school&under (あるまⅡ)
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プロローグ

ありふれた構想の物語。
文章力上達の礎。


「……退屈」

 教室の中でつまらそうな少女の声が響く。

 窓側に近い机に腰をかけ、足をぷらぷらと上下に揺らし、遊ばせる。

「まったくもって、退屈」

 再度、声が響く。

 揺らす足を止め、髪を弄り始める。指先で捻るように長い髪をとかし、幾本の黒い髪が光に照らされ、銀糸のように煌めく。その様は幻想に近い。

 しかし、そんな少女の仕草に見惚れる者もいなければ、静観する者もいない。

「そうだっ、また人を攫いましょう!」

 唐突に、そして無邪気に放たれた一言は教室を瞬く間に包み込み、溢れ、校内に響く。

 だが、校内に響く程の声は校外に届くことはない。

「……楽しみね」

 最後にふっと笑った少女の姿は消える。

 ――それは月が綺麗に見える夜の出来事だった。

 

 

 

 

1、

「つまらん」

 寝起きに出した声は状況に対する不満だった。

「起きて早々、陽一は何を言っているの?」

 覚醒してすぐの頭の中に少女の声が響く。

 向かいに座る少女は、読んでいたであろう本から目を移らせ、こちらを平らな目で見る。そして茶混じりの黒のツインテール、白のTシャツワンピースにスカートというラフな格好が目に映る。

「しょうがないだろ? こんな何も無い電車の中で、何に対して楽しさを見出せばいいんだよ」

 ガタン、ガタンと、大きくリズムがとれている電車の中は、陽一の言うとおり面白さの欠片もない。乗客は陽一達だけであるし、外の風景は森や川などの自然のみで通行人一人横切らない。

「見出す必要はないよ? ただこの状況を楽しめば良いんだよ」

 そう答えると少女は再び本に視線を戻した。

「いや、お前は暇つぶしがあるからいいけどよ……てか下の名前で呼ぶなよ、美奈」

 陽一は呆れ顔で見る。そして美奈は視線を陽一に戻し、リスのように首をかしげる。質問の意図と答えが解らないといった様子だ。

「……妹であるお前がその呼び方だと誤解が生まれるんだよ」

「いいでしょ、電車の中には誰もいないんだし」

 美奈はしれっと言う。

「だけどな? 道徳的な問題があるだろ」

「いや、ないんじゃないかな? もしあるとしたら陽一の脳内が不純すぎるってことだよ」

「酷い言われようだな」

「それを言ってしまうならこっちもだよ」

 クエスチョンを頭に浮かべる陽一を尻目に美奈はため息をつき、言う。

「良い? 私は確かに妹で貴方はお兄ちゃん。でもよく考えてみようよ」

 美奈は身体をこちらに乗り出し、右手の人差し指を陽一の眼前にまで持ってくる。そうすると大きく息を吸い、言う。

「兄は妹を名前で呼ぶ。 でも、妹である私は貴方を兄としか呼べない……これは不公平だと思うの! だから私は訴える! 呼び方の自由を!」

 美奈は大きく声を出し、街頭演説をするかのように手を振る。その姿はまさしく立候補者、妹代表と言っても恐らくは過言ではないだろう。

「いきなり大きな声出すな! そしていきなりテンションを変えるな! だが……一利ある」

 大きく放たれた言葉に感銘を受けたのか、はたまた洗脳されたのか、陽一は考えこむ。思案して出てくるものは必然性……というよりは当たり前の積み重ねだ。今まで美奈のことは美奈と呼んでいたが、確かに言われてみればその通りだ。それが当たり前になっていた。しかし、当たり前を当たり前と思い込む……これは良くない。

「どうしたの? なんかすごくかっこ……ん、真面目な顔しちゃって」

「いや、少し考えていた……妹について」

 美奈が言いかけた言葉を無視するかのように陽一は真面目な声をだす。

「確かに、美奈が俺のことをお兄ちゃん、もしくはそれに準ずる何かで呼ぶ場合、俺もそれ相応の呼び方で答えねばならないと思った」

「……と、いうと?」

 美奈は恐る恐るといった様子で聞く。

「俺も美奈のことは妹と呼ぶ、だから美奈も俺のことは兄と呼んでくれ」

 至極、真面目な顔で言う。

「やだよ」

しかし、提案は即、三文字の刀で斬られる。

「何故だ、妹? それはないんじゃないか、妹よ?」

「……うざい」

 またしても三文字で否定される。まさに言葉の燕返し、もう逃げ場はない。そして一言は陽一の心に深く突き刺さる。実の妹に言われるという行為は他の者に言われるよりも何倍もつらい。

「嫌な理由は2つあります」

美奈はそう言うと突如右手の指を2本立て、理由を提示する。

「まず、1つ目は別にそういう呼び方を望んでいたわけじゃなくて、呼び方なんて好きにさせて欲しいってこと」

「そして2つ目は……」

 美奈は一呼吸置き、言葉を発する。

「ごまかしちゃだめだよ」

 美奈はにこやかに言う。それに対して陽一は何か核心をつかれたかのようにはっとなる。

「いくら、今から行くところが行きつらい所でもごまかしちゃだめだよ」

 諭すように話を続ける。

「……ごまかす?」

「そうだよ、だって新しく住む場所に向かう電車の中なのに、その関連の会話がまったくでないんだもん」

 雰囲気もおかしいし……と、付け加える美奈の言葉の通り、陽一達はこれから住むことになる場所に移動していた。そしてその場所は都会に比べればずいぶんな田舎だ。そしてそれに対する話題を逸らしていた。その証拠に電車に乗り、早々に眠り美奈との話題を避けていた。

 陽一は考える。確かに避けてはいたが、会話をしたくない自分がいたということに対して考え、驚く。確かに意識的にか? と聞かれればそうだと答えるだろう。しかし、その結論に至った理由が解らない。

「まあ、若ちゃんとあんな別れ方しちゃったら、今更会うのはつらいだろうね」

 美奈は言う。

「若ちゃん? ああ、……まあな」

 陽一は歯切れ悪く答える。それに気付いたのか美奈は疑いの目を向ける。

「……まさか、忘れたなんて言わないよね?」

「いや、覚えているぞ? ……パズルのように」

「うろ覚えじゃない! この、女の敵!」

「そこまで言うなよ!」

「んー……まあ、しょうがないのかな? 陽一って村の記憶が曖昧だもんね」

「まあな」

 確かに陽一は村の記憶はとても曖昧だ。覚えていることもあれば、覚えていないこともある。

「ん?……でもよ、普通に考えたら約10年以上前のことを覚えているお前の方がおかしいと思うぞ?」

「いやー、絶対陽一のおつむが足りないんだよ、普通、人のことは忘れないよ」

 そういうと美奈はまっすぐ陽一を見る。

「あー、そうだな」

 陽一は視線を逸らし、めんどくさそうに返答する。

「何で目を逸らすかな」

 美奈は皿のような目で陽一を見る。そして、皿の上には疑惑や心配といったモノが彩られる。

「まあ……会えば思い出す。 大丈夫だ。」

「ホントかなー」

 またしても疑惑の目が向けられる。そして美奈はよくある探偵のポーズのように顎に右手を置き頷く。

「……良し! じゃあ、陽一を信じるとしますか」

  美奈は自己完結した様子でこちらに笑顔を向ける。

「そうしろ」

 陽一はため息ながらに言う。そしてため息に続いてあくびが出る。

「何、また寝るの? 寝直すのはいいけど、もう着くよ」

 そう美奈が言った時と同時にアナウンスが響く。

「ほらね」

 こちらに目配せをし、自分達の荷物をまとめ下車の準備をする。

「はいはい、じゃあ行きますよ。 ほら、自分のものは自分で持つ!」

 荷物を陽一に渡し、美奈は出入口へと直行する。

 そしてお互い荷物を持ち出入口に待機し程なくして村に着く。ドアは開き、目の前の風景が陽一達の眼前に映し出される。その風景は電車の窓から流し見たものとほぼ同じもので、まさしく緑一色というものだった。

「懐かしいねー、本当に懐かしい」

 言うより早いか美奈はすぐにドアから外へと駆け出し、ホームに出る。そして両手を広げ、荷物を投げ出すようにくるくると回る。その姿は年不相応の子供の様に映る。

「懐かしい……というよりも先にすげー自然って感想のが早くくるな」

 陽一も美奈に続きホームに出ると辺りを見渡す。どこまでも緑が生い茂っている。駅のホームというよりは『元』駅のホームという感じだ。

「正直、このホームがまだ機能していたっていう方に関心がいく」

「この使われていない感じが懐かしいんだよ、解る?」

「いや、解りかねるが」

 陽一はややテンションの上がっている美奈に嘆息する。

「解ってないなー、もー」

 美奈はそういうと両手を戻す。

「まいっか、んじゃ我が家に向かいますか!」

 その言葉につられるように陽一は歩き出す。

 ……しかし、歩きだすよりも先に背中にぽすっという柔らかい衝撃が走る。腰に回るのは細く、綺麗な腕、おそらくは女性のものだろう。そして瞬時に自分が抱きつかれているのだと判断する。

「……誰かな?」

 陽一は戦々恐々と言った様子で女性に話かける。

「……会いたかったよ、陽ちゃん」

 背中から抱きつかれたため顔は見えない。声も聞き覚えはなかった。

 しかし、この時初めて陽一は懐かしさを感じた。

 



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