主役になれなかった者達の物語 (沙希)
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英雄は主人公になりたかった - ハイスクールD×D - ≪完結≫
1


 

 

 グレモリー領地にて、リアス・グレモリーとその眷属たちは『乳龍帝おっぱいドラゴン』のヒーローショーを終えてリアスの実家でゆっくりと食事していたことであった。

 用意された食事を兵藤一誠ことイッセーはマナーに精通した動作で口に運んでいく。

 最初の頃は勉学共々注意される所が多かったけど今では至極一般的にマナーや悪魔としての知識などを会得している。

 

 そんな中、ふとイッセーは一番奥の向かい側に座っているサ―ゼクスの背後の壁に飾られてある絵に目が入る。

 その絵にはサ―ゼクス、セラフォルー、アジュカ、ファルビウムの四大魔王という知り合った魔王が描かれている。

 しかし、そんな中に見覚えのない人物が一人混じっており、思わず小首を傾げた。

 

「どうかしたのイッセー。お兄様をジッと見て」

 

「あ、いえ………サ―ゼクス様の後ろにある絵が気になって。サ―ゼクス様達の他に、知らない人が描かれてるから誰だろうなぁって」

 

「あぁ、フィアンマ・サタナキア様ね」

 

「フィアンマ・サタナキア?」

 

 聞いたことのない名前に、イッセーは小首を傾げる。

 悪魔の一人なのか、と考えたのだが自分が知っている72柱にはサタナキアという悪魔は聞いたことがなかった。ましてや番外の悪魔にもだ。

 しかし、リアスが『様付け』するほどの人物であり、親しそうに四大魔王の一人のサ―ゼクスの肩を掴み、セラフォルーに腕をからまれている人物はいったいどんな人物なのかと思った。

 するとイッセーの疑問に答える様に、サ―ゼクス・ルシファーが語りだす。

 

「フィアンマ・サタナキア。彼はかつて大戦時において英雄、もしくは次期魔王と言われても過言でなかった悪魔だよ、イッセー君」

 

「え、そんな凄い悪魔だったんですか!?どう見ても、普通の悪魔にしか見えないんですが…………………」

 

 見るからに栗色の短髪でメガネを掛けた少し中性的な顔だち。

 イケメンの部類にも入ってもいいのだが周りに比べると普通である。

 イケメンの男魔王達と美女のセラフォルーに挟まれているフィアンマという男は何度も見つめても普通でしかなかった。

 するとサ―ゼクスは笑いながら「見た目よりも中身だよ」と言って訂正を加える。

 「中身?」と更に小首を傾げたイッセーだが、すると赤龍帝の籠手に宿った龍、ドライグが語り掛けて来た。

 

『フィアンマ・サタナキア、どこかで見覚えがあると思ったらあの悪魔だったか』

 

「知ってるのか、ドライグ?」

 

『知ってるも何も、アイツのせいで俺やアルビオンは神器に封印される切っ掛けになったんだよ。それと断片的にしか覚えていないが、神を殺したのも奴だ』

 

「はい!?」

 

『え!?』

 

 ドライグの言葉にイッセー達が驚いた顔をした。勿論、リアスも含めて。

 フィアンマという悪魔を文献や悪魔学校の授業で習っていたのだが、神を殺したとまでは教えられてはいなかった。

 3勢力の会談では神が死んだとまでは話題が出ていたが、死の原因については伏せられていた。というよりも、トップや大戦に参加していた者達以外が二天龍によってだと勘違いしていただけである。

 

「ドライグの言う通りフィアは二天龍を追い込み、そして神を倒した歴史に名を遺している悪魔だ。魔力に乏しく、フェニックスの『再生』やバアルの『滅びの力』といった特別な力を持たなかったが、アジュカやファルビウム以上の術式と魔道具の制作、作戦指揮において天才的な一面を発揮させるほどのものだった。天界側と堕天使側との戦争では先代魔王からも期待されるほどでもあったからね。ドライグやアルビオンが乱入してきたときだって、彼のお蔭で両勢力は最小限の被害で済んだ」

 

『奴のせいで俺やアルビオンは身体を滅されかけたからな。あの野郎が生きていたら、今ごろ間違いなく禍の団なんぞ壊滅している』

 

「ま、マジかよ………うん?生きていたらって、もしかしてその人…………」

 

「…………………彼は大戦時に亡くなった。彼は幾千、幾万もの勢力と引き換えに自らの命を賭けて神を討ち、戦争を終結させた」

 

 サ―ゼクスはそういって懐から長方形の四角い紙、古くなった写真を取り出す。

 写真には背後に飾られてある絵と同じ情景が映っていた。

 フィアンマ・サタナキアはサ―ゼクスや他の魔王達にとって、掛け替えのない友だった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■

 

 

 

 

 

 当時学生だった私ことサ―ゼクス・ルシファーは彼、フィアンマ・サタナキアという悪魔と知り合う前は仮面を被って周りに溶け込んでいるだけの愚かな男だった。

 母がバアル家の出身であるため、滅びの力を受け継いだ私は周りから期待されていた。

 誰もが私に話しかけ、媚を売り、純粋に友人と成ろうとする悪魔などいなかった。

 悪魔であるから仕方がないとことだ。欲を持つことが悪魔の常であり常識だ。

 欲望を持たぬ悪魔などいるわけがない。

 

 私は争い事が昔から嫌いだったので、偽りの笑みを浮かべ只管穏便対応する日々だった。

 自分にも周りにも家族にも被害が来ない様に最低限にして最大の処世術で相手と交流を深めていき、何時しかそれが定着してしまっていた。

 笑うとはどうすればいいのか、友人とは何か、信頼とは何かなんて考えなくなった。

 しかし、一人だけ――――――――――――――

 

『お前、そんなんでつまらなくないか?』

 

 一人だけ、私の仮面の奥を見抜いた悪魔がいた。

 フィアンマ・サタナキア。貴族らしくもない口調と態度に服の着崩し方。

 現代風に言うのであれば、チャラ男という部類に入る悪魔だった。

 この時の時代は貴族風習が強かったのでそんなだらしない服装をする悪魔など爪弾きにされるし、陰口を叩かれるのが当たり前だった。

 ましてや彼は学園では『問題児』、『魔王様の面汚し』などと噂があるのだから。

 

 そして私は話しかけられたとき、思わず戸惑ってしまった。

 彼が私を見つめる瞳はまるで私の中身を見透かす瞳だったからだ。

 

『暇なら付き合え』

 

 私が言葉を返す前に彼は私の手を掴んで校舎を出ていく。

 真面目に学園に通っていた私が初めて無断で学園を欠席したのはあの時が初めてだった。

 そして連れてこられた場所は、ルシファー領から少し遠くにある一件の小さな家。家の中に案内され、中へ入るとそこには当時では見たことない魔道具が沢山置かれていた。

 機械という概念は私の世代では存在しなかったので教えてもらうまでは分からなかったが凄く好奇心に駆られた。

 

『どうだ、凄いだろ?』

 

 二カッと子供の様に笑うからに私は子供の様に心を躍らせ、「触っていいか?」と問うと彼は快く了承してくれた。

 許可を得た私は誕生日プレゼントをもらった子供の様に彼が作った道具に触れて、使い方を教えてもらったり、その日に冥界の魔獣に向けて試し撃ちして怒らせて逃げ回ったりした。

 そして…………いつの間にか私は忘れていた笑みを取り戻していた。

 忘れていた笑みに若干の戸惑いもあったが、彼が『ようやく笑ったな』と喜んでいた。

 どうやら彼、フィアは私が仮面をつけた様な笑みが癪に障ったらしいのだ。

 

 その日以降、私はフィアの友人となった。

 彼といると本当の自分をさらけ出せる、それが何とも心地よかった。

 父や母に紹介すると見た目で判断されてフィアがいないところで「彼は大丈夫なのか?」と問われたのがとても可笑しかったりした。父と母は心配していたがフィアと会話を重ねていくたびに「良い悪魔じゃないか」と褒めてくれる。

 

 普段の彼は誰彼構わず崩した口調になり本音を口にするタイプなので、周りから期待されていた私の前でさえ敬語なんて最初から覚えていないと言わんばかりだったものだ。

 そんな度胸と物怖じしない素直な心に両親は逆に清々しい、「良い悪魔だ」と褒めたのだろう。グレモリー家の次期当主にして滅びの力を得た悪魔なのだから、誰一人フィアの様な悪魔などおらず常に私を道具としてしか見ていないような眼だった。

 だから私は、フィアと出会えて本当に良かったと思う。

 思うんだけど―――――――――――――

 

『深海にいるバハムートって美味いんだろうか?今度魔道砲弾をぶち込んで討伐しようぜ』

 

『それは絶対にやめてくれ』

 

 流石に破天荒過ぎて伝説級の生き物と戦うフラグは作らないでほしい。

 その時の私はまだ今よりも強かったわけではないのだから。

 だがしかし、彼の破天荒さと形振り構わず連れ回す癖は嫌いではないけどね。

 

 ある日の事、私は学園の講義を終えた後にフィアの所へ向かおうとした時だった。

 突然同じクラスの悪魔たちが僕に、『どうしてサ―ゼクスさんは問題児といるですか?』と急に話を振られた時だった。

 質問してきた悪魔たちからは、『あんな奴といると品格を疑われる』、『バカが移る』、『魔王様に拾って貰ったからといって調子に乗り過ぎる』などと伝染する様にクラス中の悪魔たちが口ぐちにフィアの陰口を言い始めた。

 

 フィアンマ・サタナキアは72柱にも番外の悪魔にも属さない悪魔であり、その理由はフィアが元々人間だったということである。

 生まれた時は人間だったと本人が言っていたのだが悪魔になった原因は分からないそうだ。悪魔だと民衆にばれてしまい、殺されかけそうになっているところに魔王様に助けられ、引き取られたとの事。

 そして彼を引き取ったのは先代ルシファー様であり、サタナキアという苗字はルシファー様が彼に与えたものだそうだ。

 

 フィアが引き取られた噂が冥界中に広まり、フィアの態度のせいで大半の悪魔からは『悪魔や魔王様の面汚し』『プライドの無い屑』『人間風情』だと言われるようにもなったのだが、だとしてもそんな事は関係ない。

 彼は頭が悪い訳でも無いし、彼は私の大切な友人なのだから陰口は許さない。

 しかし、仮面を定着させ過ぎたせいで表向きに怒りを露わにできなかった。怒りを露わにすれば、私や家族たちに酷い噂が立つかもしれない。ましてやフィアに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 だから私はただ周りの声に逃げる様に早足で教室を出て行くことしかできなかった。

 

『フィア、君はどうして実力を隠すんだい?君は魔力は私ではないにしろ乏しい訳ではない。頭もいいし、魔道具を生み出せるほどの才能を秘めている。なのになぜ、君はいつも周りから見下されるような態度をとる?』

 

 二人きりの部屋でフィアが魔道具を弄っている時に問いただした。

 しかしフィアはただ一言、「面倒だから」という言葉で片付けてしまう。

 それから何度も同じ質問を繰り返したのだが、同じ答えが返ってくる水掛け合いの様な形となる。

 

『どうしてフィアはいつもそうなんだ!私がこれほど心配しているのに、君はどうしてそんなに無関心でいられるんだ!』

 

 私は思わずフィアに怒鳴り散らしてしまった。

 フィアの表情は、目を点にさせて私を見つめる今迄見たことない表情をしていた。

 数秒後、私は思わず意識をハッと戻してフィアの隠れ家を出て行く。

 その時は、やってしまったと何度も後悔してしまった。

 

 フィアが元々人間であるため、態度を直したところで結果的に見下されるのは変わりはない。今も昔の貴族社会であり純血主義の風潮であったため下級悪魔は多少見下されがちだし、ましてや元々人間だったフィアは下級悪魔よりも更に見下されるだろう。

 覆せない事をフィアが一番知っていて、それを私は理解しているのに私ときたら。

 

『おっすサ―ゼクス。元気か?』

 

 しかし日が変わるまで私はフィアの事で後悔し続けていたのにも関わらず、フィアは何気ない顔で私の元へと訪問してきた時は思わず私がポカンとしてしまった。

 あれだけ怒鳴り散らしたのに、どうして私の前に現れたのか分からなかった。

 本当なら文句の一つでも帰って来るのではないのかと覚悟していたのだが、そんな事は知らんと言わんばかりに最初の時と同様で私を連れ出す。

 

『昨日の事、怒っていないのかい?』

 

『怒るもなにも、心配させた俺が悪いからな。気にするな。それよりも面白い奴を見つけたんだよ。いま屋上で待たせてるから、紹介するぜ』

 

 そう言って私の手を引いて、屋上へと向かう。

 彼が気にしていないと言ってくれたことに、私は少しだけ安心し彼の背中を見つめながら、小さく「ごめん」と声に出して謝った。

 

 

 彼が紹介したいという悪魔、アジュカ・アスタロト。アスタロトの名門悪魔であり、その名を知らぬ悪魔などいないだろう。

 なぜフィアがアジュカといるのかと尋ねたのだが、面白そうだったからだということ。あまりの応答に思わず呆れもあり笑いもあった。

 対するアジュカはフィアに小難しい会話を繰り広げており、フィアもフィアでアジュカの会話が理解できているかのように頷きながら答える。

 

 

 当時の私はあまり理解できない会話であったため、彼とアジュカが楽しそうに会話している光景を目にすると胸の奥がモヤモヤした。

 私と居る時よりも、フィアがとても楽しそうに笑うので思わずアジュカに嫉妬していた。  フィアとの最初の友は私なのだ、私が一番なのだ主張する様に二人の会話に割って入ったこともあった。

 フィアには失礼な例えになるかもしれないが、玩具を盗られた子供の心情と言ったところだろう。

 ある日、アジュカにフィアについて聞くと「ある意味で面白い奴だから気に入った」と答え、続いて「フィアンマが作る魔道具と術式に興味を抱いた」とのこと。

 その時の私は子供であったため、何だか面白くなかった。

 

 

 それからというもの、彼は次々にファルビウム、セラフォルーといった悪魔たちを連れて紹介してきた。

 グラシャラボラス、シトリーといったどれも名門中の名門であり、アジュカと同様で面白い奴だからとの事。

 なんだか同じ答えを二度も聞いた気がすると呆れながら、嫉妬していたのがバカらしくなってくる。

 

 

 しかし、フィアが紹介する悪魔は共通点を持った個性的な者ばかりだとは思った。

 私を含めフィア以外は魔力が高く、成績がトップという共通点を持っており、アジュカは魔術や術式の研究に没頭。

 ファルビウムは冥界で流行っているチェスでは負けなしなのだがフィア以上の面倒くさがり屋。

 セラフォルーは当時ではまだ知らなかった魔法少女好きといった、何とも濃い個性を持った悪魔たちばかりだった。

 まぁ、私も大概変わった個性を持っているからブーメランなんだけどね。

 そしてアジュカと同様でファルビウムとセラフォルーと私は友人となった。

 

 



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2

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 積りに積もった書類の山を見飽きた様な目で眺めるアジュカ・ベルゼブブ。

 同じ魔王のファルビウムほどではないが、間違いなく働いたら負けだという言葉が今使いたくなる現状だったので書類を手で振り払い、自慢の術式制作で作った魔術でバラバラにならない様に綺麗に重ねる。

 隣にいる眷属悪魔が飽きれたようにため息を吐き、「飲み物をお持ちします」といって部屋から出て行くのを見て椅子に深く腰を預けて天井を見つめるのであった。

 

「そういえば、今日だったか………」

 

 視線を机の上に置かれてある写真立てを見て呟く。

 サ―ゼクス、セラフォルー、ファルビウム、アジュカ。そして友のフィアンマが映っている写真だった。

 アジュカは写真立を手に取り、懐かしそうにサ―ゼクスの肩を掴みセラフォルーに腕をからまれているフィアンマを見つめる。

 

「お前が死んで、どれくらい経っただろうか」

 

 数十年? 数百年? もう覚えてはいないがそれ以上の時が過ぎた。

 あれほど価値のある悪魔が何故死んだのかと今でもアジュカは悔いている。

 レーティングゲーム、悪魔の駒の基礎となったのはフィアンマという存在のお蔭であ り、いくつもの術式をこの世に残しその幾つかの術式を、自分を含めた魔王達が扱っている。

 

「………お前の功績が全て俺達の糧になっているのだと思うと、腹が立つな」

 

 アジュカにとってフィアンマは惜しむほどの人材であり、友であり密かにライバル心を抱いていたのだ。

 自分よりも先に知らない術式を見つけ、興味深い魔道具や機械を作り出す才能が恨めしかった。

 魔力の量だけはフィアンマには勝っていたものの、自分の得意とする術式の制作が負けているため勝った気などしていない。

 

「何時か絶対に………お前でもギョッとする物を作ってやるよ」

 

 そういってアジュカは写真立を置いて椅子から立ち上がる。

 眷属たちにばれない様に、アジュカは転移魔法を使って部屋から消えるのであった。

 眷属の一人が部屋に訪れ、主がいないと騒いだのは居なくなってから直ぐである。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 俺、アジュカ・ベルゼブブは今も昔も変わらない悪魔だ。

 多少知能に優れ、魔術に精通していた珍しい悪魔として周りから少し距離を置かれた存在だった。

 元来悪魔という存在は力こそが全てのような存在であり、術式の構築などといった言葉など無縁にも等しいことなのだ。

 当時の私は常に効率、術式、効果などを追い求めていていたので周りから物珍しさと嘲笑する目があったのは確かだろう。

 学生だったとき一度、「魔力量と特別な力を備えている者こそが強者だ」と抜かす悪魔に一度だけ戦ったことがあるくらいだからな。

 

 

 しかし、当時の俺は今以上に捻くれていた。

 どいつもこいつも頭を使った効率の悪い戦い方ばかりする悪魔ばかり。本当にチェスが好きなのか?と言わんばかりの戦法に呆れて物も言えなかった。

 仮にそれが敵戦力である堕天使や天界側に通用するのかと思っているのならさらに呆れてくる。

 そんな考え方を持っているせいで、周りから距離を置かれていたのかもしれない。

 

 

 だが、生まれが名門であるせいか距離は置かれていたものの媚びを売ってくる奴がいなかったわけではない。容姿や家柄のこともあったので誰もが俺の容姿と家柄を目的に媚び諂い、本音を隠し話し掛けてくるのが何よりも嫌いだった。

 悪魔なのだから欲があるのは大いに結構だが、そんな分かり易い態度をして言葉にしない奴に俺は何よりも嫌いだった。

 いつしか学園に居るのが辛くなり、俺は授業に参加しなくなった。

 しかし、授業に参加しなくなったとはいえ俺自身が授業に参加せずとも筆記試験においては問題ないので周りから「やはり才能があるものは違うな」などと言われ勘違いされたわけだが、その事を思い出すと笑えてくる。

 

 

 突発した魔力は持ち合わせていたものの、バアルの様な滅びの力やフェニックスの再生、ベリアルの様な無価値といった特別な力があるわけではなかった。

 特別な力を持たない俺はそれに相対するものとして様々な術式を作り、考えて来たのだから。

 当時の冥界にはこれと言って目立った術式がなかった為、俺は悪戦苦闘を強いられていたのだが――――――――――

 

『なに百面相しながら悩んでんだ?』

 

 そんな時、俺は彼と出会ったのだった。

 フィアンマ・サタナキア。悪魔学校に限らず冥界全土きっての問題児に出会った。

 人間から悪魔になったという原理不明の現象を起こした存在だったので多少興味があったし、少し会ってはみたいと思っていた。

 しかし、それだけだ。元は人間とはいえ所詮は悪魔だろうし周りの悪魔たちと同じだろうと私は思っていた。

 

『その術式の中に別の陣を複数組み込むと展開が早いだろうし、複数の術が使えるぞ。アルス・マグナっていう冥界じゃ有り得ない思想かもしれないが、錬金術学もバカに出来ないから多少目を通したら参考になるんじゃねぇか?』

 

 だがしかし、彼は俺が思っている以上にとんでもない奴だった。

 彼の言葉に俺は自分が悪戦苦闘していた術式を見返すと、理解できてしまう。

 では、この術式はどうだと見せてみれば改善点を上げてもっとも効率のいい術式に書き換えてしまうのだ。思わず俺は、目の前にいる悪魔は天才か?と疑ったくらいだ。

 フィアンマは学園において常に底辺な存在として扱われている。それは周りの対応だけでなく筆記や実技においてもだ。しかし、目の前の容姿から女ともとれる男は本当に底辺な存在なのかと疑いたくなるのだから。

 だが俺はそんな事よりも、彼の話が何よりも興味深かったためフィアンマとの会話を第一優先した。

 

 

 冥界では考えられない、人間でありながら神にも等しい存在になろうとする思想。複数の文字列を組み合わせる円盤表(ルルスの円盤というもの)を用い、世界の真理を解明する理論アルス・マグナとやらの話や何より魔法とは違った『科学』という話にも興味深かった。

 奴の研究の一端である科学と魔法を合わせた魔道具を見せてくれた時、思わず子供の様に燥ぎ、密かに嫉妬心を抱いた。

 

『これ程の術式を組み込んだものを作っておいて、なぜ君は主張しない』

 

 思わず至極単純に思った事を口にしていた。

 するとフィアンマは「媚びや嫉妬心に対応するのが面倒」という答えが返ってきたため、思わず笑ってしまった。確かに、これほどの物を作っておいて今更功績を叩き出せば媚び売る者や嫉妬心を抱く者が出てくるだろう。

 ましてや彼は魔王様が拾った悪魔でもあり、魔王様と関係を深めるパイプ役にもなるのだから。

 フィアンマはその事を考慮して自分の功績を常にひた隠しにしていたのだろう。

 しかし、やはりそれでも解せない所がある。これだけの事が出来るのに未だ俺が彼に勝てない事にやはり悔しさと嫉妬心を抱いているのだから。

 

 

 

 

 

 その日の午後、フィアンマから紹介させたい悪魔がいると言われたので俺は屋上で待っていた。

 そんな事よりも話を聞かせろと言いたかったのだが、どうしても紹介させたい人物だったらしい。そして紹介されたのがサ―ゼクス・グレモリーという学園で最も人気のある悪魔だった。

 冥界の期待の悪魔であり、滅びの力をもっとも強く受け継いだ悪魔と言われ将来を期待されている悪魔だ。一度会ったこともあるのだが、最初の印象は何処となく空虚な存在だと認識していた。中身のない笑みを周りに向ける悪魔だったのだが、記憶違いとも言えんばかりにフィアンマの前では楽しそうに笑っている。

 フィアンマとサ―ゼクスは友人という関係らしい、二人のやり取りでフィアンマがサ―ゼクスを変えたのかと理解した。

 

 

 サ―ゼクスを紹介されて、友人という関係にはなったのだが、如何せんサ―ゼクスから嫉妬とも似た視線を向けられる。どうもサ―ゼクスにとってフィアンマは男という壁とか関係なしと言わんばかりの友情を抱いているらしい。

 フィアンマの顔立ちは少女っぽくも取れるので「無問題か?」とは思ったけども。

 友人となる前はサ―ゼクスに「君はフィアンマの事をどう思ってるんだい?」などと言われた時は「此奴、男色家か?」と本気で疑いたくなったくらいだ。

 サ―ゼクスが思っている以上に俺はフィアンマの事をライバル、数少ない友人、趣味を理解し合える者同士といった感じなので、そう答えたら尚更嫉妬の目を向けられ、どうすればいいんだとも内心苦笑いが漏れた。

 しかし、サ―ゼクスとのやり取りに俺が苦労しているにも関わらずフィアンマは俺達を見て楽しそうに笑っていたので思わず魔力弾を放った俺は悪くない。

 

 

 何時しか3人と過ごす時間が増えて仲も深まったのだが、やはり周りはフィアンマの陰口を叩くことが増えている。終いには校舎の陰に連れ出されそうになることもあるがサ―ゼクスが付きっ切りであるため手は出せない。

 俺のクラスからも「恥知らずが移りますよ?」「バカが移るぞ」「品格を疑われる」などと注意を受けたが、品格と恥知らずについては普段のフィアンマの態度から否定できないもののバカに関してだけは否定したいものであった。

 少なくとも彼は周りの悪魔だけでなく、俺やサ―ゼクス以上の考え方を持った悪魔だ。

 フィアンマの話では、「天才の事情は凡夫には理解されない。同時に凡夫の事情は天才には理解できない」という思想の話を聞かされたのだが、正しく周りがそれだ。

 

 

 外見や行動だけでフィアンマを判断する周りは愚かな奴らだ。

 会話して理解しようともしない、全く以て愚かな連中だ。しかし、フィアンマ自身がめんどくさがり屋な事もあるせいで理解されないのもあるだろう。

 何せ俺やサ―ゼクス以外と会話している光景など見たことも無い。稀に魔王ルシファー様や他の魔王様方と会話している光景を見たことがあるが、それ以外で全くないのだ。

 まぁ、基本的に彼は――――――――――――――

 

『冥界の海にいるバハムートとリベンジマッチするんだ。手伝ってくれ』

 

 常に破天荒で気まぐれだからな。

 しかしフィアンマ、リベンジマッチとは一度幻想級相手によく生き残れたものだな。

 サ―ゼクスを巻き込んだらしく、なんでも食ってみたいが為の理由で挑んだと聞いたとき彼は頭が良いのか悪いのかどっちなのかと悩み、バカらしくて笑ったものだ。

 

 

 

 

 しかし彼の行動には何度も呆れ驚かされ、はたまた理解しがたいこともある。

 何時しか俺だけでなく、フィアンマはセラフォルーとファルビウムといった面々を連れて来て紹介してきた時は、フィアンマがどういう基準で悪魔を連れてくるんだ?とサ―ゼクスと思わず顔を見合わせて考えたくらいだ。

 勿論、フィアンマの答えは俺の時と同様で「面白そうだから」という理由なのだ。

 常に怠そうなファルビウムと当時根暗だったセラフォルーのどこに面白味があったのか俺には分からなかったが、彼曰く『これから大きな存在になるかも』という言葉が出た時は興味が湧いた。

 

 

 その大きな存在になるという言葉には私やサ―ゼクスが含まれているからでもあった。

 俺やファルビウム、セラフォルーは兎も角としてサ―ゼクスは十分なくらい大きな存在になることは分かっていたが、俺達まで大きな存在になると言っていた。

 その大きな存在が当時何を指しているのか分からなかったが、現に俺はいま魔王という存在になり、フィアンマの術式を基礎にして新たなる制度を作り上げて大きく讃えられていた。

 ファルビウムもセラフォルーも、サ―ゼクスも魔王となり現冥界ではトップの存在になっている。

 

 

 もしかすると、彼には未来が見えていたのかもしれない。

 俺達が冥界のトップとなり、魔王になるという未来が見えて大きな存在となるという言葉を残したのかもしれない。

 大戦時に魔王と神が亡くなり、大戦で功績を上げた俺達が魔王となり他の悪魔から讃えられることを分かり切っていたのかもしれない。

 

 

 だが、今でも本当に解せない。

 本来の功績は、全てフィアンマによるものなのだから。

 全勢力の被害を最小限に抑えたのもフィアンマだ。二天龍を封印する切っ掛けになったのもフィアンマのお蔭だ。

 『条約』を無視し暴走した神を討ったのもフィアンマなのだ。だから今でも解せない。彼の功績が俺達や一部の悪魔だけしか知らない事に。

 魔王の座など、座るべき存在はフィアンマだったということを。

 

『功績?いらねぇよ、そんなの』

 

  ―――――――………。

 彼なら間違いなく、生きていたらこういうだろう。

 自由奔放で気まぐれ、破天荒な彼なら間違いなくそう言っている。

 もしも今生きていれば、セラフォルーとでもくっついて静かに暮らしていただろう。

 まったく………………惜しい奴を亡くしたよ。

 

 



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3

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの毛布がこんもりと膨らんでおり、布団の隙間から手がだらんと落ちている。

 誰か死んでる!?と誰もが見たら驚くだろうが布団の中にいる人物は生きており、常日頃からこんな感じなのである。

 すると布団がもぞもぞと動き出し、布団から顔がにゅっと出てくる。

 

「ふぁぁ……………いま何時?」

 

 布団から顔を出したのはファルビウム・アスモデウスであった。

 テーブルに置かれた時計を見つめ、「まだ眠る時間か~」と呑気な声を出して布団の中に潜り込む。

 それと同時に眷属の一人がファルビウムを起こしに来るのだが、布団をはぎ取られてもファルビウムはベッドから離れようともしなかった。

 諦めた眷属は、頼まれた仕事が終わりましたと告げて部屋を出て行く。

 

 

 基本的に働いたら負けが信条を掲げるファルビウムに仕事しろなどという言葉は無意味だ。余程の事がない限りピクリとも動こうともしないし、ファルビウムがやるべき仕事は基本的に優秀な眷属に全て回しているのだから。

 

 

 面倒くさそうに地面に落ちた毛布を取りにベッドから這い出てきたファルビウムは毛布を拾い上げ、ベッドに戻ろうとする。

 寝起きだったため、覚束ない足で戻っていると机に小さくぶつかり机の上の物が地面に散乱する。

 

 

 面倒くさいと、片付けは従者にでも任せようと思ってベッドに戻ろうとしたがある物を見てファルビウムは足を止めて、『ある物』を拾い上げる。

 それは写真立であり、写真立の中に入っている写真には自分を含めた魔王達と『もっとも手放したくなかった親友』フィアンマが映っていた。

 

 

 写真立を手に取ったファルビウムは毛布を片手にベッドに戻り、腰を降ろし写真を見つめる。気怠そうにも見える表情だが、目はとても憂いと悲しみを帯びている目だった。

 

「……………なんで僕たちが讃えられて、君が称えられないんだろうね」

 

 全てフィアンマのお蔭なのに、と小さく呟きベッドに横たわる。

 写真立を掲げ、思い出に浸るファルビウム。大戦で失った親友が生きていれば、間違いなく現冥界の悪魔はフィアンマを讃えていただろうと考えていた。

 

「あ…………そういえば今日だった。忘れるところだった」

 

 ファルビウムはベッドから起き上がり、寝間着から私服へと着替える。

 普段のファルビウムとは思えないテキパキした動作に魔王達以外の悪魔が見れば驚いて、「明日は神の裁きが下るのか?」と戦々恐々となるだろう。

 しかし、ファルビウムにとって他の魔王達にとって今日は大切な日なのである。

 

「……………フィアンマの墓に、何を持っていこうか」

 

 親友の墓参りに、ファルビウムは何を備えるか考えながら着替えるのであった。

 今日はフィアンマ・サタナキアが神を討ち取り、死んだ日でもある。

 

 

 

 

 

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 僕、ファルビウム・グラシャラボラスは基本的にめんどくさがりだ。

 生まれてこの方、生活に困った事なんてないし勉強だって教科書や本をパラパラと眺めていれば出来るし、実戦はそれほどでもないけれど基本的に何でも出来てしまったので学校はいつもサボって寮で寝てばかり。

 誰も起こしに来ないあたり、僕の実力を理解した上での判断だったのだろう。

 

 

 しかし、めんどくさいとは思っていた反面、それはそれで退屈なものであった。

 刺激がない、なんて言えば誰もが学園に来いだの授業に参加しろだのと言うだろうけど、僕の言う刺激はそんな小さなものじゃなかった。

 もっと自由に、もっと楽観的で落ち着き、楽しく感じれる刺激が欲しかった。周りが名門貴族だったことから堅物な悪魔ばかりで娯楽なんてチェスくらいしかない。

 チェスは貴族の娯楽だとよく言ったものだが、あんな退屈なゲームほど面白くないものはない。盤面を無量大数近くまで覚えてさえいれば、どんな相手でも完膚なきまで叩きのめすことが出来る。

 

 

 一度だけ僕の態度に気に入らなかった悪魔がチェスで挑んできた時に完膚なきまで敗北させた覚えがあるけれど、どんな悪魔だったか正直覚えていない。

 むしろ、覚える価値がない程の悪魔だっかもしれない。

 チェスの一件が原因だろうか、冥界ではチェスでファルビウムには勝てないという噂が流れだし、僕の周りは騒がしくなった。グラシャラボラスという名門生まれもあって騒がしくなったのだが、チェスの一件で更に騒がしくなった。

 学生の身であるのに、「さすがグラシャラボラス家の鬼才」「どうかウチの娘を嫁にどうですか?」「ファルビウムさま、この後わたしの家に訪問しませんか?」と露骨なアプローチで僕を引き入れようとする悪魔は少なくはない。

 欲しいのは僕の脳みそとグラシャラボラスという家なのだと丸分かりだ。誰もが上っ面だけで僕に接していくので、僕は実家に戻ろうかと考えていた。

 しかし―――――――――――

 

『よっ、暇そうだな。ちょっと付き合ってくれないか?』

 

 そこに現れたのが、フィアンマ・サタナキアだった。

 少女っぽい男の子で、学園では僕以上の問題児とまで呼ばれる元人間の悪魔だった。

 学生寮から出て行こうとした僕をフィアンマは僕に有無を言わせず手を取り、何処かへ走って向かう。そして到着した場所は学園の外であり外には彼以外にも別の意味で有名な悪魔、サ―ゼクス・グレモリー、アジュカ・アスタロトがいたのだ。

 

 

 いったい何の集まりなのだろうかと疑問に思うとフィアンマから『バハムートを倒すために精霊と契約しにいく』との事である。思わず眠気がぶっ飛びそうな言葉に、目を見開いたくらいである。ツッコミどころが色々あったけど、彼と一緒にいるサ―ゼクスやアジュカが何とも言えない顔で「諦めろ」と言っていたけれど、どことなく嬉しそうだったのが良く覚えている。

 そしてその日、フィアンマたちと友人となった。

 

 

 しかし、フィアンマという悪魔は僕が知っている悪魔の中では珍しい悪魔だった。

 噂では問題児、魔王様の面汚しなんて噂されているけども話してみればかなり楽しい悪魔だ。元人間であったからか、僕たちでも知らない考え方を持っており庶民にも近しい考え方を持っていた。『堅苦しい事はしないで、気楽に好きな事をする』。礼儀作法や身だしなみに煩い貴族社会の冥界ではあまりにも似つかわしくないのだが、僕としてはフィアンマの考え方は好きだった。

 彼の話は面白いし、くだらない遊びを面白くしてくれるし、稀に幻想級の魔獣を狩りに行くと言うハチャメチャな行動だって好きだったし、僕の為に道具を作ってくれたことにも嬉しかった。

 フィアンマという存在は僕にとって居場所とも言える存在だったと言っても過言ではないのかもしれない。

 

 

 

 ある日、フィアンマとの出会いで学校へ通うようになった僕はある噂を耳にする。

 『フィアンマ・サタナキアは名門悪魔に媚びを売っている』、『嫌がっている名門悪魔たちを連れ出している』などと身も蓋もない噂が飛び交っていた。

 フィアンマに「気にしてないの?」と問いかけたけど、「対応するだけ無駄だし面倒くさい」と即答する。

 いくらルシファー様に引き取られたからと言えど、流石に本人にも聞こえるくらい分かり易い悪意に滅入ったりしないのだろうかと思った。でも本人はどうでも良さげだったので僕としては何も言わなかったけれど、サ―ゼクス辺りが「少しは気にしてくれ!」と訴えかけていた。

 

 

 そういえばアジュカから聞いたけど、サ―ゼクスって男色家もといホモだったのかな?未だに謎だけどフィアンマの前ではサ―ゼクスは活き活きしているし、アジュカとフィアンマが楽しそうに会話していると割って入ってくるあたり、男色家なのでは?と思えてくる。

 一度だけサ―ゼクスに、「君ってフィアンマのこと異性として好きなの?」と問いかけると凄い顔を真っ赤にさせて――――――――

 

『ち、違うっ!ただ私はフィアを『一番』の親友として心配しているわけであって、そういう関係じゃないから!た、確かにフィアは可愛らしい顔立ちをしているが、彼は男だし、フィアは男色家ではないだろ!』

 

 と、言っているあたり親友以上恋人以下という心情だったのだろう。昔のサ―ゼクスを思い出すと、かなり変わったと思える。昔一度だけ、サ―ゼクスとパーティーで会話したことがあるけれど中身のない笑みを顔面に張り付けたような悪魔だと認識していた。

 だけどサ―ゼクスはフィアンマの前では活き活きとしており、楽しそうなのだ。まぁ確かにフィアンマと一緒にいると活き活きするのは僕も同感だ。

 彼といると、とても退屈しないからね。なにせフィアンマは―――――――――

 

『精霊がダメなら次はアースガルズのオティヌスからルーンを貰いに行くか』

 

 破天荒で退屈しなくて、一緒に居て落ち着く奴だから。

 でも流石にアースガルズの主神を敵に回す事のだけは、本当に勘弁してほしい。

 いくら名門悪魔だからと言って神相手に4人の力では無理だから。

 

 

 しかし、当時は一つだけ疑問に思ったことがあった。それはフィアンマが何故僕を誘ったのかである。偶然と言えば偶然だけど、寮を出て行こうとしたときにいきなり現れて『暇なら付き合え』って言って誘うだろうか。

 サ―ゼクスやアジュカの様な特に美点とも言える部分は無いし、強いて言うならチェスが強い。やれば基本ある程度何でも出来る事くらいだ。後は魔力が突発的に多い事もあり、魔力関しては二人と変わらないだろう。しかしフィアンマは『それでもお前は十分面白い奴だぜ』と言ってくれた。

 あぁ、なんだかサ―ゼクスの心情が分かる気がすると感じたのもこの頃である。

 

 

 

 ある日の事、フィアンマは僕たち以外の悪魔を連れて来た。

 その悪魔は恥ずかしそうにフィアンマの背後に隠れ、顔が半分黒髪で隠れている女の子だった。名前はセラフォルー・シトリーという名前で、当時のセラフォルーは今とは違ってかなり根暗だった。当時は会ったことも会話したことはないが、セラフォルー曰く、当初の自分は良く図書室に入りびたり根暗なせいで苛められていたと言っている。

 セラフォルーを連れて来た時アジュカが「こんな根暗な奴を連れて来てどうした?」と呆れ目で言っていた当たりアジュカはライバルであり尊敬する友であるフィアンマが根暗なセラフォルーを連れて来たことに最大の疑問を思ったのだろう。

 しかし、悉くフィアンマは「面白そうだったから」ということで連れて来たらしい。面白ければそれでいいのかと苦笑いを浮かべたけど、アジュカはそれでは納得しなかったようだ。

 

 

 そんなアジュカにフィアンマは「これから大きな存在になるかも」と言っていた。

 大きな存在という言葉は身体的な意味ではないと理解は出来た。だとすれば、一体どういう意図で大きな存在と言ったのか、当時は思いつかなかったし面倒なので深くは考えなかった。未来なんて分からないし、流石にフィアンマが未来を見えるなんて馬鹿げた事は出来ないだろうと思った。

 だから今は何よりも、フィアンマたちとの時間を楽しみ事に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

  ……ホント。

  ……なんで死んだんだよ、フィアンマ。

  ……また僕は、前の自分と逆戻りじゃないか。

  ……勝手に先に行くなよ、バカ。

 

 

 



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4

 

 

 

 

 

 

 元ルシファー領の森にて。

 森の周りを大きな柵で囲い込み、ドーム状の様に魔力壁で覆っている。

 初めて見た者ならば、化け物でも封印しているのか?と疑問に思うだろう。

 しかし、その森には魔獣や魔物はおらず人間界にいる様な害の無い生物ばかり。

 森の入り口と思わしく大きな門を潜り抜け、一本道をずっと進んでいくと記念碑が設置されていた。

 

 

 そして木々の隙間から光を照らす深き森に、一人の少女、セラフォルー・レヴィアタンがいた。少女の眼前には文字が刻み込まれた石造りの記念碑には多くの花束が置かれている。

 他には魔道具らしきものなどもあった。少女は記念碑に歩み寄り、手に持っている花束を置いて腰を降ろす。

 

「元気にしてた?」

 

 セラフォルーは笑みを浮かべ、記念碑に問いかけ始めた。

 答えなど帰ってこないが、セラフォルーにとってはこうやって語り掛けるのが日課であり楽しみでもあるのだ。

 セラフォルーにとって記念碑に刻み込まれた人物は掛け替えのない存在であり、手を差し伸べてくれた愛おしき悪魔なのだから。

 

「今日はね、人間界の各地でコンサートを開いたの。みんな私の歌やダンスで喜んでくれたんだよ?男の人だけじゃなくて女の人や子供たちもいっぱいだったの。沢山のファンが応援してくれたんだ」

 

 そして付け加える様に「これも、全部君のお蔭だよ」だと言って微笑む。

 しかしその微笑みは何処か寂しげでもあり、目には小さな涙が浮かんでいた。

 

「その中にね、悪魔もいるんだよ?……………みんなが私の歌とダンスで、喜んでくれてるんだ。…………沢山…………応援、してくれるんだ」

 

 何度も此処に来るたびに少女は嬉しそうな笑みを浮かべて、涙を流し語る。

 楽しかった事、嬉しかった事、辛かった事、忙しかった事の全て記念碑となった人物に報告する様に自慢する様に…………談笑する様に語り掛ける。

 

「ねぇ…………私、頑張ったんだよ?沢山、沢山………頑張ったよ?だからね、フィー君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――また昔みたいに、頭を撫でて褒めて。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 私、セラフォルー・シトリーは魔王レヴィアタンの名を拝命するまでは昔はこんなに明るくなかった。引っ込み思案で周りに溶け込めない暗い女の子だった。

 勉強ばかりで、常にシトリー家の当主としての勉学に迫られる日々だった。

 別段学力が乏しくもなかったし、人並み以上は出来ていたけれど家を背負わせられると親や周りからの期待から追い詰められていたからだ。

 そのため悪魔学園ではよく『根暗』などと言われていたけれど、事実だから気にしても居なかった。

 

 

 根暗で口下手だから、事実みんなから使用人みたいに使いっぱしりされたりしたけど私は絶対に泣かなかった。

 私はみんなを笑顔にする『魔法少女』になるから、泣いちゃダメだと決めたのだ。

 

 

 ずっと昔、物心ついたころの私は魔法で人を幸せにする大昔の人間界で流行っていた絵本や創作小説が大好きだった。

 女の子が魔法で事件を解決していく物語に憧れて、私は自分で本を書いたりしていた。当時の人間界で魔法使いや魔女という概念は異物、化け物として扱われていたし、魔女という言葉に可愛げが無いので私自身で可愛らしく『魔法少女』という名前を付けたり魔法には幸せにする力があるという設定を加えたりして自己満足に浸っていた。

 自分がもし、こんな魔法少女だったらという妄想を用紙に書き溜めていくのが楽しくて仕方が無かった。

 

 

 どれだけ辛くても、どれだけ学校でイジメられても私は自分の趣味と大好きな魔法少女のお話を糧として頑張ってきた。

 だけど、ある時私が図書館で本の続きを書いている時だった。私をイジメる子達は私が書いている本を取り上げられる。

 私は必死に返して手を伸ばすが、いじめっ子たちは私が書いた本を見て笑い、本を破き、ゴミ箱に捨てられたとき、頭の中が真っ白になった。

 『子供っぽい』『バカバカしい』『妄想も大概にしろ』『自意識過剰』などと言われ、初めて涙を流した。

 

 

 大好きなものを否定される悲しみが、これほど辛いものだったとは思わなかった。

 家を継ぐために、これから頑張っていくために大好きな魔法少女のお話を書いたり読んだりして元気づけてきたのに、その日私の心は崩れ去った。破かれた本をゴミ箱から拾い上げ、私は直ぐに焼却炉がある場所へと向かう。

 此れからずっと頑張っていくために支えとなっていた趣味を捨てる事にしたのだ。

 書き殴られた用紙には矛盾のある設定、誤字脱字、下手な絵が描かれた思い出の本を手放し、もう何も要らないと自暴自棄になっていたその時だった――――――

 

『それ、どうしたんだ?』

 

 私はその日、王子様と出会うのであった。

 栗色の短髪にメガネを掛けた女の子とも言える顔立ちをした悪魔、フィアンマ・サタナキア君が立っていた。

 彼は学園では問題児、魔王様の面汚しなど陰口を叩かれている元人間であり周りから嫌われていた。最近ではサ―ゼクス君やアジュカ君、ファルビウム君と一緒にいるため『媚びを売っている』と噂までされている悪魔だった。

 そんな彼が私の手に持っている破かれた本に気づき、私の手から本を奪い取り中身を覗き込む。また馬鹿にされるのではないかと不安になった私は彼から本を取り上げようとするのだが、彼は本から視線を反らしこう言ってくれた。

 

『面白いじゃねぇか。この魔法少女マジカルセラの設定が少し甘いけど、テンプレな展開が少ないし最後の王道パターンが良いな。これ短編小説か?』

 

 聞き間違いだと、最初私は思った。彼は私の小説を嘲笑するのでなく、私が書いた本をしっかりと目を通して評価してくれたのだ。

 思わず涙が零れ落ち、その場に膝をついて大泣きしてしまった。

 初めて私の趣味を理解してくれる人がいてくれた。私の趣味を笑わないでくれる人がいたことがとても嬉しかった。

 その後、何故か分からないけど私をイジメていたイジメっ子達が何もしなくなったのは、きっと彼のお蔭だろう。

 

 

 その後、私は『フィー君』と友達となった。

 後から『サ―ゼクスちゃん』、『アジュカちゃん』、『ファルビー』とも友達にもなれアジュカちゃん以外は私を歓迎してくれてたけど、アジュカちゃんから『こんな根暗女に何を見出したんだフィアンマ?』と言われた時は歓迎されてないとは思った。

 だけどフィー君は『面白そうな奴だから』という理由で私と友達になったらしい。

 なんだか釈然としない答えだったので、私は思わず頬を膨らませてしまった。彼は私の王子様なんだから、もう少しロマンチックな感じの理由を言ってほしかった。

 でも、後から『これから大きな存在になる』という意味深な言葉を言った。

 フィー君以外、誰もが首をかしげていたけど直ぐにフィー君は話の話題を変えた。

 大きな存在になるという言葉の意味を、私たちは後から知る事になる。

 

 

 

 フィー君達との一緒にいる日々はとても楽しかった。学園を抜け出して冥界の秘境や危険地帯、はたまたアースガルズに訪問などなど。

 伝説級の魔獣や生物をフィー君自作の魔道具の実験台にしたり、魔獣を怒らせて逃げたり大変な目にあったけどとても充実した日常だった。貴族の様な日常よりも、フィー君達との日常が一番楽しくて私を大きく変えてくれた。

 一度だけフィー君から髪留めをプレゼントしてもらい、髪型を当時は知らなかったツインテールという名前の髪型にしてもらった。

 ずっと顔を自分の髪で隠していたのでフィー君に見られるととても恥ずかしくなり、髪留めを解いて元に戻すのだが―――――――――

 

『可愛い顔してるんだから、顔を見せないと勿体ないぜ?それにさっきのツインテールはかなり似合ってたぞ』

 

 フィー君の言葉に私は前髪を調髪して自分からツインテールにするようになった。

 その髪型で学園に行くと、男の子たちが誰しも私に視線を向けており、その視線は今までの視線とは違い熱い視線だった。男の子たちは私にアプローチをするように話しかけてきたり、女の子から嫉妬もあったけど友好的に話しかけてくる子もいた。

 なんという手の平返しだと思わず笑ってしまうほどに。

 

 

 男子からアプローチされたり、告白されたりしていたけど私には既にフィー君という想い人がいるので告白や恋文は全て断り、お茶やパーティーのお誘いも全て無視してフィー君達といる事を優先していた。

 魔道具を作ったりアジュカちゃんとの小難しいを聞かされたりサ―ゼクスちゃんを一緒に困らせたりファルビーと一緒にお昼寝をしたり、家に帰らずフィー君の隠れ家に皆で泊まったりした。

 両親からこっぴどく怒られたけど、『いま楽しいか、セラ?』と両親が笑顔でそう尋ねてきた時は『楽しい!』と満面の笑みで答えた。

 両親は私が自分を追いつめていた事に心配していたらしく、何も出来なかった事を悔やんでいたようなので、フィー君のお蔭だと両親に話すと良い友人を持ったなといって頭を撫でてくれた。

 だけど未来の御婿さんと言った瞬間、『まだ嫁には出さん!』とお父さまに詰め寄られたのは言うまでもないけれど。

 

 

 

 ある日のフィー君が楽器を作ったと言ってみんなと一緒に隠れ家にやってきた。

 フィー君が作ったという楽器は人間界でも冥界でも見かけたことない楽器ばかりで、ギターやドラム、ベース、エレクトリックピアノ、アンプといった当時は知らなかった現代の楽器だった。当時はギターとベースが弦楽器でドラムが打楽器、エレクトリックピアノがピアノだったのは見た目で分かったけど、他の機材がどんなものか見当もつかなかった。

 楽器だと聞いたけど、あまりにも見たことがない楽器だったのでアジュカちゃんがギターを手に『これは超音波攻撃を放つ魔道具の一種か?』と言ったときフィー君は爆笑していた。

 

 

 そしてフィー君は私たちに楽器を持たせ使い方を教えたのだが、かなりハマった。

 独特な音が鳴って、他の楽器とはまた違った楽しさを感じたのだ。サ―ゼクスちゃん達も同じでフィー君の楽器を楽しそうに弾いており、思わずみんなと音を合わせてみようと提案し、演奏した。

 初めてだったので音が大幅にずれたりしたけど、とっても楽しかった。

 演奏し終えた私はこれほど凄い道具を作るフィー君が凄いと思い、冥界に広めるのはどうかなと提案したのだが、きっぱりと断れた。

 なんでも今の時代にこういう邪道は流行らないということらしく、時代の流れを待つしかないと言っていたけど当時の私達からすればそんな事はなかった。

 でも、広めないのなら広めないでなんだか私達だけの秘密と思えるから特に主張はしなかった。

 

 

 

 ……………ホント、楽しかったなぁ。楽しい時間は、いつの間にか早く過ぎていく。

 学園生活が終わって、社交界にデビューしても頻繁に会っていた。サ―ゼクスちゃん達と冥界中を旅行したり、フィー君と二人きりで魔法少女のお話を書いたり服を作ったり、偶に演奏の練習をしたりしてとても楽しかった。

 でも、そんな日々がずっと続いたわけではなかった。

 

 



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5

 

 

 悪魔、天使、堕天使の三竦みによる戦争が始まった。悪魔と堕天使が冥界の覇権を掛けて争い、そして古来より続く天使と悪魔の小競り合いも同時に発展し戦争が始まったのである。

 2対1という不利な語りであるが堕天使側に堕天させた神が憎いと者も少ない訳ではなくいわば三つ巴といった感じなのだ。戦争にはサ―ゼクス、アジュカ、ファルビウム、セラフォルーといった優秀な悪魔たちが参加しており、そして魔王ルシファーが引き取ったフィアンマも参加していた。

 

「これは流石に拙いな………」

 

「そうだねぇ~。流石に作戦指揮が詰めが甘いせいでこっちが不利かも~」

 

「だけど、これ以上被害が出ない様に私たちが全力で迎え撃つまでだ」

 

「ねぇ、フィー君。この状況、どう思う?」

 

 サ―ゼクスたちは現状的に拙いと判断する戦況化は悪魔側が不利になっている。

 バカスカと効率の悪い力だけの魔法を撃ち込み、戦闘経験が浅いせいで殆どの悪魔がやられていっている。

 そんな状況に不安になるセラフォルーはフィアンマに問いかける。

 白いローブを纏い腰には魔道具を入れるポーチを腰に下げ、メガネを指で押し上げて戦況を見つめている。

 

「確実に最初にくたばるのは俺達だな。このままでは天界側に殆どやられて数が少数派の堕天使側に劣るかもしれない。ゼクス、アジュカ、セラの3人は前線に居てくれ。今から俺とファルビウムで軍部に向かう」

 

「もしかして!」

 

「ふ、そういうことなら通話用の魔道具がいるな」

 

「二人の指揮なら問題ないね☆」

 

 するとフィアンマの頼もしい言葉に笑みを浮かべる。

 フィアンマの実力を何よりも理解しているメンバーだけしか知らないフィアンマの力がここで発揮されると思うと頼もしくて仕方がないのだ。

 

「それじゃあ行くぞ、ファルビウム」

 

「りょうか~い」

 

 転移魔方陣を展開し、二人は悪魔側の軍部へと転移した。

 二人が転移した時には既に3人は囲まれており、戦闘態勢に入る。

 

「それじゃあ彼の全力管制指揮まで粘るとしよう」

 

「アイツの本領が此処で明かされるのが楽しみだ」

 

「というわけで…………そういわけだから天使ちゃんたちごめんね☆」

 

 その瞬間、3人の猛攻が天使に襲い掛かる。

 流石の天使も3人の前では手も足も出ず、滅されてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 悪魔側軍部にて。

 魔王達と最上級悪魔の指揮官が頭を悩ませ、戦況を眺める。

 天界側の思わぬ力と悪魔側の戦いの効率の悪さに嘆いていた。

 

「くっ、実践戦闘を怠ったのが裏目に出たかっ!」

 

 魔王ルシファーが苦虫を噛み潰したような顔で机を叩く。

 戦況は圧倒的とまでいかないにしろ、こちら側が不利という事実を叩きつけられた悪魔側は戦意喪失してもおかしくはない状況だ。

 実践戦闘が生温かったと理由も挙げられるが、悪魔の誰もがこんな事を予想していなかっただから仕方ないと言えば仕方ない。

 しかし、今の現状で仕方ないで済む状況ではないのだ。

 眉間に皺をよせ、被害を最小限に抑える策を魔王達が頭を悩ませ他の悪魔たちが魔王様と心配そうに声を掛けるその時だった。

 軍部に魔方陣が展開され、魔方陣からフィアンマとファルビウムが現れた。

 

「邪魔をするぞ」

 

「フィアか。前線を離れて何をしに来た?こっちは冥界の魔獣にも手を借りたい状況なのに…………」

 

「ルシファーさん。俺とファルビウムに作戦の全指揮権をくれ。二人で作戦を伝える」

 

「なっ!?バカか貴様は!貴様らの様な若造どもに作戦を任せられるか!元人間風情が出しゃばるんじゃない!」

 

 そうだそうだ!と最上級悪魔たちがフィアンマに非難の声をあげる。

 しかしフィアンマは最上級悪魔たちの言葉など全く耳に入れていない表情でルシファーと他の魔王達を見つめていた。

 魔王達はフィアンマの強い瞳に何か策があるのではと読み取り、ルシファーが周りで騒いでいる上級悪魔たちを無視して話を進める。

 

「良いだろう。お前の言葉と、そこにいるグラシャラボラスの小僧を信じる」

 

「魔王様!?このような小僧たちにそんな事――――――」

 

「ならお前達にこの戦場を覆せる策があるのか?ただ俺たちの腰巾着のお前らに天界側と堕天使側に圧倒する秘策が思いつくのか?」

 

『…………………』

 

 誰もが魔王の言葉に黙ってしまった。

 ここに居る最上級悪魔たちは無能とは言えないものの腰巾着でしかなかった。

 いくら頭が良くて魔力が少し多いからと言っても役に立てなければ意味がない。

 現に今の最上級悪魔たちが現役なのに前線にいる悪魔たちと違い安全圏にいるのだから。大口叩いても所詮中身は小心者の集まりである。

 

「指揮権は全部お前らに委ねる。それで…………俺たちは何をすればいい?」

 

「まずはルシファーさん、ベルゼブブさん、レヴィアタンさん、アスモデウスさんの全員を前線に投下します。勿論、ここに居る最上級悪魔全員」

 

「なっ、貴様はバカか!?私達だけでなく魔王様達を投下するとは、後先考えていないのか―――――――――――――――」

 

「黙れ、貴様等。いまはフィアンマの話だ。……………続けろ」

 

「ありがとうございます、レヴィアタンさん。まず4人にはアザゼル、神といった面々のいる所へ向かわせます。熾天使や他の堕天使は我々が相手しますので」

 

「熾天使側にはサ―ゼクスとアジュカ、セラフォルーを行かせよう。アザゼルを除いた他の堕天使側にはフェニックス、バアル、グレモリー陣営を敷いて魔王様の所に過剰戦力が行き渡らない様にベリアルをいかせようか~」

 

「となればベリアル側にシトリーとアガレス、ハルファス達も含めよう。陣形的には熾天使を神から引き剥がす感じがいいな」

 

「だねぇ~。でも流石にサ―ゼクスやアジュカ、セラフォルーたちだけじゃきつくないかな?」

 

「俺が全力で補助に回る。ファルビウムは魔王陣営に指揮をとってくれ」

 

「りょうか~い」

 

 まるで息があった様にスラスラと作戦を立てる二人に魔王たち以外は唖然となる。

 作戦を考察した二人は話し合いをやめてから僅か3分もかからずに終わった。

 そしてフィアンマが伝令係の悪魔を呼び、魔道具を預ける。

 

「通信用の魔道具だ。直ぐに部隊の隊長に渡して来い」

 

「え、……あ。はっ!了解しました!」

 

「よしっ!準備は整ったなら俺達も出るぞ!各員、配置に着け!」

 

 魔王の言葉に悪魔たちが急いで準備し始める。

 戦況化では魔王を投下しかねない状況であるため他の悪魔たちは戦意喪失しかけていたが魔王の言葉に慌ててはじめた。

 流石のめんどくさがり屋のファルビウムでもいまの戦況下で焦っていないと言えば嘘になる。額には汗が流れており、緊張していた。

 

「大丈夫かな………」

 

「問題ねぇよ。被害は出るだろうが、俺達の指揮で最小限に抑えるだけだ」

 

「でも、実戦は初めてだよ?フィアンマは怖くないの?」

 

「怖いに決まってるだろうが。でも、怖がってる暇があるなら何としてでも生き残るって事だけを考えたるだけだ。……………なんとしてでも」

 

「フィアンマ?」

 

「行くぞ。これより、全力管制戦闘を行う」

 

「……………うん。分かった。死ぬなよ、フィアンマ」

 

「そっちもな、ファルビウム」

 

 お互いに拳を合わせ、魔方陣を展開し別々の場所へと転移する。

 しかし、ファルビウムとの約束は果たされることなどファルビウムは知らなかった。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 作戦指揮をフィアンマとファルビウムに譲られてから、悪魔陣営の戦況は劇的に変わった。フィアンマが作った魔道ディスプレイで各部隊と敵部隊の状況下が映し出され、ディスプレイに映し出された悪魔の状態や敵の状態、部隊長からの情報を駆使して作戦を練るフィアンマとファルビウム。

 チェスとは全く違い、一人一人の力は違うし意思を持っているが二人にとって相手がどんな動きを取るのか手を取るようにわかった。

 作戦指示を受けとる部隊長の誰もが『フィアンマ・サタナキアは化け物か』と内心恐怖し、敵で無かったと心から安心する程だった。

 

 

 二人の作戦により、悪魔陣営は最小限の被害ですみ二人の作戦指揮から死者はでなかった。多少満身創痍になりかけている者達もいるが、2つの勢力を上回っている事により部隊の士気が上がりつつもある。

 悪魔陣営の誰もが戦意喪失しかけていたというのに二人の作戦指揮のお蔭で徐々に戦意を取り戻していき、堕天使や天使側の勢力が焦りを見せる。

 戦意喪失していた敵陣営がいきなり戦意を取り戻し、剰え行動の全てを見破られもすれば誰だって焦るのは間違いないだろう。

 堕天使陣営を指揮するアザゼルや天使陣営を束ねる神でさえも焦りを露わになる。

 いったい、どんな奴が作戦指示を出しているのだ?と冷や汗を流していた。

 

(やっぱり凄いよ、フィー君!間違いなく功績として讃えられるよ!)

 

「セラフォルー、援護を!」

 

「任せて☆ くっらえ~、『零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)』☆」

 

『―――――――――――っ!』

 

「アジュカちゃん!」

 

「任せろ!いまだ未完成だが、いけ、『覇軍の方程式』・破の式!」

 

 セラフォルーのもっとも得意とする水と氷の魔法で天使側は絶叫を上げることなく氷漬けになり、アジュカのフィアンマと作り上げた未完成の術式を用いての追撃に荒野と共に凍らせた天使と堕天使が爆ぜ、荒野に巨大なクレーターが生み出されていた。

 天使を引き連れていたセラフたちは流石にサ―ゼクスたち力の前に退いている。

 

「不利だった戦況を覆す作戦指揮に、これほどの実力………流石に感服せざる負えませんね………………。」

 

「天使長にそう言ってもらえるとは、フィアンマもきっと鼻が高いだろう」

 

「フィアンマ…………作戦指揮を出しているのは、そのフィアンマという悪魔なのですか?」

 

「あぁ。私たちの自慢の悪魔だ。ファルビウムっていう悪魔も作戦指揮をしてるけれど、全部隊に全ての敵の動きや弱点などの情報を読み取って作戦指示を出せる悪魔なんて彼だけだろうね」

 

「なっ、敵全員の情報を一人で!?そんなの、主でも出来ない芸当ですよっ!?」

 

「どんな化け物だ、そのフィアンマという悪魔はっ」

 

「―――――――――こういう悪魔だが?」

 

『!?』

 

 熾天使の一人、ウリエルの言葉の後にサ―ゼクスたちの立っている場所に魔方陣が展開され、フィアンマが現れた。

 白いローブを身に纏い、魔道具らしき杖を手に熾天使たちを見つめる。

 

「貴方が、フィアンマ…………」

 

「初めましてだ天使長ミカエル。それに神の炎ウリエル、天界きっての美女ガブリエル。俺がフィアンマだ」

 

「貴方が全ての部隊に作戦を指揮していた、悪魔ですか?」

 

「あぁ、その通りだ。流石に無能な最上級悪魔たちには任せられないんでね。このままお前らに殺されるのだけは御免だ」

 

「短時間による戦力の分断と負傷した仲間を交代させるその指揮…………悪魔でなければ間違いなく私達の陣営に欲しいくらいです」

 

「天界の美女からそう褒められるのは嬉しい限りだよ……………おい、セラ。なんで頬をつねる?魔力が籠って滅茶苦茶痛いんだが?」

 

「敵の女に現を抜かすなんて、フィー君のバカ!!」

 

 戦場にいるとは思えないセラフォルーとフィアンマのやり取りに敵陣のセラフたちも苦笑いする。

 しかし、だからと言えどフィアンマに警戒していない訳ではない。

 不利だった戦況を僅か数分足らずで覆すフィアンマの知能とフィアンマの余裕な態度にセラフたちは警戒を解いてはいなかった。

 そしてセラフォルーとのやり取りが終わり、フィアンマの表情は変わった。

 

「さて。素直にここから去ってもらったら助かるんだがな」

 

「そうはいきません。私たちは主の命によって悪魔を殲滅しなくてはなりませんから」

 

「あぁ、そうかい。なら―――――――――――」

 

 

 

 

 

  ――――――――チェーン・バインド――――――――

 

 

 

 

 

『!?』

 

「神がくたばるまで眠っててもらうぜ」

 

 フィアンマが杖を向けた途端に空間から多数の魔方陣がセラフ達を囲み、魔方陣から鎖の形をした光の線がセラフに襲い掛かる。

 咄嗟に回避したものの、幾つかのバインドに縛れてしまう。

 

「くっ、こんな魔法など!」

 

「っ、いけませんウリエル!」

 

「はぁああああ!!」

 

 ミカエルの忠告を無視し、ウリエルは炎の剣で鎖を切り落とそうとした。

 鎖は簡単に千切れ、鎖から解放されたウリエルはフィアンマに向けて不敵な笑みを浮かべる。

 しかし、対するフィアンマはウリエル以上に不敵な笑みを浮かべていた。

 フィアンマの笑みに気づいたウリエルは咄嗟に斬り裂いた鎖を見つめる。

 バラバラになった鎖の環状の部分がU字型となって大きくなり、ウリエルの首、腕、胴体、足などにはめ込まれそのまま地に落とされる。

 そしてU字型となった環状の部分が地面に突き刺さると同時に重力が加えられウリエルは身動きが取れなかった。

 

「ぐっ、なんだ………これは!?」

 

「束縛魔法+重力付加の多重付加術式。下手に暴れるなよ。未完成だから、衝撃を加えるたびに重力が加わって最悪肉が分断されるからな」

 

「っ!?」

 

 フィアンマの言葉にウリエルはギョッとした様に目を見開き、大人しくなる。

 神の命に掛けて何としてでも破りたいのだがフィアンマの顔と言葉は嘘でない事はウリエルでも分かる。

 もしもこのまま暴れていれば、無様な姿を晒して神の命を全うできぬまま死んでいきたくはない。

 流石のミカエルもガブリエルもサ―ゼクスたちほどで無いにしろ、魔力が少ないフィアンマがこんな高等術式を扱えるとは思ってもみなかった。

 

「さて、ミカエルとガブリエル。残るはお前らだけだ。このままウリエル共々寝てもらうか、肉体が分断されるか選ばせてやる」

 

「っ……………」

 

「ミカエル様、ここは一度引くべきでは………」

 

「だが、ウリエルを置いて行くわけにはいかないっ。ここは何としてでも主の命を成し遂げなければ……………」

 

 ミカエルはフィアンマを見つめ、苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 フィアンマを含めサ―ゼクスたちを二人で相手にするのは不可能。

 援軍を待っている間には倒されているだろうし、乗り切れる自信はない。

 フィアンマという存在により、戦況を覆されてしまえば勝敗は分かり切った事。

 しかし――――――――――――

 

『グォォォオオオオオオオオオオオンッ!!』

 

「!?」

 

 突如として空から二天龍と称される赤龍帝ドライグ、白龍皇アルビオンが現れた。

 二天龍は悪魔、天使、堕天使たちが争っているのを気づいていないかのように争い初め周りに大きな被害を出し始めた。

 一部を除き最強である二天龍が争えば、そこらの魔獣の被害とは比べ物とならない被害を出すだろう。お蔭で本人達にその気がなかったとしてもその争いに依る余波は各陣営に多大な被害をもたらしていたのだった。

 二天龍の登場により、結果として一旦戦争は休戦となり各陣営のトップによる対二天龍の会議が開かれる事となった。

 

 

 




・フィアンマの技の参考
『全力管制戦闘』……敵味方のリソースの変動を精密に把握・予測して戦う戦法。ログ・ホライズンのシロエが得意とする戦法を参考。

『チェーンバインド』……技の名前に特に参考例はない。魔方陣から鎖が放たれ、絡む付かれた者によって破壊されると破壊された破片が相手の身体に取り付き、重力付加により地面に叩き落される。鎖で捕らえる事が目的でなく、破壊させて捕らえる事を目的としている術式。因みにウリエルの状態はワンピース243話ウォーターセブン編でルフィとパウリ―がカクとルッチにU字型の磁石の形に似た金属針を地面に突き刺されて身動きを取れなくされた時のあれと同じ状態。




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6

 

 

 

 

 

 二天龍の乱入により、各勢力は戦いを止めて一時休戦という形となって数分が経つ。

 各勢力のトップとも言える者達が共に集まり会議を開いていた。

 勿論、その中にフィアンマたちも含まれている。

 

「さて、二天龍が乱入して来るとは予想外だった。お蔭さまでこっちの勢力の中級から下が8割ほど消えた」

 

「こっちは魔王が俺だけだ。全く、あの蜥蜴共はやってくれたな………」

 

「しかし、これからどうするかについてです。お二方は何か策はありますか?」

 

 聖書の神の言葉にアザゼルとルシファーが眉間に皺を寄せる。

 二天龍の攻撃の余波で自分たちの陣営の被害はとても大きいものだった。

 特にアザゼル率いる堕天使勢力においては少数派なため、一番被害が大きいだろう。

 

「有ったら有ったでとっくに対策を出してるよ。おい、ルシファー。僅か数分で戦況を覆せる策を取った手腕を見せてくれよ」

 

「それは俺がやったんじゃない。そこにいるフィアンマがやった事だ。全力管制戦闘と言ったか?全勢力の動き、弱点などの情報を把握していきまるで未来を見ていると言わんばかりの指示を出すからな」

 

「マジかよ、てっきり最上級悪魔か魔王達の誰かと思っていたんだが…………」

 

「まさかこのような悪魔が………」

 

 驚愕の表情を浮かべ、フィアンマを見つめる2勢力のトップ。

 見た目は魔導士の様な服装でメガネを掛けているフィアンマの見た目の印象から知的と取れるとは思うが会話すれば本当に頭が良いのか疑いたくなる性格である。

 

「二天龍が現れなかったら間違いなく俺達が勝ってただろうな」

 

「はぁ、とんでもねぇ奴がいるもんだなお前の陣営には。俺の陣営にもそんな事出来る奴が一人でも欲しいくらいだぜ。で、話を戻すが作戦指揮はソイツに任せるのか?」

 

「俺はそれで構わないが、神やお前の陣営のメンバーがいう事を聞くかどうかだ」

 

「仮にも敵同士。流石に作戦の全指揮権を敵側に委ねる事は出来ません」

 

 聖書の神は用心深く、ルシファーの案を却下した。

 聖書の神自身、悪魔と手を組みたくはなかったのだが二天龍を止めることが先決であるため手を組むことにしたのだが流石に背中を任せる相手が悪魔など断じて認めなかった。用心深く堅物という感じなのだが、どうもそうは感じられなかった。

 もっと別の意味が込められている様にも感じた。

 あーだこーだ3人が案を出し合い、却下し合っても埒が明かずついには頭脳担当が居なくなった代わりにフィアンマに声を掛ける。

 

「フィア。お前はどう考える?どうすれば二天龍を止められる?」

 

「そうだな………………」

 

 顎に手を当て、フィアンマは考え出した。

 悪魔陣営の誰もがフィアンマに期待を寄せた視線を送っている。

 その中にはフィアンマをバカにしていた悪魔も含まれている。

 二天龍乱入前の全力管制戦闘においてのフィアンマの活躍に関心を寄せているのだが、サ―ゼクスたちにとってはなんという手の平返しだと複雑な気分でもあった。

 そしてフィアンマが考え出してから2分経過し、口を開く。

 

「今回は一時休戦という形だから、全勢力を持ってして二天龍を討つ。文句たれる連中もいるだろうが、今は同胞たちと未来の同胞達の命が掛かっている。ならば作戦指揮権を全て俺に委ねてほしい」

 

「バカな!誰が悪魔を背にして戦わなければならないのですか!そんなことは断じて認めるわけがない!貴様たち悪魔に作戦指揮を任せるくらいならば私がやった方がましd――――――――――――」

 

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ矛盾の塊風情が!!」

 

「!?」

 

「いいか、聖書の神。俺は全勢力を最小限の被害で済ませる事を前提にして俺に任せろと言ってるんだ。そんなに信用がないなら勝手に一人で自分の同胞を引き攣れて犬死しやがれ、カス風情が!」

 

「か、カスっ!?」

 

 フィアンマの言葉に聖書の神は唖然としてしまった。

 それは聖書の神だけでなく、この場に居たアザゼルやサ―ゼクスたちもある。

 思わぬ一面にルシファーだけがくつくつと笑っていた。

 言いたい事を言い終えたフィアンマの顔は何処となくスッキリした表情だった。

 そして表情を戻し、話をつづける。

 

「いまはプライドなんぞ知った事じゃない。俺たちの戦いの間に乱入してきやがった蜥蜴二匹を退治することが何よりも最優先だ。あの糞トカゲどもせいで親友や家族、愛しき人を失った者達も多いだろう。もしあの糞トカゲどもに一泡吹かせたい奴がいるなら、俺に全指揮権を預けろ。絶対に全同胞、全勢力から死人すら出さず最小限に抑えて尚且つあの糞トカゲどもを地に叩き落す策を練ってやる」

 

『…………………………』

 

 フィアンマの言葉に誰もが口を閉じた。

 自信に満ちたフィアンマの瞳に頼もしく感じる者もいれば、良く言ったと頷く者達、惚れ直したと言う者もいる。

 そして悪魔側の勢力のトップであるルシファーが立ち上がり、後から堕天使陣営のトップであるアザゼルも立ち上がる。

 

「同胞の未来、お前に託すぞフィア」

 

「死人が出なくて最小限の被害で済むなら是非もないぜ。俺の力と同法の力、お前に預けるぜフィアンマ」

 

 残るは神だけとなり、誰もが聖書の神に視線を注ぐ。

 此処で断り、自分の仲間を連れて自分たちだけで二天龍に挑むとなると厄介である。

 だからと言ってこのまま尻尾を巻いて逃げれば両陣営から腰抜けと言われるだろう。

 神は諦めた表情となり、椅子から立ち上がる。

 

「貴方に私の同胞を預けます」

 

 これで全員から指揮権を受け取ったフィアンマ。

 期待に満ち溢れた目で誰もがフィアンマを見つめる。

 3勢力すべての命を背負う責任はフィアンマに任せられた。失敗は許されない。失敗すれば天使や堕天使だけでなく、同じ仲間たちからも恨まれる役割なのだ。

 しかし、フィアンマはその責任を前にして笑みを浮かべる。

 

「――――――作戦が決まり次第、各自英気を養え。以上だ!」

 

 今日、この日。

 歴史に残る戦いが、いま刻まれようとしている。

 フィアンマ・サタナキアという一人の『転生者』の最後の戦いの火蓋が切られようとしているのであった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 作戦開始前、各陣営のトップは同胞たちに二天龍討伐の作戦を発表する。

 二天龍討伐に燃える血の気の盛んな者もいれば戦争を邪魔した怒りを抱く者達もいる。だが何よりも多かったのが『無理だ』『死んでしまう』『帰りたい』と口ぐちに弱音を漏らす者達だった。

 二天龍の実力は誰もが耳にしており、いくら束になっても勝てない。それに悪魔陣営は魔王を3人が二天龍によって失ったのだ。絶望的とも言える心情だろう。

 しかし、生き残った魔王ルシファーが作戦指揮をフィアンマ・サタナキアが行うと言った瞬間、作戦指示を受けていた部隊長たちが本当か!?と聞き返したくらいだ。作戦指揮を出していたのがフィアンマだったと知らなかった悪魔たちが、戦争中に僅か数分で戦況を覆したのはフィアンマの全力管制戦闘のお蔭によるものだと知ると驚きもあれば疑いもある声が上がり、そして次第に『勝てるかもしれない!』という声が上がり、段々と沈んでいた士気が上がっていったのだった。

 『手の平返すの早っ』と内心ルシファーはツッコミを入れたのは言うまでもない。

 作戦開始までには時間があるため互いの陣営は英気を養い、傷を癒すことに専念した。

 

 

 そして作戦指揮を任されたフィアンマは―――――――――――

 

「…………………」

 

 軍部にて作戦を練っていた。

 地形や天候、魔道具の状態を確認し後はどうするべきか頭の中でまとめ上げる。

 サ―ゼクスたちは家族たちの元へと向かい、共に英気を養っているのでその場にいなかった。

 しかし、軍部のテントにセラフォルーが現れた。

 

「…………フィー君」

 

「セラか。何か用か?作戦開始までにはまだ早いぞ」

 

「違うよ。フィー君の分の食料を持ってきたの」

 

 そういってトレイに乗せた食事を見せる。

 トレイにはパンとスープ、干し肉といった貴族にしては何とも質素な食事であった。

 どこの世界でも戦争においては保存がきいた食べ物が当たり前であり、豪勢な食事は出ない事は知っていた。

 セラフォルーはフィアンマの前において、隣の椅子に腰かける。

 

「ねぇ、フィー君。私にできるコト、ない?」

 

「なら二天龍を丸ごと氷漬けにしてくれ。それなら助かる」

 

「もう、そういうことじゃなくて!フィー君の気が楽になれることをしてあげたいの!」

 

「気が楽になれる事、か……………………ならガブリエル呼んできてくれ。天界一の美女をゆっくりと眺めて落ち着きたい」

 

「怒るよ!」

 

「冗談だって」

 

 昔の様と変わらない笑みを浮かべからかうフィアンマ。

 そんなフィアンマに唇を尖らせえてぶうたれるセラフォルーだが、何だか昔のやり取りみたいで落ち着く。

 本当はフィアンマを安心させたくて来たのだが、何故か自分が安心していた。

 学園生活の時や、卒業後の時と変わらないやり取りが今では何だか懐かしく感じる。

 

「フィー君は怖くない?全勢力の命を背負ってて、逃げ出したくない?」

 

「さぁ、分からねぇ。あんな事を言ってなんだけど、全勢力の同胞の命を背負うって実感が湧かねぇんだよ。なんというか………………そういうの全く感じない」

 

「でも、怖いって思ったりしないの?死んじゃうとか、周りから恨まれるとか」

 

「……………………ないと言えば嘘になるかな。仮に二天龍を討ったとしても、殺してしまった分だけトップの連中から恨まれて殺されそうだと思うと怖くなる。指揮権を任せてくれたのは有難かったけど、こう意識するとマジで怖いな」

 

「………………………」

 

 笑っているが、その笑みには恐怖があるとセラフォルーは感じた。

 いくらフィアンマでも恨みを買われ、死や失敗を恐れることだってあるだろう。

 セラフォルー自身だって、もしかしたら生き残れないかもしれないし家族を失うことになるかもしれない。

 これから生まれる妹の未来を奪ってしまうと思うと、怖くて仕方がない。

 だがしかし、それと同時に愛しきフィアンマを失う事にも恐れている。

 だからセラフォルーはフィアンマの手を握りしめ、見つめる。

 

「セラ?」

 

「約束して、フィー君。私は絶対に生き残る。私だけじゃない、サ―ゼクスちゃんやアジュカちゃん、ファルビーや他の悪魔たちも絶対に生き残るから!」

 

「……………………」

 

「だから、だから………………フィー君も絶対に………死なないで!まだ私、フィー君に言わなくちゃいけないことがあるんだから!」

 

 いまだ恥ずかしくて愛しているという想いを告白していないセラフォルー。

 タイミングを見計らって何度も告白しようとするのだが、どうしてもフィアンマの顔を見てしまうと顔が熱湯の様に沸騰して言葉が出なくなるのだ。

 セラフォルーがフィアンマに好意を抱いていることなどサ―ゼクス、アジュカ、ファルビウムも認知しており応援はしているものの全然セラフォルーの恋は成就しない。

 セラフォルーのヘタレな部分があるせいでもあるが、フィアンマの鈍感な所も悪いと言えば悪いだろう。

 潤んだ瞳を向けられたフィアンマだが頭をボリボリ掻いて、こういった。

 

「あ~~~…………それってフラグになるから約束は出来ねぇわ」

 

「ちょ、なんでよフィー君!それにふらぐって何!?『旗』ってどういう意味なの!」

 

 折角良い雰囲気だったはずなのにぶち壊しである。

 空気を読めないフィアンマに思わずセラフォルーは怒って詰め寄り、詰め寄ってくるセラフォルーを笑って宥めるフィアンマの構図の出来上がりである。

 本当にこれから二天龍を相手にするかという光景ではないだろう。

 そしてそんな二人のやり取りに第2にの空気を読めない男が現れる。

 

「お~~~い、フィア。ちょっと用事が………何やってんだお前ら?」

 

「もういい!フィー君のバカ!戦争が終わっても絶対謝るまで許さないから!」

 

 そういってセラフォルーはプンスカと怒ったままテントを出て行った。

 セラフォルーはルシファーが居る事さえ認知出来ない程怒っていたの、そのまま横を通り過ぎて行ってしまった。

 いったいどうしたらああなるだとルシファーはフィアンマを見つめ、フィアンマは普段の笑みを浮かべて何も言わなかった。

 

「それよりルシファーさん。俺に何か用だったんだろ?」

 

「あぁ、そうだったな。……………悪いな、作戦面を全部押し付ける形になって」

 

「気にしてないさ。元より俺自身が言いだそうと思っていたことで、ルシファーさんが悔やむことなんてないんだよ」

 

「お前がそう言ってくれると、ありがたいもんだ。しっかし、あれから十数年が経つんだな、お前を拾ってから。ほんと、とんだ悪ガキを拾ったと思ったよ」

 

「何だかんだ言いながら手放さないあたり、かなりルシファーさんは変わってるよ。他の魔王さんをそうだったけど」

 

「うるせぇよ、バカ息子が。………………それより気を付けろ。神の奴は何かをたくらんでいるかもしれない。絶対に何かやらかすに違いないだろうぜ」

 

「分かってる。その時の対策は……………『覚悟』の上だ」

 

 そういってフィアンマは立ち上がり、腰にベルトにぶら下げた剣を見つめる。

 今回の作戦においての切り札となる武器、剣をフィアンマは見つめるのであった。

 

 

 

 



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7

 

 

 

 

 

 

 

 二天龍討伐の作戦が開始してから時間はそれほど経たなかっただろう。

 作戦指揮官フィアンマの全力管制戦闘において二天龍を怯ませる事が出来た。

 しかし、あくまで『怯ませる』ことだけである。

 ドライグの『倍加』の能力により攻撃力を底上げして力でねじ伏せられ、アルビオンの『半減』の能力によりこちら側の攻撃は半減し、糧とされてしまい流石のフィアンマも分かり切っていた事だが苦虫をかみつぶした様な顔を浮かべた。

 作戦指示により各戦力を交互に分散、後退させながら的確に攻撃指示を一人で送るのに目の前に浮かぶ複数の魔道ディスプレイを一つ一つ確認し、コンマ0秒すら離せない状態なのだ。

 しかしここで諦めては全勢力が蜥蜴二匹に殺されてしまう。何百何千万の勢力の命をフィアンマ一人が背負っているのだから、負けるわけにはいかない。

 

『ふはははははっ、どうしたその程度か!俺はまだまだ戦えるぞ!』

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!』

 

「っ、総員退避ぃいいいいい!!!」

 

『遅いわ!!』

 

 ドライグの口から赤い炎が噴出される。

 噴出された炎は各勢力を呑み込み、大地を焼け野原と化した。防いだ者達は防御に魔力を持っていかれ満身創痍となり、防ぎきれなかった者達は跡形もなく灰すら残されず消えていった。

 そしてドライグと反対に別の勢力を相手にしているアルビオンもドライグと同様で襲いくる者達など歯牙にも及ばないかのように反撃する。

 

『DividDividDividDividDividDividDividDivid!!!』

 

『消え失せろ、羽虫ども!!』

 

「っ、はあああああああああああああ!!」

 

 アルビオンの方を任されたサ―ゼクスは滅びの力を放ち、ブレスを消し去る。

 しかしブレスは拡散系の攻撃であるため自分以外の者達に襲い掛かる。

 サ―ゼクスは咄嗟に再び滅びの力を使おうとしたのだが、間に合わない。

 

「他は任せろ!!」

 

「絶対に止める!」

 

「これでっ!」

 

 だが、サ―ゼクスのフォローに回るアジュカとセラフォルー、ファルビウムは他の勢力 に襲い掛かってきたブレスを魔力の波動で弾き飛ばした。

 攻撃は防いだものの、あまりの絶望的な力の差に各勢力は怯み恐怖する。

 いくら作戦指揮が凄い者でも圧倒的なまでの力の差を見せつけられてしまったら、誰もが心を折れるだろう。魔王がルシファー以外全員死んだ悪魔側にとってはかなり絶望的な心情なのだ。

 優秀な若手悪魔であるサ―ゼクスたちでも二天龍の前では無傷とはいかず、所々血を流している。

 

「直ぐに満身創痍の者達を交代させろ!フェニックスの涙の残量はどれくらいだ!」

 

「もう残り少ないです!数千の悪魔の治療に使う数はありません!」

 

「くっ!ドライグ側の天使陣営、堕天使陣営は出来るだけ回避に専念しろ!防御に魔力を使っている余裕はないぞ!ゼクスたちは直ぐに後退―――――――」

 

 ディスプレイにはアルビオンの攻撃に満身創痍となっているサ―ゼクスたちが映し出されていた。他の悪魔よりもフィアンマの指示に的確に動いてくれているため前線に投下させ過ぎた理由もあり疲労や魔力の枯渇が激しいのだ。

 そして満身創痍となり膝をついているサ―ゼクスたちに対しアルビオンは口から白い炎を漏らし、攻撃態勢を取っている。

 このままでは拙い、だがこの場を離れるわけには行かないとフィアンマはどうするべきか考え出して10秒後に腰にぶら下げた剣が目に入った。

 剣を見たフィアンマは『使うべきか』と悩み眉間に皺に寄せたが、サ―ゼクスたちや他の勢力の命が危うくなると判断し、杖を畳んでポーチに収納し剣を抜いて転移する。

 

 

 

 

 

 アルビオンの攻撃により、満身創痍となっていたサ―ゼクスたちはアルビオンを睨む。

 なんとかして怯ませ、滅びの力で傷をつけたのはいいものの滅びの力さえ半減されてしまいダメージは鱗に焼け目が付いた程度だ。

 いくらバアルの力を持ってしてでも、優秀な悪魔として生まれたからと言ってもサ―ゼクスの攻撃など二天龍の前では無力にも等しかった。

 

『若造でありながら、中々粘ったものだな。だが、それも終わりだ!!』

 

「くっ、ここまで………なのか…………っ!」

 

 このまま死ぬのか、とサ―ゼクスは歯軋りする。

 このまま友であるフィアンマと顔合わせ出来ず終わるのかと嘆いた。

 セラフォルー達もサ―ゼクス同様に同じことを考えていた。

 フィアンマに会えなくなるなんて嫌だ。

 まだ死にたくない。

 生きて、生きてまた昔みたいに楽しい日常を過ごすのだと願った。

 

『終わりd――――――――――』

 

 

 

  ―――――――ディメンション・バインド――――――――

 

  ―――――――アストラル・バインド――――――――

 

 

 

『なっ、なんだこれは!?』

 

「あっ………………」

 

 セラフォルーが、聞きなれた声に顔を上げた。

 目の前に浮かんでいたアルビオンは色彩豊かな光の鎖、綱に巻かれている。

 そして上空には白いローブを靡かせ、メガネを指で押し上げてアルビオンを睨み付けるフィアンマ・サタナキアが剣を手にして立っていた。

 

「フィア!!」

「フィアンマ!」

「……フィアンマっ!」

「フィー君!」

 

 サ―ゼクスたちはフィアンマの名前を叫び、フィアンマはサ―ゼクス達の居る方へ視線を向けて不敵な笑みを浮かべる。

 頼もしく、そして力強い瞳がサ―ゼクスたちを捉えていた。いきなり現れたフィアンマにアルビオンは光の鎖や縄で縛られた状態で睨み付ける。

 

『貴様、ただの悪魔じゃないな。この複雑な術式を悪魔が使っているところを見たことがないぞ……………………』

 

「それは何よりだ。さて、アルビオン。早い話なんだがお前には退場してもらいたいもんだぜ。勿論ドライグ共々な。こっちが喧嘩している最中に乱入されてキレてる奴もいるからな」

 

『ほざけ、悪魔風情が!こんな糸っきれなど、こうして―――――――――』

 

 アルビオンが体を動かし、フィアンマの魔法を引きちぎろうとした。

 しかし、何故か体が動かない。いや、動いているのだが『遅い』のだ。

 そしてアルビオンは目に映る光景がスローモーションで動いている事にも気づき、フィアンマに何をしたと怒鳴り散らそうとするのだが口すらスローモーションになってしまう。

 ならば能力で消してやると思い、発動させるのだが発動しなかったので驚愕し、何故だと内心焦り出すアルビオンだった。

 

 そんなアルビオンの疑問にフィアンマは淡々とした口調で説明する。

 

「アストラル・バインド。行動阻害の為に時空間を操る術式を付加させた魔術であり、一定時間の間だけ体感時間を遅くさせる効果がある。そしてディメンション・バインド。バアルの滅びの力の構造を真似て編み出した術式を付加させた魔術であり、一定時間は特殊能力全てを使えなくなる」

 

『そ……ん……なっ………………バカ……………なっ!』

 

 アストラル・バインドにより体感時間を遅くさせられたアルビオンは遅れて出てくる言葉を並べて驚愕するのである。アルビオンだけでなく、サ―ゼクス達以外の悪魔や堕天使、天使ですらフィアンマの魔術に驚いているのだ。

 此れだけの高等魔術を魔力の力を効率よく、尚且つ精密に扱う天使や堕天使ですら扱える訳でも無いし生み出せる訳でも無い。特に時空間を操る力など、まさに神でも恐れる芸当でもあり、力の構造を理解して真似る事など出来るわけがない。

 

 

 戦況において不利だった状況を僅か数分もしないうちに覆す作戦指揮能力に、術式の制作能力を秘めた存在。これがフィアンマ・サタナキアという悪魔、天使、堕天使を超越した存在なのかと畏怖するのであった。

 フィアンマはそんな事の為に時間を使いたくなかったので、直ぐにアルビオン討伐部隊に作戦指示を送る。

 

「今から二天龍に対抗する術を準備を行うから30秒だけ時間を稼げ!!バインドの効果時間は残り20秒だから、その隙を叩け!!」

 

「っ、フィアの言う通りだ!全軍、突撃するぞ!!」

 

『おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

「天使陣営も向かいます!みな、剣を持て!!」

 

『おぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 サ―ゼクスとミカエルの指示に各陣営が雄叫びを上げて、アルビオンに突撃する。

 効果時間は残り20秒の間にフィアンマはある準備をしなくてはならない。

 地上に降りて足元に巨大な術式を展開し、剣を両手で握りしめる。

 バインドの効果が解けたのか、アルビオンはようやく元通りに動けるようになったの だが既に遅い。アルビオン討伐部隊がアルビオンに襲い掛かっているのだから。

 

『くそぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!舐めるなよ、羽虫共があああああああああああああああ!!』

 

「させるか!セラフォルー、頼むぞ!!」

 

「Ok☆ お水は如何かな、蜥蜴ちゃん?くっらえ~~~~!!!」

 

『ごぼぼぼぼっ!?』

 

 ブレスを吐こうとした瞬間にタイミングよくセラフォルーが大洪水にも等しい水の量をアルビオンの口に叩き込んだ。

 大量の水で思わず息が出来なくなったアルビオンはブレスを中断し、水を吐き出す。

 吐き出すと同時に隙が大きくできたため、他の陣営から一斉攻撃が放たれる。

 優位だったはずのアルビオンだったがフィアンマの登場により、圧倒的不利な状況へと叩き落され、アルビオンはフィアンマの言葉通りに地面に叩き落された。

 そして叩き落されたと同時に、フィアンマの術式は完成する。

 フィアンマを中心に魔方陣が輝きを放ち、剣から巨大な光の柱が伸びる。

 光の柱は刃となり、羽とも言える形に見えた。

 

『っ、それは!』

 

「さて、二天龍が一柱アルビオン。覚悟はいいか?」

 

『や、やめろ!!』

 

「これで………終わりだあああああああああああああ!!」

 

『くそがああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

 光の大剣はアルビオンを呑み込みこむのであった。

 力を使おうにも、この空間中に広がる魔力を使っているため膨大な量となりキャパシティーが超えて半減できなくなったアルビオンはただ悔しさの絶叫を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 そしてドライグを相手にするルシファーとアザゼルたちの陣営にて。

 アルビオンが光の柱に呑み込まれる少し前の事である。

 

「あの蜥蜴をぶっ飛ばすぞ、アザゼル!」

 

「おう!」

 

 アザゼルが巨大な光の槍を、ルシファーが練るに練った巨大な魔力の塊を立て続けに放つ。他の悪魔やサ―ゼクスたちの攻撃とは違って桁外れなくらい強力な力だった。

 フィアンマからの指示がない事はアルビオン側に何かがあったのだとアザゼルは判断し、フィアンマが戻るまでのあいだ粘るのである。

 

『グォォォォォォォォ!!!』

 そしてアザゼルの槍とルシファーの魔力の塊はドライグに命中し、ドライグは悲鳴をあげる。今までで一番大きな悲鳴だが、もうルシファーとアザゼルに魔力は残っていない。

 今ので最後の攻撃だったのだ。

 

「どうだ?……………やったか?」

 

「っ……ルシファー!!!」

 

「がっ!?」

 

『くっ、流石魔王と堕天使総督と言ったところかっ…………かなり効いたぞ!』

 

 ルシファーの身体はドライグの巨大な爪によって貫通されてしまった。対するドライグの目は潰れ、鱗は剥がれてはいるが依然としてその巨体は空を飛んでいる。

 ダメージは与えたのだが、ドライグはまだ戦える力を備えている。

 

「がはっ……………ぐっ………………くそったれ………がっ!!」

 

『とっさに鱗の硬さを倍化しなければ俺もやられていただろうな』

 

「おい!ルシファー!しっかりしろ!」

 

 アザゼルがルシファーを助けようと魔力を無理やり引き出し、渾身の光の槍を投げる。しかし先程の一撃で力を使い果たした所為で、その威力は下級堕天使のそれと変わりなく簡単にドライグに弾かれてしまう。

 

『まったく、時間を取らせてくれたものだな…………………これでお前も終わりだな魔王ルシファー。残る脅威はアザゼルと聖書の神のみだけだ』

 

「くっくっくっ……ハハハっ……ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

『何が可笑しい?ついに気が狂ったかルシファー?』

 

 ルシファーが急に大声で笑い始める。腹を貫かれ絶体絶命であるはずのルシファーが笑っていることにドライグは違和感を感じた。

 腹を貫かれ口や腹から大量の血液が流れ出て、死にかけているルシファーはドライグを睨み付け、不敵な笑みを浮かべ口を動かす。

 

「確かに…………お前の言うとおり俺は終わりだ。だがなっ、俺はただで死ぬつもりはねぇよ!――――――――やれっ、フィアあああああああああ!!!」

 

『っ、まさか―――――――――――』

 

 ドライグがアルビオンのいる方角へ視線を向けたその時だった。

 恐ろしい速度で光の柱がドライグに向かって飛んでくる。

 近場にいたアルビオンは既に光の大剣に呑み込まれており、消え失せていた。

 

「悪魔の未来を………頼んだぞ、バカ息子」

 

『お、おのれえええええええええええええええええええええええ!!!』

 

 魔王ルシファー共々、ドライグは光の大剣に呑み込まれていった。

 消えていく際にルシファー安らかな笑みを浮かべ、フィアンマのいる方角へと視線を向け言葉を残し、ゆっくりと目を閉じるのだった。

 

 

 飲み込んだのはアルビオンだけではない。

 フィアンマが剣を振りかざし前に事前に部隊長とルシファーに連絡を入れていた為、光の柱に呑み込まれることなく各勢力に被害が及ぶことはなかったのだ。

 ルシファーの近場にいたアザゼルも咄嗟に力を振り絞って光の柱から逃れられたので生きている。そして光が消えると二天龍の存在が無くなっており、誰もが目を疑ったが直ぐに喜びへと変わった。

 これでようやく終わったのだ、と……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見事!よくやりました皆の者!大義であったぞ!!」

 

 

 

 

 

 しかし、戦争はまだ終わらなかった。

 ドライグの腕と似た赤い籠手とアルビオンの翼に似た翼を手に、神が現れる。

 

 

 




・フィアンマの技の参考Ⅱ
『ディメンション・バインド』……参考例無し。バアルの滅びの術式を加えており、特殊能力を一時的に使用不可能にする魔術。チェーン・バインドの様に魔方陣を複数展開できないため対象が小さければ小さい程命中率は下がる。しかしドライグやアルビオンと言った巨体ならば確実に当たる。

『アストラル・バインド』……参考例はログホライズンのシロエの魔法を参考。移動制限魔法だが、フィアンマが時空間を操作する術式を組み合わせたので相手の体感時間を一定時間遅くさせる魔術として生み出された。ディメンション・バインドよりも命中率は高いがチェーン・バインドと比べれはディメンション・バインドとは団栗の背比べ。

『光の剣』………参考例は極光剣かエクスカリバー、ではなくTOVの天翔光翼剣。剣術に長けているわけではないが、敵の一掃に役立つのではと考えたフィアンマが生み出したもの。リゾマータの公式がエアルの昇華、還元、構築、分解によって構築される物質を自由自在に操ることができる事と同じように、フィアンマはリゾマータの公式に似た公式を創り上げた。因みに剣は明星弐号と形は同じ。



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8

 

 

 

 

 

「終わった…………終わったんだ!!」

 

 二天龍は滅び、ついに戦いが終わったという事実を理解した。

 誰もが笑みを浮かべ、涙を流し、疲労感に襲われ膝をついて言葉を漏らす。

 『ようやく終わった』『勝ったんだ』『死ぬかと思った』などと漏らし、自軍の仲間たちとだけでなく敵勢力の者達と顔を見合わせ安心する者達。

 今まで三つ巴をやっていたと思えない表情であり、二天龍討伐の時に生まれた心の一体感なのだ。

 そして遅れてサ―ゼクスやアジュカ、セラフォルーにファルビウムも戦いの終わりを理解する。

 

「終わった……………ようやく、終わったんだ」

 

「あぁ………。全く、もう足がガクガクでまともに立てやしない………」

 

「ふぁぁ~~~~……………。あぁ、死ぬほど眠いよぉ~」

 

 サ―ゼクスは戦いの終わりに安堵し、アジュカは全身全霊を尽くして戦ったためか腰を抜かし地面に腰を降ろす。

 ファルビウムは大きな欠伸をして、眠そうな目を汚れた手で擦る。

 セラフォルーは二天龍討伐の要であったフィアンマにうれし涙を浮かべ、フィアンマの元へと駆け寄る。

 

「やったよ、フィー君!戦いは、もう終わったんだよ!これも全部、フィー君のおかげだn―――――――――――――」

 

 

 

「うっ…………うぇぇぇええええええっ!!!」

 

 

 

 ビチャビチャビチャッと音を立てて口から夥しい量の血液を吐き出すフィアンマ。

 吐血したフィアンマは罅が入った剣を杖替わりにして膝をつき、意識を保とうと必死に目を見開こうとしている。

 体中が震え上がりながら唇を噛みしめるフィアンマにセラフォルーだけでなく、周りの悪魔たちがギョッとした。

 

『フィアンマ!!』

「フィー君!」

 

 サ―ゼクスたちは直ぐにフィアンマの元へと駆け寄る。

 セラフォルーはフィアンマを落ち着かせようと必死に背中をさすりはじめ、アジュカはフィアンマがどういう状態なのか魔方陣をフィアンマの足元に展開し、状態を確認する。

 

「どうだ、アジュカ?」

 

「くっ、膨大な魔力を体に一気に溜め込んだせいで体組織が至るところボロボロだぞっ!普通なら、とっくに死んでもおかしくない!」

 

「あの大剣が原因かな?」

 

「あぁ、間違いないだろう。今まで見たことがない術式だが、きっとあの術式は冥界などに漂う魔力を自分の物に変換する術式だったかもしれない。しかし、フィアンマがこの状態だというならあれはきっと未完成だったのだろう。あれだけの密度を帯びた巨大な剣を創り上げるには相当な魔力を身体に溜め込むはずだ」

 

「っ……アジュカちゃん、フィー君は助かるの!?」

 

「冥界に戻って、直ぐにフェニックスの涙を使って安静にさせていれば助かるだろう」

 

 アジュカの言葉にサ―ゼクス、セラフォルー、ファルビウムは安心した様に息を吐き、脱力する。

 しかし、フィアンマはいま苦しそうに息を漏らし口から血を吐きだしている。

 直ぐにでも冥界に戻るべきだと判断した4人は全陣営に冥界に帰投することを命じようとしたが、苦しそうに息を吐いているフィアンマは途切れ途切れになりながら、言葉を漏らす。

 

「ま、だ…………まだ終わっちゃいないぞ、ゼクス!!」

 

「え?」

 

 フィアンマの言葉にサ―ゼクスたちはフィアンマの方へと振り返る。

 振り返り、フィアンマを見つめる4人はフィアンマが空へ視線を送っている事に気がついた。

 4人が空に視線を映し、他の者達もフィアンマたちと同じように視線を空に向ける。 すると空には―――――――――――ドライグの腕と似た赤い籠手とアルビオンの翼に似た翼を手にしている神がいたのである。

 

「見事!よくやりました皆の者!大義であったぞ!!特にフィアンマといったか?まさか二天龍を二体とも倒すとは思いませんでした。しかし、おかげで見なさい。ニ天龍を宿す神器を作り出すことが出来ました。そうですね……………赤龍帝の籠手と白龍皇の光翼とでも名付けましょうか」

 

 周りの者達と比べ、小奇麗なままの聖書の神が赤い籠手を赤龍帝の籠手と白銀の翼を白龍皇の光翼と名付け、掲げる。

 いままで見ないと思っていたら、自分だけ安全圏で高みの見物をしていたのだ。二天龍を瀕死の状態に周りが追いやっている間に籠手と翼として封印するまでは自分だけのうのうと眺めていたのである。

 

「てめぇ、聖書の神っ!まさか、まさかそれが目的か!!」

 

「えぇ、その通りですよアザゼル。魔王を滅ぼす龍の力さえあれば、貴方たち魔に堕ちた者共を簡単に滅ぼす事が出来る!さぁ同胞達よ!今こそ戦いのときだ!!」

 

「なっ、そんな馬鹿なっ!それは条約違反なのでは!」

 

「おや、私は『同胞の力を貸す』とは言いましたが――――――――――――――別に私は戦争をやめるとは言っておりませんよ?それに、例え戦争をしないと言って止めない訳がないでしょ。」

 

『っ!?』

 

 白々しい顔で聖書の神はサ―ゼクスを笑った。

 いや、サ―ゼクスだけでなくアザゼルたち堕天使陣営の全ての敵に向けて笑った。

 ここに来て、神の裏切りときたのは、誰もが唖然とし次の瞬間怒りが込み上がる。

 誰もが『ふざけるな!』『卑怯者が!!』『恥を知れ、神が!』と叫び声を上げる。

 しかし神にとってはまるで負け犬の遠吠えでしかなく、笑みを崩さなかった。

 流石の神の言葉にミカエルや他の天使でさえも、戸惑っている。

 

「しゅ、主よ。流石にそれは、あまりにも非道なのでは…………」

 

「ミカエル、彼らは魔に堕ちた邪悪な存在です。野放しにするだけでも害でしかないのですから。魔王達がいなくなり、敵が満身創痍であるいまいつ攻めるのです?」

 

「し、しかし!!だからといって共に二天龍を倒した同志なのですよ!そんな卑怯な真似が…………………」

 

「なるほど、ミカエルはそういう捉え方をするのですか………………ならば不要です」

 

『み、ミカエル様!!』

 

 神はミカエルに魔力弾を放った。

 咄嗟の攻撃にミカエルは反応できず、魔力弾をまともに受けてしまう爆発する。

 魔力弾を受けたミカエルは意識を失い、ボロボロになって地面へとまっさかさまに落ちていくのだが、仲間であるセラフ達がミカエルの元へと飛んでいき、受け止める。

 同じ同胞であり、慕われていたというのにも関わらず表情一つ変えずにミカエルを見つめた後、視線を戻す。

 

「同胞達が動かぬのなら、私だけでやりましょう。幸い赤龍帝の籠手と白龍皇の光翼があるのです。これさえあれば、私は負けるはずがない。ではまず―――――――――――そこに転がっている私をカス呼ばわりした薄汚い悪魔から消すとしよう」

 

『っ!』

 

 神が満身創痍のフィアンマを見つめ、笑みを浮かべて手を翳す。

 手には魔力が集中し、巨大な光の球が出来上がる。

 ドライグの力が合わさっているため、魔力密度が今までとは比べ物にならない。

 神に標的にされたと気づいたサ―ゼクスたちはフィアンマの前に立ちはだかり、庇う。

 少しだけ溜まった魔力を最大限に発動し、魔力の壁を創り上げた。

 

「ふっ、小賢しい真似を」

 

 聖書の神は巨大な魔力の塊を小さく圧縮させ、発射する。

 発射された小さな光弾は目にも止まらぬ速さでサ―ゼクスたちのいる場所へと飛んでいき、着弾する。

 するとサ―ゼクスたちが居た場所から大きな爆発が巻き起こり、浮かんでいた浮雲が一瞬にして消え去る。爆発が治まるとサ―ゼクスたちやフィアンマ、周りに居た悪魔や堕天使、同胞であるはずの天使たちが倒れ伏せている。

 何とか防いだものもいれば、奇跡的に生き残った者達もいる。

 しかし大半は死者で埋め尽くされており、死屍累々の状況だった。

 

「がはっ!………ぐっ……………くそぉぉっ…………」

 

「ファルビウム、無事かっ!」

 

「な、なんとかぁ……………」

 

 魔力を全部使い切って作った壁は呆気なく壊されたものの、サ―ゼクスたちは生きていた。しかし、身体に血が滲んでおりこのままでは命が危ない。

 サ―ゼクスがセラフォルーとフィアンマが居ない事に気づき、あたりを見回した。

 辺りを見回したら、フィアンマとセラフォルーはサ―ゼクスたちから少し遠くに吹き飛ばされている。2人は無事なのかと声を掛けようとしたのだが。

 

「フィー………くん。……………どこぉ?……ねぇ、ふぃーくん………返事、して……………ねぇ…………フィー君っ…………ふぃー、くんっ」

 

「っ、セラフォルー!!」

 

 身体に鋭利な岩が腹に突き刺さり、虚空に手を伸ばしフィアンマを探し続けるセラフォルーがそこにいた。両目とも爆発で焼かれており、完全に景色すら見えていない。

 いまセラフォルーが手を伸ばしている場所はフィアンマとは反対側の所なのだから。

 それにフィアンマに関してはピクリとも動いていない様に見える。

 サ―ゼクスたちはすぐさまセラフォルーとフィアンマの元へと駆け寄り、サ―ゼクスはセラフォルーの手を掴んで、抱き上げる。

 

「あっ…………ふぃーくん?」

 

「フィアじゃなくて、ごめん。セラフォルー、今すぐフェニックスの涙で治療するっ」

 

 そういって自分用にとっておいたフェニックスの涙を取り出し、セラフォルーの腹に突き刺さった鋭利な岩を慎重に抜き取り、涙を使った。

 すると焼けた両目の傷は無くなり、腹に空いていた大きな穴が塞がった。

 正直一つだけで足りるのかと不安だったのだが、思いのほか治って安心する。

 

「サ―ゼクス、ちゃん………そうだ、フィー君は!?フィー君はどこ!?」

 

「落ち着いて、セラフォルー。今すぐフィアンマの所へ向かおう」

 

 そういってサ―ゼクスとセラフォルーはアジュカとファルビウムがいる場所へと向かう。2人の元へと到着すると、すぐさまセラフォルーはフィアンマの安否を確かめるのだが、フィアンマの状態に目を見開く。

 

「っ、これって!」

 

 フィアンマの身体には罅が入っていた。

 まるで鉱物に罅が入ったかのように、フィアンマの身体には亀裂が走っている。

 神の攻撃により、消える事はなかったものの完全に防ぐことは出来なかった。

 生きているのだが息は荒く表情はとても苦しそうだったため、いま一番重症なのはフィアンマである。

 フィアンマの状態にセラフォルーは心が安定しなくなったのか泣き叫ぶ。

 抱きしめようとしたのだが、万が一崩れてしまう可能性があるためサ―ゼクスはセラフォルーを押さえつける。

 

「離して!!………行かせてよ、サ―ゼクスちゃん!!!」

 

「ダメだ、セラフォルーっ!フィアの身体は脆くなっているっ…………衝撃を与えてしまえば、取り返しのつかない事になるかもしれないんだ!!」

 

「でも!!………でもっ!!フィー君が、フィー君が苦しそうな顔をしてるんだもん!」

 

「頼む、セラフォルーっ!頼むから、頼むから落ち着いてくれ!!」

 

「離せええええええええええええええええ!!!」

 

 セラフォルーは見たことないくらい焦り、泣き叫び、フィアンマに手を伸ばす。

 苦しそうに息を漏らし苦痛を耐えるフィアンマを抱きしめてあげたい、痛みを少しでも和らげてあげたいと思った。

 だが、フィアンマは直ぐそこなのにどうしても遠く感じてしまう。セラフォルーはただフィアンマの名前を呼び続ける事しか出来なかった。

 

「ふはははははっ!!さぁ、これで悪魔側の切り札は全て消えた!!次は誰が死にたいか言いなさい。この私が直々に苦痛を与えず滅してあげましょう!あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

 高笑いする神に誰もが苦虫を噛み潰したよう顔をし、悔しさと怒りに満ち溢れる。

 しかし、怒りを抱いたところでもう魔力は残っていないし戦える者達もいない。

 このまま神に滅されてしまい、終わってしまうのだろうかと絶望するのだった。

 

 

 もうダメだ、お終いだ。

 誰もがそう、絶望していた時であった。

 

「おらぬのか?ならば纏めて滅してやると――――――――――――」

 

 神は赤龍帝の籠手がはめられた左腕を掲げた時に気づいた。

 目に映るのは、肘関節から指先までの部分が消えているのだ。

 そして次の瞬間、消えた左腕から血が吹き出し神は悲鳴を上げる。

 

「あああああああああああああああああああああ!!腕、腕ええええええええええええええええ!!私の腕がああああああああああああああ!!」

 

 左腕から勢いよく血が吹き出し、痛みに悶える神。

 直ぐに痛覚を遮断させ、腕を再生させて無くなった腕と籠手を探そうとした途端、次は翼を展開している背中に痛みが走り、背中から勢いよく血が噴き出す。

 いったい何が起きているのか神は焦りながら考えた。

 籠手がはめられた腕は切り落とされ、光翼を付けた背中は切り落とされ光翼を失うことになる理由は何なのかと原因を探るために当たりを見回すと次は胸に痛みが走る。

 

「ごふっ……………き、貴様はっ!!?」

 

「―――――――よぉ、神っ。随分と調子に乗ってくれたじゃねぇか」

 

『フィアンマ!?』

 

 何時の間にか、身体に大きな亀裂を生んで苦しい表情を浮かべて息を荒げて眠っていたフィアンマがいつの間にか神の眼前に来ており、胸に剣を突き刺している。

 腕が消えたのも、背中の光翼が切り落とされたのも全てフィアンマによるもの。

 近くにいたサ―ゼクスもセラフォルーも、アジュカやファルビウムがちょっと目を離したすきに、いつの間にか神の元へと転移していたのだ。

 

「お、お前はさっきの!?なぜ、なぜ動けぐっ!?」

 

「さぁて、スクラップの時間だぜ糞野郎!今までやった分、覚悟して受け取れよ!!」

 

「っ!?お、おのれ、離せ薄汚い悪魔風情が!!くそっ、この程度でぇえええええええええええ!!」

 

「ディストラクション・バインド、アストラル・バインド!!」

 

「がっ!? こ、この術は二天龍の時の!?く、くそ、今すぐ解け!さも…………な……………く……………ばっ!!」

 

 バインドの効果で体感時間を遅くさせられ、力を一時的に封じられた神。

 効果時間は20秒だが、20秒たっても効力を失わない事に気づく神。

 フィアンマに視線を向けると、フィアンマの身体にはいくつもの術式が刻み込まれており、刻み込まれた術式が輝きだしている。

 そう、術式を増やす事で効果時間を伸ばしているのだ。

 しかし、デメリットも存在する。

 

(正気か、この悪魔っ!?これ程の術でも負担があるはずだというのに、そんなボロボロの身体に術式を刻み込めば更に負担が掛かるのだぞ!?この悪魔は、死が怖くないというのか!?)

 

 死は誰もが恐怖する概念であり、神でさえもそれを恐怖している。

 しかし、自分の目の前にいるフィアンマという悪魔は死を恐れていないどころか笑っているのだ。

 死んでもおかしくないという状態なのに、なお笑っている。

 

 

 

 フィアンマは他の魔術を使い、更に縛り付けられた神を空中で固定し、地上へと降りる。二天龍の時と同様で自分の足元に術式を展開し、剣を両手で握りしめる。

 足元の術式が輝きを放ち、空間に漂う魔力をフィアンマの魔力と同調させて体に送り込み始める。

 

「瞬け、明星の光!!!」

 

 剣を空に掲げ、魔力を解き放つ。

 解き放たれた魔力は剣から放たれ、光の柱が形成される。

 術式が未完成であるため出力がオーバーロードするので一度使えば剣はボロボロになってしまい、二天龍を葬るのに一度使ってしまったため剣はボロボロなのだがフィアンマはそんな事を気にせずに力を解き放つ。

 

 

 

 そして光の柱から別の形へと形成させ、光の羽の様な剣となった。

 ピシピシッと剣とフィアンマの身体から嫌な音が鳴っており、手が震えている。

 しかし、それでもなおフィアンマは笑っており、神を睨み付け剣を強く握りしめた。

 睨まれた神は背筋を凍らせ、アストラル・バインドの効力だけが解けたので必死に弁解を試みるのである。

 

「これで……………」

 

「ま、待て!!戦争は止めにしよう!争いは何も生まないのは、分かり切った事!ここは和平を結んでだな――――――――――――――――――」

 

「終わりだああああああ!!」

 

 神の言葉を無視し、フィアンマを咆哮をあげる。

 重たくなった足を前に踏み出し、そしてもう片方の足を大きく前にだし、高らかに叫び声を上げて光の大剣を振りかぶる。

 

 

 振りかざした大剣が神へと襲い掛かる。

 二天龍でさえも滅ぼされかけた、光の剣が迫りゆくのだった。

 

「い、いやだああああ!!死にたくない、死にたくない!!私は……僕はこんな所で死にたくないんだ!せっかく生まれ変わったのに、こんな死に方は嫌だあああああああああああ!!」

 

 神は情けない顔のまま泣き叫ぶのだが、剣は止まらない。

 光の大剣は神を呑み込み、大地を穿ち、空間を裂いた。

 そして今日……………神と言う名の転生者は、死を遂げるのであった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 パキンッと光の柱がガラス細工の様に砕け散り、空から光の粒がはらはらと落ちてくる。光が弱点な悪魔でも触れても問題ない光で、とても暖かかった。

 まるでフィー君とすごした、あの日の陽だまりの日常と同じ。

 

「フィアンマ!!」

 

 サ―ゼクスちゃんの叫びで私はハッと我に返り、フィー君に視線を向ける。

 視線を向けた先にはフィー君が崩れ落ち、横たわっていたのだ。私は思わず最悪な結末が頭に過り、そんな事はないと振り払いフィー君の元へと駆け込む。

 フィー君の元へ駆けこむと、フィー君の身体から光の粒が浮かび上がり空に昇って行く。

 私はフィー君を抱き上げ、名前を呼んだ。

 

「フィー君!起きて、フィー君!終わったよ?もう、戦いは終わったんだよ?二天龍も神もいなくなって、もう戦わなくていいだよ?ねぇ、起きて!」

 

「………………ぁっ」

 

「フィー君!」

 

 薄らと目を開け、意識を回復した途端私は嬉しくなった。

 フィー君はゆっくりと目を開けて私を見つめ、微笑む。

 連れられて私もフィー君に笑みを返そうとした途端、ピシッと嫌な音が響いた。

 フィー君の亀裂が、顔にまで達したのだ。

 亀裂が大きくなり、光の球が更に数を増やし空に消えていく。そして微笑んでいた筈のフィー君が再び目を閉じ、段々と体が薄れ始めていくのであった。

 

「嘘…………いや………………嫌っ!!消えないで、フィー君!お願いだから、消えちゃいやだよっ……………。サ―ゼクスちゃん、アジュカちゃん、ファルビー!!フィー君が大変なの!フィー君に早く、早くフェニックスの涙を!!」

 

「セラフォルーっ…………受け入れろ。フィアンマは、もうっ!」

 

「嫌だ!!約束したんだもん!また、また皆で一緒に集まって遊んだり………演奏したり……………旅行したりするんだもん!!」

 

「………………セラフォルー、もういい。もういいんだっ。だから――――――」

 

「戦いが終わったら、告白するって…………大好きって伝えるって決めてたんだもんっ……………フィー君と二人きりの、でーとを……するんだもんっ…………」

 

「……………………」

 

 誰もがみな口を閉ざし。唇を噛みしめ涙を浮かべる。

 分かり切っている事なのに、受け入れたくなかった。

 私にとって、大切な友達で……………愛しい人が死んだなんて思いたくなかった。

 

 

 

  ――――――――ねぇ、フィー君……………起きてよっ。

 

 

 

  ――――――――いつもみたいに、冗談だって言って起き上がってよ。

 

 

 

  ――――――――からかってるんでしょ?…………ねぇ。

 

 

 

「フィーk――――――――」

 

 

 

 

 

パキンッ!!

 

 

 

 

 

「――――――――――あっ」

 

 フィー君の身体は跡形もなく砕け散り、光の粒子となって空に昇って行く。

 私は光の粒子となって登っていくフィー君をただ茫然と眺める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――― ごめん ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁぁっ…………あああああああああああああああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日この日、私達は。

 大切だった彼を、愛おしかった優しくて暖かな光を―――――失うのであった。

 

 



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magicaride

 

 

「これが、フィアンマ・サタナキアの活躍であり、英雄譚かな」

 

『……………』

 

 案の定、リアスを含めた眷属たちは口を開いて唖然としていた。

 フィアンマという悪魔の凄さに対しての驚きや神の裏切りによる戸惑いなどがあったりなど、かなり困惑してしまう。

 しかもセラフォルーの想い人だと聞かれた時はリアスが一番びっくりしたものだ。魔王という地位であるからもそうだが、セラフォルーは性格は兎も角見た目は美少女で男などより取り見取り。ましてや縁談などは日常茶飯事だ。

 しかし、どれだけ言い寄られようともキッパリと断り続けている。

 フィアンマという悪魔がセラフォルーにとってそれだけ大きな存在だったのだろう。

 

「……………まさか主が、大昔にそのような事を」

 

「ショックを受けるのも、複雑だと思う気持ちも分かるよ。フィアは悪魔側にとっては英雄となっているが、天使や教会陣営にとっては神の天敵、憎むべき悪魔だからね」

 

 アーシアやゼノヴィアにとっては複雑な心情だろう。

 仮に神が生きてたとしてら、悪魔や堕天使を全て全滅させられて今ごろはサ―ゼクスたちやイッセー達にも出会えなかっただろう。

 悪魔と堕天使を全て滅ぼされてしまえば、そんな偶然には出会えなかったのだから。 アーシアやゼノヴィアにとって、教会に居た頃よりも活き活きとしており楽しく過ごしている。しかし、神の死の原因がサ―ゼクスたちの友であり悪魔であるフィアンマだと思うと複雑な気持ちで仕方がない。

 それにフィアンマが神を殺したという事実はあの場で気を失っていなかった現四大魔王と一部の悪魔達だけであり、後は神の攻撃によって死んだか気絶して知らされていなかったかのどちらかである。

 

「――――で、一つ聞くがサ―ゼクス。フィアンマが使っていたあの剣について聞きたい事があるんだけどよ」

 

「うぉ!?アザゼル先生、いつの間に!?いつからそこにいたんですか!?」

 

「フィアンマの話が始まって4~5分くらい後だな。しっかし、驚いたもんだよ。まさか『悪魔の駒』のシステムが出来上がる前に人間が悪魔化するなんてな………ベルゼブブの奴はそのことでなんか言ってたか?」

 

「アジュカ自身、どういう原理でフィアンマが悪魔になったのかは分からなかったそうだ。だけど、フィアンマが悪魔になれたという事を切っ掛けにアジュカが『悪魔の駒』を作りだしたからね。」

 

「そういえば、話の途中でギターとかドラムとかピアノとか聞きましたけど………それもフィアンマさんって人が作った物なんですか?」

 

「それだけでなく、カメラや洗濯機を生み出したりしていた。人間が最初に作り出したとは思っているようだが、最初に生み出したのはフィアだから」

 

「………文明の機器を人間が作る前に生み出すなんて、有り得ないくらい天才です。」

 

「まるで未来を知っている、と言っても過言ではないがね」

 

 フィアンマがサ―ゼクスたちに言った『これから大きな存在になる』という言葉をサ―ゼクスは思い返している。

 事実いま、フィアンマの言葉通り『魔王』と『ルシファー』の地位と名を授かり、悪魔の要となっている。サ―ゼクスだけでなくセラフォルーやアジュカ、ファルビウムたちも魔王に任命されているのだ。

 もしもフィアンマがあの時、神を殺さなかったら間違いなくこの場にサ―ゼクスたちは存在しなかっただろう。

 

「で、話を戻すがフィアンマが使っていた剣はあるのか?」

 

「これの事かね、アザゼル」

 

 するとサ―ゼクスは立ち上がり、マントを広げて腰に下げている鞘に納められた剣を見せる。その剣は紛れもなくフィアンマが使っていたものと同じ形の剣だった。

 サ―ゼクスは剣を抜きテーブルの上に置くと、誰もがフィアンマが扱っていた剣に視線を送る。剣の構造や材質は特殊金属を用いられているが、冥界で採取できる鉱物で作り上げられているので大戦時の時の亀裂は修復されている。

 しかしアザゼルが見たかったのは剣でなく、剣に埋め込まれた術式である。

 

「これが、二天龍と神を討った剣…………」

 

「……まさかお兄様が所持しているとは思わなかったわ」

 

「流石に友の剣を美術館に飾ったり、上層部には渡したくはないからね。あと名前が無かったから、茶目っ気のつもりで私やセラフォルー達で『凛々の明星』と名付けたんだよ」

 

「ブレイブ、ヴェスペリア………」

 

 それは剣にとってでもありフィアンマの二つ名にとっての意味でもある。

 理由の一つに先代ルシファーから拾われたこともあるのだが、サ―ゼクス達にとってフィアンマは満天の空に一つだけ強く凛々しく輝く明星の様な存在だったという理由もあって付けた名前なのだ。

 

「しっかし、見るからに形が少し変わっただけの剣にしか見えねぇな」

 

「術式は消えていたからね。アジュカが大戦時の記憶を何とか掘り起こして術式開発をしようとしていたけど、流石に真似が出来なかったらしい」

 

「え?アジュカさまでも、無理だったんですか?」

 

「空間中の魔力を自分の魔力と同調させ、変換する芸当が出来ればどこの勢力も戦いには苦労はしねぇだろ。それを未完成であったものの、完成まで近づけたフィアンマ・サタナキアという悪魔はアジュカ・ベルゼブブや俺以上の化け物染みた思考を持ってったてことだ」

 

「聞けば聞くほど、伝説ですね……………」

 

 アジュカを超える術式と魔道具の開発、ファルビウムを超える戦略と戦術はまるで生まれもって捧げられたかのような才能だが、それは全て努力の末に手に入れたもの。

 魔力が周りよりも乏しくても、努力と知識で全てを補っていたフィアンマは魔王の中で最強とも言えるサ―ゼクスすらも凌駕する存在なのだ。

 イッセーはサ―ゼクスの話を聞いて、フィアンマという元人間の悪魔にまるで今までの自分を見ているかのような共感と憧れをイッセーは懐(いだ)き始めていた。

 

「……………むっ。そういえば今日は『あの日』だったか」

 

「あの日?」

 

「フィアの墓参りさ。用事がなければ、皆も来るかい?」

 

 サ―ゼクスの問いにリアスを含めて眷属たちは考え始めたが、直ぐに同意した。

 リアス達の答えにサ―ゼクスはグレモリーの紋様とは違った魔方陣を展開させる。

 その規模は部屋を埋め尽くすほどの大きな魔方陣だった。

 そしてサ―ゼクスたちはフィアンマの墓の元へと、転移する。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 フィアの墓のある元ルシファー領の領地近くにある森へと転移する。

 この場所はフィアンマと私たちの隠れ家があった場所でもあり、今ではすっかり無くなっている。

 思い出の場所であるため、私たちは彼の隠れ家が立っていた同じ場所に記念碑を置くことにしたのだ。

 

「サ―ゼクスか、遅いぞ」

 

「サ―ゼクスが一番遅かったねぇ」

 

「申し訳ない。ついリアスや眷属たちにフィアンマの話を聞かせていたものだから」

 

 私達がフィアの記念碑の前に立ち、アジュカとファルビウムは手に持っている花束を添えて、記念碑から離れる。

 記念碑には悪魔語で『我らが友であり英雄、フィアンマ・サタナキア。ここに眠る』と記されてあった。

 記念碑を作ったのはフィアの作戦の指揮とる姿、戦っていた姿に憧れを抱いた職人悪魔が時間をかけて作り上げたものである。

 清掃は勿論、フィアを憧れていた悪魔たちや魔王達がやっている。

 

「どれくらいが、経つだろうか」

 

「数百年、かなぁ………ほんと、フィアンマが死んだなんて今でも信じられないよ」

 

「そうだな。しかし、去年もその前も………更にその前からもずっと同じことを言ってる気がするぞ、ファルビウム」

 

「それよりも、セラフォルーはどうしたんだい?」

 

「セラフォルーなら、ほれ」

 

 そういってフィアンマの墓に置かれてある、ひと際多く束ねられた花束に指を指す。

 花束には手紙が添えられており、大きくセラフォルー・シトリーと書かれてあった。

 どうやら一番先に来ていたらしく、直ぐに戻ったらしい。

 

「しかし、魔王の姓を授かったのに前の姓を入れるあたり、アイツが一番引きずっているようだな…………………」

 

「当たり前だよ。数十年前まで自害して後を追おうとしようとしたんだよぉ?ホントにもう…………あの後は大変だったなぁ………」

 

「確かに。両親にまで危害を加えるとは思わなかったがね」

 

 私たちは苦笑いを浮かべ、昔を振り返ってみる。

 セラフォルーはフィアが死んでから生気を失った目をして部屋に引きこもった。

 部屋にはフィアと考えた魔法少女の話や魔法少女の服に歌の歌詞などが散乱しており、ベッドで膝を抱えていたのだ。

 メイドが運ぶ食事は水とパンだけしか口にせず、両親が部屋に入って来て部屋から無理やり出そうとするが、泣き叫んで無理やり部屋から出そうとした両親に攻撃を加えたくらいだ。

 わたしたちがセラフォルーの状況を確認しに来た日だったので幸いセラフォルーの両親は小さな怪我で済んだものの、遅れれば間違いなく殺されていただろう。

 

 

 友人だったため、部屋に入ってもセラフォルーは私たちには攻撃を加えなかったのだが『一人にしてっ!』と怒鳴り、聞き入れなかった時はセラフォルーが自ら冷気で作り上げた刃を取り出し、自らの心臓に突き刺す行動までし始めた。『フィー君のいない世界なんて嫌だっ!』『死んで、死んで後を追うだっ!』と言う始末。

 流石に止め無い訳にはいかなかった。身体を抑えられたセラフォルーは何度も暴れたが、必死に説得すると段々と落ち着き、最後は疲れたように眠った。

 

 

 だが、後日また自害しようとした。

 両親が部屋に訪問した時に首を切り落とそうとしていたので未遂で済んだものの、再びセラフォルーは最初の頃と同じ状態になったのは言うまでもない。

 だからセラフォルーの状態を元に戻すために、記念碑を作ったのだ。

 『この記念碑に、フィアとあの頃の様に語り掛けてみてはどうだ?』とセラフォルーに提案した。

 流石にそんな簡単にいくわけがと誰もが思ったが『……………あのね、フィー君。今日、私ね―――――――』と出来上がったばかりの記念碑に虚ろな目で話しかけはじめたのだ。

 

 

 それからはキッパリ自害しようとする姿を見なくなり、セラフォルーは毎日の様にフィアの記念碑に語り掛けているのだ。朝から昼、昼から晩、晩から夜までずっと。

 自害しないのはいいものの、流石にそれはそれで拙いと思った私たちは自害の時よりも頭を悩ませた。

 雨に濡れても話し掛け、冷たい風や雪が降っても話し掛け続けるその姿に狂気すら感じるほどなのだから。

 しかし、いつしか回数が減っていき次第にセラフォルーに笑顔が戻っていた。どういう訳なのか分からないが、セラフォルーが元気になってよかったと思う。

 

「あれ?手紙が」

 

 すると添えられている花束に手紙が二枚あることに気づく。

 一つは名前が書かれたものと、もう一つは書かれていないもの。

 名前がある方はフィアに送る手紙なのを知っていたのだが、名前がない手紙は知らない。私は花束に添えられている名無しの手紙を手に取り、開いた。

 手紙には『待ってる』という一言だけ書かれており、手紙を覗いていたリアスたちは思わずゾッとしてしまった。

 

「も、もしかしてそれは、遺言!?」

 

「ふふふ、違うよリアス。どうやら今日は、セラフォルーの手伝いをしなくちゃならないみたいだね。アジュカ、ファルビウム。行くとしよう」

 

「うわっ、そんな急に言われても…………正直、昔みたい出来ないよ?」

 

「同じく。だが、まぁ………………久しぶりにやるのも悪くないかもな」

 

『??』

 

 私達の言葉に理解できなかったアザゼルを含めたリアスとその眷属たちは一斉に小首を傾げはじめる。

 私はリアス達に今すぐ向かってほしい場所を教えたあと、直ぐに魔方陣を展開して転移した。リアスたちに向かってほしい場所、それは――――――駒王町で開かれるセラフォルーのライブの会場場所であった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 駒王町ライブ会場。

 待機室からでもファンの声が聞こえる。

 一度だけ会場を見たけど、いつもと変わらないくらい沢山のファンが来ていた。

 私はそわそわしながら時計を見つめ、まだかまだかと待ちつづけている。

 

「セラフォルー様、そろそろ時間です。これ以上、時間が」

 

「あとちょっと!ちょっとだけ待ってて!」

 

「ですが、流石に開始からこれ以上遅らせると、ファンから苦情が………」

 

 応援してくれる、楽しみにしてくれているのは嬉しいけど少しだけ待ってほしい。

 今日は久しぶりに、集まって演奏しようと思っていたのだ。

 だから、もう少し。もう少しだけでもっ。

 

「セラフォルー様、ファンが次々と苦情が!」

 

「う~~~~~っ…………分かった、今すぐ行くから!」

 

 これ以上待たせた挙句、何もせずに帰すのは嫌だ。

 皆が来ない場合は代わりの悪魔に頼むしかないけれど、とりあえずステージに行かなきゃ。私は待機室を出て、急いでステージへと向かう。

 サ―ゼクスちゃん達が来なかった場合に呼んでおいた悪魔に予定を説明し、ステージへと出ようとしたその時であった。

 

「やっ、セラフォルー。遅かったね」

 

「まったく、ファンが騒いでるから早く落ち着かせてくれ」

 

「ふぁぁ…………はやく始めようよ、セラフォルー」

 

「っ、みんな!」

 

 ステージへ上がると、サ―ゼクスちゃんとアジュカちゃん、ファルビーがステージ衣装を着ており、楽器を用意して立っていた。ちゃんと手紙を呼んでくれたんだね。

 私はサ―ゼクスちゃんに差し出されたマイクを持って、ファンの皆に視線を向ける。

 すると観客席にはリアスちゃん達やソーナちゃん達が座っており、唖然としていた。

 どうやら、サ―ゼクスちゃん達がステージにいるのに驚いたのだろう。

 

「みんな~~~、遅れてごめんねぇ!魔法少女、マジカルセラの登場だよ~!」

 

『セ~ラ!セ~ラ!セ~ラ!セ~ラ!セ~ラ!セ~ラ!セ~ラ!セ~ラ!』

 

「今日はね。私のお友達も来てるの!紹介するね!」

 

 私はサ―ゼクスちゃんにマイクを手渡す。

 マイクを受け取ったサ―ゼクスちゃんが、自己紹介をする。

 

「セラの友人のゼクスだ。今日は私達やセラにとって、大切な日だからね。僭越ながら今日は私のギターの音色に酔いしれてくれ!」

 

「同じくセラの友人のアージュだ。ゼクスの言う通り、今日は俺達にとって大切な日なのでな。俺のベースで今夜は忘れられない曲を弾いてやる!」

 

「あ~~ぁ、えっと、セラの友人のファルでぇす。今日は僕たちにとって大切な日だから、とりあえずドラムを叩きまぁす」

 

 ワァァァアアアアアアアッ!!と3人の自己紹介でファンからの声が上がる。

 主に女性陣が多く、3人の姿を見て目がハートになっている。

 私はマイクを受け取りファンの皆に静かにさせ、言葉をつづける。

 

「さっきも言った様に、今日は私やゼクスちゃん達にとって大切な日なの。一人だった私達に手を差し伸べてくれて、温かい日常をくれた愛しい人が亡くなった日なの」

 

『…………………』

 

「どんな時も笑っていて、どんな時でも強い目をしてて、どんな時でも私たちを楽しませてくれた彼は、私たちにとって光でした。だから今日は、彼が作ってくれた歌を皆に聴かせます!曲名は『future gazer』と『magicaride』です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、ずっとフィー君のお墓に語り続けて私は考え出した。

 このままで良いのだろうか。このままずっと、ただ泣いたまま前に進まない自分でいいのかと。

 フィー君は周りから嫌悪されても尚、笑っていた。私たちが居てくれたらそれで満足だと言っていた彼はとても強かった。

 

 

 

 

 

 それはフィー君だけでなく私達にとっても同じだった。

 周りにどれだけイジメを受け、家柄や見た目を望まれても、フィー君と一緒なら気にすることはないと思えた。

 

 

 

 

 

 でも、フィー君は死んでしまった。

 どれだけ絶望しても足りないくらい私は涙を流した。

 自害してフィー君の後を追おうとまで考えたくらいである。サ―ゼクスちゃん達のお蔭で何とか立ち直る事が出来たけど、結局一歩も前には進んではいなかった。

 後を追わなくても結局私はフィー君の事をいまだ引きずったままだった。

 だけど、私はフィー君が言ってくれた言葉を思い出した。

 

 

 

 

『お前が誰かを幸せにする魔法少女になるなら、どんな辛い現実を前にしても立ち直れるように笑顔でいないとな。お前が助ける人を笑顔にできる様に、笑ってやれ』

 

『じゃあ私、可愛くて誰かを幸せにできる魔法少女になるために笑顔であり続けるね!その時はフィー君、私の背中を支えてくれる?』

 

『気が向いたらな』

 

『もう、そこは『任せろ』っていう処でしょ!』

 

 

 

 

 

 フィー君にとっては大したことじゃないだろうけど、私にとっては心に響く言葉だった。だから私は、フィー君のお墓の前で決意した。

 もう私は、私たちは立ち止まったりなんかしないと。

 

 

 

 心にカギをかけていた私たちに手を差し伸べてくれた。

 楽しい日常と暖かな幸せを与えてくれた。

 こんな世界でも一つだけ私達にくれた、君という支えがあったから生きてこれた。

 どんな辛いことがあっても、苦しい事があっても今は君の姿、言葉、日常を思い出すと乗り越えることだって出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィー君、私ね。

 

 

 

 

 

 今でも君の事を―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――愛してるよ。

 

 

 

 



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フィアンマ・サタナキア

 

 

 正直、よく此処まで生き残れたと感心したいものだ。

 俺、フィアンマ・サタナキアが魔王ルシファーさんに拾われてから、十数年の時が経って一人で考え込んでいた。

 人間だったころの生活と今の生活を比べてみれば、悪魔になってからの生活が一番充実している気がする。

 そう思えるのはあれだな、人間だった時の出来事と前世の事が原因だろう。

 

 

 俺は生まれた時から前世の記憶があり、生まれ落ちた場所と時代背景を見つめて絶望した。転生できたことに驚きもあれば期待もあり、自分が主人公になれたのではと期待を寄せていたんだが、結果的に落胆、絶望した。

 まだ近代兵器どころか機械の概念すら生み出されてもいない世界だったのだ。

 こんな世界で、どうやって生きていけばいいのか正直頭を抱えたくらいだ。

 前世の俺はラノベの世界に憧れる子供染みた思考を持った大人だったため、主人公という存在に憧れていた。上条当麻とか兵藤一誠とか空条承太郎とかユーリ・ローウェルみたいなカッコいい主役になりたかった。

 しかし、現実は酷いものである。時代背景が小説世界とは異なり、いまだ機械の概念すら出来ていない時代に産み落とされたのだ。

 

 

 悪魔になった経緯だが、事実特典か何かなのかと疑いたくなったものだ。気づいたら羽が生えてたし、最初は魔力かどうか分からないが力を感じ取る事が出来た。

 それに羽がどことなくハイスクールD×Dの悪魔の羽と似ていたのだ。悪魔とか天使って、長寿だし簡単には死ななくね?と思ってとりあえず近代化するまで隠して人間として偽って生きていこうと思ったが、フラグだった。

 悪魔であることが教会の連中にばれてしまい、俺は生まれた町から離れる事となり、人間から追われることになった。

 そのときは力が少しあったものの、相手は歴戦の退魔師とか連れていたのでむろん何も出来ずに嬲られた。両親や町の連中からは腫れ物、化け物を見る様な目で見られたのは良く思い出せる。

 

 

 あぁ、なんて人生だったのだろうか。これじゃあ、生まれ変わった意味がねぇじゃねぇかと嘆いたその時だった。

 辺りが黒い炎に包まれ、殺しかかってきた退魔師や教会の者達が炎に包まれて灰に変わり、俺のすぐ近くに魔王ルシファーさんが現れたのである。ラノベで出てくる様な整った顔立ちのイケメンが、足元で倒れている俺を見つめていた。

 

『見たことない悪魔だな。小僧、名前は?』

 

『ふぃ、フィアンマ…………』

 

『フィアンマ、なるほど。炎という意味か。喜べ、フィアンマ。俺はお前に興味が湧いた。お前にはサタナキアという姓を与え、俺の下についてもらう』

 

 そういって有無を言わせず俺を担いでどこへと連れて行かれた。

 魔法陣で転移される前に街の住人が怯えていた表情は今でも忘れないし、俺が最後に『じゃあな』と別れの言葉を無意識に漏らしたことも覚えている。

 

 

 

 ルシファーさんに拾われてから、ここがD×Dの世界であるという事実を知って、ある計画を考え始めた。

 とりあえず原作までには生き残り、他の悪魔を踏み台にしていって何としてでも生き残ろうという計画である。なんともゲスい計画だと思うだろうが、主役になれなかったのだから、これくらいは許されてもらいたいものである。

 何せ魔王が生きているという事は大戦が起こる前であり、死亡フラグ満載の原作前に産み落とされたと知れば誰だって抗って生きたいと思うだろ。何せ大戦時にはドライグとアルビオンの乱入で7割くらいの名門悪魔が死んだのだ。

 自堕落に半端な生活を送っていれば間違いなく原作で死んだ7割くらいの72柱に俺も加わるだろう。死ぬのは嫌だ。

 

 

 原作までに何としてでも生き残りがたいために俺は魔術や魔道具の制作に励んだ。

 最初は書籍を読むことから始まり、魔道具に関しては実物を見て触って構造を確認したりしたのだが2年後くらいには書籍や道具を置く為の隠れ家を作って次第に自分から作り出していた。

 偶にルシファーさんや他の魔王さん達が俺の所に遊びに来たりもしてアドバイスしてくれたお蔭で、僅か2年で済んだのだ。というか、魔王さんって原作じゃ登場しないけどかなりフレンドリーなんだなと驚いたのはその時だった。

 

 

 ある日、俺が12歳の年齢を達した時の事である。ルシファーさん達が俺に『学校に行け、フィア』と言われた時、『え?今頃遅くね?』とタメ口で言ったのは言うまでもない。魔王さんたちとは親しかったのでプライベートの時はタメ口が許されているのだが、それよりも学校に行けと言われた事には流石に疑問と驚きを感じた。

 普通ならば7歳くらいから学校に通い始めているのに、12で学校へ行けと言われれば驚く。しかし冥界では12歳前までは家庭教師もしくは従者から教わり、12歳となって学校に通わせることが義務付けられているそうなのだ。

 人間界とは違うんだなとカルチャーショックを受けたのは言うまでもないだろう。

 

 

 さて、学校に通わされたのだが数日後くらいに言うまでもなく俺は噂の的だった。

 『元人間の悪魔』『魔王さまの面汚し』などと道を通れば陰口を叩かれる。

 まぁ、魔王さんの付き添いで世間に紹介させられたけどその時の俺の態度がと喋り方がなっていなかったからな。

 だがしかし、俺はそんな噂など前世に比べれば、その程度の陰口などどうという事はない。魔王さんが拾ってくれたという立場がなければ、手を出されているだろうが中学の頃の俺なんて根暗でラノベが好きだったからイジメの対象にされてたから暴力や私物の損失なんてほぼ日常茶飯事だ。

 利用する形にはなっているものの、魔王さんには本当に感謝している。ほんと、悪いこともあったけど良い事もあるもんだな。

 

 

 学校に通い始めて、俺が驚いたことが二つほどある。

 一つは飽きれるほどの学校の悪魔や他の悪魔が脳筋だったということだ。実技の授業でペアを組んでペアと子と戦うのだが、全員魔力を高めて放てばいいという明らかに『レベルを上げて物理で殴ればいい』という逆パターン思考の戦いを繰り広げていたのだ。『72柱の7割が死んだ理由が、これなんじゃねぇか?』って思うくらい呆れたものだ。

 せめて拘束系とか、付加とか補助魔法を使えよ。魔法耐性が付いてる敵を相手する時は、どうするんだって話だよ。FF13じゃ死ぬぞ、普通に。

 しかし、魔王さんの前以外では口下手で態度が悪いので俺の言葉など参考にはならないだろうと思って何も言わず黙ったのは言うまでもない。因みに俺のペアだが、よくあるペアがいない余りものの様な感じだった。

 その時は魔王さんの従者が実技の授業を担当していたし、魔王さん経由で仲が良かったので従者さんが居てくれて助かりました。

 ……………入学して数日経っているのに友達いないとかって、泣けるな。

 

 

 さて、二つ目だがサ―ゼクスたちがなんとまぁボッチだったり、根暗だったりと言った感じだったのに驚いた。

 サ―ゼクスは高校の時の俺みたいに中身のない薄っぺらい笑みを顔面に張り付けたみたいな奴だったし、アジュカなんて悪魔では珍しい効率と性能を追い求めたている理論馬鹿であり性格が捻くれていたので避けられていたし、ファルビウムなんかはやらせれば何でも出来るタイプだったので基本的は学校に来ない場合もあれば来ても寝ている奴だし、セラフォルーに関してなんか一番酷い思い出だった中学の頃の俺と似ているくらいイジメを受けていたのだ。

 これが未来の魔王なのかと思わず疑いたくなるくらいだったぞ。本当なら、原作であんな感じなんだから放っておこうと思っていたのだが、どうもサ―ゼクスは癪に障るしセラフォルーに関してはほっとけないので俺は未来の魔王4人と関係を深めることに決めた。

 

 

 しかし、今もそうだが本当に俺は酷い奴だと改めて思う。

 何せ俺は魔王さん達だけでなくサ―ゼクスたちまでも利用しようと考えているのだ。

 サ―ゼクスたちと友人になってから、術式や魔道具の開発と試し撃ちの為にバハムートや幻獣を狩りに有無を言わさず連れ出したり、魔力が少ない俺は魔力が欲しいために精霊と契約に行ったり、ルーンから魔力が生み出されると知ればオティヌスもといオーディンのいるアースガルズへ行こうと提案したりして迷惑を掛けていた。

 アイツらは俺のことを友人だ、大切な人だ、掛け替えのない人だと言っているが俺はそう言われるような事はアイツらにはしていない。

 今までずっと利用して、ただお前らの前では本心隠して嘘だとばれない様に上っ面だけの笑みを浮かべていた最低な野郎だ。生き残るためであり、別段後悔しているわけではない。

 だからせめて4人の思い出になる道具を作り、プレゼントしたりした。今の時代では生み出されていないギターやベース、ドラムやピアノと言った楽器を見せてみれば案の定サ―ゼクスたちは驚いていたし、アジュカなんか『超音波攻撃を放つ魔道具の一種か?』と言われた時は思わず本気で爆笑したものである。

 使い方を教え、4人に演奏させてみたがホント下手だった。音程が合わないやらなんやらだったけど、4人は本当に楽しそうな顔をしていたのは今でも覚えている。

 アイツらの顔は、その時が一番輝いている様に見えた。

 

 

 思ったんだけどさ、俺ってセラに好かれているんだと思う。

 毎回後ろからギュッと抱きしめてくるし、サ―ゼクスたちがいない時は積極的に体を押し付けてアプローチしたりするので時折、『襲いてぇ』と思ったことがあるが、理性を振り払い我慢に徹したものだ。

 大戦で生き残ることが一番の目的であったので恋愛事に現抜かして死ぬことになったら洒落にならない。だから俺は敢えて気づいていないふりをしてセラと接し続けた。

 だがしかし、年を重ねてくるごとに成長するセラのオッパイがスゲェ気になるんだけどさ、本当に。毎度背中に押し付けられたり腕に挟まれたりされるんだけど、勘弁してほしい。ほんと、よく耐えたな俺。

 

 

 

 学園を卒業し、俺達は社交界デビューをする年頃になった。

 卒業すれば毎日の様に会えないと思っていたのだが、そんな事はお構いなしにサ―ゼクスたちは俺の隠れ家に集まって来る。上っ面ばかりの笑みを浮かべて賛辞の言葉を貰うよりも俺と居る方が気楽で楽しいという理由だそうだ。

 アイツらの言葉に俺は思わず涙が出そうになった。今まで本性を見せたことがないのに、アイツらは俺のことを一切疑わずに友達だと今でも思っていてくれたことが嬉しかった半面、胸が痛んだ。

 三つ巴と二天龍の乱入から生き残るためとは言え、友達や魔王達を利用しており、その事に関して後悔はしていなかったはずなのに、今になって後悔している。

 

 

 

 だから――――――――――――――

 

 

 

 

「フィー君!起きて、フィー君!終わったよ?もう、戦いは終わったんだよ?二天龍も神もいなくなって、もう戦わなくていいだよ?ねぇ、起きて!」

 

 これは、その代償なのかもしれない。

 リゾマータの公式を似せた未完成の術式を使ったせいで、身体が機能しなくなっていた。何とかして力を込めて目を開けるとセラやサ―ゼクス、アジュカ、ファルビウムたちが泣いているのが目に入った。

 

「………………ぁっ」

 

「フィー君!」

 

 途端にセラが笑みを浮かべる。

 あぁ、ホント、お前の笑顔は本当に可愛いよセラ。

 あれだけ気づいていないふりされてたのにもかかわらず、ずっと振り向いてもらおうと頑張ってきたのに、結局お前の気持ちを無駄にさせちまった。

 だから俺の死を忘れて、幸せになりやがれ。

 

 

 

 

「嘘…………いや………………嫌っ!!消えないで、フィー君!お願いだから、消えちゃいやだよっ……………。サ―ゼクスちゃん、アジュカちゃん、ファルビー!!フィー君が大変なの!フィー君に早く、早くフェニックスの涙を!!」

 

「セラフォルーっ…………受け入れろ。フィアンマは、もうっ!」

 

 サ―ゼクス、強くなれよ。

 冥界の未来を背負えるような魔王になって、兵藤一誠という主人公を導いてやれ。

 周りの言葉に惑わされそうになったら、セラやアジュカ、ファルビウム達を頼れ。

 お前は何だかんだで自分一人で抱え込む奴だからな。

 

 

 

「嫌だ!!約束したんだもん!また、また皆で一緒に集まって遊んだり………演奏したり……………旅行したりするんだもん!!」

 

「………………セラフォルー、もういい。もういいんだっ。だから――――――」

 

 アジュカ、お前には幾つもの術式を残すがそれを頼りに冥界の悪魔たちを導いてやれ。

 お前だけしか、俺の術式が理解できないだろうから頼んだぞ。

 あと、お前とこれから話せなくなると思うと滅茶苦茶残念だ。

 俺の魔道具や術式に対して賞賛してくれた、数少ない友人なのだから。

 

 

 

 

「戦いが終わったら、告白するって…………大好きって伝えるって決めてたんだもんっ……………フィー君と二人きりの、でーとを……するんだもんっ…………」

 

「……………………」

 

 ファルビウム、お前はどう思っているか知らないが謝らせてくれ。

 あの時、お前と出会わなければお前が今こうして無言で泣くことなんてなかったと思う。

 普段から面倒くさがりだったのは分かるが、それはつまらなかったからでもあるだろう。

 俺なんかと出会わなければ、原作通りになれたのかもしれないのにな。

 だから、悪かったな…………ファルビウム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体中に亀裂が走り、瞼が重くなり視界が段々と薄暗くなってくる。

 痛みも感じなくなり、段々意識が薄れていくのが分かってくる。

 前世で死というものがどういうものなんか、分からなかった。

 一瞬で死んだのか、それとも記憶が残らない程ショックだった死だったのか。

 だけど、いまこうやって死がなんなのか、分かる。

 これが…………………死なのか。

 

 

 は、ははははははっ。あぁ、ホント……………悪くない人生だったよ。

 振り返ってみれば、最低な事をしてきたけどサ―ゼクスたちと居た日常の中で純粋に楽しんで笑っていたことは嘘じゃなかった。結果的に原作には関われなくなったけど、こうやってアイツら生き残って、アイツらに囲まれて死ねるなら本望だ。

 だからこれで、何も思う事なんて―――――――――――

 

 

 

 

  ――――――――ねぇ、フィー君……………起きてよっ。

 

 

 

  ――――――――いつもみたいに、冗談だって言って起き上がってよ。

 

 

 

  ――――――――からかってるんでしょ?…………ねぇ。

 

 

 

 

 …………………あぁ、もう、本当。

 どうしてこんなにも、苦しんだよ。

 どうしてこんなにも、理不尽なんだよ。

 目の前に、『好きな女』が泣いているのに、どうして涙を拭えねぇんだよ。

 

 

 

  ――――― ごめん ―――――

 

 

 

 ごめんな、セラ。

 そして…………こんな最低な奴を好きになってくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  …………ホント、死にたくねぇな。

 

 

 




成りたかった役割にはなれない。


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The other promise - ソードアート・オンライン - ≪完結≫
1


 

 

 

 

 

 

 

「ユウキ~、遅刻するよ!」

 

「うん、直ぐ行くね!」

 

 私、紺野 木綿季は姉である紺野 藍子お姉ちゃんの声にベッドから飛び上がり、階段を降りてリビングへと向かう。リビングにはお姉ちゃんとお母さんがエプロン姿で朝食を用意してくれていた。新聞を読んでいたお父さんから『おはよう』と言われて、それに返答し私はテーブルに置かれてあるパンを口に咥える。

 

「いってきま~~~すっ!」

 

『いってらっしゃい』

 

 お弁当を鞄に入れて直ぐに玄関にて靴に履き替え、家を飛び出す。

 家から歩いて10分の駅にギリギリ間に合い、電車の中で息を整える。寝起きだったため、髪がボサボサしていたので周りに迷惑が掛からない様に鞄から櫛を取り出し、髪を梳かす。

 電車が目的地に到着し、私は電車を降りて再び走り出す。腕時計で時間を確認すると時間には余裕があるので失速させ、歩き始める。

 

「おはよう、ユウキ。今日は寝坊しなかったみたいね」

 

「アスナっ!えへへへ、偉いでしょ?」

 

「毎度自分で起きれば、偉いと思うわよ?」

 

 通学路を歩いていると、背後から親友である結城明日奈もといアスナが声を掛けてきた。笑いながら私の合わせる様に足並みを揃えながらアスナと会話するのが、今では当たり前となっている。昔の私ならば、有り得ないだろう。

 

「ねぇねぇ、今日も皆でフロアボス攻略しようよ!」

 

「いいけど、ユウキとランさんは今日病院に検査を受ける日じゃないの?」

 

「まだ先だよぉ、もう。アスナは心配性なんだから。昨日も一昨日も同じこと言ってたよ?」

 

「『親友』なんだから、当たり前よ。そういうことなら、キリトくんたちにも知らせておかないとね。あ、そうだ。明後日の休日、リズ達と買い物するんだけど一緒にどうかな?女の子だけの買い物なんだけど」

 

「勿論行くよ!」

 

「決まりね。あと、もしよければランさんにも「お~~~い、アスナ、ユウキ!」」

 

「あ、キリト!」

 

 背後から黒髪の男の子、桐ケ谷和人もといキリトがやってくる。

 目に隈を浮かばせ、ゼェゼェと息を荒げて私達の所まで追いついて、息を整える。

 

「あぁ、危なかったぁ。起きたら30分過ぎだったから、寝過ごすところだったよ」

 

「ゲームばっかりやってるからよ、もう。でも、バイクがあるんだから乗って登校すればよかったんじゃない?電車と違って直ぐだし」

 

「ガソリンを入れ忘れたんだよ。それより、おはよう二人とも」

 

「うん。おはよう、キリト君」

 

「おはよう、キリト!」

 

 キリトと合流した私たちは、3人並んで学校へと向かう。

 学校の校門前に着くと、私を立ち止まり学校を眺める。病気のせいで学校へ行けなくなって、転居することになって別の学校に通っていたけれど病気の悪化により再び学校へ登校できなくなった。病院での闘病生活が一番多かったので慣れない。

 

 

 いまは昔の様に自分の足で立って、風を感じてる。

 もうベッドの上で眠っているだけの事しか出来ないと思っていたけど、私や姉ちゃん、お父さんやお母さんはこうして生きている。

 

「ほら、ユウキ。行こう」

 

「うん!」

 

 アスナから差し出された手を取り、私は足を動かす。

 その時、首に下げていた小さな星形のペンダントが零れ出た。

 そのペンダントの裏には―――――――Soraという文字が刻まれていた。

 

 

 

 

 授業終了の合図がなりクラスメイト達は皆、学食や購買部へと向かったり、教室でお弁当を広げるなど各自お昼を摂りはじめる。私の席の周りにいた子達から『一緒にどう?』と誘われたけれど、約束があるといって断った。

 私は鞄からお弁当を取り出すとアスナがお弁当を持って向かい側の席に座る。

 

「学校には慣れた?」

 

「うん。みんなとっても優しいし、私の病気の事を全く気にせず接してくれる。だけど、やっぱり今までこんな事はなかったから、何だか違和感があるかな」

 

「そのうち慣れるよ。それより、おかずを交換しない?」

 

「あ、じゃあハンバーグ貰うね!」

 

「あ、こら!まだあげるって言ってないよ!なら私は卵焼き!」

 

「あぁ、僕の卵焼きがっ!しかも二個とった!」

 

「ふふふふ、勝手に取った罰です」

 

 アスナと私がそんなやり取りをすると、周りいた子達がこちらを見てクスクスと笑う。こんなやり取りは此処に入学することになってから誰もが見ている光景なのだ。本来この学校は、SAO生還者の修業年齢者の通う学校は独自のカリキュラムを施行していて中学生、高校生だった人たちを集めている。本来僕が通えるわけがない学校なのだが、この学校は学年というものはなく、高校卒業程度までのカリキュラムが終われば、高卒資格で卒業できる。

 私は病気でまともに学校に通えることが出来なかったので、そのため入学することが出来た。私は首下げてあるペンダントを手に取り、見つめる。

 

「ねぇ、ユウキ。前からずっとそのペンダントを弄ってるけど、もしかして家族からのプレゼント?」

 

「ううん、違うよ。私の手に握られていたけど、誰のものか分からないの。分かるのは、この『Sora』っていう名前らしき文字だけ」

 

「そのSoraって名前に覚えはないの?」

 

「ないはずなんだけど………………でも、とっても大切な人だった気がする」

 

 お父さんやお母さん、お姉ちゃん達でも知らないペンダント。

 裏側に『Sora』と人の名前らしき文字が彫られてあるけど、身に覚えがないのに胸が締め付けられる。いったいこの胸の痛みはなんだろうか。

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 紺野 木綿季もといユウキという少女は前向きで明るい少女だった。

 自分の身体に病があったとしても、学校に毎日通ったり、友達を沢山作ったり、学校を休むことなく病気が治ると信じて生き続けてきた。薬剤耐性型のHIVだと知らされた時も絶望せず、毎日与えられた大量の薬を前に涙を流さず、文句も言わず投与し続けてきた。

 しかし、現実は酷いものであった。

 

 

 ある日、ユウキがHIVキャリアだという事が同学年だった子供の保護者に知られてしまい、ユウキやユウキの家族は差別や嫌がらせを受ける様になってしまった。法では差別などは禁止され、学校や企業側などの健康診断では禁止されている。

 しかし、人間というものは存外数百万の人間を殺した神よりも酷い生き物である。ユウキの通学の反対の申し出をしたり、電話や手紙による嫌がらせが始まった。せっかく出来た友達と別れたくないという我儘が通じないことはユウキ自身も分かっている。

 一家が転居することになったとしても、ユウキは笑顔であり続けると決め、何も言わずに別れを告げた。

 

 

 新しい学校に転校を余儀なくされたユウキは新しい学校でも休むことなく学校に通い続けた。前の学校と同じように友達を沢山つくり、授業なんて一度も休まなかった。

 また頑張ればいい、病気なんかには負けないと頑張って頑張って、只管頑張ってユウキは自分の病と向き合い、闘病するのだった。

 だが、前の学校の事が原因かリンパ球が急速に減少し始めたのである。免疫力が低くなり、ついにユウキはエイズ発症となってしまったのだ。

 

 

 エイズ発症後、学校を休むことになり検査と更に増えた薬剤の投与の毎日だった。

 免疫力低下が原因により、日常生活において通常では撃退できるはずのウイルスや細菌に冒される危険性があったためユウキとその両親は医療用ナーヴギア………メディキュボイドに寝かせるのをユウキ達の担当医である倉橋から提案されたのだ。

 

 

 メディキュボイドは試験機であるため、長期間安定したテストを行う為にクリーンルームい設置されることになった。

 クリーンルームは空気中の塵や埃の他に細菌やウィルスなどを排除された環境下である。中に入れば、日和見感染のリスクが大幅に低下される利点がある。

 

 

 しかし利点も存在するなら勿論、欠点も存在する。

 エイズにおいて『QOL(クオリティ・オブ・ライフ)』が重視されている。

 メディキュボイドの試験者になれば、治療生活における充実した生活が必ず満たされると言えないのだ。クリーンルームから出る事も出来ない、誰とも直接触れ合う生活を送る事になるのだ。

 

 

 だがユウキはヴァーチャル世界という未知の世界の憧れもあり、受諾した。

 不幸なのか幸なのか、それで生きていけるのならば安心だった。

 だがしかし、どこにも出られない。何時しかずっと寝たままの生活に耐えられるかどうかと考えてしまい、不安があったりもしたため思わず涙を流した。

 もしかしたら、このままずっと死ぬまでメディキュボイドでの生活を余儀なくされてしまうのかもしれない。病気が治らないかもしれないと初めて不安を感じてしまったのだ。

 だが―――――――――――

 

『頑張れ、ユウキ!!』

 

 一人の少年のお蔭で、ユウキは再び頑張る事を決めたのであった。

 もう顔すらも覚えていない、一人の少年にユウキ達は救われるのである。

 

 



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2

 

 

 

 

 

 叢雲 空という少年の声が、ユウキの耳に届いたのだった。

 ガラスに手を当てて、自分を見つめる少年が心配そうに見つめているのであった。ユウキは思わず少年の存在に目を見開いてしまった。転校する前の学校で、友達だった少年が態々遠くから見舞いに来てくれたのだ。

 

 

 叢雲 空とユウキの出会いは、ユウキが学校を転校する前の小学3年生に上がった時である。その時のユウキにはまだ友達が沢山いたので、友達から遊びの誘いを受けた。

 何時もの様にユウキは笑顔で頷こうとしたのだが、視界の端にポツンと座っている少年を見つけた。その少年こそが叢雲 空である。

 

 

 ユウキが空を見つめていると、友達の一人がユウキにこう言った。『アイツ、いっつも暗いんだよね』『いつも一人だし、根暗だし、気味が悪いよ』と言うのだ。当時の空はクラスメイト達から見れば暗くて、何を考えているのか分からない、いつも本を読んでいる、たまに顔が殴られたように腫れあがっていたりするので気味悪がられていたのだ。ユウキはそんな空を見て、友達の言葉を無視して空の下へと向かった。

 

『一緒に遊ぼうっ!』

 

 ユウキは空に手を差し伸べ、そう言ったのだ。手を差し伸べられた空は、目を見開いて『いいのか?』と問うと、ユウキは笑顔で頷き、空はユウキの手を取りユウキの友達と一緒に遊ぶことになった。空が結城から遊びに誘われた時、ユウキの友達がユウキに『そんな根暗な奴、連れてくるなよ。どうせ俺達と遊ばないって』と言われたが、『そんなことないよ!空もきっとみんなと遊びたいはずだよ!』と言いわれ、ユウキの友達は複雑そうな顔になりながらも時間の限り遊ぶのであった。

 

 

 それから数日後、空は何時しかクラスメイト達から遊びに誘われるようになった。

 空は他の子供たちよりも少し身体能力に優れているので、男子達からは良くサッカーや野球などといった遊びに誘われたり、ユウキの助力もあって少しずつ触れ合っていくうちに女子達とも溶け込むようになっていた。空も何時しか暗かった表情が明るくなり、笑うようにもなっていたのだ。これが、空とユウキの出会いである。

 

 

 

 あれからもう数年経っているのに久しぶりに出会った友達が大きくなって、雰囲気が少し大人ぽくなっている。今でも転校する前の友達の顔は忘れなかったユウキは、自分のことなど忘れられていると思っていたのにと若干の戸惑いを覚えながらもユウキは空に『………どうして、ここが分かったの?』と問いかける。

 

 

  その質問の答えは、若干言いにくそうだったが『知り合いの伝手で知った』と誤魔化していたが、ユウキは特に気にしなかった。初めて、誰かが見舞いに来てくれたことが嬉しくて仕方がなかったのだから。それから、ユウキと空はヴァーチャル世界で頻繁に会うようになった。

 

 

 空がヴァーチャル世界で『Sora』としてユウキと過ごし始めてから、ユウキとソラ、そして姉のランの3人でVRMMORPG――――『ALO(アルヴヘイム・オンライン)』の世界を楽しんでいた。ユウキとランはソラが始めるずっと前からプレイしており、特にユウキは常にログイン状態なのでソラよりもベテランであり初心者のソラにALOの世界を案内したり、フィールドにいる敵を倒したり、クエストを達成したりした。

 ソラは当初のユウキと同じでヴァーチャル世界がどんなものなのか憧れを抱いていた始めた時はユウキと同じ反応を見せていた。

 

『あはははっ、こっちだよソラ!』

 

『もう、ユウキったらはしゃぎ過ぎよ』

 

『待ってくれ、二人とも!こういうの、全然慣れないんだよ!』

 

 ヴァーチャル世界とはいえ初めて空を飛んだ感覚になれなかったり、戦闘では何度も死んだりなどという初心者らしさが出ていた。携帯ゲームはやったことはあるソラだが、基本的に体を動かしたりするタイプなので滅多にやらないし、ヘッドギアを付けて現実世界と同じ感覚を味わえるゲームとなればなおさらだろう。

 現実と差異があるのでアバターを操作する時は違和感を感じたりもしていた。

 

『ソラ君、そっちから行って!ユウキは反対側から!』

 

『任せろ!!』

『任せて!!』

 

 ユウキ達と共にやるALOにソラは次第に身体に慣れていき、ユウキとランの動きについてこれるようになっていた。初めてだったころはモンスターを相手に戸惑ったり、運動神経が良いのに反応に遅れて戦闘不能になったりして何度も助けられた頃とは比べ物にならない。一人でダンジョンに湧いているモンスターを倒せるようになり、飛行も自在に出来る様になっていた。

 二人の指導のお蔭だと言うが、ソラはバイトで貯めたお金でアミュスフィアを購入し、二人と並んで楽しめる様に一人で練習していたのである。

 

『やった!フィールドボスを倒した!』

 

『流石に3人じゃきつかったけど、やったね!』

 

『さて、ドロップアイテムだけど………ラストアタックは結局どっちが決めたのかな?』

 

『ボク!』

『俺だ!』

 

『むぅ、ソラが止めを刺す寸前にボクの攻撃でHPが無くなったんだからボクが最後を決めたんだよ!』

 

『いや、あれは俺の連撃による最後だった!俺が0.1秒速かった!』

 

『ボクの方が0.01秒速かったもん!』

 

『『むぅぅううう!!!』』

 

『決まらないなら、私の物って事にするわね』

 

『絶対にそれは却下!』

 

『お姉ちゃん、それは無いよ!』

 

『ごめんなさい。もう登録しちゃった♪』

 

『『えええええええええ!?』』

 

 子供の様にアイテムの取り合いやラストアタックで喧嘩したり、機嫌を損ねたりもしたけど3人はとても充実した日常を過ごしていた。ゲーム内での事だけれども、ユウキやランにとって掛け替えのない時間を過ごしたと思っている。ソラはゲーム内ではなくリアルでも頻繁にユウキやラン、二人の家族のお見舞いに訪れた。

 

 

 両親二人とランがエイズ発症していないので、ずっとダイブしているユウキの変わりに家族がソラを迎えてくれた。ソラが初めてユウキ達の両親と対面した時はユウキとは転校前に友達になったと説明すると、事情を知らなかったユウキの両親は笑顔で『ユウキのことを、これからもずっと末永くお願いしますね』と言われ、ソラは勿論笑顔で同意した。ソラにとってユウキは恩人であり、『想い人』でもあるのだから。

 

 

 

 

『ねぇ、ソラ。頻繁にログインしたり、お見舞いに来てくれるけど学校は行ってるの?』

 

 ある日、エリアボス討伐をしていた3人の内ユウキがソラにそう問いかけた。

 問いかけられたソラは一瞬だけギョッとしたような顔をし、直ぐに慌てて表情を作り『何言ってるんだよ、当たり前だろ?』と返す。ユウキはさっきの表情を見逃しはしなかったので、ユウキは『嘘だよ!』と否定し、ソラに追及するのであった。

 

 

 ユウキはソラとALOで遊んでいる間に、密かに思い始めた疑問だった。休みでもないのに授業がある時間帯にはソラが広場で待っており、午後辺りから病院に訪れてガラス越しで談話したりするのだが、それがほぼ毎日続いている。

 ユウキだけでなく、ユウキの家族たちも勿論ソラの日常に疑問に思っていた。何度もユウキに質問され、はぐらかしてきたのだが遂にはユウキの両親からもどうしたのかと心配されていたのでソラは白状した。

 

『―――――俺、親に捨てられたんだ』

 

 誰もがギョッとした。思わず、『冗談だよね?』と問いかけそうになったがソラの悲しい笑みを見て、冗談ではないと判断した。

 

 

 ソラの両親は父と母の3人家族だったが、母はソラが中学に上がった頃、つまりは初めてユウキのいる病院に訪れる二か月前の頃に疲労による過労死で死んでしまいソラと父の二人だけとなった。

 過労死の原因は父が原因であり、ソラの父は仕事のストレスで暴力を振るっていたのだ。暴力を振るい始めたのはソラが小学校に上がった直後で、その時のソラの父は仕事が上手くいかず収入がいまいちな時期が続いていたのがストレスとなり、家族への虐待と変わった。最初はソラの母に暴力を振るっていたのだが、次第にソラにも矛先を向け始めたのだ。

 

 

 

 時折顔が殴られたように腫れあがっていたのは、それが原因である。

 しかし、ソラの母はソラが父から暴力を振るわれない様に今まで自分が暴力を受け続けていた。毎日ではなかったので、父がいない間にソラはいつも代わりに殴られる母の手当てをしてたり母に負担がない様に家事の手伝いをしたりした。だが、中学に上がった直後ソラの母は過労による心筋梗塞で亡くなった。

 父はその事に何とも思わず、母の保険金だけを受け取って知らない女性と付き合い始めた。そして知らない女性と結婚するためにソラが邪魔となり、父は息子であるソラを家から追い出した。

 

 

 

 家を追い出されたソラに残されたのは、母にプレゼントしたペンダントと私物、そして母が密かにソラの為に溜めていたお金だけであった。父に捨てられたソラは、友達や友達の兄や姉などに頼り、住まいを探した。友達の親戚が管理するアパートが格安であったため、そこに住ませてもらった。

 そしてソラは学校に通わず、バイトに通うようになったが元々学生だった身でもあるため履歴書を見せれば大抵の所は弾かれて続いたので中々仕事は見つからなかった。しかし、ソラには身体能力と力があったのでアパート近くの酒屋の主人に雇ってもらえた。

 

 

 

 月給10万という仕事だが、給料を得られるのであれば問題なかった。母の手伝いで簡単な料理は作れるようになっているし、母が残したお金もあるため生活には特に不自由はなかった。そしてソラがユウキのいる場所を知ったのは、注文をしたお客さんがユウキの通っている病院の関係者だった。話を聞いたソラは、すぐに病院へと向かった。

何も言わず去って行った友達に、想い人に会うために。

そしてソラは、ユウキとの出会いを果たしたのである。

 

 

 




感想、誤字脱字、おかしい所の報告を待っております。


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3

 

 

 

 

 

 ユウキはソラが親に捨てられたと聞かされてから、元気はなかった。ソラの父に憤りを感じたりしたが、何よりソラがそれでも笑っていたことに胸が締め付けられた。

 母が死んで、父に捨てられても笑っていられるソラが何よりも心配だったのだ。

 本当は悲しいはずなのに、どうしてあんな風に笑っているのだろうかと。

 もしも自分がソラと同じ立場だったら、泣いてしまうかもしれない。立ち直れないかもしれない。そんな思いでいっぱいであった。

 

「寂しくないの?」

 

「寂しくない、って言えば嘘になるかな。親父はあんなだし、母さんはもういない。でも俺には友達が、ユウキ達がいるから」

 

 一人だった自分に手を差し伸べてくれた、自分が変わるきっかけとなったユウキに感謝でいっぱいだったのだ。どんな時も笑顔で、どんな時でも自分に勇気を与えてくれたユウキに救われた。

 もしもユウキと出会わなければ、ソラはずっと一人だったかもしれない。ユウキの笑顔がなければ自然と笑わなかったし、ユウキから貰った勇気がなければ友達を作ろうとは思わなかった。

 父の暴力を恐れてずっと一人で塞ぎこんでしまい、母の死に心が耐える事は出来なかっただろう。だからこそ『笑ってほしい』『これからも、俺に勇気を分けてほしい』『君の笑顔が見たい』とユウキに告げた。

 

「………ソラってもしかして、天然?」

 

「どういう意味だ?」

 

「あはははっ、自覚は無いんだね。…………うん、そっか。じゃあ、これからもボクは君の傍で笑っているね。その代り、ソラはボクの傍で笑っていてね」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 ソラの言葉にユウキは複雑な表情を浮かべたが精一杯の笑みを浮かべた。自分の笑顔と、あの時手を差し伸べた事でそこまで感謝されるとは思ってもみなかったユウキはソラの言葉が何よりも嬉しかった。

 病に冒されても、誰かの為に何かが出来たことが嬉しかった。エイズ患者だったとしても、それでも差別せずに自分の事を友達だと言って感謝してくれたソラの言葉が何よりも救いだと感じた。

 

 

 

 

 それ以来、ユウキとソラの距離が縮まるのであった。

 距離と言っても、それは長さとかそういう距離ではなく心の距離である。

 今迄塞ぎこんでいたものを曝け出したおかげか、ソラは今まで以上にスッキリした表情になりユウキはソラの過去を知った事により、ソラと一緒に笑っていたい、傍に居たいと思い始めたのである。

 

「ギルドを作ろうよ!」

 

「ギルドって、確かGMを中心にしたメンバーの集まりよね」

 

「また突然どうしたんだ?」

 

 ギルドとはギルドマスター(GM)を中心にした固定メンバーによる集まりの事をいう。ゲームにより異なるが、ギルド専用チャット・メール・掲示板・ギルドメンバーのログイン表示といったコミュニティーツールが使えたり、ギルド同士の戦闘イベントに参加することが出来るものもある。

 ユウキがなぜギルドを作ろうと言いだした理由は、自分やラン、家族達と同じHIV感染者や重い病気に掛かっている達を集めて一緒にゲームを楽しんで生きる気力を与えようという提案なのだ。勿論、ソラもランもユウキの意見に賛成であった。

 

 

 ギルドを結成するのに、そんなに大変な事ではないのだがメンバーを集めること自体が大変だった。ヴァーチャル世界で重病患者を探すなんて時間の無駄である。ALOにログインしている人間の数は3人の両手両足で数えられるような数ではない。

 だが、ソラは諦めずユウキの願いを叶えるために、必死になって探してようやく見つけることが出来た。セリーンガーデンという医療系ネットワークの中のヴァーチャル・ホスピスを見つけたのだ。

 

 

 病気はそれぞれ違うとも、大きな意味では同じ境遇の人達同士が最後の時を豊かに過ごそうというのがセリーンガーデンの目的だったのネットワークである。

 しかし自分の言葉で誘いを受ける患者はいないだろうと思い、年上であり患者たちの思いを深く理解できるだろうと思ってランに頼んだ。案の定、ランの言葉にギルドに参加するメンバーが現れ、これでソラを入れて10人のギルドが完成したのである。

 

「で、メンバーは集まったところでギルド名なんだけれども」

 

「名前は決めてるのか、ユウキ?」

 

「勿論だよ!ギルド名は――――――――――――」

 

 『Beyond the hope』、希望を越えてという意味のギルド名だった。病を治したい、普通の人と同じ生活を送りたいとただ願い、求めるのではなく皆で手を取り合って、希望の先にある幸福を手に入れる意を込めてつけた名前である。

 ソラやラン、ギルドメンバーの誰もがその名前に反対はなかった。『いい名前だ』『素敵な名前ね』と誰もがそう言っており、『Beyond the hope』がALOで生まれたのであった。

 

「じゃあGMは姉ちゃんということで!」

 

「え!?普通発案者のユウキがなるわよね、こういう場合!?」

 

「だって実力的に姉ちゃんが強いし、ボクよりも適任だよ!ソラもそう思うよね!」

 

「いや、俺はどっちでもいいんだけど……………」

 

 しかし発案者であるユウキはギルドマスターにならず、姉のランに任せたのだが、理由は実力的にランが強いからということである。確かに、戦闘能力ではユウキよりもランが強いので妥当と言えば妥当なのだが、別に戦闘力で決めることでもないしユウキでも良かったのではないかとソラは内心苦笑いを浮かべたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「あぁ、ダメだったかぁ!やっぱり魔法スキルを上げないとキツイか!」

 

「ソラ君は基本的に物理ばっかりだからね、やり始めて長いんだから中級魔法あたりは覚えさせて損はないと思うんだけど」

 

「いや、むしろバックアップがシウネーさんだけじゃ足りないって。フォワード陣営が8割だけだぞ?」

 

「いま思えば、このギルドって主に前衛が多いよね」

 

「よしっ、なら皆で魔法スキルを習得しに行こう!次の季節限定ボスまでにはほぼコンプしなきゃね!」

 

「あははははははっ無茶苦茶言うね、ユウキは」

 

 『Beyond the hope』を結成したことで3人だけでは攻略できなかったダンジョンを攻略したり、倒せなかったモンスターを倒したり、季節限定のボスやクエストを行えるようになって更に楽しさがました。

 

 

 仲間たちと共に笑ったり、考えたり、楽しさを共有するだけでなく悩みを打ち明けたりして絆を深め合っていくうちにギルドに誘った患者たちが次第に生きる気力を持ち始めたのである。ユウキのひたむきな笑顔とソラの熱意と応援のお蔭で『負けたくない』『まだ生きていたい』『くじけちゃダメだ』と思い始めたことで、容態が次第に良くなってきていたからだ。

 

 

 容態が良くなってきたことにソラたちは勿論嬉しくない訳なかった。薬の投与が減って、数値も安定していると聞いたときはたいへん喜んでいたのだから。いくらヴァーチャル世界で知り合って数か月とはいえ、あくまで他人なのだがユウキ達はまるで親友や家族と接するかのように喜んでいたのである。

 例えネット内の出会いだったとしても、ユウキ達はもう知らない仲ではないのだ。共に戦い、共に遊び、共に分かち合った仲間なのであるから、ユウキ達にとっては喜ぶのは当然だった。

 

 

 しかし、だからと言って助かるという確実性は無い。

 時には小さな原因などで急変したりしてしまうのだから。

 ALOの中心にある世界樹の前で、ユウキが顔を俯かせたまま立っていた。

 その後ろにはソラがおり、心配そうな顔でユウキを見つめている。

 そしてALO内での天気は……………今の状況を表現するかのように雨が降っていた。

 

「………………………」

 

「………………ユウキ」

 

「……………どうして、かな。…………どうして、助からないのかな」

 

 ギルドメンバーの二人が、突然容態が急変したことにより死亡したことを知らされた。誰もがそれを聞いて耳を疑い、涙を流した。せっかく容態が良くなって、生きる気力を見いだせていたところだったのに突然死は訪れたのだ。メンバーの二人が亡くなった事でメンバーの集まりが悪くなっていた。メンバーの誰もが本当に治せるのだろうか、どうせ望みがないのならこのままでいいのではないだろうかと思い始めているのだ。不安と恐怖が湧き上がり、幾らのメンバーの容態が悪くなったりし始めている。ユウキはその事を知らされて、後悔しているのだ。

 

「………ボクのせいで、ボクがギルドを作ろうって言ったせいだ!」

 

「違うっ!ユウキのせいじゃないんだ!あれは仕方ないことだったんだ!」

 

「何が仕方ないの!?死んだことを『仕方ない』で片付けられないよ!ボクのせいでメンバーがいなくなって、ボクのせいで逆に皆に不安を与えちゃったせいで、また容態を悪くなって…………ソラにボクの気持ちなんて分かる訳がないよ!」

 

 全ては自分の責任だと、ユウキは思っていた。自分がギルドを作ろうなどと提案さえしなければ、二人が死ぬことはなかっただろうし他のメンバーに不安を与えてしまい容態をさらに悪化させなかっただろうし、こんな苦しみを味わう事も無かっただろう。

 ユウキは何度も死んでいった者達に懺悔し、悲しみ、涙を浮かべて肩を震わせていた。するとソラがユウキを抱きしめ、そっと頭を撫でる。

 

「――――――ソラ?」

 

「分からなくても、不安な気持ちを共有することは出来る。それに、まだ作って半年も経ってないだろ?Beyond the hopeは、お前が作ったギルドだ。皆で手を取り合って、希望の先にある幸福を手にするんだろ?だから、また頑張ろう。どれだけ辛くても、俺が傍にいてやる」

 

「だけど………だけど、また誰かが………誰かが居なくなったら」

 

「そうならない様に、俺やユウキ、ランさんがみんなの支えに成れる様に笑って元気づければいい。それに……亡くなった奴らが不幸だなんて言ってたわけじゃないんだぜ」

 

「え?」

 

 ソラはウィンドを開き、音声クリスタルを取り出し再生させる。

 クリスタルから亡くなったメンバーの声が録音されており、ユウキは黙ってクリスタルから再生される声を聞いていた。

 

『幸せだった』

『治らない病でも、ユウキさんやソラさん達の笑顔でここまで頑張れた』

『ありがとう』

『私たちが居なくなっても、泣かないで笑っていてください。そしてその笑顔で、皆を幸せにしてください』

 

 いつの間にかユウキの目尻には大粒の涙が零れ落ち始めていた。メンバーの二人が亡くなった後に、2人が残したメッセージを病院からソラが受け取っていたのだ。

 

「ぐすっ………………ソラ、ボク……頑張る…………頑張るよっ」

 

「あぁ、頑張ろう。もし不安になった時は、俺に頼ってくれ。特に何も出来ないけど、傍にいてやることは出来るから」

 

「うんっ……………ソラ、ありがとうっ」

 

 ユウキは涙を流しながらソラを抱きしめる。

 これからもまた頑張って行こう。亡くなったメンバーの分まで、幸せな時間を過ごしていこう。病なんか負けない為に、皆で頑張って治していこうとそうユウキは誓った。

 何時しか雨は止み、空に浮かんでいた雨雲は消えて太陽が二人を射し込んでいた。

 

 



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4

 

 

 

 

ソラはギルドメンバー全員に招集するようメールを送った。来ないのではないか、無視されるのではないかという若干の不安もあったのだがソラの招集したメンバー全員がギルドホールに来ていた。ユウキ、ラン以外のメンバーが呼び出した理由を聞かせてほしいと言って、ソラはユウキの背中を押してメンバーの前に立たせる。ユウキの頭の中には不安もあったが、ソラがギュッと手を握りしめられるとソラに視線を向ける。

『頑張れっ』とアイコンタクトをするソラに、ユウキは安心した様に心を落ち着かせ、これからのことについて語りだすのであった。

 

「みんな、また一緒に頑張らない?自分の病に立ち向かって、病気を治そう」

 

ユウキの言葉に、ラン以外のメンバーの表情が暗くなった。メンバーの二人は結果的には助からなかった。ならば自分たちも助かる可能性などないだろう、そう思っているのだから表情を暗くするのは頷けるだろう。『今更頑張ったところで、何が変えられるというのだろうか』『頑張るくらいなら、このまま安らかに過ごせるように治療を切り替えたほうがいい』と口々に漏らしている。

 

 

とてもではないが、周りの反応を見る限り誰もユウキの言葉に立ち上がる者達は居なかった。だが、ユウキはそれだけで諦めず、アイテム欄からソラから受け取ったクリスタルを使用し、言葉をつづける。クリスタルからは、二人が残していった言葉が再生され、メンバーの誰もがクリスタルから再生される声に集中していた。

 

「思い出してよ!皆で一緒に頑張ってきた事や苦しかった事も楽しかった事も全部!ボクたちが頑張ってきたから、生きようって思ったんじゃないの?亡くなった二人は最後まで、嫌だった顔をしてた?辛そうな顔をしてた?……………違うよね。二人は最後まで、とても幸せだと感じていたはずだよ」

 

ユウキの言葉にメンバー全員が今までの思い出を振り返りだす。

ギルドメンバーで行ったレイドボス攻略、ダンジョン攻略、クエストなど全ての記憶に誰も楽しくなさそうな顔をしたメンバーは一人もいなかった。ユウキとソラの笑顔に元気づけられ、楽しさを分け与えてもらって頑張ろうと心に決めた者達もいる。患者ではないソラから『失っていい命などありはしない』と説得された者もいる。

 

 

亡くなった二人だって、とても幸せそうに笑っていた事は誰もが覚えている。誰もがギルド結成から今までの思い出を振り返ると自然と涙を流していた。『やっぱり………死にたくない』『またあの時の様に笑っていたい』『皆と会えなくなるのは嫌だ』と小さく口々に漏らし始めていた。

 

「だから、頑張ろう。また頑張って、今度はリアルで会おうよ!ALO(ここ)では出来ない事を、沢山しようよ!亡くなった二人の分まで、幸せになろうよ!………ボク達はまだ生きているんだから、きっと希望の先にある未来を掴みとれるはずだよ!」

 

『だから皆、また頑張ろうよ』と言ってユウキは皆に手を差し出す。最後の後押しがあったお蔭かメンバーの一人がユウキの手を添えて、次第に他のメンバーがユウキの手を添えはじめる。後からラン、ソラもユウキの手を取り遂にメンバー全員がユウキの手に手を添えているのであった。ユウキ達は再び、自分の病に向き合う事を決意したのである。ユウキはメンバー全員が手を添えてくれたことに喜び、ソラに見つめ微笑み、ユウキの笑みに気づいたソラは微笑み返した。

 

 

 

 

 

 

再びギルドメンバーたちが生きる目的を見出してから約2年の月日が流れた。

約2年ものあいだALOでソラたちがやる事は特に変わりはなかったが、時折ソラはリアルでメンバーたちに連絡の取り合いを始めたりしていた。ゲーム内での話は兎も角、リアルの事情についての話を聞かせれば、少しは浮世離れしないだろうと思っての事である。通院、もしくはベッドで寝たきりのメンバーもいるので正直ありがたいことだった。時折時間を忘れていると電話代が酷い事に成ったり、ログインしない時間が増えてユウキが拗ねたりするなどソラにとって前半を除けば苦笑いを漏らしたくらいだ。拗ねたユウキのご機嫌取りをするためにソラがユウキと二人きりでALO中を回り続けることになり、メンバーの誰もが二人のやり取りに微笑ましい笑みを向けていたのだから。

 

「退院おめでとう、ジュンにシウネーさん。退院祝いになるような物はないし、それにテレビ越しだけどゴメン」

 

『気にすんなよ、ソラ。今までずっと俺達はソラたちから貰ってきたんだ。言葉だけでも十分だよ』

 

『えぇ、二人にはとても返しきれないほど貰いました。それだけ言ってもらえるだけでも十分な贈り物だわ』

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。再来月あたり、ユウキも外に出られる様になれるらしいから、その時はみんなの都合がなければ集まろう」

 

『再来月は確か、夏休み辺りか?じゃあ海にしよう!みんなで海!』

 

『ふふふ、もうすぐユウキも退院なのね。楽しみだわ』

 

「気が早すぎだよ。あと、退院したからといって海はまだ早いからな」

 

約2年もの間に、メンバーの殆どが退院した。諦めず、懸命に生きようと願い頑張ってきた事が積み上がり奇跡を創りだしたのだ。突如容態が良くなる者もおり、時には手術に成功する者、治療薬一つで病が突如消滅した者達が出始めたのである。残されたのはユウキだけだが、ユウキは誰よりも仲間たちの退院を聞いて喜んで『おめでとう』と言葉を送っていた。ユウキの容態についてだが、徐々に良くなり始めている。薬剤耐性型のウィルスが徐々に消滅していきもうメディキュボイドを使わずとも、このまま何事も無ければ生きていけるそうなのだ。

 

 

今はメディキュボイドから出て、新たな無菌室の部屋に用意された病院のベッドの上で眠っている。10年以上闘病の末に得た希望はとても大きなものだった。メディキュボイドのテスト試験者だが、もう十分すぎるくらいにデータが取れたとの事であり、実用化を進めているとの事である。これなら近いうちに製品化されたメディキュボイドが量産され、ユウキ達以外の重病患者を救うきっかけになっていくだろう。

 

『あ、ソラ!』

 

「おっす、ユウキ。見ないうちに肉が少しづつ付いてきたんじゃないか?」

 

『うん!最近は病院のごはんじゃ物足りないから、お父さんとお母さんに内緒で姉ちゃんにお菓子を買ってもらってるんだ。えへへ、今日はクリームたっぷりのプリンだったんだよ!』

 

「そんじゃあ、仕方ない。せっかくアパート近くで経営してるパン屋のラズベリーソースチーズタルトを持ってきたのに、クリームたっぷりのプリンを食ったんだから要らないだろうな。今からランさんと一緒に食べるか」

 

『あぁっ、ずるいよそんなの!ボクもラズベリーソースのチーズタルト食べたい!』

 

「ははは、退院したら幾らでも食べられるぞ。今はお預けだけどな」

 

『むぅぅぅ……ソラの意地悪っ!』

 

ガラス越しではあるが今では元気にソラとリアルで会話している。

最初はウィルスによって視力が失われかけたり、エイズによる脳症でまともに体を動かせなかったりするが、日に日に回復しており今ではユウキの目にはリアル世界の景色が映し出され、自分の身体を動かせることが出来るようになった。これもずっと傍で応援していたソラやユウキの家族、そしてALOで出来たbeyond the hopeのメンバーたちのお蔭なのだとユウキは信じている。

 

『そういえば、ソラはバイトで忙しくなってから全然ログインしてないけど、そんなに忙しいの?』

 

「もう飯とかどうでもいいと思うくらい忙しいかな。バイトに来なかった分だけ頑張ってるんだ。注文は多くて遠くの家やマンションとかに運んだりしてキツイけど、クビにされなかっただけでマシかな。あ、今日はバイト休みだから、ログインできるけどユウキはどうする?」

 

『勿論、ログインするよ!世界樹の下で待ってるね!今日はボクとデュエルしようね!』

 

「いや、それだけは勘弁。俺、お前に一度も勝ったことないんだけど」

 

『せっかく大型アップデートしてOSSを作れるようになったんだから、ソラも自分のOSSを作った方がいいんじゃない?他のソードスキルは兎も角、OSS無しだから勝てないんだよ』

 

ソラは決して弱く無い訳ではない。ALOが一度中止となったが大型アップデートと共に復活を果たし、ソードスキルが導入される前のALOではユウキとほぼ互角の実力を有していたのだから。バイトやギルドメンバーのテレビ電話のせいで時間が取れなくなり、腕は少々鈍っているもののソードスキル無しのユウキとならまだ互角に戦える。オリジナル・ソードスキルを作ろうにもバイトなどで時間がないため、ソラにはOSSを作る余裕はないのだ。

 

「オリジナルを作れるほど、器用じゃないよ俺は。じゃあ、先にログインしておいてくれ。直ぐにアパートに戻って、世界樹に来るから」

 

『約束だよっ!』

 

部屋を出るソラに、元気に手を振って見送るユウキにソラは笑みを浮かべ降り返す。

メディキュボイドを使わなくなり、このまま行けば退院できるのは間違いなしだと思っていた。HIVが完治されるわけではないが、日常生活になんの影響なく過ごせられる。

ソラはこれからもユウキの事を支えていこうと改めて誓うのであった。

 

 



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5

 

 

 

 

 

 

「やっと退院だ~~!」

 

ユウキの嬉しさの籠った声を上げ、大空に向けて両手を広げる。闘病から約15年もの間、ついにユウキの努力が報われる日が訪れたのである。担当医だった倉橋ですらも驚きの回復力だと驚愕していたが喜びもあった。ユウキの努力もそうだが、ソラがいてくれたお蔭なのかもしれない。ソラが今まで病院まで来てお見舞いに来たり、一人暮らしで大変なのにも関わらず高額のアミュスフィアを購入してまで逢いに来てくれたことでユウキが頑張れる切っ掛けとなったのだろう。ユウキの家族はユウキの為に毎日会いに行くソラがユウキの彼氏だと言葉を漏らし、笑っていたくらいである。ユウキの退院に、ユウキの家族やソラたちが来ておりギルドメンバーたちまでは流石に来れなかったのだが、それだけでもユウキは嬉しかった。

 

「じゃあ、今日はソラ君と一緒にいろんなところに行ってきなさい」

 

「ふふふ。頑張るのよ、ユウキ。良い雰囲気になったら、ちゃんと自分の気持ちを言っちゃいないさい」

 

「も、もう姉ちゃん、からかわないでよっ!べ、別にボクは、その……」

 

「はっはっは、若いな。じゃあ、私たちは先に家に戻っているよ。ソラ君、良かったら今日の夕方はウチで夕食を摂りなさい。盛大にもてなすよ」

 

「ありがとうございます」

 

ユウキの家族が自宅へと戻った後、ソラとユウキは街へと向かうのであった。リハビリの末に未だ少し歩く速度が遅いユウキにソラはユウキの歩幅を合わせる。ユウキは若干合わせてもらって悪いと思ってソラの顔をチラリとのぞくが、視線に気づいたソラは笑って手を差し伸べてくれる。ソラはユウキの歩く速度が遅い事に不満を感じていないし、こうやって二人きりで歩いていることが新鮮でもあり、ようやくこうやって現実の世界で一緒に居られるのだから気にしてなどいないのだ。手を差し伸べられたユウキは頬を若干赤く染めてソラの手を取り、笑みを浮かべて自分の歩幅と速度で歩く。

 

 

特に特定の場所や目的もなくソラとユウキは街の中を歩き回る。最近新しくなった公園やソラが途中まで通っていた学校、繁華街、住宅街など。時折ソラの小学校からの友人と出会い、ユウキの事を紹介すると『この子がお前の言ってた彼女さんか』と言って笑ってからかわれ、ソラは苦笑いする尻目にユウキは思わずトマトの様に真っ赤になって、『ち、違うよっ!そ、ソラとは『まだ』友達で!』と慌てていたせいで意味ありげな言葉を滑らせてしまい、更にからかわれてしまった。ソラの友達と別れた後、ちょうど昼食の時間になり二人はソラのアパートの近くで経営するパン屋でお惣菜パンやドーナツを買って、近くの公園で口にする。

 

「う~~っ、美味しい!ふわふわの生地に、カリカリに焼けた外側が何とも言えないっ!こんな美味しいパンを毎日食べれるソラが羨ましいよ!」

 

「だけど、美味いぶん高いんだけどな。油断してたら財布が薄くなるよ。それと、食べ終わったらどうしようか。一通り適当に歩いたけど、行ってみたい場所はないか?」

 

「じゃあタワーに行こうよ!スカイツリー!」

 

「じゃあ、次はスカイツリーに行くか」

 

傍から見れば、カップルにも見て取れる二人のやり取り。ソラはユウキの事は異性として好きなのだが、まだ踏み出せない感じでありユウキも同じなのである。献身的にお見舞いに来たり、ALOの世界に来てくれるソラにいつの間にかユウキは惹かれていったのである。自分の病気に負い目を感じて諦めたりしたのだが、ランや家族から後押しされソラと仲を深め合っていくうちに好きという想いが勝ってしまったので負い目を感じなくなっている。しかし、意識すると赤面したり普段から大胆なのだがソラを意識してしまうと手を握る事すら躊躇ってしまう初心な子なのだ。

 

 

因みにだが、ランや家族、Beyond the hopeのメンバーたち全員ソラとユウキが両思いだというのは認知しているのだが、お互い一歩踏み出せないため目を輝かせ二人のやり取りを見つめる者もいれば、『若いなぁ』と言う者も『羨ましい』と言う者もいる。勿論、皆はソラとユウキの恋が成熟することを望んでおり後押しだってしている。

昼食を食べ終え、ソラのアパートから東京都墨田区押上へとバスに乗って向かった。

 

 

入場料を払って、スカイツリーの天望回廊へとエレベーターで登った二人。

平日にも関わらず人が多いのでエレベーターに乗るまで待たされた二人だが、ようやく自分達の番が回ってきて疲れた笑みを浮かべていた。そして、エレベーターから降りたユウキは真っ先に手摺の近くまで急ぎ足で向かう。ガラスの向こう側に映る街並みを見て、『ALOみたいに、飛んで外側から見てみたい』と無茶な事を言いだし『流石に無理だ。ALO内で我慢しろ』と言ってソラは苦笑いし、ソラの言葉に唇を尖らせるユウキの頭を撫でるのである。

 

「うわぁ、綺麗なアクセサリーが沢山………。ねぇ、何か記念に買っていかない?」

 

「小遣い、大丈夫か?」

 

「…………………」

 

ソラの言葉に、ユウキは財布を覗くと静かになった。察するにもう無くなり掛けているのである。それにユウキはこのまま全額使ったら、両親に怒られるだろうし次のお小遣いは減らされてしまう。それはユウキにとって致命的な事だろう。ソラも何か買ってあげたいと思ったのだが、生憎と今日使い分のお金は使い切っているので買えるのはコンビニで買えるお菓子か飲み物一つずつくらいだ。しかし、ソラは財布をしまって自分の首に下げていたペンダント外し、ユウキの首にぶら下げる。

 

「代わりにあげるよ」

 

「え、いいの!?これって、大切なものじゃ………」

 

「いや、それほど大切なものじゃないよ」

 

嘘である。なけなしのお金で買って、母親に送ったプレゼントが大切な物じゃない訳がない。ソラがユウキに渡した理由は、母親以上に大切な人だからという理由でユウキに託したのである。自分に勇気と前に踏み出す切っ掛けをくれたユウキに最大の感謝と、そして遠まわしの好きという気持ちの形である。ユウキは首にぶらさがっているペンダントを手に取り、見つめる。

 

「とっても綺麗…………あと可愛いっ。本当に貰ってもいいの?」

 

「あぁ、勿論」

 

「えへへ、ありがとうソラ!」

 

太陽の様に明るく、眩しく、今迄最高の笑みをユウキはソラに向けて浮かべた。

帰宅する時間帯になり、ソラとユウキは再び手を繋いでユウキの自宅へと向かう。

帰路を歩いている中、特に二人は会話しなかったが幸せそうであった。

この時間がずっと続けばいい、これから先も幸せな未来でありますようにと願う。

家族や仲間、そして大好きな人と共に歩んでいく暖かな未来を。

 

 

 

 

 

夏になり、小中高大といった教育学校にとっては夏休みに入ったというべきだろう。

外では元気に子供たちが元気そうにはしゃいでいたり、夏の暑さに嫌気がさした表情をしている大人たちも居たりなど夏の評価は人それぞれである。そんな暑い中、ユウキやソラ、ラン、beyond the hopeのメンバーたちが歩いている。

 

「あ、熱いぃぃ………この炎天下で町を歩くなんて無理ぃぃ」

 

「と、とりあえずファミレスで涼もうよぉ。もうお昼になるから、丁度いいし」

 

『さ、賛成…………』

 

炎天下の前では全員元気にはしゃぐ気力が失せている。ユウキも流石に炎天下の前ではほぼ無言状態になっており、若干ソラの服を掴んで歩いている程だったのだ。メンバーの一人がファミレスへ向かうのを提案し、全員が同時に賛成の声を上げる。ファミレスまでの道のりに愚痴を漏らしたりしていたが、エアコンが効いたファミレス内に入った途端に元気になったのは言うまでもない。ファミレス内は涼み目的もあればもうすぐ昼なので昼食目的のお客が沢山いたが席は確保できている。全員席について好きな物を頼み、来るまでのその間は談話する。

 

「やっぱり海に行くべきだったんだよ!水着は涼しいし、泳げるし、屋台だってあるし!」

 

「……………で?本音は?」

 

「女性陣の水着が見たいだけですごめんなさい!」

 

「素直でよろしい」

 

「だけどユウキに無理させるわけにはいかないだろ。海は来月にするって約束だろ?」

 

「だけど、やっぱりこの暑さだとまいっちゃうよ?海に行きたい海っ!」

 

「かといって海に行ったら他の人達もいるだろうから一杯だし、かといってプールに行けば海と同様で人でいっぱいになって狭くてあんまり楽しめないし」

 

「県外に行くにしてもお医者さんの許可が下りるまでダメだからね」

 

「うわっ、よく考えれば八方塞がりだった!」

 

東京は誰もが憧れる場所でもあるため人口密度はかなり高い。そのため夏になればプールや海などと言った場所は人で埋まっているのである。都会という大きな利点もあるがその分不便な所が見え隠れしているので何とも言えない。県外へと行けばいいのだろうがメンバーの幾らかがまだ許可が下りていないため隣の県は兎も角遠出は出来ない。皆が東京の暑さに頭を悩ませているとソラはある事を思い出した。

 

「確かアインクラッドに大きな湖があったよな。そこで泳げばいいんじゃないか?」

 

「あぁ、確かに。でも、せっかく集まったのにこれで解散なのはちょっとどうかと思うんですけど……………………」

 

「ネカフェにアミュスフィアは置いていないからね…………」

 

「とりあえず、ソラの案は夜に取っておこう。今日はせっかく皆でこうやって集まったんだし、リアルを楽しもう」

 

「そうだね。じゃあとりあえず、お昼済ませたら皆で駅ビルとかに行こうよ!」

 

ユウキの提案に皆は賛成し、昼食後に駅ビルへと向かった。

駅ビル内は涼しい所もあるし、広いのでゆっくり歩きながらショッピングが出来る。

8人という人数で駅ビル内の色んな店を歩いたりした。駅ビルなど何度も行ったことがある者達にとっては特に楽しむ様な事はないだろうが、ソラは兎も角ユウキ達は滅多に外に出られなかった元重病患者であったため久しぶりの者もいれば初めて来る者もおり周りの御客とは比べ物になれないほど楽しんでいた。

 

 

こうやって外に出られて、仲間たちと出逢えたことに何よりも価値があったと誰もが思っただろう。前まで『もういい』『このまま安らかに逝けるのを待つだけだ』と諦めていたが、今ではもうそんな思いを抱くこともなくなっている。ソラとユウキ、ラン達が作り上げたギルド『Beyond the hope』に入れて良かったと思ったくらいだ。今ではメンバーたちがソラやユウキ達の様に他の重病患者に生きる気力と勇気を分け与えようと応援しているそうである。僅かだが、重病患者たちもギルドメンバーたちの様に頑張ろうと努力している者達も増え始めている。切っ掛けはソラであり、ソラという小さな波紋が次第にユウキ、ラン、ユウキの家族、ギルドメンバーたちへと伝わり大きくなってきたのだから、知らない者達にとってはどうでも良い存在であるが、助けられた者達にとってはとても大きな存在なのである。

 

 

駅ビル内を歩いていれば、既に空はオレンジ色に染まり終わりを迎えようとしていた。

態々遠くから訪れた者達もいるので、時間的にはここで解散となってしまう。一日が経つのは本当に早いのだが、ALOがあるのだからこれからもずっと会える。しかし誰もが名残惜しそうな顔をしていたのは言うまでもないだろう。ALOで会おうと約束して、3人以外のメンバー全員を見送った後、ソラ、ユウキ、ランは自宅へ帰宅するべく帰路を歩くのである。

 

「今日は本当に楽しかったね。今度は冬に会えないかな」

 

「都合が都合だから、分からないわよ?」

 

「でも、年越しは皆で一緒ってのいいかもしれないな。皆で朝日を拝みたいよ」

 

「そうね。あ、気が早いけどソラ君は冬、主にクリスマスや元旦はどうする?もしよければ、ウチで過ごしてもいいのよ?もちろん、クリスマスは気を利かせるけどね」

 

「か、からかわないでくれよランさん」

 

「そ、そうだよ姉ちゃん!く、クリスマスはソラと家族と一緒に過ごそうよ!」

 

ランの言葉に二人は顔を見合わせ照れはじめる。

反応から気づけばいいのだが、どうしてこうも鈍感なのかとランはため息を吐いた。

しかし、いつか近いうちにソラとユウキは結ばれているに違いないだろう。何せ二人は両想いなのだから、きっと結ばれているはずだ。

 

「そ、それよりもソラ。今日の夕飯も家に来ない?お父さんとお母さんがぜひ来てほしいって言ってたから」

 

「それ、もう何度目なんだよ。まぁでも、断るわけにはいかないからな。行くよ」

 

「やった!!」

 

嬉しそうにスキップするユウキ。何度も家に招待され、夕食を共にしているソラは流石に『これって引き込もうとしてない?』と内心苦笑いしながら思ってしまう。ユウキの両親はソラがユウキを貰ってくれることを望んでいるため、勿論ソラが思っている通りなのだが本人もユウキもその事は知らないし、知らない方がいいだろう。

ソラ自身、そろそろユウキに告白するべきかなと考えているその時だった。

 

「ねぇ、ソラ―――――――――」

 

プップーッ!!

 

「え?」

 

車のクラクションの音にユウキはこちらへ向かってくる車に気づく。

大型トラックが信号を無視してこちらに迫って来ていたのだ。

横断歩道を渡ろうとしていたユウキに向かって大型トラックが突っ込んで行き、そして―――ソラがユウキの肩を掴み、歩道沿いに押し戻した。

 

 

 

 

 

「―――――――――――あっ」

 

押し戻されたユウキはソラに向けて手を伸ばした。

手が届くその瞬間にソラがトラックと衝突し、身体が宙を舞い地面に叩きつけられるのであった。しかしトラックはそれだけで止まらず、叩きつけられたソラの身体を踏み潰した拍子に方向が変わり、電柱に直撃して停止したと同時にユウキがアスファルトに腰が落ちるのであった。周りにいた者達とユウキとランは何が起こったのか理解できなかった。急にトラックが自分の所に突っ込んできたのだが、ソラに押し飛ばされてソラが吹き飛んで、地面に叩きつけられた。地面に叩きつけられたソラはピクリとも動かず、身体から夥しい量の血液が地面に広がり始めたのを目の当たりした時、ユウキが先に反応した。

 

「いやああああああああああああああああああああああ!!!」

 

ユウキの悲鳴が、あたりに響き渡るのである。

 

 

 

 



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天使がみる夢

 

 

 

 

 

 

 

ソラが車に跳ね飛ばされた後、歩いていた通行人の一人が救急車を呼んでいたためソラは救急車へと乗せられ、ユウキが通っていた病院へと搬送された。救急車が来る間にパニックに陥ったユウキとランがソラの下へと駆けつけ、必死にソラの名前を叫んでいたが小さく息はしているもののソラはピクリとも身体が反応しなかった。体が冷めていき、半身の骨がぐちゃぐちゃになっているのが触れれば分かってしまった。ソラは死にかけている、早くしなければ手遅れになるとユウキとランは焦った。事故の原因についてだが、飲酒運転による事故でありソラを跳ね飛ばしたトラックのドライバーは酔った状態で無事に出てきた。

 

 

しかし、例えトラックのドライバーが無事だろうともユウキやランにとっては許せない事を犯してしまった。二人にとって、ユウキの家族やbeyond the hopeにとってソラはかけがえのない存在だったのだ。その掛け替えのない存在を、このような無残な姿に変えたトラックの運転手が許せず、ランはトラックの運転手に手を出したのである。

 

 

『許せない』『許さない』『ふざけるな』『消え失せろ』と、ランは涙を流し、そう叫びながら運転手を殴り続けた。誰もがランの暴力を抑えようとし、引き剥がす頃には救急車が到着し、ソラを慎重にベッドに乗せて病院へと搬送するのであった。ユウキもランもソラが乗せられた救急車に乗り、ソラの手を掴んで必死に『生きてっ』『お願い、死なないで!』と涙をこぼし、訴える。心電図からは脈があると反応するものの風前の灯火とも言える数値の低さだった。病院に運ばれたソラは、そのまま直ぐにレントゲン検査を受けて手術室へと搬送される。担当だった倉橋からは『大丈夫っ、絶対に救ってみせる!』と言われユウキ達は不安になりながらも担当医だった人の言葉を信じ、ソラを待つことにした。

 

 

 

 

 

ソラの手術開始から、どれくらいユウキ達は待たされただろうか。もう1日くらいユウキとランは手術室前のソファーに座って待ちつづけている。両親から軽い食事と毛布を渡されて一日を過ごしたが、いまだ手術中というランプが赤く照らし出したままであった。消えないランプにユウキ達は、もしかしてソラが帰ってこないのではと最悪な想像を考えてしまったが『そんなはずはない!』『ソラならきっと乗り越えられる!』と思い込ませ信じ続ける。自分たちが乗り越えることが出来たと同じように、ソラもきっと乗り越えるはずなのだからと思っていたその時、手術中のランプが消えて数分後にソラに手術していた医者たちが出てくる。ユウキ達は最後に出てきた倉橋に詰め寄り、話を聞こうとした。ソラの容態を聞かれた倉橋は、重たそうな口を開けてユウキ達にソラの状態を告げるのであった。

 

「ソラ君は……………もう助かりません」

 

「――――――え?」

 

「………胸の骨がバラバラに砕けて、その骨が心臓に突き刺さっていました。抜いた瞬間に血が噴水の様に吹き出して、何とか縫合して止血しましたが腕や脚から漏れ出してしまっていたので、血液が決定的に足りません。輸血しようにも、彼の血液型が最も珍しい血液なため………輸血できないんですっ………」

 

「そんなっ…………」

 

ユウキは、そんなの嘘だと言わんばかりと倉橋の背後にある扉を開ける。

手術室にはソラが寝かされており、ユウキは寝かされているソラの下へと駆け寄る。

駆けるとユウキは思わず、絶句してしまった。寝かされたソラの身体が欠けており、片方の手足が肘と膝関節部分から切り落とされて包帯で巻かれているのだ。周りを見渡せばソラのレントゲン写真が並べられており、ユウキが見ても分かるくらい酷い状態なのだ。切り取られた腕と脚の骨が修復不可能となっていたため、切り取るしかなかったのだ。そして折れたのは腕と脚だけでなく、あばら骨の半分と頭蓋骨も折れており、背骨には罅が入っている。ユウキの身体が次第に震え上がり、目にはボロボロと涙が零れ落ち、ソラの頬を伝う。

 

「ねぇ…………起きて、ソラ。………約束、したよね?これからも、ずっと一緒だって」

 

忘れているだろうと思っていた友達が、逢いに来てくれた事が嬉しかった。

忌避され、差別される病状でも彼はユウキやユウキの家族たちを差別せず、毎日お見舞いにきてくれていた。

 

「秋はみんなで、ハロウィンしたり………冬は、クリスマスとか元旦は一緒に過ごしたり…………春は、いっしょに旅行したりしようって………」

 

自分達以外の重病患者たちの救う切っ掛けとなった彼は、いまだ息をしないまま眠ったままだった。どれほど泣いても、どれほど言葉を漏らしても、どれほど名前を呼んでも彼が目を覚ます事はなかった。

 

「傍に………傍に居てくれるって、言ったよね――――――――――」

 

ピィィィ――ー―ッ

 

「――――――あ」

 

心電図から心拍停止の電信音が手術室中に響き渡り、止む。

叢雲 空は……………静かにこの世を去ったのだった。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

放課後になり、学校の終わりのチャイムが鳴り響く。

クラスメイトの皆は部活か帰宅するものも、楽しそうに会話をしながら教室を出て行く。同じクラスの友達に『また明日ね』と言ってユウキは鞄を持って、下駄箱へと向かうと下駄箱でアスナとキリトと鉢合わせになった。

 

「あ、アスナにキリト!」

 

「おっす、ユウキ。今からか?途中まで一緒にどうだ?」

 

「ううん、今日は少し病院に用事があるの。誘ってくれてありがとうっ!」

 

「あれ?検査はまだ先って朝に言わなかった?」

 

「うん、まだ先だよ。でも、どうしても行かなきゃいけない気がして、とりあえず急いでいるからじゃあね!」

 

ユウキはキリトとアスナに別れを告げ、靴に履き替え走り出す。走り出したユウキは電車に乗って目的地である病院へと向かう。その病院は自分がエイズ発症から闘病生活を送っていた病院であり、ユウキは急いで病院へと入っていく。

病院内では走らない様に小走りになりながらもエレベーターに乗って、自分がメディキュボイドに入れられていた場所へと辿り着く。

 

 

ユウキは部屋の前で立ち止まり、ただ茫然と辺りを見回していた。ずっと、ユウキの頭の中に何かが引っかかっている。どうしてか、今日は此処に来なければならないのだと思っていたのだ。自分が……………ここでいったい誰と会話していたのかを知るために。

退院してから、ずっと何かが欠けてしまっているとユウキは感じていた。それに気づいたのは手に握られていたペンダント、Soraという文字が刻まれたペンダントを見つけてからである。家族からの贈り物でもないし、ギルドメンバーたちからのものでも親戚からの贈り物でもないのだが、ユウキはペンダントを見るたびに胸が苦しくなり、切なくなってしまうのである。

 

 

そして、退院してから夢を見ている。おぼろげだが、自分と誰かが楽しそうに会話している夢を。自分の隣に誰かがいるのだが声も聞こえない姿がぼやけてて、朝になれば半分ほど忘れているのである。自分と会話しているのはいったい誰なのだ?と何度も夢の出来事を思い返していた。ALOやリアルで隣を見つめ、会話し、笑ったり、怒ったり、悲しんだりしたとき隣にいた人物はいったい誰なのだろうかとユウキはずっと考えていた。病室前にずっと立っていると担当医だった倉橋がユウキに気づき、声をかける。

 

「どうしたんだい?今日は診察の日じゃないはずだよ?」

 

「あ………………あの、先生。一つ、聞いていいですか?」

 

「なんだい?」

 

「その…………ボクがあの部屋に居た時、部屋の外に先生や家族以外で誰かいませんでしたか?その………ボクと会話してた人とか」

 

「私や家族以外で、ですか………う~~んっ、私の記憶ではいなかったはずですね」

 

「そうなんですか………………じゃあ、ソラって名前の人、知りませんか?」

 

「ソラ、ですか?漢字にすると、どういう字ですか?」

 

「あ、う…………」

 

倉橋の質問にユウキは頭を悩ませてしまった。ペンダントの裏に書かれてある文字はローマ字であるため感じが分からない。大空の空だったり、別の漢字を当てたソラかもしれないのだ。頭を悩ませてると、倉橋が他の担当医に呼ばれたので離れてしまい一人になってしまったユウキは病院を出る事にした

 

 

病院から出たユウキは、電車に乗らずにバスに乗って別の場所へと向かった。

夢の中で出てきた、アパートとアパート近くのパン屋。そしてスカイツリーや駅ビルなどといった場所を歩いて周り始める。夢で見た順番通りに進んでいくたびに、ユウキの胸がとても苦しくなる。病気によるものではない。悲しみから生まれる苦しさだった。

そして最後に、自宅へと向かう横断歩道を前にすると涙があふれ出てくる。

 

「どうしてっ、どうして………涙が出るの?………ボク、何か大事な事を忘れているの、かな?胸がとっても…………苦しいよっ」

 

夢の中で横断歩道を渡る際に振り返ったところまでしか思い出せない。

その後、何が起こったのかユウキは覚えてもいないのだ。

横断歩道の前で泣いていたユウキに通行人達が『大丈夫?』と心配そうな顔で尋ねられ、ユウキは『大丈夫です』と答えて信号が赤から緑に変わり、歩道を渡りだす。

どうしてこんなに辛いのか、苦しいのか、悲しいか分からなかったユウキはいったん家に帰るのであった。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

………ここは、どこだろうか。

周りはとても真っ暗な場所だけれど、足が地面を踏むような感触がする。

上も下も、左も右も真っ暗であり何も見えなかった。

確かボクはALOからログアウトした後、そのまま眠ったはずなんだけど。

夢、なのかな?と疑問に思いながら足を動かし、前に進む。

 

 

歩いても歩いても、世界は真っ暗のままだった。

夢だというのなら、あのおぼろげだった夢とは違って妙にリアルである。

まるで自分の意思で動いているように足と手が動き、呼吸も出来る。

それにボクの姿は寝間着ではなく、ALOの時のアバターのままだった。

もしかして、ここはゲームの世界かなと思ったその時だった。

 

「―――――――あ」

 

ピタリと、ボクは足を止めた。目の前には、ボク以外にも人がいたのである。

茶髪で身長はボクより少し高めの男の子の後ろ姿があったのだ。

茶髪の男の子はボクに気づいたか、こちらに振り返る。

振り返ると同時に、ボクは目の前の男の子の顔を見たとき頭の中で何かがよぎった。

 

「『―――――――ユウキ』」

 

「―――っ!」

 

ズキッと頭が痛くなる。顔を見つめるたびに頭がズキズキと突き刺さる様に痛くなり、彼の声を思い出すと胸が締め付けられ悲しくなってくる。この感じは何処となく前から感じていた気持ちとそっくりだった。ボクは頭を抑えながら、茶髪の男の子の下へと一歩ずつ歩み寄っていく。

 

「君は………誰?………凄く大事なことのはずなのに、思い出せない」

 

ボクの言葉に、男の子は困った様な笑みを浮かべる。

その笑みは何処か悲しく、切なく、苦しかったボクの胸のあたりを更に締め付ける。

するとボクが一歩ずつ近づくたびに、彼の身体から欠片の様なものが噴き出している。

その欠片は綺麗な光を放ち、やがて砂の様に小さくなって闇に消えていく。

そして彼の前まで到着すると、彼は優しくボクの頭を撫でてくれた。

 

 

あぁ、どうしてなんだろう。彼が撫でてくれると、とっても落ち着いてしまう。

彼が笑ってくれると、嬉しくなってしまう。

だけど、どうしても彼の事が思い出せない。顔も、声も、姿も何もかも。

彼は…………ボクにとってどういう存在だったの?

そんな疑問を浮かべていると、彼が口を開いた。

 

「俺、ユウキと出逢えて幸せだった。君が勇気や強さを俺に分けてくれたお蔭で、俺は楽しい人生を過ごせたと思ってる」

 

「なにを言ってるの?ボク、君の事なんて知らない―――――」

 

「ユウキやランさんにユウキの両親、Beyond the hopeの皆との日常はとっても充実した日々だった。あんな毎日を過ごせたのもユウキのお蔭だよ。俺、本当にユウキに出逢えて良かった」

 

「―――――あっ」

 

名前も知らない彼は、僕をギュッと抱きしめる。

抱きしめられたとき、彼の温もりと力強さをまるでボクは知っているかのように押し飛ばすことなく、心地よさを感じていた。すると彼の身体が段々と薄くなっていることに気づくと、彼はボクを離し距離を取る。

 

「ありがとう、ユウキ」

 

後ろを振り返り、彼は前へと歩き出す。

すると次の瞬間、僕の頭の中に何かが流れ込んでくるのであった。

それは―――スカイツリーでペンダントをボクにあげた時の『ソラ』の笑顔だった。

 

「だめっ!!」

 

「…………っ」

 

ボクは彼の、ソラのもとへと駆け寄り背中を抱きしめる。

思い出した。ようやく、思い出すことが出来た。

どうして忘れていたのだろうか。どうして忘れてしまったのだろうか。

彼との思い出を、彼の笑顔を、彼の温もりをどうして忘れていたのだろうか。

 

「行かないで、ソラ!ボクを置いて行っちゃ嫌だよっ!」

 

引き止めようと、ボクは力強くソラを抱きしめる。

しかし、ソラの身体から溢れ出る欠片が止むことはなかった。

段々薄れていき、闇の中に消えようとしている。

ボクは必死に『行かないで』『消えないで』と訴えても止まらない。

そしてもうソラの身体が透けてしまい、抱き留める事が出来なくなった。

ソラはそのまま通り過ぎ、こちらを見つめる。そして笑みを浮かべ、最後の言葉を残すのであった。

 

 

 

 

 

「大好きだよ」

 

 

 

 

 

ずっと言って欲しかった言葉を残して、ソラは消えていった。

もう目の前に彼の姿は、見えない。

愛おしかった声も、温もりも、笑顔も消えてしまった。

ボクは膝をつき、ただ悔しさと悲しさに蹲って泣くことしかできなかった。

段々と記憶が薄れていき誰がそこに居たのか、そしてそこにいた人が誰だったのかさえも思い出せなくなっていく。そしてもう――――名前さえも忘れてしまった。

 

 



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叢雲 空

 

 

 

 

 

 

 小学生の頃、どうして人はこんなにも変わってしまうのだろうと考えていた。うろ覚えだったけど、幼稚園の頃までの父さんは母さんや俺に暴力を振るうような人間ではなかった。かといって優しい訳でも無いし、遊んでもらったことは少なかった。家に帰ってくれば会話は少ないし、母さんとは部屋が別だし本当に夫婦なのかと疑問に思った。小学校に上がると、父さんの仕事がうまくいかないからという理由で母さんに苛立ちを暴力で発散させ始めた時、俺は父さんの脚にしがみついて必死に止めていた。どうして仲良くしないのか、どうして暴力を振るうのかと父さんに訴えかけたのだが『うるさい』と言われて蹴り飛ばされた。

 

 

 母さんがその後、俺を庇って何度も殴られていた。暴力が止むころには父さんは部屋に戻ってしまい、残された俺は殴られて痣になった頬をさする母さんに泣きながら『大丈夫、お母さん?』と問いかけて、『大丈夫よ。それよりも、ソラに怪我はなかった?』と言って自分の事よりも俺のことを気遣ってくれていた。当時は子供だったため、俺は母さんに何をしてあげたらいいのか分からなかったけど、母さんが負担にならない様に俺は母さんの手伝いをするようになった。父さんがいない時は出来るだけ母さんに笑顔になってほしくてなけなしのお小遣いで甘いお菓子やペンダントを買ったりした。父さんにも母さんに暴力を振るわない様に何とか仲良くさせようと子供として、出来る限りの事をやってきた。

 

 

 だけど父さんは、『顔色を窺うな』と言って俺を殴ってきた。殴られた時は母さんが心配そうな表情で駆け寄り、手当をしてくれていたけど俺は『どうして?』と疑問だった。頑張っているのに、頑張ろうとしているのにどうして分かってくれないのだろうか。母さんに暴力を振るわれない様に、仲の良い家族になろうと頑張ってきたのに。誰に相談すればいいのだろうか、当時の俺は子供だったため迷い、躊躇いがあった。誰かに相談してしまえば、何かを失ってしまうのではないのだろうかと思っていたからだ。学校の皆は、一人でいる俺に声をかけて遊びに誘ってきてくれる。でも、怖かったんだ。頼ってしまって、相談してしまったらきっと俺や母さん、父さんの家族の絆だけでなく、その子達の『何か』を壊してしまうのではないのだろうかと。だから俺は誰からの誘いを断り続け、何時しか本当の一人になってしまっていた。

 

 

 一人でいるのが、こんなにも寂しいものだとは思わなかった。ずっとポツンと一人で座っているのがこんなにも悲しいことだとは思わなかった。幼稚園の時までは皆とたくさん笑って遊んでいたのに、一人になるとこうも寂しいものなのかと実感できる。だけど俺は泣かなかったし、寂しい気持ちを我慢した。家に帰って母さんが『今日も楽しかった?』と笑って問いかける事に、嘘でも『うんっ』と笑って言う為でもあった。本当は楽しくない、友達なんて一人もいないのに母さんの前で嘘を吐くのが辛かったけれど俺はずっと嘘を吐き続けることにした。母さんを不安にさせないように。だけど、やっぱり辛いことは辛かった。小学校に上がって3年間、一人でいることがとても辛かった。だけど今更、友達になってとか遊ぼうなんて言えないし何より家の事情もあるせいで内心複雑だった。皆からは、『暗い奴』『何を考えているのか分からない奴』なんて思われているだろうし、尚更の事である。一人になりたくない、寂しい、どうすればいいのだろうと思っていたその時であった。

 

『一緒に遊ぼうっ!』

 

 目の前に、一人の女の子が手を差し伸べてくれた。名前は紺野 木綿季。クラスや他のクラスでは人気のある女の子だった。明るく元気で、そして頭が良いし人当たりがいいので男女問わず人気者の女の子がどうして俺なんかをと思ったが、彼女は俺を見つめ手を差し出している。今まで貯めてきた寂しさと苦痛から、思わず『いいのか?』と問うと、彼女は笑顔で頷いて手を取り彼女の友達と元へと誘われた。しかし、1年と2年の時の態度が原因だったのか彼女の友達から『そんな根暗な奴、連れてくるなよ。どうせ俺達と遊ばないって』と言われた。自業自得、だと後悔したけどユウキは『そんなことないよ!空もきっとみんなと遊びたいはずだよ!』と言いわれ、ユウキの友達は複雑そうな顔になりながらも時間の限り遊ぶのであった。

 

 

 彼女と触れ合っていくうちに、俺の周りには何時しか友達で溢れていた。男子からは運動神経が高い事を披露すると『スゲェ、それってどうやるんだ!?』『今度の試合、その技使いたいから教えてくれよ!』『一緒にサッカー部に入らないか?』と言われたりして遊びに誘われるようになった。女の子からはユウキと付き添いで会話していくうちに女の子たちと仲良くなれたりした。時折、『ソラ君、よかったら……これっ!』と言われて可愛らしい手紙を受け取ったりしたこともあった。何だか今までの不安がバカらしく感じてしまうようになり、俺は笑うようになった。家庭の事はまだ相談できないけれど、それでも少しだけ不安が解消された気がしたのだ。笑えるようになったのも、友達が出来たのも全部ユウキのお蔭で本当に感謝しきれなかった。しかし反面、彼女の勇気が羨ましいとも感じた。俺もユウキの様な強い子になりたいと、思うようになった。だから俺は父さんの暴力に負けない様に母さんを支えていくこと、そして父さん、母さん、俺の3人で本当の家族にしていこうと心に決めたのだ。

 

 

 

 それは、突然だった。ユウキが突然転校し、別の地区へと引っ越したのである。その事実を知ったのは担任の先生からの朝のSHRからである。ユウキの転校を聞かされた時、『どうして?』と疑問が浮かんだ。少し前までは一緒に遊んだりしてたのに何も言わずに転校したことに俺は疑問が浮かんだ。クラスの皆がユウキの転校に残念そうな声を上げている中、どうしても俺はユウキが転校した理由を考えていた。しかし、いくら理由を並べても答えが出せないまま時は過ぎていくのであった。過ぎ去っていくときの中、友達と一緒に遊んでいる中で俺は虚しさと悲しさを感じていたある事に気づいた。『あぁ、俺ってもしかして……ユウキに頼っていたのかもしれない』と気づいた時であった。手を差し伸べてくれた、勇気を分け与えてくれた彼女を頼っていた、甘えていた。だから彼女の転校を聞いたとき、凄く悲しいと感じてしまったのかもしれない。だけど、転校するなら転校するでせめて別れの言葉くらいは言ってほしかった。

 

 

 中学生に上がった直後、母さんが突然亡くなった。すぐさま病院へと運ばれたのだが意識は戻らなかった。先生から話を聞くと過労による、心筋梗塞が原因だった。母さんは父さんの暴力を受けたり、一人で家の事を全部やっていたことが祟ったのかもしれない。だけど、どんな時も笑顔で文句も漏らさなかった母さんだけれども俺の前では弱音くらいは吐いてほしかった。『母さんの負担にならない様に家事などを手伝っていたけのに、どうして』と思いながら俺は家に帰ると父さんが珍しく早く帰ってきており、母さんの事について話すべきだと思ってリビングへ来たのだが『私は別の女性と結婚する。今からこの家から出て行け』と言われた。思わず、『は?』と聞き返してしまったくらいである。しかし父さんは有無を言わせず荷物を纏めて出て行けと怒鳴り、俺は訳も分からず父さんの言葉に従って家を出て行った。後から分かったが、父さんいや、あの男は母さんに隠れて別の女性と浮気していた模様。母さんが死んだ後の保険金は全部アイツの物になり、俺は離縁させられていた。

 

 

 家を追い出されてから、俺は友達や友達の姉や兄に頼んで住処を探してもらった。事情を説明すると同情してくれたのか、『一緒に住まないか?』と言ってくれた事が嬉しかった。だけど、流石に生活費や教材、そしてこれからの事もあるので俺は断った。流石に養子として引き取ってくれるのは有難いが、俺の分までお金を払わせることが心苦しい。格安のアパートに住み始めて俺は学校を辞める決意をし、バイトをすることにした。勿論、中学を中退したので雇ってもらえる場所は無かった。縁を切られているので、親の事を聞かれると拙いので流石に苦しくなってくる。母さんが残してくれた通帳で半年は過ごせるだろうけど、バイトしないとこれから先は辛いことになる。バイト探しから二日くらいだったか、アパート近くの居酒屋の店主とその家族からバイトとして雇ってもらう事が出来た。月給10万の仕事だけれど、それでも十分有難かった。少なくともこれから先は問題ないなと安心し、俺はバイトを頑張る事にした。

 

 

 バイトを始めて2か月くらいが経った日であった。そのころにはバイトには慣れて、車が使えないが自転車や脚で近隣の家に配達を任された時である。基本的に2か月もバイトをしていると、注文先の人とかと談話をしたりするので注文先の人が何をしているのか大抵知ってたり、親しかったりする。俺が最後の注文先である医者をやっている人の家に届けて談話していると、その人の口から思いもよらない人物の名前を聞けた。『紺野 木綿季という少女がフルダイブ装置の試験者になったお蔭で、医療型ナーヴギアの開発が進むよ』と言われた時、思わず聞き返した。フルダイブ装置だとか医療型ナーヴギアという言葉はよく分からなかったが、俺は紺野木綿季、ユウキの名前に反応してその医者にユウキの居場所を聞いて、すぐさま教えてもらった病院へと向かった。ユウキが転校した原因はHIV患者だったことが原因だったらしい。HIVに関しては学校で習ったことがあり、多少頭の中に残っていたから知っていた。治らな病だと言われているが、薬で治療さえすれば日常生活に問題ない病だと聞く。だけどユウキが病院にいるということは、エイズに感染したのかもしれないと俺は焦った。病院に着くと直ぐにユウキのいる病室を教えてもらい、すぐさま病室へと走った。

 

 

 ずっと逢いたかった、大切な友達。例え居なくなっても、俺の心の支えに成ってくれた大切な女の子にようやく会えると思い病室へと入る。病室へ入ると、ユウキがガラス越しにある大きな機械の上に寝かされていた。近くに居た倉橋さんという医師からユウキが寝ている部屋に入れないと言われ、俺は外からユウキを眺める。小学校の時よりもやせ細った身体になっており、俺は思わず驚いてしまった。ユウキの病状は、こんなことをしなきゃならないほど酷いのか?と倉橋さんに問うと、倉橋さんは丁寧に俺に分かるようにユウキの容態について教えてくれた。いまユウキはエイズに感染しており、免疫力が低下している。殺菌されていない部屋にいたら、病状が更に酷くなるためあの部屋で寝かされているのだ。ユウキが寝かせられている機械は、メディキュボイドという機械で未だ未完成であるためユウキが自ら試験者として使っているらしいのだ。詳しい事は分からないけれど、あの部屋で寝かされる代わりにあの機械の試験者になっているのだという事が分かった。ずっと外に出られないかもしれないのに、治るか分からないかもしれないのにどうしてそこまでと思っていると、遠くからだったがユウキの頬に水滴が流れているのが分かった。涙である。寂しいのだろう。辛いのだろう。不安なのだろう。俺はガラスに両手をあてて、ユウキに向けて叫んだ。

 

『頑張れ、ユウキ!!』

 

 聞こえないかもしれない。届いていないかもしれない。だけど俺は、応援したくなった。自分から辛い事に向き合って、懸命に生きようとする彼女を応援したくなった。すると声が届いたのか、ピクリとユウキの腕が動いた気がした。すると近くに置いてあったモニターからユウキに似た人物の顔が映し出され、俺を見て驚いていた。モニターに映し出されたユウキに『俺だ。空だよ』と言うと、とたんに涙を浮かべ初め『………どうして、ここが分かったの?』と問われると『知り合いの伝手で知った』と返したら、笑顔を浮かべて『久しぶり』と言ってくれた。あぁ、本当に久しぶりだよ。ずっと、ずっと君に会いたかった。数年ぶりの再会に俺たちは涙を浮かべるのであった。

 

 

 

 それから俺は、ユウキの見舞いに、ヴァーチャル世界に行くようになった。最初はガラス越しでモニターに映し出されるユウキと会話していたのだが倉橋さんからアミュスフィアを借りてヴァーチャル世界であるが、直接会いに行くようになった。ユウキのいる世界がゲームの世界だったため、最初は少し戸惑ったり分からなかった部分もあった。ゲームなんて携帯ゲームを友達から借りてやるくらいだし、VRMMOなんて経験したことがない。アルヴヘイム・オンラインに登録して、ログインしたときは身体に違和感を感じてあんまりうまく動けなかったからな。だけどユウキやユウキのお姉さんのランさんから沢山教えてもらったおかげで、モンスターを一人で倒せるようになったし、うまく空を飛べるようにもなれた。運動能力が依存するらしいのだけれど、思い返してみれば最初の頃は酷いものだったと苦笑いが漏れる。アルヴヘイムにログインするために病院に通い続けるのは拙いと思い、俺は貯めたお金でアミュスフィアを購入した。初代のナーヴギアよりも安いとは言われているけれど、俺にとってはアミュスフィアも十分に高額なものだったから、当分は食費を削る羽目になってしまった。だけど、毎日ユウキと会えるのだから安いものかもしれないと思った俺は、かなり大概なのかもしれない。

 

 

 アミュスフィアを買ったのはいいけれど、やっぱり直接病院に言ってユウキの容態を確かめたいと思ってしまう。ゲームで会えるのだから無駄足だろと言われるかもしれないのだが心配なのだ。その際にはユウキの両親と知り合っており、二人からは『ユウキのことを、これからもずっと末永くお願いしますね』と言われた事があったので思わず照れてしまった。勿論、答えは『はい』と答えている。何せユウキは俺にとって恩人でもあり友人、そして……………想い人なのだから。しかし、ある日俺はユウキにこんな事を聞かれた『学校に行っているのか』と。質問されたときは思わずドキッとしたけど、直ぐに『勿論だ!』って答えたのだが直ぐに『嘘だよ!』と言われてしまった。何度もはぐらかしたんだが、遂にはユウキの両親からも聞かれるようになってしまったため、俺はユウキが寝ている病室で全てを明かした。母さんがあの男から暴力を振るわれていた事、母さんが死んだこと、あの男から家を追い出されたこと全て。

 

 

 段々明かしていくうちに、ユウキ達は涙を流していた。ユウキの両親やランさんからは肩を優しく触れられたり、抱きしめられたりした。『辛かっただろう』『苦しかっただろう』と言って頭を撫でてくれたことで、心が若干軽くなった気がした。あぁ、こんなことなら誰かに相談すればよかったと後悔だってした。心配してくれた事は嬉しかったけど、でも相談しなかった俺が悪かったから母さんが死んでしまったのだろう。そんな悔いを思いながら俺は静かに涙を流した。俺の事情を話した後日、ユウキに元気がなかった。なんだか思いつめた表情をしており、事情を聞いたところ。

 

「寂しくないの?」

 

 昨日の事であった。母さんが死んで、あの男に捨てられて天涯孤独になってしまった。頼れる人達はアパートを探してくれた友達やその家族、居酒屋の店主さん達くらいである。ユウキが俺のことを心配してくれていた事に少し後悔した。彼女には笑ってほしいのに、悲しい表情にはなってほしくなかった。

 

「寂しくない、って言えば嘘になるかな。親父はあんなだし、母さんはもういない。でも俺には友達が、ユウキ達がいるから」

 

 一人だった自分に手を差し伸べてくれた、自分が変わるきっかけとなったユウキに感謝でいっぱいだったのだ。どんな時も笑顔で、どんな時でも自分に勇気を与えてくれたユウキに救われた。もしもユウキと出会わなければ、俺はずっと一人だったかもしれない。ユウキの笑顔がなければ自然と笑わなかったし、ユウキから貰った勇気がなければ友達を作ろうとは思わなかった。親父の暴力を恐れてずっと一人で塞ぎこんでしまい、母の死に心が耐える事は出来なかっただろう。だからこそ『笑ってほしい』『これからも、俺に勇気を分けてほしい』『君の笑顔が見たい』とユウキに告げると何故か『………ソラってもしかして、天然?』と言われてどういう意味だ?と疑問になった。

 

「あはははっ、自覚は無いんだね。…………うん、そっか。じゃあ、これからもボクは君の傍で笑っているね。その代り、ソラはボクの傍で笑っていてね」

 

「あぁ、勿論だ」

 

 小さな約束。彼女が笑っている傍で俺も笑っているというちっぽけな約束。だけど彼女の笑顔は、全ての人に勇気を与えてくれる笑顔だと俺は思っている。大袈裟かもしれないけれど、ユウキは俺にとって掛け替えのない人だから言えることだ。だから俺は彼女の傍で笑っていよう。彼女がどんな時でも笑顔でいられる様に、今度は俺がユウキを支えて行こう。

 

 



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叢雲 空

 

 

 

 ある日、ユウキがギルドを作ろうと言いだした。最初の俺だったら、何それ?と首をかしげるだろうけどゲームをするようになったのでそういう単語は知っている。しかし、唐突にギルドを作ろうと言いだしたので理由を聞いてみれば自分やランさん、ユウキ家族達と同じHIV感染者や重い病気に掛かっている達を集めて一緒にゲームを楽しんで生きる気力を与えようという理由だったのだ。勿論、俺はユウキの提案に賛成したし、ランさんも後から賛成した。しかし、賛成したとはいえメンバーを探すのが大変になる事は分かっていた。ALO内には病人だけでなく、健康体の人もプレイしている。見極める事は出来ないし、一人一人に聞いて行くのは相手に怪しまれるし、難しいだろう。なので外部から集めることが出来ないかと思って探していたら、セリーンガーデンという医療系ネットワークの中のヴァーチャル・ホスピスを見つけた。ランさんに頼んで応募をかけてみたら、参加してくれる人たちが現れ、ギルドを結成することが出来た。名前はどうするのかとユウキに聞いてみると、Beyond the hopeと名付けようと考えていたらしい。意味は『希望を越えて』という意味らしく、良い名前だと俺は正直思った。

 

 

 ギルド結成から時間が経ち、更に充実した毎日が続いていた。3人だけでは攻略できなかった敵やダンジョンをクリアできるようになったり、ギルド専用クエストやレイドボスを攻略したりしてとても楽しかった。仲間との連携や会話などがとても楽しくて、3人の時よりもにぎやかだった。共に過ごしていくたびにメンバーからは『体調が良くなったんだよ』『数値が安定しているの』と聞かされた時は本当に嬉しかった。まるで友達、仲間、家族の容態が良くなってきていると聞かされた時と同じ感動を感じたのだ。思わず俺やユウキは嬉しさのあまり『おめでとう』『やったね!』と言いながら涙を流したくらいに嬉しかった。しかし、嬉しさが続くわけではなかった。ある時、俺達はメンバーの二人の容態が急変し、亡くなったとの報告を受けた。誰もがその事実に絶句し、唖然とし、悲しんだ。一番ショックを受けていたのはユウキであり、何よりもみんなの容態が良くなったことに喜んでいたのはユウキだ。

 

 

 ユウキは自分を責めて、泣いていた。自分がギルドを作らなければこんな事にはならなかったはずなのにと泣いて自分を責めていた。でも、それは違うのだと俺は言った。二人が死んだのはユウキのせいではない、二人はお前に、俺達に出逢えて良かったと言っていたと伝えた。医師から受け取った音声クリスタルを使って二人の遺言を聞かせるとユウキは声に出して泣いて、『頑張る、頑張るよっ』と言って俺に抱きつき俺はただユウキの頭を撫でて、『あぁ、頑張ろう』と言って慰めるのであった。数日後、beyond the hopeは再び活動を開始した。ユウキを慰めた後日は全員に招集のメールを送り、ユウキのこれからの方針について聞かせた。『また頑張ろう。皆で希望の先にある幸福を手に入れよう』と声を掛けるが、正直誰もが乗り気ではなかった。しかし、俺はユウキの後押しをするようにクリスタルを使って二人の遺言を聞かせ、再びユウキの言葉で皆が生きようと、頑張ろうと決意してユウキの手を取ってくれた。

 

 

 

 そして活動から約2年後、ある変化が訪れたのである。殆どのメンバーが退院が決まったのだ。諦めず、懸命に生きようと願い頑張ってきた事が積み上がり奇跡を創りだしたのだ。突如容態が良くなる者もおり、時には手術に成功する者、治療薬一つで病が突如消滅した者達が出始めたのである。残されたのはユウキだけだが、ユウキは誰よりも仲間たちの退院を聞いて喜んで『おめでとう』と言葉を送っていた。ユウキの容態についてだが、徐々に良くなり始めている。薬剤耐性型のウィルスが徐々に消滅していきもうメディキュボイドを使わずとも、このまま何事も無ければ生きていけるそうなのだ。メディキュボイドから出たという話をランさんから聞いて俺はユウキの見舞いに行くと、少し肉が付いたユウキが俺を見つけた途端に元気そうに手を振っていた。いまだガラス越しだったけれど、もうメディキュボイドを必要としなくていいので無菌室の部屋のベッドの食事とリハビリ生活となったのだ。俺は本当に嬉しかった。ようやくユウキにも希望の兆しが見えたことに、何よりも嬉しかった。ユウキが報われた事に俺は、信じてすらいなかった神様に感謝したくらいであった。

 

 

 そして、遂にユウキの退院の日だった。どれだけ待ち焦がれただろうか、この瞬間を。ユウキは少し覚束ない足で青空の下まで移動し、そして青空に向けて両手を広げて喜びの声を上げる姿にクスっと笑みがこぼれてしまった。この後はユウキと二人きりで街を歩くことにした。未だ覚束ない足取り歩くユウキに歩幅を合わせるとユウキが不安そうに見つめてくるので笑顔で返し手を繋ぐ、ユウキは顔を真っ赤にさせて俺の手を取って歩き出す姿がとても可愛かった。小学校の時よりも成長しており、ずっと寝たきりだったので少し肉がついていないがユウキは十分に美少女である。想い人であるユウキに未だ好きとは言えないけれど、今はこの時間の心地よさを感じていた。向かう場所は特に決めておらず、適当に思いついた場所を歩いていた。最近新しくなった公園や俺が途中まで通っていた学校、繁華街、住宅街など。時折俺の小学校からの友人と出会い、ユウキの事を紹介すると『この子がお前の言ってた彼女さんか』と言って笑ってからかわれ、俺は思わず苦笑いする尻目にユウキは思わずトマトの様に真っ赤になって、『ち、違うよっ!そ、ソラとは『まだ』友達で!』と慌てていたせいで意味ありげな言葉を滑らせてしまい、更にからかわれてしまった。というか、まだってどういうことだ?

 

 

 昼食を食べ終えた俺とユウキはスカイツリーへと向かった。入場料を払って、スカイツリーの天望回廊へとエレベーターで登ると凄い絶景が視界に広がっていた。エレベーターから降りたユウキは真っ先に手摺の近くまで急ぎ足で向かう。ガラスの向こう側に映る街並みを見て、『ALOみたいに、飛んで外側から見てみたい』と無茶な事を言いだし『流石に無理だ。ALO内で我慢しろ』と言って俺は苦笑いし、俺の言葉に唇を尖らせるユウキの頭を撫でる。しかし、本当に凄い光景だった。ALOで空高くまで飛んだことあるけれど、あれはあれで違う体験を味わえて良かった気がする。外を眺め終えた俺たちは売店で何か記念に買って帰ろうかと提案した。しかし、ユウキはどうやらお金を持っておらず、対する俺は財布の中はとても涼しかった。せっかく外に出られたというのに、何か記念になるものが欲しいなぁとユウキが呟いたが俺も同じ気持ちである。なので俺は自分の首に下げていたペンダント外し、ユウキの首にぶら下げる。

 

「代わりにあげるよ」

 

「え、いいの!?これって、大切なものじゃ………」

 

「いや、それほど大切なものじゃないよ」

 

 嘘である。なけなしのお金で買って母さんに送ったプレゼントであり、形見だ。だけどどうしてもユウキに受け取って欲しい。自分に勇気と前に踏み出す切っ掛けをくれたユウキに最大の感謝と…………遠まわしの告白という気持ちを込めて。ユウキは首にぶらさがっているペンダントを手に取り、見つめる。

 

「とっても綺麗…………あと可愛いっ。本当に貰ってもいいの?」

 

「あぁ、勿論」

 

「えへへ、ありがとうソラ!」

 

 太陽の様に明るく、眩しく、今迄最高の笑みをユウキは浮かべた。帰宅する時間帯になり、俺とユウキは再び手を繋いでユウキの自宅へと向かう。帰路を歩いている中、特に俺達は会話しなかったが幸せそうであった。この時間がずっと続けばいい、これから先も幸せな未来でありますようにと願った。家族や仲間、そして大好きな人と共に歩んでいく暖かな未来を。だけどその願いは――――――――――儚く消え去った。

 

 

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ユウキの悲鳴が聞こえた。今日はギルドメンバーの皆で集まって、どこかに行こうと計画していた。最終的には駅ビルの中の店を覗く形だったけれど、とても楽しい一日だった。そう…………楽しい、一日だった。薄らと見える景色にはユウキとランさんの顔が映し出される二人からは涙があふれ出ており、視線を傾けると血だまりが見えた。一体誰のだ?と疑問に思った途端、激痛が体に走ったと同時に理解した。

 

(………あぁ、俺の血なのか…………)

 

 ついさっきの記憶を掘り起こすと、俺はユウキに接近するトラックに対してユウキを歩道沿いに飛ばして、自分からぶつかりにいったのだ。頭を打ったせいか、記憶が本当に曖昧である。それに片腕と脚がまともに動かない。動かすととても痛いんだ。

 

「お願い死なないで!!」

 

「生きてっ!」

 

 救急車に乗せられ、俺はユウキとランに手を握りしめられる。ギュッと握りしめる二人の手はとても暖かく、心地よかった。しかし、視界が段々と薄れていくのが分かる。身体がとても冷たく感じるのが理解できる。脚や腕、頭だけでなく胸がとても痛い。

あぁ、これが死なのだろうかとそう感じた。病院に運ばれ、手術室に寝かせられたけれど、もう助からないのは分かっている。後悔していない、生きたいと望みたい。だけど分かるんだ、自分の死が。抗えない運命があったって、分かるんだ。亡くなった二人も、きっとこんな気持ちだったのかもしれない。あぁ、これならもう二人の時の様にクリスタルに何か残すべきだったのだろうか。…………………嫌だな、ホント。

 

 

 

……………死にたく、ないな。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

目を開けると、そこは暗闇だった。

身体を起き上がらせると、目の前に女性がいる。

神秘的で、シウネーさんとは違った年上としての魅力を感じる。

 

「貴方は………」

 

「よき人生を味わえましたか?」

 

「人生…………そうだ、確か俺は」

 

跳ね飛ばされて、死んだのだ。

どういう状態だったか分からなかったが、腕や足が動かなかった。

頭や胸、腰が途轍もなく痛かったというのを覚えている。

それに………………ユウキとランさんが俺の手を握って泣いていた事だけ。

 

「貴方は、天使ですか?」

 

「そう見えますか?」

 

見えない、訳がないが天使ではないのだろうか?

輝く綺麗な白銀の髪に真っ白のドレス。見た目から天使ともとれるけれど。

でも、羽とか生えていないから天使ではないのだろうか?

童話や逸話の天使って羽が生えたイメージだけれど。

 

「それより、俺はどうしてここに?死んだはずじゃ…………」

 

「はい、死にました。それは確実です。貴方がここに居る理由は、これから転生するからであります」

 

「転生…………うまれかわるって、こと?」

 

俺の問いに女性は頷く。

生まれ変わる、そういうことが本当に出来るのだろうか?

実は夢であって、走馬灯だったのではないだろうか。

いや、この女性が死んだって言ってるし………………確証が取れない。

しかし、もしも転生が出来るというのであれば。

 

「もう一度、生き返る事は?」

 

「出来ません。貴方は既に死んでいます。瀕死ならともかく、確実に死を遂げた者を同じ姿、経歴、名前で転生する事は不可能です。それが世界の原則です」

 

「…………………」

 

無理だったか。同じ姿で生きることが出来ないとなれば、二度とユウキや他の人達と会えないのだろう。あぁぁ…………凄く嫌だなそれって。

まだユウキに告白できていないのに、これからユウキ達との幸せな日常を送れるはずだったのに………………ホントに嫌だな。

 

「あの、少しいいですか?ユウキは、ユウキ達はあの後どうなってます?」

 

「………………現実は残酷ですが、聞きますか?」

 

「聞きます」

 

「では。――――紺野一家は全員エイズが発症して闘病生活を送る事になりました」

 

「っ!? それって………もしかして」

 

「はい、貴方の死がストレスの切っ掛けとなり彼女達の免疫力を下げる原因となったことでエイズに発症したのです。」

 

女性の言葉に、俺は膝をついた。

は、はははははは……………なんだよ、そりゃあ。

俺が死んだから、ユウキやランさん、ユウキの両親がエイズに発症って…………。

ユウキもランさんもユウキの両親も皆強い人なのに、どうして。

 

「……………ユウキ達は、どれくらい生きられるんですか?」

 

「良くて半年です。ただし、両親や姉の方は数か月でしょうが」

 

「たったの、半年………数か月………」

 

あっという間に過ぎ去ってしまう時間だった。

ユウキ達が何十年も闘病しているのに、たったの数か月、半年だけ。

まるで俺達の時間を、頑張りを、努力を嘲笑うかのような時間の短さだった。

俺が死んだから…………俺が勝手に死んだから、皆がっ。

 

「っ……………くぅぅぅう…………」

 

なんでだよ、なんでこうも理不尽なんだよっ!

あの子が、ユウキやランさん、二人の家族が何をしたって言うんだよ。

どれだけ辛くても、苦しくても自分の病に立ち向かって頑張ってきたんだぞ?

優しくて、明るい太陽の様な笑顔で何人もの患者の命を救ってきたんだぞ!?

それなのに、なんで……………なんでこうも理不尽なんだよっ。

 

 

俺なんかがいなければ、俺がユウキと出逢わなければきっとこんな結末にはならなかったかもしれない。俺なんかが居なくても、きっとユウキ達の事を理解してくれる奴が現れて救ってやれたかもしれないし、こんな結末にはならなかっただろう。

俺なんかが……………俺なんかが生まれてこなければ!!

 

『ソラっ!』

 

「………………。なぁ、一つだけ願いを聞いてくれないか」

 

「なんでしょう」

 

「…………ユウキ達を、ユウキ達の病気を治してくれないか?もちろん、タダじゃなくていい。俺が払えるものは、全部だす。なんだってやってやる」

 

「それが例え、世界から忘れ去られてもですか?」

 

「―――――――――あぁ。構わない」

 

目の前にいる人が神様なら、叶えてくれるだろうか?

たった一人の、大切な人とその家族を救えるのなら俺の全部をくれてやる。

一人の命でユウキ達が救えるのだから、安いものだ。

するとどうだろうか、女性が消えると同時に俺の身体から欠片の様なものが溢れ出す。

 

 

 

 

 

どれくらい経ったのか分からない。

何かが欠けていくような、そんな感じがする。

少しずつだが、俺の頭から何かが忘れていく感じがする。

その記憶が何だったのか、もう思い出せないけれど大切なものだったかもしれない。

 

「―――――――あ」

 

すると背後から、知っている声が聞こえた。

今でも聞きたかった、愛おしい人の声が聞こえた。

その声の主は暗闇の中でも衰える事のない輝きを持つ少女の声。

俺はくるりと振り返ると、そこにはユウキがいた。

 

「―――――――ユウキ」

 

「―――っ!」

 

名前をつぶやくと、ユウキは顔をゆがめる。

それは嫌気とかそういうのではなく、何かが引っかかっている様な顔だった。

あぁ、忘れているのだろうな、きっと。もう俺の事は、欠片も思い出せないのだろう。

若干悲しみを感じながら、俺はユウキの下へと歩み寄る。

 

「君は………誰?………凄く大事なことのはずなのに、思い出せない」

 

そういってユウキもゆっくりと一歩ずつ歩み寄って来る。

歩いているうちに俺の身体から欠片が更に零れ落ちる。

その欠片は綺麗な光を放ち、やがて砂の様に小さくなって闇に消えていく。

そしてユウキの前まで到着すると、俺は優しくユウキの頭を撫でた。

 

 

すると頭に触れた瞬間、俺の頭の中に何かが流れ出した。それはユウキとランさん、beyond the hopeのメンバー、ユウキの家族、そして新しい仲間たちと共に楽しそうに過ごす日常の風景だった。その光景はとても楽しそうで、幸せそうで俺は思わず嬉しさのあまり笑みが零れ落ちる。あぁ、幸せそうで良かった。生きていてよかった。

アスナやキリト、リズベット、シリカ、シノン、クライン、エギルなどと言った者達と上手くやっているようで、何よりだ。

 

 

だからもう、何も思い残すことはない。

最後は、伝えたい事を全て言って去るだけだ。

 

「俺、ユウキと出逢えて幸せだった。君が勇気や強さを俺に分けてくれたお蔭で、俺は楽しい人生を過ごせたと思ってる」

 

「なにを言ってるの?ボク、君の事なんて知らない―――――」

 

「ユウキやランさんにユウキの両親、Beyond the hopeの皆との日常はとっても充実した日々だった。あんな毎日を過ごせたのもユウキのお蔭だよ。俺、本当にユウキに出逢えて良かった」

 

「―――――あっ」

 

初めて出会ったときのこと、俺に沢山のものを分け与えてくれたこと、再び出会えたこと、ギルドメンバーとの出会いも、退院した時の買い物も、皆で街を歩いたことも全ていい思い出だった。幸せな思い出だった。どれだけ求めても、手に入る事の無かった掛け替えのない時間をユウキは俺に与えてくれた。

だから――――――――――

 

「ありがとう、ユウキ」

 

もう何も、思い残すことはないよ。

言いたい事は全部、言えたのだからもう何も言う事はない。

だからこれで、悔いなく行ける―――――――――――。

 

「だめっ!!」

 

「…………っ」

 

「行かないで、ソラ!ボクを置いて行っちゃ嫌だよっ!」

 

………………あぁ、もう。本当に、止めてくれよ。

ようやく決意できたのに、これで終わりって思ったのにこんな展開っ。

神様も酷い奴だよな、本当に。大好きな人がすぐ傍にいて、引き止めようとしている。

だけどダメなんだよ、ユウキ。俺はもう、お前の世界に居ちゃいけない存在なんだから。

だからもう、俺のことは忘れて幸せになってほしい。君はもう、一人じゃないんだ。俺が居なくても、ユウキには沢山の仲間たちが付いている。

もう、何も悲しむことはないんだ。だから、ユウキ―――――

 

 

「大好きだよ」

 

 

そのまま通り過ぎていき、俺はそう告げた。

振り返ってしまったら、ダメなんだ。もう俺は、そっちには戻れないんだ。

どれだけ望んでも、それが決まりなのはこの体が示している。

 

 

ユウキ、本当に今までありがとう。

君を好きになれて、よかった。

短い時間だったけれど、君と過ごした時間はとても楽しかった。

生まれてきて、本当に良かったって思えるくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………ありがとう、ユウキ。どうか、いつまでも幸せに。

 

 

 




欲しかった幸福は得られない。


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風鈴 - インフィニットストラトス - 《完結》
1


 

 

 

 

 

 今日はとても爽やかな天気であり、雲一つ浮かんでいない。ちりんと髪留めの鈴が鳴り、風で揺れる髪をわたしは手で押さえながら洗濯物を干していく。うん、今日もいい洗濯日和ね。数日前までずっと雨だったから、中々干せなくて困ってたから助かるわぁ。

 

「せんせぇ~、てつだう~」

 

「俺も手伝うよ、先生!」

 

「あら、ありがとう。じゃあ、隣の籠をお願いね?」

 

『は~~いっ』

 

 元気のいい返事で、洗濯籠を運んでいく子供たち。孤児院を始めて、最初は中々軌道に乗るか悩んでいたのだがすんなり乗ってくれた。資金は学生時代に貯めた分と今の働いている分を合わせると子供たちや私以外の職員達は生活に困らないだろう。

 

 

 IS学園を卒業して、日本を離れて孤児院を始めたんだけど、いまどうなっているのかしらね。正直、年々生徒の減少で廃校になるんじゃないのかと思ったんだけど、まぁどうでもいいわね。もう卒業したんだし。

 

「よしっ、終わり。それじゃあ貴方達、洗濯物が終わったら籠は脱衣所に持っていくのよ?」

 

『は~~い』

 

「いい返事ね。その元気に免じて今日のおやつはケーキよ」

 

『やった~~~っ!』

 

「えぇ~、ずるいっ!私も手伝うから、先生、私にもケーキっ!」

 

「僕も僕もっ!」

 

「アイツらだけずるいぃ~!」

 

「ふふ、分かってるわよ。ちゃんとみんなの分も作るから」

 

 何やら遊んでいた子供たちが私の周りに集まって服を引っ張る。子供たちをなだめた後、私は直ぐに施設内へと入り台所に向かった。まぁ、あらかじめ今日のおやつはケーキにしようと思っていたので予め作っておいてある。

 

 

 人数分に切り分け、カップに飲み物を注いで職員に運ぶように任せて、私は次の仕事に取り掛かる。仕事と言っても、送られてくる手紙を一つ一つ確認するだけなんだけどね。偶に政府から『ぜひ戻ってほしい』との手紙が幾つも来ている。はたまた金か身体目当てか、『是非ともお会いしたい』『食事でも?』とかという手紙が送られてくる。まぁ、勿論そんな手紙は全部ゴミ箱にぶち込んでるんだけどね。いくら学生時代に世界大会優勝して、IS制作に大きく献上させたからってわたしは他の男なんぞには興味はない。

 

「院長。お客様がお見えです」

 

「追い返して。どうせいつもの地上げ屋とか政府関連でしょ。ついでに『二度と来るな短小風情が』って言っておいて」

 

「た、短小って………えっと、お客様は織斑様です」

 

「姉?弟?」

 

「弟です」

 

「はぁ…………分かった。いま行くわ」

 

 気乗りせず、思わず盛大にため息が漏れた。軽かった腰が急に重たくなり、重くなった腰を上げて立ち上がる。重たい足取りで階段を降りて、玄関方面まで向かう。

 

 

 逢いたくない、とは思わなかった。むしろ『忙しいくせに何しに来たのか』と、言ってやりたいくらいである。アイツはIS学園の教師をやってるんだし、態々日本から数日掛かる場所まで来れるほど休暇は少ないはずだ。それに時差を考えると、まだ大連休すら入っていない。

何を考えているのかしらね、『あのバカ』は……………。

 

「鈴、久しぶり」

 

 玄関の扉を開けると、そこには幼馴染だった織斑一夏が旅行鞄を手に立っていた。学生時代の頃より大人びており、私以外の女だったら間違いなく『カッコいい!』とか言っているだろう。もうかれこれ数年は会っていないけど、久しぶりに見たわね。

 

「とりあえずお越しいただきありがとうございました」

 

「ちょっ、待って、閉めないで待ってくれよ!せっかく有休とって来たのに!」

 

「『有休とって来たのに』? アンタ、何様のつもりよ。とりあえず荷物纏めて日本に戻りなさい。わたしはこれから子供たちとおやつの時間なのよ」

 

「だから待てって!せめて上がらせてくれ!」

 

 はぁ、まったく面倒な奴が来たわね。有休をとって来たって事は、帰国後は間違いなく残業で忙しくなるだろう。此奴が教師になれたのはある意味奇跡みたいなもんだし、きっと4徹する羽目になって疲労で寝込むに違いない。幼馴染として流石に寝込まれたら寝覚めが悪いし、即刻かえってほしかったんだけどね…………。

 

 

 とりあえず施設に上がらせ、二階の私室でなく一階の院長室へと案内する。院長室には書類整理やお客さんとの話し合いに使い場所。書類整理は自室でも出来るし、お客さんと言っても碌なお客さんが来ないのであまり使われていないので作った意義がなくなりかけている。いっその事、この部屋を遊具部屋にしてみようかしら。もしくはリフォームしてシアタールームとかも良いわね。子供たちに映画を見せたりできるから、きっと喜ぶかも。

 

「で、わざわざ何しに来たわね?顔を見に来たって言ったら殴り飛ばすわよ」

 

「いや、違うって。というか、本当に変わったよなお前。性格は相変わらずだけど、前までは――――――」

 

「小さくて貧乳だったって言いたいんでしょ?ゴチャゴチャとくだらない話をするなら殴るわよ」

 

 ホント、忙しいくせして何しに訪れたのやらと呆れてしまう。周りが事情を話せば、卒業してすぐに何も言わずに去って行った幼馴染の顔を見るために態々有休とるとか、IS学園の教員って存外忙しくもない職業なのでは?と勘違いされてしまうだろう。

すると一夏はわたしの言葉に少しだけ顔を紅潮させ、口を開いた。

 

「…………なぁ、鈴。あの時の答えなんだけど」

 

「あの時?どの時よ?」

 

「って、覚えてないのか!?ほら、卒業式終わった時に屋上でのこと!」

 

「………………あぁ、あれね。はいはい、思い出したわ」

 

 いきなり、『あの時の答え』とか言われて『は?何言ってんのコイツ?』って思ったんだけど、あの時ね。そういえば卒業式終わった後、一夏に屋上に呼び出されて告白されたんだった。いきなり告白してきたことには驚いたけど、その当時からわたしは『アイツ』一筋だったのでどうでもよかった。卒業前、もしくは『アイツ』を好きと気づく前までは一夏の事は好きだったので告白が早かったら間違いなく喜んでOKしていただろうけどね。

 

 

 で、告白についてだけど告白されたと同時にわたしは卒業後に孤児院を開きたいと考えていたので卒業後すぐに海外に行く準備を済ませていたのだ。時間に気づいたわたしは一夏の告白の答えをそっちのけにして、イタリアに飛んだのである。

しっかし、まさかあの一夏がねぇ…………プロポーション的にセシリアとか会長さんとか箒とかシャルロットとかいろんな奴らに目を向けると思ってたんだけど。まぁ、いまのわたしは昔と違って成長したからね。学生時代のセシリアには負けないと思うわ。

それにしても、此奴が外を歩くだけで女が顔を赤くさせ黄色い声を上げるんだから、選り取り見取りでしょうに。まさかと思うけど、いまだ誰とも付き合っていないとか?

うわっ、なんだか一夏に好意抱いている奴らが哀れに思えてきた。

 

「てか、まさか告白の答えを聞きに態々?」

 

「政府から戻ってきてほしいって伝える様に頼まれんだけど、こっちが建前かな」

 

「はぁ、呆れた。幼馴染使えば、なんでも頷くとでも思ってんのかしらアイツらは」

 

 手紙だけでなく、お母さんからも『政府から連絡が来たのだけれど』と困った声を電話越しで聴かされているのに遂に幼馴染の立場を利用してくるとは。最終手段と考えるべきなのだろうか。政府は未だわたしが一夏に異性として好意を抱いている女と勘違いしているのだろうが、わたしは『アイツ』一筋なので一夏は眼中にない。

 

 

 答えを待つ一夏を尻目に、私は机の上に置いてある写真を見つめる。わたしと………ヴェンと二人で撮った写真。恥ずかしそうに赤面になりながらアイツに肩を掴まれ、肌がくっつきあうくらい近くに寄せられているわたしとニッコリ笑っているヴェン。写真を見るたび、懐かしくて思わず微笑んでしまう。

 

 

 此奴が私のもっとも『愛した』男、ヴェント・カンパネラ。バカで狡くて、頼りがいがあって、とっても優しい奴。だけど、そんな優しいヴェンは…………………もうこの世にはいない。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 わたしは小学生だった頃、一夏に好意を抱いていた。好きになった理由は小学生の頃の女の子はカッコよくて、颯爽と危機から現れ守ってくれる男の子が好きになるのと同じような感じである。小学生の頃のわたしは、本国の中国から日本へと渡り一夏のいる学校に転校した。日本に不慣れだったわたしは、当時は上手く日本語を話せなかったし海外からの転校生は珍しいためよくからかわれていた。女子はそんなことなかったんだけど、男子からは『日本語下手すぎ』『りんいんって、パンダみたいな名前だな』『や~いっ、チビっ』などとからかわれたものである。勿論、舐められるだけのわたしじゃなかったわ。からかってきた男子にムカついたので拳を握りしめて男子を殴り、喧嘩が勃発。男子が複数いたので、勝てるなんて思わなかったけどだからと言ってバカにされて黙って逃げるのは悔しい。だから、わたしは逃げなかった。複数相手に勝てるわけがないのは分かり切っている。案の定、男子達に押さえつけられたわたしは、殴られるのを覚悟して目を瞑った。そしてそんな時、一夏が現れたのだ。

 

『女の子をイジメてんじゃねぇよ!』

 

 ガキ大将らしき男子を殴り飛ばし、現れたのである。わたしを取り押さえていた男子達を一人でボロボロになりながらも追い払って助けてくれた。ただからかわれていたから、それにキレて一方的にわたしが喧嘩を売っただけなのにボロボロになりながらも一夏は『大丈夫か?』と言って手を差し伸べてきた。で、好きになったのでした。まぁ、仕方ないと言えば仕方ないと思うわよね。子供の恋心なんて、イケメン芸能人が現れるたびに乗り換えるみたいな感じなんだから。本当に好きになるという意味をいまだ知らなかったわたしは、一夏に虚像とも言える好意を向けていただけだった。それが中学まで続いたのが、正直凄いと思った。病気といえるくらい鈍感な一夏に何度もアプローチしたりしても全然きづいてもらえず数年が経つのだから、普通なら諦めているだろうに。

 

 

 

 一度だけ告白まがいな事を言ったことはあるが、それでも気づいてもらえなかった。魅力がないのかな私って何でも嘆いたわね、そう言えば。昔のわたしは背が低かったし、胸は小さかったし、魅力なんてあるのかなって思いたくなるじゃない。お母さんやお父さんは可愛いって言ってくれるけど、正直あれだけアプローチしているのに気づいてもらえないのだから、正直落ち込んでしまう。諦めようかなって、思っていた時があった。そう思ってた時期に、『アイツ』と出会ったのである。

 

『少し、自分を変えるのもいいんじゃないか?』

 

 ヴェンもとい、真月 零という同い年の男子に。一夏達と一緒のクラスになれなかった時期もあったので、当時は友人か相談相手の様な感じの真柄だった。クラス替えの初日だったか、アイツとの出会いは。一夏の事を諦めようかとぼやいていた時に話しかけられたのである。話を振られた時は『なに此奴?』と誰もが思ってしまうだろうけど、私は『自分を変えるって、どういう意味よ』と聞き返していた。見た目は顔が髪で隠れている根暗なイメージが強く、女子からイジメの対象にされそうな奴だった。まぁ、事実アイツはかなり女子からパシられたり、イジメの対象にされていたけどね。そしてわたしはいつの間にか、当時は初対面だったそんな奴と友人の様に会話していたのだから。

 

 

 

 



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2

 

 

 

 

 

 

真月零もとい、ヴェンは海外から引っ越してきたらしい。小学校は海外で、そして親の事情で日本に引っ越してきたと言っていた。当時はなんだか私と似てるなぁと親近感が湧いた程度だけど、話してみれば面白い奴である。

 

『例えば萎らしいところを見せたり、髪型を変えたり、距離を置いたりすればいいんじゃないか。普段から強気でべったりだし、違う攻め方をすれば少しは意識を向けてもらえると思うぜ』

 

『でも、アイツって絶対に女に告白されたり、デートに誘われたりしているのよ?アイツは気づいてないけど、その………つい引き受けて後戻りできないって言う展開とかあったら不安じゃない』

 

『いや、それはもう間抜けレベル通りこしてアホだな』

 

『ふふ、確かに』

 

初対面なのに初めてとは思えない会話をしたわ。あの時は一夏が好きだったから、恋人になるヒントが欲しかったのだろうから。あの頃はきっと形振り構わなかったかもしれないわね。でも、本当にヴェンのアドバイスは参考になることばかりだった。ヴェンのアドバイス通りに実行すると、一夏が今まで接してきた態度とは少し違った反応を見せていた。ちょっと距離を置けば態々別のクラスからやってきたり、暴言とか暴力を控え少し素直になったり、私服を変えてみれば顔を少しだけ赤く染めたりしていた。あんまり見せない反応だったので、思わず嬉しくなり毎日ヴェンに報告していた。態々ヴェンにデートの練習に付き合って貰ったり、服を選んでもらったり、女としての魅力を発揮させるコツを教えてもらったりしたお蔭なのだろう。

 

 

鈍感なことに変わりはなかったけれど、少しでも意識してもらえることが嬉しかった。わたしは自分の意見を貫くせいで、よく周りからは頑固だって言われているけれど、自分が頑固者だというのは分かっている。でも、他人の意見をあまり聞かなかったけれどヴェントの言葉は何だか信頼できるようになっていた。その時はどんな心情だったのか思い出せないけれど、絶対にわたしはアイツを自分の恋路の役に立つ相談役もしくは友達としてしか見ていなかったに違いない。我ながら、なんて酷い女だと思う。そういう女って、友達面して使えない奴は切り捨てる。使える奴は有効的に使って切り捨てるって感じの女みたいなもんじゃない。まぁ、わたしがそう思っているだけで他は違うんでしょうけれども。そういえば、一度だけそんな感じの思いを言葉にした事があった気がする。その時のヴェントの表情は複雑そうでもあったが、笑ってったっけ。

 

 

 ある日、アイツが女子からイジメを受けている現場をわたしは目撃した。囲まれて、殴られ蹴られ、水をかけられているのにアイツは反撃もせずただただ嬲られていたのだ。わたしはすぐさまアイツを囲む集団へと向かい、説教めいた事を言って追い払った。追い払った後、直ぐに保健室へと向かって手当してあげた。顔などに擦り傷、打撲などで酷い有様を見たせいか、わたしはヴェンに怒鳴っていた。『どうして今まで黙っていたのか』、『どうして相談してくれなかったのか』と、怒鳴り散らしていた。いじめに近いことを受けていた事はわたしも知っているが、まさかここまで酷いものだとは思わなかった。友達なら、相談してほしかった。するとアイツは少しきょとんとした表情となり、そして笑って『ありがとう』とだけ言ったのだ。その表情を見た時、何故かわたしはとても胸が苦しくなり、切なくなった。どうしてこんなに苦しいのか、その時のわたしは理解できなかった。

 

 

そして後日、学校帰りにわたしはヴェンをイジメていた女子の集団から校舎裏に呼び出された。目的は仕返しと、わたしの事が気に入らないというものだった。仕返しは兎も角、気に入らないと思われる理由が分からなかったが直ぐにわたしは理解できた。此奴らはわたしが一夏と一緒にいるのが気に食わないのだと。理解できたと同時に、納得した。一夏と一緒にいる機会は多かったから、一夏を好いてる女にとってはわたしが一番一夏に意識されている女だと思われるだろう。絶対に妬みや嫌悪感が生まれる。そんな事を思っていると、集団の内の一人がわたしを殴った。後から他の女たちから蹴られたりした。仕返しをしようにも、腕や足を抑えられて動けなかったわたしはどうする事も出来なかった。たかが男一人に、なんて理不尽なんだろうか。女尊男卑って、こんなにも生きにくい世界なのね。普段から男は女よりも弱いとかいって遠ざけているくせに、矛盾もいい処よと、そんなことを思いながら助けを望んだ。またあの時の様に、一夏が助けにきてくれると思ってわたしは、助けを望んだ。来るわけがないと分かっていても、それでも……………………。

 

『おい。ソイツに何してんだ』

 

ふとわたしの耳に、鮮明に知っている奴の声が聞こえた。そしていつの間にか殴って来る拳や蹴って来る足が止んでいたのだ。その理由は――――見知らぬ男が一人の女の腕を掴んでいたからだ。季節外れのコートを着用して、凛々しい顔立ちと力強い眼力で睨み付けるその姿にわたしは見惚れてしまっていた。そんななか、女たちが放せよと言って男の手を払うのだが男は女の腕を掴んだまま眼力を弱めることなくこう口にする。『失せろ、人畜風情が』と。その言葉を発せられると同時に背筋が凍り、脚が震えた。わたしだけではない。周りにいた女たちもである。そして脅しのつもりだったか、男は近くに伸びていた太めの木を殴ると、木が折れたのだ。男の目から、『お前達もこうなりたくないだろ?』という意図が伝わり、女たちは『ひっ!』と恐怖し、一目散に逃げていったのである。残されたわたしはただ茫然と、その男を見つめていると男はさっきまでの顔つきとは違って柔らかい表情になり、『大丈夫か、凰さん』と言って手を差し伸べてくれた。男の言葉を聞いたときわたしは、直ぐにヴェンだという事に気づいた。

 

 

 ヴェンがわたしの名前を呼ぶ時は必ず『凰さん』と呼ぶ。男子からは『凰』とか『鈴音』とか『鈴』、ちょっとしたからかいで『リンリン』なんて呼ばれたりする。『凰さん』と呼ぶ男子なんて、ヴェン以外にいないのだ。しかし、本当にヴェンなのだろうかと疑うくらいの顔立ちだった。髪で顔を隠していたので分からなかったが、オールバックにすればかなり整った顔立ちをしており、モデルかと思ってしまった。保健室に運ばれたわたしは、ヴェンに手当てされた。昨日とはまるで立場が逆ねと思ったけれど、わたしはヴェンに助けてもらったことを思い出し、お礼を言った。するとヴェンは、『昨日とは全く逆だな』と笑い、わたしと同じことを考えていたのがおかしくてわたしも笑ってしまった。手当してもらったあと、わたしはヴェンと一緒に帰った。今まで一夏たちと一緒だったので、ヴェンと下校するのはこれで初めてだった。しかし一夏と一緒にいるときとは違って、なんだかとても心地よかった。こんな気持ち、初めてだけど悪い気分ではなかった。

 

 

わたしは帰りの途中で『どうして普段からそんな風にしないのよ』『カッコいいのにさ』とヴェンの容姿を指摘した。それだけ容姿に恵まれているのだから女子は直ぐに手の平を返して媚びを売り、イジメをやらなくなるだろうに。それにもっと積極的に人の輪に入って会話すれば、友達も出来るだろうに。だけどヴェンはわたしの疑問に対して、こう答えた。『容姿目的で友達になられても嬉しくない』。あぁ、確かにそれは嬉しくないわねと内心思った時、続けてヴェンは『その点、こうやって普段通りに接してくれる凰さんが友達だから要らないかな』と言われた時は、嬉しかった半面少し残念な気持ちになった。一夏という想い人がいながらも、どうしてこんな気持ちになるのか分からなかった。その気持ちを知るのは、少し後である。

 

 

 

 

 

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IS学園に、二人の男が入学した。一人は織斑一夏で、織斑千冬の弟でもある。整った容姿をしており、飄々とした性格ながらも自分の信念は貫く熱い一面を持つ男である。入学して数日後、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットと対立し、専用機を送られたにも関わらず敗北するも代表候補生を追い込むほどの実力を備わっているため誰もが賞賛を送られ、教師からの期待も高い。

 

 

そして二人目は、真月零。髪で顔を隠し、殆ど口を開かない根暗な印象を取られがちな少年だった。クラスは織斑一夏と同じクラスであり、セシリア・オルコットのクラス代表の権限を賭けた戦いに無理やり参加させられ、訓練機で挑むも、些か違和感の残る戦いだったが呆気の無い敗北だった。周りの生徒や教師の誰もが真月に対して期待外れだと吐き捨てた。それだけでなく、真月の容姿や口数の少ない事を理由に陰口を言う者、嫌がらせの手紙や贈り物が増えた。真月本人は特に何も言わない為、生徒や教師たちは調子に乗ってしまい、更に嫌がらせを行い続けてから一か月が経つ。その日は中国から2組に転校生が来ると言う噂が広まっている時だった。

 

「久しぶり、真月」

 

凰 鈴音。織斑一夏の二番目の幼馴染であり、真月零の友人が転校して来たのだ。鈴の転校後、織斑一夏の最初の幼馴染である篠ノ之箒やクラス代表戦以降、一夏に好意を抱くようになったセシリア・オルコットからは少しだけ警戒されていた。それは一夏の幼馴染であることであり、知り合いでもあるからである。話題を割愛し、自分の部屋に入ってきた鈴に真月はちょっとだけ驚いたような素振りを見せた。

 

「凰さん、どうして俺の部屋に?」

 

「いや、カギの番号がここの番号と一緒だったからでしょ。それより、凄い量のゴミね。手伝うわよ」

 

 鈴は手に持っていたボストンバックをベッドおいて、部屋のゴミを袋に入れる作業を手伝う。淡々と袋にゴミを入れる鈴は、真月に理由を聞かなかった。何が原因でこんなことされているのかは理解しているからである。織斑一夏と容姿を比べられるからでもあるが、セシリア・オルコットとの戦いでそれが火種となったのだ。真月自身が容姿で仲良くされたくもないことは分かっているため、容姿を整えろとは言えなかったのだ。だから鈴は教室で真月を見つけた時は敢えて声を掛けなかったし、今だってそういった話題を避けている。鈴は自分の話題で場の雰囲気を変えようとするが、話題を振るのが速かったのは真月だった。

 

「そういえば、態々中国から転校して来たって事は、織斑に会う為?」

 

「――――え?」

 

「いや、『え?』ってなんだよ『え?』って。今でも好きなんだろ、織斑のこと?」

 

「………そ、そうね。うん。好き、かな?」

 

「いや、なんで疑問系なんだよ。とりあえず、また中学の時みたいに相談しろよ。出来うる限り、力になってやるぜ」

 

「…………うん。ありがとう、真月」

 

 真月の言葉に、鈴は正直複雑だった。本当は―――――『真月 零』に会いたくて転校して来たと言う事を口にすることなど出来なかった。

 

 

 

 

 

真月に好意を抱いていた事に気づいたのは、鈴が中学2年辺りで帰国する前日だった。両親の離婚で中国に帰国することになった鈴は明日に備えて荷物を整え終えた後、夜の街を散歩していたときのことである。公園あたりで真月とばったり会って、公園のブランコに腰を降ろしていつもと変わらない談話をしていた。談話していると、鈴は『もう、こういう風に此奴と話せなくなるのか』と寂しさを感じ、いつの間にか『帰りたくないなぁ』と思ったその時だった。真月が帰宅時間だと言って鈴に別れを告げた時だった。何故だか鈴は真月が遠くに行ってしまう様な不安に襲われたのだ。鈴は思わずブランコから腰を上げて、真月の服を掴んで『待って!』と静止の言葉を放つ。鈴に呼び止められた真月は『どうしたんだ?』と問いかけるが鈴は赤くなった顔をマフラーで半分かくしているため真月には鈴がどういう表情をしているのか分からなかった。呼び止めてから少し経つと、鈴はようやく自分から話しかける。

 

『また…………また会おうね…………』

 

その一言を口にし真月からは『あぁ、またな』と返され、一人だけになった鈴は自分が真月に好意を寄せていることを理解した。だけど、鈴はその好意が本当の恋なのか理解できていなかった。一夏の事が好きだと言っていたくせに、アプローチをしてきた癖に今更他の男に乗り換えるのは相当な尻軽女じゃないかと思ってしまったからだ。だけど、鈴は真月の事を好きになってしまった。そして帰国後からずっと、この恋をどうすればいいのかと悩んでいる所に真月がISを動かしたとニュースで流れていた為鈴はIS学園に向かう決意をした。この恋が本物なのか知るためでもあり、一夏への好意がなんだったのかを知るためでもある。

 

 



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3

 

 

 

 

鈴の転校から、数日が経つ。正体不明機の襲撃で一段と騒ぎになったが、今では普段通りの日常である。クラス対抗戦が中止となり、その商品が『織斑一夏と付き合える』という根の葉もない噂を信じていた生徒にとっては気の毒だろう。しかし、もっと気の毒だと思えることは、好意を受けていることに気づかない男に惚れたということだが。

 

「あぁ、悔しいぃい!!あと少し、あと少しだったのに!!あの訳の分からないISが襲撃してこなければ、あぁもう!」

 

「まぁまぁ、落ち着けよ鈴。確かにあの試合はお前の勝利だっただろうけど」

 

「よね!?零もそう思うでしょ!?」

 

 寮の一室にて、真月零と凰鈴音がクラス対抗戦についての不平不満を漏らしていた。一方的に漏らしているのが鈴だけではあるが。クラス対抗戦による一回戦は織斑一夏VS鈴の試合だった。優勢だったのは鈴であり、流石短い時間の間で代表候補に上り詰めるだけの実力をみせていた。普通なら1年や2年間訓練を受けただけでは専用機は与えられないのに、鈴はそれを1年でやり遂げてみせた努力は前代未聞だろう。更に加えて、真月による指導もあったからこそである。

 

「思うんだけど、零ってIS初心者なのに指導は適格よね」

 

 真月の指導、トレーニングメニューの形成はとても効率的で実用性が高かった。更にはバランスの良い食事のメニューやら飲み物まで考えてくれる。鈴は真月にスポーツトレーナーとしての経験があるのではと思ったくらいだ。

 

「入学からそれなりに時間が経っているんだから、これくらいが普通だよ。1年で代表候補になった鈴に言われたくないけどさ」

 

「ふふんっ。わたしに掛かれば、あれくらい軽い軽いっ」

 

「何せ織斑に会いたくて、頑張ったんだからな」

 

「……………」

 

零の言葉に鈴は思わず黙ってしまう。何時まで嘘を続けていく引け目を感じていた。少しでも零の恋が本当なのだろうと知るために名前で呼ぶように許可し、鈴自身も真月の名前を呼んでいる。だがしかし、本当は一夏ではなく零の事が好きなのにどうしても嘘をついてしまう。不安なのだろうか。あれだけ自分の恋の為に頑張ってもらったのに、今さら他の男を好きになったと言って尻軽女と思われてしまうのではないだろうか。失望されてしまわないだろうか。そんな不安が、胸に広がっている。

 

(このままでもいいのかも、しれないわね……………)

 

 嘘を吐き続けていれば、きっと壊れはしまわないだろう。鈴は零との今の関係も悪くないと思っている。ただくだらない話をして、笑って、一夏を建前にしてデートするその日常も悪くないと思っている。しかし、心の何処かで『意気地なし』と自分を罵ってしまった。頑固者で、ザバザバした性格なのにどうしてこうも臆病なのだろうと。

 

「零、あのねっ」

 

「どうした?」

 

「その………明日、暇?」

 

「暇だけど、なんだ。もしかしてデートの予行演習か?」

 

「そ、そう!だから、その……………」

 

「分かってるって。付き合うよ」

 

「………………ありがとう」

 

 『これで、いいのかもしれない』。そう鈴は、ただただ本心を誤魔化すのであった。尻軽女として軽蔑されるくらいなら、こうなった方がましだと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

そして鈴の転校から、更に数か月が経つ。ドイツの代表候補生のラウラとフランスぢ表候補のシャルルもとい、シャルロットが転入し、学年別トーナメントを終えてからでも相も変わらず、一部を除きIS学園の生徒達は真月零という一人の男子生徒に嫌がらせを送っていた。飽きもせず陰口を、ゴミを送る、足を引っ掻ける、アリーナでの訓練中にワザとらしい妨害などといった行為が続いている。しかし、鈴がいるお蔭で最小限に済んでいるのが救いだろう。零がイジメを受けている事実は零の味方である鈴といじめを行う生徒達や教師以外は誰も知らない。時折鈴が零に『織斑先生とかに報告すれば?』と言うのだが零は『必要ないよ』と言って笑うため鈴自身がその言葉の意味を理解できなかったが深くは問わなかった。

 

「もうすぐ臨海学校ね。楽しみだわ」

 

「といっても、二日目と三日目は専用機持ちの新装備のテストだから最初だけしか遊べないけどね。メインは二,三日目だし」

 

「はぁ、そうよね。それがなければ、最高だったんだけどなぁ」

 

「確かに。まぁ、専用機持ちじゃない俺には関係ないからいいけどね」

 

「きぃ~~!なんかムカつくわね、その言い方!いい加減アンタにも専用機のオファーとか来ないの!?」

 

「必要最低限成果みせない限り、オファーは来ねぇよ」

 

「通りで学年別トーナメントとか、訓練時にISを使わなかったのはその為ね。ほんと、アンタってずる賢いわね」

 

「褒め言葉だよ」

 

「ふふふ。誰も褒めてないわよ、バカ」

 

 臨海学校前の日に、二人はショッピングモールでデートをしていた。鈴にとっては本命とのデートなのだが零は今までの事からデートの練習に付き合わされていると勘違いをしている。態々ツインテールから髪を下ろして大きなオシャレ安全ピンをつけた帽子をかぶり、赤と黒のメインカラーのゴスロリチックな服装だった。どこかの大罪小悪魔少女とも言える服装だが、正直髪の色を統一させれば本人そのものとも言える。しかし、正直似合いすぎていると零は改めて思ったのは言うまでもないだろう。しかし、その服は勝負服として零が中学の時に鈴と一緒に見繕ったものなので、正直零自身は何故いま着るんだと水着売り場で水着を選びながら疑問を感じたのは言うまでもないだろう。

 

「ねぇ、零。どんな水着がいいかな」

 

「見栄張ってビキニとか選んだんじゃないだろうな」

 

「み、みみ、見栄なんか張ってないし!それに胸が小さくたって、ビキニ着てる女性だっているし!って、誰が貧乳じゃこら!!」

 

「いや、明らかに自爆だろ。で、どんな水着か見せてみ」

 

「ま、まだ選んでないわよ。どんな水着にするか迷ってたから、参考までにアンタの意見が聞きたかっただけだし………」

 

実は既に選択は絞れてはいるのだが、想い人である零の意見が聞きたくてワザと言わなかった。鈴の言葉に零は顎に手を当てて辺りを見回しながら考えだした。そしてじっくりと考えた末に選んだ水着は――――――――

 

「これなんてどうだ?」

 

「アンタ、そういう趣味があるわけ?」

 

レースがついた黒のビキニ。といえばそうだが、バンドゥホルターネックのビキニ。セクシーさを滲みだす構造だが、正直鈴の予想ではもう少しスポーティーで可愛らしい水着を選んでもらえると期待していたのだが、大いに当てが外れた。

 

「まぁ、あくまで俺の意見だし織斑の趣味がどんなのか知らないけど、俺はこれが似合ってるんじゃないかって思う」

 

「で、本音は?」

 

「バンドゥビキニって、バストアップ効果があるらしいぜ?」

 

零は鈴の胸を見つめながらそう言うと、鈴は満面の笑みを浮かべる。

そして第一声を出すのである。

 

「沈めるわよ?」

 

「さーせん」

 

 しかし、何だかんだ言いながらも鈴は自分が選んだ水着は元に戻し零が選んだ水着を会計で済ませた。零のファッションセンスを疑うわけでもないし、それに好きな人に選んだものだからこそ零が選んだ水着に決めたのだから。買い物が終わった後、時間が残っていたので二人は遅くまで街を歩くことにした。零自身はデートの予行演習だと思っており、対する鈴は本当のデートの様にこの一日を楽しむのであった。

 

「あぁ~~、楽しかった。なんだか久々よね、外に出るのって」

 

「そうか?割と頻繁に出てるじゃねぇか」

 

「いや、そうだけどさ。IS学園やショッピングモール、この街から少し離れた場所に出るって意味で言ったのよわたしは」

 

 鈴の言葉に零は納得した様に頷く。中学までは休みの日や期間となれば普通に町の外に出たり、少し遠出だってしていた。IS学園に入学してからは少しずつ、いや、格段と回数が少なくなってきている。休みの日に出かけたりしたいのだが、零が組み込んだトレーニングメニューを熟さないといけないので休みは昼と夕方の間となってしまう。

 

「臨海学校が終わって、直ぐに夏休みだけど零はどうするの?やっぱり、帰省する?」

 

「いや、たぶんないと思う。…………よほどの事がない限りは」

 

「??」

 

「それよりも鈴はどうするんだ?実家、中国に戻るのか?」

 

「たぶん、後半あたりになると思うわね。まぁ、臨海学校の試験装備のデータ次第と思うけd――――――――――――――」

 

そう言いかけた時だった。

 

「げほげほっ!!っ――――――ごほっ!くぅぅぅぅぅっ………」

 

「ちょっ、零、大丈夫!?」

 

「ぐっ……っ!!」

 

 突然零が血を吐いて苦しみだしたのだ。鈴は零の背中をさすり、心配そうに声を掛ける。零は酷く苦しそうに胸を抑え、顔を歪ませながらポケットからプラスチックの容器を出して容器から数粒の豆状の薬らしきものを口に入れる。薬らしきものを服用してから数分後、呼吸が落ち着き始め、顔色が良くなっていく。中学まで見たことなかったが、IS学園に転入してから鈴は零が時々このように苦しそうな姿を見せる様になった。最初は、食べ物に毒を仕込まれていたのではと思ったが零が『持病の発作だ』と言って誤解を解いた。病名までは教えてもらえなかったが、喘息の様なものだと聞かされているのだが鈴は正直心配で仕方なかった。最初見た時と比べ、咳と顔色が更に酷くなっている。そもそも、喘息の様なもので、少量と言えども血は吐いたりしない。

 

「ねぇ、零。病院で見てもらった方がいいんじゃない?」

 

「いや、大丈夫だ。薬だってあるし、問題ない」

 

「でも…………」

 

不安な表情を浮かべる鈴に、零は大丈夫だよと念を押して鈴の頭を撫でる。頭を撫でられた鈴は零の言葉を信じるしかなかったが、不安が消えるわけではなかった。症状が酷くなっているのを見る限り、臨海学校に行けるのか疑問になってくる。臨海学校はよほどのことがない限りは強制的に参加させられるが、零のさっきの状態を見せられてはとても行けそうには見えない。薬があるからと言っても、あくまでそれが治す薬ではないのだと鈴は薄々だが感じていた。

 

 

そんな不安を抱きながら数日が経ち、臨海学校当日。

零は急な体調不良により、臨海学校を欠席することになった。

 

 



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4

 

 

 

 

鈴が臨海学校に行っている間、事件は起こった。アメリカがイスラエルと共同で開発していた銀の福音が暴走したのである。軍用機である銀の福音のスペックは驚異的なまでのものであり、国家代表候が一人で対処が出来るか出来ないか不安になるほどなのだ。織斑一夏と篠ノ之箒の二人だけでの作戦で実行したのだが、結果は火を見るよりも明らか。織斑一夏は意識不明の重傷を負い、作戦続行は不可能となり撤退。後に学園の代表候補生4人と専用機を手に入れた篠ノ之箒による独断で福音に挑む事態になった。織斑一夏が二次移行して現れたため、福音を倒すことに成功し、これにて作戦は無事に終了することになった。臨海学校において、これほどまでに疲れる臨海学校は今までなかっただろう。そういったわけで、忙しい臨海学校はこれにて終わり鈴は部屋で寝ている零に土産話にと寮へと戻り、部屋に入ると零はいなかった。

 

 

外に出たのか?と思って辺りを見回すと、テーブルに手紙が置いてあり、鈴は手紙を開いて読む。そこには零が本国であるイタリアの病院へと搬送されたと書かれてあったのだった。鈴は思わず、思考が停止した。もしかすると、零の持病が悪化したのではないのかと不安になってしまった。鈴はすぐさま薬を渡していた保険医の下へと向かい事情を聞いたが、保険医からは持病の悪化ではなく早期の治療を零が望んだからと聞かされて安心した。IS学園において零に悪質なイジメをする輩は多いが、保険医や学食の職員、一部の教師や生徒だけは別だったので鈴は保険医の言葉を疑わなかった。しかし、治療がいつ終わるのかまでは聞かされていない為、夏休み、最悪の場合は学園祭の少し前くらいにはIS学園には帰ってこないと聞かされた時は少し予定を考える鈴だった。織斑一夏と中学の友達と集まって過ごすのもいいのだが、それだけでは時間が潰れるわけではない。そんなことを考えた鈴だがふと、零から渡された特訓メニューが描かれたノートを思い出した。訓練漬けの夏休みになるが、だらだら過ごすよりマシだと苦笑いしながら鈴は自分の部屋に戻るのであった。

 

 

零と同じクラスだった織斑一夏達は零が本国の病院で治療を受けていると聞かされ、少し残念そうだった。少なからずだが、織斑一夏は零とは会話をしている。鈴とよく会話する光景を見ているので、暗い印象を持った人間ではないと判断したからだ。『同じ境遇』の男子として、夏休みくらいは一緒に遊んだりしたいと言いながら残念がっていた様子である。

 

 

そして時は経ち、学園祭の開催当日。

学園の誰もが思わなかった、いや、予想すらできなかった。

 

 

 

 

 

 

一人の少年による『Vendetta(ふくしゅう)』が始まることには。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

学園祭当日、IS学園は普段以上にも騒がしかった。

それはチケットを持った外から来た人達もいるからだろうし、何しろイケメンである一夏と『零』を見て騒いでいるからなのだろう。自分のクラスの出し物の当番を終えたわたしは、息を切らしながら零の下へと走る。

 

「ごめん、お待たせ!!」

 

「お疲れ。ほら、タオル」

 

「サンキュー…………あぁもう、本当に面倒くさかったわ。いきなりクラスの皆が零の事ばっかり聞きだすんだもの。わたしじゃなくて、本人に聞けっつうの」

 

「はっはっは、そりゃ大変だったな」

 

「他人事だけど、これって間接的にあんたのせいよ?」

 

わたしは隣でヘラヘラと笑う零にジト目で睨みつける。

零が本国から帰国後、なんの気なしか顔隠していた髪をバッサリと切っていた。

わたし以外の誰もが、『この人、誰?』みたいな感じになっていたわ。

後はもう分かる通り、零は一夏よりもイケメンであるため悪質ないじめをしていた生徒を含めて掌を返すかのように好意的に零に群がって行ったのだ。因みにだが、零が帰ってきた時期は生徒会長の更識楯無先輩が『一夏争奪戦』とかいう催しを発表した後で、そしてクラスの出し物の役割分担をした後だったので零は対象とされていない。零のクラスの出し物は『コスプレ喫茶』らしく、零には役割がないため零自身がわたしのクラスの手伝いをしに来てくれたのだ。まぁ、色々と面倒になっらのは言うまでもないけど。

 

「まったく、あれだけ顔で選ばれるのが嫌だったアンタが髪を切るなんて。イタリアでなんかあったわけ?」

 

「う~~~ん、特にこれってことはないけど………今日『だけ』は、こうしたかったって心境かな。まぁ、そういうこと」

 

「ふ~~~んっ……………」

 

なんか、正直複雑。零の素顔を知っているのは、わたしだけで十分なのに。……………でも、うん。改めて見ると、顔つきが少しも変わってないわね。強面だけど、大人っぽいイケメンって感じね。独占したい感覚にそそられる。何せ学園祭を一緒に回るのだって、1組だけじゃなくて全クラスの女子が零を狙っていたくらいなのだから。ウチのクラスの子達が、めっちゃくちゃ羨ましそうにしてたからね。

 

「それよりも、早く行きましょ。せっかくの学園祭だもん!」

 

「そうだな。行こうか」

 

せっかくの顔出し零の学園デートなんだから、楽しまなきゃ。

さて、まず手始めにどこから行こうかしr―――――――

 

「ほら、鈴」

 

「―――えっ、あっ。」

 

どこから周ろうかと歩きながら考えていたら、零から手を引っ張られた。

何事なのかと思うと、わたしのすぐ前によそ見して歩いていた生徒がいたので零が助けてくれたのだ。危なかったわ。もう少しで、ぶつかってしまう所だった。

 

「楽しみなのはいいけど、周りに注意しろ」

 

「あっ、ちょっ―――――」

 

ギュッと手を繋いで、わたしの手を引く零。

嘘のデートで何度も手を繋いだことがあるけれど、今日は何故かいつもよりも力強かったし、それにとても胸がドキドキしていた。

 

 

 

 

 

わたしは零と共に、学園中のいたる所全てを周った。お化け屋敷やらシアタールーム、喫茶店やら射的屋など、どこのクラスもなんだかどこの学校でもやりそうな出し物をやっていた。でも、爆弾処理の体験や実銃による試し撃ちなどが出来るコーナーとかISを装着した生徒と一緒に空を飛ぶコーナーとかないけどね。つまらなさそうに言っているけれど、楽しくなかったわけではない。お祭りの雰囲気は好きだし、好きな奴と一緒にいられたのだからなお楽しかった。特に楽しかったのが、爆弾処理で零が間違って外れの線を切ってドライアイスをかけられた時の顔が面白かった。だってサンタみたいに髭生やしてたんだもん。

 

 

一通り周り終えたわたしと零は人気のない屋上でゆっくりしていた。テーブルには焼きそばやたこ焼き、クラスや部活の出し物で買った食べ物と飲み物が置かれてある。昼は学食で食べようと思っていたのだが、ついついお祭りの流れに乗せられて買ってしまい、食べなきゃいけなくなったのである。

 

「買い込んじゃったな…………」

 

「正直、ソース系が多いから噎せそう」

 

「鈴、お前のせいだからお前が食えよ?」

 

「はぁ!?なんでそうなるのよ!アンタだって、『あぁ、そういや最近たこ焼きとか食ったことないなぁ』とか言ってたから買ったんでしょうが!」

 

「いや、だからって三つずつとか聞いてねぇし。普通一つで十分だと思うだろうが」

 

「うぐっ……………た、確かにそうだけど男ならこれくらい食べるでしょ!大阪の人だってこれくらい余裕でしょっ!」

 

「いや、大阪の生まれじゃないから俺。イタリア生まれだから。それよりも、まずはこれを速く消費することを考えないとな」

 

「それもそうね……………………」

 

とりあえず、冷めると美味しくなくなるから食べなきゃ。…………あ、そういえばイタリアで思い出したけど、零がイタリア出身だって知らされたのってつい最近よね。中学の時はそういった話とか全然聞いたことないし、それに零の家族の事もそうである。今考えてみると、零って色々と謎が多いわよね。

 

「ねぇ、零。アンタの両親って、どんな人なの?」

 

「……どうしたんだ、急に?俺の両親が、どうしたんだ?」

 

「いや、ちょっと気になって。それに真月零って名前なのにイタリアが出身だもん。もしかして、ハーフとか?」

 

呑み終えたジュース缶を置いて、わたしは零に問いかけた。だけど零が何だか凄く微妙な表情を浮かべていた。もしかして、地雷だったか……………な?

 

「…………そろそろ、かな」

 

「え?」

 

「鈴、聞いてくれないか?」

 

「え、ちょっ、いったいなにっ?」

 

きゅ、急に手をギュッと握りしめてきてどうかしたのだろうか。それに今まで以上に何やら真剣なまなざしである。そ、そんなに見つめられたら困るんだけどっ。

も、もしかして此処に来て告白!?めっちゃくちゃ展開的に有り得ないけど、告白なの!?ど、どうしよう、わたし………全然心の準備が――――。

 

「俺の名前は真月零って名前じゃない」

 

「いや、そんな急に言われても……………うん?いま、なんて言ったの?」

 

真月零が、名前じゃない?

それって、いったいどういう――――――。

 

「俺の名前はヴェント・カンパネラ。それが俺の本名だ」

 

「ちょっ、ちょっと待って!え?いや、本名ってどういうこと?もしかして、からかってる?」

 

「からかってない。それが俺の本名だから」

 

え、ちょっと待って。じゃあ真月零って名前が偽名?

いや、そんなこと言われても急すぎて困るんだけど。

いままで真月零で定着してたのに、急にそんな本名とか言われても。

というか、偽名を使ってたら住民票とか経歴とか調べればバレるんだし、それにIS学園に通っているんだから経歴を洗いざらい調べられる。もしかして、いつものジョーク…………じゃないわね。めっちゃ真剣な表情だもん。それになんだか、焦りを感じてるようにも見えるし…………。

 

「じゃあ、アンタはいったい―――――――」

 

「鈴、お前にどうしても最後に言ってほしいことがあるんだ」

 

「って、喋らせなさいよ!………はぁ、まあいいわ。後で聞けばいいし。で、わたしに言ってほしいことってなに?」

 

「俺の名前、本名を言ってほしい」

 

「………………それだけ?」

 

「あぁ、それだけだ」

 

そう言ってニッコリと笑みを浮かべる零、じゃなくて『ヴェン』。

少し期待してしまったけれど、なんだか普通な頼み事ね。

てか、なんだかやたらと眠くなってきたわね。

燥ぎ過ぎて疲れたのかしら…………。

 

「じゃあ、言うわよ…………ヴェン」

 

するとヴェンの握る手の力が若干強くなった。

ヴェンは顔を俯かせており、時間が経つと同時に握りしめてくる手が緩んでいく。

それと同時にわたしに襲い掛かる眠気が強くなってきている。

段々と握りしめていた手が緩くなり、最後には手が離れた。

俯かせていた顔を上げて、ヴェンは満面な笑みを浮かべていた。

 

「―――――――――ありがとう、鈴」

 

「あ、ま………って…………ヴェンっ」

 

背を向けて去っていくヴェンに、わたしは手を伸ばした。

追いかけようと体を動かすのだが、言う事を聞いてくれなかった。

何だか瞼が重くなり、ヴェンが遠ざかって行ってしまう。

 

 

 

 

 

―――――――――――愛しているよ、鈴。

 

 



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5

 

 

 

 

 

IS学園における体育館、アリーナの訓練機保管庫、校舎近くで爆破が起きた。それと同時にIS学園に『亡国企業』と名乗る二人のIS乗りが潜伏しており、行動を実行した。更にはIS学園の遥か上空には未確認のISが浮かんでおり、IS学園に向けて攻撃を開始。IS学園に訪れていた一般客や生徒達は上級生の指示に従って地下の避難所へと誘導され、他の上級生や教師陣は訓練機でのテロリストの対処へと向かうのであるがアリーナの訓練機保管庫が爆破され、訓練機は使い物にならない程、木端微塵になっていた。そのため、残されたのは専用機持ちのメンバーである。学園における例外を除いて対処できるのは織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識楯無の7人である。たかが3機のIS乗りを相手に数でも優っているのだから、直ぐに片付けられるだろうとだれもがそんな思いがあった。――――――――――――それが簡単にやれる相手なら。

 

 

 

 

空には白と赤の光が、黒のISへ突撃する。白は織斑一夏の専用機である白式。そして赤は篠ノ之箒の専用機である紅椿だ。亡国企業と呼ばれたテロリストに仲間と引き離されたが、織斑一夏と篠ノ之箒は二人でも十分だと確信していた。それは相棒である篠ノ之箒と紅椿への信頼である。二人で力を合わせれば、勝てると確信していたのだろう。だが、そんな思いはタダの思い込みだった。

 

「がっ!?」

 

「ぐっ!?」

 

戦況は、圧倒的までに黒いIS、『Vendetta』と呼ばれるISが優勢だった。接近戦武装であるブレードと中距離と近距離武装のライフルが握られた手で切り払い、追い打ちをかける。織斑一夏に追撃を掛ける箒は隙を見て斬りかかるのだが最小限の動きで回避され、ライフルによる至近距離射撃を受ける。

 

「ぐっ、一夏っ!」

 

「分かってるっ!」

 

上手く連携を取り、完璧な隙を生んだ瞬間に吹き飛ばされた一夏が体制を立て直し襲い掛かる。しかし、それも全て読まれているかのごとくヴェンデッタはブレードを収納し、別の武器を取り出した。それは――――手榴弾だった。

 

 

ヴェンデッタは手榴弾を一夏の背後に投げ、ライフルで射撃。一夏は手榴弾に弾丸が直撃しない様にライフルから放たれた弾丸を斬り裂いた―――――――――が、真っ二つに斬り裂かれた弾丸はまるで計算されたかのように剣や白式の装甲を弾いて手榴弾に着弾した。ちょうど手榴弾は一夏と箒の間であり、効果範囲内。例え回避しても爆風を受けてしまう。

 

「ああああああああああああっ!」

 

「があああああああああああああああ!」

 

手榴弾の爆発に巻き込まれた二人は吹き飛ばされた。しかし、箒は兎も角として一夏が吹き飛ばされる方向は拙かった。何せ吹き飛ばされる方角はヴェンデッタの眼前。既にヴェンデッタは収納したブレードを具現して構えている。いまさら方向転換しても既に遅い。無理やりにでも回避しようと試みたが、既にブレードを一夏の脇腹へと襲い掛かっていた。

 

「があああああああああああああああ!?」

 

「一夏ああああああっ!くっ、おのれテロリスト風情―――――――」

 

既に、銃口は箒を捉えており、そしてヴェンデッタはトリガーを引いた。

銃口から放たれるビーム砲が箒へと襲い掛かる。

ビームの嵐が止むころには箒はそのまま吹き飛ばされていった。

しかし、意識が途絶えた訳でなく箒はすぐさま意識を保ち、態勢を立て直す。

吹き飛ばされた一夏も既に態勢を立て直して箒の隣にいた。

 

「大丈夫か、箒?」

 

「あぁ、大丈夫だ。しかし、エネルギーが」

 

「俺もだ…………だけど政府から応援が来るんだ。それまで持ちこたえるぞ」

 

「分かっている」

 

アリーナの訓練機が使えない今、政府からIS部隊が到着するとのことである。

学園の方では残りの二人の相手をセシリア、シャルロット、ラウラ、楯無が相手しているのだが全く応答がない。戦闘中なのか、それとも既に戦闘が終了しているのか。

 

「おい!どうして学園に攻めてきたんだ!答えろ!」

 

「貴様等は何が目的だ!」

 

一夏と箒は、いまだ雑談しても攻めてこない黒いIS、ヴェンデッタを睨み付ける。二人は無人機なのではと疑っていた。鈴と一夏の試合の時に現れた無人機は、こうやって話し合っているにも関わらず攻撃してこなかったからそう思った理由でもある。しかし、二人のISには黒いISがヴェンデッタという今まで聞いたことのない名前が映し出されているため無人機の線は完全ではないにしろ消えた。それに校舎に潜入していたテロリスト二人がISを展開したと同時に空から現れたのだが人が乗っているのだと考察もできる。緊張が走っている中、何やら黒いISの前に投影ディスプレイが浮かんだ。

 

『おい、ヴェント。こっちは片付けたぞ』

 

『殲滅、終了。大したことなかった』

 

『しっかし、お前が考案した装備のお蔭であの餓鬼共、手も足もでなかったぞ。健気にもアイツら、『まだ……だあああ!』とか叫んで、おかしいったらありゃしねぇぜ』

 

「「なっ!?」」

 

一夏と箒は、絶句した。セシリア、シャルロット、ラウラ、楯無が相手していた二人のIS乗りから無慈悲にもセシリア達の敗北宣言が告げられたのだから。ガサツな口調で喋る女性から余裕の口調を聞きとる限り、セシリア達は二人に手も足も出なかったということなのだろうか。箒は虚言だと吐いてIS学園の方を振り向くが、セシリア達のIS反応が映し出されなかった。二人が不安な状況に陥っている、その時だった――――。

 

「オータム。今回の目的は殺す事じゃない。殺すなよ?」

 

「え?」

 

一夏は思わず、ヴェンデッタの方へと視線を向けた。

視線を向けた先にはディスプレイに向かって会話している少年の顔が、映った。

 

『わーってるよ。まぁ、こんな餓鬼共がいくら襲ってこようとも確かに殺す必要はねぇかもな。むしろこんな雑魚がこの世界に存在するって事を知らしめた方がおもしれぇな。おい、M!帰るぞ』

 

『黙れ、糞女。元々そのつもりだ』

 

『んだ、その態度っ!テメェ、帰ってから覚えてろ!』

 

そして投影ディスプレイがブツンと切られ、ヴェンデッタ、いや。

二人が知っている―――――――真月零が二人を見つめていた。

顔を覆っていたバイザーが取られており、素顔が晒された。

箒も一夏の視線に気づいて視線を追い、真月の顔を見た途端にギョッとした様に驚いた。

 

「なん、で………なんでお前がそこにいるんだよ……っ!真月!」

 

「なんだ、居ちゃ悪いのか?俺がテロリスト側に居て不都合な事でもあるのか?」

 

「そうじゃない!貴様、なぜテロリストに加担するのだ!貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!?」

 

「は?分かってやってるんだ。そんな事も分からないのか?」

 

「「なっ!?」」

 

しれっと、『何言ってんだこのバカ?』と言わんばかりの表情でそう返した真月もとい、ヴェンに一夏と箒は絶句した。IS学園による襲撃、訓練機の破壊、器物破損。それだけでなく最悪一般人にまで危害が及ぶ攻撃や、ISを乗れる男がテロリストだったのだ。これだけやって何も御咎めがないと言うバカはいないだろう。それを踏まえて、やったとヴェンの口から出されたのだ。二人が茫然とヴェンを見つめていると、ヴェンが何かを確認した後に呆れた顔をして口を動かす。

 

「あぁ、情けねぇな専用機持ちってのは。なぁ、そういうとこどうなのお二人さん?」

 

「なに?」

 

「一夏!もう奴の戯言は聞くなっ!奴はもう敵――――――――」

 

「あ、ウザいから退場しな腐れ掃除道具」

 

その瞬間、ヴェンはライフルを取り出し箒へと発砲。

不意打ちを食らった箒はヴェンの攻撃に反応が遅れるが、それでも回避する。

多少の攻撃くらいなら掠っても問題ないと判断しての回避だった。しかし、回避しようとしないも―――――――結果は同じだった。

 

 

発射された弾丸には、圧縮された核が詰まれており、弾丸が掠った瞬間に手榴弾とは比べ物にならない程の爆発が箒を襲った。声を上げることなく爆発に呑み込まれた箒はそのまま海面へと落下していく。紅椿のエネルギーが既に0となった。

 

「あっはっはっはっはっはっは!!きたねぇ花火だなオイ!まるでボロ雑巾、いや、ボロ箒だなありゃっ!」

 

「箒っぃいいいいいいいいい! テメェ、良くも箒をっ!」

 

「それより、行かなくていいのか? 海、よぉおおく。見てみ」

 

「っ!」

 

ヴェンの言葉に、一夏は箒が落ちようとしている海へ視線を向ける。

すると白式が海面に浮遊機雷が浮かんでいるのだ。

数は7つ、いつ仕掛けられたか分からないが一夏はそれどころではなかった。

 

 

箒は気絶しており、紅椿のエネルギーは0だ。いくら絶対防御が働くからといって直接爆破を受ければ死んでしまう。一夏はすぐさま箒の下へと飛んでいった。機雷に触れる寸前にキャッチし、すぐさま箒を安全な場所へと運び、寝かせる。箒を寝かせた一夏は再びヴェンを睨み付け、ヴェンの下へと飛んでいく。

 

「これで残りはお前一人って訳だ。はぁ、こんなのが専用機持ちだと思うと呆れを通り越して笑えてくるぜ。こんな奴らが国、人民を守ってると知ればさぞ失望もんだろうに」

 

「なんでだよ……………なんでこんなことをするんだよっ!答えろよ、真月!」

 

「はぁあ、察しの悪いバカだなお前は。テロリストだからに決まってるだろうが。ISが気に食わない。女尊男卑が気に食わない。いまの世界そのものが気に食わないなどなど思う奴らの集団。適当に何でも捉えろよ、織斑。それでもIS学園の生徒か?お前、今迄遊んでたわけ?はっは、それもそうだったな。何せ今の世界がどれほどヤバいって事すら理解しようともしないんだからな」

 

「世界が、ヤバいって………どういう意味だよそれは!」

 

一夏の問いにヴェンは更に笑みをもらし、『……あぁ、所詮はただの能無しか』とぼやいた。するとヴェンは何やら投影ディスプレイを操作した後、再び口を動かす。

 

「なぁ、織斑。お前は婦人参政権について、どう思う?」

 

ヴェンに質問された一夏は、質問に対しての意味が分からなかった。

なぜいま、そういう質問をしてきたのか一夏は分からなかったがヴェンの問いに対してどう答えるべきか悩んだ。婦人参政権という言葉は何となく覚えている単語なので、一夏とりあえずその場しのぎでありのままの答えを出した。

 

「女性にも、人権が認められただやつだよな?性別の違いなんて関係なく、人権が認められたことは良い事だと思う。それがなんだってんだ」

 

「そうだな。女なんぞは大昔から家と男の所有物、人間として格下みたいなもんだった。素晴らしい変化だと俺は思う。やばて男尊女卑は過去の物となり、誰もが平等になった。――――――――だが、いまの世界はなんだ?本当に平等なのか?」

 

「っ、それは…………」

 

「ISの登場により女が男を格下同然の扱いをし始めた。意味のない暴力、意味のない暴言、意味のない濡れ衣が飛び交い、それが子供まで影響してきた。なぁ、織斑。ニュースでは平穏無事な日常風景、ちょっとした事件や事故程度の報道しか流れてないがな女どもは都合の悪い部分だけを省いて映しているだけに過ぎないのは知っていたか?日本、そして世界では非道な事が行われている事を、知っていたか?」

 

「それって、どういうことだよ…………」

 

一夏はヴェンの会話を何時しか聞き入っていた。

ヴェンの言葉の節々から重みと、怒りと憎しみに似た雰囲気を感じたからだ。

 

「IS登場により、ここ十数年における自殺する件数は数千、数万、数十万と後が断たない。更には男でもISに乗せられる様にと人体実験を行うためにストリートチルドレン、孤児の幼子を浚いっての人体実験による死亡件数は数百万人を突破した。それだけではない。職場や環境、政治に関わることもそうだ。男と一緒の職場が嫌だからという理由で男を放り出し、職を失う男性労働者の数は数十万。悪質なパワーハラスメントにより自殺する者達もいる。なぁ、織斑。お前、自分が恵まれてるって分かっているか?」

 

「………………」

 

「ただ顔がいい、織斑千冬の弟だから優遇されて女どもからキャーキャー黄色い声を上げられてさぞ幸せだろうな、えぇ?同じ男なはずなのに、どうしてここまで対応の差が違うのか、疑問に思うんだよ俺はさぁ。なぁ、織斑一夏君。いままでの生活の空気はさぞ美味しかったか?知らない所では誰もが苦しんでいるのに、自分だけ違う対応されて幸せだっただろ?なぁ、なんか言ってみろよ」

 

戯言だ!と言えば、それで済むだろう。しかし、本当に戯言なのかと一夏の頭の中にその言葉がよぎった。自分の知らない所では、ヴェンの言ったような状況が起こっていたとするならば今の自分の待遇はさぞ優遇されているのではないだろうか。

 

「だ、だけどもしお前の言っていることが本当だとして、その話がなんの意味があるんだよ!」

 

「はぁ?分からないかな?つまりは―――――――――お前、男共から反感買って何時しか立場危うくなるって言ってんだよ」

 

「!?」

 

「最初は顔が良い、織斑千冬の弟だからってポテンシャルはまだ良かっただろうさ。だがお前はISを動かせた。そして専用機を与えられることになった。本来専用機持ちと国家代表は自分の国を守る義務を押し付けられる。たかがスポーツやデータだけでの理由で渡されるわけがない。そして今!こんな風にIS学園を襲撃され、剰えたかが三機のテロリストに6人で挑んでも勝てなかった。一人は国家代表、二人は第4世代の持ち主、そして残りは代表候補の専用機持ちだってのに手も足も出ずにこの有様だ。なぁ、織斑一夏。これで『分かりせん』とか言わせないぞ」

 

「………………」

 

一夏はヴェンの言葉に押し黙り、考えていた。専用機持ち、そして国家代表やその候補はデータ取りや操縦者の能力が高いから持たされるのではない。国を守るための守護者としての役割もあるため、渡されるのだ。そして現在、その専用機持ち達が3人のテロリスト相手に傷一つ付けらず、敗北確定の状況になってしまっているのを誰もが知れば、女や男関係なく専用機持ちに反感を覚え、暴動が起きるだろう。

つまり、国を守れない専用機持ちは―――――専用機を持つ資格はない。

そんな奴らに国を守らせるなど、言語道断だと声が上がるだろう。

 

「暗部の更識家、専用機持ちの数名、第四世代持ちのお前と篠ノ之がいるにも関わらずテロリストに侵入を許し、挙句の果てには訓練機は粉みじんにされ、専用機持ちの殆どは再起不能となり、挙句には学園が崩壊寸前で残された希望はお前だけだ。はっはっはっは、なぁ織斑一夏。楽しい学園生活の中で、こんな事態に陥る事は予想外だっただろ?」

 

「ぐっ………………くそがああああああああああああああああ!!」

 

声を張り上げ、一夏はヴェンに突撃を掛けた。雪羅をクローモードに変え、雪片を握りしめヴェンに攻撃を仕掛けた。しかし、易々と回避されライフルの雨とブレードの連撃を受ける。しかし、雪羅でシールドを張って防ぎ、猛攻撃を仕掛ける。

 

「なんでだよ!なんで、なんで!!」

 

「あぁ、うるせぇなマジで。何をそこまでキレる。知ろうともしないお前の原因だろ?知っていればもう少し強くなろうと想えただろうに。こんな事態にはならなかっただろうに」

 

「黙れぇぇぇええええええええ!!」

 

「はっはっはっは!まるどただ正論言われてキレたクソガキじゃねぇか!ほれほれ、どうしたどうした?そんな掠りもしねぇ攻撃で勝てると思ってんのか?」

 

まるで子供をからかう様に煽り文句を放ちながら回避するヴェン。

次第に一夏の動きにキレがなくなってきており、息が上がり始めていた。

そして一夏は疲れたのか、動きが止まると同時に攻撃もやむ。

 

「……………なんでよ」

 

「あん?」

 

「なんでなんだよ!…………俺たちは、クラスメイトだろ!?俺や、俺達は同じ学園の仲間じゃねぇのか!なんでなんだよ、真月っ!」

 

「………………………」

 

「俺、お前のこと全然知らないけど良い奴じゃねぇのかよ!鈴とあんなに楽しそうに会話して、恋人みたいに仲良しな奴が悪い奴なわけがねぇだろ!初めて俺と会話したときも、全然そんな素振りは見せなかったじゃねぇか!なぁ、真月!嘘って言ってくれよ!」

 

一夏は精いっぱい声を張り上げ、ヴェンに訴えかけた。

会話の数は両手で数えるほどしか会話していないが、一夏の目にはヴェン、真月がテロ行為を行うような人間ではないと見えていた。少し付き合いが悪くて、人見知りな奴だけど友達になれたらいいな、いや、これから仲良くなれたらいいなとも思っていた。

 

「…………まさか、織斑。お前、俺を友達とでも思っていたのか?」

 

「そうだよ!だから、だから今からでも遅くない!真月、戻って来い!!」

 

「……………………」

 

一夏がそう言って手を差し伸べる。

差し伸べられた手をヴェンはジッと見詰めていた。いまだクラスメイトである人間がテロリストなんかじゃないと信じる一夏に、ヴェンは―――――――――

 

「ぐっ……があああああああああああああああああああ!?」

 

「し、真月!?」

 

「ぐあぁぁぁっ………くそっ………でて、でてくる、なっ!!」

 

「お、おい真月!?急にどうしたんだよ!?」

 

「おり、むら……っ。…………たすけて、くれ…………たすけ………」

 

急にヴェンが苦しみだしたため、一夏は焦っていた。

ヴェンの額から汗が大量に滲み出ており、苦しそうに顔を歪ませるその光景は演技ではないのか?と誰もが疑う光景だった。一夏は苦しみだしているヴェンに何のためらいもなく、ヴェンの下へと飛んでいく。

 

「真月、しっかりしろ!」

 

「おり、むら?………っ、俺は………俺はなんてことを!」

 

そういってヴェンは両手で顔を覆った。

身体が震え、やってはいけないことをやってしまったように震える子供の様に。

今迄と雰囲気が違うと感じた一夏は真月自身の本心がこんな事をしたくなかったと感じ、優しく背中をさすり、問いかける。

 

「っ、真月!お前、元の真月に戻ったのかっ!」

 

「ごめん………織斑っ。…………俺、俺はなんていう事をっ………」

 

「いいや、お前が戻っただけでも十分だ。本当はお前自身、こんなことやりたくなかったんだろ?誰かに脅されて、誰かにそう強制されたせいなんだろ?大丈夫。きっと千冬姉や他の先生たちにも事情を話せば、分かってもらえるっ!」

 

「織斑っ………許すって言うのか?………あんなことした、俺をっ!」

 

「あぁ、勿論だ。だから、ほら、一緒に戻ろう」

 

IS学園に、と言って一夏は背を向ける。

多くの被害が出たけれど、クラスメイト一人を救う事が出来た。

きっとヴェンの事情を聞けば、ああなった理由も分かるはず。

と、一夏はそう思っていた矢先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ~~んちゃって☆」

 

「があああああああああああああ!?」

 

背後から攻撃を受けた。

攻撃を受けたと同時にエネルギーが一桁になり、そのまま海へと落下していく。

しかし、意識を何とか保ち、背後の方を振り向くとライフルを構えたヴェンがニタニタと笑いながら一夏を見つめていた。

 

「ど、どうし、て…………しん、げつっ………正気に………戻ったんじゃっ!」

 

「正気ぃぃ?俺は何時だって正気だよ、バカがぁ」

 

そして再び、トリガーを引いた。

レーザーの雨が一夏を襲い、一夏はそのまま地上へと落下していった。

絶対防御のお蔭で外傷は少なく、ギリギリ意識を保てる気力が残っていた。

地に落とされた一夏は視界が眩む中で真月の居る空を見つめ、手を伸ばす。

ヴェンは一夏の声が聞こえる距離まで降下し、武器を収納した。

 

「真月っ…………お前、なんでっ…………」

 

「はっはっはっは!まさかあんな演技に引っかかってくれるとは思ってもみなかったよ!学校のクラスメイト?鈴と仲が良かったから良い奴?ぶあっはっはっはっはっはっはっはっは!とんだ大間抜けだよ!これだけの事をされて、それでも俺を友達呼ばわりするなんてとんだバカ野郎だわっ!あぁ、なら俺はこう言ってやった方がいいかな?――――――――楽しかったぜぇぇ!!お前との、友 情 ご っ こおおおお!あははははははははははははっ!」

 

「っ~~~~~」

 

一夏は口惜しさのあまりに唇を噛みしめ、ヴェンを睨み付ける。

しかし、一夏の睨みなどヴェンにとっては赤子のまなざし。

専用機も真面に扱えない弱者風情でしかないのだ。

一夏の睨み付けが鬱陶しくなったのか、ヴェンは勢いよく一夏の顔を踏みつけた。

 

 

顔を踏みつけられた一夏は脚を退かすと気絶しており、目を開ける事は無かった。

これで例外を除き、全ての専用機持ちが再起不能となってしまった。

亡国企業である二人は既にセンサーでは反応しない場所へと向かっており、残されたヴェンはIS学園上空へと飛んでいき、上空からIS学園を眺める。

その顔はさっきまでの歪んだ笑みとは異なり、少しだけ悲壮感を漂わせていた。そして自ら纏うISの手を見つめ、悲壮感から怒りに似た雰囲気を露わにして睨み付ける。

 

「こんなIS(ガラクタ)のせいで、こんな事にはならなかっただろうに――――――――――なぁ、鈴。そう思うだろ?」

 

 

 

 

 

「そうね。確かに、IS(こんなもの)が無かった方が良かったかもしれないわね」

 

 

 

 

 

ヴェンが背後を振り返りながら、居ないはずの少女に問いかけた。すると背後には中国第三世代IS『甲龍』を纏った凰鈴音が双天牙月を手にして浮いていた。

 

 




みんな大好き、真ゲsもとい真月の登場(白目)。
かなり支離滅裂、意味不明な事を言っている気がしますがご了承ください。


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6

 

 

 

 

 

ヴェンと対峙する鈴は、今にも叫びたかった。どうして、どうして目の前にいる愛おしい人がテロリストなのか、どうしてこんな事をしたのか聞きたかった。胸の中で様々な疑問を抱えながらも、鈴はただヴェンに武器を向ける。

 

「ヴェン……………どうして……………」

 

「どうしたもこうしたもねぇ。お前がここに来たって事は、俺を殺しに来たんだろ?なら四の五の言わずにかかって来い。――――――言葉なんぞ、不要だ」

 

「―――――っ」

 

突き放すように、ヴェンはトリガーを引いた。

レーザーの雨が鈴へと襲い掛かり、鈴は瞬時に回避行動をとる。

回避など許しはしないと言わんばかりに乱射しながら鈴を追いかけるヴェン。

しかし、襲い掛かる閃光が背後から迫ってきても、鈴には当たらなかった。

 

 

まるで死角が見えている様にレーザーを回避し、急反転して反撃を掛けている。

ならば、ヴェンの得意としていた奇策めいた攻撃手段を図るにしろ、鈴は冷静にヴェンの攻撃に対処している。ヴェンに手古摺っていた一夏たちとは違い、鈴はヴェンと互角に戦っているのだ。その事実には、戦っている本人である鈴でさえも驚いている。

しかし、自分がここまで戦えているのはヴェンとの特訓の成果だと理解すると何とも皮肉に感じてしまった。

 

 

訓練において、死角からの攻撃による対処法。空中や地面などに設置された罠を考慮した戦い方、高速戦闘の可能なISに対しての対処法などについて全てヴェンに叩き込まれた事だ。そしていま、その訓練を耐えて切り抜けた結果がいまの戦闘に現れている。

まるで――――――――ヴェンかそれ以上の敵との戦いを想定した様に。

鈴は腕を止めると、それに気づいたかヴェンの動きが止まる。

 

「………………ねぇ、ヴェン。一つだけ、一つだけ聞いていいかしら?」

 

「…………………」

 

鈴の問いに対して、ヴェンは特に表情を変えずに無言のままだった。

しかし、攻撃してこなかったので鈴は了承なしに言葉をつづける。

 

「わたしに接触したのは………全部このためだったの?」

 

「…………………」

 

「わたしをあの時、助けてくれた時の笑みは全部うそだったの?」

 

「………………」

 

「あのデートも、あの日常も………全部うそだったの!?」

 

「………………………」

 

「答えてよ、ヴェン!!」

 

鈴はヴェンを睨み付けながら、ヴェンに向けて叫ぶ。

鈴の目には涙があふれ出ており、頬を伝い落ちる。

なにもかも、全てが嘘で演技だったことを否定したかった。

中学時代の思い出を、そしてIS学園で再開してからの日常が全て嘘ではないと。

 

 

そして何よりも、ヴェン自身の言葉総てが嘘ではなかったのだと。

鈴はヴェンを最後まで信じたいと思っていた。

戻ってきてほしい、帰ってきてほしいとそう願いっていた。

だが―――――――――。

 

「あぁ、全部このため。そして―――――――お前に接触したのはただの暇つぶし」

 

「――――――――――――」

 

放たれた言葉は、全て鈴の期待していた言葉ではなかった。

明確な裏切り、明確な拒絶。

 

 

ただこの時の為にやってきた事であり、そして自分と接触したのは全て暇つぶし。

鈴との日常(あんなもの)、なんの意味のない時間だった。

 

 

自分の裏切りの言葉で一時放心していた鈴に、ヴェンはトリガーを引くのだった。

放たれたレーザーの雨を、鈴はまともに受けることになってしまった。

 

「―――――――――がっ!?」

 

墜ちかけていたところにヴェンが駆け寄り、鈴の首を掴む。

首を掴まれた鈴は苦しそうに首を掴んでいる腕を掴み、ヴェンを見つめる。

鈴から向けられたその瞳は、悲しみと絶望。そして、小さな怒りが入り混じっていた。

鈴の瞳を見てヴェンは、小さく口を動かし、鈴に語り掛ける。

 

「無様だな、本当に。見ず知らない男に此処までされて、偽りの日常に踊らされた結果がこれとはな。最初代表候補になったと知ったときは、調べられているから警戒されるのだろうと肝が冷えていたが、とんだ間抜けだ」

 

「ぐっ…………ヴェ……ンっ………!」

 

淡々と言葉にするヴェンの表情は自分を嘲笑っている様にしか見えなかった。

今迄の優しい表情を全て嘘と否定する様な笑みだった。

鈴はただ騙された事の悔しさと怒りが込み上がってきている。

 

 

だが、怒りや悔しさ以上にも悲しさの感情が大きかった。

 

 

―――大好きだったヴェンを、憎みたくない。恨みたくない。

 

―――確かに嘘だったとしても、偽りの日常だったとしても、わたしにとってそれは………

 

「ヴェ…………ン………。」

 

「…………………っ」

 

―――――わたしにとってそれは………本物だったの。

 

すると鈴の首を掴んでいたヴェンは鈴を投げ捨てた。

投げ捨てられた鈴は意識がもうろうとしており、そのままIS学園の校舎の方角へと無防備に投げ出される。

 

 

校舎の瓦礫に埋もれた鈴は、痛みに耐えながらも這い出てきてヴェンを見つめる。

その表情は、今でも尚ヴェンがテロリストであってほしくないと言う表情の表れだった。バイザー越しでは顔が見えないヴェンだが、口元を見ると鈴を見つめ唇をかんでいる。まるで何かに抵抗があるような、躊躇いがある様な雰囲気だった。

しかし、その雰囲気は消えてヴェンはバイザーを取り払い、いまだ出していなかった武器を取り出し構えた。その武器は6基のチェーンソーが装着された巨大な武器だった。

ヴェンが構えると同時に身体の装甲の一部がパージし、6基のチェーンソーが円状に並び、豪炎をまき散らしながらドリルの様に回転する。その武器の名前は、グラインドブレード。

 

 

ギィィィィッという耳を劈く様な音が響き渡り、大気が震えはじめた。

あれを受ければ、間違いなくISとそれを纏う人間はタダでは済まない。

避けなければ、確実に死を意味するその武器を見て、鈴は身体を起き上がらせる。

身体は起き上がるものの、さっき投げ飛ばされた時に受けたダメージでスラスターが機能しなくなっている。それに加え、ヴェンの的確な急所を狙う猛攻により、回避するにしても走る気力は残されていない。

だからもう、鈴に残された最後は死という結末だけだった。

 

「此奴で、お前とこの学園を吹き飛ばす。楽にしてやるよ、鈴」

 

「…………ヴェン………。」

 

…………本気、なのね。

 

ヴェンの表情は真剣そのもの。

躊躇いも、迷いもないその瞳で自分を捉えている。

止まる事のない、少年の逆襲(ヴェンデッタ)を前に、鈴は再び静かに涙を流す。

 

……………あぁ。なんだかもう、疲れちゃった。

 

鈴は内心、そう呟いた。

このまま死ぬのも悪くないかもしれない。いっそ楽になってもいいかもしれない。

理由は分からないにしろ、ヴェンがここまでした理由がくだらないわけがない。そう鈴は思ってしまった。

 

………偽りでも、嘘でも楽しかった。嬉しかった。

 

走馬灯なのか、瞼の裏にはヴェントの思い出が浮かび上がった。

中学の時の出会いから、今迄の思い出。全部、楽しかった。悲しかった。嬉しかった。

恋の手伝いをしてくれたこと。いつの間にか好きになってしまったこと。中国に帰国することになり、逢えないと思った悲しいこと。それも全て、鈴にとっては偽りのない感情だった。だから――――――――――

 

 

――――――――終わっても、いいよね?

 

「――――――――死ね」

 

 

ヴェンデッタのスラスターが爆音を響かせ、鈴目掛けて6基の巨大なチェーンソーが襲い掛かって来る。

終りを迎える事に覚悟を決めた鈴はそのままヴェンの攻撃を受けるつもりで、無駄な足掻きをしようとは思わなかった。

だが――――――――――

 

『―――――愛しているよ、鈴』

 

その言葉が、襲いくる刃が自分を貫く直前に頭の中で再生されたのだ。

そして高速で突撃するヴェンの攻撃は、鈴へと襲い掛かった。

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

ぴちゃ………ぴちゃ…………。

なん……だろう。なんで、水の跳ねる音がするんだろう。

それに、なんだかとても…………鉄臭いし、埃っぽい。

 

「………………」

 

「…………え?」

 

目を開けると、わたしは生きていたことに思わず疑問の声が漏れた。

いや、生きていたことにではない。―――――――わたしが、ヴェンを刺している事に疑問の声が漏れたのである。

何が、どうしてこうなっているのか分からなかった。辺りを見回すと、わたしを貫くはずだった凶悪な武器がわたしの身体から逸れており、わたしの身体を貫くどころか掠りもしていなかった。そしてわたしの手には青竜刀が握られており、握られた青竜刀がヴェンの身体を突き刺していたのだ。

目の前の出来事に追いつかなかったわたしに、するとヴェンが優しく抱き寄せる。

抱き寄せる瞬間に、青竜刀の刃が更にヴェンに突き刺さる。

 

「ッ、ヴェン!?」

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

咳き込み、ヒューヒューと苦しそうに息を漏らす。

わたしは青竜刀を引き抜こうとヴェンの身体を退かそうとするのだが、ヴェンの抱きしめる力は弱まる事はなく、更に強くなる。

 

「ヴェ、ヴェンッ!お願い、どいt―――――――」

 

「これで、いいんだよ…………」

 

「―――――――え?」

 

優しく頭を撫でながら、そう言われたわたしは動きが止まった。

これでいいって…………どういうこと?

するとヴェンはわたしの疑問に気づいたのか、笑みを浮かべて言葉をつづける。

 

「………俺は、ある実験で長く生きられない身体だったんだ。本当なら、俺は夏休みの最終日に死ぬはずだったんだ。どんな天才に治療されようが、優れた薬を使おうが、俺の身体じゃ長生きは出来ないんだ」

 

「それって………」

 

時折見せる苦しそうに喘息したり吐血をするヴェンの姿を思い出した。

ずっと大したことないって言ってて、だけどイタリアに帰って治療して治したって言ってたから心配はしなかった。

でも、でも、いまヴェンは生きてる。ここに居るのは、なんで?

 

「でも、俺はお前や専用機持ち達、IS学園の連中……に、伝えたい………ことがあったから、無理言って数日でもいいから生きられる様にしてもらったんだ」

 

「じゃあ………こんなことをしたのって………」

 

「躊躇いは………あった。だけど、死ぬ前に………死ぬ前にお前だけでも伝えなきゃならないって思ったんだ……………」

 

わたしはヴェンの言葉を聞いて、安心した。やっぱりヴェンは、本心でこんな事を起こす人間ではない事に、わたしは安心して思わず笑みが漏れる。

するとヴェンはウィンドを操作すると、わたしのISにデータが送られてきた。

 

 

いったい何のデータなのかは分からないが、わたしはそんな事よりもヴェンの体温が段々冷たくなっていくことに気づいた。何時の間にかわたしとヴェンの周りには、大きな血だまりが出来ている。その血はわたしのではなく、全てヴェンのものによるものだった。わたしは血だまりからヴェンへと視線を移すと、ヴェンの瞼が段々閉じようとしている。

 

「いやっ、ダメ!お願いっ、ヴェン!目を瞑っちゃダメ!誰か!誰かヴェンを、ヴェンを助けてっ!」

 

「り……ん……。……………愛してる」

 

「―――――――あっ」

 

最後にそう言って、ヴェンは瞼を閉じた。

抱きしめていた腕が緩み、だらんと項垂れる。

ヴェンの胸から心音も聞こえない、口から呼吸する音すら聞こえない。

何度わたしが助けを呼んでも、ヴェンの身体を揺すっても起きなかった。

 

 

 

そしてわたしは大好きだった男を抱いて泣いた。

 

 



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Face of Fact

 

 

 

 

 

 

 ヴェンの死後、わたしはヴェンから受け取ったデータを見た。そこには、『新人類創造計画』という人体実験などの事について書かれていた。その実験は、ストリートチルドレンや孤児院で預けられた子供たちを実験台にして様々な実験を行っていたのだ。男でもISを動かせることが出来る様に身体をバラバラにして別の人間の肉体を繋ぎ合わせたり、男性の脳と女性の脳を入れ替えたりなどと言った実験記録を見た時は吐きそうになった。そして実験が成功すれば、今度はより強力な戦士に育て上げるべく余った子供たちと戦わせるのである。子供たちが殺されていく阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、一人の少年は涙を流しながら子供たちを殺す。その少年こそが、ヴェンだった。

 

 

 記録媒体の中に実験だけでなく、ヴェンの記録が残されてある。ヴェンは物心ついたころには両親に捨てられてしまい、孤児院で育った。そしてヴェンが育った孤児院は数年後にある組織によって放火されてしまい、ヴェンは住む場所を失ってしまった。住む場所を失ったヴェンを、ある組織、『新人類創造計画』を目論む科学者たちに連れていかれたのである。科学者たちに連れていかれたヴェンは身体をいじられ、解体され、別の身体と繋ぎ合わせられ、特殊な薬なしではほぼ生きられない身体になってしまったのだ。新人類創造計画の最終目的は、男の誰もがISを動かすことが出来る様になり、女性に復讐する事だった。しかし、その最終目的はヴェンによって果たされることは無くなった。ヴェンは科学者たちに用意されたヴェンデッタで構成員、そして科学者たちを全て殺し、全ての記録を奪って亡国企業の仲間となった。

 

 

 そして何故ヴェンがIS学園を襲ったのか。何時の日か、女尊男卑を恨む男達、もしくはそうでない者達が襲撃して来るかもしれない。そして専用機持ちや代表候補は兎も角、全生徒と教師も危機感を持てと伝えたかったのだとわたしは思う。言葉など、信じてもらえないからヴェンは残り僅かな命を振り絞って、IS学園を襲ったのだろう。ヴェンやテロリスト相手に、わたし達は殆ど手も足も出なかった。学園最強の生徒会長さんでも、二人がかりでテロリスト一人に挑んでも勝てなかったのは事実だ。ヴェンの計らいでテロリストに殺されることはなかったし、わたしはわたしでギリギリ勝った程度である。ヴェンとテロリスト2人を相手に数は圧倒的にこちらが有利で、それに第四世代持ちが二人、最強と言われた生徒と代表候補たちがいても負けたのだ。明らかに武器とISの差もあったりしたが、何より技術と経験、覚悟の差で負けていた。

 

 

 IS学園が襲撃された後、わたしは全校生徒と教師にヴェンに託されたデータを公開することにした。公開後はヴェンを非難する声が上がったものの、わたし………一夏達はヴェンの誤解を晴らそうと皆に訴えたのだ。予め一夏達には全校生徒よりも先に記録は見せており、ヴェンの過去とIS学園を襲撃した理由を知ったときは悲痛があふれ出る表情を浮かべていたのは、それはヴェンに対して何もしてやれなかった事と世界であの様な実験と出来事が起こっていたことを知らなかった悔しさなのだと分かった。

 

 

 そして、ヴェンの死から数年が経つ。学生だったときの間は、只管訓練に明け暮れる時があった。ヴェンとテロリストたちとの戦いで、わたしや一夏達は何時でも襲われても迎撃できる様にて訓練を重ねてきた。それはわたし達だけでなく、学園の生徒もである。ISに対して少し危機感がなかった生徒達もおり、あの襲撃以降は危機感を覚えて専用機持ちであるわたし達と一緒に訓練する事もあった。そしてヴェンから渡された記録媒体だが、IS学園だけでなく世間に公開することになり公開された時は国中が騒ぎだして、各国の政府の偉い人達が記録媒体の内容について話し合っていたわ。半信半疑、とかそういうのは全くなく記録媒体の内容の殆どを公開されたので信じるしかないかったのだろう。そのお蔭で女尊男卑の風潮が、少しだけ薄れていった感じだった。ヴェンのお蔭で、亡国企業に対抗することが出来たしあの襲撃がなければ、きっとそう遠くない日にIS学園、そして世界は滅んでいたかもしれない。ヴェンが命を賭けて伝えてくれたメッセージが、IS学園の皆を強くする結果となった。

 

「………んっ。…………り………んっ。おい、鈴っ!」

 

「へ?」

 

 思わずぼうっと昔の思い出にふけり込んでいたら、一夏の声で我に返った。

あぁ、ビックリした。いきなり大声で呼ばないでよね。

 

「『へ?』、じゃないだろ。どうしたんだよ、ぼうっとして」

 

「うん。ちょっと昔を思い出しちゃってた…………」

 

「昔、か。…………あの頃は、大変だったな。福音の暴走、テロリストの襲撃、そして………………真月、じゃなくて。ヴェンの死。ほんと、あの1年で色々あったな」

 

「ホントね。人生に1度ある危機ってやつかしら」

 

「だろうな。…………でも、あの襲撃のお蔭で俺達が強くなれた。あの襲撃を肯定する訳じゃないけど、ヴェンが命を張って伝えたメッセージとあの記録のお蔭で世界は変わる事が出来たんだよな」

 

 変わる事が出来た、か………。わたしにとっては、未だ世界は変わらないままに見える。女尊男卑が若干薄れた程度では、世界が変わる訳がない。未だにストリートチルドレンや孤児だっている。男性の退職率と自殺率が変わらず仕舞い。唯一変わったと言えることは…………特にない。わたしがヴェンの育った孤児院を復興させた事では世界は変わらない。ISというものが存在する限り、決して女尊男卑はなくならないだろう。

 

(………でも、いつかきっと)

 

 アンタが望んだ世界になることをわたしは望んでいる。一人一人が平等で、ISが登場する前の世界…………ううん、それ以上に平和な世界になることを願っている。わたしは政治家とか会社を建てて社長になる素質は持ってないし孤児院の院長を務める事しか出来ないけれど、アンタと同じ様な子供を二度と生み出さないためにわたしは子供たちを守っていくつもりだから。

 

「ところで鈴。その………俺の告白の事なんだけれども」

 

「あぁ、はいはい、そうだったわね。とりあえず、あの時の告白だけど…………」

 

 そういえば、此奴が来たのって学生時代の告白の返事だったわね。わたしを中国代表に引き戻すのを建前にする以前に、此奴っていったいわたしのどこに惚れたのか見当もつかない。学生時代、ヴェンの生前の時も死後の時も特に会話したりしなかったんだけど。あと、好きと気づいたのは2年の終わりからって聞いたけど、体格だって高2までは高1と比べてあんまり大差なかったし、成長したのは3年の中盤からだ。

 

 

 って、なにを深く考えているよわたしは。わたしが好きな男はあくまでヴェンであって、一夏じゃないんだから答えなんて決まってるじゃないのよ。

 

「悪いけど一夏。わたし、ヴェンを愛してるから」

 

「……………そっか。やっぱり、アイツの事が好きなんだな」

 

「中学の時に告白してれば、間違いなくアンタの恋人になってただろうけど残念ね」

 

「あぁ、ホントだよ。なんで俺、恋愛に関してあんなに鈍感だったんだろうな」

 

 ホントよ。中学の頃は悩まされたわね、此奴の鈍感さは。でも………少し申し訳ない気持ちが湧くわね。一夏の目尻に涙が浮かんでるし、きっとわたしが初恋だったのだろう。でも、ここで慰めたら一夏に対して同情してしまうことになる。わたしは特に何も言う事なく、一夏を玄関まで見送る。国家代表として戻る話だが、言うまでもなく戻るつもりは無いので、一夏はそのことを理解しているだろう。

 

「じゃあな、鈴。今度は皆を連れて、遊びに来るよ」

 

「そうね。期待しないで待っててあげるわ」

 

 もっとも、アイツらあの人達は忙しいだろうから来れないでしょうけどね。わたしから会いに行くと言う手もあるんだけど、流石に数日も孤児院を放置するわけにはいかないからねぇ。言葉通り、期待しないであっちから来るのを待つことにしようかしら。

 

 

 

 

 

 一夏が出ていった後、孤児院内で静けさが広がる。わたしは玄関から離れ、裏手へと周り靴に履き替え裏手の出口から外へと出る。孤児院の裏手に出てそのまま真っ直ぐ崖の方へと向かうと、そこには墓石が置かれていた。その墓石には、ヴェント・カンパネラと文字が彫られている。見ての通り、ヴェンの墓だった。潮風で揺れる髪を抑え、わたしは膝を曲げて墓石を見つめる。

 

 

 墓の下は、何もない。ヴェンの死体は、そのまま骨ごと火葬したのだから。ヴェンの身体を使って弄ばれない為に、皆で考えて決めた結果がこれである。墓を作ったのはわたし個人の考えなので、この墓の事を知っているのはわたしだけである。

 

「…………告白、しておけばよかった」

 

 睡眠薬で眠らされた時と、死ぬ間際にヴェンは愛してると言ってくれた。なんだ、ヴェンはわたしの事が好きだったのかと知ったときは後悔と口惜しさでいっぱいになった時もあった。告白していたら、ヴェンはあんな事を起こさなかったのかな………。なわけないよね。

 

告白を伝えようが伝えまいが、結果的にヴェンは襲撃をやめなかっただろう。アイツはバカで、ずる賢くて、頑固で、意地っ張りで…………そしてカッコいい奴だから。

 

「―――――――――大好きよ、ヴェン」

 

 初めて、わたしはヴェンに好きだと口に出して告白した。しかし、そこにはヴェンはいないし、答えなんて帰ってくることなどない。だけどせめて言葉にしたかった。口に出して言いたかった。今までずっと押さえ込んできたのだから、例え本人がいなかろうと居るまいと言いたかった。

 

 

……………………さて。満足したことだし、孤児院に戻ろうかしらね。

子供たちがお腹を空かせて待っているだろうし、それにケーキを出しっぱなしにしたままだからつまみ食いされてそうだわ。

 

 

 

じゃあね、ヴェン。

何時かわたしも役目を終えたら、アンタのいるその場所まで行ってあげるから。

その間まで、待っててね。

 

 



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ヴェント・カンパネラ

 

 

 なんちゅう世界に来てしまったんだと嘆いた。それは俺が物心ついて、両親に捨てられ孤児院に預けられて数年のことである。俺、*** ***もといヴェント・カンパネラは前世の記憶があることを知った時だった。転生とか、流行らないしギャグでしかないのに俺はこんな世界、ISの世界に転生させられたのである。勿論、前世の記憶は殆どおぼろげだし、二次小説みたいに神様なんぞと対面して『すまん。私のミスで殺してもうたからお前、転生しろ』などと言われた記憶もない。

 

 

 しかし、俺はこの世界に生まれて嘆き、絶望したことがある。それはISの世界だったと知った時だった。前世の頃の俺は、言っちゃなんだかISが嫌いだった。アホみたいに鈍感な主人公、それに加え頭悪そうなヒロインやキャラクター、更には女尊男卑とかいう風潮などの設定。ストーリの展開が壊滅的、キャラクターの良さが発揮されていないし、作画だけの作品と俺個人の評価である。バトルというキャッチコピーもあるのにバトルの場面が短いし、訓練するシーンなんてごく限られている。なのになんで強くなってるの、おかしくね?訓練風景なんて2割真面目、8割主人公の取り合いじゃねぇか。明らかにラブコメパートが多いせいで、内心『エタるな』と自己完結できる。ハーレムバトル作品を作るのは大いに結構だが、もう少しストーリ性が欲しかった、キャラクターの個性を生かす様な設定を作ってほしかった。まぁ、だから二次小説というものが生まれたんだろうけれども話を戻そう。

 

 

 正直、俺はISの世界なんかには来たくなかった。理由としてあげるなら、キャラクターとかもそうだがまずは女尊男卑である。現実的に考えて、いや、考えるどころか目の当たりにしているから言えることだけど最悪である。前世の世界と比べて差別の割合が急激に増しており、成人男性の退職率、子供問わず男性の自殺率はISの世界と俺の前世の世界と比べると目が点になる程の差が広がっている。よくこんな世界で成り立ってるなと、嘆いたくらいだ。女は男よりも偉い、男は家畜同然、人畜、奴隷などと人権すら無視する女のバカげた思考には夜も眠れなかった。表向きだけ隠しているつもりだが、裏ではかなり汚いことをやっている女の所業には、前世のIS好きの友人に話したら間違いなく『なんだそりゃ、マジ萎えるわ』と言って『ISのファン、やめます』と明らかに某軽巡のアイドルのファン、やめますと大差ないくらいISを嫌いになるだろう。

 

 

 昔は女が男、家の所有物と言われており、その風潮を改変するべく婦人参政権という法案を創り上げて男女平等になったが、ISが出た途端これでは最悪だ。某万歳三唱して散っていったラスボスが知ったら、絶対に『終↑段!顕正!』とか気合い入れながら技名を言って世界をぶっ壊しかねないだろう。ほんと、そんな世界だから……………復讐なんて考えて、外道を走るバカな人間が増えていくんだよ。

 

 

 俺は孤児院の院長に頼まれて、夕飯の食材を買って帰ってきた時だった。視界いっぱいに、真っ赤な炎が映りこんだ。何が起こっているのか、俺はそんな事を考える瞬間に身体が動いた。炎に包まれた孤児院の中に入った俺は、必死に子供たちを探した。だが、見つけたのは院長や務めていた大人たちの死体ばかり。子供たちの死体はどこにもなかった。消防車が到着し、孤児院を包んでいた炎を沈下させて誰も居なくなった後、俺は孤児院があった場所に座り込み泣いた。女尊男卑の社会の中で、女性だったけど優しかった院長と職員の皆さんが死んだ。家族だった子供たちが、居なくなっていたことにだ。そして孤児院の残骸の中で泣いていた俺はある人物たちに出会い、連れていかれ最悪な実験を施されるのである。

 

 

 黒服の連中を連れている科学者たちに俺が連れていかれた場所は牢獄とも言っていい場所であり、そこには孤児院の子供たちがいたのだ。生きていた事に俺は喜び、子供たちを抱きしめる。しかし、そんな喜びは束の間に過ぎないことを俺は後々知る事になった。俺達を連れて来た科学者らしき人物たちは、俺達を手術室らしきところに案内され、ベルトに固定されベッドに寝かされた。何をするのかと思ったら注射器を取り出し容赦無用で俺や寝かされた子供たちに刺した。女性看護師が、優しく刺すのとは違い奴らは子供の事を考えずに刺したのだ。案の定、俺以外の子供たちは大泣きした。ベルトで縛られているため、暴れる事はできないもののあまりに煩い子供には殴って黙らせていた。それを目の当たりにした俺はキレて奴らに罵詈雑言を吐きまくったが、結果的に俺も殴られてしまった。

 

 

 注射を終えた俺や子供たちは、元の牢獄に戻された。若干ふらふらするのだが、俺はなんとか意識を保たせながらも泣いている子供たちを必死に宥めながら牢獄へと戻った。牢獄では『怖かったよな』、『よく頑張ったな』と必死に褒めながら宥め、俺はこれで終わりなのかと安易に結論付けていたが、ここからが地獄の始まりだった。俺と孤児院の子供たちが連れてこられてから数日後のこと。あれから注射と検査、薬の日々が続いた。注射をされるたびに身体が段々苦しくなっていき、子供たちが高熱を出して倒れたりした。そんなことはお構いなく、検査に連れていかれ終われば掌から零れ落ちるほどの薬剤を飲まされる日々。高熱を出した子供たちは連れていかれ、それっきり戻る事は無かった。そして今日も、再び子供たちは牢獄から出され、どこかへと連れていかれていく。俺は呼ばれなかったので、残りの子供たちを必死に宥めながら連れていかれた子供たちの帰りを待つことにした。

 

 

 俺は、気づくべきだった。牢獄から出された子供たちが、戻ってこないのだ。それも2日や3日だけじゃない。ずっと、戻ってこないのだ。俺は大声で子供たちはどうしたと怒鳴り散らすが、答えは帰ってこない。日に日に子供たちは減っていき、戻らない日々がずっと続いた。いったい何が起こっているのか。もしかして子供たちは死んでいるのではないのかと最悪な想像をしてしまった。そして牢獄に残されたのは俺と…………俺と同い年の女の子、エウリュディケという変わった名前の少女だった。

 

『もう………わたしと貴方だけになっちゃったわね』

 

 エウリュディケ、通称エリーは俺と同時期に引き取られ、同じ歳で孤児院では俺とエリーが最年長だったので子供たちの面倒をみたりしていた。小柄な体だが、まるで西洋人形の様に美しい少女。包容力があり気配りも出来て、子供たちにとっては母親ともいえる存在だった。家族から捨てられた、もしくは初めからいなかった子供たちにとっては院長や職員さんよりエリーは人気だった。勿論、俺はそんなエリーを姉の様に見ていた。何でもできて、優しく包んでくれる彼女を姉と思っていた。

 

『………エリー』

 

『大丈夫。不安にならないで、ヴェン。私が傍にいるから。大丈夫。きっと、きっと出られるようになるわ。子供たちも、一緒にね』

 

 不安になっていた俺を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれたエリー。何を根拠に、不安にならないでだよと普通なら言うだろう。だが、俺はその言葉を口に出すことなく押し込み、ただ俺はエリーの言葉を信じた。外に出られる。また、あの時の様な日常を過ごせるのだと信じて。

 

 

 そして、地獄の最終日。俺は、信じていたはずの希望(エウリュディケ)すらも奪われてしまった。1人だけとなった牢獄に、奴らは現れ俺を連れていく。連れていかれた場所は検査室でも手術室でもなく、大きな広間だった。そこには一機のISが鎮座しており、奴らは俺に触れてみろと進言して来る。ISとは、本来男では動かせる代物ではない。それを分かっているのかと思い、俺は渋々と触れる。やはり起動しない。誰もが、『やはりか』、『想定の範囲だな』などと口々に漏らす姿に俺は苛立ちを覚え、俺は子供たちと、エリーの安否を問いかけた。しかし、やはり答えは帰ってこなかったものの俺は諦めず何度も問いかける。

 

『気になるかね?なら、見せてあげよう』

 

 科学者の一人が、そういって壁際に貼り付けられたモニターの電源を入れた。映し出されたのは――――――――――泣き叫ぶ子供たちが白衣の連中から腕を斬られ、脚を切り落とされ、腹の中を弄繰り回されている光景だった。絶句した、思考が停止した、息が止まった、いったいなんなんだこれは!!子供たち、主に女の子が身体を斬られ、腹の中を弄り回れており、そして男の子たちは両手両足、そしていくつもの臓器がないままベルトで体を縛られており女の子たちの身体から切り落としたものを接合させられている。泣き叫ぶ子供たちの声が、耳から脳へと響き渡る。地獄絵図が、目の前に広がっていた。

 

『この映像は数日前のものだよ。餓鬼共みな、実験に失敗して既に処分してある。なぁに、気に病むことなどない。所詮は実験動物なのだ。我々の計画の糧となっただけでも、感謝してもらいたいがね』

 

 感謝だと、ふざけるなよ塵屑が。だから嫌なんだよ、女尊男卑だのロボットだのバトルだのなんだのとかいう世界は。そんな世界で主人公とか、幸せになれる保証なんてあるわけないのに夢見ている奴は正直言って、考えなしのバカだ。選ばれた存在?ふざけろ。こんな糞みたいな世界で生きてきた俺は、俺達はこんなにも不条理だってのにそんなふざけた理論をぶちかましてんじゃねぇよ。そして地獄絵図の光景が消えた途端、広場の奥の扉が開いた。扉の向こうから…………エリーが現れた。

 

 

 病院服を着せられ、腕や脚には幾つもの注射をされた後が残されている。こちらに向かって静かに歩み寄り、エリーは地に膝をついている俺に視線を合わせる様に腰を落とし、見つめる。その瞳は、とても悲しそうな目をしていた。気がつけば、俺の背後には黒服の男達が立っている。エリーは俺の頬に手を当てて、涙を浮かべて最後の言葉を残した。

 

『ヴェン。……………ごめんなさい』

 

 そして俺の首に衝撃が走り、視界が黒く染まっていく。消えかけていく意識の中で、ただ只管『ごめんなさい』と何度もつぶやくエリーの声が聞こえるのであった。

 

 

 

 

 

 目覚めた時は、手術室のベッドの上だった。周りには科学者が俺を囲んでおり、『成功だ』、『おぉ、遂にか!』、『これでようやく、計画の第1段階は終わった!』と歓喜の声が上がる。いったい、何を喜んでいるのか俺は分からなかった。俺が寝ている間に、何があったのか、エリーはどこにいるのかという疑問を言わせぬまま、俺は再びISが鎮座する広間へと連れていかれた。そして俺は再びISの前に立たされ、触れてみろと命令される。男だから、動くわけないだろと思って触れたその時だった。

 

『バイバイ。ヴェン』

 

 ISが、起動した。動くはずがなかったISが、動いたのだ。ISが動いたことに、奴らは喜びの声を上げる。なんで動かせなかった俺が、ISを動かせるのだと疑問に思った。そんな疑問に答える様に科学者たちは俺に説明する。『新人類創造計画』。それは、男でもISを動かせるように女性の身体を使って肉体改造をする実験だった。そして俺はその成功体である。なら、今迄やってきたことは全てこのためだったのかと気づいた。そして俺は、計画を聞いてすぐにある事に気づく。成功した俺は―――――――――いったい誰の身体をつかったのか。分かり切った事だった。

 

 

 科学者たちは―――――――――俺にエリーの身体の一部を接合したのだから。

 

 

 それからと言うもの、成功体である俺は休む間も、発狂して殺す間も与えられず訓練と実験の日々が続いた。何度も体中の骨を折られた。何も知らずにつれてこられ泣き叫ぶ子供や女たちの断末魔を聞きながら、殺し続けた。死体や飛び散った臓器を見るたびに、何度も嘔吐した。休みなんてごく僅かの中で、俺は何度も泣き叫び、壁を殴った。そんな俺は、何時しか死にたいと望むようになった。死ねば楽になる。死ねばエリー達に会える。そう思っていた。

 

 

 だけど、俺と言う存在が死んだらまた同じことが繰り返されるのではないか。俺が死ねば、また新たな犠牲者を生み出していき、永遠にその連鎖が繰り返される。エリーや子供たちの様な犠牲者が、また……………………。そう考えているうちに、俺は決意を固めた。

 

『………2度と俺たちの様な犠牲を生ませぬよう、破壊するっ』

 

 それは俺が、エリーや孤児院の皆の為に出来る逆襲(ヴェンデッタ)なのだから。

 

 

 休憩終了後、俺はISのランク検査を受けに広間へと連れていかれる。連れていかれる途中、俺は付き添いの男を殴って気絶させ、武器を奪い取り他の付き添いを殺した。銃の発砲音に気づいたのかアラームが鳴り響き、俺は急いでISが置かれてある広間へと向かった。広間へ着くと俺はISを起動させ、纏う。ISを纏うと同時に武器を持った連中が広間へと押し寄せてきたが、俺はすぐ傍に置かれてあったアサルトライフルを発砲し、殺した。この施設内には女はいないので、ISを扱える者は俺以外にいない。そのため、警備員は全員生身であるため殺しやすかった。施設内の人間を、俺はISで移動しながら問答無用で殺す。隠れていようとも熱源センサーで探れるので、一人残さず殺した。

 

『た、頼む、殺さないでくれ!』

 

『ほ、ほら、武器は捨てたぞ!だから、殺さないでくれ!』

 

『そ、それにお前は分かっているのか!お前はわたし達が作った薬なしでは、生きていけないことに!』

 

 そう言って敵意がないとしめす者達は、蜂の巣となった。殺さないでくれ?敵意がない?お前はわたし達無しでは生きていけない?知った事じゃねぇよ、ゴミ風情が。嬉々して子供たちを殺してきた奴らが、何を言ってやがる。『もうしません、許してください』と言われて、『はい、分かりました。許します』なんて仏や神でもなんでもねぇんだよ、俺は。

 

『死ねぇぇえええ!!全部、全部死ねぇっ!お前ら全員、消え失せろっ!』

 

 銃で穴だらけにし、球切れになれば銃を鈍器にして殴り殺し、銃が壊れれば手で掴んで握り潰し、首を引っこ抜き、上半身と下半身を分断していけば気がつけば、施設内は血の海で沈んでいた。全部破壊しつくし、殺しつくした俺は施設の出入り口らしき場所を見つけ、外に出た。外に出れば、満天の青空が広がっていた。当時、どこなのか分からなかった綺麗な景色が目に映った。遠くから見える街は、何やら祭りだったようで遠くいる俺の所まで音楽が聞こえた。ISのハイパーセンサーに映るのは、楽しそうにパレードを見る人たち。屋台で嬉しそうに何かを買う人たち。そんな幸せそうな光景が、目に映り、俺は―――――――――――――。

 

 

 

 

 

『なんで………なんで同じ空の下で生きてるのに、こんなにも違うんだろうな』

 

ただ嫉妬の感情を表した言葉を漏らし、笑いながら泣くのであった。

 

 

 

 

 

 



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ヴェント・カンパネラ

 

 

 

 

 

 脱獄してから、数年が経つ。その間に俺は前世の知識を頼りに、『亡国企業』と接触し、仮初ではあるが俺は奴らと仲間となった。最初の頃は仲間としては見られなかったがISの装備の開発に献上したり、俺が『新人類創造計画』に関与していたこともあって時間をかけることなく、受け入れられるようになった。亡国企業は、ありていに言えば戦争屋に近いところもあるが、根本的にはISに恨みを持つ者達の集まりであるため新人類創造計画を企てた糞野郎共とは大差はなかった。俺のいる立ち位置、明らかに悪役ポジじゃねぇかと嘆いていただろうが今の俺の有様を考えれば、悪役の立ち位置だろうが主人公だろうが知った事じゃない。こんな糞みたいな世界に逆襲という名の八つ当たりをするんなら、むしろ悪役になったほうがやりやすい。手に入れた掛け替えのない幸せを壊され、空っぽになり人生の負け犬になった俺には丁度いい役割だ。

 

 

 そしてある日、俺はある命令を課せられた。日本にいる、織斑一夏の行動を観察しろとの命令である。織斑一夏、インフィニットストラトスにおいての主人公だ。もう俺の認識では、作画と声だけの人間としか覚えていない。過去に姉のIS世界大会の日に誘拐したらしいのだが、俺は誘拐する理由が全く以て『意☆味☆不☆明』だと感じた。何でも織斑千冬の優勝を阻止するためだったそうだが、優勝しようが優勝しまいが埃程度のメリットもない。寧ろ、無駄な時間を使ったとしか言いようがないのだ。まぁ、そんなこと言っては織斑千冬がドイツに行くと言う切っ掛けがないではないかなんて言われるが、現実的に考えれば織斑一夏を誘拐して優勝妨害する理由はもう一度言わせてもらうが、『意☆味☆不☆明』である。書いた奴の自己満足、もしくはヒロインとの出会いやマドカというキャラを作るための切っ掛けを作るための裏付けだろうか。さて話を戻すが、正直織斑一夏の監視など、する意味など皆無だろうに。平和ボケするような日常で生きてきた人間が実はとんでも超人なんて設定、ある訳がない。織斑一夏を監視しろだのと、いったい何の嫌がらせなのだと思った。まぁ、結果的には引き受けるしかないんだけどな。

 

 

 日本の学校、織斑一夏が通っている中学に通い始めた。企業の連中からは目立つ事は避けろと言われており、幹部であるスコールからは『貴方は顔が良いんだから、隠した方がいいわよ』と言われているので、髪の毛を伸ばして出来るだけ顔を隠すようにした。まぁ、案の定誰もが予想できたと思うが入学して数日後に女どものパシリ扱いである。やれジュース買って来いだの、宿題を代わりにやれだの、意味のない暴言や責任の押し付けにマジでキレそうになったのは言うまでもない。そんな女に限って織斑の前では顔色変えて媚びを売っているのを見ると、反吐が出る。更には媚びを売られている本人はその女の本性すら知らないとまできたものだ。ほんと、糞くらえの世界である。正義感が強い?曲がったことが嫌い?ほんと反吐が出る。ISの世界にアンチヘイトが不要とかぬかす奴はいっぺん脳みそ取り換えた方がいいだろう。女尊男卑の設定があるのにアンチヘイトじゃないとかぬかす時点で、そいつ脳みそに蛆が湧いてやがる。

 

 

 

 

 そんで織斑一夏の監視から1年が経った。正直に言って面倒だ。織斑一夏に特に変わった現象が起こったわけでもなく女どもに囲まれてチヤホヤされ、くだらない事で友人らしき人物たちと燥いでいる光景を無限ループしているかのごとく目に焼き付けながら、上に報告していた。織斑一夏の監視になんの意味があるのか問いただしてやりたいくらい、面倒だった。月に2,3回くらい報告を済ませれば『引き続き、監視をしろ』などと言われ、月々報告していくたびに壊れたテープレコーダーの様に『引き続き、監視をしろ』と繰り返される。亡国企業の幹部共の頭もきっと蛆が湧いているのだろう。いや、年を考えれば普通に湧いていてもおかしくはないな。これがまだ続くのかと思うと、鬱になってしまいそうだ。

 

 

そんな事を口に出さず嘆いていたら、やたら隣の席の奴がブツブツと呟いており、そういえばクラス替えしたんだったなぁとか思いながら隣でぶつくさ言ってる奴に視線を向ければ、意外にもそこにいたのは凰鈴音だった。凰鈴音、ISでは主人公の二番目の幼馴染であり、ヒロインだ。作中では、あまり良い扱いを受けていない不遇なキャラ扱いされており、一部では『実は本気出していないだけだ!』とか言われている。そんな奴が、なぜ織斑のクラスではないのかと疑問を抱いたが、いまはこの女がブツブツと喧しい。何やら口ぐちから『一夏のバカ。……少しは寂しいとか言いなさいよね』、『わたし、魅力ないのかな』とか言っている。大声ではなかったものの、苛立ちの原因の名前を何度も呟かれれば、嫌でも声を掛けたくなる。とりあえず俺は―――――――

 

『少し、自分を変えるのもいいんじゃないか?』

 

 凰鈴音にコンタクトを交わすのであった。

 

 

 

 

 

 

『こ、こういう服は流石に初めてなんだけど』

 

『印象を変えるんだから、まずは形からだろ。普通に似合ってるぞ』

 

『そ、そうかな?』

 

 どうしてか、俺はいつの間にか凰鈴音と過ごすようになっていた。あれだけ主人公やヒロイン関連を毛嫌いしていたのにも関わらずだ。いや、此奴を毛嫌いする理由はどこにもないと思い始めたからだろう。思っていたよりも素直で、健気で、話せば分かる様な女だったからである。あと、時折見せる笑顔が可愛い。アイツがイジメられているところを助けた時、更に可愛くなったからな。キャラクターに良い印象は無かったのだが、二次元と現実とではかなり差がある程のヒロインしているのだ。そして俺は、そんな鈴の事が好きになっていた。

 

 

正直、苦悶した。四六時中、これからどうすればいいのか悩んでいた。自分の命が長くない事は分かりきっている。俺は正義側ではなく悪役側で絶対に倒されないといけない存在だという事も、好きになった女と共に生きてはいけないことさえも分かり切っている事だというのに、俺は苦悶した。俺がいま裏切れば、俺だけではなく鈴や周りの奴らまでもが被害に及ぶ。鈴だけでも連れていきたいが、アイツはそれを望んですらいないし、ましてや好きでも無い男から無理やり連れていかれても、嬉しくもなんともないだろうし、俺だって嫌である。

 

 

 アイツが織斑一夏を好いている事は分かっている。アイツの好意が俺に向けられていないことも当然だ。このまま逆襲という名の八つ当たりをして、鈴諸共傷つけることになるのは嫌だ。もう俺は、失いたくないんだよ。孤児院の人たちや子供たち、そしてエリーを失った気持ちをもう味わいたくはない。俺はそんな思いが頭を巡り狂わせ、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと……………どれだけ分からない程長い間悩み続けた。

 

 

 うじうじと考えて女々しいにもほどがあるのだが、そうは言っていられない。俺が長生きすることが出来る様な可能性など万に一つもない。一人で亡国企業を相手に出来る力なんて、持ち合わせちゃいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――俺は決意するしか、選択肢がなかった。

 

 

――――――――だからこそっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、いいんだよ…………」

 

「―――――――え?」

 

 

 

 

 ISが存在する限り、いつの日か男女バランスが完全に崩れてしまうだろう。その可能性を限りなく小さくするために、俺はISという兵器の危険性と世界がどれほど汚いと言うものなのかと証明し、そして…………子供の未来が途絶えぬような出来事を起こさない為にも俺が完全な悪役になって、そして死ぬことで自分自身がそれを教え、伝えなくちゃならない。

 

「いやっ、ダメ!お願いっ、ヴェン!目を瞑っちゃダメ!誰か!誰かヴェンを、ヴェンを助けてっ!」

 

 ………………はははは、あぁ、ダメだなぁ本当に。カッコつけたつもりだけど、思い返してみればバカみたいだな俺って。だけど、もう伝える事は全て伝えた。これから先は鈴が先人となって、他の奴らに教え伝えていくはずだ。鈴一人じゃどうしようもないけど、時間が掛かってもいい。何時間、何日、何十日、何年経ってもいい。生きている限り、俺が伝えた全てを、お前は伝えればいいんだ。それで俺の役目は、終わる。

 だから最後に言わせてくれ。

 

 

 

 

 

「り……ん……。……………愛してる」

 

「―――――――あっ」

 

 

 

 

 

 愛しているよ、凰鈴音。他の誰よりも一番、愛してる。途切れ途切れの最後の言葉を囁き、小さな身体に引き寄せられ抱きしめられる温もりを感じながら、目を閉じた。

 

 





誰しも都合よく、平等ではない。


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