメージを与えることができる。
“カレイドライナー プリズマ☆リヒト”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光
ATK:∞
DEF:∞
効果:【美少女を殴るなんてとんでもない! と言うワケで、リヒトちゃんへの攻撃はすべて無効! キャラ効果・魔法・罠も一切通用いたしませ~ん♪ でも、リヒトちゃんは優しいので、召喚されたターンは攻撃できません。あしからず~♪】
“黄金龍皇神 【???】”(シンクロ)
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光(闇)
ATK:―
DEF:―
召喚方法:“幻獣 エクスワイちゃん” + ”だーくさん”、”ありしあ”、”しゅてる”、“ヴィヴィー”と名のついたそれぞれのキャラクター
効果:
・このカードは闇属性としても扱う。
・このカードが召喚された時、
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矛盾
さて、なぜ更新が遅れてしまったかと言うと……
――大体一か月前。
上司「おい、カゲロー。お前さん、来週から○○への転勤きまったから」
カゲロー「∑( ̄ロ ̄|||)なんですとっ!? 初耳なのですがっ!?」
上司「だから今週中に引っ越し終わらせてね♪」
カゲロー「いやいやいや、週の半ばでなんという無茶ぶりっ!? 時間足りないよっ!?」
上司「ガンバ♪」 ←
カゲロー「き、汚い! それが大人のやることかァアアアアッ!?」
上司「ふっ……これが権力をもつという事なのだよ。 ( ̄ー+ ̄)ドヤァ」
カゲロー「……チックショォオオ! こうなったら、やってやらー!」
……とまあこんな感じでドタバタ。デフォってますが、大体似たようなやり取りをして引っ越ししたカゲローです。
なんとか見つけた新居も、ネット無しで工事完了までネットに繋げず。
今朝、ようやく工事が終わったので、書き溜めておいた分を投稿。
週一更新のキープ目指して頑張ります!
「解せんな」
不意にダークネスが呟く。
視線は高層ビルの向こう側で向かい合っているルビーと花梨を捉えたままで。
「家族を大切にする愛妻家たるこの俺が、何故に修羅場の真っただ中にいなければならないのか」 ← 妻妾同衾もとい妻嫁同衾+血の繋がらない義理の娘+愛人候補×たくさんな鬼畜ドラゴンサマ。
腕を組んで何やら考え込む様な仕草をとりつつ、脳天へと振り下ろされた斬撃を紙一重で躱す。
認識を超えた速度で振るわれる刃であっても、彼を捉えきることは出来ない。
「それを言えば俺だってそうだっての。まったく、俺はティア一筋だと言うのに」 ← 10代にしてただれた性活を送っているリア充(訓練校時代は多数告白された経験あり)。
刹那が上段からの振り下ろしを交わされた勢いを利用して身体を翻すと、横凪の回転斬りへとシフト。
米神を狙ったそれを、魔力炎を纏った手のひらで受け止め、刀身の破壊を狙う。
「子どもの前で何やってんだよ母さん……まったく嘆かわしいぜ」 ← 銀髪清純美少女+紫髪強気美少女という両手に花状態+学校ではファンクラブまであるアニキ(
ダークネスの動きが硬直した瞬間、鎧の繋ぎ目を狙いすました黒燐槍の刺突が繰り出される。
それを察知し、咄嗟に炎剣を手放してバックステップを取って、いなす。
小柄な体躯で取り扱うにはあまりにも長大な獲物故に、攻撃を外してしまうと大きな隙を生んでしまう。
槍の勢いに引っ張られたらしく足元が安定していない宗助の背後へと一瞬でまわりこむと、数多の敵を屠ってきた魔剣を構える。
【クライシス・エンド】
炎のように揺らめく魔力炎を纏った手刀。単純故に強力無比な破壊力を実現したダークネス必殺の一手。
無防備となった宗助の背中へ躊躇なく振り下ろされる魔剣。
だが直撃する瞬間、突如攻撃をキャンセルすると、足裏で魔力を爆発させてその場を離脱した。
身体が軋むほどの急激な横方向へのGに眉を顰めながら、先ほどまで自分がいた場所に突き刺さっている“爪”を憎々しげに睨む。
「……どの口がほざくか、リア充どもめ」←ものすごく冷ややかな目の神狼さん。
“爪”の正体は、神を喰らう狼が放った援護攻撃だった。
大地に振り下ろされた鋭爪は舗装された道路を削り取った。相当の強度があるはずのコンクリートを粉砕した腕を引き抜くと、振り返った主が乗りやすい様にしゃがみ込む。
巨大な体躯へと変身した相棒の背中に飛び乗った『神狼の騎士』が軽々と槍を振り回し、切っ先を《新世黄金神》へと向ける。
その隣には、燃え盛る炎の双剣を携えた救世騎が並んだ。
「なんだ、そんなボロボロで俺とやり合うつもりか?」
『
コウタを仕留める事が出来たとはいえ、“
これでは、ただの無駄骨だ。
しかも面倒なのは現在相対している刹那たちの状態だ。
確かに先ほどまでの戦いでそれなりの手傷は負わせている。しかし、致命傷と呼べるモノは皆無であり、余力も残っていると見ていいだろう。
中途半端に追いつめられた
そして刹那も宗助も、立派な
空間結界が解除されて、そう時間をかけないで現実世界へ回帰することを鑑みれば、これ以上ここに留まって戦闘を続けることは相手側の戦力増強――底力の覚醒や援軍の到着など――を招いてしまう可能性が高い。
――撒くべきか、仕留めておくべきか。さて、どうするかな?
仲間を倒されたことを怒り、戦意を滾らせる救世騎と神狼の騎士を向かい合いながら、黄金色の龍神も拳を構えた。
――◇◆◇――
挨拶代りの一撃として振り下ろされた一撃が大地を穿ち、凄まじい衝撃波を放つ。
着弾地点には巨大なクレーターが誕生し、大量の土砂が舞い上がる。
距離が離れていたダークネスたちですら、おもわず目を閉じてしまうほどの強風が吹き荒れ、解除されつつある黄昏の空間を激しく揺らす。
ルビーが纏った鋼の巨人の一撃は、まさに無双の武勇を誇ったとされる雷神の鉄槌を彷彿させる。
戦いの気を感じとった刹那は強風に煽られてしまった宗助の小柄な身体を抱きとめると、吹き荒れる大気のうねりをいなしつつ距離をとる。
「よ……っと!」
舞い上がる瓦礫の破片を足場に体勢を建て直し、着地を決める。
数瞬の間を開けて、フェンリルが刹那の横に降り立った。
彼の視線は呼吸が止まる程に激しい嵐の如き戦いを繰り広げている花梨とルビーへと向けられていた。
「っはぁぁあああああああっ!」
『どぉりやぁああああああっ!』
『神成るモノ』へと変身を遂げた花梨と直立する竜を模した鋼の巨人を駆るルビー。
ルビーが放つ攻撃は、その総てが天災クラス。
拳を振り下ろせば大地を穿ち、刃の如く鋭い鉤爪がコンクリートをバターのように斬り裂いていく。
大きいと言う純粋な、されどそれ故に大きなアドバンテージとなる絶対的な体格差を活かし、小手先の技術などすべて取っ払った純粋なる暴力がそこにあった。
常人ならば、あまりの絶望的戦力差に心を砕かれていたことだろう。
しかし、人智を超えた鋼の巨神に相対する彼女もまた、人の理を超えた領域に身を置く存在なのだ。
荒れ狂う風を意にも返さず、まるで舞うかのような華麗な身のこなしで飛翔するのは、全てを護ると誓った守護者。
鋭槍を彷彿させる形状へと変形させたデバイスをタクトのように振るい、空の全てを埋め尽くすほどの魔力弾を生成し、撃ち放っている。
【アクセルシューター】
彼女の妹と同じ遠隔操作型射撃魔法だが、驚愕すべきはその数とコントロール性であろうか。
驚くべきことに、花梨は数百にも上る誘導弾を完全に制御しているのだ。
巨人の攻撃に対し、側面から魔力弾をぶつける事で軌道を逸らし、死角になった後方へと旋回させた別の魔力弾をぶつける。
かと思えば、地面に狙いを定めて飛ばして足場を崩そうと狙う傍ら、複数の魔力弾を連結させて魔力槍へと生成し、分厚い敵装甲の破壊を試みる。
さらにはかく乱を狙って目の前に無数の魔力弾を飛びかわらせる。
これら攻撃・牽制・かく乱といったプロセスを同時に行いつつ、自身も絶えず動き続けることで狙いを定めさせないようにしている。
マルチタスクの一言では理解できない異常な計算速度。
これこそが『神成るモノ』への覚醒に伴い、花梨が修得した新たなるスキルのひとつ、『
花梨は
『ちっ、メンドくさ……! いい加減潰れとけよ、オマエ!』
――こんだけの魔力弾を完全な制御下においてるってことは……演算系の“能力”? それとも別の……。
「は、誰がアンタなんかの思い通りになるもんですかってーの!」
――以外に俊敏ね。護りも硬いし、見かけ倒しじゃないってワケか。
汚い言葉の応酬を交わしながら、両者は相手の戦力を見極め、対策を練らんと思考をこらす。
嫌悪感はいまだ消えず、隙あれば相手を屠ってやろうという考えもある。
『戦いを止めたいとかヌカしといてバリバリに戦ってんじゃんか。なにさオマエ、結局は《神》の座がほしくなっちゃったワケ?』
花梨という戦いから目をそらそうとする偽善者は、ルビーには不快感しか感じられず。
「あぁ? それマジで言ってるんじゃないでしょうね。 私の想いは今も昔も変わっていないわよ。ただ、アンタみたいな絶対悪にまで手を指し出すほど愉快な頭をしていないだけよ」
ルビーという他者の心を弄ることに愉悦を感じる犯罪者は、花梨には仲間として手を指し出すことが出来ない。
「《神》の座になんか興味は無いわ。私には護りたい人たちがいる。かけがいの無い居場所がある。この世界で叶えたい願いがある……だから、
『……ハァ? な~にを熱血しちゃってるワケさ? キモいんですけど』
鋼の巨人が両足を踏みならし、足場を固める。肩の装甲が展開し、内部から砲塔らしき機構が現れた。
『キモくてウザい奴は死ね』
砲塔を包み込んだ連環型魔法陣によって増幅された魔力の奔流がただ一点に集束し、眩い閃光となって撃ち放たれた。
砲撃魔導師が全力で放つ集束砲すら霞んでしまうほどの破壊力が籠められた一撃を前に、花梨は回避では無く防御を選択した。
デバイスを正面に突きだし、杖先を起点とした防御魔法陣を展開させる。
発動された術式は【ラウンドシールド】。面に対する防御力こそ優秀な魔法ではあるが、巨人の攻撃に相対するにはあまりにも……脆弱!
ルビーは巨人のコックピットで花梨の下した愚かな選択を嘲笑い、ほくそ笑む。
目障りな“敵”を始末できると言う暗い喜びに胸を躍らせながら。
ルビーの脳裏には、魔導砲に呑み込まれて肉片すら残せずに消滅した花梨の姿が浮かび上がっている。
しかし、彼女の描いた未来図は容易く崩れてしまう事になった。
「ばーか」
魔導砲の閃光に障壁ごと呑み込まれた筈の花梨の声が機械越しにルビーへと届く。
『な……っ!? 翼!?』
街を薙ぎ払っていく魔導砲の光を斬り裂いて現れたのは真紅に輝く魔力で構成された一対の翼だった。
神々しくもどこか恐ろしいような……そんな印象を感じずにはいられない。
輝く双翼をはためかせて閃光の中から飛び出した花梨からお返しとばかりに【ルミナスバスター】を放つ。
まったくの無傷という花梨に驚きつつも、ルビーは“能力”によって自分の身体のように操ることが出来る巨人を操作して片手を振り上げる。
正面から受け止めようと言うのか、迫りくる砲撃の前に手をかざし――数秒も持たずに肘まで消滅させられることとなった。
『……っ!? なんっ、だってんだよ!?』
今度こそ驚愕に限界まで眼を見開いたルビーの声に焦りの感情が混じり始めた。
だが、それも当然の事だろう。
対魔力多重複合障壁装甲で覆われた鋼の巨人の防御力は人智を超え、計算上はダークネスの神代魔法ですら防ぎきるほどの性能を誇る。
だと言うのに、花梨が放ったノーチャージの抜き打ち砲撃程度が、装甲をへこませるどころか片腕を消し去ってしまったのだ。
物理的な破壊ではなく――完全なる消滅。
まるで、始めから無かったかのように綺麗な曲線を描いて、巨人の腕が半ばから完全に消失していた。
――
なにか
それを見極めるべく、ルビーは巨人へ指令を下し、更なる攻撃を仕掛けていく。
左腕を真横へと突出すと空間に波紋が浮かび、手首辺りまでが沈み込む。
それを勢いよく引き抜いて、長大な槍のようにも見える大砲を取り出した。
装甲を展開し、魔力の充填を完了させていた巨砲【リンドブルム】の砲口を向け、躊躇なく引き金を引いた。
――だが。
「無駄だっていってんでしょーが!」
大きく翼をはためかせて一瞬で最高速度へと加速した花梨が正面から砲撃の中へと飛び込んでいく。
一見すると自殺行為以外の何物でもない愚かな行為だったが、彼女にとっては全く違う意味を持つ。
吹き荒れる魔力の暴風の中をまるで何事も無かったかのように突き進みながら巨人の懐まで迫る。
巨体故の小回りの利かなさを突いた死中に活を見出す戦法だ。
「ま、肉を斬らせる必要もないんだけど――ねっ!」
デバイスを持たない左手で巨人の胸部を殴りつける。
身体強化の魔法をかけているとはいえ、人間がが鋼を超える強度の鉄塊へ殴りかかれば腕を痛め、最悪は骨折してしまうだろう。
しかし、花梨の放った魔力を纏った拳は、分厚い胸部装甲を粘土のように容易く抉り、削り取って見せた。
すかさずデバイスを突き刺して魔力を集束、ルビーが反応するよりも早く、砲撃を撃ち放った。
放たれた閃光は巨人を容易く打ち抜き、生物でいう心臓部分に当たる動力器官を正確に撃ち貫いて見せた。
ビクン! と一度だけ全身を震わせた巨人のカメラアイからゆっくりと輝きが消失していき、身体が傾いていく。
花梨が離脱したのとほぼ同時に、猛威を振るっていた鋼の巨人は大地へと崩れ落ちる事となった。
「うっわ~、宗助のおふくろさん、相変わらず凶悪な“能力”だなオイ」
「『
戦いに巻き込まれないように離れていた宗助がぽつりと呟く。
「なんで母さんにあんなチカラが宿ったんだ……。あんな、誰かを傷つけるだけの危険すぎる力なんて望んじゃいないのに」
戦いを止める道を探し続けている母の姿を知る息子として、納得できないのだろう。
(『
ダークネスは眼前の敵に対する臨戦態勢を維持しながら、己が“能力”で解析した花梨のチカラについて考えを巡らせる。
花梨が目覚めた『
しかし、先ほどまでの戦いにおいて、常時“能力”を発動させていた形跡はない。
もしそうだとすれば、戦闘開始直後の段階でケリがついていたはずだからだ。
そうならなかったと言うことは、みだりに乱発出来ない理由が存在すると言う事に他ならない。
(発動のために何らかの
『
それが彼女の“能力”に所以する理由なのかはわからないが、厄介な事に変わりはない。
こと強大な存在へと上り詰めたダークネスだからこそ、自身すら消滅せしうる可能性を秘めた花梨の危険性を、誰よりも理解していた。
故に、今やるべきは救世騎と神狼の騎士を相手取る事ではなく、
「見せてもらうぞ花梨……真に『神成るモノ』として覚醒したお前のチカラを」
――◇◆◇――
「あらあら、さっきまで威勢はどこへ行ったのかしら? それとももうネタ切れなの?」
「ふん――ほざけよ。ちょっと面倒な“能力”に目覚めたくらいでチョーシに乗ってんじゃない」
鋼の巨人で相手取るには不利と察したのだろう。胸部の装甲を展開させてむき出しとなったコックピットから降り立ったルビーが花梨と相対する。
だが、その表情は変わらず不敵。強大なチカラを手に入れた花梨を恐れる素振りを微塵も感じさせぬ自然体そのもの。
「にしてもあれだねー。オマエ、随分とダーちゃんに入れ込んでんじゃんか。ナニ、いっぺん抱かれて世界観変わっちゃったワケ?」
「――ハ。知ったかぶってんじゃないわよ」
「あ、何余裕ぶってんの? ひょっとしてアレ? だーちゃんはお前のオトコだって言いたいの?」
「まさか。私の好みは一途な人よ。あの鬼畜エロバカドラゴンみたいな節操なしじゃないわ」
「ふーん? じゃあボクがダーちゃん貰っても何とも思わないってコト?」
「そうね、節操なしな女たらし野郎はどうぞお好きに。――ただし、アンタが手を出す前に私が
「……それってつまり、ダーちゃんをお前色に染めてやる! ってヤツ?」
「ま、そうとも言うわ。あのバカには、きっちりと責任を取らせないといけないし」
先程まで闘争を繰り広げていたとは思えぬ、まるで道端で出会った顔見知りのように、呑気な言葉を交わす。
話題にあげられた某ドラゴンが背筋が凍るかのような悪寒を感じて震えていることを除けば、ごくごく自然な恋バナ(?) 的な会話に聞こえなくも無い。
だが、言葉と行動は『イコール』とならない。
「だから、余計な茶々を入れないでほしいのよね。具体的には……
抜き打ちで放たれた魔力弾がルビーへと殺到する。
『消滅』のチカラが籠められた真紅のスフィアが変則的な機動を描いて襲いかかる。
先程までと同様、人智を超えた演算能力によって実現した数百にも上る全方位魔力弾包囲網。
兵器と言う名の鎧を脱ぎ捨てた人形遣いにトドメを指すべく、守護者たる姫宮が非常なる宣告を下す。
「そいつは無理なご相談だねー」
視界を埋め尽くす
「な……!?」
たったそれだけ。
たったそれだけで、四桁にも匹敵する数の魔力弾がひとつ残らず斬り裂かれ、
後に残るのは愁然とたたずむ人形遣い。その身は愚か、纏ったドレスにも傷らしい跡がいったい見受けられない完全なる無傷の姿で。
「ははっ、この程度でボクをどうにかできるとでも本気で考えちゃってたのかにゃー?」
己の方が一枚上手だと言わんばかりの笑みを浮かべるルビー。
全てを消滅させるデタラメなチカラすらものともしない異常。人間の理では説明できぬ奇跡を起こす“能力”を持つが故の、絶対的な自信を抱いたものの姿がそこにあった。
「どうして……!?」
必勝を疑わなかった花梨の顔に動揺の色が浮かぶ。
かつて、この“能力”に目覚めた直後に行った六課隊長陣との一対多数の戦闘において、彼女らのあらゆる魔法を正面から滅ぼして完封したという事実。
そこから来ていた自信を揺さぶられる現象を前にして、花梨は明らかに混乱していた。
だから失念してしまったのだ。
《神》のチカラの一端が具現化した“能力”とは、予想だに出来ない奇跡を起こすことができるということを。
「確かにオマエのチカラは強大だよ。でもさ、いかに強力なチカラであってもやり様はいくらでもあるし、対策をとることも出来るんだよ。そうだねぇ……例えばボクなら『同じ『消滅』という概念を付与させたチカラをぶつけて相殺させる』とかね」
そう言って、手を掲げてみせる。
目をこらすと、ルビーの指に装着された指輪型デバイス【ディザスターロード】から花梨と同じ真紅の魔力を纏い、揺らめく光の線が見て取れた。
『
人形師と言う二つ名が示すこの“能力”の特性は“全てを操る”。そしてルビーの手元には、自身の魔力光とは異なる色に発光する魔力糸。
即ち、ルビーは先程の戦闘の中で花梨の“能力”を見抜き、全く同じ現象を起こす事が出来る糸を作り上げて、それをぶつけたのだ。
同じ特性を持つ物同士がぶつかりあえば、対消滅が発生する。
それを利用して、逃げ場のない包囲網を内側から破って見せた訳だ。
「そうか……! アンタの“能力”は!」
その事実に行きついたのだろう、花梨が驚愕顕わにルビーを睨む。
予想以上の汎用性と戦術演算能力に驚愕を隠せないようだ。
「そーゆーこと。僕にかかっちゃぁ、消滅
「厄介すぎんでしょうが……! それだけの万能性、魔力消費だって相当なもののはずよ! 人間に扱いきれるワケが無いわ!」
「お生憎様~♪ ボクはとっくの昔に『神成るモノ』へ覚醒しているんですぅ。だからガス欠とは無縁なのさ~。超野菜人1フルパワーの修行と同じ理屈だね~」
兄である“無限の欲望”と同じく、彼女自身も未知なる物への大きな興味と好奇心を宿して誕生した。
そのあくなき好奇心と渇きが、己の真実を暴いたのだ。
そもそものきっかけは、生物学や機械工学といった『人間の分野』において我欲を満たそうとしていた兄の背中を見て育ったことだ。
彼女自身も、飢えにも似た知識欲を満たそうとあらゆる分野へ手を伸ばした。
しかし、先達者たる兄の存在がネックとなり、どうしても彼の二番煎じになってしまう。
未知の可能性を暴くことが出来たと思っても、実は兄がすでにその理論を暴き、ひとつのカタチにしていたことが多々あった。
それが彼女に、この上ない苦しみを与えてしまったのだ。
もっと知りたい。誰一人として知りえることの無い、極上の叡智を。胸に渦巻く無限の欲望を満たすことができるナニカを!
そう願った彼女が
“
《神》
“特典”
“能力”
そして……参加者。
《神》と呼ばれる超常存在によって齎された奇跡のシステム。
これを追及すること意外に、己の欲望を満たしてくれる事象があるだろうか? ……いや、無い!
この世界での創造主への対応を兄に放り投げ、自分自身という存在の解明に持てる叡智を全て費やして研究を進めた。
結果、彼女は転生直後の参加者たちが至る高み……『神成るモノ』の存在にいち早くたどり着き、そこへ至って見せたのだ。
そう……彼女が纏っている雰囲気や“無印”の頃から変わらない衣装。
それらは全て、『神成るモノ』へと至り、その状態を維持し続けていたからに他ならない。
それはダークネスが日常生活を送るために状況に応じて姿を変えるのとは異なり、日常と非日常の切り分けを微塵も考慮する意思の無いルビーだから可能だった手段。
常時『神成るモノ』の姿を維持出来たからこそ、“能力”の緻密なコントロールや消費魔力を最小限に抑えることを可能としたのだ。
普段の本心を感じさせない笑みの奥に浮かぶ確かな愉悦を露わにしながら、ルビーが嗤う。
それを見た瞬間沸点を振り切ったのか、憤怒に染まった花梨が全力の魔力砲撃を放つ。
しかし、怒りで視野が狭まった者の攻撃を受けるほどルビーは甘くない。
指輪から伸ばされた魔力糸を自在に操り、砲撃を絡み取るように糸を巻き付けていく。
最後の仕上げとばかりに立てた人差し指を手前に曲げると、幾重にも重なりあった魔力糸の繭に包み込まれ、全てを消滅させるはずの砲撃が跡形も無く消え去っていった。
やはりルビーもまた、『消滅』という概念を操ることができるらしい。
「ちっ……! でも
「そいつはどうかにゃ~? ボクをそこら辺にいる雑魚と同格に見てんじゃ痛い目見るカモよ~」
「やってみないとわからないでしょうが!」
「あははっ! いくらやっても無駄無駄無駄ぁ~♪ ってか、街中でそんなモンぶっ放すなんて、お前も随分無茶するねぇ~?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、ルビーは結界が解除されて元に戻ったクラナガンの街並みを見渡しながら言う。
現実世界に回帰した彼女らは、事情を知らない街の住人たちからすれば突然現れた以外の何物でもなく。
あの空間結界が封時結界とは根源的なシステムが異なっていることも、事情を理解できずに混乱を加速させる要因となっていた。
「ね、ねぇ、あの人って高町教導官じゃない?」
「え。マジ? じゃあ向かい合ってる女性はいったい誰だ? 何かの撮影とか?」
「おいおいおい、嘘だろ……!? 向こうにいるのって機動六課メンバーの葵じゃないか?」
「一緒にいるのって……まさか黄金色の龍神!?」
ざわめきは瞬く間に人々の間を伝染し、それが更なる注目を集めていく。
少なくない野次馬たちがカメラや携帯端末を向けていることから見ても、管理局が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。
「ホラホラ、どうするぅ~? ボクはこのままやり合っても全然構わないよ~? け・ど♪ 次は避けるつもりだけどねぇ~♪」
「くっ……!?」
花梨の“能力”は破壊力という点で見れば最上級のシロモノ。
しかし、その強大な破壊力故に集団戦では十二分に力を発揮することが出来ないのだ。
無関係の人々を巻き込んでしまいかねない行為をとることを、花梨に選択することなど出来ようはずもない。
歯噛みする花梨と、サディスティックな表情を浮かべつつ鼻を鳴らすルビーの様子に、人々は奇異の視線を送り続けていた。
「ん? この気配は……もしかして、あいつらもやり合っているのか?」
奇妙な停滞が続く中、彼女らと同じように大量の視線に晒されていたダークネスが不意に視線を上げる。
わずかに遅れて気づいたのか、肩眉を顰めた刹那と匂いを感じとったらしいフェンリルも同じ方向へと目線が動いた。
青い空に複雑な軌跡を描きながら交差する輝く閃光。
紫の雷が迸り、漆黒の闇と相対する。
真紅の炎が大気を焦がしながら直進し、青い雷光が真正面から迎え撃つ。
虹色の光が天空を奔り、世界を呑み込む破壊の魔光をぶつかり合う。
どちらも引かない一進一退の激闘は封時結界が崩壊したことにも気づかない。
唯人が足を踏み入れる事も出来ない最上級魔導師たちによる輪舞曲は終わる時を迎えぬまま、いっそう激しさを増していく。
「すっげぇ……」
天空を往く戦姫たちのダンスに気づいた宗助が、感嘆の声を零す。
“ヒト”の範疇にある少女たちによる美しくも激しい舞は、見る者に神秘的な美しさすら抱かせる。
「ずいぶんと派手にやり合っているな――うん?」
遥か遠方、位置的には廃棄都市跡あたりだろうか。
不意に膨れ上がった魔力反応は彼も良く知る白い魔導師のもの。
何故か以前に海鳴市で出会った頃に比べて感じられる魔力量が格段に上がっているのが気になるが、特に理由は思い浮かばないので軽く流す。
だが、ダークネスが反応したのは
「ヴィヴィオ……?」
何故か娘の顔が脳裏に浮かんだ。
魔力が爆発的に膨れ上がったあの瞬間、確かに感じたのだ。
己が娘である少女と同じ……それでいて正反対とも言える波動のような――異質としか言えない魔力の高まりを。
●作中に登場した魔法、魔導兵器解説
・プロトA ver.2
製作者:ルビー
アグスタでダークネスに破壊された1号機の問題点を解消した有人操作型の機体。
全身表面装甲が追加され、外観的には機械の竜人といったところ。
ただし、本機は有人操作のデータ収集用であるため、内臓武器の大半は未搭載。
基本的に肉弾戦オンリーなのはそのため。
・『
使用者:高町 花梨
花梨が覚醒した『神なるモノ』としての真なる”能力”。
自身の魔力に『消滅』と言う概念を付与することで、いかなる存在であろうとも”無”に還すことが出来る。このチカラの根源にあるのは、ふざけた儀式を始めた『《神々》を消し去りたい』という想いそのもの。本人ですら気づいていない強烈な感情が、《神》を消すチカラとして具現化したものがこの”能力”の正体である。
概念魔法の一種であるためにいかなる防御も不可能であるが、唯一の例外として術者本人だけは『消滅』の影響を受けない。
・『
使用者:高町 花梨
魔導師が使うマルチタスクを超えた超神速の演算能力。
戦闘の中で見て・感じて・理解した要素を解析・組み合わせることで未来予知や心眼とも呼べる論理思考を実現する。
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不穏の胎動
そして今回、ギンガに保護された下水少女が本格的に登場します。
同時に発生した三つの激闘の幕が下りてから数日の時が流れた。
結局、駆けつけた管理局の横やりを受けて戦いが有耶無耶となったアリシアたちを引きつれてアジトのひとつを訪れていたダークネスは、あの日に起こっていた事件について情報を纏めていた。
コウタの消滅、ダークネスが感じたヴィヴィオと似て非なる魔力、多くの人々の知る事となった
「ヴィヴィオと似た魔力の波動、ですか?」
「そうだ。ほんのわずかな時間だったが間違いない。アレは確かにヴィヴィオと同じ魔力の波動だった」
ダークネスの言葉を受けて、手元の機器を操作していたアリシアが振り返る。
「でも、ヴィヴィオは私たちとずっと一緒にいたよ? こないだだって、ユーリちゃん相手に押されてたけど最後までやられなかったし」
無尽蔵の魔力にものを言わせて一気呵成に責めたててくるユーリに対して受けに回らざるを得なかったヴィヴィオだったが、その身に宿した格闘センスと真覇・虚刀流を駆使することでどうにか凌ぎきったのだ。
しかし、本人としては敗けたように感じたのだろう。今もこうして、【セイクリッドハート】の最終調整の完了を今か今かと待ちかねている。
今度こそリベンジしてやりますっ! と胸の前で拳を握る娘の頭に手を置きながら、シュテルが思い立ったように口を開いた。
「……もしや、ヴィヴィオ以外に生み出された聖王のクローンでは?」
「え、それって可笑しくないかな? ユーリちゃんたちはヴィヴィオを狙ってたじゃない。もし手元に聖王のクローンがいるんなら、わざわざこの子まで手に入れようとする必要はないんじゃないかな?」
戦力的な面で見ると、確かにヴィヴィオは魅力的な戦力になるだろう。
しかし、現在の彼女の基本骨子となっているのはダークネスたちとの絆や信頼だ。
無理やり攫って洗脳を施したところで、操り人形程度の状態で十全に彼女の能力を引き出せるはずも無い。
そんなものを、果たしてあのルビーが欲するだろうか……?
「あれは方便ですよ。王たちの目的は私たちを倒すことに違いありません。現に、一番強くて殺傷能力に富んだユーリをヴィヴィオにぶつけてきたじゃないですか。もし本当にこの子を手に入れようと言うのなら、先に私たちを三人がかりで仕留めて攫ってしまえば済む話じゃないですか」
「むぅ……そうだとすると、ダークちゃんが感じたのがスカリー博士たちの本命の子ってワケ? けど、その子は確か――」
「はい。下水道でガジェットに襲われていたところを、
「そうか……ちなみに、保護された少女とやらの容姿は?」
「詳しい治療は聖王教会で行われたらしく詳細までは……」
ただ、と一言断ってから、
「彼女の容姿についてはヘリの中で診察を済ませたらしい泉の騎士の報告が上がっていました。それによると、彼女は外見年齢十六~十七ほど。腰まで届く金の髪と左右で色の異なる瞳をしていたとのこと。おまけにリンカーコアも備わっていたらしいですね」
金糸のように眩く輝く髪、宝石を連想させる真紅と翡翠色の瞳。
それは間違いなく、ベルカ古の時代を生きた伝説の人物“聖王”の特徴そのものだった。
後は魔力光が虹色である事を確認すれば完璧だろう。
「ま、九割方『アタリ』だろう。“知識”によれば、おそらくその娘が『揺り篭』の起動キーとなるに違いない、ハズなんだが……あのルビーがこの程度の策で満足するとは思えんな」
“原作”では、起動した『揺り篭』は最終的に粉微塵に粉砕されている。
それを知るルビーが、ただ“原作”をなぞるだけとは到底思えない。
そもそも、本来の起動キーであるヴィヴィオがこちらにいるのだ。
代替え品と言えば聞こえが悪いが、新たに用意されたであろう少女に何かを仕込んでいる可能性は否定できない。
「次に結界が発動するのがいつになるのか予測できないのが痛いな……。保護の名目で六課が引き取ってくれれば、まだやり様はあるんだが」
出来る事なら、件の少女の調査と接触を済ませておきたい。
六課では見抜けない彼女の秘密も、アリシアという科学者よりの天才肌の力を持ってすればなにか突き止めることが出来るかもしれない。
コウタと言う護りの要を失った今の六課であれば、気づかれないように侵入することも不可能ではない。
「まあ、その辺は追々やって行けばいいか。今はそれよりも優先しておく件があるからな」
調整用のガラスケースの中で真に完成しようとしている
ガラスに額と鼻の頭を押し付け、興奮に染まった表情を浮かべたヴィヴィオの想いに答えたのか、調整漕の中で宙に浮かんでいたうさぎ型のぬいぐるみ……クリスがつぶらな眼を開いてヴィヴィオを見返した。
「クリス!」
「……! (ぴこぴこ)」 ← 両手を掲げて「やったるでー!」 とやる気をアピール中。
微笑ましい光景に、シュテルの頬が緩む。
「あらあら、こんなに喜んでくれるなんて母親冥利に尽きますね。『とっておきの隠しモード』を追加しておいて正解でした」
「……何を仕込んだ? 『聖王姫』への
「ご心配には及びませんよ。ただ、ちょっぴり……ええ、ほんのちょっぴりだけ追加機能を仕込んだだけですから――」
恍惚すら感じさせる笑みを浮かべるシュテルに背筋が凍りつく錯覚を覚えつつも、まあ自分に被害はこないだろうと思考を切り替えてモニターへ視線を戻す。
アリシアが高速でキーボードに指を走らせ、瞬時に同大な数の情報が空間モニターとして同時展開されていく。
正面のメインモニター、さらに周囲に浮かぶ空間投影型ディスプレイに目を通し、彼女がハッキングによって入手したリアルタイムの情報を見聞する。
「これは……」
と、不意ある情報が映し出されていることに気づく。
宙に指を走らせ、見過ごせない情報が表示されたディスプレイを拡大化、アリシアたちにも見える様に角度を動かしながら情報を読み解いていく。
「“古の偉大なる王! 聖王の再来と判明した少女の護衛に機動六課が任命された”、か」
そこにあった写真には、どこかヴィヴィオを彷彿させる――ただし、今の彼女ではなく聖王モード以上に変身した十代半ばほどの――少女が、聖王教会の騎士と談笑している姿が映し出されていた。
少女の服は質素な入院着のままである所を見るに、おそらく聖王教会直下の病院施設あたりで撮影された物なのだろう。
年相応の微笑みを浮かべ、清楚なお嬢様然とした騎士……カリムと楽しげなひと時を過ごしているように見える。
「これは……もしや彼女はヴィヴィオと同じ?」
「……病院での検査データは――あ、ダメみたいだよ。Sランク以上の閲覧制限がかけられてるみたい。コレを突破するのは流石の私でも苦労しそうなんだよ」
「それほどまでに重要な人物と言う訳ですか。ま、大々的に聖王の再来! 的な公表をするつもりみたいですしね。……クローンと言うあたりはどう誤魔化すつもりなのでしょうか?」
「う~ん、なんかフルオープンにするみたいだね~。ま、人造魔導師とかの非合法研究についての情報規制ってあんまり徹底していないだから」
写真の人物は、間違いなくヴィヴィオの姉妹……外見年齢的に推察するに、ヴィヴィオを生み出した研究施設よりも数段格上の設備が整った場所で時間をかけた調整を受けているのだろう。
近々公開される予定らしい記事の文章を読み進めてみると、彼女がとある違法研究所で生み出された聖王のクローンであることを敢えて公表しつつ、彼女を人的な観点から聖王教会で保護する様に上層部が話を進めているらしい。
ただ、クローンが聖王の名をかたることを許さないといった一部の過激派による襲撃も考えられるため、一時的に管理局の精鋭部隊である機動六課へ預けるのだと言う。
教会にとって計り知れない益を齎す可能性を秘めた人物を、
「なんというか、聖王教会もしたたかなやり手がいるようだ。情報を規制するのではなく、大々的な表舞台に立たせる戦略を選ぶか。さらに、クローンであっても人道的な支援を与えるのが聖王教会の方針なのだという噂を流すことで、管理局が保護・捕縛している人造魔導師研究の産物たち『聖王教会に行けば、普通の人間ではない自分でも人権が保障されるのでは』という希望を抱かせることもできると言う訳だ」
「管理局に保護された魔力資質持ちの人造魔道師の殆んどは、出生に関する情報を規制された上で、戦闘員として前線に送り込まれていますからね。まあ、組織の上層部としては、魔力ランクが魔導師の価値を決めるという風習を利用し、戦功をあげる機会を増やせるようにという目論見があるのかもしれませんが……実際、彼らのどれほどの割合が“普通の人間としての平凡な生活”を望んでいるのやら」
「魔力至上主義……か。皆が皆、力こそ総てだという考え方をしてるわけじゃないって信じたいんだよ」
「魔法という異常なチカラが当たり前となっている世界だからこそ、魔道を使える者はそれを活かすべきだ――と考える者が少なからずいるのは事実だろう。だからこそ、俺と言う
“闇の書”事件の終焉から約十年。ダークネスたちを仕留めに来た管理局特殊部隊の目的は、ダークネスの抹殺とアリシア・シュテル両名の捕縛であった。
優秀な才能を持つ人物は、減刑を代価に組織の末端に加える。それが管理局の基本方針であるのは、今も昔も何も変わっていない。
嘱託魔導師としてかかわりを持った人物が魔導の道から遠ざかる事が無いのと同じ、基本的に優秀な才能を与えられた人造魔導師は戦力として手放されることは無いだろう。
無論、エリオのように自分を助けてくれた管理局員に恩返しがしたいという考えから、自ら進んでその道を選択する者も存在する。
しかし、人造魔導師という『普通ではない』出自というものは、どうしても足かせとなって彼らの選択肢を削り取ってしまう。
今の現状、彼らが取れるのは管理局の保護下にある施設で身柄を預けられるか、組織の一員となって己の力を示すかくらい。
もし聖王教会が人造魔導師を受け入れることから彼らに『自由』を与えるとでも言い出したとしたら、果たして彼らはどんな決断を下すのであろうか?
「――いや、それは考えすぎか。そもそも、どうして俺がそこまで有象無象な連中の事を考えてやらんといかんのだ」
らしくないと頭を振るダークネス。
彼の変化に気づいたアリシアは小さく含み笑いを零す。
シュテルとヴィヴィオが不思議そうに首を傾げるのを余所に、彼女はダークネスの胸中で生まれかけているある感情の正体を看破していた。
(ダークちゃん、あなたが見ず知らずの人たちのことを気にかけちゃってるのはね……《神》サマとしての自覚が出てきたからなんじゃないかな)
守護神の系譜に連なる存在。それが現在のダークネスだ。
今までは身内だけの狭い範囲でしかなかった。しかし、ごく近いうちに更なる覚醒を始めそうになるほどに肥大化した器が――彼にとってどうでもいい、力無き存在でしかなかった人々を『擁護する対象』として感じる様な変化を齎したのでは。
誰よりも
黄金神と白き神が彼に希望を託したのは、そんな可能性を感じとったからなのだろう。
「……何ニヤニヤしているか」
「べっつにぃ~? 何でもないんだよ~」
「なら、微笑ましい物を見るかのような優しい目を止めんか。なんか無性に腹が立つ」
「まあまあ。――っと、そう言えば」
不意に何かを思い出したようにシュテルがモニターを操作して、とある映像を展開させる。
「デバイスから抜き取った、お前たちの戦闘映像か? 市街地戦と言うことは、この間の紫天のガキどもとやり合った時のだな」
「はい。その時、杖を交えていると、少々気になったというか妙な違和感を感じたんですよね。あの時は昂揚していたのもあって意識の外へ追いやっていたのですが、改めて思い返してみると……」
「あ、ホントだ。ユーリちゃんのバリアジャケットが前と変わってるんだよ。このカッコ、どこかで見た様な?」
「シスターさんですよ、アリシアママ。ていうか、あの女の人って元々こんな恰好じゃなかったんですか?」
ユーリが戦う様を見たのはあの時が初見であったヴィヴィオが首を傾げながら問う。
実際にユーリと相対していたのは彼女だが、敵対時の対策として能力云々の情報こそ教えられていたものの、バリアジャケットの形状云々までは教えられていなかったらしい。
【セイクリッドハート】から抜き出した記録データをさらに検証していくと、ヴィヴィオとの戦闘では彼女の主力武器である魂翼をほとんど使用せず、何故か西洋剣タイプのデバイスを振るっていた。
「なるほど、確かに妙だな。しかも奴が使っているのは聖王教会で配布されている騎士専用の汎用デバイスじゃないか。他の二人は普段通りで、何故奴だけが――いや、まさか……?」
何かに気づいたかのように、ダークネスが顎に手を当てながら瞠目し、より詳しい情報を訊きだそうと口を開く。
「アリシア、シュテル。お前たちが対峙した奴らの行動に、違和感を感じるようなことは無かったか? あからさまに時間稼ぎをしている風な印象を受けたとかは?」
「そう言われてみれば……王たちは私たちを分断させるように動いていた風に思えますね。高速機動を得意とするレヴィが広域殲滅型のアリシアをかく乱し、火力を前面に押すタイプの私には多彩な魔導で多様な攻めを実行できる王が相手になりました」
「それはお前たちからそうなるように仕向けた訳じゃないんだな?」
「はい、それは間違いありません。彼女らは明らかに誰を誰が相手取るか、予め配置を決めていた節が見受けられます」
「一人だけ装備を変えた敵を一番違和感を感じにくいであろうヴィヴィオにぶつけたと言う事か? だとすれば――もしルビーがあの結界の発動を何らかの手段で予知できるのだとしたら……なにか仕込みやがったか?」
「仕込み、ですか?」
「相手はあのルビーだ。愉快犯的な一面が強調されている奴だが、その本質は獲物をじわりじわりと追い詰める蛇の如き冷徹な思考の持ち主。自分の手駒に意味も無い行動をとらせたりしないだろうさ」
「だとすればいったい……? あ、もしかしてスカリエッティ一味も聖王教会の関係者だと思わせる事で、管理局と構築している関係を悪化させることが狙いなのでしょうか?」
「だとすれば、他の連中も同じ格好をさせている筈だ。この場合はヴィヴィオの相手が聖王教会のメンバーではないかと思わせるのが目的、なのか? いや、断定はまだ早いか。まあ、どちらにせよ、そう遠くない内に事態は大きく動くことになるだろう。――この娘が火種となってな」
ダークネスが睨み付ける一つのモニター、そこには八神 はやてを筆頭とした六課隊長陣にエスコートされていく己が娘と瓜二つの容姿を持った少女が映し出されている。
生命を感じさせぬ
――少なくないイレギュラーもあったが……まあ、この調子なら俺の望む形に戦局が傾いてくれそうだな。
かつて己が撒いた『種』が芽を出さんとしていることを、ダークネスは確かに感じ取っていた。
――◇◆◇――
ダークネスたちが今後の戦略を練っていた頃、機動六課の訓練場でバカ騒ぎが引き起こされていた。
朝露も乾かない時刻、冷たい海風が頬を撫でるその場所に昨日まで居なかった人物の姿があった。
機動六課の関係者を示すマークが刻まれた腕章をつけた三人の子どもたち……宗助とリヒト、ルーテシアだ。
宗助の足元には仔犬サイズに縮んでお座りしているフェンリルの姿もある。
彼らは本日から機動六課の民間協力者として六課宿舎で生活を行う事になったのだ。
事の起こりはホテルアグスタの事件に彼ら初等部の生徒たちが巻き込まれたことを発端とする。
未だ幼い生徒たちの精神は、突然の戦闘に巻き込まれたと言うショックに耐える事が出来なかった。
心理的障害を負ってしまった生徒たちのケアが完了するまでは授業が休校することとなり、宗助たちも自宅待機となるはずだった。
しかし、あの事件を扱った報道たちが巻き込まれてしまった宗助たちの存在を大々的に取り上げてしまったお蔭で、相当の個人情報が公にされてしまった。
特に、誰もが知るエースオブエースの姉が養子とした宗助や、はやての娘であるリヒト。地上本部のエース部隊に所属するメガーヌの娘であるルーテシアの三人については念入りに。マスコミ各所からすれば絶好のネタだったのは間違いない。
だがそのせいで、プライバシーも何もない状況に追い込まれてしまった彼らの身の安全性は一気に最下層まで叩き落されてしまった。
なにせ、居所などの情報が芸能人並みに晒されてしまったのだ。いつ敵側の襲撃を受けてもおかしくない。
そんな彼らの身を護るために、はやては彼らを事件解決のために必要不可欠な重要参考人として扱い、六課で保護したのだ。
『アグスタの一件は広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ一味によるものと断定された。本人の意思に関係なく事件に関わってしまった彼らが口封じに襲われる可能性もある。
よって、捜査を一任されている我々機動六課が責任を持って彼らの身の安全を保障します』、と。
ルーテシアは母親のメガーヌがいる地上部隊で保護すると言う選択肢もあったが、普段から仲の良い三人を離れ離れにするのは逆効果なのではないか? という理由で、三人仲良く六課の保護下に入ることとなった。
ちなみに、民間協力者なので管理局の制服は用意されておらず、彼らの服装は学校指定の制服そのままだ。
「あー……ねむ……」
「もう、そーくんってば。ほら、起きて、起きて」
「肩を揺するなんて甘いわよリヒト。こういうのはこうやって起こせばいいの――よっ!」
メメタァ! ← ルーテシアが召喚した地雷王(野球ボールサイズ)が
キラキラキラ……! ← なにかをやり遂げた表情で額を拭うルーテシアから飛び散る、爽やかな汗が煌めく音
「なにやってんのルーちゃ――ん!?」 ← 直立姿勢で後ろへと倒れこんで逝く(誤字に在らず)
「愛のモーニングコール……なんちゃって」
はにかむような微笑みを浮かべてそんな事をいっちゃうルーテシア嬢。
もし背景に顔面が蟲とドッキングしてしまった『怪奇! ダンゴ虫フェイス男!』 と化した《神》サマ候補(笑)が映り込んでいなかったら、思わずシャッターを切らずにはいられなかったことだろう。
ビクンビクン! とヤバげな痙攣を繰り返す宗助を抱き上げ、めり込んだ地雷王を必死に外そうとするリヒト。
恥ずかしそうに頬を朱色に染めて、くねくねするルーテシア。
強気系幼馴染から過激な愛情表現を受け、健気系幼馴染に解放されるというエロゲー的主人公イベントを堪能している主を見て、一心同体であるはずのフェンリルは我関せずとばかりにそっぽを向く。如何なる困難をも共に戦い抜くと誓い合った無二の相棒であったとしても、ラブコメに茶々を入れるのは勘弁願いたいらしい。
そんな何とも賑やかな三人組+一匹の様子を遠巻きから眺める少女が新しい上官となった人物に振り返り、
「……あれ、ほっといてもいいんですか?」
「え、なにかいけないかな? 仲良くて何よりだと思うんだけど?」
「フェイトさん……一度眼科に行った方が良いのでは?」
「今年の健康診断じゃ問題無かったよ?」
「……ああ、もういいです。そうですね、天然さんでしたね貴方は。頭にお花畑が咲き誇っているんですよね」
「?? 別に花なんて咲いてないけど?」
「いや、あのですね? 首を傾げながら頭の上に手を当てる時点でもう、何と言いますか……はぁ」
宗助たちの護衛と言う名目で出頭してきたギンガは、心底疲れた顔で額を抑える。
父の部隊にいた頃は“
地上の平和を守るのが己の本分であるはずなのに、実際は問題児集団の後始末。
まさか、護衛と言う名目でツッコミ役をさせるために自分を出頭させたのでは? と勘繰ってしまうほどに、ギンガの精神はささくれ立っていた。
「にゃはは……皆朝から元気だねぇ」
苦笑を浮かべて頬を掻きつつ現れたのは、教導官の制服に身を包んだなのはだった。
「あ、なのはさん。おはようございます!」
もう一人の上司であるなのはに声をかけられ、慌ててギンガが敬礼を返す。
他部隊からの出頭者であるギンガの態度は、そのまま彼女が所属する部隊の規律に反映される。
父が隊長を務める部隊の品格を貶めてはいけないと、模範のような美しい敬礼をとるギンガの硬い態度に、顔見知りには基本的に砕けた態度をとるなのはは苦笑を隠せない。
「ふふっ、皆様方楽しそうでいらっしゃいますね♪」
不意に響いた透明感を感じさせる少女の声が、喧騒を繰り広げていた子どもたちの動きを止める。
まるで聖域より湧き上がった清らかな湧水が大地へと染み渡るかのように、騒いでいた宗助たちの視線が、ごくごく自然な動きで声の主へと向けられた。
「あっ、皆にも紹介するね。彼女の名前は『ヴィレオ』。知っているかもしれないけど、この間の戦闘で保護された人物が彼女なの」
「わ、知ってます! TVに出演されていた聖王様の生まれ変わりって言われてる方ですよね?」
「はい、ルーテシアちゃん正解! で、彼女を襲った襲撃者がスカリエッティ一味だってこととか、世論が落ち着くまでの間、彼女の護衛役も必要だって話になってね。今日から皆と同じように、私たち機動六課で一緒に生活することになりました」
「そう言った事情がありまして。皆様、不束者でありますけれども、どうぞよろしくお願いいたします」
身体の前で両手を重ね、深々とお辞儀をするヴィレオ。
まさに、完璧なお嬢様然とした仕草と雰囲気に圧倒されたのか、子どもたちが目に見えて狼狽え始めた。
年上の、しかも異性の魅力をこれでもかと感じさせるヴィレオの何気ない仕草に、宗助は思わず頬を真っ赤に染め上げてしまい。
リヒトは、どこかお姫様を彷彿させるオーラを放つヴィレオに純粋な憧れを抱き。
ルーテシアは、頭を下げた瞬間に柔らかくも艶めかしい動きを実現して見せた、大変ご立派な
久しくお目にかかれずにいた、真面目そうな常識人な人物の登場に、ギンガは静かに涙を流す。
四者四様のリアクションを見せる新たな仲間たちの反応に、なのはとフェイトはおろおろすることしか出来ず。
「あらあら、うふふ」と頬に手を当てて微笑むヴィレオを中心とした混沌は、早朝訓練に現れた刹那たちが「……アンタら何やってんの?」 とツッコミを入れるまで続いたと言う。
「……“聖王の生まれ変わり”、ね」
「なんや、花梨ちゃんはヴィレオちゃんの事を疑っとるんか?」
ヴィレオや宗助たちがフォワード陣と再会を果たしていた頃、六課部隊長室でははやてと花梨がデスクを挟んで向かい合い、聖王教会から提供された検査データの検分を行っていた。
記されているのは、保護されたヴィレオが病院で受けた検査の結果。
そこには、彼女が人工的に生み出された人造魔導師である痕跡が確認された事や、伝承として残る“聖王”との共通点などについて事細かく書き込まれていた。
「これを見た限り、彼女が“聖王”の遺伝子を元に生み出された存在だってのは間違いないと思うわ。だからこそ、教会の上層部も彼女の扱いについて慎重に議論を交わしているんだろうしね」
「身元請負人の主体は
「ずいぶんとローラって人を嫌ってんのね?」
「アイツとは相容れんって初対面の時に確信したんよ。例えるならそう、塩素系と酸素系の潜在みたいな関係や」
「混ぜたら危険。薬も劇薬に早変わりって言いたいわけね。――ちなみに、管理局は今回の発表をどう受け止めているの? 同盟関係にある組織が確固たる旗印を得た……って、あんまりおもしろくないんじゃない?」
「う~ん、
「伝説の復活とは言っても、所詮は他人事。対岸の火事ってワケか。――あ、ぞれじゃあ、ヴィヴィオちゃんはどうなるの? 彼女もヴィレオさんと同じ、聖王のクローンでしょう?」
「犯罪者の娘……それがあの娘に対する対応らしいわ」
つまり、罪を犯す危険人物である者が何を主張しようとも、『戯言』として無視すると言うことだ。
少し前までは、ヴィヴィオを保護しようと考えていた教会関係者もいたようだが、ヴィレオという強力的な……しかも、利用目的で自身を生み出した悪の組織から逃げ出し、運命的な巡りあわせの末に聖王教会へと降臨した少女という民衆受けする経緯がある彼女がいれば十分だと思い直したらしい。
「政治の世界って、どこも真っ暗よね……お嬢様な葉月が、親御さんの仕事関係のお付き合いでパーティに参加してはぶーたれていた理由がよく分かるわ」
資産家の娘である彼女は、花梨のような一般人よりも闇が渦巻く政治の深遠を垣間見る機会に恵まれていた。
時折翠屋に顔を見せに来ては、紅茶を味わいつつ愚痴をこぼしていた姿が今では懐かしく感じる。
――あの時の葉月の顔って面白かったのよね。
親友の普段は見せないふてくされた様な表情を思いだし、くすくすと忍び笑いを零す。
そんな花梨の顔を見詰めつつ、不思議そうな表情を浮かべたはやてが手に持った書類を机に置きながら問う。
「なあ、花梨ちゃん――」
「『葉月』って
「――……」
冗談でもなんでもなく、本当にわからないという顔のはやてに、花梨は表情をこわばらせながら、僅かな希望を胸に尋ねた。
「
想いの丈を告げるかのように、一語一句を噛みしめながら言葉にしていく。
しかし、帰ってきた答えは、
「ふーん……
声色から、はやての返答に含まれた意味を――まさしく他人事としてしか『葉月』と言う存在の事を認識できないでいることに気づき、花梨は机の下で拳を固く握りしめる。
わかっていた――そう、わかっていた事なのだ。
『因果』を、如月 葉月と言う『存在』を
完全なる消滅へと至ってしまった彼女を認識できるのは、自身が
(わかってた……わかっていたのよ、はやてたちが葉月の事を認識できなくなることくらい! でも……! それでも、こんな仕打ちが許されるって言うの……!?)
悲しみの叫びを上げそうになるのを必死に堪える花梨に驚き、駆け寄ってくるはやてに返事を返すことも出来ず、胸に渦巻く怒りがうねりをもって、元凶へと向けられる。
それは、自身に教えを乞う少年が救いたいと願う少女の姿をしていた。
彼女に寄り添い、空虚な瞳でこちらを見下す『おぞましき化生』 ……。
親友が最後に抱いた願いによって受け継いだ彼女の“
自分の中で確かに存在する親友の想いを愛しむ様に、腕を回して身体を抱き締めた花梨の瞳が、怒りの炎を宿す。
――キャロ・ル・ルシエ……! フリードリヒ! 私はアンタたちを絶対に許さないから……!
宿主の激情に呼応したかのように、“
花梨の願い……誰もが救われる未来を紡ぐという目的のためには不要な――誰かを
花梨覚醒の裏側に存在していた、葉月嬢敗退済みフラグがようやく明らかに。
前回の話しで、それとなく匂わせていました『親友から受け継いだ力』云々の発言は、こういう意味だったのです。
葉月嬢最後の戦いは次話で。
ついでに、正体不明としていたフリードの正体も明らかにします。
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万物喰らいし死竜の咢
そして、散々引っ張ったフリードの正体がようやく露わに。
今より10年ほど昔。
『
「葉月ー、お前さんって何か夢とかあンの?」
「どうしたんですか、アルクさん。突然そんなことを言い出したりして?」
「いやさ、俺らは“
「……なるほど、それは確かに。儀式を生き残る、或いは儀式そのものを崩壊させるという事ばかりに目が行っていたのかもしれませんね。――ちなみにアルクさんは何か目標とかあるのですか? いつか、私たちが“
「俺か? 俺は勿論プロのトレジャーハンターだぜ! スクライアに生まれてから遺跡調査の楽しみって、っていうかスリル? 埃被りの古代建築物を探検するロマンや数々の罠をすり抜ける時の興奮って言ったらもう……! いっぺん味わっちまったらもう抜け出せないゼ!」
「根っからのアウトドア系なのですねえ」
「おうさ! ……で? 葉月はどうなんよ?」
「私ですか……。私は、多分家を引き継ぐのではないでしょうか? もちろん儀式が終わるまではミッドに一時移住するつもりではありますが、諸々の騒動を終わらせることが出来れば、
「うへぇ~……、お嬢様って大変なのな~。籠の中の鳥、って感じがするゼ~。俺には耐えられそうにはねェや」
「ふふっ、慣れてしまえば良いものですわよ? 何を隠そうこの私、前世でも某資産家の一人娘でしたから」
「マジでっ!? 二世界連続のお嬢様!? 何その勝ち組!?」
「あらあら、ありがとうございます。――でも、ね。時々、こうも思うんですよ。『誰かに傅かれる立場に居る自分も、大切な“誰か”のために自分の全てを賭してみたい』……ってね。まあ、夢見がちなお嬢様の妄想とでもとって下さいな」
「ふ~ん……、それってさ、全身全霊を賭けて想う相手が見つかったらって事だろ? 良いじゃんそれ。その夢、いつか叶うと良いな!」
「ふふっ、ありがとうございます」
――◇◆◇――
「――……っ、随分と、昔の夢を……ッ、あぐっ!?」
死の気配を宿した風を頬に感じながら、葉月は霞がかった意識を繋ぎ止めようと頭を振る。
途端、右足を発端とした焼けつくような痛みが全身を駆け巡る。
歯を食いしばり、脂汗を滲ませながら壁に手を当てて支えにすると、無事な左足に力を込めて何とか立ち上がる。
「ぐっ……はぁ、やって、くれますわね……狂信者さん?」
「――」
血を流し、痛みを堪えて美貌を歪ませる葉月と対峙するのは、無言を貫く漆黒の“影”もかくやと言う姿の
黒い外装で全身を覆い、僅かに感情が伺えるのはフードから覗く口元のみ、
不意打ちを仕掛けてきた敵を見据えながら、葉月は手元に浮かぶ【グリモワール】に指をかけた。
ここはベルカ地方に建てられた聖王教会系列に属する教会の一つ。
無限図書館の司書長補佐として数多くの情報を閲覧する権限を与えられていた葉月は、アグスタで発生した戦闘で負傷したユーノの代理として臨時の司書長を務めていた。
そんなおり、司書長でしか閲覧を許されていない禁書の中に、古代ベルカ時代の文献に気になる記述が残されていたことを見つけ出した。
それは聖王教会が極秘に保管している『聖王オリヴィエ』の聖骸布、教会本部で保管されている筈のそれと同種の遺産が残されている可能性を示す文献だった。
信仰と伝承によって力を得た聖骸布が、それだけで非常に稀有な
もし葉月の“知識”にあるクローン技術を有した犯罪組織などの手に渡ってしまえば、最悪、『聖王のクローン』が大量生産されてしまう可能性もある。
むろん、天才と称されるプレシア・テスタロッサやジェイル・スカリエッティのような稀有な存在でなければ完全な形での生成は不可能だろうが、劣悪な消耗品、あるいは使い捨ての生体兵器として扱われてしまう可能性は決して低いものではないだろう。
それを察した葉月は、聖王教会本部において古代文献を扱う担当官に事情を説明するとともに、彼らと協力して聖骸布が残されていると思われる場所の調査に赴いたのだ。結果は――ビンゴ!
年季を感じさせる教会の裏手に残されていた石碑、その下に隠されていた隠し階段の奥底に
ほぼ硬質化している赤黒い染みのような痕――血痕――が残された骸布。そう……聖王時代にその名を轟かせていたとされる古の王の物であると推測される聖骸布を。
「これはこれは、予想以上の成果といって過言ではあ――っ、何者!?」
「如月司書長代理!? うわあああっ!?」
予想以上の重要物の発見に慄く間もなく、それをどうすべきかいったん表の教会に戻って聖王教会から派遣された騎士と相談を交わしていた葉月たちを強襲したのは――……黒い“影”。
「また、あなた方ですか!」
白く輝く短刀を振るい、教会の騎士を全滅させたのみならず、葉月にまで手傷を負わせた“影”と睨みあいながら、葉月はこの状況を打破する手段を模索する。
――逃走……は、却下ですわね。敵の動きは明らかに口封じ。つまり、目的はあの聖骸布ということ……。
ちらりと視線を足元へと移す。そこには首筋を切断されて事切れた騎士の亡骸。
構えもせず、だらりと下げられた刃には毒が塗ってあったのか、先ほどから葉月の視界がブレ、熱に侵されたかのような気怠だが彼女の全身を襲い続けている。
それでもこんな所であきらめることなど出来ない。
葉月は目の前の相手を倒すために、その身に魔力を滾らせつつ、【グリモワール】の頁を勢いよく捲る。
――長期戦は不利! だったら……!
「【グリモワール】ッ! Code:
『了解です!』
主の命に応える様に、眩い魔力光を放つ【グリモワール】の頁が紙片となって宙を舞い、それらひとつひとつが魔力を生成する魔法陣へと転化する。
「カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク! 灰塵と化せ冥界の賢者 七つの鍵を持て 開け地獄の門!」
詠唱によって紡がれた魔力が破壊の咢となって雄叫びを上げる。
手負いの獣と油断していたのか、“影”は僅かに回避に移る反応が遅れてしまう。
「そこっ! ――【
解き放たれたのは極大の閃光。
砲撃魔導師のお株を奪い去る程の光が、老朽化していた教会の内装を喰い破り、粉々に粉砕しながら“影”を呑み込んでいく。
それだけに留まらず、極大の閃光は外壁をブチ破り、大地を抉りながら突き進み、やがて空の果てに消えていった。
後に残されたのは、わずかに崩壊を免れているかつて教会だったものの成れ果てと、一直線に抉り取られた大地の傷跡のみ。
幸い、ここは人里離れた巡礼地の一つ。近隣に町村は存在せず人の気配も感じられないので、人的被害は気にしなくても構わないだろう。
「ふぅ……ほぼゼロ距離での極大魔法の直撃、これで――」
倒せたはず。
警戒を緩めず、敵の気配を探っていた葉月の心に浮かんだ僅かな
その瞬間を見極めたかのようなタイミングで瓦礫の山が爆散、ボロボロの外装を脱ぎ捨てながら飛び出した“影”が一気に間合いを詰め、彼女へ向けて漆黒に染まった刃を振り下ろす……!
「くっ!?」
展開していた【グリモワール】の紙片を障壁代わりにして軌道を反らすことで辛うじてその一閃を回避した葉月は、周囲にカウンターとなる魔力弾を生成しながら大きく後方へと跳び下がる。
だが、片足を負傷している状態で万全の着地を決めることが出来るはずも無く、右足の傷口を瓦礫にぶつけて、傷口をさらに広げてしまった。
「おおおっ!!」
痛みで身体を硬直させ、隙だらけになった葉月に飛び掛かりながら、白と黒の刃を交叉させた敵が渾身の一撃を放つ。
「グッウ……!?」
「な……に!?」
「舐めないで……いただけます――!?」
必殺を疑わなかった一撃を素手で受け止められた事実に、敵の紫水晶の如き双眸が驚愕で見開かれる。
財閥の跡取りとして護身術を身に付けていた葉月は、魔力を纏わせた両手で迫り来る刃を白羽取りして見せたのだ。無論、【グリモワール】の紙片を絡みつけて切れ味を封じるのも忘れずに。だが、それならば何故葉月までもが驚き、言葉を失っているのだろうか……?
「リイン、フォースさん……!?」
そう。
葉月の命を刈らんと襲いかかってきた敵の正体……それは、彼女と花梨にとって忘れようも無い“あの雪の日”に消滅したはずの存在。
“夜天の書”の管制人格 『祝福の風』 リインフォース
だが、リインフォースはあの日確かに中枢プログラムをルビーに奪い去られ、その存在を消滅させたはずだ。
彼女の残渣は
故に――
「貴方はっ……ッ!? まさか“Ⅱ”がっ!?」
「ほぉ……いい推理眼をしておるな?」
襲撃者はニヤリ、と笑みを浮かべると、バックステップを取って間合いを開く。
葉月が立ち上がるのを黙って待っているのは葉月の反応が彼女の言線に触れたからか、それとも彼女
「ご明察……褒めて遣わすぞ魔女よ。流石は主殿が要警戒と定める怨敵であるな」
「“Ⅱ”に生み出された“夜天の”……いいえ、“闇の書”の管制人格――!」
半ば確証を察した葉月の叫びが心底愉悦でならないとばかりに口元が弧を描いていく。
グラマスな体躯に纏う漆黒の着物の懐から取り出した扇子を手首のスナップで勢いよく開き、口元を隠しながら双眸を細める。
無言による肯定だと葉月は理解する。と同時に、ルビーの企みにようやく気づく。
「あの猫ミミ女っ……! どこまで人を傷つければ気が済むんですか!」
ルビーの技術力ならば“闇の書”を安全な状態で使いこなすことも、管制人格を再構築させることもそう難しいことではないのだろう。
だが、それでも管制人格たるリインフォースの容姿をそのままに
『嫌がらせ』
彼女を、『祝福の風』と名付けられた彼女と同じ顔、同じ声、同じ魔導書の管理人格として、目の前に居る彼女をはやてたちにぶつける事で、彼女たちの心の傷を抉ると共に、沈静化しつつある“闇の書”に対する憎しみを再発させようとしているのだ。
いや、それは正しくはないかもしれない。
なぜなら――ルビーはそこまで深く考えてはいなかったからだ。
彼女は単に、『家族呼ばわりしていた
そうだと言うのに、実際は葉月の懸念した通りの事態が十二分に起こりうるだろう。
単なる気まぐれが、数多くの人の心を傷つける災厄と化す……。まさに彼女の在り様を体現させた事例であると言えよう。
「自己紹介をしておこうか……
「――っ!! あ、あの女、一体どこまで……っ!!」
ここまで来ると、最早悪意しか感じられない。
同時に理解する。彼女は今、自分が倒さねばならない存在であると!
――あの娘たちは優しすぎます……。多分、騎士たちも同様。なら……これは私の役目なのですわ!
「さて名乗りも済ませたのだ……須らく散るがよい! 【闇の雷】!」
葉月の死角となる上空に展開させていた漆黒の魔力球から降り注ぐ巨大なる雷光が、教会の残骸を蒸発させながら魔女へ向けて降り注ぐ。
漆黒の魔力が生み出す破壊の力、それはまさに死を告げる暴虐の来降――!
「くっ……エレエレナムメイリン! 精霊よ、我が盾となり給え! 【
されど、迎え撃つは最強の盾。発動時に魔法の行使が不可能となるデメリットと引き換えに発動する最強の防御魔法が、漆黒の狂気に染め上げられた雷とぶつかり合い、
互いを喰い破らんと咆哮を上げる。
とある世界において、天上神の僕たる御使いの力すら防いで見せた最強の防御魔法の前に、悍ましき闇の力が太刀打ちできるはずも無い……!
闇の頂に在るとされた魔導書を統べる妖精であろうとも、神威すら従わせる魔導の頂きに在る魔女を倒し切ることが出来ない。
嘗て、幼い頃に願った“仲間のために全霊を尽くす”という願いを果たさんと魂を燃やす魔女の立つ領域――その領域には彼女以外の誰も到達することは叶わないという事なのか。
「はあっ……はあっ……くっ、なんて威力ですか……。まさか絶対防御に亀裂を走らせるとは――ですが!」
「ぬうッ!?」
即座に障壁を霧散させ、前方へ両手を交叉する様に突き出す。
葉月を守る衣のように展開させた【グリモワール】の紙片から溢れ出す魔力を掌に集束させる。
葉月のデバイス【グリモワール】は、それ自体に魔力を制する疑似リンカーコアと呼べる器官を内包している。それは本体から切り離された紙片ひとつひとつにも適応さえる。
そう、つまり――魔女を守る城壁と化している数百にも上る紙片すべてが魔導師Aランクに相当する魔力生成能力を宿しているという事に他ならない!
自身とデバイス、双方の魔力を混ぜ合わせることで爆発的に膨れ上がった直径五メートルはあろうかと言う魔力球が葉月の指示の下収縮を開始、その密度を増していく。
際限なく高まり続ける魔力が半物質化し、葉月の輪郭が霞むほどの輝きを放つ『光』を生み出す。
これが葉月の切り札。多種多様の魔法、魔術を使いこなすことが出来るが故に、如何なる戦場においても臨機応変に対応できる彼女が生み出した、立った一撃で戦術も戦略もひっくり返すことが出来る魔導の頂の御業……!
「――『
大気を切り裂きながら突き進む極大の魔導砲を見据え、穢れし闇の翼をはためかせる妖精の顔が驚愕で染まる。
離脱を望むも間に合わず、魔導の頂点を極めつつある魔女の『
――『
それは【グリモワール】に貯蔵されていた魔力を全開放させることで発動可能となる究極魔法。
【グリモワール】の各頁には一つとして同一の物のない異なる魔法術式が刻み込まれている。
葉月の技量に吊り合うように、幾つかは封じられて発動させることもできないものがあるが、それでも数百にも上る魔法を使いこなすことが出来るのだ。
それらの魔法の中で、攻撃型の魔法
そんな無茶苦茶な暴論の下で生み出された『神代魔法』は、“対象を
つまり、この一撃を受けた者は如何なる存在であろうとも
こうして取り込まれた
ありとあらゆる魔導の術式を記載、伝え残すために生み出された【
「――ッ!? そん、な……!?」
視界を遮る閃光が止み、その代わりに広がる白煙の中、葉月は眼前に広がる光景に言葉を無くす。
彼女の視線の先には、
――そんな……ありえないです……!?
『
如何なる装甲も障壁も関係なく、存在そのものを完全に分解・吸収させる。
直撃を受けて平然と立っていられるような現実があって良いはずが無い……!
だが――そこでようやく葉月は、目の前の光景の違和感に気付く。
どこか安堵している風に見えるドライの傍ら、彼女の胸程々しかない小柄な体躯の『何者か』が存在していることを。
それは少女だった。粉塵の中であってもキラキラと光る肩まで届くほどの桃色の髪に、触れれば壊れてしまいそうなほどに華奢な体躯。
手の甲ある五つのひし形の宝石が輝きを放っている穴あきグローブ型のブーストデバイスを携えた可愛らしい少女。
年頃の少女らしいピンク色のバリアジャケットの上にゆったりとしたローブを纏っている。
殺伐としたこの場においては、あまりにも不釣り合いな出で立ち。
だが……その考えを、少女の眼を見た瞬間に殴り捨てる。それほどまでに恐ろしさが、彼女の眼には宿っていたからだ。
くりくりとした大きな瞳が映し出すのは、どこまでも虚無な闇。
呑まれたが最後、魂の一片に至るまで『喰われ』てしまうと錯覚してしまうほどに深い闇。幼い少女がそんなものを宿していると言う事実に、葉月は戦慄を隠せない。
「もうもうもうっ! 油断し過ぎですよ、ドライさん。お父さんに嫌な予感がするから見てきてほしいって頼まれてこなかったら、さっきので消し炭になっていましたよ?」
「う、えと、ぁぅ……す、すまぬ」
「駄目です、許しません。帰ったらお仕置きです。具体的にはフリードと十時間耐久鬼ごっこを所望します」
「ひいいっ!? そ、そそそれだけはご勘弁をぉおおおおっ!?」
「ふふ~ん♪ さ~って、ど~しよっかな~?」
「くううっ! こ、この悪魔っ娘さんめ!?」
「ぷっ! もう、冗談ですって、そんなことしませんよ。だから用事を済ませて早く帰りましょう。――あ、そうだ。お姉さん?」
「……なんでしょうか?」
場違いなやり取りを交わす妖精と得体の知れない
この状況での敵側の援軍、自身の残存魔力の有無を計算して戦闘継続は困難と結論付けた葉月は、何とか転移魔法発動までの時間稼ぎ、兼、情報収集のために返事を返す。如何なる手段を持って
それを見抜いているのか、桃色の髪が目を惹く少女は年相応の華が開くような笑みを浮かべ――
「
無慈悲なる宣告を告げた。
「フリードぉ、もう我慢しなくていいよ」
『グハハハハハハハハハハハ! 待ちわびたぞ
言葉の意味が理解できずに惚けた顔を見せる葉月から視線を外した少女の口から、まるで囁くように『命令』が下されるや、遠雷の如き嘲笑と共に真紅の魔竜が粉塵を巻き上げながら姿を表した。
それは一匹の子竜。前足が翼になっている、飛龍と呼ばれる竜種の子ども。だが、その瞳はこの世の全てを呑み込むほどに深く、暗い、奈落の闇色を映しだしていた。
「世界を喰らう真紅の咢、彼方より這い出でし五身の虚無。我が元に来よ、死せし竜軍の王!」
謳うように告げられたのは封印されし真紅の魔竜を解放する言霊。
絶対なる死を司る恐怖の具現を縛り上げる楔が今――解き放たれる!
「神羅滅殺、竜王召喚! 来よ……“死竜王”デス=レックス!!」
「な――!?」
絶句する
だが、はたしてソレを“竜”と称して良いのだろうか?
大きく前方にせり出した頭部は、まるでむき出しの頭蓋骨のよう。側頭から伸びるは巨大なる双角。
人間のソレに近い両腕部は太く、強大な力が秘められていることが一目で分かる。
皮膜の無い、むき出しの骨格の如き外殻で構築された飾り程度の翼と、脚部の代わりに存在する大きな竜尾の先端は、まるで錨の様。
何よりも目を惹くのは、人語を話し、
まさしく、世界の全てを『喰らう』こと以外は何も考えていないのだと、否応なしに理解させられるほどの悍ましい怪物……!
彼の者の名は『死竜王 デス=レックス』。愛称はフリードリッヒ。
キャロが故郷を追放されるきっかけとなった使い竜であり……文字通りの“二身同体”として存在する半身である。
死竜王が放つ圧倒的な
生きの良い『獲物』を前にして、死竜王の禍々しい牙の立ち並ぶ口元が狂笑に歪む。
「……ずいぶんと禍々しいペットを飼っていらっしゃるのですね? 竜の巫女の名が泣きますわよ、『キャロ・ル・ルシエ』さん?」
「あれ、私は今でも竜の巫女のつもりですよ? ただ、信じるものが一人になった私に手を差し伸べてもくれない
必死に離脱の術を見出そうと足掻く葉月の努力を嘲笑うかのように、死を司る竜王を従えし巫女……キャロは静かに告げる。
如月 葉月と言う存在の――消滅を!
「貴方の事になると、
「ああ、そうですか……でも、生憎と死に急ぐつもりは御座いませんのでっ!」
振り返り、抜き打ち展開させた転移魔法陣に飛び込みながら、葉月は賭けに勝ったことを確信する。
あの竜が如何なる能力を有しているのか葉月は知らなくとも、念入りに耐衝撃、耐術式防御を組み込んでいる彼女の転移魔法に外部から干渉することなど不可能なのだから。
「ああ、それは失策です。そんな甘い手が
しかし、それすらもキャロにとっては何ら問題を成さない。死を象徴する竜の王と共に在る巫女は、まるで詠うように宣告を紡ぐ。
「貴方の敗因はたった一つ……貴方は
――え?
「フリード……『
『ククク……! 喰らい尽くしてやる……
巫女の叫ぶに呼応して、全てを喰らい尽くす死竜の王が真なる咢を開く。
首の根元まで大きく割けた極大の咢の奥底で妖しく輝くのは、眼球を模した消滅器官。
喰らい、飲み干した物を因果律ごと喰らい尽くすという死竜王《デス=レックス》が、その力の一端を……解放する!
死竜王を中心にして、途方も無い暴風が巻き起こる。
荒れ狂う狂風がうねりを上げ、世界の全てを喰らい尽くさんばかりに咆哮を上げる。
砕け散った瓦礫、煤汚れた十字架、なんとか原型を留めていた外壁、そして……葉月が飛び込んだ転移魔法陣。その総てが吸寄せられ、引き込まれていく。
唯一の例外は、死竜王の後方に平然と立つキャロと巻き添えを喰らわないように彼女にしがみ付いたドライのみ。
世界そのものを飲み干さんとする竜王の咢が、ついに、世界間を渡っていたはずの葉月すらも捕捉した。
「そんっ、なっ……バカなことがっ!?」
死ぬ。
間違いなく、一切の相違なく、今この瞬間に
生物としての本能が感じ取った絶対的な死の予感が、冥府へと誘う煉獄の茨が葉月の心を引きずり込もうと絡み取る。
驚愕と恐怖がごちゃ混ぜになった頭では、この非常識な現象を理論では納得できても、理性では到底納得できなかった。
『因果律を喰らう』――それはつまり、世界に定められた理すらも捻じ曲げ、己が望む通りの現実を塗り替えると言う概念魔法の一種であると考えられる。
だがしかし、特別な力を得た参加者でも『神成るモノ』でもない存在が、概念を書き代えることを可能とするなど、葉月には想像だにしていなかったと言ってよい。
だからこそ、彼女の敗因は臨機応変に対応できる柔軟性に欠けていた事に尽きるだろうか。
もし、このセカイの住民たちの中にも、概念を操作できる者が存在していると想定していれば。
もし、重要性が高いと推測できていた今回の調査を単独で進めず、管理局や仲間たちに声を掛けていれば。
だが総ては今さら。そう――全ては遅すぎたのだ。
慌てて
「ア゛ッ、ガハッ……!?」
喰らい付かれた肉が原子に分解して無へ帰っていくのが分かる。
生きたまま食べられるという想像だに出来ない激痛が走ったかと思った次の瞬間には、そこに在ったはずの己と言う存在そのものが消え去っているという喪失感が襲い来る。かつてない恐怖に侵されながら……葉月は最後まで己の生き様を貫き通すために足掻き続ける。
――花梨、さん……ッ! どうか、私の“
崩壊を始めた【グリモワール】の頁を引き千切り、己の胸の中から淡い輝きと共に抜け出していく“
極小範囲の転移魔法によって直接花梨の元にソレを転移させられたことに安堵しながら、魔導の真髄に限りなく近づいていた魔女はその存在を闇に呑まれていった。
大切な人たちの勝利を信じた魔女……
○作中に登場した人物紹介
・リインフォース・ドライ
ルビーが”闇の書”事件で強奪した夜天の魔導書の管理人格のコアを媒体として産み出したユニゾンデバイス。容姿は初代リインと瓜二つだが、高圧的で女王様然とした立ち振る舞いをとる。
初代やツヴァイのように書物型デバイスは所持していない代わりに、個人の戦闘力は彼女らを上回り、紫天一派たちとのユニゾンも可能。
・死竜王 デス=レックス(愛称:フリードリヒ)
正式名は『デス=レックス=ヘッド』
むき出しの頭蓋骨のような頭部と真紅の皮膚が特徴である異形の
キャロがルシエの里で行った竜召喚によって降臨した異世界の竜王。
元々は“竜界”と呼ばれる世界最強のドラゴンだったが、古の戦いで身体を五つに分けられてしまう。
完全復活を目論見、自分の力を十全に引き出せる
この際、キャロの呼びかけに応じて召喚されていた黒き真竜『ヴォルテール』を喰らい、その力と因果を取り込んだことでパワーアップ。
発動に人間一人の命を代価として発動する必殺技『
人語を理解し、全てを喰らおうと言う欲望しかない危険な存在。契約者であるキャロと強く同調しているため、もし片方が傷を負えばもう片方も同様の傷を負ってしまう。
さらに精神を侵食しており、現在のキャロは人を殺すことに恐怖や嫌悪感を一切感じていない節がある。死竜王の牙には『因果律を喰らう』と言う性質があり、もし彼に喰われてしまうと存在そのものが最初から無かったことになってしまう。
○作中に登場した魔法解説
・【
使用者:如月 葉月
詠唱:カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク! 灰塵と化せ冥界の賢者 七つの鍵を持て 開け地獄の門!
七つの地獄の門を古代神との契約によって開き、そこから導き出された魔力を使い手の肉体を介して純粋な破壊エネルギーとして一方向に放射する砲撃系魔法。
強力であるほど詠唱は長くなる傾向にある古代魔法において比較的短めの詠唱節のため、葉月は高速詠唱と合わせての抜き打ちで使用できる。
・【
使用者:如月 葉月
詠唱:エレエレナムメイリン! 精霊よ、我が盾となり給え!
魔力を完全に遮断する絶対魔法防御障壁。
障壁の内外問わず一切の魔法攻撃を遮断できるが、術者の魔法までもが同様に遮断されてしまうというデメリットがある。
障壁は一定時間が経過するか、術者の意志で任意に解くことが可能。
・葉月消滅の扱いについて
死竜王に喰われた存在は最初からいなかったことになるが、作中における葉月の場合は彼女が完全消滅する前に魂その物でもあった“
ただし、残された物が“
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迫る『刻限』
のほほんな空気の中ですが、ようやく主要人物関連の仕込みが完了。
戦闘&シリアス展開は次回からということでひとつ。
『公開意見陳述会』
地上本部を会場として開催される時空管理局の海と陸のトップに加え、同盟関係にある聖王教会からも相応の位を持つ重要人物が参加するという一大イベントだ。年に一度開催されるこれの目的は、同じ組織であると言うのに意見が食い違い、対立関係にある海と陸の関係を最悪の事態へと落とさないためのもの。
要は、腹の内に抱え込んだ主義や主張はもちろん、口には出せない不平・不満を吐き出させることにある。つまり、ガス抜きである。
会議の様子は映像機器を通して次元世界全域に放送されており、組織のトップに立つ者の考えを民間人たちも知ることができる数少ない機会でもある。
内面の恥を晒すような愚行に聞こえるかもしれないが、意外なことに民衆からの受けは良い。と言うのも、自分たちや次元世界を護ると宣言している管理局の舵取りが抱く想いをリアルに感じ取れるからだ。
海と陸の仲の悪さは周知の事実。
だからこそ人々は、自分たちを守ってくれる存在が本当に守り人として相応しい主張を掲げているのかを知りたいと考える。
公開意見陳述会は、そういった彼らの要望によって虜個綯われるようになったと言っても過言ではない。
「――で、なんで俺らは朝露塗れになってまで
「え、今更!? って、ああそうか。そういや
「親友の俺への扱いが酷い件について物申したいんですが?」
「めんどくさいから却下で」
「ひでぇぜ、切やん!? あの日の夜に交わした誓いを忘れたって言うのか!?」
「何のこった?」
「わ、忘れちまったのか……!? 思い出せよ! 訓練校最後の年、立ち昇る朝日に照らされた水辺で、お互いのジュニアをスタンダーップ! させ合いつつ、永遠の友情を誓い合ったじゃないか!?」
ズザザザ――ッ!!
「してねえよ、なに大ボラ吹いてんだよ!? 違うからな!? 俺は至ってノーマルだからな!? お願いだから地上部隊の皆さま方の前で変態発言しないでくれる!? ほら、皆さんドン引きしてんだけど!?」
「ふ……俺と切やんのYou-Jouの前に、恐れ
「いい加減に黙れや!」
「おうふ!?」
キリッ! とニヒルな笑みを決めて見せたカエデの後頭部をわし掴みにすると、容赦なくコンクリート製の床へ叩き付ける。
なのはの教導で――というか、事あるごとにセクハラ発言をしてはぶっ飛ばされると言うお約束を続けたため――耐久力が異常にパワーアップしたカエデは、めり込んだ顔を引き抜こうと地面に腕をついてもがき始めた。
滑稽な恰好を晒す親友を冷たい目で見下ろしながら、刹那は周囲への弁解をしようと一歩踏み出し――、
『……』
足を踏み出したのと全く同じタイミングで、一歩分後ずさられた。この場にいる全員に。
こっちくんなという無言の圧力の前に、英雄と呼ばれた剣士の精神ポイントがゴリゴリと削り取られていく。
釈明すら許されない空気にさらされ、刹那はほろほろと涙を流すことしか出来なかった。
ちなみに、先のカエデの発言については、本当にあった事だったりする。
ただし、真実は卒業を控えた訓練校最上級生であった刹那たちがクラス総出で年越しパーティを行ったというものだが。
教官の許可を得た上で、何をトチ狂ったのか思い出作りに室内プールで水着パーティを開催したのだ。
無論、いかがわしい行為など一切存在しない、健全なノンアルコールでのパーティだ。
しかし、徹夜で騒いだ翌日の早朝……つまり、窓から朝の陽光が降り注ぐと言うシチュエーションの中で誰よりも早く目を覚ましたのが刹那とカエデであった。
この時二人は、一緒に立派な管理局員になろうと友情を確かめ合う誓いを立てたのだった。
しかし、刹那はとある重要な事実を失念してしまっていた。
水着姿のままプールサイドで爆睡してしまったために、自分たちがいまだに水着姿であるということを。
そして――男性の寝起きに発生する、堪えようのない“生理現象”のことを。
まあ、つまりは――『おっき』くなってしまっていた訳だ……水着で。
思春期真っ只中な少年が二人、水着の下でジュニアがハッスル状態な恰好で、友情を確かめ合う握手を交わす。
何ともシュールな光景であったことは言うまでもない。
閑話休題
何度か弁明を試みたものの、追いかければ逃げられるお約束な反応しか返してくれない周囲の反応に誤解を解くことを諦めてしまった刹那は、目尻を抑えながら壁にもたれかかった。
カエデとの付き合いの中で培われた強靭なる精神力で、ホモ疑惑を抱いているであろう冷たい……一部、熱っぽい視線を意識の外へと追いやる。
「我慢、我慢しろ、俺……! もうちょっとで、ティアスバと交代の時間だ……! それまでの辛抱だ、がんばれ俺」
入り口横の壁に背を預けながらブツブツと呟いていたが、掌越しに陽光が照り始めたことを感じとる。
薄い霧の向こうから覗く朝日の光に目を細める。
辺りにはいまだ顔面が埋まったまま騒ぎ立てるカエデ以外にも、警護に当たっている局員の姿が確認できる――二人から必要以上に距離を離している事がなんとも言えない微妙な感じではあるが。
何故二人が朝早くから地上本部にいるのかと言えば、公開意見陳述会の警護任務担当に選ばれた機動六課の第一陣、明朝から朝方にかけての時間帯の担当として刹那とカエデが任命されたからだ。
会議が行われるのは三日後の正午過ぎを予定しているものの、組織のトップが一同に会する状況を好機と見て、襲撃を仕掛けてくるテロリストへの対策として派遣が決定した。
さらに、前線部隊が警護任務の未経験者ばかりと言う事情もあり、こうして予行練習も兼ねた早朝警護任務を命じられたのだ。
ようやく夜空に蒼が差し始めたとは言っても、まだまだ肌寒さを感じずにはいられない気温だ。
暖かいモーニングコーヒーと厚手のコートが恋しくてたまらない。
しかし――、
「……ついにこの時が来た、ってか」
“知識”の中では物語のキーポイントとなった事件。
事態が急展開を見せる始まりとなった『公開意見陳述会襲撃事件』
スカリエッティ一派の襲撃を受けて、法の塔……すなわち地上本部が壊滅的な打撃を受ける大事件だ。
管理局のお偉い方が多数参加する会議をぶち壊し、自身が持つ技術力と戦力を大々的にアピールすることが目的とされる。ただし……あくまでも“知識”の中では。
「No.“Ⅱ”がいる時点で、何らかの乖離が起こることは明確か」
懸念すべきはスカリエッティ一味のみならず。
未だ正体が不明な
特に刹那が警戒しているのがダークネスたち。
四人+αという少人数でありながら、個々の戦闘力が飛びぬけている面子で構成されている。
もし会議の当日、終結した自分たちを一網打尽にせんと襲撃を仕掛けてきたと仮定すれば、苦戦は免れない。
彼我の戦力を分析すれば、確かに六課の戦力を総動員することが出来ればダークネスたちを倒す、或いは捕縛することは不可能ではないだろう。
ダークネスを花梨か刹那、フェンリル込みの宗助のいずれかが相対すれば渡り合えるだろう。
無論、相応の犠牲は止むなしと言う相討ち覚悟で挑めば……の、話になるが。
(勝ち目があるとしたら、俺か
脳裏に『切り札』を切った自身たちの姿を連想しつつ、冷徹な戦士としての思考で分析を続ける。
以前、三人がかりで敗北した際は不意打ちの影響で全力が出せず、手負いの状態だった。
しかし、今回は万全の態勢で迎え撃つことができる。同じ轍を踏むつもりも無く、当日は施設周辺に強力な結界を幾重にも展開させる予定だ。
超長距離からの広域殲滅魔法を防ぎきることができる護りの前では、いかに空間破壊能力を有する彼らとて、そう容易く突き破る事は不可能だろう。
さらに言えば、ダークネスさえ押さえる事が出来たなら、他の三人に戦闘停止を呼び掛けられる。
中核に立つ彼さえ押さえる事が出来れば、智謀にも優れたアリシアとシュテルなら、“力”ではなく“知”で状況を打破しようとするはずだからだ。
「ま、今回、連中は動きを見せないとは思うけどな」
今までの彼らの行動から推察するに、確実に成果を得られる状況に至ってから行動に移すのが彼らのやり方だ。
ならば、不確定要素の多い討論会というイベントは『見』に徹し、情報収集を優先するだろう。
であれば、自分たちが警戒すべき存在は、スカリエッティ一派や“ⅩⅢ”。
“知識”より抽出した敵勢力の主力『戦闘機人』やガジェットを仮想襲撃犯として想定しておくべきだ。
部隊長はやてとハラウオン両提督が行った当日の方針を決定する会談の結果、そう結論づけられた。
圧倒的な数を不利な状況下で相手取るために、少人数での連携力をより強固にする。
現在の刹那とカエデがコンビで警護任務を任されているのは、そう言った意図も含まれている。
「奴らへの対策は練った。体調も万全で、ティアたちの仕上がりも上々。隊長たちの手札にもとっておきの『
海と空の境界線から立ち昇る太陽の輝きに目を細める。柔らかな夜明けを告げるはずのそれが、何故だろう、胸の奥に潜む不安を燻るように感じるのは。
「いったい、なんだってんだよ……チクショウが」
『公開意見陳述会』開催まで、およそ七十時間――……。
――◇◆◇――
同日、機動六課にて――
六課の職員がかならず利用する施設と言えば、まず食堂が上げられる。
社員割引と言うわけではないが、六課に所属するメンバーは基本無料で好きな料理を楽しむことができる。
これは料理に相応のこだわりを持つ部隊長の発した鶴の一声で決定した理でもある。
曰く――『美味しいご飯は人間の活力や!』 とのことらしい。
一部、「ん?」 と首を傾げないでもないお言葉ではあるが、そのお蔭で大食……もとい、まだまだ成長期な機械的犬っ娘姉妹や
そんな憩の場でもある食堂が、今日に限って普段と違いを見せていた。
具体的には、嗅ぎ慣れない香りが漂っていた。
厳選された香辛料とハーブが奏でる絶妙のハーモニー。胃袋をほど良く刺激するスパイシーな香りが、食欲を否応なしに高めていく。
レトルトやインスタントでは絶対に実現できない……本物の手料理だからこそ出すことができる香りだ。
「ンまそ~な匂いが~……」
「こら、おバカ宗助! おとなしくまってなさいって言ってんでしょ!」
「そー君、もうちょっとでできますから、我慢してくださいね」
「うえぇ~……こんなの拷問だぜ~……」
『相棒……わかる。すっごくわかるぜ、その気持ち!』
「だろ!? だろ!? ホレ見ろ、フェンもこう言ってんじゃねェか!」
右手にスプーンを握り締め、首元にナプキンを装備した宗助が、匂いにやられて床に突っ伏した仔犬サイズな神狼も同じ気持ちだとアピールするが、
「うっさいわよ、お馬鹿。フェンの声はアンタにしか聞こえないんでしょうが! いいから、“待て”、よ!」
「俺らを犬扱いすんな!」
『そうだ、そうだ! 言ってやれ、相棒! このペチャパイめ! ――と!』
「このペチャパイめ! ――はっ!?」
慌てて口元を抑えるがもう遅い。
しばし無音の後、カウンターの向こうから『ズリ……ズリ……』と何かが這いずるかのような音が聞こえ。
カチャカチャ、と金属同士がこすれ合うような甲高い音が耳に届き。
厨房へと通じる手押しドアが『ギギィ~~っ……』と、恐怖を煽る様にゆっくりと開かれてゆき――
「――――…………サア、ゾウモツヲブチマケロ……!」
「さっ、貞子様ァアアアアアアッ!?」
顔を覆い隠す紫の髪の隙間から、爛々と危険な輝きを放つ真紅の眼光が宗助を射抜く。
ずる……ずる……、と床の上を四つん這いになって距離を詰めてくる貞子様(仮)。
その周囲を火の玉……もとい、調理場から拝借した銀色の光輝く包丁を抱き抱えた虫たちが浮遊する。
彼らは女王の怒りをかった愚かなる贄を取りかこむように、素早く
「ひいいいいいい……!」
あまりの恐怖で泡を吹いて気絶した相棒を抱きしめ、ガクガクと情けなく震え上げる事しか出来ない宗助。
やがて、
「ルーちゃん、ステイッ!」
ぺちっ、という可愛らしい打撃音と、
「あうっ!?」
チャームポイントのおでこを抑えつつ尻餅をついた少女の声が上がった。
「もうっ! ルーちゃんもそー君も騒ぎすぎですっ。メッ! ですよ」
デフォルメされたドラゴンが刺繍されたエプロンを纏った白銀の妖精リヒト嬢の「めっ!」 が炸裂!
こうかがばつぐんすぎる!
人さし指を立てながら「めっ!」 という萌え動作に、ハートを撃ち抜かれた職員たちが食堂の入り口で崩れ落ちる中(一番下に部隊長がいるのはお約束)、仲良く正座させられた宗助と貞子様(仮)こと、ルーテシア嬢がお説教タイムに突入してしまう。
怒れるリヒト嬢には誰も逆らえないのは世の理なのである。
「ふふっ、本当に仲良しさんですね♪ ちょっとだけ妬けちゃいます」
ガミガミお説教されているちみっこトリオの様子を厨房の中から眺めつつ、ピンク色のフリルがついたエプロン姿のヴィレオが懐かしそうに目を細める。
その様子が気になったのか、彼女の隣で鍋を掻き交ぜていた花梨が問いを投げた。
「なんだか懐かしそうな顔してるわよ?」
「えっ、ホントですか?」
ふにふにと柔らかそうな頬をつまんで首を傾げるヴィレオに苦笑が浮かぶ。
「う~ん、何と言いますか……昔の私にもいたんですよ。彼らみたいに……笑い合える親友とでも呼ぶべきヒトが」
「それって聖王の記憶……ってやつ?」
ヴィレオはオリジナルの記憶をほとんど引き継いでいないヴィヴィオと異なり、ほぼ完全な状態での記憶の引継ぎを果たしている。
一〇〇%完全な、とは言えないまでも、限りなくオリジナルに近い存在であると言える。
「『クラウス・イングヴァルト』……覇王と称された武術の天才で、私の親友とも呼べる存在。リヒトちゃんたちを見ていると、ずっと昔、王となる前に彼と共に過ごしていた頃を思い出してしまうんです」
「覇王ねぇ……ナニ? ひょっとして彼氏だったりする?」
少しだけワクワクしながら聞いてみるが、当のヴィレオはきょとん、と首を傾げて、
「え? ただのお友達ですよ?」
そう切って捨てた。
同時刻、ミッドのどこかで、記憶の中にいるご先祖様がハートブレイクされたかのごとき痛みが奔り『はうあっ!?』 と胸を押さえながら崩れ落ちる少女がいたらしいが、残念な事に彼女らにそこまでの感知能力は無いのでサラリとスルー。哀れな覇王っ娘の扱いに、彼女の監視を行っていた“影”が無言で黙禱を捧げたとかなんとか。
愛情たっぷりの特製カレーを作り上げていたのは、花梨先生監修、ヴィレオ&リヒト&ルーテシアという部外者(?) カルテットであった。
『公開意見陳述会』本番に備え、今日からシフトでの警備を任される前線部隊への選別として、せめて美味しいご飯を用意してあげたいという想いによるものだ。
そして現在、料理全般の指導を万能の天才である母から受けた花梨先生のフォローもあり、大鍋三つ分に相当するカレーが見事完成した。
味はもちろん絶品。
深夜の勤務で疲れた胃腸を考慮して、小さく刻まれた野菜のうまみが、ぎゅうっ、と凝縮されたコクのあるカレースープが醸し出す香りのなんと香ばしい事か。
味見役を任された宗助&フェンリルが、堪えきれずに悪態をついてしまうのも頷ける。
「うっま……!? なんだコレ、超ウメェ!」
ようやくお説教から解放された宗助は、よそわれたカレーを貪るかのような勢いで平らげていく。
足元には、フェンリル専用に玉ねぎなどの一部具材を省かれたフェン&ザッフィー用のカレーをがっついていた。
念話をする暇も無く、尻尾が千切れんばかりに振り回されている。
もはや完全にカレーの虜となってしまったようだ。
食堂のそこかしこでも、カレーにありつけた職員たちが感嘆の声を上げている。
はやてなどは、娘がこれほどまでに美味しい料理が出来るようになったんやね、と涙まで拭っている。
もっとも、当の本人は恥ずかしそうに俯き、エプロンの裾を握り締めてしまっているが。
親馬鹿全開な部隊長に、娘としては恥ずかしくて仕方がないようだ。
「“カレーで皆を笑顔にしちゃいましょう”作戦は大成功でしたね」
「幸せの第一歩は美味しいご飯から……これが我が高町家の家訓よ♪」
「わわっ、素敵な格言ですね♪」
お玉などの料理器具を洗い、片付けを行いながら、ヴィレオは満足そうに微笑みを浮かべた。
花梨も、教えがいのある生徒につられて、クスリ、と笑う。
「ねえ、ヴィレオちゃん」
「はい? どうしました、花梨さん?」
声に含まれた真剣身を感じとり、タオルで手を拭きながら振り向くヴィレオ。
彼女と向かい合いながら、花梨はずっと抱いていた疑問を口にする。
「あなた……不安だったりしない? 聖王様の生まれ変わりとかいろいろ言われてるけど……本当はイヤだったりしない?」
「優しいんですね、花梨さんは。けど、大丈夫ですよ。私は今、すごく楽しいんです」
純粋に己の身を案じてくれていることを感じとり、ヴィレオの表情が柔らかみを増す。
「人造魔導師とか聖王の再来とは言われていますけれど、正直に言えばそれほど重く考えていないんです。だって……私は信じていますから」
「信じる?」
「はい。今の時代、今の世界に生きる人々の……争いを望まない、平和を願う想いを。かつてのように争いばかり繰り返していた時代は終わり、お互いに手を取り合って共に生きていける。そんな優しい世界がこの世界なんだって」
終わり見えぬ争いの日々は遥か遠く、平和を謳歌する穏やかな日々が続いていく現代に蘇った己と言う存在。
戦いしか知らなかった己が再び生を得られたと言う事実。
それは、平和が訪れた時代の中、新しい幸福を謳歌すればよいのだと誰かに言われた様な……不思議な感覚。
「争いの無い世界……それこそ、私たちが望んでいた未来そのもの。ならば、何を不安に思う必要がありますか」
「――強いね、ヴィレオちゃんは」
見知らぬ世界へ一人で放り出された様なものだと言うのに、気丈な態度を崩さない。
そのバイタリティに、花梨は純粋な称賛を抱く。
「私も負けてられない、か。いつまでも宙ぶらりんなのはダメだよね」
――そうでしょう? ……ダーク。
閉じた瞼の裏側に浮かび上がるのは不敵な笑みを浮かべた男の姿。
彼は、相容れない思想を持つ強大なる敵。
と同時に、胸の奥で燻るどうしようもない想いを抱く切っ掛けを作った特別な
自分は彼をどうしたいのだろう? それとも、自分は彼にどうかされたいのだろうか?
(自分の心がわからない、なぁ……)
厄介な悩みに答えは出せず、花梨は深々と溜息を吐いた。
近い将来、己の下す『決断』がセカイの運命を大きく左右させるターニングポイントとなることを、彼女はまだ知らない。
――◇◆◇――
同日、聖王教会の執務室にて――
「ねえ、ローラ。『陰陽五根』って言葉を知ってる?」
「ん? どっかで聞いたような気がしないでもなくなくないなり?」
「いや、どっちなのよ」
明日に予定されているミサへの出席を希望する信徒たちからの要望書を処理していたローラは、自身と同じく現在進行形で書類と格闘しているカリムからの問いに首を傾げた。相変わらず言い回しがおかしい親友に丁寧なツッコミを入れつつ、サインの記入続きで痺れ始めた指先を揉みほぐす。
ふと、カリムの視界に机の脇へよけておいた一通の手紙が留まる。
最近では珍しい手書きの便箋に納められたそれは、三日後に予定されている『公開意見陳述会』への参加を依頼する招待状であった。
次期教皇との呼び声が高いローラ、由緒正しい身分にあるカリムに招待状が送られてくるのは、ある意味で当然の結果であると言える。
美しき造形を彷彿させるしなやかな指先でそれを摘み上げて目の前にかざしながら、頭の上に茶色い毛並みの丸い耳とふっくら尻尾が似合いそうな友人の顔を思い浮かべる。
「いえね、この間、『閣下』を迎えに来たはやてと少し話す時間があってね? その時に教えてもらったのよ。『世界は“陰”と“陽”の二つの事象で構成されていて、一方が存在するからこそもう一方も存在できているんや。まるで
原初の世界は混沌、全てが入り混じるカオスの状態であり、その中から光に満ちた澄んだ気……“陽”と、暗く濁った闇を孕んだ“陰”の気が誕生した。
この二つの間を“命”と言うエネルギーが循環することによって世界に変化が生まれ、現在の形になった……と、これが『陰陽五根』の思想である。
僅か百年足らずという短い期間で次元世界に変革と秩序を齎した時空管理局。
古きベルカの思想と伝統を受け継ぎ、大地に住まう人々の心の受け皿とならんとする聖王教会。
管理局が外の世界……即ち、『天』へと飛び立つものとすれば、聖王教会は己が故郷である『地』を護るために尽力するもの。
この在り様はまさに、陰陽論に通じるものがあるのでは。
そう軽い気持ちではやてが語った言葉で、胸を打つ衝撃を感じたとカリムは錯覚した。
勧善懲悪ではない。絶対正義は存在せず、絶対なる悪もまた存在しない。
相反する存在が、互いのバランスをとることで世界は成り立っている。
まさに、自分にも戦うための
「私、ずっと悩んでいた……、ううん、迷っていた……んだと思う。私は弱いから……ローラやはやてみたいに戦う力を持たない脆弱な小娘でしかないから」
力の無い弱者だと吐き捨て、口惜しげに表情を曇らせる。
噛みしめた歯で切れたのだろう、口元から鮮血の雫が流れ落ちる。
主の自己嫌悪じみた自虐行為に、隣の机でサポートを行っていたシャッハがハンカチを取り出しつつ、慌てて駆け寄っていく。
「予知能力とは聞こえは良いけど、結局は少し命中度の高い占い程度しかないわ。それ以外に、私に価値ってあるの? 本当に大切な時に、誰かを護る事も出来ない私なんかに……」
「自分を蔑ろにするのは感心せんね。お前さんには、人望も、志も、権力だってあるであろうに。血統ってのも、立派な強さだと思うなりよ?」
「……けれど、戦うための“チカラ”を持っていないわ」
手の平を見つめる。
シミ一つ浮かばぬ陶磁器のような指先。連日のように書類作業をこなしている者の手とは思えない美しさだ。
ペンダコの後すら垣間見ることが出来ない己が指に視線を這わせつつ、心配そうな表情で肩に手をかけてきたシャッハの手を取る。
女性的な丸みを帯びつつも、武器を振るう事によって硬みを帯びた武人の手だ。
「私はいつも守られてばかりね……。自分では戦わず、希少な能力の持ち主だからと荒事から遠ざかされて……『候補者』に選ばれたっていうのに、傷つくのはいつだって私の大切な人たちばかり……」
わかっている。こんな事を言ったところで、どうしようもない、代えられない事柄なのだと言うことは。
ローラやシャッハの困ったような顔。
『刻限』が迫る中、どうしようもなく堪えられない不安を抱いてしまうカリムを理解してくれる友人たちの優しさからくる表情なのだと非凡な頭脳で理解できてしまい……それがまた、申し訳なさを増させてしまう。
予言能力を持つカリムは戦いを生業とする立場にない。だからこそ、戦う術を持ったローラが教会の守護者でもある教皇の時期最有力候補と呼ばれているのだし、シャッハと言う優秀な騎士が補佐として宛がわれているのだ。
それでも、自分に戦うための術があれば……と思わない日は無い。
大切な友人たちが傷つくかもしれない戦場へ赴く姿を、ただ見送るしか出来ない無力な自分が情けなくて。
「それは違いますよ」
自己嫌悪に陥る優しい主の心を救うべく、シャッハの両手がカリムのそれを包み込む。
「シャッハ……?」
「カリム、私が武人としての道を選んだのは私自身が望んだ事。私の下した『選択』が、貴方を護る盾となり矛となれる。それはこの上ない誉れなんです」
一部では心優しき聖女様と崇められるカリムを、時に護衛として護りぬき、時に友人としてふれあい、笑い合う。
そんな少しだけ普通じゃない日常が、シャッハにとってどうしようもない幸福な時間なのだ。
「適材適所、とはまた違いますが……カリム、貴方には貴方にしかできない事をやってください。それが、私たちを守ってくれる大きなチカラとなるはずです」
「私にしか出来ないこと……?」
「お前さんに戦う力が無いのとおんなじさね。私らに出来ないことを、アンタは当たり前のようにやっちょりおるよ」
武力を以て、先陣に立つローラ。彼女の雄々しき後ろ姿に、人々は聖王教会の教えが自分たちを護ってくれていると感じる。
優しき微笑みで人々の心を癒すマリア。彼女の飾らない、ありのままの優しさが、戦で弱った大衆の心を癒す。
そして……カリムは『導き手』。
聖王教会を頼り、幾重にも重なりあった想いといううねりを纏め上げ、ひとつの意志として統括する。
カリスマ、仁徳、担い手……カリム・グラシアには、人々の上に立つ器が宿っている。
故に、彼女は駕籠の鳥ではなく教会の未来を担う騎士としての役目を与えられているのだ。
マリアが集め、ローラが守る『想い』を束ねる存在として成長して欲しいと、現教皇たち上層部が願っているから。
「……うん、ありがとう。そうね……そうよね。いつまでも引き摺ってないで、まずは自分に出来ることを精一杯頑張らないとね」
「まったく、『刻限』はもう目の前にきちょるっちゅうのに、ウジウジと女々しい奴ね。そんな調子で
「わっ、私は女の子です! 女々しくて当たり前でしょ!?」
「子ぉ? ――ハッ!」
「鼻で笑ったわね? 右斜め上四十五度を見上げながら、身の程知らずな愚者を睥睨するかのような冷たい視線をくれましたね!? え、なに、もしかしなくても喧嘩売られてるの、私!?」
「え、なにをいっているのですか? わたくしにはなんのことやらさっぱりわかりませんわよ? おほほほほ」
「棒読みにも程があるわよ!」
すかこーん! と軽快な音がローラの額から鳴り響く。真っ赤な顔のカリムが投擲した判子(どこぞの玉璽を彷彿させる純金製の重い奴)がジャストミート。
一撃で未来の教皇が椅子から転げ落ちる。
「あだっ!? な、なんちゅうことすっとね!? 判子は投げるもんじゃありゃしませんのよ!」
額にグラシア家の家紋がペイントされてしまったローラが憤慨顕わに詰め寄っていく。
う~っ! と数秒睨み合い、ふしゃーっ! と威嚇音を上げながらキャットファイトへと移行する。
いつも通りのじゃれ合いと言う名の喧嘩を呈してきた未来の教会代表たちの姿に、シャッハは微笑ましそうな笑みを送る。
『刻限』が訪れた時、失うことになるであろう『関係』の件でネガティブになっていたカリムも、この調子なら大丈夫だろう。
「シスター・マリア。お二方がじゃれ合っている間にティータイムといたしませんか? 本日のデザートはザッハトルテですよ」
「うにゅ――……ふえっ!? ほ、ホントっ!?」
一人静かにソファーの上でうたた寝していたマリアがデザートの名前で飛び起きる。
その様子に苦笑を浮かべるしか出来ない。
「あらら、眠り姫は王子様じゃなくて、ケーキのキスがお望みでしたか」
「えへへ~♪ ――あれ? あーちゃんは?」
「うっ……!? く、こ、この程度、私は……っ!」
「しーちゃん?」
「な、なんでもありません!? えっと、なんでしたっけ……っと、ああ、あの娘ですか? 彼女なら、ほら……」
うたた寝する前にはいたはずの、ローラの従者である『彼女』の姿が見えない事に、マリアは不思議そうな表情で首を傾げる。
小動物を思わせるリアクションに、鼻孔の奥の方から込み上げてくる熱いナニカを鍛え上げた首筋で堪えつつ、窓の外を指差す。
「お~♪ デートちゅうだ~♪」
マリアの視線の先、中庭にあるひときわ高い木の麓で佇む二つの影。
シャッハと同じ聖王教会所属のシスター服を纏った小柄な少女。
フードを外しているのだろう、彼女自慢の燃え盛る様な赤い髪が風にたゆたい、靡いている。
木の幹に背を預ける様な体勢で腰を落とし、正座をとる彼女の膝の上で微睡むのは、マリアたちも良く知る蒼き毛並みの雄々しき獣。
微睡んでいるのだろう、鋭利な牙がな立ち並ぶ咢を
少女も同じで、触れ合い、感じ合える愛しい男の温もりに身を委ねているのだろう。
瞳を閉じ、優しい風の音に耳を傾けながら、愛しげな手つきで獣を撫でている。
人と獣、一見すると異質なカップリングにしか見えない二人だが、彼らを良く知る人々からすると微笑ましい光景にしか見えない。
何故ならあの二人、見た目通りの存在ではないからだ。だが、そんな事は些細な事情にしかすぎない。
そんな、ちょっとだけ普通じゃない恋人たちの逢瀬を邪魔しちゃ悪いねと窓から覗き込んでいたマリアが身を引っ込める。
恋人たちの時間を邪魔する者は、聖王様の天罰が下ってしまう。
ついこの間、聖王様が再誕されたばかりなのだから、無粋な真似はお叱りの対象となってしまう。
私は空気が読める子なんだから~、とニコニコ笑みを浮かべつつ、シャッハがケーキを並べていくテーブルへと近づいていく。
決して、彼女の代わりに自分がもうひとつケーキを食べられる……なんて俗物的な考えがあったからではない。
口元に溢れ出す
「ふふっ、シスター・マリアはったら、しょうがない方ですね。それじゃあ、カップを並べるのを手伝っていただけますか? ご褒美にあの娘の分のケーキを進呈いたしますよ」
「いえっさ~♪」
寝ている間も手放さなかったのだろう、表紙に少し皺が入っている書物をテーブルの上に置きながら、シャッハの元へと向かっていく。
程なくして、気心が知れた者同士の楽しげな喧騒と甘味に舌を打つ少女たちの声が執務室に木霊する。
穏やかで賑やかな空気。
そんな中にあって唯一、異彩を放つのは、テーブルの上に放り出された一冊の書物。
何度も読み返したのだろう、羊皮の表紙は所々痛んでおり、紙片の端も擦り切れているところが見える。
しかし、そんな程度でソレの価値が低下することなどありえない。
何故ならば――……、
ソレが宿すのは異常にして異質なる物語。
元来、“この世界”に
『もし、この世界に
表紙に画かれているのは凛々しくも美しい少女たちの立ち姿。
少女から大人の女性へと成長を果たし、未来を担う少年少女たちと共に困難へと立ち向かう『不屈の心』のお話。
中央に描かれた白い服を纏い、金色の杖を構える栗色の髪の女性と、彼女が紡いだ絆の仲間たちの物語。
表題には、古代ベルカ文字でこう描かれていた。
『魔法少女 リリカルなのはStrikers』――……と。
――◇◆◇――
同日、純白の世界にて――
距離と言う概念が存在しない異空間。
見渡す限りの範囲に物質と呼べる物は一つとして存在せず、どこか空虚すら感じさせる。
そんな《神》の住まう世界に限りなく近い異空間で向かい合う二つの存在があった。
一方は、強大にして苛烈なる力を内包し、人の器に収まり切らぬほどの存在へと至りつつある『うつろうもの』――ダークネス。
もう一方は、大きな頭部と機械的な身体が特徴である白き存在――《純白の神》 サンボーン。
《『ソーラレイカー』という言葉の意味を知っているかい?》
「“太陽を護るもの”、ですか?」
《正解とも言えるし、間違いとも言えるね。太陽をどういった意味合いで捉えるのかがキーポイントだよ》
「はぁ……」
またもや純白の神に拉致と言う名の呼び出しを受けたダークネスは、再会早々、こんな問いを投げかけられていた。
黄金の巨神は不在らしく、純白の神の独断で呼び出しを受けたようだった。
前触れも無い強制的な干渉なので抗う事も出来ない。
家族四人で仲良く床についていたと言うのにと、不満を抱いてしまうのも仕方がない事だろう。
「君は変わりつつある。それは喜ばしいようでもあるし、反対に危うい物でもある。君は今の自分を、
「どう、とは?」
「質問を質問で返すのはいただけないね。それに、答えは君の中にあるはずだよ」
「俺の中に? それはどういう――っ!? なん、だ……?」
言われ、胸元に手を押し当てながら意識を集中させる。
この空間は《神》のチカラで満ち溢れているからか、普段では感じ取れないほどに微量な
己の心臓が奏でる鼓動ではない。ダークネスの物ではない、全く別の『ダレカ』の想いが脈動を繰り返してる事を理解し、ダークネス表情に驚愕の色が浮かぶ。
「こいつは、“
かつて、彼が降し、屠ってきた
鼓動のように感じたのは、“
己の内で起こっている異常な事態に戸惑いを隠せないダークネスへ、サンボーンが優しい声色で諭すように告げる。
「君はかつてこう言ったね。『踏み越えた敗北者たちが抱いていた如何なる想いも呑み込み、受け入れ、その上で己が我を通す』と。それは正しい。異なる主義・思想が相対してしまったなら、お互いの想いをぶつけ合い、意志を貫くことでしか未来を掴む事は出来ない。けれど、受け入れるだけじゃあ駄目なんだ。ほら、耳を傾けて御覧よ。聞こえるはずさ、“
「……」
穏やかな声に誘われるまま、深く、深く意識を沈み込ませていく。
まるで底の見えない深海へと堕ちていくような感覚。
けれど、恐れは感じない。
ダークネスの心は恐怖を抱くことなく、どこか懐かしい錯覚すら覚える。
(こいつはたしか……
《さあ、彼らから受け取った『想い』を理解し、解放するんだ。
穢れ無き宣告が黄金の魂を更なるステージへと導いていく。
“
世界が『白』から『蒼』へ。そして『黄金』へとうつろい変わる。
受け継ぎし守護竜の真なる奏者へ至るべく、《新世黄金神》が新たなる進化を果たそうとしていた――……。
常時『神なるモノ』形態&真名解放状態でいられるようになった刹那君の考察、仲良しさんなヴィレオたち六課保護連盟、なにやら覚悟を決めたらしいカリム嬢、そしていよいよ”あの姿”への進化が秒読みになってきたダークさん。
乱発してきた伏線を回収できるよう、しっかりお話を纏めなければなりませんな!
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公開意見陳述会
ここまで温存してきたラストナンバーの正体がようやく露わになります。
ちなみに、ここから最後までシリアスで突っ走ろうかと思います。
人生は泡沫の夢、儚いモノだと誰かが言った。
古人の名言というものは、実に的を得ているものだと思う。
現代に生きる人々は幾重にも身に纏った『嘘』というヴェールによって『己』を護っている。
誤魔化しの上に誤魔化しを重ね、いずれは真実すら虚言という毒に侵され、見失ってしまう。
故に、『縁』というモノはほんの小さな切っ掛けで崩れ去ってしまうのだ。
何と言う残酷。そして何と言う皮肉なのだろう。
ああ、大いなる《神》よ……。
どうして我ら“ヒト”をこれほどまでに不完全な存在として産み落とされたのでしょうか――?
「その答えを知りたいんなあ、どうしようもない痛みを乗り越えないといけないよー? け・れ・ど~……カリムちゃんにそれが出来るかな~?」
ページを閉じ、引き出しの中へと戻す。
口元に張り付けた様な微笑みを浮かべ、「くすくす、くすくす」と笑う。
閉じられたカーテンを開き、窓越しに見える青海の如き清々しい空を見上げ、目を細める。
この空の彼方、
まるで、童女の如き純粋な笑みを。
まるで、全てを睥睨せし悪魔の如き嗤いを。
くすくす、くすくす……
銀色に輝く髪を靡かせて、小さな聖母が来たる戦乱の幕開けに胸をときめかせていた――……。
――◇◆◇――
『知識』は持ち続けることに意味は無く、それを有効利用できて、初めて意味があるものとなる。
来たる『公開意見陳述会』に向けて、花梨たち儀式反抗派は自分たちがもつ強み……即ち、“原作知識”を公開する決断を下した。
とは言っても、真実を告げるのは機動六課の槍面に立つ隊長やフォワード陣、後ろ盾であるクロノたちに限定してではあるが。
この世界が“
理由は、参加者が非参加者の間にある『知識』を有するが故の
そして、悲劇を生み出すことになる事件の被害を最小限に留めることが目的だ。
「『公開意見陳述会』当日、管理局の最高評議会――肉体的な寿命が尽きたっていうのに、自分たちがいなければ世界は成り立たないと思い込み、脳みそだけになってまで生にしがみついている老害共――に反旗を翻したスカリエッティが襲撃を仕掛けてくるわ。私たちの『知識』じゃあ、地上が権威回復の切り札として用意した魔導砲台“アインヘリアル”っていう兵器を戦闘機人が破壊、同時にガジェットの大軍と電子戦に特化した戦闘機人の攻撃を受けて地上本部の機能を壊滅させる。この時、建物内部で護衛任務を任されていたなのは、フェイト、はやての手元にデバイスが無かったこと、通信機能を制圧されたことで統率が取れなくなったことが原因になってフォワード陣が分断されてしまうわ。だから――潜入してきた複数の新たな戦闘機人に単独戦闘を余儀なくされたギンガは瀕死状態になって捕縛され、救援に駆け付けたスバルも重傷を負ってしまうの」
真剣みを帯びた花梨の視線を受け、ナカジマ姉妹の顔に驚愕が浮かぶ。
特にお姉ちゃんっ子であり、師匠の一人でもある姉が敗北するとは思いもしていなかったのだろう。
その顔には、はっきりと怪訝の色が見て取れた。
「地下通路っていう狭い空間、2対1と言う不利な状況、救援が駆けつける可能性が低い精神的に追いつめられた状態じゃあ、ローラーブーツの加速を利用する開けたフィールドでの戦闘を得意とするストライクアーツ使いが不利になるもしょうが無い事よ。――話を戻すわ。事件は地上本部だけに留まらないの。同時刻、主力がほとんど抜けている六課基地も敵の襲撃を受けて壊滅するわ。いいえ、寧ろ本命はコッチかもしれない」
「どういう事ですか!? 敵の狙いは
「これはあくまでも私たちが持つ『知識』に記された事だって理解してね? その中じゃあ、旧市街地での戦いで保護された人物はヴィレオちゃんじゃなくてヴィヴィオちゃんだったのよ」
正史において、聖王のクローン体――通称“マテリアル”――として六課に保護された筈の人物は、幼く無力な少女……ヴィヴィオであるはずだった。
しかし、参加者という異物を取り込んだ歴史は少しずつ小さなズレを生じさせ、今ある現実といくつも異なる相違点を生み出してしまった。
アリシアの蘇生、似て非なるマテリアルズの存在、ルーテシアやゼストたちの立ち位置など、いずれも彼女らが知る“正史”と食い違いを見せている。
特に顕著なのが聖王のクローン体である
正史では、六課に保護された後、なのはの娘となるはずだったヴィヴィオ。
しかしこの世界の彼女はダークネスに拾われており、キーパーソンとしての本来の役目を担っているのはヴィレオだ。
二人の聖王が同じ時代に存在するという状況。
スカリエッティの目的が古代ベルカ時代より現存する機動兵器『聖王のゆりかご』を復活させることというのは間違いないだろう。
ルビーと言えども、ゆりかごを超える兵器を早々生み出すことはできないハズ。
なによりも、定期的に葉月から受け取っていた調査結果より、聖王関連の遺物や多額の資金がスカリエッティへと送られていると言う事実を突きとめている。
このことから見ても、彼らが『聖王のゆりかご』というフラッグシップを起動させようとしていることは明白。
ならば、起動の鍵となる聖王の地を受け継ぐ者……ヴィヴィオかヴィレオの何れかを攫い、手駒にしようと目論んでいることは確定していると言ってよい。
「ま、要するにルビー共の狙いをぶっ潰すためには、お嬢ちゃん方を護り抜かにゃあいけねぇってことだな。つっても、こっちにゃあヴィレオしかいない訳だし? 実質、護衛するのは一人で済むってモンだ」
「セナ、そうは言うけど地上本部の方を疎かにする訳にもいかないでしょ? 花梨さんが教えてくれた敵戦力に、隊長陣クラスの大物もどこかに組み込まれる訳だし、戦力をこっちに集中させるわけにはいかないわ」
ティアナが懸念しているのは正史に存在しなかったイレギュラー、紫天の書一派三人とキャロ、リインフォース・ドライ。
そして何よりもルビーの存在が大きい。
彼女がもし前線に姿を現したとすれば、相手をできるのは花梨くらいしかいないからだ。
搦め手を多用してくるであろう彼女の相手をするには、刹那や宗助のような騎士タイプの魔道師では負担が大きすぎる。
「その辺は心配しなくてもいいと思うわ。ルビーは
「それって、ふぁーすとさんのこと?」
「ま、ね。なんだかんだでヴィヴィオちゃんを溺愛してるアイツが、あの娘を易々攫われるような真似はしないでしょ。ルビーも、ダークと決着をつけるのは最後の最後まで取っておきそうな感じがするし。まずは私たちと管理局を潰そうとしてくると考えていいんじゃないかしら」
「……ねえ、花梨。アリシアたちはどう動くと思う? ファーストも、同じ『知識』を持っているんでしょう?」
俯き加減のまま問いを投げるフェイトの様子に訝しみつつも、花梨は「あくまで推測だけど」と前置きを入れてから、
「アイツらは『公開意見陳述会』に干渉してくるつもりは無いんじゃないかな。もちろん、隙あれば私たちを倒そうと襲いかかってくるとは思う。でも、ダークの狙いは私たちじゃなく、いまだに姿を現さないNo.“ⅩⅢ”のほうだって考えて間違いないと思う」
儀式結界の発動などに関与し、開催者である《神》と繋がっている可能性がある最後の参加者。
いまだ儀式を中断させる手段を見つけ出すことが出来ない花梨たちをあざ笑うかのように、正体どころか、所在すら皆目見当もつかない人物。
ダークネスの言葉から幾度となく暗躍を繰り返している“影”の集団と繋がりがあるらしいのだが、管理局の伝手を使って調査を進めてきたが、未だ何の情報も手に入れることが出来ないでいる。
「今回の事件で事態は大きく動くことになるわ。その時、何らかの動きを見せるラストナンバーを見つけ出すことを優先する……ってのが、私の立てた推論よ」
「ラストナンバーか……」
刹那の声に、何か含むものがあったことに気づき、幾つかの視線が彼に向けられた。
刹那は一つ咳払いをして、
「もしかしたら、ラストナンバーは俺たちの身近に潜んでいるのかもしれねぇな」
火種となる一言を放り込んだ。
「いや、勘でしかないんだけどよ。戦局を有利に進めるためには立ち位置ってモンが重要になってくるだろ? 俺や姉御たちが六課に居るのとおんなじように、ラストナンバーも管理局とか聖王教会の内部に潜んでいたりするかもってさ」
一笑に出来ない発言だ。何せ、以前にも似たケースが存在していたからだ。
いち早く事態の情報を入手でき、かつ身の安全をある程度保障されている管理局の一員として所属するというスタンスをとっていた参加者……
「……まあ、ここでそれを考えてもしょうがないわ。今やるべきは、当日、いかにして敵の襲撃を防ぐかってことよ」
結局、推論は推論でしかなく、まずは目の前にある問題を一つずつ乗り越えていかなければならないと結論づけると、『公開意見陳述会』当日の警備人員の割り振りを再開した。
その後の討論で、各員の配属場所は以下のように決定した。
地上本部内、会議場:八神 はやて、高町 なのは、フェイト・T・ハラオウン、ギンガ・ナカジマ
本部周辺(上空):シグナム、ヴィータ、リインフォース・ツヴァイ
本部周辺(地上):蒼意 刹那、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル
機動六課本部:シャマル、ザフィーラ、高町 花梨、高町 宗助、八神 リヒト、ルーテシア・アルピーノ
デバイスの持ち込み不可となっている会場には、出席を上層部から命じられた隊長陣に加えて生身での近接戦闘に富んだギンガを護衛に付け、本部周辺の警護は副隊長+前線部隊。
ただし、この世界では健在であるゼスト隊も警護を担当しており、上空の司令塔として『陸のエース』ゼスト・グランガイツが、地上の指揮官として『地上部隊の
六課本部でヴィレオの護衛に当たるのは、シャマルとザフィーラのサポート要員の援護を受ける花梨だ。予備選力として、宗助ら“ちみっこ三人衆”も一応の戦力として数えておく。
これだけの警備を敷いたのだ。きっと悲劇は回避できる。
花梨も、刹那も、宗助も、皆が信じ切っていた。
悲しみを生む連鎖を、ここで止めてみせるのだという覚悟を胸に、『公開意見陳述会』の開始を告げる鐘が鳴る。
しかし――新たな舞台の開演を告げる鐘の音は、悲劇と嘆きに彩られし喜劇の幕開けを指し示していた事にこの時の彼女らはまだ気づいていなかった。
――◇◆◇――
『公開意見陳述会』当日。
討論会そのものは、ほぼ予定通りに進められていた。
地上と海の間にある垣根の深さをありありと見せつける結果としかならないかと思われていたが、意外な事に、お互いを弾劾するほどヒートアップすることは無かった。
と言うのも、タカ派である地上最高責任者 ゲイズ中将が、地上部隊の戦力増強を声高々に叫ぶこををせず、理論をもって論破しようとしてきたからだ。
地上と海に振り分けられる予算や偏った人員采配などのデータを民間人にも理解できるよう簡略化した資料を用い、外の世界へ目を向けすぎて足元をすくわれては本末転倒だろう、管理局発祥の地であるミッドチルダの治安を守ることの何が不満なのだと、静かに、されど強烈な意志を以て海の代表と相対したのだ。
これには視聴者である一般市民たちから大きな反響が返された。
彼らは、自分たちを護ってくれている地上部隊の主張をその通りだと、中将たちの努力のお蔭でミッドの平和は守られているのだと声高々に叫んだのだ。
これに動揺したのは海側の代表格だ。クロノを始めとする地上と海の関係を対等であると主張する穏健派はゲイズ中将の主張、しいては地上部隊全体の主張を真摯に受けとめ、今回の討論会がお互いに歩み寄るきっかけになると希望を抱いている。
しかし、自身の主張を叫ぶしか能が無いとたかをくくっていた海側の一部タカ派からしてみれば面白くない。
彼らは、碌に空も飛べない陸上魔導師ごときのために、人員や予算を割いてやる必要などない、むしろ新型次元航行艦の建造や空戦魔導師の練度を高めるために、更なる予算上乗せを決議させることこそが、管理局の存在意義であると本気で信じていたからだ。
生まれ故郷であるミッドチルダの平和を守ろうとする陸と、無限に広がる次元世界に法と秩序を齎す事こそが重要であると考える海とでは、どうしても価値観が異なってしまう。
穏健派はどうにか落としどころを見つけようと四苦八苦しているものの、根本的に頑固者である――ゲイズ中将然り、海の提督然り――者ばかりなので、議論は並行線を辿ってしまう。
さすがに一般市民の目がある前でお互いを罵倒したりはしないようだが、このままだといつ殴り合いに発展してもおかしくは無いだろう。
(あかん、頭痛たなってきたわ……。てか、カリムはさっきから何やっとんのや? こういう言い争いを仲裁するのが聖王教会の役目っちゅうとったのに)
はやての視線の先、討論会の檀上にある長机についた聖王教会代表者であるカリムとローラは、討論会が始まってから一言もしゃべらず、無言を貫いたままだ。
はやてと同じように訝しんだクロノが何気なく様子を窺っているが、彼にも反応を返さない。
静かに、討論を繰り返す者たちの様子を目に焼き付けるかのように黙したまま、眉ひとつ動かす様子を見せない。
しかも、カリムだけでなく隣に座るローラや彼女らの後ろに立つ聖王教会のシスターらしき少女たちまで無言を貫いている。
(あれ……?)
(なのは? どうしたの?)
ふと、護衛役のシスターを見たなのはが、頭の上に疑問符を浮かべる。
(うん……ねぇ、フェイトちゃん。あの子に見覚えあったりしない? 前にどこかで見かけた様な気がするんだよ)
周りに気づかれないよう視線だけで相手を示すなのはに言われ、問題の人物の顔をまじまじと見つめてみる。
なのはが違和感を感じたのは、三人のシスターの真ん中に立つ、一番小柄な体躯の少女だった。
サイズが合っていないのか、ややぶかぶかの法衣を身に纏い、裾の大きいフードを被っている。
ややうつむき加減になっているらしく目元は隠れてしまっていて、ここから見えるのは口元くらいなものだ。
いかに執務官であるフェイトをしても、たったこれだけの情報で相手を特定することは困難であると言わざるを得ない。
そう――普通ならば。
(あ、れ……?)
確かになのはの言うとおりだ。肌がほとんど隠れているので正確な体格もわからず表情も見えないと言うのに、どこか見覚えがある。
忘れてはいけないと彼女の心が叫んでいる気がした。
思い出さなければ。さもないと、大変な事になってしまう。
焦燥感にもにた不可思議な感覚に戸惑いつつ視線を逸らさなかったフェイトに気づいたのか、件のシスターがフェイトの方へ顔を向け、
「――ッ!?」
笑った。
たったそれだけだというのに、制服の下は汗でぐっしょりと濡れ、下着が肌に張り付いてくる不快感が背筋を駆け昇る。
一見するとお人形のような可愛らしい笑み。
しかし、フェイトの培ってきた執務官としての経験と勘が、微笑みの裏側に潜む悪意を確かに感じ取っていた。
それはまるで――子供が捕まえた虫の手足をもぎ取っていくような……純粋故の悪意に満ちた狂笑。
親友の様子から感じるものがあったのだろう。なのはもまた、少女に対する警戒度を引き上げ、いつでも動き出せるように重心を低くする。
デバイスの持ち込みが禁じられている会場にいる以上、相手も条件は同じはず。いかに危険な能力を持っていたとしても、魔力で身体強化したなのはとフェイト二人がかりならば抑え込む事も出来るはずだ。
緊張を高めていく部下の様子にはやてもまた意識を戦闘よりへ切り替えようとした――瞬間、
「なっ……おい! なぜ隔壁を下ろす!?」
「わ、わかりません! 管制室! どうした、何が起こった!? ――返事をしろ!」
突如として会場の出入り口に備え付けられた隔壁が作動し、会場を外と完全に隔離する。
と同時に、ザザッ――! というノイズが奔ったかのような雑音が響き、会場正面に展開された空間モニターに映し出されていた映像が映り替わる。
通信回線がジャックされたのだと人々が気づくよりも早く、そこに映し出された人物は、まるで己こそが世界の中心にいるのだと言わんばかりに芝居がかった仕草で両手を広げながら高らかに叫ぶ。
『やあ、管理世界に生きる紳士・淑女諸君。突然で申し訳ないが、私にも討論会へ参加する資格を頂けないかね? ま、答えは聞いていないのだがねぇ!』
広域次元犯罪者“無限の欲望”ジェイル・スカリエッティ。
稀代の犯罪者は心の底から楽しそうに嗤いながら、表舞台へと姿を現したのだ。
モニターに映るスカリエッティが会場を見渡しつつ、ニヤニヤと不快感しか感じさせない笑みを振り撒く。
やがて視線は、歯を食いしばり忌々しそうに睨み上げてくるレジアスのところで止まった。
『おや、誰かと思えばレジアス中将閣下ではないですか。お久しぶりですねぇ。前にお会いしたのは確か……貴方に戦闘機人に関する技術提供をさせて戴いた頃でしたっけねぇ?』
会場にざわめきが広がる。現地上本部最高司令と犯罪者の間に繋がりがあった。
蒼天の霹靂である一大スキャンダルである。先の発言の裏を取ろうと身を乗り出す記者たちを視界の端に捕えつつ、レジアスは鼻を鳴らして
「ふん、よくもほざく。最高評議会の飼い犬の分際で、飼い主の手を噛むつもりか? 連中は管理局設立時より延命処置で生き永らえている化け物だ。奴らが生み出した
『ふふふ、ご心配してくれるのですか? ずいぶんとお優しくなられたようで……。やはりあれですか? 違法研究に手を染めてなお、力を渇望していたレジアス・ゲイズであろうと、孫のようにかわいい部下が出来たら牙を抜かれた獅子へと堕落してしまう、と。しかし何と言う皮肉なのか……よりにもよって貴方があれ程憎んでいた
まさかこのタイミングで自分の方へ飛び火してこようとは思ってもいなかったはやての肩が大きく跳ね上がる。
彼女自身、“闇の書”の主であったという負い目を抉られ、反射的に俯いてしまいそうになる。
だが、
「――――」
レジアスと目があった。
“闇の書”の主と言う単語に恐怖、嫌悪感を顕わにする者が少なくないこの場にいて、彼の眼はいつも通り、彼女が見慣れた不遜な物だった。
故に、そこに込められたレジアスの想いを読み解き、理解することが出来た。
――どうした? この程度で潰れるのか、小娘?
「――ハ」
失笑が零れる。
何ショックを受けている? この程度の視線に晒されることなど、今までにも数多く経験してきたではないか。
過去は変えられない。けど、未来は変えられる。
たとえ、元犯罪者という烙印を押されたとしても、自分は、『時空管理局局員』八神 はやての覚悟は、そう容易く折れてしまうような脆弱な造りをしていない!
口惜しさに噤んでしまいそうになった頬に力を込めて、口端を吊り上げる。
一度だけ瞼を閉じて、己の心を奮い立たせる。
ゆっくりと息を吐き出しながら、粘ついた笑みを張り付けたままのスカリエッティを睨み返す。
はやての表情に悲壮感と言った感情が見て取れないことに気づいたのか、おや? と首を傾げるスカリエッティ。
予想とは正反対の反応を返した少女を、不思議なものを見たかのような様子に、レジアスはしてやったりという不敵な笑みを浮かべた。
「小娘を弄って悦に浸るとは、予想以上に小物臭が漂っておるぞスカリエッティ。とはいえ、そこな子狸は貴様如きの言葉で揺らぐほど繊細な作りをしてはおらんのだがな。――過去はどうあっても帰られん。それは、かつて地上の戦力強化を狙い、違法研究へ手を伸ばしかけた儂や、第一級危険指定物の主に選ばれた
「美味いこと纏めたつもりやろうけど、ちゃあんと聞き取りましたよ? 誰が子狸やねん! いい加減その呼び方変えろや、髭ダルマ!」
「上司に向かってその言葉使いは何だ、馬鹿者! 部隊運営云々を覚えるより先に、まず礼儀を覚えてから出直してこんか!」
「その言葉、そっくりそのまま返したるわ!」
売り言葉に買い言葉。
もはやスカリエッティのことなどどうでもいいとばかりに口喧嘩へ移行するはやてとレジアス。
いつも通りと言えばいつも通りな二人の様子に、彼らを知る者たちはそろって呆れ顔を浮かべる――と同時に、会場に潜んでいるかもしれない敵勢力を警戒しつつ、騒動を鎮圧すべく戦意を高めていた。
子供じみた口喧嘩を繰り広げるレジアスとはやてのやり取りに一般人は呆気にとられ、モニターに映るスカリエッティの意識も二人の方へ向けられていた。
それはつまり、なのはら腕利きの魔道師たちへの警戒が薄れているということ。
はやてとレジアスは、僅かなアイコンタクトで自分たちを囮に使うことを思い付き、その策を実行した。
そう、スカリエッティの発言で否応なしに注目を集めることになった状況を逆手に取ったのだ。
花梨から、こう言った状況になることをあらかじめ教えられていたはやては目論見がうまくいったことに内心でほくそ笑む。
こうして時間稼ぎをしている間にも、異変を察知した護衛部隊が向かってきている筈だ。
地上所属の魔道師だけでなく、海側からも人員を派遣されているのだから、戦力的に問題は無い。
後は、スカリエッティの号令と同時に動き出すであろう戦闘機人たちを外の部隊が抑えてさえくれれば……と、願望まじりの予測を立てた、その時だった。
「ドクター、何乗せられておるなりよ。お前様は稀代の革命者として歴史上に名を刻み付けることになるのだから、もう少ししっかりしてほしいものなりね」
踵にまで届く長い髪をかき上げながら、まるで旧知の友人へと話しかける様な気安さで語りかける女性がひとり。
「お前様は管理局が行ってきた闇の象徴のひとつ……アルハザードの叡智を吸い出すために生み出された最高評議会印の人造魔導師。まさに、正義の仮面を被ってきた腐敗組織に反逆する革命児。だからこそ、聖王教会はお前様を受け入れたなりよ?」
『クックック……これは失礼を、ミス・スチュアート。狸と子狸の演劇があまりに面白くてねぇ。ついつい見入ってしまったのだよ』
酷薄な笑みを張り付けたスカリエッティと、まるで旧知の間柄のような談笑を交わす。
予想外の人物の動きに驚いて口論を止めてしまったはやてたちの目の前で、法衣から覗くしなやかな指先を唇に当てながら蠱惑的な微笑を浮かべた女傑……ローラ・スチュアートが声高々に宣言する。
「子狸、つまらん小芝居で時間を稼ごうとも、無駄無駄無駄なりよ。何故なら――」
パチン、と指を鳴らす。すると、無数の空間投影モニターが展開され、地上本部各所の映像が映し出される。
そこに映し出されていたのは、傷つき、息も絶え絶えになりながらも必死に抵抗を続けている管理局員たち。
そして――
「戦闘、だと!? バカな!? 警報はどうした!?」
地上本部を包囲する様に展開されたガジェットの軍勢のAMFで魔法が使えなくなった局員たちをなぶり殺しにしていく青いボディスーツ姿の少女――戦闘機人たちと、不可思議な光に包まれながら平然と魔法を発動できている聖王教会の騎士の姿が、会議場にいる人々の目に飛び込んできた。
「この建物の内部は、すでに我ら聖王教会が制圧済みじゃからねぇ」
驚愕を顕わにする一同の様子をさも愉快そうに眺めながら、ローラの笑い声がやけに大きく響いた。
――◇◆◇――
始まりは突然だった。
地上と海、相反する思想を持つが故にいがみ合っていた両者が共同で警護を行っていた地上本部。
守護者が住まう宮殿を思わせるその場所は、真新しい破壊の爪痕が深々と刻み付けられていた。
血を流し、うめき声を上げながら地に倒れ伏す局員たち。屍の仲間入りを待つだけの有様となった彼らの中心に、背中を預けながらお互いを支えあう少女達の姿があった。
「っ、ハァ、ハァ……ティア、まだやれそう?」
「誰に、モノ、言ってんのよ……アンタこそ、息切れしてんじゃないの。体力バカのくせに、だらしないわよ」
「あはは、ヒドイなあティアは」
そこにいたのは、警護部隊に配属されていたスバルとティアナであった。
疲労と激痛で震える手足を胸中で叱咤し、軽口を叩き合いながらトンでしまいそうになる意識を保っている。
バリアジャケットは所々焼き焦げ、とめどなく溢れる鮮血で少しずつ紅に染まっていく。
それでも、ここで気絶する訳にはいかない。正面玄関付近の警護と言う重要な任務を任せてくれた隊長たちの想いに応えるためにも、ティアナ・ランスターに諦めるという選択肢は無い。
砕かれていないクロスミラージュの銃口を襲撃者へ突きつけ、痛みで朦朧する頭で術式演算を行う。
相棒の決意を感じとったスバルのリボルバーナックルが薬莢を吐き出し、唸りを上げる魔力を拳へと集束させた。
「あぁん? ンだよ、その
吐き捨てるように二人を睥睨するシスターが、明るすぎる緑光を放つ魔力球を手のひらで弄びぶ。
聖王教会のシスター服の上からでもわかる肉付きの良い四肢を持つ女性。
膝上ほどしかないミニスカートに肩などの各部が露出したかなりの改造が施されたシスター服を纏っている彼女こそ、この惨劇を産み出した元凶であった。
「マジ、ウザッてぇ……チッ! あの
女性は響が削がれたとばかりに溜息を吐きつつ、ティアナたちに
「……待ちなさい。どういうことよ、ソレ……」
予想通り喰い付いてきたティアナに見えないよう、愉悦に歪む口元を手で隠しつつ、表面上はさも“口が滑った”とばかりの表情を作りながら、
「んん? あ、聞こえちゃったぁ? いやー、うっかり口が滑っちゃったか。失敗、失敗♪」
「答えなさい! アンタ、今……英雄って言ったわよね!? まさかそれってセナの事じゃないでしょうね!?」
「うっわ、マジで? 恋人を心配するヒロイン的な台詞をナマで聞ける日が来るなんてねぇ。青臭い恋愛劇ってヤツぅ? チョーうけるんですけどぉ」
猫が羽を捥がれた小鳥を弄り、命尽きるまで弄ぶかのように。
神経を逆なでる甘ったるい声とリアクションで不安と焦りを煽っていく。
冷静であらなければならないと理性が叫ぶ。しかし、想い人の危機を前に本能を抑え込むことが出来るほど、ティアナは大人に成りきれていなかった。
思わず掴み掛ろうとする相棒をスバルが羽交い絞めにして抑え込む中、とうとう堪えきれなくなった女性が腹を抑えながら大声で嗤う。
「はッ、ハハハハハハハ! な~にを動揺してやがんだよマ・ヌ・ケ♪ 騙し騙され、殺し殺されは世の常だろうがよぉ。テメェらが仲間だって思い込んでいた奴が実は裏切り者で、テメェの王子様が喉元カッ捌かれるってだけだってーの。管理局員のくせに、この程度の覚悟も持ってなったのかよ、救いようがねぇ牝ガキどもだぜ」
冷静さを失っている未熟な少女たちの心に、蠱毒の塊である敵の言葉が染み込んでいく。
“裏切り者”
戦術において、相手を内側から喰い破る定番の策とも呼ばれるそれが自分たちの身に降りかかったというのか。
敵の妄言だと切って捨てるのは簡単だ。しかし、目の前に仲間だと思い込んでいた聖王教会のシスターが敵として立ち、地面に倒れ伏した管理局の仲間たちを殺したのも揺るぎようの無い事実。
真実なのか、それとも虚言なのか。思考に気を取られ、トリガーにかけた指が石化したかのように動かない。
「ヴァ~カ、この程度で動揺してんじゃないっての。やっぱりこの程度だったかよ。もういいや、――……死んどけ
吐き捨てられた暴言と共に撃ち出された明るすぎる閃光が、ティアナたちを呑み込んだ。
――◇◆◇――
公開意見陳述会で起こった事件の全貌は、会場内にあるテレビカメラによってリアルタイムで放送されている。
映像を視聴できる次元世界の人々の殆んどは、驚きと興奮、そして不安が入り混じった表情で映像機器に見入っていた。
ジェイル・スカリエッティと共謀した聖王教会の
まさかの事態に皆が言葉を失う中、ひときわ大きなショックを受けていたのはクロノ・ハラオウンら六課の支援者だった。
友人が起こした突然の狂乱に動揺するはやてよりも、仕事上の付き合いとして接する機会が多かった彼らにとって、カリム・グラシアと言う人物は、優しく、聡明な女性であった。一瞬、聖王教会の一部が暴走したのではと淡い希望を抱いたが、カリムの横顔を見て、違うと悟る。
本気の顔だったからだ。命じられたから仕方なく行動しているのではない。己自身の意志で、彼女がここに立っているのだと理解させられたから。
「皆様はご存知でしょうか? 彼ら管理局が掲げる”正義”という理念……その裏側に隠されている恐るべき真実を。”正義”という耳障りのよいお題目を掲げた彼らは、時に非人道的な行為すら正当化してしまうことがあるのです。もちろん、いきなりこのような発言を耳にしても信じられないでしょう。私自身、彼らの存在が世界に平和と秩序を齎しているのだということを十分に理解しているつもりです。……ですが、だからといって、私たち聖王教会に助けを求められた人々の無念と悲しみを反故にして良い理由になりません。故に私は、残酷な真実を白日へとさらす『決断』を下したのです。たとえそれがーー大切な友人との絆を永遠に失うこととなったとしても」
カリムは、はやてへ思わせぶりな視線を向けながら手元の端末を操作する。
すると、展開されていたモニター郡が左右に割れ、その中央に新しいモニターが出現する。
映し出されたのは研究員の風体をした妙齢の男女。
白く、清潔感を感じさせる部屋の中央に置かれた椅子に腰掛けた彼らの表情は、どこか悲壮感が漂う。
「皆様にもご紹介させていただきます。こちらの方々は
思わせぶりに視線を落とす。その姿はまるで、悲しい現実を民衆へ告げることを心苦しく感じているかのよう。
「遡ること数年前……とある悲劇が彼らに襲い掛かりました。お二方が愛してやまないご子息が何者かに誘拐されてしまったのです。もちろん、当時の我々も全力を持って少年の行方を捜索いたしました。ですが、なんら手がかりを得ることもできぬまま、卑劣なる手段で引き裂かれた家族の絆を取り戻すことができないでいたのです。ーーですが! 長年にわたる独自の調査によって、ついに彼の所在を突き止めることができたのです。その証拠が……こちらです!」
カリムの言葉と共に、先ほどのモニターの画面が変わり、二枚の写真が映し出された。
ひとつは、3歳程度のころに撮影されたものなのだろう、夫妻に抱きかかえられた幼子の写真。
もうひとつは、とある少年の姿が映し出された。
二枚目のそれに映し出された人物を目にして、会場のいたるところから驚愕と疑念雑じりのざわめきが広がった。
なぜならば、
「お、おい、あれってまさか……」
「いや、でも、ありえないでしょう? だって、もし本当のことだったら、誘拐犯っていうのは――」
そこに映し出されたのは、下校途中の生徒らしき人物の写真。
学園の制服に身を包み、和気藹々と談笑している少年。彼の両脇には、白雪の妖精を髣髴させる可憐な白い少女と、強い意志を秘めた利発そうな顔つきが似合う紫の少女が肩を並べている。
彼の正体を見まごうことは無いだろう。
つい先日にも大々的なニュースとして取り上げられたアグスタ事件の被害者であり、かの名高き空のエースの姉を母とする少年――高町 宗助――だったのだから。
「カリムさん!? どうして、こんな――!?」
「真実ですよ、なのはさん。これはね、揺るぎようの無い真実なのです」
動揺を隠せないなのはたちへ一瞬だけ視線を向けると、カリムはまくし立てる様に言葉を続ける。
「皆様の驚きは当然のことだと思います。私自身、このような事実を知らされた時は何かの間違いであってほしいと天へ祈りをささげました。しかし、これはゆるぎない真実なのです。目をそらさず、受け入れなければなりません」
モニターの向こう側では、宗助の実親を名乗る男女がハンカチで涙をぬぐい、息子を返してと懇願する光景が。
情報の真偽は定かではないとしても、人の情に訴える策というものは得てして効果を発揮するものだ。
事実、会場の至る所から夫妻を同情する声が、そして――花梨を非難する声が上がりかけている。
今はまだ困惑の色合いが強いが、このまま放置してしまうと間違いなく彼女らへの悪意へと膨れ上がってしまうだろう。
(アカン、この流れは危険や。どうにかイニシアチブを取り戻さな!)
何とかして話の流れを取り戻そうと口を開こうとした瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように再度映像が切り替えられてしまい、人々の注意がそらされてしまう。
「人の煽り方を熟知している……なんて、女……!」
レジアスが舌を巻くほどに、効果的な策だと認めざるを得なかった。
宗助の所在を突き止めておきながら今まで表立ったリアクションをとらなかったのは、全てこのためだったのだ。この場合、真実かどうかなどは問題でない。重要なのは、エースオブエースの姉が教会関係者の子を息子としていることだ。この件に無関係である民衆は、興味半分に騒ぎ立てることだろう。自分には関係ないから。そんな自分勝手で浅はかな考えで。人から人へと移るうちに誇大増聴された噂は悪意を内包し、それを耳にした人々に疑心が生まれる。それは見えない鎖となって花梨の動きを拘束してしまうことだろう。
例えるなら有名料というやつだ……大衆になまじ顔を知られてしまっている故に、彼女は風評という名の見えない鎖で拘束されてしまった。
だが、聖王教会の糾弾は止まらない。表面上は平静を保っている管理局の代表者たちへと矛先を変える。
「彼女は組織の人間ではない。そんな都合の良い言葉で自らの罪を覆い隠し、希少価値の高い人材や古代遺産を独占する……はたして、このような暴挙が許されて良いのでしょうか?」
「暴挙だと……! 教会は我らの存在意義を否定するというのですか!?」
この発言には、伝説と呼ばれる老提督からも怒りの声が上がる。自らの人生を賭して貫いてきた信念を否定される言葉を聞き捨てる事は出来ないからだ。
「平和を守る正義の執行だと耳触りの良い言葉で着飾ってはいても、その内情は兵器の独占ではありませんか」
「……確かに、一部強引な手段で古代遺産の確保・回収を行っていること認めよう。我々の方針を受け入れられず、反対運動を行う集団がいることも理解しています。ですが、我々の目的はあくまでも次元世界の平穏そのもの。決して俗物的な考えに取り付かれているわけではない!」
ここで、カリムの隣で腕を組み、瞠目を貫いていたローラが動きを見せる。
眼を開いた彼女は、静かな怒りをあらわにする老提督へ冷めた目を向ける。
「ほぉ? なるほどなるほど……お前さんらの言うところの正義とやらは、犯罪者に古代遺産を受け渡すような行為のことを言うけりね?」
「なんですって?」
「――ッ!?」
言葉の意味を理解した瞬間、心当たりのある者たちの背筋が凍りつく。
開示されようとしている情報、それに含まれるものがどれほどの危険を内包しているのかを理解しているからだ。
反射的に飛び出すように腰を上げ、届くはずも無いのに腕を伸ばそうとしてしまうはやて。しかし、その反応を予測していたかのように気配を殺してはやての背後へと回り込んだシャッハが、彼女の細肩に腕を伸ばす。
「どうか、お静かに。騎士ローラの話はまだ終わっておりませんよ」
「っ!? なにを悠長なこと言っとんのや。アンタらは、あの人の恐ろしさを何一つ理解できとらん! 馬鹿な真似はやめるんや!」
「馬鹿な真似? 真実を暴き、白日の下にさらすことの、どこが愚かであると? 大体、犯罪者を恐れているような口ぶりは局員としていかがなものかと思いますが? 平和を守るため、人々の安寧を守護する存在だと豪語している組織の者の言葉とは思えませんよ」
「違う! そういう意味で言っとるんやない! 本当の事を知らない方がいい事だってあるんや!」
「それを決めるのは貴方ではありませんよ、はやて。それにほら……もう、手遅れです」
シャッハが視線を動かすと、画像の変更が済んだところだった。
「アカン……やめて……やめるんや――や、やめろぉお――っ!」
「ご覧ください、これが法の守護者と豪語してきた者たちの真実です!」
切り替えられた映像が予想通りのものだったことに、なのはとフェイトの顔から血の気が引き、事情を知らなかった三提督やレジアスは驚きで目を見開く。
映し出されたのは蒼く輝く宝石が収められた箱を黒髪の青年へ手渡している老成した男性。
箱の外装には力を宿す言葉である複雑怪奇な文様が刻み込まれており、箱自体も特別な価値を持つ物体であることは一目で理解できる。
青年も明らかに堅気でない雰囲気――映像越しにでも感じ取れるすさまじい存在感――から、相当な危険人物……次元犯罪者であると予測できる。
だが、問題は老人の格好にこそあった。
立場の高さを示す勲章を装着された管理局所属の高官服。服のデザインから、老人の正体が海に所属する提督であることは一目瞭然だ。
何よりも、この場に居合わせた人々の中で、老人の顔に見覚えがある者が少なくなかった。
『ギル・グレアム』
英雄とも呼ばれたことがある歴戦の勇士にして、忌まわしき古代遺産を一度とはいえ破壊したとされる人物だ。
10年前、彼が私怨で復讐に走ったことは伏せられているので、本人のイメージは『世界の危機を救った英雄』として定着している。
局員の鏡とも呼ばれた彼が、危険度の高い古代遺産を最上級の危険人物へと譲渡している映像はすさまじい衝撃となって会場を駆け巡った。
「老年の紳士の名前は皆様もご存知でしょう。そう、かつて英雄と呼ばれた方でさえ、私利私欲のために犯罪者へ古代遺産を横流すことをいとわないのです。それもこれも、我らベルカを起源とする古代遺産……忌わしき禁断の書物へと穢れ堕ちてしまった夜天の魔道書と数百年の英知を秘めた管制人格を管理局の手中に収めるために」
「それってまさか……闇の書のことですか!? しかし、あれは十年以上前に破壊されたはずでは!?」
「いいえ、それは真実を隠蔽せんとした彼らが流した虚言です」
カリムの言葉を引き継いで、ローラが説明を続ける。
「そう、先ほど見せた映像に登場した男。古代遺産を差し出すことを代価として、あの男は不可能とされる奇跡を実現して見せたなり。つまりは――生命の創造」
ローラの言葉を聴いた者たちはそろって言葉を失い、静寂が会場を包み込む。誰かが息を呑む音がやけにはっきりと耳へ届く。
「グレアム氏は宝石の種を代価に願ったなり。第一級危険指定物にランクされるほどに膨大なる力とそれを扱うことができるNo.“Ⅰ”という存在を自らの所属する組織へ引き込むことを! 本来ならばベルカの末裔が集う我々の同志として、教会の騎士となるハズでござんした。けれど、自らの信念を捻じ曲げてまで家族を救ったのだと子狸に信じ込ませることで管理局への恩義を抱かせ、隷属させた! もうお分かりでございませう? ーー彼の目論見は成功したのだ。消滅する以外に道が残されていなかった管制人格を、あの男……No.“Ⅰ”が人間の少女へ作り変えることで!」
「やれやれ、教会のお嬢さん方は少々ロマンチストすぎるようじゃな。バカバカしいにも程がある」
呆れを多分に滲ませた視線を向けるのは伝説の三提督と呼ばれた生ける伝説のひとり。
無機生命体を勇気生命体へと転生させるなど、人間の領分を越えた奇跡であると理解しているが故の発言だった。
だが、彼は知らなかったのだ。この世界には、人間の理解を超えた奇跡をたやすく起こせる規格外が存在することを。
「ほぉ? これを見ても同じことがほざけるなりか?」
「ふん、何を見せようと無駄な――っ!?」
不可能と一笑したはずの奇跡、プログラムの残骸であったハズの存在が人間の赤子へと転生していく一部始終の映像を提示され、伝説と呼ばれた男は二の句を継げられずに黙り込んでしまった。
「ご覧いただけましたでしょうか? No.“Ⅰ”、彼は文字通りの奇跡を起こすことができるのです。それこそ――死者を蘇らせることも、ね」
馬鹿な!
出来っこない!
デタラメだ!
納まる兆しを見せないほどの喧騒が会場を支配し、憶測が憶測を呼ぶ収拾のつかない事態となって行く。
混乱しか生まない真実を怒濤の如く連続で語り、冷静さを失わせることで場を支配する。もはや、この会場を発端とするうねりは、完全にカリムら聖王教会の手中にあった。
「出来ますよ。だって彼は人間じゃない……世界の在りようを思うがままに作り変えることが出来る超越存在――《神》の候補者なのですから」
ダークネスが、花梨が、宗助が……『参加者』の誰もが語ろうとしなかった真実。
無意識の内に
「改めて自己紹介をさせて戴きます。私の名は『カリム・グラシア』――こことは違う世界で生と死を体験し、《神》の手によって“転生”した来訪者にして参加者――……
映像越しに自分を見ているであろう『敵』へ宣告するように、カリムは語る。
彼らが告げることを恐れていた、この世界の真実を。
「あの女ぁ……!」
拠点のひとつであるホテルの一室で、手の皮を裂くほどに強く拳を握りしめたダークネスが怒りに肩を震わせる。
自分の目論見が外れたことに対してのみではない。予想を上回る『敵』のしたたかさを見下していた己の愚かさに憤慨して。
「もう……“原作”なんてどこにもないのかもしれないわね」
六課の食堂に備え付けられたテレビを見つめながら、花梨は小さく呟く。
信頼を失いたくない、もし本当の事を語ったら軽蔑されてしまうかもしれない。
臆病な心が軛となって、家族にも打ち明けられなかった事実を語る
「でも、まだ終わってない……スカリエッティと手を組んでまで、彼女はいったい何をしようと言うの……?」
この世界は
何故ならこの世界は――……彼女たちが知る所の空想上の産物、二次創作の世界なのだから。
禁忌を語り続けるカリムの思惑を理解できず、花梨と宗助は周囲から突き刺さる懐疑の視線に耐え続ける事しか出来なかった。
ついに表舞台へと登ったラストナンバーこと、カリム姉さん。
ダークさんが”能力”で見抜いた通り、彼女が13番でした。――まあ、結構なイレギュラーなんですが。参加者としての彼女の異質、矛盾点をどうクリアしたのかとかその辺の説明は次回で。
ちなみに、スカリー博士と教会が同盟を結び、ゲーム云々を暴露するのは当初から決めていたことなんですよ。
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反逆の狼煙
「くそっ! 何なんだよコイツは」
討論会当日の早朝、深夜シフト後の仮眠から目覚めた矢先に発生した騒動に、刹那は露骨に表情をゆがませた。
「まさか聖王教会がスカリエッティと同盟を結ぶなんて真似に踏み切るとはな。完全にしてやられたぜ」
味方だと思わせておきながら、ここぞというターニングポイントで周囲の度肝を抜く奇策にうって出る。戦術として非常に有効な手段だと、内心はき捨てる。
同時に、無謀な捨て身、下の策でしかない行為だとも。
革命、反乱、クーデター……どの言葉もしっくり来ない此度の聖王教会が起こした騒動は遠からず鎮圧されることだろう。
いかに民衆への影響力が強い教会といえども、軍人としての教導を受けている自分たちに比べて、あくまでも自衛に留まっている程度の戦力しか保有していない聖王教会とでは底力が違う。不足する戦力をスカリエッティと同盟を結ぶことで補おうというのだろうが、民間協力者扱いの姉御たちも控えている。
「懸念材料といえば化けモンくらいか。ま、ここでうだうだと考え込んでても始まらないか。カエデ、俺たちも救援に向かおう……ぜ……?」
振り向きながら、相方を呼ぶーー。しかし、彼の台詞は尻すぼみに小さくなり、モニターをにらみつけていた鋭い眼が驚愕と困惑で見開かれていく。
「なあ、――……なに、やってんだ?」
「……」
「頼むから答えろよ――……どうして、
カエデは答えない。普段とは……いや、教会が動き出したことに呼応したように、それまでの緩んだ顔つきから能面のような無表情へと切り変わった。何も写さない空虚な瞳で刹那を見る立ち姿に隙は見られない。
「……雑魚」
口元に酷薄な笑みを無理やり作りながら、カエデがつぶやく。仲間の命を奪ったというのに、ひとかけらも後悔を感じていないことを察し、一瞬で刹那の理性が吹き飛ぶ。
「何やってんだって……言ってんだろうがぁあああっ!」
激情に駆られるまま、数歩で間合いを詰めた刹那は、悪友と信じているカエデへ向けて、起動させた愛剣を容赦なく振り抜く。
だが、普段の鈍足が嘘のように思える足裁きで襲い掛かる炎刃を避わすと、お返しとばかりに仲間へ突き立てていた短刀を引き抜き、その勢いを載せた逆袈裟切りを繰り出した。
狙いは――首筋!
(喉を掻っ捌くつもりか!?)
本気で己の命を奪おうとする殺意が乗せられた一撃。驚きつつも剣を跳ね上げ、迫り来る凶刃を受け止め、そのまま剣戟戦を繰り広げる。突然暴走を始めた悪友を止めるべく急所を外す刹那と違い、カエデの攻撃には一切の躊躇や戸惑いが含まれていなかった。振るわれる斬撃全てが命を奪おうという敵意を宿す。まるで人が変わってしまったかのような悪友の変貌に、困惑を感じずにはいられない刹那は徐々に防戦一方になってしまう。訓練や模擬戦で幾度か手合わせすることは合った。だが、豹変したカエデの技量は、記憶にあるそれに比べ、明らかに戦闘能力が上回っている!
「どういうことだよ……なあ、答えてくれ……! いったい何があったっていうんだよ!?」
「……切やん、いい加減現実を受け止めろよ」
聞きなれたいつもどおりの口調だったが、声は暖かみを一切感じさせない冷たいもの。まるで、自我を持たないAIのように作り物めいた印象を感じさせる。
「ホントはわかってんだろ? 聖王教会が動き出したことがきっかけだってことに。――俺っちが、切やんたちの動向を監視するために送り込まれたスパイだってことも」
「いつからだよ……。いったい、いつから連中に与しやがった!?」
「最初から、って言えば信じるかい?」
”知識”から誰が六課に配属されるのかをあらかじめ知っていたカリムたちは、内部から情報を提供する間諜を送り込む決定を下した。組織の中へ潜入するよう命じられたカエデがとったのは、新人として配属される者たちと信頼関係を構築すること。
そこで、”知識”の中に居ない、異常な存在のくせに普通の人間ぶっている風に感じた刹那へ接触を図ったのだ。敬愛する主と競い、争う存在であるかもしれないと、そう確信したから。
「正反対だからこそ意見が合うこともある。演じさせてもらったんだよ」
組織の中へ潜入するよう命じられたカエデがとったのは、新人として配属される者たちと信頼関係を構築すること。
そこで、”知識”の中に居ない、異常な存在のくせに普通の人間ぶっている風に感じた刹那へ接触を図ったのだ。
敬愛する主と競い、争う存在であるかもしれないと、そう確信したから。
「正反対だからこそ意見が合うこともある。だから演じさせてもらったんだよ――”馬鹿みたいに笑い合える悪友”を、な」
他の参加者と違い、使命を帯びてこの地に舞い降りた
「ってもよー、本当はここで正体バラすつもりはなかったんだぜぇ? いや、マジで。もともとの予定じゃあ、スカリーっちの襲撃を見越して、俺らを部隊所の防衛に回すモンだとばっかり思ってたんだ。折角、篭城して油断したところを後ろからザックリやらかそうと仕込んでいたってのに……まさかコッチに回されるんてなぁ。ほーんと、やれやれだぜぃ」
わざとらしく肩をすくめるカエデの口元には酷薄な笑み。
何かをあざ笑うかのように、小さな笑い声を零す。
「ま、愚痴っててもしょうがないってね。さっさとゴミ掃除を済ませて、陛下のお迎えにいかねぇと。――っつーわけでよう、切やん……今から
「カエデェ……!」
怒りのボルテージは限界を見せず、高ぶる激情が灼熱の闘気となって吹き荒れる。
仲間であったはずの【魔導師たち】の屍を足蹴にする”親友の姿をしたナニカ”への殺意が炎剣という形を成して、具象化する。魔の道へ堕ちた仲間の罪を裁くべく、正義を担う断罪の英雄が判決を下す。
「その邪悪なる意思……俺の炎で浄化してやるよ!」
「おーおー、カッコイー♪ 本気モードの切やんってば、マジ男前ぇ」
聞きなれた口調のはずだが、今の状況では神経を逆撫でる不快音にしか聞こえない。
燃え盛る炎剣を上段に構え――刃を返して殺傷力を下げているが――、一太刀で片を付けんと、全力の踏み込みを仕掛け、
「
「っな!?」
カエデのバリアジャケットの袖から射出された無数の鎖が、怒りに支配されて隙だらけの刹那へ襲い掛かった。仲間を作らなかった前世では得られなかった親友だと信じていた男の裏切りに、冷静な判断力が欠落していたからだ。
蛇のように宙をのたうち、迫り来る鎖の大群を振り払おうと炎剣を振るうが、鎖に触れた瞬間、まるで幻であったかのように炎が消失してしまった刃が瞬く間に縛り上げられてしまった。ならば叩き切るまでだと柄を握る腕に力を込めるが、あらゆるものを寸断するはずの相棒ですら斬れる様子をまったく見せない。そこまでの強度があるのか!? と驚愕する刹那を得意げな表情のカエデが鼻を鳴らしながら、種明かしを始めた。
「ざ~んねんでした~♪ 聖母様から授かった神縛りの天鎖は、あらゆる人外の能力を無効化させる。お前さんが異世界で名を馳せた英雄本人……英霊だってのは調査済みなんだぜい。つ・ま・り……切やんは人外のカテゴリーにバッチシ適合しちまってんだよ。まさに、『こうかはばつぐんだ』って奴だな」
話の間にも鎖は刹那を捉えんと襲い掛かる。
だが、思考が混乱して足を止めてしまう……そんな新兵のような愚行をとるほど、彼は甘くは無い。
刹那の肉体に刻み込まれた戦いの記憶が、条件反射となって回避行動をとる。
蛇のように襲いくる鎖を群れをいなし、避け、逆に懐へもぐりこまんと機会を伺う。
しかし、
「
「
「っな!? 新手!?」
戦闘モードに切り替わっていた筈の刹那ですら気づけない程の穏行。新手の正体は、これまで幾度となく六課の前に立ち塞がってきた”影”の集団であった。
カエデの背中からにじみ出る様に出現した二体の”影”が、それぞれの腕に絡めつけていた宝具を放つ。
それはまるで意志を持つかのように大地を滑り、刹那の死角へとまわりこむ。襲いかかる金色の鎖と呪怨が刻まれた荒縄が刹那の両足に絡みつき、しばりあげる。
予想外の攻撃によって脚部を抑えられたことで起こった機動力の低下はいかんともいがたく、ついに刹那の全身が雁字搦めに束縛されてしまった。
刹那も必死に回避し続けていたものの、空間ごと縛り上げんとする猛蛇の群れを前にして、この場を切り抜けることは不可能だった。
「くそッタレがぁ……! お前らグルだったのか!?」
「ん? ん~……ちいっとばかし違うんだな~これが~。おい、お前ら、見せてやんな」
「「了解」」
カエデの命令に淡々と返答を返した二人の”影”が、頭部を蔽っている黒布を解いていく。
今まででの戦闘の中でも一度として暴くことが出来なかった”影”の素顔。
それは、怒りの形相で睨み付けていた刹那を、呆気にとらせるほどの衝撃を秘めているものだった。
「え……? な、なんで……?」
呆然と呟く。そうすることしか出来ないほどに、刹那は混乱していた。
何故ならば――
「同じ……顔……?」
顕わになったのは見知った悪友と寸分たがわぬ少年の顔。
瞳の形や色、鼻、口の形状はもちろん、頭部の輪郭や黒子の位置までもが、まるでコピー機で写し取ったかのように同じもの。
三つ子と言われれば、間違いなく信じてしまうことだろう。
「おいおい、驚きすぎだぜ、切やん♪」
よほど刹那の反応がお気に召したのか、実に楽しげな表情でカエデが笑う。
「ふっふっふ……イイ反応を返してくれた切やんにはご褒美を進呈いたしませう~。本邦初公開! 機動六課と幾度も刃を交叉してきた”影”の正体はぁ……なんと! 聖王教会が誇る特殊任務実行部隊だったのだ! しかもしかも、構成員を束ねる隊長はこの俺、カエデ君が務めているのでぇ~す!」
「そんな、こと……そんな事はどうでもいい! 答えやがれ、カエデ! そいつらはいったいなにも――」
「プロジェクトFで生み出された俺っちのクローンですが? それがなにか? べっつにそう珍しいモンでもないだろ~。フェイトンたいちょ~とかエリオっちんも
彼女らは自身の特別な出自を隠そうとしているが、カエデからしてみればバカにしか見えない。
どれだけ取り繕おうと、どれだけ『人間』を演じようと、所詮自分たちは誰かの道具以外になれる未来など存在しないと言うのに。
「俺は管理局公認の違法研究所で行われた人体実験のサンプルなのさ~。で、こいつらは俺の細胞を元に、人造魔導師研究の実験で使い捨てにされてきた道具。身体をぐちゃぐちゃに掻き回されて、
人造魔導師に関わらず、科学の発展には代償が必要だ。
新薬の効果を試すためにネズミや猿を被験体にするように、人造魔導師の素体となる魔導師の細胞をいきなり実験に使ったりはしない。
まずは使い捨てのきくサンプル……失敗作となることを前提とする被験体で効果を試す。
孤児であったカエデは保護と言う名目でとある研究所へ送り込まれ……実験用のサンプルを生み出す母体として
彼の細胞から生み出されたクローンの観察や解剖にとどまらず、遺伝子提供者にどのような処置を施せばより優秀なクローンを生成できるのかを確かめるために繰り返された人体実験の数々。
長年にも渡って続けられた非人道的な実験は、カエデの精神を摩耗させ、こんな状況を齎した元凶である管理局への憎悪を抱かせるに十分な理由となった。
そして遡ること数年前、管理局の裏の情報を入手するために施設へ単独で潜入を試みていたヴェロッサによって発見され、罪を暴く証言人として聖王教会に保護されたのだ。
本当の名前すら忘却してしまうほどの凄惨な日々から解放されたカエデは、実験の産物として後天的に覚醒した特殊能力……遺伝子劣化を起こさずにクローンを生み出すことができる力を使って自身と全く同じ性能を持つクローン軍団を構築、救い主であるカリムの役に立つため、自ら進んで聖王教会の暗部組織を生み出したのだ。
さらに、カリムの”能力”によって特別な力を与えられることで、伝説級の宝具すら操る事が出来る特殊戦闘部隊 ”影”が誕生した。
すべては――
「切やん、お前には親愛を感じていた、友情も抱いていた、本当の……友と呼べる存在だった。けどな、お前さんの夢はティアナっちと一緒に『管理局の』執務官になることなんだろ? 俺っちの大っ嫌いな管理局の先兵に。そんなの許せるわきゃぁねぇんだ――……だからよぉ、死んでくれや」
能面のような無表情は胸中で渦巻く憎悪の激情を抑え込むためか。
演じていたという軽薄なおバカキャラ……逆を返せば、日常的にバカ騒ぎを繰り広げなければ我慢できない程に、苛烈な憎しみを秘めていたと言うことでもある。親友だろうと悪友だろうと、排除すると言う決断に迷いはない。何故なら、
両足、胴体、そして首……鋼の茨で磔にされた英雄への対応をどうすべきか僅かに思案し、明暗が浮かんだとばかりに拳を作った右手で左の手のひらを叩く。
「聖人、英雄、偉人……歴史に名を馳せる人物の末路っていえばヤッパし――」
首ちょんぱだよな♪
ボールペンかなにかのように指先で弄んでいた短刀を構え、無造作に一閃。両者の間には数メートルの距離が開き、刃渡り二十センチ程度の刃が届くはずは無い。しかし、本性を現したカエデは、
「かふ……!?」
鮮血が宙を舞い、悲鳴にならない絶叫が響き渡る。
喉元を横一文字に切り裂かれ、激痛が全身を駆け巡る。流れ落ちる鮮血が水溜りをつくり、瞬く間に生命力と思考力が抜け落ちていく。精神世界から必死に声をかけてくる相棒に答えることも出来ないまま、刹那の意識は漆黒の闇へと落ちていく。
「――アバヨ、親友。お前らと過ごした時間……悪くなかったぜ」
身動きできるものがいない血潮から立ち昇る鉄の匂いに満ちた場で、僅かな悲しみを宿した呟きが零れ落ちた――……。
――◇◆◇――
「――以上が、私の知る《神》や転生、それに『
淡々と説明を終えたカリムが着席するのとほぼ同時に、各所から困惑と懐疑のざわめきが起こる。
だが、それも当然の事だろる。突然《神》などいわれてもピンと来ないというのが真っ当な人間の反応だ。
クーデターまがいの革命を起こしたかと思いきや、いきなり新しい《神》の候補者などと言い出されては、正気を疑われても仕方がない。
だが、彼女の言葉が真実であることを否応なしに理解させられた関係者たちは、皆、言葉に出来ない怒りにうち震えていた。
カリムの言葉を真実とするのなら、参加者たち……つまりは、仲間であり家族でもある花梨や刹那にとって、自分たちは創作物の中の存在でしかないのだと言っているのと同じだからだ。
特に、カリムとの間に友情を感じていたはやては口惜しさを隠しきれない。
共に過ごした少なくない時間、交わした交流……はやての中で大切な思い出になっているそれが、カリムにとってアニメの登場人物を愛でる様な感覚でしかなかったと言われたようなものなのだから。
そんな中、クロノだけは得心がいったとばかりの表情を見せていた。
十年前、あまりにも常軌を逸脱した発言を繰り返す犯罪者と対峙した時に感じた違和感……その正体にやっとたどり着けたから。
(新藤 荒貴……フェイトたちを奴隷呼ばわりしたり、僕の事をモブと呼んでいたのはそういう事だったのか。奴にとって、僕たちはアニメか漫画の中の人物でしかなく、ここは自分を主人公としたゲームの中の世界だと思い込んでいたんだな)
「カリム、そろそろ良いんじゃなし?」
「ええ。外もひと段落ついたようだし……頃合いね」
突き刺さる敵意と悲しみが混ざり合った視線に気づいていないのか、カリムはローラと目配せを交わし、頷き合う。
ここまでは、あくまでも前準備。このような事態を引き起こした理由の説明はこれからなのだ。
そう――世界を味方とするために。
「皆様、ご静粛に。無関係の観客であるあなた方にとって、私たち参加者が巻き込まれている儀式はどうでもいいことなのかもしれません。ですが、本題は別にあります。先にも述べたとおり、儀式の期間はあらかじめ定められていると申し上げました。……ですが、期限を過ぎても勝利者が存在しなかった場合――つまりは、二人以上の参加者が生き乗っていた場合に起こる
「
「確かに大まかな概要は間違っておりません。ですが、その言葉には更に深い意味が隠されているのです」
『期限を過ぎても複数の参加者が存命の場合、“勝者無し”と見做して全員が消滅する』
それが儀式開始前に説明が行われたルールの一文だ。
文面だけを見ると、確かにクロノの言葉通りの意味に捉えられる。
しかし、言葉というモノは聴き様によって幾重にもその意味合いを変化させるもの。
このルールも多分に漏れず、別の意味合いがあるとも取れるのだ。
それこそが真実であると確信し、カリムは告げる。あまりにも残酷で悪意に満ちた――不条理な現実を。
「“全員が消滅する”という一節……この言葉が指し示す本当の意味が、『参加者全員』ではなく――『この世界に存在する総てのモノ』だとしたら?」
何度目になるかわからない驚きの喧騒が巻き起こる。
自分達には関係ないと無関係を気取っていた人々が、突然己にまで被害が及ぶなどと言われれば、心乱されてもおかしくは無い。
反論じみた疑問の声が上がりそうになるのを手で遮り、カリムが続ける。
「そもそも、新しい《神》を創造する事態となったのは、彼らが見守る世界の数が増えすぎたことを発端としているのです。“セカイ”という概念はそこに住まう人々が選択する未来の数だけ無数に枝分かれし、存在しています。無限に等しく存在し、今この時にも数を増やし続けている世界に比べて、《神》の数は圧倒的に足りていないのです。ですから、資質を持つ者を潰し合うと言う強引な手段をとってまで、新たなる同士を求めているのですよ」
セカイは《神》の加護を受けることで成り立っている。
セカイを構築するエネルギーは、そこに生きる者たちから放たれるさまざまな意志のエネルギー……“
《神》の役目は、自身の加護をセカイに与え、“
加護無き世界に満ちる“
無限の意志を正しく導き、輪廻の環を正常に保つ。
これこそが、彼らの役目であり存在理由のひとつでもあるのだ。
しかし、いかに超常存在とは言えども認識の限界というモノは存在している。
そもそも、一柱の大神で全ての並行世界を統括・管理することが出来るのならば、これほど多彩で千差万別な神話体系を持つ神々が生まれる必要性も無いだろう。そう、《神》と言えども限界は存在するのだ。限界を知るからこそ、志を同じくとする者たちと繋がりを作り、多くの体系を構築している。
神々を模して生み出された人間が、他者と手を取り合い、協力するという行動をとるのもごくごく自然な行為だと言える。
さて、ここで話を戻そう。
儀式を行う根本的な理由は、神々の人員不足を解消するため。
つまり、現時点で神々の加護を受けていない世界が無数に存在しているということ。
神の加護を与えられない世界は、何れ混沌に呑み込まれ、崩壊してしまう。
ならば、『儀式の会場としてのためだけに用意されたこの世界は儀式が終わった後にも存続し続けることができる』のだろうか?
――答えは否だ。
自らの負担を増やす行為を自ら望んで行うとは思えない。
この世界は、あくまでも儀式を執り行うためだけに用意された箱庭であり、主人公は十三人の参加者たち。
ならば、主人公を失った箱庭に、いか程の価値があると言うのか。
「もともと存在していた世界へ参加者を放り込むのではなく、参加者のために新たな世界を創造した。ならば、世界を構築している源は参加者そのものにあるといっても過言ではありません。源を失えば、後に待つのは瓦解する未来のみです。そう、つまり……」
否定したかった。そんな訳が無いと叫びたかった。
でも、出来ない。それが真実だと、否応なしに理解させられる。それだけの説得力が、カリムの言葉には内包されていたから。
「バカな……! もしそれが真実だとして、どうして花梨はそのことを話していない!?」
「あら、今更取り繕わなくても良いですよ? この事実は参加者であるのならば誰もが導き出すことができる簡単な
一同の視線がクロノへと突き刺さる。
そこには、未曽有の危機を知りながらも口外しなかったのでは? という懐疑心が含まれていたのは言うまでもない。
無論、クロノにはまったく憶えの無い、事実無根の虚言だ。
しかし、立て続けに提示された情報を整理できず、半ば思考を放棄してしまった一般人たちには、嘘を暴かれて動揺を顕わにする姿にしか映らなかった。
「勝者が決まらなければ世界が終る……しかし、逆を言えば勝者が決まれば世界が存続することも可能ということ。さらに言えば、此度の儀式の勝利者が私たちの世界を統括する《神》に選ばれる可能性が極めて高い」
人でなくなったとしても、第二の故郷と呼べるこの世界の終焉を望む者はそういない。
ならば、この予測も大凡間違っていない筈だ。
だが同時に、勝者には世界を自分が願うとおりに改変する権限が与えられると言うことでもある。
「参加者が複数人管理局へ所属、あるいは保護下に置かれている。その目的はあなた方にとって都合の良い世界を創造してくれる
「我々は純粋に仲間と……大切な友人たちと肩を並べ、共に困難を乗り越えようとしているだけだ。二心など、持ち合わせていない!」
「相変わらずあなた方は耳触りの良い言葉ばかり使いますね。本心を語られてはいかがですか? 望むのは儀式の果てに創造される世界の支配権なのだと。あなた方の定める法によって統治され、従わないものは最初からいなかったことにされる世界。彼女らに取り入り、協力関係を結んでいるのは、つまるところソレが狙いなのですよ」
「な……っ! 何を根拠に!」
「誰かが勝利すれば、その瞬間に世界の在り様が書き換えられてしまう。《神》となった者が望むままに、ね」
勝利者に存在を許されたものは、なんら変化無く日常を過ごすことが出来るだろう。だが、そうでない者は? もし、勝利者がお前はいなくなってほしい、自分の世界にあなたは不要だと断じてしまったとしたら……その人物はきっと、新しい世界でに存在しないこととなってしまうだろう。つまり、儀式終結の先にある未来とは、勝利者が認め、欲した人間だけが生きることを許された独善的な世界。
「最も手っ取り早い手段でしょう? あなた方が定める法によって統治される次元世界を実現するための。次元世界の恒久的平和を実現するために、自分たちに異を唱える人々が“存在しない”世界を造る……そのために管理局は彼女らを囲い込んでいる。――違いますか? ですから、彼を力でねじ伏せるのではなく籠絡しようと目論んでいらっしゃるのでしょう?」
「彼、だと? いったい何のことだ」
「いまさら誤魔化さなくてもよろしいと言っていますのに。彼といえば一人しかいないでしょう? ――No.”Ⅰ”のことですよ」
「馬鹿馬鹿しいにも程がある。あの男が誰かに与するはずがないだろう」
グレアムとのやり取りを見ても、益のある取引ならば耳を傾けるだろう。
しかし、どこぞの組織に所属するなどありえない。
それを理解しているからこそ、カリムの発言を鼻で笑う。
しかし、カリムの返答は予想の斜め上を行くものだった。
「確かに力で従わせることは不可能でしょう。ですが、人を従わせる方法はそれ以外にも存在しています。たとえば、そう――異性で気を惹く、とかね」
力や言葉で動かせないのならば、身体を使えばいい。
ダークネスとて男なのだ。美しい女性が籠絡を仕掛ければ、心を動かすこともできるかもしれない。
そして、それを裏付ける理由としてちょうどいいネタが、すぐ目の前にある。
「かつて私が行った予言を覆すために設立された機動六課。後見人として私も協力を図りましたが、所属するメンバーに関しては管理局へ一任しました。その結果、エースオブエースやエリート執務官といった高ランクの実力者である……見目麗しい女性が中核を成す部隊が設立されました。ですが、単純に実力が高い者たちを集めた……と言いきれるでしょうか? あまりにも女性多々に偏った部隊メンバーというのは例を見ません」
偶然だ、と叫ぶのは簡単だ。
はやての伝手で身近な友人や知人を優先して集めた結果、女性の割合が多くなってしまっただけの事。
しかし、事情を知らない者たちから見れば、綺麗どころを集めて人気を得ようとするアイドル部隊のように見えるのもまた事実。実際、取材を受けた隊長陣がミッドの雑誌の表紙を飾ったことも少なくない。
管理局が六課設立を許可したのは人気集めのためだという噂がたっているように、人材に疑問譜を浮かべている者がいるのも事実なのだ。
「No.”Ⅰ”は男で、機動六課の隊長陣は全員女。つまりはそういうことなのでしょう?」
「ふざけんな! カリム、アンタは何を根拠にそんなことを――!」
カリムの返答は、言い逃れの出来ない証拠映像を表示させることだった。
画面に映し出されたのはなのはやはやてにとってなじみの深い……それこそ、ついこの間に赴いた事がある場所。
始まりであり平穏な日常の象徴とも言える大切な場所……海鳴市のとある施設。
白濁の温水で満たされた風情を感じさせる石造りの入浴施設。見紛う事の無い、聖王教会の依頼を受けて六課前線部隊が訪れたハイパー銭湯の露天風呂だった。湯船に浸かり、向かい合うように腰を下ろす男女。
胸元をタオルで隠しただけのきめ細かい肌を桜色に染め上げて……されど、満更でもないように見えなくも無い表情の女性たち。
彼女らが意識しているのが、左目を閉じた黒髪の男性であることは言うまでも無く、彼の正体についても説明は不要だろう。
なにせ、つい先ほどに英雄と闇取引を交わしていた人物なのだから。
「同じ湯船に浸かるだけにとどまらず、淫猥な行意に及にそうな空気を作っておいて、自分達のみは潔白だなんて……よくもまあヌケヌケと」
羞恥でうつむいてしまったなのはらをを見下ろすローラの表情に、はやては彼女らの仕組んだ罠にようやく気づく。
事の発端になった地球への出張任務。聖王教会からの伝手で任務を組んだあの事件は、全て彼女らが仕組んだ罠だったのだ。
何らかの手段でダークネスたちが地球に向かうという情報を掴み、鉢合わせするように自作自演の任務を用意する。
帰郷によって心の腱がほぐれ、犯罪者である彼とのスキャンダルを誘発しやすくなるように。
同時に気づく。今まで正体不明とされてきた『奴ら』の正体について。
――“影”はカリムの……聖王教会の密偵部隊やったんか!
六課の戦力分析に現れたと思っていた“影”。
彼らの本当の目的は、はやてたちへ犯罪者と親密な関係にあるという疑いをかけるための材料を集めることだったのだ。
謎の施設から逃げ出した宗助を執拗に追いかけたのも、アグスタでヴィヴィオに襲いかかったことも、ダークネスが聖王教会を襲撃したことも、 “影”と教会が繋がっていたと考えれば辻褄があう。
(手駒にしようと目論んでいた宗助君の殺害を試み、ヴィヴィオちゃんの誘拐を目論んどったちゅうことか。ダークさんはそれに気づいたから、聖王教会へカチコミを――あれ? ちょっと待てよ?)
ダークネスの性格は大体理解している。
敵にはどこまでも容赦しない苛烈さと、確証を掴むまでは静観を選ぶ思慮深さを併せ持つ。
以前、聖王教会襲撃時に何かしらの情報を察したのはあの時の会話から読み取れる。
ならば、何故今まで教会を放置していたのだろうか?
いや、あるいは……、
――聖王教会が黒っちゅう確証が持てなかったのか?
ルールでは、世界を滅ぼしすような行為も禁止されている。
ただでさえ星をも砕くほどのチカラを持つダークネスだからこそ、現実世界で大破壊を齎しかねない戦闘は最低限に留めておきたいはず。
だからこそ、結界が発動した時にしか戦いを仕掛けてこないのではないか?
戦闘で昂った感情の暴走が、世界を滅ぼし、家族を巻き込んで滅びを齎すことを恐れているから。
「言いがかりも大概にしろ!」
憤慨の声を上げたのはレジアス。
次元犯罪者と手を組んだ自分たちの事を棚に上げて、確証も無い言いがかりをつけて糾弾する。
彼からしてみれば、聖王教会の方がよっぽど恥知らずに見えた。全身を怒りに震わせるのも当然の事と言える。
しかし、カリムたちの表情はあくまでも冷静なまま。
「言いがかり? まるで御自身には後ろめたいことが無いとでも言いたげな発言ですね。――ドクターのように違法研究で生み出された人造魔導師たちを都合の良い道具として利用してきた貴方がたが」
その点については否定できない。
保護された人造魔導師の中には、優秀な魔導師としての才能を開花させたフェイトやエリオなどの一部を除き、能力が基準を満たさなかったために廃棄処分されそうになった者たちも存在する。
魔道師として戦力に組み込むにはリスクが高く、かと言って保護施設に押し込み続ける事も出来ない。施設の数は有限で、違法研究に手を染める者たちはいくらでも湧いてくるからだ。
ならばどうするか?
出自と言うマイナスを利用し、一般的な魔導師よりも安い給料で好まれない仕事……雑務や書類整理の仕事を与えてやればいい。
彼らからしても実験動物という立場から救ってくれた恩義を感じているからこそ、辛い仕事に耐え忍んできた。
しかし、彼らとて人なのだ。
現状に不満を感じることもあれば、一般人をうらやみ、妬む事もある。
故に、次のカリムが発した言葉に魅力を感じてしまったのも仕方のないことなのだ。
「私は、私たちはそのような真似をいたしません。人造魔導師であろうとも、争いを望まない方々は普通の人間として保護する用意があります。何故なら私、”ⅩⅢ”には……『他者に
――『
他者が望む願いを、“カリムにとって都合が良い”形で叶える願望器と呼べる”能力”。
カリムはこの”能力”を用いて、”影”たちに希少能力を後天的に授けることを可能とした。
参加者が持つ“能力”に匹敵する希少能力の発現すら可能であるが、自分自身を対象には使えないデメリットが存在するが、一軍を率いて戦う事において、非常に有効な切り札となることは言うまでもない。
自分自身を聖杯であり、他者の願いを受け入れる器であると定めたことで体現できた“能力”と言える。
「今はリンカーコアを持つ者にしか力を授ける事は出来ませんが、ゆくゆくは、非魔導師の皆さまにリンカーコアを与える事が出来るようになるのでは……と考えています。そうなれば、現在の社会問題でもある非魔導師と魔導師の間にある境界線も打破できる、皆が真の意味で平等な世界を実現できると私は願っています」
むろん、それだけで世界平和が訪れるとは、彼女も思っていない。
だがしかし、世界の改変はこうした小さな一歩を積み重ねる先にあると信じている。
自分のためだけに殺戮を繰り返すのではない、同じ境遇の同胞を救うために足掻くのでもない、儀式には無関係の、されどセカイの大多数を占める”人々”に平和と未来を齎すために身命を賭す。
それが、カリム・グラシアの決断。己のためではなく、ただ……皆のために。
「おい、いい加減に貴様自身の目的を行ったらどうだ。貴様は、いや、貴様らはいったい何がしたいのだ?」
真実と嘘を練り混ぜて糾弾を繰り返そうとも、彼女ら自身に志がなければ、大衆は賛同しない。誇れる指針が無いからこそ、敵を落とし入れようとしていうのだとレジアスは推察した。
――大方、儀式とやらで敗北することが定められているから自暴自棄にでもなっているのだろう。フン、運命だかなんだか知らんが、たやすく抗うことをあきらめるような小娘に、ワシらが積み重ねてきた
親友たちと共に築き上げた
だが、
「私の目的ですか? それはもちろん……この世界の運命を、人間の手に取り戻すことですよ。未来が無いこの身なればこそ……世界に私と言う存在が確かに在ったのだという証を残したいのです」
その言葉に、はやてが眉をひそませる。
カリムの言い分では、まるで彼女が自身の敗北を決定しているかのようなニュアンスに聞こえたからだ。
「私には《神》となる資格が与えられていなんですよ。憑依、というヤツですね。魂と記憶が混ざり合ったことで形成された新しい人格……それが、私です。私はNo.”ⅩⅢ”として選ばれた人間の『魂』そのもの……。本来、魂が宿るべき肉体を得られなかったかの人物が宿った存在、それこそがカリム・グラシアなのです。そう、つまり私はこの世界のカリム・グラシアという魂と、参加者として選ばれた《神》候補者の魂が混ざり合い、融合したことで誕生した存在。参加者として選ばれたNo.”ⅩⅢ”であり、神へと至る重要な欠片……肉体を持たないために、儀式への参加資格を持たない者でもあるのです」
“魂”と“肉体”、そして“
儀式の中で“魂”を昇華させ、“肉体”を人外のそれへと進化させ、《神》の力の結晶たる“
しかし、魂だけしか持たないカリムには参加者を倒しても新たに“
事実、カリムに戦いの才能が皆無なのも、人の身には不相応なほどに大きい“
かと言って、“肉体”だけあればよいものではない。
“肉体”と“魂”の両者が揃って、初めて“
今の『人間』の肉体では、第二の“
そう、彼女は最初から儀式へ参加する資格を与えられていない――敗北する運命が定められていた存在だったのだ。
「彼らに選ばれ、されど参加資格を得られなかった私だからこそ出来ることがあります。たとえば、資格を持たない私が儀式の最後の生存者となったとすればどうなると思いますか?」
彼女という存在は、他のメンバーのように人間という枠を逸脱することは出来ない。そう、どこまで行っても人間なのだ、彼女は。
――そこで考えてほしい。
もし
「私たちの未来を
声を上げ、己の胸の内を曝け出す様は、まるで宣教師のよう。
彼女の言葉は、魔道という力への渇望を抱く者、英雄と言う偶像への憧れを抱く者たちへと浸透し、苛烈な熱を産み落としていく。
ダークネスや花梨たちには持ちえなかい才能……有無を言わさぬほどの説得力を感じさせるカリスマ性。
これが、カリム・グラシア。個ではなく、群を以て勝利を求める者。
「私たちの目的はたった一つ……遥か古の時代、終わりなき戦乱を繰り広げていた世界に平和と安寧を齎された偉大なる王の生まれ変わりである陛下のお力添えの元、争いが無く、人が人を利用することもない平和な世界を作り上げる事です。もちろん――《神》を名乗る輩からの支配も受けない、人間によって統治された世界を! 私の命は――きっと、このために
力強い宣告を下すカリム。もはや真実などどうでもいいとばかりに騒ぎ立てる民衆たち。
これから訪れる混乱を予知して、歯を食いしばる管理局の面々。
この日、世界は大きく動き出した。
はやては荒れ狂う変革の波を感じとりながら、遥か遠方から童女の嗤い声が聞えた気がした。
――◇◆◇――
聖王教会が革命を宣告したころからしばしの時が過ぎたころ。ミッドの上空を飛翔する二つの影があった。
「予想が外れてしまいましたね」
【ヴィントブルーム】に跨ったアリシアの後ろに乗り込んだシュテルの淡々とした台詞を聞いて、ヴィヴィオを抱きかかえてエクスワイバリオンに騎乗したダークネスの肩眉が跳ね上がる。してやられたことを、意外と気にしているようだ。
「……てっきり、管理局とより強固な同盟を結んでスカリエッティに対処するものだとばかり思っていたんだがな。まさかルビーの奴と手を組む酔狂な輩が存在しているとは思いもしなかった」
声に悔しさが混じる。それは直接相対する機会がありながら、正体を看破することが出来なかった自分自身への怒りも含まれていた。そもそも、ダークネスが自らの力を誇示するかのように振舞っていたのは敵を一点に終結させることにあった。己という強大な敵を前にして、他の参加者たちは脅威に感じることだろう。単独で戦闘する事態に陥れば敗北は必然。ならば、他の参加者と同盟を結び、協力体制を構築することが出来れば、別個撃破される可能性も低くなる――……そう考えるように仕向けたのは、己の探知能力を掻い潜る”能力”の存在を警戒していたからだ。かつて、”Ⅷ”は自身の気配を希薄にし、認識を誤魔化すという”能力”を駆使してダークネスの操作網から逃れていた。もし己の”能力”を完全に無効化できる”能力”を持つ敵が現れた場合、どう対処すべきか?
その答えが『敵をひとつの部隊に終結させ、”能力”が通用しなくても行動を探りやすい環境を作る』こと。
そう、ダークネスの狙いは例外のルビーを除く、全ての参加者を機動六課に所属させることだったのだ。管理局とスカリエッティの対立がほぼ確定している以上、うまくいけば自分以外の参加者同士が勝手に潰しあい、もっとも厄介なルビーを消耗させてくれる――ハズだったのだが、
「カリム・グラシアの正体について深読みしすぎたせいで後手に回ったツケか」
「私たち、ものすごい極悪人に思われたよね? ヴィヴィオも私たちが洗脳したみたいになってるし」
六課を糾弾する際に提示された情報の中に、先日の一件も含まれていた。
通常空間で被害を考えない砲撃を放つ花梨(もちろんルビーの姿は加工されて、赤の他人に挿げ替えられていたが)と、教会のシスター服を纏ったユーリと戦うヴィヴィオ。
強敵との戦いを楽しむ『もう一人の聖王』について、教会側は”ヴィヴィオは管理局がベルカを支配下に置くために生み出したクローン体で、ダークネスを引き込むための道具として利用された少女”であり、”ダークネスの手によって教会への敵意を宿す兵器として洗脳されてしまった悲劇のヒロイン”だと語ったのだ。
この言葉に顕著な反応を返したのは、ベルカよりの思想を持つ人々だった。
彼らは、再来した偉大なる王の姉妹とも呼べる少女を戦いの道具にするなど許すまじ! と怒りをあらわにした。
一刻も早く『もう一人の聖王』……いや、王女たるヴィヴィオを救い出すべしと、ダークたちを探し始めている。実際、ホテルのドアの前にベルカ信者が詰め寄ってきたので、あわてて窓から逃走する羽目になったのだから。
「で、これからどうするの? 隠れ家に引っ込んで、花梨ちゃんたちが潰しあってくれるのを待ってみる?」
「それは難しいでしょうね……。どんな手品を使ったのかはわかりませんが、民衆は彼女の言葉が真実だと信じているようです。ミッドのみならず、各世界でも聖王教会を指示する声が上がっている模様です。世論は完全にあちらに味方しています。それに、ここまで大掛かりな作戦を実行したということは、それを裏付けする切り札も用意しているはずです。実際、ミッド各地にある管理局の支部が”影”やガジェットの襲撃を受けているようですし、六課の方もアレですから」
大量の怪物じみたドラゴンの群れとガジェットの襲撃を受けて火の手が上がる六課部隊所を眺めつつ、シュテルがため息を零す。
花梨たちは敵の襲撃を十二分に警戒していたはずだ。
なのに、”知識”にある光景を再現するかのように部隊所が破壊されていく。おそらくは、先ほど戦闘機人らしき反応と共に離脱していった
「これだけの被害が出るようじゃあ、管理局が反抗に出る余力は残ってないかもしれないね~」
「スカリエッティ陣営だけでも、そこらの次元世界をたやすく制圧できる力がありますからね。しかも今回は、信者がやたらと多いベルカの大御所、聖王教会との同盟ですから。隠密部隊らしき”影”も表立って動き始めるでしょうし、総合的な戦力は相当なものと――」
「――決めた」
高速飛翔による強烈な風切り音の中でも、彼の声なら確実に聞き取れる。声に振り向くと、ゾッ、と背骨に氷柱を差し込まれたかのような寒気――怒気混じりの殺意を振りまくダークネスの姿が。
「予定変更だ。このままベルカへ向かうぞ。なめた真似をしてくれやがった奴らには、きっちりとケジメをつけてもらわないとな」
「……ダークちゃんってアレだよね。パワプ○のピッチャーを操作したら、普段は変化球中心の冷静な技巧派なのに、完全試合直前になってヒットを打たれたら逆上して直球ばっかり投げる力押しに変わっちゃうタイプ」
「普段は冷静なのに、ふとしたきっかけで直情お馬鹿様になってしまう……なるほど、実に的を得ている考察ですよアリシア。百点です」
「……お前ら、本当は俺のこと馬鹿にしているだろ?」
「「いえいえ、まさかそんな」」
「……まあいい。この件は後でゆっくりと家族会議だ」
咳払いで妙な方向へ飛んでいきそうな空気を切り替えつつ、改めて宣言する。
「じゃあ、改めて今後の方針だが……ベルカを潰す。教会の奴らが儀式に無関係だった民衆を味方につけるのならば――……その民衆を潰してやればいいだけの話だからな」
「管理局の方はどうするの?」
「邪魔をしない限り放っておけ。
――だから、この程度で潰れてくれるなよ、花梨。
黒煙を吹き上げる六課を一度だけ見やってから、激情が収まらない龍神がついに動き出す。目指すは、聖王教会の拠点であるベルカ地方。
荒ぶる龍神の怒りが、罪無き人々へと襲い掛からんとしていた。
『人間』なカリム嬢の目的は、人間が儀式を勝ち残ることで未来を掴み取ることでした。
”影”が宝具をわんさか使ってたのは彼女の”能力”を受けていたから、カエデ君が別の場所にいるときにしか”影”が現れなかったのも、エンカウントしないように心掛けていたからだったりします。
ついでに、カリム嬢がスカリーと同盟を結んだのは、
管理局が悪い子ちゃんです~ ⇒ 彼らに囲われてる花梨たちも同罪なんです~ ⇒ よし、被害者なDr.スカリーを助け出して、みんなで成敗しちゃいましょう!
……と、こんな流れを目論んでるから。
正体を公開したのは、自分には後ろ暗いことは何もありませんっていうアピールと、同情を誘うためです。
敗北が決定しているのに皆の未来を守るために頑張ってます! ってな感じで世論を味方につけたわけですな。
最も、意外と短気なダークさんがお怒りぷんぷん丸なので、ベルカ終焉のお知らせが絶賛公開中なわけですが。
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ベルカ終焉
教会の引き起こした反乱――否、彼女らが言うところの『革命』から一夜明け、各所に刻み付けられた壮絶な爪痕があらわになっていく。
建物への被害を抑えての占拠を掲げていたのか、比較的損傷の軽微な地上本部の一角を拠点にして集合した六課メンバー。
強力なジャミングが仕掛けられているせいで本局との連絡がつかず、援軍を呼ぶ手立ても無い現状、ここにいるメンバーこそが今後の作戦における管理局側主要人物ということになる。
彼らのほとんどが討論会に参加していたおかげで比較的軽症ですんだ。
そのため、同じく消耗の軽い六課の隊長陣も参加して、今後の方針を話し合う会議を行っていた。
六課だけを見ても、前線部隊は1名が裏切り、保護対象であった少女二人がさらわれた。
他のメンバーもほとんどが病院送りになるという現状、戦力のほとんどが壊滅状態にある六課は事実上機能停止しているといって過言ではない。
それでもあきらめるわけにはいかないと思考を切り替え、どうにか状況を打破する手段を模索していた。
「やはりここは本局との通信手段を復旧させることを優先すべきでは? いかに彼らが同盟を結んだといえども、完全武装の次元航行艦を投入すれば鎮圧も容易でしょう」
「無理だ、リスクが高すぎる。唯でさえ奴らの動きに触発された犯罪者共の動きが活発になっているのだ。下手をすれば、武力鎮圧が更なる反感をかってしまう。現に、人造魔導師を中心に少なくない数の離反者が奴ら側に寝返っている。過去の経歴に関係なく、等しい人権と恩赦を与えるとあれば、不満を抱えていた連中が飛びつくのも当然のことかもしれないがな」
世論は完全に教会こそが正義だと、彼女らこそが正しいという意見一色で染まっていた。
逆に管理局は、人知を超えた恩恵に目がくらみ、真実を隠蔽し続けてきた利己主義者の集まりだと非難が殺到している。
もちろん、全ての民衆が彼女ら教会を支持しているわけではない。
時を超えて再誕した古の王、人知を超えた《神》と呼ばれる存在、その人外から力を授かった者たちと彼らが繰り広げている儀式という名の殺し合いなど、魔法という異常が常識の一部となっている次元世界であっても、そうたやすく理解できるはずもない。
現在の世論の動きは、3割の教会信者や現体制への反感を持つ者たちを筆頭とし、彼らの過激な発言に煽られた一般市民――自分には無関係だと、完全な他人事として受け取っている者たち――によるネット掲示板への書き込みや過激な発言が後押ししている形になっている。
特に、相手の顔が見えない掲示板などでは過激すぎる発言も多々見受けられる。
あらゆる願いをかなえられるダークネスなどは、どこかに幽閉し、好きな願いをかなえさせ続ければいいなどといった、無謀すぎる発言すら飛び交っているのだから、彼らが事態の深刻さを十分に理解していないのは明確だ。
だが、過激すぎる発言を無視することが出来ないのが、管理世界の代表たちだ。
管理局を正しいと信じ、治安の維持をゆだねてきたのに、守るべき民衆たちからの支持を失った組織にいつまでも組するのはいかがなものかという意見が出てしまった。
公開された情報を信じるべきか、それとも先を見据えて静観するべきか、答えの出ない議論を繰り返している。故に、友好関係にあるはずのミッドへ救援を送ることが出来ないでいるのだ。
「本局に駐在している連中は何をやっているのだ! どうしていまだに救援部隊が来ない!?」「彼らも混乱しているのか、各世界に散らばって騒動の収拾を試みているのか……あるいは」「すでに彼奴らの手が向けられているか……か」
彼女らの用意周到さには歴戦の勇士たる三提督たちですらいっぱい食わされたほど。
もしかすれば、本局の内部にまで教会の手がかかった反乱分子が潜んでいる可能性もゼロではない。憶測が憶測を呼び、答えのない討論を繰り返し泥沼化しつつあった最中、はやての発言が無意味な喧騒を止める。それほどの力を、彼女の言葉に込められていたからだ。
「ダークさんに協力を求めてみよう」という言葉は。
「……正気か?」
「もちろんや、冗談でこないなこと言わへんって。向こうがスカリエッティと同盟結んだっちゅうなら、コッチも同じ土俵に立てばいいだけやんか」
スカリエッティを始めとする人造魔導師もまた、望まぬ命令に従わざるを得なかった被害者だと教会は発表した。
全ての原因は、自作自演による管理局の権威を高めることにあったのだと。
最高評議会の指示でガジェットの襲撃を実行させ、人気の高いエース級魔導師に事件を解決させる。
実力をアピールすると同時に民衆の人気も得られる上に違法研究も捗る、まさに一石三鳥の策……これが、聖王教会が発した文面である。
スカリエッティという男の性格を知るものからすれば、頭がおかしいといわざるを得ない見当はずれの見解。
しかし、世論が教会へと傾いている現状では、こんなとんでもない理論が真実に挿げ替えられてしまう。
まさに四面楚歌。
この状況を打破するには、とっておきの鬼札を切る以外に起死回生の一手は存在しない!
「リスクが高すぎるだろう! いくらなんでも無謀だ。そもそも、あの男を制御できるとでも言うつもりか!?」
「まさか。あんな
「じゃあどうするつもりだったんだ!? まさかまた、古代遺産なりを譲渡するつもりじゃないだろうな!? もし公になれば、今度こそ取り返しがつかなくなるぞ!」
件の一件は、一人の少女を救うためにグレアムが独断で行ったという形に持ち込むことで多少は反感を抑えられたものの、組織の存在理由を根本から揺るがす行為が暴露されたことに代わりはない。この上、敵対勢力への対策として犯罪者を賄賂まがいの方法で勧誘するなどと知られた暁には……民衆の怒りが爆発するに違いない。
それを危惧するからこそ、戻ってくるのは否定的な意見ばかり。提督たちも眉根を寄せて同意を返せないでいる。
「はやてお嬢ちゃん、どうやって彼を従わせようというのかしら? まさか、面と向かって協力してくださいと頭を下げるだけ……なんて言わないでしょうね?」
静かな声でミゼット提督が問いかける。天秤にかけるにはあまりにもリスクが高い手段――しかし、見返りはとてつもなく大きい。
多少の犠牲を払ったとしても、利用価値は十二分にあるのだと、数十年もの間現場にたち続けた勇士の頭脳が導き出す。
「口先の言葉なんかじゃ彼は動かせません。ですが、いかに化け物だといっても心は私たちと同じ人間なんです。ですから、そこにつけこむ隙があるんです。……皆さんは、人が己の信念を捻じ曲げてまで手に入れたいと思えるものがなにかお分かりになりますか?」
言われ、脳裏に思い浮かべたのは各々が大切に想っている人の姿。
家族や恋人、想いを寄せた友人などだった。自らも愛する家族を思い浮かべながら、核心を得た表情で一同を見渡す。
「もうお分かりでしょう。彼を動かせるとすれば、彼が大切に想っている人物を引き合いに出すしかありません。付き従うアリシア・テスタロッサたちと家族のような関係になっていることから見ても、彼が親愛を感じる相手を大切にしていることは明確です。ならば」
「あの男にとって特別な存在を交渉人にすれば、我々の言葉に耳を傾ける可能性があるということか……。いや、まてよ……そうか! 君の言う人物とは!」
「はい。彼が家族と呼び、行動を共にしているアリシアとシュテル。彼女らと同じ容姿の高町隊長らこそが鍵になると私は確信しています。よって私はここに……管理局の未来を託す一世一代の誘惑作戦を提案します」
背後に『ど~ん!』 と効果音が浮かび上がるかのように力説するはやてに、なのはとフェイトの本能が
「……誘惑?」
「ええ。民間協力者である高町 花梨さんと、ここにいる高町・ハラオウン両隊長による誘惑作戦を進言します!」
「「うえぇぇえっ!?」」
「ちょっと待て! 君は人の妹に何をやらせるつもりなんだ!?」
とんでもないぶっ飛び発言をかますはやてに、ブラコン提督の異名を持つクロノお兄ちゃんが待ったをかける。
美しい裏手ツッコミを受けたはやては、コテン、と首をかしげ、
「え? 一般常識の範疇に収まる誘惑をしてもらうつもりですが? それが何か?」
「……具体的には?」
「とりあえず全裸になって、『You、仲間になっちゃいなYo~♪』ダンスを踊ってもらいます。三人を気にいっている感がある彼のことだから、きっとものすごく可哀想な子を見たかのような表情を浮かべて油断するはず! そこを三人が抱きついて拘束してもらうんです。彼女たちの駄目っぷりに保護欲が沸いてしまったダークさんなら、三人がかりで篭絡できるに違いありません!」
「捨て身にも程があるよ!?」
「て言うかどうして私たちがやること前提なの!? 言いだしっぺのはやてがやればいいじゃない!」
「え、何で? あの人の愛人疑惑のあるなのはちゃんらがやるのがスジってもんやろ? ちょうどええ機会やん、妻嫁コンビから寝取ったれや」
「何イイ笑顔でサムズアップしてるのかな!?」
「どうせ相手がいなくて賞味期限まで溜め込んだ挙句に腐らせかけない貞操なんやから、世のため人のために散らしたらええやんか。運良かったら、優秀な子種が貰えるかもやで♪ ……あ、花梨ちゃんは、もう誑しこまれとんやったっけか? ちゅうことは、姉妹&幼馴染丼やね♡」
「「本気でぶっとばすよ!?」」
重い空気に包まれていた会議室が女の子たちによる喧騒の場と化し、一種の悲壮感すら漂いはじめていた雰囲気を消し飛ばしていく。
心が追い詰められた状態で、妙案が思いつくはずも無い。冗談半分、本気半分のジョークで緊張で張り詰めた空気を切り替えて見せたはやてに、レジアスは内心『もっと利口なやりようがあるだろうが、馬鹿者め』と酷評を下す。
もっとも、口端は吊り上り、くっくっくと愉快そうな表情を見せているが。
会議室を見渡して皆を和ませられたことを確認したはやてが、まじめな提案を述べようとした――瞬間、ドアを蹴り破るような勢いで、連絡係に任命された局員が駆け込んできた。
息を整えることも出来ず、肩で呼吸を繰り返す局員の表情は真っ青に血の気が引いており、まるでこの世の絶望を垣間見たかのようだ。
「何事だ!」
怒声混じりに問いただされた年若い局員があわてて直立の姿勢をとりつつ、唇を恐怖で震わせながら、告げる。
「聖王教会の動向を監視されていたゼスト隊から緊急連絡がありました。それによりますと、――……」
自分自身でも信じられないのだろう。蒼白な顔を恐怖で歪ませ、それでも己の役目を果たすべく勇気を振り絞る。
「ベルカ地方が……壊滅しました」
搾り出すように告げられた現実に、会議室の空気が凍りついた。
――◇◆◇――
《人間の力は絆だ。一人一人では小さな存在でしかないが、数がそろえば世界を動かすほどの力を生む。異なる主義・主張・理念・思想を抱く者たちを纏め上げた手腕、集った力の総量は、なるほど《神》の候補者が持つ力と遜色ないと言わざるを得ない。まさに、天晴れ。ゆえに、人間であるNo.”ⅩⅢ”にも儀式へ参加する資格を、改めて与えることとしよう。信徒たちの願いをかなえること、それもまた《神》たるこの身がなすべきことであるゆえな》
唐突に脳内に響いた声に苛立ちが募る。
言葉だけを見れば人々の想いに胸打たれ、温情を図るようにも思える。
しかし、声が明らかな愉悦のソレであるのならば話は別だ。声の主は間違いなくこの状況を愉しんでいる。
儀式を取り仕切る元締めなのか、それとも傍観者の一人なのかはわからない。
けれど、自らの存在をかけた戦いを繰り広げている自分たちを肴にしているのは、どうにも癇に障る。
「明らかに”ⅩⅢ”にとって都合の良いルール改変だな。……彼らが警告していた儀式に潜む悪意とはこれのことだったりするのか?」
そこまで考え、今は目的を果たす方が先決かと意識を切り替える。
眼下に広がるのは広大な自然が目を見張るベルカ地方。
永きに渡って積み重ねられた歴史と風習が色濃く残る大地だ。
討論会の映像はこちらにも放送されていた。
他の地域に比べて教会が崇める聖王への信仰心が強い民衆は、再臨した『かの王』に使える司祭であるカリムの言葉を全面的に信用し、受け入れた。
故に、誰もがベルカの遺産――ヴィヴィオや夜天の書など――すら手中に収めようとしたという管理局や、彼らと協力体制を敷いている(と思い込まされた)ダークネスへの怒りに燃え、打倒すべきと声高々に叫んでいる。
熱を帯びすぎた信仰心による熱気で包まれたベルカの地をはるか上空から見下ろす一人の男。言わずもがな、《新世黄金神》へと変身したダークネスだった。彼の正面に展開されたモニターには、今まさに彼の眼下に存在する聖王教会の本拠地で行われている演説の様子が映し出されていた。
モニターの向こうでは、聖堂と思しき大広間を埋め尽くす人々、そして祭壇のように一段高くなっている場所から『ありがたいお言葉』と言う名の扇動を述べている司祭らしき男。元来ならば静粛であるべき信徒たちによる賑やかな歓声に包まれた何とも派手な演説で語られるのは、聖王様の教え……などではなく、いかに自分たち聖王教会の行動が正しいかというもの。
曰く、偉大なる聖王閣下が舞い戻られた今、かつての古の戦乱に終止符を打ち、世界に平和と秩序を齎した大いなる祖より続く血脈たる自分たちこそが次元世界で最も優れた存在であり、運命と言う名の神の呪いに抗うべく、今こそ立ち上がろうではないか! というモノだった。
歴史こそあれども、ミッドの片田舎な勢力に収まっていたことに苛立ちを感じていた者は少なくなかったようで、聖王と言う旗印の元、かつての栄光を取り戻すべし! と言う雰囲気が形成されている。
何時の時代でも、富と権力を得られるかも知れないからと野心を燃やす輩はいるもんだなと、ダークネスは完全な他人事の姿勢を崩さない。
「とはいえ、俺の反応もある程度予測はしていたようだな。次の行動をとりやすいように拠点をミッドにある教会のひとつに移したか。
強力な希少能力を後天的に授けることができるカリムの”能力”は、単独では役に立たないものの、己が手足となる『軍勢』を用意できた瞬間、とてつもなく強力な力に変わる。
彼女の力は、かつてダークネスが相対した森羅 白夜と同種のものだ。
”能力”の種、あるいは雛形を複数所持し、己の望むタイミングで願った”能力”へと変換・習得することが出来るのが、彼の”能力”だった。
カリムの場合は、自分ではなく他者を対象として異能の力を譲渡、もしくは生成して与えることが出来るのだろう。
ただし、使い手が普通の人間であるために、希少能力という『人知の及ぶレベルのもの』までしか生み出すことが出来ない。
彼女自身もこの世界の人間に憑依する形になっているため、身体能力や資質は他の参加者より格段に劣っている。
一人の力では、星を砕き、世界の理を書き換えるほどの”能力”を持つライバルたちを打倒することは適わないと見て、このように周囲を巻き込むような大掛かりの戦法をとったのだろう。
とはいえ、希少能力を与えられた者が、即戦力になれるかといえば首を傾げざるを得ない。
彼女の言葉には、非魔導師にも希少能力を与えるような節が含まれていたが、戦いの中に身を置いてこなかった者たちがどれほどの戦力になれるというのか。
訓練の時間を確保できればまだわかるが、現在の打撃を受けている管理局を打倒するのに、相手が立て直すだけの時間を与えるほうが悪手。
勝利を望むのならば、世論の勢いに便乗して決戦を仕掛けることが正解だ。
「あるいは、戦いを膠着状態に陥らせることで管理局の動きをけん制しつつ、後方で民衆を戦力へ仕上げるという手もあるが。ま……詮無きことか。どうせすぐに――消えるんだからな」
両腕を組み、冷ややかな視線で眼下を見渡していたダークネスは、やがて腕を解いて瞠目する。
「お前たち……力を借りるぞ」
静かに語りかけるのは、己が内に宿る二十一の宝石たち。求めるのは、彼らが宿す次元干渉のチカラ。
蒼き宝石から溢れ出す閃光の如き魔力が激しくスパークを起こし、穏やかな晴天であった大気に悲鳴を上げさせる。
「次元エネルギーに空間干渉力を付与……相転移力場を形成」
冷静に、針に糸を通すような集中力で唸りを上げる魔力へ志向性を持たせるための術式を構築していく。
これから試すのは、星系すら滅ぼすほどの破壊の力を秘めた兵器の再現。
強大にして無慈悲なる、絶対的破壊攻撃。
ひとたび制御を誤れば、己自身にも途轍もない被害が及ぶであろうほどの、強大なチカラ。
純然たるエネルギーを、己がイメージに沿った形へと変質、変換していく。
「相転移エネルギー最大増幅」
吹き荒れる魔力が巨大な竜巻を形成し、大空を漆黒に染め上げていく。
絶望を齎す終焉の具現が産声を上げる。
「縮退圧限界……重力崩壊臨界点、突破」
二十一のジュエルシードから生れ落ちたテニスボールほどの大きさの光球。それら一つ一つが超重力の塊……すなわち、マイクロブラックホール。
ダークネスの意思に従い、舞い踊るように宙を舞っていた超重力球が、かざした彼の手の中でひとつに混ざり合っていく。
集約されていくのは空間を崩壊させるほどのエネルギー。青白い雷光となって吹き荒れるそれを束ね、収束し、脳裏にイメージする”とある兵器”を再現する。
「生成、完了」
呟く彼の手のひらに生み出されたのは、紫電が奔る漆黒の球体。
縮退恒星の終焉時に発生するとされる極大なる破壊のチカラ、それを再現した禁断の魔法。
この時になってようやく異変に気付いたらしく、教会内部から騎士とおもしき人影があわてて飛び出してくるのが見て取れる。
天を、ダークネスを仰ぎ見た彼らが次々に絶望の表情を浮かべる様を見ても、彼の胸中に同情の念が浮かぶことは無い。
なぜなら、彼らベルカの民は
No.”ⅩⅢ”を信じ、彼女の手足となって
「貴様らの存在を、この世界から抹消してやろう……」
ダークネスは儀式に無関係の人間を殺めることは良しとしない。
しかし、あからさまな敵対意思を表明した者たちまで見逃してやる道理は無い。
世界を壊さぬように細心の注意を払いながら、敵の尖兵と化した愚か者どもを抹消するために生み出したチカラを今――開放する!
「さあ、堕ちるがいい……永劫に果て無き無限獄へと」
放たれたのは、内部で無数の重力球が交差しあう漆黒の魔力球。
まるで、手渡すかのように軽く放り投げられたソレは重力に引かれるように遥か下方の大地へと落ちていき――着弾。
「【
刹那、球体の表面を食い破るかのように内包された二十一の重力球が荒れ狂いながら外へと飛び出し……超重圧エネルギーが一気に解放された。
人々が最初に感じたのは浮遊感だった。
星が生み出す重力という不変のチカラ。その楔から解き放たれたかのように、人が、路上に転がる石が、木の枝に留まっていた小鳥が空へと浮かび上がり……僅かな間を空けて襲い掛かってきた吹き荒れる重力嵐のうねりに飲み込まれていく。
拳を振り上げ、司祭の檄に雄たけびを上げていた信徒たちが悲鳴や絶叫を上げる権利すら与えられず、全てが等しく
波紋のように広がっていく重力の檻は、森羅万物を吸い寄せ、飲み込み……原始レベルで崩壊させる。
悲鳴も、怒号も、祈りも、等しく無へと帰す。
爆音とも大嵐とも取れる重力嵐が巻き起こす轟音の中に混じる悲鳴に耳を傾けるダークネスの脳裏に浮かぶのは、自身が未来を奪った人々へ向けた謝罪の言葉……などではなく。
「自分でやっておいてなんだが凄まじいな……。しかもオリジナルはジュエルシードに”権能”というインチキで再現したコレより数段上というのだから」
己の未熟を恥じるように零す嘆息であった。
「っと、まあそれはいいか。今はまだ未熟。ならば更なる力を身につければ済む話だ。それよりも――」
ダークネスは頭を振って意識を切り替えると、土煙が昇る大地へと視線を落とす。
――故郷であるベルカと信徒という戦力を大地ごと消し飛ばされたカリム・グラシアがとる次の行動は、まず間違いなく早急なミッドへの進行だろう。
聖王を盟主に掲げながら、彼女の故郷であるベルカそのものを消失してしまったのだ。
運命を取り戻すなどと大層なお題目を掲げていたようだが、これほど凄惨な惨状を見せ付けられてもまだ革命とやらを続けることが出来るだろうか?
暴れ狂っていた重力波と魔力が霧散し、少しずつ大地の様子があらわになっていく。
大気が泣き止み、静寂を取り戻すと、荒廃した大地が遥か彼方まで広がっていた。
美しい自然も、歴史ある建築物も、人や動物、ありとあらゆるモノがその存在を抹消され、跡形も無く消え去っている。
残されたのは地表が大きく抉り取られた土の塊のみ。
命の息吹は微塵も感じられず、まさしく死の大地と呼ぶ以外に表現の仕様が無い光景がそこにあった。
「さて、これで奴らは急激な戦力増強が不可能となったわけだ」
次元世界各地に存在する聖王協会の信者たち。
彼らの内、自分も共に戦いたいという考えを持つ者の大多数がこの世界の聖堂へ押し掛けていた。
こちらに残した司祭や騎士の演説で鼓舞させ、戦闘への恐怖を薄れさせたところでミッドへ転移、希少能力を授けようとしていたカリムの狙いは、彼女の予測を上回るダークネスの反撃によって、朝露のように霧散したと言ってよいだろう。
「管理局と聖王教会、お互いに後が無くなったわけだ。さて、カリム・グラシア……手下どもへ刻み込んてやった俺への恐怖を払拭できるかな?」
圧倒的な暴力を見せることで、心の奥底へ恐怖を刻み込む。
ダークネスが自分たちの命を狙っているのだと思い込ませることで聖王教会に組する者たちの焦りを誘発させ、管理局との早急な決着をせざるを得ない状況へと追い込む。
化け物を倒すには、少しでも多くの戦力がいる。
管理局を打倒し、彼らに所属していた戦力を自分たちのものに出来なければ、ダークネスを倒すことが出来ない。
恐怖を振り払うように戦局が開けばこちらのものだ。
少数戦力の強み、機動力を生かしてカリム、ルビー、刹那、宗助を各個撃破していけばいい。
面倒な有象無象は互いに潰し合わせれば、今度こそ狙い通りに事が運べるだろう。
そして最後に決着をつけるのはもちろんアイツ――……だが、そのためにも、
「勝てよ、アリシア、シュテル。管理局と聖王教会を潰しあわせるためには、戦力を均等にする必要がある。……そのためには、お前たちに倒してもらわなければならないんだ。――地上の守護者と呼ばれる連中を、な」
――◇◆◇――
不毛の大地へと生まれ変わったベルカの地に、ダークネスの攻撃射程から運良く逃れる事ができていた一団が存在した。
地上部隊所属を証明する腕章を装備した彼らの名はゼスト隊。
地上のエース、ゼスト・グランガイツを隊長とする地上本部の切り札だ。
彼らは現在、見目美しい少女二人と相対していた。
「はいは~い、管理局の皆さ~ん。君たちはそこでストップなんだよ」
宙に浮かぶ箒型【デバイス】に腰掛けた雷の少女……アリシア。
「おとなしく引き下がっていただきたいのですが、どうでしょう? お互い、悪い取引ではないと思うのですが?」
【デバイス】を起動させて臨戦状態を維持している炎の少女……シュテル。
百戦錬磨の
それどころか、彼らが偵察していたベルカの人々を救う必要はないと諭し始めるほどだ。
ベルカに住む人民は協会側の人間、つまりは管理局にとっても敵だと言える。
ならば今回の件、対岸の火事だからと見過ごすという選択肢もあるはずだ。
しかし、
「愚問だな。相手が何であれ、傷つき、涙を流しているものがいる以上、手を差し伸べるのが我ら時空管理局の役目だ」
レジアスの指示を受けてベルカ地方の調査と監視任務に従事していたゼスト隊は、突如すさまじい爆音と共に大地が粉砕される光景を目の当たりにした。
状況はさっぱり理解できなくとも、骨の髄まで染み付いた”法の守護者”としての本能に背を押されるまま救援に駆けつけようとし――
「アリシア・テスタロッサにシュテル・ザ・デストラクターだな? お前たちが立ちふさがるということは、この惨劇を引き起こした元凶はあの男ということか」
「ちっちっち……駄目だよ、おじさん。人の名前はちゃんと覚えとかなきゃ。私の名前はアリシア・
「同じく、シュテル・スペリオルと申します。以後お見知りおきを……ま、次がある可能性は低いですけれど」
無垢な笑顔を浮かべ、丁寧なお辞儀をする少女たちに、地上部隊最強と呼ばれるゼスト隊のメンバーが緊張をあらわにして【デバイス】を構える。気付いてるからだ。目の前で自然体を崩さない二人の少女、彼女たちの浮かべる笑顔の向こう側に隠された強大な力を。
「やはりこうなりましたか。ま、ちょうどいいですけど」
「だよね~。私たちの本気……試し相手に申し分ないよ。じゃ、いこっか」
軽いやり取りを交わした次の瞬間、二人の姿がゼストたちの視界から消失する。
ざわめく部下たちの存在を意識から切り離し、瞼を閉じたゼストが全身へ魔力を浸透させていく。
それは身体能力を強化する基礎的な魔法。されど、彼ほどの強者ともなれば、基本的な技術が必殺の奥義へと昇華される。
念入りに強化するのは五感の内の触覚だ。
全身の肌を高性能なレーダーのように鋭敏化させ、空気の動きすら細かく感知できるほどに意識を沈めていく。
「むっ!」
首の後ろに感じたチリッ、とした感覚。
それは脅威の接近を告げる、戦士の本能が鳴らす警告音。
己の本能を信じて愛槍を振り上げる。瞬間、甲高い金属音と共に斥力によって振るわれた大鎌の一撃と打ち合い、両腕にしびれるような衝撃が襲い掛かってきた。
――重い!?
「うわぁお、初見で止められたのは久しぶりなんだよ~、っと!」
大鎌へと変形した【デバイス】による奇襲を容易く防がれたことに驚きの声を上げつつ、武具が交叉した箇所を起点に身体を流し、ゼストの身体をすり抜けるようにその場から離脱。直後、彼女の頭部があった位置を、大気が破裂するかのような炸裂音を伴った拳が撃ち抜く。
軽業師のように宙を舞って着地するアリシアを視界の端に捕えた拳の主……クイントは、娘に受け継がせたものと同型【デバイス】リボルバーナックル弐式のカートリッジをロード、爆発的な高まりを見せた魔力を脚部に集約させることで排出された薬莢が地面に落ちるよりも早く瞬発し、アリシアの懐へと潜り込む。
「リボルバー……キャノンッ!」
「おわっと」
余裕に満ちた表情のまま、ダンスを踊るようにアリシアが舞う。
轟音を伴った胴体を狙った一撃から軽々と逃れ、お返しとばかりに遠心力を加算した薙ぎ払いを放つ。
身の丈を超える巨大な獲物の長所である破壊力と射程を最大限に生かす一撃は、攻撃直後で身体が硬直したクイントの首を刈り取らんと唸りを上げる。
だが、
「おりょ? 鎖?」
あと数センチで首を刈り取ると言う一撃は、地面に展開された魔法陣から放たれた魔法の鎖に絡め取られることで不発に終わる。
魔力の源へと視線を向ければ、漆黒の外甲に覆われた人型の魔蟲……ガリューを従えたメガーヌの姿が。
「ガリュー、お願い!」
「……!」
召喚主の求めに応えるかのように胸の前で拳を打ち合わせたガリューは、真紅のマフラーを靡かせながら鋭利な爪を生やした拳を振り上げて突進してきた。
「甘いですよ」
しかし、相手はアリシアのみにあらず。
シュテルが後方から燃え盛る炎の魔力弾【パイロシューター】を撃ち放ち、アリシアの援護を開始。
誘導性を持つ魔力弾は戦場を舞う木の葉を吐き焦がしながらガリュー、そしてアリシアを拘束する鎖へと殺到する。
強固な防御力としなやかさを兼ね揃えたガリューの外甲であっても、炎熱系への耐性はそれほどのものではない。
攻撃をキャンセルし、ひときわ高い高度を誇る爪で、迫る魔力弾を斬り裂き、相殺する。だが、ガリューが足止めを受けている間に鎖は軒並み破壊されてしまい、結果としてアリシアが自由を取り戻してしまう。逃がすものかと突貫を仕掛けてきたゼストとクイントの蹴りを容易く捌き、後方へと跳躍して間合いを取るアリシアが、相方であるシュテルの傍らに降り立って大鎌を肩に担ぐ。
一撃も与えることが出来なかったことに歯噛みするクイントをメガーヌが宥め、静かな闘志を燃やすセズトとガリューが前衛に立って、仕切り直しだと己が獲物を構える。
ここまでがほんの数秒の間に起こった出来事。
戦いに加わらなかった……、否、戦いに加われなかったゼスト隊のメンバーは、隊長たちと御託にやり合う少女たちの技量に戦慄を覚える。
助力は逆効果になると、技量の足りぬ者が足を踏み入れてはならない戦いのだと、彼らの積み重ねた経験が解を導き出していた。
「『黄金神の双翼』、噂に違わぬ実力ということか」
任務において寡黙な男であるゼストがポツリとつぶやく。
それは見紛うことなき称賛の声。犯罪者である前に一人の武人として、己と同じストライカー級の高みへと上り詰めた彼女らへの純粋な敬意からくるものだった。
「うーん、なんて言いますか、やりにくいですよねー。才能があって経験もある。そのくせ、天災特有の驕りは見られないって反則でしょ」
「まるで六課にいる子たちの長所をひとつにしたような子たちね……。なんというか、自信無くしちゃいそうよ」
クイントとメガーヌからも、呆れた様な苦笑が零れ落ちる。
模擬戦という形で六課隊長陣と手合せしたこともある彼女たちの目に、アリシアとシュテルの姿が彼女らのソレとダブって見えたのだ。
例えばアリシア。
加速力はフェイト、攻撃の鋭さはシグナムに比類する。
そのくせ、一撃に込められた重さは鉄槌と称されるヴィータに勝るとも劣らない。
防御力はそれほどのモノではないようだが、捉えきれぬ速さと一撃で戦局を決める破壊力を両立するなど反則もいいトコロだ。
シュテルの場合は、なのはとはやてのいいとこ取りと言ったところか。
正確無比な射撃精度、一撃に宿った破壊力もさることながら、冷静に戦場を把握し、味方を的確にサポートできる視野の広さは指揮官としての才を有していることの証明だ。
もし彼女たちが味方になってくれればこの状況下でも希望が見えてくるのだが……、と、そう思わずにはいられない。
「だが、今は詮無きこと。我らはやるべきことを果たすのみ! ナカジマ! アルピーノ!」
「「はい!」」
だが、今自分たちがやるべき任務を思い返し、脳裏に浮かんだ『~たら、~れば』を打ち払う。
いかに魅力的な能力を秘めていようとも、彼女たちは、遥か彼方に広がる凄惨な惨状を引き起こした生ける災厄の身内にして眷属なのだ。
人命を救うため、己自身へ誓った誇りある正義を貫くために、今はただ彼女たちを打倒し、あの場所で死に瀕しているであろう人々を救い出す。
裂帛の気合いと共に吹き荒れるのは、雌雄を決せんという覚悟を秘めた魔力の奔流。
己の果たすべき役目を貫くために、地上の守護神たちが『黄金神の双翼』へと挑む。
「あまり時間は掛けられん。ここで決める……【フルドライブ】!」
吹き荒れていた魔力が地面に触れるほど下げられた切っ先へと集約される。
自身の魔力を限界以上に引き出し、最強を超えた一撃をもってあらゆる敵を葬りさる。これがゼストの切り札。
あらゆる犯罪者を打ち倒し、人々を護り続けてきた守護者の奥の手。
戦闘を長引かせては救える命も救えなくなる。いかに絶望的な結果が確定していたとしても、最後まであきらめずに足掻き続ける。
そのためにも、これで決着をつけなければならない。この先で遭遇するであろう
雄叫びを上げながら地面を蹴り、大地を穿ちながら全速力で駆け抜ける。
副隊長二人もゼストの覚悟を理解し、各々のやるべき役目を果たす。
クイントは両腕のリボルバーナックル弐式のカートリッジをフルロード、凄まじい反動と荒れ狂う魔力を奥歯を噛み締めて抑え込み、ゼストの後へ続く。
その隣にはメガーヌの支援を受けて身体能力を限界まで強化させたガリューが併走する。
そしてメガーヌ自身も、二人と一匹の援護としてアリシアたちの左右、上、後方に魔力の鎖と障壁を同時展開、逃げ場のない牢獄を作りだす。
前方からの三連攻撃を叩き込み、逃げ場を封じた鎖の結界によって拡散する破壊力を内側へ集約、いかなる防御も叶わない必殺の連携を生み出した。
後方に待機しているゼスト隊のメンバーは、隊長たちの勝利を確信した。それだけの威力があることを、彼らは日ごろの訓練で否応なしに理解させられているからだ。
しかし、それでも不安を抱かずにいられないのは、偏に――
「おぉ~! まさに必殺のコンボって奴だね~」
「ふむふむ、念話での意思疎通を図ったそぶりも見せないとは……素晴らしい以心伝心っぷりです。流石は地上部隊のエース集団と言ったところでしょうか」
迫る脅威と相対しながら呑気に会話するアリシアとシュテル。
迫る攻撃を防ごうと動く素振りも見せず、余裕約尺といった雰囲気を醸し出している。
その様子は、攻撃を仕掛けているゼストたちの目も捉えていた。
胸中に浮かぶのは戦場を知らない素人の能天気さに対する呆れ――などではなく、背筋が凍りつくかのような寒気であった。
危険信号が脳内で鳴り響き、今すぐこの場から離脱しろと全力で叫び続けている。
しかし、ひとたび繰り出した切り札のモーションは今さら変えられない。
己の全てを注ぎ込んだ切り札であるが故に、攻撃途中でのキャンセルは不可能なのだ。
もはや残された道は、この一撃にすべてを賭けて、あらゆる障害を打ち破る事のみ。
「オォオオオオオオオオオッ!!」
自らを鼓舞するかのように、喉が張り裂けるほどの叫びを上げて大地を駆ける。
「覚悟はご立派ですね。ですが……残念です。あなた方ほどの勇士を打ち倒さねばならないとは」
「ま、ここで私たちと出会った不幸を病院のベッドの上で嘆いててほしいかも。あ、大丈夫だよ。ちゃ~んと、殺さないように手加減してあげるから♪」
そう言うなり、二人は瞳を閉じ、告げる。己が切り札である――とある言葉を。
「「《神意召喚》」」
瞬間、光が爆ぜた。
メガーヌの生み出した牢獄を内側から強引に破る程の莫大な魔力の奔流。
逆流してきた魔力ショックによってメガーヌが吹き飛ばされる中、一条の閃光と化したゼストは恐れることなく光へと突き進む。
今更なにをしようと関係ない。ただ、この切っ先を届かせることにのみ集中する。
覚悟を決めた守護者の槍先は、彼と彼の部下たちの想いを乗せて光を穿つ。だが――、
「――ッ!?」
全てを賭けた切っ先は彼女らへ届くことは無かった。獲物を通じて感じるのは、強固な壁に弾き返されたかのような鈍い衝撃だった。
ゼストが、クイントが、メガーヌが、そしてガリューが、少女たちの身体を吹き飛ばす覚悟と威力を込めた切り札を阻んだもの。
それは……
「ひか、り……?」
太陽のごとき輝きを放つ、光の障壁であった。
それも、唯の魔力障壁などではない。純粋な魔力を全く別次元のナニカへと変容させることで誕生した、異質にして超常なるエネルギー……“
「――そういえば」
吹き荒れる光の
常人には立ち入る事すら許されぬ領域に立つ超越者の声が響く。
「ダーク様とヴィヴィオ以外の誰かにこの姿を見せるのは初めてですね」
「そう言えば……うん、そうかも。なにしろとっておきだからね~」
眩いまでに輝く恒星の如き輝きを斬り裂きながら、超越者が戦場へと降り立つ。
ゼストの耳に届くのは、透き通る清水を思わせる穢れ無き声。
先程まで相対していた少女たちと同じものであるはずなのに――まるで、天より降誕した天の使者のモノではないかと錯覚してしまう。
「貴方たち……だれ……?」
光の中から現れた少女たちに、地面に座り込んだクイントが思わずそう問いかけてしまう。
問われた本人たちは一瞬、きょとんと首を傾げ、すぐにくすくすと含み笑いを零してしまう。
「あはは、誰って言われてもねぇ。私は私、アリシア・T・スペリオルだって答えるしか出来ないよ?」
「そして私がシュテル・スペリオル。痴呆にはまだ早いですよ?」
軽口を交わす二人に対して、ゼスト隊のメンバーは口を閉ざす。
否――閉ざさざるをえなかった。
肌を刺す圧力、大気を、空間を押し潰すかのような圧倒的な存在感。先ほどまでの彼女たちとは、明らかに“違う”ことを、生物としての本能が悟ってしまったからだ。
「この、圧力――……高町 花梨と同等だと!?」
かつて一度だけ相対したことがある花梨が見せた『
それはつまり、人の身でありながら人智を超えた領域に手をかけた証拠に他ならない。
事実、彼女らの姿は大きく変容を遂げていた。
先程までの彼女らは黒を基準としたバリアジャケットを纏っていた。
だが、現在の二人を表すならば眩いばかりの“白”の一言に尽きる。
アリシアは母譲りのドレス風バリアジャケットが肌に吸い付くようなレオタードへと変わっている。
肩からおなじみのケープを羽織り、腰の裏側には足元に届くほど裾が長い腰コートが装着されて下半身を包む。
太ももの中ほどまである機械的な
背中からは紫電の雷光を撒き散らす魔力で天使を彷彿される双翼が形成され、王冠のような転輪が頭上に浮かぶ。
【ヴィントブルーム】の杖身も銀色に輝く硬質的なものへと変わり、鎌刃分は斧と槍を組み合わせたような形状……ハルバート。
『鎧闘神 龍機装』
これこそがアリシアの全力戦闘形態にしてフルドライブ。
限定的にではあるが『神成るモノ』と同等以上の戦闘能力を実現できる、“紫電の魔女”が最強の戦装束。
一方のシュテル。彼女の姿も漆黒のバリアジャケットから大きく変容を遂げていた。
ノースリーブしかなかった上半身に腰まで届くジャケットが装着され、ロングスカートが丈が縮んで動きやすさを主体とするミニスカートへと変わる。
ストールが武将を思わせる黒い陣羽織へと変化し、肩や腰横に甲冑を思わせる装甲が追加される。
膝下を蔽うのはアリシアと同じ機械的な
長い袖から覗く手には青い手甲を思わせる手袋。背には太陽の炎を彷彿させる輝焔の双翼が羽ばたく。
頭上には翼と同じ輝焔色の天輪が浮かび、まさに炎の天使と呼べる出で立ちとなった。
杖は先端を鋭利な槍を彷彿させる形状となり、杖そのものの長さも身の丈を超えるほどに伸びる。
更に、刃に埋め込まれるデバイスコアを太陽を模した装甲が覆い、魔道師の杖と言うよりも戦国槍と称した方が正しいものへと生まれ変わる。
『鎧闘神 太陽装』
アリシアの龍機装と対を成す、太陽の輝きを宿した“輝焔の天女”の全力全開形態。
《黄金神》と縁ある、聖竜騎士と太陽騎士の力を宿した戦巫女の力が、ここに顕現した。
「さて」
身体の調子を確かめていた二人の視線がゼストたちを射抜く。
ぎくりと肩を震わせる一同を見わたし、いまだ戦意が尽きぬ様子の隊長陣に素直な称賛を抱く。
「ま、だからといって見逃してあげるつもりは毛頭ないんですがね」
巨大な槍を軽々と振り回し、切っ先をゼストらへ突きつける。
羽ばたく炎翼が“
それを槍先へと集束させれば、瞬きもしない内に極大の魔力球が形成されていく。その輝きはまさに大地へ落ちた太陽そのもの。
「それじゃあね、おじさんたち。ばいば~い」
天へと掲げた白金のハルバート。その刀身へ堕ちるのは紫電の魔力で構成された翼から放たれる魔力雷だ。
バチバチバチ、と空気を焦がす音を打ち鳴らしながら集束されていく魔力はやがて形を無し、まるで自らの意志があるかのように鎌首をもたげる。
それは紫電で構成された龍の姿をしていた。ハルバートに絡みつく様に顕現した雷龍の双眸が、主の敵を噛み千切らんと唸り声を上げる。
極限まで集約された暴力の具現。それが今――解放される!
「『
「『
瞬間、この地に僅かに残されていた自然の緑が完全に消滅することとなった。
しばらくの後、駆けつけた特殊救護チームが目の当たりにしたものは、まるで超高温にさらされたかのように全身の皮膚が焼け爛れ、生死の境をさまようゼスト隊のメンバーの悲惨な姿。そして、生命の息吹を感じられないほどに破壊され尽くした大地の亡骸。
その日、ミッドチルダ北部に位置するベルカ地方が消滅するというニュースが全世界を駆け巡り、前日の騒動で浮足立つ人々の心を驚愕と恐怖で塗り潰した。
詳細こそ公開されなかったものの、聡いものたちは気付いていた。
カリムによって公開された情報に含まれていた妄言じみたデータの一端に記されたものの仕業だということに。
たった一人で世界を滅ぼす事が出来る人外の存在を。
彼に付き従う魔女と天使のチカラを。
人々は、否応なしに理解させられることとなった。
ラスボス臭がどんどん濃くなる主人公(笑)。
縮退砲発射時のBGMは「ダークプリズン」で決定ですな。
んでもって、妻嫁コンビもパワーアップ。
ゼスト隊には申し訳ないですが、最終決戦前に離脱していただくことになりました。
ついでに主要キャラのBGM(スパロボ風)イメージはこんな感じです。
ダークさん ⇒ ARMAGEDDON
花梨嬢 ⇒ 流星、夜を切り裂いて Ver.H
ルビー嬢 ⇒ MARIONETTE MESSIAH
刹那君 ⇒ DARK KNIGHT
宗助君 ⇒ WILD FLUG
作中に登場した魔法解説
・【
使用者:ダークネス
とある異世界にて邪神の僕と言う運命を振り切った天才科学者、彼が生み出した青き魔人の代名詞たる広域殲滅兵装を再現したもの。あちらが重力因子を操作して恒星の終末時における超新星爆発に等しい結果を齎すというトンデモ兵器に対して、こちらは次元干渉エネルギーを集束させることで疑似的な重力崩壊を引き起こすというもの。精細が違うせいか、あちらほどの破壊力(太陽系を一撃で破壊するレベル)までは有していない。
・『鎧闘神 龍機装』
使用者:アリシア・T・スペリオル
アリシアのフルドライブ形態。ダークネスの”権能”によって雷と正義を司る聖龍騎士の力を再現したもので、背中の魔力翼によって魔法力を吸収することが可能となる。
元ネタはSDガンダム外伝『ナイトガンダム物語』に登場するゼロガンダム&龍機ドラグーン。
鎧戦神とは神に仕える戦天使のことを指し、『がいとうしん』と読む。
・『鎧闘神 太陽装』
使用者:シュテル・スペリオル
シュテルのフルドライブ形態。ダークネスの”権能”で、《黄金神》と同格とも呼ばれる太陽騎士の力を再現した。背中の魔力翼は純粋な速力として利用する意外に、魔法力を吸収する変換機としての役割も持つ。
元ネタはSDガンダム外伝『黄金神話』の太陽騎士ゴッドガンダム
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秒読み
感想返しだと、どうしてもネタバレっぽい発言になりそうだったので自制してました……。
それと、オリジナルのほうが手間取ってるのでこっちを先に投稿。
いやー、書きたいことが多すぎてうまく纏まりませんわ(苦笑)。
今回は六課襲撃の概要説明と各陣営の切り札がご登場。
後に引っ張ろうかと思いましたが、さわり程度なのでまあ大丈夫かなと。
一応、裏設定みたいなものは残しているのでいい……デスヨネ?
それから、ゲスト出演として彼らに久しぶりのご登場をお願いしました。
「や、具合はどう――って、聞くまでも無いか」
「わかってんなら聞くなよ」
反論する元気が出る程度には回復した様子に、入院服姿の花梨が僅かに弛緩する。
野戦病院を彷彿させる慌ただしい空気の中、生死の境をさまようほどの重傷を負って担ぎ込まれてきた刹那を見たときはさすがに言葉を失ったが、石たちの懸命の処置のお蔭もあって順調に回復しているようだ。
ベッドに寝転がり、窓の外に広がる空をぼんやり見上げていた刹那の隣に椅子を動かして座る。
先の動乱の中、軽傷で済んだ仲間たちからのお見舞い品であるリンゴに果物ナイフを刺し入れながら、花梨は確認するかのような口ぶりで切り出す。
「それで? 君を殺しかけたのはカエデ君でいいのよね?」
疑問形ではあるが、確信じみた断定の意志が込められていることに刹那も気づいていた。気づいていたからこそ、無言を貫く。
わかりきったことを……親友であり悪友であった彼が、敵の先兵であったことを、自分の口から告げることをしたくなかったから。
大きな被害を生みだす一翼を担った悪友への怒り、取り返しのつかない状況に至るまで彼の内情に気づいてやれなかった自分自身への苛立ち、こうして怪我人としての惰眠を貪っている(と、本人は考えている)自分の分まで働いているであろう恋人たちへの申し訳なさ。ぐるぐると思考が渦を巻き、どうすればいいのかわからなくなってしまった。
管理局員としての自分が悪の道に走った犯罪者を捕えろと叫ぶ。
いかなる理由があったとしても、それが無関係の力無き人々を傷つけて良い理由にはならない。
どんなお題目を掲げようとも、誰かを泣かせることは悪い事なのだから。
その反面、悪友を暗い復讐の呪縛から解放してやりたい、助け出してやりたいと言う想いも、胸の中で燻っているのだ。
「もう知ってると思うけど、ダークのバカがベルカ地方を消し飛ばしてくれやがったの。おかげで聖王教会を支持しようとしていた他の次元世界は手のひらを返す様に無関係を主張し始めてるわ。聖王教会と強力なんかしていないし支持もしていないから襲わないで……ってね。まったく、恐怖で動きを縛るとか、完璧に悪役街道突っ走ってるわよね。ま、お蔭で私たちは余計な横槍を気にせずカリムたちの相手に専念できるわけなんだけど」
戦力の天秤を釣り合わせて、潰し合わせるというダークネスの策は大体うまくいっている。
彼の思惑は、当然花梨や管理局サイドにも気づかれている。それでも、この状況を最大限に利用することでしか起死回生のチャンスとなりえないとして、環菜と理解しつつも敢えて飛び込もうとしているのが現状だ。
儀式や転生云々については、三提督主導による管理局の内部に対しての公言令が敷かれたかいもあり、表面上は鎮静している。
しかし、下手に時間をかけてしまったら、民衆を中心とする管理局の方針に対する反対運動が活性化するかもしれない。
それを防ぐためにも、此度の事件は早期解決が必須となっている。
大きな被害を受けた地上本部や六課の隊舎の確認に隊長陣だけでなく、手当てを受けて復帰したスバルやティアナも借り出されているのは、一刻も早く反抗戦力を結集させるために調査をさっさと済ませようという意図があったからだ。
さすがに瀕死の重傷を負った刹那や六課の防衛で深手を受けたシャマル、隊舎防衛に限界以上の魔力を振りしぼった末に非戦闘員を庇って負傷したヴァイス、アリシュコンビにボコられたゼスト隊のメンバーなどは、医師から絶対安静を命じられているので未だベッドのお世話になっているのだが。
「本局との連絡はいまだにつかないから、地上にいる戦力でどうにかするしかないみたいね。教会側も戦力に数えてた信者たちをダークにやられちゃったから戦力の再編にてんやわんやでしょうし。多分、後一週間くらいで始まると思うわ――……『戦争』が」
脳裏に浮かぶのは、純粋に世界の行く末を愁いていた少女を旗印に掲げ、機械の軍勢と肩を並べる白き騎士たちの姿。
その時、敵の先陣をきっているのはカエデかもしれない――
花梨の言いたいことに気づき、刹那の拳が血色を失うくらい強く握りしめられる。
反射的に花梨を睨み付けてしまった刹那の視線を正面から受け止めながら、自分自身に言い聞かせるような口調で、告げる。
「時間の猶予はまだあるから、もうちょっと悩んでくれても構わないわ。でも……、覚悟だけは決めておいてね」
「……何をだよ」
「決まってるでしょう? ――友達と刃を交える覚悟を、よ」
果たして、感情を押し殺したかのような無機質な声に込められていた想いはいかほどのものであったのだろうか。
未だ言えぬ深き傷を抱いた彼らに、安らぐ猶予などありはしない。
そう宣告するかのように、眩い輝きを放つ太陽の光が瓦礫が散乱するミッドチルダの大地を燦々と照らし続けていた。
病室の窓の向こうには暗雲立ちこめる人の心とはうって変わった、どこまでも蒼い空が広がっていた。
――◇◆◇――
「フェイトさん、私とスバルの担当エリアの調査、終わりました」
頭に包帯を巻いたティアナから調査データが打ち込まれたタブレットを受けとるフェイトの表情は暗い。
負傷した部下たちを借り出している事に対する罪悪感……によるものだけではない。それに気づいたティアナは、あえてフェイトが心を沈ませる原因になっている少年の話題を口にする。
「あの、エリオは相変わらずなんですか?」
「えっ……あ、うん。安静にしとかないと駄目って言ってるのにね。やっぱり男の子なんだね。『僕はもう大丈夫です!』 って、槍の稽古を再開したみたいなんだ」
で、お医者さんに見つかってはお説教されてるんだよと、くすくす笑うフェイト。
ティアナもつられるようにクスリと笑う。
脳裏に浮かび上がるのは、彼の病室で花梨から聞かされたあの日に六課で起こった事件の顛末。
ガジェットの軍勢に襲撃を受けた彼女らは、警戒していたこともあって、さしたる被害も出さずに対処することが出来ていた。
しかし、カリムが暴露した儀式や参加者についての情報や世界消滅の危機などの件で、非参加者……事情を知らなかった六課の職員たちが疑心暗鬼に駆られてしまった。その隙をついて現れたのが、異形の竜……『
……ついでに、何時ぞやの赤いガジェット三
量だけでなく質も投入してきた敵の用意周到さに呆れつつも徹底抗戦を取ろうとした花梨たちだが、予想外の事態によってその思惑は根本から覆されてしまう。
『Full Divide!』
背中から聞こえてきた機械音と共に言い表せない虚脱感に襲いかられ、地面に崩れ落ちてしまったからだ。
花梨だけでなく、六課に残っていたほぼすべての人間が、力無く地面に突っ伏す中、唯一人悠然と六課の廊下を歩く少女が存在した。
「ヴィレオ……アンタ……!」
「……ごめんなさい。でも仕方がないんです。やっぱり私は、ベルカの導き手としての役目を果たさないといけないって思うから」
一対に煌めく虹色の光翼を背中に携え、両脇に気絶したリヒトとルーテシアを抱き抱えたヴィレオが、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
デス=レックス相手に単独で奮起していた花梨に背後からの奇襲という不意打ちを仕掛けたヴィレオ。
予期せぬ裏切りに深手を負って倒れ込む花梨を見る彼女の瞳に申し訳なさが浮かぶ。
本意ではない。でも、仕方がないのだと。言外に、そう告げていた。
「待ち、やがれ……! 二人をどうするつもりだ!」
愛槍を杖代わりにして立ち上がろうともがく宗助を一瞥し、語る。
「リヒトちゃんはベルカの遺産たる“夜天の書”の管制人格の生まれ変わり。ルーテシアちゃんは古きベルカの血脈に連なる召喚術師の末裔。彼女たちの居場所は、私と同じベルカの元にこそあると思うんです」
「ふっざ……けんな! リヒトも、ルシアも! 家族はコッチ側にいるんだよ! 勝手な言いがかりで誘拐しようとしてる野郎が、なに正論ぶってや――ぐああっ!?」
「宗助っ!?」
怒りに吼える宗助の鳩尾に固いブーツの爪先が突き刺さる。
鮮血を吐き出しながら壁に叩きつけられた宗助が崩れ落ちるのを冷たく見下ろすのは、ダークブルーのボディスーツに身を包んだスカリエッティの産み子、機械の強靭さと人間のしなやかさを兼ね揃えた人型兵器“戦闘機人”の十一番目。
感情を映さない無機質な瞳で崩れ落ちた宗助を冷ややかに一瞥し、近づいてきたヴィレオに首を垂れる様は、王に忠義を尽くす騎士を彷彿させた。
「お迎えに参りました、我が王。戦闘機人No.7、名称:セッテ。 創造主ジェイル・スカリエッティと同士カリムの命により、現時刻を以てあなた様の指揮下に入ります。叶うならば、王に仕えし従者として仕えさせていただけることを願います」
己が刃である【ブーメランブレード】を足元に置き、無機質でありつつもどこか昂揚した印象を受ける声色で懇願するセッテ。
完全な戦闘タイプとして調整された彼女えはあるが、感情が皆無と言う訳ではない。
むしろ、伝説から蘇った王に仕える騎士になれるかもという期待を抱く程度には、武人としての心を秘めているのだろう。
ヴィレオもまた、誠意を向けてくれる彼女へ真剣に向き合うことを決断する。
セッテは兵器として『使われる』のではなく、武人として『仕えたい』と願っている。ならば、王たる己の役割は臣下の願いを受け止め、導くこと。
遺伝子に刻み込まれた魂の記憶にあるかつての己がそうしたように、ヴィレオもまた誠意を以て応える。
「顔を上げてください」
「はっ」
「『聖王』ヴィレオ・
「……承知! 自分の総ては王のために」
「ならば参りましょう。我々には、立ち止まっている時間は無いのですから」
悠然と、唯人には抗えない覇気を放ちながらヴィレオが進む。
崩壊した隊舎から昇る燃え盛る劫火すら彼女の歩みを止めることはできない。
それどころか、光翼を一凪しただけで火の粉すら残さずかき消されていく。
半減・減衰の究極足る“消滅”。
これこそ、ヴィレオが手に入れた異界の力。
アグスタで採取した『聖王姫』のデータを基に天災が産み落とした禁断の武具、その極みのひとつ。
“
天を超えた頂の光を纏った“聖王”が“臣下”を引きつれて悠然と立ち去っていく様を、花梨たちは呆然と見送ることしか出来なかった。
「結局、エリオも敵の圧倒的な物量差になすすべも無く押し込まれちゃったからね。またキャロを止められなかった、自分に力が無かったからって、自分で自分が許せないみたい」
元々、一騎打ちで真価を発揮する戦闘スタイルのエリオに、一対多数の戦場――拠点防衛と言う条件付き――を捌ききることは不可能なのだ。
広域攻撃を有していない彼がどれほど奮起しようとも、面で迫る相手を点でどうにかできるわけないのだから。
「宗助君も自分がリヒトやルーテシアちゃんを助けるんだって、一緒に訓練をしてるみたい。まあ、すぐに見つかって花梨のお説教を食らっちゃうみたいだけど」
「まあ、ふさぎ込まれるよりはマシですよ」
一瞬だけベッドで眠る恋人の姿が脳裏に浮かびあがったが、今やるべきは別にあると意識を切り替える。
ティアナには確信があったからだ。
刹那は必ず立ち上がってくれると。
信じているからこそ、その時を万全の状態で迎えられるように、やるべきことを済ませておかなければならない。
(初戦は完全敗北……でも、ここで終わる様なタマじゃないのよ、私たちは)
蒼い空を見上げながら、静かな闘志を燃やすティアナ。彼女につられるように、フェイトもまた空を見上げる。
悠然と広がる蒼穹の向こうに敵を見据えながら、彼女たちは迫る決戦の予感を感じとっていた。
――スカリエッティによるミッド全域に向けた宣戦布告のメッセージが発せられたのは、この十分後のことだった。
――◇◆◇――
「くふ……、くふふ……!」
堪えようのない歓喜に全身をわななかせ、天災の如き叡智を宿した少女が笑う。
今頃は兄による管理局への宣戦布告がなされている頃だろうか。
王にして生体コアでもある少女によって機動を果たした古代兵器【聖王のゆりかご】。
スカリエッティ陣営の拠点としても利用されていたソレの格納庫にいるルビーは、世の動きなど興味は無いとばかりに作業に没頭していた。
その甲斐もあって、彼女の眼前に“最高の玩具”が用意できたのだから、自分の選択は正しかったと自画自賛するのも当然なのかもしれない。
頭部に装着した情報処理・蒐集特化型ヘアバンドデバイスが、スカリエッティの演説を拾う。
聖王教会の要望を受け入れて、民衆の避難が完了すると予測される一週間後に決戦を挑むと宣言する兄の声には、堪えようのない愉悦が籠められていた。
混沌と絶望へと染まりゆく世界の在り様、それに己が関わっているという実感に歓喜を抱いているのだろう。
だが、正直なところを言えば、『そんな事はどうでもいい』。
現在のルビーにとって大切な事は、戦争の中で相対出来るであろう彼との
それを思えば、一週間の余裕が確保できたことはありがたい。最後の仕上げにかかれる猶予があるのだから。
「やっぱり万全の状態で
ダークネスの襲撃と言うアクシデントがあったものの、あくまで
元より、自分たちだけで戦争を仕掛けようとしていたのだ。
ゆりかごの主として用意したヴィレオの戦闘能力も折り紙つきだし、本局もルビー自身の手で身動きが取れないように対処済みだ。
聖王教会の方も、予め戦争へ向けて訓練をさせていた騎士たち以外の者たち……所謂、信者を戦力に数えるつもりはなかった。
いかに強力な力を与えられたとしても、戦闘訓練を積んでいない者がどれほどの役に立つと言うのか。
少なくとも、今回の戦争では、末端の兵士の動きを牽制する囮のような役割を果たすために、ベルカ地方で待機させておくつもりだったのだ。
とは言え、圧倒的な暴力を見せつける事で戦いに恐怖を抱き、逃げ出そうとする騎士が少なくないのは聞いているが……
「ま、どうでもいいことだよね。戦争の結果がどうなろうと、ボクの知ったこっちゃないんだし」
世界の情勢など完全に無関心。ルビーはもはや、完成した最高傑作でダークネスと殺し合う以外は考えられない状態にあった。
「ほ、凄まじいものよな。創造主よ、妾を生み出しのはこのためだったのかや?」
肩の部分が剥き出しになってしまうほどに着物を着崩したリインフォース・ドライが煙管を片手に姿を現した。
ルビーの仕事の成果を見上げ、感嘆したようでいて、どこか恐怖するかのような表情を見せる。
「そだよ~。キミを用意したのは、始めっからこの子を動かすために使うためだったのさ」
「くくく……何とも剛毅なものよ。悪名名高き“闇の書”の管制人格たる妾を動力扱いするかよ。それでこそ我が創造主よな。――して、主よ。これらの名はなんと申すのか?」
二十の眼光を煌めかせる巨人を見上げ、畏怖を帯びた声色でドライが問う。
ソレから発せられるプレッシャーに気圧されるかのように、着物に包まれた背中に凍える様な冷や汗が流れ落ちる。
「この子の名前? そうだねぇ……ヤッパリあれしかないっしょ」
悪戯っぽく笑いながら、ルビーがソレに名を与える。
《神》の頂へと手をかけた龍神と雌雄を決するに相応しい、最強の神殺しの鎧。人の叡智によって産み落とされた
かの者には、この名こそが相応しい!
「『
母にして創造主たる少女へ応える様に、神を殺すために生み出された機械仕掛けのドラゴンの唸り声が静かに響き渡った。
――◇◆◇――
ベルカ地方を文字通り消し飛ばし、気絶したゼスト隊メンバーを地上本部前に転移させたダークネスたち。
彼らもまた、拠点のひとつで決戦への最終調整を行っていた。
キーボードを指が叩く音だけが響く研究室。
真剣な表情でモニターの表示されるデータを分析するアリシアの後ろで、もう一人の聖王であるヴィヴィオが父たちに修行の成果を開帳していた。
「いっきますよー……“
両手を頭上で交叉させるように掲げた瞬間、両の拳から眩い輝きが放たれ、ヴィヴィオの腕を包み込んでいく。
光が納まると、ヴィヴィオの両腕に肘まで覆う真紅の籠手が装着されていた。
かつてエクスワイバリオンとの融合時に顕現していた仮初のモノではない、オークションで競り落とした“異界から流れ着いた黙示録の龍の一部”を雛型にアリシアの持てる技術の粋を注ぎ込んで完成させた珠玉の【デバイス】。
【クリス】に内蔵された
“
好敵手の力を宿すに至った娘の成長に満足感を感じつつ、ダークネスは傍らに浮かぶ空間モニターに映る
「感謝する。留守番させた娘の面倒を見てくれたばかりか、修行までつけてくれたそうだな。この礼はまたいずれ」
『ん、問題ない。我もヴィヴィオと遊ぶの楽しかった』
『ふっ、俺としては《黄金神》たる君と手合せを願いたい所だったが次の機会のお楽しみとさせてもらうよ。君の娘さんの稽古をつけるのも、なかなかに面白かった』
無表情でありながらもどこか楽しげな様子の少女と、美男子と呼ぶにふさわしい銀髪の青年が好戦的な視線を投げつけてくる。
もし並行世界の空間越しでなければ速攻で仕掛けてきてもおかしくないレベルの戦意に滾っている白い龍を落ち着くように宥めている猿妖怪が不憫でならない。
『ったく、ウチの王様もこれが無けりゃもうちっとマシなんだがねぇ。ま、だからこそつるんでておもしれーんだけど。……ってか、最強って遺伝するもんだなってつくづく思い知らされた今日この頃。なんなのあの娘、“禁手”未使用、地上戦のみって条件付きとはいえ、一時間で白龍皇とガチでやり合えるレベルに成長するとか。しかも神滅具クラスの神器持ちって、何そのチート』
「ちなみにアイツはまだ変身を残しているぞ」
修行の間は生身での基礎能力向上を主体にするように指示していたから、“
一応、【クリス】にバリアジャケットの発動こそ命じていたが、それだけ。
エクスワイバリオンと融合せずとも、【クリス】だけで発動できるようになった『聖王姫』に変身すれば、禁手の白龍皇ともいい勝負を演じられるだろう。
まあ、あくまでいい勝負止まりになってしまう可能性が高いが。
ついでに“禁手”の上にある“覇龍”まで出されれば、どうしようもなくなってしまうだろうが、ヴィヴィオの成長速度を鑑みると、もしかしてと思わなくも無い。
『え、なにそれこわい』
気配りも出来る意外と常識人な猿妖怪の頬が引き攣っているのは見間違いじゃない筈だ。
「じゃあな
「オーちゃん、また遊ぼうねっ。ヴァーさんっ、今度は負けませんよっ」
『ん、楽しみにしてる。ヴィヴィオ、
『ふっ、天龍の壁を易々と乗り越えさせはしないさ。また会おう、赤龍神帝の力を宿せし《黄金神》の娘よ』
新しい友と別れを惜しむ娘を後ろから抱きしめながら、シュテルは振り向いたアリシアと視線を交わす。
「それでアリシア。どんな感じですか?」
「うん、【クリス】から吸い上げたデータを見るかぎり、ヴィヴィオの力は安定しているみたいだね。これなら、戦力として計算しても問題ないと思うよ」
「そうですか……ヴィヴィオ。いけますか?」
「うんっ! 修行の成果、お見せしますっ!」
ふんぬ、と力こぶを作る娘を優しく撫でながら、シュテルが満足げにほほ笑む。
管理局と聖王教会の全面戦争。
そこに介入し、目標を仕留める上で戦力は一人でも多い方がいい。
「よし、これで大体の準備は整ったな。――まあ、俺がいまだに次の段階へ進化出来ていないのは問題なんだが」
「焦らないの。大丈夫、ダークちゃんならきっと出来るって」
「そうですよ。それに少しは私たちも頼ってください」
「もちろんわかっているさ。俺は単独で動く予定だから、別件をお前たちに任せたい……頼むぞ」
三人が頷くのを確認してから、ダークネスは告げる。
「戦争開始直後、俺はNo.“ⅩⅢ”の首を狙う。お前たちは桃髪娘が召喚する厄介なドラゴンを始末して欲しい」
「ダークパパ、私は“お姉ちゃん”をブッ飛ばした方がいいのかな?」
「死竜王とやらを殺った後でな。因果を喰らう奴は厄介だ。能力的に見て、管理局側からは花梨が出てくるだろうし、共闘でもして確実に仕留めてくれ」
はーいと返事を返しながら、不意にアリシアが疑問を投げる。
「そう言えばさー、あんな不気味なドラゴンがどうしてこの世界に現れたんだろ?」
「確かに、言われてみればそうだな……。能力スペックは二天龍に匹敵してもおかしくないレベルなのに、小娘に使役されているのはどういうことだ?」
ダークネスも答えがわからず、首を傾げる。
「あ、それなんですが、どうやらカリム・グラシアが行った実験が原因だったみたいですよ。聖王教会の司祭を締め上げて吐かせときました。他人に異能の力を顕現させる“能力”がどこまで有効なのかを確かめる実験を行った事があるらしく、召喚魔法の応用で並行世界に存在する存在をそのまま呼び出そうとしたらしいんです。でも、結局失敗して魂だけしか召喚できなかったらしく、同時刻に竜召喚の儀式を行っていたアルザスの守護竜に憑依する形でこの世界に留まったらしいです」
「真龍を喰い、存在を上書きすることで消滅を免れたという訳か」
『死竜王を召喚する力』を生み出そうとして失敗したカリム。
彼女が呼び込んでしまった死竜王の魂は行き場を求めて世界を飛び、たまたま召喚された直後で無防備だった真龍に憑依する形で乗り移った。
その結果誕生したのが、守り神を殺してしまった巫女と言う烙印を押され、追放された幼い少女。
彼女もまた、参加者によって運命を狂わされた被害者と呼べるのかもしれない。
だが同情はしても遠慮はしない。
如何なる事情があったとしても、今の立ち位置を選択したのは間違いなく彼女自身なのだから。
「ま、その辺のフォローはお人よし集団に丸投げしとけばいいですよ。どうせ、勝手に救済だのなんだのやらかすんですから、彼女たちは」
「だね。フェイトたちは優しいから」
「道を誤った輩の更生役は連中の仕事。ある意味でアウトローな俺たちは、漁夫の利獲得目指して暗躍するとしようか。……お前の方はどうだ?」
振り返り、問いを投げる。
彼らがいる巨大な地下シェルターを彷彿させる格納庫。モニターやキーボード以外の照明が一切存在しない空間を眩く照らす存在へと。
問われたソレがゆっくりと鎌首をもたげてダークネスを見る。
ソレはあまりにも巨大な“龍”だった。
金色に輝く龍麟甲で全身を覆われた、三つ首の飛龍。
折りたたまれた翼は真紅の輝きを放ち、全身の各部を蒼く光る追加装甲が覆っている。
其々の頭部は主の大切な存在を思わせる出で立ちをしていた。
左の頭部は、悪魔じみた凶悪な風体をしていながら、瞳は純真さを感じさせる真紅に煌めく。
右の頭部は、ややエッジが抑えられていて、どこか理性的さを感じさせる。
そして中央の頭部は王冠のようにも見える角を携え、左右で色彩の異なる双眸を以て、主を真摯に見つめていた。
三つの口から発せられる重低な唸り声が三重奏となって響く中、心に直接響く念話で言葉を交わす。
『“変幻”のほうは問題ないかと。ただ、戦闘にどれほど姿を維持できるかと言われれば、少々心許無いと言わざるを得ませんな』
「“合身”はどうだ? どれぐらい
『……正直なところ、現在のお館様では失敗のリスクが高すぎるかと。せめて、もう一ランク上の段階へ進化出来れば、あるいは――……。それでも、長時間の維持は難しいでしょうな』
「そうか」
少しだけ落胆したように肩を落とす。
先代……否、
現状を嘆くよりも、やるべきことを果たす方が先決だ。
それに、あくまでも『今の自分』には不可能なのであって、『未来の自分』も同じであるとは限らないのだから。
「修練だけじゃあ、やっぱり限界があるか。やっぱり、実戦しかないな」
あの日から鍛錬は欠かさず続けている。
その甲斐あって、あと少しで壁を突破できるところまで来ているのが自分でもわかる。
けれど、その最後の壁が中々に強固。コレを打ち破るためには、かつてのように戦いの中で成長するしかないのかもしれない。
「具体的にはどうされるんです?」
「まずは手筈通り聖王教会へ仕掛ける。実力を鑑みるに、あちらは
燃え盛る炎を携えた剣士の姿を幻視して、ダークネスの口端が不敵に攣り上がる。
「花梨は最後に取っとくとして……まずはルビーと決着をつけるのが先決。そのためにも、まずは英雄殿を打ち倒して限界を超えさせてもらうとしよう」
「それでこそ我が愛しの旦那様。例え行きつく先が煉獄の奥地であろうと、どこまでもお供させていただきます」
「違うよシュテル。ダークちゃんと私たちが目指すのは、奈落の底じゃなくて天上の頂のほうなんだよ」
天を指差しながら、アリシアが笑う。つられるように、シュテルも、ヴィヴィオも、そしてダークネスも笑みを溢す。
【……!(ぴこぴこ)】
『ウム、我らも全力を以て親方様のサポートを務めますぞ』
【……!!(コクコク)】
やってやるぜ! とふわふわの拳をぐぐっと突き上げる【クリス】。
混乱が未だ収まらないミッドにあって、この場所だけは和気藹々とした朗らかな空気で満たされていた。
花梨さん、刹那君への叱咤が少々きついですけど、早く立ち直ってほしいと願っているからです。
そして露わになったリヒト嬢&ルーちゃんが保有していた桃姫的属性。
本作では数少ない浚われヒロインとして盛り上げてくれることを期待します。 ← コラ
恒例の用語紹介はさわりだけで済ませときます。
とりあえず、今公開できる情報はこんな感じで。
・三つ首の黄金龍
ダークネスにつき従う守護龍。
エクスワイバリオンが『変幻』したもう一つの姿にして、最後の切り札。
真の力を発動するためには、現在のダークネスですら力不足なほど。
・『
ルビーが生み出した”プロトA”シリーズの最終形にして完成体。その名が示す通り、人型のドラゴンといった外見をしており、ルビーが直接乗り込んで機動させる。
動力源に”闇の書”であるリインフォース・ドライを利用することで、無限に等しい魔力を動力にする。正式名称:対《新生黄金神》最終決戦用機械神兵装
・”
ヴィヴィオのデバイス【クリス】こと【セイクリッドハート】に搭載されている武具。
両腕を覆う深紅の手甲で、赤き竜のソレに類似した特殊能力を内包しており、異世界の白き竜との修行で真の能力を開花させた。
・”
ヴィレオ用にルビーが開発した人造神滅具とも呼べるデバイス。
色々とかき集めていた古代ベルカの遺産やヴィヴィオの戦闘データを解析して作りだした『聖王』の翼。六課の戦いでは相手の全体力を消失させる『Full Divide』を使用したように、半減の精度を自在にコントロールでき、抵抗していた花梨たちを一瞬で無効化して見せた。
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開戦
時系列的には、管理局と聖王教会&スカリエッティ一味連合がぶつかり合う直前辺り。
奇襲組がメインのお話になります。では、どうぞ~。
その日の朝は静かな日の出を迎えていた。
しかし、街は深い静寂に包まれている。心に響く歌声を披露してくれる小鳥も、自由気ままに生きる犬猫の姿も一切確認することが出来ないほどに、がらんどうな雰囲気を街そのものが纏っているからだ。
人間よりも優れた危機感知能力を持つ彼らは、大地震などの自然災害を事前に察知して避難する性質を持つ。
故に、ここクラナガンから我先にと逃げ出しているのは当然の結果なのだ。
言葉を放せずとも、皆、直感していた。
これよりそう遠くない未来、この場所で、かつてない戦乱の火蓋が切って落とされることを。
その予感は、これより三時間の後に現実のものとなる。
――◇◆◇――
「中将、本当に残られるおつもりですか?」
「くどい。ワシにはそうせねばならない責任があるのだ」
地上本部の最上階、クラナガンの街を一望できるその場所に立つ一人の人物がいた。
レジアス・ゲイズ、彼は部隊の再編を終わらせた後、前線の指揮をはやてやに託した。
非魔導師であるレジアスに自ら戦う力はない。彼の剣であったゼスト隊が壊滅した現状、前線から退いて久しい自分に出来ることはないと自ら宣言した彼は、それでも、これから戦場になる場所に残ることを決めた。戦いの行く末を見届ける。それこそが自分の役目なのだと内より湧き上がる魂の声がそう叫んでいるから。
戦いの結果がどうなれど、少なくない被害は出るだろう。
この戦い……元凶の片割れであるスカリエッティと一時期取引関係を結んでいた身としても、全てを見届ける責任があるはずだ。
故に、秘書官である娘には退避命令を下し、自分一人だけでここに残ろうとしたのだが……。
「なら、私もお付き合いさせていただきます。上司を置いて我が身可愛さに逃げ出すような軟弱者が中将の秘書官、兼、副官を務められるとお思いですか」
「……馬鹿者が。命令違反だぞ」
「わかっていますとも。ですが、仕方ないでしょう? 頑固者な誰かさんの血と意志を受け継いでいるんですから」
『秘書官』としてでなく、『娘』としての顔で可愛らしくウインクする部下、兼、愛娘の態度にあきれたような、それでいて少しだけ嬉しそうな苦笑を浮かべたレジアスは、「……馬鹿娘め」と呟き、視線を窓の向こうに広がる街並みへと戻す。
「そこまで言うなら好きにせい。だが、自らの意志で決断した以上、途中で逃げ出すことは許さんぞ。最後まで見届けてみせろ」
オーリスは頷きを返して、父の隣に並ぶ。
敬愛する父と同じ場所に立ち、世界の行く末を見届ける。
不謹慎だが堪えようもなく湧き上がる得も言えぬ昂揚感で胸を満たしながら、オーリスは父と共に戦場へと向かう戦友たちの背中を見送っていた。
――◇◆◇――
クラナガンよりわずかに離れた位置に存在する教会。聖王教会の前線基地として使われているその場所で、今まさに負けられない戦いが行われていた。
騎士甲冑に身を包み、カリムから希少能力を授かった者たちによって構成された護衛軍。数は三桁を超えようかと言うほど。
厳しい修練と潜伏の期間を乗り越え、エース級の魔道師に比類するほどの実力者へと成長を果たした彼らの任務は、自らの戦う力を持たないカリムの護衛である。敵を斬り、勝利の勝鬨を上げることこそ騎士の、武人の誉れだと主張する者が我先に前線へと飛び出していく中、重要人物の警護と言う任務に全力を賭して挑まんとする護衛軍に油断はなかった。
だからこそ、
「ちっ……! こいつら、予想以上にっ!」
「恐れるな! 皆で囲むんだ! 我らの後ろにはカリム様がおられることを忘れるな!」
『応!』
「ジャマっ……すんじゃねぇよ!」
裂帛の咆哮と共に振るわれた紅蓮の炎が斬撃となって聖堂を焼き尽くす。破壊を撒き散らしながら迫る炎を前に、騎士たちは守りを得意とするメンバーを前面に押し出し、協力して巨大な防御魔法陣を形成させることで対処する。
ぶつかり合い、爆散する炎の燐光を斬り裂きながら迫りくる侵入者――刹那に対して、入れ替わるように前へ出た槍騎士の一団が一糸乱れぬ動きで突きを繰り出す。瞬間、槍型デバイスの先端に魔力が収束すると共に、槍自身が螺旋回転を起こすことで貫通力を向上させた魔力砲が生成され、刹那へ向けて撃ち放たれた。
横一列に並んだ砲塔から押し寄せる魔力砲の津波。舌打ちと共に刹那は両ひざを曲げ、限界まで強化させた脚力にものを言わせた垂直跳躍でそれをやり過ごす。
「とああああっ!」
「でぇーいっ!」
天井に着地し、再び突撃を仕掛けようと目論んだ刹那だったが、それを読んでいた若い騎士二人の挟撃が迫る。
共に双剣を身体の後ろに限界まで引き絞った状態から腕の撓りを最大限に利用する連斬を繰り出す騎士たち。
殺った!
攻撃を繰り出した直後であるというのに結果を確信するほどの、まさに必殺の一手。
これでお役目を果たすことが出来ると感涙の涙を流しそうになった騎士たちであったが、彼らは一つ重要な事を失念していたと言わざるを得ない。
何故なら、彼らが挑んでいるのは英雄と呼ばれし英傑の一人。
さしたる魔術の際も無い凡才の身なれど、磨き上げた剣術で世界の守護者となるに至った救世騎たる刹那がこの程度の危機を乗り越えられぬはずも無い。
「俺の……邪魔を……」
炎を纏った刀身をそのまま鞘に納刀し、意識を集中する。
魔術回路を通して全身に魔力を行き届かせ、吸収した
身体を捻り、抜刀術の構えを取ると、迫る双剣の切っ先が首筋に到達しようとした――刹那、
「してんじゃねぇえええっ! 【弾劾絶音】っ!」
怒声を置き去りにした速度で剣刃が煌めく。
それが真紅に染められた炎を形どる刀身による居合によるものだと騎士たちが気づいた時には、もう、勝負はついた後だった。
「くは……っ!?」
顔を苦悶に歪ませながら落ちていく騎士たち。片方は意識そのものがないようで、身じろぎすらとらないまま床に激突、硬い物が砕ける様な生々しい音を鳴り響かせながら、脱力しきった四肢をなげうつ。
――いったい……なにが……!?
もう片方も、どうして攻撃を仕掛けていた自分たちのほうがやられてしまったのか理解できない顔を浮かべたまま地面へと墜落する。
他の護衛軍もさすがに動揺を隠せないようで、地面へ降り立った刹那と一定の距離をキープしながら身構える。
騎士として剣の腕に自信がある者たちっが多い護衛軍が、刹那の技量に驚嘆したからだ。
フランベルシュという刀剣は炎を形度った直刀と言う形状をもつ。波打つような刀身は、それ故にひとたび切り付けられるとそう容易く癒すことが出来ない傷跡を残す。その反面、日本刀のように居合など行おうものなら、特異な刀身が鞘と干渉し合い、剣速を著しく低下させる。
にもかかわらず、刹那の居合はこの場にいる誰よりも速く、鋭いものだった。剣士として、武人として彼の実力に驚嘆したために、闇雲に攻めたてるのは危険と判断し、間合いを取ったのだ。
――はったりとしちゃ、上出来かな。
一方の刹那。彼もまた、内心で安堵のため息を吐く。抜刀の瞬間に刀身の形状を日本刀のような形状へ一時的に変化させることで最高速の居合を繰り出すことに成功した。
相手から見えないように元の形状へ戻した相棒をチラつかせ、自分はこの剣でも最速の居合を繰り出せる実力者だと無言のアピール……もとい、兆発を繰り出しながら、これからどうするか熟考する。
単独で教会へ潜入することとなった刹那にしてみれば、ここで必要以上に戦闘を長引かせることは悪手以外の何物でもない。
元々、今回の戦争における元凶の片割れであるカリムと彼女の直属らしいカエデを倒す、あるいは捕縛することが当初の目的だった。
奪われた幼馴染たちを救い出すために無理やりついてきた宗助のフォローをしつつ、敵の警戒網をすり抜けて直接目標に接敵しようと言うのが本来の計画だった。しかし、まさに今、この瞬間、刹那がいる聖堂の反対側にある中庭で轟音と共に繰り広げられているもう一つの戦闘のせいで、彼らの目論見は砂上の楼閣と化した。
刹那と宗助が侵入するほんの数分前、教会へ正面から襲撃を仕掛けた
そいつは身を隠すそぶりも見せず――と言う以前に、そもそも隠密行動に不向きすぎる存在感を纏っているのだが――外壁を容赦なく粉砕して突撃した“最大脅威”の襲撃に、警戒レベルが跳ね上がってしまったのだ。
結果、予想外の事態に気配断絶をうっかり解いてしまった刹那が発見される羽目になり、やむなく方針変更。
未だ見つかっていない宗助を先に行かせ、刹那が囮役をかって出る事となった。
出来るだけ人目を引く様に『
敵を釘付けにする目的は達せられたとはいえ、当初の任務を果たすには、どうにかしてカリムの元へ辿り着かなければならない。
かと言って、この状況で身を隠せば、再び探索を再開させることになり、宗助が発見されてしまう可能性が飛躍的に高まってしまう。
幼馴染たちを理不尽に攫われ、自身の運命も弄んだ聖王教会とは浅からぬ因縁を持つ宗助は戦意が前面に出てしまっていて、とてもではないが敵の探索をやり過ごすことは出来ないだろう。相棒であるフェンリルも殺気……もとい、ヤル気に滾り、抑える気が毛頭ない状態だ。
放っておけば暴走するのは目に見えていたから同伴を許可したのだが……、
「やっちまったかもなぁ。とはいえ、流石にあの状況で手元に置いとくわけにもいかんし」
ボヤキつつ、次の手を考える。
己の侵入はもはやバレているに違いない。ならば、次に考えられるのは護衛軍よりも上位の実力者を差し向けられること。
刹那の中では、自分と相対出きるのはカエデくらいしかいないと結論が出されているが、相手側もそうであるとは言いきれない。
実は、カエデを超える隠し玉が隠されている……なんて可能性もゼロでないのだ。
刹那が次の一手を模索しているのと同じく、彼と向かい合う護衛軍もまたどうすべきか判断を迫られていた。
数で圧倒しようにも、敵の動きが早すぎる。どうやら対複数の戦闘経験が豊富なようで、先ほどからの立ち回りに一部の隙も見受けられない。
天井で奇襲を仕掛けた二人は、年こそ若いものの、実力はこの場にいる者の中でも上位に喰いこむ。その彼らが一蹴されたのだ。
警戒するなと言う方が無理というモノだ。なにより、この上ない焦燥感が彼らの身を焦がしていたのが大きい。
ここではないもう一方の戦場。特殊な能力を与えられた部隊が迎撃に向かった“怨敵”……このままでは、かの者の首を斬り落とすことが出来なくなる。
故郷を滅ぼされ、愛する家族を
焦る心で戦闘に集中できるはずもなく、かと言って任務を放り出す真似を出来ようはずも無い。
双方の動きが停止し、時間だけが過ぎていく――……と、思われた瞬間、
「やーれやれ、やっぱし来ちまったのかよ切やん」
緊張で張りつめた空気を消し去る様な気楽な口調の声が聞こえてきた。
一同の視線が礼拝堂の入り口へと向けられる。
半開きになっていたドアの隙間から身体を差し入れるような奇妙な動きで、ソレは現れた。
常夜の如き漆黒の衣。酷薄さを感じさせる口調とは裏腹に、その顔は能面を張り付けたかのような無表情。左腕に装着されたデバイスのコアが感情を失ってしまったかのような黒一色に染めあげられているのが一層不気味さを強調させている。
それに気づいた刹那は、AIが初期化、あるいは消去されている事を悟り、大きな喪失感を抱いた。彼が親友と呼んだ男は、相手が無機物であろうとも子k炉ある存在であるならば、一個の人格として接していた。
決して、戦友であるデバイスの
これはつまり、心のどこかで期待していた願望が……共に過ごした友の在り様がどこかに残っているのではないか? という願いが否定されたと言う事。
「やっぱきついな……友を失うってのはよお」
鋭いナイフで胸を抉られたような痛みを感じ、思わず胸元を抑えてしまう。だが、それも一瞬、僅かな瞠目の後に開かれた双眸には覚悟を決めた戦士としての
「へぇ? 安心したぜ切やん。この期に及んで甘っちょろい戯言を聞かされるかもって身構えてたんだけどな」
「けっ、言ってろ。生憎だが、そこまで愉快な頭の作りしてないんだよ。こないだ痛い目にあわせられたんだ。こうやってもう一度対峙してるって意味……わかるだろ?」
「……やっぱ、切やんはそう来なくっちゃよぉ。本音を言うとさ、いつかは敵に成るのがわかってたからこそ、やりたいことがあったんだ」
能面の如き無表情から仲間出会った頃のにやけ顔へ、そこからさらに歓喜に満ちたソレへと変わっていく。
道具として心を殺し、仮初の人格で本心を塗り固めた男が抱いた願望……大切な人のために全てを賭して戦うと言う願いを実現できる機会に巡り合えたことに、数奇な運命を巡らせた《神》への感謝を抱きながら、カエデが構えを取る。
友の覚悟を悟り、思いを汲んだ刹那もまあ剣を構え、打倒すべき敵を見据える。
「ここは俺に任せときな。アンタらは表の方の援護に向かってくれ」
「……諜報部隊如きが、主命を受けし我ら護衛騎士団に命令するのか!」
情報収集と暗殺と言った裏仕事に徹していた筈のカエデの口調に不快感を示す騎士。前線で敵と切り結び、打ち倒す事こそ騎士の誉れと考えている輩が大半のこの状況下では、確かに突然現れたあげく、自分たちを邪魔者かなにかのように振る舞うカエデに反感を覚えるなと言う方が無理な相談だろう。
最も、カエデとしては自分たちの役職になど意味はなく、カリムのために仕えている時点で皆同じものだと考えているからこその発言だったのだが。
侵入者を倒したと言う誉れを求め、吼える騎士たちに舌打ちしつつ、カエデはあくまで事実だけを簡潔に述べる。ぐだぐだ無駄話をしている余裕などありはしないのだから。
「五分くらい前、正面門が突破された。敵はNo.“Ⅰ”、ベルカを滅ぼした破壊神だ」
「な――っ!?」
「正面の警護に向かった部隊はすでに壊滅状態。このままだとカリム様のお命が危ないぞ。俺ら“影”に奴と正面切って戦うだけの力はない。だから、こっちは俺に任せて、カリム様の護衛をお願いしたいって言ってるんだ」
「そう言うことは速く言え、無能者めっ! 一同整列! 一個小隊を残して、他の隊員は全員で破壊神を打倒する! 我に続けぇえええっ!」
雄叫びを上げながら走り去っていく一団には目もくれず、刹那はまっすぐカエデを睨みつけたまま動かない。
気を緩めたらこちらがやられるのは、先日の一件でイヤと言うほど味った。今度は『次』などありはしない、文字通り、雌雄を決する決闘の場だ。
「決着をつけようぜ……悪友」
「望むところさ……ダチ公」
込み上げそうになる情念を振り払い、想いの全てを削ぎ込んだ刃が交差する。
意を汲んで手出しする素振りを見せない騎士たちが見守る中、かつての親友同士による死闘の幕が切って落とされた。
カエデの戦闘スタイルは多彩な宝具を使いこなす無形の戦闘技法と隠密特有の無呼吸動作を組み合わせたものだ。宝具を自在に操る能力をカリムから授かったカエデは、宝具を造り出す能力を与えられた
友として、仲間として、スパイとして……刹那への対策を十分に練っていたカエデが今回選んだ決戦用宝具、それは――、
「ちいっ! 水の槍だぁ!?」
「どんなに激しい炎だって、水をぶっかければ消えちまうのは自明の理って奴さね!」
刃先から石付きに至るまで、全てが水で構成された三つ又の大槍。表層を流動する水の流れが、剣戟のたびに炎剣を構成する炎を鎮火し、勢いを削いでいく。
これこそが刹那を打倒すべくカエデが用意した必勝の策。下手な小細工を一切省き、断罪を司る英雄を打倒するためだけに用意した切り札。
「宝具【
「悪いが俺は情熱に生きる男なんでな。風邪ひきそうな水被りは御免こうむる」
横凪に振るわれた水槍の描く軌跡が空間に亀裂を走らせ、そこから怒濤の勢いで濁流が噴出した。
刹那は迫りくる水の壁を前に、顕現させた二刀を重ね合わせることで相乗効果を生み出し、互いの火力を限界まで高める。
そして威力が十分高まった瞬間、重ね合わせた二つの刃を逆袈裟に振り抜く。
「灰燼裂波ァ!」
聖堂を焼き尽くさんばかりの勢いで具現化した炎の竜巻が押し寄せる水とぶつかり合い、激しい水蒸気を生み出した。
しかし二人は止まらない。肌を焼くような熱を持つ霧の壁の向こう側にいる敵目掛けて躊躇なく踏み込んだ。戦局を見極めようと目を凝らす騎士たちの白く染まった視界の中で、金属音が幾重にも重なり、剣戟らしき火花が交差する。十数合もの打ち合いの後、獲物同士が打ちあわされた衝撃で純白のヴェールが霧散する。クリアになった視界の中で行われていた激戦、それは武に高い誇りを持つ彼らを以てしても総てを理解するには至れない程に激しい物だった。
カエデの首元を狙い。炎の件が叩き付けられる。それを何なく水の槍で受け止め、にやり、と口端を吊り上げるカエデ。笑みと共に槍へ魔力が注ぎ込まれた瞬間、切っ先が水飴のように蠢き、無数のピックのような形状へと変わった。さらに、術絵の切っ先が意志を持つかのように刹那へ照準を向けたかと思った瞬間、砲弾のように射出。刹那を串刺しにせんと迫る。しかし、刹那の顔に焦りはない。むしろ、予想通りだと言わんばかりの余裕に満ち溢れていた。水の刃の切っ先が刹那の顔面に突き刺さった――瞬間、その総てが破裂するかのようにはじけ飛ぶ。不可思議な現象を間近で見たカエデはこの現象が水蒸気爆発の類であると看破し、戦慄を覚えた。刹那は身体強化で全身を覆う魔力を振動させ、超高熱のコートを生成していたのだ。それも、物理的威力を持つ水の刃を接触の瞬間に蒸発させるほどの熱量のものを。
「おいおい、イカレてんな。窒息してーのかよ……」
全身を超高熱のコートで覆うということは、呼吸するために必要な酸素すら焼き尽くしていると言う事。皮膚呼吸すら叶わない完全な無酸素状態で死闘を演じていた刹那に、カエデは本心からの恐れを抱く。
「ばーか、この程度で根を上げる様な奴が英雄なんかになれっかよ」
実際は、高熱コートの下に魔術回路で生成した魔力とリンカーコアで生成した魔力で作りだした防御フィールドを展開、その間に酸素を閉じ込めることで簡易的な酸素ボンベを用意していたのが真相なのだが、わざわざネタばらしをしてやる必要も無い。
慄いてくれるのなら好都合。精神面で優位に立つことは、戦局を左右するほどの重要なファクターなのだから。
「ハッ……上等ォ! だったらさあ、見せてくれよ。切やんの本気って奴をよお……あるんだろ? 『神成るモノ』ってのを超えた『奥の手』って奴が」
そう言い切るカエデには確信があった。
元々、儀式を終わらせるために送り込まれたのだという刹那。目的を達するために避けられぬ障害といえば、まず上がるのがNo.“Ⅰ”や“Ⅱ”といった人外の怪物たち。
世界の守護者、すなわち彼が元いた世界の意志の僕であった英雄たる刹那といえども、そう容易く勝利できるような甘い相手ではない。
その程度のことが万能の《神》たる者が気づけていない筈がない。
そこから導き出される結論はたった一つ……!
槍を肩に担ぎ、一本だけ立てた人差し指でくいくいっと挑発する。
相手のペースを乱そうとする思惑もあるのだろう。
だがしかし、純然な思いとして本気になった刹那を倒したいと言う願望と責任感がそこにあった。
前者は共に力を隠してきた元仲間として雌雄を決したいと言う戦士としての本能。後者はカリムの僕として自分自身を餌に使い、敵をこの場に引きとどめなけれならないという自己犠牲にも似た精神から来るもの。
己が役目を完遂させるために、カエデはここで勝負手を切ることを選択した。
対して、刹那は思案する。個人的な思いはカエデとの決着であるが、局員として与えられた任務は戦争の首魁たるカリムの逮捕。すでに円融がさぅちされ得る以上、これ以上の足止めを受けることは標的に逃げられてしまう可能性を高めてしまう。相手側の目を晦ますために自ら『囮役』を買って出てくれた部隊長の恩義に報いるためにも、支援を優先して本来やるべきことを後回しにするなどあってはならない。
だが、カエデの全身から感じ取れる気迫。間違いない、敵は命を投げ打つ覚悟を以てこの場に立っている。覚悟を決めた相手は厄介だ。
振り切ることは不可能だろう。ならば……
「俺も覚悟を決める時が来たってことか――いいぜ悪友。お望みどおりみせてやるよ。この俺の全身全霊をかけた本気ってヤツをなぁっ!」
逆手に構えた剣の切っ先を地面に突き刺し、自分を中心にして囲うように五点を穿つ。
穿たれた穴には剣から分離した炎がゆらめき、それぞれを繋ぐ魔力の軌跡を描き出す。
炎を起点に描かれたのは五芒星。森羅万象を形造る文様が流れる魔力を増幅させ、更なる高みへと昇華していく。
真紅の炎が純度を増し、鮮やかな蒼き炎へ。世界でただ一人、刹那だけが持つ魔術回路に流れるのは、彼と最もなじむものとして選別、抽出された純然たる“
生命体の意志の集合体である“
使い手である刹那の想いに呼応して力を貸す意思もあれば、その逆もまた存在するからだ。
非協力的な意志を排除し、純然なエネルギーへと変換することができる。
それこそが『神成るモノ』を超えた存在へと至ったモノのみが成し得る軌跡。
《神》の卵であったモノが自力で殻を破り、天上の領域に属する住人として産声を上げる。故に、彼らはこう称されるのだ。
新たな《神》へと至る運命の雛鳥……『新世せし神の雛』と!
「――『
刹那から放出された力の波動が大気を振動させながら吹き荒れる。
荘厳で、威圧されるような存在感を肌で感じ、カエデの口端が吊り上る。
冷や汗を拭う事も出来ず、眼前に広がる蒼き炎の壁をじっとにらみ続ける。
人智を超えたエネルギーが刹那と言う媒体の中で荒れ狂っているのがわかる。まさに、意図的に力を抑え込んでいたリミッターが解放されたかのように。
「すっげぇ……! これが、切やんの本気か!」
驚きと興奮が隠せないカエデの目の前で、ゆっくりと炎が霧散していく。
世界が色を取り戻し、顕現した救世騎、その真の姿が顕わになる。
漆黒の手甲は形状をレザーグローブから重厚なガントレットへと変化、全身の関節部やブーツを魔力増幅機能を有する甲冑が包み込む。
纏っていたコートは袖部分が消失し、闇夜を思わせる黒から双丘の如き蒼へと変わる。
輝ける蒼炎の中心で佇むの刹那が腕を振るった瞬間、相棒たる炎剣も使い手に最もふさわしい形状へと進化していく。
蒼き炎が磨き上げ、鍛え上げた鋼の刃。その刀身は宝石のように磨き上げられ刃の中心に走る炎の揺らぎを模したラインには紅蓮の赤に染まった魔力が流れている。全体の形状は十字架を模した双刃剣で、どこか暗殺者然としたイメージを宿していた『
しかし、普通でないのはその大きさだろう。中背である刹那の身の丈に迫る程の巨大さを誇っている。
かなりの重量感を感じさせるソレを片手で握り、肩越しに背中へとまわしている剣先が地面すれすれの位置にあるといえば、その巨大さはわかりやすいだろうか。
剣そのものが蒼い炎を放出しており、半ば物質化した炎が宝石のように光り輝く剣を核として巨大な大剣のごとき威容を示している。
「さて、と」
真なる姿を現した相棒を両手で構え、改めてカエデを睨み付ける刹那。
たったそれだけで、カエデは心臓が焼き焦がされたかのような錯覚を感じ、驚嘆まじりの叫びを内心で上げた。
聖堂を、いや、世界すらも“蒼”に染めるほどの圧倒的な威圧感。
人の領域から逸脱した異常な存在へと進化を果たした元親友の放つオーラに気圧されない様に自らを叱咤しながら、カエデは問う。
「――名乗りな。『今』のお前さんの名前を」
肌を指す緊張感で張りつめた空気が、刹那が放つ人外のチカラが満ちたからこそ直感的に感じた“未来”。
次の交叉で、己と『敵』のどちらかが倒れる。
カエデは本能的に不確定な未来を予知し、さらに、それが現実に起こるのだと魂で理解した。故に、問う。
勝利者がどちらになるかはわからない。でも……、だからこそ記憶に刻んでおきたい。
どこまでもカッコイイ『親友』の、本当の名前を。
「いいぜ……聞き逃すなよ。俺の本当の名前、テメェの脳髄に刻み込みな」
刹那もまた、『悪友』の想いを察した。名乗りを告げるのは決闘の礼儀と言うのもあるが、なによりもカエデとは全力で向き合いたいと思えるから。
「俺は――……我が真名は《
魔導でなく魔術が存在した世界で生きた刹那……否、
肉体の一部はもとより、その者を示す名前からでも、呪いをかけること――呪術――が存在していたからだ。
故に、雪菜は自身の真名を封印すると共に、本当の名前も偽ってきた。
段階的に力を解放することで、『切り刻んだ名』という意味を込めていた“切名”から、“刹那”へ、そして真名である“雪菜”へと、段階をかけて自分自身を取り戻してきたのだ。
「は……“刹那”ってのが本名じゃなかったのかい?」
「こっちの世界には無いかもしれんが、俺のいた世界じゃあ『真名解放』は正真正銘の切り札なんでな。本当のとっておきは最後まで取っとくもんだろ――が!」
振り被った炎の大剣が弧を描き、眩い光を解き放った。
シグナムの得意とする中距離斬撃魔法【烈火刃】。
蒼い炎で構成された雪菜の飛ぶ斬撃。遠距離攻撃は魔剣の解放しか無いと思い込んでいたカエデは一瞬慌てる素振りを見せたものの、即座に水の槍で迎え撃つ。
突きだされた槍先から無数の水で構成された飛針が放たれ、蒼い【烈火刃】とぶつかり合った。
威力は互角。されど、カエデの顔がひきつり、雪菜がしてやったりと不敵な笑みを浮かべているところを見るに、カエデの一手が悪手であった事は明確だ。
「今更目晦ましだと!? 何を考えて――っ!?」
水の槍を振り回して視界を染める霧――炎と水が交わることで発生した水蒸気――を散らす。
が、即座に雪菜の狙いに気づくと、カエデは頬を盛大に引きつらせた。
水蒸気のカーテンが開けた先、ステンドグラスから注ぎ込まれる陽光に照らされた宝座に足をかけ、天へと掲げた大剣を握る英雄の双眼が、真っ直ぐに自分を射抜いていたから。
「ッチィ! 渦巻く螺旋 水玉集いて滞留し 我が敵を穿て! 飛翔せよ、【
雪菜の攻撃の意を感じとったカエデは、即座に身体を独楽のように回転させつつ斥力に遠心力を咥えた全運動エネルギーを己が獲物へ注ぎ込み、雪菜目掛けて全力で投擲した。
螺旋回転を描きながら一条の閃光と化した水の槍は、真名解放されることで内包した魔力を解放しつつ、断罪を司る英雄の
「ブッ死んじまえや、セツナァァアアアアアアッ!!」
カエデが持つ全ての想いと覚悟を乗せた乾坤一擲の一撃が飛翔する。手加減などする必要も無い……正真正銘の殺意を乗せた激流の刃が雪菜に迫る。
「……いくぜ、相棒共!」
しかし、雪菜の表情に焦りはない。何故なら、彼は理解しているからだ。
この程度の脅威などで己が敗北するなど
「
閉じた瞳を開きつつ、振り被った剣にチカラを注ぎこむ。
リンカーコアと魔術回路が生成した二種類の魔力と外部から吸収した“
ずっと歩いてきた己の
積み重ねてきた想いを貫き、全力全霊で
「お前がどれほどの想いを込めた一撃だろうと……俺の誓いがカタチを成したこの一刀は絶対に伏せえねぇ! 何故ならな――!」
使い手の魂の震えに呼応して、『災厄の杖』とも呼ばれた炎の魔剣がその真の姿を現していく。
魂と魂でつながった関係だからこそ直に感じ取った主にして使い手たる少年の決意を受け止め、伝説に記された
――現れたのは閃光の如き輝炎を纏った一振りの刃。
剣そのものが膨大過ぎる魔力のエネルギーへと変換され、光の刃となって激流槍を迎え撃つ。
あまねく世界を、その摂理ごと焔き払う断罪の刃。
絶対不変の理すら書き換えることを可能とする『概念魔法』を蒼炎に纏わせることで、『神代魔法』すら切り裂く最強の剣……。
その剣の名は――……
「――『
振り下ろされた蒼き炎の奔流が、伝説に名を示す槍を一瞬で呑み込み、消し去った――……!
(あ~あ、これで終わりかよ……。あっけねぇのな)
ひと薙ぎで世界を焔き薙ぐほどの『
否、正確に言えば佇んでいるのではなく、思考だけが加速したように現実を理解できてしまっているのだ。
身体は槍を投擲した体勢のまま。それなのに、何故か頭の中だけは非常にクリアな状態で、死の直前に起こると言う思考の加速というやつかと、頭の片隅で何となく理解する。
(すんません、ご主人。俺、あなたの事、守れませんでした……)
己の記憶に刻ままれたあの日の光景は今でも鮮明に思い出せる。
家族も、友も、自分自身のことすらわからない位に幼い自分に残された記憶、その始まりはあの施設にあった黒い部屋から。
窓も無く、牢獄のような重苦しさしか感じないその場所が、『カエデ・リンドウ』となる前の
痛みに泣きわめく己を、白衣を纏った研究者たちが無機質な目で見下ろしていた。
今思い返せば、道具が壊れない境界線を見定めていたのかもしれない。
いつ終わるともしれぬ地獄の日々。だが、聖王教会の特殊部隊によって施設が鎮圧・破壊されたことで、地獄の日々は唐突に終わりを迎えることになった。
違法研究の被害者と言う名目で保護されたはいいものの何をすればいいのか、何を糧に生きていけばいいのかわからずふさぎ込んでいた己に光を射してくれた人物こそが、カリム・グラシアだった。
病院のベッドで寝かされたままのカエデに、彼女は首を垂れながら言った。
「あなたの未来……私のために捧げてはくれませんか――?」、と。
この時、雛鳥が初めて見た動く存在を親だと認識する『擦りこみ』が起こったのだ。
自己というモノが何も与えられ無いという異常な状況下で生きていた……いや、“死んでいなかった”彼にとって、生きる意味を与えてくれた存在はまさしく、己の全てを捧げるに相応しい人物。『目的も無い人生など生きているとは言わない』……故に、カエデは己の全てをカリムに捧げることを決断したのだ。
そこにどんな思惑があったとしても関係ない。
元々カラッポだったのだ。
裏切り、暗殺、だまし討ち……カエデにとって、それは悪ではない。何故なら、それが求められた役割だから。
カエデにとって、それら卑怯と呼ばれる行為は、“やって当たり前”の行為でしかなかった。だからこそ、騙し、裏切った雪菜への罪悪感はほとんど持っておらず、こうして自分よりはるかに強かった“親友”への素直な称賛が口に出てしまうのだが。
(カラッポな人形モドキはモドキなりに頑張ったんだけどなぁ~。ん~、やっぱつえ~なぁ、切やん。ま、お前さんなら
――どうか皆にとって一番いい選択を選んでくれよ……。
「――やなこった。そんな面倒な役目押し付けようとしてんじゃねぇっての」
カエデを斬り裂かんとしていた蒼き炎が直撃の瞬間に消滅し、魔力の粒子となって霧散した。
「は……? え、ちょ……なんで……?」
カエデは本当に、飾り気のない真顔を浮かべつつ、驚きの言葉を呟く。
「切、やん……? どうして、俺を――っだ!?」
呆然としたまま
「阿呆。
「……何言ってんだ。俺は敵だぞ? ホントにわかってんのか!? 今だって、俺はご主人に危害を加えようとしてるお前を倒さなきゃ――!」
「いや、俺の目的は最初からテメェをぶん殴ることだったし。こうやってダベってるだけでも、役目は果たせてるしな。時間稼ぎ的な意味で」
「……はァ!?」
あんぐりと大口を開けて固まるカエデに、雪菜が話す。
当初の任務では、確かにカリムの捕縛が最優先事項だった。しかし、それはあくまでもプラン1に過ぎなかったのだ。
雪菜の潜入が早期にバレてしまったために、計画はプラン2へ移行した。
それは、敵方の意識が雪菜に向けられたことを利用して、同時に潜入を果たした
元々、雪菜の目的はカリムを打倒することでも、攫われたリヒトたちを救い出す事でもなく、カエデとの決着をつけること。
見つかったのをこれ幸いと利用した結果が、今の状況なわけだ。
「今頃部隊長さんが
「なん……だと……!? そっ、それじゃあ、俺は……!?」
「見事なくらい、作戦にハマってくれたってワケだな。ま、元々戦闘力の無ぇシスターをぶった切るのは気が引けてたし、ここはやっぱ顔馴染みの部隊長の役目だろ」
ついでに、お姫様を助けるのは王子様の役目だとは口に出さない。
ここに来る前、このネタで散々弄って遊んできたのだから、さらにからかうのは気が引ける。
「ま、そんな訳だ。けっこー甘ちゃんな部隊長さんなら、お前が愛しいシスターもひどい目に遭わんだろ。儀式を止めるっていう俺の役目上、無理に参加者を倒す必要性も無いし、このまま逮捕しちまえばいいんじゃないと思う次第だったりする」
「俺らを殺すんじゃなく、制するのが目的ってワケか?」
「まーな。時空管理局は正義の味方、犯罪者を生かしたまま捉えるのが基本方針なんだよ……で、どうする? 宝具を失ったお前に、今の俺を振り切って飼い主のトコに駆け付ける手段があんのかよ?」
「……ちっ。わかってて言ってんだろ」
そんな都合のいい手段など在るはずが無い。空間転移系の能力がいない訳ではないが、そういう戦闘向き技能持ちは前線か、バケモノの迎撃に向かった護衛部隊くらいにしか――……
――あれ? そういや、なんか大変な事を忘れてるような気が……。
「あ、そう言えば――」
監視役の騎士が数名残されているとはいえ、この場における戦闘が一応の終結を果たした瞬間、雪菜が呟いた一言で事態は再び大きく動き出すこととなる。
「“Ⅰ”の方はどうなったんだ?」
何気なく呟かれた、この言葉が切っ掛けとなって。
「んっ? なんだ……?」
最初に気づいたのは最も壁際にいた騎士だった。静かな息遣いしか聞こえない聖堂に、振動を伴った重低音のようなものが遠くの方から聞こえてくるではないか。
一人、また一人と異変に気づき、戸惑いを顔に浮かべていく。
やや遅れて、聖堂の中央あたりにいた雪菜も奇妙な音が断続的に聞こえてくることに気づいた。
風船が何個も連続して割れる様な不思議な音。
ガラスや金属が砕ける者とは違う、もっと根本的に別なナニカが壊れる様な音だ。
それはどんどん大きくなり、ここへ近づいてくるようだった。
雪菜たちの視線が無意識に音の聞こえてくる方向……最初に気づいた騎士のすぐそばにある壁の一角へと向けられた。
「なんだってんだ?」
雪菜が一同の思いを代弁した声を呟くのと、
――メギッ……!
壁に放射線状の亀裂が奔るのと、
「っな――!?」
驚愕の声を上げる間もなく、外壁から
――グチャッ!
ほぼ同時の事だった。
――◇◆◇――
時は僅かに遡る。
刹那が教会へ潜入を果たすよりも早く、襲撃を仕掛けていた者がいた。
言わずもがな、ダークネスである。
本命との決戦前に更なる高みへ至らんと目論んだ彼は、あえて正面から聖王教会に襲撃を仕掛けた。
復讐心に駆られた騎士たちによる激しい抵抗も承知した上で、あえて単独の襲撃を実行したのには、彼なりの考えがあったからだ。
ひとつは、放置しておけば後々厄介な敵に成りうるカリムの騎士たちをいくらか始末しておくこと。
教会と管理局の潰し合いを目論見、大体理想通りの展開に現実が画かれた現状、管理局とやり合える手練れを中核にした戦力はすでに出立した後だ。
ここに残るのは、カリムを筆頭とする非戦闘員の身辺警護を拝命した者たち。実力は侮れないものの、数は少なく、戦争が痛み分けに終わった後に交渉のカードとして利用されるであろう予備選力。ほぼ無制限に特殊能力を他人に与え続けられるカリムの元に手勢を残しておくことは厄介な事態を招く可能性がある。無論、そうなった時の備えも用意してはいるが、出来ることなら先んじて始末しておきたいのが本音だ。
叶うならば、そのままカリムの排除もしておきたい所なのだが……
「ま、そこは
「何を訳の分からない事を言っている!」
「気にするな。単なる独り言だ――っは!」
怒号と共に振り下ろされた剣刃の横腹に掌底を打ち込み、魔力を浸透させる。頑丈さが長所のアームドデバイスであったが、人外の魔力を無理やり注ぎ込まれたことで一気に許容量を突破、柄を残して微塵に粉砕することとなった。
信頼する愛機が容易く破壊されたことに驚き、硬直してしまったのは、ダークネスを迎え撃つ騎士のひとり。
騎士としての経験が深く、即座に動揺を切って捨てて無手による格闘術へ移行するのは流石としか言いようがない。
驚愕で起こった硬直はコンマ数秒ほど。並みの犯罪者が相手なら、何も問題が無い程度の隙。
だが、
「間抜け、隙だらけだ」
人外、化け物、人ならざるモノ……いくつもの異名を併せ持つ黄金色の輝きを纏った龍神にとって、彼の見せた動揺は数十発もの拳を叩き込むに余りあるほどの致命的な隙でしかない。
バリアジャケットの防御許容量を一瞬で突破され、剛拳乱舞によってあばら骨を全てへし折られた騎士の意識がコンセントを無理やり引き抜いたテレビの画像のように途切れた。
崩れ落ち、顔面を自らの吐血で真っ赤に染め上げていく騎士に目もくれることなく、ダークネスは歩みを再開する。
現在位置は正面門の先にある中庭のような広場、その中ほど。
雄叫びを上げながら突撃を仕掛けてくる騎士の軍勢を、撃ち、裂き、潰し、粉砕しながら突き進む様は、まるで雪道を斬り裂いていく
異能の特殊能力を以て迎え撃っていると言うのに、一切異に還さぬまま正面から突貫してくるダークネスの姿が、護り手である騎士たちの目には如何様に映っていたのか。彼らの顔に、拭いようのない恐怖が張り付いているのが何よりの照明と言えるだろう。
それでも退くわけにはいかない。
なぜならば――
「お前が……お前さえ居なければあっ! よくも、よくも俺の家族おおおっ!」
「どうしてよ! 彼は騎士でも魔道師でもなかったのよっ! 騎士になった私を理解して、誰よりも優しく支えてくれた……将来を誓い合った大切な人だったのにいっ!」
「返せ……返せよ! ダディとマミィを返しやがれえええっ!」
前日の襲撃の巻き添えを受けた非戦闘員……。ここにいるのは、故郷に残されていた大切な人々を暴力で奪い去られた傷を持つ者たち。
ダークネスの襲撃を予期していたカリムによって集められた、復讐心を燃やす騎士によって構成された守衛型迎撃部隊、それがダークネスと相対している彼らの正体だった。
「泣き言を聞くつもりはない。死にたくなければ無関係を通せばよかったん。なのに、自らの意志で戦いの舞台に……俺の立つ戦場に自らの意志で足を踏み入れた連中が今更何をほざく」
ダークネスは憎々しげ……否、馬鹿を見るような顔で、いきり立つ騎士たちを見下ろす。翼を大きく羽ばたかせて、ふわり、と地面に降り立ち……真下で蹲っていた負傷者を躊躇なく踏み抜く。
グチャリ、と骨肉がすり潰されるような生々しい音が辺りに響き、復讐心で理性を塗り潰していた騎士たちの表情が、一瞬だけ凍りついた。
しかし、湧き上がった恐怖は即座により激しく燃え盛る怒りの炎へと変換される。
「だからって、あんな理不尽に命を奪って許されると思っているのかっ!?」
「思っているとも」
ダークネスからしてみれば、お前たちこそ何を言っている? と問い質したいくらいだ。そもそも、殺されたくなければ戦いを誘発するような真似をしなければよかったのだ。そうすれば、無関係の観客でいられたと言うのに。
「儀式とも管理局と教会とのいざこざとも無関係な民草を巻き込むような戦争を起こしておきながら、自分たちだけ被害者ぶるなど何様のつもりだ。どれほど御大層な志を掲げた所で、力に訴えるという選択を選んだ貴様らには、誰かを殺し、大切な誰かを奪われる覚悟を持たなければならない。……こんなこと、当然だろうが」
「黙れ! 自分の役割を放棄して私利私欲に振る舞うテメェが言う台詞かよっ!」
「はあ?」
意味が解らないと眉を細めるダークネスが意味を問うよりも先に、包囲網をかき分けるように跳び出してきた右腕だけ装備を纏っていない少年が吼える。
「お前ら参加者が《神》から授かった強大な力……星をも砕く剛力、世界を焼き尽くすほどの魔力、奇跡の御業を再現して見せる異能! 人智を超えた能力を授かっておきながら、人々のために……世界のために揮うのは必然だろうがっ!」
「……小僧、お前は馬鹿か? 俺たちに与えられた力は
確かに、彼らの“能力”も使いようによっては人間世界の情勢を大きく覆せるほどの恩恵を与えてくれるだろう。
だが、それはあくまで当人たちが己の力を切磋琢磨した末に生み出した副産物であり、参加者が持つ“能力”の根本にあるのは『儀式を勝利するための暴力』だ。
現に、
力ある者は力無き人々のためにその身を捧げるべきだ……と言いたいようだが、そんなもん知ったことかというのがダークネスの本心だ。
元よりこの身は“人間”を超えてしまった異能の塊にして超常なる存在。
ヒトの領域から完全に逸脱してしまっている己が、人間の布いた
しかし、悲しいかな。
『彼ら』はどこまで往っても“人間”だった。
人間でない自分は彼らと違う理の元で生きているのだと含ませたダークネスの言葉を、どうしても人間が持つ固定概念――『常識』――に当てはめて解釈してしまう。
故に、彼らにはこう聞こえてしまった。
『俺たち参加者が貴様ら普通の人間にどうして尽くす必要がある?』
絶対的な強者ゆえの傲慢……、自身を特別視してしまっているからこそ、戦いの力を持たない民衆にすら平然と刃を向けられるのだと。
彼らベルカの民にとって、参加者の基軸は
儀式本来のルールからしてみれば異常であるのはカリムの方であり、ダークネスの在り様こそが正常だ。
しかし、命の奪い合いを強要さえていない“無関係者”である
《神》の加護を受けた者は、
それが彼らにとっての
「それでは、いったい何のための参加者かぁっ!」
「『何の』と言われても、次期《神》候補者としか返せんな。そもそも、貴様らの主張は根本的に間違っているんだよ。なにが『民のために尽くせ』だ、くだらない。そう言うことは為政者にでも申し立てるんだな」
優れた才能を持つ者、或いは民衆の支持を受けて先導者として先頭を歩く者、それは民を、国を、人を導く『王』に求められる役割のひとつだ。
だが、ダークネスら参加者が至ろうとしているのは『王』ではなく《神》。
《神》は人間を統治などしない。
世界に加護を与え、ときには手を差し伸べ、ときには断罪を降す。
しかし、基本は遥か天上の世界からそこに住まう生命の営みを見守ることこそが本来の役目。
観測者であり、管理者でもある『傍観者』、それが《神》の役目であると言って過言ではない。
超常の存在であるが故に、敬われ、手が届かない超越者。
誰しもがそこに立つ可能性がある『王』などという立場とは根本的に違うのだ。
「勝手な価値観を押し付け、勝手に憤り、勝手に宣戦布告をしたのが貴様らなのは明確。自分勝手な思想を俺にまで押し付けるな。迷惑だ」
「迷惑だと!? やはり貴様は《神》に相応しくない……! 貴様のような自分勝手な男に、世界を正しく導くことなど出来るはずがないわ!」
「ああ、そうかい。安心しろ、そう言う面倒な役割など初めからお断りだ。――ま、これから死ぬ輩が何を吠えた所で意味などないがな」
「笑止っ! 真の《神》候補者たるグラシア様をお守りする我ら聖王騎士団に勝てると思うか! 皆の者、陣形をとれい! 悪しき邪龍を打ち滅ぼす時は今ぞッ!」
『雄ォオオオオオオオッ!!』
忠誠心と憤怒と復讐心が混ざり合った激情でいきり立つ騎士団を冷ややかに一瞥するダークネス。
彼らは感情が高ぶるあまり、ここまではっきりした実力差をまだ理解できていないのだろうか。
「無駄だ。貴様ら騎士が得意とする近接戦闘において、重要な要素となるのは戦いの経験値と許容魔力量、そして純粋な戦闘力だ。だが貴様らはその総てにおいて俺に劣っている。仮に一撃を加えられたとして……それがなんになる? 互いの消滅以外に勝利条件が存在しない殺し合いにおいて、一発で戦局をひっくり返すほどの妙手など早々ありはしない」
古来より、傲慢な怪物や悪しき神は、強者ゆえの驕りによって弱者たる人間に討滅されてきた。
隙をつき、奇襲をかける。
超然たる能力差がある存在を打倒するための唯一の手段が、心の緩みをつくことだ。
しかし、今のダークネスに驕りや傲慢さは微塵も無い。
自分が強者であるという自負はある。
全力を出せば、いかなる敵であろうとも打倒できるのは間違いない。
故に、以前の彼にはどこかあいてを侮る節が見受けられていた。
聖王教会へ襲撃を仕掛けた時も、八神 コウタを打ち倒した時も、圧倒的優位の立ち位置にいると言うのに詰めを誤った。
結果、現在まで生存しつづけているカリムの引き起こした騒乱で痛い目にあい、刹那が真の力を顕現させる覚悟を抱かせるきっかけを作ってしまった。
故に、ダークネスは驕りを捨てたのだ。圧倒的な実力差を思考の外へ追いやり、強者として迎え撃つのではなく。
挑戦者としてこの戦乱へ挑むというスタンスを選択した。
現在のダークネスは文字通りの全力状態。いかに希少能力を授かった騎士たちが奮闘しようとも、打ち破る術など存在しない。
大地を踏みならし、包囲網を敷きながら波状攻撃を仕掛けてくる騎士を正面から打ち倒しながら突き進む。
標的の居場所はすでに特定できている。
肌を焼くようなビリビリとする威圧感……。
間違いない、
向かう先から香るのは、久しく感じていなかった命をかけた殺し合いの匂い。血生臭いソレが鼻孔を擽り、闘争本能が荒ぶってしまうのを抑えられない。
愉悦に吊り上った口端を舌先で舐め、邪魔者を撃ち滅ぼしながら突き進む。
進行を止めようとしたのか、ダークネスの眼前に飛び出し、
――◇◆◇――
「なん……だ――ッ!? テメェは!?」
「貴様ァ!」
敵とは言え人間の命が容易く屠られた事への怒りで刹那が吼えるのと、護衛軍を統率する騎士の怒りの爆発も、ほぼ同時だった。
注がれる殺気をものともせず、砕け散った壁の破片を払い落とすのは総てが黒い男。
無機質な暗黒色の義眼、首の後ろで纏められた黒髪、バリアジャケットではない普通の私服らしい服装も黒で統一されている。
右手は真新しい鮮血で染め上げられ、左手には教会の騎士団服を着た青年の亡骸をぶら下げていた。
「何でこっちに来た……! この間の虐殺だけじゃ物足りないってのか!?」
青年の亡骸をゴミのように足元に転がし、躊躇なく彼の頭部を踏み砕く。
再度舞う鮮血。スイカが割れた様な乾いた音と共に、血生臭い血潮の匂いが、神へ祈りをささげる神聖な場所に染みわたっていく。
まるで、これがお前たちには一番お似合いだと、戦争を起こした輩には相応しいだろう? とでも言いたげな表情を浮かべ、怒りに震える一同を見渡した男……ダークネスは、《新世黄金神》でも『神成るモノ』でもない……しいて言えば、“人間形態”とでもいうべき非戦闘時の姿でそこに立っていた。
「答えやがれ、No.“Ⅰ”ッ! なにしにここへ着やがった!?」
「……言う必要があるのか? ここは聖王教会の前線基地で、騒動の首魁でもあるNo.“ⅩⅢ”が潜んでいるのだろう? しかも、都合のいいことに花梨たちから離れて単独行動をとってくれているマヌケが二匹もいるじゃないか。狩場としてはこの上ない状態だと思わないか?」
自分の変化に驚いた様子を見せていたダークネスが、嘲笑うような視線を雪菜へ向ける。
あちら側も余談が許せない以上、管理局側からこれ以上の援軍が送り込まれる可能性は低い。
裏切った親友ともう一度話をするため、捕らわれの少女を救い、過去の因縁とケリをつけるために単独行動をとっている――とダークネスは捉えている――刹那と宗助を滅ぼすにはもってこいの状況だ。
カリムの先兵である騎士たちは確かに厄介な能力を持つ者が大勢いる。
事実、このように《新世黄金神》の鎧を砕かれてしまっているのも事実なのだから。
ダークネスは物言わぬ躯と化した、予想外に面倒な敵
さしたる特徴の無い平凡な魔導師でしかなかった彼の右手に宿った異常なる力……の模倣品。
オリジナルであればどれほどの脅威となったのか……少なくとも、こうも容易く屠る事は出来なかっただろう。
「【
中庭で繰り広げられた乱戦の最中、ダークネスの間合いへ無防備に飛び込んできた青年。
彼は神速の如き【クライシスエッジ】の一刀をその身に受けながらも握り締めた拳を緩めず、胴体を両断されていてなお、鎧に魂を込めた拳を叩き込んで見せた。
瞬間、彼の右手に宿った【
しかも、破壊したのは鎧のみにあらず。
《新世黄金神》スペリオルダークネスは文字通り『幻想の存在』。
【
もっとも、劣化品でしかない【
しかし……、
――強引な力技で相殺した反動か……。《新世黄金神》どころか『神成るモノ』にすら変身できん。
一時的なものだとは直感的にわかる。
しかし、敵の真っただ中で“
ダークネスが他者を圧倒してこれたのは、“
本命である参加者との戦いの前に、有象無象だと見下していた連中に後れを取るとはと、ダークネスは冷静な仮面の下で自らの驕りに憤慨する。
これは命を賭けた
自分は世界の全てを支配した偉大なる王でも英雄でもない。
最強の参加者だの、龍神の後継者だの持ち上げられようと、実際は未だ何もなせていない未熟者。
(驕るな、舐めるな、嘲笑うな……彼らもまた覚悟を決めた強者たる『敵』。油断も慢心も無く、全力を尽くしてやるべきことを果たせ)
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。力に溺れかけていた己を戒め、更なる高みへ駆け上がるために。
そして原始にして始まりの想い、己が己たる最初の願いを――『生きるため』という願いを果たすために、膝を折るわけにはいかない。
双眸が敵を見据え、普段は補助動力炉としてしか使用していないリンカーコアを活性化させる。
危機にあるというのに、ダークネスは不思議な高揚感を感じていた。
手に入れた力で生み出した鎧を脱ぎ捨て、剥き出しの己を曝け出す。
力があるから戦うのではない、確たる“
「もしかして、純白の神が言いたかったのはこれの事なのか?」
勝利した敵の力を引き継ぎ、能力を上乗せするのがこの儀式における基本ルール。
それはつまり、他者の力で自分を覆い隠している、とも取れる。
だが、今、ダークネスは自分自身の力のみで戦おうとしている。
敵は《神》が送り込んだ断罪を司る英雄騎と信仰と復讐に駆られた騎士団の生き残り、ついでに何故か雪菜と肩を並べている“影”の親玉であるカエデ。
奇妙な組み合わせに訝しみつつも、手加減できる相手ではないと意識を切り替える。だが、恐れは無い。
この戦いを乗り越えた先に目指す
「まとめて始末してやる――……来い」
「ハッ……上等ォ! どっちにしろテメェはブッ倒さなきゃならないんだ! ここで決着つけてやるぜ!」
「ったく、だまし討ちが俺の本領だってのによ……。ま、
「総員整列! 大罪を侵す悪鬼羅刹どもを、我らの正義の刃で裁く時ぞ!」
『応ッ!』
家族を、仲間を葬られた怒りの慟哭と共に殺到する騎士たちを前に、ダークネスの中にある“
セナ君がようやく全力全開モードに。
名前も”切名(通常時)”⇒”刹那(神なるモノ)”⇒”雪菜(イマココ)”とエボリューション。
とうとうダークさんと同格になってしまいました。
裏切った親友との一騎打ちに出し惜しみは無しということで、温存してきた切り札を投入。
ちなみに現在のセナ君の状態は、彼を送り込んだ女神の加護を得て、本来の英霊というポジからワンランク上の存在にブーストされています。
・作中で登場した魔法解説
●【
使用者:カエデ・リンドウ
対雪菜用に用意された水で構成される巨大な槍。
常に流動する水で構築されており、相手の武器と打ち合うなどの物理衝撃を受けても微塵も揺らがない強度を誇る。炎剣使いである雪菜を確実に仕留めるためだけに産み出された人造宝具。
●『
使用者:蒼意 雪菜
一太刀で世界そのものを焔き尽くすとされる『
形状は宝石のように黒光りする両刃剣で中心に炎の揺らめきにも似た深紅のラインが走っている。
形状はSAOのダークパルサー。違いは、あちらが片手剣なのに対して、纏わせた炎を具現化することで身の丈に迫る大剣として実体化させている。ただし、本体はあくまで片手剣そのもの。
これは、ある意味で英霊を超えた存在へと昇華したことによるパワーアップの結果でもある。
●【
使用者:右腕だけ騎士甲冑を装備していない若き騎士
カリムから授かった対ダークネス用希少能力のひとつ。オリジナルの表層……『幻想を破壊する』と言う効果を疑似再現させたもので、ダークネスの纏っていた異能の結晶たる鎧を一撃で打ち砕いた。
ただし、ダークネス本人にダメージがないのは彼が一応『人間』のカテゴリーに含まれるからである。
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戦慄
ダークさんvsせっちゃん&カエデ君+αの後半戦でございます。
最近、『神造遊戯』よりも『えっち』の執筆を優先してたので遅くなっちゃいました。
……ま、あっちもネタ詰め込みすぎてまとめきれてないから投稿できないんですがねっ! ← オイ
五十人ほどの信者を招き入れる事を想定されて建てられた礼拝堂。
普段は崇め奉る神である聖王への祈りを信者たちが捧げるために存在する清廉な場所。
だがしかし、今、穢れ無き白の領域たるその場所は、鮮血の赤と憤怒の激情が生み出す黒という似つかわしくない色彩で染まりきっていた。
行われるのは演舞。
それも、観客を沸かせるために演じられるものではなく、ただ“敵”の命を奪い去るためだけに存在する殺人演舞だった。
主役は返り血に染まってさらに深みを増した黒を纏いし黄金の龍神。
蒼炎を纏いし英雄と忠節を誓った“影”、復讐と使命感に駆られる騎士に囲まれ、刃と敵意を向けられながら暴れ回っていた。
その身を包む金色の鎧を無効化され、“
まさに今のダークネスは手負いの獅子。人外じみた身体能力にさえ注意を払えば、保有魔力量が平均的な魔導師程度でしかない彼を打ち取ることは、この場にいる手練れたちにしてみればさほど難しくない……はずだった。
「くっそ! どうして、こんな……! 当たれえっ!」
激情を込めて正眼の構えから放たれる突きが、最短距離で標的の心臓を狙う。
左右からの挟撃を両手で撃墜した直後故に無防備に晒された胴体への一撃は、完全なタイミングでダークネスへ迫る。
「焦りすぎだ」
だが、攻撃の気配……剣気とでも呼ぶべき気配を察知していたダークネスに焦りなど存在しない。
切っ先が到着するよりも早く足を振り上げ、剣を掴む指ごと粉砕し、迎撃する。
グチャリ、と生々しい音が粉砕音と共に辺りに響き、僅かに遅れて騎士の絶叫が木霊する。
背を反らし、天を仰ぎながら砕かれた腕を抑える隙だらけの騎士に、追撃として放たれる回し蹴り。
靴の爪先が片目の上に直撃し、頬骨を押し潰す。視界を遮る程の鮮血を撒き散らすその姿からして、即死したのは間違いないだろう。
「テンッメェえええええっ!!」
顔半分を潰されて崩れ落ちる仲間の姿に理性が吹き飛んだのだろう。シスター服の上から軽量鎧風のバリアジャケットを装着した女性が咆哮を上げながら片腕をダークネスへと突きつける。瞬間、彼女の指先に緑色に発光する明る過ぎる光が集束し、光の閃光となって射出された。
音速に匹敵するのではないかと言う速度を叩き出す一条の光。眉間を狙って放たれたそれを首を捻ることで紙一重の回避を成功させたダークネスが、身体を戻す勢いを利用して、近くの騎士から奪い取った剣を投擲。
大気を斬り裂きながら迫る鋼鉄の塊を前に、シスターは歪に口端を吊り上げ、まるであざ笑うかのような狂笑を上げた。
「ギャハハハハァ! そんなモン、アタシに効くわきゃぁ……ねぇだろォが!」
両腕を翼のように左右へ開き、先ほどと同じ光球を複数個生成、腕を振り下ろすと同時に一斉射出して飛翔するデバイスを一気に消滅して見せた。
さらに今度は一発限りで終わりなどではなく、生成させた光球を維持したまま、速射砲のような勢いで閃光を放ち続ける。
視界を埋め尽くすほどの明る過ぎる光を体捌きだけで
(揺らぎの無い綺麗に整った円形の攻撃痕。外周部には高温の焼き鏝を押し当てられたような焦げ跡……超高温の熱線を集束している? それとも光学レーザーの類か?)
分析を続けながら、戦功の合間を縫って襲いかかってくる手練れを捌いていくが遠距離攻撃を使えるのはやたらと態度の悪いシスターだけではない。
先程から。建物の外でダークネスの動きが止まる瞬間を待ち続けている
ならば……、
「久々に試してみるか……よっ、と」
「なっ!? き、貴様なにを――」
懐まで踏み込んできた熟練の騎士らしき男――先ほど部隊を鼓舞していた指揮官らしき人物――の首を掴み上げ、閃光の直撃コースに入るようにワザと足を止める。
すると、目論見通り隙を見つけたとばかりに笑みを深くしたシスターから、怒濤の勢いで閃光が迸った。
迫りくる光の大軍を正面から迎え撃つように体勢を立て直し、拘束した騎士団長を光の前に突きだす。
ダークネスの行動に既視感を覚えた雪菜とカエデが彼の狙いに気づいて顔色が一気に青ざめる。
騎士団長を盾にしてワザと攻撃を受けることで、彼女の攻撃の正体と威力を間近で観察しようというダークネスの目論見を看破したからだ。
これに慌てたのは盾……いや、生贄にされた騎士団長だ。
だが、頭では理解できてもそれを実行できるほど時間は残されていなかった。
「やめろ!」 と彼が叫ぶよりも早く、眩い閃光が幾重にも重なって騎士団長自慢の甲冑へと突き刺さった。
背中側を光に曝される形になった騎士団長は、甲冑の防御限界を軽く超える威力を内包された閃光に耐えることが出来るはずも無く、瞬く間に蜂の巣にされていく。
悲鳴を上げることも出来ないまま、初劇の着弾からコンマ数秒後に放たれた光で頭部を消滅させられ、事切れることとなった。
間近で直視した人の死に顔になど一切気を止めないダークネスは、熱したバターでチーズを斬り裂くかのように人体を消滅させていく光の正体を察し、納得の笑みを浮かべる。
公開意見討論会の会場でスバルとティアナを圧倒するほどの力を見せたシスターが持つ異能、その正体とは……
(【
物質を構築する原子を崩壊させることで対象を細胞レベルで分解・消滅させる能力。
なるほど、破壊力と殺傷能力の高さという観点で見れば確かに極めて有能な能力者のようだ。彼女の傲慢で荒々しい気質も、実力が何よりものを言う戦闘部隊の中で大きな権限を与えられた事だろう。だが……、
「“力”は所詮“力”、それを最強にするか最弱にするかは使い手の腕次第。与えられた力を振り回すだけの小娘が相手なら、どうとでもやり様はあるか」
「ああん? テメ、今なんつった?」
「聴こえなかったか? それとも理解できる知能が備わっていないのか……。やれやれ、ならもう一度言ってやる。――ドラクエで言うところの○ラキー程度の小物がデカい顔晒すな」
ビキリ、とシスターのコメカミに血管が浮かぶ。
奥歯が砕け散らんほどに噛みしめた口元から溢れ出す激怒の呟き。
言葉にすることもはばかられる単語を羅列する彼女から、周囲の仲間である騎士たちが一斉に距離を開ける。
仲間を大切に想わない彼女の在り様は、どうにも納得できないらしい。
「死・ネ!」
指先に集束させた【
ビリビリと周囲を圧倒する威圧感を放つソレの狙いをダークネスに定め、彼の後方にいる仲間たちのことなど微塵も考慮せず、感情そのままに力を解き放つ。
撃ち出された閃光は極太のレーザーの如き威容を見せ、周囲に存在するあらゆる原子を崩壊させながら標的に向かって突き進む。
「ほぉ、これはすごいもんだ。極めればどれほどの兵器になったんだろうな」
襲いかかる死の恐怖を前にしても尚、ダークネスに動揺は見られない。
龍神の力を封じられている以上、今までのように強引な力技で防ぐことなど出来はしない。そんなことは他ならぬ本人が一番理解できている筈だ。だというのに、
――なんであんな落ち着いていられる!? 死ぬつもりか!?
敵である雪菜が思わず叫びそうになってしまうほどに、今のダークネスは絶体絶命。
どれほど強力な肉体を有していたとしても、あの閃光を正面から受け止めることなど出来るはずがない……!
「――『
だが、
「魔力粒子を電気へと変換。続いて肉体表層部に流動電磁帯を形成」
規格外の怪物は、
「曲がって吹っ飛べ」
英雄の予測を容易く超えてみせた……!
「な……っ!?」
絶句。必殺を疑わなかったシスターは、己が全力の一撃を片手で防いで見せた怪物にようやく恐怖を抱いた。
触れただけであらゆる原子を崩壊させる彼女の能力は、それが魔力障壁であっても容易く分解・消滅させることが出来たはずだ。
しかし、ダークネスが何事か呟いた瞬間、突如として彼の全身が雷のオーラを纏ったかと思えば、無造作に腕を振るって【
「ありえねぇ……! アタシの能力は完璧の筈だろォ!?」
「この世に完璧なんてものは存在しない。
整った美貌を驚愕で歪ませるシスターに持ち直す暇など与えないとばかりに、ダークネスが攻勢に移る。
地を蹴り、かなりの強度を誇るはずの床板を粉砕しながら一気に加速、瞬きの間に距離を詰めると、雷光を纏った拳を引き絞り、風穴を開けんばかりの勢いで撃ち放つ。
「舐めてんじゃね――」
「貴様がな」
慌てて【
だが、拳を振り抜く最中、ダークネスの全身に稲光が奔り拳が一気に加速、構築が不十分だった【
使い手であるシスターが【
原子を操作する彼女の能力、それは電子操作能力を有する存在ならば電子の動きを操作することで干渉することが可能なのだ。
自らを雷と半同化させる『
打ち砕かれ、霧散していく光の燐光を呆然と眺めながら、力に溺れてしまったシスターはその短い生涯を終えることとなった。
雷を纏った拳撃によって肉体の大半を消し飛ばされたシスターの亡骸を視界の端に留めながら、ダークネスは自分の推論の証明が出来た事に満足げな笑みを浮かべる。ぶっつけ本番で試してみたが、存外うまくいくものらしい。
ダークネスが発動した“能力”『
しかし、深層世界で体内に吸収した“
“
なまじ、強すぎる自己の力を持っていたが故に、気づかなかった盲点だった。
「……っ!」
「おっと」
鼓膜に届く風切り音。ひょい、と飛び退いた瞬間、首のあった空間を薙ぎ払うように振るわれた刃が煌めく。
視線を向ければ、魔力を回復させた雪菜と、圧倒的な暴力に曝されて完全に尻込みしてしまっている騎士たちを庇うように立つカエデの姿があった。
敵同士になったんじゃなかったか? と疑問に思うも一瞬のこと、ダークネスの視界から二人の姿が掻き消える。
――姿隠しの宝具……? いや、これは!
迫る剣気を感じとり、回避行動に移る。瞬間、蒼炎を纏った刀身が鼻先をかすめるように振り抜かれた。
雪菜の本当の宝具であるらしい炎剣は重量武器に属する“大剣”だ。日本刀のように対象を『斬り裂く』事よりも、その重量を以て骨肉ごと『叩き斬る』事を念頭に置かれているといってよいだろう。
一対多数の戦場を生き抜いた雪菜が、一振りで複数の敵を屠れるこの武器を相棒に選んだことは不思議ではない。
だが、普段の彼の戦闘スタイルは素早い身のこなしと正確な剣戟を最大限に利用した舞踏のように華麗なもの。
あのような重量兵器では、その長所を殺してしまうのではないかと疑問を浮かべたダークネスであったが、それは要らぬお世話であったと今まさに痛感させられた。
変わらないのだ。
いや、それどころかむしろ、かつて相対した時にくらべても数段剣閃の速さが増しているといってもいい。
かつての仲間との決着をつけられた事による精神的な作用かとも考えたが、それだけでは説明がつかない。なにせ武器を振るうに必要な筋肉はそう簡単に増加しないのだから。しかし、
「この
まともに打ち合えばただでは済まない斬撃を紙一重で避わし、疑問に答えを出すための探り手として足元に転がっていた槍型デバイスを爪先で蹴り上げると、石突きの部分に掌底を叩き込む。
人外の斥力で撃ち放たれた投槍は人の身体を容易く打ち貫く魔弾となって雪菜へと迫る。
剣を振り抜き、身体が泳いだ瞬間を狙って放たれた返して手は、しかし雪菜に触れることも無く塵芥へと成り下がった。
まるで映像の巻き戻しのような勢いで返された刃が、一刀のもとに切り捨てたからだ。
「刀身を包み込む炎に方向性を与えることで噴射機のような役割を果たさせたのか。なるほど、確かにその方法なら振り抜いた刃を強引に逆方向へ跳ね上げることも可能と言う訳だ」
重力や慣性の法則を捻じ曲げたかのような動きを観察することで絡繰りを見抜いたダークネスが感嘆の声を零す。
斬撃の速度で揺らめいた火の粉が舞い散った先、蒼い衣で隠されていた剣の長さは、デバイス出会った頃のそれとほぼ同じもの。
つまり、あの目に見える大剣の刀身部分の大半が、練り上げられた炎を物質化させて構築した魔力刃だということだ。
本体が片手剣サイズの質量しか持たないのであれば、あのように軽やかな斬撃を実現できるのも頷ける。
しかも雪菜は、あの巨大な魔力刃を斬撃を繰り出す際に速度と威力を向上させる加速装置としても利用しているようだ。
斬撃を放つ際に刀身の物質化を峰の部分限定でひも解き、噴射装置として剣速を上乗せしている。逆に刃を返す時は、両刃剣の特性を生かして刃の部分に炎を炸裂、切り返し速度の向上を図っている。
その技術はまさに慣性制御。運動している物体がそれを維持しようとする現象を、炎が生み出す爆発力を変幻自在に操作することで軌道を完璧に制御し、ダークネス一瞬が姿を見失ってしまう無拍子のように突発的な動きや、常識を超えた反応を行うことができるということか。
見かけはあんなにも巨大な武器を振り回すのだから相当の負担が本人にも課せられている筈だが、見た感じでは平常そのものだ。
魔力で構成されているとは言えど、物質化している以上、相当レベルの重量を感じている筈なのだが……。
ダークネスは知らない事だが、雪菜はリンカーコアが生成する魔力、“
「炎で加速した斬撃。わかってても止められねぇだろ!」
「ああ、たいしたものだ。単純な発想が故に対処が難しい。しかも――」
会話の合間にも攻撃の応酬を続けていく最中、ジャララッ! と金属が擦れる様な音と共に無数の鎖がダークネスを絡め取ろうと襲いかかってきた。
これこそ、かつて雪菜を苦しめた拘束捕縛宝具『
神縛りの天鎖とも呼ばれるそれは、神性を有する存在であればあるほどその効力を増す性質を持っていた。それを悟っているのだろう、雪菜の猛撃に曝されながらも、鎖を操るカエデへ最大限の警戒を抱いている。
故に、反撃らしい反撃も繰り出せないダークネスが防戦一投になるのはある意味当然の結果だった。
しかし、戦局的に優位であるはずの雪菜とカエデの顔に余裕は微塵も存在しない。それどころかむしろ、追いつめられているのは自分たちの方だと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「くそっ! 当たれば決まるんだ……! だってのに」
「ちょこまかちょこまかと逃げ回りやがって……っ!」
「ほれほれ、どうした小僧共。動きが単調になってきていないか?」
「黙れ!」
激情が籠められた斬撃を容易く交わされ、雪菜たちの胸に込み上げてきた焦りの感情がどんどんどの色を濃い物へと変えていく。
(この野郎……回避しながら俺たちの動きを観察してやがる!?)
バリアジャケットも纏っていない、『神成るモノ』としての力も封じられている。
現に、僅かに放たれる反撃はどれも物理攻撃……足元や身近に転がっている瓦礫やデバイスの欠片を投げつけるばかりで魔力を用いた攻撃は一切含まれていない。先ほどのシスターとの戦いで見せた雷を操る“能力”の発動で魔力を使い果たしたのかもしれない。
だというのに、この背筋に走る悪寒はいったいどういうことなのか!?
二人は気付いてない。復讐に滾る騎士たちの心を
そもそも、今回の戦争におけるダークネスの本当の標的はルビーであり、雪菜やカリム、宗助などはオマケに過ぎない。もちろん、“
きちんと剣体術を学び、達人レベルへと昇華させた雪菜の『戦闘術』。
戦闘技法は学び取って都合が悪くなることはない。
故に今は、見に徹しつつ、自分に足りない『技術』を学び取っている。
怪物が更なる進化を果たそうと目論んでいる。雪菜の本能が警笛を鳴らし、眼前の脅威を全力で排除せよと訴える。
突きだした手のひらの中で膨れ上がった炎を破裂させた反動で後方へと跳躍し、静かに呼吸を整える。
横を見やれば、両腕に鎖を絡みつかせたカエデが並び立っているのが見えた。
次がこの戦いの分岐点となることを誰もが理解し、己が全力を注ぎこまんと力を、魔力を練り上げていく。
両腕に炎のように揺らめく魔力を纏わせたダークネスを見据えつつ、雪菜は両手で握っていた炎剣から片手を離して、拳を軽く握る。
魔術回路が生成した魔力の大半を左腕に集中させ、これから放つ奥義の準備を整える。手のひらに集束するのはうっすらと霞む様な淡い輝きを放つ不可思議なエネルギー。まじかでそれを確認することが出来たカエデでは、それが何なのか全くわからない不思議な現象が、手のひらと言う小さな領域で生まれつつあった。
「……いくぞ」
宣言と共に、ダークネスが駆ける。
いや、それはもはや『駆ける』などと言う生易しい物ではなかった。
一足ごとに床石を粉砕し、空間ごと斬り裂くような勢いで
雪菜とカエデの目には、迫りくるダークネスの姿がノイズが奔ったかのようにブレて見えていた。
重なり合っては消える幻のような姿は、《神世黄金神》そのもの……だが、細部が異なっているように思える。
鎧は重厚さを増し、両肩の装甲は一回り大きく変容している。真紅に輝いていた竜頭型の肩甲は丸みを帯びて蒼く煌めいているように見える。巨大な竜翼は先鋭化し、部分的に展開された装甲から淡い燐光を舞い散らしている。
煌めく紅の輝きと相まって、まるで燃え盛る紅蓮の炎が顕現したかのよう。
間違いない。あれは彼が新たな進化、新たなカタチとして顕現しようとしている証。希少能力【
完全な顕現を果たせていないのは【
だが、力の大半を封じられた状態で雪菜やカエデ、教会の騎士と死闘を繰り広げることで、自らの限界を超えようとしているのは間違いない。あと一歩、ほんの些細な切っ掛けがあれば、ダークネスはさらなる高みへ至ってしまうのだと、雪菜は本能で察する。
一方で、奇妙な感覚だとカエデは訝しんでいた。黄金の存在とダークネスが重なるたびに、現在曝されている圧倒されるかのような威圧感が消え去っているように感じたからだ。代わりに感じたのは、そこに在るのが当然とも思える清廉としたオーラ。
穢れの無い清流の如きそれは、まるで怖さを感じない。意味が解らず、つい首を傾げてしまいそうになるカエデとはうって変わり、
それが何を意味するのかを知識として知っているから。ソレを纏う存在と邂逅した記憶はない。だが、世界と契約した際に与えられた知識の中に、それはあった。“世界”と言う枠組みを超えた先に存在する超常を超えた者たち。
このバケモノは、人間では決してたどり着くことのできない領域に在る『彼ら』と肩を並べようと言うのか。
「……それがどうした!」
雪菜が吼えた。
そんなこと知ったことか。
コイツはここで、
雪菜の間合いへと踏み込んで、ダークネスの両腕が交差する様に振るわれる。
深遠なる黒と煌めく蒼を内包した黄金の
それを防ごうとしたカエデの放った鎖が、黄金の魔剣を縛り上げようとする。
だが、足りない。圧倒的に……力が足りなかった。
両腕を正確に縛り上げた神縛りの鎖は瞬きも終わらぬ内に蒸発、光沢を放つ水滴へとなり果てた。
神を縛ろうとしたカエデの狙いを、人間として生成した魔力のみで具現した魔剣を以て一蹴したダークネスの義眼が、愚かな“影”を射抜く。
そこに移る光は、まるで彼の事を憐れんでいるかのよう。蝋燭のように儚い光に映し落とされた小さな“影”が最強たる己へ牙を剝いたことを、憐れんでいるとでも言うのだろうか。
それがダークネス自身の意志なのか、それとも彼と同化しているはずの
「死ね」
こんなに容易く刈り取られてしまう位、カエデ・リンドウという存在は儚いものでしかなかったのだから――。
ワンステップをとって進路を変化させたダークネスの片腕が、カエデの胴体へ突き刺さる。
数多の敵の血肉を啜って鍛え上げられた魔剣は、耐熱機能の向上と共に防御力を強化していた筈のバリアジャケットを紙のように貫通してみせた。
カエデの口から鮮血が吹き出し、聖堂に充満する鉄の匂いをさらに濃い物へと変えていく。
腹に深々と突き刺さる腕を見下ろしながら、カエデは半ば予感していた己の末路に事情じみた笑いを零す。
仲間を裏切り、“影”として与えられた役割も果たすことが出来なかった。
こんな中途半端な自分には相応しい末路だと、自分で自分を嘲笑う。
だが、唯で終わってやるような殊勝な精神などしていない!
己の命はくれてやる。
その代わりに――
「テメェの命は貰ってくぞ! やれ! セツナァアアアアアアッ!!」
残されたすべての力を注ぎ込んで、腹を貫通したダークネスの腕を掴んで拘束する。ダークネスが腕を引き抜こうと動く度に内臓を抉られ、肉骨をグタグチャにされるかのような激痛がカエデに襲いかかる。だが、諦めない。血泡を吐き出し、全身の筋肉が痙攣を起こしても尚、カエデは足掻き続ける。
失われていく血と体温に比例するかのように、近づいてくる死神の気配がハッキリと自覚できてしまう。このまま足掻いたところで、死は免れない。それは変えようのない絶対的な現実だ。だが、それでも……希望を託す事は出来る!
「ッ! ああ……! あばよ、悪友! ッ雄ォオオオオオオオオ!!」
剣を交叉することでやっと理解できた友の本心……『なにがあっても
一閃される断罪の炎剣。轟々と燃え盛る神炎がカタチを成した一撃が、ダークネスへ迫る。
だが、命の炎を燃やすカエデの
炎剣を構築していた蒼炎と黄金の炎がせめぎ合い、互いの放出する熱量に耐えきれずに相殺していく。
均衡は一瞬、はじけ飛ぶように爆散する二つの炎。爆風と衝撃に吹き飛ばされそうになる雪菜がたたらを踏むのと同時に、炎を突き破って伸ばされたダークネスの手が本来の姿を露わにした刀身を掴み上げた。
「砕け散れ……!」
軋む剣の意志たちが上げる悲鳴に、
鋭い痛みに込み合えてきた悲鳴を呑み込んで、雪菜の腕がダークネスのむき出しとなった腹部へ突き刺さる。
だが、軽い。蒼炎の大剣の顕現と維持にほとんどの魔力を注ぎ込んでいた雪菜。
いかに卓越した才能を持つ彼の拳であっても、半ば実体化しつつあるノイズまじりの黄金の鎧を撃ち砕くことは叶わなかった。
それでも。雪菜の顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。
「……? 何を笑――ッ、グ……がぁっ!?」
驚愕の声と鮮血が吐き出される。腕から力が抜け、垂れ下がる。事切れたらしいカエデと雪菜の剣が指の先をすり抜けていく。
膝が折れそうになるのを奥歯を噛み締めて堪えながら、ダークネスは己に起こった現象の解析に思考を回転させる。痛みの中心は雪菜の拳を受けた腹……の
身体の内部を掻き回されたかのような激痛は、通常の打撃による症状ではない。
「貴様……! いったい何を……ッ!?」
拘束が緩んだ隙にカエデの亡骸を抱え上げて飛びさがった雪菜を睨む。奇跡的に原型をとどめていた長椅子に悪友を寝かせると、剣を背中に納めながらゆっくりと立ち上がり、構えを取る雪菜が不敵に笑う。
「人呼んで……咸卦浸透掌!」
『咸卦浸透掌』
外部から魔力素を取り込み変換することで生み出される“魔力”と肉体の内側で生成するエネルギー“気”。
似て非なる二つのエネルギーは似通った性質を持つが故に水と油のように相反する特製がある。互いの長所を損なわぬまま両立させることが秘奥のひとつであると言われるくらい、そのコントロールには暴発と言う危険が伴う。雪菜はこの点に着目した。
もし相手へ気と魔力を同時に打ち込む事が出来たとしたら?
もし、相手が力の制御が出来なかったとしたら、体内に打ち込まれた二つのエネルギーは一体どうなってしまうのだろうか。
答えは明確……暴発だ。発頸の要領で気と魔力を相手に浸透させることによって、敵内部で強制的に反作用を起こさせ、内部から肉体を破壊する。直撃さえすればいかなる防御も意味を成さない、対処不可能の完殺奥義。
いかに強靭な肉体を持つダークネスであろうとも、内臓の強度までが屈強と言う訳ではなかった。ほぼ完全な状態で打ち込まれた一撃は、ダークネスの体内を蹂躙し、体内器官の幾つかを再起不能直前になるまで傷つけるに至っていた。鮮血を吐き出し、とうとう片膝が床に着く。呼吸のたびに血潮が溢れ出し、激痛で意識が遠のきそうになる。
なのに――
「直撃したはずだ……! なのに、なんで倒れやがらない!?」
倒れない。唯人であれば……否、生物であるのなら間違いなく意識を飛ばしてしまうほどの痛みに襲われていると言うのに、瞳に宿る戦意は静まるどころか轟々と一層熱く燃え盛り、真紅に染まった口元は弧を描く。胸中に渦巻くのは愉悦まじりの歓喜。
肩が震える。命を失うかもしれないと言う恐怖のため……ではない。命をかけた闘争の中で、己と言う存在が成長しているという実感を感じたが故の喜びによるものだった。
「くっ、くくく……」
「何を笑ってやがる?」
「いや、なに……うまく言葉に出来ない不思議な気分なんだ。『あいつら』と一緒にいる時と近い感覚……これはそう、満足……満足というやつか」
殺気をぶつけてくる相手との死闘を楽しむ様な精神を、以前のダークネスは理解できなかった。
『生きたい』という願いを精神の支柱として定めた彼にとって、闘争とは即ち、脅威へ至るかもしれない害虫を駆除する行為でしかなかったのだから。
だが、今ならばそれは違うと言える。『生きる』と言う行為は、今を楽しむと言う事。
湧き上がる愉悦の感情、その理由に思いたり納得がいった。己は……ダークネスは今、雪菜との戦いを、絶体絶命の危機を楽しんでいるのだ。かつて戦った
「戦いを楽しみ、それでいて勝利を渇望する、これもまた生きようとする意志のひとつ。……ようやく分かった。自分に足りない者が何なのかを」
他者を排除してかけがいの無い宝を護る。
世界の大半を有象無象と断じ、認識の外側へと追いやる。そんな今までの思考はとても閉鎖的な考え方、変化を望めない停滞的な思想だ。
しかし、かつてない生命の危機に直面しながらもワクワクとした高揚感を抱くことを知った。
己の命を失うかもしれないという禁忌の中で見出した新たな感情。
それはかつて、黙示録の龍帝と相対した時にも感じたモノ。
自ら危険に飛び込まず、事務的に脅威を排除するような生き方では足りなかったのだ。
死中に飛び込む勇気と
れこそが己に欠けていた最後の欠片。次の領域へ進化するために必要だった、最後の鍵。
己自身を知ったことによる認識の拡大が、自己で完結していたダークネスの在り様を変えていく。
ノイズのように現れては消えていたもうひとつの姿……新たなる黄金神の影がダークネスと重なり合っていく。
あと少し、あと少しで封印がはじけ飛ぶ。
その時こそが、《新世黄金神》再世の刻――……!
「何が何だかわからねぇが、黙って待っていてやるほどお人よしじゃねぇんだよ、俺は!」
剣士として、ひとりの武人として、圧倒的強者に挑むのは苦でなく、むしろ誉れだ。
だが、そんな感情はこの際、脇に置いておく。個人的な趣向の優先を許される状況でもない。
ここで奴を仕留められなかったら、
「その意見には賛同する。ま、たかが腹の中をぐちゃぐちゃにかき回されて時々息が出来なくなる程度の傷で止まる程、柔な作りはしてないんだが」
言葉通り、ダメージは抜けきっていないのだろう。ダークネスの動きにキレが無いように思える。
だが、それでも
「呆れるほどの規格外にもいい加減慣れたもんだな」
幾度目かの交叉を経て、ぶつかり合う拳。衝撃でノイズが奔るかのように輪郭がぼやける。
幻影のようにダークネスと重なる《新世黄金神》の姿が、だんだんと明確になっていく。
(俺との戦いでレベルアップしているってワケね……。まったく、嫌になるぜ)
溜息を吐き、燃え盛る闘志を鎮めていく。時間をかけることは逆効果、敵を成長させる要素にしかならないらしい。
ならば……、
「“Ⅰ”! 次の一撃で
成長する要因を排除して、全力を以て存在ごと葬り去るのみ!
再び剣を引き抜いた雪菜が身体を捻り、魔力を練り上げていく。
全身から湧き立つ気迫。瞳に映り込む覚悟の炎を感じとり、ダークネスもまた闘気を高めていく。
溢れ出すのは膨大なる“
雪菜の身を包むの、信念を賭した覚悟に応えるかのように輝く蒼炎。溢れる魔力と混ざり合い、必勝の想いを乗せた刃に蒼き“
それは破邪を司る蒼炎の極致。七つの世界を焼き尽くす原初にして最強の魔法!
「はぁあああああああっ!!」
吹き荒れる
暴風もかくやという魔力の奔流に、僅かに残っていた騎士の生き残りが我先に逃げ出すのを余所に、ダークネスの双眸が雪菜を捉えた。
「神代魔法の打ち合いか……。ふ、
らしくないと思いつつも堪えきれない笑みを浮かべたダークネスが身体を捻る。
足を開いて重心を下げ、大切な人たちと共に生きるという光り輝く
守護と破壊、相反する想いが具現化した魔力を束ね、腰だめに構えた手の中で万物を打ち砕く破壊の激流へと練り上げていく。
雪菜に支配されるかのように燦然と輝く蒼炎の空間にあって、炎とは異なった、宝石のように煌めく粒子が新たなステージへと至った龍神の呼びかけに答え、世界を呑み干す神蛇を降誕させる!
紅蓮を超えた蒼き神炎をひとつに束ねて顕現せしは英雄騎神の分身。遍く悪を断罪し、信じる正義を愚直に貫き通した男が至った究極なる
迎え撃つは、神と成った英雄すらも喰らい、破界せんとする蒼金の神蛇。光を放つ蒼き鱗に身を包み、我こそが真なる蒼、想いの結晶を司りし存在だと宣言するかのように牙を剝く。想いを共にする宝石の種たちの鼓動を宿した神の蛇が、主の
「『
「『
最早両者の間に世界を気に掛ける余裕など、完全に失われていた。
暁の結界は未発動。ならば、世界を灰燼と化す程の神代魔法のぶつかり合いが世界にどれほどの影響を与えるのか、言わずとも理解できるだろう。
かつてない“死”に直面した『世界』が悲鳴をあげる中、眼前の敵を打倒することにのみ意識を集中させた神の雛たちが、極大なる破壊のチカラを解き放たんとした――……瞬間、
「――ァ、……■ァ■■■■■ァ■■■アア■■■■■■■ッ!」
龍神と英雄騎神の決闘へ『黒』が割り込んだ。
「なんっ……だと!?」
攻撃をキャンセルし、カエデを抱き抱えながら飛び退った雪菜の耳に届くダークネスの声かつてない焦りに満ちていた。
視線の先で、床を突き破りながら飛び出してきた何者かがダークネスへと襲い掛かり、闇の如き漆黒の体躯え包み込んでいく。
泥のようでもあり、鎖のようでもあり、蛇のようでもあるソレを振り払おうと暴れるダークネスだったが……
「っぐあ!?」
『黒』に振れた瞬間、骨の髄まで届く衝撃と共に、触れた腕が焼きただれたかのような傷を刻み込まれてしまう。攻撃の意志云々の問題ではない。ダークネスにとって、『黒』という存在そのものが猛毒になっているのだ。
「
あまりの衝撃に、雪菜は驚愕の声を上げてしまう。かつて一度だけ見たことがある、始まりにして最強の龍殺し。
堕天使の上半身と東洋の龍の下半身を持つ異形の怪物。龍という種族にとっての天敵であり、幻想の王たるドラゴンが恐れる最恐のバケモン。かの者の名は『サマエル』。人類の始祖を禁断の果実へと誘い、堕落させたとされる忌むべき存在。
神話で語り継がれる異形は、自らの誕生を祝うかのような咆哮を上げながら、久しぶりにお目にかかれた
漆黒の繭のような天敵の拘束具に黄金の龍神は抵抗することも出来ないまま呑み込まれていった。
後に残されたのは呆然とした雪菜とサマエルのみ。
歓喜に沸く雄叫びを上げるバケモノの姿を、英雄騎神はただ見つめることしか出来なかった。
――◇◆◇――
「やった……!」
ダークネスがサマエルに“喰われる”のを見届け、カリムの口元にこの上ない笑みが浮かぶ。
作戦通りに事が進んだ事に満足げな表情を見せつつ、手元で操作していた封印指定の魔導書を閉じる。
礼拝堂の様子を映し出していたモニターが消え、静寂が教会の一室に舞い戻ってくる。
「戦争における最も厄介な敵は大軍に非ず。真に脅威と言えるのは行動の予測が出来ない第三者。組織の一員となっている
一人で戦局をひっくり返すことも可能な異常性を持つダークネスを確実に仕留めるために、カリムは復讐を抱く騎士たちで構成された守護部隊をここに残したのだ。
私怨に駆られた者たちで迎え撃つそぶりを見せれば、後顧の憂いを断つために、あえて正面から襲撃を仕掛けてくると踏んだ上で。
雪菜という嬉しい誤算もあり、ほぼ完全な状態で不意打ちを成功することが出来た。
いかに強大な力を有していようと、“ドラゴン”という存在にカテゴライズされる者にアレから逃れることは不可能だ。
何しろ、“死竜王”という危険な存在を練習台にするほどの多大な犠牲の末に召喚と制御に成功したアレは、文字通り最強の龍殺しなのだから。
「さようなら“Ⅰ”。原初の龍喰者に抱かれてお眠りなさい……
タグにSdガンダムとハイスクールD×Dも追加しました。
理由はまあ、ダークさんとヴィヴィっ娘の自重しない父娘コンビのせいなんですが。
はてさて、サマエルにぱっくんちょされたダークさんはどうなるのでしょうね? ←めっちゃ他人事
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新たな覚醒
詰め込みすぎな気がしないでもないですが、やっぱりキリがいいのでこのままいきます。
今回は教会サイドの2幕目、宗助くんが中心のお話になります。
「ずいぶんとご機嫌のようやね。そんなにええ事があったんか?」
静かな、敵意も悲嘆もない、ただ平坦とした問いを投げたのは、カリムに宛がわれた執務室へ普通に入室したはやてとシグナムだった。デバイスとバリアジャケットを展開させ、背後には臨戦態勢を取るリィンとシグナムを従えた夜天の王が予言の騎士にして最後の参加者であるカリムと相対する。
「ええ。定められた物語の主人公様を退場させられたんですもの。嬉しくない訳が無いでしょう?」
「主人公? 最後の敵、魔王ポジの間違いでは?」
「浅はかなりねぇ。真実知らぬ小道具は所詮その程度っちゅうことなりかね。私たちが参加させられてる喜劇の真実にま~だ気づけてねぇとはなぁ」
「貴様……!」
呆れたように吐き捨て、はやてを睥睨するローラ。
ハッキリと分かる侮辱の言葉に、シグナムの手が【レヴァンティン】の柄へと伸ばされる。だが、それに待ったをかけたのは彼女の主である八神 はやてだった。
片手を上げ、静止を命じる。
「落ち着きいシグナム。ちょい黙っとれ」
「ですが主!」
「――聞こえんかったんか? ウチは『黙れ』と言ったぞ」
「――はっ」
王たる少女の覇気を間近で浴び、冷水をブチ撒けられたように怒りを鎮火させるシグナム。
片膝をつき、首を垂れる彼女の肩は小刻みに震えていた。騎士の誇りを汚されたことに対する怒りによるもの……ではない。
忠節を捧げる主の成長の瞬間に立ち会えた事に対する歓喜の震えだった。
臣下を率い、先陣を駆ける王と忠義の騎士もかくやという二人の姿に、カリムは眩しいモノを見るように目を細めた。
「ふふっ、騎士として忠節を尽くすその姿、見事なまでに理想的なベルカの騎士としての在り様ですね」
戦闘型のローラと護衛らしきシスターが両脇に控えているとはいえど、余裕を微塵も揺るがせないカリムの態度に、はやては不気味な威圧感を感じずにはいられなかった。
あまりにも自然体な態度は、彼女の知るカリム・グラシアと言う人物のありのままの姿だったからだ。これほどの騒動を引き起こしておきながら危機感を感じさせないその態度。
それはまるで、はやてらの存在など脅威にすらなりえないのだと確信しているかのようだ。
警戒するはやてたちをわがままを言う子どもを叱りつける母親の如き表情で見ていたカリムの視線が、不意に、窓の外にある研究棟のひとつへと向けられた。
「……なるほど。英雄騎を陽動にして潜入した貴方たちが私を抑えている間に、別行動を取った神狼の騎士が『彼女たち』を取り戻そうと言う訳ね。お互いを交互に囮とすることで互いのフォローを両立させる……。なかなかうまい手だわ。単純なようでいて、相手を信じる心がないと成立しない策ね」
「ずいぶんと落ち着いとるな。ひょっとしてまだ手練れを潜ませたりしとるんか?」
「いいえ? 前線に出陣する戦力を疎かにできない以上、部隊指揮も出来る熟練の騎士たちを残す余裕はないわ。――でもね、私たちの戦力は何も騎士だけじゃあないのよ?」
「なんやと……?」
――◇◆◇――
「ああ、宗助! 会いたかったよ。さあ、お父さんの胸に飛び込んでおいで」
研究棟の一角にある模擬戦用の訓練場らしき場所で、とある親子が再開を果たしていた。
しかし、心を震わせるように感動的な空気などそこには無く、あるのは冷然とした緊迫感だけだった。
怒りを収める様子も見せず、牙を剥き出しにして唸り声を上げるのは五mサイズで顕現したフェンリル。
その傍らで黒茨の槍を構え、切っ先を向かい合う男――父を名乗る科学者然とした中年――へ突きつけているのは、攫われた幼馴染たちを救うため
大切な人たちを奪われ、尊敬する母を貶める様な真似をした“敵”を射殺さんばかりに睨み付けている。
一方、喉元に刃を突き付けられていると言うのに心から嬉しそうに破顔する研究者姿の男。
討論会の映像で、宗助の実父を名乗った男だった。
しかし、彼の眼は再開を果たした親子の対面とは似つかわしくない……まるで実験動物を観察するかのようなもの。
温かみなど微塵も感じさせない、冷ややかな感情が瞳に浮かび上がっていた。
にもかかわらず、目以外の器官は言い表せないほどの喜びを表現しているのが、何ともチグハグで、歪な印象を相手に感じさせる。
緊迫した空気の中にありながら喜悦の笑みを隠そうともしないのは息子が自分を傷つける訳がないと高をくくっているから……などではなく。
「ほほぅ! それが神獣、神殺しの狼かい! 何と言う神々しさと禍々しさなのだ……しかもこの槍! 有象無象のロストロギアとは一線を介する異能を秘めているのか!」
好奇心を刺激された子供のようにはしゃぐ男。この者にとって、再開を果たした息子へ向ける感情は、人智を超えた存在が与えた宗助の持つ異能への関心でしかないのだ。もしこの場に彼の妻……宗助の実母がいたとしても同様の反応を見せていたのは間違いない。
何故なら彼ら夫婦にとって息子と言う存在など、忠節を尽くす教会へ
愛情などと言う感情は最初から存在していない。
あるのは天文学的な確率で舞い降りてきた幸運……“参加者”を子として授かったと言う事象を最大限利用しようという打算的な思考のみ。
故に宗助は、家族への愛ではなく、肉親と言う“都合の良い道具”としてしか息子を認識できない輩などに、今更心変わりを求めていない。宗助にとって、本当の家族と呼べる存在は花梨とフェンリルのみ(もしかしたら、近い将来ドラゴン的な一団がその中に加わることになるかもしれないが)。
ここにいる目的は、あくまでも人質の救出。そして、こうなった元凶でもある敵の排除だ。
槍を握る腕に力を籠め、怒りの感情を乗せた眼光を眼前の男へ叩きつけながら、告げる。
「おい、父親的な行動マニュアルに沿った台詞ばっかり吐いても俺の心は揺るがねぇぞ。グダグダ言ってないでリヒトとルシアを返しやがれ」
「ふ~む? 統計学的に見ると、息子と言う生物は父親から認めているんだよ~的な発言を受けると喜ぶ確率が高いハズだったんだがな。これは改めて検証する必要があるか」
「てめぇ……! ふざけるのも、いい加減に――ッ!?」
宗助の追及を無視して懐から取り出したメモ帳にペンを走らせる男に、槍を構える腕が怒りで震える。
一瞬、このまま突き殺してやろうかという危険な考えが湧き上がった瞬間、訓練場の奥にある扉のひとつが唐突に開き、鋭く輝いた刃の群れが飛来してきた。
明らかに自分を狙った攻撃を舌打ちをつきつつ迎撃する。
槍を風車のように振り回しながら飛来する紅と黒の刃を叩き落す。
キンッ! と甲高い金属音と共に打ち払われ、床へと落下した刃が連鎖的に砕け散っていく。
光の粒子へと変化……いや、
「これって……まさか!?」
見覚えのある魔法に動揺を隠せないまま振り返った宗助の前に小柄な影が並び立つ。
扉の向こうから現れ、初春を思わせる温かさを微塵も感じさせない、虚無に染まった瞳でこちらを見つめてくる少女たち。
雪の妖精を思わせる銀の髪が目を惹いていた少女は、拘束具を思わせるベルトを至る所にあしらわれた漆黒の騎士甲冑を纏っていた。
頬や二の腕には真っ赤に脈打つ魔力のラインが文様のように刻み込まれ、黒き三対六枚の堕天の翼を羽ばたかせる闇の妖精を彷彿させる出で立ちとなった――八神 リヒト。
真夏の太陽を思わせる笑顔の似合う紫の少女は、黒いワンピースのようなバリアジャケットに身を包み、頬や二の腕にリヒトと同様の文様が刻まれている――ルーテシア・アルピーノ。
両手に嵌めたデバイスらしきグローブの鮮血の如き赤が、見る者に痛々しい印象を与えてくる。
どちらも瞳の色彩が完全に欠落していて、人形じみた不気味な雰囲気を醸し出している。
「リヒト……! ルシア……っ!」
『なんてこった……』
「うふふ、気に入って貰えたかしらぁ?」
変わり果てた幼馴染たちの姿に言葉を失う宗助とフェンリルの耳に、甲高いヒール音が届く。
振り返ると、いつの間に現れたのかレディスーツの上に白衣を纏った女性が男……宗助の実父の傍らに並び立っていた。
「お母さんからのプレゼント、どうやら悦んでくれたみたいねぇ。母親冥利に尽きるってヤツかしらぁ♡」
くすくすと笑みを浮かべながら現れたのは宗助の実母を名乗る女。
顎に手を当てて満足そうに頷いていた男は、女に視線をやりながら
「うんうん、夜天の書の転生体と召喚士の調整は完璧みたいだね。また一つ聖王閣下のお役にたてるわけだ」
「その通りですよ、あなた。しかも
「いや、まったくだよ。さあ、宗助、お父さんとお母さんのところに戻っておいで。今よりもっと閣下のお役にたてるように私たちが
邪気のない笑顔で手を差し伸べてくる。その顔は、宗助が従順な態度を見せると信じて疑わないが故のモノだった。
しかし、
「ふざけんなよテメェら……!」
宗助がその手を取ることなどありえるはずもない。
先程とは比べものにならない殺気を放ち、今にも跳びかかりそうな己の身体をギリギリ残された理性で抑え込み、必死に耐える。
想定していたとはいえ、ここで軽はずみな行動をとってしまったら、リヒトとルーテシアを救い出すと言う目的が達せられないかもしれないからだ。
だが、怒りに震える宗助を前にしてもなお、有栖夫妻の態度は揺るがない。それどころかむしろ、何故宗助がこんなにも感情を荒げているのか意味が湧かあないとでも言いたげな様子で首を傾げていた。
「あらら? もしかしてこの子たちは俗に言うところの
「――夜の奉仕も出来るように再調整してあげないとね♪」
宗助の怒りは、自分が所有する性欲処理の道具を弄られたことに対するものだと『本気で』考えた女が性の奉仕に関するデータを用意しようと検索を始めた。
その姿に、言葉に、自分や彼女たちを人間としてひとかけらも認識していないのだと改めて実感させられた宗助はゆっくりと呼吸を整えつつ、決断を降す。
「――そっか、よくわかったよ。俺が大切な奴らを救い出すためには……お前らをブッ飛ばさないといけないってことがなぁあっ!!」
それは訣別の言葉。実の両親を倒し、かけがいの無い幼馴染である彼女たちを救い出すと言う誓い。『有栖 宗助』ではなく、『高町 宗助』として生きる道を選んだと言う決断!
宣告の叫びと共に槍を構えて突撃を仕掛ける宗助。リヒトとルーテシアに背を向けて、最短距離で
だが、彼の前に立ち塞がるのは、やはり調整と言う名の洗脳を受けた守るべき少女たちだった。
拳を握りしめ、黒い雷を纏わせた細腕を振りかぶり、突きだされた槍に向けて殴りかかってきた。
――やべっ!?
咄嗟に足を止めて攻撃を止めようとする宗助だったが、急停止をかけた直後の硬直状態を突かれ、魔力強化をかけたリヒトの拳をまともに受けてしまう。ギリギリのところで引き戻した槍柄で受け止めることが出来た物の、予想以上の衝撃が両腕に襲いかかり、一瞬、腕の感覚を失ってしまった。まさに、骨まで響く一撃。付与された魔力雷が肉体の表層を伝って宗助に襲いかかったのだ。
電撃の影響で槍を握る手に力が籠らずに無防備な横原を晒してしまった宗助へ、身を翻したリヒトの回し蹴りが叩き込まれる。
「ぐっは……!? な、なんだこの力っ!?」
「素晴らしいだろう? 夜天……いや、闇の書の管制人格が有していたと言う絶大な戦闘能力の復元に成功した作品の出来栄えは。転生体の深層心理に記憶として残されていた闇の欠片を増幅し、制御するなんて早々できるものではないよ! 魔導科学だけでは不可能だった理論を、騎士カリムより授かった叡智で補うことによって完成させたんだ! たしか……呪術とか言ったかな?」
男が高説を垂れている合間にも少女たちとの応酬は続く。
宗助は槍の能力を生かし、石突きや薙ぎ払いなどで攻撃を命中させることで体力を削り取り、無力化できないか狙いをつけるが、打撃が直撃してもモノともせずに反撃を繰り返すリヒトに守勢とならざるを得ず、打開策を見つけることが出来ない。
相棒の援護に向かいたいフェンリルだが、彼はルーテシアが召喚した巨大な甲虫『地雷王』の過重牢獄結界に囚われ、身動きが取れなくなっていた。
普段に比べて二回りも巨大化した地雷王の能力は強力で、無理やり魔力ブーストをさせることで強制的に限界以上の能力を引き出されている。
術者や召喚蟲を消耗品、代えの利く部品として利用されている何よりの証拠だ。
事実、ルーテシアの口端からは鮮血が溢れ出し、主を傷つけるという望まぬ使役を受けている地雷王たちも悔しげな鳴き声を零していた。
「ふむむぅ……? スペックが規格値を満たしている反面、強度的な問題が残されていたか。まあ、生体部品をキモにしているんだ、こればっかりはいかんともしがたいな」
「強度……だと……っ!? まさか……貴様ら!?」
重力の檻に囚われ、押し潰されそうになりつつも立ち上がらんともがくフェンリルが眼を見開く。
人間よりも優れた神獣としての聴覚が、ルーテシアのみならず、宗助と撃ち合っているリヒトの異変を察したからだ。
それは、十年前の事件で起動直後の初代を彷彿させる戦闘力を無理やり引き出されたリヒトの幼い身体が上げる悲鳴そのもの。
骨が軋み、血管が破れ、筋線維が断裂していく。プログラム生命体故の強靭さを持たない、純粋な人間として転生したリヒトに無理やりかつての闇の書時代を彷彿させる力を再現させているのだから当然のことだ。
騎士甲冑の節々に浮かび上がる黒いシミが、彼女の肉体が限界を迎えつつあることを物語っている。
「かふっ……」
「――ッ!!」
宗助の頬に掛かる赤黒い液体。吐き出した鮮血で口周りを汚し、真っ赤なナミダを流すリヒトの顔ははやり感情を感じさせないもの。
だが、宗助の胸には……心には届いていた。リヒト、ルーテシア、地雷王たち……彼女らの心が泣き叫んでいる事を。
「待ってろ……必ず助けるから!」
宗助は唇を噛み千切らんばかりの形相でリヒトが繰り出す猛攻を凌いでいく。
すでに彼女の体力は削り取っている筈だ。宗助からの攻撃はもちろんだが、初撃以降まったく遠距離魔法を使う素振りを見せずに肉弾戦を続けている彼女の拳や蹴りを槍で受け止める際、受け流す様に槍の角度を変えて槍刃の腹と触れるように捌いていたのだ。
“刃の部分に触れた対象の体力を一定値削り取る”のがこの宝具の真骨頂。通常ならば、少なくとも十数合は撃ち合っている筈のリヒトの体力はすでに枯渇している筈だ。なのに、彼女は止まる兆しを見せない。
まるで底なしの体力を秘めているかのような錯覚を覚える光景……だが、そんな者が現実に
事実、リヒトは荒い呼吸を繰り返し、息も絶え絶えな気配を纏いながら攻撃を仕掛けてきているのだから、おそらく何らかの外敵要因によって削り取られた体力を補填しているのだ。
つまり、おそらくそれこそが彼女たちを救い出すために重要な
「っくそ! おいテメェら、なんで二人を巻き込んだ! 管理局とも聖王教会とも深い関係が無い一般人だった筈のコイツらを……どうして!」
「何を言っているのかしらこの子は? 関係ない? ――そんな訳ないじゃないの。いい? まずこっちにいる紫の
「ふざけてんじゃねぇぞ! こいつらは過去の遺産でも末裔でも、ましてや聖王とやらの僕でもない! 笑って、怒って、一緒に歩く……そんな、当たり前の日常を生きる資格を持った普通の女の子なんだよ!」
儀式という闘争の世界に生きることを定められた己にとっての幸せ。
それはありふれた日常の暖かさを感じていられた瞬間に他ならない。
たしかに彼女たちは特別な力や出自を抱えている。だが、それがどうした?
そんな些細なことんかどうだっていい。
リヒトがいて、ルーテシアがいて、花梨がいて……クラスメートや六課のメンバー、何故かエンカウントする機会が多いスペリオル一家……。
瞼を閉じれば、日常の中で過ごせた幸せな思い出が次々に溢れてくる。宗助が守り抜きたいと誓った大切なもの……儀式を勝ち抜く理由こそ、日常を護りたいと言う有り触れたもの。だからこそ、心安らぐ瞬間をくれるあの場所を壊された事だけは絶対に許すわけにはいかない。激怒の感情を顕わにする宗助に、有栖母はやはり淡々と言う。
「その発想――ああ、なるほど。精神は実年齢以上だという話は本当の事だった様ね。どうしてそんなにムキになっているのか不思議だったけど……ようやく合点が言ったわ。やっぱりアナタ、そのお人形さんたちに劣情を抱いているんでしょう♪」
所有物を汚されたんじゃあ、そりゃあ怒るわよねぇと頬に手を当てながら薄く笑う。
『男が女関係の事象で怒るのは、対象に性的な執着を有しているからだ』それが彼女にとっての常識。
夫である男への愛情など微塵も抱いていない、子どもと言う“自分の血を引いた使いやすい研究材料”を
「そこまでこだわらなくてもいいと思うがね。代わりなどいくらでもいるのだし……。何なら君専用の性欲処理玩具を用意してもいいぞ。丁度使いどころに悩んでいた
「……は? 『きょうだい』、だと? ――どういう意味だ」
「いや実はね。君を失った後にも何体か
自分に兄弟がいて、しかも使えないと切って捨てられていた。唐突に聞かされた事実の大きさにショックを隠せない宗助の目が彷徨う。
「自分の子どもの事だろ……? なんで、そんな!」
「??
宗助は意味がわからないと肩をすくめる男を異常なモノを見たかのように表情を揺れさせた。
まさか、血を分けた肉親がここまでだったとは予測の範疇外だったのだろう。
全身が硬直する程の衝撃に襲われ、動きを止めてしまった宗助にリヒトの拳が突き刺さり、壁際近くまで吹き飛ばす。
『相棒! っく……どけぇ!』
地雷王の結界を力技で抜け出し、吹き飛ばされた宗助の援護に向かうフェンリル。
突き立てた爪で床を斬り裂きながら疾走するフェンリルが一瞬で宗助を追い抜くと四肢を踏みしめながら立ち止まり、横腹で相棒を受けとめた。
僅かに肺の中の空気を吐き出しながら、フェンリルは毛皮の中に埋もれた宗助の瞳を見据える。
『生きてるかー?』
「……生きてるよ」
酷い顔だった。怒りとか悲しみとかいろいろな感情がごちゃ混ぜになって、泣きたいのか叫びたいのかも分からない表情をとっていた相棒に、フェンリルは冷たく、冷静に問いかける。
『で、どうすんだ? 実の両親の壊れっぷりにショックを受けた宗助君よぉ。体勢を立て直すために、尻尾撒いて逃げるって手もあるが?』
「わかっている答えを聞くな。俺らのやることは変わらねェよ。奴らをブッ飛ばし、リヒトとルシアを助け出す! ……後――」
『兄弟とやらが無事だったらついでに助け出す、っと。……欲張りさんめ』
「ほっとけ。けどどうすればいいのかさっぱりだ……! どうやったらアイツラを助けられる!?」
悔しかった。今すぐにでも助けたいのにそのための手段が思い浮かばない。
彼女たちがあんな外道共に弄ばれていると言う現実を受け入れられない。
大切な思い出と共に光り輝く“日常”にいなくてはならない――『いて欲しい』と心から思える彼女たちを助けたい。
その想いに呼応するかのようにリンカーコアがさらなる魔力を生み出し、鈍い痛みに包まれていた筈の四肢に活力を取り戻させる。
兵器と化した幼馴染の姿、実の両親の人間性……立て続けに襲いかかってきた理不尽な現実に心が揺れ、感情が先走っていた相棒が問答をできる程度には冷静さを取り戻したのを確認してから、フェンリルが言う。彼女たちを救い出すための鍵が
故に、
『あわてんなよ相棒。少ない脳みそ使って悩んだところで、せいぜい王子様のキッスでお姫様~ズを目覚めさせちまおう作戦くらいしか思いつかんぜ』
しれっと爆弾発言をかますフェンリル。予想外の提案につんのめり、顔面に床を強打する宗助。
鼻血を羞恥で顔面を真っ赤に染めながら怒鳴るものの、当の本人(本狼?) はどこ吹く風。そっぽを向きながら鼻をひくつかせて、鍵の所在を再確認する。
「いきなり何を言い出すか! ちっとは空気読めよ!」
『やれやれ、困った童貞ボーイだぜ。たかがキッスくらいで狼狽えてんじゃねえっての。良いじゃんか、たかが唇と唇を重ね合わせて舌を絡みつかせ、吐息を含ませた唾液を舐めあう程度』
「表現が生々しいわ、アホ! 俺らはまだ子供なの! そーゆーことは十年
『
「どうして俺が聞き分けのない奴みたいにディスられなきゃいけないんだっ!? ――って、人間たき火男とな?」
「――誰が人間たき火男か。なます切りにするぞ、駄犬」
敵の真っただ中で醜い争いを繰り広げていた宗助たちの前に現れたのは蒼炎を纏った雪菜だった。
彼らも使った入り口の扉に背中を預けつつ、射抜くような眼光でリヒトとルーテシアを牽制している。
雪菜は、ダークネスが龍喰者に捕食され、追手の騎士団もほぼ壊滅状態となったことで比較的自由に動けるようになったことを利用し、カエデの亡骸を中庭の一角に埋葬してから宗助たちの援護に駆け付けたのだった。
教会のトップを抑えるためにはやてたちの援護へ向かうと言う選択肢もあったものの、道すがら合流を果たした『彼』に向こうの事を任せ、こちらに赴いたのだ。
「刹那のアンちゃん?」
「おっと、今の俺は雪菜って呼んでくれ。そいつが本当の真名だから……ってその辺は追々。まずは嬢ちゃんたちを救い出すのが先決か」
明らかに普通の状態でないリヒトとルーテシアに真剣な眼差しを、彼女らをあんな姿にした元凶である宗助の両親には憤慨の宿る怒りの目を向ける。
だが、当の本人たちはと言えば、参加者、それも
知的好奇心による興奮の発汗で眼鏡を曇らせながら、投影モニターに指を走らせてデータ収集に勤しんでいた。
敵性戦力が増えたことや、己が身の行く末にすら気を留めず、ただ一心に《神》という異常で超常な存在を解明しようと躍起になっている。
己にはまったく理解できない生き方を貫く“敵”を深い気に見やってから、雪菜は宗助合流して大まかな情報を訊きだしていく。
「大体の事情は見て分かった。で、お嬢ちゃんたちの様子はどんな感じだ?」
「……本人の意識は無いっぽい。無理やり潜在能力を引き出されてるみたいだから、反動で身体の方にダメージが溜まってる。体力も限界近くまで消耗してる感じだったから、これ以上『
『かと言って
操っている二人がデータ解析に勤しんでいるせいか攻撃を仕掛けてくるでもなく沈黙を続けるリヒトとルーテシアに注意を払いながら、顎に手を当てて熟考に耽っていた雪菜が問いを投げた。
「……もう一つ質問。お嬢たちは科学的な洗脳を受けてるのか? それとも――魔導の類……呪いとかの方か?」
そこが重要なのか? と疑問が浮かんだものの、僅かな可能性すら拾い上げるために記憶をさかのぼり、講釈を立てていた奴らの言葉を振り返る。
だが、自らの技術力と聖王への狂信を誇示するような発言を繰り返してばかりではなかっただろうか。
使えそうな情報を引き出せず、苛立ちまじりに頭部を掻く宗助の隣で鼻を鳴らしていたフェンリルが不快そうに吐き捨てた。
『確か呪術がどうのって言ってたはずだ。俺の鼻もビンビンしやがる……。腐ったようにムカつく呪術の臭いだ』
忌子として周囲から疎まれ、妖精が生み出した縄で縛られたという神話時代の経験が、少女たちを縛り、操る悪意の正体を正確に看破して見せた。
「そうか……なら、やり様はあるな。お前ら、こっちにこい」
にやり、と笑う雪菜。頭の上に疑問符を浮かべる宗助とフェンリルに視線を合わせるように腰を落とし、一人と一匹を抱き寄せながら作戦を伝えていく。
「それは……マジでか」
『さすがは世界と契約を結んだ英雄……まだ隠し玉をもっていやがったのか』
「うっせーよ。……援護は任された。さっさとお姫様たちを救って来い」
感心、驚き、呆れ……ある意味予想通りの反応を返す主役たちに発破をかけつつ、雪菜が詠唱に移る。
己が切り札を発動させるために。
――
片膝をつき、胸元で両手を重ね合わせる。まるで天へ祈りをささげるかのように瞼を閉じ、言葉を紡ぐ。
――
それは想いを乗せた言霊。静かな声はこの場にいる全員の耳に不思議と届く。
――
雪菜の足元に描かれるのはミッド式でもベルカ式でもない未知の魔法陣。
六芒星を幾何学的な文字――ルーン文字――による帯が包み込む、魔導科学のそれとは根本的に異なる系統による彼だけの魔法陣。
――
魔術回路に走る激痛。だが、止まれない。血反吐を吐く程度の痛みなど、彼女たちの苦しみに比べればいか程のものだと言うのか。
――
魔法陣から溢れ出す淡い燐光を伴った魔力粒子が室内を満たしていく。
紅蓮の如き苛烈な雪菜からは想像も出来ない程に穏やかな光景……。まるでそれは、雪の一欠けらをも救い上げ、手を差し伸べる彼の本質を表したかのよう。
――
事象を書き換え、世界の理を覆す奇跡の御業。科学と対を成すオカルトの深遠にある秘奥たる絶技。
人はそれを……、
――
【固有結界】と呼ぶ。
「『
光が爆散した。天空が、大地が……世界が改変される。
閃光の収まった向こう側から現れたのは、どこまでも果てしなく広がる草原。
前世で出会った優しさに溢れていた少女の祈りと想いに触れ、誰かを傷つけるのではなく、救うために剣を振るうと言う矛盾を内包した運命を受け入れた雪菜の救世主という本質を具現化させた空間。悪しき意志……すなわち、ありとあらゆる呪いや束縛を無力化し、救済を齎す英雄騎神の統べる世界。
「す、素晴らしい! なんだこれは!? なんなのだねこの空間……いや、世界は!?」
「我々の魔道技術とは根本的に異なる術式による空間結界……いや、これはまさに事情の改変そのものよ! ああつ、なんということ! これほどまでに興味深い魔導系統が存在していたなんてっ。偉大なる聖王様……この巡り合わせに感謝いたしますわっ!」
有栖夫妻は歓喜に震えていた。
未知への探求、科学者の誰もが持ちうる感情が他者よりも数段強かったが故に違法研究に手を染め、危うく次元犯罪者に身を落とす寸前までいった過去。
そんな彼らに身の安全と研究を続ける設備を提供してくれた聖王教会と彼らの信奉する聖王への妄信すら上回る探究欲が、今まさに自分たちが足を踏み入れた“魔術”を究明したいと咆哮を上げているのだ。
固有結界を発動中は身動きの取れない雪菜は、彼らの様子を冷ややかに眺め、呟く。
「ありゃあ、もうどうしようもないな。完全に欲望に染まりきった人間の目だ。……宗助、こいつの発動中は呪いの類を完全に無効化できる。今ならお嬢ちゃんたちを助け出せるはずだ。――行ってこい!」
「オウ!」
激励を背に、フェンリルの騎乗した宗助がリヒトたちの元へ駆ける。余計な思考の一切を排除して、ただ大切な人たちを救うために。
「リヒト……! ルシアっ!」
戦闘人形と化す呪いを打ち消された反動か、頭を抱えてもだえ苦しみ始めた二人の姿に胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
ソレがなんなのか、うまく言葉に出来ない。彼女たちは大切だ。
肉親の元から逃げ出し、ひとり泣いていた過去の自分を何も言わずに抱きしめてくれた銀の少女も。
まだ過去を引きずっていた頃の自分の手を強引に引っ張って前に歩き出す勇気をくれた紫の少女も。
どちらも
だから……だろうか?
――胸が……痛い。
今の彼女たちは嫌だ。望むのは普段通りの彼女たち。小生意気そうな笑みを浮かべてからかってくるルーテシアとじゃれ合い、可笑しそうに微笑みを浮かべたリヒトが自分たちを嗜める。そんな有り触れた“日常”に戻りたい。いや、取り戻して見せる。――全てを! だから……!
「さっさと目ぇ覚まして帰ってきやがれ! 俺たちの――『俺の』ところに!」
ソレは飾り気のない、ただ心に浮かんだだけの言葉。己の望み、願望を求める以外の意味を成さない言葉。
だが、だからこそ……なのだろうか。こんなにも彼女たちの心に響いてくるのは。
涙で頬を濡らした少女たちの瞳が宗助に向く。空虚で、感情を感じさせないものではなく……確かな意志を映し出して。
「そー……くん……っ」
「そー、すけ……ぇ……」
涙と嗚咽でかすれた声は、確かに彼の耳に届いた。
――助けて。
故に、神狼の騎士は答える。
「ああ! 全力で助ける!」
フェンリルが加速する。掲げた槍先を魔力が覆い、一条の黒き閃光となって距離を詰めていく。一概に呪いと言っても、魔道師として稀有な才能を持つ彼女たちを容易く操ることができるとは思えない。必ずや精神操作の効力を高める小細工が仕込まれている筈だ。
【固有結界】で呪いが無効化されている今なら、彼女たちを包む魔力の流れからソレを特定することは可能なはず!
『ッ! 捕えたぜ相棒! あの趣味が悪いイヤリングだ。あれから悪意塗れの魔力が嬢ちゃんたちの全身に広がってる!』
「了解ッ!」
返答とほぼ同時、裂帛の気合いと共に放たれた刺突が彼女たちに取り付けられていたイヤリング……精神操作呪術の受信機を打ち抜いた。
瞬間、支える物を失ったかのように身体を傾け、糸が切れた人形のように倒れこんでいくリヒトとルーテシアを、二人の間を通り抜けざまに抱き留める。
この時になってようやく気づいた有栖夫妻が実験を台無しにしてくれた
「っしゃあ! 二人は返してもらったぜ、ザマーミロッ!」
「実の両親に中指立てんなよ……。てか、お嬢ちゃんズは大丈夫なのか?」
「オウ! 呼吸も落ち着いてるみたいだし、気絶しただけっぽいな」
『呪詛の臭いもしないから、衝撃で意識を失ったとみて間違いないだろ。心配しなくても、すぐ目を覚ますさ』
問いかけた雪菜自身も宗助の腕の中で瞼を閉じる少女たちの様子を確認し、どこか穏やかな寝顔を浮かべている様に安堵の息を吐く。
幼い少女を弄ぶ行為に強い嫌悪感を抱く彼もまた、深い心の傷を負わさずに救出できたことに喜びを感じているようだった。
その一方、せっかく調達した作品を台無しにされた有栖夫妻は怒り冷めやらぬと言った形相を見せ、唐突に懐から取り出したコントローラーらしきものを操作し始めた。
「何と言う……! 何と言う馬鹿な真似を! 折角の研究成果が台無しじゃないかっ」「やっぱり
「うむ。こうなっては仕方がない。一度、
叫びと共に訓練場最奥のシャッターがゆっくりと開かれていく。
重厚な音と共にスライドしていく鉄の壁が総て壁の中に埋まると、照明が落とされて暗闇に包まれる空間から巨大なナニカが姿を現した。
人間の上肢と蛇のような下肢を繋ぎ合わせた様なフォルムをしたソレは、頭がい骨を模したオドロオドロしい形相を形づくる頭部を持つ機械仕掛けのバケモノだった。
背中にはブースターを兼ねた
関節部が稼働するたびに鋼を擦り合わせる様な不快音が辺りに響き、宗助たちがあからさまに眉を顰めた。
床に敷いた上着の上にリヒトとルーテシアを横たわらせた宗助は、中空をホバリングしてゆっくりと近づいてくるソレを見上げつつ、呟く。
「母さんに見せてもらった映像に似たような奴がいたな。確か……“死竜王”だっけか」
『傀儡兵でアレを再現したってところだろ。元々奴をこの世界に呼び込んだのも教会連中なんだ。万が一敵に回った場合に備えて用意していた対抗手段ってところかね』
フェンリルの考察は真実を的確に捉えていた。自分たちの直接的な戦力として手中に納められなかった“死竜王”へのカウンターとして製造を命じられた有栖夫妻が生み出した魔導科学の結晶。
それこそがこの、
管理局が禁じている質量兵器をあえて内蔵させることで、生物である“死竜王”を火力によって殺害することを目的に開発された殺戮兵器だ。
「対人兵器としてはややオーバーキルな気がしないでもないが、万全に万全を重ねるのが我ら科学者の本分でね。圧倒されても悪く思わんでくれよ。あ~に、壊れた後はちゃんと“細胞を培養して、もう一度赤ん坊から作り直してあげる”から安心しなさい」
間違えたら何度でもやり直せばいい。
それが彼らの考えであり、価値観の全て。
ただ、息子と言う兵器を完成させる欲望を追求する科学者としての姿がそこに在った。
雪菜は改めて、目の前の敵のいびつさを思い知る。
同時に納得もした。やはり宗助は花梨と出会うべくして出会ったのだと、運命じみた確信を感じたから。
「……もういい。終わらせるぞ、相棒」
『いいのか? あんなのでも血の繋がった家族なんだろ?』
「だからだよ。血の繋がりがあるからこそ……俺の手で終わらせないといけないんだ。それに――」
気遣いを見せてくれる相棒に跨り、首元を撫でてやりながら断言する。
「血の繋がりなんて無くても、本当の家族になれるんだって母さんは教えてくれた。だから大丈夫さ。ここで過去に決着をつけて、俺は本当の意味で――高町 宗助として生きる!」
『そっか。――っしゃあ! なら、派手に行こうぜ相棒!』
「おうさ! 飛びっきり熱く決めるぜ!」
響き渡る咆哮。半身の滾りに応えるかのように、神獣の四肢が膨張して一回り大きくなる。騎乗した宗助の槍先を起点に魔力が収束され、全身から内臓兵器を展開し始めた傀儡兵目掛けて突貫する。
床が爪に引き裂かれた破砕音が響く。人外の脚力が齎した加速力は一瞬で最高速度に達し、湧き上がる魔力が黒き疾風となって疾走する。宗助の強い意志に呼応するかのように、彼が手に持つ黒茨の槍が黒き煌めきを纏った。
それは“想いのチカラ”……
人の心が生み出したソレを紡ぎ、束ね……魔法という奇跡へと昇華させる!
「……ッアァアアアアアアアア――ッ!!」
集うのは優しき黒の魔力。星空が浮かぶ漆黒の海原を彷彿させる魔力が集束され、宗助とフェンリルを包み込み……一条の閃光となって、ようやく攻撃準備が整ったらしい傀儡兵へ突き刺さる。
「『
それは神聖なるモノを喰らい、噛み千切る魔狼の牙。
《神》を引き裂き、喰らい尽くす魔にして《神》なる獣を象徴する神代魔法が、魔導科学の結晶と自負されていた兵器を容易く引き裂いて見せた――!
爆散し、傀儡兵だった残骸が舞い散っていく。その様を呆然と眺めることしか出来なかった有栖夫妻の顔が実に愉快な事になっている。
「ば、馬鹿な!? お前にここまでの
「いつまで過去の道具扱いしてやがる! とっとと失せやがれ! 俺もこいつらもテメェらのオモチャじゃねぇ! 俺は翠屋二号店オーナー兼パティシエ高町 花梨の息子、『高町 宗助』! そんでもってこいつらは……俺の――俺の
感情の高ぶり……否、爆発によって引き出された魔力が吹き荒び、嵐となって荒れ狂う。身体を打ち付ける業風雨によろめき、たたらを踏む有栖夫妻に向かって、フェンリルの背中を踏み台にした宗助が突貫する。槍の具現化を解き、指の骨が軋みを上げるほど強く握りしめた拳を振り上げ、いまだ現実を受け入れられずに何事か叫んでいる元両親の顔面を全力で振り抜く!
「バカ親ぁあああああっ!」
「「!?」」
「歯ァ食いしばれやぁああああっ!!」
ごきん!
まず父の頬を殴り飛ばし、返す拳で母の頬に拳を叩きつける。宝具解放の余韻で身体能力が跳ね上がっていた宗助の拳に込められた威力は成人男性のそれを軽々と上回り、有栖夫妻の意識を容易く刈り取る結果を生み出した。
「っしゃあ! もう、俺とアンタらは何の関係も無い赤の他人だ! 二度と俺たちを作品呼ばわりするんじゃねぇぞ!」
「いや、聞こえてないっての。完全に伸びてんじゃねぇか」
逆勘当を宣言する宗助へ、若干引き気味な雪菜から放たれるツッコミが届いているのかどうか。
まあ、それはともかく。
ようやく元両親を殴り飛ばせたことで昂ぶりが納まったのか、宗助の感情に呼応していた魔力の風が静かに収まっていく。
満足げに額の汗を拭っていた宗助が助け出した幼馴染たちの元へ駆け寄るころには、訓練場に静けさが舞い戻ってきた。
「雪菜のアンちゃん! 俺、やったぜ!」
「ああ、うん……。すっげぇ感情の篭ったパンチだったな?」
「と~ぜんだろ。ってそんなんどうでもいいから! 二人の様子は?」
「ん~、まあ、ちょっと見てみ」
手招きされるままに覗き込んでみると、目を閉じたままなのは変わらないが、心なし頬とか耳が赤くなっているような気がする。
この症状はもしや……、
「――ああ! 風邪か! 二の腕とか太ももとか出っ放しの恰好してるせいでお腹が冷えちゃったのか!? くっ、まずいぜ。ホッカイロなんて持ってきてねぇよ……っ」
『あ、相棒……お前って奴は……』
「……なるほど。これが俗に言う鈍感キャラという奴か」
どっからどう見ても、宗助の発言――『二人は俺の嫁』的な宣言――を聞いてしまったけれどそう反応すればいいのかわからなくて寝たふりを続けていると言うのに、この坊やは本気で気づいていならしい。
勝利したとはいえ、敵陣のど真ん中でラブコメ漫画の主人公とヒロインみたいなやり取りをしているちみっこ三人衆に、雪菜とフェンリルはどう収集をつけたものかと、深いため息を吐くのだった。
――だが。
彼らは……雪菜は気付くべきだった。
少女たちを救うために使用した切り札【固有結界】。
その有効範囲が
――◇◆◇――
「……??」
崩落し、かつての名残たる瓦礫に埋め尽くされた聖堂で漆黒の球体……己が下肢に捉えた獲物の味を堪能していた龍喰者サマエルは、世界を染め上げた奇妙な輝きに鎌首をもたげる。瓦礫の山と化していた聖堂が風化するかのように跡形も無く消え去り、どこまでも広がる草原へとその姿を変えた。
サマエルの知識にある結界とはどこか異質で、根本的なナニカが違うものだとわかる。
「――■■■ァ■■……」
だが、そんな事はどうでもいい。
元よりこの身は龍を喰らうための存在として改変する“呪い”を受けたモノ。
天地創造の時代、原初のヒトを地に落とすためだけに用意された“蛇”にして、幻想の王たる者共の捕食者としてあるよう神話で語り継がれ、その役割を宛がわれたモノでしかないのだから。
故に、思考を持つ必要などない。あるかもわからない心の内に秘められるのは、
辺りを見渡していた視線を戻し、漆黒の球体のような形状になっている龍尾を撫でる。
まるで、命を宿した母が我が子を愛しむかのような、優しい仕草。しかしその実態は、己と触れることで少しずつ削り取っている『ご馳走』の味を堪能しているに他ならない。
少しでも長く至福の時間を続けるために、飴玉を舐めしゃぶるかのようにゆっくり、じっくりと溶かし、味わう。
その味はまさに極上の一言。生命力にあふれる若々しい龍の血肉。同化している蒼い宝石の内包した魔力が極上のスパイスとなって、いつまでもこうしていたいと思わせてくる。
サマエルの本能を虜にしてしまう位、捕えた獲物の味は最高だった。
――このまま少しずつ、少しずつ味わっていこう。それ以外はどうでもいい。
ここが何処なのか、なぜ眠りに就いていた自分がここにいるのかなどの疑問は、際限なく込み上げる食欲に押し流され、霧のように霧散していく。
どこまでも純粋に、そして歪な狂笑を浮かべたサマエルは、再び意識を食事に戻そうとし――ふと、違和感を抱いた。
「? ……??」
オカシイ。急に『味』がしなくなった。
口の中でしゃぶっていた飴玉が、突如ビー玉にすり替えられたかのような違和感。
さっきまではあんなに美味しかったのに。いったいどうしたのだろう?
もしかしてこの結界の影響なのだろうか? 僅かに備わっている理性が、自分自身の存在としての根源的な部分に触れられているような、奇妙な違和感を察知する。だが、それがなんなのかわからない。解を導き出すために必要な知恵を、サマエルは持ち合わせていないが故に。
呻き声とも、嘆きとも取れる声を吐き出しながら、サマエルは『ご馳走』を捉えている筈の下肢……龍尾へ上肢を寄せていく。
お預けを喰らった仔犬のように悲しげな空気を背負い、それでも、もう一度あの味を楽しめないかと思ってしまう。
――もし、サマエルが自らの異変を理解できるほどの知能を有していれば、これほどまでに呑気な態度をとれてはいなかっただろう。
――もし、龍を獲物としてではなく、強力な力を宿す獣だと認識できていれば、こうも無防備な姿を晒すことはしなかっただろう。
サマエルは無知だ。
かの者にとって、龍など獲物以外の何物でもなく、己に抗うことなどできようはずも無い食料という認識しか出来ない。
故に、気づけなかった。
この異質な空間は固有結界と称される深層世界を具現化した大魔術であり、取り込まれた存在はあらゆる“呪い”を
龍喰者としての、龍種に対する絶対上位者権限すら無力化されてしまうほどのチカラを秘めたシロモノだという事実に。
そして……、
――『
「――■ァァ?」
爆発的に溢れ出す“蒼”。
暗闇を形づくっていた“漆黒”が渦を巻き、サマエルのすぐ傍から黄金色の魔力が生まれ出て、荒れ狂うかのように吹き荒ぶ。
理解できない。意味が解らない。これは一体……
未知なるものに触れた時、人がそうするように。戸惑い、右往左往するサマエルはこの時になってようやく気づく事が出来た。
暴風のように暴れ狂う膨大過ぎるエネルギーの渦……その中心が己のいる場所であることに。
台風の目に入り込んだかのような錯覚を覚える。
荒ぶるエネルギーは一定の距離より内側に入り込むことはなく、なにか大切なものを見守るかのように、ただ、そこに在る。
耳を打つ風の音、魔力の粒子がこすれ合った際に生じる放電音。
それらすべてが混ざり合って、ひとつのカタチに……これから現れる存在の顕現を祝い、歓喜の雄叫びを上げているかのようだ。
――『
また、コエが聞えた。
咄嗟に苛立ちと戸惑いで混乱するサマエルが威嚇の咆哮を上げようとした……瞬間、
ズブリ、と。
漆黒の繭の内側から、鋼鉄すら削り取る鱗を貫いて飛び出した槍が、サマエルの胸を貫いた――……!
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――ッ!?」
絶叫を打ち放ち、激痛でのた打ち回る……事が出来ない。
堕天使の形状をした上肢の中央を貫通した金色とも白銀とも取れる輝きを放つ槍刃はサマエルの巨体を空間に張り付けたかのように微動だにせず、そこに在り続けている。
槍を両側からわし掴みにし、強引に引き抜こうともがくものの、槍は微動だにしない。このままでは狂ってしまう。
元々狂っているようなものだが、明確な死を感じさせる恐怖を前にして、生物としての本能が危険信号を鳴らしたのだろう。
絶え間なく続く激痛に悶えるサマエルは声なき悲鳴を喚き散らしながら両腕を振り回し、あたりの瓦礫を風圧で薙ぎ払っていく。
それでも龍尾の拘束を解かないのは、この中にある存在を解放する事は絶対に避けねばならないと、心のどこかで理解していたからだろうか。
だが、それも無駄な努力に終わる。
硬質な鉄板がひしゃげられ、筋肉の繊維が引き千切られる音が瓦礫の崩壊音と重なり合う。
どす黒い鮮血が宙を舞い、ひび割れた床板を真っ黒に染め上げていく。
その姿はまさに、母の腹部を喰い破り、誕生する忌子の如し。されど、血潮で全身を濡れすぼり、呪われた蛇の腸を引き裂きながら誕生……否、再誕するのは不浄なる穢れを浄化するほどの黄金。
両肩と胸元には龍を模した外甲。
開かれた咢が咥える水晶にはそれぞれ異なる女性の雰囲気を感じさせるレリーフが浮かび上がっている。
過去と光を司る左肩には、愛娘を想い続けた気高き母の願いを受け継いだ清廉なる魔女が。
現在と闇を司る右肩には、暗闇の世界に捕らわれようとも、友のために尽くす事が出来る気高き心を宿した天女が。
未来と蒼を司る胸部には、無限の可能性と未来を描き出す純粋なる聖姫の顔が映し出される。
縁を結び、家族となった少女たちの祈りと想いをその身へ刻み、新たな未来を紡ぎ出す幻想の頂に立つもの。
《新世黄金神》スペリオルダークネス
真なる《神》の証……遥か蒼穹の如き清浄な
お嬢様~ズの救出劇はちょっと淡泊だった気もしますが、元々治癒魔導師専攻のリヒト嬢とガリューがママさんの方にいるルーテシア嬢ではこんな感じかと。
てか、出オチになった機械死竜王さんマジ涙目。
宝具解放、【固有結界】発動、実の両親との決別……そしてさいきょ~さんのご復活といろいろ詰め込んでみました。
本話の主役は宗助君……でも、最後のダークさんにトリをもってかれたとな?
――ははは、そんなまさか(笑)。
・作中で登場した魔法解説
●『
使用者:高町 宗助
フェンリルに騎乗、突き出した槍から放出した魔力で全身を包み、体当たりを仕掛けつつ、着弾時に槍刃から魔力を放出させることで対象を消し飛ばす。
Fateの【ベルレフォーン】と【エクスカリバー】を組み合わせたイメージを想像して頂ければよいかと。『神聖なるものを喰らう』という概念が込められている神代魔法。
●『
使用者:蒼意 雪菜
嘗て、生前の地にて愛した女の子の描いた絵が英霊になっても生涯残り続け、絶対に忘れる事のなかった景色を具現化させた、穏やかな草原がどこまでも広がる世界。彼女の祈りが根源となったモノで、ありとあらゆる呪いや魔に属する能力を打ち消す効果を持つ。結界の維持に高い集中力を必要とするため、展開時は術者の身動きが取れないという欠点がある。『邪』を払う退魔の極致にある魔術である。
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SR《ソーラレイカー》
本当は教会編の残りを全部つぎ込もうかとも思ったんですが流れ的に分けた方がいいかな、と。
と、いう事で、ダークさんvsサマエルの決着編をどうぞ。
胸部を貫いた槍を引き抜こうともがくサマエルを一瞥し、遂に天上へ通じる扉を開いたダークネスの体内で想像を絶するエネルギーが荒れ狂っている。
進化直後の反動か、上手く力の制御が出来ないでいる自身をふがいないと思う一方で、気を弛めれば、敵の前だと言うのに頬が緩み、声高々に笑い声をあげてしまいそうだ。
装甲が展開し一回り巨大化した龍翼から放出される魔力粒子が煌めく光の翼を形成している様に、どうしても一種の達成感を抱いてしまう。
背の翼から放出され続けているのはダークネス自身の魔力だ。
飛翔時の加速手段として意図的に魔力を放出しているのではなく、ただ純粋に、己自身ですれ使いきれないほどに膨大で圧倒的な力がどんどん湧き上がってくる。
鎧各部の装甲も左右に開く様な形で展開し、そこに際限なく増幅され続けている“
理論こそ漠然としたイメージとして自分の中にあった。
だが、それを実現するだけの素養が以前の己に備わっていなかった。
だからイメージを現実のものとするための近道として積極的に“
だが、聖王教会騎士団との激戦、雪菜との死闘、そしておそらく転生してから初めてだったかもしれない天敵によって齎された『死』のイメージ。
龍を喰らう化け物のもたらした闇に捕らわれる中で己の譲れない想い……『生への渇望』を再認し、どこまで強さを増しても
なにがあっても、なにが起こっても己の根源は変わらないし揺るがない。そんな当たり前の事を再確認した瞬間、ふと思った。
だったら何故、己は龍喰者に勝てないと思い込んでいる? ――と。
サマエルは神話に記された原初の
……本当に?
己は人を超えてもまだ、常識という枷に捕らわれているのではないか?
なぜ自分が被食者だと決めつけていた? いや、そもそも……どうして
己はいまだ《神》成らざる者、分類上は
あらゆる可能性を秘めた、最も《神》と酷似した生命体。脆弱な彼らには、彼らにしか持ちえない素晴らしい力があるではないか。
それは『想像力』。彼らが抱く強き想いは世界の概念すら超える可能性を秘めている。
ならば……!
想像しろ。
常識などに囚われるな。
理などぶち破ってやれ。
強き想いで限界を超えることなど――己は何度も経験してきたのだから――……!。
そう、常識などという檻など……、ヒトが定めた理など
刹那、脳裏に浮かんだのはかつて出会った少女。
サマエルに喰われても弱体化するにとどまり、命を繋ぎ止めた“無限”の体現者。記憶にある彼女の姿と、新たな自分を重ね合わせる。
出来るはずだ。彼女の心に触れ、在り様を理解できた
ダークネスの覚悟と想い、そして渇望する願いに宝石の種たちが力を放つ。
“
『
新たな自分の姿を明確なイメージ出来たことが切っ掛けとなり、遂に新たな形態へと進化を果たしたのだ。
と同時に、“無限”の名を冠する少女の持つ力の
『
存在そのものが“無限”という規格外の龍神が宿す異能を独自の方法で再現した“
その効果は一度取り込んだ“
“
さらに、体内を“
その先にあるのは、総てが“無限”である彼女と同じ存在……無限の体現者。
そう。
『
彼がサマエルに喰われても無事だったのは無意識にこの“能力”を発動していたからにほかならない。
外側から削り取られるように存在を喰われるより早く、“能力”で生成した“
雪菜の【固有結界】でサマエルの呪い――龍を喰らうと言う特性――が消失するまでの間、ずっと耐え続けていたのだ。
これこそ、かつての会合でダークネスが閃いた奥の手。
どれほど強大な存在であろうとも内包する力は有限であるという世界の
放出するチカラよりも湧き上がるチカラの方が多いお蔭で“
どこまでも草原が広がっている風景がぼやけ始めている――【固有結界】解除の前兆――以上、コイツの凶悪能力がいつ復活してもおかしくないのだ。
早々にケリをつける。
ダークネスの決断は速かった。
以前よりも輝きを増したよう龍槍剣を空目掛けて振り抜き、サマエルを天高々と打ち上げる。
と同時に地面を蹴り、飛翔。激痛に悶えながら爛々と怒りの激情を瞳に浮かべるサマエルを一瞬で追い抜き、無防備な背中へ組み合わせた両腕をハンマーのように叩き付けた。
背骨を粉砕され血反吐を吐きながら吹き飛ばされる方向を逆向きへ曲げられたサマエルの口から、言語に変換できない悲鳴が吐き出される。
だが、ダークネスの追撃は止まらない。
稲光を撒き散らす雷を纏った翼がひと羽ばたくだけで、彼の肉体は音速を凌駕し、光すら置き去りにする速度を叩き出す。SR形態の固有能力のひとつ、取り込んだ“
いまやダークネスは斃した敵の“能力”をいちいち発動させなくても、その効果だけを再現するまでに至っている。
大地へ向けて落下するサマエルへ追いついた瞬間、魔力光を放出する翼に纏っていた雷が拳へと移る。
雷を纏うことで破壊力を飛躍的に向上させた拳が、奈落の底を思わせる黒鱗に覆われたサマエルに突き刺さり、幾度となく打ち込まれていく。
乱舞と言う表現すら生易しい、文字通りの意味で光速を超えた速度によって放たれる拳がサマエルの巨躯をゴムボールのように幾度も弾き飛ばす。
大地へと直下していた黒き異形が見えない壁に弾き返されたかのように再び上空目掛けて吹き飛ばされる。
かと思いきや、即座に距離を詰めたダークネスの蹴りで吹き飛ぶ勢いそのままにベクトルが90度折れ曲がり、教会裏手に広がる山のひとつに落下……否、
撒き散る岩塵切り裂きながら尚も宙を突き進むサマエルが地面へ落下するよりも早く、かの者の前方へ再び回りこんだダークネスが繰り出すのは蹴り上げとも呼ばれる前蹴り。
人間に近い堕天使の顔面を痛々しくへしゃげながら、
視界が目まぐるしく変わり、今自分がどこにいるのかサマエルには理解できない。
雲を切り裂き、遥か宇宙の彼方に至ると錯覚してしまうほどの速度で一直線に跳ばされるサマエルに狙いを定めたまま追走し続けるダークネスの双眸がギラリと輝く。
両拳と足による連撃を叩き込みながら天へと昇る最中、弩弓を引き絞るかの如く腰だめに構えた右手の中に自身の魔力と合一を果たした無限の“
拳を握りしめると同時、たゆたっていたエネルギーが煌めく閃光と化して龍槍剣エクスレイカーとひとつになる。
現れたのは一条の光槍。金色の刀身を漆黒の鎖が包み、さらにその外側を蒼き燐光が覆い込んだダークネスと言う存在を体現したかのような幻想の産物。
内に宿りしは万物を屠る神殺しのチカラ。黄金神の守護聖獣が変幻した黄金色の槍が、遂に神々をも屠る神滅具へと昇華された瞬間だった。
自らの意志があるかのように軽やかに宙を舞った槍が、ダークネスの右腕に装着される。
直槍としての巨大さはそのままに手甲として一体化した拳を振りかぶり、龍翼が生み出す爆発的な加速で一筋の光となってサマエルへ迫る。
獲物を見据えた肉食獣の如き眼光が
「『
拳から放たれた閃光が着弾の寸前に無数の光槍へと分かれ――三十九もの『
骨を砕き、肉を焼き焦がし、サマエルと言う存在が宿す『龍喰者』という『概念』すら撃ち砕いていく。
《神》とは即ち、世界の理……常識と呼ばれる『概念』を定めた存在に他ならない。
ならば、神々を屠るために生み出された神滅魔法が、《神》の定めし『概念』を破壊できない筈がない――!
「ォ――……! ォォ、ォ……!」
全身を光の槍で撃ち貫かれながら、尚も何かを掴もうとするかのように手を伸ばすサマエル。
初撃で半分以上を消し飛ばされたかの者の顔は、まるで親とはぐれた迷い子のよう。
何かに怯える様に、誰かに縋るように伸ばされた腕は、無慈悲な極光に呑まれて消え去っていく。
果たして、光に飲まれたサマエルが元の世界、元の時間に戻れるのかはわからない。
もしかしたら、こちらの世界へ呼び込まれたと言う事実そのものが消滅することで、地獄の奥底で眠っていた時間軸に回帰するだけなのかもしれないし、文字通りの意味で完全消滅してしまうのかもしれない。
――だが。
いずれにしてもたった一つの事実だけは変わることが無いだろう。
そう……“龍喰者”サマエルは、遠き異界『ミッドチルダ』という世界において新世した黄金の龍神の絶技によって
黄金の粒子に包まれて飛散していく龍喰者の欠片が
「……ずいぶんと遠くまで来たもんだ」
自分の事なのに呆れが多分に含まれてしまったのは仕方のない事だと思う。
人外になった自覚こそ持っていたとは言え、まさか生身で
大気圏の外周部に位置する場所に浮遊するダークネスは、ほぼ宇宙空間と呼んで過言ではない真空の空間で、
顔を上げて天を見やる。手を伸ばせばすぐ届きそうだと錯覚してしまうほどに近くの位置にある三つの月が目に写る。
実際には途方も無い距離が開いているのは間違いない。だが、今の己ならば労せず
漠然とした認識だが、それくらいの児戯は容易いのだと更に深みを増した己の理性が、そう告げている。
『お館様』
突如響く重厚な声。
微細が異なる音程が紡がれた三重奏を彷彿させる従者の声に、ダークネスの意識が現実へ戻ってくる。
思案に暮れていたダークネスの傍ら、波紋の様な揺らぎを空間に生じさせながらソレは現れた。
黄金の鋼鱗に覆われた金色の三つ首龍。雄々しき翼を羽ばたかせ、魔力の粒子を舞い散らせながら転移を果たした《神の守護獣》が、進化を果たした主の姿を認め、歓喜の唸り声を漏らす。
微細が異なる三つの頭部でひとさら目を惹く彩色の違う瞳――深紫、真紅、極虹の三色――に見つめられながら、ダークネスが口を開く。
大気が存在しない場所にいることなど関係ない。声を出せば届くのだと、本能で理解していたから。
「ん? あぁ、お前か。その姿で現れたと言うことは……」
『はい。お館様が進化を果たされたため、守護獣形態の長時間維持が可能になりました。もちろん――』
「おい、それはまさか……出来るのか? 『
ダークネスが驚きの声を上げたのも当然だ。
この戦争が始まる前、彼自身から言われていたこと。
守護獣と奏手は、互いを高め合う協力関係……文字通りの一心同体の関係にある。
しかし、彼の先代奏手に比べてダークネスは未だ未熟な雛鳥。
極神としての真なる姿へ『
そう――
『ご心配めされるな。幼き殻を脱ぎ捨て、自らの翼で飛び立ったばかりの若鳥と言えど、貴方は確かに先代に比類する気高き黄金の心を宿されております。『黄金神の体』である
「おい、不必要に持ち上げるな。あの人たちが求める《神》になるかどうかまだわからんが、少なくとも、今はまだ
『それも存じております。……ですが、やはり“
「戯け」
申し訳なさそうに気遣いを見せる守護獣の頭を順番に軽くコツいてやる。
手首のスナップを聞かせた拳骨は、地上であればゴツンッ! と盛大な効果音を響かせていたに違いないほどの威力が籠められていた。
だが、当の本人たちにとっては軽いじゃれ合い程度のシロモノでしか無く、事実、几帳面に三つの頭部を順番に殴られてしまった守護獣が痛みに慄くわけでもなく、どうして殴られたのかわからないと言った風にきょとんと首を傾げていた。
意外と子供っぽい反応を見せる守護獣の様子に、くっくっく、と喉の奥で笑いをかみ殺すダークネス。
そんな主の反応の意味が理解できず、思わず三つの顔を見合わせてしまった守護獣にとうとう我慢できなくなったのか、後ろを向いて肩を震わせてしまった。
「ぶっ……! くくっ……な、なんだその息の揃ったリアクションは……っ!」
『あ、あの……お館様?』
「~~っはぁ……あ~、久しぶりに笑わされた気がする。ありがとうよワイバリオン、お蔭でハラが決まったよ」
手の甲で目尻に浮かんだ涙を拭いつつ振り返ったダークネスの顔は、日常の彼と同じどこか不遜さを感じさせる
手に入れた圧倒的な力に酔いしれかけていた己を律してくれたのみならず、適度に緊張を和らげてくれた
最も、礼を告げられた本人は何の事やら? といった感じであったが。
「ひとつ聞かせてくれ。俺が『
『え? あ、ああ、そうですな……。ふむ、現在のお館様ならば――五分程度が限界かと』
たった五分。しかし――彼女と決着をつけるには十分すぎる。鋼の鎧を纏って相対する己と『彼女』の姿を幻視して、ダークネスの闘志が燃え上がる。
有耶無耶になった雪菜と決着をつけるのも忘れた訳ではない……が、己にとって英雄騎は
組んでいた腕を解き、『
「エクスワイバリオン……いや、違うな。今のお前にはもっと相応しい名こそが相応しいか。――『暴龍帝 インペリアルワイバーン』よ。《
『――是非も無しッ!』
「ふ……ならば往くぞ我が
『応!』
主を騎乗させた黄金の三つ首飛龍が遥か天空から飛翔する。
目指すは教会の執務室にこもっているであろうNo.“ⅩⅢ”……カリム・グラシアの首ただひとつ。
煌めく星々を抱く深淵の闇夜を切り裂く
その瞬間、戦場となる都市部から避難を済ませたクラナガンの住人たちが、ミッドチルダに生きる全ての生物たちが、不意に抱けらから呼ばれたような錯覚を覚えて天を仰ぎ……光を見た。
遥か彼方に奔る一条の輝き。
誰もが目を奪われてしまるほどの神々しくも美しい黄金の煌めきが流星となってミッドチルダへ飛来していく。
星を周回するかのように天空を切り裂いて飛ぶ閃光は身体の芯を凍えさせるほどに恐ろしくもあり――魂を震わせるほどに神々しかった。
誰かが言った。「神さまが舞い降りたんだ」、と。
そんなおとぎ話のような言葉を、笑い飛ばすことが出来るものはいなかった。
戦場となっているクラナガンのある方向へ落ちていく黄金の光に戦争の終焉を連想し、誰もが呆然と空を見上げ続けていた……。
――◇◆◇――
時は僅かに遡る……。
雪菜が【固有結界】を発動させ、ダークネスがサマエルに逆襲を開始する少し前、教会執務室で相対していたはやてとカリムたちにも動きがあった。
宗助の向かった訓練棟を一瞥するカリムにはやてが声をかけるよりも早く、彼女らの前に立ち塞がるように歩み出るローラと護衛役のシスター。
はやてを下がらせつつ自らも前に出たシグナムとリインが睨み合う形で向かい合う中、それは起こった。
「ン……? あの光は……?」
眩い輝きに包まれる教会の一角。
それは宗助たちの戦いが繰り広げられた訓練棟を包み込む様に広がった【固有結界】によるものだった。
魔導技術では説明のつかない不可思議な術式にローラが怪訝そうに眉を顰めるのに対し、参加者であり転生者でもあるカリムは大凡の予測がついたらしく、忌々しそうに下唇を噛みしめていた。
雪菜らしき人影が建物へ駆けこんで行ったのを見ていたこともあって、アレが英雄騎の行ったものだと推測できたのだろう。
「……やはり、うらやましいですよね。自分の想いを……意志を貫くための戦う力を持っている方が」
他者へ異能を授ける事は出来ても自らが戦うための力を持つことが出来なかったカリムは、この世界の常識では計り知れない異能を平然と使いこなす他参加者をうらやましくも思うし、妬ましくもある。結局のところ、自分はどこまでいっても他人頼りなのだと悲嘆を抱いてしまったのだ。
「あれはたしか雪菜君の切り札やったな。ちゅうことは……っし! リヒトもルーテシアちゃんもきっと無事や」
雪菜から予め手の内……魔術や【固有結界】についてある程度の説明を受けていたはやては、あちらの戦闘が雪菜たちの勝利に終わったことを察し喜びを顕わにする。
仲間たちの勝利を確信し、自らも役目を果たすべくかつての友へ言葉を投げかけた。
「ここまでや、カリム。アンタも予想しとるやろうけど、あれがウチの切り札のひとつ、英雄騎の力や。あれが発動した以上、我が家の天使とそのお友達は返してもらうわ」
「ずいぶんと気が早いわね。まだ戦いに幕が下りた訳ではないわ。それに――ここで貴女を斃す事が出来れば、まだまだ私たちの優位は揺らがない。頭を潰された組織が途端に脆くなるのは歴史が証明しているからね」
ローラの瞳の奥に剣呑な光が宿る。
それは確かな敵意。苛立ちまじりの怒気を抱いている事を察し、ローラは無言を貫いていた。
舌戦はカリムの役目だと、そう納得しているから。
「カリム……もう、終わりにせえへんか?」
「終わり? なにが終わるというの。私たちの問答? それとも戦争の結果かしら?」
「全部や。聖王教会が矛を収めてくれるっちゅうなら、私が全力で管理局側の前線部隊を止めてみせる。そうしたら、後はスカリエッティ一味を逮捕して終わりや。確かに人造魔導師として最高評議会に作りだされて利用されたっちゅう立場には同情する。けど、奴らは自分の意志で犯罪を……生命を弄ぶことを楽しんどる。そんな奴らを野放しにしておくことなんて出来ひん」
「――無理よ。例えここで私たちが敗北をきっしようとも戦いは止まらない。動き出したうねりは総てを薙ぎ払うまで収まることはないの。第一、この戦争は管理局やドクター・スカリエッティ、聖王教会だけの問題じゃないわ。もっと大きな世界の理……世界という概念が滅びへと向かっている現実を変えるための聖戦なのよ」
「そもそも、本当の事なんか? 儀式の勝者が誕生しないと総てが滅ぶなんて……。そんな話、花梨ちゃんらは言ってなかったで」
「本当の事よ。だって私が自分を転生させた《神》から直接知らされた真実なのだから」
カリムが自らの欠陥……《神》の候補者となるべき肉体を与えられず、『転生』ではなく『憑依』してしまった事実を告げららた時、打ちひしがれる彼女に思うところがあったのか、儀式について当事者である参加者たちに開示されていなかった情報を語られた。
曰く、彼女たちが生きる世界は儀式のためだけに創造された箱庭のようなもので、元々儀式の間だけ存在を維持できていればいい程度の、ひどく脆い場所であったこと。
それ故に、世界を滅ぼせるほどの力を身に付けたダークネスに自制するようなルールを定めたり、『
そして……、
「あの方はこうも言ったわ。《儀式が終わった後も世界を残せばどうなると思う? 人間とは力を得た途端に我欲を増大させる生物だ。“能力”というチカラを歯度したまま生き残ってしまった
超常の存在であるが故に、高潔さを求めるのかもしれない。
自らが見定めた存在が堕落する姿など、彼らにとって目にすることも悍ましい汚点なのだ。
故に、もし失敗した場合は総てを消去することで『なかったこと』にする。
見たくない未来など完全に排除し、もう一度初めからやり直せばいい。
無限に等しい時を生きる神々にとって、一瞬のきらめきにも似た人間の生など所詮はその程度のモノでしかないということか。
だからこそ、彼らはダークネスやルビーに注目しているのだろう。
人の身でありながら、限りなく《神》に近い力を有し、世界の終焉を察するだけの知力をも兼ね揃えて儀式に挑むその姿に共感じみた感情を抱いたから。
「そんな……!?」
はやては愕然とした表情を浮かべた。
ダークネスが花梨の手を振り払って闘争を選択した理由にようやく気づいたからだ。
彼はずっと以前から……もしかすれば最初から見抜いていたのかもしれない。“
だからこそ戦いを肯定していたのだろう。
儀式に勝ち残るにしろ、神々の定めた
おそらくそれはルビーも同様なのだ。
リインフォース・アインスのコアを略奪し、紫天の一派を取り込んで聖王教会とまで協力関係を結ぶように仕向けた。全ては儀式の勝利で手に入る力……“
「――それでも、諦めることはできへんのや」
それでも、だ。
例え世界の寿命が最初から定められていたとしても……ここで足踏みする理由にはならない。
かつてクロノの放った言葉……『世界はこんなはずじゃない事ばかりだ』。
それは真理であり確固たる事実だとはやては思う。だが同時にこうも考える。
それほど凄惨で恐ろしい『
そう思うから。
「可能性はゼロなのかもしれん。刻限を迎えてしまったら、私たちは存在することも許されない運命だったのかもしれん。けど、最初から全部を諦めて間違った道へ進もうとしとる友達を見捨てる様なかっこわるい真似だけはでけへんのや」
「間違っている……ですって……ッ!? ふざけないで! 私はっ、自分の運命が滅びを定められているのなら、せめてこの世界の人々だけでも救って見せようとしているのよ! それのどこが間違っているって言うの!?」
「間違うとるやろが! なんで……っ! なんで話してくれへんかったんや! もっと早くカリムの事とか教えてもらってたら、もしかしたらいい策が思いついたかもしれへんやんか!」
世界の消滅を免れる手段など、早々思いつかない。
だがそれでも、《神》の力の一欠けらを宿す参加者同士が手を取り合い、協力することが出来れば、もしかしたら解決案を導き出すことができるかもしれない。
例えば、この世界を支配する滅びの定めと言う『概念』を“能力”で書き換えたり、異能で新しい世界を創造してそこに全住人を移り住ませるなどの手段が実行できたかもしれないのだ。
はやての呼びかけ……いや、もはや叫びにも似たそれを正面から受け止めた上で不可能だと一瞥するカリムの瞳はどこまでも暗く、冷たい。
「話す? ……ふざけないで。現実から目を背けて、悠々自適に日常を過ごしていた人たちなんて信用できるわけないじゃない。大体、最強と最凶が儀式を肯定している時点で、貴方の言う絵空事は試す価値も無い悪手だと断定されているようなものでしょう」
総てを見抜いた上で儀式に準じる決断を下したダークネスとルビー。
彼らが選択を誤るとは考えにくく……それ故に、他に道はないのだと示された。
更に言えば、真実を知り、背後から忍び寄ってくる死への恐怖に抗いながら生きる道を模索し続けてきたカリムの目には、儀式で犠牲を出さないと謳いながら、犠牲を量産し続けている
彼女からしてみれば、同族と思っていた存在ですら手に入れることができる未来への希望すら掴むことを許されない自分に手を差し伸べる者がいたとすれば――それは自らが上位の存在であると格付けした傲慢な輩に他ならず。
同情や哀憫の視線に曝されてまで他参加者の庇護を受けることを認められるほど、彼女の誇りは安い物ではなかった。
「毒のように甘ったるい理想を語るだけで現実的な手段を見つけることが出来なかった彼女たちに協力したとして……どうなったと思う? 管理局と教会の戦力が一つになった最高の戦闘部隊が完成する? それとも最大数の参加者が手を取り合った同盟が結ばれるかしら? なるほど、確かにそれはものすごい事よね――でも、無駄よ。どんなに強い武力を造り出したとしても、最強の揮う暴力には敵わない。どんなに知恵を集めた所で、最凶の叡智には遠く及ばない。どんなに信頼を強めようと……理不尽な現実から逃れることはできない。それが真実。これが……この世界の理なのよ」
だから世界に、神々へ反旗を翻した。
ぴーぴー騒ぐしかしない連中なんかに頼らない。
滅びが定めというのなら、限界まで抗い続けてやる。
夢想家なんかに、自分の未来を委ねてなんかやらない。
例え、儀式に無関係でいられた筈の人々を巻き込み、力を借り受けても……最後まで足掻きぬいてやる。
不退転の覚悟を抱いたからこそ、儀式のルール変更を彼らにのませることが出来たのだとカリムは信じている。
「カリム、私は――」
「舌戦はその辺でいいやろぉ? これ以上の問答は意味ねぇなりけりよ」
揺るがぬ信念を感じとりつつも、尚、対話を続けようとしたはやてを遮り、ローラが言う。
自らの滅びを受け入れ、その上で力無き人々のために全てを捧げると決めた親友の力となることを誓った。
この身は次期教皇にして
「私らは戦争に勝って、カリムを勝者にしたい。アンタらは私たちを止めたい。やったら、やることはひとつだけやろ?」
“十三”と刻印された十字架型の待機デバイスを起動、余計な装飾が一切存在しない身の丈を超える直刀が実体化し、ローラの手に収まる。
相応の重量がある筈のソレを片手で軽々と振るい、切っ先をはやてたちへ突きつけつつ、不遜な笑みを浮かべた。
「勝った方が負けた方に言うこと聞かせられる。……これでどや?」
あからさまな兆発。
だが、ある意味で真理を突いているとも言える発言に反応したのは、やはりと言うか騎士である彼女たちだった。
「――よかろう。その挑戦、我ら夜天の騎士が受けて立つ」
「ですっ!」
愛剣の鍔を押し上げながら前に出るシグナム。
ローラの全身から立ち昇る闘気が、これ以上の問答は不要だと言外に告げていた。それを理解したからこそ、シグナムははやてを後ろへ下がらせる。
主の役目はカリムとの対話。
ならば、騎士であり剣である自分たちの戦場は……こちらだ。
「ま、結局こうなるわな。どのみち他に選択肢なんざありゃしないんだから」
「……良いだろう」
前哨戦の終わりを見計らい、『剣』たちが前へと踏み出す。
彼女たちは力にして武具。信じる主の、友の願いと想いを押し通すための露払いを受け持つベルカの騎士。
言葉で止まる様な生半可な覚悟など、最初から持ち合わせていなかったのだ。
「私らはカリムの言葉こそ真実だと感じちょる。ちび狸が何をほざこうと、この思いは変わらんよ。……まず手始めにここでお前らを倒し、小娘共の相手で消耗しとる
「そして最後にはスカリエッティ一派を貴様らが倒すことで騎士カリムを儀式の勝利者として祭り上げるつもりか。だが、そううまく事が運ぶと本気で思っているのか」
「『うまくいくか』じゃねぇよ。――『やる』だけだ」
胸に宿すのは不退転の覚悟。
揺るぎ無き信念を込めた刃を煌めかせ、ひとりの騎士として名乗りを上げる。
「聖王教会筆頭騎士 ローラ・スチュアート。二つ名は“劫火の教皇”」
燃え盛る炎を具現化した魔力が刀身を鮮やかに彩り、まるで芸術品のごとき美しさを醸し出す。
コートのような法衣を翻し、優美に反った日本刀を思わせる抜身の大太刀を構えて戦意を高めていく女騎士を前にして、彼女もまた名乗りを上げる。
「時空管理局機動六課所属、シグナム二等空尉。二つ名は“烈火の将”」
静かな、さえど燃え盛る紅蓮の闘気を滲ませた夜天の騎士が鞘から抜き放つのは“炎の魔剣”、銘を【レヴァンティン】。
大気を焦がす炎の魔剣は、まるで高みへ至らんとする
「ローラ」
「シグナム」
主であり、友であり、家族でもある彼女たちにこれ以上の言葉は不要。
この場ではただの『剣』としてあらんと望む本人たちの想いを汲み、ただ一言を告げる。
「「武運を」」
それは百万の声援に等しき……鼓舞。
血液が沸騰する。
心の臓が激しく鼓動を繰り返す。
リンカーコアが無尽蔵に魔力を生成し、遥か天空の雲すら切り裂くことができるかのような力の奔流を感じる。ここが……こここそが、己の全てを賭けるに相応しい戦場なのだと、本能が理解した!
故に……!
「いざ――」
「尋常に――」
飾った言葉などいらない。欲するのは勝利ただひとつ。
不退転の覚悟と騎士たる者にしかわからぬ歓喜に胸を焦がす二振りの『剣』が今――交差する。
「「勝負!!」」
一歩で間合いを潰した両雄の刃が交差し、乱壕なる剣戟の嵐が吹き荒れる。
という訳で日常編から匂わせていたダークさんの切り札その1は、ウロボロスモードへの変身でした。総てが無限って、なにそれチートすぎだろと原作D×Dを読んで一人ツッコミをしたのはいい思い出です。
ちなみにダークさんの戦闘力を某戦闘の天才さんに当てはめてみると、
①第一形態 ⇒ 通常状態
②第二形態(『神なるモノ』) ⇒ 20倍界王拳
③《新世黄金神》 ⇒ 超サイヤ人
④EX ⇒ 超サイヤ人2
⑤超龍皇形態 ⇒ 伝説のスーパーサイヤ人(ブロリーさん)
⑥SR ⇒ 超サイヤ人3
⑦『
――となります。実力の方も、まあ……大体同じくらい? カモ。
次回はローラvsシグナムと、謎のシスター関係のフラグ回収を予定。
出来る限り早く完成できるよう頑張ります。
では、また次回。
●作中登場した魔法解説
・『
使用者:ダークネス
取り込んだ”
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ぶつかり合う想い
なんとかGW中に更新できてよかった~。
熱中してたスパロボも無事クリアできたし、以前の更新速度に戻せるよう頑張りますか~。
教会編はこれでほぼ終結。次話あたりからクラナガン戦線に移行かな?
ちなみに今回は八神一家がいろいろ頑張っちゃうお話です。
次はR版の更新ですね~。GW中のup目指して頑張ります。
「やるねぇ」
「貴様もな」
数合、あるいは数十合にも上る剣戟を交叉させた後、まるで照らし合わせたかのようなタイミングで放たれた一撃……鏡映しのように寸分の狂いも無く再現されたベルカ流剣術の技がぶつかり合った。
烈火に燃え上がる豪炎と紅蓮に輝く焔火が互いを呑み砕かんと咆哮を上げ、せめぎ合う。だが、それも一瞬。
魔力の練度、鈍い輝きを放つ刃に込められし技の力量共に互角。
互いに譲れぬ思いを胸に、眼前の敵を斬り伏せんと力を振り絞る二人の騎士が鍔迫り合う姿を、はやてとローラは、援護の動きを見せることも横やりを入れることも無く、ただ確信を以て見守っていた。己が騎士こそが最強。故に『彼女』が敗北するなどありえないと信じているから。
やがて、交叉する刃同士が行き場を失った魔力の爆発を巻き起こし、シグナムとローラの身体をそれぞれの後方へと吹き飛ばす。
「っとと……。ふぅ~ん、なんやかんやで
骨まで痺れる重い斬撃を受けとめた手をぶらぶら振りつつ、ローラが感嘆の声を零す。
彼女には珍しい、純粋な称賛の言葉だった。
対するシグナムは口をつぐみ、静かに息を整えている。
思考が戦闘のソレへと完全に移行したらしく、一振りの剣として勝利を掴み取るためだけに意識を集中させているようだ。
軽口をたたく余裕を見せるローラに比べれば、シグナムの態度はどこか余裕の無さを感じさせる。
もっとも、だからといって戦局がローラの方に傾いているかと言えばそうではない。
それは
トントンッと大太刀の峰で肩を叩きながら頭を掻いてシグナムを観察するローラ。
程なくして敵の戦力予想を上方修正を済ませたのか、八重歯を剥き出しにしてニヤリとワラウ。
「はっ、ええなぁ。やっぱ戦いはこうあるべきねぇ。ギリギリの命のやり取りを交わし、生と死の刹那の間を駆け抜けるこの緊張感。ゾクゾクするな。――ほんなら、そろそろマジで
息を構え、正眼の構えをとる古き騎士を前にしても不遜な笑みを崩さぬまま、ローラの右腕がゆっくりと持ち上げられ――
「じゃ、いくなりね――【縛鎖の牢獄】」
パチン、と、指を弾く。
瞬間、ゴウッ! と燃え盛る炎の如き魔力の波動が彼女を中心に溢れ出し、部屋の全てを包み込んだ。
「なん……!?」
「だと……ですっ!?」
シグナムとリインの目が驚愕に見開かれる。
ローラから魔力の炎が放出された刹那、世界が灰色に染め上げられた。
理が書き換えられ、異質にして異常な空間が現実世界を侵食する。
光が納まった後、はやてたちは自分たちの立つ場所が、万物の色彩を消失させた寒々しい灰被りの世界であることを理解させられた。
深い海の底……海洋生物の死骸が折り重なった白亜の墓地へ沈んだかのような圧迫感に襲われ、無意識に自分の身体を抱きしめてしまう。
未知への恐怖に押し潰されそうになる心を鼓舞し、はやては状況の分析を進める。指揮官として多くの事件の記録を閲覧する機会に恵まれた己の中に蓄えられた情報から、現状、最もふさわしい解答を導き出していく。
一般的な封時結界とは一線を成す異質な空間。逃走や周囲への被害を抑えるためだけではない。こちらを威圧するかのような圧迫感を兼ね揃えたコレと似通った術式の記録をどこかで見た覚えがある。
――思い出せ。思い出せ! 思い出すんや、私! 確か私らもかかわった事件で使用された特殊な結界で……っ!
「そうか! ダークさんの技か!」
十年前の闇の書事件のおり、ダークネスが地球に被害を及ばせない様に……そして、獲物を逃さない牢獄として使用した結界魔法【封鎖の刻印】。
彼女自身はそれを記録でしか知りえないが、画面越しにでも感じられるほどの異質な空気は、ローラの放ったコレと酷似していると直感する。
一瞬で術式の本質を見抜いたはやての聡眼に口笛を吹くローラ。彼女はまるで教え子の正解を喜ぶ保母のような笑みを浮かべて称賛の拍手を送った。
「ぱちぱちぱち~。だ~い正解! 私オリジナルの結界魔法なりよ。余計な邪魔者が入り込まない様にっていう気配りと思いなはれ」
内部に取り込まれた彼女らには知る由も無いが、冷たい結界は外界と完全に隔絶していた。それは雪菜の【固有結界】も言うに及ばず。
この【固有結界】すらも拒絶する半球状の結界魔法の名は【縛鎖の牢獄】。
『個』ではなく『軍』を以て対峙すると予測していた管理局勢を個別撃破するために編み出された決闘領域だ。
「小細工を……!」
肌を差す威圧感と背筋を冷たくさせる拒絶感に満たされた空気を振る掃うように、シグナムは裂帛の気合いと共に愛剣を横凪に揮い、刃に纏わせた炎から火の粉を舞い散らせた。一騎打ちを望んだ身として、援軍を防止するための小細工を繰り出したローラに不快感を感じたのかもしれない。
最も、当の本人は悪びれもせずニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべていたが。
「……疾ッ!」
不愉快な笑みを消してやろうと、シグナムが炎の魔剣をローラの脳天目掛けて振り下ろす。
怒りの感情によって増幅された炎は悪を捌く真紅の劫火となって刃と一体化、魔剣と呼ぶよりももはや炎の聖剣と称するに相応しい輝きを以て灰色の世界に煌めく。
だが、ローラは細身の見かけからは想像も出来ない重い斬撃を以てこれに応じる。
ぶつかり合う刃と刃。力量がほぼ互角の剣士たちの実力もまた拮抗し、激しい剣戟の嵐と火花を撒き散らす。
だが、両者の顔に驚きの色は無い。
むしろ、これくらいはして当然とばかりに平静を保っている。
実は彼女たち、以前にもこうして刃を交わした経験があったのだ。
もちろん、命をかけた殺し合いなどではなく、身体強化と炎熱系付与を封じた状態で執り行われる純粋な剣の腕を競い合う模擬戦という形であった。
だが、だからこそ互いの実力が拮抗していることを理解している。
古き戦いの歴史の流れを汲むベルカ流剣術の使い手同士、このままでは決着がつかず千日手となることも予想される。
故に、呼ぶ。実力伯仲だからこそ、わずかな差が勝者と敗者を分けると言う心理を理解していたから。
戦局を変える鍵となる人物の名を。
「リイン!」
「了解ですっ!」
先手を取ったのはシグナム。
交叉した刃が互いにはじけ飛んだ衝撃で後方に跳躍したシグナム目掛けて飛翔するリインの身体が純白の魔力光となって夜天の騎士を統べる将の胸へと吸い込まれ――光が爆発した。
眩い閃光の中から現れるのは炎と氷、相反する力を併せ持つ『氷炎の騎士』。
髪ちバリアジャケットを薄い紫色に染め、手首からは氷に、足首からは炎に変換された魔力翼が展開している。
この姿こそ、彼女たちが生み出したユニゾン形態。
氷雪系魔法を得意とするリインと炎熱系であるシグナムの長所を両立させた戦闘スタイルだ。
ユニゾンを果たし、勢いを増した炎を纏わせた炎の聖剣【レヴァンティン】を右手に携えるシグナムの放つプレッシャーは先程までの比ではない。
されど、相対するするローラの顔から余裕の色を奪わせるほどの脅威にはなりえない。
「へぇ~、話に聞いてた
気圧されるどころか、それがどうした? と言わんばかりの自信に満ちた笑みを浮かべたローラが納得したとばかりに頷きを繰り返し――今度は自分の番だとばかりに『彼女』を呼ぶ。
「じゃ、こっちも本気で行くとしようけりや。来やがりな――
「うっす!」
ローラの求めに応えたのはカリムの警護を務めていた赤髪のシスター。
真紅の髪をひと房覗かせていた頭巾を脱ぎ捨て、強い意志を宿す真っ直ぐな瞳の十六才ほどの見た目をした少女。
彼女こそ、カリム直轄の警護を務める護衛にして、ローラの相棒でもある【ユニゾンデバイス】。
カエデを保護した時と同様に、聖王教会が破壊した違法研究施設から助け出された純古代ベルカ時代の遺産。
“烈火の剣精” アギト
“
はやてよりもやや小柄だったアギトの体躯が炎に包まれ、二つ名に相応しい炎と化し、ローラと一体化する。
燃え盛る炎の壁が舞うのように彼女らを包み込み……弾け飛ぶ。
灰色の世界に舞い散る火の粉の向こうから現れたのは、炎が物質化して形成したらしい漆黒の外套を纏ったローラの姿。
紅蓮の炎で形成された双翼を背中に生やし、金色の髪と翠の瞳を赤く染め上げている。
その姿はまさに――炎髪灼眼。
舞い散る火の粉を振り払い、大太刀の切っ先をシグナムへと突きつけるローラの灼眼が、真っ直ぐに強敵と認めた存在へと突き刺さる。
彼女の目がこう囁いている。
ただ――来い、と。
「……見事だ。だが、夜天の王を背にする我らに敗北は――ない!」
『そんなちゃっちい炎なんて、リインの氷でカッチカチですっ!』
肌を焦がす威圧感を受け止め、押し返す様にシグナムが吼える。
「はっ――ほざきや!」
『炎と氷の足し算よりも、炎と炎の掛け算の方がすげえってことを思い知らせてやるよ! 歯ァ食いしばりやがれ、このバッテンチビ!』
『なんですと――っ!? リインはチビじゃないです! 立派なレディです! 無駄に図体でっかくなったおデブさんが偉そうにしてんじゃねぇですよっ!』
文字通り“火と水”な関係にあるユニゾンデバイスたちが場違いな口論をしている間も戦局は目まぐるしく移り変わっていく。
炎を纏わせた【レヴァンティン】と、凍結魔法でコーティングされて氷の刃と化した鞘の二刀流を振るうシグナム。
これに対抗するローラは、デバイスを核に劫火の奔流と錯覚するほどに巨大な炎を剣を生成して対抗する。
幾度となく交叉する双方の剣閃。その激しさはまるで、炎の竜巻と氷の嵐が同時に暴れ狂うかのよう。
「「雄ォォォオオオオオオオッ!」」
口喧嘩しつつもユニゾンの制御をきっちりとこなす相棒に気を割く余裕も無いローラとシグナムが、刃を交えながら更にギアを引き上げていく。
巻き込まれない様にそれぞれ後方へ下がっていたはやてとローラが見守る中、異なる時代で生まれ、
……その一方、ユニゾンデバイスたちの口論もますますヒートアップしていく。
『ンだと、このチンクシャ!? 凹凸皆無な“ちんちくりん”の分際でオトナな“れでぃ~”のアギト様に勝てると思ってんのか! バーカ、バーカ!』
『むっきぃーっ! ゆるせないです! 怒り心頭です! 全身氷漬けな素敵オブジェにして街頭でさらし者にした上で念話のお説教してあげますよ!』
リインが叫んだ瞬間、突如【レヴァンティン】が連結刃へと変形した。
形態変化を命じていないシグナムは驚くよりも早く、リインの怒りに呼応して炎の鞭と化した【レヴァンティン】が自らの意志でローラへと襲い掛かる。
「な……!? これは!?」
『なん……だとぉ!?』
剣の使い手であるシグナムの意志によって制御されたものだったならローラも剣筋を予測できたかもしれない。
だが、使い手の意思に背いた【デバイス】の軌道を読むことは出来なかったようだ。
暴れ狂う蛇の如き刃を防がんと、咄嗟に左手を柄から放して腕全体に炎を纏わせ、巨大なる劫火の腕を具現化、受け止めようとするローラ。
しかし、腕の形成がギリギリ間に合わず、薙ぎ払うように振るわれた炎の鞭をまともに受けてしまう。
バリアジャケットを貫くほどの威力に呼吸が詰まり、意識が飛びそうになる。
『マスター!? くっ……この野郎!』
「くあっ!?」
「きゃあっ!?」
主を傷つけられたアギトの憤慨に呼応して、紅蓮の双翼がユーリの魂翼を連想させる鉤爪へと姿を変え、追撃を咥えようと迫っていたシグナムを弾き飛ばす。防御に構えた氷の刃が一撃で蒸発し、フェイトの一撃にも耐えられる鞘に罅を刻む。
「何と言う破壊力……! リイン」
『わかってるです。 【
リインの魔力がひび割れた鞘へと流れ込み、再び氷の刃が形成された。
軽く振って調子を見、戦闘に支障が無い事を確認すると、体勢を立て直したローラと再び向かい合う。
――剣の技量はほぼ互角。まさかこれ程とはな……フ。私はつくづく運が無い。
志を同じくする味方と言う立場で、好敵手として、戦友として切磋琢磨することが出来たかもしれない……そんな“IF”の可能性を連想して苦笑しかえ――ふと、違和感を覚えた。
記憶の端に引っ掛かる違和感。以前にも素晴らしい友になれるかもしれなかった
(もしや、これが我らの中から消え去ったという参加者との記憶なのか……?)
花梨から聞かされた悲しき現実。友であったかもしれない騎士との思い出を忘れてしまっているという罪悪感が唐突に湧き上がり――嘆くのは今ではないと意識を切り替える。
冷酷かもしれない。いつか、冥府で再会した折になじられるかもしれない。それでも今は……己に出来ることをやり遂げなければならない!
「……リイン。アレをやるぞ」
『ッ!? ……本気、なんですね?』
「ああ。彼女たちに勝つためには、我々も切り札を使う必要がある。だから――頼む」
将の覚悟を感じとり、リインもまた覚悟を決める。身体は小さくとも、彼女もまた夜天の騎士。王のために勝利を掴む。それこそが――彼女たちの役目なのだから!
――何か仕掛けようとしてるなりね。それも相当の……ならば。
シグナムたちから放たれる気迫から奥の手を繰り出そうとしている事を察し、どうするべきか思案する。回避に全力を注ぎ、攻撃直後の隙を狙い撃つのがセオリーかもしれない。確実に勝利を掴み取りためには、冷静に、冷酷に鼓動することが求められる。
……だが、
「そう言うのは性にあわんのやねぇ、これが」
ローラは神算鬼謀の策士というよりも道理を力でねじ伏せる武闘派寄りの人種だ。
カリムが策謀をこらす役割を担っていたからこそ、彼女に足りない武力を身に付けたのだ。
親友の命と世界の未来を救うために全てを費やす覚悟はある。だが、同時にこう も思う。
相手の全力を受け止め、正面から打ち破る事も出来ない輩に、神の試練を乗り越えることなど出来るはずがないと!
ちらりと振り返り、カリムを見る。
「……(コクン)」
「は……流石親友。私の事よく分かってるねぇ。――アギト」
『わかってますって。――【天破壌砕】の発動準備は整ってるぜ……です』
「そいつは上々。んじゃ……やりますかねぇ」
大太刀を逆手に持ち代え、胸元で両手を重ね合わせる。
瞳を閉じ、心の内より紡がれる言葉を紡ぐ。
「『荒振る身の掃い世と定め奉る、紅蓮の絋に在る罪事の蔭』」
それは祝詞。
人ならざる灼熱の神を顕現させるための唄。
限界を超えた魔力を注ぎ込んだ反動で全身が激痛に苛まれる。
それでも想いは揺らがず、ただ勝利を求めて謡う。
「『其が罪という罪、刈り断ちて身が気吹き血潮と成せ』」
瞳を開く。
敵を見据える。
護るべき大切な人の想いを背中で感じ、口端が不敵に攣り上がった。
歓喜せよ。そして確信せよ。
勝利は――我らの元にあり!
「『天破っ、壌砕』――――!!」
炎が溢れた。
灰色の世界を暁色に染め上げ、吹き荒ぶ熱風が肌を焦がす。
顕現せしは異形にして猛々しい紅蓮の魔神。
ねじまがった角、龍を連想させる翼をもつソレは、禍々しい形相から想像も出来ないほどに神聖さを放つ。
「『覇ォォオオオオオオオオオオオーー!!』」
魔神が咆哮を上げる。あらゆる刃をも凌駕するほどに禍々しき牙が立ち並ぶ咢から放たれた咆哮は、凄まじい衝撃波となってはやてとカリムを吹き飛ばそうとする。圧倒的な存在感にひざを折りそうになる己を叱咤し、気丈にも前を向く少女たちが見つめる中、ただひとり闘志を萎えさせぬ剣士の閉じられていた眼が開かれていった。
「天の理すら破壊する断罪の紅蓮か……見事だ。心の底から思う。もし敵ではなく味方としてあったならば――と」
『ですが、事ここに至っては興味なしです。私たちの前に立ち塞がるのなら、全力で斬り捨てるのみ! なのです!』
「ああ、その通りだ。そして如何なる者であろうとも――我ら夜天の騎士の敗北の二文字はない!」
裂帛の咆哮と共にシグナムが飛び出し、高層ビルもかくやという強大なる魔神へと肉薄する。
緋色の世界を切り裂くほどの輝きを放つ魔神の剛腕が、迫る敵を押し潰さんと唸りを上げた。
振り下ろされた拳が大地を穿ち、そこに在るだけで空間を焼き尽くさんばかりの魔力炎を放出する。
「これで終わりにする! ッ覇ァアアアアーーっ!!」
限界まで魔力を集束させることで一回り巨大化した氷炎の双刃が撓り、紅蓮の魔神へと叩き付けられる。
伸びきった巨腕を中ほどから切り落とし、逆の刃で紅蓮の衣を切り裂きながら己を睨み付ける灼眼を目指す。
紅蓮の水晶を思わせる眼の奥、魔神の頭部にローラがいることに気づいていたからだ。
しかし、易々とそれを許すほど魔神は甘くない。千切れた腕が一瞬膨れ上がり、切り口から放出された炎の奔流が再び腕を形成、迫る小虫を払い落とす様にシグナムを横凪に叩き落とした。
「ガ……ぁ!」
最早原形をとどめていない教会の成れの果てを粉砕しながら地面に叩き付けられ、シグナムの意識が飛びかけた。
刹那の硬直を見逃さんと足を振り上げ、踏みつける魔神。だが、肉体のコントロールを一時的に掌握したリインによって攻撃は躱され、逆に無防備な姿を晒してしまう。
『シグナム! しっかりするですッ!』
「……っ、は。ぐ……す、すまん、助かった!」
頭を振り、瓦礫で切り裂いたのか額から流れ落ちる鮮血を手の甲で乱暴に拭い、足元で魔力を爆発させた反動を利用した加速で魔神の身体を掛け上がる。どこまでも抗い続ける姿に苛立ちを感じた二人にして一体の魔神が、禍々しい口を怒りに歪めた。
「『何度も何度も……無駄な足掻を! いい加減諦めろ!』」
「誰が諦めるものか!」
身体を捻り、引き絞った拳を突きだす魔神。足場を失った浮遊感に包まれたシグナムに直撃した拳は人体など容易く粉砕できる破壊の力を宿している。
だが、それでも小さな剣士は抗い続ける。交叉させた双刃で剛腕を受け止め、刃をいなすことで攻撃を受け流していたのだ。
「『無駄だって言ってるのがわからないのか! どう足掻こうと、お前たちに勝ち目なんて無いんだよ!!』」
『勝手に決めつけるなです! 私たち自身が諦めない限り、可能性はゼロじゃないんですよっ!』
相容れぬ思い。
反発し合う主張を体現するかのように、極大の紅蓮と氷炎の剣閃が幾重にも交叉、幾重に激突を繰り返す。
互いに後退はしない。ただ愚直なまでに勝利をめざし、想いと信念を貫き通す。
勝利の二文字をその手につかみ取るために。
だが、どれほど強固な信念を振り絞ろうと、どれほど限界を超えた魔力を引き出そうと、終わりは必ず訪れるものだ。
「【シュツルムファルケン】……!」
「『ッが!?』」
苦悶の悲鳴を上げて、巨躯を構成する炎の輝きがいくらか衰えを見せ始めた魔神が僅かに後退する。
剣戟の最中、何度目になるのか鉄槌の如き剛腕を避けたシグナムが双剣の柄頭を叩きつける様に合一化、弩弓形態へとデバイスを変形させたかと思いきや、彼我距離ほぼゼロの超至近距離で【シュツルムファルケン】を放ったのだ。
もちろん捨て身に近い蛮行を繰り出したシグナムの方にも少なくないダメージが発生している。
だが彼女は、爆風で吹き飛ばされそうになる身体をバインドで強引に空間に張り付けることで、その場に留まる事に成功した。
そう……胸部に風穴を開けられ、ノックバックで激痛に襲われたために隙を見せたローラの懐に。
「――勝機っ! リイン、往くぞっ!」
『りょうっ……かい、ですっ!!』
バリアジャケットの防御を貫き、血肉を焦がされる痛みを歯を食いしばって耐えきって見せたシグナムたちに訪れた最大の好機。
ここを逃せば勝利への道筋が途切れてしまうと本能で察し、残り総ての魔力を刃に流し込んだ。
「受けよ……星々の煌めきを!」
輝く光の刃と化した双剣が振り抜き、打ち付けられるたびにその威力は増し……やがて、目にもとまらぬ嵐の如き連撃へと昇華する。
腕の振りは音速を超え、幾重にも輝く閃光となって紅蓮の魔神を切り刻んでいく。
だが、魔神から飛び散る炎の残滓……それ一つ一つが太陽の如き熱量を秘めた神の炎。
降り注ぐ極大の火の粉に触れる度にバリアジャケットを焼き削られていく。
リインが残された魔力を全力で注ぎこんだ氷の膜でシグナムを覆うものの、焼け石に水……いや、まったく微塵も効果を発揮していなかった。
それでも攻撃の手は緩めない。全身を重度のやけどで傷つけられようとも、喉を焦がされて呼吸が出来なくても、烈火の将はただひたすらに剣を振るい続ける。
神や悪魔すら慄かせるほどの信念と覚悟を以て放たれた技の名は【スターバーストストリーム】。
防御の一切を考慮せず、ただひたすらに敵を切り刻み続けるだけの技とも呼べないかもしれない。
されど、『近づいて斬る』……余計な小技など必要としない達人の一刀はそれだけで強大なる奥義と呼べるもの。
即ち、達人の極みに限りなく近い彼女が振るうことで、単なる乱舞が必殺の奥義へと昇華される。
そう、不退転の覚悟を体現させたこの奥義こそ、彼女の覚悟の証だ。
「っセェイヤァアアアアアア!!」
とどめとばかりに二つの剣を重ね合わせ、逆袈裟に切り上げる。
信念、覚悟、渇望……遍く想いを乗せた一撃は、ついに炎の魔神を両断して見せたのだった――!
大気を震え上げる絶叫が木霊する。ダメージで威容を保てなくなったのか崩壊を始める魔神の燐光が降り注ぐ中、どうにか着地できたところで限界を超えたシグナムが崩れ落ちた。
ユニゾンが解除され、疲労で肩を揺らすリインとはやてが駆け寄る。
限界以上の魔力を振りしぼった反動か意識が朦朧としているらしく、瞳の焦点が定まっていない。が、最悪の事態は避けられたことに気づいたのだろう、はやてとリインの安堵のため息が重なった。
その一方で、深手を負いつつも意識を保てているローラがカリムに支えられながらも、未だ戦意の折れない眼光ではやてたちを睨んでいた。
さすがにあちらもユニゾンを維持する余力は残っていないらしく、分離したアギトが二人を庇うように前に出て、身構えていた。
「まさかロードの切り札をぶち破るなんてな……。ちっと驚いたぜ。だが、その様子じゃあ流石に限界だろ。なら、アタシが引導を渡してやるよ!」
両手に炎を顕現させ、突撃するアギト。
ネコ科を思わせる俊敏な動きは、ユニゾンのノックバックで彼女にも少なくないダメージが刻まれているとは思えない。
動けない家族たちを守ろうと、十字杖【シュベルツクロイツ】を構えるはやてだったが、近接技能を鍛え上げたアギトに叶うはずも無く、容易く片手で打ち払われてしまう。
「あ……っ!?」
「【ユニゾンデバイス】だからって甘く見んなよ、バッテンダヌキ! そんでもってぇ――終わりだ、夜天の主ッ!」
デバイスを弾かれて身体が泳いだはやてに、勝利を確信したアギトの炎を纏った拳が突き刺さる――瞬間、
――【鋼の軛】ッ!
地面を突き破って生まれ出た無数の剣山によって、拳が阻まれることとなった。
「んなっ!?」
「この魔法は……まさか!?」
驚愕と共に双方が振り向くと、地面に拳を叩きつけた体勢をとる男の姿があった。
青い衣と銀色の手甲を装着した褐色の肌と獣のように瞳孔が立てに割れた眼を持つ静かなる武人にして夜天の守護獣。
かの者の名は――
「ザフィーラ!?」
「バカな! どうやってローラの結界を抜けてきたというのっ!?」
「何と言うことはない。結界が発動する以前より、すぐ近くで潜んでいただけの事。……主、お叱りは後程。今はどうか――我が身の勝手をお許しいただきたい」
予想だにしない展開に動揺を隠せないカリムの疑問にそっけなく答えると、一歩を踏み出して赤き少女と向き合うザフィーラ。
必然的に相対する形になったアギトの瞳は、悲しみと困惑に染まっていた。
「……アギト」
「何でだよ旦那……。なんで来ちまったんだよ……」
「決まっている。お前と話をするためだ」
両拳を下げ、戦いの意志を欠片も感じさせない態を晒すザフィーラに気圧されたのか、後ずさるアギト。
知らぬ相手ではない――むしろ、よく知っている存在だからこそ、敵として対峙する決断を降せない。
動揺に揺れる彼女と距離を詰めながら、言葉を続ける。
「俺は不器用なのだ。だからこういうやり方しか知らないし、出来ない。……忠義に厚い汝が恩人である騎士カリムらを裏切ることが出来ないことは承知している。幾星霜の時を経て出会えた主との絆も本物だと理解している。だが、それでも我は求める。――アギト、【ユニゾンデバイス】であることを捨ててはもらえないだろうか」
一人を除いたこの場にいる全員が息を呑む。
唯一の例外であるアギトは、愕然と目を見開き、次いで感情が抜け落ちたかのような能面を浮かべ、ザフィーラを見た。
彼女の誇りであり誉れでもあった【ユニゾンデバイス】としての矜持……それを、『大切な人』であるはずのザフィーラが捨てろと言う。
自分がどれほど主との出会いに焦がれ、渇望してきたかを知っているというのに。
停戦を求めるでもなく、宣戦布告するでもない。
まさか彼は、己を己としている一番大切な根幹を奪いに来たと言うのか。
胸の奥から湧き上ってきたどす黒い激情を誤魔化す様に首を横に振るアギト。縋るように自分自身を抱きしめながら、引き攣った笑みを浮かべて、言う。
「は、はは……いくらなんでも冗談がすぎるぜ旦那。いくら敵同士になっちまったからってさあ……それはいくらなんでも――」
「いいや、本気だ」
きっぱりと、強い意志を込めて断言する。途端、緋色に燃える髪が激しく跳ねた。
「――ッ、ふっざけんなぁああっ!」
【ユニゾンデバイス】として生を受け、拷問じみた研究を受けても自我を保てていたのは、偏に、出会えたロードと共に戦場を駆け抜ける未来を夢描いていたからにほからない。
ようやく果たすことが出来た願いを捨てろと言うザフィーラの言葉は、彼女にとってけっして受け入れることのできないものだ。
怒りと共に放たれた火炎弾がザフィーラへと突き刺さる。爆炎に覆われた彼の姿にはやてが息を呑み、リインが両手で顔を覆う。
だが、アギトの想いが籠められた攻撃を避けようともせず、黙って受けとめるザフィーラが一歩、また一歩と彼女へ近づいていく。
「ち、近よんな……! こっちに来るなあっ!」
アギトの周りを包み込む様に生成された火炎弾が威嚇するかのように燦然と燃え上がる。それはまるでザフィーラの全てを拒絶しようとする彼女の想いが具現化したかのよう。
だが、この男の歩みは止まらない。
牽制とは言えぬ威力と熱量が籠められた火炎弾が立て続けに射出され、ザフィーラに殺到していく。
肉が焼ける臭いが辺り漂う。
外套に近いデザインの騎士甲冑が容赦なく削り取られ、ダメージが蓄積していく。
にも構わず、彼の歩みは止まらない。
「く、くるな……」
「断る」
「もう、近づくなよ……」
「それも断る」
一切を避けようとせず、かといって敵として一戦交えようという気配も無い。
ザフィーラが何を考えてるのかわからなくて思考が定まらず、混乱のみがアギトの中で積み重なっていく。
「何でだよ……! なんでそんなこと言うだよ! 私にとってロードの存在がどんな意味持ってるかなんて、あんたは知ってる筈だろ!?」
「ああ、知っている。お前が騎士ローラと契約を交わした事に歓喜する姿をすぐ近くで見ていたのだからな。……それでも俺は、お前に【ユニゾンデバイス】と言う生き方に捕らわれて欲しくないのだ」
彼女の想いは知っている。
辛い過去の反動で救い出してくれたローラのパートナーとして魂魄まで注ぎ、尽くしたいと言う願いも理解している。
だが、それでも――
「わけわかんねぇよ! 私から【ユニゾンデバイス】としての生き方をとっぱらっちまったら……何も残らないじゃねぇかよっ!」
「いいや、
「そっ、そんなモンに何の価値があるって言うんだ!?」
「価値ならある――」
「は……? ――ッ、な!? あ、う、ぁ、にゃ、にゃにいって……!?」
アギトの頬が『カアアッ』と見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
戦場の真っただ中……しかも互いの主の信念を通せるかどうかという負けを許されない場で告げられたあまりにも唐突な――
「こんな時に……いや、こんな時だからこそ気づいた。お前と言うかけがいの無い存在を戦争で敵対し、永遠に失ってしまうかもしれないと恐れたのだ。それだけは嫌だと、絶対に放したくないと心から想えた。だから――」
口元を抑えて動揺に震えるアギトの前に立ったザフィーラは、黒く焼き焦げた片手をゆっくりと振り上げ――
壊れ物を扱うかのように優しく、アギトを抱き寄せた。
紅玉のようなアギトの瞳が限界まで見開かれる。
ザフィーラはもう片方の手を彼女の腰に回して二度と放さないとばかりに抱き締め、言った。
「共にいてほしい。
これこそがザフィーラに主の命令――治療に専念せよという旨――に背いてまでこの場に駆け付けた理由。
寡黙な守護獣であった彼に芽生えた初めてかもしれない……欲望。
『大切な人と共にいたい』
溢れる涙を拭う事も出来ず、ザフィーラの腕の中にいるアギトがぎゅっと自ら抱きついた。
嗚咽まじりにザフィーラを見上げ、聞く。
「あ、アタシはっ……見かけによらないけどめんどくさいぞっ」
「ああ、知っている」
「しょっちゅうロードから食べすぎるなって怒られるくらい甘いもの好きな食いしんぼだし! 料理とか裁縫とか……女らしいスキルゼロなんだっ」
「うむ、それはこちらも同じことだ。でも、一人では無理でも“二人”なら何とかできると思うぞ?」
暗に愛の共同作業的な台詞に心臓が破裂しそうになってしまったが、緩みそうになる口端をどうにか堪える。
まだだ。まだ足りない。そう簡単に【ユニゾンデバイス】としての生き方とかロードとの絆とかを反故に出来る訳がないのだ。
だから、求める。
『烈火の剣精』でなくなる己を本当に求めてくれるのか、確信が欲しいから。
「アタシにだって信念ってのがある……絶対に
「無論だ。信じろ。我が主は傲慢なる暴君などではない。あのお方はここに戦うために来たのではない。――過ちを犯そうとする“友”を救いに来られたのだ」
どれ程言葉を重ねても不安を隠せないアギトの頭を優しく撫でながら、ザフィーラは思いの丈を告げた。
「我は“盾の守護獣”。不安も恐れも怒りも……全て受け止めてみせよう。だから――信じてはくれないか?」
「……その聞き方、ずりぃよ」
拗ねたように唇をとがらせてしまう。
恋人の何時に無く真剣な表情に『きゅん』としてしまうのを抑えられない。
戦争開始の少し前、アギトとザフィーラの関係を知っていたカリムたちから、自分の好きな様に、愛しい殿方のところに行っても構わないという言葉を貰っていた。彼女は忠義を通すために教会側に残ったのだったが、その後も、もし心変わりしたら望む様にすればいいと言われている。
ここで恋人に身を委ねてしまっても、彼女たちは決して怒りはしないだろう。
人々を救い、手を差し伸べる――生きたいと言う彼らの願いを叶える――ために起ったからこそ、アギト自身の幸せを否定する真似は出来ないから。
「……しょーこ」
「ぬ?」
「
夜天の主に確認するでもいいし、自分を大切にする証でもいい。
とにかく、信じるに足るという確証が欲しかった。
ザフィーラはしばし熟考した後、おもむろにアギトの顎に手を添えて――
「――っ!?」
唇を塞いだ。
もちろん――ザフィーラ自身の唇で。
無骨で、すこし硬さのある男の唇の感触。
鼻孔を擽る、嗅ぎ慣れた匂い。
不器用な己の想いをアギトに知ってほしい。そんな願いを込め、唇を通して己の想いを注ぎ込む。
「んっ……ふぁ……」
数秒後、ゆっくりと唇を離し、蕩けた様な表情のアギトをもう一度強く抱きしめながら、
「必ず幸せにする――これが、我の『覚悟』だ」
かつてない真剣な表情で告げたのだった。
――◇◆◇――
「カリム、見てみい。守護獣と【ユニゾンデバイス】、超異色のカップリングかて心を通じあわせることができるんや。それはアンタだって例外やない。参加者とか非参加者とか下らん枠組みにこだわるのはもうやめえ」
涙を流すアギトを抱きしめるザフィーラの懇願するような視線を受け止めたはやては、急展開についていけず呆然とした様子のカリムへ話しかけた。
「アンタは何でもかんでも抱え込みすぎたんや。世界が滅ぶって知らされ、自分に未来が無いから自分自身が絶望しないために戦う目的を求めた。人間の自分にしか儀式と無関係の人たちを救えないって思い込み、花梨ちゃんや宗助たち儀式反抗派すら拒絶したっ。アンタのやってることは、無関係だった人たちまで強引に巻き込み、いたずらに被害を増やしただけやろ!」
「なんですって……! 参加者でもない他人の分際で、知ったような口を利かないで! 何が儀式反抗派よ、彼女たちがどれほどの成果を出せていると言うの!? 日常を気ままに謳歌してるくせに、
カリムの言葉もある意味で的を得ている。
花梨たちは基本方針として儀式を監視しているであろう《神》側の何者かがこの世界に潜んでおり……しかも、戦いの経過を確認するために身近に潜んでいる可能性が高いと推測していた。
故に、表立った探索は相手側に気づかれる可能性が高いと判断、表向きは日常を謳歌するように見せかけつつ、その裏で地道な調査を行っていたのだ。
探索魔法のエキスパートであった葉月が敗退してからは捜査の効率が下がっていたのは否めないが、それでも何もしていなかったわけではない。
結果として監視者の特定には至らなかった物の、堂々と翠屋ミッド支店(要は花梨の住居)に来店してきた『さいきょ~一家』に監視者探索についてにみだが協力体制を敷くことにも成功しているので全く何もしていなかったわけではないのだ。
とは言え、確たる成果と言う結果を出すことが出来なかったのもまた事実。
裏仕事まで調べることが出来ず、事情を知らないカリムが、花梨たちを信用できないと考えるのもある意味当然の結果だったのだろう。
「アンタを追い詰めるきっかけを作った《神》さまとやらの言葉を信じ込んで、戦争なんておっぱじめた奴の言える台詞かいっ! どんな綺麗事を掲げた所で、人の命を奪う行使に走った時点で、正義を名乗る資格なんてないわっ!」
はやては厳しい表情で胸の内を吐露するカリムを見つめた。
花梨と自分の間には十年来の友人として積み重ねた信頼がある。
彼女が無為に毎日を過ごしている訳がないと信じることが出来てしまうからこそ、直接的な交流が無く、人伝にしか花梨たちのことを知らないカリムに『何も疑わずに信用しろ』というのは酷というモノかもしれない。
けれど、たとえそうだとしても……
「大体なあ、どうしてアンタは……ッ! 私に相談してくれへんかったんや! 一人で抱え込まんで、花梨ちゃんたちの事とか儀式の事を知っとる私を、どうして頼ってくれなかったんや!」
「頼る!? バカを言わないで。参加者の仲間を全面的に信用しろだなんて「アホンダラ!」 ッ!?」
はやての怒声がカリムの言葉を遮る。
何時にない激情を顕わにするはやてに気圧されたように息を呑んだカリムの目に、悲しみを浮かべたはやての顔が飛び込んできた。
「参加者の仲間とか、管理局の魔道師とかそういう話やないっ! ――ただ、『友達』としての八神 はやてが信じられへんかったんかって聞いとるんやっ!」
「――ッ!?」
カリムが言葉を失う。面と向かって叩きつけられた、強い意志が籠められた言葉。
やるせない怒りと悲しみをひしひしと感じさせるはやての言葉に偽りはないと直感する。
だからこそ気づいた。
“はやては参加者の仲間”
妹のように感じてもいた彼女のことを、どうしても色眼鏡で信じきることが出来なかった自分自身の弱さに、今更ながら気づかされてしまったのだ。
ぐらり、とカリムの身体が揺れる。
耳触りの良い主張で覆い被し、ずっと目を背けてきた自身の行為の本質……なんてことはない、結局はカリムも自分が消えたくないから他の参加者を蹴落とそうとしていただけだったのだ。
自分に力が無いから無関係な者を巻き込み、消えたくないから他者の力を頼る。
はやてとの友情を無かったものとし、話もせずに相容れないものと断じ、目を背けてきた。
総ては、自分自身の弱みを見て見ぬふりしたが故に。
皆のため、世界のためだと自分に言い聞かせていた目的の根幹にあったものは、どこまでも人間臭い自身の願望だったことを自覚し、蒼白な表情になるカリム目掛け、はやてが袖で涙を拭いながら駆け出した。
デバイスを投げ捨て、無手となって瓦礫の散乱する戦場を駆け抜け……
「カリムゥウウウッ!!」
「っな!?」
片手を振り上げ、拳を握りしめる。骨が軋むほどに強く、強く、強く――!
「歯ァ喰いしばりやぁああああっ!!」
デスクワーク主体の部隊長とは思えぬ堂に入った構えから限界まで引き絞って放たれた拳が唸り、カリムの左頬へ突き刺さった。
「ええか、このアホッ! 《神》さまになれへんとか世界の崩壊とか、自分一人で何でもできるなんて思い上がるのはやめい! そんなん出来るのは、どこぞのドS最強さんとか外道天災ぐらいやっちゅうの!」
酷い言い草だが的を得ている。
個人の力で世界の在り様を変える様な真似を実行するには、彼らレベルの実力が必要だろう。
「大体アンタ、今だって女狐とかザフィーラのお嫁さん(仮)とかいろんな人に助けてもらっとるんやろが! だったら、今度は私らとか参加者も頼ってみいや!」
「ぐ……っ、頼ってどうするっていうのよ! 貴方も言ったじゃない。殺し合いを肯定する化け物どもが二人もいる以上、手を取り合って儀式を中断させるなんて不可能なのよ! 例え刻限まで逃げ切ったとしても、その時は世界の崩壊に巻き込まれて全員死亡! 貴方たちが言ってる儀式の“ルール”を改変させる策だって、一番重要な監視者の正体が不明なままなんでしょ! ……だったらもう、戦って勝ち残るしかないじゃない!」
「それでも……っ、それでも可能性はゼロやない! それに、確かに監視者の正体はまだわからへんけど、次に姿を現す予測はついとる! だから――逃げるな!」
自分がどれほど残酷なことを言っているのか、はやて自身も十分に理解している。
それでも最初からあきらめていたら何も得られない……そんな考え方はただの逃げだ。
運命に抗うことを諦め、儀式を肯定するという妥協を受け入れる必要などない。
奇跡は起こせる、他の誰でもない……人の手で。それを自分は知っている。だから諦めない。
自分たちはいつだって、理不尽な現実に抗い続けてきたのだから。
「――それでも、どうしようもない事はあるのよ……」
殴られた頬を抑えて俯きながら、ぽつりと本心を零す。
「そいつは“カリム一人なら”の話やろ。だから、“皆”で考えたらええねん。刻限まで、まだ数か月残っとるんやからな」
「……楽観にすぎるわ」
「悲壮にくれて、戦争ぶっぱじめるようなバカよりはマシってもんや。そもそも、私らの人生はまだまだこれからなんや。《神》さまだろうが何だろうが、私らの未来を奪うことは絶対に許さへん」
「……そっか」
“妹”の楽観さが写ったのだろうか?
それとも、彼女たちなら信じていいと思えてしまったからか。
「あ~あ、負けちゃったか」
ザフィーラの上の中から心配げに見つめてくるアギトがおかしくて小さく吹き出し、最近笑顔を見れていなかったローラが不思議そうに首を傾げた。
クスクスと零れそうになる含み笑いを堪え、今頃になって殴った拳の痛みに悶絶している“妹”を見やる。
「宣戦が開かれた以上、例え私が停戦を命じたとしても簡単には止まらないわ。特にドクター・スカリエッティ一派は独自に動きを見せるでしょう。おまけに参加者同士の戦いも起こるだろうし、きっと激しい乱戦になるわ」
「ええよ。そいつを止めるのも私らの役目なんやから」
「……ほんとうに強いわね、はやて」
「おうよ」
力と覚悟を示し、修羅の道を突き進まんとした友を止める。
目的を果たした事を満足げに胸を張りながら、解除されていく結界障壁の向こうで手を振る義娘たちに手を振り返すはやてだった。
――◇◆◇―ー
はやてたちがカリムの戦意を削いだことで一応の決着を迎えていた一方、彼らの遥か上空から飛来する巨大な物体が存在した。
大気の摩擦で赤熱した鱗は冷たい空気に触れることで本来の黄金色の輝きを取り戻し、航空機の機首のように前方へ伸ばされていた三つ首が擡げられ、己が背に騎乗する主へ声をかける。
『……大気圏突入成功ですお館様。お身体に問題は御座いませんか?』
「ん――平気だ、問題ない。……さて、教会まで降下するのにどれくらいかかる?」
『そうですな……五分もあれば十分かと』
「そいつは上々。なら、さっさと“ⅩⅢ”を始末してクラナガンに向かうか。――あ、ついでに“ⅩⅠ”や“ⅩⅡ”の小僧共も排除しとくべきかな」
天敵を文字通りの意味で消滅させて帰還を果たした黄金の龍神の感覚は、半壊した聖王教会内部にいるカリムの気配を寸分の狂いもなく捉えていた。
遂に本格参戦、謎のシスター改めアギト嬢っ!
ハイパー銭湯のザッフィー彼女持ちコメントとか、討論会前の教会デート(狼モードで)、教会が違法研究施設を襲撃して成果を強奪していたというカエデ君の発言すべてが、アギト嬢の教会シスターフラグだったのです(ドヤァ)。
……アギトちゃんはいないの~? 的な指摘が皆無だったのは、皆さんが彼女の正体に気づかれてたらだったりします(汗)?
ま、散々引っ張った挙句、ザッフィーとのラヴシーンでイベント消化しちゃいましたけどね。
シャナちゃん化したローラvsシグナム(アナザーフォーム)とか、なのは二次のお約束、はやてのOHANASHIとか詰め込みすぎな気もしないでもないですが、まあいいかなと。
ちなみに何であの二人(?)がくっついたかと言うと、はやてとカリムが予言関係で密談する際、気を使って席を外していたお互いがなんとなく気になってそのまま……的な流れがあったのです。
主のために心血を捧げる気質は相性抜群だと思うんですよね~。
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機械と人の境界線
今回は、フォワード陣VSナンバーズ そのいち。
彼女たちの戦いを説明文で終わらすわけにはと気合を入れた結果がこのザマです(失笑)。
それと、これだけは言わせてくださいませ。
――カゲローはカリム嬢嫌いじゃないですよ? むしろ好きな方と言うか。
ただ、凛としつつちょい天然な金髪お嬢様系シスターとか実にいぢめ……もとい、弄りがいがあるので、ついついやりすぎちゃうというか……。
あの娘が弄りセンサーを刺激してくるからいけないんですっ! (超爆)
「はぁ……これからどうしたものかしらね」
あれ程凄まじい戦闘の痕が欠片も残されていない教会の執務室で、淑女としてはしたないとは思うものの、まあいいかと脱力するように手足を投げ出すように寝転がるカリム。
傍らには、深く信頼する友人であるローラが膝を抱えながら座り込みつつ、カリムの顔を見つめていた。
この場に残っているのは、はやての言葉で信念を折られてしまったカリムと満身創痍のローラのみ。
はやてたちはすでにここを立っている。
彼女たちの戦いはまだまだ終わっていないのだ。
敵指揮官の無力化に攫われた非戦闘員の救出と言う任務を果たして合流したはやてたちは、消耗したシグナムの手当てをすませると、とってかえす勢いでクラナガンへと飛び去って行った。
拘束しなくていいのか? という疑問に、「そんなんしとる暇はない」と断言したはやてはやはり甘いと思う。
とはいえ、戦意を消失したアギトも彼氏に引っ付いて行ってしまったし、主にどっかの最強さんが暴れまくってくださったお蔭で通信機や転送装置の類が完全に破壊され尽くしている現状、戦う力を奪われた彼女たちはまさに孤立無援。いまさら無駄な足掻きをしようと言う考えも浮かばないこともあり、戦争が終結するまでここに残ることを約束して現在に至る。
「護衛騎士は全滅。私らだけじゃあ何もできないってことなりね~」
「というか、私的にははやてについていった方が良かったかもしれないわね。龍喰者に“Ⅰ”を封印させてるとは言え、いつ復活してくるかわからないもの……」
「あー、やだやだ。チートって敵に回すと本当にメンドーなりね」
「まったくよ。……って、あれ? そう言えばあの子はどこにいるのかしら?」
軽口を叩くローラに相槌を打とうとして――ふと、気づく。
ここには、自分たち以外に“もう一人”いたことを思い出したから。戦う力も特殊な能力も一切持ち合わせていない、無力で、けれど誰よりも優しい女神である少女。安全のため、ミッドから離れていてほしいという自分たちの懇願を笑顔で否定した彼女のことを、どうしていままで忘れてしまっていたのか。
「ねえ、ローラ。あの子がどこにいったか知ってる?」
自分以上の熱烈な愛情表現を顕わにしてあの子にご執心だったローラが、さりげなく安全な場所へ避難させたのだろう。この時のカリムは、そう信じていた。過保護なローラが独断でやらかしてくれたから、自分の耳に届いていなかっただけなのだと。
でも。
「
「え……? ちょ、何をふざけてるの」
「ふざけるとか言われてもねぇ。う~ん……いや、やっぱり心当たりないわ~。あの子ってそもそも誰?」
きょとん、としか言えない表情のローラに言い知れぬ恐怖を抱いてしまう。
物心ついた時から共に過ごし、志を同じくする仲間にして親友である彼女の事を忘れたというのか。
「誰って……そんなのもちろん――ッ!?」
“思い出せない”。
記憶が霧がかったようにぼやけている――訳ではない。
過去の思い出も、革命に至った道のりも、自分が積み重ねてきた記憶の中に記されていた筈の『彼女』に関する記憶だけが切り取られたかのように欠落している。
「そんな……!? 一体何がどうして――!?」
言い知れぬ恐怖に怯えた声を上げようとした瞬間、どこかで聞き覚えのある、けれど耳馴染みの無い声に悲鳴が遮られることになった。
《おややぁ? 参加者クンの記憶は完全に消えないのかな~?》
「っ!?」
声をかけられるまで、カリムもローラも『ソレ』の存在に気づけなかった。
執務机に腰掛け、足を組みながら愉快そうにカリムたちを見下ろす『ソレ』は、そこにいるのが当然であるような印象を見る者に感じさせる。
それほどまでに違和感を感じさせない希薄な雰囲気を醸し出していた。
少年のように小柄な体躯。一見するとどこにでもいるような小学生かと錯覚してしまう姿。
だが、幼い見かけには似合わない高級感あふれる法衣を纏い、頭上には煌びやかな金色の王冠が天使の輪の如く宙に浮かんでいる。
床に着いてしまうほど不釣り合いなマントを肩にかけた『ソレ』は、困惑するカリムとローラへ見せつけるかのように懐から取り出したある物を掲げた。
《くふふ、これな~んだ?》
「そ、れ……は……。どうし、て、あなたが」
取り出されたのは一冊の書物。カリムの記憶を鮮明に記し、特殊な預言書として教会内で公表していた“
僅かに残されたカリムの記憶が確かなら、これは彼女が持っていたはずの――……!
胸中に浮かんだおぞましい予測に冷や汗を流すカリムの反応がツボに入ったのか、腹を抱えてケタケタと
そう――嗤っているのだ。まるで、手足をもぎ取った虫が地面をのたうつ様を観察するかのように。
カリムを自身よりも遥か格下なムシケラだと見下しきっている、どこまでも深い悪意に塗れた顔で。
《アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! イイ! 実にイイ表情だねェ! そうだよ、その顔が見たかったんだ。だからこうやって、『遺品』をわざわざ持ってきてやったんだからね》
「なにを、した……! あの子にッ、何をォ!」
《え? “贄”になってもらっただけだけどォ? それが何かァ?》
“贄”。コイツは確かにそう言った。聖職者として、その単語の示す意味を的確に見抜き――いや、違う! そんなはずがないと自己否定する。
だが、恐怖にかられる表情で首を振るカリムの僅かな希望も、加虐的な狂笑を貼りつかせたソレが容易く打ち砕く。
《知ってんでしョ~? “贄”っつったら一個しかないじゃ~ん。そ・れ・は・ァ……人柱ァ! またの名を生贄ちゃんどぅえ~すっ♪ シスター名利に尽きるってモンだよ。ヤッタネ♡》
「――――ッ!!」
《ワォ♪ 声なき悲鳴とはナイスリアクション! いや~、君のその顔を見るためにいろいろ仕込んでおいて正解だったよ~。え、仕込って何ってかい? う~ん、ネタバレは速すぎる気がしないでもない――け・ど。特別におしえてあげまっしょ~。ひゃっは~♪》
カリムに憎悪の形相で睨み付けられているというのに、欠片も堪えていない様子で愉悦を顕わにする。
見紛うこと無く、現状を心の奥から愉しんでいる口ぶりで、聞かれてもいない情報を流舌に語り始めた。
曰く、
《“ⅩⅢ”が
《ああ、あの小娘? アレならここにいるよん♪ え、見えないって? もう、だ・め・だ・ゾ、お友達にそんなこと言っちゃあさぁ。うん、気づいたようだね。そう! 《神》であるボクがこの世界に顕現させるための器になって貰ったのでしたぁ~。肉体と魂を~、霊粒レベルで分解してぇ~ボクの存在に作りかえたのだっ。ていうか、ボク降臨の前兆で性格がおかしくなっていってたの気づいていなかったよね? よね? まったくもぉ、それでもお友達なのかにゃ~?》
《てかさ、《神》サマ印のデバイスまで用意してやったのに、
《『お嫁さん』も無駄な努力を頑張ってたよねぇ。ま、“
つらつらと流れ落ちる滝水のように真実と言う名の悪意が吐き出されていく。
相手を傷つけ、痛めつけるための言葉を選択しているのではない。
《神》を名乗るこの存在が心の底から感じた事、思い浮かんだ言葉をただ口に出しているに過ぎない。
そう、まさに言葉に言い表すことも叶わぬ悪党。
他者を睥睨し、嬲り、グチャグチャにすり潰す行為そのものを心の底から愉しんでいる最低にして最悪の外道――!
「下種が……!」
《下等劣悪種に何を言われてもどうと言うこと無いのよぉ~。ま、道化としてはそこそこ楽しめた方なんだけどさぁ~……『ヤツの後継者』を覚醒させたのはちょ~っといただけないよねぇ》
童を彷彿させる大きな眼がギョロリ、と蠢いた。奈落の底を彷彿させる淀んだ闇色の瞳は何処か作り物めいていて、まるで出来の悪いビスクドールが動いているかのような印象を見る者に与えてくる。腰掛けていた机から飛び降り、両手をズボンのポケットに突っこんだまま、カリムたちを追いつめるようにゆっくりと近づいていく。
粘ついた悪意で場が支配される中、全身を襲う痛みに抗いながら
《ま、い~さ。玩具が刃物に変わった程度で、支配者であるボクを
返答を待つことも無く、情けを掛けることも無く。
無造作に振るった指先が虚空に線を描き、滑らかな乙女の喉が容赦なく切り裂かれた。
鮮血が舞い踊る室内に、ケタケタケタと嫌悪感しか感じさせない嗤い声がいつまでも木霊していた。
――◇◆◇――
――時は僅かに遡る。
はやてがカリムを力でなく言葉によって制していたのと同じ頃、戦場と化したクラナガンのハイウェイを疾走する『青』と『紫』の影が存在した。
先鋒部隊の一角を任されたスバルとギンガは、都市の外れで接敵したガジェット軍団と正面から相対している海・地上所属魔導師による混合部隊から離れ、独立した作戦行動をとっていた。
無論、功を焦って独断で行動している訳ではない。彼女らは作戦開始前の指揮官はやてより受けた指示を思い返す。
『ええか皆。敵はダークさんの奇襲で戦力が大幅に減少しとる。けど、それはあくまで聖王教会限定での話や。スカリエッティ陣営はほぼすべての戦力を浮上した【ゆりかご】に集結させとる。つまり、ガジェットや戦闘機人はほぼ無傷と考えたらええ』
【ゆりかご】浮上の後、フェイトを隊長とした先発隊でスカリエッティのアジトらしき施設へ潜入調査を実施したが人の気配は全くなく、残されていたのは破棄された研究設備の残骸のみ。
他のアジトと思われる施設も軒並み調査を行ったが結果は空振り、ものの見事にもぬけの殻だった。
これらの調査結果から、スカリエッティ陣営の全兵力は【ゆりかご】内部に集結されており、主犯格のスカリエッティ兄弟も【ゆりかご】へ直接乗り込んでいる可能性が高いと結論づけた。
この推論から攻略対象を浮上を続ける【ゆりかご】とクラナガン西方にある教会――聖王教会の前線基地――に決定。軍勢で襲撃してくる敵勢力を魔導師部隊で迎え撃ち、ストライカー級の突出戦力で的中枢を撃つ作戦を立てた。
本来なら海・地上双方の高ランク魔導師による部隊を宛がう予定だったのだが、地上のエースたるゼスト隊は金ぴかドラゴン一家に
故に、“エースオブエース”高町 なのはが所属する機動六課が首級を取る反撃の刃の役目を任されることとなった。
「最後にもう一度だけ確認しとくわよスバル。私たちの役目は?」
「陽動だよねっ」
「まかせてよ!」 と言わんばかりにイイ笑顔でサムズアップを決めてくれる妹に苦笑を返しつつ、これほどの大作戦にあって平常心を保てている妹の成長にほんのり感動するギンガ。もし今が平時であれば、目尻に涙を浮かべて撫でくりまわしていた所だ。
「はい、正解。【ゆりかご】内部へ突入するなのは隊長、フェイト隊長、ヴィータ副隊長の露払いとして道を切り開くのが私たちの任務よ」
敵がガジェットの大軍に非ず。戦力の中枢である戦闘機人の襲撃も十分に予測される。
彼女たちの注意を少しでも自分たちに集め、別方向からアプローチをかける隊長陣の援護を行う。
迅速に活路を築くために速度を求められる先鋒部隊にローラーブーツの高い機動力を有する彼女たちが配属されたのは、ある意味当然の人選だった。
「……ッ! むこうも始まったみたいね」
遠方から響く断続的な地響きのような轟音が鼓膜を打つ。
魔導師部隊が戦闘開始した証だ。
「ギン姉、私たちも急がなきゃ! 後詰のティアたちよりも先に、少しでも【ゆりかご】との距離を詰めないとっ」
「ええ――ッ!? 上!」
姉の警告と同時に地面を蹴り、横っ飛びに跳躍。
直後、スバルの頭部があった場所を鮮血のように妖しい輝きを放つ光が切り裂いた。
髪の毛が数本ほど宙に舞い、あと僅かでも回避が遅れたら胴体と頭部がお別れしていたことだろう。
ぶわぁっ、と産毛が逆立ち、瞳孔が混乱に揺れる。
それでも即座に体勢を建て直し、油断なく襲撃者に向かって構えを取る様が、スバルの成長を物語っていた。
襲撃者は「チッ!」 と露骨な舌打ちをとりつつ軽やかな体捌きでアスファルトの上に着地する。
燃えるような真紅の髪、冷徹な殺戮兵器としての色を映し出す金色の瞳。下肢には【リボルバーナックル】と同系統の機構を内包したリボルバーシューズ。顔立ち、雰囲気がどことなくナカジマ姉妹と似通っている少女……戦闘機人が一人、名を『ノーヴェ』。
そしてもう一人……、
「先行し過ぎだノーヴェ。やる気があるのは良い事だが」
「う~、こんな時までお説教は勘弁だぜチンク姉ぇ」
銀色の髪と小柄な体躯からは想像もつかない強者の雰囲気を放つ戦闘機人『チンク』が、妹に続く様に降り立った。
軽口を交わしながらも油断の一欠けらも見せない二人組を前に、スバルは確信を以て姉へ問いかける。
「ギン姉……この子たちって」
「ええ――戦闘機人よ。数が二人だけっていうことは個別に動いているのか、それとも……最初から私たちの狙いを見抜いていたか、のどちらかね」
言いながら、ギンガは間違いなく後者が正解だろうと小声で呟く。
戦闘機人たちの表情は哨戒中に偶然敵を察知して駆けつけてきた者のそれではなく、明らかに自分たちの存在を確信し、万全の体勢で迎え撃とうと言う者のソレだったのだから。
確信じみた推察を確定させたのは、敵方の上位者と思しき銀髪の少女の発言だった。
「ふん――当然だ。貴様らの浅はかな策略に気づかないとでも思ったか。ひとたび浮上した【ゆりかご】は文字通り『空中の要塞』。陛下のお力で艦隊砲撃すら無効化できる防御機能を実現した【ゆりかご】を止める方法はたった一つ、AMF下でも戦闘可能な少数精鋭を内部に送りこんで動力炉か機動の鍵である陛下を直接叩くほかにない。だが、【ゆりかご】突入のメンバーには必然的に空戦能力を求められる。ならば、空を飛べない貴様ら六課フォワード部隊が囮になり、我々の兵を出来る限り引き付けようとするのは自明の理と言うものだ」
「けっ。まあ、その辺の雑魚じゃあ鉄屑共の相手が関の山だからな。教会の奴らもそれなりに使えることだし、私らがテメーらを始末するのも当然ってなわけだ」
敵が戦力を分散すると言うのなら相応の対処を取ればいい。
適役の戦力を配置し、万全の態勢で迎え撃つ。その結果がこれ。
Sランク相当のチンクと彼女から指導を受け、相性もいいノーヴェとコンビを組ませて機動力の高いナカジマ姉妹――タイプゼロ――を迎え撃つ。
これこそがスカリエッティの策。戦闘兵器として最新型である娘たちの前に無残に散るであろう旧型へのせめてもの手向け……。
「ドクターからの伝言だ。『せめて
「……へぇ? 言ってくれるわね」
ビキリ! と極太の青筋がギンガのコメカミに浮かぶ。
スバルの瞳が荒ぶる激情に呼応して戦闘兵器のソレ……彼女らと同じ金色の輝きを放つ。
「タイプゼロ・ファーストにセカンド。お前たちは所詮、新たな時代を象徴する兵器を生み出すための実験体にすぎん。陛下とドクターが創る未来に古き時代の産物など不要。よって――」
「テメーらまとめて、ここでぶっ壊れろって訳だ!」
昂る戦意を叩きつける様にノーヴェが吼える。
と同時にコートの内側から引き抜いたナイフを指の間に挟み込み、躊躇なく投擲するチンク。
予定していた通りの先制攻撃。
これで倒せる可能性は低いものの、今までに収集した彼女らのデータから少なくないダメージを受けるであろうと確信を抱いた速攻。
しかし、彼女たちは侮っていた。ナカジマ姉妹が……人間が持つ可能性、如何なる演算装置であろうとも完全に予測することが不可能な『成長力』を。
兵器としての自負を持つが故に戯言と切って捨てていた『人間』の持つ可能性がというモノなのか、彼女たちはその目に焼き付けることとなる。
「ずいぶんと甘く見られたもの……ね!」
迫るナイフの前に立ちはだかったのはギンガ。
戦闘機人が持つ特殊能力“IS”、チンクがナイフ使いであると理解した瞬間、彼女の“IS”がナイフを起点として発動する遠隔操作型の能力であると看破する。ならば、障壁で受け止めるのは悪手。刹那の間に敵戦力の分析を終わらせた彼女の反撃の一手は単純明快なもの。
それ、すなわち――
「っな!? ナイフ全てを同時に粉砕するだと!?」
粉々に打ち砕いてしまえば事足りる。チンクの能力は金属を爆破させるという極めて殺傷能力の高いもの。
しかし、粉微塵にまで粉砕されてしまっては爆破の威力は微々たるものでしかない。
故に、ギンガの実行した対処は最良の一手と呼べるものだった。
「なんて奴だ……初手でチンク姉の攻撃を完璧に捌きやがった!」
チンクが敵の技量と危険度ランクを上方修正する一方で、しなやかな四肢を縦横無尽に振るって十を超えるナイフを単なる打撃のみで破壊して見せたギンガに、格闘術を主体とするノーヴェが感嘆を声を上げてしまう。
たった一手であったが、それだけでギンガが荒々しい獣の如き俊敏さと機械のように正確無比な繊細さを兼ね揃えた優秀な戦士であると理解させられたからだ。
積み重ねてきた実戦での戦闘経験、ギンガの骨子となっているソレはまさにノーヴェら年若い戦闘機人には持ちえない強力な武器だった。
悔しさで歯噛みする妹に、指導役にして姉であるチンクから叱咤が飛ぶ。
「ノーヴェ、なにをぼさっとしてる! 追撃を!」
「っく!? わ、わかってる――よぉ!」
叫びつつ、跳び出すように駆け出したノーヴェが逆立ちするように上肢を捻り、骨肉を砕かんばかりの速度と威力を込めた蹴撃を残身途中のギンガへ向けて放つ。ギャリギャリ、とローラーブーツが唸りを上げてギンガの頭部へと迫る。だが、ギンガの顔に焦りはない。
スケーターがターンを決めるかのように軽やかなステップで半身をずらし、妹への花道を開く。瞬間、『紫』と交代するように跳び出した『青』が迫る『赤』を迎撃する。
「っだあ!」
「っらあ!」
ぶつかり合うスバルの豪拳とノーヴェの撃蹴。唸りを上げるローラーが交差し、耳障りな金属音を鳴り響かせる。
拮抗は一瞬、両者の放った一撃に内包されていた魔力が反発し合い、互いにはじけ飛ぶように後方へ吹き飛ばされる。
粉塵を巻き上げながら着地する妹の位置を気配で把握しつつ、チンクの追撃を警戒したギンガが一歩前へ出る。
無駄な力を込めず、脱力したように見える自然体な構え。いかなる奇襲であろうと受け流し、反撃できる『静』の武を極めし者の姿がそこにあった。
「ぬかったな……。ノーヴェ、認識を切り替えろ。奴ら、予想以上に
後方へと跳躍し、血に飢えた獣の如き唸り声を上げる妹の隣に降り立ちながら呟くチンク。
彼女の言葉に込められていたのは紛れも無い称賛。
所詮は旧式、戦闘機人の雛型でしかないという驕りを抱いていた己を恥じ、好敵手と認めた戦士をたたえられる高潔さからくる本心だった。
“IS”を十全に生かし、戦術の中核とする自分たちとは違う、能力に頼るのではなく戦闘機人の強固な肉体を
――ふ。この胸の滾り……ドゥーエやクアットロあたりに聞かれれば鼻で嗤われてしまうかもしれないな。
だが、
根っこを同じ起源としておきながら、全く別の人生を歩き、相対することとなった強敵。
最高の戦闘兵器たるナンバーズの一員として、一人の
ギンガを見据えつつナイフを再び構え、高揚と愉悦に口端を吊り上げるチンク。
しかしその一方で、彼女とは全く別の感情を抱く少女が存在した。
言わずもがな、ノーヴェである。
敬愛する姉に打倒すべき敵が認められたという事実を受け入れられるほど、彼女の精神は成長できていなかった。
ただでさえナカジマ姉妹を
――ふざけんな……! 誰がテメーらなんかを認めてやるもんかってんだ!
ガンッ!
片腕をついていたアスファルトへ拳を振りおろしつつ立ち上がったノーヴェは、まさに鬼の如き形相。
殺意すら滲ませる視線を向けられたことに眉を顰めるにとどまったギンガはまだしも、そう言う視線を向けられた経験が薄いスバルは戸惑いを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと……そんなに睨まれる覚えはないんだけどっ?」
故に、どこまでも素直で愚直な心根の持ち主であるスバルが思わず問いかけてしまったのも当然とも言えるだろう。
だが、どうしてノーヴェが怒っているのか、純粋な疑問からくる問いかけは、当人の神経をこの上なく逆撫でする一手になってしまった。
眼光の剣呑さが二割ほど増し、唾を吐き捨てる様にノーヴェが応える。彼女の苛立ち、その理由を。
「気に入らねえんだよ……テメーらの何もかもがな。おい、ゼロ・セカンド。私とテメエ、似てると思わねえか?」
「え……?」
言われ、マジマジとノーヴェの顔を見つめてみる。
言われてみれば確かに、顔のパーツや根本的な雰囲気といった物がどことなく似ているような気がする。戦闘機人だからというのは理由にならない(すぐ間近にチンクといういろんな意味で『ちっちゃい』例がいるのだから)。
と言うことは――まさか!?
「けっ、ようやくわかったようだな。――ああ、そうだよ。私はテメーら姉妹とおんなじ遺伝子情報を元に生み出されたんだよ」
「じゃあ、君もクイントお母さんの……!」
「ああ、そうだ。だが姉妹だなんてトチ狂っても口に出すんじゃねぇぞ。吐き気がする。テメーらみたいに戦闘機人の誇りを失って、兵器のくせに人間みてぇにぬるま湯に浸かった生活に満足してやがる連中と同類なんてまっぴらごめんだ」
ノーヴェは戦闘機人として、兵器としての自分に独自の誇りを持ち合わせている。
兵器として求められ、生み出された自分たちは、戦場の中でこそ輝きを放つ存在なのだと。
故に、己が本質をひた隠し、脆弱で愚鈍な人間の世界に混ざり、生き恥を晒す不良品としてナカジマ姉妹を敵視しているのだ。
「そんなの間違ってるよ! 君だって家族が……姉妹がいるんでしょう!? それなのに――」
「一緒にすんな。正体を隠してコソコソ生きてるテメーらと、戦闘機人として堂々と生きてる私らを同類扱いすんじゃねぇよ!」
スカリエッティ一派の中では、確かに家族の絆とも呼ぶべき物を感じられる。だがそれは、創造主に生み出された
ありのままの自分を曝け出し、その上で親愛を築ける関係。それこそが家族だとノーヴェは考える。
だから、ナカジマ姉妹の生き方は、周囲を、自分を騙し、偽っているものに他ならない。
どうして脆弱な人間如きに気を遣わなければならない?
創造主のように特別な優良種にコントロールされる世界。人ならざる自分たちが胸を張って太陽の元を歩き、兵器としての本分を果たせる世界。
それこそが、真に正しき世界の在り方だろう!
「だから私はテメーらを否定する。ドクターが創る未来に、ガラクタなんざ必要ないんだよ!」
「そんな身勝手な理屈っ!」
激情のままに突撃するノーヴェと正面から組み合い、額をぶつけ合いながら睨み合うスバル。
奥歯を噛み締め、自分の考えを周りに押し付けてくる『だだっこ』の視線を真っ向から迎え撃ち、宣言する。
「だったら私も証明してあげるよ! 今あるこの世界はとっても素敵だってことを……私の想いを乗せた拳でね!」
「ハッ――! 出来るもんならやってみろやぁああああっ!」
組み合ったまま放たれる蹴り。あえて脱力することで相手の重心を揺さぶり、軌道が僅かにずれた蹴りに横方向から裏拳を叩き込む。
ローラーブーツの装甲に覆われていない太ももの内側に打撃を受け、ノーヴェの体勢がぐらりと揺れる。
「疾――ッ!」
組み合わせていた手を解き、脇を締めてコンパクトに撃ち放たれた右フックがノーヴェの側頭を狙う。
だが、相手もさるもの。
絶妙のボディバランスによって無事な片足のみで体勢を維持し、相応の重さがある拳を軽々と受け止めてみせた。
「お返しだ!」
今度は自分の番だとノーヴェの口端が吊り上る。打ち払われた足の痺れはすでに抜けていたらしく、スバルの利き腕を固めたまま軸足で地面を蹴り、腕拉ぎを狙う。いかに強固な金属骨格を持つスバルとて、関節を破壊されでもしたら戦闘力の大幅な低下は否めない。
そうはさせまいと左手で足を捌こうとするが……それすらも誘いだった。
スバルの手がノーヴェの足を捉えようとした瞬間に足が軌道を変えて、爪先を眼球に突き刺そうと襲いかかってきた。
「右目、戴きだ!」
「くう!?」
鮮血が、舞う。飛び散るのは鋼の蹴撃によって削り取られたスバルの……頬の薄皮一枚。
攻撃の変化をギリギリのところで察知できたスバルは、咄嗟に首を捻ることで眼球への直撃を避けたのだ。だが流石に無傷と言う訳にはいかず、バリアジャケットの一部である鉢巻を引き裂かれ、コメカミ部分の皮膚を削り取られた。
更なる追撃を阻むべく、止められたままの右拳をコークスクリューブローの要領で捻り、拘束から逃れる。
ローラーブーツの速力を生かして間合いを取り、側頭部から流れ落ちる出血を拭いながら、乱れた呼吸を整えていく。
「ハッ、ハッ……ふぅ~」
敵の……ノーヴェの実力はスバルの予想を超えるものだった。
彼女の武装から加速と遠心力を打撃に上乗せするストライクアーツと酷似した戦闘スタイルをとると予測、脚部にローラーが装着されていることから足技が主体と判断して超近距離戦を仕掛けてみたが結果は紙一重で片目を抉り取られるところだった。
「すごいね。うん、ものすごく強いや……でも」
呼吸を整え、懐に忍ばせていた『奥の手』を取り出し、左手で握りしめる。
これこそが、決戦に赴く際、見舞った母から託された勝利への鍵。拳を握り締め、全身から溢れ出す魔力が闘気と混ざり合いながら立ち上っていく。
リボルバーナックルの螺旋機構が唸り、完全なる金色に染まった双眼が敵を真っ直ぐに射抜く。
「ようやく
嘲笑うノーヴェだったが、笑みを浮かべていたのは口元だけ。
瞳は相変わらず爛々と殺意で輝き、肌を切り裂くかのごとき闘気を迸らせている。
左手を前に突き出し、腰だめに構えた右手による打撃――おそらくはタイプゼロ・セカンドの『IS』“振動爆砕”による一撃必殺を狙っているであろうスバルを見据え、ノーヴェは吼える。そんな見え見えのテレフォンパンチが、自分に当てられると本気で考えているのかと。
――所詮、旧式は脳髄までポンコツってワケか!
片手をアスファルトに突き、極端な前傾姿勢に見える構えから、ローラーブーツを最大稼働させて突撃を仕掛ける。
巻き上げた粉塵をはるか後方へ置き去りにするほどの爆発的な加速にものを言わせ、スバルの間合いを刹那の間にて侵略する。
「……っ!?」
「リボルバーブレイクゥ!!」
驚愕に目を向くスバルに、加速の勢いと衝撃を十全に上乗せした一撃を回避することは叶わなかった。
放たれたのは斜め上方向への蹴り上げ。
今まさに解き放たんとしていたスバルの右拳を蹴り砕かんと撃ち放たれた一撃は、反射的に右手を盾として犠牲にすることで致命傷をギリギリ避けることに成功した。
だが……、
「【リボルバーナックル】が……!?」
メギリ! という金属がへしゃげられるような鈍い音と共にスバルの相棒の片割れ【リボルバーナックル】が粉砕された。
しかも【デバイス】の破壊にとどまらず、右腕内部の金属骨格すら歪むほどの破壊力がノーヴェの一撃に込められていた。右手があらぬ方向へと歪み、引き裂かれた傷の奥から金属質の輝きが生々しく光っている。もはや、”IS”を発動することも叶わない致命傷をスバルは追ってしまったのだ。
激痛に顔を歪めるスバルの様子を見てニヤリ、と肉食獣の笑みを浮かべたノーヴェは、弧を描く様に左足を振り抜き、勢いそのままに地面へ叩きつけて軸足とする。
そこから右の後ろ回し蹴り――踵に魔力刃を展開させている――でゼロ・セカンドの首を跳ね飛ばしてやろうと追撃を仕掛けた。
「これで――終わりだァ!!」
勝利を確信し、最後の宣告を投げつけるノーヴェは気付けない。
表情が苦痛に歪んでいるはずのスバル、彼女の口元が引き攣りながらも不敵に吊り上っていたことに。
先程の構え、“IS”の発動を匂わせていた一連の動作が、あからさまなまでのブラフだったということに。
そして――、
「こーゆーだまし討ちみたいなのはあんまり好きじゃないんだけどさ……けど、作戦ってそう言うもんだからねっ。 ――お母さん、使わせて貰うよっ。【リボルバーナックル改】起動ッ!!」
天高々と掲げた左手から眩い閃光が迸る。それは【デバイス】の起動シークエンス。
決戦に参加できないクイントから託された、『母の【リボルバーナックル】』を左手に纏い、体内で練り上げていた魔力の全てを左の拳へと集束させる!
「ディバイン――」
予想できない事態に眼を剥くノーヴェ。
だが、すでに蹴りを放っている体勢の彼女にこの場から離脱することは出来ない。いかに人智を超えた強度を筋力を有する戦闘機人とて、物理法則を無視した動作まで可能と出来る訳ないのだから。
故に、ノーヴェは回避よりも攻撃に全神経を集中させることを選んだ。
おそらくは近接砲撃魔法を発動しようとしてるゼロ・セカンドよりも速く攻撃を完遂し、彼女の首をへし折ってやれば済む。
全身の関節を限界まで捻ることで全体重すら上乗せした蹴撃。
常人あらば頭部が浜辺のスイカのように無残に砕け散る一撃は吸い込まれるようにスバルの頭部へと突き刺さ――
「ぐが……ぁ!?」
――る事は無かった。
突如としてノーヴェを襲う激痛。
ある程度の痛みはシャットアウトしている筈の彼女が思わず全身を硬直させてしまうほどの激痛が軸足を中心に迸り、全身を舐める様に蹂躙した。
霞む視界の端で彼女は見た。
初撃をスバルへ叩き込み、軸足としたはずの右足の膝から先がねじ切られたかのように無残な形相を晒していたことに。
――まさ、か……!? 右手を盾にしながら“IS”を発動していやがったのか!?
そう、スバルは右腕をブラフのためだけの捨石とした訳ではなかった。
最強の刃である『振動爆砕』を敢えて攻撃ではなく防御に使うことで凶悪なカウンターへと昇華させたのだ。
まさに、肉を切らせて骨を断つ。敵の、ノーヴェの実力を正しく評価したからこそ思い立った起死回生の一手!
「テンメェ……! ゼロ・セカンドォォオオオオオオオッ!!」
「――バスタァァああああああああっ!!」」
打ち下ろされた拳から解き放たれる魔力の奔流。
ゼロ距離で放たれた魔導砲に呑み込まれて意識が薄れゆく中、戦闘を限りなく合理的な戦術でもって制すること是とする戦闘機人だからこそ敗北したことをノーヴェは否応なしに理解させられた。
彼女の敗因は人間の可能性を軽視し過ぎていたこと。
最高の武器を自ら捨てる様な悪手を愚作と切って捨てるのが現在の彼女の限界。
自らを追い込むほど不利な状況下にあって尚、勝利の可能性を掴み取る精神的強さを持てるか否か。
勝利の女神は、ほんのわずかな差で、スバルに微笑んだのだった。
――◇◆◇――
「ノーヴェが破れたか」
気絶したらしく、無抵抗で拘束されていく妹を一瞥しつつ、上体を後方へ逸らして蹴りを躱す。
「あら、ずいぶんと淡泊なのね? てっきり、『よくも妹を!』 って激高してくるかと思っちゃったわ」
上体を起こす反動を利用して放たれるのは逆手に構えたナイフの一閃。
刃を直接受け止めるのではなく、握り手を掴むことで敵の能力発動を阻害する。
「そうでもないさ」
足の裏で魔力を爆発させた反動で飛び退り、己が間合いを取り戻す。
「可愛い妹が受けた
防御装備でもあるコートの内側から取り出したナイフを指の間に挟み込み、ノーモーションで投擲。
予備動作の存在を感じさせない流れるように自然な動きから放たれた刃は正確に人体の急所を狙い、迫る。
「その点については同感だわ。もし立場が逆だったら、私も同じことを口に出していたと思うからね」
両手をかざし、一歩前へ歩を進める。だが、ただ一歩前に踏み出したのではない。足の裏で――彼女の場合はローラーブーツを――地面を擦るように足を進めたのだ。
”擦り足”と呼ばれる古武術の動き。
けれど、彼女のそれは単なる足捌きに留まらない。
一歩前に進む瞬間、白煙を振りまくほどの勢いでホイールが回転した。
実は一対一の状況が作り出されてから現在まで、【ブリッツキャリバー】のホイールを空転させ続けていたのだ。
推進力と言うエネルギーを限界まで溜め込み、ここぞというタイミングで爆発させるために。
まさに今の【ブリッツキャリバー】は、F1のレーススタート前にエンジンを吹かしているスポーツカーのようなもの。
そこから生み出される爆発的な加速と推進エネルギーを外ではなく内側……金属骨格へと浸透させ、さらに下肢から上肢へとエネルギーを流動させる。最終的に腕へと達したエネルギーを装着した【リボルバーナックル】に注ぎ込み、
何とも無茶な理論だが、戦闘機人の頑丈なボディと身体に刻み込んだある人との訓練で習得した静かなる精神力によって、強力な武器へ昇華し、使いこなすに至ったのだ。
「フッ――!」
空間に残像を刻むほどに縦横無尽に動かす両手で、周囲を旋回しながら絶え間なく襲い掛かってくるナイフを軽々と捌く。
時折、弾くに留まってしまった獲物が爆発を起こすものの、静かなる流水の如き心を習得した彼女に焦りはない。
飛来するナイフの軌道を変えるように弾く。誘導機能までは仕込まれていないナイフは回転しながら爆風へ飛び込み、切り裂くことで自身に爆破の影響が及ばないように立ち回り続ける。
彼女の華麗な演武を舞うかのごとき動きは見る者を虜にする美しさを併せ持ち、敵であるはずのチンクですら、一瞬見惚れてしまうほどに見事な
ものだった。思わず
と言った風体で、感嘆の声が零れる。
「なんと……これがプロフェッサーがおっしゃっていた『優美』という奴か。ここまでの技術、いったいどれほどの修練を積み重ねて会得したのか……」
チンクの呟きへの答えを、ギンガは持ち合わせていなかった。
いや、正確に言えば、”思い出すことができなくなった”というのが正しい。
ギンガ自身、なぜ自分がこれほどの体術を習得しているのか十全に理解できていないからだ。
どのように動けばいいのか、反射的に身体は動く。けれど、習得に至った経緯に関する記憶がごっそり抜け落ちてしまってるのだ。
――でも、多分
詳しく思い出そうとしたら頭の中が霞がかってくる。
それでも推測はできる。母から教え込まれたストライクアーツとは別系統の技。
直情的な妹と対局な冷静な精神と資質を持つ
部隊長の弟で、ちっちゃい副隊長の恋人で、自分の上司、兼、師匠で、そして……敗北によって思い出を消し去られた参加者――『八神 コウタ』。
たとえ思い出を失い、彼と言う存在を認識できなくなっているのだとしても、この身に刻み込んだ技術と託された『大切な人たちを守るという信念を貫く』という想いまでは失われたりしない。
だから……!
「チンクさん、私はあなたを征します。この……師より受け継いだ信念と家族から託された想いに懸けて」
「……本当に私は見誤っていたようだ。謝罪しよう、ゼロ・ファースト。いや、この呼び名は貴女に失礼か。叶う事ならば、改めて貴女の名乗りを聞かせては貰えないだろうか」
攻撃の手を止め、謝罪の意味を込めて頭を下げるチンク。
敵の実力を正確に見抜く冷静さと自らの非を受け止めることができる高潔さを併せ持つ好敵手の姿に、ギンガは彼女が敵であることを残念に感じながら応える。
「時空管理局 第108地上部隊所属 陸戦魔導師 ギンガ・ナカジマ」
「――感謝する。私は戦闘機人ナンバーズNo.Ⅴ チンクだ」
名乗りを上げつつ各々の獲物を構えていく。
ギンガはいかなるものも粉砕する鋼の拳を。
チンクはあらゆるものを滅する鋭い刃を。
最強の好敵手と互いを認め合った戦乙女たちが勝利を掴み取らんと闘気を高めていく。
双方から吹き荒れるように放たれた魔力が渦を巻き、先の攻防の余波でまき散らされていたアスファルトの欠片を天高く巻き上げていく。
大気が軋む。肌を撫でる風の気流すら目視できるほどに神経が研ぎ澄まされていくのがわかる。
彼女たちに起こっている現象、名を『ミックスアップ』。
実力が拮抗する者同士が対峙した時、ごくまれに発生する症状で、双方に限界以上の実力を発揮させたり認識力の拡大などが発生する。
相手を認め、その上で乗り越えようとする強い意志が生み出す奇跡によって、彼女たちはまさに一歩先の
身体が爆発しそうなくらい熱い。チンクは、今自分がどんな表情を浮かべているのか疑問を浮かべた。
ちらりと手元のナイフに視線を落とす。そこには頬を高揚で朱色に染め、爛々と瞳を輝かせながら勝利の二文字を渇望する戦士の顔をした自分の姿が映し出されていた。
――まさか、な。私の中にこれほど熱く燃える想いが存在していたとは。ふふっ、ドクターもきっと驚くぞ。
チンクの脳裏に浮かびあがるのは、研究に没頭しながらもどこか退屈そうな創造主の横顔。
天才であるがゆえに、あらゆる事象の答えを即座に導き出してしまう彼を、いつか驚かせてみたいとひそかに願ってきた。
故に、創造主の思惑を超えてみてこそ、最高傑作を名乗ることができるのだ。
彼が設定した性能限界値を、今の自分は間違いなく超えている。
それすなわち、彼の期待に応えることができたということに他ならない!
「往くぞ、ギンガ・ナカジマ! 貴女と言う好敵手を打ち倒し、私は戦闘機人の新たな可能性を皆に指し示す! 創造物である私たちにも、無限の可能性が秘められているのだということを!」
ナイフを投擲ではなく指の間に挟み込んだまま、突撃を仕掛けたチンク。
凄まじい速度で迫りくるチンクを見据えながら、ギンガは最強の一手で迎え撃つ。
「負けないわよ……私にだって、譲れないものがあるんだから!」
指先を伸ばして抜き手とした左手を後方へ捻り、練り上げた魔力を収束させる。
スピナーが火花を散らすほどに高速回転し、放出された魔力が渦を巻きながら左腕を包み込んでいく。
やがてそれはあらゆるものを撃ち貫く螺旋を描いた。
金色へと変化した眼で接近してくる敵を捕捉、【ブリッツキャリバー】を最大稼働させて一気に飛び出す。
「”IS”発動……! 『リボルバーギムレット』!」
物質化するほどに収束させた魔力を螺旋回転させつつ拳に纏い、対象を防御ごとぶち抜く。
純粋な攻撃力と殺傷力に特化したこの技こそ、ゼロ・ファーストと呼ばれたギンガの”IS”だ。
空気を破砕する螺旋の轟音を鳴り響かせ、貫通力を極限まで高めた必殺の一撃が打ち放たれた。
直撃してしまえば、いかに強固な戦闘機人とて致命傷は避けられない。だというのに、チンクの選択は悪手としか呼べぬシロモノだった。
「押し通るッ!」
「えっ!?」 という驚きの声はギンガのもの。
なんと、何を思ったのかチンクが防御の要でもあるコートを脱ぎ捨てたのだ。
元来、耐久強度が脆弱故に防御装備として耐撃コートを装備していたというのに。しかし、彼女の狙いは別にあった。
そう、チンクは決して錯乱したわけでも、自殺志願でもない。
守りの要であるコートを脱ぎ捨てた本当の理由、それは……、
「できるはずだ、今の私ならばっ」
チンクの狙い、それはコートに仕込み、ばら撒かれて宙を舞うナイフの数々。
重力に従ってただ落下するだけだったはずのそれらが、突如、自ら意志を持つかのように中空に静止し、地を這うように疾走するチンクに追随してきたのだ。
驚くべきことに、ナイフに滲ませておいた自身の魔力を遠隔操作するスキルにこの状況下で目覚めたのだ。
慄然するギンガの前で飛翔するナイフが彼女へ向けてへ殺到する。翼のように左右へ広げた腕の先へ集まり、まるで連結刃のようにナイフが連なっていく。やがて四対八本の直剣と化し、肉食獣の双爪の如き鋭さを以てギンガに襲いかかった。
初手は右の刃。掬い上げるように突き上げられた刃は腕を覆う螺旋状の魔力フィールドとぶつかり、先端から次々と粉砕されながらもまっすぐ突き進んで魔力フィールドを貫通、【リボルバーナックル】ごと左腕を串刺しにした。
そのまま小柄な体躯を生かし、身体ごと押し上げるように振り抜くことでギンガの左腕を完全に破壊する。
固い金属を切り裂く感触に金属骨格に達したと判断、”IS”を発動させて内部からの爆破を狙う。
だが、やすやすとそれを許すチンクではない。必殺の一撃を潰されたことを察した瞬間、地面を蹴って飛び上がる。
すると、左の獲物を握りしめたままだったギンガも必然的に引っ張られて浮かび上がってしまう。
互いの空を飛べない者同士、わずかな浮遊感の次に訪れるのは地面への着地。ここで体格の違いが致命的な差を生んだ。
先に着地し、大地を踏みしめたのは長身のギンガ。
いまだ浮遊状態のまま身体の軸が揺れているチンクの横腹へ容赦ない蹴りを叩き込む。
吹き飛ばされ、地面の上を転がっていくチンク。
コートがない状態でのダメージはやはり相当なものだったようで、口元を抑えて鮮血を吐き出している。
彼女が体勢を立て直すよりも先に腕に突き刺さった刃を引き抜き、追撃の芽を潰す。
「痛ったぁー……でも、まだまだッ! たかが片腕を潰された程度でっ」
「その気概は見事! だがな!」
一足で間合いを詰め、チンクの額を狙い膝を叩き込むギンガ。
鉄塊すら粉砕するそれをスウェーバックの要領で回避しつつ、勢いを乗せた蹴りを返礼した。
脳を揺らすことを目的とした一手は狙い通りギンガの顎先をかすめ、一瞬だけ意識を刈り取ることに成功。
ぐらり、と膝が折れてしまうギンガ。
体勢が崩れてちょうど小柄な自分と同じ目線にまで彼女の顔が下がったことに不敵な笑みを浮かべると同時に、左で構えた刃を振り下ろす。
「な、にィ!?」
鮮血が舞う。
亀裂の走った地面に飛び散り、染み込んでいく紅。
だが、驚愕に目を剥いたのはチンクの方だった。
「バカな……どうして髪の毛程度のものが刃を止められる!?」
そう。意識を取り戻したギンガは、脳天へ迫る刃を避けることがかなわないと判断、その場でチンクへに背中を向けるように身を翻すと、ふわりと舞い広がった艶やかな長髪が刃と接触し――まるで鋼糸のように刃へ絡み付いたのだ。
「ふぅ……一か八かだったけど上手くいったようね」
「ギンガ・ナカジマッ、貴女はいったい何をしたのだっ!?」
「――人間の髪の毛って実はすごい強度を秘めているのを知ってた? 幾本もの毛を束ねれば、重機用のワイヤーに匹敵するほどにね。そして髪の毛は人体の……肉体の一部。つまり、魔力を浸透させることも可能と言うわけよ」
「無茶苦茶にもほどがあるぞ! 一歩間違えば頭部を真っ二つにされても可笑しくない!」
「そう、普通ならまず実行しない悪手。けどね、それが起死回生の機会を引き寄せる最善の一手となりうる可能性だってあるのよ!」
刃ごと腕を縛り上げたままさらに回転し、お返しとばかりにチンクの体勢を崩す。
体格的と純粋な筋力の差はいかんともしがたく、チンクの身体が再び宙を舞う。
「そう何度も同じ手を――ッ!?」
「リボルバー、セット……。アナザー”IS”発動」
髪の毛ごと刃を爆破しようとしたチンクは見た。
戦いの最中、ギンガが右腕に装着した
ソレを纏った右拳周囲の空間が揺らめいて見えることに。
それはまるで――大気が振動しているかのような様。
「同系種の戦闘機人は兵装や能力に相互性を持つ。同じ遺伝子情報を持つ貴女の妹さんが【ウイングロード】を使えるようにね。だったら……”IS”のデータをインストールされた妹のデバイスを装着した姉がコレを使えても不思議じゃないでしょう?」
「……正気か? そんな付け焼刃、むりやり外付けしたHDのようなものでしかない! 規格の合わないシステムを無理やり接続したところで、双方が壊れるだけだ!」
「馬鹿なことしてるって思うでしょ? けどね、今は思い出すこともできなくなった誰かに、こんなことを言われた気がするのよね。――『馬鹿なことでも、どこまでも貫き通せば奇跡になる』ってね。だから私も」
拳を握る。母から託された信念は妹に委ね、姉妹の絆を力に変えるためにコレを借り受けた。想いと覚悟を拳に込めて、今、最後の一撃を撃ち放つ!
「馬鹿を貫き通して奇跡を掴み取る! 『振動ォ――爆砕』ッ!!」
原子を振動させることで対象の原子結合を分断・破砕する『振動爆砕』。
腹部へ着弾した瞬間に開放された破壊のエネルギーに全身を蹂躙され、チンクの意識が一瞬で暗転する。
――次は……負けんぞ。ギンガ・ナカジマ。
敗北を喫しながらもどこか満足げな笑みを浮かべつつ、チンクは冷たい地面に崩れ落ちていった。
――◇◆◇――
「――どういうことだ?」
インペリアルワイバーンと共に教会へ舞い戻ったダークネスは、執務室に足を踏み入れた瞬間、困惑の呟きを零した。
そこに在るのは、足元に広がる鮮血の海に横たわったカリムとローラの亡骸。
苦悶と後悔に満ちた死に顔は痛々しさと悲痛感に満ち溢れており、凄惨な惨状と相まって常人ならば目を背けたくなるような光景がそこに在った。
「No.“ⅩⅢ” カリム・グラシア……倒されたのか。だが、一体誰に……?」
彼女たちと相対する可能性があるとすれば、参加者である雪菜か宗助のどちらかと考えるのが自然だ。
しかし、機動六課メンバーであり、同族殺しに賛同していない彼らがカリムを直接打倒する可能性は低い。
なにより、人外の因子が更なる高まりをみせている彼の嗅覚が、この場に残された“夜天”の魔力香を感じとっていた。
当人の気配すら感じさせる濃密な魔力香が部屋の中に染みついているということは戦闘行為を行ったと言うこと。
つまり、はやてとヴォルケンリッターの誰かかカリムたちと戦い、勝利したと予測できる。
「甘ちゃんであり不殺を信条とする管理局なら、カリム・グラシア共を生かしたまま捕縛するはず。だが、現にこいつらが亡骸を晒しているのもまた事実、か」
《お館様。少々、おかしくはありませぬか》
「おかしい、だと?」
《はい。何故、小娘の亡骸が実体を保っているのでしょうか? 敗退者の肉体は
ダークネスと
「それは……こいつが人間としての肉体を持っていたからじゃあないのか? 魂は《神》に連なる者だとしても、この世界の物質として存在しているカリム・グラシアと言う『人間』は亡骸を残しても不思議ではないと思うんだが」
《否。例え人の肉体を有していようと、“
「外傷は皆無、か。確かに、言われてみれば不自然だな」
ダークネスが面倒臭そうに頭を掻き毟る。この土壇場でのまさかのイレギュラー発生に、つくづく世界は思い通りにならないと溜息を吐き……。
「――まあいい。それよりも、ここで頭を抱えてても意味が無いのは明確。とりあえず、当初の予定通りに動くとしよう」
全身に絡みつくような不穏な空気を振り払うように、ダークネスが踵を返して窓の外へ。
閉じていた龍翼を羽ばたかせ、上空で旋回していたインペリアルワイバーンの元へ向かう。
三つの頭部をそれぞれ軽く撫でてやってから巨大な背に飛び移り、戦場と化しているクラナガンを見やる。
「往くぞ。やるべきことを成すために」
《……承知》
巨大な飛龍の翼が羽ばたいた――瞬間、大気を切り裂く金色の閃光と化して次なる戦場へ向け、飛翔した。
向かうはクラナガン上空に座する古き箱舟“聖王のゆりかご”。
狙うは叡智と狂気を孕む天災なる傀儡師の首。
「さあ、ルビー……決着の時だ」
《主……》
抑えきれない笑みを漏らす主の熱に触発され、天空の覇者たる暴龍皇までもがこれから起こる命がけの死闘に胸を高鳴らせていた。
その場所で己たちを待ち受ける
最強に仕える暴龍皇と最凶が生み出した竜戦士。
《神》に仕える者と《神》を滅ぼす者が邂逅する時が、刻一刻と迫っていた。
初戦の姉妹対決はナカジマ姉妹がなんとか勝利。
『好敵手』と書いて『友』と呼ぶ関係になりそうな姉~ズとガチライバルな妹~ズのバトル、楽しく書かせていただきました♪
次回はティアナ&エリオside。花梨嬢やアリシュコンビも出てくる……カモ?
◎おまけ♪
以下、即興で思いついたダークさん&花梨嬢のステータス的なモノ(スパロボ風味)。
●《スペリオルダークネスSR》
○ユニット能力
HP:10800
MP:400
運動性:100
装甲値:1600
照準値:180
移動力:7
機体サイズ:SS
地形適性(空陸海宇):AACB
タイプ:空陸
強化パーツスロット:2
【特殊能力】
・【ミスト・ウォール】
消費MP:5。全属性のダメージを2000軽減。
・『神成るモノ』
気力130以上になると発動。パイロットステータス+10。
特殊能力『HP回復(小)』『MP回復(大)』、一部武装が追加。
・『
気力130以上で発動。移動力+1、30%の確率で敵攻撃を完全回避。
・《新世黄金神》
気力150以上で発動。パイロットステータスさらに上昇。補正値は気力に比例。
全武装の最終与ダメージが1.3倍。一部の武装、特殊コマンド『
・『
発動後3ターンの間、MPが“∞”となり、最終与ダメージが1.5倍。
全精神コマンドの消費SPが10に。1ステージにつき1回だけ使用可能。
発動終了後、ステージクリアまで精神コマンド使用不可。
【武装性能】
・格闘(格)
攻撃力:3500 消費MP:0 射程1~3 命中:+20% クリティカル:5% 移動後使用可能
・黒炎魔弾(射)
攻撃力:3700 消費MP:10 射程2~5 命中:+0% クリティカル:0% 移動後使用可能
・クライシス・エッジ(射)
攻撃力:4100 消費MP:20 射程1~4 命中:+5% クリティカル:25%
・クライシス・エンド(格)
攻撃力:4300 消費MP:20 射程1~2 命中:+25% クリティカル:25% 移動後使用可能
○『神成るモノ』発動で追加
・『
攻撃力:5500 消費MP:50 射程2~8 命中:+25% クリティカル:30%
・『
攻撃力:6800 消費MP:80 射程2~15 命中:+0% クリティカル:30%
サイズ補正無視
○《新世黄金神》発動で追加
・『
MAP兵器 消費MP:200
自身と『スペリオル』と名のつくユニットを除いたステージ上の全ユニットの中からランダムに選ばれた5ユニットに4000の固定ダメージ。
・『
攻撃力:10000 消費MP:100 射程1~12 命中:+30% クリティカル:30%
バリア無効、サイズ補正無視。
・『
攻撃力:6000 消費MP:120 射程1 命中:+50% クリティカル:50% 移動後使用可能
相手が《神》である場合、最終与ダメージ3倍。バリア無効、サイズ補正無視。
○パイロットステータス
【パラメータ】
格闘:192
射撃:170
技量:225
防御:186
回避:159
命中:204
地形適性(空陸海宇):AACB
【特殊スキル】
・黄金神の加護(ターン開始時に『スペリオル』と名のつくユニットのHP,MPが5%、精神ポイント10回復)
・底力L9
・カウンターL8
・気力天元突破(気力の上限が無くなる)
・ヒットアンドウェイ
・2回行動
【精神コマンド】
必中、不屈、闘志、熱血、気迫、奇跡
【エースボーナス】
『神成るモノ』、《新世黄金神》のステータス上昇値がアップする。
○味方でなく敵として登場する我らが主人公(爆)。しかも、どっかの冥王さまやメカ忍者もビックリな鬼畜ステでご登場なされるという、まさに外道。
ただし、撃破必須の敵勢力としてではなく、唐突に表れては好き勝手に暴れまくる中立ユニット扱い(プレーヤーにも容赦なく攻撃しかけてくるが)。
味方にするには、友軍であるアリシア、シュテル、ヴィヴィオで説得の後、花梨で戦闘&説得する必要があるというめんどくさい男。
そのかわり、味方になった時は上記ステータスそのまま&エースボーナス取得済みの状態で参戦してくれる。
●《高町 花梨》
○ユニット能力
HP:6800
MP:300
運動性:120
装甲値:1300
照準値:175
移動力:6
機体サイズ:SS
地形適性(空陸海宇):SACD
タイプ:空陸
強化パーツスロット:3
【特殊能力】
・【プロテクションEX】
消費MP:15。全属性のダメージを3000軽減。
・【カートリッジシステム】
MPを完全回復。1ステージ中に6回まで使用可能。
・『神成るモノ』
気力130以上になると発動。パイロットステータス+10。
特殊能力『HP回復(小)』『MP回復(大)』、一部武装が追加。
・『
攻撃命中時、一定確率で発動する即死効果を全部装に付与。
バリアなどでダメージを0に抑えられたとしても、攻撃が『命中』していれば発動する。
能力発動確率は気力に比例(初期気力100を発動基準0%とし、気力150ならば50%の確率で発動するようになる)
【武装性能】
・ストラグルバインド(射)
攻撃力:0 消費MP:10 射程1~5 命中:+0% クリティカル:0%
効果:1ターンの間、行動不可とユニット能力低下を付与。
・格闘(格)
攻撃力:2500 消費MP:0 射程1~3 命中:+25% クリティカル:10% 移動後使用可能
・ルミナスシューター(射)
攻撃力:3100 消費MP:5 射程1~5 命中:+10% クリティカル:5% 移動後使用可能
・ルミナスキャノン(射)
攻撃力:3800 消費MP:20 射程2~6 命中:0% クリティカル:15%
・ルミナスキャノン・サテライトシフト(射)
攻撃力:4500 消費MP:30 射程2~8 命中:+5% クリティカル:25%
○『神成るモノ』発動で追加
・ルミナスキャノン・ACS(格射)
攻撃力:4700 消費MP:50 射程1~4 命中:+25% クリティカル:50% 移動後使用可能
・アークエンドブレイカー(射)
攻撃力:5200 消費MP:80 射程1~10 命中:+25% クリティカル:35%
バリア貫通、サイズ補正無視
○パイロットステータス
【パラメータ】
格闘:155
射撃:190
技量:203
防御:152
回避:135
命中:195
地形適性(空陸海宇):SACC
【特殊スキル】
・S級空戦魔導師(ユニット、全武装の地形効果『空』を”S”にする)
・天才
・精神耐性
・援護攻撃L2
・援護防御L2
・ヒットアンドウェイ
【精神コマンド】
集中、閃き、努力、狙撃、覚醒、愛
【エースボーナス】
援護防御時の非ダメージ0.7倍、射撃系武装の最終与ダメージ1.3倍。
○主人公ポジ&ヒロイン(?)な戦うパティシエさん。
どれほど強大な敵であろうと『当たれば終わる』鬼畜スキルをお持ちな姉御。
ダークさんとは別方向でぶっ飛んでいたり(戦闘力のダークさん、特殊能力の花梨嬢的な?)。
彼を味方にするためにも、撃退するためにも必要不可欠なお方。
……ただし、NTRではない ← ここ重要。
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魔弾と雷槍
なかなか感想も返せず申し訳ないです。
けど、プロットの微修正も完了したので次はもっと早くupできる……ハズ。
モビルスーツ姉妹もずいぶん派手にやってるみたいね。急ぎなさい、エリオ」
「了解です! ……って、あの~、そんな呼び方して大丈夫なんですか?」
「どっかの子どもが口を滑らせなきゃ大丈夫でしょ」
ナカジマ姉妹と別行動をとり、コンビを組んで【ゆりかご】を目指すティアナとエリオ。
軽口を交わす彼らの様子に気負いの素振りは見受けられず、これから戦いに赴かなければと言う焦燥感は微塵も感じられない。
それ即ち、彼らはフォワードメンバーが一流の魔道師の領域の住人へと成長した証と言えよう。
身体強化の恩恵を受けた脚力にものを言わせてハイウェイを突っ走るエリオに牽引されているティアナの手元には情報収集に努めるロングアーチから転送されてくる戦局の情報が表示されている。
なのはの訓練を経て女性一人を抱えて全力疾走しても息切れしない程度のスタミナと馬力を身に着けたエリオ。
俊敏性はともかく、走る速度は一般的なレベルに留まっているティアナは、今回の相棒の成長に目をつけ、最大限に生かす方法を見出した。
それがこれ。疾走するエリオにアンカーを巻きつけ、足の裏に浮遊魔法【フローターフィールド】を展開することで地面との摩擦をゼロにし、引っ張らせるというもの。
足の遅い片割れに合わせて進軍速度を低下させるのは愚策と判断したティアナの決断で実行したわけだが、思いのほか馴染むもんねと苦笑。
まるで元気が溢れる飼い犬に引っ張られる飼い主のようだと本人が聞いたら愉快なことになりそうな感想を抱いてしまう。
(今度、スバルの奴でも試してみますか)
犬耳、尻尾付きの相方がナデナデを期待する顔でソリに乗った自分を引っ張る。
ふと脳裏に浮かんだ微笑ましい(?) 妄想を脳内フォルダー(永久保存版)へ保存しつつ、まるで水上スキーのように大地を滑るティアナ。
このまま順調にいけば、一時間もかけずに目標地点にたどり着くことができるだろう。
まあ、もっとも――
「そう簡単に懐へ潜り込めるわきゃあ無いわよねっ!」
神速の抜き打ちで放たれた魔力弾が建物の陰から発射されたミサイルを迎撃する。
降り注ぐ残骸の欠片を掻い潜りながら駆け抜けるエリオだったが、唐突に背筋を冷たい悪寒が駆け上り、己が直感に従い真横へ飛びのく。
地面を蹴った瞬間、空気を焦がす嫌な臭いと共に降り注いだ真紅の閃光がハイウェイを穿ち、瞬く間に蜂の巣へと変えていく。
明らかに昏倒程度で済ませるつもりがない敵に、エリオの頬が引き攣る。
だが、尻込みしそうになってしまった少年の背中を叩くことも、相棒であり指揮官でもある彼女の役目だ。
軽やかに着地を決めたティアナが、勢いよく少年の背中を引っぱたいた。
「うい゛っ!?」
「この程度でビビってんじゃないの。悪いお姫様をかっさらうんでしょ? しっかりしない王子様!」
「あいたたた……って、攫うとか物騒な」
「違うの?」
「……違わないです」
「よろしい。――じゃ、露払いは私に任せない。アンタはまっすぐ、あの娘の元へ駆け抜くの。いいわね?」
「――はい!」
二人の周囲を旋回するように浮遊する真紅の機体。かつて相対した赤き強敵が、おぞましい化け物を引き連れて立ち塞がった。
【威勢のいいことだ。だが、無謀ともいえる。これが若さか……】
呆れの意を含めつつ、1号機から射出された
【ようやく待ち望んだ戦争だァ、そう簡単に終わってくれんなよォ?】
両腕部の大鋏を打ち鳴らし、歓喜の雄叫びを上げる2号機のツインアイが妖しく輝き、標的を映し出す。
【ほーぉ? あんたらの狙いはお嬢様ってワケだ。なるほどねぇ】
言い得ぬ狂気を滲ませながらも飄々とした口ぶりで障害を観察する3号機。
かつてティアナがスバルとのコンビで打ち倒すことが叶わなかった鋼の強敵を前にして、ティアナは不敵に、口端を吊り上げる。
大胆にして不遜。まるで楽しいショーの始まりを告げんばかりの獰猛な笑みを見せるティアナは、包囲陣形を構築しつつある敵に身構えるエリオの襟首を掴んで持ち上げると、戸惑う少年が反論する暇も与えず、全力で真正面に投げ飛ばした。
「ちょ、えええええっ!?」
『騒ぐな、止まるな、戸惑うな。この鉄屑どもは私が始末つけるからアンタは先行しなさい』
脳裏に届いた念話による指示を受け、たたらを踏みながら着地したエリオに親指を立てた片腕をつきだす。即興のコンビネーションで切り崩せるほどこいつらは容易くない。
ならば、あえて戦闘経験がある自分が一人で受け持った方が勝率は計算できる。そうティアナは判断した。
僅かに戸惑うエリオであったが、チームリーダーたる彼女への絶対な信頼が決断を後押しした。
「わかりました……ご武運をっ!」
「あいさ」
駆け出したエリオの背中に軽口を返し、両手に具現化した【クロスミラージュ】を交叉させるように構え、不敵に宣言する。
「と、言う訳よ。鉄屑共、アンタたちはここで私がスクラップにすることが決定してるワケ。わかった? なら――さっさと始めましょうか」
【ほぉ~う? 言うもんだねぇ、お嬢さんよォ……。ケドなぁ……俺は生意気に粋がったガキがいっちばん嫌いなんだよ!】
「あら、奇遇ね。私も
互いに一歩も引かない罵倒の応酬。
だが、舌戦というものはいずれ終わりを迎えるは必定。
前振りも無く、宣言も無い。
ただ目の前の敵を撃ち抜くための弾丸が放たれたのは、ほぼ同時のことだった。
弾け飛ぶ魔力弾とレーザー光の残滓。光速で迫るレーザーを弾丸で撃ち落とすという離れ業を成し遂げたティアナは、銃口から昇る薄い白煙を振り払うように身を翻し、その場を離脱。その次の瞬間、彼女の足場だったアスファルトが幾重もの閃光で射抜かれていった。
見上げれば、1号機のファンネルがティアナをロックしており、それぞれが意志を持つかのように彼女を追い込み、撃ち抜かんと迫り来ている。
身を隠す遮蔽物が無いこの場に留まるのは不利と判断したティアナは即座に移動を開始するが、それを予測できない程、特別なカスタマイズを受けた
ガジェットたちは愚かではない。背を向けた彼女へ向けて、レーザー、ミサイルからなる容赦のない攻撃が降り注ぐ。
「っ!」
【ぬう!? 見向きもせずに避けるとは! 彼女はもしや……ニュータイプか!?】
【いんや、違うな。あの小娘……音で俺らの攻撃を予測して捌ききってやがる】
ファンネル独特の駆動音を耳で捉えて砲口が向けられた方向を予測、エネルギーが収束する僅かなタイムラグを使って射線上から離脱する。
しかも、ミサイルなどの実弾の軌道とレーザーが重なる様に動くことで、誘爆を招く。かつて相対した未熟な少女からは想像も出来ない空間認識能力と度胸を身に付けた好敵手に、素直な称賛を抱く。
だが、2号機は違った。戦争狂であるとある人物の性格をインストールされた彼は闘争というものを愉しむ気質を持つ。
この場合の闘争とは、強者たる己が弱者をいたぶり、嬲り殺す事。それ故、生意気にも足掻こうとするティアナの行動が不快に映ってしまう。
【アァ!? テメ、何避けてんだカスが! ――ファング!】
しょっぱなから激情を顕わにした2号機が編隊を自ら放棄して突出、自立機動兵装【ファング】を射出してティアナを包囲しつつ多角的な攻撃を仕掛けた。
上下左右を塞ぐように
二手、三手先を読む狩人のように精密な連続攻撃が、ティアナ目掛けて殺到する。
常識に当て嵌めるのならば、レーザーの包囲網からティアナが逃れる手段は存在しない。
いかに高速並列思考を可能とする魔道師とて、実際に回避行動を行う肉体面では普通の人間の域を超越出来ていないのだから。
どこぞの、光よりも速く動けるバケモノと違い、ティアナはごくごく普通の人間でしかないのだから。
しかし、ティアナが目指すのはそんなバケモノの住まう領域に足を踏み入れている『生涯の相方』の背中。
この程度の危機を乗り越えること出来なくして彼と同じ未来を歩むことなど出来ない!
「真っ直ぐ前を見つめ、大地を踏みしめる様に意識を集中させて――」
ぽつりと呟きながら前傾姿勢をとるティアナ。滅びの閃光による牢獄が迫り来る中、光の合間を見抜き、ただ真っ直ぐにそこを目指して――大地を蹴る!
瞬間、ギュボッ! という炸裂音を置き去りにして、ティアナの身体が閃光の隙間を掻い潜って跳び出した。
【ナニィ!?】
コンマ数秒でセンサーの範囲外へ離脱されたため一時的に標的を見失った2号機がカメラアイを煌めかせて標的を再捕捉しようとするが、その隙を見逃すほど若きガンマンは甘くない。
瞬間移動の如き高速移動を行いながら身体を捻り、装弾されているカートリッジ全てをロードする。
オレンジ色のスパークを迸らせつつ大地を駆け抜け、暴れ狂う魔力の反動を奥歯を噛み締めて抑え込みながら標的の真下へ潜り込み――振り向きざまに銃口を2号機へ向けて引き金を引く。
内包魔力が空になった薬莢が射出され、マズルフラッシュと共に撃ち放たれた貫通属性を付与された魔力弾はレーザーの網を掻い潜るかのように直進し――着弾。
油断と傲慢が生んだ隙を見抜かれた2号機は強固な装甲をものともせず貫通したたった一発の弾丸によって、鋼鉄の肉体を撃ち抜かれることとなった。
「っぐ――!」
カラン――……と、空薬莢の落下音と共にティアナの口から苦悶の声が零れ落ちる。
見れば、左の手首が赤く晴れ上がり、【デバイス】を構えることがやっとといった状態だ。
だが、それも当然の結果だろう。フルカートリッジロードによって瞬間的に限界値を超えた魔力を操作したのだから。
しかも魔力制御と言った技術によるものではなく、暴れ馬を力技でねじ伏せたようなものなのだから、無傷で済むはずも無かった。
敵を前にして負傷箇所を抑えて立ち止まると言う愚を起こさなかったとはいえ、焼きごてを押し当てられたかのような痛みに僅かであるが硬直してしまったティアナ。
それは一流の領域に立つ者にとってあまりにも大きな――隙となってしまう。
標的から意識を反らしてしまったティアナを見て、赤き鋼鉄の戦士たちが動く。
ブースターを吹かし爆発的な推力を以て襲いかかる3号機。
【あげゃあげゃあげゃ!】 と、独創的な狂笑と共に引き抜かれたMGNビームサーベルをティアナ目掛けて振り下ろした。
「ぐっ……このぉ!」
【あぁ? カッ、ハハハ! このタイミングで避けやがるかよ!】
唐竹割りに振り下ろされた真紅の斬閃を地面を転がるように避け、無事な方の腕に具現化させたもう一丁の【クロスミラージュ】のグリップでMGNビームサーベルを握るアームを叩きつける。近接戦闘用のダガーモードへ変形させてからの対処では間に合わないと言う判断によるものだった。
鋼を殴りつけた鈍痛と衝撃に腕が痺れそうになるが、ハンドガンタイプのデバイスを打撃武器として利用してくるとは予想外だったのか、はたまた単なる偶然か。ティアナの一撃は人間の指を模したマニュピレーターに直撃し、これを機能不全に陥れる事に成功した。
だが代償としてクロスミラージュの銃身に亀裂が奔り、精密なカートリッジシステムにまで達するダメージを受けてしまったのは痛い。
(しまった!? これじゃあ、“アレ”を使えない――!?)
思わず舌打ちを零しそうになるティアナ。だが、相棒たる『彼女』はそんな『主』を叱咤する。
【マスター、この程度の損傷で機能不全に及ぶほど私は軟弱ではありませんよ】
「クロスミラージュ……!?」
【私たちはパートナーです。戦いで傷つくことも、勝利の美酒を味わうことも同じくする一心同体の存在。貴方が目指す『英雄の相棒』と言う栄光を勝ち取るその瞬間まで……いえ、貴方と言う存在が終わりを迎えるその時まで私はずっと共に在ります。ですから――見せつけてやりましょう、私たちのチカラを!】
何時になく饒舌な愛機に最初こそ呆気にとられていたティアナ。
だが、この程度の損傷などどうと言うことはないと強気に返す愛機の頼もしさに頬が緩む。
そうだ、魔導師とデバイスは一心同体。自分も『彼女』も、この程度の傷で立ち止まるような軟弱者であるはずがない!
亀裂が奔るクロスミラージュの撃鉄が起き、自壊を厭わずに更なるカートリッジをロード。
魔力が集束されていく銃口を3号機のカメラアイに叩きつけ、引き金を引く。
と同時に、3号機の背部に装備されていた巨大な大砲がティアナの額へ向けられ、レーザーを集束させた魔力砲が打ち放たれた。互いにほぼゼロ距離からの射撃。
回避は不可能! ……の
ガギンッ! と鉄が拉げる音が銃音と重なり合う。驚愕で声を失ったのは第3者の視点から戦闘を見ることが出来た1号機。
モノアイの光が小さくなり、まるで瞠目しているかのよう。彼の眼には何が起こったのか、はっきりと焼き付いていた。
銃口を互いの額に押し当て、同時に引き金を引いたティアナと3号機。普通に考えれば、互いに致命傷を与えた相討ちになるはずだった。
だが、結果はどうだろう。
勝者と敗者には明確な差が生まれ、確たる現実として目の前に広がっている。
砲撃で薄皮を焼き斬られ、鮮血で赤く染まった額に包帯を巻きつけるティアナ。頭部を吹き飛ばされて沈黙する3号機。
そう、先の攻防はティアナに軍配が上がったのだ。
それを成し遂げた技、その名を――
【
声に戦慄が滲む。
先の攻防で交叉した瞬間、ティアナは痛めていた筈のもう片腕で握りしめていた【クロスミラージュ】を地面に向けて発砲した。
射出された弾丸は地面を穿つことなく、まるでゴムボールのように跳ね上がって3号機のMGNメガランチャーの銃身へ襲いかかったのだ。
真下からの衝撃で照準がずれた上に、そこからさらに首を捻ることで紙一重の回避を成功して見せたティアナ。
機械仕掛けの戦闘兵器故の正確無比な射撃精度。それ故に、僅かな誤差で射線を外すことができると読み切ったティアナの計算と度胸が生んだ勝利だった。
【――見事だ。これが……人間、の……底力か……】
1号機の外部スピーカーから吐き出される単語がノイズ混じりの言葉の羅列へと化していく。
機体各部から火花が飛び散り、構えられていたライフルの銃口が降ろされていく。機能停止したファンネルが地面に落下していく中、
【ふ……ま、まさか、MGNメガランチャー発射の際に起こった閃光に紛れてデバイスを投げつけてくるとはな】
後方にいたはずの1号機、彼の胸部にはダガーモードへ変形したクロスミラージュが突き刺さっていた。
そう、3号機を撃破したティアナの姿が砲撃の閃光で隠れた瞬間、ダガーモードへ変形させたクロスミラージュを1号機に向けて投擲していたのだ。
しかも、もう一丁から弾丸を放ち、飛翔するダガーの柄尻に命中させることで威力と貫通力を高めるというおまけつきで。
結果として、先の攻防に目を奪われてしまった1号機は突然の不意打ちに対処しきれず、撃墜に至る致命傷を受けてしまったのだった。
ぐしゃり、と落下する1号機のモノアイから光が消え去ったのを確認し、ゆっくりと近づいたティアナが突き刺さったままの【クロスミラージュ】を引き抜く。
「ふう……どうにか片付いたわね。――ありがと、相棒」
【
銃身のの至る所に歪みと亀裂を刻んだ痛々しい姿でありながらも不敵な返事を返した愛機につられるように、ティアナもまた天を仰いで口遊む。
「Jack Pot♪」
ティアナ・ランスター、赤き3連星――撃破。
――◇◆◇――
エリオは走る。
ティアナは任せろと言った。
信頼する仲間の言葉を信じ抜く。
それがエリオの信念。
故に、振り返らない。
真っ直ぐ視界にとらえた目的の『少女』を見つめたまま、ハイウェイを一直線に駆け抜ける。
そして……、
「……キャロ」
息を整え、救いの手を差し伸べると自らに誓った少女と三度目の邂逅を果たした。
だが、ふと違和感を覚えた。
容姿も、出で立ちも、魔力の気配も変わらないはず。なのに、かつてない警告を叫ぶ己の本能は一体どうしてしまったと言うのか!?
困惑を隠せぬまま、それでも話をしなければ始まらないと判断し、槍の切っ先を下げながら声をかけ――
「――あは♪」
「ッ!?!?」
刹那、脊椎が凍結されたかのごとき寒気と恐怖が全身を駆け巡り、確認もせず全力で後方へと跳躍した。
エリオが地を蹴ったのに僅かに遅れて、彼の立っていた場所へ毒々しくも生々しい鎖が幾重にも降り注いだ。
【アルケミックチェーン】だと理解するのと同時に、エリオはようやくキャロと視線を合わせることが出来た。
そして――悟る。
彼女は、もう……
「あは、ははァははははははははっ!!」
どうしようもなく手遅れなほどに、狂ってしまっているという理不尽な現実に。
「失われし異界、狂気と闘争が支配せし竜なる者共の巣まう世界よ! 我が血肉、我が魂を以て汝らの王をここに顕現させる! 竜軍召喚!」
召喚祝詞に呼応して脈動するデバイスコアから人間の腕――しかも血肉をこそぎ落とされたかのような白骨が4本飛び出したかと思えば、キャロの胸部へ抉り込むように突き刺さった。
肉体と言う皮を引き延ばすかのように引き裂かれる胸部。暗き闇を思わせる空間が垣間見えるソコからズルリ、と。巨大なナニカが這い出してくる。
小柄な少女から生まれ出でたのは、二体の異形。細身の翼竜を思わせる漆黒の異形は剣を連想させる双翼を羽ばたかせて飛翔し、2対の歪な頭部とアンバランスな身体構造が目を惹く巨獣がアスファルトを踏みしめる。
瞬間、地響きと共に走った亀裂が生み出す粉塵が煽られるように舞い上がり、大陸そのものが震えあがったかのような錯覚を見る者に与えてきた。
圧倒的な存在感と力を持つが故に纏った絶対的強者のオーラ。
召喚主である少女を守るように彼女の背後で浮遊する黒き翼竜と興奮による唾液をまき散らしながらエリオを睥睨の視線で射抜く巨獣はまさに人知を超えた怪物であるという何よりの証。
「な……なんなんだこいつら!?」
それはエリオが知る生物の範疇を超えた存在だった。
黒い翼竜は漆黒の鱗に覆われた蛇に剣を重ね合わせたかのような翼を取り付けたような姿。
闇……いや、あれは”影”だろうか?
召喚主であるキャロを覆い隠す様に控える様子から見て、彼女へ一定の忠誠心を抱いていることを匂わせる。
一方、もう片方の異形は死竜王と近い存在だとエリオは感じた。
なにせ同じなのだ。己を『空腹を満たす獲物』としてしか認識していない化け物の眼が。
肉体の大半を占めるのは大きく前方へせり出した二つの肉塊。
まるで腕のようにも見えるソレの先端には巨大な牙を備える咢が備わり、後端で一つにつながった部位……胴体だろうか? そこから拉げた足が生えている。
腕と脚、肉体を構成する
だが、見た目のマヌケさに敵を軽んじる事は出来ない。なぜならば――
『グゥラァオオォォオオオオオオ!!』
「っ! 見た目より速い!?」
地面を踏みしめ、前傾に身体を倒したかと思った次の瞬間、豪風の如き突進で襲い掛かってきたからだ。
とっさに真横へ跳躍し難を逃れたエリオの雷槍が煌めき、で化け物――”剛竜王”デス=レックス=アームズの首へと叩きつけられる。
雷を付与された刃は鋼鉄すらたやすく両断する切れ味を誇る。しかし、四肢を引き裂かれた分体の一つとは言え、敵は人外の生命力を持つ竜の王。
”優秀”な魔導師程度の小僧にたやすく首を落とせるほど生易しい存在ではない。
「斬れ……ない!?」
皮膚は切れた。肉も切り裂く感触があった。だが、それだけだ。
骨を切るどころか、肉の中ほどで刃は止められてしまう。
双頭を備える剛竜王の咢が愉悦に歪んだように見えた。
まるで、それがどうしたと言わんばかりに。貴様程度の刃など恐れる必要すらないのだと言いたげな表情で。
悔しさと屈辱に少年の顔が歪む。少女を救うためにできることをやりきったという自負を穢されたのだから当然のことかもしれない。
しかし、各上相手の殺し合いの場では、小さなプライドなど戦いの邪魔にしかならないことに、エリオは気づいていなかった。
故に、
「隙ありぃ♪」
「ごっ――!? ッかは……ッ!!」
敵は腕足だけでないことを失念してしまったエリオの腹部から漆黒の槍が生まれ出た。
混乱で揺らぐ視線で捕えたのは、己の足元から剣山のように生えた影の槍。エリオは気づけなかったが、腕足が突撃をしかけた瞬間にもう一方の竜”闇竜王”デス=レックス=ウイングが翼を広げ、己の影とエリオの影を重ね合わせていた。
彼の能力は”影”を媒介として己や肉体の一部を転移させたり、”影”を圧縮してた影の槍を生成できる。
これによって、意識を散漫にした少年を串刺しにしたのだ。
一方のエリオ。混乱の渦に囚われながらも、反射的に今までの教導で教え込まれた対処に動く。
吐き出しそうになる鮮血を無理やり飲み込んで、反射的にソレを切り飛ばそうと槍を振るおうとする。
『逃げられると思ってんのか、クッソ餓鬼がァ!』
「あぐぅ!?」
刃が振り下ろされるよりも早く、【デバイス】を握ったエリオの片腕に剛竜王が喰らいついた。
二つ名が示す通りの
悲鳴と共に生まれたわずかな隙間から腕を引き抜き、距離を取る。
上下二本ずつの犬歯しかなかったことが幸いして腕を食いちぎられることだけは免れた。ただ、代償として利き腕に軽くない火傷を負ってしまった。
希少能力の恩恵で雷に対する耐性が高いとはいえ、肉体の内側から爆発させるように放出したのだ。
肉は焦げ、溶けた鉛を神経に流し込まれたかのような激痛がエリオを襲う。
奥歯を噛みしめて激痛に耐え――倒れ込むようにその場でしゃがみ込む。
刹那、頭のすぐ上を通り過ぎる黒い影。闇竜王が尻尾を薙ぎ払ったのだ。直撃こそ避けられたものの、巨木すら容易くなぎ倒すソレが生み出す風圧に抗う術を少年は持ち合わせていなかった。
うねる風に煽られてたたらを踏むエリオ。
咄嗟に【ストラーダ】の切っ先を地面に突き刺して飛ばされるのを防ぐ事は出来たが、それは同時に機動力と言う強みを自ら消失してしまったということと同義であった。
動きを止めてしまった小さな獲物へぶつけられる侮蔑の視線と狂笑まじりの咆哮。
叩き付けられる殺意に自らの失策を悟る余裕すら与えられぬまま、エリオは暴走トラックに跳ね飛ばされたかのような衝撃に襲われることとなった。
硬い地面の上をバウンドで吹き飛ばされながら、喉奥から込み上げてきた鮮血を吐き出す。苦悶の声を吐くことすらできない。
いくつかの内臓を潰されてしまったのだろう。手足の先の感覚が薄れ、まるで水の中に落とされたかのような錯覚を覚える。
視界の半分が真っ赤なペンキで塗り潰されていくのは瓦礫の欠片で額を切ってしまったからか。コヒュー、コヒュー……と、呼吸音も可笑しい気がする。もしかしたら、肋骨あたりが折れて肺に突き刺さっているのかもしれない。
幸いと言うべきか、まだ力の入る両腕で支えにした槍をよじ登る様に身体を起こす。
下半身の感覚がどんどん薄れていくのを自覚して、自分にはあまり時間が起こされていない事を悟る。スピードを武器とするエリオにとって、脚力を潰されたのは死活問題だ。
陸戦魔導師である己はフェイトのように縦横無尽に天空を飛翔する超高速戦闘技能を習得できない。
故に、地上での瞬間的な加速力を磨き上げてきたエリオにとって、今の状況は絶体絶命以外の何物でもない。
「あれれ~? そんなボロボロにされてもまだ心が折れていないみたいですねぇ?」
色彩を失い、曇りきったガラスのような双眸がエリオを射抜く。
フェイトをリスペクトしたジャケットは完全に消失し、頭部から絶え間なく流れ落ちていく鮮血が左半身を真っ赤に染め上げている。
身体中の骨も歪みが生じているらしく、姿勢が所々オカシイ。
脚はガクガクと痙攣を繰り返し、もはや立っているとは言えない状況なのは一目瞭然だ。
なのに……、
(あんなボロボロにされてるくせに、どうして心が折れてないんだろ? 参加者の白い
エリオの瞳は力を失っていなかった。いや、むしろ傷を負うごとに輝きを増し爛々と光り輝いているではないか。
戦い始めた直後では覚悟の炎と言う名の蝋燭レベルだったというのに、満身創痍の今は燦然と光り輝く太陽を彷彿させるのは一体どういうことなのか。
「……まだ、希望が残ってるとでも言いたげな眼ですね。――気に食わない」
焦燥にも似た激情がキャロの腸で煮えたぎる。これだけ絶望的な力を目の当たりにしたというのに、これだけの拒絶をぶつけたと言うのに、未だ折れる兆しを見せないエリオの姿が、在り様が、無性に……気に入らない。
死竜王の狂気に汚染され、家族を除いた他者から向けられる優しさを受け入れることが出来なくなっているキャロにとって、どれほどの傷を負わされようとも立ち止まるつもりは無いと覚悟を決めた少年の闘志は琴線に触れるほど不愉快なのだ。
故に、己が分身たる
「――殺して」
半死半生の獲物を今度こそ仕留めてやろうと滾る剛竜王が先陣をきり、翼をはためかせた闇竜王が後に続く。
細かい指示など必要ない。圧倒的な暴力を体現する『竜』と言う存在は、そこに在るだけであらゆる命を奪う簒奪者となりうるのだから。
故に、キャロは己が勝利とエリオが事切れる姿を幻視し、ほくそ笑む。
なんて身の程知らずで無謀な子どもだったのだろうと。
まるで自分に言い聞かせるように。
――チクリ、と痛む胸の違和感に気づかないフリをしながら。
だが、絶望的な状況においてなお闘志を失わない少年がひとり。
エリオは
勝利を確信し、手勢が両方とも自分への攻撃に意識を集中させるたった一度だけ訪れる状況を。
キャロの戦術は完璧だった。
召喚した竜たちを無作法に暴れ回らせているように見えて、実は必ずどちらか一方――大抵は闇竜王がだが――を当人の護衛として一定の距離から放していなかった。
影を通して遠距離攻撃が出来る闇竜王を援護に専念させ、キャロが攻撃を受けた時にすぐ対処できるような位置取りを心掛けていた。
もっともこれは作戦というよりも竜自身の気質による割合が大きい。
敵を屠る事こそを絶対と考える剛竜王と異なって、主を気遣く優しさを持つ闇竜王だからこそ、自ら彼女のガードを務めていたのだ。しかし、理解不能な苛立ちによって勝利を焦り、エリオの打倒を優先したことで彼女の構築していた完璧な陣形は崩れ落ちた。
死竜王の狂気に汚染されてしまった事による思考力の低下、「もしかして……」と淡い期待を抱いてしまいそうになる己の考えを振り払おうとする焦り。幼い精神が生んだ起死回生の一瞬をモノにすべく、少年騎士が遂に切り札をきる。
「花梨さん……使わせて貰います」
嗤う膝に褐を入れ、両足でしかと大地を踏みしめる。
槍を握り締めていた腕を解き、腰後ろに備え付けていた小さな小物入れに忍ばせて花梨から授けられたある物を取り出す。それは一見すると包帯のようにも見える黒い布。
表面に幾何学模様で呪文らしきものが書き込まれたソレをバンテージのように両手に巻きつける。
続いて、ズボンのポケットから取り出したのは黒塗りの穴あきグローブ。
所々に金属板が仕込まれ、どことなく刺々しい印象を見る者に感じさせるソレをバンテージの上から嵌め、具合を確かめる様に指を開いたり閉じたりを繰り返す。
迫り来る暴虐の咢の放つプレッシャーに煽られ、暴れる心の臓を落ち着かせるように胸板を拳で叩き、深い息を吐きながら【ストラーダ】を再び握り締めた。
「これで準備は整った……。よし、往くぞ!」
エリオは頭上で回転させた【ストラーダ】の切っ先を剛竜王へ向け、残されたすべての力を注ぎ込んで前へと踏み出す。
もはやいつ倒れてもおかしくない位の血液を失ってしまった。
直撃を受けたらそこで終わる紙一重の駆け引きは精神と魔力を擦り減らし、もはや余力が残っているとは言い難い。
故に、残されたすべてを賭ける。
そのための切り札こそ――【ストラーダ】に組み込まれた第三の形態『フルドライブモード』。
「これが僕の全力だあッ!!」
裂帛一陣。
鍛冶窯で鍛え上げられる玉鋼のように赤熱化していく愛槍を携え、雷光の騎士が駆けぬける。
【ストラーダ】から放出される凄まじい蒸気。緋色の刃と化したソレを目の当たりにして、剛竜王の眼に初めて驚きの色が浮かび上がった。
剛竜王の驚愕も当然だ。フルドライブを発動させた【ストラーダ】は、灼熱に燃え滾る炎の槍と化しているのだから。
雪菜の使う魔導と魔術の融合。
リンカーコアと魔術回路と言う異なる魔力動力源を並列稼働させることで強大なエネルギーを生み出す異世界の技法を模倣した絶技、それこそが【ストラーダ】フルドライブの正体。
【デバイス】の内部に張り巡らされた魔力回廊は、通常一方通行の一本のみ。
しかし【ストラーダ】には、二つの魔力回廊を螺旋状に絡みつかせた特注のシステムを組み込んであった。
通常時は片方の回廊のみを駆動させ、フルドライブ時には二種類の魔力の流れを生み出す。
螺旋構造にしているのは、そうすることで互いの魔力が干渉し合い、増幅するためだ。
だが、完成されたシステムである魔力回廊を二倍に増やしたからとって単純なパワーアップが計れるはずも無い。むしろ、【デバイス】に大きな負荷をかける結果になってしまった。
その証拠が、過剰魔力の暴走による内部からの自壊……【デバイス】全体の赤熱化だ。
しかも、溢れ出す魔力が【デバイス】に振動を産み、まともに振るう事も出来ないほど暴れまわる。
そう、現在の技術ではこの技術を実用化することが不可能なのだ。
しかしエリオはこの欠点を
書き込まれた呪文によって当人の魔力を必要としない腕力強化を可能とする“
マグマの如き超高温にすら耐えられる耐熱性を有する“
ミッド式魔導の産物ではほとんど暴走状態である【デバイス】と反発し合ってしまうから不可能な策だが、全く別系統の魔術による産物……『宝具』ならば問題はない。
これこそがエリオの導き出した最強の
その名を――……!
「一閃ッ! 必中ゥ! 『
『『――ッ!? グゥァアアアアアアアアッ!?』』
雷神の代名詞である神鎚の名を冠した閃光が、迫り来る死の具現……剛竜王と闇竜王をいとも容易く撃ち貫いた――!
「や、やった……?」
血肉を焼かれ、骨を砕かれた竜王たちが崩れ落ちていくのを気配で感じ取り、エリオは呼吸を整えながら呆然と呟く。
魔力を出しきり、ほとんどのカートッジもジャケットを破壊された時に消失してしまった。
こんな事もあろうかと習得しておいた簡易治癒魔法を自身にかけて止血を試む少年には、もはや振り向く体力すら残されていない。
もし今、敵の追撃を受けてしまうと逃げることも防ぐことも出来ず、無残な躯へとなり果てることだろう。
だが、小さな騎士が総てを賭けた一手は、勝利の女神の祝福を受けるだけの結果を齎したようだ。
エリオの視線の先で、胸元を抑えて苦悶を零していたキャロの身体が痙攣したかのように大きく跳ね上がり――硬直。次いで、全身から力を失い、そのまま倒れこんだ。苦悶の声すら聞こえない所を見るに、どうやら召喚獣のダメージがノックバックした衝撃で気絶したようだ。
「かっ、た……のか? は――ははっ。そっか、勝ったんだ僕」
胸の内から湧き上る歓喜に震える。
彼女の様子から今まで以上の言葉の説得は無理と判断し、教官譲りの『駄々っ子はとりあえずぶっ飛ばしてからお話』しようと判断したのは正しかったと言う事か。
激痛の走る身体に鞭打って近づき、無垢な寝顔を浮かべる少女を抱き寄せる。
これから先、決して容易くない贖罪の日々を送ることになるだろう。
けれど、エリオは彼女に伝えたかった。
どんなに汚れて堕ちてしまっても、奈落の闇に染まりきってしまったとしても、光ある世界で生きる資格は誰にだってあるということを。
だから、後悔はしていない。
これが自分の正義、自分がやり遂げようと誓った『決断』なのだから。
ほぅ、と安堵の息を吐くエリオ。
だが次の瞬間、彼の表情は驚愕のソレへと変貌する。
「……ぅ、ぁ」
「キャロ? 気がついた――」
「ア゛アァァアアア゛ア゛アアアアアアアア!!」
「な――キャロ!?」
突如絶叫を上げるキャロ。
胸元を掻き毟る様に暴れる少女を落ち着かせようとするエリオの奮闘をあざ笑うかのように、彼女が右手に装着していた【カオシックルーン】のコアから白骨の腕が飛び出し、彼女の胸部へ突き刺した。
身体を引き裂き、召喚門を強引に解放させられたキャロが痛みで悶える。
そんな彼女から新たに生み出される二つの竜。
無数の口で全身を覆われた醜い肉塊のような異形……“巨竜王”デス=レックス=ボディ。
そして、もう一体は――
『……少年よ。契約者の生を望むか?』
宙を泳ぐ魚のような姿をした“水竜王”デス=レックス=テールが、愛しむ様な目でキャロを抱きしめエリオに語りかけてきた。
「な、なにを言っているッ! お前たちのせいでキャロが――!」
『左様。我らは四肢に過ぎず、ヘッドの収集には逆らえぬ。……なれど、契約者を蔑ろにするほどの愚劣になり果てたつもりは無し。故に――』
水竜王から鱗が一枚剥がれ落ち、ひらひらと舞いながらきゃろの元へと落ちていく。
それは彼女の額に触れると無数の水の粒子となって舞い散り、彼女の全身を包み込んだ。
さらに彼女を抱きしめていたエリオにも効果は及んだらしく、先の戦闘で負った傷が見る見るうちに癒されていった。
「回復能力!? それも、こんなに強力な……」
『我は水を司る竜王。清らかな水は傷を癒す慈しみの力でもあるのだ。――さて、ヘッドが呼んでいる。もう行かねば』
天へと泳ぎだした水竜王につられるように視線を上げると、深手を負った剛竜王や闇竜王、先ほど召喚されたばかりの巨竜王までもが宙に浮かび、いずこかへ飛び去ろうとしていた。
「ちょ、まって! いったいどこへ行くつもりなんだ!?」
『言ったであろう、ヘッドが……“死竜王”デス=レックス=ヘッドが我らを呼んでいると。どうやら完全体へと戻る目算のようだな。契約者の精神を汚染した際、復活に必要な魔力を奪い取っていたか、小賢しい奴よ。――とは言え、元々同じモノであった我らが一つになるのは当然のことでもあるがな』
最後は苦笑すら浮かべながら、水竜王たちは飛び去っていく。向かうはクラナガン上空、彼らと同じ『消滅』の力を宿す『星の守護者』との決戦の場。
好敵手と対抗手段。
《黄金神》が好敵手と認める『神成るモノ』と、彼を打倒すべく呼び込まれた異界の竜王。
戦局は更なる混迷を迎えようとしていた。
――◇◆◇――
大気の障壁を突き破り、音速を超えた速度で天空を駆け抜ける黄金色の飛龍。
新たな主を背に黄金色の
『お館様、まもなく戦場に到達いたします』
「ああ……」
返す言葉に力がない。
振り返ってみると、何やら思案顔の主の姿が。
『なにをお悩みになられているのです? 足止めにもならない鉄屑を配備させている敵方の狙いについてですか? それとも――“ⅩⅢ”の命と因子を奪い去った何者かの動向を?』
「両方……いや、どちらかと言えば後者のほうが、な」
心ここに在らずといった様子で思考に没頭しつつ答える。
脳裏に焼き付く惨状の光景。サマエルを仕留め、教会の執務室に踏み込んだダークネスが目撃したのは四方を鮮血の赤で染め上げた惨劇の現場。
血の池に浮かぶようにこと切れていたカリムとローラ。敵を持ったものの仕業であることは、苦悶と心残りの様を表情に刻み込んでいることからも見て取れる。
常人ならば吐き気を催し、即座に顔を背けるほどの光景。だが、ダークネスが引っ掛かりを覚えたのは彼女たちの死に様……
人の命を手にかける覚悟と決断を済ませているダークネスにとって、眼前に広がる光景は『敵のひとりが脱落した』以外の何物でもなかったのだから。
そんなダークネスが疑問に感じていたこと、それは因子を喪失しているカリムの肉体がいまだに存在を保てていたという点だ。
「おい、インペリアルワイバーン。“ⅩⅢ”は魂こそ参加者のソレだったけれど、肉体は普通の人間と同じものだったよな? その場合、因子を抜かれても魔力粒子に分解されないのか?」
『いいえ。肉体が人であったとしても、内に宿していた魂と同化していた因子を抜き取られてしまえば崩壊は免れません』
膨大なエネルギーを内包する因子は、超小型の原子炉のようなもの。人間の肉体に宿して生きながらえてきたこと自体が奇跡であり、間違いなく内側から崩壊を始めていたはずだというのがインペリアルワイバーンの考察だ。
実際にカリムの亡骸も、首筋の傷以外に体内から何かが飛び出したような傷痕が見て取れた。
宿主の生命活動が停止したのを契機に自ら分離を果たしでいずこかへ消え去ったのか、あるいは――
「何者かが“ⅩⅢ”に引導を渡して因子を奪い取ったか。確率的には三:七といった所か」
『ですが、下手人はいったい何者なのでしょうか。まさか彼奴ら六課の中に身をひそめていたとは考えにくいですが……』
「俺はてっきりマリアとかいう小娘が
手掛かりを求めて探索した中で、魔力はおろか魂までも吸い尽くされたかのように衰弱してこと切れていた少女の亡骸を発見した瞬間、ダークネスは自分の予測が間違っていたことに気づいた。
襲撃を仕掛けた昨日の邂逅で妙な言い回しをしていた彼女を訝しみ、マークしていた。
カリムというイレギュラーの身近な存在でもあった彼女こそ、存在をほのめかされてきた儀式の管理者ではないかと勘繰ったからだ。
しかし、あの惨状を見る限りでは、彼女ら三人は何者か――おそらくは管理者だろう――に駒として利用されていたと考えるのが自然だ。
何を思ってあんな凶行に及んだのかはわからないが、このタイミングで仕掛けてきたことから見るに、
「この戦争、元凶が倒れればそれでおしまいと言うわけにはいかなさそうだ。……急げ、インペリアルワイバーン。介入者が何を仕組もうと、
『御意』
まずは目の前にある大事にケリをつける。
思考を切り替えながら薙ぎ払うように片腕を振るい、荒れ狂う暴風の如き風圧だけでガジェット軍団を一掃した《新世黄金神》の眼は、ただ一点、戦場に浮遊する古のゆりかごを射抜いていた。
・おまけ
【う~む、まさか我らが撃墜されるとは。魔弾の射手……侮りがたい】
【けっ、ケツの青い小娘かと思って油断したぜ】
【あぎゃあぎゃ! いい訳なんざすんなよ、みっともねぇ。負け犬は負け犬らしく、事の成り行きを見物してりゃあいんだよ】
【ああ!? ぶち壊すぞコーン野郎!】
【やろうってのか、鏃野郎!】
【やれやれ……青いことだ】
【【野球ボールは黙ってろ!】】
ティアナが立ち去った戦場で醜い言い争いを繰り広げる、赤いボール、流線型の鏃、三角錐のコーンがいたという。
ちゃっかり三機とも脱出ポットで離脱している辺り、エースの面目躍如ということだろうか。
……という訳で、ティアナと3連星のバトル、実は引き分け(生き残った者勝ち)だったりするんですな。
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引き合う者たち
正ヒロイン(?) らしく、かなりのぶっ飛び性能ですが。
万が一に備えて用意していた簡易版転移装置で戦場となっているクラナガンへ帰還を果たしたはやて一行。
戦闘の真っ最中ではあるものの、取り返しのつかない事態が引き起こされていないことに安堵の息を零す。
「よっしゃ、間に合ったようやな」
「ふむ……状況を見るに、ややこちら側が不利といった所でしょうか。高町やテスタロッサ、ヴィータはまだ【ゆりかご】に取り付けていないのか……?」
「焦ったらあかんよシグナム。とりあえず私等はロングアーチと合流を――」
「悪い部隊長。こっからは別行動させてくれ」
部隊指揮所として現役復帰を果たしたアースラで戦っているであろう仲間たちの元へ駆けつけようとしたはやてに、鋭い視線を遥か上空へと投げつける雪菜が願いでた。
背中に収めていた双剣を抜刀し、臨戦態勢を整えた雪菜の姿に驚くも一瞬、彼の視線の先に『誰』がいるのかを見抜き、はやてが疲れたように額を抑えた。
どうやら頭の痛い問題もこっちに来てしまったようだ。
それでもわずかな希望を胸に問いかけてみる。
「念のため聞いとくけど……なにがあるん?」
「見た方が早いですよ」
ほら、と天を指さす雪菜。
内心げんなりしつつ、表面上は冷静な仮面を被ったまま視線を上方へと向け――
「うわぁお」
思わずそんなセリフが飛び出してしまった。だが、それもしょうがないことだとはやては思う。
なぜなら、彼女と似通った表情を雪菜を除く全員が見せているのだから。
彼女らが見上げるクラナガンの上空。魔導師と騎士、ガジェットの軍勢が空中戦を繰り広げている戦場よりも遥か上方、雲よりも高い領域を埋め尽くしていたのは数えるのもおっくうになりそうなほどの大群を形成したガジェットたち。
空を塗りつぶすように編隊を組み、地上を見下ろすかのようなその姿は、こちら側の戦意を削ぐ意味も兼ねているのだろうか。頭上を抑えられているという圧迫感は、ジワジワと精神に負荷をかけてくるのだから。
……だが、それよりも重要なことがある。
「こーゆー時にこそ、あのセリフの出番だな。リヒト、ルシア、行くぜ」
「え? あ、はい」
「開き直ったわね……いや、気持ちはわかるけどさ。――コホン。それじゃあ、せーの」
「「「
緊張感のないやり取りを交わすお子様トリオにツッコむ余裕は残されていなかった。
何せ、天蓋を覆うかのごとく
いや、あれはもう撃墜というよりは蹂躙と呼ぶべきか。
漆黒の天蓋を切り裂く金色の閃光。演じられるのは、輝く装甲に覆われた機械の龍を駆る最強とうたわれる龍神の無双劇。
腕をひと薙ぎすれば一個大隊がスクラップと化し、飛龍の咢から閃光が撃ち放たれれば鋼の騎兵は欠片も残さず消滅していく。
足止めどころか経験値稼ぎにもなっていない。一切速度を落とさずに空を駆ける黄金の龍神が【ゆりかご】に達するのも時間の問題だろう。
いや、あれだけの敵兵力を排除してくれたのは感謝すべきなのだろうが……、
「まずいですよ主。このままでは突入部隊を務めるテスタロッサたちが奴と接敵してしまいますっ」
接敵出来ればまだ救いはある。
だが、あの勢いを見る限り、わざわざ内部へ侵入を試みるよりも、外部から物理的に【ゆりかご】を破壊してしまいかねない。そうなれば、突入部隊の生死は……!
「わかっとる! わかっとるけど……いったい誰があの人を止められるっちゅうねん。――あ、雪菜。まさか君」
「そーゆーことです。奴を止められるのは全力解放状態の俺か花梨の姉御くらいですからね。てなわけで、足止めに行ってきますよ」
この程度なんでもないと言わんばかりの軽いノリで飛び上がり、魔力を空間固定することで足場を形成。
それを足場にさらに高く跳躍し、再び形成した足場を蹴って上へ、上へと跳び上がっていく。
そのままダークネスの元へ向かうのか……と思いきや、唐突に足を止めて地上にいるはやてたちへ振り返り、
「でも、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」
「いらん死亡フラグ立てとらんで、はよいかんかい!」
「了解~」
ひらひらと手を振りながら今度こそダークネスの元へ駆け出していく雪菜。
不安を隠せない彼女たちを気遣ったジョークなのか、それとも単なる天然か。
締まるようで締まらないビミョーな空気の中に取り残されたはやての「とりあえず皆と合流しよか……」と言う提案に速攻で全員が頷いたのは、シリアスな空気に戻したかったから……なのかもしれない。
――◇◆◇――
「ったくもう! めんどくさいったらないわね――っと! 【ルミナスキャノン】ッ!」
「グダグダ文句言う暇あるなら手を動かしなさい。――【ブラスターヒート】!」
「二人とも喧嘩はやめといた方がいいよ。死んじゃうからさ――【テスラスマッシャー】!」
戦場と化したクラナガン中心部。
雲一つない蒼天の大空を切り裂いて飛翔する三人の天使が、彩り鮮やかな閃光を撃ち放つ。
真紅の魔力が生み出した魔導砲と朱色に燃え上がる輝焔の奔流が大地へと突き刺さり、荒れ狂う破壊の暴風となって高層ビルの窓ガラスを粉微塵へと粉砕していく。
修繕にどれほどの費用がかかるのか計算するのも恐ろしいほどの惨状を生み出した女性たち……高町 花梨とシュテル・スペリオルは相も変わらず通常運転の口喧嘩を交わしている。
それでも、視線は眼下のコンクリートジャングルを蹂躙するかのように暴れ回る標的から逸らさない。
常人ならば容易く撃墜できるオーバーSランクの魔導砲を同時に叩き込んだのだ。
常識的に考えてみれば、いかに強大な生物であろうと、いくらかのダメージを負ってるハズと考える。
だが、残念な事に彼女たちが相対している
濛々と立ち昇る黒煙の向こうに動く影を認め、金の髪を靡かせたアリシアが狙撃銃形態へ変形した【デバイス】の銃口を向け、躊躇なく引き金を引く。
瞬間、稲光をほとばらせる雷光が打ち放たれ、身をもたげようとしていた標的へ突き刺さる。
再度の爆発。先ほどのものに負けず劣らずの爆風を頬で感じながら、やや離れた位置にある高層ビルの屋上へ降り立ったアリシアがリボルバー式のカートリッジの交換を行う。排熱の蒸気と共に排出されて宙を舞い、足元へ落下していく空薬莢に一瞬だけ視線を落とし、カートリッジの残弾を確認する。
――ん~、ちょっと消耗激しいかな。残弾に余裕はあるけど、先にゆりかごへ突っ込んじゃったヴィヴィオを追いかけなきゃだしね。
小さな溜息が零れてしまう。
娘が自分の意志で決着を望む相手があそこにいるという理由こそわかる。
だが、戦況を一切考慮せず、独断専行に走ってしまうのは彼女がまだまだ幼い子どもであるが故か。
確かに個人としての戦闘力は有象無象の魔導師ごときが束になっても叶わないレベルに仕上げてある。
自分が生み出した【
突撃を敢行するヴィヴィオを見て、慌てて突入していったなのはもいることだし、考えすぎと思わなくも無い。
だが、
「あっちには紫天の一派さんたちが残ってるんだよね~。戦場に出てきてないっぽいし、きっと中で待ち構えてるんだろうな~」
アリシアは、ヴィヴィオを奪い取ろうと仕掛けてきたときの情報から、彼我の実力差をある程度見抜いていた。
母譲りの魔女の叡智をもって導き出した答え。それは『
ヴィヴィオの相手をしたユーリは明らかに手加減をしていたのでデータとして不十分だが、“あの”ルビーのパートナーを務めている時点で、十年前の戦闘能力より数段上方修正しておくべきだ。ディアーチェとレヴィも隠し玉がある可能性は否定できないが、通常形態の自分とシュテルで優位に戦局を進められていたことを鑑みて、こちらに分があると見ていいだろう。
以上のデータを統合すると、個々の戦闘能力ではユーリが一つ抜け出しており、時点でアリシュコンビが同列、次いでディアーチェとレヴィがどっこいといったところか。
奥の手である『鎧闘神』を発動すればとも思うが、発動限界時間がある以上、軽はずみに使用することは避けたい。
出来る事なら、このまま花梨を引き込んで三対三の状態を作れれば言うこと無いのだが……。
「ま、そーゆーのはコッチを片付けてからのお話だよね」
産毛が逆立つ程濃厚な殺意の高まりを感じとり、アリシアがライフルのスコープを覗き込む。
刹那、崩壊寸前の、瓦礫一歩手前だったビル群を粉砕するほどの咆哮が響き渡った。
『グゥルォォオオオオオオオオオオオオオ!!』
大気を震わす轟音がクラナガンに木霊した。
鉄の杭で全身を貫かれたかのような衝撃に襲われ、口論を続けていた花梨とシュテルの目が雄叫びの主へと向けられる。
アリシアもスコープのレンズ越しに目を移すと、粉塵を振り払いながら巨大な翼が羽ばたくのが見えた。
それはゆっくりと大地を踏みしめながら前進し、ついに己が異形なる“無傷の”姿を白日の下に曝け出した。
頭がい骨を思わせる頭部、肩口まで裂けた咢、アスファルトの舗装を容易く踏み砕く後脚、翼竜を彷彿させる巨大な翼。
かつて、花梨の親友である
『死竜王 デス=レックス完全体』
かつて、黄金の龍神を葬るために呼び出され制御を離れた怪物が、クラナガンの市街地で完全なる顕現を果たしていた。
「うげ……。あんだけやってノーダメージってどうなの? ねえ、シュテル。私たち、何発くらい砲撃叩き込んだっけ?」
「さあ? 少なくとも二、三十発はくだらないはずですね。……あ、もしかしたら戦闘の最中に合体した際、ダメージも回復したとか?」
「いやいやいや、そんなゲームじゃないんだから……」
げんなりと表情を曇らせる花梨にあっけらかんと答えるシュテルの顔にも僅かな疲労の色が見て取れる。
あまりにも規格外なタフネスさに、流石の彼女も焦りを感じずにいられない。
『無駄な足掻きを続けるな。おとなしく我に喰われるがいい!』
おぞましき口から吐き出された声は、瞳に宿す漆黒の虚無と同じおぞましさを聞くものに与えてくる。
遡る事一時間前、ゆりかごを目指す花梨を阻もうと現れたキャロの愛竜
既に『神成るモノ』へと進化を果たしていた花梨へと襲い掛かってきた当初こそ、不完全体でもある“死竜王”デス=レックス=ヘッドの状態だった。
しかし、『消滅』という同系統の能力を有する花梨を倒しきることは難しく、それどころか戦いの途中で参戦してきたアリシアとシュテルの助力もあって花梨が死竜王をあと一歩まで追い込むほどの戦局を描いていた。
しかし、自らの不利を悟った死竜王は彼女たちを倒すべく、奥の手を発動させたのだ。
それこそが、完全体としての復活。普段はあまりの強大さ故に、キャロによって五つのパーツ……『頭』『手足』『体』『翼』『尾』に分断し、個別に使役されている“他の自分”を呼び寄せ、強引に完全竜魂召喚を発動させたのだ。
キャロから魔力と理性を喰らったからこそ可能な裏ワザのようなものであったが、結果、死竜王は四肢を取り戻し、完全な死を告げる竜の王として復活を果たしたのだ。
高層ビルすら凌駕する巨躯、ワイバーンのような骨格は強固な筋肉と鎧を思わせる分厚い外皮で覆われている。
全体的な形状は、死竜王の腕を翼竜を思わせる翼へ変化させ、足を取り付けた様なものと言えば良いだろう。
大地を隆起させるほどの超重量の体躯を揺らして迫り来る死竜王から逃れるため、さらに上空へと飛翔しようとする花梨。
しかし、唐突に足を引かれる感覚に襲われ、困惑に目を剥く。見れば、足首に渦巻く水流で構築された紐のようなものが組みついているではないか。
辿ってみると、死竜王の竜尾の先端に備わっている鋏状の器官から射出された水を操作したものだった。
それ自体が意志を持つ触手のようになめらかな動きを見せるソレは凄まじい強力をもって天上を飛ぶ魔導師を引きずり落とし、地べたへと叩き付けた。
咄嗟に防御フィールドを展開したお蔭でダメージこそ最小限で留められた花梨であったが、数百メートルもの距離を一瞬でゼロにされた衝撃までは殺しきれなかったらしく、側頭を抑えて苦痛を堪える素振りを見せる。
どうやら頭に衝撃を受けて軽い脳震盪を起こしてしまったようだ。
視界がぼやけ、平衡感覚が定まらない。
立ち上がろうと身体を起こすものの、ガクガクと膝が震え、魔力を練り上げることもままならない。
気絶しないよう意識を繋ぎ止めるので精一杯な状態に陥ってしまった花梨を睥睨し、死竜王の空虚な瞳に狂気の色が輝く。
『ゴゥオラァァアアアアアア!!』
翼の付け根まで裂けた大咢を限界まで開き、周囲の建築物を噛み砕きながら身動きの取れなくなった獲物へ襲いかかる。
巨体からは想像もつかない加速で瞬く間に花梨へ迫ると、周囲の大地ごと彼女の存在全てを喰らうべく、兇牙の立ち並ぶ大咢を勢いよく閉じた。
ボッ! と大気の炸裂音を彷彿させる残音と共に、数十メートルにも及ぶクレータが生まれ出た。
咀嚼することも無く上体を起こした死竜王は、次は貴様らの番だとアリシアとシュテルへと顔を向ける。
『さあ、次はどちらが喰われるのだ?』
「はあ? 理性がカラッポなバケモノは知性もカラッポなのかな?」
『ナニ?』
戦友の死に動揺するどころか、肩をすくめて残念なものを見るかのような表情のアリシアの態度に、死竜王が疑問を抱く。
万物を喰らう己が大咢の前では、如何なる存在であろうと等しく獲物でしかない。それが当然のことだと、揺るぎ無い事実なのだと言う強すぎる自負が死竜王の致命的な油断を産み出している事に、当人だけが気づけていなかった。
「足元がお留守ですよ?」
『!?』
驚愕の声はない。いや――出せなかった。
死竜王の足元、巨大すぎる体躯故の死角にまわりこんだシュテルはすでに
カートリッジのロードと共に爆発的に高まった魔力が灼熱の炎と化し、渦巻く。杖先に束ねられた紅蓮のエネルギーが爆炎となって死竜王へと襲い掛かった。
「【ブラスターヒート……
灼熱の魔道砲撃五連弾が顎に当たる部分に直撃、巨竜を仰け反らせるほどの大爆発を起こすとともに解放された炎がマグマの如き粘度を以て死竜王の全身を縛り上げ、焼き焦がしていく。
響き渡る絶叫。翼を振り回し、どうにか振り払おうともがく死竜王をあざ笑うかのように、燃え続ける劫火は意志を持つかのようにバケモノの全身を蹂躙し、燃やし尽くしていく。
炭化した鱗がパラパラと舞い落ち、死竜王と接触したビルの欠片と混ざり合いながら地面へ落ちていった。
その内のひとつ、かなりの大きさがある瓦礫が先ほど誕生したクレーターの中心部へ落下して――地面の下から撃ち放たれた真紅の魔力砲で粉砕された。
「げほっ! げほぉ! うあ~、死ぬかと思ったわ……」
髪にこびり付いた土を払い落としながら立ち上がったのは、死竜王に喰われたはずの花梨だった。
死竜王の牙が届く直前、足元を“消滅”させることで地下深くへ潜り込んで攻撃を回避していたのだ。
「さすが、しぶといですね」
「お褒めに預かり光悦至極……なんて言わないわよ――っと!」
言いきる前に飛翔魔法を発動させて離脱。いまだ燃え尽きない劫炎に焼き焦がされる死竜王が怒り狂って放った
「お帰り~」
「ただいま。……で、どんな感じ? 分析は終わったの?」
一歩引いた間合いから敵戦力の分析を行っていたアリシアに、進捗を訪ねる。
彼女に敵の意識が及ばないよう、自分を囮にして注意を集めていたのだ。
労力を考えれば、友好的な弱点を見抜くくらいはして欲しいところだ。
「ん~、まあ七割程度はね。聞きたい?」
「さっさと言いなさい。私たちにアレの相手を押し付けといてもったいぶんなっ」
「ほいほ~い。対象の正規名称は“死竜王”デス=レックス完全体。能力は万物を分解・消滅させるってヤツで、君の『
「あんだけ砲撃ブチ込まれといてピンピンしてるの散々見せつけられてきたからわかってるわ。で?」
「んぅ?」
コテン、と首を傾げるアリシア。
もしこの場にダークネスが居合わせていたら、奥さんのあどけない可愛さに胸を打たれてしまい、R版へ転移してしまっていたかもしれない。
母譲りの扇情的なドレスに包まれた蠱惑的かつ豊潤な四肢と穢れを知らない乙女の如き清純さを併せ持つアリシアは、まさに魔性の女と称するに相応しい!
……などと、アホらしい感想を抱いてしまった己の頭をコツく花梨が疲れたようにコメカミを揉む。どうにも調子が狂う。
理由はよく分からないが、どうにも金ぴかドラゴン一家相手だと妙なノリにばかり思考が泳いでしまう。
常識外れ共の仲間入りしつつある現実から全力で目を反らし、勢いよく頬を叩いて意識を切り替えようとする花梨を眺める【ヴィントブルーム】に腰掛けたアリシアの間にシュテルが割り込む様に降り立った――瞬間、
――ゾクリ!
姦し三人娘の本能が、最上級の危険信号を鳴らす。
空間すら押し潰すほどの重圧からくる圧迫感。
プレッシャーの根本へ三つの視線が向けられるのと、暴食なる狂牙が開かれていくのはほぼ同時のことだった。
『遊びはここまでだ……全員まとめて我が贄となるがいい!』
限界まで開かれた死竜王の咢。喉奥の眼球を模した器官が妖しい輝きを放ち始めた。
死竜王の必殺技、『
親友を屠った技を前に、花梨の心は不思議なほどに落ち着いていた。
冷静に状況を見極め、“消滅”の力を宿した魔力球を生成していく。
その数、およそ――五千!
「そんなにお腹空いてるんなら、これでも喰らっときなさい!」
天へと掲げた杖を振り下ろすと同時、大空を埋め尽くした紅の光弾が死竜王目掛けて殺到する。
不規則な軌道を描いて飛翔する魔力弾は着弾の寸前に分散、全体の約半数が死竜王の頭部を掠る様に急上昇することで視界を遮ると共に敵の意識を
続いて、残りの魔力弾が隙だらけの態を晒す死竜王の足元に着弾、本体ではなく足場である大地そのものを抉り取った。
重心を崩され、大地に呑み込まれていくかのように崩れ落ちる死竜王。
咄嗟に身近な建物へ掴み掛って体勢を保とうと足掻くものの、以前のように人間のモノと同じ形状をした腕ではなく翼としての機能を優先させた翼爪では完全体となった巨体を支えることは出来なかった。
翼爪はビルの表層を削り取るにとどまり、粉塵を巻き上げながら瓦礫の海へと身を鎮めることとなった。
もし、脚部を直接魔力弾で穿っていたとしたら、このような結果になることは無かっただろう。
竜種の強大すぎる生命力は人智を超えており、特に死竜王は不死を思わせる無敵の生命力を秘めた存在なのだから。
『オノレェ……下らぬ小細工オォォオオオオ!』
瓦礫を搔き分けながら憤怒の咆哮を上げる死竜王。王としての傲慢すぎる誇りを汚されたと感じているのか、はたまた獲物如きにしてやられたと言う憤慨か。
どちらにせよ、彼女にとっては関係ない。やることは最初から決まっているのだから。
立ち上がろうとしている敵に杖先を向け、“能力”を発動させる。
集束する魔力に“消滅”の概念を付与し、ただの魔力砲を絶対無比なる必殺の一撃へと昇華させた。
真紅の魔力から放たれる風が栗色の髪を靡かせ、大気中に拡散した残留魔力が頭上で渦巻き、神々しい光輪を彷彿させる輝きを放つ。
背面に広がる透き通るような魔力翼と相まって、その姿は地上へ降臨した戦乙女を彷彿させる。
幻想的でありながらも絶対なる死を告げる恐るべき使者と化した花梨の眼が、ようやく瓦礫から抜け出した死竜王を射抜く。
「極死・ルミナスキャノンッ!」
【デバイス】のグリップに備え付けられた
眩いばかりの閃光は一条の流星となって死竜王へと突き刺さり、片翼を根元から抉り取る様に消滅して見せた。
血肉を焼き焦がす際に発生する異臭も、骨を砕く破砕音も聞こえない。
しかし、単なる結果として片翼を空間ごと消失したかのように抉り取られ、困惑と悲鳴まじりの雄叫びを上げる死竜王がいた。
まるで、貴様の姿こそが揺るぎ無い真理であるのだと宣言しているかのように悠然と空に座す戦乙女を睨み上げ、龍の王の意識が怒りで塗り潰されて行。
伽藍堂であった双眸はどす黒い血を彷彿させる闇色に染まり、全身を覆う竜鱗が逆立つ。
血管が浮き出るほどに肥大化した両足が無数のクレーターで埋め尽くされた大地を踏みしめ、ユラリユラリと身体を起こしていく。
強すぎる怒りによって削り取られた傷の痛みも感じていないのだろう。
剥き出しにされた生々しい筋肉から吹き出す鮮血を抑えることもせず、長く強靭な尾部を振り上げ、自身の足元へ勢いよく叩き付けた。
錯乱したか? と疑問符を浮かべる花梨。だが、刹那の間を開けて脳裏にけたたましい警報が鳴り響いた。
直感に従い、その場から緊急離脱。見れば、アリシアとシュテルも後方へ避難している様子が見て取れた。
その僅か数秒後、四方の空間から彼女らの残像を串刺しにする漆黒の槍が具現化した。
僅かでも離脱が遅れていたらむごたらしいオブジェになり果てていたことだろう。
前兆も無く空間を突き破り、襲い掛かってきた謎の攻撃を垣間見て、花梨の背筋に冷たいものが奔る。
「何よアレ……空間転移? 召喚魔法?」
【うーん、見た感じ別物っぽいですね~】
困惑を隠せない花梨に代わって先ほどの攻撃の仕掛けを見抜いたのは、敵戦力の分析に努めていた【ルミナスハート】だった。
【槍みたいなのが生えてくる空間を良く見てくださいな。黒い塊みたいなのがあるでしょ?】
「黒い塊? っ、あれってまさか……影?」
【ルミナスハート】が指し示したもの。それは空中で不自然に発生した漆黒の影だった。
先程、死竜王が地面を踏みならした際に舞い上がった瓦礫や粉塵が重なり合い、太陽光を遮って影を作りだしていたのだ。
闇竜王が得意とした影を媒介とする空間跳躍攻撃。死竜王が仕掛けてきた攻撃はまさにソレだったのだ。
「意外と頭が回るようね……っ」
再度の悪寒。進行方向前面の空間に魔力を固定して魔法陣を生成し、足場として着地。両膝のバネの反発を生かして身体に掛かるベクトルを反転、即座に離脱を試みる。
だが、
(しくった!?)
安全圏まで僅かに届かない。
『
表皮を抉り、肉を断つ一撃は掠った程度と言えども、軽いダメージで収まるものではなかった。
激痛と共に吹き出す鮮血。肉体の一部を文字通り抉り取られた感覚に、花梨の表情が苦悶に歪む。
それでも立ち止まることは許されない。紗ならる追撃を仕掛けてくる槍の豪雨を、生成された影の場所、大きさなどから次弾の射出場所を予測し、回避行動を持続させる。しかし、受けたダメージは深刻だ。止血も出来ない状態での連続回避は肉体に多大な負荷を与え、その度に傷口から真新しい鮮血が溢れ出す。痛みは枷となって思考速度を低下させ、ソレが新たな傷を生む原因となる悪循環。
相手には空間ごと対象を喰らう範囲攻撃が存在している以上、転移攻撃のみならず本体の挙動にも意識を裂かなければならない。
結果的にそれが思考演算に意識を取られてしまうこととなり、身体の動きを悪くしてしまってる。頭では理解できているのに打開策が見当たらない。
アリシアとシュテルのほうも攻撃は及んでいるらしく、援軍は望めそうにない。
明らかに劣勢な状況に立たされていることを理解し、花梨が下唇を噛む。
(このままだとなぶり殺しにされる! 必要なのは打開策……奴の攻撃を防ぐ何か! 考えろ、考えろ私!)
敵の攻撃は空中に投影した影を利用した転移攻撃。
物理現象であるために対魔力障壁は意味を成さない。
なら魔力の流れを阻害するジャミングを仕掛けるか?
――却下。敵固有の能力によるものだから魔法ではない。
空間設置型のバインドをばら撒いて牽制するか?
――体格差がありすぎる。複数の術式を重ね掛けしなければ止められるシロモノじゃあない。これだけの数に対処しようとしても術式構築が間に合わない。
――考えろ。考えろ! 考えろッ!!
自分の手札は何がある?
高速演算を可能とする並列思考に万物を消滅させる異能。
そしてこの世界には存在しないはずの知識。これらを組み合わせて新たな戦術を、魔導術式を構築する以外に打開策は無い。
(必要なのは攻撃の先読み? それとも攻撃に対する自立迎撃機能?)
前者なら『
けれど、ソレを実行するためには情報分析の時間が必要。ならば、時間稼ぎも含めた迎撃システムの構築こそが対策として相応しい。
イメージするのは記憶にある自立機動兵器。形状は“盾”として、“能力”を付与させることでいかなる攻撃おも“消滅”し、防ぎきる鉄壁の守り手。
――違う。そうではない。そんなもの、
彼女の本能が、人ならざる者としての本質が正しくあるべき
光を映し出して輝くモノ。
闇を払い、真実を暴くモノ。
かの者の名は――
「『
――キィンッ!
甲高い音が鳴る。
花梨の求めに応じて『起源』から舞い降りた『
ユラリユラリと輝く靄のように放出された形無き『
花梨の掲げた杖に追随するかのようにうねり、渦巻き、紡がれて――輝く円盤状の物体として顕現する。
金色の縁取りと銀色の鏡面で構成されたソレは美しいまでの――銅鏡。
陽光に照らされて残光を煌めかすソレは、くるくると回転しながら花梨の周囲を旋回し……迫り来る黒槍に向けて鏡面をつきつける。
たかが鏡、盾にもならないと捉えたのだろう。死竜王の大咢が侮蔑に歪んだ気がした。
だが――
巨大な槍が鏡面に触れた瞬間、まるで最初から存在していなかったかのように槍先から消えていく。まさに存在の消滅。
しかもそれだけに留まらない。くるくると宙を舞っていた鏡の姿がぶれたかと思いきや、まるで手品のように二つ、四つと次々に倍化していく。
総数十六の宙を舞う銅鏡が、花梨を守る守護者のように死竜王と相対する。
「触れた物を“消滅”させる
勝利を確信し、花梨の声に不敵さが宿る。憎々しげに唸り声を零す死竜王を見下ろしながら、無造作に杖を振るう。
瞬間、我先にと死竜王へ殺到する銅鏡軍団。円盤のように不規則な軌道を描いて殺到。標的である死竜王を囲うように周回し、鏡面に輝く光を集束させていく。
銅鏡の動きを訝しみ、ダメージを感じさせない荒々しい動きで振り払おうと暴れる死竜王だが、彼の攻撃を鮮やかに回避しつつ一定の距離を保つ銅鏡の輝きが臨界に達した――瞬間。
『グゥロォォォオオオオオ!?』
巨獣の悲鳴が都市部に響き渡った。
鏡面に集束された光……それは花梨の“能力”の恩恵を受けた万物を消滅させる
巨大なキャンバスに筆を泳がせるかのように、破壊の閃光が死竜王の全身を蹂躙する。
雨霰と降り注ぐ閃光から逃れようとすることも叶わない。
ありとあらゆる方向から降り注ぐ閃光が牢獄となって竜の王を捉え、身動きすら許さずに破壊しつくす。
いかなる防御も意味を成さない絶対消滅の力。鏡面表層を薄い膜状にして覆うことで無敵の楯とし、ソレを攻撃に転じることで万物を撃ち抜く破壊の射手ともなる。
攻防一体の自立魔導兵装。
それこそが『
「これで終わりよ死竜王。あの娘の敵……とらせて貰うわ」
傷の無い箇所を探す方が困難に思えるほど蹂躙され――それでも王としての誇りゆえか倒れることを許さずに己を睨み付けてくる死竜王を見据え、花梨が宣告する。
ここで、お前は終わるのだと。
フルドライブモードへ変形済みの【ルミナスハート】を構え、魔力を練り上げていく。
杖先に集束していく真紅の魔力。それを囲うのは舞い戻ってきた銅鏡たちだ。
直径一メートルほどに魔力球が巨大化したところで、突如、ソレから全方位に向けて無数の閃光が打ち放たれた。
レーザーのように細い【ルミナスキャノン】にも見えるそれは『
『ヌゥ……小癪な! そのような物を大人しく喰らう我ではな――グア!?』
花梨が生成した『神代魔法』の脅威を肌で感じたのだろう。死竜王が回避行動に移ろうとした――瞬間、彼の横腹に蒼く燃える炎が突き刺さった。
予想だに出来なかった衝撃に体勢を崩され、傍らのビルを巻き込みながら倒れ込む死竜王。
突然の事態に花梨が、転移攻撃が止んだので援軍に駆けつけようとしたシュテルまでもが戸惑いを顕わにする。
しかし、三人の中で最も安全圏に近いところにいたアリシアだけは周囲の状況を把握し、目の前で起こった現象の答えを導き出すことに成功していた。
にんまり、と語尾に♪マークが付属しそうなくらいイイ笑顔を浮かべている。
ま、要するに、だ。
「おお~、ダークちゃんもコッチ来たんだね」
呑気に手を振るアリシアの視線の先には、上空を埋め尽くすほど展開されていた筈のガジェットの軍勢を切り裂く黄金の輝きが存在した。
雷のオーラを纏い、古代遺産による空間転移を連続発動させることで光速をも超えた超神速の機動。
拳一つで星を砕き、放たれた狂蛇は銀河をも喰らう。
重厚さを増した金色の鎧を纏った超越者が、アスファルトを粉砕しながら戦場へ進撃しようとしていた。
ダークネスの現在位置がが目視では見えない遠方である事も相まって、周囲に戸惑いが渦巻く。
が、そんな空気を完全に無視して、蒼い輝きを放つ炎の塊が上体を起こした。
燃え盛る蒼炎が舞い散ち、飛来物の正体がようやく露わとなる。
「いっつつ……あの野郎、さすがに
「雪菜!? なんでアンタがここに?」
「あん? 姉御か? よっ、偶然だな」
「いや、そーゆーこと聞いてんじゃな――」
――ドゴン!
はるか遠方から押し寄せてくる破壊の轟音。
視線の先にある大通りに面した建築物が軒並み粉砕され、それが段々とこちらのほうに近づいてきている。
いったい何が……? と疑問を抱く必要はない。
なぜならば、大地を蹂躙するかのように踏み鳴らし、姿が霞むほどに馬鹿げた速度で大通りを疾走してくる
「今度は何よ、もぉ!?」
それでも叫ばずにいられなかった。
花梨の絶叫が届いたのか、はたまた唇の動きを読み取ったのか。
元凶であるスペリオルダークネスSRが、意地の悪い笑みを彼女に向け、次いで闘争本能をむき出しにした獰猛なケモノの形相で雪菜を睨みつけた。
「貴様から売った喧嘩だろうが。せっかく遊んでやっているのに逃げるなよ……と言う訳で、ペナルティだ。こいつで死んどけ!」
「ハッ! 御免こうむるッ!」
死竜王の肉体に二刀流に構えた双剣をつき差し、切っ先から放出させた蒼炎の噴出力で跳躍する雪菜。
だが、ダークネスの反応速度はさらにその上を行く。避けようとする雪菜の前方へ回り込み、右腕を振り上げる。放たれるのは必殺の体現たる魔剣【クライシス・エンド】。
二刀を交差させて受け止めようとする雪菜をあざ笑うかのように、強大な『
「なーんてな」
「なに!?」
ダークネスから思わずと言った風に困惑の声が上がる。
驚きに目を見開く彼の前で、雪菜が蒼炎で形成された大翼を羽ばたかせて離脱した。
――『
『
しかも、放出される蒼炎が
してやったりと悪ガキの顔で、迫りくるダークネスの真横を擦りぬけて行った雪菜の後姿を横目で睨みつけながら、さらなる隠し玉を秘めていた敵の底しれなさに賞賛すら抱く。
真名解放後の彼と幾度か拳と刃を交えてきたが、飛行能力を有していることにまったく気づけなかった。
己の眼から逃れる意味も兼ねて力を封印していたのは、真名解放後も”
――ただ飛行を可能とするだけの翼であるはずがない。必ず何か秘めたる特殊能力があるはず。
自分と同格者の能力を分析するのはやや時間がかかってしまう。
少なくとも、一瞥した程度ではアレの性能を解析しきることは難しい。
だがまあ、どちらにしても手加減はもうしてやらない。
必殺たる【クライシス・エンド】を躱されたのは腹立たしいが、追撃を仕掛けようとする気質は見られないのでまあ良しとしよう。
ひとまず、繰り出している最中の技を振り抜いてから体勢を立て直してから、仕切り直しだ。
「――ん?」
そこまで考えて、ふと気づく。
今現在、己が手刀を叩き込もうとしている生物らしきものは……なんだ?
雪菜との戦いに気を取られすぎ、注意力が散漫になっていたらしい。即座に視線を動かして周囲の情報を探り……理解する。
これ、花梨にボコられてる死竜王だ。
斬ッ!
「あ」
『ぐぎゃぁあああああっ!?』
ダークネスにしては珍しい呆けた声を塗り潰すほどの大絶叫。
大地を切り裂くほどの一撃をまともに受け、首と胴体が完全両断されかかるほどの深手を負わされた死竜王の眼が、ギョロリと蠢き、元凶であるダークネスを睨みつける。
相手からすれば米粒程度にしか見えないほどの圧倒的体格差。大きいことはわかりやすい力量差を表すというが、山ほどの巨躯を持つ死竜王の眼光に射抜かれても、ダークネスの表情に変化は見受けられなかった。空気が震えるほどの怒気と殺意を露わにする
「声でかすぎだ。やかましい」
悪びれもせず一言で切って捨てた。
まるで、今の貴様など敵として扱う価値すらないとでも言いたげに。
当然、ここまで見下された竜の王が黙って引き下がるわけがない。
明らかな致命傷を負わされているとは思えない機敏な動きで立ち上がると、今度こそ【構成分解《ゲシュタル=グラインド》】を放ってやろうと攻撃態勢へ移行していく。だが、ここにいる
「なんだかゴチャゴチャしてきたけど、とりあえず
状況が目まぐるしく変わる中でもチャージを継続していた花梨が。
「やれやれ、状況がよくわからんが一応始末しとくか」
腰だめに構えた両手に蒼に輝く黄金の魔力を練り上げていくダークネスが。
「
二刀の峰を連結させて一振りの剣へと変形させた相棒の具合を確かめるように軽く振るう雪菜が。
万物を喰らう死竜の咢が解放されるよりも早く、人知を超えた強大なるチカラ……『神代魔法』が解放される!
「『
「『
「『
死竜王を中心にして三方向から撃ち放たれた巨大な閃光は合間にある万物を打ち砕きながら直進し――照らし合わせたかのように標的へと着弾した。
次元をも崩壊させる神の蛇と世界を切り裂く断罪の剣が互いを喰らいあい、拮抗するそれらをまとめて終焉の輝きが無に帰していく。
究極の魔法同士がせめぎ合う余波に煽られそうになったアリシアたちがあわてて建物の陰へ飛び込んだ瞬間、消滅しきれなかった『
荒れ狂う魔力のうねりがようやく収まった時、後に残されたのは大地を抉る巨大なクレーターのみ。眼下に広がる惨状に、下手人である人外三人は標的を仕留めることができたことに喜ぶべきか、
もっとも、『市民の皆さんの平和を守る管理局員と協力者』である自分たちがしでかしたことに今更になって戦慄している花梨と雪菜と違い、そんなの知ったこっちゃねぇダークネスは、背中にひしひしと感じる「可愛い奥さんとお嫁さんも巻き込まれそうになったんですけどー?」 と言いたげなアリシュコンビの機嫌をどう取り繕うべきかと言う一点で悩んでいたのだが。
いつでもどこでも平常運転なさいきょ~一家は、いいかげんミッドチルダそのものが《黄昏の結界》に覆われていることに気づくべきである。
でなければ、この星は確実に木端微塵と化していたのだから。
――◇◆◇――
『神代魔法』のぶつかり合いが世界を震え上げていたまさにその頃、【ゆりかご】の格納庫で、あるモノが出撃準備に移っていた。
心臓炉に炎が灯り、パネルから放たれる光が暗闇を照らし、蠱惑的な色香を感じさせる女人の声が響き渡る。
【核融合路臨界率80%を突破。生体筋肉の反応、異常なし。全兵装安全装置解除……解除を確認。オールウェポン、アクティブ】
制御装置でもある彼女の報告に耳を傾けながら、指先は空間投影型のキーボードを高速でタイピング。
これから起こる神話の再現とも呼べる戦いに胸の高まりが抑えられない。
興奮で震える自分を抱きしめながら、最高傑作の
『ルビー、【ゆりかご】のことは我々に任せておきたまえ。君は思うまま愉しんでくるといい』
「ありがと、おにぃ」
相変わらず自分を理解してくれる遺伝子上の兄に感謝の意を返しつつ、操縦桿を握りしめたルビーの双眸が爛々と光り輝いた。
「さぁ……遊ぼうかダーちゃん。さいっこうの舞台でさァ!」
【核融合炉、出力100%。思考伝達回路正常。全システムオンライン。……創造主。出撃準備完了じゃ】
「おっけ~い。んじゃ……往きますか!」
開かれていくハッチから戦場が一望できた。
センサーが各戦場の状況をモニタニングし、戦局を数値化させていく。六課フォワードの迎撃に向かったチームはほぼ壊滅。
市街地戦の指揮を任せた何人かと【ゆりかご】内部で侵入者と戦闘を繰り広げているメンバーはいまだ健在のようだが……都市部を覆い尽くすように展開させていたガジェットの九割が破壊され尽くしたのは苦笑するしかない。
だが、もはやそんなことはどうでもいい。
「ようやく遊べるね……待ちかねたよ♪」
見惚れる様な微笑みを浮かべる天災が纏った神殺しの鎧の双眸に光が灯る。
背中のブースターが紅蓮の炎を燃え上がらせ、一対のエネルギーウイングを形成させた。
前傾姿勢に機体を倒し、カタパルトに脚部を固定すると、管制室でナビゲーターを務めているウーノがモニター越しに頷き、
『術撃準備完了しました。いつでも発進、どうぞ。……ルビー、どうかご武運を』
「らじゃ~! ルビー・スカリエッティ、『
かつてない高揚に胸を躍らせる少女と共に、兵器の極みが遂に戦場へと飛び立つ。
目指すは市街地の東側、星詠みの守護乙女と蒼炎の英雄騎神に対峙する黄金色の龍神。
恋い焦がれる笑みを浮かべた天災の一手により、戦争は次のステージへと移行していった。
・作中登場した魔法解説
●『
使用者:高町 花梨
『
特筆すべきは破壊力でなく、万物を消し去る魔法の性質そのもの。これの前では、ダークネスや雪菜の『神代魔法』ですら拮抗することも叶わずに撃ち負けてしまう。
●『
使用者:高町 花梨
自立機動によって攻防一体のミラーピットを産み出す“技能”。
なのはの奥の手であるブラスターシステムのビット機能を彼女なりにアレンジした結果誕生した。
特定方向からの物理攻撃を除けば、魔法非魔法問わず、完全に攻撃を防ぐことを可能とする防御能力と、移動砲台としての攻撃機能を併せ持つ。
ただし、予め内包させておける魔力には限界値が存在するため、半永久的に展開し続けることは不可能である。
●『
背中に蒼炎によって形成された翼が具現化。
飛行能力が付加され、すべての攻撃、防御に「変換資質『蒼炎』」が付加される。
※補足の元ネタ集
●『
『第2次スパロボZ』の主人公クロウ・ブルーストの後期搭乗機リ・ブラスタの最大必殺技。
●『
『無限のフロンティア』のネージュ・ハウゼンの鏡ばら撒き反射レーザーと『シンフォギア』正ヒロである小日向未来の神獣鏡。
●『
『灼眼のシャナ』の主人公シャナ(アニメVer.)が愛用する飛行の自在法。
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鬼械竜戦士
後編も近いうちに投稿できると思います。
――それは暗く、昏い海底に鎮座していた。
鋼の残骸や産業廃棄物……人間が生み出した人工の廃棄物が投棄されて文字通りの死の海と化した場所。
妖しく、そして悍ましく脈動を繰り返す肉塊を回収するようモニター越しに自立兵器へ指令を送りながら、鋼鉄の猫耳を上機嫌に揺らす少女の口元が歪む。
「ようやく見つけたよ。怨念の器……最悪の魔獣、その心臓を」
浮かぶのは極上の愉悦と狂喜。探し求めていた最後の欠片を手中に納められたことに対する達成感からくる昂揚に、体温の昂りを抑えることが出来ない。
「くふ、くふふ……! これで完成するよ……
傍らのモニターに映し出された建造中の最終決戦用巨大人型兵器。その中央にぽっかりと空いた空洞を埋める最高のパーツを手に入れたことに、少女……『ルビー』は歓喜を抱かずにいられない。
やっと! やっと彼と遊ぶ準備が整ったのだ! これが嬉しくない筈がない!
かつてない高揚感は、常人よりもちょっとだけ欲望に素直な体質のルビーの持つ五大欲のひとつ……性欲を激しく刺激。
かつて、初めてダークネスを知った時と同じレベルの疼きが下腹部を中心にして全身へ駆け巡り……どうしようもない熱が際限なく昂ってしまう。
自重と言う言葉を生まれる前に消去しているルビーが自制できるはずもなく、反射的に傍らでサポートを頼んでいた
「ルビーさん? 公私混同はメッ! ですよ?」
欲情が、一瞬で恐怖に変わった。
天使を思わせる微笑み――ただし、色彩を失って濁りきったレイプ目――の最強
飛び退る。
頬には冷たい汗が滝のように流れ落ち、うっすらと切り裂かれた手の甲の傷口の痛みが生み出す底知れない恐怖がセクハラをかまそうとした
心臓を破裂する寸前にまで追い込んだ。
ガクガクと恐怖に震えるご主人様の頬に手を添えたまま壁際まで追い込み、魂翼で左右の脱げ道を塞いだ最強メイドさん『ユーリ』は、優しく、床冷えするような冷たい声色で告げる。
「大切なお仕事中なんだから空気読んでくださいね? でないと――大変なことになっちゃいますよ?」
くすくすくす……と耳元で囁かれながら微笑なんざされた日には、いかな天災であろうと涙腺の崩壊は免れるものでない。
恐怖で引き攣った悲鳴を上げるご主人様と最強メイドの乳繰り合い(?) を余所に、改造ガジェットに回収されていく『魔獣の心臓』が、闘争と破壊の予感を感じ、脈動を加速させていった。
鋼の四肢を以て金色の龍神へ挑む。そんな未来を、魂で予知して。
――◇◆◇――
轟音と共に、戦場の中心へ“ソレ”は舞い降りた。
三つの『神代魔法』がぶつかり合い、互いを喰らい合うようにせめぎ合いながら消滅していった場所。存在そのものを消滅させられた異界の竜王のいた場所に、粉塵を巻き上げながら降り立つのは鋼の巨人。鋼鉄の鋼を人の意志によって鍛え、幻想の頂に立つ真なる龍の肉体を基本格子とし、怨念の器を心臓に据えた、圧倒的な異能を内包したバケモノ。
圧倒的な質量に弾き飛ばされるかのように、空間が軋み、目も開けられない突風を産み出す。
花梨たちが吹き飛ばされない様にしゃがみ込む中、ただひとりだけ悠然と、超然と両の足で大地を踏みしめ、ソレを見上げる存在がいた。
鉤爪で地面を掴み、ゴキゴキと指の骨を鳴らしながら犬歯を剥く横顔は、これから訪れる楽しい時間を待ちかねる戦神の貌。
筆舌しがたい覇気を滾らせる《新世黄金神》が見上げる先、圧倒的な威容を晒すソレの姿が徐々に顕わとなっていく。
それは破壊を伴って降臨した鋼の鬼械神。
過去、二度に亘りダークネス、花梨と相対したルビー・スカリエッティの産み出した戦闘兵器。
『プロトA』と呼ばれていたのも過去の話。いま、魔獣の心臓による無限のチカラと無敵の礼装障壁装甲を纏い、百邪を掃う勇者として、輝く神を墜とす悪魔と
して生誕したソレは……
天使を殺し、悪魔を滅ぼし、神を殺すために人類の英知が生み出した究極にして最強の
かのモノの名は――……、
『
《黄昏色の空間》に咆哮が響き渡る。己が真名に刻まれた宿命……『神を殺すモノ』としての
鬼械の鎧に身を包んだ鋼の竜人の双眸に射抜かれた黄金の龍神は、視線の先に“いる”少女の気配に気づき、さらなる戦意で闘志を燃やして叫ぶ。
「ついに来たな……ルビー!」
「うん、そうだねぇ……やっと。そう、やっとだよ。まったく、女の子をこんなに待たせるなんて、やっぱりダーちゃんは女ったらしさんだね~」
鋼の竜人から響く女性的な声。聞き間違えるはずも無い、ルビー・スカリエッティその人。
輝く魔法陣に覆われた球体状の
「だ・あ・らぁ~……そ~んな悪いヒトはぁ――」
機械の竜人の瞳に眩い輝きが灯り、重低音の唸り声が頭部の咢から溢れ出した。
「アリシア、シュテル。ここはもう良いから、ヴィヴィオのフォロー頼む。高町 なのはたちも侵入を開始したようだが、紫天共が待ち構えてるようだ。連中だけじゃ荷が重いだろ」
ゆっくりと振り上げられていく竜頭型の装甲で包まれた巨腕を見上げつつ、ダークネスは【ゆりかご】へ先行した娘の援護を妻嫁コンビに頼む。
「あらあら、お優しい事で。……もしかして、ナノハ共の手助けをしろなんておっしゃりませんよね?」
「する必要あるのか?」
管理局員として命の危険に曝される事くらいの覚悟は持っているだろ?
言外に含まれた考えに気づき、ふむ、と顎に手を当てる。
「……つまり、ヴィヴィオが挟撃されないように面倒な紫天を始末せよ、と言うことですね」
「いろんな意味でひどいなぁ~。でも、優先順位は間違っちゃだめだもんね。スカリーの相手はフェイトたちに押し付けて、私たちは私たちの戦いに戻りますか~」
さらりと囮に使う発言をかましたことへ文句をつける花梨や雪菜を完全に無視して、アリシュコンビが【ゆりかご】目指して飛び飛び立つ。
直後、鼓膜を劈くほどの轟音と共に大地を穿った剛腕によって巻き上げられた石礫に撃たれた花梨たちから苦悶の声が上がった。
撒き上がる粉塵が濛々と立ち昇り、放射線状に拡散した衝撃は僅かに原型を留めていたビル群の耐久値を削りとり、崩壊へと導いていく。
原子レベルで対象を粉砕できるという概念を付与された『鬼械竜戦士』は、存在そのものが強大無比なる概念兵器。
接触しただけでも致命傷を受けかねないほどに隔絶した存在なのだ。
だが、それはあくまで”概念を操作できない”者の場合。存在自体がでたらめな怪物は、この場にもう一人存在している。
たたらを踏んで後退る巨兵の眼下からあふれ出す黄金の『
金色のオーラを身に纏ったダークネスがゆっくりと体を起こし、
ダークネスの無事な姿を見た花梨から、無意識に安堵の息が漏れる。
この程度で彼が倒されるはずがない。幾度となく相対してきた故の反応だった。
だが、
「っぐ……!」
苦悶の声が聞こえたかと思いきや、突如蹲るように膝を突くダークネス。
両腕の鎧は無残にもひび割れ、亀裂からおびただしい鮮血があふれ出している。
頬を冷たい汗が流れ落ち、わずかながら畏怖の感情を抱いている気配がする。
まちがいなく、先の一撃で受けた傷だ。たった一撃で最強と疑わなかった男が膝を折った。
信じられない現実を前に、驚愕の声を上げる花梨と雪菜。だが彼女たちは、ダークネスに駆け寄り、安否を確認することはしない……否、出来なかった。
何故ならば、駆け出そうとした彼女たちを阻むかのように一振りの剣が突き刺さっていたから。
『手を出すな。これは俺たちの
不退転の意志を込められた言霊に威圧された観客は、息を呑み、目を見開いて聖戦を見届ける役目を命じられた。
故に、動けない。ここで手を出すことは、彼らの信念を穢す行為だと理解してしまったから。
わずかに残っていた粉塵が晴れる。
同時に、再び立ち上がって
苦悶に歪む口元を無理やり笑みに変え、激痛の奔る拳で構をとる。この程度で心折れてなどやらない。
不退転の意思を込めた鋭い視線を投げつけてやれば、
「クッ――あはははははは! そう、それだよ! 君の強さは人外の戦闘力でも無限の『
靭すぎる意志そのものさ! 自分より強い相手にも恐れず立ち向かうココロを踏み潰した時、その瞬間こそ、君を倒せたって実感できる!」
「ご高説どうも。だが、いまさら言葉なんて不要だろう? ……ここからは拳で語るのみ、だ」
「わぁ、かっこい~♪ じゃあ、お言葉にあまえ――てぇ!」
前兆も無く、全身にある九つの竜頭の目が光った瞬間、大気を焦がすほどの熱量を秘めた閃光が打ち出された。
射出された閃光は直後、枝分かれするように幾重にも拡散を重ねながらダークネスへと襲い掛かる。
「いきなりか!」
舌打ちも鳴り止まぬ前に飛び退り、点ではなく面で降り注ぐ光の豪雨を回避していく。
幸い、誘導機能は有していないらしい。ほぼ直線的な攻撃であるのなら次元空間転移を組み合わせ雷速機動で捌くことも可能だ。
だが、筆舌すべきは破壊力か。閃光の直撃を受けた地面が爆散、余波を受けた瓦礫が蝋のように溶け出している。
【
純粋な攻撃力と数によって敵を殲滅する光化学兵装だ。
閃光……いわゆるビームであるソレを絶え間なく放ち続ける
攻撃範囲は前方に限定されているため回り込めば反撃の機会があると思われる。
しかし、
――攻撃の息継ぎが無い……!
攻撃手段を切り替えてくれたなら、その瞬間を狙って距離を詰めることもできる。
だが、固定砲台のように動きを止めてビームを乱射する
「っぐあ!?」
連続での空間転移は座標演算に意識を取られてしまう。時間をかければかけるほどに着弾の危険性が高まっていく。
『
かと言って、時折牽制の魔力弾や【クライシス・エッジ】を放っているが装甲表面に刻み込
まれている対魔力術式で無力化されている現状、不利なのがどちらかなど言うまでも無いだろう。
「埒があかないか……やむをえないな! 【ミストウォール・パワード】ッ!」
鈍痛に耐えで左腕を振るう。散布された霧状の魔力障壁【ミストウォール・パワード】で全身を覆い、起死回生の接近を試みる。
あれだけの巨体故に、懐に飛び込めば正気はある。
地面を蹴り、発生した轟音を置き去りにする超高速移動で距離を詰めていく。
いくつかの閃光を被弾して【ミストウォール・パワード】が削り取られていく。肌を焦がす熱量に顔を歪ませながら、駆ける駆ける駆ける――!
閃光の嵐を掻い潜り、彼我の距離を己の間合いまで詰めると跳躍、螺旋を描く軌道で攻撃をすり抜けて
悲鳴じみた咆哮と共に
同時に
ギョロリ、と
た顎に横方向からの蹴撃を受けて
ダークネスはそこから身体を錐揉みさせながらさらに距離を詰めて、斧刃に見立てた逆足の踵をコメカミにあたる部分へ叩き込んだ。
――■■■■■■■■■■■■ッ!
燃え盛る憤怒の炎を瞳に宿し、開かれた口内に破滅の光が収束する。
魔力によるものでも、先ほどのレーザーでもない。
恐ろしくもおぞましい破壊のエネルギーを感じ取り、ダークネスが全速力で離脱を試みる。
だが……、
「――ッ!?」
回避は、間に合わなかった。
開放された破壊の奔流は真紅の龍翼を根元から消し飛ばし、余波でダークネスを吹き飛ばし、瓦礫の山を貫通しながらも威力を下げることなく突き進み……市街地の外れに着弾。
天変地異もかくやという振動と衝撃波を振りまきながら、天まで届く極大のキノコ雲を立ち昇らせた。
「なんて……デタラメ」
「溜めなしであれほどの破壊力が出せるってのか!?」
戦闘の余波に巻き込まれないよう後方へ下がっていた二人に戦慄が走る。
単純な破壊力で言えば、彼女らにも可能かもしれない。
だが、
そこに『ある』ものを『無い』ものとして事象を書き換えることは、きわめて膨大な魔力と処理能力が必要とされる。
故に、総ての攻撃に概念を付与させることは花梨にも、雪菜にも、ダークネスにすら不可能なのだ。しかし、彼らを未熟と断ずることはできない。
ソレをたやすく成し遂げているルビーと
「あははははは! 逃がさないよダーちゃん! ……ドラちゃん!」
【その呼び方、何とかならぬのか主……】
制御装置でもあるリインフォース・ドライの呆れ声をかき消さんばかりの咆哮が響く。
怒りに燃えた
体躯からは小さすぎる翼を羽ばたかせる。途端、物理法則を無視したすさまじき跳躍をみせ、天高々と飛び上がる。
【
脚部に装着された城壁を思わせるシールドが前面から側面へスライド、内蔵された
。
時空間を歪曲させ、その際に発生する反発エネルギーを推力に加算し、亜光速すら凌駕するスピードをたたき出した。
「【アトランティスゥ……ストラーーイク】ッ!」
ルビーとドライの声が重なり合い、空間ごと対象を破砕する必殺の蹴りがダークネスへと襲い掛かる。
地面に叩きつけられた衝撃で意識を混濁させていたダークネスだが、上空から迫り来る死の気配を察知して意識を取り戻す。
次いで、見上げた視線の先、とび蹴りの体勢で突っ込んでくる
「チィ! そんなもの喰らってたまるか!」
すぐさま跳びさがろうとするも、脚部にダメージが残っているらしく力が入らない。
ならばと腕を真横へ突き出し、神速で収束させた魔力を開放、極小の『
威力を弱めたとはいえ『神代魔法』の反動は並みの魔法を凌駕する。踏ん張りが利かないことを逆手に取り、自らの必殺技に吹き飛ばされることで【アトランティス・ストライク】の有効射程範囲から離脱する。
直後、
安全圏にいたはずの花梨たちを吹き飛ばすほどの衝撃波が放射状に拡散した。
身体を捻り、放ち続けていた『神代魔法』の射線を百八十度回頭、歯を食いしばって全身が引き裂かれそうなほどすさまじいGに耐えて、ふたたび接近を試みる。
ダークネスの接近に気づき、振り返ろうとする
だが、幾度と無く戦闘の余波を受けていた足場が限界を迎えたらしく、大地へ飲み込まれるように
体勢を崩した敵に勝機を見出したダークネスは、殲滅しきれなかったガジェットの排除を任せている相棒の『召還』準備を整えながら、『神代魔法』から飛翔魔法に切り替えて空を駆ける。
「どうせデカさに見合った頑丈さも持っているんだろ? だが、
拳を握り締め、狙いをつける。前回の邂逅で、胸部に操縦席があるのは確認済み。
ならば、
ようやく崩落した地面から抜け出した
腕にある竜頭の双眸から放たれる光が残光となって弧を描く。
視界を埋め尽くすほどの鋼の壁が迫る中、ダークネスはいたって冷静さを保てていた。
かつて、眼前のコレと同等以上の存在……『
バレルロールのように回転しながら薙ぎ払いを避け、伸ばされた腕の上を駆け抜けて懐に飛び込む。
ここで引くことはできない。
深手を負わされている現状、援軍の到着まで凌ぎきれる可能性はさほど高くない。
かといって、今の己が『召還』を行うためには一度静止してから術式を発動させる必要がある。
どちらにせよ
ならばこその攻勢。小回りが効かない敵の懐に潜り込み、こちらから仕掛ける中で好機を作り出す。
ガツンッ! と刃金を殴りつけた痛みが拳に走る。だが、止まらない。
顎の部分にヒットした拳の衝撃で、
苦悶に歪んだ……ように見える
仰け反る
「貰ったぞ!」
鮮血で真っ赤に染まったダークネスの片腕が天高く掲げられる。手刀を作り、炎のごとき魔力が包み込んでいく。
【クライシス・エンド】発動の前兆だ。
「~~ッ! あんま調子に乗らないでよねっ!」
ダークネスの狙いが自分への直接攻撃だと察したのだ。
操縦桿から手を離し、操縦席内部に浮かぶキーボードの一つに神速で指を走らせる。
「ガッ!?」
軽やかに舞っていたダークネスの動きが突如静止し、苦悶の声と鮮血が吐き出された。
彼の動きを止めたのは、腹部を貫通する竜の牙。
翼にあった竜頭の瞳が怪しく輝きながら触手のように伸びて噛み付いたのだ。
さらにもう片翼の竜頭も襲い掛かり、噛み砕かんと顎を開く。
「させるか……よ!」
迫る顎に向け、差し出すように片腕を突き出す。
反射的にソレへと噛み付き、そのまま引きちぎろうと左右に首を振るってくる。
「ガッ! ぎ、ぃ……! ば、爆龍奥義……!」
腕の肉が引き裂かれていく激痛に耐えながら、かつて降し、受け継いだ”Ⅲ”の能力を発動させる。
「【
手のひらを基点に拡散する連鎖爆発。
口内を蹂躙する爆発の衝撃に耐えることができず、腕に噛み付いていた竜頭が爆散した。
【左翼の
「お前もだ! いつまで噛み付いていやがる!」
血まみれの腕を引き抜くと同時、口の中へ飲み込まれていた龍尾で頭頂……生物で言うところの脳に該当する箇所を内側から貫く。
絶叫を上げて力を失っていく竜頭からの離脱に成功したダークネスだったが、その身はすでに満身創痍。
黄金に輝いていた鎧は無残にも食い千切られ、素肌がさらけ出されている。
左腕は鋭利なナイフで滅多刺しにされたかのような状態で、手のひらは慣れない滅竜魔法の反動のせいかどす黒く焦げている。
翼は根元から蒸発してしまっており、全身が絶え間なくあふれ出す鮮血で真っ赤に染まる。
呼吸も途切れ途切れ。額から滴り落ちる出血のせいで片目を閉じ、無事な
「そんな……!?。嘘でしょ……ダーク」
慄然……いや、呆然とした表情で花梨が呟く。
彼女の視界には、まともな身動きもできないまでに追い込まれたダークネスが小石のように殴り飛ばされ、瓦礫の中へ消えていく姿が映し出されていた。
今すぐ駆け出したい。死の危機に瀕している彼を救いたいという衝動が花梨の胸を焦がす。しかし同時に、”参加者”の中でもっとも危険な彼をここで退場させることもありなのではないか? と囁く冷徹な内なる声に足踏みし、一歩を踏み出すことができない。
”儀式”に終わりが見えていることは理解している。
たとえ、いまさら”儀式”をとめることに成功したとしても、失われた命が戻ってくることは無い。
そんなことは承知している。けれど、それでも――ここで、失われた友たちとの誓いまでも反故にしてしまったら、彼らの犠牲が本当に無意味なものになってしまう。
加えて言えば、母の自覚を得て、”
”儀式”の継続、それはつまり宗助との永遠の別れを意味することでもあるのだから。
『神造遊戯』というバトルロワイヤルの存在を知らぬまま転生を果たしたが故に、人殺しの禁忌を犯すことへの抵抗心を無くすことができない。
殺人を是とするルールに基づいて創造されたこの世界において、眩いほどに異質な歪みが、花梨の心を縛りつけていた。
「この程度で終わる訳無いってわかってたよ! だからさぁ――」
人差し指と中指を立たせた――剣指を作り、祝詞を詠う。
「無限核融合炉――完全開放」
無限に近い怨念を内包する”魔獣の心臓”から右掌に通じる魔力回路が直結する。
別宇宙の存在である心臓から抽出した莫大なエネルギーとルビー自身を通して流れ込む『
【ナアカル・コード承認。術式解凍】
機体内部を駆け巡る魔力の奔流を完全な制御下に置いたドライの詠唱が続く。
「【第一近接昇華呪法】!」
剣指を作る両手の内に生成されるのは超々高密度に圧縮された魔力と『
眩いばかりの閃光を迸らせ、攻性術式の極地たる術式を組み込んでいく。
「【闇統べる世界に、汝ら耀光、棲まう場所なし!】」
天に掲げるように重ね合わせた両腕が翼を広げるように振り下ろされ、逆位置の五芒星――破邪を意味するの五芒星を反転させた結印が後光のように浮かび上がる。
求めるは無敵の龍神を滅する秘奥の技。
邪悪を祓う『魔を断つ刃』ではなく、『正邪総てを滅する剣』に相応しい形に生まれ変わった最凶必滅の一撃……!
「【渇かず、飢えず、無に還れ】ェ!」
地を蹴り、疾風をも置き去りにした速度で
世界を染め上げるほどに眩い輝きを放つソレの脅威を察したダークネスがダメージで軋む四肢に鞭打ち、逃れようと足掻く。
だが、彼我の距離は致命的なほどの距離しか開いておらず。
空間転移を発動する余裕も残されていない彼に、ソレを回避することは――不可能だった。
とっさに両腕を交差させて防御をとるダークネスに突き刺さるのは、神々すら滅する第一近接昇華呪法。
旧き神すら恐怖するその技の名は――、
「【レムリアッ・インパクト】ォォオオオオオオオオッ!!」
最凶必滅の魔法が生み出した”輝く闇”が、世界を照らす。
動力炉である”魔獣の心臓”が通じる異世界から抽出される次元エネルギーが魔力と混ざり合い、無限大の熱量を生み出す。
「【昇華】!」
止めとなる必滅呪文をトリガーとして、結界に封じられた無限なるエネルギーが荒れ狂ったかのように暴虐し、ダークネスの肉体を、心を、魂を、存在そのものを滅すべく、昇華していく。
絶対的な破壊の光が収まった後には無残に蹂躙されつくした世界の成れの果てがあるのみ。
物質も非物質も、
唯一の例外は、月面のクレーターを思わせる陥没した大地に無残な死に体を晒して倒れ伏すダークネスのみ。
四肢が欠損こそしておらず、ギリギリの境界で人間のカタチを残せているが……所詮はそれだけだ。もう二度と瞼を開くことは無い。ここにいる誰もが、そう感じずにはいられない傷をダークネスは負っていた。
花梨は思わず顔を逸らす。
もう、ダークネスが立ち上がることは無いのだと、魂で理解させられていたから。
だが、それでも……絶望に屈しない男がいた。
「マジかよアイツ……まだ立ち上がれるのか!?」
最後の一線を越える『決断』を下せない己の情けなさに肩を震わせる花梨の耳に、どこか呆然とした雪菜の声が届く。
まさかと伏せていた視線を上げると、驚愕の光景が広がっていた。
「ダーク……!」
瓦礫を吹き飛ばす余力も残されていない。もはや鎧の機能も果たせないほどに砕かれ、魔力もギリギリまで削り取られている。
それでも立ち上がる。瞳に宿すは、絶望の闇ではなく勝利を掴もうとする希望の光。
ふらつきそうになる四肢に気合を注ぎ、強大な敵に挑むように覚悟を燃やす眼で、ただ前を向く。
痛々しくも大きい背中に、不屈の魂と揺るがぬ信念を抱く戦士の姿に、花梨の鼓動が知らずのうちに速まっていく。
鼻の奥をツンと刺す激情が込み上がってきた。あふれ出しそうになる涙に気づかれないよう、乱暴に瞼を擦って誤魔化す。
「……確かにすげぇ。だがな、もう終わりだぜ」
痛々しげな雪菜の言葉。
それも当然だ。
誰の眼にも、ボロボロのダークネスにルビーが駆る
「ルビー、
「けれど、それと俺が諦めるのはイコールにならない」
「勝機は無いのかもしれない。もしかしたら負けるのかもしれない。でも、自分で可能性を潰すことだけは……あきらめることだけは、絶対にしない」
「俺は――戦う!」
揺るがぬ想いが奇跡を呼んだ――……!
ルビーが、
死の淵に立っていたはずのダークネスの身体から膨大な光と魔力が放出され、天を貫く柱となる光景を。
光の柱の頂、まるで天上の世界から降臨するかのように舞い降りた『石版』が、ダークネスの胸部に収められた【ジュエルシード】に吸い込まれていくのを。
――ドクン!
脈動するように震えた【ジュエルシード】が融合した真紅の宝珠から閃光が迸る。
思わず眼を背けるほどの眩い光が収まった瞬間、ダークネスの周囲に、まるで彼を守るかのように浮遊する三つの武具が具現化した。
それは『騎士』を司る三種の武具。
黄金色の十字架を中央に持つ、十字の形をした碧の盾……『力の盾』
闇夜を祓う白銀よりも眩しい蒼の鎧……『霞の鎧』
煌く光沢を放ち、炎が具現化したかのように美しい紅の剣……『炎の剣』
それは『伝説の騎士』のみが纏うことを許された”三種の神器”
《黄金神》へと至る最後の鍵が顕現した瞬間だった。
「なんなのこのエネルギー……」
困惑と苛立ち混じりにルビーが叫ぶ。
だが、困惑を感じているのは本人も同様だ。
なぜ今になって『石版』と”三種の神器”が顕現したのかわからない。
だが、理由なんてどうでもいい。
傷が癒されていく。力が戻ってくる。闘志が再燃する。
神器から降り注ぐ暖かな光がダークネスへと注ぎ込まれて、戦うための力で全身が満たされていく。
今の
魂の叫びに答えるように、携えた剣を引き抜く様に腰横へ手を伸ばし、居合いを思わせる動作で振りぬく。
瞬間、手の内に顕現を果たすのは十字架が記された真紅の鍔を持つ直刀。
それこそ、先代より受け継いだ三種の神器のひとつ、邪悪を祓う輝炎が刀身を包み込んだ神の剣。
柄を両手で握りめ、内なる声に耳を傾ける。それは儀式。剣に込められた思いを受け継ぎ、真なる黄金の守護神として己を顕現させるための
「機神合一」
カッ! と両目を見開き、回転させた剣を地面に突き立てる。
――瞬間、大気が、星が、宇宙が……世界が鳴動した。
突き立てられた刃を中心にして描かれていくのは、黄金、蒼、漆黒の魔力によって形成された複雑怪奇な魔法陣。
眩い閃光に照らされるダークネスに、ふと、影が差す。
天空より舞い降りるのは彼の従者にして家族である三つ首の飛竜。
『
惹き合うかのように、ダークネスの身体が軽やかに浮かび上がる。触媒とした剣は無形のエネルギーへと転じ、『魂』と『器』の繋がりを更なる高みへ昇華させる鍵と化す。
これより行われるのは神聖にして再生の儀式。
果てしなき古の聖戦を勝ち抜き、鍛え上げられた神をも屠る最強の
剣指をつくり、己の内へ、魂へ語りかけるように意識を流し込む。すると、魂に刻まれた聖句が不可思議な言語として浮かび上がってきた。
地球やミッドに現存する言語が当てはまらない未知なる
されども、ダークネスには当然のように理解できる。
不思議とは思わない。なぜなら必然にして当然の結果だから。
故に、唱える。
真なる《神》へと至る
「『
意識が解ける。龍神と呼ばれた男と三つ首の飛龍のココロとカラダが一つになっていく。
次の瞬間、ダークネスの意識はどこまでも蒼い世界に浮かんでいた。
大海を思わせる深い蒼。
蒼穹のごとき蒼と暗黒の黒が混ざり合った其処は、見た目に反して恐ろしさを感じず、むしろ心地よいほど。
海原に射すのは黄金の光。蒼と黒を纏い、黄金に導かれてダークネスの意識が浮上する。
光に向けて手を伸ばす。瞬間、伸ばした手の内に感じた暖かな想い。
幾星霜もの年月を経て積み重ねられた気高き黄金の想いを受け取り、覚悟を胸に眼を開く。
同時に気づく。己の姿が、見慣れたソレから大きく変貌している事実に。
顕現せしは巨大なる鋼の神。黄金の装甲の上に黒い縁取りの蒼い追加装甲を装着した、両肩と胸部に龍頭を模した鎧甲を有する鋼の騎神。
生物なのか、機械なのか。ヒトなのかドラゴンなのか。
どれでもあり、どれでもある。
そう、かの者の名は――……、
《
創世と破壊。
光と闇。
想いと覚悟を司る極限の頂に座す真なる龍神が、遂に覚醒の刻を迎えた――――!
・作中登場した魔法用語解説
●『
操縦者:ルビー・スカリエッティ
正式名称:対《新世黄金神》用最終決戦生体兵器
概要:ルビー・スカリエッティがダークネスとの決戦に向けて創造した最高傑作にして最終兵器。
天使や悪魔といった高次生命体を打倒するコンセプトの元開発された
動力炉は別宇宙(並行世界)で入手した”魔獣の心臓”。それ自体が不死の生命力を宿す永久機関と化している上に、無限の怨念を力に換える特質性を兼ね揃えており、並行世界でも存在が確立されたモノ故に別宇宙から次元エネルギーを抽出できる扉としての能力も有している。
全長数百メートル、重量が数十万トンというデタラメスペックを稼動させるため、操縦桿を起点に機体内部を神経のように『
それに込められた概念魔法によって、物理法則を無視した超絶機動を実現した。
稼動には
●”魔獣の心臓”
平行世界のひとつでルビーが見つけた生きている心臓。
”魔獣”とは、元の世界で『呉爾羅』と呼ばれていた大怪獣……らしい。
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黄金龍皇神
巨大兵器同士の戦いって新鮮でした。
《ッオオォォォォオオオオオオオオオ!!》
新たなる極神の産声が響き渡る。己の存在を世界に示すかのように。
三対六枚の翼が展開され、天地開闢すら超越するほどに莫大な『
それは、次元が裂けるほどの爆発的エネルギー。
次元と時空を超えた先に在る《同格の存在》たちが
だがそんなもの、今はどうでもいい。
ただ、目の前に立つ好敵手との決着をつけるために、己はここに在るのだから!
爆音を響かせ、黄金の巨神が降り立つ。
現れた敵の脅威を本能で感じ取ったのだろう。獰猛な唸り声と共に、
突き出された豪腕にがっぷりと組み合い、
拮抗する力。たった一手、それだけでパワー勝負では埒が明かないと理解したが故に、両者は鏡合わせのように翼を羽ばたかせ、天高く飛翔する。
大気を切り裂いた衝撃で発生した真空の刃を振りまき、《黄金龍皇神》と『鬼械竜戦士』の戦場は天空へと移り変わる。
「すげぇ……」
天空に描かれる閃光の演舞を地上から見上げていた花梨の耳に、感嘆と羨望が混じった声が届く。
視線を横へ向ければ、自分と同じように天を仰ぎ見ていた雪菜が悔しげに、それでいて憧れる様な表情を浮かべていた。
胸の内から湧き上がる疼きで拳が震え、全身に纏った蒼炎が心の昂りに呼応して勢いを増していく。
彼の眼には姿も映らぬ超高速の死闘を繰り広げている神々の戦いに自分も混ざりたいという強い願望が宿っている。
常人あらば思考を停止するだろう。自らの理解を遥かに超えた領域に在る者共だと、自身と住む世界が違うのだと割り切って。
強者ならば心折れるだろう。どれほどの鍛錬を重ねようとも、決してたどり着くことが出来ない頂きを見せつけられて。
しかし、
「流石はアラヤに選ばれた英雄ってワケね。まったく、これだから男は」
呆れたように肩を竦め、けれど口元は楽しげに微笑みながら感想を抱く。
自分も
……花梨は気付いていない。
動きの初速ですら亜光速に達し、最大加速時には光速の数十倍というバカげた速力を叩き出している巨神の死闘を、並列思考を最大稼働しているとはいえ“見えている”という異常に。
死竜王との死闘、そして『対となる存在の覚醒』が引き金となって更なる高みへ自分自身が至りつつあると言う事実に。
――◇◆◇――
阻むものの居ない天空の舞踏場で、新世を統べる機神と鬼械仕掛けの生体兵器が激突する。
大気を踏みつけ、展開された翼から
光速をも凌駕する超光速の機動は、虚空に残光を描きながら華麗にして苛烈な死闘を彩る。
幾度目かの激闘を経て、後方へと弾け飛んだ両者の間合いが開かれる。
瞬間、双方の瞳に光が燈る。
《集束されたマイクロブラックホールは、時空を蝕む特殊点を産み出す》
綴られる詠唱が進む毎に、掲げられた両手の間で発生した黒紫の雷光が輝きの度合いを増していく。
装甲の各部に装着された宝珠から【ジュエルシード】より空間を捻じ曲げるほどの次元エネルギーが球体状となって抽出、雷光が生み出す重力フィールド内部で混ざり合いながら、極大の暗黒魔力球を生成していく。
《黄金龍皇神》の手の内で生成されたのは時空を歪める超重力力場。
事象の地平線へ万物を落とす重力の特異点……それ即ち、超新星爆発の末に誕生するスーパーブラックホール……!
【胸部
頭上に掲げた両手の中で巨大化していく重力場に対して、『鬼械竜戦士』の一手もまた同種のもの。
詠唱が紡がれ、双方の胸元に掲げられた両腕の間に漆黒の重力球を生成。集束の準備工程を省略し、風船を膨らませるような勢いで肥大化していく重力球に左手を掲げ、いまだ集束を完了出来ていない敵を見据え、先手を取って重力衝撃波を撃ち放った。
それは《黄金龍皇神》が常時展開している障壁によって阻まれたためダメージこそ与えられなかったものの、着弾と同時に拡散し、荒れ狂う重力嵐に拘束されて身動きが取れない隙を突き、自身と同等クラスにまで肥大化した重力球を解き放った。
「【
迫り来る破壊の具現。
射出と同時に圧縮を開始したそれに込められた威力を理解しつつも冷静さを失わず、重力球を掴んだ右腕を突き出し……撃ち放つ。
《事情の彼方へ消え去れ……! 【
撃ち放たれたのは鏡写しの黒。
超重力の結晶たるマイクロブラックホールが両者の中央でぶつかり、互いを喰らいあっていく。
万物を吸い込み、高次空間に取り込んで分解・破壊・完全消滅させるエネルギーが均衡し合い……対消滅を起こす。
雲どころか大気すら消失した真空状態を作り出しながら、マイクロブラックホールは跡形も無く消え去っていった。
「威力だけじゃなく、
【承知じゃ!
両肩の
魔力の燐光を散らせながら咢が開かれていく。そこに集束するのは『
全身の
双砲塔に内包されたエネルギー量を感じ取り、《黄金龍皇神》が動揺を露にする。
だが、それも一瞬。
即座に最優の反応を見せる。
《重力波解放!》
左右に開いた両掌の中に重力粒子が圧縮、それを握りつぶすことで大嵐を彷彿させる重力嵐を発現させた。
【
《黄金龍皇神》が生み出した、唸り、渦巻き、荒れ狂う激流の如き重力の波が射撃体勢をとっていた
だが、極地戦闘も考慮して設計された戦闘兵器は伊達ではなく、数千Gにも達する重力力場に捕らわれながらも上半身を起こし、砲口の狙いをつけようとする。
されど、そんな努力をあざ笑うかのように《黄金龍皇神》が翼を展開し、最大加速で急上昇。
コンマ数秒で成層圏を離脱し、惑星を見下ろしながら背面に装着された兵装を起動させていく。
《背部ドライバーキャノン展開!》
バックパックの上部が開かれ、内から音叉にも見える砲身が現れた。
機体各部に搭載されている放熱板から排出された過剰魔力を再吸収・集束させることでエネルギーとし、星の地表を吹き飛ばすほどの破壊エネルギーを砲弾として形成する。
《穿て! 【
たった一撃で大都市を灰燼と化す威力の砲撃を、超重圧力場の真上から叩き込まれたのだ。並大抵の兵器であれば、撃破して余りある過剰攻撃。
しかし、直撃を受けたはずの
さらに、地響きと共に歩を進め、重力場を引き千切る様に【メガ・グラビトンウェーブ】から抜け出そうとしているではないか。
《超重力の牢獄から容易く抜け出せると思うな!》
ダークネスが叫び、《黄金龍皇神》が星々へ降り注ぐ流星の如き勢いで地上目掛けて急降下。
大気との摩擦で超高熱に包まれることなどものともせずに、
――あれほど巨大な砲身を展開しているのなら、機動力の低下は否めないはず。
未だ射撃体勢を解いていない
しかし、その予測は覆されることとなった。半壊していた両翼の
それは、時空間切断機能を持つ刃【
封時結界すら容易く切り裂ける刃が振るわれる。弧月を描いてばら撒かれた次元斬撃は重力の牢獄を紙布のように切り裂き、霧散し、消滅させた。
《チィ!? このタイミングでは……!》
自由を取り戻した
半壊状態での使用が祟ったのか、崩壊していく【
彼我の距離はおよそ数百メートル。超光速の反射速度を有する両者においては在ってないような距離。しかし、今この瞬間において言えば……戦いの明暗を分ける決定的な間合いとなる。
「エネルギー充填120%! 【
解放されるのは天地開闢に匹敵する絶対破壊のエネルギー。
星を呑み込み、世界を灰燼と化すほどの熱量を内包した暴虐の波動が、怒濤の奔流となって穢れ無き黄金の神へと襲い掛かった。
ビームと呼ぶにはあまりにも巨大すぎるエネルギーの接近に頬が引き攣るのを自覚しながら、それでも《黄金龍皇神》は前に進む。
両腕を交叉させるように腰へ伸ばし、抜刀するように振り抜く。
瞬間、両手に顕現する黄金神の象徴たる“光の剣”。
柄を接続させ、ハルバートモードへ変形した剣を旋回させるように前方に掲げ、超絶破壊エネルギーの光へと突撃する。
「はい? 漫画じゃあるまいし、そんなんで凌げるわけないじゃんか」
失望したと言わんばかりのルビーの声。
事実、形振り構わないダークネスの行動は無意味そのものだと彼女の頭脳が導き出していた。
なぜなら、己が放ったのは超新星爆発にすら匹敵……あるいは凌駕しうる破壊力を秘めた
たとえ相手が《神》であろうとも殲滅できうる兵器をコンセプトに彼女の持ちうる叡智を全て注ぎ込んで完成させたこの兵器に、破壊出来ないものなど存在するはずがないのだ。
「所詮は君も有象無象の同類だったって事なのかな……つまんない幕引きだね」
侮蔑を隠そうともせず、吐き捨てる。
やがて、センサー類をフリーズさせるほどの光熱が終息へと向かっていく。
超弩級の砲撃で撃ち出されたエネルギーの残光が舞い散る中、回復した魔力探知レーダーで探索を行う。
跡形もなく消滅した可能性が高いけれど、念には念を入れるというやつだ。
【ふむ、ようやく終わりおったか……なかなかどうして、最後はあっけないもの……よ……?】
ふと、魔導書の声が震えた。
驚愕、戦慄、畏怖……いくつもの感情が混ざり合い、うまく言葉に出せないような……そんな声を耳にして、首を傾げながらルビーがメインモニターへ視線を向けた――瞬間、
「……ほえ?」
らしくない、呆けた声が出てしまった。
ぽかん、と表現するのが最も適切なほどの間抜け顔。
両目は限界まで見開かれ、半開きになった口は餌をねだる魚のようにパクパクと開閉を繰り返すのみ。
思考は渦を巻いたように停滞し、目の前の現実を理解することが出来ない。
「きゃっ!?」
【ぬぉ!?】
襲い来る衝撃。機体が揺らされたショックで出た驚愕の言葉は、やはり彼女らしくない年相応の声色。
そこまで自分を見失ってしまうほどに、予想外だったのだろう。
翼を失い、砕け散った装甲の亀裂から流れ落ちる“
《轟哭!》
《黄金龍皇神》の両肩にある
《混沌に堕ちろ!》
刹那、
《亨笑!》
奈落へと堕ちていく
漆黒の液体に包み込まれ、超高熱と重力の猛威に曝されながらも落下を続ける
そこは闇に包まれた世界。閉じられ、封鎖された暗黒の宇宙。暗黒物質が凝固した結晶体に閉じ込められた
《無限にして混沌なる破滅の闇……そのチカラを、ここに解放する……!》
周囲に満ちる闇の気配を堪能するかのように背を反らし、数言囁いたダークネスの義眼に、絶対なる破滅を予感させる輝きが灯る。
弧を描く口元には万物を嘲笑する破壊者の笑み。振り上げた片腕を結晶体へ突き刺し、闇を纏って巨大化させたソレで
《
斬り裂きながら
【
その名が示す通り、神へと挑んだ『英雄を喰らう』破滅の王の一撃。
宇宙創造の
爆発の閃光を背に、闇が晴れた現実世界に帰還を果たしたスペリオルダークネスが再び黄金の機神と融合を果たす。
巨神の双眸に光が戻り、状況を把握すべく辺りを見渡す。
……そこには地獄が顕現していた。
破壊され尽くした建築物。僅かに霧散する瓦礫の欠片が、かつてここに都市部が存在していたことを示している。
超常の力のぶつかり合いが空間を軋ませ、残留する魔力によって生成された稲妻が雷雲を呼び、大地に降り注ぐ。
大地は砕け、顕わになった地殻から吹き出す紅蓮のマグマで視界が真っ赤に染まる。
現実世界と隔絶された《黄昏の世界》が発動していなければ、ミッドチルダが幾度崩壊していたかもわからない。
まさしく、世界の終焉もかくやと言う惨状を引き起こした《黄金龍皇神》は周囲の有様など興味はないと言わんばかりに、未だ相対したままの“敵”を睨み付けた。
「やってくれたねぇ……ダーちゃんッ!」
そこには、立ち上がろうとする機体各部を崩壊させつつも人型としての原型を留めている
そして、額から流れ落ちる鮮血で真っ赤に染めた狂笑を浮かべ、瞳を爛々と輝かせたルビーがいた。
いまだ戦意を失わぬ彼女に素直な称賛を抱きながら、《黄金龍皇神》も軋みを上げる四肢に鞭打ち、構えを取っていく。
翼を失い、大地へ堕ちようとも立ち上がる対極の巨神たち。
黄金の巨神は、無事な右の拳を引き絞る。
鬼械仕掛けの兵器は再び【
ひび割れ、今にも崩壊しそうな両肩の竜頭が大砲のように前方へ伸び、凶悪な顎が開かれた。
顎の奥で怪しく輝く砲口に魔力が集束されていく。ここまでのダメージを受けた状態でアレを放つのは自殺行為以外の何物でもない。そんな当たり前の事実は当然ルビーも、ドライも気づいている。
だが、ここで引くことは出来ない。
なぜならば、それこそがルビー本人の、創造主の願いだから。
『
故に、止まらない。勝利以外の目的が存在しないから。
機体越しに彼女たちの覚悟を感じ取り、ダークネスもまた『決断』する。
《それがお前たちの『決断』か……ならば俺も、俺
二心一体となった相棒の鼓舞を背に、ダークネスが、《黄金龍皇神》が疾走する。
巨神の双眸から残光が奔り、黄金に輝く炎となった魔力が右腕を包み込んでいく。
手刀を作った拳に、『炎の剣』の幻影が重なり合う。
《【クライシス――エンド】ォォォオオオオッ!!》
邪悪のみを断ち切る神剣へと至った〈ダークネスの剣〉が、万物を切り裂かんばかりの勢いでルビーへ迫る。
「ギリッギリだけど……こっちの
紅く輝く炎を纏った神剣が届く寸前、双竜の咢から純然たる破壊のエネルギーが解き放たれた。
その名が示すとおり、万物を滅する破壊の奔流が《黄金龍皇神》を呑みこみ――砲身が限界を迎えて自壊した。
爆散する竜頭の欠片に視界を奪われ、一瞬だけ《黄金龍皇神》の姿を見失う。
アレの直撃を受けて無事でいられる筈が無い……と理性では理解しているのに、心が、本能が
――ゾクリ。
ルビーの身体が悪寒に震える。
と同時に視界がクリアとなり、眼前に迫り来る傷だらけの《黄金龍皇神》に両目が限界まで見開かれた。
《おおおおおおおおおおおおっ!!》
咆哮と共に振るわれた神剣が、
鬼械仕掛けの竜戦士の上半身が宙を舞い、轟音と共に大地へ堕ちていく。
下半身に残されたむき出しの操縦席で風に煽られながらも、ルビーは勝利を諦めていなかった。
「まだ……終わってないよ!」
役立たずになった操縦桿から手を離し、火花を散らす計器に向けて【ディザスター・ロード】の糸を飛ばす。
魔力回路を伝って残された下肢総てに糸を張り巡らせ、人形のように直接操作する。
これこそがルビーの奥の手『
無機物有機物問わず、あらゆる存在を糸でからめ捕り、己が人形として操作する概念魔法だ。
元々は超重量機動兵器である『
しかし、半身を消失したために総ての容量を残されたパーツに注ぎ込むことで、半壊状態の
竜尾がしなり、《黄金龍皇神》の右腕を巻き込むように腹部へ巻きついた。動きを拘束すると、尾端が蛇のように《黄金龍皇神》の首へと昇り、先端にある竜の咢で噛み付いた。
黄金の装甲に亀裂が走り、鮮血のように真っ赤な魔力が噴き出す。
最後の足掻きを見せたルビーに文字通りの意味で噛み付かれ苦悶の声を上げた《黄金龍皇神》の瞳に力が篭る。
しかし、ルビーの口元に浮かぶ笑みを消すには至らない。
残された右腕は拘束され、バルカンなどの火器も搭載されていない《黄金龍皇神》に出来ることはないのだと確信を得ているから。
だが、板金を力ずくで捻じ切るような異音が聞こえた瞬間、ルビーの頬が驚愕で引きつることとなった。
《黄金龍皇神》口元を覆うバイザーが引き千切られながら開かれ、スペリオルダークネスが飛び出した。
金色の残光を煌かせながらルビーへ向けて一直線に飛翔し、龍槍剣エクスレイカーを装着した右拳に限界まで圧縮させた『
顕現した聖槍を装填し、戦いを終わらせるべく《新世黄金神》が”理操る人形遣い”へと迫る……!
「こいつで終わりだぁぁああああっ!」
「負けるもんかぁぁああああああっ!」
『
”両断”の概念が込められた、最高最強の『神代魔法』。
次の刹那、ダークネスの首はあっけなく宙を舞い、地に落ちるイメージをルビーは抱く。
だが、ダークネスは彼女の予測を再び超えた。
ルビーが放った全身全霊の一撃を左手で
腕を引く反動すら拳を突き出す勢いに上乗せし、呆けた表情を浮かべたルビーの胸元へ全力の『想い』を叩き込む!
「『
黄金の
世界の理……絶対不変の概念すらも破壊する《新世黄金神》の一撃が、戦いの終焉を告げる鐘を打ち鳴らした――……!
「あ~あ、負けちゃったかぁ……」
胸部を撃ち抜くダークネスの腕を感傷深げに見下ろしながら、ルビーが寂しげに呟いた。
彼女の顔は、楽しい時間の終わりが寂しくて、悲しくて、涙を堪える少女のそれ。
それは、生まれて初めて全力で勝ちを掴み取ろうと力を振り絞った人形遣いのみせた、素の表情だったのかもしれない。
「悔しいなぁ。でも、ダーちゃんと出会えたからこんな想いを知ることが出来たんだから、良しとするべきなのかな~」
「満足したか?」
足元から輝く粒子になって霧散していくルビーに、ダークネスが問いかけた。
声色は、とても優しい。
「ん……どう、かな。すごく楽しかったのはホントだよ? でもさ……なんていうか、さ。ちょっぴり、こうも思っちゃうんだ。〈もし私とダーちゃんが味方だったらどんな関係になってたのかな?〉 ってさ。ま、いまさらどうにもならないんだけどね~」
ダークネスとルビー。
両者とも、己の望むままに生き、戦い、想いを貫いた者同士。
今回は偶々重なり合わなかった彼らの人生がもし重なり合ったとしたら……はたして、彼らの関係はどのように変わっていたのだろう?
イメージすることは出来る。想像し、空想することは出来る。でも……総ては終わってしまった。
ルビーは敗北し、この世界から消える。それは絶対不変の真理であり、揺るぎようの無い現実だ。
……だけど。
「ん~、そろそろ時間、かな。」
腰下まで消滅した己の身体に苦笑を浮かべつつ、最後に自分を降した相手の顔を見つめながら逝こうとルビーの視線が上を向く。
けれど、ダークネスが意地の悪そうな表情を浮かべていることに気づき、アレ? と首を傾げてしまった。
「そうだな。
疑問に答えず、言葉を綴る。
ルビーの頭をクシャリと撫で、意地悪な笑みを浮かべたまま断言する。
「
それを聞いたルビーは何を言われたのか理解できずに首をかしげ、やや間を空けて込められた意味を理解して、彼と同じ意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「
「ああ、
プッ! と小さく噴き出して笑い合いながら、ルビーの身体が魔力粒子へと変わっていく。
最後のときまで笑みを浮かべながら、ルビーは闘争の舞台から降りていった。
最強と最凶。
異なる頂の存在と呼ばれた者たちの決着が――ここに成った。
残ったのは最強たる黄金色の龍神。
降した人形遣いの想いをも背負い、《新世黄金神》は更なる高みを目指す。
しかし――ルビーは気づいているだろうか?
彼女の存在が、《新世黄金神》を完成させたことに。
《黄金神》の『魂』を後継し、『器』である守護龍をも継承した。
最後の鍵である『武具』……それこそが伝説を継ぐ勇者のみが装備することができるという”三種の神器”。
ソレを纏うために必要なもの……それは勇者の在りよう。
邪悪な
粒子となって霧散していくルビーの行く末を見届けるダークネスの鎧。腹部に装着された宝珠に彼女の魔力光を彷彿させる紫の輝きが宿ったことに、黄金の守護龍だけが気づいていた。
――◇◆◇――
ここではないどこか。次元を隔てた先にある宇宙から神へと至らんとする者たちの戦いを見つめる存在があった。
《なるほど。貴方が隠居しようとする理由がようやくわかりましたよ。彼がそうなのですね?》
《その通り、彼が私の後継者だ。……それと、私は別に隠居するつもりはないぞ。別次元の世界を見守るために《黄金神》の座を継承させるだけだ》
《はいはい、仕事熱心なことで。ワーカーホリックで胃炎にならないよーに》
《誰がなるか》
白亜の宮殿の一室、この
その当人はといえば、寝巻きのまま浮遊する眠具から身を乗り出して、魔法使いが生み出した水晶玉に映し出されている映像を食い入るように見つめていた。
『こちら側』の地球で心を満たす戦いをし、満ち足りたまま眠りに入っていたはずの《
己や彼と同じ、神々の頂に立つ存在……《極神》。その一角を担う《破壊の神》のわかりやすい反応を横目に、黄金に騎士は教え子の成長を喜ぶ先達者として歓迎と賞賛の言葉を送る。
《ようこそ、我らの
かつて純白の世界で彼と邂逅した光の存在は、後継の覚醒に頬を綻ばせながら祝福する。
《なるほどねぇ……まだまだヒヨッコみたいだけど、見所はあるかな》
《ニヤニヤ笑いながら言ってもカッコつきませんよ》
尊大な言い草とは裏腹に、好敵手の覚醒に破壊の神は堪えようのない愉悦に心躍らせる。
従者にして師匠でもある魔法使いは、惰眠を貪るばかりだった破壊神の珍しい姿にツッコミながら、新しい楽しみができたことに満足げに頷いていた。
ここは次元の壁にへだてられた十二の平行宇宙のひとつ”第七次元世界”。異世界を統べる《破壊の神》に興味をもたれてしまった事実に、
そして、《破壊の神》のみならず、同胞の誕生を察したその他の次元世界の《極神》たちからも戦いの一部始終を鑑賞されていることを、ダークネスたちは知る由もなかった。
神々が見守る中、彼らの好奇心を擽るほどの戦いは【ゆりかご】内部へと移り変わっていく。
ダークさんの技がボス匂まみれで香ばしい件。
破滅の王さんはやりすぎたかな~とも思いますが、リスペクトということで。
グランゾン、バラン=シュナイル、ファートゥムと続いて、最後はマトリョーシカアタックモドキのフィニッシュ!
この流れは、合身をイメージした時点で構想していたので、書き切れて満足でした。
次はR版の更新か、それとも【ゆりかご】の突入組か。
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【ゆりかご】への突入
主演は、アリシュヴィのチートリオ&なのフェイコンビです。
《黄金龍皇神》が顕現し、『鬼械竜戦士』と激闘を繰り広げていたのと同時刻、対空砲の弾幕を力技で突破して【ゆりかご】に突入を果たしたアリシアとシュテルのコンビが通路の床に着地しながら振り向いた。
「この大きくて包み込んでくれそうな感じ……ダークちゃんだよね?」
「ですね。まず間違いなく。これほどのオーラとなると……成功されたのでしょう」
嬉しそうに笑ったアリシアに同意するように、シュテルの口元が優しげに綻ぶ。
ダークネスを信じていると言っても、彼女もまた愛しい男性を想う少女なのだ。
強敵との一騎打ちに臨む彼を想って不安になるし、心配もする。
けれど、もう大丈夫だ。繋がり合った
だから確信する。彼は絶対に勝利をもぎ取り、自分たちを待っていてくれると。
「行きましょうアリシア。手早くヴィヴィオと合流して、標的を撃破するのです。ダーク様に『おかえり』って言って貰うために」
「おお~! それはとてもナイスな提案なんだよ~。理想は両手を広げて待ち構え、抱きついた私たちを優しく受け止めてくれながら愛を囁いてくれるシチュだね!」
「それはそれはとてもやる気が出る未来絵図ですね。ならば、幻想を現実とするために全力でぶっ飛ばしてやりましょうか」
「おっけぇ~! なんだよっ」
突き合わせた拳をぶつけ合い、不敵な笑みを浮かべた『黄金神の双翼』の背から光が溢れ出す。
バリアジャケットの一部が魔力へ帰還し、リンカーコアを活性化させていく。
肉体に収まりきらない過剰魔力が肩甲骨あたりから質量を持つ程の密度を以て放出、輝く翼を生成した。
「いきますか~」
「はい……GO!」
「いえっさー!」
緊張感を感じさせないやり取り。
されど、その身に纏うは人外の領域へ足を踏み入れた
軽く膝を曲げて床を蹴り、ふわりと浮かび上がった身体を背中に生えた魔力翼の羽ばたきが砲弾のように射出する。
天空を舞う鳥のように魔力翼を羽ばたかせ、決して広くない通路に次々と湧き出てくる防衛兵器の弾幕をすり抜けるように飛ぶ。
障害物にすらなりえないソレと交叉した瞬間、大鎌と突撃槍へと変形した愛機を振るい、刹那の間も与えずにガラクタと化していく。
もはや阻むものなどなにも無し。通路を埋め尽くすようにAMFを全開にしたガジェットの壁を、表層を炎でコーティングした赤熱砲撃で打ち貫き、ステルスシステムを搭載して天井や壁の影から仕掛けてきた蜘蛛みたいな新型ガジェットの奇襲、兵器が駆動する際に発生した微弱な電気信号を感知することで未来予知レベルに至った予測能力で回避。奇襲を避けられて隙を見せた新型をなます切りにして散乱する鉄屑に仲間入りさせた。
ただの一瞬も立ち止まらずにひたすら前へ、前へと突き進む。半透明の犬みたいな魔力の群れを雷を纏ったアリシアが蹴り飛ばし、飛散するガジェットの残骸を視線を感じる方向――そこらじゅうに設置されている監視カメラ類――へ向けてシュテルの誘導弾が弾き飛ばし、破壊する。
まさしく蹂躙としか呼べない所業。手当たり次第に暴れまわるように見せかけて、その実は自分たちの障害となる“全て”を排除しながら進軍する魔女と天使。今の彼女たちは、もはや通常兵器や魔法で押さえられる存在ではないという事実をありありと見せつけられ、管制室でガジェットの制御を行っていたウーノとヴェロッサの表情が大変愉快なモノに変わっていく。
「……彼女たちは本当に“人間”なのでしょうか」
「う~ん、ある意味、《神》サマの身内……眷属って立場だからねえ。レディに対して失礼な言い方だけど、もう人外設定しちゃっていいんじゃないかな」
頬を伝った汗が床に落ちたまさにその時、二人が見上げていた中央モニターには侵入者を迎撃すべく奇襲を仕掛けた
背後には火花と部品の欠片を飛び散らせながら激しくスパークを起こして爆散する最後の防衛用ガジェットの姿もあった。
侵入開始から五分足らず。動力部破壊へ向かったヴィータへ向けた分を除けば【ゆりかご】内部の兵器全てを迎撃に向かわせた結果がこれだ。
モニター越しの姉妹たちが苦悶の表情を浮かべつつ立ち上がる様に、何もしてやれない自分の不甲斐なさなに歯噛みするウーノ。
身体を震わせるウーノの肩に手を添えるヴェロッサの視線の先では、立ち上がったディードとオットーがバケモノコンビと相対していた。
『ぐっ、は……ほ、砲術魔導師が殴りかかってくるなんて……非常識な!』
『ディード、常識に捕らわれたら駄目だ。彼女たちはマイスター・ルビーが好敵手と呼ぶ龍神の伴侶で王女様の母親たち。異常なのが普通なんだよ、きっと』
『失礼な小娘共ですね。消し炭にされたいのですかそうですかじゃあ死になさい』
『
通路を呑み込むほどの炎熱系砲撃魔法の連打をオットーの“IS”【レイストーム】で発動させた結界に潜む事でやり過ごしたナンバーズの双子。
しかし、鋭敏な感知能力と緻密な術式制御を可能とするアリシアによって動きを止めた瞬間を狙いすまして発動させた遅延型電撃捕縛魔法【ディレイ・エレクトロバインド】で結界内部に居ながら拘束されたオットーが驚愕を顕わにする。
『ばっ……バカな!? 結界特化型の能力じゃないとは言え、【レイストーム】をすり抜けるなんて!?』
『チッチッチ……さっき投げ飛ばした時に身体に直接
『くっ……オットー! 能力を解除してください! 私が仕掛けます』
『駄目だ、ディード!? 完成度はともかく、戦闘練度の低い君じゃあ!』
『無謀は承知の上……ですが!』
立ち上がり、エネルギーを実体化させた双剣を構えたディードが、覚悟を決めた眼でシュテルを睨む。
魔法も使わず吹き飛ばされた先の屈辱を果たすために。そして……、
『仲間を……大切な姉妹であるアナタを守るために、やらねばならないのですッ!』
『いい覚悟だね~。そんじゃあ、手伝ってあげるよ』
言うや否や、パチンと指を弾くアリシア。
瞬間、オットーを拘束する捕縛魔法に刻まれた雷撃術式が発動する!
『オットー!? こ、この……腐れ魔女めがぁあああああああっ!』
肉を、骨を、神経を焼き焦がすほどの雷に身動きが取れないまま蹂躙されたオットーの絶叫が【ゆりかご】に木霊した。
数秒もかけずに意識を刈り取られたことで“IS”が解除されると同時に、鬼の形相でアリシアを睨み付けるディードが己の“IS”と同じ名を持つ双剣【ツインブレイズ】を振りかざし、突撃する。
最終生産組であるため肉体面で最も完成度の高い彼女は、人間の限界を超えた脚力にものを言わせて疾走し、数呼吸の間にアリシアの懐へ踏み込んだ。
『へぇ?』 と感心気な微笑を見せるアリシアへの怒りを乗せた真紅の刃が、万物ごと魔女を切り裂くべく唸りを上げる。
だが、冷徹なる天女は親友の魔女が傷つくことを良しとしなかった。
『はい、ご苦労様』
アリシアしか視界に入れていなかったディードの真横から伸ばされたシュテルの腕。
しなやかで細い指先が頭皮を突き破り、頭蓋に罅を刻み付けた。真横からの衝撃で脳を揺さぶられ一瞬だけ意識が途切れた彼女が浮遊感を感じた時には、すでに戦いは終焉を迎えていた。
壁にめり込むほどの威力で頭部を叩きつけられ、沈黙してしまうディード。
脱力した四肢が力無く垂れ下がり、引き抜かれていくシュテルの指先から赤い血煙が立ち昇る。
一矢報いることも出来ないまま鎮圧されたディードの頭部から流れ出す鮮血を踏みつけながら、とり出したハンカチで指先に付着した汚れをふき取るシュテル。エゲツない相棒に、アリシアは自分の事を棚に上げて苦笑を浮かべずにいられない。
もしここにいたのがなのはやフェイトであれば、無力化したディードへ捕縛魔法による拘束に移行していた筈だ。
管理局の魔道師の信条は『不殺』。故に、昏倒させた敵が意識を取り戻し、再び敵対行動をとる可能性も残されているからだ。
しかし悲しいかな。敵であろうと手を差し伸べる気高き信条は、龍神と同じ価値観を持つ彼女たちにとって、取るに足らない戯言でしかない。
『敵で無い者は
彼女たちにとっての敵とは信念、覚悟、魔導……己を構成する“総て”を賭して打ち倒さなければならない宿敵を指す。
無益な殺生は好まないが、『障害』として立ち塞がるのなら容赦なく叩き潰す。
その結果が、常人なら眼も背けたくなるような惨状。
頭蓋に突き刺した指先に生成・炸裂させた極小の魔力弾によって脳髄に直接ダメージを打ちこまれたディード。
四肢を起点に全身の関節部を荒縄で締め上げる様に展開させたバインドから放出された電撃の蹂躙を受け、肉の焦げる臭いが混じった血煙を立ち昇らせているオットー。
それでも弱弱しい呼吸音が聞こえるあたり、ギリギリのところで加減を受けていたと言うことなのだろう。
『さて、障害物も片付いたことですし、さっさと先にいきましょうか』
容易く無力化した双子を一瞥すらせず、閉じていた魔力翼を再び広げたシュテルが進軍を再開する。
僅かに遅れてアリシアも追随するが、彼女もまた、双子に応急手当てをすることすらしなかった。
何故なら、二人にとって彼女たち戦闘機人は“敵”ではないから。
ガジェットや電磁シールドなどと同じ、目障りな“障害物”でしかなかったのだ。
だから敬意を払わないし、抵当の“敵”とも認めない。
だから、
足止めが精々の、障害にすらならないモノに構ってやる暇がないから。
龍神に寄り添う魔女と天女にとって、機械仕掛けの
容赦なく姉妹を
女性に優しい紳士を自称する彼と言えども、少し前に侵入を果たしてスカリエッティたちと交戦を開始した六課隊長コンビを超えるデタラメスペックを見せつけられては、もはや笑うしかないのだろう。
内部通信機の一つ……動力制御を行っているクアットロからと思われるエマージェンシーコールに応えてあげる余裕も無いほどに。
きっと二人と同じ映像を見せられ、下手をすれば自分が相手をしなければならないかもしれない化け物コンビの接近に狂乱しているのだろう。
瞬く間に自軍側頭脳担当者のSAN値を削り取っていく魔女と天女を破壊を免れたカメラで追跡しつつ、彼女たちの行く先を予測するためキーボードにに指を走らせる。
「侵入者迎撃用として迷路のように複雑な通路をものともせず突き進んでいる。ということはマップ情報をどこかで入手したのか? もしや、連絡がつかないドゥーエさんが……いや、それは無いな。彼女のドクター・スカリエッティへの忠誠心は本物だ。きっと彼個人の願いだった最高評議会の始末をつけにいってるんだろう」
自分に言い聞かせるように呟きながら、演算と予測起算を続ける。ネガティブな思考を否定し、最善の解を得るため頭の回転を上げていく。
「落ち着け……彼女たちの目的は何だ? 普通に考えれば、聖王閣下の願いで玉座の間へ通された王女様の援護と考えるのが自然……だが、それだけか? 彼女たちの向かう先にドクターが高町くんたちと一戦交えている戦場があるのは偶然か?」
「……もしや、残留魔力を感知しているのではありませんか?」
動揺の渦から何とか回復を果たしたウーノが呟きを零していたヴェロッサに意見した。
顔色はまだ真っ青だったが、機材運搬用のロボットに妹たちの回収を指示する程度には冷静さを取り戻したらしい。
「残留魔力? ――ッそうか! 高町君たちが突入した際に残された魔力! それを辿っているのか!」
「おそらく、ですけれど。彼女たちほどの魔力保有者なら、戦闘を行わずとも飛翔魔法の残滓だけでいくらかの魔力が通路に残されるはず。それに、彼女たちの優秀さを考えれば相当内部まで進軍していると考えたのですよ。それを利用したのでしょう」
「まいったな……。外で死竜王の相手をしていたのは、露払いが済むのを見計らっていたからかもしれないね」
“敵の敵は味方”
妹分であり、今は敵同士となってしまった少女の故郷にある諺の一つ。
互いに手を取り合い、協力するような和気藹々とした関係ではない。しかし、教会&スカリエッティ陣営を倒すために互いを利用し合う六課と龍神一家の関係は、まさにこの言葉がぴったり当てはまるのではないか?
――いざとなったら、
人知れず覚悟を決め、握り締めた拳が汗ばんでいる事に気づかないヴェロッサとウーノが見つめる先で、魔女と天女が次なる戦場へ飛び込んていった。
――◇◆◇――
双子を始末したアリシアとシュテルがたどり着いたのは、訓練場にも使えるほど広い部屋……いや、空間だった。
四方の壁は強固な鋼鉄で覆われており、奥の方には【ゆりかご】中枢へ通じると思われる通路らしきものが確認できる。
明らかに侵入者を待ち構え、撃退するための迎撃場所。現に、現在進行形でピンクの砲撃や金色の雷が飛び交い、色鮮やかな閃光で視界が埋め尽くされる。
「バ火力のごり押ししか知らない砲撃魔はここで倒れるべき……。“IS”【イノーメスカノン】」
「ぶっ飛びやがれっス、露出狂! “IS”発動……【エリアルキャノン】!」
丁度、アリシアたちから見れば左右の壁際に膝立ちの体勢で巨大な大砲と盾に内蔵された砲口を構えていたナンバーズ……
狙いは部屋の中央で
背中合わせの体勢でフォローしていた二人は、迫る砲撃の気配を察し、各々の相手の腹部を蹴り飛ばして飛び上がる。
瞬間、彼女たちの足元でぶつかり合った砲撃が爆発。狭い空間を蹂躙するような豪風が吹き荒れ、舞い上がる魔力煙が視界を閉ざす。
「なのは、大丈夫?」
「うん、平気だよ。けど、厄介だね。部屋の隅でニヤついてるスカリエッティも不気味だし……」
「……」
「フェイトちゃん?」
「……ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく。何なのあのニヤケ顔。犯罪行為にセクハラも追加してやる。――てか、最初の台詞からありえないし。両手を広げながら満面の笑み浮かべて何が『私はプロジェクトFATEの生みの親! すなわち、私こそが君の父親ということさ! さあ、フェイト・T・ハラオウン、私の事を〈パパリン♡〉と呼んでくれてもいいのだよ? デレてくれても構わないのだよ!? さあ、Welcome!』――だ。私が! 奴を! 父親と呼ぶなんて! ありえないッ!!」
敵に囲まれた状況にもかかわらず、まるで過去を振り払うかのように頭を掻き毟って錯乱するフェイト。
腰に手を当てて仲良く高笑いするプレシアとスカリエッティに挟まれる自分の姿を幻視して、フェイトさんのお怒りゲージが有頂天。
「フェイトちゃん!? お願いだから落ち着いて!? ツインテールが解けてすごいことになってるよ!? 具体的にはプレシアさんにそっくりな感じに!」
「えっ? か、母さんとそっくりだなんて……」
「あれっ、意外と嬉しそう!? しまった、マザコンにとってご褒美だったんだねっ」
おふざけが許されない状況の中で、あえてくだらないやり取りを交わすことで精神的余裕を見せつけ、戦いの流れを引き寄せる。
さいきょ~一家が得意とするシリアスブレイカ―スキルを『何故か』如何なく発揮する管理局のエースコンビ。
砲撃をかましたディエチやウェンディも困惑を隠せないようで、ニヤニヤといやらしい笑みを張り付けた創造主へ指示を仰ごうと視線を逸らした――瞬間。
「押し通るよ~♪」
のほほんと気の緩む笑顔を浮かべて箒に二人乗りしたアリシアとシュテルが部屋中央を突っ切り、途中、無防備に突っ立っていたスカリエッティを跳ね飛ばしても速度を落とさないまま奥の通路へ駆け抜けていった。
「のぎゅらばっ!?」 と奇声を上げながら脳天から着地して昏倒する羽目になったスカリエッティにナンバーズたちが慌てて駆け寄っていくのを余所に、まさかの乱入者たちを呆然と見送る事しか出来ないなのはとフェイト。
敵の連携を崩すために心理戦を仕掛けていた筈が、姉と友人が色々と台無しにしてくれてどう反応すればいいのかわからない。
まさにそんな表情の二人に向かって箒に乗った魔女と天女が仲良く振り返り……、
「「ザマァ」」
とっても小馬鹿にした風に鼻で笑ってくださった。
特にシュテルさんに至っては「見せ場を取っちゃってごめんなさいねぇ~」とでも言いたげなドヤ顔付きで。
違う意味でブチ切れたフェイトと彼女を羽交い絞めにして落ち着かせようとするなのはの奮闘を嘲笑うように、アリシアたちを乗せた箒はさらに速度を増して回廊と呼べるほど文明を感じさせる装飾が施された通路を駆けていく。
背後の喧騒を遥か彼方に置き去りにして到達したのは荘厳さを具現化したかのように重苦しい威圧感を感じさせる扉。
箒から飛び降り、軽やかに着地を決めてから互いに顔を見合わせ、真剣な表情で頷く。
扉越しに感じるプレッシャー。かつて、共に在るモノとして深く繋がっていた『彼女たち』の気配を感じとり、自然と二人の顔も真剣みを増していく。
ガジェットやナンバーズ、それにスカリエッティなど最初から眼中になかったのだ。
そう、彼女たちの目的はヴィヴィオの援護でもなければ【ゆりかご】内部からの破壊でもない。
決着をつけるべき好敵手たちと雌雄を決する。ダークネスがルビーと死闘を繰り広げているように、アリシアとシュテルもまた、因縁ある好敵手と雌雄を決するためにここにいるのだ。
其々が左右の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いていく。
軋みながら開かれていく扉。奥から眩い光が漏れてきたので目を細めながら足を踏み入れ――そこで待ち構えていた好敵手たちの姿を見た。
さきほどなのはたちがいた部屋よりもはるかに広い空間。魔法によるものか、天井には星々の煌めきが映し出されており、まるで宇宙の海へ飛び出したかのような錯覚を覚える。
前方に視線をやれば、部屋の最奥に今までとは意匠の異なる扉が据えられているのが確認できた。
古代ベルカ文字が刻まれた厳かな雰囲気を感じさせるソレを見据えたアリシアがポツリと呟く。
「“玉座の間”、かぁ……どうやらヴィヴィオはあの扉の奥にいるようだね」
ドアノブらしきリングに結ばれた桜色のリボン。間違いなくヴィヴィオのものだ。
おそらく、ヴィレオに招き入れられた彼女が自分の居場所をアリシアたちに知らせるために施した目印なのだろう。
「つまり、あの扉の向こうが【ゆりかご】を起動させる鍵……『聖王』とやらの玉座がある訳ですね。――で、そこに行くためには貴方たちを倒さなければならないと」
シュテルの推測を肯定するように、部屋の中央で待ち構えていた“紫天の一派”が歩み寄ってきた。
一回り大きいサイズの修道服を纏った少女の手を引くユーリ。
彼女らの傍らに【デバイス】とバリアジャケットを起動させたディアーチェとレヴィの姿もあった。
「さて、一応聞いておきますが……武器を捨てて道を開けるつもりはございますか?」
「まさか、ある訳ないですよ。だって――」
見惚れるような笑みを浮かべたユーリの腕が振り上げられ、伸ばされた人さし指がシュテルの眉間を指し――
「貴方たちは私たちが始末するのですから♪」
指先に集束させた禍々しくも膨大な魔力の閃光が迸った。
虚空を切り裂く閃刃となった魔力光が光りの刃と化し、シュテルの脳天を打ち貫かんと迫り来る。
「おや、面白い冗談ですね。貴方たち如きに私とアリシアを止められると本気で思っているのですか……なんて憐れな」
文字通り光の速さで襲いかかってきた閃光を素手で叩き落とすように打ち払い、シュテルが笑う。
同じ存在として同列であったのは過去の話。今の自分は“紫天の盟主”たるユーリすら凌駕する存在であると自負するが故に、己の有利を疑っていない。
事実、
「ほら……お返しです。【パイロシューター・ディモリション】」
振り下ろした杖先から射出した誘導型炎熱射撃魔法のスフィアがお返しとばかりにユーリたちへ襲いかかり、蹂躙していく。
スフィア一発で床を
更に、魔力弾の表層を覆う魔力を乱回転させることで着弾と同時に対象をねじ切り、肉を喰い破り、内部から破壊するエゲツナイ攻撃能力までもを備えている。
花梨やルビーのように特異能力保有者でもない限り、保有魔力が多いだけの彼女たちにコレを防ぐ手立てなどありはしない。
――だが。
「――【ディバイド・ゼロ】」
散開ではなく一点に集まることで飽和攻撃を防ごうとしたユーリたちにとどめを刺すべく、彼女らの逃げ場を塞ぐように襲いかかった緋色の火焔総てが何事か呟いたユーリの手前数メートルで溶ける様に拡散、分解された。
「なに……?」
輝きを失い、魔力粒子へと帰還していく魔力弾の残滓を見つめながら、シュテルの肩眉が吊り上る。魔力を打ち消された……AMFの効果に近い現状。しかし、魔力そのものを打ち消すっことが出来ても、事象として具現化した炎までも霧散させることは出来ないはず。
ならばいったいアレは何だと言うのか……。
疑念を抱くシュテルに生まれてしまった僅かな隙。超一流の魔導師にとって致命的なまでの油断と呼べるソレを見過ごしてくれるほど、盟主たる少女は甘くなかった。手を繋いでいた修道服の少女を護る様に抱き寄せ、腕を身体の前で真横に振るう。瞬間、少女の身体が淡く発光し、胸元に抱いた魔導書らしき書物のページがひとりでに開かれて、何枚ものページが木の葉のように飛び散った。
パラパラと少女を守る様に舞い踊ったページたちは開かれたユーリの手の平に集まり、繋がり、重なり合って――白銀に輝く一振りの銃剣と化す。
リボルバー式の拳銃に大ぶりのナイフを思わせる剣が融合したかのような獲物の調子を確かめる様に振り上げ、袈裟切りに振り下ろした。
刃の軌跡に沿って白銀と真紅の魔力粒子を舞い散らせ、ピタリと止めた剣先が警戒を強めていくシュテルを指す。
「【シルバーハンマー】」
瞬間、発動した連環型魔法陣に包まれた銃剣の切っ先から白銀に輝く魔導砲が打ち放たれた。
構えから発射までがほぼノータイムで撃ち出された一撃に僅かに驚くものの、誘導性の無い直線砲撃を回避するていど造作も無い。
シュテルは障壁で受け止める事もせず、冷静に攻撃の流れを見抜いて射線軸から離脱することでユーリ本来の魔力光とは違う色彩の砲撃を回避する。
「なるほど。強気の理由はその少女にあるようですね」
真横を通り過ぎていく魔力を観察し、魔法を構築する魔力の流れを辿り、確信を得たシュテルの双眸がユーリに抱きしめられた少女へ向けられた。
目元まで隠れる一回り大きなサイズのベールに隠された少女の瞳に恐れが浮かぶ。びくりと肩を震わせ、ユーリにしがみ付く姿は弱弱しい小動物を彷彿させる。だが、行動や見た点で軽んじる真似は許されない。
推理は未だ不完全なれど、シュテルの魔力弾を消滅させた能力の一端を彼女が担っているのは間違いないのだから。
「ふむ。よろしければ彼女の紹介をお願いできますか? これから滅ぼす相手と言え、名も知らないまま
「ハッ! どの口がほざくか……ぬおおおっ!? ちょ、タンマタンマタンマじゃ! コラ、魔女! 少しは空気読んで手加減せぬか!」
「え~。別に私は興味ないんだけど」
部屋中央に陣取った紫天一派の対角線上にまわり込んだアリシアが、大鎌を振るいながら唇を尖らせる。
十文字杖で鍔迫り合いを交わしていたディアーチェが割と切羽詰まった叫び声を上げているのは、レヴィと二人ががかりで対処していると言うのに捉えきれない戦闘能力を見せるアリシアを警戒するが故だ。
このままでは折角用意した『奥の手』を見せる前に押し切られてしまう。
どうにかして間合いを開けるべく拡散型の魔力弾をばら撒き、紫光の死神を強引に引き剥がす。
「とりゃー!」
「うわわっ!?」
ダメージを受けたと言うよりも我が身を省みない飽和攻撃を仕掛けたディアーチェの判断に驚いて飛び退るアリシア。
追撃を仕掛けてきたレヴィの斬撃を飛び越えるようにいなしつつ、冷静に自分の相手であるディアーチェとレヴィの戦力を分析していく。
「なるほどね……うん、
肩に担いだ愛機を撫で上げつつ、身構える二人を見てから呟く。
不敵な笑みを覗かせるアリシアの姿に恐ろしい予感を感じとり、レヴィの頬を汗の雫が流れ落ちていく。
「うわー、ありしあの顔が怖いよ王様。あれ絶対に狩人の目だよ」
「ぬう……二人掛かりだと言うのに一歩も引かぬ胆力と言い、実力と言い……人外呼ばわりされる理由がようやくわかったな」
「とか言いながら余裕が隠せてないよ~? まだまだ引き出しがあるってコトだよね?」
コテン、と首を傾げながら昂揚を隠せない笑みを浮かべ、アリシアが問う。
攻撃を仕掛けた時に切羽詰まった様子を見せていたのは事実。
だが、追いつめられていたのかと言えばそうではないのあと、アリシアの本能が告げている。彼女たちはまだ底を曝け出していないのだと言うことを。
「で、ユーリ? 話の続きをしても?」
「……ええ。いいですよ」
戦闘が均衡状態に陥ったことをこれ幸いとばかりに情報収取を仕掛けるシュテル。
彼女の狙いに気づかないはずがない。だが、ユーリは敢えて中断していた会話を再開させる。
まるで、これから訪れる『別れ』への手向けだとばかりに。
右手に携えた銃剣を下ろし、左手で抱き寄せていた少女の背中を軽く押して一歩前に踏み出させる。困惑した表情で見上げてくる少女の頭を撫でながら、彼女を安心させるように優しく微笑む。信頼する
「……こんにちは」
「おやまあ」
歳はヴィヴィオと同じか少し下くらいだろう。
強い心と包み込む様な優しさを感じさせる瞳が目を惹く少女だ。
だが、シュテルの視線を釘付けにしたのは少女自身の容姿ではなく、彼女が胸に抱きしめた魔導書らしき【デバイス】と、左手首に装着された銀色の腕輪だ。
ユーリの右手に装着されている物と同じソレを起点に痣のような文様が浮かび上がり、魔力の放出に呼応するかのように脈動を繰り返している。
今まで感じたことの無い魔力の波動、そして見慣れない魔導書。
おそらく、あれこそがユーリの新たな能力を紐解く鍵。
思考を深めるシュテルに礼儀正しくお辞儀してから、少女が名乗りを上げた。
「はじめまして。ユーリお姉さんの【リアクター】『リリィ・シュトロゼック』。この子は私の半身【銀十字の書】です」
「【リアクター】? 聞き慣れない単語ですね……魔力を打ち消す特殊兵装のようなものですか?」
口籠る様にユーリを見上げ、了承の頷きを確認してから言葉を続けていく。
「えっと……違います。私と【
『世界を殺す猛毒』。
文字通り、魔力至上主義に染まった世界の在り様を根本から破壊しかねない凶悪にして最悪の兵器……ECウイルス。
ひとたび感染すれば、他者を殺し続けないと自我を保てずに何れ肉体が崩壊してしまうほどの破壊衝動を芽生えさせることを代価として、人智を超えた“化け物”を産み出す最悪の兵器。
とある次元世界でルビーが発見・回収した『原初の種』と呼ばれるウイルスの種母体を分析して産み出されたソレを制御するために誕生し、武器管制システムである【銀十字の書】を制御する生態型自立装置。それこそがリリィの正体だ。
「それはまた……とんでもないシロモノをとんでもないヒトに感染させたものですね……。破壊衝動とか大丈夫なんですか、ユーリ?」
「平気ですよ~♪ 元々、システムUDの破壊衝動を制御出来ていたんですから、この程度なんてことないです。……とは言え――」
ざわり。
ウエーブのかかったユーリの長髪が意志を持つかのように揺らめき、妖しく蠢き始めた。
可憐な唇は血に飢えた獣の如き兇笑へ。
活性化していく永遠結晶エグザミアが生成した凶悪な魔力が大気を震わせる勢いで放出し、無表情だったシュテルに戦慄の表情を浮かべさせる。
「因子を活性化させると流石に抑えきれなくなっちゃんですよ……だからね、シュテル」
【砕け得ぬ闇】たる彼女のバリアジャケットは真紅に染まり、禍々しい魄翼から放出された魔力の波動と威圧感が物理衝撃となって全方位に放射された。
「うおわ!? ユーリめ、とうとう本気になりおったな! 離れるぞレヴィ! 巻き込まれたら笑い話にもならん」
「いえっさー!」
アリシアは、敬礼しつつ離脱を図る二人と睨み合うシュテルたちの間で視線を彷徨わせるも、振り向いたシュテルの視線が交差した瞬間、彼女の意志を感じて決断を下す。
――武運を、だよ!
――ええ、貴方も。
アイコンタクトで鼓舞を交わし、アリシアがディアーチェたちを追撃していく。
彼女たちが十分な距離をとれたことを確認したシュテルが視線を前方へ戻すと、リリィと手を繋いだユーリの視線と交叉した。
「行きますよ、リリィ」
「はい」
――リアクト・オン! ――
瞬間、眩い閃光が迸り、世界を白銀で染め上げた。
肌に纏わりつくような殺意を振り払うように照らされる銀の輝き。
愛する
やがて視界を埋め尽くす光が納まると、室内が撒き散らされた魔力煙の残滓で満たされていた。
密度の高すぎる魔力を解放させたことで壁や床の表層が削り取られ、粉塵として舞い上がったのだ。
白煙の中、シュテルは白いヴェールの向こう側に映る人影を睨む。
その視線の先には――赤いラインの刻まれた漆黒の外装を纏い、白銀に染まった髪を靡かせるせる魔人の姿があった。
肥大化し、より凶悪な形状へと進化した漆黒の銃剣。
左腕には刃を繋ぎ合わせたかのような形状の楯が備わり、中央には手帳サイズに縮小した【銀十字の書】が納まっている。
瞳は白目部分が鮮血のような真紅に、瞳孔が深い翠色に染まっており、破壊衝動を内包しつつも理性を保てている事を物語る。
膝下まで覆うブーツや肩当、腰裏のマントが追加されたバリアジャケットの表面にはEC感染者の証である禍々しき刻印が刻み付けられ、【砕け得ぬ闇】固有の痣と合わさって、世界総ての闇を内包する邪神の如き威圧感を見るものに感じさせる。
融合したリリィの気配を感じつつ、ユーリが銃剣……【ディバイダー996】を振るう。
「っ……!」
それだけで僅かに残された白煙は跡形もなく霧散しただけでなく、射線上にあった壁に直接切りつけたかのような斬撃痕を刻み付けた。
剣圧だけで人体を容易く両断する程の圧倒的剛力。
ユーリが禍々しい見た目通りの戦闘力を手に入れた事実に、シュテルは全力を出す機会を与えてしまった己の律儀さに舌打ちを零す。
「ダーク様なら、間違いなく初撃で神代魔法をぶちかましていた所ですね。私もまだまだ甘いです」
「あれれ? ずいぶんと余裕があるみたいですけど……まさか今の私たちに勝てると思っているんですか?」
次元世界最強クラスの実力を誇るユーリがECウイルスで狂化されたのだ。
いかにシュテルやアリシアがオーバーSランクの極致に至っていようとも、人間の
「もちろん思ってますよ。だって……『私たちはもう人間を止めているんです』から」
やれやれと肩を竦めながら片手を頭上に振り上げていく。
リアクトの調子を確かめていたユーリが見上げる先、シュテルの手の平に展開されるのはミッドチルダの文明で生み出されたものではない複雑怪奇な文様で構成された《神成るチカラを行使するための魔法陣》。
発動された魔法陣より降り注ぐのは、魂の繋がりを通してスペリオルダークネスから流れ込む超然たるエネルギー……『
天上の世界から降り注ぐ『
『黄金神の双翼』。彼女たちを指して管理局が名づけた呼び名は実に的を射ている。
《神》へと至りつつある彼の翼が、ヒトであるはずがないのだ。
そう……彼女は
親友たる
「《神意召喚》……
天へと捧げる祝詞と共に権限せしは地上に落ちた太陽の輝き。
天を貫き、地上へと降り注いだ太陽の輝きをその身に纏い、
巨大な戦槍へと進化した【デバイス】を突きつけ、破壊の具現へと名乗りを上げる。
「改めて名乗りを上げましょう……我が名はシュテル・スペリオル。黄金神の片翼にして愛しき者と共に神々の頂へと飛翔するモノ。――破壊に染まりし紫天の盟主よ。貴方の魂を我が輝焔にて浄化します」
「……面白いです。世界を滅ぼす破壊の猛毒、屠れるものならやってみなさい!」
より凶悪に進化した魄翼を展開し、漆黒の魔力を解き放つユーリ。
輝く焔を身に纏い、紅蓮の翼を羽ばたかせたシュテルが紫天の頂へ駆ける。
次の瞬間、輝く焔と黒銀の嵐が互いを喰らいあう様にぶつかり、【ゆりかご】そのものを震え上がらせるほどの衝撃が解き放たれた。
――◇◆◇――
ぶつかり合う焔と嵐へ向けていた視線を戻して、不敵に笑うアリシア。
彼女もまた《神意召喚》を発動させ、《神成るモノ》へと進化を果たしていた。
龍の意匠が施された白銀のハルバートに変形した【デバイス】で自分の肩を叩きながら、威風堂々と自然体で敵を見据えている。
「ふん。随分と余裕を見せるなあ雷の魔女よ。だが、我らの力を見てもその余裕が続くかな? ――レヴィ、アレをやるぞ」
「おお! 遂にお披露目だね! 僕たちの切り札ァ~……パート・ワンッ!」
鏡写しのようにゆっくりと片腕を持ち上げていく。
ディアーチェは右手、レヴィは左手。
【デバイス】を持たない無手の掌が何かを掴み取る様に握り締められていく。
拳に固定されるのは各々が得意とする魔道の極致。
「術式掌握――【
「術式掌握――【
腕を包み込む環状魔法陣。
氷雪と轟雷、魔法で生み出される事象の頂にある極大なる魔導が発動し……掌握されて、術者に取り込まれていく。
自ら外部に放出した“魔力”を“魔法”という事象に変換し、その性質をそのまま吸収することで完成する外道の業。
ヒトならざる者にしか扱えぬ禁断の奥義。
「術式装填……【悠久氷華】!」
「術式装填……【雷轟極天】ッ!」
紫天の一派は人間ではない。かつてNo.“0”と呼ばれた男の“特典”により産み出され、ダークネスの特殊能力とルビーの疑似魔導コアによって存在を確立させた魔導生命体だ。
ダークネスの手によって人間となり、彼の眷属として高次生命体へ進化しつつあるシュテルと違い、彼女たちは特殊な魔導生命体として在る。
故に、その肉体は魔力に反応して変異を起こす特質性を持ち、精神情報の集合体……所謂『霊魂』も魔力との感受性が極めて高い。
だからこそ、魔法の性質をそのまま吸収することで霊魂と完全な融合を果たすことが可能なのだ。
光が納まった瞬間、アリシアの両頬を冷気と電熱が撫でる。
細められていく双眸が見据えるのは氷と雷、自然の具現とも称せる存在へと至ったディアーチェとレヴィの姿。
純白に透き通るドレスを纏った闇氷の王。美しさの中に魂を凍りつかせるほどの恐ろしさを秘めた闇を統べる王と呼ばれし者。
彼女と並び立つのは人の形を保つ雷とも呼べるモノとなった剣士。身の丈を超える蒼い大剣を軽々と振り回して戦意を顕わにする雷刃の襲撃者。
「魔導術式兵装『闇氷の女皇』――さあ、神に仕えし魔女よ。塵芥となるがよい!」
「完成ッ! 魔導術式兵装『
迸る稲光が星空と化した天蓋を焼き焦がしていく。
文字通りの意味で雷の化身と化したレヴィの咆哮は、それだけで数万ボルトにも達する電撃を発生させ周囲に撒き散らすのだ。魔力の暴走と言う訳でもなく、ただ気合いを入れただけで人間を容易く感電死させるほどの電撃を振り撒くレヴィ。
すぐ隣にいるディアーチェのことはいいのかと思い視線を向けてみると、彼女に飛び火した稲光が純白のドレスを貫き――刹那に修復を施していた。どうやら雷そのものと化したレヴィ同様、ディーアチェもまた氷そのものと化しているらしい。
肉体を砕かれようと魔力を削り取られようと、大気中に存在する水分を吸収・凍結させることで自らの存在の一部と化し、超速自動修復を施しているのだ。予想以上に面倒な敵の能力の分析を終えたアリシアは、当初の予定を切り替えて『彼女』を呼び出すことを決断する。
魔力を滾らせ、今にも跳びかかろうとするレヴィから視線を外さないまま、無造作に手をかざしたアリシアが今の状態だからこそ使用できる“能力”を発動させた。
「――『
瞬間、柔らかくも暖かい『優しい光』によって描かれた魔法陣が展開し、それを構築する幾何学模様一文字一文字から魔力によって構成された輝く炎が浮かび上がっていった。
それはまるで現世に現れ出た人魂のよう。
揺らめきながら立ち上るソレが魔法陣の中央に集束していく。
そこから形成されるのは幾重にも重なり合った立体型魔法陣。光の球体に集った魔力がアリシアの意志に応えて姿を変え、彼女のが望む者の器として相応しい形に再構成されていく。
それはスペリオルダークネスの術式に彼女なりの改良を加えた新たなる奇跡。
現実の理を覆し、遥か遠い地より望む存在を呼び寄せる禁忌の業。
「おいで――『リニス』」
祝詞の
放たれる紫の魔力は、常の破壊の具現たる雷を産み出すソレとは違い、まるで心の中に柔らかく染み込んでくるような……不思議な温かさを感じさせた。
イメージするのは母より受け継いだ記憶に記された『彼女』。
アリシアに知識という形で受け継がれた大魔導師プレシア・テスタロッサの叡智……【魔女の釜】。
清濁併せ呑み、
何かと口うるさいお節介な使い魔。娘のためにすべてを投げ出す覚悟を決めた自分を引き戻そうとする恩知らず。
道具を使えるレベルに仕上げるためだけに用意した手駒。
……けれど、どんなに邪険にしようとも、どんなに冷然とした態度をとり続けても、悲しげに眉を眉を顰めながら主であるプレシアの事を想い続けたバカな娘。
嫌いだった。
うっとおしかった。
目障りだった。
でも、忘れることが出来なかった。
だって彼女は――
まあ要するに、『使い魔』のイメージを条件に叡智の検索をかけたら、いの一番に『彼女』がヒットするということ。
なんだかんだ言って彼女を忘れない様に記憶を保存していた素直じゃない母に小さく吹き出し、頭上で回転させた【ヴィントブルーム】の石突で地面を穿つ。瞬間、足元に展開していた幾何学模様の魔法陣が激しい閃光をほとばらせながら高速回転し――光が弾けた。
――トンッ……。
紫の閃光に照らされた世界に、軽やかな着地音が響き渡る。
魔力光が霧散して視界が回復すると、アリシアの傍らには一人の女性が佇んでいた。
肩まで届く薄茶色の髪を靡かせ、頭頂にはピロードがきいてピンッと立つ三角形の猫耳。
どこか教師を思わせる服の上に
金色の宝珠が備え付けられたステッキを腰裏に納め、魔力で再構成された身体の調子を確かめる様に自身を見下ろし、次いでにこにこ笑顔を浮かべながら自分を見上げてくる“家族”をどうしてやろうかと深い溜息をひとつ。
真面目な教え子である“妹”の方ならまだしも、妙なところで主にそっくりな破天荒さを持つ“姉”の方が相手では正論をぶつけても柳に風でしかないことを知っている。
なにせここに来るまでの間、
「真面目さんなリニスでも炬燵の魔力には抗えなかったか~」
「ええ、まったくもってその通り――ってアリシア? なんで貴方がそのこと知ってるんです?」
「お母さんから受け継いだ【
「ああ~……それで○ョイで洗われたかの様な綺麗なプレシアに変身してた訳ですか。娘のために費やした努力が無駄にならなかった事が嬉しくて」
憑きものが落ちたかのように爽やかな微笑みを浮かべながら、「あら、リニスじゃない。久しぶりね、うふふ」と笑い掛けられた時は全身の毛が逆立ったものだ。
思わず、「私の主がこんなに綺麗な訳がない!」 と悲鳴を上げてしまって醜い大喧嘩を繰り広げてしまったのも、今では懐かしい。
ちゃっかり死後の世界から愛娘とTELしていたとは……てか、そんな方法があるなら教えてくれても良かったのに! とちょっぴりイラッ。
あの時は、止めに入ってくれた管理局の提督さんっぽい童顔男性とシスコンの気がありそうな幸薄い顔の青年がいなければ、
……主に、巻き添え喰らって雷に撃ち落とされていた羽人間さんたちのお仕事停滞的な意味で。
「さてさて~、再開を喜ぶのもいいけどいい加減あちらさんも待ちくたびれてるみたいだからね。しっかり頼むよ、リニスっ」
「ハァ~。テスタロッサの血を引く女はどうしてこう問題児ばかりなんでしょうか。お婿さんや親友、可愛らしい義娘さんまでも常識を置き去りにしてるみたいですし……」
「それを言うならフェイトだって露出狂の気質があるよ? ついでにショタコンの疑いもあるって週刊誌に載ってた」
「……わかりました。この一件が終わったら貴方たち全員お説教です! テスタロッサ一家の教師役として、常識と言うものの尊さを骨の髄まで叩き込んであげます! ――手始めにそこのはしたない格好の貴方!」
「うえあ!? ボク!?」
「そうです貴方です! なんですかその恰好は! 膝上までしか丈のないチャイナ服ってどういうことですか! そもそも、貴方は男でしょうに! せめて中華風の格闘着を着なさい!」
ズビシッ! と指名されたレヴィがマジギレモードなリニスの思わぬ剣幕に気圧され、思わず言い訳し始めた。
「えぇ~、似合ってると思うんだけど……。てか、女装癖あるしねっ!」
「威張るんじゃありませんっ! そんなわがまま言う子はオシオキです! 72時間連続お説教乱舞の後、お尻千叩きの刑に処します!」
反射的に尻部を抑えて後ずさるレヴィ。
じりじりと距離をとりながら後ずさるレヴィへにじり寄っていくリニスの手には、いつの間にか引き抜いた杖が。
宝珠が輝き、半透明の魔力刃が形成される。美しさと荘厳さを併せ持つ姫騎士の聖剣を正眼に構え、レヴィ目掛けて跳びかかった。
「もぉ、リニスまで勝手に始めちゃったよ。……それじゃあ、私たちも始めようか」
「ふん、まあ良い。あ奴が何者であろうと、死者如きに遅れをとるレヴィではない。それに――」
愉悦と確信をない混ぜにした光を宿す瞳をアリシアへ向け、告げる。
「貴様程度、五分もあれば仕留められるしな。その後で、ゆっくりあ奴の援護に向かえば問題ないわ」
自らの優位性を微塵も疑わぬ女王の宣告。
あまりにも尊大な発言にしばし呆然とした魔女は、不機嫌そうに鼻を鳴らしてから己の敵を睨み据え――
「人形如きが大層な戯言をほざくなよ。……口を慎め、消し炭にするぞ」
怒気を孕んだ挑戦状を叩きつけ、闇氷を統べる女王へ白銀の槍刃を突き入れた。
”紫天一派”も例のごとく魔改造。
というか、ユーリ in ECウイルスはやりすぎたカモ?
でも、これくらいしないと釣り合わないからなぁ……。
そして、リクエストのあったリニスさん限定復活!
戦うヒロインの決着はやはりタイマンかな? てな理由でご登場してもらいました。
・おまけ(パワーアップした女性陣+αのバリアジャケットデザインイメージ)
アリシア:”らきすた”アンソロジーに登場した魔法少女柊かがみ(フェイト風味)
シュテル:”戦国恋姫”の織田『久遠』信長
ヴィヴィオ(聖王姫モード):fortissimoの桜(ちなみに聖王モードはミニスカマフラーVer.)
花梨:”戦国恋姫”の足利『一葉』義輝
ユーリ:へそ出し袴のデフォ姿 + Forceのトーマ(第二形態)
ディアーチェ:”UQ HOLDER!”の雪姫ことエヴァンジェリンの氷の女王
リニス:教師服っぽいバリアジャケット + Fateのセイバー・リリィ
・こっからが存命の野郎共
レヴィ:”ネギま”の古 菲(チャイナ) + ネギ(雷天大壮)
スペリオルダークネス:スぺドラSR
雪菜:”SAO”のキリト(袖なしVer.)
宗助:Fate Prototypeのランサー
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神器覚醒
キーワードは『力』と『炎』です。
白銀のハルバートと化した【
突きの豪雨が降り止めば、息切れした魔女へお返しとばかりに繰り出されていく氷の礫。
決して溶けることの無い悠久氷河と同じ特性を持つソレは、空気中で周囲の水分を吸収して巨大な氷柱へと姿を変える。
雪崩を思わせる怒濤の勢いで迫り来る氷柱の軍勢を前にして、されどもアリシアの顔に悲壮は微塵も存在しなかった。
カツン、とレガースの踵が床を蹴り……雷光が昇る。
数十にも上る氷柱に対し、アリシアの選択は回避でなく迎撃。雷で構成された翼を羽ばたかせて宙に浮かび上がると、鋼鉄の装甲に包まれた両足が鞭のように振るわれ、迫り来る脅威を無慈悲に蹴り砕いていく。
雷を纏った蹴撃は、鋭さ、破壊力共に迅雷と呼ぶにふさわしいものだった。右、左、右――重力を感じさせない優美な舞を踊りながら、レガースに記された龍の眼が輝く度に僅かな残滓を残して放たれる一撃が氷柱の事如くを粉砕して見せた。
「今度はコッチからいくよっ!」
着地すると同時に膝を折り曲げ、体勢を低くしながら溜め込んだエネルギーを一気に解放。
反発力と魔力強化の恩恵を受けた脚力で疾風の如き勢いで距離を詰めべく駆け出す。
初手の交叉でディアーチェの近接能力は大体把握できた。故の接近戦。
近接戦闘能力は自分の方が圧倒的に勝っていることを確信したが故の判断だった。
――そもそも、当人たちの魔法資質から遠距離攻撃を得意とするアリシアとディアーチェ。
差異と言えば、アリシアが高火力・高機動を伸ばしたが故に護りが薄く、ディアーチェは【紫天の魔導書】に記された強力な魔導を行使しする故に演算時間を確保しやすい遠距離戦を主体とする魔導師だ。
特にディアーチェは、近接戦闘を
最低限の自衛は出来るようだが、反撃に氷の刃の斬撃でなく氷柱による
管理局の室内型訓練領域に匹敵する広さを誇る
つまり、下手に遠距離戦に持ち込めば攻撃の余波で【ゆりかご】にダメージを与えてしまうかもしれない。
ヴィヴィオが先の部屋にいる以上、それは最悪の展開だ。
リスクは向こうも同じはずだが、それを承知の上で戦場を此処に選んでいる以上、何らかの対策はとっていると考えるのが自然。
つまり、無意味に時間をかけすぎること、相手の得意とする距離での戦闘は手痛いしっぺ返しを受ける可能性が高いと考えられる。
故の短期決戦。だからこその近接戦闘。
一歩ごとに足の裏で魔力を爆発させることで瞬間加速を重ね、一条の閃光となったアリシアが、裂帛の気合いを込めた斬撃を繰り出す。
彼我の距離はもはやゼロ。空間制圧力はともかく機動力はさほど強化されていないディアーチェを此処で斃すべく、紫電の雷光を纏わせた戦斧が彫刻のように美しい
ニタリ
心底愉快だと言わんばかりの狂笑を浮かべて爆散した。
「っあ!?」
飛散する氷の結晶が刃の如き鋭さをもってアリシアに襲いかかる。咄嗟に両腕を交叉させて顔への直撃を防ぐものの、薄い氷の膜が幾重にも重なって構築された美しくも恐ろしい刃が魔女の肌を容赦なく切り刻んでいく。
腕に突き刺さり、鮮血が舞う。だが、耳に届くのは鮮血が床に零れ落ちる水音ではなく、硬質な何かが落下し、砕け散る音だった。
両腕に走る鋭い痛みに表情を歪ませたアリシアの視線が下げられる。彼女の足元には、砕け散ったガラス細工のように細かい真紅の欠片が散乱していた。「何だろ、アレ?」 と疑問符を浮かべる彼女の双眸が、直後に両腕へ襲いかかった痛みによって、驚愕で見開かれることとなった。
「腕が……凍る!? っく、そう言う事なんだねっ」
両腕を包むウェディンググローブのような手袋が凍りついていくのを見て察したアリシアの雷翼が彼女を包み込んだ。
彼女の一部でもある雷翼が本人を傷つけることはなく、雷が内包する熱エネルギーによって凍結寸前だった両腕を氷の呪縛から解き放つ。
だが、息を抜く暇など与えないと言わんばかりに、アリシアの直感が警告を発する。
本能の叫びに従う様に、翼へ魔力を注ぎ込んで硬度を増し、頭上を覆う天蓋のように勢いよく広げた。
瞬間、上空から怒濤の勢いで降り注ぐ魔力波動。
その正体は、氷雪系付与術式によって氷の属性を加算された砲撃魔法【アロンダイト】。
ディアーチェが得意とする中遠距離魔法の一つだ。
オリジナルとも言える八神 はやてと同クラスの魔道師が放った一撃は並みの魔道師の数倍もの強度を誇る障壁すら容易く打ち破る破壊力を秘めていた。しかしそれでも、アリシアの護りを貫くには至らない。閉じられていた翼を勢いよく開き、雷まじりの豪風を巻き起こして魔導砲を消滅させる。一見するとレオタードのように見える扇情的なバリアジャケットに傷ひとつなく、悠然と立ち上がりながら飛翔するディアーチェを睨み付ける。
「ていや!」
アリシアが気合いと共に白金のハルバートを一閃。瞬間、弧を描く魔力刃が天に座す氷の女皇目掛けて撃ち放たれた。
「はっ! そんな直線的な攻撃が我に通じるとでも思っておるのかっ」
侮蔑を隠そうともせず、万物を睥睨するかのごとき笑みを浮かべて迎え撃つディアーチェ。
余裕の表れか、やおら懐から取り出した飴玉を口の中へ放り込み、バリバリと噛み砕きながら片腕を突き出して魔力を注ぎ込む。
展開された魔法陣は三角形と十字架を組み合わせたベルカ式魔法陣。魔法陣の最外周にある三つの魔法陣の回転が加速すると共に魔力を集束、魔導砲の発射体勢を整えていく。
だが、これから発動するのはただの砲撃なのではない。本命の攻撃に先立つように、中心の十字架から蛇を思わせる魔力鎖の群れが射出され、迫り来る紫光の刃を絡み取った。ギチギチギチと耳触りな音を鳴らせながら締め上げていく闇色の鎖に呑み込まれるかのように、魔力刃は粉微塵に粉砕されてしまう。
氷の矢じりを持つ蛇は更なる獲物を求めるかのようにアリシアへ狙いを定め、怒濤の勢いで襲いかかる。対象を捕縛した上で無慈悲な砲撃を打ち込む魔法なのだと理解したアリシアは、即座に移動を開始。
縦横無尽に襲いかかる蛇の如き鎖が触れることも叶わない卓越した回避能力を以て悉くを捌ききる。
「チッ! 意外と素早い……! だが、逃げ道は塞いだぞ!」
直接捉えることは困難とみたディアーチェが舌打ちを放つ共に術式を操作。捕縛から包囲へと切り替える。
アリシアの周囲を旋回させるように鎖で覆い、彼女のスピードを殺す。蛇の竜巻の中心部にいるような錯覚を覚えるアリシアの頭上をとったディアーチェが、引き絞った氷の槍を魔法陣に突き刺し、叫ぶ。
「【バルムンク】!」
「っ!? あれはマズ……!」
撃ち放たれる三つの集束砲撃が鎖の竜巻と言うライフリングを通過することで貫通力を増幅させながら、アリシアへ襲いかかる。
流石に正面から受け止めるのは不利と判断したアリシアの顔に焦りの色が浮かび上がる。
「ちいっ! 五連多重魔導障壁、発動ッ!」
両手で握り締めたハルバートの切っ先を流星と化して迫り来る砲撃に向け、ラウンドシールドを連結させたような多重魔力障壁が発動。
防御の有効範囲が狭い故に、機動力を売りにするアリシアには使いどころの難しい術式だが、逃げ道を塞がれたこの状況下ではやむなしと判断したのだ。
ぶつかり合う砲撃と盾が軋みをあげながらせめぎ合い、激しいスパークをほとばらせる。
障壁が次々に破壊されていくのを自覚し、【デバイス】を握るアリシアの手に力が籠る。
永遠にも思えるせめぎ合い。だが、終わりは唐突に訪れた。
ふっ、と霧散するかのように障壁にかかっていた負荷が消失。
思わず「え?」 と気を弛めてしまったアリシアの耳に、鋼鉄の蛇が地を這う音が届く。
それの正体に気づき、慌てて白金のハルバートを振るうものの、紙一重の差で手遅れだった。
「――ぁ」
鮮血が、飛ぶ。
ぐらりと倒れこんでいく身体。視線の先で宙を舞う、自分の――『脚』。
現実を脳が理解した瞬間、文字通り身体を引き裂かれた激痛がアリシアを襲う。
下唇を噛み締め、込み上げてきた悲鳴をかみ殺す。
流れ出しそうになる涙を理性で押し殺し、己が片足を奪い去った【氷の鎖】ごと床にハルバートの石突を突き刺すことで支えにして、無様に倒れることを拒絶する。
「むぐむぐ……っくん。存外にしぶとい奴め。諦めればそこで永久の眠りに落ちることができると言うものを。我が舞台、【氷結呪圏】に足を踏み入れた者が無事でいられるはずがないと言うのに」
新しく取り出した飴玉を噛み砕き、呑み込みながら呟くディアーチェ。
【氷結呪圏】とは自身から放出された魔力を周囲の空間に浸透させることで大気中の水分を即座に氷結させることが可能となる特殊なフィールドだ。結果魔法との違いは、あくまで術式兵装の付随効果であり、他者からは感知されにくい陣地作成とも呼べるスキルであること。
事実、電磁波を周囲に張り巡らせることで感知レーダーを形成していたアリシアに気づかれずに氷の鎖を生成、地面を這うように死角から忍ばせて片足を切り落とすことに成功している。
身体欠損すれば心折れるかと甘く見ていたディアーチェだったが、アリシアのメンタルは予想以上に屈強なシロモノだったらしい。
「しかたない。片足で止められると言うのならば――総てを氷結させるまでよ」
視線の先に映る、未だ心折れていないアリシアを睨めつけながら片腕を振り上げ、術式を起動させる。
「【フリューゲルリニアー】!」
腕を振り下ろした瞬間、大気中の水分を氷結させた氷の矢が生み出され、満身創痍のアリシア目掛けて射出される。
フェイトの【フォトンランサー】に匹敵する速度で迫り来る氷の矢を前に、アリシアの翼が刃のように硬質化してこれを迎撃する。
氷の矢と翼が接触した瞬間、その部分が雷というエネルギー体である翼が凍結し、砕け散っていく。
非物理存在である雷すら凍らせる異能を秘めている氷の矢に当たるわけにいかない。
迎撃を翼のみで賄いつつ、白金のハルバートを杖代わりにしてどうにか攻撃を捌いでいく。しかし、片足を失ったダメージから回復しきれていない状態で、しかも視界を埋め尽くすほどの魔矢の軍勢を前にすれば、流石のアリシアも意識をそちら側へ集中さえざるを得ない。
そう、ディアーチェの
「くっくっく……! 天よ怯えろ! 地よ恐れ戦くがよい! これぞ、我が修練の証! 何気に我よりおっぱいデカくなりくさった
背後でどばーん! と幻影の魔力爆発を自作自演しながら、ディアーチェが高笑いする。
“残念な、できない娘”扱いされた悔しさと切なさと心苦しさを晴らすべく、【紫天の書】の能力を最大限に利用して産み出した最強の魔法。
敵う事ならば、シュテルにぶちかましてやりたかったが仕方ない。
両手を広げ、天井に開けられた大穴から覗く天を見上げながら意識を集中させ、術式を構築していく。
詠唱は必要ない。この魔法に、余計な装飾など不要。ただ一言、その名を告げるのみで良い。
氷の矢を捌ききり、ディアーチェへと向き直ったアリシアが怪訝そうな表情を見せることも気に留めず、ただ、心の内より湧き上がってきたコトバを綴る。
「【
それは、避けること敵わぬ『死』の言霊。それは、世界を壊す禁断の魔法。
「【
決して覚めること無き悠久の凍土の深遠へと誘い、存在を、魂すらも氷砕する究極絶対最強なる超技。
それが今――
「【
その瞬間、アリシアと周辺の空間が凍結した。
たった一言。
たったそれだけで、部屋が、大気が、生命の営みが――……凍結したのだ。
「ぁ――――」
驚愕も、悲鳴も、困惑すら顕わにすること敵わぬまま、アリシアの全身が、魂が氷結されていく。
発動すれば最後、『相手は死ぬ』。異なる異世界であろうとも、絶対不変の真理を覆すことは誰にも出来ないのだ。
禁断にして回避不可能なる大魔術。人は戦慄と敬意を以てこのように呼ぶ。
【
「フゥワァハハハハハハーーっ! 見よ、これこそ我が最強の切り札っ! 恐れ戦き、崇め奉るがよいわぁあーーっ!」
ハイテンションで高笑いするディアーチェ。
精神安定剤入りの飴玉が切れた反動か、普段の三割増し位の残念ぶりを顕わにしている。
高貴な血脈を継ぎし姫君といった格好とのギャップが果てしない。
唯一ツッコミを入れられるはずのアリシアは、氷の監獄に囚われて意識を今まさに奪い去られようとしていた。
「ごめ、ん……ダー、く……」
朦朧とする意識中に浮かび上がる愛する人の幻影に手を伸ばしながら、アリシアの意識は闇に堕ちていった。
――◇◆◇――
【システムU-D】
砕け得ぬ闇、アンリテッドダークネスと呼称される無限魔力生成機構。
その名が示す通り、次元世界を滅ぼして余りある膨大な魔力を産み出す永久機関の一つ。
【ECウイルス】
魔力粒子の結合を分断・分解することで魔導科学の総てを無に還せるほどの危険性を秘めた戦略兵器。
その正体は、魔導殺す猛毒とも呼ばれる超危険指定の人工ウイルス。
性能や効果にこそ違いはあれど、両者とも一般的な魔導師では抗う事も出来ない絶対的な死の具現であることは言うまでもない。
もし、そんな危険物を兼ね揃えた規格外が存在するとしたならば――相乗効果で跳ね上がった危険度は如何ほどのレベルなのであろうか。
肌で感じる圧倒的威圧感。
感知魔法を発動せずとも理解させられる強大過ぎる魔力波動の濁流に抗いながら、シュテルは【ルシフェリオン】を握る腕に力を込めていく。
睨み合う輝焔の天女と猛毒を振り撒く破壊兵器。
彼女たちが相対するのは【ゆりかご】の外、クラナガンの遥か上空。
ここじゃおもいっきり戦えないですねと軽い口調で呟いたユーリが、砲撃型【ディバイド・ゼロ】によって天井に大穴を開け、戦いの舞台を替えたのだ。
高まる闘気が大気を震わせ、炎の燐光と鮮血の如き禍々しき魔力の残滓が空を闇色に染めていく。
阻む者のいない天空の闘技場で、袂を分けた両者がぶつかり合う!
「……行きます」
先手を取ったのはシュテル。誘導系射撃魔法【パイロシューター】を発動、三十二の炎熱属性を付与した魔力弾がユーリに襲いかかる。
【システムU-D】との戦闘時に注意すべき点は、無尽蔵に放出される魔力が彼女自身を覆う全方位障壁を形成していると言う点だ。
魔力攻撃はもちろん、魔力を込めた【デバイス】による打撃すら無効化されてしまう。
突破口は、障壁を貫通できる魔法を行使するか、障壁を無効化できるまで攻撃を叩き込み続けるかの二点が上げられる。
一定のダメージを蓄積させられれば全魔力を攻撃に転用する別形態に変身するため、魔力障壁が解除されるのだ。
故にシュテルは、障壁を削り取るために放った魔力弾に、障壁では防ぎきれない属性変換術式を組み込んだ。
システムそのものをスペックダウンさせる抗体プログラムを用意できれば一番よかったのだが、あの天災が何の対策も用意していないとは考えにくく、中途半端な策を講じても無駄骨に終わる可能性が高かったのだ。
だからこそ、正面からの戦闘で打ち倒す覚悟を以て【ゆりかご】に乗り込んできたわけなのだが、彼女の計算を狂わせる新たな因子の登場に歯噛みせずにいられない。
シュテルのざわめく内心を知ってか知らずか、防ぐそぶりも見せずに魔力弾の直撃を受けたユーリ。魔法の残滓が彼女の小柄な体躯を隠す。
しかし、片腕を振るって魔力煙を霧散させたユーリはやはり無傷であった。
彼女の身体に触れた瞬間、【パイロシューター】は悉く霧散・消滅させられたのだ。
先程の魔力煙も、消滅させられた魔法の残留物でしかなく、攻撃が届いたわけではない。
だが、先の攻撃は障壁で無効化したのではない。
ユーリの体内に存在するECウイルスによって、着弾した魔力弾に纏わせていた炎ごと総てを分解したのだ。
「予想以上の厄介さ。これは一筋縄ではいきそうにありませんね」
EC感染者は接触するだけで魔力結合を分断できる。
つまり、【デバイス】だろうとバリアジャケットだろうと、魔導科学の産物は彼女に触れた瞬間、粉微塵に破壊されてしまうのだ。
おまけに、実体を持たない柔軟性を有する魄翼は極めて高い近接戦闘能力を宿す。
彼女に接近戦を挑むのは無謀。いかに強化された【ルシフェリオン】であろうと、数合切り結ぶのが関の山だろう。
ならば、取れる手段はたった一つ……。
【デバイス】を遠距離砲撃形態に変形させながら距離を開けていくシュテルを見て、ユーリは彼女の狙いに気づく。
「徹底した遠距離砲撃の打ち合いを御所望ですか? 確かに悪くない作戦ですけれど、私たちには通用しませんよ? ――銀十字、【ハンドレッド】発動」
【ゼロ因子適合者からの発動承認を受領。攻撃態勢に移行】
左手の楯に納められた【銀十字の書】の表紙が捲れ、数十もの頁が舞い上がる蝶の群れのように飛散し、ディバイダー996の銃口を覆う球体を形成する。
「【Silver Stars “Hundred Million”《 シルバー・スターズ・ハンドレッドミリオン》】」
魔法を発動させているディバイダー996のトリガーを引くと、銃口から白銀の閃光が迸り、宙に舞う頁に突き刺さる。
撃ちこまれた魔力砲は頁を介して破壊力と弾数を増やし、瞬く間にすぺての頁から数千にも昇る魔力弾が撃ち放たれた。
それはまさしく天をも覆う白銀の流星群。
迫り来る弾幕の嵐に舌打ちを零すものの、シュテルの顔に悲嘆の色は無い。
圧倒的火力による飽和攻撃に対し、シュテルはカートリッジの強化を受けた砲撃による正面突破を図る。
襲いくる光の嵐を冷静な眼で見据え、術式を起動させていた魔法を発動させる。
「【フレアバースト】!」
放たれたのは巨大な火炎弾。
小型の隕石の如き威圧感を放つ紅蓮の弾丸が流星群の中へ撃ち込まれ――炸裂。
拡散された炎の濁流に呑み込まれ、白銀の流星の一部に風穴を開けてみせた。それはまさしく、この状況を打破する勝利へと道筋。
瞬間、焔翼を羽ばたかせ、突破口を塞がれる前に自ら飛び込んでいく。
削り取られた空白を埋める様に旋回して襲い来る弾幕の隙間をすり抜ける様に捌ききってみせたシュテル。その刹那、空薬莢が宙を舞う音をユーリの耳が捕えた。
「【ディザスターヒート】!」
抜き打ちの炎熱系集束砲撃三連撃。
白銀の弾幕を強引にぶち破ってきた真紅の砲撃。一撃目が防御に構えたディバイダー996の横腹を叩いて弾き、二撃目をユーリに直撃させることで魔力分断のために費やしている
その状況こそがシュテルの狙い。ECウイルス制御中枢装置であるリリィは未だ幼い故に魔力分断の演算に若干のタイムラグが発生している。
【パイロシューター】の牽制の際、ほんの僅かにだが鉄壁の障壁が揺らいだことをシュテルは見抜いていたのだ。
そう、二撃目まではあくまでも囮。本命の三撃目を叩き込むために繰り出した、道を開くための布石。
しかし、【ディザスターヒート】が三連撃であることを知るユーリが、ただでやられるはずもない。
「ルビーさん直伝! 砲撃白羽取りっ!」
「はい!?」
なんと、本命の集束砲に対して魄翼を左右から挟み込む様に叩きつけ、砲撃を受けとめてみせたではないか。
魔力を弾く魄翼の特性を活かした奇策だったが、状況にうまく噛みあった事で最大限の効果を発揮する妙手に至ったらしい。
得意気に鼻を鳴らし、せっかくのチャンスを生かせず悔しがっているであろうシュテルの表情を見てやろうと顔を上げて――すぐ目の前まで迫り来ていた
だが、回避も防御も執行できる余裕は存在しなかった。
非殺傷設定を解除し、容赦なく殺意を乗せた一撃がユーリに突き刺さり、大爆発を引き起こす。
手ごたえはあった。
だが、これで終わるとも思えない。
静かに息を吐いて気配を探――るよりも速く、シュテルの脇腹に鮮血の如き赤きラインの奔る刃が突き刺さった。
「が……!?」
「【クリムゾンスマッシュ】……からの【シルバーハンマー】!」
斬られたとシュテルが理解するより先に、ユーリの人差し指がトリガーを引く。
白銀の砲撃に呑み込まれて吹き飛ばされるシュテル。【バリアジャケット】を容易く切り裂かれ、鮮血を舞い散らせながら砲撃から逃れて体勢を立て直すものの、振り向いた彼女の視界には逃げ道を塞ぐように展開された銀十字の頁片が舞い踊っていた。
――不味い!?
ソレが何を意味するのか瞬時に理解し、反射的に回避を試みる。だが、彼女の努力をあざ笑うかのように、シュテルの胸部へ臓器を抉る様な貫手が突き刺さる。
「っ!?」
痛みはない。だが、胸の前に展開された異空間転移門から引きずり出されていく歪な剣を目の当たりにして、シュテルの血の気が引く。
これは、ユーリの保有する攻撃手段の中で最大の攻撃力を誇る技の前兆。
心の闇を引きずり出し、武器として具現化させて対象を殲滅する恐るべき殲滅魔法。
その名は、
「【エンシェントマトリクス】……!?」
「残念。半分ハズレ、です」
左手で具現化した剣を引きずり出そうとしていたユーリの双眸が妖しく光る。
一瞬とは言え意識の外へ追いやってしまったユーリの行動にシュテルが気づいた時には、すでに彼女はディバイダー996を振り上げた後の事だった。
【エンシェントマトリクス】で具現化された剣はシュテルの心そのもの。故に、それを攻撃として放つのではなく、ディバイダー996で叩き割ったとしたら……どうなるだろうか?
「あっ……ぐ、うぅぅうう!?」
バキン! と甲高い音を立てて半ばから砕け散る心の剣。
それの残骸が光の粒子となって霧散していくと同時に、魂を切り裂かれるに等しい激痛がシュテルを襲う。
苦悶に満ちた表情で胸元を押さえ、込み上げてきた鮮血が吐き出される。
肉体へのダメージでも魔力ダメ―ジによる虚脱感とも違う、身体の奥にある大切な部分を引き裂かれたかのごとき筆舌しがたい痛みがシュテルの全身を蹂躙していく。
理性が激痛で埋め尽くされ、戦場にありながら動きを止めてしまったシュテルに生まれた致命的な隙。
そんな状態で、宙に舞い踊る頁片の中を突撃してきたユーリを迎撃など出来るはずも無かった。
「貴方との縁、ルビーさんとファーストさんの因縁。その総てを断ち切る刃となりて、万物悉くを
一閃、二閃と振るわれる禍々しき大剣の残光がシュテルを切り裂いていく。
鮮血と悲鳴を上げて吹き飛ばされる彼女を逃すまいと、肥大化させた魄翼を羽ばたかせて刹那の間も空けずに彼女の後方へまわり込むと、両手持ちで構えたディバイダー996を逆袈裟に切り上げ、上空へと吹き飛ばす。
天高々と打ち上げられたシュテルを射抜く様にディバイダー996を掲げ、その刀身を囲う様に配置された頁片から注ぎ込まれた魔力が銃口に集束される。
「【ディバイド・ゼロ・エクリプス】!」
放たれる白亜の極光。森羅万象を両断する極限なる破壊魔導砲が天へと昇り、シュテルという存在全てを呑み込んだ。
――◇◆◇――
勇者とは救いを求める者の想いを繋ぎ止める者。
奇跡とは強き想いが現実の事象を上書きすることで発生する概念。
しかし、そんな理など『彼』からしてみればどうでもいい事でしかない。
光と闇をその身に宿し、希望溢れる未来を創造することも絶望に染まった破壊の力で万物を蹂躙することもできる存在は、実のところ身内に甘々な性格をしている。
そう、例えば……愛する家族が危機に陥った場合、己の魂の一部となった『武具』を躊躇なく貸し与えることも厭わないほどに。
天へと昇る光の柱。
事切れた鬼械の戦士の亡骸の上で、瞼を閉じて己が内にある『ソレ』へ願った『彼』は、死の危機に瀕している愛しき彼女らを想い、呟く。
「まったく、何勝手に居なくなろうとしているんだ……うっかりさんどもめ」
見上げる先には天空に座す【聖王のゆりかご】。
ずっと一緒にいると約束を交わした彼女たちの背信に、『彼』は見る者がドン引きする程見事な“いじめっこ”な笑みを零す。
「俺は独占欲が強いんだ。だから死んでも逃がしてやらない。だから、さっさと勝って戻ってこい――俺のところに」
かつて黄金の神へと至るきっかけをくれた少女たちへの借りを返すべく、黄金神の魂の欠片が天へと駆け上った――。
――◇◆◇――
闇に閉ざされた暗いセカイで、彼女は……彼女たちは『彼』の声を聞いた。
それは誰よりも愛しい『彼』の声。
いじわるで、性格が悪くて、意外と子供っぽくて……そして、時々すごく可愛い一面を見せてくれる。
始めは恩義を感じていただけだった。母を、仲間を救い、束縛から解放してくれた無二の恩人。
受けた恩を返すため、生死を掛けた儀式に挑む彼の手助けがしたくて杖を取った。
それが総ての始まり。
……いつからだっただろう。
彼への想いが恩義から恋へと変わったのは。
恋は程なくして愛へと変わり、心を重ねて身体を委ねる関係に至った。
後悔はない。むしろ幸せだった。大好きなヒトがいて、大切な親友がいて、愛くるしい愛娘が出来た。
そう……家族が出来たのだ。
幸せとはああいったものを指すのだろう。どんな言葉を重ねてもうまく言い表せられない。
それほどまでに――幸せ
――――まて、何かがおかしい。
閉じようとした意識が違和感を感じた。
奈落の闇へと堕ちていくだけの思考を繋ぎ止め、彼女たちは違和感の正体を探る。
凍えそうな寒さに全身を支配されながら、焼ける様に熱い激痛に全身を苛まれながら、奇跡とも呼べる時間を注ぎ込んで思考を巡らせていく。
「幸せ――」
「――
そして二人は思い出す。
ダークネスの信念……総てを敵に回してでも貫くと決めた不退転の『
『生きる』
単純にして明確。過去を背負い、
故に彼は、立ち止まらない。
思い出に浸ることもある。悩み、立ち止まることもある。それでも進むことを、歩みを止めることはない。
それは彼自身が己の魂に刻んだ誓約。
他の想いを降し、未来を喰らい、己が我欲を貫くためのチカラと成した彼が
あの時、自分たちは誓い合ったではないか。
誰よりも強く、それ故に誰よりも孤独な世界を往く彼を独りにしないと。
彼と言う存在が
彼を想い浮かべるだけで闘志が再燃する。折れていた筈の心に光が生まれ、戦意がとめどなく溢れ出してきた。
「なさけない、なぁ……私」
零れ落ちるのは自分自身への罵倒の言葉。
たった一度の敗北で心を折られ、全ては終わった事だと諦めそうになっていた。
あまりの情けなさに失笑すら浮かぶ。
どうして《
「こふっ……! あは、痛い……痛いって感じられるんだ……そっか、私まだ生きてるんだね」
込み上げてきた血を吐きだし、自分がまだ『生きている』ことを改めて自覚する。
「ぁは……はは……なんて、無様……!」
折れそうになっていた心に炎が灯る。
死んでいない、それはつまり、まだ
《新生黄金神》の眷属たる彼女たちは生命力が途切れた程度で終わりを迎えない。
スペリオルダークネスから流れ込む膨大な『
それは“絆”。
震える心が強き想いを産み出し、『
傷は癒えきらない。けれど、そんな事は問題じゃない。
自分たちはもう立ち上がれる。勝利を掴み取るために戦うことができる。
ならば何故……いつまでも暗闇の世界でたゆたっている?
それはきっと――
「来た」
甘々な彼の優しさを頼りたくなったから……だろう。
暗い暗黒の海を切り裂く様に飛来した光の球。
光に照らされる世界に色が戻り、すぐ傍らにいた親友の存在を感じ、視線を交わしながら苦笑する。
考えることは同じだったと言う事。やっぱり気があうなぁと表情を弛めそうになった彼女たちを叱咤するかのように、脈動を繰り返す光がその姿を変えていく。
現れたのは光輝く石版。見慣れない文字らしき祝詞が刻み込まれている古ぼけた石版だった。
しかし、アリシアとシュテルはソレの正体を感じとり、手を伸ばす。
己の魂の欠片となったソレすらも託してくれる、彼の想いに応えたくて。
石板に浮かぶ文字、ミッドチルダの言語ではないソレの意味を当たり前のように理解した少女たちは声を揃えて唱える。
石板に秘められし『神器』を解放する祝詞を!
「
解放するは破邪の炎。
「――
顕現するは聖なる
「「――
呼び覚ますは力在る心!
闇は払われ、光が世界を染め上げる。
黄金のココロを宿す双翼の乙女たちの想いに応え、《神》なる武具が、ここに降誕する――!
――◇◆◇――
「な――っ!?」
困惑の声を上げたのは果たしてユーリとディアーチェのどちらだったのか。
万物を消滅させる必滅奥義【ディバイド・ゼロ・エクリプス】を受けて絶命していた筈のシュテルが。
絶対零度すら超える極限凍結魔導によって原子レベルで空間ごと氷砕されたはずのアリシアが。
眩い輝きを放ちながら立ち上がる姿を理解できなくて、ユーリとディアーチェは揃って驚愕の表情を浮かべた。
実際の現実として、彼女たちは確かに死んでいたはずだ。
だと言うのに、どうして――……!
「なん、ですか……その力は……ッ!」
戦慄し、驚愕に表情を歪め――恐怖する。
天へと掲げた【ディバイダー996】の刃の先、太陽を背負ってユーリへ向けて輝く炎を纏ったシュテルが襲い掛かる。
【ひっ――!?】
迫り来るシュテルの背後に黄金の三つ首龍の影を幻視して、ユーリと一身合一しているリリィが悲鳴を上げた。
何故、突如としてシュテルが復活を果たしたのか、ユーリには見当もつかない。
だが、
「なるほど、よくわからない奇跡を起こしたと言う訳ですね。さすがはデタラメ一家と称賛すべきでしょうが――甘いです」
瞠目し、心を落ち着かせたユーリの眼が開かれ、獲物を握る手に活力が戻る。
死に体の敵が奇跡のチカラで復活を果たした。
なるほど、物語の展開としては鉄板だ。
しかし、現実は空想と大きく異なる点がある。
それはご都合主義など存在しないという非常なる事実。
ECウィルスに感染することで鋭敏化したユーリの魔力感知能力が、シュテルに蓄積されたダメージの大半がいまだ残っていることを感じとる。
そう、復活した事実に目を取られていたが、彼女は未だに半死半生の死にぞこないでしかないのだ。
ならば、恐れる必要がどこにある?
「貴方が『死』という現実を乗り越えたと言うのなら、私は新たな『死』という未来を送ってあげましょう!」
肥大化する魄翼が巨大な鉤爪へと姿を変え、上空から強襲を仕掛けてきているシュテル目掛けて振り下ろされる。
触れただけでも致命傷を与えて余りある暴虐の具現が、炎の流星と化したシュテルを捉え――陽炎のように霧散した幻影を貫通する。
「なっ!?」
驚愕の声と同時、ユーリの傍らに焔のように揺らめく魔力の粒子が集まり、形を作り上げて――不敵に笑う天女を顕現させた。
「私は焔を司る存在。大気の熱を操作して幻影を産み出すことも出来るんですよ」
復活直後に焔を纏ったのは、総てこのための布石。
ユーリの認識を誤魔化せる程度の魔力スフィアを核に己の幻姿を纏わせ、意識を逸らす。
同時に、周囲の風景に模した幻影の衣を纏ってまわり込み、懐に飛び込む。
戦闘開始から今に至るまで、シュテルが遠距離戦に執着していたのはユーリに『シュテルが近接戦闘を避けている』と思い込ませるための布石。
そう、全ては
すり替わっていた幻影に意識を奪われていた事実に見開かれるユーリの眼。
【銀十字の書】が自立防衛機能を発動させてページを散布しようとするが、
「遅いですよ! ここは私の間合いです!」
【ルシフェリオン】を銀十字のページの隙間を射抜くように繰り出してユーリの脇腹へ叩きつけ、カートリッジをフルロード。
瞬間、爆発的に高まった魔力が環状魔法陣を形成し、聖剣と融合したことでより高純度の焔へ至った魔導を解き放つ!
「疾れ、明星。すべてを焼き消す炎と変われ!」
突き刺さった杖先から怒濤の勢いで撃ち出された極大の魔導砲。灼熱の奔流に曝されながらも足掻くユーリの努力をあざ笑うかのように、片手でカートリッジをリロードしたシュテルの口元が嗜虐に吊りあがった。
「逃がさない……! 【真・ルシフェリオンブレイカ―】!!」
追撃の二射目は初撃を凌駕する極大の魔導砲。焔を纏った二連集束砲撃が、EC感染者の特性すら凌駕してユーリの全身を焼き焦がしていく。
「ぐっ、ぎぃ……! こ、この程度の魔力で私を倒せるとでも――」
【ゆ、ユーリさんっ!】
魔導殺しの力を解放し、浄化の炎に抗うユーリに届く悲鳴じみたリリィの叫び。
彼女の意志が流れ込み、その理由を悟ったユーリの双眸が、今度こそ限界まで見開かれた。
「な――!?」
絶句する彼女の視線の先、砲撃を終えたシュテルの周囲を覆う様に展開されているのは曼荼羅のように空中を埋め尽くす多重魔法陣。
『
おびただしい魔法陣の制御を行うのは彼女の半身たる【ルシフェリオン】。
されど、その姿は本来のモノと大きく異なったカタチでそこに在った。
巨大槍という形態こそ大きな違いはない。目を惹くのは燃える焔を形どった歪な刀身。
デバイスコアを覆う金色の十字架から伸びる燃え上がる炎をそのまま刃としたかのようなソレは、まさしくダークネスより授けられた破邪の聖剣『炎の剣』。
【ルシフェリオン】進化形態 【ルシフェリオン・
真なる継承者である《新世黄金神》にしか振るうことが出来ない筈の聖剣を、眷属とはいえ【デバイス】との融合すら果たせた理由。
なんと言う事はない。所有者であるダークネス本人が、家族に力を貸してほしいと『神器』たちへ頼んだからだ。
魂の一部といえど、聖なる武具である『神器』には意志が宿っている。
彼らは、ダークネスの揺るがぬ想い……家族を助けて欲しいと言う、普段は恥ずかしがって絶対に口に出さない真っ直ぐな願いを聞き入れ、自らの意志で彼女たちに力を貸しているのだ。
『聖剣』を通して彼の想いを感じとり、胸の中が暖かくなってくる。
この戦いが終わったら思う存分に甘えよう。
生き残る理由がまた出来たことに不敵な笑みを浮かべ、瞑想していたシュテルの眼が見開かれた。
「術式構築開始。破邪顕正、万魔覆滅、汲々如律令!」
祝詞によって集束・増幅された魔力が魔方陣ごと刃を包み込み、圧縮されていく。
神の武具だからこそ耐えられる膨大過ぎる魔力は空間を歪め、世界の理すら捻じ曲げる圧倒的すぎる暴虐を産み出す。
顕現せしは天地開闢にも匹敵する極限のチカラ。
創造と破壊。《新世黄金神》を象徴する相反した概念を具現化させた、究極にして極大なる魔導の極み。
惑星への被害を抑えるために上空へ吹き飛ばしたユーリの魔力を感じとり、捕捉する。
【ルシフェリオン】を囲う様に展開させた魔方陣を共鳴させることで、距離という概念を無視した回避不可能という無慈悲な一撃が今……解き放たれる!
「撃ち抜きなさい! 『
放たれたのは燃え盛る焔の飛翔槍。
無慈悲なる破壊と邪悪を浄化する破邪の概念を編み込んだ、輝焔の天翼全霊の一撃。
回避を試みるユーリの想いをあざ笑うかのように、物理法則を無視した鋭角な軌道を描いて着弾した焔は、内に秘められた破壊の暴威を余すところなく解放して総てを消滅させていく。
遥かな天空で、輝く炎が世界を燃やした――!
空間すら焼き尽くすほどの猛威を振るうソレは、通常空間であれば間違いなく星の軌道を歪ませるほどの威力が籠められていた。
「……そっか。これで終わりなんですね」
【ユーリさん……ごめんなさい。私がもっと上手く出来ていたら――】
「ストップですよ、リリィちゃん。貴方は精一杯戦ってくれました……もちろん私もね。私たち二人で負けちゃったんです」
痛みすら感じない焔に包まれながら、消えていく相棒に優しい言葉を贈るユーリ。
破壊衝動は完全に消え、どこか清々しさすら感じてしまう。
「ルビーさんも逝っちゃったみたいですね。なら、私もお供してあげないと……あの人、意外とさみしんぼさんですから」
【あの、えっと……じゃあ、私もご一緒します。あの、その、パートナー、ですから】
おずおずと『我儘』を口にしたリリィに、ユーリは天使を思わせる優しい笑顔を浮かべて頷く。
「もちろんです。それじゃあ、今日からリリィちゃんは私の後輩さんですよ」
【……! はいっ!】
兵器として、リアクターとしての自分だけじゃなく、リリィとしての役目を貰えた。
そんな当たり前のことが嬉しくて、消滅への恐怖が何処かへ吹き飛んでしまう。
初めてかもしれない笑顔を浮かべているであろうリリィを抱きしめる様に自分の二の腕を抱きしめ、眠る様に瞼を閉じる。
――ディアーチェ、レヴィ、ごめんなさい。先に逝ってます。
仲間への謝罪を口の中で呟きながら、心のどこかでまた会えるような予感を感じるユーリに涙は無い。
――シュテル、どうかあなたの望むままに生きてくださいね。
勝者への手向けを最後に、ユーリ・スカリエッティとリリィ・シュトロゼックの存在は、この世界から完全に消滅した。
――◇◆◇――
「ふん、どうやって復活したのかわからんが……所詮は無駄な足掻きと言うものよ! 我の超絶無敵な闇と氷を組み合わせる秘奥義の前に、貴様如きが贖えるはずもないのだからなっ!」
腰に手を当て、反対の手でアリシアを指差しながら宣言するディアーチェ。
四肢の欠損を含めたすべてのダメージから完全に回復した理屈は皆目見当もつかないけれど、それでも自分の優位は揺るがないと言う自負が、強気な態度を崩さない。
ディアーチェの兆発に、自分の周囲を浮遊する『力の楯』を小型化させたような
「その言い回し……
「げふああっ!?」
ディア、吐血。
胸元を押さえて苦悶に表情を歪め、数歩後ずさりする様が妙にかっこよく見えるのが救いが残されていると言うべきか。
明らかに隙だらけの体を晒すディアーチェに、容赦を捨て去ったアリシアが躊躇なく襲いかかる。
広範囲の遠距離攻撃を得意とするディアーチェに接近戦を仕掛ける戦法は先程までと同じ。
だが、前回とは明らかに異なる点が存在した。
「なっ……速い!? これはレヴィ並みかっ!?」
全身雷化したレヴィと同等の速度。文字通り金色の閃光となったアリシアは大気を切り裂き、煌めく残光すら見えぬ超神速の速力を以て、ディアーチェへ迫る。
眼を剥き、慌てて武器を構えようとするが、その時にはすでにアリシアがディアーチェ目掛けて白金のハルバートを振り下ろした後だった。
紫電を纏った白銀の一閃は、氷と闇を統べる女皇の左肩から右脇腹にかけて袈裟切りに両断。
さらに軸足を起点に身体を回転させて遠心力を上乗せした横薙ぎの追撃で計四つの肉塊に切り裂かれた。
だが、この程度で終わるならば女皇など名乗れない。
切り離された肉体を即座に氷の粒子へと変換させ、魔力風に乗せて集束・再結合させて身体を再生させるディアーチェ。
だが、痛みは感じていたらしく、青白い美貌に苦悶の色が浮かぶ。
「おのれぇ……! 近寄るな小娘ッ!」
激昂に駆られ、速射砲の如き勢いで魔力弾をバラ撒く。
一発がAランク魔導師の砲撃魔法に匹敵する破壊力を秘めた弾幕の嵐を前にして、アリシアの心は凪を迎えた海原のように落ち着いていた。自分を護る様に追随する『力の楯』。
そこから流れ込む優しい“癒しの力”を感じて口端が緩む。ダークネスからの贈り物である神器の秘めたるチカラ、それは“癒し”。
いかなる傷をも瞬時に回復させるチカラによって、今のアリシアは常時回復魔法がかけられている状態なのだ。
それ故、全身を雷のフィールドで覆い感知能力を向上、雷翼による変則的高速機動の実現に加えて、自らの肉体に電気を流すことで肉体の反射速度を限界以上に高めることも可能となったのだ。
普段の彼女であれば、いくらかのダメージを受けてしまいここぞと言うときに限って使用する奥の手だった。
しかし、『力の楯』の加護を受けた現在のアリシアならば、ダメージを蓄積させること無く能力を発動し続けることができる。
おまけに痛みを軽減する効果まであるらしく、筋肉の疲労や神経を焼き焦がされる痛みもほとんど感じないでいられる。
――ホント、私にぴったりな神器なんだよ。ひょっとして『剣』と『鎧』も
自分と同様に神器を受け取った親友と愛娘の姿を思い浮かべつつ、今自分のやるべき事に集中するべきかと意識を切り替える。
氷の弾丸と紫の雷が交差し、火花を散らす。
氷の礫と闇色の魔弾が飛翔し、紫の雷と白銀の斬閃がこれを切り裂く。
攻守が幾度となく入れ替わり、互いを喰い破らんと激しさを増していく応酬を制したのは、魔女の刃だった。
それまで宙を舞っていたアリシアが突如弾幕の隙間をすり抜けながら高度を落として着地するや、強化された脚力にものを言わせた踏み込みで弾幕の下をくぐり抜けるように疾走。
視線の上方に意識を集められていたディアーチェは一瞬だけアリシアの姿を見失い、攻撃の手を緩めてしまう。
焦り、魔力感知の感覚を頼りに反射的に射出された魔力弾を悉く叩き落とし、弧を描くように薙ぎ払われた斬撃がディアーチェの【デバイス】を弾き飛ばす。
「な……!?」
それは戦局を決めるにはあまりにも致命的な……隙。
斬撃を放った体勢のまま身体ごとぶつかる様に突撃、小柄なディアーチェを吹き飛ばす。
「かは……!?」
魔力融合を果たしている筈の己にダメージを与えたという事実に驚愕する間も与えず、白金のハルバートの切っ先を標的に向けて術式を起動させる。
「闇祓う浄化の光よ 悪しき魂を滅す神なる雷よ 我が黄金色の想いを糧に 虚無へと誘う標となれ!」
神器の全能力を解放させる祝詞を唱え、進化した【ヴィントブルーム】……【ヴィントブルーム・ヴァルプルギス】に限界を超えた魔力を注ぎ込む。
本来のスペックでは到底耐えきれない程の莫大すぎる魔力。
しかし、『力の楯』の加護を受けることで崩壊寸前に損傷部分を修復され、原子レベルでより強く、より強固なモノへと昇華されていく。
白銀から黄金へ。
輝く光がプラズマと化し、具現化した雷の龍が主の想いに応えんと咆哮をあげる。
神の力を降臨させる標へと至った相棒を上段に構え、裂帛の気合いと神速の踏み込みから繰り出される斬撃を振り抜く。
「これが私の覚悟っ! 総てを切り裂け! 『
黄金の閃光が弧を描き、ディアーチェの肉体に一条の斬閃が刻まれる。
距離という概念すら超越した一撃は、魔力兵装という最高位の強化魔法が齎す絶対防御をことごとく無視して――万物総てを切り裂く。
閃光から溢れ出す輝きがディアーチェを呑み込み、眩いまでの光の奔流が闇と氷の女皇を跡形もなく消し飛ばした。
・作中に登場した魔法解説
○【
使用者:ディアーチェ
女皇サマが生み出した究極なる超絶凍結魔法。
相手は死ぬ! 以上。
○『
使用者:シュテル
最終形態マキシマムブレイクモード【ルシフェリオン・
○『
使用者:アリシア
最終形態【ヴィントブルーム・ヴァルプルギス】と『力の楯』を模した自立機動兵装間で魔力を循環・増幅させた神おも切り裂く究極の斬撃系『神代魔法』。
○【OONOHO TIMUSAKO TARAKIT】
使用者:アリシア&シュテル
石版に秘められた神器の力を解放させる呪文。逆向きに続けて読むと……?
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『王』と『姫』
「せえい!」
「うわたた!? ちょっ、そっちがその気ならボクだってぇ……ておやー!」
雷と化したレヴィの踏み込みが音速を超え、一条の稲光に至る。
存在そのものが雷光と成ったレヴィから放たれる怒濤のラッシュ。
それはまさしく疾風迅雷。空気を焦がすほどの雷光が縦横無尽に戦場を駆け、姫騎士へと襲いかかる。
「ふむ……なかなかのスピードです。ですが、攻撃の軌道が直線的すぎますね。フェイントを織り交ぜればもっといいものになりますよ」
だが、雷の速度
何せ彼女は、電気変換資質を持つテスタロッサ一家に最も近い存在であり、彼女たちの特性や能力を熟知している使い魔なのだ。
電撃による攻撃など、飽きるほど経験してきた。
しかも、光速以上の速さで動ける存在を知るアリシアの蘇生術式の影響で、超速戦闘技術の知識や全能力の向上という恩恵を受けている今、ただ速いだけの魔導師などものの敵ではない。
上体を反らして避けた雷撃系斬撃魔法を装填させた左拳に極小の魔法陣を発動させながら掌を添え……解放。
【ジェットスマッシャー】
優れた弾速と貫通力を併せ持つ中距離砲撃魔法が生み出す衝撃波をゼロ距離から打ち込む事でレヴィの片腕を弾き飛ばす。
さらに中国拳法の要領で衝撃を内部に浸透させるように打ち込んだことで、跳ね上がったレヴィの左腕が魔力粒子となって破裂する。
片腕を失ったレヴィはダメージこそ感じないものの、肉体の一部を失ったという事実に幻痛を感じ、飛翔速度を緩めてしまう。
「はい、隙だらけのおバカさん発見です」
無拍子で懐に踏み込み、胸板へ肘打ちを叩き込む。魔力で強化された上、肘まで覆う手甲を装着したリニスの一撃は、雷化しているレヴィにも決して軽くないダメージを刻み込んでいく。
「くが……!?」
胸を抑えつつ左腕を再生させ、後方へ飛びさがろうとしたレヴィ。
しかし、地面を蹴った瞬間、足を何かに引っ張られる感覚を感じ驚愕で眼を剥く。レヴィの足首には本人も気づかない内に鎖状の捕縛魔法が絡みつき、床に縫い付けていたのだ。
完全雷化と言えど、霊体を現実の存在として固定するために魔力を用いている。
故に、魔力を直接縛り付ける術式をあらかじめ発動させていたリニスは、肘打ちを繰り出した瞬間に捕縛魔法も同時展開していたのだ。
レヴィの行動を完璧に予測し、逃げ道を塞ぐために。
動きが止まったレヴィに人さし指を伸ばした片腕を向け、あちら側で新たに習得した魔法を発動させる。
指先を中心に生成される魔力弾。螺旋回転により貫通力を強化した魔弾が、速射砲の如き勢いで射出された。
「【クロスファイア……マルチブルショット!】」
「くっ!? 【光翼斬】!」
大剣へと変形させた愛機を振り回し、迫り来る魔力弾を打ち払う。
だが、【デバイス】という物体に触れるため完全雷化を部分的に解除してしまう。
その隙をリニスは見逃さない。
足の裏で魔力を爆発させることで加速をかける。
コンマ数秒で最速に達したリニスが自ら射出した魔力弾を追い抜く速度で距離を詰め、レヴィの額に触れる。
瞬間、発動させるのは魔力の振動波を直接接触によって対象にぶつけ、物理的ダメージを叩き込む近接系振動魔法。
「【ブレイクインパルス】ッ!」
打ち込まれた衝撃で頭を揺さぶられて一時的に前後不覚に陥るレヴィに追撃を仕掛けるべく、誘導機能を付与させた斬撃系魔法【サンダースラッシュ】を発動。
チャクラムのように唸りを上げて高速回転する魔力刃を全方位に射出し、レヴィの逃げ道を塞ぐように周囲を旋回させる。
と同時に、直接触れたことでレヴィの身を包む放電に焼かれたはずの片腕に視線を向けてみた。が、白銀の手甲に覆われた手のひらには火傷の跡どころか焦げ跡ひとつ見当たらず、数度指を握ってみるも痛みは感じなかった。
どうやら、アリシアから与えられた『白銀の姫騎士』はかなり強力な防御能力を秘めているらしい。
リニス本人のスペックはプレシアの使い魔として存命だったころとさほど違いはない。
しかし、実際はSランク魔導師レベルの実力者であるレヴィを軽くあしらうほどの戦果を叩き出せている。
つまり、アリシアの魔力で作りだされた白百合の鎧によって、能力の底上げがされていると言うこと。
大魔導師の産み出した使い魔のポテンシャルを更に高める事が出来るレベルに成長したアリシアに喜ぶべきか、常識を置き去りにしそうな彼女らの将来に不安を覚えるべきか悩むところだ。
――本当に問題児しか生まれてこないのですか
役目を終えたらすぐに戻ろうと思っていたが、教育者として予定を引き延ばしてでも再教育していかなければと決断する。
もう手遅れかもしれないが、せめて純粋そうな
“玉座の間”で繰り広げられている超人大戦のことを知らされても覚悟が持つのか、非常に気になる所である。
それはともかく、これからの事をどうこうするのはやるべき事を終わらせてからだ。
気持ちを切り替え、ダメージから回復したレヴィに向けて魔法剣の切っ先を突きつけながら、凛とした意志と態度を以て宣告する。
「感覚、音、魔力の気配……雷の速度を読みきる手段はいくつかありますが、それでも動き回られたら厄介です。なので、ここで仕留めさせていただきます」
「くっ……! キミ、戦い方が上手だねっ」
頬が引き攣るのを自覚しながら、逃げ道を塞がれたレヴィは回避を諦め、全ての能力を攻撃に注ぎ込む事を決断する。
術式兵装によって鋭敏化された感覚が、二人を覆い隠す様に展開された不可視の設置型拘束魔法の気配を察知していたからだ。
蜘蛛の巣のように張り巡らされたアレをすり抜ける事は困難。ならば、圧倒的物量差を以て眼前の敵を打倒する以外に逃れる術は無い。
「
繰り出される拳一発が遠雷の如き轟音を鳴らしてリニスへ襲いかかる。
視界を埋め尽くす拳の壁を、時に体捌きで、時に密度を高めた最小限の障壁で受け流しながら反撃の機会を伺う。
だが、立ち向かう事を決断したレヴィに躊躇はない。
じりじりと後退していくリニスに追いすがる様さらに踏み込み、脚撃を加えた乱撃を見舞ってくる。
「……っ、これは、予想以上にっ!」
渾身の踵落としが床を粉砕し、振り抜かれた拳から放たれる雷撃が壁の一部を穿つ。
瓦礫の破片が飛び散り、焦げ臭い臭いが辺りに充満する。
一撃でも直撃すれば胴体に大穴が開きかねない程の剛拳を捌きながら、リニスの胸に浮かび上がるのは現状を悲観するネガティブな思考……などではなく。
「――ふふ」
「キミも楽しそうだね! すごくいい笑顔になってるよっ」
指摘するレヴィもまた、笑顔を浮かべていた。
「ええ、そうですね……この感じ、初めてかもしれません。しがらみも何もない、ただ純粋に武をぶつけ合う喜びを感じるのは」
リニスは自分がこの状況を楽しんでいることを自覚し、己の中で不謹慎だと叫ぶ理性ともっと楽しみたいという欲求がせめぎ合っているのを感じた。プレシアの補佐役として使い魔となり、フェイトの教育を完遂することで契約を成し遂げ、消滅した自分。
けれど、何のしがらみも無く己の全てをぶつけ合う機会に初めて巡り会えた奇跡を喜ぶ自分もいることを知った。
教え子そっくりの敵……レヴィは、戦争について抱く主義思想などは持ち合わせていなかった。
ただ純粋に、勝ちたいだけなのだ。大切な人と居場所を護りたい、ライバルを乗り越えたい。物事を深く考えないバカだからこそ、どこまでも純粋で真っすぐな魔法を使えている。拳を交え、魔法をぶつけ合う事でそれがよくわかる。
まるでお互いのことを理解し合う儀式のような、黒い感情の一切ない清廉な舞踏。
故に、
――負けたくありませんね。
――ぜったいに負けないよー!
テスタロッサの使い魔として。
愛しき闇統べる王を護る力として。
「「絶対に私(ボク)が勝つ!」」
裂帛の気合いと共に放たれた拳がぶつかり合い、拡散する衝撃で互いの身体が後方へ吹き飛ばされた。
土埃を上げながら着地し、間合いを取った両者が静かに呼吸を整えていく。
好敵手を見据えて杖を構え、拳を握り込む。
瞬間、今までの戦闘で撒き散らされ、床や壁で帯電していた魔力が稲光となってレヴィの元へと集束し始めた。
魔力集束技能……なのはが得意とする拡散された魔力を再利用する術式だ。
レヴィは自分に残された魔力を全て注ぎ込んだ次の一撃で決着をつけるつもりなのだ。
肌を焦がすほどの魔力密度が渦を巻き、腰だめに構えたレヴィの拳へ集まっていく。
「はぁああああああああ――ッ!」
雄叫び上げながら、本人の限界値を超えた魔力を集束させていくレヴィ。再吸収しているのは当人の魔力だけではない、主と同系統スキルを有するリニスから放たれた魔力――電気変換資質を宿した拡散魔力――すら取り込んでいるのだ。
掌に雷が収束し、身の丈を遥かに超える巨大な直槍を生成する。
核となっているのは大剣モードの【バルニフィカス】。
蒼き雷を刀身に纏わせ、雷光の刃が雷帝の巨槍へと姿を変える。
十メートルは下らない極大の槍を擡げ、投擲の構えを取る。
余剰魔力総てを推進力に変換させた巨人すら屠る飛翔槍が、今――解き放たれる!
「これでっ、終わりだよ! 最終奥義っ……【巨神殲滅雷王撃槍】――ッ!」
天を貫く雷の剛槍がリニスに向けて撃ち出された。
音速の壁を容易く突破し、空気の壁を貫きながら姫騎士へ襲いかかる。
「素晴らしい魔法です。ですが……テスタロッサの使い魔として、負けは許されないのです!」
迫り来る破壊の具現を前にして、リニスの心は不思議と落ち着いていた。
右手に握り締めた魔導剣。振り上げ、頭上で左手を添えながら魔力を注ぎ込んでいく。
刃が煌めき、穢れ無き魔力が刀身へ吸い込まれる。
どこまでも透き通る無色であり、光を司る黄金色でもある輝きを放つたゆたう魔力粒子を紡ぎ、確かなカタチと成して――至る。
顕現せしは星が鍛えし聖剣。彼女の勝利を疑わぬ、素直じゃない主と姉妹の問題児な方の祈りを胸に、想いを乗せた聖剣を振り下ろす!
「【
その瞬間、世界が光で満たされた。
熱は無く、音も無く、衝撃も無い。雲耀をも超える速度で振るわれた斬撃は、文字通り世界の総てを置き去りにしたのだ。
されど、刃を交えていた魔女と女王が、天女と巫女が確かに見たのだ。
星をも両断せしめる輝く斬撃が、雷を纏った巨人を割断する様を。
姫騎士の透き通るような刀身が砕け、輝く魔力粒子が雪のように舞い踊り、ボロボロになった床を埋め尽くしていく。
光のシャワーの中、柔らかな微笑みを浮かべながら意識を失ったレヴィを抱きとめるリニスの姿は、見紛うこと無き白百合の姫騎士だった。
――◇◆◇――
「うむうむ。流石はエースオブエースと呼ぶべきだね高町 なのは君。まさか私と娘たちが退けられるとは夢にも思わなかったよ。くっくっく……これもまた、不条理な現実という奴かな? いやはや、勝利の美酒を味わう事も良いが、敗北の味を噛み締めるというのも新鮮で悪くないねえ」
バインドで簀巻きにされてうつ伏せで転がっているスカリエッティが、床に頬を押し当てながら何とも呑気な発言を呟いた。
彼のトレードマークである白衣は見るも無残にボロボロな状態で、擦り傷からにじみ出た朱色の斑点が所々に見て取れる。
少し離れた所には、背中合わせに撓り上げられたトーレと の姿。
彼女たちは意識を失っているらしく、後ろ手に縛り上げられた痛みに身悶えすることも無く、俯いた体勢のまま微動だにしていない。
ここはアリシアたちが素通りした戦場の一つ。
スカリエッティ陣営と管理局のトップエースたちが雌雄を決めるべく死闘を繰り広げていた戦場だ。
いや、正確には『だった』と言う表現の方が正しいかもしれない。
なぜならば、すでに戦いを集束し、決着がついているからだ。
この場を制した勝者は管理局。どこか虚空を見つめる様に空虚な瞳をしたなのはと、管制室の残党を捕縛に向かったフェイト。
彼女たちコンビが、『無限の欲望』と『ナンバーズ』を退け、勝利を掴み取ったのだ。
だがしかし、敗者が屈する光景を見下ろす勝者が達成感に胸が満たされているかといえばそうではない。
それは何故か?
「いやあ、それにしても驚いたよ。まさかフェイト・T・ハラオウンの全力……確か、【真・ソニックフォーム】といったかね? アレすら凌駕するスピードを叩き出すレベルに成長したトーレとセッテのコンビネーションに加えて、ディエチとウェンディの支援砲撃。さらには無機物潜航能力を持つセインとシャッハ・ヌエラ君の奇襲すら対応して見せるとは! 全方位の壁にレストリック・ロックを網目状に展開させたときは何を見え見えの策を講じているのか、血迷ったのかと嘲笑ったものだが、まさか支援に徹していた支援組の油断を突く作戦だったとはね……。いやはや感服とはこのことかな?」
「……」
圧倒的有利な展開に運べていた戦局がひっくり返されたあの瞬間を思い出し、スカリエッティの口角が愉悦に吊りあがる。
それは、自らの予測を上回る判断と行動を起こしたなのはたちへの純粋な称賛を抱いたが故のもの。
実験対照的にしか評価していなかった彼女たちを、稀代の犯罪者たる彼が認めたという何よりの証だった。
「次の行動も実に良かった。捕縛したディエチとウェンディを気絶させるのではなく、意識を奪わないまま意図的に彼女たちの存在を自分の意識の外へ追いやることで油断を誘うことで、仲間意識の強いセインとシャッハ・ヌエラ君に救援行動をとるよう誘導させたね? 訓練施設も兼ねたこの部屋の壁は強力な魔法耐性を有した材質で出来ている。そのため、壁の中を自由自在に動き回れる彼女たちを炙り出すために、見え透いた餌を用意した訳だ。しかも、本人たちに気づかせないよう、ごくごく自然な流れで。私たちが気づいた時にはもはや後の祭。バインドで中空に貼り付けにされたディエチとウェンディを救助するために姿を現した二人を一撃で昏倒させたフェイト・T・ハラオウンの技量も素晴らしい! さすがはプレシア女史の遺産と呼ぶべきか」
「……」
装甲を薄くする代償に飛躍的に高まった速度を以て超高速機動を可能とするフェイトの【真・ソニックフォーム】。
トーレとセッテの連続攻撃を紙一重で捌くことに集中していたフェイトが、まさか防御をなのはに任せて攻勢に移るとは思いもしなかった。
あの時、あと僅かでもなのはのフォローが遅れていれば、セッテの【ブーメランブレード】で背後から真っ二つにされていたことだろう。
自らの命を賭け金にできる決断力となのはならば大丈夫という信頼。それが明暗を分けた。
トーレたちのコンビネーションをなのはが完全に防ぎ、フェイトの【ライオットブレード】二刀流がシャッハとセインを一刀のもとに斬り伏せたのだ。
「それでも我々の有利は揺るがない筈だった。何せ、君たちの動きは管制室のヴェロッサ・アコース君が読み取った思考を、私に念話で伝えてくれていたからね。格上相手の思考読み取りは準備が時間がかかったと言う事もあってギリギリまで使えなかった奥の手だったが、娘たちの粘りが揺るぎ無い勝利を引き寄せてくれた。まったく、私自身驚きだよ。まさか、スペック以上の能力を引き出し、戦闘機人の理論限界値を遥かに超える戦闘能力を発現させたのだからね。姉妹や友人が倒れたことが原因だったのかは私にも分からないが……だが、トーレもセッテも、間違いなく私の作品の中で歴代最高の能力を持つに至っていた。事実、超音速の速さで襲いかかる娘たちに、君ら二人はなすすべもなく切り刻まれていたのだから。――だが」
そこまで言って、スカリエッティは苦虫を噛み潰したかのような表情になり、口惜しげに歯軋りを始めた。
研究者として、理論を超えた理不尽すぎる暴論……奇跡などという言葉を口に出したくないのだろう。
それほどまでに、あの状況からの逆転劇は理不尽極まる物だったからだ。
「まさか彼が……《新世黄金神》が君たちにまで影響を及ぼすとは予想だにしていなかったよ。鮮血で全身を染め上げ、意識が朦朧としていた君たちへ止めを刺すべく襲いかかった娘たちを吹き飛ばした黄金の輝き。閃光の繭に包み込まれた君たちがその中から再び姿を現すと、新たなる力に覚醒したなどと……いくらなんでも出来すぎだろう。そもそも、どうして君たちが彼のチカラの一部を発現することが出来たのかね?」
疑問符を浮かべるスカリエッティから視線を逸らし、先ほどまでの無表情から一転して恋に恋する年頃の乙女の如き真っ赤な顔になったなのはは口を噤む。
――いっ、言える訳ないでしょー!?
そう。
圧倒的危機に陥ったなのはとフェイトを救ったのは、奇しくもアリシアとシュテルと同じ《新世黄金神》より授かったチカラによるものだった。
だが、『伝説の石板』というアイテムを授かった彼女たちとの決定的な違い。
それは、スペリオルダークネス自身も予想だにしなかった因果律の流入によるものだった。
ルビーとの決戦の最中、スペリオルダークネスは守護龍との
膨大にして莫大なるエネルギーは世界を隔てる時空の壁にすら干渉し、決して交わるはずの無い無限の並行世界へ通じるほんの小さな亀裂を産み出してしまったのだ。
世界が異なれども、同一の存在は互いを引きあう性質を持つ。
世界の修正力によってすぐに閉じてしまった亀裂を通して、あるものがこちら側の世界に流入していたのだ。
それこそ、並行世界の高町 なのはとフェイト・T・ハラオウンの
ここではない並行世界において、スペリオルダークネスと〈温泉でにゃんにゃん♡〉してしまった挙句、〈赤ちゃんできちゃう~♪〉的な想いを受け止めてしまったという記憶が、こちら側の彼女たちに流れ込んでしまったのだ。
ここで、誰もが予測できなかった奇跡が起こる。
古の神話時代より、超常エネルギーの塊である《神》や《ドラゴン》と交わった人間には特別な力が宿るとされてきた。
人間の枠を超えた文字通りの意味での『奇跡の能力』。
《神》候補であり《ドラゴン》でもあるスペリオルダークネスと交わったという記憶が彼女たちの中に定着した瞬間、それは過去に起こった事実であると世界の理が誤認し、『高町 なのはとフェイト・T・ハラオウンはスペリオルダークネスの
世界が事実だと認識したことで因果律が歪み、こちらの世界では繋がっていないはずの彼女たちに《新世黄金神》の加護……『危機的状況に陥ると理論を超えた進化を果たす』という概念を習得してしまったのだ。
それ故、絶対絶命の危機に陥っていたなのはとフェイトは計らずとも《新世黄金神》の加護を受けた進化を果たし(ついでに、未経験なのに“そう言う行為”に及んだという記憶だけ脳裏に刻み込まれて悶絶し)、スカリエッティたちを打ち倒したのだ。
なのはは新たに手に入れた力に目を向ける。
彼女の周りを浮遊する十二の自立機動兵装。
【レイジングハート・エクセリオンモード】の黄金の槍刃を彷彿させる杖先を模したこの兵器こそ、彼女が覚醒した人智を超えた力の断片。
【ブラスターシステム4】
肉体限界を超えた魔力増幅を行う【ブラスターシステム】の理論限界値であった『3』をも超える、強大なる力。
しかも、反動が凄まじい物だったシステムの筈なのに、こうして常時発動していても痛みや虚脱感を全く感じることがない。
自立兵装の統括を任している自立飛行形態の相棒に調子を確認しても、
【問題ありませんマスター。むしろ、調子が良すぎるくらいです。ヒャッハー! と叫びたくなるほどに。――ところで、いつの間に殿方のの初体験をご経験なされていたのですか? ぜひその辺りの事をちょっと詳しく】
という、物凄くアレはテンションになったおかしすぎる返答を返されてしまったのを見るに、コレは
(スカリエッティを逮捕できたことは嬉しいよ? この後、ヴィータちゃんの援護に行くこと考えたら結果的に強くなれたことは文句の言いようもないんだよ? でもね、なんだろう……このものすっごいやるせなさというか理不尽さというか)
十二の【レイジングハート】を変幻自在に操作してスカリエッティたちを縛り上げ、全方位からの十二門集束魔法【スターライト・エターナル・ブレイカ―】で勝負を決めるというフィニッシュとかいろいろ見せ場があったはずなのに……と項垂れるなのはの肩に手を置いたのは、ウーノとヴェロッサを拘束して戻ってきたフェイトだった。
彼女の表情もまた、どことなく影が差しているように見える。
「ただいま……」
「お帰りなさい……どうだった?」
「……うん。ガジェットの機能も停止させたし、念のために気絶させておいたよ。……ねえ、なのは。私たち、勝ったんだよね? なんか実感がないといいますか、結果だけぽーんと放り投げられたようなやるせなさを感じると言いますか」
「フェイトちゃんもそう思うんだ……。そうだよね。やっぱりこんなのおかしいよ」
「どこがだね?」
きょとんと惚けるスカリエッティにとうとう堪忍袋の尾が切れたのか、彼の襟首を掴み上げてがっくんがっくん揺らせながら吼える様に捲し立てる。
「いや、すごくおかしいでしょ!? どうしてダイジェスト風味で流されてるの!? 私たち、すごく頑張ったんだよ!? ピンチの連続を乗り越えて、覚えのない恥ずかしい記憶で悶えながら奇跡のパワーアップを果たして大勝利をもぎ取ったんだよ!? なのに、なんなのこの扱い!? フラグとか伏線とかサラリと流されてるんですけどっ!?」
「お、おお落ち着いてなのはっ!? スカリエッティ泡吹いてるから!? 目がぐるぐるし始めてかなりやばい感じに決まっちゃってるよ!?」
「放して、フェイトちゃん! 私はこんな現実拒絶するの! リテイクするの! だってアレだよ!? 結局、νガンダムになった私と人目を憚らず脱ぎ散らかして黒ビキニになったフェイトちゃんが勝ちました~ってノリで終わっちゃってるんだよ!? 魔導師人生の中でもトップ五に入る激戦だったのにっ!」
「そこにツッコんじゃ危険だよ、なのはっ!? ていうか私のコレ、ビキニじゃないもん! 極限まで防御力を削ることで音速を超えた光速の領域まで達した超絶機動形態【神・ソニックフォーム】なんだから! てか、人を痴女呼ばわりしないでよっ!?」
「傍目には違いなんて分からないんですけどっ!?」
「わかる人にはわかって貰えるもんっ!」
【【(それって、もしかしなくても“あの御仁”のことなのでしょうか?)】】
捕縛対象全員が気絶して床の上を転がっている部屋の中で場違いが口喧嘩を繰り広げるニュータイプ系白い悪魔と脱衣系黒い死神。
シュールすぎるやり取りは、【デバイス】たちが止めに入るまで続けられたという。
――◇◆◇――
【ゆりかご】内部、玉座の間。
聖王の玉座に腰を下ろし、目を閉じて瞑想に耽っていたヴィレオがゆっくりと眼を開いていく。
彼女の傍らでコンソールを操作していたクアットロが、ゆっくりと立ち上がる『真なる聖王』の行動を疑問に思い、問いかける。
「王様~? どうかされたんですかぁ~?」
間延びした、聞く者を不快にさせる口調で問われたヴィレオは無言。
羽織っていたマントを脱ぎ、蒼色のバトルスーツと純白のジャケットという戦装束の調子を確かめる様に身体を解し始めた。
一瞬だけ疑問符を浮かべたクアットロだったが、突風の如き勢いで放出されたヴィレオの闘気に気圧される様に口を噤む。
「お、王様……? いったうどうし――」
クアットロの言葉は重厚な扉が開かれていく音でかき消されることになった。
反射的に唯一の出入り口である扉へ視線を向け、悠然と歩を進めてくる『もう一人の聖王』の姿を確認し、言葉を失う。
動力炉への侵入者を排除すべく動いていた彼女は、スカリエッティたちの戦いの状況を確認し忘れていた。
それ故、無傷で玉座の間にまで到達したヴィヴィオに驚き……即座に、無謀な小娘がと嘲り、傲慢に満ちた眼で睥睨する。
「あららぁ~? 誰かと思えば選ばれなかった“保険”ちゃんじゃないの~? なぁにぃ?
「……はぁ」
悪意に満ちた嘲笑に対して、ヴィヴィオの返答は溜息。ウサギ型デバイス【クリス】共々肩を竦め、やれやれと言わんばかりに首を振る。
それは、まるで現実が見えていない……いや、見ようとしていない愚か者への憐れみに他ならない。
クアットロの頬が引き攣り、こめかみに血管が浮かび上がる。最強の手札があるからこその油断を抱いていることに気づかないまま、現実を理解していない小娘への怒りを罵倒に変えて吐き出す。
「生意気な小娘ね……。身の程を弁えなさい! 『真なる聖王』として覚醒された陛下に勝てる人間なんてこの世にいやしないのよ!」
参加者という規格外の中でも異常なごく一部を除けば、ヴィレオの戦闘能力は確かに次元世界最高クラスに相当するだろう。
強力な希少能力【聖王の鎧】からなる圧倒的防御力。古代ベルカ時代を終焉へと導いた伝説の騎士の戦闘経験を受け継ぎ、世界最高の頭脳を持つスカリエッティ兄妹によって調整された肉体は“人”という枠組みを超えるレベルに達している。
さらに彼女の相棒たる【デバイス】はルビーが産み出した最高傑作の一つ、【“
文字通り光速の機動力と対象の全能力を半減させることができる特殊能力を秘めた規格外の兵器。
これらを兼ね揃えたヴィレオに敗北の二文字など存在しない。
だが。
「貴方ならここまでたどり着けると信じていましたよ……ヴィヴィオ」
「そりゃどーもです」
微笑みを浮かべて語りかけてきた
ご機嫌斜めな様子の形式上は妹的存在の様子に首を傾げ、困ったようにはにかむ。
「えっと……どうしたんです? なんだかご機嫌がよろしくないようですね?」
「当たり前なのです。ヴィヴィオはダークパパから【ゆりかご】攻略の一番槍という大役を仰せつかったのです。なのに、スカリー博士もユーリしゃんたちも『通っていいよ』の一点ばりで……いきなりボス攻略に突入とか盛り上がりに欠けるとヴィヴィオ的にはガッカリなのです」
ゲーマーとしては残念といわざるをえませんと場違いな発言を繰り返すヴィヴィオに、からかう事はアリでもからかわれることが嫌いなクアットロの唇が酷薄に歪む。
「お前……! もういいですわ。陛下のお手を煩わせる必要もございません。私がこの手で――殺して差し上げましょう」
そう吐き捨てたクアットロが片手を振り上げると、自衛用に潜ませていたガジェットⅣ型がステルスを解除しつつ姿を現した。
その数、八機。
バリアジャケットも展開していない、裾にフリルがあしらわれた純白のワンピースという出で立ちの少女を囲む機械仕掛けの蜘蛛が、主の命を遂行すべく刃の如き鋭い腕部を振りかぶる。
「へえ? 中々速いじゃないですか」
驚いたとばかりにワザとらしく口元に手を当てるヴィヴィオ。
脆弱な獲物にしか見えない標的の愚行に怒りを覚えたのか、無機質なガジェットⅣ型のカメラアイが炎のように揺らめく。
瞬間、斬閃が煌めいた。
刃を突き出した体勢のまま硬直したように動きを止めるガジェットⅣ型。「は?」 と呆然とそれを眺めることしかできないクアットロへ見せつける様なゆっくりとした動きで、ヴィヴィオはガジェットⅣ型の隙間をすり抜けるように歩く。
包囲網を完全に抜け出した瞬間、育ての母の片割れを髣髴させる意地の悪い笑みを浮かべて指を弾く。
――パチンッ……。
その瞬間、鋼の肉体を
「な……!?」
「ほう……手刀で鋼鉄の騎兵を両断して見せるとは」
絶句するクアットロの無言の懇願に応じ、ヴィヴィオがしてみせた絶技を説明する。
なんと言う事はない、ガジェットⅣ型の攻撃が到達するよりも速く、ただの手刀でガジェットⅣ型総てを両断して見せただけだ。
ただし、魔力強化を一切行使していない、素の状態のヴィヴィオが、である。
鋼鉄を素手で引き裂くという異常を見せつけられ、完全に思考停止へと陥ってしまったクアットロを下がらせながら、不敵な笑みを浮かべたヴィレオが玉座より降りていく。
引きあう様に、歩みを進めるヴィヴィオ。
彼我の距離が数メートルにまで達したところで鏡合わせのように静止し、睨み合う。
「さて、念のために聞いておきましょうか。何をしに来たのですか?」
「回りくどい事を言うつもりはありません。単刀直入に、用件だけ済まさせていただきます」
ザワリ、と吹き出す闘気と威圧感。
とても年齢一桁の幼子のものとは思えないほどに濃密なソレは、彼女が父との修練で身に付けた“本物の殺意”だった。僅かな煩悶も見せることなく、告げる。
「私たち家族のために死んでください」
「これはまた……直球でこられましたね」
ストレートな物言いに、流石のヴィレオも呆れを見せる。だが、ヴィヴィオの本心を問いただすような真似はしない。
気づいていたからだ。彼女は本気で、
「私は、今、すごく幸せなのです。強くてかっこいいダークパパがいて、お茶目で優しいアリシアママがいて、頼れるしっかり者なシュテルママがいて、可愛いワイちゃんがいる。それに、【クリス】や【ヴィント】、【ルシフェ】たちもお話好きで大切な家族なんです。私は、このまま皆で生きていきたい。誰一人欠けることなく、未来永劫ずっと一緒に」
「永遠なんて儚い幻想でしかないわよ? 偉大なるベルカの王と呼ばれた『聖王』オリヴィエだって、命の終焉を迎えたのだから」
「それはあくまで『人間』だから、でしょ? ダークパパが《神》サマになれば、私たちは眷属? 使徒? それとも天使さんかな? ――まあ、とにかくそんな感じに進化して寿命とかいう括りを“ぽーい”っと出来るはずなんですよね」
「貴方は……人間としての自分にこだわりが無いの?」
あまりにも軽々しく人間止める発言をするヴィヴィオの姿が琴線に触れたのか、どこかやんちゃな妹を見守る姉のような表情を見せていたヴィレオが真顔になる。
雰囲気の変化を感じとったのか、ヴィヴィオが顔の横を浮遊していた【クリス】を胸元に抱き寄せ、いつでも起動させられるように身構えながら答える。
「別にどうとも。そもそも、私のパパとママたちは人間を止めちゃっているのです。だから、人間としてのしがらみとか知ったこっちゃありません。立ち塞がるヒトはブチ倒すのみ! です」
「大切な人たちを護るためなら、その他大勢の犠牲を強いる選択を良しとするというの? それでも貴方は『聖王』の血脈に連なる娘なの?」
「……矛盾してますよ? 言葉を交わしてもどうしようも出来なくなったからこんな状況になったんでしょ? だったら、問答なんて意味無しです。もう私は、想いを貫くために
「結局、貴方の言いたい事は“何事も力ずく”って一点で終息するようね。けれど、そんなものは思考の停止でしかないわ。無限にあるはずの選択肢を自ら斬り捨て、安易な手段に逃避する。そんな人に、世界の運命を背負う覚悟があるの? 私には
ヴィレオがここにいる理由はオリヴィエの意志を継ぐ者として、神々に仕組まれた闘争を終わらせるため。
【ゆりかご】機動の鍵と言う役目を望まれて誕生した彼女だが、愛するベルカの民を、平和な世界で生きていた人々の命を理不尽に奪われることを拒絶した。それ故、カリムやルビーたちに強力する選択をした。
自分勝手でバカげた儀式を瓦解させ、この世界の未来を自分たち“人間”のものに戻すために。
戦争で生まれてしまう少なくない犠牲を背負い、数多の人々の未来を護るために。
『真なる聖王』として両腕を真紅に染める覚悟を決めたのだ。
名も知らぬ人々の、世界のために……少の犠牲で生まれる怨恨を受け止め、“人間”として戦い抜く。それがヴィレオの
「ダークパパが言ってました。世界のため、力の無い人たちのために戦う
父の言葉が脳裏に過ぎる。
自分勝手な理由で他者の命を奪う自分は悪と断じられて仕方がない存在なのだと。
そんな自分と別の道を、自分のためだけでなく誰かのために戦う事が出来る英雄たちは、自分にない強さを持っているのだと。
掲げたワイングラス越しに夜空を見上げながら『誰か』を連想していたのかはわからない。
けれど、相容れない敵であるはずの『誰か』を思い浮かべるダークネスの表情は楽しげに弛んでいたようにヴィヴィオは思えた。
「でも、こうも言ってました。“皆”のために覚悟を決めた英雄は確かに強いけれど……本当に大切な唯一の存在を護るって『決断』した悪党も間違いなく強いんだって。あなたが皆のために自分を犠牲にしても戦おうとしてるのはなんとなくわかりました。でも私は、そんな生き方まっぴらなのです。私は、大切な家族と生きていきたい。その想いが間違っているっていうんなら――私は喜んで“
人間として間違った考えだと糾弾されるのならば、ヒトならざる者へと堕ちてみせよう。
本当に大切な人たちを護るためなら、いかなる代償を払う覚悟がある。
「私の願いは大好きな
「どこまでも平行線か……。それが貴方の――」
「はい! これが私の『決断』です! だから――!」
【クリス】……【セイクリッドハート】が輝きを放つ。聖王の戦装束に魔力が浸透し、背面に光の翼が出現する。
高まる闘気が空間を軋ませ、同じでありながら決して交わることの無い二つの“虹”がぶつかり合う。
ヴィヴィオの肉体が進化する。十全の能力を発揮できる年齢へと肉体が成長し、白き神衣が淑やかな四肢を包む込む。
非固定の浮遊肩鎧甲、真紅の機械翼は彼女の父を彷彿させる意匠のそれ。顕現した真紅の両手甲……【“
鋼の拳を左右に広げて眼を閉じ、世界を抱きしめるかのごとく威光を放つ鋼の王。
戦闘態勢を終えた両者の間に言葉はない。そんなものは不要だと、どちらの想いが強いか確かめるために必要なものがなんなのか。
それを理解しているからこそ、惹かれあう様にゆっくりと歩み寄っていく。
ヒトならざる龍神の娘――『聖王姫』。
ヒトを統べる王の後継者――『真なる聖王』。
相反する二つの想いがここに……ぶつかり合う!
「はぁああああああああーーっ!」
「やぁああああああああーーっ!」
〈歩〉は〈走〉となり、〈疾〉に昇りて〈突〉に至る。
駆け出しながら振りかぶり、大砲の如き勢いで放たれた拳がぶつかり合う。空気が破裂する。衝撃が大気の波となって拡散し、油断していたクアットロを壁際まで軽々と吹き飛ばした。頭をぶつけたのか、「きゃうっ!?」 と悲鳴を上げて眼を回す戦闘機人に目もくれず、拳を突き出した体勢のまま睨み合う。威力は互角。
両者は衝撃に弾き飛ばされて後方に吹き飛ばされ、数メートル後方でたたらを踏みながら着地する。
「まだまだぁ! 真覇・虚刀流 二の奥義――」
着地の勢いで半身となった状態から左の拳に魔力を集束。親指を除いた四指を伸ばして貫手とし、イメージするのは父の十八番たる最強の魔剣。
輝く虹色の魔力が揺らめく炎に変幻し、万物断ち斬る
「“龍神斬華”!」
気合い一閃、着地直後で体勢を崩したヴィレオ目掛けて駆け出し、渾身の力を込めた貫手を突き出す。
「甘い!」
ソレに応える様に、片足で着地したヴィレオから迎撃のハイキックが放たれ、交叉する。
ぶつかり合あった貫手と蹴りは互角の威力を秘めていた。互いに引けを取らず、攻撃を打ちあう様相を見せた。
「ちっ!」
ヴィヴィオから零れる舌打ち。
最強の剣と信じる【“
負けず嫌いな子どもじみた一面をみせる妹を微笑ましいものを見るような表情で見たヴィレオだったが、即座に緩みかけた意識を切り替える。
と同時に上半身を後方へ逸らしてスウェーバック。コンマ数秒遅れて、彼女のコメカミがあった位置をヴィヴィオの蹴りが通り過ぎる。
「油断も隙もないですね! 子供っぽい仕草は計算ですかっ!?」
「さあ~? 私、子どもだからわかんな~い」
某ショタ名探偵を彷彿させる舌ったらずな口調で反論しながら、ヴィヴィオの攻撃は息もつかせぬ連続攻撃となってヴィレオに襲いかかる。
真紅の翼によって重力から解放されたヴィヴィオは、相手のタイミングをずらす独特の歩法と瞬動を組み合わせて縦横無尽に室内を駆けて襲撃を繰り返す。呼吸の息切れなど存在しないのではと思わせるほど息つく暇もない攻撃に、防戦一方となるヴィレオだが、十字固めに硬く組み合わされた腕の奥で爛々と輝く双眸は冷静に迎撃のタイミングを計っていた。
目先の速さに同じぬ静かな心と人外のスピードにも対処しきる優れた動体視力。自らの才能を十全に引き出しているヴィレオにとって、ただ速いだけの攻撃など脅威にすら値しない。
事実、
「そこっ!」
背面から襲いきたスピード任せな見え見えの拳を一瞥することも無く腕の動きだけで受け流し、そのまま痛烈なカウンターを叩き込んだのだから。
「あぐっ!? く……今のって、たまたま? それとも」
「どうお思います?」
「余裕綽々な態度気に入らないです……ねえ!」
悠然と待ち構えるヴィレオの態度が琴線に触れたのか、左右に細かくステップを加えて動きに虚構を加え、最短距離で余裕顔に掌底を叩きつける。
だが。
「貴方が魔法で成長した姿は私とほぼ同じ。つまり、攻撃の射程距離も自分と同じということ。なら、見切ることなど造作もないですよ」
一切の無駄を省いた神速の一撃は首を傾けるだけで無残に空を切り、お返しと放たれた裏軒がヴィヴィオの頬に突き刺さった。
鋼の義手が齎す衝撃で脳を揺さぶられたヴィヴィオに、容赦なく叩き込まれる拳の嵐。
鳩尾、左胸、喉元と人体急所を的確に、シャープに撃ち抜く恐るべき技量は、流石聖王の記憶を受け継いだだけの事はある。
「ぐっ、はあああああ!」
込み上げる吐き気に、奥歯を噛み締めて抗うヴィヴィオが中空に浮かんだまま蹴りを放つ。
だが、重心の乗っていないただの蹴り程度など避けるまでもないと言う事なのか。
払い落とされることも無く乱打を撃ち込み続けるノーガードのヴィレオの頭部に突き刺さった蹴りは、しかし、彼女に何らダメージを与えることが出来なかった。虹色の防御障壁【聖王の鎧】が完全に防いでいたからだ。
両者が保有する希少能力【聖王の鎧】は、あらゆる攻撃を無力化する恐るべき異能だ。
元来、世界にたった一人しか発言しない筈のその能力は、何の因果か相対する姉妹それぞれに与えられた。
だが、同じ能力であるが故に異能を打ち消し合うなどという道理は、彼女たちに適用されない。
何故なら、【聖王の鎧】は超強力な防御障壁でしかなく、つきつけてしまえば魔導師の使う障壁の上位互換版のようなもの。
障壁同士がぶつかり合ったら魔力の弱い方が打ち消されるように、【聖王の鎧】を纏った
つまり、気を逸らせるフェイントとして放たれた魔力の込められていない蹴りなど、勝手に【聖王の鎧】が防いでくれるので迎撃する必要も無かったと言う訳だ。
肉体的スペックという条件が同じだからこそ、戦略と駆け引きが重要視される。
戦闘経験が少ないヴィヴィオと、ほぼ十全の状態で戦闘経験を継承したヴィレオ。
どちらが優勢に戦いを運べるかなど、考えるまでも無かったのだ。
「六の奥義“凰天双華”!」
両手同時に放たれた手刀が鳳凰の羽ばたきの軌跡を描き、ヴィレオの脇腹を狙う。
だが、刃のように鋭角化させた光翼で身体を覆う事で防ぎ、刃の表層を覆う魔力を振動させることで逆にヴィヴィオの両手の肉を削り取る。
籠手ごと削り落とされた血肉が宙を舞い、苦悶の声が放たれた。
「ぐっあ――」
「はい、隙だらけです」
美貌を歪ませるヴィヴィオの顔面に、ヴィレオの膝蹴りが叩き込まれる。
鼻の骨をへし折る感触に眉を顰めることもせず、蹴りの勢いで仰け反った彼女のツーテールの髪を掴んで拘束した状態で、今度は逆脚の膝が顎を蹴りあげる。
僅かな身体能力の差を隔絶した格の違いとなす、圧倒的戦闘技術がそこに在った。
髪を引き千切られながら吹き飛ばされたヴィヴィオの身体がバウンドしながら床の上を転がっていく。突っ伏した妹に、ヴィレオは攻撃の手を緩めない。
通常時の状態に戻した光翼の推力によって光速の速さで距離を詰めると、ヴィヴィオの背中に組み合わせた両腕をハンマーのように振り下ろした。
「が……っ!」
「まだまだ……」
苦悶の声と鮮血を吐き出すヴィヴィオの背中を踏みつけ、髪を掴んで身を反らされた彼女の喉元に、左の義手で触れる様に添える。
――瞬間、
ギュィイイイン! とけたたましい駆動音と共に左の手首から先が螺旋回転を起こし、ヴィヴィオの喉元を抉り始めた!
「が、ごぽっ!? っがぁぁああああああ!?」
真紅に染まった絶叫が木霊する。
喉肉を削り落とされていくヴィヴィオの耳元で囁く様に、ヴィレオの天使の如き優しげな声が言葉を放つ。
「『聖王』オリヴィエは両腕が欠損していたということはご存知ですか? 私も彼女と同じように両腕を失った状態で誕生したのですが、弧尾で問題が発生したんです。伝承では、オリヴィエは鋼の義手で戦争を戦い抜いたとありましたが、それが具体的にどのような技術によるものなのか詳しい情報が残されていなかったんです。なので、現代の技術で『聖王』に相応しい義手を作りだす研究が行われまして……。さて、もうわかるでしょう? 私の両腕が誰のデータを元に作りだされたのか」
自ら拘束を解除し、献血の水溜りに沈むヴィヴィオの足を片手で掴んで振り回す。
遠心力が乗った所で投擲すれば、極めて頑丈な内壁にヴィヴィオの身体がめり込み、痛々しいオブジェと化した。
喉元から流れ落ちる血液で純白の神衣を真っ赤に染め上げ、意識が朦朧としているのか焦点の合わない双眸から光が消える。
そんな妹を見つめながら近づいていくヴィレオ。
「機動六課にいるタイプセロシリーズ……確か、ナカジマさんでしたっけ? そもそも不思議に思いませんでした? 何故彼女たちの利き腕や【IS】能力は片腕、それも左右異なる腕を起点に発動することを前提に設計されていたでしょう。もちろん、利き腕でない逆の手でも能力を発動させることはできるでしょう。でも、特別な装備を用いない限りソレは不可能な様に設定されています。……答えは簡単。“私”の腕となる義手を完成させるための試作品のデータ取り用のサンプル。それが彼女たちの存在意義だったからです」
そもそも、戦闘機人を主戦力として扱っているスカリエッティ陣営が、試作型とは言え申し分ない戦闘能力を持つナカジマ姉妹を狙わなかったのは何故か?
それは必要なかったからだ。この世界の彼女の役割は、ヴィレオの義手に付与させる能力のデータ取り。
六課にヴィレオが保護されていた際にデータの回収を済ませていた以上、使用済みのサンプル如きに食指は動かなかったのだ。
【振動爆砕】と【
そして今、平和を願う管理局魔導師姉妹の人生が、
ヴィヴィオ、そしてナカジマ姉妹もまた、彼女にとって必要な“最小限の犠牲”という事なのだろう。
ヴィレオの腰だめに構えられた右腕から魔力が放出され、振動する魔力粒子が空間を歪ませていく。
物体の分子結合を分断・粉砕する【振動爆砕】発動の前兆だ。
「これは必然ですよ。
人間のチカラは幾星霜もの年月をかけて積み重ねられた〈知恵〉。
己が暴力を振るう事しか出来ぬバケモノを屠ってきたのは、いつだって弱者である
「さようなら、『もう一人の私』。【振動爆砕】術式付与……【アクセルスマッシュ】!」
大気が爆ぜる音と共に駆け出すヴィレオ。
【“
しかし……!
【Accel Boost!】
「むっ!?」
ヴィレオの拳が到達する寸前、【“
その瞬間、朦朧としていたヴィヴィオの双眸に意思の光が舞い戻り、迫り来る拳を振り上げた脚の裏で受け止めてみせた。
驚くヴィレオに生まれた隙を好機と見て、ヴィヴィオがダメージを受けているとは思えない体捌きで反撃に移る。
受け止めていた拳を逆脚で蹴り飛ばし、両拳を壁に叩き付けることでその場を離脱。すれ違いざまにヴィレオの首筋へ手刀を叩き込んだ勢いも乗せて飛び退る。
顔を苦悶にゆがめたヴィレオが振り返った時には、すでに真覇・虚刀流の構えをとるヴィヴィオの姿が。
喉元を抉り取られたはずの首筋は鮮血で染まるままだが、依然として平然とした様子の彼女を注意深く観察してみると、傷口が恐るべき速さで修復されていくのが見えた。
「回復力の強化……?」
「少し違いますよ。私の【“
「何そのインチキ」
思わずツッコんでしまったヴィレオ。だが、彼女の発言も当然のことだろう。
ヴィヴィオはサラリと流したようだが、能力を強化するという効果自体はそう珍しいものではない。
だが、最後の『能力限界値すら乗化する』というのはいただけない。
それはつまり、能力の強化を無限に重ね掛けし続けることが可能という事。
通常なら訪れる肉体の限界値の上限すら高めるなどと、どこかのおっぱいドラゴン涙目なチート能力であると言える。
しかし、ヴィヴィオからしてみれば、まさに『お前が言うな』である。傷口が完全に塞がった首元に貼りついた瘡蓋の残滓を払い落としながら、反論する。
「どの口が言いますか。あなたの能力だって十分反則でしょうに。『
「私は自重してるからいいんです! そもそも、あれだけのダメージから即座に回復って方がおかしいでしょう。いくら強化されたからといえ、納得できませんよ!」
【“
しかし、能力限界を超えた強化を施された今のヴィヴィオの力を奪えば、過剰エネルギーの放出が間に合わずにノックバックで自分を傷つけてしまうかもしれない。レベル差がある格下相手ならば問題はなかった。しかし、内包するエネルギー量で言えば明らかにヴィヴィオの方が上なのだ。
半減と簒奪が同一能力として設定されているが故に、自らの限界値を超えたエネルギーを半減させることは逆に危険。
故に、“全減”でなく“半減”を繰り返し重ね掛けすることでヴィヴィオの乗化を打ち消すのが精一杯。
そんなことをすれば、当然ヴィヴィオも気づく。
「あーっ! なんだかんだ言いながらちゃっかり私を弱体化させようとしてますね! こ狡いですよっ」
「立派な作戦と言ってください!」
「やなこった、です!」
“乗化”と“全減”、相反する能力は互いを打ち消し合い、必然的に当人たちの実力勝負へと戦いが移行していく。
同時の踏み込みからの拳の応酬。攻守が目まぐるしく入れ替わり、拳と拳、蹴りと蹴りが幾重にも交叉してぶつかり合う。
ヴィヴィオの貫手が頬を切り裂き、ヴィレオの前蹴りが神衣の一部を引き裂く。
互いに引けぬ意地と意地のせめぎ合いは、両者譲らぬ千日手のように続いていた。
だが、終わりは唐突に訪れるもの。
幾度目かになる拳のぶつかり合いで拮抗したソレの威力に押し出されるように互いが後方へ弾き飛ばされ、間合いが開いた。
「――ふぅ。強い、ですね……人間の矜持を捨てた者がどうしてこれほどの力を持てるのか理解に苦しみます」
「小難しい理論に捕らわれてたら見えるモノも見えなくなりますよ? 常識とか倫理とか、そんなものに拘るなんて無意味ですよ~だ」
「あら、言ってくれますね、責任を放り捨てた輩が」
「重っ苦しい物背負い込むあなたの方が私には理解できないです。私はやりたいようにやるだけなので」
遺伝子レベルで同一存在であるはずの両者の想いは、決して交わることの無い平行線を描き続ける。
ただ、“他がため”に総てを捧げると誓った『王様』には、己が欲望を満たすためだけに力を振るう姫君の独善が理解できない。
身近にいる大切な人たちを想い続ける『姫君』には、手が届く範囲にいる人から目を逸らし、他者のために身と心を尽くそうとする『王様』の自己犠牲精神が理解できない。
故に、平行線。
交わること無き思想と意志は互いを喰らいあう牙となり、勝者と敗者の間に明確な差を作る。それを決定づけるのは、確たる覚悟を秘めた想いのチカラ……。
「これで決めます」
静かな宣告。
前方へ突き出されたヴィレオの両腕が円を描き、輝く魔力粒子が王の号令に従うように集まり、ひとつになっていく。
生成されるのは虹色に輝く魔力球。周囲に満ちる魔力を集束させた必殺の魔導砲。
『聖王』を象徴する眩いばかりの虹色がひとつになり、王を害する敵対者を葬りさる最強の
「は……
対するヴィヴィオもまた、最強の聖剣を抜刀する。
迷いのない強き意志が膨大なる魔力を産み出し、腰だめに構えた拳へと集束していく。
ありったけの魔力を拳に乗せ、約束された勝利を掴みとる鍵と成す……これが『聖王姫』の切り札。
永久に語り紡がれる伝説の
「必殺技の撃ち合いと言う訳ですか……ふっ。
「やれるもんか……! 私の
対峙する『王』同士の間に緊迫した空気が流れる。勝負は一瞬、強き覚悟を持った方に軍配が上がる。
「「はぁああああああああああっ!」」
咆哮と共に放たれる魔力が臨界に達し、極限まで高められた必殺が撃ち放たれる。
「【セイクリッドブレイザー】ーーーー!」
撃ち放たれたのは、必滅の魔力を乗せた強大なる魔導砲。『聖王』の名を冠する者だけが使用できる、最強なる秘奥魔導。
「『
迎え撃つは、星をも斬り裂く輝く聖剣。
人々の祈りと家族の愛情によって鍛え上げられた至高の剣が、古き時代の遺産を屠らんと煌めく……!
「だぁあああああああああっ!」
「おぉぉおおおおおおおおっ!」
激突する魔力は互いに譲ることなく拮抗し、眼前の敵を葬り去るために総てを解き放つ。
民のために王とあらんとする少女の決意と、家族のために力を振るう幼子の覚悟がせめぎ合い、互いを打ち消し合って……双方の魔法が対消滅するという結果を迎えた。
「そんな……!? 私の聖剣が止められた!?」
必殺を疑わなかったヴィヴィオが明らかな動揺を覗かせる。
しかし、切り札同士が消滅するのを見たヴィレオは、すでに次の行動に移っていた。
千載一遇のチャンスを逃すまいと、過剰魔力で強化した脚を踏み出し、ヴィヴィオに迫る。
気づいたときには、すでにヴィレオはヴィヴィオの懐奥深くまで踏み込んだ後。
「本命はこっち! 【“
ヴィレオの闘志に応え、光翼と戦闘服の各部に取り付けられた
「せいやぁ!」
空気抵抗を“全減”させることで光速を超えた超高速の領域に達するスピードを維持したヴィレオの蹴りがヴィヴィオに叩き込まれ、吹き飛ばす。
だが、ヴィレオが本命と呼んだ攻撃はまだまだ終わりじゃない。
宙を舞うヴィヴィオの背後に空間転移の如き速度でまわり込むと、迫り来る彼女の背中に膝を叩き込み、打ち上げる。そして再びの加速。
蹴り飛ばされるヴィヴィオを見えない牢獄に閉じ込める様に、超光速のスピードにものを言わせた連続攻撃を放ち続ける。
大気が破裂し、部屋壁に亀裂が走る。
「せえええええい!」
踵落としで床に叩きつけ、衝撃で跳ねたヴィヴィオを上空に向けて蹴り飛ばす。
天空へと昇る彗星と化した勢いのまま天井を突き破り、【ゆりかご】の装甲を内部からぶち破りながら上昇し続け、遂に外壁すらも貫通して高き天空まで吹き飛ばされてしまう。
「光よりも速く! 強く! 熱く! 私の蹴りは、全てを撃ち砕く雷神の鉄槌となる!」
粉砕されて飛び交う瓦礫を足場に不規則かつ尖鋭な軌道を描きながらヴィヴィオへの攻撃を緩めない。
斬閃の如き残光を残しながら天へと駆け上がるヴィレオの蹴りがヴィヴィオの身体を玩具のように蹴り上げていく。
やがて、吹き飛ばされるヴィヴィオを追い越し、輝く陽光を背に浴びながら地上総てを睥睨するかのように見下ろす高みへ登り詰めたヴィレオの片足がゆっくりと振り上げられ……トドメとなる踵落としでヴィヴィオを地上目掛けて叩き落す。
これぞ、『聖王』オリヴィエが生み出した“蹴り技主体の戦闘スタイル”の秘奥。
「“ライジングメテオ”ぉぉおおおおーーーー!」
『聖王』オリヴィエは両腕が義手だった。
それ故、鋼の義手を用いて常人をも超える戦果を産み出した彼女は、偉大なる天才、王の中の王と呼ばれた。
しかし、考えてみて欲しい。
両腕欠損というハンデを持って成長した彼女の強みは、無敵の【聖王の鎧】や天賦の才、古代技術で生み出された強力な義手によるものなのか?
……答えは否。
腕が無いからこそ、彼女は足技を徹底的に鍛え上げ、極めた。
特殊能力や義手など付属品でしかない。彼女の強さの根幹にあるのは、己が肉体である脚を用いた戦闘術を極限まで昇華させた戦闘能力なのだ。
彼女の生まれ変わりであるヴィレオもまた同じ。魔法や【IS】能力を駆使した腕技よりも、純粋な足技のほうが威力は上なのだ。
ヴィレオは【ゆりかご】に開けられた大穴に向けて吹き飛ばしたヴィヴィオを見下ろしながら、確かな手ごたえに自分の勝利を確信した。
“ライジングメテオ”は完全に決まった。
骨を砕き、心をへし折ったと自讃する奥義を受けて無事でいられるはずがない。
それ故に、トドメを差したと言う思い込みで注意力を散漫とし、周囲への警戒が薄れてしまったのだ。
受け継いだ記憶という“知識”はあれども、実戦経験がほとんどない彼女は気づいていなかった。
こことは違う別の場所、空と【ゆりかご】で黄金の輝きが舞い降りていたことに。
魔女が『力』を、天女が『炎』を、そして……姫が『霞』を与えられたことに。
ヴィレオは垂直降下を敢行し、【ゆりかご】の中へ戻る。
光翼を羽ばたかせて、ふわりと着地する。
悠然とした表情でヴィヴィオの成れの果てを確認しようと辺りを見わたし、
「え?」
青く輝く細かい粒子を帯のように全身に纏わせ、時間を巻き戻すかのような速度で傷を癒しつつ自分に向けて突っ込んでくるヴィヴィオの姿を確認し、魔の抜けた声を零してしまう。
神器『霞の鎧』
装着者の傷を癒し、あらゆる害悪を跳ねのける聖鎧。
ヴィヴィオを護る様に展開された粒子こそ、『霞の鎧』が細分化して治癒の能力を最大限に発揮している状態だった。
母たちと同じく、意思の世界で父より受け取った神器によって絶体絶命の危機を乗り越えたヴィヴィオ。
これより撃ち放たれるのは、魔法ではない武術による奥の手。意趣返しの意味も込めた、真覇・虚刀流の最終奥義。
一の奥義“
二の奥義“
三の奥義“
四の奥義“
五の奥義“
六の奥義“
七の奥義“
一撃必殺たる七つの奥義総てを同時に叩き込む絶技。
その名を、
「“七花八裂・極”!」
一にして七の必滅を受け、ヴィレオの身体がくの字に折れる。
だが、ヴィヴィオは追撃を緩めない。ここで足踏みしてしまえば、次の瞬間、倒れ伏しているのは自分の方だという予感じみた確信を抱いていたからだ。
故に、ヴィレオを見据えたまま、聖剣発動前のように腰だめに構えた拳へ再度の魔力集束を開始する。
集まるのは乗化させた己の魔力のみならず。霧散し、漂っていた残留魔力総てを集束させる。
乗化によって天井知らずに高められた潜在能力が、膨大なる魔力を余すところなく受け止め、宿していく。
【
後はただ――
「これが本当のトドメッ!」
ヴィヴィオの姿が掻き消える。父より学んだ超光速移動術『
アッパー気味に放たれた拳がヴィレオの腹部に深々と突き刺さり、血飛沫が舞い、色違いの双眸が驚愕と戦慄で大きく見開かれた。
ゼロ距離の状態から集束された魔力が拳から撃ち放たれる。だが、一撃ではない。
【
ゼロ距離六連射の『
これこそがヴィヴィオ最大にして最強の『神代魔法』。
《新世黄金神》にすら膝をつかせた『聖王姫』の禁手。
「『
【聖王の鎧】も【“
そして……
【聖王陛下の意識喪失を確認。同時に、予備品への
という訳で【ゆりかご】戦はこれで終了。
白セイバーなリニスさん、聖王姉妹喧嘩の決着と一気に片づけました。
なのフェコンビの残念っぷりは、錆びてる剣士さんのお話をイメージ(笑)。
彼女たちも頑張ったんですがね~♪
まあ、違う意味で見せ場は残されているので、溜飲はそちらでという事でひとつ。
○ちょっとした補足
①バリアジャケットデザイン
ヴィレオの戦闘服:『Vivid』のヴィヴィオ防護服 + 白マント + ナイトメアなランスロ的光の翼装備。髪型も彼女と同じくサイドポニテ。
フェイトの【神・ソニックフォーム】:黒い布地に金色のラインが入ったビキニ + ツインテにまとめているリボン
●作中登場した魔法解説
○【巨神殲滅雷王撃槍】
使用者:レヴィ
大剣モードの【バルニフィカス】を魔力でコーティングして巨大な槍を生成・投擲する。
技イメージはソルヴリアス・レックスの【クリスタル・ハート・ソード】。
○【
使用者:リニス
自身を構成する”テスタロッサ”への想いを具現化させた輝く聖剣。
術者の魔力ではなく、仕える”テスタロッサ”への忠節や慈しみといったプラスの感情をどれほど抱いているかで威力が変化する。
現状、好感度がストップ高に達しているため、レヴィの切り札を打ち破るほどの威力を誇った。
○【スターライト・エターナル・ブレイカ―】
使用者:なのは
十二基の【レイジングハート】自立非行型ビットから放つ最大級の集束砲撃。
純粋な破壊力はダークネスの『
○【セイクリッドブレイザー】
使用者:ヴィレオ
正史のヴィヴィオが使用した集束砲撃と同じ。
虹色の魔力球に拳を叩きつけた反動で射出する極大の魔導砲。
○”ライジングメテオ”
使用者:ヴィレオ
超光速機動からの連続蹴りを叩き込む。モーションは第二次OGの雷凰。
○“七花八裂・極”
使用者:ヴィヴィオ
真覇・虚刀流の奥義すべてを同時に放つ最終奥義。
通常型や改型との違いは、奥義を組み合わせた連続技であるあちらに対し、極型は超神速による同時攻撃であるということ。飛天御剣流の九頭龍閃と同じ原理。
○『
使用者:ヴィヴィオ
アッパー気味の拳で対象を穿ち、そのままの状態で『神代魔法』六連射を叩き込む。
密着状態で放つことで相手の防御や特殊能力のほとんどを貫通・無効化できるため、極めて殺傷能力が高い。元ネタはもちろん、アルトアイゼン・リーゼのリボルビング・バンカー。
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明かされる真実
この調子だと、100話は番外編になりそうな予感。
スナイパーライフルを構えたヴァイスが護衛し、アルトが操縦する機動ヘリに乗り込んで【ゆりかご】へ向かっていたフォワード陣が見上げる中、機能停止に陥った【ゆりかご】が緩やかな落下を開始した。
巨大建造物が生み出す風圧に呷られて脱出口まで近づけない中、空戦適性を持たないフォワード陣が悔しげにした唇を噛みしめる。
「アルト! せめて、もうちょっと近づけないの!? せっかく脱出手段を用意したってのに、このままじゃ宝の持ち腐れよ!」
思わずと言った風にティアナの叱責が飛ぶ。ヘリのコンテナには二台のバイクが搭載されており、AMF領域内でも能力を発揮できるナカジマ姉妹とティアナ、治療によって復帰したヴァイスが【ゆりかご】内部に閉じ込められてしまった隊長陣の救出プランを立てていたのだ。
しかし、ヴィータの援護に向かったはやての開けた
「無茶言わないで! 防御機能がまだ生きてるみたいなんだから、これ以上近づいたら迎撃されちゃう! それに、パイロットである私には皆の命を守る義務があるの!」
だが、アルトとて思いは同じ。
出来る事なら強引に突貫なりして救援に向かいたい。
だが、帰りの脚になるヘリを破損してしまえば目も当てられない。
複数の命を預かるヘリパイロットして、突入組の救援と同じくらい、乗客の身の安全に責任を持たねばならないのだ。
それを知っているからこそ、ヴァイスはティアナやスバルを宥めつつ、六課襲撃の際に受けた負傷のせいで操縦桿を握れない自分の代役を果たしてくれている後輩を擁護する。
「落ち着けお前ら。俺の言えた義理じゃないが、部隊長たちを甘く見過ぎだぜ。あのエース集団がこのくらいのピンチでくたばるもんかよ」
「む……そう、ですよね。ここで私たちが騒いだところで、どうしようもないですもんね」
内心の不安を感じさせない明るい口調に幾分か落ち着きを取り戻したのか、数回深呼吸して心を落ち着かせたティアナが不敵な微笑を浮かべながら肩に乗せられていたヴァイスの手を払い落とす。
「あ、あれ? 俺今すごく先輩らしいこと言ったよな? なのになんでこんな扱い?」
虫を掃うかのようなぞんざいな扱いに頬を引きつらせるヴァイス。
いつもの冷静さを完全に取り戻したティアナは、肩にかかったツインテールの髪を掻き上げながら侮蔑を込めた冷ややかな視線を返す。
「後輩の彼女と乳繰りあいながら軽々しく触れないで貰えます? 汚らわしい」
「汚らわしい!? って、ひどくね!? 怪我してたのに頑張って救助に駆けつけた先輩にその言いぐさは!?」
「何いってんですか。私たちがひーこら言いながらバイク乗せてた時、「先輩……無理しないでくださいね?」「おいおい、心配すんなっての。そう簡単にくたばる様なタマじゃねえよ」「でも……」「安心しろ。お前を残してくたばったりしねぇから。……一人になんてさせねぇよ」「先輩……!」 て、どこのメロドラマだよとつっこみどころ満載な『あま~い』やり取りかましてたじゃないですか」
【高画質録画、及び、フォワード陣営の【デバイス】との情報共有は完了済みです】
「完璧よ【クロスミラージュ】」
【お褒めに預かり光栄です、マイマスター】
「何やってくれてんの!? 味方へ精神攻撃するとか正気か!?」
「てか、人の事言えないでしょ、ティアナっ!? 貴方だって蒼意君といちゃいちゃしてたじゃない!」
「あらら。つまり、裏を返せば、私たちの知らない間にアルトとグランセニック
「ものすごい他人行儀!?」
「ていうか、皆の命を背負って頑張ってる私に、精神攻撃しないでくれる!?」
ティアナの悪ふざけにギンガが乗っかり、ヘリパリの先任後任カップルの顔が朱色に染まる。
純粋な眼で「うわ~、おめでとうございます~」とか言ってくるスバルとエリオのピュアコンビの眼差しが、物凄くいたたまれない。
何とも言えぬゆるーい空気がヘリ内に蔓延していく。
もしこの場に、救護班の指揮を執っているシャマルや、気絶したキャロを後方へ送り届けに行ったザフィーラやアギトがいれば、真面目にやれと怒号が響いていたことだろう。
だが、場違いな空気は大気を震わせる轟音と共に霧散することとなった。
ヘリが大きく揺さぶられ、中腰になっていたヴァイスやスバルが盛大に転ぶ。
壁に凭れかかりながら状況確認するギンガとティアナに応じる様に、アルトが手元のパネルを操作して外の様子をモニターに映す。
ヘリ内の全員が食い入るようにモニターへ視線を向けると、不規則な残閃を描きながら激しくぶつかり合うスペリオルダークネスと高町 花梨、蒼意 雪菜の姿が映し出されていた。
さらに、地上では、黄金の三首龍が、頭部に高町 宗助を乗せて同サイズにまで巨大化した巨狼とせめぎ合っており、美しいクラナガンの街並みが瓦礫の山へと上書きし続けている。
手出しができないのか、禁じられているのか。教会騎士の大半を捕縛した管理局の魔導師たちが防御陣形を取りながら、かなり遠方で戦いの行く末を見守っている。
落下する【ゆりかご】に目もくれず、自分たちの戦いを続ける“参加者”への怒りが湧き上がり、ヴァイスの表情が憎々しいものへ変わった。
「アイツら……」
「落ち着いてください軍曹。元々、私たちの方から雪菜たちの戦いに関わったんです。文句を言える立場じゃありませんよ」
「わかってるんだよそんな事は! でもよぉ……悔しいじゃないか! 俺たちは仲間の危機に何もできない小物だってのに、連中はそんなものどうでもいいってナリでよぉ。これじゃあ俺たちなんて、いてもいなくても変わらない存在だって言われてるようなもんじゃないか」
「違います!」
暗い劣等感に苛まれかけたヴァイスに反論したのはエリオ。
仲間として、師として、友として。花梨や雪菜、宗助と触れ合ってきた少年だからこそ断言できる。
「花梨さんたちはフェイトさんたちを信じてるんです! 自分が手を出さなくても大丈夫だって……だから、やるべきことをやっているんだと思います!」
「やるべき事ねぇ……やっぱり、最後に立ち塞がるのは『あの人』って事よね」
「《新世黄金神》……世界最強のバケモノ」
「《神》の頂に最も近い人……そして」
「僕たちの未来の行く末を決めるかもしれない人ですか……!」
声が自然と硬くなる。
儀式の“参加者”で存命なのは四人。
内、三人は彼女たちも良く知る身近な人物。
善良な性格の持ち主であることは知っているため、彼女たちの誰かが勝利者……《神》となっても問題ないと思える。
だが、最後のひとりには不安と警戒の念しか抱けない。
数度接触したことがあると言え、逆にあちら側のデタラメっぷりを見せつけられて恐怖を抱く結果になってしまった。
しかも、危険なのは当人だけでなく、周囲に魔女、天女、姫君、守護龍とエースクラスの危険人物ばかり侍らせている。
思想もかなり危険なものだということは周知の事実。これで不安になるなという方がおかしい。
……とは言え。
「ねえ……あれ、何やってるんだと思う?」
頬を引きつらせたティアナの質問に答える者はいない。
何せ、つっこみたくてしょうがないとばかりにプルプル震える彼女以外の全員が、なんとも言えない表情をしていたのだから。
そんな中、リカバリーを果たしたギンガが事実を確かめるよう口に出しながら答える。
「え、えーっと、雪菜君の斬撃を躱した《黄金神》さんがACSで突撃してきた花梨さんと激突して……その、威力を逃がそうと身体を捻ったらなんやかんやあって……えと、お姫様抱っこしちゃった……かな?」
モニターには、何故かダークネスに横抱きされた花梨が真っ赤な顔で怒鳴っている姿が。
魔法使えば? と声なきツッコミが聞えていないのか、ダークネスの力強い腕の中で恥ずかしげに身を捩る様は、積極的な彼氏の行為を恥ずかしがる乙女の図に見えなくもない。
現に、ダークネスの頬を引っ張りながら口論する花梨の様子を見た雪菜の顔が物凄い呆れ顔になってるし、地上の宗助もなにやら葛藤するように頭を抱えている。
もしかしたら、ダークネスを義父と呼ばねばならないのか? と悩んでいるのかもしれない。
空気を読んで戦闘を中断し、『待て』の体勢で睨み合う三つ首龍と神狼が何ともシュールだ。
「……アルト、会話拾えるか?」
「えーっと、やってみます……?」
何故か疑問符で返しながら再びパネルを操作してみる。
すると、雪菜の【フランベルシュ】が中継しているらしい会話を拾う事が出来た。
音声出力をONにして会話を流す。
『~~っ! てか、そろそろ降ろしなさいよバカ! お尻触ってないでっ!』
『え、尻? ……腰じゃなかったのか』
『おい、こら。それはどういう意味だ? 私のウエストが尻肉の如き肉厚だと言いたいのかコラァ!?』
『あー……すまん。アリシアもシュテルも、なんというか細っこくてな……つい』
『他の女と比べてんじゃないわよっ!?』
『ふむ? それはつまり、私だけを見てよっ! というジェラシー的な発言と受け取っても?』
『な……が……!? そ、そんにゃわけにゃいじゃない!? アンタの事なんて別に好きでもなんでもないんだからっ!』
『む、それはちょっとショックだな。俺はお前の事、嫌いじゃないぞ? むしろ好きな部類に入るかな。ま、一番は
『にゃわ!? な、ななななな……!?』
『お、赤くなった。そうか、こういう直球なのが弱点なのか……メモメモ』
『どこからともなく取り出したメモ帳に書き込むなぁあああああっ!? てかマジでどこから取り出したのよ!?』
『ふ……。実はこれこそが俺の“能力”なんだよ。例えて言うなら……『ありとあらゆる願いを叶える程度の能力』と言ったところか』
『無駄に万能ね!? てか、そんなすごい能力をくだらないことに使うなっ!?』
『えー』
『えー、じゃないわよっ!』
「「「「「……何、このラブコメ」」」」」
聞き逃してはいけない重要な発言があったような気がするのに、真面目に考察するのが馬鹿馬鹿しく思えるというか……場違いなほどに“あま~い会話”。
こんなんが《神》サマ候補ってどうなの? と不条理な世の中を恨む一同。
激しくブラックコーヒーが飲みたい今日この頃。
「……はっ!? というか【ゆりかご】はどうなりましたかっ!?」
「「「「「あ」」」」」
お子様故に回復が早かったエリオの指摘に一同が【ゆりかご】に視線を戻す。
すると……、
『あははははーっ! アリシア、参上! なんだよっ!』
『シュテル、見参……です』
『ヴィヴィオ! 降~臨ッ! なのですっ!』
何故か三枚に下ろされた【ゆりかご】から決めポーズと共に脱出したアリシュヴィトリオが高笑いしながら【ゆりかご】の残骸を斬って、砕いて、破壊しまくる様と、
『うわーお、【ゆりかご】を生身で破壊とか……どんだけ~』
『なあなあ、はやて。私、死力を尽くして動力炉を破壊したんだけど意味あったのかな?』
『ええか、ヴィータ。アレは規格外っちゅうか常識の外の住人やから基準にしたらあかんよ。スルーするのが一番なんよ。主に私らの心の平穏を守るために』
『スミマセン、スミマセン。我が家のトラブルメイカーたちが本当にすみません……』
『……ぐすっ……えぐっ』
『ふぇ、フェイトちゃん? いい加減戻ってこようね? リニスさんに怒られたことがそんなにショックだったんだね……ああ、うん。滝のように涙流しながら無理に説明しようとしなくていいからね? 人様には見せられないすごい事になってるから』
自制しない三人娘が暴れ回ったお蔭でAMFが解除されて脱出できた管理局一行+αのお姿が、モニターに映し出された。
バインドで簀巻きにされたスカリエッティ一味を括り付けられた【レイジングハート・ファンネルビット】を従えたなのはを先頭に、疲労困憊だが魔力切れで消耗したヴィータを抱き抱えたはやて(ユニゾンVer.)、肌を出し過ぎですとお説教されて涙ぐみ、なのはに抱き着いたフェイト、何度も頭を下げながらドサクサまぎれに回収しておいたディアーチェとレヴィのコアを抱えたリニス。
そして、
『これでトドメーっ! 秘義! 【マスタースパァァアアアアク】ッ!』
『おやすみ【ゆりかご】……ちぇりぉーー!』
アリシアの掌から撃ち放った極大の魔導砲が【ゆりかご】を圧倒的火力で蹂躙し、唯一原型を留めていた中枢部ユニットをヴィヴィオの“
古代ベルカの超兵器にして遺産である弩級兵器【ゆりかご】を永遠の眠りにつかせ、いい汗かいたと額を拭うアリシア&ヴィヴィオ。
シュテルも思う存分砲撃出来た事で満足顔で頬をツヤツヤさせているように見えるし、【クリス】に至ってはまだまだいけると言わんばかりにシャドーする始末。
彼女たちは一体どこへ向かっているのだろうか……?
「……心配するだけ無駄だったわね」
今日一番の疲労からくる深い溜息を零すティアナをフォローできる者は、この場に存在しなかった。
地上へ降りていく彼女たちに続く様に、何とも言えない空気を纏ったヘリも地上へ降下していくのだった。
――◇◆◇――
『ご苦労だったな、皆。小競り合いレベルの戦闘は散発的に継続しているようだが、大局は決した。戦争は管理局側の勝利、戦闘に参加した聖王教会の騎士は捕縛し、各地の教会支部も随時制圧されている。非戦闘員は一時的に隔離ということになるが、暴動が起こる気配も無いから戦いは終結したと考えていいだろう』
ウィンドウに映し出されたクロノ総司令官の言葉に、集合した六課一同の表情が緩む。
各地への鎮圧任務に当たる魔導師について、雪菜やはやてが危惧していた非戦闘員への暴行行為も起こらなかったらしい。
この辺りは、次元の番人を名乗る管理局の教育が成せる技というところか。
ガジェットの残骸と崩壊した建物の瓦礫で埋め尽くされたクラナガンの広場に集結した六課メンバーは、捕縛したスカリエッティ一味の輸送車が到着するまでの間、情報共有を行っていた。
「ほんで、クロノ総司令官。カリムとローラの捕縛はどうなっとるん?」
『そちらも捕縛部隊を派遣済みだ。まだ現場に到着したという連絡は受けていないが、もう間もなく身柄の確保が出来るはずだ。しかし、本当に言葉で説き伏せるとはね。君の強さを見誤っていたよ』
「あはは、褒め言葉と受け取っときますよ~」
ヒラヒラと手を振りながら軽く流す。
だが、魔法という暴力で押し通すのでなく、言葉と想いで説き伏せることに成功したはやてを見るクロノは眩しいものを見る様に目を細める。
次元航行艦の提督として、管理局の総司令官として臨んだ今回の戦いは、最悪の場合どちらかの組織が完全に瓦解するまで終わらないかもしれないと覚悟していた。
だが、現実は聖王教会のトップ、最も危険な次元犯罪者を捕縛することに成功し、人的被害も最小限に留めることが出来た。
戦争期間も極めて短く済み、これなら次元世界で管理局に敵対意志を持つ組織が台頭してくることを防ぐ事も出来るかもしれない。
これからの事について考えを巡らせるクロノに、数名から質問が飛ぶ。先陣をきるのはティアナだ。
「ハラオウン司令官、音信不通になっていた本局の方はどうなったのでしょうか?」
『ああ、そちらも連絡がついたよ。やはり大量のガジェットと竜の群れが転移魔法で送り込まれていたようだ。ルシエと言ったかな? 彼女が使役する竜の身体に何体ものガジェットを縛り付けて一気に転移させていたんだ。おまけに戦闘機人のスパイも潜り込んでいたらしくてね。内部から通信器具の破壊工作や命令系統の遮断など二手、三手先をとられていた様なんだ』
ナンバーズNo.2 『ドゥーエ』
外見を変化させる変装能力の保有者にして、討論会の混乱に乗じて管理局最高評議会を始末した暗殺者。
どうやら彼女は、管理局の魔道師に偽装して本局に乗り込み、手出しができないよう内部工作を取っていたらしい。
「おいおい、クロノ。まさか敵とはいえ、レディに乱暴なことしてないだろうね?」
『簀巻きにされながら余裕だなヴェロッサ……まったく、そのふてぶてしさは時々うらやましくなる』
「良い男は、何があってもレディを気遣うものなのサ♪ ――で、どうなんだい? まさかと思うけど……」
『安心しろ。モンディアル陸士がルシエ嬢を撃破した瞬間、竜軍は送還。残ったガジェットも残留部隊が殲滅し、戦闘機人も無傷で捕縛されたよ。どうやら、あくまで時間稼ぎが目的だったらしくてね。正体を見破られて包囲されたら、即座に武装解除して投降したらしい』
潜入工作を得意とするドゥーエは、戦闘能力が低い。命を賭して任務を果たす……という武人気質の性格でもないので、不利を悟って捕縛されることを選択したようだ。
クロノ説明を受けて、「あらあら、ドゥーエお姉さまったら強かさん♪」と薄笑いを零すクアットロがいる一方で、「まったく、最後まで足掻こうとする気概は無いのか!」 と憤慨するトーレがいたりと、姉妹仲良く簀巻きにされながらも無駄に元気なナンバーズになのはは管理局員として何とも言いがたい表情を見せる――が、
「おい、『なのは』」
「にゃわわっ!? は、ひゃいっ!?」
突然の不意打ちに素っ頓狂な叫び声を上げてしまい、敵味方入り混じりの視線を集めてしまう。
羞恥の涙を拭う事も出来ないまま、勢いよく振り返る。
「にゃ、にゃんれしょうか『だーくひゃん』!?」
(((((噛んじゃったよ……)))))
内なる声がシンクロする。
口元を抑えてもじもじ体を攀じるという初心な反応を見せるエースに、優しい仲間たちは聞かなかったことにしてあげた。
思いやりは大切なのである。
……だがしかし。
いじめっこ体質なイジワルドラゴンさんが面白ネタをスルーするはずもなく、空気を読めないフリを敢行する!
「噛んだな」
(((((言っちゃった!?)))))
「わかってるならツッコまないでください!」
「だが断る。まあ、それは置いといて」
置いとくんだ……という視線は当然の如く、無視。
自分を睨みつけながらも、段々恥ずかしげに視線を彷徨わせ始めたエースオブエースに、ヴィヴィオを肩車したダークネスはド直球の質問を投げつける。
「戦いの最中に、何故か『
「……にゃ?」
どうやらなのはとフェイトに起こった因果律の流入の影響が、ダークネスの方にもあったらしい。
彼女たちのとの違いは、詳しい記憶が流れ込んだと言う訳でなく、『何となく』というちょっと引っ掛かるというレベルの違和感を感じるだけというもの。
だが、この質問はいただけない。彼は説明を求めている。
親しい相手でなければ名前で呼ばないと言う自分の線引きを自覚している故に、疑問を感じたのだろう。
けれど、事情を説明すると言う事は自分たちに起こった事象と記憶の内容を口に出して説明しなければならない。
……こんな所で?
……友人や同僚、敵までもいる真っただ中で?
……温泉で交わったなどという情事を事細かく説明しろというのか?
「――無理ッ!」
腕でバッテンを作りながら、全力で拒絶する。見れば、リニスと会話していたフェイトも全力で頭を上下に振っている。
だが、それで引かないのがダークネスクオリティ。一歩分詰め寄り、逃げ出そうとするなのはの手を摑まえて問い詰めていく。
「逃げるな、コラ。それでもエースか情けない」
「関係ないよねソレ!?」
「ほほう? つまり、魔導師とか管理局とはかかわりあいの無い別要因があるということだな? 気にならざるをえないな。――吐け」
「言える訳ないでしょ!? てか、お願いだから放して――」
「嫌だ。きちんと説明してもらえるまで放さんぞ」
完全に腰が引けているなのはを逃がさないよう、彼女の左腕を掴んだまま引き寄せ、逆の手を細い腰に回して抱き寄せる。
すると必然的にダークネスの胸になのはが飛び込む様な状態になってしまう。
ちなみにダークネスは戦闘状態を解除しており、普段着の黒い服になっている。
そんな彼に抱き寄せられてしまえば、戦いの余韻で火照った体温とか汗の臭いとか布越しに感じる胸板の逞しさとか……とにかく、乙女な少女には強すぎる刺激が立て続けに襲いかかってくる。
生々しい記憶が蘇り、なのはの体温が急上昇。
「あ、あわ、あわわわわ……!」
ぐるぐる眼になって危険域に達しつつある、隊長の大ピンチ。しかし、親愛なる部下であるはずのスバルたちは部隊長や副隊長すら巻き込んだスクラムを形成して、ひそひそと。
「……どう思う、アレ? ウチ的には、もうヤッちゃったんやないかと思うんやけど」
「ですが、いつの間に? もしや海鳴の出張任務の時ですかね?」
「うーん、言われてみれば確かに。なのはさんもフェイトさんも、あの頃からお化粧とか洋服に興味持たれてたような」
「スバルにしては良い着眼点ね。でも、あの時にそんな余裕があったかしら?」
「てか、そもそも大事な事を見落としてるぜ、ティア。――初体験直後のレディが、足腰立って戦闘をこなせる筈が指の関節が逆方向に曲げられるかのように痛いぃいいいっ!?」
宗助、エリオのお子様コンビがいる中、真顔でセクハラ発言をかました雪菜は左右を固めたナカジマ姉妹の制裁を受けて悲鳴を上げる。自業自得なので、恋人のフォローも当然皆無。
「ふむ……言われてみればウーノもそうだったようながぶっ!?」
「ドクター、セクハラです」
簀巻き状態のスカリエッティの顔面に、有能な秘書の踵落としが直撃する。
そっぽを向いた顔がほんのり赤くなっているのは仲良く並んで転がっているナンバーズだけがの秘密。
その後ろでは、セクハラ発言に乗っかろうとしたヴェロッサが、シャッハのヘッドバットを受けて悶絶している。機先を制されたらしい。
アホなやり取りを交わす正義の味方&悪者がいる一方で、可愛い妻嫁娘がいながら余所の女に現を抜かす旦那様に折檻が。
ドゲシッ! × 5
「ぐは!?」
鈍器で殴られた様な痛みの五重奏。
思わずなのはを放して悶絶するダークネスに、頬を膨らませた家族から叱咤が飛ぶ。
「もう、ダークちゃんてばどうしてそうなのかな!? そういうのは私たちだけにしてくれればいんだよっ」
「まったく、また女を増やすおつもりですか。今度は何です? 愛人? 妾? それとも愛玩動物ですか? 昂った野性を解放されるのですね? 薄い本のように! もしくはR18なゲームのようにっ!!」
「ズルいよ、ダークパパ! 頑張ったヴィヴィオも『ぎゅっ♡』てして欲しいかもっ!」
ぶーぶー文句を言うアリシュヴィトリオ。
傍らでは、
「ふぇ、フェイト? なんで貴方まで――ハッ!? ま、まさか……!?」
「ち、違うんだよ、リニスっ!? 今のはちょっとむかむかしただけで……その、私は別にっ!?」
「あ、ありがとうお姉ちゃん……あの、なんで怒ってるのでしょうか?」
「え? 何言ってるのかしらなのはってば。私はいつだって平常、冷静、平穏そのものよ? だからね? ちょっとオハナシしましょうか?」
「にゃぁあああっ!? 何でぇ!?」
と実に愉快な修羅場が形成中だ。
(((((こ、こいつら……)))))
唯一、アホ空間に呑まれずに済んだクロノがウィンドウ越しに頬を引きつらせる。
確かに儀式の今後の事を考え、友好を深めるのは決して悪い事ではないのだが……これは違うような気がする。
筆舌しがたい“ゆる~い”空気が蔓延し、いよいよ収集がつかなくなってきたとクロノが遠い目をし始めた……瞬間、
《くふっ……っぷ! アハハハハハハッ! イイ! 君ら、本当に見ていて飽きないよォ!》
哄笑とも嘲笑ともとれる耳障りな笑い声が聞えた。
緩みきっていた空気は一瞬で張りつめ、動ける者は各々の【デバイス】を構え、そうで無い者は鋭い眼差しを声元へ向ける。
強者しかいない一同の視線を一身に集め、見えない椅子に腰掛けているように中空に浮かぶ少年が愉悦に染まった眼で見下ろしていた。
外見はエリオと同世代くらいか。チェックの入った上着と半ズボン。ベレー帽に似た帽子を被り、露出した肌の至る所に入れ墨のような刻印が刻まれている。歪んだ眼は暗く輝く金色。
あまりにも禍々しい双眸に射抜かれ、突然の乱入者に振り返った魔導師たちの背筋が凍りつく。
呻きにも似た呟きを漏らしたのは果たして誰だったのか。
ただの少年にしか見えない存在は、ただの視線で実力者揃いの場を完全に支配して見せた。
「その声……!」
足元から闇が這いずってくるような不気味さを感じながら、花梨の記憶に少年の声が引っ掛かる。
こちらを見下した、忘れようのない声。聞き覚えがある。どこか引っ掛かりを覚えた。
花梨の疑問に答えたのは、震える娘を抱きしめたダークネス。
射殺すような眼光を放ちつつ、確信に満ちた言葉を投げつける。
「俺たちに言葉だけを送り届けた《神》だな?」
《だぁ~いせぇ~かい! ぱちぱちぱち~♪ うんうん、覚えててくれてうれしい限りサ。商品はァ……ス・マ・イ・ル・☆ ドヤァ♪》
腹立たしい上に、ムカついてしょうがない。
表情を憎々しいものへ変えたダークネスだが、人間のソレを上回る嗅覚がある物を感じとった。
「……お前、どうやって現界した?」
《お? いきなり核心を突くねぇ~? でも、最初からネタバレは面白くないでしょ。だ・か・ら・ァ……チキチキ! スペシャル《
何もない空間から突如現れた太鼓やラッパが独りでに音を奏で、未知の魔法と考えた魔導師たちの警戒レベルがさらに引き上げられる。
だが、口を噤んだ花梨や雪菜、宗助とフェンリルは目の前にいる“ナニカ”の正体を薄らと感じ取り、いつでも戦闘を始められるよう身構えた。
それに気づいていながら、あえて見逃した“ナニカ”は、バレエダンサーのようにクルクルと回っていた体勢から、首から上だけギュルンと振り返り、己を睨み付けてくるダークネスを見る。
“ナニカ”の顔に貼りついているのは……嘲笑だ。
《問題その①ィ~。この世界の存在でないボクが実態を持つためにとった手段は一体なんでしょ~か! はい、“Ⅰ”君!》
「……くたばっていたカリム・グラシア、もしくは奴の身近な誰かの肉体を触媒にすることで〈この世界の存在〉として自己を確立させた、か?」
「「え?」」
呟きは、はやてとシャッハのもの。
ヴェロッサはある程度心構えが出来ていたのか、歯を食いしばって耐えている。
彼らの葛藤や疑問を無慈悲に流して、“ナニカ”の愉悦は深さを増す。
《せぇいか~い! 答えはァ、〈マリアの肉体を媒介にして肉体を構成、“ⅩⅢ”の“因子”を取り込むことでボク自身の肉体に極めて近いポテンシャルを持った器を造り出した〉……でした♪》
「な、何を言って……? マリアちゃんを触媒とか、カリムを殺したとか――」
「事実だ」
動揺に震えるはやてに応える様に、自分の考えを言葉に出して事実を再確認するかの様に、ダークネスは言葉を続ける。
「龍喰者を始末した俺が教会に戻った時、カリム・グラシアはすでに事切れていた。もちろん、奴の側近も同じようにな。だが、違和感を感じた。室内には二人分の亡骸が残されていたが、血の匂いは三人分感じられたこと。イレギュラーであるといえ、“参加者”である奴の亡骸がそこに残っていたこと。そして――」
ニヤニヤ笑いを続ける“ナニカ”に指を突きつけながら、
「三人目の血の匂いが、貴様からプンプン臭うということ」
そう断言した。
《お見事! いや~、流石は
「
《おやおや? 気づいていなかったとは言わせないよ。君たちが繰り広げてきた《神》を産む儀式の真相にね》
ダークネスの言葉が途切れる。“ナニカ”から発せられるのは、神経を逆なでる耳障りな台詞。
誰もが、ギリ、と歯を食いしばって憎悪を浮かべた表情になった彼と“ナニカ”の間で交互に視線を彷徨わせ――
「……なるほど、そう言う事か」
最初に真実へたどり着いたらしい、スカリエッティがか細く呟いた。
説明を求める周囲の視線に応えるように、導き出した真実を語る。
それはとても残酷で冷酷な……現実。
「少年、君は闘争儀式『
「監視者……! 私たちが探し続けてきた儀式の『ルール』を変えられる存在っ」
花梨の発した驚きの声を皮切りに、困惑と動揺が広まっていく。
だが、雪菜は儀式を終わらせることができる鍵が現れたと言う事実だけを受け止め、捕縛しようと鞘に収まった剣の柄に手を伸ばす。
だが。
《あ、君の役目はもう終わったから。ごくろ~さん♪》
「は? ――ぇ」
雪菜の覚悟を斬り捨てる様に、皆の希望を吐き捨てるかのような軽い口調で“ナニカ”が言葉を呟く。
それが力ある言葉……“祝詞”だと理解した瞬間、雪菜の身体から力が抜けた。
まるで意志と肉体を切り分けられたかのように、自身の中にある相棒の意志すら感じられなくなった雪菜が受け身もとれずに崩れ落ちる。
「!? アンちゃ……っぁ?」
《相棒! ――っくあ! き、貴様ァ……!》
駆け寄ろうとした宗助だが、彼もまた雪菜の巻き戻しのように四肢から力が抜けて、倒れ伏す。
愛槍の物質化も維持できなくなり、宝具も光の粒子となって霧散していく。
同じ現象がフェンリルにも襲いかかっているらしく、何か得体のしれない力に抗うように震える四肢を意思の力でねじ伏せ、宗助を庇うように身構える。
だが、とても戦える状態でない事は一目瞭然だ。
瞬く間に“参加者”二人が無力化された事実に動揺を顕わにする花梨が哄笑をあげ続ける“ナニカ”を睨みつけ――異変に気づく。
「なのは? フェイト? ……え、ちょ、ちょっと皆!? いったい、どうしたの!?」
妙に静かな辺りを見渡せば、皆、石像になったかのように硬直し、身じろぎどころか瞬きすらしていない。
まさか時間を止められたのかと戦慄を覚えるが、次にダークネスから発せられた言葉に思考が停止した。
「世界の外側に在る者共……上位存在の絶対支配権というところか。は、流石は儀式の統制官というところか。それとも……仕掛け人と呼んだ方がいいのか? なあ……俺を、俺たち“参加者”
「な……っ!?」
花梨は、絶対の確信を以て告げられた言葉が理解できず、戸惑いに瞳を揺らしながら立ち尽くす。
動揺で定まらない思考を懸命に動かし、先の言葉の意味を分析する。
ダークネスは目の前にいる“ナニカ”こそが、自分たちを転生させた《神》と呼んだ。
だが、おかしい。“参加者”は異なる《神》によって異なる能力と新たな肉体を授けられた存在のはず。
事実、
花梨の疑問に感づいたのか、ダークネスは話を続けていく。
「きっかけは花梨との会話だった。境界の世界で受けた説明では“参加者”は《神》を目指す旨を了承する人材を選別するはずだ。だが、コイツのように儀式そのものに否定的な奴、平凡な日常を謳歌することや復讐に走ることなど明らかに《神》を目的に動いていない“参加者”が複数存在した。何かに成るためには、ソレを目指す強固な意志が絶対条件。なのに、全員の目指す目標がバラバラなのはおかしいと思うようになった。まあ、これはルビーも気づいてたようだがな」
だからこそ、【Strikers】開始前にカマをかけたのだ。自分たちは矛盾に気づいているのだという風体を顕わにすることで、《神》側の反応を観察するために。
「次は先代との出会いだな。あの人と出会った時、俺は言葉を交わす前に『この存在は《神》だ』と理解した。切っ掛けがあったとか本質を見抜いたとかそう言う理屈じゃない。問答無用で、《神》としか言いようのない存在なのだと魂で理解させられた。だがな。転生時に接触し、その後も何度か言葉を交わした《神》には、大きな存在感と言うものは感じたが確信には至らなかった。……それに近いものは感じていたがな」
ダークネスが初めて《神》を名乗る存在と接触したとき、そう言うものだと理解しながらも僅かに疑念を抱いた。
それ故、「貴方は《神》なのだろう?」 と質問を投げかけたのだ。
だが、先代の《黄金神》は違う。
彼の存在と触れた瞬間、否応なしに彼は《神》だと理解した。
常識や理論を調節した、そういうモノなのだと。
と同時に、己が知っている《神》へ疑念を抱いたのだ。
力の強弱とはまた別の違い……隔絶したナニカが両者の間に在る様な感覚を覚えたから。
「最後はそこで転がってる連中とカリム・グラシアの能力だ」
《ん? そこは別におかしくないと思うけど?》
「蒼意 雪菜はアラヤに選ばれた英霊、すなわち人間という存在の危機に立ち向かう執行者にして正義の味方。高町 宗助は神殺しの伝承を伝えられるオリジナルの神狼と契約を交わした騎士。カリム・グラシアは脆弱な人間を儀式の舞台に昇ることすら可能とする異能の持ち主。――おかしいだろう? どいつもこいつも、人を害する化け物や強大な力を秘めた《神》を殺す力を“能力”として身に付けているなんてな」
化け物や邪悪な《神》を撃ち滅ぼしてきたのは、いつだって太陽の如き眩い信念を秘めた人間たち。
英雄、神殺し、人の意志をひとつに纏められる能力……いずれも《神》を殺すチカラに特化し過ぎている。
もちろん、儀式後半に至り、そういう“能力”を望んで与えられたと考えることもできる。
だが、基本的に自ら望む“能力”は本人の願望を具現化するもの。
主義も主張も異なる彼らが、近しい“能力”を発現するというのはいささか出来過ぎではないか?
しかも、反儀式主張を掲げながら監視者の探索に消極的であり、結果的に
一部を除き、参加者のほぼ全員と立ち会った経験を持つからこそ気づいた違和感。
これらの考察からダークネスが導き出した答え。
それは〈“ⅩⅠ”~“ⅩⅢ”は己を始末するために《神》を殺せる能力を意図的に与えられて、あるいはそう言う特性を持つ人物を選別して送り込まれてきたのではないか?〉 というもの。
儀式の破壊を目指していた筈の雪菜が、ダークネスを倒すために訓練を優先していたように。
宗助が敵対関係にある花梨の養子となることで、もしダークネスが母を傷つけたら絶対に許さないという思いを自然な流れで抱くようになったように。
人間として生を受けたからこそ、《神》に最も近いと言われたダークネスを敵視し、協力関係を結ぼうと言う考えに思い至らなかったように。
彼らは皆、ダークネスを……《神》に近づいた者を始末するために用意された駒だと話を締めくくった。
反論したくてもうまく言葉が纏まらず、口をパクパクさせるだけの花梨に真剣な眼差しを向けながら、最後に付け加える。
「その考えに思い至った瞬間、俺の中で恐ろしい推論が構築されてしまった。――“儀式”そのものに、何らかの害意を以て干渉している存在がいる可能性にな。どうなんだ、監視者。この考えは大きな間違いだと言うのなら素直に謝罪しよう。だが、俺たちを弄んでいたのだとしたら――」
《え? 別に間違ってないよ?》
許さない、と続けようとしたダークネスの台詞を遮って、あっさりと認める“ナニカ”。
あまりにも軽い返しに、固まるダークネス。
いや、彼だけでなく身動きを封じられたここにいる全員が同じように惚けた表情を見せていた。
《ん~、そろそろネタバレにもいい頃合いだねェ。よっし! それじゃあ大々的に発表してみようか!》
“ナニカ”が声高々に宣言すると同時、空やビルの側壁に大小さまざまなウィンドウモニターが展開され、ありとあらゆる映像機器の画面にノイズが走り、共通する映像が映し出された。
それはミッドチルダのみに留まらず、次元世界総ての世界で同時に発生した異常事態。
事態を理解できる者は無く、動揺と混乱、好奇と不信を以てモニターに視線を向ける。
映し出されているのはダークネスたちと“ナニカ”の対峙する姿。
そう、今現在の対話一部始終が映像として次元世界全域に配信されているのだ。
事情を知る者は呆然と、知らぬ者は他人事。ただ共通している事は、誰も彼もが観客でしかなく、黒子にすらなれぬ有象無象であり、主演になりえないその他大勢でしかないということ。
事実、彼らの位場へ駆けつけんと魔導師たちが近づいてきているが、何故かたどり着くことが出来ないでいる。
まるで、見えない迷路に迷い込んでしまったかのように。
『この場所へ通じる道筋』という『概念』を書き換えられているのだから、ある意味当然だ。
最早この場所は、誰でも眺めることはできれども、誰一人として介入できない幻想の闘技場へと変貌した。
《さあさあ、盛り上がって参りましょオー! テンションアゲアゲでご放送~♪ 番組提供、及び、司会はワタクシ、《原初邪悪神》アザトース様でお送りしむぁ~っす! さて、皆さまゴミクズは「コレ、なんじゃらほい?」 と疑問符一杯浮かべてると思いますがァ……説明はメンドイからパスで》
「手抜きか、おい」
《無駄を省くのは大人のやり口だよ~? ま、観客にしてもらっただけでめっけものと咽び泣けばいいのSA♪ てなわけでどんどんいきまっしょい! まずはメインキャストのお二人のご紹介から! 新郎スペダー君と新婦花梨ちゃんで~す♪》
ウィンドウの映像が横方向に流れ、バリアジャケットを展開していなものの殺意と闘気を溢れさせているダークネスと、身動きが取れない仲間を護る様に身構えた花梨の姿が映し出される。
《皆、新郎新婦ってどーゆーこと? って首コテンだよね~? さて、それじゃあ順を追って説明してあげましょう! まずはおさらいから。君らが済むこの世界は《神》が造り出した箱庭のようなもの、実験場みたいなのをイメージすればいいよ。で、行われている実験というのが《神》を造り出す儀式。カリムちゃんが暴露しちゃったアレだよアレ。眉唾物とか自分には無関係~って思ってるバカも大勢いると思うんだけどさぁ……世界が終る云々の部分って、ほとんど事実だから。ここはあくまで世界を模した箱庭でしかなく、儀式を続けているからこそ存在出来ている砂上の楼閣なのさ。儀式が終われば、用済みに廃棄されるのは当たり前だよね~》
ケラケラと腹を抱えながらアザトースが嗤う。
足元を這いずる虫を潰して遊ぶ幼子のように純粋で冷酷な笑みを浮かべながら。
《質問も反論も受け付けないよ~。だって、事実だもん。お前らが信じなくても別に構わないし。どうせ、全員消滅するって決まってるんだから》
騒ぐ人々を白けた顔つきで眺めながら、吐き捨てる。
お前らの命などなんの価値も無いのだと。
アザトースを名乗る存在は、心の底から彼ら人類を〈どうでもいい〉と見下しているという事実を、人々は否応なしに理解させられた。
「で? そんなわかりきったことなど、
《神》……いや、アザトースがここにいない人々に存在価値を感じていないことなど言葉の節々から理解できる。
そんなわかりきった事を問い質すよりも、儀式の真相とやらについて情報を引き出す方がよっぽど有意義だ。
そう判断したダークネスに話の続きを促され、元のニヤケ顔に戻ったアザトースは説明を再開する。
《くふふ。ごめんごめん、ボクって見た目通り少年の心を保ったままのピュアなボーイだからさァ。ついつい話が脱線しちゃうんだ♪ さて、どこまで話したっけ……ああ、そうだ。儀式が終われば世界も消滅する、これは揺るぎ無い事実であり真実。もちろん、ボクの異能や観察者権限を使ってもどうしようもないよ? だからさ、花梨ちゃん。ボクを捕まえて儀式を止めようっていう君たちの推理は的外れだったんだよ》
「そんな……!? それじゃあ、どうすれば儀式を止められるって言うのよ!?」
《いやいやいや、止める必要なんてもう無いんだよ。だって、もう
……意味が解らない。
儀式が終わっているとは、どういう意味だ?
”参加者”が最後のひとりになることが、儀式終了の絶対条件ではなかったのか?
力を封じられているといえ、宗助も雪菜も存命だぞ?
湧き上がる疑問に気概を逸らされた花梨を横目に、ダークネスは踏み込んだ問いを投げる。
「それは、俺と花梨が生き残っていることに何か関係があるのか?」
《そうだよ♪ そもそも、儀式の目的は新しい《神》を造り出すこと。ならさ、存命の”参加者”が複数残っていても勝利条件を満たした者が誕生したならそれもまた儀式終了の理由になるよね? ――そう、君だよ、スペダー君。黄金の龍神の後継者、『
ルビーとの決戦でダークネスの『
元々『
先代の黄金神との邂逅や守護龍の継承などを経て、遂に新なる神《黄金龍皇神》への合神を成功するに至った。
ルビーの『
《そして花梨ちゃん。君も、スペダー君の
「は?
花梨の質問に答えず、大仰に両手を広げながら声高々に叫ぶアザトース。
《パンパカパ~ン! 今ここで明らかになる衝撃の事実ゥ~♪ なんとぉ、儀式本来の【ルール》はボクの手によって捻じ曲げられて改竄されていたのでしたぁ~! 驚いた? ねえ、驚いた? ――実はね? 《神》を造るって儀式の目的やバトルロワイヤル形式の戦闘って【ルール】は変わらないんだけどさァ~、予め主役が決まってたんだよね》
「主役ですって……まさか」
《そう、そのMA・SA・KA! 新しい《神》になる候補者は最初から唯一人……スペダー君だって決まっていたんだよ♪ 『
散々規格外だのバケモノだの言われ続けてきたダークネス。
だが、それはある意味で当然の事だったと言う事なのだろう。
だが、それは違うと花梨は反論する。
彼が、どんな想いを賭してこの戦いを生き抜いたのかを知っているから。
「こいつが『ここにいる』のは自分の信念を貫き通したからよ! 決められた運命のレールをなぞったからじゃない!」
「花梨……」
《おー、流石は予備であり『《神》の妻』に成るべくして生まれてきた娘だね~。優しい心の持ち主だ~》
「え?」
《ふふふ、さっきも言っただろ? わからないかね? 君はスペダー君のお嫁さんになってもらうために選ばれていたもう一人の《神》候補だったんだよ。資質で言えば彼に匹敵する高レベル。つまりね、主義主張の異なる
ダークネスと花梨の主義は対極に位置する。
だが、正反対であるが故に共鳴するように惹かれあい、共に影響を施しながら成長してきた。
他を拒絶していたダークネスは、誰かのために力を尽くす花梨の姿を見て、人を愛する心を思い出し。
独善的な考えにこり固まっていた花梨は、どこまでも自分勝手に生きるダークネスの姿に、異なる価値観を拒絶するのではなく受け入れることが必要だと知った。
まるで、儀式そのものが彼らを成長させるかのように。
それが総て――、
《そう! すべては定められた運命に記されていたことなのさ! ま、途中まではわからなかったんだけどね~。スペダー君が《神》になれば花梨ちゃんがお嫁さんに。逆に、花梨ちゃんが《神》になれば、スペダー君がお婿さんになってただけの話さ。「いちいちこんな儀式用意しなくてもさ~、《神》になれる男女を番にして子どもこさえさせたほうが手っ取り早いんじゃね~ですか?」 って部下の意見を伝えてみたら、そのまま採用しちゃったらしいんだよね~》
あまりにも自分勝手な理屈。
これが事実なのだとしたら、倒れていった同胞たちがあまりにも――。
《ま、これはあくまで元にした儀式のお話なんだけどね~。実際は、ボクが面白愉快に弄り回させていただきましたがぁ……ソレがなにか?》
「ふん? じゃあ、俺たちが参加……いや、巻き込まれている”この儀式”は貴様に弄られたVer.のだと言う事だな?」
《オフコース! やっぱりさぁ、戦いは平等じゃなくちゃいけないでしょオ? 強すぎる君への対抗策としてェ、英雄さんとかワンちゃんのお友達とかを投入してみましたァ♪ んっ、あーあー……テステス。――『英霊様、どうか私の願いをお聞き届けくださいませ』ってな感じでね》
「な……こ、声が……俺を送り込んだ女神のと同じ……!?」
絶句する雪菜。
声だけではない。
言葉を発した瞬間、アザトースから感じる気配やオーラまでもが、神聖さしか感じられない全く別人のソレに変化したのだ。
音声変換というチャチなシロモノなんかじゃあ……ない!
存在の根本すら変化させた、人間の理解の範疇を超えた超常なる現象そのもの……。
《でも、予想外だったのはスペダー君が予想以上の成長を見せたってことかな。金ぴか龍の介入は、まあ予想できてたけど、それを差し引いても君の成長……いや、進化は異常だよ。ボクの予測じゃあ、君は八神さん家の坊やを仕留めたあの戦いで敗退するはずだったんだ。《極神》に気づかれないよう能力制限を掛けていたとはいえ、まがりなりにも英雄と神狼の騎士にもう一人の《神》候補を加えた三人がかり。さすがに終わるだろうと思ってたんだけどね……まさか生き抜くとは。ビックリだよ――ま、そんな訳で、お前ら“駒”は役に立たないってわかったからもういらないんだ。その代わり、終わりに近づいた儀式の仕上げをボクが直接済ませようと思ってこうして現れたワケなんだよね》
雪菜と宗助に侮蔑を隠さない視線を向け、アザトースが鼻で笑う。
《神》の末席に連なるはずの駒が、まるで役に立たなかったと言う事実を嘲笑っているのだ。
憤慨を覚える花梨の機先を制し、ダークネスが最後の疑問について問う。
「それで、用件はなんだ? 親切丁寧にネタバラシしてくれたということは、儀式は終了と考えても?」
《うん♪》
簡潔。
近くのコンビニへお使いを頼まれた子どものように無邪気な笑顔を浮かべるアザトース。
だが、細められた双眸の奥から暗い闇が覗いていることに気づき、ダークネスの拳が握り締められ、花梨が待機状態の【デバイス】を起動させる。
《儀式は終了。勝者はキミと花梨ちゃん、そこで転がっている役立たずは置いとくとして……後は仕上げを御覧じろってね》
「ふーん? 仕上げとは何か聞いても?」
淑やかな唇が禍々しい三日月を描き、刃の如き犬歯が危険な輝きを放つ。
《うん、いいよ♡ だからさァ――ちょっち
またもや軽い口調で言い切ると同時に、突き付けられた指先から紫電の閃光が迸り、身動きの取れないなのはたち『人間』を狙い穿つ。
「ちっ!」
攻撃の起意を感じとったダークネスが、瞬時に《新世黄金神》へ進化し、放たれた閃光を叩き落す。
警戒こそしていたが、まさかここまであけすけな行動に移るとは流石に予想外。
事態が呑み込めない諸々を意識の外に追いやり、目に見えるオーラという形で悪意と敵意を放ち始めたアザトースを睨む。
背後にいる、護るべき少女たちの無事を確認しながら。
「何をしている――!」
《あらら。場違いな観戦者を掃除しようとしただけなのに庇っちゃうんだ? 意外だね。君はもうちょっと冷酷な性格だと思ってたよ》
「ふざけるな。貴様……アリシアたちごとコイツラを薙ぎ払おうとしやがったな?」
《うん。だって厄介な
「困る……だと? どういうことだ、お前は儀式を滞りなく進めるために介入した訳でないと? あくまで“参加者”全員公平に勝利条件を満たせるようバランスを保つため【ルール】を改善した訳じゃないのか?」
《思ってもいないことを真顔で言っちゃうんだ? そんなに僕の口から真実を語らせたいの? うっわ、なかなかのドSですな!》
ケラケラと耳触りな笑い声を立てるアザトース。
万物を睥睨するかのような不遜な態度と裏腹に、放たれるオーラと威圧感はごくごく当たり前のように膝を折り、額を地面に擦りつける様に平伏しなければならないと思わせる神聖さを宿す。
あまりにも歪……否、もしかしたら彼の姿こそが《神》として正しい姿なのかもしれない。
超常の存在であるが故に。下界に生きるモノを須らく平等にムシケラと断じる資格を持つ絶対的上位存在――故に、《神》。
アザトースの在り様は、まさに傲慢なる絶対強者そのものではないか――……!
《う~ん、まあいいか。それじゃあ改めて――遂に明らかになる衝撃の真実ゥ~パートⅡ! なんとなんとォ、監視者であり管理者でもあるボクには別の目的があったので~す♪ ヒントは儀式の名前! さあ、わかるかなァ?》
「は? 『
フェンリルに寄り添われながら、宗助が吼える。
だが、花梨は自分の中で認めたくない
小刻みに震える彼女の肩を抱きしめる様に支えながら、憤怒の激情を双眸に宿したダークネスが口を開く。
「
《いぐざくとりぃ! 素晴らしい! こんぐらっちれーしょん♪ 《神》を産み出す儀式? そんな古臭い魔法を真面目に監察するなんて面白くないでしょ? こういうのは、美味しい餌をぶら下げて虫けらが潰し合う様を眺めてワイングラスを傾ける……そんでもって、最後の最後で絶望に落とす! そーゆーのが愉しいんじゃないか!》
あひゃひゃひゃはァと哄笑。
もはや誰も言葉を出すことが出来ず、呆然と悪神を見上げることしか出来ないでいた。
《この世界も! 儀式も!
絶望が世界に蔓延する。
運命を書き換える絶対上位者としての自分に酔う《神》の哄笑が、世界へと響き渡った。
遂に登場、儀式の監察官であり監視者であり諸悪の権現《原初邪悪神》アザトース。
スぺドラやビルス様と同格の『極神十二柱』が一角、最高位の《邪神》サマです。
容姿は、『ノーゲーム・ノーライフ』のテトを真っ黒にした姿をイメージしていただければ。
ただし、クトゥルフ神話にあるように、出現した瞬間、宇宙が滅ぶような能力はありません。
ただ、見る者すべてに吐き気を催す悪意の奔流を叩きつける程度なのです。
・『
(1)改変前のオリジナル版ルール
①因子保有者の中で、《神》と成れる資質を持つ者(候補者)と
②候補者を成長させるため、敵対関係をとるであろう因子保有者を競争相手として用意。
③候補者が”儀式”を勝ち残り、神化に必要な因子を集めて《神》に至った時点で儀式終了。
④生存しているであろう
⑤”儀式”の舞台となった世界の未来は、勝者である新たな《神》に一任。
(2)改変後”儀式”の裏設定
①あらかじめ《極神》によって定められていた
②つまり、参加者は個別の《神》によって転生させたと思われていたが、実はアザトースの一人芝居。
③たとえ最後の勝者が誕生した場合でも、《神》へと神化できずに自己消滅するよう仕組まれていた(作中のダークネスが自力で神化したのは、アザトースも予想外)
④花梨が儀式のルールを知らないまま転生したこと、No.”0”のようにダークネスの敵になるイレギュラーを複数用意したこと、暴走するであろうカリムの異常を意図的に仕組んだことなども、すべてアザトースの策略だった。理由はもがき苦しむ様を眺めて愉しむため。
⑤彼の目的は、《神》という分かりやすいご褒美目指して争う姿を眺めて愉しむこと。
そして、とある理由からくる敵意の原因であるダークネスが、志半ばで倒れる様を見物するため(理由は次話で)。
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終焉へのカウントダウン
ついでに、VS”闇の書の闇”以来となる主人公&メインヒロインの王道コンビ。
後編も八割方完成しているので、数日中には投稿できるかと。
《極神》
無限に存在する並行世界の中で根幹を成す、十二の
人々の信仰を得て神格を得る神話や伝承で語り継がれる《神》とは根幹から隔絶したチカラを有する、神々の頂に立つ者共。
《神々の最高位》、それが《極神十二柱》だ。
《黄金神》 スペリオルドラゴンや《破壊神》 ビルスらと肩を並べる《極神》が一角にして《邪神》を統べる者。
それが、《原初邪悪神》 アザトースの正体だった。
ありとあらゆるものに干渉するチカラを持つ《
そう、例えば……、
彼の産み出した〈暗き闇《もの》〉の干渉を受けて、光に連なる者に相応しい真名を得るはずだった“Ⅰ”が、『
気高き戦乙女である“Ⅵ”が、彼を象徴する異能……破壊の極致たる“消滅”のチカラに目覚めてしまったように。
ただ、そこに在るだけで悪意ある改変を行う悍ましきモノ……故に彼は、《
――◇◆◇――
思う存分に嗤ったことで満足したのだろう。
耳障りな哄笑を止めたアザトースは、ぴっ、と人さし指を天空に浮かぶ月へ向けて立てる。
《それじゃ、ラストバトルと洒落込もうか。舞台は空の果て。どうせやるなら派手に逝こうよォ♪》
不遜な笑みを貼りつけたまま、余裕に満ちた視線を向けてくる。
そこに、警戒の意志は感じられない。
自らの勝利を微塵も疑っておらず、これから起こる戦いも、勝利が確定している出来レースのようなものにしか感じていないのだろう。
返事も効かず、天高々と飛翔していく。上着のポケットに両手を差し入れ、鼻歌を口遊む様に軽いノリで。
アザトースの姿が見えなくなると、硬直の解けた一同が力無く崩れ落ちた。
歴戦の強者であるヴォルケンリッターですら額を濡らす冷や汗を拭う事も出来ず、呼吸を整えることに意識を集中させている。
そうまでしなければならないほどの威圧感を感じたと言うことなのだろう。
難しい表情を浮かべたダークネスは、周囲一同が揃って立ちくらみを起こした様にふらつく中、一番身近にいたアリシアを支えるように抱き締める。
「大丈夫か?」
「うん……でも、疲れた~。なんなの、アレ。威圧感って言うかオーラ? ハンパなかったんだけど」
しな垂れかかってきたアリシアを抱きとめ、汗に濡れた額にへばり付いた前髪を整えてやる。
口調こそ何時ものままだが、発汗や動悸の乱れまでは隠せないらしい。
見れば、震えるヴィヴィオを抱きしめたシュテルも同じような状態に陥っている。
《神》に近しい己と触れ合ってきた彼女たちですらこうなのだ。
殆んど耐性の無いなのはたちは……と視線を向ければ、やはりというか消耗しきった様子の魔道師一同の姿が。
立っているのは花梨のみ。“能力”を封じられたのか、雪菜も宗助も顔色が極めて悪く、フェンリルも現界を維持するのがやっとな様子。
なのはたち魔導師組はほぼ全員がグロッキー。
ウィンドウに移るクロノも似通った状態らしく、椅子に深々と身を沈めてしまっている。
超越者との対峙は、それだけで人間の精神を蝕んでいたと言う事なのだろう。
「空の色が……!」
悲鳴じみた誰かの叫びが聞こえた。
導かれるように空を見上げた皆の視界が、黄昏時の赤から宵闇の黒へ塗り潰されていく。
術者が本性を現したからだろう、どこまでも暗く、冷たい、闇色の黒に世界が呑み込まれる。
「なるほど、準備は万端。いつでもかかってこいと……そう言いたいわけか」
闇に侵食されていく太陽と月を見上げながら、不機嫌顕わにダークネスが吐き捨てる。
アザトースの愉悦を満たすために自分たちは利用されていたという事実に湧き上がる殺意を押さえることが出来ない。
「往くの?」
「ああ。もはや奴は監察官としての役目を放棄した。なら、俺の……俺たちの“敵”だ」
「そうですか。“敵”ならしょうがないですね。――ご武運を」
「ダークパパ! ヴィヴィオ、頑張って約束を果たしたのです。勝利を掴んだのです! なのでご褒美が欲しいとおねだりしてみたりっ」
「そうか。じゃあ、ご褒美をやるためにも絶対に生きて戻らないとな」
ジャンプして抱きついてきた娘の頭を優しく撫で、両脇に身を寄せて己を支えてくれる愛しい妻と嫁と笑みを交わして、《新世黄金神》は誓いを立てる。
必ず戻ってくるという、絶対厳守の誓約を。
他の何者でもない、自分自身の魂と信念に賭けて。
「じゃあ、選別なんだよ。【ヴィント】、ダークちゃんを助けてあげて」
【わかりました、お嬢様っ!】
「【ルシフェ】、貴方もお願いします」
【了承】
「【クリス】っ、ダークパパに勝利を! ってね」
【……!(ぴこぴこ)】
愛する家族の【デバイス】を受け取る。
右手に【ルシフェリオン】、左手に【ヴィントブルーム】、胸元に【セイクリッドハート】を携えたダークネスが数歩前に進み、目を閉じて意識を集中させる。
(『お館様――ご武運を!』)
「ああ、任せろ。……
実体化を解除したインペリアルワイバーンの鼓舞を受け、ゆっくりと意識を沈めて、己が内にある《神》の領域へ通じる扉を開け放つ。
ルビーより簒奪した新たなる“
【デバイス】を通して感じる託された想いを胸に抱き、黄金の神は限界をも超えたチカラを呼び起こす!
世界が慄き、果ての世界に生きる竜種が歓喜の雄叫びを上げた。
己らの頂に立つ王を超えし者……創世にして破界のチカラを秘めた偉大なるモノの降臨を感じとって。
吹き荒れる
右腕に手甲と一体化した『
左腕に十字盾と大砲が融合した『
首元に兎のマークが印された真紅のマフラーに変化した『
三種の神器と一体化した【デバイス】を装備することで『
《新世黄金神》スペリオルダークネス
「
獣の如き凶笑を浮かべたダークネスが天空に座す敵を睨み付け、飛翔しようと膝を曲げ――るよりも速く、アリシュヴィトリオに羽交い絞めにされてたたらを踏んだ。
「……なんだ?」
「ちょーっと待とうね、ダークちゃん。あっちもやる気十分みたいだからさ」
「あっち?」
ん、と指差された方に視線を向ける。
意識の外に追いやっていたが、どうやら花梨も戦うつもりだったようだ。
輸送ヘリらしきものが降りてきたかと思えば、開かれたコンテナの中から運び出された兵器のようなものの調整を始める六課関係者。
操作パネルに指を走らせながら技術士官のシャリオによる兵装について説明を受けている花梨の会話に耳を傾けると、何やら物騒な単語がちらほらと。
聞き間違いと言う訳ではないらしく、花梨の頬も引き攣っている。
「えーっと、つまりこれは、対AMF兵装として設計された魔導兵器の試作品で……ぶっちゃけ非殺傷設定が使えない欠陥品ということ?」
「欠陥品なんてこの世に存在しません! どんな
視線を彷徨わせながら口籠る技術官に不安にかられる。
「こんな事もあろうかとォー!」 と胸を張りながら『とっておき』とやらを押し付けてきたくせに、今更不安そうにもにょもにょするのは如何なものかと。
頬をが引き攣るのを自覚しながらも、出来る限り優しい口調で問いかけてみた。
こういう輩は、勢いに任せて大事な事を有耶無耶にしてしまう“うっかり者”な可能性が高いことを知っているからだ。
「で? それどう言う意味?」
「い、いやー、そんな睨まないでくださいよ、お姉さん……。あ、あのですね、この子――試作型武装端末【フォートレス・ゼロ】――は魔道師個人によって自立稼動する複合兵装を統率・制御を行うっていうコンセプトで開発が進められてきた機体なんですが、現在の技術力では演算処理と情報伝達回路に致命的な欠陥を抱えてまして。並みの魔道師では兵装を自立浮遊させることも出来ないんです」
「じゃあどうやって動かせばいいのよ」
「そこで鍵となるのが花梨さんの超並列演算処理能力ですよ! 個々の兵装に受信機となる【デバイスコア】を搭載し念話による情報伝達回廊を生成すれば、兵装の遠隔操作を潤滑に行えると言う訳です。ま、まあ、用意する【デバイスコア】も量産品では演算が追いつかないんですけど」
「駄目じゃないの……。あ、もしかして六課メンバーから何か回収してたのって?」
「お気づきになられましたか? そう、【フォートレス・ゼロ】の兵装には六課の皆から預かった【デバイス】をコアシステムとして組み込んであるんですよ! これで問題点は解決な上、性能は折り紙付き。十全に能力を発揮できますよ」
眼鏡を指先でくいっ、と押し上げて不敵な笑みを浮かべるシャリオにドン引きしつつ、改めて花梨は自分に取り付けられていく兵装に視線を落とす。
腕や腰に追加装甲型の統制システムを装着し、両腰に【レヴァンティン】型刀剣デバイスと【グラーフアイゼン】型鉄槌デバイスを搭載したブースターユニット。背面にもブースターの役割を果たす翼状の飛翔ユニットがあり、中心部に金色の十字架――【夜天の書】の待機形態――が備え付けられている。
周囲を旋回する様に浮遊する自立機動兵装は、内部に大砲や刃を内蔵した“
それに加えて、花梨の“能力”で生み出した『
個々のユニットに【レイジングハート】や【バルディッシュ】たちが搭載されているらしく、右手に持つ【ルミナスハート】と通信回廊のセッティングを行っている。
六課メンバーから託された【デバイス】を搭載したこの兵装は、まさしく全戦力を集結させた最終決戦兵器と呼べるだろう。
「だが、出力値が不安定なのはいただけないね。【デバイスコア】間のリンクもうまくいっていないようだ……やれやれ、口先だけのお嬢さんには荷が重いのではないかね? 何なら私が力を貸してあげてもいいんだよ?」
「シャラップ! 簀巻きにされた欲望さんは黙っててください! だいたい、なんでそんなに友好的なんですか!?」
「高町 花梨君とスペリオルダークネス君が《邪神》とやらに敗北したら、問答無用で我々も消滅してしまうのだろう? 生憎、自殺願望など持ち合わせていないのでね。だったら、まだ世界存続の可能性がある彼らの勝利を援護しようという、この世界の住人として当然の考えに行きついた訳なのだよ」
「うっわ、ムカつくくらいのドヤ顔しやがりましたね……。八神部隊長、このおじさん蹴り飛ばしていいですか?」
「ええよ~」
「こらこら、軽くないかね八神 はやて君? ちょっぴり欲望に走ってしまっただけの善良な一般市民が
ぷふぅ~♪ と失笑せざるをえないと言わんばかりにイイ笑顔なスカリエッティ。
子狸から筆舌しがたいナニカへと超進化を始めた部隊長を止めるべく、若き魔導師たちが死地へと赴いていく。
【デバイス】が手元に無いため魔法が使いにくいためか、足元に転がっていた拳大の瓦礫を握り締め、ユラユラと身体を揺らしながら地面に転がっているスカリエッティに近づいていく姿は、まさに鬼気迫るとしか言いようのない有様。
悪党の兆発を受けて、自分が犯罪者に成りかけていることに気づいていないのだろうか?
「……なるほど。確かにアリシア、シュテルはもちろん、『聖王姫』のヴィヴィオや花梨の方が
「どうして言いきれるんすか、ファーストの旦那?」
「八神 はやては海鳴の露天風呂でエンカウントした時の記憶から予測値を推算した。で、
左腕でアリシアの腰を抱き寄せ、右腕でシュテルの肩を抱き、正面から抱きついてきて首に手を回し、ぶら下がるヴィヴィオのつむじに顎を乗せてぐりぐりと。
えへへ~♪ うふふ♪ にゃ~♪ と可愛らしい三重奏に包まれながら、物凄くナチュラルにいちゃいちゃしているスペリオルダークネスがヴァイスの疑問に即答する。
「……モゲちまえばいいのに」
「こいつらといちゃつくのに必要だから却下」
「「当たり前のようにセクハラ発言しないでっ!」」
「ぬぐ!? ……おい、コラ。だからなぜ貴様らが怒る?」
ぷくぅ、とぶーたれたなのはとフェイトに後頭部をドツかれ、半眼で睨む。
そもそも、フェイトの方は自分やアリシアを嫌っていたんじゃなかったか? と疑問符を浮かべつつ、妙になれなれしい彼女らの態度に違和感を覚える。
最も、そっぽを向く当人たちは口を割りそうにないが。
「あのエロバカドラゴン……ん? どしたの、宗助?」
両手と胸に美女・美少女を侍らせた挙句、明らかに嫉妬心丸出しの妹&友人といちゃついているダークネスを睨み付けていた花梨がふと気配を感じて振り返ると、どこか覚悟を決めた表情の宗助と雪菜が近づいてきていた。
両者とも、相棒に支えられておぼつかない足取りであったが、とりあえず命の危機とかそう言うものではないらしい。
アザトースから役目は終わったと斬り捨てられたことで“能力”を封印されたらしく、宝具を具現化することも出来ないでいる二人だったが、幸いと言うべきか、問答無用で消滅するという類の呪いは受けていなかったので、それぞれの相棒が安堵の息を吐く。
「母さん……その、ゴメン。大事な時に役に立てなくて」
「すまねぇ姉御。炎も出せないし、俺の中にいる“相棒”の声も聞こえねぇ……。完全に異能を封印されちまった」
二人はアザトースが選別し、送り込んできた“手駒”。
目論見通り、どちらかがダークネスを倒して最後の勝者となった場合、無抵抗で嬲り遊ぶつもりで仕組んでいた細工なのだろう。
肝心な時に役に立たなくなった自分を恥じる様に俯く二人を、笑顔を浮かべた花梨が抱き寄せる。
眼を瞬かせる愛息子と仲間の想いも一緒に背負っていくと、彼女の瞳は静かに告げていた。
「任せなさいな。あんな性格のひん曲がったガキンチョなんて、お姉さんがコテンパンにしてあげるから」
「……わかった。じゃあ、これを持って行ってくれ。きっと役に立つ」
そう言って自分の胸に手を当てた雪菜から光が溢れ、何かを引き剥がす様に腕を振るう。
すると、彼の手の中で眩くも幻想的な球体が具現化した。魂を引き裂くような激痛と虚脱感に耐え、荒い呼吸を整えながら花梨に差しだしたのは、嘗て親友の想いと共に託された事もあった『カタチ在る幻想』。
「ちょっ、これってまさか……“
「ハァ、ハァ……そうだ。俺と坊主は後天的に“
「バカ! 無茶し過ぎ――宗助!?」
「か、母さん……コレ……」
思わず雪菜に掴み掛ろうとした花梨を制する様に、宗助も己から引き剥がした“
絶対に勝って、戻ってきてほしい。息子として、仲間として抱く願いを込めて。
やっぱり、どこまでいっても“男の子”だった息子たちの覚悟を理解し、柔らかに微笑んでソレを優しく受け取った。
「まったくもう……しょうがないんだから」
痛みに抗いながら親指を立ててくる少年たちに呆れつつも、胸の奥から溢れ出す嬉しさを滲ませて“
瞬間、力強く輝いた“
胸の奥で脈動する熱い想いを感じながら、表情を『母』から『魔導師』のソレへと替えた花梨が確かめる様にダークネスを見る。
返答は無言のうなずき。
膝を屈め、大地を蹴るように浮かび上がったダークネスは、刹那に音速を超えた速度へと達し、まるで機先を制するように天空目掛けて飛翔する。
黄金の残光が描く道筋をなぞる様に、具現化させた
目指すは遥かな天空、邪神を名乗る“敵”の打倒。
不退転の覚悟と共に、龍神と戦乙女が天空の闘技場目指して飛翔した。
――◇◆◇――
《さーて、そろそろ来る頃合いかにゃ~?》
クラナガンの真上、星の輪郭が見えるほどの超高々度に浮かびながら、毛髪、瞳、衣服総てが漆黒に染まった少年……アザトースは近づいてきているだろう標的を思い浮かべる。
本当の“儀式”で誕生するはずだった新たなる《神》。
ダークネスが……人間が高次存在である《神》へと進化した《人神》と呼ばれる存在であるのなら、こうもややこしい事態にならなかったなと不満を零す。
そもそも、過去から繰り返されてきた《神》を造り出す“儀式”は今回が始めてと言う訳ではない。
《神》が恋い焦がれたり友情を感じたりして《神》ならぬ者を自らと同じ存在へ強引に引き上げるという事例はいくつもある。
純粋な《神》として誕生した者共と違って転生体であるために下位存在としてのチカラしか持たない彼らは《人神》と呼ばれ、上位神の下っ端として遣われている。
そう。
アザトースもまた、人間から《人神》へと神化したものの一人。
数億年、いや、それ以上に長い年月をかけて、とある世界に生きる人間に自分を強大な存在としてしる記した物語を執筆させることによって、自らの存在を間接的に知らしめ、信仰心を集めるなど気の遠くなるような努力を行った。
結果、《邪神》にカテゴライズされる存在のトップとして神々の最高位……《極神》の一柱の称号を手に入れることが出来たのだ。
だが、此度の“儀式”で選ばれた候補者のことを知った時、彼の胸中に殺意に似たどす黒い感情が生まれ出てしまった。
享楽的思考を持つ普段の彼なら、他人事として流していた筈だ。
しかし、己と同格の《極神》が一柱、〈混沌〉と〈破滅〉を司る《邪神》の対になる〈創造〉と〈生命〉の体現者……《黄金神》 スペリオルドラゴン。
奴自らが後継者だと判断したダークネスという存在が新たなる《極神》候補として他の神々にも周知され、特別視されているという事実が、昏い嫉妬を宿らせたのだ。
自分と同じ『人間』だったくせに。
自分は、気の遠くなるような年月をかけて今の立場を手に入れたと言うのに。
ソイツは
『人間』であったが故に深く醜い嫉妬の心を持ち合わせていたアザトースは、あまりにも身勝手な理由からくる激情を押さえることなく、“儀式”への介入を決意した。
胸に渦巻くどす黒い嫉妬からくる激情の溜飲を下げる玩具として利用し、最後の最後に希望が砕かれて絶望に苛まれながら消滅していく。
そんな救いようのない終焉をくれてやるために。
ダークネスが必要以上にチカラをつけないよう、戦闘に関して制限を付けたこと。
転生時のデメリットを改変し、他の人間から敵視されやすくなるよう仕向けたこと。
他の“参加者”と同盟を結ばないよう、彼と正反対の思考を持つ者を中心に“参加者”として選別したこと。
《神》へと至りつつある彼を排除するために、“神殺し”の概念を持つ英雄、神獣、聖女を用意したこと。
希望としては、全人類に敵視されて孤独の中で朽ち果ててくれたら一番嗤えたのだが……何事も、うまくいかないモノだ。
《まあ、どっちにしろ終わりだけどねェ~。ボクが支配しているこちらに、他の《神》は、ほんのちょっぴりしか干渉できない。直接手を下すってのもたまにはいいか♪》
《極神》であり、《邪神》を統べる己が成りたて如きに後れを取るなどありえない。
不遜なまでの傲慢とそれに裏付けされた実力と“能力”、自身を最強と疑っていないが故の自信がアザトースの傲慢な態度に現れていた。
《んぉ?》
ちかり、と何かが光った。
ほぼ真空状態にあるこの場所で聞こえるはずの無い羽ばたきのような音に、アザトースは人さし指と親指で円をつくり、望遠鏡のように覗き込む。
すると、なにも無い筈の指の間にレンズのような力場が形成され、遠見の鏡となって音源の姿を映し出す。
何やら形相な武装を身に纏い、白と蒼の二対四枚の翼を羽ばたかせて迫り来る戦乙女――高町 花梨。
標的の片割れを確認し、小細工なしに正面から突っ込んでくる愚行を選択した小娘を嘲笑う。
《バカだねェ~、どうして“参加者”の認識可能領域……五感や思考レベルが人間の領域に収まるよう仕組んでいたと思ってるんだか。わざわざ同じ領域に合わせてやるつもりなんざ更々ないんだって気づかなかったのかにャ~? ま、所詮はこの程度って事か》
五指を開いた掌を突き出し、術式に沿って“
産み出されたのは恒星を彷彿させるマグマを高密度圧縮させた魔力弾。
噴きあがる膨大な“
《まずは一手。……【ディヴァイディングコロナ】》
開戦の宣告と共に撃ち放たれる『太陽の輝き』が超音速の速さで飛来し、大気圏を離脱しようとしている花梨へ襲いかかる。
だが、ふと気づいた。
なぜ、花梨がいるのにダークネスは見当たらないのだ? ……と。
その疑問に対する答えは、首を傾げたアザトースの左頬に突き刺さった拳だった。
『
星の重力に自身の加速力を上乗せした超光速の拳を、囮にした花梨にばかり意識を向けていた【ディヴァイディングコロナ】発動直後のアザトースへ叩き込んだのだ。
ダークネスの黒炎を纏った剛拳が少年の柔らかな頬肉を焼き焦がして、押し潰す。
体勢も立て直せないまま隙だらけの体を晒す邪神に、魔力場を足場にして踏み込んで距離を詰める。
一足で追いつくと、アザトースの片足を左手で掴んでそのまま圧殺せんばかりに力を込める。
ガジェットの装甲すら純粋な握力で粉壊できる強力がアザトースの襲い掛かるが、攻撃側であるはずのダークネスの表情は苦々しい物。
幼子を思わせる邪神の肉体そのものに、何らかの概念による加護が掛けられているのだろう。五指に全力で力を込めても、ビクともしない。
ならばと黒炎を纏わせたままの右腕をもう一度叩き込んでやろうと振り被るが、振り向いたアザトースの双眸がダークネスを見据え、両腕をハンマーのように組み合わせた。
その仕草に悪寒を感じて投げ飛ばそうと左腕を振り被るが、一瞬早く邪神の両腕が振り下ろされた。
瞬間、ダークネスの後頭部に巨岩が叩きつけられたかの如き衝撃と痛みが襲いかかる。
痛みよりも困惑に思考を揺さぶられたことで拘束が緩み、アザトースの離脱を許してしまう。
常人ならば頭蓋を叩き割られておかしくない衝撃に、しかしダークネスにとってゴム球をぶつけられた程度のモノの影響しかない。
ニヤニヤと不快感しか感じられない笑みを貼りつけた邪神が拳を振りかぶる。先のお返しのつもりなのだろう。
暗い炎を拳に纏わせている。構えも、重心移動もなにもなう、腕を振るっただけで見え見えなテレフォンパンチ。
しかし、己へ迫る小さな拳と偽装の炎による攻撃は、ダークネスの本能に最大級の危険信号を鳴らせた。
カウンターを狙っていた攻撃思考を切り替え、回避行動に移行。
放たれた拳に手を添えることで軌道を変えることに専念、攻撃を捌けたことを確認すると全力で離脱を図る。
本来ならば、重心を崩されて体勢の整っていない標的の脇腹なりこめかみなりに一撃を叩き込むらいはしていた。
だが、直撃を受けたらその時点で終わるという確信じみた予感が胸中に渦巻いたのだ。
何故、そんな予感を感じたのか。その理由は、違和感を感じて下方に視線を落としたことで理解することとなった。
「な、に――?」
突如として響き渡る轟音。続いてありえないレベルの衝撃波に煽られ、体勢を崩しそうになる。
龍翼でバランスを保ち、マフラーから放出した粒子状の防護障壁【ミストウォール・パワード】で飛来する岩塊を弾き飛ばしながら、眼下に広がる光景に思わず呆れ声を零してしまう。
「……おいおい」
そこにあったのは地獄としか表現のしようがない姿へと変貌した凄惨なる大地の成れの果て。
地殻が抉り取られた様に露出して、赤熱のマグマの流動が目視出来てしまっている。
幸い、クラナガンとはかなり距離があるため曲折的な影響は及んでいないと思いたいが、普段と違って人外でない者は除外されている筈の人々が取り込まれていることをようやく思い出す。
「やべ」
「やべ……じゃないわよ!」
空気の様に軽い後悔の言葉を吐くダークネスの後頭部をぶっ叩くのは、【ディヴァイディングコロナ】を消滅魔力砲で凌いだ花梨だった。
仰々しい機動攻殻を纏い、幻想的な翼を生やす姿は、神話で語られる熾天使を彷彿させる。
だが、麗しき美貌も今や、憤怒で歪んで見える。
右手で握りしめた【ルミナスハート】の杖先が小刻みに震えているあたり、周りの被害をコロッと忘れていたおバカに大層ご立腹のようだ。
「街には皆……アリシアたちもいるってコト忘れてんじゃないの!? もうちょっと考えて戦いさないよっ」
「無茶言うな。明らかに俺と同格、あるいはそれ以上の強敵だぞ。手加減なんぞしたら、瞬殺されるのがオチだ」
「だからって……」
「グダグダ言い争う余裕なんてない――そら、来たぞ!」
「え――きゃっ!?」
鎧に包まれた胸板をつついていた花梨の手を引き、後方へ飛び退がる。
可愛い悲鳴を上げた花梨の疑問に答える様に、目の前を通り過ぎていく極太のエネルギー砲を指差した。
《夫婦漫才は見てて楽しいけど、無視されるのはあんま好きじゃないんだよねェ~》
腹立たしい笑みを貼りつけたまま、翳していた掌をプラプラと振りつつダークネスたちを
両者のいる高度はほぼ同じ。目線で言っても、同一平面上に立っているのと変わらない。
だが、それでも『見下ろされている』のだ。
どちらが強者か否か、微細な仕草からも漠然と感じとれる不遜すぎる態度。
しかし、対峙したからこそ現実が理解できる。
奴は、アザトースは、
しかし、たかが気あたり程度で怯え越しになる程、彼らは繊細な神経の持ち主ではない。
「気圧されるなよ花梨……往くぞ」
「はいはい。わかってるって――のっ!」
不敵に笑うダークネスが魔力を練り上げていくのを察し、花梨が飛び出す。
距離を詰めながら【ルミナスハート】を大型“多目的盾”に納め、腰のバインダーから片刃の直剣を引き抜く。
【フォートレス・ゼロ】固有兵装がひとつ、【バラム・レーヴァティン】。
柄に装着された魔力資質変換システムにカートリッジからロードした魔力を注入。
花梨の魔力がシステムというフィルターを通して炎に変換、反物質化した粘性の高い紅蓮のエネルギーが刀身を包み込んでいく。
烈火の将の愛機たる【レヴァンティン】による演算補助によって彼の主をも超える炎を具現化させると、正眼に構えた刃を突き出し、灼熱の劫火を解き放つ。
《おお!》
迫り来る炎を前に、警戒心を微塵も感じていないアザトース。防御行動はおろか、防御障壁すら発動するそぶりを見せない無防備な身体に、灼熱の奔流が襲いかかる。
「まだまだ!」
紅蓮に呑み込まれるアザトースへの接近を続けながら、刃に纏った炎を散らせるように軽く振るわせると、今度は斬閃を描く様に炎剣を振り抜く。
直線状の炎を撃ち出した先ほどと異なり、刃が振るわれる度に切先が描く軌跡に沿って三日月状の炎刃が形成され、射出された。
放たれた飛来刃は炎に包まれたアザトースに直撃し、間合いを開いているダークネスのところまで感じられる爆風を産み出す。
超高々度の上空では酸素が薄く、炎の燃焼現象は発生しない。しかし、花梨は【デバイス】の補助を受けているとはいえ、ごくごく当たり前のように炎を生成して見せた。
つまり、無意識下で常識という“概念”を自身の意志で上書きしているということ。
彼女の真骨頂である“消滅”以外にも“概念”を操作する概念魔法を何気なく発動していることに本人は気づいているのかどうか。
きっかけになったであろう
「準備できたぞ。離れろ!」
「わかったわ――よっ!」
アザトースの脇をすり抜ける様に飛び、すれ違いざまに直接斬撃を叩き込む。
だが、やはり奴が纏っている概念の鎧を切り裂くには至らなかったのだろう。
腕に残る痺れと亀裂の刻まれた刀身に表情を苦く歪めていた。
だが、この程度は想定内。元より、あの程度の小細工で如何こうできるとは思っていない。
指を開いた両手首を合わせて腰横に構え、炎の中心で揺らめく影を見据え、圧縮させた魔力を極大の魔導砲として撃ち放つ。
「――『
世界を呑み込む金色の神蛇が、紅蓮の炎と共に《邪神》を呑み込んだ。
手加減無しの全力。
銀河そのものを消滅させるに留まらず、世界を隔てる次元の壁すら崩壊させるほどの莫大なエネルギーが解放されて発生した余波の嵐に、あわや巻き込まれそうになった花梨が悲鳴を上げる。
「ちょ、自重しろバカーー!?」
「出来るか」
少女の悲鳴を斬って捨て、必殺の意志を込めた魔法の構えを解く。
だが。
《お見事お見事~♪ いや~、物凄い神代魔法だったねェ。現実空間だったら、問答無用でミッド終焉のお知らせ状態だったのは間違いないよ》
「チッ。どこまでも頑丈な」
パチパチパチと賛美するように拍手して見せる敵を睨み付け、忌々しげに呟く。
まるで存在の無い虚像を相手しているような徒労感が身体を這い上がってくる。
だが、実体がないわけではない。
何らかの“概念”で守られた絶対防御能力に近い魔法を使っている筈なのだ。
しかし、そのカラクリが見抜けない。
“概念”はより強い“概念”に上書きされる。
“絶対破壊”の“概念”を籠めた『
『
アザトースがどれほど強大な《神》かは知らないが、いくらなんでも非常識すぎる。
ならば、何らかの仕掛けが隠されていると考えるのが自然……。
「もう少し仕掛けてみるか。――花梨、前衛頼む!」
「はいはい! まったく、人使いが荒いわねっ。――全機、展開!」
請われ、了承する。
推進装置をフル稼働させ、瞬く間に距離を詰めるよう飛翔しながら、周囲を旋回する自立機動兵装を展開。
花梨の命令と内蔵された【デバイス】の意志に従い、不規則な機動を描きながらアザトースに迫る。
《おおゥ?》
「ストライカーズ・フォーメーション!」
多彩な魔力刃を形成させた自立機動兵装が縦横無尽に空を駆け、光速の砲弾を放つ。
桜、金、白……幾条にも重なり、交叉するように放たれる極彩色の閃光による乱舞が無防備を晒す《邪神》へと叩き込まれていく。
反撃の暇すら与えぬ猛攻。一機が閃光のように集束された砲撃で
縦横無尽としか言い表せられない猛攻は、人間の思考限界速度を遥かに超えた処理能力を必要とする。
花梨は、『
「これはすごい……とは言え、黙って傍観に徹するのも性に合わんな! 【ヴィントブルーム】、砲身展開」
【了解っ! バレル解放ォ!】
左の突撃盾に声をかけつつ、見えないマントを振り払うように左腕を振るう。
瞬間、盾が中央から左右に展開され、内部に収納されていた砲塔が顕わになった。
【ヴィントブルーム】ライフルモードよりも幾分巨大化した魔導砲の砲口を閃光の牢獄に捕らわれたアザトースに向ける。
注ぎ込まれた魔力によって砲身が光り輝き、吹き荒ぶ魔力粒子が砲口内部へ集束されていく。
万物を撃ち砕く
「【ドグマスマッシャー】」
放たれた漆黒の閃光は紫電の稲光を纏って光速へと至り、無防備なアザトースの側頭に直撃する。
だが、やはりダメージを受けた形跡はない。それどころか、魔法を受けた衝撃すら感じていない様に平然と、悠然と、超然とそこに在り続けている。
「――これは……? ああ、なるほど。そういうことか」
しかし、黄金の龍神の感覚は魔法の着弾の瞬間、僅かにアザトース周辺の空間が揺らめいたことを感じとっていた。
「魔法無効化能力などで攻撃を無力化された類の感じとは違う……だが、ダメージどころか余波の煽りすら感じていないということは――」
アザトースと交わした会話を思い出す。
苛立ちと不快感しか感じさせない口調で言葉を発する奴の性格は、他者を見下す傲慢なもの。
“儀式”の真相を事細かく語ったのも、こちらが真実に打ちのめされる様を眺めてほくそ笑むためだった。
ならば、攻撃を無力化して空虚感と疲労感に苛まらせる
――否。
愉快そうに歪んだ笑みを浮かべ続けているのは、それ以上に大きな愉悦の理由が存在しているに他ならない。
意識を停滞させず、思考を回転させ続けることで理論を構築する。
理解などしたくも無い悪意の塊を打ち倒すため、人間の強さたる鋼の意思を以て、《邪神》の総てを分析する――!
「――そういうことか。チッ! どこまでも苛立たせる野郎だな!」
吐き捨てると同時に飛び出し、右腕を振るって【ルシフェリオン】の刀身に破邪の炎を顕現させる。
邪悪を祓い、魔を滅する退魔の極致たる神炎を纏わせた聖剣が、閃光の合間をすり抜ける様に振り下ろされた。
不浄を赦さぬ破邪の焔が、《邪神》の細首を斬り落とさんと叩き付けられる。
だが。
《ん~、無駄な足掻きって言葉の意味知ってるかなァ~?》
刃を跳ね返すでもなく、斬撃の威力を無力化するでもなく、確たる手ごたえを感じながらもダメージを与えられないという矛盾。
しかし、ダークネスの顔に苛立ちや悲壮感は無く、むしろしてやったりと言わんばかりの不敵な笑みがそこにあった。
眉根を顰ませたアザトースに『炎の剣』を叩きつけたまま、砲身を収納させた左腕が伸ばされる。
それは打撃や関節技の掴みでなく、見知った相手への友愛の仕草でもある『肩を叩く』という行為。
何をやっていると鋭い剣幕を言葉の節々に滲ませながら、標的と密着状態にあるダークネスに当たらないよう兵装の制御に集中する花梨。
彼女とて、自分たちの攻撃が何ら意味を成せていないことは理解していた。
だからこそ、伸ばされた腕も
「え?」
《ぬ?》
「やはりか。
掌に感じる生命の鼓動。
《邪神》の肉体に直接接触できている己の左腕を見下ろし、ダークネスの唇が獣のように歪む。
と同時に、少年の姿をした《邪神》の表情が、初めて愉悦以外のものに変わった。
「砕けろ……!」
《あが……!? ――っの、ムシケラがぁ!》
渾身の力を籠めてアザトースの左肩を握りつぶしにかかる。
ようやく掴み取った機会を逃してはならないという空気を察し、疑問符を頭に浮かべた花梨もダークネスの援護に向かう。
掴み上げた《邪神》の肩に指先を沈み込ませたダークネスは、虫を掃うかの様に叩き込まれる拳を顔面に浴びながら、近づいてくる花梨に突き出す様に左腕を掲げる。
見た目からは想像もつかない重い打撃に頬の内側が斬れ、流れ出した鮮血の鉄臭い味を噛みしめるダークネスの視線と天空を翔ける花梨の視線が重なり合った。
――やるわよ!
――了解。
刹那の交叉で互いの考えを共有した二人は、瞬時に行動を起こした。
アザトースを拘束した左腕を限界まで伸ばして、引き剥がす。
暴れる《邪神》打撃が、当然のように左腕に収束され、黄金の装甲へ瞬く間に亀裂が刻み込まれていく。
それでも五指の力を緩めず、拘束を外さない。
その合間に自由になった右の掌を上向きに構え、チカラを練り上げる。
「万物を原初の虚無へと還す超重力の檻……味わってみるか?」
宝玉に納められたジュエルシードが眩い輝きを放ち、次元を振動させる超重力エネルギーを生成した。
胸部の宝玉が一際輝きを増した瞬間、そこより生まれ出でる破壊の結晶体。
顕現した宇宙の深遠の如き漆黒の球体に惹かれるように、創造主たる龍神を崇めるが如きたゆたっていた重力球が集い、ひとつに重なっていく。
胸部から右の掌へと泳いだ強大なる重力球を頭上に掲げ、両肩の龍咢から放出された紫電を纏っていく。
龍のチカラを注ぎ込まれ、質量を増していく漆黒の球体を恐れるかのように、空間が歪み、光が途切れる。
あらゆる事象を崩壊へと導く破壊の具現に恐怖して、世界が揺れる……!
対角線上にまわり込んだ花梨は、拳を握りしめた右腕を掲げ、剣を呼ぶ。
「来なさい、【バルディッシュ】! コード・ライオット!」
【Yes.sir!】
求めに応え、【バルディッシュ】コアを搭載した機動兵装が花梨の左腕に装着される。
コアが戦意を滾らせるかのように輝きを放つと、装甲が展開した機動兵装と手甲が合体して【バルディッシュ・ザンバー】の意匠を持つ両刃の剣へと変形した。
魔力変換システムによって雷へと変質した魔力が刀身を生成。金色の稲光を纏う光の剣が生成される。
二度、三度と感覚を馴染ませるように振るい、切っ先を足元へ向けて振り下ろす。
「《邪神》だか何だか知らないけど、アンタに私たちの未来を決める権利なんてないわ! そんな、ふざけた幻想抱いてんなら……
切っ先を起点に波紋のように広がる魔力波動。淡い純白の風が巻き起こり、描かれた光の六芒陣に剣を突き刺すと、刃を核とした悪邪必滅の炎凰が誕生する。
魔法陣を足場にして跳躍。
守護するかのように羽ばたいた炎凰が彼女を包み、闇夜を切り裂く蒼炎の不死鳥と成る。
右脚の追加装甲が展開し、不死鳥のエネルギーが注ぎ込まれていく。
その蹴りは、因果すらも蹴り砕く破壊の鉄槌……!
「【
「蹴り……穿つ! 【
叩き付けられた重力球がアザトースを呑み込んで吹き飛ばし、解き放たれた漆黒の闇が膨張を開始した――瞬間、闇夜を切り裂いて舞い降りた不死鳥が重力の檻を貫通する。
嵐のように渦巻く重力力場に因果を歪めるほどのエネルギーが叩き込まれたことでいとも容易く臨界を超え――爆散。
破壊エネルギーが内部へ向けて爆縮するはずの術式が暴走を起こし、天地開闢にも等しき超絶エネルギーの奔流が《邪神》を滅するべく荒れ狂った。
解き放たれた炎風と超重力が混ざり合った結界の中で、悍ましき《邪神》は魂の一欠けらまで滅されるまで逃れることはできない!
……筈だった。
《あいててて~、ちょっぴり痛かったよォ……》
「うっわ、アレを喰らってほぼ無傷って……ないわー」
「うむ。ここまで来ると、スゴイを通り越してキモイな」
衣服についた埃を払う様な仕草と共に平然としたアザトースが暴虐の牢獄から抜け出した。
結界など、なんら意味を成さないということか。マイクロブラックホールに変わりかけていた術式を霧散させつつ、注意深く観察する。
掴みかかった際の傷も回復済みのようだ。先ほどは上着の肩部分が出血で滲んでいた筈なのに、今は痕跡の欠片すら見当たらない。
畏怖を隠せない二人の視線に気を良くしたのか、アザトースはへらへらと笑いながら語りかけてきた。
《いやぁ、さっきのはなかなか良かったよ? 僕の守りの仕組みに気づいたのかな?》
推測を確定させるには情報が足りない。あえて、会話に合わせることで新しい情報を引き出す方が適切な行動だと判断。
激昂しそうになる花梨を抱き抱える様にして口を塞ぎ、軽口を合わせた。
「まあ、半分くらいはな。最初は攻撃の無力化かと思ったんだが、どうにも辻褄が合わなくてな。で、いろいろ試している内に、攻撃は通っている、けれどダメージが与えられていないんだと気づいた。で、お前の口ぶりから自動で発動するタイプの術式だと考え、敵意を乗せない攻撃を仕掛けてみたわけだ」
《なるほどね。うん、よく出来ました。ぱちぱちぱち~……でも、もう一押しが足りないなァ~。ボクを守っている術式の真髄を見抜くには経験値が足りないようだねェ~》
怒りで拳が震えるのを押さえられない。
硬く握りしめられた拳に手を添えながら小声で宥める花梨がいてくれなかったら、激情に後押しされるままに殴りかかっていたかもしれない。
他の相手ならば、この程度の兆発にいちいち反応するような事は無い。
しかし、悪意を練り固めたかのような《邪神》は、そこに在るだけで他者の抱く負の感情を刺激する性質を持っているらしい。
ギリギリのラインで抑え込んでいる殺意が、隙あらば溢れ出しそうになってしまう。それは、花梨も同様なのだろう。
ダークネスの抑え役を任されてくれた彼女は、視線を合わせないように顔を伏せている。
眼を合わせてしまえば、彼女も敵意に支配されてしまうと感じているからだ。
己を強く自制するため無言になった二人の姿に嘲笑しつつ、気分が乗ったアザトースが手の内をバラシ始めた。
どうやら、説明癖があるらしい。
《いいかね。君らのミニマム
「肉体の損傷すら他人に譲渡すると言うのか……!?」
「最っ低な“能力”ね! 《邪神》って呼ばれる理由がよくわかったわ」
明かされた“能力”の正体に、ダークネスは瞠目し、花梨は嫌悪顕わに吐き捨てる。
他人の力を借りるというのに文句は無い。
自分たちも、家族や仲間、戦友のチカラを借りてこの場に立っているのだから。
だが、コイツは違う。
自分の受けた痛みや苦しみをそのまま無関係の他者に押し付け、自分だけへらへらと笑っている。
戦闘開始から現在に足るまで、奴が防御をとったことはない。それはつまり、痛みを譲渡された他者の苦しむ様を想像して愉しむためにわざとやっていたということい他ならない。
例えば――とある異世界のとあるお宅にて、アザトースの悪意にのたうち回る被害者の姿が。
「うぎぇえええええ……な、なんですかこの全身をフルボッコにされたかのごとき激痛の嵐は……はっ!? まさか
「あうう……モロに延髄蹴り受けたみたいに首が曲がっちゃった……。角度は90度? 少年、痛いの痛いの飛んでけ~を所望する。おてての代わりに、少年のしっとりザラザラな
「真尋くぅ~ん、背骨が“ぼきぼき”ってなってる僕にもお手当してほしいなぁ~。膝枕してナデナデしてくれたらすっごく元気になれる気がするんだ。――できれば、「ハス太、僕の愛を捧げるからがんばれって」愛を囁きながらほっぺたに“ちゅっちゅ”してくれると凄く嬉しいの♡」
「ってちょっとお!? 何サラリと私の! 私の!! わ・た・し・の・! 真尋さんに嬉し恥ずかし素敵イベントをおねだりしてやがるんですか!? そーゆーのは正妻である私にこそふさわしいご褒美でしょう! アンタらはうち上げられたザトウクジラのように無様な姿を晒してればいいんですよ!
さあ、真尋さん! 痛みで身動きのとれない私を組み伏せてもいいんですよ!? 飢えた獣のように! 飢えた獣のようにッ!!」
「鯨保護団体の詰所に正面から殴り込みをかける様な危険発言してんじゃねー!? つか、痛い痛い言いながら、結構余裕あるなお前ら!?」
――と、このように。
フローリングの床で身悶える銀髪、赤神、金髪の《邪神》と家主の少年がえらい迷惑をかけられるのを引き換えにして、アザトースは絶対的な防御能力を保有しているのだ。
元を辿れば、己の意志で戦いを選択したはず。だというのに、実際傷を負うのは無関係であるはずの他者。
つまり、世界の命運をかけたこの戦いすら、アザトースにとっては娯楽の一つでしか無く。
どんなに傷ついても、無様に倒れ伏そうとも、全力で勝利を手繰り寄せようとする信念を賭していないということ。
“自己”以外の“他”総てを有象無象と扱き下ろすが故に、アザトースは理解できない。
不快に目を細ませる龍神と犬歯を剥き出しにして震える戦乙女の怒りが、《邪神》の理解の外にあるモノであるが故に。
《おんやおやァ~? 何を憤っているんだい。君らだって、他人を殺して
己が定めた【ルール】……“参加者”の思考が、人間と呼べる領域の範疇に留まる様に制限を掛けていたことを棚に上げ、心底理解できないと言わんばかりに眉を顰める。
ただし、細められた瞳は、もがき苦しむ虫を観察するかのような愉悦で染まり、口元は堪えようのない哄笑で歪みきっていた。
「ああ、もういい。これ以上の会話は不愉快だ。――貴様はここで、俺が滅ぼす」
「ちがうでしょーが、バカダーク。……ヤルのは、『私たちが』よ」
肩を並べ、堪えようのない殺意を解放させた龍神と戦乙女が《邪神》を睨む。
「こういう能力を破る方法といえば、ダメージの蓄積を狙って、他者に譲渡しきれない位の連続攻撃を叩き込むという案があるんだが……他に策はあるか?」
「……思いつかないわね。しょうがない、被害者になる眷属さん? たちには気の毒だけど我慢してもらいましょっか」
「黒くなったもんだ……だが、そう言う考えは嫌いじゃないな!」
両腕を
全身を炎の如き闘気が包み、ダークネスの鎧を真紅に染める。
「リミット解除……」
静かな宣告と共にダークネスが動く。
眼前の空間を引き裂く様に展開された両腕から飛散した闘気の欠片が、真紅の龍神の幻影を産み出す。
赤き閃光の軌跡を描いて飛び出した幻影が質量を持つに至り、アザトースに拳を、蹴りを叩きこんでいく。
自らの守りに絶対の自信を持つアザトースは無防備のまま打撃の嵐を受けて吹き飛び、追随した幻影に殴り飛ばされて闇夜を切り裂き、星々の煌めく暗黒の海原に奔る閃光となる。
《あは、あははははっ! 無駄無駄無駄無駄無駄ァ! 分身の術、いや、影分身かな? 忍法の真似事まで出来るとは恐れ入ったけど、ボクにダメージを通す事なんて出来る訳ないんだよォ! ――およ?》
幾重にも交叉する赤き閃光の乱舞を受けて尚、いまだ健在の態を見せるアザトースが背後に何かの存在を感じとり、振り返る。
そこにあったのは、視界一杯に広がる無骨な岩石に埋め尽くされた大地。
ミッドチルダの衛星たる月のひとつだった。
《うわぁお♪ 生身で星間旅行しちゃったのかァ……誰得だろね》
「軽口はそこまでだ。ファイナルコード――“麒麟・極”!」
幻影ではないダークネス本体の拳が、星の内側へと向かう重力の理を“概念の改変”によって逆転させ、速力に上乗せした亜光速の流星がアザトースの胴体に直撃し、拡散した衝撃が月の地殻を粉砕し、極大のクレーターを形成する。
だが、それでも尚、ダークネスの勢いは止まらない。
岩盤を撃ち砕き、凍結した地殻を突き破り、星の核にまで達してようやく勢いが止めた。
岩石が圧縮を繰り返して形成された金属核に貼りつけにしたアザトースを踏みつけて拘束し、殺意を沈めた掌を額に押し当てる。
「無限の力……ここで極める!」
足首のひねりから生まれる反発力が螺旋を描きながら肉体という無限増幅器を通して伝達していく。
アザトースに押し当てた掌に収束されるのは、無限回廊を経て超常へと至った闘気。
万物撃ち貫く鉄杭をイメージして繰り出されるのは、
「“
裂帛の気合いと共に炸裂した、星をも砕く破壊衝撃。
内部へ直接衝撃を叩き込む発頸の六連撃を受け、アザトースの表情が初めて苦悶に歪んだ。
《……!? ダメージを譲渡しきれない? おやおや、ダメージを受け流された眷属どもが瀕死になれば術式の対象外になるってルールが裏目に出たか~。まさか力ずくで全《邪神》をノックダウンさせるなんてね。いやはや、脳筋極まれりだねェ》
「まだまだ終わりではないぞ! いつまで軽口を叩いていられるかな!?」
咆哮と共に身を屈め、技を撃ち込んだ掌底に体重を乗せながら全力で振り抜き、金属核ごと粉砕する勢いで頭部を叩きつけた。
手ごたえは十分。だが、ダークネスの追撃はさらに続く。
頭上に掲げた右腕に眩いばかりの極光が収束し、次元を揺るがす刃と化した。
核の残骸を塵芥と化しながら星に沈むアザトースの懐へ転移するかのごとき神速で迫り、宇宙をも両断する次元の凶刃が振り下ろされる!
「一闘両断……【
咆哮一閃、振り下ろされた次元剣が肩口を捉え、鋼を幾重にも重ね合わせたかのような錬鉄を切り裂いていくような感覚に襲われながらも、全力で振り抜く。
肩の付け根から両断された《邪神》の右腕が勢いよく吹き飛び、切断面からどす黒い靄のようなものが噴き出した。
太極をも斬り裂く手刀は月という惑星を真っ二つに両断し、崩壊へと導く。
かつて衛星と呼ばれた惑星の残骸の合間をすり抜けながら、見失ってしまったアザトースの姿を探す。
だが、大技を連発したため注意力が散漫になっていたのだろう。背後から忍び寄ってくる『漆黒の槍』の存在に気づくことが出来なかった。
『ダーク、右後方から敵っ!』
「な!?」
後方で大技の
咄嗟に振り返り、斬り落とされた右腕が変容した槍の存在に気づくと、上体を反らして首を斬り落とそうとした槍の一撃をギリギリのところで避ける。
顎先を掠めていった狂刃に冷や汗が流れ、思わず動きを止めてしまったダークネスの後方から迫る黒い影。
残された左腕に黒い靄のようなオーラを纏わせた両刃剣を具現化させたアザトースが、凶悪な笑みを浮かべ――ソレを振るう。
「『
放たれる邪悪なる光。星が鍛えし神造兵器である最高位の聖剣が、悪意に呑まれて変容した最悪の魔剣。
聖の頂にあるはずの剣が、対極の闇に属する《邪神》に揮われるとはなんという皮肉な事か。
襲いきた漆黒の斬撃に対し、ダークネスは回避ではなく防御を選択。
その場で反転する様に身を翻すと、真紅のマフラーが面積を増して彼を覆い隠す赤き防壁となった。
赤と黒が激突し、月の残滓を消し飛ばすほどの爆発が起こる。
「っ! ダーク!?」
「大丈夫……だっ」
花梨の叫びに応え、粉塵を切り裂きながら現れる黄金の龍神。
布端がボロボロになって全身の鎧もおびただしい亀裂が走っているものの、どうにか五体満足でいることを確認し、花梨から安堵の息が零れる。
「アイツ、さっき【エクスカリバー】って言わなかった?」
「ああ。刀身がどす黒く染まっていたが間違いない。アレは本物の聖剣だ……属性は反転しているようだがな」
ダークネスが指し示す通り、粉塵を切り裂いて姿が顕わになったアザトースの左腕には、漆黒よりも深い混沌の闇に染まった聖剣……いや、邪剣が握り締められていた。
剣の作りは彼らの記憶にある聖剣……聖杯をめぐる戦争で召喚された、“セイバー”と呼ばれる少女の相棒たる宝具そのものだ。
我が物のようにソレを振るっていると言うことは、アザトースの語ったもう一つの“能力”――口調から推測するに、攻撃型の異能によるものだと考えられる。
「まさか聖剣を造り出す“能力”なんて、小技じゃないわよね?」
「だろうな。万物を創造できる俺と消滅できるお前を同時に相手取れる輩を支える自信が、そんな浅い底を見せるような訳ないだろ」
「じゃあどうする?
浮遊する自立機動兵装の展開装甲が放つ魔力光は未だ弱々しく、魔力伝達回路を通して全兵装に魔力充電を完了させなければ『切り札』を放つことはできない。
並列演算に思考の大部分が奪われてしまうため、“多目的盾”による自立防御に護りを一任せざるを得ない。
まさに今の花梨は、砲弾の搭載を待っている固定砲台そのもの。
攻撃を受けてしまえば、棒立ちでソレに曝されることになってしまう。
だからこそ、ダークネスに囮も兼ねた前衛を任せていたのだが……。
「だからと言って考えなしに突っ込むのは危険になったぞ。どうやら、片腕を斬り落とされたことが多層ご立腹なようだ。見ろ、奴の顔。俺たちを見下す目線は相変わらずだが、抑えきれない殺意をばら撒いてやがる」
左腕の治療を行いながら指摘した通り、右の肩口から溢れ出た黒い霧が《邪神》の体躯を軽々と超える巨大な怪腕となり、刃のように伸ばされた爪が太陽光を反射して煌めく。
あれで襲いかかってくるのかと警戒し、身構えたダークネスと花梨の反応を愉快そうに眺めながら、《邪神》の唇が上下に震え、二人には理解できない言霊……祝詞を口遊んだ。
瞬間、《邪神》の背後の空間に波紋のような揺らめきが無数に生じ、なにも無い虚空から存在を持つ〈兵器〉が世界を侵食する様に姿を現した。
『知識』を持つダークネスたちは、目の前の光景に『王の財宝』と呼ばれた宝具を連想した。
しかし、その考えは現れたものが歴史上に存在したとされる武具でなく、凶悪なまでの〈兵器〉であることを理解した瞬間、霞の如く霧散した。
宝具の原点?
ありとあらゆる武具や宝が収められた蔵?
――
コレは、そんな生易しいシロモノではない。
現れたのは、人智を超えた超科学の産物たち。
宇宙戦艦ヤマトの
等々……その数、もはや数えることも叶わない。
数多の世界で、人の命を刈り取った最悪にして最強の巨大兵器が所狭しと顕現した様は、ある意味壮観だと場違いな感想を抱いてしまうほどの絶望の具現。
《全機、主砲発射体勢ェ~♪》
現れた規格外の超弩級兵器を前に仲良く頬を引きつらせる小さな標的目掛け、禍々しい破壊エネルギーより舞い散る燐光が世界を照らす。
《発射ァ~!》
意気揚々と掲げられた邪剣が一気に振り下ろされた瞬間、脆弱な抵抗をあざ笑うかのように解き放たれた破滅の光が、龍神と戦乙女を呑み込んだ。
・作中登場した魔法解説
●
使用者:スペリオルダークネス
『三種の神器』と融合した【デバイス】の同時発動形態。
この形態になると、『無限の輪廻』の発動限界時間の制限が解除され、アリシアたちのレアスキルも使用することが出来るようになる。
また、この状態になると『とある魔法』に秘められた真の能力が解放される。
●試作型武装端末【フォートレス・ゼロ】
使用者:高町 花梨
管理局技術部が開発を進めていた対AMF用機動武装。
三機の『多目的楯』と複数機の
試作型であるため、自立兵装と装着者間のリンクが不安定なため、高性能なAIを搭載したデバイスを兵装に組み込まなければまともに操作することも出来ないピーキー仕様なのが欠点。
高性能デバイスを多数用意できたこと、常人を超えた並列演算思考能力を有する花梨を装着者が現れなければデータ取りもまともにできなかったであろう紙一重な機体。
●『
使用者:アザトース
受けたダメージや疲労感を、自身の眷属たちに譲渡させる『神代魔法』。
術者本人はダメージを無力化する代わりに、眷属の誰かに自分が受けるはずだった傷を負わせると言う悪辣な魔法。
攻撃に対する自動防御のため、不意打ちなどにも有効。
ただし、敵意の込められた攻撃ではない場合、或いは譲渡先の眷属が総て瀕死状態に陥ると、能力の効果が無効化される。
理由は、己の信者でもある眷属を失ってしまったら、信仰心……しいては《神》としての力を喪失してしまう事を嫌ったためと思われる。
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最終神話戦争、終結
一週間ぶりだから、一応、「数日」以内の更新は果たせた――カナ?
クラナガンを起点とする全次元世界同時のリアルタイム映像。
電波ジャックと呼ぶのもおこがましい最悪の事態に、“儀式”に〈巻き込まれたと思い込んでいる〉人々のざわめきが留まる兆しも見せずに蔓延していた。
映像機器のモニターを、空を埋め尽くすように展開された巨大な空間モニターを注視する人々が目の当たりにするのは神話の再現たる超越者の繰り広げる
星の海を飛翔し、星々を砕き、世界の理すらも捻じ曲げる。
人間という種が積み重ね、構築した
別世界へ迷い込んだかのような空虚感と恐怖が、
それでも暴動が起こっていないのは、そんなものなど何の意味もなさないのだということを、理不尽なまでの無力感と共に突き付けられているからだ。
星々を砕き、銀河を消滅させる破滅光の奔流に対し、龍神は生成した複数のマイクロブラックホールを融合させた巨大ブラックホールをぶつけることで防御する。
宇宙を震撼させる超エネルギーを呑み込んでいく漆黒の孔は地上からも目視できるほど巨大でありながら、ミッドに一切の影響を与えないという矛盾を体現した。
科学者たちが正気を失いかねない理不尽な現象を当たり前のように具現化させた者共は、小さな人々の葛藤など気にも留めずに戦いを継続する。
暗黒級の有効範囲から逃れる様に旋回して《邪神》の背後にまわり込んだ戦乙女が“消滅”の概念を乗せた魔力砲撃を放つが、破滅の光をキャンセルした《邪神》の肉体が空間に溶ける様に消えていった。
標的を見失って焦る彼女の背後に転移した《邪神》。人型のソレへと変化した右腕を縦に、左の拳を右肘に叩きつけてL字に構え、眩い閃光波動が撃ち放たれる。
至近距離から放たれた亜光速にも匹敵する閃光が、デブリを蒸発させながら戦乙女に迫る。
だが、迫り来る脅威の気配を感じとった戦乙女の魔力と蒼炎によって構築された翼が彼女を守る様に閉じ、悪邪を祓う聖盾となって、これを防ぐ。
速度という“概念”を置き去りにした《邪神》。
光をも超えた速度で動ける龍神。
未来予知とも言える超速演算思考によって、人間の範疇に収まる程度の反応速度でありながら、人外の超速戦闘に追随する戦乙女。
幾度もぶつかり合いながら激しい火花を散らす神々の戦いを繰り広げる光景が、そこに広がっていた。
「なん、だよ……これ……」
呆然と天空に映し出された映像を仰ぎ見る者。
「あは、あはは……夢だ。そう、これは全部夢なんだ……」
頭部を抱え、現実の理解を拒絶する者。
「ふざけんなよ……! なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだっ!?」
胸から湧き上がる恐怖を誤魔化す様に、ヒステリックな叫びを上げる者。
差異はあれど、皆が現実を受け入れたくないのだということだけは理解できた。
幼馴染に支えられた宗助は、ひどく冷めた表情で慌てふためく人々を撫で見ていた。
戦い……否、《最終戦争》が開始されてから間もなくして、ちらほらと集まり出した民衆によって、彼らのいる公園の広場はごった返していた。
宗助たちが事態の中心に最も近い存在であることは彼らも理解しているらしく、遠巻きに人垣を作って無遠慮な視線を投げつけてくる。
短気なヴィータや合流したアギトなどが思わず怒鳴り散らそうとする一幕もあったものの、詰め寄られるような事態が起こる前に戦闘が開始されたことで、どうにか未遂で済ませられた。
しかし、彼らの気持ちもわからない訳ではない。
何しろ、集まった人々はシェルターから抜け出してきた一般市民が大部分を占めている。
管理局と聖王教会の戦いが収束に向かったと安堵した瞬間、入れ替わる様に神々の戦いへと事態が移行したのだ。
おまけに、情報規制がされていた先の戦いと異なり、人々の恐怖を煽るように展開された映像によって、所詮は与太話、他人事だと傍観していた民衆は理不尽な真実を突きつけられ……混乱を期した。
護衛についていた管理局員も状況を説明してくれない――実際は、彼らも混乱して状況が読み込めていなかったのだが――事実に言い知れぬ恐怖と困惑が湧き上がり、誰でもいいので説明を……自分たちが安心できる説明をしてくれる人物を探して群れを成し、シェルターを飛び出した。
破壊された市街地を彷徨い、やっと見つけた六課メンバーの姿に引き寄せられるように集まって――神話の戦いを見せつけられた。
夢でも幻でもない、理不尽なまでに残酷な『現実』を否応なしに突きつけられた彼らは呆然と言葉を失い――今に至る。
「今更騒いだってどうしようもないだろーに」
「落ち着いてるわね、そーすけ……。花梨さんが心配じゃないの?」
仔狼モードで何とか実体化を果たしたフェンリルを膝に乗せ、節々に呆れを滲ませながら独りごちる宗助にルーテシアが問う。
返答は無言の笑み。
心配などする必要が無いのだという無言の返答。
「そ……。じゃあ、私たちも花梨さんたちの勝利を待っていましょっか」
「うん……ねえ、そーくん。質問いいかな?」
不安を誤魔化す様に宗助の左腕へしがみ付いたリヒトが、困惑を表しながらずっと気になっていたことを聞いてみる。
「あのね? 花梨さんと“かみさま”が勝って戻ってきた時……そーくんは“かみさま”のことなんて呼ぶつもりなの?」
「え? ん? ……ああ、そーゆーこと。それ、私も聞きたいわ。どうすんの? リヒトみたいに“かみさま”って呼ぶのか、TVで報道されてる
「うえっ!? そ、そんなこと言われても……てか、なんで叔父さん?」
「そんなの、お相手が花梨さんじゃなくてなのはさんになる可能性もあるからでしょーが。見なさいあの横顔。祈りをささげる様に腕を組んで熱い眼差しを向ける姿は、間違いなく戦場に向かった恋人の無事を祈る恋する乙女のリアクションよ!」
「な、なんだってー!? じゃ、じゃあやっぱりなのは叔母さんともフラグを立てていたのかっ!? な、なんて人だ……スゲエ、スゲエよ! 桃子
「ちょっと待って!? イロイロとツッコミどころが多すぎて対処しきれないんですけどっ!?」
甥っ子のトンデモ発言に、最近磨きがかかってきた叔母さんの裏手ツッコミが炸裂する。
しかし、愛され系上司街道を突っ走る『にゃのは』隊長に向けられる生暖か~い視線。
「え、今更でしょ」と無言の言霊を乗せた優しい眼差しを受け、幼児退行したエースの「にゃーっ!?」 が炸裂する。
頭上でどっかんどっかんと世界オワタ的大決戦が繰り広げられているとは思えないほっこりとした空気が六課メンバー+αに浸透していく。
「あなた方はいつもこんな感じなのですか?」
「まあなぁ~。でも、こんくらいがちょうどええのかもしれんな。無力感に苛まれるとか、これからの事に頭を悩ませすぎるとか……わざわざネガティブになる必要も無いやろ」
呆れ半分、微笑ましさ半分といった表情のウーノの質問に答えるはやても苦笑を禁じえない。
だが、叱咤するつもりも無い。
いつも通り、普段通りのやり取りを交わせる。
それが、すごく尊いものだと思えるから。
「大体ここまで来たら、そー坊が言うみたいに信じて待つ、これに限るわ。これからの事は、《神》サマになったあの二人も交えて決めたらええ」
問題の丸投げにも聞こえる台詞だが、はやての表情は彼らなら信じられるという確かな確信を感じさせる凛々しいもの。
ポジティブな発言と堂々とした態度に感化されて、無力感に打ちひしがれていた戦闘員たちがリカバリーを果たしていく。
「……ふふっ。強いですね、八神部隊長」
「あーんなデタラメ見せつけられたら、人間同士の小競り合いなんて小事に見えてまうから不思議やな」
《邪神》が召喚した巨大隕石召喚魔法【メテオ】を、背びれのように鋭角な背面装甲を発光させた龍神が身体を一回転させて放った“バーニングGスパーク熱線”で粉砕し、戦乙女が召喚した十個の中性子星による殲滅魔法【アイン・ソフ・オウル】が超高速回転しながら《邪神》の存在を抹消せんと襲い掛かる。
「人智を超えた戦いとはまさにアレだねぇ……。いいなあ……くうっ! せめて! せめて間近で観察出来ていればっ!」
「ブレませんねドクター……。というか、護衛として付きあわせられる私たちのことも考えてください」
「あはは……。スカリエッティさんって、どこまでも欲望に忠実なんだねぇ」
「わかってくれるか、ギンガ・ナカジマ。そうなんだ。ドクターはいつもいつも欲望に駆られて突っ走って……まったく、今まで私たち姉妹がどれだけ苦労させられてきた事かっ!」
小さな身体を揺らしながらプンスカ膨れるチンクを、よしよしと撫でるギンガ。
拳を交えて友情を築いたらしく、えらくフレンドリーだ。
ごく一人だけ、某お姉ちゃん大好きっ娘がまな板の上のクルマエビの如くびったんびったんと跳ねていたが、敬愛するちっさなお姉ちゃんとお揃いでなでなでされると、たちまち子猫のようにおとなしくなった。
どうやら、姉とお揃いであること、強力な『姉力』を有するギンガの撫でスキルに敵愾心を砕かれてしまったらしい。
あきれ果てた親友に押さえつけられていなければ嫉妬のオラオララッシュを仕掛けていたであろう青い方の妹を見て、渾身のドヤ顔を決めている。
「ふふん。うらやましーだろー?」 とでも言いたげに。
「むきゃー! ギン姉は私だけのお姉ちゃんだー!」
「落ち着け、バカスバル! 簀巻き相手に【IS】発動とか大人げないにも程があるわよっ」
「身体は大人、心は子どもだから問題ナッシングだよ!」
「いや、意味わかんないし!」
「ちょ、喧嘩しないでくださいぃいいいいいい!?」
フォワードの騒ぎを押さえる役目は苦労人担当ポジで確定しているエリオに一任し、その他メンバーの視線は空中に投影された映像へ戻る。
「“Ⅰ”の吐いたレーザーは妙な光を放っていたな。奴の魔力光とは異なる色ということは……もしや魔法ではないのか?」
「あの輝きは核反応で発生するチェレンコフ光だろうね。つまり、彼は体内で核融合を起こしたということか。腹の中に原子炉でも搭載しているのかね?」
「いや、流石にそれはない……と思いたいですね。まあ、多分ご本人の“能力”で魔力を核エネルギーに変換させたってトコロじゃないでしょうか? ……科学者として、とてもじゃないけど認められませんが。――何なんですかあの理不尽極まる謎生物は」
「《神》サマだからと流したくは無いものだね。我々科学者の積み重ねた叡智と歴史が投げっぱなしジャーマンされたような気分だよ」
何故か仲良く分析している欲望&六課メカニック眼鏡~ズ。
考察と相槌、分析を繰り返しながら、少しでも神々の戦いを科学的に解明して見せようと言う野心が見え隠れしている。
しかし現実として、理不尽な戦いはさらに苛烈さを増していく。
光球が命中するたびに存在が虚空の彼方へと消されていく《邪神》。
だが、原型を留めていた両手が柏手すると、消失した肉体を錬金術で再構築させながら術式から脱出。
お返しとばかりに突き出された右腕が形状変化を起こす。
巨大なマスケット銃に変形し、大砲もかくやと言う最終必殺魔法弾【ティロ・フィナーレ】が放たれる。
第三宇宙速度で迫り来る砲弾に対し、戦乙女は自立機動兵装を組み合わせて防御フィールドを展開し、これに対処する。
一撃目を防がれたために次段を装填しようとする《邪神》だが、上方へまわり込んでいた龍神の強襲によって阻まれた。
左腕で刀身を再構築させた光の剣を逆手に構え、【ヴィントブルーム】からカートリッジで供給された電撃変換魔力を
竜騎士から託された“
爆散する重火器を霧に戻して再び異形の腕に再構築していく《邪神》に迫る龍神。
《邪神》が背後の空間の揺らめきから円柱形の刀身が目を惹く異彩の剣を引き抜いたのと、龍神が順手に剣を握り直したのはほぼ同時。
邪剣を消し去った左腕で柄を握った《邪神》が、異形な構えをとる。
まるで飛槍を投擲するかのように背中を見せるように異形の剣を引き絞る構え。
三つの円柱で構成された刀身が螺旋回転を始め……世界が崩れていく。
世界を織り成す“概念”が呑み込まれ、静寂なる虚無から生まれ出でるのは――天地を開闢するよりも古の世界。
無限に広がる静寂なる宇宙。
星々の煌めきを螺旋に乗せ、邪悪なる《神》が嗤う。
《宇宙創造の煌めき……防げるのかなァ? ――【
龍神が背負った
謳われるのは世界へ呼びかける守護龍の祝詞。気高き
光の粒子となった宇宙の想いが、掲げられ刀身に集束し、新たな創世の宇宙を織り成していく。
集った想いは異なる三つの銀河を形成し、渦を巻きながら刀身を包み込む。
万物を終わらせる禍々しき滅びの銀河に相対するのは、今を生きる生命の輝きを紡いだ希望の銀河。
「【
宇宙の想いを乗せた刃が振り下ろされ、紡がれた銀河の輝きが虚無へと誘う暴虐の螺旋と激突する。
対極に在る開闢の光が次元を軋ませ、唸りをあげながらせめぎ合う。
逆巻く銀河の激突は宇宙の創造と終焉を連鎖的に引き起こし、万象を等しく虚無の奈落へ叩き落していく。
原型を留めていた二つも月が灰燼と化し、輝く星空が奈落の闇に侵されていく。
それでもミッドチルダが存在し続けられているのは、創世の光のぶつかり合う直前に戦乙女が星ごと覆い尽くす巨大防御フィールで守ってくれたからだ。
ひび割れた次元断相にすべての光が吸いこまれた後に残るのは、果てしなく続く漆黒の宇宙に浮かぶ、
天地開闢に匹敵する神話の一撃同士のぶつかり合いが、ミッドチルダが所属していた星系の星々を須らく破壊し尽くしたのだ。
防御フィールドを解除した戦乙女の口元が悔しげに歪む。
ミッドチルダという護るべきものを庇いながらの戦いでは自分たちが不利だということをまざまざと見せつけられたからだ。
だが、無力感に襲われる彼女の傍らまで下がってきた龍神が何やら小声で耳打ち。
音声は拾えなかったものの、何やら無茶な事を言い出したらしい。
話を聞いた戦乙女は、明らかな困惑を隠せていない。
「ダークちゃんってば、何かやらかすつもりみたいだね~」
「私たちの常識を超えた無茶を見せてくれるはずですよ、きっと」
「最強なダークパパに出来ない事なんかないですもんね~」
龍神の家族はいつもの事だと平静を保っている。
しかし、どこかワクワクしているように見えるのは果たして気のせいか。
とは言え、どうこう言ったところで始まらない。
そもそも、今の状況事態が常識を超えたモノなのだ。
地殻が爆散したにもかかわらず、発生したであろう衝撃や振動が未だ感じられないという異常。
星をも砕く攻撃が幾重にも交叉していると言うのに、自分たち地上に生きる人間にはなんら影響が及んでいないという不可解。
そして、繰り広げられる《最終戦争》の勝者が世界の命運を定める権利を得るという、受け入れがたい
暴動が起こってもおかしくない状況下でありながら、混乱を鎮圧するための要請が皆無。
これが表す事実……それは、自分たちには観客として傍観する以外の役割が存在していないということ。
熾烈を極める聖戦の舞台に上がったと思い込んでしたがしかし、実際にはスクリーン越しに観戦するか、自分の目で直接観戦するかどうかの違いしかない。
そう……自分たちにできることは、あの二人の勝利を信じて見守る事しかできないのだ。
――とは言えども。
何事にも限度と言うものはあってしかるべきなのであって……!
「巨大化とか、流石にないわー。あの人、どこまで往くつもりなんや。ホンマ……勘弁してーや」
腹を抱えて大笑いする三人娘を除いた全員が呆然と空を見上げる中、恒星よりも巨大になっていく龍神に向かって呟かれた言葉はひどく弱々しいものだった。
――◇◆◇――
【“闇在れ”と賢者は云った】
超龍皇形態に変身したダークネスの詠唱と共に空間に亀裂が生じ、彼が創造した虚数空間へとアザトースを引きずり込む。
自身は虚数空間に満ちる無限力を吸収することで惑星サイズにまで巨大化した巨腕を叩きつけ、滅多打ちにしながら
虚数空間に浮かぶ生命無き惑星の残滓を撃ち砕く破壊の奔流の突き進む先に展開される漆黒の門。
暗黒の大穴、ブラックホールの如き異様な転移門にアザトースが呑み込まれたのを確認し、巨大化したダークネスも後を追う様に門をくぐり抜ける。
帰還を果たした現実宇宙。だが、そこにミッドチルダは存在していなかった。
何故か? それは〈暗黒の叡智〉の秘奥を繰り出したダークネスの狙いが、戦場を変える事であったことに他ならない。
巨大な肉体を形成していた『
「ここは第一次元世界ミッドチルダの銀河中心部、さっきまでの場所とは数億光年もの距離がある銀河の果て。ここなら、思う存分に殺り合えるだろ」
「いきなり変身して巨大化するとか何考えてんだって思ったけど……無茶苦茶やるわね、ホント」
「お前もその気になれば似たようなこと出来ると思うぞ? 自分を個として確立させている“概念”を弄れば意外と簡単――」
「うん。そろそろ、自分の台詞がいろいろとおかしいことに気づいてね」
肩を竦めるだけで反省の色を見せないダークネス。
馬耳東風、言うだけ無駄かと矯正をすっぱりと諦める花梨。
視界の端に哄笑を上げながら迫り来るアザトースの姿を捉え、自立機動兵装の砲塔を向けた。
収束していく魔力光。突き出された右手を起点にして扇状に展開された魔導砲が唸りをあげ、色鮮やかな集束砲撃を開始する。
黒き海原を切り裂いて飛翔する閃光はしかし、輝く黄金の光球を両腕に生成したアザトースより放出されたエネルギーの奔流に打ち消された。
《メ~イ~オ~ウ~♪》
輝く光で覆われた両拳を合わせた瞬間、別時空の宇宙より抽出した次元エネルギーが物質を完全消滅させる破壊の光を解き放つ。
アザトースを中心に全方向に向けて拡散していく破壊エネルギーから逃れる様に後方へ飛び退がる。
幸い、有効射程はそれほど長くないらしい。目算で6378km……地球型惑星の半径ほどと思われる。
惑星軌道上で使われていたら、ミッドチルダにも途轍もない影響が及んでいたことだろう。
ソレを鑑みれば、銀河中心部に戦場を移したダークネスの判断は英断と呼べるかもしれない。
とは言え、手放しに褒めるのは癪に障るので釘を刺しておくことにする。
「無茶がうまくいったからといって、調子にのらないよーに」
「む、小言が多いぞ。大体、今頃ミッドでは、宇宙開発が地球に比べて後塵を期してるクラナガンの宇宙開発員共あたりが歓喜のあまり泣き叫んでるはずだぞ。映像越しとはいえ、宇宙の中心部を目視出来ているんだからな」
「いや、時と場合によるでしょ……あ。でも研究者って基本的に頭のネジがぶっ飛んだ思考の持ち主ばっかりなのよね……。やだ、ありえそうな気がしてきた」
「ふむ。これは戻ったら謝礼を貰わざるをえないな」
「アンタは……」
《仲良いねェ~。でも、無視されるのは嫌いなのサ♪》
メイオウ攻撃を解除させたアザトースは、再び右腕の形状を変化させながら距離を詰めてくる。
右腕が触手のようにうねりながら二つに裂け、先端が白と黒の両刃剣に変形した。
ひと目で名刀、魔剣の類であると理解させられる剣から繰り出されるのは、“二刀流”の極みに位置する眼も眩む閃光の乱舞。
《『
交互に襲いかかる剣戟の嵐に対して、前衛を任されたダークネスが両腕を肩越しの背面へ回す。
翼の根元の空間が揺らめき、真紅の鍔が目を惹く直刀。歴代の黄金神に受け継がれてきた光の剣が召喚された。
十字架が印された護拳に護られた柄を握り締め、二振りの剣をそれぞれ片手で抜刀する。
次いで、左右の腰当に炎の揺らめきが生じ、火龍の尾の如き反り返った鞘に納められた剣が更に二振り召喚された。
ソレに背面より引き抜いた剣を勢いよく叩き付け、二刀の柄頭を連結させる。
双刃の薙刀による二刀流。
嵐の如き剣舞に対し、旋風を巻き起こす刃の螺旋が対抗する。
斬り落とし、突き、切り上げ、薙ぎ払い、交叉……幾重にも変化する剣閃の猛攻に抗う光の螺旋。しかし、剣士の極技たる乱舞に付け焼刃の小細工が通用するはずも無く、神鉄で鍛え上げられたはずの光の剣は、瞬く間に刀身を砕かれ、切り捨てられていく。
だが、それこそが狙い。
四刃を砕き、張りついた笑みを深くさせたアザトースがトドメを差すべく左の邪剣を振りかぶる。
袈裟切りに振り下ろされた闇色に侵された聖剣の斬閃と平行になる様に身体を泳がせ、剣の腹に掌を添えて受け流す。
刃から拡散する邪悪な波動に切り裂かれながら大ぶりの一撃を捌き、無防備な左の脇腹に膝を叩き込んで、アザトースの身体をくの字に折る。
小柄な体躯そのままの軽さで吹き飛びそうになるアザトースの髪を掴んで引き寄せ、膝をめり込ませたまま折り曲げていた脚を振り上げ、密着状態からの蹴り上げに繋げる。
「花梨!」
「わかってるわよっ。――ヴァリアブル・シュート!」
縦回転を起こして上方へ飛ばされたアザトース。
そこには、ダークネスの求めに応えた花梨によって展開された移動砲台の包囲陣が展開されていた。
魔導砲から撃ち放たれる色鮮やかな閃光が邪神を穿ち、レーザーのように貫通する。
さらに、アザトースを挟んだ対面、射線軸にまわり込んだ銅鏡に閃光が反射され、“消滅”の概念を付与された破滅の光が再び邪神を蹂躙する。
貫通力に特化させる術式を組み込んだレーザー反射包囲網。
高速の並列演算思考によって統率された自立稼動魔力砲台と銅鏡からなるオールレンジ攻撃が、憎悪を産む守りの加護を失った邪神に襲いかかる。
しかし、鮮やかな閃光の演舞は、空間の隙間からにじみ出る様に溢れ出した闇よりも昏い漆黒に呑み込まれることとなった。
アザトースの背後の空間に描かれた一条の線。
まるで閉じられていた目蓋が開かれるかのように解き放たれた空間の裂け目……それは、無数の目を思わせる悍ましき光を内包した“スキマ”。
境界へと繋がる門が開き、魔導の光を須らく呑み込んでいく。
「はい?」
光を呑み込み続ける“スキマ”の脇で、ふてぶてしく胸を張るアザトースに呆気にとられた花梨が間の抜けた声を上げた。
「バカ! 敵の目の前で放心する奴がいるか!」
怒号に肩を跳ねさせた花梨の視界を遮る大型の『多目的盾』。
事態を把握するよりも速く、盾越しに襲いかかってきた衝撃で吹き飛ばされる。
錐揉み状に回転しながら、第三者的立場で状況を把握しているであろう愛機に説明を要求する。
「何が起こったの!?」
【不可視の衝撃波らしきものを放ってきたのです! ですが、こんなのありえないです。真空であるはずの宇宙空間で、圧縮空気砲など撃てるはずが――!?】
「常識なんてモン、今は置いときなさい。そもそも、地表の十分の一が吹っ飛ばされたのに自転動作に何事も無く
「今更すぎるツッコミだと言わせて貰おうか! ――っ、止まるな! また来るぞっ」
咄嗟に展開させた障壁で衝撃波を受けとめる。
しかし、圧縮された空気の塊はなのはの【ディバインバスター】すら上回る破壊力を内包していたらしく、抜き打ちで発動させた障壁に亀裂が奔り、花梨の身体を後方へ吹き飛ばした。
《あははははは! さっすが【空気砲】! そ~れそれそれぇ、『ドカン』! 『ドカン』! 『ドカン』!》
左腕に嵌めた砲口部を模した筒状のひみつ道具 『空気砲』の威力に満足しつつ、逃げ回る獲物二匹を追い詰める様に連射し続ける。
直撃コースの数発を弾き返そうとするダークネスだが、圧縮空気に込められた概念……オリジナルたる機械猫が集める極大の信仰にブーストされているのか、両腕を交叉させても耐える事が出来ずにダメージを受けてしまう。
「くそっ、流石は未来永劫、ありとあらゆる並行世界で語り継げられる未来的機械猫の道具というべきか!」
《まあねぇ~。あんなんでも、ボクと同格の《極神》の一角だからさァ~。ハンパないよぉ?》
「……なんかもう、驚くのに疲れた」
「その言葉、そっくりそのまま返したいんだけど」
目の前の《邪神》が、恩義のある先代や機械猫と肩を組み、何故かタップダンスを踊っている仲睦まじい(?) 姿を幻視してしまい、ダークネスの肩が、がくっと下がる。
妙な幻想を振り払うように頭を振るダークネスに冷たくツッコむ花梨に向けて、アザトースは乾いた笑いをあげながら容赦なく追撃を仕掛けていく。
《ボクの右腕を生贄にィ~……クトゥルーをアドバンス召喚ン!》
――ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん
異界にして古き世界の風が舞う。グルグル、グルグルと渦を巻き、風が雨を呼び、水の化生たるソレを呼ぶ。
――いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!
悍ましき水の神性を讃える言霊が《邪神》の長より放たれる混沌を喰らい、実体を得ていく。
顕現……否、誕生するのは蛸のような頭部と蝙蝠の翼、無数の触腕と鉤爪で構成された四肢を持つ異形なる古き者。
旧時代の地球に存在したとされる旧支配者が一柱。
《水の旧支配者》 クトゥルフ
《ルぅいレェェエエエエエエエエ!!》
奇声? それとも咆哮だろうか?
言語に変換できない悍ましき産声を上げた古き者の爛然と輝く双眸が、戦乙女を捉える。
淫靡な響きを感じさせる触手をうねらせながら、這いよる様に近づいてくる怪物は生理的に受け入れられないのか、「ぴぎっ!?」 と可愛らしい奇声をあげてダークネスの背中にしがみつく。
「こらこら……。ったくしょうがない奴だな。――【クライシスエンド】」
《ぴぃぎゅぁああああああああ! いあ! いあ! ふぬぐん!》
「うっさい。何言っとるかわからんし、わかるつもりも無い。さっさと消えろ」
怒濤の奔流となって襲い来る鉤爪付きの触手の群れを一刀の元に斬り捨てながら、花梨を落ち着かせるように頭の上に乗せていた左腕を勢いよく振るい、【ヴィントブルーム】の砲口を展開させる。
砲身を魔力が駆け昇り、砲口に収束した魔力に絡みつくのは、指先から放たれた深紫の鋼糸。
ルビーから継承した『
「花梨、お前も手伝え」
「ううぅ~、わかったわよぅ……。【レイジングハート】、ブラスターシステム発動」
【了解】
ガシュッ! と空薬莢が飛び出し、カートリッジに内包されていた魔力を注入。
自己魔力増幅機構 ブラスターシステムによって過剰倍化された魔力の奔流が体内を駆け巡るのを感じとる。
しかし、強化の反動による負担は花梨に見受けられない。
宗助と雪菜の“
迫り来るクトゥルフを包囲する様に自立機動兵装を配置させると、術式を起動。
ブースターのある機体後方にここではない並行世界へ通じる境界門を生成、そこから抽出した魔力を吸収し、砲口に集束させていく。
周辺の残留魔力を再利用することが一般的な集束魔法のシステムだ。
しかし、花梨の肥大化した思考領域は並び立てども触れることが出来ない程に遠い並行世界への
ありとあらゆる世界に性質を変えて存在する“
これこそが、《新世黄金神》の加護を受けた高町 なのはが目覚め、【デバイス】を通して姉へと受け継がれた魔導の極み。
「【スターライト・エターナル・ブレイカー】――――ッ!!」
《るるるぅえぃいえいぇぇぇえええええええ!?》
全方位から撃ち放たれる巨大集束砲撃魔法。
破壊の閃光が旧支配者という一点に集い、相乗効果を起こして――神をも滅する神滅魔法へと昇華する!
「容赦ナシか……ま。気持ちはわかるが――なっ!」
【
“神滅”の概念を付与した砲撃魔法が五重の魔法陣を貫いて増幅しつつ、破壊の光に蹂躙される旧支配者へ着弾する。
臨界まで圧縮されていた破壊エネルギーは、龍神の咆哮が
捨て駒同然に生み出された旧支配者は、己が領域である水の無い宇宙空間に呼び出されたことが原因となって、瞬く間に消滅へと向かう。
無限熱量へと至った魔力によって魂までもが滅却され、その悉くを昇華させられていく。
光の結界に捕らわれたまま終焉へと向かうクトゥルフが、ダークネスの背中に隠れたままの花梨へ縋る様に触腕を伸ばす。
母親を求める幼子のように弱々しく伸ばされたソレにどのような想いが籠められていたのかはわからない。
しかし、それは結局彼女に届くことなく、哀れなる魂は輪廻の輪へと戻っていった。
《ありゃりゃ? あっさり負けちゃったな~。流石にこんなトコで戦わせるのは無理があったか~。……ま、別にいいけどねェ》
「ずいぶんとあっさり見捨てるんだな。奴は貴様の眷属ではなかったのか? クトゥルフ神話の主なのだろう?」
《ん? いやいや、さっきのアレは即興で生み出した現身? クローン? まあそんなトコ。使い捨ての下僕にもなれない小道具のような物さ。それが壊れたからって、どうして悲しむ必要があるのかな? かなかな~ァ?》
「……なあ、花梨。いい加減、俺も我慢の限界が近いんだが――そろそろ、いけるか?」
瞳孔を獣のように細め、展開した装甲から憤怒を表す真紅のオーラを立ち昇らせ始めたダークネスより放たれる殺意がより凄惨な物へと変化していく。
眷属でもある家族を愛し、大切にする彼だからこそ、下僕を捨て駒にするアザトースに激しい嫌悪感を覚えたのだ。
このまま激情に駆られるままに跳びかかろうとするダークネスの肩に手を添え、優しさと覚悟を秘めた戦乙女の声が囁かれ、耳朶を擽った。
「落ち着きなさい。もう
「――応」
激情を沈め、冷静さを取り戻して辺りを見渡せば、蒼穹の如き輝く光が彼らを包み込んでいた。
優しくも気高い、邪悪を浄化する清浄なる神風。
莫大なる神代のエネルギーが輝く粒子となって、若き龍神と戦乙女の元へ集っていく。
訝しげに眉根を潜ませるアザトース。
だが、己が発する
《バカな……!? ボクの邪気を浄化して吸収してる!? そんな事が出来るはずがない! 虚無と邪悪の根源であるボクの邪気は、光を拒絶する絶対不変の理で守られているんだぞ!》
「ええ、随分と面倒な“概念”を重ね掛けしてくれたもんね。おかげで
花梨が積極的に攻撃に参加していなかった理由。
それは、アザトースという存在を確立させている“概念”の解析に、思考演算の一部を費やしていたからだ。
邪神という存在を理解し、真実という本体を幾重にも重ねた
それこそが花梨の狙い。混沌なる黒に塗り潰されたアザトースの
「ハッ! なんだ、そういうこと……お笑いね。自分の事を最高位の《神》だの、人間を玩具に出来る上位存在だの偉そうなことぬかしといて、実はアンタも私たちと同じ存在だったなんてね。ねぇ、先輩?」
《小娘ェ……! よくもボクを暴いたなァ!?》
激昂するアザトースから叩き付けられる殺意の波動を鼻で笑いながら受け流し、花梨は《邪神》の本性を……本当の彼を暴き続ける。
「一番最初に行われた『神造遊戯』……いいえ、《神》を造る“儀式”で生み出された
《黙れ……! 黙れ黙れダマレぇぇぇえええええっ! ボクは《神》だ! すべての命を弄ぶ資格と権利を持つ、究極の《邪神》! 人間を止めたばかりのひよっこ如きが、幾星霜もの時を生きたボクを知ったような口をきくなぁああああ!》
――かつて、《神》と呼ばれる超越者に憧れた少年がいた。
彼は憧れの存在へと進化することを望み、神々は彼の願いを組んで試練と儀式を授けた。
同胞を屠り、積み重なった屍の階段を踏みしめながら頂に昇り、《神》へと至った。
しかし、絶対なる超越者などという存在は幻想でしかなかった。
人間から進化を果たした少年は、最下級の人神と呼ばれる小さな者。
下界に住まう人々の信仰を得られなければたちまち忘れ去られてしまう脆弱で、儚い存在でしかなかったのだ。
少年は足掻いた。
家族を、友を、想い人を――人間としての幸せの総てを代価に昇りつめた頂が砂上の楼閣である事実を否定し、拒絶した。
弱者は淘汰されるのならば、強者に成れば済む話。
とある物書きに干渉し、自らを頂きに据えた新しい神話体系の物語を
クトゥルフ神話と呼ばれたソレが人々の間を伝え広がるごとに信仰が集まり、少年を高みへと押し上げていった。
その中で、少年は悟った。
信仰とは敬意や尊敬によるものだけでなく……憎悪や恐れという負の感情によるものでも代用できると言う事実を。
故に、彼は《邪神》となったのだ。効率よく、負の感情エネルギーを収集し、進化の糧とするために。
「くっだらない。それもこれも、自分が《極神》へと至ったのは、それだけの才を秘めていた選ばれし者であったからだと思い込みたいからじゃないの」
「……違ったのか?」
「そ。違うのよ、コレがね。アイツが《神》の候補者に選ばれたのは、人間を超えたナニカに成りたいって強く渇望していたから。
「えーと……つまりこう言うことか? 奴は努力して今の地位を手に入れたのに、いきなり同格になろうっていう俺たちが気に入らないから邪魔してきたと。それと、奴が人間を玩具のように扱うのは、元同胞である人間をいたぶることで、自分は《神》に成った、連中とは違う特別な存在だと言う愉悦に浸りたかったから……で、あってるか?」
「うん」
「なるほど、な」
何故無関係であるはずの人々を“儀式”に巻き込んだのかという疑問にようやく答えが出せた。
つまりは、見せつけたかったということだ。
《極神》という自分のチカラを大衆に見せつけ、強大な力というわかりやすい威容を知らしめるために。
総ては、アザトースの深層心理に根付いていた虚栄心を満たすためだけに。
自分の内なる想いすら思い出せなくなるほど混沌の泥を被っても尚、ソレに執着し続けた――おそらくは無意識の内に。
それこそがアザトースという存在の本質。傲慢の極みとも呼べる嫉妬の権化。《原初邪悪神》を名乗る愚神の根幹を成す神性……。
《――もういい。どうやらゆっくり遊ぶのは終わりにした方が良さそうだね。……《神》の神性を暴く異能、お前たちの成長速度は異常だ。これ以上の進化を赦すわけにはいかない》
口調が変わった。否、纏う空気の質そのものが変異したと言うべきか。
傲慢と嘲りで濁っていた双眸は明確な敵意と殺意を宿して、己の根幹に触れた『敵』を睨みつける。
ここにきて、ようやく二人を“玩具”ではなく“滅ぼすべき敵”と認識したらしい。
天を掴もうとするかのように両腕を掲げる。轟々と渦を巻いて集束していく暗黒に染まった『
アザトースという触媒を通して具現化しようとしているのは、人智を超えた負の極致。
《これで、すべてが終わる。これより、虚数空間の更に奥、混沌なる玉座に君臨する我が真なる肉体を顕現させる。――故に、貴様らは死ぬ》
この世界に降臨した人間型のアザトースは仮の姿、現身でしかない。
本体は、言葉で表現できない異形にして異常なる存在。それは、降臨するだけで宇宙を、世界を滅ぼすとされる事象そのもの。
負の無限力……闇に染まった『
自らの現身を生贄に捧げることで本体を呼び寄せようとするアザトース。
もはや彼の頭には、本人すら忘却していた忘れたい記憶を掘り起こしてくれた花梨とダークネスへの敵意しか存在していない。
……故に、気づくのが遅れた。
花梨が先ほど、準備を終えたと零した台詞の真意に。
アザトースの邪気を分析することに成功したと言うことは、どうすれば彼を滅ぼせるのか見抜いたと言うことであると言うことに。
「ダーク、簡潔にいきましょ。奴の本体が虚数空間の底で眠ってるのは事実よ。でも、意思総体っていうか……魂的なものは目の前にいる人型に宿ってるの。だからこそ、本体を召喚しようっていう隙が最大の好機ってわけ」
「要するに、実体化した肉体を消滅させた上で、魂そのものを消滅させればいいんだな?」
「そう。つまり――」
「いつもの様に――」
「「力ずくでぶっ飛ばす!」」
両手で構えた【デバイス】を覆う様に自立機動兵装と『多目的盾』が飛来し、核となる【ルミナスハート】に連結する様に融合を果たして、身の丈を超える巨大魔導砲となった。
【デバイスコア】リンクが形成され、蓄積された数多の術式が紡がれて、《邪神》を穿つ新たな『神代魔法』を創造する。
そう……それは極なる《神》を滅する事が出来る、究極なる超絶魔導砲!
「俺の《権能》で“神滅”の概念を付与させる。――
「わかってる。だから――トドメは任せたわよ?」
「ああ……任された」
短いやり取りで互いの心の内を十全に理解できた龍神と戦乙女は、神殺しの
《は――そんな小細工が今更通用するとでも思うのかァ?》
「ああ、もちろんだとも。俺と花梨が紡ぎ、描き、歩いてきた
《戯言を――! くだらん幻想に縋りつく俗物が! 我が本体が降臨した暁には、魂の一欠片に至るまで原初の塵に還してやる……!》
魂の激情に呼応するように次元に開いた転移門から溢れ出す混沌が密度を増す。
這いよる終焉の気配が宇宙に溢れ出し、命を侵食される悍ましさに襲われていく。
だが……!
「――――」
黄金の輝きを放つ気高き魂は、何人にも侵すことは叶わない。
超重量兵器を構えた花梨を支える様に抱き締め、【ルミナスハート】を握る彼女の手に自分の手を優しく重ねると、ダークネスは瞳を閉じて己が総てを彼女に委ねる。
託された想いと信頼を肌身に感じ、なんでも出来る万能感が花梨の胸に湧き上がってきた。
そうだ、疑う必要などありはしない。
砲身に込めるのは、護るべき人たちへの穢れ無き想い。あらゆるものを撃ち穿つ、絶対無敵の魔法。
光と闇がせめぎ合い、宇宙が、世界が震えあがる。まるで、世界の行く末がこれで決まるのだと理解しているかのように。
「術式装填……オーバー・ラストスペル【
言霊に導かれた真紅の『
輝く祝詞で紡がれた魔法術式が花梨の想いに応え、《邪神》を穿つ弾丸へと昇華させていく。
邪悪を祓い、絶望を
「「【
それは銀河をも穿つ機械神の一撃。
たとえ標的が宇宙そのものという存在であろうとも関係なく、存在する総てを滅する究極なる『神代魔法』が、降誕しかけた《這いよるもの》の本体を虚数の深遠へ押し返し、魂を宿した
《神》という“概念”すらも消滅させ、あらゆる次元ごと対象を破壊する“能力”――それこそが、『
驚愕を貼りつけた表情のまま、アザトースの肉体が塵となって弾け飛ぶ。
霧散した粒子は世界に溶ける様に抹消し、虚無へと還っていく。
だが、原初へ還ったはずの《邪神》と入れ替わる様に、漆黒の輝きを放つ球体が悍ましき脈動を繰り返しながらそこに在った。
これこそが《邪神》の魂。現身たる肉体を滅ぼされようとも、虚数の深遠に存在し続けている本体がある限り消滅を迎えることは無い不死たる魂だ。
それは、肉体を失った事を悟ったように浮遊を始め、上空に展開されたままの転移門へと向かう。
不利を悟り、この場から逃れようしているのだろうか。
全力の『神代魔法』の反動からくる疲労感で身動きが取れない花梨に、それを阻む事は出来ない。
肩を激しく上下させ、呼吸を整えようとするのでやっとな彼女をあざ笑うかのように表面を震わせ、膨張する様に体積を増していく《邪神》の魂。
おそらくは、これを見ているミッドの人々が抱いている負の感情を吸収し、再生しようとしているのだ。
――お前たちに、
醜悪なる混沌が咆哮と共に転移門から現れてく。顕現するだけで宇宙の命を無に還す根源的破滅を招来する《極神》が、ついに降臨を果たそうとしていた。
声なき嘲りが虚空に響き、俯いた花梨が身体を震わせる。
……しかし、
「ぷっ、くくく……」
それは悲壮から来る絶望などではなく、
「あははははっ! ばーか!」
勝利を確信したが故の、高揚から来るものだった。
「やっちゃえ――ダークっ!」
「――おうさ」
《邪神》の魂が転移門へ到達する――寸前、眩いばかりの黄金の煌めきが宇宙を照らした。
文字通り尻尾を巻いて逃げようとするアザトースに迫るのは、黄金の龍神。
【龍槍剣 エクスレイカー】と一体化した右腕に集うのは、“神滅”の極致にして失われた原初の魔法。
世界創世の時代に生み出され、それを恐れた神々によって神話から抹消された【
究極なる絶望を穿つ黄金の槍を装填させた拳を構える龍神の接近に、《邪神》の魂は怯えにも似た奇声をあげた。
「無幻と無限をも超えし、新たなる創世の神話を紡ぐ我が一撃に穿てぬもの無し。……貴様の負けだ、《原初邪悪神》アザトースッ!!」
【龍槍剣 エクスレイカー】の傍らに顕現した光の槍が無限の魔力を取り込むことで幾重にも別れ、三十九の光槍が出現する。
それは、過去・現在・未来における“総て”を滅ぼす破壊の具現。
《新世黄金神》の奥の手にして、最終戦争を終結させる禁断なる魔法……!
「『
裂帛の咆哮と共に放たれた神滅の槍が、おぞましき本体と繋がろうとする《邪神》に向けて放たれた。
――だが、着弾よりもわずかに速く、《邪神》は本来の肉体との接続を果たして滅びの化身たる“能力”を解放させる。
『そこに在るだけで万物を滅ぼすチカラ』
己へ迫る三十九の閃光を滅ぼし、世界の希望を乗せた輝きの尽くを無力化した《邪神》は己の勝利を確信する――!
……しかし。
「無駄だ」
構えを解き、静かな宣告を告げるダークネスの瞳を睨み返しながら、アザトースは崩壊を始めた自身の異常に混乱する。
《神》を殺す『神代魔法』は完全に防いだはずだ。
なのに、何故――我が身は“消滅”という永劫なる闇へ堕ちているのだ……!?
「確かにお前は“
――『
この『神代魔法』には、並行する根源世界と接続・同調する“能力”が秘められている。
覚醒を果たした《新世黄金神》のみが揮うことのできる、最強にして究極なる『極滅神代魔法』。
彼らがいるこの世界の源流は十二の極神がそれぞれ統治する十二個の根源世界とされており、現在、数多存在する多様な世界群はいずれも十二の根源世界いずれかから派生した下位世界である。
偉大なる神々と肩を並べるに至った《新生黄金神》は、現存する十二の根源世界と術者が存在する“今の世界”の、計十三世界の理へと
この一撃の真髄は、有効範囲が並行世界に限定されていないと言うことに尽きるだろう。
何故ならば、世界は無限に等しい広がりを見せ、数多の可能性と言う名の歴史を歩んでいる。
確かに、中には『この世界』と酷似した運命を進んでいる世界……例えば、攻撃を防いだという世界も、可能性として存在しているだろう。
だがそれはあくまでも世界群の一部、ほんの数個の可能性でしかない。
数多の世界群には、そもそも“参加者”たちが儀式に参加することも無く平凡な
幾つか存在するであろう並行世界では、『この世界』の住人たちが違う姿、違うカタチで今を生きている。
その中には当然、《邪神》に成らなかったアザトースが存在している世界も在る。
チカラを持つ者、持たない者に関わらず、標的という存在が“あったかもしれない”可能性すべてを対象として、同時に『
さらに、『神代魔法』を発動した瞬間、全ての対象の過去・現在・未来の三つを有効対象とすることで、現在で避けられたとしても、避けたという未来と過去……《邪神》となる前のアザトースが、その時間軸で具現化した神槍に撃ち抜かれる。
仮に全てを防いだとしても、並行世界には必ず『アザトースという存在が攻撃を受けた』という世界が必ず存在しており、それを手繰り寄せることで、対象が『
つまり、『神代魔法』を発動すると同時に、あらゆる並行世界のあらゆる時間軸に存在する対象者に、神滅魔法が放たれたのだ。
現在は無敵に近い《原初邪悪神》ですら、嘗ては超常者に憧れる無力な少年だったと言う過去が存在している。
ダークネスの一撃は、無力な人間の子どもであったアザトースを撃ち抜いたという
《――――――――》
怨嗟の言葉か存命を求める懇願か。
声なき絶叫とおぞましい悪意を撒き散らしながら、原初の《邪神》という存在が消滅していく。
これが、“ヒト”故の歪みを正すことも出来ぬまま悪意を呑み込み続けた《邪神》の
「終わったわね……」
次元の狭間で消滅していく《邪神》を見送りながら、死闘を終えた花梨は感慨に耽っていた。
十年にも昇る戦いの連鎖が終幕したと言う事実に、喜びとも悲しみとも取れる複雑な感情で胸が満ちる。
しかし、未だ戦意を沈めないダークネスは、僅かに逡巡してから口を開く。
「いや……これは……?」
「え?」
どうしたの? と問い返すよりも速く。
突然の浮遊感に包まれた二人は、何かに引っぱられるようにこの世界から消失した。
対邪神戦、終結ッ!
後はエピローグと行きたいとこなんですが……またまた、1話でまとまらないかもです。
書きたいことが多すぎなので後2話くらいかな?
本編完結後は日常編に移行予定。合わせてR版2つの更新も考えないといけませんな!
・作中登場した魔法解説
●『
総ての歴史と可能性、叡智と武が示されているという
具現化された事象は物質を持つ兵器であり、魔法であり、宝具であり、生物でもある。
即ち、この“能力”を用いれば、森羅万象総てに干渉し、そこに在るモノを召喚することができるということである。
●『
使用者:スペリオルダークネス
龍喰者の時は不完全だった奥の手の完全版。
要するに、現行世界とすべての平行世界の過去・現在・未来の時間軸に存在する標的へ向けて同時に『神代魔法』を叩き込む荒業。
『魔法を放つ』ことが発動条件になっているので、『撃った瞬間に相手は死ぬ』を体現する。
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ハジマリの魔法
という訳で、こんな感じになりました。
【――ですから! 世界の改変などおこがましい行為でしかないのです! ありのまま、今ある世界をそのまま存続させることこそ、自然の心理というものでしょう!】
【何を言っているんですか! それじゃあ貴方は、大切な人を失った方々に面と向かって言えるのですか。「“儀式”に巻き込まれて亡くなられた彼らは必要な犠牲だったと。だから、彼らを生き返らせてほしいと黄金の龍神や星詠みの戦乙女に懇願することは間違っている」と!】
【そんなこと言ってないでしょう!? 私はあくまで、ありのままを受け入れることが重要だと言っているんです!】
【言ってるじゃないですか! 大体ねェ……貴方、管理局高官に繋がりがあるから便宜を払ってもらえるとか思ってるんじゃないでしょうね! 口先だけで、自分は神々の恩恵にあやかろうなんて恥ずかしくないんですか!】
【なっ……!? 言うに事欠いてふざけたことを! 身の程を弁えろ、俗物! 低俗な民衆上がりの記者如きが、私に意見するな!】
【お二人とも落ち着いて!】
連日、題目を変えて放送されている討論会でお約束に成りつつあるコメンテーター同士の口論をTVのスピーカー越しに聞き流しつつ、洗い物を済ませていく。
一児の母として、食を取り扱う喫茶店の店長として、こういう平凡な日常の一コマを過ごせる時にこそ、一番の満足感を感じられる。
乾燥機に洗い終わったお椀を仕舞い終わり、エプロンで手の濡れを拭いていた花梨は何気なく視線を壁に取り付けられたカレンダーに向けた。
新暦76年4月20日
それが今日の日付。
あの戦い……〈最終神話戦争〉と呼称された邪神との死闘を乗り越えてから、早数か月。
翠屋 ミッド支店で、喫茶店内の掃除を始めた花梨が手の甲で額の汗をぬぐいながら、誰に聞かせるでもなくポツリと零す。
「約束の刻まであと八日……か」
その日を迎えた時、かけがいの無い日常が終わりを迎えるのだと思うと、感傷深くなってしまう。
『新暦76年4月28日』
それは、『Strikers』という舞台の終わり。
“原作”という物語がハッピーエンドを迎えた日にち。
と、同時に、花梨たちが巻き込まれ、参加させられた『
“儀式”の終焉、それ即ち、世界の終わりを意味する。
だが、今の彼女には……『彼女たち』には、滅びの運命から逃れる手段がある。
左手の掌を見下ろす。
そこには、古代エジプト文字にも見える複雑怪奇な文様によって構成された魔法陣が刻み込まれている。
ダークネスの右手の掌に刻まれている、対となる魔法陣と重ねあわせることで発動する『創世魔法』。
あの日、《邪神》を討滅した直後に邂逅を果たした《極神》の一柱から授けられた、『世界を創造する神代魔法』の発動
――◇◆◇――
~五ヶ月前~
狭間の世界《ユグドラシル》
地平線の見えぬ白き世界と、そこに唯一存在する巨大な世界樹。
次元と次元の狭間に存在するこの場所は、“参加者”が幾度となく引き込まれ、邂逅を果たした始まりの世界。
《邪神》消滅直後、毎度のように前触れも無く引きずり込まれた二人は、無重力状態から突然重力に引っ張られる感覚に体勢を崩してしまい、世界樹の頂に一つだけ存在していた台座に落下した。
「きゃん!?」
「ぐぇ!?」
可愛らしい悲鳴を上げた花梨が、仰向けに落ちたダークネスの腹に着地する。
丁度、尻餅をついた彼女が、ダークネスの腹部に馬乗りになった状態だ。
何故かお互いに【バリアジャケット】が解除されてしまったので、捲り上がったスカートから覗く花梨の健康的な太股が、下敷きにされたダークネスの腰を挟み込んでいる。
ダークネスが打ち付けたらしい後頭部を擦りながら身体を起こそうと上体を持ち上げてみると、狙ったようにお互いの顔の位置が同じ高さになった。
至近距離から見つめ合う形になった両者は、しばし思考停止に陥り……ボヒュッ! と蒸気を立てながら花梨の顔が真っ赤に染まる。
慌てて飛び退ろうと身体を揺らすのだが、戦いの疲労のせいか足腰に力が入らず、馬乗りになったままモジモジと身体を揺らすだけに留まってしまう。
《……ふむ。仲睦まじいものだな》
《ん~、こーゆーのは、よく分かんないね。青春って言うんだっけ?》
《いや、普通に混乱してるだけだと思うけれど》
お互いから眼を離すことも身体を離す事も出来ず、無言で見つめ合うという実に青春なやり取りを交わしていた『新しい同胞』に呆れる者たちのあんまりな感想。
ようやく再起動を果たした二人がはじけ飛ぶように立ち上がる。
さりげなく捲り上がっていた上着の裾とかスカートのシワなど身だしなみをチェックしつつ辺りを見渡すと、彼らを囲う様に光の球体が浮遊しているのに気づく。
数は十二。
しかし、輝きを放っているのはその内の僅か五つ。
水晶のようになめらかな光沢を放つソレは映像装置の役割を持つらしく、人の顔らしきものが映し出されていた。
その内の一つに、見覚えのある人物が映し出されている事に気づいたダークネスは、思わずといった風に叫ぶ。
「
「え!?」
ダークネスの正面に浮かぶ光には、彼に黄金の心得を授けた恩師である《黄金神》 スペリオルドラゴンが。
MS族と呼ばれる独特の姿をした彼は、慈愛に満ちた空気を纏って“後継者”を見つめていた。
他の光の映る者たちも、人間とはかけ離れた者が大半を占めていた。
子どものような純粋さを感じさせる深紫の猫人
太陽が神格化したかのように神々しい光の女神
神聖さを宿した銀色の輝きを放つ巨人
熱き友情を胸に宿した蒼き機械猫
光のヴェール越しにでも感じとれる超越者たちの気配に圧倒されるダークネスと花梨を微笑ましそうに見つめていた光の女神が気を取り直すように両手をパン、と合わせて本題に入る。
《さて、そろそろ本題に入りましょうか》
女神の宣言を受けて、緩んでいた空気が緊張で張りつめたソレへと変わる。
言葉一つに威厳と神性を感じさせ、瞬き程度の身振りにすら、圧倒されるほどの圧倒的存在感。
おそらく、彼女がこの一団の……おそらくは『そう』であろう者たちの長なのだろう。
その予想を裏付ける様に、話は軽い自己紹介から始まった。
《はじめまして、若き龍神と戦乙女よ。妾は《創造神》 ホルアクティ。『創世』と『絆』を司る《極神》十二柱の長を担う者です》
太陽の化身と称された偉大なる女神。
数多なる幻想の獣とそれを統べる《神》を創造した、最高位の創世神である。
《そして、ここにいる彼らは妾と同じ《極神》……神々を統べる者。《希望》、《破壊》、《奇跡》、《友情》……司る物は違えども、共に世界を護る立場にある者たちです》
「……あの、質問いいですか?」
《どうしました? 若き龍神よ》
「そこの紫猫がものすごい好戦的な眼差しを向けてきてるんですが……なにゆえに?」
「オラ、ワクワクすっぞ!」 とでも言いたげな笑顔とウズウズ身体を震わせる紫の猫から視線を逸らしながら問いかける。
何というか、視線を合わした瞬間、すごく面倒な奴に目を付けられそうな予感がするのだ。
何かにつけて模擬戦をかまそうとするどっかのバトルジャンキー共的な意味で。
《ふふっ。彼も貴方同様、年若い《神》ですからね。対等に渡り合える好敵手の存在に飢えているんですよ。若き龍神よ、貴方なら彼の渇きを満たせるやもしれませんね》
「本人無視して話進めないで貰いたいですな」
「いや、アンタが言うな」
もっとも過ぎるツッコミ&拳骨を後頭部に喰らって恨めしげに睨んでくるダークネスを押しのけた花梨が、女神の視線を正面から受け止める。
「ホルアクティ様?」
《なんでしょうか? 気高き戦乙女よ》
「アイツ……アザトースの言葉を信じるなら、私とダークがこの世界に召喚されたってことは“儀式”が終わったと捉えてもよろしいんですか?」
《ええ、もちろんです。貴方たちは、それぞれ相応しい神化を果たしました。彼……《黄金神》の後継者として覚醒した若き龍神、英雄の願いを叶える戦乙女。甲乙つけがたい高みへ至った貴方たちが存在している時点で、“儀式”の役目は終わりました》
アザトースに捻じ曲げられた“儀式”本来の目的は、《神》を造り出す事。
スペリオルダークネスSRという完成体と、高町 花梨という新たな《神》に仕え、英雄の魂を天へと導く
「じゃあ、私とダークが最後の決戦的なコトする必要は……」
《ありませんね。まあ、やりたいなら死なない程度で済ませなさい》
「……じゃあ、もうひとつだけ。私たちが生きてきた世界は……どうなるんですか? “儀式”のために生み出されて、戦場という役目を課せられる存在として在ることを許されていたあの場所は、いったい……?」
《……》
無言の静寂が白き世界を包み込む。
花梨とて、理解している。この世界に召喚された瞬間、人間としての自己を形づくっていた認識が大きく肥大化した。
人というの器の根幹が変容をきたし、人智を超えた高次存在のソレへと作り変えられたのだ。
故に、神々であっても代えられない理に関する知識が内なる“
役目を終えた世界は消滅する。
《神》の加護を受けられない世界は、生命の循環、誕生と再誕を織り成す輪廻システムが正常に機能せず、緩やかな消滅へと向かうのだ。
それは、何があっても代えられない残酷な真実。
《創造神》ら《極神》に懇願しても無意味。何故なら、彼女たちには見守るべき別次元宇宙が存在しているから。
異なる次元の宇宙を見守り、加護を与えることで世界を存続させることは、不可能だ。
だからこそ、最高位の《神》が、次元の数に等しい十二柱必要とされているのだから。
《気高き戦乙女よ。大切な者を護り抜きたいという貴方の想いは尊いものです。ですが、これは“概念”という理すらも超越した真理。例え貴方たちがあの世界に《神》として座し、加護を与えたとしても……それはもう貴方たちの知る世界ではありません。何故ならば、貴方たちがこの狭間に召喚された時点で――役目を終えたかの世界は、崩壊が始まっているのですから》
「っ……!」
「そんな……! 戻して! 今すぐ私を、あの場所に――!」
告げられたのは残酷なまでの現実。
愛する家族が、大切な仲間が消えようとしているのだと告げられた瞬間、ダークネスの双眸が限界まで見開かれ、花梨は涙を流しながら帰還を望む。
……しかし。
《時を静止させることで一時的に崩壊を食い止めることは可能です。ですが、所詮はその場しのぎ。《神》の加護を受けられない世界の未来は消滅以外ありません》
「でも……っ、そうだ! ダーク、《神》になったアンタがあの世界に加護を与えれば――」
《無駄だ。彼には我の後任として第十二次元宇宙……《純白の神》サンボーンに託した“スダ・ドアカワールド”とは異なる、次元宇宙の一つの守護神となって貰うことが決定している。だが、次元宇宙の外側……どこの世界にも属さない次元の狭間に存在する君たちの世界は管轄外だ》
“儀式”の舞台として生み出された“あの世界”は、次元宇宙の狭間……どこでもない虚数空間に創造された。
公平を期すため、次元宇宙に属しない場所に用意された故の弊害。
“儀式”という強力な概念魔法によって崩壊を阻止されていただけで、術式が解除されれば即座に消滅してしまう砂上の楼閣。
それが、あの世界の正体だ。
役目を終え、世界を構築する理が綻び始めた現状、例え花梨の言うように加護を与えたとしても、その瞬間に《神》の心象心理が世界の在り様を改変させてしまう――《神》となったものの望むカタチに。
それはもう、元の世界とは呼べないだろう。
つまり、今ある世界をそのまま維持し続けることは、何者であっても不可能なのだ。
思いつく限りの手段を無意味と断じられ、口惜しげに俯いた花梨の肩を優しく叩くダークネス。
彼女の目尻に浮かんだ涙を指で拭ってやりながら、胸に引っ掛かっていた疑問を問い質す。
「――《創造神》、さっき先代の後継者に俺が選ばれたと言ったが、それはつまり、現存する次元世界のひとつを
《その通りです。とは言え、現在の宇宙は《
差しだされた《創造神》の掌から光の球が浮かび上がり、ダークネスの元へ飛んできた。
小さくも凄まじいエネルギーの結晶体であることを悟り、それを構築する複雑怪奇な術式の構成に驚愕を顕わにする。
《それは、世界を改変する果実。《
「やはり存在したのか……創世の魔法が!」
「え、ちょ、ダーク? 何が何だかわかんないんだけどっ」
「ああ、要するに、だ」
手の中に納まった創世魔法を見せつける様に掲げながら、彼らしい不敵な笑みを浮かべた。
「
「創世の魔法……っ! そうか、そういうことなの!? これを使えば――」
「ああ……。俺たちの世界を、第十二次元宇宙とやらの一つとして再構築できるかもしれない」
かの世界に愛着を持ち合わせていないと思っていたダークネスが喜色を顕わにした様に驚いた様子の《破壊神》や《機械猫》には目もくれず、《黄金神》と《創造神》を真っ直ぐ睨みつける。
導き出した希望が、
口を噤み、静かに返答を待つ。
繋いだ掌を通じて感じる相方の不安を打ち消すように、強く、強く握る力を強める。
頬を伝う汗が雫となって台座に落ちていく……と、優しげな微笑みを浮かべながら《創造神》が頷いた。
――コクリ。
「ぁ――」
「っし!」
《試すような真似をして申し訳ないと思います。ですが、最後に確かめたかったのです。貴方たちが生まれ育ったもうひとつの故郷を大切に思える心根の持ち主であるかを》
かつて、『神造遊戯』で生み出されたアザトースは故郷を想うと言う当たり前の感情すら忘却し、虚栄心を満たすためだけに悪意を振り撒く邪神と化した。
同じ誤りを繰り返さないためにも、《創造神》は確かめなければならなかったのだ。
愛する家族、親愛なる友人、宝石のように輝く思い出……かけがいの無い宝を愛する想いを持ち続けられる者かということを。
世界を守護する《神》と成る者に必要不可欠な慈しみの心を持たぬ者に、世界に加護を与えることなど出来るはずも無いのだから。
――大丈夫。彼らならきっと素晴らしい同胞となってくれるでしょうね。
花梨は溢れる嗚咽を堪える様に口元を両手で覆い、ダークネスは満願の想いを乗せて拳を固く握りしめた。
両者共、故郷を愛する心を持っているのは間違いないと確信し、《創造神》の口元にも微笑みが浮かぶ。
《それほどまでに仲間を想う慈愛なる心はとても尊いもの……。だからこそ、
意識が遠のく。
見えない何かに腕を引かれるように、自分たちの世界へと舞い戻っていくのがわかる。
《忘れないでください。どのように世界を新生させるのか……如何なる
《創造神》の優しい言葉を心に刻み、勝者となった二人は世界への帰還を果たす――。
繋いだ手で、希望の果実を握りしめながら。
――◇◆◇――
未来への希望を手にして帰還を果たし、仲間たちと再会を果たしたあの時。
死闘を終えた安堵から精神的油断があった花梨は、周囲に六課以外の管理局員や一般市民、TVリポーターたちがいることに気づいていなかった。
ダークネスの方も家族に抱き着かれて身動きが取れなくなっており、ついでに言えば犯罪者にカテゴライズされる彼らに駆け寄ろうとする勇者は皆無。
そのため、周囲の視線と意識は、花梨一人に集められていた。
そんなある意味異様な空気の中、誰からだったか、何気なくこれからの事について問われた花梨は、つい口走ってしまったのだ。
――人々が認識できない異空間で《極神》と呼ばれる超越者たちと邂逅を果たしたこと。
――“儀式”の終焉を迎え、これ以上、理不尽な戦いを続ける必要が無くなったこと。
――消滅するしかなかった未来を変える希望を手に入れたこと。
そして……、
――世界新生の儀式によって、術者であるダークネスと花梨が望むカタチで世界を改変することが出来ると言うことを。
歴史の改変、死者の蘇生、人々の存在という根幹部分を書き換えることが――例えば、魔導資質を持たずに生まれてきた人間を、新生世界ではリンカーコアのある魔導師として転生させることも――可能。
それはまさに、ありとあらゆる欲望を叶える事が可能となる聖杯の如き魅力と驚愕が人々に知れ渡ってしまい……結果、我先にと願望器たる二人に詰め寄ろうとする群衆が誕生してしまった。
ダークネスはめんどくさそうに暴力で薙ぎ払ったが、いろんな意味でしがらみがある花梨は彼らを無下にすることも、かといって願いを総て受け入れることも出来ず……事態は混迷を極めた。
最終的に、世界改変の期日ギリギリまで直接的介入を禁じることで有耶無耶にしては見たものの、こうやって映像というわかりやすい方法で自分の主張を受け入れさせようと何かと手を打ってくる者が増えてしまった。
この番組だって、連日放送を繰り返すことで花梨やダークネスの目に少しでも出演者が留まるよう狙っているのかもしれないとはやてがぼやいていた。
彼女たち機動六課も、本来は古代遺産関係の事件対応を継続していた筈なのに、花梨たちの関係者だからと懇願書や会見依頼の連絡ばかり寄せられてしまう窓口のような形になりつつあるらしい。
慣れない電話対応に脳筋の気質がある前線部隊や隊長陣がてんやわんやの大騒ぎなのだそうだ。
「ま、そのお蔭で私に直接アポ取ろうとする輩がいなくなったのは助かってるけどね~。妹を防波堤にするのは、ちょっぴり気が引けるけど……」
それもあと少しの辛抱だろう。
期限は刻々と迫ってきている。
自分も答えを出さなくてはならない日が近い。
「ダーク……アンタはこの世界――どうしたいの?」
「ん? なる様になれじゃダメか?」
「ダメに決まってんでしょが」
リビングのソファーで愛娘とカードゲームに勤しんでいた龍神さんによる、ものすごい投げっぱなし発言に、花梨は襲いきた頭痛にこめかみを押さえる。
「罠仕掛けるよ~」
「了解、追い込みます。まずは片翼の部位破壊からということで」
「おっけぇ~」
ハムスターのようにせんべいをポリポリ齧りながらモンハンをピコピコやっているアリシュコンビといい、
「俺のターン、ドロー。……ふ、来たぞ、我が切り札。喰らえ、俺は俺……じゃない、“黄金龍神 だーくさん”を“黄金龍神2 だーくさんEX”に進化させ――」
「この瞬間、トラップ発動! 【おなかぽっこり、にゃのはさん】! “だーくさん”と名のつくキャラは、責任をとるためにヴィヴィオへコントロールが移ります♪」
「なん、だと……?」
とか、いろんな意味で生々しいネタ罠を喰らって、ガチで娘にへこまされているダークネスといい、そもそもコイツらなんで我が家でくつろいでんだと説教したい。
小一時間程度。
「てか、いつもいつも、どうやって入り込んでくるのよ。鍵締めてたわよ、私」
「ちょっと瞬間移動してみた。龍球リスペクト……と言えば良かったか?」
「無詠唱の空間転移を創ってみたんだよ~」
「吸血鬼的、霧変身を試したら何故かできたので。便利ですね概念魔法」
「気合いなのです!」
「こらこらこらこら。てか、最後の幼女! 気合いって何よ、気合いって!?」
「え? ん~……こう、『ちぇりおー!』 って空間殴ったら虚数空間への孔が開いちゃいまして。その中を泳いできましたっ!」
「……物理法則って言葉、知ってる?」
「常識は概念ごと書き換えるものだってダークパパが言ってましたっ」
「ダァクぅぅうううっ!」
「ちょ、フライパン振り回すな。てか、熱ッ!? 油! 油飛び散ってるから! なんで洗物終わったのに、こんなん残っている!? お前、さりげなく概念魔法使って創っただろ!?」
「非常識には非常識で対抗すればいいと悟ったのよ! てか、真面目に悩んでる空気を壊すなぁあああっ!?」
「「「「だが断る!」」」」
「ハモってんじゃないわよ、常識知らずのバカドラゴン一家ぁ!」
最近、自分も非常識の仲間入りを果たしている事に花梨だけは気づいていない。
ついでに、ご近所の奥様方の間に、「高町さん家の若奥様、妻嫁娘持ちの龍神さんをNTR?」 的噂話が広まっていることにも、当人は気づいていないのだった。
喫茶 翠屋ミッドチルダ支店。
新世の龍神や神に仕える守護天使候補が入り浸る喫茶店は、次元世界中の注目を詰める名店として名が広まっているそうな。
――◇◆◇――
新暦76年4月28日
あたたかな春の息吹が、復興を果たしたミッドチルダを吹き抜けていく。
この日、レリックを巡るスカリエッティ一派の起こした事件を発端とする騒乱を解決に導いた立役者、機動六課が一年間の試験運用期間を円満して解散する。
修復された六課隊舎の集合所では、前線・後衛メンバー全員が揃い、花梨や宗助と言った外部協力者も参加する解散会が行われていた。
「本日をもって、任務を終えた機動六課は解散となります。皆、ホンマにありがとう! スカさんのアホがヒャッハー! したのを発端にする
はやて一世一代の演説を遮る携帯端末の着信音が鳴り響いた。
訝しみ、眉根を寄せながらも無視するわけにもいかず、受信ボタンを押す。
「もしもし? 非通知設定でかけられた空気読めてないさんは、どこのどちらさんですか?」
『やあ、元気そうだね、八神 はやて君。管理局の留置所で拘束中な、スカリエッティさん
予想外すぎる人物からの直通に、はやての顔が大層愉快なコトになってしまった。
やたらとフレンドリーな犯罪者さんは、聞き手であるはずのはやてが硬直したことなど知った事じゃないと言う風に、スピーカー機能がONになった端末越しに、語り掛けてくる。
『久しぶりだね、機動六課諸君。ああ、どうして拘束されている筈の私が外部に連絡できるのか? と疑問に思うかもしれないが、それは私が無限の欲望だからと答えておこうか。所謂一つの、“スカリエッティの技術は次元世界一ィィイイイイイイイ!” という奴だね』
どんな表情をしているかわからないが、きっとものすごくイイ笑顔を浮かべている事だろう。
もしくは、腹が立つ程のドヤ顔であろうか。
輝く笑顔でサムズアップを決めるスカリエッティを脳裏にイメージしてしまった一同が、幻想を振り払うように激しく頭部をシェイクする。
「――は!? ジェ、ジェイル・スカリエッティ!? なんでアンタが私の連絡先をっ」
『ククク……甘い! スゥイートだよ、八神 はやて君! その程度の推理も出来ないようでは、昇進など夢のまた夢だね。そんな様だから、『機動六課は綺麗どころの集まりだけど、実際は脳筋の集まり。執務官あたりの成績がいいのは、調査力に優れている訳でなく、肉体言語でオハナシする時、たわわに揺れるデカメロンの誘惑に屈伏して投降する連中が多いからだ』などとゴシップ雑誌で突っ込まれてしまうのだよ。ああ、ちなみに君の連絡先も、雑誌にデカデカと掲載されていたよ? 囚人の精神を病まさないよう娯楽を提供してくれる看守の気配りは素晴らしいね』
――フェイト? 貴方まさか、そんなはしたない真似をしでかしたなんて言うつもりじゃありませんよね?
――り、リニス? 目が怖いよ? ハイライト的な光が消えちゃってるよ?
――ねえ、どうなんですか? ちょっと宿舎の裏で説明してもらいましょうか?
――目がっ!? 目が据わってるよ、リニスッ!? 虹彩が無くなってて、すごく怖いっ!?
未だ現界し続けているリニスの追及を受けて“あうあう”しているフェイトから視線を外したはやては、こめかみを揉みほぐしつつ、視線を端末に落とす。
とりあえず、いますぐ出版社に殴り込みかけそうな部下をバインドで押さえることから始めるべきか。
「……プライバシーっちゅう言葉を理解しとらん出版社への抗議はきっちりするとして――」
『ちなみに、袋とじのおまけは管理局美人魔導師のバリアジャケット展開シーン映像
「落ち着くんだ、はやてっ! 端末に罪は無いから! てか、100tハンマーとか、どっから取り出したんだよ!?」
「駄目ですよ、なのはさんっ!? 集束砲は! 室内で集束砲はシャレにならないですから!?」
「フェイトさ――うわぁああっ!? フェイトさんの顔が黄土色に!?」
「テスタロッサ式精神安定魔法です」
「それ唯のチョークスリーパーですよね!? 泡吹いてビクンビクン痙攣してるんですけど!?」
「大丈夫、問題ありません。この子の母親も時々暴走してしまいますが、こうやって『きゅっ』とオトせば大人しくなりますから。だからこの子も平気ですよ?」
「疑問符つけないでくださいっ!? 本当に大丈夫なんですかぁ!?」
「もちろん大じょ――おや? ひょっとして呼吸止まっちゃいましたか? ……てい、
「あぶはあっ!?」
秘義“リニスチョークスリーパー”で締め落されたり、掌底込みの電気ショック受けたりと忙しいフェイトさん。
愛される弄られ系ヒロイン街道を突っ走っている友人の姿に気が削がれたのか、はやてとなのはの動きが止まる。
人間、自分よりも不幸な他人を目の当りにしたら、冷静になれるものなのだ。
乱れた制服の裾を正したはやては、誤魔化すように咳払いしてから床に叩きつけていた端末を拾い上げる。
『ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ――おや? ようやく落ち着いたのかね?』
「やかましいわ。……で?」
『ふむ? で、とは?』
「誤魔化すなや。このタイミングで連絡してきた目的を言えっちゅうとるんや。まさか嫌がらせのためだけにこんな真似しでかしたとは言わんよな?」
『もちろんだよ。最終戦争から昨日まで、世界は存在し続けられた……だが、平穏な日々も今日で終幕を迎えるのだろう? だったら、この世界に生きる一人の人間として、世界の行く末を知っておきたいと思ってね。――高町 花梨君。君と『彼』がどのような『決断』をくだすのか……叶う事ならこの目で確かめさせてくれまいか』
端末に写り込んだ拘束服を纏ったスカリエッティの表情は真剣そのもの。
決戦の際、総ての人々が“儀式”と“参加者”のことを知ってしまったことで、改竄されていた筈の消滅した“参加者”の記憶が蘇った。
ルビーの事を覚えているスカリエッティは、科学者として、彼女の兄として、“儀式”が行きつく先を見届けたいと願い、このような手段に興じたのだ。
スカリエッティの視線をなぞる様に、はやての、なのはの、フェイトの、六課メンバーやモニター越しに参加していたクロノやリンディたちの視線までもが壁に背を預けているウェイトレス姿の女性……高町 花梨に向けられた。
「まあ、私がやらなきゃいけないことではあるんだけどねソレ」
呆れを多分に含んだ口調の花梨は、なにも無い筈の真横の空間に視線を向けながら一言。
「けど、アンタの協力も必要なワケで。この娘たちをからかうのも大概にしときなさいよ、
「ふむ。結局、全員が気づけないというのはどうなんだ? 現役の魔導師的な意味で」
「未熟者ってたたっ斬る訳にもいかないでしょーが。《神》の魔力とか戦闘力は、一般人に感じとれないんじゃなかった?」
六課メンバーが愕然と眼を剥く中、花梨が視線を向けていた先の空間が揺らめき、たゆたい、幻影のように大気が揺らめいてソレが出現した。
大人数用の特性ビーチチェアとパラソル。
足の長いおしゃれな円形テーブルには南国産の鮮やかな花が活けられた花瓶が置かれ、携帯端末からは耳を擽るさざ波の音が流れている。
ビーチチェアに寝そべるのは南国風の衣装に身を包んだ、ご存じ、”さいきょ~ドラゴン一家”。
チェアの真ん中に寝転がっているのは、アロハシャツにサーフパンツという季節感を先取りし過ぎた格好のダークネス。
愛用の眼帯を着け、額にサングラスを引っかけているという珍妙なファッションの癖に、思わず平伏したくなるような存在感を醸し出している。
まさに、《神》サマオーラの無駄遣いである。
彼の両脇で寄り添うように寝転がっているのは、アリシアとシュテル。
ノースリーブのシャツとホットパンツという健康的なアリシアに、チュニックとスリットの入ったカットスカートというコーディネイトのシュテル。
ダークネスへしな垂れる様に抱き着いているものだから、無防備な魔女の脇下とか、スリットから覗く天女の脚線美などが顕わになってしまっている。
おまけに、ダークネスの腹部にはうつ伏せになったヴィヴィオが乗っかり、無邪気に足をパタパタさせていた。
フリルとリボンがあしらわれたサマーワンピースという格好なので、脚の動きに煽られてスカートかふわりと舞い上がる。
可愛らしさと美しさのコントラストは、芸術にも匹敵する魅力を立ち昇らせていた。
さりげない風を装っているものの、男衆の視線が釘付けだ。
例外は、アギトに頭を噛みつかれながらそっぽを向いたザフィーラくらいだろうか。
その他男連中へ向ける女性陣の視線が凄く冷たくなっている。
「…………ダーク? いい加減、真面目にやるつもりないの?」
と、いい感じに混沌と化した空気を祓うように、平然といちゃつくダークネスへ花梨の雷が落ちた。
「む。そんなつもりは無かったんだが……」
「頭大丈夫?」
即答で頭の心配をする花梨。強大な敵に協力して立ち向かったことで、遠慮が無くなったようだ。
「失敬な。これは、部隊の解散当日という油断があるにせよ、立場的に敵対関係にある者が堂々と侵入しているのに気づかないマヌケに警告の意味も兼ねたドッキリを仕組んでやろうという遊び心だ。そもそも、これだけ雁首揃えておきながら、気づいたのが花梨だけというのはどうなんだ? 後は、契約のラインを逆探知して違和感を感じていた様子の
言外に「気づかなかったお前らが未熟だったんだ」という指摘を受けて、バツが悪そうに顔を伏せる一同。
やってる事はアレだが、言ってる事はあながち間違っていないので強く言えない様子。
ダークネスは、はやてたちをからかって満足したらしく、肩の凝りを解すようにストレッチしながら腰を上げた。
先程までの緩い空気とはうって変わり、重力の牢獄に叩き落されたかのような圧倒的威圧感を放ちつつ、左の掌に右の拳を叩きつける。
「さて、からかうのも満足した。それじゃあ、そろそろ……
「……そうね。場所は外の訓練場でいいかしら?」
「ああ。ルールは初撃決着の決闘方式で良かったな?」
「ええ。それじゃ、白黒きっちりつけましょうか」
これこそ、ダークネスがこの場に現れた理由。
『創世魔法』の発動によって、“儀式”は真の意味で終わりを迎える。
ならば、そうなる前に、決着をつけようと約束を交わしていたのだ。
以前のように、生命を奪い合う殺し合いではない。
互いの力量と想いの強さに優劣を決める、純粋な競い合いを。
完全に置いてきぼりな周囲に見向きもせず、外へ向かっていった二人の後を慌てて追いかけるはやてたち。
事情を知っているらしいアリシアたちに説明を求める声が上がるものの、当人たちは微笑みながら「行けばわかる」の一点ばり。
話すつもりが皆無なのを悟り、状況に流されているのを自覚しながらも、駆け足で二人の後を追う。
普段は森や市街地という実践的な戦闘空間が展開されている筈の訓練場は、日本の春を連想させる桜の咲き誇る景観なる風景へと変貌を遂げていた。
本来ならば、選別として隊長陣VSフォワード陣の模擬戦を行う予定だったこの場所は、現在、世界の命運を決める最終決戦の武闘場と化していた。
数メートルの距離を開けて相対する『勝者』の『二人』。
“儀式”を勝ち残り、【ルール】を改変していた元凶を討滅したことで《神》に属する者として真なる覚醒を果たした者たち。
世界を新生させる手段は手に入れた。もう、世界消滅の心配はない……。
だが、幾度となくぶつけ合ってきた想いと信念を未決着のまま流すつもりも毛頭ない。
どちらが正しいかとか、人々の願いを叶えるにはどんな選択をすべきかとか、細かい理由はこの際置いておく。
ただ――決着を望む。
故に、花梨はダークネスと相談して、世界新生を行う日時を今日に定めた。
そう……総てに決着をつける刻は、機動六課が解散し、成長した雛鳥たちが新たな未来に向かって巣立っていく今日こそが相応しいと考えたから。
「準備は万端、と……いつでもいいぞ」
《新世黄金神》に神化し、『
「私も準備OKよ」
気負いを感じさせない余裕ある態度で応える花梨。
その身には最終決戦で纏った《フォートレス・ゼロ》を装備し、改良によって自立機動兵装を単独で運用できるようになった武装を展開している。
武装のスキャンを終えた【ルミナスハート】にねぎらいの言葉を送りながら、拳を作った右の指の間に挟む様に顕現させた蒼炎の剣と、左に構えた魔槍の特性を得て変容した【デバイス】を交叉させるように構え、前傾に身体を倒す。
そして――、
お互い視線を外さない両者の間でぶつかり合う闘気が風を呼び、空間を軋ませるような威圧感が広がっていく。
ホログラムを生成している器具が怯える様に軋みをあげ、絢爛な風景にノイズが奔る。
臨界まで高まった戦意に圧倒された周囲が息を呑んだことすら意識の外へ追いやり、獰猛な笑みを浮かべたダークネスが言い放つ。
「往くぞ、花梨! お前を倒して、完全勝利の華を添えさせてもらおうか!」
「それは無理な相談ね! 私に一生、頭が上がらなくなるくらいボコにしてやるから、覚悟しなさい!」
幻想的な桜の舞う舞台で、楽しそうに笑う龍神と戦乙女による最終決戦の火ぶたが切り落とされた。
という訳で、ラストバトルは『ダークネスvs花梨』となりました。
ルールはSAOの決闘ルールと同じ、有効打を一発入れた方の勝ちという試合形式。
ただし、世界をぶっ壊すような大技は封印してという安全使用。
次回は決着とそれぞれのエピローグで〆……かな?
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新生する未来
二年以上に渡るおつきあい、ありがとうございましたっ。
……日常編の更新はまだありますよ? 具体的にはあとがきの予告的な感じで。
スペリオルダークネスと高町 花梨。
互いに“儀式”を戦い抜き、異なる可能性を掴み取ってヒトならざる者へと神化した者共の放つ覇気に支配され、決戦の場に選ばれた訓練場が静寂で満たされる。
誰もが口を噤み、固唾を呑んで見守る中、放出される魔力が輝く燐光となって広場に満ちていく。
人間の領分を超えた高みに至った龍神と戦乙女が決戦の場で選択した初手は、『相手への接近』だった。
「――『
先手をとるのはダークネス。
左足を半歩前にやり、前のめりに倒した体重を足の指先に乗せる。その刹那、黄金の龍神の姿が世界から掻き消える。
否、消失したのではない。目視はおろか認識すら出来ぬ超光速の踏み込みによって、駆け出したにすぎない。
距離という概念すら置き去りにする超速機動は《新世黄金神》の十八番。
初動が後の後になろうとも、相手の反応を封殺し、先をとれる理不尽なまでの速さ。
それこそが、ダークネスが最強と呼ばれる所以のひとつなのだから。
しかし、彼の速さを熟知している花梨が何ら対策を興じていない筈がない。
「御神流 歩法の奥義――神速」
父より学んだ御神流奥義の歩法。
魔導師として当たり前の技術になった
これにより、瞳で認識できたすべての事象がスローモーションに捉えることができ、自身の行動を通常時とは隔絶した速さで処理することを可能とする。
要するに『火事場の馬鹿力』を、自分の意志で強引に引き出すようなもの。
ただの人間が使用した場合、肉体面で大きな負担がかかってしまう諸刃の剣であるが、人間でない存在として確立してしまった花梨には、何ら問題にならない。
限界を超えて強化された花梨の視界に、空間を歪曲させるほどの速さで迫りくるダークネスの姿がハッキリと捕えられた。
必殺の魔剣を撃ち放つべく構えようとする彼の機先を制するように、左腰のバインダーに納められた【バラム・レヴァンティン】を引き抜き、鞘走りによる加速を得た斬撃を撃ち放つ。
『御神流 虎切』
間合いの一歩外で振り抜かれた斬撃は空間を跳躍したかのような不可解な現象を起こし、【クライシスエンド】発動前のダークネスへ襲いかかった。
「ちい!?」
舌打ちと共に技をキャンセルし、地面が爆発するかのような踏み込みで真横へ跳躍。
その刹那、紅蓮の炎を纏わせた片刃の大剣がダークネスのいた空間を断ち斬り、弧月の斬閃を刻み付ける。
「おいおい……護身術程度で済ましてたんじゃなかったか?」
地面を足の裏で削り落としながら体勢を建て直し、離脱に成功したダークネスが軽口を飛ばす。
それに対し、身の丈に迫る剣を鞘であるバインダーに納めていた花梨が不敵に笑う。
「甘いわよ、ダーク。世の中には『こんなこともあろうかと』っていう便利な単語が存在しているの知らない?」
「そうかい。だったら俺も、『こんなこともあろうかと』習得しておいた技を見せてやろう」
五指を開いた左掌を花梨に向け、意識を集中させる。
すると、掌に集束されていく魔力が真紅の輝きを放ち、眩いスパークを迸らせながら花梨に向けて撃ち放たれた。
「【ドラゴンショット・ディストレイク】」
速射砲の如き集束魔導砲の連弾が、抜刀の体勢で硬直した花梨に殺到。
掌から扇状に拡散するよう放たれる魔力砲の嵐に、神速を解除した花梨は自立機動兵装を頂点にする立体防御障壁を形成することで対抗する。
「ちょ、意外と重いっ!?」
「ま、物量で押し込む力技だからな。ちなみに、こんなのもあるぞ?」
手甲の護拳部分に存在した龍爪のような刃が分離し、四つの刃からなる手裏剣のような形状に変化した。
まるで自らの意志を持つかのように自立浮遊した左右合わせて四基の手裏剣が勢いよく飛び出し、旋回するように弧を描きながら花梨の背後へまわり込んでいく。
高速回転で円刃と化した龍爪は不規則な機動を描きながら身動きの取れない花梨へ……正確には、障壁を形成している自立機動兵装へと襲い掛かった。
兵装自体も防御機能を有しているとはいえ、切断力に特化した刃に抗うことは叶わず、十二機の内、最初の奇襲を受けた四基が一撃で破壊され、ブーメランのように舞い戻ってきた返す刃でさらに四基が撃ち落とされてしまう。
これにより障壁が強制解除され、放たれ続けていた集束魔導砲が花梨に着弾する。
標的から外れた魔力砲が地面を吹き飛ばし、木々を焼き焦がしていく。
巻き上がる魔力煙に周囲が覆われ、真紅の魔力光に呑み込まれた花梨の姿が掻き消える。
「手ごたえあり、だ」
ダークネスは勝利を確信し、拳を握る。
好敵手と定め、十年に渡って争い、競い合ってきた花梨から確かな勝利をもぎ取れたことが思った以上の喜びとなって胸の内を駆け巡っている。
意気揚々と昂揚した心の赴くままに勝利宣言を上げるため、口を開こうとした――瞬間、
「――次にアンタは『終わったな……花梨』って言うわ」
「終わったな……花梨――ハッ!?」
ジョセフられた事に驚くダークネスの目の前で、魔力煙を振り払いながら無傷の花梨が姿を現した。
土埃すら付着していない様は、魔力砲の嵐を無傷でいなしたことをハッキリと表している。
「お前……どうやってアレを凌いだ?」
「ふふふ……。“消滅”の魔力を薄い膜状にして纏っていただけよ」
「おいおい。無茶するな、お前も」
「誰かさんのお蔭かしらね?」
制御を誤れば自身の肉体を消し飛ばしてしまいかねない危険な手段を講じていた花梨に、思わずと言った風にダークネスからツッコミが入る。
だが、自分の魔力制御に自信があるのか、どこ吹く風と言った様子の花梨は悪びれる様子が欠片も見受けられない。
表情に呆れを滲ませるダークネスだったが、すぐに肉食獣の如きギラつく眼光を放つ狂笑へと変わる。
ゾクゾクと背筋を駆け昇る戦慄と興奮。
胸中に渦巻くのは、己と同じ領域にまで達した好敵手の成長に対する歓喜の激情。
いまや受け止めてくれるモノが希少となった、己の総てをぶつけても構わない敵の存在を再確認したことで、闘争本能に火が灯ったのだ。
武者震いに震える四肢の先まで魔力を流し込み、大地を、大気を引き裂くほどの踏み込みで再び強襲を行う。
左右に残像すら残さぬ不規則軌道のステップを組み合わせることでかく乱し、幾度目かのフェイントを経て花梨の視線を振り切ることに成功する。
その瞬間、狙いすましたかのように短距離空間転移を発動させることで花梨の後方へまわり込み、振り返ろうとする彼女の横腹目掛けて手刀を叩き込む。
戦慄と驚愕で双眸を限界まで見開く花梨の反応に、高速戦闘を得意とする一部観客が、こんどこそ勝負ありだと叫ぶ。
だが、黒き炎を纏わせた魔剣は戦乙女の清浄なる肉体を傷つける凶器になるには役不足だった。
何故なら、彼女の守護者たる三機の『多目的盾』が重ねあう様に魔剣と戦乙女の間に割り込み、その身を挺して主を護り抜いてみせたのだから。
小型が魔炎を、中型が付与されていた身体強化魔法を、大型が攻撃の衝撃そのものを受け止め、無力化する。
三機連結による鋼鉄の防壁が、人間の英知が生み出した産物が、超越者たる龍神の一撃を完全に防いた瞬間だった。
歓声を上げる技術者の声援を受け、ようやく振り返った花梨が、片腕を押さえられたダークネスを見据えながら術式を発動させる。
繰り出すのは妹より後輩へ、そして己へと受け継がれた必殺の砲撃魔法。
【デバイス】を腰裏にマウントさせて無手となり、円を描く様に回した両手の中に生成される魔力球。
極限まで収縮させた魔力粒子が質量を持つ程に密度を増し、荒れ狂う暴風雨の如き魔力が激しいスパークを巻き起こす。
「ちょ、おま……」
魔力
慌てて離脱を図ろうとするが、右腕で串刺しにしてしまった『多目的盾』は未だ機能が生きているらしく、ブースターを吹かして彼の離脱を阻んできた。
しかも、無事だった自立機動兵装までもが追撃とばかりに彼の周りを旋回しつつ紐状の拘束魔法【ストラグルバインド】を発動し、四肢を縛り上げてきた。
瞬間的にだがその場に張り付けられたものの、ダークネスから放出される過剰魔力波動によって術式は瞬く間に崩壊し、効力を失っていく。
しかし、ダークネスはごくごく当たり前のように己の敗北を悟る。
雁字搦めのように張り巡らせた拘束魔法から抜け出すのに、一秒とかからないだろう。
右腕で貫いた鉄屑モドキを粉砕しつつ腕を引き抜くのも同様だ。
しかし――この戦いは『試合』なのだ。『殺し合い』じゃあない。
つまりは……そういうこと。
星を砕き、世界を薙ぎ払う超火力の体現たる『神代魔法』が使用禁止なルールでは、全力を出せても本気を出すことはできない。
世界新生の儀式を前に、星を砕くような大魔法の使用はご法度なのだ。
下手に『神代魔法』など放とうものなら、世界崩壊のカウントダウン開始のお知らせがテロップ付きで舞い降りてくる事だろう。
まさか、ここまで見越して決着の時を今日まで引き延ばしていたのだろうか?
全力を出したくても出せない状況で、“花梨にはダークネスを諌めるだけの力がある』ことを証明するために。
「……ずっこいぞ、花梨」
「あら、戦略も実力の内って言うじゃない。大体、私のと違って手加減が出来ない『神代魔法』しか使えないくせに、試合形式でも私に勝てると油断していたアンタの自業自得でしょ」
環状魔法陣を纏わせた左腕を振り被り、まるで少女のように破顔した花梨に苦笑を返す事しかできない。
彼女はすでに、自分が勝利するという確信を得ていた。
今回の決闘における勝利条件は“相手に一撃入れること”。
障壁やバリアジャケットで無力化できる攻撃は無効扱いだが、有効打を一発だけ入れればよい。
つまり、四肢を縛られ、常時展開している障壁以外の防御手段を持っていない“顔面”へのゼロ距離砲撃+拳による打撃を防ぐ手立ては存在しないのだ。
まったくもってその通りなご指摘を受け、最強の龍神は“今日の”敗北を受け入れるように目蓋を閉じた。
「まったく……ホント、大した奴だよお前は」
「ありがと♪ んじゃ、今日のところはこれで終わりってことにしときましょ。……【ディバイン――バスタァアアアアアア】ッ!!」
密着状態からの砲撃魔法で障壁を剥ぎ取られ、剥き出しにされた頬に花梨の拳が突き刺さる。
踏み込み、重心移動、筋肉のひねりによって生まれる運動エネルギーを魔力で強化しつつ拳という一点に集束させたフック気味の左拳が、反対側へ衝撃が突き抜けるほどの威力を以て新世の《神》と成った龍神を盛大に吹き飛ばした。
――この瞬間、『神造遊戯』真の勝利者が決定し、黄金の龍神の抑止力として《星詠みの戦乙女》の名が世に示された。
……と、同時に、愛人一号(暫定)を隊長とする〈龍神サマを尻に敷き隊〉が結成されるきっかけとなることを、この時はまだ誰一人として知る由も無いのであった。
「やりぃ、私の勝ち~♪」
「ぬぅ……」
「あははっ。もう、ダークちゃんってば、そんなに膨れないの」
不満げに唸るダークネスの頭部を背後から抱きしめたのはアリシア。
地面に胡坐をかいて座り込み、してやられた結果を受けとめる様に苦々しい表情を見せる彼に誰よりも速く駆け寄った彼女は、幼子をあやすように胸の谷間に収まった愛し人を優しく撫でる。
最後の最後で敗北者になってしまったダークネスはされるがままに身を委ね、おとなしく撫でられ続ける。
誰よりも強く、深い絆で結ばれた二人の間に言葉は要らない。
当たり前のように寄り添い、触れ合うだけでお互いの想いを共有できるから。
絶対的な信頼関係を感じさせるやり取りに、少しだけ羨まし気に苦笑を作ったシュテル。
だが、すぐに(身内限定で)いつも通りの柔らかい微笑を浮かべながら、ヴィヴィオの手を引いて駆け寄っていく。
「負けちゃいましたね。まさか、ダーク様が一手とられるとは予想外でした。いえ、この場合は彼女の成長と戦略を称賛すべきですね」
「ん~……だな。まあ、“次は”負けないさ」
「そうなのです! うっかり敗けちゃったら、次にフルボッコしてやればいいのです! 敗北を洗い流してやるのですっ。最強なダークパパに同じ小細工は通用しないんですからっ」
「そう、だな。――よし、ネガティブはここまでだ」
愛娘から絶対的信頼を向けられたのだ。
いつまでも敗北を引きずっていては父親の名が廃る。
ヴィヴィオの両脇に手を差し入れて軽々と持ち上げ、「うにゃにゃ~♪」 と笑う愛娘に誓いを立てる。
「ヴィヴィオ、次は勝利したかっこいい
「うんっ! なのです♪」
「あははっ。ホントに負けず嫌いなんだからっ、私たちの旦那様は♪」
「あらあら♪」
《神》であろうと、普通の人間でなかろうと関係ない。
当たり前のように自然で、温かな家族の姿がそこに在った。
こうあるべきことが当然なのだと、これから先も変わらない不変の理のようなものだと世界そのものへ見せつけるかのように堂々と。
一方で、腰に両手を当てて得意気に鼻を鳴らした花梨に最強と渡り合った事を称賛する声が掛けられる。
湧き上がる歓声と共に駆け寄ってきた仲間たちとひとりひとり手を繋いで喜びを共有しながら、改めて自分がこの世界で生きる人々が大好きなんだと再確認する。
――うん、決めた。新しい世界は……やっぱり皆が笑い合える場所になって欲しい。
ようやく導き出せた答えを胸に抱き、覚悟を決めた眼差しを以て空を見上げる。
青々と広がる蒼天、浮雲の浮かぶ広大な天蓋に思い出となって記憶に残る同胞たちの顔を幻視して。
やがて、人の輪からゆっくりと離れた花梨が、家族との会話を楽しんでいたダークネスの元へ近づいていく。
彼もまた、家族を下がらせつつ、これからの未来について『決断』した表情で花梨を迎える。
「花梨」
「うん」
問答はもはや必要ない。お互いに何をすべきか、おのずとわかっているから。
残り数歩という距離まで近づいた彼らの足元が光った瞬間、幾何学的な呪文と符号によって構築された魔法陣が描かれた。
『創世魔法』発動の前兆だと理解したスペリオルダークネスと花梨は、魔法陣の中心に歩を進め、手を繋ぎながら意識を集中させる。
「……それじゃあ、そろそろ始めましょうか」
「ああ――新たな世界を創世し、希望に満ちる神話を新生させるために」
繋がった手に込められる力が強くなる。
重なり合った想いに呼応して、魔法陣より溢れ出した光が大地に、空に、世界に広がっていく。
総ての想いを魔力に込めて、誰もが笑うことのできる幸福な未来を求めて。
悲しき闘争に傷ついた世界を、ありふれた幸せで満ちる世界へ創りかえるために。
人々が平穏なる日々をこれからも送ることが出来る様にするために。
龍神と戦乙女が手を取り合い、その“
世界を崩壊する前の状態に戻すのではなく、術者の願う形で再構築する奇跡の体現。
それこそが、《創造神》が授ける創世の秘術――
「「――『
光が爆散した。
人を、大地を、空を、星を、宇宙を――世界を輝きで満たす黄金の閃光。
優しき未来を創世する始まりの魔法が、新たなる神話を紡ぐ世界を産み出した――……。
『エピローグ』
・高町 なのは
『神造遊戯』事件の功績から 三等空佐に昇進。
打診された当初は、前線で戦い続けたいという思いから昇進を返上しようとするものの、“とある理由”から前線に立つ機会を減らすことを決断。
教導官として後任の育成に力を注ぐ。
「それじゃあ皆。今日も張り切っていくよー!」
『はいっ!!』
……尚、機動六課解散後に新たな命を宿していたことが判明。
父親が誰なのか公にされていないためたびたび議論の火種となるが、当人は至って平然としたもの。
『天から授かった』と語る彼女は、蒼みがかった黒髪を持つ息子と共に幸福な人生を歩んだと言う。
――ちなみに、息子の授業参観などのイベント時には、彼女の傍らに眼帯を着けた男性の姿があったという目撃証言があるが、映像としての記録が現存していないため、真偽は明らかになっていない。
晩年、若々しい美貌を維持し続ける彼女の背中に、天使のような輝く翼が生えたという噂も残されているが、真相は闇の中である。
――◇◆◇――
・フェイト・T・ハラオウン
執務官補佐になったティアナと雪菜をパートナーに、最高レベルの執務官として次元犯罪に挑む。
母親や姉の件による固執が一応の解決を迎えたことで余裕が出来たのか、どことなく影のある表情を見せていた以前に比べて、自然な笑顔を浮かべるようになったとはシャリオの談。
同居している親友の愛息子を溺愛しているらしく、舌ったらすな口調で『フェイトママ』と呼ばれた日にゃあ、やる気が200%増。
幸せそうな満面の笑みで犯罪者を刈り取る様から、“微笑む死神”という二つ名が最近加わったとのこと。
「時空管理局執務官 フェイト・T・ハラオウンです。違法【デバイス】の販売容疑で、あなた方を拘束します! ……って、雪菜!? 問答無用で突っ込んじゃダメだってば!?」
「何やってんのよ、バカセナ! もうちょっと自制しなさい!」
「だが断る! 汚物は加熱消毒だぜ、ひゃっはー!」
「どこのモヒカンだ、アンタはぁあああああっ!? アンタ、マジでバカエデに似てきてるわよ!?」
信者たちに懇願され、聖王教会筆頭騎士の立場に就任したカリムの部下になった元暗殺者、兼、現バカとの交流が続いている英雄な恋人の将来をわりかし本気で危惧する執務官補佐。
問題児の癖に検挙率だけはずば抜けて高い部下に振り回されながら、彼女たちもそれなりに楽しくやっているらしい。
――ちなみに、定期的に休暇を申請しては、親友共々ミッドからいなくなることが増えたとか。
何をしているのか誰も知らないものの、休み明けには二人仲良く肌をつやつやさせて出勤してくるので、まあ……そう言うコトなのだろう。
――◇◆◇――
・八神 はやて
二等陸佐に昇進すると共に、新たな独立遊撃部隊の部隊長に就任。
部隊発足に伴う、新メンバーのスカウトに慌ただしい日々を送る。
最高評議会が暗殺されて混乱する管理局の立て直しに召集されたグレアムや三提督の教えを受け、レジアスの愛の鞭に「むきょーっ!」 と奇声をあげながらも地上、如いては次元世界の平和のために力を尽くした。
一連の騒乱を収束に導いた英雄のひとりとしてのイメージが強まったため、ロストロギア保有者であり元犯罪者という風評は鳴りを潜め、若いながらも正義のために身を捧げる高潔さに憧れる若手が増えてきたとのこと。
居酒屋で行ったオフ会では、親友二人の肩を全力で引っ叩きながら『私の時代が来たで! 見とれよ
…
…で、後日。
醜態の一部始終をゴシップにしょっぴられて呼び出しを喰らった、ショボンな仔狸さんのお姿が。
「まったく、貴様という奴は! 世間の目を気にするという、当たり前の事も出来んのかバカモン!」
「ううう……返す言葉もございません……」
地上本部名物、古狸と仔狸が織りなす師弟コンビの解散は、まだまだ先の話になりそうだ。
…………
……
…
「……だだいま、皆」
荒廃した廃村。
あの頃のままの故郷へ帰還を果たした青年は、黄昏る様に儚げに微笑みながら墓標に花を添えていく。
「ん? ――ああ、アンタか」
しゃがみ込んで墓標の掃除をしていた彼に、ふと、影が差した。
振り返れば、花束を抱いたセミショートの女性が青年を見つめていた。
「私も……花を添えさせてもろてええですか?」
「……ああ。皆はもう解放されてるからな。――あの人のお蔭で」
空を見上げ、感傷深げに呟く。あの蒼い空の向こうで照れくさそうにそっぽを向いているであろう龍神さまを幻視して、どちらともなく吹き出してしまう。
風のせせらぎしか聞こえない中、二人分の忍び笑いが木霊する。
「ふふっ……なあ、
用意した花束を墓標に捧げた女性……八神 はやてが、20代前半まで成長したディーノに問いかける。
ダークネスと花梨は、世界新生の際、存在が“消滅”していた“参加者”たちを《新生したこの世界ので生きる人間》として再生させた。
『神成るモノ』としての特異能力を失った彼らは、黄金の加護を受けた新たな世界で、人間としての生を歩むことになったのだ。
とは言え、元々危険思考を有していた新藤 荒貴などは復活直後に騒動を引き起こし、スカリエッティと同じ留置所に叩きこまれることになったが。
嘗ての復讐心を浄化させたディーノが何を想って故郷に戻ってきたのかを知りたいがために、はやてはこの地に足を踏み入れた。
罵倒されるかもしれない。
憎悪を叩きつけられるかもしれない。
それでも……眼を背ける事だけはしたくないから。
それが、かつて
「…………」
ディーノは何も言わず、ただその姿を目に焼き付ける。
何も分かろうともしないまま、殺戮者を家族として受け入れるなどとほざいていた無知な少女はもういない。
ここにいるのは、確かな覚悟を以て
「故郷の再興、かな。結構な田舎だから観光客とかもまず来ないだろうけど……それでも、大切な思い出がたくさん残ってる生まれ故郷だからね」
失った思い出を愛しむ様に目を細めながら、ディーノが呟いた。
「そうですか……じゃあ、私にもお手伝いさせて貰えませんか?」
はやてが頬にかかった髪を後ろへ払いながら言った。
思わずと言った表情のディーノが振り返る。
「八神……?」
「私も、見てみたいんです。復興した貴方の故郷を。――だめ、ですか?」
不安げに表情を曇らせるはやてに感じるものがあったのか、ディーノは固まっていた表情を緩めながら手を差し伸べる。
立ち止まらず、前に進もうとする彼女の眩しさに羨望を感じながら。
「いいや、そんな事は無いさ。これからよろしく、やが……
「ぁ……はいっ! よろしくや、
紡がれた手を優しく包み込む様に、穏やかな風が吹き抜けていく。
いつか、彼らによって復興を果たすであろう思い出の場所に恋い焦がれる様に。
どこまで優しい
――◇◆◇――
「み、見つけた……! ついに、
古代ベルカ時代の遺産、超文明の残滓が未だ漂う遺跡の最奥の調査を行っていた青年は、両腕に抱いた『宝物』に熱い眼差しを注ぎながら高らかに笑う。
『何故か』、新生した世界でも“十年前に自分と夜天の弟が『ちゅっちゅ』したシーンの激写画像”が残されており、スクライアの仲間――主に淑女な皆様方――から熱に侵されたかのような視線を向けられ続けること早数か月。
臀部の辺りがムズムズするいや~な目線に耐え続けた今日までの苦労が報われる日がようやく来たのだ。
親友ユーノが長年にわたって解読を続けてきた古代の石碑。それに記されていた『死者の王』の眠る場所。
それこそが、現在アルクが他探索を終えた遺跡の正体であり、彼の腕に抱かれた少女という『宝物』を保管していた宝物庫なのだ。
穏やかに寝息を零す少女を柔らかなタオルで包みこみながら、ようやく叶った理想の成就に向けて、頬の緩みを抑えることが出来ない。
「くっくっく……! 遂にこの時が来た。俺が、ロリバカの愛人呼ばわりされて後ろ指刺されまくった我が生涯の転機の刻がっ! これで俺もリア充の仲間入りだァあああああ――っ!」
全裸にタオルというあられもない格好をした年端も無い幼子を抱き抱え、血涙を流しながら人気のない遺跡の中で声高々に叫ぶトレジャーハンター。
傍目には、とっても犯罪臭の漂う危ない光景だ。
・トレジャーハンター アルク・スクライア
『アッー!』な噂話を否定するためだけに『死者の王』と呼ばれし古の少女を発見・保護して見せた彼の手腕は、情報屋、兼、無限図書館の副管理人を務める如月 葉月によって面白おかしく着色されてから世間に開示されることになる。
おまけに、発見・保護した少女……イクスヴェリアの保護観察役に任命された葉月の手腕によって、(世間体的な意味で)人生の墓場へまっしぐらな事態に巻き込まれてしまう。
「葉月さンンンンン――!? なんか男色から薄幸系ロリに鞍替えして、幼女の秘密を解き明かそうとする(性的な意味での)ハンター
だって噂が広まってんですけど!? イクスヴェリアの保護を依頼した聖王教会で、武装シスター軍団に『ロリコン殲滅!』 って襲いかかられたんだけど!?」
「人間とは、容易く世論に流されてしまう悲しい生き物なのですわねぇ……」
「噂広めた元凶の癖に、頬に手を当てながら愁いを帯びた遠い目してんじゃねえよ!? いぢめか!?」
「貴女で遊んでいるだけですけど? ……それが何か?」
「ちょっとは悪びれろよ!」
管理局に努める友人……陸士訓練校の教官に正式就任したコウタや、旧アースラメンバーと後輩たちで結成された機動六課の後継部署に配属したアッシュに追いかけられる羽目になった元凶に恨めしそうな視線を向けるものの、当の本人は何食わぬ顔で午後のティータイムを満喫中だ。
どうやら、
そんな中、憤慨を顕わにするハンター(笑)に寄り添う少女は、はにかみながら恩人にして想い人たる彼を見つめていた。
「大丈夫ですよ、アルク様」
「イクス……?」
「私を永久の眠りから……覚めぬ悪夢から救い出してくださった貴方はかけがいの無い大切な人。貴方を護るためならば、私は禁忌を侵し、
「何故だろう……信頼がめっちゃ重てぇ……!」
「お父様とお母様も、アルク様なら私を任せられるっておっしゃってくれていますし」
ふわりと微笑むイクスヴェリアの背後には、浮遊する鬼火の中に浮かび上がる半透明のがしゃどくろが二体、顎をカタカタさせながら手に持ったホワイトボードに文字を描き示すお姿が。
『娘をヨロシクDeath♡』
「怖ぇえよ! つか、リアルご両親を背後霊に使役するとかありなん!? オカルトの領分でしょ、ソレ!?」
「葉月お姉さまにご指導いただけて……呪われた異能を制御する術を発見したんです♪」
「あああ……それじゃあまさか、葉月お嬢ン家の使用人の数増えた気がしてたのは……」
「便利ですよね、マリア―ジュ。人件費とか考慮する必要なくて」
「屍兵器を平和利用とか聞こえはいいのに、なんだこのやるせなさは……」
屍を利用した生体兵器を小間使いにする葉月さん。
オカルト系の魔法に関して、相変わらずのチートっぷりを披露してくれるお嬢様に、ご両親の了承を得てしまったアルクは、“おこじょさんフォーム”で力無く項垂れるしかできない。
殴り込んできた直後にアルク専用【オシオキ魔法】で迎撃されてしまって“鳥籠の中のおこじょさん”になったアルクを封殺し、優雅に紅茶を嗜む葉月嬢。
顔にいくつもの縦線を刻んだ想い人を優しげな眼差しで見守るイクスは、古代ベルカ時代に得られなかった家族の温もりと幸福に胸を満たす。
想い人を追いかけるため、ヒトならざるモノへ進化する秘術の開発に勤しむ葉月と、弄られ残念系アルクの日常はこうして続いていくのだった。
――◇◆◇――
「くふふふふ……! ついに、遂に完成したよ、眷属システムが! 流石は私! 遂に私は、おにぃを超えたァ! ふはははははーっ!」
自分用に宛がわれた……と言うか、無理やり乗り込んだ挙句に自分用の研究室に魔改造した自室で高笑いするルビー。
メカ猫耳も上機嫌を表すようにピコピコと揺れている。
そんな、傍目には痛々しい女に見えなくも無い主を優しく見守り、ルビーが散らかした機材を手慣れた動きで片付けていくのは、金と銀の少女たち。
侍女の冠、ヘッドドレスを装着し、たすき掛けしたメイド服姿の彼女たちの姿、まさに地上へ舞い降りてきた妖精さんの如し。
三徹から来るハイテンションで頭のネジがぶっ飛んだらしい主をやんわりと窘め、さりげなく清掃を開始するメイドさん……ユーリとリリィ。
息の合った連係を見せる様は、パートナーというよりも気心の知れた姉妹のよう。
ルビーの手伝いをさせられた反動で眠りこけているディアーチェとレヴィを部屋の隅っこに運び、ついでに「私が、私こそが真なる天才だァ!」 とか叫び始めた主を
「さて、リリィちゃん。静かになったことですし、お掃除を済ませちゃいましょうか」
「はい。ユーリおねぇちゃん」
慣れない呼び方にもにょもにょ言いよどむ“妹”を“もふぎゅーっ!” と抱きしめながら、器用に箒とチリトリを摘まんだ魄翼で掃除を継続する万能メイドユーリたん。
とある《龍神》の自宅に押し掛けた、〈愉快なスカリエッティさん
マッドを拗らせた妹の成長に、留置所の中に置いて行かれたお兄さんも泣いて喜んでいるに違いない(レヴィ談)。
――◇◆◇――
・高町 花梨
翠屋ミッド支店の初代オーナーとして敏腕を振るい、両親譲りの才能を開花させた彼女の作りだすスイーツは、ミッドに生きる乙女たちのハートを撃ち抜くほどのシロモノともっぱらの噂。
最近はお手伝いとして息子や可愛い幼馴染たちも、ちっさな店員さんとして手伝う姿がたびたび目撃されており、店の将来も安泰だと囁かれている。
時折、突拍子もなく休業になる時があるものの、その時に彼女が何をしているのかを知る者は少ない。
「んじゃ、行ってきやーす!」
「リヒトちゃんたちに迷惑かけるんじゃないわよ~、宗助」
「母さん! 俺はもう、ガキじゃないし!」
「あれ、そうなの? じゃ改めて――美人の女教師に見惚れて、学業を疎かにするんじゃないわよ~」
「「ほう……ちょっと校舎裏でオハナシしようか?」」
「うげえっ!? リヒトにルシア、いつの間にィ!?」
ゴガガンッ! ぎゃーす!? と幼馴染に引き摺られていく息子を微笑ましそうに見送りつつ、朝食の食器を手早く片付けていく。
喫茶店を独りで運営する者として、すみやかに店の準備に取り掛からなければならないのだ。
最近は結構なリピーターさんも訪れてくれるようになったので、店の経営が軌道に乗って大満足だ。
「っと、そろそろプリンが出来た頃合いかな~?」
パタパタ足音を立てながら冷蔵庫の様子を覗き、出来上がり具合を確かめる。
最近は、しょっちゅう遊びに来る《猫神》様がリクエストしまくるものだから、店で出せる余裕がなくなってきているのは悩みどころ。
まあ、《神》サマを満足させられる出来栄えというフレーズもなかなか心を擽るものがあるのでまんざらではないが。
完成したプリンを梱包するのはプロとしての矜持。すぐに食べられてしまうと言え、こういう気配りは大切なのだ。
「よし、準備万端。本日休業日の管板も出し終わったし……行きますか。【ルミナスハート】、転移門発動ヨロシク」
【承りました~♪ 座標軸固定、多次元転移システム起動! 目標――神界・龍皇天空城! 転移……開始ィ!】
「じゃんぷ♪」
花梨を中心に空間がシャボン玉のように膨張し、臨海まで達したソレがはじけ飛んだ瞬間、彼女は白亜の巨城の一室に転移を果たしていた。
転移補助の魔法陣が床一面に刻まれた部屋を抜け出し、荘厳な意匠の施された廊下を進んでいくと、もはやお約束になった衝撃と破壊音が響いてきた。
「来たわよ~」
テラスに通じる巨大な扉を押し開きながら軽く片手を振り上げる。
青空の見えるオープンテラスでティータイムと洒落込んでいた四人組の視線が花梨に……正確には、彼女の持ち上げた手にぶら下がっているプリンの箱へと向けられる。
「やっほー、花梨ちゃん。」
「今日はいつもよりも早いですね? なにかあったのですか?」
「うんにゃ。宗助が日直だからいつもより早く学校に行ったから手暇になっちゃってさ」
ドレスのように絢爛な衣装に身を包んだアリシアとシュテルに軽く返しながら、空いていた席に腰を下ろす。
プリンの箱を青白い肌と奇抜な服が目を惹く青年に手渡しながら、呆れたように空を仰ぐ。
「で? 今日の喧嘩の理由はなんなの?」
「ほっほっほ。喧嘩だなんて物騒な。アレはただのじゃれ合いですよ」
「よく言うわ……。もしここが地上だったら、宇宙の2、3個はぶっ飛んでるわよ」
輝く軌跡を描きながら激しくぶつかり合う黄金と紫の閃光に呆れを多分に含めた眼差しを向けていると、スカートを引っ張られる感覚を覚え、視線をそちらに向けてみる。
「ン? どしたの
「美味しそうな匂いがする……我、お腹すいた」
「あはは~。おーちゃんったら、シュテルママお手製の朝ご飯を食べた後なのに」
「ん。スゥイーツは別腹。コレ、女の子の真理」
キュルク~と可愛らしいお腹の叫びを下げながら、物欲しそうにプリンの箱をガン視する幼女。
親友のヴィヴィオと仲良く手を繋ぎながら、人差し指を加える仕草はとっても可愛らしい。
おもわず、きゅん♪ と胸が鳴ってしまうくらいに。
これで最強クラスのドラゴンなのだから、侮れない。
「そうね……。向こうはまだ決着がつきそうにな『ドガンッ!』――ついたみたいね」
巨大な水柱を上げながら海中に叩き落された敗者を余所に、勝者である《猫神》様が辛抱溜まらんと言った顔で駆け寄ってくる。
「フンフンフン……むむ! この香り……貴様、持っているなっ!?」
「はいはい、御所望のプリンを用意いたしましたよ~。食べたかったら、ちゃんと手を洗ってきてくださいね
「よし、わかったっ! ウィス! 僕が戻ってくるまで食べちゃ駄目だからね!」
「はいはい。ちゃーんと、うがいも済ませてくださいねー」
「僕は子どもかっ!」
「私にとっては、子どものようなものですよ」
第三宇宙速度もビックリな速さで城の中に駆け込んだ破壊神を一同が見送っていると、全身ずぶ濡れになった龍神がようやく這いあがってきた。
泥のようなものが肌にへばり付いているのを見るに、叩き落された衝撃で海底にめり込んでいたらしい。
海草らしきものの残骸が髪に絡まっているのが、何ともシュール。
「お帰りなさい、ダークちゃん。また、負けちゃったね~」
「……ふん。今だけだ。あのバカ猫は、いつか絶対ブッ飛ばす」
「戦績はどんなもんだっけ? 【ルミナスハート】、アンタ確か記録してたわよね?」
【はいは~い。御所望とあらば即実行! 空気の読めるデバイスとは私の事です~♪ てなわけで、御開帳~】
ノリの良い【ルミナスハート】が表示させたモニターに映し出された《新世黄金神》と《破壊神》の模擬戦結果は、5:10でビルスの勝ちが先行している。
《極神》という位こそ同格だが、成りたての《新米龍神》と数万年に渡って最強に君臨し続けている《破壊神》では、やはり経験やら自力やらの差が顕著になるらしい。
それでも、三回に一回は勝利をもぎ取っているのは流石と言うべきか。
まあ、あくまで模擬戦止まりなので、広域破壊攻撃や完成版《
もし全力の二人がぶつかりでもしたら根源宇宙そのものが崩壊してしまう恐れが非常に高いので、全力模擬戦は《創造神》から禁止されてしまったのだ。
流石の《破壊神》様も、強大な力を有する眷属を多数従え、神々の中で最強の
指を弾き、浄化の光で汚れを落としたスペリオルダークネスが、鎧を解除しながらテーブルにつく。
シュテルの焼いたクッキーを啄みながら負けたことをあからさまに悔しがっている彼の頬をつついて遊びつつ、ふと大切な事を思い出す花梨。
「あ、ダーク。こないだルビーのバカが作るって息巻いてた例のアレ……どうするか決めた?」
問いかけながら、隣でプリンを頬張って無表情の中に確かな歓喜を感じさせる程度には感情を身に付けつつある無限少女の頭を撫でつつ、「もし眷属を作るんならこの娘も仲間入りするんだろ~な~」と確信じみた未来図を脳裏に描く。
某覇王っ娘を差し置いて聖王姫の親友ポジションに収まり、ちょくちょく遊びに来るようになった少女を放り出すなんてマネ、なんだかんだでお人よしな彼らが出来る訳ないと確信しているから。
「アレ? ……あーアレな。正直どうしようか迷ってる。まあ、焦るような物でもないし、ゆっくりと考えていくさ。――時間はたっぷりあるんだからな」
「そっか。私たちの日常はまだまだこれからなのよね」
「ああ……そう言う事だ」
《新世黄金神》 スペリオルダークネスSR
新生した世界を加えた第十二根源世界の《極神》となり、神界と呼ばれる異空間で、家族や眷属たちと賑やかな日々を謳歌する。
だが、なぜか他の《極神》から面倒事を持ちかけられる事が多く、神々の便利屋扱いされているのが悩みの種。
《神》を支える直属の高位存在……『守護天使』として覚醒を果たしたアリシア、シュテル、ヴィヴィオ。
戦乙女として神化し、神界と地上を行き来する花梨。
ドサクサまぎれについてきたルビーたち。
気まぐれで遊びに来る《破壊神》や無限の龍神……時々、
神を目指し、儀式という闘争を経てたどり着いた平穏なる日々。
しかし、彼らの人生……いや、『神生』はここから始まるのだ。
愛する妻と嫁による『あーん』を受け、花梨お手製のプリンを味わいながらこれからの未来へ想いを馳せる。
背負うものが出来た。やらねばならぬ責任を背負った。
しかしそれでも……今胸を満たす幸福があるかぎり、己はあの邪神と同じ轍は踏まぬと断言できる。
そう、これから歩む黄金の光に包まれた未来は、きっと楽しい出来事で満ち満ちている筈だから。
確信じみた予感を抱き、黄金の龍神は眩い陽光に目を細めた。
《新世黄金神》たちの騒がしすぎる日常は、まだまだ始まったばかりだ――――……。
魔法少女リリカルなのは 『神造遊戯』 ―― fin
花梨嬢、大金星なエピローグ。
試合形式+大技禁止のコンボで封殺。主人公(+ラスボス)の敗北で〆とは珍しいのではないでしょうか?
けど、負けを経験しかたからこそ、神サマ街道でより一層のパワーアップが果たせるのです!
後はまあ……ダークさん一家の抑止力になって欲しかったというのもありますが。
ひとまず、これにて『神造遊戯』本編は完結です。
次回からは日常編。神サマになったダークさん一味と抑止力な花梨嬢の
とりあえず次はオリのR版を更新せねば。六割くらい進んでいるので、明日中には更新したいものです。ではでは~。
●おまけという名の日常編予告
総てはこの一言から始まった。
「ダーちゃん、ダーちゃん! 例のアレ――眷属システムが遂に完成したんだよ!」
天災が生み出した契約型魔法兵装【アルカナフォース】。
二十一の称号が刻印されたこのカードは、選ばれし者をマスターカード……No.“ⅩⅩⅠ”『世界』の契約者の眷属とする術式が刻み込まれていた。
「そう言えば、《神》サマって
「そう言われてみれば確かに。こんなに広い世界に私たちだけというのもなんだか味気ない気がしていたんですよ。ダーク様、やはりここはひとつ、新しい下僕を作ってみてはいかがです?」
意外と乗り気な妻嫁コンビに促され、《新世黄金神》の眷属探しの幕が上がる。
冥府煉獄の底へ赴き、異なる位相の先に在る並行世界からスカウトするのは、ひと癖もふた癖もある色々と濃い者共。
「国を失い、同族に憎まれ……王としての役目を果たせなかった私に何のようだい?」
「あ、過去話とかどうでもいいんで。つべこべ言わず、バカドラゴン抑えるの手伝って」
「え? いやね、私これでも王様だったんだが……」
「それが? 死人が過去の栄光に浸ってどうすんの。いろいろ変な連中が集まりそうだから、常識人サイドの戦力が欲しいんだって言ってんでしょが。つべこべ言わずに、ついてきなさい!」
「ぷっ、くくく……! そうか、それじゃあ手を貸さねばならないかな」
“夜の国”最後の王たる『薔薇』の吸血鬼は、戦乙女によって光満ちる世界へ連れ出され、
「ほぉ? こんなところに客人とは珍しいな。何用だ、ガキ」
「ガキじゃないですっ! おじさんとそっちのおじいさんにお願いがあってきたのです」
「……やるべきことを成せなかった老いぼれに何を求める? 幼き天使よ」
「ほえ? おじーちゃんは千年生きた死神さんなんですよね~? だったらこんなとこでウジウジしてないで、世界とダークパパのために強力して欲しいですっ。強いんでしょ?」
「くっ……ははははは! 大言壮語も甚だしいな、小娘! だが、思うままに生きる様は見ていて気持ちが良くもある。過去を悔いてばかりだったバカ弟子に見習わせたいくらいだ。――面白い、陸の黒船と呼ばれた御剣の殺人剣術、もう一華咲かせるのも一興か。御老人、アンタはどうする?」
「……ふん。惰性を貪るのも飽いた。護廷の守り人として生きたこの儂を顎で使おうとする小童の性根を叩き直すくらいはしてやろうかのぅ」
「素直じゃないな……。娘、俺も手を貸してやってもいいぞ。ただし、美味い酒を用意しろよ」
『獄炎』の死神と『御剣』の継承者。
剣士最強と呼ばれし侍たちが、聖王姫の懇願に腰を上げ、
「メルトダウンの末に辿り着いた冥府の底でもなお、闘争に身を捧げるとは……さすが黒き破壊神と呼ばれた獣と呼ぶべきか。どうだ、俺と来ないか? 貴様の抱く無限の破壊衝動を満たせる強者との戦場を用意できるぞ?」
『……!』
怪なる獣の屍の山を産み落とした『破壊神』たる獣の王が、《新世黄金神》に導かれる。
「ふんふん……にゃるほどぉ~。これがバラルシステムの概要かぁ。地球を結界で覆い隠し、外敵をシャットアウトするとか引き籠りの極みでしょ。でも、こいつは修理すれば使えそうだな~。神鋼で創造された四神の長と併せて修復してみようかな♪」
天災によって復元されるのは、星を護る『超機人』の頂に座したモノと忠実なる僕。
新たなる主を得て、鋼の咆哮が神成る世界に響き渡る。
「……その話、本当なのかしら?」
「うん、間違いないって断言できるよ。で、どうカナ?」
「私たちがあなた方に協力したとしてぇ……そちらにどのようなメリットがあるんですのォ?」
「抑止力、かな? 私たちはいろいろと常識はずれな異能を持ってるから、もし間違った方に進みかけた時に止めてくれる同士が欲しいんだよ。だからこその契約だね。貴方たちは基本、自分の世界で生活してもらって、呼び出した時に手を貸してくれればいいんだよ」
「眷属という扱いも副職、所謂アルバイト的な感覚で頂いて構いません。お互いを利用し合う……嫌いじゃないでしょう? そういうの」
「見透かされているようで癇に障るけど……まあ、良しとしましょう。あの子――『円卓の理』を抑え込む魔法の維持に手を貸してくれると言うのなら是非も無いわ。ただし、不要と判断すれば即座に契約破棄させてもらうのだけれど」
「くふふ♪ ワタクシも同意見ですわァ。こちらの欲する『時間』を提供して頂けるのなら、傭兵……という形でご協力してもヨロシクてよォ♪」
円卓を簒奪せし『悪魔』に堕ちた魔法少女と、時を貪る狂気を宿せし『精霊』が、魔女と天女と契約を結び、
「《神》、か……
「そうか? むしろ必然のような気もするがな。……で、返答やいかに? 叶う事なら、寿命を全うしたアンタの家族――薬師と森の母である娘たち共々、加わって欲しいんだが」
「っ! ……そう、か……もう一度、あの娘たちに出会えるのなら……それも一興か」
「ふ……歓迎するよ、
白亜の『皇』が龍神と縁を結び、
「よう、
「やっほ~。助けに来たよ……おーちゃんっ♪」
無幻と無限までもが加入して、理不尽の権化たるバカ集団が爆誕する!
そして――……、
紡がれた縁は、不幸な生贄さん方のSAN値をゴリュゴリュ削り落とす劇薬と化す!
「せっかくチームっぽいメンバーになったんだから、対戦とかしてみたいよね! ってなわけで、おーちゃんの世界でレーティングゲームって試合が開催されてるそうなんで、飛び入り参加してみましょー!」
無垢なお姫様の願いにより、理不尽な暴力に曝される聖書の三大勢力!
若手悪魔のトーナメントに乱入した大人げなさ過ぎる《
「頑張ろうね、おーちゃんっ!」
「ん。我、頑張る。全力まっくす、すぷらっしゅはーと」
「――――!!」
「ぬ、
「同意」←《
『すんません、マジ勘弁してください!?』 ← 聖書三大勢力一同
果たして神話勢力に明日はあるのか!?
そして、気まぐれで並行世界移動を可能とする『さいきょ~一家』の次なる犠牲者やいかに!?
次回から、『神造遊戯』第二幕、兼、日常編開始予定!
……嘘予告じゃないですよ?
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『日常』編 その3
新たな仲間
勢い任せで仕上げたので荒い部分もあると思いますが、とりあえず日常編の開始です。
『神造遊戯』が終焉を迎え、新たなる極神の加護を得た第十二根源次元宇宙。
《神域》とも《天空龍神城》とも呼ばれる聖域から、物語の再演が始まる。
「はぁーっはっはっは! ルビーさん、降☆臨!」
《新世黄金神》と《破壊神》による
「ああ、いつものアレか」とスルー仕様とした一同の反応にちょっぴりむくれるものの、即座に悪女チックな“あくどい笑み”を作って、皆が腰を下ろしているテーブルの真ん中に完成ホヤホヤの発明品を置く。
叩き付ける様に乱暴な取り扱い方をシュテルが注意するが当然のように耳を貸さず、発明品……長方形で透明のクリアケースに納められたタロットカードに全員の視線が向けられたのを確認してから得意気に語り始めた。
「ふふ~ん♪ これぞ、ボクの発明した新機軸の契約アイテム。その名も、契約型魔法兵装【アルカナフォース】だよっ」
「契約アイテム? もしかしてポケモンのモンスターボール的なアイテムなの?」
「アリシア、カード状なのですから
アリシアとシュテルがルビーの発言を考察している横で、自分の分のプリンを完食したヴィヴィオが好奇心に目を輝かせながら【アルカナフォース】を取り出して眺めていた。
二十一枚からなるカードは不思議な感触を持ち、手触りは紙のようなのに、鋼鉄の板でも仕込んでいるかのように強度が高く、折り曲げることも出来ない。
表面は数字が刻印されているだけの黒一色。
裏面には光り輝く三つ首龍を中心に魔法使いや天使、ドラゴンなどのデフォルメされたキャラクターが描かれている。
「ん……。コレ、内側にかなりの魔力が籠められてる。
自分の知るタロットカードとは違うんだと角度を変えながらまじまじとカードを見つめるヴィヴィオの真似をするように覗き込んだオーフィスの呟きに、ルビーの笑みが深みを増す。
彼女の指摘通り、【アルカナフォース】は魔法使いと従者間に結ぶ
この魔法兵装は『契約』という目的のために存在する複数の術式の優れた部分を抽出し、組み合わせることで、全く新しい結果を産み出すことを目指して創造されたのだ。
通常の『契約』とは、精霊や悪魔などの高次存在と結びつきを形成し、彼らの異能の恩恵を契約者側の人間でも行使できるようにすることを指す。
例えば
あれは、主となった魔法使いの魔力を従者に与えることで身体能力の強化や能力の発言などを行う術式だ。
【アルカナフォース】はそれをペースにしているので、
無限に等しいチカラを得た彼の眷属になると言う事は、万能の異能たるその恩恵にあやかれると言う事に他ならない。
しかも【アルカナフォース】で眷属契約を結んだ存在は、アリシアたちのように守護天使へ転生するという変化も起こらない。
両者の意志によって契約を破棄することもできる安全設計なのだ。
「危険じゃないの、ソレ? 下手に力を譲渡して、悪い方向に行かないとも限らないでしょ」
「いえいえ。そうとも言えませんよ、花梨嬢」
力の危険性を説く花梨に待ったをかけるのは、我関せずとプリンを貪り喰らう《破壊神》の付き人であり師匠、ウィス。
食べ終えたプリンの容器を片付け、口元をハンカチで拭っていた彼は、いつものように「ホホホ……」と、うさん気な微笑みを浮かべて言葉を続ける。
「私もビルス様の付き人をさせていただいておりますが、ある意味で眷属という扱いにならない訳ではないのです。そもそも、古来より《極神》を筆頭とした神々には直轄の僕や従者が存在してきました。実際、《創造神》なんて力を持った精霊に《神》の称号を与えて従えているでしょう?」
「それは、まあ……そうですけど」
脳裏に浮かぶのは、三幻神や三邪神、三幻魔を始めとする多種多様な精霊たち。
彼らは皆、《創造神》により産み落とされた子どもであり、眷属でもある。
他にも例を上げれば、《光の巨神》には自身の力の一部を与えた奇跡の戦士を始めとする同種族の光の戦士たちがいるし、《機械猫神》を参考に製造された黄色い妹やちっさい奴らなんかは彼の眷属と言えなくも無い。
神話を紐解いていけば、神に仕えし眷属という存在は、さほど珍しくないのだ。
「そもそも、あなたたち自体が彼の眷属的な存在なのだと理解した方がいいですよ? そんなに難しく考えず、絆が形になったように考えればよろしいかと」
「絆、ですか……はい」
そう締めくくったウィスに頷きを返したところでダークネスを見やると、ちょうどあちらも花梨の事を見ていたらしく視線が重なった。
「花梨」
「あによ」
「俺はコイツを使ってみようと思うんだが……反対するか?」
「あら、意外ね? 身内の風呂敷を広げる様な真似は嫌がるものだと思ってたんだけど」
花梨の指摘は正しい。
ダークネスという男は、基本的に身内に優しく、敵には苛烈。その他大勢には無関心というスタンスをとり続けている。
その理由の一つに、万能の願望器と成りうる異能を秘めているが故に、誰彼かまわず願いを叶え続ける様な行為は避けるべきと本人が認識しているからだ。
自分が身内に甘いことを理解しているからこそ、所縁の無い他者を懐に受け入れることを危惧していたはずだ。
それなのに、新しい身内を作る様な発言をするとは、どういう心境の変化があったのだろうか?
花梨の疑問を察したのだろう、ダークネスはサービス残業を命じられたサラリーマンの如き深いため息を吐きつつ説明を始めた。
曰く――、
「新米なんだからどんどん仕事して慣れて貰いましょうね……とか、《創造神》がぬかしやがってな。他の《極神》共から、昔無くした神具の回収とか、綻び始めた世界の修復とか……とにかく、色々な雑用を押し付けられそうなんだ。断ろうにも、ニコニコ笑顔で距離を詰めてきやがって……くそっ、デカババアめ」
「あ~……わかるよ、ソレ。僕も昔、神の仕事に慣れましょうね~って便利屋みたいな扱いされたことがあったなぁ」
昔を懐かしむように虚空で視線を彷徨わせるビルスを意外そうに見るダークネス。
子どもじみた性格のビルスが大人しく言う事を聞いていたのか? と疑問を浮かべたのが分かったのだろう。
悪戯っ子な表情を浮かべたウィスが、事細かく説明してくれた。
何でも、純粋な戦闘力では《極神》で最強の《破壊神》ではあるが、《創造神》は力ではなく言葉と威圧感でぐいぐい押しこんでくるのが得意技なのだとか。
《極神》のトップに君臨し、発言力も実力も最高位に位置する彼女の言葉を蔑ろにすることは流石のビルスでも敵わなかったようで、物凄くめんどくさそうにしながら小間使いのような真似をさせられていたのだと言う。
「なんて言うか、妙な威圧感があるんだよね~……あのオバサンには。こう、なんてゆーの? ――そう! オカン属性って奴だ!」
『ああ~』
納得してしまう一同。
以前に、とんでもない大喧嘩へと発展した《新世黄金神》と《破壊神》のガチバトルに、世界が壊れると怒鳴りながら強制介入し、ダメージを負って疲労困憊状態だったとはいえども、ワンパンで二人を沈めたあの時の迫力は幼い頃の母親にお説教を受けた記憶を呼び覚ます。
当人たちも思い出したらしく、でっかいたんこぶをこさえた脳天を擦っている。
「あ~……ン、ゴホンッ! とまあそんな訳で、これからいろいろと忙しくなりそうなんでな。手駒は多いに越したことはないってワケだ。それに、以前からルビーが眷属を作るアイテムを作ってると聞いてたからな。渡りに船と言う訳ではないが、メリットもデカい」
「……なるほどねぇ。ま、アンタが決めたってんなら、反対はしないわ。それじゃあ、眷属探しを開始するってことでOK?」
全員を見渡しながら花梨が締めると、本件には無関係であるウィスと、最後のプリンを巡って醜い争いを繰り広げているビルスとオーフィスを除いた面々が同意の頷きを返した。
花梨としては、親しくなったオーフィスに眷属にならないか問いかけようとしたが、機先を制するようにダークネスが首を振ったので大人しく従う事にした。
ダークネスにとって、オーフィスは『約束』を交わした相手であり、娘 ヴィヴィオの親友でもある。
死者を蘇生させて己の目的に利用するのではなく、生者を眷属にすると言う事は、ある意味で相手の意志を曲げる事にも繋がる。
本人が口癖のように呟く『静寂を取り戻したい』という願いを尊重するからこそ、ダークネスは軽々しく契約を提案出来ない。
己の眷属契約を結べば最後、静寂とは真逆の賑やかで喧騒溢れる日常を送る事になるのだから。
――次元の狭間に郷愁のようなものがあるんだろうしな。騒がしい場所に無理やり引き込んだから、返って苦しませることになるかもしれん。
実際は、賑やかな日常も悪くない……というか、寧ろ楽しいとすら感じ初めており、グレートレッドを倒すために参加した『禍の団』という組織にも最近は顔を出さなくなってきている。
団員たちは利用価値のある『無限の龍神』がふらりといなくなるたびに血眼になって探しているものの、結局発見には至っていない。
……まさか、並行世界の友達の家に遊びに行っているとは夢にも思うまい。
もしこの場で「眷属にならね?」 と問われたら、即決で「ん!」 とドヤ顔&サムズアップのコンボが返ってきた事だろう。
しかし残念なことに、以前交わした『約束』を大切にするが故の気遣いが、『無限の龍神』参入フラグをポキッ、と叩き折ってしまったのだ。
――まあ、数週間後には友情という名のアロンアルファで補強されたかのごとき強度を得て復活する訳なのだが、今は関係ないので割愛する。
「よし、それじゃあまずはここにいる俺たちに専用のカードを割り当てるとするか。カードはタロットと同じ二十二枚。俺が《世界》を持つのは決定しているとして……お前たちはどれがいい?」
言いながら《
蒼い輝きを纏う黄金の魔力を吸収し終えると、黒く塗りつぶされていた表面に変化が起こった。
闇色の黒がどんどん薄れていき、その代わりに何者かの肖像が浮かび上がってきた。
現れたのは、どこまでも広がる宇宙に浮かぶ蒼き星……地球。
それをまるで、我がものだと言わんばかりに凶悪な笑みを浮かべて握り締める己……スペリオルダークネスSR。
『
「……なあ。ひょっとして、俺ってボス属性持ちだったのか?」
「え、まさか気づいてなかったの?」
「真顔で断言されるとクルものがあるな……」
愛する家族にすら呆れ顔を向けられたことに内心ショックを受けるダークネス。
だが、まあいいかと即座に切り替え、残りの【アルカナフォース】の束を扇状に広げる。
自分のカードを引き抜いて二十一枚になったカードから視線を上げて、アリシア、シュテル、ヴィヴィオ、花梨、ルビーの順に目配せし、促す。
「それじゃあ、私はコレー♪」
「では、私は……ふむ。これに惹かれるものを感じます」
「ヴィヴィオはやっぱりこれなのです!」
「ん~……コレ、かな?」
「ボクはこれしかないでしょ~♪」
彼女たちもまた、己の引き寄せるカードが最初から決まっていたかのように選択を下す。
アリシアは、No.“19”《
シュテルは、No.“2”《
ヴィヴィオは、No.“5”《
花梨は、No.“6”《
ルビーは、No.“0”《
「よし、それじゃあ行くとするか」
『おー!』
「全身黒タイツな戦闘員候補を集めに!」
『いや、ちがうでしょっ!?』
各々に相応しいカードを手に、龍神と少女たちは数多の世界へと旅立つ。
新たなる出会いの予感を胸に抱き、《新世黄金神》の眷属探しが開始された。
――◇◆◇――
そこは漆黒の闇に支配された世界。
死した獣が終焉の時にたどり着く“墓場”。
死後の世界は数多の並行世界で共有されており、この場所もまた、様々な呼び名を持つ。
とある世界では“怪獣墓場”と呼ばれるその場所には、死した後も意思を以て“個”を維持し続ける強者と呼ばれる怪物が存在していた。
彼らは生前の記憶と闘争本能をそのまま有し、まるで闘技場に送り込まれた剣闘士のように終わりなき闘争を繰り広げているのだ。
ふと、何の前触れも無く、静寂であるはずの“墓場”に爆音が木霊した。
次いで、大地を揺るがす凄まじき振動が波紋のように広がり、冷たい空気に殺意の激情が広がっていく。
宙を漂い、自我を消失していた屍たちが殺意に呼応して脈動を始めた。
まるで世界そのものを震え上がらせるほどの殺意と闘志が、渦を巻いているのだ。
闘争の渦の中心に在るのは、二体の『黒』。
人型と獣型、異形な怪物同士が出合い、眼前の敵を屠らんと唸り声を上げていた。
「ピポポポポポポ」と電子音のような鳴き声をあげるのは異形なる人型。
真っ黒な甲冑のような身体と雄牛のような角を生やし、目や耳といった機関の代わりに存在する楕円形の発光体が妖しく明滅している。
『宇宙恐竜』 ゼットン
とある世界で、侵略兵器として幾度となく地球を襲撃した恐るべき怪獣だ。
しかし、光の巨人すら退けた強者と相対する怪物もまた、並みではない。
その姿は一見すると恐竜のような姿をしていた。
だがその体躯はゼットンを軽々と凌駕している。
太く力強い足と長い尻尾で大地を踏みしめ、その背中には剣山のような背びれが並んでいる。
爬虫類を思わせるその口にはギラリとしたキバが立ち並び、その表情はまさに血に飢えた獣といった表現が正しいだろう。
彼こそ、伝説上の聖獣、魔獣すらも凌駕するであろう圧倒的な力を持つ最強の生物。
人の業が生み出した『核』の申し子であり最大の被害者。
『怪獣王』 ゴジラ
黒き巨獣は重低音楽器を重ね合わせたかのような咆哮を上げ、ゼットンに襲いかかる。
理由など存在しない。
己へと敵意を向けてきた。
それ以上の理由など……必要ないのだから!
憤怒か闘志か。
何人たりとも理解できぬ激情を内包した咆哮と共に、怪獣王が突撃する。
荒廃した大地を踏みならし、虚空に浮かぶ敗者の亡骸共が怯え竦む。
禍々しい牙の立ち並ぶ咢が開かれ、口内と背びれに青白い輝きが収束されていく。
それは破滅を意味する禁忌の光。
万物を滅する『核』エネルギーの顕現がチェレンコフ光を解き放ち、王の体内に宿る原子炉より練り上げられた破壊の奔流が一条の閃光……『放射火炎』となって撃ち放たれた。
――ゼットーン!
迫り来る破壊の奔流を前に、奇妙な鳴き声を上げて動きを見せるゼットン。
両手を振り上げ、頭部の発光体を不規則に点滅させる。
すると、彼を中心に円柱状の輝く障壁……バリヤーが形成、怪獣王の熱線を正面から受け止めてみせた。
先制の一撃を容易く止められ、憤怒の唸り声をあげるゴジラ。しかし、ならば直接叩き潰してやればよいと考えたのだろう。
前進する速度を速め、表情のまったく読めない標的目掛けて猛然と進撃する。
迫りくる脅威に対し、バリヤーを解除したゼットンが反撃に移る。
まずは籠手調べと、両手を突き出して重ね合わせ、放射状の光線を撃ち放つ。
光の巨人の弱点を一撃で破壊したこともある凶悪な閃光が、鋼鉄をも超える強度を誇るゴジラの皮膚を焦がし、蹂躙していく。
連続で撃ち放たれる光線が生み出す痛みに、怪獣王の咆哮が悲鳴じみた甲高いものへと変わっていく。
だが、それでも王の進撃を止める事は叶わない。
肉を焼かれ、血飛沫を蒸発させられながらも止まることなく悠然と――それどころか、感じる痛みを怒りに変換しているかのように、全身に纏った闘気がさらに荒々しく、恐ろしいものへと変わっていく。
ゴジラの胸に渦巻くものは怒りだ。
息子のような存在を残して消滅したことに後悔を感じないわけではない。
だが、アレはもう自分が守らねばならない弱者ではない。故に、彼の中には後悔など存在しない。
心残りを持たず、ただ純粋に本能が囁くままに行動する。
そう……己へ敵意を向けてきた『敵』に対して込み上げてくる怒りと殺意。
偶然この場所で邂逅し、明らかな敵を向けてきた黒い奴。
戦う理由など、それだけで十分すぎる。
故に……殺す。
核の申し子、漆黒の破壊神と呼ばれた怪獣王は、いつだって己自身でも制御しきれぬ闘争本能の赴くままに行動してきたのだから。
嵐のような攻撃に曝されながらひるむ事も無く、一直線に迫り来る敵を前にして、ゼットンの本能が危険警報を鳴らす。
こいつは、今すぐ始末しなければならない存在だ。
理性ではなく、本能で眼前の脅威を理解したゼットンは、己が最強の技を発動すべく攻撃を一時中断する。
突然止んだ攻撃の不可解さに怪訝そうに目を細めるゴジラだが、次の瞬間、驚愕に眼を見開くこととなった。
視界を埋め尽くすほどに巨大な紅蓮の劫火球。
所説によれば、一兆度とも称される超々高熱の炎を具現化し、射出するゼットン最大の必殺技だ。
元々フットワークに難点がある重量級であるゴジラ。しかも全速力で前進している最中、カウンターのように放たれたソレを回避することが出来るはずも無かった。
弧を描くことなく、直線の軌道を描いた劫火球はゴジラの胸部へ吸い込まれるように着弾し、大爆発を巻き起こす。
爆風が墓場を蹂躙し、巨大な岩石が粉塵と化していく。
濛々と立ち昇る爆風を前に、勝利を確信したゼットンの発行体が妖しく明滅した。
無機質な電子音の如き咆哮が、静寂を取り戻した墓場に鳴り響いた――……。
だが。
ズシン……、と。
勝利の讃美歌を阻むかのような重厚な足音と共に、粉塵の向こう側から闇を切り裂く黒き獣がゼットンに襲いかかってきた。
驚愕し、動揺を顕わにするゼットンの頭部、生物で言うところの目に当たる場所に存在する器官に、体躯に比べて細身でありながら、見た目に反して強靭なる強力を宿す巨腕が突き刺さる。
鋼をも容易く引き裂く鋭爪がゼットンの頭部へ深々と埋め込まれ、脳髄を引き千切っていく。
生前にも経験したことの無い激痛に、狂ったように暴れるゼットン。
超重量の強みをそのまま生かすよう覆い被さってきたゴジラを押しのけるべく、空手チョップのように手刀を幾度となく叩き込む。
だが、離れない。
元々、体格で比べ物にならない差がある両者だ。いかに優れた腕力を持つゼットンであれども、突進の勢いを乗せたゴジラを押し返すことは不可能だった。
超接近状態ではバリヤーを発動することも出来ず、かと言って光線技は自分にも被害が及ぶ。
せめてもの足掻きとばかりに打撃を叩き込み続けるものの、ゴジラはそんなもの気に留める必要も無いとばかりに攻撃の手を緩めない。
ゼットンの頭部を貫く右腕を引き抜き、逆の腕を手刀にして頭部の中心に在る発光体へ叩き込む。
ガラスの割れた様な異音と壊れたスピーカーのような絶叫が木霊する。
組み伏せられ、無残にバタつくしか出来ないゼットンの足の動きが、段々と弱々しいものへ変わっていく。
打撃を放ち続けていた両腕も力無く地面に落ち、特徴的な電子音のような悲鳴が途切れる様に聞こえるだけ。
それを塗り潰すかのように、肉を引き裂き、押し潰す残虐な音を響かせ続ける。
『怪獣王』ゴジラ。
彼の宿す闘争本能は容易く鎮火してくれず、死後の世界で更なる死を重ねた敗者を熱線で焼き尽くすまで収まる事は無かった。
「……メルトダウンの末に辿り着いた冥府の底でもなお、闘争に身を捧げるとは、さすが黒き破壊神と呼ばれた獣と呼ぶべきかな」
不意に、聞き慣れない声が聞えた。
返り血で染まった兇貌で振り返れば、虚空に浮遊する小さな者が己を観察していることに気づく。
そいつは“人間”とよく似た姿をしていた。
光る鎧を身に纏い、輝く翼を持つ雄。
瞳に宿るのは敵意ではなく……好奇心、であろうか?
ゴジラが生み出した凄惨な光景から眼を背けるでもなく、飄々とした空気を纏っているのが不思議と気になった。
闘争を終えて、怒りが鎮火したからだろうか?
先程までの暴虐が虚言であったかのように静かな精神で、男の言葉に耳を傾けることが出来た。
目の前の男もそれを察したのだろう。
愉快そうに小さく笑ってから、ゴジラを誘うように、掌を上にして手を伸ばしてきた。
「どうだ、怪獣王。俺と来ないか? 貴様の抱く無限の破壊衝動を満たせる強者との戦場を用意できるぞ。とは言え、少なくとも俺や
『……!』
怖いなら来なくてもいいぞ?
挑発的な視線に込められた言葉と意味を理解して、ゴジラの咢が凄惨に歪む。
しかし、それは怒りによるものではない。
目の前のこの男は、自分と同種の存在……他の意志に左右されぬ、超越者として存在しているのだと否応なしに理解できたからだ。
故に、興味を抱く。
辛気臭い“墓場”で繰り広げてきた戦いの日々にも飽きがきていた所だ。
精々、楽しませて貰おうか。
まるでJrと出会ったあの時の再現のように、楽しげな怪獣王の咆哮が世界に響き渡った。
――◇◆◇――
無間地獄
第八層から成る地獄の最下層。
縦横高さそれぞれ2万由旬にも及ぶとされる広大な冥府の底は、ここに至るまでの七層の地獄で行われる責め苦が児戯にも等しい苛烈な苦で満ち溢れている。
生前に抗いきれぬ罪を犯した罪人の中でも、最も罪深い者共が堕とされ、数千年にも及ぶ責め苦を受け続けなければ輪廻の輪に戻る事も叶わない、まさしく最凶最悪の煉獄である。
多腕、多眼という異形の鬼が獄卒を務め、阿鼻叫喚の悲鳴で埋め尽くされた無間地獄……。
だがしかし、地獄絵図を体現した煉獄の中に、ある意味で異彩を放つ建築物が存在していることを知る者は少ない。
階層形式になっている地獄の全階層を貫いているくせに、見た目には雄大な和風の屋敷という矛盾を孕んだその建物は、獄卒の鬼の詰所である。
『地獄の王』である閻魔
冥府とは思えぬ風情ある庭園が視界一杯に広がる縁側に胡坐をかく一人の老人が存在した。
色彩を失い、白く染まった長い顎鬚を長く伸ばし、額には十字に見える傷が刻み込まれている。
漆黒の着物……
高級感あふれる座布団に座す姿は堂に入っており、背筋を伸ばして庭園の風景を眺める姿は身分の高い好々爺といった印象を受ける。
しかし、内には煉獄の炎すら生ぬるい激情と後悔が渦巻いており、周囲の空間を捻じ曲げるほどのプレッシャーを撒き散らしていた。
事実、お盆に乗せたお茶と茶菓子を運んできた獄卒が、全裸でエベレスト登山を敢行したかのようなガクブル状態に陥り、無言の老人に睨み付けられた瞬間、白目をむいて気絶した位なのだ。
彼の名は『山本 元柳斎 重國』。
魂の調整者であった死神によって構成された実働部隊〈護廷十三隊〉の創始者であり、総隊長を務めていた英傑だ。
宿敵との戦いで敗北し、消滅するはずだった彼の魂は、千年にも及ぶ期間で成し遂げてきた偉大な業績の数々が高く評価され、知友であった閻魔の手によって死神であった頃の姿と力を維持したまま、ここ地獄の閻魔屋敷に客将として招かれているのだった。
嘗て失った片腕は再生し、宿敵に粉微塵とされた肉体を魂という形ではあるが取り戻すことはできた。
心残りはある。しかし、今更、誤り続けた老害がでしゃばった所でなんになると言うのか。
そう自分に言い聞かせてここに留まっているのだが……。
「やれやれ。アンタは相変わらず、か」
「……比古か。何用じゃ?」
「あん? 今日は妙に刺々しいじゃないか。何かあったか、ジーさん」
冥府の鬼ですら怯える元柳斎に平然と話しかけ、あまつさえ彼の隣に腰を下ろしたのは襟首の長い特徴的な白
胡坐をかいて廊下に座り込むなり、懐から取り出した盃に酒を注いでひと息に呷る。
酒を好まない元柳斎が眉をしかめるのに構わず、堂々とありのままの自分を振る舞う男もまた、彼同様、獄卒に請われてここにいる存在だ。
名を『比古 清十郎』。
古流剣術、〈飛天御剣流〉十三代目継承者であり、おそらく純粋な剣術の才では元柳斎おも凌ぐほどの技量を持つ最強の侍。
時代が生んだ苦難から弱気人々を護ることを流派の理と定め、数多の弱者を救い、それを超える悪を斬り捨ててきた。
大量殺戮を行った殺人者であり、救いを求める人々の希望となった救世主でもある。
相反する側面を持つ彼もまた、獄卒のトップである閻魔……というよりも、その片腕(?) である“鬼神”に獄卒共の指南役を依頼され、ここに滞在していた。
ある意味で似通った理由によって関わり合いを持つ様になった両者は、美しい庭園を肴に、時折こうして肩を並べつつ茶&酒を嗜む様になったのだ。
「ふん。貴様には関係ない」
踏み込めば斬り捨てる。
そう言わんばかりの剣幕に、しかし、気圧される比古ではない。
元柳斎の怒声混じりの声を聞き流しつつ、鬼神から訊き出した目の前にいる死神の過去情報から理由を推測していく。
「後悔、後に立たず。ジーさん、あんたはもう“終わった”男だ。弟子や若造どもに後を託す勇気も必要なんじゃないか?」
「知った風な口をききよるわ……」
「聞いたからな。閻魔のオッサンの庇護もあるだろうが、何よりも昔に後悔や無念を引きずった状態で固定化された魂は『山本 元柳斎 重國』という“個”の存在を揺るぎ無いものにしている……だったか? 強すぎる我のせいで、魂を浄化することも転生させることも出来ず、かと言って放り出すわけにもいかない。何とも、めんどくさいジーさんだな、アンタ。過去の清算さえできれば、全てを忘却して静かな余生を送ることも出来るだろうに」
「……儂の腕は血に染まり、どす黒い炭となって染みついておる。今更、他のナニカに変われるはずも無かろう」
千年もの間、死神として魂の安定と戦に身を費やしてきた。
古い人種だということは自分でも理解している。
後に続く者共の礎となることも、先人の役目であることは理解している。
だが、それでも――……過去の清算を教え子に、部下たちに背負わせてしまった己への怒りが、平穏を迎えることを良しとしてくれないのだ。
このまま、終わりなき地獄の中で罪悪感に苛まれて存在し続けることが己に課せられた贖罪なのかと達観じみた思考を抱き始めた時、不意に廊下の軋む音が耳朶に届いた。
「そうか? 意外と新しい変化に巡り合えるかもしれないぞ?」
「くっくっく……」と愉快そうに含み笑いを零した比古の視線の先、廊下の奥から吹き荒ぶ“変化”という風を感じとり、思わず瞼を閉じてしまう。
地獄では久しく感じていなかった、頬を撫でる暖かな風の心地良さに毒気を抜かれた元柳斎が再び眼を開けた時、彼の前に神々しいオーラを纏った少女が佇んでいた。
金糸の様に艶やかな髪を靡かせ、虹色に輝く二対四枚の翼を背中から生やした少女。
左右で色彩の異なる瞳で元柳斎と比古を見つめ、嬉しそうに微笑んでいる。
まるで、探し人にようやく巡り会えたかのような気配を感じさせる少女に、元柳斎は見覚えが無い。
何者だ? という問いを宿した視線を隣の男へ向ければ、愉快そうに頬を緩めながら盃を傾けているではないか。
「……ッ! 比古、きちんと説明せぬか!」
「おいおい、そう荒ぶるなよ、ジーさん。折角のお客さんだぜ?」
「客、じゃと?」
訝しみ、改めて少女の姿を念入りに観察する。
フリルのあしらわれた可愛らしいワンピースから覗く四肢は年相応に細く、高貴な身分のご令嬢と言った印象を受ける。
しかし、よくよく見れば手の甲や足の脛に格闘技を嗜む者特有の痣が見受けられた。
どうやらこの少女、何らかの武を習得しているらしい。
見た目子どもな隊員が部下にいたこともあり、すんなりと少女……ヴィヴィオの力量を認め、受け入れた元柳斎。
対するヴィヴィオもまた、ここまで案内してもらった鬼達とは違い、一目で自分の実力を見抜いた老人とおじさんの実力に驚くと同時に納得した。
やはり、父や母たちが認めた実力者であると言う話に偽りは無かったのだと。
「おじーちゃん、おじさん。初めましてっ、私、ヴィヴィオ・スペリオルって言います!」
ぺこっ、とお辞儀すると金の髪がふわりと舞い上がる。
目の目に在る庭園のように、人の手が掛けられた『美』ではない、素材の秘めた魅力を自然な流れで引き出した純粋な『美』がそこに在った。
思わず、感嘆の呟きを零しそうになった二人に気づかないまま、ヴィヴィオはここに来た要件を語る。
交渉の許可をくれた三白眼の鬼神は時間に厳しそうなので用件を先に済ませておく様にと三人目のママになるかもしれない人に言われたのだ。
「あのですね、今日はお願いがあるのです。実は、私のパパが《神》サマしてるんですけど、眷属さんを探すことになったのです。なので、おじーちゃんとおじさんをスカウトするために参りましたっ」
「……やるべきことを成せなかった老いぼれに何を求める? 幼き天使よ」
「ほえ? おじーちゃんは千年生きた死神さんなんですよね~? だったらこんなとこでウジウジしてないで、世界のため、ダークパパのために強力して欲しいですっ。ママたちから聞きましたよ~? お二人とも、とっても強いんでしょ?」
「儂の力を欲するのならば諦めよ。役目を果たせず、敗北者となった抜け殻に何を望もうと、意味は成さぬよ」
未だ、胸の中でジクジクと痛む敗北の傷跡。
過去を引き摺る老人に出来ることは無いのだと、幼い天使の求めを冷たく突っぱね、目を伏せる。
だが……、
「?? おじーちゃん、どうしたんですか? なんだかすっごく悲しそうな顔してますよ?」
「……!」
鋼の精神で過去の罪という名の責め苦に耐えていた元柳斎の右手に柔らかな温もりが灯る。
視れば、無垢な少女の瞳が元柳斎を気遣うように見上げながら、彼の剣ダコとシワで埋め尽くされた手を握り締めているではないか。
そこに打算や畏怖などの彼の身近にあり続けた感情は一切存在せず。
小さな両手から伝わる温もりは、純粋な思いやりのみ。
剣を振るい、修羅と成りて幾万もの屍を積み重ねてきた己には、あまりにも暖かすぎる。
「……手を、放しなさい。このような醜い腕に、お嬢ちゃんは触れてはならぬ」
「え~? 醜いって……汚い、ですか? え、どこが? 私には、たくさんの弱い人たちを護り抜いた、優しい手にしか見えませんよ~」
「……ッ!」
救われた気がした。
己が歩んできた道は間違っていなかったのだと。
剣を初めて振るった原初の時からずっと抱いてきた『力無き人々と魂を護りたい』という想い……それが肯定されたと思えたから。
ぽろり、ぽろり……と。
死神の頬を透明な雫が流れていく。
少女の背より生えた虹の翼。
そこに幼き日の教え子たちの姿が幻想の様に映し出されては、何かを告げていく。
言葉は聞こえない。だが、何を伝えたいかはなんとなくわかる……。
――そう、か。護廷の未来を、儂の想いをお主たちは受け継いでくれるのじゃな……。
雛鳥と思っていた小童どもは、いつの間にか雄々しく天空へと羽ばたく荒鷲へと成長していたのだ。
未来を託す……。そんな当たり前のことが出来たことが、何故か無性に――嬉しい。
「娘よ……感謝する。お主の温もりが、儂の心を救ってくれたような気がするのう」
「んぅ? えっとぉ……どうしたしまして?」
何が何だかわからないと首を傾げるヴィヴィオの頭に手を添えて優しく撫でる元柳斎。
傍目には孫を可愛がる好々爺然とした柔らかな空気を纏い始めた元柳斎の変化をしばし無言で眺めていた比古は、過去の亡霊に憑りつかれていた老人を容易く救済して見せたヴィヴィオに興味を抱き――しかし、素直に求めに応じるのは癪なので、
「くっ……ははははは! 大した者だな小娘! だが、心の思うままに生きる様は見ていて気持ちが良くもある。過去を悔いてばかりだったバカ弟子に見習わせたいくらいだ。――面白い、陸の黒船と呼ばれた御剣の殺人剣術、もう一華咲かせるのも一興か。……それで御老人、アンタはどうする?」
「……ふん。惰性を貪るのも飽いた。護廷の守り人として生きたこの儂を顎で使おうとする小童の性根を叩き直すくらいはしてやろうかのぅ」
「アンタも大概素直じゃないな……。娘、俺も手を貸してやってもいいぞ。ただし、美味い酒を用意しろよ」
「了解なのです~♪」
盃に残っていた酒を煽り、膝を叩いて立ち上がる比古。
元柳斎もまた、己が半身たる斬魄刀を手に、新たな未来へ向けて歩みを進めようとしていた。
そんな時、新たな来訪者が姿を現した。
「おや、ようやくまともな仕事をする気になりましたか」
「鬼灯」
額に角を生やし、黒い着物に身を包んだ目つきの悪い鬼神……閻魔補佐官の鬼灯が、いつも通りの無表情で現れるなり毒を吐いた。
口の悪さで定評のある彼だが、その得意技は死神であろうと普通に発揮されるらしい。
「ふん、余計なお世話じゃ。閻魔にはよろしく伝えておいてくれい」
「やれやれ、肥満体のオッサンに拾われた無駄飯ぐらいの居候の分際で偉そうに。そう言う台詞は書類仕事の一つでも手伝ってからぬかしなさい。――まあ、新米《神》の手駒に再就職された老人への手向けとして、承りましょう」
「……オヌシには傷心で落ち込んだ老人に対する慈悲が無いのか」
「おや? 老害と断言してやらないだけ優しいと思うのですが?」
「……もういいわい」
実際、過去を悔やんで不機嫌オーラを垂れ流すだけだった己に偉そうなことをいう資格は無い。
……そう思わなければ、流石の元総隊長と言えども涙腺の耐久値が危険域。
この歳で閻魔のように情けない泣き顔を晒すわけにはいかぬ。
死神が鬼神に口撃されるという実にめずらしい一幕が繰り広げられる中、ふと「あ、忘れるとこでしたっ」という顔になったヴィヴィオが、慌てて懐から紙片を取り出し、そこに記された母の言葉を読み始めた。
「えっと、シュテルママからの伝言なのです。『貴方たちに求めるのは抑止力。私たちが誤った方向に未知を踏み出そうとした際に、刃を以てソレを止める事が出来る『剣』です。私も含め、旦那様である《新世黄金神》の家族は基本的に彼と想いを共にします。思考の誘導とかではなく、自然と同じような思考回路になってしまったわけなのですが、それ故に抑止役が出来るのは一人しかいないのが現状です。それ故に、貴方たちには、手駒ではなく監視者のような役割を希望します。――まあ、状況によっては手勢として遣わせていただきますがね。では、そういうことで。……P.S.こちらに来るときは、娘の誘導に大人しく従ってください。怪我でもさせたら“コロコロ”しちゃうのでそのつもりで』――だって♪」
「物騒な上に容赦ないな、お前の母親」
「それがシュテルママクォリティなのです!」
ヴィヴィオ、渾身のドヤ顔である。
さいきょ~ドラゴン一家の辞書には、家庭崩壊という諺が存在しないようだ。
顔を見合わせ、苦笑を浮かべた死神と侍は、初めてのお使いを成功してルンルン気分な虹色天使に導かれるように地獄を旅立った。
その後ろ姿を、キセルを吹かす鬼神が静かに見送っていた。
・今回参戦した眷属さん方のプロフィール
●ゴジラ
二つ名:怪獣王
アルカナフォース:No.”8”《
解説:
平成VSシリーズでメルトダウンを起こした個体。核をエネルギーとする超生物。
怪獣族共通の冥府世界で暴れ続けていたところをダークさんにスカウトされた。
ルビー制作《鬼械竜戦士》の心臓がGMKゴジラのだったのは、彼を参入させるフラグ。
平行世界の同一存在の気配を知っていたからこそ、広大な冥府の中で彼を探し出すことが出来たというワケ。
ダークさんと契約を交わしたことで基本性能が飛躍的に強化されており、ゆくゆくはバーニングモードの制御も可能になる。
そのための補助装置として、最近復活した龍球的光の超人列伝でおなじみの装鉄鋼の開発をルビーが進めているとかいないとか。超闘士に変身する日も近いかな?
●山本 元柳斎 重國
二つ名:元護廷十三隊一番隊隊長兼総隊長
アルカナフォース:No.”13”《
解説:
尸魂界という世界で死神による武装集団『護廷十三隊』を設立し、総隊長として千年もの年月を戦い抜いた最強の死神。
全力戦闘の卍解時には太陽の熱量に匹敵する炎を産み出すことが出来る。
宿敵に手の内を晒してしまったために不覚を取り、消滅したところを旧知の友である閻魔に救われ、客将として地獄の最下層に身を寄せていた。
過去を悔やみ、転生することも出来ないまま日々を過ごしていたが、ヴィヴィオの誘いを受けて再び剣を握ることに。
《新世黄金神》一味に参入後は、ご意見番のような役割を担ってもらう予定。
ちなみに隻腕は完治済み。
●比古 清十郎
二つ名:飛天御剣流 十三代目継承者
アルカナフォース:No.”7”《
解説:
恵まれた長身とすさまじい筋力を持つ最強の侍で、重さ十貫に相当する肩当と筋肉を逆さに反る能力制御専用の白外套(継承者の証でもある)を羽織ったままでも無双の如き戦闘力を有する超人。
かなりの酒豪で、常に酒で満たされた徳利を持ち歩いているとかいないとか。
冥府の獄卒の指南役として地獄に招かれ、本人も「小奇麗な極楽なんて性に合わない」と言う理由から地獄に滞留していた。
元柳斎とはそこで知り合い、手のかかる弟子を持つ者同士という事もあって、良好な関係を築いていた。
面倒事は嫌いだが、ヴィヴィオの言葉に惹かれるものがあったのか、彼女の誘いに乗って眷属入りを果たす。
……ちなみに、師匠やご老公にもいろいろと活躍してもらう予定(某魔法先生な世界にある気の習得とか、幼女と化け物が蔓延るブラック世界で新しい弟子を見つけて貰ったりとか)。
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超番外編そのさん ViVidカーニバル!
ちまちま書き進めていたら、過去最多更新の3万文字です(驚愕)。
一発ネタのはずでしたが、せっかくなので投稿してみたり。
主役はもちろん、鮮烈な彼女です!
『さあー、盛り上がって参りましたっ! 初代デュエルキングを決める若き決闘者の祭典、第一回 ミッドチルダ・デュエリストカーニバルッ! 準決勝第一試合で最有力優勝候補 選手を僅差で打ち破った天才デュエリスト 『覇王』アインハルト・ストラトスが待つ決勝戦に駒を進めるのは、はたしてどちらだぁー!?』
「覇王、ですか……」
控室のモニターで準決勝第二試合の様子を眺めていたアインハルトは、何とも微妙な表情を浮かべていた。
デュエル大会の優勝、つまりミッド最強の決闘者という称号を得ることは、覇王流が次元世界最強と示すまたとない機会ではないか?
なのに、間違った方向に超速スキップしてるような気がするのはなぜだろう?
伝説の魂を継承したと言えど、アインハルトはまだまだ幼い少女でしかなく、目的と手段が大層愉快な横道に逸れまくっていることに気づくことが出来ない。
「で、でも私は悪くありませんっ! そもそも、選手登録で二つ名の記入欄を用意とかしちゃう大会側に問題があるんですっ! だったら、カミングアウトしちゃってもしょうがないじゃないですかっ!」
「――とか言っちゃってるけど、どう思いますか? 解説のコロナさん」
「私の記憶が正しければ、めちゃくちゃノリノリで『我が名は覇王!』 って記入していたと思いますよ。実況のリオさん」
「はうあっ!?」
友人であるコロナとリオの冷静なツッコミに胸を押さえながらよろめくアインハルト。
彼女の相棒、猫型ぬいぐるみの形状をした自立稼動型【デバイス】も、マスターの自業自得だにゃ~と呆れ顔だ。
そもそも、なんで彼女たちがここにいるのかと言えば、クラスメートで仲良しグループを形成した三人娘が、格闘技と同じくらいにハマった遊戯がデュエルだったからに他ならない。
ホテルアグスタでの負傷で長期間の入院を余儀なくされ、『神造遊戯』事件の余波で起こった治療機材の物資不足などのトラブルで入院が長引き、年単位の休学をせざるをえなかったアインハルト。
結果、復学した彼女は二つ下の学年であるリオやコロナとクラスメートになり、格闘技に興味があるという共通の趣味もあって仲良しグループを形成。
長期間に及ぶリハビリですっかり低下してしまった筋力の回復を優先したため覇王最強を示すための辻斬り行為を行う事が出来ず、必然的に放課後行動を共にするリオたちと絆が深まり、アインハルトも継承した記憶云々関係なしに、年相応の遊びを覚えていった。
その流れで、ミッドで一大ムーブメントを築いたデュエルに巡り合い、過去の有名人を模したキャラと一緒に戦うという胸が熱くなるゲーム内容にすっかり虜になってしまったのだ。
――実際、古代ベルカデッキを組み、『聖王』オリヴィエと『覇王』クラウスを模したキャラを召喚して勝利した時などは、なんというか……胸の奥にある『覇王』の魂が感涙に咽び泣いていたような気もするので、過去の想いをすっぱり忘却してしまったわけでないのだ。
そんなこんなで腕試しとして参加した第一回 ミッドチルダ・デュエリストカーニバル。
自分や聖王姉妹のように古代ベルカの魂を受け継いだ決闘者たちとの出会い、魂のぶつかり合いを交わす中で絆を結び、いくつもの激戦を乗り越えてきたアインハルトの横顔には勝利の栄冠を獰猛に狙う狩人の如き鋭さが宿っていた。
――今は、ヘタレモードでへにゃへにゃになってるけど。
普段は年上のお姉さんという感じで凛々しいのに、時々ヘタレるアインハルトを、チャンス到来とばかりに愛でまくるリオコロコンビ。
何気にそれぞれ、一回戦と準々決勝でアインハルトに負けた意趣返しをしているようだ。
これもまた、心温まる友情の形である。
「あははっ、相変わらず仲いーなぁ」
アインハルトたちがじゃれ付いていると、独特のイントネーションが特徴的な口調の少女が控室に姿を現した。
『ジークリンデ・エレミア』
彼女は、アインハルトが準決勝で下した大会の最有力優勝候補であり、アインハルト同様、伝説を継承する魔法格闘家の少女。
魔法格闘技の祭典、
【エレミアの真髄】と呼称される危機的状況下でのカード書き換え能力『ディスティニードロー』によって数多くの死闘を繰り広げてきた彼女との戦いは熾烈を極め、残りLPが僅か200という超接戦の末に『奥の手』を引き当てたアインハルトが勝利を掴みとった。
そして魂をぶつけ合う決闘を終えたことで通じるものを感じたのだろう。
まるで往年の親友のごとき親しみを抱いた二人は友好を結び、こうして決勝を控えるアインハルトの激励に赴いたのだ。
「いやな、そろそろ試合が終わりそうやから様子を見に来たんよ。ガッチガチに固まっとったら背中引っ叩いたろおもてんやけど……その様子じゃあ、大丈夫そうやね」
「……はい! 私には、支えてくれる仲間がいますから」
「あ……アインちゃん! 私も大好きだよっ!」
「ああ、もう、なんでそーゆーこと言うのかなこの娘はー! もう、結婚してー♪」
「むぎゅ!?」
左右からの全力ハグ♪ 一瞬でアインハルトの顔が(酸欠で)真っ赤に!
「あははははは! いやー、やっぱおもろいわ君ら。けど、私に勝ったんやから無様なデュエルは許さへんよ?」
「はいっ! ジークリンデさんの名に恥じない戦いをお約束しますっ」
突き出されたジークリンデの拳に己の拳を重ね合わせ、彼女の誇りも背負う覚悟を胸に灯す。
戦士の表情になったアインハルトを見て、ジークリンデが満足げに頷いた瞬間、モニターに映し出された観客の声援が爆発した。
「おうわ!? な、何々!?」
「リオ、おちついて。ひょっとして……」
「うん。どうやら決着がつくみたいやね」
『さあ、準決勝第二試合もいよいよ大詰め! 壁となるキャラクターが全滅し、伏せカードも一枚しかない絶体絶命のピンチを迎えた【ダーク・Vivid】選手! 漆黒のアーマーにフルフェイスヘルメット! さらにはガスマスクのようなフェイスマスクの下では、一体どのような表情を浮かべているのでしょうかっ!』
デュエルの進行を務めるMCのマイクを握る腕に力が籠る。
観客の興奮を煽るように喉が張り裂けそうなほどの大声で実況する彼の、会場にいる人々の視線は、今まさに絶体絶命の危機を迎えた謎の決闘者へ降り注いでいた。
どこぞの暗黒卿へと扮した謎の決闘者は、『こーほー』という特徴的な呼吸音と変声機能による大平透ボイスによって観客の注目を一身に集めている。
しかも単なるコスプレキャラクターなどではなく、デュエルの実力も超一流。
なにせ、優勝候補のひとり『雷帝』を始めとする名の知られた決闘者たちを、LPを半分以上削らせること無く、文字通り粉砕してこの場に立っているのだから。
しかし、彼女(登録用紙の性別に記入欄があった)は現在、今大会最大の危機に陥っているといって過言ではないだろう。
なぜなら、LPこそ3000だが、フィールドはほぼがら空き。
それに引き替え、対戦相手である【わんわんポチ○くん】こと、高町 宗助の場には彼のフェイバリット“槍騎士 そーすけ”と、味方のパラメータをアップさせる特殊能力を持つ“白銀の妖精 りひと”と“蟲使い るしあ”が並び立っている。
この布陣を前にして、手札ゼロの【ダーク・Vivid】に残された希望は伏せカード一枚のみ。
デュエル終盤に縺れるまでに、攻撃を無力化される魔法や罠を幾度となく発動してきた【ダーク・Vivid】がさらなる攻撃無効手段を備えているとは考えにくい以上、次の攻撃で宗助の勝利は確定しているのも同然!
故に、宗助は臆することなく攻撃を宣告する。
「こいつで決めるぜ! 俺は“白銀の妖精 りひと”、“蟲使い るしあ”のサポート効果で攻撃力を2000アップした“槍騎士 そーすけ”でダイレクトアタック! いっけぇぇえええ! 【ヴァナルガンド】――ッ!」
神狼に騎乗したそーすけの槍が妖しくも神々しい輝きを纏い、【ダーク・Vivid】のLPを削り取らんと襲い掛かる。
螺旋を描く漆黒の波動が【ダーク・Vivid】に着弾すると思われた――瞬間、彼女の右手が伏せカード発動ボタンに伸びる!
「罠発動! “リトルウエディング”! このカードは相手フィールドに男の子キャラが一体と女の子キャラが二体以上いる時に発動可能! 貴方は男の子とウエディングをあげる女の子をひとり選ばなければならない! カード効果で、選ばれたキャラは攻撃力守備力が1000ポイントアップする代わり、それ以外のキャラは総て墓地に送る! こーほー……さあ、貴方は誰を選びますか?」
「はあ? なんで俺を有利にするようなカードを……。まあ、いいや。攻守がアップするんなら、数値が高い方を選、べ……ば……ぇ?」
『おおーっと、これはぁぁぁっ! 『わんわんポチ○君』選手のフィールドには男キャラが“槍騎士 そーすけ”のみ! それに対し、女の子キャラは“白銀の妖精 りひと”と“蟲使い るしあ”の二枚だぁぁぁあああっ! こ、この図式は……っ! 幼馴染から彼女へステップアップするために乗り越えねばならない試練! まさしく、運命の二択ぅぅぅうううううっ! さあ、悩んでいます! 頭を抱えて突っ伏しています! ですが、それもそうでしょう。この選択肢は、デュエルの勝敗のみならず、リアルにも反映されかねない超絶重要選択肢なのですからぁぁあああああっ!』
「う、ううう……! お、俺は――ッ!? な、なんだこの殺気は……ヒイイっ!?」
『に、睨んでいます! リングサイドに備え付けられたサポート席で、可憐な幼馴染たちがものすごい顔で睨み付けております! これはすごい! 私は今まさに、リアル修羅場をお目にかかれているのかァァァアッ!』
なんという四面楚歌。
あるいは公開処刑。
最後の一歩を踏み出せば勝利を掴み捕れるというこの状況下で、どっちを選んでも地獄のリアルファイトへ直行コースという選択肢をつきつけられるとは。
『わんわんポチ○君』は悩んだ。悩んで、悩んで、悩み抜いて……顔を伏せたまま、そっとデッキの山札に手を置いた。
それが示す行為とは……
そう、彼は決断したのだ。
どちらかを選ぶなんて真似、自分には出来ないのだと主張することを。
それはつまり――……!
『なるほどなるほど……つまり、両方俺の嫁宣言という事ですね! ひゅぅーっ! なんと言う事でしょう、まさかの二股宣言に私、興奮します!』
観客席から放たれる冷やかしの口笛。
耳どころか首筋まで真っ赤に染まる『わんわんポチ○君』とサポーターな幼馴染~ズ。
「……スマン」「もう……っ」「……バカ」と羞恥で身悶えする『わんわんポチ○君』を左右から抱きしめる白と紫の妖精さんに、惜しみない拍手が降り注ぐ。
宣告放送でバッチリ放送されることになった恥ずかしさに耐えられなくなったのだろう。
三人仲良くインタビューの追撃を振り切って、走り去っていった。
『これにて、準決勝第二試合終了! 勝者は全身マントで正体不明なスーパー決闘者【ダーク・Vivid】選手ッ! デュエル開闢期からネットバトルランキングトップを譲らぬ生ける伝説【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】をも超えるデュエルをお見せしようと豪語するその実力はまさしく本物っ! 過去にも伝説に挑み、涙呑んだ決闘者たちが数多く存在してきました……しかし! 彼女は違います! 幾人もの優勝候補を圧倒的なパワーでねじ伏せてきた実力は間違いなくSランク! もしかすると、今日、この場で私たちは新たなる神話の幕開けを垣間見る事が出来るのかもしれません!』
若き超新星と伝説超えを宣言する謎の人物。
嘗てない好カードに観客のボルテージは、試合前からクライマックスだ。
決勝戦は三十分のインターバルを挟んでから行われる。
漆黒のマントを翻し、控え室へと戻っていく最強の敵の背中を映像越しに見つめながら、アインハルトは静かに闘志を燃やすのだった。
――◇◆◇――
準決勝の熱が冷めやらぬまま三十分という時間は瞬く間に過ぎ、決勝の開始時間を迎えることになった。
ざわめきと期待、決勝の行方を予測し合う観客の声が幾重にも重なり合い、広いドームを熱狂の渦に巻き込んでいる。
そんな中、ミッド全域にリアルタイムで中継されている一大イベント会場となったドームの司会席に、決勝のためだけに解説役を依頼された人物たちが姿を現した。
誰もが知る有名人である彼女たちの姿を目の当たりにした観客は驚きで言葉を失い、限界まで両目を見開いて観客席最前部に用意された解説席へ視線を向ける。
『さあ、さあ、いよいよ第一回 ミッドチルダ・デュエリストカーニバル決勝戦の開始が迫って参りました! スポンサーとなった時空管理局地上本部様の支援を受けて開催された素晴らしいイベントの決勝戦に相応しい特別ゲストをお呼びしました! ご紹介いたしましょう! まずは現代に蘇りし伝説! 世界の未来と我々人類の希望を護るために邪悪なる神へ抗う覚悟を抱かれた『希望司りし聖女』 カリム・グラシア様!』
『こ、こんにちわ』
純白の生地に金糸の刺繍が印された聖王教会のローブを身に纏い、はにかみながら手を振るカリムの登場に、観客席から黄色い歓声が噴きあがった。
そこには、先の戦争の発端となった彼女を責める負の感情は微塵も存在せず、むしろ、《神》という超常の存在に弄ばれる運命に抗おうとした勇気をたたえる称賛の声がほとんどだった。
彼らは知っているのだ。
世界が新生した直後に行われた管理局と聖王教会との公開会談。
その中で、彼女がどれほどの重責を背負い、怒りと憎しみを浴びせられようとも立ち止まることは出来なかったという覚悟を抱いていたことを人々は知った。
無論、戦争で傷つき、大切な人を失った被害者たちの罵倒を浴びることは避けられなかった。
しかし彼女は自らの起こした結果から逃げず、目を逸らさず、正面から受け止めた上で、世界の立て直しに心血を注いてきた。
時に憎悪の刃をその身に受け、時に言葉のすることも憚られる罵倒を浴びせられた。
それでも彼女は、それらすべてが己の背負うべき贖罪だと真摯に受け止め、真っ直ぐ前を向いて歩き続けてきた。
暗闇の庵に包まれる常夜の中で優しい輝きを放つ満月のように気高い在り様は人々の悲嘆と憎悪を癒し、再誕した“儀式”参加者たちの弁護もあって、カリムは再び人々に受け入れられたのだ。
過去を背負い、受け止め、それでも前に進もうとする彼女の在り様は、悲しみの思い出に浸る人々の未来を照らす標となったのだ。
『騎士カリムのお隣には、蘇りし『聖王』 ヴィレオ・ゼーレブレヒト閣下にお越しいただきました! 新しい未来に向かうベルカ復興の立役者となられてお忙しい中、我々の依頼を快くお受け頂き、本当にありがとうございます!』
『いえいえ、とんでもないですよ。私もこちらの大会のことは存じていましたから。叶う事なら、一参加者として出場してみたかったくらいです♪』
『おおっ、陛下もデュエルをなされるのですね! もしや『妹君』と一緒に遊ばれたりされているとか……?』
『ん~、連絡は時々取り合っているんですけどねぇ……。何でもあの子、最近お遣いを任されるようになったとかいって忙しそうなんですよ。できれば、また一緒にお茶会を開きたいのですが……ハァ』
アグレッシブな腹違いの妹とすれ違っていることを意外と気にしていたようだ。
アンニュイな感じで溜息を吐くヴィレオの横顔は、本人から溢れ出す王族特有の高貴オーラと相まって、途轍もない破壊力を生み出した。
会場のそこかしこで赤い飛沫が飛び交っているのは、多分気のせいじゃない。
かくいうMC自身も、鼻孔から溢れ出した真っ赤な情熱をハンカチで拭きとっていた……のだが、さすがにそろそろ無視するのも限界そうなので冷や汗を流しながら口を開くことにした。
『と、ところであのー……大変お伺いにくい事なのですが……騎士カリムの足元で、びったんびったん跳ねているその簀巻きはいったい……?』
「はい? ……ああ、この子ですか。気にしないでください。ただの、ごくごく有り触れた――
満面の笑顔な聖女シスターの口から、とんでもない単語が飛び出した。
ぶは!? と驚くMC以下、大多数の観客の皆さまがの反応にビクッ! と肩を震わせながら、恐る恐る足元で蠢く簀巻き――もとい、騎士カリムの警護部隊長カエデ・リンドウを見やる。
『ね、ねぇ、カエデ? やっぱり、
『ふっふっふ、騙されちゃあいけませんよ、カリム様。主従の絆とは決して斬れぬ繋がりを指し示します! そう! 運命の赤い糸が男女の出会いを司るラヴアイテムならば! 俺の身体に食い込む亀甲縛りの荒縄と女風呂へ忍び込んで集めた女性の毛髪を編み込んだ鎖のコラボレーションが生み出す簀巻きというファッションこそ、主従における最高無敵の繋がりであると言えるのです!』
『な、なるほど……! それは知らなかったわ! 世間知らずなのは自覚してたけれど、まだまだ勉強が足りないわね……カエデ、貴方は博識なのね』
『信じちゃダメでしょ、騎士カリムゥ!?』
床に這いつくばりながら、キリッ! とキメ顔を見せる自信満々はカエデの勢いに乗せられるように、一般常識が穴だらけというテンプレお嬢様っぷりをいかんなく発揮したカリムの辞書に、またひとつ誤った知識が書き込まれてしまったようだ。
きっと映像器の向こう側で、教皇に就任したローラと補佐官のマリアが自分の事務机に向かって盛大なヘッドバッドをかましている事だろう。
『騙されてはいけません、騎士カリム! 貴方は、腐界の如き醜悪な悪意に侵されそうになっているのです! そんな一般常識があってたまるものですか!』
『え? でも、カエデがこう言ってるもの……』
『どんだけ純真なんですか貴方!? ちょ、聖王閣下からもなんとか言ってあげてください!』
『ふむ……。カリムさん、私もそれは違うと思います』
ヴィレオまでもが反論に加わったことで、流石のカリムも間違っていたのかと不安げな様子を見せる。
これで一安心と一同が額の汗を拭うと同時に、希望の星となったヴォレオがこんな一言。
『縛られるのは殿方ではなく女殿の方が正しいハズですよ? この間、ユーリさんからビデオレターが届いたのですけど、その中に紐で縛られたディアーチェさんと紐の端を持つレヴィさんの姿がありましたし』
『OH――……』
なんという事でしょう。
《神》サマの世界に旅立った紫天のバカップルが仲睦まじいプレイを映像に残す、アブノーマルな趣向の持ち主であったとは。
……実際は、おやつの苺ショートを欲張ったディアーチェが、せっかく遊びに来たのにおやつを横取りされて怒り狂う『無限の龍神』がら逃げ回っていたので捕縛された瞬間を録画しただけの事だったのだが……駆け込みの仕事があったのでビデオレターを最後まで見れていないヴィレオには知る由も無い。
『ぁ……ぅ……~~ッ! それではァ、決勝戦を始めたいと思いまぁぁああああすっ! 出場選手は入場をお願いしまあっす!』
まさかのどんでん返しに焦ったMCは、不味い流れを断ち切る勢いで絶叫の如き解説を開始した。
空気を読んだ照明さんの心遣いによって証明が落とされ、選手入場口へスポットライトが降り注ぐ。
『ご紹介します! 強豪ひしめく東ブロックを制したうら若き『覇王』ッ! 現代に蘇りし不敗のカイザーアーツを継承する若き天才決闘者! 【カイザー・イングヴァルト】ぉぉおおおっ!』
MCの紹介に合わせて姿を現したのは、決闘者に相応しい戦装束に身を包んだアインハルト。
デフォルメされた猫に見える豹の形状を持つ補助制御型デバイス【アスティオン】を肩に乗せ、悠然とリングへ登っていく彼女は、戦闘形態である十歳後半の外見年齢へと変身する
やや緊張した面持ちではあるが硬さは無く、観客の声援に手を振ることで応えながらリングの両サイドに設置されたデュエリスト専用のバトルテーブルへ向かう。
大会では、格闘技の試合も行われるリングの両サイドにソリッドビションシステムによってカードを具現化させてデュエルを行うルールとなっている。
自分に宛がわられたバトルテーブルにつくと、
腕を組み、不動の姿勢で西側入場門を見据えるアインハルト。
彼女の準備が整うのを待ってから、新たなスポットライトが西側入場門を照らす。
『続いて登場するのは正体不明! 謎な謎を呼ぶ暗黒の使者! 一度たりともLPを半分以上削られること無く決勝の舞台に進撃してきた、まさしく常闇の『殺し屋』! 【ダーク・Vivid】選手の登場だぁぁあああああっ!』
煌めくスポットライトの光を切り裂く黒き刃。
それは雄々しく翻された漆黒のマントが描く軌跡。
怒濤の歓声を浴びて怯みもせず、『こーほー』とくぐもった呼吸音を響かせながら悠然と登場した漆黒の騎士。
――っく!? 肌を突き刺すようなこの眼差し……やはり、ただ者ではありませんね!
表情が一切わからない不気味な相手に気圧されそうになる己を叱咤するアインハルトを見据えながら対面のバトルテーブルについた【ダーク・Vivid】。
【ダーク・Vivid】は一度だけ会場を見わたしてからアインハルトの後方、彼女サイドのサポート席で声援を送っているリオとコロナをしばし見つめて、ふっ、と肩を下ろした。
その仕草が、まるでアインハルトに友人がいることを安堵したように見え、思わず片眉を跳ねあげてしまう。
なんで全身黒づくめのマスクマンにぼっち疑惑をかけられなきゃならないのですか! と内心で獅子の如く憤慨するアインハルトの様子に微塵も気づかず、【ダーク・Vivid】はマントから引き抜いた片腕で己の胸元で点滅する発光板を軽く叩く。
するとそれが、奇妙な機械音を鳴らせながら前方にスライドし、その中から白いナニカがカードデッキを差し出した。
ごくごく自然な流れでデッキを受けとり、バトルテーブルにセットしたことで、両者の準備が整った。
『両者準備が整ったようです! さあ、遂に運命の瞬間がやって参りました! 勝つのは翡翠の『覇王』か、常闇の『殺し屋』か! ミッドチルダ・デュエリストカーニバルファイナルバトル……レディ・ゴォォオオオオオッ!!』
「行きます!」
「こーほー……どこからでもかかってきなさい」
「「
先行後攻はランダムで決定する。
互いにデッキからカードを五枚引き、扇状に手札を構える両者の視線は、バトルテーブルに備え付けられた先行後攻が表示されるモニターへと注がれる。
最強を決める決勝戦の先手をとる資格を与えられたのは――、【ダーク・Vivid】。
「先行か。ならば私のターン、私は手札から“龍王だーくさん”を攻撃表示で召喚」
“龍王 だーくさん”
ランク:☆☆☆☆
属性:闇
ATK:2000
DEF:1700
効果:
・自分のターンのスタンバイフェイズにこのカードが表側表示で場に存在するとき、このカードを墓地に送って手札・デッキから“悪龍王 だーくさん”を特殊召喚することができる。
【ダーク・Vivid】のメインアタッカーとして活躍し、ミッドチルダで知らぬ者のいない『彼の龍神』をイメージしてデザインされたキャラクターの登場に、観客席からわれんばかりの歓声が上がる。
「さらに私は魔法カード“伝説の石板”を発動。“だーくさん”と名のつくキャラクターを2ランクレベルアップさせる。我がデッキより出でよ、“黄金龍神 だーくさん”!」
“伝説の石板”
通常魔法カード
効果:
・“だーくさん”と名のつくキャラクターを最大2ランクレベルアップさせる。
“黄金龍神 だーくさん”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆
属性:光(闇)
ATK:3000
DEF:2600
効果:
・このカードは闇としても扱う。
・カードが表側表示で場に存在する時、カードを破壊する効果を無効化することができる。
・カードが召喚・特殊召喚された時、相手フィールド上に存在するカードを2枚まで選択し、破壊することができる。
・敵キャラクターを戦闘破壊したターンの次のスタンバイフェイズ、このカードを墓地に送ることで手札・デッキから“黄金龍神2 だーくさんEX”を特殊召喚することができる。
「1ターン目の先行なのでカード破壊効果は発動できないが、それでも十分。私はカードを1枚伏せて、ターンエンド」
プレイヤー名:【ダーク・Vivid】
LP:4000
手札:2枚
キャラクターゾーン:
“黄金龍神 だーくさん”
伏せカード:1枚
「いきなり攻撃力3000の上級キャラクターを……でも! 私のターン、ドロー! ……私は“ぽんぽこ はやて”を召喚します」
“ぽんぽこ はやて”
ランク:☆☆☆
属性:闇
ATK:1800
DEF:1500
効果:
・カードの召喚に成功した時、デッキから『
アインハルトの場に召喚されたのは、某配管工のオヤジも着たことのある狸スーツ姿のデフォルメはやて。
おでこに葉っぱが乗っかっていたり、「タヌキって言うなやー!」 とプリプリ怒っている様は本人もそっくりと太鼓判を押すに違いない。
「さらに“ぽんぽこ はやて”の効果発動! カード効果により、『
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆
属性:火
ATK:2800
DEF:1000
効果:
・相手キャラクターへの攻撃時、攻撃力が200ポイントアップする。
・『はやて』と名のつくキャラが自分フィールドに存在する時、装備魔法カード“レヴァンティン”をデッキ・墓地から手札に加えることができる。
“レヴァンティン”
装備魔法カード
効果:
“しぐなむ”、または“りいん”と名のつくキャラクターのみ装備可能。
装備したキャラクターの攻撃力を500ポイントアップさせ、貫通ダメージを与える。
“
ATK:2800 → 3500
「バトル! “黄金龍神 だーくさん”に“
自身の効果と装備魔法によって炎の剣を構える“しぐなむ”の攻撃力が、超然と佇む“だーくさん”を上回る。
ドームの天井近くまで達する烈火の火柱を上段に構え、雷光の如き剣閃となって“だーくさん”へ襲いかかった。
この攻撃が通れば、【ダーク・Vivid】のエースを破壊出来る上に、続く“はやて”のダイレクトアタックでLPを大きく削ることができる。
しかし、彼女も決勝まで勝ち進んできた
そう易々と攻撃を通すほど甘く無い。
「罠発動、“虚空への扉”! 相手の攻撃を無効化し、バトルフェイズを強制終了させる!」
“虚空への扉”
通常罠カード
効果:
・相手の攻撃を無効化し、バトルフェイズを強制終了させる
炎の剣が命中する瞬前、“だーくさん”が突き出した掌に漆黒の闇が渦巻くマイクロブラックホールが発生、“レヴァンティン”が纏った炎を残らず吸い込み、消し去ってしまった。
「やはりそう簡単には行きませんか……。私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです」
“
ATK:3500 → 3300
効果が終了し、“しぐなむ”の攻撃力が低下する。
それでも“だーくさん”を上回っているので、次のターンで対処手段を見出す必要性があるだろう。
プレイヤー名:【カイザー・イングヴァルト】
LP:4000
手札:4枚
キャラクターゾーン:
“ぽんぽこ はやて”
“
伏せカード:1枚
『両者、1ターン目から強力キャラを召喚する目の離せない展開だー! だが、互いのLPは無傷のまま! 果たして、ファーストアタックを決めるのはどちらになるのでしょうか!?』
「私のターン、ドロー」
観客を煽るMCの解説など聞こえていないかのように、淡々とカードをドローする【ダーク・Vivid】。
しかし、対峙するアインハルトだけは、マスクの向こうで彼女が口端を吊り上げたことを感じとった。
「私は“マジカルガール かりん”を召喚。さらに魔法カード“次元を超える絆”を発動! チューナーキャラクター“メガーネ みゆき”をデッキから特殊召喚!」
“マジカルガール かりん”
ランク:☆☆☆☆
属性:光
ATK:1800
DEF:1800
効果:1ターンに1度、相手の攻撃を無効化する。
“次元を超える絆”
通常魔法カード
効果:
自分フィールド上に“マジカルガール かりん”、もしくは“リリカルガール なのは”が存在する時のみ発動可能。
手札・デッキ・墓地から『
“
ランク:☆☆☆
属性:風
ATK:1000
DEF:1000
効果:
・『チューナーモンスター』
・このカードの召喚に成功した時、“なのは”と名のつくキャラクターを1体、特殊召喚することができる。
ぽむっ! と可愛らしい効果音を立ててフィールドに飛び出した“かりん”と“みゆき”。
眼鏡を『くいっ』と押し上げる長女と、ちっさい杖をバトンのように回転させながらポーズを決めた次女が手を重ね合わせ、何かを祈るように目を閉じた。
「そして“
“リリカルガール なのは”
ランク:☆☆☆
属性:光
ATK:1900
DEF:1700
効果:
・このカードの召喚時、相手の場に表側表示で存在する永続罠を1枚選択して破壊することができる。
姉たちの導きに応えるように、桜色の羽を舞い散らせながら召喚されたちび“なのは”。
並び立った三姉妹が、【ダーク・Vivid】の想いに応える様に気合を込めた顔つきでアインハルトを睨みつける。
デフォルメされた高町姉妹の口元が3連『へ』の字になって見えるので、怖さどころか微笑ましさしか感じないが。
「うむうむ……ハッ!? ご、ゴホン! さあ、私の本領はこれからだ! 私はランク4の高町次女とランク3の三女に、ランク3の高町長女をチューニング!」
ほんわか和みオーラをしばし堪能した【ダーク・Vivid】がワザとらしい咳払いをすると、空気を読んでスタンバっていた高町ちび3姉妹が天高々と飛び上がる。
長女の“みゆき”が三つの光の環に転身し、その中に飛び込んだ“かりん”と“なのは”の身体が重なり合い、眩い閃光の爆発となってスタジアムを照らす。
「繋がる絆の結晶が、夢幻の未来の標となる。天へと駆け昇る翼となれ! シンクロ召喚! 降誕せよ、“
天空に渦巻く光の嵐を吹き飛ばし、地上へと舞い降りる戦乙女。
輝く三対六枚の翼を羽ばたかせ、絶望を消し去る戦乙女が降誕を果たした。
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光
ATK:3300
DEF:2500
召喚方法:“かりん”と名のついたキャラクター + チューナー + 1体以上のキャラクター
効果:
・1ターンに1度、以下の効果を発動できる。
① 自分のデッキの上からカードを5枚めくり、その中にある魔法カードの数に応じた回数、1度のバトルフェイズ中に攻撃できる。
② 相手の攻撃宣言時、このカードを墓地に送ることでバトルフェイズをスキップさせることができる。
この効果を発動させたターンのエンドフェイズ、このカードを守備表示で特殊召喚することができる。
③ 相手がキャラクター効果、魔法、罠を発動させた時、手札にある同種のカードを相手に見せることで効果の発動を1ターンだけ封じる事が出来る。
ただし、この効果で無力化できるのは1ターンに1度であり、発動できなかった相手のカードも墓地に送る必要はない。
『でっ、でたぁあああああああっ! あまりの強力さ故に、5枚しか生産されなかったと噂される
沸き立つ観客に応え、
主を護るべく、剣を構えて前に出た“しぐなむ”の眼光をものともせず、不遜に佇む“だーくさん”の傍らに降り立ち――ごくごく自然な動きで腕を絡めた。
意外そうな表情で“かりん”に振り返る“だーくさん”
「……あによう」と言いたげにそっぽを向く“かりん”の甘えを嬉しく感じたのか、「ふっ」と柔らかな微笑みを浮かべた“だーくさん”が首を傾げる様に頭を倒して……“かりん”の頭に『こっつんこ』。
「うりうり~」と“だーくさん”が額を擦りつければ、「うにゅう~!」 と擽ったそうに背を震わせる“かりん”。
(((((お前ら、そーゆーことは余所でやれや))))
召喚から始まるいちゃいちゃを見せつけられた観客席から多数の舌打ちがはじけ飛び、先ほどまでとは違う意味のざわめきがドームを埋め尽くす。
なんだか、とってもよろしくない空気に変わりつつあるのを敏感に察知した【ダーク・Vivid】は、ちょっぴり慌てて攻撃宣言を下す。
「“
攻撃宣言を受け、真っ赤な顔で構えをとった“かりん”の杖から三条の閃光が迸り、アインハルトのフィールドへ襲いかかる。
攻撃力3300の3連撃を許してしまえば、このターンで決着がついてしまう。
手札と伏せカードの間で交互に視線を行き交わせたアインハルトはこの状況を打破するための
「手札の“
「甘い! “戦乙女 かりん”のさらなる効果! 貴方が発動した“
アインハルトの手札から具現化した青い犬……『自称』狼の遠吠えと共に発生した茨の如き防御結界が“はやて”たちを護る鉄壁の防壁となるはずだったが、先の砲撃を追い越す速度で“かりん”の翼から流星の如き速さで射出された閃光が障壁を紙のように貫通し、手札の“ざふぃーら”のカードに突き刺さる。
戦乙女の断罪を受けた番犬は磔にされた罪人のように色彩を失い、無力化されてしまう。
しかし、この状況を読めないアインハルトではない。
“かりん”の弱点、ひとつの効果は1ターンに1度しか発動できないという弱点を突くために、あえて手札の効果を発動させたのだ。
「この状況は読めていました! 本命はこちらです。リバースカードオープン! “らぶり~、なはと”! 相手キャラクター1体の攻撃を無効化し、このカードを装備。『なはと』の可愛さに骨抜きとなった装備キャラは3ターンの間、攻撃も表示変更も出来なくなります!」
“らぶり~、なはと”
永続罠カード
効果:
相手キャラクターの攻撃宣言時に発動可能。
攻撃を無効化し、攻撃してきた相手キャラクターの装備カードとなる。
装備したキャラクターは3ターンの間、攻撃と表示変更が不可能になる。
リバースしたカードから飛び出した純白の体毛と羽の生えたキツネのような不思議生物『なはと』。
『ぴょこーん』と可愛らしい効果音を上げて“かりん”の胸元に飛び込んだ『なはと』の可愛らしさに胸を打たれ、目をハートマークにした“かりん”はメロメロ状態に。
「ぬう……ならば、“黄金龍神 だーくさん”で“
“だーくさん”の左腕が幻影のように霞むほどの速度で振るわれ、弧月を形どった斬撃が“はやて”目掛けて撃ち放たれる。
放射状に放たれた斬撃の嵐は弧の軌道を描きながら“はやて”の四肢に命中し、動きを止める。
激痛による苦悶の表情を浮かべた“はやて”が視線を下げてしまった瞬間、魔力残滓を切り裂くほどの爆発的加速で距離を詰めていく“だーくさん”。
迫り来る暴威に気づいた“はやて”が戦慄を顕わにした刹那、天高々と振り上げられた
「ポンポコー!?」とお約束な悲鳴を上げて爆散する“はやて”。
猛撃の風圧に煽られ、弱々しく宙を舞い落ちていく葉っぱが、本体の消滅に僅かに遅れて霧散した。
【カイザー・イングヴァルト】
LP:4000 → 2800
「ぐうっ……!?」
「ターンエンド……こーほー」
プレイヤー名:【ダーク・Vivid】
LP:4000
手札:0枚
キャラクターゾーン:
“黄金龍神 だーくさん”
“
伏せカード:0枚
『これはすごい! 手札こそ全て消費してしまいましたが、最強クラスの上級キャラ二体がフィールドに並び立ったぁぁあああ――! さあ、【カイザー・イングヴァルト】選手、ここから巻き返しは成るか!?』
最新式のソリッドビションシステムで再現された爆風に対し、四肢を魔力で強化することで抗うアインハルト。
幻影だと頭で理解できているのに、いざ対峙すると“だーくさん”というキャラに秘められた幻想の強さに身震いする。
もしこの場で相対していたのがカードと機械で再現された幻影なのではなく、本物の龍神であったならば……きっと自分は、瞬きすら出来ずに地面の味を噛み締める事になるだろう。
デフォルメされた“だーくさん”から漂うオーラの向こう側から、『最強』がこちらを睨み付けているような錯覚に支配され、アインハルトの足が痙攣したように震え出す。
「っ! 覇アッ!」
アインハルトの抱く本当の願い。
【覇王流】が最強であると証明するためには、必ずや乗り越えねばならない高すぎる壁……『最強』の称号を持つ
絶望と悲嘆に満ちた結果しか見えない未来のイメージを振り払うように、痙攣した太股に拳を叩き付け、喝を入れる。
今は【覇王流】の使い手としてではなく、ひとりの『
余計な雑念など、今は必要ない。
「私の、ターンッ!」
己がやるべきことはたったひとつのシンプルな
「ドローッ!!」
これで手札は5枚。手札とは単なるカードに非ず。
魂と魂をぶつけ合う『
手札が多いということは、それだけ多くの選択肢を与えられたという事に等しい。
顔元まで持ち上げた手札と場のカードを交互に見て、勝利へ通じる道筋を描いていく。
デュエルはまだ開始直後、先制の一撃を受けただけだ。
だが、敵の場には強力なパラメータのみならず、自己進化能力まで備えている“だーくさん”と、強力無比な特殊効果を有する“かりん”。
消極的な護りに徹しようものなら、爆発的な破壊力で瞬く間に撃ち貫かれてしまう。
実際、準々決勝であの『雷帝』との試合では、高防御力のキャラを城壁のように構え、直接攻撃持ちのキャラと魔法でLPを削る戦法をとった彼女を正攻法……高火力キャラによる蹂躙で打ち倒している。
少しでも引いた瞬間、喰い破られる。そんな威圧感と闘志を、無機質な仮面越しに感じられる。
幸い、【ダーク・Vivid】の手札はゼロ、伏せカードも無い。
ピンチは同時にチャンスでもある。
先祖より受け継いだ不退転の志――【覇王流】の教えと闘志を胸に、アインハルトはここで勝負をつけるための切り札を切る!
「私は手札から速攻魔法“アースラ・リジェネレーション”を発動! 手札を総てデッキに戻し、戻したカードに一枚加えた枚数のカードを新たにドローします!」
“アースラ・リジェネレーション”
速攻魔法カード
効果:
手札を総てデッキに戻し、戻したカード+1の枚数を手札に加える。
手札リセットに加えて新たなカードを一枚ゲットできる、非常に強力な手札交換カード。
これにより、アインハルトは事実上、手札ロス無しで新たなカードを手に入れたことになる。
「……往きます! スケール6の“古代覇王 クラウ”とスケール10の“古代聖王 オリヴィ”でペンデュラムスケールをセッティング!」
アインハルトの宣言と共にカードがセットされた二つのペンデュラムゾーンから青い光の柱が立ち昇り、天へと駆け上がる光を極点として天空魔法陣が描き出された。
巨大な環に見える魔法陣の中央から水晶の如き煌びやかさを宿す輝石が顕現、振り子のように光の柱の間で揺れ動く。
輝く柱の中心に浮かび、鎮座するのは、純白の戦装束を纏った金髪の女性“オリヴィ”と、無駄を省き、袖などの余裕を持たない実践的な騎士甲冑を装備した青年“クラウ”。
白色だったドームの天井が蒼く染まり、観客席のボルテージが臨界まで引き上げられていく。
“ペンデュラムキャラクター”と呼称される最新鋭のキャラクターカード。
その神髄は、カードに記された『スケール』というキャラクターのランクを指す数字を持つカードを二枚、ペンデュラムゾーンに置くことで発動する『宣言してからの大量特殊召喚』!
「これでランク7から9のキャラクターを同時に召喚可能! 揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク!」
アインハルトが天へと掲げた3枚のカード。
天空魔法陣より降り注いだ光の粒子がカードに吸い込まれ、脈動と共に眩い閃光を放つ。
宙に浮かぶ輝石が円を描き、カードから立ち昇った光を増幅させながら魔法陣へと誘い、新たなる時代を切り開く“
「ペンデュラム召喚! 来てください、私の仲間たち!」
アインハルトのフィールドに七色に輝く光が降り注いだ。
その光は三つの輝きへ分裂し、三人の少女の姿をしたキャラクターたちへと変わる。
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:風
ATK:2800
DEF:2500
効果:
・相手フィールド上にキャラクターカードが存在する時、このカードは相手プレイヤーへダイレクトアタックができる。
・このカードを対象にしたキャラクター効果、魔法、罠を無効化することができる。この効果を発動した場合、攻撃力と守備力が300低下する。
パラメータ低下は次の自分のスタンバイフェイズまで継続。
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:地
ATK:3500
DEF:3000
効果:
・攻撃宣言時、相手のフィールドに存在する総てのカードの枚数×200分、攻撃力と守備力がアップする。
・このカードが表側攻撃表示でフィールドに存在する時、相手は必ずこのカードに攻撃しなければならない。
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆
属性:風
ATK:2500
DEF:2000
効果:
・このカードが相手キャラクターと戦闘を行う場合、相手に与えるダメージが倍になる。
・相手の攻撃宣言時、相手フィールドに存在する最も攻撃力の高いキャラクターの攻撃を無力化し、その攻撃力の半分のダメージを相手に与える。
召喚された3人の少女。
DSAAインターミドル大会で上位入賞を果たした記念としてカード化された、新たなる世代を作る美少女闘士たちをイメージしたちびきゃらが構えをとる。
「バトル! 行ってください、“じーくりんで”! 万物引き裂き、殲滅する神なる剛爪! 【
“
ATK:3500 → 3900
【ダーク・Vivid】の場に存在する2枚のカードに立ち向かう闘志を纏い、“じーくりんで”の攻撃力が更なる高みへと昇る。
短い足で『てちてち』と可愛らしい足音を立てながら駆け出した“じーくりんで”が巨大な爪手甲を装着した片腕を振り上げ、戦慄する程に禍々しいオーラが迸る!
そうはさせまいと、バトルフェイズをスキップする“かりん”の効果を発動させようとした【ダーク・Vivid】だが、彼女が『なはと』にメロメロ状態なのを思い出し、引き攣った悲鳴を零す。
「っク!? まさか、この状況を見越してあの罠を!? ――うぐっ!?」
“じーくりんで”の身の丈を超えるほど巨大なオーラの爪が“だーくさん”に直撃、効果によって自身の破壊を無効化したとはいえ、攻撃力の差分ダメージが【ダーク・Vivid】を襲う。
【ダーク・Vivid】
LP:4000 → 3100
「まだまだっ! “う゛ぃくとーりあ”は、表側表示で存在する時、相手にダイレクトアタックすることができます! 追撃の槍撃! 【九式“霞”】!」
ダメージにたたらを踏む【ダーク・Vivid】の胸元に、雷を纏った光の槍が着弾、非殺傷魔法の応用で表現された魔力ダメージを受けて、【ダーク・Vivid】
が後方の壁へ吹き飛ばされる。
リングを覆う壁が砕け散る程の衝撃が波紋のようにドームに広がり、舞い上がった粉塵が【ダーク・Vivid】の姿をかき消した。
【ダーク・Vivid】
LP:3100 → 400
『クリティカルヒットぉぉおおお――ッ! ついに謎の殺し屋のLPがレッドゾーンに! ペンデュラム召喚を起点とした怒濤の連続攻撃! 【ダーク・Vivid】選手、果たして立ち上がる事が出来るのでしょうかぁぁあああっ!?』
『すごいですね……とてもカードゲームとは思えない惨状です』
大興奮で捲し立てるMCの解説に湧き上がる観客たち。もはや怒号と化したソレは、カリムの呟きを容易くかき消してしまうほどだ。
ここまで無敵を誇ってきた謎の暗黒卿を、あと一歩まで追い込んだ新鋭の美少女決闘者を讃える声がドームを満たす。
観客も、正体不明の怪人物より、素顔を晒した美少女の応援に力が籠るのはある意味当然の事なのかもしれない。
格闘技の試合ではないのでカウント制限はないが、長時間『
果たして立ち上がれるのか、アインハルトと観客たちの視線が未だ舞い上がる粉塵へと注がれた。
……その瞬間、
「いやー、あいたたた~。やられちゃいました~」
煙の向こう側から可愛らしい
年若い、少女特有の可憐な声質がアインハルトの脳裏に引っ掛かるものを感じさせた。
「この声……どこかで……?」
戸惑うアインハルトの疑問に答えるかのように、濛々と舞い上がっていた粉塵が突如巻き起こった豪風によって振り払われ、その向こうからアーマーに無数の亀裂を走らせた【ダーク・Vivid】が姿を現した。
顔を覆っていたマスクには口元部分が砕け散っているらしく、ピンク色の瑞々しい唇が顕わになっている。
胸元の電子パネルのような装甲は完全欠落し、その奥で空洞になっているスペースにうさぎのぬいぐるみ型【デバイス】がちょこんと鎮座して、アインハルトに向けて手を振っていた。
ものすごく見覚えのあるぬいぐるみ……もとい、【デバイス】を見て、『あっ!?』 と声を上げたのは解説席のヴィレオ。
思わず口元を押さえ、可愛らしく丸みを帯びた瞳を限界まで見開いて、信じられないモノを見たかのように驚きを顕わにしている。
『まさか……貴方は!?』
「ふふ~ん♪ 絶対絶命の大ピンチ……正体を明かすには最高のシチュエーションだねっ! 『クリス』、偽装解除! セーット・アーップ!」
人さし指で天を指して宣言した瞬間、風が渦巻き、メットから飛び出した
クリス……否、【セイクリッドハート】が眩い虹色の魔力を解き放ち、偽装兵装の暗黒卿コスが魔力粒子に分解、彼女本来の
轟々と渦巻く魔力の竜巻から姿を現したのは、白と紅に彩られた金の少女。
その身を包むのは、全体的に丸みを帯びた非戦闘形態の鋼手甲『
首元には【セイクリッドハート】をイメージした兎のアップリケがあしらわれた真紅のマフラー。
アインハルトと同じ、左右で色彩の異なる瞳に宿す気高き魂の輝き。
その姿を垣間見た観客たちは、解説席で思わず立ちあがってしまった『聖王』との間を何度も交互に視線を彷徨わせてしまう。
それも仕方ないだろう。
何故なら、彼女たちは遺伝子の根源を同じにする姉妹にして同一人物。
『聖王』オリヴィエの系譜に連なる、もうひとりの『聖王』なのだから。
ざわめきと驚愕で支配されたこの場所にいる全ての人々へ宣誓するかのように、振り上げていた指先をアインハルトへ突きつけ、声高々に名乗りを上げる!
「【ダーク・Vivid】改め、【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】! 『聖王姫』ヴィヴィオ・スペリオル参上っ、なのです!」
『お、おおお……うぉおおおお――ッ!! まさか、まさかのご登場ッ!? 《新世黄金神》様のご息女にして、聖なる姫巫女! 『聖王姫』ヴィヴィオ様がご登場――っ!? というか、長年ランキングトップに君臨し続けてきた謎のチャンピオンって、貴方のことだったのですか!?』
「うん、そうだよ~。あっちのお城でもネット通じるからねぇ。――ね、ダークパパ♪」
「うむ。このご時世、神であろうとネットスキルは必須技能だからな。決してあのオカン神に《いやいや、いまどきタイピングもまともに出来ないなんて情けない方ですねぇ……》と鼻で笑われてムカついたからじゃないぞ。――ムカついたからじゃないんだからな!」
「はいはい。わかってるし、大事なことじゃないから二回繰り返さなくてもいいの。てか、歯軋りするくらい悔しかったの?」
「あのオバさん、眷属に機械族を大量に従えてるから技術系のスキルがハンパないんだよ。眷属の力は主である自分の力も同義とかぬかしやがって……っ!」
「ダークちゃん、どうどう。折角ヴィヴィオの晴れ舞台なんだから、応援してあげないと、メッ! だよ」
「……そうだな。よし、切り替え終了だ。ヴィヴィオ、がんばれよ」
「頑張りなさい。もし優勝できたら、私たちからも特別なご褒美をプレゼントしてあげますよ」
『うわあああっ!? いったい、いつの間に!? 【ダーク・Vivid】……い、いや、【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】選手側のサポート席に、《新世黄金神》様ご一行がっ!?』
『さきほど粉塵で視界が閉じられた瞬間に顕現されたのでしょう。態々ドッキリを仕掛けてくるあたり、相変わらず性格の悪いお方ですね』
カリムの非難も何のその、何故かフル装備――《新世黄金神》スペリオルダークネス&鎧闘神モードのアリシュコンビ&戦乙女モードの花梨――の登場に、観客たちのテンションが限界突破。
もはや何を言っているのかわからない程の叫びに、妻嫁愛人トリオが仲良く耳を押さえてしまう。
その一方で、リングに戻ったヴィヴィオはシュテルのご褒美発言に目を輝かせていた。
「ご褒美っ!? ホントですか、シュテルママ! よーっし、ここからは本気の本気、全力200%で行っちゃいますよー! 御覚悟なのです、あーちゃんっ! まだ、あーちゃんのターンは終わってませんよっ」
「え、あ、はい……私はこのままターンエンドです」
勢いに呑まれた感じが否めないが、ペンデュラム召喚によってアインハルトの手札はゼロ。
どちらにせよ、これ以上打てる手は存在しない。
プレイヤー名:【カイザー・イングヴァルト】
LP:2800
手札:0枚
キャラクターゾーン:
“
“
“
“
伏せカード:0枚
「さーって、私の場には破壊を免れた代わりにボロボロになった“だーくさん”と、攻撃も表示変更も能力も封じられた“かりん”だけ。伏せカードも無く、手札もゼロ。まさに、絶体絶命の大ピンチですね~」
台詞に反して、ヴィヴィオの顔に悲壮感は微塵も存在しない。
何故なら、彼女は知っているからだ。
どんな危機に落ちようとも、立ち止まらずに前を向いて歩き続ける者の元へ、勝利の鍵が舞い降りるということを。
故に、瞳を閉じながらデッキトップにかけた指先に全神経を集中させ、この窮地を脱する最高のカードをイメージする。
「はぁぁぁあああああああああっ!」
【Accel Boost!!】
ヴィヴィオの闘志に応える様に、【
そして――跳躍。
独楽のように回転しながら数十メートルもの高さまで跳躍したヴィヴィオの右手に黄金の輝きが宿る。
それは奇跡を手繰り寄せる力。
選ばれし
「かっとビングだよ! 私――っ!! 運命を切り開く閃光の
クルクル回転しながら着地を決めたヴィヴィオが、勢いそのままにデッキトップに指を置き、眩い光の軌跡を描きながら1枚のカードを引き抜く。
手首を返しながら人さし指と中指で挟まれたソレを確認し、ここから描き出された勝利への道筋を導き出す!
「私は“かりん”を墓地に送ることで魔法カード“神住まう聖域 天空龍神城”を発動! サイコロを2つ転がし、1つ目の出た目の数だけカードをドローし、その後、2つ目の出た目の数だけデッキのカードを墓地へ送ります!」
“神住まう聖域 天空龍神城”
通常魔法カード
効果:
自分フィールド上に存在するランク8以上のキャラクターを墓地に送ることで発動。
サイコロを2つ転がし、それぞれの出た目の数の枚数分、デッキからカードをドローし、墓地へ送る。
ただし、墓地に送ったカードのランクが8、9の場合はドローカード数を半分とし、ランク10以上の場合は、出た目の数をそのまま適用する。
ヴィヴィオが発動したのは、優れたパラメータを有する高ランクキャラを代償とすることで、手札補充と墓地肥しの両方に対応できる非常に強力な魔法カード。
しかし、十分高ランクと呼べるランク8や9のキャラクターを代償にしたとしても、最大で3枚しかカードを引くことが出来ない。
ランク10越えのキャラクターそのものが希少価値の高いレア中のレアであることを鑑みると、非常にピーキーな効果を有していると言わざるを得ない。
だが、手札の無いこの状況下では、戦局を覆す最高の一手と成りうる可能性を秘めている。
魔法効果で実体化した赤と青の二つのサイコロ。
赤が手札補充に、青が墓地落としに対応している。
ヴィヴィオとアインハルトの視線が向けられる中、『ぽ~い』と軽いノリで放り投げられたサイコロが宙を舞い――運命を決める数字を示す。
赤――2。
青――5。
「……私は新たに2枚のカードを手札に加え、その次の5枚を墓地へ落とします。……ただし、5枚中4枚は墓地に送られず、エクストラデッキに落とします」
顔を俯かせながら処理を進めていくヴィヴィオに向けられる観客の視線は、同情を含むものがほとんどだった。
手札補充が叶ったとは言え、それでも僅か2枚。
エクストラへ落とされたカードが少々気になるが、このタイミングで多少の墓地肥し程度がどれほどの効果があるというのか。
「……ふ」
「!?」
「ふふ……あははははっ! 来たよ、私の切り札っ!」
「なんですって!?」
肩を震わせながら表情の見えなかったヴィヴィオが勢いよく顔を上げて笑顔を振りまく。
そこに悲壮感など存在しない。
あるのは、己の勝利を確信した自信に満ちる強者の笑み。
それを証明するかのように、手札に加わった2枚のカードを頭上に振り上げ、声高々に叫ぶ。
「私は、スケール1の“
ペンデュラムゾーンにセッティングされたのは、最愛の母たちをイメージしたキャラクターカード。
雷を纏った魔女装束の“ありしあ”と炎の翼を羽ばたかせる“しゅてるん”によって形成された光の柱が天に向かってそびえ立ち、それぞれのスケールNoが浮かび上がる。
「これでランク2から11のキャラクターを同時に召喚可能!」
「くっ、あなたもペンデュラムを……! ですが、手札がゼロの状態でいったい何が出来るというんですか――ッは!? いや、まさか……先ほど餅に送られず、エクストラデッキに落とされたカードって!?」
「そのとおり! さっきエクストラデッキに送った4枚のカードは……ペンデュラムキャラクターだったのです! ペンデュラムキャラクターは墓地に行かず、エクストラデッキに送られる。その理由はもちろんわかってるよね?」
「エクストラデッキに落とされたペンデュラムモンスターは、ペンデュラム召喚によって再び復活する……!」
「その通り! でも、まずはこっちが先なんだよねっ。私は“黄金龍神 だーくさん”の効果発動! 前のターンに“はやて”を戦闘破壊しているため、このカードを墓地に落とすことでデッキから“黄金龍神2 だーくさんEX”を特殊召喚!」
ヴィヴィオの宣告に応えるかのように身体を震わせ、天高々と舞い上がった“だーくさん”の身体が光の繭のようなものに包み込まれ、ドームに漂う光の燐光を吸収、更なる高みへ進化する。
「“黄金龍神2 だーくさんEX”……招来っ!!」
光の繭が爆散し、新たなる龍神が顕現した。
両肩の龍鎧装が一回り大きくなり、翼の形状も『X』を描くように変化している。
鎧の形状こそ大きな変化は見受けられないが、その内に秘められた力は、『聖王姫』のフィールドに鎮座する最強たちにまったく引けを取らない。
“黄金龍神2 だーくさんEX”
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:光(闇)
ATK:4000
DEF:4000
効果:
・このカードは闇としても扱う。
・カードが表側表示で場に存在する時、カードを破壊する効果を無効化することができる。
・1ターンに1度、相手フィールド上に存在するキャラクターカードを総て破壊することができる。この効果を発動したターン、このカードは攻撃できない。
・敵キャラクターを戦闘破壊したターンのエンドフェイズ、このカードを墓地に送ることで手札、またはデッキから“黄金龍神3 だーくさんSR”を特殊召喚することができる。
「続けていくよぉ! ――私の魂に宿りし黄金の輝きよ! 遍く闇夜を切り裂く閃光と成りて、我が元へ顕現せよ! ペンデュラム召喚! きて、私の仲間たち! 集いし最強……“
ヴィヴィオの向上と共に彼女のエクストラデッキから4つの光がフィールドに舞い戻り、その姿を顕わにする。
顕現したのは、新たな仲間となった《
新たなる力と姿を得て、ミッドの大地に『最強の元に集いし最強たち』が現出する!
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:闇
ATK:3800
DEF:3500
効果:
・このカードは、自分フィールド上に“だーくさん”と名の付いたキャラクターが存在しない時、ゲームから除外される。
・1ターンに1度、自分フィールド上に存在するカード1枚と、相手フィールド上に存在するカードを3枚まで選択して発動することができる。
選択したカードを総て破壊し、ゲームから除外する。
・上記の効果を発動したターン、このカードの攻撃力と守備力は効果で除外した相手カードの枚数×1000アップする。
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:炎
ATK:5000
DEF:5000
効果:
・このカードは、自分フィールド上に“だーくさん”と名の付いたキャラクターが存在しない時、ゲームから除外される。
・1ターンに1度、自分の手札、またはフィールドに存在するカードを2枚まで選択してゲームから除外することが出来る。
除外したカードの組み合わせによって、以下の効果を発動でき、除外した自分のカードは次の自分のスタンバイフェイズに手札に戻る。
① 手札から1枚 ⇒ 1ターンの間、攻撃力と守備力が2倍になる。
② フィールドから1枚 ⇒ 相手キャラクター1体を選択し、1ターンの間コントロールを得る。
③ 手札から2枚 ⇒ 相手のフィールドに存在するカードを2枚選択し、ゲームから除外する。この効果は無効化されない。
④ フィールドから2枚 ⇒ 1ターンの間、相手のフィールドに存在するキャラクターカードの効果をすべて無効化し、自身の効果として使用できる。
⑤ 手札とフィールドから1枚ずつ ⇒ 相手プレイヤーへダイレクトアタックが可能になる。
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:炎
ATK:4000
DEF:0
効果:
・このカードは、自分フィールド上に“だーくさん”と名の付いたキャラクターが存在しない時、ゲームから除外される。
・すべての相手キャラクターに攻撃が可能。
・自分フィールド上のキャラクターカードを墓地へ送ることで、そのカードの攻撃力を自身の攻撃力に加えることができる。
“
ランク:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:地
ATK:3500
DEF:1000
効果:
・このカードは、自分フィールド上に“だーくさん”と名の付いたキャラクターが存在しない時、ゲームから除外される。
・相手の攻撃宣言時、2回まで発動可能。キャラクター1体の攻撃を無効化する。
・このカードの召喚に成功した時、相手フィールドに存在する装備魔法カードをすべて破壊する。
黄金の龍神に並び立つ最強たちがフィールドに顕現し、無限の可能性を秘めた若き少女たちを睥睨するかのように鋭い眼で見下ろす。
いきなり超重量級キャラクターが登場するという急展開についていけず、言葉を失うMCや観客たちに構うことなく、ヴィヴィオは更なる絶望をアインハルトに与えるべく片腕を振り上げる。
「“だーくさんEX”の効果発動! あーちゃんのフィールドに在る総てのカードを破壊します!」
「っは!? そ、そんなことさせません! 私はペンデュラムゾーンにいる“オリヴィ”のペンデュラム効果発動! 相手のキャラ効果を無力化して破壊します! これで――」
「無駄無駄無駄ァ――なのですっ! ペンデュラムゾーンの“ありしあ”の効果発動! カード効果を無効化する効果を無効化する!」
「そんな!? 『オリヴィエ』!?」
総てを薙ぎ払う龍神の咆哮に対し、古の聖王の力で対抗しようとしたアインハルトの戦略を、ヴィヴィオは母の力を持って撃ち砕く。
ペンデュラムスケールの輝きの中で杖代わりの箒を振るった“ありしあ”の眼前に魔法陣が形成、そこから射出された魔力鎖の群れが“オリヴィ”の身体を縛り上げ、能力の発動を封じ込める。
苦悶の声を上げてもがく事しかできない“オリヴィ”の悲鳴を聞いて記憶が刺激されたのか、アインハルトは恐怖と悲しみが入り混じった叫びをあげてしまう。
――そんな……私はまた、護れないのですか……!?
「『
「っは!?」
呆れを含んだヴィヴィオの声にアインハルトが我に返ると、すでに無慈悲な神の宣告が下された後だった。
「夢も希望も、余すことなく薙ぎ払え! 【オーバーロード・ヨルムンガルド】ォ!!」
腰だめに構えて力を集束させた手の平から、怒濤の奔流が解き放たれる。
眼も眩む破壊の具現に呑み込まれたアインハルトの仲間たちは、悲鳴を上げることも出来ずに消滅させられた。
衝撃の余波がリングに亀裂を走らせ、無数の石礫を撒き散らす。
渦巻く魔力残滓が霧散した後に残されたのは、焼け野原と化したアインハルトのフィールドのみ。
切り札として投入したキャラクターも、ペンデュラムスケールを形成していた古の王たちも、皆等しく灰燼と化したのだ。
言葉を失い、呆然とするアインハルトの耳に、『聖王姫』の無慈悲な宣告が下される!
「一斉攻撃! ダイレクトアタック四連打ァ!」、
「え、あの、ちょ、ちょっとまっ――!?」
「待ちません♪」
「酷――きゃぁぁぁぁぁぁあああああ!?」
轟音、爆音、大爆発。
容赦を知らない大人たちによる、大人げなさ過ぎる連続攻撃。
本日一番の爆発が晴れた後には、原型を留めない程に粉砕されたバトルテーブルの残骸と、リングを抉る特大クレーターの中心で倒れ伏すアインハルトのお姿が。
両目をぐるぐるマークにして気絶したアインハルトは、哀れ、ヤムチャにされていた。
大会運営委員は、ホログラムという言葉の意味をもう一度辞書で調べた方がいい。
あるいは、冗談交じりでトンデモカードを生み出した紫の悪魔(兄)を責めるべきか。
「おやおや、私は管理局のカード制作部門の依頼を受けてデザインと調整を手伝っただけなのだがねぇ。最終チェックで見抜けなかった彼らが悪いのだよ、フハハハハハハハハ――ッ!」 と高笑いが返ってくるだろうが。
まあ、それはともかく。
【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】 WIN!
Nice Duel!!
「いえーい、ヴィヴィオの大勝利~♪」
『――ハッ!? つ、遂に決着! 大会決勝戦にして、僅か数ターンで雌雄が決するというまさかの展開! 大会屈指の強者として名を馳せた【カイザー・イングヴァルト】選手を規格外のパワーで正面から撃ち破ったのは、『聖王姫』こと、伝説の最強決闘者【セイクリッド・ドラゴン・プリンセス】選手だぁぁぁああああああっ!!』
丸焦げにされて担架で運ばれていくアインハルトを尻目に、ステップを踏みながらサポート席のダークネスたちの元へ駆けていくヴィヴィオ。
決して大きくない彼女の背後で、爆発的に高まった歓声と興奮が吹き荒ぶ。
世界中へ轟くかのごとき絶叫は収まることなく、勝者と敗者となった少女たちを讃える称賛の声が鳴りやむことが無い。
おそらく、今、この瞬間、クラナガン中の人々の視線を集めているであろう勝者の頂に立ったヴィヴィオは、抱きついた父の腕の中で頭を撫でられながら、ヴィヴィオは勝利の味を噛み締める。
天空龍神城には、精神年齢が同世代の話し相手がなかなか遊びに来てくれず、他の《極神》から仕事を押し付けられて忙しいダークネスたちの邪魔をする訳にもいかないと独りで退屈な時間を過ごす時間が多かった。
そんな中、モニター越しにいろいろな人と遊べる『
そして今日、大好きな家族に見守られる中で、最強決闘者の称号を手に入れたという実感が、言葉で言い表せない喜びとなって彼女の胸で渦巻いている。
少しでも気を弛めてしまえば、羞恥心を捨て去って、歓喜の雄叫びを上げてしまいそうだ。
にやける口元を必死に押さえつけたヴィヴィオは、シュテルの言葉を思い返しながら真っ赤に染まった顔を見上げる。
「そういえば、シュテルママ? 優勝したら、ご褒美くれるって言ってましたよね~?」
「あらら。優勝カップだけじゃ、物足りませんか? 流石は、私たちの愛娘。欲張りさんですね」
「微笑みながら言う台詞じゃないわよね、ソレ?」
左右の頬が真っ赤に腫れた宗助と、下手人たる少女二人を連れだって戻ってきた花梨のツッコミなどなんのその、ダークネスの元からヴィヴィオを抱き上げ、にっこりと笑みを浮かべる。
その背後にはニマニマ笑顔のアリシアに腕を引っ張られてつんのめった花梨が近づく。
何故か、アリシアと花梨の顔も朱を指した様に赤く染まっていた。
そして――、
「ねえ、ヴィヴィオ」
「んう~? なんですかぁ?」
「弟と妹、どっちなら嬉しいですか?」
全国生放送の真っただ中で、さらりと爆弾発言をかましてくださった。
刻が止まる。
空気が静止する。
ドームに響き渡っていた歓声が静寂へと落ちていく。
あんぐりと口を開けたまま硬直した宗助たちやMCたちの一切を放置して、可愛らしく首を傾げたヴィヴィオの顔が驚きと歓喜の色に染まりだした。
「え、えっ!? それって、もしかして……!」
「はい。予定日はまだしばらく先になってしまいますが……『おめでた』です♪」
「にへへ~、実は私と花梨ちゃんもなんだよ~」
「ちょっ!? 教えるのは、向こうに戻って祝勝会開いた時にって約束だったでしょ!? なんで、このタイミングでバラすかなぁ!? ちょ、ダークっ!」
旗色が悪くなったことを悟り、カミングアウトの元凶でもあるダークネスへ非難じみた視線を向ける花梨。
そんな彼女の目に飛び込んできたのは、普段のように余裕ある凛然とした態度を崩さない筈の龍神などではなく、思いっきり狼狽えている男の姿だった。
「……なん、だと……!?」
「アンタも知らなかったの!? って、そう言えば教えてなかったわっ」
「まあまあ。こーゆーノリが私たちの持ち味なんだって」
「アンタはいろんな意味で軽すぎるのよっ!」
「わーい! 私、ずっと妹が欲しかったのです! でも、弟でも嬉しいのは変わんないですよ?」
「そんでこっちはマイペースなのねっ!?」
慌てふためく花梨の様子が面白いのか、ケラケラ笑うアリシア。
賑やかに騒ぐママ~ズの『天然』と『常識』担当の漫才を楽しげに眺めながら、シュテルの胸に抱きついて背中に腕を回すヴィヴィオ。
全然膨らみの感じない母の腹部に耳を押し当て、これから増える新しい家族の鼓動を感じとろうとするかのように瞳を閉じる。
そんな娘の頭を優しく撫でていたシュテルは、視線で説明を求めるダークネスの様子に気づき、淡い笑みを浮かべながら口を開く。
「冗談じゃありませんよ?」
「……そう、なのか。だが、いつの間に? 子どもの前で口にするのはアレだが、ここ最近は眷属集めのゴタゴタでそういうことしてる暇なかった筈だろう?」
「ふふっ。お忘れですか、ダーク様? ヴィヴィオと家族になったあの日の出来事を」
「あの日? ……え、でもあれは冗談だったんじゃなかったか?」
「そーじゃなかったんだよね~」
首を傾げるダークネスの背中に飛び乗ったアリシアが、彼の頬に顔を摺り寄せながら説明を引き継ぐ。
「実はね、あの時に私とシュテルには兆候があったんだよ。えっとお……アレが遅れてたっていうね」
それが何を指すのか問い掛けるほど空気が読めていない輩はこの場に存在しない。
なので、言葉を挟まず、無言で先を促す。
「後になって気づいたんだけど、あの時、間違いなく私とシュテルのお腹に新しい命が宿っていたんだよ。でもね、『神造遊戯』が終結して、十月十日経過しても妊娠の兆候は表れなかったんだ。おかしいでしょ? だから、最初はダークちゃんに教えず、私たち二人だけで調べてた訳なんだよ」
「そうして独自に調べていった結果、どうも私たちが人間でなくなったことが原因だったようなんです」
アリシアとシュテルは、新たな命を宿した状態で『神造遊戯』終結を迎え、ダークネスの覚醒に合わせる様に守護天使としてその身を再構成した。
この際、お腹の中の命も同時に転生……龍神と天使のハーフに生まれ変わるはずだった。
しかし、肉体という器を形成前の時期に母親が人外に進化してしまったため、母体に宿っていた新たな魂だけが引っ張られるようにして高次元の存在へ引き上げられてしまった。
これにより、本来なら魂と器にバランスが成り立った状態で誕生するはずだった赤子は、形成途中だった『人間と龍神のハーフ』という器では受け止められないほど強大な魂魄へと進化した。
人間から天使へと転生した直後の母体は状態が不安定だったため、魂の受け皿として耐えられる肉体の構築が叶わなかった赤子は、魂を母の体内に宿した状態のまま現状を維持し続けた。
そして現在、ようやく母体のアリシアとシュテルの存在が安定したモノになったことで、彼女たちの体内で停滞していた赤子の成長が再開されたのだ。
「――てなワケ。何しろ、ダークちゃんのチカラを受け継いだ子たちだもん。丈夫な身体を造らないと、魂の強さに負けて『ばーん!』 ってしちゃうよ」
「聞いたところによると、天使の赤子の成長は人間に比べてかなり緩やかなモノらしいです。なので、私たちのお腹にいるこの子たちも、これからゆっくりと成長していくんですよ。―――まあ、どこかの喫茶店経営者さんは違うみたいですけどねぇ」
ぎくり、と花梨の肩が跳ね上がる。
宗助たちの『じとっ』とした視線から必死に目を逸らしていた花梨は、説明を求める一同の視線に曝され、顔を真っ赤に染め上げながらそっぽを向く。
「なっ、う、うぁ……~~っ! ダークのバカが悪いのよ!」
「いきなりなんだ!? いや、俺が原因だというのはよく分かったけれどな! けど、お前ともそーゆーことはやってな……ん? おい、ちょっとまて……まさか」
「~~ッ!! ええ、そうよっ! 宗助を私が拾う前、翠屋 ミッド支店が開業した夜に酔っぱらったアンタが……えと……ううぅ~っ! とにかく、あの日のアレが原因なの!」
「はあ!? いや、何年前の話……ああ、そういうことか。お前はアリシアたちよりも神化が早かったから」
ミッドチルダに翠屋支店をオープンさせることが出来たあの日の晩、ルビーの嫌がらせでプレゼントに紛れ込んでいたアルコールが切っ掛けで、交わったダークネスと花梨の運命。
運命の起点となったあの夜に、ちゃっかりと愛の証をこさえていたと言うことか。
ソレに気づかず、妊娠の兆候が出てくる前に神化が始まったため、アリシアたちのように赤子が成長を停滞したまま現在に至る、と。
「自分のこととはいえ、なんて常識はずれな生き物になっちゃったのかしら私……」
思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまう花梨……だが、こういう超展開になれてしまった彼女は数秒でリカバリーを果たし、元凶でありながら観客席に座っていた愚か者の襟首を掴み、睨みつける。
「ま、それはそれとして。……ダーク」
「……ん」
「こーゆーことは『なあなあ』で済ませたくないの。だからハッキリ言わせて貰うわ。――私、この子を産むから。誰にも文句は言わせないわ」
きっかけはどうあれ、今は愛情を抱く男との間に芽生えた命の芽吹き。
息子や娘同然の少女と新しい家族になる未来を与えるために、振りかかる火の粉は総て撃ち払う。
それこそが花梨の決断。
たとえ世界の総てを敵に回したとしても揺らぐことの無い、絶対無敵の誓い。
花梨の覚悟を、彼女の言葉に同意するアリシアとシュテルの顔を流し見て、ダークネスも現実を受け入れ、決断する。
経緯はどうあれ、大切に思う存在との絆の証とも呼べる存在。
家族の愛情を知らずに育った己にとって、家族が増えるということは心躍るほど喜ばしいこと。
故に、
「わかった。俺も立派な父親になれるよう最大限の努力を約束する。……だから」
「……うん。わかった」
「は~い、なんだよっ♪」
「ふふっ、ダーク様ならそう言ってくれると思ってましたよ」
喜びと恥ずかしさで頬を上気させた三人を抱きしめ、逃がさない様に両腕に力を込める。
絶対に、何があっても放さないという揺るぎ無い想いをこめて、強く、強く、強く――!
「むーっ! 仲間はずれされて、むくれるヴィヴィオがここにいるのです! 私も『ぎゅっ』を所望しますっ!」
「ぷっ! ははは、そうか。――ほら」
アリシアたちを抱き締める腕に隙間を作った瞬間、そこへ身を潜らせるように飛び込んだヴィヴィオ。
母親たちにもみくちゃにされながら、家族の温もりに心地よさそうな笑顔を浮かべる愛娘に、ダークネスが笑みを浮かべてヴィヴィオと額を重ね合わせた。
「ヴィヴィオ、優勝おめでとうだ」
「……おお! ありがとうなのです、ダークパパっ! 最高のご褒美で、ヴィヴィオのハートは有頂天なのですっ♪」
父に褒められ、ようやく勝利の実感を味わえたらしいヴォヴィオは、大好きな家族に抱き締められながら己を讃える大歓声の渦に身を委ねた。
と、いうワケで遊戯王風味Vividをお送りしました。
時期は原作の1年位前あたり。
入院で休学していたアインハルトはリオコロコンビとクラスメートになり、仲良し三人組を形成。
リハビリをしていたので辻斬りはしていませんが、ナカジマ姉妹に加わったノーヴェとはトレーニングのランニングをしている最中にちょくちょく合うようになり、手合せするようになって交友を深めた。
ヴィヴィオとは時々メールで連絡を取り合う中……ということで。
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夜の王と白の皇
タイトル通り、吸血鬼な彼とマスクマンな彼のお話です。
冥府の底に在る煉獄の一角。
地上の街並みを再現された死者の都にある喫茶店を、花梨は訪れていた。
先日のカミングアウト以降、衆人観衆の眼前で大告白をかましてしまった己のうっかりを、ここぞとばかりに弄ってくる妻嫁コンビに対抗するため、常識人という名の味方……もとい、眷属候補のスカウトのためだ。
彼女がコーヒーブレイクを堪能しているこのエリアは、人殺しや大量破壊などといった許されざる行為を生前に行ってしまった者。
その中で、やむにやまれぬ事情のために罪を背負い、自らもそのことを悔いている咎人たちに与えられた救済の場である。
例えば、傀儡となり果てた幼帝と黒幕たる大臣の圧政に苦しむ国を救うために、自らの手を血で染める決意を抱いた殺し屋たち。
例えば、薬師である恩人を殺められたことをきっかけに革命と新国家樹立、そこから長きに渡って続く戦乱の世を戦い抜き、数多の敵兵の命を奪った獣人たち。
例えば、世界をひとつにするために、『G』と呼ばれる兵器を用いて世界に戦いを挑んだ反逆者たち。
彼らは皆、過去の行為を悔いることはせずとも、自らの業を洗い流し、真っ白になって転生することをよしとしない。
『いかなる理由があったとしても、人殺しは人殺しだ。俺たちはこのまま、裁きという消滅を受け入れるべきだ』
それが彼らの言い分。
それに対し、冥府を統べる閻魔たちは、彼らの生前の行いは輪廻の環に戻るに足る功績があったと判断。
それ故に、こうして冥府の中には似つかわしくない“平和な街”を造り出し、彼らを住人として送り込んだのだ。
平和を求め、戦い続けた彼らの人生は、死後の世界においても罪に苛まれる必要があるようなものではなかったのだと。
君たちにも、平和な日常を送る権利はあるのだと教えてあげるために。
普通の日常生活を過ごすことで、過去への遺恨を洗い流し、もう一度新たな命として生まれ変わろうという想いを持たせたい。
ごく最近、新たな閻魔として就任した先代の息子『コエンマ』の提案によって建築された更生施設こそが、この場所の正体だ。
頬杖をつきながら、店の外を歩いていく人波をぼけっ、と眺めていた花梨に、不意に影が差した。
姿勢を整えながら顔を上げると、待ち人である金髪の青年がにこやかな笑みを浮かべて、花梨を見つめていた。
「やあ、花梨ちゃん。こうして直接会うのは初めてになるかな?」
「あらあら、通信機の映像越しでは顔合わせ済みなだけの女性をいきなり『ちゃん』付けするの? ずいぶんと軽いノリなのね、ローズレッド・ストラウスさん? それとも――赤バラの吸血鬼さんとお呼びした方がよろしいかしら?」
「うーむ、ここはひとつ、親しみを込めて『ストちゃん』というのはどうだい?」
「却下。……そうやってふざけた外面と仮面を被り続けるのって疲れないの? 今の貴方は大陸を支配した吸血鬼の王国に君臨した王様でも、世界最強の魔人と恐れられた化け物でもないのよ?
注文を取りに来た店員へにこやかに微笑みながらコーヒーを注文し、花梨の対面へ腰を下ろすストラウス。
花梨はアロハシャツにズボンというラフな出で立ちの吸血鬼を……思慮遠謀という言葉がそのままヒトの形を成したかのような男を、表面上は胡散気に、内心は彼の内面を見定めて見抜くに見つめる。
花梨の視線の意味を理解しているのだろう、ストラウスは仰々しく肩を竦め、手早く運ばれてきたコーヒーカップに手を伸ばす。
ほろ苦いブラックを味わいながら、鮮血のように紅い輝きを放つ瞳が、天上世界から降臨した戦乙女を見返した。
「さて、お嬢さん。改めて要件を聞かせてもらおうか」
「ええ。……単刀直入に言うわ。『赤バラの吸血鬼』ローズレッド・ストラウス。貴方には、《新世黄金神》の眷属として再誕してほしいの」
カチャン――と、コーヒーソーサーにカップを乗せた音が喫茶店に響く。
店内にいた客たちが驚きを顕わにして花梨とストラウスの座る席を凝視している。
第十二根源次元宇宙に存在する数多の世界は、冥府煉獄世界を共有している。
異なる並行世界で生まれ育った者たちが、死後の世界では世界の垣根を越えて出会い、交友を築くことも珍しくない。
そんな形に世界が書き換わった理由は、スペリオルダークネスが《極神》を継承したことで発生した事象の改変。
それ故に、冥府に存在する者たちの間では、神々の最高位である《極神》の存在や、彼らの情報などを噂程度であるが広まっている。
だからこそ、この場にいる人々は驚いているのだ。
《新世黄金神》という文字通り、天の上の存在が、過去を悔いるあまり輪廻の環に戻れなくなった者共のたまり場であるこの街の住人をスカウトに来たと言う異常事態に。
「ほお? それはつまり、嘗て大陸制覇に手を伸ばしかけた挙句、自滅によって滅びを迎えた夜の国の王として――かな?」
吸血鬼としての力を求めている訳ではないだろう。
そもそも、純粋な戦闘力という点を見れば、すでに過剰なまでの手駒を手中に納めているらしいしな。
内心の読み取れない微笑を浮かべつつ、ストラウスは思考を回転させる。
《新世黄金神》の娘が、最強の死神と東洋最強の剣士を眷属としてスカウトに来たと言う話は、冥府中に広まっている。
噂の出所が冥府の法を守護する獄卒であるところを見るに、件の噂は真実だと判断できる。
――つまり、北欧神話の
それは違うと、至高の王と呼ばれた吸血鬼の頭脳が真実を見抜く。
新米の《神》が手勢を増やそうとしている、そんなありきたりな理由ではないと
問い正すにも
ならば、更に情報を引き出す事こそ、この場における最善の選択。
強制でなく、あくまでも協力というスタンスをとろうとしているあたり、本人の意思にそぐわぬ形では契約を交わすことが出来ないのだろう。
であれば、ある程度の無礼と取られる質問を投げかけても、最悪の事態は避けられるハズ……。
「急な話で、流石に困惑が隠せないな。まず、どうして私を選んだのか……その理由から説明してもらえるかな?」
まずは小手調べ。
花梨が返す答えによって、彼女の意図と思慮の底を図ろうとするストラウス。
……だが、彼はある事実を知らない。
彼が相対しているのは、自嘲しない理不尽連中の相手&自爆によっていろんな意味でテンパっている戦乙女様であることを。
腹の探りあいとか、七面倒な交渉術とかどうでもいいと思うほどに、色々限界状態であることを。
「貴方が話の分かる常識人だからよ」
「は?」
「あ、ついでに暴走したバカどもの肉壁――ゴホン! 生きた盾になってくれそうな実力者だってのも大きいわね」
まさかの捨て駒!? と頬を引きつらせるストラウス。
まさか、不死身の吸血鬼だから何度も壁に再利用できるからって思われてないだろうなという嫌な予感が駆け巡り、暖房が聞いている筈なのに冷たい汗が背中を流れる。
「いや、言い直す意味があるのか? というか酷いな君は……」
「うっさい。もうホント大変なのよ、あのバカ連中を押さえるのは。元柳斎さんは妙な所で頑固だから融通が利かないし、比古さんは超絶ナルシストだし……ゴジラに至っては、修行と銘打ったダークの異世界散歩について行って、行く先々で騒動起こしているしね……」
「あ、巨大生物が行きつく怪獣墓場で暴れまわっていた怪獣の王の噂を最近聞かなくなっていたのはそういう理由だったのか」
というか、もし話を受けたらあんな連中の相手をさせられるのかと、ストラウスの頬が引き攣っていく。
無敵の吸血鬼も、水爆大怪獣やら爆炎の死神やらの相手は遠慮したいようだ。
こめかみを押さえながら頭を振るストラウスを、標的をロックオンしたハンターの如き眼光で捉えて離さない花梨。
またまた、妙な空気になってきたその時だった。
「あらあら。赤バラを困らせるなんて、いけない
妙に胡散気な女性の声が、花梨の後ろから聞こえてきた。
「……その呼び方、やめろって言ってんでしょが。ぶっ飛ばすわよ、
「まあ、怖~い。か弱い女妖怪相手に、最強龍神の奥様のひとりがムキになっちゃあ、ダメダメよ?」
「うっさい、黙んなさいっての」
花梨の肩から身を乗り出すように現れたのは、幻想的な金髪と金色の瞳をもつ少女。
フリルのあしらわれた白い衣と純白の帽子に身を包み、室内だと言うのに傘を差している、境界を操る希少妖怪――『八雲 紫』。
妖怪の賢者とも呼ばれる《神》にも等しい異能をその身に宿す、幻想に生きるモノ共の理想郷――幻想郷の管理者でもある。
“とある事情”から、『さいきょ~ドラゴン一家』と関わり合いを持つ様になった彼女は、いろいろとからかい甲斐のある花梨を友人と呼び、こうして前触れも無く遊びに来るのだ。
お役目があるんだから幻想郷に引き籠ってなさいと突っぱねたい花梨であったが、“とある事情”……というか、完全に身内が原因の不始末からくる後ろめたさもあって、無下に出来ず、なんだかんだで友人を続けているのだった。
「東洋に住まうとされた妖怪の賢者様とはな。やはり幻想郷は実在していたのか」
「ええ、その通りですわ、赤バラの吸血鬼。幻想が存在を許された夜の世界を統べる力と叡智を宿し、血族のために魂魄を燃やし尽くした至高の王よ。お会いできて光栄ですわ。それと――申し訳ありません。本来ならば、貴方ほどの存在を受け入れるために私自ら参上しなければなりませんでしたのに……」
「いや、気にしないでもらいたい。あの終末は私自身が望んだ形。自らに建てた誓いを破り、過去の総てを捨てて理想郷に逃げ込むことなど、あの頃の私に出来ようはずも無い。例え、君の誘いを受けていたとしても、きっと断っていたさ」
「……感謝いたします。ですが、こうしてお会いして、やはり惜しいと思わざるをえませんね。貴方を仲間として受け入れることができていたら、幻想郷の未来はより素晴らしいものとなっていたことでしょうから」
紫の言葉は、大仰ではない。
ローズレッド・ストラウスという男は、彼女がそれほどまでに評価するに値する能力を有しているのだから。
何せこの男、吸血鬼の癖に弱点が無い。
日光を浴びても灰になることは無く、夜間の八割程度の魔力を振るえる。
聖水や銀の武器で傷を受けても致命傷にならず、ごく短時間で再生可能。
身に宿す魔力は星をも砕くほどに強大で、事実、小惑星程度の異星人の宇宙戦艦を容易く粉砕したこともある。
卓越した知性と、血族の未来のために千年にも及ぶ生き地獄にも耐えきる精神力を併せ持つ。
さらには、昼と夜を支配できる王となる資質を持ちながら、強者特有の傲慢さや支配欲が欠片もない。
純粋に国と民、世界の未来に幸福な日々を迎えさせてやりたいという優しい吸血鬼、それが赤バラという存在だ。
どこまでも気高い王だからこそ、遍く幻想が生きる幻想郷の一員として受け入れたかったのだと紫は語る。
もっとも、当の本人は誤魔化すように苦笑を浮かべ、少し冷めてしまったコーヒーに再び口をつけていた。
ストラウスにとって、己はもう終わった存在だと割り切っているのかもしれない。
愁いさを感じる表情を浮かべながら「はぁ……」とため息を零した紫は、自身が生み出した境界を超える『スキマ』――両の切れ端にリボンが結ばれ、内部には無数の瞳が浮かび上がる亜空間――から完全に抜け出し、花梨の隣に腰掛ける。
「ところで、カリリン。あの乱暴者はどんな様子なのかしら?」
「ゴジラの事? あいつなら、元気に暴れてるわよ。確か今日は……グレートレッドが遊びに来る日だったから、また
「……二週間前、幻想郷を維持されている龍神様と殺し合ったばかりなのに? 私の記憶では、片腕がねじ切られてたハズなんだけど」
「ああ、ダークと契約した相手は基礎能力とかパワーアップしちゃうのよ。あいつの場合は、再生力と進化能力ね。三日くらいゴロゴロしてただけなのに、腕がにょきにょき生えてきてたし」
「……私たちは、龍神様のお力が弱まったせいで、幻想郷の維持にてんやわんやだっだんだけど?」
「いや、知らないっての。てか、そこまで責任持てません。ま、運が悪かったと考えてよ。それに、なんだかんだであの一件を“異変”として受け入れた癖に」
「それを言われると弱いのよねぇ……。幻想郷の住人に適度な危機感と刺激を与える“異変”。しかも今回は最高位の《神》の眷属がしでかした幻想郷滅亡の危機! 普段は好き勝手やってる連中が一致団結して強敵に挑む! ――シチュエーションとしては最高の展開だったわ。それに、結果を見れば幻想郷が《新世黄金神》に認知された……つまり、幻想の塊である最高位の龍神の加護を受けられることになったんだから」
幻想は人々に忘れ去られることでチカラを失っていく。
しかし、不変にして不滅である黄金の龍神の加護で護られた幻想郷は、この先数千年、いや、数万年を経ても忘却の彼方に忘れ去られることは無くなった。
幻想郷の管理者として、長い目で見れば予想以上の実を得られたとも言える。
なまぐさな巫女を筆頭に、個性派ぞろいの住人たちも、《新世黄金神》や眷属たちと交友することでいい意味での新しい変化を迎えていることだし、紫としてはこの件をネタにいびるつもりはない。
ただし、嫌味の一つでも吐かせてほしいと言うのが本音だ。
それに気づいているからこそ、花梨も紫を無下にしない。
そもそも、本気で関わり合いを嫌がっているのなら、愛称で呼ぶことをもっと強く拒絶するはずなのだから。
「ま、その件はこれで終わりといたしましょうか。――で、話は戻りますけれど、本気なのかしら?」
「え、何が?」
「何が、じゃありませんよ。赤バラ王を、眷属にスカウトする理由に決まっているでしょう」
「まあ、大体は。そもそも、私の役目は抑止力なんだけど、このままじゃ常識人が少なくなりそうな予感がするのよね。アリシアたちが勧誘に行ってる
頭を下げ、切実なる想いを示す。
机に額を擦りつけるまで切羽詰まっているのかと、先ほどとは別の意味で慄くストラウス。
彼がどういう返事をするのか興味津々な顔でオレンジジュースをちびちびしていた紫だったが、ふと、店の入り口が開かれるベルの音が鳴っていることに気づく。
何故か興味を引かれて視線をそちらに向けてみれば、何やら見覚えのある眼帯男と奇妙な白い仮面をつけた出で立ちの男が連れだってこちらに近づいてきているのが見えた。
先程話題にあげたご本人の登場に、流石の賢者も驚き、むせてしまう。
器官に入ったのか、口元を両手で押さえながら激しくむせる紫。
花梨が驚きつつも彼女の背中を擦り、何事かと視線を上げてみると――先ほど入店した眼帯男――ダークネスと目があった。
「よ」
「ダーク!? アンタ、なんでここに……って、その人はもしかして?」
「ああ。封印されたまま、ここに堕ちていた《大神》ウィツァルネミテア……『ハクオロ』だ。説得して仲間にした」
「やあ、始めまして。自分はご紹介に預かったとおり、ハクオロという。これからよろしく頼むよ、
にこやかな微笑を口元に浮かべるハクオロに、不思議と惹かれるものを感じたストラウスが振り向いた。
重なる視線。
かつて、『王』として国を統べた両者は互いに通じるものを感じたらしく、フッ、と口端を吊り上げつつ腕を伸ばし、ごく自然な動きで握手を交わす。
『王』にしかわかりえない不思議な感覚。
互いに、人ならざる者でありながら悩み、決断し、民のために我が身を捧げた者同士、白き皇と赤バラは奇妙な友情のようなものを感じていた。
「ハクオロ皇、君は彼らの誘いを本当に受けるのか?」
「ああ。自分としても、本来ならば目覚めるはずの無い永遠の眠りを続けるつもりだったんだがね……だが、微睡の底に沈んでいた所を盛大に蹴り飛ばされてしまってね」
そう言って苦笑しつつ、ダークネスに蹴り飛ばされた痛みが残る後頭部を撫でる。
まさか封印術式を外部から引き裂き、強引に覚醒させられるとは思っても見なかったとでも言いたげな表情だ。
しかも、ハクオロ自身が懸念していた内なる自分……二つに引き裂かれ、『自らの死』と『人を導く』という相反する人格同士のせめぎ合いすら、容易く鎮静させた。
いったいどうやってと問い質すハクオロに、「めんどくさい二重人格キャラなど要らん」と突っぱねたダークネスは、人型に戻ったハクオロの襟首を掴んでここまで連行すると同時に勧誘を受けて今に至る。
「断れば、魑魅魍魎が蠢く煉獄に見捨てていくと脅されては、拒否することなどできんよ。しかもかなりの上空を超音速で飛行しながらだぞ? 拒否 =紐無しバンジー確定じゃないか」
やれやれだとわざとらしく肩を竦めるものの、本心は別の所にあることを、この場にいる機敏に聡い者たちに気づかせた。
――いつか自分との再会を願い、転生を断り続けて天国に留まっている家族や、この街で暮らしつつかつての主たる己を探し続けてくれている義弟や部下たち……彼らの想いを無下にするなと叱られてしまってはな。
悲しみを残していたことは自覚していた。
けれど、最後の瞬間、誰よりも愛しい彼女に再開を約束したまま、結局それを果たすことが出来ないでいた。
だというのに、未だ自分を想い続けていくれている彼女たちの願いと想いをこれ以上、無為にすることは出来ない。
「眷属になれば死後の世界へ自由に行き来できるようになる。――彼らの想いに応えてやれ、
この一言が決め手となり、ハクオロは彼女たちと再会する覚悟を決めた。
そして、その恩義に報いるため《新世黄金神》の眷属となる決断を下したのだ。
過去を受け入れ、新たな門出を迎えたかのような晴れやかさを感じる空気を纏うハクオロ。
ストラウスは眩しそうに目を細め、花梨やダークネスに純粋な興味を抱いた。
遺恨を振り払い、新たな生を受ける資格がある。
獄卒たちは、毎度自分の元を訪れる度にそう言って説得してきた。
だが、耳触りの良い慰めや叱咤の言葉など、ストラウスの壊れてしまった心に届かなかった。
生前、誰よりも愛した女性の命を己という存在を危惧する者の手によって奪われた。
心に負った傷は王としての責務を果たすことに総てを捧げることで崩壊を防ぎ、刻み込まれた心の傷は癒えること無く、終焉を迎えるまで彼を苦しませ続けた。
壊れた状態で固定されてしまった彼の心は死という解放を経てもなお癒されること無く、幸福を感じることが出来ないでいた。
そんな終わりのない無限地獄の中で出会った、初めて異質と感じた存在。
吸血鬼としての力でも、王としての智謀でもない。
言うに事欠いて、『常識人ぽいから』などという理由で魔人と恐れられた自分を欲する者たち。
こちらの内情など知った事ではないとばかりにぐいぐい押しこんでくるタイプは、生前にも出会った事が無かった。
しかも前例として、自分と同じ臭いがする『皇』をスカウト済みなのだと言う。
だからなのだろうか?
彼らの誘いに乗ってみたら、すごく――『面白そう』だと思えるのは。
「あ、言い忘れていた。いったん契約を交わしても永続的なシロモノじゃないからな。もし嫌になったら、いつでも契約破棄してくれて構わない」
しかも、逃げ道まで用意済みとは。
誇りなどとうに捨て去ったと思っていたが、存外そうでもないらしい。
「……やれやれ。こう見えて、実は私、負けず嫌いなんだよ」
僅かに残っていたコーヒーを勢いよく呑み終え、伝票を手に取りながら席を立つ。
ニヤリと唇を歪め、「今日は私の奢りだ。ただし――」と言葉を続けていく。
「コーヒーブレイクを楽しむお給金は用意してくれるんだろう? これでも、元『夜の国』最後の王である吸血鬼だ。お手頃価格で
神に対してあまりにも不遜な態度。
だが、言葉に込められた至高の王の感情を、むしろ心地良さ気に受け止めながら黄金の龍神と戦乙女が笑う。
「ああ、いい値を払わせて貰うさ。ただし――
「喫茶翠屋オーナー直伝、世界最高のコーヒーをご馳走してあげるわよ。千年の生は何だったのかって跳び上がっちゃうくらい美味しいから覚悟しなさい」
「ああ、楽しみにさせてもらおうか」
「ええ。――ああ、それと言い忘れてたことがあったわ」
会計を済ませるストラウスを追い越し、店の扉に手を掛けた所で花梨がいかにも今思い出したと言わんばかりに振り返り、
「私たち、まだまだ新米の《神》サマ一行な訳よ。でも、あーゆー存在ってたくさんの侍女とか従者を抱えるモンでしょ?」
「うん? まあ、確かに伝承ではそう言うものだが……」
「でしょ? だから最近、そう言う人員も勧誘するようになってね。第一陣が今日から城に来てくれることになってるのよ。あんたたちも眷属になる以上、城での生活に慣れるまでは彼女たちのひとりをお世話役に付けるつもりだから。上手くやってよね」
そんな事は言われるまでも無い。
ストラウスもハクオロも、王として従者に傅かれる経験を積んできているのだから。
何故今更そんな事を? と疑問符を浮かべる両者に向けて挑発的に口端を吊り上げた花梨は、にっこり見惚れる様な笑顔と共に、
「ちなみにあんたたちのお世話役は、ステラ・ヘイゼルバーグさんとエルルゥさんのお二人ね」
「「は?」」
呆気にとられる白の皇と黒の王。
ぽかんと惚ける彼らの反応に、してやったりとサムズアップし合う龍神と戦乙女。
その背後には、扇子で口元を隠し、プルプル肩を震わせている紫の姿が。
「ぷっくくく……ちなみに侍女見習いにはアルルゥちゃんって女の子や彼女の友達や、アーデルハイトさんってお姫様もいたりするのよね~」
アーデルハイトさんはステラさんの娘さんのお世話してて忙しそうだけどね~と意地の悪い笑みを浮かべながら店を後にする花梨たちの後を慌てて追いかけるストラウスとハクオロ。
「ちょ、どういうことだ!? ドッキリか? ドッキリなのかっ!?」「説明を! 説明を要求するっ!」 と慌てふためく王様コンビの騒ぎ声が遠ざかっていく。
店内にひとり残された紫は、店の外から聞こえてくる喧騒に耳を傾け、彼女らしからぬ柔らかな微笑みを浮かべて過去の王たちの新たな門出を祝福し続けていた。
――◇◆◇――
〈雨宮市〉
東京都南部から神奈川県北部にかけての一帯を、様々な最新技術の実験都市として再開発した都市だ。
『空間震』と呼ばれる災害が多発する特殊地域であり、とある事情を抱えた者たちが住まうこの街で暮らす一人の少年がいる。
名を、『五河 士道』。
彼は、非無き敵意を向けられる宿命を背負う美しき少女たちに正面から向かい合い、幸せな日常というかけがいの無い宝を過ごせるように尽力し、つらく厳しい運命に立ち向かう心優しくも強い青少年である。
さて、そんな彼は現在、未だかつてない危機的状況に陥っていた。
否、現在進行形で巻き込まれているといったほうが適切かもしれない。
「う~ん、スカウトのお土産には何が良いんだろ? やっぱりおまんじゅうとかかなぁ。あ、おせんべも捨てがたいかも。――おおっ! きなこパンだって! 美味しそうなんだよ~」
「アリシア、よだれ垂れちゃってますよ。まったくもう、ほら、こっち向いてくださいな」
「は~い、ありがとね~シュテル。でもでも、こういうのは最初のインパクトが重要だと思うんだよ。ねえ、士道君ならどれを選ぶかな?」
「うえっ!? お、俺ならですか!? そ、そうですね……やっぱり、名物のきなこパンかな? 十香も毎日食べていいくらい美味いっていつも言ってますし」
「ほほう? 十香ちゃんとな? さてはその娘……君の彼女さんだねっ!」
「おやおや。草食系かと思いきや、まさかの彼女持ちリア充でしたか」
「彼女ッ!? てか、リア充!? ち、違います違います!? 俺と十香は別にそんなんじゃ――ぬおっ!?」
頬を上気させながらワタワタと首を振っていた士道が、突如、耳元で怒鳴りつけられたかのように状態を仰け反らせ、たたらを踏んだ。
なんぞ? と首を傾げながら不思議そうに士道を見る二人になんでもないですと手を振りながら、小さく断りを入れて物陰に飛び込んだ。
『ちょっと、なにやってんのよ士道! デートの最中に他の女の名前出すとかバカじゃないの!? 好感度は変動してないからよかったものの、相手が悪かったら一発で『空間震』ものよ!? もっと真面目にやりなさい!』
「あのなあ! 俺だっていっぱいいっぱいなんだよ! ていうか、あの人たち、本当に『精霊』なのか? 十香たちよりずっと……その、大人な女の人だぞ。精霊の外見年齢って十代って言ってなかったか?」
『ウッサイ! 何事にも例外ってものはあるものなの! ――まあ、確かに十香や他の
「……ああ」
年上の女性を同伴し、街を闊歩する……所謂、『デート』という行為を実行していた士道は、イヤホン型小型マイクから吐き出される妹の声……というよりも、もはや怒号と言って過言ではない咆哮で痛む耳朶を押さえつつ口元に手を当てて会話が聞こえないようにしつつ、妹の言葉に同意する。
彼の妹、『五河 琴里』は『ラタトスク』という特殊組織の司令官だ。
彼女たちの目的は、隣接する異世界『隣界』からこちら側の世界に転移し、現れる『精霊』と呼ばれる生命体の保護。
こちら側に現出する際、空間そのものを崩壊させる特殊危険災害『次元震』を発生させてしまう彼女たちを、兵器を用いて殺害し、排除するのではなく、平和的な話し合いと能力の封印によって求愛する。
それが『ラタトスク』の至上目的だ。
士道は精霊の力を封印する特殊能力を有しており、この異能を使って精霊たちを救い、人間の女の子が過ごす日常を遅らせてあげたいと考え、『ラタトスク』に協力している。
そして現在、空間の歪みと共に発生した【魔法陣】のような転移門を通って現れた二人の女性を精霊と判断し、彼女たちを救うためのミッションに挑んでいるのだ。
そのミッションとは――〈デートしてデレさせる〉こと!
つまり、精霊を恋愛ゲームのヒロイン枠に当て嵌めてデートに誘い、好感度を上げて信頼を勝ち取り、力を封印するための行為――つまり、マウス・トウ・マウスの『キス』を交わすことで士道の中に精霊の力を封印するのだ!
そう! 五河 士道は世界の命運を護るため、この街に住む人々の未来を護るために!
今日出会ったばかりの年上の女性二人を
――だが、彼らはとある重要なことを勘違いしている事に気づいていない。
そもそも、彼らが精霊と勘違いしている女性たち……アリシアとシュテルは精霊ではないという事を。
もちろん、魔導技術系統がまったく異なる未知の技術体系による転移魔法を軽々しく使った彼女たちにも非はあるし、守護天使なので人間の反応が無いのも当然だ。
だが、琴里たちは今まで積み重ねてきた精霊を救済したという実績と経験によって、異質な存在=精霊と短絡的な思考に捕らわれてしまっている。
なまじ、同じような判断で妖しいと踏んだ相手が精霊ばかりだったことも、彼女たちの思い込みを加速させる理由になっている。
事実、士道が最初に声をかけた際、「あなたたちは精霊ですか?」 という質問に「え、違うよ~?」 と軽いノリで返された言葉が真実だと信用しなかったことが、この珍妙な状況を作りだした原因になっている。
とはいえ、見ず知らずの自分たちに道案内をしてくれて、親切な男の子だな~、と危機感ゼロなアリシュコンビと、とりあえず精霊の一種だと考えて、いつものように妨害が入る前に彼女たちを助けると使命感に燃える士道&琴里+愉快な仲間たち。
両者が互いの温度差に気づかないまま、勘違いから始まった奇妙なデート? はしばらく続くことになるのであった。
てなわけで、王様コンビをゲットした花梨嬢&ダークさん。
身内で釣るとかきたない。さすがかみさま、きたない(超棒読み)。
さりげにメル友になってたゆかりんもご登場していただきました。
うっかり自爆系常識人な花梨嬢と相性がいいかな~と。
ちなみに、赤バラさんが暮らしてた街には、殺し屋稼業でほぼ全死にしたタツミーと愉快な仲間たち、ソレスタル何たらさんやらも暮らしていたりする設定。
修羅場まみれのたいそう愉快な空間が広がってます♪
……そして次話への複線と言う名の死亡フラグが。
精霊&魔法少女勧誘に向かった人妻をうっかりナンパしてしまった士道君の明日や如何に!? (爆笑)
・今回参戦した眷属さん方のプロフィール
●ローズレッド・ストラウス
登場作品:ヴァンパイア十字界
二つ名:至高の王、不滅の魔人、最強の吸血鬼
アルカナフォース:No.”12”《
解説:
吸血鬼と混血が暮らしていた〈夜の国〉という大国最後の王にして、太陽を克服した超宇宙生命体だった吸血鬼。
小惑星をも砕く魔力、不滅の肉体、世界情勢を容易く操る卓越した知性を兼ねそろえた英雄。
おまけに太陽の光の下でも灰にならず、夜間の八割程度の実力が発揮できる上に、生身で地球重力圏突破&月までの単独宇宙旅行が可能とまさにチートの権化。
彼は一度、吸血鬼という言葉の意味を調べなおした方がいい。
その過去は凄惨に尽きる。
かつて愛し合った人間の女性『ステラ』と彼女が身ごもった己の娘を惨殺された挙句、彼女たちの魂をストラウスを殺す対吸血鬼術式【
時代を超えて宿主を乗り換えていく寄生型魔術【
さらに、「吸血鬼抹殺すべし」と掲げる人間たちと吸血鬼たちの終わりのない闘争と滅びを回避するため、あえて彼らの共通の敵となることで手を組ませ、守ると誓った血族からも怨敵として命を狙われる定めを受け入れ、千年もの間、生き続けた。
最後は、地球進行を目論む異星人『フィオ』の宇宙船団を王妃『アーデルハイト』と共に撃破。
アーデルハイトは、人間の手が届かない月面に吸血鬼のコミュニティを作りだすため命を散らし、ストラウスは最後の【
ステラの魂に導かれるように生涯を閉じた……という超ヘビーなもの。
今生では、〈天空龍神城〉で待ち構えているであろう第一&第二王妃様+愛娘と乳繰り合いながら、生前叶わなかった人並みの幸福を噛みしめてほしい所存(義理の娘二人は、開拓された月で生存中なのでスカウトは無し)。
●ハクオロ
登場作品:うたわれるもの
二つ名:白亜の皇、好色皇
アルカナフォース:No.”11”《
解説:
トゥスクルという国を総べた偉大なる皇。
優れた叡智と、時に厳しく、時に優しい才覚溢れる英雄の資質を持ち合わせた人物で、とある小国の農民から瞬く間に大陸屈指の強国の皇帝にまで上り詰めた。
恩人から受け継いだ鉄扇を武器に、前線で戦い抜く実力と、政治・軍略もほぼ完璧に熟す、ストラウスとは別の意味でのチート。
ただし、正妻候補のエルルゥ
彼には、さいきょ~ドラゴン一家の参謀として頑張ってもらいます。
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