楽しめるか否か。それが問題だ。 (ジェバンニ)
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賢者の石
いざ、ホグワーツへ。


色んな人に影響受けた結果、何をとち狂ったのか二次小説を書いてみることにしました。後悔って後ですれば良いよね?


誰もいないコンパートメントに私は自分の荷物を降ろした。

良かった。

正直ほっとした。

生前の癖で三十分は前に「キングズ・クロス駅」に辿り着いていたのが効いたらしい。

生まれが生まれなだけに、できるだけ一人で居たいと思っていたから入学前からついていると言って良いだろう。

とある事情で叔母一家の手で育てられて来た私にとって、これから行く場所は今までとまるで違った私の将来に大いに関係ある所だった。

魔法界にある「ホグワーツ魔法魔術学校」と呼ばれるその学校は、次代を担う魔女と魔法使いを養成するための場所。そんな場所に行くのだから、私の身の上も大体予想が付くだろう。

学ぶことを待っている見習いなのだ、私は。

杖を買ってもらったのは一月ほど前で、教科書から読み取って実践できる魔法に関しては全部試し、なおかつほとんどが上手くいったのだが不安は拭えない。

それは魔法の技術の問題ではない。

いずれ私が自身に降りかかってくるであろう、運命に抗えるか否かについてだ。

何しろ私は自分自身が、原作における闇の魔法使い達とかなり関わりのある身だと分かっているのだから。

 

この世界、実は私が所謂生まれ変わりというものを体験する前に映画や本で見知っていた『ハリー・ポッター』シリーズのものと幾つかの点を除けば同じなのだ。

一日本人の女性としてそれなりに親しんで来た作品の一つなのだが、ある日通り魔に刺された後、この世界で赤ん坊の身として目覚めた時には非常に驚いたものだった。

……もっとも今生での自分の名前を知った時に比べれば、その衝撃はそこまででも無かったように思うけれど。

 

とにかく自身の現状を知ってからの私は、色々と対策を取らねばならなかった。

普通に考えてこんな身で原作の開心術などを受けてしまえばどんなバタフライエフェクトが起こってしまうか分からない(無論前世の原作知識と言われるものまで術を使って読み取れるのかどうかは疑問の余地があったが適性がある場合は身につけておいて損は無いだろう)。

だからこそ未だ杖も無い状況から閉心術の訓練を開始した。

また元々興味と素質があったので念力のような浮遊術、灯りをつける魔法、鍵開けの魔法などを杖の無い状態でも使えるようになった。というか使えるようにした。もちろん今述べた以外の魔法に関しても少しだけ身につけてはいる。が、そっちに取り掛かれたのは基本的に杖が手に入ってからだった。

 

そういうわけで魔法の学習はそのペースで順調に進んで行ったが、人間関係についてはさっぱりだった。

こちらの言葉で言う所のマグルとは別に深く関わりを持つことはなかったが、それは同じ魔法使いにしても同じことが言える。

育ての親達がそこまで他の魔法使いや魔女たちと親しくすることを許さなかったのだ。

私が本当の両親と同じようになることを恐れているのだろう。物心が付いているはずの年齢から今までの間、直接血の繋がりがある人たちについて教えてもらえたのはダイアゴン横町に自分の杖やら入学用品一式を買うその日のことだった。

もっともそれについて恨む気持ちは起こらない(元々ある程度知っているという事情もあるのだが)。

彼らの立場ならきっとそうするだろうし、その気持ちは分かっているつもりだった。

それに私と育ての親達、そして彼らの実の子との関係は比較的良好だ。

次の日には四人で笑って流していた。

 

そして現在に至る。

9と4分の3番線のプラットフォームに入る前に一年間のお別れの挨拶を済ませたのだが、いやはやあの手の類のものは何度やられても慣れないものがある。

前世が日本人だった身で、抱きしめられて両頬に口付けされると言うのは。

籠に入れてある賢い顔立ちの白い雌の梟と、そいつを入れている鳥籠越しに軽くスキンシップをしながら困ったものだとそう思った。

席を確保してから汽車に備え付けのトイレへと向かった。これから何が起こるかある程度分かってはいても緊張とは無縁でいられない性格ではあったのだから。

……あ、ついでに今のうちに制服に着替えておこう。後であたふたするのはごめんなのだから。

 

ある程度安心していた、というか油断して切っていた罰なのだろうか? トイレで用を足して着替えて戻って来たら極め付きのイレギュラーがそこに居た。

「ええと……?」

、その同い年の少年は私に気が付いたのか窓から顔をこちらに向けて行った。

「ああ、すみません。ここ、良いですか?他に空いているところが無くて……」

一瞬の間があった。そして

「ええ。どうぞ」

動揺を悟らせないように、見せ掛けだけでも平静に応えた。否、そう答えるのが精いっぱいだった。

まさかこんなに早いとは……!

接触がある可能性があるとは考えていたがそれはもう少し後のはずだった。決してこんな心臓に悪い場面なんかではないはずなのだ。

口の中でもごもご言うように答えた後、私は彼の物言いたげな視線と親しみを感じさせる笑顔から眼を逸らし、読みかけの『ホグワーツの歴史』を読むふりをしながら考え中である。

まさかこんなに早く物語の最重要人物の一人に会うことになるとは、思ってもいなかったからだ。

 

やがてもう一人が先程の最初の彼とほとんど同じ言葉でこのコンパートメントを訪れた。

それに対し先に訪れていた黒髪の眼鏡の少年は後から来た赤髪の方を見て、私はと言えば本から顔を上げないまま、というよりは本で顔を隠したままどうぞと応じた。

ややあって良く似た赤髪の双子が弟君に声を掛けて行き通りさって行く。

まあ、この二人が居るならそうなるよなと私は思いながら、しかし私自身はと言えば顔を本から離していないが為に声を掛けられずに済んだのだった。

必要以上に注目を浴びるのはごめんだ。

それに私に接触するにしてももう少し後にしてもらわないと困る。

やがて決定的な瞬間が訪れた。

「君、ほんとにハリー・ポッターなの?」

その言葉で私は本を顔の前から降ろした。

頷いた後で傷の有無を聞かれ、ハリーは稲妻の傷痕を見せたところだった。

「貴方が、あの生き残った男の子なのですか?」

無論知ってはいるがこう答えないと不自然だろう。

未来を少し変えてしまったのだろうが多分此処はこうするのが最善のはずだ。

「あ、うん……」

? 同年代の女の子に話しかけられたことが少ないのだろうか。ハリーは何やら顔を赤らめていたがロンの方はと言えば反応は違った。

「ええと、君は?」

そう重要なのは此処から。

故に私は覚悟を決め、出来得る限り最高の微笑みを浮かべて名乗った。

「申し遅れました。私の名前はユースティティア・レストレンジと言います。是非ティアと呼んでくださいね。よろしくお願いします」

と。

そう、今生での実の母親はあのベラトリックス・レストレンジなのだった。

元の物語には存在しなかった私がいることでどんな影響が彼らの未来に及ぼされるのか。また私がどのような運命を辿るのか? 少なくとも今の私には知る由もなかった。

 

……中の人がTS転生した憑依ハリーじゃなかったのかって?残念、ユースティティアちゃんでしたー。

 




毎日は無理だと思うけどなるべく早く更新します。感想をくれる場合は投稿自体が初めてなんで手心を加えてくれると有り難く。ではでは。


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汽車の中の出会い

なんていうかあれです。読んで面白い小説が書けるようになりたいものです。読者の皆様の中に楽しい小説の書き方をご存じの方はry


いや、原作にそんな登場人物いなかったやんとか突っ込む以前に……そもそもブラック家の血を継ぐ者なのに何故ローマ神話風の名前? 確か星座とかギリシャ神話から名前を取っていなかったっけ? とか、あのベラトリクスが母親か。胸熱……とか産まれた直後の色々な混乱を経て一年と少し。

 

ヴォルデモートが斃れた。

 

ポッター家を襲い、未だ赤子だったハリー・ポッターに返り討ちにあったとのことだ。

と同時に、これは産まれた瞬間から訓練していた閉心術が功を奏したということでもある。

子マルフォイがスネイプに対して「僕は伯母から閉心術の訓練を受けた」と発言していることから、母にはおそらく開心術の心得があるのだろう。

無論母が私に対して開心術を一度も使わなかった可能性もあるのだが、多少おかしな行動をしていたので何かの違和感があった場合試したことくらいはある、はずだ。

決して母親としての自覚が足りなくてほとんど出払っており(主に殺人とか殺人とか殺人とか)ほぼ私の世話を我が家の屋敷しもべ妖精のサニーに任せきりだったとかそんな理由ではないと思いたい。

というか中の人が私じゃなかったら、わんわん泣きわめいて止まらなかったのではなかろうか? 前世で年齢の離れた弟の面倒を彼が小さい頃見ていた私が出した結論は母親って大事、ということだったからだ。

 

……話を戻すことにしよう。今私の前に居るのはこのレストレンジの屋敷にいる大人三人。彼らが何をしているのかと言えば顔をそろえてこれからどうするのかについての話をしていたのだった。

「まさか我が君が倒されるとは……私がお側に居れば!」

「仕方なかろう。闇の帝王はご自分で物事を解決されるのがお好きだったのだから」

「それよりも兄上、義姉上。我々は如何するべきか?」

母ベラトリックス、父ロドルファス、そして叔父ラバスタンが次々に発言して行くが結論は「闇の帝王の行方を探しに行かなければ」というものだった。

様々な嫌な意見が出た後で、反抗勢力に対し、見つけ次第拷問してでも心当たりを聞き出していくことで三人の意見がまとまったようだが、そこで問題になったのが私の処遇だった。

「お前の妹に預けてみればどうだ?」

「シシーは良いが、ルシウスの方は我が身可愛さに魔法省に差し出すかもしれないのにかい?」

「なら他にどんな預け先があると?」

「……」

ええ、基本脳筋だと分かっていましたよ。お母様。

「義姉上。兄上。よろしいか?」

「何か良い考えがあると?」

「聞かせてもらおう」

それにしても兄弟間だというのに堅苦しいことだ。他の名家と呼ばれる魔法界の家々も皆こんな感じなのだろうか?

まあ、今は話を聞くことに専念するとしよう。

「もう一人の妹殿に預ければ良いと思う」

「はぁ!?」

「正気かラバスタン?」

ああ、確かアンドロメダ・トンクスだったか。正直今まで存在すら忘れていた。原作でもそれほど触れられていない人物だった気がするが……。

「あんな穢れた血と結婚するような奴のところに預けるのかい!?」

「だからこそだ姉上。考えてもみてくれ。

 俺達はあいつらを見下しているが、あいつらの方では産まれて一年ほどしたユースティティアを『未だに魔法界の根源を為す最も尊い思想』に染まっていない赤子としてしか見なさないだろう。

となれば肉親故の情故に見捨てるようなことはしないはずだ。闇の帝王が力を取り戻されるまではな」

「……納得は行かないがやる分には一理あるだろう。それでも保護呪文の類が私達を阻むだろう。それはどうするつもりだい?」

「サニーを使う。

 これが死喰い人として誇りある任務の類ならば、屋敷しもべ妖精のような存在の手を借りるなどあってはならないことだが血を遺す為だ、問題あるまい。

 ……それに万が一俺達が帝王の復活に失敗したとしてもその子がきっと後を継いでくれるに違いない」

いや、残念ながらそうはならないだろう。私にその気が欠片も無いのだから。

「良いだろう。確かにそれしかないだろうしね。……サニー、聞いていたね。自分の仕事をしな!」

「心得ました奥様」

今まで私達四人の傍らで、ずっと家令よろしく控えていた片眼鏡を掛け襤褸を纏った屋敷しもべ妖精は、母直々にしたためた手紙付きで1歳と少しの私をトンクス家に送り届けたのだった。

 

というようなことをロンとハリーに説明(勿論転生云々に関しては省かせてもらったが)しておいた。というのもロンが

「君ってあのレストレンジ? 例のあの人に一番忠実だった?」

と私に嫌悪感の込められた眼で見てきた為(なおハリーも少し驚いたようにこっちを見てきたことも追記させてもらう)、叔母一家に育てられたこともあって純血主義に浸ってはいないことをアピールせざるを得なかったのだ。

途中でハリーが

「その……君と叔母さんの家族って仲は良いの?」

と聞いて来たので、悪くはないと思いますと返したら

「そう、羨ましいな。僕の方はあまり仲が良くないから……」

と困ったように笑っていたのが印象的だった。彼も色々あったのだったかな。まあ、そのおかげでハリーの家族の話からロンの家族の話に話題が変わって行き、話が弾んでいたのは良いことだと私も思う。

十二時半頃車内販売のおばさんが来たので、私は大好物のかぼちゃパイとまあまあ好みのかぼちゃジュースを購入した。彼らはと言えばロンは何も買わなかったがハリーの方は色々な物を買ってはお菓子を二人で仲良く分け合っていた。

「君も食べる?」

と言われたので蛙チョコレートをいただくことにした。

無論今生は魔法族の家で育った私にとっては珍しい代物ではないのだが、映画版と違ってやっぱり汽車の中でも蛙チョコレートの蛙が飛んだり跳ねたりすることはなかった。非常に残念だ。

いや、もしこれで本物の蛙のように動いていたとしたらウォンカさんの工場が本当にあったとは……!とあさってな方向に感動していただろうが。

だというのに『ゴキブリゴソゴソ豆板』というゴキブリ型のお菓子が袋の中で大量に蠢いていたのは一体どういう理屈なのだろう? 魔法界は絶対に魔法の使い方を間違えている気がする。

後、百味ビーンズも勧められたが断っておいた。以前ストロベリーやチェリーな味を期待しながら赤いのを食べたのに、キムチ味だったことがあってあまり好きではないのだ……。

そんな風にお菓子を楽しんだ後暫くしてから丸顔の男の子が来た。泣きべそをかいていたので、ひょっとしたらと思ったがやはりネビルだった。

そしてネビルが出ていったと思ったら直ぐ後に茶髪のモップ頭の美少女(ただし前歯は少し伸びているものとする)が入ってきた。

歩く死亡フラグな人達にもう既に関わっているのだ。例え今日このコンパートメントが千客万来だと分かっていたとしても私は堪え切って見せる……!

大袈裟というかネタみたいな台詞じゃないかって? いや正直な話、面倒だっただけなのだけど。物語の重要登場人物の顔を確認できるのは良いことなのだが、ニーチェ先生もこう言っているじゃないか。

即ち「汝が深淵を覗き込むとき、深淵もまた汝を覗き込んでいる」のだとね。

私が顔を確認すると言うことは、即ち相手もまた私の顔を確認すると言うこと。

後々ネビルが私の顔を覚えるのは仕方ないのかもしれない、両親の敵(未だ死んではいないけど)的な意味合いがあるのだから。でも逢ってそうそうハーマイオニーが

「レストレンジ?もしかして『黒魔術の栄枯盛衰』に出てきたレストレンジの三人に何か関係があるの?」

と聞いてきたのは正直勘弁してほしかった。それはつまり暗黒時代を生きた人々だけじゃなくて、多少過去の物事を知っている人であれば私の両親について知っているということじゃないか。こんな家に産まれてしまった以上、無理かもしれないだろうが私自身はあまり目立ちたくはないのだ。だというのにおそらくこの後来るであろう、フォイフォイと愉快な仲間達にはきっと顔を覚えられてしまうだろう。

まあ避けたい面子を知れるだけマシだ。そのはずだと思い込むことにした。最も大切な魔法ってイメージと言うか思い込みの類に違いない。はぁ……。

と思いながら二度目の説明を行いつつ、さて我が従兄弟殿は一体どんな反応を返してくれるのだろうと楽しみにしている私が居た。

 

暫くどの寮に入るのか、クイディッチがどんなに楽しいスポーツかということをロンが熱心に話していると仲良し三人組が現れた。

ドラコ・マルフォイ、ゴイルとクラッブだったか。

将来頭髪が心配そうなオールバックの美少年が一人、体格が良い男の子×2……ごめんたった今名前を教えてもらったばかりなのに、どっちがどっちだか正直わからない。

口喧嘩がヒートアップしたせいか、二人とも立ちあがり彼らと向き合っていたが私はと言えばひたすらモシャモシャとかぼちゃパイを食べ続けていた。

「……ええと君は?」

周りを見てみれば私以外の全員が毒気を抜かれていたようだった。

お気になさらず。私のことはしゃべる空気とでも思っていてくれ給え。と返せたらどんなに楽なことか。

とりあえず口の中のかぼちゃパイを飲み込むと私は坊っちゃん達(家柄は良いのだから間違ってはいまい)に名乗ることにした。口の中に物が入ったまましゃべるとか駄目、ゼッタイ。

「ああ、私の名前はユースティティア・レストレンジと言います。よろしくお願いしますね」

「君はひょっとして……!」

まあ今まで顔を合わせたことが無くとも気が付くか。自身の家系のことくらいは知っているだろうし。

「おそらくご想像の通りかと。それより食べますか……?これ」

と私は自分の手元に在るかぼちゃパイを指差した。

「あ、ああ。ありがとう。自分達の食べ物がなくなっていたからね、正直助かるよ」

「ティア、こんな奴らに渡すことなんてないだろ!」

ああ、ロンは知らないのか。まあさっき私がかぼちゃパイに色々していたところも見ていないから当然と言えば当然か。まあ、仕上げを御覧じろってね。

「かぼちゃパイがなかなか甘……辛い!?ゴホッゴホッ!」

渡された三人は涙目になってむせ込んでいた。

「美味しくありませんでしたか?かぼちゃパイ……タバスコ入りの」

「き……君はなんて物を入れるんだ!わざとなのか!?」

「いえ、単純に私自身が美味しく感じるからなのですが……不味かったですか?」

嘘に決まっているだろう。私自身の運命に対する単なる八つ当たりだ、くくく……!

「君の味覚がいかれているのか君の頭がいかれているのか、それが問題だ……」

うむ、英語圏の人と言えばシェイクスピアか聖書かマザーグースだからな。それらを引用するのは間違ってはいまい。

「悪いが口直しに別のお菓子を貰うよ!この辛さを何とかしないと……!」

「ああ、それはやめておいた方が良いですよ?」

「え?何で……」

「だってほら怖い番犬ならぬ番鼠がお菓子を護っていますから」

さっきまで寝ていた鼠がお菓子の側から、え?俺?みたいな感じでこっちを見ていた。

「何をそんな……あんなの単なるドブネズミじゃないか」

それを聞いたロンが明らかに怒っているが……ドラコ、君の容姿である程度やる魔法使いをドブネズミ呼ばわりは死亡フラグだよ……!

「そうでもありません。鼠というのは怖い動物です。古くは獅子が掛った網を喰い破り最近ではマグルの間で恐ろしい鼠が猛威を揮っているのだとテッド叔父さまから聞きました」

「マグルの鼠なんて、魔法使いの僕達が恐れる必要なんてあるのかい?」

馬鹿にしたようにこっちを見て笑うマルフォイ。しかしその笑顔も直ぐに失せるだろうさ。

「エンゴージオ マキシマ 巨大化せよ!」

と私が呪文を使うと見る間にロンの使い魔スキャバーズが見る間に大きくなって行った。

最終的にはコンパートメントの天井に届きそうなほど成長した鼠は自身の変化に驚いたのか前足を交互に見ていた。ピーター、そんなことしているとバレますよ?

この場にいる私とスキャバーズ、それからハリーと私の飼っている白い梟2羽以外が全員顔を真っ青にしていた。

ロンは飼い主なのだから別に怖がることは無いと思うのだが……。

「見て分かる通りマグルの世界にはこんなサイズの鼠が市民権を獲得しているようなのです。多分馬鹿にできないと思いますよ?」

ドラコ達の方を向いたスキャバーズは歯を剥き出しにして両手を上げてまるで熊のように三人を威嚇していた。

「わ……分かった。もう鼠を侮ったりしない。僕達ももう出て行くよ……!」

と三人は先を争って出て行ってしまった。他愛ない。

「あのさ……ひょっとしてその鼠ってミッ……」

言い切る前に私はハリーの口を塞いだ。

「その先は禁句です」

「いや、でも」

「名前を言ってはいけないのです。言い切ったら消されるともっぱらの評判なのです」

「……うん、分かった」

誰が見ているか分からないのに気を付けて欲しいものだ、全く。

「マグルの世界にも『例のあの人』みたいな怖いネズミって居たんだね……。ところで僕のスキャバーズは元のサイズに戻るね? 流石に今の大きさじゃちょっと……」

まあ餌代は掛かりそうだよね。持ち運びに不便そうだし。

 

その後でスキャバーズのサイズを直し、再びハーマイオニーが着て二人が着替え終わるまでコンパートメントの外に出ていたりしたのだけど最後の最後で酷い目にあった。

原作通りにお菓子が散らからなかったせいか残り物の処分に困り、私もお菓子の始末に多少なりとも協力したのだが……。

「いえ、何だか酷い予感がするのですが」

「大丈夫、タバスコ入りのかぼちゃパイを食べられるティアならいけるって」

ロンが酷くにやにやしながらこっちを見ていた。

そう最後に何やら意図的に残った百味ビーンズ、そのどれもが同じ濁った感じの灰色をしていたのだ。

「じゃあ行きますよ……!」

たった一粒で口に運んだ際に広がる濃厚な味。そして一気に口の中から鼻へと駆け上がっていく強烈という言葉では語りつくせいないような独特の臭み……!ペロッ これは

「シュールストレミング味じゃないですか。やだー」

涙目になった私とは正反対に、憎らしいほどロンは大爆笑していた。

 




最後のに関しては多分あるだろうという作者の想像、もとい妄想。手が空いたらタグに捏造設定も追加する予定。

正直な話明日(既に今日だけど)にハロウィンまでの場面まで書きあげたかったけど無理そう。うまくいかないものだ……(´・ω・`)

※ちょいと変更を加えました。主人公がフォイフォイ一味に対してなんであんなことをしたかとか理由を書き忘れていたので。


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選んだ道

お待たせしましたー。ちょっぴりシリアス?上質なコメディが書きたい……。


何だか馬鹿笑いしているロンがむかついたので残った同じ味のビーンズ全てを口の中で噛みしめ(その際に覚悟していてもきついものあったが)て彼の両頬を掴みマウスツゥマウスで一気に全部流し込んでやった。

暫くしてから顔を放してみるとロンは

「初めてのキスは臭くて苦かったです……」

と虚ろな目で呟いていた。ちょっとばかり同情……しない。正気に戻るように彼を揺さぶっているハリーを尻目に私はコンパートメントから出て行った。

何?乙女のファーストキスを安売りするなって?前世で幼稚園の頃経験したから多分問題無いだろうさ。

 

車内案内に従い手ぶらで汽車を出たらハグリッドであろう髭面の大男が居たので一番前の方に陣取り、後を付いて行った。

曲がり角を曲がって満開の星空の下で見た聳え立つホグワーツ城の威容はとても印象的で、ああこんな遠いところまで来てしまったのだなと実感させるに充分な代物だったと言っておこう。

周りの生徒の無邪気な興奮を側で見ながら何処までも冷めて行く私の心。城それ自体に興奮する心が無い訳ではないが彼らとはそう、多分真に分かりあうことは無いのだろうと分かり切っていたのだから。

何が起こるか、誰が死ぬのか。私は全て知っている。

このユースティティア・レストレンジなど本来は存在しなかった「嘘」でしかないのだ。

だけどもしも叶うのならば、そう。私の全てを話せなくとも信頼できる同じ魔法使い見習いの友達を作りたいとそう願ったのだった。

 

物思いに沈みながら宛がわれた小舟の上で景色を眺めていると同乗した少年が話しかけてきた。特徴と言えば天パらしきことだろうか。黒髪ストレート(色はともかく髪質は母親に似なかったようだ)な私と違って茶色の髪がクルクルしている。

「やあ、どうかしましたか?」

「え……?」

言われたことが一瞬理解できなかった。それが私自身を気遣う言葉だった気付いたのは彼がなおも話しかけて来てくれたからだった。

「失礼。その、調子が良くないように見えたものですから」

「ああ、なるほど。いえ少しばかりホームシックになってしまっただけですよ。家から少しばかり離れた場所に来てしまいましたから」

と当たり障りのない嘘で誤魔化した。

「それは僕も分かります。実際に此処を訪れるまでこんな場所があるなんて思いもしませんでしたから」

私はお話の中に在ることは知っていた。訪れることになるとは夢にも思っていなかっただけで。

「私もいずれ通うことになるとは分かっていましたけど実際に来てしまうとまた違った感じがしますよね」

と偽りの笑顔で応えた。

それにしても私の話し方はドロメダ叔母様直々に礼儀作法ともども仕込まれたものなのだが彼も中々育ちが良さそうだった。同じ魔法族なのだろうか?

それから程なくして接岸し、私を含む生徒達が上陸を開始したこともあって「まあ、後で名前が分かることもあるだろう」とそのことについて考えることをやめてしまった。

 

城に入り全体の大きさから相応しいと言えるサイズの広い玄関を通り、控室であろう部屋へと私達は辿り着いた。

入寮の心得、また待機時間の間に身なりを整えているよう厳格そうなマグゴナガル副校長から言われた後取り残されたのは無垢で不安げな私達だ。

此処からは良く聞こえなかったがハリーとロンが何事か話していたようだが細かい内容など忘れてしまったし特別注意はしていなかった。

それよりも隣でハーマイオニーが呪文を早口で呟いているので気になって仕方が無い。

仕方が無いので私も少しばかり対抗してみた。

前世で習い覚えた般若心経を声に出してみたのだ。

暫く口に出していると、ふと気が付けばハーマイオニーを含む周りの子達が全員ポカンとした表情でこっちを見ていた。ちょっと恥ずかしい。

「ええとティアだったかしら。今の何?」

代表してハーマイオニーが聞いてきた。少し離れたところでインド系の双子がたまにこっちの方を見ながら何事か話しこんでいる。

「ああ、東洋のお呪いの一種だそうです。何やら集中するのに良いそうで」

「そう、初めて知ったわ……。話は変わるけど寮の組み分けってどういったことをすると思う?」

会話を聞いていた皆の表情が一気に真剣味を帯びた。知らない人達にとっては今一番気になることだろう。というか一応魔法族の家系の子も少なくは無いのだから誰か聞いていたりしないのだろうか?そんなことを言うとただ一人ロンが手を上げて「すごく痛いってフレッドとジョージが言っていた」と発言してくれた。本当だと思う?と聞くハーマイオニーに私はこう答えた。

「試験とか痛みを伴うものではないだろうけど今此処に居る人達の大多数が予想もしていないような方法だと思います」と。

知っていたとはいえ子供らしく無邪気に尋ねてもドーラ(年上の従姉の愛称である)だって笑顔のまま「内緒」の一言以上は言ってくれなかったし。君達も不安な時を後少しばかり過ごすが良い、ククク……!

まあ私の発言を機に一気に周りがそのことに対する井戸端会議の列なりで騒がしくなったことは予想外だったが。

マグゴナガル副校長が私達を呼びに来た時にそのことに関して注意しなければいけないほどだった。

そうしていよいよ寮の組み分けに臨むことになったわけだが……はて?何か忘れているような。

 

宙に浮かぶ何百と言う蝋燭の下、明るくなった食堂で私達を上級生が迎え入れた。

事前に知ってはいたけれど本物の空が描かれたようになっている天井は実に素晴らしい。

ファンタジーな光景だと思う。考えてみれば明日からエブリデイ・マジックな日々が始まるのか……毎日魔法を使う的な意味合いで。

それを鑑みれば今こそまさにさよなら日常、こんにちは非日常なのだろうなと内心で考えていた。

私たちの前に台付きで置かれた帽子が歌い終えた時盛大な拍手と共にようやくほとんどの一年生がどうやって組み分けされるのかが分かったようだ。

即ちただ帽子を被れば良いのだと。

とはいえそれが皆の注目を浴びている状態でされるのは緊張の針が上限を通り越している気がする。

此処からでも見えたのだが私と同じようにハリーもあまり気分が良くなさそうだ。私?未だ年若いとはいえ淑女らしく毅然としているのだが実のところ緊張で吐きそうになっていた。組み分けで吐いていた女の子と後々まで噂されたくは無いので何があろうと吐くつもりはないが。

次々に名前順に呼ばれていく中、三人組以外で何名か私でも覚えているような名前を見つけてほっこりできたのは良かった。それと小舟の中で私に話しかけて来てくれた少年が誰だか分かった。

ジャスティン・フィンチ・フレッチリーだ。聞き覚えがある名前ではある。確か二年次のバジリスクの犠牲者だったか。正直な話ハッフルパフ生は印象に残っていない人々が多過ぎるので細かいところまでは覚えていないが。例外なのは唯一脚光を浴びていたセドリック・ディゴリーくらいのものだったように思う。

中の人が別の映画でも主役を張っていたこともあるのだが。

さて、ハーマイオニーが無事グリフィンドールへ行き、何人かの名前が呼ばれた後でついに私の名前が呼ばれた。

「レストレンジ・ユースティティア!」

前へと進んで行った。堂々と、しかし内心は泣きそうになりながら。

 

帽子を被り、ただ椅子に座れば良いだけ。

そう分かっていても何百もの瞳が集中している中で選別されると言うのは非常に勇気がいる。

それでも此処で躊躇っているわけにはいかない。

一瞬にしか過ぎない時間をとても長く感じた後で被った帽子は私に語り掛けてきた。

「ほう……珍しい。君はその資格がありながらスリザリンへの入学を望まない者か」

シリウスという前例は居ただろうに。

「過去にもそういう人は居たのでしょう?血筋的にそこへ入れることは分かっています。ですが私が聞きたいのは性格的には何処に向いているか?ということなのです」

「そうだな……何処でもやっていけそうな素質自体はあるだろう。だが性格か……」

「何か私の性格に問題でも?」

悪過ぎてどこも向いていないとか言われたら流石に泣くぞ。

「ああ、いやそういうことではない。それ以前に君は……君はこの世界の他者との間に絶対的な壁を感じているのではないかな?」

「……」

「図星だろう?性格的に言えば、たとえどの寮に入ろうとその寮の子と心を許したりはしまい。

……どのような経験を経たのかまでは私に知る術は無いが君はまるで異邦人のようだ。そのことを理解し受け入れてはいるがそれでも多少なり孤独を抱えているだろう?」

「……」

「だから少なくともスリザリンとレイブンクローは向いていまい。あの二つは価値観が違い過ぎる者を受け入れない」

「でしょうね。私もそれは考えていました。となると残るはグリフィンドールとハッフルパフですか……」

「勇気と優しさ。どちらを選ぶ?」

「私が選びたいのは……」

そうして私は元々行きたかった寮の名前を告げた。頷くような気配がした後で

「そうだな、それが良い。あの寮の『優しさ』はひょっとしたら君を癒してくれるかもしれないだろうからな」

帽子は広間の全員に聞こえるように叫んだ。

「ハッフルパフ!」

何百という拍手が響く中私は帽子を外し、次の人が座るだろう席へと置いた。

ハッフルパフのテーブルの空いた席を目指しながら振り向いてみると次に呼ばれた子が私のことを何とも言えない顔でじっと見つめていた。

無理もない。私は君が両親と離れるきっかけになる原因を作った者達の娘なのだから。

そうだろう?ロングボトム。

 

空いている席に座ると先に席に着いていた見覚えがある顔が私に話しかけてきた。

「やあ、また逢いましたね!」

「そうですね。先程は名前も聞かずに失礼しました。組み分けを見ていましたがフレッチリーさんで合っていましたっけ?」

「はい。ああ、ファーストネームのジャスティンと呼んでください。ええと貴方のことは何と呼べば……?」

「ティア。親しい人にはそう呼ばれています」

「ではティアよろしくお願いしますね」

そういって握手を求められた。交わした後で

「やあ、それにしても凄いですね。この場所は」

「はあ……」

良くしゃべる人だ。

「本当はイートン校に行くはずだったんですよ。でもどうしても魔法が普通に使われている社会と言うのが知りたくて……それが来てから直ぐに星空のある天井に頭脳を持つ帽子を見れたんですよ?僕ここに来て本当に良かった!」

イートン校、あの坊っちゃん校か。だとしたらジャスティンの両親は今頃涙目なんじゃないだろうか。

「ああ、失礼。僕ばかり話してしまって。君はこの学校に来る時はどうでした?」

「そうですね。実は汽車での一人旅を楽しもうと思っていたらちょっと席を離れた隙に予想もしなかった同乗者が居て驚きました」

「というと?」

「今、名前を呼ばれた彼。ハリー・ポッターと一緒だったんですよ」

周りは騒ぐのをやめていた。囁き声でジャスティンが話しかけてきたので同じように囁き声で返す。

「彼、有名らしいですね」

「ええ」

やがて彼が本来行くべきだった寮へと入寮が決まった時盛大な拍手が鳴り響いた。

原作通り……!

その時の私は某お月様のような顔をしていたに違いない。

 

やがて最後の生徒が呼ばれた後、ダンブルドア校長のごくごく短めな挨拶が終わった。

「あの人不思議な人ですよね」

「まあ、長々と実にもならない話を聞かされるよりはマシなのでは?」

そうかもしれませんねとジャスティンは控えめに笑った。

「それより貴方レストレンジ?あのベラトリックスやロドルファス、ラバスタン・レストレンジの親戚か何かかしら?」

いきなり会話に割り込まれて吃驚した。

「ええと?」

「ああ、ごめんなさい。私の名前はスーザン・ボーンズ。是非スーザンと。叔母が魔法省の魔法法執行部に勤めていてね。良くどんな事件があったかとか聞くのよ」

魔法界の法律には詳しくないが少なくとも守秘義務は無いらしい。

「間違っていません。私はベラトリックスとロドルファス・レストレンジの娘です」

「やっぱり関係あったのね……それにしても驚いたわ。そんなこといきなり明かすなんて」

「聞いてきたのは貴方の方でしょうに。隠してもいずれバレてしまうものですよ、こういうのは」

「そう……。貴方も純血主義者なのかしら?」

「だったら今頃は別の寮に入っているでしょうね」

暫く睨みあっていたがややあって目の中の警戒の光をスーザンは納めてくれた。

次々交わされる会話にジャスティンはと言えば目を白黒させていた。

「ええと……?つまりどういうことなんです?」

汽車の中で少しは事情を聞いていたのだろうが細かいところまでは未だか。

「ようは私が信用できるかどうかを知りたかったんですよ。スーザンは」

「まあ、そんなところね。悪かったわね。根掘り葉掘り聞いて」

「いえ、むしろ初日にしては少ないかと思っていました。私の事情についてはあまり知られてはいないのですね」

「ええとごめんなさい。どういうことなのかしら?」

とスーザンの隣の子まで話しかけてきた。ハンナ・アボットだったか。彼女もジャスティンと同じで事情が良く分かっていなさそうだ。

「私の家系の話ですよ。それよりせっかくの料理です。冷めてしまわないうちにいただいてしまいましょう」

そこでようやく私達四人は食事に取りかかった。まさに御馳走と言えるだけの物だったが野菜が非常に少ない。

何とか数少ない野菜が使われた料理を食べ終えメインの数々に取りかかった。何故かあったハッカキャンディはおそらく口臭消しだろう。

食べながら(口に物を入れたままではない)色々な話をした。

魔法界の暗黒時代の話、私の両親が何をしていたのかと言う話、今までどういう風に過ごしていたかなど。

「そんなわけでスリザリンではなくハッフルパフに入ったのですよ」

「なるほどね」

「闇の魔法使いにはならないという意思表示、それにお世話になった従姉妹と同じ寮だからかぁ。うん、素敵な理由だと思うよ」

スーザンとハンナは納得してくれた。無論これらも理由の一つではあるのだが全てではない。他の理由の幾つかは基本的には消去法なのだ。

グリフィンドールだとハリーを中心とした(というと語弊があるかもしれないが)騒動に巻き込まれ、しがない名も無き登場人物Aとして私は死んでしまうかもしれない。同じようにスリザリンだと母を中心とした騒動に巻き込まれるかもしれないし、何より他の寮全てから敵視されて七年間を送るなんて辛すぎる。レイブンクロー……寮に入るたびに禅問答の類をやる気なんて湧かなかったし、私は自分の興味のあることなら真剣にやる気はあるが学業全部を優秀で過ごせるかと言ったらそんな自信はまるで無い。となるとハッフルパフ、これしかないだろう。

そんなことを考えているとひやりとした感覚があった。

「ひゃっ!?」

頭の後首筋の辺りが一気に冷えたのだ。私らしく無い声を上げてしまった。

「おお、すまんのう。驚かせてしまったか」

何百年前かの修道士が銀色がかった透明な姿で浮いていた。ああ、ハッフルパフ寮付きのゴーストか。

「うむうむ。そういえばもうそんな時期だったな。新しいハッフルパフ生か。皆よろしくな。わしは此処の卒業生で人はわしのことを太った修道士という。何?本名はどうしたかって?もう忘れてしまったわい、わははは」

朗らかに笑う幽霊と言うのはどうなのだろう。後ジャスティンは感動した様子で彼のことを見つめていた。このミーハーめ。

「んー。ひょっとしたらもっと早く出会えたのかもしれんのにのう。先程控室の辺りで何やら不可思議な歌声らしきものが聞こえて来てのう。この世の物とは思えないようなもので近寄ることができんで廻り道をしとったのじゃ」

はて?

「さっきティアがやっていた奴じゃない?」

とスーザン。ああ、般若心経か?

試しにやってみると途端に近くの壁に太った修道士が消えた。え?何これ。暫くしてから彼は戻ってきたがゴーストの蒼い顔がさらに蒼くなっていた。

「すまんがさっきのはやめてくれんかのう。どうにも嫌な気配と言うか……とてつもない恐怖を感じるんじゃ」

「ええ。良く分かりませんが分かりました」

ふむ?確か以前般若心経は悪霊の力を空ずる効果があると聞いたがそのせいなのだろうか?確かポルターガイストのピープズというのがホグワーツの城内にいたはずだ。後でそいつにも効くかどうか試してみることにしよう。

「凄いですね、ティア。もうそんな魔法を御存じなのですか?」

「何を言っているんですかジャスティン。テッド叔父さまの話ではマグルの世界にもゴーストを退治する者達がいると聞きましたよ?何でも掃除機なるものでお化けを吸い込んでしまうとか」

「あ、いえ……それは多分違うと思いますよ」

何の事だか分かったのだろう。彼は微妙そうな顔をして突っ込んでくれた。

知っている。ティアちょっとボケてみた。

余談だがこの後ピープズに試してみたら見事に撃退せしめ、「ホグワーツのゴーストバスター」なる称号が不本意ながらも私に与えられることになる。

 

デザートを終え、校長から幾つかの諸注意を聞き、魔法学校の校歌を歌い終え、私たちおなか一杯になったホグワーツ生は各陣営の寮へと向かった。

「寮ってどんなところなんだろうね」

とスーザン。

「良いところだと良いですよね」

と私。

他の三寮はともかく、ハッフルパフは原作の本文でも触れられていなかったような。

「着いたぞ」

監督生の一人が前を指し示すと目の前にあるのは……

「風車の絵?」

「そう、絵は毎度変わるの。でもはっきりしているのは何時だろうと人の絵には変わらなくて効果は何時も変わらないことね。聞いた話他の寮では肖像画が寮を守っていて、時たま散歩に行っちゃうから合言葉を覚えていても入れないこともあるらしいわ。でも此処ならそんな心配はない。ハッフルパフ生ならこの絵に触れれば大丈夫だもの」

と何年生かは分からないが女子の監督生が答えてくれた。

道筋と入り方を覚えさせるためなのか私達一年生が先頭で上級生たちは後の方で待機していた。だがそれにしては数が少ないような?

そう思って静物画が上がって寮への入り口が見えるとワッ!と湧いた。

何事かと思えば残りの上級生たちがクラッカーやら何やらを持って私達を歓迎してくれたのだ。

「ビックリした?上級生から一年生へのサプライズはうちの寮の伝統なのよ。貴方達も来年新入生を迎える時は優しくしてあげてね」

と悪戯っぽく、それでも温かみを感じさせる笑顔で先程の先輩が答えてくれた。

「良いところじゃない」

「そうですね」

スーザンに応えて私は言った。

中に入ると寮のシンボルカラーである黄色を中心とした調度品の数々、ソファーにクッションといったそのどれもが使い心地の良さそうなふかふかとした良い感じの物だった。決して高級品と言うわけではないのだろうけど他のどの寮よりもアットホームな談話室なのではなかろうか。

女子寮へと繋がる丸いドアを開け、地下に降りて行くと気になる部屋割が判明した。

私と同室なのはさっき一緒に食事していたハンナ、スーザン、私、そして未だ会話していなかったエロイーズ・ミジョンと言う子だった。

「まあ、何はともあれ皆よろしくね」

お互いの顔を確認した後で私たちは直ぐにパジャマに着替え、ベッドに入り、次々に夢の世界へと旅立っていった。

11歳の身体でこれから騒ぐには今日一日で色々なことがありすぎたのだから。

 




楽しみにしてくださった方々。遅れに遅れてすみません。次の投稿は日曜日以降になります。予めご了承ください。

※ちょい修正ー。


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一日の流れ

原作に対する愛は失っていないがその愛に私の執筆スキルが追い付いていないことが問題だ……。
何が言いたいかっていうと執筆スピードについては広い心で待っていただけると幸いだということです。


「親愛なるテッド叔父様、ドロメダ叔母様へ

 

お元気ですか? 入学した日はお手紙を出せずにすみませんでした。汽車の旅に組み分けにと色々あったものでしたから女子寮の自室に着いた時にはすっかりくたびれ果てていたのです。その他にもホグワーツでの暮らしに慣れるのにこんなに長く掛かってしまいました。手紙を出すのが遅れたのにはそういうわけがあったのです。ご容赦ください。

 

私が選ばれた寮ですが組み分け帽子が名前を告げたのはドーラやテッド叔父様と一緒のハッフルパフでした。この寮に入ってから一応私の在る程度の素姓を知りつつも仲良くしてくださる方ばかりなので助かっています。学生生活は新たに出来た良き友人たちのおかげで実りあるものとなっている気がいたします。

それと前から言っていたように誕生日プレゼントとして寮生活初日から『日刊予言者新聞』を読めるようにしてくださってありがとうございます。

また何かありましたら連絡させていただきます。何も無くてもしますけど。

 

ティア」

 

羽ペンを置き、私はドーラへの手紙を書き始めた。

 

「ドーラへ

 

私も無事ハッフルパフ生になれました!

組み分け帽子がどの寮に入るかを決めるかということは一年生の誰も知りませんでした。きっと新入生に秘密にしているのは長年ホグワーツに通った人、卒業した人達の伝統なのでしょうね。

 

そうそう9月1日の汽車の中で驚くべき人に逢いました。生き残った男の子、ハリー・ポッター君です。見たところ私達とさほど変わらない普通の男の子のようでしたが彼を見ていると複雑です。

何せ彼がいなければ私は叔父様や叔母様、それからドーラと一緒に暮らすこともなかったはずなのですから。

聞いたところどうも彼は私と同じで叔母一家と暮らしているそうなのです。違う寮に分かれた為彼がどうしているかは存じませんが授業初日に全校生徒に注目されていたと聞きました。無理もありませんね。

 

それともう一人の従兄殿とお会いしました。私は彼の父親を見たことが無いのですが彼ドラコ・マルフォイと同じような感じなのでしょうか?つまり……頭髪は無事なのか?ということです。将来の為に毛生え薬を送って差し上げるべきなのかもしれません。

そういえば授業初日の朝早く『何故スリザリンに来なかったのか』という怒りの手紙を貰いました。一応授業の空いている時間に理由を純血主義の問題点も含めて手紙にしたためて送ったのですがその二時間後には返事が返ってきたのには驚きました。彼は随分とまめなのですね。所謂文通相手としてなら長い付き合いが始まるのかもしれません。では今日はこれくらいで。

 

ティア」

 

肩をコキコキと鳴らしながら私は呟いた。

「無邪気な子供の振る舞いは疲れます……」

と。

 

思い起こせば今日も今日とてハードだった。

朝起きて朝食を食べ、教科書を揃えてさあ授業……と順調にはならなかった。

どの授業も遅刻こそしなかったが道に迷いまくっていたからだ。沢山階段があったこともそうだが基本的に私は目的地に辿り着くのが非常に困難なのだ。前世でも方向音痴には定評があったものだと懐かしい気持ちになる。

プレイしていたオンラインゲームでもキャラにピンク色の衣装を身に着けさせていたのだが良く迷っては敵対的なモンスの群れに突っ込んでいた。そしてそれから脱出する為にマップ上を縦横無尽に走り回った挙句他プレイヤーに付けられた渾名が「ピンクの悪魔」だった。私は別に食い意地は張っていないと言うのに。せめて目立たないよう黒い衣装を付けると今度は「黒い悪魔」呼ばわりされる始末。ゴキブリ扱いとかその当時は死にたかった。……いやまあ一度死んだ身じゃあそうは言えないのだけど。

加えて何が嫌かって今日は初っ端から飛行訓練の授業があったのだ。何が問題かってそれは私が飛ぶことを嫌っていることなのだ。

2、3メートルならどうということはない。5、6メートルも平気だ。でもスキー場のリフトの高さくらいになると怖くて飛べない。一度ドーラに連れられて渡り鳥が飛ぶような高さを飛ばされたことがあるのだがその後で二度と箒では飛ばないと誓ったものだ(結局また乗せられたけど)。だって飛んでいる最中にふと下を見ると落ちたら絶対に助からない高度なんだよ?気絶こそしなかったけど落ちないかどうかが心配で楽しむどころじゃない。箒の柄を掴んでいるだけで精一杯だ。

箒は慣れている人なら「上がれ!」と言えば一発で上がる。初日の私、スーザン、アーニー・マクミランの三人はそうだった。ハンナは二、三度失敗して手元に引き寄せた。

そしてジャスティンはと言えば何故か箒に打たれていた。……何があったのだろう?

箒の握りなど確かめ、在る程度慣れたら自由時間となった後で私はと言えば飛ばずに地に足を付けたままだった。マグル生まれの子ならいざ知らず魔法族の家の子にとっては自転車と同じようなものなのだろう。箒に乗ることなど特に珍しくも無いのだ。

 

その次が魔法薬学の授業だった。

自分ではそのつもりはなかったが隣に座っていたエロイーズの話では私の眼はずっとキラキラしっ放しだったらしい。

ほんの少し楽しみだっただけなのだがこれではジャスティンのことをミーハーと言えないな。本人に面と向かって言ったことは無いけど。

まあスネイプ先生が私を見て少し引いていた理由は分かった。自分の授業でそんな反応が返ってくればそれは不気味に思うだろうな。

授業初日には注目を浴びたせいか原作のハリーと同じやり取りをさせられてしまった。

別に珍しい話ではないと言うかそもそもイギリス人と言うのは基本的に嫌味な奴らで本人に知識や学術の心得がある奴ほど(後は性格が悪いかどうかで決まるが)他人に意見があるか知識があるかどうかを気にする連中ではあるのだ。大学中に知り合った紅茶野郎に私が文学を専攻していると知られると「『黒澤明』監督の『蜘蛛の巣城』についてどう思う?」など聞かれ、答えられないと馬鹿にするようなことを言われたものだ。ああ、今の私はあいつと同じ紅茶淑女だったな。ちっ……。

話を戻すとまあ答えだけは知っていたので答えたが

「フン、少しは知識があるようだが態度が悪いな。ハッフルパフは一点減点」

と言われる羽目になってしまった。なおエロイーズから眼のキラキラが悪かったんじゃない?と指摘されて以来、私は眼のハイライトを消してこの授業に臨むようにしている。減点され過ぎて他の寮生からの評判が悪くなっても堪らないし。

その後さらに私に対してスネイプ先生が引いていたのは気のせいだと思いたい。

 

昼食(屋敷しもべ妖精が作っているせいかホグワーツの食事は別名嘔吐ミールと呼ばれる英国製オートミールでさえも美味なのだ)の後で魔法史の授業。

ゴーストのビンズ先生の授業で魔法死ぬ。教科書通りに読む退屈な授業の受け方のコツを教えておくと、最初に先生が読みだした後に直ぐ寝ること第一に重要なことだ。第二に最後の方に起き出して何処まで読み終わったかチェックする。第三に宿題の範囲を聞いたら教科書を読みレポートを仕上げることが肝要だそうだ。全て我がハッフルパフ寮の上級生からの正しい教えである。この授業に関しては睡眠時間と割り切れ、だと。昼食の後は教師のラリホーマにご注意くださいとは良く言ったものだ。

 

最後にあったのは変身術の授業。何よりもこの授業が一番疲れる。マッチを針に変えることくらい出来なくは無いのだがまだ100パーセント成功するほどの腕前ではないし精度にも問題が無くは無いのだ。一つ変えるのにも今の私では途方も無いほどのイメージ力が必要となる。

まあ授業では習った後の自習時間の間に変えれば良いだけだから時間を掛ければ絶対にマグゴナガル先生から点は貰えるから楽と言えば楽なのだけど。

 

夕食の少し前にはミセス・ノリスの姿を探し回るのが私の小さな日課になっていた。他の生徒は気に入らないと言うがこの眼の出ているキモ可愛さが堪らない。頭を撫で撫で、喉をゴロゴロしてやると実に気持よさそうな顔をしていた。動物全般が大好きな私だが一番好きなのはこの動物だ。そう、猫に罪は無いのだ……。

しかし後で確認してみたところミセス・ノリスはドーラが一年生の頃から今の姿のままで管理人のフィルチ氏の側に居たらしい。女性、というか雌にこんなことを言うのも何だがこの猫は一体幾つなのだろう?もう尻尾が二つに分かれていても私は驚かないぞ。

 

夕食の後の毎日の楽しみであるデザートを終え、寮ごとに違う日の夜に行う天文学の授業に備える。

星の一つ一つを見つけ、「ルーモス 光よ!」と唱えたままの魔法効果の継続した杖を立てながら羊皮紙にシニストラ先生の語ることを記述して行くのは魔法学校ならではの楽しみだと言えるだろう。ジャスティンを含むマグル生まれの人たちは座学の中ではこの授業を最も楽しみにしていたように思う。なお私は授業の中でシリウスやベラトリックスという名前を聞いて凄まじく微妙な気分になった。

 

その後はシャワーを浴びルームメイトとおしゃべりをして消灯時間になったら寝るというのが私たちのスタイルだった。

ちなみに私が言いだしたことだが金曜日の夜は基本的に紅茶とお菓子ありで眠くなるまでおしゃべりを楽しんでいたりする。

やっぱりイギリスの全寮制の女子寮なら夜にお茶会をしないと行けないと思うのだ。

そのルームメイト達だが、ハッフルパフ生は印象に残って無いとか言って済まなかった。今は反省している。

ハンナはおっとりしていてまさにハッフルパフを体現しているかのような子だった。誠実で努力家。スーザンは私の好きだった児童文学に出て来る某長女さんのようにしっかりものだった。おしゃべりをしている時は基本的にまとめ役で、眼鏡とか掛ければ似合うような委員長気質とでも言うべきか。なお二人は私の中で友人Aと友人Bとして分類されている。……別に軽く扱っているつもりは無い。ただ単純にファミリーネームのイニシャルがアボットとボーンズでそうだったと言うだけで。

なお在学中を通して一番の親友といえるのはエロイーズだった。この人はとにかく人が良い。積極的に他人に手を貸すし、困っている人を放っておくと言うことが無い。ただ唯一の欠点と言えるのはお菓子を大量に食べ過ぎることだった。カレーは飲み物と言った人が昔いたがその砂糖菓子は夕食の時の御代わり自由なカボチャジュースでは無いのだよ?

 

他にも小さいフリットウィック先生に癒されたり、スネイプ先生にシャンプー使えと念じたり、城から見える景色を楽しんだりしながら日々を平和に過ごして行った。

その時の私にはこれから私がハリーを中心とする原作における数々の騒動に巻き込まれることになるとは知る由も無かったのだ。

 

やがて忘れられないハロウィーンが始まる。

 




ある程度の展開は何か予想できそうな感じでござる。嫌でござる。絶対に読者の期待をいい意味で裏切りたいでござる。

※ちょっとだけ修正。


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全てが変わった夜

ストックが貯まらない。ハリポタの魔法で執筆スピードって上がらないものでしょうか?


その日は朝からパンプキンパイの焼ける良い匂いがしていた。

飾られている幾つものくりぬきカボチャの中身をふんだんに使用したそれは今日この日の花形料理なのだ。

家に居た頃はドロメダ叔母様が毎年作っており、今生での大好物の一つになってしまったわけだがこの匂いの感じではホグワーツのそれも美味に違いあるまい。

「うふふふふ……パンプキンパイのパンプキン乗せ……パンプキンパイの糖蜜掛け……パンプキンパイのタルト風……パンプキンパイのカレー乗せ……パンプキンパイとパンプキンパイのパンプキンパイと……げふぅ!」

色々と楽しい気分のままトリップしつつ廊下をスキップしていたら突然後ろから凄まじい衝撃があり、前のめりに倒れて頭をぶつけた私は意識を失ってしまった。スイーツ(笑)。

 

眼を覚ますとそこは保健室だった。

「おや、ようやく起きましたね」

確かマダム・ポンフリーだったか。いや、そんなことより

「私のパンプキンパイは!?」

「ごめんなさい!」

うえ?

「その、私廊下を下向きながら走っていたら貴女にぶつかってしまって……」

そこに居たのは今後学年一の秀才と謳われることになるハーマイオニー・グレンジャーさんでした。今の私の中での認識は「死亡フラグその2」でしかないのだけど。

積極的に話しかけていたわけじゃないし、話しかけたかったわけでもないので顔を忘れかけていた(要するに髪型で思い出しました)。だが今問題なのはそこじゃない。

「ハーマイオニーでしたよね?今の時間は!?未だ今日はハロウィーンですか!?」

「え?ええ、そうよ。今は夕食のちょっと前」

なん……だと!?

「そうですか、それは……」

「ごめんなさい。お昼前にティアが倒れてそれからずっと眼を覚まさなくて……お腹も減ったでしょう。私が前を向いていなかったばっかりに走っていた最中に貴方にぶつかってしまって……」

「むしろナイスですよ、ハーマイオニー!」

「は?」

泣いていて少し赤らんで、ぐしゃぐしゃになった顔でも驚いた様子は可愛かった。

「眼を覚まして未だハロウィーンが終わっていなくてむしろこれからだと分かったのならこれ以上の喜びはありません。私、この日がクリスマス以上に好きなのです。絶対に一年で一番神聖な日ですよね!おまけにお昼ご飯を抜いてしまったせいかお腹が減っていますけどその分夕御飯の御馳走が入るじゃないですか。私的に超グッドですよ!」

ノンストップ+ノンブレスで話したせいか息が上がってしまったが右手で小さくガッツポーズをしたこともあって伝えたいことは伝えられたはずだ。むしろベリーサンクスと思っているのだと。

「ああ、そう。気にしていないなら良いわ……」

何だかハーさんが呆れていたような顔をしていていたけどそんなことはどうでも良い。それより

「ハーマイオニーはどうかしたのですか?」

「え?」

「その泣きはらした顔、それですよ。別に私一人の時間を奪ってしまったから泣いていたわけではないのでしょう?」

「あ、あの違うのよ?別にティアに悪いことしてないと思ったわけじゃなくて……」

「不幸な事故だったということで済む話じゃないですか。それよりほら巻いているのですよ。ハロウィーンの御馳走は逃げたりしないでしょうけど待ってもくれないのですよ?」

いや、ロンと喧嘩したとかそんなだったはずだけど話を進めないとそう、愛しのパンプキンパイが……!

それと冷静に考えてみれば逃げないとは言ったものの魔法学校のパンプキンパイなら足や羽が生えて走りだしたり飛んだりすることはあるのかもしれない。そうなったら追いかけるだけで苦労してしまうだろう。

そんなことを思っているとハーさんが訥々と話し始めてくれた。

うん、ごめん。中の人が何年か前にこういう領域を経過してしまった為にどうしても思考はどうもシリアスにはなれない。でもその分真剣に聞くから勘弁してほしい。

「ロンに酷いことを言われて……いえ、私が悪いのかしら。『誰だってあいつには我慢ができないって言うんだ。まったく悪夢みたいなヤツさ』って言われて頭の中で色々な感情がごちゃごちゃしちゃって」

おそらく自分の中でも整理なんてできていないのだろう。ただ話しているだけで少しずつ楽になっているようではあった。

「ああ、あの赤毛君ですか。その時の様子を説明してもらえますか?」

うん。どんな状況でそういうことになったのかまでは覚えていなかったし。パンプキンパイの楽しみ分くらいは話を聞いても良い。

 

ハーマイオニーの説明が終わって私はどう言えば良いのか考え込んでいた。

話を聞く限りそれは

「嫉妬じゃないでしょうか」

「嫉妬?」

ハーマイオニーは不思議そうに訊き返した。

「ええ。あるいは単に自分が上手くいかないことに対する八つ当たりなのかもしれませんが……ロンは浮遊呪文を上手く扱えなかったのでしょう?でそこでハーマイオニーは上手くやった。人って自分には無い才能に憧れたり嫉妬したりするものですからどうにも腹が立ったのではないでしょうか」

まあ、どちらかと言うと男の子の意地みたいなものも影響しているような気がしなくもないけれど。

「そう言うものなのかしら……ティアも誰かに憧れたり嫉妬したりするの?」

「私にもある種の才能はあります。でもできれば他の才能が良かったと思うことが無くは無いものなのです」

そこら辺は複雑だ。例えば今と違った人生を歩みたいと何時も不満ばかり述べている人が居るとしよう。いざその通りになったとしてその人は満足できる幸福な人生を送れるか?多分今度はその人生における別の不満ばかり述べるようになるに違いないのだ。

今持っている私自身の才能にしても私自身はあまり好きではないけど何かの役には立つのかもしれない。

さっき話題に上げたロンにしても声真似とチェスの才能よりも監督生で主席になれるような才能が欲しかったはず。誰しも別に欲しい才能が幾つも手に入るわけではない。

人間は平等だ。平等にそれぞれに見合った不幸と問題がある。だけどそう

「まあそれでも良いのではないかと言う気はしますけどね」

「は?」

「別に同じ人がたくさんいる必要は無いでしょう?例えばグリフィンドールにはトラブルメーカーな赤毛の双子が居ると聞いています。その人たちみたいな人ばかりなホグワーツを想像してみたらどうです?」

「大混乱になるでしょうね」

想像してちょっと嫌だったのか彼女は顔をしかめていた。

「まあ、皆違うからこそその部分を補う為に友達とか作るのでしょうけど……」

「私に……私に友達なんてできるのかしら」

気になるのはそこか。

「まあ、大丈夫なんじゃないですか」

「根拠は?」

それは勿論

「両親が魔法界最悪の夫婦だった私にも同じ寮に友達ができたんですよ?そうじゃないハーマイオニーにできないわけがないじゃないですか」

にやりとニヒルに笑って私は告げて

「それは説得力があるわね」

くすっ、と彼女はそこで初めて笑ってくれたのだった。

 

その後顔が酷くなっていたハーマイオニーはトイレで顔を洗いに、私は食堂にパンプキンパイを食べに笑顔で別れ

「遅かったよね。もう大丈夫?」

とおっとりのハンナが私を出迎えた。テーブルに着いた私を心配そうに見てくる姿はとても癒される。

「ええ、もう大丈夫です。マダム・ポンフリーにもゴーサインいただきましたし」

「結局何があったの?」

としっかりのスーザン。状況把握に努めるのが彼女の主な役割だ。なお私がボケをかますとツッコミのスーザンに早変わりしてくれる。

そこで何があったのかを説明すると

「ククク……私より可愛い子は皆滅べば良い……!」

とがっかりのエロイーズ。この人基本的に性格は良いのだが自分の顔にコンプレックスがあるせいか自分より可愛い他寮の子に対しては毒を吐きまくるのだ。

ショートボブの髪型に眼鏡、そして少し見え隠れしているにきびのある丸みを帯びた顔がちょっぴりダークな感じに染まっていた。

え?私?

私うっかりのティア。良く忘れ物をしたり道に迷っていたりするからそう呼ばれるの。

……何と言うかハッフルパフ寮って他の寮に比べて個性薄いので寮生同士で渾名を付けるのが流行っているのだ。かれこれ800年くらい続いている伝統らしい。

まあそんな風に話をしながら時間を潰しているとようやく金の皿とゴブレット、それに料理が出てきてくれた。

ようし、昼食の分まで食べまくるぞ!

主にパンプキンパイを中心とした料理を食しているととても幸せな気持ちになってくる。何人たりともこの幸せは邪魔させない……!

おや、誰か来たようだ。

それは紫のターバンがトレードマークのクィレル先生だった。

「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って」

クイレル先生のバタンキューの後でダンブルドア校長がどうするかについての対処法をこの場の全員に知らせ、行動が開始された。

 

食堂を出る際に持ちだしてきたパンプキンパイをうっかり強く握り潰してしまい、ベタベタになった手を洗う為、私は近くに居た入寮の時に話をしてくれた女子の監督生に許可を貰ってトイレへと駆け出した。

……後になって考えれば別にスリザリン寮に入らなかったし自分はもう三人組やヴォルデモートの関心を引かないはずだという慢心が悪かったのだろう。

また迷っているうちに女子トイレを探し当てて中に入るとそこにはハーマイオニーがいたのだから。

「え……?何でここに」

「あ、ティア。そろそろ戻ろうと思っていたんだけど……」

まずい、この状況は……。15秒で手を洗い終えた私はハーマイオニーの手を引こうとしてぶぁーぶぁーという低い音を聞いた。……遅かったか。

女子トイレのドアを開けて入って来た姿を見て私たちは悲鳴を上げた。

「「キャアアアアアアアアアア!」」

同じ悲鳴だが私とハーマイオニーでその意味合いは異なる。

「そんな……この山トロールって女の子だったのですか?」

「明らかに雄じゃない!ってそんなこと言っている場合じゃないでしょうティア!」

ハーマイオニーの眼がこっちを捉えた。

場を和ませるちょっとしたジョークじゃないか。それにしてもしまった。此処が原作の舞台となるならこんなところに入らなかったのに。そうだよ。

隣の男子トイレに入れば良かった!

そんな阿呆なことを考えている間にも棍棒を持ったトロールは私たちに迫ってきた。

できるだけトロールから離れる様に後ろに下がっているとまたドアが突然開いた。

見てみると原作通りハリーとロンが居た。

「ハリー、ロン。此処は女子トイレですよ!」

「「そんなこと言っている場合か!」」

おおう、ナイスツッコミ。

彼ら二人は何とかしてこちらから注意を引き離そうとしていた。

その間に私はハーマイオニーの手を引いてトロールの後、現在は女子トイレのドア側の方にまで後退することに成功。

その後がまずかった。ロンの方へと向いたトロールは棍棒を彼に向けて振り上げた。

直撃はしなかったものの壁を壊した破片に運悪く当たったロンは気絶。

あれ……?こんな展開だっけ?

「ロン!ロンしっかり!」

ハリーが呼びかけたものの意識を失ったまま彼は答えなかった。

この場から逃走することは可能。だけど

「放っておくわけにはいかないですよね、やっぱり」

杖を構えて言った。さらに棍棒を振り上げてロンを潰そうとするトロールに対して

「ステュ―ビファイ! 麻痺せよ!」

赤い閃光がトロールに向かって行き……

「嘘!?効かない!?」

当たったはずなのに効果がまるで無かった。巨人と同じような魔法耐性があるのだろうか?それともクィレル教授の特製のものだからか……?

どちらにせよ失神呪文が効かないようなら確か原作だと……駄目だ。浮遊呪文で物を浮かすことくらいならいざしらず私に狙って物体操作をやるのは未だ無理だ。

となると手持ちの魔法の中で一番信用できるのは「あの呪文」ではあるのだが

「使うわけに行きませんよね」

あれは拙い、拙すぎる。しかし

「こっちだ!」

ハリーが注意を引こうとトロールの背にしがみついた。少なくともこの二人はハーマイオニーと私を助けてくれようとした以上、私にも残念なことに彼らを助ける義務がある……!何より今彼らに死なれると正直面倒くさい。

「仕方がありません。ハリー!トロールから離れてください!」

意識的に眼の中の光を消し、自身の内側の魔力を充実させていく。

身体が冷えていくような感覚、冷静になって行く感覚、冷酷になっていく感覚の三つが私の身を襲う。それと同時に周りから音が消えていく気がする。この場に居る誰よりも私は私自身が無慈悲で無感動になった気がしていた。

ハリーがトロールから離れ、充分距離を取ったのを確認し、他に当たる可能性がある者がいないかどうかを注意深く確かめる。

そして次の瞬間、「別に死んだって構わない」という気持ちを込め、私が放った魔法が正確にトロールの身体を撃ち抜くこととなる。

「アバダ ケダブラ! 息絶えよ!」

私の使った魔法界で最も恐れられている緑色の閃光は残酷にその役割を果たしたのだった。

大音声が地下で響き渡る。




大方の人の予想通り次回は色々と解説。今後ともうちの変な子をよろしく!


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杖と宿命について

原作とかなり描写が違う気がするけどあまりにも原作通りだとコピーで刎ねられるという。原作をまた違ったやり方で描写するのが二次創作の醍醐味なのでしょうね。

……あまりにも酷いと醍醐味ではなく粗大ゴミになるだけで。


突然だがそもそもこの世界の魔法における才能とはどういうものだろうか?

七変化、蛇語、人間以外との混血の持つ特性。本人の才能に基づくものなどが色々あるのだがおそらく次のような公式が成り立つのではないのかと私は考えている。

 

使える魔法=受け継いでいる資質(あるいは元からある資質)×本人の努力×杖に使われている木材の性質×杖に使われている魔法生物の素材、である。

 

全ての杖の材質とその芯を覚えているわけではないがヴォルデモートの場合は「イチイの木(死と再生の象徴)」と「不死鳥の尾羽(言うまでも無く不死鳥とは死と再生の象徴だろう)」だ。ホークラックスや「死の呪文」を得意とする彼らしい杖と言える。

ハリーは「柊(魔除け)」と「不死鳥の尾羽(同上)」。彼らしいと言えば彼らしい杖だ。特にヴォルデモートに対抗する辺りや死の呪文を食らって生きていると言う運命がマッチしているという点では。

杖に使われている木材の名前は忘れたがヴィーラを素材とした杖は「ヴィーラ(魅了者の象徴)」のクォーターの女性の役割を存分に果たしたし、ネビルは桜(同じく魔除け)とユニコーン(聖性)もその性格や役割に沿ったものだったと言える。

誰もが知っているであろう「ニワトコの杖」は「ニワトコ(魔除け)」と「セストラルの尻尾の毛(死の象徴)をその素材として使っている。それそのものをシンボライズしているように私は感じるのだ。

 

長々と説明したが要するに杖とはその魔法使い及び魔女に最も合っているはずの物が彼または彼女の下に来ているのだ、と言うことだ。

さて、では此処で私ことユースティティア・ドゥルーエラ・レストレンジはと言えばどうなのか?

前世というけったいな物が存在する私にとって、ある意味では実に「らしい」杖となっているのだ。

 

即ち「イチイの木(転生したことの象徴か?)」と「セストラルの尻尾の毛(前世の自分の死体を幽体離脱形式で見たのが影響しているに違いない)」が使われているのである。

 

この点で第一段階は充分なほどクリアされる。そして第二段階、魔法自体の適性。両親が死喰い人と言う点でそれも充分以上に揃っていると私は考える。

杖を入学前に手に入れてから色々な魔法を試しては見たのだが初めて試みて以来、絶対と言われている「死の呪文」に関しては失敗したことが無い。

庭先にやってきた庭小人や台所に侵入した「名前を出すのもはばかれるアレ」を使って実験してみたのだが他の「許されざる呪文」よりも明らかに適性があるのだった(といっても他の二つも適性は高そうではあったが)。

努力する前からおそらくは成功することが決まっていた嫌な呪文ではある。闇の魔法が上手だということが将来の栄達やその他大勢に埋没する生き方に役立つわけでもなさそうだし、「もう一つの私の目的」にはもっと合致しない。

それに何よりこの魔法が使えると言うことは決して平静なまま「殺し」ができることとイコールではない。

意識的に切り替えると言うより、私自身に殺す為の存在へと変わるスイッチが入ってしまう気がするので得意になって使いたい物でも無いのだ。

 

で結局何が言いたいかって言うと拙い。何が拙いってこの後に来るだろう三人の先生方に眼を付けられるのが拙い。

「ティア、今の何……?」

あれ?ハーさんなら知っているかと思ったのに。とりあえず

「お静かに」

今先生方にどう対応するかを考えているところだYO!

 

1 戦う 

2 逃げる 

3 正直に話す

 

1と2とか論外。3は危険人物扱い確定だろう常識的に考えて。

まさかこんなことになるなんて……!

そこまで考えたところできっちり三人分の足音が聞こえてきた。

……あれ?もしかして私詰んでない?

 

女子トイレのドアを開けて最初に飛びこんで来たのは副校長のマグゴナガル先生、その次に入ってきたのがスネイプ先生、そして最後がクイレル先生だった。

情けない声を上げて倒れこんでしまったクイレル先生と違い、スネイプ先生はトロールを触診、マグゴナガル先生はこちらを威厳と怒りで満ちた素敵なお顔で睨みつけている。

「一体全体あなた方はどういうつもりなんですか!……殺されなかったのは運が良かった。

なぜ寮にいるはずのあなた方がどうしてここにいるんです?」

すみません、実は肥大化呪文を食らったマーカス・フリント先輩が襲って来たのでうっかり殺してしまったんです、と「4ボケる」を選択した私が声を上げようとすると

「すみませんでした!」

ん?何故にマイちゃんが応えるのだい?

「私がトイレで顔を洗っていたらティアとロン、それからハリーがトロールの襲撃を知らなかった私を迎えに来てくれたんです。それからロンがトロールに気絶させられて……ティアが私の知らない呪文でトロールを倒してくれました!」

やっぱり未だ許されざる呪文については知らなかったのか。何でも知っている印象が勝手に私の中で根付いていたので意外ではある。

だってハーマイオニー印の魔法辞典とかあっても私は驚かないもの。

「そうだったのですか……」

マグゴナガル副校長は暫く考えた後で言った。

「今回の貴方がたの行動はやはり軽率だったと言わざるを得ません。何より貴方達はミス・グレンジャーが取り残されていると分かっていたならホグワーツの教職員に一言知らせるべきでした。ですからハッフルパフ、グリフィンドールからそれぞれ一人5点ずつ減点です」

横にいるハリーから何だか落ち込んだような気配を感じた。

確かに副校長やスネイプ先生ならばほぼノーリスクで回避できた事態ではあるのだから当然と言えば当然。妥当な評価であるようには感じる。

先にトロールにエンカウントしていたのは私達が先である以上、今回の場合間に合うか否かで言ったら間に合わなかった可能性も無くは無い気はするが。

「ですが」

と副校長は続けた。

「学友の為にトロールと対峙すると言うその姿勢、私は嫌いではありません。グリフィンドールの二人にはそれぞれ10点、ハッフルパフに20点差し上げましょう」

あ、ちょっと嬉しそうな気配。

……さあ、ポッター、ミスター・ウィーズリーを医務室へ連れて行ってあげなさい。他の二人は寮へお戻りなさい。パーティーの続きは談話室で行われています」

そう言われ、私達は女子トイレを出て寮へと帰ることにした。

 

色々と危なかった。

もしあそこでハーマイオニーがああ言ってくれなかったら私は墓穴を掘っていただろう。

最初は彼ら「三人組」に関係する気なんてこれっぽっちもなかった。

ただ単に特に危ない人達から注目を浴びずに楽しく魔法に満ちた学生生活をやり過ごし、卒業後は私以外の面子が消え去ったレストレンジ家の財を継いで「はい終了」のつもりだったのだ。

彼ら三人の物語であって私の物ではない。そもそも元の話からして何もせずともハッピーエンドじゃないか……とは口が裂けても言えないかもしれないな、やっぱり。

ただ究極的に言えば誰が死んでも、誰が生きようとも私自身には大きな問題なんて無いのだ。それに私が手を出さずとも完結してしまうであろうものに手を出して何の意味があると言うのだ?

取り返しのつかないことになる前にできればさっさと……

「ティア!」

さっさと……彼らから離れられれば良いな、なんて考えていたのだよ。

「何ですか?ハーマイオニー」

振り返れば奴が居た。少し息を切らしているところを見ると何か用があってわざわざ離れた私を追いかけて来たか。

「あの、さっきはありがとう」

「どういたしまして。で……それだけじゃないですよね?」

何か聞きたいことがあるっていうことくらい開心術を使わなくても分かる。

「あの緑色の光を放った魔法は何なの?」

正直な話現段階で手に入れるには早過ぎる知識なのだが……ハーマイオニーなら別に良いか。

女性は秘密にしておくということができないというのは神話時代からある定説だが、私が使えるということが彼女の口から広まったりはしないだろう、きっと。

「あれは『許されざる呪文』と呼ばれる三つの魔法の内の一つです」

「許されざる呪文?」

「ええ、本来人間に対して使ってはいけない種類の呪文のことです。倫理上の問題で多くの魔法使い及び魔女は進んで使おうとしません。

何年か前、魔法界の暗黒時代に流行っていた頃、母も得意としていたようです。もっとも私とは別の『それ』のようですが……私にとってはこれが一番相性の良い魔法なのでしょうね、悲しいことに」

「貴女がパーティーに行く前に話していた才能ってそれのことなのね?」

ああ、そのことか。色々あったせいか何日か前のことのような気がするよ、全く。

「ええ。両親に似て、この私はこれらの呪文を非常に上手く扱えるのですよ。

……こんな物を使えるからって今の時代何の役にも立たないでしょうに」

暫く沈黙が場を支配した。さて、開示できる情報は最低限開示したし、きりの良いところでもう寮に戻ろうかと「さようなら」を言いかけた時にハーマイオニーが再び口を開いた。

「あの!」

「未だ何か用ですか?」

質問には答えたはずなのだが。知識欲豊富な彼女にこれ以外の物があるのか?

「私と……友達になって欲しいの」

「はあ?いきなり何を言うのですか?」

「だってあの呪文を使い終わった後のティアはすごく悲しそうだったし……でも」

その先は言葉にならず、それでも整理できないであろう感情が渦巻いているのはこちらにも伝わってきた。

その質問にお断りします。と素早く応じられたら楽だったのだが。

先程のようなイレギュラーもあることだし本当に私が知っている物語の通りになるとは限らない。……だけど絶対に彼女は厄介事を持ち込んでくる気がする。

とも考えたがもう既に巻き込まれているな、これは。

トロールのことだけでは無い。

そもそも先程遭遇したのは現在在籍している先生方の中で、ダンブルドア校長を別とすれば頭脳面で最も優秀な三人の先生方なのだ。

もう既に「何で死んだのか分からない」という表情のトロールの死体の状態を調べ、私がどのような呪文を使ったのか推測を終えているだろう。となるとありそうなのが私に対するそれとない監視。

母親と同じ道に走らないかどうかの警戒。それと純血主義に傾倒しているか否かのチェックあたりを気付かれないようにさり気なく、か。

当然私はそんな面倒くさい物に関わる気は無いのだが、彼らはそのことを分かりようが無い以上仕方が無い。

此処でハーマイオニーと友達になることで僅かに警戒が緩む選択肢を取るか……それとも友達とならないことで厄介事を多少でも回避する選択肢を取るか。

ほんの少し迷ったが、やはりここはもうこうするしか無いだろう。

「私は既にハーマイオニーとは友達のつもりだったのですよ?」

「ティア!」

純度100%の似非台詞に感極まった彼女に抱きつかれてしまい、私はと言えば大きく眼を見開いてしまった。

抱き付かれる前に少しだけ見えたのは、花が咲いたようなそれは素敵な笑顔だった。あの笑顔を見た後だと、心にも無い嘘を吐くのが多少悪いような気になってきてしまう。

……が多分錯覚だ。

「この学校に入ってから初めて友達ができたわ!」

「ハーマイオニーなら直ぐに後何人かできるんじゃないですか?」

後二人ほど。というか本当に友達が居なかったのか……。

「あれ?ティアどうしたの?」

「少し頭痛がしてきただけです」

この子はもう。

「それは大変ね。マダム・ポンフリーの所に行く?」

「いえ、それには及びません」

一刻も早くハーマイオニーから離れれば解決する気がするし。

「風邪なら気を付けてね、じゃあ私は寮に戻るから!」

「ええ、ハーマイオニーもお気を付けて」

いや貴女のせいだから、という言葉を必死に飲み下し、自分でも引き攣っていると自覚できている笑顔で私は彼女を見送ったのだった。

 

それから直ぐに寮に戻ったのだが

「あれ?ティアどうしたの?かぼちゃパイ好きだったよね?」

凄まじく不思議そうな眼でハンナがこっちを見つめて来た。まあ、普段の私を見ていれば当然か?

何せかぼちゃパイと紅茶さえあれば私は幸せになれるからね。

「ええ。今は何かこうちょっと心配事がありましてね」

いや何かこう結構話の流れを変えちゃったような気がするけど、彼女はあの二人とちゃんと友達になれるよね?

ハーマイオニーもハリーと同じく、人に話をし過ぎる癖に人の話を聞かないところがあるからなぁ……。不安でいっぱいになった私は結局この夜パンプキンパイの味が全然分からないまま過ごすこととなってしまったのだった。

翌朝それとなく確認したところ、ロンは直ぐに意識を取り戻し、特に後遺症も無くあの後直ぐに寮に戻ったとのこと。彼とハリーは無事に彼女の友達になったらしい。

「ティアの言う通りだったわね!」

「そのようですね」

無邪気にはしゃいだ様子の彼女を見て、私はと言えば今度は胃痛がして来たのだった。

余談だがこれ以後、何故か彼女に「同い年の女の子の親友」が私の他に一人もできず、何かある度にハーマイオニーが別の寮に属している私に話しかけて来ることとなる。

私がグロッキーになっても話しかけて来るし、明らかに切り上げようとしていても次から次へと話しかけて来る。

 

そう、全てはあのハロウィーンの夜に変わったのだが、そのことを私が後悔したか否かは長い間私だけの秘密になったのだった。

 




随分遅いハロウィン終了でしたというお話。次回から原作に沿いつつちょっと積極的に動く彼女が見られる……!はずです。

今回主人公のミドルネーム出しましたが多分付けられるならこういう感じだろうなということで一つよろしくお願いします。


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便利な道具

お気に入りに入れてくださった方々が増えた……だと!?


何だか最近シリアスな空気が続き過ぎている気がする。そう、私はコメディを得意としているのであって「自分や他人の身が危険に陥るほどのシリアスが死ぬほど大好き☆」と言うわけでは断じて無いのだ。

故にある程度慣れて来た私はちょっと嫌気がさして来たのだった。何に?それは勿論、色々な意味でちょっぴり危険なホグワーツでの学生生活に。

そんなわけで過去の私の迷いやすいという弱点を克服するべく色々と行動を開始しているのである。

「はあ、凄いですね。この『忍びの地図』と言う奴は」

ハロウィーンの翌日。それから慎重に行動すること2週間。ついに幻と言われている「忍びの地図」を手に入れることにティア特派員は成功したわけであります。

迷子になりやすい私には必需品。そう、充実した学校ライフを楽しむためには迷うことでロスする時間をできるだけ短縮しないと行けないと思うのだ。

なおはっきりさせておかなければいけないのは、私は別に不正な手段を使ったわけではないのだと言うことである。

そう、赤毛の双子の傍らを「たまたま」通り過ぎると何故か私の手の中に件のブツがあっただけのことなのだ。……実に不思議なことだと思わないか?

2週間もの間彼らの観察を続け、彼らが服の何処に隠したかをじっと見つめた後でハッフルパフ生の集団が彼らの脇を通り過ぎるのを待ち、不自然ではないようにその中に紛れ込んで、誰にもバレないように掏った……というわけではない。

何の因果か手に入れた時は「素敵な偶然」もあるものだ、と彼ら二人が入れないような安全な場所に辿り着いてから思わずガッツポーズをしてしまったほどなのだ。

いや、前世で高校生だった時分にとあるマンモス校の奇術部(ただし明らかに「使う」目的での犯罪研究がメインだった)に所属していた身としてはこの程度の作業は造作も無いのだよ。

この私はあくまで彼らに「無断で借りた」だけ。返す予定だってあるし、彼らが言う所のマグル式の小技を使った犯罪の類なぞ、ただの一年生にしか過ぎない私には無理に決まっているじゃないか。

そんなことを思いながら、私は昔取った杵柄の偉大さに感謝しつつ地図の写しを取って行った。もう二度と迷子にならないように全体図、そして何処にどんな秘密の通り道があるかの検証を続けて行ったのだ。

クリスマスを過ぎたあたりには返せるだろう。写し終えるにはそのくらいかかるし、万が一の場合にはとある目的さえ達してしまえばそれ以上は私には必要無いのだから。

 

「私の従弟のドラコへ

 

お友達のクラッブとゴイル共々(もっとも私にはお二方の区別が付かないのですが)お元気ですか?この間のスリザリン対グリフィンドール戦は残念でしたね。

ですがハリー・ポッターに渡された『ニンバス2000』を上回る箒がそう、人数分スリザリンチームに渡れば話は色々と違ってくるのでしょう。

箒に乗るのは個人的に怖い私ですが、一人の職人により作られた『シルバー・アロー』には興味が尽きません。マダム・フーチに飛行訓練の自習時間にそのことについて話しかけてみたところ、箒その物の概要は良く分からなかったのですがそれがとてつもなく良い物だと言う彼女の認識については充分理解することができました。

来年こそは貴方がクィディッチの選抜メンバーに選ばれると信じて。

 

ユースティティア・レストレンジ」

 

「僕の従姉のティアへ

 

僕もクラッブとゴイルも相変わらず元気です(もっとも二人の場合は頭の方がお世辞にも良い とは言えませんが)。

父上が手に入れた情報ではニンバスシリーズにも新しいそれが出るみたいなので僕もそれを手土産に来年の選抜メンバーに加わる予定です。マグゴナガルが自分の出身寮であるグリフィンドールに贔屓する以上、誇りあるスリザリンの卒業生たる父上にも僕たちの寮にお味方していただかなければ。

ティアが箒に乗るのが怖い理由が僕には分かりませんが……。あまり良く分かっていないであろう君に説明しておくと件の箒はそこまで高い評価を純血の一族の間では受けていません。あまりにも幼稚な方法で製造されたとの噂ですし、製造中止になるのも無理は無いと思います。

御好意有難く受け取ります。

 

ドラコ・マルフォイ」

                          

 

頬杖を突きながら私はと言えば彼からの手紙を読み終えた。この後の展開を知っている身としては

「嗚呼。なんという茶番劇」

元から筆無精の気がある私には数日に一回の手紙のやり取りも億劫に感じるのだが、まあ読んでいると男の子だなぁ、とは思う。

私の知っている知識通りに試合は終了したわけだが……「尊大」のアーニーや「天然」のジャスティン、それから私たちの会話にたまに加わる「嫌味」のザカリアスといった男の子達、そして私の友達との賭けで私は見事勝利者側に付き、それなりのガリオンを稼いだのだった。

問題はこれ以後クィディッチの勝利結果に関する賭けに参加した場合、そこまでそのことに関する知識が無いことだ。勝てる試合にだけ投資しようと堅く心に決めた。原作ではグリフィンドールにしか焦点があっていなかったわけだし、数はどうしても限られるが。

ちなみにうちの寮での渾名は一人一つで被ることは無い。場合によっては何年か前の卒業生の物を今の生徒が引き継ぐと言うこともあり得るのだが……先に挙げた面子の中で「天然」の渾名を頂戴したのは最近ではドーラとジャスティンだけらしい。

ジャスティンは魔法界に対する理解不足で、ドーラは何処でも転べる不思議な特性故に。その理由を聞いた時、私は確かにそうだなと納得したものだった。

 

近況に何があったかはまあ大体こんなところで良いだろう。

さて、私が某強欲な島の高い方の地図みたいな「これ」を手に入れなくてはいけかったことにはわけがある。

迷うことにより予想外の事故に遭遇するのも嫌だったが……それ以上に私は良く語られているような「必要の部屋」に用があるのだった。

とはいえ残念ながらその所在が何処だったかを私は覚えていなかったのだ。無論、この地図では生憎とその位置までは教えてくれない。

ならどうするのか?必要の部屋を必要としていながら諦めるのか?答えは否だ。

私ならそう、その部屋の正しい位置を知っているだろう存在にでも訊いてみることにするだろう。

 

というわけで「果物が盛ってある器の絵」の裏の隠し戸から厨房に侵入に成功した私は屋敷しもべ妖精の歓待を受けることになったのだった。

「お嬢さま、これはいかがですか!?」

眼の前にいる彼らの一人がそういってそれを差し出してきた。

「これは……かぼちゃパイ……!」

しばらくその場で紅茶と一緒に御馳走になりながら幸せ一杯な私だったが、三切れ食べた辺りで目的を思い出した(とりあえずはお腹が満ちたとも言う)。なおハロウィーンの時のかぼちゃパイはパンプキンパイ、それ以外の時のかぼちゃパイはかぼちゃパイと呼ぶのが私の神聖なマイルールである。皆覚えておくように。

「一つ質問があるのですが」

「はい、なんなりとしてくださいませ!」

眼をキラキラさせながら礼儀正しい彼らには好感が持てる。これからも彼らを満足させる為にちょくちょく訪れるとしよう。決してかぼちゃパイと紅茶だけが目的ではない。

……ホントだよ?

「このホグワーツには『あったりなかったり部屋』というのが在ると聞いたのですがその正しい位置を教えていただけませんか?」

周りに居る彼らは一斉に顔を合わせ、何だそんなことかという顔をして見せた。

程なく私はその部屋の正しい位置、及びその正しい入り方に関する確かな知識を手に入れることに成功する。

 

貰ったエクレアのうち一つをお気に入りの手提げ鞄から出し、叔母曰く「大変お行儀悪く」食べ歩きながら私は8階へと向かっていた。

「こんなところドロメダ叔母様には見せられませんね、全く……」

テッド叔父様と駆け落ちしたのだが、元は魔法族の良いところの出である叔母は大変躾や礼儀作法にはうるさ……厳しいのであった。

ドーラ?あれは父親似のパパっ子だし、礼儀作法以前の問題があるからということで小さい頃はどうも甘く見られていた様なのだ。

まあ、何にせよ地図を確認しながら咎めて来そうな面々をやり過ごし無事にその場所まで辿り着いた。

「いたずら完了!」

誰も聞いていないだろうが小声で呟くと持っていた物はただの羊皮紙に戻った。

そう「バカのバーバナス」の大きなタペストリーの向かい側の壁。それこそがまさに私の求める部屋の入り口なのだ。

彼らに聞いた通り「とある願い」を込めて壁の周りを三回歩き回った。そして壁を見ると

「何も無い?」

何かがおかしい。彼らが嘘をつくとは思えないのだが……?

いや、必要の部屋に限らず強力な魔法と言うのは強く意識することこそが大事なのだ。もしかしたら私の願いが足りていなかったのかもしれない。

先ほどよりもさらに強く「それ」を念じてみたのだが結果は先程と変わらない。

「んー?扉が出るはずなのに」

此処で必要の部屋に関しての思い出せる限りの知識を上げてみることにした。

 

1、 入るには三回この位置で歩き回らなければいけない。

2、 強く念じる必要がある。一度閉じてしまったら再度入ることは1の手順を繰り返さなければ不可能。

3、 食べ物だけは絶対に出ない。

 

のはずだ。

となると3を願ったわけでは無いので出現してもおかしくないはずなのだが

「強く願っていなかったから出ない。もしくは必要の部屋の能力以上の物だから出ないのかも?」

一見万能に見える必要の部屋でさえも人が作った物なのだ。その能力に限界は存在するのだろう。魔法その物にも限界があるように。

死者を生き返らせる呪文は存在しないし、何も無いところから食べ物を出す呪文も存在しない。

その点で言えば今回の私の願いは微妙ではある。さて、どうしたものか。

後者だとしたらこれ以上願うだけ無駄なわけだが、私としてはできれば諦めたくはないのだ。前者という過程で行こう。その前提で行けばあるいはこの願いがそもそも私の幸せと完璧には直結していないからなのだろか……?

だとしたら話は簡単ではある。自身の願いをはっきりさせれば良いだけだ。

「次は『みぞの鏡』を見に行かないといけませんね」

ちなみに腹いせに「意地悪の仕方に関する知識で一杯の部屋が必要です」とか「武器で一杯の部屋を」と願ってみたところ叶った。中の物は基本的に部屋の外に持ち出し不可なところが玉に瑕だが予想以上の物だったので問題ない。

色々と参考になる知識が手に入る場所というのは実に良い場所じゃないか。

一番の目的は今回達成させることができなかったわけだが、クリスマスには色々とやるべきことができて私はホクホクだった。

「まあ、こんなところにしておきますか」

楽しくてついつい時間があっという間に過ぎていた。きっと灰色の時間泥棒がやってきていたに違いない。今日みたいな休日ならそこまで心配することは無いが平日ちょっと寄って行くとなると思わぬ時間の失費となってしまうだろう。

クリスマスにイースターの休暇。こっちなら休暇や休日が結構あるのだ。必要の部屋を利用し尽くすというミッションをクリアするのはまた次の機会で良かろう。

そんなことを思いながら再度忍びの地図で確認しながら私はハッフルパフ寮に急いだのであった。

 

……なお記録に正確を期すために記しておくと、私は忍びの地図がある状態でもしばしば道に迷っていた。

 




彼女の願いは「まだ内緒」ってことで。

どうも週一更新になってしまいそうです。それでも読んで下さる方は今後ともよろしくお願いしますね。


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クリスマス休暇

なんだかんだいってうちの子が作中で一番ホグワーツライフを楽しんでいる気がする。


十二月になり、城から一望できる景色は真っ白だった。……いや、洒落じゃ無く。

ロンドンを離れて北の方にあるこのホグワーツなのだがやはり寒く、そしてそれ以上に白と言う色で覆われた森と雪と湖とで幻想的な感じを醸し出しているのであった。

一面の銀世界。それをできるだけ温かい場所から眺め、紅茶とお菓子をいただく。

クリスマス休暇中は絶対にそういう時間を多く取りたいものだ、と思いながら現在の苦行に精を出す。それが今の私の時間の過ごし方だった。

「でね、ちょっと聞いているの!?ティア!」

「聞いていますよ。続けて下さい」

必死に聞き流しているとも、ハーマイオニーのスネイプ論を。

大きく色鮮やかなタペストリーに背を預けながら、私は白い溜め息を吐いた。

溜め息を吐くと幸せが逃げるんじゃない。現在進行形で幸せが逃げているから溜め息を吐くのだ。

せっかく厨房で紅茶とお菓子を楽しもうと思っていたのに。

更に言えばスネイプ先生も可哀そうに。ハリーがリリー似の女の子だったらもう少し護り甲斐があったかもしれないし、好かれるよう努力する気にもなっただろうに。

「スネイプ先生が4階の右側の廊下、ケルベロスに護られている扉の下の何かを手にしたがっているということでしたね」

「そうなのよ!それで話しは変わるんだけどティアはニコラス・フラメルについて何か知っているかしら?」

この質問もやっぱり来たか。今後の信頼を得るべく、全てを知っている身としては不自然にならないように、その上でさりげなく答えなければならないだろう。

「ニコラス・フラメル……サンジェルマン伯爵の方が良くありませんか?」

「え?」

「いえ……だから錬金術師のニコラス・フラメルでしょう? 会って楽しそうなのは伯爵だと思いますよ」

「錬金術師……?」

「あれ? てっきりハーマイオニーのことだから錬金術に手を出そうとしていると思ったのですが違っていたのですか」

「良く知っていたわね、ニコラス・フラメルが錬金術に関係する人だったって」

「マグルの間でも有名な話だったみたいですし、ああそう。確か……」

そういって鞄を漁った後で

「貴方も知っているだろうこれにも……」

そう言って私は手提げ鞄から取り出した蛙チョコレートカードの束のうちの一枚を取り出した。

「載っているわけですよ」

しばらくの間校長先生のカードの裏の詳細を見た後でハーマイオニーは感激した様子で言った。

「ありがとうティア。でもどうして錬金術なんて知っていたの?」

「ああ、それは」

知っていることと私の「望み」に多少関係がありそうだったから、と答えるわけにはいかなかった。

「……東の島国には『小麦粉と小豆製の空飛ぶホムンクルス』が居るそうでして。それを作ってみたいな、と思ったのですよ」

だから再び当たり障りのない嘘で誤魔化すことにした。

「そんなのが居たのね」

「ええ。何でも哀と幽鬼だけが友達だとか……」

「自分の人間関係について見直した方が良さそうな人? なのね」

「私もそう思います」

ハリーとロンに話しに行くのだろう。その後で直ぐに彼女とは別れた。

忍びの地図で避けるべく努力はしていることもあってか、寮が別れているせいかは知らないが三人組とはほとんど逢わない。

ただ上手く行けばそろそろ地図は双子に返せるはずだった。そう、望んだ。

 

そしてクリスマス休暇である。

ハッフルパフ寮に残っている人はほとんど居なく、談話室のテーブルやソファの暖炉脇の

物も使いたい放題なのは色々と助かった。

今までは誰かに見られるわけにはいかないため地図は必要の部屋で写しをゆっくり取っていたのだがこの休暇中には完全に終わるだろう。

そうそう、必要の部屋だが思っている以上に何でもありだった。

どのくらいかと言うとホグワーツで本来使えないはずの電化製品の使用も可能なくらいには。

多分ホグワーツであってホグワーツでないこの場所特有の現象なのだろう。

学校に掛かっている魔法の干渉も、この人工異次元のようなこの場所では意味を為さないものと推察する。

おかげで通常の休日は此処に籠って映画を見たり、ゲームを楽しんだり、日本の漫画を読んだりすることが多かったのだ。

それも時間関係無く未来、過去、現在のタイトルまでよりどりみどりだった。

前世で生産中止されたあのゲームもこのゲームも普通にプレイすることができたのには驚いたものだ。

ティア、必要の部屋の子になる!と叫びたくなったのは公然の秘密である。

まあ、そんなわけで休暇中に宿題以外にも集中する物ができて助かったのだった。

私全部やることが終ったら、必要の部屋に行ってあのゲームをやるんだ……が最近の私の合言葉だ。ひと束幾らの実に安い死亡フラグである。

 

クリスマス当日。

サンタさんってホグワーツでも姿現しできるのかな?

ダンブルドア校長がサンタの格好をしてセストラルが引くソリで城の上を飛んでいる夢を見た私はそう思った。

さて、現在の私はと言うとクリスマスプレゼントとして叔母と叔父から送られて来たクィディッチ観戦用の魔法界の双眼鏡を手に遠くから先生方を監視しているのだった。

「それでは貴方のところにも奇妙なプレゼントが届いたのですか?セブルス」

「ええ。副校長の方には?」

「何故か高そうなキャットフードが届いていました。ダンブルドア校長の下には『貴方が望んでいるものです』という手紙と共に厚手のウールの靴下……のカタログが届いていたそうです」

「そうですか。嬉しそうでしたか?校長は」

「いえ。凄まじく微妙な顔をして読まれていらっしゃいました」

「……」

何故私は双眼鏡を使うような距離から二人の会話が分かるのか?何か魔法界の道具を使っているのか?それとも双子から伸び耳まで「借りた」のか?

どちらも違う。そんな物の心辺りは無いし、伸び耳に至っては未だ影も形も無い以上、借りようが無い。

それならばどんな手段なのか?答えは「彼らの唇を読んでいる」のである。

前世で高校生だった時分にとあるマンモス校の演劇部(ただしヒト○ーを含む独裁者の演説などによる洗脳効果やホットリーディング、コールドリーディングに関する研究と実践がメインだった)に所属していた身としてはこの程度の作業は造作も無いのだよ。

ちなみに私が高校生の頃掛け持ちしていた部活は後一つだけだが他二つと似たようなノリの活動内容だったとだけ答えておこう。ネタばれ、いくない。

おっと私の過去なんてどうでも良い、というか女性の過去を詮索とかしちゃいけないぞ。ティアお姉さんとの約束だ。女は秘密を着重ねて美しくなるそうだし問題は無いはずだ……多分。

理論武装終了、さて会話の続き続き。

「それで貴方の下に何が届いたのですか、セブルス」

「ええ、私の下には女物の字で『たまには髪の毛を洗って下さい』というメッセージが添えられたカードと共にシャンプーが届きました」

「そうなのですか」

「ええ、おかげで久しぶりに教員用の風呂を使用して髪を洗いましたな。いや、心まで洗われた様な気分になりました」

少しスネイプ先生が朗らかだった。カメラがあれば撮っていたのに。

「では」

「は?」

マグゴナガル先生の無表情ながら鬼気迫る声を聞いたスネイプ先生が胡乱そうな声を上げた。

「では何故貴方の髪の毛は『マダム・ゴシゴシのトイレ用洗剤』の臭いを醸し出しているのですか?」

私はそっと双眼鏡から眼を離した。

全く中身が入れ替えられたシャンプーを送るなんて何処の誰の仕業何だろうね、私は知らない(眼を逸らしながら)。

 

先生方への監視を終えた後、寮に返る途中でロンとハリーに出会った。

ロンが凄く臭かったのでどうしたのですか?と聞いたら「誰か知らない女の子からシュールストレミングが箱で何十缶も送られてきて、プレゼントの箱を開けたら一斉に開くよう魔法が掛っていた」とのこと。

ちょっと半泣きの彼を災難だなぁ、と思いながら鼻を摘まんで見ているとハリーが

「ニコラス・フラメルのこと教えてくれてありがとう」

と言ってきた。彼も律儀な物だ。自分たちでその答えに辿りつけただろうに。

私は振り向かないまま手を上げて彼らを見送った。

さて、ここからが本題だ。

今夜はクリスマス当日。そしてハリーの下には透明マント。

これらから導き出されるのは「みぞの鏡」の正確な場所の割り出しが可能、と言う結果である。

え? 何ニコちゃんのことはもう知っているんだから「閲覧禁止の本棚」に行くはずが無いって? 私がいる状態で女子トイレまで入って来た彼なら多分行くだろうという確信があった。

というか便利な道具が手に入ったのにその威力を試さない奴はいないだろう。

忍びの地図で監視しているとグリフィンドール寮の入り口辺りからハリーの名前が湧き出て来た。というのもこの地図、各寮の中までは教えてくれないのだ。

ピーターが鼠のようにこそこそ出来たとはいえ、多分そこまではしないという暗黙の了解と言うか小さじ一杯分の良心くらいは当時の四人組にはあったのだろう。

同じように此処の登場人物、ゴーストやピープズの名前、所在などは分かったものの期待していたクイレル先生の傍にあるはずの「トム・リドル」もしくは「ヴォルデモート」の名前まで確認することができなかった。

これはおそらく忍びの地図の認識力の限界を指示しているのだろう。ゴーストにも満たない存在、それから自身よりも遥かに力量のある存在(分霊箱を作った的な意味合いで)を知覚することができないのだ。

こう考えないと双子がバジリスクを2年次に察知できなかったこと(もっともあれはパイプの中まで地図が表していないという可能性もあるが)やハリーの年代が1年の時にヴォルデモートの存在を確認していなかったことへの説明が付かない。

そんなわけで予めどの辺りに獅子寮の入り口があるのかを調べておいた私は彼の存在を夜遅く確認することができたわけでした。

そうして暫く彼の動向を調べていた私だが夜に行くことは断念した。ハリーの傍にはダンブルドア校長の名前があったからだ。

ハリー、ハーマイオニーを死亡フラグその1、2とするならダンブルドア先生は「特大」とでも言うべき人だ。その魔法力、並びにヴォルデモートに対抗するための叡智は厄介極まりない。迂闊に手を出せばこっちも思わぬ被害を喰らいかねないだろうことは眼に見えていた。

そう思って昼の間に件のブツがあるであろう場所を探したら今度はそれが見つからない。

鏡はおそらくハリーに見せる為だけに校長が持ってきた物なのだろう。

そんなことを二日続けて結局クリスマス休暇中に鏡を見ることは諦めざるを得なかった。

残る手段は一つだけ、と考えると私は憂鬱で仕方がない。

 

残りの休暇はもう好きなように過ごすことにした。

積っていた雪を使って双子、ロン、ハリーが雪合戦をしているのを見て私には閃くものがあった

ホグワーツ式の雪祭りをやろうと。

まず初めに雪を大量に集める為のソリ(雪を大量に乗せる役割を果たす)を持って来る。

次に雪を集め校門の前で大きく固めるのだ。

そして作りたい物をイメージして整形、もしくは加工して行く。

最後に見せびらかす。そう、これが何よりも重要。

ちなみに今回製作して見せたのは「マグゴナガル副校長」、「スネイプ先生」、「管理人のフィルチさん」そして「ミセス・ノリス」の4人(3人と1匹?)である。

マウントラッシュモアよろしく並べて飾った彼らは圧倒的な存在感を示していた。なお製作している最中に双子がノリノリで参加してくれ、その次にハリーとロンも渋々協力してくれていたことを此処に記しておこう。

余談だがこれを見たフィルチ氏は怒り狂った。完成した雪像群の前でポーズを取っていた双子はこっ酷く叱られたらしい。

私? もちろん来る前に安全な場所に避難していたに決まっているじゃないか。

なおフィルチ氏が怒って見せながらもミセス・ノリスの雪像の前に来た後でこっそりとその写真を撮っていたところを私はしっかりと目撃していた。

一番の目的は果たせなかったけどかなり充実したクリスマス休暇だったように思う。

何故か壊れないように呪文が掛けられていた雪像達は、休暇終わりにホグワーツに帰ってきた生徒たちの度肝を抜くことになる。

 




作中に出てきた幾つかの嫌がらせですが良い子は真似しないように。

少々変更—。


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悪巧み

PCがぶち壊れて新しいのを買ったり、寒くて書く気が湧かなかったりしたけど私は元気です。

いやあ投稿するたびに新鮮な気持ちになれるって良いことですね!
……ただ単に投稿の度に間が空きすぎるだけという突込みなら受け付けます。待っていてください、今耳栓を用意していますから。


年が明け、しばらくの日数が経過してハッフルパフ対グリフィンドール戦も近くなったある日のこと。

私は忍びの地図を返すために赤毛の双子に接触することにした。

……今後のことを考えると持っておいた方が損はない気がするのだが無断で借りたものではあるし、何より私の小さじ一杯分の良心が咎めなくはなかったので。

事前に地図の秘密を見られたら危険な人物が近くにいないことを確かめた後、彼らに後ろから近づいて声を掛けた。

「こんにちは。お二人さん」

後ろを振り向いた彼らは

「やあ、ゴーストバスターのティアじゃないか!」

「またピープズを苛めるのかい?」

実に失礼なことをのたまってくれた。

あれか?雪像作りの時に私だけちゃっかりフィルチさんのお説教から逃れたことを根に持っているのか?

「人がポルターガイストに日常的に虐待をしているように言わないでくれますか?あれはちょっと実験動物扱いしただけではありませんか」

全くもって心外であるという視線で彼らを睨み付けると何だか微妙な表情になったので無視した。

「それよりもお二方、これが何かご存じありませんか?」

そうやってブツを彼らの前に差し出してみると顕著な反応があった。

「これは……!」

「『忍びの地図』じゃないか!これを何処で?」

案の定驚いてくれた。

「いえ、偶然拾いまして。先ほどから知っている限りの呪文を試しているのですがこれが何なのか一向に分からないのです。先輩方ならご存知かなと思いまして」

嘘八百にも程があるが。

「ああ、それはホグワーツのことがよく分かる地図で」

「抜け道とか近道、それに色々と面白いことが分かるブツなのさ。ティアも結構楽しんで使えたんじゃないか?」

ええ、その通りです。凄まじく便利ですよね!……とか言わない。

「楽しむ……? 何の変哲もない羊皮紙に、持っている人をからかう為の呪文が掛かっているようにしか私には思えないのですが」

あからさまな落胆の表情。

「えー?ティアは本当に知らないのかい?」

「さっき『悪戯完了!』って言っていただろう?」

「そうそう。ちょっと此処からは遠い位置でだけど俺確かに聞いたぜ!」

嘘、聞こえないような位置から唱えたはずなのに!?……という反応ですら私は彼らの前で見せなかった。

「ええと……何のお話なのですか?」

油断がならない双子だよ、本当に。さりげなく二回も引っ掛けに来るとか。

おまけに二人で交互に話すことでこっちのペースを乱しに来るとかなんでこんな駆け引き上手なのだろうか。やっぱり天性のもの?

「本当だったのか……?」

「ああ、簡単に説明するとだな……」

 

少年×2、説明中。

 

「……というわけで便利な代物なんだ」

「はぁ……なるほど」

既に知っては居たが改めて聞くと素晴らしい代物だと思う。

「それで肝心なことなのですが……これの持ち主をお二方はご存知でしょうか?」

「は!?」

「自分で独り占めしようとか思わなかったのか?」

双子は少し驚いていたようだった。まあ、今の説明を聞いたら確かに誰にも言わないで持っていた方が得だって誰だってわかるだろう。だが

「必要ありません。私はこれを『偶然』手に入れただけでそこまで必要なものではないのです」

最大の目的だった必要の部屋の場所も知れたことだし、校内がどんな様子だったかは既に頭に入っている。そう、それでも前よりはましとはいえ迷うのが問題なだけで。もう地図があっても無くてもそこまで変わらないのだ。

「これを持っていたのは俺達なんだけどさ」

「俺達落とすはずが無いんだよね」

「はい? 何故です?」

「俺達これの扱いには充分注意していたから」

「これをただ落とすなんて考えにくいんだよね」

「まあ便利な機能を考えれば当然でしょうね」

それなのに何で失くしてしまったのだろう?ティア、知らない。

「だから誰かが俺達から盗っていったような気がするんだけど」

「その誰かさんが誰かなんてことに心当たりはないか?」

疑わしげに、しかし少し好奇心が籠った視線でこちらを見てくる二人だったが

「いえ、全く」

私が知っているのはあくまで「無断で借りていった誰かさん」なのだ。そもそも盗っていったなら返しに来るほうが変では無いだろうか?

「……そうか、じゃあ本当にティアじゃないのか」

「ええ」

そうして彼らに返却した後でさりげなく用事を思いついて帰ろうとしたところで

「ところでさ」

まだ何か用なのかと思いきや二人は顔を見合わせて

「俺達に気付かれずにこれを手に入れるなんてすごいと思わないかフレッド」

「ああ、マグルの小技に魔法を使わないで欲しいものを手に入れるのがあったはずだけど俺達は未だ身に着けてないよなジョージ」

と何やら悪い顔になっていた。こいつらもしかして……。

「「俺達に教えてくれないか!ティア」」

えー?

「ええと何故そんな物を私が知っていると……?というか先ほどまで私を疑っていたようですがそれはもう良いのですか?」

「まだ疑いは晴れていないし、どうでも良いで済ませて良い内容じゃないが……それよりも重要なのは俺達の役に立つ技術を身に着けるチャンスがあるってことさ!」

「それを身に着けている可能性があるのは俺達も知らないような『ゴーストの撃退法』を知っているティアしかいないと思っていた」

その貪欲な姿勢や良し。咎めるつもりが微塵も無く、あるのは純粋な好奇心と向学心。正直な話、前世でその姿勢さえあればごく若いうちに一角の人物になれたことだろうと思うと少々嫉妬するほどだ。だけど

「確かにある程度そういうことに対する知識があることは認めますがこういったことというのは広めると大変なことになってしまいますからお断りしたく」

そう。拡散させるとそれなりに駄目なのは危険な知識、危険な玩具と相場は決まっているものなのだ。

「今なら先輩二人による学生生活を楽しむための指導付きだぜ?」

「『忍びの地図』も渡す、というのでどうだい?」

は?これから行うことを考えれば持ち主から正当な手続きでそれを譲っていただけるならそれはそれで願ったり叶ったりだが

「あなたたちにとって大切なものなのでは?それにそもそも釣り合わないのでは?」

そう問うと彼等は「うん、やっぱり双子なのだな、君たちは」と思わせてくれる凄まじくにやっとした表情の全く同じ笑みを浮かべていた。

「いやあ、ティアのことだから当然他にも色々知っているだろう?」

……私と彼らの中々に黒い付き合いが始まった瞬間である。

 

そんな程ほどに愉快な日常を過ごしつつ私はそろそろ来るであろう試験に備えていた。

無論どう彼ら三人組の夜の大冒険(健全な意味で)にさりげなく紛れ込むかは考えているのだがこればばかりは全然良いアイデアが思い浮かばない。

下手の考え休むに似たりとは良く言ったものである。

これで「私にいい考えがある!」とキリッとした表情で言うようなら物凄く駄目な気もするが。

というようなことを考えながら廊下を歩いていたある日、ハーマイオニーに呼び止められた。何やら相談したいとのことだがはて……?

「ちょっとこっちに来て!」

という台詞の元で引っ張って行かれたのはハグリッド小屋だった。

あー……ドラゴンだったっけ?

 

扉を開けたらそこは山小屋でした。

うん、自分で言っていて意味が分からない。見た感じが大学生時代に友達と行ったところっぽかったから湧いた感想だ。もっとも此処まで物は無かったような気もするが。

亜熱帯っぽくない室温ということはドラゴンの卵孵化後……?と思ったらやっぱりいた。

見た感想をひとことで言うと

「でかいですね」

そう、ドラゴンの赤ん坊?は想像よりも大きかった。

全長1メートルくらいはありそう、であまり好きになれないグロテスクな容姿。

醜いというか不気味というか。前世で見たクレイアニメを見ている気分にさせられる。

そういえば前世でクレイを使って映したであろう、怪物に咬まれた婆がゾンビ化していく映画があったような気がする。今はもう有名になった監督が撮った映画だが当時何を考えて作ったのかと心の底から問うておきたかったものだ。ゾンビ映画ってあの頃苦手だったし。

「他に感想はないの?」

「いえ……魔法界では赤ん坊でも『ドラゴンは飼っちゃ駄目!』ということを知っているはずなのですが赤ん坊以下の人が居るとは思ってもいませんでした」

私は頭を押さえながら(勿論演技でだが)言ってみた。

「お前さんそれは酷くないか……というかお前さん誰だ?」

髭の男が訝しげにこっちを見てきた。はい、いいえの選択肢があったら確実にいいえを押す場面とか言っちゃいけない。

なおこの部屋の中にハリーとロンもいたのだが良いぞ、もっと言ってやれという顔をしていたことをここに記しておこう。……当然ハグリッドからは見えない位置で。

「申し遅れました。ユースティティア・レストレンジと申します」

胸に手を当てて礼儀正しく答えたのだが

「お前さんが……なるほどダンブルドア先生がおっしゃっておったあの……」

とか不穏当すぎる台詞が聞こえてきたのが凄まじく気になった。

私目を付けられるような問題あることは何もしてないですだよ。

そう、悪いことをしたのは私の今生の両親(+叔父様)であって私ではないのだ。

生まれが生まれなだけに入学直後から目を付けられていたということなのだろうか?それともトロールの時の死の呪文がいけなかったのか?色々と考えなくちゃならないことがあるようだがとりあえず話を進めて貰わないと。

「ところでドラゴンをハグリッドさんが匿っていたようだというのは一目見てわかりましたが……ハーマイオニー、なぜ私をここに連れてきたのです?」

そう、気になっているのはそこだ。どんなつもりで連れてきたのか、そして今がどんな状況なのかが知りたい。卵からドラゴンが孵っているということはチャーリーだっけ?に回収を依頼するはずだった気がするのだが。

さらにどうでも良いけど……私巻き込まれすぎていない?

列車に乗ればハリーと同じコンパートメントになるし、トロールには巻き込まれるし。

まあそのおかげで何とか私の「願い」に近づけそうなのは良いのだけど、4年生になってハリー達が15歳になると物語それ自体もR-15になるのか殺人が解禁されるから正直勘弁してほしいなと思う。さて、話が進まないので続き続き!

「ああ、うん。見ての通りなんだけど……このドラゴンどうにかできないかな、って」

「僕たちもどうにかしたほうが良いとは言ってはいるんだけど」

「全然聞いてくれないんだ。おまけにマルフォイにも見られちゃって」

何だか困った顔で二人が後から続けていた。ハリーとロンも大変そうだな。

しかし私に求められているのは参謀役なのか。まあ、いきなり正解を述べてもあれだし少し遊んでおこう。

「とりあえず思いついたのでそれから試していきます。もしも悪いことをしたならどうします?」

「えと……謝る?」

「さらに悪いことする?」

ハーマイオニーとロンが意見を言ってくれたが、惜しい。後もう一つある。

「悪いことをしたことを隠す?」

「正解」

パチンと指を鳴らして私は答えた。

「でもどうやって隠すのさ。ドラゴンはもっと大きくなるよ?」

まあ、当たり前の反論だろうね。だが

「別に隠すのは何処でも良いのですよね?ちょうどいい隠し場所があるじゃないですか」

「どこよ、それ」

そう言われた私はゆっくりと自分の「お腹」を指し示した。

「まさかドラゴンを食べるの!?」

「ええ、そのまさかです。実は私図書館で面白い本を発見しまして」

取り出した本には『ドラゴンの美味しい料理法 ~煮込みシチューからローストドラゴンまで~ 』と書いてあった。

呆気に取られている三人を他所にハグリッドはそれを鼻で笑ってくれた。

「ふん、確かにドラゴンは血抜きと毒抜きさえ完璧にすればステーキ肉にだってなれるだろうさ。だがダンブルドア先生に言われでもしない限りおれはそんなことはしないぞ」

「ここで残念なお話です」

そういって表紙に書かれた名前を指すと

「ダンブルドア先生!?」

そう、著者はアルバス・ダンブルドア校長先生その人だったのだ。何を考えてこんなものを書いたのか小一時間ほど問い詰めたい。

というかうちの図書館の蔵書は明らかにおかしい。

前に錬金術について調べていたら『不老不死になれるお酒の作り方について』とか『楽しい人体錬成』とか物凄く見覚えのある名前で著されていたし。一体どうなっているのだろうか?

「ダンブルドア先生からのお告げのような気がしませんか?きっとドラゴンを育てて食べると美味しいですよ」

さあさあ、ハグリッドのちょっと良いとこ見てみたい~。そんなことを考えながらドラゴンを見ると何故か怯えていた。私はドラまたではないぞ。

「あいたっ」

他の3人と同じように呆然とした表情だったが一番早く立ち直ったのかハーマイオニーがチョップをくれた。

「たとえダンブルドア先生がそう書いていたとしてもそんな手段を取るわけにはいかないでしょう」

まあ、冗談だけどね。さすがにハグリッドが愛情を込めて育てようとしていたものを食べるのは私も気が引ける。……ゲテモノ食いは私も遠慮したいという本音が9割だが。

「この人数だって一度に全部は食べ切れないからドラゴンを飼っていたことがばれちゃうじゃない!」

そっちか。

「はあ。何処かに捨てられない、食べて証拠隠滅ができないとなると飼えないペットの処分方法としては引き取ってもらうしかないわけですが、私にドラゴンを引き取ってくれる知り合いなんていませんしねぇ」

そう聞いてロンの顔がぱっと輝いた。

「チャーリー。チャーリーに引き取ってもらえば良いんだ!」

「?ああ、汽車の中で話してくれたドラゴンの研究をされているお兄様でしたっけ」

何だっけ。フラーと結婚する人だったっけ?

「誰のこと?」

「ああ、ハーマイオニーは知らなかったっけ。ロンのお兄さんで……」

誰の事だか分かってないハーマイオニーに対してハリーとロンが説明を始めてくれた。全て話し終えた後で

「これで後はマルフォイだけね」

「そうだね」

「はあ……マルフォイ」

「あいつに毒を盛ってしばらく寝てもらうとかどうだろう」

それは酷すぎないだろうか、ロンよ。そしてそれは本気で言っているのかどうか私は理解に苦しむ。マダム・ポンフリーならその程度一晩で治してしまうだろうに。

「後は事故に見せかけて骨を折っちゃうとか」

ハリー、それも過激すぎると思うのだが。……エゲレス人って発想がエゲつない。

「ようは暫くこっちのことに目を向けられないようになっていれば良いのですね?」

「そうだけどティアは何かいい考えがあるの?」

まあ、ここら辺で恩の一つでも売っておいて損はないか。

「ちょっとした良い手が」

後で聞いたら、その時の私はけっこう邪悪そうな笑顔を浮かべていたらしい。

……全くもって失敬な。

 




次回のお話は今回よりは早く投稿するよ!

誤字修正ー。ご指摘感謝であります。


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ペンは剣よりも

私の遅筆力は53万ですよ。


その日、その時までスリザリン寮に所属するドラコ・マルフォイは上機嫌だった。

現在あるカードを使えば無意味なまでに下品で暑苦しく、その上あのポッターと親しい大男の使用人を学校から退けることができるかもしれない。なおかつドラゴンの存在を隠匿するのに手を貸していたとしてあの忌々しい三人組を最高の場合に退学に、最悪でもホグワーツに存在しているべきでないあの寮から点数を十ポイント単位で減らせるかもしれないのだ。

だからこそ当事者の一人からこんな風に声を掛けられたとき耳を疑った。

「君は一体どういうつもりなんだ!」

そういきなりポッターの奴が声を掛けてきたとき何故自分相手に強気になっているのかがまず分からなかった。間抜け面のウィーズリーも居るが何やら顔を顰めていた。

「ポッター、一体なんの話だい?」

両隣のクラッブとゴイルも意味が分からなそうにしていた。……まあ、それは何時もの事なのだが。

喧嘩を売るつもりなのだろうか?だが赤毛ののっぽも傍にいるし教室から出て少し経ったから先生方の眼が無いとはいえ圧倒的に有利なのはこっちなのだ。そうではないのだろう。

「恍けないでくれ。今までのこれは一体何のつもりだ」

そうして渡されたのは今までに見たことがない手紙だった。

一通目。

 

「親愛なるハリーへ

 

突然の手紙で驚いたことでしょう。僕も君とこんな形で手紙を交わすことになるとは思ってもいませんでした。

初めて見た時からハーマイオニー・グレンジャーのことが忘れられないのです。

彼女について知っている限りのことを色々と教えていただけませんか?

 

愛に生きる男の子ドラコ・マルフォイ!」

 

思わず吐きそうになった。

しかも最後に付いているエクスクラメーションマークは一体何なのだ。自分はこんなものは断じて書かない。……だが確かにこれは見間違えることのない、他の誰でもない彼の字だった。冷や汗が止まらない。彼は知らない間に何者かによる錯乱性の魔法攻撃を受けていたのだろうか?

「ついでにこれもだ!」

とまたポッターのクルクル眼鏡から手紙を手渡された。

二通目。

 

「親愛なるハリーへ

 

僕の胸はグレンジャーへの溢れんばかりの想いで張り裂けそうです。

彼女のシマリスのような魅力的な前歯とモップ頭のような素敵な髪形が僕の頭から離れません。

どうか僕と彼女の間を取り持っていただけませんか?

 

マグル生まれに恋した男の子ドラコ・マルフォイ」

 

何だか寒気がしてきた。何なのだ、これは。

「これは一体どういうことなんだ!」

幾ら彼でも許しがたい種類の冗談だった。

「僕が聞きたいよ、それは。こないだから送り続けてきたのは君じゃないか!」

何を言っているのかが分からない。

「こないだ?」

彼曰く一日に一通ずつ送られてきて、現在十通もあるとのことだった。

嘘だ、断じて送っていないぞそんなもの。いや、待て……それよりこんな物が一枚や二枚どころじゃなく十通以上……だと!?

そんなことを考えている間にゴソゴソと手持ちの鞄からポッターが取り出したのは書かれたものが表に出た手紙の束だった。

見たところ、ほぼ近しい内容のそれが全部で十枚近くあったのだ。全部読み通したわけではないが彼が今流している冷や汗の量は先ほどまでと比べると倍以上となったはずだ、体感で。

曰くグレンジャーの容姿の美しさを讃える恥ずかしいというよりは見るに堪えないといって良い詩から、彼女は一体どんな物を好むのかと言った名状しがたい質問まで。何が悲しくて純血の名家に生まれた自分が汚らわしいマグル生まれの者なんぞの容姿を讃えたり、趣味趣向の類を気にかけたりしなければならないのだろう。

こんな手紙が出回る理由や何が原因なのかはさっぱり分からない。だが非常に拙い。こんなものがもしも同じスリザリン寮生に目撃でもされたら彼の学校生活が終わる。繰り返すようだが当然こんなものを書いた覚えはない。

だがしかし自身もスリザリンに身を置く者としてできるだけスマートに事態を収拾しなければ

「おい。どうしたんだ」

と思っている最中の彼にそんな声を掛けてきたのは、自分と同じ寮に所属する名家出身のクラスメートたちの一人だった。教室から早めに出た自分たちと違い少し話し込んでいたようだから今追いついてきたのだろう。だが今はタイミングが悪かった、それも天文学的に。

「マルフォイがハーマイオニーにラブレターを書いたんだ。それも十枚以上も」

ポッターが怒ったように吐き捨てたが怒りたいのは彼の方なのだ。

「は?確かグレンジャーの奴だったか?おいおいあんなマグル生まれなんかにドラコがそんなものを書くはずが……確かにドラコの字だな」

「え!?これドラコの字じゃない」

常識的な判断をしつつその手紙を視認したのはセオドール・ノット、父親同士が仲良いため、彼とはクラッブやゴイルと同じく入学前からの知り合いである。甲高い声で震えながら渡された手紙に視線だけで穴が開きそうなほど見つめているのがパンジー・パーキンソン。彼自身の従姉を別とすれば純血の名家出身の女子の中では彼と一番近しい人物だった。

「誤解だ!僕はこんなものを書いた覚えはないぞ!」

そう必死に否定したのだが

「マルフォイがハーマイオニーにこないだから付きまとっているんだ。ハーマイオニーはあんなに嫌がっていたのに!」

指し示した方向を見るとそこには涙で顔がグチャグチャになったグレンジャーが居た。

やめろ、どうしてこんな最悪のタイミングでお前が居るんだ、と思ったところでこちらの顔を確認したのか彼女は走り去っていった。

……この時の彼の最大の間違いは彼女を捕まえなかったことだろう。もし捕まえてさえいればあるいは彼女が手にしていたユースティティアから貸してもらった目薬に気付けたかも知れなかったのだから。

「そういえばこないだから何だか妙にこそこそしていたような」

「オレ、ハーマイオニーたちのことを付け回しているマルフォイのことを見たことがある」

「嘘!?ドラコって本当に?」

次々に飛び交う流言飛語、そして毒のように廻る一割の事実。

何が何だか分からない。ドラコ・マルフォイは頭の中が真っ白になった。

 

ジェバンニが一晩でやってくれました。

まあ、女子高生だった時分にゲリラ新聞部(通称東ス○部。ただし活動内容は盗さ……撮影や盗c……事件の聞き取りや筆跡の偽造、事実のでっち上げなど明らかに使う目的での犯z……素敵なスキルの習得だったのは公然の秘密である。なお私は噂話の創作担と……新聞小説担当だった。自分で言うのも何だが結構人気があった。教職員や生徒会の執行部とあまり歓迎したくない感じに仲良くなれそう的な意味で)で「ジェバンニ」のペンネームを使い数々の学校内限定のセンセーションを巻き起こしていない。

筆跡偽造を中心とした新聞部での技術は今も生きているようで何より。

さて、種明かしと行くとしよう。今回私ことユースティティア・レストレンジが行った作戦は実に単純である。

それは「フォイフォイの筆跡でハリー宛の手紙を書く」というものだ。

但し

1フォイフォイがハーマイオニーに懸想しており、その相談をハリーにしているものとする。

2送った手紙の枚数は既に十通を超えているものとする。

という条件が付くが。

それがプランAである。プランB、実は「フォイフォイがロンを相手に懸想している」アイデアも浮かんだのだが本人たちが凄まじく嫌がりそうだし、何より前世の高校時代の友人と違って私にベーコンでレタスな関係を楽しむ趣味が無かったので没とした。

解せないのはハーマイオニーとの噂が流れた後でドラコが「未だポッターとの仲を疑われた方がマシだ!」と手紙で言ってきたことか。……純血主義は未だに私にとって完全な解析が不可能な代物である。

流石に一晩で十通もの偽手紙、それも深夜書いたラブレター風のテンションの内容ででっち上げるのは少々骨だった。徹夜が明けた後は一日ハリーとロンの演技指導もしなければならなかったし、基本的に面倒くさがりやの私にしては結構精力的に動いた方だと思う。

うん、今回ドラコを出汁に使ったことには特に深い意味はない。ただ単純に定期的に人を騙し……人前で演技していないとやり方を忘れてしまいそうで怖くなったので久しぶりに使ってみただけである。

フォイフォイは犠牲になったのだ……私の大いなる目的、その犠牲にな……。

まあ別にプランC、ドラコが「マグゴナガル先生に懸想している」設定でも良かったのだがフォイフォイを婆フェチ(敬老精神に著しく欠けている表現に関しては謝罪しなければなるまい。まあ、するだけなのだが)にする気は無かったし、自分がそんな男の子の従姉妹と判明しても嫌だったし。幾ら恋愛に年齢なんて関係ないと言っても限度という物があるだろう。

……決して副校長にバレたら私の命が危なそうだからとかそういう理由ではないのだ、本当に。

まあプランBとプランCのことを話した時にはハリーとロンには思いっ切り引かれ、ハーマイオニーには「何て凄い嫌がらせなの! やっぱりティアね!」と褒められて凄まじく微妙な気分になったがそれはそれ、これはこれとしておこう。

実にアホらしい作戦及び行動だが「こうかは ばつぐんだ!」を記録したようで何よりである。

なお作戦の効果を確認したロンからは

「君、なんでスリザリンに入らなかったの?」

とかなり怯えるような様子で問われたので

「貴方こそ何でハッフルパフに入らなかったのですか?」

と返したら何だか涙目になっていた。感受性豊かな十代前半の男子の考え方は良く分からない。ハッフルパフ寮良いとこ、一度はおいで。

そんなこんなで私の可愛い従弟殿はスリザリン寮の友達、それから先輩方相手に「僕はマグル生まれなんかに恋をしていない!」と力いっぱい否定することに何日かの間躍起になり、ハリー達の邪魔をするどころではなくなってしまったようだ。

観察してみるに、たかがハーマイオニーとの仲を疑われるだけで純血主義のコミュニティでは孤立しかねないほど社会的ダメージを負う物らしい。ドラコのマグル生まれ嫌いは今後も多分治らないのだろうな、という感想を私は抱いた。

……と他人事のように思ってはいるが考えてみればそれは大体私のせいだったか。

ドラコよ、強く生きてくれ。

何だか今回は彼の純血主義についてのスタンスと頭皮に深刻なダメージを与えてしまったような気がしないでもない。

というのも手紙が出回った日以降、暫く彼の愚痴と怒りと嘆きの籠った手紙を読み続ける作業に追われつつ、私はどう返信したものか悩む作業に没頭させられる羽目になっていたのだ。

周りが信じてくれない中で、手紙の上でだが客観的に意見を述べている私は地獄に仏に思えるらしい。そう、私は正しく「マッチポンプ売りの少女」を演じていた。

ドラコもバカではないので自分の筆跡が使われたのはマグルの技術を疑っていた。私はと言えばテッド叔父様から以前マグルのそれにそんな技術があったのでグレンジャーが何らかの形で関与していたのではないですか? と手紙に認めておいた。そう、私のような純血がフォイフォイの不幸に関わっているとは思いもしなかったようで何よりだ。

ホグワーツは今日も平和である。

 

そして仔ドラゴンを密輸する数日前、ハグリッド部屋でのこと。

「それで君は結局当日協力してくれないの?」

「ええ、前にも言ったかもしれませんが私は毒虫、ゴ○ブリ、爬虫類と両生類は嫌いなんです」

「一応ドラゴンは魔法生物学の分類上、爬虫類ではないのだけど……」

「似たような物では無いですか。ホグワーツが滅びるわけでもなし、貴方たちで頑張ってください。私はそこまであのハグリッドという人と親しいわけでは無いですし、私だけ違う寮だから連携が取り難いじゃないですか」

「ああ、ロン。赤ん坊でもドラゴンの牙には毒があるから気を付」

「あ痛ッ!」

哀れロンはハーマイオニーが言った傍から餌を上げていた彼はドラゴンに咬まれてしまったのである。こう言うのを飼いドラゴンに手を咬まれるというのだったか?

最近日本のことわざを忘れかけているのだが大体あっているはず。

まったくロンは本当にコメディ体質だった。六巻の時はその体質の前にラブが付くのだったか。ハーさんも苦労しそうである。

多少揉めたものの、当日の昼間にドラゴンを箱詰めする作業に手を貸すことを約束しながらも実際のドラゴン引き渡しに関してはやはりハリーとハーマイオニーがやることになった。

私は万が一捕まってしまうと品行方正なこれまでのイメージが崩れてしまうだろうし。

……明らかにイロモノ枠じゃない、というスーザンの声が聞こえてきそうだがそんなものは無視である。登場人物の類型などから言えばどう考えても私は正統派ヒロインに違いあるまい。

まあ、私も鬼ではない。作戦の成功くらいはベッドの上で祈っておくとするか。祈るだけならタダなのだから。

さて、結果から言えば翌日グリフィンドールの点数のみが百点ほど砂時計から引かれていた。何でもハリーとハーマイオニーは一番高い塔でドラゴン受け渡しを無事完遂した後で透明マントを脱いだまま忘れてきてしまい、匿名の手紙で彼らが此処に来ることを知っていたマグゴナガル副校長とフィルチ氏に待ち伏せをされていたらしい。

……いや、うん。彼らとある程度親しい私でもそこまで責任は持てなかった。

ドラコに対して「手紙には手紙で。具体的な決行日時の日取りは掴んでいるのですからそういったものを教職員に密告でもすれば良いのではないですか?」と気軽に言ったのが効いてしまったようだ。

あまり原作とは乖離しない感じに進んでくれたようで何よりである。

彼等には是非ヴォルデモートとの暗いところでの鉢合わせを楽しんできていただきたいものだ。

 




この作品は主人公=作者でないことを明言しておきます。なお前書きはあくまで十年ぶりくらいに本屋でとあるスぺオペの続きを見たことによる私の反応であって作者自身の事ではry


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目論みの失敗

Q そんなペースで更新して大丈夫か?
A 大丈夫だ、問題ない。


私は目的物の前で二人の人物を目の当たりにしていた。

一人はハリー・ポッターその人。雷マークの傷跡がチャームポイントの主人公君。

そしてもう一人が……

「そんな……クイレル先生が此処に居るなんて!」

いや、まあ分かっては居たのだが。

「おや、ポッターに続きミス・レストレンジ、君まで現れるとは」

紫のターバン先生はそうのたまった。

どうしてこんな場面に遭遇することになったのか、それを完全に説明するには数時間ばかり時を巻き戻す必要があるだろう。

 

それは魔法史の試験終了後暫くした時の話だった。

「これで無駄な魔法史の暗記ともおさらばだね」

付き合いのある男子ハッフルパフ生のアーニー・マクミランはそう言った。

まあ、確かに魔法史の授業なぞあまり役には立たないとは思う。

……というのも要するにあれは魔法界が所謂「小鬼」などの異種族と闘争を何度繰り広げたか、またいかに魔法界の伝統がその「特異点」と戦ってきたかの果ての無い歴史についての記録に過ぎない。おまけにそのことに関するレポートについても所詮はちょっとばかり革新的な答えよりも「模範解答」の方が持て囃される傾向がある代物なのだ。

それでは前世で通っていた中学校や高校でのそれと同じで、無駄とさえ言えるようなただの暗記の羅列に対して私は意義を見出せなかったのだ。

頻繁に提出を求められるレポートでは、何故それが起こったかの考察を強いられるが故に前世よりは遥かに覚えやすくはあるからその点に関してはマシではあるのだが……。

どちらにせよ魔法史の授業では覚えた端から忘れても良いようなことであって、特にあっても無くても一緒でしかないように見受けられたのだ。

最低限の教養として理解しておくべきではあるかもしれないが、正直これに費やす暇が有ったら実用的な科目にもっと時間を割きたいと切に願ってやまない。

さて、ではホグワーツ生が一年次に学ぶ八科目の中で他の七つについてどれが有用なのかに対する私の意見を述べるとしよう。

天体の動きについての観測や計算について知るのが天文学、小手先の技を身に着けるなら呪文学、戦闘に重きを置くなら闇の魔術に対する防衛術、物質の変成に関する深淵を学ぶなら変身術、魔法界の植物及びその扱い、育て方について学ぶなら薬草学。どのような効果を及ぼす魔法薬が作れるか、また実際に作るにはどうすれば良いかを学ぶのが魔法薬の授業である。

一年生のみ必須の飛行訓練については多くを語る必要はあるまい。あれはようするにマグル生まれの子や魔法族の中でもそれに馴染んでいなかった者に対する飛行箒の乗り方に関しての救済措置なのだ。

個人的に学んでいてもあまり役に立たないと思えるのは魔法史以外では飛行訓練(もっともこれに関しては授業中の小テストで筆記は終わったが)と天文学だった。ロマンは感じるし知識を得ることは嫌いでは無いものの、実際的な私としては実生活で役立てられなかったり新しい発見があったりしないのであまり学ぶ意味を感じられないのだ。

まあ、上に挙げた科目以外の五つに関しては実際に魔法を使えているという手応えがあるし、私がやりたいことに直結しているかもしれないから真剣にやってきたつもりだ。

最も今年度の闇の魔術に対する防衛術は先生があの人な時点でお察しなのだが……。まあ来年度以降に期待するとしよう。

「ところでこれからどうする?」

話を聞きそびれていたが、要するに試験終了後のこれから一週間は自由時間だからどう過ごすかということか。

私は私で「必要の部屋」で積みゲーを崩す作業などがあるのだが……

「やっぱり試験の答え合わせとかかしら」

「実家からお菓子届いたから一週間ずっとお菓子パーティーやろうよ」

「この機会に是非とも美の秘訣を……!」

「いや遊び倒さないと」

「寝たいですね」

「雑誌のチェックをしたいな。試験終了するまで全く読めなかったから」

個々の性格が良く分かる発言だと思う。ちなみに発言はスーザン、ハンナ、エロイーズ、ザカリアス、ジャスティン、アーニーの順である。

「ティアは?どうしたいの?」

「ああ、私は……」

「ちょっと良いかな、ティア」

ハリーが目の前にいた。

そして途端に私以外のいつもの愉快なメンバーの顔が苦々しい物を見るような目つきへと変わった。

百点を自寮から一気に下げたハリーとハーマイオニーのペアへの株価は現在大絶賛暴落中だったのだ。彼等もスリザリンが一位を逃す機会を楽しみにしていたらしい。

え、私? 正直どうでも良い。

「何の用ですか、ハリー」

「おい関わるなよ、ティア」

「そうよ。行きましょう」

アーニーとスーザンが止めてくれたが……しかしこれが鏡を見に行くというチャンスならば私は是非ともこれを受けておきたいのだ。

「大丈夫ですよ、ただ話を聞くだけなら良いじゃないですか」

そう言って私は彼らに談話室で待ってもらうように言った。

「それで、何の用ですか?」

最近試験勉強で忙しかったので彼と直接話をするのは久しぶりだ。

ハーマイオニーに関しては廊下で会ってはいても、これまで通り基本的に人目の無いところでしか話をしていない。減点事件で彼女と話をするには少々立場的にも難しくなってはいたのだから。手紙のおかげで大体の状況は把握してはいるのでさしたる不便はないのが救いではある。

全く、純血主義に理解を示しつつ、それに取り込まれないようにふらふらと蝙蝠女をやるのも楽じゃない。

「スネイプが賢者の石を手に入れるのを止めたい。そのためにティアの力を貸して欲しいんだ!」

「……彼がやっていない可能性だってあるのではないですか?」

「絶対にあいつだ。賭けても良い」

「分かりました。なら外れていたら一つだけ言うことを聞いてもらいますからね」

「それじゃあ……!」

「ええ、手伝います。貴方たち仲良し三人組だけでは不安ですし」

「ありがとう、ティア」

そう言って彼は走り去って行った。

 

夕食の後で可能な限り早く例の場所で落ち合うことをハーマイオニーとの手紙のやりとりによる最終確認で済ませ、この日の為に用意していた物を装備し、私は扉へと向かっていった。

ハッフルパフ寮の皆はお祝い事でもない限り、基本的には早寝早起きなのでありがたくはある。特に誰にも邪魔されることなく寮の外に出ることができたのは幸いだ。

例によって例のごとく道に迷いながらも忍びの地図により厄介な動く障害物を避け、ハリーたちよりもだいぶ早く私は到着したようだった。

「遅いですよ、ハリー、ロン、ハーマイオニー」

それから十五分してから彼らが到着するまで薄暗いところで一人ぽつねんと居るというのは少々気が滅入った。

「ごめん。途中ネビルに捕まっちゃって」

「ロングボトムが……?」

ふむ。ここら辺はそう変わらないのか。

「ネビルのことを知っていたの?」

ハリーが不思議そうに聞いてきたが今、その問いに答えるつもりはこっちにはない。

「ええ。とある縁がありましてね。さて、それより先を急ぐのでしょう?」

「ああ、うん。そうだった」

僅かに開いている扉をさらに開けて、私たちは先生方の罠と相対し始めた。

ハグリッドが飼っているという三頭犬については特筆すべきことはない。

ハリーが持っていた横笛で再び眠りに落ちてしまった間に次の扉を開けて私たちは特に何のダメージを負うことなく通過できたからだ。

続く悪魔の罠、私は前もって対策を用意していたのでハーマイオニーがその性質を言い当てた瞬間に発動することができた。

いや、特別難しいことはしていない。

 

単にハグリッド部屋から失敬した蒸留酒を使って火を噴いただけだ。

 

以前必要の部屋で試してみたのだが通常の火の魔法よりも威力があるし、何より細かい操作が可能という意味で魔法がろくに使えない時の切り札としては最適なのだ。

前世で大学のサークルの隠し芸で披露するために練習しておいて良かったぜ、全く。

「君、本当に魔女?」

と何やら情けない感じの声でロンに訊かれた。何故?

「それ以外の何かに見えるのですか?」

と言い返したら黙り込んだまま何も言わなくなった。何だったのか気になったが先を急いだ方が良いのではないだろうか?

……ハリーの「僕は何も突っ込まないぞ!」という顔とハーマイオニーのやたらキラキラした目が気にはなったが。

それ以降の罠については順当にクリアしていけたように思う。

鍵を取るために箒に乗った時も落ちたりはしなかったし、チェス駒になった時も駒が砕かれて意識を失わされるようなことも無かったのだから。

そうして魔法薬の間に私たちは駒を進めた。ロンを犠牲にして。

 

私たち三人が扉を通り抜けた瞬間に炎が二つの道を塞いだ。

紫色の炎が来た道を、黒色の炎が次の間へと移動する道を閉ざしたのだが、多分炎色反応は関係ないのだろうなと私はそれなりに場違いなことを思った。

スネイプ先生によって記されたであろう攻略の為の詩を読み解いたハーマイオニーは進路と退路を私たちに示してくれた。

問題はそう、一人ずつしかどちらかの道へと行けないことだ。

「ティア、君はどうする?」

それはハリーが前進して、ハーマイオニーがロンの面倒を見ること、そして何かあった時に先生方に知らせに行くことを決定した後のことだった。

「此処で待ちますよ。ひょっとしたら炎が消える可能性もなくはないわけですし」

「ティアは一人で大丈夫なの!?」

「大丈夫です。……少なくとも此処でなら迷いようは無いでしょうし」

それを聞いて二人は笑った。リラックスできたようで何よりだ。

前世で多少不可思議に思っては居たのだが、洋画の類で外人がジョークの類を乱発するのは多分こういう時冗談の一つでも言わなければ平静でいられないからなのではないだろうか。

凄まじく今更だし、今は私が所謂外人なのだが。

さて、二人がそれぞれの炎を潜った後で私は少しの間待った。

「やっぱり」

予想通りだ。ハリーとハーマイオニーが飲み干していったそれぞれの瓶はその中身を回復していた。

おそらくだが元々この場所では一人しか通行できない場所だったのだろう。

進むか引くかの違いはあるものの、万が一最後以外の罠が分かって一人で辿り着けたとしても、当代きっての大魔法使いたるダンブルドア校長が居れば容易く片は付く。

一対一ならば今現在彼に対抗できるものは魔法界の娑婆にはいないのだから。

この部屋に残っている者が居ても両方の薬を飲まなければ自動補充の魔法は発動しないというのが一番ありうるパターンだ。

想像だが三人以上で来た場合、また紫の炎から再度出入りを繰り返した時には危ないかもしれない。まあ、そのケースの場合は途中の部屋に居たトロールが紫の炎を通過した者に反応して起き上がることもありうるし、何らかの仕掛けた配備してあったことを証明するように何より今現在の壁に書かれていたヒントの詩、薬の配置(おそらくは中身さえも)はその内容を先ほどの物とは違うものに変えていたのだ。

……といっても私なら充分解けるものだったので何の躊躇いもなく正解である薬を飲んで黒色の炎へと足を向けさせてもらったが。

――そして冒頭へと至る。

 

目の前には「インカーセラス 縛れ」の呪文を使って縛られたであろうハリー、そして鏡の前で何やら探すような動きをしていたクイレル先生だった。

「ミス・レストレンジ、何故君は此処に来たのですか。最もあのお方に近しかった者たちの娘のくせに別の寮に入った君が!」

吐き捨てるように言ったその言葉には紛れもない敵意、そして侮蔑が含まれていたのを私は感じた。

だが本当の事や細かいことを言う義理も義務もない。

「決まっているでしょう。私の大切な友達を放っておけなかっただけです」

……何やら感動した様子でこっちを見ているハリーには悪いのだが、仮にこの言葉が真実だったとして当然ハーマイオニーの方だぞ?

「あのお方の障害となった者に対して友人などと……!」

……クイレル先生、貴方までそんなことを。

しかも酷く怒っていらっしゃる。異教(全く考えが違う別のグループに属する人という意味合いで)よりも異端(同じグループに所属している考えが以下略)の方が重い罪だとは言うがやはりそういう理由で私は憎まれているのだろうな。

「一年の時点であのような呪文まで扱える腕を持ちながら私たちの前に立ちはだかるとは」

そう言いながら私は同じように縛られてしまったが状況を未だに楽観視していた。

その最大の理由は「死の呪文」を使えるような気配をこの先生が持っていなかったことだった。

彼の事はばれないように長い間観察していたのだが、どう見てもこのターバンにそれだけの魔法を扱う腕があるように思えないのだが。

また状況からしてハリーに対する人質に使えるという意味合いで私をすぐさま殺すようなことはできないだろうと私は確信していた。

そしてその時が訪れた。

「ご主人様、助けてください!」

別の声が直ぐに響き始めた。

「その子たちを使うのだ……その子たちを使え……」

クイレル先生が私を鏡の前へと押しやり、そして私は「それ」を目撃した。

「何が見える?」

「……」

「何が見えるか言え!」

「……が」

「何が見えるんだ!」

 

「金銀財宝がザックザックです!」

 

「「「は?」」」

 

 

ハリーさえも今何言ったの?という顔をしていたのがちょっと滑稽だった。

「……数えきれない程の金貨が、私が座っているマホガニー製の机の目の前にあります。あ、高そうなお酒をラッパ飲みしながら高笑いしています!凄まじく良い笑顔していますね、よっぽど幸せなのでしょうね」

「……小僧だ……小僧を使え」

私は鏡を見るお役目を御免となり、ハリーへとバトンタッチした。

……いや、どこか呆れたようにかすれた声を絞り出しているヴォルデモート卿には悪いが、至極真っ当な願いではないかと思うのだがどうか。

そうして鏡を見たハリーが嘘を言った後、クイレル先生がトレードマークのターバンをほどき、その気色の悪い後姿を露わにした。

「そんな、ターバンの下はハゲだってザカリアスと賭けていたのに。……あれ?ある意味間違っていないような気がしますよ?」

「ティア……」

「……ベラの娘にしては随分と惚けた性格をしているようだ……が今は捨て置くとしよう……ハリー・ポッター……!」

その後は彼ら二人の言い合い、それから石を手に入れようとしたクイレル先生がハリーに襲い掛かり、声を上げ続けるハリーを尻目に、逆に吸血鬼が日の光に当たって火傷を負っていくかのようなダメージを負っていく様子のクイレル先生の最期を私は声も上げずに目撃し続けていったのだった。

 

両者が行動不能になりそうだったあたりでようやくダンブルドア校長が到着。

「フィニート 終われ」

の呪文と共に私の縄は解かれた。

「あ、ありがとうございました。……校長先生、ハリーを早く医務室に!」

「ミス・レストレンジ、大丈夫じゃよ。もう既にマダム・ポンフリーを呼んであるからのう……。それに見たところ衰弱こそしているもののハリーなら心配はいらんよ」

「ああ、そうでしたか。あの……ロンとハーマイオニーは……?」

「無事、保護してある。彼等も大丈夫じゃよ」

「それは良かった……あの、ロンとハーマイオニーは今どちらに?早く彼らにこのことを伝えないと……」

「まあ、待ちなさい。二人は今負傷したミスター・ウィーズリーの手当を行うために医務室に居るのじゃが……会うのは明日の方が良かろう。今夜はもう遅いのじゃから」

「ああ、そうでしたね。私つい、気が動転してしまって……」

「うむ。さてミス・レストレンジ。幾つか聞きたいことがあるのだが質問しても良いかのう?」

「あ、はい。何でしょう?」

此処で何が起こったかについてだろうか?だが彼が口にしたのは私が予想もしていない「問い」だった。

 

「君は……本当は『みぞの鏡』の中に何を見たのかの?」

 

 




神は言っている、ここでエタる運命ではないと……

ちょいと変更ー。


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願い、そして

賢者の石編残すところ後一話。今月中に投稿できると良いなぁー……。


とっさに反応できなかった私は悪くないと思う。

「……何時から見ておいでだったのですか?」

改めて私は認識した。微笑みを崩さない、目の前の好々爺とした御老体は多分ヴォルデモート以上に侮れない存在なのだと。

「実は最初からじゃ。ハリーがクイレル先生を倒し終えた後で炎の向こう側から来たように見せかけたのじゃよ」

「そんな……ダンブルドア校長ともあろうお方が覗きをするなんて」

ヨヨヨと泣き崩れる私。だが校長は平然としている!

「うむ、いたいけな少女の願いを言うところを盗み見る羽目になってしまったことは謝ろう。

……だがのう。その年で閉心術まで、それもヴォルデモートさえも欺ける物を使用できるような者というのは非常に稀有でのう。どうしてもそんな女の子が一体何を望むのかという好奇心を抑えきれなくなってしまったのじゃよ」

「私がみぞの鏡の中に見たのは先ほど言った通りの物ですよ?……ええと、それ以前に閉心術とは何なのでしょうか?」

私が惚ける為に言った言葉を聞いても、彼のキラキラと問い掛けるような眼はまるで変わっていなかった。

「閉心術とはのう……」

不意に合わせていた眼から私の心の内側へと侵入しようとする何者かの意志を確かに感じた。これは気のせいなんかじゃない。

「ッ……!」

落ち着き、受け入れるようにしてその「攻撃」を私は受け流した。本格的な開心術を受けたのは多分これが初めてだ。先ほどの鏡越しに目を合わせて使われていたヴォルデモートの嘘か本当かを見破るためのチャチなそれとは断じて違う。

「こういうもののことじゃよ」

多少先ほどよりも厳しめの顔でのたまってくれた。

やはり誤魔化しきれないか。

このご老人が最初から見ていたなら、実のところ私は非常に不利である。

私はハリーがやられている時もまるで動揺せずに見ていた。無論目の前で行われていることに驚いて声も出なかったと言い訳をすることくらいは可能だが……それにしても私のその時の表情は普段と全く変わらなかったはずだから。

だというのに一瞬とは言え今のそれで動揺したのはどう見てもまずい。

いや、私の「願い」は見られなかっただろうが、開心術が効かずとも人生経験から私の「嘘」を見破られてしまったのだろう。

中身はそうではないとはいえ、こんな少女に尋問をするなんて何て油断のならない爺さんなのだろうか。

……最もそうでなければヴォルデモートには対抗できなかったのだろうが。

人の良い、単なる善人が最も強大な悪を打ち破ることができると言うのならば、今頃はうちの寮監のスプラウト先生が魔法界最強の座を不動のものとしているはずだ。

「私の願いは……」

仕方なく口を開くかと言ったところで

「ダンブルドア先生~!ハリーは無事ですかい!」

気が付けば消えていた炎の向こう側からハグリッドの巨体が飛び込んできた。

「おお、ハグリッド。ちょうどハリーを運んでもらうために呼ぼうと思っていたところじゃよ」

何事もないように優しげな笑顔で、直前の出来事などまるで関係が無いように。

「ほれ、ミス・レストレンジもハグリッドに途中まで付いて行くと良い。フィルチさんに捕まってもことだからのう」

「……」

気遣うようにハリーに声を掛け続けるハグリッドに連れられて私は罠が解除された部屋の数々を抜けていった。

……偶然とはいえ言わずには済んだし、収穫こそあったものの最後まで主導権は握られっぱなしだったな。

本当に知りたがったのか、あるいはめったなことをするなという警告だったのかは判断不可能ではあるのだが。

三頭犬の間を出て、ハグリッドはハリーを運んで医務室へ。私は途中で別れて勿論ハッフルパフ寮へ……とは戻らずに此処に来ていた。

必要の部屋へと。

きっちりと手順を踏んでいつも使っている現代機器にまみれている部屋を開けた私は崩れ落ちるように座り込んでしまった。

「ああ、きつかった……」

校長とのやり取りの事ではない。無論それもきついものがあったのだが一番はやはり「願い」を見ても平然と嘘を言ってのけること、そのものだった。

みぞの鏡に映っていたのは以前からの予想通り「前世の私自身が友達や親しかった知り合いに囲まれている姿」だったのだから。

 

ユースティティアとしての生を受ける前の話をしよう。

といってもまあ、私自身の前世の名前はどうでも良い。もうその名で呼ぶ人などいないのだから。確かなことを言えばあの日、通り魔に刺される直前まで私は某大学の女子大生をやっていたということだった。

その日、一浪して入った大学を卒業間近となった九月末のある日、ようやく就職が決まった私は、文芸サークルでの既に決まった仲間たちと共に打ち上げをしていたのだ。

例によって例のごとくそれなりに楽しく呑んで食べて騒いで――その帰りに通り魔に刺された。

「あれ……?」

酔っていたせいか痛みが伝わるまで少し時間があったことを覚えている。

倒れて、初めに気が付いたのは熱さ。ナイフで一突きされ、それが引き抜かれた腹部から鈍い痛みがあって、その次に気が付いたのは自分の血が、生命が流出していっている嫌な感覚だった。

少ししてから身体を動かそうとして力が入らないことに私は気付く。肩下げ鞄に入れていた愛用の携帯電話を取り出すことさえもできなかった。

酩酊した頭でそれでもなお焦りは確かに感じていることを自覚しつつ、ただ時間だけが過ぎていく。

「動いて、動いてよ……!」

口を開くと、我ながらそれは弱々しい声だなと思う物が出てきた。

私を刺していったのは黒い服を着た男だったように思う。見覚えがなかったことから恨みとかそういう理由ではないのだろう。

暫く、といっても出血死するまでの短い時間だと思うが身体を一切動かせないことで諦めがついてしまった私はそんなことを考えた。そうして

「ああ、悔しいなぁ」

と意識を失う直前に呟かざるを得なかった。

これからサークル仲間と一緒に卒業旅行に行く相談を、ついさっきまで楽しくしていたというのに全部無駄になってしまうじゃないか。

前世の私、次の誕生日が近かった享年二十二歳という他の人にとってはただそれだけの話である。

 

だがこの世界に生まれ落ちたばかりの私には未練があった。

一緒に悪い顔をして遊ぶ友達が居たのだ。くだらないといって良いような、取るに足りない話を聞かせたり聞かされたりする友達も、告白できなかったとはいえ好きだった人だって居た。

人間関係に恵まれていたと自信を持って言える、そんな前世を簡単に忘れられるはずが無いじゃないか。

あんな所で死にたくなんてなかったというこの思いを消すことなんてできはしない。

私はだからこそ「ハリー・ポッター世界の魔法」や必要の部屋に「期待」した。

全てを覚えているわけでは無いけれど魂を分割する術があったのだ。

あるいは前世の自分に転生しなおせるのではないか、やり直せるのではないか?と。

人ならざる者の力、神様であれ運命であれ、その他別の何かであれ、それらの力を借りない物……といっても必要の部屋に頼る比重が大きかった以上、それが正確にそうと言えるかどうかは自信が無いのだが。

魂を分割する術がある以上、魂を「送る」術があってもおかしくないのではないかと言う考えを抱くのが間違いだとは思えなかった。

だというのに私は人の手による転生、すなわち「人為転生」とでも言うべきものが可能なのではないか?という仮説を建てた上で、その大部分の可能性が潰えてしまったことを今日、この夜知ってしまったのだ。

以前試した時は元の世界に転生させる術に関する知識も、方法も、手段のどれも手に入りはしなかった。最初は願いが足りていないのかとも思ったのだが……。

日和ってしまったつもりは一切ないが、生きているうちに現世で違う願いを抱くようになってしまったのではないか?と。

そう思いはしたものの、やはり私の願いはあの状況でもあれで合っていた。とすると認めたくはないが、間違っていたのは必要の部屋でそれが「可能なのではないか」と思ったところなのだろう。

およそほとんどの願いをかなえるこの場所なら、忘れてしまったとはいえ、少なくとも此処に通う学生のうちに自力で見つけてそれを実行できると踏んでいた。

……女子トイレのトロールの事で危機感を覚えてからは手段を選んでいられなくなったから多少ズルはさせてもらったが。

「ああ、悔しいなぁ」

図らずしも前世の私の最後の台詞と全く同じことを呟いてしまった。

ひょっとしたら不可能なんじゃないかとも思ってはいたがこんな形で、未だ一年目なのにそれを知ってしまうと心の支えが消えてなくなってしまったような感じさえしてくる。

駄目だった場合は、不可能なことに無駄に時間を潰さなくて良かったと言うべきところなのかもしれない。だがこの夜の私はそんな気になれず、気力をすっかり失ってしまった私はこの部屋で一晩過ごさざるを得なかったのだ。

 

そして朝が来た。

……皆もそろそろ起きだしてくる時間ではあるし私も行くとするか。

適当に出した洗面所で髪や歯を整えた後で、我がハッフルパフ寮のテーブルへと赴くことにした。

この部屋を見納めてから、この部屋に関しては二度と開かないことを固く誓ってから。

前世のゲームやら何やらが懐かしく、ついこんな部屋を開けてしまったのだが、過去に耽溺するだけなら「みぞの鏡」を見るだけの廃人と同様だろうと思ったからだ。

もう、私はこの世界で生きていく魔女の身なのだ。きっと後ろばかり見ていられない。

「あ、おはようティア」

「おはようございます、ハンナ」

大広間に辿り着くと同じ寮の愉快な仲間たちは既に全員席に着いていた。

「どうしたの?酷い顔よ」

「体調悪いの?」

スーザンとエロイーズが言ってくる。鏡で確認して、薄く化粧を少ししてみたのだがやはり同性に隠すのは無理があったか。

「心配しなくても大丈夫です。暫く安静にしていれば良いだけですから」

「そう、なら良いけど」

そう言いつつもハンナは心配そうにこっちを見てきたのでできる限りの笑顔で応えることにする。

「本当に大丈夫ですよ」

と。

あくまで寝不足と失望とが祟っているだけなのだ、何処か悪いところがあるというわけではない。

「にしてもティア、貴女昨夜は何処にいたの?朝見ても戻ってきた様子が無いからびっくりしたわよ」

オレンジジュースを欲しい人全員分を継ぎながらスーザンが尋ねてきた。

「ちょっと夜の冒険に出ていまして」

「おいおい、ハッフルパフが減点されるようなミスはやめてくれよ?」

嫌味のザカリアスが言ってくれる。

「失礼な。私が減点されるような証拠を残すわけが無いじゃないですか」

「減点されるようなことをしないっていう問題ではないのですね……」

ジャスティンが苦笑しつつスクランブルエッグにフォークを伸ばした。

そう、これが今の日常。

それ自体に不満があるわけではないし、私の事を気遣ってくれるような人間関係に恵まれていないわけでもない。

ただ、それでも何かが足りない気がするのは贅沢という物なのだろうか?

「ああ、何が足りないのか……」

「ん?試験のことかい?」

アーニーが勘違いをしたようだ。まあ、たとえ言っても詳細が分からないようにしてあるのだから当然と言えば当然なのだが。

「まあ、そんなところです」

本当のことを言っても意味なんてない。

この痛みは私だけの物なのだから。

「いや、性格はともかく君の頭は悪くないだろう?何か心配することがあるのか?」

「……まるで私の性格に問題があるように聞こえますがそれは置いておきましょう。

いえ、前々から企んでいたことが没になりまして」

「企んでいたこと?」

何やら聞いていた面々の顔が胡乱な物を見る目だったが無視しておいた。

「ええ、ちょっと欲しい物があったのですがそもそも「存在しない物」だった、というだけの話なのですよ」

「それはまた……」

周りの人々が咎めるような視線でいるのはそんなことを願ったことなのか、それとも存在しない物とそうでないものの区別くらいはつくだろうということなのか。

「魔法界にも存在しない物なんてあったのですか?」

ああ、ジャスティンはそういえば魔法界の常識に疎かったのだったか。

「魔法も万能ではないというのはある種この世の真理みたいなものらしいですよ?」

死者を生き返らせることはできない、永続的に人の心を繋ぎ止めてはおけない、願ってもいないことは叶わない。

賢者の石や死の世界への入り口、逆転時計に神秘部の最奥の部屋など理解を超えたものは幾つか存在しているようではあるだが。

「はあ、そうなのですか。……ならそれを作ってしまうのはどうでしょう?」

「は?」

今なんと言った?この天パは。

「ですから作ってみては?と言ったのですよ。存在しない物は別に『作り出せない物』なのかどうかまでは決定していないのでしょう?なら試してみれば良いじゃないですか」

新しい魔法、あるいはそれに類似した道具を創り出す、か。

その発想は無かった。

考えてみれば魔法薬のスネイプ先生は「マフリアート 耳塞ぎ」や「セクタムセンプラ 切り裂け」といった呪文を開発しているし、ヴォルデモートも箒無しで空を飛ぶ術を開発していたはず。

そうか、魔法界の常識に毒され過ぎていて、未だ私自身もこの世界の可能性について詳しく知っているわけでは無かったな。

私は賭け事が嫌いだし、その中でもこれは特に分が悪い気もする。

だけど万が一方法が残っていたのに見つけられなかったら絶対に悔いが残ってしまう。

「ありがとうございます、ジャスティン。何か元気が出てきました」

「え?ああ、はい。どういたしまして」

さて、これからの方針が決まったところで私はハリーとの「賭け」の代金を受け取るべく準備を始めた。

色々と魔法界のことを知るために、力を得るためにまずしなければいけないこと。

それは今までずっと気になっていたことの一つを明らかにすることだ。

前々から疑問に思ってはいた。

百味ビーンズの味は本当に百種類あるのかと。

ちょうど良いハリーという実験材……もとい被験者を得るべく行動を開始しようと決意したのだった。

目が覚めたハリーに食べさせるための百味ビーンズを山ほど、そして魔法薬の授業でも使用していた漏斗を用意しておくため朝食の後、私は駆け足で自室へと向かった。

何が足りなかったのかって?

それは多分やる気とか目標とか、そこら辺の物だったに違いない。前世の私はもっと面白い物を積極的に見つけようとギラギラしていた記憶が確かにあるのだから。

 

なおハリーの犠……協力で分かったのは百味ビーンズの味は千百種類以上あるということだった。しかもなお増え続けているようなのだ。これらのことから言えるのは自動で味が更新されるシステムになっているという仮説が立てられることだろうか。

ハリーが社会復帰するのに一日かかり(要するに食べさせ過ぎてお腹を壊した)マダム・ポンフリーにはしこたま怒られる羽目になった。だけどそこには奇妙な爽快感があったことを此処に記しておくとしよう。




ハリーの腹筋じゃなくてお腹がクルーシオでござる。


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一年が過ぎた。

一か月が過ぎた。

遅れた理由は普段性格がアレな主人公を書いているせいで純真な男の子を書くのが難しかったからなのです。

※今回他者視点注意。


最近ではあまり見られないような赤い色の機関車に僕は乗った。

9と4分の3番線のプラットフォームで見たそれは電気で動くものではなく、明らかに蒸気機関が搭載されたそれだったのだ。

物心着いて以来僕の周りでは不思議なことが起こっていたわけだけど、特別な観光地でもない「キングス・クロス」の駅から魔法学校へ行ける列車に乗るというのは、別けても奇妙な体験だと思う。

僕はジャスティン・フィンチ・フレッチリー。こちらで言うところのマグルの両親の間に生まれた魔法使い……見習いだ。

 

眺めの良い席に座れたのは幸いだと思う。

というのも外の景色を見ている振りができたからだ。

既に魔法界の特徴的な衣装、ローブを纏っている男の子二人にどう話しかければ良いかなんて僕には分からない。

この二人はおそらく魔法界でずっと生きて来た家の子達なのだろう。……僕みたいなのとは違って。

イートン校、そこに通うはずだったのに何故僕はこっちに来てしまったのだろうとこの時は本気で後悔してしまった。

まあ、それは面と向かって魔法界で言うところのマグルたちに化け物とか言われたせいではあるのだけど……。

ダイアゴン横丁に初めて買い物に行く時に付き添いをしてくれた、僕が魔法使いだと教えてくれた育ち過ぎた蝙蝠みたいな先生は「ホグワーツには四つの寮があるが、僕はとある寮には向かないだろう」と詳細を教えてくれた上で忠告というか宣言さえもしてくれたのだけど、きっとこの子達はそこに所属しているような純血の名家の子に違いない。

本当にどうしよう。母は僕の意志を尊重してはくれたのだけど……。

「君、随分マグルの恰好が上手いな」

「ああ、ローブ以外の服というのは僕たち一般的な魔法族には違和感が酷いからね」

少し太った男の子がそう言うと、然り然りとでも言うように背の高い方が頷いた。

「え? ああ、僕マグル生まれ……であっていますよね? です」

「へえ?」

「そうだったのか。道理で……僕はザカリアス。ザカリアス・スミスだ。純血のスミス家出身だな」

とブロンドの男の子が言った。

「ぼくはアーニー・マクミラン。九代前まで遡れる純血の家出身だが、スリザリン生まれの者とは一緒にしないでくれ給えよ」

何となく気取った感じの言い方がするちょっと太った男の子がそう名乗った。

そう言って握手を求めて来た二人は、何だか取っ付き難い感じという物がまるでしなかったのだ。

「ジャスティン・フィンチ・フレッチリーと言います。よろしくお願いします」

この時はそうだと知ることはなかったけどそれが一緒の寮で、ルームメイトにもなる同い年の二人の友達との出会いだった。

「ところでお腹が減ってしまったな。母の話ではこの特急の中では車内販売がちゃんとあるそうだから何か買わないか」

そう言いながら今か今かとコンパートメントの外をザカリアスは見ていた。

僕も緊張感が取れて多少空腹を覚え始めた頃だったので丁度良いのだけど

「賛成だな。おい君、百味ビーンズは食べたことがあるかい?」

「いえ、無いです。……どんな物なのですか?」

ダイアゴン横丁に連れて行ってもらった時は緊張や萎縮、それから好奇心故に食べ物にまで目が向かなかったけどジェリービーンズの一種なのだろうか?

「説明しておこう……」

アーニーがもったいぶって説明してくれた魔法界特有の食べ物は、何だか僕の身からすれば想像しづらい物ばかりだった。

それらの全てが実在し、どれも一つずつ買って食べたそれに感動したと同時に、今までの常識が崩れていく音が聞こえてくるような物ばかりだったのはまあ余談だと思う。

どうやら同い年のマグル生まれと会うのは、この二人も初めてだったらしく話は大分弾んだ。

……何だ。魔法族と言ってもマグルとこういうところでは変わらないじゃないか。

彼らによればある程度は「血」で自分たちの行く寮の見当は付くそうだけど、そんな物には縁の無い僕も、彼らと同じハッフルパフ寮に行きたいなとその時は思えたのだ。

そうして時間が過ぎて行き、僕たちは汽車から降りた。

暫く歩いてから見上げた空から、威風堂々たるホグワーツ城がその姿を僕たちに見せつけたのだ。初めて見たそれは圧巻だった。

白い月の下、城の窓から漏れ溢れる明りは大変に「魔法的」で、一度家族でフランスを旅行した時に見たどの城よりも迫力という意味では上だったと断言できる。

「じゃあ、僕はこのボートに」

「僕はこっちだ。また後で会おう」

……そう言ってせっかく親しくなった彼等とは別のボートに乗ってしまったのだけど悪いことばかりでは無かった。それからこの後の組み分けられた寮で親しくなる新しい友達に出会えたのだから。

 

ルーブル美術館で見た世界で最も有名な絵に、目の前の彼女はと言えばそのミステリアスな雰囲気が良く似ていた。

ただし、その表情を除けばという条件が付くのだが。

初めて見た時、彼女は泣きそうなように見えた。

アンニュイな表情のその子は、艶のある前が切り揃えられた豊かで長い黒髪に、理知的で深い色をした蒼い瞳、そして月の下で輝く色白の肌にとても長い睫毛をしていたのだ。

もし僕がタイトルを付けて良いなら彼女の事をこう僕はこう評しただろう。

即ち、目の前にある作品こそが『憂いのモナリザ』なのだと。

その表情が悪いとは言わないけど、可愛いというよりは美人だという形容詞が似合う彼女が浮かべるには、感動するべきこの状況は合っていないように思えた。

だからこう声を掛けたのも宜なるかなと言ったところだろうか。

「やあ、どうかしましたか?」

僕が声を掛けた意味が理解できなかったのか

「え……?」

という返答が帰ってきたのだけど、少なくとも調子が悪いとかそういうことでは無かったのだろう。杞憂だったようで良かった。

「失礼。その、調子が良くないように見えたものですから」

そこで彼女は合点が言ったように、その良く響くアルトの声で

「ああ、なるほど。いえ少しばかりホームシックになってしまっただけですよ。家から少しばかり離れた場所に来てしまいましたから」

と応じてくれたのだ。

暫く当たり障りのない会話をして、それから直ぐに二人とも他の同乗者と共に小舟から降りる。二人で話したのは数分、ほんの短い間の出来事に過ぎない。

だけど彼女が先ほど見せた、少し疲れたような力の無い微笑みは、新入生が待機する控室で「組み分け」が始まると聞かされるまで僕の印象に深く残っていた。

 

先にハッフルパル寮の席に座っていた僕は彼女が呼ばれて、初めてその名前を知ることができた。

どうやら彼女はユースティティア・レストレンジと言うらしい。ファーストネームは、確かローマ神話の正義の女神様だっただろうか。僕と名前自体は似ている。

いや、一応言い訳をしておくと出会った時から気にはなっていたのだけど、その時にはそこまで気が回らなくて……。

女の子と会って名前を聞かないなんて、と思う人が居るかもしれないが無邪気だったキンダーガーデンの頃じゃああるまいし、僕には少しばかりハードルが高かったのだ。

堂々たる様子でまるで気にしていない様子で彼女はボロボロの帽子へと進んで行った。

ああ、これがきっと魔法族の名家なのだなと思わせるような毅然とした態度は、それまでにみんなの前で寮を決定されたどの女の子よりも彼女に合っているような気がした。

気になる彼女が行く寮は……一緒だ!

ただ帽子を椅子に置くだけという動作さえも優雅にこなした彼女は、僕たちのテーブルへとゆっくりと歩いてきた。

自身の事を「ティア」と呼んで欲しいと言ってきた彼女は、表情が大抵の場合は一定で、その謎めいた感じは消えなかったのだけど、話してみると最初に抱いた印象以上に快活な人だった。

「正義の女神のユースティティアと呼ばれるのは気恥ずかしいじゃないですか」

スーザンやハンナを交えたその日の夜の食事時の歓談の場でそう言って照れたように笑う、ただそれだけが本当に様になっている人だったのだ。

彼女がどうしてこの寮に入ったかを聞いた時は「スリザリンに入ってくれなくてよかった」と心の底から思った。

 

とまあ外見や仕草などを上げ連ねてみたが、冷静に見てみれば彼女はかなり変わった人だったと言える。

魔法薬の授業では大体においてあの威圧感すら感じさせる怖い先生をキラキラとした瞳で見つめていたし、明らかに答えられないような質問を三つほど出されてもそれら全てに正解していたのだ。

「偶然ですよ」

と後で訊いたらパタパタと手を振りながら答えていたけれど、三つ続けば偶然じゃないっていう言葉を彼女は知らないのだろうか?

 

それに僕たちは七人(僕、アーニー、ザカリアス、スーザン、ハンナ、エロイーズ、そしてティア)で行動することが多かったのだけど彼女だけは不意に姿を消すことが良くあった。

もちろん僕たちは彼女のとんでもない方向音痴について既に同学年の誰よりも深く知っている自信があったわけだけど、姿をくらました全てが迷子になっていたからだとはどうしても思えない。

おまけに彼女は休日には大体何処に行ったのか分からなくなっていたのだ。勿論昼食や夕食は時間が決まっていたから食事自体は一緒に取ったけど……。

気になって一度聞いてみたら

「秘密です」

と例によって例のごとく、自分の口の前に右手の一本指を立てて少し謎めいた感じのする微笑みを浮かべるのだ。

挙句の果てにはティアが休日をどう一人で過ごしているのかを明かした人に仲間内でのみのそれとは言え、少なくない賞金まで賭ける顛末だ。

何度か僕たちが後をつけてみても、その度に撒かれてしまっていたからこその措置ではあるのだけど。

……彼女はどうしてあんな技術を持っていたのだろう?

 

そして極め付きに変なのは彼女のゲームの強さ、だろうか。

例えば休日彼女が姿を消している時以外で「勝手にシャッフルするトランプ(魔法界ではごく一般的な遊び道具だ)」を使って何時もの面子で遊んでいる時の話だ。

「嘘だろう……!?」

「またティアが一番早く上がったわね」

ザカリアスが悲鳴を上げた。続けて未だそれなりにある手札に頭を悩ませている様子で言ったのはスーザンだ。

まあ、無理もないと思う。ティアはこれで十回中八回は最初に上がっていたのだ。オールドメイド(ババ抜き)の勝負で。

その勝負運の良さもさることながら相手の手を読むのに、彼女はあまりにも長けていた。

例えば神経衰弱をやってもほとんどのカードを揃えて行ってしまうし、セブンズ(七並べのこと)でも大体誰がどのカードを出して欲しいのかが分かるらしい。

僕にしても一対一魔法界のチェスをやっていた時でさえも、まるで彼女に心の中を覗き込まれているような感じさえしていたのだ。

まさか心の中を読めるなんてことはできっこない……と思いたいけど彼女ならできても不思議じゃないかもしれない。

兎に角僕から見たユースティティア・レストレンジと言う人は同年代ではそれなりに綺麗で、そしてその性格と行動が不可思議なそういう人だった。

 

だけど別に僕たちは彼女の事を嫌っていたわけでは無いのだ。

彼女はと言えば自身の白い梟に「メルロン」という名前を付けるほどに同い年の子達との友達付き合いという物に憧れを持っていたらしい。

初めて彼女がその名前を口にした時、僕は彼女が『指輪物語』を既読だったことに驚いたものだ。

「驚きました。魔法界の人はマグルのお話なんかに興味を持っていないようでしたから」

「ああ、叔父が……テッド叔父様がそういうのを好きでして。私も幼い頃そういうマグルのお話に触れていたのですよ」

ティアが挙げていたテッドという彼女の叔父は僕と同じマグル生まれで、どうやら魔法界に接触しながらもある程度の娯楽に関してはマグルの物を愛用しているらしい。

たまに彼女も彼から教えてもらった「間違った知識」を披露することがある。

「マグルって自転車なる乗り物に大きめの庭小人を乗せて空を飛ぶと聞いたことがあるのですが本当ですか?」

それはハリウッド映画だ。

「聞いた話、マグルの自動車は時間旅行できる物らしいと聞いているのですが本当のですか?」

それもハリウッド映画だ。

「マグルの絵本の中に母親が子供の首を絞めて恐喝しているウサギの話があるらしいのですがそれは本当ですか?」

……それは子供のウサギにボタンを掛けている微笑ましい場面だ!

彼女と話していると疲れる時があるけれど、冗談を言うのが好きでその場を笑いで明るくするところは僕たち皆が気に入ってはいる。

 

とまあこの一年のことを今日行われる学年度末パーティ、その開始前に僕は振り返っていたのだ。

「どうしたんですか? ジャスティン、御馳走が楽しみで待ちきれないのは分かりますけど、その前に寮の獲得ポイントが発表されるみたいなので聞き逃しては駄目ですよ?」

「僕はどれだけお腹を減らしているんですか。……そうじゃなくて一年が終わるこの時間が感慨深くて物思いに耽っていただけです」

そうこの一年を振り返ってみて色々あったなということを思い出していた。ただそれだけなのだ。

ティアの思い出が多いのは多分彼女の性格に依るところが大きいに違いない。

話を戻してみればそう、今夜は学年度末。先輩方の話ではスリザリンが一位であるのは確実で、しかも僕たちの寮も最下位を脱出できる可能性が高いということだった。

というのもつい最近歴史的な大敗をクィディッチで経験したグリフィンドールだが、全部合わせた合計点数に関してもどん底に落ちてしまうほどだったからだそうだ。

この後で校長先生が告げた各寮の点数を聞いてみて、それはやはり間違っていなかったということを僕たちは確認した。

気になる結果はスリザリン五二二点、グリフィンドール三六二点、ハッフルパフ三七八点、レイブンクロー四二六点とのことだ。

……あの寮が一番だというのは嫌だけど、僕たちも今年は最下位を脱出できたじゃないか!という静かな喜びをハッフルパフ寮の誰もが胸に秘めた時、それが起こった。

校長先生によれば「つい最近の出来事を勘定に入れなければならない」という名目の下でグリフィンドールの点数が上がっていったのだ。

これは……ひょっとすると!?

思った通り、スリザリンの点数はグリフィンドールに追い越されてしまった。

どうやらハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーがそれぞれ高得点を得るに値する何かをあの夜やったらしいのだ。

賢者の石、マグルの伝承でさえ知られているであろうそれを守る為にかの三人が奮闘したことは既に僕らは知っている。

詳細がある程度分かってはいたというか伝わっていたのだけれど、ティアによればロナルド・ウィーズリーあたりが自慢げに吹聴した可能性が高いのではないですか? とのことだった。

実際に守り切った後で医務室から退室してきたハリーは、この世の地獄を見たという顔をしてげっそりとやつれていた。さぞ厳しい戦いがあったのだろうと僕は思う。

……何故かティアが目を逸らしていたのが気になったけど。

と、グリフィンドールがスリザリンと同点になっても結局点数の繰り上げは終わらなかった。僕たちの間でも良く知られた、何故ハッフルパフ生では無いのかが不思議なネビル・ロングボトムも十点を貰った。

これでグリフィンドールがトップだ!

「そしてハッフルパフ」

ええと、僕たちで点数を貰うような誰かが居ただろうか……?ハッフルパフ生の誰もが不思議そうにしている気配がした。

「何物も崩すことができないようなその類まれなき冷静さと判断力を見せてくれたユースティティア・レストレンジを称え、ハッフルパフに五十点を与える」

何時もは冷静で表情があまり変わらないティアがこの時ばかりは目を丸くしていた。

ハッフルパフ寮からはグリフィンドールが一位になった時以上の歓声が上がっていてほとんどの人が気付いていなかったが。

「何で……?」

そんな彼女の小さな呟きを聞いたのも僕とそれから彼女の直ぐ横に座っていたスーザンくらいのものだと思う。

経過はどうあれ、これで僕たちはレイブンクローを抜いて三位になれた。彼らからは恨みがましい眼で見られたけどそんなことはこんな日には知ったことじゃない。

だけど御馳走が皿に盛られて、宴会が始まった後でザカリアスが

「君は一体何をしたんだい?」

と訊いた時、彼女は例によって例のごとく謎めいた微笑みを浮かべてこういったのだ。

「秘密です」

と右手の一本指を立てながら。

 




寒ければ寒いで、暑ければ暑いで執筆意欲が削られてしまう……。私は春と秋が好き。

Q もしも開心術が使えたらどうする?
ティA それは勿論ギャンブ……世界平和の為に使うに決まっているじゃないですか!

作中の事は、つまりはそういうことです。まあ、彼女は何種類かのイカサマの方法も知っていますが。

むう、色々忙しくて次話投稿は9月以降になってしまいそうです><
賢者の石編はこれでおしまいー。


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秘密の部屋
願いと展望について


~前書き、あるいは何時もの世迷いごと~
すみませんお待たせしました。少し長めの夏休みをいただいていたので気分もリフレッシュ。執筆意欲に満ち溢れている私です。




ところで日本には秋休みがありませんがあっても良いと思いませんか?


時間は有限だ。

人の欲望は無限だが資源は有限とは確か経済学の一節だっただろうか?

至極的を射た言であるように思うが今の私の状況に合致していると言える。

それは私が自身に設けたタイムリミット的な意味での話だった。

前世の自分に転生し直す、そのことを目標とするのはまあ構わない。

他人がたとえ「あまりに後ろ向き過ぎる」と思っていたとしてもこれは私自身の絶対に叶えたいことなのだから。

だけどそれは不可能かもしれないし、何より転生するために一生を懸けました、というのはあまりにも愚かしい笑い話にしかならないと思うのだ。

健康のためなら死んでも良い、というのは大変素晴らしいというか実に示唆に富んだ迷言ではあるし、他人がそうしているのは指を刺して大爆笑しながら見てやろうと思うものの、私がそれをやるのは絶対に御免である。

だからこその期限、それは無謀ではあると思いつつも学生時代にそれに関する研究の大半を成し遂げようと思ったのだ。

夏休み、今年は旅行的な意味ではドロメダ叔母様やドーラに何処にも連れていかれなかったのでこれ幸いと私は夏休みの宿題と前年度の復習に全力を注いでいた。

二年生になってやっていることを全部忘れましたとか、恥を掻きそうで怖過ぎるというのも理由の一つではあるのだが。

結局のところ一年生の時の寮対抗杯の一件がまずかったのだ。

同じハッフルパフ寮の皆様からは注目されることになり、スーザンにザカリアス、果てはフォイフォイ(もっとも彼の場合は手紙でしかやり取りはしていないが)といった面々から賢者の石防衛に関するあれこれを追及されてしまったのだから。

適当に真実を話すことなく躱しつつ、それでも私は一年の中ではかなりできるハッフルパフ生だと色んな方々に思われてしまったらしい。

 

勘弁して欲しいものだ、全く。

 

確かに最初の年はまあある程度寮に貢献します的な意味合いで、いっそのこと貪欲なまでに取れるところでポイントを取りに行ったのだが、今後も継続的にそれをするつもりは(というかできるかどうかの自信も)ないのだ。

身に着けたところで損はないし、あるいは何かのヒントになるかもしれないということで復習の類は真面目にやるつもりではあるがハーマイオニーに対抗できる純血扱いはやめてほしいのだ、我が従弟殿よ。

それに夏の間彼らが他所の国に旅行に行くらしいとは聞いていたが、その直前まで届いていた先に挙げた同じ寮の二人からの追及のふくろう便は非常に対処に困るものだった。

まあ去年度は仕方なく関わることに相成ってしまったが、流石にあの三人組を中心とした騒動に巻き込まれるようなことにはなるまい。

そう思っていたのに何故だろう。

「久しぶりね、ティア! 元気だった?……あれ、どうしたの。ちょっとふらついているじゃない」

一人になれる為にやっと探し当てたコンパートメントで、ちょっと目を離した隙にハーマイオニーが居るのは性質の悪い運命の悪戯に違いない。

「……いえ、ちょっと未だ残っている暑さで眩暈がしまして」

私も大分嘘、いやいや方便が上手くなったものである。

さすがに去年みたく何時の間にかイレギュラーが二匹も紛れ込んで居たりはしまいと高を括っていたというのが悪かったと言うのか……?

「それにしても良く此処が私の居るコンパートメントだと分かりましたね」

「当たり前じゃない!だってメルロンが居るんですもの。ね!」

そう言って彼女は私の相棒の梟を見上げた。

ハーマイオニーが向き直るとこの白い悪魔はまるでサムズアップするかのように、右足を上げてウィンクしやがった。

こいつが『動物擬き』だとは思わないのだが、まるで鷹のようにキリッとした表情をしているくせに、たまにやけに人間味のあるポーズや行動を取ったりするので侮れない。一体どんな悪影響を誰から受けたのだろう。解せぬ。

ハリーもヘドウィグと同じ白い梟が居るから去年私の居るコンパートメントに転がり込むことにしたと言っていたし、こいつは実は厄介ごとの種なのかもしれない。

……来年もメルロンが原因で何かに巻き込まれたら、この白い羽を一枚ずつ丁寧に毟って焼き鳥にしてやろうと私は固く誓った。

「はあ、そうでしたか。あまり目立つようなら白髪染めか何かで染めてやるべきなのでしょうか?」

去年、イーロップの梟店で少しばかりハイテンションになってこいつを選んだのが間違いだったのだろうか。

「そんなの可哀そうよ。せっかくこんなに美しい外見なんだから」

そんな風に言われたメルロンは眼を細めて右足で、人間で言えば口元のあたりを押さえながら笑っているような顔をしていた。

……実は彼女が私と同じように人間の前世を経験して、今生では畜生道に落ちたと言われても驚かない。

「まあ、だからこそ買ったんですけどね。そろそろこの娘の話は置いておきましょうか。

ハーマイオニーの夏休みはどうでした?」

基本的に互いの情報交換は継続していたから、ある程度は分かってはいるのだが。

「そうね、だいたい充実していたと言って良いと思うわ。手紙でも書いたけどロックハート先生のサイン会にも行けたし。……その後でマルフォイと会っちゃったんだけどね」

「ああ、彼と」

なるほど。大筋は変わっていないようではある、ということは例の危険物もジニーさんの手元にあるということか。面識は無い以上、早く誰がそれなのかチェックだけはしておかないと。

「ティアもサイン会に来なくて良かったのかもね」

「マルフォイのことは特別気にはなりませんが、私は喧噪があまり好きではなかったのでサイン会の前日に今年度の教科書は回収させてもらっていましたから」

特に巻き込まれて楽しそうな気配もしなかったし。

「そう。まあティアはどうだったの? もらった手紙には『復習に次ぐ復習、後は叔母様に色々教わっています』としかなかったけど」

ああ、それか。

「夏休みはレモネードの味を楽しむことと、宿題、復習以外の時間は基本的にドロメダ叔母様に家事に関わる魔法を習っていましたね。

覚えておくと役に立つわよ、と言われましたから」

去年は学校に入る前に予習したいからという理由で断っていたのだが今年からはみっちりと仕込まれてしまったのだ。

「それは良いわね! ああ、私もマグル生まれじゃなきゃそういうことをママから教えてもらったりできたのかな」

「どうでしょう。その場合はマグルに関する正確な知識を得られないというデメリットもありえるのでは?」

などと言うように話をしていたら発車の時間になった。

「ロンとハリーはどうしたのかしら?来ていたらこっちに来ると思うのに」

きっとこれから空飛ぶ自動車で男二人のしょっぱいドライブを楽しむのではなかろうか。

「もしかしたら遅刻したのではないでしょうか」

「ええ? そういう場合ってどうなるのかしらね」

「……手紙で学校に状況を知らせてそれから対応を決めたら良いのでは?」

「うーん。まあ、どっちにせよ向こうに着けば一緒のテーブルに座ることになるんだから別に良いか」

何かこうあの二人に関する扱いが雑な気がしないでもないがそれは私と言う友達がハーマイオニーの傍に居るからだろうか? なるべく今年は(も)近寄りたくはなかったのだが。

とそこでコンパートメントの扉が開いた。

赤毛、圧倒的赤毛!

おそらくは年齢的な関係で背丈の小さいそのそばかすが目立つ女の子は鳶色の瞳をしていた。多分この子は……

「ジニー! 久しぶりね。元気にしていた?」

嫌な予感大的中。

「ええ、お久しぶりハーマイオニー。コンパートメント、他に何処も空いてなくて。ロンとハリーと一緒に居たかったけど途中ではぐれちゃったから……。お願い、此処に私も座って良い?」

ジニー、お前もか。

「勿論よ! ティアも別に良いでしょう?」

やだ。どっか他所に行け……と涙目になった女の子の前で言うわけにもいかないし、仕方がない。

「一人くらいなら大丈夫ですよ。

私はユースティティア・レストレンジと言います、ハッフルパフ寮の今年度から二年生ですね。短い間ですけどご一緒させてください」

同じ空間内に危険物(ホークラックス)と危険人物が……おまけに去年と同じようなイレギュラーが二匹居る展開になっているのは何の冗談なのだろう。

あれ、こんな状況に凄いデジャヴっている気がする。

「ティア、紹介するわね! こちらロンの妹のジニー・ウィーズリーよ」

「ジニーです、よろしくお願いします。ええと、ティア……?」

「それで構いません。私の愛称ですよ。ユースティティアという名前を一々呼ばれるのはどうかと思いましてね」

「あ、あのティア、聞いても良い?」

「何か?」

「ハリーとロンが貴方の名前を言っているのを聞いて……何だかとっても親しそうだったからどういう関係なの?」

「ああ、去年ホグワーツへと行く時に同じコンパートメントだったのですよ。その縁で違う寮に分かれてもある程度親しくさせてもらっていました」

「そうなんだ……ハリーやロンと同じグリフィンドールに行きたいけど組み分けってどういう風に行われるのか二人とも知らない? フレッドやジョージに聞いても『おいおい、楽しみは後に取って置く物だって』って言って教えてくれなくて」

「ああ、それは簡単です」

「どんなこと?」

真剣な様子で訊いてくるからにはちゃんと答えなければなるまい。

 

「一人ずつ面接されるんですよ。何の為に魔法を使いたいか、今現時点でどれだけ魔法を使えるか、と言った簡単なことなのでそんなに緊張する必要はありません」

 

そんな答えを聞いたジニーは両頬に手を当てて愕然としていた。

「私魔法なんて全然知らない。どうしよう……」

いや、まあ嘘なのだけど。

「心配することはないわよ。私やティアは入学前から一年次に扱う魔法についてそれなりに知っていたけど後で聞いたらほとんどの生徒がそうだって言っていたわ」

と彼女はノってくれた。

「ハーマイオニー……!」

教科書を引っ張り出したジニーが見てないところで、彼女はと言えば私にウィンクをしたのだった。

こういった他愛ない罪の無い嘘に彼女が合いの手を入れるというのは予想外だ。もう少しお堅いイメージがあったのだが。……悪い物でも食べたのだろうか?

「私今から今年習う魔法を少しは使えるようにしてみせるわ」

ジニーが握り拳を作ってそう宣言した。

「おや、良いですね。私も人を教えられる身では無いのですが、どんな魔法だったかの大体の感じくらいでしたらお話しすることはできますよ」

「勿論ティアだけじゃなくて私もよ」

そうして話をしているうちに(不本意ながらも)私たちは次第に打ち解けていったのだった。

 

途中で私が去年ロンとファーストキスをしたと話したことで二人が飲み掛けていたかぼちゃジュースを同時に吹き出したり(うむ、実に良い仕事をした)、ジニーが「ロンにそういったことで先を越されるなんて……」と凄まじくショックを受けた顔をしているのを眺めたりした後で私たちは駅に到着した。

「では私たちはこっちですから」

「また直ぐ会えるわよ。気を付けてね」

「二人ともありがとう。私頑張るから!」

そしてそれぞれの行くべき方へと別れたのだ。

ジニーたちは他の新入生と一緒にボートに乗りに、私たちは御者の居ない馬車乗るために。

「魔法界って不思議ね。こんな物が存在するなんて」

「ええ、そうですね」

他の生徒たちの人波に巻き込まれて辿り着いた先で見た物はあまりにも多くの馬車だった。

やはりというか私には見えていたが隣の彼女には見えていないのだろう、この不気味で可愛い馬? たちが。

セストラルという名前だっただろうか。確か「死」を見たことがある者にしか見えないという話だったが、前世の私自身の死体を目撃した身でもそれを目視することができるらしい。

そうか、今生で誰かの死を見たことが無い以上、やはり私はあの時前世を終えたのだろう。限りなく穏やかな「納得」がそこにあった。

「……今年も色々な驚きや発見があると良いですね」

「そうね」

ハーマイオニーは単純にこれから行われる授業の数々(多分汽車の中でも騒いでいたロックハート先生のそれが特に高いと思われる)に対する期待で目を輝かせ、そして私はと言えば失ってしまった物を取り戻すための決意と言う意味合いで瞳に炎を宿らせ、私たちは決定的に異なっていた。

……まあ、今はそれを置いといて馬車から見える風景を力一杯楽しむことにしよう。

現実と戦うためには現実逃避が欠かせないのだから。

 

幾つもの「死」の天馬たちが生徒たちを、魔法を学ぶための学び舎へと運び去る。

夜の薄暗い森の中、仄かに光る星の下を駆け抜けていく百を超える見えざる馬に引かれた馬車たちは中々に優秀で、途中で迷うことなく巨大な威容を誇る城へと乗り手たちをつくべき場所へと見習いたちを送り届けたのだ。

 

何が言いたいかと言うとお腹が空いた。

 

いや、新入生方に比べれば早く食堂にインしているわけなのだが汽車の中でもジニーに勧めた通り、あまりお菓子を買わずにこの夕食の為にあえて空腹にしていた以上当然の結果ではあるのだがその度合いが私の想像を超えていたのだ。

「ううっ……御馳走が私を呼んでいます」

「ティア、ティア。大丈夫ですか?」

「ああ、ジャスティン。空腹のあまりジャスティンの幻影が見えます」

「いや、本人ですから。というか先ほどからザカリアスが君を呼んでいたのですが気付いていなかったのですか?」

「え?」

ふと座っている位置の右斜め横を見てみると顔に不機嫌と書かれている黄土色の髪の男の子がいた。ザカリアス・スミス、私の寮の中々嫌味な少年である。

「ザカリアス、少し背が伸びましたか?」

「おかげさまで今年の夏1、2センチは伸びたようだよ。だけど君、僕がさっきから何度も無視することはないじゃないか」

「ああ、すみません。少し疲れていたようで。……長時間乗り物に乗っていると何もしなくても疲れたりしませんか?」

「同感だがその割にはジャスティンの声がちゃんと聞こえていたようじゃないか」

「きっとザカリアスの声を聞くことを疲れた脳が拒否していたんだと思います」

「え? 今君なんて言った?」

「何も。ああ、新入生が入場するようですよ」

「おい……ああ、またはぐらかされた」

私の言葉通り一個下となるべき寮生候補たちが控室から大広間へと入ってきたのだ。

既に着席していた私たちはと言えば、どんな子がうちに来るのだろうと目に好奇心の光を秘めて生徒たちの入場を見守った。

空腹のあまり組み分け帽子が何を歌っていたかは残念ながら全然覚えていない。

それよりも私はと言えば新入生を観察するので忙しい。

今現在気になっているのは「赤毛少女」と「カメラ小僧」そして「不思議少女」の三人である。

先ほどお互い顔見知り程度にはなってしまったがジニーが本当にグリフィンドールへと進めるのか、何とかクリービーさんだっけ? はどんな顔なのか、そして最後のルーナさんに関しては単なる好奇心である。

いや、映画版と違ってこうして座ってみている分にはロックハート先生は何と言うか、御伽話の王子様が現実にいたらこんな感じ(中身はインチキ王子なわけだが)と言う感じだったのだから他の三人もどんな様子なのかが気になってしょうがなかったのだ。

最初に挙げた赤毛少女はと言えばマグゴナガル副校長先生からの説明を聞いた後でキョロキョロと辺りを見回した後で私を発見し、少し涙目になった後で私を睨んできた。

「む……緊張感が無くなるから良かれと思って吐いた嘘なのですが」

私の善意はどうやら理解されなかったらしい。とりあえずできるだけ爽やかな笑顔で小さく手を振っておいた。

「ティアの事を凄く睨んでいますけどあの子に何したんですか?」

「ホグワーツ入学時に行われる組み分けでの洗礼を施したまでですよ。親切心からそうしただけなのですけど」

「ティアの親切は親切じゃないからな……」

何やらザカリアスが失礼なことをのたまっていたようだが、何時もの事なので私は丁重に無視させていただいた。

 

今年の新入生全員の組み分けが恙なく終了した。

ジニーは希望通りグリフィンドールに入ることができ(ハリーとロンの姿が見えないせいか着席時直ぐ傍に居たハーさんと辺りを見渡していたが)、同じ寮に入ったクリービー君の名前がコリンと言う物だということを薄茶色の髪をした坊ちゃんの面ごと確認したり、想像以上に不思議で可愛い感じがする女の子だったとラブグッドさん家の一人娘がレイブンクローに選ばれる場面を目撃したりとなかなか充実していたように思う。

ライオンの帽子を被っていたりした変な子だったと思うが、あれはあれで良い物だと思うし、個人的には是非お近づきになりたいものだ。

前世で常識人だった私だが、周りにはよく変人の類が集まっていたので何となく彼女とも仲良くなれそうな気がする。

 

さて、何はともあれ先ずはハッフルパフに新しく入った子達と一緒に食べる御馳走を楽しむことにしようか。

今年度も今年度で楽しめますように。

 




登場人物設定①
ユースティティア・ドゥルーエラ・レストレンジ……ある日通り魔に刺されたと思ったらベラトリックス・レストレンジの娘として生まれていた日本の元女子大生。
今生は残念な美少女、前世は残念な美女。元の名前は鈴木美奈子(ついさっき適当に考えた)、あだ名は「キナコ」。悪友に佐藤千代子(あだ名はチョコ)に高橋杏子(あだ名はアンコ)が居る。
高校生時代に身に着けた数々の「技術」は圧巻である。本人曰く、「お爺ちゃんの遺言が『人の嫌がることは進んでやりなさい』だった為にその遺言を守るべく必死に努力した」とのこと。……絶対に悪い意味で捉えている。
なお前世の頃からボケなきゃ死ぬ病を患っていたのだが今生でもそれは治っていない。何とかは死んでも治らないという良い例である。
ある程度熟した精神とマグルの小技、今生の両親から受け継いだ魔法の資質が彼女の武器である。現在後ろ向きに努力中。それは芸術的な方向音痴によるものではない。
この時点では書かないがとある性癖(言う程怪しくはないつもり)を持つ。二巻目に期待していてほしい。

エロイーズ・ミジョン……ハッフルパフ生。原作を読む限りおそらく違う学年に属していたはず。何故本来とは違ったものになってしまったのかと言うと原作を良く確認しなかった作者のせ……ティアが存在する(要するにベラトリクスの妊娠中の活動休止etc)ことによるバタフライ効果が多少現れているためである。本来は性格が良い子だが、何処かの誰かの影響を受けて段々とイイ性格をした子になりつつある。そのことは本人もティアを含めた周りも現時点では知る由もない。原作と同じく自他共に認める不美人。魔法界においても遺伝子の力は偉大である。

メルロン……指輪物語におけるキーワードの一つだった。この世界『ハリー・ポッターシリーズ』が存在しないがかの作品は実在している。ティア本人は何時か前世の友達に会いに行ければ良いという意味で付けた。
が主にジャスティンには違う意味合いで捉えられている。
ハリーが此処にしようと一年次のコンパートメントを決めたのはメルロンがヘドウィグと同じ外見をした雌の梟だったからである。前者はキリッとしているが後者は優しげな感じがするという違いがある。梟同士は仲良しになれたがティアの方でもハリーの方でもお互いに送る予定が特にない。最近飼い主に似てきた。

テッド叔父様……本名テッド・トンクス。ティアが将来闇の魔女にならないように無い知恵を振り絞った結果、何故かマグルの映画の話をさも本当であるかのように話し、ティアに小さい頃からマグル嫌いを身に着けないようにしていた。勿論ティアは分かった上でその内容を語り、ぼけることにしている。突っ込み役はマグルの常識をある程度持ち合わせているハリー、ハーマイオニー、ジャスティンの三人である。
若干メタボ気味。

ロン……ティアとはシュールストレミング味のファーストキスをした相手。レモン味なんてなかった。
ティアの事を理解不能な存在として捉えている。ある意味間違っていない。なおティアの方はと言えばコメディ顔の彼の事を決して嫌ってはいないのがミソ。

ハーマイオニー……今のところ生きた死亡フラグとしてしかティアの方では認識していない。ハーマイオニーの方ではそれなりに優秀で博識な彼女の事を唯一無二の友人と思っている。というのも得手不得手はあるものの、基本的にティアが真面目に予習復習をしたり学業に関しては手を抜かなかったり、密かに彼女が同じ学年よりも上のレベルの魔法を幾つか使いこなせ(もしくは使えるよう努力している)たりことを知っているし、話のレベルが合う為。ただし彼女が真面目に話していてもティアの方で茶化すことが良くある。


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たった一つの冴えたやり方について

最近面白い二次創作が増えてついつい読み耽っていてとある事実に気付きました。
私自分の二次創作を更新し忘れているじゃないか! と。






何が言いたいかっていうと私は悪くない。
面白い二次創作を書いている他の作家さん方が悪いんだい!


朝起きて大広間でオレンジジュースを飲んでいると突然爆音が響き渡った。

「何やら楽しい気配がしますね」

眼を輝かせた私に対して隣の彼は辛辣だった。

「どうしたんですか、ティア。また厄介ごとの気配でも嗅ぎつけましたか?」

ジャスティン、君は全くもって失礼だな。そういうのはザカリアスの役割だと思っていたよ。

「まあ、ティアとの付き合いも一年になりましたから」

うん、そうか。それにしても

「これ、聞いている限りロナルド・ウィーズリーが何かで叱られているようですね。何でしょう?」

「あれ、ティアって『吠えメール』は知らないの?」

ハンナがそんなことを言った。

「ほえ……?」

「ああ、そうか。ティアの場合送ってくるような相手がいなかったのか……。良い? 吠えメールっていうのはね」

どちらかといえば面倒見は良い方のスーザンが、今聞こえている「それ」が一体何なのかを教えてくれた。

ああ、解説のスーザンさんに聞くまで忘れていたがそういえばそういうのがあったような気がする……。

昨夜から噂になっていたがハリーとロンの非行、もとい飛行しての到着は全校生徒の知れ渡るところとなっていたから、彼のお母様によるそのことについての制裁だったか。

「なるほど。しかし彼らもそんな物を受け取るとは災難でしたね」

「そうでも無いのでは?」

「どういうことです、ティア」

「心配してくれたが故に送ってきたのでしょう。良いお母様じゃないですか……そういうお母様が居ない身としては少し、羨ましいです」

心底そう思うよ、本当に。

「ティア……!」

何やらエロイーズが私の境遇をいたわるように少し涙ぐんでしまっていたようだが、私と彼女とで意味の捉え方に差があったようだ。

彼女は純粋にそういう意味として理解しているようだが私の場合、今生の「あのお母様」は私がああいった不始末をしたら、想像になってしまうが飛んでくるのは吠えメールなんてある意味牧歌的な物じゃないだろうということなのだ。

あの容赦のない怖いおばさん、ベラトリックスお母様は吠えメールじゃなくて高い確率でかの有名な「クルーシオ 苦しめ!」を私に対して掛けてくるだろう。

 

喰らいたいクルーシオは「腹筋クルーシオ」だけと決めているというのに。

 

その気も無しに何だか突発的にしんみりしてしまった空気はと言えば、寮監のスプラウト先生が時間割を配るまで続いてしまったのだった。

 

新学期最初の授業、それは「薬草学」である。

確かマンドレイクを扱うのかとうろ覚えの記憶を探ってみたらやっぱりそうだった。おまけにグリフィンドールとの合同だ。

若干遅れて合流したハリーたち仲良し三人組を見かけたので小さく手を振って挨拶をしておいた。

ここホグワーツでは一年目は箒から落ちて首の骨を折って死ぬかもしれず、二年目はうっかりマンドレイクの鳴き声を聞いたり、バジリスクの眼を見たりして死ぬかもしれず、三年目は吸魂鬼に魂を吸われるかもしれずない。それらを無事にやり過ごした場合は四年目や五年目は安全かもしれないが、六年目と七年目は授業参観でもないのに招かれざる客として来訪したお母様に、スリザリンに入らなかったことで殺されるかもしれない。

後確か四年目まではハロウィンになる度に悪いことしか起こっていなかった気がする。

 

本当ホグワーツは地獄だぜ!

 

今のうちに日常をしっかり楽しんでおかないと……まあ私には幾つかの計画通り「色々」としなきゃあならないことがあるわけだけど。

と、ハーマイオニーとスプラウト先生のやり取りを見ていた私はそんなことを考えていたのである。

 

マンドレイク、私にとってはマンドラゴラの方が馴染のある名前であるところの魔法界の危険な植物に関する説明を二人が終えた後の話だ。

その特徴的な鳴き声を防ぐために耳当てを選ぶことになったのだが

「ティア、本当にそれを選ぶの?」

エロイーズが戸惑うように訊いてきた。

「? 可愛い色合いじゃないですか」

「気に入っているなら良いと思うけど……」

ハンナも何だか気乗りがしない様子だ。

件の私が取った耳当ては何故か皆が選ぼうとしなかった「ショッキングピンク色の物」だった。

鮮やかな色合いが可愛らしくて良いとは思わないのだろうか?

辺りを見てみると何でそんな物を、という感じで何とも言えない顔をしているな。

……これはひょっとして私の感性の方がずれているのか?

実は呪われた品で皆がそれを感知したが故に避けたとか? なら他の物にでも今から変えて貰うか。ザカリアス辺りのそれと無理矢理交換してしまえば何の問題も無いに違いない。などと考えていると

「おや、ミス・レストレンジ。それを選んだのですか?」

少し驚いたようにスプラウト先生が言った。

「この耳当てでは何かまずかったでしょうか?」

「いえ、そんなことはありません。それで問題は特に無いのですが、私が使おうと思っていたので驚いただけです。何しろそれは一番良い耳当てですからね」

「そんなに良い物なのですか?」

ただの外見が素敵な耳当てにしか見えないのだが。

「ええ、何せダンブルドア校長が自らお作りになられたものですからね」

その言葉を聞いた瞬間私の脳裏に思い浮かぶものがあった。

 

確か『賢者の石』での冒頭、ハリーがダドリー家に預けられる場面で

 

「こんなに赤くなったのはマダム・ポンフリーがわしの新しい耳あてを誉めてくれた時以来じゃ」

 

とダンブルドア校長がマグゴナガル副校長におっしゃっていたはず。

それは物語の冒頭故の、とてもインパクトの大きい場面だったからこそ私の記憶に焼き付いていたのだ。

やけに印象的だったのでついつい覚えてしまっていたのだがこれがそうだったのか……。未だこれがその時に話していた新しい物の方なのか、あるいは新しいと言っていたから当然存在するだろう古い方なのかは判別が付かないのだが。

 

それにしても何とも感慨深い物だ。あえて例えるならば、伝説上の人物が手にしていた剣を握ってみた勇者志望の少年のような気持ちとでも言えば一番近い気がする。

ただダンブルドア校長のお手製……だったのか。てっきり購入した代物かと思っていたのだが違ったのか。

何度か登場した「灯消しライター」のような魔法が掛かった品を発明あるいは創造してはいたようだし、おかしくはないのだろうが。

 

「ミス・レストレンジが選ぶまで生徒の中では誰も選んだことが無かった物なのですよ。不思議なことに」

 

……まあ、スプラウト先生なら外見ではなく、実用性や性能の方を重視するということだろう。

駄目だったのは私のセンスのようだが、耳当て自体の性能は折り紙つきだろうし、特に対した問題は無いはずだ。

そう思った私は特に返却することなくそれを使うことにしたのだった。

他の面々は相変わらず胡乱気な様子でこっちを見てきていたのだがこんなことで他人の目など気にしては好きに生きられない。

私は気にするのをやめた。

 

さて、その後の私はと言えば四人一組となって残りの授業を受けなければならないようであった(マンドレイクの植え替えをやることになったのだ)のでザカリアス、ハンナ、そしてスーザンと組むことになった。

二年生にやらせるのはどうかと思うという意見もあるかもしれないが、危険物の取り扱いについて学んでおいて損は無いし、何より確か狩猟民族とかだと斧やナイフを今の私たちよりも早い段階で持たせて慣れさせていくと聞いたことがある。

であるならば魔法と言う私たちの存在自体から切り離せない物(我々は魔法界の住人なのだから)の危険性などさしたる問題では無かろう。

だからこの薬草学でこれからすることに異論も文句の一つであろうとないのだが、本音を言えばメンバーは彼では無くてエロイーズと一緒が良かった。

たまに目の敵にするような目でこっちを見てくるからな、ザカリアスは。全く、私が一体何をしたというのだろう。

 

ただ単に賭け事の度にカモったり、皆でトランプの勝負を遣っている時にモヒったり、聞かれたことを大抵の場合はぐらかしたりしただけなのに。

 

どうにも彼の器は小さい気がすると思うのだよ……。

ジャスティンがハリー達三人組と組んで自己紹介しているところを見ながら私たちはと言えば準備に取り掛かった。

ところがザカリアスだけは違った。

彼だけは作業を手伝わない上に、耳当てをしている私が集中してやっていると人差し指で肩をつついてきたりするのだ。

私がそちらを向くと知らん顔で明後日の方向を見ていたりする。

小学生の男子かお前は。

こんなことを何回か繰り返された後で、流石の私も堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。

 

私の左手側に居たバカリアスの顔を両手で掴んでこっちに無理矢理向かせると

「いい加減にふざけていないで真面目にやってください。私がする『警告』はこの一回限りですよ」

とはっきり言ってやった。

勿論彼に聞こえているはずがない。マンドレイクの鳴き声を防ぐために、私を含めて皆耳当てをしているのだから。

だが意味は伝わったはず。

いきなり私に掴まれたことで動揺した彼の眼を正面から見て、開心術を無言呪文で使ったことで私には彼がやったことだという裏もはっきりと取れている。

それに先程私が発した言葉は決してブラフなどではない。彼が続けるようなら私には一発で彼を無効化できる手段が思い浮かんでいるのだから。

私が再びマンドレイクに向き合う作業を始めると、はたして彼は再び続けて来た。

故に私は次の手段を取ることに一切の躊躇いを抱かなかったのだ。

 

スーザン、ハンナそしてザカリアスが見ている前で私は自分の右腕を少しずつ上げていった。

徐々にではあるが不自然ではない程度にゆっくり、と。

何をしているのだろうと二人が反応し、そして最後に彼が私の腕を見て、それから私はとある方向を指さした。

無意識にではあるのだろうが三人の視線がその方向、私から見てまっすぐ正面に集中した。

その方向にいるのはスプラウト先生だったがその人はと言えばちょうど見ていなかった。手近な生徒たちの様子を見守っていたのだ。周りの他の生徒たちも自分たちの作業で低位一杯の状況。

その時だ、私が行動を起こしたのは。

と言っても私がやったのは実に簡単なこと。

誰もがほぼ知っているような、私の魂の故国の有名な漫画に使われていたその名言はこの状況において酷く有効的であった。それというのは

 

 

 

左手は添えるだけ。

というものだ。

 

 

 

 

――ただし私が力一杯握りしめて泣き叫んでいるマンドレイクの幼子を、同じ手で耳当てをずらしてやったザカリアスの右耳に押し当てるものとする、という条件が付くが。

 

特に何の予備動作も無く、他の誰もが行われていることに気が付かない零距離でのお一人様用ヂャイアンリサイタル。それを私が正面を向いたまま彼が白目を向くのを横目で確認しながら押し付けてやった後で、再び元々の位置に戻されるマンドレイク。

 

この間約二秒。誰かに気付かれた形跡は皆無である。

 

だからだろうか、突然ザカリアスが倒れた時は皆本当に驚いた様子であった。

前を向き直ったハンナとスーザンは呆然とし、視界の端に映ったことで気が付いたのだろう、他の生徒たちもこっちを見て驚いていた。

必要な作業を終えた後で私たち全員が耳当てを外したことを確認したスプラウト先生はおっしゃった。

 

「毎年一人か二人は耳当てがずれていることで医務室に行く生徒が出てくるのですがホグワーツでは良くあることです。

皆さん、ミスター・スミスがどうなったかを忘れずにこれからの作業中もしっかりと耳当てをしていてくださいね。これまで学んだ通り魔法界の植物は危険が多いのですから」

「はい、スプラウト先生!」

私たちの声はとてもとても大きかった。

 

その後の授業は彼が医務室で過ごしていたせいで、姿を見なかったからか非常に心穏やかに過ごせたのだがそれについてはまあ、どうでも良いだろう。

話は次の日に移る。

その日の午後は私が待ちわびていた「闇の魔術に対する防衛術」の授業があったのだ。

「楽しみよね、ティア」

「ええ、そうですねエロイーズ」

やっぱりハンサムな先生の授業は気になるのだろう。そういうところは女の子している彼女だった。

だから私の手持ちのお菓子を飲み干すのは今後からやめていただきたいのだが……。

「それは無理よ」

そういうだろうとは私も思った。しかしそんな食生活では今以上に顔が

「放っておいて」

はい、わかりました。スイーツ好きにも程があると思うのだがどうか。

彼女もお菓子をなるべく食べないで私のように野菜と肉中心のヘルシーな生活を送ってみた方が良いと思うのだが。

そんなことをつらつらと考えていたらロックハート先生がようやく準備室から顔を出してくれた。きっと髪の毛をカールさせていたら時間が掛かったとかそういうアホな理由で少し遅れたに違いない。

 

と思って開心術を使って見たら本当にそんな理由だったことに私が驚いた。色々な意味で凄い先生である。

 

ハーマイオニーを見つけて昨日確認しておいたのだが、聞いてみるにやはり教師としての実力は高くない、というかまるで無いようなのだ。

校長も適任者がいなくてこんなのを仕方なく就任させざるを得なかったとか少し同情してしまう。

彼の外見は非常に良いのだが……。

とそこで聞いていた話通り、ロックハート先生によってミニテストが配られた。

「君たちがどのくらい私の本を読んでいるかの簡単なテストです。覚えてさえいれば楽勝ですよ、制限時間は三十分です。では始め!」

そう言われて私たちは利き手に羽ペンを持って――

 

大いに困惑することになる。

何故ならテストペーパーにあったのは

「ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?」

「ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?」

と言ったどちらかと言えば彼自身の個人的なことに関する質問ばかりだったのだから。

受けているハッフルパフ生の彼らに取ってはこんな内容知るか、とばかりに匙を投げてしまいそうな物だけが集まっていたのだ。

 

まあ、私ことユースティティア・レストレンジを除いては、の話だったがね。

 

私はと言えばテスト問題の内容を一字一句正確に覚えていたハーさんから、例によって例のごとく開心術で読み取り、事前に完璧に暗記したので解答するうえでの問題はまるで無かったのだ。

「おや、満点はミス・レストレンジただ一人ですか。

私の出したミニテストで他に満点を取った人と言うと、他にはグリフィンドールのミス・グレンジャーだけでしたね。よろしい! あの子と同じ十点を上げましょう!」

予想外とは言えちょっと嬉しい。基本的に取れるところで取って置くことを良しとする私としては、このような少ない労力で多大な点数を得るというのは一番好きなシチュエーションなのだ。少し嬉しくて思わず微笑みが漏れてしまった。

 

残りの時間はと言えばミニテストの解説、要するに彼自身の自慢話やら何やらやこの授業の目指すべき物についての彼の仰々しい説明で終わってしまったのだ。

そして授業が終わり、皆が次の授業に備えて呪文学の準備を進めている中で私はロックハート先生の元へと向かっていた。

「ちょっと、ティア。何する気なの?」

ハンナが疑問に思っていたようだが、彼女が理解できずとも私にはどうしてもしなければならないことがあるのだ。

「大丈夫ですよ。ちょっとロックハート先生にお願いがありまして」

「もう、早くしてね」

納得が行かないようなハンナに返答を返すと、彼女は談話室へと向かっていった。

「ロックハート先生、あの大変不躾で恐縮なのですがお願いがあるのです」

「おや、ミス・レストレンジ何ですか?」

満面の笑顔で応える彼に対して私は顔を赤らめてしまっていた。

まるで恋するバカな女学生のように見えることを自覚しながらも私はこういう特別な状況に大変弱くて……。

そしてロックハート先生のサインを戴いたことで思わずスキップしてしまいそうになった私は――

 

 

 

 

 

そのサインを元に、予てよりの計画通りマダム・ピンスの元へ「閲覧禁止」の棚にある本を借りに行ったのだった。

 

 




秋休みなんて無かった。
相変わらず良い子は真似しないように、なことばかり書いている気がしますが此処にいる読者諸氏の善性を私は信じている。





決してイイ性格をした読者ばかりが居ることを期待しているわけじゃあないんだよ……?


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素敵な活用法について

ハロウィンまでにハロウィン回が更新できないというのがジンクスになりそうで困っています(´・ω・`)。




そう、気が付けば連載から一年が過ぎていた……!
続けていられるのは読んでくださる皆様のおかげですよ、本当に。


こんなにドキドキしたのは、前世で私にセクハラをした男性体育教師の家に忍び込んで、彼の「お宝」全てを外見はそのままに、中身を全部ガチムチな兄貴たちが出演する物に替えてやった時以来だ。

心臓の高鳴りを感じながら、不審に思われながらもマダム・ピンスから目当ての本を借りた私は足早にその場を離れ、そして誰もいない場所に辿り着いた後でガッツポーズを決めた。

全くもって心臓に悪かったがどちらかといえば小心者の私故に仕方がないことなのだろう。

ちょっとだけ悪いことをする時でも興ふ……緊張してしまうのだ。

無論基本的に善人な私は、当然前世で犯罪と言われるようなこと一切行っていない。

だって神様だっておっしゃっているじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ」

と。

 

 

 

……一応言っておくとバレなくても窃盗、万引き、掏り、傷害、放火や殺人に当たるようなことは一切行っていない。

 

さて、前世の私は前世の私。今生の私が何知るべさ、ということでそろそろ話を元に戻すことにしようか。

私がこんな真似をしているのは理由がある。

それというのも転生について書かれている資料がホグワーツの図書室にほとんどと言って良いほど存在しなかったのだ。

たまにあっても精々が東方のマグルの想像の産物、というように空想上の理論としてしか扱われていない。

だからこそ私は、魂について多少でも記述しているかもしれないであろう「閲覧禁止」の棚に知識を、救いを求めたのだ。

この私が調べてみたところ必要の部屋でも閲覧禁止の本棚の本は読めなくはない。何故なら求めている物のコピー、棚丸ごとを部屋の中に出現させること自体は可能だからだ。

でもそれでは七年という時間内では間に合わない。

なにせ外国の物も幾つか含まれている以上私は自分の力で(と言っても必要の部屋内部でその国の言語の辞書を出しての上でだが)翻訳しなければいけないし、何時でも自由に使えるという物でもないからだ。

更に記憶が確かであれば五年目、六年目、七年目ではほとんど自身の目的のために使うことができないし、通常の授業もこなさなければいけない身である以上、それは例えば休日、それに授業の後の僅かな自由時間という風に限定されてしまうのだ。

故にどうしても部屋の外でもある程度は自由に読める時間が必要だった。

だからこそロックハート先生と言う閲覧禁止の本棚の本発行機を利用するのが私にとってのベストな選択肢。

そう、使えるものを使うことに躊躇いを持つのは間違っている。

あくまで悪いのは許可してくれたロックハート先生であって私では無い。

理論武装完了、ようしティア頑張っちゃうぞ!

 

あれから一か月と少し。

私は閲覧禁止の本棚の本を何冊か読むこと成功していた。

「おや、また来たの。ミス・レストレンジ」

「こんにちは、マダム・ピンス。その後フィルチさんとはどうですか?」

「悪くは無いわね。ああ、この本ね。待っていなさい」

図書室を訪れた私は、何時ものように多少の世間話を交えながらマダム・ピンスの持って来る本を待った。

「はい、これ。探していた『ブギー・ブック』ね」

「ありがとうございます」

持っていたロックハート先生のサインと引き換えに持ってこられたその本は、茶色の表紙に猫のような、しかしそれよりも少しだけ邪悪そうな瞳が二つと猫その物の口が付いており、さらに猫の毛皮のような手触りをしているような代物だった。

こっちを興味深そうに見ているその瞳に思わず笑みがこぼれてしまうのを私は自覚する。

ある程度マダム・ピンスと親しくなれたのも元はと言えば「猫」が関係しているし、私にとっての幸運の動物なのかもしれない。

 

数日前のとある日、私はミセス・ノリスに連行されていた。

私が彼女を連行しているのでは無い。私が連行されているのである。

「ミセス・ノリス。本当に一体どうしたんですか? 」

私の羽ペンを咥えた彼女は、時折私がちゃんと後を着いて来ているかどうかを確かめるように私の方を振り返りつつ、小走りに何処かを目指して駆けていたのだ。

……前からキャットフードをあげて餌付けしていたのだが何だか妙な具合に懐かれてしまったようでこれで良いのだろうかという疑問が湧き上がってくる。

飼い主に似ているねちっこさを発揮している彼女はやることは陰湿であるものの、無慈悲かつ公平なところがチャームポイントだと思っていたのだが、何故か私の事は頼りにしているようだったのだ。

一体私の何処を気に入ったのだろう、解せぬ。

まあ、そんな私の思考を他所に彼女は私を連れて行った。図書室の準備室へと。

「此処で何があるというのですか、ミセス・ノリス」

そうしたらシーッとでも言うように彼女は前足を自分の口元にあてた。

そうしてある方向を見出したのだ。

「一体何が……!?」

思わず私は黙り込んでしまった。

そこで特派員ティアが見てしまった物とは……

 

 

 

 

マダム・ピンスとフィルチさんの濃厚なキスシーンであった。

 

 

 

……もう一度言おう。マダム・ピンスとフィルチさんの濃厚なキスシーンであった。

思いっきり「ぶちゅう!」という感じに肉厚な唇と唇が重なっていたので間違いない。

 

残念ながらロマンティックな光景に見えなかった。

どちらかと言えば私の少ない知識で言えば……

「怪獣大決戦……?」

ハゲタカに似た痩せた外見の熟女と禿げ上がったブルドッグの出来損ないみたいな外見の中年男性のキスシーンなど誰が得するのだろう。

自分でも口に酸っぱい物が込み上げてくるのが分かった。

あの二人ができているという噂なら何度か聞いていたが、まさかこんなことになっているなんて。ふとミセス・ノリスのことを見てみれば「この泥棒猫が!」という目付きでマダム・ピンスのことを睨み付けていた。

……猫はミセス・ノリスの方なのだが。

ミセス・ノリスはフィルチさんのことを愛しているから仕方がないのだろう。此処に種族の垣根を超えた三角関係が成立した!

とそこで物音を立てて私の存在に気付いたのか二人が私の方へと向き直った。

「ミス・レストレンジ……? こんなところで何を、というか」

「これはその……違うのよ!」

二人とも酷く慌てて挙動不審だった。

「……ああ、以前私がフィルチさんに渡したあの本ですか」

「な、何のことかな!」

フィルチさんの目が泳いでいた。

「図星ですね」

まあ、たった今開心術を使って確かめただけなのだけど。

以前私は同期のパチル姉妹に乞われてピープズ除けの為に般若心経を仕込んで上げたことがあるのだが、その代価として彼女たちの家に代々伝わる『カーマ・スートラ』を写させてもらったのだ。

読み終えた後で、それを物欲しそうにこっちを見ていたフィルチさんに没収品の一つと交換してもらうという、オンゲーでは良くあるイベントというか藁しべ長者みたいなというかまあ、そんな感じで裏取引をさせてもらったのだが、それが廻りまわってご覧のありさまになったというわけらしい。

女性の誘い方についても幾つかの言及があったし、それがこの場面の元凶なのだろう。

「ミス・レストレンジこのことは誰にも……」

震えた声でおっしゃるマダム・ピンスに対し、私は即座に返事をした。

「はい、言いません」

と。

二人とも少し驚いた様子だった。

普通の年代の子であればそういうことで盛り上がりそうな話題を誰かに漏らしてしまっていただろう。

だが生憎、私は普通の子じゃあない。

此処で他の生徒たちにお茶の間の話題を提供するだけというのは三流のやることだ。

どちらかと言えば恩を売って置いた方が遥かに良いやり方だと明らかである以上、こうする方が正解だろう。

「誰かの秘密をペラペラ喋るなんてこと私はしませんよ」

そう、基本的に(自分に)嘘が付けない私は一番(私が)幸せになれる選択肢を選びたい、ただそれだけなのであって必要もないのに誰かを強迫なんてしたりしないのだ。

「まあ、そんな……!」

後は言葉にならないようだったが二人とも私に感謝しているようだった。

 

そうして二人の私に対する態度がその後軟化したのは言うまでもない。

しかし、何故こんなことになったのだろうか?

細かい理屈は良く分からないが「世界はいつだってこんなはずじゃなかったことばかりだよ!」というのは案外この世の真実なかもしれない。

そして推論だがあの時私をあの場所に連れて来た彼女は、これをきっかけに二人が別れてくれれば良いと思っていたのだろう。というのも以前試して見て分かったのだが、感情があまり複雑ではない動物には開心術が効かないからなのだ。

その時の私の返答にミセス・ノリスは抗議するように此方を見ていたが「二人の愛を見届けてあげることも必要なのでは無いのですか?」と説いたらしぶしぶではあったものの納得する様相を見せてくれた。

その後で何度かマダム・ピンスのことを恨めし気に見つつも、何だかんだと言って彼女もフィルチさんの幸せを願っているのだろう。多分猫語でそのことに関して私に愚痴ってくるのだが本当に良い主従で羨ましい限りである。

……うちの梟なんか検診の為にイーロップの梟店に連れて行ったら一番高い餌を要求するようになったからな。がめつい、流石メルロンがめつい。

全くもって一体誰に似たんだろう。近くに凄まじくがめつい誰かが居たに違いない。

これでミセス・ノリスの尻尾が二つに分かれて人化したらまた非常に面白い光景になりそうだったのだが実に残念でならない。

きっと魔法界には萌えが足りていないに違いないと私は改めて確信する。

 

とそんな風に授業以外では過ごしていたわけだが怖れていた日がついに来てしまった。

ロックハート先生の授業でのご指名である。

伝え聞いた話、グリフィンドールでのピクシー事件(ロックハート先生がピクシーを放し飼いにして悲惨な目にあった事件の事だ)の後でこの授業は演劇の授業に変更になってしまったのだ。

幾度か授業を経験した後、暫く前からどこら辺の席が当たりやすいかというのは、見て一目瞭然だったのでその席だけは避けていたのだが、ついにそこにこの私が座らざるを得なくなってしまったのだ。

直前に他に唯一開いていた席にザカリアスに座られてしまったのがまずかった。

こちらを見ながらにやにや笑っているところから見て確信犯なのだろう。

何時もの面々を見ていると済まなそうにしながらもこちらとは目を合わせてくれない。

ハッフルパフ寮というのは私を見れば分かる通り、基本的に奥ゆかしい寮生が多いのであってこういう人前で劇をするだとかそういうのが苦手な人が多いのだ。

……畜生め。

「ではミス・レストレンジ。今日のお相手をお願いしますか?」

そう言われた私は意を決し、立ち上がった。

「先生。私演技力に自信が無くて……」

周り、特にいつも一緒に居る他の五人(ザカリアスは少し離れた位置に座っていた)は少し驚いた様子だった。……普段の私を知っている彼ら相手には少し無理のあるやり取りだったか。

「大丈夫ですよ、ほら恥ずかしがらずに」

とそこで何時もなら言うので私はロックハート先生が次の台詞を言う前に畳み掛けるようにして言った。

「でもザカリアスならきっと上手くやってくれると思います!」

そう言って思いっきり指差しながら彼の方を向いた。

急に私に指名された彼は驚いた様子でどう反応したものか迷っていた。クラス中の眼が彼に集中したのを私は確認し、そしてそちらを向いたまま私はと言えばロックハート先生に対して無言のまま呪文を掛けたのだ。

「コンファンド 錯乱せよ!」

と。

「……良いでしょう。それではミスター・スミス、立ってください。ほら大丈夫ですよ」

私がそうするように呪文を掛けたからだが、違和感がまるで見当たらなかった。きっと普段から錯乱しているようなものだからだろう。

ちなみにそう言われたザカリアスの表情はまるでこの世の終わりを告げられたようだった。

周りの彼らはと言えば下を向いて笑いを堪えていたのを私は確認している。

全く友達の不幸を笑うなんてどうかしているよ。

仕方なく彼は立ち上がり、そして演技を披露してくれた。

突然襲った理不尽さを噛みしめる顔付きのまま数々の敵役が倒される場面を演じた彼は、良い役者になれそうなほど身が入っていたように思う。

なおこの後の彼はと言えば何故かこの時の演技が気に入られ、お気に入りの生徒として今年度のロックハート先生の相手役を務めることとなる。

そして私はと言えばこの光景にいたく満足していたのだ。

彼の記憶操作に問題が無くて何よりである、と。

そう、ロックハート先生の部屋に押し掛けて「忘却呪文」に関しての全てを教えてもらっておいて良かった。

彼自身は「まるで覚えていない」がその使う際の教え方も非常に上手く、私は本当に一発で覚えられたのだ。

入学前に使ってみた際その呪文は上手くいかなくて(呪文と言うのは適正や得手不得手と言う物が必ず出てくるものなのだ)困っていたのだが今後この呪文についてはそんなことはまるで無くなるだろう。

二年生時から闇の魔術以外の高い技量を必要とする呪文を使えるなんて私は本当についている。

それにザカリアスがお気に入りになったことだって悪くはない。

私や私の友達のハンナやスーザン、それにエロイーズが指名されて酷い役をやらされることは無くなったし、勿論他のあまり話したことの無い同じ寮の女の子達についても同様だ。

きっと私の行動は同性に対して良い影響を及ぼすものに違いあるまい。

 

冒頭で述べた男性体育教師にしても、暫く学校では抜け殻になっていたようだがその後で復活した後は女生徒にセクハラをすることは無くなったのだから。

 

 

 

 

 

 

――ただ私が卒業した後の噂だと代わりに男子生徒にセクハラをするようになったそうだが。

 

まあ、私に幾つかの人生の指針をくれた前世の祖父曰く、「男は女の盾となり剣となり攻撃を受け止めるもの」だそうだし、私も彼の性癖にまで責任は持てないし大した問題でも無かろう。

 

 

そんなこんなで気が付けば今年度のハロウィンが直ぐそこまで来ていた。

 




やられてなくてもやり返す。ザカリアスには念入りにやり返す。誰彼かまわず嫌がらせだ!


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騒ぎの始まりについて

気が付けばお気に入りが二千人超えていて驚きのジェバンニです。一晩じゃあ色々と無理なことが多過ぎる……!

あ、次の話が始まります。


それは私がハグリッドの小屋に行って、頼んでいたブツを受け取った帰りの事だった。

「絶命日パーティ?」

ハーマイオニーが突然寄ってきたかと思うと、そんな物に参加しないかと問いかけてきたのだ。

「そう、ハリーが私たち三人で行くってニコラスに約束しちゃって……ティアも良ければ参加しない?」

私は頭が痛くなってきていた。

「ハーマイオニー、それがどういう物だか知っていて参加すると明言したのですか?」

「いえ、知らないけど。ティアはどういう物だか知っているの?」

自分も知らないことを知っている私に対する眼が何だかキラキラしている。

私としてはどんな物かも知らないで参加を決めちゃうあたりが「実にグリフィンドールらしいな」とは思うので、ハリーやハーさんは既に馴染んでいると言えると思っているのだがどうか。

「ええ。うちの『太った修道士』に詳細を聞いたことがありましたから」

いや、まあ裏を取った程度だったのだが。

「……どういった物か聞いて良い?」

そこで私は知る限りの全てを語ってあげることにした。

「絶命日、それは既に生無き者達が大勢集う儚き宴。

供される食物はゴースト専用で、普通の人間なら口にすることすら耐えられないような一品ばかり。

生あるものは死者とのあまりの温度差に苦しむことになります。……主に周囲の空気から彼らが体温を奪っていくという意味合いで。

最後に、真の意味で喜びも悲しみも生者と共有することはできなくなってしまった彼等と私たちは、バベルの塔以後の全人類のようなものです。

まあ要するに多分彼らとは話が合わなくて苦労するのではないのではないでしょうか?」

おとなしく私の話を聞いていた彼女は頭を抱えていた。

「なんで私参加するなんて言っちゃったのかしら。……一応言っておくとティアは出たりしないわよね?」

何かを期待して居る感じのハーマイオニーには悪いが

「勿論です。例え『汝、パンプキンパイを諦めて絶命日パーティに行くがよい!』と神様に言われたとしても、私は神様を殴り殺してでも拒否するでしょうね」

「うん、分かっていたわ。ティアってパンプキンパイ大好きだもんね」

残念そうに、しかして得心顔でハーマイオニーは頷いた。

「ある程度予想はしていたのでしょう? その代わりと言っては何ですがこれを持っていってください」

そう言って包みを持たせた。

「これは何なの?」

「今は未だ秘密です。ですがそこから帰る時になったら役に立つと思うのでその時になったら開けてみてください」

ちなみに中身はしっとり長持ちするかぼちゃのパウンドケーキが三人分である。

必要の部屋で適当にキッチン(食べ物は出せないがガス、電気、水道は使える)なんぞを出して、家事に関する呪文の復習がてらに焼いた自信作なのだ。

……私だって別に四六時中怪しげな研究や嫌がらせだけに精を出しているわけではない。

こう言った感じの生きている上での楽しみと言うのは大切なのだから。

昔の人も言っているじゃないか。

紅茶とケーキには幸せの魔法がかかっているのさ、とね。

それから大分後になって、ケーキの礼を言われた時に私がその台詞を引用したらハーマイオニーに同意されたのは嬉しかった。

その時生憎紅茶を飲めるような状況では無かったらしいが、ケーキそれ自体は美味しかったと言えるレベルだったとのことであるそうなのだから。

 

さて、そんなどうでも良い話は置いておいてハロウィン当日の話をしよう。

私はこの日を楽しみにしていた。と言うのも噂が本当なら「彼ら」に会えるからだ。

「ティアの眼が凄くキラキラしていますね。今宵は一体誰がティアの悪戯の犠牲者になるのでしょう。それとも何か面白いことでも見つけたのでしょうか」

……ジャスティンも大分私を理解してくれているようで何よりである。

「まるで私が何時も酷い悪戯ばかりしているみたいに言わないでください。一体私が何をしたって言うんですか」

「……少なくともついさっきまで僕は君が聞かせてくれたマンドレイクの子守唄で眠っていたわけだけど」

もうどんな顔をしたら良いか分からないという感じのザカリアスが私の右斜め前に居た。笑えばいいと思うよ。

「おはようございます、ザカリアス。良く眠れましたか?」

「ぐっすりと医務室のベッドで八時間ほどね。君が凄い笑顔で右手の親指を立てながら、僕に対して笑いかけてくる夢を見たよ」

いつも通り皮肉気に笑っているように見えるが、彼にしては少しキレが無いように感じた。

「まあ、それは。きっと天に昇るような心地の夢だったのでは?」

「危うく召されるかと思ったよ」

何が悪いかと言うと彼が私に対して多少成長したマンドレイクの幼子を押し付けようとしてくるのがそもそもの発端だった。

 

私に対してはまるで効果が無かったが。

 

何故かと言うとどうやら薬草学の時間に私が愛用しているあのピンクな耳当ては「使用している者が望まない限り外れない」という魔法が掛かっているみたいなのだ。

故にザカリアスが幾ら外して押し当てようとしても悉くそれは失敗に終わり、逆に私に押し当てられて彼が何度も医務室のお世話になってしまうという悪循環ができていたという寸法である。

そう、もう二寮の合同授業における四度目で流石に大雑……おおらかなスプラウト先生も彼に居残りや減点するという事態になってしまっているのは地味に問題だと思うのだ。

なおマンドレイクの成長に伴って気絶時間も伸びている模様。

対立する私たちを尻目に、付き合いのあるハッフルパフ生の何時もの面々はと言えば、ザカリアスが私に一矢報いることができるのか、それとも私が無事逃げ切るのかで賭け事をする始末である。

 

その賭け事における分け前は貰う約束だからまあ良いのだが。

 

「まあ、そろそろ止めた方が良いでしょうね。ザカリアスもまだ死にたくはないでしょう?」

「今年はもうこれっきりにしておくよ。……来年は覚えていろ」

頬杖を突きながら負け惜しみを吐いたがお互いそれが一番だと分かっていた。

ザカリアスが私を負かす為には、私より先にあのピンクの耳当てを付けなければいけないのだが、どうにも男の子のプライドというのはそれを拒絶させるらしい。

その時点で私に対して勝負を挑んだ彼は最初から詰んでいたのだ。

「賢明な判断ですね」

ふふん、と得意げに笑う私に対して

「貴方たちは仲が良いんだか悪いんだか」

間髪入れずにそう言った私に対してスーザンが呆れたように肩をすくめて言った。

まあ、前世で言うところの喧嘩するほど仲が良いという奴なのかもしれない。

アーニーが唯一ザカリアスに賭けていた(どうも彼は大穴狙いだったらしい)ので、彼が他の四人に規定の賭け金をしぶしぶ支払っている様子を横目で見ながら、私はそんなことを思ったのだった。

閑話休題。

ところで私が楽しみにしていた物はと言えば以前からあった噂についてなのだ。

ホグワーツにこの日、あのグループが来ると聞いて事実かどうかを確かめないままだったとはいえ私は珍しく期待していたのだ。

それに伴うようにして懐から私は一冊の薄い冊子を取り出した。

それは以前一回だけドーラに連れて行ってもらった時に貰ったパンフレットで、その思い出の品を私は未だ大切にしていたのだ。

 

これによれば彼らの創業は一三四七年。

六百年以上続いている老舗の踊る音楽団、その名は『骸骨舞踏団』。

元々は当時流行っていた黒死病でマグルたちがバタバタ倒れていくのを見て、景気づける為に自身を骸骨に替えて躍らせられる魔法使いや魔女たちが始めたのが切っ掛けだとか。

メンバーは全員が変身術で骸骨に替えられる力量の持ち主で、なおかつ誰が元はどんな姿なのかはメンバー以外には秘密だそうな。

有名な「死の舞踏」は彼らをモデルにしているとのことで、パンフレットに依れば当時のマグルの画家たちが彼らを見て描いていたらしいが、当時は彼らに対する魔法の露見に関する規制が緩かった頃だからこそできたのだろうと思う。

 

それ以外の情報だと毎年メキシコの「死者の日」で定期公演も行っているそうだ。

このホグワーツで踊り、楽器を演奏している彼らも、この後参加するなら「姿くらまし」してかの地まで赴き、次の公演を行わなければならないので相当タイトなスケジュールになるはずである。

 

私が熱心にそれを見ていると左隣に座っていたジャスティンが

「確かティアの一番好きな魔法界の音楽グループでしたっけ?」

と訊いてきた。少しばかり一度見たきりの彼らの思い出を邪魔されたようで腹は立ったが

「ええ。あの不気味で綺麗な演出が好きでして」

と応じておいた。

 

噂だとは思っていた。

しかしながらダンブルドア校長の

 

「もう既に噂だけなら広まっておろう。しかしながら諸君の大半の人々は半信半疑だったはずじゃ。彼らの忙しい時期にホグワーツに来るはずが無いと。

だがしかし! 彼らは来てくれたのじゃ! 未来ある若者たちの為、彼らの持てる技術の一端を明らかにするため、そして夢のようなひと時を提供する為にじゃ。 お待たせしたホグワーツ生よ。はるばるこのハロウィンの為にこの場で夢のような一時を諸君らを目撃するであろう! 『骸骨舞踏団』のお出ましじゃ!」

 

という言葉で大広間は静かな歓喜に包まれた。

 

何かが爆発するような音と共に無数に異形がこの場に現れた。

ハッフルパフ寮、グリフィンドール寮、スリザリン寮、そしてレイブンクロー寮のどれもが驚きに包まれている。

それも無理はないだろう。

何故なら何時もこの場に決して存在しないであろう、無数のしゃれこうべが現れたのだから。

はっきり言ってしまえば不気味だ。食卓にそんな物が現れるなんて冗談ですら酷過ぎる。

現れた無数の化け物に対してしかしこの場はと言えば

 

……無数の生徒たちの放つ歓声に湧いていた。

理解は不可能かもしれない。

だが魔法界に生まれた者たちにとって彼らの存在はあまりにも有名だったのだ。

彼等こそ魔法界でその名こそ知らぬ者のいない『骸骨舞踏団』!

 

現れてから僅か十分という短い間。

それに満たない時間と言え、彼らが我々を「魔法に掛ける」には充分過ぎたのだ。

 

数瞬が永遠、とでも言うような類の見ない紫色の光と黒い煙の演出。おそらくあれは以前話に聞いたことがあるペルーのインスタント煙幕を利用しているのだろう。

白骨に敢えて躍動的な動き、鮮やかなピルエットを行わせ、ホグワーツ生たちの眼を魅せる踊りの数々。

それは本当に夢のような時間だった。

身近で、今まで一度も目にすることの無かったマグル生まれの者たちはと言えば目を奪われていたし、一度目にした私たち魔法族の者たちにしてもそれはほぼ同様だろう。

これだから魔法界は住まう住人達を魅了して止まないのだ。

生徒たちの誰もが終わった後でそう思い、魅せてくれた者たちに対してサインをねだって(しかしそれにしても誰が誰だか「骸骨」という姿の彼では『個』を特定するのは不可能だったが)幸運な者はそれを受け取り、不幸な物はただ受け取った者を妬ましく見た後で

 

「実に魅力的な踊りと歌の数々であった! 諸君、さあ宴の御馳走をとくと御覧じろ!」

 

という校長の一言と共に、喜びに包まれた者も妬ましさに包まれた者も等しくハロウィンの御馳走を平らげるのであった。

 

 

私たちハッフルパフ寮の生徒たちはと言えば実は大広間に一番近い場所に、すなわち普段四寮全ての人員が揃って食事を摂る場所に、最も近い場所に帰る場所があるのだ。

だから興奮冷めやらぬ様子で宴の全てが終わった後で、寝る時間だというのにベッドへと向かわずに、先ほど目撃したホグワーツでの奇跡に関して話していたとしても誰も責められなかったとは思う。

故に私も含めて誰もが浮かれていて、たまたま他の寮と交流のあった上級生から不吉な知らせを受けて、誰もが驚いたとしても仕方がないはずだ。

 

「おい! 皆、今ミセス・ノリス、あのフィルチの飼い猫の奴が『秘密の部屋の継承者』にやられたって!」

 

このようにして私たちハッフルパフ生の喜びに水を差す形で、不本意ながらも彼の物による宣戦布告は行われたのだった。

 




ハリー……原作の主人公。何の因果か入学する年にロンに加えてティアとも同じコンパートメントになったことで彼女とは腐れ縁のようになる。
最近何故か「百味ビーンズ」が嫌いになったらしい。理由を彼は頑なに語ろうとしない。

フィルチさん……スクイブ、苦労人、ツンデレ。原作においてマダム・ピンスとの仲を噂されていたがこの話ではガチでできている。職務に忠実で熱心な人。実はティアがフレッドとジョージとは別の意味で厄介であることに気が付いていない。

マダム・ピンス……フィルチさんとできている。自らの城である図書室のお気に入りの本に害をなすと倍返しする強力な呪いをかけている女性。以前ダンブルドア校長も被害にあったとか。本について異様に詳しく、二巻開始後にはティアはかなりお世話になっている。

ザカリアス……本作における被害担当。ティアに良く突っかかっては数倍にして返されてしまう。何故ティアに構うのか?
一つ、ティアの外見は悪くない。二つ、ザカリアスは正しく思春期。三つ、ティアは勝負事などには遠慮なく開心術を使うが、最低限の礼儀として他人のプライベートにはそれを使わない為にザカリアスの心のうちにまるで気付いていない、という理由がある。
ちなみにザカリアスの気持ちにはティアとジャスティン以外のハッフルパフ二年生の「何時もの面々」は完璧に気が付いていて、報われるかどうかが賭け事の対象にされている。

アーニー……尊大な丸い男の子。テレビ伝道師から少し激しさと宗教観を取り除いたら多分こんな感じ。
ザカリアスが半分冗談で「ティアとエロイーズはお互いに体を交換すれば良いのに」と言ったところ「止せよ、君。現れるのは確かに『性格が最高のティア』かもしれないが同時に『性格が最悪なエロイーズ』も出現するんだぞ! 」とティアの眼の前で彼を窘めた良い洞察力を持つ御仁。
……ただしその後三日間謎の腹痛に苦しんだとのこと。
二年生の男子ハッフルパフ生の中では一番成績が良い。

ジャスティン……ちょっと天然気味なハッフルパフ生の男の子。何時もの面々の中では唯一のマグル生まれ。ファンタジー大好きに加え、同級生に自分が魔法に目覚めたところを見られたことで魔法学校に行くことを決めた。ティアとは割合と話が合う。色々と何時もの面々から魔法界のことを学んでいる見習い。


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私の立ち位置について

今年の寒波を舐めていました。ジェバンニは嘘つきでは無いのです。ただ間違いをするだけなのです。そんなわけで今年もうちの変な子の奇妙な冒険をよろしくね!


その日の夜遅く、つい先ほどまで楽しげな興奮に包まれていたハッフルパフ寮の談話室は今や別種類の興奮に包まれていた。

それは押し殺していた歓喜や、出されたお菓子や料理の数々に対する幸せな思い出と言った良い物ではない。

困惑、それから少し残酷な喜びと言った物が皆の顔にありありと浮かんでいたのだ。

 

「ミセス・ノリスのやつ、ざまあみろ!」

「継承者……? 一体何のことなのかしら」

 

ザカリアスが喜び、ハンナが不思議がった。

周りの声に耳を傾けていると、大体この二つに反応は分かれているようである。

まあ、ミセス・ノリスについての感想は無理もないだろう。

子供の世界では密告屋というのは酷く嫌われるものであって、特にミセス・ノリスの場合何か生徒にとって不都合なところを見られると、間髪入れずにまるで知らせが入れられたかのようにフィルチさんが飛んできたから、大多数の私たちはと言えば彼女に対してそう言った悪しき印象しか持ち合わせが無かったのだ。

 

え? 私? 勿論ミセス・ノリスは可愛らしい「あんちくしょう」だという印象しかない。

 

私は後ろ暗いことなど(少なくとも直ぐにばれるようなことに関しては)したことがないし、お気に入りのキャットフードを何時も渡しているせいか彼女に好かれているみたいだったからだ。

しかし、私自身は当然今回の事に対して特に思うことなどは無い。

薄情だと言われるかもしれないが「私が巻き込まれなければ良いな」という程度の感想しか持ち合わせがないのだ。

理論上は、中身はともかくユースティティアという女の子に生まれ変わったこの体は自他共に認める純血の雄(女だが)であり、狙われるような理由が今のところない、はずであるが、去年多少巻き込まれたことを考えると油断してはいけないような気がする。

あるいは私の事を友達認定しているハーマイオニーが、私に対して助言を求める可能性も無いでは無いが当然私は関わる気が無い。

もしも「力を貸して欲しいの」と言われても「私も自分の命が大事ですので」の一言で切って捨てるつもりだ。

事件が起こることは必然であったのであり、去年みたく一連の事件に関わる必要性というかメリットが無い以上、一般人としては当然の反応だと私は認識している。

 

そもそも犯人、また犯行に使われていたブツ(生きている存在と『日記』に関してだ)を知っているとは言え、それを正直に誰かに話したところで「じゃあなんでティアはそれを知っているの?」と問われてまさしく藪蛇になり兼ねない。

トロールの時みたいに誰かの命がベットされているような、胃が痛くなるような極めて危うい状況に、一体誰が好き好んで参加しなければいけないというのだ。

そんな義理も義務もないのに。

 

より実際的に言うならば、かの『日記』は、現時点で厄介な静物兵器(誤字では無い)であるし、今の私には破壊するのが不可能な代物なのだ。

無効化する手段が無い爆弾に、私は解除しに挑んでみようとするほど怖れ知らずでも無謀でもないのだ。

私は戦うのが好きじゃない、勝つのが好きなのだ。

ある程度彼ら「仲良し三人組」と繋がりができてしまっているとは言え、この秘密の部屋という舞台で「彼」と戦うには手札が足りなさ過ぎる。

このケースみたいに恐ろしいほどの運が左右される事態と言うのは、中身が一般人な私みたいなのではなく、驚異的な運命を与えられているハリーみたいな存在にこそお似合いなのだ。

故に必要に迫られて仕方なく関わってしまった(今思えばそれは幸運なことだったのかもしれないが)去年と違って私はただ傍から騒ぎを見物させてもらうつもりだった。

 

この時点では未だ。

 

そう、私は何も知らないことになっているのだから。

故に

「ねえ、ティア。秘密の部屋って何なのか知っている?」

と言う問いにも

「さあ、何なのでしょうね? 確か『ホグワーツの歴史』という本ならあるいは何らかの言及があるのではないでしょうか?」

さも何も知らない振りをして返答したのだった。

 

それは翌日の朝食の席でのことだった。

「壁に残された文字に『継承者の敵』ってあるけどやっぱりマグル生まれの事だろう? 僕たちは安全なんじゃないかな」

「心配があるとしたらジャスティン、君だろうな」

「僕が……」

順に思案顔のザカリアスにアーニー、そして不安そうなジャスティンの台詞である。

あの後で寮の自室においてある自前の『ホグワーツの歴史』を彼らに貸したのだが、大した情報は本の中に見当たらなかった。

精々がスリザリンの思想に加担するような存在だということくらいしか分からなかったのだ。

無知な者でも想像はできるからこその意見が飛び交う中、私はと言えば常日頃と変わらずにオレンジジュースを頂いていた。

「つまりそんな『継承者』なる人物がこのホグワーツに居るみたいなのですが一体どんな人物なのでしょうね?」

「何のことだか分からない『秘密の部屋』というのも気になるわね」

私の言に相槌を打ったのはスーザンだった。彼女もザカリアスと同じくらい知りたがりなので私から件の本を昨日より借りている。

なお次の借り手はジャスティン、ザカリアス、アーニー、ハンナ、エロイーズの順ということになっているのだが、うちの寮を中心に他にも借りたがっている人たちは多そうだった。

以前図書室を見た時には何冊かあったような気もするが、遠からず争奪戦になるのだろうなと私は少しぼんやりした頭で考えた。昨夜遅くまで女子寮の自室で他三人と話し合っていたので少し寝不足なのだ。

故にザカリアスが話しかけてきていたのに、まるで気が付けなかったのはそういう理由であって、決して彼の事を無視して苛めて楽しんでいたわけでは無いと言うことを此処に付け加えておこう。

「君は僕に恨みでもあるのか?」

 

……以前聞いたロンのそれと同じくらい情けない声で尋ねてきたが今度こそ丁重に、そして正しく無視させていただいた。

 

ハンナやアーニーの議題は継承者が誰なのかに焦点が移っていて私も意見を求められたわけだが、見当も付きませんとしか今の私には言いようがない。

そんな四方山話をしつつ私たちは今日も今日とて授業へと向かっていったのであった。

 

その日授業後にフィルチさんの部屋を訪れると、そこにはなんとフィルチさんのちょっと見苦しい泣き顔が!

ミセス・ノリスの見舞い、という名目の石化状態の見物が主目的ではあるのだが来る時を間違えてしまったのだろうか?

「ああ、ミス・レストレンジ。もしかしてノリスのお見舞いに来てくれたのか?」

私が手に持っているミセス・ノリス愛のお気に入りのキャットフードを見たら誰だってそう思うだろうな。

「はい、そうです。こんなことになってしまって何と言っていいのやら……」

が本当の理由を懇切丁寧に説明する気は無いので有耶無耶に誤魔化しておいた。

物が色々乗っていてごちゃごちゃしている管理人さんの机の上に彼女は居た。

古びた少し汚い机の上に、適当なサイズの蓋の空いた木箱が置かれ、その内に白い布の上に安置されていたミセス・ノリスだが本当に石化しているのだ。

といっても灰色の形の石像になっているというわけでは断じて無かった。

時が止まった様子と言うのが一番近いのではなかろうか?

その姿形はそのままに、眼をカッと見開いたまま「停止している」彼女はとても……可愛いらしい。

いや、少し違う。撫でてみると分かるが何だか手触りがカチコチしていて、死体ではありえない「温度」があったのだ。

何だかこのままずっと撫でていたい感じのちょうど良い温度だった。中世では猫は悪魔の使いだったらしいがその理由が今分かった。こんなに可愛くて人類を堕落させるような生き物は他に居なかったからに違いない。

癒し系の文鎮代わりに貰えないかな? ……貰えないだろうな。

ほんのちょっぴり残念だがフィルチさんの顔を見た限り許可は諦めた方が良いらしい。

私は例によって例のごとく

「ミセス・ノリスが大好きだったキャットフードです。お聞きした限りこの状態は良くなるとのことですので」

とお悔やみの言葉を述べた(未だ死んでないけど)後で、机の上にそれをお供えとして置いて行き、私は部屋を出て行った。

 

あれから数日が経った。

まあ、色々なことがあったと言えるだろう。

具体的に言えばハリーがロックハート先生に骨抜き(グニャグニャのメロンメロンで気色が悪かった)にされたり、グリフィンドール寮の一年生のコリン君が継承者にやられたり、フォイフォイから自分がクィディッチで負けたことの愚痴を手紙で読まされたりしたことなどだ。

私はと言えば「忍びの地図」で仲良し三人組や、今ホグワーツで一番危険な赤毛少女を避けてできる限り平和な学校生活を送っていた。

 

そういえば奇妙なことがあったらしい。

 

件のカメラ小僧がちょっぴり長い医務室送りにされた後で、厄除けのお守りグッズを買うのがホグワーツ生の間で流行ったのだが、売り手の中に変な人物が現れたらしいのだ。

ああ、説明しておくとお守りグッズとは要するに自分が助かりたいがための弱者が縋る最後の物である。ある意味愛国心と似て……ゲフンゲフン。

人々の不安、恐怖に付け込んで一時的な安心を売るというのは私の知る限り、十九世紀末や二十世紀末に流行った手口である。それは例えばウィジャ盤を流行らせたり、新興宗教を流行らせたりと言った手段だが、楽をして稼ぎたいからと言って良い子の皆さんは真似しちゃあ駄目だ。

さて、その怪しげな商人だが何でもフードの付いた灰色のローブ姿で顔は見えず、実に奇妙にして微妙な物品を取り扱っているそうである。

どうやら一般に出回っている水晶や魔よけの類では無く、藁人形、夜中に甲高い声で笑い出す少し不気味な形のぬいぐるみ、猫の形をした変な焼き物や、一点だけ置いてあった割と大きめな信楽焼の狸が幸運のお人形として売られていたらしい。

「さあ、嬢ちゃん坊ちゃん寄っておいで。ジョン・ドゥの面白くて為になるお守りだよ。早い者勝ちだよ、買っていきな!」

偶にジェーン・ドゥと名乗っていることもあり、聞いた話何故かジョン・ドゥの時は女の声で、ジェーン・ドゥの時は男の声で喋っているとのことである。

全くもって不可解な話だ。

スーザンやエロイーズによると、露店を廊下で開いている時は何時も手元の謎の羊皮紙を見続けていて、突然「今日はもう店仕舞いだ!」と言って、変な模様の書いてある大き目な布の上の品々を一纏めにして消え去ることがあるが、その直後にマグゴナガル先生やスネイプ先生、それからフィルチさんが現れるらしい。

なお、フレッドやジョージからはあれは君じゃないのか、という内容の手紙が何度か来たが私なわけが無いじゃないか。

いや、確かに私は前世の高校生時代に、手先が器用な友達に数々の物品の作り方を習い覚えたことはある。ちなみに実家が裕福ではないはずだし、アルバイトもしていないはずなのにやたら裕福(関係ないが彼女の模写は本人が書いたのではないかというか贋作のレベルの代物に近かった)な女の子だったが、私はあの子が決して犯罪には手を染めていないに違いないと信じている。

そういえば彼女は女の私から見ても絶世の美人と言える女性だったが、性格はとてもアレだったような……。

何故だか知らないが、思い出してみれば、高校生時代の私の周りには自分が常識人だと信じ切っている変人ばかりが集まっていた気がする。

全くあの面子で唯一常識人だった私としては、実に大変な日々だったよ。

と、話を戻そうか。

仮に作る手段の問題が解決したとして、それでも資材の問題と言うのは出てくるのだ。

というのも、私が作ったとしたら、何のコネや調達先の無い私が何処から手に入れたのかという問題が出てきてしまう。そもそも必要の部屋にある物は、外には出せないのだから。

まあ、確かに例外はあるのだが。

幾つか実験して分かったのだが、部屋の外の世界から何かを持ち込んだ場合は、必要の部屋の中の物取り出し不可のルールには該当しないことだ。

まあ、ハグリッドからそれらしき材料(藁とか)木材や陶器にするに良い土)は手に手入れられたし、中で凄く良い彫刻刀などの作業道具は出せるし、最近譲ってもらったストックが減りつつあるが、断じて私は中の人が私と同じ年代の女の子だなんてことについて詳しい情報は知らないに決まっているじゃないか。

「ティア、それは何?」

考え事をしていると凄まじく変な物を見たような顔をしたスーザンが近くに居た。

「貯金箱です」

これが一体それ以外の何に見えるというのか。

「そのようだけど何で明らかにその大きさに入る以上のシックルを入れているのかしら」

「少しばかり、そう臨時収入がありまして。何でこれに入れているかと言うと、無理なくこの中に全て入るからですけど」

ちょっと便利な、所謂「検知不可能拡大呪文」と言う奴を掛けているからだが、そこは別に彼女に対して言う必要はあるまい。

「そう。……仮にそうだとしても何でそんな形の物を持っているの? 豚さん貯金箱とかあるでしょう?」

何だか納得がいかないようだが、魔法界においてぶち壊すとまるで屠殺された豚のような悲鳴を上げるあれにはまるで浪漫を感じないのだよ。

それに授業後にこうして一日の「あがり」をこいつに入れるのが、最近の私の神聖な楽しみの一つなのだ。

「もっとだ!もっと寄越せ!」

とスーザンの視線を無視しつつ、野太い声で叫んでいる、しゃれこうべの形をした貯金箱のチャッピーちゃんの頭部へと私はシックル銀貨を入れ続けた。

外観は手作りで、杖が手に入ってから魔法で喋るようにしたのだが中々気に入っているのだ。私の言い訳を聞いたスーザンは、それを暫く胡乱な目付きで見た後で、自室に彼女の鞄を戻しに行った。

 

そしてそれからさらに数日が経ったある日のこと。

前日に「決闘クラブ」なる盛大なパフォーマンスが開かれていたせいか、私は少し疲れていたのだ。

開かれている際にハーマイオニーから組みたそうな視線を感じたが、私は別に組みたい人が居たので気が付かない振りをしていたことを覚えている。

なお組んでいた私の相手は「武装解除術」を掛けられた後で、無言呪文も含めた私の知る限りのありったけの呪いを喰らってしまい、名状しがたい何かの姿(いあ! いあ! と私は拝んでおいた)になってしまったのだ。そんな哀れな彼は現在医務室においてマダム・ポンフリーのお世話になっている。

全く……ザカリアスも可哀そうに。

いや、まあ彼がそうなる原因を作ったのは私なのだが。

幸いにも薬草学の授業がマンドラゴラにマフラーをしなければいけないとかいう理由で中止になったので、彼のお見舞いに行った後で私は必要の部屋でお茶を楽しんでいた。

そうして次の授業の準備をしようと寮の自室に戻りかけたところで

「ティア、ジャスティンが大変なの!」

「何かあったのですか、エロイーズ?」

事情を聞いた私は、彼が石になる日が今日だったのを忘れていたことにたった今気が付いたのだった。

 




寒いと書く気が失われる病気に罹っている私に効く魔法薬は……え? 馬鹿に効く薬はない?


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疑わしき人物について

もう三月も半ば過ぎているのに作中ではクリスマス。不思議!

※今回他者視点注意。


クリスマスのその日、僕たちはようやく本格的に動き出すことにした。

この日、ポリジュース薬がやっと完成したのだ。

正直な話、ハーマイオニーがこの作戦について言い出した時は「何て穴だらけな」と思ったものだけど、ひょっとしたら上手くいくのかもしれない。

ハリーと僕は耐え難い味に耐えて、あのゴイルとクラッブに変身して女子トイレを出た。

あの味を思い出しただけで、ちょっと吐き気がしてくる僕たちは泣いて良いと思う……。

全くもって世の中クリスマスだって言うのに、今朝から酷い目にしか遭っていないような気がする。

こんな日だって言うのに去年と同じく何十缶ものシュールストレミングの箱(自動で中身が飛び出るサービスが付いている)がまた今年も送られてきて、うっかりプレゼントを開けてしまった僕と、近くに居たハリーとハーマイオニーに臭いが付いて作戦決行の少し前まで取れなかったし。言い訳をするなら、まさか今年もあんなプレゼントが来るとは思ってもいなかったんだ!

……ポリジュース薬を飲みに行った女子トイレに居た、嘆きのマートルは「貴方たち臭いわよ!」って大喜びだったけど。

誰だか知らないけどこんな酷いことをする奴なんて、スリザリンの継承者よりももっと酷い目に遭わせてやらないと……!

さて、ハーマイオニーだけ何で一緒に行けないのかは分からないけど、さっさとマルフォイの元に行かないと。

 

廊下を歩いていたら途中で頭が大きなマリモのように見える髪型になったスネイプとすれ違って(後でハリーがあれはマグル風の「アフロ」という髪型だって教えてくれた)思わずハリーと一緒に噴いてしまい、睨まれたりしたけどその時ちょうど良くマルフォイの奴が現れて助けてくれたのははっきり言って運が良かった。

「先生……その髪型はどうされたのですか?」

流石にマルフォイも笑いを堪えるのが大変らしい。

だって言葉遣いこそ何時も通り厭味ったらしかったけど、あいつの体全体がちょっと震えていたんだもの。

「これは何者かが吾輩の私室に送ってきた魔法薬がかかってしてしまった結果だ。

このような真似をしたのが生徒であれば絶対に退学にしてやるが、賢明なるスリザリン寮に所属している諸君らは、このような真似は絶対にしないと吾輩は信じている。……何故『消失呪文』を掛けた瞬間に魔法薬が吾輩の髪に向かって生き物のように飛んできたのかは理解不能ではあるが……」

後半は呟くように言っていたので良く聞こえなかったけど、本来は素晴らしいこんな日に酷い目にあったのが僕たちだけじゃないって分かると何だか安心できた。

こんな愉快なことができる奴とは仲良くなれそうな気がするけど一体誰なんだろう?

「誰だか知らないが命知らずなことだな。おい、それよりお前たちに面白い物を見せてやる。付いて来い」

僕のそんな素朴な疑問を他所に、スネイプが去った後でマルフォイに先導され、意外なほど簡単にスリザリン寮の談話室へと僕たちは入り込むことに成功したのだった。

そこで色々と予想外の事実を僕とハリーは知ることになる。

 

とても陰気臭い全てが緑色のスリザリン寮に入った僕たちは、その談話室で待つようにマルフォイに言われた。僕たちに見せたいものというのは一体何なのだろう。

ん、これは新聞……?

パパが五十ガリオンの罰金!?

ハリーに渡して読み終えると不自然では無いように、僕と同じように無理に笑っていた。

聞くに堪えないマルフォイのパパに対する悪口を何とか聞き流しながらこの日最初に驚くことになる事実を僕たちは聞いた。

 

「もっとも僕の従姉殿はアーサー・ウィーズリーについては別の意見を持っているようだけどね」

 

え?

「君の従姉?」

気が付いたら思わずそう口にしてしまっていた。マルフォイの奴に従姉が居たっていうのは初耳だ。

それは僕と一年以上ずっと一緒だったハリーも同じだったんだろう。ちらっと盗み見ると不思議そうな顔をしたゴイルが、要するにハリーが居た。

そして僕の呟きを聞きつけたマルフォイが何処か戸惑った様子で

 

「いや、いくらお前でもこんな大事なことを忘れるなんて冗談だろう?僕の従姉のハッフルパフ生のティア、あのユースティティア・レストレンジのことじゃないか」

 

ええ!?という声を上げなかった僕自身を誉めてあげたい。隣に居たハリーはと言えば口を開けて驚いているようだった。……僕にはゴイルの何時もの間抜け面にしか見えなかったけど。

「全くゴイルもお前が忘れていることに驚いているようじゃないか」

マルフォイはハリーが驚いた理由については勘違いしているようだった。

だけどティアがこいつの従姉だったなんて……そんなこと聞いたことが無かったぞ。

一体どういうことなんだろう?

「まあいい、話を戻すぞ。こっちがティアから来た手紙だ。これと同じ切り抜き付きだったな」

そういって手渡された彼女の手紙を読ませてもらったところ彼女らしい几帳面な字でこう書かれていた。

 

「ドラコへ

 

お友達のクラッブとゴイルは元気ですか?風邪など決してひいたりすることのない二人であるとは思いますが念のため。

このアーサー・ウィーズリーという人は去年コンパートメントで一緒になったロナルド・ウィーズリー(吠えメールでちゃんとした名前を知れたのは良かった気がします)の父上殿なのでしょうね。

こんなことになって魔法界の一員として恥ずかしくは思いませんがとても残念に思っています。

テッド叔父様から噂で聞いたことがあるのですが、この人の仕事ぶりは非常に熱心で、少ない予算と限られた人数の中しっかりとやる方だと聞き及んでおります。

それなのにマグルに私たち魔法族の正体を明かすようなことをするなんて……。

まあマグルの自動車に魔法を掛けるなんていうのは実はごくありふれたことだというお話がありますから、それ自体は責める気がまるでありません。

以前私たちの間で議論の的になったホグワーツ特急ですら当時の首相が無断で永久に拝借して来た代物ではあるものの、乗り心地と言い機能性と言い申し分のない一品であるというのは私たち双方が納得できた事柄ではないですか。

だからマグルの物品に魔法を掛けていたとはいえ、この方を馬鹿にするのは止めておいてください。そもそもこの件に関しては」

 

 

そこまで読んで僕は一度読むのを中止した。

そうだよね、僕たちだって出会いは突然だったし、マルフォイなんかと従姉弟同士だなんて初めて知ったけど、それでも僕たちにとってはハーマイオニーの次に頼りになる女の

 

「考え無しで無鉄砲な男の子にも動かせるような場所に自分の愛車を放置して置いたのが最大の間違いであったと私は考えます。咎められるべきは実際に動かしていたロナルド・ウィーズリーであって彼の父親ではないはずですよ。

だからこそ彼に会うことが叶ったら『ロナルド・ウィーズリーというバカな息子さんを持ったことは不幸でしたね』とでも同情の言葉を掛けて、是非慰めるように肩を叩いてあげるべきだと思います。

 

 

                          ティアより」

 

 

――子だと思っていたけどそんなことなんて無かった。

……ごめん、続きを読んだらついさっきまでティアの事を頼りになる女の子の友達だと考えていた自分をぶん殴りたい気持ちで一杯になっちゃったよ。

ハリーもちょっと微妙な表情になっていた。

「まあ、実にティアらしい台詞だ。理知的で毒舌的で博愛主義的な……。僕には到底真似できない」

マルフォイの奴だけは何だか納得していた様子だったけど。

というか今の手紙からだと要するにティアは今までこいつと接触があったのか。今まで僕たちに話さなかったのはなんでなんだろう?

「おまけにティアはスリザリンの継承者についても僕とは全く異なる意見を持っているようだしな」

来た。これが僕たちの聞きたかったことの本命だ。マルフォイがそうなのか、またそうでないなら何か知っているんじゃないか?

「『貴方自身もハリーも継承者でないと言うのなら誰か別に蛇語を話せる者がいることになりますね(しかし同時代にそんなに存在するものなのでしょうか?)。まあ私もハリーが継承者でないという意見に賛成です。というのも手段を明かさず、決定的な証拠も見られずに三名の犠牲者(前回のように死者が出ていないと言うのは良いことだと思います)を出した人は紛れも無く狡猾でしょう。頭に血が上りやすい典型的なグリフィンドール生の彼ではありえないと思っています。

犯人探しには興味がわきませんが、なるべく早く終わってほしいですね。ハッフルパフの創設者は魔法の力を示した者全てを受け入れるべきと言い、私もそれに賛同しているのですから』だったかな。……全く何時もその点だけにおいては譲らないようだな。僕に授業の事で的確なアドバイスをくれるくらい成績は良いんだから、せめて劣等生の寮なんかじゃなくてレイブンクローに入ればよかったのに」

呆れたように言うマルフォイに僕たちは顔を見合わせた。

……聞く分にはティアはそれなりにこいつと親しいようだ。しかしマルフォイが継承者じゃないし、前回開かれた時は死んだ人が居たって?

これじゃあ振り出しに戻っちゃったじゃないか。

何か……何かないのか?

とそこで僕は気が付いた。

クラッブの頭がハリーになりかけている!……時間切れか。

僕たちは大慌てでスリザリン寮から脱出した。

 

マートルの女子トイレに辿り着いた僕たちはすごく驚いた。

だってハーマイオニーが直立している人間大の猫とハーマイオニーが混ざった姿になっていたんだから。

「私、こんな姿になるなんて……!」

今にも鳴き出しそう……もとい泣き出しそうな彼女だったけど必要なことを言うのが先だと思った僕たちは、ハーマイオニーにマルフォイが継承者じゃないらしいこと、ティアとマルフォイの意外な関係を伝えた。

「そんな……ティアがマルフォイの従姉だったなんて」

驚いていた様子だけど微かにそこには納得したような気配があった。聞けばティアが去年マルフォイの筆跡を知っていたことがその理由らしい。僕としては何で彼女があいつの筆跡で手紙を書けたかの方が気になるんだけど……。

「それにしても僕たちも驚いたよ」

スリザリンの継承者を突き止めるつもりが、とんだ藪蛇だった。ハーマイオニーは彼女と友達だけど、これからはそんな関係も止めにした方が良いんじゃないだろうか?

「だけどティアは僕が犯人じゃないと思っているみたいだった。他に蛇語を話す人が居るんじゃないかって考えているようだったから」

考えが纏まらない顔でそれでもハリーはそう述べた。

「だけどハリー……もしもティアが嘘をついていたらどうする。あいつは確かに僕たちの助けにはなってくれたこともあったけどあのマルフォイの従姉だよ?」

「それでも彼女はスリザリン生じゃない!信じて良いはずだ」

僕たちのやり取りを聞いていたハーマイオニーはふと思いついたように言った。

どうでも良いけど、猫の顔をしている人が真面目ぶった顔をしていると、何だかとっても変な感じだって思わない?

「ねえ、ならティアはどうして私たちを避けていたのかしら」

それは僕たち全員が感じていることだった。

ハーマイオニーはもう一か月以上彼女の話をしていないってぼやいていたし、僕たちが見かけた時も大抵彼女の何時ものハッフルパフ生の友達と一緒だ。まるで誰か他の寮の人に関わることが怖いみたいだった。

本人は純血だって言っていたし、今まで襲われたのはスクイブのペットとマグル生まれの子だけ。

ハリーを疑っているなら僕たちと話したくないのもまあ、分からないでもない。

だけど疑っていないなら話は違う。

何か理由があるんだろうか?もしかしてティア自身がスリザリンの継承者で自分の正体がばれないように必死だったとか?

「ありえないわね」

「ありえないよ」

ハーマイオニーとハリーには一発で否定されちゃったけど可能性は無くは無いんじゃないのだろうか?

「マグル生まれの子は皆石にしちゃいましょうねぇ」

とか言ってスリザリンの怪物と一緒になって石にした後で、クスクス笑っていたりするとかすごくありそうじゃないか。

僕の疑念は深まった。

 

その後で猫人間になったハーマイオニーを医務室に連れて行ったり、マダム・ポンフリーに対する言い訳に拍子抜けと言えるほど苦労しなかったり、と色々あったがその日の夜のうちにティアに接触することができた。

というのもクリスマス・ディナーの残り物と言った様相の、それでも十分豪勢な夕食を食べた帰りの彼女を二人で捕まえることに成功したからだ。

何時もみたいにハッフルパフ生の取り巻きが居たならともかく、クリスマスでほとんどの生徒が帰ってしまって一人きりになったティアを連行するくらいは僕たちにだって簡単だった。

「は、放してください。何なのですか!?」

両手を僕たちに挟み込まれてマートルのトイレに辿り着いたティアは何故自分が此処に連れてこられたのか分かっていない様子だ。

「君に聞きたいことがあるんだ」

「マルフォイが君の従弟だってこと、どうして話してくれなかったの?」

僕とハリーにはそう、これから彼女に色々と訊かなきゃいけないことがある。ちなみにマートルはティアを見た瞬間に逃げ出していた。……ティアは彼女に何をしたんだろう?

「どうして貴方たちはそのことを知っているのですか?」

そこで僕たちが今日、そして今まで何をやっていたのかを全て話すことした。

彼女の質問の答えを得たティアは暫く黙っていた。そしてその後で

「逆に問いますがもし貴方がマルフォイの従姉だったら、それを得意げに言いふらしたりするのですか?」

恐ろしいことを言ってくれた。そんな怖い冗談は止して欲しい。

「まさか」

「僕なら自殺しているね」

ハリーと僕の返事に暫く詰まっていたようだったけど

「決して悪い男の子では無いのですけどね……まあ、分かってくれたようで何よりです」

彼女は何故か悲しそうな様子でそう答えたのだった。

「僕たちだってあいつが悪い奴じゃないってことは分かっているよ」

勿論さ。

「そうそう、ただ単にあいつが鼻持ちならない奴だって知っているだけさ!」

それって同じことなのでは……と言う小さい呟きが聞こえたけど、暫くして彼女はその蒼い瞳でこっちに向き直った。

「それより私も貴方たちに言いたいことがあります」

「何?」

もしかして継承者に関する話なんだろうか?

「あの……あまり若い内から特殊な趣味はどうかと思います」

「え?」

……ティアは何に付いて言っているんだろう?

「ほら、お二人とも去年以来すっかり女子トイレに入るのが好きになってしまったようですから」

「違う、間違っているってティア!」

ハリーが必死に否定している。僕だって同じ気持ちだ。

「僕たちは必要だから足を踏み入れただけだよ!何でティアの中でそんなことになっているの!?」

僕の必死な言い訳に対して、しかしそれでも

「本来の使用用途なら男子トイレだけで済むはずなのですけどね……」

疑わしい、と言った感じでティアに見られた。正直身に覚えが無いのにそういう目をされると罪の無い男の子の一人として傷つく。

「トロールが来たから!去年はトロールが来たから女子トイレに入ったんじゃないか」

ティアだって覚えているはずだ。忘れていないよね?

「必死になるところがまた怪しいのですが」

……もう何言っても無駄な気がした。黙り込んだ僕を見て

「ロン、勿論半分くらいは冗談ですよ」

ああ、冗談だったんだね。良かった……って洒落になってないよ!

「ちなみにもう半分は?」

「本気で必要ある度に男子が女子トイレに入るようだったらそっちの方が問題な気がします」

あまりにもあんまりな言い様だけど傍から見ていたらそうなのかな?

「ああ、うん。確かに」

ハリーも頷いていたし、多分そうなんだろう。

「まあ、冗談は置いておいて此処からが本題です」

真面目な表情でティアがこっちを見て来た。

でも油断できない。ティアは何か真面目な顔で冗談を言ったりとんでもないことをしたりするからだ。

スキャバーズを大きくした時も、賢者の石を守りに行く時に口から火を噴いた時も、マルフォイの筆跡を真似た時も、僕にシュールストレミング味のキスした時も。

ハーマイオニーは「彼女は私たちが知らない色々なことを知っているだけよ」とか言っていたけど、魔法界生まれでマグル生まれの子が知らないことを知っているっていうのは魔法界特有のことだけのはずだと思う。魔法界生まれの子の中でも、ごく一般的な暮らしをしてきた僕が知らないことばかり知っているのは、今のところ継承者が誰なのかを除けば最大の謎だ。

「貴方たちはどうしてスリザリンの継承者を捕まえようとしているんですか?正直な話ホグワーツの先生方は優秀です。私たちの出る幕なんて無いのではないですか?」

これまた常識的な意見が出てきたな。それは確かにそうかもしれないけど……。

「僕は自分が関係あるのに放っておいたたままでいることなんてできない」

「ハリー!」

こんな本音を言葉にされるのは初めてかもしれない。

「君だってもしも自分が悪くないのに疑われていたら嫌になるだろう。僕は、ただ誰がこんなことをやっているのか知りたいし、止めたいと思っている。だから君がもしもマルフォイから何か聞いていて、知っていることがあるんだったら教えてほしい」

少しの間ティアは黙っていたけど

「私が知っていることはそう多くは無いですよ」

そうして彼女の知る限りのことを話してくれた。

 

全て話し終えた彼女は

「もう既に危ない橋は渡り終えたし、手詰まりなのでしょう。これ以上規則破りとかしちゃだめです。ロン、貴方も言われたはずですよ。

確か『今度ちょっとでも規則を破ってごらん。わたしたちがおまえをすぐ家に引っ張って帰ります』でしたよね?」

一字一句覚えていることよりも僕にはもっと気になることがあった。それは

「止めてよ。何で僕のママの声で話すんだよ」

「ほら、貴方宛てに情熱的な手紙が来た時に一度聞いたことありましたし」

ティアって本当に得体がしれない。

「話してくれてありがとう。最後に一つだけティアに聞いておきたいことがあるんだ」

何だろう?

「ティア、君はスリザリンの継承者に手助けをしたいと思っているの?」

何時になくハリーと、それからティアの二人が真面目な表情になっていた。

「いいえ。何でそういう意見が出て来たのか分からないですが私自身が継承者と言うことは無いですし、純血主義に染まったことは今まで一度もありませんから」

「それ、本当に信用していいんだね?」

僕の言葉に

「勿論です。私は差別とマグル生まれが大嫌いですから」

「……」

「……」

「ああ、間違えました。差別と純血主義が嫌いの間違いです」

胡乱な目付きになってしまうような回答の後で彼女はこう言ったけど……。

「なら君はどうして自分で継承者を捕まえようって思わないんだよ?」

「質問が一つだけじゃないじゃないですか。サービスで応えておくと怖いからですよ」

何気ないように、本当にさり気ないように様子だったけど、それはこの女子トイレで響いた彼女の真摯な声で紡がれていた。

「関わり方を間違えれば、自分が追われていることを知られれば継承者に容易く殺されてしまうかもしれない。それなのに向かっていくことなんて私にはできません」

彼女が見せてくれた、抱いているだろう恐怖は本物だったように僕には思えた。もう話すことは何もない、と言った感じで女子トイレを出て行こうとしたティアに

「マルフォイがそうじゃないって分かった以上、僕たちにできることはもうない。スリザリンの継承者を追うことはしないから、せめてハーマイオニーに会いに行ってくれないかな。彼女は凄く君に会いたがっている」

そのハリーの言葉を聞いたティアは、暫く考える様子を見せた後で

「……危険が無いならば良いでしょう。とりあえず今すぐにハーマイオニーに会わせてください」

と一言静かに述べた。

 




寒くなくなってきたので冬眠から起きました。

私の確認ミスやら何やらの間違いは当分直せそうにないので気長にその点は待っていただけると幸いです><

更新もなるべく早めに……やっていけるといいなぁ(希望)。


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私の親友について

すっごく可愛いにゃん!


クリスマスの夜、久しぶりに会えた親友は私のことを見るなり

 

「ハーマイオニー、あれほど拾い食いはするなって言ったじゃないですか」

「言われてないでしょう!」

 

真面目な顔で呆れたように言う、その言い様が何て言うか色々と酷かったわ。

いいえ、あのミリセント・ブルストロードの飼い猫の毛の入ったポリジュース薬を飲んだ以上、ある意味で彼女の指摘も的を射ているのかもしれない。

 

「全く、ティア。出会うなり凄まじい挨拶ね」

「ハーマイオニーこそ随分と毛深くなってしまいましたね」

 

私何でこの子と友達になったんだっけ?と思ってしまうのも仕方ないんじゃないかしら。

 

「色々言いたいことはあるけど久しぶりね、ティア」

「ええ、貴方もお変わり……ありますけど元気そうで何よりです、ニャーマイオニー」

 

そう言って優しく抱きしめられちゃった。私の方から一度彼女の事を抱きしめたことはあったと思うけど、彼女から抱きしめられたのは初めてで新鮮な感じって、そうじゃないでしょう。

「……今なんて?」

貴女は何を言っているんですか?とでも言うような顔で彼女は先ほどの言葉を繰り返してくれた。

「だからニャーマイオニーです。今の貴女はハーマイオニーと言うよりはマグルのお話に出てくるケット・シーみたいじゃないですか」

「ニャーマイオニーじゃないから。私はハーマイオニー!」

たまにこの子は言うことがおかしい。決して悪い子じゃないんだけど……。

彼女に抗議するように、腕から抜け出してから言うと

「ええ?でもそっちの方が可愛い呼び名だと思いますよ」

「私はパパとママに付けてもらった名前に満足しているの!」

私の必死の抗議にも関わらず

「はあ、そうですか」

何故か割と綺麗な顔にちょっぴり寂しい、とでも言うように眉根を寄せていた。

「まあ、仕方ないですね。ああ、それよりクリスマスプレゼントを渡しに来たんですよ」

「え?あ、ありがとう」

そう言って彼女の鞄から手渡されたのは

「キャットフードじゃない!」

私の怒りと嘆きを込めた猫缶の投擲は、スコーンという小気味良い音を立てて真正面から彼女の頭部に当たった。

この子は一体何を考えて私にこんな物を渡したというのかしら。

「ほら、ミセス・ノリスの好きな銘柄をそれなりに持って来たんですが彼女はあんなことになってしまいましたから」

残念そうに言っているけど、だからって私に渡すわけがわからない。

「いえほら。その点、今のハーマイオニーのお口には合うんじゃないかなと思いまして」

「私は人間だから合わないと思うけど……」

すごく疑わしそうな眼でこっちを見ないで。

「ニャーマイオニー……いくら私でも人間と動物の区別はできます。そんな私の、貴女を見た感想を言わせてもらえれば、今の貴女は人間でないということははっきりしているじゃありませんか。ハーマイオニーは人間ですが、今のニャーマオイニーと言うべき貴女の生物上の分類はどう見ても猫なのです」

真面目そうな顔で、真摯な態度で説得するように、断言するように言われて、つい信じそうになっちゃったけど騙されちゃ駄目よ、私!

……この姿を見ただけで私の外見をからかったりしないところが彼女らしいけど、何時も以上に明後日な感想を抱くところが実に彼女らしいわね。

「猫はこうやって話したりしないから!それにキャットフードは私の口に絶対に合わないに違いないわ!」

「その点は大丈夫だと思いますよ。

テッド叔父様の話では、マグルの世界ではポリジュース薬を飲んだ下水道に棲む亀たちがピザ好きになったそうですし。つまり味覚という物は自身の姿形と共に変わる物なのですよ」

それフィクションだから。

「何て言うかポリジュース薬も夢のある魔法薬ですよね。ゴ○ブリの部位が入ったポリジュース薬を飲めば火星でも生きていけそうな気がしますし」

それは……ありえるわね。想像したくない光景ではあるけれど。

「まあ、真面目な話『最も強力な魔法薬』にも『動物の一部が入った物を飲んではいけない。行動、及び体質が飲んだ動物に酷似してしまうからだ』って書いてあるじゃないですか。テッド叔父様の話でも昔マグルたちが『蠅の一部が入ったポリジュース薬を飲んだ人間』と『人間の一部が入ったポリジュース薬を飲んだ蠅』を出してしまって、両者はそれぞれの境目が無くなりかけていたそうですし。……最も魔法界と違って元に戻す魔法薬が無かったから悲惨な結末になったそうですが」

ティアのマグル文化の理解は明らかに間違っているわね。私が直してあげないと!

「それは作り話じゃなかったかしら?」

「いえ、まあ元となったのは魔法界での違法実験らしいですよ。いみじくも貴女が魔法史の授業で言っていたそうじゃないですか。『伝説と言うのは必ず事実に基づいているのではありませんか?』と」

確かに言ったけど何で完璧に私の声まで真似できるのかしら?後、それとこれとは話が違うと思う。

「ほら、ちょっと試して見ましょう」

そう言って彼女がやってきた次の事に私は抗うことができなかった。

「ティア、何でそんな物を持っているのよ」

「それはもう、愛しのミセス・ノリスと遊ぶためにですよ」

彼女が次に鞄から出してきたのは猫じゃらしだった。私は目の前で揺らされるそれに、ついつい手(前足じゃないんだから!)が出てしまうことを押さえられない自分が居ることを発見する破目になってしまっていたわ。

……なお暫く話した後で、結局彼女が差し出してきたキャットフードを食べてみて、私の味覚が変わったことは認めざるを得なかったとだけ言っておくわね。

ティアの言うところの検証のためであって、決して開けられたそれを目の前にした私が食欲を抑えきれなかったわけじゃないことは充分に留意しておいてもらいたいわ。

 

あれから数日が経ったわね。

彼女はと言えば授業が始まってからも、一日と置かずに私に会いに来てくれるのでとっても嬉しい。

何故か分からないけど、ミセス・ノリスが石にされてから今までの間、不自然なまでに彼女と会う機会が無くて、ティアとそれ以前のようにお話しすることができなかったんだもの。

私としては正直に言えば凄く悲しかったんだから。ティアは何といってもホグワーツでできた私の最初の親友だもの。

それ以外にも、ホグワーツの授業以外の事で色々と突っ込んだことを話したりできる知り合いと言うと、正直な話私にはそこまで多くは無かったと言う理由もあるわね。

ただ私の元を訪ねてくるのは嬉しいのだけど、来る度に私の写真を撮っていくのは何とかならないのかしら?

ティアは変な子だけど礼儀正しくはあるから、当然私に許可は求めて来たのだけど……

「あくまで記ね……いえ、記録として残しておきたいのです。間違った材料入りのポリジュース薬を飲んだ人がこうなってしまうのだという希少な写真が撮れるじゃないですか」

何を言いかけたのか気になるけど、そういうことなら仕方がないと思う。学術的な意義と言うのはとても大事だわ。それに彼女は私をバカにするために写真を撮るような子じゃないし。

だから決して反対した時に彼女が提示した「写真一枚撮る毎にティアが持っているロックハート先生のサイン一つを渡す」という条件に惹かれたわけでは無いのよ(勿論くれると言っている以上それを断る理由は私にないのは分かるわよね)?

……ただ私に片方の手を高く上げさせたうえで一回撮ったのには、何故か知らないけれちょっとだけ悪意を感じたのだけれど。

さて、それよりも理解しがたいのはティアが今の私を可愛いと思っていることね。

「ふかふかした感触のする動物って昔から好きなのですよ。いやあ、とても大きな猫って本当に素晴らしい物ですね」

喉を彼女に触られるのが気持ちよくなってきたって、そういう問題じゃないと思うわ。

ティアは今まで見たことが無いほど蕩けるような笑顔でこっちを見ながら、私が口にする次のキャットフードの蓋を開けた。

普段は少しミステリアスな微笑みを浮かべていて、すごく本音が分かりにくい子だけど、何だかんだ憎まれ口を叩きつつ、メルロンの事を自分の子供でも見るような慈愛に満ちた目で可愛がっていたことから、本当に動物好きだってことが分かっていたわ。

以前「ホグワーツで一番かわいい子はやっぱりスリザリン生のパンジー・パーキンソンですよね」と言っていたことがあったけど、あれはこういうことなのねと私はようやく理解できたわね。言われた当時は「パグ犬のようなパーキンソンが可愛く見えるなんてどうかしているわ」としか思わなかったのだけど。

……最も「大丈夫、今一番ホグワーツで可愛いのはニャーマオイニーですよ! 」と最高に輝くような笑顔で言われて少し憂鬱になっちゃったのは、否定できない悲しい現実なのよね。

「あ、お腹触っても良いですか?柔らかくて良い手触りだと思うのです」

「絶対に駄目よ」

ああ、早く人間になりたい。

 

マダム・ポンフリーによれば、元の身体に戻るには一か月以上は掛かるらしいから暫くの間は辛抱しないといけないみたい。

それはそうと、そういえば最近私には気になっていることがあったわ。

ティアは毎日私の元を訪ねてくれ、そしてハリーやロンが来た時に入れ違いになるように立ち去ってしまうけれど、その前に私と話し終えた後も何故か医務室の中に居るのよ。

最初は気が付かなかったけど、何回か気配を感じているうちに何故なのだろうとその瞬間を目撃するまでの私は思っていたのよ。そしてその時が来て、私はただ何も言えなくなってしまうしかない時があると知ってしまったの。

 

ちらっとカーテンを開けて見て思わず私は息を呑んだ。

気付かれた様子が無いのは幸いね。

ティアは石になったジャスティンの前に立っていたのよ。

その横顔を見てみれば感情の失せた、ただ茫然とした様子を全身で現していて、今スリザリンの継承者が襲ってきたら抵抗する間もなくやられちゃうんじゃないかってくらいに無防備だったわ。

大抵は三十分から一時間くらいだった。ただ、私と話した後で毎回ジャスティンのベッドの前で、変わらない様子でそんなことをしていたのが無性に気になって仕方が無かった。何かを悔いるように、嘆くように。そう見えなくもない様子で立ち尽くしている彼女は、その名前の正義の女神と言うよりはまるで泣き女(バンシー)のようだったわ。

だから彼女が帰ってから聞いてみたのは当然だと思うの。

「あの、マダム・ポンフリー」

「何ですか?ミス・グレンジャー」

私のベッドを覆っているカーテンからそっと覗いてみると、彼女は備品の整理をしながら忙しそうにしていた。いつ何時ホグワーツでは怪我人が出るかもしれない以上、決して他の生徒が来ないからと言って暇なわけでもないのだろう。

「ティア……私の親友のユースティティア・レストレンジは一体何時からジャスティンのお見舞いに来ていたのですか? 」

私の言葉にマダム・ポンフリーは暫く考える様子を見せた。

「……ああ、あの子ですね。あの可哀そうなミスター・フィンチ=フレッチリーが石にされてしまったその日からです。全く、石になった人にそんなことをしたって何にもならないでしょうに」

彼女の言うことは感情を抜きにすれば正しくはあるわ。

でもそれ以外の面では当然納得は行くことなのよね。

ハリーやロンが石にされてしまったら(勿論彼らはマグル生まれでは無いのだからありえないことではあるのだけど)私だって心配するし、危険が無いなら毎日だってお見舞いに行ってしまうかもしれないもの。

だけどティアがやることにしては何かが違っているような気がしたわ。

私が知っている彼女はと言えば「何時、何があっても冷静な女の子」だったから。

トロールの時と言い、ふざけているようなことを言うことが多いけど、本当のところ彼女はどんな状況だって平静を失わない子だって私は考えているわ。

そのティアがあんな状態になっちゃうなんて……。

私もそれなりに考えてみたけど、結局全然分からなかったわ。

ティアは一体何を悩んでいるのだろう?

そうは思っても流石に直接問いただすのはやっぱり私にはできなかった。

彼女自身のことを聞いてしまったら、私たちの友情を壊すことになるかもしれなくて、怖くて聞いてみる気になれなかったのよ。

ハリーとロンには一応話しては見たけど……。

だから多分私にできるのは待つことだけなのよね。ティアが話してくれるその時まで。

一年生の時のハロウィンの時とは違って今度は私が彼女の心を軽くしてあげたい。

 

バレンタインも近くなってきた二月の少し手前の時だったわ。

やっと顔についていた忌々しい猫のお髭が取れたの。

全身の体毛も暫く前に取れたし、未だ尻尾と耳だけは残っているけど大分人間に近づけたわね!

まあポリジュース薬が効いている今は、私のちょっと成長著しい前歯も何故か知らないけれど縮んでいるから、そういう意味ではそこだけ元に戻したくはない気がするのだけど。

ちなみにティアが私のその姿を見た時の感想は今までにない変な物だったわ。

私の事をまじまじと見つめた後で

「あの、ハーマイオニー……もう元に戻る薬を飲むのは止めませんか?」

と何だかそわそわした様子だったのよ。凄まじく理解しがたいわね。

「何言っているのよ!むしろ私が元に戻るのはこれからでしょう。こんな尻尾と耳じゃあパンジー・パーキンソンあたりがキーキーした声で『ちょっとどうしたのよ、グレンジャー。それ新しいファッションなの?』とか何時ものスリザリン生たちと一緒になって笑いものにするに決まっているじゃない」

私の常識的かつ真っ当な意見に、しかし彼女は

「ええ?でもその姿が元に戻るなんて惜しいと言うか損害な気がするのですが……」

などと発言していて意味不明だった。

元に戻す、戻さない、の論争をティアと散々した後で

「分かりました。では最後にその状態で複数写真を撮らせてもらえませんか?いえ、大した意味は無いけど記録に残すべきだと思うのですよ」

使命感に溢れたその顔は、今まで彼女が見せたことの無いほど真面目な表情だったわ。

それは要するに信用できないということでもあったのだけど。

「悪いけどティア、もう写真なら沢山撮ったで……」

「仕方がありませんね。私の秘蔵、ロックハート先生の『サイン付ブロマイド集』をハーマイオニーにあげようと思っていたのですが」

「そんな、親友の頼みを断るわけが無いじゃない!」

女の子同士の友情ってとってもとっても大切な物よね。

 

その時の私には知る由も無かった。

私の猫耳と尻尾が付いている写真が後年、ロンに高値で売られているなんて。




友情は売る物。
というわけで今回も他者視点でした。次回からは本人視点に戻ります。

前書きはとうとう私が錯乱した……わけじゃなくて没タイトル案ですね。
流石に厚顔無恥な私にもこんなタイトルにする度胸が無かったのです。

ティアの性癖は別に変な物じゃなくて、ただ単に動物好き、というただそれだけのものでした。そのうちメルロン視点で一話書いてみるのも面白いかもしれません。

それでは次話をお楽しみに。


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現在の状況について

書く気はあったんです。




……書く気力が湧かなかっただけで。


二月が始まり、ニャーマオイニーも人間になれたある日のこと。

このユースティティア・レストレンジは色々な意味で憂鬱だった。そう、言えるだろう。

一番の原因は自分の気持ちに整理が付かなかった、それに尽きてはいるのだが。

ここ最近マイブームになっていた、実にラヴリーな状態になっていたニャーマオイニーによるアニマルセラピーで大分癒えた気はしていたのだが、そんなことは無かったらしい。

何故って私は彼がバジリスクに襲われた日から、それまでと同じように気が付いたらジャスティンの置かれている医務室に足を延ばしていたのだから。

マンドレイクの解毒剤ができなければ今の彼は単なる石像と何ら変わりがない、と分かっているはずなのにも関わらず、だ。

どうかしているとしか言いようがないのだが、何故自分がこんなことをしているのかは不思議でしょうがなかった。

はっきり言って私は情の薄いタイプだと思っていたのだがそんなことは無かったとでもいうのだろうか?

全くもって意味不明である。

こんなことをしているのがバレたら「血を裏切る者」としてスリザリンの継承者によって新しい犠牲者にされるのかもしれないのに。

一応万が一襲われた時の為に幾つかの対策は取っているのだが……。

ジャスティンに恋をしているとかそういう理由ではないのは分かり切ってはいたが、自己分析が不得意なところは私の幾つかある欠点の一つなのかもしれない。

 

さて、そんな風にお見舞いに費やしてしまう時間が多いせいか私の研究の進捗状況はあまり芳しくなかった。

閲覧禁止の棚にある本の魔法や、幾つかのN.E.W.T(いもり/めちゃくちゃ疲れる魔法テスト)レベルの魔法の習得に着手はしていたのだが役に立つ上級魔法で身に着いたのは「検知不可能拡大呪文」と「もう一つのそれ」だけだったのだ。

テクニカルターム、要するに魔法界特有の専門用語に関しても理解できないものが幾つかあったし、集中が途切れがちなので結局その二つまでしかできなかった。

 

両方とも習い覚えた価値のあるだけの凄まじく役に立つ呪文ではあったのだが。

 

それでも当初の予定では「変幻自在術」に「守護霊の呪文」に関しては今の時期には既に身に着けているはずだったので私の目論見は大分外れてしまっていた。

後者に関しては特に習得が上手くいっていない代物なので遅くとも夏休みまでに必死こいて使えるようにしないといけないだろう。

結局のところ閲覧禁止の棚の本、読書許可券発行機が壊れる前に役に立ちそうな魔法に関してはメモして置いて、来年の三年生時にはとりあえず四年生や五年生の呪文を着実に一つ一つ身に着けていく他無さそうだった。

え?三年生までの呪文はどうしたのかって?

いやいや、家に居た頃はドーラの教科書を彼女が居ない間に盗み読みしていたし、最近は良いやり方を思いついてそれで自主学習をちゃんとしているのだとも。

即ち愛しのロックハート先生の本を表紙だけそのままに、中身を三年生の内容に全て変えておいて、授業中に読むって方法さ。

流石にこの方法はあの先生と、それからビンズ先生が担当している魔法史の授業でしか使ってはいないが、それなりに効率的で私には非常に合っていたのだ。

まあRPGやオンラインゲームにおける泥臭いレベル上げとか私は決して嫌いだった方じゃないし、このままでも問題は無いだろう。

私の学習スピードは決して速い方では無いのだけれど、それでも私は欲しい物は確実に手に入れる主義なのだから。

このペースで行けばおそらく六年生になった時には私の「再転生」に関する研究にも一定の成果が期待できるはずだ。

求める意志だけで辿り着けるかどうかまでは分からないが、きっとこの努力は尊いと私は信じている。

 

しかして予期せぬ問題と言うのは常に何処からともなく湧いてくるものらしい。

久しぶりに知人に会ったときの話だ。

「こんにちは、ティア」

その日、偶然出会えたパチル姉妹の妹の方と話し込んでいた私は、忍びの地図を持ってはいても、その危険人物に細心の注意を払えていなかったのだ。

故に彼女に話しかけられてやっと気づいた時には遅すぎたというわけである。

「お久しぶりですね、ジニー。どうしたのですか?」

あんたには早くどっか行ってほしいんだよ……! という本音はまるで見せず、他の人に対してするような何時も通りの受け応えを、私は彼女に対してした。

というのも何か相談を持ち掛けている人特有の気配がジニーから感じていたからだ。

最近までまるで接点が無かった私に対して一体何の用なのだろうか。

「私ね。実はティアにお願いしたいことがあって……」

そしてその前に、と前置きしたうえで彼女が幾つか体験していた奇妙な現象について話してくれた。私がまるで望んでいないにも関わらず、だ。

「なるほど。それは奇妙ですね」

パドマが直ぐ傍に居るからだろうか、理解できる者にしか理解できない程度の多少なりぼかした話までしかして来ないのだが「おそらくは彼女が操られて起こした事件に関する話なのであろうな」と事前知識の無い私でも推察できるレベルの話であった。

「それでジニー、貴女は私に何をして欲しいのですか?」

そうとも、肝心なのはそれなのだ。

自首したいのか、何か有効な手立てを教えてほしいのか?

しかしてジニーが私に頼んだのはそのどちらでもなかった。

よりにもよって彼女はとあるブツを私の目の前に両手で差し出した後でのたまってくれたのだ。

 

「ティアに何も言わずにこれを引き取ってほしいの!」

 

おいこら。私に死ねってか?

差し出された物は一冊の本。私は魔法に関して書かれた本は比較的大好きな方だ。特にこれに関しては「接し方さえ間違えなければ」という条件付きではあるものの、上手くいけば多大な情報が手に入る可能性がある。

分かってはいる、分かってはいても私にはそのリスクを冒す気が無かったのだ。

何しろその本は

 

『トム・リドルの日記』

 

というタイトルだったのだから。

眼にした瞬間に私は思わずジニーの眼を見つめ、開心術を使用していた。

もしも彼の魂が彼女に寄生していたら、逆に開心術を使われてしまって危ういかもしれない、という可能性すら考えることも無く反射的にやってしまったのだ。

『何故私にこれを渡す気になった?』

という意思を込めて彼女の感情、記憶を覗いて見た、その結果は酷い物だったと思うが。

ジニーに対して使用したそれは色々なことを私に教えてくれた。

彼女の中にある、自分自身が皆を襲っていたのではないかという「恐怖」、こんな物は早く手放してしまいたいという「想い」、そして僅かに含まれていた自分の罪を擦り付けてしまいたい、日記を私に渡すことで恋敵を一人消せるのではないかと言う仄暗い「期待」。

なるほど。私とハリーとが医務室から少し離れた処で多少なり会話していたところを目撃していたのか。

少なくとも私に少年趣味は無いので恋敵などにはなりえないのだが、未だ幼い彼女に誤解させてしまっているらしい。この辺りは彼女が自分自身に抱く劣等感故か。

「ジニー、この日記は貴女のではないのでしょう?何故、私に渡すのですか?」

彼女の眼を見つめたまま、私は言った。もう既に気付いていたとしても、それは問わなければいけないことではある。私が彼女の気持ちを見抜いていたことは知られてはならないのだから。

「ティア、貴女ならどうにかできると思って」

「ジニー、私は」

「ごめんなさい!」

そう言って彼女は日記を私の手の中に押し付けて走って行った。

「結局あの娘は何だったの?」

今までわけがわからないという目で、私と彼女のやり取りを見ていたパドマは不思議そうに訊いてきた。

「特大な厄介事を持って来ただけですよ」

「ふうん?」

いや、前世からなんだが私の周りの個性豊かな知人たちはどうしてこうも変な方向に思い切りが良いのだろうか……。

 

さて、嘆いてばかりいないで私にできることでも考えようか。

大雑把に現在の私が取れる方針は三つ。

一、 受け取らなかったことにして日記を捨てる。

二、 ダンブルドア校長先生に渡す。

三、 ハリーに渡す。

このうち、一は論外である。

何故ならハリーが秘密の部屋に関するヒントを得る可能性がまるで無くなるから。私はジニーから日記を受け取ると言う嫌なバタフライエフェクトを喰らっているのだ。これ以上のイレギュラーは問題外である。

二は私が嫌だ。ダンブルドア校長先生に渡せば安全に解決してくれるかもしれない。だけど私の事を警戒しているようではあるし、今の時点で日記に怪しいところが見当たらない以上「何で儂のところに持って来たのかの?」と藪蛇になり兼ねない。それ以上に既に色々やらかしている私のちょっぴり痛いお腹(そう、ほんのちょっぴりだ。決してクルーシオを掛けられたような感じじゃ無い。無いったら無い)を探られるかもしれない。

となるとやっぱり三、ハリーに渡すのがやはりベストそうではある。彼の元に行くべき物ではあったし、多分彼と一番合う以上、トムは彼に預けるのが良いだろう。

書き込んだ場合のリスクは多少あるものの、いきなり彼に渡しては不自然なので私は日記を開き、インクに浸した羽ペンで中の人に適当に語り掛けることにした。

 

『Aはエイミー かいだんおちた』

 

日記に刻んだ文字を構成していたインクが消えると、中から滲み出して文字の連なりを生じさせた。正体を知らなければ立派な怪奇現象である。

『こんにちは。僕はトム・リドルと言います。元々この日記を所持していた女の子ではないようですが、貴方は誰で、どうやってこの日記を手に入れたのですか?』

だから私も名を名乗ることにした。

『私の名前はゴンザレスです。ジニーと言う女の子に頼まれてこの日記を預かりました』

咄嗟に出てきてしまったゴンザレスは偽名である。本当は高校生時代、ゲリラ新聞部に所属していた女友達の使っていたペンネームだ。ちなみに盗さ……撮影担当である。

『なるほど。ですが貴方が名乗ったその名前、それは偽名でしょう?』

何これ面白い。アンドロイドの相手をしている気分になれる……!

『失礼しました。私の本当の名前はジェバンニです』

『……それも偽名ですね』

ふむ?

『何故そう思うのですか?』

『貴方が嘘を吐いている……正確には僕に対して心を開いていないようでしたから』

ああ、なるほど。本の外側の世界が見えているわけじゃないのか。

『失礼しました。叔母から「脳みそがどこにあるか見えないのに、一人で勝手に考えることができるものは信用しちゃいけない」と常々言われていたものですから』

これは本当。言われた時は単なる迷信だろうと思っていたが、あるいはこの言葉は代々魔法界で受け継がれ続けているジンクスみたいなものなのかもしれない。

『なるほど。確かに自動で文字が浮かび上がる日記をいきなり信用しろと言われても無理かもしれませんね。でもそれでも僕のことは信用して欲しいのです。貴方のあだ名のようなもので良いので教えてもらえませんか?』

あだ名か。一年ほど前は「ゴーストバスターのユースティティア」と呼ばれたものだが最近ではそう呼ばれなくなったからどうしたものか迷う。というのも私の教えを受けたパチル姉妹が、ピープズ以下ゴーストの類を追い払うことができるようになったので、このホグワーツにおいて私はあまり特異な存在としては扱われなくなったのだ。

……最もせっかく二人に般若心経を習得させたので、実験としてパチル姉妹と私の三人でマートルを囲んで「かごめかごめ」のノリで唱えてみたら、散々苦しんだ様子を三人で観察してしまったあげく、二人が彼女を憐れに思い、実験を中止してしまう程マートルが泣き叫んでしまったのは私も予想外ではあったのだが。

フォローはしたとは言え、私を見た瞬間にマートルが逃げ出すほど私達の関係が少し微妙なものとなってしまったのは実に残念である。

さて、私のあだ名に話を戻すとしようか。本当に視覚が無いのかは分からないがこれで本当のことを一部なりと教えないと逆に警戒されそうな以上は仕方がないようだ。

『私の事はティアと呼んでください』

『ようやく本当のことを書き込んでくれましたね。ありがとうございます、ティア』

その後で彼は自分が五十年前の真実を知っていること、ハリー・ポッターにこのことを伝えなければいけないことを話してくれた。

『ですがトム。貴方は本当に五十年前のことについての正しい知識を持っているのですか?』

トム・リドルと名乗ってからずっと「トム」と私は呼んでいる。

是非、リドルと呼んでくれませんか?と尋ねてきてくれたので私は親愛なる前世の祖父の遺言『人の嫌がることは進んでやりなさい』に従って彼をトムと呼ぶことにしたのだ。

なお彼の事をそう呼んだところ、彼の書き込みが何故か数分程停止してしまったのだが一体何だったのだろう?

『……ええ。信用できないのならお見せしましょうか?』

『? 見せる……?良く分かりませんが詳しい情報を頂けるようなら是非お願いします』

そうして私は彼の「記憶」を見せて貰うことに成功した。

感想、若い頃の彼のイケメン姿を見ただけで得した気分になれる、不思議!

「さて、ではハリーに貴方の日記を手渡すことにしておきますよ、トム」

「……助かります、ティア」

お互いこれで離れられることに清々していたような、そんな気が何故かした。

 

その翌日日記を受け取ったハリーは、手に取った日記を怪訝そうに見つめた。

「ええと、ティア。これは何?」

「トム・リドルの日記……以前秘密の部屋が開かれた時の犯人を捕まえた人の日記だそうですよ」

「それは本当なの?」

そんな話を聞かされては平常で居られないのだろう、ハリーは随分と驚いていた。

「ええ。トロフィー室に彼の名前が刻んであるのを私は確認しています。理由は書いてありませんが特別功労賞を受賞したそうですし、間違いないでしょう。

ハリー……気になるようでしたらそれに自分の考えなどをインクで書き込んだら色々と分かるかもしれません」

「良く分からないけどありがとう。でも何で君はこれを僕に渡してくれるの?」

「以前秘密の部屋が開かれた時に在籍していた先生方というのも未だホグワーツに何人か居ます。それなのに未だに今回の犯人が捕まっていないと言うのは前回と違うか、あるいは通常の方法でのアプローチが難しいかのどちらかだと思うのですよ。それに……」

「それに?」

言葉に詰まった私をハリーが問いかけるような視線で射抜く。

「いえ、『彼』が話したがっているようでしたから」

「まるで日記に意志があるような言い方をするんだね」

「ふふふ……」

そうして私たちは分かれた。

ブツを渡した以上、これで幾らなんでもこれ以上の厄介事はおきまい。

その時の私は未だそう信じていた。

 




じ、次回こそは今回よりは早く投稿するから(震え声)。


誤字訂正いたしました。


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対応について

二週間以内に次話投稿しようとしたらそれ以上掛かると言う。次の話は早く、早く、もっと早く……! そう、できれば今月中に……!

※後書きに続く。


嗚呼、バレンタイン。

いやはや。千八百年ほど前に殉教した聖ヴァレンティヌスも、まさか自分の命日がこんな酷い祝われ方をするとは思っても居なかったろう。

ちょっぴりオーバーだったかもしれないが、現代的な言葉で今の私が見ている光景を語るならたった一言で済むのだ。即ち

 

これはひどい。

 

その日朝食を頂く為に大広間に入った私たちは、あの先生の所業がホグワーツの景観を著しく害している様子を目の当たりにしてしまったのだ。

そういえばこんな感じだったかもしれないという感想がまず初めに在り、次に前世の私の友人たちと同じくらい残念だなという感想、そして最後に最近感じられなかった「癒し」を受けたような気がする、と言うのが私の抱いたそれであった。

今思えばジャスティンのあの無邪気さ(入学当初と比べたら無自覚に毒を吐くようになった気がするが何故だか分からない)に、私は大分癒されていたのだろう。

きっとそのせいで何時も彼の元へと足を運んでいたに違いない。

ロックハート先生が計算でこんなことをしているはずがないし、そのせいもあってか何だかこう彼の事を思い出すことができて、私としては多少なりともすっきりとした感じで、頭の悪いバッドなデコレーションが施されたこの場所を見ることができたのだ。

もっとも目に痛い、映画で例えればラジー賞間違い無い光景は、ずっと見ているとバジリスクに襲われたよりも酷い気分になりそうだったが。

「ねえ、ロックハート先生って正気なのかな?」

ハンナ、不安がるのは分からないでもない。だけど多分大丈夫だ。

「きっと初めから正気なんて無かったんじゃない?」

「その意見には僕も賛同するよ。まあ、ティアは別の意見を持っているようだが」

スーザンにアーニーも相槌を打ったが、私たちの何時ものメンバーの間では、もう既に彼の先生は人望を失っていた。この中で例外なのは、未だにロックハート先生に対して禁書閲覧権発行用……彼の素敵なサインをねだり続けている私くらいのものらしい。

「私はこの目に痛くなるようなピンクの装飾も、邪魔くさいハートの紙吹雪も気に入っていますよ。

最近あまり楽しいことってなかったじゃないですか。きっとロックハート先生が私たちを元気づけてくれているのでしょう」

「その発想には驚かされるよ」

おや、珍しい。ザカリアスの癖に、今日は私に対して皮肉も控えめじゃないか。

彼は普段ならもう少し突っかかってくるはずなのだが。

おまけに目の下に隈がある。

「……ザカリアス、何か悪い物でも食べたのですか?」

「え? いや、何で」

眼を見開いて驚かないで欲しい。

「だって普段ティアって僕が何しているかとかなんて気にしたことなんて無いだろう?」

「まあ、そうですけど。それでも気になりますよ。だって貴方まで倒れられたら私は……」

「私は?」

良く分からないけど何故こっちを期待するようにこっちを見ているのだろう? つくづく表情豊かな奴である。

 

「どうやってこれから先に余分なお小遣いを手に入れたら良いのですか」

「そんなことだと思ったよ!」

 

ちなみに話しているのはトランプを使った賭け事の話である。

ジャスティンが倒れた今、楽をして勝てる相手と言うのは実に希少価値があるのだから。他の面々にも勝てなくはないのだけれど、この二人ほど容易くでは無いのだ。

アーニーは元から勝負事は強いし、エロイーズは彼女の見た目に応じた嫌らしい手を使ってくる。スーザンは分析力に関しては優れているし、ハンナは意外とえげつないのだ。

一方分かりやすい手ばかり打ってくるジャスティンや、顔に出やすいザカリアスの方がやりやすいと言うのは自明の理だろう。

「大丈夫、貴方からお小遣いを巻き上げる準備なら何時だってできていますよ」

「全然安心できないんだけどな」

そんなやり取りをしている私たちを尻目に、エロイーズが指差してザカリアスを見ながら爆笑していたのが実に平和な光景だった。

できるだけ相手が腹を立たせる仕草についてレクチャーをしていたのが大分効いているようだ。

「ああ、うん。君たちはいつも通りだな」

何故だかアーニーが私とエロイーズを見て実に納得したような深い溜め息を吐いていた。

変わらないことも一つの強さなのだよ?

 

 

その後、私は忍びの地図を時折チェックしながら授業を過ごしていった。

途中授業中に地図を盗み見ていた私は、しかし分かってしまったのだ。恐れていたモノがやってくることは避けられない、と。

フリットウィック先生の呪文学の授業を受けている最中の事だった。

突然闖入者の群れが教室に押し入ったのだ。

とても不愛想で、金色の翼を背に、ハープを持った小人たちの大群である。

幾つかのクラスでカードを配達しては授業妨害をしていた彼らが、ついに私達ハッフルパフ二年生の授業時間に乱入してきてしまったのだ。

せっかく今までは大人しく、余裕を持って授業を楽しめていたのに。

フリットウィック先生も頭を両手で抱えていた。……ちょっと可愛い。

私が表情を変えないまま、凄まじく不愉快な想いをしていると、気が付けば何と小人の一匹が私の元に来ていた。

「イースティティア・レストレンジ! あなたに贈られる詩があります! 」

要らない。しかも私の名前の発音を間違えている。

そういうことをできるだけ丁寧に、言い含めるように聞かせてやったのだがこの小人君には効果が無いようだ。

「嗚呼、美しい正義の女神よ! 僕は」

その小人君が手に持った不幸の手紙の文言を口にできたのはそこまでだった。何故だって?

 

 

 

「シレンシオ 黙れ!」

「インセンディオ 燃えよ!」

 

 

 

私がこの二つの呪文を一気に掛けて、このバカなことを言い出した小人から一時的に言葉の方を、永遠に手紙の方を取り上げたからさ。

こんな私に一体誰が羞恥プレイ用の、私をからかう為に書かれた物を送ってきたのかは分からないが全くもって迷惑な話である。

何だか抗議するように短いあんよとお手々をバタバタさせる小人を尻目に、ふと席の後ろを見たのだが、何故だかザカリアスが机にぐったりと突っ伏していた。

「僕の七時間が……」

「ザカリアス、あの手紙に書かれた愛の詩は素晴らしかった。君は単に運が無かっただけだよ……」

あまり彼らが言っていたことが良く聞こえなかった上に、ザカリアスはアーニーに元気づけられるかのように肩を叩かれていたが、一体彼に何かあったのだろうか。

良く分からないけれどきっと良いことあるさ。

そしてその直後、私はフリットウィック先生に何時ものキィキィした声で注意されてしまったのだ。

 

「全く。授業中に先生の許可なく呪文を使うなんて! ミス・レストレンジ、ハッフルパフから5点減点です! 」

 

……まあ、そうだろうな。勝手に使われてしまったら呪文が飛び放題である以上、仕方ないのだろう。それでもスネイプ先生を除く先生方に、授業中の失点を喰らってしまったのはこれが初めてだっただから、かなり気落ちはしてしまったけれど。

 

「と言っても今の呪文は正確で、何より見事でした! ハッフルパフに10点! でもこれからは勝手に魔法を使ってはいけませんよ」

 

あ、何だかんだ言って先生も小人たちにムカついておられたのですね、分かります。

周りの眼が私に集中している間、彼の先生の方を見たら、こっそりとだが確かにウィンクをしていたのを私は目撃した。さながら彼の何割かを構成するような、妖精のような悪戯っぽさを込められていたような気がする。

思えば、去年もトロールに立ち向かった時、マグゴナガル副校長に危機感が足りないとお叱りと減点とを受けた。が、しかしそれでもその後に行為それ自体は評価され、無事にポイントを頂くことができたのだ。

それに「賢者の石」を守ることができた時もそうだった。いきなりスリザリンの優勝を取り消す程の点数を彼らに与えるなんて贔屓が過ぎるのではないかとちょっぴり考えたがあれはきっとそういうことではない。

多分、やってはいけないこと(彼らの場合は夜中に校内を彷徨っていたこと)をしたら罰はきっちり与えるけど、それでもそれを帳消しにできる程良いことをしたら「そのこと」を取り消してもらえるほどのポイントを貰うことができるのだろう。

ハリーやハーマイオニー(本来ならネビルもだったか)が大量のポイントを失い、しかしそれを「補填」されたのもようやく納得が行った。

……今日は良い日だ。

 

 

その後のことだった。

少し早目に授業が終わって、教室の外に出た私たちは一つの騒ぎが行われているのを目撃したのだ。

知った顔の子達に事情を聴いてみれば、私と同じように何者かのラブレターを音読されたハリーの鞄が破れてしまったらしい。そしてその後でフォイフォイがハリーの鞄から零れ落ちた、あの日記を拾って武装解除術でそれをハリーに奪い返された、とのことだ。

ロンの兄上殿に減点され、日記の不自然さに気付く場所だったような気がするが、彼の姿は幸か不幸か見当たらない。

ふむ、ジニーもこれを目撃してしまったようだな。ハリーがハグリッドの場面を目撃して、数日ほど時間を置いたら、私自らが彼に日記を渡したことを告白するつもりだったのだが、その必要は無くなったらしい。

手間が省けたな、と思い足早に現場を去ろうとしたら、私を睨むような、あるいは責めるような視線を彼女の方から感じた。

……どうせ話すなら後で話すよりは今、話しておいた方が良いだろう。

わざと私の事を追い掛けられるスピードで歩いたら、狙い通りジニーは私の後を着いて来た。

 

「どうしてあんなことをしたの」

 

抑えてはいたものの、叫ぶような声でジニーは私を糾弾した。当然か。

「あんなことって何ですか?」

私はそう、自分の手札を明かさないまま彼女と三度目の対峙をしていたのだ。

「とぼけないで。何でハリーに日記を渡したの!」

「彼が、トムが頼んだからですよ」

「あ、あれに気が付いたの?」

彼女としては私がそれに気が付かずに、それでも操られてくれれば良いと思っていたのだろう。多分それは色々な意味で不可能なのだけれど。

「私がこれまで会ったことの無い物でしたが、使い方くらいは直ぐに分かりましたよ」

想像だが、思えば多分あれには魔法が掛かっていたのだろう。

インクで何かを書き込ませたくなるような、そんな軽い魅惑の魔法とでも呼ぶべきものが、だ。

おそらくあれの恐ろしさを知らない者、無垢で好奇心が旺盛な者を罠に掛ける為の狡猾な性質の悪い魔法だったに違いない。

そうして心を許してしまったら最後、遅かれ早かれ肉体の自由そのものまでを完全に奪われるようになってしまうのだ。

友達は選んだ方が良いと言う教訓か? それとも何かに心を許せば人は弱くなってしまうのか、ということの暗示なのだろうか。

だが、幸いにも私にそんな誘惑は効果が無い。リスクを回避できるだけの知識も、少なくとも私が安全に過ごせる分だけは備えていたからだ。

「もしかして私が押し付けられたあの日記は危ない物だったのですか?」

「そんなことはないわ! そんなことはないけど私、色々とハリーに知られたくないことを書いていたから……」

消え入りそうな声だったけど、あれは私にはどうしようもないものである以上、あれこそがベストの選択。だからこそ私は何も知らなかった振りをして、彼女の事を最後まで騙そうと思う。

でも、と前置きしてから私はできるだけ優しくジニーに言った。

今彼女に見え隠れしているのは秘密を開示されないかと言う不安、そして罪がばれないかと言う恐怖。開心術を使えまでも無く読み取れた以上、ジニーの心の内の不安定な部分を和らげる様に言えば良い。

私にとっては「ただそれだけ」の簡単なお仕事だったのだ。

「大丈夫ですよ。トムはそう簡単に人の秘密をペラペラしゃべりそうに見えましたか? もう少し彼の事を信用しても大丈夫だと思います」

少なくとも最終段階に至るその時までは話したりしないだろう。ついでに言えばトムの事を信用するならともかく、信頼は一切できないが。

「だから気持ちを落ち着けて楽にしても良いんじゃないでしょうか」

心配したところで無意味なことなんて世の中には沢山あることだしな。

「そうね。そうだったかもしれないわ。……何だか少しだけ、ほんの少しだけ楽になったような気がするわね。ありがとう、ティア」

ここで初めて彼女は笑顔を見せてくれた。汽車の時も、日記を渡した時も。彼女の心に余裕なんてなかったから。

「誰かに話すってことは大事だと思います。他の人、例えばハーマイオニー辺りに相談してみたら如何でしょう。少なく私よりは頼りになる気がしますから」

断じて私が言えた義理では無いのだが。

「……今度はそうしてみるわ。でもその前にトムと後一度だけお話ししないと」

私達二人は、その時はそこで別れた。

 

そしてそれは数日後の夜の事だ。

危険。その兆候に気が付いたのは私が必要の部屋から寮の自室に戻る時だった。

人気の無い長い廊下を歩いていた時、私の足元で水が跳ねるような音がしたのだ。

はて……水溜り?

近くに水飲み場も、トイレも無いのに存在した胡乱な物に私の足は止まり、そして

「なっ!」

驚くのも仕方あるまい。だって私のローブのポケットに入れていた「かくれん防止器」が勢いよく廻り始めたのだから。

ちなみにこの独楽に似た逸品は、胡散臭い物を見つける為に役立つ魔法界のアイテムの一つである。今までピープズの気配を見つけたり、事前に察知したりするのに大変重宝してきた。

してきたのだが……私が持っていても反応がまるで無かったのに、私が直ぐ傍に居る状態でザカリアスに持たせた途端に今と同じくらい、勢い良く廻り出したのは何かの悪いジョークだと思う。

まあ、そんな愉快痛快不愉快な話はとりあえず置いておこう。

今問題なのは

 

ズルズル、ズルズル……

 

という何かを引きずるような音が直ぐ近くからしていることである。具体的には私の後ろから。

多分、というか確実にそうだろう。バジリスクだと私は確信した。

水溜りを見て、音を聞いた瞬間に目は瞑ったからそういう意味では心配ない。

問題なのは大きな何かの気配が止まったことなのだ。

 

 

シン……

 

 

周りから音が消えた。

だけど濃密な気配は、変わらずに私の後ろからしている。より正確に言うならば、私の直ぐ後ろから。

 

 

その少し生臭くて暖かい息遣いも、私は感じてしまっていたのだ。

 

 

どうすれば良いか分からない程、圧倒的な「死」の気配。

奴は、私を見ている。おそらくは私を石にしようとしているようだが、何故?

そんな疑問が、一瞬のうちに浮かんでは消えた。

正直な話、パニックになりそうだ。

あの一年生の賢者の石の時とは違う、自分の命が最悪の場合喪われてしまうであろうという確信。

 

ハリーがそういえば自分の部屋から日記が盗まれた、と言っていた。

偶然なのか、あるいはトムが私を襲う気でやっているのか?

その場合助かる見込みは?

今逃げ出したところでまた追われるんじゃないのか?

死の呪文を使うか?

いや、動物は気配に敏感だから使おうとした瞬間に噛み殺されてもおかしくない。

悲しいことに私が逃げ切れるかどうかも不明。

 

と、そこまで数瞬の内に考えて、自分の今の状況の悪さに何だか笑い出しそうになってしまった。

詰んでいるじゃないか、ほとんど。

どうしようもない時、人は諦めれば良いのか?

違うはずだ。

今からやることはあまりにも可能性が低い賭けだ。勝てる確率はほとんど無い、できれば試したくなかったことの一つなのだ。でも分が悪くても、私は座して待っていたままだったり、見込みを捨てたりしたくは無い。

それこそが私の譲れない立ち位置だ。

だから、私は息を吸って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コケコッコー!」

 

 

と叫んだ。

私の後ろにいた怪しい気配がどんどん遠ざかっていく気配がした。

どうやら私は賭けに勝ったらしい。

安心しようとして、再びバジリスクが戻ってくる可能性に気付き、私は寮に向かって駆け出した。

 

こんなこともあろうかとハグリッドの飼っていた雄鶏を失敬した上で、その特徴的な「時を作る声」を練習しておいて良かったぜ、全く(※用済みになったジューシーチキンは後ほどスタッフ、つまり私がおいしくいただきました)。

基本的に私は長期的な休みの間などは、寮の自室よりも快適な天蓋付きの素晴らしく寝心地の良いベッドや、見事な浴室付きの必要の部屋で過ごしているので、鶏を目覚まし代わりに使える環境に暫く身を置けたのが効いていたようだ。

決定的だったのは念の為に復習として、『幻の動物たちとその生息地』を含めた幾つかの魔法界の参考文献を調べていたら

 

「バジリスクにとって致命的なのは雄鶏が時を作る声で、唯一それからは逃げ出す」

 

と言う記述が古い本にあったので、無駄かもしれないと思いつつ練習していたのだが運が良かったらしい。ちなみに声真似は私の百八つある特技の一つである。

……嘘、多分そんなに無い。

まあしかし、ロンが声真似で蛇語を喋っていた記憶があったので「ええい、ままよ!」と試して見たのだが効果があって本当に良かった。

生憎、チェスの腕前には自信が無いのだが、もしもロンに勝てるようなチェスの才能が有ったら彼の代わり、やれるんじゃね? という気はしてきたぜ。

……勿論想像するだけで止めておいたけど。

だって蚤の心臓を持つ私には、そんな状況はハードルが高過ぎる。

バジリスクはおそらくその主人の元に戻ったことだろう。

今回の件は報告されるはずだから私が再び襲われる可能性は無い、はずだ。

そしてハッフルパフ寮の自室に辿り着いて私はようやく人心地つくことができた。

以後はマンドレイクの薬ができあがるまで待てば良い。

これ以上何か変なことが起きればいいんだが、と思いつつ不安な気持ちは何故か晴れなかった。

 

その翌日、我らにハッフルパフ対グリフィンドールのクィディッチの試合が始まる前、ハーマイオニーが一緒に居た別の生徒と共に石にされたらしい。

 




※ムリダナ(・×・)。


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ちょっとした試みについて

無理でした。いい加減更新する、しないネタも飽きて来たので何か別のネタを考えようと思いました(小並感)。


ああ、憂鬱である。

犠牲者が二人いっぺんに出たその日、ホグワーツには戒厳令が敷かれてしまったのだ。

より詳しく言うならば、問題は六時以降談話室の外には出られないこと。集団で行動させられることを義務付けられたことか。

我が寮においてはスプラウト先生が告げてくれたそれは、私の行動を著しく阻害してくれていたのだ。

こんなことでは日課だった必要の部屋通いも満足するほどできないし、何よりジャスティンのお見舞いにもいけないじゃないか。

正確には彼の元には一度行っては見たのだが、危ないことさせられないとマダム・ポンフリーに拒否されてしまったのだ。

正しくはあると思う。特に私に関しては非公式とはいえ、継承者に実際に狙われてしまったのだから。明らかにできないことではあるけれど、でも既にバジリスクが来たところで私に通じるはずが無い、と分かっている身としては何とも歯がゆい物がある。

さて、私に実際的に関わる話以外だと一連の騒ぎの容疑者としてハグリッドはアズカバンに送られ、これまでの責任を取る形でダンブルドア校長も停職させられてしまった。

凄まじく機嫌が良くなったフォイフォイからの手紙では、そのことに対する喜びで一杯だったのが、印象的ではある。

こちらに余波が来てしまう以上、プライベートが何よりも大事な私としては彼ほど嬉しがることはできないのだが……。

しかし悪いことばかりでは無かった。

一人で考える時間が増えた結果、ジャスティンのお見舞いに何故私が拘っていたかが判明したからだ。

尤もそのことで私は別の意味で憂鬱になってしまったが。

 

そもそも答えに行き着いた切っ掛けはと言えば、ロックハート先生の授業でふと考えたそれはくだらないことだった。

普段行っていた医務室通いができなくなった私は、聞く価値の無い授業よりも頬杖をついて思索に耽ることが多くなっていたから。

その日、私は

 

先生、性格が悪いので医務室に行ってきます!

 

と授業中にボンクラ先生に言おうとして……やめたのだ。

一人でボケ倒すこと程つまらない物なんてないのだから。

 

もしもジャスティンが目の前に居たら

「ティア、貴方の性格の悪さはきっと医務室に行ってマダム・ポンフリーに見て貰っても治らない気がしますよ」

と素で言い返してくれることだろう。

 

もしもハーマイオニーが目の前に居たら

「そう。きっと少しはティアの性格も良くなるわよ。うん、小さじ一杯分くらいだったら! 」

と控えめな感じで、それでも確かな期待を込めて言い放ってくれるだろう。

 

皮肉をどんな時でも忘れない、正しい感じのエゲレス人だと思う。

……あいつらをちょっぴりぶん殴りたくなったのは秘密だ。

 

そう、離れてみた今だからこそわかった。

私は良い友達(と言う名のツッコミ)を得ていたのだ。

と言っても前世でのそれと比べたら大分修業が必要だとは思うが。

ちなみにそれと言うのも、彼等では皮肉は充分だが毒が足りていない気がするからである。

思えば決して彼等との会話は苦では無かった。

ジャスティンに魔法界についての大嘘を信じ込ませたり、ハーマイオニーに存在しないようなでたらめ呪文を言わせて悦に浸ったり(娯楽が少ないから仕方がない)彼らと関わることは退屈では無かったのだ。

これまで彼等との間で交わした会話を思い出して、ようやく彼らを認められそうな気がしてきた。

何だ、私はあの子たちの事が憎からず思っていたんじゃないか。

 

そうして、それまでとは比べられない程落ち着いた状態で彼らのことを考え、石になったジャスティンを見下ろしていた時に何時も感じていた既視感の正体を知った。

何かに似ているとは思っていたのだ。お見舞いに赴き、彼をただ眺めていたその時はそれを分析できる程考えを働かせることができなかったが。

そう、犠牲になった彼を見て、虚しさと後悔とが交互に押し寄せていたあの感じ、あれは

――

 

 

 

 

 

 

前世の自分の死体を見下ろしていた時の嘆くことしかできなかった喪失感。あれに限りなく似ていたのだ。

 

 

 

 

それに気が付いた後で、頭の中に幾つもの答えが、まさしく湧いてきた。

ジャスティンは私だったのだ。

それは彼と私が同一人物だとかそういう変な意味合いでは断じて無い。

要するに彼は私と同じように不慮の事故(というには両方ともいささか人の悪意が介在し過ぎている気がするが)の犠牲者なのだ。

継承者の悪意によって石にされてしまった彼。通り魔の悪意によって未来を断たれてしまった私。

ジャスティンと私との差異なんてものは、彼が周りの友達と過ごせたであろう青春を半年以上失い、私が一生分を喪ったという単なる大小でしかないのだ。

いや、勿論言葉にすれば当然大きな差ではある。実際に「喪う」こと以外で、その大切さや、それをどれだけ愛していたのかということを本当の意味で理解できたりはしないのだろう。

ただ問題なのは私がそれに関しては納得しつつもある程度仕方ないと認識しているのに対し、彼はそんなことを思える境地に無いことである。

と言うのも中身を含めて三十年以上の時を生きて来た私と違い、彼は未だマグル生まれの純朴な十二歳の子供に過ぎないのだ。

この世で死喰い人同士の子供として生を受け、正しく生まれた時から彼等の子供としての自分の運命を覚悟(幸か不幸か今の今まで魔法界最悪の犯罪者夫婦の娘としての立場で咎められるようなことはなく、誰かからそのことで悪意の籠った「攻撃」を受けることも無く学校生活を送らせてもらっていたわけだが)していた私と比べてあまりにも、そうあまりにも覚悟ができていなかっただろうに。

更に言えば私には解決しがたい一つの疑問があったのだ。

 

ジャスティンの命に別条はない。とはいえ、石になっている間の寿命にまでそれは適応されないのか?最悪の場合、本来過ごせた時間を奪われ、そのまま戻ることが無いのではないのか?

 

尤もそれは仮説にすぎないし、そうだとしてもその件に関しては私が責任を負う必要もないし、負うべきではないと思う。

だってジャスティンを石にしたのは私では無いのだから。 

理性ではそう結論付けるも、あるいは防げたかもしれないのではないかという可能性が私に私自身の罪を囁く。

失われてしまったものと言うのは戻らないのだという悲しみ、罪悪感、後悔が確かにこの胸の内に在ったのだ。

それなのに、それをただ放置した私は何なのだろう。

ジャスティンに降りかかった被害は、私がその気になりさえすれば避けられたかもしれないのに、結局のところそれを見殺しにしてしまった。

私は秘密を幾つか抱えているだけのか弱い女の子でしかない以上、眼にする全てを救うことなんて無理だし、メリットも無い以上は継承者との敵対は避けたい。

今の今までそう考えていた。

でも私は誰かに「奪われる痛み」を誰よりも知っていた、そのはずだったのに。

最初気付かなかったとはいえ自分を見捨てるような、恐らくは(私のようなエゴイストにとっては)何よりも罪深い真似を平然としてしまっていたのだ。

そしてそれに気が付いた時、私は前から考えていた「ある計画」を実行に移すことを決意した。

 

バカのバーバナスが酷い目に遭っているタペストリーの前で、私は少しの間立ち止まって状況を整理する。

これから私がすることに必要となる物は「とある内容が書かれた手紙」と「ちょっとした工作」の二つ。

故にこれからの私は必要の部屋で鋸、金槌、鉋などの大工道具を用意した上で、昼休みなど短い時間を使いつつ作業に勤しむことになる。

いずれ訪れるであろう、その時の為に。

私は幾つかの準備を開始する為に必要の部屋の扉を開いた。

それは多分後戻りのできない道筋。

成功率はあまりにも低いが、しかし私は望む結果の為、再び自分の命をチップとしたギャンブルに手を出すことに決めたのだ。

 

時を置いて、グリフィンドールとの薬草学での合同授業の時の話である。

それは麗しい仲直りの合図の後、具体的にはアーニーが、ハーマイオニーが継承者に襲われたことにより、彼の疑いが完膚なきまでに晴れて、ハリーへの謝罪をした後の話だ。

何やら話し合っているロンとハリーに、私は近づいて行き、予め認めておいた封書を手渡した。

「グリフィンドール寮に帰ったら読んでください」

彼ら二人にしか聞こえないよう。私は囁いた。

「ティア、これは」

「速くしまってください」

察しが悪い彼らにそう促した。

あまり注目されて良い内容ではないのだから。何よりアーニー、ハンナに加えて私と一緒に作業をしていた二人までこっちを注視している。

「ティア、今の何?」

「ラブレターじゃないわよね?」

こちらの動きに注目していたエロイーズとスーザンが私に尋ねた。

恋文の類では断じて無ない。

「そんなに色気のあるものではありませんよ」

むしろ危険なデートのお誘いの部類に属するだろう。

手紙の中身を読んだであろう二人は、翌日には私のことを今までとは違う目付きで見ているのに気が付いた。

そう、此処からが本当の始まりなのだ。

 

私がやっていた秘密の作業は基本的に量が多くは無かったので、皆の眼を盗んで僅かな時間必要の部屋で過ごすだけで十分だった。

だから私は、正確には私達は待つことが主な仕事だったように思う。

連絡の取りようが無いので、薬草学の授業で一緒になった時間も言葉を交わすことは無く、ただ視線のみでやり取りするだけだったのだ。

尤も私がやっていることについて、ハリーとロンの二人は、その存在すら知ってはいないのだが。

これはもしかしたら不要なものかもしれないが、あった方が何かと便利な代物なのだ。

私は完成したそれを「二つ」ともいつも使っている鞄の中に入れて、後はただ計画に漏れが無いか(不確定要素が多すぎて計画とはとても呼べないかもしれないが)の最終チェック、それから今までやってきたことの全てを確認した。

さて、話は変わるがハッフルパフ寮では寮生は皆、消灯までの数時間を談話室で過ごすことが多かった。

六時以降は寮の外に出られない以上、まあ仕方がないだろう。

まあ、彼らは大きく分けると三つのグループに分かれていた。

一つめがゴブストーン、魔法界のチェス、勝手にシャッフルするトランプなどと言った室内で遊べるゲームで暇をつぶす者たち。

二つめが知り合い同士で集まり、話し込む者たち。

三つめが授業の確認、勉強などで暇な時間を潰す者たちという三種類である。

そんな中で私たちはと言えば二つめか、三つめに属していた部類に含まれていた。

言うまでも無く、一つめはどうしても面子の中で、その姿を見せなくなってしまったジャスティンのことを思い出してしまうからである。

「やれやれ、僕たちの寮のシンボルは穴熊だけどこうもこんなところに押し込められていると息が詰まるな」

とアーニー。ちなみに今は来年度から始まる選択授業についての考察(と言う名前の駄弁り)を行っている最中である。

勿論私たちは復活祭の休暇中に決めてはいるが、しかしそれでも未来の事について想いを馳せるのは若者の特権だ。

それを口実に暇を潰しているだけとかそういう正論は要らない。

「まあ、こんなことはそうそう無いのではないでしょうか。今年が異常なのであって、来年以降は平和ですよ、きっと」

超大嘘ではあるが。

なお私たちはと言えば、ハッフルパフの上級生の持っている教科書を幾つか見せて貰った上で自身の進路を決めている。

頼めば快く見せてくれてくれるのだから、うちの寮の人たちは本当に優しい人ばかりなのだと改めて確信した。

なお私は「古代ルーン文字」、「数占い」、「魔法生物飼育学」の三つを来年から受けることになっている。

昔の技を再現できるかは別として、幾つかの強力な道具を作るのに古代ルーン文字に関する知識は必要だし、先輩方の話に出た「占い学」よりは「数占い」の方が魅力的だったのだ。それに聞いてから思い出したが、数占いは宿題が無いらしい。魔法生物飼育学に関しては確か後の年代にならないと無理だったように思うが、生ユニコーンを是非とも見てみたいのだ。

ハンナやエロイーズは「占い学」と「マグル学」で行くとのことだった。スーザンは「魔法生物飼育学」の代わりに「マグル学」を取得していること以外は私と被っている。アーニーはスーザンと全く同じだ。

……何故かザカリアスと私の科目が全て被っているのが気になるが。

「でもジャスティンは来年何を受けるのかな」

ハンナは心配そうに言って、その一言で私たちの間に沈黙が降りた。

彼が何を受けるのかは、目覚めて見なければ分からないことだからだ。

それ以外にも、もうすぐ彼が石から元に戻ると言うニュースが、最近スプラウト先生から聞かされたことを思い出したからでもある。

聞けば応えてくれると言うのもあるが、寮監が薬草学の先生だからか、私たちの間ではマンドレイクの育ち具合は逐一広まっていた。

もうまもなくなのだ。

私達は今やっていることとは別の意味で未来が待ち遠しかった。

 

そして五月も終わりに入り、期末試験まで二、三日になったある朝のこと。

マグゴナガル先生が朝食の席で、マンドレイクの収穫が可能になったことを知らせてくれたのだ。

思い起こせばこれまでがとても長かった。

マンドレイクでザカリアスを気絶させたり、マンドレイクがスプラウト先生の手によりマフラーを巻かれていたり、マンドレイクが思春期に入ったり、マンドレイクがお互いの植木鉢に入り込もうとしたらどうたらこうたら。

何だかちょっぴり卑猥だ、という私の感想は一先ず置いておくとしよう。あれは一応人間じゃないはずだよな?

実はマンドレイクは知的生命体と言えるような生物なのだろうか?

ひょっとしたら奥が深いのかもしれない。

単なる醜いだけの、聞いたら死ぬような悲鳴を上げる不思議植物じゃなかったのか。などという無駄な思考はそこまでにしておいた。

ちらっとグリフィンドール寮のテーブルの方を見てみれば、ジニーがハリーの傍に腰掛けて真剣な顔をしていた。

ややあってから、確かパーシー・ウィーズリーだったかが多少なり雑事に関することを彼女に話し、ジニーは席を立った。

……既に秒読みだな。

 

やがて昼食になる直前の頃だ。突如、マグゴナガル副校長の声が学校中に響き渡った。

生徒は全員寮に戻ること、教師は全員職員室に集まること。

ハッフルパフ寮に戻ったら中は大混乱だった。

「誰が襲われたんだ!」

「きっと先生方よ」

という上級生たちが居れば

「マンドレイクで治るってスプラウト先生言っていたよね」

「大丈夫のはずじゃなかったの!?」

下級生たちも不安そうな顔で互いの顔を見ていた。

しっかりと事情を知っていなければ、私自身も取り乱していてもおかしくはないような空気が蔓延しているのだ。

ハンナやエロイーズは下級生を宥めており、スーザンやアーニーは黙って考え込み、ザカリアスは頭をしきりに掻き毟っていた。

やがて数分、あるいは数時間経った後で、ホグワーツが閉鎖されるかもしれないという新しい噂が寮内で蔓延した。

全校生徒が明日の朝一番に生徒たちが自宅に帰されると言う話が、スプラウト先生から私たちに告げられたからだ。

しかし談話室で重苦しい静寂が立ち込める中、少し他の人が目を離した隙に私の姿は寮の中から消え失せていた。

ロックハート先生の元に私は赴いていたからだ。

 

勝手知ったる先生の私室で荷造りを手伝いつつ、全てが終わった後で二人分の紅茶を入れた。

そういえばロックハート先生がホグワーツを去る時、幾つかの希少な品々を頂く約束をしたことを「覚えて」いる。

彼も私もその約束についてはきちんと覚えており、実際私もかなりの数の稀覯本や金目の品を形見分けのように頂くことに成功した。

まあ、彼はこの学校を去ることを私には明かしてくれたわけだし、その点では問題無い。

何故そんな約束をしたのかは、私たちの両方とも忘れてしまっていた。

錯乱の呪文に忘却呪文(あれは一応記憶修正の為に良く使われるので)を使用すれば行けなくはないと思うが。

 

その場合の手順は要するに

① ロックハート先生に忘却呪文を掛け、私に譲る約束をした記憶を植え付ける。

② ロックハート先生に私に対し、同じ内容で忘却呪文を掛けるよう錯乱させる。

③ ロックハート先生が私に対し、譲る約束をしたと言う記憶を植え付け、尚且つ私が二つの呪文を掛けた記憶を消してもらう。

と言ったところだろうか。

私にその記憶が無い上に、確認する方法は他の人にはもう無いと言っても良いのだが、この方法なら真実薬を使われても、開心術を使われて記憶を強引に手に入れようとされても大丈夫なはずである。

もっとも私がこんなことをしでかしたのかどうかは今の時点では定かでは無い。

記憶が無い故に推定無罪は適用されるはず……だ。

そんなことを考えながらお茶請けと紅茶のお代りを頂いていたら、ロンとハリーがようやくこの部屋にやってきた。

先生の足止め、及びこれからすることの盾が必要なので私自身もこの場に留まっていたのだが……二人が来た後でロックハート先生と二人の間で秘密の部屋に行く、行かない、の口論が始まってしまったようだ。

彼が忘却呪文を使用しようとして、ハリーが武装解除の呪文で杖を取り上げ、やっと三人の間の終わってくれたようだった。

「ティア、君も来るんだろう」

ハリーに声を掛けられ、私も彼ら三人に付いて行った。

関わりたくないと言ったがこれからすることの為にはどうしても行かなければならない。

そう、多分これが最後の冒険。

マートルのトイレに辿り着き、私が予め見つけておいた蛇の印にハリーが話し掛ける。

三人が先に入り、そして

「ティア、大丈夫だ!」

ハリーによって下までの間の安全を確認してもらった後。

その後で私は下へとおもむろに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが眼鏡の最後の言葉になろうとは、その時の私には知る由も無かったのです」

 

 

ややあってから下の方から声がした。

「君も早く来るんだよ!」

どうやら降りている最中に私の独り言が聞こえていたらしい。

……怒られちゃった。てへっ☆

そして私もまた、彼らの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……後から考えれば私は今まで証明して来たとおり、それなりに妙な知識や技術の持ち合わせはあっても、決して賢明な思考を有している方では無かったのだ。

エゴイストであることそれ自体に対する躊躇いも罪悪感も無いが、これから行った行動の後、反省するべき物があるとしたら、まずはそこだったのだろう。

その点だけは後に激しく後悔することになると、その時の私は未だ知らなかった。




残すところ、このお話を除いて後三話です。
全部のお話を読み返していると色々と雑なところばかりが目についてもう何と言って良いのやら。
秘密の部屋編が終わり次第修正していきます。


※秘密の部屋終了まで後三話ということです。
うわぁ、誤解させるような後書きをやっちまいました><


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対峙するものについて

され竜ネタが好きで結構入れています。今回も入っています。


じめじめとした薄暗い地下道を僕たちは進む。

ティアが杖先を照らして先を歩き、その次に僕が杖を構え、そして最後にロンがロックハート先生を後ろから杖で脅しながら、という順番で僕たちは歩き続けていた。

薬草学の授業の時にティアから

 

「次に継承者が動きを見せたら、一度先生方から出された指示に従い、数時間が経過した後にロックハート先生の部屋に来てください。私が知っていることを教えます」

 

という内容の手紙を貰った時は驚いた。

危ないことに関わりたくない(僕たちの中ではティアが一番図太い気がするけど)と彼女は言っていたけれど、ジャスティンが継承者に襲われてから何か思うところがあったのだろう。

僕たちは道中、バジリスクが怪物であること、動く気配がしたら目を閉じることなどを話し合った。

「ああ、やはりハーマイオニーは凄いですね。私もバジリスクが怪物だとは気付きましたけど、それは多分彼女が分かってから大分後の事でしたよ」

どうやらティアも自分で調べていて、大体の事は分かっていたらしい。その上で言った。

「おそらくジニーが犯人だったのではないでしょうか」

と。

「そんなはずがないよ! ジニーがパーセルマウスだったなんてことは無いんだから」

ロンが反論したけれど僕も正直それは無いと思う。

「落ち着いてください。ロン、許されざる呪文って知っていますか」

「あれのこと?」

僕は聞いたことが無いけれど、ロンは知っているみたいだった。

「ロン、どういうこと?」

少し考えてからゆっくりとロンは口を開いた。

「あのね、ハリー。パパから聞いた闇の魔術に『服従の呪文』っていうのがあるんだけど、それを使われると本人が望んでいないこともさせられたり、もっと恐ろしいことも掛けた人にやらされたりしちゃうみたいなんだ。

ティアは多分、ジニーがそれで継承者に操られていたんじゃないかって考えているんだと思う」

彼女は頷いた。

「その通りです」

「そんな……!」

だとしたら許せない。

「おそらくはジニーに罪を被せるつもりでそう行ったやり方を取ったのでしょう。

最低で最高のやり方ですね」

「そんな言い方って……!」

「重要なのは!」

ロンの抗議するような声に対してティアがいきなり声を張り上げた。

「私たちが彼女の無実を信じていると言うことですよ。

今年ホグワーツに来る時、ハーマイオニーと一緒のコンパートメントになって、話もしました。あの子はそんな子ではありませんよ」

そうだ。僕たちはジニーを助けるためにこんなところまで来たんだった。

「ジニーと犯人の二人がこの先に居ると思います。ジニーを助けてからこの四人で犯人を取り押さえれば済む話ですよ。そうでしょう?」

そう言ってからしばらく無言で進み、そして巨大な蛇の抜け殻に僕たちはぶち当たった。

「凄く……大きいです」

「人一人飲み込めそうだよ」

僕たちがそう呟いているのを横目に、あまりにも大きな抜け殻を見て腰を抜かしたロックハート先生をロンが立たせようとして、殴り倒された。どうやらロンの杖を奪うのが第一の目的だったみたいだ。

ロックハート先生がこれまで彼の犠牲者たちにやってきたように、僕たちの記憶を消すつもりだったらしい。

らしい、と言うのはロンの壊れかけの杖で忘却呪文を使おうとして、今まさに盛大に失敗したからだ。

トンネルの崩落が起こり、岩や石の壁でティアと僕、ロンとロックハート先生。

この組み合わせに分断されてしまったのだ。

しげしげと蛇の抜け殻を見る為にそれの近くに居たティアは無傷のまま、僕は少し落ちてきた石と砂のおかげで薄汚れてしまったけど……。

確認にしばらく時間を使ったけど、どうやら直ぐこの壁を壊すことはできないみたいだ。

「大丈夫です、ハリーを盾にする準備は万全です。私は必ず生き残りますよ」

「君の心配はしてないよ! 待っていて、ハリー。全速力で壁に穴を開けるから!」

ティアの冗談を尻目に、ロンの名残惜しそうな声を後ろにしながら僕たちは先ほどと同じように暗い道を歩き続けた。

 

少し遠ざかった後でただ黙っていても緊張したままだと思ったのか

「何だか二人でこうしてホグワーツの敵に立ち向かって行くと、去年の事を思い出してしまいますよね」

僅かにティアが微笑みを浮かべている気配がしていた。

ふざけたことを言うことが多い女の子だけど、こういった僕には無理な気遣いができるあたり、ハッフルパフに必要だと言われている「優しさ」を僕たちの中だと一番持っているのかもしれない。

ジニーが本当に大丈夫なのか、不安でたまらない気持ちが少しずつ何時も通りになっていくのを僕は感じていた。

「そういえばそうだね」

思い起こせば去年クィレルとヴォルデモートと対決した時も彼女と二人だった。

「あの時とは色々と条件が違いますけど……でもこれで馬鹿騒ぎもようやく終わりが見えてきたようで何よりです」

「うん」

できるだけ速く二人でジニーを助け出さないと。

犯人に利用されたジニーは、今きっと苦しんでいるだろうから。

それから暫く歩いて、エメラルドの眼をした蛇が彫られた一見壁に見える扉を蛇語で開けた後、僕たちは中へと踏み込んだ。

僕たちがそこで見つけたのは倒れているローブ姿の赤い髪の女の子……ジニーだ!

「ジニー! 死んでいちゃだめだ! お願いだから生きていて!」

ジニーの元へ僕は慌てて駆け寄って、杖を放り投げて彼女を揺さぶった。

目を覚ましてよ……!

そうして死んでしまったようなジニーを目の当たりにして嘆いていた時、僕は「彼」の声を聞いた。

 

 

 

「その子は目を覚ましはしない」

 

 

 

物静かで、でも聞いたことがある声。

その声に振り返ってみると古いSF映画の、ホログラム画像のようになった姿のトム・リドルが、じっくりとこちらを見ていた。

ティアは杖を構えて油断なく彼を見ていた。……どうして?

それに彼の言葉はどういう意味なのだろう?

とにかくジニーを助ける為に手を貸すように頼もうとして、僕は自分の杖がトムに弄ばれているのを目撃した。その様子を尻目に

「貴方だったのですね。貴方がジニーを服従の呪文で操っていたのですね」

「……ああ、ユースティティア・レストレンジ。多少間違いがあるようだが、君の方はやっぱり直ぐに気付いたようだね。そうとも、僕がジニーをこんな風にした張本人だ」

二人の間で会話が成立していた。

「リドル、それは一体どういうことなの?」

幾つかのあまり友好的とは言えないやり取りをした後で、彼は自分がジニーに何をしてきたか、五十年前に彼が何をしたのかの聞くに堪えない話を僕たちに聞かせ続けた。

ハグリッドに罪を被せたのが彼で、トムこそが真のスリザリンの継承者だったなんて!

そしてその衝撃的な話を聞かされている間中、ティアはと言えばずっとリドルを睨んだままだった。彼女はきっと予想していたのだろう、リドルがそうなのだと。

「……まあ、途中から僕の狙いは君に移っていたから、君と親しかったあの『穢れた血』を最後に、犠牲者を出すのは止めようと考えていたというわけだ……ただ一人、ユースティティア・レストレンジ、君を除いてね」

そうして彼はついにティアにも向き直った。

「君は一体『何』だ?」

僕が初めて会った時、ちょうどドビーに掛けようとしていた内容そのものだった。

「何とは? 私はハッフルパフ生で、犠牲になったジャスティンの友達です。ああ、純血のレストレンジ家の末裔でもありますね」

心外な、という顔でティアが答えた。

「惚けるな。そういうことじゃない……いや、それも勿論重要ではあるのだが。

何故僕を誰よりも早く疑った? 君は何故『スリザリンの蛇』に一度狙われておきながら無傷で居られた? いや、鶏の声を真似て、ということなら奴から報告を受けて分かっている。

……君は最初から秘密の部屋の怪物がバジリスクだと言うことに気が付いていたのか?」

納得が行かないのはこちらも同じだ、と言うようにトムは言った。

「あれはたまたま寮のルームメイトたちの為に覚えていた物が咄嗟に出てきてしまっただけです。彼女たちの中に寝起きが悪い子が居るので、今度から耳元で優しくやってあげようかなと思っていただけですよ」

ティアは一体何をやっているのだろう……後その起こし方は絶対に心臓に悪いと思う。

「君は……いや、もう良い。少なくとも尊き純血でありながら、僕の正体を知っても味方になりようがない子供だと言うのは分かった」

リドルの正体って一体どういうことなのだろう?

「ハリー、さっき途中から穢れた血やスクイブと言った連中では無く、君の事が気になっていたと言ったはずだ。その理由を今から教えよう」

そう言って僕の杖を振って……

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

間の抜けた声をリドルは出していた。

ぶんぶんと僕の杖を振っているけれど、何かおかしいところでもあったのだろうか?

 

「トム、頭でも悪いのですか?」

 

ティアが彼の事を心配するような声で、不安そうに言った。

「いや、そうじゃなくてちょっと……待て、君今僕の事を何と言った!?」

そのリドルからの質問には答えずに右手で杖を持ったまま、彼女は左手で僕の方へと何かを手渡してきた。

「ハリー。落し物ですよ」

そう言って出したのは……僕の杖!? あれ、でもリドルが持っているのは一体?

「ああ、多分それは私が彫ったハリーの杖のレプリカだと思います。ハリーのファンが欲しがるかなと思って」

ティアって器用だね、って違う。僕の杖は何時の間にすり替えられていたんだ?

「ああ、トム。どうぞ続きをお願いします」

「……お手数だが君の杖を貸してもらっても良いかな。それと僕をトムと呼ぶな」

僕の疑問を他所に、心底腹を立てている表情で彼はティアの事を睨んでいたが

「冗談はよしてください、トム。この場で、いえ魔法界で一番危険な人物に私の大切な杖を渡すわけがないでしょう?」

じっくり見ていると腹が立ちそうな表情で彼女はリドルを睨み返していた。

「一番危険な人物?」

「ああ、ハリー。トム・マルヴォーロ・リドルという文字、これをこのように並び替えると」

そう言ってティアが出した炎でできたリドルの本名の綴りは、そのまま杖で文字の順番を少し変えられて……

「ヴォルデモート!」

置き換えられたアルファベットは「私はヴォルデモート卿だ」と言う意味を表わしていた。

「リドル、君が?」

「如何にも。ヴォルデモートとは僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……」

その後の僕とリドルのやり取りの後、あの古びた組み分け帽子を咥えたダンブルドア校長の不死鳥が現れた。

校長室で一度だけ見たことがあるけど、あの時のような死に掛けの姿なんかじゃない。

おそらくダンブルドア校長から遣わされたであろう、とても美しいフォークスの素晴らしい歌声は、僕に勇気を与えてくれていた。

リドルが強がりを言っているけど、僕たちにはダンブルドアが付いている。

一番重要なのはあの人が僕たちを見捨てていないことなんだ。

目を離した瞬間に彼から何をされるか分からないからからだろう。こちらに目を向けてはいなかったけれど、ティアも薄らと微笑んでいた。

「今すぐジニーを連れて行けば未だ間に合うかもしれません」

 

 

「モビリコーパス 体よ動け」

 

 

そう言って彼女が杖を振るうとジニーの身体は仰向けのまま、浮き上がった。

「無駄だ、ユースティティア・レストレンジ。君はこの場から本当に逃げ失せられると思っているのか?」

「私をユースティティアと仰々しい名前で呼ばないでくれますか? 後、ジニーが動けなくてもハリーと私の二人が居るんですよ。

玩具の杖を振って喜んでいるトム一人くらい、ハリーがきっとやっつけてくれるって私は信じています。私は精一杯声援を送らせていただきましょう」

「あの、ティア。できれば君にも手伝ってほしいんだけど」

「頑張れ、男の子!」

「ふざけた子たちだが……僕は生憎一人じゃない。あいつは僕が呼べば直ぐに出てくる。そんなことも忘れてしまったのかい? 無論ユースティティア、君ならあいつを追い払うことくらいはできるだろう。だが一度命令さえしておけば必ず実行する奴だ。

もしも此処で追い払うようなら仕方がないが、君が寝ている時でさえも襲い掛かるように仕向けておこう」

怒り心頭と言った彼が、それでも何とか余裕を見せようと、せせら笑うようにこっちを向いていた。

だけどティアに口でやり込められていたようなリドルは全然怖くなんかない。

「やむを得ないですね。私がトムを抑えておきます。ハリー、バジリスクの方をお願いしますね」

杖もあるし、僕は多分大丈夫だ。でも

「分かったけど……ティアは一人で大丈夫?」

「大丈夫です。バジリスクが来ても、私にはこれがあります」

そう言って取り出して瞬く間に装着したのは「目隠し」だった。

「ダンブルドア校長の耳当てを元に制作した自信作です。なんと使用者が望まない限り外せません。付けている表面には怖くないように遊び心が付いています」

ティアがこっちを向くと、何だか腹が立ってくる大きな目の絵が僕に対してウィンクをくれた。

「……ちなみに僕の分は?」

「あ」

あ、じゃない! それは僕にこそ必要な代物なんじゃないのだろうか?

「まあ、大丈夫ですよ。昨年も実質ハリー一人で萎びた姿になっていた『例のあの人』を打ち倒したじゃないですか」

「君たち二人とも、ただで済むと思うなよ」

わなわなとリドルは震えていた。多分ここまでコケにされた経験が無いのだろう。

彼女はその言葉にしっかりと口を開いた。バジリスクを倒さなきゃいけないって言うのに、取り乱した様子がまるでない。

 

「ええ、掛かってきなさい。……その前に私の弱点について教えて差し上げます。私の弱点は此処です。此処をしっかりと狙ってください」

「ティア、そこで僕の心臓を指すのは何か間違っていると思う」

 

でも良い具合に僕の緊張感もほぐれた気がする。

「君たちはふざけているのか……?」

「何時だって大真面目です」

絶対に嘘だ。

そしてバジリスクが呼ばれた。

眼を瞑り、しかしそれでもサラザール・スリザリンの巨大な像から何かとても大きな物が出てきたのを感じる。

リドルはバジリスクが直ぐ近くに居る余裕からかティアの方を警戒した様子がまるで見当たらなかった。

 

「男の子だ。男の子をやれ!」

僕の方へとリドルはバジリスクを追いやったらしい。

その眼を見るわけにはいかない。

だけど何とか知っている魔法でやっつけないと!

 

「リクタス・センプラ! 笑い続けよ!」

 

音が示す方に魔法を放とうとして何も起きない。

?……! 

幾つかの呪文を一か所にずっとしないよう走りながら使い続けて気が付いた。

「この杖も偽物じゃないか!」

「すみません、ハリー。そういえば貴方の杖のレプリカは二本あったんです!」

眼隠しを付けたまま、彼女は僕に向って叫んでいた。ちなみに目隠しの眼は僕を苛立たせるように驚いた様子でその大きな目の絵をパチパチさせていた。

そんな場合じゃないのに。

「あれ? ハリーの杖は……」

ローブをゴソゴソとやっている気配がするけど僕の杖は見つからないらしい。

できるだけ細目でティアの方を見ると、彼女は諦めたのか杖を構え、

 

「ペトリフィカス・トタルス! 石になれ!」

 

……そして僕に当たった。

急に動けなくなった僕は後ろへと仰向けのまま倒れざるを得ない。

まるで見えない状態で魔法を使ったんじゃ仕方がなかったのだろう。

不味い、全身金縛り術を掛けられたせいで身動きが取れない!

「あ、あれ? ハリーに当たっている?」

珍しくティアが取り乱していた。

「ええと、取り消すにはどうするんでしたっけ!?」

焦っている間に横たわったまま、声が出せない僕に、とても大きな牙が突き刺さった。

「……!」

その直後、僕の頭上で争うような音がしていた。

苦痛で喘いでいるバジリスクの気配を感じる。

 

「目が見えなくても小僧に止めくらいは刺せる。早くやれ!」

 

蛇語特有のシューシューとした声で命令が下された。

声すら出せない激痛の中、フォークスの鳴き声が聞こえ、

 

「アバダ ケダブラ! 息絶えよ!」

 

悲鳴が聞こえた後で途絶えた。

……今度は多分ティアの魔法がフォークスに当たったのだろう。

何かをしている最中だった様子のフォークスに当たったそれは、一瞬にして死に追いやったようだ。

おそらくだけど以前校長室で見た時のように、灰になった後で焼け落ちた中から、その雛となった姿を見せているのだろう。

でもティア。死なないとはいえ、フォークスに当てるなんて駄目じゃないか!

「ええ? そんな……!」

見えていない中でも僕にも感じ取れるような、今のような強力な呪文を放てるのは凄いとは思う。

だけど何もこんな時に外さなくても良いのに。

それよりも今の呪文の感覚は何処かで感じたことがあるような気がする。

去年じゃない、もっと昔に……

驚いたためかティアとリドル、それからバジリスクの動きが止まった。

その一瞬に再びあの強力な呪文の気配が放たれ、怪物の巨体が倒れて生じた音がこの秘密の部屋で響き渡る。

舌打ちと悔しがる気配がした後で

 

「何でその年で許されざる呪文の最も強力な物を使える……? 闇の魔術に関する素養が高いのか……?いや、しかし今はどうでも良い。

ハリー、君の命もこれまでのようだな。魔法を外しまくっていた間抜けな女の子に、歌を歌うことしかできない馬鹿な鳥。ろくな仲間にも恵まれず死んでいくわけだ……」

 

直後、ティアが駆け寄ってきた。

「フィニート・インカンターテム! 呪文よ 終われ!」

ようやく僕は目を開けられるし、喋られるようになった。

全身に走る痛みは続いている、長くは保たない気がする。

それでもバジリスクを倒すことはできたんだ。

後はジニーをダンブルドア校長の元に連れて行けば

「ジニーを……頼む……」

「!」

珍しい、驚いた表情のティアが見えて

「ハリーしっかりしてください! きっと助かりますから!」

そして再びリドルが嘲笑う気配がして

 

 

 

風が吹いた。

 

 

 

 

動く気配に反応したのだろう。ティアがその方向に目を向け、杖を構えた瞬間には終わっていた。

 

僕にかかった不死鳥の涙、それが僕の毒に蝕まれた身体を癒してくれたのだ。

ほんの少しの間、その素晴らしい感覚を味わった後で僕は立ち上がる。

 

呆然としたリドルとティアの顔を見た後で、何故かこうしなきゃと思った僕は――

暴れた際に折れて転がっていたバジリスクの牙を「日記」に突き立てた。

リドルが絶叫し、姿が薄れ、そして初めから誰も居なかったようにこの暗い部屋に沈黙が戻る。

 

悪い夢から覚めたようにジニーの顔色にも血の気が戻り始めているようだ。

ただ、何故かティアが哀しそうな顔をしていたのが少し気になった。

 

 




何時もの感想返しは次回投稿時に致します。
ある意味次回は超展開……?


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最悪とは何かの定義について

長い、そして説明が多い><


ハリーを殺し損ねた。

今回の一番の目的は残念ながら失敗してしまった。

そもそも私が何故こんな死ぬかもしれないリスクを、ほんの少しとは言えど冒したかなのだが、事故に見せてハリーを、より正確に言うならばハリーの中にある分霊箱を彼ごと今ここで確実に消しておきたかったからなのだ。

さて、解りやすいように順に話をしているとしようか。

 

Qヴォルデモートが反射した自分自身が放った「死の呪文」を喰らいながら生き延びているのは何故か?

Aホークラックス、つまり分霊箱と呼ばれる幾つかの魔法の品々により、死を誤魔化しているから。

 

Qではその分霊箱は幾つあるのか?

A答えは六つ。

今回ティアとハリーの二人で破壊した『トム・リドルの日記』、ダンブルドア校長がグリフィンドールの剣で破壊した『ゴーント家の指輪』、ロンが彼自身の恐れと対峙して壊した『スリザリンのロケット』、それからハーマイオニーにバジリスクの牙を突き立てられて破壊した『ヘルガ・ハッフルパフのカップ』、そしてゴイルが偶然とはいえ、『悪霊の火』で焼いた『レイブンクローのティアラ』、最後にネビルによりグリフィンドールの剣で斬り殺された『ナギニ』。

 

Q否、個数は間違っていないが種類が間違っている。

Aというと?

 

Qナギニは未だ分霊箱になっていないはずである。現時点ではハリーが六つ目のそれなのだ。

Aそれから導き出せる答えは?

 

Qハリーをバジリスクの毒で殺害することができれば残る分霊箱は後四個になり、更に残り全てを一年以内に破壊することができれば、ヴォルデモート復活を阻止できて今後の犠牲者も減らせるのではないだろうか?

A……論理的には間違っていない。

 

とまあ身も蓋も無く言えばそういうことである。

より実際的に言うならば、だ。

私が今回行動した結果、起こる物には大きく分けて四つのケースが考えられていたのである。

 

① ハリーが死ぬ。分霊箱も破壊される。

② ハリーが死ぬ。分霊箱は破壊されない。

③ ハリーが生きる。分霊箱は破壊されない。

④ ハリーが生きる。分霊箱は破壊される。

 

①は今回バジリスクの毒でハリーが死んだ場合の事だ。ハリーの肉体が死に、分霊箱も確実に葬り去れる。ハリー一人の犠牲に目を瞑れば(今後の犠牲者のほぼ全てを確実に救うことのできる)ベストのケースである。成功さえしていれば口八丁手八丁で、どさくさに紛れて分霊箱全ての破壊に持っていける勝算が実はかなりあった。最大のチャンスなのだし、私は殺ればできる子ではあるのだから狙わない方が間違っていると思う。

②は肉体が死んでも分霊箱の機能が残される場合についてだ。仮にハリーが死の呪文で殺せたとして(彼の母親の死の呪文に対する「保護」はヴォルデモート以外に効果があるのかもしれないと思うと迂闊に試すわけにもいかなかった)もそれで確実に分霊箱まで破壊できるか分からない。ハリーを殺せたとしても、の機能の方が残された場合は意味が無いどころか、目も当てられないことになってしまうのである。私は逮捕(友人Bから聞いた魔法界の法律事情から推測するに私は犯罪者の娘と言うことで話すら聞いてもらえないだろう)され、アズカバンに収監されてしまうはずだ。確実に最悪のケースと言える。

③は今回「起こりつつ」あるケースだ。今後の犠牲は一つも解決されない私の行動が無意味になると言う意味では非常に悪いケースである。

④は多分ヴォルデモートにしかできない。今のところ分霊箱の作り方に関する本を読んだことが無い以上確かなことが言えないのだが、おそらく作った本人なら壊すことも容易くできるのだろう。しかしそれは一度あいつを復活させることをも意味してしまう。私にとっては良くも悪くもないケースで、結果だけ見れば正直③とまるで変わらない。

 

ハリーの偽杖を二本用意したのも、直前にすり替えておいたのも、トムを冷静にさせないために馬鹿にしつづけたのも、ハリーに全身金縛り術を掛けたのも、ダンブルドア校長の不死鳥を一度殺したのも、全ては今の時点でのハリー抹殺の為だった。

私の死の呪文で確実が望めない以上、バジリスクにどうしてもハリーを殺してもらう必要があったのだから。

ちなみに目隠しは純粋に趣味で制作した物であり、都合の良い物しか見えないような特異な魔法の効果などがあるわけではない。正式名で言われるのは親しんでもらえないような気がするし、キラキラネームみたいで嫌だったので普段はティアと呼んでくれと言ってはあるのだが、ユースティティアと言えば「目隠し」なのだ。無力な正義の女神に相応しいだろうと思って、半分冗談半分皮肉で作ってみたのだが意外と出来は気に入った。これからは夜寝るときに役に立つかもしれない。

 

さて話を戻すことにしようか。

ハリーはおそらく目が見えない以上、私が魔法に関してはノーコンになってしまったと解釈しているだろう。だが今回に関していえば、私は間違いで呪文の数々を失敗したわけでは無いのだ。

前世で「心眼」を習得した私にとって、眼を瞑ったまま狙い通りに呪文なり投げナイフなりを当てるのは決して難しいことでは無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というのは流石に大嘘である。

心眼なんてオカルトな物を私が持っているわけないじゃないか(今生で魔法学校に通っておきながらオカルトとか言うと何か失笑モノな気がしなくもないが)。

百発百中の魔法の秘密は単に私が「とある上級呪文」を使用していたから、という理由である。

ではその呪文は何か? それは所謂「超感覚呪文」という奴だ。

開心術が人の記憶、思考を読み取るものならば、超感覚呪文はある意味でそれとは正反対の呪文であると言えるだろう。

超感覚呪文、それは自らの感覚を強め、眼に依らずとも一定の範囲内の物体の動きを察知することができるとても役に立つ呪文のことだ。例を挙げれば、視界の外から向かってくる物に気付いたり、複数の物が迫ってくる中で何処を通れば何も当たらずに通っていけるかの答えがまさしく感覚で分かったりするようになるのである。

他にも別の効果として眼に感覚の強化を集中させれば、たとえ相手が透明マントを使って隠れていても察知することが可能になったりするし、更に強化すれば物体を透過して物を見ることもできるようになる便利極まりない代物なのだ。

勿論こういったこと(の一端)はある程度までマグルのスポーツ選手や武術家、もしくは狩人の類ならばできるのかもしれないが、これは多分それの発展版に当たるのだろう。

きっと集中した状態なら光の剣を使って、飛んでくる光線銃の弾ですら跳ね返したりできるようになるに違いない。

故に必要の部屋で、私を囲むような位置に自動で動くピッチングマシンを複数設置し、目隠しした状態で相当なスピードの出たボールを避けたり、打ち返したりする訓練をして確実にできるようになった私に隙なんて無い……はずだった。

これの弱点はと言えば、集中する必要があること、何かに気を取られていると感知可能範囲が縮まったり、失敗したりしやすいことが挙げられる。他には普段の行動と併用するのが難しい点だろうか。具体的には使い古された例えで申し訳ないが左手で三角を描きながら右手で四角を遣り続けるような感じだ(私は前世の時からできるが)。

今回何が悪かったかと言えば、不死鳥の再生速度、及び動きの速さを私が見誤っていたことともう一つ。

 

ハリーが自分の命よりもジニーの命を優先できることに対する動揺で、意識に僅かな空白ができてしまったことだ。

 

その数秒の間にフォークスが復活し、その恩恵を最大限ハリーが受けてしまった。

確実に此処で始末しなければいけなかったのに一番肝心なところで失敗してしまうとは……。

私もまだまだ精神面で未熟だったと言うことなのだろう。

魂の故郷に居た老人達の中でさえ、何十年と言う年月を無駄に重ねていても精神面では問題があり過ぎる人を何匹かは見ていたのだ。

中の私を省みても三十幾つかしか生きていない私には荷が重すぎたのかもしれない。

と言うのも私見ではあるのだが、幾つかの上級魔法になればなるほど、その習得と使用条件に関してはどうも精神の成熟具合、もしくは使い手の想像力などが影響してくるみたいなのだ。

そして私には一つ苦手としている上級呪文がある。

守護霊の呪文の場合は「幸せな記憶」を留めて置くだけの意志の力。

調べるだけで今のところ習得の準備をまるでしていないのだが、分霊箱を破壊できる程強力な呪文である「悪霊の火」に関しては、出すことに関しては対象を「破壊するという明確な意志」、どういったビジョンで対象を破壊するかという具体的な想像。出してからは破壊すると言う自らの意志に加え、それを如何にして冷静に制御するのかという持続する「鉄の意志」の二つを同時に併せ持つことが必要になってくるのだ。悪霊の火は二つの意志の均衡が破れれば燃える力が拡大し続けて破壊をまき散らしてしまうし、本人以外が消す場合にしたってそれと同等の魔法の力を直接ぶつけない限り消えはしないのだ。

それなりに有名な「グブレイシアンの火」に関しては、本人の技量に加え、さながら職人や一流の芸術家のように制作にかなりの時間集中していることが求められる。魔法を使うと言う感じとはまた少々違った毛色の閉心術に注目してみても、やはり上級魔法に関しては個人の精神面での資質、あるいは意志力の鍛錬が重要なのだと言わざるを得ない。

長々と連ねたが要するに何が言いたいかと言うと、人一人殺すこと、あるいは見捨てるなんて元から私にはできなかったのかもしれないと言うことなのだ。

その直前までは想像もシミュレートもできていたのに、ハリーのその一言を聞いただけで決意が霧散してしまった。人一人が生きていた、その感覚を知ってしまうとどうしてもそれに気を取られてしまっていた私が居たことに私自身が驚いたよ。

ハグリッドから無断拝借した鶏に関しては、必要の部屋で出した斧でその首をぶった切れたのに。

……まあ、あの時はお腹が空いていたこともあるのだが。

誰かを殺したり、痛めつけたりする為に喜んで呪文を使用できるかと言われれば、多分私はできない。

その根拠はと言えば、許されざる呪文の中に、不得意とする物があるからだ。

私なりの解釈なのだが、魔法を武術に例えれば、その「心技体」で言うなら技と体の方なら私は整っているというか高いレベルにあると自負している。

庭小人のグランピーに服従の呪文を掛けてみたら、かなり複雑で難しい命令でさえも成功させることができたし、死の呪文に関しては初めから失敗したことが無く、最近では十発や二十発くらいなら余裕で放つことができるからだ。おそらく前者は技、後者は体(自身の意志の問題では無く、内に在る魔法の力を如何に集中できるかの問題だと思う)を象徴しているのだろう。

だが磔の呪文だけはどうにも苦手だった。正直に言えば使うことも、喰らってしまうことも怖くてたまらない。

本気になって使う必要があるとは今生のママンの名言だったと記憶しているが、庭小人のスニージーが顔芸を見せながら本気で苦しんでいるのを見ているだけでも心が痛むのに、人間に対して使うことなんて絶対にできるわけがないと私は既に確信していたのだ。

ちょっとした悪戯や洒落で呪文を使うならともかく、他者を本気で苦しめることを私は楽しみたくなんてないのだから。

例えば実験動物に「磔の呪文」を使っているところなら想像することは容易い。どうしてもやらなければならないなら、私に危害を加えた人や私を殺そうとした人にもやれるだろうとは思う。

だけどもう既にある程度近しくなった人や無関係な人に、それを使っているところだけは断じて想像できなかった。

生物に備わった生来の抵抗力を減じられるとして、私がハリーに使用したことが発覚するリスクを考えなかったとしても、磔の呪文は使えなかっただろう。

好きで彼をぶち殺すわけでも、無駄に苦しめるつもりもなかったわけだし。

 

バジリスクの毒が廻るまで眺めているだけの簡単なお仕事のはずだったのだが……。

全く、この世界に運命の神様なんてものが居るなら酷く残酷である。もしも神様に愛されている結果がこの様なら、私から言うことはただ一つだ。

 

そんな愛は要らない、と。

 

これ以上何か面倒くさいことが降りかからないよう、元の世界で信じていた神様にでもお祈りしておこう。

ちなみに私が信奉しているのは「暗黒神ファラリス」と「水の女神アクア様」である。

自分自身に正直になるには最高の神様だと思うからなのだが。

そんなアレなことを思いながらつらつらと「ちょっとした作業」をしていたらジニーが目を覚ました。

起きてから直ぐ傍に居たハリーと話している間の彼女は、疲れている様子が見えるもののトムに有った毒気が、影も形も見当たらないような普通の女の子だったように思う。悪い影響などはあまり残っていなさそうだ。

こちらが可哀想に思えてくるほど狼狽しきった彼女は、深い後悔と恐怖とを湛えていた。

 

「ごめんなさい……ティア。貴女にも酷いことをしちゃって」

「私は気にしていませんよ、ジニー」

 

ジニーの事を優しく抱きしめながら私はそう言った。

少々危ない目には合ったが生(というには鮮度がいささか落ちているか?)トムを見ることができたこと、それ自体は良かったし。

何よりこの場では失敗してしまったが、全てを上手く行かせる方法に気付くことができたのは私がバジリスクに狙われてからだったのだから。

それにしてもあんな腹黒い「イケメン」王子様が、数十年後には萎びた「逝け面」お爺様になるなんて時の流れと闇の魔術は残酷である。

多分両方とも用法と容量とかを守らないといけない代物なのだろう。

 

そしてそれから幾らもしないうちにロンがロックハート先生の手を引いてこちらに走ってきた。

ハリーが心配になって穴を開けるのを急いだらしい。

全く私がハリーに対して酷いことなんかするわけが無いだろう?ハリーに酷いことを直接するのはトムやバジリスクの方なのだから。ハハッ☆

 

フォークスに捕まりつつ秘密の部屋を出た私たちは、マートルの女子トイレへと戻っていた。

さりげなくジャスティンの元に行くから別れようとした私は、やんわりとハリー、ロン、ジニーの三人に引き止められてしまった。

あの油断でき無さそうなお爺さんと顔を合わせたくはないし、私はできれば彼の元に駆け付けたいのだが。

え?当事者の一人だし、君も来なきゃ駄目だって?……ですよねー。

フォークスの先導の下、導かれた先にあったマグゴナガル先生の部屋の中に入ると校長、副校長、それから知らない顔が二人(後で確認したがウィーズリー夫妻だった)にタヌキが私を出迎えてくれた。

 

 

 

 

 

もう一度言おう。タヌキである。

……ごく最近何処かで見たような信楽焼のタヌキがこちらをアレな目付きで見つめていやがったのだ。

私が……もとい怪しげな商人さんが売っていたと言われるそれにそっくりである。

なんでこんなところに居るのか甚だ謎だ。

「ミス・レストレンジ。その置物が気になるかのう?」

感動の再会を済ませている赤毛の家族を尻目に、部屋のほとんど全員の注目を浴びていない時に、ダンブルドア校長は普段と同じような捉えどころのない表情を向けたまま、私へと問いかけた。

「ええ、とても珍妙な物なので」

それ以外にも理由はいくつかあるが別に答えなくても良いだろう。

「うむ。東洋の置物らしいのう。私にそれを渡してくれた者の話によれば、持っていると願い事が叶うそうじゃよ」

何と混同されているのか不思議だ?達磨?

「まさか」

「実際にわしの願い事の一つは叶った。さて、ミス・レストレンジ。君なら何を願う?」

その効果のほどは疑わしいが、此処で本当のことを言うわけにもいかない。

 

「無限にお金が湧き出る呪文が知りたいです」

「……ミス・レストレンジらしいのう」

 

あれ?冗談で言ったことが本気にされている!?

「いえ、もちろん冗談なのですけど」

「そうとは思えないのじゃが」

「そんな、まるで私の事を良く知っているような言い分ですね」

「時折、叔母上殿から手紙を貰っていてのう。君の事を大層心配しておったようじゃ」

あの叔母なら確かそんなことをしていたかもしれない。一応、私は彼女の前では一切本性を見せていなかったはずだが……?

「さて、わしとミス・レストレンジの個人的なやり取りは置いておこう。ウィーズリー夫人、こちらユースティティアというハッフルパフ生なのじゃが、どうやら今回ポッターやご子息と同様に事態の収拾に尽力してくれたようじゃ」

 

ファッ!?思わず目を見開いて驚いてしまった。ドーラやテッド叔父様、ドロメダ叔母様以外の人にいきなり抱きしめられたのだから、当然の反応だ。

 

「貴女も、だったのね。本当にありがとう」

 

……止めて欲しい。

顔と体を離してから真剣にそう思った。私はひょっとしたら、貴女の息子さんの一人の死を確定させてしまったかもしれないのだから。

私は少なくとも今のところは自分自身の命を賭けてまで誰かを助ける予定なんかないし、命を賭けないでも誰かを救えるような強さがあるなんて思っていない。今回の事は偶々であり、あまりにも美味しいチャンスだったから手を出して見たに過ぎないのだ。

色々な意味で、リスクに見合わないことなんて私はできない。

「お気になさらずに。私はただ何もしないでは居られなかっただけなのです」

結果はこの様だったが。

その後は日記とバジリスクの牙を差し出したハリーが、一連の事件の経過の説明をたどたどしく説明し、私が時折補足すると言う感じで進行していった。

……おっとマグゴナガル先生。私は校則破りの問題児の類とは無関係ですよ?

 

ジニーやウィーズリー夫妻、マグゴナガル先生が医務室に行き部屋を去った後にハリー、ロン、そして私にホグワーツ特別功労賞なるものの受賞が決まった。

去年と違って特に驚きは無いし、欲しがったことなどない代物に対する感想なんてもっとない。人に注目されたい、認められたいという欲求ならそもそも今生の私には存在しない物なのだから。

ロンとロックハート先生も医務室に行ったようだが

「わしはハリーとティアとで話し合いたいことがある」

はて?私は特に無いのだが……。

二人が去った後でダンブルドア校長はハリーと私に向き直った。

 

「ハリー、わしに何かリドルの事で話したいことは無いかな?」

「ダンブルドア校長、ぼくは……」

 

そしてハリーの告白、いや告解とでも言うべき内容が語られた。

組み分け帽子に自分がスリザリンを薦められたこと、トムに自分と似ていると言われたこと。

自分はスリザリンに入るべきだったのではないかと思っていることなどを、だ。

……まあ、心無い他者に傷つくこともあるだろう。

 

「ミス・レストレンジ。どう思うかね?君はハリーがグリフィンドールに相応しくないと、そう思うかね?」

 

何故私に振るのだろうか?

ダンブルドア校長の方を見ると、キラキラとした眼で私のことを見つめていた。

おそらくは私が言うまで続けるつもりなのだろう。

 

「ハリーはグリフィンドール生に相応しいと思います」

「でも、僕は……」

 

咄嗟に出てきたのは先ほどの光景から思った言葉だった。

 

「貴方は自分が死に掛けている時にジニーの事を頼むと私に言ったじゃないですか。自分が死に掛けている、正にその時に」

「そうだけど、あれは」

「自分の娘や息子の為にそうできる大人は居るかもしれません。でもそうでない人で他の人の為に、自分の命を投げ出せるような人は同じ年代の子供たちの中には居ないと思います。スリザリンにも、レイブンクローにも、私の所属するハッフルパルにも、です。

貴方はグリフィンドールに入ることを望んで、グリフィンドール生らしい勇気を示せたのだと私は強く思います」

 

その言葉に何故か彼はいたく感動しているようだった。

誰かに違うと言って欲しかったのか、あるいは認められたかったのか。そのどちらか、あるいは両方なのかは分からないが、つまりはそういうことなのだろう。

 

「ミス・レストレンジ。わしの言いたかった言葉をありがとう。君の方は何かわしに聞きたいことはあるかのう?」

 

特に無いと言いかけて気が付いた。

 

「ダンブルドア校長の叶った望みと言うのは何ですか?」

「こうして君と話す機会を得られたことかのう」

 

私はその言葉を聞いた後で、念のために構えることにした。

フォークスにも反応されない程ゆっくりと、ポケットの中に入っているとある物を何時でも投げられるよう用意したのである。ちなみにそれはバジリスクの毒を、つい先ほど塗ったばかりの小鬼製の銀で鍛えられた短剣だ。

 

「ええと、どのような意味でしょう?」

「何、去年から君とは一度じっくりと話したいと思っていたのじゃよ」

 

やはり、か。

緊張感のあるやり取りなんて二度目の生を受けてから滅多にしたことが無いのだが、去年の事ははっきりと思い出せる。

 

「流石にこれだけ年の差があると男女のお付き合いというのは……」

「そういった話ではないのう」

 

できるだけ平和裏に惚けようと思っていたのだが失敗してしまったようである。というか年上好みの私と言え、爺様を相手にする気は毛頭ない。

 

「あのう……私ジャスティンの元に早く行きたくて……」

「その前に一つわしからお願いがあるのじゃよ。何、とても簡単なことでのう」

 

話を聞いてみたところ、さして問題は無い。だけどそれに応じる理由も同時に無かった。

ただ、そう言ったところ私の願いを一つ聞くと校長先生はおっしゃったのが非常に気になっていたのである。

私は好奇心からそれに応じ、そしてその時が来た。

 

「準備は良いかのう?」

「はい、もう既に大丈夫です」

 

ハリーも何故かこの場に残されていた。私たちの間の異様な雰囲気を感じ取っているようで、短い間のやり取りに対して何度も口を挟もうとしていたのを覚えている。

 

「では」

「はい、行きます」

 

そうして私が魔法を放つのと全く同じタイミングだった。

 

「「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」」

 

赤い閃光が正に同時に放たれた。一つは私の杖から、そしてもう一つはダンブルドア校長の持っている杖からである。

 

二つの赤の光はマグゴナガル先生の部屋の、二つの杖の丁度中間地点で混ざり合った。

その現象に私は目を見張った。

ダンブルドア校長の様子をその瞬間に確認する余裕は無かったことが悔やまれる。

私達二人の杖から放たれる光は、私が殺した目の潰れたバジリスクの像を出し、直ぐに消えたフォークスの像を出し、そしてその直前に出したルーモスによる白い光を見せた。

とてつもなく長いようで、おそらくとしか言い様が無いのだが、お互いの感覚という感覚が伸ばしうる限界まで引き伸ばされた結果だったのだろう。

磁力よりも遥かに強大な力場という物を双方に感じさせ、繋がり合った光は他の何者をも寄せ付けないだけの古く、原始的なそれを思い起こさせる。

かつて前世の私の友達の声が聞こえたことに驚き、ふと見てみるとダンブルドア校長もまた私と同じような、いやそれ以上に激しいであろう驚愕の表情を見せていた。

ハリーは何が何だか分からないという顔で、フォークスはと言えば綺麗な歌声を響かせるだけの、有体に言えば混沌がこの場に齎されていたのだ。

 

やがてどちらともなく光の「糸」を切った。

私達はこの「事実」に耐えられなかったのだろう。

あまりにも計算違いであったのだから。

暫くの間私も、それからダンブルドア校長先生も何も口にしなかった。

そしてややあってから私は口火を切ることにしたのだ。

 

 

 

「まさか私の杖がかの『ニワトコの杖』と『兄弟杖』だったなんて思いもしませんでしたよ」

 

 

それは紛れも無く最悪の一つの形。

 

 




夏なので怪談風味に……いえ、展開それ自体はもっと前に考えていたのですけどね。
後一話で秘密の部屋編終了です。


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誓いと類似について。

二か月以上も間を空けると話の内容を忘れて困りますよね。





私が。
これにて「秘密の部屋」編終了です。


杖が運命を選ぶのか。運命が杖を選ぶのか。

 

ユースティティア・ドゥルーエラ・レストレンジ。

彼女について知ったのは、育ての親に当たる彼女の叔母、アンドロメダ・トンクスからの手紙が切っ掛けじゃった。

どうか私の姪の入学を認めて欲しい、という文言から始まる真摯な内容の手紙は心を揺さぶられる物であったし、書かれていた彼女の家での過ごし方の詳細から、育て方にも充分配慮してあるという内容もしっかりと読み取ることが可能ではあったのじゃ。

両親が死喰い人であったからと言って、将来必ず危険極まり無い存在にはならない。

かつて闇の魔術にどっぷりと浸ってしまった、才能に溢れていたかつてトムと呼ばれていた男の子については未だに残念でならないが……過ちを糧として彼女がそうならないよう見守ることはできる。

手紙を読み終えた時点でのわしは未だそう確信しておったのじゃ。

それが変わったのはオリバンダー老からの手紙を受け取ってからの時じゃった。

 

「ミス・レストレンジは何時の頃からか我が『オリバンダーの店』に在った古く、とても強力な杖を買っていかれました。イチイの木にセストラルの尻尾が芯となった物です。この杖は今まで買い手がいなかったのですが……」

 

彼女が選んだ杖(勿論あの老人らしく、杖の方が彼女を選んだという表現を彼はしておったが)に関する記述を読んだわしの心に一抹の不安が過った。

そうそうあり得ることではない。

たまたま古い時代に作られた杖が、今になってようやく自らに相応しい主人を見つけただけのことかもしれん。

だが生き残った男の子が入学する年と同じ時に、そのような杖が持ち主を見つけるとなると、それは偶然では無く必然なのかもしれんという可能性をわしは捨てきれなかった。

気になったわしはその後オリバンダー老人の元に直接赴き、そして彼女が杖を手に入れた時に関する「記憶」を手に入れることに成功したのじゃ。

 

 

店の中で複数の杖が散らばっておった。

ところがオリバンダー老人はそれを満足気に見て、笑っておったのう。

「気難しい客のようですなあ。しかし心配召されるな、必ず貴女様にあう杖が見つかることじゃろう」

あの老人は客に合う杖が、判明する時間が長ければ長い程嬉しがると言う奇癖を持ち合わせている以上、仕方のないことではあったのじゃろう。否、どちらかと言えば

「ええ、私も自分に合う杖がどんな物なのか、とても気になっています」

とまるでそのことを気にした素振りも見せない少女の方が、その時のわしの最大の関心事であった。

勿論オリバンダー老人の目の前に居る、ホグワーツ入学前のミス・レストレンジその人のことじゃ。

その後ろに居ったのがアンドロメダ・トンクス、彼女の叔母であり髪の色とその質、そして年齢を除けばまるで「双子の呪文」を使用したかのようにそっくりな二人じゃった(何も知らない者が二人を見たら確実に母娘じゃと判断するじゃろう)。

彼女が控えており不安そうに、しかしその一方で姪に対する慈愛が抑えきれないかのように彼女の杖選びを見守っておったのう。

対してユースティティアはその年頃の少女にしては凄まじく落ち着いた表情で、彼女が選び損ねた杖の一つ一つを見下ろしておったのじゃ。

まるで動揺というものが無い。

彼女が選ばれた時もそうであった。

ただその時とても奇妙なことが起きたことは此処に記しておこう。

 

それは何十本目かの杖が彼女に合わないことが分かった時の事じゃった。

釣り合わない杖の一つから放たれた、制御の失敗した魔法が杖の入った箱の幾つかに当たったのじゃろう。

より多くの、今まで試された以上の箱が棚と言う棚から落ち、しかして偶然その内の一つが開いたと思ったらごく自然にミス・レストレンジの掌に収まったのじゃ。

「これは……?」

僅かに眼を今まで以上に見開いた後で杖を軽く振った。

その直後、金色の輝き、そして強大な力が辺り一帯に放たれるのをわしが確かに感じたのじゃ。

今までばら撒かれておった杖が元ある場所へと戻っていったのを確かにわしは目撃した。

わしは二重の意味で驚かされたと告白しておこう。

一つは大方の魔法使いや魔女が初めて杖を手にした場合、放たれる魔法の力は輝きや変化と言う形で見られるのに対し、それだけに留まらず明確な「使用」の様相を示したこと。

もう一つはまるで全てが初めから決まっていたかのように、あるいは金属が磁石に引かれる様な「不自然な動き」で彼女の手に杖が収まったことじゃった。

確率の上で起こり得ることでは無い。わしとしても何かの人ならざる力の存在を感じざるを得なかったのじゃ。

 

故に仮定した。あの杖は最悪の場合、わしの今使用している杖に対抗するような恐るべき魔力を有するのだと。

……もしも彼女が闇の陣営に着いた場合恐ろしい事態に発展してしまうことは予想がついておった。果たして彼女の両親と同じようにスリザリンに入るのか否かが気になり、注意深く組み分けされるところを見て居ったが、幸いなことに杞憂で終わったようじゃ。後に帽子に聞いたところ彼女はグリフィンドールとハッフルパフのどちらかを薦められた、とのことではあったのじゃが……まるで異邦人のようだと言う不可思議な意見も言っておった。気になるのは自らの意志で勇気よりも優しさを選んだという話じゃったが、あの寮に関しては行き場の無い者をも受け入れると言うことではあるし、彼女にとっては妥当だったのかもしれぬ。

さりげなくポモーナから聞き出した話の中では、その後彼女はその寮においては珍しいスター性(良い意味でも悪い意味でもじゃ)があったものの、親しい寮生を何人か作ることに成功しておったし、本当に楽しそうにしておったとのことじゃ。

……もっとも「ミスター・スミスは時折彼女に近づいては、毎度毎度とんでもない目に遭っているようです」とのことじゃったが。

 

しかし去年のトロール、そして賢者の石の時の彼女からは彼女自身の説明不可能な力の一端を再び思い出させてくれるに相応しい事件であった。

セブルスと同じように幼い頃から高度な閉心術を使え、同じ年齢の誰よりも魔法の力その物を操る術に長けておる。わしにはそれが幼い頃のトムように思えて仕方がなかった。

更に極め付きは数秒前のことじゃ。

ハリーやロンと共に秘密の部屋に降りて行ったのは未だ納得ができる。

しかし死の呪文を立て続けに二度も使い、魔法界においてもとりわけ強力な魔法生物を二つも僅かな時間で仕留めたとあっては最早一刻の猶予も無いことは明白じゃった。

すぐさま杖の事実に関する真偽を確かめなくては。

故にわしはただ彼女に一言

「何でも良いのでわしに対し一番得意な魔法を使って欲しい」

という言い渡し、何でも一つ願いを聞こうという対価、あるいはわしの目的について気になったのかは分からないが彼女はそれに応じたわけじゃ。

彼女が魔法を使い、わし自身が彼女の杖が本当にそうなのかを確かめるようにそれに合わせるように武装解除術を放った時。

真に重要なのはその後のことじゃった。

彼女の瞳に宿った知性の光は目の前の現象に対し最初こそ驚いたものの、それ自体に対して明確な理解を示して居ったのじゃから。

魔法の光による絆が結ばれている時に「これが何なのかを知っておるのか?」というわしの疑念は次の一言で驚愕へと姿を変えていたのじゃ。

 

「まさか私の杖がかの『ニワトコの杖』と『兄弟杖』だったなんて思いもしませんでしたよ」

 

と。

 

あり得るのだろうか?

この現象について知って居るだけなら百歩譲って未だ良いじゃろう。しかしわしの杖の正体、及び「死の秘宝」についての伝承に関する深い知識まで有しておるとなると話は別じゃ。

背中に何の前触れも無く、氷柱を入れられたような、その何倍も寒気のする感覚がわしを襲ったように感じたのも無理のないことだと思いたい。

どうやら天と地の間にはわしの哲学では思いも寄らない出来事がまだまだあるようじゃ。

いやはや、この老体になって有名な戯曲の一説を思い出すことになろうとは。

 

 

――という記憶や思考を彼女の言葉に動揺して数瞬の間に読まれてしもうたのじゃ。

やられた。言葉一つでわしをも脅かした後に、必要な情報だけは冷静に、動揺も無しに抜き取るその手口や見事と言う他無い。

彼女が善人であれ、悪人であれ、恐ろしく抜け目のなく、また油断のならない少女であることはもはや疑いなかろう。

「うら若い女の子の事をこそこそ嗅ぎまわるなんて……」

惚けたことを口にして居るが問題はそこでは無いじゃろう。

ハリーは一体どういうことなんだろうと言うような酷く困惑した表情でわしとミス・レストレンジの両方を見ているし、フォークスは今までにないほど厳しい表情を見せて居る。

わしの最近手に入れた少し穴熊に似て居るお気に入りの珍妙な生き物の置物でさえも、何も考えていないような表情でいつもと変わらずこっちを見て来おった。

思えば初めてこの像を見せた者は誰であれぎょっとした様子を見せたものじゃが、彼女はそこでも他とは違った対応を見せて居った。

……もしやこれが何の生き物なのか知って居るのじゃろうか。

「ええと、ティア。話が見えないんだけど」

おっと彼女がつい惚けたことを言うから思考が脇にずれてしまったが、それどころでは無かったのう。

「私から説明しましょうか?」

「お願いしよう」

そして彼女は兄弟杖についての説明を端的に、簡潔にハリーに説明しきった。

「……そんなわけで私が万が一の場合、ダンブルドア校長にも抑えきれないような危険極まりない存在であるが故に、私という存在について校長先生は不安に思っていらっしゃるようなのです」

概ねその通り。変に誤解させるようなことは無いまま、彼女はと言えばハリーに理路整然と話し終えた。

「まさか!ティアはそんな危ないことなんてしないじゃないか」

「ええ。ただ私もあの両親の娘でしたから……」

ハリーの方を向きながらも杖から手を離さないまま、こちらに対する警戒はまるで怠って居らなかった。

しかし、自らに与えられた状況を悲しんでいるように同情を誘うような話し方じゃ。

誠実さはあるが、利用できるものは全て利用する性質じゃな。

わしとしても望んでいた展開じゃが、ハリーを使うというその話の持って行き方が少々えげつないのう。多少嫌悪感すら生じて来るのじゃが果たして……?

「しかし心配するではない、二人とも。実はミス・レストレンジ、心苦しいことじゃが更にお願いがあるのじゃが」

「どのようなものでしょうか?」

そう。此処からじゃ。

「わしに一つ約束して欲しいのじゃよ。魔法界には『破れぬ誓い』というものがあることくらいは知って居るじゃろう?」

「それは……ええ、勿論です校長先生」

わしが何を言いたいのかを察したらしい。

「幸いにも此処にはちょうど良いことに一人『結び手』になってくれそうな人が居ますしね」

そう言って彼女はハリーの方へと再び向き直った。

ハリーは何が何だか分からないという顔をしておったが、その後直ぐにどういうことなのかを説明し、快く了承してもらうことになったのじゃ。

 

わしとミス・レストレンジの両方の手を結び終えた後で、最後に一つだけ気になることを聞いておこうとわしは彼女に問いかけた。

「その前にミス・レストレンジの方でわしに何か誓って欲しいことはあるかのう?」

「……何故ですか?」

質問の意図が分からないのか彼女は年相応な様子で首を傾げた。

「先ほどミス・レストレンジの願いを一つだけ聞くとわしは言ったじゃろう。君からの誓いをその願いにすることは可能かのう?」

ああ、なるほど。そう言って彼女は眼を瞑って悩み始めた。そして暫くすると

「願い、願いですか……。そうですね。ではダンブルドア校長は私に不利益を与える行動を取らないと約束していただけますか?」

どのようなことを願うのか興味があったのだが、身の安全を図るというつまらない願いであったか。その程度のことなら誓っても別に良い。別に良いのだが

「……これから誓うことは除いてもらえないかのう」

「ああ、そうでした。失礼しました」

うっかりそのまま誓って居ったら、わしの方の誓いをしたその瞬間にこちらが死んでいたかもしれないのだが、それは素で忘れていただけなのか、それともわざとなのか。

「ではダンブルドア校長は『これからする一つの約束事以外で私に不利益を与える行動を取らない』と約束していただけますか?」

「約束しよう」

炎がわしら二人の腕に巻き付いた。

「ではわしの番じゃのう。ミス・レストレンジは『闇の陣営に加わった上で闇の魔術を使わない』と約束してもらえるかのう?」

これで応じないようなら問題じゃが……。

「勿論です」

同じように炎がわしらの腕に巻き付いた。

さて、かねてからの計画通り上手く行ったがこれで一安心――

 

 

「私に対して不利益になるかもしれないことを他の人に指示しないと約束してもらえますか?」

 

 

 

 

 

一瞬何を言われたのかが分からなかった。

「今、何と言ったかの?」

「私に対して害になるかもしれないことを他の人に指示しないと約束してもらえますか?と言ったのです」

「何を馬鹿な――」

反射的に断りそうになり、それが先ほど結んだ誓いに反するかもしれない可能性にわしは思い至った。

「……誓おう」

三度、わしらの腕に炎が巻き付いた。

まさか気を抜いたこの瞬間に仕掛けてくるとは思いもよらなんだ。

第一の誓いでわしは彼女を害することができなくなって居ったが、わし以外の誰かに彼女の相手を頼むことまでは禁止してはいない。

しかし第二の誓いのせいで、彼女にそうすることができるという可能性まで潰してしまった。

彼女は満足そうにほほ笑むと手を離し、ハリーもほっとした様子で杖を下げた。

「ああ、第二の約束は校長先生に約束をする代価と言うことで」

いけしゃあしゃあとのたまいおったが、しかし二つ目の約束をする時の彼女の眼を見てわしは気が付いた。

紛れも無い緊張感と何らかの覚悟をつい先ほどまで持っておったし、顔は笑ってはいたものの眼は真剣そのものだったのじゃ。

この眼は……一途に、愚直なまでに何かを追い求めるこの眼は秘宝に取り憑かれておったわしと同じ眼だった、と。

身の安全では無く何か、そう何か譲れない物の為にこれを結んだとでも言うのじゃろうか?

だがわしの思考もそこまでじゃった。

慌ただしい様子が部屋の外で聞こえたかと思えば、彼女の伯父が部屋に入ってきたのじゃから。

ハリーは警戒した様子でマルフォイ氏に向き直り、ミス・レストレンジは無言呪文で自分に「目くらまし術」を掛け、一言も喋らずに居った。

彼は最後までその場に姪っ子が居ることに気が付かなんだのう。

 

やがて屋敷しもべ妖精と共にマルフォイ氏が去り、

「ああ、ハリー。少し良いですか?」

「何?」

そうして彼女の方を向いたハリーに対し、

 

「オブリビエイト 忘れよ」

 

ハリーの頭の中から今までのやり取りの内「兄弟杖に関する説明」、今まさに話して居った「実際に存在する兄弟杖に関する記憶」、そして「わしら二人の間で交わした誓いに関する記憶」だけを消してしもうたようじゃ。

 

「ああ、未だハリーは知らない方が良いでしょう?」

「……その通りじゃ」

 

彼女がやらなければわしがやっておったとは言え、ごく自然に同い年の男の子にこうも躊躇いなく掛けられるとは。

そして今の時点で彼女は何を、どこまで知って居るのじゃろうか。

「さあ、ハリー。早く追いかけないとマルフォイさんが帰ってしまいますよ」

「ああ、うん。ダンブルドア校長、失礼します」

気が付いたハリーに対して「今自分は何もしませんでしたよ」とでも言うように声を掛けて、二人ともこの校長室を去って行きおった。

ハリーは慌ただしそうに後ろを振り向かずに。彼女は一礼して、何の動揺も見せないままという違いはあったが。

 

 

二人が退室した後でわしは暫く考え込まざるを得なかった。

つい先ほど彼女が結んだ誓いは、しかし勿論穴はある。

彼女が何か悪事を為した場合、それを例えば先生の誰かが独断で罰しようとした場合はわしが止める必要が無いことなどじゃ。

それに関する約束をしなかったということはそう言ったことをしないという自信か、あるいはしてもばれないだけの自信があるかのどちらかだけじゃろう。

安心できるようでもあり、逆に末恐ろしいようでもある。

それにしても一体彼女はどちらなのじゃろうか。

ハリーに掛けた、慈愛に満ちていると言っても良い言葉に嘘は感じられなかった。

じゃがわしと舌と術を用いて渡り合った時はそれとはまるで別の、いっそ狡猾と言っても良い物じゃ。

先ほど反芻したばかりの「杖」に関する記憶にわしは再び想いを馳せた。

オリバンダー老人は、わしがセストラルの芯を使った杖であることに注目しているのとは真逆じゃった。彼はむしろイチイの杖であることに多大な関心を寄せていたのじゃから。

 

「素材自体はおそらく昔の魔法使い、あるいは魔女の誰かが選んだ物なのでしょう。私の代になってからは売っている杖に一角獣のたてがみ、ドラゴンの心臓の琴線、そして不死鳥の尾の羽根しか使用していないのですからね。他の素材では相応しい力が出ることなどほとんどありえません。

 しかし私が気になっているのは杖の芯の方でなく、木材、即ちイチイで作られた杖が彼女を選んだと言うことなのです。

私の経験上、イチイの杖という物は平凡な人物や取るに足りない人物の手に渡ることはありませんでした。英雄か悪人、どちらかにしか所有されたことがありません。

勿論、我が店の杖が彼女を選ばなかったことに対する不満はありますが、イチイの木の上記の性質上、彼女が一体どのような年月を経るのかは杖作りとしても非常に興味深く思っております」

 

彼女がどうなるのか?それはもはやわしには想像もできないことじゃが……。

できれば先ほど結んだあの誓いが、いずれ良い結果を結ぶことを願いたい。

今のわしには、もう祈ることしかできなかったのじゃから。

 




小道具&魔法設定特集その①

超感覚呪文……感覚を強化する呪文。目に集中すれば透明になった魔法使いを見破り、眼以外だと周りを見ずとも飛び交う動きのある物や魔法の気配を察知できたりするようになる。原作において七巻最終章でロンが言及している魔法。運転免許の試験において「自動車で最後の確認を忘れたけど呪文使えるし大丈夫」という彼の台詞から見るに多分このような効果を持つ物と推察される。

ユースティティアの杖……イチイの木にセストラルの尻尾の毛を芯とする。ニワトコの杖とは別のコンセプトで創られた。おそらく自分を特別視したい願望と杖の材料に関する深い考察故に創られた物と推察される。同じ木にドラゴンの心臓の琴線の組み合わせよりは放てる魔法の威力が高いはず。
一度「死を経験した者」にしか使えないと言う、死人を甦らせることのできないハリポタ世界での矛盾存在。杖に選ばれる運命になかったこれの創り手は、この杖を使ってもそこまで力が感じられないとして放置した。本来は何者もその力を正しく扱えないと言う、この世の果ての時まで無意味な杖だったはずだが、条件をこの世界で唯一満たしたティアが手に入れることで世にその姿を現した。
ニワトコの杖が優れた魔法使いを主として求めるよう無意識に自分の周囲に働きかけるのに対して、ユースティティアの杖は持ち主に「ある種の行動」を選ぶ場面に連れて行くように無意識に働きかける。その行動とは持ち主が英雄か悪人かを決定づけさせるようなそれである。
故にティアは良くそういう場面に杖の魔力によって無意識に誘導されているのだが、最期の時が過ぎても彼女がそれに気付くことは無いだろう。彼女の運命は彼女の杖と共に。

セストラルの尻尾の毛……ニワトコの杖、ユースティティアの杖の芯には同じセストラルからとったそれが使われている。おそらくは杖の木材の性質(ニワトコを材料とする杖は長年魔法界に語り継がれるような評判を持っていることから)を極端化させる、あるいはその素材それ自体が他の物と比べて長持ちするものと思われる。イチイの木の杖と言うのはオリバンダー老人に依れば「抜きん出た力の持ち主」しか選ばず、常に英雄か悪人に所有されてきたらしいが……?

ハリーの透明マント……イグノタス・ペベレルによって創られたとされる死の秘宝。ティアはそれが普通の透明マントと違っているのは「他と同じようにデミガイズを素材としているのではなく、セストラルの体毛を使っているからではないか?」と推測し、ホグワーツのセストラルというセストラルの体毛を毟り取り、後にハリーのそれに迫るような物を作成することに成功する。一応提供してくれたセストラルたちには生肉という美味しい報酬は用意した。

小鬼の眼……4色型色覚のこと、小鬼は全員生まれた時からこれを持っている。勿論捏造設定だが、多分こういった特殊な眼を持っているが故に小鬼は小鬼の作成した物を判別したり、魔法使いや魔女たちは合わなかったりするのではないかと思われる。きっと彼らと魔法族は物理的な意味でも見ている世界が違いすぎるのだ。ティアは前世でも今生でもそれを持っている。そしてこの眼がある故に「短剣」を見つけられた。

ユースティティアの短剣……ティアの手により、何となくと言う理由でティアにより魔法界の複数の毒薬や魔法薬が浸されてきた短剣なのだが、今回新たにバジリスクの毒が追加された。自身を刺したら危ないからと言う理由で普段は鞘にしまってあるが、彼女自身はこれを使うような事態が来ないことを切に祈っている。フィルチさんの没収品の中から「何か普通の金属」とは違うなと思ったティアがカーマスートラのコピーと引き換えに手に入れ、後に必要の部屋で魔法薬による幾つかの調査の結果何なのかを暴いた。

信楽ポン助さん……ティアが命名した普段は校長室に置いておかれていた一点ものの信楽焼のタヌキのことである。だが持ち主はマグゴナガル先生によりどこかにやってほしいと言う苦情を受け、名残惜しくも手放すこととなる(気に入ってはいるものの校長室の景観を無視しているという事実は否定できなかった)。その数日後、願い事が叶うタヌキという触れ込みでダンブルドア校長からシビル・トレローニ先生に渡される。トレローニ先生の願い事が叶った後で彼女の教え子の一人に無償で譲渡されたらしい。
以後は生徒や先生の元を渡り歩くタヌキの置物になったが、何人かの所有者は夜中にタヌキが実際に練り歩いているところを目撃したらしい。
作った人が匿名で教えてくれたところによれば、制作時に妙な呪文は一切掛けていないとのこと。薄暗いところで目が合うと非常に不気味であるものの、何処か奇妙な愛らしさがあったと言う。


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アズカバンの囚人
準備


そう言えば前回の投稿で二次創作歴二年目だったわけですが「まるで成長していない」と某先生に言われそうですね。ですがさにあらず(後書きに続く)。


正直な話見込みが甘かったと言わざるを得ない。

そう、何時だって私はそうだった。

良かれと思ってしたことが思いもよらない大失敗の元だったり、万全を期したはずなのに自分じゃどうにもならないような偶然でご破算になったり。

今回の事だってそうだ。

準備を整え、これで完璧だと思っていたら盛大なぬか喜びをさせられたわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか魔法薬で変身してブラが吹き飛ぶだなんて……。

 

 

 

 

切っ掛けはと言えばそろそろ換金しに行きたいなと思っていたことだろう。

ロックハート先生から「譲り受けた」ブツ、それに必要の部屋で過去のホグワーツ生の持ち物だった宝探しをした結果、私の元には幾らかお高い品物が集まっていたのだ。

しかし幾ら「金目の物は換金しないと意味がないよ!」と言われたところで、このまま素直に金に換えに行くのは大いに問題があることは分かり切っていた。

客観的に見れば今の私はと言えば未だ学生、しかも低学年の身。

お金に換えられるのか、また換えられるとしても足元を見られたり、見くびられたりして二束三文になったりはしないかが激しく心配だったのだ。

ならどうするか?

解決方法はと言えば魔法薬を調合し、それで自身の本当の姿を偽ることだったのだ。

そして準備に幾らか掛けた結果私は見事自分の姿を変えることに成功した。

使った薬は勿論――

 

 

 

 

 

 

皆大好き「老け薬」である。

……何故ポリジュース薬ではないかと言うと、あれの作成とか今の私にはレベルが高過ぎるし、そもそも作成面以外でもそれなりにリスクのあるあれができたとしても、基本的に私は大根役者なので自分ではない誰かの演技なんてできそうにないからだ。

それ以前にあれで一番重要なのは「他人の一部」を用意しなければならない点だろう。

文字通り誰かの爪の垢を煎じて飲んだりしなければならないとか私は御免被る。

そうでなくとも良く考えて欲しい。

例えば、の話ではあるのだが、デブで禿げている脂ぎった中年男性の数少ない頭髪を入れた飲み物を飲みたいと思う人が居るだろうか?

死ぬくらいならいっそ飲み干すかもしれないが、手段を選べるならそういう趣味を疑うようなことをしたいとは思わない(勿論特殊な趣味の人は除くし、探せばそれよりはまだましな「材料」が手に入るかもしれないが……)。

そう、それにそもそも基本的に叔母様の家に引きこもっていた私に他人の一部を手に入れるような機会は無いのだ。

ホグワーツで先生方の一部を手に入れる(大抵の場合と同じように髪の毛について述べている)ことも考えたがほとんどの先生に接点がなかった。

ダンブルドア校長はあまりにも有名で偽物だと一発でバレるだろうし、マグゴナガル先生やスプラウト先生のマネができるとも思わない。フリットウィック先生とハグリッドには変身することができないし、スネイプ先生は何か嫌だった。ビンズ先生は材料にはなってくれない(念のために言っておくと禿げているわけじゃない)し、ロックハート先生は入院中だと広く知れ渡っている。

映画版の胸毛一杯悪夢一杯のブラ男なハリーが凄まじく印象的だった私には、他人に変身するのは色々と抵抗があったのだ。

……まあ、実は他の手段で直接手に入れる機会も無くは無かったのだが、その時はこのことに思い至らなかったし、これ以外にも色々とリスクを考えてみたら止めておいた方が賢明だったのだろう。

さて、そろそろ話を戻すことにしようか。

 

知らない人々の為に老け薬について説明しておくと、このヤクは自身の年齢を飲んだら飲んだ分だけ年を取る魔法薬である。

記憶が確かならばホモォの……もとい『炎のゴブレット』の時にフレッドとジョージが飲んでいた代物だ。

ポリジュース薬よりも幾らか調合が楽で、なおかつ解除方法もしっかり分かっているこれを選んで調合したわけだが、予想もしないようなことが起きてしまったのである。

一応安全その他の条件を考えて家の中で、下着以外の服を脱いでから服用したのは不幸中の幸いだった。

勿論ある程度は成長するとは分かってはいたのだ。

だからこそ自身の成長を見込んで下着は、少なくとも上に関しては魔法でサイズを調整して置いたし、現時点の私より身長が高いドーラのローブも一着借りておいた。

入念に準備を完了させ、薬を一気飲みしたらご覧の有様だというわけである。

文字通り大きく変わってしまったわけだ。

より簡潔に言えば想像以上に胸が育っていた。

内側から何かの寄生生物が飛び出していくかのように、布の千切れる炸裂音を立て、気に入っていたブラが派手に吹き飛んでいった時には私も思わず呆然としてしまったさ。

……バランス的に気持ち悪いほど大きくは無く、しかし恥ずかしいほどには小さくないのは良いのか悪いのか。

現時点でも同学年の中でも大きい方なのに、数年後にはここまでになるのかと感心を通り越して呆れはててしまったのも無理は無いだろう。

ベラトリックスお母様が大きいのは十年以上前に近くで拝見したことがあったから知っていたのだが、予想のベースとなるそれよりも遥かに大きくなるとか完全に想定外である。

とりあえず試しにそのままドーラから(無断で)借りたローブを着てみたのだがバストとヒップがきつすぎるし、ウェストはゆるゆるだった。

全くもって頭痛が酷い。

いや、胸に関していえば前世の私も決して小さい方じゃなかったが、ここまでのサイズでは断じてなかった。

一体将来の私に何が起こると言うのか……。

凄まじくやるせない気持ちで下着とドーラのローブにサイズ補正の為の、はっきり言って二度手間の魔法を掛けつつ、最終確認を終えた私は前世で掛けていたような黒縁の眼鏡(度無しの所謂伊達眼鏡ではあるのだが)を掛けて私は煙突粉を片手に暖炉へと向かっていった。

というのも去年度の『ホグワーツ功労賞』を受賞されたが故か、ドロメダ叔母様から日がある内はダイアゴン横丁に自由に行って良いことになったからだ。

そして――

 

ノクターン横丁なう。

危ない所へは近付いちゃ駄目よ、というドロメダ叔母様の小言は最近では口にされることがなくなったので、きっと問題無いのだろう。

いや、実際はもう言わなくても分かっているだろうという信頼を、それが言われなくなった傍から破るのは少し心苦しいが、バレなきゃジャスティスである。

前世で住んでいた安全な国と違って、外国と言うのは通り一つ違うだけで危険度が一ランクも二ランクも跳ね上がるので叔母様の懸念は尤もであるのだが、この私には幾つかの目的があるのだ。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、使い古された言葉だが的を射ている。

リスクを敢えて冒してみる必要がこの私にはあるし、それに何より普段入ったことのない通り道に入るのもひょっとしたら楽しいかもしれないと、その時の私には思えたのだ。

ノクターン……ムーンライト……うっ、頭が。

いやいや、いかがわしい場所の話ではなく、危険なことに巻き込まれる可能性のある場所の話だったか。

というわけで煙突粉を使用してダイアゴン横丁経由で生まれて初めて此処に侵入してみた。

……みたのだが実に嫌なところなのであることが判明。

薄気味悪い空気で、まるで昔某漫画で見た食屍鬼街と同じくらい危険な場所なのではないだろうか?

つい先ほど見た生爪を皿一杯に持った気色の悪い笑顔の老婆は未だ良い。

悪い魔法使い、もしくは魔女に浚われた哀れなマグルの誰かが、手足から一枚一枚剥されて行ったと考えれば納得は行くからだ。

とても残酷だが、闇の魔術というのは大抵人間を材料にする忌まわしいやり方が多い。

拷問染みたやり取りで剥ぎ取りされたに違いないのだが、まあ魔法薬さえ使用すれば数時間で取り返しがつくものだ。

しかし、次に見た物で私の嫌悪感と危機感は最大レベルまで上がってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

何故なら見たのは人を痛めつけるのが好きそうな魔法使いの紳士が持ち歩いていた、保存液と共に瓶詰にされた大量の人の目玉だったのだから。

 

 

 

 

 

 

グロが平気な私でもちょっとどうかと思う。

それぞれ同一人物から抉り出した物では無い(明らかに一組一組が別の「持ち主」の物だった)し、それらの新しい所有者はと言えば、静かではあったものの、まるで待っていた新刊を手に入れた私のようなはしゃぎようだったのだ。

縮んだ生首が飾られた店が目的地の傍にあるが、おそらくあれは人間のパーツをバラで売っているとみて良さそうではある。

つい先ほどそこから遠く離れていない場所で断末魔のような叫び声が聞こえたような気がするが、多分そういうことなのだろう。

目玉商品とかそんなチャチな物じゃない。もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ。

そんな心臓に悪い途中経過を経つつ、私は長居したくないこの危険極まりない場所で幾つかの「目的」を果たしていった。

 

……結論から言わせてもらえばやっぱり誰が知り合いかというのは大事だ。

フォイフォイの一年生の時の嫌味めいた手紙を無視せずに交流を持っておいて良かった。

前世の経験から言って、あの手の小物は自尊心を満足させつつ、適当に煽てておけばこちらの役に立ってくれるのだ。

加えてハリー達を通してハグリッドと交流を持てていたのも大きい。

そう、彼は幾つかの危険生物のお話に耳を澄ませつつ、相槌を打ちながら「そういえばノクターン横丁って○○のお店ってあるんですか?」と言うようにさり気なく従姉弟殿から聞いた店名を混ぜていくだけで、ドバドバ素敵情報をゲロってくれる素晴らしい情報源なのだ。

実にチョロ……頼りになる御仁だと改めて私は思った。

まあ予め見取り図を作成していても、私の方向音痴のおかげで全ての用事を済ませるのに予定よりも数時間ほど遅れてしまったのだが。

闇に携わる商品を数多く商っている『ボージン・アンド・バークス』での売却の他、幾つかの怪しげな「素材」や危険な魔法薬の「材料」、普通の本屋では手に入らないような黒い知識の書かれた数々の「書籍」の購入。

できるだけ金銭はゲットしたかったのだが、ボージンの禿げはと言えば、こっちが少し目を離した隙に積んでいたガリオン(私が差し出した商品の代価)をちょろまかそうとしたり、大分足元を見ようとしてきたり、はっきり言って油断がならない人物だった。

救いは私の名前を聞き出そうとせず、また閉心術の心得が無さそうだった点だろうか。

おかげで私には危険が無いのに対し、相手の手札が丸裸で正直ウッハウッハです、本当にありがとうございました!

利益を最大限まで貪りつつ、私は値切り交渉などで目的物の入手に努めることになる。

 

そんなこんなで嫌な雰囲気漂う薄暗いノクターン横丁から、安全で日の当たるダイアゴン横丁に戻れてきたわけだが今更ながら体が震えてきた。

女のこの身だと別の危険性もあるわけだし、自分からあそこに踏み入るのはこれで最後にしたいと真剣に願う。

なるべく誰の眼もない所に行き、深い溜息を零す。

今行っている幾つかの「試み」とそれに対する「準備」。

それに関しては例によって例のごとく、上手く行く保証なんてまるでない。

付け加えれば、その新しい試みにしても結局のところ「彼ら三人」の手助けにより、実現の目途が立つ物であるというのは凄まじい皮肉だと思う。

それは今更ながら私が一人でやっていることが如何に難しいか、偶然性に頼らなければいけないかを暗示しているようだった。

彼らに対する借りばかりが積み重なり、何時しかそれで潰れてしまいそうだ。

それは私が選んだ道で、誰一人として頼ることができる人が居ない以上、そのような想いを抱くのは避けようが無いのだが。

……気を取り直して一応本来の身分たる「学生」としての準備を果たしていくことにしようか。

解除薬を呷り、数時間を掛け続けつつ、元の年齢に戻りながらも私は三年次の教科書その他の買い出しへと向かっていった。

イギリスの魔法界で出回る一般書籍のほぼ全てが購入可能な『フローリッシュ・アンド・ブロッツ』に着き、驚いた。

鉄の檻に入れられた『怪物的な怪物の本』が大量に暴れまわっていたからだ。

ふむ……素晴らしい。

中に入るとおっさ……店長さんが慌てて来た。

「いらっしゃい、ええと教科書ですか?」

ちなみに今の私はおそらく先ほどまでと違い、19歳くらいに見えているはずである。

伊達眼鏡を押し上げてやんわりと私は応えた。

「ええ、うちに三年生に上がる子が一人いまして」

「ま、まさかあの中の『怪物的な怪物の本』も!?」

イエース。

「本当にもう嫌だ! 今日はもうあれに三回も咬みつかれたのに」

そう言いながらもちゃんと獲ってくれるあたり、この人も高度に訓練されたツンデレなのだろう。

「インカーセラス! 縛れ!」

取り出された本は勝手に店長さんや私に咬みつかないよう、厳重に封がされた。

「はい、取り扱いにはくれぐれもご注意ください。……こんな本はもう二度と仕入れないぞ!」

フラグですね、分かります。

ティア知っているよ、来年以降もハグリッドが先生をやるってこと!

その後で聞かされた『透明術の透明本』を仕入れた時の愚痴を聞かされたことで、私は

一つの仮説を立ててみた。

多分、それはバカには見えない透明本、要するに詐欺に遭っただけなのではなかろうか?

そのことを話すと彼は更に不機嫌そうになった。しょうがないね。

「ケトルバーンさんはこんな本は頼まなかったのに。一体今年度からの『魔法生物飼育学』の先生はどんな人で何を考えているんだか」

半巨人のとってもアレな趣味を持つ傍迷惑なおっさんで、何も考えていないのではないだろうか?

「きっと色々な意味でスケールの大きい人なのでしょう」

私は嘘をついてはいない。

 

その後の私の夏休みはと言えば、ダース単位の百味ビーンズをハリーへのちょっと遅めの誕生日プレゼントとして購入して送り付けたり、怪物的な怪物の本の宥め方を結局涙目になっていた店長さんに教えなかったり(教えたとしてもどうせあの檻の中の本全てを撫ぜることは不可能なように私には思えた)、アイス屋の『フローリアン・フォーンテスキュー・アイスクリーム・パーラー』の全アイス制覇に乗り出したり、好きだった推理小説の「メルヘン小人地獄」を思い出しながら庭小人たちを使って『進撃の巨○』ごっこしたり、庭小人に服従の呪文を掛けつつ『○爆』や『パチンコ○陽師』を再現したり(庭小人たちに大うけしていた)、幾つかの悪巧みの自室でできる下準備をしたり、ドーラに小さい頃のように上目づかいで「怖くてたまらないから『守護霊の呪文』を教えてほしいの」とお願いしたり、要するに例年通り実に楽しく過ごしていた。

 




成長していないわけじゃないんです。成長しているんです↓な感じに!

エタるスライム(数週間に一度投稿する二次作家)

はぐれエタる(数カ月に一度投稿する二次作家) ←今ここ

エタるキング(数年に一度投稿する二次作家)。

そう、私はちゃんと悪い方向に成長できているんです!
……すみません、今年はもう少し真面目にやりますよ。はぐれエタるからエタるスライムへと退化して見せる、つもりです。

その上のゴールデンエタるスライムは何かって? 二次作家のライフがエタった場合ですね!


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再会

私にしては投稿に珍しく間を空けなかったので、最新話から飛んできた方はご注意を。
それにしても昨日とか更新していないのにやたらお気に入りやら閲覧数が増えていて驚きました、何故なのか。
私はお金とお酒と、読者が増えるのが怖い。
それでは前書きは以下の言葉を以て〆させてもらいましょう。

べ、別にこのペースを維持できるかどうか決まったわけじゃないんだからねっ!勘違いしないでよね!

……要するに今週はもう更新されないと言うことです。


何で彼らが此処に居るんだろう。

そう、久しぶりに思った。

ハーマイオニーとロンとハリーの三人が少し席を離していた隙に上がり込んでいるが、何と言うか、もうそういう運命だったりするのだろうか?

とりあえず私としては親しげに微笑んで「どうぞ」と彼らを迎え入れる以外の選択肢はなかった。

迷惑そうに「悪いけどこのコンパートメントはお一人様用でして」と言って断るのは明らかな失点であることは明白。

ほんの少し浮かれて、荷物を置いて一足先にリーマス・ルーピン、闇の魔術に対する防衛術の新しい先生、もしくはドーラの将来の旦那と言える人を見に行ったのは悪手だったと私は認めざるを得なかった。

まあ、彼の元に未だ三人の姿が見えない時点で少し嫌な予感はしていたのだが。

「久しぶりですね、ハーマイオニー。ロンも」

「久しぶり、ティア。手紙で知っていたけど元気そうね」

少し彼女は日焼けしているようだった。

フランスに行って中々アカデミックに過ごせたと言う手紙を貰ったのは記憶に新しい。

……ちなみに最初にハリーに久しぶりと声を掛けないのは彼をハブっているからではなく、フローリアン・フォンテスキューの店の前でときどき見かけていたからである。

尤も私は今よりも年を経た姿で少し変装と化粧をしていたからか、彼の方はまるで気が付かなかったようだが久しぶりと言う気がしなかったのだ。

「やあハリー、聞いたところによると叔母様を爆破したとか聞いたのですが」

「久しぶりだね、ティア。マージおばさんは生きているから。酷いことを言われて抑えきれなくて、ついおばさんを膨らまして空の散歩を楽しんでもらっただけだよ」

だけと来たか。普通は叔母様を膨らませる様な機会があるわけがないのだが、彼も大分魔法界の常識に毒されているようで何よりである。

というかついむしゃくしゃしてやったとか犯罪者の常套句だったはずなのだが。

彼が次に何かしでかしたら「彼は何時かやると思っていました」とでも私に対して質問して来た人に答えるとしよう。

「まあそんな話はどうでも良いのですが早速ハーマイオニーの新しい家族を見せて貰っても良いですか?」

そう、見知らぬ犠牲者よりも私の関心は

「勿論よ、ティア。猫大好きだったものね」

というか犬猫に限らず動物全般が大好きなだけだ。

前世で私の好きだった人にも言ったのだが、私は特に牛、豚、鶏と言った動物が大好きなのである。

……一番好きなのは人間だと言ってやったら何やら引き攣った顔をしていたがどうかしたのであろうか?

その後で人間は嫌いだと言ったら、好きだと言った時よりも更に微妙な顔になっていたのだが未だにどういうことだか良く分からない。

「ええ、ハーマイオニーの猫のことだからきっと可愛い……」

ロンに反対されつつも、さりげなく無言呪文で黙らせつつ、籠から出されたそいつを見て思わず私の台詞は尻すぼみになってしまった。

 

 

 

「素晴らしいですね!」

「でしょう」

 

彼女が新しく飼うことにしたぶさ可愛い猫は赤くて、でかくて、顔が潰れていて、毛深くて。

だけどこう言った猫は高いし、何よりただ可愛いだけの猫には無い独特の魅力があるものなのだ。

思わず撫でまわしながら、その長くてもこもこの体毛に顔を埋めてしまった。

ああ、クルックシャンクス、貴方は何故クルックシャンクスなの?

充分彼の手触りと体温を堪能した後で、彼女に毛深くて可愛いあんちくしょうを手渡しつつ、私は彼女に向き直った。

「どうも貴女に似て賢そうですね」

「そうかしら」

うむ、というか。

「あ、以前は貴女の方が猫に似たんでしたね」

「ティア、その話は止めにしようって前に言ったでしょう」

あ、ちょっぴり怒っている。

「そろそろロンに掛けた魔法を解いてもらえないかな」

そんな掛け合いをしているとハリーが冷静に突っ込んで来た。

決して忘れていたわけじゃない。

ただお猫様をモフモフするので忙しかっただけである。

ロンの事は決して嫌いではないが、如何ともしがたいことに彼と猫では越えられない壁があるのだ。

そう、クルックシャンクスに遭えただけでも彼女と知り合えた価値があったような気さえして来た。

今まで彼女を厄介事と共に現れる可能性のある人物と見做していて正直悪かったと思う。

 

 

 

 

これからは「クルックシャンクスの付属品」で決定だね!

 

ロンに掛けていた魔法を解除し、少しお説教された後で彼らはシリウス・ブラックの話に移った。

……ちょっと待って。私も居るのに何故ナチュラルにそんな話をするのだろう。

「私が聞いても良かったのですか?」

何を今更って目で見るのは止してくれませんかねぇ、三人とも。

「君だけに聞かせないわけにいかないじゃないか」

「そうだよ。それにしても恐るべき脱獄犯がハリーを狙っているって聞いたのに随分冷静だね。いつも通りだけど」

ロンが先ほど沈黙させられた結果何やら毒を吐いていたが

「焦っても仕方がないじゃないですか」

どうせ彼は現時点ではスキャバーズことピーターをぶち殺しに来ただけだし。

今のところ彼が来ることで考えられるデメリットはベラトリックスお母様の娘ということで私が殺される可能性くらいか。

それもハッフルパフに入っていると知られれば多分無くなるであろう、本当にごくわずかな確率だ。

実のところ私にとってはそんな遠い将来よりも確実に来るであろう「吸魂鬼」の襲撃の方が怖い。

何時だってそうだが遠くにある、来るかどうかもわからない可能性よりも近くにある確かな危険物の方が私は避けたいのだから。

と言っても一応何とか守護霊の呪文をつい最近使えるようになっているから、万が一の事態などはありえず、大丈夫だとは思うのだが。

「ティアは相変わらずね」

何も知らない彼女は笑った。

それにしても相変わらず、か。

二年前に入学する為にこの汽車に乗った時は、まさかこんなことになるとは思っても居なかった。

うっかり知り合いでもできて情が湧いてしまうことを恐れて、一人で居られるようなコンパートメントを探して、それで見つけた場所でハリーに出会ったのだったか。

直後にロンが来て、それでロンとハリーが熟女愛好会の会員と会長だと判明して……。

いやいや、違った。

何か記憶に混乱と言うか混濁が見られる、ような。

ああ、前世で見た面白動画の一つだった。

話を戻すが最初はただ帰りたい、それだけで甘い見込みに縋っていただけで。

だから

「そう簡単に私が変わるわけがないじゃないですか」

色々な意味で私は笑ってそう返した。

多分私は変われない。

 

それから話がホグズミードの見どころに関してのそれに移り、私も幾らか意見を言うことになった。

「上級生たちのお話がたまたま耳に入ってきたのですけど、『ホッグズ・ヘッド』というところではお酒も呑めるそうですね」

「眼をキラキラさせながら駄目なことを言わないでちょうだい、ティア。まさか行くつもりじゃないわよね」

「嫌ですね。そんなことをするわけがないじゃないですか」

少なくとも、今年は。

そんなことを考えているとロンは違和感があるとでも言いたげに言った。

「意外ね。ティアはもう少し冷めているかと思った」

「私だって同じ寮の皆と一緒にホグズミードに行くのは楽しみの一つなのですよ」

というか実は一人でなら去年、気晴らしに何度か行っている。

忍びの地図はこういう時に便利だ。ハリーに今年譲渡するから手放すことになるけれど、一応既に完全なコピーなら作成済みである。

「ティア、お願いがあるんだけど……」

そんな言葉と共にハリーに懇願されたのは、ホグズミードに行くための許可証のサインの偽造だった。

「ええと、それはちょっとどうかと思いますよ。少なくとも彼、シリウス・ブラックが出回っている状況でふらふら出歩かない方が良いと思います」

……というのは当然嘘である。危険が無いことを知ってはいるが、私がそんなことをしでかしたと知られたら面倒臭い事態に巻き込まれそうだからだ。

「駄目かな」

「貴方を心配してくれる人たちの事も考えるべきだと思いますよ」

「……分かった」

これで納得してくれて良かった。

「今年は無理でしょうけど、来年はきっと大手を振るって行けますよ。それまでに今回の馬鹿騒ぎも終わっているでしょうし」

ちなみに実際的なことを言えば、彼の叔父か叔母の筆跡が分かる物、例えば手紙などが有ったら可能だったかもしれない。

しかし如何にイギリスがサイン文化とは言え、魔法界と違い未だに羽ペンを使っていたりはしないだろうと思うから、どの道ハリーの叔父様の筆跡偽造は不可能だったように思えるのだがどうか。

その少し後で車内販売が来たので私はかぼちゃパイと他数種類のお菓子を幾らか購入した後、

「あ、ハリー。百味ビーンズ食べますか」

彼に勧めた。

「要らない。僕、それあんまり好きじゃない……というかもう誕生日プレゼントとして送ってこないで」

相手の嫌がることは進んでやりなさい、って前世のお爺ちゃんが言っていたの。

だから絶対にハリーの次の誕生日にも送ってやろうと私は決意する。

一通り三人で遊んだ後で私は一言断った後で、汽車が止まるまでふて寝することにした。

当然お気に入りの目隠しは装着済みである。

 

夢を見た。

「ティアや、起きなさい」

私が目覚めてそこに居たのは宙に浮いた、見るからに怪しげな目の死んだハァハァした巨躯のおっさんだった。

この前から何故か妙におっさんに縁がある私である。

彼を見たら心の中で突っ込まざるを得ない。色々な意味で浮いている!と。

「どなたですか」

「私は貴女の杖、イチイの杖の精です」

「なるほど」

私はそのまま何処かに向けて逃走しようとして、そして彼から制止する声を受けて立ち止まった。

「ああ、逃げないで! 逃げないで! ていうか引かないで!」

ふと私は足を止めた。そう言えばこんなのが眼じゃないくらいの変人たちと前世で既に関わっていたなと思い出した為である。

「今日は頑張る君の事を応援しに来ました! さあ、この精霊様に何でも言ってみんさい。ドバァーッとね」

自身の胸を打ちながらのたまうおっさんに私はほんの少しだけ安心感を受けた。

それ故に両方の手を祈るように組んで、彼に質問することを選んだ。

「それでは精霊様。一個だけ聞きたいことがあります。私不幸続きで酷い有様です……この先もずっと不幸に塗れる人生なのでしょうか?」

鼻をほじりながら事もなげにおっさんは言った。

「まぁね」

「……ッ!」

私は無言で逃げ出した。

「待ちなさい、ティア! 今の無し! ノーカン、ノーカン!」

私が足を止め、振り返ると彼の暑苦しい顔が迫って来た。

「良くお聞き、寝ている場合じゃないのよ。今君たちにゴイスーなデンジャーが迫っているのだよ」

なん……だと……!

「ゴイスーって何ですか……?」

更に顔を近づけて彼は応えた。

「凄いってこと」

「デンジャーって……?」

更に以下略。

「危険ってこと」

そこで声にならない叫びを上げつつ、私は意識を手放した。

 

酷い夢を見た。

そう、前世で見た漫画と私の深層心理が化学反応した結果、あんな混沌とした夢を見ることになるとは。

変過ぎる夢とかハリーにでも見せておけば良いのに。

どうせこれからヴォルデモートからの電波を受けて、彼は夢見る思春期の少年(笑)になるわけだし。

気に入っている目隠しを外した私に、ハーマイオニーが心配するように声を掛けた。

「大丈夫?ティア、酷くうなされていたようだけど」

「ええ。ちょっと夢見が悪かっただけです」

というか何で私の杖はあんな夢を見せたのだろうか、いやそれ以前に私の杖の精霊はあんなアレな感じのおっさんなのか……。

妙に脱力していると

「それよりティア。さっき君の『怪物的な怪物の本』がマルフォイたちを追い払ったんだよ」

「はい?」

何がどういうことだって?

「ちょっと前にマルフォイがクラッブとゴイルと一緒にこのコンパートメントにやって来たんだよ。それで言い合いになって、喧嘩になりそうになった時にそれがマルフォイたちに咬み付いて、追い払ってくれたんだ。胸がすっとしたね」

ロンが得意げに言っているが、確かに今年手に入れた彼には怪しい奴が居たら襲い掛かるように「服従の呪文」を予め掛けておいたのだった。

……おい、誰だ。今私の事は襲わないの? と言った奴は。

まあ、良い。彼の事は労ってやるとしよう。

「そうですか。良くやりましたね、ステファニー」

そう言いながら彼の事を撫でているとロンに酷く驚いた声で尋ねられた。

「君そんな名前をそいつに付けていたの!?」

「え、だって可愛いじゃないですか」

この子は可愛い。

異ロンも反ロンも認めない。

と、問題はそんなことではなかった。

「汽車が止まっているようですね」

「うん、僕たちもどういうことかなって」

招かれざる客が来た、ただそれだけのことなのだろう。

 

もしかしたら此処には来ない可能性もあり得る。

希望を抱きつつ、それでも私は会敵に向けて精神を集中していった。

この汽車の中の灯は落ちて、闇に閉ざされている中で。

私はその場に留まり、幸福な記憶を思い出していた。

その記憶は、今生において初めて友達ができた入学式の夜のこと。

何度か試して見たのだが、前世のそれでは駄目だったのだ。

ドーラに可愛くお願いして、彼女の空いている時間の中で監督してもらって練習している時に判った。

生きている記憶と言う物の、強力さを。

できるだけ必死に前世で経験した嬉しかったこと、楽しかったことを思い浮かべて、その全てが守護霊を形作るのに用を為さなかった。

私に残されている時間は思ったよりも少ないのかもしれない。

あるいは今生で経験して来た物の記憶が前世を塗り潰して行っているのだろうか?

嬉しかった筈の前世の記憶も色褪せて、ただモノトーンの無感動の記録に変わっていく。

それはごく当然の事なのに、今まで経験した何よりも恐ろしいことのように私には思えてならなかった。

組み分け帽子は私を何処の寮でもやっていけるだろうと言っていたが、多分それは間違っている。

きっとグリフィンドールだけは合わなかっただろう。

何故かと問われれば理由は簡単だ。

だって、私にはこんなにも克服できる気がしない怖いことだらけなのだから。

変えようがないほど臆病で、それでも進まなきゃいけないのが転生者の辛い所だ。

覚悟は良いか? 私はできればしたくなかったよ。

そんなことを考えながら、運命の時を迎えた。

事前にコンパートメントに入り込んで来たジニーも、転がるようにして入り込んで来たネビルも恐怖に動けなくなっているのが良く分かる。

吸魂鬼が出ていこうとしていたハーマイオニーを後ずらせて、コンパートメントの内側に侵入して来たからだ。

とりあえずこの戦いを上手く凌げたら、次回からホグワーツ行きの汽車に乗る時は、是非とも同じ寮の子達と一緒になれるよう心がけようと真剣に思った。

周りを見渡し、犠牲者とするべく身構えたそいつは、私達全員から活力を奪い始める。

この心が死んでいくような感覚は、前世で何度かは経験した代物だ。

普通の魔法使いや、魔女であればこれだけで気力が失せ、望みさえも捨ててしまいそうになるかもしれない。

だが生憎この私は違う。

精神のベースも、魔法に対する意欲も、一般的な彼らとは違うのだ。

だから誰何の声を上げて、それでも吸魂鬼が退かないと見るや、私は身に着けたばかりの切り札の一つを用いて退場して貰うことにした。

 

 

「エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ、来たれ!」

 

 

私がそう叫ぶと同時に銀色の、確かな実体を伴った像が吸魂鬼へと立ち向かって行った。

やああってからハーマイオニーが思わず口から出てしまった、というように呟く。

 

 

 

「銀色の……ピクシー妖精?」

と。

 




ハーマイオニー、ピクシー妖精に再会する。
ちなみにイチイの杖の精はティアの夢の中でしか出てきませんが、本来の姿は金髪の女神めいた姿をしています。
本人曰く、ニワトコに杖の精みたいな強い魔法使い(あるいは魔女)と見たら直ぐに主人を変える様なさせ子(ビッチ)な杖じゃない、とのこと。
つまりはティアに対するヤンデレ。


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友達

私にしては投稿に珍しく間を空けなかったので、最新話から飛んできた方はご注意を。
※今回他者視点注意。


汽車から解放されて、恐怖の時間が終わった。

コンパートメントが一緒だったアーニーとザカリアスも、ほっとしたような顔をしているのが分かる。

僕も同じような顔をしているのだろう。

あの良く分からない恐ろしい存在(後に吸魂鬼という魔法界特有の生き物だと知った)が汽車の中を闊歩していた時は生きた心地がしなかったのだ。

近くに寄られるだけで活力が失われ、寒さで体が満たされる。

まるで以前読んだ空想小説のあれに似ているような――

「あ、ティアが居る」

ザカリアスが声を上げた。

誰か知らない大人の男の人と話しているのは確かに彼女だ。

「誰だろう、あれ」

「どう見ても生徒じゃないよな」

彼ら二人はそんなことを言っているけど、僕が気になったのは彼女がその人と親しげにしていることだった。

ティアは、僕たちと一緒にいる時はあんな顔で話していなかったような気がする。

何と言うかあのグリフィンドールの三人組と一緒にいる時の彼女に近いような……。

こうして彼女を離れた処から見ていると、どうしても僕が石から人に戻れた日の事を思い出す。

 

あの日、戻った直ぐ後に同じ寮で一緒に行動していた何時もの面々が来てくれた。

彼女の姿だけが無くて、少し悲しい思いをしていた時に

「あら、ティアは別に貴方の事を心配していないわけじゃないのよ」

「そうそう。そんなことがあるわけが無いよ」

スーザンとハンナがそう言った。

でも何で?

「だってね?」

「うん。ティア、禁止されるまで毎日ジャスティンのお見舞いに来ていたんだよ」

二人で顔を見合わせた後でそんなことを言ったけど

「心在らずって感じだったな」

「見ているこっちが心配になったわよね」

アーニーとエロイーズがそう続けて言って、けれどザカリアスだけは何も言うことなく、何故か少し苛立たし気だった。

そのまま妙な沈黙が続く。

「久しぶりですね、ジャスティン」

彼女が姿を現したのはそんな時だった。

ティアは急いでいたのか息を切らしていて、石になる前と少し変わった様子で僕に対して微笑んだ。

「ああ、良かった。元通りのようですね、回復不能な障害は何もなかったと聞いていましたが」

驚いた。

というのも抱き付いてきたからだ、あのティアが。

元の姿に戻って初めて直に感じた体温(マダム・ポンフリーに額に手を当てられたのを別としてだけれど)は温かくて、それからそれとは別の柔らかさがあった。

彼女が身体を離し、顔を見てみると涙ぐみながら、それでも嬉しそうに笑っていて

「……本当に心配したんですよ」

「あ、あのごめん」

僕は気の利いたことは言えなかった。

ティアのそんな表情を初めて見たことが大きいのだと思う。

彼女は、僕の知る限りこんな顔はしなかったし、こんな風に自分から抱き付いてくることなんてしなかった。

「その、ただいま」

「おかえりなさい」

一瞬驚いた後で彼女はくしゃりと笑った。

アーニーやハンナも普段の彼らとは違って、口笛を吹いたりからかわれたりしたけれど、これで僕はようやく何時ものホグワーツに帰って来たのだろう。

 

医務室を出て、皆と歩いている時に不意に彼女が口を開いた。

「少し先に行っていてもらえますか。少しジャスティンと話したいことがあって」

「分かった」

皆は先に行き、ザカリアスは何故かこっちを一度睨めつけながらも渋々と言った感じで先に進んだ。

「ざっと今回何が起こっていたのかを知らせておきますね」

そう歌う様に言われた後で僕は何故石にされたのか、そして今回の顛末を詳しく説明された。

「つまりハリー・ポッターは犯人ではなかったのですね」

「そういうことです」

バジリスク、そんな恐ろしい生き物と関わってこうして助かっただけでも御の字なのだろう。今更ながら体が震えてきそうだった。

それでも僕にはそれよりも気になることがあるのだ。

ハリーが犯人では無く、自分の無実を証明するためにずっと動いていたなんて。

「僕はそんな彼に酷いことを」

どうしようもないことで、拒絶されるような目で見られるのは嫌なことだって分かっていたはずなのに。

僕はどうしたら良いんだろうか。

「別に酷いことではないでしょう?」

ティアは事もなげにそう言った。

「でも、僕は彼を疑って」

「誰だって間違えますよ」

まるで被せるようにして言って来て、けれど僕はそれを不快には感じなかった。

「誤解だって分かったら、謝ること。きっと彼は許してくれます」

「そう、でしょうか」

「そう、ですよ」

確信した口ぶりで、優しく彼女はその言葉を口にしてくれたのだ。

「わざと彼に酷いことをしようとしたり、したりしたわけではないのでしょう? 人が死ぬ以外のことであれば、大抵の物事と言うのは取り返しが付く物ですよ」

「……そうかもしれませんね」

僕もこうして戻って来ることができたのだから。

ただ、何処か彼女が寂しそうな顔をして此処では無い処を見つめていたのが気になった。

 

パジャマを着た生徒たちが大勢いる大広間というのは中々に新鮮な光景だった。

「そうですか、これがパジャマパーティーという奴ですね」

「ティア、それは間違っています」

それにティアや僕を含めた何時もの面々、それからハリー達三人、それからレイブンクローの上級生がパジャマでは無かった。

「それはともかく謝りに行くのでしょう?」

「ええと、心の準備が」

朗らかに微笑んでいる彼女に手を引かれた。

「ほら行きますよ」

そしてグリフィンドールのテーブルに連れて行かれた僕は彼に謝った。

意外に思ったのはティアもそうしていたことだ。

「ハリー、今回は色々すみませんでした」

「気にしていないよ、ティア」

「でも」

「僕は嬉しかったよ。君にグリフィンドールに相応しいって言って貰えて」

どういうことか良く分からなかったけれど、彼女はどうやら今回の騒動を収める為に陰で色々とやっていたらしい。

「それは先ほど僕に話していませんでしたね」

「あまり語りたいことでもなかったことですから」

彼女はあまり自分の事を語ろうとしない。

そう言えばそう、一年生の時もそうだった。

賢者の石を護りきった時も、彼女は自分がそんなことをしたなんて一言も言わなかった。

まるで僕たちにそんなことを話す価値なんて無いと考えているようで、だから僕は彼女のそんな処にどうしようもない壁を感じている。

 

目の前に彼女の顔があることに気付いたのはそんな過去を振り返っていた時のことだ。

「ジャスティン、大丈夫ですか」

久しぶりに間近で見た彼女は前とは変わって見えた。

「え、ええ。大丈夫です」

「そうは見えませんでしたけど。ああ、そうそう。はい、これ」

そう言って差し出してきたのはチョコレート?

「先ほどの汽車の中を徘徊していた怪物、吸魂鬼というのですけど、あれに近くに寄られたらこれを食べると良いって私の従姉が言っていましたから」

「ああ、確か『闇祓い』という職業に就かれている人でしたっけ?」

食べてみて、一口で気力が戻るのを感じた。

アーニーとザカリアスも彼女に勧められて、同様に活力を取り戻したようだ。

「ありがとう、ティア。これでようやく一息つけたよ」

「助かった」

何時もの調子が戻ったアーニーに、ザカリアスは少し頬を染めて返した。

「さっきスーザンやハンナ、エロイーズにも渡しておいたのですけど、男の子たちも見つかって良かった。

……同じコンパートメントに居たロングボトムには断られてしまいましたしね」

ほっとした様子で微笑んだ彼女を見て気が付いた。

彼女は何処か大人びた気がする。

そんなことを考えたせいか、僕は何故か彼女の事をまともに見ることができなくなっていた。

「どうかしましたか?」

「いえ、そのティアは大分……」

眼を逸らしながら、言おうとして

「あ、居た! ティア、どうしてハリーに『キビャック味』や『ホンオフェ味』の百味ビーンズを食べさせたりしたのよ!」

近くに来ていたハーマイオニー・グレンジャーが、腰に手を当てて少し怒っていた。

直ぐ傍に居たハリーは今にも戻しそうにしている。気の毒に……。

「ブランデーでもあれば気付け薬代わりにちょうど良かったのですが、生憎持ち歩いていなかったのですよ」

――訂正、全然変わっていなかった。

やっぱりティアはティアのようだ。

 

何者もそれを引かないように見えるホグワーツ行きの馬車に乗り込む前に、先ほど話していた大人について僕は知った。

「それではあのリーマス・ルーピンという人はきっと」

「新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生のようですね」

何処か嬉しそうだった。そのことを指摘すると

「だってきっとこれでしっかりとした授業が受けられるじゃないですか」

「そう感じるような何かがあったのですか」

一瞬口を閉ざした後で彼女は言った。

「……吸魂鬼を追い払えるような呪文を使えるようでしたし、それに彼らが近くに寄った場合の、チョコレートと言った治療法についてもご存知のようでした。向こうは私がそれを使えたり、対処方法を知っていたりしたことについて驚いていたようですけど」

そう言ってこれ以上は秘密です、とでも言う様に話を打ち切って馬車へと彼女は乗り込んで行った。

極短かったけれど、彼女が少し自分のことを話してくれたのは嬉しい。

ただ彼女に続いて入った馬車の中に

「おや? 貴女はレイブンクローのルーナ・ラブグッドですか」

「あんた、ユースティティア・レストレンジだ」

入るなり見た覚えのない、風変わりな子といきなり会話をしていた。

「良く知っていますね、他の学年の女の子のことなんて」

まさかティアは、他の寮の子の顔と名前まで全員覚えていたりするのだろうか?

「女の子の交友関係と記憶力は男の子のそれとは違いますよ。レイブンクローに居る知り合いが、素敵なネックレスを何時も身に付けている、下の学年の女の子について言及していましたから」

言われてみれば彼女は普通じゃ絶対付けないような物を首飾りとして使用している。

バタービールのコルクだ。今年から行けるようになった、ホグズミードという魔法使いの村から、上級生たちが持ち帰って来たのを覚えている。

「まあ、とにかく初めまして。これも何かの縁でしょう。私の事はティアと呼んでください」

「分かった。よろしく、ユースティティア」

……知り合った女の子の中でティアが一番の変人であることは疑いようもがないと思っていた僕だけど、どうやらこの娘も一筋縄では行かないようだ。

ティアも珍しく笑顔が少し引き攣っていた。

「まあ、何でも良いでしょう。それより人差し指を出してくれませんか?」

「良いよ」

そう言って彼女が差し出した右手の人差し指に、ティアも自分の右手のそれを合わせた。

確かそれは

「あれ、変でしたか? マグルは未知の生き物に遭った時にこういう風にするのが当然だとテッド叔父様に教わったのですが」

「ティア、失礼ですよ」

彼女の叔父は相変わらず彼女に対する教育を間違えているらしい。

ティア、君はそれなりに失礼なことを言っているって自覚して……居るのだろう、多分。

「そうだね。その未知の生き物と遭遇したから、あたしもそうしただけだよ」

「中々言うじゃないですか」

ルーナじゃなくて彼女の方が未知の生き物扱いか。まあ、間違ってはいない。

「会話が難しい存在と遭遇したら、音楽で会話を図ると叔父様に聞いていたのですが生憎今は楽器の持ち合わせが無いですね」

「うん、あんた変な女だね。あたし、わかるモン」

「どうしましょう、ジャスティン。道端の犬の糞に『君って臭いね』と言われたような気分で一杯なのですが」

「哀しそうにこっちを見ないでください、ティア」

大丈夫、僕から見たら両方ともそんなに変わらないから。

そして暫くしてからティアが本気でコルクの首飾りを良い物だと感じていることが分かったからか、二人ともかなり打ち解けているようだった。

多分変人同士、通じるものが合ったのだろう。

 

さて、馬車で通過しようとしたとき、ホグワーツの校門を二体の吸魂鬼が護っていたのを僕たちは目撃した。

それを見るだけで僕は気分が悪くなったが、二人はそうでもなかったらしい。

ティアはそれが近くに入るや否や

「エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ、来たれ!」

と言って馬車の中に銀色の魔法生物のような物を出していた。

「これが私の守護霊という奴です」

「ピクシー妖精みたいなのは珍しいって聞くよ」

彼女たちのマイペースは崩れなかった。

「良く知っていますね」

「あたし、レイブンクロー生だよ?」

差し出されたチョコレートを頬張りながらルーナは応えたが、この魔法のせいか僕は気分がそれ以上悪くなることは無かった。

「それも従姉に教わったのですか?」

「ええ。今年は色々と窮屈になるかもしれないと聞いていたのでお願いしました」

教えてさえもらえれば、何時か僕にも使えるようになる魔法なのだろうか?

そんなことを思いながら、僕たちは馬車を降りて(その直前に守護霊は消された)大広間へと向かっていった。

途中でポッターやグレンジャーがマグゴナガル先生に呼び止められて道を逸れて行くのを目撃しつつ、僕たちはそれぞれの寮のテーブルを目指して入場する。

「じゃあね」

「ええ、また機会がありましたらご一緒しましょう」

そう言って別れた二人は、顔立ちのまるで似ていない姉妹のようだった。

「ようやく全員揃ったな」

「そろそろ組み分けが始まりそうよ」

今僕たちに話しかけたアーニーとハンナ、それから他の三人は既に席に着いていた。

ちゃんと周りの席も確保してあったので、僕たちも適当な位置に身を落ち着けることにしたのだが

「入り口で別れたのは誰?」

「ルーナ・ラブグッドと言って……」

「ああ、あの」

どうやら先ほどの彼女は女の子の間では有名らしい。

男の子には付いていけない速度での情報交換を始めたティアとスーザンを見ながら、帽子による毎年恒例の歌が披露された。

四つの寮、それぞれの特色、そしてどの寮に新入生が入れるかに対する期待を高らかに歌い上げる。

まるで学校の外に控えている吸魂鬼など関係が無いとでも言う様に。

組み分けはその後で開始され、そして今回はそれなりに早く終わった。

「可愛い新入生たちがまた結構入ってきましたね」

「去年も同じこと言っていたわよ」

「でも小さい子たちって可愛いよね」

「あたしたちにもあんな時があったのよね」

女の子たちは姦しい。

「いや、エロイーズは別に可愛くは」

「何か言った?」

「……何も」

エロイーズの詰問とそれを躱そうとしているザカリアスの会話を耳に入れつつ、一年生たちの名前の書かれた羊皮紙を丸めたマグゴナガル先生が先生方のテーブルへと去っていくのを目で追う。

その後でダンブルドア校長による今年度の諸注意が発表された。

リーマス・ルーピン先生が先ほど聞いた通り「闇の魔術に対する防衛術」を担当し、あの森番のルビウス・ハグリッドが今年から僕も受けることになっている「魔法生物飼育学」の先生を兼任することになったらしい。

グリフィンドールからの拍手が特に大きな音で大広間に響く。

「大丈夫なのかしら」

「どうでしょうか。ただ」

スーザンの思わず漏れてしまった独り言に、ティアがそこで言葉を切った。

「どうしたのですか?ティア」

「いえ、魔法界に存在する生き物たちの危険性を知ると言う意味では悪くない人選なのかもしれないと思っただけです」

顎に手を当てて何事かを考えていた彼女はそう言ったが

「僕はもう嫌と言うほど知っているのですけどね」

「貴方の場合はかなり特別でしょう」

そうして僕たち二人ともが笑った。

「まあ、でも命を取られるような危険性のある生き物はそうそう関わる機会なんてないでしょうし、大丈夫ですよ」

「だと良いのですけれどね」

もしも関わる時は、多分意図せずして関わってしまうのだろうと言う予感があった。

考え事をしているとダンブルドア校長の話は終わっていたらしい。

すばらしい御馳走が大広間に姿を現し、楽しげな喧騒が広まっている中で、僕たちは誰ともなしに顔を見合わせると、七つの杯をそれぞれ一人ずつ手にした。

同じテーブルに着いた七人の声が唱和する。

そしていつも通り

 

 

 

「乾杯!」

 

 

これから今までと同じようで、全く違う一年が始まるのだろう。

僕たちは期待に胸を熱くした。

 




何時も前書きと後書きのネタで困っています。
まあ、別に本編がおまけで此処がメインじゃないので大丈夫ですよね。


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授業

私にしては投稿に珍しく間を空けなかったので、最新話からry
三十話め……!


ホグワーツに帰って来た翌日、即ち私達の授業開始日である。

私達はと言えば、朝食を大広間でいただきながら新しい時間割をチェックしていた。

「ふむ、私は数占いが一限目、古代ルーン文字学が三限目ですね」

「私とエロイーズは一限目占い学で三限目がマグル学だね」

「僕とスーザンはティアとジャスティンとザカリアスと同じだな。少なくとも今日は」

「ティアたち三人は同じ科目だものね」

そう、意外なことにジャスティンも私と同じ科目を選択することにしたのだ。

「てっきりジャスティンはマグル学や占い学を取るかと思っていたのですが」

「ええと、何故です?」

「前者は魔法族から見たマグルの見え方に興味があったのではないかと思いまして。後者は数占いだと理論も多少絡んでくるでしょう? 貴方は魔法薬学や変身術を苦手としていたので選ばないかと思っていたのですよ」

「僕も色々と思うところがあったのでお二人と一緒の科目にしたのです」

「ふむ」

理由は何なのであろうか?

まあ、適正や興味だけで科目を選んだりはしないのかもしれない。

私だとどうしても自分の興味=行動に直結してしまうから、それ以外の理由に関してはそこまで理解できないのだが。

いや、それよりも以前の私ならそこまで他人に対して関心を払っていなかった気がする。

例によって例のごとく思考の渦に沈んで行っていると視界の端でジャスティンとザカリアス以外の面々が何やらひそひそと会話していた。

やけに楽しそうなのだが何かあるのだろうか?

目を向けていることが分かると何でもないよって顔を全員がしていたけれど、それは何かあるよって言っているのと同じだと思う。

深くは追及しないが、まるで私達三人を除け者にしているみたいで少し悲しい。

やるのならザカリアス一人だけ除け者にすればいいと思う、切実に。

私は無言でスクランブルエッグをケチャップたっぷりで掻き込んだ。

もしかしなくてもやけ食いである。

 

さて、今年度から私たちは必須七科目以外の選択科目を受講することになっていた。

だから自然と何時も一緒、というわけでは無くなってしまうのだ。

ハンナとエロイーズと授業に赴く際に初めて別れた後、私たち五人は数占いの教室へと向かっていった。

少々不思議な感じがする。

だがまあ、他に四人も友達が居ること自体は心強い。

迷子になる心配が無いのだから。

アーニーの先導で教室に辿り着いた私たちはそれぞれ席に座ると、黒板に書かれている注意書きの幾つかを読んだ。

気になったのは「可能性を探ることを目的とする」という部分だった。

あるいは「これが正しいのかを確認することを目的とする」というのも気にはなる。

昔の哲学者のようなことが書かれているようだが果たして……?

あ、ハーマイオニーだ。

「こんにちは。ティア、貴女もこの科目を取っていたのね」

「ええ。そういうハーマイオニーは随分沢山科目を取っているようですね」

「聞いていたの?」

「今朝の会話が聞こえて来ただけです。貴方たちは目立ちますから」

「ティアにそう言われる筋合いはないと思うけど」

不本意ながら私も最近再び注目されるようになったようではある。

どうにも先学期の件がまずかったらしい。

従弟からは去年以上に怪しく思われ、ザカリアスの追及も厳しかった。

まあ、着信拒否みたいなことはふくろう便でもできるので大した問題ではないのだが、同じような活躍をしちまったとは言え、学校で注目されるのは嫌なのだ。

それは私の動きにまで影響を与えるので、できるだけ彼ら仲良し三人組にはデコイを引き受けていただきたい。

近寄って来た彼女と会話しているとスーザン以上にザカリアスとジャスティンが注目している気がする。

「まあ私のことはどうでも良いのです。黒板に書かれているあれは、どういう意味だと思います?」

聞いてみたら彼女の解釈では多分占いの結果、及びその統計を取ることを目的としているのではないかと言うことだった。

「当たるも八卦当たらぬも八卦という奴ですかね」

「東方の占い学観だったかしら?」

「ええ、アジアの方だと随分変わった占いのやり方があるとか」

「占い学では紅茶の葉を使った占いを教えて貰ったのだけど」

……なるほど、このハーマイオニーは既に「二週目」以降か。

「兆候や象徴から何かを探る学問ですか。確か『視る者』というのは血筋や適正のみが重視されていたはずですが……。後、今日の占い学はこの科目と被っていたはずでは?」

「え? まあ、そのちょっと特別なやり方で受けさせてもらったから」

眼を泳がせている彼女に悪いが、既に絡繰りは知ってはいる。

そんな話をしていると黒人の先生が入って来た。ベクトル先生というその男の人はレイブンクローの出身らしい。

「……最終的に貴方たちがこの科目はクソだ! と思ってくれても構いません。幾つかの魔法省の部署で働くにはこの科目が必須となりますが、今まで学んできた物の中ではこれが奇妙に思えてならないかもしれないでしょう。最初に言っておきますが色々なやり方、それから何故か当たることが多いという結果のある、今からどういう道筋を辿るのか?という計算を重視します。地道な作業になるでしょう。魔法界の科目、と言う意味では同じ『占い学』の方がよほど、らしいかもしれないことを明言しておきます」

良く響くテノールの声で、しかし説得力を感じさせる何かが有った。

おそらく自分で自分を占い、その結果が本当に当たっているかどうかを試すことになるのだろう。

外れても良いという趣旨の事も聞いた。

ただの知識の詰め込みでは無く、何かを知ろうとする動きは嫌いでは無い。

「さっぱり具体性や方法論が理解できないし、目的が見えてこない『占い学』よりはマシそうね」

「これはどちらかと言うと科学に近いのではないでしょうかね?」

「誰でも再現できるから?」

「ええ、どうすれば良いかが分かっていますし、結果を調べる為に過程その物も大事にしているようです。占い学の場合は適正が有るなら自分でやれるから学ぶことが無いし、適正が無いなら学ぶだけ意味の無い科目なのでは?」

少なくとも胡散臭くは無いせいか、そんなことを話しながら次々に私たちは作業を終えていった。

 

その前に呪文学の授業を挟んだが、昼食の後に今年から受けられる新しい科目、古代ルーン文字学の時間になった。

この時間で私たちに用意されたのは石と、それにルーン文字を刻むための金属性の道具である。

図画工作の時間みたいだなというのが初見の印象だった。

バブリング先生は教科書を指定し、私たちは当然持ってきているのだが最低限の説明を受けつつ、実践あるのみというのがこの授業の特色のようだ。

またもや一緒になったハーマイオニー、それから私を含めた同じ寮の五人は比較的近い席に座りつつ、ひたすら石に文字を刻む作業を行っていた。

石の中で素材として相応しそうな秘められた力が籠っていそうな物を探す時間、自分に合って良そうな道具を探す時間、そして石の何処に力ある文字を刻むべきなのかについての考察を行う時間など、区切られて限られた時間の中でそれを熟すのは正直中々骨だと言わざるを得ない。

おまけに一つ刻んだだけでは、刻んでから時がある程度(それも最低、年単位で)経たなければ、この石が強力な力を得ることは無いとのことだ。

刻まれた文字が何らかの形で崩れたり、破損したりすれば石に込められた力もまた失われるらしい。

なお、前世で読んだマグルの資料だとガラスや木、紙などにも刻んだりしたはずなのだがそれは誤りだと先生に否定された。

「それはマグルに伝わった間違った知識の数々の一つでしょう。ルーン文字に力を発揮させるためには石に刻むのが一番です。……私達魔法族が一般のマグルと袂を分かってから随分長い時間が経過しましたが、その間に彼らの私達に対する知識が変質すること、もしくは何かの手が加えられた可能性は否定できません」

そこまで言ってバブリング先生は黙った。

「いずれにせよ、そのような誤解が無いよう例えばルーン文字による綴り、刻み方、用語や組み合わせ方などはきっちりと覚えていただきます。古い魔法使い達は建物に刻んだりすれば自身の住処の護りを更に強められることを知っていました。……まあ、今はまた別の方法が主流になってはいるので知識としての側面の方が重要視されがちですけどね」

ということは多分、日本においてはその効果は理解が難しい科目なのではなかろうか。

長いことあの国で建物と言えば木が主流だったはずだし、石のそれが建てられるようになったのも百年とかそこらの物のはずだ。

「さて、応用とも言える複数の文字を刻むやり方ができるようになるには、最初の段階として一つの文字を正確に在るべき場所に刻めるかどうかが重要となります」

きちんとできていると杖を用いた簡単なテストで結果が分かるとのことだった。

今回は私もハーマイオニーも含めた全員が失敗。

と言っても減点対象にはならないのが嬉しい誤算か。

 

幾つかの新しい発見や魔法史、魔法生物飼育学の「レタス喰い虫」の育成作業の初歩を経た後、とうとう闇の魔術に対する防衛術の授業を受ける時間になった。

事前の評判を聞いていた他の皆と同様、私としてもこの授業は正直楽しみである。

というのも私は自分の怖い物というのが結局想像付かなかったのだ。

自己分析は私にとって苦手な分野なのである。

ある意味楽しみ、ある意味恐る恐る授業を受けに行った。

「ああ、ようやくまた会えたね、ミス・レストレンジ」

私を見るなり彼はそう言った。

ホグワーツ特急で守護霊を出してコンパートメントの入り口付近を護らせていた時に出会ったのが最初で、その時に色々な質問をされたのを良く覚えている。

従姉が闇祓いをしていて、その結果何が今年ホグワーツに来るかが分かっていたので守護霊の呪文を指導してもらったと包み隠さず話したのだが

「お久しぶりです、ルーピン先生」

そう、実戦で通用できることになったのは良い収穫ではあるものの、実のところあまりこの先生と親しくしたいわけでは無かったのだ……。

「優秀そうな教え子が居ると言うのは嬉しいよ」

「私はあまり優秀とは言えないと思うのですが」

そう、親しくなる気は毛頭ない。

早々に会話を打ち切った後で、彼に導かれ、私たちは職員室へと向かった。

職員室の洋箪笥に潜んでいるボガートの説明を受け、そしてそれを退散させる実践に早速移ることになる。

私達の集団で一番手を引き受けたのはアーニーであった。

ボガートと言うのは本人が一番怖いと思うのは果たして何なのか……。

私達はそれを直ぐに知ることとなった。

洋箪笥から飛び出て来たのは

「すごく……大きいです」

とても大きな……ゴキ○リ。

思わず悲鳴を上げそうになったのは私だけではないはずだ。

アーニーよ、君は何て言う物を出してくれたのさ。

「リディクラス、ばかばかしい!」

ゴ○ブリは足を失った痛々しい姿に変わった

子供って残酷。

その次に出たのはハンナだった。

姿は再び変わり、そこに居たのは赤い髪のピエロだ。

ドーランでも塗っているのか、白い肌の残酷そうな目つきをしたそいつは何だか「らんらんるー!」とか嬉しくなったらついやっちゃいそうだが……

「歯が尖っていますね」

全ての歯が鋭いのはちょっとどうなのだろう。

ボガート退散の為の呪文を唱えるとピエロは泣き顔になり、良く見ると歯が全部抜け落ちていた。

ハンナ、君もかい?

その後はスーザンが出したホオジロザメが可愛らしい金魚に変わったり(二つ頭が生えたり、尾に当たる部分が蛸の足のようにならなくて本当に良かった!)、エロイーズがぶくぶくと太った最も醜い姿になっている自分を出したりしていた。

思わずエロイーズは泣き出していたが、あれは確かに酷い。

ジャスティンのボガートは水たまりに変身していて、初めは「何だ、ただの水たまりじゃないか」と思ったものの、良く考えてみればあれは多分去年彼が石になる前、最後に見た物なのだろう。

それは確かに怖くもなるよな、と私は納得した。

奇妙だったのはザカリアスのそれだ。

ザカリアスが前に出た。

そしてボガートの形が変化している間に、いきなり私の視界が誰かの手により遮られてしまったのである。

「え」

直前に見慣れたホグワーツのローブが見えたのは気になるが、それ以前に一体誰が、何故今このタイミングでこんなことをしたというのだろうか。

「ティア、見ない方が良いと思うわ」

はたして後ろから聞こえた声はエロイーズの物であった。

「あのどうして……?」

問いを投げかけた直後、前方から声が聞こえた。

「ザカリアス、私達お友達でいましょうね」

何だかどこかで聞いた気がする声である。

とりあえず何が起こったのかを見る為にエロイーズの手を外しつつ、前を見てみると白い球体が浮かんでいた。

ルーピン先生がザカリアスのボガートの姿を変えてしまったらしい。

そして彼の方はと言えば蹲ってしまっていた。

何やら酷いショックを受けているようではあるが、ザカリアスは何を見たのだろうか?

「ああ、ミスター・スミスはどうやら一番怖いことを見てしまったようで動揺してしまったらしくてね」

「怖いこと……ですか?」

怖い物ではなく?

それから気になるのが同じハッフルパフの人々がザカリアスに対し、いたたまれないような物を見た目付きで居ること。ついでに私に対して集中する興味か何かの視線である。

ふとルーピン先生を見てみたら目を逸らされてしまった。

「ああ、いや何でもない。……大丈夫だ」

時間を置いて回復した彼は、少し顔が蒼くなっていたのだが、振り返って私の顔を見るとまるで幽霊か何かを見たような感じでその顔が更に蒼くなってしまった。

「み、見たのか!?」

「何を?」

震える声で彼は叫んだが、私としては何も見せられていないので戸惑う他無い。

「大丈夫、ザカリアスが見て欲しくない物は見ていないわ」

「エロイーズがその時、目隠ししていたから」

スーザンとハンナが宥めるように彼に言ってザカリアスはようやく落ち着きを取り戻したようだった。

「エロイーズ、ありがとう。……うん、ティアも急に叫んだりしてごめん」

「あ、いえ大丈夫ですよ」

良く分からないがよほど怖い物を見たのだろう。

それに誰かに自分の弱みを見せたくないと言うのも分からないでもない。

彼は何か私の事を少し敵視しているように睨んでくる時があるがそれでもそう、とてもとても大事なことがある。

「私たちは友達じゃないですか」

彼はハッとした後で

「でもずっとじゃない。ずっとじゃないんだ……」

良く分からないが何か一層落ち込んだ様子になってしまったが、私は彼に掛ける言葉を間違えてしまったのだろうか。

というか私と友達で居るのが嫌だと?

何だか不愉快になりながら彼を見ていると、ザカリアスは目頭を抑えたアーニーに肩を叩かれながら、トボトボと後ろの方に下がっていった。

「追い打ち掛けているじゃない」

意味は良く分からないが、それを見ながらスーザンが呆れたように呟いているのが印象に残った。

そして何人か他のグループに属していた人達がボガートの姿を、その人の怖い物から笑える物に変えた後で私の番である。

直前までは他の人が変えた物を皆と一緒に笑っていたのだがやはり自分が前に出るとなると緊張してしまう。

前に出て、ボガートは姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、貴女だったか。

 

 

 

 

それはベラトリックスお母様であった。

根源的、と表現していいのだろうか。

ただの一度も実際に敵対したことが無いのに、震えそうな恐怖を感じてくる。

十年以上前の記憶で、美しかった頃の彼女は恐ろしい形相を浮かべ、私を睨んでいた。

「一族の恥晒し! お前が助けるべき我が君を」

そこまで彼女が話したところで

「リディクラス、ばかばかしい!」

私が唱えた呪文を受け、彼女は美しかった黒髪が金髪に、黒い如何にも悪の女幹部ですと言った様相の黒ドレスは、白いスパンコール付きの馬鹿馬鹿しい羽根付きドレスに変わっていた。

おまけに杖も何だか何処か威厳のあるそれから、可愛らしい物へと変わっていた。

程なくして授業は終了する。

良かった。

正直ほっとした。

だって私が笑える物として最初に思い浮かべたのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

猫耳に裸エプロン姿のハグリッドであったのだから。

その彼は、私の想像の中でだが花柄のアップリケ付きの、それは可愛らしいエプロンを身に付けていた。

 




ちなみに私が思い浮かべたハグリッドは鉞をかついで、素肌に「禁」と言う字の入った赤い前掛けみたいなのを着てました。
そうか、これが『とっとこハグ太郎』か……( ゚д゚)!


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祭日

物語に於いてティアがどのように振る舞うのかのネタは幾つも思い浮かぶのですが、肝心の前書きと後書きのネタが思い浮かばないと言うコメディ欠乏症に苦しんでいる昨今、読者の皆様方は如何にお過ごしでしょうか。
とりあえず夏の暑さに、木の周りを廻っていないと言うのにバターになりそうですよね。
次話投稿です。

※今回他者視点注意。


あの授業の後は大変だった。

「私、絶対にあんなになったりしないんだから!」

エロイーズが未だ涙目のまま吠え

「僕は……絶対に」

ザカリアスがいまにも死にそうな顔で、何かを決意し

「……」

そして、ティアは他二人と同様、次の授業に向っている途中だから足は止まっていないのだけど、何処か心此処に在らずのようだった。

「あの、ティア?」

「何ですか、ハンナ」

思わず声を掛けちゃったけどその……

「大丈夫?」

「まあ、一応は」

多分仕方のないことなのだろう。

だって私だってママにあんなことを言われたら、私ならきっと泣いちゃうだろうから。

何人かは分かっていない人が居たけれど、あれは絶対にティアのママのはずだ。

「元気出してね」

「流石に少し難しいかもしれません、少なくとも今すぐには」

笑んだ彼女は少し泣き出しそうで、少し儚い感じがする。

「だ、大丈夫だよ。ティアのママはアズカバンに居るんだから!あんな風に目の前に来て言ったりしないって!」

「それでも絶対ではありません。シリウス・ブラックが出て来たおかげで証明されてしまったじゃないですか。多分、私は何時かあの人と戦うことになるような気がします」

静かに、でも確かにその可能性を口にした彼女に、思わず私は息を呑んだ。

ティアの予感は良く当たる。

その言葉に私は何も言えなかった。

「私が選んだ道が彼女のそれと違っている以上、きっと避けられないでしょう」

「ティアならきっと勝てるよ」

少なくとも魔法の腕前で言えば、ハッフルパフの三年生の中では一番だと思う。

と言っても勢いで口から出た言葉と反対に、相手がどれだけ強いかどうか分からないのだけど。

「まあ、魔法界一怖い母親であるから、対抗するのは私や貴女の想像以上に難しいでしょうけどね」

私のあまり根拠が無かった言葉に、それでも少しだけ元気が出たのか、先ほどまでとは違う微笑みを浮かべていた。

「さて、そろそろ早足にならないと間に合いませんね」

「あ、そうだね」

アーニーやジャスティン、スーザンはボガートが出た後も直ぐに立ち直れていたのか、自分のボガートがどんな姿に変わったのか話しながら早々と先に進んでいたのだ。

彼女はエロイーズに声を掛けて、三人で叱られない程度に駆けて行くことにした。

こうして私達は、自分の抱いている感情を一つずつ教え合うことで、お互いの事を良く知って行けたら良いなって私は思う。

後、ザカリアスは置いて行かれて次の授業に遅刻した。

 

それから暫く私達は何事もなく、ホグワーツでの日々を過ごしていったのだ。

一年生の時から開いていた金曜の夜のお茶会然り、ごく一般的な授業やその課題やレポートを熟すだけの時間に、それからまもなく始まるクィディッチの試合予想。

あの授業の後は比較的マシな生き物たち(と言ってもどれも怖い物だったけど)を相手にする闇の魔術に対する防衛術の授業。

意外に思ったのは日本から取り寄せられたらしい、河童という生き物を相手にしたティアの反応だった。

その醜い鱗の付いた猿のような生き物を見た時、彼女の眼はザカリアスに悪戯を仕掛ける時のようにキラキラした瞳になり、何と河童と会話をし始めたのだ。

ルーピン先生に

「ミス・レストレンジ。そいつが何を言っているのか分かるのかい?」

と問われ

「私、カッパ―マウスでして」

と言っていたけど絶対に嘘だと思う。

河童はティアの話によればキュウリ一本で日本のマグルのお店の見えない部分で働かされているらしいだの、マグルの漫画家が描いたお話の中では魔法生物ではなく妖怪とか言う生き物のカテゴリに分類されているだの、私には正直良く分からないお話だった。

だけどティアが言う様に、後で恐る恐るキュウリを差し出して見たら美味しそうに食べていたところを見ると、多分彼女の河童に対する知識やその言葉が話せると言うのは間違いじゃないみたい。

そんな様子を見て、ジャスティンが少し首を捻っていたけれど、何かあったのかな?

さて、そんなことより重要なのは今日と言う日。

ハロウィンであり、私達ホグワーツの三年生以上の生徒がホグズミードに行ける日だ。

「あっちで楽しめるだろう。そして帰って来てからはハロウィンの御馳走を楽しめるわけだ」

「全くもって最高じゃないか!」

ザカリアスとアーニーは喜び、

「ホグズミードに着いたら何処廻ろうか?」

「事前に聞いた話だと『叫びの屋敷』が遠くから見えるっていうのは、もう何度目の話だったっけ? まあ、とりあえずは『ハニーデュークス』ね。後は『三本の箒』にも行ってみたいわね」

スーザンとエロイーズは具体的な場所の相談をしていて

「一度だけじゃないから全部一日に廻る必要は無いと思うのですけれど」

「イギリス唯一の魔法使いの村ってどんな場所なのでしょうか」

ティアとジャスティンはもう何だかいつも通りだった。

片方は冷静で、もう片方は期待に満ちている様子で。

お互い正反対なのだけど、でも私は知っている。ティアが女子寮のお茶会の時に皆で行けるのを、満面の笑みでとっても楽しみにしていたことを。

突然に思い出した様子で

「ああ、そうでした。ザカリアス、約束は覚えていますね?」

「……勿論さ」

ミステリアスというか蠱惑的、と言って良い微笑みを浮かべたティアに対してザカリアスは苦々しい表情だった。

そう、思い起こせばティアとザカリアスが去年の期末試験で賭けをしていたからだ。

 

「僕が試験結果の点数に於いて君に勝っていたなら、一つ言うことを聞いてもらうぞ、ティア!」

「では貴方が勝つ以外の全ての場合において『私の言うことを一つ聞いてもらう』ということで良いですね?」

「望むところだ!」

「ではそのように」

 

そして勝負は行われなかった。

秘密の部屋の怪物がハリー達に退治され、学校のお祝いで期末試験がキャンセルされたからだ。

つまりはそういうことである。

 

「あまり高い物ばかり頼むなよ、ティア」

「昔の東方のマグルのお妃様は言いました。即ち『民は生かさず殺さずが鉄則よ』と」

「僕から長く厳しく毟り取る気満々じゃないか!」

「ザカリアスが何を願おうとしていたのか、教えてくれたら手加減しても良いのですけどね」

「……いや、うん。僕の力の及ぶ限り奢らせて貰うよ」

 

ちなみにティアがお願いした内容は「今年一年、ホグズミードに行った時にティアの分の代金をザカリアスが持つこと」だった。

多分ザカリアスが勝っていたらティアに付き合って欲しいって頼む気でいたのだろう。

その願いは叶わなかったけれど、ティアと確実に色んな店を回れるからか、ザカリアスも嬉しそうだった。

長くはない道を歩き、ホグズミードに着いた私達は感嘆した。

「これが魔法使いの村なんですね」

「マグルの一般的な建物に比べれば、随分古い印象を受けるのではないのですか?」

「そうです。けど凄いですよ、これは」

辺り一面を魔法使いや魔女が歩いていた。

こう言った「完全に魔法使いや魔女たちだけで運営されている場所」なんて言うのは長い魔法界の歴史で少なくなってしまい、今ではこのホグズミードだけになっちゃったということだそうだけれど。

「ダイアゴン横丁とはまた違った感じがあるよね」

「あそこは買い物とか本当に必要な時にしか行かないわよね。遠いし」

スーザンが同意してくれたように、基本的に魔法族と言うのは自分の家、というか領地に引き籠もっていることが多い。

と言ってもマグルが想像しているような不便さはあまりないのだ。

食べ物なんかは一家族分位なら自前で用意できるところが多いし(家畜を飼っていたり畑で普段農作業をしたりしているか、恵まれた家の人だと屋敷しもべ妖精に任せることができる)、魔法を使えばガスや電気と言ったマグルたちが使う物を使うことなく、快適に暮らせる。

故に魔女狩り(と言っても杖を持っていない状態で迫害された魔法族以外は無害だったマグルの行為)に対抗する時のように群れる必要がなく、段々とその村の数を減らして行ってしまったのだ。

マグル学を取っていると、そう言った変化は仕方のないことなのだと言う考え方が生まれてしまうけれど、私たちはそれを不幸だとは思っていない。

だって、その気になれば魔法を使ってお互いに会いに行けたり、会話をしたりできるのだから。

「とりあえずまずはエロイーズの行きたがっていたハニーデュークスからですかね」

「そうしましょうか」

そういうことになったのだけれど

「ザカリアス、ほら血の味キャンディはいかがです?」

「待て、僕はそれを食べないからな!」

途中ちょっと良い笑顔で、ザカリアスに怪しげな物を食べさせようとしているティアを止めるのに忙しかった。

「このヌガーは中々いけるわね」

「そうね」

配られていた晋作の試食品に、美味しそうに舌鼓を打っているエロイーズにスーザン。あの、口の周りがべたべたになっているのが凄く気になるのだけど……。

「早く僕は『ダービッシュ・アンド・バングズ』に行きたいな。どんな物があるのか見てみたい」

「あ、そこは僕も興味あります。アーニー、一緒に行きましょう」

お菓子にそこまで興味津々というわけではない、男の子達二人は道具と言うか実際的な代物目当てで目を輝かせているような感じだった。

「私も幾つか廻っていきたいところがあるんですよね」

ティアはそう言って

「とりあえず、今回は分かれない?」

「やっぱり一番行きたいところに行くのが一番よね」

「じゃあ、別行動と行こうじゃないか」

「あ、でも二時間後に集合しませんか?皆で見て来た物を報告し合うのが良いと思うのですけど」

「ジャスティンに賛成です」

「じゃあ、皆。二時間後に三本の箒で落ち合おう」

スーザンの提案にエロイーズやアーニー達も乗っかる形になり、私達はホグズミードの中をそれぞれ別々の三方向に別れて行った。

私とティア、ザカリアスは一緒に行動することになったのだけれど

「まずは郵便局に行きたいのですよね」

「何でまたそんな処に?」

「だって手紙を送りたいじゃないですか」

「何時も君書いているだろう?」

ザカリアスは理解できないようだけど、そう言うことじゃないのよ。

「叔母様やドーラに送りたいのよね?ホグズミードに着きましたよ、って」

「そういうことです」

絵葉書なんかもあるって聞いているし、私も海外に家族旅行に出かけたことはあるから、珍しいポストカードなんかも見ることができるのかもしれない。

「それよりもまあ気になっているのは随分可愛い子たちが沢山いますからね」

「可愛い子?」

きっと女の子じゃないと思うよ、ザカリアス。

「梟です。何羽も居て、用途別に色々な子が使えるそうなのですよ」

嫌に確信的な口調だった。

「まるで見て来たように言うのね」

「情報を集めるということは重要ですから」

そう笑って答えてくれなかった。

上級生たちに聞いたにしては、偉く詳しかったような気がしないでもないのだけれど。

そんな疑問を持ちながらも向かっていった先で

「わあ、本当に梟で一杯ね」

そこに居たのは何種類もの、少なくとも三百以上は居そうな梟たちだった。

「どれもこれも可愛いですね。何羽かお持ち帰りしたいくらいですよね」

「もう、ティアだってメルロンが居るじゃない」

「最近憎たらしく感じているのですよ」

そう、言いながらもこっそり「ふくろう小屋」に居る白くて美しい、愛用のメルロンに餌を遣りに行っていた彼女を、私は知っている。

「ドーラに手紙を送らないといけませんね」

「あ、私もママに送らないと」

お店の梟を使って私達は手紙を届けて貰った。

ママ、今友達と一緒にホグズミードに来ています。とっても良い処ですね、って。

 

その後は呪われた館「叫びの屋敷」を遠くから見て、それを背景にして二人で写真をザカリアスに撮ってもらったり、ゾンコの店に行ってティアがザカリアスに使う悪戯グッズを物色したり、恋人同士の上級生達が集まる「マダム・パディフット」のお店を冷やかしで見に行ったり、集合までの時間をそれはもう楽しく過ごしていた。

それにしても彼女が、カップル同士の喫茶店を見に行った時に、顔を赤くしていたことが私には意外だ。

「ティアがそんな顔をするなんて驚いたわ」

「……私だって苦手な物くらいありますよ?」

未だ顔の赤みが引かないのか、口元を覆ったままの彼女がそう応える。

ザカリアスも随分と落ち着かない様子だった。

「貴方もこう言った処に行きたいの?」

からかうように口にしてみると

「いや、僕は別に……その、未だ」

しどろもどろになっていた。

エロイーズやスーザンはジャスティン。私とアーニーはザカリアスに賭けたのだけれど一体どういうことになるのやら。

ジャスティンも本人に自覚は無いようだけれど、間違いなく何か彼女に惹かれている物があると思う。

恋なのかどうか、までは正直分からない。

ただ、三人の間で結論が出るには、未だ未だ長い時間が掛かりそうに思える。

その後、ようやく私たち七人全員が合流できた三本の箒で、私達全員がバタービールをジ

ョッキ一杯に注いで貰い、乾杯することで一息付くことになった。

皆自分が行った処の自慢話を盛大に始めている。

エロイーズにスーザンは何か気に入った物があったのか皆に勧めていたけど

「あまり食べ過ぎると夕食が入らなくなってしまいますよ」

「でもそう言うティアは、何時もかぼちゃパイばかり食べているわよね」

「ちゃんと料理やお肉も食べていますよ」

「私はお菓子ね。好きなだけお菓子が食べられる日ってそこまで無いし」

浮かれているのか珍しくお菓子に目が向いたスーザンに、ティアが注意して、丁々発止の議論を交わしていた。

アーニーやジャスティンは自分たちが実際に買った道具を見せつつ

「今度はお金を貯めて……」

「よろしければ貴女達もどうですか?」

と本当に充実した時間を過ごしたようだ。

 

ハロウィンの宴会が始まる時間直前まで後何杯かのバタービールで粘って、ようやく今がどんな時間なのか気が付いて、私たちはホグズミードを出ることにした。

「絶対に鬼婆もさっき居たわよね」

「後は人食い鬼も居ました。ハーマイオニーやロン達も見かけたような気がしますよ」

走りながらホグワーツの校門を私達は潜る。

 

その後ギリギリの時間になって私達は大広間のハッフルパフ寮の席に着くことができた。

毎年恒例のかぼちゃパイ、それからフライドチキン。

その他色とりどりの御馳走、それは例えばキドニーステーキ・パイだったり、皮付きポテトだったり、が並んでいる食卓で私たちは豪勢な料理を味わっていた。

思い掛けないホグワーツのゴースト全員、私達の寮の太った修道士も参加していた、出し物が終わり、私達はそれぞれの寮へと向かい、後は寝るだけの段階になっていた。

のだけれど、いきなりスプラウト先生がハッフルパフ寮にやって来て、全寮生に対して集合を掛けたのだ。

「いきなり何事なのかしら?」

「しっ、これから説明があるわよ」

混乱している私達に対して、スプラウト先生は今夜起こったことに対する説明をしてくれた。

シリウス・ブラック、魔法界の最悪の犯罪者の一人が、今夜グリフィンドールの寮に忍び込もうとした、と言うのだ。

私達ハッフルパフ生もその煽りを受けたのか、今夜は他の三寮の生徒たちと共に大広間で一晩を明かすことになった。

「もう、何でグリフィンドールに忍び込もうとした犯罪者の為にわざわざ大広間なんかで寝ないといけないのかしら」

スーザンは不愉快そうだったけれど

「何だかキャンプみたいでワクワクしますね」

ティアは逆に嬉しそうだった。

「ティア、怖くないの?」

「え?何故?」

彼女の眼には動揺なんてまるで無かった。

と言うよりも

「何か凄く嬉しそうね」

「いえ、私学校と言う物にホグワーツ以外では通った経験が無くて、こういうのは初めてなのですよ」

そう言えばそんなことを以前聞いたことがあった。

「星空が本物ではないとはいえ、見えますし寝袋もありますし、何だかちょっと嬉しいのですよ」

満月が雲の隙間から見える大広間の天井(ごく当然のように考えていたけれど、この場では本当の空に見えるよう、魔法が掛けられているのだ)は普段寮の部屋で見ている天井とは違っていた。

不安がる私達に対して励ますような声を暫く掛け続けた後で

「ティア?」

「……」

彼女はと言えば、私達の誰よりも早く、そして健やかに寝ていた。

幸せそうなその寝顔だけは天使みたいだったことを、後で私の日記に書いておこうと思う。

 




アツゥイ!
脳みそが蕩けそうですよ、本当に。


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開始

難産でした。感想返しは次回にて。


ハンナが何か可笑しい。

「だからシリウス・ブラックは花の咲いた灌木に姿を変えているのよ!」

どうもアズカバンからの唯一の脱獄者(今のところは、という嫌な条件付き)がどうやってハロウィンの日にホグワーツに潜入したかについて、彼女の独特の思考方法は恐るべき結論を導き出したらしいようである。

薬草学の授業でも、ハッフルパフ寮内でものたまっていたのだが、一体全体どういう理屈ならそんな意見になると言うのだ。

寧ろ貴女の方が脳みそに花でも咲いていそうな考えと言うか、頭をしているのではないかと言おうとして止めた。

ハンナは惜しい。

あいつは花の咲いた灌木では無く、黒くて大きい犬に姿を変えてホグワーツを行き来しているのだ。

魔法界にはマグルはキノコから進化したと言う珍説もある以上(確かもう否定されているはずだが)、ハンナのそれは未だマシな部類の思考方法なのだろう。

きっと誰にも出せない答えがハンナの中に在る。

彼女を誘って世界を見たいな、なんて思ってしまうのはネタ的な意味であって、深い意味は特にない。

 

さて、場面は変わって私達ハッフルパフ談話室での話だ。

私がアーニーやザカリアス相手に魔法界式のチェスを打っていた時、一つの知らせが飛び込んで来た。

名前も知らない上級生が突然飛び込んで来たかと思うと

「スリザリンとグリフィンドールの試合は中止された!グリフィンドールと戦うのは、僕たちハッフルパフだ!」

反響は凄まじかった。

「何だって!」

「そんな、どうしてそんなことに!」

他の上級生達や、下級生たちも驚いている。

ザカリアスはあからさまに動揺していた。

「……ティア、その今回の賭けはどうする?」

「続行で!」

ちなみに今回、と言うよりこの少し前に私と彼との間で行われた賭けのやり取りをお見せすると、だ。

 

「ティア、今回のクィディッチの試合、僕はグリフィンドールの勝利に賭けるよ」

「では私はその正反対の勝利に賭けます」

「去年の試験の時と同様、これで僕が勝ったら言うことを一つ聞いてもらうと言うことで良いな?」

「異存はありません。私の方の条件は以前と変わらない物だと言うことを言っておきましょう。即ち、来年のホグズミードでの奢りです」

「そうか。良いとも(スリザリンのシーカーが怪我をしているって知らないのか?今回の賭けは戴きだな)」

「ではそのように(スリザリンのシーカーが怪我をしているからこそ、彼らは確かうちとの試合の交代を申し込んできたはず。やろうとしなくてもフォイ君には後で唆すための手紙を送って置こう、そうしよう)」

「楽しみだな(これに勝利したら、今度こそ……!)」

「そうですね(悲しいけど、これって賭け事なのよね)」

 

こんな具合であった。

「一応、聞いておくけど試合相手が変更になったから今回の賭けを無しにするわけにはいかないかな?」

「ザカリアスの方からでしょう、今回の賭けを申し出て来たのは。一応、今回のそれとは条件は合致しているでしょうに」

「だけど、僕はハッフルパフ生として敵に賭けるわけには」

苦悩するザカリアス、何を苦悩しているのだかは知らないのだが。

「なら以後ザカリアスとの賭けは行いません」

「今回ばかりは僕たちの寮の敗北を祈ることにしようじゃないか!」

「ザカリアスが裏切った……!?」

そんな風に彼で遊んでいたのが、彼の来年のホグズミード行きにおける、私への奢りが決定した時の出来事だ。

 

天候が悪くなり、私達の寮対グリフィンドールの試合が近づく中、私達は何時も通りの日常を過ごしていたわけだが、皆を驚かせるようなことが一つだけ存在した。

ルーピン先生の代わりに、一度だけスネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の授業を担当なされたのだ。

私はと言えば、昼食の前にハーマイオニーから今日の授業はそうなると聞いていたわけだが(金曜のグリフィンドールのかの授業は、昼食を挟んだ私達の一つ前なのだ)他の皆は相当に驚いている様子だった。

まあ、何の覚悟も無しにあのお顔を拝見したらそうなるだろう。

スネイプ先生は他のクラスメイトが発した問いに、簡単にルーピン先生が調子を悪くされていること、彼の授業の記録に対する不手際を述べられた後で言われた。

「これからやるのは人狼である」

その言葉に私達の反応は様々だった。

困惑、疑念。それから――

「まさか連れてこないわよね?」

「スーザン、でもちょっと見てみたいという顔でこっちを見ないでください」

期待であった。

と言うか彼女には悪いのだが、実は既にホグワーツに入り込んでいる。

普段闇の魔術に対する防衛術の授業を請け負っている彼の事だ。

ちなみに今日はあの日であり、休むのも仕方がない。

男は狼なのよとか言っちゃいけないが、魔法界にある人狼への嫌悪感を考えると、今の彼に近づきたいとは思えない。

「それでは諸君、三九四ページをめくりたまえ」

私達は無言で人狼の説明がある箇所の教科書を開いた。

スネイプ先生に抗議するような勇気のある生徒? 我がハッフルパフ寮に居るわけが無いじゃないですか、やだー。

嗚呼、没個性って素晴らしい。

ただ頁を捲る音が響く中で、要点を書き写す振りをしていた私は、ふと顔を上げてみてスネイプ先生と目が合った。

変だと気付きそうな感じとかはしない。ふむ、開心術は使っていないようだが……?

 

「そんなに見つめられたら照れちゃいますよう」

 

とか可愛らしく言ってみるべきだろうか。

私はそこまで考えて、少し吐き気がしてきた。

スネイプ先生の生き方は好みだが、お顔ははっきり言って好みでは無い。

目と目が合っても恋だと気付く様子とかありえないのだ。

これはひょっとして私がルーピン先生の真実に気付くと期待されている?

首を傾げてみたら、良く分からない理由で減点をされた。

スネイプ先生の横暴!

久しぶりに減点されたことでちょっぴり落ち込んでいる私だったが、授業終了間際になって放たれた一言を聞き逃しはしなかった。

「人狼の見分け方と殺し方ついてのレポートを羊皮紙二巻、月曜の朝までに提出したまえ」

そのお言葉を聞いたクラスの皆は「うげえ」とでも言うような顔になっていた。

確か、ハーマイオニー以外は事実に気が付かないのだったか、と私は一人物思いに沈む。

その後で教室から出て、声が彼に届かない処になると、不満が爆発した。

「もう、土曜に試合があるのに!」

「本当だよ。僕はあの試合を見届けなくちゃいけないんだ」

スーザンの不満にザカリアスは同意したが、それはただ単に賭けの結果が気になるからで合っているよね?

「今から夕食までの間にどれくらい進められるかな?」

「羊皮紙半分も行かないんじゃない?」

「図書館に行って、それから」

「待ってほしい。ルーピン先生が復帰なされたら、レポートを提出する必要もなくなるとは考えられないか?」

「おや、アーニー。冴えていますね」

うろ覚えだが、提出する必要は無かったはず。

「とはいえ、一応やっておいた方が良いだろう。全く、スネイプ先生にも困ったものだな」

「僕はやらない」

「うーん、僕も今回はちょっと止めておきます」

「私も」

「私は一応、やっておこうかな?」

「あたしもやらない」

「私はやります。ひょっとしたらボーナスポイントが付くかもしれないじゃないですか」

「こう時に積極的に点を取りに行く、君らしい意見だな」

呆れたような、感心するような目でアーニーに見られた。

その後で、私達は三方向に別れたのだ。

ハンナ、アーニーは図書室へ。ザカリアス、ジャスティン、スーザン、エロイーズは寮の談話室へ。そして私はちょっと寄るところがあると一言断って、皆を撒いてから必要の部屋へと赴いた。

わざわざ図書室へと行く必要が、私には無いのだ。

 

そして試合当日である。

「あれ?ティア、試合見に行かないの?」

「少しやりたいことがありましてね」

「スネイプ先生のレポート?」

「そんなところです」

一口だけ手を付けていたパンのバター乗せを、彼女が飲み込むと

「試合見に行った方が楽しいと思うけど」

「こんな天候の中、ずぶ濡れになる可能性があるのに見に行きたいとは思いません。正気の沙汰では無いですよ。後で結果だけ聞いておきます」

ハンナがトーストに口を付けようとしている最中に出ようとしていた私は、彼女に見つかってしまった。

その後、一言断ってから私は大広間を後にする。

私に声を掛けてくれたのは嬉しい。

ハンナは考え方が独特な子だが、お前は今まで喰ったパンの枚数を覚えているのか?と聞かれたら彼女が最初に食べた記憶を遡って数えだしそうなくらい、良い子だ。

それにしても、そんな彼女が冒頭で書いたような特に根拠のない意見を誰彼構わず述べてしまったのは何故なのか?

考えがそこまで飛んだ時に、クルックシャンクスの付属品の言葉が脳裏に蘇る。

 

「パーバティやラベンダーは、占い学のトレローニ先生のところで変な考えばかり吹き込まれているみたいなの。ハリーに対する態度も、明らかにおかしくなったし」

 

おかしくなった、か。

エロイーズから聞いた話だが、ハンナも占いに随分傾倒していたような。

同じく占い学を取っているエロイーズはマグル学の方を重要視していたが、彼女の方はそうでは無かった。

もしや占い学を真剣に受け取っている人程、変な考え方をする人が多いのだろうか。

オカルトの類と言うのは、楽しむための物であって、自らの行動の指針にするような物では断じてないのだが。

と言うかあの種類の隠された知識と称されるそれに嵌ってしまう女の子って、小五病や、あるいはそれに縋りたい人、判断力に不足がある人が多い印象だった。

純粋に興味があってそれを遣る人がほぼ確実に少ないと思う。

それは例えば、前世での血液型占いが良い例なのだと言える。

イギリス、その他ではむしろ星座占いの方が流行っている(要するに個人差を考える目的でのそれだ)のだが、魂の故郷ではそうではなかったと言って良い。

特定のそれが迫害され、大多数が幅を利かせ、個が重んじられることなく、変わっているだけで疎んじられる社会だった。

それは要するに、判断力の欠けている頭の足りない人々に運営されている衆愚政治その物なのだ。

ハンナやパーバティ、ラベンダーなどはそれ故に分かりやすいのだろう。

自分の考えを他人に委ねることの愚かしさ(自分で全ての物事を判断する人が確実に他者より優れていると言うことでは断じてないが)、を象徴しているからこそ彼らはこの社会では目に付きやすい。

と言うと自分の考え方が予め、決まりきっている私の方が異常なだけかもしれないが。

何にせよ、自分自身の意見を持たねば、あるいはハンナの足りていないとさえ言える意見にも流されてしまうのだろう。

ふとルーナが何を選ぶのかが気になった。

私と同じ構成でなかったとしたら、ちょっと落ち込んでしまいそうだ。

あれは環境が悪かっただけで、自分自身の考えをきちんと持っているタイプの人間だと見受けられたのだから。

占い学を取るようだったら、その認識を完全に修正する必要さえもあるのかもしれない。

そんな益体も無いことを考えながら、私は必要の部屋に入室した。

 

さて、どうでも良いけれどそろそろ反省会と行こうか。

私ははっきり言って浮かれていた。

そしてそれ以前にこの世界を軽視していたのだと思う。

ハッフルパフでの日々は本当に楽しい。

そこだけは認めるし、友達も大切な存在だ。

……だからと言ってそれは温めていた「願い」を放り出して良い物では断じてないが。

私は自分の目的を一番とするべきであって、その他の出来事は二の次だと思っていて然るべきだったのだ。

それは他人の命を平然と犠牲にできるほど強い、あるいは無慈悲なそれでは無かったようだが。

詳しく言うならば、私はある意味では不愉快なことにダンブルドア校長から救われているのだろう。

おそらくは私が自分の杖の持ち主となってから注目されていた。

オリバンダー老人には今年の夏休みの間に尋ねて行き、私自身の杖の詳細と、ダンブルドア校長がそれについて何か聞いてこなかったかと言う問い(と同時に開心術)を投げかけたのだ。

結果はクロ。

あの老人からは色々と杖の木材と適正に関する詳しくも面白い話を聞けたのだが、同時に私に対するダンブルドア校長の警戒もまた明らかになってしまったのだ。

イチイの木の杖に選ばれた魔法使い、もしくは魔女は英雄か悪人かと言われたが、私は確実に後者だろう。

それ故に彼も、あの老人も私を気にしているようなのだが……まあ、それに関してはもう去年のあの時に頸木を打って置いたから問題は無い。

問題なのは私のお母様だった。

おそらく一年生の時と同じように、あるいは優れた開心術において真似妖怪、ボガートはかの「みぞの鏡」と同等以上の実力を発揮するのだろう。

鏡に関しては大昔の人が開心術をそれ自体に定着することで、自らの望みという一点において確実に暴く仕様が為されていたはずだ。

それは私も心の痛みと言う代価を払ってそれを明らかにしたのだから、間違いはない。

重要なのは私の望みの方では無く、恐怖の方だった。

見た瞬間、潜在的には確かにあの人を恐れていたのだ。

ベラトリックスお母様を。

甘さもあった。

このまま、ただ同寮の皆と楽しくやれれば、と言う望みも、今では持っているとはっきり断言できる。

帰りたくないわけでは決してないのだけれど、それでもそれは私の願いの一部なのだ。

でも自らの望みを諦めて、ただ徒に時を過ごすだけならば私はきっと命を落とす。

ただ自分の見込みが上手く行くだろうと言う根拠のない思い込みこそが、私の宿命を暴いて、尚且つ更なる犠牲の可能性すらも教示したのだから。

私の杖の詳細が明らかになればヴォルデモートが放っておかない。

ベラトリックスお母様だって、あるいは私を殺しに来る可能性があるのだ。

勿論私が実の娘である以上、その可能性が低い物だと思いたいのは山々だが私の勘は言っている。

ハンナにも言ったが、あれとは多分確実に敵対する。

全く、前世と言い、今生と言い、母親と言うのは本当に碌でもない。

だから私は幾つかの悪巧みを開始せざるを得ないのだ。

魔法の研究、と言うより習得を同年代の誰よりも熱心に行い始め、気が付いたことがある。

この私は秀才ではあっても、決して天才ではありえないということだ。

スネイプ先生のように、自分自身の教科書に考案した呪文や、確かめたであろう魔法薬の本当の製法を書き記せるほどの才能に関しては望めない。

おそらくは精々、誰かが行った成果を掠め取るのが精々。

故に私の方法は本当に限られてしまう。

これから私がやろうとしているのは、多少なり難しい物であり、酷い方法であり、薄っぺらいし、底が浅すぎる確実性の低い物だ。

第一の条件はできれば満たしたいもので、第二の条件はマスト。第三の条件は第二の条件を満たした場合のみ、満たされる。

アーレア・ヤクタ・エスト。賽は投げられた。

これから先は、ただ転げ落ちるのみ。

 




もう少しで落としそうでしたぜ。


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不正

今日はハリーの誕生日。


私がちょっとした作業や、手順を確認している間にハリーは入院したらしい。

クィディッチの試合で吸魂鬼達が乱入し、その毒気に当てられてしまい箒から落ちてしまったとのことだ。

何やら両手と両膝を地面に付けて、凄まじく落ち込んでいるザカリアスが居たような気がしたが多分気のせいだろう。

そんなことより医務室行きになったハリーの方が気懸かりである。

故に私はお見舞いの品を送ることしたのだ。

マートルと交渉して(本人は泣いて嫌がっていたような気がしないでもないが、きっとハリーの為に何か役に立てると言う嬉し涙に違いない)彼女の女子トイレの便座を剥ぎ取って、ハリーに送ることにした。

彼ら、フレッドとジョージを見習っての事である。でも大丈夫だろう。

女子トイレ好きのハリーなら、きっと喜んでくれるはずだ。

マフラー代わりに首に掛けても大丈夫なように、何時までもほんのり生温かい温度のままになるようにきちんと魔法は掛けておいたし。

それとお菓子の類も忘れてはいけない。

ホグズミードのハニーデュークスで買った物の幾つかを贈っておくとしよう。

大量の血の味キャンディに瓶一杯のゴキブリゴソゴソ豆板、それからペロペロ酸飴(舐めていると舌と頬っぺたが物理的に落ちる)をグロス(12個×12個のこと)で。

ああ、井の中の蛙ではなく胃の中の蛙と言って良い、ヒキガエル型ペパーミントも入れておこう。ピョンコピョンコと実際に胃の中で飛び跳ねるこの蛙は、魔法界の間違った発明の一つだ。

その他にもちゃんと百味ビーンズも忘れずに、と。

多分、これだけ用意しておけば大丈夫のはずだ。

お見舞いそれ自体にはちょっと姿を晒すのが恥ずかしいからしないけれど、これで私なりの誠意は彼に伝わるだろう。

詰めの作業で今日と明日は必要の部屋に籠りっきりになる。

アクア様、万事上手く行きますように。

 

火曜日なう。

アーニーやハンナと違い、私は結局スネイプ先生にレポートを提出しなかった。

そのことで二人からは珍しい物を見る目で見られたが、まあ良いだろう。

闇の魔術に対する防衛術の授業でルーピン先生はと言えば復活されており、その日の授業は「おいでおいで妖精」またの名をヒンキーパンクと呼ばれる生き物のそれだった。

それは沼地に入り込んだ村人を騙し、惑わせ、最後には命を奪うよう仕向けてくる可愛いさあまって怖さ百倍な生き物だ。

関係ないが大分ルーピン先生もお顔の色が良くなったようで何よりである。

ほぼ全てのハッフルパフ生が満足した授業の後で私はちょっと先生とお話した。

第一の条件が満たされたのは、それから数日が経過した時のことだ。

その後、十一月は雨が降り続き(というかイギリス自体雨が元から多いのだ)憂鬱になることも多かったが、十二月に入るとそれも止み、代わりに凍える様な寒さで学校中が覆われた。

私達の寮がレイブンクローの寮にクィディッチの試合で大敗を喫したこと以外、特筆すべきイベントはその間無かった。

予定調和ではあったのだが、悔しさで顔を歪ませていたハッフルパフ寮のクィディッチの試合メンバーを見るのは何だか久しぶりだ。

これから何かあると言うならば、それはホグズミードにまた行けることが決定したことだろうか。

「ザカリアス、二人で『ホッグズ・ヘッド』に行って温かくて気付け薬になるような飲み物でも戴きませんか?」

「いや、僕は構わないが……」

「二人とも、駄目だよ」

ちっ、ハンナに怒られた。

「そうよ、私達未成年でしょ」

「一杯くらい良いじゃないですか」

どうせその日が終わればクリスマス休暇なのだし。

「君は普段真面目な癖に、ここぞの時は派手に羽目を外す傾向があるな」

「わざわざ先生方に怒られるようなことをしなくても良いと思うのですけど」

アーニーやジャスティンも困り顔でこっちを見ていた。

「今は未だバタービールで良いじゃない」

「そうよ。味は悪くないし」

スーザンやエロイーズはそう言っているが、あの甘酒とバタースコッチとルートビアを足して三で割ったような飲み物だとこう、呑んだ気がしないのだ。

「はあ、分かりました。仕方ないですね」

上手く行ったお祝いに呑みたくなったのだが、来年以降にしておこう。

「それよりもその日は前回行かなかった処を回る方が先でしょう」

「良い考えだ」

「私は前に行ったことの無い郵便局に行きたいかな」

「ハニーデュークスにはもう一度行きたいわね」

流石若さに満ち溢れた三年生。この瞬間を楽しもうとする為か話題が尽きない。

ブックカバーで表紙を隠した本を机に置きながら、談話室の温かい場所で私は健全な少年少女達を見守った。

 

ホグズミードに行ける日となった当日。

私はと言えば忘れ物があると言って他六人と一時的に別れていた。

とあるブツを見ながら私は目的の人物を探していく。

居た!

おそらく自分は誰にも見つからないだろうと高を括っていただろう、その人物が居るはずの処には何も見えない。

透明マントを纏っており、姿形を目で捉えることは不可能。

だけど雪の降り積もった箇所を移動する際に発生する足跡は可視ではあるし、何より超感覚呪文で息遣いや動きが確かに察知できる。

故にアタリを付けた私は、彼の首がある辺りに必殺の轟斧爆(要するに単なるラリアットですよ、ええ)を喰らわせた。

くぐもった悲鳴が聞こえてくるが校門の近くで目を付けられると厄介だ。

私は無言で彼の首にがっちりとホールドを決めたままフィルチさんやスネイプ先生から遠い場所に移動し、ようやく彼を解放した。

「やあ、ハリー」

「ティア」

咳き込んだハリーはしゃがみ込んだ姿勢から私を見上げた。

「いきなり何をするんだよ!」

「いえ、吸魂鬼に透明マントは通じないと言うダンブルドア校長のお言葉を忘れていたハリーに渡したい物がありまして」

「百味ビーンズならもう要らないって言ったはずだよ」

失礼な。そんな物よりももっと良い物なのに。

「クリスマスに是非贈らせていただきますね、じゃなくて言いたいことがあったんです」

「いや、要らないから……何?」

ねぇねぇ、皆がホグズミードに行っている今一人だけお留守番なのはどんな気持ち?ねぇねぇ今どんな気持ち?

と怒りで震えているハリーの周りをスキップしながらクルクル回っても良いのだが、それは別の機会に取って置こう。

「ハリー、駄目ですよ。ロンもハーマイオニーもハリーがそんなことをするのを望んでいないはずです」

「じゃあ君は皆がホグズミードに行って楽しい思いをしている中で、それでも一人だけホグワーツにいろって言うのか!」

話は最後まで聞きなよ、ぼーや。

「そう言うことではなく、貴方の安全を最優先しなさいと言っているのです」

「安全なだけじゃ、何にも手に入らないじゃないか!」

ハリーが泣きそうになっているのを見るに、少々焦らし過ぎたらしい。

私はミッションを開始した。

「ああ、もしかしてハリーはホグワーツに留まるべきなのに、此処から出ていくのが駄目だと私が言う様に思っていたのですか?」

「え?」

ポカンとした顔が少し面白い。

「違いますよ。私が言いたかったのは、門を護っている吸魂鬼に対抗できるような手段も無しに、何の考えも無しに通ろうとしていたことです」

「でもあそこしか出られるような場所って無いはずだよ」

「そうではないのです」

それよりも私が気になっているのは、だ。

「ところでハリーには私が、貴方一人で寂しく過ごすことを気にしないような、そんな薄情な女の子に見えていたのですか?」

「うん」

ちょっと待って。そこで力強く頷かないで。

「……色々言いたいことはありますが、まあ良いでしょう。散々勿体ぶったことも言いましたが要するにハリーに渡す物はこれです」

そうして私は忍びの地図を彼に見せた。外観からは古ぼけた羊皮紙にしか見えず、確かに大した代物には見えないだろう。

だが真価は違うのだ。

「これはそうですね、私が若くて、疑いを知らず、汚れ無き頃のこと――」

「……」

おい、そこでお前にそんな時期があったわけないだろう、みたいなちょっと小馬鹿にしたような目で私を見るのは止めて置いてくれ給え。

「要するに一年生の時にたまたまジョージとフレッドから譲られる機会があったわけですよ」

「あの二人が?」

「ええ。方向音痴で苦しんでいる私を見かねたのか、ただ単に彼ら二人と同じ匂いを私から嗅ぎ取ったのかどうかは良く分かりませんが」

正確には後者だが、そこまでハリーに説明する義理は無い。

そこから私は地図の利用法、注意点などをできるだけ早く説明していった。

「――ということです」

「でもそんな大切な物を僕に渡して本当に良いの?」

「構いません。そんな物が有ったって私の方向音痴は治りませんでしたしね!」

本当、救いようがない感じである。

ただそんな私の開き直った様子をハリーに気にさせないような行為と捉えたのか、彼に純粋に感謝されてしまった。

 

「ありがとう、ティア」

「どういたしまして、ハリー」

いえいえ、本当は君に渡るはずだった物だしね。

「ホグワーツにシリウス・ブラックが入り込むようですから、何処に居たって一緒でしょう。とは言え、無茶しちゃだめですよ」

「うん、分かった」

そう言えば私が前世で好きだった小説で書いてあったことなのだが、禁酒法時代のアメリカではこんなことが書かれてあった樽が売れていたそうだ。

「この樽を放置して置くとお酒になります。そうなる前に飲んでね!」

と言う物だったらしい。

一体どれだけの人がそうなる前に飲んだかは知らないが、今回の事とは関係がまるでないし、ハリーは無茶しないって私信じているから(棒)。

この後で聞いたところ、ハーマイオニーは私が長い間利用していたことを知った途端、それに対しては特に何も言わなくなってしまったらしい。

ロンは逆にあのティアが使っていたんだよ、止めておきなよとハリーに言う側だったらしいが。

彼はツンデレだったのだろうか?

とりあえず今日の役割は達成したことだし、今日は思いっきり遊ぼう。

 

その日は学期末だからか、ホグズミードのそこかしこではしゃいでいる生徒たちが見受けられた。

私は結局合流した仲間達と共に、今日ばかりは私自身の主体性も無く流されて行った。

ただ何の予定も持たず、行動することは随分久しぶりな気がして。私としては新鮮な気がする。

アーニーやジャスティンが気に入った玩具を見せびらかし、スーザンやエロイーズのお勧めのお菓子を買い食いし、全員で叫びの屋敷の前で集合写真を撮って。

また締めに七人でバタービールを三本の箒で飲んだ後、私達はホグワーツに帰還した。

夕食は直ぐで、その後女の子たちだけで夜のお茶会を楽しむことになった。

「ティア、もう始めちゃうわよ」

「あ、はい。スーザン、大丈夫です。キリの良い所まで読み終わりましたから」

そう言って私は読み止しの本に栞を挟んだ。

「こないだからずっと本ばかり読んでいるよね。何を読んでいるの?」

「ルーピン先生から借りた少し古い本ですよ。今では滅多に読むことができないらしいので無理を言って貸してもらったのです」

私お手製のブックカバーで覆われたその本は、閲覧禁止の棚にあったそれであった。

ここで種明かしをしておこうと思う。

ハッフルパフとグリフィンドールのクィディッチの試合が終わってから数日が経過した頃には、既に作戦は上手く行っていたのだ。

あからさまにルーピン先生の、私に対する態度が挙動不審気味になっていったのが、少々微笑ましかった。

無理もない話ではあるのだけれど。

ああ、実は月曜日の時点で私は狼人間のレポートは提出していたのだ。

スネイプ先生にではなく、ルーピン先生に、だが。

そこで長々と私自身の書き記した、本当は夏休み中に書ききった詳細にして素晴らしい内容を此処で全て記述する気はさらさら無い。

多分楽しくないだろうし、何より重要だったのはただの一点のみであった。

レポートの最後に書いたのは以下の一文だ。

 

「最近ではホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の授業を請け負っている個体が居るようです」

 

と言う物である。

彼は気が気でなかったのだろう。

そこで授業、その他で遭う度に私は開心術を使用し、彼の不安が頂点に達しそうになった頃に彼に接触した。

「こんにちは、ルーピン先生」

「や、やあこんにちはミス・レストレンジ」

暗くなる前、ホグワーツの城の中は、その時は未だ決して寒いとは言えなかったのに彼は酷く震えていた。

そして私はただ目を見開いたまま、にっこりと笑んだ。

「人狼の闊歩しないような良い月の夜になりそうですね」

「そ、そうだね」

どもらないで欲しいな、クイレル先生みたいじゃないか。

「ところで先生。ルーピン先生は人狼をどういう生き物だと思いますか?」

ややあって彼は応えた。

「……普通の人間だと私はそう思っている」

真っ直ぐに彼を見る私に対して、先生の方はしっかりとした台詞にも関わらず目を合わせてはくれなかった。

と言っても私の開心術を警戒している様子では無い。

「でも多くの人はそう思っていないようですね」

「その通りだ」

後ろめたさがある、か。

「魔法界には『反人狼法』と言う物が有るようですね」

「! ああ」

「もしここを離れることになったら先生は大変なことになるのでしょうね」

「そうかもしれないね」

暗がりの中、私は彼の立場を危ぶめるような言葉を重ねていった。

「知っていますか?」

「何を?」

「ドラコ・マルフォイは私の従弟だと言うことを」

「当然知っているとも。君の母親と彼の母親は姉妹だった、そうだろう?」

まあ、知らないわけが無いだろう。

「彼とは手紙をやり取りするような仲でして」

「……」

「うっかり先生のことを彼に伝えてしまわないかどうかが心配です」

「何が言いたいのかな?」

そう、本題は此処からだ。

「そう言ったうっかりが無いように、私は少しばかり読書に打ち込みたいかな、と思いまして。幾つかの許可を先生に出していただけたらな、と思っているのですよ」

羊皮紙に書いておいたリストを見せた。

「これは全部閲覧禁止の棚に在る本ばかりじゃないか!」

「ええ、それくらいでないと私のうっかりが無くならないかな、と思いまして」

渡したリストを上から下まで読んだ彼に対して私は事もなげにそう応えた。

これで「お願い」を聞いてくれるなら成功。

駄目なら本当に彼に対して明かすことになってしまう。

「君は私を脅しているのかい?」

先ほどまでとは少し違う光の宿った目で彼に見られた。

「まさか、私はただお願いしているだけなのです」

要するに私に対して禁書の類を読ませないなら、フォイ君に対して貴方の正体をバラし、学校で教職を続けられなくしますよ?と言ってやっただけの話だ。

「それで、後一度だけお願いします。この本の閲覧許可をお願いできますね?」

できるだけ真摯で、しかし何処か狂気が有るように見えたことだろう。私のその精一杯の演技に対し

「……分かった」

ルーピン先生は疲れたような顔で、新しく差し出した羊皮紙の切れ端に書かれた本に対してサインをくれたのだった。

その時こそが、私が今年も禁書閲覧券をゲットした瞬間である。

 

時計の針を進める為に、私はただ力を付け、とある目的の為に知識を得ていかなければならないのだ。

ルーピン先生に対して悪いとか、そういう感情などどこか遠い所へと吹き飛んでいた。

私は利用できる全てを利用しないといけないのだから。

 




きれいはきたない。きたないはきれい。


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休暇

私も昔は真面目な二次作家だったんだが、膝に矢を受けてしまってな (´・ω・`)


お茶会をして、しかし前世でも今生でも好きな時に寝られるし、起きられる特技を持つ私は、その翌日も何時も通りの時間に起きて朝食を食べて、お昼前のハンナたちの帰省を見送った。

「さてと」

私は例によって例のごとく必要の部屋に向かった。

まあ、クリスマスも近くなったことだし、宿題もあるし、暫くはゆっくりゆるゆると色々な作業を進めていこう。

不言実行しながら、忍びの地図(ハリーのそれを作る為に使われていた魔法ごと完全にコピーした物、以後忍びの地図『妹』と記す)をお昼頃見ると、仲良し三人組はハグリッドの小屋に行っていた。

はて、何かあっただろうか?

良く分からないまま、とりあえず昼食をいただいて、それから作業の後の一杯(午後のお茶)を大広間で楽しんでいたところ、ハーマイオニーに襲撃された。

どうやらハグリッドが、以前フォイ君を初めての授業で怪我させてしまったことに対しての通達が文書で届いたらしい。

良い知らせはハグリッド自体にはお咎めは無いことで、悪い知らせは代わりにバックビークというヒッポグリフ(頭は大鷲、胴体は馬の魔法界の生き物)が処刑されなければいけないということだ。

事情を(強制的に)聞かされた私はこう言わざるを得ない。

「それはまた最高のクリスマスプレゼントでしたね」

「面白くないわよ、ティア」

わざわざこんな時に送って来るなんて、魔法省もえげつないなぁ。

私には到底そのえげつなさを真似できる気がしない。

「私達はバックビークが無事で居られるよう、何か調べてみるつもりだけど」

言外に貴女はどうするの?と尋ねられ、

「……私は止めておきます。多分、そこまで助けにならないでしょうし」

「一応私達だけでも今回は大丈夫と思うし、なら仕方ないわね。あ、でも一つティアに聞いておきたいことがあったわ」

「何ですか?」

まさか、私のスリーサイズでは無いだろう。

「ティアって『守護霊の呪文』を身に付けているのよね?」

「ええ。闇祓いの従姉に教えて貰いました」

「それってハリーや私に教えることはできない?」

ああ、なるほど。そっちか。

「難しいですね」

「何で?」

「まず私では環境を整えられないこと、次に人に物を教えられるほど修めていないこと、最後はルーピン先生が吸魂鬼の対策を教えてくれると言っていたことですね。

十中八九、対策とは守護霊の呪文のことでしょう。丁寧に教えて貰うなら、専門家の方が良いですよ?」

生兵法は大怪我の基であることは言うまでもないだろう。

そう、決してハリーに教えるのが面倒くさいからでは無いのだ。

「後はそう。私は自分自身の守護霊の形を気に入っていないので、簡単なデモンストレーションで見せるのも嫌なのですよ、ええ」

「ティアの守護霊がピクシー妖精だって言うの、私は凄く納得できたけど」

それが嫌なんじゃないか。

「まるで私が悪戯好きみたいじゃないですか」

「実際、そうでしょう?」

クスクス笑いながら言わないでくれるかな、もう。

「ほんのちょっぴりだと言うのに、そんなことを言われなければいけないなんて……」

お姉ちゃんは悲しい。

「まあ、何にせよ、良かったじゃないですか。やることができて。忍びの地図を贈った時は良い考えだと思っていたのですけどね……」

「三本の箒で、シリウス・ブラックがハリーのご両親の仇みたいなことを聞くなんて思わないじゃない。ティアのせいじゃないわよ」

……まあ、振りなのだけど。

「では幸運を」

「ええ、ありがとう」

その後、クリスマス当日になるまで私達は遭わなかった。

お互いにとても忙しい身の上だったから。

 

 

クリスマスの朝なう。

数日前から飾り付けが美しかった校内は、その当日になると更に美しく感じられた。

ドーラやハッフルパフ寮の皆からもクリスマスプレゼントが届いていたし、ドロメダ叔母様からは美味しそうな焼き菓子が届いていた。

ああ、勿論のことだが私も例年通りドーラや皆にはプレゼントを贈らせてもらった。

それにしても叔母様から贈られたお菓子は保存用の魔法が効いているせいか、まるで焼きたてのような香ばしい匂いがする。

ホグワーツ校内はクリスマスの飾り付けが進んでいる最中にも、学校中に中々に美味しそうな匂いがしていたわけだけれど、それに勝るとも劣らない。

これは大切に、大切に食べるとしよう、そうしよう。

今か今かとわくわく待ちながら、昼頃にクリスマスの御馳走を食べに大広間に行くと、生きているテーブルが一つしか無かった。

どうやら残っている人数があまりにも少ないため、先生方やフィルチさんと一緒に生徒たちも食べることになったらしい。

寮監の四名の先生方に、ダンブルドア校長、フィルチさん、他三人の生徒が居り、それから食器が十三人分置いてあった。

しかし、こんな錚々たる面子だと緊張して味が分からなくなってしまうような子も居るのではないだろうか?

私? 勿論緊張とは無縁である。

そんなことを考えながら見ていると、一年生らしい男子二人はがちがちになっていた。

微笑みかけると顔を赤くされた。おお、初々しい。

そう、私にもこんな時期が……あれ、無かったような気がする。

考えてみれば一年生の頃から、私は自分の目的を如何に悟らせず、遂行するかしか考えていなかったような。

むう、悪いことを企み過ぎだろうか?

嫌な事実に気が付いた私が、頭を悩ませていると、ようやくハリー達が来た。

とりあえず、この思考は置いておいておき、童心に帰ってクリスマスの御馳走を楽しむことに腐心しようと思う。

遅れて来た三人に私は小さく手を振り、ダンブルドア校長は口を開かれた。

「メリークリスマス!」

さあ、宴の始まりだ。

スネイプ先生がクラッカーを引っ張られて、出て来た大きなハゲタカの剥製をてっぺんに載せた魔女の三角帽子をダンブルドア校長に押しやった後、私達はそれぞれクラッカーを引っ張って行った。

なお私がクラッカーを引くと、何故かタヌミミ付きのカチューシャが出て来た。

何の疑問も持たずに装着。

しっとり温かい。

何だかほっこりする、と思いながら他の人たちを見ていると肝が冷えた。

ハリーが出したのは黒い●耳が二つ付いた帽子、ロンが出したのは大きな象耳が付いたそれで何故かふわふわ羽ばたくようにして浮いているのだから。

こ、こんなところを誰かに見られたら私の人生がエタってしまう……!

スネイプ先生の時と言い、ダンブルドア校長は狙ってこれらの帽子をクラッカーの中に仕込んでいたのだろうか?

私の疑問は尽きない。

 

 

明らかに「別に貴女の事を呼んでいないのだけど」と言いたくなるような先生が訪れたのは私がスペアリブを頂いている時の事だった。

ド派手な格好の眼鏡先生、確か教職員用のテーブルを盗み見ている時に数回しか眼にしたことのない先生だ、が滑る様な動きで入って来るなりダンブルドア校長が立ち上がり

「シビル、これはお珍しい!」

「ああ、校長。貴方が最初に立ち上がってしまうなんて!」

儚そうに、悲しそうにその女性は言った。

その先生(名前忘れた)曰く、十三人が食事を共にする時、最初に席を立つ者が最初に死ぬとのことだ。

最後の晩餐ではないのだからそんなことは起きないと思うのだが。

ふとそこまで考えて、イエスと十二人の可愛いお弟子さんたちが食事している光景に、考えてみれば似ていた。

この場合はユダがスネイプ先生なのだろう。

私はマグダラのマリアだろうか?

いや、まあ考えてみれば私のそう言った知識はかなり摩耗しているから、詳しくは覚えてはいないのだけれども。

それでも確かこの中で最初に死ぬのはダンブルドア校長だった気がする。

とすると、インチキっぽいことばかり言っていたように記憶しているこの眼鏡先生も存外当たっているのかもしれない。

私が感慨深げに考えていると、ハーマイオニーがこっそりと

「トレローニ先生よ。誰かが死ぬ予言をすることで有名らしいわ」

と打ち明けてくれた。

占い学に対する愚痴は何回か聞かされていたのだが、素で名前を忘れてしまっていたことに気が付かれたようでちょっとドキッとしてしまう。

なお、クラッカーから出た白いウサミミカチューシャ(何故か×印のマスクも一緒に同封されていた)を付け、ウサギガンティアとなっていたハーマイオニーを見てみると本気で眼鏡先生を嫌っている様子だった。

マグゴナガル先生も先ほど、校長が一番初めに死ぬ宣言されて怒っていたけれど、グリフィンドール出身の聡明な女性は彼女のことを嫌いになる法則でもあるのだろうか?

何はともあれ、十三人のままこの場を放置して置くわけにも行かない、みたいなことを言ってトレローニ先生も参加することになった。

あ、この先生、シェリー酒臭いですね。

 

 

いやあ、美味しかった。

二時間ほど食べて、飲んで、話して。

すっかり楽しんでしまった。

ルーピン先生も参加できなくて可哀そうに。

寿命が長くない、と言ったニュアンスのことを眼鏡先生が言っていたが、ダンブルドア校長により直ぐに否定された。

まあ、教師生命に関しては長くは無いはずだ。

後、トレローニ先生がルーピン先生を占ってあげようとした際に見せた水晶玉が、彼が一番怖がっている満月に見えて仕方が無かったのだろう。

「ただ、わしの見たところ最近他に気懸かりなことがあるようじゃった」

一瞬、ダンブルドア校長がこっちを見たのを、他の誰もが見過ごした中で私だけは見逃さなかった。

まるで私が何か悪いことをしたように言うのは止してもらいたいものだ。

私はただサインを強請っただけだと言うのに。

あ、どうでも良い話だけどねだるとゆするは漢字にすると一緒だった。

私がやったのは当然前者である。

やって良いことと悪いことの区別くらい付いている私が、ルーピン先生をゆすったりするわけがないじゃないか。

前世の祖父も良く生前言っていた。

 

この世にはやって良いことと、やって楽しいことしか無いのだ、と。

 

ルーピン先生にやったことより正確に言うならば、丁寧にお願いしたという方が表現としては合っていたかもしれない。

そんなことを考えながら、食堂を後にしてふらふら歩いていると一度彼らの談話室に行ってきたロンとハリー、それからハーマイオニーに出会った。

ウサミミに付いていた×印マスクを早速活用しているようだが何かあったのだろうか、というかそんなことより彼ら三人が中々に臭い。

凄まじい臭いがするのでそれについて問いただしたら、毎年来ていたシュールストレミングの箱が、今年は何時もの倍届いていたらしい。

グリフィンドールの談話室でプレゼントを開けていたらいきなりプレゼントが爆発して、三人ともそれの臭いをまともに浴びてしまったし、嗅いでしまったとのことだった。

やあ、吃驚だ。

贈った人も贈られた人もストレスに塗れているに違いない。

ファブリー……消臭呪文を彼らに掛けてから私はその場を後にし、必要の部屋へと向かっていった。

 

 

到着して私が最初にやったのは独り言をぶつぶつ呟きながら練り歩くことである。

「必要の部屋、必要の部屋、お酒が入ってくれたら出しておくれ」

そう言って現れた扉に見覚えがあった。

ホグワーツ城の新旧の住人達の隠し物で一杯の部屋である。

「アクシオ、お酒! お酒よ、来い!」

果たして飛んできたのは、割と高そうなシェリー酒であった。

シェリー酒……眼鏡先生……うっ、頭が。

何だか隠されていたこのお酒、持ち主が分かったような気がするけど気にしない。

アル中の疑いのある人の肝臓を助ける私の行動はジャスティスに違いないのだから。

元はと言えば今日と言う日くらいは呑みたくなったので、物は試しに厨房に行って「申し訳ないですが規則で生徒たちにお酒は出せないのです」と答えて来た屋敷しもべ妖精たちが悪いと断言しよう。

どうして私にこのお酒が手に入ったのか……慢心……環境の違い。

味はあまり好きではない、と言うか前世のエゲレス人の性格が大変よろしくなかった知り合い曰く、この酒はこちらの学会などでそれを片手に報告や研究発表の時に口にする代物だったとのことだが、酔えれば今日くらいはこのそこまで美味しくない味に我慢しても良い気がする。

ちなみにエゲレスでは十八からお酒を呑んでも良い(魔法界は十七からである)し、親の同意があればそれよりも下の年齢からでも飲酒OKである。

十二月はドサクサで酒が呑める……!

のだがドロメダ叔母様の下に居た時に飲酒がクリスマスであろうと許可されたことは無い。

何時呑むの?今でしょ!

まあ要するに、私も自由の味という奴を賞味したい気分になっていたのだ(詩的表現)。

持ってきたチョコレートやキャンディーを肴にかけつけ一杯。

ぷしゅー。

お酒を片手にリラックスした私は今後の予定を確認した。

ルーピン先生を脅……通じて手に入れた今年度の禁書閲覧券で稼げる時間はと言えば、おそらく半年くらいのものだろう。

来年度以降は同じような手で禁書を必要の部屋以外で閲覧することが難しくなるし、試験勉強や友達付き合い等も加味するとだいたいそれくらい。

フォイ君などの有力な魔法族の家になら普通にあるような秘術書の類でも私では手に入れるのが難しい。

故に今年度中に「とある手段」を講じなければならないのだ。

その為に必要の部屋の私のラボにて今年作成した、使用を躊躇っていた魔法薬はあるのだし、わざわざ件の二名に接触したのだから。

今年読んでいる禁書も私の目的に沿う物が二冊、後は全て誰かに知られても問題無い、もしくは誰かに知られても私の目的を攪乱する為のダミーである。

と言っても『奈良梨取考』や『3人の母』など、思わずタイトルからして気になるから借り出してしまった物も幾つかあるのだが。

特に前者はジニーには絶対に読ませちゃいけない代物だ。

ふと気になって表紙だけ見たのだが未だ読まれた形跡が無かったし、読みたくなるような不可思議な引力と言う物を感じたので逆に怖くて開いていないのだが、一体全体何故このような危険文書が存在するのだろうか。

この前は人の皮で作られていそうな書物を見つけたような気がするし、やっぱりこの学校の図書室はおかしい。

もう何だか呑まなきゃやっていられない感じである。

以上の理由により私はバックグラウンドミュージックも準備して、今日という日はもう半分ヤケになりつつも精一杯楽しむことに決めた。

そうとも、現実と戦うには現実逃避が最も重要なのだ。

前世の子供の頃に好きになった『くるみ割り人形』の『行進曲』、それから定番のヘンデルの『メサイア』、ベートーベンの『第九』も外せない。

 

だけど私の一番のお勧めは『カルミナ・ブラーナ』をイヤホン装着して最大音量で聞くことである。

 

耳に心地よい音を楽しみながら、「第二の条件」が満たされるところを想像した。

もう間もなく、私がそれを達成できる時が来るのだと私には分かっている。

実際に使ってみなければ分からない魔法薬も、タイミングが合うかのリアルラックも満たさなければならないが、成功した場合のメリットは確かな物だし、手順もはっきりと確立しているのだという自信があった。

キーとなるのはやはり「あの寮」の三人か。

何処か浮かれながらも、トリガーとなる出来事とそれから私が行うべき一つ一つの作業を冷静に確認して行った。

 

なお数日後、占い学の某先生がまるで何か大切な物を失くしたかのような顔をして呆然としていたようだが当方とは一切関係は無いのである。

 




立てば災厄、座れば爆弾、歩く姿は毒の華。


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贈物

某T先生も連載を再開されたので私もぼちぼち再開しようかなと思いました。
感想返しは次回にて。


幾つかの作業を終えた私はと言えば、ハグリッドの小屋で読書を楽しんでいた。

借りた禁書の一つ『影の王国への九つの扉』を読ませていただいているのだが、挿絵の署名が全部LCになっている意味が全然分からない。

もしやこれが原典なのだろうか……?

「それでね……ちょっとティア、聞いているの?」

いや、読書や考察を楽しみたいのだが、正確にはハーマイオニーの話により集中できていなかった、と言った方が正しかったようだ。

「勿論聞いていますよ、ハーマイオニー。トレローニ先生の大切な物を探すにはどうするか、でしたね?」

ぱたん、と本を閉じて私は応えて言った。

「そうよ。占い学の先生なのに犯人が誰だか分からないなんて、実はインチキじゃないのかしら。それとも、誰か本当に邪悪な魔法使いか魔女に、邪な魔法でも掛けられているとでも言うのかしら」

どうも邪悪な魔女です。

犯人がそう言って現れることは無いと思う。

まあ、どういうことかというと眼鏡先生が隠していた大事な物が幾つも無くなる事件が起きていて、困っているらしいのだ。

校長先生に知らせてみてはとハーさんが言ったところ、それには及ばないとのことだったそうだが一体……。

ひょっとして何か公にしたくはないことなのだろうか?

関係ないけど、私は此処最近校内でシェリー酒を見つけることが多い。

フレッドやジョージに分けてあげられるほどに。

毎回毎回手の込んだ場所に隠してあって、復活祭の時の卵隠しかよ!と突っ込んだのは記憶に新しいのだけれど、宝探しの類と言えば私の得意分野の一つなのだ。

呑み切れない分とか良く彼らに「出所は言ったら駄目ですよ」と言って渡しているのだが。

そんな私の行動は実にジャスティスである。

決して毎回毎回お酒と引き換えに、彼らの試作品を手に入れているわけでは無いのだ。

まあ、そんなお互いに得する取引の類はどうでも良かろう。

「ハーマイオニー、本当に気になっていることはそんなことではないのでしょう?」

「……やっぱり分かる?」

だってトレローニ先生の私物が紛失しているというのに、他人の不幸を喜んでいるかのような凄く嬉しそうな顔をしていたし。

ハーマイオニーが持つ知識をひけらかしたい、あるいは教えたい以外で誰かに彼女の方から話しかけることと言うのは実は少ない。

切り出したい話題があるけれど、何か話しにくいことがあるからこそ人の不幸のことを持ちだしたくらい、私にもわかる。

あまり喜ばしいことではないけれど、それくらいには私達の付き合いも長くなっていたのだから。

「実はね……」

それはハリーの下に、クリスマスのプレゼントとしてファイアボルトと呼ばれる飛行箒が贈られたことに端を発するらしい。

最新鋭、というか学生レベルが手にするのは高過ぎると言って良い、大人げない性能を有する箒は、しかしそのことに反して贈られてから一度も正当な持ち主に乗られることは無かった。

というのも送り主が誰だか分からないそれに対し、ハーマイオニーが待ったを掛けたからである。

彼女によりマグゴナガル副校長に箒が贈られたことに対する報告され、贈られた疑わしい箒は即没収。おかしな呪いが掛けられていないか、チェックできるだけチェックが掛けられることに相成ったわけだ。

その間、当然件の箒はハリーの手元を離れることになり、ハリーとロンは怒りを隠せないわけである。

何も知らないならば、ハーマイオニーの取った安全策は実に正しい。

だからこそ私は彼女にそのことを告げ、更に続けた。

「貴方だって不審人物からの贈り物など受け取らないでしょうし、受け取ったとしても危険物かどうかではないくらいの確認は取るでしょう?」

「そうよね。私もティアから何か物を貰ったら安全かどうか必ず確かめるようにしているしね!」

「表に出なさいハーマイオニー。積年に渡る決着を今から付けようではありませんか」

どうして相談に乗ったのに、その相談相手に喧嘩を売られなければいけないというのか。

私の日頃の行いは良いと言うのに。お姉ちゃんは悲しい。

「冗談よ。でもどうしたら良いのかしら」

悩んでいる様子の彼女に、私はとある提案をした。

「ならこうすればどうでしょう?」

「え?それって」

「……」

「ああ、なるほどね。あの人ならそういうことにも詳しいかも」

こうして二人でとある人物の下へと私は訪れることとなった。

件の人物に不審にならないように接触するにはそれなりに建前という奴が必要で、だからこそハーマイオニーを連れて行くと言うのはその時には良い考えだったのだ。

この私では思い付かないような問いも、彼女なら出すかもしれないと言う打算も当然あったが。

私達二人は他寮のその人物にもよく顔を知られていて、二人ともそこそこ歓迎された。

その人に接触を終えた後でひとしきり彼女に感謝された後で

「これで気にするのはバックビークの裁判の事だけね! ありがとうティア」

「いえいえ、どういたしまして」

そうとも。これは私自身の為なのだから。

「それにしても裁判の事に対しては随分熱心なのですね」

「ハグリッドも大切な友達だし、運だけじゃどうしようもないことってあるから備えておかないと」

運だけでは、か。ありとあらゆることに通ずる真理ではある。

「では私はもしも裁判で敗訴した場合に備えておきますね」

そう言って私が広げた本のタイトルを、正面にいたハーマイオニーに確認された。

 

 

『ヒッポグリフの美味しい調理法 ~丸焼きから煮込みまで~ 』

 

 

私は無言のハーマイオニーに頭をはたかれた。

 

とある日、それまでに各種の漫才を繰り広げながら私はついにその時が来たのを知った。

忍びの地図(妹)で大体の危険人物や要注意人物の行動パターンは掴むことができている。

あの寮の三人の内、一人は既に接触済み。

残る二人は同時に掛からないといけない以上、失敗は許されない。

と言ってもこれから私がやろうとしているのは決して破天荒なことでは無い。

私らしく密やかに、しかしできるだけ確実性に満ちた手を打つ。

ある程度勘の良い人には直ぐに見当は付くような物で。

万全を期しても、恐れるのはイレギュラーただそれのみという。

ただそれだけの話である。

少々乱暴な手を使わなければいけないのが少し憂鬱だが。

これを、手元にあるこの「危険物」を使うとなると幾つも保険は掛けておかなければならない。

私は意を決し、必要の部屋内の私のラボからとあるブツを持って出ていった。

この数か月前から用意していた品こそが、今回の私の作戦の要だ。

手紙を何時もの仲間に分からない様、授業中に出しておいてから数時間経過したのち。

とある場所付近に呼び出しておいたその人物に、私はできるだけ親しみを込めて名前を呼んだ。

「やあ、ザカリアス」

私は満面の笑みで彼に近づいて行った。

ザカリアスは不思議そうにこっちを見ている。

「珍しいな、君の方から僕を呼ぶなんて」

「夏休み以外で貴方に手紙を送るのは確かにあまりないですね」

「いや、君は僕が手紙を出しても返事を返すことが稀だったような気がするけれど」

何の事だろう、私分かんない。

「まあ、そんなことよりザカリアス。貴方にお願いが有るのですよ」

「断る」

おいこら。話しすら聞かないってどういうことだ。

「お話だけでも」

「断る」

私には色々と嫌いな物があるが、その中でも筆頭と言って良いほど嫌いな物は良い話にも関わらずNOと言われることだ。

「そんな。ザカリアス、どうして取り付く島もないのですか?」

「君が今まで僕に対してしてきたことに関して、胸に手を当てて考えてみなよ」

そう言われたので実際に胸に手を当てて考えてみた。

「少し育ちましたかね?」

ちなみにこの台詞、女の子が腹に手を当てて言っていたら色々な意味でアウトである。

「え?本当に?……じゃない。意味が違うよ!」

その割には目が本気だったような気がするのだが。

彼の事がたまに分からなくなるんです。

そんな彼女が彼氏のことに対して相談するような発言が、脳裏に思わず浮かんでしまったが何やら凄まじく間違っている気がした。

私とザカリアスが、彼氏彼女な仲になんてなるはずがないじゃない。

どう考えても私は彼に嫌われているようなのだから。

「……君は一年生の時に僕に手作りと言って期待させておきながら、ハグリッドの作ったロッククッキーを食べさせたり、新種のお菓子と言いながらドクシーの卵の砂糖漬けを飲ませたり、何より許しがたいのはエロイーズが着替えている時に列車の部屋を開けさせるような真似をさせたことだ!」

記憶力が良いなんて、ザカリアスの癖に生意気だ!

「嫌な、事件でしたね」

「そんな一言で片づけようとしないでくれ」

ちっ、誤魔化せなかったか。

「ロッククッキーに関してはザカリアスも最初の方は美味しそうに食べていたじゃないですか」

「……君が作った物だと思って傷つけたら拙いかと思っただけだよ」

「おや、貴方にそんな気遣いができたのですか?」

「君よりはできるだろうさ。君にできたならわざわざ彼女の着替えを見せたりはしないだろう?」

それは実に心外である。

「私はきちんと忠告しましたよ『この扉を開けては駄目です』と」

「ティアが何を隠したがっていたのか気になったんだ。僕が悪いわけじゃない」

全く、責任転嫁は止めていただきたい。まるで私が全ての元凶みたいじゃないか。

「それよりザカリアス。男の子からしたら女の子の着替えはご褒美みたいなものだったんじゃないですか?」

「どの女の子が着替えているかによるよ。君は本当にエロイーズの着替えが見て嬉しい物だと思っているのか?」

流石に私もそのことに対して何も言えなかった。

と言うのもそう、彼女の醜さは年々増していっているのである。

 

一年生時、十年に一人の不美人。

二年生時、近年にいない不細工さ。

三年生時、直視できないほど醜い顔。 ←new! 

 

エロイーズは控えめにこんな感じに悪い方へ悪い方へと成長して行っているのである。

この調子で行ったら卒業する頃にはどれだけの進化を遂げていると言うのか。

私でさえも、彼女のことはまぶしくて真っ当に見ることができない時が有るから、分からなくもないのだが。

……ちなみにまぶしくては漢字で眩しくて、じゃなくてマ(ジで)ブ(細工にしか見えなく、苦)しくて、と言う意味である。

ボジョレーも吃驚の変化を遂げているホグワーツの最終兵器は、きっと暗黒大陸の厄災も吃驚の物になるに違いない。

そんな物を目撃させられた彼の言葉により、罪悪感とか同情心とかそこら辺の安っぽい感情が湧きそうになったが、そんな物に私は負けるわけにはいかないのが悲しい所である。

「まあまあ。落ち着いてください。今回私は別に貴方に対して酷いことなんて企んでいるわけでは無いのです」

「とても信用がならないな」

まあ待ちなさいって。良く言うだろう。

信じる者はすくわれるって。

……ただし足元を掬われる方だが。

「お願いと言うのはただ一つです。貴方にこれを飲んで欲しいのですよ」

そう言って私はコップに入った液体を持たせた。

「待て、君は僕に一体何を飲ませるつもりだ!」

大げさに後ずさりされて拒絶されてしまったが。

「怪しい物を飲ませるつもりはありません。ほら、この眼を見てください」

「君の場合は聖女のような顔をして、真っ赤な嘘を吐いていることがあるから油断できないんだよ!」

うるせぇ!その台詞は前世でも言われたんだよ!

本当にどいつもこいつも、私みたいな善人を捕まえて置いて酷い言い草である。

だけど私にはそのことで議論しているほど暇では無くて、是非とも誰かに飲んでいただかなくてはいけない代物だから……

故に最後の手を繰り出すことにしたのだ。

「ザカリアス」

「何」

「お願いします」

目の前で神に祈る様な敬虔な表情で以て、両手の指を組み合わせて魔法の言葉を口にしてみた。

あるいは馬鹿にされたように感じたのだろうか?

私が精一杯心を込めて言ったというのに、彼はただ顔を真っ赤にしてこっちを見て来るだけだったのだ。

やはり駄目なのだろうか。

私は諦めることにして押し付けた薬を回収し、諦めることにしようとした。

「分かりました。もうザカリアスには頼みません」

「そうかい。それじゃあ僕はもう行くよ」

そう言って正気になったのか、彼は去ろうとした。

「ええ。すみませんでした。やっぱりジャスティンに頼むことにします」

「何?」

やけに喰いついてきた。目が怖いほど真剣だった。

「あいつに頼むのか?」

「ええ。いけませんか?」

ザカリアスに断られたら、思いつく限り彼以外頼める人が居ないのだ。

「駄目に決まっているだろう!」

どうして?

何故彼はそんなにも必死になってそんなことを言うのだろうか?

あまりにも不可解で少し考えてみることにした。

数瞬の後、私の明晰な頭脳はしっくりくる答えを導き出してしまったのだ。

 

 

つまりはザカリアス×ジャスティンということだったのか!

 

 

前世の頃、ザカリアスやジャスティンの年齢だと同性を好きになることなんて珍しくはないと何かで聞いた覚えがあるし、何より『教えてフォイ相談室』では魔法界での同性愛はマグルに対する愛よりはまだ真っ当にみられているらしい。

私には良く分からない話だが、そう言うことであったら私にも何故ザカリアスがこうも必死になるのか理解可能であった。

ちなみに私はノーマルなので前世も今生も同性愛とか染まる気はないです、はい。

友達にやたら女好きな女が居たが、何が良いのか正直理解し難いのだ。

それはどんな綺麗ごとを言おうと恋愛なり、そう言った事情と言うのは生命それ自体の子供なりを残そうとする機能故に生じた産物でしかないはずで。

流れに沿った産物以外は単なる性癖でしかないと言うのが私の個人的な解釈である。

どちらかと言えば私はあまり奇跡の類を信じない唯物的な方なのだ。

彼の趣味に口を出す気はあまりないが

「分かりました。ザカリアスがジャスティンを好きで、好きでたまらないことは分かりましたけど、貴方に断られたら他に頼れる人が居なくて」

「違う。そうじゃない」

不可解な話である。

「?ジャスティンのことが心配でそう言っているのではないのですか?」

「もうそれで良いよ……」

何やら激しく彼が落ち込んでいる理由は良く分からないが、しかしこれで目的の一歩は踏み出せそうで何よりである。

この世の中はとかく分からないことだらけだが、それ故に前に進む意欲が湧いてくるのは良いことのように思えた。

「まあ何でも良いですけど要するにザカリアス。引き受けていただけるのですね?」

「飲むさ。もう何だか断るのが馬鹿らしくなってきた」

うなだれている彼に、私は一度返されたそれを再び押し付けた。

「味見していただきたいだけですよ。終わったら感想を是非聞かせてくださいね」

「分かった。まあ、そこまで不味そうな物じゃないし、大丈夫だよな」

不安そうだったので、私は右手の親指を立てて自信満々に答えた。

「死ぬことだけは無いはずですよ」

「聞かなきゃよかった」

一応自信作ではあるのだよ。

それでも自分で試す気は無いだけで。

「それじゃあ行くぞ」

彼はそう言って一気に私が差し出した液体を飲み干した。

ザカリアスらしく飲んだ振りなどされることなく、その液体は彼の喉を通り、そうして私が望んだとおりの事が起こったわけである。

ふっ、チョロいな。

私は愉悦を込めた微笑みで彼の事を見守っていた。

ザカリアスが意識を失う十秒前の事である。

 




さようなら、ザカリアス。


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手段

そして次の話が始まるのです。


私がザカリアスに酷いことをするわけないだろう、いい加減にしろ。

ザカリアスの尊い犠牲が必要だったとはいえ、意識を失ったり、死んだりするような魔法薬とか毒薬を友達に飲ませる様な外道の類と私は違うのだ。

では何をしたのか?

以下が飲ませた直後からの記録である。

 

ザカリアスがブツを飲んでからの展開は、まさに劇的と言って良かっただろう。

「見た目と香りは凄く良いのに、味が最悪だよ、これ!あれ?胃が熱くなって……」

そうして彼は私の望んだ姿へと変わってくれた。

故に私は

「はい、ザカリアス。これをどうぞ」

そう言って差し出した手鏡を覗き込んで

「ああ、ありがとう。……僕がティアに……え?」

ザカリアスは盛大に混乱したようだ。

何とも言えない表情でフリーズしてしまっている。それだけの意識の空白があれば、私とて気配を消しつつ、彼の後ろに回り込むことくらいは余裕なわけで

「よっと」

そうして隙だらけの彼に対し、背後から首筋に柔道チョップ(※ただの手刀です)を喰らわせて失神させることに成功したわけである。

恐ろしく速い手刀。私で無きゃ見逃しちゃうね。

いや、まあ目撃者が私しかいない以上、当然のことなのだが。

メタなことを思っているところじゃなかった。正しい変身には成功したようだし、早いとこ準備しないと。

私は何も怪しげな物を飲ませて、彼の意識を刈り取ったとは一言も言っていない。

ポリジュース薬、それは今回腰の重い私が何か月か掛けて作り出し、今後の目的のために使うにあたり、どうしても満たさなければいけない条件がある代物であった。

その条件とは他の人に実験だ……被検者になってもらうことである。

立ち止まっている時間など無い私には、去年の誰かさんみたくリアルに「ねこぢる」を飲んでニャーマイオニーになったり、万が一にも調合を間違えていて予期せぬ変化、例えば私の目玉が増えたり、何処とは言わないが身体の一部分が更に大きくなったりと言ったことが起きたりするかもしれない以上、誰か他の人で実際に試すと言うのはごく当然の話だったのだ。

故に可愛く「プリーズ」と言う魔法の言葉を使ってまでしてザカリアスに試してもらったわけなのだが、鏡を見た後で彼が私の顔で少しだけ嬉しそうにしていたのが解せない。

とりあえず現状をお知らせすると、鏡で散々見慣れた美貌が、ちょっと喜んでいそうな困惑した表情で今私の前に実体化しており、意識を失った状態で転がっているのである。

さて、ここで一つ話をしておくとザカリアスを呼び出しておいたのは皆大好き、マートルの女子トイレの前だった。

意識を失わせてから連れ込んで隠蔽するのに、此処以上の適切な場所が無いと分かっていたからである。

故に証拠隠滅と見分の為に適当な個室に運びこんで詳細に調べてみた。

なお、マートルは予めこの女子トイレから追い出してあるので大丈夫である。

男の子の下着とか脱がすのは初めてなのだが、中身は現在私の姿をしているし、何一つ抵抗感とか私の姿になったことによる嫌悪感が生じる等の問題の類は無いようだった。

男が女物の下着を履いている姿とか嫌だが、女が男物の下着を履いているのは(勿論、それが男装する場合とかどうしても必要な場合に限るが)何だかギリギリで許容範囲内だからだ。

ちなみに前者の場合、個人的には女子高に潜入する必要があった(美しいと言って良い容姿の)男の娘なら男性諸君も何とか許容できることが可能だと思っている。

マッチョで明らかに女子高において女装している男の類は、ギャグならば個人的には是非許可したいものだと言うのが私の意見だ。

これで本命の相手に試すことができるな、と私は手を魔法で浄化しながら悪い顔で微笑んだ。

 

 

 

訂正、凄く悪い顔だった。

 

 

 

その後で狙っていた本命の人物に同じような手段で近づき、言葉巧みにマートルのトイレの前に連れて行き、失神魔法(物理)を喰らわせた後でその人物から衣服と言う衣服を剥ぎ取ることに成功。

私だって失神魔法(通常)くらい使えるけれど、使うとどうしても杖に履歴が残っちゃうからね、しょうがないね。

パンツにスティールの魔法(手動)を掛けて生まれたままの姿になったその人物にはポリジュース薬を飲ませて別の人物、正確にはザカリアスの姿になってもらったのだが、勿論彼の姿になる前にザカリアスから剥ぎ取った衣服を着させてあるから此処でも問題は無いのだろう。

ザカリアスが相手とはいえ、異性を意識が無い状態で裸にした上でじっくり見るとか(無論治療する場合などは除く)人としてやってはいけないことだと思うのだ。

と言うかそういう関係でもない人の裸体には興味が無い、と言うか愛情が無い相手のそんな姿を見ても喜べないと思う。

彼の最低限の尊厳だけは保たないと。

ちなみに脱がせた本命の人物は女性だから、裸にした時のそう言った抵抗感は無い。

ザカリアスのポリジュース薬を飲ませた時にうぇっとした顔をしていたし、本人に無断で衣服一式どころか下着まで拝借したうえで私が纏っている(※使用前にスコージファイ 清めよ! しました)のは色々な意味で悪いとは思っているが。

まあ、ザカリアスの鼻毛の入った魔法薬とか誰だって嫌になるだろう。

ブツを入手した経緯だが、以前彼が一度ビンズ先生の授業においてどうしても内職をしないといけない時に、もしも僕が眠ったら起こしてくれと頼まれたので、心優しい私は快く了承したのだ。

 

 

 

安眠しているザカリアスの鼻毛をぶちっと引き抜くという手段で。

 

 

 

彼の「あああああっ!」と言うちょっと間の抜けた悲鳴を聞いた後で、もっと他にやり方が無かったのか!と問われたわけだが、その後で「次に寝たらもっと引き抜きますよ」と咲き誇る毒華のような微笑みで言って、彼の眠気をすっかり取り払ってやることができた私の優しさは、はっきり言ってノーベル平和賞並に称えられるべきだと思う。

というか音がしないよう起こす手段となるように腐心してやったのに、その気遣いを無視するかの如く大声を出されたのは正直どうなのか。耳元で雄鶏の鳴き声を、できるだけ大きな声でやってやった方が良かったとでも言うのか。

彼のせいで要らない注目を浴びてしまったことに対して遺憾の意を表明したい。

……まあ、本人の素材を無断で拝借したうえで本人になりすますことの方がやってはいかんのだが。

ハーマイオニーが二年生の時にこれをやったとか彼女はぶっ飛んでいるにも程がある。

主人公三人組の一人である奴はやさぐれペダンティックで、ロンはブラコンにシスコンにマザコンを拗らせている三重苦で、ハリーは陰険眼鏡な上に沸点が低すぎる人物であることを考えると、ひょっとしたら魔法界には私以外まともな性格をした人はいないのかもしれない。

もしかして私が正義の女神の名を冠しているのは正しいことなのだろうか?

 

おっといけない。

どうでもよろしいことばかり考えている場合でなかった。

それにしてもゲスくてニューゲームをプレイしているところの、正統派ヒロインだった私が暴力ヒロインデビューとかあまりよろしくない傾向である。

でもまあ、ザカリアスも何だかんだ嬉しそうな顔をしていたし、ひょっとしたら女の子になりたい願望でもあったのかもしれない。

心優しい私は彼がそう言って来たら、遠慮なく女の子になれるポリジュース薬を飲ませてやるつもりである。

具体的には、エロイーズのそれを考えているわけだが。

だって私のそれはと言えば、味が最悪とか評されたことだし。

一体何が悪かったのだろう?

なお、目的を達成する為に飲用した、対象の人物のポリジュース薬は見た目と匂いは強烈だったが、味はそれなりにいけるそれであったことをここに記しておこう。

 

ちょっとした「保険」を掛けた後で私は女子トイレの個室から出た。

私は本作戦において命を賭けないといけないし、もしも失敗するようなら死ぬしかないと思っている。

だからこそ手は抜けない。

途中親し気に変身した人物の知り合いと思しき人物との会話や、ちょっとしたやり取りを楽しみつつ、私は廊下を歩いて行く。

そして件の人物に接触し、無事訊きたいことを訊き出した私は、始末をした後で必要の部屋に舞い戻っていた。

手順を踏み、何時も使用しているラボの入り口を出す。

扉には「メリーのアトリエ」とやる気の無い日本語で書かれており、木星の白い羊の頭がドアノブに当たるところに嵌め込まれていた。

「羊頭狗肉」

「貴方にラムチョップ」

羊の頭が日本語で合言葉を言ってきたので、それに対して正しい解答をしながら、私は羊の頭にチョップを喰らわせた。

「正解だよ、おメェー」

言葉と共に扉が開いた。

「もっと早く開けないと次こそ本当にラムチョップにしますからね」

毎度お馴染みの心温まるやり取りである。

ちなみに合言葉を知らないと「誰だてメェー」と日本語で返してくる仕様だ。

ラボの内部は複数の部屋に分かれており、良く分からない代物やかき集めた物資で一杯の集積所、それから☣マークの入った代物など幾つかに別れてはいるのだが、今回用があるのは「第3実験室」だった。

この場所では主にちょっと表には出せないような研究をしている。

聞き出すべきことは三人から聞き出したので準備はオーケー。

ブツを取り出し、夏休みに聞いていた通りの手順で私は復元と解呪を開始し、あまりにもあまりにもあっけなく、それに成功したことを確認した。

達成感も何もあった物じゃない、ってどういうことだ。

いや、確かに私はこの為の準備を繰り返してきたし、成功させる自信もあったが……。

予想よりも早く手に入るとは思っても居なかった。

この私が手に入れた当初は、呪いに依る汚染で黒ずんでいたのに、今は輝かんばかりの素敵な銀色を誇っている。

目的の為、本当にこれが役に立つかどうかは要検証なわけだが。

 

私が「これ」を手に入れようとした切っ掛けは単純に、私自身の限界にぶち当たったからである。

ただ帰りたい、そうは思っていても何をすればいいのかが分からない。

道具なのか、扉なのか、それとも前世の姿になれるような魔法薬なのか?

ちょっと考え付くだけでもこれだけの可能性があり、しかも試すにしても膨大なトライ&エラーが必要なのは明白。

元の自分の人生を取り戻すのは不可能に思えた。

こんなことなら、魔法の研究家になれるような便利なアイテムでもあれば良いのに。

思考がそこまで及んだことでそう言えば、と思い出したものが在った。

アレだ。

可能性があると言えば一つだけ思い当たる物が有った。

だから私は動くことにしたのだ。

二年次の最後の方で、できるだけ安全に、それを壊す手段については入手していた。

だけど壊れていた場合は、それを使うことができないかもしれない。

故に次に必要だったのは、直し方についての正しい知識。

ノクターン横丁にて、貴重品を処分するついでにそれも入手できた。

残るのは「物体に掛けられた強力な呪い」に関する深い知識。

勿論閲覧禁止の棚にある本の情報は何時だって欲しい物ではあるのだけど、それだけでは足りない。

故に、私が計っていたのはタイミング。

ファイアボルトが没収され、そのことで悩んでいたハーマイオニーは渡りに船だった。

第一に接触する人物として、フリットウィック先生は欠かせなかったのだ。

だって書物で得られる知識は少ない。

古い時代の、その時代に於いてあまりにも当たり前だった知識などは、後世に伝わる書物に記されることが無いかもしれない。

それに書物に記された情報が全てではない、それを示しているのは現在だ。

過去に記された物だけが正しく、完全無欠なのであれば、今訂正する必要も新しく本が記される必要もない。

だからこそ今、呪いの第一人者の一人に接触するのは、やっておきたいことだった。

特に不審に思われず、二人でフリットウィック先生からはとても有益なお話を聞けたのは僥倖だ。

さて、残るのはそれの使い方だった。

手に入ったがいいが美品としてしか役に立ちませんでした、では話にならない。

それは勿論、象徴としての価値しかない場合も可能性としてはあると覚悟はしているけれど、全ての不都合は一つずつ消していかなればならない。

知っている人、と言うには語弊があるかもしれないが、これに関する心当たりは、これも一つだけ。

だから同じく不審に思われず接触する必要があった。

ポリジュース薬はその為の第一歩。

幸い私が変身するつもりでいた人物に関しても、運が良いことに今学期初めに話をすることができていた。

ジャスティンが近くに居た為、その時こそ髪の毛を入手することができなかったが、何度か廊下で会った際に目的は容易に達成。

そうして準備は済んでいたのだ。

第三の人物に接触するにあたり、残る問題はただ一つ。

そう、材料になってもらっていても、同時刻に双子でもないのに二人も同じ顔の人間が歩いているのはよろしくなかった。

手紙で呼び出せるくらいの仲には、私たちは親しくなっていたので警戒されることが無かったのはプラスである。

そして彼女には意識を失って貰った。

忍びの地図(妹)を駆使して最短ルートでその人物の下まで赴いたものの、途中で彼女(変身した人物)を良く思っていない人物に絡まれたのは誤算だったと言って良い。

とりあえずこいつから奪った杖で「平和的」に解決し、物陰に隠した後で第三の、本命の人物に接触できた。

そう、ロウェナ・レイブンクローの娘、ヘレナ・レイブンクローその人である。

「こんにちは、ヘレナ」

事前に聞いていた通りの呼び方をした後で私は本題に入ったのだ。

「あたし、あんたに聞きたいことがあるンだ」

そう、目的は「レイブンクローの髪飾り」に関することを訊く為である。

 

分霊箱、あるいはホークラックスと呼ばれるそれを入手したくなったのは、勿論それを利用する為であった。

そもそも強力な呪い、あるいはそれ自体を破壊から防ぐ為の、所謂護りの手段が備えられていても、無視できないことが一つある。

壊されたはずの「蘇りの石」は、最終局面においてハリーに使用が可能だった。

これは要するに、他の分霊箱も壊した後で、再利用することが不可能ではないことも同時に私達に示しているのだ。

二年次においてそのことに思い至った時、私は小鬼に鍛えられた短剣を得た後であり、ハリーが秘密の部屋を開ける蛇語の、盗み聞きを企む少女になることを余儀なくされていたのだった。

……結果的にそれは幾つかの「歪み」を見せたわけだが。

まあ、この件が成功したのは、その時の失敗も踏まえての事なので塞翁が馬である。

訊き出せて、無事に使用方法も分かった私は必要の部屋へと赴き、作業を速やかに終わらせたわけだが、失敗したら犠牲者が出ていた。

と言うのもそれは私が用意しておいた物に関係があったから。

今回私が作成しておいたのは二種類の魔法薬である。

そのうちの一つはポリジュース薬で、もう一つは禁書に記されていた毒薬だった。

順を追って説明するとしよう。

さて、以下が今回用意したポリジュース薬の詳細である。

 

ポリジュースA……通称私汁(原材料、私の髪の毛)。いやらしい意味ではない。

ポリジュースB……通称ザクエリアス、もしくはザカリスエット(原材料、ザカリアスの鼻毛)……長いのでザカリで。なおザカリさんの汗はまるで関係ないし、発汗により失われた水分、イオン(電解質)をスムーズに補給する健康飲料でも何でもない。

ポリジュースC……通称LSD(原材料、ルーナの髪の毛)なおルーナ・スペシャル・ドリンクの頭文字である。

 

三つに分かれたそれだが、私汁はザカリアスに、ザカリはルーナに、LSDは私が服用した。

この内、最も大量に用意しておいたのはLSDである。

何の為かと問われれば、逃走用だ。

もしも私がルーナではない、とバレてしまった場合は、周辺の人物に飲ませたうえで、錯乱の呪文を使い、七人のハリーならぬ七人以上のルーナがてんでバラバラの方向に走り去ることになっていた。

何故こんなことをするのかと言うと、理由は簡単。ヴォルデモートに知られたら、私の死亡率が上がるからである。

ただ髪飾りについて尋ねていたのがバレる程度なら、問題はない。

ルーナの姿の誰かが、それについて聞き出そうとするくらいなら誤魔化しは効く。

だけど問題があるのは、私が捕まって根掘り葉掘り、例えば真実薬など盛られたら、非常に拙い。

前回ハリーを殺そうとして失敗した時に私は反省した。

あれではただ甘いだけだったのだ、と。

チャンスの神様をしばき倒してモノにするには、容赦していては駄目なのだ。

と言うのも、私がヘレナにルーナでないことがバレてしまった場合でも、逃走こそするものの、使用法を聞くまで諦める気が無かったからだ。

要するに感づかれたらプランBが発動していた。

ルーナを人質とした作戦である。

 

その為の手段も備えておいた。

二種類用意した魔法薬の内、毒薬はその時の為、既に本物のルーナに盛ってあったのだから。

ザカリを飲ませた後で、時間経過で中身が溶け出す入れ物毎、ルーナに盛ったわけだが、方法自体は割とありふれた物だろう。

その毒薬は、ポリジュース薬の作成法を記してあった本には「服用した人物は恐ろしい死を迎える」とあり、ベゾアール石でも解毒は不可能とあった。

後、譬えルーナに毒が回ってから治そうにも、ダンブルドア校長の不死鳥は使えない。

だって今日私が校長室を訪ねるから、部屋から出さないでくださいね、と手紙でお願いしたから。

去年校長室をお邪魔して以来、私は偶に校長宛の手紙を出していた。

その内容は季節の挨拶から、ちょっとした質問である。

誰かが私から校長宛の手紙を表から見たとしても、特に大事な物とは思うまい。

まあ、全ては今日この日の為だったわけだが。

詰将棋のように私は可能性を潰していったので、ルーナに盛った毒を中和する術はなかった。

――この私が予め調合しておいた解毒剤を除いては。

え?

意識を失ったり、死んだりするような魔法薬とか毒薬を友達に飲ませる様な外道の類と私は違うのだ。

と言うことを冒頭で言っていたじゃないかって?

 

?ルーナは知り合いではあるけれど、友達ではないよ?

 

……まあ言いたいことは分かる。

何の罪も無い女の子を、本人の了承無く人質にするなんて、酷いと言いたいのだろう。

それは私もそう思う。

前世で好きだった少年漫画の主人公が、同じようなことを似たシチュエーションでやっていたから、つい真似してしまったのだ。

だけど案ずることはない。

ルーナが死んだら、私は敵討ちの為に全力を尽くすつもりだった。

即ち、凶悪犯シリウス・ブラックの抹殺である。

 

 

自分がルーナでないことがバレたシリウスは、ルーナに毒を盛ったことを白状、訊き出すべきことを訊き出せなかった腹いせにルーナに解毒剤を服用させず、死に至らしめてしまう。

これがバッドエンド1である。

エピローグは、正義の女神の名前の少女が証拠隠め……義憤に駆られたために、シリウスを殺害。

 

自分がルーナでないことがバレたシリウスは、ルーナに毒を盛ったことを白状。訊き出すべきことを訊き出せた彼は、ルーナに解毒剤を服用させたものの、居場所を突き止めた正義の女神の名前の少女に吸魂鬼をけしかけられて、吸魂鬼のキスを受けてしまう。

これがバッドエンド2である。

エピローグは、何故シリウスはかの秘宝について質問をしたのか?という疑問が残る物である。物語が進むにつれ、明らかになる事実。シリウスは無実だったんだよ!

 

どちらにせよ後味は悪そうだった。

ルーナは所属寮で軽んじられているからそこまで注目されなさそうだし、誰かに変身する上で大事なのは本人の癖など完璧にトレースすることだが、多少間違えても「まあ、あの子変人だから」で済ませられそうなので対象に選んだのだが……。

ちょっぴり悪辣だっただろうか?

人死にさえでなければオールオーケーと考えていたわけではないが、しかし誰も犠牲にならずに良エンディングを迎えられて何よりである。

私はそんなことを思いながら「戦利品」を冠のように、自身の頭の上に載せ、ただの学生レベルの魔女から逸脱したのだった。

 

 

 

 

 

 

……あ、ザカリアスが女子トイレでおねんねしたまんまだ。

 




なおマートルの女子トイレから出てくるところを、パーシー・ウィーズリーに見咎められて罰則を喰らった模様。

感想は次回返すと言いましたが、ごめんなさい。あれは嘘でした。
いや、作家と宗教家は嘘吐くのが仕事だってティアのお爺ちゃんが……。
次回は必ず!




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①書く→②暫く間が空く→③勘を取り戻すのに暫く掛かる→①に戻る!

無限ループって怖いですね。

今回他者視点注意。



私がその奇妙な少女と会ったのは、雪が完璧に消え失せた、春が近付いたある日のことであった。

ホグワーツにて微かに残る鼠の、正確にはピーターの匂いを探している中で、とても懐かしい物を見つけたのだ。

パンである。

それは普段小鳥が多少なりとも居る(要するに犬の姿をしている今の私の御馳走が集まる場所)木々の中の開けた場所に置いてあった。

故意にそうしてあるのだろうというのは、その周りを見てみれば一目瞭然だ。

と言うのもパンの上にはザルがあったからだ。

木の棒に糸が括られていて、引っ張ればザルが落ちるようになっている、業界用語でいうところの「ザル落とし」という奴である。

ふと糸が続いている方を辿ってみれば、藪の中にこちらの方を少し驚いた様子で見つめる、一対の綺麗な蒼い眼があった。

罠に掛けて小鳥を捕まえようとしていたらしい。

だが私はそのことに対して留意してやる理由などないし、ちょうど小腹が減っていたのでチャチな罠を仕掛けた誰かさんが見ている前で、パンを咥えて悠々と去っていたわけである。

久しぶりに食べた文明の味は、酷く美味かった。

こっちはホグズミードの食べ物を、正規で食することができる身ではないが故に。

 

流石にこんなチャンスは二度とないだろうな、とは思っていた。

思っていたのだが……しかし、次の日も同じ時間、同じ場所に、同じ物があるとは。

学習しない奴だな。

 

 

 

そう考えて、昨日と同じようにパンを咥えて持って行こうとして、ザルでは無くて地面が落ちた。

 

 

 

……いや、今何をされた!?

大きな鳴き声で吠えたり叫んだりして、学校に居る他の生徒なり教師などの注意を引くわけにはいかないから、黙って落ちていったわけだが一杯食わされたと気付いたのは恥ずかしい話、底の方に着いてからだった。

 

こちらが無警戒のところに、落とし穴を仕掛けていやがった!

 

油断させてから、手酷い裏切りをされた気分だが、ジェームズとはまた別の意味で悪戯好きな奴に違いない。

どんな奴なのだろう。

深さがそれなりにある落とし穴の底でそんなことを考えていたら、果たして仕掛け人が現れたようだった。

「パンを盗んだワンちゃんが、また来るとは思っていませんでしたよ」

女の子。声の感じから先生ではなく、生徒の方だと言うことは分かった。

ただ、残念なことに此処からでは、逆光で彼女の顔は見えない。

私の正体に気付いているなら、先生方の誰かなり、ダンブルドア校長なりに知らせて、昨日の時点で騒ぎになっているはずだから、私を彼らの前に突き出すことは無いだろう。

パンを持って行かれた、大人気ない腹いせか何かなのだろうか?

そんなことを思っていたら、女の子が上から降ってきた。

初めに思ったのは柔らかいし、良い匂いがする、ということだ。

そこまで重さを感じないから苦しくはなかったが、何故いきなり自分まで落ちて来た?

「捕まえました!」

この場所で、抱き付きながら、満面の笑みで言っている気配がするところを見るに分かったことが一つある。

……どうやらただ単に犬好きだったらしい。

仲良くなる為に、わざわざこんな手の込んだ真似をしたということか。

なら、警戒する必要はなさそうだ。

突然彼女の前から姿を消して、少女が周りに聞いて探し回る方が厄介だろう。

これから適度に相手をする必要があるのだろうか、と考えていたけれど、ふと思った。

見たところ、箒を持ってはいないようだが戻り方は?

と言うか私の姿は結構大きいわけだが、咬み付かれる心配とかはしないのだろうか?

取り敢えず、人に慣れている犬を演じる為、子犬のような少し不安そうな鳴き声を上げた上で、少女の頬を舐めてみた。

「そろそろこんな場所からは、おさらばしますか」

為すがまま舐められていた少女は、私の様子に気付いたのか再び不敵に微笑んだ。

「レビコーパス 身体浮上!」

直前に胸や、腰の辺りを少女に掲げるように、持ち上げられた私は、穴の上へと少女と共に高く上がっていた。

この呪文は私が学生時代の頃に流行っていた物のはずだが……?

謎の少女に対する私の思考を他所に、また暗闇から解き放たれた私は、ようやく仕掛け人の顔を拝むことができた。

光の中で見た彼女の顔は、整っているものの、何処かで見覚えがある様な気がした。

「おや、どうかしましたか?」

怪訝そうに小さな声で吠えてみたら、反応があった。

「え?私が知り合いに似ているって?」

そうとも。君の名は?

「私の事はウティスと呼んでください」

ウティスと名乗った彼女は、それなり以上に大きな胸に手を当てて、微笑みながら答えた。

まず間違いなく偽名なのだろうが、何故だか私に近しい者のような気がしたのだが一体……?

それどころじゃなかった。

今、私と少女との間で話が通じていなかったか!?

「私が昔好きだった人は猫と話ができていましたし、驚くことではないのではないでしょうか?」

いや、それは可笑しい。

彼女も、おそらくは彼女の言うところの昔好きだった人とやらも、同じくらい変人だったに違いない。

そんなことを考えて犬語で言ってみたら、吠えられた。

何故この少女は、今現在も犬に変身している私と同じくらい犬語が上手いのか?

と言うか、訛りはきついものの、明らかに女の子の口から出るのはどうかと思うようなことばかり言うのは間違っている。

聞くに堪えない「このピー野郎!」とか「××××」と言う言葉の意味をこの子はちゃんとわかっているのか?

そう吠えたら、

「ごめんなさい。話すよりは聞き取る方が簡単なのですよ」

そう、邪気の無い笑顔で微笑まれた。……彼女が分かって言っているのか、分からないまま言っているのかは結局謎のままである。

「ところでワンちゃんは」

そのワンちゃんと言うのは止めて欲しい。割と、切実に。

「では貴方の名前は?」

まさか本名を言うわけにもいかないし、どうしたものか。

少しの間考えていたようだが、

「では、私が貴方の名前を考えてあげましょう!」

そういうことになった。

 

私の名前を決めるのは難航した。

「ううむ。悩みますね」

考えてくれることになったのは良かったのだが、中々私の納得が行く名前が決まらなかったのである。

右手の人刺し指を自身の顎に当てた彼女はただただ名前を羅列していく。

「パトラッシュ、ダニー、イギー、太郎丸」

最後の名前に関しては良く分からないが、それらの名前を付けられたら何だか早死にしそうな気がした。

「ジップ、トートー、ラッシー、ベートーベン」

犬の名前のようだが、何かが違うと思う。

「キュウ○エ……いえ、白くないですね。セイ○ム……いえ、確かに黒いけど猫じゃないですし。パ○たん……あんな格好良くないですね。コエ○シ……ああ言った感じの可愛らしさはないですか」

言っていることは分からなかったが、候補に挙がった名前はもはや犬ですら無いような気がするのだが。

暫く悩んだ後で彼女はまた口を開いた。

「ジャスティン、アーニー、ハリー、ロン」

それは友達の名前か何かなのではないのだろうか? 後、誰かの名前が抜けている気がする。

ただウティスはこの前、私がピーターの行方を訊こうとして、寮に侵入した男の子や、ジェームズの息子と友達だったのか。

良い話が聞けるかもしれない。ホグワーツに通っていた頃から、女の子と言うのは噂やお話好きだと言うのは多分変わらないだろうから。

「うーむ。今を時めく犯罪者、シリウスとか……いえ、駄目ですね」

何気なく私の本名を呟いていたウティスは、暫く悩んでいたようだったがやがて意を決したようで、口を開いた。

「まあ、そろそろ名前を決めるべきですね。立派なのが良いでしょう。

そうですね…うーむ。テオ…テオフラストス・ボムバストゥス…ヴァ…」

長い。というより確か今の名前はパラケルススの本名だったような気がするのだが。

「えー。ああ、所詮はワンちゃんだから長いのは覚えられないのですね。それではヴァン…いえ、テオで!」

にっこりと笑った彼女の下、そう言うことになった。

 

一人と一匹の付き合いはこうして始まったわけなのだが、彼女と私の間には明白な取引があった。

私は情報を。

彼女は温もりを。

それぞれが互いに求めていたのだった。

原理は不明だが彼女は大体私が欲しい情報をくれ、彼女はと言えば私の毛並みを抱きしめたまま撫でるなどして穏やかな時間を過ごしていたのだ。

こちらの情報は与えていないのだが、彼女の日常に関するお話も非常に有益な情報も、彼女が一方的に私に対して話しかけるという手段で、確かに伝わっていった。

勿論彼女も生徒である以上、そう頻繁に来られるわけでは無かったが、不思議なことに彼女は私の欲するものを良く持っていた。

ウティスが定期購読しているという『日刊予言者新聞』についてもそうだ。

生徒の中で毎日欠かさずに読んでいると言う者は、私の代でも珍しかった(と言うのも生徒である時代には、悪友との付き合いや、もっと楽しい活動の方が重要なのは言うまでもない)気がするが、彼女はどうやらそう言った珍奇な部類の生徒に入っていたらしい。

今まではそうでなかったとはいえ、脱獄してからの私は実に運が良いようだ。

クルックシャンクスが生徒の一人に飼われてホグワーツに居たことと言い、ようやくツキが回って来たらしい。

信頼できるのは良いことだが、猫であるクルックシャンクスではどうにも得られる情報は限られていた。

その点、ウティスにはその意味での心配はない。

私が人の姿に成れない以上、こちらから質問することはできなかったが……例えば彼女は色々と彼女の学生生活を教えてくれたりしたのだから。

懐かしく思える様なホグワーツでの授業について、

「そうですね。では私が同級生の、仮にZ君としましょうか。その男の子に凄いことをした時の話を……」

……とりあえず、そのZ君の心の平穏を祈らずには居られなかったりしたが、退屈は大抵の場合紛れた。

どうしても一人だと色々と考えてしまうし、このままピーターを殺せなかったらどうしようと考えてしまうから。

アズカバンを飛び出してから、飛び飛びで付き合い続けた彼女だが、この数カ月の間に色々とあったらしい。

「それでその子は『シリウス・ブラックが花の咲いた灌木に姿を変えているのだ』と信じて疑わなかったのですよね」

私のホグワーツに対する侵入方法について友達と話していたり、未だに逮捕されないことに対する不安が大きいことを話していたりするらしかった。

ちなみに彼女自身はと言えば

「きっとシリウス・ブラックは愛する人を喪った吸血鬼か、麻薬中毒でクラシック音楽の愛好家ですよ」

……どういった理由でそういった考えに至ったのかは分からないし、彼女の友達とどっこいと言って良い奇妙奇天烈な考えだった。

「ルーピン先生が年上の男の人への手紙を届けてくれまして。去年の先生と同じくらいに好きになれそうですよ、本当に」

現在ホグワーツで教鞭を執っている、学生時代の親友の一人に対して感謝の言葉を述べていたりしたのである。

時には何時も浮かべている微笑んだ表情ではなく、珍しく非常に嬉しそうな顔で

「テオ!今日は何と前々から欲しかったアクセサリーがようやく手に入ったんですよ!」

と言う報告を(熱烈なハグと共に)受けて驚いたりもした。

ウティスも女の子なのだな、とその時は少々微笑ましくなったものだ。

彼女が何処の寮かは聞いたことは無かったが、純血主義のスリザリンや我らがグリフィンドールとは違う感じ、ある種の気取った様子を少し感じる所から、おそらくはそれなりに変人が居るレイブンクローのところなのだろう。

ただ穏やかに、二人して時を過ごしていった。

 

夏が近づいてきたある日、

「ところでヴァン・ホームレス……いえ、テオ。貴方は用事が終わったらどうするつもりなのですか?」

いや、今私の事を何と呼んだ?

……まあ、良い。復讐が終わった後の事は特に考えていなかったな。

それにしてもいきなり何故こんな話を振って来たのだろうか。

以前私は此処でやらなければならないことがある、みたいなことを暈して伝えたことがあったが、それ以来ウティスが私のやることに為すことに注意していた試しがないのだ。

何時の頃からか彼女が持ってくるようになった、彼女の手作り料理を口にしながら私はしばし考え込んだ。

ハリーと暮らしたい、と言うのは復讐を果たしたら多分果たせないだろう。

だけど、私には義務がある。

裏切ったあいつを放っておくわけにはいかない。

だから彼女には特に何も答えなかった。

全ては決着を付けてからなのだから。

やたら癖になる彼女の手料理の内、チキンを咥えながら黙り込んだ私を見て

「少し、昔の話をしましょう」

そう言った。

珍しい、と私は素直に思う。

と言うのも彼女は自分が何者なのかを特定できるような情報を、私に対しても明かすような人ではなかったから。

「私が昔好きだった人は」

ああ、初めて逢った時に少しだけ話していた、猫の言葉が分かる人だったか。

「ええ、その人です。他人よりもハンデを幾つも負った人でした」

それはまるであいつのような……。

「周りの人が理解して助けてあげれば良かったのですが、生憎周りの人は頭が足りなく、それ故に彼に対する適切な助けを与えることができませんでした。それどころか彼に更に重荷を背負わせていくだけだったのです」

私とどっちが大変だろうか。

「やがて彼が自分の負ったハンデが彼自身のせいではないことに気付き、また周りが彼から取り上げる盗人だけだと悟った時、彼は周りを憎み、彼自身に害を与えた物に対してそれ以上の罰を与えることに躊躇いが無くなっていました」

私は何も応えられなかった。何故ウティスがこんな話をするのか分からなかったというのもあるが、互いに真の名前すら告げず、ただ利害の一致で並んでいただけの関係に、初めての変化が起きたからである。

ウティスの、そう名乗っている彼女の本当の姿に今、初めて触れている。

そんな気がしていた。

「ところが彼はそんなことを止めたのです」

彼女が好きだった人は一体何故止まった?

「大切な友達ができたからです。勿論彼の復讐者としての本質は変わりませんでしたから、万が一その人を怒らせた場合は常に命の危険性が付きまといました。ですが、常に憎悪の焔で身を焦がすこと、それだけはなくなったのです」

もしや彼女は、私がピーターへの復讐の為に動いていることを知っているのだろうか?

止めようとしているのだろうか、私の事も。

「誰かを憎むよりも、別の誰かと楽しい時を過ごした方が良いですよね」

犬の姿では何も言えなかった。

ただ……。

「まあ、難しい話は止めましょう。ただ、きっとテオにも何かやりたいことがあったのだろうな、と思っただけですから。いえ、東の島国のマグルの間ではご主人様の為に死ぬまで同じ場所へ通い続けたワンちゃんが居たそうですから」

それは……ああ、ホグワーツから離れようとしない私から連想したのだろうか?

「でも、まあ貴方が他の人に見つかったら大変ですよね。ほら、テオにはこれが無いじゃないですか」

首の辺りを指し示されて納得した。確かにこれでは、私の素性とは別の意味で問題があったか。

「なのでこれは私からのプレゼントです」

首輪を嵌められた。

「これで野良犬扱いされないでしょう」

……こんな首輪くらい、適当に盗み出しても良かったのだが。

ただ、物を贈られるのは、かなり久しぶりだった。

プロングスやムーニー、それから裏切り者のワームテール。

彼等や、結局彼とくっついたリリー。

彼ら以外とはそこまで深く付き合ったことは無かった。

「何がしたくて此処にいるのかは知りませんが、全て終わって、何処にも行く処が無かったら私のところにいらっしゃい」

そうだな、復讐を終えたら彼女の下で過ごすのも悪くないかもしれない……

 

彼女は満面の笑みで言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先ずはペットショップに行って、テオの去勢をしてもらわないといけませんね!」

 

翌日、犬は彼女の前から姿を消した。

 

 




ウティス、一体何者なんだ……。





どうでも良いけどティアが開発した物一覧。

風邪薬……風邪になる。元気爆発薬で症状悪化。

ヤク草……料理に混ぜたり、対象に摂取させたりすることで麻薬のような中毒性が発生する。身体に悪影響はないが、摂れば摂るほど、次が更に欲しくなる。

服従の首輪……異世界転生物で良くあるアレ。首輪を嵌めた物に逆らえなくなる。ティア曰く、失敗作とのことだが……?

蟲寄せスプレー……虫が物凄く寄って来る。逃走用。

毛ハエ薬……毛根が蠅になる魔法薬。蟲寄せスプレーと組み合わせて使う。etc


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魔女

※今回他者視点注意。
色々酷くしてすみません。更新中断期間とか、あと話の内容とか。


僕が見た彼女は元気が無かった。

その蒼い瞳はただ遠くを見つめているようで、ティーカップを持ったまま物憂げな様子で溜め息を吐く。

そんな彼女を見て、つい何も考えない反射だけで、声を掛けてしまった。

「ティア、何か悩みでもあるの?」

「ああ、ザカリアス。いえ、何でもないですよ」

僕に対して少し悲しそうな顔で、そう言った。

 

ただ静かに笑っているだけで、こちらの顔が熱くなってしまう魅力的な女の子。

今、この瞬間に何かを諦めたような表情をした彼女は最近までは大体において、そんな顔をしたことが無かった。

だから僕は此処で退く気には、なれない。

「それじゃあ何かあるって言っているような物じゃないか」

前に腰掛けて話すよう、促すと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実はザカリアスの呼吸が止まらないことが悩みでして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?今もしかして僕、死ねって言われた?

 

「ティア、冗談じゃなくて」

「おや、私は何時だって真剣ですよ?」

 

……え?本当に?

 

「まあ、それこそ冗談です。実はメルロン以外で、内緒で飼っていた可愛いペットに逃げられてしまったのですよね」

「それは……苛めたからとかそう言った理由かい?」

「いえいえ。飼い方を間違えたわけでもないはずなのでそれはないでしょう。

 零時過ぎに餌は与えていませんし、水や太陽の光にも当てませんでした」

……それは一体何の生き物なのだろうか。

「まあ、本当の理由は彼に最後に伝えた言葉だったのでしょう」

ほんの冗談だったのですけどね、と彼女は顎に人差し指を当てて呟いた。

ちゃんと僕たちの言葉を理解したということは、飼っていたのは何かの魔法生物なのだろうか?

「当ててみてください」

いや、遠慮しておこう。彼女が出した何かを当てるクイズなどで、正解を引き出したことは未だ一度も無かったのだから。

「何だ、つまりませんね」

彼女は不満そうに言った。

だけどティア、君そんな調子で試験は大丈夫なのかい?

「おや、私は何時だって問題ありませんよ」

得意げに言う彼女だけど、多分本当の事なのだろう。

この頃のティアは、以前よりも更に魔法の腕が向上しており、アーニーやハンナをすごい勢いで引き離していた。

少しだけ見せて貰えたレポートも、キレが増し過ぎている。

その躍進には何か秘密があるに違いない、というアーニーに対して彼女はただ人差し指を唇に当てて、

「秘密です」

と答えるばかりで、それ故に周りから付けられた渾名は「秘密主義のユースティティア」と言う物になってしまっていた。

知恵が深まると共に悩みまでも増えたのか、憂い顔まで増えてしまったようだが、その理由も僕たちにさえ教えることが無い彼女には相応しい物だと思う。

まあ、依然と同じように薬草学の授業だけは、あまりにもやる気の欠けた顔をしていたのだが。

以前彼女に聞いたところ

「草と言う物は植えるのではなく、生やすべきなのですよ」

ということだが、未だに僕たちには彼女の言葉の真意が分からない。

 

 

そんな彼女のふふんと得意げな顔を思い出し、多少の謎を残しつつも、今年もまた試験は始まった。

変身術の試験から開始したのだが、その課題の幾つかは僕には難しすぎた。

とりわけティーポットを陸亀に変えるというそれでは、四本脚が生えたティーポットが口から湯気を出しながらゆっくり歩いているという、とてもとても愉快な生き物が出来上がってしまっていたのだ。

絶対に点数が悪かったと思う。

他の皆もあの課題は難しかったと口に出しているのを横目で見ながら、それでもティアなら上手くやったのだろうな、と思ってみていると彼女は難しい顔をしていた。

「どうしたの? ティーポットの課題は上手く行かなかった?」

「ザカリアス、いえ、陸亀自体は多分上手くできたのですよ。マグゴナガル先生も最初は何やら羊皮紙に満足そうな顔で書きつけていましたしね」

なら何が問題なのだろう?

「白いティーポットから黒い小さな陸亀を変えられたのは良かったのです。問題は暫く歩き出したその後で、亀が手足を引っ込めたかと思うと、手足の在った場所から蒼い焔を吹き出しながらどこかに飛んで行ってしまったことなのですよね。いえ、最初にあのサイズで現れなかったことは不幸中の幸いなのかもしれませんが」

……ティアは一体何を生み出したのだろう?

他にも試験があるから直ぐに思考を切り上げたようだけど、彼女はその亀が何か変なことをしていないかどうかが凄まじく気になっているようだった。

 

ただ試験で変なことが起きるというのは、僕たちが体験した中では稀なことだと言える。

授業中の方がむしろ変なことで一杯だったからだ。

と言うのも今年度は呪文学で「元気の出る呪文」をティアに掛けられた際、僕が白目を剥いたまま何時間も笑い続けて死にそうになったり、魔法生物飼育学でやたらと「レタス食い虫」が巨大化して危険極まりない生き物に成ったりしたからだ。

それはジャスティンが横を見ている隙に、ティアが何か緑色をした液体をレタス食い虫に飲ませるとともに変化が開始された。

見る見るうちに大きくなり、レタスどころか鼠だって食べられそうなサイズになったそれは凶暴性も増したのか、手を出した僕の指は咬まれてしまったのである。

その怪我自体はどうということは無かったのだが、その日の夜には何故か体が痒くてたまらなかった。

次の日にティアが笑顔で青色の液体を飲ませてくれてから症状は無くなったが、あれは一体何だったのだろう。謎だ。

まあ、試験では彼女はレタス食い虫に何かすることは無かった。流石に試験で何かを試みるのは彼女の流儀ではないということは、僕たち皆が知っていることだ。

ただ、ハグリッドがレタス食い虫の試験中の生存を確かめる(レタス食い虫が試験終了まで生きていることが試験内容だったので)際、盥を見ている最中に、何事かを呟くと彼が少しだけ涙ぐみながら足早に他の生徒のそれを見に行ったのは気にかかった。

聞き間違いでなければ

「シシカバブ、パイ包み、姿焼き……」

と呟いていたが何か関係があるのだろうか?

昼食まで時間があったので、お腹が減っていたというのが一番ありそうな理由だが。

ジャスティンは何か呆れたように、彼女を見ていたのが酷く印象的だった。

 

午後になってから、魔法薬の試験が開始。

スネイプ先生が見ている中で「混乱薬」を作るというのが課題だった。

正直な話、僕たちの中でこの授業が得意なのはアーニーとティアだけだ。

以前ティアにちょっかいを掛けていたら、

 

「スネイプ先生のねっとりハチミツ授業」

 

と彼女が僕だけに聞こえる声で呟いて、思わず笑ってしまい、それからというものの彼の先生に目を付けられるようになってしまった為、イマイチ苦手なのである。

後、他の面々は単純に細かい作業が苦手なせいか、この授業が不得手のようだった。

とはいえ、それまでのレポートも授業結果もそこまで良くなかったので、挽回するべく僕なりに必死にやらざるを得ない。

「おや、ザカリアス。そこはそうではなくこれを足すと良いですよ」

試験中だというのにティアが僕にこっそりアドバイスをくれている、だと?

いや、確かに先生の眼を盗んで試してみるとちゃんと濃くなって、教科書以上の出来栄えになっていく。

「ティア、ありがとう!」

「いえいえ、私だって貴方の成績が下がったら悲しいですから」

彼女は髪をいじりながらはにかんで言った。

ティアはそんな素振りを今まで見せてこなかったから僕はつい問いかけてしまった。

「本当かい?」

「ええ、だって私はザカリアスの事が……」

潤んだ眼が色っぽくて僕はドキドキして――

 

 

 

そこでティアの顔が、至近距離で僕を見ているスネイプ先生のそれに変わった。

 

 

「うわああ!」

今までにないほど、僕は驚いた。

「ふむ、スミス君。我輩の試験で居眠りをした生徒は初めて見たよ」

「す、すみません!」

どうやら僕の混乱薬が少し気化しており、そのせいで幻覚を見ていたらしい。

後で医務室に行くよう僕に告げた先生は羊皮紙に、何やらマイナスという文字をかいたように見えた。

そしてアーニーに僕が見たことを話すと思いっきり笑われた。

良く考えてみれば、幾らティアでも試験中に助けてくれるはずが無いと分かり切っているとしても、そこまで笑うことは無いと思うのだけど……。

 

気落ちしつつも、夜は「天文学」の試験だ。

真夜中、習い覚えた星々を見つけ出しては書き綴っていく。

天文学といえば、何故彼女は今年やけに月の満ち欠け図を気にしていたのだろうか?

毎日毎日、自分自身の生死に関わるかのように、夜になる少し前には必ず確認していたのを僕は記憶している。

一度訊いてみたら

「満月には大猿の化け物が出るとお爺ちゃんが言っていまして」

……僕の知る限り、ティアは一度も自身の祖父に会ったことは無いはずなのだけれど。

ティアを見ていると謎が深まっていく。

彼女曰く

「女性は秘密を着飾って美しくなっていくそうですよ」

とのことだが、それなら彼女が凄まじい美人であることの理由にも説明が付くのだと思う。

 

魔法史は、僕自身はまあまあと言ったところだろうか。

普段付き合いのある面々だとアーニー以上に、ティアの方が手ごたえを感じている様子ではあった。

 

「内緒の解説者さんが居たおかげで中世の魔女狩りはばっちりです!」

 

とガッツポーズをしながら彼女が言っている様子が、美しいというよりも可愛らしかった。

ただ幾つかの試験の合間に受けた今年からの科目のうち、「古代ルーン文字学」や「数占い」に関していえば、少なくとも僕は自信ない。

僕、ティア、ジャスティンの三人は同じ三つの選択科目を取っているので、そのことで主に談話室で一緒に勉強することがあるわけだが、今年はあまり集中できなかったのだ。

いや、彼女が教えるのが上手く、僕たち以外の面々もお世話になれるほどだというのは認める。

だけど僕も男の子なのだ。

彼女の口から出る言葉よりも、テーブルの上に乗っている部位に目が行きっぱなしになっても仕方がない。

そう、悪いのはこの場合僕じゃなくて彼女だと思う。

 

その日の昼を挟んで薬草学の試験が終わった後で、

「魔法界なのだからお金のなる木くらいあっても良いと思いませんか?」

という言葉を

「はいはい。また何時ものティアの冗談ですか」

とジャスティンは彼女の発言を流した。

それは本気で言っているのではないのだろうか?

僕は訝しんだ。

普段はミステリアスな感じがしているのに、彼女は言っていることは結構俗なのである。

 

 

最後の方の試験に「闇の魔術に対する防衛術」があった。

マグルの言うところのアスレチックのようですね、とティアが呟いていたこの試験では紙によるものではなく、ルーピン先生が作り出したコースの上で実地の課題を熟すらしい。

今までにない試験のせいかティアも含めて皆、少し明るい表情をしていた。

 

僕を除いては、だが。

 

それは勿論もう直ぐに試験が終わるということもあったのだろう。

皆が朗らかになるのも分かる。

この科目が過去二年間のそれよりもマシになったのは認めよう。

はっきり言って役立たずのクィレル先生や、口だけの詐欺師だったロックハート先生の授業よりも楽しくはあった。

だけど、僕個人がこの科目が、いやルーピン先生が気に食わない。

ティアに気に入られ過ぎているのだから。

スネイプ先生の闇の魔術に対する防衛術の授業以降、毎回のように彼女は質問をするから、と言って、一人でルーピン先生の下に残るのだ。

全く、男の教師と二人っきりになるなんて。

ティアは無防備過ぎるのだと、僕ははっきり理解した。

 

一度だけ、次の授業が迫っているから二人が教室に残っている処に乱入したことがある。

まるで逢引きを邪魔されたかのようなドキッとした表情で、ティアは僕を迎えたのだ。

 

「ティア、次の授業がもう直ぐだけど」

「あ、ああ。すみません。もうそんな時間でしたか」

 

服装の乱れなどは無かったことから、そういうことではないのだろう。

ただ何かを隠したのは見て取れた。

 

「……質問じゃなくて逢引きだった?」

「誤解だ!」

 

間髪入れずにルーピン先生の方が否定した。

落ち着いた様子で

 

「ザカリアス、それは邪推と言う物です。東洋に男は狼だという台詞がありますが、私にそういった意味で手を出すほどルーピン先生も酔狂ではないはずですよ」

「……その通りだ」

 

と言ったティアに対し、何故か苦い薬でも飲みこんだ様子で同意する。

後ろ暗いことがあるようだけど、それが何なのか分からない。

ティアに後で聞いても、その度にはぐらかされたり、煙に巻かれたりする。

それがどうにも腹が立つ。

 

思い出しながら、それでも僕の番になった。

授業で対応の仕方を学んだ魔法生物たちの間を特に問題なく走って行き、最後の場所に辿り着いた。

そう、嫌いだけど決してこの科目は苦手なわけでは無いのだ。

到着した最終地点からはティア達の姿が見えた。

ルーピン先生やもう終わった面々に、トランクに入るように指差された。

終わりは近いことに安心しつつ、試験はともかく今後は今までのように消極的じゃいけないのだと僕は心で理解する。

前にティアが言ったこういう時に言うべきことを思い出しながら僕は思った。

 

この試験が終わったら僕、クィディッチワールドカップにティアを誘うんだ、と。

 

魔法界のこのスポーツにティアはあまり魅了されているとは言い難い。

だけどいくら何でも今年開催されるワールドカップなら、是非とも見に行きたがるに決まっている。

そんなことを考えながら僕は足を踏み入れた。

トランクの中に入りつつ、僕が目撃したのはウェディングドレス姿の僕だ。

 

「え?」

 

白い姿にブーケまで持っていた。しかも何で少し嬉しそうなんだ!

一体どうしてこんな姿のボガートが……?

 

聡明な僕は直ぐに理解した。

 

Qトランクに最後に入ったのは誰?

A魅力的だけど色々酷い同級生。

 

……あの魔女めっ!よりによって笑える姿に僕のウェディングドレス姿を想像しやがった!

 

軽く苛ついた僕の目の前で、トランクの主は姿を変えていく。

 

後で聞いたところ、スーザンのボガートは頭が三つになって居たり、ハンナのそれは全体的に白くなったうえにエリザベスカーラーをしていたりしたらしい。

かくいう僕のは

 

「ザカリアス」

 

とても優しい微笑みを浮かべた制服姿のティアのそれへと変化した。

 

 

魅力的だ。とても魅力的だが――

 

 

「私の視界に入らないでもらえますか」

 

 

 

その名の通り、女神のような優しい表情でそんなことをのたまってきた。

思わず、膝をつく。

 

覚悟はしていた。していたが、彼女の口撃の一つ一つは僕には致命的なそれなのだ。

そう、こういう時にティアが言っていたことを思い出そう。

 

言葉のボディーブローは右フックで躱すんですよ。

 

というものだったはずだ。

……ちょっと待て。言われた時はああ、なるほどと思ったが右フックでどうやって躱せというのだ。

 

何となく釈然としない気持ちのまま、しかし笑える物を思い浮かばないままに

 

「リディクラス、ばかばかしい!」

 

そう唱えて

 

「ザカリアスってよく見るとドブネズミみたいな顔をしていますね」

 

恰好が変わっていないまま、言っている内容が酷くなっていただけだった。

手も思わず地面に着いてしまってから僕は必死に考えた。

冷静になれていない。

でもこのままじゃ駄目だ。ゴール地点から遠くなかったことを考えると此処が最後のはず。

 

「リディクラス、ばかばかしい!」

 

ウェディングドレス姿が現れた。

今度は僕じゃない。ティアだ。彼女がその服装なのだ。

 

ただし隣にいるのはタキシード姿のジャスティンだった。

 

 

 

思わず自分の杖を地面に叩きつけそうになりながら、僕は何とか踏みとどまる。

そう、そんなことをしても何にもならないのだから。

 

「「私達、幸せになります!」」

 

 

二人合わせてそう言いながらキスをし始めたので思わず意識が遠のきそうになる。

 

 

が何とかこらえて、ジャスティンを笑える姿にすれば良いんじゃないか。

と思い付いた。

 

 

 

「リディクラス、ばかばかしい!」

 

 

 

 

 

 

 

失敗したらしい。

 

裸の二人がキス以上の凄いことをし出しているのを見て、僕はますますこの科目が嫌いになっていくのを自覚した。

 




ティアとザカリアスはとっても仲良し。


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打切。

私はようやくのぼりはじめたばかりだからな
このはてしなく遠いハリポタ坂をよ…



三本の箒において私達、何時もの面々はバタービールで祝杯をあげていた。

ようやく辛く、長い試験が終わった翌日。

三年生以上のホグワーツ生はホグズミードにて久方ぶりの心休まる一時を得ていた。

ハリー達三人組(や行くことを禁じられたネビル)を除いて、という条件付きではあったのだが。

聞き耳を立てていたのだが朝食でのスリザリン生曰く、ルーピン先生は人狼であったらしい。

勿論私はそのことを明かしはしなかった。

私は誠実なので当然自らが結んだ契約を反古にしたりしない。その必要がなければ、ではあるのだが。

スネイプ先生がスリザリンで彼の正体を暴露し、ルーピン先生は今頃逃げ支度、もといホグワーツから旅立つ為の荷造りをしているのだろう。

詳細は未だ伝わってこないが、おそらく元々そうなるはずだったように、ハリーはシリウス・ブラックとついでにバックビークを救い出し、有体の守護霊を作り上げたはずである。

ちっ……ヒッポグリフ食い損ねた。レシピ見た限り、ストロガノフは結構美味しそうだったのに。

いや、ほら。私が生前読んだ異世界物だと、確かご当地グルメをいかに楽しむかが異世界を楽しむかのキモだったはずだ。

私がヒッポグリフを御馳走として見るのも間違ってはいないはずである。

 

というか

「あの、エロイーズ。止めませんか?」

今、目の前で展開されている場面の方が、そんな些細なことよりも遥かに大問題だった。

「試験が終わったでしょ。ならもう問題ないはずよ」

凛とした表情で、しかしニキビに塗れたおぞましい面で彼女はそう言った。

きっかけは、多分日々の試験勉強によるストレスのように思う。

彼女は吸魂鬼対策として所有していたチョコレートというチョコレートを、食事の間という間に食べるようになっていった。

否、食べ過ぎたのが問題だ。

チョコレート中毒は、いや刺激物だけでなく余計に摂った糖分も問題だったのだろうが、それは彼女の顔面を、より見るに堪えない物にする副次効果をもたらしたのである。

おかげで私達何時もの面々以外は、同じハッフルパフ生であろうと寄り付かないようになり、スリザリンの性質の悪い連中からはあからさまに笑われるなどで更にストレスをため込むという悪循環に陥っていた。

そんな彼女は、事態を解決するための手段を思いついた。

呪いで顔のニキビを吹き飛ばすという手段である。

いや、お前何でそんな手を使おうと思ったとか、何処かの司令官の「私にいい考えがある」という名言と同じ嫌な予感しかしないので止すようには忠告はした。

 

「駄目よ。もう決めたことだから」

 

ああ、何でそんな変な方向に思い切りが良いのだろう。

やっちゃいけないことだと何故か確信できていたものの、結局彼女に翻意を促すことはできなかった。

 

「大丈夫だろう? そう、今よりも酷くなることは無いはずだ」

「そうそう。やっちゃいなさいよ」

 

アーニー、スーザン。バタービールを飲んだ勢いで言わないで欲しい。後、アーニーの台詞は何かのフラグのようにしか思えない。

何故だろう、震えが止まらないのだけれど。

 

「行くわよ!」

 

 

そして自爆テロならぬ、自爆グロを引き起こしてしまった。

彼女の呪いは力加減を間違えたからか、爆破と言って良い威力だったからだ。

 

「バタービールにエロイーズの鼻が!」

「ちょっとニキビの膿が、私のパンケーキに掛かっているじゃない。このパンケーキ、もう要らない!」

 

辺り一面大惨事で、それよりも第大惨事だったのがエロイーズの顔だった。

 

「うわあああああ!」

「エロイーズ……鼻が」

 

きつい臭いが周囲に満ちていたわけでも無いのに、彼女の鼻はもげてしまっていた。物理的に。

思わず目撃してしまった何人かが口元を抑えていた。

それから周りに漏れた血の匂いに、顔を顰めている人たちも何人か確認できる。

魔法薬の材料などで慣れているからだろうか、口元を抑えていても実際に吐き出した者はいなかった。

あまりにも酷い光景だが、エロイーズの顔の状態の方がより深刻だ。

皆が動けない中、私は持っていたハンカチで、エロイーズの鼻があった場所から勢いよく出ている血を押さえた。

 

「マダム・ポンフリーの所に行きましょう。急いでください!」

 

顔の鼻とその周辺を少しばかり吹き飛ばしてしまって放心中だった彼女に肩を貸し、私はエロイーズに促した。

ある程度技を知ってはいるものの、学生の身で治療行為は行えない。

バタービール漬けになっていた鼻の方はジャスティンが直接触らないようにしながら、持ってきてくれることになった。

スーザンは私とエロイーズと共に学校に戻ることになり、アーニーとハンナは周りに謝っていた。

ふと思う。

それにしても最初からいなかったザカリアスは、しかし私達が大変なこんな時に一体何をしているのだろう?

 

 

彼にはあからさまに距離を置かれていた。

最後の闇の魔術に対する防衛術の試験の終わりから何故だか様子がおかしかったのだ。

ジャスティンを睨んだり、後私の事を何か変な目付きで見てきたり。

それはルーピン先生があまりにも遅いから、ボガートが入ったトランクの中のザカリアスを連れて出て来た時から始まっていたのだが……。

うん。笑える姿として出したウェディングドレス姿の奴を出したのがまずかったのだろう。

最初は同じ姿のハグリッドを出すはずだったのだが、何かこう気が付いていたら彼を思い浮かべてしまったのだ。

おまけにそれは母親が出てきてからほぼ一瞬で想像できてしまったからか、別の物を思い浮かべて変化させるという手段が取れなくて。

故に後で何か困ったような顔でルーピン先生がこっちを見て来たとしても、正直無理が無いことなのだろうと思う。

もしも同じ試験を受ける機会があったら、次はメイド服姿で、なおかつ筋トレしながらカレー作っているマッチョのボガートに変えておこう。

きっと笑えるはずだから。

変化と言えば、試験以後、私なりに「あのごめんなさい、ザカリアス」と話しかけても避けられることが多くなってしまっていた。

一度だけ彼の方から、この夏にイギリスで行われるというクィディッチワールドカップに誘われたが、あんな危険な場所に行くわけにも行かないので丁重に断ったら、何だかこの世の終わりみたいな顔をしていたのだが何故なのだろう?

この年頃の男の子って良く分からない。

 

そんなことを考えながら、それでも何とかマダム・ポンフリーの下に辿り着けた。

治療の魔法を彼女に掛けて貰っているエロイーズを見ながら、私たちは再び息を吐けていたのだが

 

「何だかもうホグズミードに戻るという気分でもなくなってしまいましたね」

「そうね。まあ、エロイーズが無事そうで良かったけど。それにしてもティアは良くあの時咄嗟に動けたわね。私なんか気持ち悪くなっちゃったのに」

 

ああ、前世のおかげでグロは平気なのだ。

何が言いたいかと言うと、テオその本名をシリウス・ブラックと言うワンちゃんと話していたのは私だったのだから。

 

 

ウティスなんて恥ずかしい名前の人は知らないっ!

などということはなく、私だ。

彼に話した昔好きだった人とは、前世で私が好きだった人であり、私が語った内容通りの人だった。

そして怒らせたら、かつての私の仲間達基準でもまずい人物でもあったのだ。

心の底から謝れば大抵のことは許してくれたものの、謝らないで彼を侮った場合は……。

ぶっ飛んでいる仲間たちの中でも人を壊すこと、それを振るう際の躊躇いの無さ、それから犠牲者を出すことの速さは一番だったから。

彼を怒らせた場合、本当に命の心配をしなければならなかった。

まあ、そのおかげでどんなホラーや残酷描写も陳腐に思えるようにはなったのだが。

想像を超えたリアルには敵わなかったよ、という奴である。

もしも彼が暴走した場合の被害は想像したくない、割と真剣に。

 

と、そこまで彼の事を思い出していたらようやく治療が終わったようだ。

……エロイーズの鼻は曲がっていた。

 

「私、こんな」

望んだよりも酷い事態になってしまった結果に、涙ぐんだ彼女をしかし、スーザンやジャスティンは必死に慰めだした。

 

「あの、少なくともニキビは無くなったじゃない!」

「そうですよ。もう、悩まされることは無くなったじゃないですか!」

 

彼女に対する戒めとしてあえてそのように治療したのか、あるいはマダム・ポンフリーですら手の施しようがなかったのかは分からない。

ただ、言われて慰めになっていなかったのか泣き出した彼女に対し、私は何も言えなかった。

そう言えば来年度に除草ババァ……じゃなかったスプラウト先生の授業にニキビを取る物が無かったっけ、と不意に思い出したからである。

うろ覚えなのだが、確か名前をユーチューバーだかそんな感じだったはずだ。

覚えてさえいれば、こんなことが起こることを防げたのだろうか。

かりに防げたとしても、彼女はそれを防ぐことよりも、呪いを試すことを結局は優先したのではないだろうか。

割り切れないそんなことと共に、苦い想いも、それ以外に一つ沸き上がった。

 

 

レイブンクローの首飾りの解呪は成功し、外付けの学習装置や新しいインスピレーションを与えてくれるものとしての役割は充分に果たせている。

ただし、私の期待値よりは少し、下だった。

世界を渡る為の魔法を瞬時に思い付けたりはしなかったし、解決方法を示す直接の手がかりも中に封じられた知識の中にはありはしなかったのだ。

ロウェナ・レイブンクローについての本も幾つか読んだ通り、彼女もそのことについて求めることさえしなかったのが大きいのだろうか。

世の中期待通りにいかない物である。

私が作り出した「服従の首輪」についてもそうだ。

シリウス・ブラック、いやテオに嵌めたそれは、本当ならもっと小鳥を使った実験を重ねた後に、本命たる彼に使用するはずだったのだ。

だと言うのに、当初の予定よりも彼と接触してしまったからこそついせっかちに進めてしまった。

最大の問題はそれだった。

そもそも当初の予定では、私の開発したそれはある程度放っておいても大丈夫なはずだったのである。

一度命令を組み込めば、使用した対象の安全を確保しつつ、しかし自立した思考で命令を確実に実行、また遠隔距離での私の指令の遂行をも果たす物であった。

しかし、現実にできたのはまるで違った。

直接顔を合わせねば命令できず、またそれもインペリオによる支配状態には近いものの、嵌めた相手の自立思考ではなく直接命令タイプ、要するに柔軟性に思いっきり欠ける代物だったのだ。

そもそも何でそんな物をわざわざ、ハリー達三人組から反感を買いそうな相手に仕掛けたのか?

今後の私の主目的に役立つ「わんわんお」になってもらう為である。

ちなみに知らない人の為に言うとわんわんおと言うのは「○○に忠実な存在」に対する別称だ。

この場合具体的には、私(が再び転生すること)に対してである。

同じ魔法界の日陰者同士仲良くなれるという見込みはあったものの、より確実性や私に対する有用性を彼に持たせるためにはこちらが主導権を握れる条件が不可欠。

だからこそ、あえて三人組(特にハリー)から問い詰められるリスクを冒してでも、こちらが確実に上位に立てる手段(すなわちわんわんおになってもらうこと)が必要だったのだ。

例えば私が入手できない資料やアイテムに対しても「動物擬き」である彼ならば、よりわんわんおとして役に立てるかもしれない。

それに現時点で私が思い付いていないことでも、人手が一人でも多くあればその時点で獲れる選択肢は違う。

何しろこちらは魔法界で言うところの「におい」がある身だ。

成人に達している魔法使いのわんわんおが一人味方に付いているだけで、どれほど心強いことか。

そう思って、彼に首輪を嵌めたのが、とんだ失敗だったというわけだ。

何故ならば離れられた場合、これから顔を合わせる機会は激減するだろうし。

まあ、万が一の場合に備えて、私が作ったことは材料からはばれない様になってはいる。

懸念事項を減らすために、首輪それ自体にも仕掛けはある。

勿論、この首輪は呪われて外せない! というものではない。

シリウスに仕掛けるにあたってそんな悪質な物を仕掛けるはずが無いだろう!

 

 

 

 

 

 

まあ、無理に外そうとしたり、壊そうとしたりすると人一人死ぬ威力の爆発が起きることにはなっているのだが。

 

 

 

 

 

私自身の為に、確実な証拠隠滅の為に仕掛けたそれに、誰がどう反応するかを知ることは、試験の翌日たる今日では流石に知ることは不可能だった。

だからこそこれからの情報収集が物を言うことになる。

要するに何時もの話だった。

 

 

試験休み、エロイーズの愚痴を聞き流す作業、夏休みに手紙を交わす約束。

それらの時間を過ごし、あっという間に汽車に乗る日になってしまった。

 

「久しぶりね。ティア」

「ええ、お久しぶりです。ハーマイオニー」

 

そんな日に、私は彼女と二人きりで会っていた。

語る時間は無かったが試験終了から、この日まで色々なことがあった。

ドラコ・マルフォイから手紙があったし、驚くべきことであるし、どういう理由かは知らないがルーピン先生からも手紙が届いたのである。

前者はザカリアスからと同じ内容であった。

このイギリスで開催されるクィディッチワールドカップに、観客として参加しないかというお誘いである。

何でも私の叔父に当たる人物(ドラコ・マルフォイの父親の事だ)が多少私と言う存在に興味があるが故、だそうだ。

 

すいません、マジ勘弁してください。というメッセージをオブラートに包ませてもらう形にはなったが、仕方がない。

 

死喰い人や、かつてヴォルデモートに一番忠実だった部下までもが出席するところに、私が赴いたとしても酷いことになることしか想像できない。

この魔法界において潔白だったということになっている彼らの家と違って、私は最右翼なのである。

可能な限り存在を知られないようにする方が、私自身の身の為なのだから。

 

 

まあ、そんなことより本当に久しぶりに会話することになった私たち二人の話である。

試験終了後に彼らから詳細は聞いていなかった。

それに私の方でも彼らの事を避けていたのだ。

何か面白い話の一つ、あるいは何か特別な変化が聞けるだろうか?

 

そんなことを思う私に対して、彼女は色々なことを教えてくれた。

シリウスが無罪だったこと、自分が「逆転時計」なるアイテムを使用していたこと、バックビークもハリーの名付け親も無事なこと。

そしてルーピン先生が人狼だったこと、などである。

ハーマイオニーが彼女の知っていることを教えてくれている間、私はずっと「開心術」を使用していた。

情報に漏れがないか、偽りが無いか、あるいは私に対する疑念がないかを知る為に。

こと学習能力などに関しては、レイブンクローの首飾り無しの私と彼女とでは、彼女に軍配が上がる。

だが騙し合いや狡さならば、私の方が上だ。

それは多分性格的なことであり、経験的なことでもある。

後ろめたさがあるかと言えば、当然あった。

しかし、必要とあらばやるだけだ。

私を信頼してくれている彼女に対しても、世間話よりも詳しい情報交換を終えた後で、そんな様子は一切見せなかった。

 

「それにしても残念ね。ようやくまともな闇の魔術に対する防衛術の先生に会えたのに」

それに対する私の偽りない本音は、ただ一つだ。

「全くです。ロックハート先生と同じくらい、私には好きになれそうな先生でしたから」

それは勿論、禁書閲覧券発行的な意味合いではあったのだが。

全て問題ないな、と判断して話し終えた後で別れ、背を向けて彼女から眼を合わせなくなってからの、彼女の思考までは、私には分かりようがなかったのである。

 

何時もの面々から一名を除いたコンパートメントに、私は辿り着き、そして何時もの招かれざる客に相対していた。

ザカリアスである。

 

確か一年目は

「悪いな、このコンパートメントは六人用なんだ」

という感じの言葉で追い出した。

二年目は

「お前の席ねぇから」

という感じだったはず。

三年目の今年はより趣向を凝らして……

 

そう言えばルーピン先生が、わざわざ手紙でザカリアスには優しくするように言っていたことを不意に私は思い出した。

 

だから私は—―

 

「目障りだから消え失せろ」

 

という言葉をローマ法王のような慈悲深い表情で、分かりやすいように、懇切丁寧な口調で、今年も私達六人に合流したがっているザカリアスに言ってやった。

 

ザカリアスは何処ともなく、走り出した。

 

止まるんじゃねぇぞ。

その先に私はいないけど。

 

そんなことを思いながらコンパートメントの扉を閉めると、ハンナとアーニーは「oh……」みたいな感じで天を仰いでいたり、両目を右手で抑えていたりした。

 

「どうかしましたか?」

 

 

「何でもないのよ」

「ええ、何でもないわ」

 

何時も通りのスーザンや、大分マシな顔になってきたエロイーズに言われ、私は席に腰を下ろした。

やがて汽車は動き出す。

来年以降はどうやって新しい情報を手に手に入れようか、あるいはもう「戻る」ことは不可能なのではないかという思考で頭が一杯になってしまった私だが、窓から外の景色を見ながらふと思った。

 

来年も、楽しく平和な一年になれば良いな、ということを。

 

 

 

 

ただ、後から思えばこの年度が一番平和だった。

平和な時代の、打ち切りの話。

 




もうちょっとだけ続くんじゃ。

以下、次章予告(台詞のみ)

「そんな……ザカリアスがこんなことになるなんて!」

「構わんができれば儂の居ない時にしてくれんかのう」

「たぬきシリーズ、完成していたの!?」

「食べるのを止めなさい」

「この俺様のものとなれ! ユースティティアよ!」「断る!」

「君ならやる。そう信じている」

「もう、無理ばかりしちゃって」

「……エロイーズは良い奴だったよ」

「さあ、ほら。あーん」


……何個か嘘台詞が混じっています。未だ一文字も書いていないけどカミングスーン。
※来年になります。




と言いつつ、できたら突発的に上げるかもしれませんが。


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