「おぬしなにをしているのじゃ」
「何って・・・飯を探してるんだよ」
「メシ?メシとはなんじゃ?」
「飯は飯だよ。食い物のことだ」
「たべものじゃと?それはたべものではなくごみじゃぞ?」
「この中に食べれる物が入ってるんだよ」
「そうなのかや?それはおいしいのかのう?」
「・・・美味いわけがねえだろ。所詮は残飯だ。それよりあんた見たところ良い所のお嬢様だろ?この辺りは物騒だ。さっさと帰った方がいいぞ」
「おいしくないのにたべるのかや?」
「・・・っ!別にいいだろ。俺の事は放っておいてさっさと帰れ。それとも迷子か?」
「わらわはまいごではない!じいたちがいなくなってしまったのでわらわがさがしてあげているのじゃ!」
「・・・それを迷子って言うんだよ。はあ、仕方がねえ・・・。せっかく二日ぶりの飯にありつけると思ったのにな・・・。おいガキ、大通りまで送ってやる、着いてこい」
「むう、わらわはガキではない!みうという名前があるのじゃ!」
「・・・お前それ真名だろうが?軽々しく俺みたいな奴に教えるな」
「わらわがみうといったらみうなのじゃ!おぬしのなまえはなんというのじゃ?」
「・・・別にいいだろ、俺の名前なんて。どうせすぐに別れるんだし、二度と会わねえだろうよ」
「なんでじゃ?わらわはいまおぬしといっしょにいるではないか?」
「何故って・・・。お前には分からないかもしれないけどお嬢様と町の孤児じゃ住む世界が違うんだよ」
「ならばいっしょにすめばよいではないか?」
「・・・は?」
「すむところがちがうならわらわとおぬしがいっしょにすめばいいのじゃ。そうすればずっといっしょであろ?」
「何を莫迦な事をいってるんだ?こんな薄汚いガキをお前の家の奴が迎え入れるわけが無いだろうが!」
「ならばおぬしがわらわのものになればいいのじゃ!わらわがきめたのじゃ!おぬしとおはなししておるとなんだかほかのものとおはなしするのとちがってきもちがよいのじゃ!」
「・・・本気か?」
「わらわはうそはいわないのじゃ!それよりおぬしのなまえをまだきいておらんぞ?」
「・・・泉だ。それ以外の名前はない」
「いずみ?めずらしいなまえじゃの。わらわはみういがいにもえんじゅつというなまえがあるのにのう」
「・・・袁術?」
「そうじゃ。いずみはきょうからわらわのいちのけらいなのじゃ」
「いつの間にか家来認定かよ・・・」
「ととさまのようにわらわもけらいがほしかったのじゃ。いずみよ、さっさとわらわのいえにかえるのじゃ」
「家っていうと・・・袁家の屋敷の事か。・・・どうせこのままならいずれ餓死だ、今更惜しくはねえか。・・・なあ姫さん、もし俺があんたを連れて行って殺されたり追い出されたりしなければあんたの家来になってやるよ」
「むう、わらわはみうなのじゃ!」
「はいはい、わかりましたよ、みうお嬢様」
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楽就
SIDE 楽就
「……懐かしい夢を見たな」
朝、目を覚ました俺は起きたまましばらく感慨に耽っていた。
俺が今の俺となった時……今の俺の原点と言える時の夢。
平成と呼ばれる時代の日本で郷土資料館のしがない職員兼研究員として働いていた俺は、気が付いたら古代中国に似ているようで微妙に違うこの世界に生まれ落ちていた。
洛陽に程近い農村の農家の息子として。
その事実を認識したのは大体1歳位の頃で、それまでは多分脳が未発達だったために自分自身の意識がはっきりしなかったんだろう。
当初は戸惑ったものだが、少し落ち着いてみると周囲の大人の会話からここが古代中国、それも後漢の末期らしい事に気付いた。
そして真名と呼ばれる日本の諱のような物が存在していたり、有名な人物が女性だったりと俺の知っている世界と違う事も。
だがそれを知った所で赤子の身体で出来る事など殆ど無い。
故にこの時代にこれから起こる事を想像しながら農村で両親に育てられたんだが、時勢が俺をそのまま農村で暮らす事を許さなかった。
俺が4歳頃の時に俺の住んでいた村の近辺を襲った凶作。
凶作により食糧事情が苦しくなったところに、税収の減少を嫌った役人による増税が村の食糧難に拍車をかけた。
時代を問わずに苦しい時に人間が取る手段というのは変わらない。
物が足りなければ人を減らせばいい。
村中で起きた口減らし、その対象は労働力とならない老人と子供。
そんな状況の中で当時幼かった俺も間引きの対象となり、俺は実の両親によって村から連れ出された。
定番通り『後で迎えに来るから』と言葉を受けて村から1日程した山に捨てられた俺だったがそのまま素直に待つバカではない。
凶作となった時から口減らしの事を覚悟していた俺は村にいた頃から身の処し方について一応考えていた。
凶作はこの辺り一帯を襲ったので別の村に行ってもよそ者の俺は追い出されるだけ。
かといってもまだ子供の身体の俺が野生児のように山で生きていける筈がない。
となると残る手は大きな都市に行って何かのおこぼれを掴むしかない。
そう考えた俺は山を出ると予め把握していた方角を頼りに洛陽へと向かったのだ。
他の流民に紛れて無事に洛陽に入る事が出来た俺だったが現実は想像以上に厳しかった。
最初は丁稚扱いでどこかの商家に転がり込めないかと考えていたんだが生活が苦しいのは町に住んでいる民も変わらない。
当然のことながらツテも何もないガキの俺を商家が雇ってくれる筈がなく、俺は浮浪児へと身を窶した。
町の裏にある衛生環境もくそもないスラム街の隅に住みながらゴミを漁る日々。
そんな生活を送っていた俺だが、正直生活は毎日が綱渡りだった。
極限の環境を生きる浮浪児には、スリやかっぱらい等に手を染める者が多い。
逆に言えばそうでもしなければ生きていけない訳だが、俺はどうしてもそれに手を染める事が出来なかった。
それは人として堕ちるところまで堕ちたくはないというちっぽけな誇りとも呼べないような感傷によるものだが、そのちっぽけな感傷こそが俺を支えていたとも言える。
とはいえそんな感傷であの環境での生存競争を生き抜ける道理はなく、ゴミ漁りに加えて洛陽近くの川でタニシや小魚を捕る事でなんとか食いつないでいた俺の生活も、情勢の悪化と共に追い詰められていった。
宦官らによる政治は腐敗を極め、洛陽の近くにも賊が出没するようになると俺も気軽に川に行くことが出来なくなる。
そして流民も増え、スラム街の食料事情も悪化。
俺は一日中駆けずり回って何とかほんの少しの食べ物を得る事が出来るかどうかという有様だった。
その中で俺の転機となったのが今日見た夢の出来事……袁術こと美羽との出会いだ。
今思うとあの時の俺は半ば自棄になっていたのだろう。
いつ死ぬとも分からない、人として扱われないような生活の中で俺の存在を認めてくれる子……美羽と出会った。
それならその子の為に死ぬのも良いかもしれない。
そんな気持ちで動いただけだったが、結果としてその選択は思わぬ方向へ転んだ。
門前で追い返されるのが関の山と思いきや、袁家……正確には美羽の父親たる袁周陽様は美羽の希望通り孤児である俺を家人として屋敷に雇い入れたのだ。
それどころか家人としての俺の働きを気に入ってくれてらしい周陽様は、俺に教育まで施してくれた。
その御蔭で袁家の姫たる美羽の側役、楽就としての俺が今ここにいる。
本当に世の中というのは何が起こるか分からないものだ……。
さて、こうしていつまでも感慨に耽っているわけにもいかないな。
周陽様のご厚意で文武の教育を受けさせて貰っているが、それをどう生かすのかは俺次第。
徳に武術の方は日頃の修練に依るものが大きい。
今の時刻ならば朝食の頃まで一刻程時間がある筈だ。
……あの日、美羽に拾われた日から俺はこの人生を美羽の為に生きると決めた。
俺の知っている袁術と美羽が必ずしも同じ道を歩むとは限らないが、用心するのに越した事はない。
あの俺に手を差し伸べてくれた美羽に災いが降りかかるのを防ぐ為の力……少しでも蓄えておく必要がある。
俺は寝台から立ち上がり、身の周りを整えると得物を手に外へと向かうのだった。
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袁逢
SIDE 楽就
俺が美羽に拾われて6年程経ち、俺が14歳、美羽が9歳になった頃から俺は周陽様より美羽の傅役兼教育役に任じられた。
本来ならば拾われ子に過ぎない俺が袁家嫡流である美羽の教育役に就くなどありえない話なのだが、こうなったのは袁家が抱える事情があったからだったりする。
漢の名家である袁家に縁ある者というのは一族、親類を含めて数多い。
その中には袁家の名を利用して甘い汁を吸おうとする輩がいるのは当然の事。
だが袁家当主である周陽様は厳格な人物で、そうした専横を許すような方ではない。
その現状に不満を抱く輩が目をつけたのが袁家の次代候補である美羽と袁紹だ。
次期当主を自らの都合が良いように仕立て上げれば、当主となった後に傀儡化する事が出来る。
そんな思惑の元に欲深い奴らは次々と自分達の影響下にある者を教育役へと推薦してきたのだ。
無論周陽様もそれをただ座視していたわけではなく、教育役の人選には気を配っていたのだが、奴らはあの手この手で教育役となる人物に手を回してきた。
それに対して周陽様は、袁紹については洛陽でも有名な私塾に通わせる事で対応したものの、まだ幼い美羽を私塾へ通わせる事は難しい。
そこで周陽様が目を付けたのが当時通わせて貰っていた私塾を卒業し、美羽に仕える傍らで周陽様の仕事を手伝っていた俺だった。
『そこらの孝廉の連中よりも昔から美羽に仕えている泉の方が余程に信頼出来る』というのが周陽様の言だ。
そうした経緯によって俺は美羽の傅役となったんだが……実際のところこれまでの生活と大きな違いは無かったりする。
何せ側役として美羽の側にいた俺にとって、美羽の質問に応じる事はいつもの事だし。
変わった事といえば、教育役として俺では足らない部分の教育を知り合いに頼む必要が出来た位だ。
それも私塾時代の知り合いや、袁家の重鎮である沮授殿と田豊殿に頼む事で済んでいる。
そして美羽の勉強の進み具合はというと、順調の一言だ。
美羽は飛び抜けて頭の回転が速いというわけではないが、物事を一つずつしっかりと自分の頭で考えて理解出来ている。
そんな美羽に俺が特に気を付けて教えた事は、世間の常識と平民の生活だ。
僅かな供を連れて美羽と一緒に洛陽の町や近隣の村に行き、平民の生活や世間の状況を教え込む。
正直名族袁家の娘の教育としては我ながら破天荒すぎるとも思うが、暴君となった史実の袁術のような道を美羽に歩ませたくはなかった。
そうした俺の思いが通じたのか美羽は優しくしっかりとした子に成長したと思う。
武の鍛錬もして食も進んでいる為か背も結構伸び、、最近はどこか色気も出てきたような気がする。
決して俺が美羽の事をそういった目でみているわけではない事はしっかりと強調しておく……事にしたい。
SIDE 楽就 END
SIDE 袁逢
庭から娘……美羽の朗らかな声が聞こえる。
恐らく泉や供の者達と武術の稽古でもしているのじゃろう。
「公路は随分とお転婆に育ったようですな、兄上」
その光景を見てたのか、窓辺に立っていた弟……隗が呆れたような声を出しつつ儂を振り返った。
どうも少し頭の固いところのある隗からしてみれば美羽のありようが気に入らぬようじゃな。
「元気で良いじゃろう?」
「袁家の姫ならばもう少し華麗さがあっても良かろうに。浮浪児風情ではなく今からでも別の者を付けては?」
「儂は美羽の事に関しては守路を信頼しておるよ」
「守路……公路を守るか。大層な字ですな」
隗は鼻から息を出しつつ、卓を挟んで儂と対する席に着いた。
成程、気に入らぬのは美羽ではなく泉の方か。
儂は泉の事を我が子も同然とも思っておるのじゃがのう。
だからこそ美羽を支えてやって欲しいと考え、守路の字を与えたというに。
しかし頑固な隗の事じゃ、儂がいくら言っても納得はせんじゃろうな。
「まあそれは良いじゃろう。今日はその為に隗を呼んだわけでは無い」
「そういえば話の件については全く聞いておりません、一体私にどのような用で?」
気の向きが変わったらしい隗が話に身を乗り出す。
そう、儂が隗をわざわざ私邸に呼んだのは宮廷では話せぬ用があっての事じゃ。
「うむ、それなのじゃがの……。隗、儂は今年を限りに司空の職を退こうと考えておる」
ゆくうりと告げた言葉に茶を飲んでいた隗の動きが止まった。
「何ですと!兄上!何を考えておられるのですか!」
滅多に見られぬ隗の慌てようじゃが、それも分からぬわけではない。
今の朝廷は党箇の禁の影響でこの上無く乱れておる。
宦官が幅を利かせる中で曲がりなりにも政が動いておるのは、曹季興殿のような良心ある宦官と袁一族が朝廷を支えておるからじゃ。
そのような状況で三公の一席を占める袁家当主の儂がいなくなれば、朝廷の力関係が一気に崩れるやもしれぬ。
じゃがそれでも……
「儂が退けば混乱が起きかねぬ事は承知の上じゃ」
「それならば何故……?」
じっと儂を見やる隗の顔を見ながらワシは大きく息を吐く。
「ここ最近体調が思わしくない。恐らくこのままでは年内にも倒れるやもしれん」
「なっ……!?」
そう、ここ最近身体の調子が良くない。
最初は風邪かとも思ったが、時折胸が苦しくなって立つのも辛いと感じる事もある。
「そうですか……。それならば……」
「隗よ、勘違いするでないぞ?」
「?」
「儂が今官を退く理由は命惜しさの為ではない。……袁家の将来の為よ」
儂の言葉に隗が目を見開いた。
「我が一族の莫迦者共が裏でこそこそと動いておるのは知っていよう。苗木が育つまでは今少し時が必要じゃ」
これまで一族の者を抑えてきた儂が死ねば、先が見えず己の利しか見えぬ莫迦者共が美羽達に群がるのは必定。
一族の抑えを隗に託そうにも朝廷を抑えながら一族も抑えるなど出来る事ではない。
確かに儂はこのままでは年内にも倒れる事になるやもしれんが、療養に専念すれば数年は持つじゃろう。
儂が生きておれば一族に睨みを利かせて抑える事は出来る。
故にここは儂が官を退き、隗に席を譲る事が最善。
「儂は療養しながら芽を虫どもから守る。隗、司空の座はお主に頼みたい」
そう言い切り、儂は隗に頭を下げた。
しばらく沈黙の間が降りたがやがて隗が口を開く。
「兄上は……、兄上はずるい。私が兄上に頼まれれば否と言えぬのを知りながら、こうして頭を下げる」
確かにそうやもしれぬ。
思えば儂も亡き成兄上も隗には昔から迷惑を掛けてきたものだ。
「……良いでしょう。兄上の頼み、承りました」
「……そうか、すまぬの」
隗の承諾の返事を聞いた儂は安堵の息を吐きつつ、背もたれに身を預けた。
隗には突然で悪かったが、これで儂は後を心配せずに朝廷を辞する事が出来る。
そのまま儂と隗は暫く今後の事について話をしたが、最後の頃になって隗がふと儂に尋ねて来た。
「兄上は袁家の次代を担うのは本初と公路、どちらになるとお思いですか?」
「袁家の次代が必ずしも一人とは限るまい」
「……袁家を割ると?」
儂の答えに隗が怪訝な顔をする。
確かに普通ならば家を割るなどありえぬじゃろうな。
「曹李興殿亡き後の宦官達から見て袁家は大き過ぎると思わぬか?」
「……確かに一理ありますな。先に家を割るのも良いかもしれませぬ」
儂の言葉に納得したのか隗は席から立ち上がる。
そして部屋を出ようとするが、最後に足を止めた。
「兄上、無礼を承知で申しますが、私は庶民と交わる公路より名家の子女と親しい本初こそが袁家の次代を担うと考えております。……では」
それだけ儂に背を向けたまま言うと、隗はそのまま去って行った。
ふむ、本初こそ相応しい……か。
隗はあくまでも泉の事を認めぬつもりのようじゃな。
美羽が泉に連れられて戻ってきた日の事は今でも覚えておる。
あの美羽が孤児らしき流民の子に懐いておる事にも驚いたが、もっと驚いたのはあの目じゃ。
泉はあの時全てを理解した上で美羽を連れてきておった。
流民の子らしからぬ知性に最初はその出自を疑ったが、聞いても間違いなく農村で捨てられた子としか思えぬ。
美羽を助けてくれた事もあり、将来美羽の役に立つかもしれぬと思い引き取ったが……予想以上に良く育ちおったわ。
通わせた私塾でも名が通る程に知に秀でており、毎日欠かしておらぬ武の腕も中々のもの。
気性は冷静沈着であり、何よりも美羽とは何とも言い難い絆で結ばれておる。
美羽の後事を託すのに何ら異存はない。
泉がおる限り、美羽が道を誤る事はないじゃろう。
なればこそ比翼の雛が育つのを守る事こそが儂の務め。
願わくば……二人には平穏な生を過ごして欲しいものじゃ。
ちなみに文中び登場人物は
袁逢 袁術の父親
袁成 袁逢の兄で袁紹の父
袁隗 袁逢の弟
曹李興 曹操の祖父曹騰
です。
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