魔法科高校の任侠妖怪 (椿℃)
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プロローグ
新第零話 ぬらりひょんの孫と日常


お久しぶりです。

生存報告を兼ねてプロローグの改訂版を投稿しました。



 西暦1999年に魔法というものが初めて記録されてから約80年が過ぎた。魔法が記録された当初は、それを技術体系化することは不可能と思われていた。しかし、時が経つにつれて科学技術が発達し、魔法は技能となった。

 そんな近代化した世界に住んでいるのは人間だけではない。もちろん、ネコやイヌなどの動物たちとは今も変わらず共存している。しかし、人間に属さず、生物学的に動物とは言えない者たち、古来から人々が恐れられてきた『妖怪』もいる。彼らは人間に気付かれないように、ひっそりと暮らしていた。

 関東地方のとある街、浮世絵町の住宅街には、一際目立つ大きな屋敷が場違いのように建っている。この屋敷は二階建て建築で、立派な塀が小さな野球場ほどの広さのある敷地をぐるりと囲んでいる。屋根は瓦葺きが施され、庭をもち、その庭には小さな池、その近くに大きな桜の木なが植えてあるなど風情を感じられる。また、塀には、所々傷んでいる箇所が見られ、この建物が随分前に建てられたということが塀を通りすぎる人々に分かるだろう。

 今の時代、ほとんど全ての家が洋式を採用しており、このような造りをしている家はめったに見られない。日本全土を調べてみても、おそらく100棟もないだろう。

 ここに住んでいるのは、『関東任侠妖怪総元締 奴良組』の組員達だ。組の名前を見れば分かる通り、彼らは皆妖怪である。今から1000年程前、一体の妖怪ゆらりひょんが始めたものだが、現在は三代目である奴良リクオが頭となり、奴良組を引っ張っている。

 

 

*

 

 

「さて、見回りがてら夜の散歩にでも行くかね」

 

 

 21世紀も後半に差し掛かった辺りから、科学技術が急速に発達してきた。屋敷から少し歩いてみれば、至る所に防犯カメラがあるのが目にとまる。本当、前より妖怪が生活しにくい世の中になったものだな。しかし、先の大戦とその弊害によって人口が減ったことで、山奥等に行けば昔のような生活を送れる。今まで都会で人の世に紛れ込んで生活していた妖怪は徐々にその生活圏を移動していった。けれども、そう簡単にいかない場合もあるのが妖怪なのだ。

 土地神を始めとする、その土地と密接な関係にあるもの。都会(、、)という場所でしか畏を集められないもの。そんな彼等に「世の中の情勢が変わったから今の土地から出て行け」などと言われるのは、自分の存在意義を失うことに等しい。

 そのような彼等の生活の為、俺は奴良組の3代目の役目を果たさねばならない。幸い、彼等は上手く人の世に紛れているので何もなければ問題ない。

 しかし、そうも言っていられない問題がある。

 

 ────魔法だ

 

 魔法というものが容易に使えるようになり、犯罪を抑制する為に以前より大量に設置された。魔法が容易に使えるようになった、ということは街ですれ違う人の中で魔法が使える魔法師を見つけることはそう難しくはない。そうなれば必ずと言っていいほど、魔法を悪用する輩がでてくるだろうし、昔なら殴り合いで済んでいた一寸した喧嘩も魔法の撃ち合いに発展しかねない。

 

 ────そんな今の社会で妖怪が見つかったらどうなる?

 

 答えは簡単だ。一般人(、、、)には秘匿されている俺達妖怪の存在が明らかになったら明らかに混乱が生まれる。パニックに陥った人間は、妖怪を退治しよう──治安維持の為か面白半分か──と攻撃してきたり、科学者等に捕らえて研究の材料にされたり等、こちらの被害は甚大なものとなるだろう。その被害を真っ先に受けるのは、対抗する力の持たないただ単に人を脅かす妖怪なのだ。

 

 

「ふむ、だからこうして毎日頻繁に出かけているわけだが……」

 

 

 今日も見回り玄関にへ向かう途中に明かりについた部屋の前を通ろうとして足を止める。この部屋は俺の妻である氷麗とまだ幼い子供達がいる筈。

 氷麗に出かける旨を伝えなければ。そう思い、静かに障子を開けると彼女は子供たちと仲良く布団を敷いていた。普通(人間)ならもう寝る時間であるが、同時に俺達(妖怪)の時間の始まりだ。

 障子を開けて吹き込んできた風が不思議に思ったのか、子供達が振り返り、それに釣られた氷麗も此方に視線を向けた。

 

 

「「あ、おとーさんだ」」

「あら、今から外へお出かけに? 見回りでしょうか?」

 

 

 眠いだろう何時もより覇気のない声と、昔と比べて大人びて落ち着いた声音に答える。

 

 

「ああ」

「「おとーさん、行っちゃうの?」」

「そうだ。お父さんこれからお仕事しに行ってくる。六花、鯉斑、お母さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」

「はーい、いってらっしゃい!」

 

 

 六花は眠い目を擦りながら返事をした。しかし鯉斑はじっと自分を見たままだった。心なしか、鯉斑の眠気眼が輝いて見える。彼の目からは、特撮ヒーローに向けるような憧れの感情が読み取れる。

 まぁ俺もこいつと同じくらいの歳のとき、親父の出入りのときの背中に見蕩れていたのだから、おおよそ似たような感情を抱いているだろう。なかなかどうして、やはり親子は似るものなんだと改めて感じさせられる。

 

 

「どうした、鯉斑」

「あ、あのね、おとーさん、どうしたらおとーさんみたいにつよくてかっこよくなれるの? ぼくもおとーさんみたいになりたい」

 

 どうやら考えていたことは的を射ていたようだ。

 

「鯉斑、鯉斑の言う”強い”ってどういうことだ?」

「えーっと、わるいやつらをバシバシたおせるような人かな」

 

 眠たいながらも、頭を振り絞った鯉斑から返ってきた答えは子供らしいものだった。

 

「……そうか。確かにそういう奴の持っている力は強い。でもな鯉斑、ただ強い力を持っているだけで、その力を自分の為だけに使って、他の人になにもしない、そんなのは本当に強さではなく、強いとは言えない。その力を誰かを守るために使える奴 、使った奴が持っているものこそが本当に強さってことだ。強くなるっていうのは、誰かのために使える力をつけることだ」

「???」

「今は分からないだろうが、すぐに分かるようになる。とりあえず、今日はもう寝なさい」

「……はーい」

 

 

 なんだか不満そうな表情の鯉斑を布団に促す。六花の方は、もう布団に入っていた。先程の様子からもう寝たのかと思ったが、俺の見送りをしたいのか重そうな瞼を無理やり開けてまだ起きていようとしていた。その近くでは微笑ましそうに座っている氷麗。

 しかし、さすがに耐えられなかったらしく、鯉斑と話をしていた一瞬の隙にもう寝てしまった──それとも寝つかせられた──。その寝顔を見ていると気持ちが穏やかになった。やはり、子供の寝顔とは見ていて安心するものだな。

 

 

「さて、それじゃあ行ってくる。そろそろ出ないと青や黒達に見つかってしまいそうだ」

「ふふ、毎回毎回誰にも告げずにふらっと出かけるものですから、皆リクオ様がいないって困っていますよ?」

「仕様がないだろう、あいつら絶対私達、『私達も行きます、3代目』とか言うだろう? せっかくの散歩が楽しくない。それにな、和服が何人もいたら目立つだろう?」

 

 過保護なのは今でも変わらない。本当、あいつらは俺が出かけようとすると、今だに『どこに行かれるのですか? 一人で勝手に出ていかれると困ります、どこかに行かれるなら私達も』とか言ってくる。特に首無とか烏天狗一家とか。

 過保護過ぎるだろあいつら。もういい加減止めて欲しい。もうそんな歳ではないのだ。

 首無の奴、俺に構ってないで毛倡妓と仲良くやっていれば良いのだ。早く仲を進展させろ、ヘタレ。

 烏天狗はまた少し小さくなったか? あいついつか、親指くらいになるんじゃないか? 昔は普通の大きさだっったらしいが、どうなったら体があんなに小さくなるんだ。もしかしたら、黒羽丸達も将来小さくのだろうか……小さいささ美は可愛いかもしれないな。

 

 

「楽しむのは良いですけれど、気を付けてくださいね?」

 

 心配そうに此方を見てくる氷麗。その目を見ていると氷麗が過保護だった昔を思い出す。

 

「分かっている、大丈夫だ、俺一人なら人間には気付かれない。流れている血は1/4とはいえ、俺も一応ぬらりひょんだ。ぬらりひょんはどんな妖怪か知っているだろう?」

 

 “ぬらりひょん”、『誰にも気付かれずに勝手に家に上がり込んで飯とか食って帰る妖怪』ね。

 一体なんでこんなやつが妖怪の総大将なんだろうか。人間に見つかっても、(こいつは家の主なんだ)と思ってしまい、家から追い出せないらしい。そこらへんから主繋がりで妖怪の主に発展していったのか?

 また、ぬらりひょんは認識されにくい。俺一人なら並大抵の人間には気付かれないだろう。あいつらがいると逆に目立ってしまいそうだ。結構派手な格好をしている奴らが多いし、最近魔法とかで余計に気付かれやすくなってきているっていうのもある。それに、見えるものには見えてしまう(、、、、、、、、、、、、)からな、俺達妖怪は。

 

 

「勿論です。何年リクオ様にお仕えしてきたと思っているのですか? リクオ様のことなら何でも知っていますよ? そうですね、あれは小学生のときに……」

「ちょっと待て、いきなり何を言おうとしている、やめろ」

「ふふ、冗談ですよ。実のところ、私もご一緒したいところですが、子供たちがいますから。それに、妻は夫の帰りを黙って待つものですからね」

「……そうか、ではこうしよう。今度子供たちを烏天狗に任せて夜の散歩デートへ行こう」

「はい! 楽しみにしていますね」

「任せろ。それじゃあ、行ってくる、氷麗。なるべく早く帰ってくるようにする」

「分かりました、行ってらっしゃい。お気をつけて」

 

 座りながら頭を下げながら見送られ、俺は子供たちの寝室を後にした。

 しばらく長い廊下を歩き玄関ではなく庭の方へと向かう。前まではいつも玄関から出かけていたのだが、この前の出かけの際に首無達に待ち伏せされたのだ。それ以降毎回、夜に出るときは抜け出す場所を変えている。

 

「……玄関の方に2人、二階に1人。は、毎度毎度ご苦労なこったぁ」

 

 そう独りごちりながら草履を履いて塀を超えようとしたとき、池に映った月が見えた。白く輝く月を見れば無性に酒が飲みたくなってきた。

 

「確か今日は九重寺の方に行くんだったな……酒買って彼奴んとこでも行って月見酒でも楽しむとするか。あぁでも彼奴は酒飲めないか。ん? 家の達磨は飲んでた気がする……細けぇこたぁいいか。決めた、無理矢理でも飲ます」

 

 方針が決定したので、早速近くの酒場に向かおう。

 塀を越えて歩き出してすぐに屋敷の中が騒がしくなり、「リクオ様ぁぁぁぁぁ」と声が聞こえてきたが当然無視した。

 夜中の喧噪を背に受けていると、何故だか笑いがこみ上げてきた。

 

「は! は! は! やっぱりいいねぇ、平和ってのは。……そうだろ、皆」

 

 

 

 

 

 

 そう言う彼の背中に広がる夜空とそこに浮かぶ一つの月。それの周りには、いくつもの星が輝いていた。 

 

 

 

 

 

*

 

 

 リクオ様は夜の散歩に行ってしまいました。六花と鯉斑は気持ち良さそうに眠っています。可愛いです。いったいどんな夢を見ているのかしら。

 

「おかーさん」

「あら鯉斑、まだ起きていたのですか? もう寝たのかと……ん?」

「すぅ……すぅ……」

 

 鯉斑から返事が返ってきません。不思議に思って顔を覗いて見ると、目は閉じていて、小さな寝息の音が聞こえてきました。どうやら寝言だったようです。隣の六花も気持ち良さそうに寝ています。

 

「んー、おかーさん、ぼく」

 

 また鯉斑が寝言を言っています。甘えん坊さんですね。

 そういえば昔、リクオ様が熱を出されてうなされているときには、「つららー、つららー」っておっしゃっていましたっけ。そして、私が「どうされました?」って言って近付いたら……熱で精神的に弱ってらしたからなのでしょうか、リクオ様が私の手を握って、「氷麗の手って冷たくて気持ち良いね」って! キャー! リクオ様ったらもう! 庇護欲をそそられるあの笑顔! 今のリクオ様も素敵ですが、中学生のリクオ様は可愛かったですね! ……はっ! 取り乱しては駄目よ、氷麗。騒がしくしたら子供たちが起きてしまうわ。それには今はリクオ様の世話係でも側近頭でもなく妻なのだから、淑やかな女にならなくてはいけません。

 

「……ぼくは、おとーさんみたいな4代目に……」

 

 先ほどから寝言が多いですね。ふふ、鯉斑なら大丈夫ですよ。あなたの名前は、奴良組の全盛期を築いた鯉伴様と同じですから。それに何といってもあなたはリクオ様の子どもなのですから。

 

「それにしてもお母様ったら鯉斑を特に可愛がりますね。そんなに小さい頃の2代目に似ているんでしょうか?

 私は大人になった2代目しか知りませんから、この子がどのような成長をするのかが楽しみです」

 




 
こんな感じになります。

改訂前のものは削除しました。

これから、第壱話から手をつけて以前投稿したところまでの修正が終わったら続きを投稿します。
 
修正した話は「新第〇話」です


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入学編(絶賛手直し中)
第壱話


旧第壱話~第参話をまとめて、新第壱話となります。




 

「ふぁ~……眠い」

 

 

 大きい欠伸が出てしまった。それもそうだ、昨日は一睡もしてないのだから。

 親父が「入学祝いだ」とか言って夜の街に無理やり連れて行きやがったからだ。

 入学式の前日の夜に息子を連れ出す父親がどこにいる。緊張を解すためだったのだろう。多分そうだ、そう信じたい。しかし親父は、思い立ったが吉日という言葉があるが、まさにこの言葉がぴったりな気まぐれな人だ。単なる思いつきだったのかもしれない。だとしたら迷惑千万である。帰ってきたらもうあと10分で4時になるような時間だった。今寝たら入学式に遅刻をしてしまうと思い、結局寝ずに起きていたわけだ。 まぁ、楽しかったから良かったが。

 その後、あのままでは寝てしまいそうだったのですぐに学校に向かった。どうやら俺が一番だったようだ。時間を見たら入学式が始まるまで3時間もあったので、少し散歩する事にしたのだか。

 

「どんだけ広いんだ、この学校は。高校というよりまるで大学だな、これは」

 

 

             ◇ ◇ ◇    

 

 

 1時間ほど歩いただろうか。一通り校舎などが見終わり、近くに見つけたベンチに腰を下ろす。途中で何人かの生徒とすれ違ったが特に声もかけられなかった。ぬらりひょんの血の影響で気付かれにくいのか? そんなに流れていない気がするが。

 近くにあった自動販売機で眠気覚まし用に買った珈琲を飲みながら空を見上げる。雲一つない快晴で、気温もそれほど低くなく、太陽の陽が丁度良く照っている。駄目だ、このままでは寝てしまいそうだ。何か眠気が覚める物はないものか。そう思い辺りを見渡すと、少し離れたところに一組の男女がいた。あの二人も新入生だろうか。二人とも美形であり、なんとなく顔の雰囲気が似ている。双子なのか?  

 違いといったら制服くらいだ。女子生徒の制服には両肩と左胸にこの『国立魔法大学付属第一高校』の八枚花弁をデザインしたエンブレムがあるが、男子生徒のブレザーにはそれがない。

 

 

「血の繋がった家族でも関係なく分けられるのか」

 

 

 この学校では入試の実技の成績から、入学時点で一科生と二科生とに分けられる。分けられるといっても、大した差はない。勿論、桁外れな奴もいるだろうが、ほとんどの生徒は大して変わらないだろう。

 現在、魔法を教えられる人間が少ないため、優秀なものに優先して教えるためだそうだ。また、魔法は精神の状態に影響を受けやすく、ちょっとした事故で魔法が使えなくなってしまい、が毎年何人かの生徒が退学している。俺は実際にそういう人を見たことがないから分からないが、何かの本に書いてあったからそうらしい。そういうときのための二科生だそうだ。所謂補欠要員ってところか。

 会話は所々しか聞こえてこないが、どうやら男子生徒が二科生であることが女子生徒には納得がいかないらしい。話し終わったらしく女子生徒は何処かへ行ってしまい、男子生徒だけがその場に残った。

 すると、彼のそばを3人の生徒が通りすぎ、こちらに向かってきた。講堂の方から来たからおそらく上級生か。

 

「あの子ウィードじゃない?」

「こんなに早くから……補欠なのに張り切っちゃって」

「所詮、スペアなのにな」

 

 近付いてきた上級生たちの会話が聞こえた。おそらくあの男子生徒に聞こえいるだろう、いや聞こえるようにいったのか。彼がいる側からは見えないだろうが、こちら側からはよく見える。彼を嘲笑っている3人の顔が。

 

(ちっ、最悪だ。こんな奴らが上級生なのか。入学式もまだ始まってもいないのに嫌な気分だ、気晴らしに何処か落ち着く所にいくか)

 

 一科生の制服にエンブレム(花)がついていることから「ブルーム」、それに対して二科生は花を持たない雑草と揶揄して、「ウィード」と呼ばれている。

 二科生を「ウィード」と呼ぶことは建前としては禁じられている。

 それは、生徒たちの中では、半ば一般的な蔑称として二科生たち自身にも定着しているらしい。

 自分たちを単なるスペアだとしか思っていないらしい。

 

 

「気に入らん」

 

 

 歩きながら考える。俺はこれが気に入らない。親父は言っていた、『強い奴は弱い奴を守らなければならない。そして決して蔑んではならない。それが奴良組を継ぐものだ』と。それは、二科生のように立場の弱い奴らも守る対象なのだ。奴良組の4代目となるものとしてはこの問題は見過ごせない。大体二科生も二科生だ。

 

 

「勝手に諦めてんじゃねぇよ」

 

 

 先日、黒羽丸が烏から聞いてきた話しでは、元々二科生の制服に花がないのは、年度途中に募集した生徒の制服を用意する際の発注ミスが原因だそうではないか。さらに当時の官僚達が自分達のミスを認めず、それを改善しなかったせいでそれが定着してしまったらしい……なんて馬鹿げた話しだ。国民の苦しみを分ろうともせず、悠々と贅沢な暮らしをしているこの税金泥棒が。

 

 自分の制服についているエンブレムを見て改めて思う。

 

(俺はあいつらとは違う、二科生達を差別しない。こんな馬鹿げている慣わしなんかぶっ壊してやる)

 

 

             ◇ ◇ ◇

 

 

「……ぃ斑様! 鯉斑様!」

 

 

 五月蝿い、何だこのカラスは。俺の名前を何度も何度も。

 人(妖怪の血流れているので人といっていいのか分からないが)が折角寝ているというのに…………!?

 

 

「はっ! ……しまった、今何時だ」

 

 

 気付いたら寝てしまっていたようだ。慌てて制服のポケットから懐中時計を取り出して現在時刻を確認した。針は入学式が始まって30分を過ぎたところを指していた。もう間に合わない。まぁ問題ないか、別に新入生総代というわけでもないしな。それに、どうせ式に出たところで眠気に耐えられずに寝ていただろう。

 あの上級生達の会話を聞いてから妙に苛立ってしまい、特に目的地も決めず、早くあの場所から立ち去りたい一心で歩いた。そして、先ほどとは別の場所のベンチに座った。ここまでは別に何も問題はなかった。

 問題は次だ。何故ならこの場所も、寝るのに快適だったのだ。しかも、やけに静かすぎた。これで、寝るなと言われたら一体どこで寝ればよいのか。

 

 

「ちっ、今日は朝から良いことないな……こんな所で寝過ごしてしまうとは……」

 

 

 いや、そもそもこの場所が悪い。徹夜した奴がいるというのに 、まるでこんな最高の環境で構えているベンチが! 気温が! 太陽が! 俺には見えた、ベンチには「御自由にお眠りください FOR FREE」という文字が。つまり、

 

 

「いや、俺は悪くない」

「いえ、100%鯉斑様が悪いです。入学式に遅刻とか、奴良組4代目候補であるというのに、あり得ませんよこんなことは。リクオ様に何て申し上げればよいのでしょうか」

「ん? 親父なら笑って、『入学式をサボるなんて面白ことするじゃねぇか、だが程々にな』とか言いそうだが」

「あー、夜の三代目でしたら何となく想像がつきますねー。しかし、昼の三代目でしたらお怒りになられますよ?」

「あ 、そうか。昼と夜で性格変わるんだった」

 

 

 何でも、昼の親父は昔(といっても大分前。中学生頃の話だが)、超真面目だったらしい。さらに眼鏡(伊達である)なんかかけて、「良い奴」なんて言われていたと聞いている。一方で、夜の親父は何だか適当に生きてそうな感じがしており、昼と夜の差が激しい。まるで別人である。

 母さんも突然変わって何度も驚かされた、と恥ずかしいそうに言っていた。…………一体なにをしたんだ、夜バージョンの親父は。まぁ、日が暮れる頃に帰れば昼の親父と鉢合わせすることはない。だが最近、二つの性格が合わさって出てくるときがあるから油断ならない。

 

 

「なんですぐに起こさなかったんだ……起こす気はあったのか?」

「酷い言われようですね、私はずっと起こしていましたのに……あまりにも起きないので、もう少しで嘴でつつこうと思っていたくらいなんですから!」

「もしそんなことしたら、明鏡止水”桜”で焼きカラスにするぞ」

「ほら、いつも若がそんなことをおっしゃるから強く起こせないんですよ!」

 

 今俺が話しているのは、カラスだ。何故カラスが喋っているのか不思議に思うかもしれない。それはそうだ、カラスは喋らない、普通は。こいつは妖怪、烏天狗である。

 

 烏天狗

《剣術と神通力に秀でいる。服装は山伏(修験道の行者)の装束で、烏のような嘴、黒い羽毛に覆われた体を持ち、自由自在に飛翔可能》 

 

 こいつの名前は麗羽、俺の世話係だった。

 俺の第一高校入学にあたり、学校でのサポートもするように親父に命ぜられた。

 普段は人間に似た姿をしているが、今は神通力で”カラス”に変身している。サポート係だというのに、さっきまで見かけなかったはずだが……いったいどこに行っていたのだろうか。

 

 

「それは、若が3代目一緒に帰って来られたと思いましたら、すぐに学校へ行かれたからです。慌てて私も準備をして学校へ向かいました。私は若のサポートをしなければいけませんから。しかし、学校に着いても、若のお姿が見えませんでしたから、先ほどまで探していたのです」

「ふーん、あっそう」

「あっそうとは何ですか! 私がどれだけ探したと思っているのですか!!」

 

 

 どうやらお怒りのようだ。黒い羽根をバタバタと羽ばたかせて、俺に説教をしている。こいつは俺に対して過保護なところがある。一つ文句でも言ってやろう。

 

 

「カァーカァー、五月蝿いぞ麗羽。お前は俺の母さんかよ」

「えっ? 何をおっしゃっているのですか、若のお母様は氷麗様ですよ。私は世話係です」

「そんなもん冗談に決まっているだろう。冗談を真に受けるな、この馬鹿ラス」

 

 サポート係というがこの通り、少し阿呆である。さすがカラスだ。こういうのを世間では天然というだろうか? 俺にはこいつはただの馬鹿にしか見えん。

 話を続けてもらちが明かないので、話題を変えることにした。

 

 

「麗羽、式はどうなっている」

「えー、講堂近くに配置させていますカラスによりますと、生徒会長の歓迎の言葉が終わって、新入生総代の生徒の答辞が始まっている、とのことです。この様子だと、あと20分くらいで終わります」

 

 

 麗羽は学校中にカラスを配置させて、カラス達を監視カメラのように利用し、今起こっている状況等を俺に報告してくれる。

 近くにいなくても、遠くにいるカラスの見ている景色や聞いている音を、神通力を使用し、まるで自分が体験しているように感覚を共有が出来るらしい。勿論、麗羽側からだけであり、一方的なものである。

 麗羽はこれをカラスネットワークと読んでいる便利だな神通力。 以前、家の蔵で見つけて読んだ本に似たようなのが出てきた気がする。確か語尾が可笑なアホ毛クローンだったか。

 

 

「あと20分……か。歩けばぎりぎり式が終了する前にには講堂に余は裕に着くな」

 

 

 麗羽と話していたら結構な時間が経ってしまった。

 ベンチから立ち上がり伸びをする。今すぐにでも家に帰りたいところだが、式の終了後にやらなけれないけないことがあるので、講堂に行かなければならない。

 正直面倒である。しかし本人が行かないと意味ない。気が進まず、重い足を講堂の方向へ動かす。しばらく歩いていると、麗羽が話しかけてきた。

 

 

「鯉斑様、どちらに行かれるのですか? 校門はあっちですよ」

「ん?   どこって講堂だよ、講堂」

「何故ですか? てっきりもうお帰りになるのかと……」

「入学式終了後に学校施設を利用するためのIDカードが配布されるんだよ。それがないと、なにも出来んだろ……そうだ麗羽、歩きがてら新入生総代の言葉がの内容を教えてくれないか」

「分かりました……えー」

 

 

 総代なのだから、当然一科生だろう。どんな答辞なのかがなんとなく気になった。

 麗羽経由で聞いた話しによると、「皆等しく」とか「一丸となって」とか「魔法以外にも」とか「総合的に」などの単語が所々見受けられたそうだ。麗羽が言うには、総代の生徒は可愛らしい女子だったそうだ。

 

(簡単に言うと『一科生と二科生、共に協力しましょう』ってことだろ。

……これが建前ではなく本音であれば、そいつとは上手くやれるかもしれん。だがどうせ式のために考えた文章だ。建前に決まっている)

 

 そんなことを思いながら、俺は講堂へと向かっていった。しかし……

 

(あぁ早く帰りたい)

 

 

             ◇ ◇ ◇      

 

 

 あまり気が乗らなかったせいか、自然と通常より歩くのが遅くなってしまい予想よりも遅く講堂についた。

 すでに入学式は終わっており、IDカードの交付が始まっていた。俺を除く新入生199名は、IDカードを受けとるため長蛇の列を作っている。よく見ると、一科生と二科生の列が別れている。

 予め各個人のカードが作成されているわけではなく、個人認証を行ってその場で学校内用カードにデータを書き込む仕組みであるから、どの窓口に行っても問題ないはずだから、どの列も一科生と二科生が均等にいても良いはずだ。

 実際、一科生と二科生の列が分けられているというわけではなかった。自然とそうなってしまったようだ。

 

(だから、こういうのが気に入らねぇんだよ。なんで入学初日に二回も同じようなことを思わなければならんのだ) 

 

 俺はカードを受けとるまで終始不機嫌だった。

 

 

             ◇ ◇ ◇

 

 

 ようやく俺の順番がまわって来て、個人設定などのやりとりを済ませた。受け取ったカードを見て自分のクラスを確認する。カードには『1年A組』と書かれていた。

 

 

「さて、もうやること済んだし帰るか」

 

 

 昔あった担任制度というものは、古い伝統を守り続けている学校以外、もうほとんど採用されていない。この第一高校も同様で、担任があらずその代わり、各クラスに男女1名ずつの2名体制でカウンセラーが配属されているらしい。

 学校用端末は1人に1台与えられ、事務連絡等は学内ネットに接続した端末配信で伝えられる。

 個人指導の方は、実技の指導以外は基本情報端末が使用される。

 これでは、ホームルームの必要性が感じられないかもしれないと思うが、実技や実験の都合上、クラスを分けておいた方が効率が良く進められるためだとか。

  

 

「今日は授業や特に連絡事項もなかったはず……よし、本当に帰るか」

 

 先程まで寝ていたのだが、まだ少し眠い。

 帰宅するため、とりあえず講堂から出ることにした。入学式で意気投合でもしたのであろうか、所々に何人かが談笑していながら歩いている。そのせいで、彼らの歩く速さが遅くなっている。

 普通に歩いている俺にとっては邪魔でしかない。

 ぬらりひょんの特性を生かし、何とか人と人の間をするりと抜ける。途中、足でも縺れたのだろうか、前にいた一人の女子生徒が倒れそうになっているのを見かけた。こんな人が溢れているところで倒れたら怪我をしてしまう。

 俺はすぐに側に行き、倒れないように彼女の手を引いた。当の本人は一瞬、俺に何をされているか理解出来なかったらしく

 

 

「えっ?」

 

 

 と、素っ頓狂な声をあげた。痴漢だと思われたら面倒なことになるので、先に弁解しておく。

 

 

「大丈夫だ、決して痴漢などではないから安心しろ。倒れそうだったから支えただけだ。人が少ないところまで連れていってやる、手を離すなよ」

 

 

 状況を理解したらしい、何も言わずただ頷いた。

 

 

 やっと抜けられた。歩いている途中で、今朝見た二科生の男子が、同じ二科生の明るい栗色の髪でショートカットの女子と眼鏡をかけた黒髪ボブカットの女子二人を侍らして、談笑をしていた。高校初日から両手に華とは……どんなプレイボーイだあいつ。そんな風に見ていると、あの男子がこちらに視線を向けた。もしかして気付かれたのか? まぁどうでもいい。

 少し時間がかかってしまった。一人ならこんなに時間はかからなかった(まぁこれでも、普通の人間に比べたら早い方なのかもしれないが)。後ろにいる奴を気にしながら慎重に歩いていたかもしれない。

 握っていた手を離すと、女子生徒が礼を言ってきた。

 

 

「あの、ありがとうございました」

「いや、俺が勝手にしたことだ。気にすることはない」

「でも助かったのは事実ですし……」

「分かった分かった、どういたしまして。これで気が済んだだろ」

 

 このようなやりとり面倒だからさっさと終わらせた方が良い。

 冷たくあしらいすぎたのか、表情が少しムッとなった。

 それにしてもこの女子、あの人混みで友人とでも別れたのか……だとすれば相手も探しているはずだ。

 辺りを見渡すと、少し離れたところでツインテールをした茶髪の女子生徒が先ほどこいつと同じように誰かを探していた。

 

「実は、友達とはぐれてしまって……」

 

 

 黙っていると、向こうが話してきた。思った通りのようだ。あの茶髪ツインテを指差しした。

 

「もしかしてあいつではないのか?」

「えっ? あ! そうです、ほのかー」

 

 

 名前を呼ばれた茶髪ツインテはこちらを向いた。どうやらあれが友達のようだ。今日はよく予想が中る日だな。

 探し相手が見つかったなら俺はもう必要ないな 。さて、これで帰れる。

悪いけど勝手に帰らせてもらうぞ。名前も知らない女子にわざわざ、別れの言葉を言う必要もないだろう。意識が茶髪ツインテに向いているうちに退散するとしますか。じゃあな、小さいの。

 

 

             ◇ ◇ ◇

 

 

 ほのかとはぐれてしまった。

 ほのかが突然、「あ、司波さんだ」と言ったと思ったら、人混みをどんどん進んでいってしまった。

 私もほのかについて行こうとしたけれど、私は人混みに流されてしまった。

 押されるがまま前に進んでいると、ちょっとした段差に躓いてバランスを崩してしまった。

 すると、誰かに手を掴まれた。私の手を掴んだのは、背の高い黒髪の男子だった。突然のことで驚き、彼の言われた通りにしていたら、人混みから抜けだせた。彼は、前に人がいてもお構い無しにどんどん進んでいった。

 それは、まるで彼専用に道が用意され、その道を進んでいるように見えた。

 少し落ち着いてからお礼を言うと 、自分が勝手に助けたのだから気にすることはない、と言われた。どうやら良い人みたい。

 でも、そんなことを言われても私の気は収まらなかったので、もう一度お礼を言おうとしたら、適当に話を切り上げられた。

 これにはさすがに、助けてもらった相手とはいえ、そんな態度をとられると少し不愉快だ。

 もしかしたらほのかを一緒に探してくれるのでは、と思い彼に友達と別れてしまった旨を伝えた。

 すると、間髪を容れずに私の背後の少し遠いところを指差した。振り替えると、ほのかが見えた。彼女も私を探していたみたいだ。

 声をかけると気が付いたらしく、ほのかが小走りで私の方に来た。

 

 

「ほのか、司波さんには会えた?」

「雫、ごめーん……」

「大丈夫、怒ってないから」

「本当にごめんね……あれっ? 雫何かいい事あった?」

「さっき倒れそうになったとき、親切な人に助けてもらったの」

「親切な人?」

「うん。この……あれ?」

 

 

 振りかえると、さっきまでいた場所に男の子の姿はなかった。おかしい、さっきまでここにいたはずなのに……

 

 

「雫?」

「えっと……帰っちゃったみたい」

「そうなんだ、でもまた会えるんじゃない? そのときに紹介してね?」

「わかった」

 

 

 とは言っても、私は彼の名前を知らない。だけど一科生ということは分かっている。同じクラスだといいな……

 



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第弐話

 文章を頑張れと言われました。
 私の文字数少なかったですね。
 今回は前回の約5倍です。


 高校生になって二度目の朝を迎えた。 先日のように、親父に連れ出されるようなこともなく、充分な睡眠が確保できた。当然であろう。次の日に学校があるっていうのに、深夜に出掛けてみろ、眠くて授業に集中出来ないだろうし、最悪寝てしまうだろう。さすがに親父もそこまで馬鹿ではないらしい。

 身支度を整え終わり、部屋を出て仏壇のある部屋へと向かう。ひい祖母さん、2代目、ばあさんへ線香をあげてから居間へと向かう。

 廊下を歩いていると、庭では小鬼などの妖怪たちが朝っぱらから騒いでいる。彼らたちがこちらに気付く。

 

「「おはようございます、4代目!」」

「おう、朝から騒がしいなお前ら。あまりうるさくするなよ、近所迷惑だ」

「「分かりやした!」」

 

 

 そうこうしているうちに居間の前まで来た。障子を開けると、朝食の用意だできており、親父、姉貴、それに爺さんと奴良家全員集合である。母さんは台所にいるのだろう。俺は食事のときに自分が座っている場所に腰を下ろした。いつもは姉貴が学校の用事で早めに出てていないか、親父が寝ているかで、全員揃うなんて珍しい。何か良くないことが起きる気がしてならない。

 母さんが台所の方からやって来た。いつもと同じように白い着物を着ている。

 

「あら鯉斑、おはよう。今起こしに行こうと思っていたところだったの。丁度良かったわ」

「おはよう、母さん。姉貴は今日用事はないのか?」

「ええ。昨日のうちに”入学式”の後片付けが大方終わったから、後は先生方がやってくださるっておっしゃっていたわ」

 

 

 姉貴は俺と同じ第一高校に通っており、今年で3年目。また、生徒会長と仲が良く、たまに生徒会の手伝いをしているらしい。

 ん? それにしても今入学式のところを強く言わなかったか? 姉貴の方を見ると、何か企んいる顔をして馬鹿にするような笑みを浮かべてこちらを見ている。

 危険を察知した俺は、居間から立ち去ろうとした瞬間、

 

 

「鯉斑、どこへ行くんだい? 少し話しがあるからそこに座りなさい。まさか逃げようなんて思ってないよね?」

「!?」

 

 

 向かい側から淡々とした口調の声が聞こえた。

 しまった……

 先程まで無言で食事をしていた親父が、姉貴の話を聞いた途端、箸を置くのを見てからでは遅かったか。居間に親父がいるのを見た瞬間に退散すべきだった。

 

 

 

 それから、入学式に出なかったことについてぐちぐち言われた。

 くそ、親父め、逃げられないように「畏」を発動させやがって。しかも器用なことに俺だけに効くようにしていた。あれに逆らえるやつがいたらここに連れてこい。

 それに、俺だって好きでサボタージュした訳ではない。そもそもの原因は”夜”親父が深夜に無理やり連れ出したせいではないか。なんて理不尽な。

 そのことを言ったら

 

 

「それもそうか……じゃあ夜の方には僕から言っておく。鯉斑はもう学校へ行きなさい」

 

 やっと解放してくれたのはいいが、おかげで食欲がなくなってしまった。せっかく母さん達が作ってくれたというのに……

 誰だ親父に告げ口した奴は。麗羽か? いや、麗羽には昨日、そろそろ講堂に着くという場所で別れるときに、「親父に言ったら焼きカラスにするぞ」と口止めしといたはずだから違う。麗羽ではないとしたら誰だ? ……そうだ姉貴がいた。生徒会の手伝いで、入学式のときに講堂にいたのか。何故俺があのとき講堂にいないと分かったのかは知らないが、あの笑みからして姉貴に間違いない。

 自分の部屋に戻り、先日家の蔵で見つけた本をこれまた蔵で見つけた学生鞄に入れる 。鞄は昔、ばあさんが学生の頃に使っていた革製のものだ。カビも生えておらず、あまりにも綺麗な状態でしまってあったので、使わせてもらうことにした。ばあさんは物を大切に扱う人だったみたいだ。というのも、俺がまだ母さんの腹の中にいるときに亡くなってしまったので、俺はばあさんを写真でしか見たことがない。

 後ろから襖が開く音が聞こえた。爺さんだった。

 

 

「おう、鯉斑。大丈夫だったかい」

「大丈夫じゃないよあれは……入学式一つで怒りすぎだろう」

「はっはっは。そうだなぁ儂もありぁ、ちとやりすぎだと思うておるわい 」

 

 

 爺さん(正確にはひい祖父さんだが)は、奴良組を結成させた張本人であり、皆から慕われている。つまり爺さんは大妖怪ぬらりひょんというわけだ。最近は力も大分衰えており、あまり体力をつかわないよう、家にいることがある。

 しかし、ぬらりひょんの本来の力は健在で、防犯設備が発達している今の時代でさえ、難なく家の中に上がり込んでは菓子などを頂戴しているようだ。

 このあいだ、年のせいなのか失敗して警報がなる回数が多くなってきたと愚痴を溢していた。ネットのニュース欄にある、「また泥棒が!? 」のような記事の7割は爺さんの仕業ではないかと思っている。

 

 

「そうだ鯉斑、お前結局朝はなにも食べておらんかったのぅ、氷麗が心配しておったぞ」

「親父の説教で食欲が無くなって……」

「そうか……だがのぅ、鯉斑よ。何も食べないのはいかん、いざという時に力が出せんかったら、元も子もないじゃろうに。せめて飴でも舐めなさい……ほれ」

 

 そういうと爺さんは袂から小さい入れ物を取り出し、蓋を開けて俺の方に差し出す。飴を1個とり、それを口に運ぶ。……爺さんには悪いが、この飴は美味しくない。はっきり言うと不味い。前にこの飴をあげて、誰かに不味いと言われたことはないのだろうか。俺は物を貰った相手に、貰った物を貶すというそんな失礼で、恩知らずな人間ではない。いや、それとも妖怪といった方が適切なのかだろうか。それは兎に角、俺は飴が不味いとは言えなかった。

 

 

「……ありがとう、行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい。気を付けるんじゃぞ」

 

 

 部屋を出て、何か用事をしていた母さんに行ってきますを言い(親父は寝ていた)、玄関へ歩く。この家は無駄に広い。なので、自分の部屋から玄関までも少し時間がかかる。

 玄関には麗羽がカラスの姿で俺を待っていた。最近、天狗の姿で麗羽を見ていない。今度、お願いしてみるか……

 靴を履き、広い玄関を出てこれまた巨大な門をくぐる。少し歩いて通りに出て、駅へと歩く。麗羽は少し後ろで、俺についてきている。

 15分ほどで駅に着いた。プラットホームまで行くと丁度キャビネットが到着したところだった。前に誰も並んでいなかったので、すぐに今来たキャビネットに麗羽を他の客に気付かれないように注意しながら乗った。

 これが現代の電車だ。昔の電車のような一つの車両に大人数が乗れる脳内ものか二人乗りから四人乗りの小型リニア式車両へと形態が変わった。

 車両内部には監視カメラやマイクなどの類いは無く、カラスの姿をした麗羽が乗っていても、乗降するときにバレなければ問題ない。

 電車というよりも 、自家用車に乗っているような気分だった。

 学校に着くまで読書でもしようかと鞄のなから本を出す。そうしている間に、キャビネットは高速軌道へ移動して高校の最寄り駅まで進んでいく。

 

 

             ◇

 

 

 駅に着いたようで、本を閉じてキャビネットから降り、学校までの道のりを歩く。学校に着くと麗羽はどこかに飛んでいった。1年A組の教室へと歩く。昨日のうちに教室の場所は確認済みなので、迷うことなく無事に教室へと着いた。

 ドアを開けて中に入り、自分の端末を探すため、机に刻まれている番号に目を配る。自分の番号を見つけ 、その席に座る。2人の女子が、すれ違い様に俺を見てヒソヒソと会話をしていた気がする。いや、気のせいだろう。ここにいる奴は全員初対面のはずだ。

 

 

 教室は騒がしかった。主に教室の中央付近の男女問わずにクラスの約半分の人数が群がっている連中が原因だ。よく見ると一人の女子を囲んでいる。あいつ、確か入学式の前に見たな。

 初め、いじめか何かと思ったが、どうやら違うようだ。周りの連中が代わる代わる話してかけているだけだった。

 何故あいつらはあんなどこにでもいるようなただの一生徒に熱心なのだろうか。いや、どこにでもいるは間違いだな。彼女は、そばを通れば多くの人間が見蕩れるほどの美人である。しかし、ただそれだけであろう。入学してまだ日も浅い、と言うか入学してまだ2日間だというのに、あいつに夢中なる意味が分からない。あいつから人を惹き付けるフェロモンでも出ているのか?

 

 

 特に誰かに話しかけようともせず、端末の電源を入れる。IDカードを端末にセットして、ウィンドウを開き、履修規則や風紀規則、施設の利用規則などを読みながら、予鈴が鳴るまで時間を潰す。

 

 

 予鈴が鳴り、各々が席に座る。すると、電源の入っていなかった端末は自動的に立ち上がり、既に起動していた端末のウィンドウは閉じられ、教室前面にメッセージが映し出された。

 俺が今見ていた風紀規則を表示していたウィンドウも閉じられた。まだ読み終わってなかったのだが……

 何でも、オリエンテーションがもうすぐ始まるからその準備をしろという内容だった。

 少し経って本鈴が鳴り、教室に誰かが入って来て自分の紹介をした。話を聞いたところ、1年A組担当のスクールカウンセラーだそうだ。もう一人はここには来ず、映像が前のスクリーンと机上のディスプレイに映し出され、映像ごしに挨拶をした。

 その後、カリキュラムと施設の利用についてのガイダンスの映像を見て、選択科目の履修登録を行う。

 

 

 俺は他のクラスメートよりも、早めに履修登録が完了した。そして、この後の予定を考える。

今日と明日の2日間は、実際に上級生が行っている授業を見学する時間として用意されている。

 中学校までは、課外活動の一環として教えている一部の私立学校を除いて、魔法を教わらない。それらの私立学校では魔法を成績に反映させていない。また、魔法の素質を持つ子供については 、放課後の時間に公立の塾で魔法の基礎を学ぶ。この段階では、魔法の技術的優劣は考慮せず、ただ純粋に才能や個性を伸ばし、魔法を生業とした職業などに就けるかどうか保護者と本人で見極める。

 本格的な魔法教育は高校課程からであり、第一高校は魔法科高校中、最難関に数えられているが、普通の中学校からの進学生も多い。

 俺の通っていた浮世絵中学も普通の公立中学校だった。当然、魔法の授業なんてものは存在しなかった。なので、魔法の授業というものはてんで分からない。

 この第一高校は、俺のような普通の中学校からの進学生も多いため、そのための2日間というわけだ。

 

 

 朝御飯を食べていないせいか、空腹感を感じるようになってきた。やはり飴一粒なんかでは全然足りないようだ。

 昼食をとるには、食堂で食べるか、弁当を持参し、中庭など適当な場所を見つけてそこで食べるしかない。教室には情報端末という精密機械があるので、ここでは食べられないからだ。

 生憎、俺は弁当を持参しないので、食堂が開くまであと約1時間、昼食はお預け状態であった。

 

 (さて、食堂が開くまでをどうやって過ごそうか……)

 

 施設を巡るか? いや、それは入学式の前に見終わってしまった。鍵の掛かったところもあった。だが、これでも一応ぬらりひょんの血が流れている身だ、試しにやってみたら意外とどうにかなった。

 では授業を見学するか? と言われても、正直少し面倒くさい。魔法の授業が未体験であるからといって、別に見学するまでもないだろう。しかし一方で、魔法の授業がどのようなものなのかを知りたい自分もいる。

 好奇心を満たすか、ここに留まって本でも読んで過ごすか。

 どちらか決められずに迷っていたら、クラス全員履修登録が終わったようで、自由時間となった。他の連中も「どこ見に行くー?」などと言いながらぞろぞろと教室から出ている。

 今朝の連中も、あの女子が動くと金魚のふんのようについていった。

 

 

 俺は授業を見学することにした。本はいつでも読める。今しか出来ないことをした方が得であろうという結論に至った。

 とりあえず、何を見るかは教室を出てから決めようと、立ち上がり扉へ向かう。 

 

 

「あの、」

 

 

 後から声が聞こえた。声からして女子だろう。一瞬自分に掛けられたのかと思い足を止める。しかし、呼ばれたのは俺ではないだろうと思い直し、また歩みを再開する。

 すると、ブレザーを掴まれた。歩みを止めて後を振り返る。

 

 

「無視しないで」

「あぁ、悪い。俺に話しかけられたとは思わなかったんでな」

 

 

 そこには、前髪の両端をのばしたショートカットの女子が立っていた。

顔形は悪くはなく、美少女といっても過言ではないだろう。

 朝、俺がそばを通り過ぎたときにコソコソしていた片われだった。

 

 

「それで、俺に何か用かい?」

 

 妖怪だけに。

 ……今のなし。忘れてくれ。

 

 

「昨日のことで改めてお礼を言いたくて……」

 

 昨日? ……あぁ、茶髪ツインテとはぐれたって言っていた小さいのか。昨日のことだが忘れていたようだ。言われてみればと今思い出した。

 昨日は小さいと思ったが、よく見ると身長は女子の割に高く、俺の肩ぐらいまである。

 

「それなら、もう済んだ事だ。今さら蒸し返しても仕方がないだろ」

「でも、私の気がおさまらない」

 

 律儀な奴だな。それにあまり表情に変化が見られない。無愛想、というよりもクール系とでも言うべきか。クール系美少女……何かのキャラクターでありそうなジャンルだな。 

 

 

「わかったわかった。じゃあどうしたらお前の気はおさまってくれるんだ? もうお前の好きなようにしてくれ」

 

 

 面倒なことはさっさと終わらせることに限る。俺は相手に任せることにした。

 

 

「じゃあ、そうさせて貰う。

 昨日は助けてくれてありがとう、貴方のおかげでほのかに無事会えた」

 

 

 何だ、ちゃんと笑えるではないか。

 今のは少し微笑む程度のものだったが、どうやら笑うときには笑うらしい。笑っている方が良いと思ったが、別に言うほどのことでもない。

 

 

「どういたしまして。

 それで、お前の用はもう済んだか?」

 

 

 そう言うと、彼女は少しムスッとした。表情の変化が全く分からないというわけでもなく、注意深く見ていると何となく分かる。良く言えばクール系、悪く言えば表情の変化が乏しい。

 

 

「お前、じゃない、私の名前は”北山雫”。私のことは雫って呼んで」

「悪い、言い直そう。それで北山、用はもう済んだのか?」

「私は『雫って呼んで』って言った」

「でも北山、いきなり名前で呼ぶっていうのも……」

「”雫”。

 苗字で呼ばれるのは慣れてない」

 

 

 強情な奴だな……

 俺は諦めて雫と呼ぶことにした。

 

 

「では改めて聞こう。雫、もう用は済んだのか? 済んだのなら俺はもう行から手を離してくれ」

 

 

 雫はずっと俺のブレザーを掴んだままだ。先ほどから何度もこの手を離そうとしているが、雫は一向に離してはくれなかったのだ。本気で振り払おうとすれば、振り払うことは造作もないのだが、相手が女子であるが故にそれが出来ないでいた。

 

 

「まだある」

 

(何? 礼を言ったらはい終了ではないのか?) 

 

 俺は雫の話を聞くことにした。

 

 

「まだあるのか? じゃあ話を聞くから、とりあえず手を離そうか」

「逃げない?」

 

 

 は? こいつは馬鹿なのか? 

 

 

「俺に用があるんだろう? 俺は自分に用がある奴が目の前にいるというのに無視をして逃亡する程非常識ではないぞ」

「……でも、昨日はいつの間にかいなくなっていた」

 

 

 なるほど。雫のなかでは、昨日俺が雫の友人を見つけてお役御免というわけではなく、その後も何かあったのか……だとしたら、すぐに帰ったのは早計だったか。

 

 

「あれはもう俺は用済みだと思ったからさっさと退散しただけだ。他意はない。現にこうして雫の前にいる。改めて言うが、雫が俺にここにいてほしいと言うのなら、雫の気が済むまでここにいる」

「……そう」

 

 

 雫は黙ってしまった。心なしか少し嬉しそうに見える。

 しかし、先ほどから全く話が進んでいない。結局雫の用とは何なのだ。時計を見ると、かれこれ15分くらいこうしている。昼食前に1つでも見学しに行こうかと思っていたのだが、そろそろ行かないと間に合わなくなる。それに、食堂も混むだろうから見学を早めに切り上げて混まない内に食堂へ行こうかと思っていたが、予定を検討し直さなければならない。

 俺は優柔不断だが、決まったことはさっさと実行に移す男だ。

 だんだん苛々してきた。

 

 

「ほら、さっさと話せ」

 

 

 苛々しているせいか口調も強くなってしまった。

 

 

「一緒に授業を見学しよう?」

 

 

 さんざん待った挙げ句、雫が言ったのはほんの十数文字の言葉だった。何だ、こんな事か。もっと深刻なものかと思っていたが、蓋を開けてみれば何ともないものであった。何故か少しがっかりした。

 

 

「何だ、そんなことか。しかし、あの茶髪ツインテはどうした?」

「茶髪ツインテってほのかのこと? ほのかなら司波さんの追っかけをしているから別行動。私もついていっても良かったけれど、朝教室であなたを見かけたから私はあなたを優先したの。

 そう言えばまだあなたの名前を聞いていない。何て言うの?」

 

 

 あ、まだ名乗っていなかったな。あの茶髪はほのかという名前なのか。どうでも良いが。

 俺は今さらだが自己紹介をした。

 

 

「”奴良鯉斑”だ。好きなように呼んでくれて構わない」

「奴良も鯉斑も珍しい、初めて聞いた……」

 

 まぁそうだろう。『奴良』なんてものはじいさんがぬらりひょんに準えて作り出しものだしな。

 

「それじゃあ、鯉斑って呼ぶけどいい? 奴良も鯉斑も言いにくいけど、まだ鯉斑のほうが言いやすい」

「あぁそれでいい」

 

 

 というか先ほど雫の口から聞き慣れない名前が出てきたな。司波とは誰だ? 

 

 

「見学の件だが了解した。おそらく食堂が混むだろうから、早めに切り上げた方が良いと思っているのだが、そうなると今からだと少ししか見学出来ない。午前は諦めて午後からにしよう。ところで雫、少し聞きたいことがあるから座って話さないか?」

 「分かった。それじゃあ、外のベンチで話そう」

 

 

 言われてみればそうだった 、ずっと教室で話をしていたのか……教室には俺たちしか残っていなかった。

 

 

「了解」

 

 

 俺と雫は教室を出て外のベンチへと移動を開始する。

 

 

「あ、それと後で鯉斑をほのかに紹介したいんだけど、会ってくれる?」

 

 

 人一人に会うくらい別にどうってことない。

 俺は承知の旨を伝えるため、頷いた。

 

 

 

             ◇

 

 

 ベンチに座ると雫が聞いてきた。

 

 

「で、聞きたいことって?」

「あぁ、さっき雫が言っていた司波って誰だ? ほら、茶髪ツインテ、いやそのほのかという奴が追っかけしているっていう……」

「え? 鯉斑、司波さん知らないの?」

 

 

 雫はあり得ないものを見たような顔をした。

 なんでそんな驚いた顔をするんだ。知らないものは知らない。仕方がないではないか。だから俺はこう答えた。

 

 

「知らん」

「私達と同じクラスだよ? それに知らないのは鯉斑だけだと思う。新入生なら全員知っているはず……」

「何? その司波さんとやらはそんなに有名なのか」

「新入生総代で昨日壇上で話していたの忘れた?」

 

 

 ……合点がいった。だから俺は知らなかったのか。

 雫を見る。おい、何だそのあきれた目は。

 

 

「いや、俺は入学式に出てないから」

「え? 休んだ……ってわけないか。昨日いたし」

 

 

 嘘を言っても仕方がない。正直に話すか。

 

 

「ベンチで寝ていたら出れなかった」

「もしかして鯉斑って不良?」

「不良ではない。俺は真面目な男だ。それにあれは故意ではなくて、事故だった」

 

 

 それに俺は不良ではなくて、正確にはやくざだな。因みに妖怪でもある。

 

 

「そうか、つまり新入生総代ってことはその司波が学年首席で入学したってことか。もしかして、朝教室で他の連中に囲まれていた黒髪ロングか?」

「そうだよ。多分、鯉斑が言っているその黒髪ロングさんが司波さん。皆、司波さんと友達までいかないにしても、知り合いになりたいみたい。

 

 

 なるほど、だからあいつらはあんなに群がっていたのか……

 美人で成績優秀ときたか、要するに完璧というわけだ。そういうことなら、あんなに群がるのあの中に純粋に友達になりたいと思っている奴は何人いる? 

 実にくだらない。

 

 

「……ねぇ、さっきからほのかのことを茶髪ツインテって言ったり、司波さんのことを黒髪ロングって言ったり……鯉斑って女の子を髪型で判別しているの?」

「いや、名前を知らないから分かりやすい特徴を言っただけだ」

「ふーん」

 

 

 ただ単に疑問に思っただけのようで、雫はこれ以上追究しなかった。

 

 

「さて、俺が聞きたかったことは以上だ。答えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 

 

 ここで時刻を確認する。食堂が開くまでまだ少しある。俺から誘ったのだがもう聞きたいことは聞いた。つまり俺の用は済んだ。雫の誘いも承諾した。つまり雫の用も済んだ。特に話したいこともない。本でも持ってくれば良かったな。

 ……よし、寝るか。俺は寝ようと思えば寝れる男だからな。それにここには雫がいるから、寝過ごして昼食を食べ損ねるなどということはないだろう。

 

 

「雫、」

「何?」

「俺は今から寝る。食堂が開く時間になったら起こしてくれ」

「えっ? ちょっと寝るって」

「何だ? もう聞きたかったことは聞いたからな。それにもう話すようなないは?」

「……ある」

 

 

 何だ、あるのか。仕方がないつきあってやるか。

 

 

             ◇ ◇ ◇

 

 

 この後、食堂が開くまでの間、雫が話題をふって俺が答えるという繰り返しが続いた。何故女子というのはあんなにおしゃべりが好きなのか。

 雫もやはり女子か、と思ったが、雫の場合はそういう印象は受けなかった。おしゃべりが好きだというよりも、無理して話そうとしているように感じた。

 まさか、俺が寝ないようにするためか? ……考えすぎか。

 

 

 食堂に着いたときにはまだそれほど混んでいなかった。

 雫はというと、ほのかと一緒に食べる約束をしていたのを思い出したらしく、まだ来ていないほのかを食堂の入り口待っている。

 もう面倒だからほのかと呼ぶことにした。まだ会ってもいないというのに呼び捨てにしてすまないな、茶髪ツインテール。

 俺も一緒にどうかと誘われたのだが断った。朝食を食べていない俺には、目の前に食べ物があるという事実と、漂ってくる美味しそうな匂いに耐えることはできなかった。

 結局俺は一人で食べることとなった。

 友人との約束を忘れるなよ、俺が誘って振られたみたいではないか。まぁ、忘れることは仕方がない。俺も昨日のことを忘れていたのだから、これでおあいこだ。

 

 

 おかず等を取り、空いている席に座る。俺が選んだメニューは日替わり定食。今日のメニューはチキン南蛮。それとご飯と味噌汁。チキン南蛮は日本発祥の料理だ。何でも今から100年も前に九州の洋食屋で考案されたらしい。

 

 

「いただきます」

 

 

 早速メインのチキン南蛮から口に運ぶ。

 ……この南蛮酢とタルタルソースの混ざった絶妙な味。それに少し柔らかくなった鶏肉の衣。何ともいえない美味しさである。

 次に、ご飯と味噌汁。ご飯は白米だけでなく、麦飯というのが良い。それに米は柔らかくなく少しかたいが俺好みのかたさだ。

 味噌汁の具は定番のワカメ、豆腐、、油揚げ。やはり日本人は味噌汁であろう。

 

 

 昼食をゆっくり味わっていると、何やら向こうの方が騒がしい。誰だ、俺のランチタイムを邪魔する奴は。

 箸を置き、声の方を向くと一科生と二科生が争っている。といっても一科生が一方的に言っているだけだが。

 一科生の方は司波とその取り巻き連中。その中には雫やほのかがいた。一方の二科生は見たことのある眼鏡ボブとショートの女子二人、司波(女)に似ている男、おそらくあいつの名前も司波。あといかにも体育会系な初見の男。

 状況から判断すると、司波(女)は司波(男)と食事をしたい(なんだこれ紛らわしい)。だが、司波(女)と相席したい連中がそれを許さないってか。

 何だあれ。おいおい、司波(女)に媚を売りたいのならそいつの好きにさせてやれよ。

 

 

 雫を誘っておいてなんだが、俺は食事を静かにとる派だ。何故食事中に会話せねばならない。”食”べる”事”と書いて食事ではないか。話すときは友達から話しかけられたときだけである。

 他人の咀嚼音も好きではない。あれを聞くと食欲がなくなる。

 ましてや、比較的大きい声の言い争いはなどは我慢ならない。それに、その内容も内容だ。

 「二科生と相席するのはふさわしくない」だの「一科と二科のけじめだ」だの、聞いていて苛々する。実に不愉快だ。

 

 (せっかくの食事が不味くなった。食べ物の恨みの恐ろしさをあいつらに教えてやらねば)

 

 そう思い、あちらに行こうと立ち上がろうとしたら、急いで食べ終えた司波(男)と既に食べ終わっていた体育会系が、まだ食べている女子二人を残して席を立った。

 すると、司波(女)は申し訳なさそうな顔をして、違う方へ歩いていった。取り巻き連中もそれに続く。いや、続いてはだめだろ。怒られても知らんぞ。

 

 

 静かになった。命拾いしたな。あのまま騒いでいたら、俺の怒りが爆発していたところだ。俺は残りを食べ、食器を返しに行き、食堂の方々に「ごちそうさま、おいしかったです」と言う。

 学んだこと、《自分勝手な奴は誰も幸せにできない》……何だあいつら、反面教師としては役に立つではないか。

 俺は食堂を後にした。

 

 

             ◇ ◇ ◇

 

 

 待ち合わせをしたベンチに座っていると、食堂の方から雫が来た。どうやらほのかを連れてきたようだ。

 ほのかが挨拶してきた。

 

 

「初めてまして、光井ほのかです。奴良鯉斑さんですね? 雫から聞きました。昨日はありがとうございました」 

「初めてまして。昨日ことはもういい。礼は雫にさんざん言われた。

 それと、俺のことは好きに呼んでくれて構わない」

「分かりました。では鯉斑さんと呼びますね? 私のことはほのかで良いですよ」

 

 

 名字は光井か。ほのかは敬語キャラ(男限定で)か。可愛いらしい顔をしている。背はこれまた低くなく、雫より少し高い。雫とは小学校からの幼馴染みで家族ぐるみの付き合いもある、とのことである。

 

 

「で、この後はどうするんだ?」

「私とほのかと見学する予定」

「ん? 雫から聞いたが、ほのかは司波の追っかけをしているそうではないか。そちらは良いのか?」

 するとほのかは先ほどのことを思い出したのか、少し表情が暗くなった。

 

 

「えっと、お昼に色々ありまして……今は……」

  

 

 俺はその”色々”を知っている。確かにほのかは何も言っていなかったが、その場にいたのですぐには話しかけづらいだろうな。

 

 

「そうか、それなら仕方がない。では、見学に行くとするか。何を見るかはお前たちに任せる」

「では射撃場に行きましょう。会長の実技が行われますから」

 

 

 

 

 俺たちは遠隔魔法用実習室、通称「射撃場」に向かった。そこでは、会長が所属している3年A組の実技が行われていた。

 

 

「あー、やっぱり人がたくさんいますね」

「これじゃ見えない」

 

 

 何でも今期の生徒会長は、遠隔精密魔法の分野で10年に一人の英才とよばれ、数多くのトロフィーを獲得しているらしい。

 となれば当然、誰もが見学しようとする。ところが、見学の出来る人数は限られている。

 案の定、見学には多くの一年生が何とか会長の実技を見ようとひしめき合っている。

 そのため、一科生に遠慮をしてしまう二科生が多いようで、見学の場に二科生の姿は少なく、いても後ろの方で見えにくそうにしているのが数人程度。

 見たいのなら前に行けば良いものを……

 見学の機会は一科生、二科生関係なく平等に与えられている。ゆえに二科生が遠慮する必要なんてどこにもない。もっと堂々としていれば良い。

 少し遅れてきた俺たちには生徒の頭で前が見えず、俺がたまに隙間から少し見えるくらいだ。だが、会長らしき人物は見えない。

 

 

「もう少し早く来れば良かったな。見学は諦めるか」

「「えー」」

 

 

 諦めは肝心である。時と場合にもよるが。蔵にあった古いラノベの主人公は「押して駄目なら諦めろ」と言っていた。あれは長い題名の割りに面白かった。

 残念そうな顔をしているほのかと雫を説得し、他の場所へ行くことにした。

 移動するときに最前列にいる二科生が見えた。なんと司波(男)たちだった。

 

(ほう、あいつら)

 

 近くにいる一科生らは「何だこいつら」とでも思っているかもしれない。だが、俺は彼らを「よくやった」と褒め称えようと思う。

 『見たいから見る、一科生など関係ない』

 そういう二科生が増えてほしいものだ。

 

 

 俺たちは別の授業を見学しにいった。

 




ふぅ。疲れました。
もう少しこうした方が読みやすい等の希望がありましたら、気軽に。

達也と深雪を司波(男)と司波(女)といっていおりますが、主人公はまだ司波兄妹の関係も下の名前も知りませんので。まどろっこしいですがご了承ください。

かっ勘違いしないでよねっ、別に文字数をかせぐためにやったんじゃないんだから!

……ごめんなさい


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第参話

どうも。
12月になりました。


少し原作の内容をいじりました。


 

 射撃場を離れた後、俺たち3人は気になる授業を2つ3つほど見学した。気になる授業とはいっても、”ほのかと雫が”だが。俺は特にこれといって見たい授業はなく、ただ魔法の授業がどのようなものかを知ることができれば良かったので、ほのかたちに任せることにした。

 見学をしたというより2人に付き添ったといった方が正しいのかもしれな

い。

 「リア充爆発しろ!」とでも思われているのかもしれないが、俺に言わせればこの学校にいる奴は皆リア充ではないだろうか。

 毎日毎日食べ物に困ることなく、学校にもこうして通えている。このような現実(リアル)が充実していないなら、何をもってしてリア充というのか。生きることに余裕があるからそのようなことが言えるのだ。

 

 

 あっという間に放課となり、さて帰るかと思い席を立ったら、雫に「一緒に帰ろう」と言われ 、一緒に帰ることになった。

 女の子からの誘いを断るわけにはいかない……と紳士の真似をしたわけではない。最初から”一緒に帰る”という選択肢しか用意されてなかった。

 何故なら、断ろうと思っていたら雫にブレザーを掴まれたからだ。雫いはく、「嫌そうな顔をしていて、こうしないと昨日みたいに逃げそうだから」だそうだ。

 似たようなセリフを昼前にも聞いた気がする。それに昨日のことを引きずりすぎだ。

 

 

 というわけで、雫と一緒に帰ることになった。また、ほのかとも一緒に帰ることになった。

 ここまでは何の問題もない。しかし問題はここからだ。

 例にもよって、司波(女)に取り巻き連中が群がっており、ほのかもそいつらに混ざってしまったため、不本意ながら取り巻き連中と一緒に帰っているようになってしまった。

 司波の少し後ろに取り巻き連中がぞろぞろと。その後ろに俺と雫がついていっている。

 まるで大名行列ではないか。司波が大名で取り巻き連中や俺たちが家来のように見える。俺たちは参勤交代でもしているのか? 今から江戸にでも向かうのか? ……なんとも馬鹿馬鹿しい話だ。

 そう言えば、参勤交代というのは幕府が大名の財力を減らすのを目的で行ったわけではなく、戦のない平和な世の中になったため、兵役を持って忠誠を誓えなくなった大名らが、将軍に謁見をするという目に見える”礼”を尽くして忠誠を誓うために行っていたらしい。

 「参勤交代の人数多すぎて民が困っているから人減らせ」なんて言われているしな。

 

 閑話休題。

 

 ほのか、雫と帰るのは構わない。昼のやりとりを見る限り、司波は二科生とも比較的仲良くやっている用ようである。

 俺が嫌なのは、司波は一科生と二科生のことについて特にこだわってもいないというのに、特に勝手なことを言って本人の意思を尊重しない取り巻き連中と同じ奴であると思われることだ。

 それに昼のことがあるため、また何かがあると今度こそキレてしまいそうだ。

 どうか何事もなく無事に帰れますように……

 

 

             ◇ ◇ ◇

 

 

 早速、問題が発生した。

 誰だ無事に帰れるようにとか祈った奴は…………俺だった。

 校門近くまでいくと、司波(男)らがいた。おそらく司波(女)を待っていたのだろう。司波(男)を見つけた司波(女)は「お兄様!」と嬉しそうな声をだし駆け寄った。

 司波(男)が兄で司波(女)が妹のようだ。司波(妹)は兄と一緒に帰るようだ。これでもう取り巻き達とはお別れだ。

 しかし事はそう上手く進むことはなく、取り巻きの中にいた一人の女子が難癖をつけ始めた。

 一向に司波(妹)を諦めず、理不尽な行動をしている取り巻き達に、意外なことに眼鏡ボブがキレた。

 

 

「別に深雪さんはあなた達を邪魔者扱いしてないじゃないですか。一緒に帰りたいなら、ついてくればいいんです。達也さんと深雪さんの仲を引き裂く権利はあなた達にはありません」 

 

 

 思いっきり正論である。司波兄妹の方を見ると眼鏡ボブの言葉に妹が反応し、「仲を引き裂くだなんて……」などと言って照れている。

 あいつもしかしてブラコンなのか?

 眼鏡ボブの正論を聞いてもなお引き下がらず、激昂した馬鹿共は、「俺たちには彼女に相談することがあるんだ!」だの「司波さんには悪いけど少し時間を貸してもらうだけだもの!」だの、見苦しいことこの上ない。その馬鹿共のなかには、司波(妹)もとい司波深雪にお熱なほのかも興奮して同調している。

 相談があるったならさっき言え。時間あっただろう。

 眼鏡ボブとは違う二人も同じようなことを言った。勿論彼らの言っていることは正論である。何も間違ったことは言っていない。

 それでも馬鹿共は諦めない。……いい加減にしろよ。

 すると、名前の知らない(というか知りたくもない)一人の男子生徒がこう言った。

 

 

「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕達ブルームに口出しするな!」

 

 

 この言葉を聞いた瞬間、入学式前に聞いた上級生の会話、昼の騒動、そしていまここで起こっていることに対しての怒りや苛立ちの歯止めが効かなくなった。。

 

(もう我慢ならん)

 

「同じ新入生じゃないですか。あなた達が今の時点で一体どれだけ優れているのというのですか?」

「……どれだけ優れているのか、知りたいのなら教えてやる!」

「ハッ、おもしれぇ! 是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

「だったら教えてやる!」

 

 眼鏡ボブがまたもや正論、体育会系が煽るようなことを言い、その挑発に馬鹿が乗る。

 そして、馬鹿の手が動いた瞬間にはもう歩き始め、銃型のCAD(おそらく特化型)を構えた馬鹿と体育会系の間に割り込む。そして、すぐさま馬鹿の手を掴む。

 ついでに何処から取り出したのか分からない伸縮警棒を振り上げようとしている栗色ショートの手首も掴む。

 二人は突然現れた俺に驚いている。

 

 

「ちょっと、何あんた。邪魔しないでよ」

 

 

 栗色ショートは文句を言ってきた。だがお前に用はない。

 

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「うるせぇ、黙れ」

 

 

 自分でも驚くほどの低い声が出た。

 静かになった栗色ショートの方の手を離し、もう片方の手を掴んでいる方へ体を向ける。

 すると、我を取り戻したらしく目の前の奴が、

 

 

「そうだ! そのウィードの言うとお……がはっ」

 

 

 またしてもウィードと言ったこいつの胸ぐらを掴み、持っていたCADをはたき落とす。

 

 

「ふざけたことを言うのもいい加減にしろよお前。どれだけ優れているかだと? ただ200人の中の100以内で入学したってだけだろうが。力どうこう言う以前に人間として劣っているんだよお前は! 差別をしている奴が優れているわけあるか!」

 

 

 俺は掴んでいた手を離した。

 すると、呼吸を整えた名前も知らない馬鹿が言い返してきた。

 

 

「いきなり出てきて何だお前!」

「あ? 同じ一科生で同じクラスだから口出ししているんだよ。さっき自分が言ったことも忘れたのか? それにウィードと呼ぶのは校則で禁止されているだろうが。……校則にも従えない奴が偉そうなことを言うな、ましてや他人を見下すな。他人を見下しているような奴と同じクラスだなんて御免だ」

 

 

 責めるような口調で言っていると、何やら小さい声でぶつぶつ言っている。

 言い終わると、感情が昂って思考が働いていないせいか、

 

 

「うるさい! 黙れ!」

 

 

 としか返ってこなかった。

 

 

「うるさいのはお前たちの方だ。さっきから訳のわからんことばっか言いやがって。こいつらは正論しか言っていないだろうが。正論を言われてキレてんじゃねぇ。

 何が一科生と二科生のけじめだ。一科生、二科生以前に家族だろうが。家族と一緒に昼食もとれないのか? 家族と一緒に家に帰ることも出来ないのか? お前たちが家族の行動に茶々をいれる権限などあるわけないだろうが。

 もしそんなに司波に取り入りたいのなら、司波の意思を尊重してやれよ。司波はお前たちの所有物なんかではないぞ。お前たちの勝手な言動のせいで司波を困らせているのが分からないのか?

 お前たち何か? おもちゃを取られまいと善悪の判断もつかず、頑なに離さないガキなのか?」

 

 

 これまでのこいつらへの怒り等を吐き出した。当然、ここまで言われた相手は黙っていられるはずがない。俺に攻撃しようと落ちているCADを拾おうとする。

 横目で見ると、ほのかが拾うのを止めるためだろうか、魔法を発動しようと汎用型の腕輪型CADに手を持っていく。

 俺が止めろと言うより先にほのかの手首が少し揺れ、発動するはずだった魔法は発動しなかった。

 

 

「やめなさい! 自営目的以外の魔法による攻撃は、校則違反である以前に犯罪行為ですよ!」

 

 

 突然声が聞こえた。

 ほのかは声を発した人物の顔を見てよろめいた。慌てて雫がほのかを支える。

 そこには上級生らしき二人の女子生徒。

 どのとなく、何らかの組織の長であるような風格がある。

 

 

「あなた達、1-Aと1-Eの生徒ね。事情をききます、ついてきなさい。」

 

 

 言ったのはもう一人の上級生。彼女らの登場により、この場の空気が固まった。

 誰も動かないなかで、司波兄妹が前に出た。何をするのかと思いきや何と、兄の方が「悪ふざけだった」とか言い出した。

 それはさすがに無理があるだろう……上級生も訝しげな目で見ている。

 

 

「森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学のために見学させてもらおうと思っていたのですが、流石一科生とでも言いましょうか。迫力がありました」

「そこの彼は?」

 

 

 まだ司波(兄)の説明(というか嘘)に納得していない様子で、俺のことを聞いてきた。

 

 

「おそらく彼は自分達のやりとりを途中からしか見ておらず、あなた方と同じように止めようとしたのでしょう」

「……では、その後1-Aの生徒が攻撃性の魔法を発動しようとしたのは?」

「彼女は彼らの気を落ち着かせようとしたのでしょう。攻撃性の魔法といっても目眩まし程度の閃光魔法でした」

「君は展開された起動式を読めるのか?」

「実技は苦手ですが分析は得意です」

「……誤魔化すのも得意のようだ」

 

 

 現代の魔法というのは少々複雑である。以前、俺は魔法の仕組みについて書かれた本を読んだ。説明の横に例えがあった。

 それによるとCADによる魔法の仕組みというのは、自分が持っている9割完成している設計図を取り出して業者と一緒に完成し、その完成した設計図を業者が工場に持っていって道具を作ってもらう。その道具を業者を通じて手に入れる。そしてその道具が魔法である、と。

 この例えだと、ライターの設計図だとしたら炎系統の魔法、懐中電灯の設計図だとしたら光系統の魔法になる。

 言うなれば、この仲介する業者がCADだ。この業者の営業を別の設計図を紛れさせるなどして邪魔すると業者は混乱して流れが止まり、道具は完成しない。

 先ほどほのかがやられたように……

 さらに、設計図というものは複雑なものであり、魔法を使用する当人でさえ完璧には理解できない。だが、司波(兄)は他人の設計図を見ることができ、加えてそれが何の設計図なのかが読み取れるらしい。

 何だお前、ハッカーなのか? 工場のパソコンでもハッキングしたのか? とんだ化物だなこいつは……

 

 

「兄の申したとおり、ちょっとした行き違いだったんです。申し訳ありませんでした」

 

 

 今度は妹が丁寧に詫びた。

 

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん、本当にただ見学だったのよね?」

 

 

 どうやら知り合いのようだ。達也くんは頷いた。

 摩利と言われた上級生は今回は不問にすると言った。そして、以後気を付けるようにとも。

 そう言って、二人は校舎の方にへ去っていった。一瞬、長い髪の方の上級生が俺のことをちらっと見た気がした。

 

 

            ◇ ◇ ◇

 

 

「僕の名前は森崎駿。君の見抜いたとおり、森崎の本家に連なるものだ。……借りができたな」

 

 

 二人の影が消えてから、馬鹿改め森崎が司波達也に言った。何が『森崎の本家に連なるものだ』だよ偉そうに。

 

 

「見抜いたわけでもないし、貸しを作ろうとしたわけでもない。模範演技を見ただけだ。それに騒ぎが大きくならないようにあのようにしただけに過ぎない。別に借りを返そうとかは思わなくていい」

「……わかった。だが僕はお前を認めないぞ、司波達也。司波さんは僕達と一緒にいるべきだなんだ」

 

 

 捨てゼリフを吐き司波達也に背を向けて歩き始め、他の連中もそれに続く。

 まだそんなことを言うのか、と言おうとしたがさすがに自粛した。すれ違い様に鼻でわらうと、森崎が睨み付けてきたが負け犬の目など全く恐くない。

 残っていたほのかは司波兄妹の方に行き、自分の名前と詫び、礼を言い、加えて駅までの同行の了解をとった。

 

 

 一件落着。ほのかも司波深雪(って言ってたか?)と知り合えそうで何よりだ。

 さて帰るか、と校門へ向かい始めたら雫にブレザーを掴まれた。

 本日3回目である。

 

 

 その後、ほのか、雫、司波達也、深雪兄妹、栗色ショート改め千葉エリカ、眼鏡ボブ改め柴田美月、体育会系改め西城レオンハルトらと駅まで一緒に行くことになった。

 一応庇ってもらったことになったので、司波兄妹に礼と詫びを言ったら司波(兄)逆に礼を言われた。

 

 

「あまり深雪は迷惑だからやめろとか言わないからな、ああ言ってもらって助かった。俺が言うよりも同じ一科生が言った方が効果があるしな。それと俺のことは達也でいい」

「了解、じゃあ俺も鯉斑でいい」

 

 

 駅に着き、プラットホームでキャビネットを待つ。

 待っている間、俺は千葉に声をかけた。 

 

 

「千葉、」

「ん? なーに奴良くん」

「さっきはいきなり睨んで悪かったな、手首は痛くなかったか?」

「何だそんなこと? 大丈夫よ気にしないで。まぁ、ちょっとビビったけどね。あ、それと私のことはエリカでいいから」

「分かった」

「それにしても奴良くんって謝る人だったのね。てっきり俺様系で『俺は絶対謝らない』って人かと思ってたからちょっと意外」

「俺は悪いと思ったらちゃんと謝るぞ? 俺は自分のした行動は思い返して反省する、常に2回かえりみる男だ」

「ふーん」

 

 

 エリカと別達れ、俺は自分の乗り場に並び、キャビネットの到着を待つ。

 少し経って、キャビネットがプラットホームに入ってきた。いつの間にか麗羽が隣にいた。

 麗羽を隠しながらキャビネットに乗り込む。

 キャビネットが動き出してすぐ、俺は麗羽に話しかけた。

 

「麗羽、」

「何ですか?」

「朝も思ったが、お前もうキャビネットに乗るな。護衛とか要らないから明日から飛んでかえれ」

「えー、何ですかー?」

「キャビネットに乗るたびにお前を隠さないといけないのが面倒だから」

「別にいいじゃないですかそんなこと、乗らせてくださいよ。これ乗っていて楽しいんですよ」

 

 

 乗り物乗って楽しいとか子供かお前は。何年生きているんだよ。

 

 

「カラスを乗せてることが見つかったときに説明するのが面倒」

「じゃあ、姿消しますから」

 

 

 消せるのかよ。だったら最初からやれよ。

 

 

「消せるなら最初から消せよ」

「だって若が私を見えないように乗せてくださるので……そのご好意に甘えさせていただきましたっ!」

 

 

 ……苛つかせる奴だな。

 

 

「じゃあ明日から姿消して乗ってくれ」

「分かりました。

 それにしても若、入学2日目で友達ができるなんてどうしたんですか? 中学生のときなんて友達ゼロだったじゃないですか」

 「あれは影が薄くて誘われなかっただけだ。ちゃんと友達はいた」

 

 

 失礼なことを言うカラスだ。その羽根抜いてやろうか。

 

 

「あ、それにしてもあの雫って子の若に対するなつき具合は何でしょうね?」

 

 

 言われてみれば、雫は俺に構いすぎだ。おそらく原因は昨日の件だろう。

 恋愛感情……ではないなあれは。兄に甘えていると言った方が近いか。

 

 

 俺が一人で考えていると、麗羽が「若ー、若ー、無視しないでくださいよー」と言ってくる。

 うるさいカラスを放っておき、俺は鞄から本を取りだし読み始めた。

 

 

            ◇ ◇ ◇

 

 

 高校生活3日目の朝。教室に入り、自分の席へと歩く。少し視線が気になる。まぁ昨日の今日だから仕方がないか。

 俺は本鈴が鳴るまで本を読んで時間を潰すことにした。鞄から本を取りだそうとしていると、

 

 

「おい、奴良鯉斑」

 

 

 誰かに名前を呼ばれた、ご丁寧にフルネームで。今思ったが、ぬらりひょんと奴良鯉斑って似ているな。

 それはそれとして何だか聞いたことのある声だ。顔をあげるとあらびっくり、昨日の森……森某がいた。

 

 

「何だ、森……すまない名前を忘れた」

「森崎駿だ」

「あぁ、森崎か。すまない、俺は忘れっぽくてな。昨日のことでも忘れてしまうことがあるんだ。それで、何かようか?」

 

 

 どうでも良いことを、という言葉が前につくがな。

 

 

「昨日も言ったけど君はウィード……いや二科生に肩入れするのか?」

 

 

 昨日のことがあるからか、森崎はウィードを二科生と言い直した。

  

 

「森崎、お前そんな下らない質問をしに来たのか? 肩入れするとかしないとか……一科生と二科生は敵同士なのか? 同じ学校の生徒だろうが。

 昨日はお前たちが意味不明なことを言っていたか注意したまでだ。

 注意といっても、さすがにあれはやり過ぎた。少し八つ当たりも含まれていたしな。胸ぐら掴んだのは悪かった」

 

 

 昨日家に帰った後、自分の行動を思い返して見たら少々冷静さの欠けた行動であったという結論になった。

 謝られるとは思っていなかったのか、森崎は驚いていた。

 

 

「でも、僕たちは……」

「確かに俺たちは二科生より優れているのかもしれない。いや、実際問題そうなのだから俺たちは一科生なんだ」

 

 

 二科生は劣っていると言うのは不本意だが、森崎を説得するためには仕方ない。

 

 

「だからといって彼らを蔑んだり、ウィードなどと言って差別するのは駄目だ。昨日も言っただろう、他人を見下す奴は力や才能どうこうよりも人間として劣っている、それに差別すること自体間違っている。俺はそういう奴が許せないだけだ。

 森崎、お前には力があるのだから自分の価値を下げるようなことはするなよ、もったいないぞ?

 それに俺は司波深雪と関わるなとは言っていない。あいつの意思も尊重してやれと言っただけだ。後で謝罪でもしとけ。

 それだけだ、もういいか?」

 

 

 お前のせいで貴重な読者タイムがなくなるだろう。

 

 

「ああ、君の言ったことを少し考えてみるよ」

 

 

 森崎は自分の席へと戻っていく。

 やっと本が読めると思った矢先、別の人物に声をかけられた。

 

 

「あの、奴良くん少しよろしいですか?」

 

 

 今度は誰だと思ったら、司波深雪だった。

 

 

「何だ、司波か」 

「何だとは何ですか。それに私のことは深雪で良いですよ?」

 

 

 雫、ほのか、エリカときてこいつもか。最近の女子って下の名前で呼ばれたい奴ばっかりなのか?

 

 

「別に呼ぶのは構わないが、達也の許可をとらないと」

「何故お兄様の許可を?」

「それはあれだ、大切な妹が自分以外の男に呼び捨てにされるのだからな」

「そんな、まるでお兄様と私が恋人同士みたいではありませんか……」

 

 

 からかったはずなのだが、司波は頬を染めて満更でもない様子である。

 それぐらい仲が良く見えたのだ。兄妹と知らなかったら恋人と言われても納得してしまうぞあれは。

 

 

「で、用件は?」

「そうでした。朝、校門の近くで会長にお会いしましたところ、お兄様と私がお昼に誘われたのです。そのとき会長が私に『奴良くんも一緒に誘っておいてください』とおっしゃいましたので」

 

 

 ……は? 俺はまだ会長と面識がないはずだが……もしかして昨日の髪の長い方の上級生か? だとすれば早速嫌な予感が的中してしまった。

 さては聞き間違いだな。おそらく『ニウライ=ヒアン』と早口で言ったのが『ぬらりはん』と聞こえたのだろう。……誰だよニウライ=ヒアンって。

 

 

「会長って昨日の騒ぎを止めた二人の髪の長い方だろ?」

「ええ、そうです」

「会長が言っていたのは本当に俺の名前だったのか?」

「はい、はっきり『1年A組の奴良鯉斑くんも』と」

 

 

 なるほど……待てよ、諦めるのは早いぞ。まだ望みはある。

 

 

「ちなみに聞くが、俺以外にここに奴良鯉斑という奴はいるか?」

「そんな珍しい名前は奴良くんしかいませんよ」

「じゃあニウライ=ヒアンという奴は?」

「知りませんね。誰ですか その方は」

「ん? 俺も知らん」

 

 

 くそ……やはり俺だったか。

 司波が首を傾げている。一つ一つの動作が様になっているというべきか。司波は冗談抜きで飛び抜けた美少女だと言える。これなら取り入りたくなる気持ちが分からないでもない。

 

 

「それで、会長のお誘いはどうしますか?」

「ああ、受けさせてもらう。断ったらどうせ後で直接向こうから来るだろう。その方が面倒そうだからな」

「分かりました、では後で一緒に生徒会室に行きましょう」

「了解。でも昼食はどうするんだ?」

「生徒会室にはダイニングサーバーが置かれているらしいので大丈夫ですよ」

 

 

 何だと? 生徒会室に自販機があるのか、そんなもの高校の生徒会室にあるようなものではないだろう。

 「では」と言って司波が席に戻り、さて本を読もうかと思ったら予鈴がなってしまった。

 俺の読書時間を返せよ……

 

 

            ◇ ◇ ◇

 

 

 昼休みになった。雫に一緒に昼食をとろうと誘われたが、生徒会室に行くと言って断ったら残念そうな顔をした。あまり表情は変わっていないが……

 すまない、とお詫びに頭を撫でたら嬉しそうな顔をしたように見えた。すると気恥ずかしくなったのか顔を背けた。まるで猫のようだった。

 

 

 留守番を任された猫……ではなく、雫と別れて司波と生徒会室へ向かう。途中、司波から森崎が昨日のことを謝ってきたことを聞いた。

 生徒会室の前には既に達也がいた。

 司波がドアホンを鳴らし、応対している間に達也に小声で話しかける。

 

「なぁ、お前の妹に名前で呼ぶよう言われたんだが、呼んでも構わないか?」

「深雪が良いなら良いんじゃないのか? 何故俺に聞く」

「一応な」

 

 

 達也お兄様の許可がおりたので、司波のことを深雪と呼ぶことにした。

 やりとりが終わったようで生徒会室の扉を開けて中に入る。中にはすでに何人かの生徒が座っていた。全て女子で男子はいない。一人見知った顔がいるが幻に違いない。

 俺たちは彼女らの机を挟んで向かい側に座った。会長の位置はというといわゆるお誕生日席だった。

 まず食べるものを決める。自販機のメニューは肉、魚、精進の3種類。達也たちが精進を選んだので俺も便乗した。

 待っている間、会長が話し始めた。

 

 

「入学式で紹介した人もいますが、紹介していない人もいるのでもう一度紹介します……」

 

 

 俺は入学式に出席していないのでこれは有り難かった。向かい側に座っている4人は、会長の左側手前から会計で三年の市原鈴音先輩、昨日いた風紀委員長、三年の渡辺摩利先輩、書記で二年の中条あずさ先輩。

 会長は市原先輩はを『リンちゃん』、中条先輩を『あーちゃん』と呼んでいる。……呼んでいるのは会長だけらしい。

 生徒会のメンバーはここにはいないが、あと一人『はんぞーくん』という人がいる。

 そして……

 

 

「最後に、三年の奴良六花、通称『りっちゃん』。彼女は生徒会役員ではありませんが時々助っ人として生徒会業務を手伝ってもらっています。名前を聞いてわかるとおり、奴良くんのお姉さんです」

「初めまして 、達也くんに深雪さん。そこに七草真由美生徒会長の言ったように、私はお手伝いさんみたいなものだから”入学式”では紹介されなかったの」

 

 生徒会室に入ってきたときに見たのは残念ながら幻ではなかった。

 姉貴は入学式を強調し、俺に視線を向けた。

 なるほど、入学式に出席していない俺のために会長の名前を教えてくれたわけか。

 気が合いそうだとか言っていたが案外検討外れというわけでもなさそうだな。

 姉貴の紹介が終わったところで自販機の料理ができたので、自分の分が乗ったトレイを取りに行った。トレイが一つ足りなかったが、渡辺先輩が弁当持参だった。

 運んできた料理、炊き込みご飯やいんげんの胡麻和えなどが綺麗が器に盛り付けられてあった。機械がやったのだから当たり前だろう。さらに、これらの料理は機械の自動調理であるからレトルトというわけだ。

 

 

 

「いただきます」

 

 

 最近のレトルト食品は手作りのものとあまり変わらなくなった、と親父は言っていた。何でも昔は見るからに『これは加工食品です』という感じだったらしい。

 

(しかしやはり手作りの方が美味いな、何か物足りなさを感じる。何が足りない?)

 

 隣の会話が少々盛り上がっていたが、《話しかけられない限り黙って食事をする》がモットーな俺は会話に参加せずにただ食べることに集中していた。

 

 

 皆が食べ終わったところで、会長が「本題に入りましょう」と言った。会長の話は生徒会のことだった。

 簡単にまとめると、第一高校の生徒会は生徒会長だけ選挙で選ばれ、他の役員は会長が選任し、自由に任免できる。そして毎年新入生の総代は生徒会に入ってもらっているとのこと。

 つまり深雪への生徒会加入のお誘いというわけか。会長の説明と勧誘の言葉を言い終わり、深雪の回答はというと

 

 

「会長は、兄の入試の成績をご存知ですか?」

 

 

 ……そこで何で達也の話になる? 達也の入試の成績? 突然自分の話題になったものだから達也だって驚いているではないか。

 それにしても入試の成績か……この学校の入試は実技と筆記の2つだったな。実技の成績が凄いのだとしたら達也は一科生だから、深雪が言っているのは筆記の成績のことか。とはいっても俺は達也の成績なんて知らないので蚊帳の外である。

 ふと誰かの視線を感じ、そちらの方に顔を向けると姉貴が俺のことを見ていた。何だと思っていたら達也の方にちらっと目をやり、人差し指を立てた。

 どうやら俺の考えていることは姉貴にはお見通しのようだ。伊達に10年以上も一緒に暮らしていないというわけか。

 達也の筆記の成績は1番だと言いたいらしい。まったく、姉貴には敵わないな。

 

 

 深雪は達也の成績を理由に、生徒会というのはデスクワークが多いので達也も生徒会に入れてもらえないかと言っている。

 しかし、現実はそう上手くはいかない。何でも、生徒会に選ばれるのは一科生のみという規則があり、生徒総会で全校生徒の2/3の制度改定賛成の票が必要とのこと。

 深雪は達也の件を諦め、生徒会書記として加わることとなった。

 

 

「ちょっといいか? 風紀委員会の生徒会選任枠のうち、前年度卒業生の一枠がまだ埋まっていない。それについてだが真由美、達也くんを指名してくれないか?」

 

 

 突然渡辺先輩が話を切り出した。

 渡辺先輩が委員長を務める風紀委員会は部活連、教職員、生徒会がそれぞれ1名ずつ推薦し、委員長は風紀委員会の中で選ばれる。

 生徒会役員以外は”一科生だけ”という決まりはないので、達也が二科生だろうが問題はない。

 渡辺先輩の考えに会長もそれに気が付いたようで、

 

 

「摩利、ナイスよ! 生徒会は司波達也くんを風紀委員に指名します」

 

 

 と言った。

 当の本人の達也はというと絶賛困惑中である。

 いくつか反論をしているが、先輩方は一向に達也を風紀委員にいれるという考えは覆さず、このままでは埒があかないので達也は抵抗することを諦めた。

 話が全て済んだのか、皆が解散する空気となっている。そのようなところで申し訳ないのだが、俺は今朝から今の今まで抱き続けていた『何故ここに呼ばれたのか』という疑問を解消せねばならない。

 

 

「七草会長、」

「何でしょうか、奴良くん」

 

 名前を呼ばれた会長は俺の方に顔を向けた。俺は疑問解消のため、会長に尋ねた。

 

 

「今さらなのですが、俺は何故ここに呼ばれたのでしょうか?」

「へ? あ、」  

 

 

 ……今「あ、」とか言わなかったか?

 

 

「もしかして俺がいることを忘れてました?」

「そっそんなことはないのよ? こっこれから話そうと思っていたの……本当よ?」

 

 

 焦っているのが見え見えである。威厳が全く感じられない。明らかに忘れられていたようだ。ずっと近くにいたというのに忘れられるというのはなかなか悲しいものだ。

 隣の方を見ると、姉貴が吹き出していた。それにつられるように皆が笑い始める。深雪や市原先輩まで肩を震わせていた。達也は笑わず、同情でもするかのような目で俺を見ていた。……やめろ、そのような目で俺を見るな、余計哀れになるではないか。

 

 

「では会長、話していただけますか? 最後の最後まで残しておいた案件でしょうから、さぞかし重要なお話ですよね? 会長が何をおっしゃるのか俺には検討もつきませんので早くしていただかないと午後の授業に支障をきたしてしまいます」

 

 

 少し苛めるような言い方をして催促した。

 会長は「コホンッ」と咳払いをし、落ち着きを取り戻したのか、話し始めた。

 

 

「えー、奴良くんには深雪さんと同じ様に、生徒会に加入してもらいたいと考えています」

 

 

 俺は先程のことはなかったかのように振る舞っている会長を責めるような眼差しを向けたが、会長は惚けて微笑んでいる。何を言っても無駄のような気がしたので諦め、質問をする。

 

 

「何故俺何ですか?」

 

 

 はっきり言って疑問しか生まれなかった。会長との関わりは全くないはずだ。何をもってして俺が生徒会に入るべきという結論に至ったのだろう。

 すると会長の口から思いがけない言葉が発せられた。

 

「奴良くんの入試の成績を見させてもらったところ、実技、筆記共に2位でした。なので、是非奴良くんも生徒会役員にと思ったからです」

「え、俺ってそんなに成績良かったんですか?」 

「はい、深雪さんに後一歩のところでした」

 

 

 これには達也と深雪の二人も驚いていた。俺だって今知ったことで驚きを隠せないのだ、他人が驚かないわけがない。

 とはいっても俺の驚きと司波兄妹のそれは微妙に違うかもしれない。彼らは単に俺の成績の良さ、深雪に後一歩だったということに驚いているだろう。だが俺はあれで実技が2位なのか、と思ったのだ。実技試験はそれほど難しいものではなかったが、あのときの俺は全力を出していない。いや、正確には出せなかったと言う方が正しい。

 理由は試験時間が昼だったからだ。俺の体には約半分の妖怪の血が流れている。つまり約半分は妖怪なのだ。妖怪は日の出ている時間は行動が鈍る。だから試験のときも全力は出せなかった。

 

 

「奴良くんどうですか? 生徒会に入っていただけますか?」

 

 

 ……正直生徒会とか面倒である。だが、生徒会に入った方が、一科生と二科生の差別をどうにかするときに行動しやすくなる。

 生徒会の加入の件を承諾しようと、「分かりました」と言おうとしたらまた渡辺先輩が

 

 

「ちょっといいか、私も奴良くんに話がある」

 

 

 と言い、続けて

 

 

「先程、生徒会選任枠で達也くんに風紀委員に入ってもらうことになったが…………ん? どうした達也くん、私の顔に何か着いているか? ……何も着いていないではないか。話を続けるぞ?

 今、教職員選任枠の件で問題とは言うまでもないことだが少し予想外のことが起きた」

 

 

 と言った。

 達也は風紀委員の件にまだ納得がいかない様子である。

 

 

「待って摩利、今年の教職員選任枠って森崎くんじゃなかったの?」

 

 

 会長が渡辺先輩の発言に眉をしかめた。

 ………へぇ、あいつが。昨日一丁前に『どれだけ優れているか教えてやる』などと偉そうなことを言っていたが、教師たちに認められる程の実力はあったということか。

 渡辺先輩が持っている端末を見ながら会長の質問にこたえる。

 

 

「そうだ。しかし、その森崎だが昼休みが始まってすぐ『僕より適任者がいるからそいつに譲っていただけないか』と言いに来たと連絡が入った」

 

 

 発せられた言葉に俺は少し驚いている。まだ知って2日も経っていない森崎だが、あいつは恐らくプライドが高く、自分が一科生であることを誇りに思っているだろう。そんな奴が易々と”風紀委員”という”選ばれたもの”にならないで他人に譲るとは考えにくい。一体誰が奴をその気にさせたのだろうか。

 どうか俺の思っていることが当たりませんように……

 

 

「森崎が言う適任者というのはだなぁ、なんと奴良鯉斑くん、君だそうだよ」

 

 

 ……当たってほしくない予想が的中してしまった。

 

 

 




森崎くんが改心しました。



何かおかしなことがありましたら是非お知らせください。


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第肆話

明けましておめでとうございます。

そしてお久しぶりです、自動ドアが開かなくて顔をぶつけそうになった椿℃です。

前回から約1ヵ月あいてしまいました。


年が変わる前に投稿したかったなぁ




 

 時は経って放課後となった。

 俺は司波兄妹と生徒会に来ていた。深雪と達也はそれぞれ生徒会と風紀委員会の詳しい説明を受けるため、俺は生徒会と風紀委員会のどちらに入るかを報告するためである。

 先輩方に、今すぐには決められないと言って放課後までもらったのだ。

 

 

 生徒会室に入ると見知らぬ顔が一人いた。姉貴は見当たらないので帰ったのか。

 ……あれが会長の言う『はんぞーくん』か。 名前は服部刑部と言うらしい。玉章さんの隠神刑部と同じ刑部だろうか。何ともおかしな名前だな。 

 

 

 隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)/刑部狸

 《久万山の古い岩屋に住み、松山城を守護し続けていたという伊予松山の狸の総大将。八百八匹もの眷属を従えることから「八百八狸(はっぴゃくやたぬき)」とも呼ばれる。四国最強の神通力を持っていたとも伝わる。

 名称の「刑部」は松山城の城主の先祖から授かった称号。城の家臣や松山の民たちから信仰され、土地の人々と深い縁を持っていた》 

 

 

 俺は早速自分が決めた選択を報告しようとしたのだが、服部先輩に出鼻をくじかれた。

 

 

「少しよろしいですか、渡辺先輩」

「何だね、服部刑部少丞範蔵副会長」

「フルネームで呼ばないでください!」

 

 

 服部先輩の本名は 服部刑部少丞範蔵だそうだ。やはり刑部は官職名だったか。

 その後のやりとりで、服部先輩は名前にこだわりを持っており、会長に恋心を抱いているらしいことが分かった。…………どうでもよい。

 服部先輩は落ち着きを取り戻し、

 

 

「渡辺先輩、風紀委員の補充の件ですが……」

 

 

 服部先輩は達也の風紀委員への加入は反対のようだ。達也のことで色々と否定的な意見を並べているが渡辺先輩はそれを軽くあしらう。彼女は、達也が起動式を読み取れることが違反者の罪を決める際に有利に働くこと、また一科生が二科生を取り締まるがその逆はないという現状が彼らの間にある溝が深まっていると言い、自分が指揮をとる委員会が差別を助長するのは好まないと言っている。

 生徒会長も風紀委員長も、特に一科生だからこうだ、二科生だからこうだなどと差別はしない人のようだ。

 渡辺先輩とでは話にならないと思ったのか、服部先輩が会長の方を見て言った。

 

 

「会長、私は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します。

 もし、渡辺委員長のおっしゃるとおりに彼が展開中の起動式を読み取ることが出来たとしても、風紀委員ルールに従わない生徒を実力で取り締まる役職です。魔法力の乏しい二科生(ウィード)に風紀委員は務まりません。

 さらに、過去二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例など聞いたことがありません。これは異例のことです。一科生からの反発は目に見えています。

 この誤った決断は会長の体面を傷つけることになります。どうか考え直していただけないでしょうか」

 

 

 服部先輩のウィードという言葉の使用に渡辺先輩が眉を寄せた。

 

 

「おい服部副会長、二科生をウィードと呼ぶのは禁じられているだろう。風紀委員会による摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとはいい度胸だな」

 

 

 服部先輩は、渡辺先輩の脅しに近い警告を物ともせずに言い返す。

 

 

「取り繕っても仕方がないでしょう? それとも、全校生徒の3分の1以上を摘発するおつもりですか?

 一科生(ブルーム)と二科生(ウィード)の区別は、魔法実技の試験結果を元に学校が決めた正当なものです。

 現に彼らは結果が芳しくないから二科生(ウィード)となっているのです。ですから……」

 

 

 ……服部先輩は先程からふざけたことを言っているが一応先輩というのもあり、初対面の後輩である俺がしゃしゃり出て発言をするというのは場違いであろう。なので、俺はこの場を渡辺先輩に任せようと一歩引いて静観することにしていた。しかし、先程から発せられる服部先輩の達也を含め二科生に対する暴言に、俺はそろそろ耐えることができなくなっていた。

 入学してまだ3日しか経っていないが、毎日何かに苛立ちを覚えている。もしかしたら、単に俺の気が短いだけなのかもしれない。

 俺は深雪の方を見た。中条先輩による生徒会の仕事の説明は既に終わっていたようで、こちらのやりとりを見ている。説明を受けている最中であっても、同じ部屋にいるのだ。聞き耳をたてるような真似をせずとも、こちらの話は嫌でも聞こえてくるだろう。自分の身内、ましてや仲の良い兄が貶されているのだ、面には表れていないが深雪は俺以上に相当腸が煮えくり返っているはずである。

 そして遂に服部先輩に反発をした。

 

 

「お言葉ですが、副会長。魔法実技の成績だけで判断されては困ります。テストの評価方法が兄に合っていないだけで、実戦では誰にも負けません」

 

 

 それを聞いた服部先輩は深雪に体を向けた。彼の目からは「何を言っているのか、この後輩は」と呆れた感情が感じられる。

 

 

「司波さん、魔法師とは物事を冷静にそして論理的に判断、対処しなければなりません。魔法師を目指す者の身贔屓などは言語道断です」

 

 

 服部先輩の口調は深雪を責めているというわけではなく、諭そうとしているようだ。

 だが、それで大人しくなるどころか、身贔屓と言われたことで更に深雪に火をつけてしまった。

 達也は深雪を抑えようとしたが間に合わなかった。

 

 

「私は身贔屓などしておりません! 兄の本当の力は……っ!?」

 

 

 彼らの会話を止めさせ、興奮している深雪を落ち着かせるためには、ただ止めろと言うより何か大きな変化が起きた方が効き目があるだろうと思い立ち、俺は『畏』を発動させた。

 俺が『畏』を発動すると、深雪は言葉を途中で止めて顔を強張らせた。他の先輩方も深雪と同じように顔を強張らせている。

 この場にいる全員が、俺が発動させた『畏』で部屋の空気が変わったことに気付いたようだ。

 

 

 俺たち妖怪は古くから人をおどかしてきた。恐がらせる、威圧する、または尊敬の念を抱かせる妖怪の力が『畏』だ。

 『畏』の発動とは怪談話でよくある”ひんやり”とまわりの空気が変わることだ。

 ぬらりひょんは『畏』を発動すると周囲から認識されなくなる。母さんが雪女であるため雪女の『畏』も含まれており、空気が”ひんやり”となる程度が大きい。

 俺の師匠が住んでいる所では、ただの『畏』の発動は”鬼發”、『畏』を武器等に移動させることを”鬼憑”というらしい。

 

 

 認識されなくなった俺は堂々と正面から服部先輩に忍び寄り、目の前まで来たところで『畏』を解く。

 周囲が俺を認識できるようになった。

 

 

「初めまして、服部副会長」

 

 

 服部先輩は突然目の前に現れた俺に驚きを隠せず、目を見開いている。やはり、妖怪は人を驚かしてなんぼだな。

 しかし、すぐさま落ち着きを取り戻す。流石生徒会副会長と言うべきだな。 服部先輩は咳払いを1回して、

 

 

「君は確か1-Aの奴良鯉斑くんでしたね?」

「はい。お話中申し訳ありませんが、俺の生徒会か風紀委員のどちらかに加入する、という話を先に済ませたいのですが…… 。宜しいですか? 直ぐに済みますので」

「……分かりました、いいでしょう」

 

 

 服部先輩は渋々了解してくれた。先程の深雪に対する態度から見ても、この人は一科生の後輩にはきちんと”良い先輩”のようだ。

 俺は服部先輩から離れ、会長の方を向き頭を下げた。

 

 

「俺は風紀委員に入ることにします。会長、折角のお誘いでしたのにすみません」

「そう、それは残念ですね……。頭をあげてください、ところで先程の現象はあなたの仕業ですか? 魔法……ですよね?」

 

 

 予想していた通りの質問だった。

 ……魔法ではないが。

 

 

「はい、副会長と司波のを落ち着かせようと思いまして。あのままですと感情論に発展しそうでしたので」

「ちょっと待て、今君の姿が突然現れたのだが、あれは一体どのような魔法だ?」

 

 

 渡辺先輩は誰もが頭に浮かべている疑問を聞いてきた。

 ぬらりひょんの『畏』である『明鏡止水』は魔法ではないので、どのように説明すれば彼女を含め、この場にいる全員に納得させられるだろうか。

 生半可な説明ではこの人達は誤魔化せないだろう。

 ……面倒だな。

 

 

「あまり言いたくないのですが……」

 

 

 すると渡辺先輩は、何か悪い悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。

 

 

「そういえば、君は風紀委員に入ると言っていたな? では奴良鯉斑くん、君は今から風紀委員だ。では奴良くん、先程の現象を説明してくれ。これは委員長命令だ」

 

 

 ……これは従わなかったら後で痛い目を見るやつだ。仕方ない、諦めるか。 俺は現代の魔法の知識を照らし合わせ、何とか誤魔化せる説明を考える。

 

(ぬらりひょんの『畏』は周囲から認識されなくなるから、意識操作すると言っても構わないだろう……。ということは系統外魔法と言っておけば良いか)

 

 

「先程の魔法は、自分を周囲から認識されなくする系統外魔法です」

 

 

 こんな感じか? 

 

 

「そのような魔法は聞いたことはありません。『インデックス』には収録されていない魔法ですね?」 

 

 

 声の主は市原先輩だった。今まで黙っていたのだが、自分の疑問点を解消せずにはいられなかったのだろう。

 そう簡単には誤魔化せないか。それに『インデックス』とは……話が大きくなってきたな。一番手っ取り早い手段だからと『畏』を発動したのは失敗だったな。

 

 

「ええ、他人の前で使用したのは初めてですので、『インデックス』には収録はされていません。先輩がご存じないのは当然だと思います。

 ……もう宜しいでしょうか? 質問があれば後ほどお応えします。

 見たところ、服部先輩も司波も冷静になったようですし、取り敢えず先程の続きをした方が良いと思います」

 

 

 強引過ぎだとは思う。しかし、そうでもしないとどこで襤褸が出るかは分からない。

 まだ疑いの念が消えていないであろう市原先輩から会長へと視線をうつし、「話を切り出してください」と目で懇願する。

 会長は俺の思いを汲み取ってくれたようで、にっこりと笑った。その顔は貸し1つね、と言っていた。

 

 

「リンちゃん、奴良くんの言うとおり達也くんの件を済ませることの方が優先よ?」

「……会長がそうおっしゃるなら仕方ありませんね」

 

 

 市原先輩は渋々引き下がった。

 会長は服部先輩に向き合い、

 

 

「はんぞーくん、いえ服部副会長。もし達也くんが風紀委員に加入したことで何か問題が起こったとしたら、私が全て責任を取ります。体面が傷つく傷つかないの問題は関係ありません。私は達也くんが風紀委員にふさわしいと思ったので渡辺委員長の提案に賛成しただけです。何と言われようと考えは変えません」

「ん? ただ達也くんが気に入っただけだはないのか?」

「ちっ、違うわよ摩利、変なこと言わないでくれる?」

 

 

 その反応だと肯定しているようにしか聞こえないのだが……

 服部先輩も感づいたようで、顔をしかめている。

 

 

「会長、先程も申し上げましたが……」

「お言葉ですが服部先輩、いい加減に諦めたらどうですか?」

 

 

 平行線を辿っている議論など当の本人たちより見ている側の方が苛々する。

 

 

「奴良くん、君までそう言いますか」

「ええ言いますよ、別に司波達也という人物と知り合いではなかったとしても俺は同じことを言うでしょう」

 

 

 先輩の顔は「何故だ」と言っていた。俺は続けて

 

 

「先輩は人を1つのデータでしか判断しないのですか? あの実技試験に関しても、必ずしも全ての項目を測れるわけではありません。どこかに穴があるはずです。

 ですから、彼にはまだ何かあのテストでは測定できない才能があるかもしれない。

 単に二科生だから、というのではなく、実際に彼の実力を測って判断をした方が良いと思います。

 先輩は陸上競技がてんで駄目な人は、金槌であるとでも思っていらっしゃるのですか? もしかしたら水上では誰にも負けないかもしれませんよ?

 会長の判断に納得がいかないのなら、先輩が自分で彼の実力を目にしたらどうです、その後で決めれば良い。

 達也、お前もそれでいいだろう?」

 

 

 今まで一言も発言しないで空気になっていた達也に話をふる。

 

 

「……ああ、俺は構わない。別に風紀委員になりたいわけではないが、妹への誤解を晴らさなければならないから丁度いい。

 服部先輩、俺と模擬戦宜しいですか?」

「ふん、二科生(ウィード)の貴様に身の程を弁える必要性を教えてやる」

 

 

 服部先輩は不本意ながらも承諾してくれた。

 すかさず、会長が口をはさむ。

 

 

「私は生徒会長の権限により、2年B組・服部刑部と1年E組・司波達也の模擬戦を正式な試合として認めます」

「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員長として、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認める」

「時間はこれより45分後、場所は第三演習室、試合は非公開とし、双方にCADの使用を認めます」

 

 

 これは模擬戦をただの暴力行為にしない措置のようだ。彼女らの宣言を受けて、中条先輩が慌ただしく端末を叩き始めた。

 ……取り敢えず何とか解決に近づいた。

 それにしても達也の奴、妹のために戦うとはどんだけシスコンなんだか。

 

(だが……)

 

 俺は恐らくCADの準備をするべく、生徒会室のドアへと歩いている服部先輩に声をかけた。

 

 

「服部先輩、」

「今度は何ですか?」

「模擬戦には関係ありませんが、1つ忠告しておこうと思いまして」

「忠告、ですか?」

「黙っていましたが、先程の発言はいただけないです。

 俺が風紀委員になったからには、今後ウィードという単語の使用は見逃しません。例え全校生徒の3分の1が使用していたとしても、”副会長が使用していたとしても”問答無用で摘発しますので、以後気を付けて下さい。

 それに……」

 

 

 俺は先程までの苛立ちを次の言葉に思いっきり込める。

 

 

「定められた規則も守れないような副会長がいる方が風紀委員に二科生を登用するよりも、会長の体面が傷つきけますよ?」

「何だと貴様? 先程から上級生に対する態度がなっていないぞ」

「れっきとした事実ですよ。それにこんなことで心を乱して、この後の模擬戦に支障をきたさないでくださいよ? 魔法師は冷静を心掛けるべき、でしたよね?」

「くっ!」

 

 

 先輩は反論せず、踵を返して生徒会室を出ていった。

 少し時間を空けて、達也のCADを事務室に取りに行く付き添いで深雪も一緒に退出する。すれ違い様に達也が何か言いたげな目でこちらを見ていた気がした。

 俺は生徒会のドアへ向かっていたところ、

 

 

「「「では奴良くん、続きといきましょう(こう)か」」」

 

 

 待っていましたと言わんばかりに、中条先輩を除く3人の三年生に引き留められた。それぞれ無表情、好奇心の溢れた顔、意地悪そうな笑みを浮かべた顔と三者三様であった。

 中条先輩に目で助け船を求めたが、「わっ、私には無理です」と涙目の訴えが聞こえてきた。そして、「先に第三演習室に行ってきま~す」と小声で言い、小動物のような動きでささっと出ていってしまった。

 万策つきた。

 

 

「何のですか?」

 

 

 俺は惚けた振りをした。

 

 

「先程奴良くんは言いましたよね? 『質問は後で答える』と」

 

 

 と市原先輩。

 ……逃げるか、説明するの面倒だし。

 そんな思考はお見通しのようで、

 

 

「おや、まさか逃げようと思っているのではあるまいな? 真由美の狙撃から逃れられるとでも思っているのか?」

「ごめんね?」

 

 

 そう言って腕輪型CADに手を持っていく会長。可愛く謝られても何も嬉しくない。

 いくらCAD携帯が認められているからって職権濫用ではないか。……それに顔は笑っているが目が本気だぞあれ、ふざけるな。

 まぁ撃たないだろうが、ここは従うべきか。

 いくら大人びている先輩方とはいえど、まだ高校三年生。好奇心なには勝てないというわけか。それにしても女子の団結って恐いくらいに息ぴったりだな。

 『鏡下水月』なら何とか切り抜けられそうだが、これ以上根掘り葉掘り聞かれそうなことを増やすべきではない。

 ……待てよ? 

 

 

「他の魔法師が使用した非公開の起動式の仕組みを詮索するのはマナー違反ではないのですか?」

 

 

 そうだ、これがあった。先輩方は痛いところを突かれたようで、先程までの余裕が消えた。

 何だか、ここで何も言わないのは可哀想なので、少しだけならと知られても問題ないことを話すことにした。 

 

 

「それに質問にこたえると申したのは、あの場を切り抜けるために口から出任せを言ってしまっただけですし、”全てに”とは申していません。

 ですが1つだけ先輩方に伝えられることがあります。

 それは、この魔法が奴良家の秘伝の魔法であり、この魔法は奴良家の血が流れている者にしか使用出来ない、ということです」

 

 

 会長が顔をしかめた。

 

 

「待って、それはおかしいわ奴良くん。周囲から認識されなくなる、なんてそんな珍しい魔法を使う家なんて十師族会議で話題に出てもおかしくない、いえ必ず出るわ。

 これまでの十師族会議では奴良家なんて単語は一切出ていないわよ?

 それに私も”奴良”なんて名前はりっちゃんに会って初めて知ったわ」

 

 

 会長が知らなくて当然だろう。

 俺たちは妖怪であるが故になるべく表舞台には立たないようにしている。それは魔法が認められている魔法師の世界であっても例外ではない。

 

 

「詳しくはお話し出来ませんが、奴良家はとある事情によりあまり世俗と関わらない方針でいます」

 

 

 魔法が普及してきたこの世の中、何故かCADの携帯が往来で認められている。魔法は便利かもしれないが、使い方を間違えればいくらでも凶器になる。

 いつ犯罪が起きてもおかしくはないのだが、幸い今のところ特に街中では魔法に関する問題は起こっていない。

 そこにいきなり自分達と次元の違う生き物、妖怪が現れたらどうなるだろうか。人々は混乱し、妖怪を悪だと判断して攻撃してくるだろう。

 俺たちが表舞台に上がるにはまだ早すぎる。国の上層部では何人かが妖怪という存在を認知しているが、まだ土台が十分ではないのだ。

 

 

「世俗と関わらない? だから、生徒会よりは目立たないであろう風紀委員を選んだのか?」

「それもありますが、主な要因は副会長と一緒に仕事をしたくなかったからです」

「はんぞーくんと?」

「それは何故ですか?」

「単純ですよ、市原先輩。俺は差別をするような人と一緒にいたくない。ですが副会長はそういう人だった、ただそれだけの理由です」

「ごめんなさい、それがはんぞーくんの欠点なの。他は申し分ないのよ?

 ……では、奴良くんは一科生と二科生の差別については良く思っていない、ということですか?」 

「ええ。同じ学校の生徒であるのに差別するなんて間違っていると思いますから……」

 

 

 こんなことを言ったが、実は建前であって本音ではない、親父という大きな存在があり、その背中を見て育ったのが一番の理由だ。

 小さい頃から、親父の武勇伝を組の奴らから沢山聞かされた。何でも、それまで相容れない関係であった妖怪と陰陽師が共闘したとか。

 人だろうが妖怪だろうが関係ない。全て守るべきものである。そんな親父の生き方に俺は強く憧れを持っていた。

 

 

 それと、この俺のこの『鯉斑(りはん)』という名前。

 

 

『鯉斑に”斑(まだら)”っていう字が使われているよね?

 それは鯉斑の体には色々な種類の血が流れているからなんだ。簡単に言えば、人間と妖怪の血が流れているってだけで済んじゃうけれど……。それを細かく分ければ、ぬらりひょんの血、傷を治すという特別な力を持っていた人の血、ごく普通の人の血、そして雪女の血の4種類になる。

 斑とは違う色や同じ色でも濃淡が入り交じっているって意味なんだけれど、色々な血が入っている鯉斑にぴったりでしょ?

 だから”斑”って字を使ったんだ。

 お前には斑のようにどんな者でも受け入れられるような人間になってほしい、という願いを込めた。

 それと、"りはん"という名前にしたのは、お前が俺の親父に似ていたからだ。

 赤ん坊のお前を見てじじいが、ちと鯉伴に似とるのぅ、とか言ってな。

 俺やじじいは髪が黒ではなかったから、何だか2代目が帰って来たような気がしたよ。

 2代目のときに奴良組が全盛期だったというのはお前も知っているだろう? だが、2代目が死んで奴良組は徐々に衰退してしまってな。俺の代で何とか持ち直したが、まだ全盛期のときの奴良組には及ばないかもしれない。

 それで、俺の憧れであった2代目のような奴良組に、いやそれ以上にしていってくれという期待を込めて”りはん”と付けた。』

 

 

 中学生のときに、自分の名前の由来を親に聞いてこい、という可笑しな課題が出された。親父に聞いたらこのように言われた。

 この話をされたとき、親父が途中で昼の姿から夜の姿に変わったからよく覚えている。

 俺は先代たちが守ってきたものを、貫いてきた信念を引き継ぐ。奴良組4代目として、彼らに胸を張って向き合えるように。2代目の名前に傷をつけないように……

 

 

 まぁこんなことを言えば、さらに問い詰められる恐れがあったため、在り来たりな回答を言ったのだが……。先輩方は俺の言葉に何の疑問も抱かず、むしろ好印象を与えたようで、会長は1つため息をつき、

 

「奴良くんのような人が生徒会に入ってくれたら色々と助かるに……

 達也くんは仕方がないとしても、奴良くんまでも風紀委員になっちゃうなんて摩利が羨ましい。私って魅力がないのかしら……」

 

 

 と拗ねているような口調で言った。

 恐らくわざとやっているのだろうが、生徒会長の威厳が全く感じられない。まるで年下を相手にしているように思えてしまう。

 

 

「いえいえ、会長は魅力的な女性ですよ? 会長に迫られたら男子は皆イチコロだと思いますが……」

「イチコロ?」

 

 

 会長は何故か首を傾げている。すると、

 

 

「イチコロとは『一撃でコロリと倒す』という意味の言葉です。最近の会話では見られない言葉です」

 

 ……蔵にあった本の中に出てきたのだが、イチコロって廃語になっていたのか。どうりで誰も使っていなかったわけだ。

 ご丁寧に説明文ありがとうございます、市原先輩。

 

「じゃあ、私に近づかれると男の子達は倒れちゃうっていうの?」

「いえ、恐らく奴良くんは『簡単に悩殺される』という意味で使ったのかと思います」

「奴良くん、そうなの?」

「勿論ですよ。会長は魅力的な女性です」

「そう……ありがとう」

 

 

 ……満更でもない様子である。

 会長ならこういう言葉を何度も言われ続けているだろうが、面と向かって言われると照れるらしい。

 

 

「それに、会長なら近づかなくても射撃系の魔法で倒せますでしょう?」

「奴良くん、それは一言余計ですよ?」 

 

 

 会長はわざとらしく頬を膨らませた。

 ……外見を度外視しても、仕草などが本当に子供っぽい。こんなことを言ったら余計にぐちぐち言われそうなので、心の中にしまっておこう。

 

 

「はっはっは。奴良くん、君は面白いやつだな。真由美とのやりとりをもう少し見ておきたいが、そろそろ演習室に行かないと間に合わん。それに、中条の気が持たんだろう」  

 

 

 委員長の言う通りだな。涙目でおろおろしている『あーちゃん』の姿がはっきりと目に浮かんでくる。

 

 

「そうね、じゃあ行きましょうか」

 

 

 会長がそう言うと他の二人も頷き、観音開きの扉へ歩き始める。

 俺は一足先に生徒会室の扉を開けて先輩方を待つ。

 

 

「あら、ありがとう」

 

 

 会長たちは感心した顔でこちらを見た。

 

 

「奴良くんは紳士なのですね」

「それは買いかぶり過ぎですよ、市原先輩。俺は全ての女性にこのように振る舞うわけではありません。レディファーストをするにあたらない人にはしない冷たい男です」

「では私たちはそれに値するということか? それだと遠回しに口説いているように聞こえるぞ?」

「いや、本当のことを言ったまでですよ」

 

 

 そう言うとまた感心した顔をしているお三方。だが、ここで悠長に時間を潰している暇はない。

 

 

「早く行きましょう、本当に間に合わなくなります」

「そうね。はんぞーくん達に怒られちゃうわ」

 

 

 先輩三人一行はやっと生徒会室から出て第三演習室へと歩きだした。すかさず俺も後ろについていく。

 

(さて、どちらが勝つのかね……)

 




間があいた割にはそんなに上手い文章ではないという残念な結果に終わりました。

副会長のところなど、今回展開がおかしいとか思うかもしれません。批判や感想、その他意見はどうぞご自由にお書きください。
心が折れるかもしれませんが、しっかりと受け止めたいと思います。


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